聖杯戦争で暇つぶし (もやし)
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プロローグ

小説のね、書き方を改めて調べてみたんですよ。
そしたらプロットという、話の流れを大まか・詳細に決める流れ?チャート?みたいなのを普通は作るらしいんですよね。作ったこと無いし作る気も無いですが。
なので、私は多分小説は書けません。


 聖杯戦争。

 それは、万能の願望器、聖杯を巡り殺し合う魔術師たちの血塗られた闘い(ゲーム)

 剣士(セイバー)弓兵(アーチャー)槍兵(ランサー)騎乗兵(ライダー)魔術師(キャスター)暗殺者(アサシン)狂戦士(バーサーカー)

 7人のサーヴァントと、それを使役するマスターは最後の1人になるまで闘い続けなければならない。

 これよりまさに、不純物を混ざりに混ぜたグダグダな争いが始まろうとしている……

 

 ♢♢♢

 

 鉄と鉄、力と力、技と技。

 決してそれは珍しいものではない。

 鉄などは高度に発展した文明であれば日常の隅々にそれを目にする事ができる。ともすれば砂や石といった物の方が珍しいくらいではないだろうか。

 力と技は常日頃。自分が動くには力が必要であり、動かすだけの技が必要だ。それを意識することは稀であろうが、それはその身にそれだけ染み付いた、卓越した習熟度によるものだ。自分の手足を自分の思うままに動かせる。生まれてからずっと、そうして生きてきた故に自然と動かせる技術だ。

 身体以外にも、棒に始まり箸、ペン、自転車や自動車、楽器や工具など。その道のプロフェッショナルともなればそれらの道具を自身の身体の延長、身体の一部として自在に操作することができる。

 だが、目の前のそれは桁が違う。

 ただの一振り、その一撃のなんと力強いことか。その一動作のなんと疾いことか。

 サーヴァントと呼ばれる、聖杯によって呼び出された英霊。

 人と変わらぬ見た目をした、人外の力と技術、武具。

 その戦闘を初めて目にしたのなら、どれほど高名な作家もそれを描写などできないだろう。いや、しない。動体視力が追いつかないということもあるが、その圧倒的な魔力と気迫、流動する動作に見惚れて動くことができないのだ。

 今まさに呆然と立ち尽くす名門の遠坂家にあるマスターとて、それは例外では無い。

 夜間の校庭というありふれた場所でありながら、そこはさながらローマのコロッセオにも劣らぬ闘技場と化していた……

 

『みなさんこんにちは。メニー・チョコレート』

「っ、誰だ!」

 

 突如乱入した第三者がいなければ。

 敵対していた青い槍兵が距離を取り、乱入者を確認しようとする。

 現れたのは高校生と言えばそうだろう、と答えてしまいそうなほどに制服を着こなしマフラーとメガネをポイントに大人しいイメージを辛うじて与えてはいるサーヴァントだった。なによりその無機質な目が見る者の不安を煽る。

 

「ゲッ……!っ、新手⁉︎こんなに早く⁉︎」

「おや……ああ、いえ、人違いでした。人間」

「誰が人間よ⁉︎ブン殴るわよ⁉︎」

「はい。では、お疲れ様でした」

 

 しかしそのサーヴァントは何をするわけでもなく優雅に礼をし踵を返す。

 不可解が過ぎる行動に動けずにいると、ランサーが動く。

 

「なぁ、ちょっと待ちなお嬢ちゃん!」

「なんでしょう。顔を覚えて貰えばいいだけなのですが」

「サーヴァントだろ。ならやろうぜ」

「何度言えばいいですか。私は戦う気はありません。男2人、暑苦しく熱血すれば良いです。そして爽やかに転生して下さい」

 

 勝つためには戦うしかなく、全ての参加者はそれを肯定するもの。その度合いに差はあれど、ここまで取り付く島もない態度を取るサーヴァントはそういないだろう。

 ランサーも怒るでもなく少し困った表情を一瞬見せたが、マスターからの命令か次の動きを待つ事にした様子。

 

「凛……何がとは言わないが、難しいぞ」

「アチャ……いえ、赤男さん、失礼です」

「随分と馴れ馴れしいな」

「……おっと、失言でした。ではさようなら」

「待て!」

 

 ランサーの静止も虚しく、謎のサーヴァントは暗闇に姿を消した。

 ランサーは追って行ったのか姿を消し、校庭にただ残されるばかりとなった。

 

「どうする、凛?」

「どうするも何も、帰るわよ」

「そうか」

「一応魔力反応は追ってみるわ」

「了解だ」

 

 戦争の第1戦は両者無傷のまま、決着無しという形で終了した。



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第1話

Fateを書くにあたってせめてルートは決めておくべきなんだろうけど悩んでます。


 ──天秤の守り手です。

 

「サーヴァント、ヒロインXオルタ。縁あって召喚を強制し参上しました。まぁ、しばらくの間だと思いますが、よろしくお願いします」

 

 なんでもない、本当に何でもない日だった。

 お風呂から上がり、ある程度備蓄している手抜き満載の常備菜を一皿に雑に盛り、安めの缶酎ハイを片手に寝るまでの暇を潰していた。

 別にサーヴァントから招ばれに来るほど魔術に精通しているわけではない。単に知っていて、本当に知識と初級くらいの技術を備えているだけ。血統は1代目、控えめに言っても贔屓目に見ても優秀とは言えない魔術回路。だから、想定はしていなかった。何より召喚陣が勝手に描かれた。無から有を生み出すのやめてよね。

令呪は左腕肘……の上かな。なんて見にくいところに……

 しかも出てきたのも知り合いのサーヴァント。意味不明過ぎるのに心当たりあるの本当に嫌だ。

 

「うん……まぁ、久しぶり」

「お久しぶりです。とりあえず、今現在の日時を教えていただけますか?」

「うん……えーと」

 

 特に招んだワケでもない上触媒も無しに突然なんかえっちゃんが出てきた、と言う状況を即座に飲み込み、呆れながらも現状の確認。

 日本の冬木市。何度目かの転生で得た、生前の世界に近い世界での平穏な、普通の生活。それが突然壊された気分だ。

 えっちゃん。ヒロインXオルタ。バーサーカーのサーヴァントで、私に近いらしい無気力さを持つ制服マフラー。

 

「では、冬木の第5次聖杯戦争の日程で間違いありませんね」

「うん……?うん、そうなの?」

「以前から疑問でしたが、ソラと同じ出身なのに何故時間軸が違うのでしょうか?ソラは第5次を知っていましたよ」

 

 ソラは私の知り合いで、ガイアでありながらアラヤでもある抑止力という訳の分からない存在で、どうも私に向けられて発生したものらしい。私たち、世界に存在するほとんどの生物とは違うメタという時間軸を生きてるらしい謎の生命体。

 で、えっちゃんはそのソラと契約してるヴィラン出身のサーヴァント。これもよく分かんない。オルタと言いながら元とは別人らしいし。

 

「ソラがおかしいだけでしょ。んで、なんで私のとこに?」

「ロリコンのせいです」

「えぇ……」

 

 えっちゃんがロリコンと呼ぶ存在、私の転生を管理する神。ハイハイでしか動けないような乳幼児でありながらその思考や能力はまさに神というに相応しく、小学生以下の女児を慰みものの対象とするロリコンだ。見た目もあって私はショタロリコンと呼んでいる。死ねばいいのにな。

 因みに一軒家を貰ってる上お金も振り込んでもらってる。その点ではちょっと歯向かえないところはある。まぁ無理矢理転生させておいて野宿しろ、は流石の私でもキレるんだけども。

 

「それで?聖杯戦争ってそっちでしてるんじゃないの?」

「カルデアは正確には戦争をする機関ではありません。規模で言えば間違いなく戦争ですが、勝利者が聖杯を得るための戦争ではないので。一般的に言う聖杯戦争はこちらでしょう」

「そっか。まぁ、どうでもいいけど……何?聖杯が要るの?」

「いいえ。ソラのおかげで電力はかなり消費を軽減できているのでリソースは必要としていません。あるに越した事は無いですが、困窮していない状態です。私はLV100ですし」

 

カルデアはサーヴァントへの魔力供給を電力で行なっている。

繰り返す。魔力の供給を電力でしている。マジで何してんだカルデア。電力って文明だよ?火の次に文明の象徴かもだよ?それを神秘に使うって……は?って感じ。カルデアに誇りは無いのか。

まぁ私だって魔術師としての誇りなんて持ってないしそこには触れないけど、ソラはその余りある筋力を持って自転車を漕ぎまくり一生電気を発生させている。現在カルデアの発電の6割くらいまでソラの自転車が稼いでいるそうだ。大変だなぁ……と思うだけで。なら聖杯を求めず戦争に来る理由は?神が聖杯いるーとか言わないよね?

 

「じゃあなんで?」

「ここ冬木が特異点として存在していたことはご存知ですか?」

「知らない」

「人理焼却の一歩としてカルデアが爆破された後、藤丸さんやマシュさんが飛ばされた特異点F。ゲーティアは滅ぼしましたが、未だに謎の多い特異点です。放置しておけば、またどこかの世界で特異点として発生する可能性があります」

「やだ。面倒」

「この聖杯戦争を完結させることなく、サーヴァントも減らさない。現状維持の恒久化を目的に私と行動してください」

「やだ。どうせまたなし崩しでガッツリやらされるんだ」

「ソラは他世界の冬木へ干渉するためロリコンに強制されました。マスターとして頼れるのはあなただけです」

「カンケー無いでしょ。人が飲んでる時に急に出てきて……」

「もし聖杯が完成したら、冬木は焼き払われることになり特異点発生の確率が上がるんですよ」

「私、そのくらいじゃ死なないし。死んでもどーせ殺してくれないんだもん」

「……では、同行していただけるのでしたら私が晩酌のお相手をします。料理も軽くでしたらしますが」

「んー……」

 

 ほかに人がいて飲むのも変わらないしな……料理はできるし……

 

「家事も全て引き受けましょう。あなたは聖杯戦争を止めるだけ。他は私が全て行います」

「んむぅー……」

 

 家事が無くなる代わりに面倒事に巻き込まれに行かなきゃいけない……それは面倒だ。とても。だったら料理するし洗濯する。

 

「く……この四象、やはりやる気のかけらも正義感のせの字も無いですね……む、ロリコンから伝言のようです。読み上げましょうか」

「うん」

 

 えっちゃんがポケットから謎の紙切れを取り出す。ショタロリコンは手紙だったり電話だったりとその社会に適応した連絡手段を取るけどこうやって突然ポケットに出現させたり謎の番号を使ったりとやっぱり超常的な手法になる。電話は掛け返せる。意味分からん。

 

「では。えー……『戦争完結したらどっか遠くの隅の方の空間に磔にして永遠に虚無を見つめ続けることになるぞ』……だそうです」

「よし!行こうか!特異点なんて放っておけないからね!お酒飲んでる場合じゃない!」

「……ええ、お願いします」

「で。情報あるの?」

「はい。聖杯戦争の参加者は7人。年齢はおおよそウタネさんと同じ高校生程度です」

「うん……?あ、私今高校生か」

「……そうですよ、やっぱり学校には行ってないんですね」

「もう年齢の概念が曖昧になってきてるしね」

「一言言わせてもらうと、割と良いものですよ、学校というのは」

「んー、もう2回経験したしねー……」

「では、取り敢えずその学校へ行きましょうか」

「なんで?夜だよ」

「夜だからこそです。魔術の基本は分かってますよね?」

「まぁ、秘匿が前提だしね」

「そういう事です。バーサーカーに知力で負けないでください」

「えっちゃんが知的過ぎるだけだと思うんだ。ホントにバーサーカー?」

「バーサーカーです。すでに狂化Eまで落ち着いてますけど。なんなら今はルーラーです」

「えぇ……うん……まぁ、行こっか」

「はい。即決してくれれば良かったんです」



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第2話

「で、この学校がねぇ?」

「ナイスタイミングでしたよ。今日はYARIOと料理長がバカしてる日なので」

 

 学校周囲まで来て作戦会議。

 タイミングはロリコンのことだからギリギリ直前で合わせたな。もっと余裕持たせて欲しい。キレるぞ。

 

「カルデアにいるんだ」

「ええまぁ。とはいえ別人というか……それは分かりますね?」

「英霊召喚の仕様くらいはね。でもまぁ、性格とか能力はわかるんだよね?」

「ですね。ただ、例の如くロリコン関係は話に出せないので、というより信憑性が無いので交渉はかなり手間かと」

「面倒だなぁ……」

「では行きますよ。軽くちょっかいかければ良いです」

「行動不能にしないの?」

「あくまで平和的解決を目標にしましょう。戦うの面倒なので。というより、あの2人を同時に相手するのは私だけだと難しいです」

「そっかぁ……じゃあ行かなくてもよくない?」

「いえ、彼らに顔を覚えて貰います。目撃者を殺すため、もしくは戦争内の人間と勘違いさせて単独で来たところを狙います」

「おー……良い作戦だぁ……」

 

 完全に何もしてない私を連れてえっちゃんが校庭に足を伸ばす。

 

「アレです。あんな見通しの良い所で……バカですね」

「んまぁ、そうだね?」

「じゃあ行きましょう」

 

 スッ、と跳んだえっちゃん。あぁ……ダルい。

 

「誰だ!」

「みなさんこんにちは。メニー・チョコレート」

「ゲッ……!っ、新手⁉︎こんな早く⁉︎」

「おや……ああ、いえ。人違いでした。人間」

「誰が人間よ⁉︎ブン殴るわよ⁉︎」

「はい。では、お疲れ様でした」

 

 私も一応作戦通り顔見せようと後を追って、到着した瞬間にえっちゃんが礼をして帰路に着く。

 いつも思うけど、私よりマイペースしてない?

 

「なぁ、ちょっと待ちなお嬢ちゃん!」

「なんでしょう。顔を覚えて貰えばいいだけなのですが」

「サーヴァントだろ。ならやろうぜ」

「何度言えばいいですか。私は戦う気はありません。男2人、暑苦しく熱血すれば良いです。そして爽やかに転生して下さい」

「……凛、何がとは言わないが、難しいぞ」

「アチャ……いえ、赤男さん、失礼です」

「随分と馴れ馴れしいな」 

「……おっと、失言でした。ではさようなら」

「待て!」

 

 青い人の止める声も聞かず、私を引っ張って逃げるえっちゃん。

 幸い、人目を気にしてかすぐに追ってくる様子は無かった。

 

♢♢♢

 

「さて。無事逃げ果せたわけですが。あの2人、顔は覚えましたか?」

「忘れた。赤と青ってのは覚えてる」

「……では、それでいいです。ところで、1ついいですか?」

「ん?」

「緊急事態です」

「えぇ……」

 

 私の家に戻った後、一息つく間もなくえっちゃんの緊急事態宣言。淡々と言うんだからなぁ……

 

「先程、効率良く顔を広めようと戦闘を妨害しましたが、そのせいで本来発現するサーヴァントがまだ召喚されていません」

「一応聞こうか?クラスは?」

 

 さっきので何故召喚が遅れるのか、という疑問はもう考えない。原作介入してズレが出ないようにするのは無理だって経験してる。

 

「セイバーです。先程の2騎がアーチャーとランサー。三騎士以外はどうとでもなりますがセイバーは妥協できません。私もセイバーですがバーサーカーでルーラーなので」

「それヒロインXも同じこと言ってたね」

「……彼女のことはいいです。それで、取り敢えずセイバーのマスターを襲いに行きます」

「うん……は?」

「先程の青いのが本来はそうするんですが、まぁ妨害してしまったものは仕方ありません。早めにいきましょう」

「んまぁ、仕方ないか」

「案内します」

 

 えっちゃんに連れられるまま、夜道を歩くことに。

 徒歩で20分ほどのところにある広めな純日本的な屋敷に着くと、いきなり武装したえっちゃん。

 

「では、このまま突撃します」

「はーいはい」

 

 私がいる必要性を問いたいほどただいるだけの私。えっちゃんはそれを気にしないのかそのまま塀を飛び越え、数秒もせずうわぁぁぁぁぁぁ、という男の子の叫び声が聞こえた。

 

「はぁ……」

 

 流石に殺しはしないだろうけど念の為、私も正面から回ってお邪魔する。



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第3話

思ったより広いぞこの屋敷。良い家住んでるね。手入れがめんどそうだから私は四畳半でいい。今の家割と広いけど。

 

『お前なんかに!殺されてたまるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』

「っと……」

 

 さっきの男の子の声。今度聞こえたのは勇ましさを交えた意志のある叫び。

 えっちゃんだし大丈夫だよね……?人間には殺されないよね?

 

「えっちゃん!」

「えぇ、取り敢えず目的は達成しました」

 

 庭にえっちゃんの姿を見つけ、えっちゃんがカリバーで指し示した蔵の中、確かに英霊召喚の術式が見えた。

 

『問おう──貴方が、私の……』

『殺されてたまるか!俺はまだ何もしてない!こんな所で死ねないんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』

『えっ⁉︎まっ、待って下さい!何の話ですか⁉︎』

 

 男の子の困惑しきった声が倉から響く。そしてえっちゃんと同じ声が動揺する。

 これは……アレだ。

 

「アレって同じ声だしどうせ顔も一緒なんでしょ、アレ。あの子区別付いてないよね、アレ。カルデアでは知り合い?アレ」

「アレアレうるさいです……そうです、知り合いです。カルデアでは日常だったので忘れてましたが。確かに普通はあり得ない事態です。先ほどまで命の危機まで追い込まれていた精神状態なら見分けられる方がどうかしています。いえ、別人なのですが」

「誤解……解いてきなよ。進まないよ」

「……はい。そうですね。すみません、そのサーヴァントと私は別人です。殺そうとしていたのは私で、守ろうとしたのがそちらです」

「あ……え?2人に増えた⁉︎」

「貴様ッ!容易く近付けると思うな!」

 

 近づくえっちゃんに混乱する濃いオレンジだか赤茶だかの男の子。

 そしてえっちゃんを牽制するえっちゃんと同じ顔。青色。色被ると覚えられないなこれな。

 

「っと……すみません。私はこれ以上害を加える気はありません。サーヴァントとマスターで話がしたいのです」

 

えっちゃんがカリバーを地面に突き刺し、両手を上げて敵意が無いと示す。

敵サーヴァント……えっちゃんの言からセイバー……は警戒態勢を解かずに疑問を返した。

 

「話……?」

「はい……すみません、後でいいですか。外にもう1組います。お先に」

「……そのようですね」

 

 えっちゃんが私を置いて、敵サーヴァントを残して行ってしまった。

 味方サーヴァントが敵サーヴァントを前にしてマスターの私を放ってどこかへ行って、敵は私に視線と武器を向ける……と。

 普通のマスターだったらもう令呪使っちゃうよ?この状況。

 

「じゃ!お邪魔しました!」

「あっ!待て!」

 

 相手が構える前に塀に向かって跳んで敷地外へ離脱。そのままえっちゃんのいる場所に向かう。やってられるか。

 

「っと」

「ああ、遅かったですね」

「即離脱したつもりだったけど」

 

 表では既に終わってたようで、さっきの赤いのが両腕と胴体、ちょうど心臓を中心に横向きのX字に斬られたようなダメージを負っている。宝具……な訳ないか。

 

「倒しちゃうの?」

「いえ。危害を加える気はありません」

「死にそうだけど」

「話を聞かず襲ってきたので」

「じゃあしょうがないか」

「はい」

「はいじゃないわよ!さっきと言いなんなの⁉︎あなたた……あら?貴女、ウタネ……?」

 

 尻餅をついて腰が抜けたまま立てないでいる赤いののマスターと思われる黒髪が私に怒声と疑問をぶつける。

 キンキンうるさいなぁ。男女問わずテンション高い声嫌いなんだども。

 

「フタガミウタネだけど。何?知り合い?」

「知り合いでしょうが!まさか私を忘れたとは言わないでしょうね⁉︎」

「そーなんだ。忘れた」

 

 黒髪の黒っぽいような赤っぽいような緑っぽいような目の……ん……?中途半端に濁ってる……?あんまり好みじゃない。

 会ったことあるらしいけど誰だろ。

 

「こほん……ちょっと顔見なくなったと思えばマスターだったのね。まぁいいわ。私の負けよ。できれば楽にお願いするわ」

「凛……すまない……」

「いいのよ。ホントに短かったけどそこそこ楽しかったわ。次があれば楽しくしましょう」

「君は十分優秀だった。私が至らなかっただけの話」

 

 うんぬんかんぬん。膝をついてるのと尻もちついてるので死ぬ前特有の理解と懺悔が始まってしまった。

 えっちゃんに視線を向けると、目線と表情で『面白いので少し待ちます』と返ってきた……賛成。

 

「待て!セイバー!」

「っ⁉︎何故です⁉︎今は完全に不意を突けた!」

「先に説明が必要だ!なんなんだこの状況は!」

「この事態で……!」

 

 男の子の声と共に空から赤2人の後ろに落ちた青の金髪。令呪受けてるし……かわいそ。不意打ちしようとして意見が食い違ったのかな。

 なんだろう。すごい頑固そうだなぁ、あの子。2人とも。

 

「って、遠坂⁉︎」

「あら……衛宮くん?あなたも魔術師だったなんて驚きだけど、気を付けることね。ウタネは強敵よ」

「そいつが?俺には話し合いをって言ってたぞ」

「……え?」

 

 目を点にして呆けるトオサカ……さん。

 武装を解いたえっちゃんが淡々と説明する。

 

「はい。話し合いがしたいのです。こちらから危害を加える気はありません。なのでどうか、1度武器を下ろして下さいませんか……と言おうとしていたのですが。急に戦闘態勢だったもので」

「急に目の前にサーヴァントが降りてきたらそりゃあ戦うわよ!ねぇアーチャー⁉︎」

「……まぁ、そうだな。私も早とちりしてしまった」

「あなたはアーチャー。つまりセイバーを倒せます。つまり私には勝てません。ので、話し合いを、しましょう」

「言っている意味が分からない。凛、どうする」

 

 カルデアでのクラス相性、他では一切意味を持たないんだけど、僅かでも理論が成立するならえっちゃんは概念的に強化される。知名度補正0だけど。

 ……というかクラス相性って何?まぁ一応、陣地作成でキャスターはアサシンの暗殺を防ぎやすく、セイバーは対魔力でキャスターに強い……って感じのはあるけども。

 

「……仕方ないわ。これ以上抵抗しても意味無さそうだし。見逃してもらえるなら話くらいはいいわよ」

「では中へ行きましょう。衛宮さん、よろしいですか?」

 

 えっちゃんがかりばーを衛宮さんに投げ渡し、戦意の無いことを示す。

 しかし油断することなかれ。えっちゃんは謎の超能力持ちなのでその武器はまだえっちゃんの手の中にある。どころか射程に入れたも同然なのだ……殺さないと思うけど。

 

「え?あ、ああ……いい、のか?」

「……少なくとも今は戦意を感じません。マスター、貴方の知識不足を少しでも埋める機会だ、話すだけ話しましょう」

「では。お先に失礼します」

「それは流石に失礼過ぎないかなぁ?令呪使うよ?先に行かせよう?」

 

 流石に無人の家に家主より先に入るのが失礼なことくらい私にも分かる。入れればいいって理論は分かるけど社会性には必要なんだ気遣いってのが。できるくらいのことはしよう。

 えっちゃんを止め、衛宮さん?セイバー?遠坂さん?アーチャー?の後を追ってお邪魔する。

 まぁ敷地から見てもかなりの広さがあって、木造の良さが出る良い屋敷だ。私は家具とかにあんまり木材使いたく無い派だけど、たまにお邪魔する分には好きだ。

 

「テキトーに座ってくれ。お茶淹れるから」

「お構いなく……すみません、このおかきはいただきます」

「ああ、遠坂とフタガミ?もくつろいでくれ」

 

 やはり糖分摂取は抑圧できないのか、僅かでも摂ろうとする欲望を抑える気が無いのが分かる。割と数あったのに一瞬で無くなった……ごめんなさい……

 サーヴァント同士睨み合ったり、遠坂さんに睨まれてる意味が分かんなくてポーッと目を眺めている内に全員の前に湯呑みが置かれ、では、という流れになった。



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第4話

宝具4→5になって名実共に完璧なえっちゃんになりました。


「ほらウタネ?話がしたいんでしょ?」

「戦争をやめて下さい」

「「「……は?」」」

 

 えっちゃんの一言に場が固まる。

 

「話にならない。私たちは皆が聖杯を求めるからこそ召喚に応じる!それをやめろなどと、我々の存在自体を侮辱している!」

「同感だ。無理な話だ。どうしてもやめさせたいのなら君が聖杯の代わりをしたまえ」

「どういう意味でしょうか」

「君が私たちの願望を全て叶える事だ。それなら誰も不満なく聖杯戦争をやめる。できるか?」

「できませんが」

「……凛、私は周囲の警戒に当たる。揉め事になりそうなら知らせてくれ」

「そうね。お願いするわ」

 

 一切感情を覗かせないえっちゃんの態度にため息をつき、赤の人が出て行ってしまった。

 そのマスターと青のサーヴァントも同じような心象だろう。

 

「熱くなったところですまないが、そもそもの話をしてくれないか?聖杯戦争って一体何なんだ?」

「遠坂さん、説明をお願いしてよろしいですか?」

「ん……私?なんでよ。貴女が持ちかけたのだから、1からするのが責任ってものじゃない?」

「……ウタネさん」

「やーよ。説明苦手なの」

「なんですかその口調」

「……無理だってんだろ。やらねぇよ」

「変われとは言ってません。普通にお願いします」

「いやだ。説明面倒」

 

 やーよ、も私多分言うと思うんだけど。

 

「はい。では面倒なのとおっちょこちょいなのは頼れないようなので私が」

「「む」」

「聖杯戦争とは、7人のマスターと呼ばれる魔術師がサーヴァントという使い魔を用いて最後の1人になるまで争う戦争です。勝者には膨大な魔力により全てを叶える万能の願望器、聖杯が与えられ、あらゆる望みを叶えることができます」

「なるほど……それで、サーヴァントってのは何なんだ?」

「サーヴァントとは、英霊、つまりは歴史に名を残した偉人たちです。例外はありますが、それぞれ歴史をもつ人物が使い魔として召喚されます。あなたが先ほど遠坂さんを生かすために使用した令呪ですが、無駄に使わない事をオススメします。サーヴァントは先の一連を見てもらった通り、通常の人間では対抗できない力を持ちます。令呪はそのサーヴァントに対して使用できる絶対命令なのです」

 

 えっちゃんはほぼ全部が例外だよねー……背景はあんまり聞いてないけどファンタジーだし。

 

「さっきのか……あと2回、ってことだな」

「はい。令呪はサーヴァントの行動を制限するだけではなく、その行動を補強することもできる。ここぞの場面では切り札になるものだ。その2回は慎重に使うように」

「あ、ああ。すまなかった」

「はい。大抵は以上です。何かあれば」

「聖杯戦争の仕組みは大体わかった。それで、話って?」

「遠坂さんもよろしいでしょうか」

「いいわよ。その話を聞くためにいるのだし」

「はい。では。というよりも、先ほど述べた通り、戦争をやめていただきたい」

「理由を言いなさいよ。シロウに言ったように、戦争をする理由が各々にある。それを否定してるのよ?」

 

 えっちゃんが戦争を止めたい理由。ロリコンからの命令で、冬木の聖杯が完成することによる災害を防ぐこと。ただしそれはタブー。あのロリコン、暇つぶしに私を転生させると聞けばゴミクズに聞こえるけど、実際のところ仕事を早く終わらせ過ぎて暇になっているという有能具合らしい。神のランクとしても結構上っぽい。それを話すことはできない。話せばまたどこか別の世界に転生させられる。

 

「面倒ですので」

「は?」

「戦えば私たちが勝ちます。無駄な血を流さず、傷付かず。そうすれば手の届かぬ理想に苦しむ必要もないでしょう。今が1番幸せだと諦めて、ただ今まで通り普通に生活してください」

「バッカじゃない⁉︎そんなの通るわけないでしょ⁉︎何様のつもりよ!」

「同感だ!今生きる人の代わりに血を流すためのサーヴァントだ!貴女は何を考えている⁉︎」

「キンキンと喚かないでください。ストレスになります……まぁいいです。私たちは交渉ごとは面倒なので苦手としています。これ以上は決裂ということにしましょう」

 

 えっちゃんが露骨に嫌そうな顔をして終わらせる。

 2人の反感を買うだけ買った気がするけど、そもそも説得には私も向いてない。今日はもう無理だろう。出直すか作戦を変えるしかない。

 

「私たちはこれで失礼します。遠坂さん、よければ衛宮さんを教会へ。そこの彼女で7人目だと思います」

「勝手決めないで貰えるかしら」

「では」

「ちょっ!待ちなさいよ!」

 

 遠坂さんの声に一切の関心を寄せず礼をして部屋を出るえっちゃん。

 

「えっと……すみませんが、お願いします。私もこれで」

「待ちなさい。ウタネ」

「はい」

 

 この世界の人間の思考回路はそこそこ分かるけど、分かるからこそこの場にいたくなかった。丁寧迅速に撤退しようとしたけど赤の人に止められる。

 

「なんなの?何が目的?」

「目的は戦争を止めること。それ以上は無いよ」

「止めてどうするつもり?その後のことを聞いてるの」

「知らない。止めることだけが目的なんだ。その先は君たちの好きにしたらいいと思うよ。私だって制限とか支配は嫌いなんだ。じゃあね」

 

 やはりと言うか何というか、全く理解ができないという風な3人を私も気にせず礼をしてえっちゃんを追う。

 親しくない人の家に長居するのは気が引ける。そもそも知らない人と長く話してられるほど饒舌じゃない。

 

「話は終わったのか?」

「……アーチャーか」

「君たちが何を企んでいるのか知らないが、私は私の望むまま動く」

「……それで?戦争を止める気は無いと」

「ふん。今日のところは見逃してやる」

 

 ……玄関先の屋根の上から偉そうに見下ろすアーチャーに軽口を叩いて見向きもせず敷地を出る。さっきやられた傷が深かったのか、特に攻撃してくるような仕草もない。

 

「……そうだな。望みは断たれた」

「……!」

 

 ……ポツリ、と呟いた一言は、奴には相当な効果があったらしい。



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第5話

「ダメでしたね」

「ダメだろうね」

「全く、何故人はそこまで争うのでしょうか」

「戦争の最終兵器のセリフじゃないけどね」

「私の戦いは終わったので、私は争いません。よって彼らは愚かです」

「自分が終わってるから他も終われ思考、嫌いじゃないけどね。そーもいかないのよ」

 

 私の部屋に戻って反省会。折角だしテキトーな和食作ってみた。折角の意味分かんないけど。

 もう出歩くこともないだろうと慢心してお酒を煽る。お酒って飲み始めたらお酒以外飲みたくないじゃん。だから一本で足りるわけないんだよね。

 

「どうしましょう。あのダ女神はそうそう納得しませんよ」

「女神?」

「遠坂凛。彼女は知り合いと言っていましたが、当然のように覚えてないんですね」

「知らないよ。蟻の区別なんて付かないでしょ」

 

 まぁ流石に、男女の区別くらい付くけど……いや私という例外がいて私を外から見た場合だとわからないと思うから付かないかも。

 そんな私に分かりやすくため息をつき、呆れました、と言うえっちゃん。

 

「はぁ……まぁいいです。カルデアに彼女を依代にしたサーヴァントがいます。依代になるにはそれなりに条件があったりしますが、あの女神は性格が大体同じと聞いています。アーチャーのくせに」

「んで、どんな性格?」

「思い込んだら豪速球ドストレートすっぽ抜け」

「もうやだ。やめる。ロクな性格じゃなさそう」

 

 ストレートすっぽ抜けって何よ。乱射式か?

 図抜けたバカが仕事張り切るとどうなるか知らないのか?

 

「ダメです。やらないと次の転生も無いですよ」

「じゃあ死ぬ」

「死んでもこの世界をループします」

「くそう」

「あなたに逃げ道は無いので諦めて前向きに考えましょう。要は誰も殺さなければいいのですから……」

「うん」

「全ての戦闘に介入して全て無傷の引き分けにしましょう」

「酷く忙しくないかなぁソレ!」

「まぁ安心してください。この時間軸ですと以前もアニメの世界に転生していますよね?」

「それを言っちゃっていいのかな?」

「まぁまぁ。それで、物語には主人公が存在します」

「うん」

「あらゆる事象は大抵主人公を中心に発生する。心当たりがありますよね?」

「なのはかぁ……」

「おや、覚えているのですか」

「流石にあれだけ長くいればねぇ」

 

 魔法少女リリカルなのは。私が前いた世界だ。

 科学の発展としての魔法を使い様々な世界が同じ時空に存在しているちょっと意味のわからない世界。

 確か10年くらいいたはずだけど、多分。その内で経験した大きな出来事は必ず高町なのはが絡んでいた。主人公というなら彼女だろうというのも納得できる。

 

「まぁそんな感じです。つまり、この世界、第5次聖杯戦争の主人公を監視できれば、ほぼ全ての戦闘が勝手に目の前で起こります」

「ん〜……なるほどね?ということは最後まで関わるわけだし、なるほどなるほど」

「ですがここは甘くなく、場合によってはすぐ死にます。スペ○ンカーです」

 

 即死ゲーの代名詞なんだが。主人公じゃないの……?

 

「じゃあどうするの」

「まずルートを選択します」

「道……?ああ、世界線の話ね」

「はい。そのためにはやはり主人公とその周囲の観察と分析が必要です」

「で、主人公は誰なの?」

「先程の衛宮さんです」

「えっと……」

「セイバーのマスターです。絶妙にダサい服の男性です」

「んぁ、あの子か。ダサいって……」

「私も服装は分かりません。制服とバトルスーツくらいしか着ませんし。あ、私はスパッツ派ですので」

「うん……そう……」

「まさかウタネさんもブルマ派ですか?ならば早々に契約破棄という形になります。永遠に虚空を眺めてください」

「いや……私はどっちも履かない……足出すの嫌いなの」

 

 ブルマとスパッツ……ってあれだよね。短パンみたいなのだよねたしかね。私年中ジャージとスキニー?ってのだし屋内外問わず足出さないな。というかそこまで異常なこだわりないしね。人の認識なんて顔と声くらいだよ。いちいち気にしない。

 

「……っと、取り乱しました。結局はループするので無駄ですね。さてさて、今日は多分教会に届け出て終わりでしょう。ウタネさんも飲み過ぎないように」

「んー、飲む?」

「いえ。糖分があればいいので。用意はありますか?」

「あるわけないでしょ。私普段何も食べないのに」

「……その『食べない』が甘味ではなく食物全般というのが恐ろしいですが。ならいいです。ソラ以外に強要するのも迷惑ですし。キッチンお借りしますよ」

「何か作るの?」

「甘めのポタージュでも作ろうかと」

「うんー、私にもくれると嬉しいなー」

「砂糖かなり入れますよ?ポタージュというよりジュースです」

「うーん、やめとこうかな」

 

 私は普通に人間だし、あんまり食べても太りそう。

 何とでもできるけどね。面倒だし。

 

「……それで、この常備菜とトンデモモンブラン以外の食材はどこに?」

「えっとね……そういえば無いかも」

 

 常備菜は基本的に甘味料控えめ。きんぴらとかナムルとかだし、肉類もえっちゃんの好みには入らない。あくまで糖分。

 そして私は常備菜に食の全てを託しているので他の食材は基本的に無い。

 それを思い出して軽く謝る風に言うと、えっちゃんの目が決意を決める。

 

「……」

「えっと……ごめんね?」

「セイバーを殺してきます。次は用意しておいてください」

「待って待って!やだ!明日いっぱい買うから!」

 

 セイバーを殺されるとロリコンの頼みを破棄することになる。そうなると当然この世界での物語は崩壊して、私はまたえっちゃんが出てきた時からループする。1日たりとも同じ日を過ごすのは嫌なのでそれだけは防がなければ。

 

「バーサーカーは要望に忠実なんです。今すぐ」

「コンビニ!高いけど買うから!ね!」

「分かりました。すぐ行きましょう」

 

 すっ……と平常に戻るえっちゃん。コンビニコンビニと急かす態度が全面に出てきてるけど。

 こういう時、ソラの能力が羨ましいな……いや、こういう時があるのが間違ってるんだけども。



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第6話

「さて、衛宮さんは生きてますかね」

「なにその不穏なセリフ」

 

 翌朝、私に朝食を作ってくれていたえっちゃんが食事中にふと呟く。

 メニューはスクランブルエッグに胡椒、フレンチトーストに胡椒、サラダに胡椒、牛乳に胡椒の胡椒推し。さては私が辛いの苦手と知っての些細な嫌がらせだな?

 昨晩はコンビニのチョコレートを空にし、その全てを口に入れてご満悦だったえっちゃんだけど、既に若干の糖分不足が見える。あれで足りないならソラはどれだけ食べさせてるの……?いや、ルーラーで召喚したならその分消費が上がってるとか……?

 

「いえ。昨日言ったように衛宮さんはほとんど死ぬので慎重に選んでほしく」

「ほとんど死ぬっていう言い方悲しくないかな。物語のアレなんだろうけども」

 

 大抵の物語は筋道が決まってる。例えば私がいたリリカルなのはだとスカリエッティが敗北して捕まるところまでは予定通りなわけだ。そして、その物語のキャラクター、人物ではそれを覆すことは絶対にできない。どんな行動を取っても、結果としてその筋書きに反映されて無意味となる。

 そして、物語の中にはいくつかの分岐点が存在する場合もある。命のやり取りという大きな選択でなくとも、何かを拾った、何かを見た、といった小さな事柄で分岐することもある。えっちゃんの言うほとんどというのはそういった分岐点の先のほとんどを指すのだろう。

 ……つまり、死亡フラグ満載ということだ。

 

「まぁそうですね。ちなみに、彼が生きていても戦う限り死者は出るので、できるだけ戦闘行動の前段階から止めていかなければなりません」

「めんどー……予測してくれるの?」

「ある程度は。ただ、彼らの近くにいることを許してもらえる程度には説得しなければならないので、それが難しいです」

「どのくらい?」

「ウタネさんが正義の名の下に軍隊で尽力するくらいです」

「無理じゃん」

 

 私は正義の正反対のところで存在している存在だ。

 正義とはその価値観において最も『良い』とされる事柄だ。平和を願うなら戦争根絶を願い働きかけるのが正義であるし、国の王が国民を守ろうとするのも正義だ。そして、国、社会、地域から迫害され続けた親が子を生かすために食料を盗むのもまた正義。

 そういったもの、その逆も正義と言える。平和を願いながら戦争をする理由を考慮し、ある範囲でならと許容するのもまた正義であるし、国のために国民を蔑ろにするのも正義。地域、社会のためにと自分を投げ捨てるのもまた正義だ。

 所詮正義というのは言動を美化するためだけの装飾品に過ぎない。正義は絶対的に正しいものではない。だから私は自分を正しいとは思わないし、正義を名乗るつもりは絶対に無い。

 

「まぁ、そうなんですよね。衛宮さんはまぁ、説得の余地は十分にありますが、セイバーはダメです。より高次元の理屈と実際の行動で納得してもらうしかありません。そして、私たちにはそれが難しいです」

「一応聞いとこうか。なんで?」

「冬木の聖杯戦争はおおよそ2週間ほどで決着となります。つまり、2日に1騎が消える計算です」

「おー、ハイペースだね?」

「まぁ、基本は一度戦えばどちらかは消えますし、複数箇所で戦闘が起こることもあるので。まぁそれは過去の例というだけで問題ではありません。問題は何故2週間という短期間で終了するのか、という点です」

「ふむ……」

「サーヴァントもマスターも、基本的に敗北は死を意味します。失敗はできません。可能性がある限りはチャンスを待とうと決め込むはずです」

「それはそうだね」

「しかしいつまでも戦争が膠着してはたまったものではありません。最悪の想定として、現在ある7騎に追加してサーヴァントが召喚されます。が、そうなれば冬木の地脈はまず枯れます。それを防ぐために聖杯によって7騎それぞれには互いへの戦闘衝動が僅かながら植え込まれています」

 

 聖杯は儀式を完了したい。魔術師は確実なチャンスを待ちたい。サーヴァントは願いを叶えたい。その3つを擦り合わせるためにサーヴァントが戦闘をしないという選択肢を消して、儀式を確実なものにしていると。あとはマスターも当然聖杯に願う願望があるわけだから自然に停止はまずしないか……

 

「えっちゃんは例外で冬木のサーヴァントじゃないんだよね?」

「私は完全にロリコンによる召喚で、ウタネさんの魔力もカルデアの電力も必要としていません。ウタネさんの魔力量なら私の糖分摂取を無くせるくらいには供給して貰えそうですね」

「え……なんで?そんな魔力無いと思うけど」

「世界を廻る度に記憶が蓄積されるように、魔力もその総量を引き継ぐのだと思われます。実際、ソラが知る世界の中で最も多くの魔力を有したウタネさんは通常の人類が耐えられないSSSであったと聞いています」

「えぇ?私確か……えっと、AAくらいまではあったと思うけど……Sも無いよ?」

「では未来の話です。それでもどうせ使わない魔力でしょう。いざという時のために私に回して下さい。ウタネさんとは違い私は普通に死ぬので」

「私も普通に死ぬけど……はい。令呪からでいいのよね?」

「はい。回路繋ぎますか?」

「ソラに殺されそうだから遠慮しとこっかな。2週間だけでしょ」

「さぁ。結果次第ですね」

「あ、決着したらダメなんだよね」

 

 魔力供給で多少は糖分欲求が収まり始めたのか、胡椒入り牛乳を一口飲み、ふぅ、と息を吐くえっちゃん。マジでソレ飲むんだ……ココアかシナモンと間違え……るわけないか。流行ってるの?

 そもそも聖杯戦争を決着させないって無理がありそうなんだけど、他に方法が無いのかなぁ……

 

「決着するための本能を持つサーヴァントに戦争をさせないだけの意識の変化をもたらす方法。これが、今私たちが優先するべきことです」

「そんな話だったねそういえば」

「最悪は貴方の能力をアテにします。よろしくお願いしますね」

「はぁ……それでいいなら、いいけども」

「では学校へ行きましょう。衛宮さんを守らなければ」

「誰から?」

「遠坂さんです」

「えぇ……?」

「いくらおっちょこちょいドジ天然ボケダ女神であろうとも、その基礎は生粋の魔術師です。下校時刻を過ぎても衛宮さんが1人で無防備に学校に残っていようものなら、即殺しにかかるでしょう」

「んー?遠坂さんが衛宮さんを殺すの?アーチャーがセイバーを倒すんじゃなくて?」

「言っていませんでしたか?セイバーは霊体化ができず、衛宮さんが自宅待機を命じています。なので学校では無防備ですね」

「素人魔術師が1人でねぇ……」

「ですので取り敢えず学校に行きましょう。私は霊体化して学校を散歩していますので」

「なんで?」

「懐かしい気分になれるかと」

「あぁそう……」

 

 私のため息を承認と捉えたのか、姿を消して移動を始めたえっちゃん。

 自分勝手。えっちゃんを形容するに相応しい1つだと思う。

 いや別に否定するわけじゃない。私達は誰1人として自分勝手じゃないとは言えない。ただえっちゃんは私達と違ってサーヴァントだ。本来ならマスターに従順であるべき存在で、その知能が備わっている。それを敢えて無視して対等な存在として意見する。それを悪いとは思わない。対等で無い関係から来る会話の結果は正しくない。気遣い、遠慮、傲慢、悪意。真意が汲み取れないこともままある。そうならないよう私達は誰も支配しない。誰にも支配されない。ロリコンだって転生時とその世界で必要な事以外は干渉してこない。

 さて、ロリコン程の力があれば戦争の1つや2つ、片手間で止められそうなものなのに何故わざわざえっちゃんを呼んでまで止めさせるのか。その辺も考えていかないとね。




「サーヴァントは互いに闘争本能がある」というニュアンスの話を見た覚えがあるのにそれがどこ情報かわからないのでオリ設定かもしれません。


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第7話

前回の闘争本能の話ですが、戦争中ならあるらしいと教えていただきました。ありがとうございました。


「お、フタガミ。昨日はその、ありがとうな」

「……」

「フタガミ?」

 

 そもそもルーラーって単騎で行動するものじゃなかったかなーとか根本的な事を考えながらポーッと歩いていると、校門前で同じ学校の男の子に話しかけられた。えーっと……

 

《セイバーのマスターです。さっき話しましたよね?》

「ああ、うん。えっと、なんだっけ……」

「……?ああ、悪い、人が多いもんな。じゃ、俺は生徒会の手伝いあるから」

「……???」

 

 セイバーのマスターはよく分からない。何がしたかったんだ……?

 

《察しが変な方向に良くて助かりましたね》

「どゆこと……」

《おそらく魔術、戦争に関することをどう誤魔化すかと考えていたように捉えたのでしょう。そして人前でウタネさんと話していること自体が不自然と考え早々に切り上げた、といったところです》

 

 文系の想定能力が強過ぎる。狂化入ってて私より知性的なのどうにかならないかな。

 

《では、私はこれで。衛宮さんが死なないよう見張っておいてください》

 

 えっちゃんの気配が遠のいていく。校舎とは別の方向、グラウンドにふらふら〜っと行ってしまった。衛宮さん、衛宮ね。多分覚えた。

 でもさ、そういう見張りとかって普通サーヴァント側の役割じゃないの?えっちゃん遊びに行く気マンマンだよね?

 ……仕方ない。来たからには一応教室に行っておくか。

 

「お、今日はフタガミも来たか」

 

 ……全ての授業で全ての担当教師が逐一同じ反応をする。卒業できんぞ、と言われたが学校に行く必要が無いのだから別に評価はどうでもいい。就職なんかで時間売らなくても私には無限に湧くお金があるんだよ。

 それらを聞き流して放課後。セイバーのマスターは何かしらの依頼を受け修理等の作業をしに教室を後にする。魔術師として、というかマスターとして警戒心が無さすぎる。

 

「さて……えっちゃんはいないし、私もちょっとは気を引き締めますか」

 

 テキトーに気配を消すこと数時間……数時間?放課後数時間も学校で作業?ナニシテンノ?ヒマか?ヒマなのか?

 いやまぁ私だって帰宅してからすることと言えばお風呂入ってお酒飲むくらいしかないが……なら作業した方が価値はあるな。

 

『おわっ⁉︎遠──⁉︎やめろ!俺は──戦う気は──』

『対抗し──無──よ!』

 

 ちょっと目を離すと昨日聞いた声2つが叫んでる。

 はぁ……まぁ、こんな時間には熱心な部活動もいなくなって戦闘には問題無いだろうけどさぁ……昨日もだけど学校だよ?個人宅ならともかく公共施設は誰の目があるか……

 声を追うとそれはそれは破壊された壁とか床。どうすんのこれ。何かしらで隠蔽する用意はあるのかな……私が直しとくか。

 さて、じゃあ突撃だ。

 

「よぉい!」

「っ⁉︎」

 

 仕方ないので取り敢えず先回りして乱入、2人の間に入ってアーチャーのマスターに対峙する。

 

「お、お前……!」

「何のつもりかしら、ウタネ」

「何のつもり、と言われてもね。昨日言ったでしょ。誰も殺さないことって」

「まだソレを言うの?その話はもう無いわよっ!」

 

 相手の左腕の魔術回路が活性化し、人差し指を前にして手を銃を模した形から魔術が放たれる。

 コレは知ってる。えっちゃんの真のマスター、ソラでも使える初級魔術。たしか名前はガンド。『当たれば1ターン行動停止するガチンコ砲だよ!』って言ってた。多分。1ターンて何よ。

 

「でも単発がせいぜい……じゃないね⁉︎」

 

 エゲツない。5発くらい飛んできてる。

 首にかけた2つあるペンダントの1つ、刀型をしているものを引きちぎり、鞘から抜く。するとペンダントは瞬時に膨らんで真剣になる。そしてそれを魔力放出で思いっきり振る。

 

「ふぅー!」

「うそ……」

「つら……何やってんだろ……私」

 

 5発分、一気に打てない分誤差があって助かった。防ぐというか逸らすようにガンドを流すことに成功した。何してんだほんと。というかなんだそのガンド。

 

「まーいいや、片腕くらいならいいでしょ」

「っ!」

 

 視線を衛宮さんに誘導、それと同時に動きを見せない歩法で接近、光ってる左腕に振り下ろす。

 

「おぉ……流石にただの刀じゃ通らないか」

 

 取り敢えず魔術回路を切断しようと左腕を狙うも当然のように通らない。

 魔術回路は魔術師の命、ただの鉄で傷がつくようでは一流とは言えないね。

 

「ナメ過ぎね、甘いわよ!」

「っ……と。うん、まぁそうかも」

 

 防がれたまま右腕で刀を掴まれ、蹴りを入れられる。

 カンの先読みと魔力放出とで躱して距離を取る。筋力差で仕方ないけど刀は手放さざるを得なかった。

 さてさてさて。魔力放出だけで対応できるかな?できれば片腕くらいで済ませたい。

 ……刀取られてるしな。

 

「形勢逆転ね」

「そう?」

「私は剣術も使えるのよ!」

「っとっと。ほー、魔術師らしくないねぇ。ゆーしゅーだ」

 

 数度振られる刀を下がって避ける。

 なんで剣術使えるのこの人……こわ。一応その刀本物よ?私魔力放出無しで振れないんだけどソレ。

 

「凛、手こずっているようだな」

「アーチャー」

「私が行こう。何、その男には手を出さんさ」

「……」

「行くぞ!」

「フタガミ!」

 

 アーチャーが双剣を手にして私に襲いかかる。

 ずっと思ってたけどなんでアーチャーが剣持つのかな?ミスリードか?

 

「まぁ、関係無いけども」

 

 ペンダントの2つ目、鎌を防御に使う。

 やれやれ……なんかアレだね、かっこよい実力者ムーブしてるな私な。

 

「何……?ハァッ!」

「っ〜〜!いった……」

 

 そこから続く連撃。確かにパワーもスピードも私より遥かに上だけど、魔力放出でならパワーもスピードも対応できない筈がない。

 けどまぁ痛い。振動や衝撃が凄い。

 

「アーチャー⁉︎何してるの⁉︎」

「……想定外だ、凛」

「まさか、生身でサーヴァントに張り合うなんて……あなたまさか……」

「?」

「ウタネ、あなたまさか、ヴィーナス……⁉︎」

「えぇ……?何で知って……」

 

 ヴィーナス。んまぁ、そうと言えばそうだ。ロリコンに慰みとして転生させられる可哀想なオモチャ達。説明するのは面倒だな……何かしてるってわけでもないし。

 というかえっちゃんは何してるの。数時間も散歩するとかヒマか?

 

「フタガミ?」

「まぁ……うん……?そう……です?」

「なるほどね、それで戦争を止めようとしてたのね。随分と悠長じゃない。聞くほど非道な存在でも無いのかしら?」

「聞きたいのはこっちなんだけども。私達はヴィーナスなんて一言も名乗ってないし、どこからそれ聞いたの?」

「とぼけてる?封印指定にされておいてよくそんなこと言えるわね」

「された覚えない新事実なんだけども。ヤバイヨソレ、なんで昨日言ってくれなかったの」

 

 事実上の指名手配である封印指定。魔術のお偉いさんたちが価値有りとした魔術師を永久保存しようとするリスト。捕まれば最後、自由意志も無くホルマリン漬けの解剖祭りだ。そこまで非道じゃないかもだけど信用できない。

 というか……なんで私が認識されてるんだろ……こわ。

 

「今あなたがヴィーナスだって知ったからよ!知ってたらそもそも話なんてしないわ!」

「じゃあどうする……?今日は引いてくれる?」



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第8話

「じゃあどうする……?今日は引いてくれる?」

「訳ないでしょ!セイバーを倒す好機、ここを逃すわけには……⁉︎」

 

 アーチャーと遠坂さんの追撃、という時に違和感。

 魔術の結界……ということらしいのがカンやアーチャー陣営の反応で分かる。

 

「っ……と!」

「シロウ⁉︎魔力を体に巡らせなさい!」

「……はぁ……っ!」

 

 ……抵抗力の無い人間を喰う簡単な仕組みの結界だ。

 なるほど、学校なら確かに活きの良い人間がわんさかいる。けどこの時間にってことは、私たちを認識しての発動か。

 

「凛、おそらく上だ」

「えぇ、行きましょう」

「まて遠坂!」

「黙りなさい!とりあえずあんたは諦めるからウタネに送ってもらうことね」

「……っ」

 

 ふぅ、と気を抜いている間にアーチャー陣営はどこかに行ってしまった。

 ……半ば一般人の衛宮のお守りを押し付けられたのか。

 まぁ仕方ない。マスターもサーヴァントも死んでないだけマシだ。えっちゃんと合流して帰ろう。

 

「離せ、俺は遠坂を追う!」

「無理だよ、さっき追われてたんでしょ。それで闘いにすらならないから逃げてたんだ」

 

 肩を貸そうと手を伸ばすと振り払われたので、多少脅す。

 

「っ……それは……」

「大丈夫、彼女もアーチャーも死なせない。今はあなたが1番死にやすいからこうしてる。さっさと帰ってセイバーといた方が良い」

「なら!令呪でセイバーを呼んで……」

「バカを言うな。3度の絶対命令権、もう無駄に1度使ってる。あなたの令呪が無ければ私たちが殺させないとは言え、セイバーの制御が出来なくなるんだよ。そうなると更に私が面倒を背負い込むことになる。だから今日は諦めて帰ること。じゃなきゃ私がセイバーの令呪とあなたの命を貰う」

「……っ、離せ、1人で歩ける」

「無理でしょ。この結界、割と強いよ」

 

 往生際の悪い、というか変に意地を張る……えっと……ん?誰だっけ?あれ、さっきまで名前呼んでた気がするんだけども……とりあえずセイバーのマスターの肩を無理矢理担ぎ外へ向かう。

 

「ウタネさん、何故彼らを?」

 

 校舎を出たところでえっちゃんが実体化して出てきた。

 今まで出てこなかったのはアーチャーとの戦闘にならないため、と言い訳しそうだけど絶対図書室か散歩だね。寝てたとか言うかも。だから聞かない。

 

「あの人たちなら死なないでしょ……あ、相手殺しちゃうかもなんだ」

「まぁそうです。まぁ、屋上はフェイクなので苛立ちながら帰ることになるでしょうが、お互いに無傷でしょう」

「じゃセーフだね。よし、帰ろ」

「待てって!」

「何?もうやることないよ」

「遠坂はどうするんだ⁉︎完全に俺を殺す気だぞ⁉︎」

 

 昨日は仲良く話していただろう学友に命を狙われることになったセイバーのマスターはかなり動揺している様子。

 どうするも何も殺さないのが目的だしほっとくしかないのに。

 ……まぁ、結界の対策を我先にと教えた時点で殺す気が無かったのは明白だけどな。

 

「だから家でセイバーといなさいって。えっちゃんも付けようか?」

「えっ」

「そういう問題じゃないだろ⁉︎学校はどうするんだ!」

「そんなもの休めば?お金いるんならいくらでもあげるし」

「……っ!そういえばお前もお前だ!ヴィーナスとか言ってたな。それは何だ⁉︎」

「おや。ヴィーナスのことも話したのですか」

 

 セイバーのマスターの言葉にえっちゃんが意外そうな顔を見せる。

 はぁ……面倒ごとが次から次へと……

 

「私が言ったんじゃないよ……アーチャーのマスターが……」

「ああ、そうでしょうね。あなたがわざわざ言うとは思えませんし。衛宮さん、とりあえず帰宅を優先していただいてよろしいですか?セイバーが近くにいた方があなたも安心できるでしょうし」

「あ、ああ」

「ありがとうございます。ではウタネさん、衛宮さんは私が担ぎます」

「うん」

「え⁉︎ちょっとまて!わざわざこんなことしなくても!」

「……?そんなに重くないですし、抱えた方が速いかと思いますが。背負った方が良いですか?」

「どっちも同じだ!人に見られたらどうすんだ!」

「さぁ。私は他人の視線など気にしないので。その辺りの一般倫理を私たちに期待しないでください。ウタネさんも分からないと思うので」

「期待じゃねぇ!何考えてんだ!」

「ん……ああ、すみません、そういうことでしたか。それならそうと言っていただければ」

 

 何かを察したのか、セイバーのマスターを地面に寝かせそのままマフラーと上着のボタンを外していくえっちゃん。

 

「ちょっ⁉︎待て待て待て!何してんだ!?」

「では私たちに協力していただけますか?」

 

 ボタンを外す手を止め、確認に入る。

 

「そうじゃない!女の子がそんな簡単にすることじゃないだろ!」

「そうですか。ではイエスかはいかオーケーというまで続けます。ウタネさん、周囲をお願いします」

「うん」

 

 周囲をと言われてももう外だから若干遅い気もするけど。

 ……まぁ、こういう物理的なのがすぐできるのが女の武器だしな。大丈夫だろ。

 

「……それでは衛宮邸へ帰宅します。ではウタネさん、お先に」

「えっ、待ってよー」

 

 ものの数秒。えっちゃんの微妙な表情を見るにシャツの半分くらいまでで止まったみたいだけれども。

 警戒を解くと衛宮さんをお姫様抱っこしたままえっちゃんが泥棒よろしく近くの家の屋根づたいに行ってしまった……私、家までの道覚えてないんだけれども。

 ……仕方ない。探すか。

 暗いし眠たいしえっちゃん消えちゃうし歩くの面倒だし。



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第9話

「3分ですか。随分と遅かったですね」

「あの距離を3分は多分人間にしては随分と速かったよ」

「随分と、というのはウタネさんに合わせたつもりでしたが今さら人間ヅラですか。まぁいいです。どうぞ中へ。衛宮さんとセイバーがお待ちです」

「なんでセイバー陣営側みたいな振る舞いするのよ」

「まぁまぁ」

 

 やっとこさ衛宮家に着いた私をえっちゃんが出迎える。

 たまにわけのわからない押し方するえっちゃんだけど私もそんな感じだと思うし議論が面倒なので従っておく。

 そのまま連れられると、並んで座るセイバー陣営の対面に座らされた。

 

「うん。なにこれ」

 

 しっかりと淹れられたお茶に、軽いお茶菓子。

 完璧丁寧に迎えられても私としては困るものがあるのだけれども。

 

「まずは私から。本日は凛からシロウを守っていただいたようで礼を述べます。ありがとうございました」

「うん。それは別に気にしないで」

 

 セイバーが向かいから頭を下げる。

 見た目からして西洋の英霊であろうに。聖杯の知識だろうけど礼儀正しいことで。

 

「さてそれでは、滅多とない機会となったので改めて提案させていただきます。セイバー陣営のお2人、私たちと手を組む……とまでは言わなくとも、戦争の参加者が我々2組になるまで敵対しないという同盟を組みませんか?」

「……そうですね。あなた方が聖杯を求めないのであれば、我々が聖杯を手にすることもできる」

「待てセイバー、まだ全部を聞いてない。約束したよな、フタガミ。ヴィーナスについて話すって」

「ああ……うん?したっけね?」

「ヴィーナス?あなたがですか?」

 

 ヴィーナスの単語に反応してセイバーが私を凝視する。

 

「そうだけども。なんで知ってるのよ」

「知らないはずがないでしょう。サーヴァントは現世の知識を持ち合わせている。ならばその名を知らないはずもない」

「そんなもんなのかー……有名なつもりは全然無かった」

「では、ウタネさんから説明をお願いします」

「まぁ……仕方ない、と言ってもね?言うことほとんど無いんだよ。ヴィーナスってのも多分周りが勝手に付けたあだ名みたいなものだし……別に敵対しなければ害は無いと思う」

「敵対したらどうなるんだ?」

「さぁ?死ぬんじゃない?」

「……そりゃあ、俺みたいなハンパ者は死ぬだろうけどさ、サーヴァントはどうなんだ?俺も戦いを見たがサーヴァントは明らかに常軌を逸してるぞ」

「関係ないよ。どれだけ元が強力でも、ヒトの枠に収まるくらいには霊基を収縮させてるんだから」

「ではあなたは私をも殺せると?」

「うん。やらないけどね。意味無いから」

「それは英霊への侮辱ですか?我らなど何の価値もないと?」

「ううん、そーじゃないよ。あなたたちの功績は人類に貢献するもので、賞賛されていいものだ。けど、戦闘となればそれは別。強いか、弱いか。殺すか殺されるか。だから、争わなくていいよねってこと」

 

 事実は時として棘を持つもので、見事セイバーのプライドをチクチクしてしまった様子。けれど事実なので私はサーヴァントの武力を恐れない。私なら瞬きする間に7騎全てのサーヴァントを皆殺しにできる。

 ……どこにいようとどう逃げようとも、な。

 少しヒートアップしたのを止めるためか、セイバーのマスターがお茶を淹れると台所へ立った。それを見てセイバーもハッとした顔をしてすみません、と謝ってきた。謝ることでもないのだけれど。多分私が謝るべきなんだろうし。

 

「それでさ、ヴィーナスって何してるんだ?遠坂があれだけ動揺するんだ、バーサーカーと同じくらいだろ」

「うん?バーサーカー?」

「シロウ」

「いいだろ、フタガミは聖杯要らないって言ってるんだから」

「ですが……」

「いいよ、2人の同意があるまで戦争内外問わず話さなくていい。ヴィーナスが何してるかだけど、結果的に言うと世界を破壊して回ってる」

「「……!」」

「ああ、誤解しないでね?あくまで結果的に、だから。武力だとかなんだとかをすぐにする気は無いよ」

 

 聞いておいて警戒するとは……これが真実を知ると変化する生物の代名詞、人間か……

 世界の破壊ったって、物理的なものじゃない。あくまで本筋から逸脱させてしまうっていう意味の破壊……物語が物語であるためのストーリーを私はめちゃくちゃにしてしまう。きっと、この世界のそれももうすでに壊れ始めているのだと思う。

 

「ヴィーナスについてはその都度話します。我々との同盟について、答えを聞かせて貰えますか」

 

 私についての話は答えが出ないと判断したのだろう。

 話すべき事だけに焦点を当てて進めてくれた。

 

『その話!ちょっと待ちなさい!』

「っ⁉︎凛⁉︎」

 

 玄関から聞こえた声にえっちゃんとセイバーが臨戦態勢を取る。

 聞いたことある声だしほっといていいと思うけど。

 

「遠坂!まだ諦めてないのか⁉︎」

 

 廊下から姿を表したアーチャーのマスター。

 

「待ちなさい。セイバーもウタネのサーヴァントも落ち着いて。もう戦う気は無いわ。アーチャー、そこに立ってなさい」

「ふむ。まぁ、君がそういうならそうしよう」

 

 アーチャーが姿を見せ、2歩引いた位置で停止する。

 ……嫌な予感しかしないぞ。

 取り敢えず様子見。アーチャーが本気でもセイバーとえっちゃんの2人には勝てないだろうし、セイバーのマスターを守るくらいなら私とセイバー、えっちゃんの内1人がフリーなら大丈夫。

 

「私もその同盟に入るわ。3組の同盟よ」

「「「……」」」

「なっ!何よその反応は⁉︎私が手を貸してあげるって言うのよ⁉︎涙を流して有り難がりなさいよ!」

「ダメっぷりは健在の様ですね。アーチャー、相当に苦労するでしょう」

「ふん、ま、否定はせんがね」

「アーチャー!貴方は黙ってなさい!そしてフタガミさんのサーヴァント!あなたは一々偉そうに私に突っかからない!」

「まぁ、ウタネさんがそう指示するなら考えます」

「フタガミさん!さっさと命令しなさい!」

「まぁ……えっちゃん、面倒そうだから放っておいてあげて。バニングスの香りがする」

「分かりました。ですが最後に一言。あなたが要求したとはいえ、ウタネさんの上に自分がいると思わない事です。人間」

「キィィィ────ー!人間人間って!二度とその口を効かないことね!」

 

 この奇声を上げる赤い化鳥が学園のマドンナらしい。まぁでも、なんか知ってる。八神さんや金髪お嬢様と同じタイプだと思う。いるよね、なんか外面固めるの上手い人。

 ……まぁ、それの最たるものがフタガミウタネなんだけどな。

 

「ウタネさんの指示ですからそうします。それで、同盟に入りたいとのことでしたが。理由をお聞かせ願えますか」

「待ちなさい。我々はまだ同盟を組むなどとは」

「それこそ待ってください。この屋敷の警鐘を無力化してまで正面から上がり込んできたのです。同盟が必要な相応の理由があるのでしょう」

「え、そういうの無力化できるんだ……今度からしよ」

「ウタネさんは黙りましょうか。遠坂さん、どうですか?」

「そうね、さっき学校で結界が起動したでしょ?」

「ですね。それなりの物と見ましたが」

「そう。あれだけの結界、聖杯戦争が開始して間もない時期に、人がいない夜だけで張れるわけがないの。昨日は私もいたから、より難しいはず。つまり」

「学校関係者にもう1人マスターがいる、ってことか……」

「そう。だからこの3組で組めば結界が発動しても勝機は十分にある。フタガミさんには私が衛宮くんを殺さない保証になるし、衛宮くんは私とフタガミさんに守って貰える。どう?悪くはないと思うわよ?」

「ふーん。えっちゃんはどう?」

「理想的な展開です。衛宮さん、セイバー、どうでしょう」

「俺は願ってもない提案だけど……セイバーはどうだ?」

「まだ少し腑に落ちない点もありますが、戦力に関しては信用できる。マスターがそう言うのであれば、私も異存はありません」

 

 私とえっちゃんは断る理由もなく快諾。

 セイバーが若干の躊躇を見せるもマスターの意向を尊重し決定。

 学校にいる3に……4人目のマスター。その脅威に完全なる対策をするために同盟が結ばれる。

 現在判明しているサーヴァントはセイバー、アーチャー、ランサー。そしてさっきチラッと出たバーサーカー。残るはライダー、キャスター、アサシン。

 アサシンは結界を張るようなクラスじゃないと思うし、速さとレベルで言うならキャスターが最有力候補か。それなら対魔力持ちのセイバーが学校に来るまで時間稼ぎすれば余裕あるかな。

 

「よし!アーチャー、分かってるわね!」

「……了解だ。だが1つ聞いておく。その同盟は学舎のサーヴァントを排除すれば解消されるのだな?」

「ま、今のところわね」

「ならば良い」

 

 無事アーチャーの疑問も無くなり、全会一致の同盟が出来上がった。



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第10話

そもそもなんですけど、この作品に世間一般の倫理観を期待しないで下さい。多分欠如しています。


 次の日。

 えっちゃんからダ女神とやらについては多少聞いていた。とんでもない傍若無人の存在だと。まぁ神なんてそんなものだ。そうであってくれなければ私がハズレを引いているようでシャクだ。あのロリコンめ。

 しかし同盟を組んだから、という理由で泊まりに行くのは多分意味不明だと思う。

 

「だからなんでフタガミまで俺の家に泊まるんだよ⁉︎」

「同盟組むんだから、一緒にいないと意味無いでしょって言ったじゃない!ほら!ウタネも学校休んで荷物取ってくる!」

「えぇ……めんど……」

 

 私がセイバーのマスターを学校まで護衛しようと家に寄ろうとしただけなのに、その時既にいたアーチャーのマスターが私の移住を強制するために家の中に引き込まれた。家主は混乱したままだ。寝坊して既に登校時間ギリギリだというのに。

 

「アーチャーのマスター?それは無理矢理過ぎない?同盟とはいえ自由意志はあるんだからさ」

「じゃあ互いに襲われたらどうするわけ⁉︎衛宮くんは通信魔術も使えないじゃない!それを察知して駆けつける間に何かあったらどうするのよ!セイバーは確かに強いけど、単独で戦ったら同盟の意味が無いじゃない!」

「む……確かに一理ある。電話しても時間はかかるしできない状況に追い込まれてるかもなわけだし」

 

 なら2人いればいいわけで、私は要らないんじゃない?という言葉は飲み込んだ。言えば多分面倒なことになる。

 

「でん……わ……?」

「ん?」

 

 ぽかーん、という表現が1番だろうか。全く想定外のものを持ち出されたような表情をするアーチャーのマスター。

 

「どうしたんだ遠坂?」

「ああああああああアナタたち⁉︎何電話って⁉︎もしかして異世界の話をしてるんじゃないでしょうね⁉︎」

「「……?」」

 

 我を見失うほどに取り乱しているアーチャーのマスターを見てセイバーのマスターと顔を見合わせる。

 電話が私のいた世界にしかない可能性も一瞬考えたけどこの家の廊下にも今時見ないタイプだけど置いてあったしそもそも同じ世界にいるはずのセイバーのマスターも何言ってんだこいつみたいな顔してるから多分アーチャーのマスターがおかしい。とすると……?

 ……魔術師はそもそも機械関連が苦手なんだ。

 忘れてた。魔術に信仰的なものさえ抱くのが魔術師だ。この世界の文明がどの程度か分からないけどテレビも携帯電話もある世界でそれに着いていけるはずがないんだ。

 

「セイバーのマスター、魔術の世界に疎いだろうから言っておくけども。魔術師はその歴史が深いほど現代の科学から取り残されていくんだ。だから、多分テレビも使えないと思う」

「そ、そうなのか?遠坂?」

「いいじゃない!魔術で同じことができるんだから!」

「コスト」

「う"……それは仕方ないじゃない。魔術の基本は等価交換なんだから」

「認知度」

「そ、それも仕方ないじゃない!魔術は神秘と秘匿なんだから!」

「そーでしょー?だから、電話使いましょ。番号押して発信ボタン押すだけだから」

 

 携帯を手渡し、握らせる。

 

「うぅ……壊れないわよね?爆発しないわよね?」

「しない。するんだったら普及しない」

「そうよね、低俗市民が扱えるんだもの、私が使えないはずがないわ」

「そう。どれだけ知能が低くても消費者層にカウントされるだけの最低限人間と言える知能があれば使えるから」

「そうよね……番号を押して、このボタンでいいのね?」

「うん」

「お、かかってきた」

「……!」

 

 見事子どもでもできるような基礎操作を成し遂げると、無くしたクレジットカードを無傷で見つけたような晴れやかな顔をして私を見てくるアーチャーのマスター。この瞬間の目だけは欲しいな。

 ちなみに、何故セイバーのマスターの番号を知っていたかなどは気にしてはいけない。ヴィーナスってそういうもんだよ。

 

「じゃ、その携帯あげるから、さっさと部屋に戻ってなさい」

「ええ!シロウ、また後でね〜!」

「遠坂!待てって!おい!」

 

 機械に慣れない魔術師はウッキウキで携帯を振り回しながら廊下をステップしていった。

 

「遠坂のやつ……屋敷荒さないだろうな。フタガミ、とりあえず助かった」

「うん?助かったの?」

「な、なんだよ、その嫌な笑いは」

「男子高校生の一人暮らしから一転、数日と経たず女が4人も増えるんだよ?昨日のえっちゃんみたいなことが……うふふふふ〜」

「……っ!何言ってんだ!そんな気はサラサラないぞ!」

「分かってるよ。まぁあっても私かえっちゃんに来てね?セイバーだと信頼うんぬんだろうし、遠坂さんも一応普通のじぇーけーだし」

「お前らは違うのかよ。まさか、あれか?……夜の店とか」

「あははは、違うよ、私処女だし。私なりの優しさかなー。私もえっちゃんも性とか手段としか見てないからさ。体が柔らかいとか力があるのと同じ。あ、男がいいなら言ってね。そっちでもいいから」

「簡単にそういう事を言うなよな。ほんとに間違いが起きたらどうすんだ」

「ま、今のところあなたが1番弱いから無理矢理なんて無理だろうしね」

「それは言い返せないけど。それより大丈夫か?遠坂に携帯あげたりして」

「ん?ああうん。ほら、こうやって……いくらでもあるから」

 

 ちちんぷいぷい……はもうダメなのかな。

 とりあえず携帯を手元に特殊召喚する。遠坂さんとは別の、それでいて私が持っていた携帯と同じ携帯電話。同じものは同じ世界に2つ存在することができる。

 

「じゃ、悪いけどお部屋あるのかな?」

 

 携帯と性のことでからかう気マンマンでケラケラと笑ってみる。やー、そういえば私存在年数にしてどのくらいだろ。少なく見積もって50以上なんだけど……うん、そろそろ人煽ってるトシじゃないな。

 ……実際寿命来てるくらいには未経験な気がするぞ。

 精神年齢は生前の死亡時より若干若返ってるまであるし妊娠キャンセルくらいわけないんだけど人と関係持つのが嫌だな。まぁその気になれば別世界で胎児からでもやり直せるだろうしどうでもいいけども。私に人間的な活動は向いてない。

 

「ああ、離れが客間になってる。遠坂もそっちに行ってるからそうして欲しいんだが……」

「そう。じゃあ部屋指定してよ。決めらんない」

「まったく……荷物はいいのか?」

「うん?あー、流石に制服だけはキツいか。3着くらいあとで持ってくるよ」

「それだけでいいのか?なんか女の子ってもっと荷物あるのかと思ってたんだけど」

「んー、普通ならあるんじゃない?ほら、私ヴィーナスだから」

 

 ハテナマークを浮かべまくるセイバーのマスターを放って廊下を歩く。

 あー、封印指定の設定ほんと助かる。なんでもヴィーナスだからで誤魔化せそう。設定じゃなくてマジで指定されてるらしいのが笑えない。

 

「じゃあ、この部屋でいいか?あとお前のサーヴァントの部屋なんだが……」

「ん、一部屋でいいよ?迷惑でしょ」

「いや、1人一部屋は必要だろ?それに朝と夜はできるだけ部屋に隠れててほしいし……」

「うん?」

「あぁいや、こっちの都合なんだ」

「ふーん。まぁいいよ。私も基本は部屋籠るスタイルだし。鍵は開けとくから用事があったら言ってね」

「閉めとけ!」

「はろーチョコレート。いやぁ衛宮さん、あのダ女神……人間に言いくるめられて泊めてしまうことになったようで誠にお悔やみ申し上げます。さて、まずこちら……敷金礼金家賃先払い半年分一括となります。この辺りの相場から計算したものなので不足があればお申し付けください。20倍までなら本日用意することが可能です。それ以上は来月までお待ち下さい」

「ん……?えっ、うわあっ⁉︎なんだこの大金⁉︎」

 

 急に小さめのキャリーバッグと封筒を持って出てきたえっちゃんがセイバーのマスター……衛宮さんだね、忘れてた……に封筒を渡す。

 

「250万ほどですが。50万は敷金礼金として1人あたり月16万ほどです。これだけ広ければ相応に必要だろうと想定しました」

「待て待て待て!俺は別にお前らから金取ろうなんて思ってないぞ!」

「しかし……ああ、一夫多妻の擬似体験ですか。それで1人一部屋と」

「……?どういうことだ?」

「殿方が夜な夜な各部屋を訪問し、共に寝ると言うものですが」

「しないって言ってるだろ!なんなんだお前ら!女の子がそう言う事を言うとすぐ勘違いする男だっているんだからな!」

「そうでしょうね。ですから何も言わずお金を渡したのですが。その気があったのでは?」

「う……無い!お前らとは同盟だけの関係だ!」

「でしたら尚更お金は受け取っていただきます。そうでなければ対等関係としておかしいですよね?」

「おかしくないだろ、部屋貸すだけなんだから。期間中守ってくれるなら、それが対価だ」

「なるほど。では本当によろしいのですか?」

「いいって言ってるだろ。人に見つかったらヤバい額だからしまってくれ」

「200万程度でそうはなりませんが。わかりました。ここは引いておきます」

「いや……遠坂に、だ」

「ああ……でしょうね」

 

 邪悪な言い方をして封筒を仕舞う。といっても制服のポケットに雑に押し込んだだけ。まぁそのくらいならロリコンがすぐ振り込んでくれるだろうしホントに誤差だね。以前の世界では小学生だからと数百万で制限をかけたまま放置されてたからね。今回は制限無し。もう4桁万円は貯まってる。

 ……毎月数倍になるんだから一生使わねぇ額だなホントな。

 それに戦争が2週間で大体っていうのに半年分とは。マジで全員生存が目的なんだ……

 

「ああ。あと風呂と飯なんだが、ちょっと朝早かったり夜遅くても大丈夫か?」

「……?サーヴァントに食事は必要ありませんが」

「そうだとしてもフタガミがいるだろう。まだ高校生なんだし食べ盛りだろ?」

「言われてますよウタネさん。食べ盛りなんですか」

「……?」

「食事はいいよ、そんなに食べないから」

「でも腹は減るだろ?」

「とーう!」

「ぐはっ⁉︎」

 

 食事提供を断っていると衛宮さんにアーチャーのマスターが飛び蹴りを背中に直撃させた。やっぱり魔術師の運動能力の平均を超えてると思う。

 

「何すんだ遠坂!」

 

 飛ばされた衛宮さんを支えるわけでも無くスッと避けてしまう私とえっちゃん。

 遠坂さんね、多分もう忘れない。

 

「女の子にそんな言いよるものじゃないわよ、シロウ。乙女は常にダイエットと隣り合わせに生きているんだから」

「そうなのか?」

「だから聞くな!」

「いや、私は純粋に食べないから。ダイエットもしたことないし」

「違うじゃないか遠坂!」

「あ、あああああああああなた⁉︎何したことないって⁉︎もしかしてシロウに幻想を持たせようとしてるのよね⁉︎私に対する悪意じゃないわよね⁉︎」

「さぁ……知らないけども。食べないのはホント。なんかめんどくさいし。3日くらいなら何とでもなるし」

「わわわわわわわわ私がこの体にどれだけ気を使ってるか……!いい⁉︎同盟中は同じ食事を取りなさい!これは必須条件よ!」

「それ必要ある?」

「ど、同盟の意思表明よ!同じ釜の飯を食う!それが仲間というものでしょう!」

「まぁ、食べろと言うなら食べるけども」

「そ、そうよ!なんだかんだ言って食べるんだから!」

「にんげ……遠坂さん、非常に厳しいことを言いますが、ウタネさんは私が見た限り2日に1食です。それもあなたの言う食事とは程遠い低カロリーなものです」

「ぁ……」

 

 えっちゃんの言葉に完全に何処か遠い世界に行ってしまった遠坂さん。

 生前からそうなんだよ、という言葉を言おうかとも思ったけどなんかややこしくなるからやめておいた。

 最後に食べたのえっちゃんが出てきた日のおつまみと昨日えっちゃんが作ってくれた胡椒の朝食か。我ながら充実した食生活を送ってるね。

 

「では衛宮さん、食料の買い出しが必要なのではありませんか?よろしければ我々が行きますよ」

「いや、それもいいって。気を使ってもらっても居心地が悪い」

「今は戦争中です。単独で身を守れない衛宮さん、まだ傷が完治したばかりで本調子では無いアーチャー、単独で戦争を終わらせられる我々。私たちが外で必要な分担を担い、遠坂さんとアーチャーは作戦の立案と周囲の警戒、衛宮さんとセイバーは中での家事等を担うのがそれぞれの最適な役割と考えますが。いかがでしょうか」

「それは……そうかもだけど」

「そうね。アーチャーはフタガミさんにも止められちゃったもの。それがいいわ。私は賛成」

「そうか。じゃあ頼む。あとでリストを渡すから」

「はい。では少し部屋にお邪魔します」

「ああ。ホントに一部屋でいいのか?」

「基本的にサーヴァントに部屋は必要ありませんが……お言葉に甘えてもう一部屋いただきましょうか」

「ああ。フタガミの隣でいいか?」

「はい。ありがとうございます。ウタネさん、一応服を持って来ましたので、とりあえず着替えますか。この様子だと学校はサボるようなので」

「あーうん」

 

 えっちゃんが私にキャリーバッグを渡して一応ノックをしてからドアを開け、内装の確認後何も言わずに閉じこもってしまった。

 

「じゃあ私もお邪魔するけど、この家のルールとかある?」

「ん?いや、別に決めたことは無いぞ」

「じゃあ勝手にするけど、何かあったら言ってね。私に気を使ったら殺すから」

「お、おう……」

 

 呆れられながらもえっちゃんが持ってきたバッグと共に部屋に入る。

 ようこそ私の新しい部屋。このまま普通の生活をさせてくれ。



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第11話

魔術師の歴史なんですけど、1代目ってその人から見て例えば20歳から60歳まで魔術師しました!ってなると40年の歴史じゃないですか。でも一般的に子供に後を託すって方法を魔術師は取るわけで、そうなると1代目の子供が20になる年、1代目が40歳の時に回路移植をすると2代目の歴史は20年からスタートじゃないですか。それが繰り返されるとしても優秀になってくる3代目も60年ちょっとの歴史でまだ初代が生きてるかもしれないと思うとそう深く無いのかなぁと思えちゃったり。
あんまり関係無くてごめんなさい。


 バッグと共に部屋に入る。

 中はベッドとタンス等、ホテル的な簡単な内装になっていた。

 私の家の部屋より充実してる。私の部屋ベッドとテーブルしかないのに。

 それは置いておいて、キャリーバッグを開ける。ところでこれどこのキャリーバッグ?私多分持ってなかったよ?

 

「ほー?」

 

 えっちゃんが私に服なんて持ってくるわけもなく、中にはまぁ……それなりの額の札束が詰められていた。

 

「いやぁ……これなら普通に服でよかったなぁ」

「服くらいならどうにでもなるかと思いまして」

「うおあ」

 

 使い道の無い中身に呆れてるとえっちゃんがドアも開けずに実体化した。

 サーヴァントの霊体化って透過するんだね。見えなくなるだけかと思ってた。便利だね。

 

「どうにでもなるけどさ、お金もどうにでもなるよ」

「あのダ女神の懐柔には現金で手元に置いておく方が良いです。どうせ無限に湧くんでしょう?」

「毎月残高が2から12倍になる。サイコロ2個分。にしても懐柔ねぇ」

「デタラメな金利ですね……期待値7倍とすると来月には5桁万円ですか。まぁいいです。あの人間……遠坂凛、気がつけばこの家の全権力を握る気やもしれません。そうなればいかに私とて手が出てしまいます。金目の物で飼い慣らすのが1番でしょう」

「そーだねー。私の預金残高であの目と声帯買えないかなー」

「ウタネさん、遂に声にも手を出そうとしてるんですか?」

「うぇ⁉︎声に出てた⁉︎」

「ガッツリと」

「んー、まぁそうだね、聞くのもいいけどさ、やっぱり体とか声って自分で使う時間の方が長いじゃない?ならそのほうが」

「……まぁ、そうですか。あなた方がまともな性的嗜好を持っているとは思っていなかったのでまぁ。因みに私やソラの声はどうですか?」

「んー、えっちゃんはちょっと微妙かな?もうちょっと下げるかテンション高いかもうちょっとどっちかに寄れば貰う。ソラはいいや。ん……どんな声だっけソラって」

「……神が言っています。それに触れれば死ぬと」

「殺してほしい」

 

 めっちゃ可愛い子みても愛でたいとかの感情が湧かないんだよね。その声で喋りたい、その顔で笑いたいとかばっかり思う。まぁ人と喋ることがあんまり無いし無表情らしいから多分持て余すんだけども。僅かばかりの数少ない欲求だよ。

 

「無理でしょうね」

「なんでよ」

「ならば逆に聞きますが。どうやったら死ぬんですか?」

「こう……なんか無いの?直死みたいな」

「死の無い相手をも殺すグランドアサシンはいますが、それで死ぬわけないですよね」

「うん。ぶっちゃけこの世界の私は無敵だしねー……」

「でしょうね。ソラもいませんし」

「ソラどうしてるんだっけ」

「第5次の原本の世界に。プレシアさんとアインスさんもそれぞれ並行世界にいます」

「あ、あの2人まだいるんだ」

 

 この世界の私は自分から死のうとしない限り死なない。だからといって余裕がある訳でもない。生死が重要なのは私でもえっちゃんでもなくて、この聖杯戦争の正規の参加者14人だ。彼らは死ぬ。それを防がなければならない。

 プレシアとアインスはロリコンに属する……まぁ私みたいに命を管理されてる感じの人達だ。まぁ会う事はないと思うけど、私みたいに無理矢理やらされてるんだろうな。

 

「引き込んだのウタネさんですよ」

「や、私じゃ……私か?」

「はい」

「んー、まぁそう……ん、どうぞー」

 

 コンコン、とノックされたので返事を返す。

 こちらが開けずにいると少し躊躇うようにゆっくりとドアが開いた。

 

「すまんフタガミ。さっき言ってた買い物のリストなんだが」

「ああうん。ありがとう。あとドアさっさと開けなよ」

「おぁ⁉︎」

 

 微かに開けるだけで一向に動かないので私が内側から引くと変な声を上げて部屋に倒れ込んでしまった。

 

「何すんだ!」

「そっちこそ何してんの。気ぃ使ったら殺すって言ったよね」

「いや、悪い。どうしても女の子の部屋にズカズカとはいかない」

「面倒くさい性格してるね」

「ほっとけ。で買い物なんだが急ぎはしないけど学校終わるまでくらいには帰って欲しいんだ」

「うん?まぁ、今から行けばお昼くらいで帰れると思うけども」

「まぁ、色々事情があるんだ、すまん」

「……そういう気を使うなと言ったつもりだったんだが。言いたい事だけ言えばいい。こっちは別にそんなことで気ぃ悪くしたり裏切ったりはしない」

「お、おう……すまん」

「抑えてください。貴方達のような人は稀なのですから」

「ああごめん、まぁそう言うことだから。今から行くよ」

 

 リストを受け取って部屋を出る。

 少し遅れてえっちゃんがついてきて、少し上機嫌で話し始めた。

 

「ふふ、中々面白いですね」

「うん?何が?」

「いえ。食い慣れたケルトのむさ苦しい生ゴミと比べればなんと可愛らしいことだろうと思いまして」

「ケルト……?」

「フェルグスです。躊躇いなくソラに手を出そうとしたクソカスです」

「おー、そんな嫌うほど?」

「私がどうこうはどうでもいいですがね」

「あっはは、ソラも多分おんなじこと言うよ。えっちゃんに手ぇ出したら殺すーって」

「ですかね。まぁ先ほどのウタネさんもフェルグス(あのゴミ)と同じようなものですけどね」

「んぁ……ああ。いやだってさ、前の世界は殆ど女……というか人間ですらなかったし、唯一の男の子もパートナーいたし……珍しかったんだよ。あーゆー子」

「視点がもう高校生ではないですね」

「まぁねぇ。もう人外だしねぇ」

「まぁいいでしょう。さて、こちらですよ」

「うん?スーパーってこっちじゃないの?」

「等価交換の原則を考えてください。我々は無銭で宿泊させてもらうのですよ?」

「あー……なるほどね。それで私が買い物か」

 

 ♢♢♢

 

 ──えっちゃんが少し遅れた理由──

 

「ん?その……」

「ああ、私はえっちゃんで良いです」

「ああ……えっちゃんは行かないのか?」

「ええ。ウタネさんの部屋を悪漢に荒らされないよう警護しておかなくてはなりません」

「悪漢って……まさか俺か⁉︎するわけないだろ!」

「ふふ、冗談です。今は何もありませんがこちらの物は盗る分には構いません。戻されると数の管理ができないので、そちらで処分して下さい。では私も買い物へ。失礼します」

「ちょっ……待て!おい!」



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第12話

「お待たせ。時間大丈夫かな」

「ああ、すまん」

「ふふーん、よく帰ってきたわね」

「何?えーと……誰だっけ」

 

アーチャーのマスター。って言うことだけは覚えてる。なんとかなんとかって名前だよね確かね。うん。確か苗字が漢字2文字だよね。うん。

そう考えてる顔があまりに間抜け面だったのか、ビシッと指を刺されて怒鳴られる。

 

「遠坂!遠坂凛!私を覚えないとか何様よ⁉︎」

「うん、記憶力悪いの。たまに全部忘れるから許して」

「えーと、フタガミさんのサーヴァント、ホント?」

「えっちゃんで大丈夫です。まぁそうですね。記憶力が悪いというより興味関心が限りなくゼロなので覚える気が無い、が正解ですけど」

「やっぱり失礼じゃない!」

「なぁ、ところで、えっちゃんのクラスを教えてもらってもいいか?流石にこの呼び方は恥ずかしい」

「あ、そうね。他同盟の特定にも繋がるから」

「そうですか。クラスはセイバーですがバーサーカーでルーラーです。セイバーを希望します」

「はぁ?セイバー⁉︎バーサーカー⁉︎ルーラー⁉︎」

「どういうことだ?セイバーは俺のサーヴァントだし、バーサーカーだってあの時のだろ。ルーラーってことなのか?」

「えっちゃんは元はバーサーカー。セイバーは願望、ルーラーは今のクラスだよ。えっちゃんも変に混乱させないの」

 

カルデアのサーヴァントはクラスが変わってたりするからな……面倒なんだよね。カルデアって言って通じるのかな……この世界にあるのか並行世界なのかわからないから放置でいいか。

 

「すみません、珍しいだろうと思いまして」

「ルーラーって裁定者じゃない!なんでこの聖杯戦争に出てくるのよ!」

「ですから、戦争をさせないために動こうとしてるんですよ。誰も止まってくれませんが」

「ルーラーがヴィーナスのサーヴァント……はー、ますます勝ちが遠のいた気がするわ」

「でしょうね。この戦争に勝利者はいませんから」

「はいはい。それができるといいわね。時にフタガミさん、アナタ、料理はできるかしら?女の子だもの、できるわよね?」

「おい遠坂……」

「うん?まぁ、一人暮らしだし、それなりに?」

「じゃあお昼はアナタにお願いするわ。メニューは何でもいいわよ、自信作でお願いね、それじゃあ私は部屋にいるわ。できたら声かけてちょうだい」

 

あっはっはっは、と高笑いをして消える遠坂さん。

ああ……コレか……

 

「わかりましたかウタネさん。アレがあの人間の本性です」

「まぁ、大体わかった」

「大丈夫かフタガミ。料理は俺がするぞ?」

「いいよ、お世話になるんだし。料理は嫌いじゃないしね」

「ウタネさん、モンブランだけはダメですよ」

「アレはもう作れないよ」

「では自宅のアレはどこから……?」

「あー、えっと……」

「あ、ああ!すまん、俺も道場の方にいるよ。料理できたら教えてくれ」

「ごめんね」

 

私が言い淀んでるのを見て、衛宮さんが走っていく。

まぁ……この世界の人には話しづらい事だしいっか。

 

「あのモンブランは前の世界、『●●●』の家の冷蔵庫から取ってきてるの。もう皇帝特権は無いしね。あそこにある分で最後だよ」

「そうですか……では作れるのでは?」

「うん?話聞いて……あー、できるけど……」

「やりたくなさそうですね」

「まーね。まぁあんなの私くらいしか作れないしもういいよ。市販ので諦める」

「そうですか。では料理はどうされますか?」

「材料何買ったっけ」

「さぁ。当てつけに値段の高い食材をメインに買いましたから、何を買ったかまでは。ではフレンチでもどうでしょうか。私は作れませんが」

「んー、そっか。まぁ和洋中なんでもいいでしょ。テキトーで」

「はい。お任せします。できればデザートも一品お願いします」

「オッケー。設備は勝手にしていいかな……まぁ、ダメだったら買い直そう」

「そうですね。金に物を言わせましょう」

「言い方が悪者だけどそうだからいいや。じゃあ座ってて」

「はい。お願いします。あ、すみません、少し衛宮さんと話をしてきます」

「はーい」

 

さーて、どーしよーかなー、なんて言いながらレジ袋を漁る。

中には軽く4桁の数字が書いてある食材がたくさん。まぁちょっと大きめのスーパーだし限度かなぁ。総額は5万くらいかな。1食5万か。世の労働者階級がそんなことしたら1週間で破産しそうだ。

さてさて……何作りましょうね。

 

♢♢♢

 

「ん?どうしたんだえっ……っと、ルーラー」

 

道場でセイバーと特訓を行なっていた士郎が顔を見せたえっちゃんに声をかける。

えっちゃんはセイバーと士郎を順に見た後、目を閉じて軽く礼をする。

 

「どうも。いえ、調理はウタネさんに任せているので、家主の目の届くところにいようかと」

「……?別に俺はお前らを疑ったりしないぞ?」

「いえ。ヴィーナスがそこまで知名度のあるものとは私も知らなかったので、本当に敵意はないとお伝えしたかったのです」

「クラスはルーラー、ということらしいですが」

「なんでしょう」

「貴方方からは確かに敵意は感じない。だが同時に、戦争中だという緊張感も感じない。シロウのように魔術に疎いわけでも無く、聖杯戦争に進んで介入しようとするのに何故でしょう」

「緊張感……ああ。私は多少なり持っているつもりでしたが、ウタネさんが隣にいるとつい油断してしまうようですね。私では確かに限界もありますが、ウタネさんになら任せられますから」

「……?貴女のマスターは魔術師としては二流なのでは?」

「そうですね。魔術はからっきしです。ですが……あの人は強い。まぁ、そう言う話はまた後日。少し相談があるのです」

「何ですか?」

「セイバーさん、貴女は霊体化ができず、衛宮さんの登校時はこちらで待機しているとお聞きしました」

「それが何か」

「先の話とも少し繋がるのですが、学校にいる間、衛宮さんの警護は私に任されて貰えませんか?」

「なんだと……?」

「ウタネさんは1人で放置しても問題が無く、衛宮さんは1人では危険である。ならば手の空く私がセイバーさんの代わりを担おうと思うわけです」

「貴女のマスターがいかに強かろうがあくまで人間。サーヴァントに襲われればどうなるか」

「セイバー、フタガミは遠坂とアーチャーを相手にして生き残ってる」

「……!本当ですか⁉︎」

「えぇ。我々は同盟を結んでいる身。戦うのを止められないのなら誰も死なせない。私が望むのはそれです」

「……今夜まで少し時間を下さい。私1人では決めかねる」

「わかりました。お時間を取らせてすみません。ウタネさんの味見係に行きます」

「ああ……」

 



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第13話

 

「ウタネさん。言うの忘れてましたがあのセイバーは丁寧な料理が好みなので気をつけてください……おっと」

「……今それを言うのか」

「おや、もうでき始めていたのですか。流石、速いですね」

「……まぁ、あのダ女神のことだ、料理の腕でマウント取る気なのは分かる」

「分かって全力ですか。意地も悪いですね」

「……ギリギリに調整しても次はどうこうとダラダラやるのも面倒だし潰しておく」

「そうですか。お料理お邪魔してすみません」

「……いい。もうできるからセイバーたちに。凛は行く」

「了解です」

 

 ふぅ……結構頑張ったね?

 

「悪いなフタガミ。食器とかは俺が出すよ。座っててくれ……って凄いなこれ。そんなに時間経ってないぞ」

「ああうん、すぐできるモンブランよりマシだよ。私は遠坂さんに声かけてくるから、よろしくー」

「ああ、頼む」

 

 離れの部屋まで行き、コンコンコンコンとノックする。家広過ぎるのよ。

 

『どうぞー』

「はい失礼。お昼できたからどうぞ」

 

 返事を聞いてスルッと入る。

 そして私の顔を見るなり少し嫌な顔をされた。なんで?

 

「早いわね……インスタントだったら殺すわよ」

「20分かかるインスタントとかあるの」

「知らないわよ」

「まぁいいや、アーチャーは?」

「アイツは周り見張ってるからいいわ。さー、ウタネのご飯はどの程度なのかしらね〜」

 

 ルンルン気分で部屋を出る遠坂さん。

 余裕ある時は冷静で、って聞いてたけどテンション高いね?

 

「お待たせ」

「あああああああなた⁉︎ななななななななな……!」

「な……?ナイスタイミング?」

「違う!何よこの料理⁉︎」

「何って……なんだろ、買ってきた食材が統一できなかったからバラバラにしたんだけど……和洋中どれかで統一した方が良かった?普通は統一するのかな」

 

 料理といってもスーパーに売ってる食材だしそう珍しい物はないと思う。

 なんかのソース付きローストビーフ?と素材不明チーズリゾット、何かの煮魚、何故か沸騰している麻婆豆腐、黄色い謎スープとえっちゃん用ケーキ型謎デザート、品数こそ少ないものの昼食には耐え得る品揃えにはなってるはずだ。味は知らないし素材も知らないけども。

 統一はするのかな。暗黒の学生時代だったから人の食卓を見たことない。

 

「それは人によるんじゃないかしら!」

「ま、まぁ落ち着け遠坂。折角なんだ、冷めないうちに頂こう」

「そ、そうね。見た目なんて所詮は見た目よ、問題は味!猫の皮被っても無駄なのよ!」

 

 それぞれがそれぞれの感情を隠さず座り、いただきますと揃えて大皿に手を伸ばし、それぞれがそれぞれの一口目を口にする。

 

「「「〜〜〜⁉︎」」」

「おー、中々美味しい」

「ウタネさん、このケーキは私が貰います。人が耐え得る糖分濃度ではありません」

「えー、ちょっとだけでもー」

「砂糖菓子より濃度が高いです」

「それはもう砂糖じゃない?」

「砂糖より砂糖濃度が高いですね。何故とかどうやってとか考えてはいけない気がします」

「まぁそうだね」

 

 世の中には魚と肉を使ったモンブランを作る奴がいるんだ、砂糖より砂糖してる何かを作ってしまっても誤差だね。

 

「……あーちゃー」

「敵襲か」

「ええ……私のプライドを粉々にする最強の敵よ……ぬけぬけと愛の神を名乗るだけはあるわ……」

「凛⁉︎どういうことだ⁉︎説明しろ!」

 

 魂の抜けた顔でぼそぼそと呟く遠坂さんにアーチャーが動揺する。

 

「アーチャーさん。よければどうぞ。そこの人間がそうなってる理由が分かるかと」

「……?毒か?」

「違いますから。単にウタネさんの力量に慄いているだけですよ」

「では少し……なるほど」

「美味しいものが食べられると言うのにそうなるとは、自意識の高い人間には困りますね」

「えっちゃんて遠坂さんに厳しいよね」

「そうでしょうか。そう思うのならそこの人間がそういう性格だということです」

「うーん。なるほど?衛宮さんはどうかな。お口に合う?」

「あ、ああ、すごく美味しいよ。俺なんか比べられないくらいだ」

「それはよかった。人の家で変なの作ったとか嫌だからね。うん」

 

 なんだかんだまともな人生を送った世界が無い。普通であろうとすればするほどその世界からズレてたりするかも、と思うと早いうちに現地人に確認を取っていくしかない。その犠牲に選ばれたのが衛宮さんと遠坂さん。はは、可哀想に。

 

「フタガミさん、でしたか」

「うん?」

「この、ろーすとびーふ、ですか。随分と良質なものに感じます。どのようなお肉なのでしょうか」

「あー、なんだっけ……あれ、なんだっけ?えっちゃんちょっと」

「国産和牛だったかと思いますよ。グラム単位は忘れましたけど」

「だっけ」

「高かったんじゃないのか?すまん、金渡してなかった。レシートあるか?」

「いいえ、それには及びません……ですが」

 

 悪かった、と立ち上がり財布を取ろうとする衛宮さんをえっちゃんが制する。

 因みにレシートなど持ってない。貰ったけどサッカー台のゴミ箱にシュートした。レシートなんて毎回財布に入れてると嵩張って仕方ないからね。どうせ無限に湧いてくるんだし財産管理なんて気にする必要が無い。今の私がお金を節約するのは酸素を節約するくらい意味不明なこと。

 

「ここに、今回のお買い物で発生したレシートがあります。総額5万ほどですが、おそらく全てこの食卓に並んでいます」

「「「⁉︎」」」

 

 えっちゃんがポケットからピラっとレシートを広げる。

 私も驚いたんだけど、値段じゃなくて捨てたはずのレシートに驚いたんだよね。ロリコンか?あの神はそんなこともするほどヒマになったか?

 

「なら尚更だ!5万なんて1食で……!」

「ですが、これはレシートです。領収書ではございません。ので、この費用は自己負担。あなたに支払う権利は無いのですよ、衛宮さん」

「……!くっ……面倒くさい会社みたいなことを……」

「我々がお買い物する度にこれです。一般人にしては高い!質の良い!栄養豊富!全てにおいて完璧な食事をご提供致します。ウタネさんが」

「私か」

「私はあなたほど調理ができませんので。残念でしたね衛宮さん。大人しく家賃を受け取っていれば罪悪感は遥かに軽かったというのに。これからというものエンゲル係数は増えていくにも関わらずあなたの負担は軽くなっていく……それにあなたは耐えられますかね?」

「なんでだ……同盟を組んでる相手から嫌がらせを受けなきゃいけないんだ……」

「これもヴィランの嗜みです」

「まぁいいじゃん。減るもんじゃなし。ねーセイバー」

「そうですシロウ。毎日……んむ、この料理が食べられるなら!」

 

 セイバーと遠坂さん、えっちゃんはもう黙々と食べてくれてる。

 うんうん、一般に合う料理で良かったよ。1日1食モンブランの生活をさせると普通の人は死ぬらしいからね。食事は2日に1度でいい。

 

「ん?お前はもう食べないのか?」

「うん?食べたよ」

「さっき取った分だけだろ?ひと口ずつくらいしか食べてないじゃないか」

「うん……?ああ、私はこれで満足だよ。小食なんだ」

「それにしたって少な過ぎるだろ。遠坂があれだけ食べてるんだから同じくらいは……」

「しーろーうー?私が食べ過ぎだとでもいいたいのかしら……!」

「うわっ⁉︎違う!食べないと健康に悪いということをだな」

「まぁそうね。ウタネ、本当に大丈夫?そういう魔術を使ってるわけでもなさそうだし」

「うん。別に……普段食べてるくらいの量だし」

 

 食べる量が少なくてもダメなのか……えっちゃんは甘味以外ほとんど食べないし甘味は無限に食べるし……食事量も頑張るか、次から。

 そもそも転生した私に栄養は必要なのか……?いや、ロリコンのことだから絶対いるんだろうな。ちゃんと食べよ。

 その後も学校を無断欠席しているとは思えないほど呑気な空気で食事を終え、聖杯戦争の話に移ることに。



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第14話

「とりあえず現状確認よ。セイバー、アーチャーはこの同盟ね。他に判明してるのはランサー、ライダー、バーサーカー。えっちゃんことルーラーは多分聖杯戦争の規格外ね。この戦争を止めるためにウタネが喚んだ、っていうのもトンデモな話ね」

「ランサーはあの青い人だよね。ライダーとバーサーカーは?」

「紫の長髪の大女がライダー、黒い巨人がバーサーカーよ」

「ふむふむ」

「ランサーの真名はクーフーリン。知名度からもかなりの強敵と言えるでしょう」

「ウタネもランサーには気をつけなさいな。宝具は必ず心臓に刺さるらしいわよ。セイバーの速度でギリギリならアーチャーだとヤバかったわね」

「ゲイボルクですか。であれば敏捷ではなく幸運で回避判定です。セイバーさんの幸運は高めだったということでしょう。ウタネさんは……」

「うーん……レイン、だな」

「レイン?雨でも降りますか?」

「運、かな」

「あの、ウタネさん。結論だけ下さい。クーフーリンには勝てますか?」

「うん」

 

 即答した私に遠坂さんがひたすらに怒りを封じ込めたような呆れ顔をしてため息を吐く。

 

「即答なのね……まぁいいわ。取り敢えず同盟の目的はライダーの結界を止めること、そしてライダーの撃破」

「待った、撃破はしないでよ」

「マスターが学校にいる可能性は少ないわ。とすればサーヴァントを叩くしかない。私とシロウが結界を阻止してはいても放っておくわけにはいかないわ」

「だからサーヴァントも殺しちゃダメなんだって」

「あのねえ、ウタネとルーラーは何がしたいの?いい加減にハッキリしてくれないかしら」

「「だから、戦争をやめてほしいんだけど(ですけど)」」

「……はぁ。だから!その理由を聞きたいの!いつまでバカみたいな問答させる気よ!」

 

 この人は何度言わせるつもりだろうか。

 出会った時から戦争をやめろと言うのにまだ他のサーヴァントを倒そうとしている。倒すなと言うのに。

 理由は聖杯がこの周辺を焼き払い、特異点としてどこかの世界に出現するかもしれないから。そうしないために全てのサーヴァントとマスターを生かしたまま永久的に戦争を終わらせない。

 と言いたいのは山々なんだけど聖杯を願望器と信じてやまないマスターとサーヴァントはこれを荒唐無稽と笑うだろう。信憑性のカケラも無いと喚くだろう。ので、何も言わずやめてほしいとだけ伝えてるのに……どうしろと。

 

「めんどくさくなってきた。えっちゃん、もう全員強制保護で終わりでいいじゃん」

「あのですね。それでは人が死んでいるのと同じなのですよ?」

「やだよー、この人たちやめる気ないもん」

「はぁ……あなたが駄々をこねても変わらないものは変わりません。わかりました。遠坂さん、衛宮さん。極力したくないですが間桐邸を封鎖するという手段であればどうでしょう」

「「は???」」

「マトウ……?」

「えっちゃんさぁ……何?」

「何、と言われましても。ルーラーたるものサーヴァントの把握くらいは」

「ホントにえっちゃんルーラーだったんだ」

「今更何を。疑っていたのですか。現にこちらから召喚を強制したではありませんか」

「いや、やりかねないかなぁと思って」

 

 ルーラーは通常のサーヴァントと違い、裁定者の名前の通り戦争に関する大体の特権が与えられる。サーヴァントの位置把握等もその1つだ。

 たしかになー……マスター無しで顕現、世界崩壊を防ぐために召喚、真偽不明だけどサーヴァントの探知と、確かにルーラー的なことしてるわそういえば。

 

「ん?遠坂さんはルーラーのこと知ってるよね」

「クラスとしてはね。実態はよく分かってない部分が多いわ。クラスが変わることはあってもルーラーが召喚されることは無いからね」

「待て待て!サーヴァントの位置が探知できるならなんでもっと早く言わなかったんだ⁉︎」

「本来ルーラーはどの陣営にも属さず中立を守るものです。こうして同盟を組んでいるのはルーラーがそうせざるを得ない状況である、ということです。それさえかなりの譲歩であるのに加えて今話したのは更に追い込まれたから。分かりますか?」

「え……っと」

「たしかに私はこの冬木内であればサーヴァントの位置を正確に探知することが可能です。しかしそれぞれの隠れ家や工房は最後まで秘匿しておきたい情報です。例え遠坂さんであろうとも工房へ対軍、対城宝具など放たれれば大打撃は免れません。それだけ重要な情報を私は今流したのです。ですので、ライダーもマスターも殺さないことを約束して下さい。4名全員の納得と約束が得られない場合は……」

「「場合は……」」

 

 凄みが出てきたえっちゃんにマスター2人が息を呑む。

 セイバーはえっちゃん用に作ってたお菓子を貪り、アーチャーはなんだかんだ部屋の隅に立ったまま動かない。

 

「衛宮さんが私を襲う写真と、遠坂さんがウタネさんを襲う写真を冬木全体に撒き散らします」

「「……⁉︎」」

「だよねー」

「待て待て待て待て!そんなことしたらお前らだってどうなると!」

「そうよ!偽装だって知れたらあなたたちが終わるのよ⁉︎」

「私は別にサーヴァントなので。ここでの評判がどうなどとは気にしません」

「フタガミ!お前は嫌だろ⁉︎まさかこの遠坂になんて!」

「ちょっとシロウ!その言い方は悪意あるわよ!」

「私も別に。どうでもいいし」

「なー!バカかアンタは!恥ずかしくないの⁉︎」

「別に……したけりゃすれば?」

 

 遠坂さんてこんなはっちゃけた性格してたんだね、ってくらい取り乱してる。

 どうでもいいのはえっちゃんみたいに別の世界行けば問題無いし記憶操作くらいはできるだろうしホントになんとでもなるからやってみるのも良いかもしれない。元々女か男かわからないような自認だしそれで認知が確定するなら願ったり叶ったりだよ。

 

「それは冗談として……じゃあ……納得のために更に質問するわ。それはいいわね?」

「ええどうぞ。答えるかは分かりませんが」

「ライダーが間桐の陣営だというのはいいわ。マスターは誰?」

「あの家は……まさか慎二⁉︎」

「それがあり得ないから聞いてるのよ。間桐の魔術師としての血は枯れているはずなの。知識と歴史があっても魔術師として使い物にならなければマスターにはなれないはずなの」

「どうしましょうか、ウタネさん」

「知らないよ。その辺の裁量は無いし。言っちゃえば?」

「そうですか。では……」

『せんぱーい!お邪魔しますー!』

「「「⁉︎」」」

「えっ誰?」

「ヤバい!もうこんな時間か!悪いがお前ら隠れててくれ!」

 

 是非も無く部屋を追い出される。

 程なく玄関からトタトタと足音がする。先の声からしてかなり長い付き合いみたい。

 

『先輩、大丈夫ですか⁉︎藤村先生に聞いても分からないって言うので心配して……』

『あ、ああ。連絡入れてなくて悪かった。体調は大丈夫、何ともないから。明日からはちゃんと行くから』

『先輩が学校を休むなんて思えません。やっぱりどこか悪いんじゃ……』

『ええとだな……』

『しろーう!生きてるぅぅぅぅぅぅぅ⁉︎』

『藤ねぇ⁉︎早いな!』

『そりゃそおよ!心配してたんだから!』

 

 廊下の陰で会話を盗み聞きしていると、遠坂さんが説明してくれた。

 

「桜よ、結構前から朝晩上がり込んでるらしいわ。私たちに隠れるよう言ったのはバレたくないからね」

「なーんだ、じゃあ良かったじゃん」

「なんでよ、動きづらいじゃない」

「夜の相手いるってことでしょ?襲われなくてよかったねって」

「……アーチャー、コイツ殺しなさい。2度とこんな口が聞けないように」

「えっなんで。あ、実は狙ってた……?」

「違うわよバカ。まぁいいわ、アンタは黙ってなさい。私が行ってくるわ」

「えっ、イクの」

「小学生男子かアンタは。とにかく黙ってなさい」

 

 ひたすらに冷めた目で吐き捨てられてしまった。まぁそうだ。うん、調子に乗り過ぎたな。

 そのまま遠坂さんは戸に手をかけたかと思うと雰囲気を一変させ、スゥ、と淀みない滑らかな動作を発生させた。誰だアレ。

 次の瞬間、意外な物を見ることになってしまった。



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第15話

 

「藤村先生、こんにちは。衛宮くんを責めないで下さいませんか。本日の無断欠席は私に非があります。責めるのでしたら私を」

 

 先ほど、ほんの一瞬前まではやれ黙れだの殺すだの罵詈雑言に抵抗の無かった魔術師遠坂凛が丁寧で物腰柔らか、清廉潔白を擬人化したような完全美少女に変貌した。あれマジか。ともすれば私レベルでは?

 当然、本来ならいるはずも無い人物の登場にその場の誰もが驚いた。

 

「遠坂さん⁉︎なんで⁉︎士郎⁉︎」

「なんで出てきてんだ!」

「遠坂先輩⁉︎」

「実は私の家が都合により急な改修を余儀なくされまして、ホテル暮らしを予定していたのですけれど、共通の友人を通して少しの間離れを貸していただける、と言うお話を頂いたのです」

「あらそうなのー?改修の規模次第だけどホテル暮らしだとバカにならないものねぇ。荷物移動してたの?」

「はい。契約書類等の作業もあり1人では手が回らないところを衛宮くんに助太刀をいただき、正午を回る頃にはスムーズに終了しました。午後からの登校も考えていたのですが、きちんと整えてから説明をした方が良いと判断しました。すみません」

「まあ士郎のことだし無理矢理手伝ったんでしょうけど、私に一言くらいは連絡しないとダメよ?」

「あ、ああ、悪かったよ」

 

 何だかんだで何とかしたな遠坂さん。即日退去が必要な改修ってなんだ。爆発か?

 

「あの、藤村先生、家の改修で離れを借りることになったのですが……」

「え?うん。私も出来ることあったらなんでも言ってねー」

「実はあと3人ほどいるのですが、それも大丈夫でしょうか?」

「え⁉︎遠坂さんだけじゃないの?ご家族?」

「遠坂⁉︎」

「入っていいわよ」

 

 遠坂さんが明らかにこちらに向けて指示を出す。

 3人……私とえっちゃんとセイバーかな。大丈夫?自分で言っておいてなんだけど普通この状況を許す大人はそうそういないぞ?

 

「どうしたの、入りなさい」

「えっと……失礼します……」

「「……」」

 

 私は礼をして入ったのに同じ顔2人は無言のままだった。

 

「ふ、フタガミさん⁉︎」

「あ、名前覚えてるんですね」

「ウチの関係者を忘れるわけないじゃない。後ろの2人もそうなの?双子?」

「えっ……え?」

 

 普段から鉄の仮面を被っている遠坂さんならばとギリギリ許容ラインを超えたであろう藤村先生の態度が私を見るなり一変、身内に向けるような柔らかさへと変わる。

 

「あら、そうね、フタガミさんはウチに来たことないから分からないかしら。浅神って言えば分かるかしら?」

「浅神⁉︎」

「知ってるんですかウタネさん」

 

 藤村を名乗る教師からとんでもない名前が出てきた。

 退魔四家……無関係ではないけどまさか一般人と繋がっていたとは……

 

「士郎、フタガミさんに無礼をするとウチでも庇いきれないわよ?」

「はぁ?フタガミってそういう家なのか?」

「よく分からないけど浅神は確かにまぁ。うん」

「遠坂さんもタイミング悪かったわね〜フタガミさんがいたら気が休まらないでしょ」

「あの、藤村先生?フタガミさんはどういった人なのでしょうか?私はただの学友とばかり」

「あ〜うん。ウチの組とちょっと繋がりあるのよ、フタガミって双子に神様って書くじゃない?浅神の分家というか双子みたいな家なのよ。ケッコーな権力者だからあんまり粗相しない方がいいわよ」

「それをフタガミさんがいる前で言うと……その……」

「あー!ごめんねフタガミさん!家貸す対価で見逃して?」

「藤ねぇ、そんなんでいいのか……」

「気にしないでください。気を使われる方が面倒ですので。家のことも好きに話してもらって構いません。気を使われる方が面倒なので」

「ありがと〜!じゃあその2人も関係者?」

「はい。お初にお目にかかります。藤村女史。ウタネさんにお世話になっているものです。名前は……日本語だと少し発音が難しいので、えっちゃんとお呼びいただければ」

「えっちゃんね。よろしく!そちらは?」

 

 スルッと真名を伏せたまま通してしまったえっちゃん。

 そしてそれを疑問に思わない先生。

 若干遠坂さん引いてるよ……適応能力たか……

 

「セイバーです。よろしくお願いします」

「よろしくね〜!よーし、遠坂さんもフタガミさんもいるし士郎、今日はごちそうにしましょう!」

「あ、ああ……」

「それでは買い出しは我々に。藤村女史はごゆるりとお待ち下さい」

「そんなわけにいかないわよ!お客様なんだからゆっくりしてて。お買い物は私と士郎で行ってくるから」

「そうはいきません。実のところ既に役割分担を決めてしまっているのです。衛宮さんは私たちが急に押しかけたというのに家賃さえ取ろうとせず個室を用意して下さいました。ですのでその対価として食費くらいはと言うことで買い物は私とウタネさんが」

「そう?まぁ士郎はそういうとこあるわよね。それが良いところなんだけど。じゃあ分かったわ。お願いするわね、えっちゃん」

「はい。ありがとうございます。藤村女史」

「じゃあ私とえっちゃんで買い物行くね。リクエストある人〜」

「その前にしつもーん!」

「はいどうぞ、藤村先生」

「フタガミさんは料理できるの?」

「まぁ人並みですね。宜しければ今夜は私がご用意しましょうか」

「ほんと!お願いするわ!」

「ええ。ではしばらくお待ちください」

「はーい!」

 

 さぁ許可も得た。楽しい楽しいお買い物タイムだ。

 えっちゃんとヴィランの笑みを浮かべてウッキウキで買い物に出る。

 あははは!金にものを言わせたサイコーなディナーを提供してやるぞー!




藤村組(?)での繋がりがよく分からなかったのでもうなんか便利に使っちゃえ、ということで浅神と繋がりました。関係ないと明言されてたら教えてください。今後頑張って修正します。


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第16話

「むふふふぅぅぅぅぅ〜〜〜♡」

「あああぁぁぁぁ……体重がぁ……体重がぁ……」

「うう……ひっく、おいしい、うううぅぅぅぅ……」

「ふあー、やー食った食った」

「フタガミさん!私はもう少しおかわりが欲しいです!よろしいですか!」

「ウタネさん、私には甘味を更に」

「はいはーい。他はどうする?」

「「「「いただきます!」」」」

「はーい」

 

 いくら使ってもすぐ無くなっていく。大きな袋8袋分、えっちゃんの筋力を借りなきゃ持てなかったほどの食材が尽きそう。私なら半年は持ちそうなんだけど……よく食べるねぇ。

 さっきからフライパンや包丁を二刀流してるんだども、少し底のあるやつだと中華のひっくり返すテクニック的なやつで大体混ぜられる。熱は逃げてると思うけども。

 火力は最大、常に熱がキッチンを支配する。まじで熱い。やりたくない職業に料理人が追加されるね。常時焼き入れされてるフライパン等のコーティングは私の能力がなんとかしてる。

 適当に買ってきた旬の野菜。取り敢えず高そうな牛、豚、鳥。新鮮な魚。それらをありったけ買い漁っての全力調理。

 もちろん私は素材の名前や料理名なんて微塵も知らないから表現できないが葉物野菜と多分豚肉の謎の炒め物が完成した。2皿ほど。

 してついでとばかりに焼き上がったチーズケーキをえっちゃんに投げ渡す。えっちゃんは甘味に関しては天変地異を乗り越えるしチーズケーキと言いながらチーズより何より砂糖が多いから他の人食べられないしで問題無し。

 

「はいお待ち」

「おお……!有難う御座います!いただきます!……はぁ……!なんと、なんと……!」

 

 セイバーが渡した大皿2皿を前にするとエサを渡された子犬のように目をキラキラさせ、自分の小皿へと小さめのトングで移していく。他の面々も我先にと群がってる。餌やりだな。

 そしてセイバーが山盛りにしたそれを口に入れると、今にも泣き出さんばかりに目を閉じる。それからひたすらに白米と野菜炒めを交互に口に運び、そのたびに噛み締める。

 ……昼間もだがあまり凝った味付けやらをしたつもりはなかったが……?

 他の反応から見ても美味しいらしいことは推測できる。じゃあなんだ?もしかしてこの世界の食文化は私の世界より遥かに下にある可能性も……?

 

「さて……」

 

 食文化は……と考えながら調理していたら買ってきた食材どころか冷蔵庫の中身全部無くなってた。エゲツない。

 食後に藤村先生とお付きの少女は帰って、そのあと少しして遠坂さんが動く。

 

「ウタネ、お風呂行きましょ」

「ぶっ……!」

「私?別に良いよ、代謝能力死んでるから」

 

 お風呂、お風呂ね。そういえば入浴の習慣完全に消えてたな。お風呂は一応毎日沸いてるけど……私は転生というかヴィーナスの影響なのか知らないけど代謝が無い……分かりやすく言えばほぼサーヴァント状態が転生してから続いてる。服少なくていいって言ったのはそれが理由。

 

「と、遠坂、何も一緒に入らなくてもいいだろ」

「なに?シロウも一緒に入る?」

「ば、馬鹿言うな!」

「ああ、そういうことならいいよ、私がするから」

「だからフタガミもそういうことを簡単に言うなよな!」

「何?あんたたちそういう仲なの?」

「違う!フタガミが勝手に言ってるだけだ!」

「……まぁいいわ。とりあえずウタネは来なさい。同盟の条件に追加よ」

「うん……?えっちゃん、どう思う?」

「さぁ。現状マイナスにはならないと判断します。私は読書してるのでごゆっくり。何かあれば自分で動いてください」

「私えっちゃんのマスター扱いだよね。もう少し守ろうという気概があっても良くない?」

「死んでも死なない人を守ろうなどとは一切思いませんね。自分の影に気を使う人がどれだけいるでしょうか」

「まぁいいや。行こうか」

 

 糖分が足りて動きたくない様子。

 お風呂かー、久しぶりだなぁー。

 浴室は屋敷に相応しく木造で、何人かは同時に入れるだけの十分な広さを有していた。

 

「おほー、貧相なユニットバスとは違うねー。ユニットバス使ったことないけども」

「えぇ……立派ね……おのれおのれおのれ……」

「なんで呪詛撒いてるの……家改装したら立派になってるって」

「違うわよ!あの家の改装なんて嘘に決まってるでしょ⁉︎うぅ……あなた、着痩せするタイプだったのね……」

「うん……?ああ、胸か」

「ダイレクトに言わなくていいのよ!何⁉︎分かってたの⁉︎」

「いや……別に。いんじゃない、別に。別に大きかろうが小さかろうが機能に変わりは無いし」

 

 遠坂さん、何かと思えばそういうことか。

 別に奇形なわけでもなし、気にすること無いと思うけどなぁ……前の世界ではどうやって段差越えてるんだってくらいのが山ほどいたし。劣等感も優越感も無いや。どうせ普段潰してるわけだし。

 

「はーあ。じゃあ死んで貰おうかしらね」

「うん。やれるものなら」

 

 スッ、と殺意を見せた遠坂さんを放置してシャワーを借りる。

 温度調整すご。何度か分からないけど出した瞬間から適温なんだが。最近のはよくできてるねぇ。

 おー、暫くぶりだけどいいものだね。普段お酒に溺れてるから面倒過ぎること以外はいいものだ。

 

「ガンド!」

 

 例のアレ、当たればスタンするらしい攻撃をまともに受けてみる。

 そういえばなんだけど私、前の世界ではほぼ全身に能力の補強してるからそもそも殆どの物理攻撃は効かないんだよね。忘れてた。

 

「ガンド!ガンドガンドガンドォォォォ!」

「じゃ、お先に浸かるよ〜」

「ガガ☆ガガガンドー!」

「何その派生……」

「何で効かないのよ!」

「何でって言われても……」

 

 そもそもソラでも使えるような初級魔術が効くわけない……

 

「まぁ諦めてゆっくりしなよ。私に命握られてるも同然なんだからさ」

「く……!」

「ほらー、そんな棒立ちしてると私が偉そうにしてるみたいでしょ。気持ちいいよ?」

「1つ答えなさい」

「うん?」

「ヴィーナスの目的だとかはもう聞かないわ。けど何故この戦争に介入するの?あなたたちが求めるものは聖杯なの?」

「……ヴィーナスがどう知られてるかは興味無い、求めるものも特に無い。ただ頼まれたからやる、それだけだ」

「頼まれたから……?誰に?」

「……1つ、と言ったはず。終わりだ」

「求めるものを聞いたはずよ。それが答えられなかった以上、無効だわ」

「……はぁ、図太いことで。まぁ強いて言うなら永遠だ。普通の人で言うなら死ぬのは嫌、って言うのと変わらない」

「そう。もういいわ。戦争が終わるまで私たちを殺す気も無いんでしょ」

「……初めからそう言ってるはずだったんだが……?」

「はいはい、悪かったわね。失礼しますよ、ホント」

 

 すすす、と上品に湯船に浸かる遠坂さん。

 

「そーだよー。私達ほど藪蛇なものはないからねー」

「藪蛇?」

「触らぬ神にタタリ無し?何もしなければ何も無いよって」

 

 逆に私がヴィーナスについて教えてほしいくらいだ。

 私が転生する前にヴィーナスをしてる私がいたのか?まぁ、ソラが来てて名乗った可能性もあるけども。

 

「もう何も言わないわ。聖杯はともかく、死傷者を出さないって方針には私も賛成だから。シロウもそうでしょ」

「私とえっちゃんはマスターとサーヴァントも殺す気無い。理由は言えないけど、これは貴女たちのためを思っての事だと信じて欲しい。戦争内14人、誰も欠落せずにいること。そのためなら何でもする」

「何でも?今すぐ私に令呪とサーヴァントを渡せと言っても?」

「うん。いいよ」

「嘘よ嘘!そんなことしたらアーチャーに悪いでしょ」

「ふーん。思ってたよりは人間味あるのね」

「何よ、未熟だって言いたいの?」

「うーん?別に?魔術師としては十分だと思うよ。剣術武術もできるならなおさらね」

「それはどうも。貴女には手も足も出なかったけどね」

「そりゃあね。魔術師程度で私に挑むのは無謀だよ」

「全部知ってる、って感じね」

「別に。私はえっちゃんと違って誰が参加してるとかは知らない。けど一緒だよ。どんなサーヴァントもマスターも、私達には敵わない」

 

 やってみなければ分からない。そんなセリフは聞きたくない。

 根性論は確かに人の限界をある程度越えられる可能性はある。ある程度、可能性があるだけだ。人がどれだけ鍛えて限界を振り切ったとしても、1メートルの津波には赤子と同様に流されるしかない。

 私達とその他には、それだけ開きがある。特に今回転生した私なら尚更だ。

 

「そ。なら一般人の被害を出さない、って言うのには協力しなさいよ」

「ああうん。手間にならない程度はね」

「あら、手間を惜しんで人が死んだらどうするのかしら。死人は出さないんじゃなかったの?」

「どーしよーね。そーなったらそーなったでそのサーヴァントには消えてもらおうかなー。1人2人ならいいでしょ、多分」

 

 んーでも全員生存とか言ってたしダメかな。まぁ、えっちゃんが忠告くらいしてくれるでしょう。

 

「じゃ、すぐ行きましょ。学校のとは別のサーヴァントが動いてる可能性が高いわ」

「はやー……」

 

 ホントに大丈夫か?という速度で泡だらけになり一瞬でそれが流され、即座に出て行った。

 仕方ないので私も湯船と融合し始めていた体を無理矢理動かす。お湯が冷めるまで入っていたかった……



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第17話

「あ、遠坂、今日は俺も行くよ」

「何でよ。これは同盟とは関係無いわよ。ゆっくりしてなさい」

「フタガミも行くんだろ。なら常に行動を共にするってのが達成されない。それに、間桐についても少し聞いておきたい」

「まぁそうね……手は多い方が良いし……いいわよ」

 

よく考えれば戦闘面に最も不安のあるセイバー陣営を放置するのは確かに同盟としてどうなのか、という点があったね。私とえっちゃんが別行動取れば万事解決なんだけどまぁ話がしやすいし纏まった方が良い。

 

「でさ、間桐がライダーのマスターってどう言うことだよ」

「はい。そのままの意味です。私も直接見たわけではありませんが、可能性があるのは当然、間桐慎二か間桐桜のどちらかでしょう」

「待てよ!それじゃ桜がこの戦争に参加してるかもって事か⁉︎ならなんで俺に黙ってる⁉︎」

「衛宮さん、誰も彼もが貴方のようだと思わないことです。間桐桜がこの時のために衛宮さんの家に入り情報収集するために世話を焼いていたかもしれませんよ。間桐慎二とも表向き友人という立場なのでしょう。でしたら尚更、深い交流が築きやすい」

「ふざけるな!桜はそんなことしないし、シンジだって!」

「まぁ、すみません。冗談です。今のところ間桐桜から敵意は感じません。ただ、そうであってもおかしくない、という思考を持って欲しいのです。世の中には正義を謳って戦争の傭兵をしている人もいるのですから」

「……」

「嫌ならしなくて大丈夫です。この戦争で死者は出しませんから」

「あ、ああ……そう信じたいな」

「それにそもそも、貴方がマスターになる可能性は限りなく低かったので、そんな可能性はより低いでしょうね」

「なんだよそれ!」

「まぁまぁ。それよりにんげ……遠坂さん、次はどこへ」

「あなた、ホントいい加減にしなさいよ……次はな……っ!」

 

瞬間の魔力反応にその場全員が反応する。

 

「凛!」

 

アーチャーも実体化しマスターに警鐘を鳴らす。

この対応からして出会ったことのない新手。そして直接姿を見せる訳でもなく、戦う意志を見せるということは……可能性としてキャスター。

 

「行くわよ!」

「待て遠坂!そっちじゃないだろ?」

「なんですって?」

「俺が感じたのはこっちだ」

「ウタネ、どっちだと思う?」

「私に聞かないでよ、なんなら衛宮さんより魔術師としてランク低いのに」

「バカ言いなさい。じゃあ二手に別れましょう。ウタネとルーラーはどっちにする?」

「じゃ、私が衛宮さん、えっちゃんは遠坂さんの方でいいかな」

「バカな、サーヴァントとマスターは2人で1つ、こちらは私だけで大丈夫です。シロウは私が何としても」

「だって戦力的なバランスが。言ってなかったかな、私、サーヴァントなんかには負けないから」

「……では……お願いします」

 

不服そうながらも衛宮さんの力不足は理解しているのか、渋々と頷くセイバー。

 

「うん。えっちゃんもそっちよろしくね。令呪いる?」

「いえ、要らないです。ルーラーは相性有利なので」

「うん……そう……よかったね」

 

セイバー陣営と私、アーチャー陣営とえっちゃんで二手に別れることに。

ちなみに令呪が必要かどうかはアーチャー陣営が裏切った時、苦しめて殺す用に必要かどうかの確認だ。いらない判断だったけども。

どうせ殺しても私が死ねば元通りだしね。ん、そう考えると結構気が楽だね?私の苦痛は増すけれども。

 

「いいわ。行くわよ!」

 

散開。別方向に走り出す6人。

私のカンとしてもこっちが正しい……というより、本命な気がする。

 

「……」

「フタガミ、どうしたんだ?」

「ううん、行こうか」

 

遠見の視点見つけちゃった。なるほどね、分断して弱い方から潰そうってことか。

つい見つめてたら指摘されたので走り出す……ヤバい、息切れしてきた。

 

「ここは……」

「ぜぇ……っば……つぅ……」

「……フタガミ、大丈夫か?」

「むり……うぇほっ……」

 

謎広場について神妙な顔し始めた衛宮さんには悪いけど、体力保たない。

エゲツないほど深呼吸しながら寝転がる。

エゲツな……私に3分も走らせるとか……

 

「ごめん……続けて……」

「あ、ああ……ここは10年前、火災があって焼け野原になったんだ。そのまま何もできず公園になったっていう、俺にとっては重要だがあまり良い場所じゃない」

「シロウ、フタガミさん。囲まれています、用心を」

「うん……使い魔かな。サーヴァント本体じゃあないね」

「いつのまに……!」

「うん……⁉︎」

「フタガミ!」

「っと……!」

 

急な攻撃を感じてペンダントを引きちぎり鎌で防御する。

純粋な打撃、ただそれだけで魔力放出を合わせた私を軽く押し退けるほどのパワー……

 

「はぁ……正直、ココで会いたくはなかったよ、ソラ」

「……」

 

黒髪のショート、澄み切り過ぎて底の見えない黒い瞳。

純正の日本人みたいな容姿をした若干筋肉質な女。

私と同じVNA……ヴィーナスの1人。

 

「ソラ?知り合いか?」

「えっちゃんの真のマスターにして私の天敵。私やあなた同様魔術に関してはシロウトだけどその実力は当然、サーヴァントを凌ぐ」

「……!」

「マスター!」

 

動揺した衛宮さんにソラが突撃、それをセイバーが援護する……けど。

 

「刀剣を……拳で⁉︎」

「無駄無駄。その子のパワーってば対戦相手全ての能力を数値化して全部筋力に反映して発揮するから。私までいるのにあなたが倒せるわけないじゃん」

 

能力っていうのは筋力だけじゃなくて武器の性能、本人の運動神経、反射能力、知性、そう言った存在を構築する全てを変換するから、単純に1対1でも勝機は限り無く無い。

 

「ならお前も力を貸してくれ!」

「やーよ。私の天敵って言ったでしょ。自我無いところを見ると抑止力100%として出てきてるんだろうけど、そうなれば尚更無理。本命のザコが湧いてきてるから私そっちやっとくね」

 

セイバー自慢の剣はソラの拳に触れるが斬るどころか食い込むことすらなく止められる。そっちはもう諦めた方がいいかもね。

要はソラ自身+私+セイバー+衛宮さん+なんか湧いてる骨兵士軍がソラのパワーってわけだから。抑止力現界なら対終末もあるだろうし……私が能力使えば使うほど差は開くばかり……

そもそもキャスターじゃなかったの?偶然?

 

「まさか……俺たちをハメたのか⁉︎遠坂たちと分断するために!」

「くっ……!やはりあなた方を信用したのは間違いだった!凛との分散を狙い同時に始末しようなど!」

「違うってー。マジに私じゃないのよー」

「ルーラーはアーチャーを圧倒していたな。つまりベストってことだ!何が狙いなんだフタガミ!」

「違うってのになー」

 

ソラを諦めて寝転びながら骨を瞬時に粉末にしているとソラ相手に必死なセイバー組が謎の推理を確信してる。

全員生存だって言ってるのにな。2組も消したらもうどうしていいかってくらいなのに。ロリコンの遊び……なワケないか。単にえっちゃんと離れた私がここで能力を使うかもと出てきたってところかな。

 

「シロウ!私から離れないように!」

「ああ!」

「まぁ頑張ってねー。無駄だろうけど」

 




オリキャラやらヴィーナス設定が理解不能な頃だと思うので近いうち軽く設定とか上げてみようかと思います。知りたい設定あったら教えてください。


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第18話

設定書くのかなり面倒っぽいのでかなりかなり。


「ぐっ……!」

「セイバー!があっ!」

「シロウ!」

 

 無感動に襲いかかるヴィーナスの1人、ソラと謎の人型を模した骨の兵士軍を相手にし、白兵戦最強を謳われるセイバーが押されている。

 庇いきれなくなった隙を骨兵士が斬りつけ、シロウが傷を負う。

 それを見てもウタネは何もしない。ただ寝転びながらセイバーの戦う姿を無感動に眺めているだけだ。そして何故かウタネの周囲には骨が見当たらない。

 それを見たセイバー組の考察はここでセイバーとシロウを消し、アーチャーとリンをルーラーが始末する。これがセイバーとシロウの考える現在のシナリオであった。事実そうするだけの力がルーラーにあることは既に証明されているし、サーヴァントを足元にも及ばないと軽視するヴィーナスが2人。実際にはウタネが自身の範囲内に入った骨を瞬間的に粉末にしているため見えていないだけだが、同盟を組んで日が浅く、かつ根本の信用がまだ無いことからそう考えることは仕方ないとも言えた。

 

「セイバー!ここは令呪を使ってでも……!」

「く……!仕方ありません!シロウ!私の走力を強化してください!貴方を抱えて一気に離脱します!」

「ああ!」

「……やめとけ。ソラからは逃げられん」

「……!フタガミ……!」

 

 残り2画となった令呪の使用もやむなしと判断した途端、ウタネが起き上がる。

 

「……仕方ないから手ぇ貸してやるよ。変に疑われるのも、死なれるのも困るからな」

 

 驚異的な速度でセイバーを庇って振るわれた刀はソラの腕を捉え、そのまま抵抗無く切断した。

 

「バカな!」

「例えどんなに硬くても存在として寿命はある。直死はそれを捉え破壊する」

「直死の魔眼……?実在していたのですか⁉︎」

 

 自慢の剣が通用しなかった相手の腕を軽々と切り落とした事実に驚愕するセイバー。

 

「まぁーなぁ。にしてもソラめ、並行世界に行ったんじゃなかったのか?まぁいい、抑止力としてなら半殺しで撤退してもらおう。オレには対終末は効かないからな。ホラ、コレで防御しとけ」

 

 ウタネが投げ渡した物をシロウがわたわたとしながら何とか受け取る。

 

「こ、これは⁉︎」

「それは……!」

「まーなんつーか。ソラに対しては割と強めな盾?守りたいって心が折れない限りは守れる。オレのだからお前でも使えるからせいぜいがんば」

 

 十字架に円を付けたような盾。

 セイバーの背丈を覆う程の大きさでありながら、何故かシロウにはそれを最低限扱うことが出来ると認識できた。

 

「お前の能力か……いや、お前は……誰だ?」

「シロウ……?」

「ほう、中々に鋭いな。だが答えは変わらない……オレはフタガミウタネに決まっているだろう。シロウ(……)

 

 先ほどまで赤く光の無い瞳が一転、青く光る瞳が殺意を混じえてセイバー組を直視する。

 

「「……!」」

「……ま、冗談だ。流せ。今のオレはシオン。色々あるだろうがそれも後回しにしろ。ダルい」

 

 セイバー組の驚きをよそに、すぐさまソラとの交戦を再開するシオン。

 その剣撃はソラの動作を上回り、両腕を無くし傷だらけになったソラが霞のように消えていく。

 

「……ま、こんなもんか。オレに勝つには自我が無いとな」

「お前は……なんなんだ……?」

「……あ?まぁ……ウタネの家族っつーか弟というか仲間というか相棒というか精神安定剤というかマトモな部分というか陰陽の陽みたいな……」

「要領を得ないな。敵か?味方か?」

「……今助けただろ。お前らの愚かな予測の通りならお前らは仲間と協力したオレに見殺しにされたはずだ。だがそうならなかった。それでいいだろ」

「フタガミウタネ。シオンか。お前の能力を話せ。じゃなけりゃ信用できない!」

「……賢明だな。そろそろリンも来るだろ、来てからでいいか?軽い傷だろうしお前は治してやる。あと盾返せ」

「あ、ああ」

 

 シオンはシロウから盾を受け取ると、そのままシュン、という音を立てて消してしまった。

 

「それが……お前の能力か」

「ああ……よぉリン。手こずったか?」

 

 ウタネ……シオンの、何処か雑な扱いを訝しむシロウに軽く返し、走ってきたアーチャー組とえっちゃんを冷めた目で迎える。

 

「何よ、うるいわね」

「ウタネさん……いえ、その様子だと話したみたいですね、シオン」

「まぁな。オレじゃねぇとコイツら死んでたしな」

「……?どういう意味でしょうか」

「ソラが抑止力として現界してた。姉さんは勝てないからと全滅を覚悟してたが、それはそれで姉さんの負担が増えるだけだからオレが出てきた」

「なんと、ソラが……?」

「どういうことだ?アイツは並行世界に行ってんじゃないのか?」

 

 ヴィーナスのそれぞれは各並行世界に派遣され特異点Fの可能性を潰している、というのがえっちゃんからの説明だ。

 抑止力とはいえどソラは強制的に呼ばれる訳ではなく、行く行かないの自由意志を持つ。そしてえっちゃんを信用しているソラの思考から考えるとこの世界には来る必要がない。

 

「いえ、そのはずです。ですがそれは幻影、いわゆるシャドウサーヴァントと似たものと推察できます」

「何でだよ」

「こちらに私のシャドウサーヴァントが現れました。戦力差があったので苦戦はしませんでしたが、やはり相性もあり時間はかかりましたが」

「ま、同じ見た目なら裏切りとは思われないか。こっちは散々だったのによ」

「す、すまん」

「いい。気を使うなって言われてないのか?次は殺すぞ」

「シオン。ウタネさんに聞いてませんか。殺してはダメです」

「分かってるよ、それくらい嫌だって意味だ。ま、とりあえずキャスターだろ」

「「「……⁉︎」」」

「おや。流石ですね。私とソラのシャドウサーヴァントの実態はともかくとして、それと同時に襲ってきた骸骨のソレはキャスターのものです」

「ルーラー!キャスターの位置も分かるのか⁉︎」

「分かりますが。まさか言えと?」

「いや……そうだったな、言わないのがルールだ」

「はい。ライダーの位置で納めてください。何もあなた方のみが生存すれば良いわけではありません」

「言え。マスターと居場所を」

「シオン、いくらあなたと言えど、それはルールに反します」

「オレはいつでも中立、ルールはオレだ。それにお前が答える必要は無い」

「まさか……!」

「記憶や思考はどうあっても誤魔化せない。オレの質問で連想した分、しっかり見せてもらった」

「……あの、シオン。表に出てきてくれたのは感謝しますが、やりたい放題はやめてほしいです」

「やりたい放題するための能力だ、そもそもな、やりたい放題されたからこうしてるんだ、仕返しと思え」

「言っておきますがヴィーナスはその根本は完全に支配されていることを認識して下さい」

「じゃあ殺してみろ、できるもんならな」

「……」

「お、おい、何の話か知らないが今は揉めてる場合じゃ……」

「そう、ですね。ですがルールはルール。シオンも他言無用にお願いします」

「ああ。オレも勝手に動きはしない。姉さんに任せる」

「だがこれで終わりとは言うまいな、ルーラー」

「アーチャー……そのつもりでしたが」

「すでに使い魔を追い、その流れは掴んでいる。標的……キャスターは柳洞寺に潜んでいるな?」

「……」

 

 アーチャーの鋭い視線にルーラーが言葉に詰まる。

 それは真実を真実と悟られたくないルーラーとしての中立性と、それが分かるのなら乗り込むなどという戦闘への一歩を進めないでくれという懇願があった。

 

「違うかそうであるかくらいの判定は出せるだろう。出せないのならばその寺を消し去るのみ」

「アーチャー。この戦争で死者は出さないことが前提です。貴方の宝具でそんなことをすれば何人が犠牲になるか」

「既に魂狩りの犠牲となったものが何人もいる。このままでは更に増える。ならば、現時点で最小の犠牲で止める。そうあるべきではないのかね?」

「死んではいませんし、その犠牲はそれでいいです」

「……何?」



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第19話

「死んではいませんし、その犠牲はそれでいいです」

「……何?」

 

 今度はアーチャーが言葉を失う。シオンを除く他のメンツも同様に。

 ルーラーはなぜ驚くのか、という態度で言葉を続ける。

 

「死者を出さないためには仕方の無いこと。この戦争はそうあるべきでした。ですので、魂狩りには触れる必要はありません」

「理解が及ばない。ルーラー、君は根本がズレてはいないか?」

「先程のシャドウサーヴァントの出現以外は現状、予定通りです。次の対象はキャスターではなくライダーです。マスターとサーヴァントを殺さず保護する。私の言っていることは初めと変わっていますか?」

「変わっていないが。君のそれは犠牲者を見殺しにするのと同義だ」

「アチャ男さん。根本がズレているのはあなたの方です。私の目的はただ死傷者を出さない事です。甘ったれた正義のつもりなら無駄な口出しはご遠慮願えますか」

「……!」

「アーチャー。引きなさい。同盟間での無駄な争いはご法度よ」

「凛、無駄な、とは心外だな」

「無駄よ、価値観の食い違いなんてすぐ埋まるものじゃないわ。それより優先するのはキャスターよ」

「そーだな。卿、話せ」

「ですから不能です。要求には対価が必要です」

「……卿、目的が達成されればオレが好きなだけ望むものを作ってやるが」

「衛宮さん、遠坂さん。取り敢えず拠点へ戻りましょう。キャスターについてはそこでじっくりと」

「「……」」

「卿が聡明で良かったよ」

「私は常に冷静沈着で聡明です。支離滅裂なあなた方と同じにしないで下さい」

「支離滅裂なのは姉さんとアインスだけだ。じゃあ全員手ぇ繋げ」

「……?どうするんだ?」

「帰る」

「衛宮さん、取り敢えずそうしましょう。おそらくルーラです」

「るーら?」

「まぁそういうことです。ほら、手を出して下さい」

「お、おい!手を……!」

「っ、シロウ、私と手を繋ぎましょう。ルーラーとは私が」

「オレはシオンだ……まぁいい。繋いだな。行くぞ、【ルーラ】」

 

 全員が強制的に空を飛ぶ。

 

「シロウ、2人が行かないのであれば仕方がない。我々だけでも乗り込みましょう。キャスターの被害を増やすわけにはいきません」

 

 衛宮邸へ帰還した後、机を囲んだ途端にセイバーが口を開く。

 

「だからセイバー。これからキャスターの話を聞くんだろう」

「しかし!居場所が分かっているのであれば!」

「相手がどんな能力か分からないだろ!少し待てばそれが聞けるんだぞ!」

「……」

「そーだぞセイバー。お前が無茶して死んだら困るのはオレなんだからな」

「あなたはそもそも何なのですか!先程から態度が一切変わっている!」

「なに、と言われると解答に困る。オレの説明は円周率を答えるくらい長くなるぞ」

「一言で言いなさい!でなければ斬る!」

「んー……そーだなぁ……前なんつったかな……」

 

 シオンが虚空を眺め、しばらく記憶を探る。

 

「ああ、思い出した……シオンだ。手ぇ貸してやるから協力しろ。いや……」

「先程の質問の答えになっていない!だいたい……」

「そんな勝手が通ると思うな。実力不足とは言え俺だって同盟の1人だ。全体の総意の上で意思決定、だろ」

「だからなんだよ。お前ら如きに何ができる。マスターを説得?サーヴァントの撃破?被害無く隠匿的に収束?できるか?あぁ……まさか、オレを説得?できるか?」

「貴様……!ヴィーナスだとして何たる口の聞き方だ!同盟とてマスターへの侮辱は許さん!」

「分かったよ、キャスターかライダーか、お前らが話し合って順番を決めろ。それで何の不備も無いはずだ。卿、今日は解散でいいな?」

「あなたは自分勝手が増長したのではないですか?まぁいいです。私も異存ありません。セイバー組とアーチャー組、両方が納得する順に無力化していきましょう」

「おー。てなわけだ。解散。おやすみ」

「待て待て待て!キャスターの話をするんじゃないのかよ!」

「ん……あぁ。そんなこと言ったか。あの寺に一般人のフリして住んでる女がいるはずだ。どんな名前かまでは知らんがな。んで、マスターも当然そこに住んでる。けど勝手に動くな。以上」

 

 既に会話は不要と横になるシオン。

 

「その不敬、万死に値するッ!フタガミウタネ、覚悟ッ!」

「おい、セイバー⁉︎」

 

 そのふてぶてしさに腹を立てたセイバーが武装、即座に飛びかかる。

 マスターであるシロウが静止するがシロウでは間に合うはずもなく、その剣先はシオンに襲いかかる。

 

「……ッ⁉︎」

「無駄だ、って言われなかったのか。お前らサーヴァント如きにオレを倒せるわけがないだろう。シバくぞ」

「バカな……!これは……先の……!」

「ソラの能力だ。この場の全員のパラメータ、その全てを筋力とする。つまり、オレ自身の筋力にお前の剣とその他全員のパラメータを加算してる。切れるわけが無い」

 

 セイバーの剣が捉えた首は、その筋肉に阻まれ微動だにすることは無かった。

 

「さぁ、審判の時だ。セイバーは無抵抗な盟友に躊躇いなく手を出した。これは相応の裁きが必要だろうな。どうする?謹慎か?もう殺すか。卿」

「……!ち、違う……私は……!」

 

 ゆっくりと、気怠げに起き上がったシオンの手には、刀が握られていた。

 戦力差は歴然。ヴィーナスが相手になること、それは即ち死を意味する。それはサーヴァントの知識にも組み込まれている。最優のセイバーが手を震わせるのもこの死刑宣告を受ければ仕方がないとも言える。

 

「セイバーさん。落ち着いて下さい。シオン、貴方は軽々しくソラの能力を使うのをやめて下さい。あと殺すのもやめてください」

「んだよ。いいだろ、オレが代わりにセイバーするから」

「はぁ……そう意味では許可できません。前提が崩れます」

「サーヴァントを殺して存在させる姉さんの能力だ、1番早いと思うけどな」

「……?すみませんシオン。それはどういうことでしょう」

「いや、流せよ。セイバーも落ち着け。どうせお前が行っても勝てねーんだ、ゆっくりしてろよ。じゃあな。寝る。部屋入る時はノックしろな。返事は待たなくていい」

 

 無理矢理話を終わらせてシオンは廊下に出る。

 

「待て!キャスターの情報も私たちの扱いも許されるものではない!訂正しなさい!」

「しらねーよ。卿から好きなだけ聞け。じゃな」

 

 欠伸をしながら吐き捨て、音もなくシオンは部屋に消えた。

 

「では仕方ありません。私からお話ししましょう。とは言っても先程シオンが述べた通りです。細かい情報もあまり意味はありません」

「真名はどうなの?ルーラーとはいえ流石にそこまでは知らないのかしら?」

「遠坂、まだ見たこともないサーヴァントの真名なんて分かるわけないだろう」

「分かりますけど……」

「分かるのかよ⁉︎」

「じゃあ言いなさい。シオンにそう言われたの、忘れてないわよね?」

「遠坂、お前ウタネとシオンの順応早いな……俺はまだ混乱してるぞ」

「そ、そうかしら。けど問題はそこじゃないでしょう?」

「シオンは好きなだけ聞け、というだけで全て吐かせろ、とは言ってません」

「サーヴァントがマスターの意向に反していいのかしら」

「あなたになら分かると思いますが、私のマスターは対等な関係を望みます。私の役割を通すと言えばそれを尊重してくれますよ」

「そ。じゃあ私はもういいわ。シロウ、後はよろしく」

 

 アーチャーのマスターも部屋を後にした。

 

「さて。どうしますか。2人とも不服な顔をしていますが」

「納得できる話ではない……シロウ、やはり我々だけで向かいましょう」

「待てセイバー。内容が先だ。ライダーとキャスター。居場所もマスターも能力もおおよそ知ってるんだろ?ならなんですぐ行こうとしない?俺たちじゃ敵わないのか?」

「いいえ。戦えばまずこちらが勝利するでしょう」

「ならば!今すぐにでも!」

「セイバーさん。私の目的は敵を倒すことではなく、死者を出さないことです。闘争本能は抑えてください……と言っても、純正のサーヴァントに何を言っても無駄でしょうけれど。では私も失礼します。気が落ち着いた後にまた話しましょう」

「待て!」

「シロウ、彼女の言う通り、私は少し熱くなっていた。今日は一先ず休みましょう」

「セイバー……なら、それでいいけど」

 

 ♢♢♢

 

「よ」

「で、何処に行こうと?」

「オレの予知だとこの後セイバーがキャスターに突っ込む。アサシンに返り討ちに遭うがな」

「ならば行動する必要は無いはずです。それが分からない貴方ではない」

「だからこそ、だ。この隙にキャスターを無力化する」

「何を言いますか。バカですか」

「うるせぇ。誰も死ななきゃいいんだろ。だったらそうしてやるよ」

「はぁ……」

 




面倒な話し合い描写になると学級会が発生する不具合があります。


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ざっくりVNA紹介こーなー

ウタネ達のことを軽く紹介する回です。分かりやすさは特に意識してません、ごめんなさい。


 VNAは

 Vernichten

 Neutral

 Abschreckung

 という、その人物を象徴する名前として象名をそれぞれ持つ。

 全員がショタロリコンの管理下に置かれている転生者ではあるが、それとはまるで関係が無い。が、ショタロリコンが選ぶのはおおよそVNAであるためまぁ関係が無いこともない。が、VNAに入ったからと選ばれるわけでも無いめんどくさい関係。

 全員が何かしらの永遠を望む。

 メンバーは現在5(4)人。参加条件は1個人で世界を相手にできる能力を持ち、それをするに余りある欲求を起源的に備えていること。

 VNAに属する利点として、ロリコンの慰み物になる。以上。

 

 

 ・神

 主にVNAの転生を管理している幼稚園児の様な見た目の神。

 神の間という永遠に白が続く空間に存在する。

 中学生以上を認めない重度小児性愛。見た目もあってウタネはショタロリコンと呼んでいる。

 数多くいる神の中でもそれなりの地位らしくある程度の自由が効く。

 仕事は1ヶ月のノルマ制であるが、3日もあれば終わらせてしまうため時間が余り、何かしようにも神の間には何も無いので外的要因を引っ張るしかなく、その対象として引っかかったのが半ば自殺したウタネであり、仕事が来るまでの暇を潰す観察対象に無理矢理決定した。仕事が来れば張り切り過ぎてやはりすぐ終わってしまうため計画的に行う理性は持ち合わせていない模様。

 初めの内は面白そうと特典を与えていたが必要が無くなったのと面倒だったため廃止。

 神の間においては空間や時間、認識の概念さえ超えて無敵であり、物理は当然、現実改変、過去改変さえ無力化してしまう。

 

 

 ・双神詩音

 フタガミウタネ

 

 Vernichten、殲滅の象名。

 望む永遠は『何も失わない世界』

 生命、非生命に関わらず存在する以上はいつか終わりが来る。それを異常に嫌悪し、積み上げた何月が崩れるくらいなら、積み上がる前に終われば良い、始まらなければ良いと考えるようになり、全ての消滅を望む。

 観測する者も観測される物も無くなれば何も失わない世界ができる。そしてそれは永遠に変わらず、その時の記憶が劣化し失われることもない。

 

 能力 

 ウタネが認識する世界全ての非生物をコントロールする言語。

 ウタネ以外には認識できない発声方法を用いてウタネ以外には聞こえない声を発声する。発声自体は誰でもできるのだが、ロリコンやシオンの能力を持ってして認識できないため再現不能。現状ウタネ限定。

 ウタネの能力下では全ての物質は等しく水であり鉄でもある。

 相手が武器を用いるのであればその武器と同等の硬度、性質を持たせることが可能であり、ウタネに対し物理攻撃で傷を付けることは不可能。

 そして世界中全ての物質を鉄の様な硬度で固定することであらゆる生命は痙攣すらできず窒息する。全ての物質を圧縮するなら次の瞬間には世界を終わらせられる。

 また、認識した場所に効果を発揮する能力ということからか、空間モニターやテレビの生放送など、リアルタイムで通じている空間にはそのモニターに自身の体を通して移動することも可能。

 

 

 

 

 ・双神詩音

 フタガミシオン

 Neutral、中立の象名。

 望む永遠は『ウタネ』

 ウタネを適合させる、そのために作られた存在である故にウタネが現存する世界で存在が否定されることは無い。

 

 能力

 並行世界というSF概念を利用し、自分が持たない能力、自分以外の能力を使用することができる。使用可能な能力はシオンが知る漫画、アニメなどのものに限らず、単に足が速い、料理が上手い、と言った単純な個人技能も可能とかなり幅は広い。

 しかしその能力とはウタネが自身を社会に適応させるための『能力』に過ぎず、同じ能力名としても漫画や史実とは異なる場合が多い。

 条件として『シオンがいる世界に無いもの』『同時に使用できる能力は2つまで』『能力の神秘に応じて負荷が掛かる』というものがある。

 負荷はシオンの存在概念自体に発生するもので、これが限界に達すると死ぬ。

 また『プライム』という形で他人に能力を一つ付与することもできる。プライムは仕様に際してシオンの様な負荷が無く、自分の能力そのものとして使用することができる。ただし普通の人間に付与する場合は適性を誤ると即死の可能性があるため、余程のことがなければホムンクルスなど人工生命といったものに付与し手駒とするのが基本となる。

 

 

 

 ・ソラ

 Abschreckung、抑止の象名。

 望む永遠は『人理』

 世界を存続する、存在させつづけること。その世界に殺意ある限り、ソラの存在は肯定される。

 

 能力

『鬼の貌』

 地上最強の生物としての能力。

 莫大な筋力の他、あらゆる武術体系に関して対応策を講じることができる。この能力はソラの本質によるところが大きい。

『筋肉操作』

 技を超えた純粋な強さ、それがパワー。

 自身の全力を100%とし、数値に応じてその段階を刻む。

 ソラ自身の抑止力としての能力もあって0%でさえ常人を遥かに凌ぐ筋力ではあるが、%を上げるごとにその筋力は指数関数的に増加する。

『抑止力・ソラ』

 ソラの抑止力としての能力。

 ソラが認識する戦闘範囲、その全ての筋力、技術、知識、知能、記憶など、数値化、認識できる全ての能力を自身の筋力にコピーすることができる。よってソラへのあらゆる攻撃はソラ+攻撃者自身の全パラメータによって防がれてしまう。装備品でさえその個人の能力として判定されるため、例え1対1でもスペックで勝つことは不可能。より人数が増えるほど差は開く。

 ソラの名前はこの能力から取ったもの。

 

 

 ・プレシア

 mütterlich、母性の象名。

 望む永遠は『愛娘』

 娘を、家族の存続をこそ望む。それ以外、あらゆることを度外視する。

 

 能力

『無限の魔力炉』

 プレシアがシオンに穢土転生され、ロリコンによって復活された後10年間、生命活動すら行わず虚数空間で研究開発していた魔力炉から魔力供給を行うことで無限と言って差し支えないほどの魔力量を得た。

 しかし、タンクの容量が増えても蛇口の大きさは変えられないため、その出力はプレシア自身のものに依存する。

『次元跳躍』

 プレシアの次元跳躍は単なるそれと違い、過去も未来も、並行世界でさえ空間が通じていればそれを飛ばすことができる。

 

 

 ・リインフォース・アインス

 無限の夢、生と死の狭間の夢、それは永遠だ。

 完全な夜天の書の管制人格。夜天の機能と適合者へのユニゾンも可能。

 

 能力

『魔力蒐集』

 夜天の書の記録機能。闇の書の時に蒐集した魔法、シオンの能力などを使用することができる。

『シオンのオリジナル』

 闇の書の蒐集によりシオンを蒐集したリインフォースがその能力ごとコピーしたもの。

 アインスはシオンの能力のオリジナル。リインフォースはオリジナルと全く同じ能力をそのまま使用することができる。

 能力使用の条件はシオンと同じだが、プライムはシオンしか使えない。



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第20話

「秘剣……」

 

 静かに構えられた長刀が、その切っ先を殺意で染める。

 

「燕返し!」

「……!そこッ!」

 

 常人であれば認識すらできない超高速。同時に放たれた二閃の太刀。

 その唯一の隙を見て階段の下へ身を投げたセイバー。

 

「ほう」

 

 階段の上で感心したとばかりに顎を撫でる……真名を佐々木小次郎と名乗ったアサシンのサーヴァント。

 

「よくぞ躱した……と言いたいところだが、今の燕返しは不完全であった」

「あ……っ⁉︎」

 

 冷静にセイバーを称えつつ、更に上があることを示して階段を降りるアサシン。

 起き上がったセイバーの小手が音を立てて砕ける。

 秘剣・燕返し。上段から襲った剣筋から、更に別の脅威を感じ取り回避を試みたセイバーだが、未来予知に匹敵するその直感を持ってして二つ目の太刀筋から逃げられなかった。

 

「本来の燕返しは三の太刀が存在する。次は無いぞセイバー」

 

 十分な足場を確保し再び構え、セイバーへの警告と挑発を投げる。

 セイバーにもう受けの選択肢は無い。二つで何とか回避が間に合った速度、それが階段の踊り場という平地、三つ目の太刀ともなれば白兵戦最強を謳われるセイバーを相手にして必殺と言える。

 

「解き放て、風の王!」

 

 セイバーが剣を構えると、今まで不可視だった剣がうっすらと輪郭を帯びる程度に見えるようになり、そこから強烈な風が吹き荒れる。

 

「ほう……さながら台風と言ったところか」

 

 アサシンはその風に怯むことなく、一層楽しそうに口角を上げる。

 

「ゆくぞ小次郎!」

「来い……セイバー」

 

 ♢♢♢

 

「うーっす、邪魔すんぞ」

「……あの結界をよく通ったわね」

「キャスター……敵か」

 

 直感でキャスターの居場所へと向かうと端っこの部屋に丁度2人だけいた。ラッキー。

 結界なんてのは直死の前には無いも同然。神代のそれもこの目の前にはただの区切りに過ぎない。

 

「そーいちろーだったか。確か教師だろ、お前。何してんだ」

「フタガミか。お前が魔術師とはな。ただキャスターの手助けをしているだけだ。そして年上の教師には敬語を使え」

「そーかい。じゃあこのままだ。オレはアンタより実質年上でな。じゃーやる前に二つの選択だ。一つ、オレに殺される前に戦闘行動を中止する。二つ、再起不能まで追いやられて永遠に拘束される。良いと思う方を選べ」

「どちらもお断りよ」

「じゃあ拘束させてもらうぞ」

「私の遠見を認識する目とカンの冴えは認めるわ。けれどその微弱な魔力反応……内包する魔力はあれど使う力は無いようね」

「ん……まぁな。魔法ならともかく魔術はカラッキシでな」

 

 この世界では魔力量どのくらいなんだろな……多分標準下回るくらいだろうからそんな多くないな。

 

「キャスター。外でも戦闘が始まっている。手早く終わらせる」

「はい。お願いします」

 

 男が構えを取るとその両拳にキャスターがエンチャントを施す。

 マスターが前衛、サーヴァントが後衛という珍しいスタイルだな。

 

「っと……不意打ち上等だがオレには効かんぞ」

「よく受けた」

 

 超スピードで背後へ回り込まれたが攻撃手段は拳。タイミングを読み刀を合わせて防御する。

 

「スーツとローブの組み合わせは合わねえなぁ……」

「……ジャージ姿のあなたに言われたくないのだけれど」

「あー……寝間着なんだよ。パジャマみたいなちゃんとしたのは持ってない」

 

 服装について軽く言ったら厳しいのが返ってきた。今着てんの学校指定のジャージなんだよな。ジャージだと男モンと女モンの区別があんま見てわからんからな。気楽なんだ。今着てる男モンだと腹ガバで腰キツいんだがな。肩幅に合わせりゃそうなる。仕方ない。

 

「キャスター、余裕を見せる時ではない」

「は、はい!」

 

 マスターの言葉に意識を切り替え、寺の壁なぞなんのその、2桁を数える魔力弾がこちらへ射出される。

 

「寺壊していーのか⁉︎」

「いいわよ、結界は万全だしこのくらい直すのは手間ですらないわ」

「そーかよ!」

 

 凛のガンド10発分はあるだろう魔力弾を切り刻みながら流れ弾で空いた壁の穴から外へ出る。

 

「ふぅ──!やれやれ、想定通りのえげつなさだな」

 

 キャスター陣営の弱点はキャスターの火力の高さによる連携不備。

 直死と未来予知でさえ退避するしかなかったほどの弾幕は、近接格闘のマスターさえ巻き添えにする可能性が十分にある。そしてキャスターはマスターごと消し去るという選択が存在しない。

 よってオレが対面するのはマスターかサーヴァントのどちらかのみ。2対1とは言えどその負担は同時ではなく連戦のそれに近い。

 

「人間のくせに生意気に」

「サーヴァントのくせに生意気だな。オレの提案は無抵抗に受けろ。誰とも戦わないならお前らを保護してやる」

「信用できるわけないでしょう。それでも魔術師?」

「そー言うと思ったよ。サーヴァントは頭悪いからな……っと。お前も躊躇えよな、こちとらお前の教え子だぞ」

「中々できるな。だがこれは戦争だ」

 

 殺人拳を未来予知を駆使して捌き、さらに距離を取る。

 

「魔術ではないようね。不可解な能力……」

「まぁな。魔術も使えるが使う価値が無いからな。ま、使ってやるよ。お前を」

「どう言う意味かしら?」

「そのままの意味だ……」

 

 オレの能力は並行世界にいるシオンの能力を使用することができる。姉さん以上、姉さん以下である別の存在がシオン。つまりはこの世界に存在しないあらゆる存在がオレだった可能性がある。

 この世界に存在するキャスターは並行世界のオレには定義されないが、並行世界で特異点を修正しているヴィーナスの1人も同じ能力を持つ。そいつの能力をオレの能力で使えばこの世界の能力であろうと問題無く使用が可能だ。

 

「さぁ、まず定石通りマスターからだな!」

「宗一郎様!」

「ふぅ……やっぱダメか」

 

 キャスターが先ほど撃った魔術をそっくりそのままマスターへ放ったが同等のもので相殺されてしまった。

 

「貴様……!」

 

 しかもそれについてキャスターはかなりお怒りだ。おかしい、オレの要求を呑まずに攻撃してきたから軽く反撃しただけなんだが。

 

「まぁ同じなのは分かったろ。これで終わろーぜっと……セイバーめ、予定通り自滅してくれやがって」

 

 寺の階段からだろうに、本堂さえ倒壊させかねないほどの風圧が数秒だけ発生する。

 それがセイバーの宝具解放の予兆であること、それをアサシンが静止したこと、シロウが場を止めたこと。全ては予定通り。

 

「何ですって?」

「いいや。死んではいねーよ。逃げただけ。流石にアサシン加えては相手すんのめんどーだからオレも帰るわ、じゃあな」

 

 それなら今日はこれ以上状況は動かない。オレがキャスターか宗一郎を倒す事も傷つける事も拘束することもしてはならない。

 適当な理由を付けて適当な能力で撤退する。アーチャーより先に戻れてるはずだからオレは何もしていないのと同じだ。

 

「何処に行っていたのですか」

 

 だというのに、例外たる卿だけがオレを咎める。

 何故か撤退先に的確に座り粉砂糖を袋から直飲みしていた卿が不満ヅラを向けてくる。

 その光景に不満を示すようにため息を吐いた。それ人間だったら死んでるからな。

 

「キャスターのとこだ。軽く交渉してきた」

「失敗したのでしょう。そしてそろそろアル……セイバーさんが帰ってくると」

「オレの前では真名隠さなくていい。全員分かる」

「そうですか。FGO(わたし)的にはその方が言いやすいので助かります」

「で、オレに何の不満だ」

「勝手な行動はやめてくださいと言いませんでしたか」

「さぁ?」

 

 姉さんなら確かに聞いたかもしれん。オレも聞いたことがあるかもしれん。だがオレは姉さん以外を特に尊重する気は無い。

 

「ではここで言います。特異点のため、人理のため、不要な行動は控えてください。何故あなたやアインスさんはそう渋るのでしょうか」

「……ああ、そういうことか。それなら確かに渋るな」

「はい、納得した理由を話してください。包み隠さず全て」

「オレかアイツならすぐ終わる、ってだけだ」

 

 オレとアインスの共通点を少し考えるだけでこの戦争をする目的は達成される。だがそれが難しい。

 

「能力ですか?どのような?」

「何でそこまで」

「それが最短ならそうするべきです。はやくソラに和菓子をいただかなくては」

「ソラも大変だな、まぁ……オーバーヘブンだ。気が遠くなるだけの魂のエネルギーを持ってすれば『特異点Fは発生しない』という真実に到達することができる」

 

 ジョジョ第3部……天国へ至ったDIOが得た現実改変能力。他にも現実を捻じ曲げる能力は存在するがここは型月の世界。固有結界という一時的、局所的な現実改変でさえ相当な揺り戻しが発生する。そんな世界で恒久的な改変などしようものなら……

 

「ならしてください」

「ダメだ」

「何故ですか、それが最善です。その世界ならこんな戦争を止めなくてもいいというのに」

「やったらオレが死ぬ」

 

 そんなことをすればオレなんて存在は簡単に死ぬ。

 だがオーバーヘブンなら相応の魂を必要とする『代償』と、それを発動する『条件』が設定されている。ならばまぁギリ、オレの許容かもしれん。

 

「そうですか。ではお願いします」

「ふざけんな。意味無いことさせんな」

「特異点があなたの命で消失するなら十分な意味です」

「ちげーよ、オレは残機で復活できるけど姉さんは1回死ぬんだよ」

「ああ……ループすると。じゃあループしない真実も追加でお願いします」

 

 オレがどうかは知らんが姉さんが死ぬと初日からリスタートするのは確定してる。仮にそんなシステムが組まれてなくても卿が言ってオレ達が認識した以上あのロリコンは嬉々として実行する。そんな手間はやる気が無い。

 

「無理に決まってんだろ。この世界の魂で足りるかどうか」

「別に並行世界も使っていただいて構いませんが」

「お前、たまにオレ以上に倫理死んでるよな」

「人理が優先です。そもそも肉親の死を『ふーん』で片付けるあなた方と同じにしないでください」

「知るかよ、オレの家族はウタネだけだし、姉さんだって元がいるんだ、血縁上の肉親なんて知るかよ。勝手に死ね」

「ソラの前ではくれぐれも……くれぐれもそれを話さぬようお願いします……」

「わってるよ。でもアイツはそういうのに寛容だと思うがな」

 

 ソラ……抑止力は人類が進めばそれでいい。人が死ぬ、というのは自然の摂理であって、人為的なものじゃない。死ぬ命は死ぬ。生きる命は生きる。奴ら抑止力は死なないはずの人間が死ぬのを拒絶するだけで死ぬ奴は死んでいいと思ってる。

 だからこそ……人類の存続のための犠牲には……少しは寛容だと思う。まぁ、勝手に死ね、と言えば殺されるだろうが。

 

「ま、取り敢えずオレと姉さんじゃこの戦争の短期収束は不能ってことだ。めんどくせーがやるしかない」

「いえ、イスカンダルさんの王の軍勢を生贄にすれば足りませんかね」

「バカかテメー。バカだろ」

「なにを」

 

 仮にもカルデアの仲間だろうに、その宝具を生贄にとかコイツ……



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第21話

VNAの中でもシオンの能力は割とやりたい放題なのですが、物語関係無く作者の好きなものを使うと思うので悪しからず。戦闘においてはクロスオーバーの化身。


「……!!!!」

「……ん」

「あ……う……⁉︎」

「お前、朝早いのな」

「〜〜〜◎♣︎←✔︎〜!!!」

「せめて人類がいる世界の言葉を話せ」

「す、すまんフタガミ!まさかお前がこんな時間にいるとは!」

「ああ、オレと姉さんの睡眠時間の違いでな、姉さんが寝溜めしてた分数日はオレの睡眠時間が極端に短くなるんだよ。取り敢えず入れよ、寒いだろ」

 

 風呂場の入り口で目線がサメみたいに泳ぎ出し謎の言語を発し始めたシロウを呆れたように見る。

 姉さんは用事が無ければ半日は寝るロングスリーパー、オレは5時間ほどの通常。溜めてるって表現が正しいのか知らんが今は1時間くらいで十分だ。

 

「あ、ああ、悪かった……」

「おいおいおい、なんで出てくんだよ。入れっつったろ」

「お前と入るわけにはいかないだろ⁉︎」

「あ……?ああ、別に女の体だからってのは気にすんな。オレは気にしない」

「俺が気にするだろ!大体他のやつに見られたらどうすんだ!」

「知らん。サーヴァントならその辺気にしないだろうし、魔術師は性も手段の1つに過ぎん。つまり気にするのはお前だけだ」

「そんなわけないだろ!とにかく悪かった!」

「……」

 

 終始オレと目線を合わせる事なく、ピシャンと出て行ってしまった。

 

「ふぅ……」

 

 いいねぇ……オレも姉さんもそういう機会は無かったしな。ああいう感情の揺らめきは体験してみたいものだ。

 ……そういや前もなんかあった気がするが。

 

 ♢♢♢

 

「そらそーだろ」

「アンタは特別なのよシオン。サーヴァントじゃあるまいし」

「ホントにすまん!」

 

 シロウは年相応の罪悪感を持ってるようで、朝食の準備前から謝罪が止まない。

 オレは男なんだし気にするこたぁねんだけどな……体は姉さんのままだけど。

 

「お前もそんなもんじゃないのか?」

「違うに決まってるでしょ」

「そうなのか。魔術師ってのは根源以外眼中に無いのかと思ってたが」

「そ、それは……たしかに根源を目指すのは魔術師の本懐でしょうけど、それが全てって魔術師だけじゃないわ。力が欲しいだけとかのハンパなのとか色んなのがいるわよ」

「じゃあお前は魔術師の本懐を軽く見てるハンパ者ってことだな」

「そんなわけないでしょう⁉︎」

「だそうだ、良かったなシロウ。公認だぞ」

「なっ⁉︎」

「何言ってんの⁉︎」

「なんだよ、根源以外はアウトオブ眼中なんだろ。なら陣営の性欲処理くらいしろよ。魔力供給にもなって一石二鳥だろ」

「わ、私が……!?殺すわよ……!」

「そーかい。ざんねんだったなーシロウ」

「何がだ!」

「年相応の対象を持たないと色々苦労するぞーって話だ。先行ってるぞ」

 

 ショタのまま童貞拗らせて数千数億年過ごすと小学生レベルまでしか受け付けなくなるからな。あのロリコンめ。

 投げっぱなしに話を切り玄関を出る。

 特に授業を聞くつもりもないが優等生を演じるため教科書は一通り持っていく。流石オレの生まれと同じ世界だけあって常識的な量で済んでいる。前の世界だと論文書くのかってレベルを小学校で出されてたからな。

 

「お、フタガミ。こんな早くにどうしたい」

「……誰だっけ」

「おいおい!弓道部主将といえば私だろう。美綴綾子、また忘れた?」

「そうだったかな。何の用?」

 

 学校に着くなり弓道部主将を名乗る女が声をかけてくる。

 

「私が衛宮とフタガミに声かける時は勧誘しか無いよ。これから朝練だし、ちょっとやってかない?」

「やってどうするの?」

「そりゃあ入部してもらうさ。フタガミと衛宮、2人が入ってくれれば私も安心だしね」

「やったことないけど」

 

 頼むよー、といった態度だが素人なのは知ってるはずなんだが……

 思い出した、コイツ確か変な信条みたいのあったよな。そのせいか?

 

「なら尚更だって。才能はやってみないと分からないもんだ」

「なら衛宮さんが来てからで良い?衛宮さんがやるって言うならやる」

「お、そりゃ楽しみだ。ここで待ってようか」

「なんでよ……」

 

 シロウもやりたがらないだろうし上手いこと抜けられるだろ。オレのせいじゃない。

 ちなみに学校での口調は姉さんに合わせる。多分その方が支障が無い。

 

「お、おーい衛宮ー!」

「おはよう美綴。なんだよ、妙にテンション高いな。俺からも話があったんだが……」

「今日はいい知らせがあるぞ、お前が的前に立てばフタガミが入部してくれるそうだ」

「ホントかフタガミ⁉︎」

「話変わってる。衛宮さんがやるなら体験くらいはって」

「うーん……まぁ体験くらいならしてみていいんじゃないか?フタガミも何か部活でもしてみればいい」

「えぇ……」

 

 マジか。マジか……

 

「よーし。悪いみんな!体験入部だ、少し開けてくれ!」

 

 流されるまま弓道部へ移動させられ、装備一式を借りる。

 部長の指示はよく通り、オレとシロウの2人が十分なスペースを持って的前に立たされる。

 

《おい、コレは当てていいのか?》

 

 シロウにアイコンタクトで意思を伝えてみる。正確に伝わるか知らんが躊躇してるのが伝わればいい。

 

《別に強制じゃない。好きにやってみるといい》

 

 そう思えばなんとも正確な答えが帰って来た。

 マジか。じゃあやるぞ?後ろ向いて撃って百発百中でも文句言うなよ?

 とはいえ魔術認知は保たれているこの世界、アルテミスなんぞ使ったら即グレーゾーンなので他を探す。

 ……身近にいるじゃねぇか。アーチャー。

 

「ほっ」

 

 アーチャーの能力で正確に的を射る。

 やってみた感じなんとも無いな。体験にしても感情の揺らめきは無い。

 ただ能力使った分弓も英霊のそれと同じレベルになっていたのか耳が消し飛んでそれを瞬時に回復させた分が無駄だった。誰も見えてないだろうが。

 

「流石フタガミだな。俺と同じくらいなんて」

「まぁ……でも、これで終わり。教室行く」

 

 同じくらい、なんてものじゃない。位置どころか入射角まで同じだ。英霊レベルの射とかこの日本で何人できるか……

 

「待ちなって、やっぱり入部どう?」

「やんないよ。籍だけ置こうか?」

「お、いいねぇ!衛宮とフタガミで部長副部長だ!」

「「しない!」」

 

 コイツ話聞かないタイプか?

 借りていた弓を能力で軽く矯正してから返し即座に道場を出る。

 副部長のものらしかったがどんなレベルだ……?シロウが段違いに上手すぎるだけで他は底辺なのか?

 

 ♢♢♢

 

 授業も終わり、やる事もなく自室へ。

 オレとてこの戦争の全てを知ってるわけじゃない。大体の流れ、大体の構造しか知らない。

 そう。例えばオレが仮眠取ってる間に2組が病院へ行っていることなど起きるまで知らなかった。

 

「VNAを知っていながらオレ達が干渉した戦争でオレを連れてかないとかマジか?ソラのシャドウがまた出たら終わりだぞおい」

 

 姉さんが死んだらループなのはいいが他のが死ぬとどうなるんだ。

 あ、聖杯が完成しない手段として全員生存を掲げるだけで別に死んでもいいのか。聖杯が完成しなきゃいいんだからな。大体五騎で使用は可能らしいからそのラインでいくと思ったより気楽だ。セイバーとアーチャーを確定としてもう1騎残すだけならライダーもキャスターも殺していいじゃねぇか。

 

「もー1人マスター懐柔してオレの能力で叶えられる分なら望み叶えて終わりじゃねぇか?多分聖杯が完成しない未来が確定した時点で次転生だよな」

 

 考えれば考えるほどハードルの下がるこの戦争に気分を良くし、冷蔵庫を漁り食事を作る。

 ……と思ったが面倒だな。オレは姉さんほど料理に重きを置いてないからな。

 

「……卵3つくらいでいいか」

 

 丸呑みで。

 

「ダメに決まっているでしょう。事もあろうに何をしようとしているのですか、シオン」

 

 手にした卵を上を向いて口に入れようとした所に卿が姿を表す。いつからいたんだ。

 

「……効率的な栄養補給?」

「効率は構いませんが人間の範疇で……哺乳類の出来る限界でお願いします。爬虫類ですかあなたは」

 

 何で段階を下げた。許容範囲を妥協するな。

 

「……まぁ、オレが蛇やトカゲだった可能性も存在するから爬虫類といえば爬虫類だ」

「……私たちが認識する存在としてのシオンは最低でもヒトの形をしているので人間らしい振る舞いをお願いします」

「だから栄養のため鶏卵食おうとしてんじゃねぇか」

「ではせめて殻を割ろうとしてください。おおよその文明国でそれを丸呑みしようとすればドン引きされますよ」

「しらねーよ……オレは社会適合者だからな、人目があるとこではしない。今は誰も見てないんだしいいだろ」

 

 不毛な論争と判断して卵を口に放る。

 流石に丸呑みと言えどそのままでは不能なので爬虫類の柔軟性と消化力を能力で維持。しばらくは能力使いっぱなしだが……普通に料理した方が良かったか?

 

「……ん」

「どうやら戻ってきたようですね」

「ああ」

 

 外に気配。感覚でセイバー組が近づいて来ているのと、アーチャー組がいるのが分かる。

 別行動してたってことは何かしらがあったってことだろう。

 とりあえず最低どちらかは洗脳されてる前提で玄関へ向かう。

 

「なんだ、2人とも正常じゃねぇか」

「何の話よ」

「別に。で、なんかあったか」

「美綴さんが襲われたの。犯人は間桐慎二とライダー。これは確定よ」

「そうか」

 

 玄関先、敷地内とはいえ人目がない可能性は無いと言うのに戦争の話を始める凛。

 ま、マスターが誰だろうとライダーと間桐ってのは分かってたしな。どうでもいいが。

 

「慎二が……」

「どうする気だ?」

「決まっている。被害を食い止める為、間桐慎二とライダーを速やかに始末する。それが正義だ」

「待て!他に手段は無いのか?言ったよな、令呪がサーヴァントとマスターの繋がりだって、なら、慎二から令呪を……」

「無理ね。間桐の家系は魔術師として……いえ、既に魔術師ですらないわ。それがマスターだっていうなら何か別の手段を使ってる。そんな奴が戦争から手を引くとは思えないわ」

「衛宮士郎。お前は正義の味方になりたいのだろう。ここで間桐慎二を始末できれば多くの民を救えるぞ」

「何が言いたい……」

「奴に最も近いのはお前だ。協力関係を結ぶフリをして近付き奴を暗殺しろ。それが最善の正義だ。まさか、今も犠牲になっている一般人多数より友人1人の方が大事だ、などとは言うまい」

「……」

 

 アーチャーの低い声がシロウを圧す。

 シロウは言葉を失ったかと思ったが、違うようだ。

 

「そんなものは正義の味方じゃない。慎二は殺さない。街の人も守る。ライダーだけを倒せばいい話だ!」

「聖杯戦争とはマスターの死によって決するものだ。貴様のようなヌルい考えではこの先邪魔になるだけだ。これ以上言うなら斬り捨てるぞ」

「やめなさいアーチャー。シロウに原因があるとはいえもう過ぎたことよ。それにシオンがいるならライダーだけを狙うことも十分可能。ま、今日はもういいわ、明日、私たちは間桐に乗り込む。シロウ、貴方がどうするかは貴方が決めるのよ」

 

 アーチャーとシロウを静止し、休むから、と屋敷へ消えた凛とアーチャー。

 

「だそうだ。どーすんだ?」

「……アーチャーの言う正義は間違ってる。だが正しいのも分かる……すまない、限界まで考えさせてくれ」

「そうか。ま、オレで手が足りるなら言え。貸すから」

「おや珍しい。ウタネさんよりは理解が良いと思っていましたがそこまでとは」

「割と簡単だからな。間桐慎二とライダーを引き込めるならそれもアリってだけだ」

「簡単……?あれほど不可能だと言っていたのにですか?」

「ま、考え方だ。どこぞの科学者みたいにプライムあるわけじゃねぇしな」

「……?」

 

 プライムを知らない卿やシロウは呆けたまま部屋へ戻るオレを止めることは無かった。



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第22話

クロスオーバーの化身とは言ったもののそれを描写しきれた事は一度も無い。


『──俺は俺の正義を貫く。これまでも、これからも。慎二とは明日決着をつける』

 

 それが昨夜出たシロウの決断。

 それを受けた凛は朝は警告に留め、それ以上行動する様なら潰しにかかると行動を変更。

 そしてそれを卿から寝ながら聞いたオレは死人が出ないよう立ち回るとだけ伝えてもらった。

 そして今朝、間桐慎二が学校に姿を見せる事はなかった。

 

『〜〜は溶解度の違いによって……を分離し、その大部分を取り除き──』

 

 授業を聞き流している時間さえ、常にライダーの警戒が必要だ。

 卿の話によればライダーに限らずこの戦争のサーヴァントは最大規模と言っていいほどそれぞれのレベルが高いらしい。それこそ神話のレベルで語られるほど。

 ……さぁ、どうする?こちらから行くと罠があるやもしれん。ここは相手の出方を待って後手で蹂躙するか。

 

「っと……」

 

 さっそく結界だ。前のと同じだな。

 

「シオン!これは!」

「ああ、ライダーの結界だろ。お前は自分の身を心配してな」

 

 範囲内の人間の魂を吸い上げる結界。魔力で抵抗できなければそのまま死ぬだろうな。

 ……だがそれだけだ。結界から出るだけでその影響下から脱することができる。範囲ギリギリの所にいたり生命力が強いなら出られるかもしれない。つまりは取り逃がす可能性が十分にある。

 そんな不完全なもので神秘を薄れさせることは許さない。

 

「どこ行くんだ!みんなを助け……」

「なら尚更だ、ライダーを拘束する。これが宝具というなら奴の底も知れたものだ。今日ここで決着だ」

「殺すのか!慎二を!」

「さぁ。それはまだ分からん。奴次第だ。取り敢えずセイバー呼んどけよ。まだ普通に間に合う」

 

 こちらに理解があるならヨシ、無いなら殺す。

 全力で階段を駆け上がり屋上のドアを開ける。

 そこには愉悦に浸るマスターと無感動なサーヴァント。

 

「よう。とりあえず結界止めるか、お前ら」

「なんだ?衛宮じゃないのか」

「悪かったよ。お前とは不釣り合い過ぎる戦力で」

「そうともさ。キミごときが僕の前に来るべきじゃない。惨めに命乞いでもしながら逃げ惑うといいさ。それとも聖杯を分けて欲しいのかい?」

「ふん。相手が測れないってのは悪いがな、せめて強いかもという警戒くらいするモンだぜ、シロート」

 

 ワカメみたいな頭がわさわさと神経を逆撫でする。

 オレの能力故に底が見えないのは分かるが、自分より下に置こうとするのは何なんだ。

 

「まぁいい。どれ、その本が令呪代わりか?ちょっと見せてみろ」

「ふはっ!ライダーの結界で立ってるのもやっとなクセに!僕が直接引導を渡してやる!」

 

 奴が本を捲ると刃の様な影が複数、直線的に飛んでくる。

 だがそんなものはオレの体に触れるほんの数ミリの所で消失する。

 

「なっ⁉︎何故効かない⁉︎」

「この身体はウタネのもの。ウタネの能力は本人が解除しない限り……」

 

 ウタネが死んでも、転生したとしても……直死などの概念能力で破壊するなどの例外を除けば……

 

「その世界に在り続ける。この身体の殆どは能力によって補強されている。そんな子供騙しでは何年経っても擦り傷ひとつ付きはしない」

 

 影を受けながらただ歩いて近付く。

 どうせ屋上だ、逃げ場なんて無い。

 

「ひぃいっ⁉︎ライダー!奴を止めろ!殺せぇぇぇ!」

「はっ!」

 

 マスターの指示に従い突進してくるライダー。

 その挙動の未来を読み、数秒間の時間を跳ばす。

 

「な⁉︎」

 

 時が刻み始めた瞬間にライダーの首を締め上げ、腹に刀を当てる。

 キングクリムゾン。近距離パワー型の能力を持ってすればサーヴァントと言えど抗うのは簡単ではない。

 

「少しでも抵抗するようなら殺す。今すぐ武器を下ろすならお前もマスターも殺さない。5秒で選べ……5……4……」

「く……!」

「ら、ライダー!何してる!サーヴァントが人間に負けるなんて恥ずかしくないのか⁉︎」

「3……2……」

「ライダー!早くなんとかしろぉぉぉぉぉぉぉ!」

「1……」

『待て』

「……あん?」

 

 喚くマスター、カウントダウンに苦しむサーヴァント、カウントダウン直前に割り込んできた正義の味方。

 

「シオン。どいてくれ。慎二とは俺がケリを付ける」

「ライダーはどうする。まさかコイツまで相手にする気か?」

「そいつはお前に任せる。今の俺じゃ、サーヴァントまでは殺せない」

「……そうか」

 

 までは、ね。人間なら殺すってか。

 

「なら勝手にしろ。ただし殺すな。コイツらは捕獲する価値が高い」

「殺しはしない」

 

 ライダーの首を更に締め付け、無言の警告を強くする。

 ……オレに背丈があればライダーを宙に浮かせて見栄えがしたろうにな。

 

「慎二。お前のサーヴァントはシオンに勝てない。俺たちにはお前は勝てない。万が一の勝機も無い。慎二。今すぐ結界を解いて令呪を捨てろ」

「ふざけるな……僕は間桐慎二だぞ!由緒正しい間桐の血統で!魔術師の後継者なんだ!お前みたいなポッと出が偉そうな口を聞くんじゃない!」

「なら力づくだ。覚悟しろよ、シンジ」

「……っ!これでもくらえ!」

 

 強化した木刀を構え走るシロウに本を開き影を飛ばすワカメ。

 

「ぐっ……!」

 

 生身のシロウにはやはりそれなりの効果はあるようで、その進行を妨げる。

 しかしそれでも攻撃の隙を見て接近し続ける。

 

「なんでだよ!なんで死なない⁉︎」

「シンジィィィィィィィィィィィィィィ!」

「来るな!ライダー!早く助けろ!」

 

 遂にワカメがシロウの射程に入る。

 ……これで終わりか。ライダーもこのまま生かしておけそうだ。

 

「ッ……!」

「な……」

 

 ワカメを叩こうとする木刀を魔術弾が弾き飛ばし、シロウの動きを止める。

 

「……おい凛。何のつもりだ」

「貴方たちのヌルさには飽き飽きよ。全てのサーヴァントとマスターを殺す。それが聖杯戦争なのよ」

「……昨日のセクハラが気に障ったか?オレ達に倫理観は期待するなと言うのを忘れていたか?」

「いいえ。やはり私はヴィーナスを殺すわ」

「はぁ……この状況で?オレを?」

「あなた達3人ともよ」

「そーかよ。やれるもんならやってみろ」

 

 女子高生だもんなぁ……ん……蘇る前世の記憶では同性とはいえそういうのが蔓延ってたし前の世界ではおっぱいマイスターもいたぞ……?オレの認識がおかしいのか?

 

「……アーチャー。念のため聞いとくが、お前も同意か?」

「無論だ。そこの2人はいずれもマスターに相応しくない。これ以上被害を出す前に始末しておくべきだろう」

「……まぁ、お前としては好都合だろうな。アーチャー」

「黙れ。それ以上口を開くなら貴様もここで消すぞ」

「はっ……まぁいいが……どうした。殺すんだろ。やってみろよ。何年かかる?何世紀かかってもいいぜ」

 

 オレが話してる間、ライダーの拘束と威圧を緩めていたにもかかわらず、誰一人動かない。

 凛の出現により呆気に取られたシロウとワカメはともかく、ライダーは脱出できるだけの余力くらい残っている筈だし、凛たちも殺しに来たのなら尚更動けるはずだ。なのに、誰も動かない。

 

「……」

 

 そのまま、30秒は過ぎた。

 

「あー、分かったよ。オレと戦ってその後の戦争に不安があるってんなら他のマスターとサーヴァントの四肢を削いで舌も切って不能にした後でやってやるよ。なら文句ねーだろ」

「……!」

 

 オレの発言にそれぞれの反応を示す周囲。

 そこでようやく状況が動く。

 

「ここはあなたの勝ちです。ですがここでは負けられない」

「ほぉ……」

 

 ライダーの腹から流れた血がオレの目の前で魔法陣を描き始めた。

 血はやがて完全なものとなり、強烈な神秘を予感させた。

 次の瞬間に出てくるコレは……他のヤツらでは死ぬなぁ……あぁ……しかも避けたらシロウ直撃だな……

 

『シロ──ーウッ!』

『リ・バ・イ・ブ!剛烈!』

「ぐっ……!」

 

 咄嗟の事で受けられはしたが弾かれてフェンスに叩き付けられる。

 シロウはセイバーがギリで軌道から外した様だ。

 しかしこれで弾かれんのか……かなりキツいな。ダメージもそこそこだ。

 だが対軍宝具クラスを1発受けられるだけリバイブもどうかしてるな。

 

「……途方もない威力だな」

「……逃げられたわね」

 

 アーチャー組が散々に抉られた屋上を見て呟く。

 当然ライダーもそのマスターも姿を消していた。

 

「さて審判の時だ。凛とアーチャーは同盟間での敵の無力化という指針に異議をなし、更にはその妨害行為さえ行った。これは相応の罰が必要だろう。シロウ、どうする?殺すか?」

「なんでお前もそう殺したがるんだ!それより慎二だ、ああなったら意地でもやる奴だ!早く止めないと!」

「……だそうだ。良かったな凛。取り敢えず水に流してやる。で、だ。卿」

「何か」

「……お前、どこいた?」

 

 全然姿を見ないと思ったが呼べば隣にいた。なんだコイツ。

 

「霊体化して見ていましたが。まぁライダーの位置くらいなら教えますよ」

「戦えよ」

「甘味を下さい。エネルギー不足です」

「……」

 

 こう言った場合どうするべきか。凛の様に一般人なら審判していいんだがコイツ殺すと戦争がどうなるか分からんしソラに殺されるだろうしで何もできん。

 姉さんや、パス……

 

「……っと。甘味ってもねー……どーしよ。モンブラン?」

 

 かるーく私にチェンジ。同時にベルトも消失。私の能力はシオンに影響あっても私はシオンの能力を使えないからね。

 

「それ以外で。モンブランは絶対に嫌です」

「コンビニの食べてたじゃん」

「コンビニのは普通の素材なので」

「私のモンブランが普通じゃないと」

「普通の意味をご存知ですか?」

「純正の人間が作り上げた身勝手な概念でしょ」

「……質問を間違えました。取り敢えず和三盆でいいので5キロほど出せませんか?」

「家にあったかな……シオンので出せる?」

 

 聞いてみると右腕が黄金の揺らめきに包まれ、何かを掴む。

 

「おー、コレシオンの能力だよね。こんなので使えるんだ」

 

 どうやら変わらなくてもこーゆーのは使えるようだ。私が動かしてるわけじゃないんだども。

 

「ん……はいこれ」

 

 右手が掴んだのは砂糖の袋。

 どこのか分からないけどそれをそのままえっちゃんに渡す。

 

「これ、本当に砂糖ですか?」

「知らない。私じゃなくてシオンのだし変なのじゃないと思う」

「まぁそうですね。ありがとうございます」

 

 えっちゃんは袋をネクロカリバーで無造作に切り、なんと飲み始めた。

 

「喉渇かない?」

「渇きますが問題は糖分摂取です。それに生卵を丸呑みする人に言われたく無いのですが」

「えっ誰?」

「シオンですよ。知らなかったんですか?」

「知らなかった。まぁいいよ。あの子追うんでしょ。行くよ」

 

 シオンがどうしてようとどうでもいいし粉飲もうとどうでもいい。

 そのまま屋上を出ようとドアへ向かう。

 ……人だ。誰かが上がって来てる。

 

「神聖な学舎に土足で失礼する」

「貴方は……」

 

 音も無くドアを開け出てきたのは黒い衣装に十字架を首にかけた男。

 私の記憶には無いので探ろうとすると、遠坂さんから答えが出てきた。

 

「言峰綺礼よ。エセ神父でこの戦争の管理人」

「失礼。私は言峰綺礼。この戦争の監督役を務めている者だ。君が双神詩音かね」

「まぁ。そうだけど」

「そして、君を含めた3人がヴィーナスで間違いは?」

「……?まぁ、そうだけど」

「よろしい。では君の令呪を全て私に返還したまえ」

「……理由を聞いてみようか?」

「理由は単純。君たちが封印指定だからだ。先刻、そこの凛の報告を受け魔術協会へ報告した」

「oh……流石の冤罪だ……」

 

 そういえばなんかそういうの聞いたな。マジか。

 

「何、そう悲観するな。令呪を渡して身柄を拘束されるだけだ。死にはしない」

「死んでる様なものでしょうに」

「それが魔術師の世界だ」

「死んでる様な生き方は望まない。私の答えにはならないね」

「捕まった封印指定は誰もが同じことを言う」

「捕まえた気になってるバカはどいつも同じ思考をしてる」

「流石はヴィーナス。教会を恐れないとは。誰一人として情報を残さずいられた訳だ」

「情報が無いなら私だって分からないでしょ?」

「凛からの報告でね。らしい情報ならばと確認に来た次第だ。サーヴァントの宝具を受けて無傷、というのは凛ですら不可能だ。それを軽々と行うならば能力にも不足は無い」

「タイヘンだね。人間って。まぁいいや、私これからライダー追わなきゃだから。粛清なら頑張ってよ」

「無論だとも。もう君に平穏の時は来ない」

「ふーん」

 

 言峰さん、というらしい神父は私とやる気は無いらしく素直に道を開けてくれた。

 魔術協会からの粛清。たしかに魔術師にとって死刑宣告も同等だ。

 ……それが、私を脅かせるのであれば、の話だけれども。



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第23話

「しゅくせーだってさ。えっちゃん潰してきてよ」

 

 夕陽の眩しさに目を潰しながら、えっちゃんのルーラーレーダーを頼りに街へブラブラ歩いて行く途中、面倒ごとをサーヴァントに押し付けようと提案してみる。

 すると肯定とは取れない返答が返ってきた。

 因みに同盟の2組は置いてきた。私達の戦いにはついてこれない……ではなくて、告発された封印指定といるのは危険だろうってえっちゃんからの提案で。

 

「厳密には確保の流れでしょうね。それにしては不可思議な点が多々ありますが」

「どこ?」

「まず一つ、ヴィーナスの情報を掴めていないのにも関わらずその名前が挙がることです。私もこの世界のことは知らないので不明ですが、おおかたソラが来ていたりしたのでしょう。時計塔にいたとは思いたくないですが」

「そこなんだよねー。遠坂さんだけヤケに警戒してきてたし」

「まぁそれは放っておいていいかと。魔術師の行動原理など単純ですし」

「で?他は?」

「二つ目は情報不明なヴィーナスが封印指定されていることです」

「んー?」

「封印指定というからには魔術の進展において重要な情報や能力が秘められるものです。つまりは魔術協会がその姿形や能力をある程度は把握していることが前提になるわけです」

「そりゃそうだ。なんなんだろ」

「私が来る以前……そしてウタネさんがこの世界へ転生する前の情報が無いことには何とも言えませんね」

「シオンので戻れないかな」

「恐らくこの世界に限り不可能ですね」

「何で」

「この世界はウタネさんの生前の世界と近いもので、転生前のウタネさんはシオンの鏡にあるVNAではないウタネさんである可能性が高いです。ですからタイムパラドックスや対消滅の可能性があり、更には『死ねばループするウタネ』さんがそうならないよう抑止力が働く可能性もあります」

「くそめんど……」

 

 つまりは何だ、追われているのに原因不明ってことか?確認不可ってことか?なんだその状況。

 

「……」

「……」

 

 じゃあ死なないまま生きてて発作も無くて鏡の自分に縋って生きてる私がいて、それと会うとこの私も死ぬかもしれなくて、死んだらループして世界も困るから会うのさえ止めようとしてくるってこと?

 とすればもうえっちゃんがその抑止力になってるよね?その考察は突拍子が無いと言えば無いし、前の情報を探りたいのはえっちゃんだってそうだろうし。して……

 

「……」

「……」

 

 やろうと思えばやれないことはないだろうけど、もし死んでループも嫌だし、なんなら進んで死にたくないしでこれは最終手段として置いておこう。多分忘れる。

 じゃあどうしよう。普通に代行者追い返す?まぁ実際それが1番手っ取り早くて楽だね。

 

「じゃあとりあえず地雷買おうか」

「すみません、会話をして下さい」

「え……落とし穴とかのがいい?」

「あなた方の能力と思考は世間に通じないものと認識して下さいませんか。大方教会の粛清の対処法から地雷なのでしょうが、そもそもそんなものが効くとは思えませんし普通に迎え撃とうとしないで下さい。普通の封印指定は居場所がバレた時点で逃亡一択です」

「むぅ……」

 

 まぁいいや……

 

「おっと、ライダータイムです」

「ネクストタイム?私ベルト使えないけども」

「……サーヴァント、ライダーの時間です」

「ああ、サーヴァントね」

 

 さっきリバイブ使ってたのもあってそっちに向いちゃってた。

 

「キングストーンに振り回されすぎでは?」

「私じゃないよ、アインスだよ」

「彼女の夜天の書とパスが繋がっているので実質ウタネさんです。それより、私がライダーの相手をしていますのでウタネさんはマスターをお願いします」

「両方私がやるけど」

「いいですか、あくまで平和交渉ですよ?その点私は生粋のヴィラン、交渉など不能です。ので」

「ので……?私がしろと……?」

「はい」

「私ってば生粋の生命の敵だよ?より無理じゃない?」

「……シオンは中立なので」

「そうなっちゃうかー……」

 

 この子、最終目的だけで細かな作戦とか立てられないタイプだよね。私はその最終目標すら立てられないんだども。

 

「おや、まだ日が沈みきっていないというのに」

「……マスターの指示です。貴女方を始末します」

 

 ライダーが上空から強襲、ライダーを私に殺されないようライダーの攻撃を防ぐえっちゃん。

 

「では手筈通りに。なんとかお願いしますよ」

「まぁ、できる限りはやるよ」

 

 ライダーとえっちゃんを尻目にえっちゃんの指示したビルへ駆け込む。

 屋上にライダーのマスターがいるらしい。それはシオンの能力でも確認できた。

 

「シオン……跳んで」

 

 キングクリムゾン。

 時間にして30秒ほど、元の能力より長く跳べるらしいこの能力の中で階段や天井といった全てを無視して上空へ駆け上がる。

 足場は私の能力で作り出し、解除していく。

 ものの数秒で屋上と思しき高さまで跳んだからそこで屋外なのを確認して能力を切って貰う。

 

「うぉ……っと」

 

 魔力放出の加減が適当過ぎたのか、思ったより高くにいて屋上へ落ちる事に。落ちることに定評のある転生生活、まぁこのレベルなら良しとしよう。

 

「フタガミ!?」

「やぁやぁワカメくん。あなたの望みを叶えよう。代わりに、戦争から手を引いて私たちに協力してくれないかな?」

 

 なんと恐るべきことに、私を視認すると共に例の魔術攻撃を浴びせてきたワカメくん。その反射神経と判断能力……

 

「……なんだと?」

 

 やはり無傷で攻撃を無力化した私の話に怪訝な態度を見せるワカメくん。

 

「あなたの望みを私が叶える。あなたはサーヴァントを現界させたまま戦闘行動を終了し、二度と再開しない。ただこれだけなんだ。あなたとしては戦わずして聖杯が手に入るも同然なんだよ。早めに了承してくれないと、またセイバーやアーチャーが来ちゃうかも」

「く……!」

「さぁ、その本を渡してよ。私だって面倒は嫌いなの。下手したらえっちゃんがライダー倒しちゃうかも」

 

 止まない攻撃を延々と無効化して接近する私に、ついにワカメの攻撃が止む。

 

「お前らが!ただ受け継いだだけだ!ただ他人から貰った力でイイ気になってるだけだ!同じ条件なら……!対等な状況なら!僕がお前たちなんかに負けるはずが無いんだぁぁぁぁぁぁぁ!」

「……」

 

 聞くに耐えない、人類の生態系の最下層。

 あまりのストレスに私は発狂しかけたけれども流石シオン、手綱を握って代わってくれた。

 

「……ならお前は、対等、五分の条件ならばオレにも勝てると?」

「そうだ!」

「なら今からそうなれば、お前はオレを殺せると?」

「そうだ!」

「そして勝ちさえすれば、他のマスターたちも同じようにできると?」

「そうだ!すぐにでも!」

「……いいだろう。お前に相応しい最後を用意してやる……『枯渇庭園』」

 

 この屋上、極めて小規模だがその風景を描き変える。

 風景は荒れ果てた荒野。鮮血神殿の方が不気味な程度の、取るに足らない風景だ。

 

「な、なんだ……!?」

「安心しろ、ここではただ魔力結合が不能になるだけだ。オレも、お前もな」

「……」

「そして話してやる。オレの能力。オレは現存する全ての能力を2つまで同時に使用できる。内1つがこれ、枯渇庭園。これでオレとお前の魔術師としての差は無くなった」

 

 未だに不意打ちを警戒しているのか、それとも固有結界すら知らないのか……狼狽し続けるシンジ。

 

「そして2つ目。ホラよ」

「……?なんだ、これ」

「……あんまり使いたかねぇが、アマゾンズドライバー。腰に巻いて左の取っ手を捻って『アマゾン』って言えばいい。やればわかる」

「……アマゾン」

 

 何の疑いも無くベルトを腰に巻き、アマゾンアルファへと姿を変えたシンジ。

 

「これは……!」

「分かるか?その力が。それがオレのプライム。お前は異形の果てに苦しんで死ぬからな。相性は良い。で、オレも同じ能力を使う……アマゾン」

 

 プライムで渡したものと同じベルトを装着する。

 

「同じ世界に同じ能力。お前は魔術を使えず、オレは能力を2つ使ってる。つまりは同等。同じ条件だ。この枯渇庭園の中でアマゾンアルファの力のみを持って殺し合う。何の不満も無いな?」

「あるわけないだろぉ!覚悟しろ!」



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第24話

「うぉぉぉぉぉあぁぁあああああ!」

「……ふっ!」

 

 無防備過ぎる飛び掛かりを躱して隙だらけの背中をブレードで斬りつける。

 

「ぎぃぃぃぃぃぃぃぁぁぁぁぁぁぁあ!」

 

 痛みに負けてこちらを振り向いて尻餅。

 

「そこで怯むから次が来る!」

「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"!?」

 

 その顔面へ回し蹴りを叩き込み、吹っ飛ばす。

 こけた敵には蹴りが有効とどこぞの武蔵も言ってたからな。

 

「どうした、すぐにでもオレを殺すんじゃなかったのか?」

「黙れェェェェェェェェ!まだ何か隠してるんだろぉおぉおぉおぉ!じゃなきゃおかしいぃぃぃ!」

「アマゾン化して言語能力まで落ちてないか……?オレのは変身だけでアマゾン細胞の付与とか無かったはずだが……まぁ、隠してるわけじゃないがな。オレはお前の動きの未来が見える。だから同じスペックのお前の攻撃は当たらねぇんだ」

「それを知って同じにしたのかぁ!この卑怯者がぁ!」

「おいおい……同じにしろって言ったのはお前だろうがよ。それに魔術の世界に身を置こうとしてる奴が卑怯なんて口にするなよ。ついでに言うとな、この未来視はあくまでオレが見て、予測してるだけのもんだ。だからこれはオレ自身の能力。お前だって日本語使えるだろ?それと同じだ。ま、そんな事言い出したら能力も魔術も似たようなもんだが……」

「く……そぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

 逆上して突撃してくるシンジを難なくいなし、その背中を蹴って勢いを付けてやる。

 自身でも制御が効かなくなったスピードにシンジは転倒。

 この数分と経たない内に見るも無惨な事になったな。

 

「大体な、お前がまだ生きてられんのはオレから貰ったその力のお陰だぜ?生身だったら初撃で死んでたぞ」

「……ヒィッ!」

「王には王の、料理人には料理人の……適材適所とはそういうもんだ。お前は、空振りした悪党として苦しんで死ぬ。それがお前の役割だ。これは余程の気まぐれじゃないと覆らない。そしてそれはオレが変えさせない」

 

 ゆっくりと、本当にゆっくりと近付きながら両手を広げる構えを取る。

 カウンター主体、一撃必殺というスタイルはオレの未来視、直死というスタイルに近いものがあり、十分に流用できる。直死は能力だから今は使えないが。

 

「やめろ……!来るな!僕の……僕のそばに近寄るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「それは無理だ……オレ達に賛同できないお前は……お前の条件を呑んでもそうならなかったお前は、姉さんの世界には必要無い。ライダーならオレがなんとか存命させてやるから安心しろ」

「うわ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「っと。ストップです。シオン」

 

 拳を作り、振り下ろそうとするとネクロカリバーに止められ、結界も綻んでいく。

 

「……卿。どうやって入った?」

「仮にも神の権能付きルーラーなので。取り敢えず結界を完全に解いて下さい。何を殺そうとしてるんですか」

「……大体なんで判別できた。同じ能力だぞ」

「マスターが判別できず何のためのサーヴァントですか」

「……ライダーはどうした。まさか殺しちゃいねぇだろうな」

「意外にも手間だったのでライダーには両足で大人しくしていただきました」

 

 しれっとした態度で謎の脚を一対、オレの足下に転がす卿。

 膝から下の血に濡れたそれの主は装備品から一目で判別でき、その主がどうなっているかも容易く想像できる。

 取り敢えずこれ以上はないだろうから結界を解いていく。

 

「……それどうすんだよ」

「繋げて貰おうかと」

「……オレに?」

「ほかに誰ができますか?」

「……もし消えたらとか考えねぇの?」

「早くしないとアーチャーにやられてしまうかもしれませんね。それならばそれで次のループではこうならないよう気をつけて下さい」

「……オレはかなり冷静だよな。そんな状態でもキレてねぇんだから」

「まぁそうですね。いやぁ、素晴らしい性格です」

「……ソラにツケとけ。貸し1だ」

「分かりました。ソラなら喜んで返すでしょう」

 

 淡々とコレだ。VNAが関わると面倒にしかならん。いっそ卿もVNA入りさせりゃあいいんだが。サーヴァントは無理だしソラがそうさせないだろうな……

 

「……で、セイバーとアーチャーも到着してる、と」

 

 結界が完全に解け、現実世界へ戻るとシロウと凛が見えた。

 シロウとセイバーは前のめり、アーチャーと凛は後方から傍観の姿勢。それぞれ思いは別だろうが、いずれもオレを見据えてる。

 

「ふぅ……なんだよそのツラはよぉ。ライダーの無力化とマスターの懐柔。オレのやってること、間違ってるか?何かブレたりしたか?あ?」

「シオン。お前と話す気は無い。フタガミを出せ」

「シロウ。お前も随分と気が大きくなったな」

「戦争を止めようとするお前たちの方針には賛成だ。だがお前は慎二を殺そうとした」

「……わかんねぇなぁ。まぁいいや、パス」

 

 首を倒し、切り替えを行い……私が来た。

 

「んで。何の話?」

「何で慎二を殺そうとした」

「殺すこと匂わせてた貴方に言われるのもなんだかなぁって感じだども。まぁ簡単に言うと要らなくなったから?」

 

 殺す理由。いるかな。まぁ強いて言えば、要らないから。としか言えない。

 

「要らない……?」

「うん。もうソレは世界にマイナスしかもたらさない。ロスカット的な感じだよ。今やめさせてもいつか裏切ったら意味無いもん」

「そんな理由で殺していいハズ無いだろう!」

「ならもっとちゃんとした理由があれば殺していいのかな?こんな異常物品、処分しちゃいなよ」

「異常物品……?慎二の事か!?」

「そうだよ?自分に魔術の才能も資格も無いって分かってるのに魔術の世界で勝ち残ろうとしてる。意味分かんなくない?できちゃうから勝っちゃう、なら分かるんだよ。でもできないのに勝ちたい、って無理だよね?それを本気にしてる。異常でしかない」

「魔術だけじゃなくスポーツも勉強も同じことだ!勝ちたいから努力して!足掻いてるんだろ!」

「ウタネさん。長くなりますか?ライダーを保護してきたいのですが」

「あ……うん、長くなるかも……」

「では話が終わればまた」

「……えっと、全然別だよ。貴方の言うスポーツは例えば、貴方と遠坂さんが魔術で競ってどちらが勝つでしょう、って話よ?」

「……何が違う。絶望的な差に違いは無いだろ」

 

 私の問いに冷静になったのか呆れたのか、口調も態度も大人しくなる。

 絶望的。確かにそれは間違いじゃない。けれど正解は絶対的、だ。

 ちなみにアーチャー組はマジで何もしない。後ろで突っ立ってるだけ。

 

「違う違う。貴方も遠坂さんも魔術を使えるんだ。だから一発逆転の可能性がごく僅かにでも発生する。けど腕が無い人間と衛宮さんが弓道で勝負だ、って話だったらどう?一発逆転どころの話じゃないでしょ?」

 

 要は立場の話。同じ土俵に上がっているならその勝敗はまだ分からない。決定的に勝ち負けが分かっていたとしても、それが覆る可能性はまだ存在する。

 けれど野球チームとサッカーチームが同じ土俵で戦えないように、魔術師と一般人では同じ土俵で勝負することさえできない。それが理解されないのが私は悲しい。

 

「じゃあ何か、慎二には勝つ可能性すら無いから殺していいと」

「うん」

「俺はお前を勘違いしてた。まさかそんな優生思想の塊みたいな奴だったとはな」

「……?ダメなの?」

「ダメに決まってる。どんな人にも生きる権利はある」

「でもその権利に見合った成果が得られないとマイナスだよね?」

「は?」

「人が生きてくのにどれだけ資源がいると思う?バカほど食べて使ってやっと生きていける人間が、それと同等以上を生産しないとマイナスじゃない。家畜だって作物だって不出来なのは間引くでしょ?マイナスは消そうよ。間違ってる?」

「お前……!自分や家族がそうなったらどうするってんだ!」

「死ねばいいじゃん」

「「「……!?」」」

「私の親が世界に要らないなら殺せばいい。なんなら私が殺してもいい。私が要らないなら殺せばいい。なんなら自殺していい。それで世界が良くなるなら、いいと思うけど」

「狂ってる……!」

 

 驚愕する一同。自分だけが特別なんてあり得ないのに、当たり前のことに何を驚くんだろう。傷んだり壊れたパーツは破棄したり交換したり……いずれも例外は無い。

 

「そう?どうせ何も残せないんだから、何か残してくれそうな人たちへリソースを回す……まぁ、その最後が見れないのは残念だけども」

「決めた!俺はヴィーナスを倒す!お前みたいな奴を生かしておけない!」

「私達ってそういうものよ。私利私欲だけの集まりだもの。5人も倒し切れるかな。頑張ってね、正義の味方さん」

 

 けどまぁ、この世界にいるのは私とシオンだけ。正義の味方の目標は絞れるわけだ。達成は不可能だろうけれどもね。

 

「まぁいいや、やっぱり長くなっちゃった。私達への宣戦布告のご褒美にそこのワカメくんはあげるよ。殺さないでね。ライダーも治したら返すから」

「待て!」

 

 手を振りながら屋上から飛び降りる。

 ふぅ……この世界も私の答えに足りるものは無さそうだなぁ……



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第25話

この話の序盤の会話、18指定いるのか一瞬考えましたけど私の倫理観では不要でしたので何もしません。


「さてさてさてさて」

「なにこのダルマ。R18的なー?」

 

 宣戦布告されたし同盟は解消だろうなーと思って我が家へ帰宅した私。

 帰宅後即座に冷蔵庫からR20の缶ジュースを取り出し、一口。

 そんな私をえっちゃんがそそくさと案内、リビングには両足を落とされ、大の字に縛られ吊るされたライダーが。

 

「18するかどうかはライダーに聞いてください。取り敢えず足、繋げてもらえませんか?」

「ん……ライダー?どうする?私と寝られる?」

「……ルーラーのマスターですか。私を、どうするつもりで……」

「んー、別に。生きててくれればなーってだけだよ。助けて欲しいなら身体を売れ……的な?」

「……分かりました。アナタであれば上等です。毎晩お相手を致しましょう」

「……なしてノリ気なの?私一応女の体でいるんだども」

「構いません。私は気にしません」

「……レズ?」

「バイです」

「……まぁいいか。それでも」

「あの、ウタネさん。ホントに寝るんですか?」

「ん?あぁうん。流石に存在年数長いしシオンに初体験をと」

「あぁ……ソラが聞けば発狂しそうなセリフですが……」

『オレが聞いても発狂するぞお前ら』

「うぉ!?なんだこのモニター!?」

 

 突然私とえっちゃんの前に空間モニターが表れ、私と瓜二つの声が吐き捨てる。

 

『能力。んで姉さん、そんな気ぃ使うなら自分がやれ。イイトシこいて恥ずかしくねーのか』

「ほら、女は純血?だかなんだかで許される風潮ない?」

『知らん。してライダーの足は持ってきたんだろうな』

「……えっちゃん」

「……ウタネさん、もしや……」

『マジか、置いてきたなら多分アーチャーあたりが消し炭にしてるぞ』

「えーどーしよー……シオン、作れない?」

『作れるが……時間かかるぞ』

「即効性の能力無いの?」

『あるが負荷がデカい。オレの予備作るのと同じ感じで作るから1日か2日はかかる』

「むー……仕方ないか。よし、ライダー、貴女はしばらくダルマのままシオンと戯れること。足が治れば帰してあげる」

 

 シオンの残機って割と作るの早かった記憶なんだども……他人の作るとなるとまた違うのかな。サーヴァントだから?まぁいいけど仕方ない。しばらくゆっくりしますかね。

 その間誰か死んでも困るしえっちゃんには出てもらうけども。

 

「それは良いのですが……貴女とは……?」

「私……?うんまぁ、戦争が無事収まれば?かな。あ、協力してくれるなら報酬として後払いしてあげる、ってのはどう?」

是非お願いします(仕方がありませんね)

「即答こわ」

 

 物静かで控えめなイメージがあった分この食い付きにはビックリだ。

 

『よし、じゃあ卿は他陣営の動きとか見といてくれ。ライダーを取り戻そうって奴らが突撃してきたら知らせてくれ。殺す』

「殺さないでください」

『分かってる、ただ凛も正義の味方もオレ達を殺す気だ、説得は無理だろうから追い返す』

「それでお願いします……今から」

「『は?』」

 

 今から……?まさかもう来たっていうの?

 

「さっそくお出ましです。行動が速いのは評価するべきでしょうかね」

『まぁ高評価だな。さて、じゃあ卿はここでライダーを保護しててくれ。姉さんチェンジだ、オレが出る』

「分かりました。お願いします」

「りょーかい……っと。さて、どうなるか」

 

 卿にライダーを任せ、玄関を出る。

 

「よぉ、夜分遅くに……まぁ、そんな深夜帯でもねーが……あ、コレ飲むか?」

 

 殺意マシマシの2陣営と慎二。

 姉さんの飲みかけの酒を振り、返答が無かったのでそのまま飲む。

 アーチャーは見えないが……どこからか暗殺を狙ってるな。

 

「ふぅ……で、何の用だ」

「とぼけるな!ボクのライダーを返してもらおうか!」

「お前のじゃねぇだろ。しかしだな、ライダーは今両足が無い。卿の補正込みで斬られたあれ程の欠損を治せるのはオレだけだ。魔力供給では治らない」

「な……」

 

 ワカメが吠えて絶句する。男ながら感情に忙しいヤツだな。

 

「で、他2組は……まぁ、ヴィーナスとやらを殺しに、か」

「……」

「まぁオレ達への挑戦なら受けるがな、流石にこの市街地では無理だろ。お前らに選ばせてやるから、人気の無いとこ行こうぜ」

 

 神秘の秘匿は当然あるが、この家でトラブル起きると姉さんの生活に支障が出る。なるべく結界も敷かずに平穏な生活がしたいからな。

 

「……ついて来なさい」

「おーう」

 

 提案は妥当と判断したのか少し黙った後オレに背を向ける凛。

 その後をオレ、その後ろにシロウとワカメ。

 

「こんな公園あったのか。民家も遠く、車通りも無い。良い場所だ」

 

 街を外れて少し高台に上がったところに公園。囲うように木が植えてあり、公園の中から街は見えるが街からは公園を把握しづらい状態だ。

 凛たちは公園に入るなり三角にオレを囲む。

 

「今日ここで終わりだ、シオン」

「封印指定、中でも脅威とされるヴィーナス。教会を待つまでも無いわ。サーヴァントのいる私達が消す!」

「フタガミぃぃぃぃ!ボクにこの力を与えたのが失敗だったなぁぁぁぁぁぁ!後悔させてやる!アマゾン!」

 

 ワカメの腰に巻かれたベルト。プライムによる能力付与は永続だ。オレが消すこともできず、本人が消すこともできない。

 能力が能力だけにベルトを投げ渡すという付与方法だったが本来ならより確実な同意が必要だ。だから能力を消したいだなんてことにもならないが……ワカメも気に入ったようだ。

 

「後悔なぁ……お前がいるって言うからやったんだ、別にそれでいいだろ」

 

 そんな能力の1つや2つ、オレが使えなくなるわけでもないしな……過去12人にプライムで反逆されたこともある……どうでもいい。

 

「5対1か……正義の味方がコレか」

「卑怯だ、なんて言うなよ。お前はヴィーナスだ」

「その名前にどれだけの価値がある?まぁいいが……」

 

 セイバーはシロウに付き、アーチャーは未だ姿を見せない。

 

「いいのか?その距離で。いいのか?その陣形で。魔術の詠唱は?令呪の準備は?逃走の準備は?」

「何が言いたい!」

「お前らのためを思って言ってるんだ、分かれよ、戦う前から結果を教えてやってるんだ。お前らじゃあ……人間じゃあ、オレ達には勝てない」

 

 選択する能力は悪魔風脚(ディアブルジャンブ)

 足を1度空振りすると大気との摩擦で高熱を帯びる。クソ熱い。

 脚力はオレ基準だしサーヴァントを圧倒するどころか張り合うことすら難しいだろうが……更にもう1つ。

 

「この能力の前にそんなのが効くかぁぁぁぁぁ!」

「慎二!待て!」

 

 炎を見て 恐怖を感じたのか前と同じように飛び込んでくる。少しは学べ。

 

「ホラよ」

「っ!?」

 

 シンジの拳に掌を合わせ、その場に直立させる。

 合気……達人のミステリアスパワーの前には筋肉も脂肪も同じ肉。アマゾンのパワーを持ってして、この力に捕らえられたならそれは意味を成さない。

 

悪魔風脚(ディアブルジャンブ)……腹肉シュート(フランシェシュート)!」

「ぐばぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 腹に入った蹴りは若干の焦げた音。

 そしてアマゾンアルファの体を数歩後退させた。

 

「な……?ん?ふっ……ふははははははっ!どうしたフタガミ!?効いてないぞ!君の渾身の蹴り技が!おい衛宮!よく見ておけ!こんなのボク1人で十分だ!」

「慎二!油断するな!」

三級挽き肉(トロワジェム・アッシ)!」

「うぉぉぉぉぉ!」

 

 連続の蹴り……それもやはり後退、退け反らせるだけで十分なダメージに届かない。

 ……流石は人類最弱の肉体だな。能力自体にはそれなりの火力があるはずなのに。

 

「効かねぇなぁ……やっぱりオレが武術的なのを使うのは無理だな」

「どうした?もう諦めたのか?さんざんボクをバカにしておいてぇ!」

「いいや。いつも通りに切り替える。やっぱりコレがいる」

 

 能力を切り、足の熱を消す。同時に合気も捨てる。

 首のペンダントを引き抜き、刀を出す。

 

「日本刀?そんなものがこの力に通じるとでも?」

「この刀は特別でな。素晴らしい機能が搭載されている」

「まさか……なんでも切れるというのか……!?」

「鞘に収めるとペンダントになる」

 

 鞘へ収めて再び首に下げて見せる。

 持ち運びに最適だ。

 

「は……?」

「いや、実際それだけなんだな、これが。多少は切れ味は良いが……それだけだ」

 

 直死は使わない。コイツらを直死で切ると死ぬか瀕死だ。それは望む所じゃない。

 

「ほら、正義の味方。絶対悪が追い詰められてピンチだぞ、トドメ刺しに来いよ」

「……!言われなくても!行くぞセイバー!」

「はい!」

 

 これで近接3人。

 セイバーの上段を予知して躱し、シロウの木刀は刀で受ける。

 

「はっ!」

「甘い」

 

 受けた隙をセイバーが返しで切りに来るが、シロウの背後に回るように跳んで避ける。

 

「そしてそろそろアーチャーの射撃が……来たな」

 

 流石はアーチャーと言うべき首筋を正確に射抜く射線、しかし避ければ……いや、オレが止めなければシロウさえ射抜くだろう。

 同盟破綻は一時的なものと思っていたが……

 ここでキングクリムゾンを使えばシロウが死ぬ、か。

 

世界(ザ・ワールド)

 

 ならば時間を止めるだけ。

 止まった時の世界ではあらゆる物質はその加速度を失い、宝具であろうとただのガラクタになる。

 

「1秒経過……しかして宝具は宝具。時間が進み始めればその威力を取り戻す。ここは確実に対処しなければな」

 

 世界で破壊する……のも十分選択肢だが、毒や呪いが無いとは言い切れない。直接触るのは余裕のある今はやめておくべきだ。

 

「2秒経過……まぁ困ったら異次元に放り込むのが良い。神威」

 

 触れる事なく、眼で見るだけで神威空間へ転送できる。あぁ……なんて便利な能力だ。

 そして時は動き出す……

 

「……!?」

「そんな……!?」

「驚くのはまだ早い……バルディッシュ」

《YES.sir……!?》

 

 ライオットブレードの状態で発現させる。

 オレのいた世界から無理矢理引っ張って来たからな。混乱してはいるが状況は飲み込めたようだ。

 

「フェイトは元気か?取り敢えずこの戦闘だけ付き合え。撃退だけでいい」

《……YES》

「また事件あれば手伝ってやるからそれで許せ。はぁっ!」

「ぐ……っ!シロウ!私から離れないように!」

 

 流石は執務官の相棒、セイバーの剣にも対等以上に渡り合える。

 

《violent slash》

「くらえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

「くらうか、バカが」

 

 アマゾン特有の逆刃もスタンド・銀の戦車(シルバーチャリオッツ)で受けきる。空間すら割くこの刃でなら受け切れる。武器的に剣とかの方が良かったな。レイピアで受けるとか何言ってんだって話だ。

 

「無駄無駄無駄無駄ァ!」

「はぁぁぁぁぁっ!」

 

 主にセイバーとアマゾンアルファの攻撃、2人の大振りの後の隙を見てアーチャーの狙撃。それらを未来視で予知しながらバルディッシュの力を存分に使って捌き続ける。

 そして戦闘開始から3分ほどが経過。

 

「邪王炎殺!煉獄焦!」

「ぐあっ!」

 

 魔界の炎を纏った拳がアマゾンを吹き飛ばす。

 

「慎二!」

「ふぅ……良かったなお前ら。オレが相手で」

「どういう意味ですか!?」

「姉さん……ウタネとやってたらお前らに戦争の続行は不可能だったってだけだ。ま、気にすんな……面倒になりそうだ、お前らもう帰るか」

 

 既に3分。総数にして5対1。姉さん相手なら全員がほぼ廃人だ。

 しかしそれとは別の違和感が姉さんの直感から発せられている。ここは全員が退散するべきとのアラートだ。

 

「逃げられると思いますか!」

『逃げる……?もう帰っちゃうの?』

「「「!?」」」

 

 公園の入り口から鈴のような声。

 遅かったか……?



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第26話

サブタイトル考えなくていい分すごくやりやすくなったと思います。


『逃げる……?もう帰っちゃうの?』

「「「!?」」」

 

 公園の入り口から鈴のような声。

 遅かったか……?

 

「バーサーカー!?」

「ほう、アレがそうなのか。また随分とデカいことで」

「ウワサは聞いてるわ、ヴィーナス。戦争を止めようなんて無意味なこと。しようとしてるらしいわね」

「無意味かねぇ……オレからすれば最優先なんだがな」

 

 エゲツい巨漢の肩に座る白髪の女……バーサーカーのマスターと無意味な会話を交わす。

 この状況にバーサーカー乱入ってのは相当なバカじゃねぇのか?

 

「ここに出てこれるのは良い度胸だが、勝算はあるのか?下手すりゃ自殺だぞ。悪い事は言わねぇから帰ってぬくぬく過ごしてろ」

「む……」

「やめろシオン!イリヤは……!」

「もういいよ、みんな死んじゃえ。バーサーカー」

「➖➖➖➖➖➖➖➖➖!!!!」

「はぁ……」

 

 何がいいのか、バーサーカーが女を降ろして突撃してくる。

 いくらデカくとも所詮はサーヴァント。筋力パラメータからなるそれはけして想定し得ないものではない。

 

「っ……!なるほど、確かに、これは……っ!」

 

 未来視を持ってしてただの上段に合わせるのがギリギリ、バルディッシュのフルドライブだというのに押されている。

 なんならバルディッシュじゃなくオレの刀だったら素の力で即死だった。

 

「シオン!く……セイバー!援護を……!」

「正義の味方!離れてろ!セイバーも邪魔だ!」

 

 あとバルディッシュも邪魔だ……

 

「バルディッシュ、また会おう。キングクリムゾン!」

 

 時間をふっ跳ばして攻撃を無効化しバルディッシュを解除、すぐさま刀に持ち直す。

 さてこれほどの戦力は想定外だが、対処は可能だ。

 能力を選択、一度攻撃圏外まで移動してから時を刻み始める。

 

「っ!バーサーカー!」

「絶影!」

 

 遠距離から剣を飛ばすアルター。融合装着すればより性能は上がるが何分オレの体では持たん。

 剛なる右拳、バーサーカーの正面に撃ちその迎撃を釣る。その隙に左拳を脇腹に潜り込ませる。

 ……釣ったは良いが防御の姿勢を一切見せないのが気にかかった。

 

「■■■■■■■■■■──―! 」

「アハハハハハ!そんなのがバーサーカーに効くハズないじゃない!」

「……!マジか……!」

 

 防御が間に合わなかった訳ではない。右拳に釣られた訳でもない。左拳を認識していながらあえて何もしなかったんだ。

 それが全くの無意味なものだと分かっていたから。

 

「まさか……」

 

 まさかコイツ……十二の試練か?未知の能力であるはずのアルターにそんなの呼ばわりするんだ、まず間違いない。

 とすれば今のオレに勝機はほぼ無い。遊びとはいえ能力を使い過ぎた。

 今の体でAランクの能力を使うのは……負荷がヤバい。使っても殺せるかすら分からんからな。

 

「凛!正義の味方とワカメ連れて逃げろ!」

「シオン!1人では無茶だ!」

「オレを殺そうって奴が何言ってる!お前らが死ぬ訳にはいかねぇんだ!さっさと行け!殺すぞ!」

 

 コイツらがバーサーカーの射程外まで退避してくれたならオレも存分に逃げることができる。

 

「シロウ!早く!」

「待て遠坂!」

「待たないわよ!さっさとしなさい!セイバーも!」

「……くそっ!すまんシオン!」

「……御武運を」

 

 凛が無理矢理正義の味方を引っ張ったおかげでセイバーもそれについて行き、無事望んだ状況まで食い下がれた。

 

「ちぇっ、逃げられちゃった。このツケは高くつくよ?お姉さん」

「ツケは払ってやるが、オレの時はお兄さんにしろ」

「……?女なのに、お兄さん?」

「はぁ……悪かった、好きに呼べ、女扱いは慣れてる」

「???」

「■■■■■■■■■■──―! 」

「まぁいい……いくぞ!邪王炎殺剣!」

 

 バーサーカーの未来を寸分違わず読み取りながら炎殺剣で受け流す。

 

「あらら、逃げてるだけ?それじゃあいずれ死んじゃうよ?」

「うるせーロリ!テメーもロリコンの餌にしてやろうか!」

 

 コイツもVNAに加えて哀れなオモチャの仲間入りさせてやろーかマジで。

 

「うぉっ……!がはッ!」

 

 誤って上段からの攻撃を防御してしまい、そのまま押されて地面に叩きつけられバウンドする。

 ふぅ……!熱い……何本か折れたか、断裂したか……

 

「う……」

「アハハハハハ!どうするの!?このままだと死んじゃうよ!」

「……いいや」

 

 死にはしない。この戦争では誰も死なせない。

 

「ただし致命にならない限りだ。バーサーカー。1つは貰うぞ」

 

 消滅さえしなければそれでいい。1度殺せば蘇生まで少しだけ時間ができる。

 

「よくもまぁこんな使い方したもんだ……アンサラー」

 

 右手をバーサーカーに向ける。

 そして能力を2つ。

 

「■■■■■■■■■■──―! !!???」

「バーサーカー!?」

「はは……」

 

 バーサーカーの胸に僅かな穴が貫通する。

 しかしオレとバーサーカーの延長上にいるロリマスターには一切の影響は無い。

 まず並行世界にあるこの現状と限りなく近いD4Cのオレがいる世界を探す。その中からバーサーカーの動きを完璧に予知できた世界を探し、さらにその中からフラガラックのアンサラーのカウンターで殺せた世界を探してそれをD4Cでこの世界に同時に存在させ、この状況を現実化する。

 オレがするのは並行世界のバーサーカーを殺すこと。そのタイミングはフラガラックの発動圏内であり、その発現をこの世界で実行する。

 そしてそれら一連の流れでこの世界に起こる事象は『バーサーカーが即死する』ことだけ。誰も攻撃なんてしていない。したのは平行世界のオレ。誰も対処なんてしていない。できる者は誰1人いない。

 並行世界で殺した事実をこの世界に確定させるんだ、そりゃあ予知も直感も効くはずない。周囲に被害が出るわけもない。殺された当人だけが死ぬ。それだけにして最悪の殺し方だ。

 

「バーサーカー!」

「じゃあな、クソロリ。また会おう」

「待ちなさい!」

 

 オーロラカーテンで即座に撤退。

 もう無理だ……これ以上は死ぬ……

 

「おや、随分とくたびれてますね」

「うるせぇ……酒出せ」

 

 家に出るなり卿の淡々としたセリフが聴こえてくる。

 

「……視力まで使ったのですか?それほどバーサーカーは強敵だったと」

「遊び過ぎただけだ。すぐ治る。あとピーチ味な」

「わかりました。しかし負荷によるものなら対処も可能なのでは?」

「無理だ……バーサーカー殺すのとオーロラカーテンでギリギリだ。これ以上何か使うと死ぬ」

「そうですか……ではライダーも少し遅くなりますね。どうぞ」

「ああ……すまん」

 

 受け取った酒を遠慮なく飲む。

 9%の桃の風味が爽やかに喉を潤し、疲労していた神経に多少の回復を促してくれる。

 

「ライダー……お前、そのままであと何日いられそうだ」

「マスターからの魔力供給は続いています。このままならば存命は十分可能です」

「なら悪いがもう少し待ってくれ。バーサーカーの対策も平行したい」

「わかりました……セイバーたちは?」

「あ?無傷で逃したが。なんだ?」

「いえ、私も貴方方に協力したいので、多少の情報は頂きたいと思いまして」

「マジで協力すんのか?独断で?あのワカメはお前が戻ればまた戦い始めるぞ。言っといてなんだがやめとけ」

「そんな!是非させてください!マスターも説得してみせます!」

「お、おう……?」

 

 ライダーの何がオレ達に協力させるのか分からないが嘘は見えない……なんだ?コイツも殺し合いは望まないとかそう言う奴だったか?



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第27話

 ライダーの何がオレ達に協力させるのか分からないが嘘は見えない……なんだ?コイツも殺し合いは望まないとかそう言う奴だったか?

 

「まぁなんだ、酒くらい飲めるだろ。なんかいるか?」

「……そうですね、ではこの地で有名なものでもあれば」

「んー、日本酒、ぽん酒はオレもあんま飲まねーからなぁ……卿、なんか知らんか?」

「私は糖分以外のものは種類別でしか判別できませんので」

「……いいや、1番高いので良いだろ……なんだ?十○代?コレでいいか?」

「はい」

 

 某密林の中で1番高かった。それだけだがまぁ誰も良し悪しが分からんからこの場ではこれが最上だ。

 

「ほれ、デカいか?無理なら残せよ……ってか、拘束切るぞ、卿」

「まぁはい。どうぞ」

「ありがとうございます」

 

 ライダーの拘束を解いて座らせてから盃を渡す。

 ライダーの体格に合わせてそれなりの大きさを渡したが飲めるのか?

 

「ん……卿、お前酒分かるか?」

「どうかしましたか?」

「いや、味が分からん。度数的にはまぁ満足なんだが何というか……水?」

「貴方方は少食偏食が過ぎて味覚が死んでいるのでは?ライダーはどうですか?」

「すみません……美味しいと言うことはわかるのですが、何分日本酒というものを飲むのが初めてなもので」

 

 ライダーも目隠ししたまま飲んだが分からない様子。

 まぁ、日本の英霊ではなさそうだしそりゃ飲んだことは無いわな。

 

「む……そうですか。私もお酒は似たものとしか認識してませんので……それが最上ということでいいでしょう。あと、ライダーはともかくシオンが泥酔したら斬りますから」

「……そんときゃ右の頬殴ってくれな。酒に強い姉さんに変われるから」

「人格ごとでアルコール耐性が変わるのですか……?」

「ふぅ〜……知らん。変わるヤツは変わるんじゃねぇのか。オレより姉さんのが強いからオレが酔ってても姉さんに変われば治るぞ。治るっても姉さんが平気なだけでオレに戻るとやっぱり酔ったままだが」

「多重人格も難儀なものですね。統一とかなさらないんですか?」

「あ……?統一?なんだそれ」

「多重人格者がそれぞれの役割を認識し、元の1人になることでより強い力を得る……ストーリーとしてありきたりですが熱い展開の一つとされています」

「……あのなぁ、オレが必要だから別れたのになんで戻す?1が別れて1足す1の状態が多重人格だ。分かれた人格は分かれる前より劣るのか?人格で足し算しても2にはならねーよ」

 

 人間というものはそれはそれは不完全な生命だ。1人では自身の身に起こる全ての事象に対応できない。

 だからこそ人は協力するために社会を構築し、互いの欠点を補い長所を提供し合っている。

 そして多重人格はその社会を自身の内部で構築する事に似る。

 ウタネができないことはオレができるように、ウタネができることはそのままに、オレがよりサポートできるように。

 人は1人では限界がある。能力の上限こそ違えど、人は1以上にはならない。2人いれば2、3、4と相性でその合計を増やすことも可能だろうが、1人になれば1にしかならない。多重人格を統一するということは1以上だった合計を1に戻す作業だ。

 オレが消えることに躊躇いは無いが、それをして良い結果にならないことは想像に易い。

 

「統一したとしてオレがいなくなりゃその翌週にはその世界は消えてるぞ」

「ソラが何とかするでしょう」

「アイツじゃ無理だろなー……抑止力ソラはその性質上ウタネと限りなく相性が悪い。姉さんを止められるのはオレだけだし、オレに勝てるのもソラだけだ」

「貴方方は対等と思っていましたが」

「対等に決まってるだろう。もしソラがオレを見下したり従属するようなことしてみろ、殺すからな」

「まぁ……VNAについてはもう言及しません。私もソラに喚ばれただけのサーヴァントですから」

「それは気にすんな。アイツは使い魔なんぞ喚ぶ奴じゃねぇから」

「では、何のために……?」

「さぁ。友人とかでいいんじゃねぇか?妹?分からんが、オレ達と大差無い関係を望んだと見ていいと思うぞ。知らんけど」

「そうですか……ありがとうございます。お礼に何か作りましょうか。おつまみ、何が良いですか?」

「おつまみ……?いらねー」

 

 人間って酒の話してんのに食い物の話始める習性あるよな。七不思議の一つだろ。

 

「何か食べないと体にも良くありません。悪酔いもしますよ」

「酔う為に飲んでんだろ。何で酔いを妨害しようとすんだよ」

「健康に良くありません。負担が掛かるばかりです」

「それを気にするなら飲む資格はねーよ。包丁使って料理するのに指は絶対切りたくない、なんてバカしか言わねー。内臓使って飯を食うのに胃もたれはしたくない。なわけないだろ」

「その例えはどうですかね。胃もたれせず食事を摂ることは十分に可能です。それと同じようにアルコールの分解を助け二日酔い等の体調不良も対策することが可能です」

「自然じゃねーだろ」

「自然……?なんですか自然って」

「酒、アルコールなんてのは薬物だ。飲んで即死しないだけで食い物じゃねぇ。醤油飲んでるようなもんだ。そんなキチガイが対策なんざするのが自然じゃない。バーサーカーが工房を構えるのか?」

「屁理屈ですね。普及した行為はどれだけ奇妙なものであっても普通人です。宗教であればどれだけ正気を失っていてもそれは正常なものです。貴方の嫌う日本人の米信仰も同じです」

「まぁ、オレは中立だからな……じゃあ、ニンニクの素揚げでいい。あと玉ねぎの天ぷら。小麦粉とかは下の棚にあるはずだ」

「初めからそう言えばいいのです。少々お待ちください」

 

 卿が台所へ姿を消す。

 ……小麦粉はあるがニンニクも玉ねぎもあったか?残ってた記憶無いが。天ぷら粉?んな調理法が限られたもんは置いてない。ただでさえ食が細い姉さんだ、保存できる食材は汎用性が全てだ。

 

「へいよ……ライダーはどうだ、何か食うか?」

「いえ……大丈夫です」

「酒はそこそこ強いのな。日本酒ストレートなんて日本人なら死人が出てもおかしくねーのに」

「そうなのですか?」

「らしいぞ、幸いこの体は素が強いからオレでも多少は飲めるからな」

 

 アレルギー……と違うのか知らんがな。酒に弱いのは黄色人だけって聞いたことある気がする。

 

「まぁいいや、お前、俺達に協力するって言うが、聖杯にかける望みは無いのか?あ、内容まではいいぞ、あるなしで答えろ」

「さぁ……強いて言えば、現界してから叶えたい願いはできましたが……」

「それは聖杯とは関係無いのか?」

「あると言えばありますが、貴方方の方針でも叶えることは可能と判断しました」

「ふーん……ま、いいよ、それで。オレや卿を裏切ったところで何にもねーからな」

「何も?」

「何もねーよ。オレを裏切って殺そうとも、戦争を優位にしようとも、大したことじゃない。結果は同じだ」

「……では、私が甘味で懐柔されるとどうでしょうか?」

「いつから戻ってた。あとニンニクあったか?」

「無いので戻ってきました。やっぱりおつまみは諦めてください」

「へいよ……ま、お前が誰につくかはお前の自由だ。元々オレはオレ達以外を味方とは思ってない」

「私のマスターだとしてもですか」

「だとしてもだ。令呪は使う気は無いし、お前はそのお前である限りソラのサーヴァントだ。頼みがあれば聞いてやるし、多少の頼りとすることもあるだろう。だがオレはそれだけだ」

「では……ウタネさんが敵に洗脳され、シオンに牙を剥いた時……どうしますか」

「では、の意味がわからないが……味方に数えられなかったのにスネてんのか?ま……姉さんだけは完全な例外だな。そうなればオレは自殺するだろうな」

「どのような場合でも?」

「敵が容易に打破できても、洗脳術が子供騙しのものであろうとも、オレが姉さんと敵対することだけは無い……いいかお前ら。オレといるつもりならこの先覚えておけ。姉さん……ウタネに何かしようもんなら、オレは空間も時間も次元も概念も全てを超えて殺すからな」

「「……」」



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第28話

「……おや、アーチャーも連れず……何の御用でしょうか」

 

 シオンの晩酌も終わり、ライダーの足の修復に入った深夜。

 律儀に呼び鈴を鳴らした来訪者に、ヒロインXオルタが対応した。

 

「いくつか話があるわ。シオンはいるわね?」

「居ませんが」

「嘘は無意味よ。なら何故貴女がここに居るのかしら」

「彼らにとって私が居るかどうかなど些細なことです。むしろ私が戦闘より身の安全を優先しなければならないほどに」

「ならシオンがいる時を教えなさい」

「さぁ、分かりません」

「ウタネがいるのかしら」

「いいえ。ウタネさんはしばらくは起きないでしょうね」

「話し合いをする気は無いってことね」

 

 居ない、分からない、知らないの平行線に若干の青筋を見せながら宝石の魔術師は続ける。

 

「話でしたら私が聞きます」

「貴女を通して話ができるのかしら」

「この戦争に限れば判断は私寄りです。ウタネさんもシオンもそれに従うでしょう」

「……そう。なら単刀直入に言うわ。貴女たち、教会への報告を誤解として取り消すからこの戦争から手を引きなさい」

 

 先刻まで殺すとまで言っていた方針の180度反対の提案をする相手に、ヒロインXオルタは大きくため息をついて答えた。

 

「……見損ないましたよ。ええ、恐らく私が予想していたより大幅に。格が知れましたね。どこに居ようと何をしようと、所詮は貴女。度重なる方針転換、目先の利益と自身の欲望にしか焦点の合わない姿は正にシオンの嫌う人間そのもの。決して歴史の勝利者とはなれない。仮初の栄光に酔い娼婦に身を染めるだけの存在です」

「……………………!!!」

「気に障りましたか。まぁ気にしないで下さい。私、バーサーカーなので」

「いいわ……やっぱり殺すわ」

「ええ、そうして下さい。できないでしょうしさせませんが。我々が戦争から抜けることはありません。では」

「このまま帰すって言うの……? 宣戦布告をした直後に?」

「ええ。貴女がそのつもりでも我々はそうではありませんから。全員に生き残って貰わなくてはならないのですよ、人間」

「また人間……やめろって言ったわよね」

「あぁ……そういえばそうでしたね。あまりにも適切な表現だと思いまして」

 

 もはや興味も無いとばかりに言うヒロインXオルタ。

 

「そう……あら? ちょっと失礼」

 

 反論を諦めたのか視線を泳がせていた魔術師が何かを目に留め、ヒロインXオルタの隣を失礼、と玄関へ一歩。

 

「……?」

「こんな靴あったかしら。さっきは見えなかったけど」

「あったと思いますが……?」

「ウタネの?」

「はい」

「ちょっと触っていいかしら」

「まぁ……どうぞ」

「……」

 

 何の変哲もないスニーカーを手に取り、軽く揺らしたりしている様子を非常に冷めた目で見下ろすヒロインXオルタ。

 

「じゃ、お邪魔して悪かったわね。お言葉に甘えて帰らせて貰うわ」

 

 靴をきちんと戻し、帰路に着こうとする魔術師をヒロインXオルタが止める。

 

「貴女は、貴女ですか?」

「……? 何の話?」

「分かりません。ですが貴女にしては挙動がおかしい。いえ、おかしくもありません。その言動は貴女そのもの。ですが貴女が取る言動では無い。シオンを呼びます。貴女の心を少し覗いて貰います」

『はぁ……よく分かったな』

「……」

 

 遠坂凛だった人物の輪郭がボヤけ、中肉中背の男のそれを作り出した。

 そしてその男の輪郭、顔、声に至るまでが正常な認識を阻んでいた。

 

「……なんか、アッサリ正体明かしましたね。しらばっくれればよかったのに」

『……』

「まぁ、大体わかりました。会話と物品、正確な手順までは分かりませんが……それによる相手への擬態。あの人間へは言峰神父を通して手順を実行した、と」

『正解だ。だが俺はただの擬態じゃない。その相手の姿形、性格から癖、記憶までもを自分とすることができる』

「しかも対象を直接見たりする必要すらないため諜報には向く、と」

『理解が早い』

「なるほど便利な魔術ですね。しかし……あの人間の記憶と能力を持ってしまったなら消えてもらいます。貴方はもうこの世界にいてはいけない」

 

 ヒロインXオルタが武装。

 見敵滅殺のオルトリアクターを稼働させ、即座に攻撃に移る。

 

『そうくるよな……だが』

「……!」

『コレならどう……かな?」

「ウタネさん……」

 

 ネクロカリバーは男の……ウタネと同じになったその片手で軽々と止められた。

 

「ダメだよえっちゃん。私達に敵対すること、その意味は分かるでしょ?」

 

 優しく諭す青天井の殺意。どこまでも優しく秘める殺意でさえ、それを完璧に、同じものを再現している。

 流石のヴィランもこれには一瞬血の気が引くが、即座に冷静さを取り戻す。

 

「……では、貴方の敗北です。ウタネさんが許したとて、シオンが許したとて。フタガミウタネがそれを赦すとは思えない」

「正解だね。ヒロインXオルタ。僕と同じ存在は何をどうしても有り得ない。シオンに教えたい能力だが、まぁ、もうどうでもいい」

 

 ヒロインXオルタの推理と同時にネクロカリバーを掴んだ手が緩み、行動が停止する。

 言葉を発しているのは男でもウタネでもシオンでもなく、ウタネの体本来の人格。浅神家や藤村大河の知る本来の双神詩音。

 根源、両儀に次ぐ四象の位置にいる存在であり、その能力はVNAの全てを上回る。

 

「この体は即座に廃棄する。今この瞬間だけは、僕とウタネとシオンが同じ世界にいるわけだ。珍しくね。戦争、もう僕を起こさないように」

「えぇ……もちろんです」

 

 そう言い残し、謎の男の体は消失した。

 

「……ふぅ……」

「おい卿、どうした、敵か?」

「……おや、シオン……ライダーは……」

「んなもん後でいいだろ。なんだ? 誰が来た? バーサーカーか?」

「もっと恐ろしい存在ですよ……双神詩音です」

「悪い冗談もほどほど……でも無さそうだな。その男は……教会か」

「ああ……そうですかね。ですが勝手に心を読まないで下さい」

「許せ、多分もうしない。しかしそこまでの奴がいるのか……割と面倒そうだな。そっちも対策しとくか」

「またそんな簡単に……ルーラーの眼ですら易々と騙してのける魔術です。本物ではなかったのでしょうが、限りなくそれに近い令呪の存在も確認しました。我々の知る魔術師とは話が違います」

「あのなぁ……確かに魔術師は知らんが、オレは世界だ。どこかの世界にあるならオレも使えるんだよ……三段階の擬態術式か。イイモノが見れた。もうその魔術師はこの世界にいないしな」

「……!」

 

 ニィ、と邪悪な笑みを浮かべたシオン。

 シオンの能力、この世界に存在しない能力を使う……ヒロインXオルタの記憶から見た能力は、既にこの世界を離れ……その先にシオンの能力へと繋がった。

 

「流石オレ達が封印指定されている世界だ。この戦争のレベル自体も想定し直す必要がありそうだ」

 

 面倒だ、とため息を吐きながら家の中へ戻っていくシオンを、ヒロインXオルタはただ見つめることしかできなかった。



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第29話

「頼りにしてた同盟2人の敵対だろ、んで教会から既に諜報の手が伸びて来てるしそれをやっちまったのもバレてんだろ?ふっう……しかもバーサーカーがよりにもよって十二の試練だぞ?やべーなこれな」

 

 学校の制服に袖を通しながら現状を言葉にして明確にする。

 やべぇ状況だよなこれな。やべーってだけで対策を考える頭がねーのが問題なんだよな。全体の把握が一切できん。やべー。

 

「朝からお酒飲んで言うことではないですね……」

「寝てねーからまだ夜だ。夜に飲んでても世間的には何の問題も無い」

「シオンの中では夜でも世間的には朝なので問題ありですね」

「……中々目の付け所が鋭いな、卿」

 

 オレにも姉さんにも無い視点とは……中々やりおる。

 

「徹夜で飲酒続きです。もうまともな思考回路はしてませんね」

「いいやぁ?敵対した奴全員神威って手と全員半分D4Cって手があるな」

「問答無用で拘束しようとしないで下さい。にしても……本当に学校へ?」

「オレは高校生だからな。学校にはちゃんと行くさ。それがオレの役割だからな」

「しかしセイバーもアーチャーも恐らく休みです。戦争の参加者なら登校は控えるべきでは?」

「戦争に参加してる魔術師ならな。オレ達は魔術師でもなければマスターでもない……オレ達はあくまで暇つぶし。ロリコンにふっかけられた世界で縛られた暮らしをするオモチャに過ぎん。じゃな。お前はライダー見てろ」

 

 鞄を持って玄関を出る。

 出てから思ったが鞄持つ必要ねぇな。バビロンでも神威でも突っ込んどけば手荷物ゼロにできるな。

 

「あ……」

「お、おう。シオンか?」

「うん……まぁ、そうだよ」

「そうか……」

「「……」」

 

 登校中にバッタリ鉢合わせ。

 いざこざのせいもあって2人して黙り込む。

 

「衛宮さん、それでいいの?」

 

 何をするでなく、揃って登校する中で口を開く。

 ちなみにセイバーは巧みに正義の味方を尾行していた。

 

「なんだよ、急に」

「ヴィーナスを殺す、そう言うからにはすぐさま飛びかかってくるのかと思ったよ」

「そ、そんなことするかよ。大体、今そんなことしたら俺がただの変人に見られるだろ」

「ん……?ああ、世間ではそうだね」

「お前がヴィーナスとして動くなら止めるけどな。今は学生として来たんだろ」

「そんなの教会からは無意味だよ。今こうしてる間にも着々と私を観察して捕獲する手順を整えてるハズだし」

「よくそんな状況で平然といられるな……」

「ん、まぁアレだよ。例えどんな魔術師だろうと、私達には敵わない。せいぜい白熱する暇つぶしの準備をしておいてねって感じ」

「……」

「ん?」

「フタガミ……ウタネ。シオン。俺はお前たちがヴィーナスとして行動しないなら、お前たちも守りたい」

「…………………………は?」

 

 ……………………………………………………………………は?

 

「バーサーカーから俺たちを逃がしてくれただろ。あれから考えたんだ。俺とお前たちの違いを。お前たちの行動が確かな実力に裏付けされた余裕ということがまず一つ、そして俺の行動が理想に執着した未熟者の必死さということだ」

「……まぁ、間違ってはいない」

「だから俺は決めたよ。俺が今俺としてあるのは理想があるからだ。正義の味方。俺は理想を絶対とすることに決めたよ。何がなんでもな」

「今それを諦めないと殺すって言っても?」

「ああ。衛宮士郎は正義の味方を志す。例えそれが自分の死であろうとも、世界の破滅に繋がろうとも」

「破滅ね……」

 

 心当たりがありすぎる。

 今まで使った能力。その1つでさえ本気で使えばそれだけで戦争を勝ち抜くことが可能だ。

 

「まぁ、私達はそれを止めないよ。ウタネも私も、他人を縛ることは無いから」

「お前がそういうとそうなるんだな。本当に頭おかしい奴に見えるぞ」

「あ……その辺が問題だよね。前はそんなことなかったから……と言っても今更変えるわけにもいかないし……」

 

 私とウタネ。確かに聞けば意味不明は文言だ。オレという一人称の代替として私を使ってるはずがウタネを指示する言葉になってる。オレとしてはオレと姉さんの2人を指すつもりが、聴く側からすればウタネを2回指示してしまうようになる。確かに訳がわからん。

 

「とにかく、バーサーカーのことは助かった。ありがとな」

「それも気にしないで。今貴方を殺すことに決めたから」

「何でだよ!?」

「気を使ったから?」

「ただの感謝だ!」

「感謝は……気遣いでは、ない……?そんなバカな」

「飯食い終わったらごちそうさまって言うだろ、それと同じだよ」

「………………すまん、サッパリ意味が分からないからオレだけで考えさせてくれ。姉さんに代わるから」

 

 感謝は相手への気遣いではないのか……?ごちそうさまって言うのは日本のマナーだよな?マナーは気遣いじゃないのか?それとも現代日本ではその2つは必ずしも同一ではないのか?

 とりあえず姉さんへパス。サッパリだ。

 

「ふぅ……と。えーと……おはよう?」

「お、おはよう。フタガミか?」

「私だろうとシオンだろうとフタガミだよ。そして……ハロー、教会の狗くん。次のゲームは何かな」

「なっ!?」

 

 私が出た途端に気配を見せた……教会の人間。

 展開された人避けの結界は私と魔術師である衛宮さん、セイバーを除いて周囲の人影を即座に消した。

 見た目は短い白髪を雑なオールバッグに纏めた褐色。アーチャーと一瞬見間違う……程ではないけど近しいもの。

 

「衛宮さん、アレはちゃんと人間だよ。アーチャーじゃない」

「あ、ああ……」

「フタガミウタネ。ヴィーナスの他はどうした。3人いなければヴィーナスの保護は成立しない」

「さぁね。私からは見えないどこかだよ。3人っていうのがカン違いかもよ?」

 

 私とシオンが別人と認識できる人間がどれだけいるかな?

 

「考慮しておこう。取り敢えず1人だけでも良い。治療はしてやる。抵抗はしない方が楽だぞ」

「フタガミ!」

「そこのマスター。お前は離れていろ。その程度の魔力では死ぬぞ」

 

 男が警告だ、とばかりに魔力を放出する。

 確かに衛宮さん程度では死んじゃうレベル。流石は教会の使いだね。

 

「いいよ衛宮さん。離れてセイバーといた方が良い……それで?抵抗はしないよ」

「フタガミ……」

「シロウ!こちらへ!」

 

 セイバーが接近、即座に衛宮さんを抱えて距離を置いた。

 

「ほう?大人しく保護されるというのか」

「私はここに突っ立ってる。好きなだけ殴ればいい、蹴ればいい。切ればいい。撃ってもいい、燃やしても凍らせてもいい。貴方は男だ、衛宮さんの前で私を陵辱するも良い……それができれば、だけどもね」

「面白いッ!」

 

 男が力を込めると、その全身にオーラのようなものが纏う。

 

「この状態でなら俺はサーヴァントすら上回るパワー、スピードを持つ。ヴィーナスの力を信頼するぞ。即死だけはしてくれるなよ」

「ほーん……」

 

 そして次の瞬間には私の目の前に立ち、拳を振りかぶっていた。

 

「はぁぁぁぁぁあっ!」

 

 拳は正確に、何の感情も見せず私の胸を捉えた。

 一撃必殺、そう言うに相応しい衝撃が私を伝って地面を揺らす。

 

「な……」

「初手から胸触ろうなんて中々ね。焚き付けた私が悪いんだども」

「バカな……!?」

 

 攻撃は私の能力で保護された私の胸……の防御、空気数ミリを貫通することなく、そのまま全身の能力を通して地面へ全て逃げていった。

 驚愕する男を前に私は宣言通り何もせず口だけを動かす。

 

「じょーだん、じょーだんだよ。ケーサツ呼んだりはしないから。次はどうする?蹴る?組み伏せる?降参する?逃げる?」

「……っ!」

 

 戦闘において、私の身長、体重、筋力、体力、スピード、パワー、テクニックは、その全てが不足している。まともに殴り合おうものなら、中学生にだって勝てやしない。

 ただし、戦争においては話が別だ。

 こと存在を賭けた闘争において、世界の非生命全てである私の能力の前に一個人の限界やら才能やらなんてお話にさえなりはしない。

 

「何?何もしないの?もう終わる?」

「っ!」

 

 固まった男に声をかけてみるとハッとして後ろへ跳ぶ。

 

「パワー自慢ならもうネタは出てるよ。私達を追うのにそれくらい調べないのかな」

 

 確かにこの男の力は平均的なサーヴァントを上回るだろう。だがそれだけだ。ソラの20〜40%程度。私達からしてみれば最低限欲しい能力値。

 そこから更に特筆する何かが無ければ、足りない。私達をどうこうするには、絶対的に。

 

「そもそも何で1人?教会ってのは色々数を動員すると思ったたけども。結界張った人とで2人。あと何人いるの?それともいない?教会が私達に抱く印象はその程度?」

「……!」

「いいよ、もう帰って」

「フタガミ!?」

「どういうつもりだ」

「どーもこーもないよ。今度はもっと準備してきてねってこと。エラそうな取引先みたいな態度でごめんね、さっきから。でもさぁ、私達を追ってるってならさ、もっと戦力揃えない?コピー男消えちゃったから貴方も探りなの──」

 

 個人の能力としてはとても高い。それこそ遠坂さんでさえ勝てないであろう程の洗練された能力だ。並大抵の封印指定なら戦闘に特化していなければ……あ、そっか。

 封印指定って……別に戦って強いとは限らないんだ。

 あくまで根源へ辿り着くのが魔術師の本質。その過程として強くなった魔術師もいればまるで戦力を有さない魔術師もいる。

 まず私を探りに来たのは、戦闘向きかどうかを調べに来たんだ。

 そしてこの時点での特攻紛いの襲撃で本体ないし装備で戦うのか、結界等を敷いて引き篭もるかを判別しに来た。

 つまりは、割と本気で私達を分析しにかかってる。多分他にもまた誰かいる、もしくは遠見か何かで見てる……

 

「よし。衛宮さん、セイバー!掴まって!」

「「!?」」

 

 魔力放出で無理矢理衛宮さんとセイバーに触れる。そして即座にシオンとチェンジ。

 

「マジで感謝と気遣いの違いを教えてくれ!教会!次までに調べとけ!」

 

 オーロラカーテンで撤退。

 結界内だから誰にも見られてねぇ。セーフだろ。考え事の邪魔しやがって。殺すぞ。




シオンの能力で色々な出典使いたいけど狭く深くのタイプなので作品数が増やしにくい。


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第30話

「……おいセイバー、周囲にサーヴァントの反応は?」

「ありません。ルーラーは同行していないのですか?」

「ライダーの護衛で家にいる。シロウ、お前も気を抜くな……」

 

 オーロラカーテンから学校の人目につかない場所へ出てから校庭を見て即座に警戒態勢を取る。

 セイバーも武装こそしないものの見えない剣を出し、周囲の死角に目を凝らしている。

 

「登校時間は近い……朝練の部活もあるだろう。遅刻寸前の奴らもいるだろう。人がいないのは何故だ?魔力の反応さえない。サーヴァントでも教会でもないとすると……」

 

 オレ達か?いや、そんなことができるのはアインスだけだ。そして同じ世界にいるなら夜天の書の契約を通していると分かるはずだがそれも無い。

 

「「……」」

 

 オレとセイバーがシロウを挟むように周囲を警戒する。

 先の教会のこともある、朝っぱらから堂々と来てもおかしくはない。

 

「なぁ……」

「なんだ!強化は成功しそうなのか?」

「シロウ、今貴方は素手だ、何があっても私のそばを離れないように」

「いや……もしかして今日、学校休みじゃないか?」

「「……」」

 

 ……そんなバカな。

 

「ライダーの事件があったばかりだ。フタガミのお陰で重症になった奴らは少ないらしいけど何人かは入院したりしてるからな。確かしばらく……」

「何故それを早く言わない!?セイバーはともかくオレが早とちりなんぞしたら笑い者だ!」

「何を!私とて騎士の端くれ!その様な愚行を何故眺めていたのです!?シロウ、貴方は騎士を愚弄するのか!」

「待て!待て待てお前ら!落ち着けよ!だってこれだけ生徒がいないのは不自然だろ!」

「「だから警戒してたんだよ(です)!」」

 

 これマジか。確かにライダーの結界は休校するレベルの被害は出ただろうが……相当早めに止めたつもりだったんだが。取り敢えず教会って事はなさそうか。姉さんのカンもそう言ってる。

 

「ほら、ちょうど先生がいたから聞いてみようぜ。セイバーは隠れててくれ。葛木先生!」

「ん、衛宮……とフタガミか。どうした、今日は一律休校のはずだが」

「あ、やっぱりそうなんですね。俺たち、つい忘れてて来ちゃったんですよ」

「そうか。だが授業も部活も停止中だ。今日は大人しく帰れ」

「はい。失礼します」

「失礼します」

 

 これマジか。普通に休校だったぞ。頭悪いことしたな。

 

「……えーとだな。帰るか」

「しかないだろ」

「送ってやるよ、来い」

「またあの能力か?」

「便利だろ。あらゆる世界へ繋がる夢のオーロラだ」

「ああ……それが敵となると脅威だよ」

「敵?」

「だってそうだろ。俺や遠坂はヴィーナスを殺そうとしてるんだぞ」

「だったら今殺せばいい」

「だから……」

「オレ達がそうしないなら戦わない、だろ。言っておくが、オレはお前らマスターとサーヴァントの誰の敵でもない。お前らをそのまま生かす立場だ」

 

 シロウとセイバーを家に送り、オレもそのまま自宅へ帰った。

 

「おや。やけに早いですね。早退ですか?」

「バカか。とんだ無駄足だった」

「そうですか。私が作ったものでよければ余りのお菓子がありますよ」

「ああ……貰おう。少し寝る。サーヴァント同士が近づく様なら起こせ。すぐ向かう」

「日中ですからしばらくは大丈夫でしょう。おやすみなさい」

 

 ♢♢♢

 

「キャァァァァァァ!」

「藤ねえ!」

 

 キャスターの竜牙兵を木刀が砕き、藤村大河を背に庇う。

 

「大丈夫か!藤ねえ!」

「な、なんなのこいつら……」

「説明は後だ、ここは危ないから、藤ねえは向こうに……」

 

 衛宮士郎の背中からブスリ、と肉に刃物が入る音。

 

「な……藤ねえ……?」

 

 背をまともに刺された衛宮士郎は膝をつき、信じられない、という表情で藤村大河を見る。

 

「──あら残念。せっかく趣向を凝らしたというのに」

「キャスター……!キサマ!藤ねえを放せ!」

「おっと動かないでもらいましょう。この女がどうなってもいいのかしら」

「……!」

「シロウ!言いなりになってはいけません!」

 

 反撃の意思を失くしたマスターにセイバーが叫ぶ。

 セイバーは人質を気にすることなく武装を纏いキャスターへと向かう。

 

「やめろ!セイバー!」

「!!」

 

 キャスターの白兵戦能力はセイバーとは比べるまでも無い。

 しかも場所は衛宮邸の室内、キャスター特有の陣地作成も意味を成さない。藤村大河に多少の傷は出来ようが、命に関わる前にキャスターを攻撃できる事はほぼ確実であった。

 それでも衛宮士郎は藤村大河の身の安全を選んだ。自身の勝機を捨ててでも。

 

「ふっ」

 

 その隙を突いてキャスターがセイバーに拘束魔術を掛ける。

 

「……!セイバー!」

「甘い!」

 

 しかしセイバーは自慢の対魔力を存分に発揮、拘束を即座に破壊する。

 

「中々ね、流石は最優のサーヴァント」

「戯言!ここで斬り伏せる!」

「あら……これでもかしら」

「……ッ!」

 

 突っ込んだセイバーの前に藤村大河が壁として立ち塞がる。

 

「貴女もまだ甘いわよ」

「な……!」

 

 動作を止めたセイバーの背後に回り込み、振り返ったセイバーの胸元に歪な刃を突き立てる。

 

「セイバー!?」

破戒すべき全ての符(ルールブレイカー)

「何を……」

「観念なさい。これからは私がマスターとなってあげましょう、セイバー」

 

 膝をついたものの外傷の見えないセイバーに、キャスターが左手の甲を見せる。

 

「まさか!」

 

 衛宮士郎が自身の左手を確認する。

 そこには2画残っていた令呪が、使用済みの状態ですらなく完全に消失していた。

 

「さて、まずは手始めにそこの坊やを殺してもらいましょうか」

「ぐっ……!シロウ、逃げてください。令呪を乗っ取られた……私が令呪に耐えられるのは一度が限度。残り2画を使われればまず間違いなく……!」

「あらセイバー。令呪に耐えられるのね。ならここでの使用は控えておくわ。坊やを殺すのは貴女である必要は無いもの」

 

 そう言ってキャスターはセイバーをどこかへ消した。

 

「キサマ!」

「坊や、貴方を殺すのはこの女よ。まぁ、貴方がこの女を殺すなら、そうはならないでしょうけれど」

「く……!」

 

 衛宮士郎が即座に木刀を構える。

 しかし争う意思の無いのは明白。ただ藤村大河に傷を負わせまいという構えだ。

 

「すまん藤ねえ……っ!」

「その必要はありません……シオン」

「『神威』『月読』!」

 

 飛び込んだシオンが神威で藤村大河の背後へ回り込み、月読で昏睡状態へ追い込む。

 

「さてキャスター。前言った事、覚えてるか?」

「……お断りしたはずよ」

「陣営を固めれば監督役も動く可能性がある。オレと監督役を敵にするリスクよりセイバーを諦める方が堅実だと思うが?」

「そうね。アナタは確かに脅威だわ。けどそれだけよ。それじゃあね」

「っ……」

 

 シオンもこの場でどうこうする気は無かったのか、あっさりとキャスターを逃がす。

 

「シロウ!」

「遠坂!?」

「まさか……セイバーが……?」

「ああ……」

 

 そこにアーチャーを連れた遠坂凛も参入。全員が現状を把握する。

 話によればキャスターの魔力反応が見つかったので追っていれば辿り着いたとのこと。

 そしてヒロインXオルタによる現状説明がされた。

 

「くそ……!俺のせいで……!藤ねえとセイバーが……」

「……そうだな。大方お前が選択を誤ったのだろう。どうだ、正義の味方を志した甘えた理想の果ては」

「アーチャー……!何が言いたい!」

「お前は甘過ぎる。凛と比べても魔術の力量は雲泥の差だ、最優のセイバーと言えども既に令呪を1つ使い、後がない。仮に今日の事がなかったとしてもお前が勝ち残る事はない」

「ふざけるな……っ!」

 

 衛宮士郎が逆上しアーチャーへ木刀を振る。

 しかし何の強化もされていない木刀はすんなりと受け止められ、裏拳を腹に受け壁に叩き付けられる。

 

「がっ……!」

「衛宮さん!」

「ふん……サーヴァントと令呪を失った貴様はただ魔術の存在を知るだけの一般人だ。鍛錬しても人を救うに至らないレベルの魔術、そんなものはさっさと捨てて普通の人生を過ごすがいい。ただし、次に見かければ殺す。行くぞ凛。既に用は無い」

「ええ……」

 

 アーチャーと凛がそのまま退室。

 衛宮士郎は床に倒れたままギリギリと歯軋りをする。

 

「俺は!魔術を極めたいんじゃない!人を助けるにはそれしかないから……!助けられる力は魔術しかないから!ぐぅ……!だからぁ!」

「衛宮さん……」

「シオン……!俺にも、力をくれ……!慎二と同じような、自分で戦える力をくれぇ!」

 

 ヒロインXオルタの声を遮り、シオンに掴みかかる。

 シオンはそれを冷めたままの目で見つめ、変わらない口調で返す。

 

「……プライムは個人の適性に大きく左右される。オレが選んだとてお前と適合するかは分からない。最悪死ぬ」

「頼む……!」

「断る。令呪が無い以上お前はマスターじゃない。最悪キャスターが全ての令呪を手に入れるならそれはそれでアリだ。少なくともキャスターとアサシン、セイバーではバーサーカーに対抗するのは不可能だからな」

「シオン!」

「うるさい。何が何でも正義の味方を志すんだろ。サーヴァントという道具を失ったからって急に人に頼るな。婚期逃してやっとこ付き合えた相手に捨てられた女かよ」

「慎二には軽く渡したそうじゃないか!」

「それはアイツがマスターだからだ。マスターはオレが保護してやるし敵対するなら生きるだけの力をくれてやる。だがお前は……既にアーチャーの言う通り、ただ魔術を知る一般人だ。オレが能力を割く必要は無い」

「俺だってマスターだ!キャスターから令呪を奪い返せば……!」

「現時点ではマスターでもなんでもない……だろ」

「……それは……そう……たが……」

「……はぁ。これでお前を突き放せば、オレ達が嫌がってる世界と同じことするハメになるわけか。仕方ない。卿、とりあえずコイツは保護する。それでいいな?」

「はじめからそうして頂けないと困ります。全員生存、ですからね」

「くそ……やれやれ、だ」

 

 一方的に突き放していたシオンが折れ、衛宮士郎を掴んでオーロラカーテンをくぐる。

 不透明なオーロラを挟んだ先は使用者の望む時間、場所へ移動する。シオンが選んだのは同時刻の自宅だった。

 

「とりあえずホレ、この部屋にいろ。最悪死なん」

「……っ、ライダー!?」

 

 衛宮士郎が連れ込まれた部屋には、例によって大の字に張り付けられたライダーと何やら難しそうな実験機材の数々。

 

「ああ……そういやいたな。わり、忘れてた。この部屋使うわ……んじゃ姉さんの部屋使ってくれ。台所もトイレも風呂も自由にしろ。タオルとシャンプーとかは脱衣所に纏めてるはずだ」

「はずって……」

「基本オレは使わないからな。姉さんの管轄だ」

「余計に使えるか!ふざけんな!」

「じゃーどうする」

「買いに行く!てか家に取りに行く!」

「そりゃ無理だ。もう日が落ちてる。キャスターはお前を殺す気ではいるようだし、ランサーやバーサーカーは言わずもがな、アーチャーだってそうだろうな。そんな状況でお前1人……死ぬしかないぞ」

 

 キャスターの元にはアサシンとセイバーがいるため、ライダーを除いた全陣営が衛宮士郎を殺す理由と必要がある。

 その中で日が落ちた街を歩くのは、例え人目があったとしても正気とは言えないだろう。

 

「……」

「諦めて女の部屋で寝て女モンのシャンプーとか使えよ。何しても文句言わねーから」

「何もしねーよ!」

「へーへー。とりあえず卿に何か作ってもらえ。んでどうするか考えとけ。話は明日の朝に聞く」

 

 そういうとシオンはまたオーロラカーテンを使い衛宮士郎を台所へおいやった。

 

 



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第31話

「おや。追い出されましたか」

「ルーラー」

「はい」

「お前……さっきまで部屋にいなかったか?」

「……?私はカーテンの途中でここに降ろされましたよ。糖分も不足していましたし」

「そうか……」

 

 寡黙なルーラーと何を話していいかわからない衛宮士郎は黙り込む。

 それを落ち込んでいると見たルーラーが話を始めた。

 

「今日シオンが貴方を保護したのは、貴方とセイバーに申し訳ないという気持ちからです。ですので彼がしていいと言ったことは自由にしてください。糖分以外ならなんでもどうぞ」

「申し訳ない、だって?シオンが?俺に?」

「ええ。シオンもキャスターが令呪を乗っ取るなどという手段を持っているとは想定していなかったのでしょう。ライダーのこともありまして参戦が遅れました……これは私のミスでもあります。すみません」

 

 謝りつつも平静と和菓子を漁る手は乱さない。

 そんな態度にも衛宮士郎は冷静に対応する。

 

「いいよ、セイバーのことは俺の責任だ。でもさ、シオンは全ての能力を使えるんだろ?それなら対策だって余裕なんじゃないのか?」

「シオンの能力はあくまで現存する能力を2つまで使用できる、というものです。能力の知識はありますが使用者までは気に留めていません。バーサーカーの能力も実際に戦って初めて認識したくらいです」

「じゃあ、シオンでさえこの戦争の全貌を把握してるわけじゃないのか」

「把握していれば既に私の望む通りになっています。しかし……把握する能力もあるでしょうね」

「ならなんで」

「恐らくですが抑止力に触れるのでしょう。負荷もありますから労力を割きたくないのでしょう……あむ」

 

 自分もそうだ、とばかりに大福にかぶりつくルーラー。

 

「なぁ……じゃあ、慎二と俺の違いって何だと思う?」

「はい?」

「慎二がシオンから能力を貰ったのは知ってるだろ?」

「ええ。仮面ライダーアマゾンアルファでしたか」

「名前は知らないんだけど……慎二は軽く能力を貰ったらしいが俺にはかなり渋ってる風だった。能力を与えること自体に制限があるならそう言うだろうし」

「まぁそうですね。無理なら無理と言う人です。あまり無いですが」

「だとしたら俺と慎二に何か違いがあるはずだ。それが知りたい」

「知ってどうするつもりですか?」

「力が欲しい。アーチャーの言う通り、俺の魔術は鍛えていったとしても全てを救うなんて夢のまた夢だ」

「はぁ……自分ではできないから、シオンの能力を借りて、と」

「ああ」

「本当に婚期を逃した女ですか。貴方は」

「なっ、何だって!?」

「ヴィーナスにはいないタイプです。いずれも全員、自分の力以外は計算する気がありません。貴方は自分の力で、何ができますか?何をしてきましたか?自分の全てを認識して下さい。何もできない人はシオンもウタネさんも嫌います。助けたりはしないでしょう」

「……自分で、何が……」

「お風呂場とお部屋を案内します。今日はお休み下さい」

 

 ♢♢♢

 

「ふぅ……よし、これで片足だ」

「……」

「動くか?指先の感覚は?」

「ええ……しっかりと。切断した事がないと思えるほど」

「そういうもんだからな」

「……」

 

 ライダーの足を接合した。日数にして2日。自分のなら首から下が無くなっても3分あれば十分だが……サーヴァントだからか?

 

「……」

 

 欠伸を堪えながら酒を飲む。うめぇ。

 確認のために片足で立たせてるライダーがそんなオレの方を見ている。多分。

 

「なんだよ、飲むか?」

「いえ……貴方は、自分なら楽なのに、と言った旨の発言をしていましたね。自分の体も同じように修復できるのですか?」

「まーな。ただ、使う能力は別だし、楽っていうのは予備のことでよれはもっと別だ」

「予備?」

「残機だよ、自分と寸分違わぬ人形を用意しておいて、使ってる体が死んだら予備に記憶を引き継いでスイッチを入れる。だからオレは死なない」

「……便利ですね」

「感想がそれか。まぁでも手間なんだよ、予備。歩くだとか話すだとかを全部意識してやんなきゃなんねぇ。お前らみたいにちゃんとしたカタチ持って生まれてちゃんと存在してる奴には分からんだろうが」

 

 オリジナルの能力は確かほんとに遜色無いもんだったがな……オレのはただの意識ある人形だからな。自分で明確に指示しなけりゃ体が動かん。移動全般に能力使いたいくらいだ。うっかりコケたら多分受け身取れん。

 

「……?」

「気にすんな。オレも気にしてない。まぁそれはそれとして少し休むぞ。お前も動けるようなら多少は好きにしろ。ただ家の外には出るな」

「分かっています。この部屋から動きませんよ」

「全く……食いたいもんとかはどうだ。多少なら聞いてやるぞ」

「それも大丈夫です。戦争を進めるためにごゆるりとお休み下さい」

「……お前……本気で姉さんと寝る気か……」

「はい」

「……まぁ……おう……」

 

 あまりの即答に思わず肯定とも取れる返しをしてしまった……

 まぁ……姉さんがいいなら……いい、か……?

 

「……シオン。多少なら聞く、と言いましたね」

「おう、何がいい」

「ルーラーと共にキャスターの元へお願いします。シンジが危ない気がします」

「なに……?卿!」

「はい。アーチャーもその場にいます。恐らくはアマゾンの力を見込んで協力しているものと」

 

 即座に卿が部屋のドアを蹴り飛ばし状況説明。後でドア直させるぞお前。

 

「ライダー、お前はどうする。片足だが……」

「邪魔にならないのならば同行したいです」

「じゃあ邪魔だ。休んでろ」

 

 ドアくらい即座に直すし片足のライダーが来たところで変わらないから放置だ放置。

 

「……はあ。わかりました」

「卿、シロウは?」

「部屋で休んでいるはずですが」

「ならほっとくか。取り敢えずカーテンだが……ハピネスタイムしとくか」

 

 測定系の未来視使って何かするか。



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第32話

「さぁ、その娘と獣を殺しなさい!セイバー!アーチャー!」

「「……!」」

「そんな……!」

「やめろ……!来るな!使い魔如きが僕らに牙を剥くんじゃなぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」

 

 絶望した凛が、喚き散らし当たりの石だか何だかを無闇矢鱈と投げる慎二。

 

「……ぐぅ!」

「逃げろ……!凛!慎二!」

「さぁ!」

 

 抵抗するセイバー、警告するアーチャーにキャスターが魔術で命令を強制する。

 さぁ……未来視で視た光景が見える。セイバーが凛を、アーチャーがアマゾンアルファを今まさに一刀両断しようという間際だ。

 だがそれを許すオレでも無い。

 

「「が……!?」」

「『旅の鏡』……まぁ、リンカーコアは無いが拘束には十分過ぎるな」

 

 セイバーとアーチャーの胸に円形を作り動きを止める。

 

「な……!」

「な……っ!?」

「な……?ナイスタイミング?」

 

 凛もキャスターもな、しか言わず。言語を喋れよ。せめて。

 

「なんでアンタがここにいるのよ!」

「居ていいだろ別に。戦争参加者なんだから」

「どっから湧いてきたの!?」

「湧くとは失礼な、普通にこの辺の空間から出てきただろ」

「それが普通じゃ無いことくらい分かるわよ!」

 

 凛に何故か噛みつかれる。

 本当に普通にこの辺の空間から出たはずなんだが……

 

「ルーラー……裁定者が何の用かしら。ルールには接触していないはずよ」

「令呪を乗っ取る蛮行を働いておいてその肝の座り方は流石古代の魔女ですが……まぁ、その辺はどうでもいいです。私もまともなサーヴァントでもありませんし。私が裁定するのは参加者の生死のみ。それを貴女は犯しかけた。止めに入るのは当然でしょう」

「止めたのオレだけどな」

「……まぁ。放っておいてください」

 

 コイツのルールって生死だけなのか。

 

「と言うわけで。キャスターさん、この場はこれでお開きにできませんか。アーチャーを手にした以上、目的は達成されたと言っていいでしょう」

「マスターは令呪を失っても再び令呪を宿す可能性もある。基本戦略としてサーヴァントを失ったマスターも殺しておくのが、一流の戦い方よ?」

「では仕方ありませんね。力づくです。我々はこの2人を連れて行きますよ」

「ええ……できるものなら、ね?」

「お願いしますよ、シオン」

「オレかよ」

「私はサーヴァントですよ?あの人の相手はかなりしんどいです」

 

 サーヴァントの相手をサーヴァントがせずに誰がするんだよって言いたいがな。

 敵対はキャスター、セイバー、アーチャー、え〜……キャスターのマスター。味方はオレと姉さん、がこの体で1つ。あとお荷物が人間2人とサーヴァント1騎。

 戦うにはいいが荷物邪魔だな。

 

「おっとすまん、これで動けるか」

 

 旅の鏡を解除してセイバーとアーチャーを解放する。

 この能力ダメージあるのか?拘束だけならダメージは無いのか?

 

「まさか、1人で相手するつもりなのかしら。この私の布陣を」

「なんだよ、不服か?ああ……たった1人に負けたんじゃあプライドが傷付くってか」

「挑発はあまり上手く無いわね」

「はぁ……じゃあ4人だな。『D4C』」

「げっ」

「おい卿、げっ、て何だよ」

 

 並行世界を移動する能力。並行世界から人数を揃える。

 もちろん人間のオレだぞ。石とか連れてこないからな。

 

『サーヴァントセイバー、シオン』

『同じくアーチャー、シオン』

『して中国4000年、烈、シオン』

 

 セイバーだったかもしれないオレ、アーチャーだったかもしれないオレ、烈だったかもしれないオレをそれぞれ。見た目はこの世界のオレと同じ。違うのかもしれんがオレが観測するんだからオレと同じだ。

 

「どうだ?これで人数もおおよその能力も同じだ。正々堂々、1対1で負けられるな」

 

 セイバーアーチャーはそれぞれが、烈はマスターを、そしてオレが選ぶのはキャスターと同じ系統。

 

「火力と弾幕。パワーだぜ」

 

 普通の魔法使い、ミニ八卦炉。

 これならオレが持つ魔力もちゃんと運用できる。姉さんの魔力まで引っ張れば火力負けすることも無い。

 

「シオン。まさか倒してしまわないでしょうね」

「引き分けに決まってるだろ。全く面倒だが」

「分かっていれば大丈夫です。では私は彼らを連れて撤退します」

「おー」

 

 卿が凛と慎二を担いで走り出す。

 

「させるものですか!」

「甘い、マスタースパーク!」

 

 キャスターの妨害を相応の火力で相殺する。

 

「く……」

「ふむ……やっぱやめだ。D4C」

 

 これで確信した。この能力1つでこの陣営を壊滅させるだけの火力が出せる。魔力量SSSってなんだよマジで。

 誠に勝手だが、並行世界の能力を切ってオレをそれぞれの世界に戻す。

 

「もう逃げるつもり?」

「いいや。予行演習をしよう。この戦力でもバーサーカーには勝てないと教えてやる」

「……なんですって?」

「オレは奴の能力を知っている。知っているからにはオレも使える」

 

 そうやって簡単に殺してしまうより、実力差を見せてオレ達に賛同するように仕向けるのがいいだろう。

 能力は十二の試練。

 そして姉さんの鎌を出す。パワーが無い分切れ味で殺傷力を再現する。

 

「さぁ、やろうか。1対4だ。殺しはしねぇから令呪は使うなよ、温存しとけ」

「舐めたことを……セイバー!アーチャー!」

 

 命令を受けたセイバーとアーチャーがそれぞれの得物をオレに叩きつける。

 だが……

 

「「!?」」

 

 届かない。この体に張られた姉さんの能力がただの剣など通す筈もなかった。

 台無しだな。

 

「すまん、ちょっとだけ待ってくれ……能力意味ねぇから。姉さん、能力解除してくれ。んですぐ変わってくれ……」

 

 失敗したなこれな。

 セイバーとアーチャーに1回下がって貰って姉さんに交代。

 

「はぁ。【そーちゃく】、これでいいかな」

 

 全身を覆う能力を解除。言葉は何でもいい。意思が込められていれば私の言葉はそれを実行する。

 そしてすかさずシオンにチェンジ。

 

「よし……再開だ……来い!」

「バカバカしい!」

 

 グダグダ過ぎたのかキレたキャスターが凄まじい弾幕を叩き込んで来る。

 当然古代のそれはAランクを超え、オレの体にダメージを与え、死に追いやるのにそう時間はかからなかった。

 

「……?死んだ、のかしら。バーサーカーと同じなどという割には脆いものね」

「脆い、か。生身の人間とサーヴァントの耐久を考えてから発言するんだな」

「幻覚かしら?確かに半身を吹き飛ばしたように見えたけれど」

「吹っ飛んでたよ、確かにな」

 

 こうまで直接的に殺されたのは初めてだが……死の瞬間には蘇生していた。痛みもあったし肉体の喪失感という絶望的な無気力感にも襲われた。

 だがこれは死ではない。死んだならロリコンが目の前にいるか、この世界がループするはず。

 

「生が途切れた直後、死の直前、その瞬間に蘇生した。そしてキャスター。お前の魔術はもう効かない」

「蘇生……?」

「ああ。残念だったな。お前の攻撃があと10倍以上あるのなら、バーサーカーを打倒し得たかもしれないのにな」

 

 実際にはバーサーカー自体の耐久を考えると10倍程度では難しいだろうがな。

 

「さぁ……セイバーを圧倒する狂戦士の連撃、味わってみるが良い!」

 

 まずは当然セイバー。

 オレのスピードでは当然対応されてしまうが、それも想定内。

 

「……ッ!?」

 

 鎌を受けはするものの、そのまま押し込んでいく。

 

「筋力Aはその程度か?令呪に対抗して弱っているのか?」

 

 さらに押す。

 鎌の切っ先はセイバーの目と鼻の先まで接近している。もう少し押し込むだけでセイバーはその視力を失うだろう。

 

「ぐ……!」

「生きていればそれで良い。そうだな、姉さんみたいに、とは言わないが片目は貰おうか。全員の視力を奪えばより楽になるだろうからな」

「はぁっ!」

 

 更に力を込めようとしたところでアーチャーが矢を放ってくる。

 当然そんなもの効きはしないが体はそれを迎撃する。

 

「ふむ……知ってたのか?自動迎撃」

「……」

 

 答えは無い。喋ってボロが出るのは避けたいのだろう。

 その隙にセイバーは距離を取る。

 

「鎌はもういいか。次はこれだ」

 

 鎌を仕舞い、オレの得物である刀を出す。

 大人数相手に鎌なんて余程スピードとパワーが無いと無理だ。さっきのように星の白金(スタープラチナ)で押しこんだりしない限りオレは勝てない。

 次は相手マスターへ斬りかかる。初動の前、動きの始点を予知してそれを潰すように。

 

「ふむ」

「おっと……!」

 

 相手の動作は何故かオレより速く、何故かセイバーに先手を取れた鎌より速いはずの刀が軽くいなされる。

 

「甘い!」

「無駄ァ!」

 

 刀の流れにそのままオレの体も流れ、その隙に拳が飛んでくるがこれも世界(ザ・ワールド)の拳で受ける。

 それを起点に再び距離を取り、刀を仕舞う。

 

「次はこれだ、アーチャー」

「……?」

 

 両手を下ろしたオレをキャスターが注視する。

 疑問符も当然、オレは何も持ってやしない。

 

「だが分かるだろう。オレが持つモノが」

「アーチャーの眼は伊達ではない。形は無いが二振りの大小……相当な剣気だ」

「じゃあいくぜ」

 

 流石はアーチャー。その心眼でならまだオレの薄い無刀も見えるか。

 全身を脱力。崩れ落ちる身体を爪先に任せ、相手との距離を潰す。

 

「っ!」

「貰ったァ!」

「……だが!」

 

 完全に不意を突いた実在しない見えない刀がアーチャーを捉える直前、何かの違和感と共に空を切る。

 

「……なんだ、今の」

「さぁ、なんだろうな。私の持つ力の1つだが」

 

 今まで以上の速度、殺意。アーチャーは完全に不意を突かれ、オレが両手を振る為にほんの少しスピードを落とした一瞬で背後に回っていた。

 そしてオレが感じた違和感は……世界(ザ・ワールド)星の白金(スタープラチナ)と似た様な……それでいて違うような……そんな感じだ。

 

「君の能力なら、正体が分かるのではないか?」

「オレの能力は能力を辿れない。それと知らなきゃ使えもしない」

「……なるほど」

「まぁいい、次は……これだ」

 

 アーチャーの言い分、対照的にオレの能力の概要をおおよそ見抜いているな。不明な能力が出た場合は安全域を出ない様にその正体を探り撤退すること。今オレがするべきはそれになった。

 ならば次は……




無気力転生者の新たな世界〜トラックに轢かれた私が土下座する変態趣味の女神を足蹴にしてVRMMOの世界に特典転生したが若返った容姿と聖王家の悪役令嬢という立場を与えられ世知辛く暮らすも私の能力を知らない周囲に館から追放され魔王軍と遭遇したが聖女だなんだと恐れられそのまま魔王軍でのし上がっていく〜聖王家が私の能力を知り焦って私を取り戻そうとするがもう遅い〜

なろう系のタイトルを並べたら文才あると周囲で評判になりました。こんな駄文を書いてる現実を見せてやりたいですね(?)


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第33話

 右手を前に。指は開ききったまま。

 ふぅ、と息を吐き、人差し指、中指、薬指、小指の順に握り込み、親指で締める。

 

「シェルブリットォォォォォォォォォォォ!」

 

 自身の右腕と服を分解、右腕に再構築する。

 細身の腕が1度分解、分解した服を取り込んで金や赤の装甲を得て再構築される。

 

「やっぱりコレだろう。コレは割と実績があるしな」

 

 前の世界ではそこそこな火力で安定もした。

 何より何故か他の物質をほとんど必要としないのが良い。質量保存を完全に無視したオレの能力の一つだ。原作はかなり周囲を分解してるのにな。オレだから許せ。

 

「衝撃のぉぉぉぉぉぉ!ファーストブリットぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

 構えも無くただ走る。背中の3枚の羽の1枚をブーストとして加速する。

 そして問答無用、アーチャー目掛けてただただ殴りつける。

 

「ぐっ……!っあっ!」

 

 双剣の防御が間に合えど、拳に見合う防御力は無く、双剣を砕いてアーチャーを吹き飛ばす。

 

「そして!セカンドぉぉぉお!」

 

 次はセイバー。

 許せセイバー、これが多分最後だ!

 

「ぐぅぅぅ!」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 令呪への抵抗で弱っているセイバーならば簡単なもの。多少は耐えたがアーチャー同様に沈める。

 

「ラスト!ブリットォォォォォォォォォォォ!」

「宗一郎様!」

「……!」

 

 抹殺!粉砕!正面から!

 サーヴァントを圧倒する体術も限界を越える衝撃は許容しきれない。同じく撃沈。

 

「はーっと……さぁ!次はコイツだ!」

 

 1度能力を解除、拳銃を取り出して再度アルターを発動する。

 

「コイツは!この光は!オレと!姉さんの、輝きだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 拳銃を分解、右腕と共に再構築する。

 

「シェルブリットォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ!」

 

 オレのこの能力の最終形態。リインフォース(オリジナル)に聞けばまだ第二形態らしいこのカタチ。それでも十分に信頼に値する能力だ。

 

「さぁ、最後はお前だ!」

「く……こうなれば令呪を……」

「シェルブリッ……待て!」

「セイバー、アーチャー!令呪を持って命じます!この忌むべき敵を」

「待て待て待て!」

 

 キャスターが令呪を掲げ、その使用を行おうとする。

 それを止めるために能力を解除、両手を上げて戦闘中止を呼びかける。

 

「令呪は使うなってんだろ!」

「……」

「もう終わりでいい、令呪を無駄遣いするな。予行演習とか言いながら調子に乗った部分もあるが、お前らの治療もしてやる。終わりだ」

 

 十二の試練が活かされることも無かったな。

 万全の頃でさえ劣勢だったのに令呪への抵抗で弱ったセイバー、根本から神秘の足りないマスター、卿に負けた上先の射撃からそう高いランクでは無いだろうアーチャー。キャスターが如何に強大な魔術を扱おうが、数回殺す程度では意味が無い。

 

「治療、ですって?」

「ああ。だからその手を下ろせ。お前のマスターも治してやる。それが1番いいんだろう」

 

 元より十二の試練を使う気も無く、ただ凛と慎二を回収できれば良いだけだったんだ。戦う理由は何も無いんだよ、最初から。

 両手を上げてもまだオレへの警戒をやめないキャスター。戦争最優先の思考だとそうなるか……

 

「わかった。この能力は『クレイジー・D(ダイヤモンド)』、触れたものを直す能力だ」

 

 試しに手頃な石を砕いて元に戻して見せる。

 

「この能力の範囲は絶命していない生命又は消滅していない物質だ。例外としてオレ自身はどれだけ軽傷であろうと治せない。だが……」

 

 刀で右手首を切断する。

 

「今のこの身体はウタネのもの。オレが使っていようともオレのものじゃない。だからこうやって治すことができる」

 

 繋がった手を閉じたり開いたりして治ったことを示す。

 本来なら姉さんの身体はオレと共有で治せないはずだが2人に分かれて転生したりとオレはオレの身体があるという認識が世界に刷り込まれた。この身体はウタネのものであってオレの身体はこの世界には存在しない。だからこの身体も治すことができる。

 

「分かったらさっさと令呪仕舞え。あと不意打ちは効かないからやめとけ」

 

 キャスターを素通りしてそれぞれを治療していく。

 ……少なくともこれで、セイバーの魔力も少しはマシになる。

 

「じゃあな。もう面倒は起こすな。魔力がいるならオレのとこへ来い。好きなだけくれてやる」

 

 ♢♢♢

 

「……で。何してんだ?卿」

「いえ。ランサーが我々に協力したいと申し出てきたので、夕食をと」

「どこで会った、いつからだ、マスターは?」

「それがですね……」

「まぁまぁお嬢ちゃん。キャスター倒すまでだ。よろしく頼むぜ」

「……」

 

 オーロラカーテンで我が家へ帰宅すると呑気に飯を食う高校生3人と卿、そして全身青タイツの変質者がいた。シロウ何してたんだ。

 色々と言いたいことはあるが答えが出てこないのは読み取れた。卿があるとはいえこのメンツ、そして衛宮邸に比べ狭すぎるこの家でオレが戻るまで暴れてないとなると本当に協力するつもりなのだろう。

 

「協力は分かった。だがせめて殺意は隠せ」

「「「!?」」」

「なんだ、バレてたのか」

 

 隙あらばオレを殺そうとする殺意を消そうともせず、呑気に飯を食うランサー。

 

「当たり前だ。言っとくがオレを殺す意味は無いぞ。無意味だからやめとけ」

「それはこっちが決めることだ」

「ランサー……私がルーラーと知りながら騙すとは……」

「別に騙しちゃいねーよ。キャスター倒そうってのはマジだ。だがヴィーナスってのは魔術師全員の敵らしいじゃねぇか。マスターからはそう聞いてる」

「敵というのは否定しない。広義に見ればそうなるからな。だが、お前じゃオレを殺せないし、戦争を終えることもできない」

「言葉には少し気ぃつけろよ、嬢ちゃん。これでも英雄の自覚ありなのがオレだぜ」

「ならば言ってやろうか。お前はオレに挑んだ時点で死ぬ。くだらん誇りなど……」

 

 少し迷ったが、売ってしまったものは仕方がないか。

 

「そこいらの狗にでも喰わせてしまえ」

「──────」

 

 挑発というにはあまりにも感情の無い声。

 しかし文面だけでも十分な効果はあるようで、ランサーは口を少し開けて虚空を見る能面のような顔で固まってしまった。

 

「シオン!貴方という人は!」

「覚悟しろよ、この真名を知っての発言だろ」

 

 卿の非難もどこ吹く風。

 ランサーの殺意は青天井に昇っていく。

 

「真名をサンタn……セタン……クーフーリン。ケルトの大英雄にして魔槍ゲイボルクの使い手。その宝具は相手の心臓を射抜く因果逆転の呪い……そしてその真名解放に要する魔力は他の宝具と比べて少量。通常の戦争ならばマスターからの魔力供給が無くとも勝ち残ることができる」

「よく分かってんじゃねぇか……!表へ出ろ!今日がテメェの命日だ!」

 

 ランサーが瞬時に槍を持ち窓をぶっ壊して外へ出る。

 ……窓の修理と人避けの結界はオレの能力負荷だ。クソ迷惑だぞ。

 それはそれとしてオレも玄関から外へ。外出てから窓直せばよかったな。

 

「警告はしたぞ。ストレス発散なら壁殴ってろ」

「宝具まで分かってんじゃあな!早速いくぞ!ゲイ……!ボルク!」

 

 射程に入るなり即宝具。心臓を突いた結果から起こる現実は何があっても心臓を貫くという結果だけを残す。

 そうそう。殺し合いなんてそれでいいんだ。先に殺した方が生き残るんだからな。

 

「……」

「……おい、ヴィーナス」

 

 真名を叫んだランサーがかなり深刻な顔と声で呟く。

 

「シオン……」

「シオン!?」

 

 後を追って出てきた卿と凛もそれぞれの反応をする。

 オレの背中に突き抜けた槍から血が流れ、服を汚す。買い直すにしてもまた同じの買うんだろうな姉さんはな……

 

「なんだよ」

「何普通に食らってんだ。マジで死ぬ気かよ」

「いいや?死ぬ気はないぞ」

「この状況で何言ってやがる」

「確かにオレの心臓はゲイボルクにより刺し貫かれ、呪いを受け、生命活動を止められる」

 

 ゲイボルクの真の恐ろしさは因果逆転の呪いでも何故か爆裂する投擲でもなく、不治の呪いだ。つまりは、ゲイボルクに破壊された心臓は治らん。

 

「対処法は宝具を受けないことだが、受けてしまった場合ではどうするか。方法はオレが今できる限り4つ。1つ、心臓が治らないのなら、他の心臓を用意する……」

 

 打ち尽くしたカートリッジを投げ捨てるように、槍ごとこの体の心臓を抜く。

 姉さんの能力であれば防げたかもしれない槍は先のキャスター戦で解除しているからオレの力でも体内へ手が届いた。

 そして……予備の身体から心臓をワープさせ、接続する。そして傷口を塞ぐ……

 

「これで……その心臓はもうじき死ぬ。だがオレは呪いをそのままに存命することが可能だ」

 

 呪いも通常の攻撃であれば厄介なものだが、宝具はあくまで心臓に命中するもの。強引な解釈だが命中した心臓以外は呪いも弱くなる。そもそも心臓入れ替えて直してるから呪いも何もねぇけどな。

 

「ふざけやがって……」

「全くシオン……ランサーさんも中へ。対キャスターへの対処法を議論しましょう」

 

 遅れてシロウとワカメも来たが事は既に終わってる。

 

「ああ……殺さずに無力化する、ってのは苦手なんだがな」

「その必要は無い」

 

 卿が収集をつけようとするが既に遅い。もう終わってるんだからな。

 

「死人仕掛け。スイッチはその心臓だ」

「な……っ!?」

 

 心臓が停止するとともに血管の一本一本がゲイボルクに絡まりながらランサーへと伸びてその全身から侵入する。

 この能力は心臓が停止した際、その加害者全員へ攻撃する。本体のいないスタンド、死後強まる念といった具合の能力だ。

 

「シオン!何をしているのですか!サーヴァントは殺さないでくださいと言ったでしょう!」

 

 流石の事態に卿が珍しく声を荒くする。

 

「コレは肉の芽という……本来髪の毛から作り出される洗脳能力だ。脳に食い込めばオレへの絶対的忠誠心を植え付けることができる上、おおよその事では取り除くことができない」

「ぐぁ……クソッ!なんだ……!?どんどん体内へ入ってくるぞ!」

 

 原典の肉の芽がなぜ髪の毛から作り出されるのか、並行世界のオレはこの能力だけをどうやって使っていたのか、そんなことはどうでもいい。

 今重要なのはランサーがこのままでは死ぬか、オレに忠誠心を持ってしまうかもしれないってことだ。どちらかと言えば後者の方が最悪だ。

 

「シオン!能力を解除してください!サーヴァントがこんなことで消えるなんて許しません!」

「この能力の原典が吸血鬼の細胞だ。まぁゾンビだな。そのせいで死んだ後にしか発動しないんだろう、というのがオレの予想だ」

「……?何の話ですか……はぐらかさないでください」

「解除できないんだな、これが。この能力の発動イコールオレの死、というのが確定している。アレはもうオレの能力じゃない」

 

 最悪だ。テーブルクロス引きをしたらあたり一面にワインをぶち撒けたような「やるんじゃなかった」感がある。面白トラップってだけのつもりだったんだがな。

 

「なら……原典の対処法があるはずです!知らないんですか!?」

「は?もん?波紋疾走だと?」

「何でもいいので早く!」

「したら死ぬ。だから迷ってる」

 

 死後強まる能力だとするならオレより強い波紋がいる。

 そして波紋は人体に対しても効力を発揮する。

 既に全身に回りつつある肉の芽を全て殺そうと思えばランサーの身体はかなり深刻なダメージを負うことになる。手足に感覚が残れば僥倖、と言ったレベルだ。

 

「よしランサー。いっぺん死ね。2秒したら生き返らせてやる」

「シオン!」

「ゔ、ヴィー、ナス……貴様……っ」

「ランサー!」

 

 凛が叫び、ランサーは槍を手放すことなく崩れ落ちた。

 

「シオン……ヴィーナス!やっぱりアナタとは協力できないわ!慎二!やるわよ!」

「シオン……助けてもらってなんだが、流石にやり過ぎだ!この場は俺も遠坂に付く!」

「アマゾン……!」

 

 それぞれがランサーを庇うようにオレと対峙し、戦闘態勢を取る。

 

「……これは貴方の責任です、シオン。全員生存で解決してください。貴方は世界から嫌われ過ぎです」

「オレは破壊者じゃない……仕方ない。お前らもいっぺん死んどくか」

「私はもう戻りますよ。終わったらお菓子出してください」

 

 オレはソラじゃない……虚無から菓子は出せん。



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第34話

「名門の魔術師、百戦錬磨のアマゾンキラー。並ぶには少し気が引けるんじゃないか?シロウ」

「うるさい!俺には強化がある!この力だけでも……戦い抜いてみせる!」

「そこでだ、ここでオレに全面的に協力すると誓ってくれるのなら、お前たちに全てを超える力を与えることをルーラーのマスターとして約束しよう!」

「「「はぁ……?」」」

 

 素晴らしい提案をしたはずなのに何故……

 

「断る!言ったはずだ!俺は正義の味方になると!お前とは組めない!」

 

 はぁ……面倒過ぎる。

 

「では我が救世主!このウォッチを受け取り給え。それが君の未来になるだろう!」

 

 面倒なので、さっさとプライムを渡してしまおう。

 正義の味方、救世主……いずれも本質は同じ、かつ元となる人物像もおおよそ似た様なものだ。いうなれば魂の形、それは似たようなもの……

 

「……なんだ、これ」

「ブランクのままとは……嘆かわしい。もういい」

 

 投げ渡したウォッチは何の反応も見せず、何の色を示すことも無い。

 やはりまだ、この時点でシロウにプライムは重過ぎる。クソワカメみたいな奴ならばワンチャンの賭けで軽く渡してやれるが……そうではないからな、コイツはな。

 

「……ザ・ワールド・オーバーヘブン」

「「「……!?」」」

 

『オレがランサーの側にいる』という真実を上書きし、3人の側を通ることすらなくランサーの側に移動する。

 

「戦うだけ無駄だ。何度も言わせるなよ……何度も言わせるってのは無駄なんだ……無駄無駄、無駄無駄無駄無駄……」

 

『ランサーはオレと戦うも無傷で生きていたた』という真実を上書きする。

 もうこの場での進展は望めない。さっさと切り上げてキャスターへ備えるのが優先だ。

 

「ん……あ……?」

「よう、気がついたか。肉の芽の感触はどうだった」

「……最悪だ。だが……どうやら約束は守ったみたいだな」

「守れてはいない。数分とは言わないが、2秒以上かかってしまった」

 

 肉の芽に与えられたダメージ、消耗した魔力も全てが回復したランサーが目を覚ます。

 

「おら、何ボーッとしてんだ。中入れ。キャスター対策を練るんだろ」

「「「…………」」」

「まてシオン!コレはどうするんだ!?」

「あ?持っとけよ。あって損は無いだろ」

 

 どーせ色の無いウォッチなんぞガラクタに過ぎん。どーでもいい。

 装着したら死ぬベルトでもあるまいしな……

 

「そうだシロウ。お前、後でオレとちょっと遊べな」

「……は?」

 

 ♢♢♢

 

 キャスターへの対策はオレの能力と卿のセンサー、ランサーの生存力を基本として、セイバー、アーチャーをシロウと凛に、キャスターとそのマスターを戦闘不能まで追い込みオレが拘束しながら保護する、という形に収まった。アサシンは卿によればあの門から動けず、バーサーカーも標的にしなかったことから放っておいても生存するだろうとの事だ。

 

「……で、何だよ」

 

 今は衛宮邸。オレとシロウだけが訓練にと移動した。する気ねぇけど。

 ライダーと他の奴らの面会は拒絶した。反旗を翻した場合にはランサー達の相手は最悪卿がする。

 

「何だも何も……お前がこの戦争で戦おうってんだ。お前にはまずこの戦争で最も必要な反射を覚えてもらう必要がある」

「反射だって?」

「ああ。反射……脊髄反射だ。お前にはそれが絶対的に足りない」

「……?反射って体に備わった機能みたいなもんで、覚えるも何も無いだろ?」

「例えばだ。オレやお前は近くで突然火が上がれば瞬時に身を引くだろう。それは何故か?答えは単純、火は危ないからだ」

「ああ……当然だな」

「だが、火が危ないことを知らない……高熱が自身に及ぼす危険を理解していない赤ん坊はその火へ手を伸ばす。何故か?」

「……好奇心、か?」

「そうだ。火というもの、高熱を発するものに触れたことがない場合はそれがどのようなものかを知るために触れる。その結果として痛み、火傷、酷ければ死ぬ。それが学びとなり、以後それを見れば引くという反射に繋がる」

「なるほど……」

「お前らだってそうだろう。知らないものがあればまず見るだろう。知らないものが目の前にあって、即座に目を逸らすことなどしない……できないはずだ。まずそれが何か、最低限の概要は理解できるまで視認するはずだ」

 

 突然目の前に肉と魚と野菜でできたモンブランです、とソフトボール大のモンブランにしか見えないソレが出てくれば凝視するしかないだろう。オレは未だに理解も解明もできてないが。

 

「そこでだ、この戦争でお前が最優先に反射するべき項目とは何か?」

「そりゃあ……生き残ることだろ」

「そうだ。それを意識レベルより深く落とし込む必要がある」

「……?」

「簡単に言えば今この状況がそうだ。言うなればお前は好奇心に敗北している。最大限生き延びる手段を見つけようとするのが好奇心とするのなら、お前は生き延びようとすらしていない……オレにもし殺意があれば、他の奴らとは離れたこの場に移動すること自体、考え無しのバカとしか言いようが無い」

「でもお前はそうしようとはしないだろ?」

「……」

 

 そりゃあ、無いのは無いのだが、そうストレートに言うことじゃない……まぁいい。

 

「とりあえず、だ。お前がこの戦争で生き残る手段を教えられるのは今はオレだけだってことを認識しろ」

「何でだよ、セイバーから剣術の訓練も受けてるし、遠坂からも少しだが戦争のことや魔術について聞いた。これから慎二も含めて深く聞いていくつもりだ。お前だけに頼るわけじゃない」

「……お前、自分が圧倒的弱者だってこと、忘れてないか?」

「忘れるわけないだろ!この戦争で1番弱いのは間違いなく俺だ!」

「ならなんで、魔術師の最上位クラスや最優のサーヴァントの指南を受けている気でいる?」

「なんで、の意味がわからない」

「アイツらが知ってる戦い方ってのは、どうやって勝つか、なんだよ」

「……?」

「そしてお前やオレが必要とする戦い方ってのは、どうやって生き延びるか、なんだ」

「俺やお前だって……?」

「オレも本来なら無力なものだ。そこらの中学生に劣る腕力、そこいらのコマにも劣る持久力、そこいらの飴細工にも劣る耐久力。勝つための要素など何一つ持ち合わせていないこの身体。生き延びていく為に生まれたのがオレだ。だからこそ……オレは生存という一点においてはVNAの中でも頭抜けている」

 

 やれ生命の意味を見つけるだの人理を護るだの夢だの娘だのなんてのはどうでもいい。永遠なんてのは自分がいなけりゃ永遠じゃねぇ。例えその先がどれだけ苦しかろうが……自分が無けりゃ意味がねぇ。

 

「でもお前は、その能力は、この戦争でも圧倒的な力を持ってる!それが弱者だと!?」

「永遠を……お前ら人間からすれば果てしなく長い何月を過ごすオレ達にとって、遥か未来の危険は明日の死に等しい。人間は死ねばそれまでの問題から逃げられるが、オレ達はどこまでいってもその問題が付き纏う。だからこそ、今オレがこの戦争で全力を振るうこともない」

「……」

「何だ?疑問質問は口にしろ。それらは黙っても解決しないし無い方がいい。気を使われるとムカつく」

「……素直に言わせてもらうと、だ……」

「ああ」

「何を言ってるのかわからない」

「……」

 

 まぁ……オレもあんまりわかってねぇしな……この戦争……

 

「んでな、とりあえず。オレの能力について、少し掘り下げてやる」

「……?大体は分かってるぞ?」

「いや、その先だ。能力を使えば使うほど、オレの存在概念に対して負荷がかかっていく。これは自然治癒にもかなりの時間を要し、医療や治癒魔術等は対象にならない」

「能力の使用に限界があるってことか?」

「ああ、だが、オレはこれを克服した」

「どうやって……そうか、自然治癒力を強化する能力を使えば……」

「……ああ、そういう手段もあるか。今度試してみよう。オレが克服した方法はもっと直接的なものだ」

 

 能力を選択し、手のひらをシロウに見せる。

 

「なんだ……?その手」

「ニキュニキュの実という、モノを弾く能力だ。この肉球ならば人や物はもちろん、空気を弾いて空気砲の様な使い方もできる。何よりオレにとって有用なのは……」

 

 肉球で自分の腹を弾く。

 けれど体はそのまま、背中から何かが飛び出す。

 

「これだ」

「何だよそれ」

「オレの体に蓄積された疲労、ダメージ、能力による負荷。それをオレの体から弾き出した。さっきのランサーとお前らだけでも相当な負荷だったからな……思ったよりデカかった」

 

 肉球の形に弾かれたそれは大の大人が中に入れる程には大きなものだった。やはり現実改変能力は負荷が大きい。比較的軽いオーバーヘブンでこれだ。

 

「で、何が言いたいんだよ。ただ回復できるってだけか?」

「いいや。この能力は攻撃にこそ真価を発揮する。こうやって自分のダメージを弾き出し、こうして相手に向けて弾けば……」

 

 塊からピンポン球ほどの大きさを弾き、シロウへ飛ばす。

 それはシロウの胸へ染み込むように入っていった。

 

「をぐ……ぅ!ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 シロウの体が一拍置いて大きく跳ね、のたうち回るように苦しみ始めた。

 

「それが能力の負荷だ。打撃とも斬撃とも刺突とも振動とも、電撃火炎氷結とも違う存在へのダメージ。そんなものが能力を使うたびに襲ってくる。オレも初めは気絶さえしたものだ」

 

 自分の体を初めて持ったあの時、自分の体に実感の無いまま……言うなら酒に酔ったような状態でさえ明確に負荷の存在が知れた。

 生まれた時から自分の体を認識してる奴らにはより酷いものだろうな。

 

「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」

「な。昨晩からのオレの立ち回りってのはそれだけの負荷がかかってるんだ。その一握りにそれだけ苦しむお前が、勝つ前提の戦いをしてるセイバー達から学べることなんてねぇんだよ……オーバーヘブン」

「ぁぁぁぁ……あ」

 

 シロウへの能力を取り消す為にまたも負荷を被る。

 

「まったく……」

「……なんだか、2回は死んだ気がするぞ」

「大袈裟だ。まぁお前もいずれは戦えるようになる。だが今は生存だけを考えて動け。1人になるな、前に出るな、隙を見せるな。お前の命はシャボン玉より儚いと刻め」

「言い過ぎだろ……」

「ロクな魔術も使えず剣術もオレに劣る。そんな奴が何を言う」

「う……」

「なぁシロウ。お前、死にたくないって思ったことあるか?」

「そりゃあ……常々思ってるよ」

「なら……生きたい、って思ったことは?」

「……?同じじゃないのか?」

「意味はな。だが前提が大きく違う。それが分かるまでお前は戦うな。時間取らせて悪かったな。もういいぞ」

「はぁ?特訓するんじゃないのかよ?」

「するわけねぇだろ。オレは人に教えるのが面倒なんだ」

 

 オレは、死にたくない。



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第35話

「ライダー。あとはくっ付けるだけなんだが」

 

 なんやかんやで翌日朝。結局ウチに高校生3人も泊めるハメになってしまった。60回った無職独身女が男子高校生を自宅に泊めるなどして……やべぇな。事件だ。あ、ハメてねぇからな。ハメになっただけで。

 まぁ見た目も戸籍も同年代だしいいだろ。精神的にも全然実感ねぇし。高校生だから無職でもねぇしな。60歳高校生です!も事件だが。

 してオレは寝ることもなくライダーの足をまさぐり回す変態の所業によりオリジナルと同じものを生成した。あとは繋げるだけだ。が……

 

「はい……ありがとうございます」

「シロウに対して能力を大盤振る舞いし過ぎた。ちょいと散歩してリセットしたい。いいか?」

「それは……勿論構いませんが……」

 

 何分負荷がえげつねぇ。弾いたやつも結局行き場が無いから戻したしな。

 やることなすこと全てが面倒くさくしていく手順になってないかオレ。

 

「ならもう少し待っててくれ。昼には戻る」

「はい……ごゆるりと」

 

 ちなみにライダーは壁に貼り付けてある。片足は繋がってるが両足が繋がるまではとりあえず拘束させてもらうってことで。

 卿に適当な和菓子に混ぜて姉さんのモンブランを渡し、家を出る。

 散歩というにも特に目的が無い。何の変哲もない街中をただ歩くだけの作業に何の楽しみがあるというのか。暇なのか?

 

「そーだよな。暇だよな」

「フタガミウタネ。貴女を……確保します」

 

 尾行の気配を感知して結界を張ると背後から声。

 

「……何してんだ、カレー先輩」

「なっ!?どういうことですか!」

 

 振り向くと修道服みたいのを着込んだ変人……もといカレー中毒……もとい埋葬機関の代行者がいた。

 

「口ぶりっつーか状況的に、アンタも封印指定狩りかね。死徒専門じゃないのか。暇なのか」

「うるさいです。知った風な口を聞かないでください。人類の敵ヴィーナスともあれば誰であれ出撃します。覚悟」

 

 シャン、と両手に計6本の黒鍵を構える先輩。

 どうでもいいんだが街中でやる時毎度オレが結界張るんだが、それに能力枠が取られるんだよな。狙ってんのか?

 

「はっ!」

「っと、『回天』!」

 

 同時に投擲されたはずの6本は眉間、両肩、心臓、両ももというそれぞれを的確に狙ってくる。

 やはり常人離れ、人間離れした技術に感心する間も無く魔力を放出しながら球体の絶対防御でそれを弾く。

 追撃に2本、更にオレの上に跳び頭上からも2本、背後に回った先輩がそのまま突っ込んでくる。

 回避するならば横。迎え撃つなら前後上。当然選ぶなら横へ跳ぶべきだが……隙を見せればただでは済まないことは確実だ。

 だからあえて、全部受けよう。

 

「ぐぅ……!」

「……!バカな……」

 

 振り向いたオレの背中と肩、そして切られた胸から血が噴き出す。

 苦痛にしても相当だ。

 

「ふぅ……」

「な、何のつもりですか!?ワザと攻撃を受けるなんて……!」

「やっぱ根は変えられんか。なぁ先輩。ドッペルゲンガーって知ってるか?」

「貴女に先輩と呼ばれる筋はありません……知ってます。それが?」

「アンタの背後に、オレのソレがいる」

「……っ!?」

 

 ドッペルゲンガー。幻覚やそっくりさんを指すものだが、今いるのは実際のオレ。実体を持たない深層意識が像を結んだだけの死神だ。

 そんなもんに黒鍵で切りつけたところで触れるはずもなく。

 

「これは……!」

「出会ったら死ぬらしいぜ。まぁ、オレの能力で出したヤツだが」

「死ぬ気ですか!」

「殺そうとしといてなんだ。けど死ぬ気はないな。あくまで回復が目的だ」

 

 もう今の負荷では負荷を取り除く能力使用まではできない。後は死ねば予備があるんだがランサーの件で心臓がまだ作れてない。なら取り敢えず能力が使えるまで回復する能力を選ばなきゃな。

 

「名前が似てるんで楽だったよ。後はオレが気絶すれば……」

 

 ほぼ致死的な出血、疲労を前に、固めた精神は少し緩めるだけでアッサリと意識の放棄を選択した。

 

「こうやってドッペルゲンガーに意識を移せる……わけだな」

 

 手放されたはずの意識は目を閉じても繋がっていて、即座に別の器に入った事が認識できた。

 その器は意識が像を結んだだけのもの。まだこの世に現れたばかりで何の損傷も無い。

 

「これでオレ本体を治せ……ないな。しまった……」

 

 能力の枠は2つ。1つは結界、もう1つはこのドッペルゲンガー。治せる能力を使うフレームはできたが枠が無い。

 

「仕方ない。先輩にはおさらばしてもらって、どっかに隠れて結界を解くか……」

 

 どこぞの魔法くらいに認知された世界なら楽だったんだが……魔術は秘して然るべきなこの世界では不能だな。

 

「やはり私が来て正解でしたね。彼らでは歯が立たないわけです」

「彼ら……ああ、うん」

 

 四象の域に土足で入り自殺した奴とソラの型落ちか……あ。

 

「じゃあ調べてきたんだな?」

「ええ、ヴィーナスについては穴が空くほど」

「は?」

「え?」

「感謝と気遣いの違いを調べろ、って言わなかったか?聞いてないのか?」

「感謝と気遣いの違い、ですか?」

「一緒だよな?違うとか抜かすバカがいるもんでよ、厳密な定義と区別が欲しいんだが」

「ええと……そうですね、少し考えさせて下さい」

「ああ、頼む」

 

 この違いが納得できればかなりスッキリするぞこれは。

 

「気遣いは相手を考えてのことで、感謝は自分から表れるもの、ではないでしょうか。気遣いはマナーとして指導されますが、感謝の強要はおかしいと言われるでしょう?」

「ほー?」

「食べ物を頂く時、私のためにその命を捧げてくれてありがとう、という意味での『いただきます』、ですよね。より長きを生きる為の犠牲に感謝をする。原始的ですが絶対の理屈です。どうでしょう」

「ふむ……その理論でいいんだな?」

「はい。私はそれで納得します」

「そうか……なら、オレもそれで納得してやる」

「良かったです」

「そしてオレの能力も決まった。場所変えるぜ、先輩」

「っ、待ちなさい!」

 

 自分の元の身体を抱えて市街地から離れるように走る。

 黒鍵を飛ばしながら追ってくるがこの身体は黒鍵を、あらゆる物理攻撃を透過することができる。

 

「よし……ここなら結界はいらないな」

「……」

 

 人通りの無いであろう森の中まで長く走ったが、この体も先輩も息切れひとつ起こさない。代行者やっぱやべぇな。

 結界を解き、身体を治す。そしてドッペルゲンガーも解いて元の身体に戻る。

 

「さて」

「能力は決まったと。私から逃げられますか」

「逃げるだけなら何とでもできる。アンタの理論がこれを確定させた……」

「……?何も変わっていないように見えますが」

「だろうな。だからこそだ」

「何か分かりませんが、覚悟ッ!」

 

 黒鍵が全て、最初の6本と同じ急所を狙って飛んでくる。

 だが、それらは全て詳細不明の影によって弾かれる。

 

「……!?」

 

 オレが一切の動作を見せなかったためか、先輩も相当驚いている様子。

 

「オレは今……人々の子となっている。お前の攻撃など通じはせん」

「……?どういうことですか」

「親は子のため、全てを投げ出しても良いと思うだろう。子の身代わりとなり苦しむ事さえ厭わない。え?お前もそうだろう……シエル・ピーエン・シリナレフ」

「誰が尻ですかッ!」

「……分からん。能力のせいじゃない。セリフがなんかそうさせた」

 

 尻……?そんなデカくも小さくも……普通の範疇だと思うがな。なんだ……?何のネタだ?

 

「今、オレ達は完全なネットワークを構築している。オレ達はお前らより後より来た者にしてお前らより先にある」

「オレ達、とはまさか……」

「VNA……お前らの言うヴィーナスだ」

「VNA……?」

「なんだ、本来の名称までは知れて無いのか。まぁ噂話ならそうだろうな。所詮な」

 

 凛も言峰もヴィーナス呼びだったしな。この世界ではそうなんだろうな。並行世界ではよくある事だ。

 

「この能力はお前らの苦しみを糧としてオレ達に無限をもたらすもの。そして……」

「はっ!」

 

 投擲された黒鍵はオレに当たる直前に方向を変え、地面へ垂直に突き刺さる。

 

「……!?」

「そして、この世界における超常現象、心霊、怪奇現象を自由に発生、拡大、強化することができる。言わばこの世界における神に等しい存在だ。お前にできることは何も無い。ただ元いた家に帰れ」

「お断りです。何が何でもあなた方を倒します。その為の礼装っ!」

 

 取り出したるはパイル……第七聖典。能力は確か再生やら転生の概念ごと殺すもの。転生さえ殺すのヤバ過ぎるだろ。

 躊躇いなくそれが放たれる、が……

 

「もしそんなものが当たるのなら、効果はもしかしたら発揮されるかもしれないな」

 

 結果は火を見るよりも明らかだ。この世界のどこかに存在する他愛も無い心霊がそれを受け、その身と共に何処かへ飛んでいく。

 

「お前ら人間が恐怖し忌避してきたもの、解明不能なもの、それら人間の未知こそこの能力だ。しかも塔にもこの能力はもう存在しない。つまり達成されうるアイデア、というわけだ」

「……!飛び道具が通じない自慢は十分です!ですが私は接近戦もできるんですよ!」

「っと……」

 

 接近戦、と言いつつ黒鍵を両手に3本ずつ持っての引っ掻き攻撃。

 しかしオレの本領は1対1の接近戦。未来を予知し、視点を殺すオレならば……

 

「……!」

「そこ!」

「っ……!?バカなっ……」

「甘いですよ!」

 

 未来を予知しても、その視点を見切っても尚、追いつかない。

 次の動作を予知した時には既に行動が終わっている。予知した側から過去に置き換わっていく。

 数秒後の未来を読み取る能力ならばそれへタイミングを合わせて対策できるが、数秒先までの未来視ではあくまでオレにとっての数秒だ、オレより速過ぎる動作はその秒数を歪めてしまう。

 

「ぐ……」

 

 数十手の攻防の先、オレの未来視を越えた瞬間に放たれた刺突が左目を貫通し、頭蓋骨さえ貫いてみせた。

 

「さぁ、これで終わりです。他のヴィーナスの居場所を話しなさい」

「話してどうなる」

「命までは取りません」

「オレを捕まえて……その後は?」

「当然、他のヴィーナスを捕らえに行きます。人のためにも、貴方達は野放しにはできません」

「……それは無理な作戦だな。オレの未来視を越えられても、オレの能力を越えてはいない……それに、VNAのもう1人はここにいる」

「っ!?」

 

 キングクリムゾン。時間を消し去り少しの距離を取る。

 外傷は全てネットワークにより回復する。

 そして、能力を切って首の左側へ手を添えて、目を閉じて傾ける。

 

 ♢♢♢

 

「はじめまして。シエルさん。シオンが随分と苦戦したようで」

「何を……いえ、多重人格、ですか」

「……分かるんですね」

 

 この世界、多重人格は理解があるのだろうか。変人奇人の類にならないのか、全員がそれに分類される、のか……

 

「身に覚えがありますから」

「ま、それはどうでもいいです。さっきのシオンの能力じゃないですけど、私からも確かな事を1つ言います。VNAを全滅させようとすることは、人類の存続という意味では絶対的に正しいけれど人類の生存という意味では絶対的に間違っている」

「どう言う意味ですか」

「そのままです。VNAがいる限り人類の未来は常に暗黒、一瞬先には滅びているかもしれない。だから倒そうとするのは正しい。けれどVNAはその一瞬先に人類を消す。だからVNAを倒そうとするのは間違い。刺激しないで、共存しましょう?同じ型月(にんげん)でも、月姫とFate(住み分け)って大切だと思いますし」

 

 VNAを全滅させても人類が生きていられるかと言うと、そうでもないし。

 

「無理ですね。同じ体に2つの精神、用意した体に自在に精神を移動させる。それはもう人間ではない。吸血鬼の……生きてはいけない命、魂です」

「そう。ならもう先輩なんて言わないよ。シエルさん。けどアナタは殺さないようにシオンに言われてるんだ。だから……殺す」

「その命……神に返しなさい!」



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第36話

《R・E・A・D・Y》

「……ッ!?」

「へんしんッ!」

 

 ベルトと謎の装備品を手の平に当てて構え、ベルトへ挿入するシエルさん。

 

「『うっそぉ!?』」

「うぇ!?なんかスゴイ声出た!」

 

 私の声と一緒にシオンの声も出てきた。これは初めての経験かも。

 

《フィ・ス・ト・オ・ン》

 

 したらば既に変身完了。もはや元の面影は無くなってしまった。

 

《ラ・イ・ジ・ン・グ》

 

 更に謎の電子音。

 

「その命……神に返しなさい!」

「さっき聞きました!てっ……と!」

「はっ!」

 

 正面から走っての純粋な正拳、ただそれだけの動作の何と速いこと。

 私の唯一の長所である直感の反射と魔力放出が無ければ死んでた……しかも私を殴り終わってからかけ声聞こえるし……速すぎる。

 

「そしてやっぱり力が強い!」

「ボタンをよこしなさい!」

「何故に!?」

 

 魔力放出で追撃の拳を相殺したけど骨砕けた。右手はシオンの利き手……回復にと今変わるのは流石に厳しそう。

 即座にシオンの刀で折れた箇所を切り開いて能力を届かせる。骨を無理矢理元の形に押し込んで切れてたり切った血管も繋いで、最後に傷口を塞げばほぼ回復。何一つ治ってないけども。

 そして私の服はほぼジャージみたいなのだからボタンなんてないんだけれども。散歩中だっての。

 

「くっそ、しかも硬い!」

 

 ある程度何でも切れるくらいには切れ味の良いシオンの刀が通らない。刃こぼれしたら怒られるかも。

 しかも右手の手首から先は能力で無理矢理動かしてるだけで神経は機能してない。だから反射の速度からどうしても遅れてしまう。

 

「……っ」

「はぁっ!」

「あ……」

 

 謎の剣に左腕を肘から切断される。

 思った以上、想定内の戦力……!

 

「けどこのくらい、私でも何て事はない」

 

 切断された腕を落下する前に能力でキャッチ、即座に元の位置へ戻して右手と同じように修復する。これで左手の反射も死んだ。後は両足をメインに腕をカバーに回しながら……

 

「せえっ!の!」

「っ!甘いですよ!」

「WRYYYYY!」

 

 右足の首への蹴りは左腕に防がれた。

 けれども魔力放出を最大まで解放、若干の負傷とともに押し切る事ができた。

 

「ふぅ……やっと一撃か。やっぱり私は戦闘に向いてないや」

「ならさっさとさっきの人格へ変わればどうですか?」

「そうはしないよ。シオンだと貴女を殺してしまう。シオンはアナタに死んでほしくないみたい。だから、私」

「どういう意味ですか……?」

「さぁね。とりあえず続き、やろうか!」

 

 ♢♢♢

 

「なぁルーラー。この家、オレとお前以外にもサーヴァントいるだろ」

「おや、鼻が効くんですね」

「流石にこんなチンケな家くらいは分かる。誰だ」

「何を警戒しているのか知りませんが……ライダーですよ。今戦闘不能なのでシオンの能力に空きができるまで拘束させていただいてます」

「そりゃあ知らないサーヴァントを隠してるんだ、不意打ちくらい警戒するだろ。戦闘不能なら殺せばいいんじゃねぇのか」

「ですから。全員生存が目的で干渉しているのです。殺してはいけないのです……と、私は何度同じ事を言わなければならないのでしょうか。まさか出番のたびに言わなければならないのでしょうか」

 

 双神家のリビングのソファを占領し寝転びながら和菓子を貪るルーラーが壁際にもたれかかるランサーにため息を吐く。

 

「そこなんだよ、オレが聞きたいのは。何だってお前らは戦争を止めようとする?自分たちが聖杯を欲するなら分かる。戦争自体をぶっ壊すってのも、まぁまだ分かる。だが戦争を始めた上で終わらせないように、なんてのは理解不能だ。だったら始まらない内に取れる手段があったはずだ」

 

 戦争を止めようとするのなら、そもそも戦争開始前にマスターを拘束するなどの手段はいくらでも取れる。なのに何故それをせず開催を待ってから行動し始めたのか、ランサーとそのマスターは疑問のようだ。

 

「ふむ。そういうものですか。まぁ……何故、の部分は答えることができませんが……それぞれの解答なら可能です。私たちは聖杯を求めてはいません。戦争は破綻してはいけません。同様に戦争は開催されなければなりません」

「……ルーラー。オレが悪いのか?開催されるって事は終結があるってことじゃねぇのか?」

「ええ。頭は良くないでしょうね。でもいつかは終わりますよ。例えば、人類が滅びる直前、とか」

「オレは割と頭キレる方だと思うんだがな」

「今の私の話で思い当たるところが無いのなら私たちの方針にも思い当たらないということです。大人しく私たちに従ってください」

「……ルーラー。今オレがお前に殺意を向ければどうする?」

 

 壁にもたれた背を放し、槍を手にするランサー。

 

「お好きにどうぞ。とは言いづらいですね。サーヴァント同士の勝負はどちらかが消えるしかない。私としては不本意です」

 

 ルーラーはそれを一瞥すると、興味が無いとばかりに和菓子に視線を戻す。

 

「テメェらがいなけりゃライダー引っ張りだしてキャスターだってぶっ潰せる。何も問題ねぇな」

「やめた方がいいですよ……LV70のランサーがLV100のルーラーにケンカを売るなど……私は特権で即死しませんし……3回ではエクストラアタックでダメージは普通に通りますよ」

「レベル?エクストラアタック?ナニイテンダ?」

 

 ルーラー、ヒロインXオルタの基準は常にFGOにあり、その中でのルールが適応される。そうなれば即死無効のルーラーに即死頼みのランサーが挑むという無茶な戦闘が起こることになる。

 

「ああ、すみません。混乱させてしまいましたか。まぁどうあがいてもこの戦争のサーヴァントでは私には勝てない、ということです」

「今のキャスター陣営でもか?」

「まぁ、所詮は星4以下の集まり、烏合の衆ですし」

「何かムカつくんだが……ならなんでこんなマネをする?お前さんでキャスターのしちまえば済む話じゃねぇか」

「先程言いましたよね。サーヴァント同士の戦いはどちらかが死ぬ。ですから私が戦うわけにはいかないのです」

「それで白羽の矢が立ったのがあのお嬢ちゃんか」

「ええ。私でもシオンでもなく、ウタネさんでなければならない」

「けど1番戦えないんだろ?セイバーのマスターと同等くらいらしいじゃねぇか」

「そうですね。それがいい、とは言いませんが……そのくらいが限度でしょうね」

「限度だ?」

「えぇ。それ以上になると私たちと変わりませんから」

「……?」

 

 ♢♢♢

 

「う……?く……!」

「もう終わりだよ。シエルさん……」

 

 全身を痙攣させ、何が起きているのか理解できていない様子の代行者を見下ろし、自分のボロボロになった体を能力で無理矢理保つ。

 既に5分を経過した。私と戦い続けるなら、もう2分前に諦めて逃げるべきだった。けれど強いからこそ彼女は戦い続けてしまった。

 

「な……に……」

「何を……?私と戦うっていうのはこういうことだよ。もう貴女は戦えない。もう黒鍵は握れない。もう拳を握れない。もう蹴れない。もう魔術も使えない。もう……変身も、できない」

 

 私という、圧倒的に劣る相手を前にして5分も戦い続けること、それは自身の精神を大きく病んでいく。パワーでなら、スピードでなら、テクニックでなら、魔術でなら、実戦でなら、私に勝てると心の底では確信している。なのに私を倒せない。この私の脆弱過ぎる体を壊すのに片手があれば十分なはずなのに、それが成せない。それが自身の無力感に繋がり、最後にはその行為……戦闘行動の忌避に繋がる。それが私のイップス。

 ……と思っていたのが私の勘違いで、VNAの面々からは私の対戦相手への抑止力だそうだ。私が全力を、能力を全開にすれば世界は終わる。そして私の能力が世界を支配するものだから私自身を抑えることは不可能、ならば相手を縛り上げて私を本気にしないように、という抑止力だそうだ。

 そんなことしなくても……とは思うけどこれに助けられたことも1度や2度じゃない。利用できるならするべきだろう。例えそれが、この戦争に関係する全てを戦闘不能にすることでも……

 

「もう、私達どころか、その辺の中学生すら倒せない。貴女はもう……貴女の全てを……失った。代行者に処理される前に……私達で保護してあげる……」



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第37話

「おかえりなさいウタネさん……誰ですか。ウタネさん、まさか拉致誘拐にまで手を出すとは……」

「待って!?」

「ほー?お嬢ちゃんも中々やるなぁ」

「違う!分かって言ってるよね!?あと貴方誰!?」

「当たり前です。で、どちら様で?」

 

 えっちゃん顔変わらないから怖いんだけど……あと誰だこの青いの。

 

「この世界での私の最初の被害者だよ。シエル、って言うらしいよ」

「たしか……カレーでしたか。何とも面倒な人を……」

「そうなの?まぁ、もういいけどね。これからは闘争心にさえ恐怖する、実に平和で温厚な人間になるよ」

「戦闘行動のみ不能になるものと思っていましたが……そこまで恐ろしいものだとは……」

「私とマトモに5分以上やりあったの、この人が初めてだしね。いやぁ、流石というか何というか……私が死なずに戦うだけでコレなんだもん。人間って大変だなって」

 

 未遂は何人もいるけど完全にこうなったのは初めてだ。戦闘ができないどころか戦意すら持てなくなるってかなり致命だと思うんだけど私だけ?

 

「……ウタネさんも人間なの忘れてませんか」

「……え?」

「え、ではありませんが……」

「私まだ人間なの?」

「いや、まぁ……種族で言うなら?」

「ああうん……」

 

 何度も死んで転生して……ヒトの世界を侵食して生きていく。それはやっぱりシエルさんの言う吸血鬼に近い生き方なんだろう。

 私が望んだわけじゃない、けれど私が求めていた道だ。

 

「う……ううん……」

「んあ、起きたかな」

「ウタネさん、とりあえずこちらへ寝かせてください」

「はーい」

 

 えっちゃんが寝ていたソファを何とも素直に開け渡す。珍しい。

 

「……え?ウタネさんが、人を担ぐ……?待って下さい、貴女、本当にウタネさんですか?」

「え?なんで……?」

「小学生に力で負け、バランスボールに吹き飛ばされ、台風の風に飛ばされるとまで言われたウタネさんが人を担いで動けるなどとはとても思えません。現在の私の情報の中では貴女は100%ニセモノです」

「ならやっていいのか?ルーラー。みすみす敵を侵入させたんだ、コイツは殺していいな?」

「ホンモノ……って証明するにはどうすればいい?」

「そうですね……ではシオンの能力を使って私の心を読み、その全てをこの場に出してください」

「ん……シオン、聞こえてた?」

 

 出していいのか、って何?私が死なずに家壊れないならいいよ。

 

「右手を前に……?で握る?こう?」

 

 物質具現化系の能力の動作なのか、謎行動をすると……大量の和菓子が湧いて出た。

 

「ああ……出すべきじゃなかったね。これはね」

「おお……!ありがとうございます、少し物足りなかったもので」

「ってなんだそりゃ!結局本物なのかよ!?」

「当たり前でしょう。仮にも私のマスターです。令呪の繋がりは分かりますよ」

「あ……そっか。それがあった」

「じゃあ何か、和菓子せびる為だけに主を疑ってみたってか」

「まぁそうですね。素直に出して貰えないので」

「……なぁお嬢ちゃん、今からでもオレと契約する気ねぇか?絶対今より良い契約になるぜ?」

「んー、私サーヴァントと契約する気無いからいいや。協力してくれるなら使い潰すけども」

「そいつと契約してんじゃねぇか」

「私が喚んだんじゃないもん。勝手に強制契約されただけだし。貧乏くじどころか死神だよ」

「失礼な。あのプレシアさんですら出張っているというのにあなた方だけが逃れられると思わないでください」

 

 プレシア……ホントに戦争する気あったんだ。てっきり無理矢理やらされてるものとばかり……

 

「どーせ私みたいに縛り無しで皆殺ししてるんでしょ。楽なもんだよ」

「全員同じ条件です……アインスさんはかなり順調に進みそうですよね。貴女達と違って」

「まぁアインスだしねぇ。1番人柄良いでしょ」

「ですね。ではウタネさん」

「ん」

「後2時間すればキャスターへ強襲をかけます。それまで寝てて下さい」

「みゅ……なんか私のマネージャーみたいね」

「その為にわざわざ来ましたので。1番信用無いですよ、ウタネさん」

「……おやすみ」

 

 分かってはいたけども。シオンいるからいいじゃんさぁ。

 

 ♢♢♢

 

『いいですか、まずランサーが正面にいる見張りのアーチャーを引きつけます。その間に私と衛宮さん、人間、アマゾンが隠し通路から潜入し、私がセイバー、衛宮さんとアマゾンで葛木、人間が何やらキャスターを無力化できる奥の手があるそうなのでそれ。です。何かあれば』

『この前のボロ小屋じゃないんだね』

『あ……すみません、報告ミスです。キャスターは戦争の前提を覆し監督役を強襲、教会に取り付いてしまいました』

『りょーかい。したらば私の役割は?』

『シオンの能力で全体をできるだけ詳細に、かつリアルタイムで把握することは可能ですか?』

『……うん、できるっぽい』

『ではそれを使ってください。そして誰かが死にそうになれば時間を止めるなりして介入をお願いします』

『それだけ?』

『あとは……先ほど提示した以外の戦力へ備えていてください。例えば教会。シエルさんが捕獲され、監督役が抹殺されたとあれば追加戦力を寄越しても不思議ではありません』

『分かった。そっちは最悪死んでもいいよね?』

『シオンの判断に任せます。私もそこまでは』

『はいー。じゃあその2つ以外は無視するよ?』

『……まぁ、はい。シオンの意見も聞いてくださいね』

『私、マジで信用無いかな?』

 

 ……とのことだ。今はなんやかんやで拮抗してる状態らしい。シオンが見えてるだけで私は一切状況が分からない。

 

「むー、このままじゃランサー、アーチャー殺しちゃわない?」

 

 教会外、現状把握のために使ってる能力の空いた1枠で隠密能力を使い、ランサーvsアーチャーを肉眼で見てる私だけれども、その実力差から言ってランサーがアーチャーに近接戦で負けることは無い。

 ランサーが宝具を使えば……次の瞬間にはアーチャーが死ぬ。

 それでもなお、シオンと私の未来視はアーチャーの死を読み取れない。

 つまりは……ランサーの宝具を何らかの形でアーチャーは防御、回避する。

 

『お前も俺を……お前らは俺をなんだと思ってんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!うおぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』

『……ッ!?』

『……全呪開放……さて、殺すか……』

『なんだ、その姿は……!』

 

「え、ナニアレ、ねぇシオン、ナニアレ」

 

 何やらランサーがブチギレ、漆黒に包まれたと思えば謎のトゲトゲを纏って低い威圧的な声を発している。

 ん……これはアーチャー、死んだ。

 シオンの返答も不明ばかり。どうも霊基に乱れ、変質があったらしい。えっちゃんのせいでカルデアのなんやかんやが影響したのだろうとのこと。シャレならん。

 

『絶望に挑むがいい……抉り穿つ(ゲイ)……』

 

 ランサーは無造作に槍を引く。両足を踏ん張り、魔力を集め、限界まで腕を振り絞る。

 それでもなお高まりそうな構えに、私の勘がアラートを鳴らす。

 

「っ!交代!」

「いくぞ!世界(ザ・ワールド)!」

 

 やってられん。恐らくはカルデアのバーサーカーのクーフーリンだろう。

 その槍たるや全てを屠らんとするばかりだ。

 時間を止め、即座にアーチャーを庇う様に移動する。

 停止時間中にあの槍をどうこうするのは恐らく不可能。投擲前に槍を破壊するかランサーを殺すなら止めることは可能だがそれは選択として最終だ。放たれた槍を完全に受け止める。それしか無い。

 能力1つではどうにもできん。卿たちへの監視が切れるが後だ。今はこれをどうにかしないとな。

 

「まず追尾対策……破幻の瞳。サーヴァントや宝具の存在自体はそのままだが、心臓破壊や追尾の特殊効果は無力化される。そして物理的な防御……もいらねぇか。レインの幸運ならな」

 

 猛毒を飲んでも運良く死なない、複数投擲されたナイフが全て運良く自身を避けて飛ぶ。そんな不条理を体現した様な幸運の高さ。恐らくオレにも後ろのアーチャーにも当たらずに済むだろ。最悪オレなら治癒はできるしな。破幻で魔槍の能力を剥いで無いとランサーに当たりかねんのが何とも恐ろしいな。

 

「5秒経過……時は動き出す」

 

 ズドン、と槍が垂直に地面に突き刺さり、その衝撃でオレの身体が少し浮く。

 

「「……!?」」

「そうはならんやろ……なってるけどな……」

「ルーラーのマスターか。何のつもりだ?まさか、私を庇ったのか?」

「そりゃあそうだろ。変なことしやがって」

「余計なお世話だ。今私は君と敵対している勢力なのだからな」

「死にたいのか?」

「……」

 

 地面の槍を引き抜いてアーチャーへ向ける。

 返答は無い。戦意もなさそうだ。

 

「……分かっているだろうが、キャスターが存外苦戦している様だ。セイバーを手中にして尚、凛を上回れなかった様だ」

「卿もいるからな。セイバーがあいつに勝てるかよ」

 

セイバーを殺す奴を殺す奴がセイバーに負けるはずもない。

 

「そういう訳だ。私はキャスターの元へ向かう。君は彼を止めておくといい」

「……すぐ追いつく。オレ達に逆らうな」

「ふ、ならば急ぐことだ」

 

 アーチャーが霊体化して消える。

 さて。何を言ったか知らんがバーサーカーになったランサーをどうにかしないとな。

 

「止められたのか、俺の槍は」

「ああ。運良く地面に突き刺さるという結果でな」

「変わらない。殺すだけだ」

「それは無理だ……お前の筋力を100とするなら、オレは0と1の間くらいだろう」

「……?」

「スピード、パワー、テクニック。全ての基礎スペックにおいてお前がオレの遥か上を行く。だがお前はオレに勝てない」

「あ……?」

「お前が勝てない理由その1。オレはお前の未来が全て視える。オレ固有の未来視と、姉さんのカン。それを擦り合わせればより遠い未来をほぼ確実なまま予知することができる。これでオレとお前らサーヴァントの経験による予測を完全に上回った。動作の読み合いではオレに勝てない」

 

 同じ未来視を持つ相手になら劣化品のこちらが負けるが、それならそれで能力1つを使えばより精度の高い……なんなら測定系さえ使える。何にせよ未来においてオレ達は負けない。

 

「なら、それを俺が追い越すだけだ」

「っと……!」

「形勢逆転だ」

 

 持っていた槍が消失、ランサーの手に戻る。

 次の瞬間にはオレに向けて槍が飛んでくるが……

 

「……あ?」

 

 槍は後方の教会の壁を抉るだけに留まった。

 

「キング・クリムゾン……時間をほんの少しだけ消し飛ばした。これがお前が勝てない理由その2。オレにあらゆる攻撃は通用しない。今の様に攻撃される瞬間さえ予知できていれば、その時間だけを消すことができるし、攻撃そのものを透過することもできる。能力2つを防御に回すなら、オレは神話大戦のド真ん中でも昼寝ができる」

 

 さっきの幸運、キング・クリムゾン、神威、世界……挙げればキリがない程に攻撃を受けない能力がある。

 

「そしてお前が勝てない理由、その決定的なものがコレだ」

【】

「な……っ!?」

「このフタガミウタネの存在だ。姉さんの言葉は物質を思うままにする。今はお前の周囲数メートルの空気が鉄の硬度になっているようだ。ただの鎖やらならお前らでも簡単に脱出できるだろう。だがその一帯の全てが鉄なら?身動きひとつできないその状態から逃げる事は不可能だ。予備動作無しで鉄の中を動くことは不可能。土なんていう柔らかい物質にさえ、埋まると身動きひとつできないんだからな。霊体化しても無駄だぞ。姉さんのは霊体を掴む様にもできるらしいからな。じゃ、しばらくそこにいてくれ。キャスターが殺されるかもしれんからな」

 



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第38話

「……何のつもりかな、ルーラー」

「こちらのセリフです。アーチャー。キャスターもそのマスターも、殺すことは許しません」

 

 教会地下の一室、階段上に立つアーチャーとその周囲に浮かぶ無数の刀剣。それが階下の戦闘をいつでも終わらせると見下ろしていた。

 

「私は最も勝算の高い方に立つ。キャスターも葛木も手負いの状況だ。セイバーも君が抑えている以上、始末するなら今が好機だと思うがね」

「この状態で死んでいいのはプライムを受けたシンジさんだけです。彼だけ運悪く貴方の流れ弾が当たってしまっているではないですか」

「流れ弾なもんか!ルーラー!君は僕だけ庇うつもりがなかっただろ!」

「能力無しのシオンに勝てない部外者なんてどうでもいいですからね」

「なら何で慎二を戦いに誘い入れた!」

 

 非難する慎二にさも当たり前と言い放つルーラーに、士郎は苛立ちを見せる。

 

「貴方の盾になればと思ったのですが……気に入りませんでしたか」

「気にいる訳ないだろ!この俺が!」

「……そうですか。でしたらそこのアマゾンは用済みです。大人しく帰って今まで通りの加害者生活を送って下さい」

「……!そんな言い方しなくてもいいだろう……!」

「何か違いましたか?私は元ヴィランです。その生き方がどうこうは言いません。ソラの考えからしても貴方は人理にそう大きな影響を及ぼしません。どちらにせよどうでもいい存在です。生き延びたければ逃げればいいです。アーチャーに殺されなければ、ですが」

「それは不可能だ。この中にいる限り私の必殺圏内。サーヴァントであるならこれらを防ぎながら私を倒せばいいが……現状、ルーラー以外は消耗が大きくそれをするだけの魔力は無い」

 

 唯一の出入り口を、しかも階段という唯一の道の上から防ぐアーチャー。この場から逃げるには、アーチャーの上からの攻撃を防ぎつつ階段を登り、アーチャー自身を突破しなければならない。

 つまりは、この場にいるルーラー以外、不可能に近いという訳だ。

 

「……とりあえずキャスターさん。現状は理解されていると思います。死にたくなければ……マスターを死なせたくなければ、私に協力してください」

「それしかないようね……どうするのかしら?」

「貴女は自身のマスターと共に自衛をお願いします。守りに徹すればアーチャーの攻撃は防げるはずです」

「ええ……あの子たちは構わないのね?」

「貴女にもそこまで余力は無いでしょう。彼らは私が守ります……衛宮さんたちは私の後ろへ。セイバーさんも無理はしないよう」

 

 キャスターは自身の周囲に防御結界を敷き、攻撃に備える。

 ルーラーは3人を背後に庇い、セイバーの隣へ。

 

「ふん、守り一辺倒かね。現状打破するならば今のうちだと思うぞ、凛。長引けば長引くほど……」

 

 アーチャーが腕を振るうと、周囲の刀剣が一斉に階下を襲う。

 

「く……!」

「はぁっ!」

「消耗するのは君たちだ。次第に追い込まれるだけだぞ」

 

 ルーラーとセイバーが迎撃するも、圧倒的な数に幾らかの負傷を避けられない。数度繰り返せばまともな行動すら不可能になるだろう。

 そして、ルーラーが力尽きればアーチャーの攻撃を防ぐことはできなくなる。

 

「アーチャー!お前はマスターの遠坂を裏切ってまで勝ちたいのか!」

「……衛宮士郎。お前は何か勘違いしている。私は別に凛を殺す気は無い。キャスター、セイバー、ルーラー、これだけの戦力を最小の労力で排除できればそれでいい。だがやはり、お前も殺しておかなくてはな。サーヴァントを失ったとしても、正義の味方などという甘い理想の元でお前は何かをやらかすだろう。無関係の市民を巻き込む何かをな」

「なんだと……!」

「力無き者は強き者に従うしかない。お前の掲げる正義が、罪なき弱者にとっての悪となることもある。正義の味方など、この世にありはしないんだ」

「違う……違う!トレース・オン!」

「衛宮さん!?」

 

 士郎が木刀を強化し、ルーラーの静止を振り切って階段に走る。

 

「未熟な魔術を使うのも限界だろう」

「ぐ……っ!があぁぁっ!」

 

 二振りの刀剣が飛ばされ、一つ目の剣に木刀を合わせるも持ち堪えることなく粉砕された。

 そして二つ目の剣により右脹脛を貫かれ、階段を転がり落ちる。

 

「衛宮士郎。お前は甘い。死にたくなければそのまま魔術を捨てて大人しくしていろ。それ以上抵抗するなら今度こそ殺す」

「……俺は!聖杯戦争に勝ちたいわけじゃない!魔術を極めたいわけでもない!ただ俺は正義の味方になる!魔術はその為の力、その為の覚悟だ!」

「ふん……くだらん」

「今の俺が敵わないなら、敵う力を使うだけだ!ぐぅ……っ!投影……開始!」

「……!」

「これで……!がはっ!お前と……同等だ!」

「確かに……系統としては同じだな。だが、その程度の力では……」

 

 士郎が投影した刀剣と全く同じ物をアーチャーが生成、投擲する。

 

「ぐわっ!」

「私の足元にも及ばない」

 

 触れ合った剣は一瞬持ち堪えるも砕け、魔力に還元されて散る。

 

「衛宮さん!それ以上は無理です!貴方の身体が持ちません!」

「そんなことで!諦めない!」

「正義の味方というなら、私が最もそれに近い」

「ふざけるな……必要なものしか救おうとしないお前を、正義の味方なんて認めない!例え自らを滅ぼしても、誰から嫌われようとも!1人でも多くの人たちを救う!それが正義の味方だ!」

 

 刺さった剣を抜き、立ち上がりながら言い放つ士郎のポケットの中から何かが光を放つ。

 

「……っ、これは……?」

「衛宮さん!これを!」

 

 士郎が取り出したのはシオンから投げ渡されていたウォッチ。色の無いまま受け取ったそれが、今は明確に色を表している。

 それを見たルーラーが士郎にジクウドライバーを投げる。

 

「ベルト……?」

「シオンから預かっていました。もしものことがあれば、と。使い方は、分かりますね?」

「……ああ!」

《ゲイツ!》

「変身!」

 

 ジクウドライバーへゲイツウォッチを装着、コンパクトなフォームで即座に変身する。

 

《仮面ライダーゲイツ!》

「はあっ!これなら……行くぞ!アーチャー!」

《ジカンザックス! You!Me! 》

「はぁっ!」

 

 プライムを完全に受け取ることで能力の使い方を理解した士郎がゆみモードでアーチャーへ攻撃を仕掛ける。

 

「……甘い」

「く……」

 

 しかしそれもアーチャーに相殺される。

 

「お前では私に届かない。それがまだ分からないか?」

「黙れ!」

「同じだが格が違う。2人の救い手の力は、お前が生涯持ち続けるものだ。1人目から受け継いだ魔術はお前の努力次第で改善されていくだろう。だが2つ目の能力は不全だ。正義の味方になるには足りない」

「知った口を……お前に俺の何が分かる!」

《タイムチャージ!》

 

 士郎が飛び上がり、アーチャーを正面に弓を構える。

 

《5・4・3・2・1……ゼロタイム!!》

 

「てぁぁぁぁぁぁぁ!」

《キワキワ撃ち》

 

 階段柵ごと巻き込んだ攻撃は爆発とともに煙を起こす。かすかに見えるアーチャーの刀剣は次第に消えていく様に見えた。

 

「よおおおぉぉぉぉぉし!よくやったぞ衛宮!これで奴も木っ端微塵だ!」

「うるさいわよ慎二!私のアーチャーが……!」

「うるさいとは何だ!僕たちは殺されかけてたんだぞ!」

「そんなことどうでもいいわよ!私が殺されるわけないでしょう!?」

「っ!大体君はその傲慢な性格をどうにかした方が良いと僕は思うけどね!」

「何ですって?貴方如きがよくこの私に向かってそんな口が……え」

「アーチャーは……存命ですよ、皆さん」

 

 アマゾンと魔術師の小競り合いを中断するように電子音が響く。

 

《リ・バ・イ・ブ剛烈! 剛烈!》

 

「な……」

「アーチャーがシロウと同じ力を……?」

「アーチャー……まさか、お前の真名……」

「仮面ライダーゲイツ。預言者に渡されたこの力、それはこの身の未熟な魔術を補い、より高めるに最適な能力だった。そして、世界に身を売り渡したその瞬間から手にしたのが真の救世主としてのこの力だ」

 

 ゲイツリバイブ。ゲイツウォッチとゲイツリバイブウォッチによる仮面ライダーゲイツの強化フォーム。リバイブ剛列とリバイブ疾風により圧倒的パワーとスピードを発揮する。

 

「く……シオンはまだ……っ!衛宮さん!どいて下さい!我が暗黒の光芒で……」

 

 緊急事態を察したルーラーが士郎を押し退け宝具を起動、ネクロカリバーが怪しい光を放ちながらルーラーと共に飛び上がる。

 

「遅い」

《スピードタイム! リバイリバイリバイ!リバイリバイリバイ!リバイブ疾風! 疾風! 》

「な……きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「ルーラー!?」

 

 全開のルーラーが瞬間にして階段と反対側の壁に埋まる。

 

「バカな……あのルーラーをいとも容易く……」

 

 キャスターの指揮下で多少弱っていたとはいえ最優とされるセイバーを完全に動きを封じるように、かつ傷付けずそれを実行するという難題をこなしていたルーラーだが、それが宝具を発動したにも関わらず反撃すら出来ずに沈んだ事実に驚愕するセイバー。

 

「いかにルーラーといえど、特権が働くのはサーヴァントのみ。となればこの能力と平等に戦うことになる。ならば時間を圧縮して加速する疾風に反応できるはずもない」

「時間を……圧縮……」

 

 階段下へ、士郎たちと向き合うように着地したアーチャー。

 

「衛宮士郎、お前が生涯を費やし、世界に身を売り渡した瞬間、お前は正義の味方となれる。その存在全てを費やし人々のために最善を尽くす。その時よりお前はこの力を手にすることになる。人間では多大な負荷を強いるこの力だが、サーヴァントならば問題無く使えるからな」

「お前は……いや、俺は、この戦争に何を望む!こんな殺し合いに参加する理由なんて無いはずだ!」

「理由なら十分にある。お前が望むものは今も未来も変わらないからな」

「……世界平和、か」

「簡単に言えばそうだ。幼稚だが私にはそれしかない。世界が恒久的に平和であるならば、それが私にとって唯一最大の願望だ」

「……」

「理解したならキャスターを始末しろ。サーヴァントは既に死人、死には数えない。私が聖杯を手にすることが世界を救うことだ」

「分かった……」

「シロウ!?」

「お前は正義の味方なんかじゃない!言ったはずだ!必要なものしか救おうとしないお前は!正義の味方じゃないってな!俺はセイバーもキャスターも助ける!この戦争で誰1人死なせない!」

「ふん……くだらん……ッ!?」

 

 攻撃しようとしたアーチャーが階段上から銃での狙撃を受ける。

 

「ふん、カッコいいじゃないか、衛宮士郎」

「シオン……」

 

 シアンカラーの銃をクルクルと回し、シオンが階段上から薄く笑う。

 

「ランサーはどうした。まさか殺したわけではあるまい」

「ふん、何故ああなったかは知らんがオレ達相手にどうこうなるわけがないだろ……まさか肉の芽か?だったらオレの言うこと聞け……いや死んでるからオレの権限じゃないのか……」

「く……シ、シオン、アーチャーが……」

 

 ブツブツと腕を組んで考え始めたシオンにルーラーが声を振り絞る。

 シオンはそんなルーラーを見ても平静を崩さず、より警戒するように周囲を見回す。

 

「ま、状況は大体分かった。とりあえず我が救世主、プライムを受け取って貰えたようで何よりだ。そこでオレからのプレゼントだ、受け取れ」

 

 シオンがどこからか取り出した大量のカードを投げる。

 それは士郎の目の前で重なり合い、別のアイテムへと変化する。

 

「これは……?」

「真の救世主だそうだ。ほら、さっさとしないと殺されるぜ?」

「……!いくぞ!」

「く……させん!」

「させてやれよっと」

「くっ……」

 

 アーチャーが再び超高速の攻撃を行おうとするが、それを予知していたシオンの銃撃に止められる。

 それだけの隙があればプライムの動作に支障は無い。

 

《ゲイツマジェスティ》

「変身」

《マジェスティタイム! G3・ナイト・カイザ・ギャレン・威吹鬼・ガタック! ゼロノス・イクサ・ディエンド・アクセル! バース・メテオ・ビースト・バロン! マッハ・スペクター・ブレイブ!クーローズ! 仮面ライダー!Ah~! ゲイツ!マジェースーティー!》



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第39話

 荒れ果てた荒野。

 崩れ落ちた建物。

 恐れ怯える人達。

 

 そんな世界を、幾たびも想像し、思い出し、分析した。

 あの時の自分がどれほど無力だったか。どれほど儚い存在だったか。

 圧倒的な災害に飲み込まれ消えていく人々の1人でしかない、世界にとっての有象無象の1人。

 そこから救い出されたのなら、それこそ自分が為すべき宿命。存在全てを賭けて、人々を救うこと。

 

 それが──理想。

 現実は──身近な誰かの、自分の力で救えるマイナスを望むこと。

 

 自分のできる範囲で……自分で支配できる範囲の中で絶対的、それでいてあくまで受動的な立ち位置を維持していた。魔術を持たない一般の人間相手に、魔術を持って物事を解決するのだから、それは絶対的かつ、悟られないもの。

 自分のできる範囲で、自分の解決できる範囲での悪を望む欲求。自分の手が届く範囲での悪を全て裁こうとする欲求は、即ち……自分より弱い、それでいて自分の周囲を脅かす都合の良い悪の存在を望むこと。

 

 ──それは、受け継ぐべき、受け継いだ正義の味方の在り方ではない。

 悪を倒し、平和が実現した瞬間を演出するのではなく。

 悪が存在しない世界を守り、平和を維持し続けること。

 

 ──僕がこの地で流す血を、人類最期の流血にしてみせる。

 ──命を捨ててでも!守りたいものを守る!それが!救世主のあるべき姿だ!

 

 受け継ぐべき正義を、再認識した。その為の力を、手に入れた。

 過去から今、今から未来へ繋がる平和を背負う覚悟を、決めた。

 必ず自分が、その世界を実現してみせるという、覚悟を。

 

 ♢♢♢

 

「バカな……」

「……」

 

 アーチャーが驚愕する。

 シロウがゆっくりと拳を握る。

 オレが投げ捨てた無数のカード。それらが重なり合って作り上げた真の救世主。ゲイツマジェスティ。

 

「……」

「く……」

《スピードタイム!》

 

 沈黙を守ってアーチャーへ歩み寄るシロウにアーチャーが時間加速を発動、超高速でシロウに迫る。

 

「……」

《Gatack》

「クロックアップ」

 

 シロウがガタックのウォッチを起動、自身を別の時間軸へと移し、リバイブ疾風の速度を超える。

 

「ぐ……!?」

「これが救世主の力……世界を救う力、か」

 

 捉えられないはずの超速移動を捉え、アーチャーを攻撃する。

 

「お前如きが……」

《パワードタイム!リ・バ・イ・ブ剛烈!剛烈!》

 

 スピードでは勝機がないと見たのか、アーチャーがリバイブウォッチを反転、パワードタイムに切り替える。

 

「……」

《Diend》

《カメンライド・クローズ》

《ファイナルフォームライド》

《ク・ク・ク・クローズ!》

《クローズマグマ!アーチャチャチャチャチャチャチャチャチャアチャー!》

 

『よっしゃあ!』

「行け」

「ぐ……っ!はぁっ!」

 

 シロウが変身したゲイツマジェスティが呼び出したディエンドが呼び出したクローズがクローズマグマに変身しアーチャーの変身するゲイツリバイブ剛列を力押ししていく。

 呼び出されたディエンドの援護射撃もあり、アーチャーには手も足も出ない状況が作り出されていた。

 

「アーチャー。俺は正義を成して見せる。必ず。だから、引いてくれ」

「ふ……他に負けるならばともかく、自分に負けるのを良しとする俺ではないだろう」

「アーチャー……」

「それに、ここまで明確に敵対したんだ、もう和解は無い」

「そんな事はない。お前が俺だって言うなら、お前の言葉は信用する」

「ふっ…… I am the bone of my sword……」

「アーチャー!」

 

 シロウの言葉はアーチャーを止める事はできず、アーチャーが持つ能力のもうひとつを解放する。

 

「UNLIMITED BLADE WORKS!」

 

 アーチャーを中心に炎の円が広がっていき、世界を塗り替えていく。

 

「固有結界……ふん、オレまで入れてよかったのか?」

 

 どこまでも続く赤い荒野。アーチャーの心象風景を具現化した世界。

 無数に突き刺さった剣は墓標。幾たびも戦場に出向いたアーチャーがその生涯を、そしたその後座に登録されて以後も蓄積し続けてきた無限の剣。

 剣という範囲のみで見るならば、オレの能力に近いものがある。

 結界に入れなかったのか消えたのか知らないが、ディエンドとクローズは姿が見えない。

 

「……ヴィーナスは、私にとっても倒しておかなければならない存在だからな」

「またソレか。無理だってんだろ。オレがソレ使ってんの見てただろ?」

「ああ。お陰でライダーの宝具が受けられることが確認できた。後の脅威はバーサーカーだけだ」

「んで?そのバーサーカーはどーすんだよ」

「さて。私がそこの救世主とやらと同じだと言うことから分からないかね?」

「なるほどね。選択肢有りの穴埋め問題してるようなもんか」

 

 コイツが真に、この世界の衛宮士郎と同一人物なら、既にコイツはこの戦争を勝ち抜いている。そして何らかの手段によってバーサーカーは既に攻略可能だという事。ランサーの時の謎の余裕もオレ達の作戦を知っていればオレが割って入ることも想定していれば納得もできる……卿を戦闘不能まで追い込んだあたり、対応可能なサーヴァントとそうでないのがまだあるらしい。セイバーが召喚された日、卿に容易く斬られたのも同盟に持ち込むため……

 ある種、オレ含め戦争関係者はアーチャーの手のひらで転がされてたってわけだ。

 

「だったら……こういうのはどうかな?」

 

 能力を選択すると、身体から黄金のエネルギーが放出される。

 

「聖光気という、純然たる闘気のエネルギーだ。本気で放出すれば外の部屋くらいは崩れ落ちるだろうな」

「関連が見えないが?」

「ふっ……はぁっ!『気鋼闘衣』!」

 

 オーラが形を持ち、黄金と白を基調とし全身を覆う防具となる。

 

「コレがお前のリバイブ剛列と似たようなものだ。防御力ならかなりのものだぞ?」

「ならば、当然……」

《リバイリバイリバイ!リバイリバイリバイ!リバイブ疾風!疾風!》

「こちらも対応するのだろうな!」

「当たり前だ。気鋼闘衣には防御と攻撃の2パターンがあるんだよ!」

 

 リバイブ疾風の発動を見切り即座に防具を変更し、背後に迫っていたスピードクローを殴り返す。

 

「く……」

「一巡、体験してるってことはオレや卿の事も知ってるな。そしてその戦力も。それを踏まえて!お前はゲイツリバイブと無限の剣製だけでオレに勝とうってのか!」

 

 正体を表すのなら、もっと後でも良かったはずだ。

 例えばオレ達がおおよその陣営を説得し、残り1組になった場合。オレ達とそれが対立している隙をついてオレから仕留めれば望む世界により早く近づけたはず……

 

「まさかお前……全部知ってんのか、オレやこの体について……」

「さてな。私が経験した戦争でも君たちだけがその全容を測りきれなかった。私にとって何より危惧するべきは君たちの全力だった。だがプライムの存在は私も受け取った立場だ。知っていたよ。しかし何故、私にはあのウォッチが渡されていないのか、それが今怒りになっている」

「……さぁ?何故ってもなぁ……気が向かなかったんじゃねぇか?」

「……」

 

 まぁノリで渡されたってなら怒るかねぇ……どうでもいいが。オレにとって重要なのは戦争がどうなるかであってコイツら個人の感情なんてのは全く考慮する価値が無い。

 ……だが待て、アーチャーがこの戦争を経験したこの世界のシロウだとするなら、何故コイツは英霊になっている?オレの全容を測れなかったのなら、何故コイツは英雄として死んでいる?

 オレの目的は誰も死なせず戦わせないこと。それがオレのこの世界でのクエストになった。そのクエストが達成された時点でおそらくオレと姉さんは別の世界へ転生ないし神の間で待ちぼうけを喰らう。だが他の奴らはその後もこの世界での生活が続くはずだ……

 

「アーチャー、お前……後悔って言葉に関して、何を思う?」

「……?私とは最も縁遠い言葉だが」

「……とある人が言った。やらない後悔よりやる後悔なんて言葉は、やってしまった後悔の味を知らない、無責任な第三者の言葉だ、とな」

「そうだな」

「そしてこうも言った。だが、1番良いのは、やって後悔しないことだ、とな」

「当たり前だ。したい事をして望む通りの結果を得られたのなら、それが1番だ」

「お前がソレだってのがよく分かったよ。お前はマジに後悔なんてしてない。お前はマジに世界平和を為そうとしてる。お前はマジにこの戦争をぶっ壊そうとしてる」

「え……」

「何……?」

 

 何騎か残す選択肢ができた時、セイバーとアーチャーをまず入れたが……アーチャーは真っ先に消すべきだ。バーサーカーより優先して消さなければ卿の……神の望みは叶わない。

 

「ふっ……」

《フィニッシュタイム!》

「ちぃ……!」

 

 スピードタイムのフィニッシュタイムはオレ以外は対応不能だ……そしてオレの能力は時間停止しようが同じ系統にあるリバイブには意味が無い……それを踏まえると複数人を同時に守ることは不可能……

 

《百烈タイムバースト!》

 

 かくなる上は……

 

「多重影分身!縮地法!」

 

 聖光気を解いて分身、即座に分身をそれぞれの元に飛ばす。

 

「「「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」」

「……おのれ、オレが渡したプライムとはいえ分身体のオレを……!」

 

 リバイブ疾風のフィニッシュタイムを全てオレの分身体で……一撃に対し1人を生贄にすることで受け切った。

 そしてこれは失敗だった……タイムバーストはおおよそ百連撃。つまりはオレの分身体は100体は死んだ。多重影分身は等分され、消滅すれば戻らない。この時点でオレの魔力は100分の1、能力負荷も相当だ。

 

「く……」

「防ぐだろうな。それが君だ。だが……これでシオン。君は無力化された」

「な……まさかシオン!」

 

 膝を付いたオレに卿が叫ぶ。

 

「あのランサーを相手にも能力を使っただろう。そしてプライムの譲渡、この結界内での能力の複数使用。最後の能力使用が決定的だったな」

「……ルーラー、少しは回復したか?」

「え……はい。ですがこの結界内ではまだ戦力には……」

「シオンを頼む。俺の問題だ、俺がカタを付ける」

「……できるのですか、あなたに」

「できるさ。俺が正義の味方で、救世主だっていうんなら」

《night》

《accel》

 

 シロウが槍と剣を取り出す。左右に大きく広げられた構えはフィオナ騎士団の雄に似たもの。

 

「あくまでお前だけの正義を貫くつもりか。私が勝てば万人の望む正義たり得るものを」

「俺が選ぶ俺の道だ。それを正面から歩いて何が悪い」

「ふっ、それが若さだ、未熟さだ。お前の身勝手が弱者を踏みにじり、強者を撃ち砕いた。お前が得たものは正義でも平和でも無い、ただこの結界の様に焼けた荒野だけだ」

「それでもお前は後悔してないんだろ。だったら、俺にとって正解だ。俺が目指す正義はこれなんだろ。だったら、お前を殺してその未来を塗り替える!」

「ふん、来い、衛宮士郎!武器の貯蔵は十分か!」

「行くぞアーチャー!お前の過去は俺が貰う!」

 

 力と技で振るわれる二振りに迎え撃つ爪と無数の剣。

 無限の歴史と無限の戦場が衝突する。



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第40話

「う……ここあ……?」

「目が覚めましたか」

「うぅ……すみません、ここは……きゃぁぁぁぁっ!?」

「ど、どうされました?どこか痛みますか?」

「な、ななななななな……!」

「……?な?ナイスタイミング?」

「あ、ああああああ、あし、足が……!」

「ああ……失礼しました。私の足はシオンが戻らないと繋がらないのです。すみませんが、このままで」

「は、はぁ……」

「シエルさん、ですね?体調はどうですか?」

「え、ええ、体調は全く問題ありません……貴女は?」

「失礼。私はサーヴァント、ライダーです。では記憶や経験に関してはどうでしょう。自分の今置かれている状況が理解でき、納得できていますか?」

「え、ええと……」

「少しの疑問でも構いません、あれば……その辺の紙にでも書いてください。後でシオンに見てもらいますから」

「……」

「無さそうですか?でしたらそうですね……冷蔵庫など好きにして貰って構わないので、しばらくこの家に居て頂けますか?」

「いえ、そうではなく……貴女は拘束された状態で、私に攻撃されるとはおもわな……うぅ……!?」

「……以前の埋葬機関としての誇りでしょうか、正義感、正直さでしょうか。無理をしないで下さい。貴女は既に闘争心を抱くことにさえ苦痛を感じる程に……誰かを害するなどの思考にすら嫌悪感を抱いてしまうのでしょう。私が貴女を害することはありません。ヴィーナスが貴女をこれ以上どうこうする気も無いと証言されてます。元居た組織には戻れないでしょうが……ヴィーナスの庇護下にある限り心配は無用でしょう」

「ヴィーナス……そうだ、私がここへ来た、目的……!」

「……」

「うぅ……!ヴィーナス……!フタガミウタネ……!私が……あぁっ!」

「……」

「そうだ……ぅ、貴女、ヴィーナス……の居場所を……教え、なさい……!さもなくば……」

「……」

「このこっ……!うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!????」

 

 ♢♢♢

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

「ハアッ!」

 

 無限の荒野に舞う無限の刀剣。

 その中心で赤と赤が火花を散らす。

 

「フン……」

「おおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

 槍と刀の二振りを頼りに無数に飛ぶ刀剣に挑むシロウだが、次第次第に遅れが出てきている。

 シロウの最大手数は2。対してアーチャーはその宝具により手は無限に等しい。どれほどマジェスティのスペックがアーチャーの宝具のスピードを上回ろうとも、手数が増え続けていく限り限界がある。

 

「な……」

「終わりだ」

 

 トドメとばかりに宙に解き放たれたのは誰が持てるのかと言わんばかりの巨大な剣。光の巨人でも呼び出すつもりかと突っ込みたくなるそれが数本、上空からシロウを襲う。

 

「く……!」

《フィニッシュタイム!マジェスティ!エル・サルバトーレタイムバースト!》

 

 刀と槍を投げ捨て、空いた右手に複数のエフェクトが重なる。

 自身に命中する剣に向かってそれを放つと、その衝撃で他の刀、卿やアマゾンたちまで吹き飛ばされる。

 

「ぐ……くそ……!」

「これが力の差だ」

 

 致命傷は避けたもののプライムの重ねがけはダメージが大きいのか変身解除されている。

 シロウは膝をつき肩で息をする限界に達していた。

 

「何で……お前はそこまでする!お前の望みが叶うなら何をしてもいいわけないだろ!」

「正義の味方のすることだ。弱者は甘んじて受け入れる」

 

 リバイブを解除して、例の双剣を引き抜くアーチャー。

 

「正気じゃない……!」

「正気?正気で正義の味方を志す者はいない。世界を救う英雄になり……世界から拒絶されても尚、英雄であり続けたいと望むような狂気だからな」

「なんだと……?」

「弱者は強者に従わざるをえない。戦場において救われるべきは常に弱者だ。それに対立する強者を力で打ち倒した私が、その後どうなるか分かるか?」

「……」

「自分が打ち倒した強者にすり替わるのだ。救ったはずが恐れられ、避けられ、迫害される。戦う力を持つ者がいない世界を目指すなら、その者たちを殺さなければならない。それを小規模とはいえ成した。その結果が、救った人間に殺される結末だ」

「……」

「世界を救う、それはどうあっても曲げられない。正義の味方という存在は、私は……俺は、この世界の何処に居ればいい。お前を救ったあの男、衛宮切嗣は旅をよくしていたな。同じ場所に留まり続けられない、その行動は今の俺と同じなんだと思うようになった。真相は知らないが、切嗣は俺たちに嫌われるのを避けたかったんじゃないかとな。いずれ避けられる弱者なら、できるだけ関わる時間を減らそうと……」

「……オヤジが、そんな事を……?信じない。信じられない!」

「お前が正義を志したその日から、お前の居場所は失われた。この世界のどこにもな。そんな俺はどうしたらいい?簡単だ。より強い者を殺して、繰り上がった者を殺して……最後の1人になった俺が死ねばいい。だから……聖杯は、必要だ」

「お前が死ねばいいだろ」

 

 ついぞ聞くに耐えなくなった妄言につい口をつく。

 

「なんだと?」

「お前がそれを分かってんなら自分で死ね。居場所が無いなら死ね。必要無いなら死ね。多くの犠牲の上に動く無意味なら死ね。何の損益にもならん存在なら死ね。それができないなら何もするな。部屋に引きこもって一生寝てろ」

 

 我慢の出来ないやつだ。自分の事しか考えていないやつだ。世界に存在する圧倒的大多数と自分を天秤に掛け自分を取った傲慢なやつだ。

 

「正義の味方になる。それが世界に不要と分かったならやめろ。お前は世界を救いたいんじゃない。世界を救う正義の味方になりたいだけだ。そんなやつが正義を口にするな。要らないなら死ね。消えろ。自分の理想を自分の中で永遠に夢想していろ。それが出来ない奴が蔓延るから世界が乱れる。アーチャー。お前は今、ここで殺すぞ」

 

 生命嫌悪に陥り全生命への殺意さえ持っていた生前の姉さんが引きこもり続けたのは、自分以外の誰もそんなことを望まないからだ。全員殺して自分も死ねばいいという結論は同じだ。

 

「ふん……今のお前がどうするつもりだ。負荷による重体、能力による回復にもまだ時間がかかるだろう。俺が殺す方が速い」

 

 オレの周囲の剣が宙に浮き、オレを囲う様に切っ先を向ける。

 

「言い残すことは無いか」

「お前はもう死ぬことも座に帰ることもない。姉さんと同じ目に遭ってもらう」

「ふん……死ね」

 

 剣が撃ち出され、隙間無くオレの肉体に刺さる事なく地面に突き刺さる。

 

「な……」

「神威……片目だけならば限りなく低い負荷だ。この能力ならお前の攻撃など意味を成さない……そして」

「ぐっ……動けん……!」

「姉さんの能力に制限は無い。両手首だけその場に固定させてもらった」

 

 立ち上がり、ゆっくりとアーチャーに向かって歩いていく。

 その間刀剣類がオレを襲い続けるが全てがすり抜けて地面へ落ちる。

 5分間、神威空間へ自分の体をオートで転移させ続けることであらゆる攻撃をすり抜ける。そして神威以外の時空間能力では干渉不能。

 

「これで……終わりだ」

 

 アーチャーに触れ、神威空間へ送り込む。

 同時に固有結界も崩れ、現実世界へと戻される。

 

「シオン……」

「……衛宮さん、貴方は、ちょっと我慢の出来ない私みたいだね」

「……?ウタネ……か?」

「動機は違うけど、結果は同じ。なんだか私達みたいでビックリだよ。まぁけど、私達にはなり得ないかな」

「何が言いたい。お前たちってのは何だ。ヴィーナスか?」

「うん。衛宮さんだとプレシアが近いかな。プレシアは自分のためじゃなくて愛娘のためだけども」

 

 プレシア、リインフォース、ソラ……今どうしてるだろう。誰か殺しちゃったかな。全員生きてるかな。リインフォースは……さっきのシオンみたいに神威空間みたいなとこに全員送り込んじゃったりしてないかな。

 知る手段はシオンの能力だけ。私が使わせることも無い。必要無いなら、会わない方が良いから……

 

「……キャスター、オレを少しだけでいいから回復させろ。肉体疲労くらいは治せるだろ」

「ええ……いいわ」

 

 謎言語による呪文がオレを癒す。

 

「して……ニキュニキュ」

 

 能力負荷、疲労、肉体ダメージ、それら全てを弾き出す。

 

「ふぅ……神威」

 

 そして弾き出されたそれも神威空間に送り込む。

 アーチャーが触れたら大惨事だが慎重な奴だ、大丈夫だろ。

 

「さぁ。これで解決。卿、大丈夫か?治してやる」

「いえ……結構です」

「そうか。なら帰るぞ。キャスターとそのマスター。今日からオレの家で暮らせ。部屋は用意してやるから」

 

 一軒家とは言え流石に部屋数が無いな。シロウとアマゾン、アーチャー組、キャスター陣営で3部屋、セイバーとシエルでもう一つ、オレと姉さんでさらに一つ……時空間能力で室内を拡張するか……

 

「仮にも教師がそんな事はできん」

「……お前、この状況でオレに逆らう理由があるか?」

 

 名前何だったか……教師もどきがオレの提案を却下する。

 

「私の人生は私のものだ。誰かに決める権利は無い」

「なるほど確かに。お前の人生はお前のもんだ。お前の人生はな。ただし、そのお前さえオレの手のひらの上ってのを認識しろ」

「……」

「まぁいい。オレは十分に回復した。お前相手なら古代ベルカ最強の鉄腕で持って沈めてやる。その後ライダー同様オレの部屋に磔にしてやる」



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閑話

「……」

 

 衛宮士郎は前日を振り返る。

 圧倒的魔力量と神代の魔術で遠坂の切り札の宝石を尽く打ち消していたキャスター。

 自分とアマゾンとなった慎二2人を相手に尚余裕のあった葛木。

 最優とも言われ、白兵戦では無敵とさえ言われるセイバーを傷付けない様にしながらも無力化し続けていたルーラー。

 そしてなんやかんやで慎二のアマゾンと同じプライムを受け取り、ゲイツマジェスティとして力を得た自分。がそのまま今の正義を目指して行った結果がアーチャーだと言うこと。

 それら全てを圧倒したシオン。

 

「はぁ……昨日からキャスターがこの家中を掃除し始めるしシオンはやっぱり負荷の限界で寝込んでるし葛木と慎二はシオンの部屋に磔にされるし俺もプライムがキツ過ぎたのか全身が痛むしでもう散々だ」

 

 この家、が衛宮邸ではなくシオン……ウタネの家であることが更に疲労感である。

 

「人の……女の子の家で洗濯してくれなんて無茶言うよな……遠坂は当然として、フタガミだって隠れファンは多いんだぞ、こんな事が他の奴らにバレたら殺されちまうよ……白はこっち、女物の下着はとりあえずまとめて……あ」

 

 慣れない他人の家、疲労と筋肉痛に痛む体とあって、下着を纏めて籠に移そうとしたところで何かの瓶を落として中身が溢れてしまった。

 幸いにも口が小さい物で落ちた衝撃分以外の漏れは無さそうだ。

 

「ふぅ……」

 

 安心してため息が漏れる。家族のいない高校生が一人暮らしで一軒家を持っているのだ、よほどの何かがあるのだろう、そんな人物の所持品をうっかり壊したなどと弁償などできるはずもない。

 

「衛宮さん……?」

「……っっっっ!!!!????」

 

 ため息が漏れた、そんな時にその家主が現れる。

 完全に寝込んでいるものと思っていたために背筋が大きく跳ねる。

 

「女物の下着をそんなに抱えて……それに、それ……ドロッとしてて、変なにおいで、でもクセになっちゃう感じの匂いで……」

「ち、違うぞフタガミ!これは洗濯をしようとして!」

「ほっといたら固まる……」

「……?」

「あれかな……ボンド……」

「……え、いや、その……」

 

 衛宮士郎は考える。このフタガミはまずどちらかと。

 この無感情で関連の取れない口調や仕草、表情からしてウタネであることはまず間違いないだろう。

 であれば異性の性について認識がどうか、という問題点がある。

 比較にまず挙がる遠坂はすでに全てを知っていると言わんばかりと言える。だが桜はそんな雰囲気を一切感じないし、この前は風呂上がりで上裸の俺を見ただけで顔を真っ赤にして逃げて行ったほどだ。それを踏まえてみるとなるほど、性についての興味が無ければそれについての知識など保健体育の数ページほどのもの、フタガミが授業でまともに起きていたことなど無いと言うし、知らないということもあながちまったく「んなワケないよね」終わったな俺。世界と契約云々でどうこう言う前に死んでしまうとは情けない。

 

「精え『姉さんのボディローションだ。相変わらずだがおちょくってやるな』む……久しぶりだったからつい」

「知ってたのかよ!くっそビビったじゃねぇか!50年は寿命縮んだわ!」

「私の認識能力を侮らないでほしいな。0.1秒あればその場全てを理解するよ。さっき起きて顔洗いに来ただけだけども」

「つーか起きて大丈夫なのか?」

「えっどこが起きるって?」

「どこがじゃねぇ!」

「あっはっはー。まぁまぁ。私もコレ飲み終わったら寝るからさ。それで許してよ」

「……?」

 

 ウタネはワインのペットボトルをヒラヒラ振って笑う。残り3割ほどになっているところを見ると、相当なペースで飲んでいる様子。未成年のはずだが。

 そして何を言いたいのか理解に悩んでいると、圧倒的な答えが返って来た。

 

「薄着でティッシュ用意して鍵開けとくから」

「やらねぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

「えー……私だって数十年そんなイベント無いからさー」

「だれでもいいのかよ……」

「うん。汚くない顔と体で病気なければ別に」

「……シオン、さっき俺の心読んだならウタネに言うなよ。言ったら令呪全部使ってセイバー自害させるからな」

『お前、時と場合によってはエゲツねぇ手段取るよな。まぁ了解だ。おやすみ』

「んむー、まぁいいや。おやすみ〜」

「あ、ああ……おやすみ」

 

 なんやかんや混乱したままシオンとウタネは出て行ってしまった。

 最後に男らしくグッとストロングワインを飲み干し、そのペットボトルを洗濯物の上に投げ捨てていった。

 その礼儀知らずというか適当さに憤りを感じつつ、衛宮士郎は下着の山を抱えたままそれを捨てようと腰を下ろし、ある真実に到達した。

 遠坂、ウタネ、ルーラー、キャスター、ライダーの下着の山とウタネの飲んだペットボトルが転がった誰も立ち入らない部屋に男子高校生が1人。何の感情も起きないはずもなく……




結局何もしなかった。男子の理性というものは女のそれより強固らしい。


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第41話

「ん……あふ……ふぁ……ぁ」

 

 十分に、とは言えないが満足できるほどの睡眠を取っての目覚め。

 寝る前の記憶は無い。確か1.5Lのワインペットボトルを直飲みし始めてから暴走してた気がする。やっぱりストゼ○10本の後に飲むには失敗だったか……記憶無くすほど飲み潰れてることはあるけど二日酔いにはならないのが幸いだ。反省しないアル中の一例だな。

 

「シオン……ふぁ……変わったこと、今日やることは?」

『この状況でやることもどーもねぇよ。とりあえずライダーを修復して戦力を盤石にする。後はアサシンとバーサーカー、ランサーだな。ランサーは最後でいい。姉さんが能力を切らない限り無敵だからな』

「ん……わかった。じゃー任せる……ん、そうか、ランサーあの場所に放ったままか。いいの?」

『ぶっちゃけ全サーヴァントにアレやるだけで目的達成できるからな。卿が許さんからやってないだけで』

「なんだかんだでシオン、ソラに優しいよね」

『あ……?そんなつもりは無いぞ』

「またまたー。なんだかんだで優しいんだから」

『……姉さんに無い社会性のせいだろ。オレの性格とは違う』

「そう?ならそれでいいけども。したら変わればいいかな?流石の私も自分の部屋に貼り付けられてるのが3体もいたらドン引きだよ」

 

 そう。なにを隠そうこの部屋、昨日のゴタゴタの後私が知らない内にヒトガタの生きた装飾が3つも増えていた。クモ1匹で発狂する私からすればよく平静を保てていると思う。酒に逃げる事にはなったけれども。

 

『……部屋がねぇんだよ。じゃなけりゃ慎二も葛木も好き好んでこの部屋に入れる訳無いだろ』

「おいフタガミ!それはこっちのセリフだ!さっきから1人でブツブツ喋りやがって!僕だって好き好んでこんな部屋にいられるか!それなりの代償は覚悟してもらうぞ!」

『……それがこの体か?』

「う……な、なんだよ、分かってるなら僕を降ろせ!」

『はぁ……ま、全人類がコイツと同じ思想ならオレも全人類の根絶を掲げたかもな……ひとつ説教をしてやろう。お前はそんな一時の欲求の為に信頼を捨てるのか?性欲、食欲。生命が生き、子孫を残すと言う目的の為に必要なものである事は事実だ。だが、それが目的になっては本末転倒だ。今の人類を見てみろ、生きる為に食うのでは無く、食うために生きている。栄養を摂取するという食事ではなく、食という快楽を求めて栄養不足にさえ陥っている始末だ。性欲もそうだ。子孫を残す為でなく、快楽のために行為をする。挙句の果てに避妊だと?その行為そのものの否定だ。オレをして理解が及ばない。お前ら人類は何のために生きてるんだ?何がしたい?より栄養を効率的に摂取する手段を開発するなら分かる。より妊娠しやすくなる手法を見つけ出すなら分かる。だがその行為の本質を全て否定してお前らは快楽に沈む。知性体として誇りは無いのか?知的生命として恥を感じないのか?地上最大に発展した種族はそんなものなのか?だったら生命なんて矛盾だらけ、無い方が簡潔に済むよなぁ?』

 

 まーたシオンが暴走し始めた……ほとんど賛成だけども。

 

『テメーら人間のやってるこたぁつまり!快楽のための快楽!欲求のための欲求!どこぞの無限の欲望(アンリミテッドデザイア)と大差ねぇってことだ!奴が死んで良い存在ということはお前ら人間も死んで良い存在に変わりない!』

 

 スカリエッティ……半人半機械の戦闘機人という人形兵器を作り上げた天才だ。プレシアにボコボコにされたけども。それと同等と評される人間ならば確かに、私の価値観から言っても生きてる必要は無い。

 

「僕が死んでいいワケないだろう!僕は間桐を継ぐ男だぞ!」

『黙れ。この世のコンプレックスの全てを凝縮したようなゴミめ。お前に無いものは無い。お前が出来ないことは出来ない』

「ふざけるな!間桐の魔術が僕に正統に継承されていればお前なんか……!」

『ふざけるのはお前だ。お前は魔術師では無いし、お前の願望が現実になることも無い。だがオレは全ての能力を使えるし、お前が手出しできるほど安くもない』

 

 私は別に構わないけどなー……それで不満が無くなるなら。人間って簡単だね。

 

「フタガミ!」

『ったく……今度は何だ。お前については何の制限もしてないはずだぞ、我が救世主』

「その呼び方もやめろ!何なんだ一体!」

『さてな。真の救世主たるお前を呼ぶのに他に何がある?』

「だからそれが分からないんだよ!もういい!それよりセイバーが!」

『……?』

 

 ♢♢♢

 

「やー、セイバーが消えかけとはねぇ。困ったものだ」

 

 我が家の狭い廊下に倒れていたセイバー。外傷も無くキャスターの仕業でも無いとのことで魔力切れが近いらしい。

 

「まぁ、セイバーさんはここの聖杯に嫌われてるでしょうし……セイバー顔としてはよくやった方じゃないですか?」

「えっちゃん何言ってるの……セイバーがセイバー顔じゃなかったら何なのよ……」

「セイバー顔じゃないセイバーもいますしセイバーではないセイバー顔もいます。事実私もそうです」

「……まぁ、それはそれでいいよ……」

 

 結果から言うと私の部屋の磔人形が1つ増えた。もう壁が人で埋まってしまう異常事態に陥ってる。そろそろライダー直して降ろしてあげればいいのに……

 

『姉さんちょっと変われ』

「ん」

 

 私の時でも当たり前に話す様になったシオンが表に出る必要なんてあるのだろうか。私が外見れなくなるだけなんだども。

 

「ふぅ。さて、これからセイバーにプライムを導入する」

「シオン。サーヴァントに手を加えるのは……」

「卿、セイバーはオレ達の目的のために生かしておくことが必須だ。しかしこのままでは聖杯に吸収されて消える。それを阻止できるのはオレだけだ」

「しかし……」

「セイバー。お前は望みの為に存命することを選ぶか?」

「……」

「……何だ、もう喋れないレベルか」

 

 やれやれ……一向に目を開けないから大分弱ってるとは分かっていたが……

 

「しょーがねぇ。とりあえずオレの魔力をある程度流しとくか」

「そんな事できるのか!?」

「サーヴァントは人の魂を食って魔力に変換できる。とりあえずこのまま2日程度存命できるくらいの魂を食わせる」

「待て!そんな事したらお前はどうなる!?」

「さぁな。オレも同様に寝込むかもしれん」

「だったら他の手段は……」

「寝込む程度で何が他の手段だ。どーでも良いことだ。卿、そうなったらこの部屋頼む」

「分かりました。ただし報酬は弾んで貰います」

「……まぁいい」

 

 闇の書に蒐集された時も死にはしなかった。大丈夫だろ。

 

 ♢♢♢

 

「結局倒れてしまいましたね。体が弱いのに無理するからです」

「それで……セイバーはどうなんだ?」

「魔力に関しては大丈夫でしょう。しばらく……というより、更なる対処法が無ければ目を覚ます事もないでしょうが」

「くそ……」

「まぁ気を落とさないで下さい。シオンのことです、最終的には自分の命と引き換えに存命させるくらいの手段はありますよ」

 

 シオンは何かしらの能力で自身の魂の半分を抽出し、セイバーへ与えた。

 その後はウタネに変わる余裕も無かったのか、そのまま糸の切れた操り人形の様に崩れ落ちてしまった。

 

「ほら、今ですよ」

「……?何がだよ?」

 

 あくまで丁寧にウタネをベッドへ運び、ドアを背にしたルーラーがドアノブに手をかけたまま士郎を誘う。

 

「この家にいる私とキャスターを除いた全員が行動不能、キャスターさんは何故か細部の掃除に拘っている為シエルさんと大掃除。家主たるウタネさんが表に出られず、表に出ているシオンが意識不明のくっ殺状態であるからして。やることは1つでしょう」

「ぶ……っ!くっ殺とかサーヴァントがどこで覚えるんだ!」

「ええと……刑部姫さんでしたか……邪ンヌさんだったかもしれません。文系のサーヴァントもそこそこいるのですよ、カルデアには」

「サーヴァントが文化的な交流してるのか?カルデアってトコは」

「そうですね。大元の任務は人理を保ることですが、この冬木の様な特異点を見つけるまでは集合住宅の様子を呈しています。ソラの目的ともおおよそ合致していますし、私もそれで納得してそこにいます」

「なるほど……?よく分からないが聖杯戦争のサーヴァントとは別なんだな。それにしてもたまに出てくるよな、ソラって名前。誰なんだ?」

「ソラは私のマスターです」

「……?マスターはウタネじゃないのか?」

「それはこの戦争においての擬似的なものです。私を喚び出し、盟友としたのはソラで、ソラの代わりはあってもソラを越える関係は有り得ません」

「お、おう……なら、相当な魔術師なんだろうな。このウタネとシオンをして代わりでしかないって言うなら……遠坂より余程優秀な魔術師に違いない」

「魔術師として測るなら、衛宮さん」

「なんだ?」

「貴方より下の可能性さえあります」

「マジか!?」

「ソラは元より魔術師ではありません。この世界の存続を目的とした抑止力です」

「じゃあ何でマスターに?」

「たまたま抑止力として顕現した場がカルデア……魔術師の施設だっただけです。ウタネさんやソラにしてみれば魔術師なんて無意味に無意味を重ねる無意味な存在でしかありません。その気になればこの戦争など半日と経たず終了するでしょう」

「マジかよ……そんな奴らだったら、確かにヴィーナスを倒そうと色んな奴らが来るはずだ」

「まぁ、それについては不明なのですが……それを踏まえて私は彼女たちが好きですよ。自分だけで全てが完結する存在でありながら自分を絶対とせず、他人を尊重し妥協する柔らかさがある。もしウタネさんが自己中心的な思考に染まっていればあらゆる世界の生命は滅びていたでしょうね」

「ウタネがそうだとして……シオンやお前のマスターもそうだってのか?」

「いえ……まぁ……その……」

「歯切れ悪いな……」

「シオンはあくまで中立。行き過ぎたその立ち位置は、自分の存在だけで世界を構築してしまう。ウタネさん以外がシオンとなれば、全ては公正に回っていく。その世界にウタネさんとシオン以外は存在しません。ソラは抑止。行き過ぎたその守護は、この世の害意を全て滅ぼし、あらゆる生態系を淘汰させてしまう。プレシアさんはあくまで母親。行き過ぎたその母性は、愛娘を守ろうとするあまり触れるもの、近付くもの全てを蒸発させる。アインスさんは理想の夢。全ての生命が望むままの世界を享受できる世界を創るため、無限月読は完成する……目的や手段は違えど、結局は今の人類を否定するもの。悲しいものですね。元を正せば、誰もが抱く『人を守る』ことだけしか考えていないというのに」

 

 人を守る。それは衛宮士郎も同様に抱く夢。

 しかしそれは、対象を絞り、先手を打とうとした瞬間に現実的な攻撃手段へと変化する。

 アーチャーも同様、救えるだけを選定し、その他を消す事でその夢を実現した。他の英雄も同様に、守るために誰かを攻撃し、殺したはずだ。

 正義の味方など存在しない。あるとすれば自分だけ。アーチャーの言葉は間違いでは無い。そんなモノは自分の夢でしか有り得ないのだから。

 

「……」

「まぁ、気にしなくていいですよ。何をしても彼女らは変わりません。彼女たちは自分勝手の極みですし。目的のためのコストとリスクを計算しなくなった気狂いばかりなので」

「……」

「ひとつ。ちょうど良いので言っておきます。もし彼女たちが傷を負ったり、死んだとしても。この世界から命の総数が減った事にはなりません。サーヴァントが死んだとしてもこの世界に影響が無いように、ウタネさんが死んだとしても何も思う必要はありません」

「何だって言うんだ!ウタネは人間だ!その辺にいる、その辺の女の子と何も変わらない!この世界の命のひとつだ!」

「彼女らの説明はしたつもりですが」

「それでもだ!」

 

 余りにもルーラーの人権を無視した発言に声を荒くする士郎だが、そこで家の呼び鈴が鳴る。

 

「……?なぁ、誰か呼んだのか?」

「いいえ。わざわざこの家に呼ぶ理由もありません。衛宮さん、ウォッチを準備しておいてください。私が出ますので、キャスターさんにシエルさんとこの部屋の防御をお願いして下さい」

「分かった」

 

 ルーラーは玄関へ、士郎はキャスターの元へ。

 サーヴァントの反応が無いことからルーラーは教会の魔術師と踏んでいたが、想定外な相手が立っていた。

 

「おや……どうされましたか。ウタネさんに用が?」

「いえ……その、先輩はここに?」

 

 間桐桜。士郎を訪ね衛宮邸を探し回ったがいないため、居場所を探しているという。

 

「そうですが」

「兄さんも……」

「そうですね」

「あの……合わせて貰えませんか?」

「構いませんが……この家に入る前に、その影にも出てきて貰いましょうか」

 

 ルーラーが武装し、桜にネクロカリバーを突き付ける。

 

『ほほう……中々の眼じゃ。それに慎重じゃのう』

「呪い2000如きがソラの石を……失礼、私はウタネさんの様に無敵では無いので。貴方は確か、間桐の……」

 

 桜の影から大量の蟲が舞い、集合して形を作る。

 

『何の話か。儂を知っとるようじゃの』

「目的も分かっています。ライダーを取り戻しに来たのでしょう。本来のマスターである、桜さんをダシに」

『いいや、ライダーはもう必要無い』

「……?どういう事ですか?戦争を続けるつもりがないと?」

『何を言う。聖杯こそ悲願』

「貴方が戦うつもりですか?我々と?あのバーサーカーと?」

『そうではない。戦うのは、コイツらじゃ』

 

 桜が両腕を捲る。

 

「……!」

 

 その腕にはルーラーが驚愕するほどの令呪が手首から肘にかけて隙間無く刻まれていた。

 

「何ですかその令呪は……正規の物では無い。元々あった物でも無い……」

『ルーラーならば解るじゃろう……聖杯は完成するように作られておる』

「……」

『まぁ、今日はこれで充分じゃ。近い内、間桐が聖杯を手にすることになる』

「失礼します。先輩と兄さんにも伝えてください」

 

 大量の蟲が2人を包み、姿を消す。

 

「……何を、どう伝えろと言うのでしょうか……」

 

 武装を解き、説明する内容の多さに朦朧とするルーラー。

 

「シオンが起きたら心を読んでもらうなりして代わりに説明してもらいましょう。それまでは面倒が増えた、だけでいいでしょう」



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第42話

「衛宮士郎!貴方を侮辱罪と名誉毀損罪で訴えます!理由はもちろんお分かりですね!貴方が男子高校生でありながら私があんなくっ殺状態だったのにも関わらず、私を襲わなかったからです!覚悟の準備をしておいて下さい。近いうちに殺します。戦争も終わらせます。神の間にも問答無用できてもらいます。異常性癖のオモチャになる準備もしておいて下さい!貴方は犯罪者です!無限ループにぶち込まれる楽しみにしておいて下さい!いいですね!」

「ちょちょちょっと待て!起きて早々に何なんだ!」

「黙りなさい!貴方は男の子でしょう!若く盛りまくってるんでしょう!そんな貴方の前に婉容で端麗で麗しい女の身体が転がってるんだぞ!しかも外界を認識できる状況で!更に絶対に邪魔も入らなければ絶対に外に漏れない!そんな状況で衣服に手を掛けないどころか枕を置き!しかも布団を掛けるだとぉ!?」

 

 寝てたとはいえ起きてたんだぞ!寝てる子に微笑む親みたいな顔しやがって!

 

「お前は度々その手の話をするよな!何なんだよ!盛ってんのか!」

「盛ってはないが」

「急に冷静になるな」

「なんか、そういうものじゃないの?1に性欲2に性欲、34飛ばして5に性欲じゃないの?高校生って」

「全部が全部そうじゃないだろ……だったら童貞イジリは存在しないぞ」

「え、童貞なの?」

「……ああ、そーだよ悪いかよ!」

「や、別に。私もシオンもそうだし。病気持ってないって分かる分マシだよ」

「そこはイジれよ。淡々とコメントするな。気まずいだろ」

「え、何をイジれと」

「もう黙ってろ!」

「シオンが寝てた間喋りたかったからね。人類が私の想定通りに動かなかったの久しぶりだし」

 

 想定というか予感というか直感というかそういうアレのあれなんだども。プレシアが虚数空間に落ちる時にフェイトだと思ってたのが高町さんだった時以来だ。多分。

 

「さて!えっちゃん!私の直感が何か進展したと言っている!話せ!」

「……ウタネさん、無理してテンション作らなくていいですよ。疲れるんでしょう?」

「……たまの気分でこうする時に理解者がいると辛い。まぁいいや。シオンの能力……シオンが指定さえしてくれれば私の時でも使えるけど……まだ起きてこない。あのシオンがだよ。倒れる直前まで何の素振りも見せないシオンがだ。私の呼びかけにさえ反応しない。このまま起きない可能性さえある。魂を食わせるって手法がどれだけ人に影響するか考えた方が良い」

「……すまない。俺の未熟だ」

「貴方の未熟をシオンで払えるなら十分だ。まぁそんなのはどうでもいいからえっちゃん、面倒だろうけど大体がわかる程度に話してくれない?」

「ええ。シオンが起きる目処が立たないのであれば仕方ありません。シオンが倒れた後、桜さん……と間桐の当主が此処を訪ねてきました。桜さんの両腕には数え切れない令呪が刻まれており、聖杯を手にする旨を私へ。今日はこれでいいと如何にもなセリフでもって退散しました」

「令呪?戦争で聖杯から配られるのは21画だけじゃないの?」

「基本はそうです。が、例外もあります。恐らくは今回、これだけの日数が経っても脱落者が無いことで聖杯が戦争を終結させるために新たなサーヴァントを喚んだのでしょう。ライダーはもう必要無いという発言からそれらを全て掌握したと考えるのが妥当です」

「待て待て待て!お前ら!シオンが起きないってのに何呑気に作戦会議してんだ!」

「「???」」

 

 呑気も何もサーヴァントが増えた緊急事態なんだが。

 

「ウタネ!お前ら双子だろ!?何とも思わないのかよ!」

「シオン?別にいなくても目的は達成できる。逆も同様。私達の誰か1人がいればそれでいい」

「そもそもシオンは存在そのものがサーヴァント以上に不確かなものです。無いものをどうこう言っても無駄でしかありません」

「お前ら……!見損なったぞ!」

「見損なったから貴方たちは私達を殺そうってしてたんじゃないの?何度も何度も手のひらコロコロして……恥ずかしくないの?」

「ぐ……」

「私は貴方たちが戦わなくなればいいの。私達を殺そうってのはどうでもいい。聖杯戦争だけやめてくれればね」

 

 とはいえシオンを起こさずに事を進めるのは最善じゃない。もし誰かが致命傷を負うとキャスターだけじゃ間に合わない。

 となるとこの家に居てもらうとして、えっちゃんがその間主力として守ってもらうとして、私だけで出来ること……

 

「よし、じゃあみんなはこの家に待機だ。家は私の能力で固定してるからバーサーカーでも突破は不能だし、えっちゃんとキャスターいれば何とかなるでしょ」

「ウタネさんは?」

「ランサー取りに行ってくる。能力で固定したままだし」

「……ああ、忘れてました」

「あと何か買ってこようか?和菓子と食料と砂糖と……衛宮さん、何か無い?」

「いや。まだ油断できないからな。俺は普通に栄養が取れればそれでいい」

「そ。じゃあ行ってくる。ついでに間桐のサーヴァントも潰してくるかも」

「以前に想定外の伏兵に追い詰められたと聞いてます。油断なさらないでくださいね」

「うん」

 

 以前……前の世界では『能力者が触れる、または能力者に触れた能力をその世界に存在させなくする』というオールアンチの能力者がいた。シオンがいなければ私達をして1人相討ちでしか倒せなかった能力だ。

 まぁ、それも今となっては杞憂だ。

 

【霊体捕獲』『硬化』『柔軟】

 

 念のため我が家の防御を万全にしておく。

 実体を持たないまま近づけばその場でランサー同様固定して壁の一部になってもらうし、硬度を上げたまま柔軟性を持たせた。対人宝具程度ではビクともしないけど……神秘的なアレで……ランサーの宝具とかでは抜かれかねないのが不安だ。

 まぁそんなのは置いておいて教会へ向かう。

 ランサーの周囲には何者だろうと近付けない。時間も経ってるしバーサーカーが見つけてたとしても撤退してるだろう。

 

「お、いたいた。見た目変わってないけど……戻ってる?」

 

 私に触れた部分だけ普通の空気に戻るようにしてランサーに近付いて、頭をコンコンとつついてみる。

 

「目力つよ……はい、頭だけ外してあげる。どう?正気ある?」

 

 能力固定範囲外に出てからランサーの頭部周辺だけ能力を解除する。

 

「ああ……アーチャーはどうなった。キャスターは?」

「アーチャーはシオンの逆鱗に触れて今はいない。キャスターは私達に同意して私の家にいるよ。キャスターがこうなったらアサシンもこっちだろうし、あとはバーサーカーと貴方だけ。どうする?」

「……結局はお前らの望む通りか。気に食わねぇ」

 

 とりあえず大丈夫そうだから魔力を纏えるくらいには体を自由にしてあげる。

 ただし体の周囲だけで5センチほど。その周囲はまだ固定したまま。

 

「別に。貴方たちの願いだって叶えてあげるよ、シオンが」

「じゃあ俺と戦え。全力での戦いが俺の望みだ。お前らはそれを叶えられるか?」

「……ふぅ、私と戦うの?私で良いの?」

「全力で殺しに行くぞ」

「じゃあ……いいよ。それで貴方が納得するなら」

 

 丁度良い。ここでランサーを戦闘不能にできれば私とシオンでバーサーカーを確実に処理できる。

 刀を出して意識を変える。

 そして万全の準備ができてからランサーを解放する。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「っと……!いくら速くても、タイミングが合っていれば……速さが間に合えば止められる!」

 

 いきなりの正面突き。

 けれどそれは到達タイミングを予知して魔力放出で合わせれば受け流せる。

 

「よく躱した!ホラ!」

「ふっ……ん!」

 

 突き終わりの槍をそのままこちらに向けて払う。

 当然それを受けるのは不能なので魔力放出で膝を無理矢理折って頭を地面へぶつける威力で落とす。

 当然支える筋力は無いから地面へ落ちるんだども、能力で地面を柔らかくして取り敢えずランサーの範囲外に跳ね返る。

 

「っと。ふぅ……やっぱサーヴァントは疲れるね」

「その速度……俺と張るレベルとはどういう事だ?」

「別に?魔力をぶっ放せば加速度はいくらでもつけられるし……」

 

 これでやっと10秒。

 

「ならまだまだ行くぜぇ!」

「来ても良いけど後悔しないでね!」

「おらよっ!」

「……いくら力が強くとも、それを超える強度があれば──」

 

 刀身で突きを受け、そのまま持ち堪える事なく飛ばされる。

 

「──ダメージを負う事はない」

「ならこれでどうだ!」

「いくら速くても、攻撃が受けられるのであれば──」

 

 いつのまにか飛ばされた私より速く私の着地点にいるランサー。

 横薙ぎに槍を振って野球のように私を逆方向へ振り抜いた。

 けれどもそれも刀で受けた。ダメージになる部位には魔力放出で相殺した。

 

「──速度に有利性は働かない」

「チッ!」

 

 そして能力でクッションを作りながら万全に着地する。

 ──これでやっとこ30秒。

 

「いくら超常のサーヴァントであろうとも、ヒトの形である以上手数の限界は同じ。なら同等の手数まで追いつけないはずがない」

「サーヴァント相手に……この俺を相手に、その余裕がいつまで持つかな!」

 

 着地すると同時にランサーが突っ込んで来る。

 軌道は直線、速度は一瞬。

 カンに任せて魔力放出で体を躱す。そのタイミングも私の意識からは離れたほぼオート回避。よく言う身体が勝手に動く、というヤツだ。

 

「そして如何に強靭な実体だろうとも、急所を斬れば死ぬことに……変わりは無い!」

 

 魔力放出、能力で強化した刀をカウンターでランサーの首へ。

 決まれば殺せる。上手く躱されて傷を負わせられれば良し、万一殺しても良し、防がれたとしてもいずれ来る未来のために良しだ。

 

「甘ぇってんだよ」

「……!?つぅぅぅぅぅ〜〜〜……」

 

 当たったはずの刀は空を切り、代わりに私の心臓が貫かれていた。

 ランサーは刀の射程外、かつ槍の射程内、それでいて私に悟られないギリギリの距離を取っていた。

 首をギリギリ掠めたのに冷静な所を見ると、私のリーチは完全に把握してるっぽいな。

 

「サーヴァントのレベルに人間が敵うワケねぇだろうが。多少の遊びにはなったがな」

 

 倒れる私の体はそのまま地面に吸い寄せられ……るはずもなく。

 

「っと」

「!??」

 

 ゴム化させた地面を反動に起き上がる。

 

「ふん……っ!」

 

 そして自分の胸を刀で横に切り開く。

 

【固定』『動作』『保護】

 

 そして能力で心臓を修復、2度と貫かないように硬くしてから動作を再開させる。その後全ての傷を元通りになるように修復して保護する。

 

「何故生きてる?」

「うん?なんでって?」

「ゲイボルグに破壊された心臓は治らない。呪いを解呪する事ができるとも思えない」

「そーなんだ。私は……裂けた心臓を無理矢理繋いで、ふぅ……無理矢理動かしてるだけだよ。ぶっちゃけ私は心臓無くても心臓の代わりくらい作れるから」

 

 身体組織の全てを空気で代替するなら透明人間の出来上がりだ。

 そうなれば私は人体の全てを理解できたことになってるわけだども、流石に無理なんだろうな……できるか?あくまで意思を現実にする言葉ゆえ、理屈を知らなくても結果は出せるのでは……?

 

「テメェ……ナメやがって」

「はは……っと。ナメてるのは貴方だし、私はそもそも舐めプしまくってるよ。はぁ……私達と対等に争いたいなら、せめて……っ、世界を手中に収めてからすることだ」

 

 これで2分。

 私の息も切れてきた。もう座り込んで休みたい。もう寝たい。けどその選択肢は今は無い。地獄だ。

 けどランサーにとってはこの先こそが地獄になる。

 

「さぁ……半分だ。シオンがいない今……私は私の通り、殲滅するだけだ。1人2人減ったって構わないらしいからね。まだ……続ける?」

「当たり前だ!」

 

 今度はより冷静な接近戦。

 ランサーは先程までの一撃重視より突きの連打で数を増やしてくる。

 

「言ったはず。私相手に速度の優位性は無い」

 

 どれだけ速かろうが槍はただ1つだけ。決して増えたりはしない。ならばその瞬間の攻撃も同様に1つ。ならその瞬間、その一点だけを避けるだけでいい。槍のリーチの中に居たとしても、振った槍の軌跡は1つだけ、突いた槍の軌跡は1つだけ。

 その一瞬を捉えられるなら、未熟も熟練も変わらない。速度は魔力放出で十分に達成できるし、筋力でのそれじゃないからどんな体勢からでも自在に体を動かせる。

 

「ハッ!良い速度だ!テメェ程なら確かに!命を狙われるのも頷ける!」

 

 軽口を叩くランサーだが、段々と……ホントに僅かずつだけれども、パワーもスピードも落ちてきている。

 避けてばかりいた私も、だんだんと刀で受けられる数が増えて体を大きく動かす事が減っていく。

 

「どうしたのランサー。そんなんじゃ私は殺せない」

「チィ……!らぁっ!」

「甘い。当たらなければ力がどれだけ強くても全くの無意味」

 

 乱雑な、どこか放心した力任せの突き。どこかに当たってくれと願うかの様なそれも、私のカンは無慈悲に刀で弾いてしまう。

 

「生身の人間より遥かに強いはずのサーヴァントが、生身の人間より弱いはずの私に届かない。どうかな?間違ってる?」

「間違いに決まってる、そんなこたぁ、ありえねぇんだよ!」

「だんだん狙いがブレて、だんだんパワーが落ちて、だんだんスピードが遅くなる。最初は圧倒していたはずなのに。一度は致命傷を負わせたはずなのに。今こうして貴方は子供の様にあしらわれている」

「〜〜〜〜〜〜!」

 

 ランサーが大きく跳び退いて距離を取る。

 槍を右手に持って左手を地面に突く度の過ぎた前傾姿勢。そこから打てる攻撃は無い。

 

「悔しいがテメェの言う通りだ。だが!俺はお前なんかに負けてるヒマはねぇ!見せてやる、この槍の真の能力を!」

 

 ランサーが走る。速度は今までの最高速と変わらないほど。

 でも私の身体は回避に動かない。つまりこの疾走には攻撃意思が無い。

 

「はぁっ!」

 

 ランサーが跳ぶ。

 最高到達点に達するのは一瞬で、その時には既に投擲の構えに入っていた。

 

「……!」

 

 私はまだ動けていない。

 因果逆転を持ち味とするランサーの宝具に対し私が自分で選べる選択はそう多く無い。

 投擲前にまた空間ごと固定してしまう。それは私の抑止力をリセットすることになる。当然却下。

 投擲された槍を能力で操作して素手で掴み取ってしまう。これは多分私の手が死ぬ。だからやだ。

 投擲された後、槍を避け続けランサーを羽交締めにしてラディッツする。これは私の身体をガチガチに固めてれば私のみ生存ルートができるかもしれない。一応アリ。

 まぁ、どうでもいい。

 

突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク)!」

 

 投擲された槍は命中するまで私を追う。

 けれど刺突と違う点は呪いより威力寄りだということ。

 つまりは私には当たるけど私の心臓に当たるとは限らないということ。

 

「だったら尚更問題無い」

「なにぃ……!?」

 

 両腕はシエルさんとの戦いで補強されてる。刀も同様。

 後は全開の魔力放出で槍を押さえつけるだけ……!

 体に槍が触れる瞬間、魔力放出で躱し、即座に刀を叩きつける。

 

「うううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」

「バカが……その槍は防げん」

 

 因果逆転であればこの状態からでも心臓を刺してきたけど、これなら槍を逃さなければ……!

 

「こんのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 

 魔力を増やす。蛇口を壊してでも出力を上げ続ける。

 肩が外れても、骨が折れても、出力は維持され続ける。壊れた場所から直していく。出力を上げる。

 地面と刀に挟まれた槍が私を襲うために逃れようと激しく震える。

 それに負けじと更に出力を上げる。一瞬でも隙ができれば槍はまた宙へ飛ぶだろう。今の状態で再び押さえつける自信は無い。

 あと少し、この槍の威力を殺すまで、もっと出力を……!

 

「……テメェ」

「はぁっ!ふぅっ!はぁっ……つ……」

 

 ランサーが槍を手元に戻し、杖代わりに立つ。その手は目に見えて震えている。

 槍は止まった。魔力放出の出力にして普段の5倍。普段の魔力放出が両手足に飛行機のエンジンレベルなら戦闘機か戦艦レベルだったね。常時どこかの骨が折れるってやってられるか。

 

「よっしょ……」

 

 何にせよ折れた所は治しとかないと変に固まるからね。肩と下腹部と両足とを切り開いて固めて直す。シオンが起きたらちゃんと治して貰おう。

 

「くそ……コイツを防ぐとはな……」

「まぁ、散々なものだけどね。さぁ……続きだよ」

「くっ……!」

 

 初めて私からの攻撃。狙いは当然首。

 

「せええぇぇぇぇぇいっ!」

「ぐっ……!」

 

 槍で防がれはしたものの、魔力放出等倍で若干押せた。

 

「何……バカな……?俺が押し負けるだと?」

「無理しなくて良いんだよ。さっきからまともに槍も握れないのに」

「……!」

「ちゃんと指先は認識できてるかな、足は大丈夫?体の軸は保ててる?」

「ふざけ……!」

「っと……」

 

 ランサーが反撃してくるも、もはや英雄と言うにも烏滸がましい精度の攻撃。ともすれば素の私でも捌けるかもしれないレベルだ。

 

「そんなパワーじゃ、私を越えられない」

 

 ランサーの槍を押し返す。

 

「そんなスピードじゃ、私に追いつけない」

 

 ランサーの槍を受け流しランサーの手元に蹴りを入れる。

 

「そんな能力じゃ、私と戦うことさえ叶わない」

 

 ランサーの槍を力任せに叩き、弾き飛ばす。

 

「ぁ……」

 

 ランサーが膝から崩れ落ちる。

 一切の受け身を取ることなく倒れたランサーは起き上がる事なく、小さなうめき声と共に震えている。

 

「ぁ……が……」

「貴方がこの世界の犠牲者2人目だよ。ランサー」

 

 ランサーに近寄って、首元に刀を当てる。

 

「死にたく無いなら刀に触って。今の貴方でもそれくらいはできるでしょう?」

「ぐ……」

 

 ランサーは僅かずつ手を動かし、刀に近づける。

 そう。それでいい。戦えないのに死ぬ必要は無い。ウチでシエルさんと仲良く平和に暮らせばいい。

 

「へ……」

「……」

 

 だというのに、ランサーは刀を振り払った。

 

「そう……自分の状況が分かってる?貴方はもうこの世界じゃ戦えない。今生き延びても勝機は無いんだよ。私の家に来るなら永遠の安全を保証してあげるのに」

「へ……戦えない戦士に、存在する意味はねぇ……殺せ……」

「……保険に連れて帰っても良いけど。いいよ、殺してあげる」

 

 セイバー、ライダー、キャスターがウチに、アーチャーがシオンの眼の中、アサシンは知らないけど生きててもキャスターの陣営。ならもうバーサーカーに他を殺されない様にすればほぼ達成なワケだ。私の独断だけどいいでしょ。

 

「……っ!」

『おっと、防ぐのかい』

「……誰?見たところサーヴァントだけども」

 

 ランサーの首へ刀を振り下ろそうとした所に銃撃。

 木々の影から出てきた女性は、現代日本のそれとは大きく異なる服装をしている。

 ピンクの長髪に胸元を大きく開いたそれは、見る人が見れば絶望を感じるだろう。

 

「アタシはライダーのサーヴァント。ま、これも何かの縁だと思ってね、死んでもらうよ!」



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第43話

「っと……」

 

 突然撃ってきた銃弾を避ける。

 

「おや、避けられるんだね。銃だよ?」

「別に……単発ならどこにどのタイミングで来るか分かれば避けられて当然」

「そーかい。んじゃ、もっといくよ」

「待って、その前に一つ」

「うん?」

「私もランサーも戦えないんだども、というかそもそもライダーは私が持ってるはずなんだけども?」

「戦えないならもう知る必要も無いさね」

「そ。じゃあ、もう一つだけ。貴女は敵?」

「敵以外の何に見えるんだい?」

「そう。じゃあ敵だ」

 

 残念だ。まぁ、そんなに綺麗な目じゃないし、どうでもいいか。

 

「2人とも戦えない、援軍もない。どうするね」

「どうするもなにも。貴女、間桐のサーヴァントでしょ」

「だったら?」

【縛れ】

「問答無用で潰すに決まってるでしょうに」

「な……!?っ!?」

 

 能力でライダーを名乗るサーヴァントを縛る。

 両手足首の拘束。霊体だろうが実体だろうが逃がさない。

 

「私達のこと知らないの?正規の戦争関係者以外はどうでもいいの。だから、死んどこうか」

「た、戦えないはずじゃ……!消耗したフリだってのかい!?」

「いいや?私はもう戦えないよ。5分、全力で戦ったからね」

「なら、なんで……!」

「私は戦う人じゃない。殲滅する存在なんだよ。私はただ一方的に滅ぼすだけ。私の能力と戦うつもりだったの?私は疲れてるんだよ。ナメるのも大概にしてよね」

 

 シオンの刀を仕舞い、私の鎌を出す。

 私が扱うには大き過ぎる鎌。シオンでさえ好まないレベルの不要な重さ。

 しかし私の能力を加味すれば、それは一気に便利な道具へと変化する。

 

「私はただ今みたいに対象を固定して、その首に鎌を振るだけ。私の素の力でも一撃で命を絶てる。そう、例えばベッドから一気に起き上がる時の瞬発力。その程度があれば、人の首くらい簡単に落とせるんだ。それが無い人間はいない。それが無いのは人間じゃない」

 

 ベッドから自力で起きられないやつは人間じゃない。

 まともな言語で意思疎通ができないやつも人間じゃない。

 よって私の能力と戦うなんて意味不明な事を言ってる身動きできないコイツは人間じゃない。

 だから殺す。

 

「さよなら。来世では私達のいない世界だと良いね」

『っとぉぉぉおぉぉぉぉおぁぁぁぁぁぁ!』

「……何してんの……いや、ほんとに何してんの」

 

 鎌がその首に突き刺さる直前、黒髪セミロングの華奢な少女のフリをしたゴリラマッチョ……ソラが私の鎌を止めた。

 ソラはえっちゃんのマスターなんだども、この並行世界のどこかにいるはずであってこの世界にはいないはずなのに……

 

「何してる……こっちの話でしょうがぁ!」

 

 並行世界の戦争してるはずのソラこそが何してんのって話なはずなのに……私はゴミを消そうとしただけなのに……

 

「や……そっちはどうなの?戦争、止まりそう?」

「半分止めたよ!それよりなんで貴女が単独で能力を使ってる!?」

 

 ん……そういえば私が能力使う時大抵VNAの誰かいたな……いや、そんな事ないか。

 

「や……それこそ……シオン死んだ?し……なんか規定外のサーヴァントいるから……戦争にいらないなら殺してもいいかなって……」

「規定外……?んんん!?ドレイク船長!?」

「え、何知り合い?」

 

 ソラが私の鎌を握り潰さんばかりに握りしめながら私の視線を追うと、また何やら騒がしいリアクションを取る。自分の担当世界に帰れ……

 

「あん?何でアタシの真名を知ってんだい?」

「あ……カルデアのが呼ばれてるわけじゃないんだね。じゃあどうでもいいや。ウタネ、えっちゃんは?」

「私の家。色々抱えてるからそれのお守り」

「えっちゃんを前線に立たせない姿勢は評価しよう!じゃあこれ、えっちゃんにあげといて。どうせすぐ帰るんでしょ?」

「うん。ランサー連れて帰るよ。仕方ないから」

「よし!それでは諸君!さらばだ!」

 

 何やら和菓子らしい高そうな紙に包まれた箱を私に手渡してソラが消えた……ホントに何がしたかったんだ……

 

「まぁいいや。続きだよ。さよなら」

 

 ソラのせいで鎌にヒビ入ったけど能力で固めて元の性能に修復して振りかぶる。

 今度こそ、邪魔もなく存在が消えた。

 

「……ふぅ。さぁ、ランサー。ソラに言っちゃったし、貴方を連れて帰るよ」

「ち……」

「そんな嫌そうな顔しないで。これ食べる?」

「ルーラーにやるんじゃねぇのか」

「あら、もう話せるの。しかもそんな口調で」

「うるせぇ。殺意や敵意、相手を害そうと思わなければ支障は無い」

「……それ自体が支障だって分かってる?つまりは、自分の勝機がゼロなんだよ?」

「……」

「それだけじゃない。相手のリスクもゼロだ。貴方は誰も害さない。貴方が何かを仕組むことは無い。貴方が誰かを唆すこともない。貴方はもう、いかなる手段をして誰も傷付けられない」

 

 相手を害する。それをするのは簡単だ。

 叩く、蹴るはもちろん、物を投げる、押す、引く。そんな物は当然として、悪口、愚痴、僅かな動作、何気ない癖。そんな物でも誰かを害しうる。

 ただの能力ならそれらは強制されないだろう。その個人をそうまで縛ることはまず不可能だ。

 だが私のコレは私の能力ですら無い。私が居る世界の力。私を追い詰めない為の抑止力。

 

「もう貴方は私を……VNAを……世界を害せない。私がただの人間なら、貴方はまだ戦える。けど私はVNAだ。私の存在は一つの世界に等しい。VNAにも2人抑止力がいるけど……サーヴァントがどうこうできるほど抑止力は甘くない」

 

 ♢♢♢

 

「ただいまー。1人消してきたよー」

「……」

 

 ランサーを抱えて連れて帰ると、玄関先にセイバーが膝を突いていた。

 えっちゃんはそれを壁にもたれて見ているだけだ。

 

「起きれるんだ。シオンは美味しかったかな」

「……すみません。私のために」

「いいよ。それで?」

「私を助けていただいた事、その他積もる恩があり、これ以上は図々しく太々しい話ではありますが、気分を害することなく聞いていただきたい」

「うん」

「シロウが何者かにより攫われました。凛の分析ではバーサーカー陣営とのことです」

「うん」

「どうか!シロウの救出に助力いただけないでしょうか!今の私とキャスターだけではやはりバーサーカーには……!」

「うーん……えっちゃんはどう?」

 

 ランサーを玄関に投げ捨て、とりあえず更なる情報を求める。

 

「さぁ。例え衛宮さんが殺されたとしてもセイバーさんはシオンによって生かされ続け、次のマスターをあてがわれるでしょう。戦争に必要なのはサーヴァント七騎です。ウタネさんにお任せしますよ」

「んー、私もランサーと戦った分でかなり疲れてる。おまけに相手はシオンでさえ手こずったバーサーカー。明日でいい?」

「そこを何とか!すぐにも殺されるかもしれないのです!」

「マジェスティがそう簡単には死なないでしょ。下手すればそのまま倒してくれるんじゃない?」

 

 アーチャーに敗北したとはいえ、サーヴァントの固有結界の全力を受け切った能力なら、バーサーカーと戦ったとしても撤退するくらいのことはできるはずだ。

 

「いいや……」

「は?」

 

 私がセイバーの頼みを断ろうとすると、廊下の奥から私を否定する声。

 

「シオン……貴方、予備あったんだ」

 

 私そっくりの人形、シオンがフラつきながら壁を伝って来た。

 

「ああ……ライダーのついでにな。だが正直言って出来はそう良いもんじゃない」

「だからシオン!無茶だって言ったじゃない!」

 

 シオンを支えるように遠坂さんが現れる。

 

「黙れ。ともかく、バーサーカーは殺しに行く。ただし姉さんは休憩してろ。オレとコイツらで行く」

「えっちゃんは?」

「さっきソラが来た……卿を矢面に出すのは最終手段だと。だから卿は姉さんの世話してやってくれ」

「分かりました。ウタネさんもそれで良いですか?」

「んー。了解」

「して、行くのはオレとセイバー、あとお前で……『万華鏡・神威』」

 

 シオンの右目が渦を巻く。

 時空間瞳術、万華鏡写輪眼の一つ。

 そこから封印されたアーチャーが姿を見せ……

 

「はぁっ!」

 

 シオンに斬りかかった。

 

「バカが。神威は出し入れの瞬間以外は全てすり抜ける。お前が出たってことは実体が無くなったってことだ。諦めろ」

「く……」

「救世主、まだそこの人間とはパス繋がってるのか?」

「ああ」

「なら決まりだ。この4人でバーサーカーを殺しに行く」

「バーサーカーだと?私はおろか君でさえ敗走したではないか」

「黙れ。消耗した後でゴッドハンド相手に一度でも殺せたなら十分だろ。次は殺し切る」

 

 シオンはアーチャーの不意打ちを何事も無く透過し、バーサーカーへの対策へ向ける。

 

「じゃ、今から行ってくる。セイバー、神威で運んでやろうか?」

「……いいえ。そのくらい、自分で歩きます」

「そうか、ならいい。アーチャー組は歩けるな。じゃ、土産はあの人形のの首でいいか」

「目だけでいいよ」

「やっぱやめだ。バーサーカーのにしてやる」

 

 ひたすらにいらない土産だ、と言う暇さえなく、シオンとセイバー、凛とアーチャーは家を出て行った。



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第44話

「解析完了。シロウとバーサーカーの場所は把握した。ところで今更だが、シロウを拾って一旦帰るという選択肢があるよな。それはどうする。無視していいか?」

 

 アインツベルンの森の手前からその全体を把握する。

 シロウの体温とバーサーカーの霊基は探知できたが他の反応が無い。マスターはどこだ?他に人はいないのか?

 人間に魔術的なのを頼んでもバーサーカーすら捕捉出来ないとのこと。ならば居る前提で進めるべきだな。

 

「無視するも何も貴方次第よ。バーサーカーをこの場で倒す作戦はあるの?」

「ナメてんのか。今のオレは出来損ないの人形だぞ。能力をフルに使わなきゃゴッドハンドは抜けない。そして、オレ達が最も理想とするのは七騎全ての生存だ。アレを殺さずに戦闘をさせないのは今は中々に難しい」

「つまり何よ。面倒な話は要らないわ」

「この場でやるならバーサーカーを殺すしか無い」

「なら決定よ。ここでバーサーカーとケリを着ける」

 

 やるのはオレだがな、と人間の決定に乗る。

 それが決まればあとはシロウまで走るだけ。

 ったく……生存第一と言ったはずなんだがな。所詮人はその程度か。

 

「戦闘になればお前らを助ける余裕は無いかもしれん。覚悟だけはしておけよ。行くぞ」

「はい」

「勿論よ」

「……」

 

 ♢♢♢

 

「ところでウタネさん」

「んー?」

 

 お酒を片手にぼーっとしてると、えっちゃんが部屋に入って来た。

 

「バーサーカーがシオンによって捕縛された場合、この世界での戦争は止まるでしょうか」

「止まるでしょ。何で?」

「戦争は聖杯を完成させるために行われます」

「うん」

「私の……貴方達VNAの目的は聖杯を完成させないことです」

「うん」

「桜さんを覚えていますか」

「うん……何となく」

「このままでは恐らく、聖杯は完成します」

「……????」

 

 ♢♢♢

 

「ここか。うぃーす、生きてるかー」

 

 やはりというか何というか。館内には生体反応が全く無い。

 バーサーカーもイリヤの元にいるのかまだ離れたまま、シロウのいる部屋に到達した。

 

『マジェスティ!エル・サルバトーレ!タイムバースト!』

「……!キング・クリムゾン!」

 

 ドアを開けた瞬間に必殺技。

 反射的に時間を跳ばす事でそれを透過する。

 

「……あれ?シオン!すまん!大丈夫か!?」

「……オレじゃなかったらどうするつもりだ。セイバーなら死んでたぞ」

「わ、悪い……それより、助けに来てくれたんだな。お前は見捨てるもんだと思ってた」

「……ま、気まぐれだ。それよりさっさと移動するぞ。バーサーカーは今もこの館内にいる。戦うにしても広い場所がいい」

「バーサーカーは、だと?イリヤは?」

「探知不能だ。人間の体温はお前だけだった」

「そんなバカな。イリヤの他にも召使いだかメイドだかが居たはずだ。それも無いっていうのか?」

「……そんな反応は無い。だが経験したお前が言うなら居る前提と考える。バーサーカーの側にはイリヤがいるはず、この館にはメイドがいるはず。だから尚更場所がいる。狭い場所でお前ら全員を助け切る自信は無い。今のオレはある程度型落ちだからな」

「どう言う事だ?」

「この体は姉さんのじゃなくてオレが作った人形だ。神秘で言うなら100年前の本物と現代の贋作ってとこだ。無茶はできない。だからこそ、確実にバーサーカーを葬れる場所までお前らも走る必要がある」

 

 バーサーカーを一度殺してはいるがもう残機も回復してるだろう。

 純粋に12回殺すなら……かなり手は限られる。

 屋敷は既に隅々まで把握している。何故かカバーされた部分もあるがそれはバーサーカーのマスターが知られたくない部分なのだろう。まぁ、それはどうでもいい。

 オレが先導して次に未変身マジェスティとセイバーが並走、人間、アーチャーの順に走る。目指すは玄関口の開けた場所。できれば外に出たい。

 

「止まれ!」

「「「!!?」」」

 

 玄関のドアに辿り着く直前で停止を呼び掛ける。

 まぁ間に合わずにマジェスティがオレの背を押すことになったんだが。

 

「むぅ、神威」

「シオン!」

 

 ドアに触れたオレの体が何からの魔術に……レーザービーム、的な直線の攻撃を受ける。透過するが。

 

「ったく……だから止まれって……」

「わ、悪い……」

 

 オレだったからいいが……アインツベルンてアレだろ、御三家でも最も歴史の深い家系だろ。

 

『あら、それじゃ死なないのね?』

 

 クスクス、と笑う声がひとつ。

 フロアの階段の上に今、この戦争最強のサーヴァントとそのマスターがそこにいる。

 

「……死ぬわけない。それよりお前、何だ?」

 

 アインツベルンのマスター。白髪赤眼と姉さんに似る部分のある幼女だ。更に雪国を思わせる服装……そこまで視認出来ている。直死を持ってしてその死が視えている。なのにあいつに人間の体温が感知できない。

 

「うん、お兄ちゃんとヴィーナスを殺すんだよ」

 

 返答は……見た目の年齢に付随するものか。まぁそれもどうでもいい。

 

「バーサーカーはここで殺す。覚悟はいいか?」

「いいよ♪アナタ如きにできるならね!バーサーカー!」

「➖➖➖➖➖➖➖➖➖!!!!」

 

 バーサーカーの咆哮。

 それだけでもおおよその人間が戦意を失うだろう。

 

「不死には不死だ」

《マイティーアクションX!》

 

 当然オレはおおよその人間じゃない。

 どれほど強力でも、ネタが割れた能力はオレに対し不利。

 こちらもほぼ不死の能力を持つ能力を選択する。

 

「所詮は12しか残機を持たない力。オレの……」

「➖➖➖➖➖➖➖➖➖!!!!」

 

 変身直後に脳天から真っ二つ。

 

《game over》

「「「シオン!!!!」」」

「え……?あ……え?あ、あら。ごめんなさいね!バーサーカーが強過ぎたのよね!あはははははは!」

「く……!出来損ないが……!同じ能力では神秘の格が違うと分からんか!」

《ゲイツ!》《ゲイツリバイブ剛烈!》

「なら……!」

《ゲイツマジェスティ!》

「「変し……」」

《テッテレテッテッテー!》

「ふっ!」

 

 土管から飛び出して蘇生。

 

「「「!!!!???」」」

「ふ……このガシャットはコンテニュー機能が搭載されている。今オレのライフはひとつ減って、残り98だ」

 

 7〜8機でバーサーカーを1度ずつ殺せればいい。

 2人の救世主は固まったままだ。

 

「さぁ行くぜバーサーカー。まずは順当にひとつ……詠唱省略、トライスター・アモーレ・ミオ!」

「➖➖➖➖➖➖➖➖➖!!⁉︎」

 

 白い弓をバーサーカーに当たるよう適当に引く。

 放たれた攻撃は正確にバーサーカーの胴を貫通し、その命を1つ消した。

 

「バーサーカー!?」

「ぐ……やはりそうなるか……」

《game over》

 

 身体が宝具の負荷に耐えられず消滅、即座に復活。残りライフ、97。

 

「はっ……と。救世主、とりあえず何もするな。最悪セイバー連れて逃げられるだけの力は確保しろ……はぁ、くそ、やはり明確なAランク超えは負荷が……」

「シオン!やはり無理だ!私がシロウを抱えて行きます!撤退しましょう!」

「ふざけ、それができねぇから……」

「逃げようとしても無駄よ!アインツベルンの森には至る所に私のマーキングが施してあるわ!それらの場所になら私とバーサーカーは瞬時に移動することができる!1度この城に入った時点で、貴方たちは終わりなの!」

 

 森にあった謎の銃弾や機械部品。意味不明だが、恐らくはそれらに転移するものだろう。

 マーキング、というのは感知できなかったからそうだと断定するしかない。

 

「シオン!俺とアーチャーでバーサーカーを引きつける!その隙にイリヤを!」

「私に命令する気か!だが……仕方ない。変身!」

《ゲイツ!リバイブ剛烈!剛烈!》

《ゲイツ!マジェスティ!》

 

 救世主2人が変身する。

 そしてバーサーカーへ向かう。剛烈の耐久とマジェスティの

 聖杯戦争においては正攻法の1つ、マスターを殺す。たしかにリバイブ剛烈とマジェスティの2人がかりならばマスターを殺す隙くらいはバーサーカーを止められるだろうが……

 

「行けるか……?バグスター特有ワープ!」

 

 謎の高速移動。コレは何故かマイティアクションに入ってた。

 

「さぁ死ね。すぐ死ね、骨まで砕けろ!《ザ・ハンド》!」

 

 マスター……イリヤの背後にワープした瞬間にスタンドを出して攻撃する。

 ザ・ハンド。当たれば確実に対象を消し去る一撃必殺。

 

「➖➖➖➖➖➖➖➖➖!!‼︎‼︎」

「マジか……っ!」

《game over》

 

 即座に救世主達の前に復活。

 救世主2人が足止めしてたはずが……瞬間移動に等しいワープ、そこから右手を振り下ろすまでの隙に救世主をハネ飛ばしオレを殺すだと……

 

「残りライフ……96。まだまだ……」

 

 残機は多いとはいえ、疲労やらは回復しても蓄積されてはいく様子だ。

 身体的損傷はライフで、疲労や負荷は能力でとしないとマズイな。

 

「ふー……!『ニキュニキュ』圧力砲(パッドほう)!」

「➖➖➖➖➖➖➖!!‼︎」

 

 空気を弾いて飛ばす衝撃波でバーサーカーを一瞬足止め、その瞬間に今の疲労と負荷を弾き出す。

 

「さぁバーサーカー!オレとお前の我慢比べだ!」

 

 弾き出したダメージを広範囲にばら撒いていく。

 例えどれだけ速く……音速を越えようとも、空気に触れないことは不可能。ニキュニキュを使う負荷と疲労を弾き、飛ばし、その負荷を弾き、飛ばす。

 そしてバーサーカーも当然圧されるだけでなく、莫大な体力と残機でオレへと到達し一撃でオレのライフを削り取る。

 オレのライフが尽きる前にバーサーカーを削り切れればオレの勝ち、逆なら負けの我慢比べ。



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第45話

「聖杯が完成する?」

「はい」

「ちょっとまって。まって?確かに部外者は出てきたけどさ、サーヴァントはまだ誰も……アサシンは知らないけど……」

「はい。確かに、第五次聖杯戦争の正規のサーヴァントは未だ、その全てが存命しています」

「なら問題無いんじゃないの?」

「聖杯戦争とは、英霊7騎が座に戻る際の孔を聖杯で固定し、根源へ至ろうとするものです。正規のサーヴァントはあくまで戦争開始に際して召喚されたというだけの話です」

「……間桐の持つサーヴァントが全て自害するなら、私達が何をしようと聖杯戦争は終了する……?」

「はい。しかしわざわざ宣戦布告したこと、ウタネさんへの不意打ちなどを含めると、マトウもやはりヴィーナスの殺害を目的にしている、と言うことでしょう」

「自害に気付いてないって可能性は?」

「マトウは御三家です。しかも当主は何代にも渡り家系を支配しているそうです。戦争の発端を知らないのは考え辛い」

「……よし、今から間桐桜を殺しに行こう。大丈夫、最悪この世界から聖杯戦争の概念が無くなるだけだから」

「やめてください。それこそ敵の狙いかもしれません。今はシオンの帰りを待ちましょう。彼ならば射程外から罠や敵の構成を知ることができます」

 

 ♢♢♢

 

「ぐ……はぁ……く……」

「あはははははは!これで何回目かしら?アナタが死ねば全て終わるわ。最優と言われるセイバーも、御三家のリンも、私たちを裏切ったシロウもね!」

「裏切ってなんか無い!俺は親父……」

「正義の味方になる……オマエは確かにそう言った……はぁ……そして……アインツベルンを、自分と母を裏切った切嗣に、その家族に復讐を……そう言った……」

 

 シロウの言葉を遮ってシオンが口を開く。

 そしてシロウもイリヤスフィールも同様に肯定を返す。

 

「……ああ」

「ええ。その通りよ」

「その真実を……正す」

「なに……?」

「イリヤスフィールゥ!」

「……!」

「なぜ衛宮切嗣が聖杯戦争の後、お前の前に姿を表さなかったのか!なぜ勝利しておきながら聖杯を破壊して理想を放棄したのか!なぜ衛宮士郎に魔術刻印ではなく正義の味方という叶わぬ夢を残したのかァ!」

「……っ!」

「シオンやめなさい!それ以上は!」

「ハハぁ……!」

「シオン!」

 

 凛の静止も極限状態のシオンには一切の意味も無く、シオンの叫びは続く。

 

「その答えはただ1つ……!イリヤスフィールゥ!お前が……聖杯(お前の母)が!破壊しか生まない、災害でしかなかったからだぁ──────はははははははははは!」

「え……?私が……?」

 

《game over》

 

 バーサーカーの攻撃と共に鳴り響く電子音。実に99回目。

 

「私が……聖杯?災害?」

「シオンが……死んだ……?イリヤが聖杯だって?」

 

 無情に鳴り響く電子音、死神の様に立ち上がるバーサーカー、ヴィーナスがサーヴァントに負ける有り得ない事態に立ち尽くす救世主と他2名。

 

「く……凛!今はシオンの発言は無視だ!私が場を繋ぐ、お前たちはマジェスティの能力で撤退しろ!」

「ふざけるな!お前はどうする!リバイブでアイツに勝つ気か!?」

「これが最善だ!お前たちが生きていなければ意味が無い!」

「だったら俺がやる!俺のプライムなら……!」

「お前がもし負ければ私では逃げ切れん。だがお前なら、私の稼ぐ数秒で可能な筈だ。ディエンドを使え」

「……!お前……っ!そんなことで自分を……!」

「これが俺の選んだ正義の道だ。それを正面から歩いて何が悪い」

 

 荒く息を吐くバーサーカーの前にリバイブ剛烈……アーチャーが立ち塞がる。

 

「あは、あはは……ヴィーナス、頭おかしいのね……バーサーカー。頭おかしい連中は跡形も無く消しちゃって」

「➖➖➖➖➖➖➖!!!」

「「「「……!!!」」」」

 

 バーサーカーの咆哮に4人が怯む。

 当然だ。自分たちの盾となり矛となるはずのヴィーナスはその圧倒的な力に敗北した。今更自分たちでどうこうなるなど考えるほど馬鹿でもない。

 

「やっちゃえ!バーサーカー!」

「➖➖➖➖➖ ➖➖➖➖➖!!!!!」

 

 狂気の斧が4人を襲う。

 

「あーあーあー……まだオレが終わってねぇぞ?」

「「「!?」」」

 

 バーサーカーの背後に現れる声。

 バーサーカーは瞬時に反応してその影を両断する。

 

「……はは、ダメだろうバーサーカー。狙うなら急所を狙わないとなぁ」

 

 両断されたはずの影は尚そこに立っている。

 100を超える死を超えて、フタガミシオンがそこに立つ。

 

 ♢♢♢

 

大嘘憑き(オールフィクション)!『オレがバーサーカーに99回ブッ殺された事実』を無かったことにした!」

 

 我慢比べはオレの負け。

 

「シオン!生きてたんだな!」

「オレ達は元々生きてやいねぇよ……それに、結局バーサーカーも8しか削れなかったしな」

 

 そもそも攻撃に耐性付いてくバーサーカー相手に同じ能力で我慢比べは頭が悪過ぎた。多分もうニキュニキュは一切効かないな。

 

「当たり前よ!人類の歴史の中でバーサーカーに勝てる奴なんていやしないわ!」

「あーはいはい、確かにつえーよ、大したもんだ」

 

 イリヤスフィールが未だオレを見下ろしている。一度オレを殺した程度で見下している。

 

「けどもう飽きたわ」

 

 能力を選択。

 

「➖➖➖➖ ➖➖➖➖!!??」

 

 とある黄色の魔法使いのリボン。

 決してバーサーカーを完全に拘束できる訳ではないが……無限に出現し巻きついていくリボンの質量ならその動作を極めて遅らせることができる。

 

「人類の歴史がどうかしたか。VNA(オレ達)は世界だ。お前ら生命は世界に勝てるか?」

 

 パチン、と指を鳴らせばバーサーカーの周囲を無数のマスケット銃が覆う。

 そして無感動に乱発され、バーサーカーの霊基を削っていく。

 

「イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。お前は聖杯の器、鍵となる存在だ。それを知って尚戦うか?今のまま戦わずにいるなら永遠に生きていられるぞ?」

「……嫌よ。バーサーカー!」

「➖➖➖➖ ➖➖➖➖!!!」

 

 バーサーカーがリボンを全て吹き飛ばし咆哮する。

 

「やはり確実性が無いと抑えられんか。だがもう分かった。お前は死ね」

 

 バーサーカーが膝を着き、消失していく。

 

「「「……え?」」」

「え?嘘……バーサーカー……?」

大嘘憑き(オールフィクション)。バーサーカーの蘇生を無かったことにした……ストックが無くなったゴッドハンドは、そのまま消えるしかない」

 

 いくら代替生命での擬似残機であろうとも、蘇生するということはその直前は死んでいるということ。蘇生機能を無かったことにしてしまえば、残機がどれだけあろうと関係無い。使う前にゲームオーバー。コンテニュー不可能だ。

 

「シオン!サーヴァントは殺さないんじゃなかったのか!」

「いや、オレだってここまでするつもりはなかったんだ。消して12機までと決めていた。だが相手がこちらの譲歩を踏みにじるなら……全て消すしか無いじゃないか」

 

 救世主が食いついてくるが関係無い。どうしても戦い続けるんだからしょうがない。オレは悪くない。

 

「➖➖➖ ➖➖……!」

 

 消えかけのバーサーカーはそれでも斧を握りしめ、射程内のオレにそれを振るう。

 当然そんなもの食らってやるとして、当然そんなこと無かったことにする。

 

「バーサーカー。何をしようが全て無駄なんだ。お前は消える。お前ら人じゃ世界には勝てない」

 

 最高峰の英雄が無意味に消えた。

 残ったのはマスターにして聖杯の器、イリヤスフィールのみ。

 

「さて、どーするかね。お前はオレ達の保護を受けるか?ここで死ぬか?それとも永遠に死に続けるか?」

「……」

「返事くらいしろよ。人の形してるんだ、そのくらいの知性はあるだろ」

「……やだ」

「はぁ……そうか」

 

 やっと帰ってきた返答は拒否。

 しかしコイツを殺すことは戦争の崩壊を意味する。戦争は続けられなければならない。

 

「我が救世主、家までのオーロラカーテンを頼む。コイツは連れて行く」

「いいのか?」

「最悪コイツが生きてりゃなんとかなる。姉さんの部屋のオブジェが増えるだけだしな」

「……それなんだが、いい加減慎二は降ろしてやってくれないか?」

「ふざけるな。あんなものを歩かせる訳がないだろう。食事は与えてやってるんだからそれで妥協しろ」

「はぁ……戦争が止まれば、解放してくれるんだろうな?」

「ああ。オレだってあんなモン姉さんの部屋に置いておきたいわけじゃない」

 

 イリヤをとりあえず写輪眼で気絶させて担ぎ上げる。

 そして救世主のオーロラカーテンに足を進める。

 さて……まぁ、バーサーカーが死んだ……一騎でも欠けた戦争は平穏に中断するか……?



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第46話

「はぁ……螺子で留めるか?糸で縛り上げるか?どうするか……」

「あのさぁ、一応私の部屋ってプライベートなんじゃないの?」

「……姉さんがそれをオレに言うとは思わなかったぞ」

「シオンにじゃないよ。壁に並んでるのについて言ってるの」

「他に置く部屋ねぇんだ、たまの不都合くらい楽しめ」

「バーサーカー殺しちゃったんでしょ。その不都合、長くなりそうね」

「あ?」

「聖杯、このままだと止まらないんだってさ」

 

 いきなり部屋に戻ってきたシオンが例の少女を壁にあてがっているところに心にもない抗議をしてみる。

 まぁ、事実上無限の存在時間があるんだし数年くらいならなんともないか。

 

「どういうことだ?」

「私達ってさ、聖杯が完成しないようにってことで動かされてるじゃん」

「まぁそうだな」

「でも今の状況だと戦争止めても聖杯が完成しうるんだよね」

「……は?」

「間桐桜のサーヴァントが聖杯が再度召喚したサーヴァントってのは聞いてた?」

「戦争再開を促すためのだろ。そんなもん……なるほど。それは確かに無視できんな。奴らのサーヴァントが全員死ねば……コイツが完成するってわけか」

 

 状況を把握したシオンが気絶してるバーサーカーのマスターをぺしぺし叩く。

 

「しかもバーサーカーも入れるともう2騎だよ」

「は?」

「ランサー回収の時に私何か1人殺しちゃった」

「……そーいやそんな話もあったような……」

「だから……正規のサーヴァント6騎の他に新たに呼び出され、マトウに使役されるサーヴァント残り6騎も休戦、ないし拘束しなきゃならないってことだ。かなり……面倒な展開になったよ……」

「……記憶だが、確か聖杯がその機能を使うのには7騎とは言わず、5騎もあれば大抵の願望が叶うはずだ。だから恐らく残り2騎。オレ達がこの世界で殺していいサーヴァントはそれだけだ」

 

 そもそも間桐桜の目撃がえっちゃんだけだから……令呪がどれほどなのか明確じゃない。

 更には6騎のサーヴァントが1勢力下に統括されてる。

 

「しかもヴィーナス狙いのバカがまだ来るかも知らんしな」

「それホントなんなんだろうねー……」

 

 未だに謎なのがヴィーナスの存在。未だ封印指定ってことしか知らない……しかもまるで身に覚えがない。

 

「ま、どうせ戦争には関係ない連中だ。来たら相手って感じでいいだろ。今は間桐だ、そーなった世界線は知らんしな。対策するならそっちだろ。とりあえず見えたら殺すでいいか?」

「ぶっそーだけどしかたないか・・・・・・」

「バカを黙らせるには殴り殺すしかないからな」

「死人に口なし。それができれば一番なんだけどねー」

 

 殺して済むなら初日で終わる。そうしない、むしろそれが禁忌に近しい行為だから面倒だ。

 

「ねー、シオンの能力でヴィーナス探れないの?」

「あん?」

「心を読むとかあったよね?」

「あるが……ふっ」

「あいたっ!」

 

 シオンが軽く息を吹き、部屋の隅にいた……シエルさんの頭に時計が落ちる。

 

「ヴィーナスを追ってる奴らでさえその名前しか知らねーんだ。姉さんの上位互換の……あの教師の能力使わねーとわかんねーよ」

「じゃあそうしてよ」

「できねーからやってない。アイツ、この世界にいるぜ。幸い敵意は無いみたいだがな」

「唯一の懸念点がソレかもしんない。私達勝てるのかなー」

「さぁな。どーせどっかの未来に戦う時があるだろ、準備しとけ」

 

 だねー、と軽く戦場を想定する。

 私の前に立つ……統一言語……よし。想像力の限界だ。

 想定なんてできるわけない。どんな能力だろうと使い道は必ず存在する。その能力の対象が広いなら尚更だ。だからこそ無限に未来が予感される。

 

「ヤバいシオン。私死ぬかも」

「マジか。どーする。対処できるとすればどんな方法だ?」

「んー、戦わないってのが最善かも」

「……そりゃ無理だ」

「だよねー……」

 

 私とシオンが揃って絶望してるところにシエルさんが質問を投げる。

 

「貴方たちでさえ、それほど対策が必要とする存在があるのですね。この戦争が終わればその存在と対決するのですか?」

 

 対策……対策は必要だ。何よりもね……

 

「「対決予定は無い」」

 

 してたまるか。統一言語だぞ。あらゆる存在の事実を決定する言葉だ。

 私のは私が認識する世界の物質全てを自由にできるが統一言語は生命でさえ思いのままだ。両儀の器さえ手玉に取れる能力相手に四象のカケラの私が対抗などできるわけないだろ。泣くよ?

 

「なら何故今対策を?」

「オレ達永遠を望むモノにとって、遥か未来に起きる出来事は次の瞬間の課題になる。お前ら生命は死ねば全ての問題から逃避、解放されるがオレ達は全てに対応しなくちゃならない」

「えーと……私も一応不死身だった事があるのですが、話があまり理解できません」

「例えばだ。今の人類が不死になり不死身になったとしよう。するとその瞬間、最低2つの課題が出てくる。老化と身体欠損だ。どれだけ遅れさせても老化は進むし、事故や戦闘により手足が無くなれば取り返しがつかない。そんな状態で永遠に生きていくことになる。対策しなければ頭も身体も砂漠より干涸びたダルマの完成だ」

 

 私達からすれば老化も四肢欠損も大した問題にはならない。けれど内容は同じ。

 私の言葉の上位互換への対策をしなければ出会ったら最後、永遠に殺され続けることになる。もちろん統一言語以外の私に脅威になる存在も同様だ。殺され続け、犯され続け、能力を利用され続け、存在を使われ続ける。

 生前は死ねば終わるからと何の対策もせず日々を虚無で過ごしていたけど、今は昔ほど虚無でもない。無限に転生することを自覚して、それが強くなっていく程に日々が忙しくなる。人間の感覚でいう充実するって事だ。

 

「壮絶な、生き方ですね」

「そうか?お前らの方が壮絶だろうに」

「え?でも、私は死にます。今となってはもう死に抵抗する力も失いました。苦しむのは一瞬です」

「そう。その一瞬だ。長期連載してる漫画と2時間に満たない映画、壮絶な……起承転結、喜怒哀楽……それが激しいのは映画だ。2時間という短い時間で始まりから終わりまで、感情が激しく入れ替わる。連載漫画が1話や2話でそう忙しく場面が移り変わることもない。壮絶というなら、お前ら生命の方だ」

「……」

「ま、オレ達も力……能力を失えばタダのゴミ、社会性処理困難物になるだけだ」

「社会性……?それはどのような?」

「社会的な能力を失った生命だ。老人とか、障害者とか、末期患者とかだな」

「う……く、シオン。その言い方は訂正してください。私の頭痛の原因がその発言にあることは理解できるでしょう」

「なんだ?自分も老人だからやめてくれってか?」

「違います、倫理観の問題です。貴方は自分がそうなっても、その名称を使えるのですか?」

「当たり前だろ。日焼けしたやつを見て日焼けしてるって言うやつが自分も日焼けしたらそれを否定するのか?モノがどう変わろうと名称の定義は変わらない。地球は地球だ。自分だけが特別なはずだとかいうバイアスはやめろよな。オレ達は昨日となんら変わらない日常の中で突然地べたを這う事になるんだ」

「すみません。ヴィーナスは単に世界に対する脅威だとしか認識していませんでした」

「それも当たり前だ。オレ達は世界であって世界の敵じゃない」

 

 そう。恐らくこの世界のヴィーナス……私達に対する認識の間違いはソレだ。私達は……世界の物質、世界の存在、世界の歴史、世界の構築、世界の願望と言って差し支えない。あくまで世界基準であるだけだ、決して敵ではない。

 私達は破壊活動をしない。世界征服なんてありきたりな野望に興味さえ無い。より確かな、より実現不可能な、永遠を求めるだけの存在。

 私達を敵とするなら世界に生きる生命であって、世界の敵では無い。ありえない。

 だとするなら……この世界のヴィーナスは何をしている……?



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並行世界 アインス

「お前も、もう眠れ……」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「バーサーカー!バーサーカーぁぁぁぁ!」

 

 倒れ伏した巨漢に泣きつく少女、それを背にし剣を振るう金髪の騎士。

 それを無感情で迎える銀髪赤眼の女性。VNAの1人、リインフォースアインス。

 

「何故です!?私たちの理想を叶えるためにと!戦争終結に協力してくれていたのは嘘だったのですか!?」

「嘘なものか。戦争は終わる。この世界全ての争いがな。お前もサーヴァントなら望むものがあるだろう。聖杯如きに頼ったところで、それが100%正確に叶うとも限らない。私ならお前たち全員に等しく、お前たちの理想そのものを見せてやれる。お前たちの誰も死ぬ事無く、皆が同じ夢を見る……自分の理想の世界という、同じ夢を。六道、神羅天征」

 

 リインフォースが軽く腕を突き出すだけでこの世の法則が少しだけ変化する。

 

「ぐぁぁぁぁぁっ!」

 

 最優と評される剣技も、全てを見透す輪廻写輪眼の前には歯が立たない。

 全てのサーヴァントと戦いながら、その全てをアインツベルンの森に集め、各個撃破していくVNAの1人、リインフォース。

 銀髪赤眼の凛々しい女性だが、その左眼は波紋模様に複数の勾玉模様が映る不気味なもの。

 

『セイバー!避けろ!』

「っ!アーチャー!」

偽・螺旋剣(カラドボルグⅡ)!』

 

 遠方から空間を切り裂く矢が放たれる。

 流石のセイバーもこれには大袈裟な回避行動を取らざるを得ず、敵の牽制も忘れて大きく跳ぶ。

 

「……無駄だ。輪廻眼はあらゆる術を吸収する。私はVNAだ、忍術だろうと魔術だろうと(わざ)はワザ。くくりは同じだ」

 

 矢はリインフォースに到達する直前に謎の障壁に阻まれ、左眼の輪廻写輪眼に吸収される。

 

「お前とアーチャーで全て終わりだ。他に『ゲイ!ボルク!』……いたな。無駄だがな」

「な……」

「ランサー!」

 

 リインフォースの背後から心臓を穿つことを確定した槍が貫通する。

 それでもリインフォースの平静が揺らぐ事はない。

 

「神威……万華鏡の一つだ。5分間あらゆる攻撃をすり抜ける。そしていかに因果逆転の能力だろうと、神威には神威でしか干渉できない」

 

 無敵。今のリインフォースを形容するにそれ以外があるだろうか。

 過去5回の聖杯戦争で最強の7騎と称されるサーヴァント全てを相手取り、かすり傷一つ無い。息が乱れる事さえ無い。

 

「ランサー!一度引け!無限の剣製(アンリミテッドブレイドワークス)!」

「チッ!」

「固有結界か。この世界は……知っている……お前の世界だったか」

 

 無限に広がる荒野に突き刺さる無限の剣。

 そこに第5次聖杯戦争の3騎士が同じ敵を前に並ぶことになった。

 

「壮観だ。だが、何故そこまで抵抗する?お前たちは理想を求めてサーヴァントになったのだろう?」

 

 それでも尚動揺のないリインフォース。

 理想の世界の実現を拒む理由が理解できず推測もできない彼女は、ただそれを知りたいだけだ。

 

「私の理想は我が故郷の救済だ!夢を見ることなどではない!」

「……その理想を見せてやると言うのに」

「夢では人は救われない!」

「それはお前の主観だ、セイバー。お前が王をやめたとしても、また他の誰かが王になる。その王は救済をもたらすか、破滅をもたらすか。はたまたお前と同じ思いを抱くか?それは分からない。無限に広がる並行世界、ネットに弾かれたボールと同じ、無限の領域だ。お前以外が王になるという願いはお前がその負担から逃げたいだけだ。だが無限月読なら。お前が理想とするその世界を実現できる。なんら不備の無い、誰1人として不満の無い、その世界のどこにも矛盾の無い、万人にとっての理想の世界が実現する」

「ふざけるな!そんなことができるはずが無い!」

「できる。たとえばこの戦争だ。参加者全員の理想は聖杯を手にすること。それは現実ではあり得ない。だが無限月読なら、その全てが実現できる。勝者は自分ただ1人、それが全員に実現する。誰もが喜び、誰1人悲しまない。止まらない欲求の実現、断ち切られる負の連鎖。その幸福に上限は無く、その不幸はゼロになる。お前たちが存在してきた全てが報われるんだ。何一つ無駄など無い理想の世界だぞ。何が不満だ?」

「例え理想の世界を夢見たとしても、そこに人の輝きは無い!苦痛も挫折も、人として目の絡む輝きだ!それを貴女は度外視している!」

「なら、それも夢見ればいい。自分が、他人がかは知らないが、苦痛を味わいたいならそれも叶えよう。この現実と変わらぬ夢を見ることもできる。この現実で可能な事は全て可能だ。この現実では不可能な事も全て可能になる。架空の他者の苦しみを糧に、現実の全員が幸福を得る。それが永遠に続く。なぁ、拒むなら教えてくれ。私の永遠は何が間違っている?」

 

 誰もが同じ夢を見る。それに間違いは無い。だが、今生きている人類への倫理観という点において、リインフォースはセイバーとは決して分かり合えない。

 

「人じゃない……!貴女は自分が同じことをされても!そう言えるのですか!?」

「ああ。私以外が無限月読をするなら従おう。手助けもしよう」

「貴女の肉親がいたとしてもか!?」

「ああ、はやてや騎士たちにも同じ夢を見せてあげたい」

「く……狂ってる……!」

「……何を。自分の欲望のために英霊などという意味の分からない存在になったり知名度でステータスの上下があったり霊体化したりだの、お前たちに比べれば十分に正気だ。人の派生にして人を食わないと生きていけないのに寝て体力を回復するとは。身体の成長も不死性も、共通点など探せば幾らでも出てくるものだな」

「何の……話だ?」

「いいや。なんでも──」

 

『令呪を持って命じるわ。バーサーカー。アイツを殺しなさい』

 

「──令呪だと?」

 

 セイバーがリインフォースの言葉に困惑する中、イリヤの声がリインフォースを刺激する。

 

「➖➖➖➖➖➖➖➖➖!!!!」

「流石擬似令呪の塊だな。既に3機蘇生できたか」

 

 リインフォースとて目標は聖杯戦争の中断。バーサーカーを戦闘不能にして1機は代替生命を残していたのだが、イリヤスフィールはこの時間だけで3機もの代替生命を回復してしまった。

 

「だが無駄だ。いくら狂化を上げて戦闘力を増そうとも……神威に届く事はない。ブラッディダガー」

 

 本来なら塵も残らぬ勢いのバーサーカーの連撃が、その全てがすり抜ける。リインフォースはただ神威を維持するだけ、一歩も動く事なく、微動だにせず神代の攻撃を眺めている。神威は神威以外の干渉を受けない。ただその一言のなんと重いことか。並大抵の存在が神威を持ったとしても5分間、バーサーカーに攻撃され続ければ恐怖に怯み、5分後の対策は無いに等しい。しかしリインフォース、VNAはバーサーカーをものともしない。全くの脅威に値しない。

 リインフォースの言葉ひとつで固有結界の中にアーチャーの物でない紅いダガーがそれこそ無数に発生する。

 

「「「!?」」」

「まぁ、このくらいならアヴァロン、アイアス、矢避けで回避できるだろうが……バーサーカー。お前は少し大人しくしろ」

「➖➖➖➖➖➖➖➖➖!!!!」

 

 無数に発生したダガーが……発射されては発生し、再発射され続けたダガーが空中で爆発。

 ガス爆発など生温い、およそ3分にわたる無限爆破。

 

「だが死んでもらっても困る。このくらいか」

 

 爆破が止まる。

 そこには爆破前と変わらず仁王立ちのリインフォースと、各自満身創痍のサーヴァント4騎。

 その最前線で爆破を受けた為に爆破痕に全身を染め、辛うじて立っているバーサーカー。

 

「まさか……バーサーカーがこれほど簡単に……」

「バケモンめ……」

 

 アーチャーとランサーがそれぞれ悪態をつく。

 

「本当に、分からないんだ。何故お前たち生命は夢を……永遠を受け入れない?死ぬ事なく、自分の理想のまま続く世界。何の苦痛も無く、何も失わない。全てを手にし、全てが足りる。どれほどの欲望を持とうとも、無限月読はそれを受け入れる。死ぬことが望みならそれも可能だ。好きにするといい。お前たちも、もう眠れ」

 

 リインフォースの語りはグズる子供を寝かしつけるような、一方的な質を含む。

 明らかな立場の差を押し付けるようなその態度に、ランサーが怒りを露わにする。

 

「じゃあ何か、テメェを殺すしかねぇってことだなぁ!」

「殺す?私と戦うつもりだったのか?」

「最初っからそれしかねぇだろうがよ!」

 

 ランサーの高速の攻撃も全て神威のすり抜けにより意味を成さない。

 

「……戦いたかったのか。それが夢の前の最後の望みなら、それも叶えよう。お前たち相手なら、コレだな。変身」

 

 神威ですり抜けているため、ランサーを意に介す事なくドライバーを装着、そこから出てきたゴースト(?)によってランサーを引かせる。

 

《レッツゴー!覚悟!ゴ・ゴ・ゴ!ゴースト!》

「仮面ライダーゴースト。まぁ、お前たちと戦うならいい采配だろう?」

「けっ、それがテメェの武装か!ナメた格好しやがって!」

「……ケルトとフェイトにだけは言われたくないぞ……だが、私ならサーヴァントとも戦える」

 

 ランサーの突きを軽々と受け流すリインフォース。

 

「攻撃を受けるって事はすり抜けてねぇってことだよな!なら今度こそ食らえ!ゲイボルク!」

 

 近接必殺の刺しボルク。

 回避行動を取るもその槍は必中、神威でのすり抜けを解除したリインフォースにそれを躱す術はない。

 

「だがお前にも受けてもらうぞ。ゲイボルクを」

 

 リインフォースの背後からランサーの物と同じ槍が出現、2つの槍がそれぞれを躱すよう軌道を変化させ互いの心臓に命中する。

 輪廻眼をも解除し、更なる能力を発動させたリインフォース。

 

「……何ぃ……!?」

「ランサー!」

「いや、だが!これで奴も死ぬはず!」

 

 互いに膝を突き、ランサーは自身に刺さった槍を抜き、リインフォースに刺さった槍とダメージを受けたゴーストの変身は消えていく。

 セイバーはランサーへ駆け寄り、アーチャーは宿敵と難敵の消滅を確信する。

 

「シオンじゃないが……とある人形師の言葉だ……怪物には3つの条件がある。ひとつ、怪物は言葉を喋ってはならない。ひとつ、怪物は正体不明でなければならない。ひとつ……怪物は、不死身でなければ意味が無い」

「「「!!!」」」

「私達は世界だ。お前たちは世界に生きるもの。だから、私達には勝てない……オーバーヘブン」

 

 そしてリインフォースは何事も無かったかのように立ち上がる。

 

「ランサーから受けた傷が……」

「私達がいない基本を含む並行世界において、お前たちはそれぞれ同じ、または似た能力を持つ。全く同じではないにせよ、お前たちが使うという点において同じ類の能力である事に違いは無い。私と戦うと言うことは自分と戦うと言うことだ。鏡と同じだ。鏡に映る自分には何をどうしても勝てやしない。負けることもない。あらゆる存在は自分には勝てないし、自分には負けない。結果は相討ちだ。だが、あらゆる存在にはそれを超える術が存在する。当然、私もそれを使える。だからお前たちは私に勝てないし、私はお前たちには負けない」

「く……」

「お前たちという世界の生命が……いわゆる全てが無限の幸福を得られるのなら、私という有限の対価を払う価値はあると思わないか?私が作るのはお前たちが望む明日だ。私が生き続ける限り神樹はお前たちに無限の幸福を与える。お前たちサーヴァントも私達から見るなら生物ではないが生命だ。この能力なら対象にしてやれる。生前のお前たちを対象に今のお前を連れていく」

「何……?」

「セイバー。人の幸福には上限がある。全ての理想が安定的に、際限なく叶うとしてもその幸福は一定のラインに達すると横ばいになる。言わば天井がある。だが、不幸には下限が無い。どれだけ底に落ちたと思っても、まだ下に落ちていく。この世界を逆に写したようなものだ。地表という天井があるのに、空という下限が無い。底無しの穴なんだ。闇の書での被害者、その関係者はどれだけの不幸を被っただろうな?どこまで落ちていっただろう。まだ見えるほどだろうか?どうしても届かないほどだろうか?これから世界の全てが天井の幸福を得たとして、その不幸に見合うだろうか。その穴が埋まるまで、私は無限の幸福を与えてやろう。この世が生まれた時から発生した不幸を相殺できるまで、私は永遠を作り続けよう。

 

 

 

 

 

 

「そうだな……素晴らしい提案をしよう。お前たちもVNAにならないか?」

「は……?ぶい……な?」

「ああ。セイバー。お前もまた、弱点があるとは言え不老不死、不死身だろう。あともう少し力があれば、私達の足下に及ぶ事くらいはできる」

「貴様……っ!私の能力を知って尚、そう断言するのか!」

「ああ。お前の不死身はアヴァロンあってこそだ。真に不死身ならばサーヴァントになどなりはしない。アヴァロンを奪われた程度で死ぬお前では……サーヴァントとなって、その上で全力の攻撃をしても街1つ程度、国を滅ぼす事さえできないお前では、私達には到底及ばない」

「な……」

「私達ならその身ひとつで不死身だ。不老不死だ。誰の干渉も全く問題としない。その気になれば世界そのものを焼き払うなど雑作も無い」

「ばかな……」

「そう。バカなんだ。どうせ生きる価値も無いクセに求めた永遠を忘れられないバカな5人だ。ああ……安心していい。私達の中には抑止力が2人いる。どちらも……うん、まぁ……今の人類を救おうという存在だ。だから……まぁ、言ってて恥ずかしくなるんだが、私が無限月読を完成させる事は無いだろうな」

「……???」

「そんな顔をするな。あくまで私達のそれぞれの永遠は未完のままだ、というだけだ。その世界では私が殺されているだけかもしれないし……私以外の生命が絶滅しているかもしれない」

「……!」

「あくまで無限月読が達成できない、というだけだ。私が死ぬなら当然達成できず、私以外の生命が無いのならまた達成できない。恐らく前者はソラ、後者はプレシアが来るだろうな。軽く想定できるのはそのくらいだ。もしその2択だとするなら……お前たちは50%で死に絶える。ソラが来たとてロクな未来にはならない。だったら諦めて……夢を見よう」

「ありえない!そんなことがあってたまるか!」

「ありえる。それがいいんだ。まぁ実際この任務で抑止が私に働かないことは分かっているんだ。諦めて夢を見ろ。もう終わりだ……この世界全ての生命はこれで救われる。これで三つ目の世界だ。『無限月読』」

 

 数ある並行世界、ロリコンの神によって転生させられること三回目。ウタネとシオンがもたもたしている間にリインフォースは二日に1つというペース(一度目・初めての異世界転生に戸惑いながらも対話による解決を目指すも戦闘になり全員を拘束して無限月読。約四日間。二度目は初めから全員を戦闘不能にし無限月読。約二日)で並行世界を無限月読に堕としている。

 無限月読の世界では全ての生物が夢を見る。無限月読の先を目指す気のないリインフォースはそれで終わり。その命が尽きるまで理想の夢を見て絶滅する。

 しかしあくまでもリインフォースはすべての幸福を望んでいる。自分が殺してきた歴代の主たちへの懺悔も込めたその願望は自身のためというより自身以外のためだろう。

 

「さて……ロリコン。終わったぞ、次だ」

 

 リインフォースが虚構となった世界の虚空に吐き捨てる。

 

『お前も大分変わったな。従順な魔導書の時代を思い出せ』

 

 その視線の先にやはり虚無の声が響く。

 

「私はいつまでも主に従順な魔導書だ。お前はただ主と対等な契約をしているに過ぎない」

『誰のお陰で転生出来てると思ってんだ……まったく。次だ。さっさと行け』

「初めからそうしろ。はやて達の世界に特異点が出現する危険を回避できる目処は立ったんだろうな?」

『まぁな。話すのは手間だからやらないが。後はどうでもいいな?行ってこい』



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第47話

「いーわえ〜わーたしのーてんせーをーせーかいの〜えーいえんを〜」

「何歌ってんだ姉さん」

 

 ノリノリでクッキー生地こねてたらシオンが水差してきた。物理的に。ボウルに計量カップいっぱいの水が躊躇いなくひっくり返される。

 

「ちょお!?何やっとるん!?」

「落ち着け、別人出てるぞ」

「おぉ……焦ると関西少女が……じゃなくて、これどうしてくれんの」

「あ……?何が」

「何が!?生地水浸し……じゃないね?」

 

 無限に粉足さないといけないレベルだった生地が元の通りに戻ってる。

 

「オールフィクションで無かったことにした」

「そんな下らないことして下らないことに能力使って……負荷どうするの?」

「別に。ニキュニキュで弾き出して磔にした間桐慎二(生きてる壁紙)にちょっとずつ飛ばして遊ぶだけだ。卿やイリヤもやるようになった」

「え……」

「イリヤも魔術の最先端だけあって触れずに飛ばせるし卿は痛覚無視して飛ばしてる。肉級で弾かねぇと小分けに出来ないはずなんだがな。まぁオレの能力だしな。そういう並行世界の能力だったんだろ」

「無茶苦茶過ぎる……」

 

 元の能力では弾いたダメージはその能力の肉球でしか弾けないらしく、弾こうとする意思で弾けるのが原典と違う点、らしい。知らない上どうでもいい情報だ。使えないこちらとしてはな。

 

「今更だ。んでな。殺して回ろうかと思う」

「うん……何を?」

「マトウのサーヴァントを」

「えぇ……」

「もういっそやり直そうぜ。フランシスドレイクなんぞ大英雄、この戦争に追加するには十分なサーヴァントだがそのレベルが7騎はダルすぎる。全部殺してマトウがいない世界をリセマラした方がマシだ」

 

 ドレイクというらしい、あの銃を使うサーヴァント。クラスはライダーだった。大英雄だったのか……

 

「異世界ガチャとか破産しそう。で、今のマトウに勝算あるの?」

「さぁ?サーヴァント6騎程度に負けるか?」

「いや、負けやしないだろうけどさ……」

「卿もなんやかんや記憶引き継げそうだし3周目くらいには達成できるだろ」

「初見攻略失敗したら次も失敗する見通しなのほんと」

「初見でギリギリの突破、できなけりゃ完璧な攻略のためにデータ取るだろ」

「どーにかしなよ。その無敵の能力で」

「あーオレの能力な……とりあえず、外にいるから殺してくる」

「外?」

「間桐桜の差し金だろ。新しい能力を試してみる」

「なにそれ」

「相手への完全な擬態だ。ヴィーナス狩りの1人が持ってた能力だ」

「おふ」

 

 シオンの能力……月読というやつで能力の全容を見せられた。いつぞやに使わないって言ってなかったっけ。

 それはそれは素晴らしい能力で、擬態したい人物を知っている相手とその人物に触れる会話をする。その次にその人物の所有物に触れる。最後にあらゆる視線が無い場所に行けばその人物と全く同じ見た目と中身を得ることができる。能力者の意識がある事以外は全く差異のない人物が2人存在することになる。

 

「で、これでどうするの?」

「とりあえず陣営の内容を割る。間桐桜の物品はあの男が持ってたから話すだけ」

「物品?」

「ん、多少の化粧品と下着類だ。じゃ、行ってくる」

「ん、お願いね」

 

 ♢♢♢

 

「よっ」

「……」

「お前……バーサーカーかよ……」

「……」

 

 時空間移動で外のサーヴァントの背後に出るとバーサーカーだった。

 しかもかなり狂化してるな。喋らねぇ。

 なのに……襲ってこない?

 

「……おい」

「……」

 

 見た目は意外とまともそうな女だ。

 黒髪長髪……紫よりの装束。あとはしゃがんでも膝すら見えなさそうな胸。なんだアレ。日本人か?もはや障害だろそれ。

 

「お前、喋れるだろ。喋れ」

「……死んでください」

「……真名、なんて言うんだ?まさか日本人じゃないだろうな。ドレイクが先鋒なんだ、大層な英霊だろ?」

「……」

「……よ、頼光ぅ……?マジか、お前も女だったのか……」

 

 源頼光。うむ。うむうむ。ガチガチの日本人か……なんでそう盛りたがるんだろうな。

 

「……魔力放出」

 

 隙を見せると一瞬で首筋に刀が迫る。

 打ち合うのではなく、切り捨てる前提の日本武人。

 反撃さえ許さない速度と威力。

 

「……おかしいですね。切ったはずですが」

「万華鏡写輪眼、神威。オレに攻撃は通用しない。無窮の武練に傷が付くか。ま、どうでもいいが」

 

 動き始めてからでは絶対に間に合わない速度だが、動き始める前になら対策は可能だ。オレの未来視はその数秒前を読み取る事ができる。

 だが……この様子では対話にならない。敵サーヴァントを全て把握するという目的は果たせそうに無い。心を読んでも自己防衛に似たロックがかかっていて読み取れない。読めたのは真名だけ。

 

「仕方ない。戦うしかないか。来たからには死ぬ覚悟アリなんだろ」

 

 刀を出し、一度振るって距離を取る。

 相手は無窮の武練、打ち合うだけ無駄だ。オレの未来視程度じゃ互角にすらならない。

 だから……

 

「一撃必殺!無明三段突き!」

 

 縮地法による超速接近に超高速の3連突き。事実上同時に放たれた突きは頼光の喉と両肩に貫通……はしなかった。

 

「はっ!」

「キングクリムゾン!」

 

 突きも縮地法も完全に見切られ、その刀のみで全てが捌かれた上に反撃さえ行う戦闘スキルに驚愕する。

 とっさに時を消し飛ばし頼光の背後に跳んで距離を取る……のに何故だ?

 時間が消し飛んでいる最中はオレ以外の全てが現実を認識しない。つまりは頼光には時を消し飛ばした後にオレが退く方向等は分からないはず。なのに正確に、オレが飛び退いた着地先に刀を振るう頼光がいる。

 だがオレの能力は30秒は消し飛ばせる。その圧倒的予知能力を理解した上で回避を取れば全く問題は無いない。

 だが……それでも。さらに跳び退いたオレに迫ろうとする頼光が見える。

 つまりは……この数秒先、消し飛ばした時間が刻み始めた時、何か対策を立てていなければオレは首を切られて即死する。

 

「……」

 

 時が刻み始めても相手に動揺は見えず。しかしオレの首も繋がっている。

 

「時を消し飛ばしても、消し飛んでいる間のオレの動きが予見できるなら意味はなく、消し飛んだその先で必ず殺せる。無窮の武練はそんなもんだ。だが、オレとてVNAだ。たかが1サーヴァント如きに敗北は有り得ない」

「はぁっ!」

 

 隙を見せれば即座に攻撃される。

 

「……」

 

 しかしオレはその攻撃を適当に対処する。

 

「オレは世界の鏡だ。姉さんの鏡に写る虚像。虚無の世界(姉さん)を彩豊かに写し、それを得る強さとしなやかさ。それらから楓と紗でフウシャ。風車の様に動力源、計測器としての役割を果たす鏡。オレの能力、フウシャはお前の無窮の武練さえ写し出す」

 

 無窮の武練には無窮の武練。同じ能力で戦うことになれば有利不利は無い。

 フウシャ……オレが決めた、オレの力の名前。何もかもが誰かの虚像でしかないオレの、ただ1つだけのオリジナル。

 

「オレはこの名で世界(お前たち)を写し続ける。オレはお前たちを写した鏡、お前たちがいる限り、オレの存在も永遠だ」

「……宝具解放。牛王招雷・天網恢々(ごおうしょうらい・てんもうかいかい)

「それも無論、写してやる。D4C」

 

 頼光の周囲に4人の幻影が現れる。それは頼光と同じ外見でありながら、それぞれ別の力を持つ神の使い。オレ達と似たようなものだな……

 

「オレもお前も、肉親なんて居ないに等しい。ヒトの身でありながら神の力を持ち、人を脅かしうる存在だ。性別を偽って生きたのも、まぁ、今知った共通点だが……オレにもう少しの、普通の奴らの言う狂気があれば……オレとお前は、とても近い存在だったと思う」

 

 オレは救われたいなんて思わない。人間の助けなんてこれっぽっちも望んじゃいない。オレは姉さんのためだけに行動する。頼光はどうだ?誰かの為の行動を重視するか?それは知らない。奴は今間桐桜の為に動いている。

 ……奴が間桐桜に依存できるならそれもいいが……姉さんの妨げになる以上、例え神であろうと生かしておけない。

 

「生き方としては間違っちゃいない。だがここまでだ。カルデアに呼ばれたなら、藤丸に良くしてもらうことだ」



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第48話

 ──さよなら、イリヤ

 ──何を──あなたッ、何をォッ!?

 ──聖杯(おまえ)は、在ってはならないモノだった……

 ──あなた、何を……なぜ聖杯を、私たちを、拒むの……私のイリヤ……そんなどうして!?

 ──だって……僕は、世界を──救うから、だ

 ──呪ってやる……〇〇〇〇……死ぬまで悔め……絶対に、赦さない……

 ──ああ、いいとも。言ったはずだ。僕は、お前を担うと──

 

 ♢♢♢

 

切嗣(オヤジ)ッ!」

 

 衛宮士郎が目を覚ましたのは、居候している何もかもが意味不明な少女の家。

 勢いよく起き上がったものの、正面に見えた時計の文字盤は3時を回っていない。

 

「シロウ?」

「うぉあっ!?」

 

 すぐ隣で発せられた声に布団から飛び退く衛宮士郎。

 枕元に正座したセイバーは士郎の奇行にキョトンとしている。

 

「せ、セイバー……」

「随分とうなされていました。ご気分は?」

「いや、変な夢を見ただけだ……」

「夢?」

「ああ……随分、不思議な夢だ。オヤジが……切嗣が、その、イリヤとその親を、殺す、夢……」

「……!」

「はは、シオンの言葉が染み付いてるんだな。オヤジが聖杯戦争だなんて……その上、イリヤを殺すだなんて……」

「イリヤスフィールはその生い立ちから確かに聖杯戦争に関わるものです、が……」

「シオンが言ったのは聖杯が破滅しか齎さない災害だってだけだ。今のイリヤがどうこうじゃないし、俺たちがどうすべきかなんてのでも無い。その真偽さえ分からない。何も知らないままイリヤを迫害するなんてのは、正義の味方でも、常識を持った人間でも無い。この夢は夢ってだけだ。忘れるよ」

「あの……いえ、体調が悪くなければ、それで」

「そう言えばセイバーはどうなんだ?まだ安定してないんだろ?」

「はい。ですが私はシオンから魔力を度々補給して頂いてますから。彼らと行動を共にする限りは支障ありません」

「そうか……」

 

 互いの無事を確認し、安堵する衛宮士郎。

 少しの沈黙の後、セイバーが口を開く。

 

「その……シロウ。先ほどの夢の内容を詳しく教えて頂けませんか?」

「夢?そんな事言っても……もう忘れかけてる。なんか、暗い雪の中で、オヤジがイリヤを銃で撃って……その後、叫んでる女の人……多分、イリヤの母親を、首を絞めて……う……」

「……すみませんシロウ。気分を害する要求でした。お許しください」

「いや、いいんだ……ただ俺が見ただけの夢だ。ただの……夢」

「……気になるようでしたら、イリヤスフィールに話をされてはいかがでしょう。彼女と何か話せば、また発展があるやもしれません」

「そうだな……でもやっぱりただの夢だ。一応シオンに朝になったら話してみるよ。ありがとう。セイバーも休んでくれ」

「はい」

 

 ♢♢♢

 

「なー間桐慎二」

「ぐ……降ろせ……クソアマ……」

 

 ウタネの部屋、そのベッドに腰掛けて壁に釘付けの間桐慎二に呼びかける。

 

「オレは今、名実共に男だよ、顔面と体格が姉さんのコピーなだけだ。んでな、お前でいいんだよ、そーいえばな」

「なんの……話だ……」

「擬態の話だ。お前が散々こき使って、脅して、殴って蹴って犯して、やりたい放題した間桐桜についてのな」

「……」

「お前がやった事に関してはどーこー言わない。お前がこの戦争以前に何をしてようが興味無い。お前ら生命の3大欲求については姉さんが嫌うから話さない。はは、意外と潔癖なんだぜ?オレ達は」

「……」

 

 そもそもを言うと3大欲求ってのがオレに無い。周囲と食事しなきゃいけない時に食ってるだけ、やる事ねー時に寝てるだけ。

 食わなくても最終的に空腹を感じることも無いし、寝てなくても何ともない。

 

「あ、センセーさんよ、今聞いた話は漏らすなよ。アンタも望んで参加した戦争だ。仕方なかった、ってやつだ」

「私とて犯罪者は犯罪者である。その程度の問題に口を挟むつもりは無い」

 

 壁に貼り付けてあるセンセー……葛木が答える。

 殺人だっけか。まぁ確かに生身の戦闘能力とは思えん程だ。ヤマ育ちめ。

 

「そか。ならいい。要求はあるか?今なら呑んでやるぞ」

「キャスターはどうしている」

「別に。この家のどっかにいるよ。殺しちゃいないし家から出てもいない。どっかの掃除してんだろ」

「ならばいい」

「お?降ろせとか言わねぇんだな」

「お前たちを前に私ができることはもう無い。抵抗はしない」

「あのなぁ……オレ達は支配しない。お前に行動を強制しない。それに罰を与えない。まぁ……行動を縛ってるが……部屋を増やすのが面倒だからってだけで降ろせと言うなら降ろすんだ。部屋を用意しろってなら用意する。家から出さないのも死んでもらっちゃ困るからで、出せと言うなら出すんだ。そんな宙吊りで最低限の食事でいいのか?戦わないならこの家で永遠にキャスターと上質な生活でもさせてやるってのに」

 

 コイツは鍛えられた殺人者で普通の人間じゃねぇが……壁に吊るされたままでいいとか普通じゃないだろ。手首吊るしてんだぞ、肩くらい外れろ。

 

「ならば降ろしてもらおう。体が鈍っても困る」

「ほいよ」

 

 センセーの杭を消して降ろす。マジで体に異常がねぇ……何だこいつ。

 

「部屋はどうする?」

「空きがあるのか」

「いいや?」

「ならば良い。廊下で構わん」

「おいおい……1部屋でいいのか、2ついるか聞いたんだが」

「……?話が読めん。どういう意味だ?空きは無いのではないのか」

「造れるから聞いてんだよ。こんな家にこんな人数のプライベートを確保するのに能力無しでやってられるか」

「内装が自在と言うことか?」

「いや、ん?そう言う言い方もできるか。この家の空間を引き延ばしてだな……ま、めんどくせーから説明しねーけどな」

 

 時間を操る程度の能力……ザ・ワールドやスタープラチナにできない事の多くがこの能力によって可能となる。逆もまた然り。

 現在我らが双神家はリビングとキッチンを除けば3部屋しか取れないところを能力の拡張により無限城バリに増やすことが出来る……無限城で良かったなそれな。

 拡張したら姉さんの能力で固定する。そうすると能力を切ってもそれが維持される。多分姉さんの能力切れるとこの家、質量に耐えられず爆発するな。

 

「そうか。なら頼む」

「へいよ。内装はどうする。広さは?寝具は?シャワールームやら何やらも付けたいなら付けるぞ」

「そこまでは望まない」

「一般的なホテルルームにしとく……そーだ、おいゴミ」

「……」

 

 壁の生ゴミに声をかけても返答無し。

 

「質問する。答えろ。要件が済めば食事と……望む夢を見せてやる」

「ふざけるなクソ売女!僕も降ろせ!」

「ふざけるな……お前の思考回路は野生動物となんら変わらない。欲求の赴くままだ。知性を感じない。野生のアマゾンを姉さんと同じ床に立たせると思うか?」

「言うに事欠いて貴様!僕は学内では超のつくエリートだぞ!衛宮なんぞよりよっぽどな!」

「そう、そういうとこだぞ。学校だ仕事だなんてどーでもいいんだよ。頭が良いだとか身体能力が高いだとか、そんなレベルで話してない。今、この状況で、お前に何が出来る?センセーは無抵抗を示すことでオレに取り入り解放させることに成功した。お前はそれすらしない。する発想に至らない。お前らは死ねば終わりなのに、自身の保身より大事なものがあるとでも思い込んでる。有限なら大切にしろ。そうだな、お前の思う永遠ってあるか?」

「永遠だと?そんなものあるはずが無いだろう。空想の概念だ」

「急に理性的になるな……そう、永遠なんてものは無い。概念だけ……だが、それは他にも言えることだ。金や時間なんて身近だろう。そんなものは人間が勝手に言ってる妄言だ。紙束を有難がる生物なんて人間だけだ。だが、全ての人間がそれを認識して信じている概念ならばそれは実在する。それと同じ様に永遠を渇望するのがオレ達だ。お前たちが生きる為に用いる知識と能力を用いるように……オレ達も永遠を成す為に世界の全てを使う。姉さんは世界の物質全てを、オレとアインスは世界の能力全てを、ソラは世界の力全てを、プレシアは世界の法則全てをな。で、間桐桜は?」

「は?桜?何が?」

 

 オレ達はそれぞれが世界を形作る。それは世界である事と同じこと。

 それも概念。ただそうであろう、というだけの空想。

 オレを……姉さんの姿をクソ売女なんぞ吐き散らかしたコイツには多少思うところはあるが……まぁ、オレの能力負荷の処分場になってること、目的は果たせたことを踏まえてこの場は許してやろう。

 

「よし、条件は満たした。もうコレもいらねーんだが、どーする?」

 

 懐から布切れを取り出し、間桐慎二の目の前でヒラヒラと振る。

 

「……返せ」

「返せじゃないだろう。コレはお前のか?お前が使うのか?ああ……使うには使うのか。ま、どっちでもいいがな」

「あっ!お前!」

 

 布切れ……女物の下着を手の上で焼却する。

 こんなもんで興奮できるなんて人間ってのはコスパ良いよな。

 

「もう持ち主はお前の知るそれじゃない可能性さえある。この戦争が止まった時に生きているかすら分からん。無い方がいいだろう」

 

 間桐桜は聞く限り普通の人格を持つ人間だ。間桐を恨みこそすれ間桐の前線に立つなどは考えづらい……ま、擬態後には全て分かる。

 

 ♢♢♢

 

「お……擬態できた?」

「ああ。身体を変えた経験は何度かあるが視点が上がるのは初めてかもな。ぶっちゃけ不便だ」

 

 リビングでお酒を飲みながら色々としていると、いつぞや見た少女の姿が見える。

 シオンは手を握ったりしながら、本物の生身を堪能している。

 

「まー、取り敢えず情報は探れた……なんか、メンドーなのばっかだ」

「どーすんのよ」

「どーも何も。できるだけ捕縛だろうな。今消えてるのが正規のバーサーカー、非正規のライダー、バーサーカーだ。やり直しが嫌ならこれ以上増えるのも減るのも勘弁だな。だが、もう単独で戦う場を用意するのは難しいだろうし、全面戦争になると殺してしまいかねん。難しいところだ」

「間桐家を全固定する?」

「あぁ……それもアリっちゃアリだな」

「うん」

「……」

「……」

「それいくか」

「おっけ」

 

 単純明快な指針が決定した。



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第49話

【ザマァみろ】

 

 目算通り、間桐邸の敷地内全ての空気を固定する。

 例えとかでなく、空気に分類されるあらゆるものを全て固定した。実際のところ何をもってして空気とするかは知らないけども、まぁ世界の思う空気が全て、その場で静止して一切動かなくなっている。

 ただし、私はそれらを透過できる。もはや自分でさえ意味が分からない状態だけども、私が固定した中でも動けると思って固定すれば動ける。だから私の能力は世界と同義足り得る。

 

「よし。じゃあ行こうか」

「サーヴァントはともかく、間桐桜は死ぬんじゃねぇのか?」

「そーだね。外しとく」

 

 どこにいるか知らない間桐桜の周囲だけ解放しておく。これも意味が分からないけど、この世界の間桐桜と認識される存在の周囲は通常の物理法則に戻る。これで間桐桜は移動できないだけで済む。

 さぁ大豪邸の探索だ。

 

「はーいウタネさんですよー。お邪魔しまーす」

「シオンだぜー。邪魔すんぞー」

 

 2人してふざけた挨拶で玄関から堂々と入る。

 

「ジメジメしてんなぁ……これだから陰気な魔術師は……」

 

 玄関を超え、謎の廊下と広めの……廊下?分からない。廊下だと思う通路を歩きながらグチる。

 

「そう?気になんないや」

「姉さんが気にする環境ってどんなだよ。で、やっぱり人間いねぇなこの家も」

「も?」

「マジェスティ助けに行った時もこうだった。人間の体温が1つも無い」

「ふーん……?」

「この世界の魔術師は体温の概念が無いのか?」

「知らないよ。体温とか気にした事ない。私はあるの?」

「ん……32くらいだ」

「正常?」

「低め。まぁ低体温症、凍傷手前ってとこだな」

「え……」

 

 するりと語られる衝撃の事実。

 シオンが何とも対処しないところを見ると、私は生前からこの体温だった……?いやいやいや、ちゃんとした医師に診てもらったこともあるから……

 

「お、さっそく1匹見つけたぞ。コイツは……ランサーだな」

「いや……まぁいいや。真名は?」

 

 支障も無いしほっとこ。それより問題解決だ。

 

「……長尾景虎」

「……誰それ」

「上杉謙信、で分かるか?聞いたことくらいはあるだろ」

「……うん、知らない……」

「マジか。我が身ながらビックリだ」

 

 歴史とかマジで分からん……私が過去に学ぶ事がある?無い。つまり知る価値無し。

 

『運は天に在り!』

「姉さん!?」

 

 切られた……上半身をナナメにザックリ……

 

「う……何それ。私の能力の中で動くとか」

 

 痛みと出血による気絶を何とか堪え、傷を能力で塞ぐ。

 そんなのはどうでもいい。私の能力で固定してるのに。私達を認識しても動くなんて……

 

「運です!」

「「…………」」

 

 よーし。会話できないぞ。

 

「姉さん……オレがやろうか」

「いいよ。運はもう尽きたから」

「何の何の!私の運は無限大です!」

「いいや。もう無い」

【止まれ】

「……!?」

 

 あらゆる物質は私の能力。

 

「運とか無いんだよ。ナメてるの?」

 

 完全に……動きを封じた相手に近付く。

 

「どう?動けそう?運でどうにかなる?私に何かできる?さっきみたいにするなら次は首だよ。首か心臓を切るなりして即死させられれば可能性はあるかもね」

「……」

「もう胴は能力で覆っちゃった。私を殺すなら私が能力を使う前……私が能力を解除した状態でしか不可能」

「まぁ、喋れはするんですけどね」

「ひゃあ!?」

「あははは!驚きすぎです!」

「……死ぬかと思った」

 

 何だコイツ……ビックリした……

 けど話すだけで身体は動かない様子。めっちゃ震えてるけど。

 

「姉さんが驚くなんてな」

「いや……だって動くなんて……」

「長尾景虎、上杉謙信。あのバーサーカー、源頼光より知名度補正が高い上狂化無しだ。日本だと結構なサーヴァントと言える。それが運とかいうクソ概念で押し切るってなら姉さんの能力を超えても不思議じゃないだろ」

「えぇ……私の能力って運が弱点なの……」

「知らん。まぁ知名度に関しては圧倒的に上杉謙信の方が上だからな。そいつが動けるって言うんだから動けるんだろ」

「あ……」

 

 遂には固定した上から固定した空間の中で動き始めたランサー。

 

「まじかー……いくら小規模とはいえ、空気が固まってるんだよ?座標固定だよ?サーヴァントこわ」

「よし!あなた方ヴィーナスはこの毘沙門天が救済します!」

「しかも話通じそうにないしさ」

「まー、四肢切断で許してもらうか。バーサーカーもそうすりゃ良かったな」

『ハイパームテキ!』

 

 シオンが何やらベルトをイジると金ピカに光りはじめた。

 

「ソレ無敵の奴だよね?」

 

 輝けだの流星だの黄金だの無敵だのとやかましい歌が耳にこびりつく。

 私の能力の中でそんなのいる?という意味も含めた確認をすると、思ったより私の能力では足りていないという答えが返ってきた。

 

「コイツ以外にも動いてる奴がいる。コイツが運で動けるように概念的な何かで動ける奴がいるんだろ。物質だけじゃ足りないな」

「確かにー……時間系とか精神系は私の能力じゃ干渉できないし……」

 

 静止された時間も吹っ飛ばされた時間も、逆行された時間さえ私達は認識できる。四象の派生たるVNAだからなのか神による転生のためなのかは分からないけれど、とにかくそういうものなのだが、私はそれらを防いだり上書きしたりはできない。その能力に対して動いたりはできるがあくまで相手の手のひらの上だ。

 そう思えば、私の能力では相手を完全に縛り切ることは難しいのかもしれない。

 

「ま、それならそれでいいや。とりあえず貴女は拘束されてね」

 

 鎌を向けて、シオンに背後を任せる。

 殺さず、無力化して、それを永続する。

 私がやるのは、シオンより簡単だ。

 

 ♢♢♢

 

「ランサー。君はどう思う」

 

 家主のいないリビングで、自由にしろと出された酒を片手にくつろぐランサーにアーチャーが問う。

 

「テメェが気に食わねぇってコトか?」

「マトウのサーヴァントについてだ。聖杯が追加で召喚したとはいえ、それだけのサーヴァントを1人の人間が使役しうるだろうか」

「……さぁな。キャスターみたいな例もある。マスターが負担の全てを負わなきゃいけねぇわけじゃない」

「確かにな。だが、君とキャスターがこの家に囚われた日から今に至るまで、民間人の犠牲は出ていない」

「つまりは、最低でも身内だけ、最大であの娘1人なのは確定ってことか」

「ああ。信じられないことだが」

「俺とウタネの嬢ちゃんを襲ったサーヴァント、嬢ちゃんにやられちまったが……並大抵のサーヴァントじゃなかった。正規のマスターがいる正規のサーヴァントだって言われても納得するレベルだ」

「つまり、間桐桜及び間桐ゾウケンの魔力量は想像を絶するということだ」

「何が言いてーんだ?だからってお嬢ちゃんたちに勝てるわけもねーだろ。変わらねーよ。オレたちは現世を楽しむ方法を覚えようぜ」

「……君は気楽が過ぎる」

「……」

 

 ♢♢♢

 

「はぁぁぁぁぁっ!」

「っとぉ!?ここは……これ!」

「っ……ふぅー」

 

 流石は日本屈指のサーヴァント。

 2分経過しても全く動作が落ちない。精神状態おかしいんじゃないの。

 

「姉さん、変わるか?」

 

 無敵のまま座り込み襲撃を警戒しているシオンが提案。

 この後にも控える相手を考えての温存だろうけど、それこそ無駄。

 

「私が最後までやんなきゃ意味ないでしょ。このサーヴァントだけは確実にやるよ。後は任せる」

「あははははははは!」

「うぅ!貴女もいい加減弱りなよっ!」

「なんのなんの!いい具合です!」

「く……この狂人!」

「っと、ちょっと失敬」

「……?」

 

 何故か急に攻撃の手を止め、行動を停止する。

 思わず止まっちゃったけど、なんだろ。他のサーヴァントが動けるようになった?いや、まだそんな感じじゃない。

 シオンも不思議そうにして警戒している。

 

「んっ……はぁ〜、美味し……」

「「……」」

 

 ランサーはどこからかバカデカい盃を出して何かを口にした……

 私のカンが言っている。アレは酒だと。宝具でも自己強化でも何でもない、ただの酒だと。

 

「ふっ……ふざけ過ぎでしょう!?」

「ああ。フェイトと同じ声帯とは言え我慢の限界だ。あの酒はオレが貰う」

「えぇ……そう言う理由……?アル中じゃん……」

「黙れ。身体はアルコールでできている」

『ハイパークリティカルスパーキング!』

 

 シオンが決して広く無い通路で特撮特有のポーズを取り始める。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁ……!」

「甘いぃぃぃ!」

「……っ!?」

 

 跳躍の直前、シオンが予期せぬ襲撃にショートワープで自動回避、攻撃が無効化される。

 

「宮本……武蔵……!」

「応とも!天下無双の宮本武蔵!いざ参る!」

「ち……コイツも日本英霊、しかも相当な知名度だ……ムテキゲーマーじゃ千日手か……」

『ガッシューン』

「お前ら相手なら、日本の天下を狙ってみるのが男ってもんだな」

「ムサシは聞いた事ある……けど……なんで動くんだ……」

 

 黄金の装甲を解き、自身の刀を手にしたシオン。

 見た目は……普通。何の能力を……?

 

「上杉謙信、宮本武蔵。いいねぇ。姉さん、交代だ。オレが2人やる」

「ん……頑張ってね」

「ああ」

 

 バトンタッチしたシオンに構えは無い。本来、私達2人に構えは無いのだけど、シオンがわざわざ無敵の能力を解いたんだ、なら別の能力、他の誰かの構えを取っているはずだ。

 なのにシオンはただ仁王立ち、楽しそうな雰囲気さえ纏っている。

 

「バーサーカーといい、日本英霊が多いな。ドレイクは使い捨てか?ま、どうでもいいが……戦争の邪魔をするってんなら仕方ねぇ、オレがスッパリ散らしてやるぜ!」

「そこっ!」

「行きます!」

 

 上段から無造作に攻撃したシオンに左右からサーヴァント2人の攻撃がスキだらけの胴を捉えた。

 

「え……」

「な……」

 

 それでも攻撃は通らず、シオンはただ不敵に笑う。

 

「壱の秘剣、焔霊!」

 

 生身に真剣が通らないという意味不明な状態に硬直した2人にシオンが燃える刀を振るう。

 何故刀が燃えるのか、何故体が強化されているのか。その2つの謎が能力だとするなら、サーヴァント相手に十分に遊べるだろう。

 

 ♢♢♢

 

「……さて。ここまで貴方の目算通りと言うわけですが……何の意味があるのです?」

『何も?冬木という問題を解決する。それだけだが』

「ならばソラと私で足りるはずです。抑止力としてのソラに足りない全てを私は補うことが出来る。VNAの力を借りずとも、私たちならこの特異点と言えど殲滅できるはず」

『あのなぁ、それが無理だからこういう手段を取ってるんじゃないか』

「どういうことですか?」

『冬木の問題は奴らじゃないと解決出来ない。カルデアなんぞじゃ足りない。VNAでさえだ。解決策は停滞だけ』

「ますます解りません。世界に等しい能力を持つ彼女らが足りないはずがない」

『……世界だから、だな』

「……」

『あのクソババァ共が概念的に世界そのものである、と言うのは否定しない。違うとしてもその否定材料は無い。その分奴らは人じゃない』

「はい。彼女達は人類でなく世界の全てです。何をどうしても、彼女達には勝てない」

『違う。奴らは世界の全てを手にしているとしても……唯一持てない、手にする事ができないものがある』

「……?」

『ふん。それこそカルデアが良く知るものだろうに。お前もソラに当てられたか。まぁいい、このまま続けろ。失敗しても構わん。成功するまで繰り返すからな』

「……その点でひとつ」

『ん?』

「VNAの力を使ってまで解決するべき特異点の修正に、失敗の余地があるのですか?」

『失敗したら元に戻すだけだ。失敗した世界が続くわけじゃない』

「ですから。ループが可能なら世界の停滞も可能なのでは?戦争停止ならば、世界の管理者たる貴方がそれをするのは簡単では、と」

『ここにビデオテープとデッキが100あるとする。それぞれ再生ボタンを押すのは簡単だ。テープを抜いて、もう一度入れる。そして再生。これも簡単だ。だが一時停止のボタンは無い。全く同じテープも無い。生まれた並行世界はそれぞれ初めからやり直すしか無い』



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第50話

「さぁどうした!日本英雄はそんなものか!」

「なんの!」

「にぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 上杉謙信、宮本武蔵を名乗る女性サーヴァント2騎はその戦闘スキルの高さからか息つく暇も無いほど正確なコンビネーションをしてシオンを攻め続ける。

 だがシオンはその半分程度を気まぐれに防ぎ、残りはその圧倒的防御力に任せて受け続けている。

 燃える刀で相手の攻撃を限定しているのもあるが、三騎士の内近接型のセイバー、ランサーの攻撃をまともに受ける耐久性は驚愕に値する。

 ……それより、空気が座標で固定されてる中で3人とも普通に動いてるのが私には驚愕だ。ムテキゲーマーならそりゃあ動くだろうけど今は違うし……どーしてかなー……

 

「ぐ……」

「上杉謙信……その声帯は派手に散ってもらう。弐の秘剣……紅蓮腕!」

「……!ランサー!」

 

 ランサーの首を掴み上げ、自分の手を刀で引き切ることで爆発を起こすシオン。

 ナニソレ。

 

「くっ、流石にこれでは死なないか」

「や……なんで爆発するのよ……」

「にゃぁぁぁぁあ!」

「でランサーは何なのよ……」

 

 手は切れてないのか、爆破要因は何なのか、不明な現象だが爆破しただけでランサーも致命的なダメージでは無い様子。ランサーの言語も意味不明だ。

 けど局所的とはいえ私の能力を超えたんだ、あんな爆発くらいで伸びてもらっても困るけども。

 

「むーう!痛いじゃないですか!」

「痛いで済むなら良かった方だ。散れっつうと散らねぇのが悲しい現実ってもんなんだよな」

 

 文句を言いながらも攻撃を続行するランサー、諦めたのかシオンを殺すのに集中し始めたセイバー、能力の限界にため息をつくシオン。

 より過激になる攻撃にも依然怯まないシオンの耐久力。いや、怯みはしているもののダメージになっていない。ムテキゲーマーに近い挙動だ。

 

「ふっ!はっ!どうしたセイバー!何故宝具を使わない!?」

「く……!」

 

 シオンが何故かセイバーを圧倒し始めている。

 ランサーは変わらず攻めあぐねている様子だけど……

 

「く……見切れ……」

「視えるか!?オレを越えるお前が!オレはさらにその先を視るぞ!」

「あー、なるほど」

 

 未来視持ちなのか。

 とはいえ未来視ったってシオンの未来視はそう遠く無い。せいぜいが3秒、良くて5秒くらいなはずだ。相手は宮本武蔵。未来視を資質として英霊になったのなら5秒なんて軽く視ることができるはず。基本的にシオンの未来視と私のカンはそれに特化した相手には不利になる。所詮は人間技、よくわからんアニメの世界だってならそんなの持ってて当たり前、より劣る存在でしかない。

 

「くっ!ならばこれが見切れるか!?」

 

 セイバーが決めどころとしたのか今までより強い覇気でシオンに刀を振るう。

 

「オレ達とやろうってんなら、この如何ともし難い能力の差を……」

「ぐぅ……!」

「ちったぁ埋める戦略を練ってから!かかって来い!」

「ぐぁっ……!」

「攻めたの私達なんだどもね」

 

 セイバーの攻撃を何やら意味不明な手段で捌き切ったのちやはり意味不明な攻撃でセイバーを滅多斬り、で何故か素手で殴り飛ばすフィニッシュ。

 

「おおぅ……」

「さぁランサー。次はお前だ」

「なんと……」

 

 壁に沈んだセイバーを横目に、刀をランサーへ向けるシオン。

 使用する武器もシオンのものなのにその技術、剣技は違う。やはり……恐らく、日本の剣士に特化した能力と見ていいだろう。

 シオンは初めと変わらず無造作な上段から仕掛けに行く。

 

「お前が死ぬか!オレが勝つかだ!」

「私の敗北は確定です!?」

「当たり前だぁ!終の秘剣・火産霊神(カグヅチ)!」

「っ……!『毘天八相車懸りの陣』!」

 

 2つの必殺技が激突する。何故か分散したランサーが交互に入れ替わりながらシオンを囲み攻撃し……

 

「しゃあ!」

「くっ……はぁっ!」

 

 私が数瞬を見る間にも数十を超える攻撃を、シオンはかつて無いほど炎上した刀で捌く。

 もはや数秒の未来視を持ってして意味の無い無いほどの速度。それでもシオンはランサーの宝具についていく。私はもう見えてない。

 

「それだ。カグヅチ」

「なんとっ……!」

 

 無数に見えるランサーの、その虚を突いたシオンの刀。

 炎を纏ったまま切り付けられたそれはランサーの右手首を捉え、切断する。

 

「く……まさか、私の宝具を超えるとは……しかし!必殺には程遠い。首か心臓を狙うならまだしも、狙い澄ました秘剣がこのレベルなのであれば、勝機は薄いですよ!」

 

 ランサーは落ちた手に一切惜しみを見せず、サーヴァント特有の回復力で止血する。

 確かに、宝具を見切ったとは言え、致命に届かない攻撃しかできなかったのであればシオンに勝ちは無い。間桐桜の魔力量を無限とするなら、ジリ貧になっていくだけだ。

 

「いいや。必殺だ。奥義には奥義たる特性がある。オリジナルなら巨大な火柱だが……オレのソレは……」

 

 シオンが刀を鞘に収める。

 するとランサーの手首から次第に炎が広がり始める。

 

「こ、これは……!」

「切り口からその対象を焼き払う。神話の通りだ……」

「しかし炎程度!簡単に消せ……っ!?」

 

 ランサーが火を消そうと拭ったり吹きつけたりするが、火はなびくだけで一向に消える気配が無い。

 

「奥義たる特性があると言ったろう……カグヅチの名は万華鏡にもあるんだ。その炎はオレが消すまで燃え広がる。お前が死んだ後もな」

「……!」

「そら、死にたくなけりゃ喋れ。残りのサーヴァントの真名は?能力は?お前らは間桐桜1人に契約してるのか?」

「喋りません」

 

 シオンが刀を仕舞う。戦闘の意思は……意味はもう無い。

 ランサーはそれでも警戒しながら、対話拒否。

 

「はぁ……なら死ね。もう何人死んでも良いんだ。オレはお前ら英霊に何も期待していない。お前らに世界は救えない」

「……」

「ソラが良い例だ。サーヴァントや抑止力なんて存在じゃ世界は救えない。滅びない程度に収めるだけだ」

「救えます!私は、英霊は!サーヴァントは!世界を救う存在です!」

「なら救ってみろ。ここに世界を脅かす存在がふたつ。どちらもこの世界はおろか、並行世界含めた複数の世界を滅ぼす力と意志を持ってる。オレ達を殺すには……世界を救うには十分なレベルだろう」

「言われなくとも……」

「できない。言われてもな。お前ら抑止力はコトが起きた後、若しくはコトが起こる前にしか効力を発揮しない。殺人事件があるなら……殺人を決意し、人が死んだ後にしか動かない。今もそう……聖杯戦争が止まってからでしか、お前らは何の効力も発揮しない。今お前らには何の価値もない。見えたものにしか動かないお前らがデカい顔してるってだけでオレは……!」

 

 シオンがここで暴走する。抑止力が嫌ならアインスはどうなるのって話……

 

「シオン!危ない!」

「……っ!?ソラか……!」

「また出た……」

 

 ソラのシャドウ。若しくは意識の無い本人。まぁどっちでもいい。判別面倒だから。

 

「チッ、一旦退くか。姉さん、掴まれ」

「ん」

「ま……セイバー、お前は消えてろ」

「お」

 

 セイバーへ謎の黒球を飛ばし、その周囲の物質諸共……消滅させた。私の能力ごと。なにそれ。ブラックホール?



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第51話

「どーすんの」

「何がだよ」

「何って。何でマトウのセイバー殺しちゃったの」

「ん〜……良い質問にして無意味な質問だ。何となく殺したかったからに決まってる」

「……」

 

 これで間桐のサーヴァントはセイバー、ライダー、バーサーカーを除いて4騎。正規のサーヴァントはバーサーカーを除いた6騎。消滅したサーヴァントは既に4騎。本来であれば聖杯の器……イリヤスフィールがヒトの形を保っていられないようになるはずだ。けれど今、私の部屋で壁の生物にシオンの負荷を叩き付けてるイリヤは健康そのもの。元気いっぱい、普通の……見た目相応の精神、身体水準にあるように見える。それが異常であることくらい、私が分かるのにシオンが知らないはずが無い。サーヴァントの絶対値が増えた分、許容範囲も増えたってこと……?

 

「ま、気にすんなよ。あのセイバーはオレ達に近過ぎた。とりあえず……寝る。流石に疲れた」

「ん。おやすみー」

 

 ♢♢♢

 

「……ふむ。月夜……とは言わぬが、憂き夜に訪問者とはな」

 

 既に守る物無き門の先、月光に照らされた優男、アサシンが階段を見下ろす。

 

「ふん。既にキャスターはフタガミの手に落ちた。残るは君だけだ、アサシン」

 

 双剣を手に、戦闘態勢のまま階段を歩いて登るアーチャー。

 

「説得……ではなさそうだな。貴様もサーヴァント、戦闘本能が抑えられんと言った顔だ」

「まさか。私は元より争いは嫌いでね」

「ならば何用だ?動けぬ私を女狐ともども匿おうなどと言う腹でもあるまい」

 

 戦う気が無いなら放っておけと言うアサシンに、双剣を握り直したアーチャーが更に近づく。

 

「君を殺しに来た。背後に護る物もない反英雄など、もはや存在価値も無いだろう」

「……ふむ。確かにあの女狐めが既に必要としていないのは事実。だが、そのフタガミとやらはサーヴァントの存命を目指すのではないのか?」

「ふん、そんなものはヴィーナスが勝手に言うだけだ。私には私の正義がある」

「好い。ならば私も1人の剣士として迎え討とう。その決意が単なる余興であるなら尚のこと」

「……いくぞ」

 

 アーチャーが近づく速度が上がる。

 それはサーヴァントの速度。人間が届かない超常のレベル。

 

「はぁっ!」

 

 ♢♢♢

 

「このままでは、世界は……」

「あー?」

「うん?」

「シオン……貴方なら解っているはずです。このままサーヴァントを殺し続ければ、この世界は……」

「聖杯が完成して姉さん基準でリセットされる、だろ。んなこたぁ今更言われなくても分かってんだよ」

「私基準なんだ」

 

 沈むルーラーにシオンは眠たげなまま答える。

 

「なら何故更にサーヴァントを減らす様な事を……」

「……あのセイバーはあそこで消えるべきだった」

「ですが!」

「宮本武蔵だ。分別すれば剣士であるオレや姉さんとは極めて相性が悪い。オレや姉さんは能力に依存している分、あらゆる物事への対応が無限だ。だが奴の魔眼はそれを一つ……オレ達の敗北へ限定してしまう。あの時オレが選んだ能力は宮本武蔵の時代に極めて近く、それら剣客に対して圧倒的アドバンテージだった。だが2度目は無い」

「だとしても!貴女たちVNAはそれさえ対応出来るはずです!」

「ソラが相手として、お前は勝てるか?」

「何の誤魔化しですか。私が勝てるはずもないでしょう」

「だな。で、宮本武蔵は……あのセイバーは、生きたまま異世界を強制される漂流者」

「……まさか」

「かもしれない、のレベルだ。無限の可能性を1に統一するセイバー、無限の力をその身に収束するソラ。ソラがオレや姉さんと同郷である以上奴と同一人物である可能性は無いが、奴がソラと同一人物である可能性は否定できない」

「無限、思考実験の更にその上の無限にあるシオンでさえ、超えられない可能性があったというのですか」

「放っておけばな。あの時宝具さえ封じられたのは『風林火陰山雷』の陰。オレの現在の未来を読ませず、同時に無限の可能性を匂わせるという能力。原理で言うなら燕返しが近い。ま、それも終わった話……マトウのセイバーもまだ所詮は英霊の程度だ。だがもしオレの全ての可能性を限定できたなら、オレ達をして勝てんだろうな」

 

 全然話についていけないけど、要は無限にある並行世界を自分の望むものに限定する……事実上の未来の書き替えってことかな。

 並行世界は無限に存在する。勝負に勝つ世界があるってことは負ける世界も同数存在する。私達が負ける世界に書き替えられたなら当然、私達も負けるしかない。

 

「……」

「なんだよ」

「驚きました。そうも簡単に敗北を認めるのですね。もっと濁すのかと」

「簡単も何も、負けるのに勝てるって言う意味が分からん。何の意味も無いだろ」

「まぁ、それはそうですが、プライド的な……」

「プライドはオレもある。が、それと事実は別だ。感情と現実を混ぜるのは論理的思考の出来ないバカのすることだ。現状課題があるならそれを解決するためだけを評価する。実際オレが負けようと姉さんが達成すればいい。どーでもいい」

「そうですか……分かりました。それでは私は席を外します。ごゆるりと」

「どこ行くんだ?」

「糖分補給の時間です。それでは」

「……」

 

 余計に沈んだように見えるえっちゃんを部屋から送り出し、ため息と共にお酒を取り出すシオン。

 

「ところでさ。キャスターってどこいるの?」

「あ?」

「や、しばらく見てないなーって」

「あー……知らん。教師との相部屋は用意したから住み着いてんじゃないのか?少なくとも教師は戦うつもりは無さそうだったから放ってる」

「そーなんだ」

「何か用か?」

「ううん。気になっただけ」

「そうか。ま、マトウの影響が無ければ問題無いだろうしマトウにはオレも卿も警戒してる。使い魔だろうと近付けばすぐ分かる」

「ん。任せたー」

「ああ……あ?」

「ん?」

「いや。ちょっと出てくる」

「んー?」

 

 ♢♢♢

 

「はあっ!」

「ふむ……」

「ち……リバイブ疾風が通じないとは……」

「疾くはある。だがそれだけだ。斬れんほどでもない」

「なるほどな……」

「だが何故にこの様なことをする?打ちあうたび考えたが、やはり腑に落ちん。まるで無意味だ」

 

 階段の地の利を維持しているとはいえリバイブ疾風の速度をして押し切れないアサシンの技量には驚愕しかない。

 とはいえ捌くに注力しているようで、アーチャーにも疲労はそう見られない。

 

「無意味ではないさ。私がこうする事、それだけでもね」

「……まぁ良い。そろそろ夜も明ける。決着としようではないか」

「ふん……潮時か」

《フィニッシュタイム!》

「秘剣……燕返し!」

 



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第52話

リハビリ


「おーいウタネ、シオンどこ行ったんだー……あぁぁぁぁ!?」

「んぅー?」

 

 シオンが謎に出てった後、えーと……えー……?誰だっけ……セイバーのマスターが部屋のドアを開ける。

 私は寝る気マンマンでお酒飲んでたから変に睨む形になってしまったかもしれない。

 

「き……気を使うなと言ったのはそっちだ。このまま続けるぞ?」

「ん……?睨んでごめんね?」

「違う!恥じらえ!プライベートに男が入ってきて下着姿なんだぞ!」

「ん……あ?いや、いいよ別に。何の装飾も無い無地でお目汚し申し訳ありません?」

「うるさい!服を着ろ!」

「やだ暑い……暑い中エアコンガンギマリで布団に封印されたいの。寒い中コタツのぬくぬくでアイスを食べたいの。どぅーゆーあんだすたん?」

「セイバー」

「はい……?これはどういう状況で?」

 

 男の子がセイバーを呼ぶと、セイバーも部屋に入ってきた。

 

「ウタネが10秒以内に服を着なかったら俺を殺せ」

「何を!?」

「はぁぁぁぁ!?」

 

 私に服を着せる為とはいえエゲツない命令だ。もし令呪を使っていたのなら私が既にセイバーを殺していた事だろう。

 

「じゅーう」

「わかった!着る!」

「きゅーう」

 

 服……えっと……あれ、シオンがいた時までは着てたと思うんだけど……あれ、無い。

 とは言え着ないとなぜか勝手に死ぬしなぁ……仕方ない。

 

【装着】

「よーし、文句ないでしょう」

 

 空気を服の様に固めて適当に色付けする。

 もー実際これでいいでしょ。防御力も事実上無限だよ。

 

「ま・・・それでいい。ガタガタだけどな」

「ん……そうかな」

「明らかに自然界や人工物に存在しない印象がある」

「……」

 

 どうやらこの世の物とは思えないらしい。私の頭では普通の服なんだども。

 

「まぁいいや。これで。で?何用?」

「いや、シオンが出てったからな。また間桐に行ったのか?」

「ううん?それなら何か言うでしょ。ソラのシャドウに対抗できないワケだし」

「気晴らしか?それにしては急ぎ足だったような……」

「ま、1人で出てったんだ、1人で解決できる問題だよ。気にしなくていーんじゃない?」

「そうか……ならいいんだ」

「なにー?マトウ行きたかったの?」

「……いや」

「べーつに行きたかったら連れてってあげるよ?」

「何!?」

「心配なんでしょ?同級生の妹」

「ヴィーナスがそんな事言っていいのか」

「ぶいなだってば。良いよ。この並行世界の命運は事実上私が握ってる。それにね、親しい間柄の人を心配するって感情はずっと近くで学んできたからね」

「ん……?」

「ああ、あなたには永遠に関係無い話だ。けどまぁ……うん。ヒトのフリした偽善のカタマリって意味では近いかな」

「な……!?」

「うーん?何か違う?あなたはゲイツマジェスティを得た。けれどそれも幻想。あくまで『あったかもしれない並行世界』の更に隣の可能性だ。あなた自身が得たのではなく、『シオンが持っていたかもしれない能力』と『あなただったかもしれないシオン』のふたつの世界を疑似的に繋いで再現したに過ぎない。アーチャーではないけれど、所詮偽物に過ぎないんだよ」

「……」

「貴方の未来はアーチャーだ。けれど、より近い未来を話してあげる。英霊のアーチャーよりあなたに近い彼女……『高町なのは』の話をね」

 

 ♢♢♢

 

《ジェミニ》

斬人(スパイダー)

「ぬううううぅぅぅぅ!」

 

 触れた刃を自身の身で受ける。

 片や必殺の三次元屈折剣技、片や世界を救う20を超える歴史。

 それを我が身1つだけで……分裂し硬化したとはいえ……受けるんだ。当然死ぬ。

 

《game over》

 

「む……っ!?」

「シオンか!」

 

 威力を殺し切れはしなかったが、妥協点だ。

 分裂したなら当然2機。残機から減る……最も、1でも残れば能力を解除すれば何のデメリットも無いが……

 

「何してんだ、救世主。我が救世主も物分かりが悪いが、君は別格だ。オレ達の指針に尚背くとは」

「ふむ。なら中断しよう」

 

 預言者の口調を少し真似ると、アーチャーは何の未練もない様に変身を解く。

 

「……あん?」

「別に、アサシンを消すことが目的では無かったのでね」

「なら何故戦う?動機が無い」

「単なる腕試しだよ。結果がどうあれ、先の一撃で終わるつもりだった」

「……腕試し?」

「マトウのサーヴァントへの備えだ。聞いた話では相当な英霊だそうではないか。攻め入る気は今のところ無いが、襲撃された際1人くらい足止めできなければな」

「そんな事しなくても逃げりゃいいだろ。オレと姉さんがいるんだぞ」

「出力を間違えられては困るのでな」

「……」

「ふ……そう気を悪くするな。別に今更どちらかが消えようと変わらないだろう?」

「……サーヴァントの総数は今や15。卿を外しても14。消えたサーヴァントは4。ま、半数消えてないなら良し、とする……か」

 

 コイツの本心がどうであれどうでも良い事だ。リバイブをして単純な剣技ではアサシンに届かないことが証明された。

 ……ならば、アーチャーはどうやってアサシンを攻略した?

 バーサーカー以外は攻略可能なはずじゃなかったのか?

 

「ふん……アサシン、君とはまた。これで失礼する」

「ふむ……」

「あ……」

 

 アーチャーが踵を返し消えてしまった。

 

「やれやれ……話のできん奴だ」

「では次は貴様が相手か?」

「あ……?ああ……そのくらいならいいが……いいや、また今度だ。今は他にやる事がある」

「だろうな。こうなった以上無理強いはせん」

「悪いな。戦争が止まればいくらでも相手してやるよ」

「協力は?」

「お前はそこから動けないだろう。死なないようにしてろ」

「……」

「じゃあな……ああ、一応コレ待ってろ」

「……?この奇怪なものは?」

「ただのペンダントだ。ちょっとした隠し刀になってる」

「隠すにしても小さ過ぎではないか?」

 

 投げ渡した十字架のペンダントに隠されたナイフを見ながら呆れる農民。

 

「世界最強の剣豪の所有物だ、適合するならお前に飛ぶ斬撃と覇気が与えられる」

「飛ぶ……?」

「ヒマなんだろ、色々試すと良い。じゃあな」



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第53話

「彼女の運命が決まったのは、ただ1度頼られた時。彼女にしかできないと頼まれただけ。ただそれだけの口約束で、彼女の未来は決定された」

 

単に……あの司書が頼っただけだ。

なんて事のない、至って普通の家庭だったはずだ。元の人格はどうあれ、元の環境がどうあれ、魔法なんてものに関わらなければあそこまで壊れることもなかった。私に近い戦闘スタイルの選択をすることも無かったはずだ。

 

「自分のミスで広がった災害を収束させるため、無関係な子供の手を取った。それを解決する事は自分の自己満足でしかないのに」

 

ジュエルシード、この世界で言うなら簡易的な聖杯の様なもの。手にした者の望みを限定的に叶える人工物。それを手にしていたのに、正しい管理法を知っていたはずなのに、市民の住む街へバラ撒いた。故意とは言わない。事故であったとしても、その想定をしていたかどうか。

 

「その後彼女は努力した。本来なら全くする必要のない訓練を、時に倒れるまで繰り返した。事件解決の為なら、不相応な能力のまま飛び込み、敵と戦った」

「……」

 

フェイト、守護騎士、ナンバーズ。他にも様々な次元犯罪者と戦闘を繰り返しただろう。ひとつだけの事件を知ってしまった為に、無限に発生する事件を無くそうだなんて考えてしまった。

勿論そこまでは考えていなかっただろう。けれども、誰かを救うという虚構の目標にのみ従い、それが実現できる力量にまで成長した。

子供の頃、災害の中唯一救われて、それと同じ道を志したセイバーのマスターと同じように。

 

「彼女は手が届く全てを救おうとした。限度を超えて手にした力で、シオンにさえ見抜かれないよう、自分の無理を隠し通してまで」

 

実際のところ、シオンなら気づけたはずだ。そんな能力くらい、ひとつは探せるだろう。

 

「その結果、彼女はある事件で致命的な傷を負う。2度と戦えないどころか、まともに歩くことさえ出来なくなる重大な損傷。けれど彼女はそれを越えた。長いリハビリに耐え、以前と同じレベル、それ以上にまで復活した」

 

私が離れてた数年間……私が生前と変わらず何もしなかった時間で、その世界で1番付き合いの長いなのはが致命傷を負った。シオンがいたのにも関わらず……その人生の数年を奪ってしまった。私達が介入しなくても同様かどうかは知らない……

 

「分不相応は身を滅ぼす……貴方も彼女も、昔の私みたいに引きこもってれば良かったんだ。なのに欲求の為に元のレールを外れて動いた。レールの無い土砂を走る列車は相当な振動の後に止まる。本来走るはずだった距離のはるか手前でね」

「距離って……」

「活動時間だよ。貴方で言うなら、正義の味方である時間。それになるまでの時間。その時間は本来なら普通の人として生きたであろう時間より遥かに短い。それを超えて生きてたとしても、生きてるだけだ。人間と同じ種族で、人間と同じ言葉を使う。それだけの人でしかない」

「それの何が悪い」

「悪いよ。人類はその知性によって文明社会を作り上げ、人間に権利を保障した。けど知性の無い存在は人という種族であっても人間じゃない。『人間の普通』から外れた人は他の動物と同等だ。いくら法で守られてるとはいえ車道に平気で飛び出してくる人は轢いていいし、作物を盗む人は駆除していい。同じ様に、人のくせに人間の領分に土足で踏み込むなら屠殺する」

「っ!そこまでする必要は無いだろう!?法に則って裁けばいい!」

「だから、それは人間ならそうしたらいいよ。けど人類だからって許されると思ってる奴らは人間じゃない。知性により等価交換と平和を仮にも実現した人間の社会を欲求でしか動かない動物に文明社会を荒らされるなんてたまったもんじゃない」

「……ヴィーナス」

「うん?なんて?」

「お前たちの価値観には何も言わない。言っても無駄だ。結論だけ言え」

「ああ、うん。私達について多少理解してもらえて良かったよ。結論から言うなら貴方は遠くない未来に体を壊すし、自分を正当化する人やそこの壁の生ゴミは早めに焼き払いたいってこと」

 

壁を指差してベッドに沈む。アレ何かずっとあるんだけど……何考えてんだろ、シオン。

 

「……」

 

マジェスティは黙ったまま。

マジェスティの力を継承したとはいえ、まだまだ使い始め、負担も相当だろうし。

戦力だけでは私達には並べない。世界全てを手中に収めても、それを自分の手足同然に扱えなければ意味が無い。

 

「慎二か」

「あれ?そんな名前だっけ。血で床が汚れるから邪魔なんだども」

「そこかよ!異性の学友が大怪我して自分の部屋の壁に打ち付けられてるんだぞ!?もっと気になるところあるだろ!」

「……壁の汚れ?」

「あぁぁぁぁぁぁぁあ!ウタネ!何なんだお前は!」

「通りすがりの殲滅者だけど……」

「殲滅するな!」

「してないでしょ」

「うるさい!」

「何なの……」

 

床と壁以外どこが汚れるの……空気?

 

「人が自分の部屋に磔になってるんだぞ!もっと動じろ!」

「人でしょ。人間じゃないからどうでもいい」

「人間だ!」

「知ってるの?ソレがどのレベルなのかって」

「……?」

「シオンが暴露したんじゃなかったけ……この世のコンプレックスの凝縮とか言われてたけども」

「黙れぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」

「……はぁ、叫ばないでよ。生ゴミ」

「とにかく!慎二を降ろしてくれ!」

「……はぁ、めんどくさ……」

「ウタネ!」

「まぁ……別にいいんだけども……」

【降りろ】

 

シオンの能力……よく分からない拘束を無理矢理壁から剥がして降ろしてあげる。

あくまで壁から降ろしただけ。杭みたいのは手首足首に刺さったままだし怪我もそのまま。

 

「あぁ……また汚れた……」

「もっと他があるだろって!おい慎二!無事か!?」

 

落ちた痛みでなのか、傷口を広げるようにもがく人。下手に動かず杭を抜くなら傷は最小限で済むのに……現実が認識できてない人の行動原理は分からない。

 

「もーいいや。マジェスティ、貴方が身体を壊すって事だけ理解してくれれば。シオンには私が言っとくから、ソレ持って部屋に戻りなよ。間桐に行く時は声かけるから」

 

壁と床の掃除がやっとできる。

 

「……ソレってなんだよ」

「うん?ソレ。シンジだっけ。その異常物品だよ」

「何でそんな言い方ができる」

「認知症かな。前言ったよ。ついさっきも言った。人間としての知性が無い人は人であっても人間じゃない……マジェスティ、貴方もそうなりたいの?」

 

何でそんな言い方するんだ。犬猫を自分と同列には置かないでしょうに。犬猫は店で値段を付けて売られる物品だ。なのに人を売るのはダメだと言う。なら同列であるはずが無い。同列に置くやつがいたら異常者だ。

 

「ウタネ。今一度俺と戦え」

「シロウ!?」

「セイバーは手を出すな。正義の味方として必要な道だ」

「……」

「私はいいけど……死にたくなった?」

「お前を生かしておきたくなくなった。死んで欲しい訳じゃないが、生きてて欲しくない」

「そう……じゃあ仕方ない。けど場所変えようか。それともここでやる?」

「俺は構わない」

「じゃここでいいや……どうぞ?」

 

聞き方が悪かったか、どう構わないのかサッパリだ。

 

《ゲイツ》

《ゲイツマジェスティ》

「変身」

《マジェスティタイム! G3・ナイト・カイザ・ギャレン・威吹鬼・ガタック! ゼロノス・イクサ・ディエンド・アクセル! バース・メテオ・ビースト・バロン! マッハ・スペクター・ブレイブ!クーローズ! 仮面ライダー!Ah~! ゲイツ!マジェースーティー!》

 

私の部屋の机やらを薙ぎ倒しながらウォッチを撒き散らし変身するマジェスティ。

掃除……いいか。後で全部消そ。

 

「はぁ……結局マジェスティか。歴代の力が詰まってるんだってね」

「正義を志す力の結晶だ。この力で、お前を倒す」

「やってみなよ。世界に存在してるだけの力で」

 

鎌を取り出し、部屋を固定する。

ここはひとつ、彼女(高町なのは)と同じ体験をしてもらおう。

 

《brave》

《game・start!》

 

と思ったら部屋の内装が変化、よく分からん廃屋に。

 

「え……」

「ここは俺のゲームエリアの中だ。邪魔は入らない」

「ふーん……お気遣いどうも」

 

 



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第54話

「ふん……? アーチャーのリバイブより上らしいのに、生身の少女さえ倒せないの」

「く……! はぁっ!」

 

 あえて言葉で挑発してみる。

 何故か人のいない広い公園のような場所……夕暮れ時の景色はまさに決闘と言った風情だ。

 普通なら目立ちまくりだろうけど……ここがゲームエリアだと言うなら尚のこと意味は無い。

 リバイブより上、生身の少女。そんなもの何の関係も無い。それは他所から見た客観的なもの。実際には私は生身でも何でも無いし、マジェスティは私と戦ってるわけでもない。

 

「よ……っと。ねぇ、他のライダーの力は使わないの? 使えないの?」

 

 スタートから2分も経たない内につい口をつく。

 マジェスティの真髄はそのスペックの高さより他ライダーの能力行使のはずだ。シオンに近い他人の能力の使用能力。なのにマジェスティはタイムリミットの半分近くを無為に経過した。

 ただの肉弾戦で私に勝てるはずもないのに……それは知っているはずなのに……何故? 

 

「勝つための力を使わず負ける。仲間内で手加減したって言うなら言い訳には十分使えるね」

 

 考えられるのは……他ライダーを使うほど能力への理解が進んでいない。これは却下。初陣でさえそれをほぼ完璧に使いこなしてみせたマジェスティなら、今この状況で使わない理由にはならない。そもそも、ゲームエリアなんてのを設定した時点で能力は把握しているはず。

 なら……使えない? いいや、それならマジェスティとの純粋な勝負になる。私の直感と能力を知るならその選択は死ぬだけだ。私への反感から出た行動でそれは無い。

 

「まさか、演技だったの? ホントは死にたかった?」

「……」

「肯定かな? 言葉にしてくれないと分からないよ」

「これが答えだ」

「っと……」

《マジェスティ・エルサルバトーレ!》

 

 鎌を大きく弾かれ、その隙に必殺技。

 巨大な鎌は普通に引き戻したのではマジェスティのパンチより明らかに遅い。両手も鎌に持ってかれてガラ空きの胴には防御の手段は無い。

 普通ならね。

 

「知ってるよ」

 

 常人からすれば無限に近い魔力量、それを魔力放出の原理で鎌から発する。

 パンチの動作に入ったマジェスティはそれをキャンセルする余力は無い。回避動作より速く加速する私の鎌はその右拳を上段から真っ二つに切り裂いた。

 

「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!??」

「シロウ!」

 

 裂けた右手を庇いながら退がるマジェスティ。

 

「私の鎌は能力で概念系でも捉えられる。どんな装甲だろうと防御力を上回るなら破壊できる。私の能力は世界の頂点を創れる。私の魔力放出は5分の戦闘なら切れる事なく使い続けられる。そしてその動作の着地点は未来にある」

「っ……」

 

 必殺技での強襲なら初撃にするべきだった。2分近く私と戦ったならその動作は元より遥かに劣る。

 

「どうする? もうやめる? 今なら右手も戻せるよ」

 

 私の能力ならシオンに治してもらえるくらいの現状修復はできる。

 ……私の欠損の場合、血管やら何やらも無理矢理繋げて自然治癒に任せるんだども。

 

「ふざけるな……」

 

 マジェスティは更にウォッチを起動。

 歴代ライダーが勢揃い……人数差、やっぱりおかしいよ。

 勝手に出てくるもんだから勝手に囲まれる。どこかを突破しなきゃ退避すらできない。

 

《Gatack》

「クロックアップ」

 

 更にひとつウォッチを起動。

 

「っと」

 

 直感とそれに連動する魔力放出により2つの攻撃を防ぐ。

 

「何……!?」

「いくら高速で移動しても、その攻撃の数が増えるわけじゃない。速度に対応できるなら、防げないはずは無い」

「速度がダメなら、パワーはどうだ!」

 

《クローズエボル!》

「いくぞ!」

()()()()()()()()()()()()()

 

 マジェスティが懐から取り出したウォッチを起動、背後のライダーが黒く染まり、正面のマジェスティと共に挟み撃ちを仕掛けてくる。

 恐らく同時に私へ到達する。そのカンから更に攻撃タイミングをカンで計り……魔力放出で急速に体を自ら吹っ飛ばす。

 

「ぐっ……!」

「どれほどパワーがあろうとも、その攻撃が肉体に依るものなら、躱せないはずは無い」

 

 拳と拳で相殺(あいさつ)したマジェスティが吹き飛ぶ様を見ながら次に備える。

 とりあえず私を逃すまいとしてる周囲のライダー群を退かさないと……

 

「生身でそれだけの運動能力……やはりヴィーナスは……」

「とんでもない、って言うの? それこそとんでもない。私と戦い始めてもう3分。貴方の身体能力が落ちてるの」

「何だと……」

「世界が私を脅かさないようにしてるんだってさ。つまり、貴方がそのマジェスティを使いたくないようになっていってるの」

「そんなわけあるか! 今の俺が戦うための力だ!」

「なら何で、他のライダーの力を使わないの?」

「……」

「クロックアップも、さっきのライダーも、初めてマジェスティを使った時に使ったもの。他のライダーのウォッチを見たくなくなってきてるんじゃない?」

「それは……違……」

「後2分、もし続けるなら貴方は今だけじゃなく今後ずっと、マジェスティのウォッチさえ持つことができなくなる。やめるなら今だよ」

「やめる訳ない! 今回初めてじゃない! 何度だってこの状況を望んでた! ヴィーナス全員相手にするならお前1人に諦めてられないんだ!」

「……戦争に勝つ事からかなり壮大な目標になったね。それは頑張ってね」

 

 私だけを相手にするなら可能性もあったのに……私達となると個人の及ぶレベルじゃない。

 

「総員。行くぞ」

《フィニッシュタイム!》

 

 全ライダーがそれぞれ必殺技の構えに入る。

 

「行くぞ!」

「……だけどこの状況……1対多数はいつものこと。そして……自分が冷めていくのが分かる」

「……?」

「1対1で拮抗しうるかもしれない……そう考えると少し、期待してしまう。けど相手が数に頼ると……私に個人で勝つのは諦めたんだと、そのつもりは無いのに、数だろうが勝てば良いのに、落胆してしまう。私を超える存在は……今回も現れなかった。マジェスティ、貴方も所詮……人間の作る偶像に過ぎないよ」

 

《マジェスティ! エルサルバトーレ!》

《Allマジェスティ! タイムブレーク!》

 

 全方位からそれぞれの必殺技が繰り出される。

 マジェスティにとってこれは、最大の攻撃。今のマジェスティにこれ以上は無い。

 

「消えろ」

【消えろ】

 

 ♢♢♢

 

「……」

 

 居ない。

 オレが出てから1時間……いや、その半分になるかどうか……

 姉さんが勝手にこの家を出るか? 食糧も酒も充分用意しておいたし洗濯も空調も問題無い……姉さん自身の能力でこの家への襲撃なら無視出来るはず……キャスター夫妻は未だこの家の辺境の部屋……ライダーもオレの部屋。シエルは知らん。

 なら誰だ……我が救世主とセイバーがいない。

 となると姉さんが暴走して我が救世主がキレたか……

 無限の剣製はまだ使えないか。ならマジェスティの……ヘルヘイムかゲームエリアが妥当か。より外的要因を減らすならゲームだな。

 

「はぁ……仕方ない。セイバーに万が一があっても面倒だ。変身」

 

 クロノスを選択。ゲームエリアに介入する。

 

「諸君……このゲームは無効ダァ……」

 

 さて……どうなってることやら……

 

「ん……ああシオン。戻ってきてたんだ」

「……」

 

 なんて事は無かった。ウタネと我が救世主が向き合ってるだけ。

 これから戦闘だったのか? 水刺したか。

 

「すまん、邪魔だったか?」

「うん? や、終わったからいいよ」

「あ?」

 

 我が救世主が……表情は読めないが苛立ちで絶句している。

 ……何したんだ? 

 

「何したんだ?」

「別に。普通に戦って必殺技消しただけ」

「ああ……」

 

 ああ……

 

「我が救世主。メンタルは大丈夫か? ウォッチを再起動してみてくれ」

「……」

 

 返事が無い。重症だ。

 

「我が救世主。お前がそうなったのはお前のせいでは無い。お前が生きてる世界でお前が世界に挑んだせいだ……お前のせいか。ともかく、姉さんの抑止を回避したいなら異世界から来るべきだな。ともかく……直すぞ」

「やめろ」

「……? 何故だ? このままならお前は戦えない」

「それでいい……俺が戦ったのは3分だけだ」

「……」

「このまま、いさせてくれ。戦力はお前たちがいれば足りるんだろ。俺なんかを頭数に入れなくても」

「我が救世主。その悲観は訂正させてもらおう。戦力は確かにオレと姉さんで足りている。だがお前は必要だ。お前が生き残らなければ意味が無い」

 

 3分。歴戦の騎士でさえ刀剣を手にするのを躊躇う程だ。どこまで知って実践したのか知らないが……その上でこの戦争を越える? 

 ……戦う必要は無い。もはや戦闘は間桐とのみ。オレだけでも終わらせられる。

 

「とりあえずプライムを切れ。ウタネも鎌仕舞え」

「うん」

「ああ……」

 

 とりあえず飯でも作るか……



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第55話

「ぁあーつかれたーシオンー」

「知るか。何がしたかったんだよ」

「虚無のヒーローに……なのはと同じ結末をと思って」

 

 缶のお酒を投げ渡してくれるシオンにとりあえずの答えを返す。

 

「……殺す気だったのか?」

「んー、よ……ぶぁっ……ティッシュごめん……や、致命傷は受けて貰おうかなーとは思ってた。なのはも生きてたんだし」

「オレ達の目的分かってるか?」

「わかってるよー。シオンに直して貰おうと思ってたから」

「そうか……とりあえず我が救世主、お前は部屋戻ってセイバーといろ」

「ああ……」

 

 私のテキトーな返答にも納得してくれるシオン。

 運命という恣意的な偶然により生まれた2人の英雄。触れてみて分かる、2人の能力はただの人間でしかない事。

 当然強くなる才能はあった。それに見合う努力もできた。その才能と努力は実を結んだ。

 けれど、なのはもシロウも無敵じゃない。管理局ではなのはを落とせる魔導師は存在したし、英雄エミヤを超える魔術師も数多くいる。なのに何故、彼女たちは英雄視されるのか? 

 それは、彼女たちの選択肢に『自分』が存在しなかったからだ。

 自身の幸福と理想の実現。2つは似ている様であり相反する事もある。

 勿論の事、それが重なる人間も多い。『仕事を楽しみ、不自由無い家庭を持つ』などの理想であれば自身の幸福とも合致する。

 けど、『より多くの人々を救う事』は自身の幸福とは合致なんて絶対しない。救う道を選んだ先は戦場だ。互いに憎み合い、奪い合い、そして殺し合う。犯罪を犯す人が許せない、自分たちの思い通りにさせない法がおかしい。それらは総じて悪だ。自分たちにだけ都合の良い法律なんて作らなければ違法は無いのに、法に守られなければ生きていけない存在なのに、自分が正しいんだと水掛論。

 結局は自分が生き残らなければ意味は無い。

 でも……自分を選ばない人がその道を進んでも、相手と和解してしまう。

 和解した上で味方に引き込もうとする。そして彼女たちはそれを実現するだろう。事実として彼女は実現した。

 その結果は、彼女の元に集まった大勢だ。自分を選ばない人間の先は自分を選ぶ周囲だ。本人は存在しないに等しいのに、周囲の人の意識はその当人に向く。小規模な信仰だ。『高町なのは』『衛宮士郎』という空の器に周囲が勝手に理想を押し付け、ねじ込んでる。

 そんなものが行き着く先は英雄しかない。そんなものは私の知ってる人間じゃない。

 

「あ、姉さん、それ飲み終わったらマトウ行くぞ。もう終わりでいいだろ」

「ん」

 

 シオンからの最期通告。

 教会やらシャドウサーヴァントやらの問題をほっぽって成功条件を満たそうってことだ。まぁ、相手する意味も無いし合理的だね。

 

「じゃあさ、それに衛宮さんも連れてっていい?」

「あ? 何でだ?」

「何か行きたいんだって。正義の味方はみんなを助けるんだーって」

「……変な覚醒タイミングにならないか? マジェスティより上は知らないが……」

「さぁ? 連れてくだけだよ。私が見とくからさ」

「まぁ……それならいいが……」

 

 ♢♢♢

 

『よく来たのォ……ヴィーナスの』

「間桐……いや、マキリの長。門前まで出迎えとは……何だ? 降伏か?」

 

 間桐邸の前には虫爺の姿。

 オレ達を敷地のはるか手前で感知してた様だが……尚更姿を晒す意味が分からない。

 

『ふぉっふぉっ、何、客を出迎えるなら当然の事』

「客ねぇ……」

「桜は何処だ!」

『桜は儀式の最中。貴様如きに用は無い』

「まぁ出てきやしねぇわな。で? お前がオレ達の相手をするのか? 悪い事は言わん。オレは年寄りを優先的に殺すぞ」

 

 老害なら尚更だ……循環する世界に長く留まる存在は不純物だ。

 

『無論、それも良いが……これは聖杯戦争。相応の用意はある』

「今更サーヴァントか。オレに勝てそうか?」

『用意はある、と言うておろう』

「……?」

 

 蟲の塊が杖を鳴らす。

 移動するサーヴァント……1騎だけか……

 

「ふぉーりなー!」

 

 表れたサーヴァントは……フザケた水着姿のアルトリア顔。

 

「何だお前」

「コードネームXX。ヴィーナス、覚悟!」

「またヴィーナスか。何なんだよ」

『フォーリナーのサーヴァント。それの力は知る所じゃろう』

 

 意味の分からんサーヴァントに自信満々な死に損ないの蟲ケラ。

 ふむ……

 

「人類の脅威か。確かに分類は可能だな。だが……対セイバー決戦兵器じゃあダメだな。卿」

 

 姉さんの令呪を通じて卿を呼ぶ。

 霊体化したサーヴァントは流石の速度で参戦する。

 

「なるほど……Xさんですか。2人よりはまだ私が適任ですね」

「じゃ、頼む」

「しかしですね。アサシンの彼女ならばともかく、フォーリナーは私が完全不利です。プライム下さい」

「……」

 

 コイツやっぱりルーラーじゃないだろ。

 

「しかし仕方ない。こんなふざけたのに苦労するよりマシだ。ほれ」

「何ですかこの緑の」

「マジェスティもいるんだ、適当だと思うが?」

「宇宙、ヴィラン、違う立場の同じ顔……なるほど、そうですね……諦めて使います」

「そうしろ……使い方はご存知のはず」

「いや知りませんが……マジェスティやらを見ていれば想像もつきます」

 

 卿に渡したのは緑を基調とした奇怪なベルト。

 随分と馴染みのあるものになったウォッチを操作し、装着する。

 

《ギンガ!》

「シオン、後で甘味を所望しますよ。変身」

《アクション! 》

《投影! ファイナリータイム! ギンギンギラギラギャラクシー! 宇宙の彼方のファンタジー! ウォズギンガファイナリー! ファイナリー! 》

 

「祝え!」

「祝わなくていいです。行きます、Xさん!」

 

 奇怪なフォルムになった卿が敵サーヴァントへ向かう。せっかく預言者ぶってやろうとしたのにな。

 オレ達から遠ざかるように戦闘を始めたアルトリア顔。

 こっちを気遣ったんだろうが勝敗はどうあれオレに支障は無い。

 

「さて……どうする? あの2人がやってる間お前は無防備だ。お前が死ねば我が救世主の希望も通せる。オレ達の目的にも必要無い命だ」

『桜を野放しにする気か』

「さぁな。小娘1匹の処遇なんぞに興味は無い」

「シオンお前!」

「黙れ。オレの目的はあくまで聖杯の不完成だ。他は好きにすればいい」

「ったく……」

『その小娘が聖杯だと知ってもかの?』

「……なんだと?」

 

 クソジジイの放った一言は、オレの注意を引くには十分過ぎた。

 

「聖杯は……小聖杯は、アインツベルンのホムンクルス……それがルールだ。そもそも、お前らにアレ以外に聖杯の器なんぞ用意できるはずがない」

『桜は随分と優秀でのぉ……ワシも驚いておる。前回の戦争が活きた……ふぉっふぉっふぉっ……この戦争のイレギュラーは全てワシが掌握できた!』

「桜が……聖杯だって? どういう事だシオン!」

「聖杯の現状を知ってるってことか。可能ではある……か。となると厄介だな……」

 

 マジェスティうるせぇな……

 聖杯が狂ってるのはギリ想定の範囲内だ。そもそもロリコンがオレ達を頼る事自体狂ってるからな。いや、そもそもオモチャに頼るなよクソロリコンが。オレ達はお前の暇つぶしじゃなかったのか。

 それはそれとして、戦争のイレギュラーを全てを掌握、か。

 まずオレと姉さん、そして卿。これは対策を用意したと見て良い。

 だが……思い当たるのはそれだけだ。それだけなら、ヴィーナスなりお前たちなり他の言い方が十分にある。なのに全てと来た。他に何かあるのか……? 

 戦争の停止が必要な理由まで把握できてるのか? 他世界にまで発生するなどオレですら曖昧だというのに。

 

「だがまぁそんなのはどうでもいい。お前らは邪魔になる」

 

 とりあえず普通に切って死ぬ様な奴じゃない。

 死霊特攻でも乗せるか……いや、直死でいいな。

 

「我が救世主、援護しろ。とりあえず桜は後だ。あの蟲ケラジジイを消し飛ばす」

「あ、ああ! 変身!」

《ゲイツ! マジェスティ!》

「私はー?」

「最終は任せる。とりあえずオレとマジェスティだ」

「はーい」

『生身で儂とやる気かの』

「生身なんてレベルじゃない。超人たる所以は見せてやるよ」

 

 体術を極めた者の体技。そのひとつ。

 地面を瞬時に10回以上蹴り、縮地法を超える速度をして相手の背後へ回り込む……

 

「剃!」

 

 完全に不意をついた……振り返る未来は視えない。

 直死の線は多くない……が、狙えないほどでもない。

 

「嵐脚『白雷』!」

 

 心臓部を通る即死を狙える位置。

 だが……

 

『ふぉふぉ。中々面白い』

 

 斬撃の後に大量の蟲が広がる。

 線を捉えたのに……いや、捉える前に避けられた。

 この世界において直死の死は絶対だ。たかだか数百年の存在が耐えられる能力じゃない。

 だとするとやはり感知されている、か。

 間桐の敷地内だと剃程度の速度では不能か。

 

「我が救世主! 追加のサーヴァントが来る! 警戒しろ!」

『流石じゃの』

 

 屋敷から動くサーヴァント……こいつはランサーか。

 

「ランサー長尾景虎! 再び推参! べべん!」

「お前じゃオレには勝てねぇよ。セイバーも消えた今、戦力が足りないんじゃねぇのか!」

 

 ランサーの不意打ちもどきを刀で受け止めて弾く。

 

『ふぉふぉふぉ。油断したの」

「……何?」

 

 油断……? これは余裕と……

 

「な……!? ぐぅぅ!? シオン!? これは!?」

「オレを越えて我が救世主に攻撃を……? しかし物理では無い。何だ……?」

『イレギュラーも大変なものじゃ。精々足掻くとよい』

 

 蟲が散って気配が消える……撤退したか。ランサーともう1人……

 

「そこ!」

 

 次のを予感したのか姉さんが屋敷の上に鎌を投げる……投げる? 

 

「む、避けられた……」

「何で投げた?」

「え、いやだって私遠距離攻撃無いし……」

 

 まぁそれもそうか。

 とりあえず攻撃は外れた。姉さんのカンからしてまず間違いなく……クラスはアーチャーか? 

 

「遠距離攻撃ができないのは分かるが……」

「どーにかしてよ」

「……マジェスティ、少し時間稼ぎ頼む」

「あ、ああ。よし!」

 

 マジェスティが長尾景虎と接敵……負けやしねぇと思うが……

 攻撃してきた敵が未だ捉えられない。姉さんのカンはともかく、オレは見てないと未来視できねぇからな。

 とは言えどおかしい。アーチャーのサーヴァントなら無防備な姉さんから狙うはず……なのに何故マジェスティを? 

 思いつく答えは無い。距離ならオレ、強弱なら姉さんだ。ヴィーナス狙いだってなら尚更。なのに戦況にさして影響の無いマジェスティを何故……

 

「ひとつ……注意しておく」

「お? 私に注意? 珍しいね?」

「コレを使うと……」

「使うと?」

「目から出血し、次第に失明する」

「ちょお!? 失明とか私に致命じゃ!?」

 

 目を通してでしか能力の使えない姉さんには天照は致命的な能力だ。

 如何に言葉を使ってもそれを目視しなきゃ発現しない。だからこれを提案した。プライムなんぞ姉さんが使うまでもない。有り得ない。

 姉さんの性癖共々、目は姉さんの価値観の上位にある。視る事において姉さんを超える執着を持つ者はそうそういない……だから、プライムは諦めて欲しい……

 だが……

 

「まぁ……いいや。いいよ、頂戴。それ」

 

 だが、姉さんの本来の姿は言葉だ。視る以上に言葉の存在だ。

 視ることにさえ、最終的には何の価値も見出さない。己の存在が詩音である事。それ以外に意味も価値も、興味も無い。自身の存在さえ保てるのなら、自身の腕すら、首ですら切り落とす。

 だから平然と自身の存在を切り捨てる。五感の一つさえどうでもいい。命さえ……死ぬならどうでもいい。

 

「やりたい事は、もう全部やってるもんな。ウタネ」

「できない事は、一つしか残してないから。シオン」

「だからな」

《デュアルガシャット!!!》

 

「えっなにそれ」

 

《The strongest fist!》

《What's the next stage?》

 

 姉さんの疑問を無視してモーションを続ける。

 

「マックス大変身」

 

《ガッチャーン!》

《マザルアーップ!》

《赤い拳強さ! 青いパズル連鎖! 赤と青の交差! パーフェクトノックアーウト!》

 

「2つの世界が混ざりあって1つになった……オレが2人分になる。姉さんは不必要な遠距離攻撃の為にプライムなんて付与する必要は無い」



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第56話

《パーフェクトノックアーウト!》

 

「姉さんがプライムなんて使う必要は無い。残るマトウのサーヴァントを全て保護し、目的を達成する」

「うん……!?保護!?」

「ああ……マトウに残るサーヴァントも共々姉さんの家に封殺する」

「なんで?要らないんじゃないの?」

 

 その通り。本来なら追加で呼ばれたサーヴァントなど害悪以外の何者でも無い。

 だが間桐桜がもし、もしイリヤスフィールと同等レベルの聖杯の鍵となるのなら、既に3騎蒐集していることになる。

 更に卿がフォーリナーを消すとすると4だ。5騎の制限とするとここでランサーを消すと終わりだ。残りは全て回収しなければな。

 いや……卿を止めてもリーチ手前は変わらない。マトウのライダーやバーサーカーももう少し考えて消しとくべきだった。

 

「今は何か感じるか?」

「いや。いなくなったと思う」

「よし。なら屋敷内に入る。間桐桜を回収するぞ」

「あの2人は?放っとくの?」

「ああ」

「了解」

「卿!救世主!そいつらは消すなよ!できるだけ長引かせろ!」

 

 姉さんと共に屋敷内に走る。

 前回の襲撃で大体の内部構造は把握した。

 魔術の工房にしては意外な程に、至って普通の洋館だ。広い以外に特徴は無い。

 だが……どんな洋館でも隠したいものは隠すものだ。

 本命はありきたりな地下。広く空洞があるのが分かる。

 地上から地下への移動は通路を通らなければ普通は難しいが……オレと姉さんにならその程度は何の障害にもなりはしない。

 

「姉さん!このまま走って後2秒後落下する!能力切るなよ!」

「はーい」

 

 姉さんならカンで察するだろう。

 大体さえ伝われば問題無く……床に穴を開けてすぐに落ちる。

 

「まず間桐桜の身柄を確保する!そして間桐臓硯の身柄の確保だ!」

「まって!?この能力!私と同じ!?」

「パーフェクトパズルはステージ上の物質を自在に操るパズルゲーム。姉さんの能力とほぼ同じだな」

「それで二つの世界……」

 

 落ちた先は地下倉庫、という表現が浮かんだほど伽藍洞。だがそこらに種族不明な蟲が蠢いている。

 

「うわぁ……私無理……」

「メンタル半分くらいオレに変えとけ。とりあえず後だ。まず間桐桜……よし、見つけた。ウタネ、残りサーヴァントの警戒を頼む」

「ん……あの子どうするの」

「神威空間に放り込む。この世界なら何をどうしても対処不能の能力だ!」

「……了解!」

 

 2人して走り出す。蟲を踏むたび爆ぜて汁が飛ぶが気にしてる場合ではない。

 神威には神威でしか干渉できない……例え姉さんの現実改変でも足りやしない。オレの能力そのものを無効にするか、同じ神威を持ってくるしかない。そしてオレの神威は原作の神威とは別物だ。並行世界にいる神威持ちのオレを引きずり出さない限りは干渉不可能。

 そしてパーフェクトノックアウトと両眼神威の前では神代のサーヴァントさえ無力に等しい。

 5分間のオートすり抜け、ガード不可攻撃(神威)

 物質のコントロール、自在なバフ(パーフェクトパズル)

 間桐は聖杯戦争一つ分の戦力を引っ提げてるんだ、これを過剰とは言わせない。

 

「ウタネ、いたぞ」

「ん……」

 

 魔法陣の中で正座で佇む桜。

 相当数の蟲が半球の結界を覆うために目視はできないが……オレならその魔力を視ることができる。

 

「……はぁ」

 

 やれやれだ。すんなり保護、とはいかないらしい。

 

『何の、用ですか』

 

 桜の見た目をした……桜の人格を持つ……間桐桜という存在。

 それがオレ達に敵意を向けている。

 

「何もどうも無いだろう。オレ達の目的はただ一つだけ」

『そうですね』

「ヤル気はあるワケだな」

『ここに来た時点で、終わりです』

「「……!」」

 

 周囲の蟲が全て影に変わる。

 回避は望めない。この密度は2秒後の回避先さえない事を予知させる。

 しかもこの影はおそらくアンリマユの一端。触れるのもできるだけ避けた方が良いだろう。更にこの数、おそらく無限……神威ではどれだけ近づいても攻撃には実体化の必要がある以上無意味。

 

「姉さん!床に穴を開けるから、飛び込んでこい!」

「はいはーい」

 

 まったく呑気なもんだ……

 

「よし、閉じるぞ!」

「うん」

 

 地面……地下の床……に更に空間を作り、外部から隔離する。

 いくら影といえどただの物質ならともかく、人の支配下にある物質は透過できないはずだ。少なくとも、この数秒後もその予感は無い。

 だが……多数による火力が高過ぎる。いくら虚数魔術といえど隔ているのはおよそ30センチのコンクリートだぞ。それをそう難なく破壊するだけのパワーをひたすらに叩きつけてきている。賢い戦い方ではないが……そうするだけの能力は持ってるな。

 これはそうは長くない……さて、パーフェクトノックアウトの能力でこれをどう切り抜けるか……?

 思考時間は長く許されない……まずノックアウトファイターは不能だ。格闘能力を上げまくった所で無限に湧く影に対応し切るのは無理がある。

 パーフェクトパズル……物質の操作でこの攻撃を防ぎ続ける事は可能だろう。現にこうして攻撃を防いでいる。これを無限に続けることは可能だ。だが……それでは突破にはならない……エナジーアイテムの操作でもこの無限に湧いてるであろう影の突破は不能だろう。

 ムテキゲーマーに切り替えても押し切られる……ポーズも影の密度が高過ぎる……手詰まりか……

 

「はぁ……ダルいな……直死でも捌き切れん……さて、どうするか……」

「うん?私がしようか?」

「あ?」

「別にあの影、実体があるんでしょ?潰そうか」

 

 軽く言うが……軽くそれは実現できそうだ。

 だが……

 

「いいや無駄だ。空間を無限に圧縮しても影は無限に湧いてくる。空間そのものを、潰すんじゃなくて無くすだとか、間桐桜に魔術行使をさせないだとか、根本的な解決しか無い。そして恐らく間桐桜は現状不死だ」

「んー……他の能力は?私にプライムとかね。へんしん、ってしたくなってきちゃった」

「最終の手段だ。まだだ……あとヒーロー系は絶対やらねー」

「えー……でも今のところそれしかないでしょ」

「だめだ。しかし撤退もしない。これが最終決戦だ」

「どーすんの。無限に湧くやつの相手なんてずっとしてるつもり?」

「ああ」

「は?いずれ押し負けるんでしょ?」

 

 根性論を嫌う姉さんが明らかに機嫌を損ねる。

 オレの能力の全貌を知らない姉さんには当然の反応だ。オレですら全貌は知らねぇしな……無限に負けない程度には知ってるが。

 

「いいや。無限には無限、虚数には虚数だ。プレシアの無限魔力を拝借する。虚数空間へ繋いでくれ。合言葉は『かかれ柴田』だ」

「かかれ柴田?」

「いくぞ。射程距離は……この冬木全域だ」



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第57話

 

「むっ!?」

「ん……?」

 

 打ち合いの最中、突如長尾景虎が動きを止める。

 

「これは……!今!ファイナル鬼柴田だッ!」

「なんだそれ!?」

「ど、どこです!?まさか貴方ですか!?貴方の味方にバーサーカーの柴田勝家が!?」

「知らねぇよ!」

「く……シラを切るつもりですか!しかし!既に私は!私たちは!ファイナル鬼柴田の射程距離内に入ってしまっているッ!」

 

 長尾景虎は既にゲイツマジェスティから槍を外し、周囲の警戒を始める。

 

「フォーリナーさん!他にサーヴァントがいます!注意を!」

『分かりました!えっちゃん!勝負は預けましょう!』

『意味不明です。もうこの世界では勝つか負けるかしかありません』

 

 ヒロインXオルタの変身した仮面ライダーウォズの周囲からエネルギー弾が無数に射出される。

 

『く……その能力!やっかい極まってますね!』

『宇宙の力は無限大というやつです』

《ファイナリービヨンドザタイム!》

『言葉では解決できませんね。では!エーテル宇宙、然るに秩序!ヴィーナス死すべし!』

 

 アルトリア顔は互いの最大火力を狙う。

 両者の背景はどちらも宇宙模様となり、地上で放っては秘匿も不可能と思われるエネルギーが放出されている。

 

「あああああ!そんな場合ではないですよ!?柴田勝家が我々の敵だとしたらどうするのです!」

「何だよさっきから!何をそんなに怯えてる!?」

「貴方に教える義理はありません!フォーリナーさん!私は撤退しますよ!」

「逃がすか!シオンが戻るまでお前はここで食い止める!」

《マジェスティ!エルサルバトーレ!》

「く……!真ソニック……違う!毘沙門天の加護ぞあり!」

 

 ♢♢♢

 

《高速化!》

《高速化!》

《高速化!》

《マッスル化!》

《マッスル化!》

《マッスル化!》

 

「かかれ柴田ぁぁぁぁぁ!ふははは!心が躍るな!」

《ガシャコンパラブレイガン!》

「だから無理でしょ!?無限相手にどうする気!?」

「オレの『かかれ柴田』は一挙手一投足全てに永続のバフが発生する。相手が無限だろうが関係無い!速さを1度上回りさえすれば……はぁっ!無限に負けねぇ!ウタネは自分の身を守ってろ!」

「……ほんと。了解」

 

 シオンは近接に切り替えた武器を持って飛び出し、仮面ライダーの方のバフをかけて周囲の影を一掃、そのまま影の主へ向かって走り出した。

 一挙一動、その動作全てからバフ判定が入るなら確かにそれも無限だ。1度でも相手を上回ってしまえば後は差が開くばかり。無限の影を超えるパワー、スピード、手数が無限に上昇していく。

 しかも射程は冬木全域……射程ってどう言う事?腕伸びたりするの?

 それは不明……まぁでも……どうでもいいか。

 

「オラオラオラぁ!所詮は人間やその派生!お前ら生命ごときがオレにカケラでも勝とうと思うんじゃあねぇ!」

「や……あなた生命にすら届いてない私の思念体(ぶんしん)だから……」

 

 知性さえあるなら存在の分類でランク分けする気はあまりないけど……肉体の枷が無い分上ってなるのかな?

 

「うるせぇ!姉さんが生命ならオレもそうだろ!」

「んー……いや〜〜〜……?んー……」

「じゃあウタネは生命か!?」

「私は……うん?私も双神詩音の作ったものだから……違う……?」

 

 そーいえば私もオリジナルじゃないのよね。私の上にオリジナル、私の横にシオン……人間ってなんだ?どうすれば人間って言える?

 

「……じゃあ結論不能だ。オレもウタネもマトモな存在じゃあねぇのは元々の事だしな。追加だ!」

 

《分身!》

 

「ふふ、ふはははっ!」

 

 シオンが4人に分裂、それはそれは凄まじい勢いで影を消し飛ばしていく。

 それはそれとして……

 

「ちょっ!こっちも来るし!」

 

 無限は無限。いくらシオンが影の無限を越えようと影は無限。当然私にも無限の影が迫ってくる。

 とは言えどうする……鎌はどっかいっちゃったし……

 

「もーシオン!?私どーすんの!?壁に埋まっとけばいい!?」

 

 影はとりあえず私の能力を貫通できない。できたとしても私が言えば出来なくなる。

 とはいえど……これを受け続けると身動きできなくなる。

 

「オレの刀使ってろ!ほれ!」

「ん!」

 

 シオンが律儀に私の側まで走って来て刀を手渡してくれた。分身の方か?

 普段みたいに投げたら影に阻まれるからだろうけどこういう友好度高い仲間みたいな立ち回り新鮮だ。普段は同一人物だからこういう連携無しに解決するからなこれな。

 

「よし……WRYYYYYYYYYYYY!!!!」

 

 武器を手にしたら後は魔力放出とカンに任せて無限に切りまくる。

 プレシアの魔力炉から……無限魔力装置が私の能力を通して私とシオンに並行世界にいるVNAの1人から無限に魔力を拝借して無限の魔力リソースを得る事ができてる。

 私の魔力放出に限界は無くなったから体が無理を通しまくってミンチになるまでなら私は無限の影だろうと捌ききれるし、シオンが間桐桜を殺すまでは持つでしょ。

 

『そんな……魔術師でもない人間が!』

「ヴィーナスには対策でもしてんだろーがな!オレ達には届かなかったなぁ!」

『まだ……!』

「正規戦争陣最強のオレと、間桐陣営最強の桜!この勝負の勝利者がこの世界を支配する!この戦いにはこの世界の運命がかかってるんだ!」

 

 能力を重複させまくったシオンはおそらく能力のオリジナルに引っ張られまくり。4人まで増えればそうでしょうけども。

 もうシオンの自我は薄いでしょうね……アインスみたいになる前に私が止めるべきだろうけど……間桐桜を殺せるならそれまでほっとこうかな。それで間桐のサーヴァントも全て消える。それで戦争は終わり。私達の目的も終わり。

 

「ははははは!いくぞ桜ぁ!」

《ウラワザ!》《ウラワザ!》《ウラワザ!》《ウラワザ!》

《ノックアウト!クリティカルフィニッシュ!》

《鋼鉄化!》

《マッスル化!》

 

 4人のシオンが片手で影を一掃しながら必殺技モーションに入る。

 極まったバフはこの影すら片手間のものなのだろう。もう影を見てすらいない。

 それを分かってか相手も露骨に怯む。

 

『う……!』

「はははは!これで永遠にこの世界とはおさらばだ!はあっ!」

『ところがそうはいかねぇんだよ!』

「!?」

《ノックアウト!クリティカルボンバー!》

「なにぃ!?」

「うっそぉ!?」

 

 間桐桜に最後の一撃を叩き込むはずだったシオンの必殺技は、おそらく同系統の必殺技によって相殺された。しかも4vs1で……マジか、あの無限バフなんだったんだ。

 そしてシオンに蹴りを放ち、着地した相手の姿もシオンと同じ。

 

「……パーフェクトノックアウト?この世界にオレ以外のライダーなぞ……」

「山の様にいるね?」

「ああ……増やしすぎた……」

 

 シオン、衛宮士郎、えっちゃん、壁紙アマゾンと……中々の侵食具合だ。

 あ、空気読んだのか影も止まってる。はー疲れた。

 

「で、誰だお前。まさか本人本物でもあるまい」

 

 分身を解き、相手の出方を見る。

 私も一応は構えておく。

 

『……ま、そうだな。俺はアサシン。けど俺は誰でもない。だから誰でもある……か?』

「……オレの知識に無い……オレと同じタイプの存在か。持っているのは変装宝具か。オレの必殺技を……パーフェクト柴田ノックアウトを止めたのは褒めてやる」

『流石の分析だな。俺の能力も使えるのか?』

「当然だな。お前もオレに近い性質ではあるが……足りないな」

『ん?』

「存在としての格がな。お前じゃ世界は名乗れない」

 

 それはそれとして……ダサ過ぎる……柴田はカタカナの間に挟まないでしょ……

 

『アンタ、話によると2つしか能力を使えないらしいな。世界が聞いて呆れるぜ』

「……あ?」

『たった2つ。無限に等しい能力の種類から見れば少な過ぎる。どれか1つを極めたわけでもない、全てを使えるわけでもない。なんてハンパだ。ハンパもんが雑魚襲っていい気になってるだけだろ。そんなんじゃ、せっかく信頼してくれてるそこのお嬢さんも大したことねーんだろーな』

「……」

 

 あーあ、キレちゃった。

 シオンと同じ姿をしたアサシンが犯した最大の間違い。

 シオンはシオン自身をいくら煽ったところでキレたりしない。挑発に乗りはすれど、心の底からキレることは無い。

 けど、私を煽った時は別だ。それに関してはシオンは本気だ。それをシオンは許さない。そして、逆は私も同じだ。

 

「2つだけ、か。ああ。2つでいいからな。2つで十分なんだよ、戦闘においてはな。2つあれば最強は実現する」

《ガッシューン》

 

 シオンが能力を解除して元の姿に戻る。かっこよかったのに。

 

「戦いにおいて最強とは2人いる。最強のヴィランと、最強のヒーローだ。パーフェクトノックアウトはその前身だ。異なるものを共通点で組み合わせ、更なる高みにランクアップする。今からするのは『最強』の2つ。その2人の能力さえ使えるのなら……他は些末なものだ。ま、その組み合わせも様々だが……ここまでくれば1番分かりやすいのでいくか」

《エボリューションキング》

《グランドジオウ!》

 

 シオンはカード……トランプ?の様なものとゲイツマジェスティと似たようなアイテムを装着したベルトを装着する。

 

「全ての敵役(ヴィラン)の集合体と、全ての英雄(ヒーロー)の集合体。言語の上でのみだが……理論は通った。理論が通れば、風は吹く。風が吹けばフウシャも回る」

「ふーしゃ?」

「オレの鏡の名だ。世界が存在する(風が吹く)限り、オレの能力も止まらない」

 

 シオンの背後に複数の像が立ち並び、周囲をカードが覆う。

 右手を突き上げる様に左上へ、左手は円を描く様に右上へ。

 

「変身」

 

 両手をベルトへ交差させ、縦と横、2つの軸で回転するベルト。

 金のエフェクトが舞い、両手を広げたポーズはか……神秘的だ。

 

「もう生き遅れの生ゴミ共には付き合ってられん……天上の能力を思い知るがいい」

 

 生き遅れ……?ま、まぁたまに引っかかることもあるよね?

 変身したその姿は、まるで……まるで、か、かぁ……!神の、様なぁ……あぁぁぁぁ!

 

「神!?許せん!殺す!」

 

 神は何があろうと存在してはならない!

 私をババァだとぉ!?学生を年増呼ばわりする神などいてはならない!

 学生はあらゆる文化圏で崇高にして志向の存在のはずだ!知性が足りん様だな!知性無き存在に私の上に立つ価値無し!死ね!

 

「まっ!待て姉さん!オレだ!」

【空間固定」「圧縮】

「ぐっ!ぐぁぁぁぁぁ!」

「ばっ……ぶっ……!?」

『……!!!???』

「ま……まて……!身動きすら……!す、《スカラベタイム》ね、姉さん……!く、くそ……!停止時間ですら動けん……!キンクリも……無駄か……!空間が……床に……押し潰され……!み、ミラーワールドに……!い、動けん……!ふ、ゲームエリアすら……ぐぅ……!」

「あははははははははははは!時間停止なんて神の使う能力じゃないわね!そんな低次元の能力が私に通じるなんて……あ?何で私の能力が神に通じる?」

 

 ん……?取り乱したか……?

 

【戻れ】

 

 死屍累々の地獄絵図。シオンもパーフェクトノックアウトも、間桐桜さえ倒れて痙攣するばかり。

 

「んー……大丈夫そ?」

「ごぱっ……だ、大丈夫じゃない……表の奴ら、大丈夫なんだろうな」

「さー?即死してたらごめんって感じ」

「クソ……姉さん、この2人殺さずに捕まえといてくれ。オレは外の奴ら治しに行く」

「んー……まぁ了解。だいぶ弱っちゃったねー」

「……オレが戻るまで死んでなきゃいい」

「はーい」

 

 シオンはせっかくの最強変身を解いて消えてしまった。

 治療と移動で他に割けなかったのだろう。私が能力使うとすぐこれだ……敵味方関係無いからね。敵味方……生きてるなら、誰だろうと関係無い。

 で、引き受けた拘束も……私の世界なら簡単に。

 

【縛れ】

 



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第58話

「卿!我が救世主!生きてるか!?」

「……!シオン……」

「おい、マジェスティはどうした。まさか潰れきったのか?他のサーヴァントは?」

 

 間桐邸の表には卿が倒れているだけ……マジェスティどころかランサーもフォーリナーも見当たらない。

 サーヴァントはともかく、マジェスティは死んだなら相応の痕跡があるはずだ。何も無いのは何故だ……?

 

「いえ……ランサーとフォーリナーは……衛宮さんは、アーチャーに連れて行かれました。ランサーとフォーリナーも、アーチャーに……」

「消されたのか……?この場で!?あのタイミングで!?」

「はい……すみません」

 

 いくらリバイブとはいえ姉さんの能力を超えられる筈がない。その能力で超えられるとしても上位のマジェスティが負けるはずもない。

 姉さんのアレは比喩ではない。世界そのものだ。姉さんのいる世界に存在する限り逃れられはしないはず……

 

「目的地は分かるか?」

「……不明です。しかし恐らく、まだ固有結界の中にいるでしょう」

「なるほどな……それなら……もしかすれば……移動できるか」

 

 プライムの能力ばかりに気を取られていた。

 固有結界、それなら確かにこの世界と隔離できる。本来は発動時の場、その周辺程度のはずだが、結界の中での移動がこの世界での移動に比するなら、そんなことができるなら可能かもしれない。理論は通らない事はない。

 そして目的はやはり衛宮士郎の抹殺と考えるべきか。

 

「よし、なら卿は姉さんと合流してくれ。保身の為なら能力は惜しむなと伝えろ」

 

 卿をとりあえず治療する。

 

「分かりました……それは、私の保身も入れていいですか?」

「当然だ。お前の死は誰も望まない」

「……ありがとうございます」

「はぁ……今さらそんな価値観か。ソラに殺されるぞ。さっさと行け」

「はい」

 

 卿の霊体化を確認、すぐさま固有結界の座標分析に入る。

 

「例え現実世界を塗り替えようと結界は結界。存在があるなら……そこだ」

 

 神威の力、例え別系統の時空間であっても介入し操作する。

 

「……君か。どうやって入った?」

「ふん、結界ってのは外界と内界とを隔てる『線』だ。この世界と現実世界を隔てる境界さえ見つけられれば一部を殺して入り込むことはそう難しいことじゃない」

「やはり底知れないな。だが、少し遅かったな」

「……まぁ、死んでないなら問題無い」

 

 アーチャー、リバイブ剛烈の向こう側、2桁を数える刀剣に串刺しにされ立ったまま意識を失っているであろうマジェスティ……衛宮士郎。

 不意打ち食らったか……?まぁどうでもいい。生きてるなら問題じゃ無い。

 

「で、それ殺してどうする気だ?攻略法ってのはソレか?」

「ふ……自惚れでもあるが、『俺』がこの世界の中心である事は知っている。過去の君が語った事だ」

「……テメェ……マジにどこまで……」

「私の過去の到達点が私だよ。それは君の過去かもしれないがね」

「……いいや、オレの未来だ。だが……オレの上では無い」

 

 いかにこの戦争を超えた救世主でもオレを超えることはない。

 だがそれは戦って……1vs1の状況でオレが負けないってだけだ。

 その他の要素で致命があれば『オレの負け』はあり得る。それを警戒しなければならない。それだけはさせてはいけない。

 

「ふん、私がまだ勝てないと?」

「当たり前だ。お前はオレに勝ったのか?」

「私の過去では……勝てなかった。君の能力を知らなかったからだ」

「今なら勝てるつもりか?」

「そうしなければ私の望みは果たされない」

「愚かな……まだ分からんようだな。お前たちは所詮、オレ達の暇を潰すストーリーのアイテムでしかないという事に」

「……」

「究極のエンディングを見せてやる」

 

 先は勝利を確信していた故に最大値を狙ったが……コレはコレで最強の2つ。シナジーもある……

 

《ハイパームテキ!》

《幻夢無双!》

 

「グレード無双……」

 

《無双ガシャット!》

《ドッキーング!パッカーン!》

 

「ハイパー大変身」

 

《ムーテーキー!》《無双!レベルアップ!》

《輝け流星の如く!》

《掴み取れ栄光のエンディング!》

《黄金の》《漆黒の》

《最強ゲーマー!》

《天才プレジデント!》

《ハイパームテキ!エグゼイド!》

《グレード無双!ゲンム!》

 

 黄金に煌めく漆黒のボディ、靡くハイパーライドヘアーはその反射でいかなる色にも変化しているように見える。

 最強の守り、ムテキゲーマー。最強の攻め、幻夢無双。

 

「これも2つ……たった2つ。たかが……ふたつ。それだけだが……この瞬間よりオレを超える存在はいない。さぁ救世主、我が救世主を離してもらおうか」

「ふん、無駄な武装を施したか……」

「あ?」

「私も……コレを手にした」

「マジェスティウォッチ……」

 

 まぁ……当然の行動だ。

 だが……今ヤツは何をしてる……?何故マジェスティウォッチを上下逆に持つ?

 

「変身」

 

《ゲイツマジェスティ!》

《ゲイツリバイブ!》

 

 右のスロットにマジェスティウォッチを逆さに挿入する。

 何をしてる……

 

《ゲイツ!リバイリバイリバイ!リ・バ・イ・ブ!マジェスティ!剛烈!疾風!》

 

「仮面ライダー、マジェスティリバイブ。尊厳を復活させる……といった意味になる。言ったはずだ。二つ目の能力は不完全だと。世界を救えず反英雄になった者の……誇りと願いを再び叶える力だ」

「それでマジェスティ……尊厳と訳せるウォッチを反転させた……?」

「私には、救世主の核たる未熟な決意が無い。自身のオリジナルたるウォッチを手にする事……それが、私の本当の願いだ」

「それで無理矢理2つか……だがまぁ、それがお前らの限界だ」

「何だと?」

「1人1つ。何か解るか?」

「……?」

 

 どんな人間だろうと、どんな英雄だろうと、1人1つだけのものがある。

 それがオレと他の違いだ。その差は絶対に埋まらない。

 

「見てる世界だ。お前がどう変わろうと、その瞬間のお前が見る世界は1つだけ。だからそんな無理が生じる。1つだけで満足すればいいものを……それが傲慢というのだ。所詮たかだか1個人でしかない塵芥。オレやアインスはオリジナルの付属人格でしかない。お前らとはランクが違う」

「ふん……人間以下の存在が偉そうに」

「元来人間である存在が最上なのか?その枠にしか存在できない実体ではな。まぁ……お前たちがいるからオレもランクアップできるんだがな。ま、古今東西知性体ってのは自分勝手なもんだ」

「成る程確かに。私も元人間のサーヴァントで他人の武具を自身の力として来た。その点においては同類かと思うが、どうかな?」

「……そうだな。その目的が自分にあるかどうかだ」

「君は君のためではないのかね?」

「オレが表で動くのは常にウタネ(オレ)のため。永遠に続く今のためだ」

「個人の為に世界を敵に回すのか。世界に不要なら自身でさえ切り捨てるべきだ。強大すぎる力を持つものはこの世にあってはならない」

「ふ……強過ぎる力を恐怖するのは無知ゆえだ。力なら制御できる。災害じゃない。自分に理解できないから迫害するなんてのは田舎者のする事だ。素直に追い出されてやるのが正解だぜ、ははははははははは!」

 

 理解できないから排除する?正体不明だから忌避する?

 愚かな。その行動に至るのも愚かだが理解できないのが最も愚かだ。無知は罪。知らないから殺されたなら殺された方が悪い。

 

「お前ら人間は何もかもが足りてない。そんなだから聖杯なんぞに頼りたがる。オレが叶えてやるってのによ」

「お前は人間を舐めすぎだ。人間は成長する。ただの一般市民だった私が英雄になった様にな」

「成長しなきゃいけないってことだろ。オレはそんなもんするまでもない。分かるか?成長なんてしてる時点で、オレ達の遥か下にいるって宣言してるんだ……さぁ、話し過ぎた……お前ももう要らないな。お前の代わりはしてやるから死ね」

 

《ポーズ》

 

 無双ガシャットを回転させ、時を止める。

 コレも世界(ザ・ワールド)と違い制限が無い。この能力下ではゲンム以外の時間は停止する。

 

「リバイブだろうがマジェスティであろうが時間停止には対応できまい……」

 

 2つのウォッチには静止時間へ介入する能力は無かったはずだ。

 

「死ねとは言ったが……お前は変身能力さえ取り除けばいい。これ以上サーヴァントが消えるのも困るんでな……ウォッチは全て返してもらうぞ」

 

 プライムの解除はできないが……キーアイテムが離れれば事実上の解除になる。アイテム込みのプライムにしたのはこういう事態も想定しての事……ナンバーズでは失敗したからな。

 漫然と近付き、何の気なく手を伸ばす。ただそれだけだ。人間的な英雄に勝利するのに必要な手間はそれだけ。

 

「……」

 

 ウォッチに手をかけたところ、固有結界に突き刺さる有象無象の刀剣の一振りがオレの手を弾く。

 ムテキゲーマーの能力によりダメージは無いが……この事象は不明だな。

 

「ふ……救世主、お前、見えているのか?」

 

 この事象の発生源は当然救世主。

 問いかけてはみるが返答は無い。

 

「まぁどっちでもいい。聞こえている前提で話してやる。このハイパームテキにはあらゆるダメージが無効になる。例え対城、対界宝具であろうと、神秘がオレ達より高くともな。そしてグレード無双のポーズに時間制限は無い。このガシャットを回転させればリスタートするがムテキの力によってオレの意志でしか動かない。お前がどんな能力を隠し持とうともエンディングは回避できない。ウォッチは諦めろ。現実を見たなら夢から覚めるべきだ。そうでないなら永遠に眠れ」

 

 再び手を伸ばす。

 

「それはどうかな!」

「何……!」

 

 今度はその手を救世主が掴んで止めた。

 静止時間で動けるはずが……

 

「ブレイブは1度ハイパームテキを使用している。そして同じ能力なら……」

「……!」

 

《リスタート》

 

 再び飛来した刀剣が隙だらけの無双ガシャットを掠め回転させる。

 ムテキに弱点は無いと思っていたが……同系統なら通るのか。

 

「10秒とはいえ通じるだろう?」

「ふん……確かに、ムテキの力は想定していなかった。だがそれでどうする?もう同じ手は通用しない」

「さぁ、どうだろうな」

 

 1度退き距離を置く。

 さてどうくるか……とは言えど行動はオレの未来視を大きく外れはしない。

 

「お前も衛宮士郎と並んで見ていろ。私の理想を」

 

 周囲の刀剣が全て浮遊、次々と向かってくる。

 

「無駄だと言うのが分からんか。ムテキの力も持たないただの宝具が今のオレに通じるか」

 

 ガシャコンキースラッシャーを手に正面から斬りかかる。

 当然のように刀剣の雨に打たれはするがダメージは無いので怯まなければ支障は無い。

 そこで視える次の救世主の行動は……

 

《ブレイブ》

《リバイブ疾風!疾風!》

 

 10秒のムテキ時間と超高速。

 短期決戦は望む所だ。

 だがまずは刀剣を躱さなければならない。無双ガシャットがそうだった様にムテキ時間中は飛んでる刀剣も救世主と同じと考えなければな。

 

「く……しかし、考えたな……!だが!」

 

 リバイブ疾風の速さを未来視で対処するのは辛うじてできる。だが無数に飛び交う刀剣は無機物。それを読むのは不可能だ。

 姉さんのカンがあれば対処可能だっただろうが……それは無視だ。たかだか有象無象の英雄の武具。オレに捌けんはずもない。刀剣を捌きつつ救世主も避ける。まるで問題はない。

 

「だが無駄だ救世主!上限いっぱいの脳みそで考えたようだが!オレ達とお前らはランクが違う!」

 

 先の無限の影と比べればこの程度はまだ軽いもの。

 ムテキの無敵能力を無効にされてもこのムテキと無双の防御までは抜かれない。両手のガシャコンとライドヘアーを振り回し確実に刀剣を弾き救世主へ走る。

 

「お前の想定する最強と!オレの思う最強とではなぁ!」

「く……」

 

 救世主に肉薄、残り5秒なら固有結界の攻撃は受け続けても致命にならないと判断し、両手足の切断を狙って攻撃する。

 救世主のあらゆる攻撃は捌き切れている。そして……オレの攻撃も通っていない。

 押している……未来視も同様に不穏な動きは捉えていない……なのに何故、コイツを殺せないのか?

 

「っと……コレで10秒、か?」

「……」

「お前はオレの能力を知らないと言った。なのに何故、お前はオレの対策をしてる?」

 

 能力を知らないのなら……恐らくは初めて使うであろうムテキと無双の同時使用……対処のしようもあるはずがない。なんならオレも知らん。オレはこの状態でどう負けるんだ?

 そんなレベルにあるはずのこのオレの風車を……コイツは今、止めかけている。オレ以外が存在する限り風は吹き続ける……風車は回り続けるはずなのに……何故?



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第59話

「ウタネさん……」

「ん?あら、えっちゃん。大丈夫?」

 

 縛ってる全裸の男女をどーしようか悩んでるとえっちゃんが酷くしんどそうに現れた。

 

「……ひとつ断っておきます。私のこのダメージは対間桐によるものでなく貴女の能力によるものです。ルーラーとギンガの力を持ってしてXさんに手こずってなどいません」

「ん……あ、ごめんね。そう言えば能力使ってた」

「……今度ソラと会う時は全力で殴られてください」

「死ぬじゃん私」

「この敷地内の全員を殺しかけて何を言うのですか」

「死ぬのが悪いし……」

「ウタネさんの能力はもう2度と使わないでください」

「えぇ……なんで……?」

「常識的に考えてください。神代レベルのサーヴァントさえ手も足も出ない能力なんてあってはいけないのですよ?」

「常識なんて知らないよ……他のみんなは好き勝手に自分の能力やプライムや宝具やら使いまくってるのに私はプライム貰えないし能力も使わずに戦うなんて不公平でしょ」

「ウタネさんは存在が不公平ですが……ともかく、そんな不毛な話をしている場合ではありません。衛宮さんがアーチャーに拉致されました。シオンが追っています。シオンが戻るまでは私の身を守る為にウタネさんは能力をフル活用してください」

「びみょーに使いたくない制限解除だ」

 

 私の能力は誰かを守る力じゃないんだけどなぁ……

 まぁいいや。

 

【縛れ】

 

「はい。とりあえず全身ガードしといたよ。体動かせる?」

「……本当にしてますか?何も変わりませんが」

「まぁ空気だもんね」

「空気でガードさせる気ですか?」

「うん。対城宝具を真正面から受けてもヘーキだよ」

「対人でさえ神秘によって即死なのですが……」

「ああ、神秘基準で言うならA+はあるよ。私の能力は正真正銘私、ウタネだけの唯一性だから」

「……シオンでも使えないらしいので、それは疑いはしませんが……」

「私だって……というか、神のオモチャに選ばれたのは私なんだから。それくらいの能力はあるんだよ」

 

 最近転生してる事実を忘れてるな……単に堕落しきった生活しかしてないからだけども。

 ちなみに私の能力は双神詩音の能力の下位互換かつ独立したものらしいので神秘的には四象と同じでいいでしょう。

 

「で……コレはどうしろとか言ってた?」

「桜さんと……おや、新宿さんでは無いですか。どうしたのです?」

「新宿?」

「ええ、新宿のアサシン……真名はまぁ、誰でしたっけ」

『もうバラしていっか。わかんねーだろし。燕青だ。アンタは?』

「やはりカルデアではありませんか。私はバ……セイ……ルーラーのサーヴァント。この戦争を正しに来た者です」

『そーかい。さっきのお嬢さんもそうなのか?』

「シオンは……ただ巻き込まれただけです。選択肢の無い2択に」

 

 巻き込まれたのは私だよ?シオンは私がいるからやってるの。

 

「でさ、どーなの?」

「この2人の処遇については聞いていません。お好きにどうぞ」

「んー、ほっとこうか。面倒だし」

「そうですか。では残り1騎を警戒しつつこの場で待機ですね」

「あー、もう1人いたんだっけ」

 

 屋根の上から不意打ちして私の鎌を紛失させた奴だ……相応の罰は受けさせよう。鎌探させてやる。

 

 ♢♢♢

 

『ポーズ』

 

「……何も難しく考える必要は無い。お前がどんな手段を取ろうとな……そもそもオレとお前らは対等じゃない。神秘だのランクだので争う間柄でさえ無い。オレは上、お前らが下なんだ。何をするでもなくオレは、能力のゴリ押しで当たり前にお前らを制す……連続しては使えないだろう?正真正銘、これが最後だ」

 

《ハイパークリティカルフィナーレ!》

 

 必殺技と同時に未来を視る。

 オレが古今東西の武器をチートHIT数で叩きつける。この未来までは見えている。そしてそれに耐えられるサーヴァントもまた存在しない。

 2秒もしない内、攻撃は終わる。

 

「……終わった……これでマトウ側の聖杯に最低4騎のサーヴァントが蒐集される。2つの聖杯の内、アインツベルンとマトウのどちらか……召喚したサーヴァントを蒐集すると仮定するなら……マトウの聖杯は起動する……そしてこの静止時間の中、次の世界が確定する。惜しかったなぁ救世主。次こそオレ達を倒してみてくれ」

 

 攻撃を終えてもまだHITは発生しない。

 再び時が動き出し、救世主が現実を理解した所でクリティカルをくれてやる。姉さんに苦労かけさせた罰だ……

 

「さぁ、初まりの世界からrestart……」

 

《リスタート!》

 

「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

《無上の一撃!》

 

 マジェスティ爆発四散。慈悲は無い。

 だがこれで……終わりだ。冬木の聖杯は起動する。オレ達の戦いはこれからだ。

 

「……?何故だ、時間が巻き戻らない……?」

 

 神からの指令は聖杯を完成させない事。であれば今それに失敗して……

 

《マジェスティ!エルサルバトーレ!》

「……何!?」

 

 防御は間に合わなかったが、背後から必殺技を食らった……!

 

「く……マジェスティ!?バカな、アレで現界できてるはずがねぇ……」

 

 吹き飛ばされ、攻撃の主を見る。

 当然見えるのは先のマジェスティリバイブ。

 だが……どう言う事だ?何故生きていられる?今の攻撃はオレでさえ耐えられるかどうか……

 

「いや、お前……我が救世主か」

「……」

 

 答えは無いが……磔にされてた我が救世主の姿が無い。救世主が消すような余力は無かったはずだし、今そうする意味も無い。

 救世主が消えた瞬間にウォッチを奪ったのか?そんな速技ができるとも思えないが……

 

「おいおいおい、何のマネだ?お前を助けてやったオレに歯向かうのか?」

「俺たちは聖杯戦争のルールの中で正々堂々戦った!なのにお前達は!そのルールを根本から否定した!アーチャーは確かに俺だ!俺の未来だ!」

「……あのなぁ……はぁ、やれやれ……」

 

 よく分からんな、人間の考えることは。

 だがとりあえず、衛宮士郎がアーチャーの能力を奪い取った、と言う事でいいだろう。

 固有結界が解けないのも……やはり同一人物だから、と言う事なのか?

 

「どーしろってんだ。どーするってんだ?お前にオレ達をどうにかできるか?お前が戦争をどう戦える?」

「俺はルールの中で、世界を救う」

「……?」

 

《マジェスティ!エルサルバトーレ!》

 

「その為に……お前を倒す!はぁぁぁぁぁぁあっ!」

「愚かな……」

 

《ポーズ》

 

 飛び上がった我が救世主を見下しながら時を止める。

 

「イキリ時間は10秒ほどか?理解しろよ。言ったよな。オレに対しお前が勝つ物は何も無い。オレの鏡にはお前も映る。同じ能力で相殺して他の能力で圧倒する……お前らの能力や技能でオレの風車(フウシャ)は無限に回るぞ。オレ達に勝ちたけりゃ……まずお前が死ね」

 

 オレ達相手に物理攻撃なんて……まるで意味は無い。ソラでさえその空間の全ての力を超えて尚通用しないし、他は通じる通じないのレベルじゃない。

 ランクが違う……神のオモチャと生物(ナマモノ)との違いだ……楽しい人生を気楽に楽しめば良いだけなのに……

 

《ハイパークリティカル……》

 

「違う……待て……何だ?何故世界が再び始まらないのか?アーチャーは確かに死んでいる。なのに……なるほど、我が救世主は救世主と……」

 

《リスタート》

 

「はぁぁぁぁ!……!?」

 

 マジェスティの必殺技は不発に終わる。

 着弾地点には何も無い。

 

「おおよそ理解したぞ。まだ世界は救われる。その体の傷も深いだろう。今日は帰れ。フタガミの家では無く、衛宮の家にな。オレも姉さんも今日は引く。じゃあな」

「待て!」



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第60話

「どういうことですかシオン!あれほどサーヴァントを殺さないで下さいと申し付けたはずでしょう!マトウのサーヴァントならばともかく、正規のサーヴァントにさえ手を出すとは……バーサーカーはともかくあの人間のサーヴァントを消すとは!見損ないました!」

「……既に我はフィールド魔法、マイノリティネットワークを発動している。相手が正論を吐いた時、その正論を全面拒否し、代わりに相手を何らかの差別主義者として非難する事ができる。このカードは他のカードの効果を受けない。このカードの効果に相手がチェーンした場合、もう一度この効果を発動する。この効果は相手ターンでも発動でき、この効果の発動を無効にできず、同一チェーン上で制限を課されない」

「く……マイノリティの権化が下らない事を言わないで下さい!貴方達は人間に生まれたからマジョリティに生きるのを許されているだけです!文明社会に楯突く権利があるなどと思い上がらないで下さい!」

「マイノリティネットワークの効果発動。お前は高度に発展した文明社会の中で少数者を批判する差別主義者だ。恥を知れ」

「ぐ……!乖離性のLGBTのニート如きに私がここまでバカにされるとは……!その高度な文明社会はマジョリティが築き上げてきたもの。ポッと出のマイノリティが我が物顔でいるなど侵略者もいいところ!社会的に何も努力せず積み上げもしなかった貴方にバカにされる謂れはありません!」

「ネットワーク発動。オレは社会的に高校を十分な成績と評価で卒業し、十分な大学まで入っている。途中で死んだが、よく分からん宇宙犯罪者のお前より遥かにマジョリティの社会性に富んでいる」

「ぐぅ……!」

 

 帰還早々に正論が浴びせられる。

 シオンが私とえっちゃんを回収して帰って第一にした事は我が家に封印してた戦争関係者の解放だ。能力の謎オーロラで適切な場所に送り届けたのだそうだ。

 しょーじき……私にとっても意味不明だ。まだマトウのサーヴァントも残ってる……間桐桜も、そのままにしてきたし……

 

「だから悪かったよ、ホント。最初は殺す気は無かったんだ。プライムを奪って終わりと考えてた。だが奴は予想以上にプライムを使いこなしてたんだ。無限の剣製とマジェスティ、リバイブ。この戦争とは言え多少過剰だ」

「ですが!貴方ならそれでも無力化で済ませられたハズです!そうしやすいよう私を外したのではないのですか!」

「うるせぇ……女の感情任せの声は殺意を覚えるからやめろ。男の発情した声と同じレベルだ。ちゃんと聞けば答えてやるんだ、感情で叫ぶな。女風情が」

「…………分かりました。確かに……その点は反省すべきです。では改めて……説明して下さい。何故アーチャーを殺したのですか」

「やり直した方が早いと思ったから」

「やっぱり殺しますよ!どうせノリでやったんでしょう!」

「おー正解だ。なんか殺せそうだったからな」

「このサイコ転生者は……」

「運命をジャッジするのはルーラーの仕事だろう。より完璧に戦争を停滞させるならアーチャーのプライムは完全にイレギュラーだ。あんな目先の戦いしか見えない男どもにもう商品価値は無い。絶版だ」

 

 商品価値とか……シオンそういうの言うキャラだったかな……

 

「ともかく、今後はオレがこの戦争の全てをジャッジする。戦争が下手に長引くのは不本意だ」

「ねーシオン?昨日から……赤と青の仮面ライダーになってから……変じゃない?」

「あ?」

「アインスと似てる……っていうか。オリジナルに引っ張られてない?」

「ん……?そうか。確かに偏りがあったな……少し使い方を変えるか」

 

 やっぱり自覚は無い様子。

 アインスも同じ系統の能力を使い続けることで言動に不意な電波が混じることがあった。

 他人の能力を自在に扱う法外な能力の代償……なワケもない。デメリットは負荷だけだ。

 

「では質問を変えます。この後どうするつもりですか」

「どーするもなにもなぁ……」

 

 シオンはどこからともなくお酒を取り出して一息に煽る。

 

「……衛宮士郎を殺すしかないだろ」

「は……?」

「殺しちゃうんだ?あ、マスターはいいんだっけ」

「ああ。別にサーヴァントが減らなきゃマスターなんぞどうなろうが知ったこっちゃない。殺し得だ」

「なら私が行こっか?衛宮士郎だけでいいの?」

「ああ。他のメンツはオレ達の能力を十分に痛感してるだろ」

「了解ー、居場所は分かる?」

「さぁ。衛宮の家にいなけりゃ分からん。目的も……」

「ん?」

「目的も正直不明だ。とりあえずは……今の奴はアーチャーのサーヴァントだって事だ」

「「……!?」」

「どういう……ことですか。今を生きる人間がサーヴァントになるなど……」

「アーチャーが固有結界でマジェスティの力を奪い使った。リバイブと共にな。その後オレが殺した……はずだった。なのにソイツは生きていて、オレに必殺技を当てた……」

 

 生きたままサーヴァントになったってこと?

 それともアーチャーのプライムを引き継いだことで実質的にアーチャーと言えるってだけ?

 しかもプライムって基本1人ひとつ……いや、何だったかな……

 

「すまん、衛宮士郎のサーヴァント化に関してはサッパリだ。オレの能力で……も人間をその場でサーヴァント化させるのは不能だ。一度殺してロリコンに転生してもらう事は可能だろうがな」

「じゃあ一応、ソラみたいに生きたままサーヴァント並みの能力を得たって事でいい?」

「その認識でいいだろうな。そもそもどっちだろうと変わらんからな」

「わかった。えっちゃんもオーケー?」

「……はい。とりあえずは」

「あと今んとこ気になるのは……埋葬機関か。おいシエル、何か情報くれ」

「へ……」

「あら。そういえばいたね。仮面ライダーのお姉さん」

 

 紺色のお姉さんがシオンの足元に召喚された。

 そーいえばこの人……家の掃除してたね……

 

「おら。お前んとこの追跡、全部喋れ。まさかお前で最後なんて事ないだろ」

「……誰が、ヴィーナスになど……」

「……姉さんと戦闘してまだオレ達に敵意を持てるとはな。じゃあ直してやるから話せ……『歴史を食べる程度の能力』……これでお前は姉さんと戦った過去を喪失し、抑止力から解放された」

「ちょっ……直していいの?」

 

 その人直しちゃったら……

 

「ん……?」

「ヴィーナス死すべし!慈悲は無し!」

「あ……!」

 

 私の心配も時すでにおすし。

 何処からか取り出された黒鍵を3本、シオンに切り付けた。

 

「おのれヴィーナス……!卑怯な手を……!」

 

 シオンはそれを避ける事なく、すり抜けた。

 

「神威……言わなかったか。オレに対して5分間はあらゆる物理的干渉は無意味だとな」

「おー、それもすごい便利そー」

「姉さんの能力も似た様なもんだろ」

「私のは防げてもすり抜けはできないから」

「結果だけみりゃ同じだ。でだ、話せよカレー先輩」

「誰が!カレーですか!」

「ちょっと印象からイジっただけだろうがよ。事実上も下もカレーだろうが」

「上と下って何ですか!」

「言わないと分からないか?心当たりが無いなら……オレの知るシエルではないって事になるが……まぁどーでもいい。もうオレの知識とは何もかもだ。元々無いが」

 

『ピンポーン♪』

 

「「「!!!」」」

 

 突然の音に全員が臨戦体制を取る。

 

「来客……?卿、サーヴァントか?」

「いいえ。反応はありません」

「シエル、ドアホンつけてくれ」

「……おのれ」

 

 何故かシエルさんにテレビドアホンに出るよう指示するシオン。

 生贄だろうか。

 しかしそうするしかないと判断したのか、渋々ボタンを押すシエルさん。

 

「どちら様で……」

『フタガミ!僕だ!間桐慎二だ!助けてくれ!僕を中に入れてくれ!』

「ええと……確か彼は……」

 

 通話が繋がると即座に響く男性の声。

 少なくとも同じ屋根の下生活した顔ではあるため、シエルさんも存在は認識していた模様。

 

「生ゴミか。何しに来たんだ」

 

 相手を認識するなり冷酷なシオンの返答。

 

『男の方か!助けてくれ!僕はもう聖杯なんていらない!命だけ助けてくれ!頼む!』

「誰かに追われてるのか?痴漢か?ゆすりか?戦えばいいだろう。生ゴミアマゾンの力をくれてやったんだから」

『ふざけるな!ライダーがやられたんだぞ!?僕に勝てるか!そこまで思い上がるほどバカじゃない!』

「何……?バカな……桜か?」

「シオン!貴方の行動のせいでまたサーヴァントが消えましたが!?」

「黙れメス如きが……2度とオレに喚くな。あらゆる並行世界の人類を死滅させるぞ」

「ぐ……」

「何?マトウにやられたの?よく逃げられたね」

『衛宮だ!ライダーはアイツの結界で殺されたんだ!』

「「……」」

「シオン!!!」

「……まぁ、まぁ落ち着け。それでもこの世界は続いてる。ルールに沿ってはいるようだ」

「今更何をルールなどと……!」

「ルールを持ち出したのは衛宮士郎だ。オレ達を法外な存在とし、自分はルールの中で世界を救うんだとよ」

「……?どういう事ですか?ルールに則るなら聖杯は完成される。完成させないつもりならライダーを攻撃する意味が分からない……」

「だから殺すしかねーんだよ。戦争が続くにすれ、世界がResetされるにすれ、ルールとやらが判る」

「とりあえずさ、外のアレ、どうするの?」

「……いいさ、入れてやれ。ルールどうこうは衛宮士郎のみの判断だ。他の関係者は望めばまた保護してやろう」

「ん。じゃあここ連れてくるね」

「ああ」

 

 シオンの考えや、衛宮士郎の言うルールが何なのかは不明。

 事実としてあるのはサーヴァントを殺せば世界が消され、極めて近い世界で再試行されること。

 既にバーサーカーとアーチャー、そしてライダーが消滅。更にマトウの追加サーヴァントに至っては変装してた上裸のアサシンと不明な残り1騎のみ……あ。

 

「鎌どっかいったままだ……」

 

 そういえば投げ捨ててそのままだ。どーしよ……まぁいいか。

 

「はいどーぞ。シオンに感謝してね」

「おおおおおおおおお!フタガミィィィィィィ!」

 

 玄関を開けると男は靴を脱ぎ散らかし一目散に走ってシオンのいる部屋へ向かった。

 

「ふぅー……殺してやろうか」

 

 別に礼儀を重んじろとは言わない。私に敬意を払えだとか、身の程を弁えろなんて言うつもりは無い。それは他人を制限する行為だ。好きなようにすればいい……が、無意識に癪に触ることもある。

 ……それは不快だが、重要なものだ。

 まだこうやって他人に対して苛立ちや不快感を覚えることがある。それはつまり、私がまだ人間であるということだ。幾度かの死を持って幾度かの転生をして尚、根本がまだ人間にある。それが望ましいかは分からない。私達の在り方でもそれはどうでもいい。私の目的として、それが必要なだけだ。

 

「まぁ……どうでもいいか」

 

 男の靴を揃え、私も部屋へ戻る事にした。



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第61話

「奴はライダーだけを結界に取り込んだ。出てくるまでそう長い時間はかからなかった」

 

 男がソファに座り、シオンから渡された缶チューハイを拒否しながら口を開く。

 

「じゃあお前はライダーが殺された瞬間は見てないのか?」

「ああ……」

「パスも無いお前がライダーの死を確認する方法は無いな?」

「いや……これを見てくれ……お前なら知ってるはずだ」

 

 男がシオンに渡したのはもはや見慣れた例のウォッチ。

 

「ライダーのウォッチ……なるほど。ライダーの力をコレに封じたのなら、ライダーの現界は望めない。事実上の死亡確認は取れるな」

「マトウのアマゾン!何故衛宮士郎を止めなかったのですか!時間稼ぎでもしていれば異常を察知してシオンが駆けつけていたはず!この世界が消滅するかもしれなかったのですよ!?再三申し上げてましたよね!その事実を理解していますか!?」

「ひぃぃっ!仕方ないだろ!?あんな衛宮は僕だって見た事無かったんだ!少し足がすくんだ隙に全部終わってた!アイツはもう人間じゃない!」

「どの様な顔だろうと関係ありません!顔で判断するなど言語道断!同じ顔というだけで無関係なキャラと共に奇異な目を向けられる私の身にもなって下さい!アルトリア顔などマジの無関係ですが!?」

「落ち着け卿……キレキャラになってきてるぞ。オレはどうでもいいがソラに殺される」

「だったら何か解決策を出して下さい!衛宮士郎を殺して大丈夫なんでしょうね!?」

「まぁ大丈夫だろ。サーヴァントになったとはいえその瞬間アーチャーは死んでる。なら今更のはずだ。わからんが」

「わからんとは……?この世界がどれほど重要か分からないと!?」

 

 もうえっちゃんのクールビューティーは消え去り、ただの癇癪生物になってる……やだやだ。帰って寝たい。部屋じゃなくて前世の実家に帰って寝たい。

 

「分かってる……とにかく、衛宮士郎を止める。殺すかどうかはその時次第だ。ライダーがやられたとなると……キャスターあたりか。行くぞ姉さん」

「んー。りょーかい」

 

 シオンの手を取って飛ぶ……というより、跳んでもらう。

 

「さぁ衛宮士郎!ケンカだケンカァ!トコトンやるぞぉ!」

「……!シオンか!」

「その身体……!お前、マジか……」

 

 切り替わった次の景色は無限の荒野。

 そして今まさにキャスターとそのマスターとの戦闘が始まるところだった。

 シオンが驚愕した衛宮士郎の身体。元の高校生の肉体じゃない。身体のフレームに対して不自然過ぎる発達した両腕、足……

 

「だがもう遅い!変身!」

《マジェスティ!リバイブ!》

「アーチャーにやられた部位をそのままアーチャーから奪ったか!よくもあの瞬間にそんな事ができたもんだ!」

 

 困惑しながらも高笑いを上げて突っ込んでいくシオン。

 何故にそんなテンション高い……?手足だけマッチョなのは引くべき……よね?

 

「正義の味方がまず始めたのが殲滅か!姉さんを否定してた割には行動が似通ってるなぁ!」

「私正義じゃないけども……」

 

 シオンの装備は刀のみ……多分何かしら能力使うんだろうけど。

 

「甘いぞシオン!」

《スピードタイム!》

 

 衛宮士郎の装甲の色彩が青寄りに変化すると同時に姿を消す。

 そして周囲の刀剣も縦横無尽に飛び交い、シオンの周囲を封殺する。衛宮士郎はその速さでそれを超えて動けるのだろう。

 

「そのフォームで更に切り替えできるのか……なら、速さには速さ。いくら加速しようとも、地上の物質である限り光の速度には追いつけない」

 

 シオンも瞬時に姿を消す……やばい。ついてけない。VNAなのに!私!ついてけない!

 

「光の速さで蹴られた事はあるか!」

 

 そんな心配も杞憂に終わり、衛宮士郎が盛大に地面にめり込みながら飛ばされたった。

 そしてシオンは私の隣に立ってた。マジか。

 

「やー、私が一般視点は困るなぁ」

「知らん。キャスターたちを守ってろ。暇なら手伝え」

「りょーかい。こっち来たら捕まえとくよ」

「ああ」

【守れ】

 

 キャスター組をドーム状にした空気で保護。更に仮面ライダーを粘着する性質も加えて狙いに行ったら捕まえるホイホイみたいにした。

 そこそこ広めに取ったし、多少長めの武器が貫通しても止まるでしょ。

 

《マジェスティ!リバイブ!エルサルバトーレ!》

 

「ねー、アレ必殺技でしょ」

「ああ。アイツ、通常技みたいに使ってくるからな……キックにはキックだ。錐龍錐釘(きりゅうきりくぎ)の威力を見せてやる……錐龍錐釘!」

 

 呑気に見てたら2人が空中で激しくぶつかる。

 やー、すごい衝撃波だなぁ……間に挟まったら死ぬかも。やははは。

 

「ねーキャスター。何でアレに狙われてたの?」

「私たちが聞きたいわよ!あの坊やいつの間にどうなったの!?」

「知らないよ。ま、そこにいなよ。死にはしないから」

 

 私の一方的な会話に不満そうながら、渋々従うキャスター組。

 

「っと……流石はリバイブとマジェスティ!氷の大陸を割る一撃さえ相殺して見せるとは!」

 

 くるくる回ってテンションが高いシオンが降りてくる。

 

「ん……それどのくらい凄いのか分かんなくない?」

「そうか?素手でかき氷用の氷にヒビ入れるのさえ難しいのを考えると途方も無い威力だな……となる気がするんだが」

「私それしたら指折れる」

「……マジか。剣飛んで来るぞ」

「だね。指はまじ」

 

 互いの未来視を示し合わせ、左右から飛んでくる剣やら槍やらを叩き落とす。

 

「……この体、よく生身で成人するまで生きてたな?」

「それビックリだよねー。引きこもりだったからかなー」

「それで世界相手は無理だろ」

「言葉さえ在れば良いんだよ。私は私の話した言葉を私の意志にだけ沿って現実にする超利己主義者なんだから」

「……まぁそうだな」

 

 ライダーたちの射撃をアイコンタクトで分担し対処する。

 私が手を出さないとダメなんて終わってる。

 

《ダイカイガン!スペクター!オメガドライブ!》

「はぁぁぁぁっ!」

「愚かな……我は既にフィールド魔法、ヌメロンネットワークにより、『ヌメロンリライティングライダー』を発動している」

「んー??????」

 

 遠距離では埒が開かないと見た衛宮士郎が再びキックを放ってくるものの、シオンが謎の呪文を唱えた途端に勢いを無くして着地した。

 そして代わりに衛宮士郎の隣にまた見た事ないライダーらしきのが出てきた。

 

「このカウンター罠は相手がライダーの力を発動した時、その発動と効果を無効にし、更に相手の能力からライダーを1人、自我を奪って召喚する……その効果で、我はスペクターの必殺技の能力を……書き換えたのだ」

「???」

 

 一切不明な説明がなされる。

 

《SIGNAL BIKE・SHIFT CAR!RIDER!DEAD HEAT!》

 

「我はマジェスティの能力から、デッドヒートマッハを召喚した。その暴走によりこの場全ての生命が攻撃の対象となる……‥」

「え……暴走……?」

 

 嫌な予感……ヒーローモノの暴走ってさぁ……

 

「ぐっ……!クソ!消せない!?倒すしか無いのか……!」

 

 能力の元であるはずの衛宮士郎さえ攻撃を受け戸惑う始末。

 

「ちょっ……!てっ……!シオン!このパワーは私無理!」

「分かってる」

 

 私がカンを駆使して受け流した攻撃をシオンは棒立ちのまますり抜けた。

 

「がー!自分だけ神威!?ズルい!私のプライムそれにして!」

「やらねーっつってんだろ。まぁ、召喚したマッハは即始末する」

 

 そしてシオンはそのまま、マッハと呼ぶライダーを見据える。

 マッハはマジェスティを数度殴った後、キャスター組のいる私の能力ドームへ向かい……待ち構えたシオンのすれ違いの一撃で消滅した。

 

「んんん……?」

「オレの最も好きな能力の1つを知ってるだろう……直死の魔眼。モノの死を視るこの能力!オレ本来の未来視と共に使えば対人では無敵だ!ただ一度、相手の未来の死を斬るだけでいい。オレと戦闘を始めた時点で既に、その未来は視えている。戦闘ではオレには勝てん。他の能力など所詮は遊びだ。オレとガチで殺り合おうってなら、死なねぇ身体を用意してからにしろってんだ!衛宮士郎!」

「く……!まだだ!」

《Chalice》

「っと……!なるほど!ジョーカーなら死なず、永遠に存在し続ける。直死では相性は良くないな!」

 

 シオンは次に召喚されたライダーとは普通に斬り合うことに。

 

「ち……!」

「だが……!」

《evolution》

「……!ぐ……っ!」

「だがシオン!」

「シオン!?」

 

 シオンが衛宮士郎とライダーに追い込まれ左腕を肩から落とされる。

 んー、流石元私だ。身体的に弱すぎる。

 

「だがシオン!お前はまだ人間だ!」

「何……?」

「お前の能力がどれだけ優れようと!俺の想いは越えられない!」

「ふざけ……ワイルドも所詮はコピー能力……マジェスティもそうだ……その範囲においてオレを超えることは決してない。サーヴァントはともかく、ライダーなんぞ所詮は身体スペックを増幅させたモノに過ぎない。オレに勝てる要素は何も無い!」

「だがそれでも、俺はサーヴァントになった。お前は所詮、生身の人間だ」

「オレ達を見てきてその発言はねぇだろう……片腕落として油断してるレベルじゃあなぁ……」

 

 シオンの腕は自立しているかのように元ある場所へ戻り、見た感じ傷も無く繋がった。

 

「オレにとって欠損なんぞ問題にならない。オレはそもそも人間ですらない。生身でさえない……」

 

 シオンの意識は私の作ったもの。シオンの身体はシオンが作ったもの。

 生命として生まれ落ちた存在には理解の及ばない非実体。

 生まれすら分からない。自身の名前も、存在さえ空想のもの。自身の肉体も、他人からの認知も無い。そんな状況で生きていける人間を、私は知らない。

 

「オレは……お前ら人間などという傲慢に堕落した存在を……それでも永遠のものにしてやろう。お前たちの変わらぬ平穏こそ……姉さんの日常を永遠にする……お前たちはそのまま、変わらず生きていればいいものを……築かれよ彼の摩天!ここに至高の光を示せ‼︎招き蕩う黄金劇場(アエストゥス・ドムス・アウレア)‼︎!」

「おぉ……コレっていつぞやのか」

 

 固有結界の中に更に劇場が構築される。

 この劇場は前の世界……今ではVNAの一員であるアインスとの戦闘で使われたもの。効果は確か……相手のステータスダウンと、自分のステータスアップ。

 範囲は私がギリギリで、衛宮士郎とシオンが劇場内、私が客席の上に置かれた。

 

「この劇場がオレ達だ……お前たちのルールの上からルールを押し付ける。お前たちの望みなど関係無い……」

 

 そしてシオンが持つ刀に加え、更に似たのがもう一振り。何の変哲も無い刀の様に見えるけど……コピー?

 

「コレか。九字兼定だ。オレの刀はコレを似せて作ったものだが……姉さんの家にオリジナルと同型のがあったはずだが……」

「そーだっけ。自分の部屋しか覚えてないや」

「まぁいい……さぁ、救世主。おあつらえむきだ。世界を救って見せろ」

「初めからそのつもりだ」

《DE-END》

 

 衛宮士郎がウォッチを起動、青いライダーが召喚される。

 そのライダーは完全に制御されているようで、即座に攻撃に走ることは無かった。

 

「ふん、また集団戦法か?オレを相手に物量で押せると?」

「何の話をしている」

「あ……?」

 

 青いライダーが謎のオーロラ……シオンも数度使った移動手段を使用して消える。

 シオンと戦うためじゃない……?

 

「……」

「……?どこ?」

 

 シオンは周囲を警戒して動かない。

 私はその周囲を上から見ているけど出現の予感さえない。

 ありえない。この劇場で完全に見失った……?

 

「違うシオン!キャスターだ!」

「……!」

 

 劇場にキャスター組は取り込まれていない。

 私もシオンも目視できない。

 私が保護したのは外部からで、内側はただ頑丈なだけの……外に逃げられない檻になる。あのオーロラは空間も時間さえ移動してみせる。別の時空間を経由すれば私の能力を素通りできるだろう。

 私もシオンも……誤った……衛宮士郎が初めにシオンとマトモに戦ったのは、私の能力内部への侵入を成功させる為の……ブラフ。

 

「すぐ劇場を解いて!」

「分かってる!」

 

 私の能力は劇場内だろうと自由に操作できる。

 けど見えてない場所に関してはかなり雑な内容になる。押し潰すだとか、性質を丸々変えるだとか。私の能力は生物のマスターやそれを介した魔力体であるサーヴァントに直接は使えない。直接能力で保護するのも見えてないと……!



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第62話

「「キャスター!」」

 

 まだ消え切ってない劇場の外へ2人して衛宮士郎を背後に走る。

 この際手足くらいちぎられても良い。

 必要なのはサーヴァントの生存だ。

 

《FINAL ATTACKRIDE-DI-DI-DI-DIEND》

『この……神代の魔女に向かって偉そうに……!』

『素晴らしいお宝だった。是非貰いたかったね』

 

 劇場が消えて見えたのは半身を消し飛ばされたキャスターとそのマスター。

 ヤバい……もう立ってもいられない……!すぐどうにかしないとホントに消えちゃう……!

 

「く……キャスター!今すぐルールブレイカーで姉さんと再契約しろ!姉さんの魔力量なら持ち直せる!」

『私が……宗一郎様以外と契約など……はぁっ……はぁ……』

 

 シオンが契約を持ちかけるもキャスターは乗り気で無い様子。そんな場合じゃないのに!

 

「ち……!心情曲げるくらいなら消えるってか……!世界を何も考えずに……!ならば……!」

「あ……!消えちゃう……!こうなったら……!」

「「(オレ)の能力で霊基(たましい)だけでも……!は?」」

 

 キャスターの身体が消えていくのを見て私が能力でサーヴァントの霊基を逃がさないよう固定しようとするとシオンも同じことをしようとしたようで、互いの行動が想定外だった私達はそのチャンスをすれ違いで逃す事になった。

 

「ち……消えたか……」

「〜〜〜〜〜〜……………………!」

「ね、姉さん……おい!悪かった、オレがいらん事をした……!」

「悪くないよ。シオンも最善を選んだんだ。私だってそのつもりだった……すれ違ったんだ……私達が……!私が!」

 

 私が最も許せないのがすれ違いのミスだ。

 こんな局面で、手が届いたはずの問題に失敗するなんて。拾える意味をみすみす手放した。

 

 ♢♢♢

 

「……やべぇ。おいシロウ。目的果たしたろ。逃げとけ。この固有結界は無になる」

「何……?」

 

 地団駄踏んでる姉さんも久しぶりに見るなぁ……世界の終わりだから何度見るもんでもねぇけど。

 

「姉さんの1番嫌いな事だ。やれやれ。固有結界内で助かった。現実世界ならとっくに詰んでた」

「何だ?何の話だ!シオン!説明しろ!そう言って逃げるつもりか!?」

「馬鹿が。この状況で逃げるかよ。姉さんの発作だ、ストレスの限界を振り切ると世界の上と下をくっ付けるんだ。サーヴァントやライダーで言うなら暴走に近い」

「何……?上と下?」

「この固有結界の上と、下だ。もう始まってるぞ。瞬時じゃなく猶予のあるパターンで良かったな」

「何が何だか!」

 

 混乱手前のメンタルだが、キャスターが死んだ以上マジェスティの能力でライダーのウォッチからライダーを再生成してもらう他ない。恐らく正規の能力でウォッチ化させてる以上、オレの能力では不可能である可能性もある。

 それまでは生かしておいてやろう。

 

「お前すらこの結界の上限と下限を把握してないんだろう。オレもそうだし、姉さんもそうだ。だが姉さんの能力範囲はその世界全て。その世界自体が世界自身だと認める範囲の上下の端と端がピタリと閉じる。その世界全ての物質を圧縮する事によってな。全ての非生命は上と下に潰されて存在しなくなる。当然生命は厚さゼロになって消える。そこは何も無い無になる。真空でさえ無い。そこは誰にも観測されない、誰も観測できない」

「……!」

「分かったら逃げろ。結界を解くと現実世界がそうなる。聖杯や平和どころじゃなくなるぞ」

「……ッ!葛木はどうなる!?」

「アレももう無理だ。諦めろ。オレ達を本気にさせるってのはこういう事だ。お前たちじゃ世界に勝てない」

「──!クソッ!」

 

 何かのウォッチを起動し、この世界から姿を消したシロウ。

 

「──やれやれ」

 

 さて……多分もう半分ねぇなぁ……直死で姉さんの能力を殺した事は何度かあるが、世界の端なんてのはそもそも認識できないから死も当然視えない。

 時間を止めても姉さんは動く。なら当然能力も止まらない。

 時間を吹っ飛ばして『上』をやり過ごしても存在しない空間に着地はできない。概念的に上と下の間に戻されるだろう。

 ムテキになるか。なったところでどうにもならない。ムテキが潰れるまで潰されるだけだ。少なくとも一切身動きはできないだろう。某世界的配管工アクションゲームで言うならキノコやスターでどうこうじゃなくソフトぶっ壊したからボスも死んだ、みたいな感じだからな。

 ……もうオレと姉さんだけだし一回死ぬか。

 

 ♢♢♢

 

「ふぅ……」

 

 終わった……聖杯戦争の世界も私の能力の下に消え去った。

 四象の源流、神の下僕。そんな私の能力に対抗できる存在はいない。いた時は私が死ぬ時だ。つまり私が能力を全開にした時点で死ぬ。何もかもが。

 

「さぁ次の世界はどこかな……っと……?」

「お疲れ様でした。ウタネさん」

「よ。無事家に出現して良かったな」

「あ、おはよーシオン。よく生きてたね?何でこの世界生きてるの?」

 

 死んでなかった。シオンも世界もえっちゃんも。なんで?

 

「世界は死んだよ。無限の剣製(アンリミテッド・ブレイド・ワークス)って固有結界の世界はな」

「あぁ……そう言えば固有結界だっけ」

「その結果として姉さんは固有結界に入る前の場所、つまり自宅に戻ってきたわけだ。キャスター組と無限の剣製(アンリミテッド・ブレイド・ワークス)をこの世界から消失してな」

「固有結界は再展開できるでしょ」

「無理だ。確かに固有結界は唯一ではない。あくまで現実を塗り替え、世界を侵食する魔術ではある。だから本来、例えば直死や対界宝具で固有結界を破壊したとする。その時点で固有結界は崩壊するが、再び結界を展開することができる。だが姉さんがぶっ潰した世界は姉さんの能力で潰されてる」

「……」

 

 だから何だ、という顔をしてみる。

 聞いてる感じ、変わらない……と思う。

 

「姉さんの能力は概念だ。姉さんが『水は石になれ』と能力で話すなら、あらゆる海や川、そしてあらゆる動植物は石になるだろう。そして、それを解除できるのは姉さんの言葉だけだ」

「うんまぁ……それはそうよ」

「でだ。姉さんの能力……非生命を自由に操作する能力。それは正確には概念を書き換える能力だ」

「……うん?」

 

 ちょっと何言ってるかわかんないなぁ……

 

「その能力の源流は四象存在の双神詩音だ。ヤツが前の世界、ゆりかごで何をしたか知ってるか?」

「や……それ私でしょ?何だっけ?」

「対象1名をその場に寸分違わず固定し、外界との遮断を行った上で正常に生命活動を行わせた」

「……?どういうこと?私の能力と違いある?」

「違わないが、姉さんの認識とは大きくズレる」

「……ますます分かんない。この言葉はちゃんと理解してるし目で視えてる」

「姉さんの言う遮断は物理的なもんだろ。詩音のしたのは完全に遮断することだ。つまり……そこに居て、世界を認識出来るのに誰も触れない、声も届かない、動けもしない。生きてる世界と遮断されてるから死ぬ事も無い」

「なにそれ……私、次元の壁突破できるんだ……?」

 

 私の能力で固定する場合はあくまで周囲の物質を座標固定して対象が動けなくなる、程度の認識だった……この世界から切り離すことも出来るんだ。

 

「そもそも姉さん、空間モニター潜り抜けるだろ。アレと同じだ」

「んー、なるほど。理解した」

 

 確かに私、『互いに見えるなら繋がってるでしょ』って無理矢理空間ワープしてたわ……

 

「で?固有結界とどう繋がるの」

「姉さんがしたのは『無限の剣製の上と下を閉じた』……合ってるな?」

「うん」

「だから姉さんが能力を解除しない限り、この世界で無限の剣製は潰れたまま。3次元での世界を失った世界に3次元の人間やサーヴァントは入れない。つまり展開もできない」

「えぇ……何で私の能力に私より詳しいの……-」

「直に双神詩音を見たのはオレだけだからな。オレの方が実感してる」

「そっかぁ……」

 

 物質操作系だと思ってたら空間やら概念系だったでござる。まぁ知ってた。固有結界の判定とかは知らなかった。

 

「よし、じゃあ衛宮士郎を殺しに行こー」

「ちょっウタネさん!?」

「そうだな。もういいだろ」

「シオン!?ライダーの穴埋めはどうするつもりで!?」

「ん……そういえばそうだ。もうサーヴァントが残り少ない。オレの能力では不能だったからな……」

「でもどーするの?捕まえてもライダー戻してくれないかもじゃん」

「いいや戻してもらう。戻せなくても、戻してもらう」

「んー」

「オレにはその力がある。とは言え……この予備は急造で不完全も不完全だ。少し休憩でいいぞ」

「休んで改善するの?」

「バカ言え、改造する。と言うか人間に近くする。まだ筋繊維や神経が甘くてな。喋るのはともかく歩いたりがかなり面倒だ」

「あー、なんかそれ前も聞いたかも」

「そうだったか?忘れた」

 

 シオンの能力……どっかの人形師から引っ張ってきて、人間と変わらない肉体を作り、生きてるシオンが死んだらその肉体に記憶が引き継がれ活動を開始する。ぶっちゃけこれだけで無敵と言える能力だ。予備の隠し場所さえバレなければ無限残機だって可能だ。

 

「まーきゅーけーね。お酒ちょーだい。私寝るから」

「ん」

「寝る前の飲酒は睡眠の質を下げるのですが……」

「そーなの?」

「なんちゃらバランスが崩れて身体疲労の回復が低下する、などだった気がします。すみません、正直どうでも良いので」

「うん……えっちゃん、私のテキトーさ移ってない……?」

 

 本質さえどーでも良く捉えるテキトーさ、余裕で私だ。

 

「そんなはずがありません。私のマスターはソラです」

「ん……まぁ、体の疲れなんてどうでもいいよ」

「ですが……」

「私が体使う事ないし」

「戦闘時はどうするのです?」

「ん?魔力放出で動かしてるから」

「……はい」

「……?おやすみ」

「ああ。必要になったら起こす」

「うんー」



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第63話

「はっ!ふっ!とっ!」

「……こんな状況だと言うのに、熱心ですね」

「……!キサマ……ルーラーか。何の用だ」

 

 とある洞窟の奥、架空の相手に打ち合いを挑むランサーに声をかける。

 

「用も何もありません。ランサー、もう一度、私たちと共に生活しませんか」

「放り出したのはあの兄ちゃんだ、元より戻る理由も無い」

 

 ランサーは私への警戒も込めて槍を向け、私の提案を否定する。

 

「それは分かっています。私たちの勝手な動機で正規サーヴァントの全てが不都合を被っていることも」

「なら今やるべきは、オレがお前らを殺す事」

「言ったはずです……星3ランサーでは100ルーラーに勝機など無いと」

「だからソレ何なんだよ!?何しに来たってんだ!」

「いいえ、一応の安否確認です」

「捨てといてそれかよ」

「ライダーとキャスターが殺されました」

「……!?」

 

 私の報告に、ランサーは目に見えて動揺する。

 

「キャスターにはシオン達も向かいましたが……間に合いませんでした」

「誰だ……!間桐桜か!?」

「いいえ。衛宮士郎です」

「あのボウズが……?」

「彼はアーチャーの力を取り込み、サーヴァントの肉体を手に入れました。シオンのプライムふたつを掛け合わせ、更なる力も手にしました。もう私でさえ……」

「そうだ、アーチャーはどうした。取り込んだ?死んだのか?」

「アーチャーはシオンが確かに殺したと証言しています。本来であればアーチャーが消えた時点で終わりであったはずですが、何故かその後衛宮士郎がアーチャーの能力を使い始め……」

「死んだか、あの野郎……」

「アーチャーを悔やむ前に本題です。ついにVNAが本格起動しました。既にアーチャーの固有結界の世界が破壊され、もう後がありません。私に手を貸してください」

「私たち、じゃなく……私に、か」

「はい。活動を始めたVNAはどれほど理性的であろうとその結果、世界を永遠に破壊する存在です。もう止まりません。ウタネさんとシオンはこの世界を後々跡形も無く消し去るでしょう」

「……ルーラーでさえ手が震えてる。オレに何が出来る」

 

 薄暗い洞窟だと言うのに、私が少なからず怯え、緊張している事がランサーに知れる。

 私はとても恐れている。今後どうなるか分からない。私さえ消えてしまうかもしれない。

 

「不意を突きウタネさんを殺してください」

「……!?」

「私のマスターだからと遠慮する必要はありません。彼女さえ殺せれば僅かではありますが目処が立ちます。貴方の宝具が最適です」

「……信じると思うか。オレを誘き寄せるエサだろう」

 

 なるほど。そう捉える事もできる。

 私としてもそうであってほしい。ソラの敵とはいえウタネさんを殺すなど望みはしない。

 けれどウタネさんが死ねばこの世界はリスタート、私が召喚させるところまで巻き戻るはず。そしてその記憶はウタネさんに引き継がれる。彼女とてバカではない。私がそうせざるを得ない所まで行ったのだと理解してもらえるはずだ。

 もしやり直しに発狂すれば、この世界ごと何もかもが終わりだろうが。

 

「では目的の日時だけ伝えます……シチュエーションは十分なはずです。不可能と判断すれば実行しなくて構いません」

「……まぁ、気が向きゃあな」

「そして、念のため言っておきますが衛宮士郎に戦いを挑むのはやめて下さい。そして出会っても即座に逃走を。彼もまた、既に我々では対応ができません」

「気に食わねぇな。サーヴァントたるもの、自分の力を最後まで示すもんだろ。人間相手に背を向け、自分のマスターを狙わせるなんぞ……」

「サーヴァントの前に英霊である事を示してください。私たち英霊は人類の存続のため。衛宮士郎は既に人類の域を脱しています。多少の犠牲は……目を瞑らねばならぬ時もあるものです」

「……そこまでの覚悟か」

「私は元より、不確定な英霊です。それを抑止力に拾ってもらった。無意味に消え去る私の手を……掴んでくれた。その恩に、その縁に……私は報いたい。例え私はこの戦争に関する全てを、関連する全てを滅ぼしてでも、人類を守る。彼女が抑止力だったからじゃない。彼女が、私のマスターだから」



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第64話

「オレはスケールZeroの未遠川の汽水と、スケールⅥのソドムズビーストをペンデュラムゾーンにセッティング。これで星1から5のサーヴァントが同時に召喚可能」

「ねーえっちゃんどこいったのー?シオンがまた何か変なことし始めたよー?抑止力ー?おーい?」

 

 どこの世界にでもあるだろうカードゲームを取り出し、明らかなオリカを禍々しいボードに置くシオン。

 この前のなんちゃらネットワークと同じやつでしょ。仮面ライダーから離れたと思ったらそれに傾くのね。

 

「──彼の魂を揺らす大いなる力よ!この身に宿りて未来を導く光となれ!ペンデュラム召喚!顕現せよ!カルデアのサーヴァント共!」

「へっ!?」

 

 シオンが手を掲げ叫ぶ。詠唱はよく聞く借り物らしいけど内容が気になる。

 サーヴァントの召喚?信じられないことするな。

 

「「……」」

 

 ボードが光りはするものの、サーヴァントらしきのが呼ばれた感じは無い。

 

「失敗?」

「だな。そもそもアレだ、カルデアから呼ぶと藤丸に殺されるな。最悪ソラで相殺するが。次は触媒も同じ世界に統一して……いや、やはりカルデアのシステム一連が無いと令呪無しでの複数召喚は出来ないか」

 

 どうやら他の場に召喚されたわけでもなく、純粋に失敗したらしい。

 

「そもそも冬木の触媒使っても呼べるのはこの戦争に関連したサーヴァント、つまりこの戦争で死んだ奴だ。同じサーヴァントを複数召喚はできない。ビーストもこの世界ではなぁ……ま、縁もゆかりもねぇ状態じゃ喚べねぇのは当然か。やっぱりウォッチからの蘇生をマジェスティリバイブに強制するしかない」

「強制ってさ、実際どうするの」

「ん?洗脳はお手のものだぞ?」

「ああそういう……てっきりそういうのは嫌ってると思った」

「嫌いだがな。場合が場合だ、今は信条を曲げても達成するべきだ」

「VNAが洗脳メインとかあり得ないからね」

「そのあり得ないすらあり得ないんだがな」

「流石」

 

 とりあえず。方針は衛宮士郎をぶん殴って拘束して、シオンが洗脳することでサーヴァントの数を確保しようと。

 

「ところで卿はどこ行ったんだ。和菓子漁りに行ったもんだと思ってたんだが」

「んー?知らないよ。なんで?」

「いや。万一間桐やマジェスティに捕まったのかと思ってな。流石に無いか」

「まぁ、固有結界がホントなら無理でしょ。間桐もあの裸の男の人だけだし」

「だな……ならほっとくか。よし、ライダー復活させに行くぞ」

「そうね。他にもうやる事ないし」

 

 ♢♢♢

 

「何故だ……アーチャーの力が使えない……」

 

 おかしい。

 シオンの説明通り、結界を維持したままヘルヘイムの森を越えて現実に戻ってきた。

 そこまではいい。

 だがその後、固有結界にアクセスできない。

 あらゆる時空間を超えるオーロラカーテンも通じない。

 

 ──誰にも観測されず、誰も観測できない

 

 シオンの一言が頭の片隅に常に残る。

 

「そんなはずは無い。俺の力だ、観測できないなんてことあるはずがない」

 

 もう一度、アーチャーの回路に魔力を流し、詠唱を始める。

 今こうして魔力を回せる。固有結界はまだ生きている。

 

I am the bone of my sword(体は剣で出来ている)

 

 問題無い。魔力の循環にもまるで支障が無い。

 体を巡る魔力はその存在を確実に感じてる。

 

Steel is my body, and fire is my blood(血潮は鉄で、心は硝子)

I have created over a thousand blades(幾たびの戦場を越えて不敗)

 

 続ける詠唱にも不具合を感じない。

 この力は問題無く使用できる。

 なのに──何故。

 

「何故、結界が……」

 

 固有結界は確かに発動している。

 それをする機能全てが確信している。なのに現実が侵食され、荒野に変わる事は無い。現実は何も変わらない。

 

「く……仕方ない。次は、ランサーか……」

『いいや。次は無い。ライダーを返してもらおう。衛宮士郎』

「シオンか……」

 

 ♢♢♢

 

「自分の意思でウォッチを使うか、オレに使わされるか。どっちがいい」

 

 衛宮邸の庭にお邪魔させていただき、シオンが宣戦布告。

 やー、ここも久しぶりだなぁ。

 

「どっちも断る。お前もこの世界の平和を願うなら邪魔をするな」

「邪魔したのはお前だ……が、その様子だとやはり固有結界は死んでるみたいだな」

「本当に観測すら出来ないようだな」

「当たり前だ。姉さんをナメるなよ?」

「観測できないが、死んではいない。訂正しろ!」

「誰にも見えず、誰も触れない。そんな存在はな、世間では妄想と言う。あったとして何だ?大多数の人間に観測できないソレは異常存在だ。常識で言えば生きていない、死んでる存在。いつまでも家族がそのままなんて思うなよ。世界的には変わり続ける事こそ不変だ。『世界全てを停止する』なんて例外もあるが、オレ達だってそれは変わらない……理解できるか?」

「だが俺の力の全てを失ったわけじゃない!いくぞ!」

《マジェスティリバイブ!》

 

 最強ライダーに変身する衛宮士郎。

 あの能力に対してシオンはまだ完璧な対応を出してない。

 私も加勢するか……

 

「まぁ待て姉さん。オレが何の意味も無く善意だけでプライムくれてやってるわけねぇだろう」

「違うの?」

 

 前の世界でもあげるだけあげてそのままだったじゃん……意味深な発言こそすれ何も無かったし……

 それこそ自分の役割を果たす存在がいれば自分は要らない理論から来る能力なのかと思ってた。

 

「闇の書もナンバーズもロクな成果を見せなかったからな。だが衛宮士郎。お前とアーチャーは及第点だ」

「……?」

「お前がマジェスティリバイブ(そう)なったことで、オレが1枠でコレを使える」

「おー、そういうこと」

 

 シオンがウォッチを取り出す。

 それは極めて歪な、赤とオレンジと青の組み合わせが渦を巻くラクガキみたいなモノ。そしてその元は明らか。

 

「救世主の尊厳復活はな、オレのフウシャの風になる。プライムを使いこなそうとすればする程、オレの能力を強化する。お前たちが強くなればなるだけ風は強く、フウシャは力強く回るんだ」

 

《マジェスティリバイブ》

 

尊厳強奪(プライム ウィンドミル)──変身」

 

《リバイリバイリバイ!リバイリバイリバイ!リ・バ・イ・ブ!リバイブ!マジェスティ!マジェ〜スティー!剛烈!疾風!剛烈!疾風〜〜〜!》

 

「これでオレとお前の能力は同じになった……そして、オレはもう一つ能力を使える……分かるだろ?オレの体も能力も代わりはあるが変わりはしない。お前らが絶対に刃向かうべきでない世界。それがオレだ。世界(オレ)を殺したいなら、まずお前から死ぬことだ」

 

 私があらゆる物質……世界そのものであるなら、シオンは相手をただ1人の反逆者として世界から孤立させる。

 シオンに敵対する個人は自身を含めたあらゆる並行世界の能力が襲いかかってくる……そしてシオンを越えようと成長してもそれさえコピーされ、何をしても同等以上が襲ってくる。

 シオンを無力化するなら、先に自分や周囲を無力化しなければならない。

 風車を止めるには、風を強めるんじゃなくて止めなければいけない。遥か地球の反対側だろうと、風は巡って風車を回す。

 風が止んでも何処からか風は吹く。

 風車が壊れようと代わりの風車はどこにでもある。

『風車が風を受けて回り続ける』という事象自体は永遠に変わらない。

 それは変化を、代用を、進化を、変容を続ける世界。

 私は何も無い、『観測されるモノも無く、観測する者も無い』世界。それと対極。

 常に観測され、誰もが観測者であるが、何も変わらない世界……それは永遠だ。

 

「……意味がわからない。それじゃあお前は死なない。俺が無駄死にするだけだ」

「オレは世界だって言ってるだろ。二次創作の世界を消すためにニ次作家を数人殺したところで二次創作が死ぬのか?ならないだろ?でも二次創作を消すには作家を殺していかなきゃならない。お前がオレ達全員を殺すって言ったのはな、最低5つの世界を殺すことだ」

「……その話は不可能だ。いや、俺だからじゃない。人間にもサーヴァントにもそんなことはできやしない。神霊だってできるもんか」

「ああ。できないさ。オレ達は正真正銘の神に近い。オレ達はお前たちに認識されなければ何事もなく生きているだけ。その他大勢の隅っこにいる数合わせだ。だが認識したが最後、その権能により絶対不変の法を敷く。神は常に動物に、自然に、生命の類するものに再現不能な力を持つ。人間は真実を知った時に変化する……『認識する事』はそれだけ大きな変化だ。お前はオレのプライムによりより上位の能力を得た。だがそれでも実感しているだろう。お前じゃオレに勝てない。隙をくぐり抜ける事もない……」

 

 シオンはウォッチの能力を使わず自前の刀を構える。

 衛宮士郎の持つ能力はもうプライムのみ。であれば未来視のできるシオンはそれを全て相殺できる。

 生身で戦うなら衛宮士郎に勝機は無い。

 

「関係無い!そんな言葉で諦めるなら俺は!この力を手にしちゃいない!」

「そうだな。その覚悟が無ければリバイブもマジェスティも手に入らない」

『マジェスティ!エルサルバトーレ!』

 

 あくまで通常技として必殺技を使うつもりの衛宮士郎。

 無造作にベルトを回すと飛び上がり、キックの体勢に入る。

 

「さっそくか……だが、同じ技なら相殺できる!」

『マジェスティ!エルサルバトーレ!』

 

 対するシオンはベルトを回し、キックに合わせるよう拳を作る。

 

「「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」」

 

 ぶつかり合う2つの同じ必殺技。

 数秒の拮抗時間を過ごすもすぐさま弾かれ、はじめの距離まで戻る。

 

「……お前が技のタイミングにおいてオレを超えることは無い。お前が持つのはプライムだけ。何度でも言うぞ。諦めてライダーを戻せ」

「何度言えば分かる。俺は世界を救う。邪魔をするならお前でも超えていく」

「分からないな。もはや残るサーヴァントも僅かだ。世界を想うなら現状維持が最適だと言うのに何故動く?」

「それはヴィーナスが勝手に言ってるだけだ。聖杯戦争じゃない」

「……対話とは同じ価値観、目的を持って成立するものだ。お前とはそこが明確に違う。知性体として会話を通して建設的に対話したいが……お前にもそのつもりはないのだろう?」

「あるはずが無い。俺はお前らほど賢くないからな」

「ならやるべきはひとつ……お前が正しい」

「……」

「……」

 

 互いの目的は世界の平和。互いが互いの手段を否定して、互いの障害となる事が明文化された。

 劇的な数秒から無の数秒を経て……2人の救世主の起こす動作は同じだった。



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第65話

《クロックアップ》

《クロックアップ》

 

同時に加速した2人の戦闘は、すぐにも私が視認不可能のものになった。

それは当然だ。私が見た限りでもこの能力に先手を取られる訳にはいかない。何はともあれまず同じ時間軸に存在しなければ同じ存在である以上勝ち目が無い。

 

《分身!》《分身!》

《高速化!》《マッスル化!》

 

続いて聞こえたのは分身と高速化、筋力強化。

これは確か赤青の私と似た能力持ちのライダーのやつだ。当然の様にマジェスティの能力圏内なのだろう。

見た感じ……というか感じた感じ……?ではまだ互角だ。

未来予知もあるだろうけど視認さえできない速度の攻防なら追いついてないだろうね。純粋に能力の勝負だ。

いやー、果たして最速の殴り合いはどっちが勝つのかなー……

 

「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

知ってた。

衛宮士郎の悲鳴が木霊する。

んー、でもどーしてこんな差ができるんだろう?

転生とか踏まえても、シオンは能力頼り、自身の技術やら気力なんて言う意味のわからんもんに頼った事はない。

つまりは……その辺の高校生と大差無い。

なのになんで……ここまで互角なんだ?

能力が互角なら互角のはずだ。何故、所詮はこの数手で決着がついた……?勝つのは当然としても、もう少し長引くと思ってたのに……

 

「ふぅ。どうだ衛宮士郎。同じ能力に敗北するってーのは」

「く……同じなんて、バカにしやがって……何だ、その能力……!」

 

息を切らす衛宮士郎は一撃受けただけとは思えないほど疲れている様に見える。

 

「これか?『完成(ジ エンド)』って能力だ。認識した能力を文字通り完成したレベルで行使できる。だからお前の能力でお前に勝てたんだ」

「完成……?」

「お前はまだ能力を使い始めて日が浅い。実戦経験すらこの戦争からだろう。いくらアーチャーと擬似融合し、憑依経験を使いこなそうと……その能力は発展途上だ。その到達点にあるオレに勝てるわけないだろう」

「じゃー何さ、それだけで完璧じゃん」

「そうでもない。無限の剣製がまだ生きてたら他のを選ぶ」

「何で?それも使いこなせるんでしょ?」

「ん?」

「や、能力を使いこなして使用するならマジェスティリバイブも無限の剣製も変わらないでしょ」

 

使いこなす能力だってなら、シオンの能力なんてそもそも1枠でいい。

使うのは完成された能力。その種類は認識する限り全て。

シオンの能力なんて並行世界から引っ張るから劣化版だったりするしゴミみたいなもんだ。

 

「いいや、そうはならない。完成(ジ エンド)はあくまでオレの並行世界。極めてオリジナルに近い性能を持つが、並行世界のオレが自前で持つ特技に過ぎない。オレの鏡に映るもう一つを完成させるだけだ」

「ん……?」

 

シオンの使うもう一つを……?

 

「ねぇ、それってさ、意味無くない?」

「あ?」

「ジエンドのシオンはそれしか持ってないんでしょ?いらないじゃん」

「ああ」

「ああて……」

「話してるヒマなんて無いぞシオン!」

 

するっと返すシオンにため息をついた瞬間、衛宮士郎が超高速でシオンに迫る。

 

「あるから話してんだよ」

「ぐっ……!」

 

衛宮士郎の行き先に先んじて青い銃で弾幕を張るシオン。

……仮面ライダー召喚できるならオリジナル召喚して撃たせればいいのに……ああ、未来視できないからか。

 

「並行世界の能力はオレの未来視みたいなもんで、ただの特技だ。使える能力もあれば無意味なのもある」

「んんーー?」

「例えば……円周率を50,000桁暗唱できようが全く無意味。だがそれは相当な神秘である。オレを含め一般人が覚えてるのなんて100かそこらだ。1,000なんて覚えられる気がしない。そんなもんだ」

「んんんん〜〜〜〜??極め過ぎた趣味ってこと?」

「近いな」

「でも時間止めたりとか趣味どころじゃないでしょ。禁忌じゃん」

「そんなオレもいるがな、無数に存在する並行世界から見れば一握りだ。この世界でもよくわからん超人が数人は存在すると思えば時止めは必ずしも存在しないはずはない」

「わかんないや」

「だろうな、まぁ、無限って概念と想像力に付与するとオレの鏡になるってことだ……さて救世主、戦力差はハッキリしただろう。諦めてライダーを戻せ。別にお前や誰かをを殺すわけでも破壊活動をするわけでも無いんだぞ?オレの視点に立ってみろ、窮地にある奴らを救ってやろうと尽力してるのにそいつらは進んで自害し始めてる。わかるだろう?」

「だが……それはお前らだけが言ってる事だ」

「ふぅ……」

 

いつかしたようなやり取りに落胆のため息を吐くシオン。

ひたすらにダルそうながらそれでも知性体として説得するつもりなのか口を開く。

 

「もっと分かりやすく言うぞ?アル中を救ってやろうと色々考えてやってるのにオレ達の目を盗んで朝から晩までガブ飲みされてるんだ。多少の殺意で済んでるだけ温厚派だと思わないか?アル中にとってアルコールを止める事は自身に苦しみをもたらす悪い事だ。だが周囲の『常識』ってヤツからすれば正しい事でしかない。大多数が正しいと言えば正しいんだよ。どれだけ本質から離れていてもな。まぁ……この状態でオレ達を支持するのはVNA5人と卿とゴミで7人しかいない少数なんだが……でだ、少しでいいんだ、人間80だか100年だかは生きてられるよな。その内1の半分の半分の半分の半分を耐えるだけでいいんだぞ?お前が積み上げるものの総量から見ればほんの僅かだ。10000円持ってる時に駄菓子屋で10円足りないと泣くガキに恵んでやるより僅かな出費だ、何を惜しむ?そうまでして死にたいのか?死ねば楽になるだろうがこの世でも慎ましやかに生きれば幸福に過ごせるぞ?」

「長いー、わかりやすくー」

「正規参加者は諦めて死ね」

「んんんんん、意義あり、逆転裁判」

「自我を殺すだけで生命的に死ぬわけでは無い、QED」

「QEDの使い方に意義あり。わかった、私が衛宮士郎を拘束する、それで満足でしょう」

「ふざけんな、せっかくのマジェスティリバイブ(新能力)、アインスに自慢するまで極めるに決まってんだろ」

「んー、アインスはただ褒めてくれるだけだと思うなー。褒めるか呆れるかのどっちかだと思う」

「……まぁ、そうだろうな」

 

諦めたシオンが改めて衛宮士郎を見据える。

あのアインスがシオンの新能力見て嫉妬なんて絶対しない。

 

「さぁ救世主。無限の剣製は死んでるが……同じ能力を持ち、こちらには更に自由な能力を選択するアドバンテージがある。まだお前には力が足りない」

「……攻撃をやめていいのか?」

「ああ。オレは考えを改めた。お前の知性を評価しよう。それに、今ではお前も対話をしてみるべきと考えてるだろ?」

「……ああ。だが、リバイブとマジェスティの力を持ってして戦力が足りないと?」

「ああ。お前との戦いを考えてたんだ……アーチャーはどうもこの戦争を超えたお前だと思っていたんだが、そうするにはいささか不安の残る戦力だ。最終手段として姉さんが結界を殺すのは容易に想像が付くし、リバイブだけでオレ達を殺せるとは思えない。そこで、お前のプランを聞かせてもらおう。衛宮士郎(アーチャー)はどうやって聖杯戦争を終わらせる気だ?」

「……戦争を終わらせるつもりは無い」

「「……は?」」

 

私は当然、シオンにさえ予想外だっただろう解答。

戦争を終わらせない?

 

「待って?ならなんで私達と敵対するの?私達と組むならそれこそ、楽に終われる。戦争を終わらせないまま、平和に暮らせる。なのに……」

「何故ライダーをウォッチに封印した?キャスターと宗一郎を殺した?サーヴァントを減らすことが戦争を終了させる行いだと理解してるだろう?何故だ」

 

戦争を続けるつもりならサーヴァントとは戦わない。

そのつもりなら戦闘より威圧だけしておくべきだ。

全員が牽制するなら誰も動かず、私達もそれでオーケーなのに……

 

「戦争は終わらない。この冬木に完成する聖杯は1つだけだ」

「そんなの分かりきってる!マスターもサーヴァントもそれを目的に集まってる!そんなに私に殺されたい!?」

「俺の知性が低いとみなせばお前は無条件に殺意を見せる。フタガミ。お前のことはただの物静かな優等生だと思ってたよ。それが……本当はシオンが入れ替わってて、更にヴィーナスと認識した後は暴力と殺意の塊でしかない。認識してからというもの、真実を知ってからというもの、お前には驚かされてばかりだ。正直、俺はお前たちが怖くて仕方ない」

「……だから何。目的と手段を教えてよ。そんなんじゃ話にならない」

「俺は全てのサーヴァントを消す。そして聖杯を完成させない」

 

言葉を失った。

何も、その言葉の、文が意味するところを理解できなかった。

 

「救世主。そんな事ができると思うのか?お前はセイバーも殺したと?」

「いや、セイバーはまだ生きてる。いや、全てと言ったのは撤回する。セイバーだけは生き続ける」

「……勝者に仕立てたセイバーを令呪で縛り続ける気か?どれほどの恨みを買うか……いや、それなら聖杯は完成する。最終到達点は何だ」

「それはお前の知るところだろう。俺の言う話じゃない」

「……?オレが?何を知ってると?」

「お前の存在はそういうものじゃないのか?」

「オレの?オレ達の存在のことか?」

 

セイバーだけを残し、全てのサーヴァントを消して……聖杯を完成させずにいる?

それができれば確かに、セイバーは誰と戦っても聖杯には届かない。戦う相手がいないのだから、全サーヴァントを存命させるより遥かに恒久的な維持が可能だろう。

でもシオンの混乱原因は私もわからない。

 

「私達の存在ってなんのこと。シオンだけじゃないの……」

 

『ヴィーナスの存在じゃろ。存在するだけで世界の全てが崩壊する』

 

っと……対話フェイズに乱入するしわがれた声。

 

「蟲ジジイ……間桐邸から離れていいのか?それを自殺と言えばいいのか?」

『桜は置いてきた。儂を殺した所で何も変わりはせん』

「何しに来た?今更和解は無いぞ」

『ヴィーナスを消しに来たんじゃよ、コヤツの力でな』

 

老体の隣に霊基……ん、前の半裸の人じゃない……?

というかマトウってあの人以外にサーヴァント残ってたんだね。忘れてたよ。そもそも数えてもなかったよ。

 

「何だソイツ。そんなのいたか?オルタ化してるようだが?」

「えっちゃんと同じ?」

『コヤツの真名はギルガメッシュ。そう、さしずめギルガメッシュ・オルタと呼称するかの』

「ギルガメッシュだって……!?」

「知ってるのか姉さん!」

「聞いたことがある。ソラの異次元お菓子を超えた貯蔵量を持つお菓子英霊!」

 

なんかギルガメッシュの宝具が欲しいとか言ってた気がする!覚えてないけど!

 

「多分違うなそれはな。だがソラのくだりどっかで聞いたな。ソラにも用意できん極上和菓子があるだとか……ん!?マジの菓子英霊なのか!?金髪和菓子職人だと!?」

『そんなワケがなかろう!バカなのかキサマら!』

 

自慢のサーヴァントを菓子職人呼ばわりされたのが気に食わなかったのか、言葉遣いがアクティブになる老体。

菓子職人に失礼だとは思わないのか。

 

「おい救世主、ここは一時休戦といこう。この蟲ジジイは気に食わん。桜の救出もしてやるから黙って姉さんと観戦してろ」

「……何で急に桜の話なんだ?」

「いや……説得できるかと思って……」

「そうか……あの状態から桜を救えるんだな?」

「ああ。オレの能力であれば造作も無い」

「わかった」

 

シオンが変身を解いて衛宮士郎を下がらせる。

そして衛宮士郎も変身を解いて私へ近づいてくる。

交戦の意志が無いと言うつもりだろう。何度も敵対しといてふざけんなって感じだけど人間だからね。

 

『1人で相手する気か。この英雄は英雄の王とも言える。最古の王なのじゃからな』

「ふん、1対1はオレの専売特許だ。オレ以外に1対1が良いなんて言う奴は真っ先に殺す。誰でも多対1で責任を分散して思う存分いたぶりたいモンだ」

(わたし)の前に立つという事は死である』



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66話

「だが待て……ギルガメッシュ……?」

「ん……?シオン?どうしたの。さっさと砕けてきなよ」

「当たって砕けろじゃねぇ。姉さんもカンで分かるだろ。コイツの存在そのものがおかしな話だ」

「ん……この冬木ではあり得ない、的な」

「ああ。ラーニングしたところによるとだな」

「よると?」

「この英霊、元は男だ……」

「!!??」

 

 衝撃の事実。あの白髪の冷酷美人が元男……!?

 金一色の甲冑、蛇柄の装飾、そしてえっちゃんのような金とも銀とも言い難い長髪、この場全員を見つめているようで何も見ていない様な謎の視線……うん、趣味じゃない。

 

「いやでもアレか。セイバーだって元々男だとか言ったもんね。うんうん、カルデアも大変だ」

「いや……間違ってないが間違ってるぞ。奴もセイバーも生まれから女で、オレ達の知ってる同名が男ってだけだ」

「なるほど。並行世界のお話か」

 

 まぁ……私にとっては性別なんてどうでもいいことだ。

 

「で、どうするの」

「あ?オレの能力は十分に知ってるだろう。未来視、2つの能力。高々人間の英雄如きが神のオモチャに逆らうんじゃねぇ!」

「あーあ、それ負ける人が言いそうだー」

「うるせぇ!さぁまずは小手調べだ!無明三段突きッ!」

 

 シオンが消え、即座に即死技の名が叫ばれる。

 んー、多分だけど直死も乗せてるだろうし……ほんとに終わり?

 

「……!」

「え……」

 

 無明三段突き。

 3つの同じ刺突を同じ場所に同時に存在させる理不尽。

 同じ場所であるため刺突を防いでも残り2つが貫通してくる。意味不明である。銃弾を真後ろに重ねて撃つトリックショットなどと言うレベルではない。盾をその場に置いていても貫通してくるのだ。

 1つ防いだなら全部同じだろとかではないのだ。防ぐならその3つを正確に防がなければならない。未来視で相手の動きを先読みした上でそんな攻撃をされればまず負傷は免れないはずなのだ。

 そんな攻撃を、何故かシオンが外した。

 

『ふぉふぉふぉ。儂はこれで帰るがの。せいぜい足掻くが良い。ヴィーナスの』

「クソジジイ……」

『其奴は桜が1度取り込み再構築した英霊じゃ。取り込む前はお主らの知る傲慢な男じゃった。ふぉふぉ』

 

 初撃を外したのを確認すると、老体は無数の蟲となり霧散する。

 

(わたし)を知っていながら何故挑む?それは自殺に等しい行為である」

「うるせぇ!ギルガメッシュの宝具もラーニングした!ただの無限貯蔵庫だ!出してみろ!全力をよ!そっくりそのまま映してやっからよ!」

「では望み通り」

 

 シオンの挑発に冷静に乗るギルガメッシュオルタ。

 軽くてを挙げると周囲には無限の剣製を超える武具がこれでもかと敷き詰められていた。

 

「を……うそぉ……」

 

 包囲するなんてレベルじゃない。アリ1匹通さないをそのまま実現したような密度、刃物の壁、殺意の波。

 しかもそれらが並大抵以上の神秘を持つ。

 私のカンをして……無限に等しい魔力放出をして……これは単独で避けられないとアラートが鳴り響く。

 無限の剣製も同じ様な能力だけど……展開密度、神秘が桁違いだ……同じ様な能力でこれほど差があれば衛宮士郎はもれなく死ぬ……

 

「シオン!衛宮士郎が!」

「黙ってそこから動くな!爆風だけ防げ!」

「了解!」

【守れ】

 

 私は能力で私と衛宮士郎をあらゆる魔術、神秘から隔離した。

 直後シオンの周囲にギルガメッシュと同様の武具が発生、強烈な爆音と爆風を撒き散らして消滅していく。

 

「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「衛宮士郎うるさい!死にはしないから怯えるなら黙ってて!」

「ぐぅぅぅ……すまん、だがこの風圧は……!」

 

 うるさいとは言うが宝具のぶつかり合いで発生する爆音の方がうるさい。

 私の能力で隔離してなかったら私の声なんて聞き取れやしないでしょうね。

 

「……ふぅ、流石だな。最古の英雄というのもさながら嘘でも無い。相当な『負荷』をオレは負った……」

「げ……まさかもう電池切れ?」

 

 忘れてた……シオンの能力による負荷。

 衛宮士郎と戦ってのさっきの宝具連打……もうとっくに限界でおかしくない……

 

(わたし)はあらゆる宝物を持つ。この程度が限界ではまるで足りない」

「いいや……この負荷を受けるのはお前だ……ギルガメッシュ」

「……」

 

 シオンが手のひらを胸に当て……背中からピンクの半透明の肉球が滲み出てきた。

 ナニソレ……多分初めて見るよ?

 

「コレはバーサーカーや衛宮士郎に使ったものだ……ニキュニキュの実。手のひらの肉球をぷにぷにする能力。癒しが欲しいなら後で飛ばしてやる」

「飛ばす……?」

「世界の端に永遠に飛ばし続けてやる」

「なんて素敵な提案なんだ。戦争終わったら即やろう」

 

 世界の隅っこの端っこから虚無を眺められるなんてなんて良い能力だ。私の世界と交換でもいいくらいだ。四象の存在とトレードしよう。両儀の一歩前だ、魔術師なら無限の価値があるらしいじゃないの。誰か無限円で買ってくれないか。私がその世界で死ぬまで毎月家賃込み10万でいい。

 

「やるかバカ。オレはどうなる」

「知らないよ。好きにすれば?私にくっついて虚無る?」

「やだ。まぁいい。最古の英霊よ!現代の癒しの1つ!肉球の力を思い知るが良い!」

 

 シオンはピンクの半透明を一心不乱に掌底で弾き、無数の小さな肉球として飛ばす。

 

「衛宮士郎、アレ知ってる?」

「あ、ああ……アレはシオンの体内にあるダメージ、能力の負荷なんかを弾き出して他人に飛ばす能力だ。オレもこのくらいのをくらっただけで2回は死んだような苦痛を味わった。バーサーカーにも使っていたが3回以上は殺していた」

「ほーん……」

 

 要は自分の負債を相手に押し付ける能力らしい。なんて悪意しかない技なんだ。

 だってアレでしょ、シオンは能力で負った負荷を弾いて相手に与える。その為に負荷を負う、その負荷を弾く、そして負荷を負う……同じ攻撃に対して+100の防御を得るバーサーカーにして3度。この能力だけでそれなりにドヤれる英雄3騎分の神秘と攻撃力だ。

 つまりは十分に即死、回避不能であるということ。

 どれほど強大な破壊力を持とうともバーサーカー、十二の試練はそれに耐性を持つ。そしてその持ち主はその攻撃を見切り対処する。ならばどの様な攻撃をして十二の試練を突破する方法は無い。あるなら2つのみ。

 ひとつ、極限まで攻撃力を高めた神秘A以上の攻撃を持って一撃で十二の試練全てを殺し切ること。

 ふたつ、十二の試練を持ってして無効化しきれず、その持ち主をして捌き切れない神秘と物量のゴリ押し。

 そしてシオンの能力を考えると、2つ目の攻略法はかなりマッチしている。

 まずあの能力に神秘A以上があるという前提だが、〇〇の実、というのは世界に1つしか存在しないらしい。私達基準において神秘とは唯一性、昔は貴重だった水や火が現代ではその存在はより下位に落ちているが、金は採掘量に限界があり総量が限られる為過去から現在において全く無価値となった事はなく、またその存在も上位に在り続ける。

 そして物量だが、攻撃手段が負荷を飛ばす事である以上、そのサイクルが途切れる事は無い。更に攻撃が苛烈になればなるほど負荷は大きく、攻撃力も飛ばす肉球の数も多くなる。足りないスピードや筋力は残り1つの能力枠でどうとでもなるだろう。つまり長期戦になればなるほどシオンの手数と火力が伸び続ける。

 よし、勝ったな。えっちゃん食べてくる。

 

 ♢♢♢

 

「オラ、オラオ、オラオラ、オラオラオラオラオラオラァ!」

 

 1発、2発、4発、16発、256発……段々と加速する身体の瞬間的破壊と回復。

『負荷』では身体は壊れない。だがそれに等しい苦痛と、限界を超えると死ぬ。それが一挙手一投足に発生し、瞬時に抜けていく。そしてその苦痛と速度は無限に増幅していく。

 だが相手には受けた負荷を摘出することは不可能なはず。この負荷は傷でもダメージでも呪いでも毒でもない。あらゆる宝具を持つ最古の英雄であろうと、負荷なんて概念を取り除く宝具は存在しない。

 

「おおおおおらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 だというのに何だ。

 この手数を全て、無限に相殺されている。

 オレと同じ未来視か……?オレも以前の世界で弾道の予知と撃墜を指先一つでこなしたことがある。それに弾となる宝具が無限であるなら飛び道具に意味は無い。ただいたずらに時間と被害を食うだけだ。

 

「ならコレだろう。どれ程の存在であろうと、ゴッドハンドさえ殺して見せた並行世界の死を喰らえ……!」

 

 手のひらをギルガメッシュへ向ける。

 

「ナハト・アンサラー」

 

 並行世界より死が確定した世界を統合させる。

 無限貯蔵庫の中には不死や残機くらいあるだろうが致命傷に変わりなく、隙くらいできるはずだ。その隙に懐に潜り込み、直死で確実に殺してやる。

 

「いくぞ!キング・クリムゾン!」

 

 アンサラーの命中直前に時をふっ飛ばす。

 そして背後に回り込み……スタンドと刀の直死込みの同時攻撃。オレが殺意を持てばこの程度は造作も無いって事を教えてやる。

 エピタフは女の背後に回り込んだオレが腰と肩に致命傷を負わせていることを予知している。そして同時にアンサラーも心臓を貫く。勝った!そして時は再び刻み始める!

 

「……ざ……!」

 

 結果で言うなら、失敗した。

 調子に乗ったのもあるが、ギルガメッシュの対応も想定外のものだった。

 オレの刀は見事ギルガメッシュの持つ短剣に弾かれ、スタンドは躱された。

 そして身体の脆弱性ゆえ、刀が弾かれた衝撃で刀持ってた右腕が肘から千切れてとんでった。その脆さに絶句してた。

 いや……そりゃそうだ。能力頼りに戦ってた今まで、直接的な力比べなんてしてなかった。してこなかった。

 オレの体は姉さんのものをコピーされたもの……をオレが急造で劣化コピーしたもの。バランスボールでノックアウトする姉さんの劣化版だ、その脆弱性は語るまでも無く。

 

「ザ!ワールドぉ!」

 

 とりあえず時間を止め、飛んでく腕をキャッチして距離を離すため走る。

 この4秒、しっかり使わないと即死もあるな……

 まず腕の接合。問題無い。

 アンサラーもスタンドも見えてないはずなのに見切られた様でダメージは無さそうだった。

 

「1秒経過……」

「シオン!大丈夫!?」

「ああ……姉さん、救世主は保護してるままか?」

「うん」

「2秒経過……よし、オレはこのままギルガメッシュと近接する。姉さんはいつでも逃げられるよう準備しててくれ」

「まじで」

「3秒……時間は無い。時は動き出す……」

 

 最古にして黄金の英雄。

 対するこちらも相応の相場が必要だろう。

 

マジェスティリバイブ'(プライム ウィンドミル)──変身」

 

 最新にして赤と青にちょっと金の救世主。

 

《ブレイブ》

 

 レベル100のガシャコンソードを召喚し、ギルガメッシュの次の動きを予想しながら突っ込む。

 

「愚かな」

 

 周囲にまたも無限の宝具が展開される。

 

「シオン!」

「オレにも同じ手は効かない」

 

 同様の宝具をぶつけて相殺する。

 王の財宝を持っていたかもしれない並行世界のオレよ……どんな世紀末にいるんだ?

 

「さぁ女!オレと近接武器格闘だぁ!」

「良い」

 

 無表情のまま肯定を示すギルガメッシュ。

 くそ、挑発のつもりで女呼ばわりしてるのにさっきから全然反応が無い。オレの知ってるオルタは比較的感情豊かな奴が多いんだがな。

 

「はあっ!」

「……」

 

 周囲の無限の宝具を相殺しつつ、かつ本体にも飛ばしつつで他のサーヴァントには手出しさえ不能である戦闘となる。

 

《クロックアップ》

 

 時が止まったに等しい程の加速度を得る。

 この状態で予知すれば通常時間で見るより手前の未来で止まってしまうが……時間経過が拡大されるから精度は上がる。

 これでアンサラーを見切った能力に追いつく!

 

「……愚かな。(わたし)を前にそのような小細工など」

「ふっ!はあっ!」

 

 右後方から槍が3本、右前方から剣4本はその発生を感知した。そしてギルガメッシュが左上段から斜めに大剣を振り下ろす……未来まで視えた。

 オレはそれに対して左下へ滑り込み、すれ違いで腰を切断する。終わりだ。

 

「通用しない、とまで言わなければならないか?」

「……!」

 

《クロックオーバー》

 

「くそ……ここまで先を読んでも足りないか」

 

 攻撃は躱したがオレの攻撃も捌かれてしまった。

 未来視持ちなら確かに納得だ。オレの未来視を超えるならオレの動作、速さに関しても目安がつく。超精度の未来視を使いこなす相手に速さや力、技術は全く無意味。未来視できるだけの雑魚にはゴリ押しが効くが……最古の英雄ともなれば完璧に予知、最適な宝具を引っ張ってくるだろう。

 マジェスティリバイブのパワーもサーヴァント相手には確実な有利とまではいかない。手数も完全に互角以上……神秘では圧倒的敗北……

 さてどうする……

 

「あー!アレ私の鎌────!」

「あ?」

 

 戦略思考を中断させる姉さんの声。

 鎌……?

 

「ねぇちょっとシオン!アレ!私の!」

「みたいだな」

「コントロール奪われてる!だから探せなかったんだ!」

 

 ギルガメッシュの展開してる宝具の中に、確かに姉さんの鎌が宝具ヅラして紛れ込んでた。中小ヤクザの冗談半分で作られたパチモンのクセに。

 となるとマトウの屋敷で屋根から攻撃してたのもコイツか……姉さんのカンが後先考えず投擲させるのも納得だな。

 

「だが姉さん、アレの奪取は可能であれば、というレベルまで諦めてくれ。あの女殺しちまえば多分一緒に消えるから」

「それ酷過ぎる。借りパクレベルマックスじゃん」

「あらゆる英雄の原型のオルタだ、そのくらいはするだろう」

「むぅ……」

 

 まぁだが、複数の世界を超えた武具としてなら姉さんの鎌も宝具と言えなくもないか……仕方ない。隙があれば取り返すか。

 

「だが私は諦めない。さぁ英雄王!私の能力は解除した!今なら私の鎌で一撃だ!さぁ!鎌返せ!」

「……良い」

 

 またも全体範囲……いや、今度は姉さんに全ての照準が合った展開だ。

 しかも何故姉さんは自殺まがいの事してまで鎌欲しいんだよ……!代わりがいるならオレが用意するってのに!

 

「クロックアップ!」

《clock up》《invisible》《ハイパームテキ!》

《マジェスティ!エルサルバトーレ!百烈!タイムバースト!》

 

 透明化に無敵、そして超高速の超光速。

 ギルガメッシュの宝具に負けない程の範囲と密度で必殺キックを叩き込む。

 姉さんを攻撃させやしない!

 

「お前には何も見えていない。全ての未来を見通すなら、その程度では不意を突くことにすらならない。お前に未来を変えられない」

「……!」

 

 何も見えてないだと……生身で未来視を持つオレに対して、そんな言葉は挑発にしかならねぇ!

 無意味に捌かれた必殺キックを記憶から消して次へ進む。

 予知で最も差が出るのは近接戦。一瞬一撃が全てを別つ。

 

「見えてるならこの攻撃を超えてみろ!オレの未来視を予知できるか!」

 

 オレの見える限りの未来を全て対処した。

 この5手はどうあってもオレの方が上のはず!

 

「ぐ……っ!バカな……!この数手、無限のパターンを攻略したはず……!」

(わたし)は並行世界を含む全ての未来を観る。たかだか人の身で争おうなどとは頭が高い」

「なら!ゴリ押し火力はどうだぁ!」

 

《クローズマグマ!》

 

「おらぁぁぁぁぁぁぁあ!」

「この程度で……」

 

 拳の競り合い、ただ一撃だがこれが通れば……!

 

「サーヴァントは怯まない、とまで言っておいてやろう。お前たちにはその助言が必要だろうからな」

 

 何でもない、ただ握っただけの拳にオレのマグマも威力を超えられない。

 

「く……!そっ!パワーもまだ足りないか……!」

 

 パワーオブパワーでも防がれた。

 さてやれやれ……

 

「マジェスティリバイブではもう型落ちみたいだな」

『どーすんだシオン!これ以上無いだろ!?』

「黙れ救世主。救世主としてはこれ以上無いかも知れないが、ライダーの力は限界じゃない」

 

 所詮はディエンドを介さなければ全てとは言えない能力……所詮はお遊びだ。

 

『……?』

「オレは人間じゃない。だからこの地球の存在とも言い切れない」

「何言ってんの?私だから人間でしょ」

「とも限らないぜ。隕石がオレだった可能性も確かに存在する……」

 

《エボルドライバー!》

 

 ディエンドのカードがウォッチになるんだ、互換性はあるんだろ。

 マジェスティリバイブのウォッチを振ると赤青金でぐちゃぐちゃのボトルが生成された。

 

《マジェスティリバイブ!》《ライダーシステム》

《レボリューション!》

 

「幾つもの星を喰らう地球外生命体。命を捨ててでも守りたいものを守る不屈の救世主。今ひとつと……ぐ……ひとつとなりて、新たなライダーの生誕を祝福せよ」

 

 身体的には人間であるオレにはかなりの負担がかかる変身だが……致死量を超える負荷を耐え続けて来たオレには問題の無いレベルだ。

 

《are you ready?》

「変身」

 

《マジェスティ!》《リバイブ!》《エボルプライム!》

 

「エボル、プライム……フェーズ1、完了……」

 



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第67話

《エボルプライム!》

《フッハハハハハハハハハハ!》

 

「フェーズ1、完了……」

 

 シオンが新たに変身したのはマジェスティの面影が殆どない、また赤と青と金のライダー。

 マジェスティリバイブもだけどかなりゴツいよね……

 

「でも何で今更……」

「見て分かったろ。ギルガメッシュはオレ以上の未来視、オレと同等以上の宝具、オレとは比べるまでもない身体能力を兼ね備えている。正直言って勝てん。認めたくは無いが、まだ力が足りない」

「なるほろーそれで?」

「オレの鏡に映る世界を広める。よりオレの望む世界が映るように、よりオレの風車が回るように」

「で、その能力と」

「ああ。VNAは5人。なら2人目(中立)の逆は4人目(愛情)だろう。LOVE()の逆はEVOL(進化)だ。進化する世界、レボリューションだ」

「……ん〜……思考ちょうだい。ちょっと完全理解が難しい」

 

 シオンに考えてる事を貰う……けどそれも『フウシャ=回転=レボリューション』『プライム=より上位=進化』『LOVE<=>HATE(ヘイト)ふぇいと(Fate)』『赤い力強さ(クローズマグマ)青いカード連鎖(ディエンド)!赤と青のベストマッチ!パーフェクトレボリューション!』とワケの分からない単語の連打。

 要はイイ感じに適合したんだろう。ライダー能力は改めるとか言ってたのに。

 

「とりあえずマジェスティよりは強くなるのね?」

「あぁ、それなんだが……悪いな姉さん」

「ん……なるほど」

 

 シオンの謝罪。私のカン。飛んでくる槍の英霊。

 

『ゲイ……ボルグ!』

 

 避けずに死ねというシオンの謝罪。

 数秒後私が死ぬ事を察知した私のカン。

 私に照準を定めて槍を放つランサー。

 

「ゔっ……知ってたけど……痛いよね、生身を刺されるのはね……」

 

 予知した死とは言え痛いのは痛い。

 何度か死んだとは言えこの感覚は新鮮だ。

 

「フタガミ!?おいランサー!何してんだお前!」

 

 衛宮士郎がランサーにつっかかる。殺されちゃうよ……?

 

「ちっ、これもルーラーの指示だ。悪く思うなよ、ウチのマスターも同意の上だ」

「メニー・チョコレート。すみませんウタネさん。マトウのいない世界までリセマラした方がやはり速いかと思いまして」

 

 ランサーが私から槍を抜き、えっちゃんが遅れてやってくる。

 全く無意味なことを。

 

「うん……いいよ、そうはならないけれどもね」

「え……」

「シオン」

「ああ、今治そう」

 

 何故シオンのいる時に私を殺せると思うのか。

 

「ほれ。今更だがオレがいる限り姉さんが死ぬなんて思わないことだ。例え能力を解除していようと、即死させようとな」

「ふぅ……やー、痛かった……やっぱり能力保護は私に必要だね」

【守れ】

「ぐ……何なんですか、貴方たちは……ソラでさえこのシチュエーションは死にますよ……」

 

 シオンの謎能力によって私の体は完璧に修復された。

 私も自分の能力で保護し直す。

 

「さぁ、卿。ペナルティだ、ギンガウォッチを返せ」

 

 私が半死になったのはこのため。

 エボリューションの名の通り新たに力を加えて進化する布石。

 ……今さら新たな力も無いでしょうけども。

 

「む……」

「そう渋るな、すぐ同じのをくれてやる」

「どうするつもりですか……どうぞ」

 

 ご都合で攻撃を中断してくれているギルガメッシュを他所にえっちゃんにプライムとして付与したウォッチがシオンの手に戻る。

 それを受け取るとシオンはマジェスティリバイブウォッチと同じ様にカチャカチャと振る。

 

《ギンガ!》《英霊召喚(サーヴァント)システム》

《レボリューション!》

 

 はじめに挿したボトルを外し、新たに出来た2つのボトルを挿入、ハンドルを回す。

 

《are you ready?》

 

「ふー……変身」

 

《ギンガ!》《ギンガ!》《エボルギンガ!》

《ワッハッハッハッハッハッハ!》

 

「フェーズ2、完了。宇宙を滅ぼす力と宇宙の力、そしてカルデアのサーヴァントシステムを手にした。もう誰にもオレを超えられない。卿、ウォッチは返してやる」

「……どうも」

 

 赤青金のカラーリングから白黒紫に黄緑を足したようなカラーリングになり、少し細めになった気がする。

 

「さぁギルガメッシュ!お前を殺して戦争は終わりだぁ!」

「……茶番は終わりか。次で死だ」

 

 フェーズ2のシオンに先ほどまでより遥かに高い神秘が展開、即座に射出される。

 おお……これは死んだか……?

 

「宇宙の力は無限大。サーヴァントと言えどその程度の火力ではもう少し足りないな」

 

 シオンは宝具の爆風の中ゆっくりとギルガメッシュに向かって歩き、ベルトのハンドルを回す。

 

《Ready go!》

 

 シオンが飛び上がり前回転、両足でのキックを敢行する。

 

「歴史は神秘だが、こと日本においてギルガメッシュは失敗だな!宇宙と科学の進歩の前にはそれでは足りない!」

 

《エボルテックフィニッシュ!》

《チャオ〜》

 

 直撃したキックはギルガメッシュを吹き飛ばし、強烈な爆発を起こす。

 

「おー、ふっとんだー」

 

 今まで殆ど動く事なくシオンをあしらってたギルガメッシュ。

 それをフェーズ2の仮面ライダーシオンは吹き飛ばした。

 

「ふぅ……さて、少しは効いたか……」

「おろー、随分としんどそうね。けど楽そう」

「なんだそら。英霊の最上級だぞ。そこの狗とはレベルが違う」

「んだとゴルァ!俺だってそーとー上だっ!」

「ランサーさんどうどう……私が呼んでおいて何ですが、我々はこの場には不相応です。歯向かうだけ無駄ですよ」

「黙れルーラー!お前こそ俺をハメやがったな!?」

「いいえまさか……本当にウタネさんを殺して貰うつもりでしたよ。思った以上にウタネさんの生命力が強かったのと、シオンがあそこまで負荷を負った上で呪いを解除できたのが想定外でした」

「まぁランサー、卿がお前を騙したわけじゃない。オレがお前らを上回っただけだ。流石地球外生命体、存在のスケールがオレを遥かに超える。使える能力負荷も大きく増えた」

 

 どうも……シオンが私の意識の断片から地球外生命体の枠組みまでスケールアップできたらしい。能力使用中のみだろうけども。

 それでもうひとつの枠はフリーパスと。うん、今までとさして変わらないね。

 

「愚かな……(わたし)を本気にさせるとは……!」

「「「……!!!」」」

 

 遠くから聞こえた怒りの声。いや、怒ってるのは伝わるけど声色はそんな……変わらないね?私と同じタイプの声かな。

 

「ヒトは全て死に集う。天より賜りしその定め……今ここに降臨せよ」

「おほー……宝具かなあれ」

 

「ぐ……シオン!この暑さは俺には無理だ!ブレイブのゲームエリアに避難する!」

「ああ。卿も入れてやれ。サーヴァントでアレは無理だ」

「じゃあ俺もいいよなぁ!?」

「お前は消えとけ!元々倒しに行くつもりだったんだ!」

「まて救世主。それはアイツを攻略した後にしてくれ。今サーヴァントが消えると奴の魔力に回される可能性もある」

「……わかった。そん時は手出しすんなよ」

「場合による。基本的に阻止するつもりだ」

「……じゃあな」

 

 衛宮士郎とえっちゃん、ランサーが消える。

 さてさて……さて?私もかなり暑いんです。いや、熱いんだども?

 

「……そうなるのか」

「んー?」

 

 シオンの冷静な呟きは、私をどうにかしてくれるものだと思いたかった。

 

「いいや、予想と違うのが出てきただけだ」

「アレ原典の宝具じゃないの?」

「いや、ラーニングした限りカルデアのギルガメッシュは剣状の宝具だった。あんなバカデカい火の玉じゃねぇ」

「んー、玉というか太陽というか……」

 

 ふと気が付けば天が真っ赤に燃え盛ってた。

 無限に離れてるから太陽光は痛いだけで済むのにこんなに近いと死ぬじゃないか。日影に育つもやしをなんだと思ってるんだ。私の身体は通勤ラッシュの電車で潰れて死ぬんだぞ。

 

「ギルガメッシュが太陽を待ってるなんて話は聞いたことが無い。ならばオルタ化に際して他の神性と融合ないし近いものに変異したと考えるべきだ。さてさて」

「やーははは、私もうすぐ死にそう」

「能力で熱遮断しとけよ。頭回らなくなったか」

「あ、そりゃそうだ」

【冷やせ】

「んー、クールビューティーだ」

 

 私の能力は変幻自在。言えばそれが現実になるように物質の全てを変化させる。この灼熱の中私だけがクーラーキンキンの部屋にいる。これもまた幸福だ。

 

「オレもそれしてくれよ!」

「いるんだ……」

【ついでに】

「この状態でも多少のアレはあるんだ。あるなら欲しいに決まってる」

「ふーん……じゃ、アレの対処は任せるよ?」

「とーぜんだ」



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第68話

エボルトのevolution聴いてたらパラドにも合いそうだなぁって思いました。


「あの太陽、アレ段々と落ちてきてるけどアレどうするつもりなんだろ」

「宝具なんだからオレ達殺す気に決まってんだろ。とりあえず1発は大丈夫だ。そのあとは知らん。なるようになる」

「大丈夫って……何が?」

 

 落ちてくる太陽系最大の物体。

 地球の大気圏とは既に接触はしてそうだけど大丈夫なんだろうか……神秘も秘匿も死んだと思うんだけども……

 アレ実物かなー……ホンモノじゃないにせよ私のカンが作り物じゃないって言ってるんだよねー……

 

「ちなみに太陽ってどのくらい大きかったっけ……」

「半径が地球の100倍以上だ」

「……は?」

「オレ達から見たネズミみたいなもんだ。もっとだろうな」

「そんなもん鏡でどうにかなるの?私がするよ?」

「いや、敵の怒りを伴う全力を受けるというシチュエーションが大切だ。それに、この世界に太陽を防げる物質は存在しないから姉さんじゃ無理だ」

「うーん……まぁ、まぁ……いいや。どうでも。最悪死ねばリセットなんでしょ」

「最悪も何も姉さんの理想展開だろ」

「そーだねー。リセットされず死に続けたいくらい」

「そりゃあらゆる方面から無理だ。じゃ、とりあえず後は任せた」

「はーい」

 

 シオンはベルトのハンドルを回しながら飛び上がり……太陽に押し返されながら地表に迫る。

 やっぱダメじゃん……分かってたけど……

 

「ぐおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

「おおおおぉ……おぉ?」

「WRYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYY!!!!!!」

「おおお??」

 

 今までにないくらい叫び散らかしてるシオンに共鳴して叫ぼうとしたら段々と太陽が縮んで……?小さくなって……消えた。

 

「バカな……」

 

 ギルガメッシュも目に見えて動揺している。

 そりゃそうだ……あんなもん、終末世界の方がまだマシだってのにそれを無力化されたんだから。

 

「うおおおおぉぉぉおぉぉぉぉああああああああああ!っ耐ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!耐えたぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「お、おう……お疲れ様……何?テンション……どっか壊れた……?」

 

 テンションがもう夏休み前の小学生だ。

 シオンの身体ガラクタで作ってるし能力盛り沢山だしどっか故障してても全然おかしくない。

 

「遂に手に入れた!惑星を滅ぼすエボルトの力!『エボルトリガー'(エボルトリガープライム)』!」

 

 そう言って手にした謎の白黒アイテムをベルトに装着、意気揚々とハンドルを回す。

 

《オーバー・ザ・エボリューション!》

《マジェスティリバイブ!》《英霊召喚(サーヴァント)システム》

 

 小気味良い電子音と共にシオンの周囲に四角い……棺?みたいなのが生成される。

 

《レボリューション!》

《are you ready?》

 

「変身!」

 

《ブラックホール!》《ブラックホール!》《ブラックホール!》

《レボリューション!》

《フハハハハハハハハッハッハッハ……!》

 

「フェーズ3、完了!」

 

 シオンの周囲が謎エネルギーで覆われ、一時消失。空間が復元されると、さっきまでのライダーが白黒で覆われている。

 

「ふぅぁぁぁぁぁあああああああああああああ!サイッコーだろ!てんっさいだろ!?エボルト完成だ!これでこの世界の地球最大の神秘さえ取り込めた!!これでこの地球にオレを超えるモノは存在しなくなったぁ!これで!この戦争は終わりだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

《Ready! GO!!!》

 

 やだ、私のシオン壊れちゃった……

 はちゃめちゃテンションと共にシオンが飛び上がり、その周囲を……謎の空間が覆う。ブラックホール言ってたしそれなんだと思うけども判断できない。

 そしてそれが足先へ収束し……ギルガメッシュに向けられる。

 

「だが……!」

 

 ギルガメッシュも良くない未来を視たのか、防御のために全力で盾状の宝具を並べて防御する。

 

「オラァぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 宝具群は足先のブラックホールのようなモノに吸い込まれ、魔力粒子的に分解、消失しているように見えた。

 

「……!!!」

 

 再び必殺キックを受け吹き飛ばされるギルガメッシュ。

 

「……?こ、これは……!?」

 

 しかし、吹き飛ぶ途中に空中で停止、シオンの周囲にあったブラックホールの中心に固定される。

 

「重力!それは物質がカタチを保つための制御圏!分子も当然として全てが互いを引き合いそのカタチを形成する!重力が無い物質はそのカタチを保てず爆散するのみ!そして基準に比べ重力が強ければ縮み!弱ければ膨らむ!深海へ沈む人間は潰れ!山頂のポテチは爆発する!ブラックホールは強い!シュバルツシルト半径を下回るブラックホールは最速無質量の光でさえ脱出できない!」

 

 シオンが着地、上半身をのけぞり両手を掲げて高らかに理論を演説する。

 要は……あらゆる物質にはそれぞれ重力が存在していて、それが無ければ無重力の宇宙で静止していられないように分子がバラバラになって爆発してしまう。つまりカタチある物は全てカタチを保つための基準となる重力を持っている。そして基準となる重力より強い重力圏に入るとそれに引きつけられるようにして縮むのだそう。そしてブラックホールは質量0の光さえ引きつけて逃がさないほどの重力圏を形成している……と。

 簡潔に……ブラックホールの重力圏に飲み込まれたら死ぬと。

 

「んー、その能力アリぃ?私より強くなぁい?」

「んな事ねぇよ。このオリジナルをワンパンしたライダーだっているんだぞ」

「……じゃそれになればいいのに」

 

 この太陽さえ攻略したライダーをワンパンとか何だそれ……根源か?

 

「オーマジオウは『常盤ソウゴ』でしかありえない。闇の書で蒐集したかもしれない並行世界を映すアインスならば可能ではあるが、シオンであったかもしれない存在を映すオレの鏡にオーマジオウは映らない」

「ふーん?」

 

 固有名詞がダメなら他所の能力全部ダメだと思うんだけどなぁ。私がシオンだと思えなかったってことだもんね……それはそれで何かおかしくないか?

 シオンの鏡は根源やらの世界の枠を上回る超常概念は映せない。やはり根源か?

 

「愚かな……!この(わたし)がブラックホール如きに呑まれるなど……!」

「「ぉお!!?」」

 

 ブラックホールから謎の黄金船が出てきてブラックホールの歪みの外まで出てきた。

 

「そこは呑まれとけよ……存在として……」

「この船は思考と同じ速度で駆ける事ができる。お前たちの貧相な知性では不可能だったであろう」

「この煽りカスが……良いだろう、なら、空間ごと時空の彼方へ飛ばしてやるぜ」

 

《ready go!》

 

 空中にキックと同様のブラックホールが複数発生し、その場で停滞する。

 

「わお」

「姉さんは離れてろ。流石に戻って来れんぞ」

「りょーかい」

 

 死にたい死にたい言ってるとは言え、重力に潰されて死ぬなんて苦しいもん味わいたいわけじゃない。

 

「ブラックホールとかいう即死攻撃を複数展開、操作できる……ふふ、最強だ。火力面において物理でコレを超えるのはまず無い……」

「ならば防御面はどうだ!」

 

 ギルガメッシュがブラックホールの合間を縫う様に移動しながら宝具を展開……あれは多分、全部爆発するタイプのやつだ。

 

「この世界の神秘をも吸収したと言ったろう。例え最大級の神秘ももう、オレを超えられない」

 

 全ての爆破をもろともせず、ハンドルを回して飛び上がるシオン。

 

《Ready! GO!!!》

 

「おのれ……!再びここに降臨せよ!」

 

 ギルガメッシュの怒号と共に再度出現する太陽。これマジか。回数制限無いの?

 

「2度は無いぞ、太陽神と下手に融合した結果だな!」

「ぐ……!」

 

 太陽はシオンのキックで簡単にブラックホールの向こう側へサヨナラした。

 

「お前も終わりだ、ギルガメッシュ」

「あ……」

 

 瞬間移動したシオンがブラックホールにギルガメッシュを蹴り込み、残りのブラックホールで蓋をしてしまった。今更だけど気楽に瞬間移動したなシオン今な。

 

『お──おのれおのれおのれ!この(わたし)が人間如きにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!』

 

「ふ……オレが人間だなんて思わない事だ。チャオ」

 

 2度も太陽を落とした英雄王は影も形もなく消え去った。

 

「はー、強かったねぇ、ギルガメッシュ」

「あぁ……恐らくは太陽神シャマシュとの混ぜモンだ」

「しゃましゅ?」

「ギルガメッシュに関連のある神格だ……まぁおおよその予想だしもうどうでもいい。さて、卿たちを戻さねぇとな」

「衛宮士郎の能力直死で切るの?ブラックホール解除しちゃうの?」

「いいや、どうせだからな。このまま奴らともやる。桜を除く残る戦争関係者全てをこの場で再起不能にしておこうと思う」

「えぇ……」



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第69話

「この能力のブラックホールはそこまで汎用性があるわけじゃ無い。ただぶっ壊してぶっ殺すための能力だ。だが、ボトルは別だ。マジェスティリバイブのボトルなら同様の能力に干渉できる」

「それ絶対能力2つ以上使ってるよねー……」

「何をどう見てもエボルトだけだろうが。ちょっと行ってくる」

「はーい」

 

 シオンが消える。

 誰もいない現実世界で……さっきの太陽がまるで問題になって無い事を直感する。

 何でだろ……私が書き換えた訳でもないのにね。

 

「マジでアレ倒したのか!?」

「ソラでもアレは無理では……何なんですかほんとに」

 

 お、戻ってきたみたいね。

 

「ち……てことはアレか、次は俺か」

「ああ、その通りだ。全てのサーヴァントには消えてもらう」

「まぁ待て救世主。狂化ゲイボルグ相手にタイマンは些か不安だろう。残りの戦力も連れてきてやる」

「何……?」

 

 シオンがまた消えて……

 

「今だ!ランサー!覚悟!」

 

《マジェスティ!エルサルバトーレ!》

 

「くっ!小僧が!」

「させないよ!」

【止まれ】

 

 衛宮士郎の必殺技を無理矢理止めさせる。

 (シオン)のシナリオ外で私に見られてるのに何してるんだ。

 

「よ……ん、ホラ」

「ぐっ!」

「きゃっ!」

 

 戻ってきたシオンはそれを見て無言で把握、両脇に抱えてきた2人を投げる。

 あれは確か……えーと……

 

「慎二!シエルさん!?」

 

 そうだそうだ、そんな感じの人だ。

 

「シエルさんて戦えたっけ……」

「普通に家で治しただろうが」

「あぁ……そういえば治してたや……」

 

 せっかく私が戦ったのに……

 

「まぁいいや、喋りそうだから変身解除しなよ、衛宮士郎」

【解け】

「ぐあぁぁぁ!?」

 

話長そうになりそうだから能力で衛宮士郎の変身を解いておく。できるから毎回する、ってのは面白みに欠けるよね。

 

「さぁ戦争に残された戦力共。お前らが何故か恨んで仕方の無いヴィーナスとやらがここにいる。まずはお前らが協力してオレを倒しておくべきだとは思わないか?」

「ふざけている場合ですか!シオン、アナタはこの状況でまだ戦闘行為を続行するつもりですか!?」

「その通りだ。卿、コイツらは何があっても互いに殺し合う。ならば先にオレが戦闘不能にしておいてやろう。両の手足を捻り、思考力を奪い、そこにあるだけの命として飾っておく。それでこの戦争は終わらない、そして終わりだ……お前もな」

「な……!?」

「卿よ、お前は人理の為とはいえ姉さんに牙を剥いた。オレのタブーだ。等しいだけの罰は受けて貰う」

「やはりそれは覚えてましたか……!」

 

 ランサーと共謀したせいでえっちゃんも対象に入ってた様子だ。

 えっちゃんて殺しても影響無いのかな。

 

「……く!仕方ありません!衛宮さん!私と協力して下さい!」

「……正直サーヴァントとは組みたくないが、今はあのトンデモナイ事になってるシオンが先か……いいだろう、足引っ張るなよ!」

「なら、私も力を貸しますよ。ヴィーナス討伐のため、平和の為に!」

「ふっ、それだったら僕の事も忘れるなよ、衛宮。僕だってマスターで、プライム所持者だ」

「お前はもう疑似マスターですら無いだろ」

「ぐ……いいからやるぞ!猫の手でも借りたいだろう!」

「……ああ!いくぞ!」

 

《マジェスティリバイブ!》

《ギンガ!》

《R・E・A・D・Y》

《アルファ》

 

「「「「変身!」」」」

 

《リバイリバイリバイ!リバイリバイリバイ!リ・バ・イ・ブ!リバイブ!マジェスティ!マジェ〜スティー!剛烈!疾風!剛烈!疾風〜〜〜!》

《アクション! 投影!ファイナリータイム! ギンギンギラギラギャラクシー!宇宙の彼方のファンタジー! ウォズギンガファイナリー!ファイナリー!》

 

「よし!行くぞシオン!」

「ランサーさん!死にたくなければ私たちに協力を!」

「ち、仕方ねぇ!お嬢ちゃんたちより坊主の相手する方がマシか!」

「いいいいいいいいいいくぞフタガミィィィィィ!積年の恨み、今ここで晴らしてやる!」

「ヴィーナス覚悟!」

 

 あーあー、ブラックホールに向かってっても即死するだけなのに……あ、ブラックホール見せてないのか。

 

「ふん……愚かな、基礎スペックが果てしなく違う事が分からんか!」

 

 シオンは四方からくる攻撃をそれぞれ丁寧に1つずつ避けて……それで尚その場から動いていない。ギルガメッシュに向かうシオンと同じ図だ。

 

「ふふ……そこですよ、シオン」

「あん?」

「アナタは……アナタたちはどうあっても私たちを殺せない。もうここまで減った関係者を1人として消したくないはずです。だから必然、その能力は私たちを超える物であってはならない……!」

「そういう事かフタガミぃ!許して欲しいなら僕に跪き悲痛な顔で靴を舐めろ!」

 

 えっちゃんの言を聞きため息を吐きながら頭を掻くシオン。

 

「まー、そうだな……」

 

《ready!go!》

 

「「「!!!」」」

 

 シオンがギルガメッシュにした様に複数個のブラックホールを周囲に展開する。

 

「コレひとつとってもお前らに対策は不可能だ。時間を遡るほど加速しようと、所詮はその程度でしか無い。そこに重力は存在する。だからこの能力はギルガメッシュを倒すためにでっち上げた過剰戦力……」

 

 ブラックホールはそれぞれ収縮し、次第に消える。

 

「でもない。オレがエボルトの能力を引き上げたのはこの瞬間の為だ」

「何を、その能力を振るえば私やランサーさんなど即座に霧散しますよ!」

「それは自慢げに言う事じゃねぇぞぉ!?」

「卿よ。お前も知っておくべきだったな。オレ達の格闘法をな」

「……?」

 

 えっちゃんが首を傾げる。

 私も同様だ。シオンが何を言ってるのかさっぱり……

 

「衛宮士郎」

「……何だ」

「オレのしたい事、それは姉さんを含む人類の繁栄だ」

「……今さらそれに何の意味がある」

「意味があるかどうかはそれが滅びる直前にのみ判断できる。だが、それをするのは……オレじゃなくていい」

「……?」

「オレがいなくても誰かは誰かを守ろうとするし、種族である以上は繁栄しようとするだろう。その風車はオレでなくとも回せる。だが、この戦争だけは止めておきたい。いつかお前は人類を護り、平和のフウシャを回してやれ」

「だから何の話だ、何が言いたい!」

「オレは今、戦争を止められるなら……命を捨てる」

「「「!?」」」

 

《Ready! GO!!!》

 

「フェーズ4、開始……」



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第70話

《Ready! GO!!!》

 

 シオンが飛び上がり……ベルトを外した……?

 

《チャオ》

 

 シオンの前回転蹴りは外したベルトを直撃し、直後に爆音。

 

「「「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」」」

「な、何このエネルギー……!」

 

 砕けたベルトからギルガメッシュの宝具を超えるほどのエネルギーが放出される。信じられないと思うけれども生身の人間だと即死するくらい。

 

「これは……結界?」

 

 明らかに桁の違うエネルギーは爆発するわけでもなく、周囲に留まったまま制御されている様に感じる。

 それが決して広くない、野球のグラウンド程もない事はカンで分かる。

 

「これはエボルドライバー、エボルトリガー'に内蔵された馬鹿げてるエネルギーを球状の結界として利用したものだ……ここにいる、残った戦争関係者を逃がさないためのな……」

「逃げるだぁ?忘れたのか、俺たちサーヴァントには霊体化っつー選択もあんだよ!」

 

 ランサーが何故か意気込んで逃走を示唆する。

 この結界……異常な魔力量を中に充満させてるのか、薄暗いだけなのに妙に視界が悪い。十分見通せるはずなのに、見えてない……焦点があってないのかな。

 

「逃走は想定済みだ……だからこそ姉さんに傷を負わせてまで……卿にペナルティを与えて、サーヴァントシステムを取り込んだ。サーヴァントである限り、この結界は越えられない」

「ならマジェスティの力がある!最終的に撤退の選択肢は残されている!」

 

 どうやらブラックホールの驚異的能力を自ら放棄した事に危機感を覚えて逃走を考慮していた様子。多分もう無理だよこれ。私も出れそうにないもん。

 

「それも無い。マジェスティリバイブも取り込んだだろう……もうオーロラカーテンもヘルヘイムも……他も通じない。この結界には誰も入れず、誰も出られない。更にこの魔力密度、下手に出力を上げるとお前らごと焼けてしまうだろう……」

「何だと……宝具封じか!姑息なマネを!」

「高確率即死などというふざけたモンを許すわけがないだろう……代わりに、オレもエボルトの力を失った……今は生身だ……」

 

 エボルドライバーとやらが破壊されたエネルギーで作られた結界によってこの世界全ての逃走経路がシャットダウンされた。取り込んだ力で突破が不能だとするのなら、ギルガメッシュの宝具さえこの結界の前には無力という事になる。

 まぁそんな事はどうでもいいけれども……シオンは生身。能力を自分で破壊したせいか、次の能力を選択する感じも無い。

 

「マスターとも繋がらないか……だが!今お前はもはやそこの赤いガキより脆い!」

「ふざけるな青畜生が!サーヴァント如きが僕を批判するんじゃない!」

「うるせぇ!テメェが役に立った試しがねぇんだよ!」

「なんだとこの全身タイツがぁ!現代日本においてそのカッコーはヘンタイ真っしぐらなんだよ!何もしてなくても即ツーホーなんだよ!」

「んだとぉ!?この大英雄を変態呼ばわりたぁ死にてぇらしいな!」

「ん〜……」

 

 ランサーと私の部屋のオブジェが喧嘩を始めてしまった……知性が無いなぁ……この状況、互いのしがらみなんてほっといてシオン倒せばいいのに……これだから感情的な存在は……

 

「シオン!何のつもりだ!お前ならさっきの能力で俺たちを倒すなんて訳無いはずだ!」

「衛宮士郎。お前は『強さ』について……どう思う。今のオレと、エボルトブラックホール。どっちが強い?」

「……ブラックホールだ。今のお前なら、正直言って負ける気がしない」

「だろうな……だが、『強さ』とは『ワガママを押し通す力』だ。結果として自分の意思が通ること……それが強さだ。ブラックホールなら全てを消すのは容易い。だが、それではオレの望みは果たされない……ならばそれは、オレにとって強さではない」

 

 ……?意味不明だ。

 けれども今の私達にとっては全てを殺す事はメリットにはならない。

 

「それに……フェーズ4と謳ってはいるが、コレは別にエボルトの派生というワケでもない」

「ん〜……?」

「7段階あるオレと姉さんの切り替えのちょうど中間。話し合いと殺戮の中間地点。相手を殺したいわけじゃなく、相手と話す気も無い。これで解説することは終わり。これで戦争は終結する」

「んー……」

 

 シオンが何やら細々言ってるけどサッパリだ。

 私とシオンの中間……?

 

「さぁ行くぞ……オレに立ち向かうも良し、何もせず敗北するも良し……どうあれオレの望む未来以外にはならない。お前らの歩む未来はオレの望む世界だ……」

 

 シオンが刀を手にしたままゆっくりと歩きだす。

 その動きは戦うにしては緩慢過ぎる。さっきから話し方も。

 魔力密度が高過ぎて能力使ってるのかさえ分からないけど、カンとしては使ってない。

 

「ハッ!そのスピードで戦うつもりか!?最速の英雄を相手によくそんな対応ができるもんだ!」

 

 ランサーが我先にとシオンに走る。

 シオンは変わらずゆっくりと歩くだけ。

 

「ふぅ……」

「……!?バカな……!」

 

 ランサーの放った槍はシオンの髪を掠めるだけ。

 シオンの刀はランサーの顎下に添えられていた。

 おかしい……第三者視点、かつ距離も十分にあったのに……その瞬間が見えなかった……

 

「っ!何だ、斬る気はねぇのか!?」

 

 ランサーは持ち前の俊敏さで一歩で跳び退く。

 

「言っただろう……殺す気は無いと……く……」

 

 シオンは再びおもむろに歩き始める。

 一歩目でフラついたけど限界なのかな。まぁどっちでもいいけども。

 

「では私が!一度戦えばパターンは分かります!覚悟ッ!」

「同じ戦術で……オレが倒せるか」

 

 シエルさんの攻撃をことごとく避け、それでも後退しない。

 

「……!?まだです!」

《ラ・イ・ジ・ン・グ》

「はぁぁぁぁっ!」

「……無駄だ。どれだけパワーとスピードを上げても……当たらなければ意味が無い……」

 

 速度を増す攻撃にもシオンの対応は変わらない。

 攻撃を不明なプロセスで躱し続け、急所に刀を滑り込ませ、離す。

 もう少し力を込めれば殺せるところをシオンはしない。

 

「ああ……なるほどね」

 

 それで理解した。私達ってそう言う事ね。

 最初に設定した人数を変更できない結界にしたのもその為だ。



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第71話

「無駄。同時の攻撃であっても……躱せないものだけ防げばいい」

 

 重複する5人の攻撃を不明な方法で回避し続け、それでも尚攻撃という攻撃はしない極めて特殊なスタイル。

 それがもたらす結果は、私が1番理解してる。

 

「な……っ!?」

 

 ランサーが突然膝を突く。

 当然、本人が意図した行動ではない。

 

「ランサー!?」

「坊主!テメェは前だけ見てろ!なんてこたぁねぇ!」

「……!」

 

《マジェスティ!エルサルバトーレ!》

 

「無駄だ。その攻撃を何度見たと思う」

 

 マジェスティの拳も今のシオン相手には遅すぎる、弱過ぎる……けれども、この結界の中ではほぼ最大に近い。

 

「……くそっ!」

 

 生身のシオンを殺すに十分な火力は出せているはず。

 数も質も、生身のシオンごときを、遥かに上回っているはず。

 多分、彼らはそんな思いでいっぱいのはずだ。

 直前までの圧倒的暴力ならば敗北しても言い訳が立つ。ブラックホールの複数操作だ、勝てる存在を探す方が難しいかもしれない。

 今の生身の人形をならば、それはどれだけ加減をするか、というレベルにまで落ち込む。

 けどそれでも、学生人気のアミューズメントパークの人口密度以上に過飽和な魔力が行動を制限する。

 一定以上のエネルギーを放出すればそれを中心に結界中が焼ける。それは突っ立ってるだけの私でも肌で感じられる。そうさせるだけの魔力がこの結界に押し込まれている。

『聖杯戦争を永遠に停滞させる』という私達だけの信仰(もくてき)をフタガミシオンに無理矢理ねじ込んだ結果。並行世界を救う英雄としてシオンは能力を発揮した。

 それは即ち……シオンは自分の存在を捨てた、という事だ。アーチャーやなのはと同じ様に。

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

「どれだけパワーを上げても無駄だ。当たらないなら意味は無い」

 

 赤いトカゲみたいになった部屋のオブジェが雄叫びを上げてシオンに突撃するも、例の如く不明な挙動で回避される。

 結果の見えた勝負に興味は無いので、私はシオンの挙動について考察することにした。

 まずシオンの行っているフェーズ4、それは私の戦闘そのものと同義だ。相手の全てを下回る存在によって相手の全てを無効化する。ただそれだけの戦闘だが、その結果は致命的。

 吹けば飛ぶような相手に自分の力が通じない、というのは体感すると相当に神経を擦り減らす。それを絶え間なく行われて、しかも自分側が人数有利であるなら尚更に早く、深く『自分は戦う力を持つ』という自尊心を抉り取っていく。

 

「は……なぁ……?」

「慎二!?しっかりしろ!」

「衛宮さん!そんなもの放っておいて下さい!庇っているヒマはありません!」

「く……!この人数差でも、ダメなのか……!」

 

 私は5分、体力の持つだけそれを続ければ相手は死ぬ。外傷を負わず、生きたまま、戦うことを拒絶する精神状態にまで追い込まれる。

 今まで当たり前にしていたこと……誰かと争うこと、競うこと、対峙すること、鍛えること、武器を持つこと、それらを見ること、それらを考えること……それを極端に避けてしまう。意図的だろうと、無意識だろうと、それらの行動を行えない。誰も傷つける事ができない。自分が傷つくしかない平和な人間になる。

 

「ヴィーナス!貴方はもはや吸血鬼どころではありません!どこぞの真祖と同じ様にバラバラにして差し上げます!」

 

 そんな事はどうでもよくて……シオンの回避方法だ。

 私は自分のカンを頼りに魔力放出で無理矢理身体を動かして攻撃を回避する。シオンにそれだけの魔力は無い……そして私の能力の様に体を即時的に修復、保護できなければ全身千切れてばらばらばら。

 だとしたらなんだろな……この魔力密度も関係してそーなんだよなぁ。

 回避動作を見ようにも何か見えないし……何で見えないのか、って事なんだよね……

 

「おらぁぁぁぁっ!ゲイ!ボルグ!」

「っ!まさか!ランサーさん!?」

 

 有り得ない。英霊レベルならば当然理解しているはず。まさかもうまともな思考能力も失った?この結界で宝具なんて発動したら、それを起点に……

 

「「「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」」」

「くぅぅっ……!これは能力越しでも……!」

 

 結界内が瞬時に発火、超密度の魔力が爆風を起こす。

 流石ブラックホールを自在に操っただけのエネルギー、私の能力を超えはしないとは言え、衝撃はハンパじゃない。

 

「お……でもずっと燃えるわけじゃないんだ」

「ぐ……げほ……慎二、大丈夫か……!」

「おのれ青畜生……!分かってただろう!どれだけ足を引っ張るつもりだ!」

 

 爆風はほんの数秒、それだけ耐えれば焼かれ続けることも無い。

 まぁでも、シオン生身だし……私の出番か。

 

「く……まさか本気で宝具を使うとはな。発動時の魔力がこの結界の魔力を巡り、爆破に近い事象を発生させた……」

「お、生きてる?さっきのも避けたの?」

「けほっ……ああ。必中宝具や爆風を避けるくらいわけない……」

「どーやって?それが分かんないんだよね」

 

 ランサーの宝具警戒で、みたいな触れ込みだったのに避けられるのね。

 

「フェーズ4だからできる無理だ。なのはもコレで聖王ヴィヴィオを超えた……」

「なのはも……?」

 

 高町なのは……プライムも受け取らずに生身の人間が私達と同じことを……?

 

「ああ……フェーズ4は人体スターライトブレイカーだ」

「は???????」

 

 意味不明。それしか言えない。

 スターライトブレイカーってアレだよ。戦闘で使って空気中に霧散した魔力を集めてかめはめは。

 

「なのはは自身に合わせてブラスター4と呼称した……周囲にバラ撒いた魔力を自身ごと収束することで身体能力に頼らず高速化を実現する……」

「それは……私と同じじゃない?」

「姉さんは放出して動作のブーストをしてるんだ……だから他の部位との齟齬が出て骨が簡単に砕ける。フェーズ4は魔力密度の特に高い座標に空間ごと吸い寄せるからそういうのが出ない。強烈なGで皮膚や内臓は破裂していくが、5分は持つ……」

「タイムリミットまで私に合わせなくても……」

「人体の限界ってとこだ。このガラクタで5分、高町なのはの体ならまだ多少の余裕はあっただろうが……」

「戦闘民族タカマチ人ね。それで?視界が死んでた理由は?」

「突然目の前が光れば目を開けてても見えなくなるだろ?完全な暗闇では当然見えないだろ?この結界の魔力密度は循環してムラがあるとは言え通常世界ではあり得ないレベルだ。収束の起点になる場所はブラックホールと同等のもの、生物の網膜には映らない」

「魔力密度が高過ぎて光が反射してないってことなのね」

「まぁそんなとこだ……さて、ランサーとライダーども、まだ2分残ってる……ちゃんとやり切れ……」

 

 説明はした、とばかりに続行を求めるシオン。

 

「シオン……その話はするべきではありませんでしたね。私たちの活路を示してしまった」

 

 えっちゃんが仮面の奥でメガネをキラリと光らせる。

 

「……?」

「いくらソラと同格であろうとその体は急造の粗悪品、5分のタイムリミットがあるのなら私たちは何もしない。それで貴方は動けなくなる!」

「ルーラー、本当か!?」

「……はぁ……そうはならない。5分っていうのはオレがフェーズ4を使用した時間だ。何もしないなら数えない。だからお前らは続けるしか無い」

「……抜け目の無い……」

「じゃあ卿のもうひとつの間違いを正してやる……5分経過後動けなくなるのはお前らだ。もう実感してきてるだろう……オレの言ってる未来は確実なものだと」

「ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな!女風情が調子に乗るなよ!黙って僕に平伏しろ!逆らうなぁぁぁぁぁぁあ!」

「……姉さん、アイツの口を塞いでくれ……と言うと、フェーズ4が切れるんだよな……」

「んー、まぁそうなっちゃうね。シオン単独でしないと意味ないかも」

 

 部屋のオブジェは何故か口だけは無限に元気だ……身体的にも知能的にも完全に劣った存在に大声で怒鳴られる苛立ちはゆっくりできる人たちにはよく理解できるはずだ……!潰せ……!潰せ……!

 フェーズ4……は多分、個人を相手にしている、という条件もあると思う。だから私は加勢しない。

 

「くそ……だが安心しろ。2分後、お前らは戦闘行為ができなくなるだけで日常生活に支障は無い。オレが死んだらこの結界も解除される。その後は好きにしろ……」

「し……?シオン!?貴方は何をしているか分かっていますか!?私たちの目的のために貴方の能力は必要です!」

「だから……お前の……オレ達の目的は達成する……コレが終われば間桐桜とその他だ……姉さんの敵じゃない……諦めてかかってこい。仮にオレを倒せたならそれはそれでお前らを尊重してやる……」

 

 シオンが死んでも問題なんて何も無い。何も変わらず私は間桐を殲滅して戦争を永久に停止させる。

 仮にシオンを打倒したなら……私もそれを良しとする。シオンを越えるなら、その未来は私達のものじゃない。

 

「ボ、坊主……」

「ランサー……?」

「掴めたぞ、結界に焼かれないラインを……!」

「「……!」」

 

 シオンと同時に驚愕する。

 私でさえ朧げな火力ラインを見切った……?



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第72話

「掴んだ……?そんなバカな、私のカンでも完全とは言えないのに……」

 

 フェーズ4の結界焼却ライン、その火力を見極めたと宣うランサーをシオンと警戒しつつ小声で話す。

 

「仮にも歴戦の勇士だ、オレ達の領分じゃない以上……想定しておくべきだな……」

 

 私達に圧倒的に不足する実戦経験。

 競い合うことを放棄した私は当然、常に自分の負荷が最大の相手となるシオンはランサーの感覚まで把握はできない。

 だから……ランサーの言葉が本当かどうかも判断できない。できない以上、悪い方で想定しておかなければ……

 

「同じ武器の召喚も可能なマジェスティがいる……今対応しないといずれ殺されるな……」

 

 ここで対応しなければ、永遠に続く未来、その先で殺される。

 死んでも転生する以上、どこかで近い相手に出会う。誰かが同じ力を手にする。そこで負ければ、どうなるか想像も容易い……

 

「前やってた心臓の予備とかどう?」

「近くにストックするならいいがワープさせるとなると面倒だな。幸運の護符でも着けるか」

「性能は?」

「知らん。適当言った……ゲホッ」

 

 シオンが血を吐いた口を拭う。

 袖口からも血が見えるし、負荷じゃなくて物理で死ぬみたいね。

 

「じゃ後でいいや。急場凌ぎはできるのね?」

「ああ。それなら全く問題無い……その場凌ぎ10年で事故死だ、オレがそれに失敗した事はない……」

 

 シオンは生前、私の生活の99%を代わりに行なって学友や教師に疑われたことさえ無い。互いの演技なら自己認識以外寸分違わずという事だ。そもそも同じ存在だからね!互いだとか私達だとか2人だとか言う表現の方が間違ってる。

 

「そして!条件は『オレと5分間戦闘を行う事』!よってお前らが寝たきりだろうとオレが動作してりゃあ何故かお前らは戦闘が行えなくなる!それは決定的だ!」

「なんか急に元気……」

 

 何故か発言に活力の戻ったシオンがまったりと歩き始める。

 元気なのは口調だけでスタイルは変わらないらしい。不自然が過ぎる。やる気あんのか。

 

「……私ってもしかして、人が見るとあんな感じなのかなぁ……」

 

 口が元気なのに動作が気だるそう、うん……そうだね、私だね。

 とは言えど、シオンの言うことは正解だ。相手がどうしようと、片方が寝たきりだろうと、戦闘行動が世界に認識されれば相手は戦闘行動を今後封じられる。何なんだ世界?

 まぁ……あと2分、ゆっくり待とう。その後私がマトウを消せばいい。

 

「ならルーラー!俺とお前で隙を作る!ランサー!必殺を狙え!」

「俺に指図するな!しくじるなよ!」

「こっちのセリフだ!行くぞシオン!」

 

 赤いオブジェはもうへたり込んで無理そう、シエルさんも私と一度やってるからか他より効いている様子。

 残りの3人でシオンを攻撃するも……変わらず回避行動は全てを無効にする。

 

「シオン!ブラックホールはコレと同じベルトだったな!同じ系統の力ならどうだ!」

 

 マジェスティがマグマを纏った拳を放つも、シオンは不可視の回避によりそれを躱す。

 

「今更オレに人間レベルのベルトが通じるわけがないだろう」

「く……ルーラー!」

 

 躱された先に不可避とも言える切先が添えられる。

 当たらない、当ててこないと知っていても、分かっていても反射的に逃げてしまうほど真に迫る攻撃のフリ。

 シオンの目的が傷付けないということもあるけれど、この知っていても避けてしまう、という事象もメンタルへの負担を高めてしまう。

 分からない、避けられない攻撃であれば受けてしまっても仕方ないと割り切れてしまう。でも……知っている攻撃を避けてしまうとなると話は違う。

 私みたいに誰が相手でも同じように逃げまくるタイプなら問題は無い。けれど最小の動きで攻撃を捌こうとする……戦闘をする意思のあるものなら、その精神的ダメージは大きく跳ね上がる。

 

「シオン!せめて死なないことを望みますよ!」

《ファイナリービヨンドザタイム!》

《超ギンガエクスプロージョン!》

 

 マジェスティの呼びかけに応じたえっちゃんがブラックホールに似た挙動でシオンを空中に吸い寄せ、両足によるキックを構える。

 空中に吸われたってことは流石に避けられないか……耐久も生身以下。死んだか……その割にシオンは抵抗しない。フェーズ4の中ではそこまで動けない……?

 

「バカめ……もう忘れたのか、その火力はラインオーバーだ」

「しまっ……!」

「あ、忘れてたや……」

 

 そうだ、必殺技なんて使えば当然、結界中の魔力は暴発して……すっかり忘れてた……

 えっちゃんの足先を中心に再び爆風が発生する。

 

「何だよもぉぉぉぉ!またかよぉおぉぉおおおおお!」

 

 私の体はあらゆるダメージに弱いんだってぇぇぇぇぇぇぇぇ!

 

【永劫不滅】

 

 爆破直前に宣言する。

 この瞬間から私の肉体、正確には私の肉体の表面がこの世全ての破壊力と暴力と攻撃力を上回る。いかなる爆破だろうが刺突だろうが、もう何も私を傷付ける事は無い。

 

「むぅ……えっちゃんさぁ、普段通り冷静になりなよ……」

 

 もはや目や喉の粘膜さえ無敵になった私に爆風など意味も無く、誰よりも先に原因を非難する。

 

「く……あと数十秒しかないのです。それまでにシオンを止めなければ……!」

 

 えっちゃんは私より冷静な思考力を持ってるはず。

 なのに必殺技まで焦る要素は何……?あと1分もすればシオンのフェーズ4が完成して丸く収まるのに……

 

「クソ……流石にコレを何度もやられるとオレも無事じゃ済まないな……」

「ん……?シオン!?避けられるんじゃなかったの!?」

 

 ランサーの時は無傷と言ってたシオンが膝を付いている……

 流石の瞬間移動でも面制圧には勝てないか……?

 

「避けはした……だが、その分移動に際する重力で身体にガタが来てる……やはりフェーズ4は生きてる生身の人間以上の耐久性は必要な様だな……」

 

 面制圧は問題でなかった様子。

 爆風を避けるという意味不明な挙動のために発生する加速度はそのフレームに相当な負荷をかける。想像に易いな。

 

「だが残りも30秒を切った……もうペースは考えなくても身体は保つな……それに、お前らにもう戦う力は残ってない。どうだ、胃薬くらい用意してやろうか」

 

 シオンはフラつきながらも変わらず歩き、近づいていく。

 残り30秒……なら、もう何も起こらない。

 こうして見てるだけでも、5秒、7秒……戦争終結はすぐそこだ。

 

「……甘いぜ」

「……!」

 

 ランサーの呟きが安堵した神経を直立させる。

 因果逆転の最速の槍……まさか、今の今で……

 

「ゲイ!ボルグ!」

 

 シオンがランサーの射程に入った瞬間に訪れた必殺の時。

 刺さった結果は確定してる。回避はスピードでは足りない……



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第73話

 ゲイボルグ──

 刺突として放てば──いや、放つ前に心臓を貫通しているその槍は、放つことでそれを確定させる。

 一度放たれてしまえばその過程は問題にならない。

 

「ゔっ……やはり……躱し切れないか……」

「シオン!」

 

 ランサーの槍は、シオンの心臓を正確に射抜いていた。

 受けた私なら分かる。あれは外力で強引にどうにかしないと死ぬ。一度受けたなら、その呪いは私の能力でも防げない。

 でもシオンは呪いを無にする能力を使える。私を瞬時に治してみせたのが証拠だ。

 けど……でも、今シオンがフェーズ4以外の能力を使えば、この4分超が無駄になる。せっかくここまで仕上げたのに、彼らがまた戦う力を取り戻してしまう。

 

「これが……英雄の戦闘センスか……正直、侮っていた……」

「ケ、それでもお前は治せるんだろ」

「はは……治そうと思えば、そうするだけの能力は十分にある……」

 

 シオンもまさか焼却ラインを下回り宝具を打つなんて妙技を称賛し、敗北を謳う。

 ランサーは私の傷を治したことを踏まえ、シオンが生き延びることを示す。

 けれどもシオンはそうしない。

 

「……いいや。お前らの勝ちだ。オレはここで脱落する……けれども、今この瞬間……5分が経過した……おめでとう、平和主義者。お前たちは宿敵VNAの1人を打ち倒し、争いから解放された……」

 

 シオンは自身で回復する余裕を示すも、それっぽいセリフを残し死んだ。

 

「……お、結界も消えた……」

 

 ガラクタが崩れると、周囲を囲ってた魔力も次第に密度を薄め、霧散した。

 

「ふぅ……とりあえず、この平和主義たちはまた私の家に封印かー……まぁ、数日とたたず目的達成できるしどーでもいいかぁ……」

 

《マジェスティ!エルサルバトーレ!》

 

「っ!?」

 

 有り得ない機械音。

 即座に吹き飛ぶシオンとえっちゃん。

 土煙から悠然と起き上がる英雄の姿。

 

「バカな……ありえない、マジェスティ、あなた……」

 

 5分。あの場で戦闘行為を行なっていないのは私だけだ。私だけがあの結界の後も戦闘を行える。

 なのに、マジェスティリバイブは必殺技でもってシオンの死体蹴りをした……

 

「次は……フタガミ、お前だ……」

 

 フェーズ4が私と同じだっていうなら、戦闘行為を行えるはずがない。戦闘の意思を持つことさえできない。変身したままなんてありえない。

 事実、えっちゃんもシエルさんも、赤いアマゾンも変身を解いて倒れてる。死んではないけど、それが限界のはず。

 

「何でまだ戦える?何でまだ変身できてる?何でまだ必殺技を使える?」

 

 必殺技なんて文字通り、殺意さえ込めての技だろう。なのになんで……

 

「お前は忘れたのか」

「……何を」

 

 帰ってきたのは私への問い。

 

「俺は直してもらってない」

「────!」

 

 思い出した。マジェスティはフェーズ4の5分どころじゃない。

 彼は、()とも3分戦ってる──

 私が高町なのはと同じ結末を、再起不能の絶望まで追い込もうとした時だ。彼は3分で戦意喪失した後、シオンの治療を拒んだ……

 

「しかもマジェスティ、貴方、確かフェーズ4の中でも必殺技を……」

 

 思い出せば思い出すだけ違和感が出てきた。

 ランサーの宝具は1度目、結界の焼却を招いた。えっちゃんの必殺技はそれに続いた。ランサーの2度目は威力を落として焼却を逃れた。

 でもマジェスティのエルサルバトーレは、私が覚えてる限り通常と変わらないレベルのまま使用していた……

 

「何で、いや、何をしたの?あなたはそこまで私やフェーズ4と戦って、仲間を気遣う余裕さえあった。えっちゃんでさえ仲間を見捨てろという状況で」

 

 ありえない。そんな言葉しか出てこない。

 えっちゃんやランサーだって戦場に身を置いてきた歴戦の猛者だ。そんな2人が自身や仲間を気にしてられない時にさえ、マジェスティは普段通りだった……

 

「言ったはずだ。ヴィーナスは倒しておかなければならない。そして、アーチャーの過去は俺が貰ったんだ」

「アーチャー……まさか、アーチャーの勝算はこの瞬間……」

「俺はお前の戦闘を克服した。抑止力で潰されるなら、抑止力となればいい。最上の救世主ともなれば、概念は補強され、影響を極めてゼロにできる」

「シオンの全力を引っ張り出して……極限まで弱るタイミングを待ってた……」

「お前はもうシオンという相棒と武器を失った」

「あ……ギルガメッシュ、鎌持ってったんだった……」

 

 あらら……ブラックホールの時テンション上がってたし忘れてたんだ……

 

「ん……まぁまぁ……いいや。とりあえずシオン攻略おめでとう。予備もなかったし多分ほんとに死んだよ」

 

 ライダーの体作るので忙しそうだったし……もうこの世界じゃ復活もしないかな。

 

「……っ!自分の分身が死んで!そんな感想しか出てこないのか!?」

「……?何が?」

「シオンが死んでお前は何を思ってる!それくらい話してみろ!」

「うーん?死んだって思ってるよ」

「俺を恨まないのか!?目の前で殺されて!」

「何怒ってるの。別にシオンはサーヴァントじゃないんだから死んでも問題ないよ。戦争に影響しない。えっちゃんも消えちゃったけど、正規でも追加でも無いから多分影響無い、と思いたいな」

「──もうわかった。すぐに終わらせてやる」

 



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第74話

「シオン殺して私を引っ張って、その上えっちゃん消しちゃってね?ほーんとソラの地雷踏みまくるんだから。終わらせるなら協力するよ。貴方とマトウを消して終わり?戦争終結はまだ、すぐそこなんだ」

 

 マジェスティリバイブとは初めて1体1で対峙するかもしれない。

 その戦力は歴代ライダーの力。アーチャー以上、ギルガメッシュ以下。

 対する私。生身、武器無し、体力無し。

 

「その状態でも俺に勝てるつもりなのか」

「……この状況でまだ自分が死なないと思ってる?忘れてるのは貴方なの。貴方がアーチャーに固有結界に連れ去られた時、何してたか見てないの?私の能力はそこで十分見せたはずなのに?」

「……?」

「私は生物が争うのが嫌いなの。だからシオンに任せてたのに」

 

【縛れ】

 

「……!?な……っ!?」

 

 マジェスティの両手足を空気で拘束する。

 硬度の指定はこの世界の最大。柔軟性の指定も最大。座標固定。

 これで拘束具は破壊できないし、動くことも無い。

 

「もうこれで終わりなんだ。言わなかった?私は『戦闘する人』じゃなくて『殲滅する存在』なんだよ。私個人と戦うつもりだった?私への抑止力と等しくなったつもりだった?私の能力を相手にするなら、ナメ過ぎてるとしか言えないな。私個人に意見を述べたいなら、私と対等になってから言いなさい?貴方は、世界に勝てる?」

 

 ゆっくりとマジェスティに近寄る。

 

「シオンのフェーズ4。私とシオンの中間だ、って言ったよね。話し合いと殺戮の中間地点」

「だが……だからどうだって言うんだ」

「私に話し合う気は無いよって」

 

【抉れ】

 

「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」

「何で人間って言葉を使うんだろう。何でその意味が私に理解できてしまうんだろう。何で愚かな知性で行動してしまうんだろう。やだなぁ……人間なんかが私と同じ存在って顔して私を見てくるの。何が楽しいの、何が面白い、生きてて良かった、人間に価値はあった、生物に生きる意味がある?あるなら納得させてよ、私を。その言葉で。その回答以外に意味は無いんだから。意味のある言語を使えない人間なら死んで。それが出来ないのは人じゃないんだから」

 

 マジェスティの脇腹を抉り取る。

 速度は最大。形はソフトボール大、切れ味はこの世界の最も鋭いもの。

 それはマジェスティリバイブの装甲を、それを上回る切れ味と強度で持って切断した。

 

「シオンがいたから対話の余地があったのに、シオンがいたから私が守ってあげたりもしたのに、シオンがいたから私も人の世界で生きてみようと思っていたのに。社会不適合の私と貴方たちを繋いでくれてたのはシオンなんだ。だから私は、もう人とは生きないよ」

「ぶぐっ……!ふざけるな!普通に暮らしてるお前ば!学校で見てたお前は!全部作り物だったっで事か!お前の力は……ぶ……シオンを超えるっていうのか!」

「……わかんないなぁ。それは全部シオンなんだってば。シオンのブラックホール。私達VNAはその能力と永遠を求める在り方を(かたど)る、象名(しょうめい)ってのがある。私は殲滅。それが動機、求める永遠の形。互いは対等、立場も能力も同程度。シオンも殺すだけならフェーズ2でも、1でもできたはずだ。でもしなかったのは、貴方たちを生かすため」

「話し合い……平和主義者って事か」

「そ。でもね、アーチャーの言ってた勝算がシオンの攻略さえしてみせるのは正直驚いたよ。でも終わりだ。貴方は念の為、ギリギリまで生きていられるよう殺してあげる。殲滅する能力は、逆を言えば全てを守る事もできる。貴方は空気で神経と血管を繋いだまま肉を細切れにしてウォッチも回収する。呼吸も拍動もしてあげるから何もしなくていい。じゃあね」

「ま──」

 

【繋いで解け】

 

 ♢♢♢

 

「さて……とりあえず……」

 

 間桐邸に到着。結構歩いて疲れてきた。

 以前はシオンがいたしサーヴァントも生きてたから乗り込んだけど……

 

【空間固定】

【浮いて割れろ】

 

 もう気を使ってやる必要は無い。建物を地下室ごと空に持ち上げて、とりあえず縦に割ってみる。

 

「ん……マトウ。殺しにきたよ」

『……!ぐぅ……!』

 

 間桐桜が地下室に見えたから軽く手を振る。奥に虫のお爺さんも見えるね。

 

【動くな】

 

「────!」

「やぁ、ハダカの人。不意打ちなんて効かない──言わなかったっけ」

 

 何処からか出てきた半裸のサーヴァントを座標固定する。

 

「────!」

「やはは……サーヴァントでも喋れないでしょ。そういう意味で話してるからね?動くなっていうのは何もするなって意味だ……いいや、もう現界もしなくていい」

「……!」

 

【潰せ】

 

 サーヴァントだったものは魔力素まで圧縮されて消えた。

 

「マトウ?自害するのと殺されるの、どっちがいいかな。死ぬならすぐ死んでね?5秒待ってあげる」

『ふざけた話!』

 

 間桐桜から伸びてきた影は私に触れて消滅した。

 

『……!??』

「……ふぅ、永劫不滅って意味、分かるかな。未来永劫、永遠に不滅であること。聖杯とかいう有限のもので無意味なことしないでよ」

 

【拘束」「圧縮】

 

『〜〜〜〜〜〜!!!!』

 

 しっかり縛って私の目の前まで持ってきた。

 ゆっくり締めてってるからどこまで持つかな。

 

「争いを無くす最短を教えてあげる。争える存在を1以下にする。それだけだ。醜い奪い合いなんてしなくていい。愚かな戦略なんて考えなくていい。無様な戦いなんてしなくていい。これまで積み上げた醜悪な歴史を圧縮してゼロにしよう。誰もいない、何も無い、観測する者も、観測される物も無い世界」

 

 どーせ人は、あらゆる生命は生存競争なんてのを本能で行ってる。生きてる限り争いは終わらない。

 だったら全部を滅ぼそうよ。

 世界全部を平らにして、発生してくる生命の全てを潰していこう。

 無限に続く平地は、昨日と変わらず、明日も変わらない世界。

 それはずっと記憶できる。薄れる事なく思い出し、同じ景色を確認できる。

 

「それは永遠だ──」

 

【半分こ】

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 間桐桜の上半身と下半身を、必要な臓器等だけ能力で保護して引き裂いた。

 コレも能力だから、繋げればまた元に戻る。

 

「ショック死しないんだね。やかましいけれども……ん……そうだ、令呪、貰っとこうかな。相当数あるんだよね。もう使うサーヴァントもいないんだし、私の魔力源にしてしんぜよう……あれ、無い……ああ、サーヴァント全部消えたから聖杯に取られたんだ……んー、そう言えばシオン、イリヤスフィール連れてこなかったな……戦争関係者全員って言ってたのに……」




主人公ウタネさんにしながらシオンメインになる理由がこれになる。
完全に殺す気で根源のすぐ近くの能力を使うんだから……何も面白くないと思います。


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第75話

ウタネさん1人になると言語が暴走しがち。


「んー、まぁ……カンケー無いか」

 

 イリヤスフィールがどうであれ、私から逃れる能力が無いのは分かりきってる。

 無限倍速で逃げ続けようとも、世界がイリヤスフィールを認識するなら私はそれを目の前に持ってこれる。

 

「シオンがしなかったって事はさして意味の無いことなんだろうし……まぁ、この地球の外から来た侵略者には違いないから、別れの言葉くらいは揃えてあげよう。チャオ♪」

 

 虫のお爺さんを圧縮する。

 しわがれた目に興味は無いので、光速で周囲の空間ごとゼロにする。

 シオンの攻撃を初見で避けたんだ、なんかカラクリはあるんだろう。

 

「……ん〜……消えた……のかな。まぁいいや。どーでも」

 

 そもそも私はこの世界に近い世界の生まれだ。

 魔術の到達点、根源の渦。それを両儀とした時、その次に来る四象。そこのカケラが私だ。カケラとは言え私の能力は魔術如きに対して無敵だ。

 今の私の全身を覆う『永劫不滅』の言葉はこの世界に存在する全てのモノより硬く、柔らかく、鋭く、しなやかであり、四象以下の概念を無効にする。つまり、世界の中でしか生きていない魔術師ごときに、私の能力は超えられない。この世界に存在している限り、この世界の私は傷付けられない。

 

「次……間桐桜。優秀な家の妹に生まれたのに……貴女の目は全く興味が湧かない。やっぱり虚数に落ちるのは姉じゃないとダメなんだ……でも貴女も一応、細切れで生きておこうか」

「ふ……!ふざけ──」

 

【チャオ♪】

 

「……んー」

 

 マジェスティリバイブと同様に生きたまま細切れにしたら喋らなくなってしまった。

 おかしいな……特に損傷はしてないはずなんだけど……脳の電気信号も伝わってるはずだし……んー?なんでだ?

 

「ま……それで後はセイバーか。衛宮の家まで歩くのか……めんどくさ……」

 

 やれやれ過ぎる。残り1騎になったでしょ。聖杯起動しなよ。

 イレギュラーの産物か?全部取り込んで並行世界諸々破壊するぞーってタイプか?

 

「セイバー……いるかなぁ……」

 

 とりあえず到着した。衛宮邸。

 今日だけで無限に歩いたな……一般人はこんな活動量を毎日してるのか……信じられないな。月1回でもキツいな。

 

「ふぅ……おじゃまー」

 

 見知った家だし、気楽に入ろう。

 

「ヴィーナス、覚悟っ!」

「っと……チャオ、セイバー。元気そうで何よりだ」

「っ……!」

 

 上空からの剣は私にコンマ数ミリ以下届かず、そのまま距離を取る。

 

「シロウはどうしました。まさか……」

「や、死んではないよ。細切れにはなったが」

「……!」

 

 セイバーの表情が一段と険しくなる。

 

「他のサーヴァントは全部消えちゃったから、全部消そうと思って」

「ルーラーはどこに?」

「消えたよ。シオンもろとも」

「なんと……」

「だからこれでゼロだ。全てのサーヴァントを消滅させ、聖杯の器も破壊して、聖杯の完成しない世界ができる」

「バカな、残りが私だけならば、聖杯は起動するはずだ!イリヤスフィールさえ殺したのか!?」

「え──」

 

 信じられないことを口にするセイバー。

 

「何でそんな確定的なことを言える?勝利したサーヴァントはもう戦争に参加しないだろう、敗北したなら聖杯を見ることはないだろう。憶測で話してるのか?意味ない事しないでよ」

「……私は、第四次聖杯戦争の参加者でもある」

「……話を聞いてあげる」

 

 戦闘態勢を維持したまま、セイバーは語り始めた。

 

「その際、残り2騎となった私たちの前に聖杯は起動した」

「残り2騎はシオンの言ってたのと合致する」

「私は当時のマスターに裏切られ、その聖杯を破壊することになったためその後は分からない。シロウの話を聞く限り、勝者となったギルガメッシュとそのマスター、言峰綺礼が街を焼き払ったのだと考えている」

「ギルガメッシュ……」

 

 そして……言峰綺礼。

 たしかキャスターが殺しただか聞いたけど……前回の戦争関係者が教会神父だとは……

 

「ギルガメッシュを知っているのですか」

「ああうん、ブラックホールの向こうに飛ばされて死んだけど」

「ブラックホール……?」

「ブラックホール。そうか、見てないのか。ちょっとだけ再現しよう」

 

【オーバーザレボリューション】

 

 空気に形と色を持たせ、シオンのソレを再現する。

 

「シロウの物とは少し違いますね」

「そうだね。これをこう振って、挿して……ハンドルを回すと……こんな感じの装甲になる」

 

 ベルトに2本のボトルを挿す。

 形だけの動作を行なって、フェーズ3を再現してみる。

 

「白い悪魔的な見た目だ……」

「白い、悪魔……それも踏まえて、ってことか」

「……?」

「いいや、何でも。ごめんね、話を続けて」

 

 装甲を解除して、再びセイバーの話を聞く。

 

「はい……その後、シロウの夢を聞きました。シロウの父親、衛宮切嗣が……イリヤスフィールとその母、アイリスフィールを殺した夢を」

「……イリヤスフィールを殺した?もう死んでるってこと?」

「いいえ。いかな要因があったにせよ、それは夢です。前回の聖杯の器であったアイリスフィールをキリツグが殺したというのは、聖杯を完成させたならばそう捉えるしか……」

「なるほど。聖杯が完成するなら器はヒトの形を保てない。それは殺したも同義だ……けれどイリヤスフィールともなると気になるな。私が見たアレは確かにイリヤスフィール。新しく作られたものでも、ニセモノでもない……ならば聖杯の意味で捉えるのが自然だ」

「聖杯の意味……?」

 

 その夢の真偽がどうであれ、この現実に起こる事と重なっていればそれは証拠足りうるし、アーチャーがどこまでプランニングしていたか……

 

「そのアイリスフィール同様、イリヤスフィールも聖杯として起動してるってことだ。そしてそれをも否定する」

「なんと……」

「聖杯は起動していない。いいや、聖杯は起動しない。だから私はイリヤスフィールを探しに来た」

「……彼女はここには居ません。リンが何処かへ連れて行きました」

「リン……?」

 

 誰だそれ……

 

「誰それ。教会?何で抵抗しなかった?」

「遠坂凛です!アーチャーのマスターで貴女のクラスメイトでしょう!」

「……ああそう。それで任せたと……あの人間か」

 

 えっちゃん消えちゃったしな……どうするか……

 んー……私は位置感知とかできないからなぁ……困った……

 

「よし、セイバー。私と一緒にその人間探そう」

「なんと?」

「貴女、仮にもサーヴァントでしょう?私が隅から探すよりマシだ」

「彼女を探してどうするつもりです」

「殺す」

「っ!?」

「なに。貴女はその後だ。別に私は今すぐこの街を平らにしてもいいんだよ。それを後2人で我慢してあげるの。全てのマスターとサーヴァントを殺して、戦争は終了だ」

 

 んー、いらんマネしなけりゃ生かしてやらんでもないが……どーでもいいしめんどーだから殺そう。どーせ横の世界では平気な顔して生きてるよ。

 

「ヴィーナス……対話が可能であれば一言答えてほしい。不可能ならば、私を即座に殺せ。シロウが何故私を殺さなかったのか、答えに近づく考察は欲しくないか?」

「……いいよ、聞いてあげる。マジェスティはサーヴァントを全て……セイバーを除いて全て消すと言った。マジェスティの行動がアーチャーの戦略に沿うものだったなら、その『残す』ことにも意味があるはずだ。私にはえっちゃんの様にあらかじめ大体を知ることは無いし、シオンみたいに未来を視たり思考を読んだりは無い。ソラの様に全ての力を我が物とするワガママも、プレシアの様に自身を貫く執念も、アインスのように全てを導きたいとする理想も、私には無い」

「……」

「私はただ死ねてないだけ。死ぬ機会を失ったからただ彷徨ってるだけ。私はただ……意味を知りたい。世界に溢れて止まない欲望、生きる希望。その先にある意味を。私と同じ存在だと思うなら……至らぬ私に意味を教えて欲しい。生命の先は滅びだ。何もかもが無くなる。積み上げた全てが無になる。その崩れる音、落とされる悲鳴、無くなる景色。悲惨と言って違いない。人は何を恐れるか。死ぬこと、命を、存在を、尊厳を、資産を、愛情を、未来を。積み上げたそれらを、積み上げるだろうそれらを失うことを恐れる。その結果は悲惨……虚無だ。私と同じレベルの存在だと思うなら、私以上の存在と思うなら、その考えが理解できるはずだ。その考えに賛同できるはずだ。その考えを否定するのなら……その答えを提示できるはずだ!」

「いい……ですか?」

「ん、いいよ。ごめん、暴走した」

「意味を見つけられた人間など、1人もいない」

「……ふぅ。そっちか。じゃあ結論だ」

「正しくは!みなに強制できる意味は無い、という事だ!私は、故郷ブリテンの王を選定し直し、故郷をより良い方向に進めること。だがそれは私以外の誰にも強制する意味ではない。シロウの言っていた理想も、誰も彼もに言い聞かせられるものでもない。言うなら、理解されるものでさえ無い。だがその個人にとって、その意味は!自らの命と引き換えにしても惜しく無いほどの尊い願いだ!それを達成することに命を費やす!確かに、貴女の様に無限に長い時間で見るのならそれによって残されるものはない。だが人間が生まれたのはほんの20万年前!更に西暦で数えるのならたかだか2000年!我々はまだ積み上げる途中なのだ、まだ折り返してさえいない!滅びの悲しみは私とて知っている。だからこそ聖杯に頼ってまで変えようとしている!」

 

 セイバーめ……まともに喋ったなやっとな。

 だがそれも、私への解答とはならない……

 

「変えようとしてる……それは人類史の続行を意味する。結局同じだよ。みんな死ぬ。歴史を書き換えるなら、その最善は人類に繁殖能力を与えないことだ」

「それは違う!貴女は無限の時間の先、生命が根絶すると考えているようだが、生命は続く!無限の時間の先1年!その次の日は、次の1秒は!確実にその時間は存在する。生命は氷河期を越えた、幾度の世界大戦を越えた!今や宇宙への旅行も可能となりつつある!例え地球が滅びるとも!その先に必ず!」

「……熱心だ。信じること……それは……確かな積み重ねの先にある。ブリテンを率いた貴女には、人類の、生命の繁栄は確かに信じられるものだろう。それは分かる。そうなのだろうと理解して、納得した」

「……」

「けどそれは、弱者の妄言だ」

 

 確かに……あるかもしれない。地球が滅びる時より先まで、宇宙に生き延びる人類。

 けどそれまでだ。それだけだ。

 地球の先、宇宙の滅び、さらにその先に必ずある、生命の絶滅。それを否定する理論では無い。

 

「……!私を侮辱するのか!例え私を遥かに超える武力を持つヴィーナスであろうと!」

「……信じる……それは、積み上げる行為と同じ尺度だ。貴女が自分の剣を信じるのは当然だ。この確認は必要だ、答えてもらう」

「当然。我が剣に比類するもの無し!」

「……そうだよね。やはは……私とあなたで……根本的に違うもの……それは強さだ」

「……?」

「信頼と結びつかない……って顔だね」

「そう。です、ね……確かに力と信頼は直結する……ものである、と私は思う。だが貴女には違うものを感じた。それが疑問だ」

「もう答え言っちゃってるよ、セイバー」

「なんと……?」

「私からすれば、力と信頼はまるで無関係。力があるから信頼できる、信頼があるから力がある。全く戯言。貴女の剣は初めから信頼に足るものでは無かったはず。才能と努力、経験により積み上げられた結果であるはず。その戦歴と相対的評価によって『強いはず』と。そう信じられるはずだ。私から見れば思い上がりも甚だしい」

「……!」

「貴女たちの強さはあくまでその周囲、その過去に基準する。未知の存在に対抗できない。過去は塗り替えられ、記録は破られ続ける。努力しなければならないのは、そうしなければ自分に意味が無いから。水泳競技者は常に速く泳ぐことを考え、速いかどうかを競い、努力する。けれど一般はそんな事はしない。溺れない程度、自由に動ける程度に泳げればそれまで。それで完成。速いかどうかなんて気にしてさえいない。それと同じ。私はこの世界を自由にできる。だから私は、貴女たちの強さなんてどうでもいい。気にしてさえいない」

 

 歩ける人間が、どれだけ上手く歩けるかなど考えるだろうか?

 人がドアを開ける際、どれだけ上手く開けようかなど考えるだろうか?

 湯に浸かる際、どれだけ効率良く体が温まるかなど考えるだろうか?

 個人では無く、人間というスケールで見るなら、それらはノーだ。

 おおよその人間は、自身の歩き方に思考を巡らせることは無い。

 おおよその人間は、ドアの開け方など気にしてはいない。

 おおよその人間は、入浴の効率など自身の満足より下に考えている。

 

「地球上、全ての水を瞬時に蒸発させることができるなら、どこで雨が降ろうが、誰が海を埋めようが関係無い。そんな中で貴女たちはどれだけ大きいプールを作れるかで競うようなもの。意味なんて無い。どこまで積み上げ、競い合い、生き残ろうが私が瞬時に消失させる。バトル物のヒロインがよく言うセリフを私も言ってあげる。『戦った先に何があるの!みんな傷付いて!失うことばかりじゃない!私たちより、戦いの方が大事なの!?』」

「っ……」

「無論、戦闘者たる英雄たれば否定したく、答え難いだろう。世界が滅びるかどうかの戦いを前にしても、ヤツらはみな、口を揃えて戦うなと言うんだ。自分の欲求のためだけに、世界の明日を捨てようとしてる。はは……気楽なモンだな、ヒロインサブキャラって」

「私だけならばともかく、英雄そのものを否定するなど……」

「やはは……最初から言ってるでしょ。サーヴァントごときが私に勝てやしない。戦う先には何も無い」

「……急に何を」

「何も無いと思うのは死ぬからだ。朽ちるから、忘却するからだ。そんな次元でしか物事を考えられないヒロインも、それに答えあぐねる主人公も、所詮世界に流れる一雫でしかない」

「一雫であろうとも!それらが重なり合い団結し!大きな力となるはずだ!」

「……もう面倒でしょ。水平線を辿る会議ほど、この世の中で不毛極まりない事は無い。多分もうサーヴァント全部消しても問題無いでしょ。それなら初めからこうすればよかったのに……消え「そこまでよ!ウタネ!」っと……ん?」

 

 主人公の嫁ならばと答えを求めた愚問答も虚無に消え、消そうとした所で乱入者。

 

「この人間は繋いでおいたわ!観念しなさい!ヴィーナス!」

 

 無から現れたのはヒトの形を保ったマジェスティリバイブとイリヤスフィールを持った人間もどき。

 誰だアイツ……



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第76話

「リン!?シロウ!?」

 

 ああ……あのキラキラしてるの遠坂凛か。絶対元の人間の人格無いけどなアレな。分かってたことだが。

 

「はぁ……カルデア。何のつもり?その人間のフリしてたならえっちゃんに乗ってあげて見逃してあげたのに……何のつもり?人間。ねぇ、人間」

「うるさいわよ!貴女が死ねば全てが元通り、私が居たのはこの瞬間の為!ヴィーナス筆頭ウタネ!貴女を殺して世界を正しい状態へ戻すわ!この世に同じ神は二柱も要らない!」

「ん……まぁ、あんなヘンな神は要らないよね……」

 

 セイバーも驚いてるじゃない……

 えっちゃんが再三言っていたのは、知り合いだったから。

 私達の関係する事で不要な事して欲しくなかったんだろう。何でカルデアから邪魔者が来るんだ?意味不明な要素が増えまくってるな。関係無いが。

 

「やめときなよ……私に勝てる?あなたの神秘は世界を超える?」

「既に答えは見えてるのよ!あなたは地球上の物なら全てに対応する!けれど宇宙はどうかしら!?」

 

 さっきまで長話してたのに急展開だな……

 マジェスティリバイブはそのへんに捨てられ、人間モドキはどっかにワープしてった。とりあえずイリヤスフィールを能力で保護しておく。

 

『打ち砕け、山脈震撼す明星の薪(アンガルタ・キガルシュ)!!』

 

 宇宙に繋がってるであろう謎空間から惑星であろう何かが飛んでくる。

 

「はー……コレあれだ、ギルガメッシュか……」

「何を呑気な!?このままでは貴女も!」

「んー、そうだねぇ……」

 

 確かにこの宝具に対抗するには地球の物質、性質では圧倒的に強度が足りない。

 例えこの世界で最も硬い物の硬度を大気圏ないし空気に与えてもコレは同じ惑星、ブチ抜いて来るか両方爆散するだろう。

 戦闘範囲内とするソラと、私がいる世界をとする私とではこういうパターンの違いで差が出る。

 

『気づいたようね!あなたがどれだけ地球の防御を固めても!地球とほぼ同じ質量の金星を防ぐことは不可能!着弾点の貴女は確実に死ぬわ!』

 

 しつりょーと来たか。シオンは半径までしか教えてくれなかったしな……

 

「確かにね……無理無理。けどカルデア。ソラを知ってるなら分かってるはずだよ。サーヴァントごときが私に勝てやしないって」

 

 なんかさっきも言った気がするなこれな……

 

『ふん!負け惜しみも大概にしなさい!貴女にはもう不可能なのよ!』

 

 勝ち誇った女の声。

 ふん、人間に憑依したって事は人間を必要としたって事。つまりは人間の延長でしかない。なら、滅びは必然。

 永遠であるなら、全て自分でのみ対応しなければならない。単独でそれら全てを凌駕しなければ、永遠に利用され続ける。そうならないためには……

 

「シオンがいる限り私は死なないと言ったけど……私がいる限り、シオンも不滅なんだよ」

『……?シオンはもう完全に死んだハズよ!』

「そーでも無いんだなこれが。予備の身体はちゃんと用意してある。私がスイッチを入れるだけ」

 

 バカだなぁ……一緒にバーサーカー倒しに行ったくせにね。

 

「オーバーザレボリューション!」

「っ!?急に何を……!」

「ゆ?金星ぶっ壊す準備。ま、セイバー、あなたが最後に見る景色だ、よく見てて。えーと、コブラ!ライダーシステム!レボリューション!」

 

 先にセイバーに見せたのと同じようにベルトを作り、ホンモノを再現する。

 

「てってってーてーてっててっててー!」

「!!!???」

「あーゆーれでぃ!?変身!」

 

 セイバーの驚いた顔を無視して演出を続ける。音出ないからね。もしかしたら出せるとは思うけども。

 

「ブラックホール!ブラックホール!ブラックホール!レボリューション!フハハハはっはっはっはっは!」

 

 周囲を暗黒にして姿を隠し、シオンのフェーズ3を模倣した装甲で着色をする。

 フェーズすりー、完了……やははは。

 でもあくまで擬態。こんなもの、これまでの私の能力に変わりはしない。

 

『何かと思えば……死んだシオンをなぞるだけ!貴女は進化どころか退化してるわね!』

「なぞる?そりゃあそうだよ。シオンは私なんだ。であれば当然、スイッチは簡単」

 

《プライム!エボリューション!》

 

『何で!?セイバーにベルト!?』

「スケール0のセイバーとスケール3のフェーズ3でペンデュラム召喚。破壊されたシオンを再び召喚……てね」

 

《マジェスティリバイブ!》《英霊召喚(サーヴァントシステム)

《レボリューション!》

 

 セイバーの腰に例のベルトが浮かび、例のアイテムをセイバーが挿入する。

 そして虚無顔のセイバー自身がそのままハンドルを回す。

 

《are you ready?》

 

 どこからともなく黒いパネルがセイバーの周囲を包み込み、圧縮されて消える。

 

《ブラックホール!》

《ブラックホール!!》

《ブラックホール!!!》

《レボリューション!!!》

 

 そして本物のフェーズ3が姿を現す。

 

《フハハハハハハハハッハッハッハ!!》

 

「やほー。シオン」

「……ん……おう。やれやれだ人間!粗相すると庇いきれんと藤村も言ってただろ人間!もうソラでも止められんぞ!なぁ人間!」

 

『シオン!?何で!?』

 

 セイバーはシオンの魂を喰らい生き延びた……つまりそれは、シオンの情報を得たことになる。

 それが達成された過去であれば、私はそれをシオンと断定する。他にシオン足りうる存在がない場合、それは世界わたしにとってシオンになる。

 

「金星程度でよく姉さんに勝ち誇れたモンだなぁ人間!」

 

《Ready! GO!!!》

 

 ギルガメッシュの太陽を消し飛ばした時同様、ブラックホールを纏いながら前回転蹴りを敢行する。

 

『ふざけないで……!ヴィーナスは私!貴方たちみたいなフザケたのを認められないわ!』

「ヴィーナス吹聴してたのはお前か?だがもはや関係ないな!」

 

 シオンのブラックホールのせいで……この宇宙から金星が消えた。

 

「あーあ……惑星消えちゃった……」

「姉さんが死ぬよりマシだ」

「そーかなー……」

「さて……人間!テメェの拠り所たる金星も消えた!諦めろ、何もかもが無……!な……!ん……!?」

「え……な……っ!?ちょっ……!」

 

 シオンの身体がみるみる内に膨張する。

 ブラックホールの副作用……じゃない。金星による影響でもない。

 

「ど……っ!?えっ……???」

 

 信じられない。

 シオンの能力じゃない。私をして影響してるわけでもない……

 

「まさか、あの金星に何か……」

『なワケないでしょ!?こちとらシオンの復活すら想定してなかったっつーの!』

「んまぁそうかぁ……」

 

 この肉塊どうしよ……

 

「……それ、は……聖杯、だ……」

「……っ、マジェスティ!?」

「セイバーが、死んだ……聖杯は、起動する……!」

「ふざけんな……ふざけんな!ここまで来て聖杯完成なんてさせるか!」

 

 マジェスティの言葉につい叫ぶ。

 シオンが肉塊になるとかどうでもいい!金星が爆散してもどうでもいい!

 私がまたこの戦争を繰り返す面倒だけはごめんだ!

 

「マジェスティ!どうにかならない!?アーチャー枠の貴方も死ねばどう!?」

「無理だ……アーチャーは死んでる……」

「く……そ……!」

 

 瀕死に近いマジェスティも無意味。

 

「仕方ない……私があの人間モドキを殺すしかないか」

 

 完全攻略の目算だったフェーズ3はシオンごと死んだ。もう予備は無い。

 私の能力では次の金星は防げない。私が死なずとも戦争は終結する。

 ループ回避の手段はひとつ。残る一騎となったカルデアの人間モドキを殺して聖杯が吸ってるサーヴァントの数を合わせる。

 何故かは知らないが器たるイリヤスフィールがヒト型のままだから間桐桜もどうせ人型のままなんでしょ。カンがそう言ってる。

 

『シオンを完全に失った貴女に私が倒せるの?1度目は防がれたけど……2発目はどうかしら?』

「自分で想定してて何だが2発目の金星ってなんなんだ」

 

 固有名詞の存在って基本ひとつだよね?

 

『NPチャージ100%よ!』

「……?」

 

 なんだこいつ……

 

『さぁ打ち砕け、山脈震撼す明星の薪(アンガルタ・キガルシュ)!!』

 

 意味不明に放たれた2発目。

 さて……どうするか。私が死なない事は簡単だ。

 だが……戦争を停滞させる事はできない。

 私の言葉では、金星の女神の目論見は防げない。

 

「はぁ……やだなぁ……」

 

 やだやだ……私なんだがね……私じゃない……んー、ヴィーナスってまさかそういうこと……?

 

「マジェスティ?なんか武器だして。刀剣の類ならなんでもいい」

「あ……?」

「死にたくないでしょ?私の鎌、ギルガメッシュに盗られちゃったから」

「ん……」

 

 マジェスティは私に一振りの刀を渡してくれた。

 ゴチャついた装飾いらない……なにこれ。

 

「ありがとう。これで、ヤツを消せる」

『そんなチンケな刀で何ができるのよ!』

「刀?別に何でもいいんだよ。先端が凸であるならね」

 

 先端が凸である時、世界は書き換えられる。証明開始。

 

『……!?』

「やはは……言葉は私が最上じゃない。当然、武力は最上じゃない。さて……名前なんてモノに拘った女神。キミはシオンに殺されるべきだった……それなら、この場でプライドを壊されても、カルデアに帰還できたのに……」

『……何を……』

「もうキミは存在できない。私の意志はヤツの意志。ヤツは貴女を消滅させる。あらゆる並行世界の歴史と事実と可能性とを書き換えて、貴女の存在を無かったモノにする……」

 

 自傷行為って……首切るくらいなら楽なんだ。私ならシオンが治してくれるし、それまで死なない事は簡単だから。

 でも左目は違う。

 私の左目は私が持つ唯一の私だ。

 それ以外……能力を見る右目も、手足も胴も、こんな事を考えてる脳も思考も……全部ヤツのもの。けどいいんだ。私はヤツで、ヤツは私で、私もシオンもヤツなんだ。

 

「サヨナラ世界。さようなら、人間モドキ」

 

 見開いた左目に刀の先端を突き入れる。

 生命としての根源的恐怖。細く、鋭いものが自身の視界を覆う。

 視界が消える。世界から有機物が消え、赤い無機物の世界が認識できる。

 更に突き入れ、脳にまで到達。

 無理だ。これ以上生きられない。命の終わり。生命の終着。

 私が恐れる最大地点。

 生命の積み重ねのジェンガ。その根本、1番下をほんの少し揺らすだけで崩れ去る。

 受け入れられない喪失感。2度と手にできないモノを失ったような絶対的な感覚。もう同じ場所には2度と戻れない……絶望。

 コレばっかりは……無理だ。

 

 ♢♢♢

 

【チャオ、金星の女神ヴィーナス。一般化されてるのはイシュタルか。ギルガメッシュさえ敗走したというのにまだ僕に逆らうなんてね】




これも全て仙水忍ってやつの仕業なんだ……


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デウスエクスマキナ

本当は不意の事故でXオルタが消えて衛宮士郎が聖杯完成を前に絶望してうずくまる所に人類の味方イシュタルが遠坂凛の人格で告白しながら衛宮士郎に殺されてハッピーエンドのつもりだった。
何故なのか……


【チャオ。良い身分だねイシュタル。よくも僕を起こしてくれたものだ。シオンに消されていれば良かったのに】

『自分の目を……何のつもり……?』

【ソラ……はいないか。いれば流石にあんなのに僕が起こされやしないか……目も勿体無い】

 

 突き刺した刀を抜くと傷はまるで元から無かったまでに回復していた。

 

『でも無駄ね!自傷行為で見逃すほど私は甘くないわよ!』

【もう終わりだって言うのに。金星なんてこの世には存在しないんだ】

 

 緩やか過ぎるほどの速度で落下していた2発目の金星は即座に消失した。

 

『……!?な、何……!?今、何が……?ウタネ、貴女の能力でこんなことできるはずが……!』

【まだ僕をウタネだと思っているのか。ウタネとシオンの区別が付くなら僕もまた別だと認識できるだろうに】

『シオンの能力を模倣しただけだと思っていたけれど……シオンが死んだら同じ能力を使えるの!?』

【話が噛み合わないな……いくらうっかり娘と言えど……ああそうか。僕の言葉は聞き取れないのか】

「うん……よし、これだったかな、イシュタル?」

 

 数度咳払いをし、確かこれだった言語を話す。

 

『……!アナタ……誰……!?』

「うん。僕はフタガミウタネに決まっているだろう。僕が引っ張り出されたって事はもう終わりなんだ。ウタネの言う通りシオンに殺されていればまだ救いもあったのにね」

『また別の人格……!今度は何!?』

「何も無い。続きに決まっている。もうこの世界からイシュタルは消える」

 

 驚愕するイシュタルに冷静に未来を告げる。

 

『消える……!?私を倒せるつもり!?』

「倒す?言葉の意味が違ったかな?消すのさ。世界を楽譜に例えるなら、イシュタルという1音を消す。そして曲に違和感のないように他全てを調整する……楽譜を全く別に書き換える。世界は全く同じでありながら……イシュタルの存在も、それがもたらした影響も無い。全く別の世界になる」

 

 日本の中華料理は当然中国の影響を受けている。

 僕がするのは歴史や地図から中国を消す。

 それでも日本には中華料理が変わらずあり続ける。中国なんて存在しなかったのに、中国なんて存在しないのに、中国の名を語る料理がそのまま存在する。

 異常のないまま……全く別の世界に書き換える。

 

「存在が消える恐怖……ウタネの唯一最大の恐怖だ。死ねば終わり……なんて儚く、愚かなんだろうね」

『生命が愚か……!?ふざけてんじゃないわよ!』

「愚かだろう。死ぬと分かって次の生命を産み出す生命は。例えるなら熱した鉄板に氷の塔を積み上げ続ける事と同じ自転車操業。ウタネと同じ理論で否定してあげる。全て徒労だ」

『私を前に産みの行為を馬鹿にして!その氷が鉄板を冷やす時が来るでしょう!』

「それが現代だろう。飽和した氷が鉄板を錆びさせる。増えすぎた生命は鉄板たる地球を荒廃させていっている。君たちサーヴァントも同じだよ。いいや、人間よりは僕の感覚が理解しやすいか。僕は常温で凍る。僕はこの体が死んでも、この世界が滅びても、どこかに世界が存在し、その世界の根源が存在するのなら、僕はまたフタガミウタネとして存在する。サーヴァントだって、その体が消滅してもこの世界の座がある限り再び現界するだろう?それは死と言えるだろうか?それは違う。人間ならばそれは死だが、サーヴァントにとってみれば……退場、というのが適当か。再びリングに上がることも可能だ」

 

 激昂する女神も所詮は人の信仰から生まれたもの。

 信仰する人の思考の延長でしかない。そこに世界の記憶は無い。

 

『……』

「世界が存在する限りその根源は存在する。何かがある限りアカシックレコードは存在する。君はもうどの世界にも存在していなかったと僕が言うなら……君はもう、僕の記憶以外からいなくなる」

『何ですって……有り得ないわよ!』

「そうかな?なら君はさっきどう攻撃しようとしていたのかな?」

『私の宝具で星を撃ったわよ』

「どんな星を?」

『私は金星の女神。五つの属性を高水準で併せ持つ最高の金星を選ぶわ』

「ね。もう僕の記憶と異なっている」

『え……!?』

 

 もう既に僕は金星をこの世に存在しないものと言っている。

 金星という惑星、固有名詞は既に無く、アベレージワンに該当する全ての天体を総称する概念となってしまっている。

 とは言えそれでも、彼女は金星の女神だ。豊穣の女神とかいう曖昧模糊な概念の女神も神性に数えられるなら、彼女もまたそれに準ずる。

 上等な天体を司るとするのなら金星の女神は十分に神代に存在しうる神性だが、僕の記憶にある金星の女神とは大きく異なる。

 その女神の序列は僕の記憶以前以後と変わらないだろう。民衆も同様の信仰を注いだだろう。だが、対象の金星は大きく異なる。だが誰もそれに気付かない。それに至るヒントさえ無い。

 だから僕の存在は極めて薄くなる。僕の見る時間軸では確かな変革地点があるにも関わらず、僕以外の全てはそれを認識しない。認識されないのなら、その存在は無い。まぁいいんだがね。

 

「僕の記憶と時間軸では金星という固有名詞を持つ惑星が存在していた。だがそれをもう、僕と両儀以外は記憶どころか認識してさえいない。彼女が気付けばおおよそ僕の消滅後に僕の言葉を上から書き換えてくれるだろうね」

『ふざけ……っ!ふざけてんじゃないわよ!そんな惑星が存在するわけないでしょう!?神性をバカにしすぎよ!』

「シオンの能力……時間停止や、時間遡行。それらは実行した時点での動作は他人に認識できないが、それらがもたらした結果は認識される。ブラックホールやウタネの言葉も同様だ。破滅的であろうともその前後の結果は自他ともに認識される。僕の言葉はそれさえ無い。人間が二本足で歩くと思う?生命活動に必要な水は本当に無色透明な液体のものなのか?はは、それはもう僕しか知らない。君たちは本当に、正しい世界に存在しているのか?」

 

 君は本当にそんな顔をしていただろうか。本当にその名前だっただろうか。人間はそんな構造の生物だっただろうか。

 

「現実改変とはそういうことだ。君たちが存在する世界なんて、僕たちから見れば小説の1ページでしかない。いつでもどこでも何度でも、その世界を思うままに書き換える。だが誰もそれを認識できない。存在するかもしれないでしか語れない能力。それが僕」

『だから何!?あなたを殺すことに変わりは無いわ!』

【つまりこの世界はここで終わり。イシュタルなんて神性は存在しなくて、全てのサーヴァントは消滅し、聖杯は未完のまま完結する】

 

 いかな要因であれども全てのサーヴァントは消滅し、2つの聖杯の器は互いに8騎のサーヴァントを喰らい、互いに勝者とならず人の形を保ったまま。

 

【じゃあね。次は存分に学園生活が送れるといいね】




これまでご覧いただき、誠にありがとうございました。
結局特異点Fって何なんですかね。ブレイドのバトルファイトになってしまった。


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ウタネIF

フタガミウタネを登場させるつもりも無かったので……


「次は……フタガミ……お前だ」

 

 満身創痍の正義の味方。

 循環する世界を否定し、静止した世界に標準を定める。

 

「ん……まぁ、シオン攻略おめでとう。よくわかんなかったけどすごかったよ」

「っ……!自分の分身が死んで!そんな子どもみたいな感想しか出てこないのか!」

 

 嘆くマジェスティリバイブ。

 対するウタネはシオンの刀を片手に持つだけ。

 

「んー、シオンは私なんだ。私はここにいる。別に細切れになっても他に感想は無いよ。私からすれば貴方たちみんな、子供みたいなもんだし」

 

 ウタネは感情を見せない。自身の分身が目の前で殺されても、目的達成のみを口にする。

 

「……すぐ終わらせてやる!」

《クロックアップ》

 

 その様子に少しの苛立ちを覚えた衛宮士郎初手、シオンの時と同様にガタックウォッチ起動、時空を超えた超高速で走る。

 しかし──

 

「……!」

「たとえどれだけ速くても……この世界の人間であることに違いは無い。同じ人間なら……攻撃を防げないはずがない」

 

 対するフタガミウタネ、その恐るべき能力──双神詩音に通ずる現実改変能力。

 口にした文言が一貫し、矛盾無く意味を持つのなら、その現実性を無視してそれを可能な世界に書き換える。

 クロックアップで加速した攻撃を生身で受ける事は不可能。だがウタネはそれを現在、対応可能だとして捌いている。

 四肢にジェットエンジンを搭載するほどの強烈な魔力放出により限界を遥かに超える瞬間速度を力技で叩き出し、攻撃の全てを持ち前のカン任せに受け続ける。

 常人であれば既にミンチと化す出力にも、ウタネの能力は即座に修復し耐久力をもたらす。

 そしてそれだけの身体的ダメージがありながら、ウタネは顔色ひとつ変えずに動き続ける。

 

「まだだ!」

《INVISIBLE!》

 

 それに対する衛宮士郎、第二の矢。ディエンドによる透明化。

 自身の姿を完璧に消す事で視認される事なく攻撃できる。

 

「例え姿が見えなくとも、実体はそこに存在する。実体が見えなくとも、その他の要素を全て感知できるなら……さして脅威では無い!」

 

 ウタネ、その対応。

 見えない衛宮士郎本人を視認する気はまるで無い。周囲の地面を蹴る音、振動、殺気……本体以外の全てを感知して、透明化以前と変わらぬ動作でして攻撃を防ぎ続ける。

 

「く……」

 

 不可視で超高速の攻撃を何度繰り返してもウタネは的確な防御を続け、衛宮士郎は生身の人間に攻めきれない為に難色を示す。

 

《分身!》

《マッスル化!》

 

 次に衛宮士郎が追加するのはブレイブによる4人への分身。

 エナジーアイテムを追加で使用し、物量で押し切る作戦だ。

 

「……たとえ数が増えようとも、全く同時の攻撃は魔法でなければ不可能。ならばそれが限りなく短くとも、その瞬間だけは1人であるのと変わらない。そしてその瞬間を動けるのなら……回避は可能。そしてどれだけパワーを上げようと……まともに受けなければ効果は無い」

 

 もはやヒトではない──衛宮士郎の恐怖した感想である。

 概念的な時間軸により、あくまで外から見て超高速で動く衛宮士郎だが、ウタネは通常時間にてその動きに対応している。

 いかに現実改変によりその対応が可能になったとはいえど、それをするのはあくまでウタネ自身。

 その超高速に耐えられる肉体ではなく、動かした先から肉が千切れ、神経が分断され、骨が砕け散る。

 だがウタネの能力はその言葉。理論が通るのなら……どれだけ不可能であれども理論を通せるのなら、それを実現させてしまう。

 ウタネの反射……本人の思考や思惑とは別に、少し先の出来事を予感する第六感により、あらゆる超高速に対しその四肢は自動的に、かつ最適な形でそれを対処する。

 そしてウタネの能力……そう思っているだけの双神詩音の能力……により、その不可能な反射動作に耐えきれなかった肉体を瞬時に元の形に復元し固定し、造作も無く実現した様に見せる。

 極めつけはウタネの気力……自身ですら認識できない自身の動作速度、それによる自身の肉体の欠損、その修復……それらの恐怖と激痛を否定、無視。ただ戦い続ける事を選択する。

 

「……!??」

 

 衛宮士郎の動作が中断され、一時静止する。

 その行動は本人さえ困惑している様子。

 

「ん……そろそろ?」

 

 その原因に勘付いたのはウタネ。

 ただ続けた戦闘時間、実に3分。

 100を200を超えて打ち合った戦闘も現実時間で見ればただその程度しか経過していない。

 

「シエルさんいたでしょ。私が誘拐してきた埋葬機関。あの人と同じ。私と5分戦っちゃったの。その末路は知っての通り、悪意を抱くことにさえ拒否反応が出る。3分も戦えば……自分の武器を見るのさえ嫌になる。頑張って耐えて戦っても……5分経過すれば、私の前に這いつくばるしかない」

「く……お前、自分で分かって……」

「分かってるよ。わかんない力なんか戦術に組み込むわけないじゃん」

「ならお前は……耐えられるのか、この何もかもが嫌になる感情に……!」

「……勿論。私は耐え切った。私は耐えて、戦い続けた」

「……!?」

「私ね、仲良かったんだよ。自分で言うだけでどうだかわかんなかったけども。仲間のために自分を犠牲にして、みんなと共に高めあった。前に話したよね。高町なのは。あの子のいた世界をさ、10年過ごして、壊しちゃったんだ。貴方の固有結界みたいに、現実世界をね」

「……」

 

 ただただ偶然だった。

 管理局でのとある業務。節分の日に人攫い組織を豆まきで壊滅させた際に助けた少女。

 それがたまたま紛れ込んだ別世界の天人であり、スカリエッティの欲求に捕まってしまった。

 聖王の代替として使用された少女の扱いにガチギレしたウタネは感情のままに世界の全てをゼロにした。

 そして他の世界に転生し……その次に、また高町なのはと出会うことになる。

 

「でね、その並行世界にまた行っちゃったの。壊したはずの世界を、神が再構築して、私の記憶だけ隠蔽してね。同じくらいの時期から、同じくらい、10年くらいね。誰もさ……誰も、何も、覚えてないんだよ……私のことも、以前過ごした10年以上のことも。過去に戻った……とは違うんだよね。私が壊した世界を再構築して、私が行った時からリスタートした世界だからね、記憶にはあるんだよ。私がみんなを殺したことも、世界を壊したことも。でもね、それを認識できない。あるけど見えない記憶。ホントにね、笑っちゃうくらい嫌だった。私に少なからず罪の意識があるのに……誰も罰しようとしない。どころか歓迎してさえいる。涙さえ出たよ。ホント……いや、コレは嘘。けっこー楽しんじゃった」

 

 知っているはずが思い出せない、ではなく、知っている事を認識できない。

 記憶をノート書き込む、思い出す際にはページを探して以前と同じか確認する。ウタネが2度目に訪れた世界ではウタネの情報が記されたページを開くことができない。

 

「やっぱりお前はそうなんじゃないか。お前は誰がどうなろうと関係ないんだろ!」

「……そうだね。そうだと思う。自覚ある」

「なら今さら俺に何を話す!お前を倒す事に変わりない!」

「貴方なら、耐えられる?自分だけ歴史と記憶からくっぽり抜かれた世界で……知らないフリして、溶け込むなんて……」

「……っ」

 

 仮想の問い、衛宮士郎は想像する。

 友人が、教師が、自分の事を何も覚えていない世界。

 その世界で、当たり前に生きていく……相手の理解度に合わせ、自分の記憶を封印し、現状以上に踏み込み過ぎない……親しかった人間ほど、それは難しくなるだろう。つい、咄嗟に、自分だけが思う関係性が漏れ出てしまう。

 

「私は無理、そんなのできるワケない」

 

 ウタネは自分の戦術を自分では耐えられないと自白する。

 

「……だがっ……!お前は耐え抜いたんだろう!?」

「私は……シオンがいたから、耐えられた」

「そうか」

「シオンは私の社会性を100%補う存在だ。シオンなくして私は人間社会にいられない。私はシオンに存在を託すことでその世界にいられる。シオンのいない社会に私はいられない。でもそれじゃあ人間の未来を知れない。誰かが私の求める答えを持っているかもしれないのに、その答えを得る手段が無い。だから……私は、私の答えを押し付ける」

 

 こうなるとウタネは感情を殺せない。

 ウタネにとってシオンは精神的、社会的な制御装置だ。

 それを失った場合、ウタネは人の話を聞かない。いや、聞くことができない。

 テレビの向こう側、名前も知らない見識者の理屈は頭に入ってはこない。自分の意見を助長する場合ならば聞き入るだろうが、そうでなければ聞くだけ聞いて流れていくだろう。

 シオンのいないウタネはそれと同じこと。

 どうせ死ぬ生命体とだけしか思っていない。人類最後の1人以外は皆、ただ死ぬだけの存在でしかないのだ。

 

「人を殺すのってさ。楽しいんだ。部屋の片付けしてるみたいで。『せーぎのみかた』ってさ、部屋にいろんなオブジェとか置いてくみたいなもんだよね。要らないもの捨てられずにさ、ごちゃごちゃ散らかってさ、ホコリとか溜まってくんだよ」

「散らかった部屋で……何が悪い!」

「私が貴方達の部屋を綺麗に掃除してあげようってこと。何にも無い綺麗な部屋。何も増えず、何も壊れず、何も汚れない。それは永遠だ」

「俺を殺せるか」

「うん。でもね、倒すことにした」

「……お前じゃ俺を倒せない」

「そーだね。私の能力じゃ殺すしか無理だ。けどね、能力の再現は可能ってわかったの。今シオンの身体は無い……私はシオンだ。限定するなら、私も使える」

 

《ダイナソー!》《ウィンドミル》

《レボリューション!》

 

 ウタネの腰に巻かれたエボルドライバー。

 2つのボトルを挿入し、ハンドルを回す。

 

「バカな……それはシオンの!」

「コレもニセモノ。けどそれでもホンモノだ。フウシャ(シオン)は絶滅した。けどそれは化石の様に私に残る」

 

《are you ready?》

 

「変身」

 

《プライム!》《プライム!》《エボルプライム!》

《フハハハはっはっはっはっは!》

 

「シオンとは別のプライムライダー。まぁ、能力的にはフェーズ1程度だろうけどね」

 

 ウタネはシオンと同じフェーズ1へ変身し、その感触を確かめる。

 

「だが関係無い。いくぞ!」

 

《マジェスティ!エルサルバトーレ!》

 

「ふふ、使ってみたかったんだよね、ライダーシステム」

 

 ウタネは嬉々としてハンドルを回す。

 その右足にエネルギーが集中していく。

 

《READY!GO!》

 

 ウタネは衛宮士郎のライダーキックに合わせるように蹴りを放つ。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「む……フェーズ1じゃ無理なのか……」

「はぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

 互いのキックは少しの間拮抗したものの、マジェスティリバイブの出力が上回り、後頭部で地面を抉り滑る様に吹き飛ばされる。

 

「う……いたぁ……けどなんか大丈夫そう……死にそうにない……これが強い身体って事か……いた……」

「俺の勝ちだ。フタガミ」

「確かに……戦闘で私は……その辺の中学生にさえ完敗する……けど何度でも言うね……シオンも私なんだ。私だってフェーズ2も可能なはず」

「何……!」

 

《スパイダー!》《クロック》

《レボリューション!》

 

「永遠に執着してる……私って、短絡的で固執した存在なんだ。けど誰も私を納得させられない。だから私も変わらない。基準がゼロなら、そこから何も変わらない。何も生まれず、何も死なず、何も存在しない……」

 

《are you ready?》

 

「……それは、不変という永遠だ」

 

《プライム》《プライム!》《クロックスパイダープライム!》

 

「さぁ、これでフェーズ2相当だ。少しはマシになったでしょ。さー、私ってばカンが未来視レベルに鋭いからさ。肉体が追いつけばせんとーもそこそこイケちゃうわけよ」

「プライムフェーズ2……!宇宙レベルか!だが!」

「だが!?」

 

《ディエンド》

《KAMENRIDE》

《ギンガファイナリー!》《ギンガ!》《ゴッドマキシマムマイティX!》

 

 マジェスティリバイブにまとわりついたウォッチのひとつを起動、召喚されたライダーが能力を発動し、3人のライダーを召喚した。

 

「ファイナリーって……えっちゃんのプライム!……のオリジナル!マジェスティリバイブの能力以上でしょう!?」

「宇宙の力と無制限の能力だ!お前の未来予知だって無限じゃない!」

「うぅ……!」

 

 計5人の遠近交えた攻撃がウタネを襲う。

 ウタネのカンと魔力放出による動作はウタネ自身の思考に依存しないためかろうじて回避は出来ているが、段々と押され始めている。

 

「ぬうううう……く……よし、そっちが増えるなら、こっちはランクアップだ!」

 

《オーバー・ザ・レボリューション!》

 

 ウタネがエボルトリガーを起動、魔力余波でライダーたちが怯む。

 その隙に挿入、ハンドルを回す。

 

「……!フェーズ3か!」

 

《スパイダー!》《クロック!》

《レボリューション!》

 

「せーかい。私だって惑星を破壊して廻るだけの力は持ってる。私達の力もまた同じ」

 

 針の静止した時計と十字の盾が浮かび上がり、それらを圧縮する様に黒いパネルが周囲を舞う。

 

《アーユーレディ!?》

 

「変身……」

 

《ブラックホール!》《ブラックホール!》《ブラックホール!》

《レボリューション!》

《フハハハはっはっはっはっは!》

 

 パネルが箱を形成し、更に収縮、1度完全に姿を消して現れたフェーズ3。

 

「やはは、コレがブラックホール……消滅の象徴だ」

「ブラックホール……だが」

「だが!?」

「それでも敵役である以上コイツに敗北しているはずだ!」

「そ、そのウォッチって縦回転するんだ……?」

 

《ハザードオン!》

《ガタガタゴットン!ズッタンズタン!ガタガタゴットン!ズッタンズタン!》

 

「うぉぉぉぉぉぉぁぁぁぁぁぁぁ!」

「……!まだベルトを魔改造するなんて……!こいつ、主人公か……!?」

 

 衛宮士郎は取り出したハザードトリガーをジクウドライバーにセット、エボルドライバーのハンドル部分にあたるウォッチであるはずの何かを回す。

 そうしてマジェスティリバイブはブラックホールをも超えるハザードレベルを得た。

 

「俺が!お前を倒す!世界を壊すお前たちを!俺が!救世主だ!」

「ぐっ……何で……!このまま……!」

 

 重力圏を完全に無視した殴り合い。

 マジェスティリバイブは完全にウタネのフェーズ3を押している。

 

「わ、私が……!シオンの能力を使ってまで……!人間なんかに負けるもんですか!」

「人間をオモチャにするお前たちを俺は絶対倒してみせる!うおぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」

「人間は……!互いを妬み、恨み、争い……!奪い合い、殺し合う!そんなもの、生きてる意味なんて何も無い!わざわざ積み上げた歴史を、技術を、能力をそんな事にしか使わない!積み上げるだけ積み上げて好き勝手に崩してく!そんなくらいなら!たった数100年しか生きてられないのに崩れてくだけなら!初めから何も無い方が良いでしょう!?」

「っ……」

 

 ウタネの語る本心。

 予想に反して……先程までの発言とは真逆の、人を想うことを感じさせる言葉に衛宮士郎の攻撃が止まる。

 

「お前、自分の言ってる事分かってるのか」

「何、どう言う意味?」

「全人類を滅ぼそうだなんて奴が、積み上げたものを崩されたくないって……人間の悪い部分だけを否定している様に、人間自体は肯定している様に聞こえる」

「それの何が分かんないの。私がいつ生命自体を否定したの。人は死ぬ、みんな死ぬ。なのに争い合って死んでいく。そうしなくてもいずれ死ぬ。だから永遠を求めるんだ、私達は。永遠に生きるなり永遠に生まれないなり様々だけどさ、みんな求めるものは同じ。あなたたち人間が、生命が生きてるからこそ滅ぼすの。死んじゃうならさ、産まれてこなければいい。何も積み上げないなら、何も崩れない。私の言葉は生命の全てを否定して、何も産まれない世界を創れる。それは……永遠だ」

 

 生きる命のその先は死。

 動物に限らず、植物、無機物にさえ腐敗、破損といった死……カタチを失う、存在を失うという死が存在する。

 ウタネはその『失う』事を忌避している。

 人間の世界を楽しい、面白いと思うだけの感性は持ち合わせているものの、それらは全ていつか失われる。

 失うくらいなら、何も得ない方が良い。積み上げる幸福も、崩れ落ちる不幸を埋める事はない。

 

「あり得ない……!人は生きてこそ意味を持つ!確かに人は、いずれ死ぬ。その歴史は平均80年……お前からすれば、ちっぽけな時間だ」

「でしょー?だからさ、私達から提案があるの」

「提案……?」

「1、全滅して生まれない。2、才能を開花させつつ、人を妬まず、恨まず、奪い合わない。3、誰も傷付けず、傷付かず、誰もが寿命を全うすること。4、世界の全てを敵にしても怯まないほど子を愛すること。5、誰もが幸福な夢を見ること。誰も不幸にならないこと……この5つ全てに適合すること。それでVNAは人間を殺さない」

「……理想的と言える。最初の提案以外はな」

「なんで!?私だよ!?」

「お前だからだよ!自分が何をしてるのかわかってるのか!?お前は人間を!命を!存在を!物質の全てを完全否定してるんだぞ!?」

「……言ったでしょ。失うくらいなら無いほうがいい」

「たとえ失うとしても!生き続けるその瞬間は!生き続ける限りはその活力を発揮できる!それを否定するお前は!活力ゼロ!ミイラも同然だ!」

「……」

 

 無気力、無感動、無表情。おまけにロングスリーパー、超少食、身体の脆弱さともなれば反論は無い。

 日々何かをするでもなく、ただ自室で時が過ぎるのを見ているだけ。人間というより動物、動物というより植物、植物というより無機物に近い。

 正義の味方の発言は、ウタネを正確に表現していた。

 

「そうだね。私は人間社会に向いてない。私の能力で人間社会を破壊することはできても、人間社会に適合はできない。そういうのも……あるんだ。同じ種族に生まれたのに、私だけは仲間外れ。何の能力も持たない役立たず。だから私は、人間と関わらない。私が変わらない以上、何も話す事はない。今すぐ死ぬのも、別にどうとも思わない。それが社会に有益なら、私は死ぬ。親兄弟が不要なら、殺した後に死ぬ」

「……そんな事は無い。どんな人だって居場所はある。なければならない」

「無い。知性であるが故に、決して交わることの無い軸がある。どう足掻いても私は人間社会に居られない」

 

 ウタネの孤独は埋まらない。根本的な思想、思考回路が人間、生命とは食い違っている。

 どれだけ近づいても、共存はあり得ない。

 

「……でもね、私は意味が見たかった。生物が生き続けたその先、無限の時間と成長、進化の先に滅びる生命。その最後、最期は……何か、意味があるのかどうかって。でもきっと……無いんだよね」

 

 生命には終わりがある。

 それは個体の死では無い。数えきれない種類と繁殖による進化を続け、無限に生存した先にある終わり。戦争によるもの、惑星破壊、宇宙の消滅、何がどうなるかはわからない。だが確実に死ぬ。

 その死までの生命に意味は無い。

 

「だから私はシオンに逃げた。あなたたち側に極めて近くなれば、その意味が感じられるかもしれないと思った。けどそのシオンも消えた。残ったのは、私。殺したかった私。壊したかった、私。正義の味方……残念だ。私は、もう自分に耐えられない。けど社会のために死んでやりたくもない。だからみんな死のう。誰も何も考えなくて済む」

「っ……!やめろ!」

「ギルガメッシュもバカだよね。弾数制限無いなら、無限に落とせば良かったのに……」

【さぁ、終わろうか】

 

 終わりの時。

 天空は炎に燃え、段々と高度を下げる。

 

「ぐ……ウタネ!考え直せ!く、お前にも人間性をやる!シオンに新たな身体を用意しようじゃないか!俺たち人間をもっとよく見ろ!救世主に相応しいのは誰か!?お前の居場所なら俺が作ってやる!」

「シオンは私だ……私が切り替えればすぐにもこの体に復活する……救世主というなら、人の悲しみを取り除け……つまりそれは、幸福の断絶だ。私の居場所はここ……全ての生命を殲滅する」

 

 空は既に高層ビルを捉え、上から順に蒸発させている。

 タイムリミットはもはや数秒程度。

 

「ふざけるな!幸福を望むこと!それが生きる事だ!」

「……尚更、相互理解が不能だ。幸福を望むって事は不幸だって事だ……幸福であると感じることは、日常が不幸であると感じていると言う事だ。全ての幸不幸を平等に……ゼロにしないと。じゃないと誰かは不幸になる。誰かの幸福を妬むことになる。全て、全て、親兄弟も自身でさえも虚無に帰れ!それが最大幸福だ!」

 

【滅べ!】

 

 空の落ちる速度が増す。

 地上の気温はギルガメッシュの宝具同様、3桁を数えるほどにまで。

 

「ぐ……くぅ……!クソ……無理か……ヴィーナス……!」

「ヴィーナス……そうだね。この世界が滅んだ後、ヴィーナスについても調べてみよう。私達に対して何かしらあるんだろうし……まぁそれはそれだ。じゃあね」

 

【チャオ】




私の気力が尽きない限りウタネさんの転生も続く……


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