剣の皇は異界にて何を想う (天羽風塵)
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プロローグ
猟犬の追憶


とある世界の神話の時代。

人の国を滅亡させ、精霊の森を焼き払い、神々すら殺して、魔王と恐れられた男がいた。

 

名をアノス・ヴォルディゴードという。

 

「———というわけだが、どうだ?」

 

玉座に座り、両腕を組みながら、魔王アノスは言葉を発した。

それだけで並の人間ならば、畏怖を覚えそうな言霊だったが、今、彼の目の前にいる人物たちに限ってはその心配もないだろう。

 

定められた宿命すら断ち切る、聖剣に選ばれし勇者カノン。

 

あらゆる精霊の母である、大精霊レノ。

 

この世界を生み出した、創造神ミリティア。

 

そして、最後にもう一人、仮面で顔を覆った男。

 

あらゆる剣の技を修め、立ちはだかる者たちを一切の容赦なく斬り捨て、剣皇(けんおう)と恐れられた者。

 

名を、キリヤ・ティンダロス。

 

アノスを含め、世界の命運を左右し、後の時代に名を語り継がれるであろう五人の人物が、魔王城デルゾゲードで一堂に会していた。

 

「話はわかった。おかしな条件でもない。だが、今更、和睦だと?」

 

勇者カノンが言った。

 

「その通りだ」

 

「魔王アノス。貴様はこれまでいったい何人の人間を殺してきた?」

 

冷めた瞳でアノスは答えた。

 

「逆に訊くが、勇者カノン。お前はこれまでいったい何人の魔族を殺してきた?」

 

カノンの台詞を、彼はそっくりそのまま返した。

 

人と魔族、どちらが先に弓を引いたのか。

今となっては知る術もない。

否、知ったところで今更過去が消えるわけでもない。

 

きっかけは些細なことだっただろう。

どちらかが、どちらかを殺した。

そして、殺された方は復讐をしたのだ。

 

後はもうその繰り返しだ。

殺されたから復讐し、復讐されたから殺す。

憎しみは両種族の間で際限なく積み重なり、悲劇の連鎖は止められないところまで加速していく。

 

人も魔族も、自分たちと違うものを忌み嫌うという意味ではそっくりだ。

 

「残虐の限りを尽くしたお前の言葉を信じろというのか?」

 

「残虐でなければどうした? 魔王アノスを恐れなければ、貴様ら人間は平気で魔族を殺す。正義という大義名分で、ほんの僅かな罪悪感すら覚えず、殺した人間を英雄とさえ称えている」

 

「魔族が残虐な行為を行うからだ」

 

「そうさせたのが人間だと言っている」

 

「魔族に一切の非はないと言うのか?」

 

「戦争に正義も悪もないということだ」

 

眼光するどく、魔王アノスは勇者を睨めつける。

 

と、そこで一人の人物が待ったをかける。

 

「……ヒートアップシスギダ、馬鹿ドモ」

 

仮面に付与された魔法による合成音声で話す男、剣皇キリヤである。

 

「む……」

 

「しかし剣皇!お前も含め、魔族が残虐な行為を行なっているのは事実だ!」

 

「ナラバ勇者、オ前ノ言ウ残虐ナ行為トハナンダ」

 

「人間を殺したり傷つけたりすることだ。人間に限らない。精霊や神族も被害を受けている」

 

「ソウカ、ナラバ他デモナイ人間モ、ソノ『残虐ナ行為ヲ行ウ者』ノ内ニ入ルナ」

 

当然だ。

魔族が人間を傷つけ、殺したように人間もまた魔族を殺してきたのだ。

 

「…………」

 

「……否定シナイカ。マアソコデ否定セズ自身ノ否ヲ認メルノガオ前ノ美点ダガ。……カノン。オ前タチ人間ハ、魔王アノスヲ倒セバ世界ガ平和ニナルト信ジテ疑ワナイヨウダガ、本当ニソウカ?」

 

「…………」

 

キリヤの言葉に、カノンは再び口を噤む。

 

アノスが言葉を引き継ぐ。

 

「カノン、貴様は本当はわかっているはずだ。それがまやかしにすぎぬことを。魔王アノスを殺したところで、新たな火種を作るのみだ。人間と魔族、どちらかが根絶やしにされなければこの争いは終わらない。いや……」

 

キリヤとアノスはただ喋っているだけだ。

しかし、絶大な魔力を有する彼らがそうすることで、一言一言がまるで魔法のような強制力を有していた。

 

「たとえ魔族が滅びようとも、人間はまた新たな敵を作るだろう。次は自分たちとは違う精霊を、精霊を根絶やしにすれば、自らを作った神々を。そして神々を滅ぼせば、今度は人間同士で争い始める」

 

「……確かに。人には弱い部分もある。だが、俺は人を信じたい。人の優しさを信じたい」

 

くっくっく、とアノスは笑い、ハア、とキリヤはため息をついた。

 

勇者カノンは、ずいぶんと人が良い。彼は人間の醜さを知らないわけではなく、それでも人の優しさを信じようという勇気を持っているのだ。

 

「ならば、カノン。ついでに魔王アノスと」

 

「剣皇キリヤノ優シサヲ信ジテミルトイウノハドウダ?」

 

カノンはすぐには答えない。

この申し出が本当なのか、疑っているのだろう。

片や、魔王。片や魔王ほどでは無いにせよ、多くの命を斬り捨ててきた剣皇だ。

 

「先程も言った通りだ。世界を四つに分ける。人間界、魔界、精霊界、神界。四つの世界に壁を立て、千年は開かぬ扉を作ろう」

 

千年もの間、かかわり合いがなくなれば、互いへの怨恨も消え失せるだろう。

 

「俺タチ二人ノ命ノスベテヲ魔力ニ変エ、オ前タチ三人ノ協力ガアレバ、ソレダケノ大魔法モ発動デキル」

 

「平和のために死ぬというのか。剣皇に、魔王とまで呼ばれたお前たちが」

 

「勝手に呼んだのは貴様らだ。それに死ぬわけではない。手頃な器を見つけ、転生するとしよう。もっとも、次に目覚めるのは我ら二人とも二千年後だろうがな」

 

カノンは黙り込む。

しばらくして、彼は覚悟を決めたように言った。

 

「……わかった……お前たちを、信じてみよう……」

 

自ら提案しておきながら、魔王アノスと剣皇キリヤは驚きを隠せなかった。

 

誠意を尽くして説明した。

人間、精霊、神々にはデメリットのない証拠も見せた。

 

残る問題は感情だけ、互いの間に積み重ねられた憎悪と怨恨だけだった。

 

だからこそ、それは本当に勇気のいる言葉だ。

彼が勇者と呼ばれている意味が、このとき、魔王アノスと剣皇キリヤにも初めてわかったのだ。

 

「ありがとう」

 

すると、カノンは僅かに笑う。

 

「魔王に礼を言われる日が来るとは思わなかった」

 

「こっちも勇者に礼を言う日が来るとは思わなかったぞ」

 

まっすぐ二人は視線を交わす。

立場は違えど、その力と心の強さはこれまで互いに認め合ってきた。

 

今、ようやく長い戦いが報われようとしている。

 

「では、すぐに始めよう。順番にやる。まずは俺の体を魔力の入り口として結界を張る大魔法を構築する。そのあとさらに剣皇キリヤの体を同じように魔力の入り口とし、大魔法を補強し、結界を盤石なものとする」

 

魔王アノスはゆっくりと玉座から立ち上がる。

 

そして、目の前に手をかざした。

 

その瞬間、城中に黒い光の粒子が無数に立ち上り始めた。

いくつもの魔法文字が、壁や床、天井など、所狭しと描かれていく。

魔王城デルゾゲードはアノスが用意した巨大な立体魔法陣なのだ。

 

「まずは俺からだ」

 

アノスは前に出て、無防備に体をさらす。

 

最初に、大精霊レノが、続いて創造神ミリティアが、彼に手の平を向けた。

放たれたのは途方もなく真っ白な波動。まるで間近で見る星のようだ。無限にも等しき魔力の塊が、目映く輝いていた。

 

いくら魔力を注ぐためとはいえ、それだけの量を無防備に浴びれば魔王アノスの体とて、ただではすまないだろう。

 

最後に勇者カノンが、聖剣を抜いた。

 

「転生の準備は?」

 

「もう済んだ。来るがいい」

 

パチパチと火花を散らすように激しい魔力の奔流が、けたたましく耳を劈く。

この世のすべての魔力をかき集めたような大魔法の行使に耐えかね、魔王城デルゾゲードが崩壊を始めた。

 

カノンは床を蹴り、手にした聖剣を思いきり突き出す。

 

魔力が込められ、真っ白な光と化した刀身がまるで吸い込まれるように、魔王アノスの心臓を貫いた。

 

「ごふっ……」

 

血がアノスの胸から滴る。

彼の口元が赤く濡れていた。

 

これで、大望は叶う。

 

もううんざりだったのだ。

戦うことに、この不毛な世界に、彼は飽きていたのだ。

 

「……勇者カノン。改めて礼を言う。もしも、貴様が二千年後に生まれ変わることがあるとすれば———」

 

「そのときは友人として」

 

ふっ、と魔王アノスは笑った。

 

「さらばだ」

 

光とともに彼の体は消えていった。

 

そして———

 

「———次ハ、俺の番だな」

 

剣皇キリヤが仮面を外しながら言った。

 

「……お前の顔は初めて見るな」

 

カノンがそう呟いた。

今まである人物、いや、ある()にしか素顔を見せなかったあの剣皇が仮面を外したのだ。

 

「俺の場合面倒なことに結界の補強と転生を同時にやらなければいけない。結界を補強してから転生、もしくはその逆では間に合わないからな」

 

キリヤは魔法陣から一本の魔剣を出した。

 

「転輪剣、輪廻転生を司る魔剣だ。転生は全てこれに任せて俺は結界の補強に集中する。色々と不安要素はあるが、この際妥協しよう」

 

キリヤが玉座の方に向かい、振り返ると———

 

「……何を泣いている、ミリティア」

 

一人の女神が僅かに頬を濡らしていた。

 

「だって……キリヤと……もう、話せない」

 

「……泣くな、俺が見たかったのはそんな悲しい涙じゃない」

 

そう言って、キリヤは転輪剣を自身の胸に突き刺す。

 

「ぐ、がふっ」

 

「———っ!キリヤ!」

 

ミリティアは倒れる彼に駆け寄り、その体を支える。

 

「笑え、ミリティア。俺が見たいのはお前の笑顔だ……」

 

「キリ…ヤ?」

 

「願わくば、来世こそ、この想いを、お前、に———」

 

「———っ!キリヤ!キリヤっ!」

 

この日、二人の強者が逝った。

 

大魔法の発動には何も問題なかった。

そう、大魔法の発動とその効果の機能に関しては。

 

ただ一つ、剣皇キリヤにとって誤算があったとすれば———

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———懸念していた不安要素が想定していたよりもはるかに大きいもであったということだった。

 

 

 



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第一章 剣皇復活編
第1話 異世界


第十一章若干ネタバレ注意。


〜残■■界レプ■・アル■ー・日本・駒王町〜

 

も う い や だ

 

あのクソ兄貴には嫌気が差した。

性欲旺盛でそれを隠さないのはともかく、他人に迷惑かけるとか頭ん中ウジでも湧いてんじゃねぇのか。

 

といわけで、兄である兵藤一誠に呆れて家出している真っ最中の兵藤斬也(きりや)です。

大丈夫、家出つってもちょっと遠くに住んでる友だちんとこにお世話になりに行くだけだから。

 

というわけで、もう夜も遅いが、そろそろ着くころなんだが……

 

「こんなところにこんな祠あったっけ?」

 

何度も来たことある場所に見覚えのない祠を見つけて戸惑っているところです。

しかもスゲェボロい。扉が片方外れて落ちているし。

 

ん?これは……

 

「……折れた剣?」

 

中に入っていたものを取り出してみると、それは一本の純白の折れた剣だった。

 

バヂッ

 

「———っ!」

 

持っていると、突然頭の中に覚えのない光景が映った。

 

城のような場所で黒い男と仮面の男と対面している。

 

森らしき場所で白い少女とこれまた仮面の男が会話している。

 

「———っ!なんだ、今のは……?」

 

二つのシーンに共通することは、黒い男も白い少女も別々の場所で同一人物と会話しているというぐらい。

 

しかも……

 

「今の二人、いや、それよりもあの仮面の男……なんか見覚えあるような……どこでだ?」

 

既視感がある。

こんなやつらと会ったことないんだけどな……

 

パキッ、パキキッ

 

熟考していると下何かがひび割れるような音がした。

音が気になって地面を見ると———

 

「……は?」

 

地面どころか()()()()()()()()()()()という異常なことが起こっていた。

 

「な、にが……!」

 

っ!足が動かない!?

いやいやいや、何?何この状況?

俺何かした?あのクソ兄貴と違って至極真っ当に真面目に生きてきましたよ!?親孝行もしたよ!?

 

そうやって混乱している間にもヒビは広がり続ける。そして———

 

「は!?おい!待て!!うぉい!?ふざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

そこは海だった。

 

 

 

海に漂うは銀に輝く銀泡(ぎんほう)

 

 

 

その銀泡の灯りを銀灯(ぎんとう)と呼ぶ。

 

 

 

知る者はその海をこう呼ぶ——————銀水聖海、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

クッソッ!!今どこだここ!?

 

水の中っぽいけどなぜか息はできるし……もうかれこれ一時間は流されてるんだけど。

 

それにしても……

 

(結局この剣は一体何なんだ?)

 

そもそもこの剣を取ったらこんなことになったのだ。

このタイミングで原因がこれじゃないってのは考えにくい。

 

ていうか身体重いな。まともに動けそうにない。

 

ただただ流されてるだけ。

さて、どうするべきか。

 

(……ん?あれは……)

 

目の前の銀の灯りがどんどん大きくなっている。

 

あれのある方向に流されてるのか?

 

……おい、ちょい待て。

なんか流れるの速くなってきてないか?

このままだとあれにぶつかるんですけど。

 

そんな風に文句をぶつけている間も、銀の灯りはどんどん大きくなる。

 

そして——————

 

 

 

 

 

 

斬也の体は銀の灯り、否、泡にの中に消えていった。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

ドサッ

 

気づいたら、そこはどこかの屋敷の庭だった。

屋敷のデザインはよくファンタジーなどで見かける屋敷のようだった。

 

「っ、がぁぁ……!」

 

水の中ではただ身体が重いだけだったのに、なぜか今は体中が痛い。

それに一瞬、いやもっと長いかもしれないが気を失っていたようだ。

しかし、気を失っていたにも関わらず、剣は未だ手元にある。

気を失っている間に何かあったのか?

 

すると、誰かが近づいてきた。

 

「……大丈夫……?」

 

近づいてきたのは少女だった。

言葉はどう考えても日本語ではなかった。

それなのになぜか理解できる。

 

「……お前、は……?」

 

真っ白、という印象の少女だった。

綺麗なプラチナブロンドの髪に二つの髪飾りをつけている。

……なぜだろう……なぜかは分からないが……どこかで、会ったことが、ある、ような……

 

「……ミーシャ……」

 

ミーシャ、と。

彼女はそう答えた。

 

「……ミーシャ・ネクロン……あなたは……?」

 

「……兵藤斬也、いや、キリヤ・ヒョウドウだ」

 

これが俺と彼女、ミーシャとの出会いだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……とりあえず、助けてもらえると助かる。身体中が痛くて、まともに動けん……」

 

「……ん、分かった……」




次回は試験のとこまで飛びます。

高評価&感想よろしく!


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第2話 魔王との邂逅

ちょっと時間飛びます




魔王学院。

正式名称を魔王学院デルゾゲートと言い、暴虐の魔王の血を引く者、すなわち魔族の中でも王族に位置する者たちを育成し、魔王に最も近き者、すなわち魔皇として君臨させるために設立された学院である。

 

そして、今。

その学舎に三人の男女が入ろうとしていた。

 

「フレー、フレー、ミーシャッ! ファイト、ファイト、キリヤッ!」

 

「がんばれ、がんばれっ、アノスっ! がんばれ、がんばれ、アノスっ!」

 

……恥ずかしい声援をバックにしながら。

 

さすがに恥ずかしいぜ、義父(とう)さん……

 

あの日、ミーシャに助けられてから一年ほど経つ。

あの後、俺はミーシャの家の養子となった。

ミーシャや養父たちとは結構仲良くやってる。

 

ちなみに祠にあった剣は今でも持ってて魔法陣に収納してある。

こっちに来てから分かったことだが、どうも魔剣の一種らしい。

折れててどんなものかは分からなかったが。

 

さて、話を戻すが、俺は今魔王学院の入学試験を受けに来ている。

ん?何で人間のはずの俺が来てるかって?

それが全く分からん。

前に少し調べたんだが、何故かこっちの世界に来てから俺の体は()()()()()()()()

 

まあ、いくら調べても分からなかったことに執着しても仕方ない。いつか分かればそれでいい。

 

それで、魔王学院の正門前まで来たのだが、俺とミーシャみたく保護者らしき人物から声援を受けているのがいた。

 

あ、どうもミーシャと目が合ったらしい。

 

「お互い苦労するな、二人とも」

 

「……ん……」

 

「全くだ」

 

そういえばこいつ誰だ?

ここにいるということと、親らしき人物を見た感じ、人間よりの混血だとは思うが。

ていうかこいつ……

 

「すごい魔力だな、お前」

 

「ほう、分かるのか。お前は?」

 

「キリヤだ。キリヤ・ネクロン」

 

「ん?キリヤだと?」

 

「どうかしたのか?」

 

「……いや、何でもない。ただ、昔の知り合いに同じ名前の男が居てな。それで懐かしくなった。俺はアノスだ。アノス・ヴォルディゴード。それで、そっちのお前は?」

 

「……ミーシャ……」

 

ミーシャが静かに名乗る。

 

「……ミーシャ・ネクロン……」

 

ここ一年共に過ごして分かったことだが、ミーシャは別に人見知りってわけじゃない。

ただ静かなだけだ。

 

しかしアノス、ねぇ。

どっかで聞いたことあるような、無いような……

 

この世界に来てからずっとこれだ。

外を歩いて有名な場所を訪れたり過去の有名人の名前を聞いたりするとほぼ確実に既視感を覚える。

実はこれが個人的に今一番気になる謎。

 

何せこの既視感、ありえないほど強い。

まるで一度この世界に来たことがあるような気までする。どういうことなんだか。

 

「よろしくな、キリヤ、ミーシャ」

 

「おう」

 

「……ん……」

 

そのまま正門をくぐろうとすると、目の前に男が立ちはだかった。

浅黒い肌をしており、全身を鋼のように鍛えてある。白い髪を短く切り揃えており、外見年齢は二十といったところか。

 

その男は見下すような底意地の悪い笑みを浮かべ、俺たちに言った。

 

「はっ。親同伴で入学試験たぁ、いつから魔王学校は子供の遊び場になったんだ?」

 

…………誰?

 

「……おい、あれ?」

 

「ああ……まずいな……。傍若無人なゼペスに目をつけられたら、あいつ、五体満足で帰れるかどうか……」

 

周りが騒いでいるな。小物感凄いけど有名なのか?こいつ。

 

「なあ、ミーシャ、アノス。お前らこいつのこと知ってるか?」

 

「いや、知らんな」

 

「……魔公爵ゼペス・インドゥ……それなりに強いけど性格が悪いのもあっていい噂は聞かない……」

 

ああ、なるほど。

 

「要するにチンピラか」

 

「……おい、貴様ら。謝るなら今のうちだぞ」

 

ひどく冷たい声だった。

ゼペスは容赦のない視線を向け、ぐっと拳を握る。魔力の粒子が集い、そこにいくつもの魔法陣が描かれる。

 

……五つの多重魔法陣に…… <魔炎(グレスデ)>か。その程度の魔法に魔法陣が多すぎるだろう。

 

ぱっと彼が手の平を開けば、闇を凝縮した漆黒の炎が召喚された。

 

「な……!?」

 

アノスが横でなぜか驚いている。いや、この様子だと呆れているのか。

 

「ほうら、驚いたか。いいぞ。命乞いをしろ? 俺の靴を舐めれば許してやる。でなければ、神々すら焼き尽くすと言われたこの闇の炎、<魔炎(グレスデ)>で、そのお嬢ちゃんの顔を骸骨のようにしてやってもいいんだぜぇ。ひゃはは「うざい」ははは…はぁ?」

 

おっと、つい声に出しちまったか?あまりにもうるさいもので。

 

「貴様、今何と言った?」

 

「うざいって言ったんだよ、魔公爵サマ」

 

そんな低次元の魔法で威張らないでほしい。それともこれが標準なのか?いや〜でも公爵って言うぐらいだからなぁ。最悪これでもトップレベルって可能性すらあるな。

 

「あー、まあ、とりあえずだ」

 

俺は右腕に魔法陣を展開。軽く手を振ってこいつ、正確には<魔炎(グレスデ)>の魔法陣に対して魔法を使った。

 

「<(セツ)>」

 

瞬間。<魔炎(グレスデ)>の五つの魔法陣全てが見えない斬撃に両断された。

 

「……は?」

 

「何をそんなに驚く?お前の魔法をただぶった切っただけだぞ?」

 

「ほう、なかなかやるな」

 

「……普通はできない……キリヤはその辺の感覚がおかしい……」

 

聞こえてるぞ、ミーシャ。

 

「貴様ぁ……これほどの侮辱……生きて返すと思うな……!!」

 

えぇ、面倒臭いのに絡まれたな……。

 

「ちょっと待て」

 

唐突にアノスがそう声を発すると、途端に金縛りにあったようにゼペスの体が硬直した。

 

「……どうした?」

 

「な……う、動かな……な、なにをしやがった……!?」

 

今のアノスの言葉、魔力が込もっていたな。言霊ってやつか。あとで教えてもらおっと。

 

「まあ、しばらくそこで反省しろ」

 

アノスに言われた途端、ゼペスはひどく申し訳なさそうな顔をした。

 

「俺はなんということを……初対面の人間に対する口の利き方ではなかった……ああ、穴があったら、入りたい……なんと申し訳ないことをしてしまったのか……」

 

案山子のように突っ立ったままゼペスは反省を続ける。

 

それを見た先程の受験者が驚いたような声を発した。

 

「……すごいぞ、あいつ。あのゼペスを謝らせてやがる……」

 

「もう一人の方も見たか。<魔炎(グレスデ)>の魔法陣を両断しやがった。相当な魔法の使い手だぞ……」

 

「……見ない顔だが、混沌の世代のダークホースになるかもな……」

 

大袈裟だなあ、こいつら。

……あまり本気は出していなかっただろうな。こいつの魔力だったらもっと魔力を込められたはずだ。

 

「待たせて悪いな。行こうか」

 

俺たちを待っていてくれたミーシャに、アノスはそう声をかけ、歩き出した。

 

「……キリヤ……アノス……」

 

小さな声で、彼女が俺たちを呼ぶ。

 

「なんだ?」

 

「……キリヤもだけど……アノスも強い……?」

 

は、と思わず一緒に笑い声が漏れた。

 

「否定はしないがな」

 

「この場合は適切じゃない」

 

今の一連の流れで一つ、分かったことがある。

 

「……なにが適切?」

 

「「あいつが弱すぎるんだ」」

 

こいつとは気が合いそうだ。

 

 

 




(セツ)

キリヤのオリジナルの対象を切断する魔法。
斬撃を同時に複数発生させることも可能。


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第3話 実技試験

闘技場のある区画では列が分けられていた。

近くには騎士の銅像が並んでおり、そこにとまっていたフクロウが言葉を発した。

 

「招待状に記されたアルファベットの列へお並びください」

 

もらった招待状を確認する。Fの文字があった。

 

「ミーシャとアノスは」

 

「……E……」

 

「Fだ」

 

二人は招待状を見せて言う。

 

アノスと同じなのか……

 

それぞれの列の最後尾にフクロウが飛んでおり、アルファベットが書かれていた羊皮紙を持っている。招待状と同じ列に並べということだろう。

 

「じゃ、入学したらよろしくな」

 

「……ん……」

 

「おう。場合によっては当たるかもな」

 

「くははは。その時は手加減はせんぞ?」

 

「ハッ、言ってろ」

 

ミーシャと別れ、俺たちはFの列に並ぶ。先頭は遙か先だが、遠見の魔眼で様子を確認する。どうやら一人ずつ控え室に入っているようだ。

 

順番が来るのには時間がかかりそうだ。ここだけでもざっと百名はいる。すべての列を合わせれば七百名ぐらいか。

 

並んでいる間暇だったので、せっかくだから先程アノスが使っていた言霊を教えてもらった。なんでも、込める魔力量によって効き目が変わるらしい。

 

なかなか便利なものを習得できた。アノスには感謝しなければな。

 

そんなことをしながらも、後は時間が過ぎるのをぼんやりと待つ。

しばらく経った後、俺は列の先頭にいて、目の前に控え室があった。

 

中へ入ると、そこにいたのはまたしてもフクロウだった。

 

しかし、誰の使い魔なんだろうか、こいつは。

見たところ魔力の痕跡を感じない。主人が誰なのかわからないように、うまく隠しているのだろう。

主人はよほど魔法の腕が立つらしい。

 

「ようこそ、いらっしゃいました。これより実技試験の内容を説明します」

 

そもそも魔王学院は招待制だ。招待しておいて試験をするということは入学の可否を判断するものではないんだろうな。

大方、一番の目的は転生した魔王の始祖を見つけることに違いない。

 

実在すんのかねぇ、そんなもん。大体二千年も昔の人なんだろ?

 

剣を使う身としては名前が失伝してしまってはいるが、剣技においては右に並ぶ者がいなかったという剣皇サマの方が興味はが湧くね、俺は。

 

「実技試験では、闘技場で生徒同士が決闘を行います。五人勝ち抜いた者は魔力測定、適正検査を受けた後に、魔王学院デルゾゲードへの入学を許可されます。敗者は残念ながら、不合格となります」

 

魔王の始祖ならば、万が一にも負けることはないってことか。

 

少々シンプルすぎる試験内容だが、まあ妥当なところか。

 

「あらゆる武器、防具、魔法具の使用を許可します。なにか質問はございますか?」

 

「特にないな」

 

「では、あなたに始祖の祝福があらんことを」

 

俺は控え室の奧のドアを開いた。薄暗く、細長い石畳の通路が長く続いている。

 

まっすぐ通路を進んでくと、やがて外から漏れている明かりが見えた。

 

通路を出れば、そこは高く円形になった壁に囲まれた闘技場である。

壁よりも更に高い位置は観客席になっており、そこにはちらほらと魔族がいた。

全員揃いの制服を着ているところを見ると、学院の生徒か。

 

さてと、俺の相手は……ああ、何だ。

 

「よう。また会ったなぁ」

 

闘技場の反対側には浅黒い肌の男がいた。

 

「はぁ、お前かぁ……」

 

さっきアノスと一緒に軽くあしらってやったゼペスだ。雑魚を相手にしてもなぁ。

 

「貴様、何をため息をついている!馬鹿にしているのか!」

 

「はい、そうですけど。何か?」

 

「キサマッ……!!」

 

沸点低いなー、こいつ。

ゼペスを挑発しながら二、三歩前へ歩くと、後ろの通路が魔法障壁で閉められた。

すると、ゼペスが得意気に言った。

 

「おっと。退路が塞がれたのが、そんなに心配か?」

 

「おいおい、他人を心配する前に自分のことを心配したらどうだ?お前はここで俺に負けるんだから」

 

忌々しそうにゼペスが舌打ちをする。

やれやれ、親切で言ってやったんだぞ?感謝して欲しいな。

それとも、まだ力の差を理解していないアホなのか?

 

「言っとくがな、俺はそんな甘っちょろい真似はしねえ。貴様のそのすかし顔を恐怖に染まったぐちゃぐちゃの泣きっ面に変えてから、殺してやるよ」

 

ぶふっと俺はたまらず噴き出してしまった。

 

「あっはははははは。いやいや、殺す? 誰が? お前が? 誰を? 俺をか?」

 

はははははははははは、はぁぁ。

 

「笑わせんな。失せろ雑魚が」

 

早速言霊を使ってゼペスを止めようとしてみたが、ゼペスはその命令に強制されることはなかった。

 

彼が纏っている鈍色の鎧が、反魔法の魔法陣を展開している。

 

「はっ。もうその手は食わねえよ。この反魔の鎧はどんな魔法をも封じる魔力が込められている。あの野郎と連んでる時点でお前も使える可能性は考えてあったからな」

 

なるほど。あんな鎧に頼ってるから反魔法もまともに使えずアノスの言霊の影響を受けたのか。

 

「武器、防具、魔法具の使用を許可します。勝敗はどちらかの死亡か、ギブアップの宣言によって決します」

 

上空からのフクロウの声が、闘技場全体に響いた。

 

「それでは、これより実技試験を開始します!」

 

すぐさま、ゼペスは腰に提げた剣を抜き放つ。

刀身が煌々と燃えていた。

 

「驚いたかよ? 魔剣ゼフリード、我がインドゥ家に代々受け継がれてきた太古の炎より生まれし剣だ。これは俺の魔力は十数倍にも増幅させる。あの斬撃の魔法と言えど、この剣は切れまい」

 

ええ……これが魔剣?俺が持ってる魔剣たちとはだいぶ違うな。悪い意味で。そのまま殴って壊せるんじゃないか?

 

「お前さぁ、算数苦手って言われない?」

 

間合いを詰めながらも、ゼペスは怒気を露わにする。

 

「なにが言いたい?」

 

「一を十数倍したところで、十かそこらでしょうに」

 

「っ! 殺すっ!」

 

ゼペスが地面を蹴る。次の瞬間、目の前に奴が現れ、俺は魔剣ゼフリードの間合いに入っていた。

 

「死ねっ!」

 

…………ずいぶんと遅いな。俺が剣を持っていたら、もう百回どころか千回は斬っているぞ。

 

横一閃に振るわれた魔剣ゼフリードをそのまま受けてやろうかと思ったが、やっぱり痛いのは嫌なので咄嗟に屈んで避けた。

 

「ほう。うまく避けるじゃねえか」

 

にしても本当に弱いな、こいつ。

 

ここはそうだな……

 

「せっかく相手が剣を使ってるんだ。なら、俺も剣士として応えようか。それに——————」

 

——————そろそろ我慢の限界なんだ。

 

俺がそう言った瞬間。俺を中心に爆発的に魔力が上昇する。

 

 

 

 

 

 

「焼き尽くせ、焔華剣アグニル」

 

 

 

 

 

 

右手が魔法陣から引き抜いたのは炎を纏う赤い魔剣。

 

その瞬間、闘技場に真っ赤な紅蓮の花が咲き、ゼペスは炎の花に巻き込まれた。

 

「グアアあああァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!」

 

ゼペスが炎の中で叫び、悶え苦しむ。

 

「俺はね、別にお前なんてどうでもいいんだよ」

 

炎の中でゼペスが苦しんでいるのを見ながら言う。

 

「正直最初にお前に向けて使った言霊よりもさらに強い言霊使って降参(リザイン)させてもよかったわけ」

 

「あ、っがあああああアアアアァァァァァァァ!!!!あづい!!あづいぃぃぃいいぃぃ!!!!!」

 

「でもお前さぁ、最初に俺たちと会った時の自分の言葉覚えてる?」

 

こいつはあの時俺の()()を傷つけると言った。

 

「『そのお嬢ちゃんの顔を骸骨のようにしてやってもいいんだぜぇ』って。お前はそう言ったのね。覚えてる?覚えてるよなぁ?」

 

俺にはあいつに、ミーシャに助けられた恩がある。だから、俺はあいつを守り続ける。それが俺にできる恩返しだから。

 

「あの時、お前は俺の逆鱗に触れた。———そのまま灰も残さず死ね」

 

ああ、あづい、いだい、たずけてくれぇぇぇ。いやだ、じに゛だぐないぃぃぃ

 

今にも消えそうな声でゼペスが助けを求める。

 

「…………うん!やだ♪」

 

情状酌量の余地など無し。

 

そして、ついにゼペスが燃え尽きた。

 

「ゼペス・インドゥの死亡を確認。勝者キリヤ・ネクロン」

 

ふう、スッキリした。

 

「……あのゼペスを……一瞬で……」

 

「……圧倒的すぎる……。あいつ、何者だ。見たこともない顔だぞ……」

 

「……ネクロンの分家の養子らしいぞ……」

 

「……マジかよ……。分家とは言えネクロンに養子に入っているのか……」

 

………ちょっとやり過ぎたかな?

 

「一○分の休憩の後、次の受験者との決闘を行います」

 

「いらない。さっさと終わらせよう」

 

こんな雑魚どもとの準備運動にもならない決闘になんざ付き合ってられるか。

こんなのを後四人も相手にしなければならねぇんだぞ。

さっさと終わらせてミーシャたちと合流しよう。

 

「キリヤ・ネクロンの申し出により、休憩を省略します」

 

その後、危なげなく全ての決闘を制した俺は大鏡の間という場所に通された。

 

心残りがあるとすればアノスに当たらなかったことぐらいだな。できれば戦ってみたかった。

 

 

 




・焔華剣アグニル

炎を纏った赤い魔剣。
この世界で初めて収納魔法を覚えた際に、魔法を使ったことがないにも関わらず大量の魔剣と共に出てきた。



主人公の謎

元がただの日本人中学生にも関わらず平気で人を殺せる。


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第4話 魔力測定

すごい今さらだけどHSDD要素は13章とかになったらにわかじゃなくなるから。気長に待ってくれ。




大鏡の間に移動すると、すでにミーシャとアノスがいた。

俺が一番最後か。

 

「ずいぶんと派手にやったな、キリヤ」

 

「手加減はしないタイプだ」

 

ミーシャを傷つけるって言った時点で探し出して殺すことを即決したからちょうど良かったし。

 

「……キリヤ……」

 

「はい、何でしょうか」

 

「……やり過ぎは良くない……」

 

ごめんなさいとしか言えねぇ……。

 

「……でも……ありがとう……」

 

……恥ずかしいな……。

 

「……どういたしまして……」

 

俺はそう言いながらミーシャの頭を撫でた。

 

「……ん……」

 

ミーシャがくすぐったそうに目を細めた。

 

そういえば自然と流していたが、なんでこいつら俺がやったこと知ってんだ?あとさ………

 

「何で俺ら避けられてんの?」

 

「……私たちと言うより……」

 

「俺だな」

 

何やったんだよ。

お、決闘の記録映像見れるのか。ああ、なるほどね。

 

「これで俺の試合を見たのか」

 

「ああ、そうだ。それにしても焔華剣と言ったか。いい魔剣だな、あれは」

 

「そりゃどうも」

 

手持ちの中でも特に火力が一品だ。

 

……俺が魔法陣に収納している魔剣は非常に多い。数十本はある。

 

ただし、おかしな点が一つ。

 

俺は魔法陣にものを収納する技術をネクロンの家にある本で知った。

ミーシャは使えなかったみたいなのでなんとか独学で使えるようになったが、ここである問題が発生。

 

なんとすでにものが、それも大量の魔剣が収納されていた。

ミーシャが言うにはどれも一級品どころではなく、中には神々の時代のものであろう魔剣も入っていた。

 

そして、これらの魔剣に対しても覚えるのだ。

 

そう、

 

()()()を。

 

それも今までとは比べ物にならないほどの強いものを。

あろうことか今の時代では貴重どころの話ではないレベルの魔剣()()に対して既視感を覚えるのだ。

それこそアノスと会った時と同レベルで。

 

ていうかあいつも何なんだろうか。

 

ホントどうにかならんのかこれ。そろそろ気持ち悪いんだが……はぁ……。

 

まあ、今はそんなことはどうでもいい。それよりもアノスの試合…を……。

 

「……何これ?」

 

二つ疑問がある。まず一つ。

 

「このゼペスそっくりのやつ、誰?」

 

映像の中のアノスは先程殺したゼペスに瓜二つの魔族と戦って、いや、一方的に攻撃していた。

 

「ゼポスとかいうやつでな。なんでもゼペスの双子の弟らしい」

 

兄の仇討ち、ってか。

 

「美しい兄弟愛だこと」

 

「まあ、俺に負けたあとさらに上の兄に殺されていたがな」

 

えぇ………。

 

映像の中ではそのゼポス?とか言うやつがまた新しく出てきたやつに殺されていた。こいつがそのさらに上の兄とやらか?

 

ていうか………

 

「……何、この魔法?」

 

ゼポスは何度もアノスに殺されては()()されていた。

 

「<蘇生(インガル)>と言う魔法だ。死後三秒以内なら死者をノーリスクで蘇生できる。俗に言う三秒ルールだ。と言うか観客席にいた奴らも驚いていたが、<蘇生(インガル)>を知らんのか」

 

「知らないし、何でそのネタ知ってんだよ」

 

使い方違うけど。

 

映像内ではさらに上の兄だと言うリオルグに殺されたゼポスが突然蘇生されて、リオルグに拮抗していた。ただし蘇生の様子が今までと違う。

 

腐死(イグルム)>と言うらしく、死者を腐死者(ゾンビ)として蘇生するものだそうだ。ただし魔法をかけられた者は絶大な魔力を得る。その代償として、殺されたときに抱いた憎悪に身を焦がし、癒えぬ傷の痛みに苛まれることになるそうだが。

 

「悪趣味だなー」

 

「む、まだまだ序の口だぞ?」

 

「アノスは鬼畜外道。だから避けられる」

 

「それは先程撤回しただろう」

 

ミーシャもアノスに対して中々に辛辣だった。

 

「て言うかミーシャは怖くないわけ?」

 

「キリヤは?」

 

「俺は気持ち悪いって思うぐらいだな」

 

「私も。怖いものはない」

 

ミーシャが怖がるところは想像がつかない。ぼんやりしているとも言えるが、基本的に物怖じしない性格だからな。

 

そう考えているとフクロウが飛んできた。

 

「只今より、魔力測定を行います。魔力水晶の前にお並びください。測定後は隣の部屋に移動し、適性検査を行います」

 

「キリヤ、魔力水晶とは何だ」

 

「名前の通り魔力量を計測する魔法具だ」

 

「ほう、今の時代はそんなものがあるのか。で、それはどこにあるんだ?」

 

「知らん」

 

「こっち」

 

ミーシャが歩き出したので俺たちはそれについて行くことにした。

 

……待て。今こいつなんて言った?()()()()って何だ?

 

あの魔力量と言い、一体何者なんだ?

 

そんなことを考えている間にも、他の受験者たちは俺たちと違って場所を知っているようで、どんどん進んで、しばらくして数本の列が形成され始めた。

 

……アノスのことは後回しにしとこう。

 

魔力水晶はいくつもあり、各箇所で測定が行われている。

 

さっきもアノスに説明したが魔力水晶とは魔力量を調べる魔法具だ。

魔力水晶は紫色の巨大なクリスタルで、大鏡とセットになっており、クリスタルに触れると魔力を検知し、その結果が大鏡に映し出されるようになっている。

 

「126」

「218」

「98」

「145」

 

大鏡の前にいるフクロウが数字を口にしている。それが測定した魔力というわけだ。

 

魔力測定は数秒で結果が出る。列はみるみるうちに進み、ミーシャの番だった。

 

「がんばれよー、ミーシャ」

 

「結果は同じ」

 

確かに頑張ったところで魔力が増減するわけでもないけどな。

 

「気持ち的な問題だよ。まあ、とにかく、がんばれ」

 

ミーシャは無表情で俺をじっと見る。

 

「……ん……」

 

そう返事をして、彼女は魔力水晶に触れた。

数秒後、大鏡に結果が表示される。

 

「100246」

 

さすがとしか言えないな。

 

「すごいな、ミーシャ」

 

アノスが褒めると、少し照れたのか、彼女は俯いた。

 

「……キリヤ……」

 

「すごくないって言える人いるのか?」

 

「……ありがとう……」

 

「おう」

 

「キリヤも、すごい」

 

まだ何もやってないんだけど。まあ、次俺の番だけどな。

 

そう考えながら俺は魔力水晶に触れる。すると———

 

バキッ、という嫌な音とともに魔力水晶に今にも壊れそうなほど大きなヒビが大量に入った。

 

「26335004」

 

「ほう、すごいな」

 

「……そりゃどうも」

 

「水晶を交換しますので、次の方は今しばらくお待ちください」

 

フクロウが飛んできてひび割れた水晶を交換した。

 

「……アノスは、もっとすごい……?」

 

「ああ」

 

アノスがそう口にしながら新しい魔力水晶に触れた。

 

「0」

 

フクロウが言うのと同時、バシュンッと音を立てて魔力水晶が粉々に砕け散った。

 

「全員分の計測が終了しました。受験者の皆様は適性検査にお進みください」

 

魔力水晶が壊れることってあるのか……初めて見たわ。音がすごかったな。バキッ、とかピキッ、とかですらなくバシュンッ、だからな。

 

「そう言われても、0はありえないと思うぞ……」

 

そりゃそうだ。それでは魔法は使えない。考えればわかることだが、フクロウは言った。

 

「計測は終了しました。適性検査にお進みください」

 

つっかえねぇ使い魔だなぁ。だが———

 

「使い魔はこういうもんだからなぁ」

 

「使い魔は命令に従うだけ」

 

俺とミーシャがそう言う。

 

「まあ、そうみたいだな」

 

じーっとミーシャがアノスの顔を見つめる。

 

「どうした?」

 

「……初めて見た……」

 

「なにがだ?」

 

「魔力が強すぎてヒビを入れるならともかく、魔力水晶が壊れるところは初めて見た」

 

魔力水晶の構造としては触れた者の魔力に反応して水晶を肥大化し、水晶の体積がどれだけ増えたかを計測して、それを数値に変換している。

 

しかし、一定以上の魔力になると限界を超え、体積を増やすどころか、激しい魔法反応により粉々に砕け散ってしまう。

 

「俺も限界ギリギリだったってことか?」

 

「だろうな。しかし、そういうことなら0じゃなくて、測定不能ってことにしておいてくれればいいのにな」

 

「無理」

 

ミーシャが速攻で否定した。

 

「なんでだ?」

 

「魔力水晶は壊れない」

 

「ヒビを入れたやつがお前のすぐ隣にいるし、俺が壊したぞ」

 

「キリヤとアノスは規格外」

 

「でも、ミーシャには分かったわけだろ?」

 

「魔眼は得意。他の人には無理」

 

魔力がデカすぎて使い魔には何も分からないだろうな。誰かが直接見ていなければいけないだろう。

そもそも全ての試験を使い魔に任せっきりにするのが間違っていると思うが。

 

「キリヤみたいに分かる人には分かる。でも、大体無理」

 

そもそも入学試験で俺やアノスみたいに魔力水晶にダメージを与えるほどの魔力の持ち主が来るとは想定していないだろう。そもそも壊れたという前例が無いしな。

 

「まあ、お前たち二人でも分かるならいいか」

 

「そう?」

 

「おう。ありがとな」

 

無表情で考えた後、ミーシャはアノスに言った。

 

「どういたしまして」




・大量の魔剣

魔法陣の中に収納されていた大量の魔剣。
一つ残らず全てが神々の時代における魔剣と同等レベル、または当時の代物である。
キリヤは全ての魔剣に既視感を覚えた。


・ゼポス・インドゥ

ゼペスの双子の弟。双子の兄であるゼペスを尊敬しており、兄の顔に泥を塗ったアノスの相手をしたが瞬殺された。
試合の大まかな流れは原作のゼペスを参照。


・交換された水晶

キリヤの場合ただ破損しただけで、無いだろうとは思いつつも準備していたので交換されたが、アノスの完全に破壊されるというパターンは想定されていなかったためフクロウには命令されておらず、水晶も交換されなかった。
幸いにも測定するのはアノスで最後だったので後続の者たち全員評価0ということには至らなかった。


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第5話 適性検査

まさかの一日二話投稿。




魔力測定が終わって適性検査が行われている部屋に入ると、石像の上にいたフクロウが口を開いた。

 

「魔法陣の中心に入り、適性検査を受けてください」

 

床にはいくつもの魔法陣が描かれており、すでに適性検査を受けている生徒たちはその中心に立っていた。

 

「……じゃ……」

 

「また後で」

 

「おう。後でな」

 

ミーシャとアノスは空いている魔法陣の中心まで歩いていった。

俺も適当な魔法陣を見つけ、その中心に立つ。

 

すると、<思念通信(リークス)>でも使っているのか頭の中に声が響いてきた。

 

『適性検査では、暴虐の魔王を基準とした思考適性を計ります。また暴虐の魔王に対する知識の簡単な確認を行います。思念を読み取るため、不正はできません』

 

思念を読み取れば確かに嘘は通じないだろうがな。現代日本だと一部の馬鹿がプライバシーの侵害だのなんだの騒ぐんだろうな。この世界の人間はどうなんだろうか。

 

『では最初に、魔王の始祖は名前を呼ぶことさえ恐れ多いとされていますが、その本名をお答えください』

 

アヴォス・ディルへヴィアだな。たまに違和感を感じるが。

 

『神話の時代。始祖はディルヘイドを壊滅させる、< 獄炎殲滅砲(ジオ・グレイズ)>の魔法を使いました。これにより、ディルヘイド全てが焦土と化し、多くの魔族の命が失われました。なぜこのような暴挙を行ったのか、このときの始祖の気持ちを答えなさい』

 

平和な時代に転生させるためだっけ。これもなんか違和感あるんだよなぁ。

 

『逆らう者は皆殺し。というのが始祖の信条であったと言われていますが、これが魔王として正しい理由を、あなたの考えで述べなさい』

 

余計な犠牲者を減らすため、とか?

 

『では、続いての問題ですが———』

 

などと、退屈な適性検査は続く。

 

それから三○分後———

 

適正検査が終了し、俺はその部屋を後にした。

帰り際になにやら入学について説明していたフクロウの言葉を軽く聞き流して、大鏡の間を抜ける。

 

すると、すでに外にミーシャとアノスがおり、何やら話し込んでいた。

 

「よっ。何話してんだ?」

 

アノスがこちらに振り向いた。

 

「来たか。なに、せっかくだから合格祝いに二人ともうちに来ないかと聞いていたところだ」

 

「二人?俺もか?」

 

「当然だろう、()()()()()()()()()

 

………………友だち、ね。

 

「……キリヤ、どうした……?」

 

ミーシャが問いかけてきた。

 

「え?」

 

「表情が思いっきり暗くなったぞ」

 

アノスに指摘されて気付く。知らないうちに表情に陰が差していたらしい。

 

『友だち』という言葉を聞いて、日本にいた頃の事を色々思い出した。

 

日本にいた頃はどっかの馬鹿のせいで俺のイメージが悪くなり、友人なんてほとんどいなかった。唯一友人と言える人物は昔近くに住んでいて県外に引っ越してしまい、中学の社会科見学で奇跡的に再会できた男友達だけだ。

 

一応一つ上の幼馴染がいたが、こちらも海外に引っ越してしまって、もう顔も覚えていない。

 

その男友達だけが中学生になってもまともな友人と言える唯一の人物だった。俺がこの世界に来た日に行こうとしていたのもこいつの家だ。

 

……もし、日本に戻ることができたら謝らないとな。

 

「……いや、なんでもねぇよ。ぜひ、ご招待にあずかろう」

 

「ああ、そうしろ。母さんがご馳走作って待ってるだろう」

 

「それは楽しみだな」

 

俺の言葉に同意を示すようにミーシャがこくりと頷いた。

 

「よし、二人とも掴まれ」

 

「こうか?」

 

「こう?」

 

「それじゃ、置いてかれるぞ」

 

「<飛行(フレス)>なら使える」

 

そうだな。掴まるまでも無い。

 

「いいから、もっと掴まってみろ」

 

「了解」

 

「分かった」

 

俺とミーシャは素直にアノスの手を強く握った。

地面に魔法陣が浮かび上がり、目の前の風景が真っ白に染まる。

 

次の瞬間、目の前には鍛冶・鑑定屋『太陽の風』の看板が掛けられている木造の建物があった。

 

「ついたぞ。俺の家だ」

 

アノスがそう口にするが、ミーシャはじーっと目の前の看板を見つめたままだ。

表情に変化はないのだが、なんとなく気配で驚いているというのが分かる。

 

いや気持ちは俺も分かる。だってこれ……

 

「<転移(ガトム)>か?失われた魔法の……」

 

「なんだそれ?」

 

「使い手がいなくなった魔法のことだ。ほとんどが神話の時代に失われた」

 

「……アノスは天才……?」

 

はは、とアノスが笑った。

 

「……本気……」

 

「いやいや、悪い。これぐらいで天才って言われるのがこそばゆくてな」

 

否定もしてないけどな。

 

「……アノスは何者……?」

 

「魔王の始祖だ」

 

ずっと無表情だったミーシャが目を丸くして驚いた。もちろん俺も。

 

「……転生した……?」

 

「信じるか?」

 

ミーシャはじっと考え、その間に俺が訊く。

 

「証拠とかあるのか?」

 

やっぱそこなんだよ。

 

「俺が証拠だ。この俺の魔力がな。もっとも、この時代の連中は魔眼が弱すぎて、俺の力の深淵を見ることさえできないようだが」

 

「えぇ……」

 

訊いておいてなんだけど雑だな、おい。

 

「いや、見ようと思えば見えるけども」

 

「……何?」

 

「……キリヤは見える……?」

 

なぜかミーシャが訊いてきた。いやお前は俺よりも魔眼()が良いだろ。

 

「アノスの魔力は膨大。キリヤよりも。私には底が見えない」

 

「ふむ、妙だな。俺から見てもミーシャの方が魔眼()が良いように思う」

 

アノスは俺と同じ意見らしい。

 

「まあ、分からないことを今悩んでも仕方がない。行こう」

 

「おう」

 

「……ん……」

 

アノスは『太陽の風』のドアを開けた。




・男友達

日本にいた頃家族一同キリヤに良くしてくれた友人。第1話「異世界」の冒頭でキリヤが泊まろうとしていたのは彼の家。
キリヤ曰く「マジで良いやつ」。


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第6話 アノスの両親

カランカラン、と店のドアベルが鳴った。

 

「いらっしゃ———あ、アノスちゃん、おかえりなさい」

 

店番をしていた女性がアノスの方へ歩いてくる。

奥の方からは何か金属を叩くような音が聴こえてくる。

 

「……ど、どうだった?」

 

緊張した面持ちで女性が言う。

 

「合格したよ」

 

そう口にすると、女性がほっとしたように顔を綻ばせ、アノスをぎゅっと抱きよせた。

 

「おめでとうっ! おめでとう、アノスちゃんっ! すごいわ! 一ヶ月で学院に合格しちゃうなんて、本当にどうしてそんなに賢いの、アノスちゃんはっ! 今夜はご馳走にするわねっ!!」

 

おお……すごくテンション高いな。

会話から察するに彼女はアノスの母親だろうか?

 

「アノスちゃんはなにが食べたい?」

 

「そうだな。できれば、キノコのグラタンがいい」

 

ちょくちょく思うんだけどなんでこの世界地球と同じ料理があるの?

まあ、美味けりゃなんでもいいか。

 

「ふふー、わかったわ。キノコのグラタン、アノスちゃん、大好きだものね。そう言うと思ってお母さん、ちゃーんと下ごしらえしてあるのよ」

 

なんかこの人見てると母さんを思い出すな……。

 

「ああ、それと母さん、お客さんがいるんだが」

 

「ん?お客さん?だあれ?」

 

アノスが振り向き、背中に隠れるようにしていた俺たちを紹介する。

 

「ミーシャ・ネクロンとキリヤ・ネクロンだ。今日学院で知り合った」

 

俺とミーシャは一歩前へ出て言う。

 

「……よろしく……」

 

「お邪魔します」

 

俺とミーシャhぺこりと頭を下げた。

すると、なぜかアノスの母親は驚いたような表情で、口元に手をやっていた。

 

「アノスちゃんが……アノスちゃんが……」

 

母さんは動転したように大声で口走った。

 

「わたしのアノスちゃんが、もうお嫁さんを連れてきちゃったよぉっーーーーーーーー!!!」

 

「……What's?」

 

「……わたしのこと……?」

 

「いや、悪い。ちょっと母さん、早とちりなところがあるから」

 

いくらなんでも限度があるだろ。

 

「……そう……」

 

ていうか俺の存在はどうなった。

 

「いいの。いいのよ、アノスちゃん。アノスちゃんの幸せが、お母さんの幸せなんだからね。お母さん、反対しないわ……」

 

目尻を拭い、涙ながらに彼女が言う。

 

「母さん。盛り上がってるところ悪いんだけど……」

 

バタンッと勢いよく奥のドアが開かれた。

 

「アノスッ! でかした。それでこそ、男だ!!」

 

……増えた。

 

「振り返れば、お前が生まれたのがつい先日のように思い出される」

 

男性はなんだか気取ったポーズを決めて、窓に視線を注いでいる。

 

「いつか、父さんはこんな日が来るだろうと思っていたんだ。だけど、長いようで少し短かったな」

 

大げさだな、おい。

 

「いや、めでたい。イザベラ、今夜はご馳走だ。派手に祝うぞ」

 

「うん、分かってるわ、あなた。アノスちゃんの門出だものね」

 

満面の笑みを浮かべる男性、おそらく父親と、また涙ぐむ母親。

二人は向かい合い、うんうんとうなずいている。

 

「……お父さんも、早とちり……?」

 

ミーシャがアノスに訊く。

 

「そうだ……」

 

「よし、そうと決まれば、早速料理を作ろう。ほら、イザベラ、笑顔だ、笑顔」

 

「うん、そうね。アノスちゃんのおめでたい日に、お母さんが泣いてちゃだめよね。大丈夫、ちゃんと笑えるわ!」

 

呆然とする俺たちをそっちのけで、二人はどこまでも盛り上がっていく。

 

いや、そもそもさ……

 

「友人とはいえ会って一日も経ってないやつに義理とはいえ妹はやれんぞ?」

 

「「…………」」

 

やべ、なんかやらかしたか。

 

「「禁断の恋ね(か)!!!」」

 

「「は?」」

 

俺とアノスの声が重なった。

 

「血の繋がった兄と妹の禁断の恋!良いわね〜〜!」

 

いや、義理だって。

 

「安心しろ!キリヤ君と言ったな!?大丈夫だ!例え血の繋がった兄妹でもその愛は本物だ!アノスの相手じゃなかったのは残念だが、おじさんは応援してるぞ!!」

 

いや、だから義理ってば。

 

「あのさ、母さん、父さん」

 

どうやらアノスが誤解を解いてくれるらしい。実の息子の言葉なら聞くだろう。

 

「ああ、いいんだ、アノス。今日は手伝わなくても、父さんたちだけでやるから。今日は友人二人を祝福してあげなさい。ほらほら、二人に部屋でも見せてやりな」

 

ダメだった。

 

アノスの父親に背中をぐいぐい押されるがまま、二階に上がり、アノスの部屋らしき場所までやってくる。

 

ドアを閉める直前、父さんはキリリと表情を引き締めた。

 

「いいか、キリヤ君、ミーシャちゃん。料理には二時間かかる。ちょっとぐらい大きな声を出しても、母さんには聞こえないよう、うまくやっとくからな。その時はアノス、お前も気を使って部屋から出るように」

 

すいません、あなたは何を言っているのでしょうか。

 

「あの、すいません。アノスのお父さん」

 

「安心しろ。こういうことは任せとけ」

 

なんでだろう。任せちゃいけない気がする。

 

訂正する間もなく、彼はドアを閉める。

その直前、なんだかいやらしい声で言ったのだ。

 

「ごゆっくり」

 

「悪い、キリヤ、ミーシャ。後で冷静になったときに話しておく」

 

「……ん……」

 

「期待しないでおこう……」

 

こいつの両親の思考回路どうなってんだ。

 

怖いものはない、というだけのことはあり、こんな状況でもミーシャは物怖じしない。

アノスの部屋にぼーっと視線を巡らせている。

 

「……なにもない部屋……」

 

「引っ越してきたばかりだからな」

 

「あの二人、やっぱ人間か」

 

「どうも薄く魔族の血が混ざっているらしい」

 

なるほどね。だから招待状が届いたわけだ。

 

「でも、ほんとに悪かったな。騒がしい両親で」

 

ミーシャは首を左右に振る。

 

「……慣れてる……」

 

「確かにミーシャの父さんも、似たようなところあるな」

 

「……違う……」

 

「ああ、悪い。さすがにうちほどじゃないか」

 

ミーシャはまた首を左右に振った。

 

「……お父さんじゃない……」

 

「今朝、見送りに来ていたのが父親じゃないってことか?」

 

「親代わりなんだよ。実の親は忙しい」

 

ミーシャの代わりに俺が答える。

 

「ふむ。そういえば義理の兄妹だと言ったな。どういう意味だ?」

 

「どういう意味も何もそのまんまだよ。俺は魔力量を見込まれてネクロン家に拾われたの」

 

「お前の親はどうした」

 

「ちゃんといるし生きてるよ。たぶん」

 

日本の様子分からないからなんとも言えないけどな。

 

「そもそも俺、この世界で生まれたわけじゃないし」

 

「何だと?」

 

「……キリヤ……」

 

ミーシャが心配そうな声音で俺の名前を呼ぶ。

 

「……話して大丈夫……?」

 

「アノスなら大丈夫だろ」

 

 

 

 

 

 

◆◆◆〜説明中〜◆◆◆

 

「ふむ……地球、そして日本、か」

 

説明が終わった後、アノスはしばらく熟考していた。

 

「魔法が無い代わりにカガクという技術が発展した世界か。色々驚くことばかりだな」

 

魔法に関しては俺みたいな一般人が知らなかっただけかもしれないけどな。

 

「ミーシャの時もそうだったよ」

 

「ん。不思議が一杯」

 

「今の話に出てきた魔剣とやらを見せてくれるか?」

 

俺は魔法陣から例の折れた魔剣を取り出した。

 

「ほい、これだ」

 

「ありがとう……む? これは……いや、しかしそんなはずは……」

 

「どうした」

 

何か悩んでいるようだが。

 

「実はな、この魔剣の折れた刀身は俺が持っている」

 

何だと?

 

「追想剣と言ってな。失われた記憶を復元する魔剣だ。諸事情あってとある人物から預かっている」

 

おお。やっと謎が解明されるのか!?

 

「刀身はどこにある?」

 

ミーシャがアノスに訊く。

 

「手元には無い。城の地下にある宝物庫に保管している」

 

へー。仮にアノスが本物の魔王だとすれば結構簡単に行けそうだな。いやでも今は学院になっちゃってるしなぁ。どうなんだろうか。

 

「すぐに行くのは難しいか?」

 

「行こうと思えば行けるがな。お前がどうしたいかだ」

 

俺は別に急いではいないしな。

 

「俺は別に今すぐじゃなくてもいいぞ」

 

「そうか、まあお前がそれでいいならそれでいい」

 

「……今じゃなくて、いいの……?」

 

ミーシャが心配そうな声音で俺に訊くが……

 

「何なのか分かっただけでも儲けものだ。焦ることも無いだろ」

 

この世界に来てから結構経つけど、やっと先に進めたんだ。今はそれを喜ぼう。

 

「二兎を追う者は一兎をも得ずって言うしな」

 

「なんだ、それは?」

 

「地球のことわざ。二つのことを同時に成し遂げようとしても、結局どちらも失敗するよ、ってこと」

 

あ、そういえば……

 

「お前に魔剣の刀身を預けた人物って誰なんだ?」

 

「ん? ああ、剣皇と呼ばれた魔族がいてな。知ってるか?」

 

超大物出てきた!?

 

「……有名な魔族の剣士……単騎で国を落としたって言われてる……」

 

ミーシャがアノスに説明する。

 

「名前は?」

 

「……失伝している……」

 

剣皇に関する記録は異常なほど少なく、その数少ない記録の中でも『剣皇』と記述されているため、名前は後世に伝わっていない。

 

分かっていることはあの暴虐の魔王と互角に戦うほど強い魔族の剣士だったということぐらいである。

 

「お前が本当に暴虐の魔王だって言うんだったら剣皇の名前も知ってるんじゃないか?」

 

「知っているには知っているがな。……いや、まだお前には伏せておこう」

 

ふ〜ん…………話せない内容なのか?

 

「少し問題があってな。今はまだ知らない方がいいと思う。すまない」

 

「ま、いつか分かれば良いさ。急いでるわけじゃないし」

 

「そう言ってもらえると助かる」

 

いつになるかは分からないけどな。

 

「話を戻すか。ミーシャには他に家族はいるのか?」

 

ほんの少し考えてから、ミーシャは言った。

 

「……お姉ちゃん……」

 

「仲がいいのか?」

 

すると、ミーシャは黙った。

 

「……わからない……」

 

するとアノスは何か知らないかと訊くようにこちらを向いたが俺は首を振った。

 

「会ったことないんだよね、俺」

 

ミーシャに姉がいるのは聞いたことあるが実際に会ったことは一度もない。

なんか「破滅の魔女」とか呼ばれてすごい有名ってのは知ってるけど。

 

「名前だけなら知ってるぞ」

 

「何という」

 

「……サーシャ……」

 

「ふむ、聞いたことないな」

 

マジかよ。魔族の間じゃ結構有名なんだけどな。

 

「……心配……?」

 

「おう。まあな」

 

「……優しい……」

 

「俺がか?」

 

はは、とアノスは思わず笑い声をこぼした。

 

「……おかしかった……?」

 

「いやいや、そんなことを言われたのは初めてだからな」

 

「……なんて言われる……?」

 

「そうだなぁ……お前が生きてるとこの世のためにならないとか、鬼、悪魔、この外道、貴様の血は何色だ、ってのはよく耳にしたな」

 

ミーシャはじーっとアノスを見つめた。

 

「いじめられてた?」

 

「俺がか? まさか。ま、原因は俺にある」

 

だが、アノスがきっぱり否定したにも関わらずミーシャは言った。

 

「……いじめる方が悪い……アノスは悪くない……」

 

「いや、そうは言ってもな」

 

ミーシャは背伸びをして、アノスの頭にそっと触れる。

 

「よしよし」

 

「何か誤解されているような気がするのだがこの場合どうすればいい、キリヤ」

 

「諦めてくれ」

 

こいつはこうなると止まらん。

 

その後、料理ができるまでの間しばらく、とりとめのない会話を交わして穏やかな時間を過ごした。




・地球と同じ料理

実はちゃんとした理由がある。
あらゆる世界は今は存在しない■■■界ア■ケーが元となっている。
その残滓というか残り滓があらゆる世界に残っているため、料理に限らず違う世界同士で同じものがあったりすることがたまにある。
※独自設定


・追想剣

祠に納められていた折れた魔剣の正式名称。
失われた記憶を復元する力を持つ。


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第7話 友人

夕食の準備ができたということで、俺たちは居間に移動した。

食卓にはアノスの大好物だというキノコのグラタンを始めとして、豪華な料理が並べられていた。

 

「さあ、召し上がれ」

 

アノスの母親、イザベラさんがそう言って、大皿に入ったグラタンを、小皿に取り分けてくれる。

 

芳ばしい匂いがする。

 

「キリヤくんにミーシャちゃんも、沢山食べてね」

 

「……ん……」

 

「ありがとうございます」

 

「では、さっそくいただこう」

 

さて、さっそくいただきますかね。まさか異世界で地球の料理を食べられるとは思わなかった。似てるだけの別物かもしれんが……。

 

お、これはなかなか……

 

「美味いです」

 

「あら、ありがとう♪」

 

「これは……!?」

 

ん? なんか隣でアノスが驚いてる?

 

「このグラタン、キノコが三種類も入っているだと!?エリンギにマッシュルーム、それにポルチーニダケ。いつもは一種類だけなのに!」

 

「お母さん、奮発しちゃったわ」

 

いや、それそんなに感動することか?

 

「ほらほら、召し上がれ」

 

「う……!」

 

なんか涙流してるよ……。

 

「……アノスはお母さんの料理が好き……?」

 

「ああ、当たり前だ!」

 

「あら、嬉しいわー。ふふー、アノスちゃんはすぐに大きくなっちゃったけど、食べてるときの顔はまだまだ子供だよねー」

 

「ところで、お母さん、ちょっと訊きたいんだけどね……」

 

そう前置きをして、イザベラさんは真剣な表情を浮かべた。

 

「キリヤくんにミーシャちゃんは、アノスちゃんのことどう思う?」

 

「がはっ、がはっ……」

 

あ、むせた。

 

「あ、アノスちゃん、大丈夫っ?」

 

「お、おう……」

 

しかしどう思う、か。

 

「それはもちろん友人として、ですよね」

 

「まさかもうイケナイ関係にっ!? だ、ダメよ! 男同士でそういうのは!」

 

「断じて違う」

 

おっと、ついタメ口が。

 

「……優しいところ……」

 

淡々と言葉が発せられた瞬間、イザベラさんはぐっと拳を握った。

 

「そうっ、そうなのよっ! アノスちゃんって本っ当に優しいのっ! だってね、だってね、アノスちゃんは本当は一人でディルヘイドに来ようとしてたんだけど、お母さんが寂しいっていうのを知って、一緒に連れてきてくれたのよ!!」

 

親バカってやつか?異世界にもいるんだな。

アノスも恥ずかしそうに顔を逸らしてる。

 

「……親孝行……」

 

「そうでしょそうでしょっ。ミーシャちゃんって、わかってるわ。さすがアノスちゃんが友達に選んだだけのことはあるわね」

 

「俺も友人が作れて嬉しいです」

 

「あら、ありがとう♪ これからもアノスちゃんと仲良くしてあげてね? そうだ。もう一個気になってたんだけどね?」

 

ん?なんだ?

 

「ミーシャちゃんとキリヤくんの馴れ初めって、どうなの?」

 

「ゲフッ、ゲホッ……」

 

こ、今度は俺がむせた……。

 

「キリヤ、大丈夫?」

 

ミーシャが心配して声をかけてくれた。

 

「だ、大丈夫、大丈夫」

 

「あのな、母さん」

 

お、訂正行くか。

 

「アノスちゃんはキノコのグラタンおかわりいる?」

 

「なにっ? まだあるのか。もらおう」

 

「待てや、おい」

 

こいつあろうことか誘惑に負けやがった。

 

「おい、アノス」

 

……ダメだ、反応しねぇ。夢中になってグラタンに食らいついてやがる。むしろちょっと怖いぐらいだ。

 

「動物かよ……」

 

「それでそれで、二人の馴れ初めって、どうなの?」

 

「……馴れ初め……?」

 

「どんな風に出会ったの? どっちから声をかけた?」

 

「……声をかけたのは、私……」

 

「まあ。 どんな風に?」

 

「……怪我をしてたから、治したい……」

 

「まーっ、優しいのねー!」

 

あの時は本当に助かった。

 

こっちの世界に来た時の反動は凄まじいもので、全身筋肉痛に加えてあちこち内出血。おまけに片足は靭帯断裂。

まあ今はもう完治してるが。魔法ってスゲー。

 

「それが二人の出会い、ってわけねー。いいわねー、こういうのも。じゃあ、じゃあ、あのね……その、二人は、もう……キスした?」

 

よし。この質問をきっかけにして、本当のことを説明できそうだな。さすがにキスをしていないで恋人同士というのは疑わしいだろう。

 

「……してない……」

 

「ええぇぇぇぇぇぇ、結婚までとっておくなんて、ロマンチックゥゥっ!!」

 

……くっそ、そう来たか。

 

興奮するイザベラさん。グスタさん(アノスの父親)は酒を飲みながら、息子の交友関係に満足するように一人うんうんとうなずき、遠くを眺めている。

とりあえず、そのうち落ちつくだろうと思っていたが、イザベラさんは終始テンション高めで、まくしたてるように喋ってくるので、ミーシャのことを訂正する隙はまったくない。

 

あれよあれよという間に夕食は終わり、そのまま賑やかに喋り続けている間に夜もすっかり遅くなってしまった。

 

こっちの世界に来てから一番平和な時間だったかもしれない。

 

……さすがにアノスがまだ生後一ヶ月という事実にはミーシャ共々驚いたが。

成長(クルスト)>という魔法らしい。

 

 

 

 

 

 

◆◆◆◆◆◆

 

「二人とも手を出せ。<転移(ガトム)>で家まで送ろう」

 

「場所も分からないのにか?」

 

「家の場所を思い浮かべてくれ。思念を読み取って送る」

 

「……できる……?」

 

「余裕だ」

 

ミーシャがじっとアノスを見る。

 

「……すごい……」

 

俺たちは自分たちの家を思い浮かべる。

 

「今日は悪かったな」

 

突然、アノスが謝罪をしてきた。まあ理由は分かる。本当に謝罪の気持ちがあるんだったら……

 

「あの両親の手綱は握っとけ」

 

「……善処しよう」

 

やらないやつじゃん、それ。

 

「……楽しかった……」

 

「二人には後で朋友と訂正しておく」

 

朋友って。また古い言葉使うなぁ。

 

「……朋友……?」

 

「友達ってこと」

 

俺の解説を聞いたミーシャは自分、俺、アノスを交互に指さした。

 

「……友達……?」

 

「違ったか。ではなんと言うんだ、こういう関係のことを?」

 

ミーシャは首を横に振り、それからにっこりと笑った。

 

「……嬉しい……」

 

「そうか」

 

「……ん……」

 

アノスの手に魔力が集まる。

 

「じゃ、また学校でな」

 

「おう、じゃあな」

 

「……さよなら……」

 

俺とミーシャの体が消えていき、俺たちは転移した。

 

 

 



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第8話 魔王の実力の一端

んー、投票に星3が二つも付いたんだけど何がいけないんだろう……つってもまだ三人しか投票してもらえてないけど。
「HSDD要素あるって言うから読んだのに全くねぇじゃん!」って感じで怒ってんのかね。

てなわけでタグを一つ変更しました。

「HSDD要素はにわか(マジで)」→「HSDD要素は当分無し」

……でもお気に入り登録があるってことは、面白いと思って読んでくれてる人もいるってことなんでね(たぶん)。頑張るぞ!




数日後———

 

俺とミーシャはフクロウが届けてきた制服に身を包んで学院に来ていた。

 

魔王学院には制服が二種類あり、主に純血の魔族が着る黒い制服。もう一つは混血の魔族が着る白い制服で、それぞれの制服を着る者は黒服、白服と呼ばれている。俺とミーシャが着てるのは白いやつ。

 

制服の腕の肩付近に付けられた校章には三角形、四角形のように多角形の烙印が押されており、成績が高いほど角が多い。俺とミーシャはどちらも白服では最高の六芒星。

 

“白服で“と言ったのは、黒服にはまだ上の七芒星があるからだ。大方差別意識的なものだろう。七芒星のやつ一人も見かけなかったけど。

 

にしても……

 

「まだ来ないな、アノス」

 

「……ん……」

 

今俺たちは二組の教室である第二教練場でアノスを待っている。

 

掲示を見た限り同じクラスのはずだから、単純にまだ来てないかもしくは迷っているかのどちらかだろう。

 

試験の日の様子を見た限り学院内の構造は知らない可能性が高い。

 

ただ、もしもあいつが本当に暴虐の魔王だとしたら自身の居城であるデルゾゲート内で迷うとは考えにくい。

 

「当時とは構造が変わってるってことか?」

 

それか単純にそれぞれの試験をどこでやるのか把握していなかったかのどちらかだな。

 

まあこんな感じでだらだらと考察していたら教室の扉が勢いよく開いてアノスが入ってきた。

 

「みんな、おはよう! このクラスは俺が支配してやるからな! 逆らう奴は皆殺しだ!」

 

……満面の笑みを浮かべ、爽やかな声でわけの分からないことをのたまいながら。

 

俺たちを含めた教室のみんなの反応に納得いかないのか、何か考えるような素振りとともに俺たちの方に来た。

 

「よう」

 

「おっす」

 

「……おはよう……」

 

三人それぞれあいさつを交わす。

 

するとアノスが訊いてきた。

 

「今の冗談、どうだった?」

 

ミーシャは小首をかしげた。

 

「……冗談?」

 

「逆らう奴は皆殺しだってやつ」

 

「端的に言って誤解されるだろうな」

 

「……ん……」

 

ミーシャと二人で否定したらなんか悔しそうにしてた。

 

「く、やはりそうか……もう少しクラスに馴染んでからにした方がいいか?」

 

「……ん……」

 

え、それ関係なくない?

普通に怖がられると思うんだけど。

 

「ところで」

 

アノスが周りを見回す。

 

「さっきからずっと見られている気がするんだが、なにか知ってるか?」

 

「……噂になってる……」

 

「俺がか? なぜ?」

 

「……怒らない……?」

 

「こう見えて怒ったことはない方なんだ」

 

「……その烙印……」

 

ミーシャがアノスの校章を指す。

 

「魔力測定と適性検査の結果を表してる」

 

「ああ、そういうわけか。どういう仕組みなんだ?」

 

「多角形や、芒星の頂点が増えるほど、優良」

 

「俺の校章は芒星すらなくて、十字だが?」

 

おお、これまた珍しい。前例は無いって聞くが。

あとは俺が説明しよう。

 

「それは魔王学院創設以来初めての烙印だ」

 

「どういう意味なんだ?」

 

「不適合者……」

 

淡々とした口調でミーシャは言う。

 

「魔王学院は次代の魔皇を育てる学院。魔王族だけが入学を許可されるんだよ。これまで魔王族で魔王の適性がないと判断された者はいない。要するにお前は初めての不適合者ってわけだ」

 

そもそも十字の烙印自体眉唾ものの噂程度のものだったんだがな。まさか実在したとは。

 

「それで噂になったというわけか」

 

「そういうことだ」

 

まあ、魔力測定は計れなかったから分かるけどな。あとは適正検査ぐらいか。

 

「魔力測定は俺の魔力が大きすぎて計れなかったからわかるが、適性検査は満点のはずなんだがな」

 

「……自信がある……?」

 

「ああ」

 

ここまではっきり言うんだから、よほど自信があるのだろう。

 

だったらなぜこうなった?

 

「なあ、ミーシャ。始祖の名前って言えるか?」

 

ミーシャは無表情のまま、目をぱちぱちと瞬かせた。

 

「……始祖の名前は、恐れ多くて呼んではならない……」

 

「俺の名前は?」

 

「……アノス……」

 

「フルネームは?」

 

「アノス・ヴォルディゴード」

 

「キリヤは」

 

「アノス・ヴォルディゴードだろ?」

 

違うの?

 

「ふむ、少し失礼」

 

一言断りを入れると、アノスは俺たち二人の頭に手を乗せた。

 

「二人とも始祖の名前を思い浮かべてくれ」

 

「……ん……」

 

アヴォス・ディルへヴィアか?

 

「……誰だよ、それ……?」

 

「おかしい?」

 

「この名前は間違いだ」

 

ミーシャは首を左右に振った。

 

「……これが正解。魔王の名前を間違える魔王族はいない……」

 

「始祖の名前は恐れ多くて口にしたらいけないんだったな?」

 

ミーシャはうなずく。

 

「なるほど」

 

「剣皇と似たパターンだな」

 

要するに、だ。全員して恐れ多くて口にしないようにしていたせいで、二千年たった今、すっかり始祖の名前を忘れ、間違った名前が語り継がれたってわけだ。

 

なんとも馬鹿馬鹿しい。

 

「魔王の適性があるかどうかは、どうやって判断してるんだ?」

 

「暴虐の魔王の思考や感情に近い魔族ほど適性が高いんだ。冷酷さと博愛を併せ持つ、完璧なる存在。常に魔族のことだけを考え、己の身を省みず戦った。欲はなく、崇高な心を持ち、その暴虐な振る舞いも、余人には計り知れない尊き心からくるものだった。そんな人だったらしいな」

 

「何なのだその完璧超人は……」

 

「やっぱどう考えても盛ってるよな」

 

「当たり前だ」

 

自称暴虐の魔王はこう言うがな。

 

まあ、いい人だったかどうかはともかく、少なくともこんな完璧超人を絵に描いたような人物でないのはほぼ確実だろう。

 

「ところで、烙印の意味はわかったが制服が二種類あるのはどうしてだ?」

 

 この教室にも黒と白の制服を着た生徒は半々だ。

 

「黒服は特待生。純血の魔王族」

 

「というと、リオルグのようにか?」

 

ミーシャはうなずく。

 

「特待生は入学試験を免除される」

 

「じゃ、ゼペスやキリヤが叩きのめしたゼポスが試験を受けてたのはなんでだ?」

 

「受けたい人は受けてもいいんだよ。毎年一定数いるらしいぞ」

 

主に自分の力を誇示したいやつとか。

 

と、その時遠くの方で鐘が鳴った。

 

「皆さん、席についてください」

 

顔を上げる。教室に入ってきたのは黒い法衣を纏った女性だった。

彼女は黒板に魔法で文字を書く。

 

———エミリア・ルードウェル———

 

「2組の担任を務めます、エミリアです。1年間よろしくお願いします」

 

さすが、教員だけあって試験の時の雑魚どもよりは強いな。魔力もあいつらより多い。

 

「早速ではありますが、まず初めに班分けをします。班リーダーになりたい人は立候補してください。ただし、これから教える魔法を使えることが条件になります」

 

いきなり授業が始まったのか、エミリア先生は黒板に魔法陣を描いていく。

 

「初めて見たと思いますが、これは<魔王軍(ガイズ)>という魔法です。簡単に言えば、術者を王として、配下の軍勢に特別な力を与えるものです。実践は授業で行います。今日は魔法陣を描き、魔法行使ができるかどうかのみ判定します。魔法行使ができた人には班リーダーの資格があります」

 

説明を聞いた感じ、<魔王軍(ガイズ)>の魔法特性から言えば、ここで班リーダーになった者とそうでない者とで、魔皇を目指す資格があるかどうかが振り分けられるのだろう。

 

「それでは、立候補したい方は手を挙げてください」

 

スッ、とアノスが手を挙げた。

こいつ白服が立候補できないの知らないのか。

 

案の定というべきか、クラスメイトたちの反応は芳しくない。

ぎょっとしたようにこっちを見ている。

 

「白服は立候補できない」

 

ミーシャが小声でアノスに教えた。

手を挙げているのは、アノス以外はみんな黒服だ。

 

「アノス君でしたか。残念ですが、あなたには資格がありません」

 

「なぜだ?」

 

「あなたが混血だからです」

 

「混血だからといって、純血に劣る理由にはならないな」

 

そう言うと、エミリア先生はムッとしたように言った。

 

「それは皇族批判ですか?」

 

「くだらんことを言ってないで、純血が混血に勝ることを証明してみるんだな。できなければ、立候補させてもらうぞ」

 

ふう、とエミリア先生はため息をつく。

 

「それはまったく逆です。証明は我らが魔王の始祖が行いました。もしも、混血が優れているというのでしたら、あなたが皇族に勝ることを証明することですね」

 

「ふむ。ではそれができれば、立候補しても構わないということだな?」

 

「できれば、の話です」

 

ふっとアノスは笑った。

 

「その言葉、<契約(ゼクト)>させてもらったぞ」

 

「え、そんな……いつの間に……魔法行使を……?」

 

アノスは立ち上がり、黒板まで歩いていく。

 

「この<魔王軍(ガイズ)>を開発したのは皇族か?」

 

「ええ」

 

「術式の欠陥を見つけた」

 

「まさか。ありえませんね。<魔王軍(ガイズ)>の魔法術式は二千年もの間、この形で伝えられています。誰も欠陥など見つけたことがありません」

 

「ちょうど二千年前に見つけたんでな。転生している間は修正できなかった」

 

アノスは黒板に描かれた魔法陣の三箇所を書き換えた。

 

「これが完璧な形だ。教員だと言うのなら見ればわかるだろう?」

 

エミリア先生は信じられないといった表情で魔法陣を見つめている。

 

「そんな……たった三箇所書き換えただけで、これは、魔力効率が一割も良くなって……魔法効果が一・五倍……? こんなことって……」

 

教室中からどよめきが漏れる。

 

「……あいつ……何者なんだよ……?」

 

「初めて見た魔法陣の欠陥を指摘して、書き換えるなんて……そんな話、聞いたこともないよ……大体、学生は魔法研究の基礎にだって触れてないのに……」

 

「しかも、魔力効率が一割増しで、魔法効果が一.五倍って……」

 

「世紀の大発見だろ、これ……」

 

おー、すごいすごい。

 

と、感心していると、ミーシャがちょいちょいと俺の服の裾を引っ張った。

 

「キリヤ、本当に理解できてる?」

 

「ああ、大丈夫大丈夫「キリヤ?」嘘です。正直言うと半分ぐらいしか分かんないので帰ったら教えてください」

 

「分かった」

 

ミーシャ怖い。

魔法は苦手分野なんだよ。

 

「惜しいな」

 

アノスが言った。一・五倍じゃないのか?

 

エミリア先生がアノスの方を振り向く。

 

「魔法効果は二倍だ。この魔力門が、三つの魔法文字と干渉を起こし、根源へ二度働きかける韻を踏む」

 

「あ……」

 

ようやく気がついたのか、エミリア先生は恥ずかしそうに身を小さくした。

 

「なんなら、俺が代わりに教師をやってもいいぞ」

 

「……り……」

 

「ん?」

 

「立候補を許可します……席に戻ってください」

 

エミリア先生は小さな声でそう言うのがやっとの様子だった。

 

ヤベェな。エミリア先生がすごくカッコ悪い。

よく分かんなかった俺も俺だけど。

……帰ったらマジで勉強しよう。




・多角形の烙印

作者(ハバキリ28)は白服には七芒星の烙印は無いと思っている。主に差別的な理由で。実際どうかは知らんけど。原作だと七芒星なんてレイしかいないし。


・魔法は苦手分野なんだよ

周り(ミーシャ&アノス)のレベルが高すぎるためそう思ってるだけで、一般人とは天と地ほどの差がある。


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第9話 義妹の姉

お待たせしました!
息抜きに東京喰種を書いておりました……すんません。

そして今回の話に関わる話じゃないが先に言っておく。
オリジナル要素が無いシーンは基本的に飛ばす! それだけ! 以上!

それでは本編をどうぞ!


アノスが自分の席へ戻ると、エミリア先生が言った。

 

「立候補者は起立してください」

 

先程挙手をした生徒たちが一斉に立ち上がった。

アノスを入れて五人か。個人的にはその中の一人の少女が少し気になった。

 

金髪碧眼でツインテールで、気の強そうな表情をしているのだが、背格好や顔立ちがミーシャに似ている。なにより魔力がそっくりだ。

 

「それでは班分けを始めます。班リーダーに立候補した生徒は自己紹介をしてください。それじゃ……サーシャさんから」

 

金髪ツインテの少女が、勝ち気な表情で微笑む。

 

「ネクロン家の血族にして、七魔皇老が一人、アイヴィス・ネクロンの直系、破滅の魔女サーシャ・ネクロン。どうぞお見知りおきを」

 

スカートの裾をつかみ、サーシャは優雅にお辞儀する。

それをミーシャはぼんやりと聞いているのだが、視線はまっすぐ彼女に注がれていた。

 

「ネクロンってことはあいつが?」

 

「……お姉ちゃん……」

 

「なるほど」

 

会うどころか見るのも初めてだな。

 

「母親が違うのか?」

 

アノスが訊くがそんなことはない。

 

「それなら、ミーシャは純血のはずだろ?」

 

「白服になるのは血統以外が理由のこともあるってこと」

 

「なんだ?」

 

「ネクロン家が決めたんだ。理由は訊くな」

 

純血を尊ぶヤツらがなぜミーシャを純血として扱わないのか。生憎俺はその理由を知らない。

 

「偉い人の考えることは分からん」

 

「ふむ、そういうものか」

 

「アノス君。あなたの番ですよ」

 

話している間にアノスの順番が回ってきた。

 

アノスは顔を生徒たちに向け、堂々と言い放った。

 

「暴虐の魔王アノス・ヴォルディゴードだ。言っておくが、貴様らの信じている魔王の名前は真っ赤な偽物だぞ。本当の名はアノス・ヴォルディゴードという。もっとも、信じないのだろうが、まあ、責めはしない。ゆくゆくわかることだからな。よろしく頼む」

 

アノスの自己紹介に教室がシーンと静まり返る。

始祖を自称するというのはそれだけで偽物であり、また不敬とされるのだろう。伝承された始祖の名前が違うと口にしては尚更のことだ。

 

みんなちらちらとアノスに視線を向けてきては、こそこそと不適合者がどうのこうのと話している。

 

本来なら咎める立場にいるであろうエミリア先生も、さっきのことがあったからか、軽くスルーして説明を続けた。

 

なんでわざわざ心象を悪くするかな、お前。

 

「以上で全員の自己紹介が終わりました。それでは班リーダーに立候補していない生徒は、自分が良いと思ったリーダーのもとへ移動してください。まだよく知らないでしょうから、第一印象で構いません。班には人数制限がありませんので、大人数の班になることもあります」

 

その言葉で生徒たちは立ち上がり、自らが良いと思った班リーダーのもとへ移動を始める。

 

「またいつでも班を変更することは可能です。ただし、班リーダーは班員を班に入れるかどうか選ぶことができます。また班員が一人もいなくなった場合、班リーダーは資格を失います」

 

「なあ、おい。どうする?」

 

「やっぱり、サーシャ様の班だろ」

 

「そうね。破滅の魔女って言ったら、混沌の世代でも有望株よ。彼女こそ転生した始祖に違いないって噂されてるもの」

 

「ええ、わたしもよく知ってるけど、とんでもない魔力と魔法の持ち主よ」

 

薄々感づいてはいたが、やっぱサーシャも混沌の世代の一人か。

始祖の生まれ変わりと噂されるからにはなかなか魔力があるんだろうな。

 

その証拠に、生徒の大半はサーシャのもとへ移動している。

 

隣にいたミーシャが立ち上がる。

一瞬、サーシャの方へ視線をやり、次に無表情のままアノスを見た。

 

「姉のもとへ行きたいなら、行っていいぞ」

 

ふるふるとミーシャは首を振った。

 

「……アノスの班がいい……」

 

「そうか?」

 

「……ん……」

 

「それは助かる」

 

するとミーシャは俺の方を向いて言った。

 

「……キリヤも一緒……」

 

元々そのつもりだったんだがな。

 

「別にいいぞ」

 

「お前もか。助かる」

 

こいつの下にいた方が得しそうだし。

 

「……友達だから……」

 

「そうだな」

 

しかし、これでようやく班員が二人か。これで一応班としては成立するけども、さて、どうしたものか。

 

すると金髪の少女、サーシャがこちらに近づいてきた。

 

「ごきげんよう。アノス・ヴォルディゴードだったかしら?」

 

「ああ」

 

 彼女は一瞬、ミーシャに視線をやった。

 

「あなた、まだ班員が二人しかいないようね。それも、そんな出来損ないのお人形さんと得体の知れない男を班に入れるなんて、どうかしてるんじゃないかしら?」

 

「出来損ないのお人形というのはミーシャ、得体の知れない男というのはキリヤのことか?」

 

「それ以外にあるのかしら?」

 

ふふっと嘲笑うかのようにサーシャは俺を見下してくる。

 

「知ってる? その子ね、魔族じゃないのよ。でも、人間でもないの。さっき言った通り、出来損ないのお人形さん。命もない、魂もない、意志もない。ただ魔法で動くだけのガラクタ人形よ」

 

言い終えるとサーシャは今度は俺の方を見た。

 

「そしてそっちの男は庭に突然出現した()()。そう。人間なのよ。なのに少し目を離してもう一度見たら魔族になってた。結局人間なのか魔族なのかも分からない」

 

「それがどうした?」

 

「……どうしたって……」

 

「魔法人形に命も魂もないと考えるのは、魔法概念の理解が浅すぎる。もっと魔眼()を凝らして、深淵を見ることだな」

 

一瞬驚いたような表情を浮かべ、サーシャはそれでも不敵に笑った。

 

「そんな呪われたお人形さんと一緒にいたら、わるーいことが起きるんじゃないかしらって忠告してあげたのよ。ね。わかるでしょ?」

 

「くくく、くはははは。なんだ、それは、脅しか? この俺を?」

 

すると、サーシャがキッとアノスを睨む。

 

「ねえ。あなた。死にたいのかしら?」

 

サーシャの碧眼に魔法陣が浮かぶ。

 

アノスの様子を窺っていた生徒が慌てたように言った。

 

「おい、やばいぞ、あいつ。サーシャ様とあんなに目を合わせたら……?」

 

「……どういうことだ?」

 

「知らないのか。サーシャ様の魔眼は特別だ。<破滅の魔眼>と言われ、その気になれば視界に映るすべてのものの破滅因子を呼び起こし、自壊させる。サーシャ様が破滅の魔女と呼ばれる所以だ」

 

へー、そんなものあるんだ。ミーシャといい、サーシャといい、ネクロン家は魔眼に特化した魔法特性を持っているようだな。

 

だが、アノスにはまるで効いている様子がない。

 

「……そんな……」

 

「どうした? 睨めっこはもう飽きたか?」

 

アノスの瞳に魔力がこもり、魔法陣が描かれる。

 

「その目……嘘でしょ……あなた……」

 

「なんだ? お前にできることが俺にできないとでも思ったか? それに一つ指摘しておいてやろう。<破滅の魔眼>の使い方がなっていないぞ。見せてやろう。これが真の<破滅の魔眼>だ」

 

「……あ……あ……」

 

教室にあるものはなに一つ壊れていない。サーシャも一見して無傷だ。

 

「信じられねえ……あいつ、サーシャ様と目を合わせて平然としてやがる……」

 

「……わたし、前にサーシャ様が<破滅の魔眼>を出していたときにうっかり目を合わせたら、それだけで一年は目が覚めなかったのに……」

 

「どういうことだよ? あいつは白服で、しかも不適合者のはずだろ? 魔法術式の知識だけじゃなく、反魔法までズバ抜けてるなんて……」

 

分かっちゃいたけどやっぱ騒がしくなったな。面倒くさい。

 

この騒ぎを鎮めることもできなくはないが……俺の()()()()()はあまり使いたくないしな。まだ制御できてない。

 

「……実は、箝口令が敷かれているからここだけの話なんだが、俺は入学試験で見たんだ。アノスがあのリオルグ様を瞬殺するところ……」

 

「ええっ……!? あの、魔大帝を……瞬殺っ!?」

 

「その前にゼペスも軽く殺していた」

 

「殺したって? 本気で? 殺したのっ!?」

 

「ああ、その後、生き返らせたんだ」

 

「生き返らせたっ!?」

 

「それでまた殺したんだ」

 

「また殺した……」

 

「ゼペスは腐死者(ゾンビ)とかいうのになって、リオルグ様を消し炭にしたんだ」

 

「そ、そんなことが」

 

「……あれ? でも、あたし、入学試験の後にリオルグ様を見た気がするけど……」

 

「結局、二人とも生き返ったんだ……」

 

「なにがなんだか、わからないわ……」

 

そろそろ止めといた方がいいかな。

 

「そろそろやめとけ、アノス。騒ぎがデカすぎるとお前のためにもならねぇぞ」

 

「ふむ、一理あるな。おい、いつまで惚けている。自壊したのは心の表層だけだ。気をしっかり持て」

 

アノスはサーシャの頭を軽く撫で、精神を起こしてやる。

はっと気がついたように、彼女の目がアノスを捉えた。

 

「……あなた、何者なの……?」

 

「自己紹介は済ませたはずだが?」

 

アノスは不敵に笑ってみせる。

彼女は悔しそうにアノスを睨んだ。

 

「ところで、サーシャ。まあまあの魔力を持っているようだが、俺の班に入らないか?」

 

思いもよらない台詞だったか、彼女は目を大きく見開き、絶句したのだった。

 

え? こいつ何言ってんの?




・■■の魔眼

キリヤがこの世界に来てから発現した魔眼。
本人以外には詳細が把握できず、キリヤが声に出して魔眼の名前を言っても常人が聞けば昏倒するほどのノイズが走り、紙に書いてもなぜか本人以外には読めず、それどころか見続けるほどシャレにならないレベルで精神が削られていき、終いには発狂して廃人化、酷ければ死ぬ。


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第10話 姉の提案

「……な、なにを言っているのよ、あなた……意味がわからないわ……」

 

そりゃそうだ。リーダー辞めろって言ってるようなもんだからな。

 

「俺の班に入れと誘っているんだ。それのなにがわからない?」

 

「そういうことではなくて。わたしは、班リーダーなのよ」

 

「やめればいい」

 

いや、そう言ってんのか。

 

「はあっ!?」

 

サーシャは口を開き、呆れたようにアノスを見る。

 

「馬鹿を言わないことね。わたしが班リーダーを辞める理由はないわ」

 

「俺の班に入れば、ミーシャと仲良くできるぞ」

 

その言葉がかんに障ったのだろう。サーシャはキッとアノスを睨んだ。

 

「そのお人形を妹だと思ったことなんて一度もないわ」

 

言い捨て、サーシャは自席へ戻っていった。

 

「……ごめんなさい……」

 

隣の席でミーシャが呟いた。

 

「ミーシャが謝る必要はない。アノスに因縁をつけてきたあいつと喧嘩を買ったアノスが悪い」

 

「むっ、俺のせいか」

 

ふるふるとミーシャは首を振った。

 

「……サーシャはいい子……」

 

サーシャには今日初めて会ったから分からんが本当にそう思っているんだろうな。

他にやつには無表情も相まって、いま一つ判断しにくいだろうが。

 

「……だから、わたしのせい……」

 

ふむ。ガラクタ人形などと言われておきながら、ミーシャは姉のことを憎からず思っているようだな。

 

「まあ、ともかくだ。いきなり<破滅の魔眼>で睨み殺そうとしたのはあちらだ。少なくともお前のせいではない」

 

ミーシャはじっと俺を見た。

 

「……優しい……」

 

するとアノスがミーシャに質問した。

 

「お人形っていうのは、どういうことだ?」

 

「おいアノス」

 

「む。すまん」

 

俺はアノスを注意した。

 

アノスはすぐに謝ったが、ミーシャは口を閉ざし、答えようとしない。

 

「……言わなきゃだめ……?」

 

「別にいいぞ。ちょっと訊いてみただけだ」

 

すると、安心したようにミーシャは微笑んだ。

 

「……ん……」

 

そこで仕切り直すように、手を叩く音が聞こえた。

 

「はいはい。それじゃ、班が決まったみたいだから、説明を進めますよ。みんな、席に戻ってください」

 

エミリア先生の声で生徒たちは自席に戻っていく。

 

「これから、しばらくは<魔王軍(ガイズ)>の魔法を中心に授業を行います。どの魔法もそうですが、<魔王軍(ガイズ)>は特に実戦ありきのものになります。一週間後にまずこのクラスで班別対抗試験を行いますから、そのつもりでしっかり勉強をしてください」

 

そう言って、エミリア先生は<魔王軍(ガイズ)>とそれを使った班別対抗試験の説明を始める。

 

魔王軍(ガイズ)>は集団を率いて戦う際、全体の戦闘能力を底上げするための軍勢魔法である。

少し変わった魔法なのだが、術者とその配下には<魔王(キング)>・<築城主(ガーディアン)>・<魔導士(メイジ)>・<治癒士(ヒーラー)>・<召喚士(サモナー)>・<魔剣士(キャバリエ)>・<呪術師(シャーマン)>とい七つのクラスに割り振られる。

 

この七つにはそれぞれ魔法によって付与されるクラス特性が存在する。

例えば、<築城主(ガーディアン)>は城やダンジョンを建築する創造魔法、防壁や魔法障壁を構築する反魔法に、魔法強化の恩恵が付与される。

一方で武器魔法や攻撃魔法には、魔法弱化の効果を強制される。

 

このクラス特性を守る限り、集団での総合的な魔法力が向上するのが、<魔王軍(ガイズ)>の魔法である。

 

術者は必ず<魔王(キング)>となり、配下の者たちに絶えず魔法効果を付与し続ける。また魔力を供給することも可能だ。

魔王(キング)>が死亡、あるいは魔力が枯渇すると、当然のことながら<魔王軍(ガイズ)>の魔法は維持することができず、魔法効果は消える。

 

「それでは、先に班リーダーに立候補した人が<魔王軍(ガイズ)>を魔法行使できるか判定します」

 

これで魔法行使できなければ、リーダーを選んだ班員の目は節穴だったということになるな。

 

それぞれ順番に<魔王軍(ガイズ)>の魔法を行使したが、立候補した班リーダー五人の内で特に失敗した者はいなかった。

正直に言えば、実戦では使い物にならないようなレベルの代物ばかりだったが、サーシャだけはなかなか安定した魔法行使を行っていた。混沌の世代と呼ばれるだけのことはあるのだろう。

 

「はい、けっこうです。では、<魔王軍(ガイズ)>の詳しい説明を行います。まず始めに――」

 

エミリア先生が授業を再開する。

しかし、これは()()()()が開発した魔法だから、知っていることばかりだ。

 

……ん? ()()()()? 今自然と思い浮かんだけど誰のことだ?

 

俺は横にいるアノスを見たが……

 

「……? どうした、キリヤ」

 

「いや、なんでもない」

 

……まさか、な。

 

妙な感覚に苛まれながらも授業は進んで行き、気づけば授業終了の鐘が鳴っていた。

 

「ミーシャ」

 

刺々しい声が聞こえた。サーシャのものだ。

 

「少し訊きたいのだけど、良いかしら」

 

「……何……?」

 

「その二人は貴女にとって何?」

 

「当事者の目の前で訊くのか」

 

「なんか言った?」

 

「いえ何も」

 

不機嫌そうな顔で言われた。

 

「……友達と……大切な人……」

 

「そ。楽しいの?」

 

「……ん……」

 

「あ、そ。ふーん。よかったわね」

 

サーシャの言葉は刺々しいのだが、どことなく嬉しそうにも思えた。

 

仲が良いのか悪いのかわからない、と言っていたな。

だがミーシャ自身はサーシャを嫌っていない。

あのガラクタ人形という発言にもなにか事情がありそうだな。

 

まあ、いくら双子の姉妹つっても喧嘩ぐらいするか……。

 

「それで用件はなんだ?」

 

「きゃあぁっ!!」

 

驚いたようにサーシャは後ずさった。起きてたのか。

 

「いきなり起きないでくれるかしら? びっくりするわ」

 

「魔力の流れで起きているかもわからないのか、情けない奴だな」

 

そう言うと、キッとサーシャがアノスを睨む。

 

「それで、どうした?」

 

サーシャはその瞳に<破滅の魔眼>を浮かべる。

 

こいつ俺と同じで魔眼が制御できてないんだろうな。

 

だが、制御ができていないわりには綺麗な魔眼だな。

その美しさは、才能の表れであろう。

 

「勝負をしましょう」

 

アノスにとっては思いもよらない提案だろう。

何せこいつの前世が魔王だという話を信じるのならば、こいつに喧嘩を売るやつなんて少なくとも魔族にはいないだろうしな。

 

ああ、いや、()()()()()

 

……………

 

「あ?」

 

「……どうしたの……?」

 

「え? あ、ああいや、なんでもない」

 

今日の俺変だな。

まるで自分が自分じゃないみたい、と言うよりも俺じゃない誰かの記憶を持っているみたいだ……あの魔剣のせいか?

そもそもこの世界に来る直前に魔剣に触れて垣間見たシーンもたぶんこの世界のどこかだし。どことなく雰囲気が似てるんだよなぁ。

 

「俺と? どんな勝負だ?」

 

おっとやる気だなこいつ。

 

「エミリア先生が言ってたでしょ。一週間後に<魔王軍(ガイズ)>の班別対抗試験をするって。負けた方が相手の言うことをなんでも聞くってことでどう?」

 

「ほう? それは面白そうだ」

 

「もしもあなたが勝ったら、班リーダーを辞めて、あなたの班に入ってもいいわ」

 

「お前が勝ったら?」

 

微笑して、サーシャは言った。

 

「あなたをもらうわ」

 

「サーシャの班に入れと?」

 

「いいえ。そこのお人形さんと縁を切って、わたしのものになりなさい。わたしの言うことには絶対服従、どんな些細な口答えも許さないわ」

 

高慢な表情で、サーシャはミーシャを見下した。

 

「ミーシャ、覚えておきなさい。あなたのものはぜんぶわたしのもの。友達もなにもかも、あなたにはなに一つだってあげないわ。こんな面白いオモチャ、あなたにはもったいないもの」

 

はあ、妹へのあてつけか知らないが、人をオモチャ扱いとは……ミーシャとはだいぶ違うなぁ。

 

「まあ、別にそれでいいぞ」

 

いいのか。

 

「あら? ずいぶんあっさり承諾するのね。いいのかしら?」

 

「どうせ俺が勝つ」

 

ムッとしたようにサーシャがアノスを睨らむ。

 

「さっきは油断しただけだわ。一週間後、首を洗って待ってなさい」

 

くるりとスカートの裾を翻し、サーシャは去っていった。

 

「同じ班になったら、仲直りできるかね」

 

「さあ、どうだろうな」

 

俺たちが話していると、彼女は驚いたように目をぱちぱちさせた。

 

「……だから、サーシャを誘った……?」

 

「余計な世話だったかもしれないが」

 

すると、ミーシャはふるふると首を横に振り、それから薄く微笑んだ。

 

「……ありがとう……」

 

ミーシャはサーシャと仲良くしたいのだろうな。

だがサーシャの方は一筋縄ではいきそうにないな。

 

ともかく……

 

「とりあえずは班別対抗試験で勝とうか」

 

「そうだな」

 

アノスが俺の言葉に賛同し、ミーシャはこくり、とうなずいた。

 

「……がんばる……」




・既視感
アノスと会ってからというものさらに既視感を覚えるようになった。


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第11話 模擬戦開始

久しぶりな上に突然ですが、ユーザー名を変えたのと、ハーメルン用のTwitterアカウントを作りました。詳しくは活動報告の方で。


一週間後———

 

2組の生徒たちは、班別対抗試験のためデルゾゲード魔王学院の裏側にある魔樹の森へ来ていた。

薄気味悪さの漂う深い森が広がっており、渓谷や山が見える。その広大な土地は、魔法の訓練をするのにちょうどいいだろう。

 

「それじゃ、二班に分かれて、早速班別対抗試験を始めます。最初は、サーシャ班」

 

エミリア先生がそう口にすると、サーシャが前に出る。

 

「皆さんにお手本を見せてあげてください」

 

「わかったわ」

 

ふっとサーシャが微笑する。

 

「じゃ、相手の班は……」

 

「俺がやろう」

 

アノスが前に出る。

 

「では、最初はサーシャ班とアノス班による班別対抗試験を行います。結果は成績に影響しますから、手を抜かず、しっかりやってください」

 

そう言って、エミリアは他の生徒をつれて森から出ていく。

監視は使い魔や大鏡を使って行うのだろう。

魔王軍(ガイズ)>の班別対抗試験は、言わば模擬戦争だ。

巻き込まれてはただではすまない。

 

「覚悟はいいかしら?」

 

<破滅の魔眼>で強気にサーシャがアノスを睨む。

アノスはそれを堂々と受けとめる。

 

「誰にものを言っている?」

 

「相変わらず、偉そうな奴だわ。ちゃんと約束は覚えてるわよね?」

 

「ああ」

 

「口約束じゃ信用できないわ」

 

「それはこちらも同じことだ」

 

アノスが<契約(ゼクト)>をかけようとすると、サーシャは同意せずにそれを破棄した。

 

「信用できないと言ったのはそっちのはずだが?」

 

「あなたの<契約(ゼクト)>じゃ、どんな契約を割りこまされるかわかったものじゃないわ」

 

「ずいぶんと用心深いな。こいつがやりそうってのは否定しないが」

 

「あんなことされたんですもの、当然よ。その子にやらせなさい」

 

サーシャは俺たちの後ろにいたミーシャに視線を向ける。

<破滅の魔眼>に睨まれても、彼女は動じず、じっと姉を見返した。

 

「……わたしでいい……?」

 

「別に問題ないだろ、アノス」

 

「ああ、別に誰がやっても問題ない」

 

ミーシャは手の平をかざし、<契約(ゼクト)>の魔法陣を展開する。

魔法文字で条件を記すと、サーシャはそれに調印した。

 

両者の同意がない限りは、決して違えることのできない魔法契約が結ばれる。

 

「陣地はどちらがいいかしら?」

 

「好きに決めればいい。どこでも同じだ」

 

「そ。じゃ、東側をもらうわ」

 

必然的に、俺たちの陣地は西側となる。

 

「ねえ。覚えてなさい。その傲慢な態度、後で後悔させてあげるわ」

 

ぷいっと振り返り、サーシャは班員たちを引き連れて、魔樹の森の東側へ去っていった。

 

「俺たちも行くか」

 

「……ん……」

 

「おう」

 

適当に歩き、森の西側に辿り着く。

そこでしばし待機した。

 

「そろそろかな?」

 

「そうだな」

 

上空を飛ぶフクロウから、<思念通信(リークス)>が送られてくる。

 

「それではサーシャ班、アノス班による班別対抗試験を開始します。始祖の名に恥じないよう、全力で敵を叩きのめしてくださいっ!!」

 

始祖の名に恥じぬよう、ね。

んなこと言われても会ったこともないやつの名前に配慮する謂れはない。

 

好き勝手暴れよう。

 

「……作戦は……?」

 

ミーシャが淡々と尋ねてきた。

 

「といっても、三人だからな」

 

サーシャ班はクラスの半数、ざっと三○人はいる。

 

「ミーシャの意見は?」

 

アノスが尋ねると、無表情で彼女は考え込む。

 

「……わたしのクラスは築城主(ガーディアン)。<創造建築(アイビス)>の魔法が得意……」

 

すでにアノス<魔王軍(ガイズ)>の魔法は使用している。

配下にはクラスを自由に割り振ることができるが、ミーシャは<創造建築(アイビス)>の魔法が得意なので、築城主(ガーディアン)にしてもらったらしい。

 

築城主(ガーディアン)のクラスは城やダンジョンを建築したり、防壁や魔法障壁を構築する魔法に、正の魔法補正がかかる。<魔王軍(ガイズ)>の術者であるアノスの魔力によって、更にその力を底上げすることも可能だ。

 

「<創造建築アイビス>で魔王城を建築する。魔王城は加護により魔王キングの能力が底上げされる。籠城には有利」

 

妥当な戦術だな。アノスとミーシャの力が最大限に発揮される。

 

「だが、たぶんサーシャはそう来るだろうと読んでるぞ」

 

「……じゃ、どうする……?」

 

「向こうが絶対に予想していない戦術で裏をかく」

 

……こいつ絶対碌なこと考えてないな。

 

ミーシャは無表情でじっとアノスを見返す。

 

「……どんな……?」

 

魔王(キング)のクラスは配下に魔力を分け与える分、単独では弱くなる。魔王城を建て、加護を利用するのが定石だ」

 

築城主(ガーディアン)次第ではあるが、確かに魔王城にいる場合に限り、魔王(キング)のクラスは普段よりも強い力を発揮することができる。

 

「だから、こっちの魔王城は囮にして、俺とキリヤとで向こうの魔王城に乗り込む」

 

まあそれが妥当か?

俺のクラスは魔剣士(キャバリエ)。剣を使った近接戦闘における能力が強化される。当然剣そのものも強化されるため、俺が持つ魔剣の攻撃力も跳ね上がる。

 

だがな、アノス。

 

「突然言われても困るんだが」

 

「なんだ、できないのか? 試験であれなら楽勝だと思ったんだけどな」

 

「いやできるけども」

 

「…………」

 

ミーシャは表情を変えないが、驚いたように黙りこくっていたのでこちらから声をかける。

 

「どうした? ミーシャ」

 

「……二人とも無謀……」

 

考えたのは俺じゃねぇ。できるとは言ったが。たった今。

 

はは、とアノスは爽やかに笑った。

 

「向こうもそう思ってるだろう。だからこそ、裏をかける」

 

「……大丈夫……?」

 

「まあ、普通はこんな作戦で裏をかいたところで、魔法の集中砲火で蜂の巣にされるのがオチだろうがな。それも、戦術が有効なほど力が拮抗していればの話だ」

 

心配しているのか、ミーシャは無表情のまま固まっている。

 

「不安か?」

 

尋ねると、ふるふるとミーシャは首を振る。

 

「不安は不安……でも、アノスは強い……それに……」

 

そこでミーシャは言葉を区切って、俺の方を見た。

 

「……キリヤがいるから……大丈夫……」

 

すごい信頼されてるな。

 

「そう言われたからには、頑張らないとな」

 

「ミーシャ、囮は任せたぞ」

 

ミーシャはこくりとうなずく。

 

「……二人とも……気をつけて……」

 

「ああ、手加減は得意じゃないからな」

 

アノスはこんなこと言ってるが、たぶんミーシャが心配したのは相手じゃなくて……

 

「……二人が……」

 

「俺たちに? 俺に? 気をつけてだと?」

 

アノスは思わず訊き返していた。何かおかしいだろうか。

ミーシャもそう思ったのか小首をかしげる。

 

「……おかしい……?」

 

「いや」

 

ふふ、とアノスが小さく笑う。

 

こいつまさかとは思うが。

 

「お前心配されたりしたことないのか」

 

「ああ、そうだな。友達すらいたことがない身だ」

 

まーじかー。

 

「アノスもそうだがミーシャも気をつけろよ」

 

「……ん……」

 

手を振って、ミーシャと別れ、俺たちはまっすぐサーシャ班の陣地である東側の森へ向かった。

 

しばらくすると、後方から大きな魔力が流れ出す。

振り向けば、西の森の三箇所に巨大な城が建っていた。ミーシャの魔法だろう。恐らくは囮のためのハリボテだろうが、この短期間であれだけ巨大な魔王城を三つも建設するとは、彼女の魔力はクラスでも群を抜いている。

 

「城ができたな」

 

「ミーシャの魔力はクラスでもダントツだからな。俺を除けばだが」

 

さらっと自慢を混ぜてくるな。それだけ自信があるんだろうが。

 

「さて。向こうの反応は……?」

 

アノスが急に魔眼を使い始めた。何かを見ている様子はないし、何かに干渉しているのか?

 

「なるほど。魔剣士(キャバリエ)治療士(ヒーラー)魔導士(メイジ)召喚士(サモナー)の部隊が三つか。ということは一二人がこっちの魔王城に向かっているというわけだな」

 

「おい待て、なんでそこまで分かった」

 

しかも情報が無駄に細かいんだが。

 

「<思念通信(リークス)>を傍受した。お前も聞くか?」

 

「聞かせろ」

 

わざわざ口頭でいちいち説明されるよりも速そうだ。

 

ていうか半数以上を自分の陣地に残すとは、思ったよりも手堅い戦術をとるな。

 

高慢ちきな印象だから一気に攻め落とそうとしてくるものだと思っていたが……さすがにバカにしすぎか。

 

さてと———

 

「アノス、前」

 

「ふむ。ようやく城を建てたか」

 

向こうの陣地に巨大な魔王城が出現している。

 

そして急にアノスに肩を掴まれたと思ったら———視界が真っ白になり、次の瞬間、目の前にサーシャ班の建てた魔王城があった。

 

傍受した<思念通信(リークス)>が、頭の中にうるさく響いた。

 

「さ、サーシャ様っ!?」

 

「どうかした?」

 

「て、敵の魔王(キング)魔剣士(キャバリエ)が、アノス・ヴォルディゴードとキリヤ・ネクロンがいきなりこの城の前に現れましたっ!?」

 

「はあっ!? いったいどうやって……?」

 

「わかりません。呪術師(シャーマン)が注意深く自陣の魔力の流れを見ていましたが、本当にいきなり現れましたっ!! なにか我々の知らない魔法を使ったとしか思えませんっ!!」

 

サーシャがはっと息を飲む音が聞こえた。

 

「……まさか……失われた魔法<転移(ガトム)>……? そんなわけ……でも、それ以外に……」

 

実際に見たわけでもないのに感づくか。頭は柔軟らしい。これだけ才能があればそりゃ持て囃されるのも納得だな。

 

「いいわ。どのみち二人だけ、それも魔王(キング)が直接乗り込んでくるなんて、殺してくれって言ってるようなものだもの。裏をかいたつもりかもしれないけど、ただの無謀と戦術をはき違えていることを教えてあげなさいっ!」

 

「それはどうかな?」

 

アノスが<思念通信(リークス)>に割り込むと、サーシャ班は慌てふためいた。

 

「な……どういうことだ? なぜ<思念通信(リークス)>に奴の声が聞こえているっ!?」

 

「わ、わかりません。魔法陣にもなんの問題もなく、聞こえるはずがありませんっ!」

 

「だが、実際に聞こえているだろうっ!! 早く原因を解析しろっ!! <思念通信(リークス)>が傍受されている可能性があるぞっ!!」

 

「原因は組み立てた魔法術式だ。魔法陣の再現率89%というのは、全体的に低次元すぎて、傍受しろと言っているものだったぞ」

 

「馬鹿な……再現率89%なら、国家レベルの秘匿通信だぞっ! それが傍受できるだとっ!?」

 

「奴の言葉に騙されるなっ! なにか他に原因があるはずだっ!」

 

俺はよく分からんが、こいつそんな高レベルなことやってたのか。

 

「問題ないわ」

 

サーシャの一声で、配下の者たちは冷静さを取り戻した。

意外とカリスマもあるのね。

 

「いくら<思念通信(リークス)>が傍受されても、向こうは二人だけだもの。築城主(ガーディアン)七人がかりで創造したこの魔王城を、第一層すら突破できるはずがないわ」

 

築城主(ガーディアン)が七人か。なかなか堅牢な仕上がりなんだろう。城の中にはいくつもの異界、いくつものトラップ、そして魔王(キング)を強化するため、いくつもの加護が備わっているだろう。

 

しかし———

 

「ずいぶんと軽そうな城だな」

 

あいつにはあまり意味がないらしい。

 

アノスはまっすぐ魔王城へ歩いていき、その壁に手をやる。

 

「無駄よ。反魔法も多重にかけられているもの」

 

「魔法ばかりを警戒するとは、戦闘というものをわかっていない」

 

アノスがぐっと壁に爪を立てる。指が城にめり込んだ。

 

「覚えておけ。城というのはもっと重く作るものだ」

 

ガ、ガガガ、ドオオォォォッと魔王城が地面から抜けていく。

 

「な、なにが起きているのっ!? 呪術師(シャーマン)っ!?」

 

「し、信じられませんっ。奴は……アノス・ヴォルディゴードはこの城を持ち上げようとしていますっ!!」

 

「な……そ、そんなことができるわけが……!!」

 

魔王城が地面から完全に抜け、アノスはそれを片手で持ち上げていた。

 

「……嘘……。加護も受けていない魔王(キング)にどうしてこんな力が……どうやって……?」

 

「確かに<魔王軍(ガイズ)>を使えば、その力をクラスに左右される。だが、言っておくが、そもそも俺とお前らとでは地力が違うぞ」

 

アノスはゆっくりと体を回転させる。あいつが持ち上げた魔王城はそれに伴い、ゆらりと回る。

次第に遠心力がついてきて、魔王城はどんどんと高速で振り回されていく。

 

「きゃ、きゃああああああああああああああああああぁぁぁぁぁっ!!」

 

「ば、化け物かぁっ! 城を持ち上げただけじゃなく、振り回しているだとっ!?」

 

「や、やめろぉぉっ! なにをする気だっ、やめろぉぉぉぉっ!!」

 

「そら、うまく受け身をとれ。そして中で上手く避けろ。でないと、()()()()死ぬぞ」

 

アノスが見据える先にいるのは()()()()()()()()()()。遠心力をつけた魔王城をアノスは思いきり俺に向けて投げ捨てる。風を切りぶっ飛んできた巨大な魔王城は、ズガアアアアアアアァァァァァンッと地面を抉りながら俺に向かって来て———

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

———黒雷を伴う俺の剣に文字通り両断された。

 

 

 

 

 

 



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第12話 地力の差

「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」

 

傍受した<思念通信(リークス)>から、サーシャの悲鳴が聞こえてくる。

 

思ったよりはまだまだ余裕がありそうだな。

 

「手加減しすぎじゃないのか?」

 

「ふむ、まだまだ元気そうだな。確かにそうかもしれん」

 

魔王城は俺が手に持つ魔剣、黯雷剣ジルスに斬られて真っ二つになり半ば崩壊しかけている。ぎりぎり機能はするだろうが気休め程度にしかならねぇな、あれは。

 

いや俺がそうしたんだけども。

 

さて、どう出る?

 

魔王城へ向かい、俺とアノスがゆっくりと歩いていくと、<思念通信(リークス)>を通して決意したような声が聞こえてきた。

 

「……<獄炎殲滅砲(ジオ・グレイズ)>を使うわ」

 

おっと? 面白いことを言い出したぞ?

 

「し、しかし、サーシャ様。<獄炎殲滅砲(ジオ・グレイズ)>は魔王城の加護と、魔導士(メイジ)隊の魔力を結集しても、成功率は二割もありませんっ!」

 

「それに今の我々の魔王城を見てください! 失敗すれば、今の状態の魔王城は今度こそ崩壊しますっ!」

 

「怖じ気づいている場合ではないわっ! 敵の力を認めなさい。いくら雑種、いくら不適合者と言えども、アノスは城を投げ、キリヤはそれを真っ二つにするような化け物よ! 生半可な魔法で撃退できると思って?」

 

サーシャの指摘に、弱音を吐いていた班員どもが押し黙る。

将としてのカリスマは十分。まだまだ未熟ではあるが、敵なのがもったいないくらいだ。

 

「炎属性最上級魔法<獄炎殲滅砲(ジオ・グレイズ)>でもなければ、アノス・ヴォルディゴードは倒せない。そうでしょ?」

 

班員たちの声はない。だが、<思念通信(リークス)>から伝わる魔力の微妙な流れが、俺たちに彼らの決意を教えてくれる。

 

「向こうは二人、こっちは二○人もいるのよっ! 相手の一〇倍いるのに、これで負けたら恥もいいところだわ。死力を尽くして臨みなさい。あなたたちの生涯最高の魔法を、皇族の誇りをあの雑種に見せつけてあげなさいっ!」

 

その叱咤に、班員たちは声をあげた。

 

「「「了解っ!!」」」

 

その瞬間、魔王城に魔力の粒子が立ち上る。立体魔法陣だ。魔王城そのものを巨大な魔法陣と化し、大魔法を行使するつもりか。

 

築城主(ガーディアン)七人が発動困難な立体型魔法陣を構築、維持し、魔導士(メイジ)一○人がそこにありったけの魔力を注ぎ込む。残り二人の呪術師(シャーマン)は照準を制御する役割を担っている。

 

肝心要の大魔法の術式を組んでいるのは、サーシャ・ネクロン。

さすが、破滅の魔女と呼ばれるだけのことはある。仲間の力を借りたとはいえ、これだけ大がかりな魔法を展開するのは決して簡単なことではない。

 

リスクをバネに膨大な力を得られる起源魔法などと違い、炎属性最上級魔法<獄炎殲滅砲(ジオ・グレイズ)>は純粋に魔法技術の積み重ねがあってこそ成せる技だ。

 

サーシャ一人の魔力では到底不可能。つまり、<魔王軍(ガイズ)>を教わった後、約一週間の間に修練を積み、実戦で魔法行使が可能なレベルまで練り上げてきたのだろう。

 

感服するよ、本当に。

 

「覚悟はいい? みんなの力、みんなの心、わたしに預けて」

 

「はい」

 

「信じています、サーシャ様」

 

「俺のありったけの魔力を使ってください」

 

「勝ちましょう……」

 

「俺たち、皇族の力を」

 

二○人の心が、魔力が一点に集中する。

これが、<魔王軍(ガイズ)>の真骨頂だ。

 

それぞれのクラス特性を生かし、発動する集団魔法は各々の魔力を足し、一○倍以上に引き上げる。

格上の相手にさえ、一矢報いることができるだろう。

 

しん、と空気が張りつめた。

次の瞬間、サーシャは声を上げた。

 

「行くわよぉぉっ!! <獄炎殲滅砲(ジオ・グレイズ)>っっっ!!!」

 

魔王城の正面に砲門のような魔法陣が浮かび上がり、そこに魔力が集中する。極限まで溜められた魔力が一気に爆発するように、それは黒い太陽と化し、彗星のように俺めがけて降り注いだ。

 

おお。成功率二割と言っていたけど、この土壇場でここまで完璧な<獄炎殲滅砲(ジオ・グレイズ)>を放つか。

 

「見事だ。褒美をくれてやろう」

 

アノスも同じことを思ったらしい。襲いくる<獄炎殲滅砲(ジオ・グレイズ)>に向かってアノスは手をかざす。魔法陣が浮かび上がり、そこに小さな赤い炎が現れた。

 

ん? あれって———

 

「行け」

 

アノスが放った小さな炎は、<獄炎殲滅砲(ジオ・グレイズ)>に衝突する。次の瞬間、漆黒の太陽に穴が空き、それがみるみる炎に包まれ、飲まれていった。

 

一瞬の出来事だ。巨大な<獄炎殲滅砲(ジオ・グレイズ)>が跡形もなく燃やし尽くされていた。

 

「……嘘……<獄炎殲滅砲(ジオ・グレイズ)>が相殺された……」

 

「さ、サーシャ様っ! 相殺ではありませんっ! 向こうの<獄炎殲滅砲(ジオ・グレイズ)>はまだ……!!」

 

アノスの放った火炎はそのまま魔王城へ突っ込んでいき、そして弾けた。

元々最初のアノスと俺の攻撃で崩壊一歩、いや、半歩手前だった城が炎に包まれ、焼け落ちる。壁や天井が崩れ、ガラガラとけたたましい音を立てながら、瞬く間に崩壊していった。

 

間一髪、<飛行(フレス)>の魔法で城から脱出したサーシャと、魔導士(メイジ)二人は、もう魔力が底をついたか、ふらふらと俺の目の前に不時着した。

 

「……まさか、たった一人で<獄炎殲滅砲(ジオ・グレイズ)>を使えるなんてね……」

 

「いや、今の<獄炎殲滅砲(ジオ・グレイズ)>じゃねぇだろ」

 

「ああ、その通りだ。俺が使ったのは<獄炎殲滅砲(ジオ・グレイズ)>ではないぞ」

 

「……え……?」

 

驚いたようにサーシャが目を丸くする。

 

「だけど、<獄炎殲滅砲(ジオ・グレイズ)>より上の炎属性魔法なんてないはずだわ……」

 

続けて、魔導士(メイジ)が言った。

 

「まさか……き、起源魔法かっ!? 皇族のみに伝わる命懸けで行使する禁呪、確かにあれなら、<獄炎殲滅砲(ジオ・グレイズ)>に対抗することもできるっ!?」

 

起源魔法でもないな。今アノスが使った魔法は簡単だが魔力の量が異常に違っただけでそんな難しい魔法ではない。

 

「残念だが、今のは起源魔法でもない」

 

ほらね。サーシャたちはじっとアノスを見つめている。

 

「<火炎(グレガ)>だ」

 

「な……グレ……ガって……?」

 

炎属性魔法は、威力が強力な順に挙げれば、<獄炎殲滅砲(ジオ・グレイズ)>、<灼熱炎黒(グリアド)>、<魔炎(グレスデ)>、<大熱火炎(グスガム)>、そして———<火炎(グレガ)>だ。

 

「……そんな……炎属性の最低位魔法で……俺たちの……サーシャ様の<獄炎殲滅砲(ジオ・グレイズ)>を焼き尽くし、魔王城を炎上させたというのか……!?」

 

絶望的な声が上がる。

 

「あ、ありえない! そんなことはありえないぞ……! なにか秘密があるはずだ……<火炎(グレガ)>を進化させた秘密か……」

 

なんとなく分かってはいるが、気になるので俺はアノスに訊く。

 

「お前どんだけ魔力込めたの?」

 

「ふむ、どれだけか……今の時代の魔族たちは皆魔力が少ないからな。比較対象がなくて説明するのが難しい」

 

「ああ、うん。もういいよ。今の言葉でなんとなく分かったから」

 

要するに想像できないほどの莫大な魔力を使ったってことね。

 

「まあ、要するにだ。秘密は魔力の差だ。俺とお前たち二○人の魔力にそれだけの差があるというだけのことだ」

 

魔導士(メイジ)はガツンと頭に衝撃を受けたような顔をした。

 

「な……ん……だと……?」

 

「そんなことが……」

 

「別におかしな話ではないだろう。魔力に差があることによって、<魔炎(グレスデ)>と<大熱火炎(グスガム)>が拮抗するところぐらいは見たことがあるはずだ。その魔力の差がとんでもなく大きく開けば、こういうこともあるというわけだ」

 

アノスがそう言って一歩足を踏み出すと、魔導士(メイジ)たちはびくっと体を震わせた。

絶望に打ちひしがれ、すっかり戦意を喪失した彼らは放っておき、俺はサーシャのそばまで歩いていく。

 

「……桁違いだ……化け物め……」

 

そんな呟きが聞こえた。

 

「約束は覚えているか?」

 

アノスはそうサーシャに話しかける。

 

「…………」

 

ぐっと唇を噛み、サーシャは屈辱に染まった表情を浮かべた。

 

「どうして殺さなかったの?」

 

物騒だな。なにも戦争しているわけではないんだから。

たかだか授業で殺す必要もないし、大体生き返らせるのが面倒ではないか。

 

「お前は見込みがある。殺すのは惜しい」

 

アノスがそう言って、サーシャに手を差し出す。

 

「俺の配下に加われ」

 

サーシャはしばらく考えた後、怖ず怖ずとアノスの手を取ろうとし、寸前でキッと睨んだ。

彼女はその<破滅の魔眼>を全力で叩きつけてきた。

 

「死になさいっ!!」

 

「断る」

 

サーシャの<破滅の魔眼>を、俺は真っ向から見返す。

 

「だったら、殺しなさいっ!」

 

「断る」

 

アノスがサーシャに差し出した手を更に突き出す。

 

「強情な奴だな。いいから、俺の配下に加われ」

 

「……こんな屈辱、絶対に忘れないわ。いつか強くなって、そうしたら、きっとあなたを殺すわよ……」

 

ふっとアノスは笑った。

 

「言っておくが、サーシャ。殺したぐらいで死ぬなら、俺は二千年前にとうに死んでいるぞ」

 

サーシャは呆気にとられたような顔になった。

そうして、どこか諦めたように言った。

 

「変な雑種だわ……」

 

はあ、と彼女はため息をつく。

 

「……いいわ。今のわたしじゃ、あなたに敵いそうもないし、かといって、<契約(ゼクト)>には逆らえないものね」

 

そう言い訳をしてから、サーシャはアノスの手にちょこんと指先を置いた。

 

「でも、覚えていてちょうだい。これは契約。あなたに心まで売った覚えはないわ」

 

「ああ。よろしくな」

 

そう笑いかけると、サーシャは目を丸くした。

 

「ねえ。もう一つ聞くわ」

 

「なんだ?」

 

「わたしを誘ったのは、あの子のため?」

 

「まあ、そうだな。ミーシャがお前と仲良くしたそうにしていた」

 

「そ。ふーん」

 

興味がなさそうに彼女はアノスから手を放した。

 

「ああ、それともう一つ」

 

「なによ?」

 

「お前の魔眼()が綺麗だった」

 

途端に、サーシャの顔が真っ赤に染まった。

彼女は逃げるようにくるりと身を翻す。

 

「言っておくが、本当だぞ。そんな綺麗な魔眼は見たことがない」

 

「聞いているのか?」

 

アノスがそっぽを向いたままのサーシャにそう言うと、彼女はまたこっちを向いた。

 

「……聞こえないわよ、馬鹿……!」

 

アノスに褒められて照れたのか、弱々しく言うばかりだった。

 

……なーにラブコメ繰り広げてんだ、こいつは。ていうか俺忘れられてない?

 

 

 

 

 

 




・黯雷剣ジルス
黒い雷を纏う魔剣。サーシャの魔王城を両断するのに使った魔剣。
実は折れた■■剣■■■■の破片が独立して一振りの魔剣になったもの。


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