本官、異世界で署長になりました! (劉鳳)
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配備編
序章 人生の転機。ただし、異世界にて


最近はずっと流れ作業的に仕事しては帰りを繰り返してる俺。名前は児玉清蔵(こだませいぞう)。何処の世界にも大抵何人かはいるうだつの上がらない男さ。年は今年で35歳、彼女無し、結婚歴も無し。たまーに風俗とか出会い系で女の子と情事に及ぶ位だけど、何て言うのか、そっちの方はあまり興味が……と言うか女の子苦手だったりする。ホモォとかそう言う意味じゃなく女の子に軽く対人恐怖症持ってるね。そんな俺の職業は警察官だ。

 

うだつの上がらないって言った通り、出世はしてないけど、一応は仕事してるよ、何とか人生でニート経験は無し。高校卒業後に地方公務員試験を運良く一発合格して、警察官になったんだけど、この年になって漸く巡査長だよ……みーんな昇任試験受けて、大体の同級は巡査部長やら警部補になってる。勿論昇任試験受けなかった階級同じ奴もいるけど、俺より全然早くに巡査長になってんのよ……だから実質俺より下なんて殆どいない。巡査長になったのも奇跡的だった位。

 

まあ就職の動機が公務員で安定してるからだったし、帰宅部の割には体力もあったんで警察官とか良くねとか思ってさ……まあなったはいいけどこれが大変だった。まず仕事を覚えるスピードが遅いから毎日叱責されてた。パトカーの無線操作と言い警察官が覚えるべきルールである刑法や道路交通法と言った法律と言い専門用語と言い俺は覚えきらない。辞めたいと思った事は何百回、未だにそう思う時がある。

 

でも辞めたら何が残るとかさ、リセットボタンなんて無いから辞めて無い。仕事に漸く慣れてきたのかそこそこいい給料である事、俺の住む地域が平和過ぎて体力錬成と交通取り締まり位しかやる事が無いイージーさもあって馬鹿なりにどうにかやってる。でもうちの地域は他でやってるせっこいネズミ捕りとかはしてなくて、しっかり見える所にいてパトカー待機してるから、丸暴被れとか族(よっぽどのばか)位しかしょっぴいてないけどね。ノルマがどうとか言うのを嫌う署長さんで助かってるよ。

 

 

今日も朝早く無駄に起きて、お気に入りのな〇う小説を一時間読んで、晩飯の残りを食って、俺の住む向日葵市警察署に通勤。車で15分、何時もギリギリの到着、出勤表を通して署長と部長、同僚らに挨拶、今日の俺の仕事を聞いて…今日は拳銃と弾の状態を確認及び整備。ああ、俺は庶務的な所と交通課的な所の中間にいてね(所属は地域課だけど、色々掛け持ちするのがこの地域の警察の普通かな?他の所は知らんけど)、署の厄介者と言うか何度も言うようにうだつの上がらない万年ヒラだから雑用ばっかりやってんの。遅刻病欠一度も無しな為なのか、はたまた特別クビにする大義名分は無いのか、どうにかやれてる。労基法の改正は警察にも来てんだなぁ……一昔前なら早い段階でクビ宣告されてるかも。

 

さて、まずは拳銃を保管している警察装備保管室へと…治安が良すぎて状態は新品のまま、拳銃の訓練なんて俺が来てからあんまりやった事無いし他の連中と一緒にやった事も無いんだが……そういや警察学校でやったのがペア以上でやった最後だったな……

 

この署に保管されてるのは15丁、どれも新品同様のニュー南部(もう生産は終わってるロートルなんだけど)。俺も交通課と合同の見回りの時は勿論持つんだけど、治安良すぎなせいか、基本武装は実質警棒だけなのよ。白バイ隊と派出所の連中が気合い入れて持ってる位じゃないかな?刑事課とかは携帯許可が降りないと装備しないし、ここ何年も殺人事件や強盗事件も起きて無いからね。刑事課は専ら事務員扱いよ。

 

拳銃の確認が終わったら、次は……何時使うんだろう、ライフルが3丁。麻酔彈を撃ち込んだり、機動の連中が凶悪犯を狙撃する時に使うんだけど……ここに置いてあるのは違和感があるよ、ライフルの出番は市街に出てきた猪を撃った時だけらしいから。

 

ライフルの確認が終わった、次は押収した武器の確認。この署は大体適当なのよね、なんで被疑者から押収した凶器類を俺達が使う物と一緒に置くかなぁ?十数年もののショットガンとか日本刀とかが無造作に安いビニールにくるまれて置いてあるよ……なんで処分しないの?

 

とりあえずこっちも確認。おっと、弾丸の確認もしないとね。拳銃の弾丸、パックで保管されてる。弾を使う事なんてあるのかな?こ〇亀的なドンパチは無いからそんないらない気がする(あったら大変だよ)。

 

ああ、単調な生活。警察の俺が言ったら不謹慎って言うかアウトなんだろうけど、何か事件が起こらないかなぁなんて思ってしまう程、治安良いのよ(勿論嫌だぞ)。馬鹿な事考えながら保管室を出て、完了の報告をしに行く時だった……妙な違和感を感じた。静か、そう、余りにも静かだった、誰一人いない。何時もならひっきり無しに掛かっている無駄な110番の電話も無い。

 

『あれ?濱田課長?黒木さん?甲斐さん?正一?みんな何処に行ったの?えっ?亜由美さん?小出警部補?……うう、くそっ!どうなった!』

 

俺は心配になって外へと飛び出して行くと度肝を抜かれた。目の前に広がる光景は、何時も見慣れた向かい側の向日葵商店街が無く、代わりに何処までも鬱蒼と茂る草原が広がる風景だった。

 

『……冗談きついぜ、どこぞのありきたりな異世界転移じゃあるまいし。』

 

目の前に広がる光景を受け入れられず、何故か俺と共にこちらの世界にそのままでん!と移動した向日葵市警察署内へ一旦戻った。ドアは手開き、うちの署は未だに手開きで、自動ドアに替えて無かったが、この緊急事態下では幸いした。とりあえず落ち着こうか……いやこんな事態になってるのに落ち着ける訳もない!警察官たるもの日常こそ非日常にと叩き込まれたとは言え、これはきついぜ。

 

 

何の変化も無いと思っていた日常、しかし生きていれば時に想像を越える事が起こりうる。児玉清蔵と言う、一人の警官が、何の因果か別世界に飛ばされてしまった。果たして清蔵はこの状況を無事に乗り切る事が出来るのだろうか?

 

 

 

 



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第1話 異世界で誠に勝手ながら署長となりました。よ・ろ・し・く!

 

 

色々叫びたい気持ちになりながらも、俺はとりあえず今の状況を整理した。俺は異世界に飛ばされた、信じられない事に。しかも、署ごと、なのに何故か俺一人だけ。だから署の敷地は丸々なのに俺一人でポツーンってわけだ。車……パトカーと事故処理車、今日はまだ最初のパトロールに出て無い白バイ隊のバイクが各々一台ずつに、勤務してる同僚の車が。勿論俺の愛車であるイン〇グラtypeRもそこに。これらの燃料が後どれだけ残ってるかは分からないからこれは緊急脱出用に残しておこう。一応バッテリー外しておくか、もったいないし。

 

異世界に飛ばされたって事はその、なんだ……ファンタジーな魔物とかいそうだから、武装は何時も以上に携帯しなければならないな。銃なんて効くのかな?

 

俺は再び保管室へ戻り、真新しいニュー南部を2丁、一つは肩紐に、もう1つは足の予備銃収納に差した。次にライフル、こっちはライフルに付いたホルダーに肩を通す形にし、保管している弾のパックを各二つずつ取り出す。腰には警棒を差しているが、これだけじゃ心許ないので、押収品の日本刀とコンバットナイフをベルトに固定した。杜撰な押収品管理がまさかこう言う形で役に立つとは…当然ながらボディアーマーも着込んだ。魔法飛び交う(あんまりな)世界だったら無意味かも知れないけど、弓位なら防ぎそうだし。

 

後は、トランシーバー。異世界の文明が中世レベル(あるある)だとしたら衛星に依存した現代通信(べんりなもの)は望めない。だからこいつは持ってた方がいい。二つ以上、そのうち仲良くなった原住民と連絡を取り合うかも知れないからその時の為に。まあバッテリーなんて無いってオチが待ってるだろうけど……まずは戦わず、友好的に、オレ、オマエ、トモダチ的に。

 

保管室を出て、鍵をかける。盗っ人はいるだろうから、油断ならないな。各部屋の施錠をする鍵の束は保管室にあった。署を締めるなんて頭は普通無いから鍵なんて留置場位しかしないけど、今は違うからね。

 

しっかしどうしたものかね……考えても仕方ない、まずはあたりを調べるか。警察に就任して最初にやったのは街をくまなく調べ、頭に地図をしっかり刻む事。黒木さんが口酸っぱく言ってた事が頭を巡った。黒木さん、俺みたいなのに丁寧に教えてくれて感謝します。調べるにあたっての移動手段に自転車を選んだ。うちの署で使っているのは荷物も沢山積めて機能的なスポーツ系のチャリンコ(こ〇亀の両さんが乗ってた奴の新型だね)。草原は思ったより深い茂りでないから、そう厳しいオフロードでなさそう。とは言え、油断は禁物。俺は警棒、コンバットナイフの方にすぐ手を伸ばせるよう意識を集中させながら、自転車をこぎ進んだ。ここがもし異世界でなく普通に場所移動してただけとか言うオチだったらいいなぁ、その時は署の皆がどんな顔するか……まあ風景的に望みは薄いが。見える風景があからさまに日本じゃないのよ……

 

 

俺は地域課と言う、街のパトロールとかちょっとした通報案件を取り扱う、昔で言う警ら課って奴に所属してるんだけど、地域の平穏さと人口の関係で庶務と交通の方にも回ったりしてる。早い話が良く一般人が想像するお巡りさんに近い。最初の2年は派出所でちゃんとお巡りさんやってたのになぁ……って言ってる内に街らしい街が見えて来た。異世界転移ものとか読んでいて疑問に思う事あるある、言葉の壁はどうしてるの?な〇うのそう言うのって言葉の壁に当たってる奴を殆ど見た事がない。ご都合主義って奴?まあ何にしてもそれだけが心配だ。外国人の不審者とかに職質する時は苦労したもん。

 

街から署までの距離は大体5キロってとこか。今のところ盗賊の類いが潜んでそうな様子もないので、目の前に見える街(と言うか規模的には〇〇市の〇〇地域位のものだけど)に入ってみる事にした。

 

街の方は高さ2m位の木を立てた壁が囲んでいた。門番がいる……治安は悪いかもだな。門番の二人の特徴、一人は額から立派な角が二本伸びている、絵に描いたような鬼的な男。もう一人は背が低くて横が広いゴツゴツした髭面のおっさん。ああ、異世界だった……もろに異世界だわ。つーかかなりベタベタな見た目なんだけど大丈夫なんだろうか?

 

現実世界ではろくな生き方してなかったとは言え、沢山楽しみはあったのに、泣けるぜ。異世界転移なんて小説で読んで楽しむもんだろ?来たくねぇよ電気もコンビニも車もねぇとこなんてよ……っと考える前にまずはコンタクトだ。

 

門番の構えている数m手前で、俺は自転車を降り、彼らに近付く。近くに来ると持ってる鉄仗(てつじょう)(奇遇な事に警察が使ってる警仗(けいじょう)によく似ている)をクロスさせた。俺は警戒心を解くため、武装に手を付けず、敬礼の構えを取った。

 

『ん?なんば、何処んもんか?見た事無ぇ着物着て。敬礼すっとこ見っと、兵隊ば?』

 

言葉が通じる、ちょっくら訛ってるけど言葉は全然聞き取れる。俺は敬礼を解き、身分を明かす。

 

『M県向日葵市警察署地域課所属、階級は巡査長、名前は児玉清蔵であります。』

 

『警察?自警団のようなもんか?しかし聞いた事の無ぇ都市の名前だ。兄さん、なんか身分を証明出来るもんはねぇと?』

 

鬼の方がそう問うて来たので、俺は警察手帳を取り出し、彼に見せた。字なんて使ってるものが違うから読めないだろうけど、俺の身分証明って言ったらこれと運転免許証位だった。

 

『文字も見た事が無し、しかし自分の身分ば証明出来るもんと言って直ぐ出して来た……ワフラ、どうすっと?あんたん任せる。』

 

鬼の男は髭面の男に話をふる。警察や警備隊等において、立場が高い方に意見を求め、その者が決断すると言う暗黙の了解がある、元の世界だと濱田課長がそうだったな……この世界もその辺は似ているかな?

 

『こん男は嘘はついてないば、それにアンブロス帝国や都の連中と違うて武器を手に取った状態で来んかった。少し事情ば聞こ。キスケ、町長ば呼んで来ぉ。』

 

『分かった、待っちょれ!』

 

ワフラはどうやら俺が危害を加える恐れが無い事を見抜いたらしい。警察の同期にも見ただけでシロかクロか判る奴がいたけど、そんな感じかな?キスケと呼ばれた男が町長を呼んで来る間、俺はワフラと呼ばれた男に事の顛末を話した。話している間、俺は彼から目を離す事はしなかった、やっぱり信用してもらうなら目はそらしちゃ駄目よね。こちらの事情を話し終えると、ワフラは暫し思案に入ると、また俺に話しをふる。

 

『警察、それは所謂国が管理する地域の安全を守る者、そう考えていいんだな?それ、武器か?見た事の無いもんば。』

 

俺の肩に担いでるライフルが目に付くようだ、俺はそれを外し、腰に差している刀とナイフと警棒、脇に入れたニュー南部と足に差している予備銃、全部を取り出した。敵意は無いから丸腰になってはいるが、もし万一の事があっても、術科で馴らした体術(逮捕術と空手、10年かかって糸東流の初段になった程度だけど…)で応戦する構えだ。ワフラは物珍しそうにそれらを見つめた。

 

『どんな武器かは分からんが、そんな使ってねど、全部綺麗なもんだ。お前さんの住む街は平和なのか?』

 

そりゃあ世界でも指折りの治安の良さを誇る日本の、そして片田舎の都市だからね……それに高校のヤンキーやゾッキー(いきりガキ)位なら警棒使わず取り押さえられるもの。銃でドンパチしてる国からしたら死にに行くような装備ではあるが。ワフラに説明すると成る程と頷いた。

 

後で聞いたんだが、この世界の自警団や警備隊、兵士と言うのは血生臭い匂いが体に纏う鎧や作業服に染み付いているらしい。うん、中世ヨーロッパレベルの文明世界で平穏やら考えるもんじゃねぇな。ハーレムとか考えてる馬鹿は真っ先に死にそう、俺に異能力(チート)の類いとかは全然備わってる様子は無いし……曲がりなりにも警察で働いていて良かった。いざと言う時は逮捕術や空手で……警棒や拳銃の出番は無い事を祈ろう。

 

 

暫くワフラと取り留めの無い話をしていた。互いにリラックスした雰囲気になった所でこの世界について少しだけ知る事が出来た。この街(いや、町か、規模的に。)の名はナハト・トゥと言う。人口は三千人、色んな人種が住んでいると言う。ワフラ達はドワーフ……いきなりファンタジーで聞くメジャーな種族だな。キスケはオーガ……これまたメジャー。ちなみに俺のような見た目の種族をヒューマと言うらしい、ヒューマンてとこか。この三つがこのナハト・トゥの多数派らしい。他には爬虫類の特徴を持つリザード、ドワーフより背の低いピクシー、そしてピクシーとヒューマのあいの子と言った方が想像しやすいエルフ……エルフは長寿だと聞いているけど、な〇うとかで聞く不老不死に近いエルフと違ってせいぜい250から300歳位の寿命だと言う……十分長生きだよ、せいぜいとは一体、ウゴゴゴゴ……

 

他にはゴブリンや獸人もいるみたいだけど、まだ入植の歴史が浅く、この町では完全には市民権を得ていないと言う。何処の世界でも種族や民族の差や対立はあるんだな。ナハト・トゥはタイーラ連合国の一国、カン=ム帝国(高慢ちきなエルフの女帝で自称永遠の45歳(イラッと来るなそのフレーズ…))が治めるそこに属するらしい。つーか皇帝がエルフで高慢ちきとか俺が一番嫌いなタイプじゃねぇの!因みに俺、小説やゲームのエルフ系とか好きじゃない、そして異世界ものの神様的な連中も嫌い……会ったら思わず暴言吐きそう、会う事は無いだろうけど。

 

因みにドラゴンや巨人も存在するらしい。デカイのになると15mを超える(ワフラが大きさを下の方に描いたらそん位)化け物もいる……どこぞの人造人間だな武装した巨人とか。絶対遭遇したくない。

 

ワフラと話していると、向こうからいかにも町の長じゃねな感じの男がキスケと他の三人を連れてやって来た。町長はヒューマ、三人はオーガ(だったと思う、所謂鬼よね。キスケ同様立派な角……でも性別は女だ、牛っぽい角とあどけなさが残る顔が可愛い!滅茶好み!)一人とエルフ二人。多種多様とはこの事だろう、頭が混乱しそうになるのを押さえた。ついでにオーガの可愛娘ちゃんに欲情しそうになるのも押さえた(エロい身体過ぎる……)。

 

ここにいるメンバーで俺よりデカイのはキスケだけ、皆意外と小柄だ。ちなみに俺は180cm、80kg。キスケは195位はありそう。にしてもキスケは長〇智也に似てんな…おっ、町長が何か言いそうだ(こっちは渡〇也さんっぽいな)

 

『うんがワフラの言っていた男か?ワンがここの町長を勤める、アール・ナイトだ。』

 

俺は改めて自己紹介をした。勿論M県向日葵市警察署地域課所属からね。自らの出身地は入れたかったのと、腐っても警察だからね。町長はほうほうと頷くが、後ろにいるエルフ二人、怪訝なと言うより明らかに嫌悪感を出してる。警察にそう言う態度取ると痛い目見るぞ現実世界なら。

 

『ワンはおめの事を気に入った、どうやらおめは、失礼、清蔵どんは別の世界から来たんね?それでいて臆する事も、敵意を向ける事もせんかった。』

 

『ありがとうございます。しかしながら町長さん、後ろの二人、何ゆえ私に嫌悪感を出してるのですか?仕事柄人の雰囲気や表情、態度と言うものが気になる上、隠し事は出来ぬ性分なので。』

 

俺がそう話しをふると、二人のエルフはビクッとした。顔に出さなくてもその無駄に長い耳がプルプル震えてるぜ?(なんか可愛いけど……)警察の職業癖ってせいか何か隠し事をしている人間の挙動ってのは気になるし目に付く。

 

『おお、すまんね。この二人は元々トマヤ公国に住んどった不可触民の出自でな、長く差別されて生きてきたんじゃ。そんなこつじゃけぇ初見の人間にこう言った目を向ける事はあった。ほんにすまん。しかし清蔵どんは中々人の雰囲気を見抜く事に向いとる、元の世界じゃ立派な人間だったんじゃあの。』

 

いや、あの……巡査長なりたてのボンクラなんですが。しかもあくまで勤続15年皆勤のおまけで巡査長になったような口っすから……術科でも空手以外では成果残せなかったなぁ……

 

町長の話しが終わった後、エルフの二人がすまなそうに、鬼っ娘さんがふふっと笑いながら前に出てきた。

 

『ごめんね、二人とも人見知りなんよ、悪い人じゃないから許してね。私はテイル・オーガスタ、オーガの女よ、年は20歳、ヒューマの年齢で言うと15歳かな?隣国の奴隷階級だったけど、家族と共に亡命して来たんよ。宜しくね、お兄さん。』

 

可愛い声(仁後〇耶子さんにそっくり……)、初めて会ったオーガの女性がこんな愛嬌あって可愛い女の子だとは。俺は丁寧に柔らかく頭を下げ、差し出した手を握り返した。温かくて柔らけぇ……と言うより握手が挨拶として通るって事をこの場で知った。これは助かる。

 

次に、まごまごしてる二人のエルフ……二人共女だ。エルフって高身長ってイメージだったけど、低い(テイルちゃんが170位のグラマラス体型ってのもあるけど。うん、下手なグラドルより凄くいい!)。小学生位にしか見えないけど、どうなんだろ?

 

『わ、わだす、エルフのマーリナ。兄ちゃん、ごめんなさい、わだす達、町長さん達意外の人に心開げなぐて。』

 

『わだすもエルフの……アーニャ。兄ちゃん、さっぎはごめんなさい。初めての人、怖ぐて……』

 

おいなんだよ可愛いじゃねぇか(勿論子供的なだけど。ロリコンじゃないよ?)。日本の東北地方っぽい訛りと、見た目通りの幼い舌ったらずな声。嫌悪感はどうやら人見知りの怯えだったみたいだ。二人の年齢は34歳、えーと、元世界の人間の平均寿命を80と考えて、9歳位かな?通りでちっちゃかった訳だ。俺より年下だから兄ちゃん呼びはちょうどいいかな?年齢よりだいぶ老けた兄ちゃんだけどな!

 

俺は彼らと仲良くなった。日本語で通じる事(標準語でずっと話していたんだけど、俺が話すこの言葉はハイ・ラングと言うらしい。こっちの言葉で言うと便利な言葉と言うらしい。うん、標準語も日本全国で通じるし意味的にはあってるな)、最初に会った人間が温厚な人々だった事、俺はまだツキに見放されていないと実感した。

 

 

俺は彼らを署に招待する事になった。門番が誰か一人残らねばならないので、長く話して最初に打ち解けたワフラが気を使って残る事になった。俺は自転車を手で押しながら、署へと続く道を先導する事になった。

 

途中、キスケが俺の持ってる武器について質問があったので答えた。ショットガンとライフルとニュー南部(何度も言うが警察では生産終了している。使い勝手がいいからまだまだ現役で使用されてるとこも多い)、こちらの世界では銃が無いらしい事が分かった。

 

『凄か!弓より威力のある投擲武器を持ってるとは、清蔵どんの住む世界は進んどるば!』

 

銃が今の形(弾と火薬が一体になった後籠め式)になったのは百数十年前で、先籠め式に至っては何百年以上も昔にあったと伝えたら彼らは驚いていた。恐らく魔法とかが進んでいてこんな形の武器は出番がなかったんだなと勝手に想像する。キスケは更に腰に差している近接武器についても興味を示した。キスケさん、あんたもしかしなくてもミリタリーマニアか武器フェチかな?よっ、よし、知っている限りの事を言ってやるか。

 

『これは日本刀って言う刃物だ。キスケさんの持ってる剣に当たる奴だね。切れ味抜群、更に見た目が綺麗だから良いものだと金貨で100枚(江戸時代の小判を金貨と説明し、その価値も教えた)とか行く奴もあるよ。』

 

『高っ!そんなもんをあんたは持っとっとね?!一体あんたは何処のお偉いさんね?!』

 

いっ、いや、これは被疑者をしょっぴいた押収品で、こっちの世界に何があるか分かんないから護身の為に持って来たと素直に説明した。昭和の旧日本軍までだよ日本刀腰に差してたのは……しかも明治から一般人は廃刀令の関係で刀は所持出来なくなったんだからね。だからその辺も説明する。

 

『俺達警察が持ってる護身及び鎮圧に使う基本装備は、こっちだよ。警棒って言うんだ。取り出す時は……こうっ!』

 

『『うわぁ!格好いい!』』

 

アーちゃん、マーちゃん、素直で可愛い感想ありがとう。警棒はその名の通り棒だけど、これ、特殊合金で出来てるから、実際使うと殺傷力高いのよ。非力な女性巡査でも硬い黒皮カボチャを軽々叩き割る程の凶器だからね、暴漢を制圧する時は頭を殴らないように心がけてるよ。そうこう話しをしているうち、署に着いた。

 

『おっぎー!せいぞう兄ちゃん、ここに住んでるのぉ?』

 

マーちゃんとアーちゃんの二人が目をキラキラさせて質問する。当然仕事場であり、住む家は別にある事を伝えたが、住めない事もないと言うのも伝えた。二人はすごぉいとこれまた素直で可愛い感想を述べる、なんだか小学生の社会科見学の案内をしている気分だなぁ、子供のキラキラした目は見ていて和む。俺達の地域は治安が良いので、巡査連中はお巡りさんと言うより街の優しい兄ちゃん姉ちゃんと言う側面が強いから子供にはとても優しく接する。

 

『あっ、せぞさん、気になったんだけど、あそこにある、白黒の箱みたいなのは何?』

 

パトカーに興味を示したテイルちゃん、お目が高い!この世界からしたらトンでもないオーパーツさ。乗り物だと言うと、本当にぃ?と可愛い声で聞いてくる。ヤバい、なんかマジで変な感情目覚めそう……いかんいかん、改めてパトカー等の車のエンジンたる内燃機関についてはなす。腐っても機械科出の頭をフル回転させながら説明した。まあ、これ理論や理屈がわかっても作れるかどうかとは話が別だからね、説明していて疲れたぜ。

 

マーちゃんやアーちゃんは流石に付いていけないのか欠伸してたし……うん、そうだね、結構こう言った系の事を説明するとそう言うリアクションになるのも頷ける。しかしテイルちゃんと町長は俺の説明を紙に懸命に書いていた。筆記具は黒鉛で出来たクレヨンと形容した方がいいかな?鉛筆的な筆記用具がある事はメモとか文書のまとめとか付けペンに比べて楽よね。

 

しかしテイルちゃん、車に興味があるとは……元の世界で俺の愛車であるイン〇グラtypeRに乗っけたい(完全にこの娘に惚れたな俺……まあ一緒に飛ばされたんでこの世界でも乗ろうと思えば乗れるんだけど……)。と言うか町長さん、あんたまで少年の目付きだな。でも気持ち凄く判るのが複雑だ。しかし町長の見た目でパトカーに乗ったら完全に西部警察だよ……マジで渡〇也そっくり。

 

外の方にあるものの説明が終わった所で、中に入っていく。春の交通安全週刊のイベントで一日署長を勤めた立〇和義さんの等身大パネルが正面入ってすぐにあった……子供二人は異常に怯えていたね、他の人もややびびってた。いや、怖いけど、俺あの人に写真撮って貰った上に気前良くサインもしてくれたから!話すと気さくな方だから!パァンとかそ(ry

 

余りにも皆が怖がるので等身大パネルを裏返しておく事にした。まあ夜になれば元に戻すよ、思ってもみない防犯グッズの存在があるとは……素晴らしい一日署長だね。

 

 

署の応接室に皆を招き入れた。ここには茶菓子があるし、席もそこそこあってある程度の人数で宴会も出来る(まあ署長クラスの身分の連中が話し合う場所であるので、俺のようなヒラ警官がここを使った試しは無いんですけどね…)

 

カセットコンロで湯を沸かし(し〇ちゃん一家がCMしてるやつのボトル水の先を叩き切って水を確保した)、俺の世界のお茶を入れ、俺の世界の菓子を出した。皆それぞれが舌鼓をうち、気分も落ち着いた所で、俺は自分の身のふりをどうするかと言う事を考えた。元の世界に戻るあては無い、さっきも言ったようにチート転生もののよう(いせかいあるある)な都合のいい能力は無く(あるとすれば鉄筋コンクリート造りの頑丈な署ごとやって来た位)、元の世界の武器も銃器は弾薬に限りがあるし、車もガソリンに代わるものはあったとして、バッテリーとかどうするよって事でむやみに使えない。ん?テイルちゃんどうしたの?

 

『せぞさん、じゃあさ、この署?だっけ、ここの周りに町の新たな敷地を作ったらどうね?私、せぞさんの事気に入っちゃった!』

 

俺もテイルちゃんの事、好きになっちゃった。35歳の素人DTが色気付いたなんてなんか締まんないけど……スッゴい癒されるわぁこの娘。

 

そっ、それは置いといて……テイルちゃんの意見、確かにいいかも……異世界に来ちゃったし向日葵市警察署改めてナハト・トゥ町警察署に改名しようと思ってたのよ。まあ俺一人だから刑事、人事、地域、会計、その他諸々を全部やらなきゃだけど。過労死不可避ェ……

 

『しかしこんだけのデカイ場所を一人でってのは流石に辛かそうだのう……そうじゃ清蔵どん、ワンの町の自警団になるなら、キスケやワフラの部下、それにテイル達をここに来させて、おまの世界流の警備の心得、叩き込んでくれんじゃろか?』

 

……え?つまり俺が、万年ヒラの俺が署長?異世界に来てトンでもない大役を受けるってか!うう、俺に出来るのか?

 

『大丈夫、清蔵どんはあのワフラが気に入り、マーリナやアーニャ達が即座に懐いた人の良さがある!自警団の長は人の良さだけじゃ勤まらんとか言う奴がおるが、町を守る者の長は、その人の良さがなきゃあ誰も治安良ぉするなんて思わん!』

 

キスケさん…あんた熱いな。ならば…

 

『元の世界ではうだつの上がらないヒラの俺でしたが、この世界のこの町、ナハト・トゥ、そこに住む皆さんの優しさに触れ、ここにナハト・トゥ警察署の署長として改めて治安維持に努めます!

 

本日、ナハト・トゥ警察署署長となりました、児玉清蔵巡査長改め、警視正であります!よろしく!』

 

人事もへったくれもって感じだけど、署長には警視正又は警視がなるものなので、勝手ながら身分を改めた。つーか警視正が署長のとこは大都市位なんだけどね。署長のタマじゃ無いんだけど、ここに来た警察官は俺一人……ああ、やってやるよ!こんないい人らの笑顔を曇らせたくない!

 

 

児玉清蔵、35歳(素人DT)。異世界にて警察署署長となる。身分を警視正へと仮冒。

 

 

 

 

 





長く書いてると自分でも設定忘れてる時がありますw新規投稿はまだ暫くかかりそうなのでせめて誤字脱字修正位はしようかと過去話を見直してます。


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第2話 新米署長であります、人を初めて教育します…大丈夫かな?

 

俺の名は児玉清蔵、ナハト・トゥ警察署署長、階級は警視正(殆ど意味の無い階級だけど……)。署を運営する為、ナハト・トゥの元の自警団屯所を駐屯所とし、本署の方に人員20名がやって来た。因みにワフラとキスケ、テイルちゃんも本署に来て貰った。これは俺の要望ではなく、町長の要望が組まれた。

 

ワフラは兄貴分、キスケは肉体・器用さに定評があるから現場の隊長、テイルちゃんはかなりの研究熱心さから秘書的な役割だと町長が言ってた……皆さん私には余りにも勿体ない優秀な人々でございます。

 

まず警察として働く為に、彼等にはそれ相応の階級を与えなければならない。ワフラは警視、キスケは警部、テイルちゃんは警部補。元の世界で警部補以上の階級は、俺からすると雲の上の存在だったよ。ワフラは副署長兼地域課長並びに刑事課長に、キスケは組織犯罪対策課長兼新米巡査指導員、テイルちゃんは秘書官兼経理課長。

 

……警察署職員と言っても、町の開拓業務にも駆り出されるから、地域課開拓係ってのも作った。初代係長は署長たる俺……まあおかげで気兼ね無く巡査長の頃のように体を動かす事が出来る。やっぱ現場がいいよ俺は。

 

さて、問題は他の人々はどうかやな。ワフラ達を除いて17名、どいつもこいつも恵体……とはいい難い。ワフラやキスケがゴリマッチョなのに対して、おいおい、随分とヒョロガリだなおい、テイルちゃんとか格好可愛い鍛えた体だと言うのに。男女比率は7対3、元の世界は男男男ばっかで女性巡査の比率は低かった(それでも90年代よりはかなり増えたらしいけどね)から驚いた。見慣れぬ種族もいる。爬虫類な感じからしてリザードって奴か?後獣人もいる。市民権が完全ではないと言っていたけど、俺は自分の出自故に人種でどうのこうのは言わない主義(署長の受け売りだけど)、そう言う事を話したからか、町長が気をきかせてくれたんだな。

 

 

『皆、俺はこの度ナハト・トゥ警察署署長となった児玉清蔵警視正、姓が児玉、名は清蔵だ。警視正と言うのは、警察の階級の一つだ。ワフラ副署長に聞いたと思うけど、俺は別の世界からやって来た。元の世界では警察、分かりやすく言うと国や市町村が運用している自警団だな、それに所属していた。元の世界は比較的平穏だった……しかし、こちらの世界では血生臭い現実がある事を知った。俺はこの世界の現実を知らない……だから頼む、ほんの少しずつでもいい……皆の力を、貸して欲しい!』

 

正直演説的な事はしたくない。そんなタマじゃねぇし。しかし、こちらの世界で骨を埋める覚悟を決めた以上、下手くそであろうがなかろうが皆に意思を表明せにゃならん。こうなりゃやけくそで構わないから言える事を言ってやる。

 

 

17名の新任達は……受け入れてくれたらしい。しかし不自然なまでに〔受け入れますから悪い事しないで〕みたいな顔をしていた。視線の先を良く見てみると……ワフラとキスケがギラギラした顔してる……あの、お二人さん?パワハラはあかんですよパワハラは。俺は力で部下を押さえつけるような事はしたくないの。ほら、二人の目力のせいでエルフの兄ちゃん立〇和義が来た時の宮本〇也みたいになってるよ!俺は改めて一人ずつ彼等の前に出て握手をする。特に怯えてたエルフの兄ちゃんにはなるだけ優しく。

 

『改めまして、署長の清蔵だ。君は?』

 

『エッエルフランド出身、ミハイル・ジャクソンです!ねっ、年齢は今年でごっ、55歳であります!』

 

ミハイル君、そんなきょどらなくても……ワフラ副署長、キスケ警部、後で反省会しよう、金輪際パワハラ禁止ね。ミハイル君はヒューマで言うと18歳頃、高卒レベルか、通りで雰囲気といい青臭いわけだ。ワフラいわくエルフってのは寿命が長い代わりに知能成長が遅い、魔法を行使する魔力は割と高いものの、知力的にはヒューマ等他の種族と大差ないと言う、納得……マーちゃんアーちゃんが30年以上生きてるのに体も心も子供だものね。俺はミハイル君同様他の人にも同様に握手を交わした。その中で異彩を放っていたのが、獣人の兄ちゃん姉ちゃんだった。

 

『君は?』

 

『俺は、獣人ワーレオンのシシ・レイジ。あんたと同じで姓が最初の方だ。年は15歳、あんたの種族だと20歳だ。ヤマト王国の不可触民だったが、必死の思いで亡命してきた。』

 

『ほう……そしてそっちの君は?』

 

『あたしは獣人ウルフェンのロウラ・ウラジミル。年は13歳、大体16歳よ。あたしも同じように不可触民、出身はアンブロス帝国……言葉に出すのも憚れる位ひどい目にあってたんよ。』

 

ほうほう、ワーレオンにウルフェンね、中々いい目付きをしてる(正直体は恐ろしく華奢だけど……)。彼等がここに来た理由を知りたくなった。なんせ獣人とかは市民権を完全には得ていないと聞いていたからね。

 

『不可触民…身分制度の中にすら入れて貰えん家畜以下の人間って帝国の連中は言ってた……奴隷階級の連中のストレスの捌け口にされたのが俺どんの扱いよ。』

 

そういやマーちゃんアーちゃんも不可触民って言ってたな……俺はもうそれを聞いただけで腹が煮えくり返りそうだった。だからこそはっきりと俺の意志を伝える事にした。

 

『安心しな、みんな。俺はここの世界の人間じゃねぇし、何より元の世界の俺が生れた国は決まった身分なんてもんは無くてな、あるとすれば貧富の差だったな。俺の家は貧しい漁師の家の出身でよ、貧乏ってだけでいじめにあってたんだよ。

 

ひどいいじめから逃れ、貧しさから解放されるには……俺は警察官になった。なんせ警察は犯罪を犯すものを捕まえる役目、つまりは弱者をいじめる奴をしょっぴけるし、公の職だからいい生活も保障されてたからね。警察は生まれた家が金持ちとか貧乏とか関係無い、自分の持つ力で人を助け、人に頼られるようになる。だからこそ、君らが苦労した分、必ずや報われる。』

 

……万年ヒラの俺がこんな事言って良いのかなぁ?しかしこれは事実だ。金持ち貧乏関係無い、地方または国家公務員試験を受けて合格出来た者が警察になれるわけだし、仕事ぶりに応じて昇級及び昇給する、それが警察だ(まぁキャリア共はいいとこの坊っちゃんが多いのは否定しないがね……)。

 

『よろしく……失礼、よろしくお願いします、署長!』

 

『あたしも……お世話になります!』

 

頑張れよ!パワハラ上司候補の二人が心配だが、よろしくな!

 

 

さて、新米達の挨拶も終わった所で、まずは彼等に基本的な学習をしてもらおうと思い、無駄に広い署の会議室で最初の勉強会を開く事となった。先ずは警察組織における階級についてだな。其々の身分をしっかりとしておかないといけない。軍や警察、警備隊においてこの辺を適当にしては駄目だ。勿論仕事における身分であり、非番になれば関係無しさ。

 

『警察の階級、俺のいた国の地域、一番下が巡査と言う。二番目は巡査部長。この二つの間に数年間の実績が良いものの、昇任試験を受けなかった者が巡査長となる。俺が元の世界でなっていたのはそこだな。まあこの世界では二番目の階級にする。

 

次に、テイルちゃ……もといテイル君の階級である警部補、その次がキスケさんの階級である警部。警部ってのは事件現場を指揮する現場監督、軍隊でいう部隊長さんだな。その上の階級がワフラ副署長の階級である警視。この規模の警備組織の元締めは大体警視以上の階級がやっている。そして俺の階級、警視正。本来なら大都市における警備隊の元締めだな。この上の階級がまだあるのよ。』

 

『え?署長の階級が一番じゃないんですか?』

 

この質問はドワーフのフラノ君(30歳、人間で言う15歳)が反応した。そうだよ?警視正の上には警視長、その上は警視監、更には警視庁のトップである警視総監、更には警察庁のトップ、警察庁長官が存在する。まずノンキャリアの俺には縁の無い話だ、今名乗ってる階級すらキャリア組の連中が占めてるし。しかしここは俺しか警察の実態を知らないから、夢の役職でも何でもない……のだが、空位にしてる。柄じゃねぇし。

 

『空位にしている階級は、然るべき時、然るべき人間が就く。階級は高くても、仕事しない者は偉くない、これは忘れないで欲しい。』

 

次に、警察たるもの、法に乗っ取って動かねばならない。ワフラやテイルちゃん達と数日かけて、町にある法律に見合った刑法を作る事になった。と言うか司法権の問題もあるのよ。中世的世界故に犯罪者=死刑的な所ばっかりで裁判もろくに行って無いのを知った時、ああ、これはしっかり作らないとと思った。まあ町長は結構温情派で死刑的行為はしたことがないらしいが。

 

とりあえずは簡単な刑法を作って守らせる事、これは元の世界で言う幼稚園児でも分かる上に守れるレベルの所から始めている。別にこっちの世界の人間が知能が馬鹿って訳じゃない、治安を良くするにも先ずは決まり事を分かりやすくした方が最善と考えたのだ。具体的には殺人を犯した者は懲役15年以上とか、盗みを働いたら罰金とかね。人種差別や民族対立に対する法律も作った……まあ大方ワフラとテイルちゃんが率先して作ってくれたので、俺はそれを勉強会で読むだけだったんだが。

 

にしても凄いのは、他の地域からの移民や難民にもそれは適用するのかって聞いてきた事かな?この町の人々は町長の尽力によって亡命、難民を受け入れてたと聞いていたから、この手の問題については皆凄く意見を出しあった。特に獣人二人が自らの経験談を伝えた上で移民受け入れ時の潤滑な対応策を出して来た時は涙が出たよ。俺、頑張ってこの人らに報いなきゃな。

 

 

 



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第3話 警察兼検察及び防衛隊並びに開拓者。経歴長過ぎィッ!

 

 

この世界には、先進国的な警察は無い。更には検察や弁護士もいない。裁判所的ものはある……前時代的、それも日本で言う鎌倉時代以前とか位の裁判と言えたもんじゃないレベルのね。軍や防衛隊はあるけど、極端過ぎる……市町村レベルだと自警団、国レベルだと防衛軍とか国や市町村の規模でまちまちで、まともに機能してるかと言うとやっぱり夜盗の類いが跋扈出来る位適当。前時代的だから、権力者の殆どはてめえ勝手にしか動かないから、見えない所を見ようとはしない。例えそれがこの世界の現実で当たり前だったとしても、日本で生まれた俺にとっては理解出来ない。

 

 

よって俺は最低限の抑止力と言う合言葉を元に、開拓から巡回、更には司法にまで着手する事になった。司法に関しては町長が立場上相応しいと言う事で、町長は裁判長、と言うよりお奉行様かな?それをやって貰う。巡回や警護はもとから守衛としてならして来たキスケが教官となり、俺の世界の決まり事に合わせたものを徹底させる事に。パワハラ気味なのがたまに致命傷だけど、警察学校でも警察署でも熱血鬼教官はいたな……と言う事で、ある程度熱の度合いを下げる形でやって貰う事にした。優しさよりも、激しさが大事な時があるものさってね。何より、日本の警察は犯人を出来る限り殺さず、鎮圧する事が義務付けられている。罪を憎んで人を憎まず。故に、俺は下手なりに逮捕術をキスケに教えていた。キスケはたった1ヶ月で逮捕術をマスターしてしまった……天才。

 

そして俺はと言うと、体力錬成として空手と合気道、うちの部署特有の喧嘩芸骨法を叩き込む教官をしている。逮捕術の教官をしていた濱田課長が習得していた武芸らしいけど、演舞の怠惰そうな動きからは想像も出来ない位にあれよと相手をしていた俺が無力化されてしまったので、これは習得すべきと、個人的に教えて貰っていたのだが、相手を造作もなく倒れさせる動作を、あたかも幻術の類いとここの人らは思ってるようだ……だから誤解を正さねば。

 

『みんな、この動作は幻術なんかじゃない、人間の身体構造を考慮して相手を無力化させる技、練習さえ積めば誰にでも出来るものだよ。まあキスケ警部は運動神経抜群だから参考にはならないだろうけど、動き自体を見てごらん?簡単でしょ?』

 

俺は組み手に付き合っているキスケの体を片手で倒す。……キスケさん、俺一回も教えてもねぇのにもう受け身までマスターしてやがる、凄ぇよ。

 

『体格で劣る人間でも、体の動かし方、体の曲がる方向を見ているだけで、このように相手を転倒させる事が出来る。清蔵さんのこの技、しっかりと覚えぃ!』

 

キスケさん、サンキュー。空手、合気道、喧嘩芸骨法を組み合わせた向日葵市警察署オリジナルの護身及び逮捕術は、師匠たる濱田課長が全国警察の逮捕術競技で優勝した位に強い。一般的な逮捕術は日本拳法と言う武道がベースなんだけど、うちはかなり特異かな?まあ俺は逮捕術の大会は予選敗退な上、警察の大会では空手以外は結果残せて無いけど。そんなこんなで体さばきを教えていると、メンバー中一番ガリガリなミハイル君が直接教えて欲しいと言って来た、うん、その粋だ!

 

『ミハイル君、逮捕術をはじめとした体のさばき方は基本的に力では無く技だ。勿論体力も付けて貰った方がより良い動きを出来るけど。さあ、さっき俺がキスケ警部にやったように、倒してみて。』

 

『はっ、はい!ええい!』

 

おお、思っていたより全然良い動きだ!元々力が無い分、技術を使おうと言う気骨があるだけに無駄な力み無く俺を倒してる。

 

『うん、そうそう、それで良い。君の場合は体格があるわけじゃないから、技術の方をみっちり積めばより高みに行けそうだね。ならば一つ、簡単な技を伝授するよ。試しに俺に殴り掛かってごらん?』

 

『いいんですか?はい!……っうわっ!』

 

俺はミハイル君が出して来た手を持つとくるっと体をひねり、彼の体を倒した。これは合気道の技の一つ、小手返し。応用すると相撲の小手投げにも使えるし、アームロックにも移行出来る。

 

『すっ、凄い!余り力が入って無いのに僕の体が浮き上がった……署長、精進致します、ありがとうございました!』

 

うん、ミハイル君は真面目だな。おっ?早速同僚の新人達に小手返しの感想と反復練習を始めてる。俺の新人時代とはえらい違いだ。頑張れ、みんな!

 

 

さて、時間的にもう二時間は経過したかな?俺は巡回、所謂パトロールってやつだな、それを行う為、数名の新人を連れて町の方へと行く。残りのメンバーはキスケが体力錬成してくれるので任せた。フラノ君、ロウラちゃん、シシ君にミハイル君。この四人を連れて行く事にした。ワフラやキスケが採点した逮捕術の動き、法律の覚え方等が良かったメンバーだね。特にシシ君やロウラちゃんは出自故にやる気が違う。この四人には早速階級を与える事にした。

 

『君達は約1ヶ月の間に俺の世界の警察のノウハウを覚えてくれた。各々引き続き体力錬成と警察の心得を学ぶ事に励みなさい。君達は今日から巡査となり、町を守る。これはその証だ。』

 

俺はバッチを彼等に渡す。桜の御門が一つ刻まれた、銀色のバッチ。これは俺の世界の巡査のバッチと同様のものだが、分かりやすくする為に若干アメリカナイズさせて大きめにしてる。因みに、ワフラの知り合いのドワーフである鍛治職人ランドさん(70歳)が作ってくれたものだ。彼等が着ている制服は俺がこっちに来た時に着用していたものを服飾の匠のオーガであるリョウキさん(55歳)に作って貰った。これからこの二人とは長い付き合いになるだろう。

 

四人はバッチを付けると、目を輝かせた。ああ、純粋さが眩しい。俺が警察学校卒業して巡査になった時はああだったのかなぁ……とは言えまだ四人は体が出来てない(ドワーフのフラノ君ですら俺より細い)ので極力無理はさせないつもりだ。その為に彼等には警仗を持つ事を許可した。神道流杖術をテイルちゃんに仕込んで貰った(俺が一年掛かって覚えたそれを1週間でマスターしてやんの……テイルちゃんはかしこいな)ので極端な事態にはならない……と信じて。

 

 

町に到着する。なるべく威圧感を与えないよう徹底させる。警察は不審な人間以外には威圧感を与えぬ行動を心がけている。何よりも弱者の味方だと言う基本を忘れてはいけない…どこぞのなんとか県警はそれ守ってねぇ不祥事だらけだけど。

 

先頭に俺、直ぐ後ろに三人、最後尾にシシ巡査(勤務中は階級や役職で呼ぶ事にしてる)が歩く形をとった。巡回は二人一組とか何人かでバディを組む。一人だと死角が発生してしまうからだ。元の世界だと平和すぎて1日何もないなんて事がザラだけど、やはりこの世界はそうじゃない。町を見渡すと何かに怯える者、何かをやらかそうとする者が見える。俺はあくまで自然体を維持しながら、後ろを歩く三人に話す。

 

『町の人の様子がおかしい。何時もこんな感じなのか?』

 

『署長、この町にはギャング組織〔コーリン〕が暗躍しとっとです。奴ら、町長から助けて貰った奴隷階級の人間だったんですけど、町に住んだ途端、縄張りを作って強盗や強姦を働いてる町の仇やとです。』

 

フラノ巡査が怒りの篭った声でそう答えた。成る程ね……コーリンが幅きかせてるせいで町の雰囲気が悪いと。そういやワフラ達が言ってたな、町長の恩を仇で返した馬鹿達が町で暴れてると。門番をしていたのはこれ以上の禍根を外側から入れない為だったとも聞いた……

 

『何処の世界にもいるんだなそう言う悪党。ならば決まりだ。この町からギャングを壊滅させよう。決して無謀じゃないさ、俺の住んでた所なんて人口五万人に対して警察百人いなかったんだぜ?

 

凶悪な人間って言っても、何の訓練もしていない奴に後れをとるような事はしない。嫌……人でなしに負ける事なんて警察がやっちゃならない事なんだ。』

 

そう、向日葵市は昔から平和だった訳じゃないのさ……かつて向日葵市内の暴力団検挙に参加した経緯があるんだよ俺。就任から2年しか経過してないけつの青い青い小僧の頃に。俺の心の傷だったそれを思い出しつつ彼らに今の矜持を話す。

 

 

戦後の混乱で駅前を不法に占拠した在日系移民、それが向日葵市を拠点とする指定暴力団白戦会の始まり。構成員五百人、関係者千人と言う、五万の小都市には不釣り合いな程の暴力団。前の署長の頃までは賄賂賄賂で警察もグルだった……

 

それが俺が巡査になってから今の署長になり、不正を根絶する動きに乗り出した。署長は良くも悪くも警察の中の警察。暴力団関係者を全て洗い出し、次々と検挙するよう皆を鼓舞した。そういや刑事課の是澤課長がその頃がうちの課の華だったとよく言ってたっけ。頭の下がる思いです。

 

曲がった事が嫌いだった署長はかつて大都市である有乃浜市の方で暴力団を根絶する為組織犯罪対策課でならした敏腕刑事だったと言ってたね。賄賂まみれの警察幹部に疎まれて向日葵市に署長として飛ばされたけど、腐る事無く改革だもんね……

 

様々な立証が取れて白戦会の本部にカチコミに行った時、向日葵市の警察の半分たる50人の中に俺がいた。足がガタガタ震えてたよ、頼むから事務所を大人しく捜査させてくれと。俺の願いは虚しく、構成員の若い衆が暴れ出した。こちらも負けじと警杖と警棒で応戦。あの時の濱田課長、鬼のような強さでかっこ良かったな……

 

それでも収まらず、しまいには事務所から銃声が聞こえて来た。漏らしそうになるのを堪えて、俺は指揮官の指示に従い、銃を抜き出し、構えた。銃なんて撃ちたくねぇ、俺の心からの叫びだった。数分の静寂の後、同級の木尾田が数名の警察と共にシールドを持ちながら突進して行った。十回は銃声が響いたな……そしてまた静寂の後、警察全員で事務所の中に進入、そこに広がる光景は……胸を撃たれてピクリとも動かない木尾田と、幹部全員を取り押さえた他の同僚の姿。組長は腹に一発撃たれてうずくまってたな。

 

……そう、平和な向日葵市で、大事件は起こってたんだ。あの時から俺は頭の片隅に記憶を追いやっていたんだ。木尾田の……冷たくなった体を思い出してしまうから。その時の自分に渇を入れたいと思ったのもあった、この世界で俺一人飛ばされて心を入れ直したのは。俺の燻り続けていた魂が、今になって熱く燃えて来たのは。

 

『フラノ巡査、そいつらについてもう少し詳しく教えて欲しい。それから、この世界にあって俺の世界に無いものも。』

 

『了解。シシ、ロウラ、ミハイル、おめ達も何かあったら署長に。』

 

『『『了解!』』』

 

ここの人達は強く、そして優しい。だからこそ、失うなんて事は出来ない。まずは組織について詳しい事を知らなければ……

 

 

巡回中、幸いにも事件は発生しなかった。俺達は取り敢えず署に戻る。当番をキスケらに交代して、俺は町の方へと再び赴く。町長宅に行き、勉強会をと考えた。ここに来てから俺が教えるばかりだったので、今度は俺が教えてもらおうと考えたのだ。

 

『清蔵さん、あんたの方から教えて欲しい事があるんか……何やら重い責任を感じとるように思うのう。』

 

町の長になるような人間だ、流石に察している。俺はこれまでのいきさつを話した。俺はこの世界について、まだ殆ど何も知らない。この先ここに住み続けるのならば、知識は有りすぎると言う事は無い。

 

『魔法……おめさんの口からそげな言葉が出たのは初めてじゃな。ああ、この世界には存在する。文明が進まんかったのもそれが原因じゃなかかと多くの学者は推測しちょる。まあわんとしては清蔵さんの世界の車の方が魅力的に見えるがの。』

 

やっぱ車気に入ったんすね町長……話が逸れた、俺は改めてこの世界における文明の中身を知る事となった。同時に銃を持っている優位性が絶対でない事も。豆鉄砲と炎のデケェ弾どっちがヤバイってそりゃ後者よ。

 

『コーリンの人数は凡そだが四十人と言った位だ、しかし奴らが幅を利かせている理由は魔法を扱える者がおると言う事。わんもどう対策を取るか決めあぐねとる。』

 

俺もその点についてかなり迷っている。ワフラに頼んでニュー南部型の銃と弾薬を作れないか聞いているが、どうやら出来そうだと聞いた。問題は量産化した場合、それが敵対勢力に有効か?仮に有効だったとして、敵対勢力が模造品を作り反撃するのではないか?問題はそこだ。しかしそれ以上に気になった事があった……町の方で見た、怯える者、特にマーちゃんやアーちゃん位の子供の姿を思い出した。あの子供達が怯えて生活する様を、指を咥えて見ているなんて出来るだろうか?そしてそんな状況にあって、殉職した木尾田がもし生きていたら、黙って見ていたろうか?答え?もう既に決まってる。

 

『町長、俺は死んだも同然の身。町の治安を守る為、職に殉じます。ワフラに頼んで俺の世界のある兵器を増産して貰っていますが、それをギャングや他の連中に盗まれぬよう、管理と養成をしたいと思います。』

 

 

清蔵、この世界にて、銃の量産化を勧める(あくまでも警察署内の者に限ると念を押して)。

 

 

 



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第4話 過去は悔いても戻らない

 

 

(白戦会事務所より発泡!これより正面玄関口に陣取っている突入班は盾を構えつつ事務所内に突入する!)

 

あの日聞いた無線の声…暴力団が存在しながらも事件と言う事件が無かったはずの向日葵市で起きた、大規模な暴力団事務所の事務所捜索…最初はそう聞いていた。しかし、蓋を開けて見ればそこには向日葵市には不似合いな有事の状況が存在していた。

 

玄関の方から響いた銃声……警察学校以来に久々に聞いたあの音。奴らは銃を持っていた。かなりの暴力団だから当然なのだろうと思いつつも、実際にそれが使用されたとなったら話は別だ。俺はただ、少し離れた場所からそれを見ている事しか出来ない。

 

玄関の直ぐそばに配置された人間達は、向日葵市でも腕ききの人間ばかり。その中に、中学からの親友、木尾田雅人(きおだまさと)がいた。俺と同じく、高卒で警察になり、二年目にして優秀な警察官として県警本部からも一目置かれるような存在になった。このままいけば、後四年か五年後には昇任試験を受けて巡査部長になるだろう、本部長推薦の噂も現実味を帯びてきた。今の配置もその優秀さと、彼自身の志願で叶ったと聞いた。親友として、同じ警察官として誇らしい。だから死ぬなよ?そう願うしか無かった。

 

 

数分の静寂があっただろうか?玄関の班は先程の無線での準備を整え、突入した。俺は他の班に流される形で、玄関の方へと構え直す。

 

パン、パパパッ、パンパン、パン、パパパッ!

 

計十発、一つは暴力団が所持していると推測出来るマシンガンのバースト射撃の音……単発ずつのはどちらかの拳銃の発泡音……そこからは静寂に包まれた。嫌な予感がする。

 

……暫くして無線が入る。

 

〔構成員、抵抗する者を鎮圧!連行する為に護衛を求む!なお、負傷者二名、一名が重症、即座に救急車の手配を願いたい!〕

 

 

俺は最後の言葉を聞いていてもたってもいられなくなった。他のメンバーと共に事務所へと入る。そこには……

 

 

『木尾田……嘘だろ?おい、目を開けろよ……今日上がったら山田と一緒に飲みに行くんじゃなかったのかよ!残された康江ちゃん泣かせんなよ!!起きろよぉっ!!』

 

声をあげながらも、既に手遅れなのを悟るしか無かった。心臓に被弾……あばら骨の間を抜けるように弾が当たっていた。即死だった……

 

『うっ、嘘だぁ!!』

 

 

 

『……はっ?!……夢か……夢だったら良かったのにな。』

 

『せぞさん、大丈夫?凄くうなされてたよ……』

 

『大丈夫……オフッ!(ムスコは大丈夫そうじゃない!近い、近いよテイルちゃん!)』

 

俺は町長の用意してくれた借家で眠っていた、そしてあの日の悪夢にうなされ、テイルちゃんに心配され(抱きしめて慰めてくれた……そらムスコが無事で済むか!)、今に至る。

 

暫し放心状態になりつつ、俺があの日の悪夢にうなされていた事を、テイルちゃんに話した。本当はこんな話、ずっと封印するつもりだったけど、テイルちゃんには世話になりっぱなし(署にお弁当持ってきてくれるのよ、旨し。)なので、包み隠さず話した。

 

そして……もしこの世界に来なかったら、あの時までは僅かでも確かにあった警察官であると言う矜持が目覚める事も無かったと言う事も。皆の前では嘘は付かない。何故なら、こんな俺を、気に入ったと言ってくれた人達だったから。テイルちゃんは涙を流しながらも、俺を弱虫とか言わずに励ましてくれた。

 

『せぞさんはね、優しい人だよ。だって何にも知らない世界から来たのに、皆から愛されてるんだもの、元気出しとぉ。』

 

テイルちゃんは俺を抱きしめる力を強めた。ああ、あったけぇ……おい、ムスコよ、今は引っ込んでろ!浄化されていく場面が台無しだろうが!と言うか何故テイルちゃんが来てるかと言うと、借家は所謂長屋になっており、テイルちゃん一家の住み処はなんと隣……こっち来てオチオチマスかけねーのよ!年頃の女の子に35のオッサンのマスかきなんて見られたらと思うとね……

 

ははっ、木尾田よ、俺何だかんだで頑張ってるぞ!彼の世があるのか分かんないけど、どうかそっちで見ててくれ。

 

 

番外編その1〔 私、山口康江警視です、故あって異世界の住民になりました(泣)〕

 

 

私の名は山口康江(やまぐちやすえ)、総合職国家公務員(旧国家公務員一種)試験をパスしたキャリア。階級は警視、現在の事件の解決次第では警視正に昇任するのがより早くなる。現在数十年ぶりに発生した猟銃を乱射しながら車両で逃走している凶悪犯を確保する為の対策本部より指示を出している。県警と合同で道路を封鎖し、とある場所へと誘き寄せる。綱渡港第一岸壁。普段なら数隻の船が荷役を行っているそこには船はいない。かつ、出島のようになっているここなら奴は逃げられない。念のため海上からも応援を呼んでいる。

 

そうこうしている内に、奴はここに追い込まれて行く。奴は自分の娘を人質に取っており、迂闊に狙撃出来ない。奴は猟銃で知人を射殺後、国道を進み、警察車両に発砲、バリケードを突き破り、道無き道を進み、2つの包囲網を突破……かつて発生した猟銃乱射事件を彷彿とさせる。だが奴に取って不幸だったのは、2つの包囲網はブラフであり、この綱渡港に誘き寄せる為だった事だ。岸壁の端に追い込まれ、奴は娘に猟銃を突き付けながら何かを叫ぶ。無駄だ。お前の肩にレーザーポインタが行ったのが見えるか?製材会社の屋上に待機させていた狙撃班がお前を無力化する。終わりだ。

 

 

ってカッコつけてたのがほんの2分前……あの、ここ何処?何があったの?私の記憶違いでなければだけど、中世ヨーロッパのお城の謁見の間なんですけど。そして、甲冑に身を包んだ兵隊、何か額に角が生えてる……どうなってんの?え?

 

『きさん、何者じゃ!陛下の間にどげんして入って来たとか!事と次第によっては死なす!!』

 

こっ、怖いよぉ!中世ヨーロッパとは似ても似つかない九州っぽい方言が出て来たんですけど!とっ、とりあえず言葉通じそうだから話そう。

 

『すみません、私も良くわからないんです。あっ、身分を明かします。警察庁の山口康江警視と申します。これが身分証明書です。』

 

何時ものようにクールっぽく立ち振る舞えない……何で私がこんな目にあうのよ!兵隊はそれを受け取ると、私の顔を身やる、超怖っ!角生やした竹〇力だよこれ!

 

『陛下!こんおなご、嘘ばついちょる顔じゃなかとです、ただ、書いてある文字が読めんば。処遇、どげんすっとですか!』

 

陛下と呼ばれた人の方を見ると、後ろ姿しか見えないけど、耳が長くて髪は銀髪。髪飾りから着てるドレスも高そう……その人がこちらを見た瞬間に驚いた。

 

『キャハッ☆他の世界からやって来たって事?いいんじゃない、面白そうだし!』

 

うわキツ!何とか顔の表情に出さずに済んだけど、軽過ぎる上にそのキャラ?!

 

『わたしはタイーラ連合国の一国、カン=ムの皇帝、ユナリン・ローズ・カン=ムエル、年は永遠の45歳でーす!キャハッ☆気軽にユナリンって呼んでくれたら嬉しいな♪』

 

うわっ、なによこいつ、殴りたい……45歳で永遠とかって事は年はかなり取ってるよね?聞きたいけど聞いた瞬間打ち首にされそう。

 

『貴女頭良さそうなヒューマだね☆周り男ばっかでさぁ、話し相手がいないの、将軍になってくれる?どうせ当てが無いんでしょう?そうしようよ☆』

 

『はっ、はい……良いですけど、ほんとに大丈夫なんですか?』

 

『大丈夫☆この国の周りには大きな脅威は無いし、仮にあってもわたしの魔法でズドンだから☆』

 

えぇ……引くわぁ。雅人ぉ、貴方が死んでから仕事に生きて来たとは言え、なんでこんな目にあわなきゃならないのぉ……助けて、雅人!

 

 

 

 

番外編その2〔‐邂逅・前編‐〕

 

俺の名は山田啓将、この世界にやって来た。あっちの世界に生きていれば、35歳になるだろう。俺は……あっちの世界では公安の人間だった。左派系のテロリストを追いかけていた。生まれ故郷の向日葵市の隣、伸陸市に拠点を持つと言われたそれを、猛禽の如く静かに、かつ着実に追っていた。

 

公安に行く切っ掛けは……俺の高校の友人、木尾田雅人の死だ。向日葵市を牛耳る暴力団白戦組にあいつは殺された。それだけなら公安になるために動く動機にならない。そいつらが白戦組と繋がってたのさ。銃器を密輸し、ヤー公と手を組む、てめぇの利益しか考えない腐った連中……俺は友人を殺した奴らを、あいつの心臓を撃った銃器を密輸した奴らを許さない。

 

俺は公安に志願した。公安になるのは容易じゃない、能力が優秀でなければならないからな。幸い能力は認めて貰えた事、隣町故に土地勘もある為か俺は公安として奴らを追うお膳立てが出来た。二年もの地道な捜査の末、奴らのアジトを突き止めた。モグラ班の活躍もあり、確保班たる俺達が奴らのアジトに向かい、追い詰めた。だが奴らは抵抗、銃撃戦となり、俺は木尾田と同じ場所を撃たれて死んだ……俺は殉職したが、奴らは確実に逮捕されたはずだ。心残りは……奴が死んでから、藻抜けの殻になった清蔵が更に悲しむのが苦しい。あの時までのお前は、間違い無く一番警察官してたんだ、復活をいのるよ。

 

 

気が付いた時、俺は別の世界に来ていた。胸の傷は……撃たれた場所は衣服に穴が空いてはいるが、何とも無い。ここは何処かは分からないが、あっちの世界では死んだと言う事実だけが残っている。起きた場所は、何だか西洋の町並みに見える。だが飛び交う声は訛りが激しいものの、日本語に聞こえる。とりあえず穴が空いた場所を隠しながら、その辺にいた肌の黒い耳長のお嬢さんに声を掛けた。

 

『そこのお嬢さん、失礼。ここは何処でしょうか?』

 

『え?タイーラ連合国の一国、エウロ民国のサカサキですけど?』

 

彼女はきょとんとした顔をしながらも答えてくれた。何分強面故に怯えさせたみたいだったので謝辞を述べ、足早に立ち去る。別世界なのは間違い無さそうだ、エウロ民国と言う国は聞いた事もない。

 

『あのぅ、すみません。』

 

『ん?どうなさいました?』

 

その彼女が立ち去ろうとする俺に声を掛けた。何かある……まあ着ている服から俺は浮いているだろうから不審に思うのも無理は無いか。俺は彼女を怯えさせぬよう、かつ油断せぬように身構えた。しかし彼女から次に出た言葉に驚きを隠せなかった。

 

『あなたのような方、数年前にもいらっしゃって。現在はうちの夫になってます。』

 

『え?本当ですか!もし、もし良ければ名前を教えて貰えないですか!?』

 

彼女は名前を教えてくれた。同時に……その名前を聞いて俺は呆然となった。

 

『木尾田雅人……あの木尾田がこっちにいるのか……』

 

後編に続く

 

 

警察官としての使命感、漸く俺にも目覚め始めたんだなと、最近実感してきた。木尾田と山田、一番の友人達と奇遇にも進んだ道が同じだったが、二人と違って俺は使命感って奴を持って動いていたかと言えば何か違う気がしていた。公務員の安定した収入が主な理由……貧しい漁師の家だったからこそ公務員を目指していたんだけど、俺の夢はそこで叶ってしまったのだから二人と違い、向上心が無かったと言わざるを得ない。

 

だが、ここに来て、俺は夢のその先を求められるようになった。今はもう死んだ友人達がそうだったように、俺に宿る使命感が体を動かす。俺の使命感……それは……テイルちゃん、君と暮らすこの町を、守る事だ。女の子と添い遂げたい為なんて締まらない下品な奴と言うかも知れないけど、目標が出来たんだ、大きな進歩さ。

 

『せぞさーん、朝だよ!ほら、お弁当持って来たけん、今日も頑張ろ!』

 

『はーい!いつもありがとうテイルちゃん。』

 

さあ、行くぞ新米署長。これからまだまだ解決するべき問題は山ほどある、俺はナハト・トゥの署長として、みんなの笑顔を守る、今度こそ、二人のように立派な警察官になる。見ていてくれよな?

 

ナハト・トゥ警察署、現在23名。うち4名を巡査として正式に配属。旧守衛所出身者を新たに10名登用。児玉清蔵は異世界にて警察官としての使命と目標を掲げ、空虚な過去より脱出した。まだまだ知らない事ばかりの異世界の地で、清蔵はどんな未来を見る事になるのだろうか?今はただ、愚直なまでに前を行くのみだった。

 

 

‐数年前‐

 

俺の寝室の壁掛けには、御守りが二つ、掛かっている。しかし、勤務中にそれを忍ばせる事はしない。この二つの御守りを肌に持つ時は、俺があの世に行く時と決めていた。あの二つの御守りの中身は……友人二人の遺骨の欠片なのだ。

 

心の傷を忘れたくても、時々鮮明な夢として悲劇を思い出されるのだ。その心の傷が痛む度に、俺は警察官のままでいいのかと問い続けたが、答えは結局帰って来ない。

 

 

『おい、聞いたか?』

 

『ああ、児玉ちゃんの事か?』

 

『一番の友人二人がたったの3年の間に殉職して、心が壊れたって……』

 

『入った頃は本当に未来を嘱望される優秀な人だったのにな……何だか心が空っぽになったと言うか……』

 

『自殺をしそうだからって本署預かりのまま置いてるらしいけど……出世コースからは外れてしまうのは勿体ないよね……有能な人だったのに。』

 

同僚達の声が聞こえた。そう……今俺は、とてもまともに仕事が出来る状態じゃない。それでも……何故か無遅刻無欠席で勤務し続けるのは何故かな……わからない。

 

使命感とかそんなんじゃない事だけは確かで、心に空いた、大きな穴をどうする事も出来ないまま、ただ体だけ動かしているような状態。山口のように仕事に打ち込んで忘れるなんて事も、俺には出来ない……幾分かでもあった俺の仕事への情熱は、無くなってしまった。

 

 

ーー

 

ーーー

 

『せぞさん?せぞさーん、大丈夫?!』

 

『……え?俺どうかしてたの?』

 

『署長、あんた疲れてんのか?えらくうなされちょったが。』

 

ワフラとテイルちゃんがそこにいた。朝の仕事が片付いたので仮眠をとっていたのだが、どうやらうなされていたらしい。まあ過去の俺自身の記憶を再生されてたんだ……うなされもするよ。しかし御守りか、こっちの世界には持ってきて無かったが、ある意味良かったのかもな。あれがあったらきっと引き摺る気持ちで彼等と上手く関係を築けなかったかもしれない。心に空いた穴、まだ空いてはいるものの、塞がりつつある。それでも、忘れる事は無いだろう、何故ならかけがえの無い俺の心の友だったから……

 

いかんいかん、気を取り直さねば。仮眠を摂ってすっかり疲れも取れたし、仕事に戻るか。午後の仕事は、ナハト・トゥと署を結ぶ街道の開拓を妨害する輩をロウラ巡査が逮捕したらしく、取り調べ室にて待機するロウラ巡査に、取り調べのやり方を実践にてレクチャーしようと思っている。彼女は凛々しく俺に敬礼をする。俺も笑顔で返す。

 

『ロウラ巡査、お疲れ様。流れるような動きで逮捕したらしいね?それでホシはどんな人?』

 

『署長、それが例のギャングの下っ端らしいんです。直ぐにでも拷問にかけて吐かせたい所なんですが、署長はそんなのは嫌ですよね?』

 

『当たり前だよ!やってたら謹慎ものだよ?!』

 

自白の強要なんて点数稼ぎする馬鹿共の遣り口だよ。取り調べのマニュアルはそれぞれの署で違うらしいけど、うちは自白強要・暴力で口を割らせる奴は署長直々に鉄拳制裁が下るような所だった。推定無罪の意味をしっかりさせてたし、警察が人の人生を左右する仕事である事を徹底的に叩き込まれるからね。他の署だとどうなんだろ?お隣の所轄は公安関係でやらかしたと聞いたけど……まっ、関係無いか今はその話は。

 

うちは取り調べに関しては本当に徹底していた。休憩を挟まない取り調べをさせた人間にはそれこそ鬼の濱田課長が再教育と言う形で性根を叩き直させてたなぁ。因みに逮捕時に弁護士を呼ぶ権利と黙秘権があるって事を言わなかった不届き者には刑法や道路交通法の書き取りをさせてたね……後輩の正一は何度もそれやってたなぁ。向日葵署はあらゆる意味で変わっていたと改めて思う。取り調べをリアルに可視化した上で弁護士にもそれをしっかり開示してたし、逮捕されても不起訴って案件がとても多かったしね。かつ逮捕じゃなくて基本は保護が多かったし、公務執行妨害で検挙なんてのはよっぽどじゃないと無かったね。職質も威圧感を与えず、本当に不審な人間以外にくっつかないを徹底、具体的には東京辺りのオタク君達を怯えさせるような職質は絶対するなと言われていた。点数稼ぎするつもりなら規範となる警察の動きを……つーかよく魂の抜けた状態で務まってたなぁと思う。

 

 

さて、取り調べ室で怯えた目ながらもこちらを睨んでいる被疑者を見る。聞けば獣人とエルフのハーフと言う(100年位生きるらしい)見た目はまだ小僧だな。ここん所しっかり肉体錬成をしていたロウラ巡査相手に掴みかかるとは、無謀だねぇ。逮捕術+空手+喧嘩骨法だ、相手が悪かったな少年。

 

『さて、現行犯逮捕と言う事で令状も無しでここに連れて来られた訳だが、取り調べの前に一つ。君には弁護士を呼ぶ権利と黙秘権がある。弁護士ってのは読んで字のごとく君の言い分を法に照らして弁護してくれる人だ。

 

弁護士は元ギャングだったが現在は非行少年更正の指導員となったエース・シュナイダー奉行所員に一任している。不利益な事は話す必要も無い。それが黙秘権ね。』

 

俺がそう言うとキョトンとした目を向けてきた。激しい拷問でも始まるのかと身構えていた彼は戸惑いを隠せない。そんな彼の下にエース弁護士(ゴブリン、40歳)がやってくる。

 

『児玉署長、弁護士のエースです。彼が被疑者のダルフィーさんですか?』

 

『その通り。取り調べの聴取を聞きながら、彼に不利益がある発言があったなら助けていただきたい。』

 

『分かりました。最初からの悪党なんてこの世にはいない、だからこそ我々弁護士の存在が重要なんです。ダルフィーさん、宜しくお願いします。』

 

このやり取りの間もダルフィー少年は戸惑うばかりだった。ダルフィー・マンエル(18)、三番地の農民の家の息子だった。元々は真面目な少年だったが、親との喧嘩で家を飛び出し非行に走った口だった、良くある反抗期の問題だな。悪い友達に唆されて不良になるパターンよ。

 

『成る程、喧嘩して飛び出してと言うのは反抗期の青少年には良くある事だ。ただ気になった事があるんだ。君の所持していたバッチ、これはギャングのコーリンの代紋が入ってるものだね?

 

コーリンは四番地の、しいては町全体の治安を悪くしている。何故なら、コーリンの頭、カマリタと呼ばれる人物は町長が受け入れた恩を仇で返したような人間だ。君は何故そんな連中と共に行動していたのかな?言える範囲でいい、勿論言いたく無かったら黙秘してもいいよ。』

 

俺は語気をなるだけ穏やかにして彼へ質問する。刑事ドラマのような威圧感ある取り調べはしない、向日葵署では被疑者も市民であり、守るべき存在だからと徹底的に教えられる。ここに来ても俺はそれを忘れない。ダルフィーは少し戸惑いながらも、捕まるまでの経緯を話し始めた。親と喧嘩したのは、将来農家の男として仕事をする自信が持て無かったからと言っていた。そうか……農家とかは俺の世界でも後継者に息子がなりたがらないとか良く聞いてたからね。この世界でも肉体労働の自営業は継ぎたいと思う人は少ないみたいだ。んで、家を出たはいいがその後の事は何にも考えて無かったらしい。行く宛もなくフラフラしてた所、似たような見た目の少年の獣人と出会い、意気投合。彼の属するチームに入った、それがあのコーリンだったと……と、ここでエース弁護士が意見を言う。

 

『ギャングの片棒を担ぐと言うより、近い見た目の友達が出来て遊んでいた、私はそう言った流れであり彼には犯罪の意思は無かったと弁護します。』

 

うむ、エース弁護士の見解は俺と同じようだ。俺は彼自身の罪は公務執行妨害の現行犯のみである事を確信した。しかし問題は何故ロウラ巡査に襲い掛かったのか?そこを知りたい。

 

『頭に、言われたんです。青い服を来た警察と呼ばれる連中を襲えって……コーリンは上の命令は絶対で、断れ無かったんです。断ったら酷いリンチの上に殺されるから……

 

グループに入って暫くして、ギャングの怖さを知ったけど、同時にそれは抜ける事は殺される事だと……お兄さん、ごめんなさい。』

 

まだ子供の彼にとって、最初は遊びだったのに、ギャングの恐ろしさを思い知った訳だな。彼は反省の余地がある。現在の世界なら保護者のもとに送る、まあ不起訴処分にしようと思ったけど、俺はまず保護者を連れて来てもらう事にした。最終的に保護者に判断を委ねようと思ったのだ。

取り調べ自体は一時間を越えない程度。長期勾留はするつもりもないので、保護者が来たら解放する予定だ。その間彼には食事を与えたり、風呂に入れたりした(水は通せるようになった、水風呂かつ手押しポンプだけど…)。ギャング生活は飯も風呂もろくに無かったそうで、焦燥していた彼だったが、幾分落ち着きを取り戻したようだ。

 

暫くすると、彼の両親(父ちゃんがハーフエルフ、母ちゃんが獣人)がやって来た。ダルフィーはただごめんなさいと泣き崩れ、両親は馬鹿者といいながらも涙ながらに彼を抱き締めていた。俺はエース弁護士に話をするよう促す。弁護士を通す事で警察自体が何か罰を与えるのを避ける為だ。両親は、息子の更正の為、何か社会奉仕をさせてくれないかと要望した。可愛い子には旅をさせよか……

 

『ならば奉行所に言って沙汰を受けなさい。罪的に開拓の手伝いを1ヶ月位の処分になるだろう、それでいいかな?』

 

『はい、しっかり迷惑かけたけん、頑張ります!』

 

『よし、それでいい。奉仕作業の期間が終わったら、親御さんとしっかり将来の事を話し合うんだぞ?』

 

ダルフィーはエース弁護士に連れられ、奉行所へと送られていく。両親も礼を言って帰っていき、ロウラ巡査と二人になった。

 

『署長、全然暴力も暴言も無しに説き伏せちゃいましたね……こっちの世界じゃ話もろくに聞かずに鞭打ち、袋叩きとかされてしまうとか多いのに……』

 

『被疑者に強硬な態度で問い詰めたら、本当の事なんて言わない。それに勉強で学んだろ?推定無罪って言葉。最初から犯罪者だ罰を受けて当然だなんて遣り口じゃ次の犯罪を増やすだけだからね。冤罪ってのも勉強したろ?ホシと思っていた人間が実はシロって事も珍しくない。だから先ずは優しく……これを忘れずにね。』

 

〔諭しのハマさん〕こと濱田課長の受け売りだけどね、重要な事だと俺は思う。と言うか拷問が合法化してるなんて益々教育に道徳の精神を追加しなきゃなと思った。偽善でもなんでもない、道徳無くして心なんて育たないから。ニーチェ辺りが聞いたら鼻で笑うんだろうけど、あんたらだって道徳観しっかり根付いて社会に出た口だろうがってね。

 

さて、ロウラ巡査はこれで流れを知った。シシ巡査やフラノ巡査長(成績が優秀だったので昇任)、ミハイル巡査辺りは彼女の話を聞いただけで分かるだろう。しかし皆さん有能だね、俺の世界の周りも有能な人ばっかだったけど、こっちも全然負けて無いね。

 

 

さて、取り調べが一段落したので次は開拓課へ。本来は土木作業員の仕事たる開拓で警察の仕事と無関係なんだけど、署を町と直接結ぶ道を作りたいのと、署の周りを新たに町にしたいとの町長の考えから、この課の存在意義があるわけよ。因みに罪を犯した者の刑務作業としても機能してたりする。勿論強制するやり方でなく自主的にやれるようにね。その為に、署長たる俺自らも暇が出来れば開拓作業に従事している。肉体労働は割りと好きなんでクワやツルハシ握っての仕事なんてどんと来いだね。いやー、本当にこっちに来て充実してるな。神様とやら、粋な事をしてくれたものだ、最初はこのやろうと思ったけど、今は感謝してるよ。

 

 

心に大きな穴を空けた男、児玉清蔵。しかし異世界の人間はそんな彼を温かく迎えてくれた。まだまだ知らぬ事ばかりの異世界にて署長となった清蔵、果たしてどんな未来が待っているか。異世界の空に輝く太陽は、清蔵のいた世界よりもやや弱い光ながらも、清蔵をしっかりと日焼けさせていた……苦も楽もあると言わんばかりに。

 

配備編・完

 

 

 

 

 

 




2023年に入って再編集作業しています。誤字、行間の変更等やっていたら大分元よりマシになったかなとは思います。


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邂逅編
第5話 全く、あん人は……


第5話と打ってますが、実質的には番外編です。番外編と打っているのは清蔵達異世界側の人間の話の時につきます。


 

 

 

最近タイーラ連合国内の動きが騒がしい。連合国最大の国、アンブロス帝国のラスターリ三世の即位以来、民族弾圧が激しいと聞く。現皇帝はヒューマ、ドワーフ、オーガ以外の人間をひとえに差別する三民族原理主義者で、ことエルフに対する民族浄化と言う名のリンチが横行している。あの国の民は皇帝一族(ヒューマとオーガ、ドワーフの親類でなる)を神々と崇める連中、国民は国民で皇帝の言葉を一欠片も疑わずに信じ、エルフの虐殺行為が行われている。

 

このような原因の一端を担っているのは、我が国の皇帝、ユナリン・ローズ・カン=ムエル……ラスターリ皇帝即位祝賀会の時に信じられぬ程非常識な事を言ったと聞く。言葉そのものは聞き及んではいないものの、カン=ム帝国自体に戦争を吹っ掛けるのではなく、エルフそのもの(・・・・・・・)をこの世から消す事を宣言している。あの高慢ちき、一体何をやらかしたのか?

 

一方、他の国はと言うと、クロイツ大公国の都市、ジャマザキで、勇猛な人物がアンブロスに対する戦闘行動を行使するとの情報が入った。兵士、自警団を伴い、国中に存在するアンブロスの新派を追放しているらしい。これは近い将来戦争が始まる。タイーラ連合国が分裂してしまえば、四百年前に起きたとされる魔法・鉄器戦争時代の再来による殺伐とした世の中が訪れる。我々が出来る事、それは我らが町にそのような脅威を入れない事、そして……清蔵どんが生まれ育ったと言う国のような平安を何としても維持する事だ。

 

その為に、銃と言うものの量産を頼まれたが、清蔵どんはそれをあくまでも署に勤める者達の分だけにしてほしいと頼んだ。理由を話して貰うと、あの銃と言う武器は、小さな子供でも大の大人を簡単に殺せる代物だと言う。にわかに信じられない私は、清蔵どんに銃を使用して貰う事にした。清蔵どんが的として使うのは木の棒に厚手の絨毯を巻いたもの…こん棒で思い切り叩いても中の棒はびくともしなかったが、清蔵どんのそれは、絨毯を貫通し、中の棒を破壊していた。放たれたのは鉛の塊、けたたましい音がしたかと思ったらとてつもない速度で当たった……清蔵どんはそんな破壊力のある武器を、片手で扱っていた。いわく、ちょいとコツを掴むだけでマーリナやアーニャのようなか弱い人間でも簡単に扱えるらしい。清蔵どんが慎重をきす理由が判った。これは市民に安易に持たせるべきではない、たちまちギャングの手に渡り、治安が悪化するだろう。現に清蔵さんの世界のアメリカと言う国は国民が銃武装しやすい環境故に、凶悪事件の件数が尋常ではないとの事だ。

 

故に、私は提案した。品行方正、かつ巡査部長以上のものにだけ携帯を許す事、この提案を清蔵どんは快く承諾してくれた。清蔵どんに惹かれてやって来た新人達、しかし中にはギャングと繋がりのある者もいないとは言い切れない。幸い清蔵どんは銃の存在を彼等には話していない。警察官とは口が固い故に責任感があるのだろう。

 

今日は清蔵どんは開拓課に赴いている。開拓しているのは町と署を繋ぐ道の舗装と、署の周辺に奉行所(清蔵どんは犯罪者を裁く所だと言っていた)と訓練所、そして新たな居住区。清蔵どんが就任して僅か半年で道の舗装は完成、奉行所も完成に漕ぎ着け、居住区も数十名が既に住める程になった。予定では少なくとも三百人が居住可能になるよう、生活に必要な店も出すと言う。この居住区に住むのは、町に対し特に仇なす危険が無い者のみ。こちらに移り住む際、怪しい者を入れぬよう気を付けながら、居住者を招き入れる。招き入れた居住者は自ら進んで開拓に乗り出す、勿論そこには強制と言う二文字はない。

 

清蔵どんが来てから、町の治安は大変良くなった。月に4日、ギャングを一斉に摘発する殲滅作戦を採用しているのもあり、その期間に30人を越えるギャングを捕らえた。捕らえた連中は留置場に入れ、取り調べの後、奉行所に送られる。町長が彼等に罪状を言い、奴らの言い分を聞く。そして町長が判決を言い渡し、自由刑及び罰金刑、並びに死刑と流刑の何れかを言い渡す。今のところ、死刑にまでなる奴が出てはいないが……いずれはそれに相当するような親玉や凶悪な者が出て来るのは避けられまい。

 

しかし清蔵どん、最近は何だか我武者羅に動き続けて疲れが溜まっているのが目に見えて判る。ギャング殲滅作戦では先陣を切り、逮捕術を駆使して一番ギャングを無力化している。開拓では率先して重労働を名乗り出、懲役囚や町の非行少年らに刑務作業を兼ねた実技を教えている。熱がありながらも決して激昂しない更正の教えは、彼等を真人間に戻すに充分で、数日も経つと彼等は自主的に刑務作業をするようになった。

 

そう……そうやって働き詰め過ぎているから、清蔵どんの体は休息を取れていないのだ。こっちがそれを心配すると『毎日テイルちゃんの手作り弁当を食べてるんだ、元気百倍、アンパ〇マン!』と、訳の分からぬ口上で疲れていないとアピールするが、こちとら清蔵どんより長く生きて、過労死する人間の前兆を見て来たんだ、危ない事位は目に見えてる。まず過労死する人間は疲れの自覚が無いのだ。清蔵どんに、きっちりと休息をして貰う為、テイルと二人で視察を兼ねたエウロ民国旅行を10日以上かけてくれと念を押してやって貰う事にした。ただの休息だとあの馬鹿野郎は断るので、こう言う形をとって貰った。幸い清蔵どんは、年配である私の言う事はけっこう採り入れてくれている……清蔵どん、あんたは署長なんだ、あんたが倒れでもしたら、みんな路頭に迷ってしまうよ。全く、向こうの世界の人間は根を詰め過ぎると言うか、勤勉さが極端だな。そこが魅力でもあるんだが。

 

 

『え?何だって?』

 

『難聴のふりすな!うぬはちったぁ休め!』

 

『いっ、いやねぇ、みんなが働いてる中俺だけ休むなんてなんか申し訳無いし……』

 

『馬鹿たれぇ!一番真ん前で死にに行くような人間の思考で働かれたら下のもんが休みを取りづらいんば!それに……わしらを信じてくれよな?』

 

『……うん、分かったよ、ごめんなワフラ。』

 

 

異世界に来て遮二無二働き続けた清蔵、しかし、休む事も忘れ働く姿は人々の心を打ちながらも心配される程になっていた。ワフラの粋な計らいを清蔵はいまいち理解出来ていないが、果たして清蔵はしっかりと身体を休めてくれるのだろうか?

 

 





休みを取らない上司の皆様、ちゃんと取って下さい。下のもんが遠慮する状況を作るのは悪手も悪手なので、オンオフのメリハリはきっちりしてちょ。


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第6話 異世界で美少女と旅行なんて夢……そう考えていた時期が、俺にもありました。

今更にイラッとするタイトルだと気付いた……


 

 

うう…ワフラにあんたは働き過ぎじゃけぇ、比較的平和なエウロ民国に視察がてら旅行に行きなっせなんて言われて、署長の権限で断ろうと思ったら、過労死でんされたら溜まらんば、こっちは任せぃ!と、凄まれたから断るに断れ無かった。まっ、まあ俺達を信じろと言われて働いたらそれって裏切りと一緒なんだろうなとは思うけど。

 

自分では全然疲れを感じて無いんだけどね?いや、マジで。ワフラは結構長い時を生きてるから俺の不調でも見えてるのかな?まあ俺はテイルちゃんの手作り弁当のお陰で、体力も精力もビンビンなんで不調なんて感じ無いけど。と言う事で今俺は旅行の準備の為借家で着替えを整えてる所だ。黒のスラックスに白いワイシャツ、スーツはスラックスと同じ色合いのを前開けにして。普段着なんて持って無いので、通勤中に着ていたスーツと同じものを何着かあしらえて貰った。ついでに下着も……トランクスじゃないと落ち着かないので。支度を整えた頃に、可愛らしい元気な声が聞こえて来た。

 

『せぞさん、準備出来たよ!』

 

『エロ……』

 

ノースリーブで胸が開いた短めの丈の白いワンピース……素人童貞(そして精神年齢は13歳)の俺には刺激が強すぎる!と言うか改めて思う、テイルちゃん、かなりグラマー(上から98-65-90。ウエストが太いだと?身長は172cmはあるからウエストその位でも全然クビレよむしろムッチリウエストもろ好み)。ギャグ漫画なら大量の鼻血が飛び出す乳、尻、太ももォ!そして性格最高!俺のいた世界では殆どいなかった究極生命体的な存在(アルティメットシング)がそこにある、まさに天女……

 

『もう、せぞさんたら、エッチ!』

 

すんません……興奮し過ぎて後半部分声に出してしまいますた(乳、尻、太ももォ!辺りから)。でも当のテイルちゃんは照れながらも満更でも無い顔をしている……こんなん、惚れてまうやろ!しかし、もう35歳にもなる大の大人、極端な下意識は出さないように……っておい、Jr.!何スーツの上からもくっきり判る程主張してんだよ!とりあえずもち着け、いや落ち着け。すんません、テイルちゃん、トイレ行ってきます。

 

……ふぅ、どうにか落ち着いた。しかしエウロ民国ってなんだよ、それに視察?俺は改めて話に出ていた国の名前を思い出した。カン=ム帝国の隣国、この町からだとかなりエウロ民国寄りで歩きでも2日もあれば着く所にサカサキと言う、エウロ民国でも首都副都に次ぐ街があるって聞いたな(人口に関しては二番目らしい)。当然歩きで行く訳もなく、バッテリー充電がてら白バイで行く事になった。

 

バイク自体は高校の時に乗ってたし、白バイの航続距離と燃料タンクならば徒歩2日(夜歩かないから実質1日)の距離ならガソリンにも優しい。街道は土を押し固めたような簡素なものだったけど、アップダウンは無いと言うから問題無い。まあ街に入ったなら何処かいい宿を探して置いとかないと何かやられそうだけど。

 

ヘルメットは被らない事にした。テイルちゃんはラブリーな角のせいで被れないので気を遣ってそうしてる。美少女と2ケツとか非リア充な俺にとっては夢のような感じだけど、乗り物に乗ってる時は神経を尖らせるから余り楽しめないかな……荷物をカーゴに入れ、いよいよ出発。

 

『じゃあ、行くよ、しっかり掴まってて。』

 

『うん。』

 

俺はやや粗い土の街道を、感触を確かめるようにバイクを走らせた。エウロ民国、その都市サカサキ……何が待っているやら。うっ!テイルちゃんの双丘が背中に!馬鹿野郎、ここは運転に集中せぇ!!

 

 

〔番外編・‐邂逅・後編‐〕

 

 

俺は長耳の娘さん、名前はユウミと言う彼女に言われ、木尾田が住んでいると言う場所へと案内された。そこに行くまでに、街の様子を確認していく。中世ヨーロッパの大都市、そう言った印象…道行く人々は明るく、飲食店や服飾の店があちこちにあり、少し出た広場は噴水があり、街路樹があり、人々が各々の時間を楽しんでいる。ここは非常に治安が良いのだろう。暫く歩くと、住宅地のある場所にやって来た。2階から5階建ての煉瓦造りのアパート的なそれが並ぶ区画。ユウミはその一角の2階建ての建物に俺を招き入れた。彼女を疑う訳では無いが、警察の職柄、警戒心を持って建物へと入って行く。

 

入ったそこはバーのようになっていて、テーブルが2つと、カウンター席があった。元々そう言った場所を住居にしているのか、その逆か。なんにしてもまだ何の確証も持てない。ユウミはテーブル席の方で待っているように言うと、奥の階段へと登って行った。少し落ち着いたので、今の状態を確認する。懐には、オートマチック。こっちの世界に共に来たらしい。銃撃戦で2発撃ったので残り3発。後は警察手帳と電話。こっちの世界では役に立ちそうにない……後は着ている服だけ。ダッフルコートの下にスーツ、我ながらその手のセンスが無いな。暫く待っていると、階段からユウミと……まごうことなきあいつが共に降りてきた。俺は手の甲をつねってみた、やっぱり夢じゃない。木尾田雅人……俺はとにかくあいつと話したかった。

 

『どういう因果か分からんが、俺もこちらの世界に来てしまったらしい。見ろよ、お前と同じ場所を撃たれて死んだぜ。』

 

そう言う俺に、木尾田は薄く微笑みを浮かべたまま、俺の話を聞いていた。まだあいつは何も喋らない。俺は噛み締めるように話を続けた。

 

『お前が死んだ後、清蔵は魂が抜けたようになっちまってな。無理もねぇ、お前の一番の親友だったもんな。そしてお前の彼女……康江ちゃんだったかな?お前の死後、まるで人格でも入れ替わったようになっちまってな、大学出てキャリアになったよ。感情を捨てたマシーンのように被疑者を追う〔氷のロリータ〕なんて警察庁の連中にあだ名されてるよ。

 

俺は……お前を死に追いやった銃の密輸を手引きしていた左派のテロリストを追う為、公安に行ったよ。そして……そいつらを追い詰め、確保と言う所で、銃撃戦になり、俺は撃たれて死んだ。恐らく体はあっちにあるんだろう、お前の時と同様に。』

 

そう、木尾田の遺体はあっちにある。荼毘に付され、遺骨は墓に眠っている。俺の体も今頃清められ、霊安室に安置されている事だろう。故に、別の世界に飛ばされ、何故こうして五感が働いているのかが分からない。

 

『なぁ、木尾田。ここは何処なんだ?天国なのか?死んだお前と話せている時点でおかしい状態ではあるんだが……』

 

そこで初めて木尾田が口を開いた。3年ぶりだな。酷く透き通った声をしていた、同じ声の筈なのに。

 

『山田、本当に久し振りだね。ここは天国……と言っても、住んでみて良いところだなと言う感想の意味でだけどね。ここは僕らの世界とは違えど、きちんとした文明を持った所だよ……そう、僕は間違い無く死んだ……君がそう答えた事で、それが確信出来た。

 

僕は白戦会の事務所捜索の銃撃戦で死んだ後、目が覚めた時、何の因果かユウミの家の前にいた。彼女は何処の馬の骨か分からぬ僕を助けてくれた。今は……サカサキ市の役所で地域の整備をしながら生活をしている。君を連れて来てくれたユウミは……僕の妻となった。子供が1年前に生まれてね、今じゃあ父親さ。』

 

こちらの世界で宜しくやっている事をあっちに生きる二人が聞いたら、どんな顔をするだろうか?清蔵は想像出来る、単純に喜んでそうだ。しかし康江は……複雑だろう、こっちの世界で愛した男が女性と子をなしているなんて聞いたら……

 

じゃあ俺は……この先どうしたものか?暫し考え事をしていると、木尾田は優しく俺に道を標すような言葉をくれた。

 

『僕は役所の人間でね、地域保安官の方にも知り合いがいるんだ。保安官だから、やる事は警察と同じだね。公安でならした山田なら、きっと天職だと思うよ。』

 

『ありがとう……俺の、いや、俺達の第二の人生、しっかり楽しもう。』

 

そして俺は、サカサキ市の保安官として、地域の治安を守ると言う仕事に就いた。住居は役所の勧めで木尾田の住居の並びにあるアパートに住む事になった。ここの暮らしは楽しい。テレビもネットも無いけど、娯楽はあるし、食事も中々に旨い。ここに来て早くも10年以上月日が経過した。もう、あっちの世界に未練は完全に無くなった。……その、結婚もしたしな。可愛い女性と巡り会えたよ。

 

清蔵……お前の事だ、きっと立ち直って立派な警察官になってるだろう。だから、過去に囚われずに生きてほしい。それが向こうで死んだ俺達二人の願いだ。

 

 

 

木尾田の犠牲を出しながら、白戦会の幹部及び構成員を逮捕、日を改めた事務所捜索により、白戦会と繋がりのある左派テロリスト〔赤軍新党〕の存在が明らかになった。奴等は北朝鮮、ロシアと繋がりのある左派を仲介して、白戦会に武器を密輸していた。警察のデータベースにも存在しない赤軍新党と言う組織。しかし意外にも彼等が拠点にしているとされる場所は向日葵市と同県内、しかも隣接市町村である事を白戦会の幹部の一人から情報を得たと言う。

 

弔いの捜査、か。そいつらを捕まえてもあいつはもう帰って来ない。この前、奴の骨を拾って来た。木尾田雅人と言う存在は、百グラムあるか無いかの骨の欠片になってしまった。あれから俺は仕事に身が入らない。この前まで交番勤務から本署に転属して浮かれてたのが嘘のようだ。周りは俺に気を遣って、誰も退職を促さないでいる。

 

現在地域課所属だが、やってる事は雑用と事件の殆ど起こらない街のパトロール。どうやら、俺は出世コースに乗れないと判断されたのだろう。元々、公務員だから安定した収入があるって言う動機で入った口さ。漸く俺の望んだ世界がそこにやって来た、それだけの事だよ。だから、公安に行くと言った山田は、とても立派な奴なんだと常々思う。あいつは優しいから、厳しい言葉を言わずに、やる気が戻ったらまた何時でも連絡くれと言って笑ってたな。凄い奴だよ本当に。

 

そして俺は、山田の期待を裏切るように、やる気が戻る事無く、3年が過ぎた。署の方は公安が赤軍新党拠点を確保したとか言ってたけど、俺には興味無かった。俺は何時ものように仕事を終わらせ、帰り支度を済ませ、車に乗ったと同時に、山田から着信が鳴った。珍しいな、あいつから連絡なんて。そう思って電話に出る。

 

『もしもし、山田?珍しいねそっちから電話なんて。』

 

『あっ、清蔵君?啓将の母です。』

 

嫌な予感がした、木尾田の時以来か。

 

『……彼の身に何かあったんですか?』

 

『啓将は……殉職しました……』

 

信じられなかった。信じたくなかった。しかし事実としてそれは受け止めざるを得なかった。俺は山田が運ばれたと言う病院へと車を走らせた。霊安室に足を運んだ俺は、穏やかな顔で眠る山田の顔を見て、短く呟く。

 

『おい……山田……起きろよ……』

 

俺の心はその日、完全に空になった。

 

 

『……っはぁっ、はぁっ……くそっ、今度は山田の……』

 

エウロ民国のサカサキの宿で、俺はまた、空虚(ぬけがら)な頃の自分の記憶を夢として見てしまった。そう……木尾田だけじゃない。高校で一番の仲良しになった山田が、殉職したのだ。赤軍新党の抵抗にあい、銃撃戦による被弾……撃たれた場所は奇しくも木尾田と全く同じ場所。俺は親友二人の最期を見送ったが為に、完全に壊れたのだろう。

 

ベッドから起き上がった俺は、大量の汗をかいていた、2つの意味で。1つは悪夢、もう1つは……その……あられもない姿で寝息をたてているテイルちゃんが直ぐ横にいたので。かく言う俺は……全裸。あっあれ?!先っちょの亀が、なんかカピカピなんですけど!!

 

(ちょっ!えっ?!嘘?!オジサンもしかしてヤっちゃったの?!人間で言う15歳の女の子を?嘘だと言ってよ、バー〇ィー!!)

 

あの、ごめん、どういう事?俺は一旦テイルちゃんに背を向けるようにしてここまでの経緯を整理する。つーか悪夢とか何とか言いながら俺って奴は!空になったのは心じゃなくてザー〇ンかよ!

 

 

 

 

 



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第7話 海外旅行って貨幣価値とかチップの習慣とか面倒よね……

 

 

んーと、えーと、ごめん。つーか何があってこの美少女と寝たの?俺はおぼろげな頭をフル回転して昨日の事を思い出す。

 

 

バイクを順調に走らせ、三時間位でサカサキに到着した。テイルちゃんはバイクの乗り心地が気に入ったらしく、

 

『また旅行する事があったら、乗せてね!』

 

おう、そんな可愛い顔と声で言われたら断れねぇよ、まあでも警察官たるもの自重って事で俺は断りの言葉をかける。

 

『いいですとも!』

 

おいこら、台詞違うぞ唇。まさかこんな現実世界でもそうそういない美少女と夜のWメ〇オしたいとか下心出してねぇよな?テイルちゃんは20歳だけどヒューマの年齢だと15歳のお・と・め☆中3か高1の子と〇行とか警察どころか社会そのものから抹殺されっぞ!

 

気を取り直して俺はエウロ民国と言う国がどういう所か、白バイを押しながら辺りを見る。つーか人が多いな、数年前に慰安旅行で行った広島市位は確実にいるな。コロシアム的建物の配置と店の並び、うん、線路を取っ払ったらまさにあの辺にクリソツ。人種は獣人にリザードにあっちのデカイのはトロールか?それにゴブリンもいる。彼等普通に店出してるし。あのお好み焼的な奴うまそうだな……おっといけない、テイルちゃんをほっといたらだめだね。

 

『凄い栄えてるね、テイルちゃん。色んな人種が普通に笑いあってる。ぶしつけな事を承知で聞くけど、なんでテイルちゃんはここでは無くて、ナハト・トゥに逃れたの?』

 

『そうね、確かにここは本当に天国みたい……でもあの時は余裕も無かった。アンブロス帝国から逃れたは良いけど、奴隷を所有してる中流階級の民兵が迫ってて、エウロ民国沿いの街道にはその民兵が捜索していたの……どうにかナハト・トゥに流れついて……ごめんなさい、せぞさんの前でこんな暗い話して……』

 

なんだよその糞ったれな連中は!下にいる人間も努力次第で這い上がれるアメリカンドリーム的な夢を求めて他の国に渡る、または亡命するってのの何がいけねぇんだよ!俺はテイルちゃんの顔を曇らせるそんな連中、どうにか退治してやりたいと思った。奴隷って言葉、日本で生まれ育った俺にはその概念が理解出来ないし、理解したくない。

 

いかんいかん、少々暗いムードになっちまったな……さて、気を取り直して!腹も減るし娯楽にも目移りするけどまずは宿だ。白バイ押しながら街歩くのは目立ち過ぎるし疲れる(270kgもあるからね)。街を貫く道の並びに、馬小屋や荷車を置いている宿を見つけた。

 

『そう言えばテイルちゃん、貨幣価値とかどうなってるの?ナハト・トゥは物々交換だから分かんないもんで。』

 

『えーとね、白銀貨1枚が金貨5枚、金貨1枚がタイタニウム貨50枚、タイタニウム貨1枚が銀貨5枚、銀貨1枚が銅貨50枚、銅貨1枚、銅貨1枚が鉄貨5枚よ。』

 

そう言われ、袋を取り出す。ジャリ銭ばっかってのははっきり言って使いづらい……西洋っぽいって事はチップの風習もあるだろうし、難しい。俺は給与を一文も使ってないのよ、故に凄いぎっしり入ってんの。取り敢えず取り出して見ると4種類の硬貨を確認出来た。金貨と銅貨は分かりやすい、タイタニウム貨……俺らの世界で言うチタンだね。チタンってこっちじゃ銀より高いのか、現実世界でもどっちが高いとか良くわかんないけど……にしても銀色の銭ばっかだな……ええと、銀貨は鈍色してて重い。タイタニウム貨はやや角ばっていて軽い、かつ硬ってぇ……鉄貨は、錆で判る。かつこれだけ棒っぽい形。因みに鉄貨に関しては誰でも作っていいらしい。つまりある程度のクオリティで造られれば偽金が存在しないって事だね。俺の所持金は金貨5枚、タイタニウム貨70枚、銀貨200枚、銅貨千枚、鉄貨は25枚。鉄貨は1円玉と考え、銅貨は10円、銀貨は500円、タイタニウム貨は2000円、金貨は東京フ〇〇ドパークの景品と同じで10万円、白銀貨は50万円てとこかな?金貨白銀貨は価値の関係で使いづらそうだ。俺は金貨とタイタニウム貨だけを別の袋に入れ直し、銀貨銅貨鉄貨で大体行けそうと判断した。

 

『よし、予約取るか。』

 

俺は宿でチェックインの手続きをする。白バイを見てあれは何だと聞いてきたので、鉄で出来た馬みないなもんだと言ったら、馬の繋ぎ代と同額の追加料金が付くと言われたので構わないと答えた。まあ現実世界で言う駐車料金だな。

 

『うん、それでいいよ。』

 

『分かりました。何泊になさいますか?1泊が繋ぎ代込みで銀貨4枚になります。』

 

『テイルちゃん、どうする?』

 

『5泊で良いよ、残りは街を色々回って、その時決めるけんね!』

 

『と言う事で。ところでおやっさん、給仕の兄ちゃん姉ちゃんにチップって大体相場どのくらい渡せばいいの?』

 

『そうですね、大体銅貨3枚から銀貨1枚ですね、お客様のように聞いてくれる方は初めてですよ。』

 

『ああ、中々外の街に行く事が少なくてね。チップの概念も良くわからないから。』

 

俺は職業柄聞きたくなる性分なのと、そのまんまチップ文化を知らないからってので。宿屋のおやっさんも雰囲気が良かったので部屋に行く。鍵を渡され、部屋に入ると……ちょっと、おやっさん?ベッドが1つ、でかいのがあるだけなんすけど……

 

『いやぁ、お兄さん方の距離感が近いもので良い関係かと思いまして。お嬢さんの方はいかがですかな?』

 

『せぞさん、私は、その……良いよ!』

 

いいんかい!まっ、まぁ疲れたらそのまま爆睡するからいいか、ムスコが暴発しない事を祈る。おやっさん……あんたも下世話だね……

 

何はともあれまず荷物を置く。銭袋と護身用のオートガン(私服警官用の拳銃、総弾数5発、S&W社製)、特殊警棒(伸縮型の奴)のみを所持し、テイルちゃんにも渡す。うおおん、似合う、格好いい!

 

部屋に鍵を掛け、早速街に出る事にした。おやっさんに飯の時間を聞き、俺達はウキウキする気持ちを抑えつつ、街へと繰り出す。しっかし本当に賑やかだな……向日葵市は人口5万人の小都市と言う事もあり、こんな賑わいに遭遇する事は殆ど無い。故にここはまさに大都市の賑わいそのものだった。語彙力が無いからそうとしか感想出て来ない……

 

俺はまず、一番目に付くコロシアム(俺には某広島のマ〇〇スタジアムにしか見えない)の方に行こうと思い、テイルちゃんに聞く。テイルちゃんは快く受け入れたので二人で手を繋ぎ(を通り越してテイルちゃん腕組んで来た!けしからん乳が当たってるよおいっ!)ながら歩いて行った。中に入ると、コロシアムと言うか色んな催物を行うスタジアムと言った方が良いかな?良かった……ガチコロシアムだったら殺し合いだからあんまり見ないようにしようとしてたんだけど、そうじゃなかった。

 

催物に登場したのは巨人。と言ってもまだ小さい部類で準巨人て奴だけど、街中で見たデップリお腹のトロールと、牙の生えた痩せ型の筋肉質な巨人、二人共3mはあるかな?四角いマットを下に敷いて、レスリングをするのか?俺とテイルちゃんは固唾をのんで彼等の動きを見ていた。

 

 

30分後、腹筋が痛くて仕方がない俺がいた。レスリングと言うかプロレスだった、しかも相撲の初っ切りのようなコントタッチな。テイルちゃんと共に笑うだけ笑った

なぁ……コントの生ライブを見ているようでとても良かった。プロレス好きな俺としては最高のエンターテイメントを楽しめたよ。その後俺達はあのお好み焼き的屋台に行った。ゴブリンのおっちゃんが陽気にヘラで見事な返しを見せ、周りのお客さんは焼く様を楽しみつつ、出来たそれをうまそうに頬張る。俺達も並んでそれを頼む。

 

『へいいらっしゃい、おう中々の美男美女カップルじゃのう!わしの店特製のガラン焼き、食べて損はねぇけぇ!』

 

ほんとに陽気な人だな……ガラン焼きと言うそれ、ガランは好みのものを混ぜると言う、エウロ民国のフラスム市の特産品らしい。うん、見た目も名前もお好み焼きの親戚、これは口に合うよ。目の前で焼かれて行くそれは、ミーゴと言う焼きそば麺を焼き、ガーガ鳥と言う鶏に似た鳥の卵を少し割って広げ、様々な香味野菜を混ぜた生地を別に焼きつつ、キャベツ擬きの上に乗せ、暫くしたら全部を重ねてひっくり返す、見事!関西焼きと広島焼きのあいの子的なそれは、絶品だった。これは病み付きになる。値段も銅貨10枚とお手頃。ありがとう、おやっさん!

 

『おうよっ!でも俺ぁこう見えてまだ28歳じゃ!ヒューマと寿命同じ位じゃけぇ若ぇもんじゃき、おやっさんはまだ早ぇど!そんじゃまたの!』

 

すっ、すまん。つーか俺より若かったのか……失礼した。しかしこっちに来て色んな種族と会って来たけど、見た目で年齢がわかるのがいないな……取り敢えず分かっている寿命順に並べると、巨人(少なくとも500年)>>エルフ(250から300年)>>ドワーフ(150から180年)>オーガ・準巨人・トロール(85から130年)≧ヒューマ・ゴブリン・ピクシー(60から100年)≧獣人・リザード(40から70年)>魔人(25から40年)……まだ巨人と魔人、ピクシーに会った事は無いんだけど、どんどん会って交友したいな。巨人と魔人は怖そうだけど。特に魔人、エルフより高い魔力、獣人よりも早い成長故に一番魔法に長けてるらしい。

 

腹を満たした俺達は他の場所へと繰り出す。勿論俺の腕を組むテイルちゃんと共に。ああ、凄い癒し効果だ……異種族間で結婚してハーフの人間も沢山いるらしいけど、ハーフと純粋がくっつくとまた血の濃い方に戻るらしい。だから色んな種族が満遍なくいるんだな。ああ、テイルちゃんとくっつきたいけど、俺奥手だからいざそれを言うのが怖い。弱虫、ヘタレ!そう下らない事を考えていると、この街の兵士、いや、俺達警察に近い連中が見回りをしているのが見えた。姿は巡査の普段装備と機動隊の装備の中間って感じ……非常に既視感があるそれを見て、俺はまさかなと要らぬ推測を思い浮かべる。俺と同じ転移した人間がいるのではと。連中の動きはごく自然だった、嫌、それはこの世界基準ではなく、俺のいた世界基準で。署の連中に言っていた、一般市民に威圧感を与えず、不審者に威圧感を与えると言う動きをしているのだ。幸い装備は打突系のもののみで銃を持ってる者はいなかったが、俺としては盾の形が気になった。機動隊が使う薄く広い盾……形もアクリルのものが採用される前の卑鉄系の金属盾そっくり。俺はそいつらの前を普通に通りながら、更に様子を見た。じっと見ると不審がられ、あからさまに目を反らすのも不審がられる。腕に組み付くテイルちゃんに優しい視線を送りながら反らす形で誤魔化そうと決めた。さあ、どんな奴が……

 

『……!』

 

向こうは全く気付かなかったが、俺は気付いてしまった。あの顔、年齢を重ねていたが、間違いようのない顔、山田だ。正確に言えば、山田にそっくりだった。ここに存在する筈がないそれ……あいつは死に、俺はあいつの骨を拾ったのだ。生きてる訳が無い。こっちに来ているのならしっかりと五体満足な筈なんだ、俺のように……ああ、俺はワフラの言う通り、疲れてんのかな?そんな俺の気持ちを察したのか、テイルちゃんが声を掛ける。

 

『ねぇ、せぞさん、どうしたと?疲れたと?何か顔が悲しい顔しとうよ……』

 

ちょっとウルウルした眼で心配している……ああ、ごめん。この娘を泣かせるのは俺の心が許せ無かった。心配させまいと本心を言った。

 

『うん、ちょっと疲れてるかな?仕事、頑張り過ぎてるのもあるけど……さっき、昔殉職した友人に似た奴がいてさ、暗い過去を思い出したのもあってね……』

 

『そっか……じゃあ、せぞさん、今日はもう宿に戻ろう?ゆっくり休んで明日も色んな所に行こうね!』

 

『うん、そうしよう。ありがとう、テイルちゃん。』

 

今日はお開き、宿に戻る事にした。沢山笑って、沢山歩いたから、また腹が減って来た。宿ではそろそろディナーが出来てる筈だ。

 

 

 

 



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第8話 盛って、散らせて、やっちゃって

 

 

んーと、取り敢えずもう一度確認、オラッ!左手、テイルちゃん側の掛け布団を捲んなや!魅力的なのは判るが風邪ひくやろ!そしてムスコ!いい加減主張を止めろ!きたねぇカピカピの素を出そうとすんな!

 

まだちょいと記憶を整理しよう、このまま記憶がとんだ状態だと、乙女の純血を奪った児玉清蔵容疑者(35)とか洒落ならんオチが待ってるから。

 

ええと……夕方、色々あって疲れたんだよな。もう見る事も出来ない筈の幻覚を見てしまったのもあって、あの日は宿に戻ったんだ。宿に戻ると、おやっさんがディナーの支度と、風呂の準備が出来たと言っていたな。こっちの世界も入浴の習慣がある。お陰で体は清潔なのよ、助かる助かる。

 

 

『ああ、ありがとう。風呂に先に入らせて貰うよ。』

 

『そうですか、かしこまりました。当店は混浴可能でございますので、お連れのお嬢さんと共におたのしみ下さいませ。』

 

いきなり混浴とか垣根越えすぎじゃね?!ほら、テイルちゃんも顔を真っ赤にしちゃってるじゃねぇか!流石にキレるべきよな?!

 

『せぞさん、じゃあ一緒に……ね♪』

 

ええぇっ?!うっ……ええぇっ?!まっマジで良いの?俺のムスコパンパンに怒張して自重を忘れてるんですが!て言うかおやっさん偉く用意してんな!風呂桶に寝巻は分かるけど、ローションとその棒、男根にしか見え無い棒……って何をさせる気だよ?!俺は顔を赤くしながらも、テイルちゃんの手を引きながら、先ずは部屋に戻る、下着を取りに行きたいので。そして、そのまま指定の風呂場に行く……個室やんけ!目の前には店員の娘さん(猫耳の獣人さん……可愛い)が風呂に入る際の注意等を教えてくれた、健気な……俺はそれを聞くと、娘さんに銀貨を1枚チップとして渡した。娘さんは尻尾をフリフリとさせながらお辞儀をすると、笑顔で

 

『お楽しみ下さいませ、ティヒヒ!』

 

と言葉を残して去っていった。お楽しみ下さいって……後で店長に何を吹き込みやがったのか聴取してやろう。しかし初めの一歩が踏み出せない。風俗の姉さんらのようなプロではなく、普通の生活をしてきた娘さんと風呂入るのなんて生まれて初めてだから……

 

『ねぇ……二人で……入ろ?』

 

『うっうぃ……』

 

恥じらいつつもテイルちゃんは積極的だった。元々芯の強い娘だから、恥ずかしがりはするけど、遠慮はしないで俺が引っ張られる形になってる、俺ってばマジ童貞(素人)……とりあえず脱衣場で服を脱ぐ、そして思う。我ながら良くここまで鍛えたものだと自分の体を見て感心した。空の心ながらも、体の方は鍛え続けた。体力に関してだけ言えば、県内でも指折りの能力だったと健康診断で言われたが、やっぱり心が無いとね……

 

にしてもムスコよ、起きるな!とは言えないね。テイルちゃんが一糸纏わぬ姿になっているんだから起きるなって方がおかしい。スベスベの肌、大きな乳房、そして絶対領域は……全く生えて無い為に丸見えなんですけど!テイルちゃん、そこを隠して!顔を隠さなくていいから!ムッムスコが怒張して堪らん!

 

『だっ、大丈夫?とっとりあえず俺に任せちゃれら……』

 

おい、何を任せるって?呂律回ってねぇし!俺は平静を装って洗い湯でまず体を流した。ん?ここ天然温泉か?火山と言うか山も余り無いように見えるのだが……イエローストーン辺りのように実はとんでもないデカイカルデラの中って話かもね……あぁ~イキかける、じゃなくて生き返るわぁ~。テイルちゃんも同じように洗い湯で体を流す。濡れた上に軽く火照った体がエロ……俺は無意識のうちにムスコを念入りに洗っていた。超格好わりぃ……体の汚れを洗い流し、顔を洗っていると、テイルちゃんが背中を流してくれた、嬉しいうぁっ?!急に抱きついて来たんですが!

 

『せぞさんの背中、筋肉質ね……私のパパもせぞさんのような立派な背中をしとったとよ……オーガの奴隷はね、力仕事を休み無くやらされて、本来の種族寿命より早くに亡くなる人が多いの……パパも、体を壊して力仕事が出来なくなって、私達を買っていた地主が私を慰みものにしようって話をパパが聞いて私の為に殺される覚悟を持って亡命したと……

 

ナハト・トゥにたどり着いた時にはもう2度とまともに歩けない程だった。せぞさんはずっと働き詰めだから、何だかパパを見てるみたいで……優しくて、強くて、格好良くて……』

 

最後の言葉が一番俺の胸に刺さった。生まれて此の方容姿が格好いいなんて言われた事無いのよ、北村一輝と照英の怖い所を足して2で割った顔と言われた、どっちも滅茶苦茶顔濃いじゃねえか!しかしテイルちゃん結構ファザコンなんだ、でもそれだけ大切な人なんだろうお父さんは。

 

『ねぇ、せぞさん。』

 

『ん?どうしたの?』

 

『オーガはね、純潔を捧げた人とだけしか子を為せないの。だからこそパパは地主に玩具にされてしまうって亡命をしてくれた……ただのおもちゃになんてしないようにって……でも、せぞさんなら……私は純潔を捧げても、いいよ。』

 

『……俺も、テイルちゃんの事、その……大好きよ。たださ、俺の股間、自重しなくてね……テイルちゃんに体目当てだったの?なんて思われるのが哀しくてさ……だから遠慮しちゃうんだよ。』

 

うん、哀しい迄にヘソまで反り返った俺のムスコ。シリアスな話をしてる間もいきり起ってやがったのよこの馬鹿ムスコ……テイルちゃん、失望しちゃったかな?……ってあの、ミス・テイル、あんたなんばすっとね!

 

『ママが言ってた、男の人は子供を創る為の種を常に作り続けてて、我慢出来ない時は、パパのそれを出させてあげてたって……男の人のを見るのは初めてだけど……頑張るね☆』

 

いやいやいやいや!頑張らなくていいから!つーかテイルマム、娘に何要らん事教えとんじゃ!そっち系の性教育はマジで要らんのじゃ!あの、テイルちゃん?落ち着いて!俺のきったねぇナニなんて握っちゃだめだよ!だっ、誰かぁ、彼女を止めてくれぇ!汚れちゃう!いや、汚しちゃう!

 

 

『えっ?ちょ…』

 

昨日の夕方までを思い出した。そして思った。俺はまだあの時何もしてない、ナニはギンギンだったが。しかし寝る直前までの記憶を完全に思い出せなければ不安で仕方ない。横ですやすやと寝ているテイルちゃんの顔を見る。安らかだけど、目にうっすらと涙の跡が……純潔の話をしていたって事は初めてだった筈。痛かっただろうな……って言ってる場合か!思い出せ、清蔵!あの後何があったのかを。

 

 

『白いモノがいっぱい出たね!ちょっと顔についちゃった!』

 

 

はい回想ストップ。優しく後ろから触られただけでスッゴい濃いのがスッゴいいっぱい出たって、早漏かよ!しかも何あの可愛い顔に顔〇してんだよ!殺すぞ昨日の俺!

 

 

その後俺は恥ずかしさで寂しく自分のオ〇ンを洗って、テイルちゃんのご尊顔を優しく洗ったんだった、腰にタオルを巻いて。きったないのをテイルちゃんの瞼にあんまり焼き付けたく無いのと、しつこいザー〇ンを抑える為に……しっかしザー〇ンって髪に付くと中々落ちないのね……

 

『ひゃっ!せぞさん、くすぐったいよ!』

 

不可抗力でティクビに指が当たってテイルちゃんが声をあげた。ムスコが再び怒張した……あんだけ出しといてまだ立つんか?!テイルちゃんの可愛い仕草だけでこれとか絶対セッキシしたら即落ちだぞおい!何とかテイルちゃんから汚物を取り払った俺は、体を洗い直し、二人で湯船に浸かる……ああ、イキまく……生き返るわぁ。しかし本当にこの娘ええ体してんなぁ、そして性格も良いわ仕草も可愛いわで。あっちの世界じゃ女の子と接する処か受付の亜由美さんにすらろくに話せなかった情けない男は、今、目の前にいる天女のご尊顔と見事な肉体を、視〇……ゲフンゲフン、じゃなかった拝んでいる。

 

『せぞさん、こうやって二人で色々したの、初めてだね?せぞさんは、私と一緒にいて、楽しい?』

 

『もっ、勿論ですとも!』

 

何ゴル〇ーザ口調になってんだよ!ただし言葉は本音だぜ?緊張してどもったけど、天にも昇る思いだ(一発昇っちゃったけど)。

 

『テイルちゃん、俺はこの世界に来る前はさ、やる気の無い人間だったんだ。警察の仕事に一緒に進んだ友人二人が殉職して、心が空っぽになってさ。好きな娘もいない、使命感もないダメな奴だったよ。

 

だけど今は違う。この世界に来て、温かい人々に出会って、そして……天女にも会えた。俺の空っぽだった心は、漸く満たされ、前に進めなかった俺は、やっと大きな一歩を踏み出せた。』

 

『せぞさん……ありがと♪』

 

『ん……』

 

テイルちゃんの唇が俺と重なった……柔らけぇ(深刻な語彙力不足……もっと表現は無いのか)……実はファーストキスだったんだ……童貞卒業よか遅いとかどうなってんのよ……と言うか、その、テイルお嬢様、その格好のままだと、俺のJr.が入ってしまうんですけど!俺は片手で不届きなムスコを減し曲げ、テイルちゃんの体を受けた。スベスベの肌が上気して桜色になっていて、色っぽい。俺はまた唇を重ねようとするテイルちゃんを再び受け入れ、今度は……オフッ!ディープだ!あかん、風呂の中でイキそ……

 

本能と理性の戦いをしながら、最高のスキンシップをしつつ、逆上(のぼ)せそうだったので湯から上がり、体を拭いた。その間テイルちゃんとイチャイチャしてたら、店員のお嬢ちゃんが、

 

『お風呂でおたのしみでしたね、夕食の準備が整いましたのでどうぞ!ウェヒヒヒwww』

 

このやろ覗いてたんか……滅茶恥ずかしいよ!テイルちゃんと二人して顔を抑えた。つーかその笑い方止めい!

 

 

風呂から上がり、夕食にありつく。トウキビのスープ、鶏のモモ肉のロースト、堅めの黒パンに野菜サラダ、デザートは……シャーベットだと?!冷蔵庫の無い世界でこのようなものがあると言うのが凄い!あっ、お嬢さんが何か言いたそうだ。

 

『私、水系の魔法が得意なんです、シャーベットはそれで材料を凍らせて作りました、ティヒ!』

 

『素晴らしいね、料理上手なんだね、ありがとね。はいこれ。』

 

俺はお嬢さんに銀貨二枚を渡す。笑い声とほ〇いさん的物言い以外は中々可愛くて気が利く娘だ。将来は良い家庭を築きそうだな。

 

『さて、頂きます!このロースト肉は、まったりとしていてそれでいてしつこくない味わい!スープも素材の良さが活きたシンプルでいて最高に旨い!サラダは野菜を引き立てるドレッシングの甘酸っぱさが食欲を更に掻き立てる!』

 

いやぁ旨い!俺は美味〇ぼっぽいくどめの感想を述べながら、あれよと完食、一方のテイルちゃんは、終始ニコニコしつつ舌鼓を打っていた。

 

『美味しいね、せぞさん。』

 

『ほんと、最高ですとも!』

 

だからゴル〇ーザになるなよ……食事を終え、部屋へと戻る。途中おやっさんとすれ違ったので一言。

 

『おやっさん、ローションと棒って……』

 

『おたのしみください!』

 

何サムズアップしてんだよ……先ず棒は使わねぇよ?純潔の乙女に使うもんじゃねぇよ?そして行為に及ぶかはヘタレだから期待出来ねぇよ?全く……部屋に戻ると、俺はベッドに座る。ベッドの布団は柔らかく天日干しの匂いに包まれていた。テイルちゃんは鏡の前で髪をとかしている。普通の感性ならこのままヤっちまうのが自然なんだろう。けど俺は、遠慮するよ。二人っきりの時間なんて殆ど無かったのに、工程を飛ばし過ぎだぞと思ったから……嘘、単純に彼女を俺が汚して良いのかと迷ったから(顔〇は事故だから!)。

 

『ふぁ、何だか眠くなって来たなぁ……テイルちゃん、先に失礼するよ、おやすみ。』

 

布団入ってしまえば後は勝手に眠くなる。やっぱり俺は気遣い出来ねぇ……恥ずかしいんだもん。

 

『……ねぇ、せぞさん?』

 

『ん?どうした……のォッ?!』

 

声をかけたテイルちゃんの方を見ると、ぬっ、脱いでる!まっ、まさかね……

 

『せぞさん、私……』

 

そう言うとテイルちゃんは俺に覆い被さる。この娘の心地よい感触を今日は一体何十回体感しただろうか?それだけ体感しながら、ムスコはまだ足りないといきり立っている。

 

『俺は君の体が目当てじゃない……俺は君の体と心、全てが目当てだ!』

 

誰か、誰か俺の口を止めてくれ!凄く下心丸出しな台詞に聞こえる!ムスコのせいでな!

 

『せぞさん……私を……女として、見てくれますか?』

 

『これ程の女性を愛して良いなんて、俺は幸せ者だな。』

 

ちょっ、てめぇ!悪酔いしてねぇかこれ!そういや食前酒飲んだ時、妙にポカポカしたんだよな、酒酔いとは別に。あのじじい&ガキィ、明日はチップ無しね。

 

『私は、せぞさんの事が、好き!こう言う事、初めてだけど……優しく、してね。』

 

俺の本能が告げる、次のお前の台詞は間違い無くこうだ……

 

『いいですとも!』

 

俺はテイルちゃんが痛がらないよう、念入りに前戯をした。ありとあらゆる所を舐め回し、可愛く喘ぐテイルちゃんに優しい笑顔を見せながら、俺は彼女と1つになった。

 

それから……

 

『大丈夫?テイルちゃん。』

 

『うん……ちょっと、痛かった……』

 

『そう……上手く出来なくてごめんね。』

 

『でも……一生の思い出になったね♪』

 

『うん、そうだね。』

 

時間にすると約一時間……二人は抱きあった。テイルちゃんの乙女を……俺は幸せな気分と同時に、済まなさにも似た感情が出た。この娘を泣かすまいとしていたが、幸せの涙を流させちまったなと。こんなくさい台詞が頭をよぎる位、俺は悟ったような気分になりつつ、テイルちゃんと唇を重ね、繋がったまま、10回目の愛撫を行った。

 

 

はい回想終わり……おい、10回って……やり過ぎじゃね?絶倫な方じゃ無いはずなのに何ずっと堪能してんだよ!つーかそんだけやった後の記憶が無いって事は、テクノブレイク起こして彼の世にイキかけたのね俺……危ねぇ。あの綺麗な体に10回も男汁を出したとか何処の豪族様だよ!昨日の記憶を全て思い出した俺は……ああ、ヤっちまったぜ(哀笑)の一言で全部片付きそうだね。山田……見ろ、俺は幸せもんだぜ?但し、言ってて自分に対する皮肉にしか聞こえなかったがね、アッハッハッハ(涙)……とりあえず着替えよう。目の前で寝る天女を起こさぬようベッドから出た俺は、かつて殉職した男に言われた幸せを掴んで元気になれと言う言葉を思い出しながら、異世界の朝日を浴びて、目覚めを促し、ロビーに向かう。ロビーにはあの猫さんがせっせと朝食を用意していた。

 

『猫さん、おはよう。朝食はもうすぐ出来る?』

 

『ゆうべはおたのしみでしたね、ウェヒヒヒwww朝食は直ぐ出せますよウィヒヒヒwww』

 

『えっ?……って、覗いたのかよっ?!』

 

『ウィヒヒヒwサーセンwでも10回とか凄ぇ超絶り』

 

『黙らんかぁクソ猫ォ!』

 

恥ずかしい朝でした。

 

 

 

 



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第9話 それぞれの正義

 

 

 

ナハト・トゥ巡査シシ・レイジの手記

 

俺はワフラ副署長の特命を受けて、とある場所へとやって来た。ナハト・トゥ四番地、バー〔クンタ〕。署が来てから続けられていたギャング・コーリンの殲滅作戦。構成員の殆どを逮捕し、いよいよ親玉達を残すだけになった。署長や副署長、警部が常日頃言っている、出来る限り生きて捕まえる事……最初の頃は、何故殺しては駄目なのかと思った。悪党は殺さなければまた同じ事を繰返すのにと……

 

しかし、巡査として正式に警察官として働き始めると、その意味や意義を理解した。逮捕されたギャング達の多くは、これからの生活に不安を持っていた普通の人間ばかりだった。取り調べの後、奉行所で裁かれた者達は自由刑となり、開拓の仕事をさせていたのだが、彼等の表情はギャングとして非道を行っていた時よりも明るく、明日を生きる活力に満ちていた。そう……生きて捕まえる事は、そんな人々の更正の為だと。死んでしまっては更正も反省も出来ない、だから署長は逮捕術に相手を殺める技が無いのだと。俺は、言葉で言われたそれを、その後を見る事で漸く理解出来た。

 

そう考えていると、ギャング達に対する憎しみも検討違いだったのではと思うようになった。俺は元々、ヤマト王国の不可触民、しいたげられて生きて来た。負の感情の中で生活していた俺自身、あのままでいたらギャングに身を落としていたのかも知れない。憎むべきはギャングへと引き込む頭なんだ……

 

 

 

俺はクンタの前に着いた。当然不自然に立ち止まらず、中の様子を怪しまれずに見れる場所を探し、そこから様子を探る。5人の人間が見える、1人はバーテンダー、もう1人は……ゴブリン。他のゴブリン族より大きな体、オーガを凌ぐ筋肉、そして射殺すような眼光……奴が頭だと本能が察知した。奴の横にいる2人、ボディーガードか?2人共鰐型のリザード……かなり強そうだ。最後にゴブリンにゴマをするように立っているのは……元秘書?たしかテイル警部補の前に秘書を勤めていたボッラクと言う男だったはず、町長の持っていたリストに名前と人相書きがあった男だ。俺は見間違いが無いように男を確認する。奴はいつも町長の小判鮫をしていたような人間と聞いている。町長の政策を曲解して住民から不正に税を取っていた事が発覚、キスケ警部に半殺しにされ、町から追い出されたエルフの男、署にあった手配書の人相書きにも一致している。あの男、町の人間を逆恨みしてギャングに取り入ったのか……なんて最低な奴。俺は憎しみの感情を抑えて冷静になった。そして、署長の言葉を思い出す。

 

(罪を憎んで人を憎まず。生れた時から悪党な奴なんていない。道を外すにはそれなりの理由がある。だから殺すのではなくて、捕まえて、裁きの中で沙汰を見極める。

 

但し、痛い目にあっても全く反省しない、それどころか逆恨みしてとんでもない悪党に成り下がるって奴もいる。でも殺しちゃだめだ。

 

生きて捕まえる事で、犯罪者の繋がりを見つけられるし、捕まえた奴が反省しないならば重い罰もある。だが、捕まえて取り調べした後の仕事は俺達警察がやるものじゃない、後は町の代表たる町長に任せなさい。

 

命を奪うと言う事は、更正の機会を奪うと言う事。他国の軍と戦う兵士ではなく、国や町を守る警察である者が忘れちゃいけない事さ。)

 

署長は本当に人格者だ。最初の頃はただのお人好し(あまちゃん)なのかと思っていたけど、全然違った。死ねばそれまで、生きれば苦しみも喜びも与える、だから悪党であれ妄りに殺すのを嫌うんだと。だからこそ、俺は踏みとどまれた。このまま怒りのままにバーへ突っ込んだらどうなっていたか。運が良ければ全員を倒して幹部を壊滅させれるかも知れない。が、可能性は極めて低い。屈強なリザードとゴブリン、バーテンダーもグルだから不意討ちもある可能性がある。あの男はどさくさに紛れて逃げ、隠れ家を変えるだろう……今は奴らの情報を入手する事だけを頭に入れた。

 

 

バー〔クンタ〕。ナハト・トゥの7つの番地の、正門より一番奥に位置する四番地にあるバー。町長に助けられ、普通の生活を送っている者がまず近付かないそこは、ギャング〔コーリン〕の現本拠地だった。四番地は元々酒場や娼館が集まる歓楽街であったが、そこは人身売買や不正取引が横行する温床にもなっていた。

 

以前は町長が守衛達を使ってそう言った犯罪の摘発をしてきたのだが、コーリンの頭カマリタは中々に狡猾で捕まる事は無かった。かつ人口の半数が町長の恩義で生きているとは言え亡命者と言う関係上、同じく亡命者だったコーリンらをただ排斥しようとすると、暴動が起きてしまう。町民全体が学を学ぶ機会の無い奴隷階級や不可触民故に、極端な行動は極端な結末しか迎えないのだ。

 

しかし、情勢は変わった。清蔵がナハト・トゥに来てから、意識改革の一環として、彼等に文字の読み書きと道徳、法律を分かりやすく教えるようにした。当然無料で開放している。警察の地域課に所属する、文字の読み書きが出来るフラノ巡査長やミハイル巡査がその先頭に立った。警察組織全体としても、識字率を上げる為、文字の読み書きが出来ぬ者に一時間程度の学習時間を設けている。この事により、町長が町民に出していた法律を理解させる事に成功し、コーリン殲滅作戦の方も順調かつ潤滑に進んでいったのだ。

 

コーリンは最早風前の灯だった。コーリンの頭、カマリタは、幹部である元秘書ボッラクと、構成員二人、そして準構成員たるバーテンダーの5人になってしまった現状を会議していた。

 

『自警団、今は警察と名前を変えているが……奴らの行動が非常に統率が取れて来ている。しかもだ、捕まった連中は殺さず奉行所って所で裁きを受けて、労働に従事するだけで命を取られて無い。だから本来ならここに戻って来て俺らの組織は安泰となるはずがそうはなっちょらん……きさん、相手を見誤ったなボッラク。』

 

ボッラクはガタガタと震えていた。目の前の男、カマリタはファミリーを瓦解させた責任を自分に取らせようとしたのだ。清蔵達の活動により、町民の判断力は上がり、四番地周辺のコーリンにしっぽを振らざるを得なかった人々もその手から離れた。ボッラクが吹聴していた町長への悪評も、法律を読め、理解出来た者達からすれば何の根拠もない嘘と看過される事となった。

 

『先ず、ここに住む人間達……俺と同じ流れ者、しかも人間扱いされなかった者ばかりだ。法律も字もろくすっぽ出来ぬ者を侮った、それは俺を侮辱したに等しい。俺も出自は同じだからの。

 

第二に、清蔵と呼ばれる者の存在を軽く見た事、これについては俺にも非がある事を前提に話すが……奴を仕留められなかった事。奴はヒューマであり、エルフの優男たるきさんでは対処出来ぬのは目に見えていた。しかし奴は俺達が考えていた以上に強かった。武装したファミリーを最小限の動きで封じ、生け捕りにしていった。』

 

カマリタは淡々と話すが、ボッラクにとっては死の宣告の条文を読まれている気分だった。カマリタは殺生を好まぬゴブリン族であり、構成員にも無闇な殺しを禁じていたのだが、組織を壊滅に陥らせた者に対しては決して容赦はしなかった。現に組織での殺しを働いた者は、彼の農場の養分にされてしまっているのだ。

 

『そして第三に……ボッラクよ、きさんが町長を過小評価していた事……町長の政策は決して悪いものでは無かった。惜しむらくは識字率が低いと言う事を頭に入れていなかったが故に、治安が安定せず、俺が実質的に法律を作ったがな。

 

本来なら、直ぐにでもきさんを畑の養分に変えてやる所だが……俺はもう、疲れた。ボッラク、きさんは出頭するか町から消えるか、どちらかを選べ。』

 

カマリタは相変わらず淡々と話すが、ボッラクは状況を飲み込めないでいた。死の宣告では無く、生殺与奪を自分で選べると。しかしボッラクにはそれでも死ぬ事と同義だった。ナハト・トゥに農場主として昔から住んでいるサマエル家の次男として生まれた彼は、豪農だった家の次男と言う立場、多数の農場に仕える使用人の存在により、何不自由無く暮らしていた。

 

そんな彼も、エルフの成人年齢(精神年齢だと60歳で成人)である50を迎えた時、家督相続権の無い次男である為、別の仕事を探さなくてはならなかった。当時は人口千人程だったナハト・トゥにおいて、しっかりした職を探すのは困難を極めた。かといって街に繰り出すにも成長の遅いエルフが簡単に就ける職と言うのも存在しない。大きな戦争にも巻き込まれ無かったナハト・トゥに暮らしていたボッラクは魔力も無かったので兵士として仕事をするのも厳しかった。

 

中々職を見つけられないボッラクは日々職安に足を運んではトボトボと帰ると言う行為を繰り返し、次第に路頭に迷っていく。そんな彼を拾ったのが、当時18歳になったばかりのアール・ナイト、後の町長だった。職安に毎日通いつめているボッラクの存在が気になった彼は、町役場の仕事を斡旋する。当時職安の方でも仕事をしていた彼がボッラクの職を見つけてくれたのだ。町役場に勤務するエルフは極めて少ない。成長の遅さによる仕事の膠着と、長寿による町長就任時の超長期在任を問題視されての事であった。しかし、アールは能力のある者に人種は関係無いと、当時の町長を説得し、ボッラクを町役場に勤めさせるよう尽力した。ボッラクはその恩義に報いるよう、一生懸命に働いた。

 

元より農場主の息子で、銭勘定や土地の記憶が得意だったボッラクは、エルフとしては早い10年での勘定係長に就任。先輩であり恩人であるアールはその当時町長秘書にまで登りつめていた。それから更に10年後、町長が高齢の為に勇退し、アールが新町長へと就任。アールは勤勉なボッラクを秘書に就任させ、町の行政のトップになった。

 

(あの時は本当に良かった……ボンボンで世間を知らなかった私に、あんたは色々世話してくれた……)

 

アールが町長に就任してから、町の改革が進んだ。奴隷階級及び不可触民に対し身分を一律に与えた。当然ナハト・トゥ内のみの法律ではあるが、これにより他国より逃げ延びて来た彼等を積極的に受け入れ、町の人口は二千人に増えた。

 

(身分なんて関係無い、あんたの口癖じゃったな……そのおかげで随分な人間が助けられた……目の前におる、カマリタもかつてはそうじゃった筈。じゃが、やはりいい部分だけじゃあなかった……)

 

ボッラクは過去を、これから自分が堕ちていった軌跡を回想していた。かつてはまだ善良だった自分が、何故ここまで堕ちたのか。それは目の前のカマリタも同様だった。

 

カマリタは首都エルフランドの奴隷階級で、当時は生きて行く為に夜盗に身を落としていた。襲うのは市民階級以上の者に限り、分け前を奴隷や不可触民にばら蒔いた。本来彼らゴブリンは血を嫌い、温厚な種族であるのだが、カマリタは環境の悪さから夜盗に身を落としてしまった。ただし、みだりに命を奪う事はせず、取るものを取ったら逃がしていた。

 

しかしそれが災いとなる。被害にあった者達が夜盗の、特にカマリタの特徴を伝えたが為に、エルフランド兵士による夜盗狩りによって属していた夜盗は壊滅、命からがらナハト・トゥに流れてきたカマリタは、アールと顔を合わせ、町の為に働く事を約束し、ナハト・トゥに身を下ろす。カマリタは四番地で用心棒をしながら働く事になる。持ち前の威圧感と強さ、かつ店の客には優しく接すると言う様から彼は知らず知らずの内に四番地の夜の顔となっていた。

 

(定職に就いて仕事するのも、しっかりとした場所に根付いて生きるのも初めてだった。そして……奪う事以外の行為が素晴らしいと感じたのも。町長……あんたは俺の恩人だった。)

 

しかし、四番地は歓楽街と言う性質上、柄の悪い人間がたむろする。彼らを力で支配していく行程でカマリタはギャングの頭へと変貌していく。

 

(町の中に縄張りを築いていった。最初は弟分達の居場所を増やす為だったが、気が付けば非道になっていく自分がいた。俺はそこから完全に変わったのだと悟った。故に表に出なければいいと、半隠居の形を取った。)

 

しかしカマリタの子分達は四番地の権力者となったカマリタの威を借る事で、更に好き放題やるようになった。四番地の治安が悪くなっている事は自ずとアールやボッラク達の耳にも届いた。ボッラクはアールに直訴し、単身四番地へと赴き、カマリタと直接交渉に出て行く。

 

(あの時、ボッラクと出会ったんだったな。あいつは四番地の治安を良くしたい、だから舎弟達をどうにかしてくれと。俺が無くした目の輝き、それを持っていた。しかし……俺はもう引き返す事など出来なかったから答えは一つだった。)

 

カマリタは条件を出した。四番地の人間から税を取らない事、カマリタが夜盗を押さえるので今後四番地には口出ししない事を。ボッラクは……カマリタの子分達に囲まれながらそれを了承した。

 

 

 

(あの日私は屈してしまった。そして同時に、心が元に戻ってしまったのだ、農場主のドラ息子だった頃に……)

 

ボッラクはアールが取り決めた税を秘密裏に改竄した。他の番地の税を上げ、四番地の税を無しに。仮に問われても、四番地は積極的に開拓すべき所ではないからと口実をつけてかわしていった。週一で四番地へと赴き、カマリタの息のかかった子分達から賄賂を受け取る。ボッラクのこの行為により、町民の怒りは役場の方に向き、全体の治安を脅かす原因を作った。

 

(しかし……私の秘書生活は終わった。新しく役場に勤めたワフラとキスケが不正に気付き、私は半殺しにされた。アール、あんたの慈悲で村からの追放は免れたが……)

 

それから税は元に戻されたが、治安の悪化は勢いを増し、町に住む人々は怒りと怯えの中で生きる状態が続いていた。ボッラクはカマリタの下につき、幹部となり、四番地でひっそりと暮らしていた。だが、その生活も終わる。何処の馬の骨かもわからぬヒューマが町を立て直し、コーリンを壊滅に追い込んだばかりか、町そのものの治安を浄化に導いた。ボッラクが秘書時代に遂に叶う事の無かったそれを、僅か半年で成し遂げたのだ。ボッラクは全てを悟ったように言葉を発した。

 

『首領、私は投降します。次は半殺しで済むかはわからんですが、死ぬ前に、もう一度ばアールの顔を拝んどきたい。』

 

『覚悟は出来ているみてぇだな。ならば俺は…ギャングらしく戦って死ぬ。1週間後の昼に俺達は奴らの署とやらを襲う。お前はそれまでに投降するんだ。てめぇらはどうする?』

 

『頭の為にひと花さかすばい!』

 

『コーリンの暴れ龍、今こそ見せたる!』

 

『わしも同じく。元よりもうバーテンダーとして働く事は出来んでしょうから。』

 

ここにいる全員が各々の覚悟を決めた。その声を聞いたシシは、手帳に内容を記録すると、足音を立てずにその場から去って行った。

 

(1週間後の昼?……くそっ、よりによって署長のいない時に!とにかく副署長に報告だ!)

 

 

 




どうも読んで下さり、ありがとうございます。私は極端にシリアスなものを書くのが苦手な上、牛歩になりがちです。話数的に百を越える話とか書く元気が無いので、極端な冒険モノなんて書いていたら絶対に飽きるか折れるので、ナハト・トゥとその周辺をメインとした話になると思います。

異世界のバトル的な要素てんこ盛りな小説は他の作者さんの方が断然上手いので、異世界の日常、現実世界と違うけど何処か似ている日常を書いて行けたらと思います。尚、作者の体験談的部分が混ざる事が多々ありますが、やっぱり体験談を元にした方が書きやすいと言うのもありますのでご了承下さいw


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第10話 再会(但し色々台無し)

※シリアスだったのとはうって変わってテンション変わります…



 

 

『はい、あーん!』

 

『あーん……うん、美味しい!』

 

俺は朝食をテイルちゃんと一緒に食べていた。あのくそじじぃとくそ猫が遠目にニヤニヤしてるのが腹立つが、テイルちゃんからあーんされたらねぇ?

 

しかしここの料理かなり完成度高いな、元の世界のホテル級だ。くそ猫、失礼、猫さんも料理作ってるらしいが、殆どは二人の後ろで静かに微笑んでいるゴブリンのシェフの腕だね。あの人にはちゃんとチップをやらなきゃだ。

 

テイルちゃんとの激しい一夜を過ごしてから、距離が急速に縮まった。しかし嬉し涙でも最初の痛がって泣いてるテイルちゃんを思い出すと罪悪感が……ん?猫さんどうした?笑いが更に大きくなってる気が。

 

『食欲凄いですね!絶倫帝王、ウェヒヒヒwww』

 

『次は拳骨じゃ済まないよ……』

 

『今晩もお楽しみですね、フフッ!』

 

『おやっさん、あんたも大概にせぇよ!』

 

『まあまあ、兄さん落ち着いて。今晩のディナーは子牛のティーボーンステーキをメインに料理をお出しします、こっちの二人にはわたくしがお灸をすえときますので……』

 

シェフの兄さんが宥めながら、今日のディナーを教えた。ティーボーンステーキって確か二ヵ所の部位の肉が骨にくっついた豪快な奴よね……うわっ、また精力ギンギンになりそう。シェフの兄さん、とりあえずあなたが一番まともらしい。

 

『うむ、楽しみにしてるよ。さて、テイルちゃん。今日は何処に行きたい?』

 

『そうねぇ……一応視察を兼ねたって言ってたから、サカサキの役所の辺りを回ろう?』

 

役所か……そういやこの世界の役所なんてナハト・トゥ以外知らないんだった。どういうものなのか興味があるし、行ってみるか。勿論返事は

 

『いいですとも!』

 

最近ゴ〇ベーザ口調の返事にはまってんな……あっちでガキの頃やってたゲームの台詞とか自然と出る辺り、未練が無いとは言えないな。

 

 

エウロ民国……正式名をエウロの民及びヤマト族の連合民主国と言い、エウロとはこの国の古い言葉で(目覚めた)を意味する言葉だと言う。ヤマト族は四百年前の大戦後にこの地を治めたヒューマの民族で、現在もサカサキに子孫が残っていると言う。つまり新しい国の形を作る為に目覚めた他の種族とヤマト族が手を取り合って建国した……おとぎ話みたいだな。同じ民族同士で殺し合いを繰り返してる元の世界の多数の国が存在するから、手を取り合ってってのはおとぎ話っぽく感じるのだろう。

 

ただ、この世界の人々(と言ってもまだ二つの町しか知らないけど)は優しい。そんなおとぎ話的な事もリアルにあり得ると思える。現に連合国の成り立ちがまるでそれそのものだったから。大戦で沢山の人間が死に、その愚かさをお互いが悟って和解するなんて、あっちの世界の人間からしたらほぼあり得ない事だったろうな。失礼、こんな事言っちゃ駄目か、俺が知らないだけかも知れないし。

 

ちなみにヤマトを冠する国がある、シシ君がかつて住んでいた国がヤマト王国と言っていたな。話を聞く限り日本の江戸と明治のあいの子的な感じだったな、仁王を現人神、首長を権現様と言う辺りがね…まあ行く機会はなさそうだな、鎖国状態らしいし。

 

暫く歩いていると、サカサキの役所がある場所に来ていた。警察署よろしくな建物、市役所よろしくな建物、そして裁判所(うちの町の奉行所に近い)的建物。間違い無い、ここは街の中枢なんだ。

 

『見て、せぞさん。あそこにいる人達、せぞさんが着てた制服にそっくりなの着とるよ。』

 

テイルちゃんが指差した方向を見ると、ああ、確かに……昨日見た連中と同じ、スタイルは警察官そのものだ。テイルちゃんは初めてか?あっ、あの時は鼻歌混じりに俺にくっついてたから気付かなかったのか……テイルちゃんは可愛いなぁ……とりあえず彼等のいる場所を見てみるか、楽しみだ。

 

 

〔番外編‐署の消えた情景‐〕

 

向日葵市の治安を維持している警察署が突如消えました。私は柏田亜由美(かしわだあゆみ)、20歳、向日葵市警察署所属の巡査です。向日葵署がある朝に基礎部分ごと消えて無くなりました。私は、土だけになったそこに他の同僚達と共に呆然と立っていました。何が起こったのか?原因は分かりません。

 

署長はこの状況の中でも慌てる事なく、現在いる人間の確認を行っていました。濱田課長、黒木部長、是澤刑事、日高さん、広美ちゃん、皆いました……皆?いいえ、あの人が……清蔵さんがいない。朝のパトロールに回っている他の人達はともかく、清蔵さんは銃の整備を行っていたはず。私は……複雑な気分になりました。

 

清蔵さんは同級生で親友の巡査二人が殉職し、心が壊れた、そう言われながらもずっとコツコツ仕事をしていたあの人の事、私は好きでした。誰も怒らない、いつも笑顔で雑用を一人こなしていたあの人がいなくなってしまった。私は謂れの無い喪失感に見舞われました。署長はとりあえず新署が完成する前に仮移転をする形を取り、警察機能も地元の有志を募って直ぐに回復すると言っていましたが、やはり寂しい顔をしていました。でも、

 

『あいつは閑職に回されたうだつの上がら無い人間だと本部の連中は言うがな、気配りの出来る人間だったよ。それに、やる気の無い人間が皆勤で出勤する道理は無いだろ?

 

警察署ごと消えて無くなった、だがそれは死んだと決まった訳じゃない。あいつは何処かで生きてる、必ず。柏田、心配するな、あいつは何処かで元気にやっているさ。』

 

そう言って静かに笑いました。署長は分かっていたのでしょう、あの人が本当は優れた警察官だと言う事を。だから私も、あの人が元気な顔でまた向日葵署に帰って来るのを願っています。

 

 

 

『うっ……なんだ?なんか頭にイメージが飛んで来た……』

 

『せぞさん、どしたと?顔色悪いよ?』

 

今確かに、亜由美さんの声が、署長の声が、聞こえて来た。幻覚なんかじゃなかった。向日葵市の署があった場所の跡すら脳内に巡った。署長や濱田課長の迅速な動きも、全部その場で見たかのように全て……どうやら俺は妙な怪現象の当事者になっているらしい、お陰でテイルちゃんと出会う事が出来たのだけど。

 

亜由美さん……そうか、俺はテイルちゃんの顔に、亜由美さんの面影を見たんだった。どちらかと言えば亜由美さんは橋〇環奈な顔立ちなので厳密には似ていないのだけど、人懐っこい性格とかは似ていたな。まああっちの世界にいた俺は思いを打ち明けられない超へたれだったんで俺の片想いで終わったけどね。

 

『せぞさん、ほんとに大丈夫?泣いてるよ?』

 

『……今何故か署ごと無くなった向日葵市の場所と、そこにいた同僚達の声が聞こえてさ、幻にしては余りにも鮮明だったから。未練があんのかな?』

 

ついテイルちゃんには本心を話してしまったけども、やっぱり嘘はつきたくなかった。何より、涙してる人間の何でも無い程、何処がだよと突っ込みたくなる要素は無いからね。ああ、未練だらけさ、本音を言うと。あっちの世界じゃ何も成し遂げられていない。木尾田や山田の事、そして亜由美さんの事も。だからこそだ、今違う世界にいるならば、向こうで成し遂げられなかった事を達成しようとしてるのは。

 

『そう……せぞさん、私で良かったらずっとそばにいて、寂しい思いをさせないから……泣かないで……』

 

『テイルちゃん、本当にありがとう。』

 

そうだよ、泣いてる場合じゃない。暗い顔してたらせっかくの旅行気分も台無しになっちまわぁ。俺は涙を拭くと、警察の服装をした人達の所へと行く事にした。さあ、気分を変えてしっかり楽しもうぜ、俺。にしても、本当あの連中警察そっくりだな。服装の形もそうだけど、紺のスラックスと上着に青いシャツ、帽子、何処からどう見ても巡査のそれだ。手に持ってる警杖もそっくり、腰に差してる警棒も伸縮性じゃない方の奴そのまま。違いは肩紐が無い、つまり銃持ちじゃない所位かな?

 

『ねぇ、せぞさん。あの人達、何だか他所の人の気がしないね。』

 

『うん、そうだね。』

 

特に俺はそう思う。イタリアのローマな雰囲気(建物の配置は広島市内っぽい)に不似合いとも言える現代的な警察のスタイル。そりゃ他所の人の気がしないわ。まあ似ている部分があるのならば、我がナハト・トゥでも採り入れられる所が必ずありそうだからね、参考にさせてくれたら万々歳なんだけどね。俺は何かある事を想定しながら彼等のいる建物に近付く。警察署の玄関に似てるな……でも向日葵市と違ってちゃんと玄関前に守衛が配置されている。日本の地方都市とか玄関前に守衛置いて無い所とかザラにあるのよ、それだけ平和って事だけど。しかしここは主要都市だけにしっかりと配置されている。

 

『体つきの良い兄さんがしっかり守衛をやってるね。ここの人口を考えると当然か。』

 

『うん。街そのものは平和だけど、大きな街だから犯罪者の比率が低くても犯罪者の絶対数は多いと考えた方がいいね。』

 

地方の大都市圏は小都市とかに比べて犯罪者の数が多いのは、繁華街が大きいから必然的にそうなる。人口の数に比例して犯罪者も多くなると言うのは何処の世界に行っても同じだと思う。歴史ある街とかだと地元の豪族とか有力者に繋がる土着の侠客、ギャングが存在するってのも良く聞くしね。俺はその街を守る者達の仕事と言うものに興味がわいているので、思い切って建物に向かう。テイルちゃんも恋人の腕組みから仕事の時のキリッとした状態に切り替えている。俺は不審に思われぬよう細心の注意を払いながら、玄関前に立つ守衛に声を掛ける。

 

『すみません、カンムのナハト・トゥから旅行に来た者なんですが、ここの建物に興味がありまして。』

 

『ん?珍しいねこんな武装したむさい所に興味をひかれっとは。』

 

向こうは身構えはせず、しかし油断する訳でもなく自然体で返事をしてきた。日本の警察の応対のそれだな。俺は身分を明かす事にした。普段はナハト・トゥを守る仕事をしている事と、今は休暇で旅行している事を。守衛の兄さんは特に怪しむ様子もなく、むしろ好意的な対応をしてくれた。

 

『へぇ、警察かぁ。その響き、うちの隊長が口にしてたわ。』

 

え?!何だって?!警察の語を知っている人間が存在するのか?そんな馬鹿な……とは言えない。何故なら俺自身がそんな馬鹿なと言う状態の人間だからね。とりあえずこの兄さんに詳しい話を聞く事にした。おっ、テイルちゃん既にメモする態勢してる、テイルちゃんはえらいなぁ。

 

『うちの隊長、ヤマト王国から来たって言ってたけど、その割にはハイ・ラングを自然に話せる所から別の所から来たってみんな考えてるんよ。

 

ただ、あの人は真面目で優しいし、あの人が仕事の改革に取り組んでから街の治安はかなり良くなったから、皆特に気にしてないけんどね。』

 

俺はその人に会いたい。会えぬならせめて名前だけでも聞きたい。その為にまずは身分を明かす事にした。

 

『カン=ムのナハト・トゥで警察と言う自警団の署長をしています、児玉清蔵です。』

 

『同じく警察署の人間、テイル・オーガスタです。』

 

『カン=ムのナハト・トゥかぁ、国境の直ぐ近くの町だったね。自警団の長かぁ、どうりで動きがキビキビしてると思ったわ。』

 

やっぱり同業者特有の動きってのは判るものだな、元の世界でも警察官の人間てのは非番の私服状態でも所作で大体分かるもんね。それ故に油断はしない。元の世界で言う所の共産圏の警察なんかは軍に近い(しかもやりたい放題)から何されるかは分からない。テイルちゃんにもしもの事があったら……死ぬ気で守る!しかし目の前の兄さんはニコニコと笑顔をこぼした。ちょいと肩透かしをくらったけど、とりあえずその人に会いたいと話しを進める。門前払いされたなら観光に戻るだけさ。

 

『ええよ!』

 

良いのかよ?!即答する彼の目は澄んだ目をしていた……過信は駄目だけど、信じて良さそうだな。俺とテイルちゃんは彼……名はマサタロと言っていたな、その導きのまま建物に入って行く。凄い、ステンドグラスの全部透明版(まあ早い話がガラス窓なんだけど)で採光する作りになっており、建物内部は蝋燭無しでも明るい。中を見渡すと、机は明治大正辺りの木組の机と鉄足の机に事務員的人らが書類作成を行い、他の人間は上司らしき人物と話しをしながら、建物から出て行くのが見えた。巡回でもするのかな?ちょうど俺達の後ろから数名の人間と仕事の引き継ぎをし、外へと出て行った。警察の動きとしては何と言うか……ナハト・トゥに比べて洗練されている。まあ我が町はまだ半年だから仕方ないか。にしてもここの組織は日本の警察的観点から見ると模範に出来る程に素晴らしい。付け焼き刃ではここまでの練度は個人レベルはともかく、組織レベルだと不可能だ。少なくとも数年はじっくりと組織改革を進めているはずだ。

 

『せぞさん、凄いね……』

 

『うん、素直にそう思うよ。』

 

万年うだつの上がらなかった俺と違って、ここのボスはかなりの切れ者であるなと確信した。そうこうしている内に、マサタロの足がある一室の扉の前で止まった。マサタロは二回ノックする。

 

『隊長、ナハト・トゥからやって来た旅行客の二人が話しを聞きたいそうです。』

 

『うむ、通せ。』

 

え?今の声って……落ち着きがありすぎな感はあるけど、聞き覚えのある声……しかもこの世界じゃない。元の世界で。俺は扉を開け、中に入るよう促すマサタロの前に出て、室内へと入って行く。15畳はありそうな部屋に、豪勢な机と椅子。椅子に座っている人間は背を向けており、顔は見えない。体を鍛え上げているであろうと分かる中々の体格……背中だけしか見えないものの、凄みを感じた。

 

『観光客がこのような所に興味を持つとは……酔狂な人間もいたものだな。』

 

『俺の知る組織に似た制服を着ていたので……』

 

『……?』

 

隊長と呼ばれた男は背中越しに〔え?何だって?〕と言うような驚きを感じた。俺もだよ……似てる、と言うよりそのまま歳を取ったあいつにしか見えない……けれども背中をみせたまま振り向かないので、俺はカマを掛けてみた。

 

『向日葵市を知っていますか?』

 

男は少しずつこちらに顔を向けた。

 

『清蔵?本当に清蔵なのか?』

 

『……何の因果か知らないけど、俺もこっちに来たよ。たださ、俺は死んじゃいない……山田、お前はあっちの世界で死んだ……葬儀にも行ったよ。でもこうしてお前はここにいる……話しを聞かせてくれないかな?』

 

『あっ、ああ……構わないが……』

 

構わないが?何か思う事があるのかな?まああるよな。だって同じように異世界に飛ばされた訳だしね、何だ?

 

『お前……そんな美少女と並んでて平気なのか?』

 

突っ込む所そっちかよ!!感慨深い思いに浸りたいのに台無しだよ、公安行ってから感覚でもずれたのかよ!口にはしなかったけど今にも突っ込みいれたくなった。

 

『はぁ……話せば長くなるけどいいかな?込み入った話しもしたいし、マサタロさんだっけ?席を外して貰って良いですか?』

 

『了解です。それにしても隊長が振り向くなんて貴方は凄いですね!では失礼します。』

 

 

おいおい山田ちゃん、この世界に来てからどんなキャラになったんだよ君は……つーか背中を見せて顔見せないってそんなキャラだったっけ?まあとにかく今はなんであれ山田はいるのだ、幽霊ではなく、肉体を持って。

 

 

 

 



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第11話 変化する環境と不変の思い

 

 

俺はサカサキで親友の山田と邂逅した。山田は優れた警察官だった。元々仕事に関しては木尾田に匹敵する程に実直だったし、所轄署の警備部に行きたいと前々から行っていた位。その願いは叶った。木尾田の死から警備部に志願、成績も優れていたあいつは見事に転属、晴れて公安にいった訳だが、あいつは殉職してしまった。余りにも呆気ない最期だった。心臓に銃弾が直撃して即死……木尾田と全く同じ箇所に被弾していた。有能な人間ばかり先に死んでいく様を見た俺は壊れてしまったよ。神様と言う奴がいたのなら、俺は真っ先に殴りにいっただろう。

 

しかし、目の前に死んだ筈のあいつがそこにいた。10年と言う歳月を感じさせるように、あの時と比べて随分と老けたなぁ……目付きの鋭さは公安に行った時のそれそのままだった。あいつも俺ほどでは無いにしろ、心が壊れたのかも知れない。

 

『清蔵、本当に久しぶりだな……』

 

『ああ……そうだな……』

 

あの後の最初の言葉はそれぞれこんなだった。互いに生きていた事を喜びたい気持ちはあるけど、何と言うか気まずさがいりまじっていて二の句が出ない。山田は元々シャイだから仕方ないにしても、俺までなんと言うか次の言葉に困った。

 

山田啓将……あいつは俺に無い者を持っていた。頭脳、容姿、そしてそれらとは別にある人間としての魅力。欲しがり屋で頭も見た目も悪い俺とは違い、頭も良く魅力的な人間であるあいつとは何故か妙に馬があったな。部活なんて行かず帰宅部の俺と、動体視力のスポーツである卓球部のホープだったあいつ。中学は木尾田と同じだったけど、あいつと接点が出来たのは高校に入ってからだったな。木尾田が進学校、俺は工業高校に進み、一番の盟友とは距離を置く事になった。進んだ道は機械科、そこで誰ともつるまず寂しそうにしていたあいつに声を掛けたのが付き合いの始まりだったっけ。顔も頭も良いあいつはヤンキーの巣窟だった機械科の中で特に浮いた存在だった。家は自動車整備工の親父の影響から工業高校に進んだらしいけど、あいつの頭なら普通に進学校の道に進めたはず。ちょっと親の意見に流されやすかったのかも。そしていざ工業高校に進んだは良いけど、まわりはヤンキーだらけ、あいつは真面目でヤンキー嫌いが酷かったから余計に居心地悪かったんだろう、窓際の席で一人寂しく過ごしていた。俺は他の連中とは一定の距離を保ちつつ可もなく不可もなく過ごせていたからだろう、なんの警戒もなく声を掛けられたのは。

 

『窓際を覗いて何見えるの?俺には前より寂れた街の風景しか見えないけど。』

 

『……別に。』

 

声を掛けたのが嬉しいと言う顔をしていたのに、言葉はぶっきらぼう……典型的ツンデレなんだなと言うのが第一印象だった。俺は構わず喋ってた。

 

『まぁ皆ヤンキーっちゃヤンキーだからね、山田達からすると付き合いきれんと思うのも無理はないけど。実は俺も似たようなもんさ。』

 

ヤンキーの親玉的存在がクラスにいて、言葉を出しにくい雰囲気はあったのかも知れない。まわりは親玉の顔色伺ってそうしていた中、俺は普通に話し掛ける。ヤンキーと言う人種は存外気を使うもんだと体感してるので、俺のような人間はある意味助かるとか言われたけど、山田との出会いでは見事にそれがはまった。

 

『体育の授業の時の反射神経凄かったね、部活やってんの?俺は家の仕事の手伝いとかあるから部活とか考えた事無いけど、羨ましいな。』

 

『卓球……今はやってない。』

 

少しずつだけどあいつは話すようになっていった。聞けば子供の頃から人見知りで余り人と話す事がなかったらしい。顔が良いんで女子からは言い寄られる事があったみたいだけど、基本的に人とコミュニケーションを取るのが苦手と聞いた。クラスのヤンキーは寄るな話し掛けるなって雰囲気の山田に触れるのを怖がっていたようだけど、俺は余り話さないってだけで人間を判断したくないし、判断なんて出来ないと思ったから、軽く声を掛けて話を聞くようにしてる。

 

俺の方からコミュニケーションを取るようになってから山田は少しずつ変わって行った。ヤンキー連中とも仲良くなったし、普通の連中ともコミュニケーションを取れるようになったあいつは、自然と魅力的になったのか、クラスの中心的存在になっていた。俺はあいつと親友となり、時に馬鹿な事やったり、泣いたりした。とある日の休日に木尾田と出会い、山田は自然と打ち解けた。そうそう、三人で夏休みのキャンプに行った時に、将来の事を話し合ってから今の道に行ったんだっけ……

 

『俺は卒業したらさ、警察官になろうかなって。安定した収入が入るし、無駄にある運動能力を発揮出来そうだしね。』

 

『清蔵は相変わらずアバウトだな……しかし奇遇だな、俺も警察官になろうと思ってるよ。元々親父の仕事のお陰でバイクや車が好きだったのもあるけど、白バイ隊とか交通機動隊とか憧れてたからさ。公安とかもかっこよさそう。』

 

『二人共将来が警察官か……僕も公務員として働こうと勉強してるよ、中々難しいって聞いてたからちょくちょく勉強でもするかい?』

 

『いいね!じゃあ木尾田ん家で勉強すっか!』

 

俺はまだ軽いのりだったな……採用試験の過去問を見て絶望したのは内緒ね。でも半ば遊びがてら勉強してたのもあって卒業後は晴れて警察官になったんだよな。山田よ、あの時は本当に楽しかったよなぁ……おっと、思い出に耽ってる場合かよ、先ずは思い切って経緯を話す事にした。山田は何かずっと驚きっぱなしだったな、いや、死んだ筈のお前さんが体持ってる事の方が驚きなんだけど……

 

『成る程……ある意味俺達よりも災難だったな。実はな、木尾田もいるよ。』

 

『え?何だって?』

 

『何故かは分からない。今のところあいつ以外でこの世界に来ている人間はお前だけだな。しかも生きてやって来たって言う違いもあるし。』

 

さらっと凄い事言ったよおい、お陰で難〇系な反応になっちまった……まさか木尾田までこっち来てんのかよ?この世界の神様か仏様は何があってこんな事してんのよ、悪趣味な……しかし木尾田も山田もこの世界に存在していると言うのは事実。時間の流れは向こうと変わらない、祈る神はあれど全面的に出ては来ない所とか人が想像するような神様とかは存在しないとこ見ると、やっぱりワームホール的なものなのかな?そう思案に入っていると、唐突に扉が開いた。何だよあの宿屋の猫さんじゃねぇかよ、どうしたの?

 

『ダーリンお弁当持ってきたよ、ウェヒヒヒ!』

 

『ちょっ、ノック位してくれサリー、それに人前でダーリンはよさんか……』

 

………山田君、椅子の下の座布団全部持って行くよ!世間は狭いとか言うレベルじゃねぇよこれ!あんまな展開だからテイルちゃん驚き過ぎてさっきから喋れてねぇぞ!

 

『ああ、済まん……その、俺の妻のサリーだ。』

 

『ティヒッ!まさかお客様がダーリンの知り合いだったなんてビックリィ☆』

 

山田君、君の奥さん俺達の情事を覗いてたんですけど……ああんもう色々台無しだよ。にしても、女が俺以上に苦手だったあいつがまさか猫耳の姉さんと言うか嬢ちゃんとくっつくとは……

 

『せぞさん、世界って意外と狭いね……』

 

うん、そうだね、心配になる位に狭いね。びっくりしたよ。この調子だともしかしたら他の転移者が案外近くにいたりしてってありそう。ブルーになってた俺の気持ちを返してくれ。

 

 

番外編〔山口康江:居心地良さと罪悪感と〕

 

こっちに来て早2ヶ月……お喋りで痛キャラの女帝のお守りをしながら、異世界の事を色々調べてたけど、凄い発見ばっかりだった。日本語が普通に通じる時点でびっくりだったけど、普通の見た目じゃない人間が普通ってのにもびっくり……この前会ったピクシーと言う種族、見た目ちっちゃくて可愛いけど、寿命も性成熟もヒューマと同じ位でかつ私と同じ年齢だったから生々しい夜の話してて引いたわ。あの見た目で緊縛プレイとか単語が出て来た時は意識失いそうだった。私は痛女帝の鶴の一声でこの国の将軍になっちゃった。確かに向こうの世界じゃ捜一で多くの部下を従えてたけど、桁が三つも違うんですけど!いきなり何すればいいの?!

 

『もしもの時は女の子の最大の武器で抱き抱えれば万事解決☆』

 

おいこらババァ!適当言ってんじゃないわよ!て言うかこのババァ……もとい女帝の国はタイーラ連合国の一国で割りと大きな国らしいんだけど、なんか平和ボケしてる日本の一市民だった私よりも何と言うか呑気?って感じがする。でも実際は血生臭い事件やら内紛やらが発生してもいるのよね……お腹が痛いよぅ。

 

『康江、どぎゃんした?冴えない顔しとって。』

 

『ああ、リッちゃん……ううん、何でもないよ。』

 

強面(でも結構男前)だけどこの人と一番仲良くなったかな?私の境遇を聞いて涙してたし、この人も孤児で平民階級から苦労して上がってきた人だったから私も苦労話聞いて泣いちゃった。互いに女帝のスタンドプレーに頭抱えながら将軍なんて御大層な役職やらなきゃだから自然と良いコンビになりつつあるけど……リッちゃんとくっつく話が出た時はその……悪く無いかなって言うのと同時に、変な罪悪感が……まだ雅人の事を引き摺ってるのよね私。清蔵兄ちゃん程心に傷を負わなかったとは言え、色恋沙汰なんて見えない位に仕事に逃げてたから。

 

『康江は良い女じゃ。きっと幸せになれる!』

 

そんな事言ってるリッちゃんこそ……人の事に身を削ってる所、雅人と被るのよね。と言うか私達なんだか幹部連中含めて事実夫婦みたいな感じで扱われてるのよね。二人共イヤイヤ違う違うと否定はしてるんだけど、リッちゃんの家で寝泊まりして、慣れない料理を作ったりしてるってのもあるけど、私もリッちゃんもそっちの方は奥手で中々進展はしないんだけど、本当に結婚を考えてる。幸せを願っていた雅人がこんな私を見たら失望するのかな?一緒に幸せに過ごそうねって誓ったあの人はもういない。ねぇ、雅人、あなたならどうして欲しいの?

 

 

 



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第12話 人間とは意外と変わるもの也

 

 

俺は木尾田の現在を聞きながら色々とイラついていた。山田もそんな俺のイラつきに感ずいたのか問いかける。

 

『康江ちゃん、この状況をもし知ったらどう思うかな…』

 

『康江ちゃん失望すると言うか失意のドン底に突き落とされるかもな……氷のロリータとあだ名される程に仕事に打ち込んだ理由、木尾田と真剣に愛しあってたからなんだよ、故に本官イラっと来ております!』

 

『しっ、仕方無いだろう!まさか異世界に行って第二の人生を歩んでるなんて誰が想像するよ?』

 

まあそうだけどよ……俺は木尾田の現在を山田から聞いているうち、仕方無いと言う気持ち以上に、やっぱりムカついていた。異世界に来て結婚してジュニアがいてパパになってる?確かにこっちの世界に来た以上次の恋ってのは分からんでもないが、それはそれとして

 

『未練とか無かったのかあいつは?』

 

『それがスッパリ……男は女より未練たらしな生き物の筈なんだが、あいつは康江のやの字も口にはしなかったよ……』

 

木尾田、今度もし会う時はその辺話ししたい、いや、尋問だ!吐くまで帰さん!

 

『清蔵……そう言うお前も意中の人がいたんじゃ無いのか?』

 

『亜由美さんは俺の片思いで終わったよ。ここにいるテイルちゃんにしっかりとそう行ったし、俺のヘタレな恋のエピソードも話したさ。あいつはちゃんと奥さんに話したのか?』

 

『いや……あいつは奥さんの前でその事を言う事はなかったな。と言うか清蔵達はオープンなんだなその辺り。』

 

当たり前よ!片思いで特にくっつく事がなかった元の世界と違い、テイルちゃんは手作り弁当を作って貰ったり、昨日初めてだったけど、その……ナニにまで及んだりしたからな。木尾田は当時小学生だった康江ちゃんと付き合い肉体関係まで行っておいてそれだから余計に頭くんだよ!

 

『しっ、しかし随分と前に出るようになったな清蔵、俺達と違って良い感じに変わったと言うか……』

 

『警察官として、一人の雄として漸く生きる道を見つけた、それだけなんだけどね。でもそれを言うなら山田も一緒だな。こっちで可愛い奥さんと出会ってまた警察官やってんだろ?』

 

『名称は保安官になったけどな……それにしてもお前が署長か。上手く行くだろうな。』

 

え?いやいやいや、俺が署長だから不安なのよ!何でそう思うんだろ?

 

『お前の指導法、向日葵署の署長の受け売りだと言ってるけど、きちんとお前の特色が出てるじゃないか。人を妄りに怒らず、叱責は声を荒げず冷たくせずに諭すように言う……お前と初めて話した時と同じだ。』

 

……そうかな?俺自身としては余り自覚は無いな。ただ、俺は人に怒られるのも怒るのも嫌なだけよ。何と言うか嫌われる勇気ってのが無いだけさ。だから指導者としては若葉マークも良いとこよ。上に立つ者は時に嫌われる勇気、いや、覚悟がいる。それは何かあった時は先頭に立って責任を取るって事。俺はまだ嫌われる覚悟ってものが出来て無いし、やっぱり好かれたいよ。頭お花畑なんじゃね?と笑われるだろうけどね。でも俺は、そうやって生きて行く事を選んだ。周りが優秀なのばっかってのは向こうでもこっちでも相変わらずだけどさ、今は俺が粗末ながら指導する立場になってる。

 

『何にしても山田、俺は俺達のいた世界の警察組織としての立ち振る舞いや流儀をナハト・トゥに広めたい。だから先にこの世界で生きているお前さんの教えを乞うたい。』

 

 

一方その頃、ナハト・トゥ警察署の会議室では、射殺すような眼光でワフラ・キスケの両名がシシの報告を聞いていた。ナハト・トゥに巣食うギャング〔コーリン〕のアジトとされる場所において指名手配犯の元町長秘書ボッラクと首領であるカマリタ、残る構成員三名の動きと会話の内容をシシは紙にまとめていたそれを読み上げた。

 

『1週間後、やつらはそげん言ったか?』

 

『はい、間違いありません。』

 

ワフラは強面の顔を更に険しくしながら、シシの返答に頭を抱えそうになるのを堪えた。それはキスケの方も同様で、二人は警察創設以来最大の危機を痛感していたのだ。清蔵の改革により、悪党の命を出来る限り殺さずに捕まえ、更正させる事を主眼において来た。現に構成員だった者達の多くは感謝すらしていたのだ。しかし、今度の相手はそれが出来るかどうかと言う名の知れた悪党である。もし仮に殉職者を出そうものなら、甘ちゃん署長にその責を受け入れられるだろうか……二人はそう考えていた。

 

『あん人は甘か。この町、ひいてはこの世界の現状を知らな過ぎじゃきぃ、あん人がおらん今、カマリタは総員で殺しにかからにゃだ。』

 

『清蔵さんには悪いが、あの悪党はそん位の覚悟が無ぇなら絶対に殉職者が出る!』

 

二人はそう決めてシシに命令を出そうとする。だが、シシは手で制しながら二人に反論する。

 

『ワフラ警視、キスケ警部……俺は生け捕りに拘ります。確かに相手は凶悪極まりない悪党であります。しかし、俺は署長の教えをあくまでも守ってこそだと思います。巡査の身分でこのように言うのはおこがましいとは自覚していますが、何卒、何卒お願いします!』

 

シシは必死な言葉と表情で二人に訴えた。自分に新しい道を示してくれた清蔵の好意に報いたいと。目の前にいる二人は自分なんかよりもカマリタの恐ろしさを知っているだろう、しかしそこは清蔵の恩義に応えたいと言う思いの方が強かった。青臭い小僧の願い、聞いてはくれないかも知れない。それでもとシシは訴え続けた。

 

『シシ巡査、顔を上げぇ。』

 

ワフラとキスケは険しい顔を解き、シシの肩を叩く。叱責する時の鬼の顔ではない、キリッとした二人の表情にやや萎縮しながらも、二人から視線を離さず見つめた。

 

『出来る限り生け捕りの方向、それで行く。そん代わし、お前ぇら若ぇもんに死者が出るようならばカマリタをその場で処分する。シシ巡査、巡査部長級以上を全員呼んでこぉ!会議じゃ!』

 

『……っ!了解しました!』

 

 

 

あれからどの位の時間が経過したのだろう、俺と山田は話し続けていた。人口二百万の大都市サカサキで保安官、しかもその長にまでなった男の話は、何よりも実りあるものだった。サカサキの保安部は、言うなれば大都市の警察本部を模していると言う。俺は大都市の署がどんなものかは実感が無いものの、警察学校の授業の時に警視庁の本部についての機構内約を見た事があった。人が密集する大都市となると、警察の部や課はかなり多岐に渡る。例えば警視庁の刑事部(ドラマで良く見る刑事ね)は総務課と捜査一課から四課と機動捜査隊、鑑識課がある。地方の小都市の所轄署だと課がそんなに無い上、うちのように掛け持ちに近い事してる所もあるけど、山田の所は少なくとも大阪府警察本部並との事だった……規模がデカイな。

 

サカサキは特に殺人と組対課が活発らしい。治安はそれでも他の都市に比べて良いと聞いたけど、その手の課が活発って事は、やっぱりとんでもない脅威との戦いが待っているんだと感じた。警察学校で幾らかは運用や形態を学んだつもりだった俺は驚きの連続だった。山田はこっちの世界においても、公安に当たる組織を独自に作っていた。他の国なら秘密警察に当たるのだろう公安は、国の転覆をはかるテロ組織やカルト集団を取り締まる為にある、国そのものの治安を守る組織なのだけど、同じ警察官である俺らと連携は取りつつも、秘密秘密秘密(だんまり)のオンパレードで、地方の所轄署である俺達ですら余り快くは思っていない(尤も、ドラマであるような極端なギスギスした感じでは無い)。だから山田が公安に行くと聞いた時は偉いなと思ったのと同時に少し嫌な気分になったよ。

 

『……どういう経緯かは知らないけど、山田が保安官の長にまで上がり、日本流の警察のノウハウを教え、あまつさえ公安まで立ち上げたって事か。木尾田の死から変わったと感じていたけど……木尾田が生きている事が分かってからも、引き摺ってたのか?』

 

『引き摺って無いとは言い切れんな。木尾田の死の後、公安に行ってから様々なテロリストやカルト集団の実態を見る事になったよ。そこで俺は、組織を操る者達の醜さや狡猾さを嫌と言う程見せつけられた。それは公安を入れた警察そのものも含めてな。俺は組織の改革をしたかった。この世界でその指標を作れればと……』

 

山田の目は、その時だけ薄ら寒さを覚える程冷たかった。公安は時にテロリストの情報を得る為に相手方の末端の連中と仲良くなって手足に使うと言うのは割りと聞いていたが、逮捕の為とは言え犯罪者の力を借りる事は奴の正義感からすれば唾棄すべきものだったんだろうな。あいつがあんな目をするなんて。

 

『公安を作った経緯は簡単さ。異世界に行っても、公安の取り扱うような案件がわんさかだっただけだ。尤も、俺は元の世界の公安と言うものに所属したから大嫌いになった。だからこっちではオープンな情報共有と他の保安官と衝突しないよう釘を刺しているがな。少しでもクリーンな警察を……俺は元の世界のような腐りに腐った組織にだけはしない、と考えている。』

 

 

クリーンな警察か……県内の所轄署の中でも向日葵署はそれに近い事をしていたな。しかし山田は大都市でそれを為そうとしている。俺も、負けてられないな。

 

『山田、こっちの世界に盆正月のような習慣が存在するかは知らないけど、そのうちナハト・トゥにも遊びに来てくれ。良い所だぜ?まあお前さんが来るまでに追っているギャングの頭領を検挙せにゃだけど。』

 

『ああ、約束する。次に会う時は、そうだな……あいつも……連れて来るよ。』

 

 

 

『せぞさん、ちょっと元気が戻って来たね♪』

 

山田と対面している間、珍しく黙っていたテイルちゃんが宿に戻る帰り際にそう言って笑った。よっぽど昼までの俺が思い詰めてるように見えたんだろうな。でももう大丈夫。山田、そして今日はまだ会わなかったけど木尾田の二人共にこの世界で生きている事が分かっただけでも十分さ。

 

『ふふっ、何か何時も以上に元気になったよ。まあ俺はテイルちゃんが側にいてくれるだけで幸せだけどね。』

 

『ありがと♪せぞさん!』

 

テイルちゃんがそう言うと俺の頬に口付けをしてくれた。嘗ての俺から(〇ね!リア充)と言う声が聞こえてきそう。

 

『ねぇ、せぞさん。』

 

『ん?どうしたの?』

 

『今夜もその……する?』

 

答えを聞くまでもなく俺のムスコはいきり立っていた。でも流石に二日連続はちょっと……

 

『いいですとも!』

 

だから台詞違うぞ唇!セッ〇ス覚えたての小僧じゃねぇんだからそこは理性が勝てよ!仮にも35歳の大人だよ?そして曲りなりにも署長だよ?!しかし俺のムスコと体は性欲を持て余すと言わんばかりにテイルちゃんと体を密着させた。三密上等ってか?いや、上等じゃねぇから!

 

 

 

『夕べもお楽しみでしたね、ティヒヒヒ!』

 

……また覗きやがったのかよサリーちゃんよぉ。朝は余り機嫌良くないんだからそっとしといてくれよもう。昨日はテイルちゃんが騎〇位だったから、あの見事なお山と熱を帯びた顔、そして毛の無い綺麗なアソコを凄いアングルで楽しみましたよそりゃあ!と言うか山田ぁ!主の嫁は他人のセッ〇ス覗く変態だよオイ!あの子欲求不満なの?ちゃんと夜の営みしてるの?もうちょっと相手してやんなよ!

 

何かいちいち疲れちゃったので5泊泊まったらナハト・トゥに帰ろうと思う。ワフラ、流石に10日以上は長過ぎるよ。その事をテイルちゃんに伝えると、

 

『そうだね。みーんな働いてる中私達だけ長く休んでたら申し訳無いもん。でもせぞさん、後3日、ちゃんとデートしよ♪』

 

うっ、うん、よよよ喜んで。俺は今、ひっじょーに幸せです!

 

 

 

『あれがナハト・トゥの自警団のボスか。サリーさんの言う通り中々強そうだ。』

 

影から二人を監視する者が二人。サカサキの公安部隊の人間だった。二人があの宿屋に泊まった日、サリーは鉄の馬を操る謎の者として保安所に密告していたのだ。しかも自分の夫である山田の知人だった事を知り、何かの企みがあるのではと夜の間も監視を続けていた。

 

『サリー、貴様は彼奴をどう見る?』

 

サリーは何時もの特徴的な笑い声をあげながら軽く答えた。

 

『ティヒヒヒ、あの人達はただの観光客だよ。朝から夜のお楽しみまで覗いてたから間違いないよ?』

 

『趣味悪ぃ……』

 

流石に盛っている最中も覗いていたと答えられたら呆れる他無かった。少々引き気味だった公安部隊の男は、少し気を取り直してからこれからの旨を伝えた。

 

『これは隊長には話すなよ?』

 

 

 

俺は残り3日をテイルちゃんとデートする時間に充てる事にした。正直な所、2日で25回も男汁を出したせいで腰はフラッフラ……昨日もテクノブレイク起こしかけたよ。でもこっち来てから色々と溜まっていた鬱憤やらなんやらが取れて頭がクリアーになっていた。だからだろう、サカサキに来てから感じる妙な視線に気付いたのは。バイクで来た時点で覚悟はしていたが、街の公安にマークされているようだった。山田の差し金じゃないな、あいつもそれは言ってたし。

 

(公安を作ってから、俺に秘密で動いている連中がいる。どこの世界に行っても公安や秘密警察の闇を作る馬鹿は存在するらしい。清蔵、なるだけ妙な動きをする連中に気をつけていた方がいい。俺の方からも出来る限り抑えるように手を回すよ。)

 

せっかくテイルちゃんとデートしてウキウキの気分を害する奴らに怒りを覚えたが、なるだけ顔には出さないように街中を歩いた。奴ら、気付かれてないように思ってるが、甘い……結構な歴史がある元の世界の公安や秘密警察の動きと違って洗練されてない。尾行の仕方が下手だ。公安の尾行方法はこちらに視線を交わさず、曲がり角等で別の人間に交代する等、感ずかれない動きを徹底している。しかしこの世界では山田が来てからの設立だ、歴史が浅いし、何より過去の忍びやら特殊部隊やらのデータを洗練した元の世界の連中に比べるとお遊戯レベルと形容したくなるよ。多種多様な種族で身体的特徴がはっきりしすぎなせいか顔も覚えやすいし。

 

どうやら俺を付けているやつは三人。一人はオーガ、平均的な体格だが、余りいない青い肌が特徴……忍べてねぇ。もう一人はライオンの獣人……ちったあ忍んでくれよ……そして最後は……その、余り言いたく無かったけど……覗き魔じゃなかった山田の嫁。彼女はあいつの話からして公安じゃないな、何か持ちかけられたのかも知れない。公安の中には協力者を殺す不届き者も存在すると聞いた。それは同じ公安出身の人間の身内すら例外でないと。ひでぇ話だ。あの娘は悪い子じゃない(超絶覗き魔だけど……)、そして何より山田の嫁だ。自分の親しい人間に何かあったら、あいつはきっと怒りに任せて暴れるかも知れない。そしてそれは俺も同じ。テイルちゃんに何かあったなら……そう思った俺の行動は早かった。

 

『テイルちゃん、あそこのカフェで待ってて。俺はちょっと言葉に出来ない事してくるから。』

 

『ふぇ?……っあー、トイレね、分かった、待ってるね!』

 

テイルちゃんが察して(賢いなぁ)カフェの方に向かっている間に、後ろに付けている人間にすっと近付く。向こうは俺が予想より早く動けた事に驚き、身構える事も出来なかったようだ。

 

『公安にマークされるのは、海外から来た人間ならばある程度は覚悟しないとだけど、まさか俺がそうなるとはね……』

 

『!?きっ、貴様いつから気付いてた?!』

 

『宿屋に入った次の日かな?行っとくけど公安がエリート集団っつっても、肉体に関しては日々武道や逮捕術で汗を流しているノンキャリ相手に勝てると考えるのは甘いぜ?』

 

署長の受け売りだけどね……機動捜査隊やSATの連中ならまだしも、キャリアや公安にノンキャリ巡査を雑魚扱いされるのは癪なんだよ。街のお巡りさんをしている人間が馬鹿にされる風潮、どうにかしてほしいものだ。そういや昔向日葵署に来た生意気な若キャリアを濱田さんが武道でコテンパンにしたっけなぁ……話が逸れたな。さて、目の前にいるオーガが驚きの顔をしている中、ノコノコとライオンさんもこっちにやって来た……こいつら本当に公安かよ?山田、どうやらこっちの連中はもう少しお前さん流の教育がいるらしいぜ?

 

『鉄の馬等と言う奇怪な乗り物に乗って来た人間を普通の人間とは思わぬ、我々公安部は其々が裁量権を持っているのだ。』

 

『へぇ、そうなんだ。俺の世界でも公安は秘密主義徹底(わがみちをゆく)だったけど、公安を取り仕切るお上にまで秘密にする事は無いんじゃね?』

 

『何を根拠に……貴様、隊長の命ひとつで貴様のの命など簡単に『その山田保安官に言わせれば、本当の意味で消されるのは君らだと思うよ?彼の奥さんを使って俺らを監視してたんだろ?情事もバッチリ覗かれたよ。ただ、君らに言われてやったとなれば、どうだろうねぇ。本音を言いな?性格上、含みを持たせた言葉や皮肉が嫌いでね。』

 

全て筒抜け、つーかこいつら間抜けだ。まず脅し文句言ってる時点で器が知れてる。うちの署長にそんな権力を振りかざしたら、上官部下問わず鉄拳制裁だよオイ。鬼の化身と言われる程、汚い事に対しては犯罪者警察に関わらず厳しかったもの。

 

『……くっ、貴様のような外人を徹底的に警戒する、それをしたまでだ!』

 

『お上の……あいつの意向か?』

 

二人は首を横に振る。裁量権を持たされた以上、その重みは分かっているはず。つまりは独断だった訳だ。尤も、上官の嫁さんを使ったのは誉められた事では無いけども。俺はため息を出しながら本音をそのまま伝えた。

 

『俺はカン=ムのナハト・トゥからやって来た、児玉清蔵だ。やって来た理由は単純に旅行だよ。あの鉄の馬はあくまで乗り物、休暇10日以上って言っても、歩いて2日は掛かるんだから、時間を短縮する為にと思ってね。』

 

嘘偽り無く答えた。仕事詰めで休みを取るよう言われ、旅行に来た。保安所に行ったのは、他の同業者の組織に興味があり、良い所があれば参考にしたいと思ったからだと。そして山田とは同郷の友だと。山田と旧知の仲と聞いた二人はガタガタと震えていた。二人は今までの非礼を詫びた。何と言うかこの世界の人間は意外と物分かりがいいのよね、お陰でピリピリした空気も無くなったんだけど。

 

『山田に伝えてくれ、俺はサカサキでテイルちゃんとデートして帰る、嫁さんを泣かすなよってね……それと、上官の嫁さんを使った事、しっかり詫びなよ?あいつを本当の意味で怒らせたら、本当に洒落抜きで死ぬぞ?昔から汚い事が嫌いだったから。』

 

『うう、すんませんでした!』

 

ったく、これでしまいだ。さて、俺はテイルちゃんの待つカフェへと急いだ。可愛い女の子を一人で待たせてたら、ナンパ野郎が引っ付いてるかもわからんしね。

 

『テイルちゃん、お待たせ!』

 

『ううん、そんなに待たなかったよ。それよりここの料理美味しそうだよ、一緒に食べよ!』

 

それから俺はテイルちゃんとデートを楽しんだ。セッ〇スも死にかける位した。それで分かったのは、サリーちゃんは公安とか関係無く覗き魔だった……山田、頼むからもっと彼女を抱いてやりなさい!絶対欲求不満から来てるよ!

まあなんやかんやあったけど、楽しい休暇を過ごせた。社会人になって初めてかもね。サカサキでの出来事は、一生の思い出になった。帰ったらテイルちゃんのお父さんに忘れずに挨拶しに行こう、大事な娘さんとお付き合いする訳だしね。因みに帰る前夜は18回も男汁を出して彼の世が見えたのは内緒だ……まあでも本当に楽しかった。さて、バイクをとっとと走らせて、日常に戻ろう、仕事は一杯残ってるし。

 

 

 

 



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激突編
第13話 遅れて来たカリスマ



※ふざけたタイトルではありますが、この話はギャグパート無いです。しかも短いです…


 

 

 

 

『キスケ警部、リーザ警部補、フラノ巡査部長代理、ラーズ巡査部長……署長とテイル警部補が休暇の為、巡査部長代理のフラノ君を含め、巡査部長級はこんだけじゃ。まず、おんしら呼んだんは他でも無い、コーリンの頭の事についてじゃ。シシ巡査、説明ば。』

 

『了解しました。』

 

コーリン撲滅の為に幹部を集め、会議が行われる事になった警察署。長い間町の治安を害してきたギャングの首領カマリタを遂に捕縛出来るのではとあって、幹部達は色めき立っていた。しかし、シシの告げる言葉は彼等のそれを戦慄させた。警察署に襲撃をかけると言う事実、相手はたったの5人ではあるものの、カマリタとリザード二人はかなりの手練れである事、更正に向かっているとは言え、元構成員がカマリタ達の襲撃に呼応して裏切るかも知れないと言う不安……会議は長丁場になっていた。

 

『相手はたったの5人、襲撃を署の外で防いでしまえば良いのでは?』

 

ヒューマのラーズ巡査部長がそう疑問を投げる。いくら歴戦の手練れとは言え、数に劣る相手を封じ込めるのはそうそう難しくは無いはず。しかしワフラは首を横に振る。

 

『いんや、奴ら、正確にはカマリタとリザードのダイナスとセンリューの三人だが、奴らはアンブロスの暗黒街で多人数の抗争を生き抜いたいわば怪物じゃ、抑え込むにしても一筋縄ではいかん。かつ、バーテンのノーチスは魔人とエルフのハーフで魔法を操るらしい。法力を使う者がいるっちゅー事は下手が打てん。』

 

今までの構成員を抑えて逮捕するのとは訳が違う事をワフラは説いた。カマリタはゴブリンの中で突然変異にあたるゴブリンオーズと呼ばれる種族であり、オーガ並の体高とドワーフ並の横幅比、その2種族を凌ぐ力を持つフィジカルエリートとも言える存在である。リザードの二人も通常のリザードではない。リザード全体でも少ないワニ型の種族、リザーディアダイルと言う種族で、高い瞬発力、つまり単純なパワーが異常に強いのだ。かつその後衛をつとめるであろうバーテンは魔人とエルフと言う魔法に秀でた種族のハーフである。特に魔人の眷属ともなれば数人単位を蹴散らせる程の法力を持っている事も珍しくない。

 

『ですが我々には拳銃があるではありませんか!これなら容易く無力化出来ます。』

 

少々過激派なきらいのあるリザードの若巡査がそう提案をする。

 

『おんし、頭を狙わないと言う自信はあっとか?確かにあれは強い、それだけに扱いは慎重にならないといかん。』

 

拳銃を新しいオモチャ感覚で使わぬよう、巡査長以上の人間、しかもモラルの高い者に限定して所持を許している。リザードの若者は正義感溢れる男ではあったが、いかんせん悪党には容赦なく殺していいと言う職権濫用の恐れがあった。しかし、若巡査の何人かはそのような考えを持っていた。清蔵の持ち込んで来たルールを良いように解釈している節があり、悪には死あるのみなキスケの考え方に賛同する者も多い。シシはその状況を哀しんだ。

 

(ああ、署長……俺じゃあ強硬な彼らを止められ無い。)

 

会議が殺せ殺せの論調になった時、扉を激しく開ける音がそれを遮った。

 

『君達、正義感が高いのは悪い事じゃない。ただ一つ、言わせて貰えるかな?』

 

『しょっ、署長?!』

 

常に穏やかだった清蔵の顔は、いや、今も穏やかではあるのだが、凄みが効いていた。今しがた署に戻り、制服に着替えた清蔵は、途中から会議の話を聞いていたのだ。

 

『俺流のルール、気に入らないと思っている者がいる事は、職務に当たっている皆の報告書、特に始末書で把握はしていた。俺自身も現場での仕事が好きだから、この町のルールやマナーを上手く融合させようと必死になってるよ。

 

余所者風情がって言いたいならばはっきりと言ってくれ、現に俺は余所者故にナハト・トゥの事をまだまだ知らない。ただ一つだけ、これだけは頭に入れて欲しい。正義の反対は悪では無い、別の正義であると。君達は悪党なら何をしても許される、そう思っているのかな?身内を殺された事も無いアマちゃんが何を言ってるんだとか思っているのかな?』

 

顔は穏やかだが、署員全ての人間が察していた。彼は哀しみ、怒っているのだと。今まで清蔵は自らも最前線に立ち、町の治安を改善する為に奔走してきた。休暇に入ったのだって、余りにも働き過ぎた故に周りから頼まれて休んだのだ、誰も仕事をホッポリ出したなんて微塵も思ってなどいない。だから自然に清蔵の言葉に耳を傾けていた。

 

『俺は……同僚だった友人二人を失った。ただ犯人に対して死んで欲しいと思った事は無い。自分達の罪と向き合って、真人間として社会に戻って欲しかった……それは今も同じさ。

 

警察官と言う仕事をやっている限り、君達も何れ経験する時が来るかも知れない。だから言う、死んじゃだめだ、そして……殺しちゃだめだ!誰かが殺された怒りは表に出さない、ただ、その怒りを心の何処かに留めて、町を守る人間としての力に変えてくれ!』

 

清蔵の気持ちは、この世界に来た時に決まっていた。警察官としての再起、そして人間としての再起。気が付けば皆が清蔵に敬礼をしていた。

 

『署長、すまなんだ、コーリンを撲滅出来ると言う契機だったんで皆殺気立っていたんじゃ。』

 

キスケが進んで頭を下げる。清蔵は手でそれを制しながら、皆の前で思いを話す。

 

『コーリンの撲滅、しかも今までかなり平穏にそれを行えたのは、皆の努力があったからだ。俺はただただ感謝しかない。しかし今度はコーリンの親玉、その時が来るのは覚悟はしていた。相手は強固で狂暴かもしれない。

 

だが、だからこそ、そんな人間であっても、更正の余地はあるはず……奴らを確保したのなら、法の下で裁きを受けさせ、罪を償って貰う。生け捕りは至難の業だろう、それでも、出来る限り殺しちゃいけない。そし…て…君達にも言おう、被疑者確保において、必ず生き残るんだ!』

 

『『了解!!』』

 

署員全てがこの日、一丸となった。清蔵は気付いてはいなかったが、本人の魅力と言うものが、未だバラバラだった署の人間の思いを一体化させた。それは、生まれながらのカリスマではなく、本来誰しもが持っている力なのだ。異世界の地で戸惑いつつも警察官としての魂が甦った時から、生き抜く為の魂が輝き、清蔵は皆に認められる立派な警察官、いや、社会人となったのである。

 

 

ナハト・トゥのギャング、コーリン。敵はもはや組織としては深手を負った獣である。しかし手負いの獣程恐ろしいものは無い。清蔵はここに来て最初の困難に直面しつつも、自らの矜持と覚悟を以て打ち勝たんと決意を新たに運命の局面を迎えるのだった。

 

 

 






あとがき

ギャグパートの後にシリアスパートってスッゴい難しい。構想自体は10話位出来てるのに、直近のシリアスが難産で中々進まないっすね…



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第14話 大変な思い、異世界も元の世界もおんなじ(小並感)

 

 

鬼軍曹、警部キスケの独白

 

清蔵さんが早くに帰ってきた。相変わらず遠慮し過ぎだと悪態をつきたくなったが、その表情は非常にスッキリしているようにも見えた。同伴させていたテイルの方も何だか幸せそうな顔をしている、どうやら休みそのものは満喫したみたいだ、助かる。何故なら、コーリンが署を襲撃するやもしれんと言う確かな情報を掴み、皆が殺気立っていたからだ。俺は守衛隊の頃から悪党には死をと思い、容赦はしなかった。けれどあの人は違った。

 

〔悪党は、最初から悪党だった訳じゃない。そのまた逆も然り。それぞれの環境で、それぞれの考え方も、正義も、法律も変わるものだよ。だからむやみに命を取ったりしちゃいけない。〕

 

最初の頃は、そんな甘ちゃんな考えで町を守れるのかと思ったよ。でもそれは決して甘ちゃんだからじゃなかった。

 

〔殺さず、出来る限り傷付けず捕まえるってのは、君らが思う以上に難しい。それこそ暴力に訴える前に諭さなきゃならない。

 

人間ってのは勝手な生き物だとどこぞの無駄に偉い人が言ってたけど、同時に物分りのいい生物だと俺は思う。

だからきっちりとした道徳さえ身に付けてしまえば、犯罪者は0にはならなくても、限りなく減らせる。〕

 

あの人は口だけではなくそれを身をもって教えてくれたな。事件の最前線に立ち、犯罪者に訴えかけていた。現に再犯率は嘗てに比べてかなり減っている、再犯する者は主に組織の幹部とかに多かったが。法と道徳、それに学習を取り入れるようにしてきたのも功を奏した。大事なのは道徳なのだと……道徳、か。今まできっちり考えた事はなかったな。

 

 

俺がナハト・トゥに帰って来てすぐに、重大な捕り物案件が入って来た……この町の裏の権力者たるコーリンの頭が署を襲撃しにやって来るなんて聞いたもんだからそりゃワフラやキスケの顔が何時も以上に怖いのも判る。リザードの兄ちゃんに至っては銃ブッパしてでも〇せって感じだったからいつもよりも威圧感与えながら扉を開けちゃったよ、正直、すまんかった。

 

会議の内容そのものに関しては幸い非人道的なやり方をしていなかったから良かったけど、その理由がシシ君が訴えかけたからってのを聞いて俺は安心したよ。彼は確かヤマト王国からの亡命者だったな、奴隷以下の身分で亡命は即刻死刑な中で命懸けでカン=ム帝国まで逃れた、そんな彼だからこそ、訴えた言葉に重みがあったんだろう。平和ボケした日本生まれのアーパーな俺が言ったら説得力皆無だからね……さて、改めて。

 

『みんな、ご苦労様。署長たる俺がみんなが懸命に働いてる中休暇なんて取って申し訳無かった。みんなには事件解決後に順次になるけど、休暇を取るようにする。先ずは目の前の事を終えてからだけども、それは約束するよ。』

 

ワフラがため息を吐く、あんたが一番働いて休みを取りづらくしたんだろとその顔が語っている、マジサーセン……でもあっちの世界にいる時と違って仕事そのものが楽しくて、休むってワードがふっ飛んでたのよ、気付かせてくれた事、感謝する。

 

しかしコーリンの構成員は、町長の元秘書を合わせても5人か……戦いは数だよ、兄貴!ってどっかの偉い人が言ってたから、こちらは数でどうにか出来るのかも知れないけど、それは敵味方の生死を伴わない場合だ。こちらの被害を出さず、被疑者も生きて確保する、やれやれ、両方やるのは、(物理的にも)骨が折れるな。それにワフラが言ってた魔法を操る人間……何時かは対峙する事になるとは思っていたけど、ここでか。前々から気になってたんで思い切って聞いてみる。

 

『ワフラ、魔法に関しての情報は知ってるか?可能な限り出してくれ。』

 

『了解した。と言っても、その件に関してはエルフランドの知人から情報を持って来てもらわにゃ判らんど。そうそう、話しは変わっけど清蔵どん、頼んどったモノの一式、10名分が出来たば。』

 

『えっ?マジ?』

 

早ぇなオイ……機動隊の装備をこちらの材料で再現したモノなんだけど、旧式のジュラルミン盾、ヘルメット、プロテクターに取り押さえに使う刺股に動きやすさに優れた機動隊員用の制服、そしてライフルを一式として頼んでいたんだけど、僅か1ヶ月半で作成してしまうとは、異世界の技術は侮れん。な〇うに腐るほどいるアーパーなモブ達とは頭の作りが違うのかもね。あの血の気の多いリザードの兄ちゃんですら文字覚えるの早かったし……俺は最近になってやっとマーちゃんアーちゃんコンビ位の字を書けるようになったレベルだよ……発音は日本語なのに、文字は墓場の卒塔婆に書いてるやつ、なんだっけ?あれにそっくり。書けねぇよ、そしてまず読めねぇよ……とにかく優秀な人々のおかげで色々とやる気が出て来た!

 

『よし、ならば話しが早い。相手は相当な手練れ、無理に正面きって突入かける必要は無い。拳銃の携帯もするが、弾は非殺傷のゴム弾で行く。まあ殆どの弾がそれだから殺生の心配は無いか。』

 

と言っても、ゴム弾を受ければヘビー級のパンチを受けたようなダメージを受ける。衝撃は相当だから、頭とか当てないようにしないと。装備を整えたなら、問題は奴らをどこで確保するかになる。敷地内になる事は決定だが、余り内側に入れてしまうと、元構成員達の暴動が無いとも言い切れない。ならば正面玄関の開けた場所になるな、あそこなら刑務作業所から離れている。

 

『良し、決まったな。被疑者確保は正面玄関前、後は機装一式装備の10名と側面からの取り押さえ8名、囲うように離れた所から狙撃班が4名で行く。

 

機装班は盾を構えて出方を見ながら前進、押さえ班は機装班が攻勢を防いでいる間に突撃、狙撃班は機装班が押さえきれないと判断してから威嚇射撃、怯まなかったら足へ射撃、ライフルは実弾故に腰より上は狙うんじゃないぞ。

 

キスケ警部とテイル警部補は署内で補員10名と共に監視、取り押さえの騒動に際し敷地内の刑務作業場側から自由囚の暴動に備えるんだ。

 

シシ巡査、奴らは明日にやって来る、そう言ったんだね?』

 

『はい、間違いありません。』

 

ならば余裕が少しばかりだがあるな。ならば会議を練り込んでより万全にしておこう。凶悪犯相手に石橋を叩き過ぎるって事は無い、鬼の濱田警部の受け売りだけど…

 

 

ん?誰かが私の名前を呼んだような。しかも酷く懐かしい声だったな。児玉清蔵……五つ下の後輩で、何時も心が何処か浮わついていたあいつ。だがあの事件の前のあいつの声のように聞こえたな。交番勤務から署内勤務に上がって目をギラギラさせてたあの頃の。行方不明になっちゃいるが、多分あいつの事だ、宜しくやってるはずだ。あいつが何処の馬の骨とも分からぬ奴らにやられるタマじゃねぇ事位、私は知ってる。清蔵、早く無事な姿を見せやがれ。

 

 

今、濱田課長の声が聞こえた、ハッキリと。こっちの世界に来て気付いた事だけど、どうやら俺の思考とあっちの世界の思考が意図せずリンクする時があるらしい。最初は俺の心の迷いだと思ったけど、そうじゃないんだってのが分かった、言葉ではなく、感覚的なものだけど。

どっかの異世界ものならギフトだとかチートだとかくっそ安い言葉で片付くんだろうけど、断片的なものだから意識してそれを操るなんて事は無理だ。魔法使えません、チート?なにそれ美味しいの?俺TUEEE?努力してから言え馬鹿!身体の強さはあっちの世界のままだぜ(涙)、俺にあるのは警察官としての体術と装備と頭、そして矜持だけだ。

 

それでも、あっちにいる同僚や先輩が俺の事を心配してくれている事実を知るだけでも、俺にとっては心強かった。自分よりもあからさまに強いのがゴロゴロいる、非常に危険な場所も、理不尽な事もある。だがそれに関しては元の世界も同じさね……あっちの世界で逮捕した通り魔(痴漢)が世界は腐ってるとか捨て台詞言ってたけど、今なら言い返せる、狭い見識だけで、世界が判るもんか!元の世界もろくに知らなかったのに、こっちの世界はまだ2つの町しか現状を知らない。俺はもっと、精進してみせる!

 

 

清蔵が帰って来てコーリン対策をしている頃、コーリンの頭、カマリタは自らの武器である大型のマチェットの手入れをしていた。奴隷時代から使い続けて来たそれは、ずしりと重く、常人では振り回す事すら出来ない。これ一つで幾多の抗争や殺し合いに打ち勝ち、生き残って来た。カマリタは鈍く光る刃先を見ながら、過去を回想していた。

 

貧しい家庭に育った彼の人生、幼少の頃より、町の領主や市民から虐げられてきたカマリタは、怒りからそれらに手をかけ、窃盗や強盗を繰り返しながら生計を立てていた。ある時は商人を、またある時は貴族を。その手にかけた人間の数は数百を優に越えた。本来血を嫌う筈のゴブリンが、劣悪な環境によって心を歪め、裏の権力者とまで恐れられるギャングの頭にまでなった。身分に関係無く有望な者が上に上がる世界であったなら、そして道徳の行き届いた世界であったなら、偉大なる指導者になったかも知れない。だがカマリタはもう元に戻る事は出来なかった。罪を悔いるには余りにも多くの命を奪ってしまった。人生をやり直すには、余りにも多くの財産を奪ってしまった。

 

『行き着く先はまた地獄、か。くく、つくづく嫌いになるよ、神とやらが。おっかさん、俺はあんたに顔向け出来んじゃろう、じゃが悪党には悪党らしい最期ってもんがある。』

 

そう呟きながら、カマリタはまたマチェットの手入れに意識を戻した。その目には一点の曇りもなかった。自らの道を悪と自覚はしていても、今更悔いる程、カマリタの意思は弱くはない。

 

『手向けの花は、奴らの親玉の首か、俺自身の首か。結局はそれだけよ。』

 

 

カマリタが襲撃の準備をしている頃、ボッラクは身支度を整え、署へと向かっていた。指名手配されている為、顔が隠れる程度の帽子を目深に被り、不審者に見えぬよう、普通に歩く。身体も平均的で、エルフもそれなりにいるナハト・トゥでなら、そこまで目立つ格好ではなかったので、署に通じる道にいた新米巡査辺りに道を尋ねても面が割れなかった。

 

『あそこにあるのが警察署と言う所か……随分と立派だな。それにしても……平和過ぎる。』

 

ボッラクは驚いていた。町から署に続く道の整備が行き届いているのだ。草原を歩くようなイメージだった嘗ての周辺は、草を抜かれ、土を固く押し固められ、石が敷かれてあり、重い馬車が通ってもびくともしない舗装が徹底された道、山賊の類いが闊歩し、昼でもおいそれと歩け無かった程の悪治安が嘘のように、女子供が無防備に歩く様……

 

『ナハト・トゥの最近の平穏さで察してはいたが、これほどとは……』

 

ボッラクは驚きと同時に、安堵してもいた。自分が役所の人間だった頃に夢描いていた風景、それが現実にある事実。ボッラクは署の長に会いたい気持ちを押さえながら、変わらぬ速度で歩き続けた。ボッラクは小一時間程で建物の前にやって来た。正門前には数名の守衛が立っている、平時であっても治安を守る人間はある程度の緊張を持つものなので特には驚かない。ボッラクは守衛の一人の顔に気付くと、声を掛けた。

 

『キスケ君、久しぶり……ワシだ、ボッラクだよ。逃げに逃げ続けた人生だったが、漸くケジメを付ける覚悟が出来たよ。』

 

その名前を聞いた守衛達は彼を取り囲むが、キスケが手で制し、ボッラクと距離を詰める。キスケの目は鋭く、以前の彼ならば腰を抜かしていただろう。しかし、ボッラクはその目をしっかりと見据え、微笑みを浮かべたままだった。

 

『自分の歩んで来た人生を反省するのに、時間が掛かってしまったよ。アールに顔向け出来る権利も無い……じゃが、ワシのような屑にも、僅かだが良心と言うもんが残っていたらしい。』

 

『……』

 

キスケはボッラクの独白に似たそれを黙って聞いていた。悪は許さないを地で行くキスケは激情なる気持ちを抑えながらも、ボッラクの独白に一定の理解を示してもいた。嘗て、町長のアールと共に町の平穏の為に奔走し、優秀だった彼。そんな彼が汚職に手を染めた時、キスケに出来る事は殴り続ける事しか出来なかった。

 

『あん時、俺はあんたを殴って殴って殴り続ける事しか出来んかった。汚職は悪、悪には鉄拳制裁で粛正ってな。でも今思えば、あん時しっかり言葉を掛けられたんならと思っちょる、それだけは済まんかった。』

 

『キスケ君、謝らんでくれ。あの日からワシは堕ちに堕ちたよ。逆恨みとは言え、ワシは憎しみだけで生きて来た。じゃが悪党に堕ちて分かった事がある。憎しみに向ける気持ちがあるのなら、それを向ける力を、例えばもっと町を良くする為に向けるとか出来たのなら……たらればで語っても手遅れじゃとは思うがな。』

 

そこからは言葉に出さなかったが、キスケはボッラクが悟った事を理解した。キスケはこれ以上の言葉は要らないと判断、守衛に任務を行わせた。

 

『コーリン幹部ボッラク、治安妨害の幇助と人身売買、並びに殺人教唆及び幇助の疑いで緊急逮捕する。尚、あんたには弁護士を呼ぶ権利と黙秘権がある。お前ら、取り調べ室へ!』

 

『はっ!』

 

守衛達はボッラクに手錠を掛け、署内の取り調べ室へと連行していった。ボッラクの表情は何処か憑き物が取れたように穏やかだった。

 

 




あとがき


※清蔵は俺TUEEEではないですが、警察官であり、武術(空手、合気道、柔道、日本拳法、喧嘩芸骨法)を身に付けていますので、結果的に(一般人よりは)強いと言うだけです。プラス、180を越えるガタイ、幼少は両親の仕事の手伝いをして骨を軋ませていたと言う下地もあるので。

現行警察では喧嘩芸骨法は採用されてはいません(そらそうよ)が、日本拳法は空手や柔術等を元にした武術で、一説には骨法の技も組み込まれているとされています。この話では濱田が向日葵署で独自に習わせていると言う形にしています。

交番勤務の年数が短くね?と言う意見をリアルポリスに指摘されました。日本の警察は数年勤務後に昇任して交番勤務以外に行くのが普通ですが、優秀な人材だとかなり早い段階で異動になる場合もあり、ならばこれでいいかと思いました。現実世界を元にしつつも、その辺りは並行世界の違いと言う事で。

公安に関しては秘密主義な所もあり、中々扱いが難しいですが、調べると元公安の方の話等もあって参考にしています。

こちらの公安の尾行あんまりじゃね?との指摘がありましたが、公安の尾行には敢えて監視対象者に気付かせる威嚇的なものもあるらしいので、ライオンの獸人でも可笑しくは無いかのかな?その場合こっちの世界の方が威嚇的なものに関しては優位だと思います。

因みに拳銃についてのご指摘もありました。基本パトロールする制服の巡査は拳銃を携帯していますが、先述のようにここは並行世界の日本と言う感じで思って貰えればいいかなと思います。

しかし12話書いてた辺りで思ったんですが、昨今の警察の不祥事やネズミ捕り、都市部での職質の是非が問題視されていますね。

個人的な見解になりますが、ノルマにそれらを入れているから要らんことしてるんだと感じますね…つーかオラついてる奴無視して、気の弱そうな兄ちゃんを職質してるもやしみたいな巡査を見てると誰だって腹立ちますね。最近はそんな体格良い巡査多く無いように感じてます。時代の影響か(なんのだよ)。

私の地域のお巡りさんはフレンドリーな兄ちゃん姉ちゃんなイメージありますね、職質も都市部と比べて頻度は低いように思います。まあ交通が幅利かせてますが。

因みにナハト・トゥは九州四国の田舎町、サカサキは広島と大阪を足したような都市のイメージです。田舎は犯罪検挙数が少ないだけで、結構治安は悪いって所が多いので、ギャングやら登場してます。

友人から『テイルちゃんが清蔵に直ぐ惚れすぎじゃね?』と言われ、私も書きながら感じましたが、強面だけど優しいギャップ萌えと頭で変換してます。つーか主人公の面、照英と北村一輝の悪い所を足して2で割った顔ってVシネ顔やね…

他キャラのイメージは、

ワフラ:勝新太郎

木尾田:堺雅人と織田祐二

山田:若い頃の松平健

山口:広瀬すず

と言った感じです。隙あれば竹内力似の兄さんと山口をくっつけようと思ってますが、展開次第かな?カン=ム帝国主要部まで頭が持つかはわかりませんが…



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第15話 悪って定義は難しい

 

ボッラクの感想

 

 

私は出頭し、建物内部へと連行された。私を連れて行く彼等は手荒には連れて行かず、誘うように案内してくれたように思えた。ここを取り纏めている人物の徳が高いのだろう、身の危険も感じず、安心感すらあった。内部のとある場所は、行灯の光が一つ、そこに机があり、私は椅子に座るよう促される。ここでも手荒なもの言いはせず、ものごし柔らかに対応された。

 

暫くして、弁護士と名乗る人物が私の前にやって来た。初老のドワーフで、いかにも知識に秀でたような人物だった。彼は連行された人間の情状酌量や明らかに無罪である人間を法に則って弁護するのが仕事だと言っていた、やはり町の治安の回復の裏には、大きな改革があったように感じる。そして彼が私の隣に座り、向かいの席には、ワフラさんと、見慣れ無い一人のヒューマが座った。着ている服は、外にいた守衛やキスケ君が着ているものに似ていたが、それよりも幾分か造りが上等のように見えた。間違いない、彼が噂に聞いた男なのだろう。想像していたよりも若い。身体は比較的大きく、顔もキリッとしている。鍛え上げられた身体を見るに、現場で自らも動くタイプなのだろう事が想像出来た。

 

『初めまして、ボッラクさん。俺はナハト・トゥ警察署の署長、児玉清蔵です。まずは貴方が出頭してくれた事、感謝します。貴方はコーリンと言う組織の幹部であり、数件の事件に関わる嫌疑、法に抵触する行為の観点から、指名手配と言う形で貴方の事を追っていた。その点に関してはご了承下さい。指名手配をされる人物の多くは激しい抵抗をしてきたので、出頭してくれた事は非常に助かります。』

 

やや低い声はものごし柔らかで、かつ、高圧さを感じさせぬものだった。私を指名手配……町の広場に人相書が貼り出されていたから、それの事だろうか?それにしても手配書に載るような者にここまで丁寧な対応をするとは……普通なら裏があると勘繰る所であるが、彼の澄んだ瞳を見るに、それはないと感じる。

 

私は彼にこれまでの所業と出頭の経緯を話した。私は20件の殺人、120件余の人身売買、それに毎日行っていた町役場へのありもしない風評の流布の実行等、全てを話した。特に殺人に関しては、実行犯ではなく、計画の主犯になっていた部分を事細かに話した。ワフラ君は今にも掴みかかりそうな表情を私に向けて来たが、ちょうど向かい側に座る彼の表情は、何処か哀しい顔をしていた。

 

時間的には半刻位だった、ワフラ君が時折激昂する場面があったが、彼の方は私の話をしっかりと聞き、かつ頷いたり、また哀しい顔をしたりするだけ……なんと言うか、ずっと聞き手に回っていたな。おかげで私は本当に胸に溜めていた思いをすっかり出し切ったように感じた。

 

 

哀しいな、この町の悪党は。それが俺自身の率直な感想だった。コーリンに脅されてから汚職の日々を過ごし、キスケ達にバレて半殺しにされ、恨みと絶望の中で心に大きな虚無感が出来たんだな。それにしても……この世界のエルフの地位ってのは余り高く無いみたいだな。カン=ムの皇帝一族はエルフらしいけど、その割には重役は他の種族が多いと聞く。寿命が長い分、知識の蓄積に時間がかかるとか随分とナチュラルにデバフ掛かってるな。そりゃ妬みややっかみもするわ。

 

しかしボッラクはあらゆる意味でそれを補うだけの力があったんだろうな。逮捕した時のキスケが割と冷静だったのは他のエルフと比べて知識の飲み込みが早く一目置かれていたのだと想像がついた。

 

『貴方の言った事全てが本当なら、奉行所での沙汰はかなり重いものとなるでしょう。過激派からは裁判無く殺せとまで言っている連中すらいた。』

 

過激派……旧守衛組の中でワフラ達の次に力を持っていたヤヌス(オーガ、50歳)を中心とした12名のグループだ。余所者が上に立つのを快く思わず、犯罪者には死あるのみなやり方は効果的な所も無い事は無いが、俺は快く思わない。

 

だからあのグループは旧守衛所の方で動いて貰っている、当然署に属する巡査長級以上の監視を付けさせた。はっきりいって監視って言葉も使いたく無いけど、ヤヌス、彼自身信頼出来る感じが無いのが強く、ワフラですら信頼を勝ち取るとか思うなら諦めろとまで言われている。話が脱線したな、いけない。だからこそ、公平な裁判の下、その沙汰を受けて貰う。その前に、証拠を照合して起訴する案件を見極めて貰わないとね。

 

『厳しい沙汰を、と言っても、立件出来る容疑が固まらなければ貴方を奉行所で裁く事は出来ない。被疑者の扱いは推定無罪で扱う事、これを約束しましょう。因みにもの言いで誤解を与えてしまう恐れがありますので先に言います、これは口約束ではなく、署の機能が動いて以来のルールです。』

 

以前、血の気の多い巡査がベタな刑事ドラマのような取り調べをしていて、珍しく厳しい口調で叱責したのよ、昭和中期かよって取り調べ方法だったから、流石に頭に来たけど、暴力には訴えず、あくまで口頭で注意するだけ。相当怯えてたけど、俺って顔怖いのかな?

 

ボッラクはそれに首肯で応えた。元は敏腕秘書だった人物、俺の無い頭を限界まで使って作成した取り決めの内容は易々と理解しているのが分かった。

 

『若さん、あんたの言うようにしてくれるなら、ワシはもうどんな沙汰でも受けよう。あんたなら、いや、あんたらなら、かつてのワシが目指していた世界を実現出来そうじゃ。』

 

買い被りはよしてくれよ、俺が優秀なんじゃない、俺の周りが優秀だったからだよ。出来れば罪を償って、町長をもう一度助けて欲しい。犯罪の数と重さ故に、極刑が濃厚そうだから厳しいかもだけど。

 

取り調べがあらかた終わり、俺は警部補以上を集めてカマリタを奉行所に送るかどうかの話し合いをした。弁護士のフェイさんも同席した。この世界にはまだ検察の役割を持つ人がいないので俺達がそれを担う形をとっている。弁護士を同席しているのは、この時点で一方的な見解が押しとおるのを防ぐ為もある。話し合いの結果、起訴する罪状は主に三件に絞られた。こっちの沙汰の考えでは、殺人に関する罪は実行犯でない者はそう重い罪に問われぬらしい。俺らの世界は殺人教唆及び幇助って実行犯よか重い事もざらだから、この辺は直接的か間接的かの裁量が重要視されてるようだね。

 

しかし、主要三件、カン=ム連邦調査局職員への殺人教唆、町役場への襲撃に対する計画と凶器準備集合、そして人身売買。フェイ弁護士は他の容疑については状況証拠もなく立件すべきでないと訴えたが、主要三件については数多くの証拠があり、フェイ弁護士は情状酌量についてのみ述べるだけで、やはり奉行所に送る事となった。

 

夕方、ボッラクにその事を伝えた。裁きがどうなるかについては、もう俺らは門外漢だから、後は弁護士を頼り、沙汰を聞いてくれと話した。彼は黙して語らず、俺の話を首肯して聞いていた。覚悟が出来ているからか、もう彼が罪に対する罰を受け入れるのだと感じ、奉行所の職員に彼の身を頼む。連行されて行く直前、ボッラクは一言俺に声を掛けた。

 

『落ちぶれたワシが言うのはあれかも知れんが、町を……頼む。』

 

『ええ……必ず治安を良くし続けます。』

 

俺の言葉に、ボッラクは笑顔で答え、彼は連行されていった。全てを悟った人間の顔してたな、もう後悔も何もないのかもしれない。

 

『出来ればあの人が極刑にならず、罪を償って再び町の為に頑張ってくれたらと願うよ。』

 

ボッラクのその後を思うが、沙汰に関しては奉行所に委ねるしかない。俺は複雑な心境のまま、それでも目下のコーリン撲滅に注力する事にした。任務中に極端に私情を挟めば、警察としてのジレンマに陥る。今は、最善であると思う事、自分の身の丈にあった事に懸命に励むしかなかった。警察ってのは因果な仕事だけど、誰かがやらなければ、何も変わらない。

 

 

被疑者側の視点、考え方、そしてそれぞれにある正義や仁義を知った清蔵。相手を理解するにつれ、警察の在り方を改めて考えさせられる事になった。しかし、清蔵はそれでも異世界で再起した矜持を変える事は無い。決まった結末等、歩いた先には無いのだ。ただひたすらに前に進むのみ……

 

 

 




シリアスが続くとムズムズしますね…つまんねえネタでもギャグ書きてぇってなります。別の作品はシリアス過ぎて頓挫しちゃったのでどっかでギャグ回入れて息抜きしたいと思います。




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第16話 組織の不安要素って、何処行ってもあんのね……

※またタイトルがふざけてますが、内容はおふざけ無しです。中々コーリン検挙しねぇなぁ…


 

 

ボッラクの身を移した後、息つく間もなく、コーリン残党の襲撃に備える会議に出席するため会議室へと歩く清蔵。大方の準備は既に整ってはいるものの、不安要素が一つ、しかもその不安要素に対して今まで議題にすら上がらなかった事を違和感として感じていた。

 

清蔵は今の今まで異世界の人間を真の意味で疑う事は無かった。清蔵の生きていた世界よりも遥かに純粋な人間ばかりだと……しかし、信用ならない人間が混ざっていると言う疑念を今更ながらに感じていた。今までは誰一人として死者はおろか負傷者すら出していなかったから考えた事も無かった。だが今、妙な胸騒ぎがしているのだ。警察署の取り仕切りが一息ついた頃に、ワフラから聞いた旧守衛所組の話を。

 

旧守衛所組……現在は12名が警察署に属さず、独自の動きをしている。旧守衛所組を統括しているのがヤヌス・ワドナーと言う人物。ナハト・トゥ移民者の中の最古参で、元町長の加護を受けていた人物であった。かつては隣国アンブロスの暗黒街で用心棒をしており、コーリンの首魁カマリタとは旧知の仲と言う噂もあった。守衛所時代、ヤヌスとワフラの二人は守衛達の中心的存在だったが、其々の派閥が出来ていた。ワフラの場合は自分から派閥を作らず、彼の事を純粋に尊敬して集まった結果の派閥だったが、ヤヌスの派閥は、アンブロス時代からの部下や下僕のそれであり、妙な纏りがあった。ワフラとヤヌスは水と油の関係であり、ワフラは特にヤヌスの汚職スレスレのやり方を嫌っていた。一方のヤヌスも、ワフラのいささか堅物な人間性を嫌っていた。

 

『たった五人、いや、ボッラクが出頭したから四人か……本当にそれだけの人間相手にワフラ程の人間が殺気立つものなのか?つまりは守衛所組の連中が警察署を襲う可能性、それを考えてるのだろうか?』

 

会議室の手前まで、その事を考えていた。すると、ワフラも丁度今から会議室に入る所だった。

 

『ん?どした清蔵さん。』

 

『ワフラ、ちょっと良いかな?』

 

清蔵は隠し事は良く無いなと心に言い聞かせ、ワフラと共に、少し離れた武器保管所に移動して話をした。

 

『ワフラ、単刀直入に言う。警察署襲撃、コーリンの四人だけだと思う?俺、疑いたくないんだけどさ……なんか引っ掛かるのよ。』

 

いつにない神妙な表情で話す清蔵を見たワフラは、ため息を一つ吐きながら、

 

『四人だけでノコノコくればいいんじゃがのう、コーリンのカマリタは強かば、最後の手段に数を揃える為に協力者と手を組むのが容易に見える……清蔵さん、その顔を見るに、あんたも気付いちょったんか?』

 

『まあアンポンタンだからほんのさっき気付いたばっかだけどね……なんてな。本当の事を言うと警察署の宣言の日に薄々は感じてはいたんだけど……』

 

『ヤヌス、あん奴の事か?』

 

清蔵は頷く。町長の許可を得て、旧守衛所組に監視をつける事を決めたのは、ワフラだったが、清蔵も賛同していた。コーリンの構成員はもう四人の筈なのに、四番地の治安だけは余り変わっていない。昼夜とパトロールをしているのだが、他の番地と違い、四番地は混沌とした雰囲気が中々取れない。署の周辺の新町に四番地からの移民希望者だけがいない。明らかに、コーリン以外の者が圧力をかけてきているのだ。

 

『ヤヌス……昔からいけ好かん奴じゃった。暗黒街の用心棒上がり、アンブロスのギャング粛正の煽りでこのナハト・トゥに来たって点ではカマリタと境遇は同じば。

と言うより、カマリタはヤヌスの部下だったんじゃ。基本的に町長の意向で移民希望者の過去は詮索しない方針で、周りにはあくまでそう言った噂があると言う程度の認識じゃが、真相はその通りば。』

 

清蔵は暫し無言になった。町の治安を守る側に、黒い繋がりがあった事にも驚いたが、それ以上に、警察のやり方に不満はおろかクーデター騒ぎに発展しかねない事態を企んでいたと言う事実、そちらの驚きが強かった。

 

『失念していたわけじゃ無かったけど、俺自身の見通しの甘さがあったんだな……』

 

『いや、まだどんげでんなるば。』

 

清蔵の不安とはよそに、ワフラはそう返す。ワフラは警察署の宣言から登用の際、守衛所から彼の派閥の人間を引き抜いていた。更に、内通の恐れのある人間を逐一見定めてもいた。

 

『ミハイル君に頼んで、警察署の内部監査をさせとった。署の人間も100名近くになったんで、全体指揮の綻びが出る可能性も増える。』

 

『なるほど、それでか、旧守衛所組のワフラ派閥以外の人間を巡査長以上に上げないように始末書が頻繁に出ていたのは。』

 

ワフラは旧守衛所組に対して、敢えてパワハラとも取れる行動をしていた。職業警察官として働いていた清蔵は違和感を覚えながらも、組織運営の手腕が高いワフラの活躍を信頼してもいた。

 

『俺ん派閥を含め、旧守衛所出身者は21名、うち3名に間者(スパイ)の疑惑が濃厚と報告があった。』

 

『3名ね……』

 

スパイや密告者は組織に一人でもいれば、かなりの痛手となる。警察は犯罪に対する防波堤故に、守秘義務に関わる事が多い為、密告者の存在は最も厄介だった。

 

『ワフラ、3名の今の階級は?』

 

『皆、巡査長以上ば、一人は巡査部長よ。つまりは……』

 

『最重要報告書に触れられる人物がいるって事か。更に皆が巡査長以上なら、中級の会議に出て内容は筒抜けって事か。』

 

清蔵は、出来れば信じたくは無かった。異世界に来てまで組織内の派閥だとか密告者だとか聞くのは気分のいいものでない。向日葵市署がある県の管轄は、表向きは全国でも屈指の平穏な地域、しかし、裏では所轄署同士の派閥争いが繰り広げられているような酷い有り様だった。向日葵市署は幸いにも、変り者な署長のお陰か、そう言った類いは聞かなかったが、隣接自治体の悪評は嫌でも耳にしていた為、正直頭の痛い問題だった。

 

『ワフラ……警察の存在って何か、改めて考えたよ。そこに住んでいる人々の安全を少しでも良くする事……だから自身の立場の保身で町の治安が悪くなったのなら意味が無いんだ。3名の事に関しては、君に任せる。ただ、これだけは守って欲しいんだ……』

 

『殺すな、じゃな?心得ておっば。ただ、警察流の体術を習得している奴らじゃ、中々難儀かも分からん。故に最小限の労力で確実に捕らえるならば、今から行われる会議室で捕縛が無難じゃろう。』

 

清蔵はワフラの言葉を聞くと、意を決して会議室へと向かった。

 

 

旧守衛所は町長の意向により駐在所になり、警察署に属する事を拒否したグループが、駐在所の2つの建物のうち1つを承り、現守衛所として使われている。表向きは警察署と合同で町の治安を守る組織ではあるが、両者の関係は全く良好ではない。守衛所所長のヤヌス・ワドナー。アンブロス帝国出身のドワーフで、アンブロス時代の階級は中流階級でアンブロスの主要都市ミールで薬の生産をしていた豪商の出自である。親の繋がりを利用して違法薬物の取引を行い、ギャングを相手に違法な財を築き上げた。表向きは暗黒街の用心棒として本質の薬物取引を隠しながら……

 

若き頃のカマリタは、ヤヌスの懐刀として、対抗勢力のギャング粛正と、気に食わない同じ中流階級の暗殺を行っていた。カマリタは奴隷階級の不条理で悪に堕ちたが、ヤヌスの場合は端から堕ちていたと言える。薬物取引による暴利により、上流階級との繋がりまで強固なものにした所で、当時のアンブロス新皇帝、プーチナ・ウラジオス=アンブロシア一世の悪鬼粛正策(後の世では善政策と呼ばれる事になる)によって、カマリタと共に国と身分を捨てて逃げざるを得なくなった。アンブロスの粛正隊から命からがら逃げおおせたヤヌス達だったが、カン=ム帝国の前皇帝シェイワ・プーム・カン=ムエルが首都エルフランドにアンブロスの犯罪者、亡命者を問わず入れる事を禁じた為、更に逃げに逃げた。

 

ヤヌスは当初エウロ民国の副都たるサカサキに逃れようとしていたが、サカサキの州総統スガワラ・ケンによる、アンブロス亡命者の犯罪者比率が高いと言う理由で(後の調査の結果、事実である事が判明)亡命者受け入れ拒否の意向を示した為、ヤヌスはサカサキの手前であるナハト・トゥに落ち着いた。当時まだ町長に就任したばかりのアールによって、亡命者は受け入れられた。ヤヌスは守衛所の兵士として、カマリタは四番地で用心棒として、其々定職に就き、暫くは真人間として生活をしていた。

 

この時ヤヌスは守衛所にてワフラと出会う。生まれも育ちもナハト・トゥのワフラと、没落した亡命者のヤヌスとは、当時から水と油の関係だった。小さな町たるナハト・トゥには元々10名の守衛しかおらず、亡命者の多くを伴って守衛所に来たヤヌスはたちまち派閥を形成し、守衛所の中心人物となる。ワフラを追い出し、守衛所のトップになろうと覇権争いをしようとしはじめた辺りから、町の治安維持など二の次となっていた。その点については、まだ用心棒として生計を立てていたカマリタの方がよっぽど血の通った人間らしい生活をしていたと言える。

 

ヤヌスは生来の支配欲持ちと形容した方がいい人間、故にワフラは清蔵にわかりあえる等と言う事は諦めろとまで言ったのだ。人は、いつかはわかり会える、それが全ての人間に適用されるとは限らないと言う例だった。先天的な異常者、あるいは後天的に異常者となった……こういった人間とわかり会えると努力する間に、普通の人間が何十何百も犠牲になる事に関しては、流石の清蔵すら『それでも』とは言わない。しかし、清蔵はあくまでも逮捕後の被疑者(・・・・・・・)は等しく扱う、この点に関してだけは譲らなかった。肉体的には常人となんら変わらないそれら、故に逮捕後の流れは同等であると。

 

 

会議室にワフラと共に入る。警察署内の全員及び駐在所の門番以外の全員を集め、コーリン撲滅対策本部会議をこれから始めるのだ。事前にワフラがミハイル巡査とフラノ巡査長、シシ巡査、ロウラ巡査の四人に会議室の隅に待機するよう指示を出し、動向を探って貰うようにした。

 

彼らには拳銃の携帯を許可している。表向きは丸腰であるように見せる為、脚部の予備ホルスターにおさめた状態で。因みに入室の際、武装類を外して貰うようチェックをした。駐在所組は拳銃を持てない為、警棒を携帯していたが、会議室に武器は持ち込め無いので大人しく外させてもらう。この時点で極端な行動を抑制させる事が出来る。因みに清蔵、ワフラ両名は丸腰である。しかも会議前のチェックを一番最初に行っている。一番上の者が率先して見本を見せる事で、安心感を持たせるのだ。清蔵の世界流の警察の教えが浸透してきたとは言え、其々の警戒心が無くなるわけではない為、こういった行動には気を使う。

 

『これよりコーリン撲滅対策本部会議を行う。まずは現状報告から。テイル警部補、お願いします。』

 

こうして会議が始まった。

 

 




リアルでもそうですが、組織に何処の馬の骨かも判らぬ奴が入って来たら、最初から歓迎されるって無いですね……ヤヌスの行動については

よそ者がトップ?やってられるか!

ギャングとのバランスを取ってたのに、余計な真似をしやがって

だと思います。まあ前者については特大ブーメランっすよねモロにwしかしコーリン編何処に落とし所つけようか悩んでます。後2話はかかるかも。



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第17話 動きの無い戦い

会議室内の話が殆どです。清蔵の視点からだとギャグになりそうなので暫く三人称視点で進めたいと思います。


 

 

『コーリンの人員はここ数ヶ月でおおかた検挙しました。特に1ヶ月前にNo.3と目された鉤手のマルスの一味を検挙した事で、首魁のカマリタは身を隠さざるを得なくなったと思います。次の報告書について……』

 

コーリン撲滅の為に集まった警察署のほぼ全ての人員を前に、清蔵はチビりそうになりながらも表情は変えず、これまでの経緯と報告をまとめたものをテイルに読ませる。順調にコーリンの構成員達は検挙し、目的は確実に達成されようとはしている。しかし不安要素が同じ治安を守る者の中にいると言う現実に、清蔵は顔の表情を変えられずにいた。ワフラが目星を付けていた三人の様子を伺いながら、清蔵は黙したままの状態を維持した。

 

(報告書の読み上げ中にワフラの言っていた三人の様子を見ているけど、今のところ特に変わった所は無いな。此方から炙り出すにしても露骨過ぎると要らぬいさかいを招くし、どうしたもんかねぇ?)

 

清蔵は胃が痛む程悩みに悩んだ。いさかい……警察署に志願した若者の中には、いまだに強硬な者もおり、取り調べに不向き過ぎて開拓課に回って貰う者もいる。強硬派のたちが悪い所は、何故自分が花形である検挙や取り調べに回らないのかと不満を述べるばかりで、何故そう言った位置に回っているのかを考えない所、早い話が志は良いのだが直ぐに結果を出したがる若さ故の暴走を危惧しているのだ。

 

そう言った若者の精神は案外脆く、ちょっとした誘惑に弱い為、ヤヌスと繋がりのある者達に唆されかねないのだ。清蔵は精一杯若手に警察のノウハウを教えてはいたが、血の気の多い人間が結構多い為に道徳的な部分に関しては芳しくなかったと言うのが彼の評価だった。

 

(なぁワフラ、どうする?)

 

視線は皆の方を向けたまま、聞こえぬ程度に、口も殆ど動かさずワフラに意見を求めた。

 

(まだ慌てなさんな、報告書の読み上げと現在の対策の読み上げが終わって質問に入る時、そこまで待つば。)

 

(了解。まずは落ち着いて静観だな。)

 

各々緊張の面持ちで、ある者はメモを取りながら、ある者は同僚と見識を交えながら報告書を聞いている。疑惑の三人は席をそれぞれ離して座っており、メモを取りつつ、近くの巡査達と話していた。

 

(あからさまに距離を置いている訳でも無く、自然と空いている席に座っているな、流石に馬鹿正直に怪しまれるような挙動はしないか。)

 

清蔵とワフラは悟られぬよう、会議室の様子を見ている。三人は全く不審な挙動を見せない。むしろ熱血系な若巡査辺りの方がソワソワしていて非常に目についた。ワフラが後で〆とくばと小さく言ったので清蔵はやんわりと制した。

 

『以上で報告書は終わりです。次は明日の検挙対策について今作成しているものの報告をします。』

 

そうこうしている内に報告書の読み上げが終わり、対策についての現案読み上げに移っていた。勿論警察内における極秘案件であるから、ここに内通者がいれば筒抜けとなる。三人の動きにも相変わらず変化は見られない。

 

(おい、奴らに動きは無いぞ?あの様子だとあからさまなカマかけしたらアリバイを何の違和感もなくベラベラしゃべってかわされる。つうか俺が喋ったらボロ出そう……こう言うの苦手なんだよなぁ。)

 

(心配には及ばん、清蔵どんはテイルが終わった後にちょいと一言言って、後は俺どんに任せればええ。)

 

清蔵は参謀たるワフラの存在に感謝した。80歳、ヒューマで言う40歳に当たる彼は酸いも甘いも経験した、守衛所の顔であり、同じ町を守ると言う清蔵から見て、警察の頼れる先輩だ。清蔵はワフラの言葉を聞くと、

 

(分かった、宜しく頼む。)

 

そう言うと、視線を再び前へ戻した。会議は質問の時間に入るまでは、肉体系の若手にとっては苦痛の時である。こと難しい専門用語が飛び交い、集中力を削いでいく。かく言う清蔵にとっても警察官になった当初から会議は嫌いだった。長い、小難しい、眠くなると三拍子揃ったこの時間が一番の拷問だったりする。

 

(いかん、眠ぃ……気を張りすぎて疲れが……テイルちゃんの可愛い声が子守唄に聞こえて仕方ないぜ。)

 

会議と言っても、前回の内容に少し足された程度のものだったので、同じ内容を聞くと余計に眠気に見舞われるのだ。清蔵は太ももを思い切りつまみながら眠気を堪えた。

 

『以上で対策の内容の報告を終わります。』

 

20分程が経過し、清蔵は一呼吸置いてその言葉を発する。

 

『テイル警部補、ご苦労様。では、今の報告に対して質問は?なお、質問の回答に対しては副署長に任せるよ。では副署長、宜しく。』

 

『了解した。』

 

清蔵はワフラに意志を送り、ワフラも応える。清蔵が再び視線を戻すと、皆難しい顔をしながら、それぞれの疑問をまとめて挙手した。ワフラは一呼吸置いて、最初の人間を指名した。

 

『コモド巡査、どうぞ。』

 

血気盛んなリザードことコモド巡査(15歳、カメ型のリザード)が起立する。前回の時は清蔵が帰ってきた直後に思いを聞かされていた為に皆と納得してはいたが、実際は彼自身も少し懸念を抱いていたのだった。

 

『はい!あくまで自分の考えではありますが、敢えて言います。カマリタら四名だけが署を襲う事に関しては、流石の連中でも多勢に無勢、故に、他の協力者の援護の可能性を疑います!』

 

真っ直ぐな目でそう言う彼。ワフラはほぅ?と言うような反応を見せる。勿論協力者の有無に関しては頭にあるし、現に目星はついているのだが、此方から言うのは危険だ。内通者は馬鹿ではないだろうから、此方が勝手に自壊するのを狙っているはずだからだ。

 

『援護する者か……じゃが具体的にはどんな連中か?町民的にはコーリンからとてつもないショバ代をふっかけられ、自分の娘息子を取られたりしたと言う者達が殆どば。奴らにそれほどの協力者がいるとは思えんがな。』

 

さも気付いていないように振る舞うワフラ、長い間町の悪党を相手にしてきた彼はそういった振る舞いをする事も自然と出来る。勿論これはこの会議室にいる内通者の動揺を誘う為ではあるが、その為にコモド巡査にもその囮になってもらおうと敢えて否定的言い方をする。年若く直情的な彼は二の句が出ない。

 

『……はっ!失礼しました、自分の質問は以上です。』

 

『次は……カール巡査長。』

 

項垂れるコモド巡査。しかし彼の心は後々大捕物の確保の時に復活するであろう事が予想出来たので、ワフラは次の質問者に回す。カール巡査長、歳かさの行ったヒューマの男(43)は、旧守衛所組のワフラ派閥の人物である。彼はワフラ達の動きから何かを察したのか、質問を繋ぐ形を取った。

 

『えー、先程のコモド巡査の懸念について付け加えます。協力者の存在については確証はありませんが、我々だけで不安な面があります。つきましては、もしもの時に備え、守衛所と連携すべきではと考えています。』

 

守衛所と言うワードに、例の三人が僅かに反応を示したのを横目に見ていた清蔵は確認した。今は駐在所の人間で警察側のはずなのに何故反応を見せるのか?静観を決め込んだ清蔵は動向を見極める為ワフラの言葉を待つ。

 

『守衛所か……その点に関してはおいおいする。人員は持ち場を離れられぬ者を引いても十分にいるのでどう動くかは当日になるでな。町の治安維持と言う共通の考えはあるが、署長流の逮捕に拘るのは変わりないんでな。』

 

『了解しました、私からは以上です。』

 

(揺さぶりって程の事はしていないけど、言葉を少しずつだしながら動かして行ってるな。流石に場数踏んでるだけあってもの言いが堅実だ。)

 

まあ相手は僅かに動揺した位のものだったがと一人言い聞かせ、次の質問者の話しを聞く。

 

『アンベ巡査です。ここ1ヶ月四番地巡回を主任務としとります。コーリンの推定構成員数に迫る逮捕者が出たにも関わらず、四番地周辺の雰囲気はコーリン撲滅を実施してからも変わらんとです。これは暗にコーリンの関係者がいる事を指しとります。具体的には我々の側にそれがいるのではと。特に守衛所所長と繋がりの深い連中は四番地を良く回っとったので怪しかと思うちょります。』

 

 

オーガの中年アンベ(50)が内通者がいると言っているような言い回しで攻めてきた。彼は守衛所組の無派閥で、ある意味では中立的立場でものを見れる為、普段の動きも良く見ていた。更に彼は守衛所所長を名指しした。これにより内通の疑いのある者達が一様に動揺した。

 

『守衛所連中がグルと言うんか?証拠は?もしあるならば発言を求める、ただしでっち上げは許さん。』

 

ワフラはこれも敢えて突っぱねるような言い方をする。アンベは呼吸を整えると、それについてこたえる。

 

『はい。具体的に言えば、四番地の娼館に真夜中入って行く非番の警察関係者と守衛所関係者の目撃情報が入っとります。気になっていたので独自に調べを進めとりました。

 

娼館はここの所、風営法導入の関係で娼館の親父は名簿を逐一残しとったそうです。カマリタらコーリンの連中と会っている所も目撃しとります。四番地周辺は今だコーリンの報復を恐れて、明確に我らに付き合うのを避けちょりますが、娼館の親父は少しずつではありますが、証拠を取ってくれたようです。』

 

そこまでの発言が出た時、疑惑の出ている三人の体が震えているのが見て取れた。

 

(迂闊な……風営法の決まりごとで夜のお仕事の顧客情報は店側が保護するように義務化してんのは地域課の常識だぜ?)

 

尤も、風営法について頭に入れているのは、清蔵達上級官以外では四番地周辺の巡回をきっちりしているアンベのような者達だけであるが。こと綱紀粛正については敢えて弛めにしていたのが功を奏した。アンベはワフラのような仕事人間故に気を弛める事無く職務についていた為頭にあったと言う所か。

 

『カマリタと共に守衛所所長とこの場にもいる警察関係者三人の名があったとです。ここに娼館の親父から名簿を借りさせてもらっとります。署長、副署長、一度お目通しをお願いします。』

 

『ああ、分かった。』

 

清蔵はアンベからそれを受け取り、目を通した。清蔵はアンベに耳打ちする。

 

(巡査、何故今まで言わなかったんだい?)

 

(署長、あんた方の心中を察したからです。それに内通者を捕まえるなら丸腰で……副署長さんからの言伝です。署長には悪いとは思いましたが、何卒お許しを。)

 

(成る程、既に折り込み済みか。ならば俺は何も言うまい。いい仕事をしてくれた、ご苦労様。)

 

アンベに礼を言いながら、清蔵はワフラに目線で合図を送る。ワフラは頷くと、ワフラは手を上げ合図を送った。内通者三人の後ろにシシ、ロウラ、フラノが脚のホルスターから銃を抜きながらつき、手を上げるよう促す。

 

『……残念だったの。話は取り調べ室で聞くば。お前らには当然弁護士も呼ぶし、黙秘権もある。但し、証拠は十全であるから、それ相応の覚悟をしとくんじゃな!』

 

三人は手を上げ、近くにいた巡査達が彼等を取り押さえた。三人は諦めた様子のまま連れて行かれる。清蔵はそっと胸を撫で下ろしながら、

 

『ふぅ……力の解決に近いのが気になったけど、証拠を押さえてた人間がいたのが救いかな?もとより平和的解決を望むのなら放置は出来なかっただろうし。』

 

内通者とは言え、共に仕事をしてきた人間を捕らえるのは抵抗があった。しかし事は部下達の、ひいては町民達の命がかかっているのだ。清蔵は気を取り直して会議を続けた。

 

『先程の案件で分かったように、内通者の存在があった事が判明した。つまり昨日までの動きはどの時期からかは分からないが筒抜けだった事になる。同じ町の治安を守る人間がコーリンと関わっていた事は俺としても悲しい。だが、仕事として任務を行うのならば、手心は無用だ。よってこれより、真の対策会議に入りたいと思う。』

 

 

深夜の時間帯、四番地の娼館にカマリタとヤヌスの姿があった。当然ながら、目的は女を抱く事ではない。警察署から帰って来ない三人の部下の動向について話しあっていた。

 

『我々を裏切ったか、あるいは始末されたか……やはり向こうも決して無能じゃないな、ヤヌスの旦那。』

 

カマリタは何処か達観したように話す。元々たった四人であろうとも襲撃は行うつもりだった。しかし大将首を確実に取りたいが為、旧知の仲であるヤヌスを頼る事にしたのだ。しかし内通者が呆気なく捕まった様子を察した彼は、内部からの切り崩しも出来ず、当初の予定通り正面から襲撃せざるを得なくなった事を悟る。もはや刺し違えてもいいとまで覚悟は出来ていた。

 

目の前にいるヤヌスはと言うと、彼もまた、動揺はしていなかった。彼自身、警察署に属する事は無かったが、彼らの動きをよく見てきた。何も知らない相手に襲撃をかける訳では無いと。

 

『カマリタ、守衛所が関係している事が奴らに判明した今、我々もまた町の逆賊となった。人員的不利は承知している。しかし、奴らと我々で決定的に違う事がある。それは命を奪う事に対する戸惑い……

 

奴らは生け捕りに拘っちょる、つまりは意識的に手加減せねばならん。勝算が無い訳ではないっちゅう事だな。』

 

『あの組織にいる連中の大半は殺しとは関わりが無いヒヨッ子が殆ど、今までは人員の少数ずつを捕まえられていたからやられていたが、今度は向こうの3分の1の人員がおる。しかも向こうは未決囚の監視や囚人の監視に当たらねばならんから、自ずと全要員を使う事は出来ん。』

 

『数的有利はむしろ此方にか。故に中からの切り崩しが出来たならば完全に我々の勝ちだったが、そこは致し方あるまい。どのみちこのまま動かなかったら、捕まって死を迎えるのみだった。そこは私も覚悟してるさ。』

 

『ならばこれ以上、言葉はいらんな?よし、決まった。最後の最後まで、奴らに死の恐怖を与えてやっぞ。』

 

二人はそれから黙して語らず、娼館の主に宛がわれた娼婦を抱いて、別れていった。

 

 

 

(ふぅ、何とかギリギリ不安材料に対する対策は出来たな。)

 

清蔵は三人の取り調べより、あらかたの事を割り出す事が出来た。コーリンの残りの構成員4名の他に、準構成員に相当する協力者達の存在と、何名が関わっていたのかが判明した。

 

『守衛所の人間12名、娼館の主と従業員が10名、それにコーリンに連なる店の従業員が10名、計36名か。奴らの話によれば、準構成員は皆暗黒街出身と言う話だ。つまりは奴ら、人を殺すのに躊躇いがほぼ無いと見た。

 

対する此方は全職員合わせて95名だが、全ての部署を空にするわけにも行かず、最大限集めて55名……中々厳しい。』

 

数的にはこちらに分があるものの、清蔵は決定的な差について頭を悩ませていた。警察署は若手ばかりなのだ。かつ、血の気ばかり多くて体の錬成がなっていない人間には肩紐装備、つまり拳銃の携帯を許可していないのも大きい。若手、それも素行的に誉められない者がそれらを持つ事は、土壇場で強い流れに呑まれ反逆される危険性を孕んでいる。清蔵は出来れば将来ある若者をその手で打ちたくはなかった。

 

『銃の携行を許している巡査はいない。かつ、機動隊装備一式は10名分がやっと完成したばかり。警察署の保管所の拳銃は巡回の頻度と人員の関係か100名規模なのに20丁しかない。と言うか出来れば使わせたくない。』

 

聡明で優秀な人材に持たせるべきと言う考えであるため、銃を妄りに持たせないようにしている。銃を撃つ際には周りに気をつけなければならない。誤射で町民に被害が出たら大事であるし、同僚を誤射と言うリスクも頭に入れなければならない。一応、対策会議でそれらの事に関する策は講じてはいるが、人員が人員だけに、頭が痛かった。そうして署長室で頭を抱えていた時、ドアをノックする音が聞こえた。

 

『どうぞ。』

 

『せぞさん、お疲れ様♪飲み物持ってきたよ。』

 

深夜帯に仕事をする清蔵に気を遣って、テイルがこの地で取れた茶葉で淹れられたお茶を持ってきた。彼女自身も目の下に隈が出来ている。有事の時は眠れない日々が続くものだが、それは彼女も同様だった。ほんの一昨日までデートし、夜を共にしていたのが嘘のように、仕事に追われ、かつ朝には命懸けの大捕物をしなければならないのだ。

 

『テイルちゃん、何だか一昨日までの事が、嘘みたいだね。』

 

『うん……そうだね。でも、せぞさんと過ごしたあの夜の事は、一生忘れないよ。』

 

ニコリと笑うテイルの顔を見て、清蔵は再びやる気を出した。事件を無事解決して、また二人の時間を作りたい。口に出すとフラグっぽいなと思い、清蔵は言葉には出さなかったが。すると、テイルは清蔵の後ろに周り、優しく抱きしめながら、

 

『この事件が終わったら、パパに会って欲しいの。パパから正式にお付き合いするって伝えたいとよ。』

 

『オフッ!そそそそだね、そうですとも!』

 

テイルがフラグ的言葉を放った為に慌てる清蔵。だが、だからこそ死ぬ訳には行かなくなった。

 

(俺は生きる、生きて……やっぱり言葉に出すの恥ずかしい!けど……)

 

『その為にも、明日頑張ろうね!』

 

これが、今の精一杯だった。

 

 

 

 

 

 




書いてて色々ムズムズしました。まず旅行の辺りから殆ど時間が経過してないってのがそれでしょうか?次回には何とかコーリン編を締めたいと思います。長編はだいぶ後に書く予定ではありますが、一話完結方式で話が数話出来てるので、そちらが終わってからの構想になります。


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第18話 後悔なんて、あるわけ無いですとも!(パクりじゃねぇか!!)

タイトルに困ってます。

漸く一段落つきました、この話の後は割とだらだらになりそうです。




 

 

清蔵の住んでいた向日葵市(ひまわりし)。行方不明になってから半年、彼のこの世界においての扱いは死亡と同義だった。特定失踪者として届け出が出されたのは署が消えてすぐだった事から、彼の扱いは自然とそうならざるを得なかった。しかし、向日葵市署の全ての人間が、最近清蔵がファンタジー的な世界でかつての署の署長として、異世界の町の警察官として活躍している姿を夢に見ると言う。全員が全員、同じ夢を見ると言う事、それは清蔵は死んで等おらず、むしろ元気に生活しているのだと言う事が、心で感じ取れた。死んだ目は輝き、かつて周りから期待されていた姿を、夢と言う形で見た皆は言う。

 

ー児玉清蔵は、生きている……ーと。

 

 

『ん?』

 

清蔵はふと目が覚めた。襲撃が未明に来てもいいように夜通しで見張りをしていたのだが、それぞれ半刻程交代で仮眠をとるようにしており、清蔵もその流れで現在仮眠室で寝ていたのだ。元世界とリンクした夢、最近は過去のリフレインではなく、現在進行形のそれを見るようになっていた。どうやらあっちの世界では死亡扱いになったらしい。しかし、向日葵市署の皆はこちらの働きを夢に見ており、彼が死んでる等と思っている人間が皆無だったのが、清蔵の心に響いていた。

 

『……俺、立派とは言えないけど、宜しくやってます……よ!?』

 

清蔵の意識は現実に引き戻された。テイルが清蔵を抱き枕にして寝息を立てているのだ。

 

(なんつー事だよ……良かったぁ、交代の人員が呼びに来た時にこんな所見られたら、(今じゃ、この不届き者をフルボッコに!いいですとも!)って流れになってたよ絶対。)

 

清蔵はテイルを起こさぬように引き剥がし、上から制服の上着をかけてやった。テイルの制服は警察官の服を改造した露出の高いもので、見るからに風邪引きそうだったのだ。寝ていた体勢も下の三角地帯が丸見えになっていたので、赤面しながらも横にあった毛布をかけてやった。

 

(しかし今更なんだが、この娘にえらく気に入られちゃったな……でも本当に俺で良いのかな?そりゃあデ〇べっぴんな彼女に好かれるなんて憧れではあったけども!)

 

清蔵はそう心で言いながら、寝息を立てるテイルを覗きこむ。余り主張しない小さめの水牛のような角、目覚めて動いている時とは対照的なあどけなさの残る顔、元世界の女達が見たら羨ましがるであろうグラマーなボディ。しかしなにより清蔵が惚れたのは、テイル自身の心優しい性格だった。故に、もっと段階を踏んでお付き合いをしたかったと思っている清蔵としては、いささか飛ばし過ぎだと感じていたのだ。

 

(命懸けの亡命をしてまで守った娘が、異世界のどこの馬の骨とも分からん人間に純潔を捧げたなんて……親父さんが俺とあったらなんて顔すんだろうな?隣に住んでるのにまだ一度も会った事無いんだよねぇ。)

 

頭で色々と考えていたが、今は深く考えないように、再び眠り直す事にした。先ずは目の前の問題を解決してから、彼女との事はそれからだと言い聞かせながら……

 

 

仮眠をとり、交代してから数刻、夜が明けて来た。元の世界よりも澄んだこの地の空は美しさが違う。赤い朝日を浴びて急速に体を覚醒させた清蔵は、屋上で辺りを見回した。ナハト・トゥ町と警察署を結ぶ街道、そこに30余りの人影を捕らえた清蔵は、伝令の巡査に指示を伝える。

 

『いよいよだな。各班に報告、これよりコーリン鎮圧の任務を開始する。』

 

『了解しました!全員、任務開始!』

 

清蔵は伝令の巡査の返事を聞き終えると、再び視線をかの集団に戻した。距離的には2km程を切った所で、まだ豆粒のようにしか見えてはいないのだが、その中心にいる一回り大きな体を持つ人間はハッキリと捕らえていた。

 

『あれがカマリタ……』

 

清蔵は手を汗だくにしながらも、自らの装備たる拳銃と警棒を握りしめ、屋上より下へと降りて行った。

 

 

一方、カマリタ達は、街道より警察署を見上げる形で進んでいた。ゴブリンの目は、他の種族よりも大きく、屋上にいた清蔵達をはっきりと捉えていた。

 

『屋上にいる、他の人間よりも上等な造りの服に身を包んだあの男が大将か……想像よりも若い。』

 

初めて見たカマリタの率直な感想だった。立派な建物と対比して、その主と言うにはまだまだ青臭さが抜けていないと感じながらも、その者の目は、決して泳いで等いなかった。カマリタは手に持つ巨大マチェットに目をやりながら、命のやり取りをこれから演じる相手の首を刈る事に意識を集中した。

 

カマリタの横に立つヤヌスは、改めて警察署の外観を目にした。この世界にはない頑丈な壁と、まるで城と形容するような建物の様相。一度だけ顔を合わせた事がある男の顔を思い出しながら、ヤヌスは呟く。

 

『どこの馬の骨か分からぬ青二才と思っていたが、中々に殺し甲斐のある男だったようだな。』

 

『ヤヌスの旦那、奴は俺の獲物だ……横取りは許さん。』

 

『ふっ、心配には及ばんよ。私も私自身の獲物がある。』

 

ヤヌスはそう言うと、会った時から全く馬が合わなかったワフラの顔を思い浮かべながら、手製の槍を握り直した。

 

 

警察署側は、迎えうつ準備が整った。人員はやはり全て使う事が出来ない。機装一式に身を包んでいるのは、体力面で優秀な若手達。その中には、前日質問をしたコモドの姿もあった。熱血で徹底交戦を所望した彼も、いざ装備に身を包むと緊張で体が萎縮していた。

 

(へへっ、あんなにイきってたのに、いざとなると泣きそうになってきた……でもそれじゃ署長に顔向け出来ねぇ……)

 

押し潰されそうになりつつも、呼吸を整え、盾と警杖を構え直す。機装一式を装備するのは、コモドの他にはシシやミハイルの姿もあったが、彼等もまた、初めての事に体の震えが止まらない。

 

『シシ君、その……怖くない?』

 

『ミーさん、そりゃあ怖いよ……でもさ、ここまで俺達頑張って来たんだ、きっと大丈夫。』

 

シシの言葉は自分に言い聞かせるようにも感じたが、ミハイルは同僚の言葉に励まされ、グッと身を引き締めた。

 

 

『奴ら、本気で殺しに来たな。これはこっちも殺してやるって気兼ねで取り押さえんと死ぬ!』

 

機装班のすぐ後ろで構えているキスケは相手の状況を冷静に分析していた。手にしている装備は多くの者が剣にナイフ、守衛隊がクロスボウを所持、そしてバーテンの男は軽装で手ぶらである事から、全体の攻撃を予測した。

 

『機装班、おめえらは盾でとにかく前面を押さえぇ!剣やナイフは脅威じゃなか、守衛隊の飛び道具を押さえるんじゃ!バーテンの男は魔法を使う、後衛の銃撃班に任せろ!勝てるのか?じゃなかっ、勝つんじゃ!』

 

いつもはパワハラ気味なキスケの言葉は、この日に限ってはこの上なく頼もしいものとなった。

 

 

コーリンの動きを確認し、次の準備へと移る為、下の階へ降りて行く清蔵は、途中テイルとすれ違った。不安そうにこちらを見つめるテイルに、清蔵は頬笑む。

 

『心配しないで、きっと大丈夫。テイルちゃん、囚人達が暴走しないように、後ろを宜しくね。行ってくる!』

 

清蔵はそれだけ言うと署の外へと走って行った。テイルは清蔵に何も言う事が出来なかったが、彼のこれまでの行動を見て、確信していた。

 

『せぞさんは、約束を破らない人……頑張って!』

 

 

署の外に出た清蔵は、ワフラと合流した。ワフラは清蔵の姿を見て、ため息をつきつつ、

 

『大将には署の中で指揮をとって欲しいんだが……あんたの事だ、出てくると思うとったば。ならばこのワフラ、しっかり参謀をする!』

 

『すまない、ワフラ……では、コーリン鎮圧の為、行くぞ!』

 

部下数名を引き連れながら、清蔵は正門前に向かった。

 

 

コーリンの構成員と守衛所の人数36名、警察署の鎮圧隊、55名が正門前で対峙した。その距離、約15m。警察署の屋上には、ライフルを構えた狙撃班が息を潜めて待機していた。フラノである。

 

(もしもの時があったら、あっちの大将を狙撃しろ。清蔵さんが死ぬような事があったら、たとえ鎮圧しても負けになるば。)

 

伯父であるワフラの言葉を頭で思い出しながら、弾を込めた。ボルトアクション式の狩猟用ライフルは、造りは古いが作動は良好であり、この距離からなら、大抵の目標に当てる事も容易い。しかし彼はそれを使うのを躊躇っていた。装備を揃える為に、一度どのようなものか、試射を見せて貰った事があった。その威力は、フラノの想像を越えていた。音よりも速く射出されるそれは、拳銃よりもはるか遠くの目標を撃ち抜いてみせた。あの威力を目の当たりにしているからこそ、躊躇うのだ。確かに凄い威力だが、貫通力が高過ぎる故に、周りの同僚達に当たる危険性すら孕んでいた。

 

『伯父さん、署長、僕の出番が来ないよう、頑張って下さい。』

 

 

『ギャングコーリン、並びに守衛隊。貴様らの行いは既に分かっている。無駄だとは分かっているが……投降する意思は無いか?』

 

清蔵は彼等に声をかける。無駄とは分かっていても、先ずは戦わない事を願う。しかし、それを嘲笑うかのように、守衛隊の側から、クロスボウを持った男が清蔵に向けて矢を放った。その矢を、盾を持ったコモドが反応し、難なく弾いた。清蔵は彼等のそれが答えだと悟り、声を張り上げる。

 

『それが答えなら、もう何も言わない。全員逮捕だ!!』

 

鎮圧の狼煙が、ここに上がった。

 

 

コーリン側が全面的に攻撃に出て来たのに対し、警察側は前面に出ているのは機装班10名と遊撃班25名。銃撃班は署の玄関側に10名待機している。機装班はクロスボウを構えた12名に盾を構えて突進して行く、向こうも負けじと槍を持った者が行く手を阻む。

 

『かかって来い小童ども!』

 

カマリタの周りには遊撃班が5名取り囲む、手には警杖と刺股を携え、果敢に立ち向かうが、カマリタはマチェットをふるい襲いかかってくる。どうにか皆手に持つ武器でガードするが勢いで弾き飛ばされる。その瞬間、後ろについていたバーテンが魔法を放つ。氷の粒、雹を散弾銃のように飛ばし、後ろにいた遊撃班を襲う。間一髪それをかわしながら今度はお返しとばかりに警杖でバーテンを叩く。警杖の突きはバーテンの脇腹を捉え、思わずよろめく。

 

『ぐっ、何の!』

 

バーテンは間髪入れず反撃の魔法を放つ。氷の散弾銃は至近距離で食らえば致命傷を負う。遊撃班に出ていたロウラはその攻撃の前に無防備になる。

 

『危ない!』

 

そこに盾を構えた機装班の者がロウラの前に立ち、それを受ける。盾はズタズタになりながらも二人とも無事であった。盾を構えたままバーテンの前に走り、手に持つ警杖を力一杯に振り、それをバーテンがよけるが、突如背中に打撃を食らい、息が止まる。後ろについていたのはコモドだった。

 

『がはっ!』

 

バーテンはそのまま意識を手放し、地面に突っ伏した。盾を構えた男はロウラに近付き、

 

『ロウラ、無事だった?!』

 

『シシ、それにコモド君?ええ、ありがと!』

 

無事を確認すると一旦待避するよう呼び掛け、二人はそのまま遊撃班に加わった。

 

『こちとら体力錬成は続けてたんだ、負けるかよ!コモド、突っ走るぜ!』

 

『おう!』

 

 

『やるな皆!』

 

清蔵は思わず声に出した。素早い連携で守衛所のクロスボウ、槍の攻撃部隊を鎮圧していった。クロスボウ隊が下がり、槍部隊が前に出て来た瞬間に、清蔵は銃撃班に合図を送ったのだ。銃撃班は槍部隊の足、弁慶の泣き所を正確に捉え、向こうの動きを無力化し、すかさず機装班が鎮圧。更にクロスボウ隊が構え直す前に遊撃班がそれを取り上げ、腕を極めて完全に無力化した。流れるような連携に感嘆しながらも、清蔵は指示を伝える。

 

『機装班二名、バーテンの方角にいる遊撃班に加われ!残りは引き続き隊列を組んでヤヌスとカマリタ側に行くんだ!』

 

『『了解、俺達が行きます!』』

 

そこでシシとコモドの二人がすかさず反応し、遊撃班に加勢が来た事で、厄介なバーテンを抑える事が出来たのだ。魔法の脅威を退けた後は、ヤヌスとカマリタの大将二人を止めに行くのみ。しかし、これがかなり厄介だった。屈強なリザード二人が槍と長柄の大斧をふるい、遊撃班の鎮圧を阻んでいるのだ。更にはヤヌスとカマリタ自身も屈強、それぞれ背中を合わせながら攻守の連携を取りながら、遊撃班を吹き飛ばしていた。

 

『こっちの遊撃班は負傷!鎮圧から離れます!』

 

『了解、機装班、奴ら中々厄介だぞ!盾で面制圧を頼む!』

 

盾を横一列に構え、警杖から拳銃に持ちかえ、突進して行く。

 

『ダイナスとセンリュー、あのリザード二人を奴らから引き剥がせ!』

 

そう叫びながら清蔵はリザードの片割れ、ダイナスの肩に渾身の力で警棒をふるった。鎖骨が折れ、悶絶しそうなのを堪えながらも、ダイナスは手にした斧を高々と清蔵に振り上げた。

 

『ヌオアアッ!きさんらぁあ!』

 

斧を当たる寸での所でかわし、ふるった力をそのまま逃がすように腕を取ってダイナスを地面に叩きつけた。

 

『ダイナスゥ!きさん、死ねやぁ!』

 

叩きつけた時に倒れこんだ清蔵に向けて、センリューが槍の一突きを見舞おうと構えた。

 

(やられる!)

 

その時、遠くから高い銃声が鳴った。センリューの腕は撃ち抜かれ、思わず槍を手放す。

 

『フラノ君か?』

 

 

『ふぅ、どうにか当てられた。』

 

フラノは清蔵が無事だった事と同時に、自分の出番が来た事に対する複雑な思いを浮かべていた。

 

『幸い腕を撃っただけだから良かったけど、今度は分からないな。』

 

乱戦で動くものに正確な射撃を当てる事は非常に難しい。フラノは尚高まる緊張の中、ライフルを構えた。

 

 

腕を撃たれ、丸腰になりながらも、目の前のセンリューは清蔵を殺そうと立ち向かってくる。清蔵は警棒を逆手に構え、前に出した左手を指を着けた手のひらの状態にして迎えうつ。

 

『きさんがいなければぁ!』

 

振り上げた左腕のパンチは、さながらヘビー級のボクサーのそれだった。清蔵はそれを敢えて額に受けた。

 

『ぐっ、オラァッ!』

 

額で拳を受け流し、左手で相手の喉を打ち、右手に構えた警棒で脇腹を叩いた。センリューは白目を剥き、がくりと膝から崩れ落ちた。

 

『手の空いた遊撃班は彼等二人を確保しろ!俺は……あの二人に向かう!』

 

 

戦いは互いに多くの負傷者を出した。遊撃班と機装班25名は負傷し、戦線を離脱。一方のコーリン側は20名が拘束。銃撃班は手持ちの弾を使い果たした為、拘束と負傷者の救助に回っているので、実質無駄弾を撃たなかったフラノしかいない。互いにボロボロになりながらも、警察側が僅かに押しはじめていた。バーテン、センリュー、ダイナスの三人を抑える事に成功した事で、残る厄介が大将二人になった事で、警察の士気は落ちていない。一方のコーリン側は、実質大将二人しか戦力的優位が無い為、瓦解するのも時間の問題と思われた。

 

『ハハハハッ!ワフラァッ!ここで死ねぇい!』

 

『寝言は寝て言えきさっころが!』

 

『どうした若大将!そんげなもんかおどれの力は!』

 

『くっ、言ってくれるぜこの肉だるまが!』

 

あろう事か大将同士が正面からかち合うと言う事態になっていた。実は、機装班、遊撃班共に大将二人による負傷者が殆どを占めており、事態に気付いた二人が直接その場にやって来たのだ。

 

『君達何をぼけっとしている!他の連中を拘束するんだ!』

 

『しっ、しかし署長!』

 

『ここはわっどんに任せい!フラノもお前らが邪魔で狙撃もままならん!こん屑はわっどんが潰す!』

 

『ほざけ石頭が!今日こそおまんの気に食わん顔をメタクソにしちゃる!』

 

その四人の修羅場感を悟った警察側は、言う通りにその場を離れた。

 

『ワフラ、これで心おきなくきさんを殺せる。』

 

『ヤヌス、おめが何故コーリンと組んでいたかは聞かん、興味は無か。じゃが、何故、町民を泣かす事ばした?!』

 

『私は、ナハト・トゥに来た時から、かつて暗黒街で商いをしてきた繁栄を築き上げたかった。だが、きさんのような石頭が気に食わんかった。女子供を売り飛ばし、奴隷を売り飛ばし、薬を売り飛ばす……裏で気ままな支配者として、表向きは公僕として生きる。それが俺の求める所だった。だから言う、きさんらが邪魔で邪魔で、殺したい。』

 

『幼稚な……いや、幼児に失礼か。こんげなもんの為に、多くの命が奪われた……赦さん、じゃが殺さん!おめには、死すら生温い!』

 

『抜かせ!』

 

ワフラは警杖を構えたまま動かず、ヤヌスは槍を正確に心臓に向けて繰り出す。完全に捉えたと思ったそれを、ワフラは素手で矛先を捕らえ、留めた。

 

『馬鹿め、ここから少しでも私が槍を押せば、指は無くなるぞ!』

 

『馬鹿め?違う、おめが次に言う言葉は……』

 

ワフラは警杖でヤヌスの股間を打ち、肋を折り、そして鼻をかすめてもぎ取った。

 

『あぐぁっ!』

 

『馬鹿な、だ。おめには弁護士を呼ぶ権利と黙秘権がある。署長に感謝するば!』

 

最後に首もとに打ちつけ、失神させた。

 

 

『これで誰もいなくなったのう、裸の大将!』

 

『その台詞、まんまブーメランっつーのを気付け!デカ〇ン野郎!』

 

カマリタはマチェットを清蔵の首へとふるい、清蔵はそれを警棒で受け止め攻撃を止める。

 

『ちぃ、なんて破壊力だ!』

 

『どうした、このまま死ぬんか?ハハハハッ!』

 

特殊合金製の警棒がへし曲がったが、清蔵は近くにあった警杖を拾い、構え直す。清蔵はまたふるわれたマチェットの一撃を、警杖を斜めにして構え、受け流し、反動をつけて、カマリタの頭にそれをぶつけた。カマリタの後頭部の皮が破れ、出血したが、カマリタは倒れない。

 

『ぐっ、中々やりおる……が、まだまだあっ!』

 

カマリタは目にも止まらぬスピードでマチェットを縦に振り落とした。清蔵は咄嗟に警杖を盾にするが、マチェットはそれを断ち切り、清蔵の肩口に食い込む。

 

『痛てぇ……けど!』

 

『?!マチェットが外れん!』

 

やや袈裟懸けに肩の肉を切り、骨にまで達するが、清蔵の鍛えられた筋肉と、対斬撃の制服のお陰でそれ以上切り込めない。マチェットを持つ手を清蔵は握り、腕を捻ってカマリタの頭を大地に叩きつけた。

 

『警察なめんなこらぁ!』

 

『グフッ!なんちゅう馬鹿力じゃ!』

 

『いらん枕詞つけんなぁ!』

 

清蔵は更にカマリタの頭にエルボードロップを噛まし、カマリタは戦意を喪失した。

 

『つ、強い……』

 

『いや、全然強くねぇって……背中押してくれる人間が糞みたいな俺に力を貸してくれただけさね……』

 

清蔵がそう言うと、カマリタは悟ったのか、もう立ち上がる事をしなかった。

 

『俺の負けだ。この町はもう、俺など必要としていない。好きにせぇ。』

 

『無論、そのつもりだ。けどあんたは僅かでも更正の余地がある。後は奉行所の沙汰次第さ。おっといけね、これを言わないと……カマリタ、公務執行妨害と凶器準備集合罪、並びに傷害の現行犯で逮捕する。尚、あんたには他に何十件もの容疑で指名手配が出ていた、その件についても話してもらう。あんたには弁護士を呼ぶ権利と黙秘権がある。』

 

清蔵は言い切ると、肩の傷を押さえながら署に戻って行った。カマリタはその後ろ姿を見ながら、一人笑いを浮かべていた。

 

『ククッ、本当に面白ぇ人間がいたもんだ。これは何としても、生きてその後が見たいものよのう……』

 

こうして、ナハト・トゥのギャング、コーリンは壊滅した。署に隣接していた刑務作業所や未決囚収監所は、主だった暴動もなく、この事により警察側の混乱が発生しなかったと言う事実が、事件解決の遠因と言われた。何よりも一番の収穫は、殉職者を出さないと言うそれを達成出来た事が、何にも代えられないものであった。

 

 

痛い!痛すぎる!カッコつけて突っ込んだは良いが、体が超痛ぇでごぜぇますよ……肩から血がどくどく出てるし、体中痣だらけ。つーか銃撃班途中誤射ってたな、右太股の上の方当たったよおい…あと数cmズレてたら俺の金〇がああん状態になってたよ。まあゴム弾にしてて良かった。しっかし俺ってば署長失格だなぁ、どうしても現場の空気の方が好きでしゃしゃり出ちゃったけど、これは後々自重出来ないとおじさん死んじゃうね。散々格好つけたので痛がれないし泣き事言ったら総スカンだからな。

 

おっ、みんなで俺を出迎えてくれるのか?いや、説教かな?ワフラも腕組んでるし。キスケは顔と目を真っ赤にしてて怖い……すんません、説教は取り敢えず治療終わってからにしてもらえんですか?

 

『せぞさん……グスッ……』

 

あれ?テイルちゃん?どうしたの?なんか涙目になってるけど、ほら、ちゃんと生きて帰ってきたんだから心配しない

 

『でぶぅ!』

 

『せぞさん、無理ばっかして!せぞさんは約束破る人じゃないのは知ってるよ!でも……こんなボロボロの姿になって、もしもの事があったら……』

 

すみません、二重の意味ですみません!バストアタックで血圧が……そしてテイルちゃん、泣かないで!女の涙は堪えるのよ!

 

『全く、無理をして……仕方の無い署長ば。』

 

そう笑ってるあなたもえらい前線に出てましたよね?ムキムキだとは思ってたけど、強かったのねワフラ……

 

『清蔵さん、俺は感動しちょっばい!あんたはやっぱ町の英雄じゃあ!』

 

ちょっ、キスケさん?やめて、超恥ずかしい!男泣きで何言ってんのよ!

 

『署長、カッコ良かったとです!』

 

『署長、最高でした!』

 

『僕、男ですけど、署長に惚れ惚れしとります!』

 

シシ君?コモド君?煽てないで!ミハイル君に至っては際どい事言ってるし!と言うか皆泣いてんの?えーと、こう言う時って、なんと言うのが正解かな?取り敢えずこれかなぁ。

 

『ありがとね……みんな、ほんとにご苦労様。』

 

うう、これが今の精一杯です。ホッとしたら俺も泣いてしまいそうになったけど、ここは我慢だぁー!!

 

 




いいのかそんな締め方で?

とは言え、今の私にはこれが精一杯すなぁ。


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日常編
第19話 大丈夫精神(大丈夫だとは言っていない)


漸くコーリン編終わってちょこっとずつ1話完結ものをやっていく感じになりそうです。




 

 

『痛だだだ!滅茶苦茶痛いですけど?!』

 

『そりゃ痛いでしょう、あんたの怪我、骨迄達していたんだし。幸い神経も血管もくっついたし、あんたの体力なら1週間もあれば元気になっでしょう。』

 

町の診療所に警察の負傷者が運ばれていた。清蔵も当然ながら運ばれたのだが、麻酔無しの外科治療だった。此方の世界には一応、麻酔はあるのだが、清蔵のような怪我の場合、腕の動き等を観るため、敢えて麻酔無しで治療を行っていると言う。念のため清蔵は治療の魔法ってないの?と聞いたが、

 

『宮廷の医者や大都市の病院にならいるがよ、たっかいぞ。むしろ魔法の力が無い所こそ医者の手術の腕が良いってもんだ。とりあえず消毒液ね、風呂の後か寝る前に塗る事、お大事に若大将。』

 

との事だったので諦めた。深い傷だったので、今回の怪我は治っても傷痕が残るだろう。取り敢えず治療を終えた清蔵は署に戻る事にした。報告書の作成をしなければならないのだ。

 

『今回の件の被害報告書、武器弾薬の使用状況、被疑者の処遇に、し・ま・つ・しょ!』

 

今回、危うく自分の金〇を駄目にする所だった清蔵は、銃撃班一のノーコン、マーシー(一人だけ仲間に当てたと言う事が判明)に対する始末書の作成通達を指示しようと思っていた。

 

『まあ本人も頑張ってはいたから、大した責はないんだけどねぇ、テイルちゃんとの将来考えると、金〇は大事だから!』

 

『せぞさんっ!もう無理しちゃって!休んでなさい!』

 

 

平穏を取り戻した警察署、何時もと違うのは、人員のうち15名が先の事件で入院して欠員が出ている事。入院まで行かずに治療後動ける者も、疲労と怪我でろくに動けない。そこで無傷だった数名の優秀な人間に代理で動く事になった。現在署にいる者で清蔵を除く最高階級はテイルだったが、それに加えて巡査長のフラノ、働きが良かったシシ達4名が、事務仕事に回る事となった。

 

『みんな、ここから暫くは忙しいよ!でも後もうひと踏ん張りやけん、頑張ろ!』

 

『了解です!テイル警部補、書類書きは苦手ですが、頑張ります!』

 

『あのぉ、わてくしはどうしたら?』

 

『署長、寝てて下さい!怪我の大した事の無かった伯父さんですら自重したんですから!よし、みんな、きびきびやっぞ!』

 

代表者のフラノが声を上げ、それぞれ書類作成に取り掛かった。後数日はこの忙しい日々が続くであろうが、彼等は清蔵に署長室に留まらせる気は無いようだった。清蔵は呆然としながら署長室を後にした。

 

 

ども、署長の児玉清蔵であります。本官テンションだだ下がりであります。治療を終えて署に戻ったら、部下の皆様に

 

『怪我人は帰って寝てなさい!はっきり言って迷惑です!』

 

と怒られたので、そうさせて貰ってます。ああ、テイルちゃんのあの怒った視線、対照的に舌っ足らずな可愛い叱責、また何かに目覚めそう……俺のムスコは、全身打撲で肩の重傷の肉体の事など露知らずに今、その、下品なんですが、フフッ、勃起しちゃいましてね……

 

ええ、こっち来てから、オ〇ニーなんて一度も出来なくて、射〇したのは夢〇とテイルちゃんとセッ〇スした時だけなんです。出来ればオ〇ニーで性欲をコントロールしたいのでありますが、我が住み処はテイルファミリーの隣、オーマイガー!早く体治して通常業務に戻ってテイルちゃんと

 

『セッ〇ス!』

 

はっ、しまった!つい願望が声に出てしまった。お隣さんがテイルちゃん一家なので聞かれてしまったかもと焦りましたが、この時間帯は両親共にお仕事に出かけてるらしいのであります。良かった……(いや良くねぇ)しかし異世界に来てから充実した日々が続いてるなぁ。これは夢なんだ、寝て目覚めたらまたあの空の現実に引き戻されるだろうとか思ってみたけど、この肩の痛みと全身の痣が、今の現実なんだと悟らせてくれる。

 

『清蔵くーん、今おると?』

 

『あっ、はーい、今行きます!』

 

この声はテイルママだ。名前はハンニさん、年齢は40歳、結構早い結婚だったらしく、ママになったのが今のテイルちゃんと同じ年齢だって……テイルダディは手が早かったのかな?それともロリコ……これ以上はやめておこう、おまいうになるし。しかしテイルちゃんはハンニさんにそっくりだと感じる。違うのはハンニさんの方が身長がやや低い事と、おとぎ話の鬼の角をイメージしたような角な所。それにしても、ハンニさん、何の用だろう?

 

『テイルから聞いてね、貴方怪我したんですってね、だから忙しいあの子の代わりにお見舞いに来たんよ。』

 

うっ、うす、どうも……なんか凄い嬉しそうなんだけど、ああん?なんで?

 

『いやぁねぇ、あの子貴方とセッ〇スしたでしょう?もうここまで来たら結婚しちゃいなさいって背中を押しに行こうと思ってね。さっきもセッ〇スって聞こえたわよ、若いわね☆』

 

おい、ちょいとストップ!そして声が大きいよMrs.ハンニ!その可愛い系の顔と声でセッ〇ス連呼しないで!

 

『まあまあ、落ち着きなさいな。それにしても清蔵くんは私のダーリンに何処か似てるのよねぇ。あの子が懐く訳ね。』

 

旦那さん悪い顔の北村〇輝と照〇を足して二で割った顔っすか……顔の好みが親父さんって事は、テイルちゃんやっぱちょっとファザコンなんだね。

 

『誉めても何にも出ませんよ。それに、怪我のせいで娘さんに仕事押し付けた形になっちゃって、申し訳無いです。』

 

『んもう、あの子と同じで遠慮がちねぇ、そこはありがとうございますでいいのよ☆』

 

ハンニさん恐ろしく明るいな、若干引いてるわ……しかし親子揃ってなんつー身体と格好してんだよ、傷にさわるぜ!露出が激しくねぇか?!そっそれにいくらオーガがヒューマよりちょいと寿命長いっつっても、俺と同年代の人が放課後電〇波倶楽部みたいな格好にスケスケのパレオ着けただけの姿でいるのはちょっと……

 

『ふふ、ウブな反応ね、そんな所もダーリンにそっくり。今度テイルとダーリンと一緒に浴場に行って洗いっこする?』

 

やめて、マジでやめて!恥ずかしいから!ほんの最近まで素人童貞だった男をからかわないで!何この人怖い……

 

『あらいけない、長居すると身体にさわりそうね、テイルにも伝えとくね、貴女のパパさんは心配無いって。』

 

だぁかぁらぁ、まだ旦那じゃねぇっての!段階踏みたいんだから、セ〇レじゃねぇんだから本来ひとっ跳びしたくなかったんだからね!

 

 

『ふぅ、やっと終わった……みんな、ご苦労様。』

 

報告書の作成も終わり、ひと息ついたテイル達。辺りは既に日が落ちていた。普段事務方でないシシ達は、慣れない仕事でどっと疲れているようだった。無理もない、昨日の早朝からろくに休まず働き続けていたのだから疲労も溜まらない筈が無かった。デスクに顔をつけて休んでいると、ワフラが部屋に入って来た。

 

『うむ、お疲れさん。三連勤で家に帰っておらんだろ?おめ達は三日間非番じゃ。』

 

『お疲れ様ワフラさん。怪我の方はいいの?』

 

『ワシは清蔵どんと違って殆ど怪我をしとらんしな。それにドワーフの80なんてまだまだ体力が有り余っちょるば。』

 

ワフラはヤヌスを確保した時に槍の矛先を握った部分以外、外傷はなく、更に1日ぐっすり眠る事が出来た為、言葉の通り疲れは抜けていた。身体が比較的頑丈なドワーフと言う点を差し引いても、その様は異常の部類である。

 

(署長も大概だったけど、この人はこの人で化け物だな……)

 

呆気にとられる彼らを尻目に、ワフラは署長の椅子にどっかと座り、なに食わぬ顔で仕事をしはじめた。

 

『ま、まぁワフラさんがそう言ってんだし、そうしよ?』

 

『ですね、では、我々も引き継ぎを済ませたら帰ります。』

 

『みんな、お疲れ!ワフラさん、後は宜しくお願いしますね。』

 

 

うーん、身体がソワソワする。いくら傷病者で休みを言い渡されているとは言え、身体を動かして無いと落ち着かないんだよなぁ。でも寝てないと身体は回復しないし……

 

落ち着かないのでちょっと住み処の周囲を散歩する事にした。こっちの世界は季節的には冬、やや肌寒いけど、この澄んだ独特の空気はとても気持ちいい。長屋の通りを歩いていると、各々の家庭で夕げの煙が立っていた。俺が来た当初は聞こえなかった家族の賑やかな声がそこかしこで聞こえている。特に小さい子供達のはしゃぎ声が……平和になったなぁ。

 

それにしても、昨日までの緊張感が嘘のようにリラックスしてるよ。思えば普通の非番なんてこっち来てから初めてだったな。ん?あれはテイルちゃん?随分とお疲れのようだな?って何他人事な台詞言ってんだ馬鹿!てめぇのせいでもあんだろ!まず言う事あっだろ!

 

『テイルちゃん、ご苦労様。』

 

『せぞさん?もう、寝てないと駄目じゃない……』

 

『ごめん、何か身体を動かして無いと落ち着かなくてね、激しい運動は禁止されてるからその辺を軽く散歩してたんだ。』

 

俺の方はそこまでないよ、逆にろくに休んでないテイルちゃんの方が心配だった。この子も根を詰めて仕事してたからなぁ。

 

『そうだ!テイルちゃん、もし良かったらでいいんだけど、その……』

 

『ふぇ?』

 

うおぅ、疑問のジェスチャーたる猫口が可愛い!じゃなくて。ちゃんと言葉を伝えなさい。

 

『デート、したいなって……』

 

ああ、何言ってだこいつって感じになりそう。お疲れのお嬢さんをデートに誘うなんて、やっぱ俺頭にウジ沸いてるわ。

 

『いいよ♪』

 

良いんかい!

 

 

体を動かせずウズウズと落ち着かなかった清蔵は、夜風を感じながら散歩をしていた。その時仕事帰りのテイルと遭遇。清蔵は何を血迷ったのか、仕事で疲れ切っているテイルをデートに誘うのだが、何とテイルは快諾してしまった。とりあえず長屋に戻って服を着替え、近くの食堂で飯を食べる事になった。清蔵は席につくと、飲み物を2つ頼んだ。テイルが酒に弱いのを知っている為、アルコールではないが、互いの働きを労うように、二人は乾杯した。

 

『ふう、落ち着いた。改めまして、テイルちゃんご苦労様。』

 

『お疲れ様、せぞさん。あの時は仕事付きだったけど、今度は何の縛りもないちゃんとしたデートが出来て嬉しいよ。』

 

『まあ今冷静になって考えてみると、お疲れの状態でデートに連れ回すって非常識だなぁと……はは。』

 

そう言いながら頭をかく清蔵に、テイルは微笑みながら腕を清蔵に絡ませる。

 

『もう、仕事とそうでない時の疲れは別なの、私はデートしたかったし、せぞさんもその……したかったんでしょ?』

 

大胆だったり、貞淑だったり、テイルの反応は素直だ。元々女の子は苦手だった清蔵は、今まで彼女などいた事が無く、普段の接し方が分からなかった。サカサキの時は仕事の名目があった為に割り切りがあったのも大きかったが。

 

(初めての彼女が、まさかこんな素晴らしい子になるとは……運命って分からんものだね。)

 

戸惑いはあるが、清蔵は今を確実に楽しんでいた。

 

『せぞさん、肩の傷はもう大丈夫なの?』

 

『ん?これ?全然大丈夫、あの医者のおっさん、適当に見えて名医だよ、何の支障もなく動かせるもん。』

 

そう言って腕をブンブン振り回してみせる。だが、あからさまに顔が青い。

 

『ああ、まだそんなに動かしちゃうと傷にさわるよ!』

 

『ははは、ごめんごめん。痛っ、うん、マジで自重するわ……』

 

そんな感じで楽しく小一時間楽しんだ後、テイルの提案で、四番地の宿に泊まる事になった。宿に入るなりそこの親父が

 

『ローションとはり型です、ご自由にどうぞ。』

 

とか言って出して来た……ここの親父も中々である。

 

『ああ、気遣いはありがたいが、大丈夫だから……』

 

とりあえず話はそこそこに、風呂に入り、二人で洗い合った。テイルの体はとてもしなやかで精神的にはまだまだ童貞の清蔵にとって、そうそう慣れるものでは無かった。

 

(何度見てもムスコの怒張が止まらない素晴らしいボディだ。と言うかオーガ全般に言えるのだけど、無駄毛が無いなぁ、最高。)

 

『せぞさん、やっぱりエッチ……』

 

『すんません、全部声に出てましたね……』

 

その後、二人は激しい夜……とまでは行かないものの、たっぷりと体を重ねながら、心の疲れを取った。

 

『…せぞさん、約束、聞いてくれる?』

 

『どしたの?』

 

情事が終わり、ベッドの上で顔を合わせながら、テイルがそう言った。先程までの嬌声とは違う、真剣な顔と声に、清蔵も表情を変えて聞く。

 

『このままお付き合いするなら……明日パパと会って欲しいの。』

 

『……いっ、いいですとも。一度会いたいと思ってたけど、まだ顔も合わせた事も無かったもんね……テイルちゃんのような優しい娘を育てた人だ、会うのが楽しみだね。』

 

そう言いつつ内心清蔵は汗だくだった。テイルの母であるハンニいわく、清蔵は夫に似ていると言う。清蔵はオーガの角に自分でも時々自覚がある位の強面を重ねて、このまま会うのどうしたものかと考えつつも、大切な一人娘の貞操を奪った自分が逃げるのは駄目だと、テイルの父と会う事を決意した。

 

 

 



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第20話 お義父さんといっしょ

だらだら話です、短めです。警察仕事してませんw


 

 

コーリンを撲滅させ、町に一時平穏が戻ったのを皮切りに、清蔵は休暇を取っていた(怪我をしっかりと治して貰うのも兼ねているが)。交代で連続勤務分の休暇に入るように指令をした所、ワフラ達がまずは署長からと気を遣った(半ば脅しであったが)のだ。仕事付きで無い普通の休暇は初めてだったので羽を伸ばしているかと言えば、清蔵本人は現在緊張の中にあった。

 

今日、初めてテイルの父親に挨拶に向かうのだ。休暇の内に、二人の交際を正式な形で認めてもらいたいとテイルたっての願いであったが、オーガの女性の事について本人の口から聞かされていながら、媚薬入りの酒の力があったとは言え、欲のままに情事に至った(勿論相思相愛ではあったが)清蔵は緊張せざるを得なかった。

 

(どうしよ……初めてまぐわった人としか子が成せないのに、俺が初めてを奪っちゃったからなぁ。もっ、勿論このような天女とけけけ結婚出来たらそっ、そりゃあ嬉しいですとも!)

 

しかし清蔵は異世界の、他種族の父親に挨拶と言うそれに恐怖にも似た緊張を隠せなかった。

 

(婚前交渉しちゃいました、テヘペロなんてしたら、俺の世界でもいい顔しねぇって。誠意見せてやらねばだけど……)

 

悩んでもらちがあかないと悟った清蔵は、テイルの家に向かう。テイル達オーガスタ一家の住み処は清蔵の隣なのだが、テイルの父と会った事は一度も無い。テイルの母とは何度も顔を合わせて仲良くはなっているのだが、父の方は何故か一度も無い。

 

(初対面かぁ……テイルママは凄い性格も顔も似てて直ぐ仲良くなれたけど、果たしてテイルダディは……ええい、ままよ!)

 

『どうも、児玉清蔵です、やって来ましたよぉ!』

 

『……ヌシがわっどんの娘が懇意にしちょお男か?ハンニも気に入っちょるっちゅーから興味深いのぅ……』

 

(ちょっ、えっ……こっ、怖ぇーー!北村〇輝でも照〇でもねぇ、菅〇文太さんじゃねぇか!仁義なさそうなテーマ曲が流れてるよ!)

 

迫力ある顔、赤い肌、ステレオタイプな鬼の格好、テイルとは全く似ていない強面の男が清蔵を出迎えた。テイルとの共通点は牛っぽい角であるが、こちらは闘牛を思わせるような可愛さとは最も離れた厳つい角だった。清蔵はチビりそうになりながら、家の奥へと上がった。上がった後はテイルと母のハンニが笑顔で迎え、用意された席に座る。気になったのは、テイルの話にも聞いていたように、彼の脚はまともに歩ける状態では無く、杖をついて何とか歩けるような状態だった事である。彼も席に座り、改めて清蔵を見やる。

 

『テイルが毎日弁当を嬉しそうに作っとるのを見てな。あんげな姿、初めて見た。見た目も中々良か男じゃ、とんでもね男じゃったら、股間のイチモツ切りとったろうかと思うたが……』

 

(発想が怖すぎるよ!ヤク〇だよ、贔屓目に見てもヤク〇だよ!)

 

『んで、お前さん。テイルが純潔を捧げたそうじゃなかか?』

 

(うっ!)

 

『はっ、はい!』

 

『オーガの娘は純潔を捧げたもんとしか子をなせん……つまりもうお前さんの子供しか産めんっちゅー事じゃ。回りくどいの抜きでひとつだけ聞く。テイルの事を、好きか?』

 

『もももっ、勿論ですとも!』

 

(しっ、しまった!威圧感で思わずゴル〇ーザ口調になっちまった!真剣さが伝わらないってボコられるかも……いや、生き埋め?)

 

 

そう覚悟した清蔵、テイルの父は表情を崩さず、立ち上がって清蔵の前に近付き、清蔵の目を見つめた。

 

(ギャアアアッ超怖ぇぇぇ!なっ、何すか?不採用で生き埋めっすか!)

 

だが予想にはんして彼はニヤリと笑った。清蔵的にはどこぞの剣豪の威圧(わらう)に感じたが。

 

(嗤うとは、本来攻撃的なものである……を地で行ってる、笑顔が怖すぎ!こっ、殺す気か!)

 

そう思った清蔵だが、テイルの父はうって変わって優しい笑みを浮かべ、清蔵の肩を叩いた。

 

『お前さんなら、テイルの事を頼めそうじゃ。おっと失礼した、まだちゃんとこっちから名前を言ってなかったな?ワシはキイチ。これから宜しくな、婿殿。』

 

『んもう、パパったら、まだ結婚するかどうかなんて話して無いし、交際してからまだ数日よ!ほら、せぞさんが凄く困っとうよ!』

 

『ははっ、すまなんだテイル。にしてもテイル、いい男見つけたの!パパは彼ん事を気に入ったば!』

 

さっきまでの威圧感は何だったのか?和気あいあいとした雰囲気になっていたが、清蔵の方はあっけにとられたままフリーズしていた。後々キイチに聞いた所、もし娘を下さいとか先走って言ったら、わざと娘はやらん!と言って慌てさせた後に、こう言うと盛り上がるやろ?的な事をしたかったらしい。心臓にすこぶる悪いドッキリであったが。

 

『いや、そのご尊顔でそれやられたら心臓に悪いですよ!』

 

『ははっ、すまなんだ。娘の巣立ちを複雑な思いで見送るなんて憧れちょったからの、ちょいと頑固親父を演じさせてもろたば。ハンニと同様、わしも驚かせたりからかったりが好きだからの!』

 

(いやいや、からかう目じゃなくて獲物を射殺す目だったんすけど……しかし演技で良かったぁ。つーか中身も文太さんかよ!)

 

こうしてテイルの両親公認で交際を正式に始める事となる。

 

 

婿殿へ

 

初めての対面の時、私は婿殿の目を見て、テイルが惚れたのも致し方無しだと感じました。キリッとした顔立ち、鍛え上げられた肉体、そして何より正直な男……貴方ならきっと愛娘を幸せに出来ると確信しております。

 

テイルはああ見えてか弱く、臆病な所もあり、小さい頃から私にべったりでありました。過酷な奴隷生活の中で、娘だけは守らねばと、妻のハンニと共に愛情いっぱいに育ててきましたが、少々過保護過ぎたかと、我々両親への依存が強い所を見ると感じる次第でありました。

 

ですが、貴方が来てから、テイルは親離れを果たし、表情も以前に増して明るくなりました。一人の娘の父として、娘が私から離れて行くのは複雑な部分もありましたが、だからこそ、娘の幸せを思って、貴方に娘を頼みたい。

 

ーそしてこれからも宜しく、婿殿

 

 

キイチ・オーガスタ

 

 

その日の夜、キイチは手紙を書いていた。先程まで娘のパートナーとなる人物と対面し、自らの心中を打ち明け、酒を酌み交わした男の度量と気骨に惚れたキイチは、しっかりした形で思いを伝えようと手紙を書くことにしたのだ。

 

書き終えると手紙を封書し、寝室へと行く。部屋には妻のハンニと愛娘テイルが小さく寝息を立てていた。キイチはテイルの枕元に行くと、娘の顔を覗き込んだ。健康的に育ち、妻よりも背が伸びたが、その顔立ちはまだあどけない少女の顔立ち。寝顔は幸せそうな表情を浮かべている。

 

(テイル……パパは今までお前が幸せを掴むまでは守らねばと、必死になって働いて来たよ。命懸けで亡命した時、お前はまだ14歳だったな……あの粗野で下劣な領主にお前を差し出せと言われた時、私は亡命を決意したのだが、あの時の決断は正しかった、そう思うよ。)

 

キイチはかつて亡命して来た時の事を思い出した。テイルはハンニに似てとても美しい姿をしていた。そこに奴隷領主は目をつけたのだ。幼女趣味だったその男は、テイルを自らの愛玩動物にしようと企んでいた。娘の将来を思ったキイチは一念発起して、二人を連れて監視をくぐり抜け、隣国のカン=ムへと逃れた。領主の追っ手は中々にしつこく、亡命の最中は自慢の肉体を以てそれらを撃退していったが、ある時、元々奴隷仕事でボロボロになっていた足がついに悲鳴をあげた。左足のアキレス腱が断ち切れ、右足は膝の靭帯がやられた。さらにカン=ムの首都エルフランドは他国の奴隷階級以下の亡命を認めていなかった為、カン=ム辺境のナハト・トゥにまで行く事を余儀なくされた。そこから国境を越えれば奴隷の存在しないエウロ民国だったが、キイチの肉体はそこまでにかなり消耗しており、結局はナハト・トゥを定住の地とする事にした。

 

幼き頃のテイルは、父のそんな姿を見続けていたので、ボロボロになるキイチの姿を見るたびにいつも泣いていた。キイチはいつも大丈夫だと言いながら、辛そうな顔はおくびにも出さず、彼女を慰め続けた。ナハト・トゥの町長アールは彼等の心情を鑑みて、快く町への定住を認めた。その恩に報いる為に、テイルがまともに動け無くなったキイチの代わりに働くと聞いた時は、初めは反対したキイチだったが、ハンニにも説得され、町役場での仕事を認めた。ここに来て、幾分か明るさを取り戻したテイルだったが、帰るとやはりキイチにくっつき、泣いていた。言葉ではキイチを安心させたいと言いながらも、テイルが本当は逃げ出したい位に怯えているのだと悟り、少しでも体を元に戻さねばとリハビリに励んだ。

 

そんなテイルが家に帰っても泣かなくなったのは、警察署が出来てからだった。テイルは悠々として清蔵の事を話し、表情も笑顔が多くなった。娘の変化に戸惑いつつも、その変化に一番喜んだのは、他でもないキイチだった。

 

『テイル……パパにはママがいる、だから婿殿との幸せだけを考えて生きなさい。』

 

キイチはそう言うと、テイルの頬に口づけをして、キイチは自分の寝床へと入った。

 

 

『え……ちょっ、何これ?』

 

翌朝、清蔵が自室で目を覚ますと、普段するはずの無い朝食の良い香りが漂っていた。服を着てその方向に行くと、テイル一家が総出で朝食を作っていたのだ。

 

『おはよう、婿殿、もとい清蔵君!』

 

『おっ、おはようございます……って何で皆さん俺の部屋で朝食作ってたんですか!』

 

驚きを隠せない清蔵。酒を酌み交わしている時も、あくまで段階を踏みたいと言ったのだが、どうもこの家族はそういう所に対しては手が早いようだ。みんな割烹着的なものに身を纏い、手の込んだ料理を作っている。

 

『あら清蔵君、貴方結構な健啖家なんですってね、だからテイルとパパちゃんと一緒に豪勢な朝食をってね☆』

 

『うっ、うす、ありがとうございます……しかし朝からえらい量ですねこれ……』

 

『ははっ、こう見えてわしは料理は上手いぞ、きっと味のよさに量が多いなんて関係無く平らげてしまうば。おう、ママちゃん、テイル、盛り付けば綺麗に。』

 

てきぱきと動く様は見た目も相まって割烹料理屋の親父そのものだった。テイルは鼻歌まじりにそれを手伝う。一家揃って料理は上手いらしく、ほんわかな雰囲気と違って動きに無駄が無かった。一人暮らしにはいささか広すぎたテーブルの上に、置く所が無い位に料理が置かれていた。引きまくっている清蔵の思いとは逆に、腹が大きく鳴り、唾液が口を覆っていた。

 

『はっはっは、体は正直じゃの!さ、遠慮はいらん、みんなで頂こう!』

 

『マジっすか……』

 

清蔵はオーガスタ家にすっかり気に入られてしまった。戸惑いがマックスになりつつも、清蔵は元世界での家族の事を思い出しながら、団欒の良さを噛みしめるのだった。

 

 





警察らしい仕事いつちゃんと書くんだよと突っ込まれましたw

次回からはしっかり書いていきたいと思います。


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第21話 新人教育(わからせ)

ここから暫くは文字通りの日常編になります。


 

 

怪我も無事回復し、心身共にリフレッシュ出来た清蔵は、1週間ぶりに警察署へと勤務した。この1週間、何もせずにいるのは回遊魚宜しくな性分上辛抱ならなかったので、清蔵は休みの間に考えていた新設予定の部隊についてワフラとキスケに相談をしようと決めていた。二人をその新設の部隊の教官とする為に。

 

実の所清蔵はワフラとキスケの鬼軍曹な指導方法を快くは思っていない。しかし、そんな二人だからこそ出来るうってつけの構想は練っていた。鬼軍曹こそ必要になると。ナハト・トゥは本町、新町と離れの集落を合わせても良いとこ四千人の町、ガチガチの軍隊等存在していないし、そもそも重要な拠点でもないので必要がない。他の異世界小説あるあるな、魔王がいるとかそう言う世界では無い上、タイーラ連合国は足並みが揃ってない割に、大きな戦争と言う戦争が発生しないのもあった。故に、極端な軍備を持てばカン=ムの首都エルフランド辺りから要らぬ目を付けられる、場合によっては自治権を奪われかねない。ならば、警察の管轄内で、有事の時に動ける者を育成すると言う意味で機動隊の設立は適当だった。機動隊は武装警察的ポジションだが、有事の際にガチガチの装備を固めると言う部分を除けば、普段は他の警察官と変わりない。違う事と言えば、血の滲むような肉体錬成、訓練による統率された動き、そして他の警察官以上に上官への徹底した服従。警察の中でこれ程軍に近いものもそうそうない。そう言った観点から、ワフラやキスケの熱血指導が適任と清蔵は思った。

 

『清蔵さん、一体どういうわけで俺らの指導を容認するんじゃ?あんなにパワハラパワハラ言うとったのに。』

 

今までの警察指導に関して、パワハラ気味で清蔵からは慎むよう口酸っぱく言われてきたキスケ達は、いきなり呼ばれて二人の熱血指導が欲しいと言ったものだから、戸惑いを隠せない。清蔵は機動隊の設立と、機動隊とは何かをこと細かに説明した。かく言う清蔵も、機動隊については所属した事もない為、警察学校での知識としてしか知らないのだが、同期の警察官に機動隊の人間がいたので、指導実態と機動隊の存在故にその指導が良い事を頭の片隅に記憶していた。戸惑っていた二人も説明を聞くと納得した様子で目を輝かせていた。

 

『つまり、一般的な警察では対応しきれない事案に対しての、完全武装による鎮圧隊か。確かに、軍に似ちょるば。清蔵さん、もしかしてこの前の事件を教訓にしちょるのか。』

 

『そう言う事だね。』

 

通常の警察官と違い、有事対応の為、ユルい雰囲気では締まらない(勿論普通の警察官も勤務中は締める所は締めているし、決してユルくは無い)。例えば日本の機動隊の場合、安保闘争時代の極左勢力等、大規模な武装集団を相手していた時、武装した彼らの姿を見た人々もいたと思うが、任務の危険度は高い。かつこの世界は中世ヨーロッパな治安、警察署の存在で町の安全が向上したとは言え、第二のコーリンがいつ出てきてもおかしくは無い為、清蔵は思い切って設立しようと考えたのだ。

 

『警察官としての矜持、それはこっちに来てから確固たるものに変わった。甘ちゃんな俺でも、時には心を鬼にしなければならないと痛感もしたよ。この前のコーリン鎮圧は危うく殉職者を出す所だったしね。ただ、そうは言いつつも俺は鬼になりきれない。だから、この世界の情勢を良く知り、信頼も高い二人に機動隊の指揮と錬成をお願いしたいんだ。まあでも機動隊でも極力相手を殺すなってのは一緒だけどね。』

 

二人は清蔵の言葉の後、暫し思案に入った。丁寧な清蔵流の指導は、町の基本的な治安維持には向いているが、部下の中には、ものごし柔らかい清蔵の指導を嘗めて聞かない輩もいる。機動隊の設立でそう言った連中の精神を叩き直し、いざと言う時に信頼出来る人間を鍛えておくのも良いなと思った二人の返事は早かった。

 

『せぞさん、任せちゃりぃ!あんたには返しきれん位大恩がある、そんぐれぇの事、見事にやっちゃる!』

 

『ワシも同感じゃ、最近の首都周辺の悪い噂もある、あんたの言う機動隊はきっと必要になってくるば、やって損はなか!』

 

『ありがとう!恩にきるよ!』

 

異世界の地に、機動隊が正式に設立する事になった。

 

二人はまず手始めに、清蔵に嘗めた態度を取っていた人間を選んだ。表向きは、機動隊の素養があると言う名目で……体の良い再教育である。これに関しては清蔵も黙認を決め込んだ。

 

『そこのおめ、そう、おめだよおめ、ちょっとこっち来ぉ。』

 

『わっ、ワフラ警視、キスケ警部?!どっどしたとですか?!』

 

『おめはいい面構えをしとる、新設の機動隊が出来てな?人選は俺達に任せられた。おめは選ばれたんば、おめでとう。』

 

『そうっすか?うわっ、やったー!俺頑張ろ!』

 

御愁傷様……と遠目から見ていた清蔵は思った。しかし機動隊の訓練の厳しさを知って泣きついても、清蔵は甘い言葉を掛けないと誓った。骨を軋ませて上にのしあがる人間にこそ水があうかもと。指導の良し悪しは人それぞれ、清蔵はあくまでもまっさらな新人教育の方が向いている。

 

『しかし本当にあの手の人間の扱いには困るよ。俺だからまだ寛容に済ませてたけど、あの二人相手に舐めたヤンキースタイルで接したらどうなるか……まあ今までの行いを悔やみなさい。それに、機動隊いっぱしになれば、肉体的にも精神的にも成長するさ。』

 

数日後、嘗めた若者達は案の定、ワフラとキスケの鬼のしごきの前に、甘い考えを改める事になった。借りて来た猫のように縮こまり、訓練後は市場のマグロ宜しくな状態。キスケとワフラの声が響けば、ビシッと立って敬礼をする。

 

『すっかり従順な子達になっちゃったね。鬼軍曹コンビ、ありがとう、いい薬です!』

 

 

機動隊の設立により、10名程の補充人員を本署に採用する事になった。新採用の若者達の目を見ながら、清蔵は挨拶をする。

 

『ナハト・トゥ警察署の署長、児玉清蔵です。宜しく。』

 

若者達は何処か嘗めきった態度を隠さずに、ちぃーすと声を掛けた。中には声も掛けず中指立てている者までいた。

 

(おいおい、仕事したい人間の態度じゃねぇぞこいつら……と言うかガリガリの体つきで良く粋がれるよなぁ。っつーか誰だよこいつら採用したのは……って人事はワフラだから、あっ……)

 

清蔵もワフラやキスケ程では無いにしろ、その態度にはキレそうになったが我慢して彼らとの対話を続ける。生意気ではあったが、ワフラが採用した事から悪い人間ではない事は分かったからだ。

 

『何で警察になったのか、そして警察官としての目標を聞かせて欲しい。』

 

『えー、面倒くせぇ、自由でいいだろおっさん。』

 

『ん?』

 

その一言は流石に頭に来たが、これも何とか我慢したが、それを勘違いした若者達は暴言を続けた。

 

『署長かなんか知んねぇけど、あんたには従いたくねぇんですけど……えっ、ちょっと!』

 

清蔵は目の前にいたヒョロガリオーガの胸ぐらを掴み、片手で持ち上げた。いい加減我慢の限界が来た清蔵は一喝した。

 

『態度を今の内に改めなさい!警察に就くのにそれでは生きていけんよ!(てめぇらええ加減にせぇよ!警察官として以上に、社会人として今修正してやっぞボケエ!)』

 

警察署内に響く程の清蔵の怒声が響いた。あるものは震え、あるものは気を失った。

 

『……と、すまないね、つい熱くなってしまった。しかし社会人としての自覚を持って最低限の礼儀を学んで欲しい。俺だからそこまで厳しくないけど、怖い上司、例えば副署長や警部はその辺しっかりしないと鉄拳制裁もあるよ。そしてもうひとつアドバイスをしよう、初対面の人にそう言った態度で接したら、君達だって気分がいいものじゃないでしょう?今日から昨日までの甘ちゃんは卒業、節度ある社会人に、わかりましたか?』

 

『はっ、はいぃ!』

 

清蔵も流石に怖がらせたと思ったのか穏便な声で彼等を諭す。本音の方を出さなかったのはまだまだ理性が勝っていたからだったが、こちらの方が出ていたら、彼等は逃げ出していたに違いない。新人達はこの件を機に変わるだろう。変わらなかったとしても、キスケ、ワフラが許さないので変わらざるを得ないだろう。清蔵は警察署発足当初に採用した真面目なシシ達若者と、今採用された馬鹿……もとい若者達との余りにもの乖離(かいり)に頭を抱えた。危うく暴力に訴えそうになった自分を抑えながら新米との顔合わせが終わった。テイルが面談終わりの清蔵に声を掛けた。その表情はやはり心配しているのだろう、若干潤んでいた。

 

『せぞさん、大丈夫?凄い声が聞こえたから心配したとよ?何かあったの?』

 

 

『テイルちゃん……いや、あの、新人達の態度があんまりだったもんでついね……心配かけてゴメン。ああいう若者を見てるとさ、なんかこう、遠い昔の自分を見ているようで沸点が下がって仕方ないのよね。いや、流石に俺でもあそこまではひどく無かったよ?はぁ、これからの事考えると頭痛いわ。』

 

若者全員を問答無用で鬼軍曹コンビのブートキャンプ……もとい機動隊に送りたくなった清蔵であった。

 

 

 

 




清蔵は基本部下や後輩に鉄拳制裁はしません(殴るとは言っていないが、その他については……あっ……(察し))。まあでも体罰だパワハラだと世間が騒ぐのを良い事に口だけ達者な人間が入るとそれはそれでうざいよね……それでも作者の新社会人の頃よりは節度ある人の割合が増えてますがw


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第22話 児玉清蔵警視正のそれなりに忙しい日常

長編よかこんな感じの短編が書きやすいw因みにマンガなんかもこち亀のような基本1話完結系が好きです。


 

 

最近になって改めて分かって来た事がある。こちらの人達、頭良い。どっかのネット小説の異世界ものの住人って、頭アーパー系が多数だけど、この世界は違う。魔法で何でもやっちゃうチートとかいないのに、古き良き時代のジャパンクオリティ的仕事をやってのける等、凄まじい。どっかの何とか国みたいな粗悪品を作るような事は決してしない。つーかライフルや拳銃に関してより改良したりしてんのよ……嘘みたいだろ?ニュー南部からM500レベル(市販品拳銃の最強クラス)の拳銃作っちまったんだぜ?しかもなんとマグナム弾まで精製しちゃってんだよ、異世界マジ半端ねぇって!ライフルに至ってはオートガンをヒントにセミオートライフルが完成しました……何これ怖すぎる。下手すりゃアサルトライフル作りかねんので銃に頼らない警察の逮捕術は熱心に教えてるよ。まあワフラが量産すんなって釘を刺したらしいからそこは自重してくれるかな、そうである事を祈ろう。

 

しかしこの世界の恐ろしい所はそれだけじゃねぇぜ?なんとなんと、特殊警棒等に使われる合金の精製までやってのけました……ええい、異世界の技術は化け物か?!でも特殊合金製の装備はあくまでも機動隊のみにしてる。まあ警棒は全員に持たせるけど。

 

 

発足から1ヶ月、清蔵肝いりの機動隊は順調に隊員の練度を上げていた。かく言う清蔵も週に3日は顔を出して、隊員達と汗を流していた。1ヶ月も練成訓練をしていた隊員達は、自信も付いてきており、片手間で訓練している清蔵に合法的にちょっかいを出せると意気込んでみたが、蓋を開けてみれば、涼しい顔で訓練についていく自称中年の動きの良さと無駄に洗練された無駄の無い無駄な動きに翻弄されるばかりだった。その様子を、指導教官たるキスケが見ながら、清蔵に話しかける。彼もまた、隊員達と同じ装備をしながら涼しい顔で先程までランニングをしていたのだが。

 

『おう、清蔵さん、どうじゃヒヨっ子達の動きは?』

 

『うん、控え目に言って、警察学校卒業したての巡査位かな?機装一式を着用して涼しい顔して町の外壁を走れるレベルにならないと、いっぱしとは言えないね。』

 

清蔵は敢えて厳しい物言いをする。機動隊員に関してはオブラートに包まず意見を言う事が、キスケの発案で採り入れられている。清蔵は元世界の機動隊員からの話も考慮しながら言葉を言っているので、清蔵の評価はあながち間違いでもなかった。

 

『しっかし清蔵さん、あんた本当に頑丈やね、神様からギフトでももらっとんのか?』

 

キスケがちゃかし気味にそう聞く。清蔵はいたって真面目に答えた。

 

『言ったろ?貧しい漁師の生まれでガキの頃から骨を軋ませてたって。単純にバックボーンがあるからってだけだよ。けどここにいるみんなが錬成訓練を難なくこなせるようになったら、俺なんか軽く越せるって。それは保証するよ。』

 

『だそうだ、ちゅー事で、町外壁をもう一周じゃ!』

 

『ひぃい、あんまりだぁ!』

 

『ん?ヒョッコの分際で文句言ったのぅ?まあ許そう、さっさと二周してこい坊主共!』

 

キスケは容赦しない。清蔵はやれやれと言った表情で彼らにアドバイスを送る。

 

『背筋を伸ばす、盾はしっかり保持しつつ、軽く脱力をするように持つ。ほらっ、ヘルメットはちゃんと被る!緩くしてるから逆にしんどいんだぞ?防弾ベストと各所のプロテクターは多少きつめに固定して。』

 

そう言いながらそれらを持って軽く走る。余りに自然にそれをやる様に、隊員達は引き気味だった。

 

(ひそひそ……あの人本当に30過ぎのヒューマなのかよ、化け物だぜ?体力落ち目とか嘘だぜ絶対……)

 

(ひそひそ……ほんとに、一体何喰ったらあんななるんだ?)

 

『ガキ共ぉ、聞こえとるぞ!ぶったるんどるから五周するまで帰って来んな!おらぁ、走れ!あんま遅かったら更に走らす!』

 

『『はっ、はいぃ了解ぃ!!』』

 

キスケの鬼軍曹ぶりに苦笑しつつも、彼らが着実に様になってきているのを清蔵は感じていた。

 

 

ふぅ、いい汗かいた。さて、機動隊の後は警備部新設の相談の為に顔出しだな。サカサキに旅行行った時に、山田が公安を構えてたけど、こっちもこっちで準備をしていたのよ。まあ、リアルの公安のギスギスっぷりには、同業者たる一般警察官からもうざがられ……もとい一目置かれてるんで、そこはナハト・トゥの町外から来るであろう脅威に限定して行う事にしてるけどね。

 

その為には、監視対象組織とか、人事をどうするかとか決めなきゃならない。監視組織の方は、大方のめぼしを博識のフラノ君から調べてもらったよ。えーと、1つ目は……赤旗党?名前ヤバくないか?色々と。どうやら話によると、カン=ムをはじめ三カ国で活動している暴力革命も辞さない危険な革命家勢力らしい。聞いてて響きが危ねぇ……幸い奴らの主要拠点は都市部に集中してるから、ナハト・トゥでそれらの噂は聞かない。つーか異世界に来てまで赤旗って……やっぱ暴力革命起こす気なんだろうか?もう一つの監視組織は……こっちは山田から聞いていた、神教原理主義集団、法撰の会。うん、これまたヤバくない?神教ってのは元世界における多神教のそれに近いらしいんだけど、やってる事は一神教の過激派組織のそれなんだよね。どの世界でも宗教の原理主義者はいるんだなぁ。この連中、宗教革命でタイーラ連合国を解体してやるって頭イカれた連中だ。神の名の下なら何やってもいいって連中。全く、自由を履き違えなさんなっての。好き勝手やっていい自由なんて虫が良すぎるだろ馬鹿が。

 

『えー、警備部はこれらの組織の犯罪に対する隠し刀である。つっても、仲間うちでも秘密秘密をやるようならそもそもいらない。かと言って口が鳥の羽よりも軽いアンポンタンには向かない。ついては人事を決めるのは俺とワフラ、そして共同で機動隊を指揮しているキスケで決めたいと思う。』

 

会議をそこで終わらせ、清蔵は席を立った。新たに発足する警備部の選定、そこには極端な身内人事はしない事が明記されていた。更には口の軽い者は弾かれると聞いて、数名が既に諦めているようだった。俺は元世界の警備部の話しを彼等に伝えていた。内容が内容だけにシビアな警察の闇を話す事になったけど、綺麗事だけでは、テロ組織には太刀打ち出来ないしね。それに求められるのは隠密性、目立つ人間には向かないのでこの世界でありふれた種族がいいから、現状ヒューマかオーガかドワーフが適役になるのよ。絶対数的には獣人もだけど、見た目が特徴的過ぎてバレバレってのは、サカサキの件で実証済みだ。山田は何故か入れてたが、あいつの意図だからそこは参考にしちゃダメかな。取り敢えず、警備部に関してはまだ人選に時間がかかるからまだ名前だけになるね。だから諦めてるそこの犬耳お兄ちゃんと虎のお姉ちゃん、まだ判らんよ?君らの素行次第さ。

 

 

コーリン撲滅から三ヶ月、警察署周辺に次々と建てられた建築物。人口は亡命者を順次受け入れていた関係で新町は500人に達した。また、本町も治安が良くなって来た為か、こちらも近隣からの人間を受け入れ、300人が新たにやって来た。町の人口が増えれば、自ずと犯罪者の数が増える、対策をしなかったらの話だが。身分の保証は出自をはっきりさせている限りは安泰だと亡命者に伝え、大人から子供まで、学びたい人間には学習の機会を与える。特に道徳教育については力を入れた。フリードニヒ・ニーチェ辺りが聞いたら批判するだろうが、最初から強い人間などいない為に、ある程度の道徳は必要だと言うのが清蔵や町長の考えだった。

 

異世界の倫理観を世界レベルで変えようとは清蔵は考えていない。ただ、せめて署の周りの人間だけでも、高尚な倫理観をと訴え続けた。そこで清蔵はナハト・トゥ本町以外のナハト・トゥ自治区領集落に目をつけることにした。自治区……カン=ム帝国は広大な上、基本的に首都エルフランド以外はほったらかしと言っても過言では無い。そこで、主だった地方都市や集落に関しては自治権を持たせ、取り決めた代表者が直接統治する権利を持っている。ナハト・トゥは本町がその役場になっているが、実はナハト・トゥは他にも三つの集落があり、その周辺に派出所や駐在所を作ろうと言う話が出ている。

 

基本的に署の支所たるそれらを、子供達の勉強の場にしようと考えている町長の意見を踏まえて、清蔵は開拓課を従え、周辺集落で一番大きいスバリュへと足を運んだ。スバリュに着くと、そこはなんと言うかのどかな山間の村と言うイメージだった。確かに武装より、子供達の学び場を作った方が断然良いと想像がつくような場所である。清蔵は集落の長を任されているマークと言う人物に会いに行った。

 

『どうも、児玉清蔵です。』

 

『父から話は聞いとります、マーク・ナイトです。』

 

マークは町長の息子だった。役場の人間は基本、学のある有能な者ならば誰でもなれるのだが、殆どが昔から住んでいる地元の豪農だとかが多い。ナハト・トゥの人口の半数が亡命者や移民者の為に、学の無い者が多く、事実上世襲制と言っても差し支え無いのだ。しかしこのマークはただのお坊ちゃんではなく、成人してからこちらの集落で運営に当たり、特別扱いされる事なく役所仕事に励んでいた中での集落の纏め役なのだ。町長があからさまな世襲的考えなら、町に置く所だが、彼は敢えて引き離した。

 

『町長は身内には中々のスパルタのようですね、だからこそ人が付いてくる。』

 

『父は町の改革に積極的でしたからね。私も最初は戸惑っていましたが、今なら分かる……将来の為だったと。』

 

マークはそう言い、微笑んだ。年齢的には清蔵と同年代の彼は、都の世襲制の腐敗を聞かされていたので、町長の行動に理解を示していたのだ。

 

(頭の出来が違うな……元世界にも二世政治家であっても素晴らしい奴はいたけど、そう言う所の人って大体スパルタらしいからバカなお坊ちゃんのイメージって薄いもんだね。タレントのウィッシュな人も甘やかされてなかったようだし、そこは所作と人柄が出るんだなぁ……)

 

清蔵は集落の長を任されているマークの言葉や所作を見ながら、そう感想を持った。

 

『児玉さん、この集落に警察の派出所をと言っていましたが、ここは本町からかなり離れている上に重要な所では無いです。父の考え的にはいざと言う時に有事に対応出来る教育者を派遣する、そんな考えだと思います。』

 

スバリュ集落は農業の地域、かつ気候も安定している為に平穏だった。更に周辺を山に囲まれている関係から、他の入植者や支配者に狙われにくかったのも大きい。惜しむらくは子供達も農作業に従事している関係で勉学に疎い所だった。清蔵は決意した。開拓課を派遣すると同時に、学のある人間を連れて子供達の教育を促そうと。

 

『やれるだけの事はやりましょう、かつ、派出所の設立で野盗からの治安維持も付けれれば良し。』

 

 

ふぅ、何とか上手くいったかな?本町と新町以外の集落にもこうして顔出したり開拓したり、仕事が増えるのは嬉しいけど、ちょっと疲れちゃったかな?スバリュ集落、隣国の街のサカサキよか遠いから疲れるよこれは……帰りつくのに3日かかったよ。向こうに開拓課の数名を残して、俺は署に戻って装備等の確認、検挙した被疑者を奉行所に送るかどうかのサイン、部署ごとの仕事の進捗確認と、やる事は山積みだ。朝に戻って来てから昼過ぎまでにそれらを終わらせてひと息ついてると、テイルちゃんが署長室に入って来た。

 

『せぞさん、そろそろご飯にしよ。』

 

『いいですとも!』

 

警察署での昼休みの時間は部署や当番の関係でバラバラなんだけど、テイルちゃんはその辺を頭に入れているおかげで、仕事に没頭しがちな俺が昼飯を食い忘れる事がない。お手製の弁当は今日も美味しそう……これをほぼ毎日食ってるから俺元気なのよね、ありがたや。

 

『せぞさんいつも幸せそうだね。』

 

ふいにテイルちゃんがそう言ってきた。そりゃあもう、あっちの世界で空だった心の頃に比べたらもうね。

 

『あっ、せぞさん、口が汚れてるよ!』

 

すんません、食べ方は余り綺麗に食べられないんで。あっ、口を拭いてくれんの?端から見たら子供かと陰口叩かれてますが、否定出来んですはい。年齢は上ですが、精神年齢はわてくしの方がお子様ですゆえ……ついでに拭いてくれてるテイルちゃんの体が近いのでそのお山をガン見しちゃってます。

 

『もう、ほんとにエッチなんだから。また声に出しとぉよ?』

 

うっ、うい……俺ってやっぱ感情を抑えられないのかな?ワフラにも言われてたけど。でも幸せの感情だけは出したって良いよな?

 

 



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第23話 遠い記憶から

凄い短めです。この話は第3話の頃には出来てたのですが、中々挟み所を見つけられなかったので放置してたんですが、話も進んできたので入れてみました。


 

 

 

警察官は公務員である。故に、他の公務員と同様、公務員試験を受けて合格する事で警察官となる。試験は他の公務員と比較して難易度は一番下と言われている。しかし警察官として働く為に大きな壁となるのが、内定者が必ず入る警察学校である。集団生活を徹底的に叩き込まれ、モラハラパワハラ当たり前な教官の叱責怒号が飛び交う。

 

肉体錬成も当然絡む、柔道や空手等を駆使した徒手空拳での犯人検挙術、犯人役の教官は本気で殺しにかかってくる程に暴れる。清蔵と共に警察官の道を進んだ木尾田と山田も、この殺しにかかってくる犯人役の教官に襲われたに等しい形で殴られた。二人は本質的に暴力が嫌いな為に我慢はしていたが、内心はキレてもいた。

 

清蔵はその怒りを隠すことなく発露していた。いくら正式に配属された時に役に立つ訓練とは言え、友人を殴る蹴るした教官に清蔵はキレた。順番が周り、確保班に回った清蔵は、犯人役の教官と対峙、教官は模擬ナイフを手に、清蔵に襲いかかる。清蔵はギリギリまで避けずに、ナイフが当たる寸前でかわしながら、教官の顔に思い切りパンチをめり込ませた。

 

『いくら教官っつっても、限度があるでしょうが!』

 

そう叫ぶ清蔵の声はのびた教官には届かない。近くで評価を書いていたもう一人の教官が清蔵に詰め寄る。

 

『貴様ぁ!歯を食いしばれ!その根性叩き直してやる!』

 

拳を清蔵に振るう、清蔵はギリギリで当たった瞬間、顔と上体を流すようにして受け流して、その教官の腕をひねり、畳に叩きつけた。

 

『警察学校が新人の教育の場じゃなくて実際に配属された時に問題を起こしそうな奴を振るいにかける場だと言うのを知ってます。しかし、ネチネチと人をいじめるようなやり方、理解は出来ても納得はしない!』

 

『ぐくっ、貴様ぁ……犯罪者予備軍め!懲戒処分にしてやるぞ!』

 

『そんな権利、あんたにねぇだろ?それに警察学校で起こった不祥事は公表されない。しかも俺はあくまで犯人検挙の訓練をしていただけ、あなたを投げたのも防衛反応からです!』

 

清蔵は警察官としては不向きなのかも知れない。縦社会の構図に常々疑問を持っていた人間、かつ、自営業の家の生まれであり、組織としてより、一船の主たる経営者、と言うより小さな商店を一人で切り盛りするタイプの人間だった。物心ついた頃から漁師である父の仕事を手伝い、骨と肉体を軋ませて来た。父から受け継いだ頑丈な体は、高々中学校辺りから部活で適当に鍛えただけの人間に遅れをとるような代物ではなかった。

 

他の教官も騒ぎを聞きつけ、清蔵を取り押さえようとする。内々に片付け、清蔵の警察官への道を閉ざそうと言う思惑を感じた木尾田と山田の行動は早かった。清蔵を警棒で叩こうとした教官を木尾田は腕を取り、そのまま一本背負い。190cmの長身から繰り出される一本背負いの強さに、教官は受け身もろくに取れず失神した。更に清蔵に被さろうとした教官に山田が横蹴りを入れて倒す。残りの教官は清蔵が頭を掴み、力一杯に握りしめて落とした。清蔵達の行動に感化された同期達も、気が付くと加わり、とんでもない暴動となった。三人はその後、教官達の意向により1週間の謹慎を言い渡されたものの、教場(警察学校の学びの場)での実態が同僚たる新米警官達にリークされた為、その後は何の影響もなく卒業した。

 

『ふふっ、清蔵。お前のお陰で楽しい学校生活を送れたよ。』

 

木尾田は穏やかな顔でそう言葉をかける。教場暴動の件関与以外での木尾田の成績は良好そのもの、特に座学に関しては警察大学校の上位の連中にすら比肩するものだったと言う。教場暴動に関わった教官は全員解任され、新たな教官達は清蔵をはじめ木尾田達の事を高く評価したのだ。

 

『そう?あの時は頭に血が昇りすぎてさ、冷静になった頃に終わったなと思ったのよ。』

 

まさかクビになる処か、謹慎明けは何のおとがめもなく卒業出来るとはと清蔵は回顧していた。通常、教場で教官らに一度目をつけられれば退職に追い込まれるのが普通だったが、この時は二人をはじめとした同僚達に恵まれたと言うべきだろう。教場の不満を代弁した男として、清蔵は他の同僚達とも仲良くなり、その様を新たな教官達も正当に評価していた。

 

『しかしこれからだぜ二人共。地元配属なら良いけど、これからはそれぞれ違う交番に配属されて、かつ暫くは独身寮暮らしだ。陰湿な馬鹿先輩がいなきゃいいんだが。』

 

県警の人事で、新米警官達は分配されていく。目下の地元たる向日葵市内ならそう肩肘はらずに済むだろうが、他の市町村となるとやや気が重い。特に山田は幾分か改善したとは言え、かなりの人見知りだ。

 

『大丈夫だって。永遠の別れになるわけじゃないし、こっちの片田舎の独身寮なんざ一年も経ったらとっとと出てけってなるさ。』

 

独身寮の入寮期間は各都道府県の所轄で違いがある。警視庁では数年だとか昇任するまで独身寮から出られないと言う所もあるが、地方になると直ぐに退寮と言う所もある。清蔵の言うような一年は余りにもではあるが、彼らの属する県警内の寮は大体二年ないしは三年で退寮を促されるのだ。

 

『心配はないよ。山田も清蔵も人に嫌われる人間じゃない事は、警察学校での生活で皆が知ったし、教官達にも認められたんだ。』

 

木尾田は柔らかな笑顔でそう言いながら二人の肩を叩く。

 

『ははっ、そうだな。木尾田、山田。仕事に慣れて落ち着いたらさ、皆で祝い酒しようぜ!約束だ。』

 

 

『あれからもう十数年か、あっという間だったな。何の因果かこっちの世界に三人共にやって来て、それぞれの生活をしているってのが。』

 

清蔵は改めて今までの事を回顧していた。貧乏漁師の家に生まれ、幼少の頃はいじめられて来た。家業の手伝いをしながら、将来は何になろうかと考えながら、中学校・高校で生涯の友となる二人に出会った。高校卒業後、三人とも警察官となり、社会人として活躍を夢見たが、木尾田、山田が、次々と殉職し、放心のままズルズルと続けて来た警察官。そして……署ごと異世界に飛ばされ、異世界の良心と出会い、警察の魂を、そして自分自身の心を取り戻した。激動の異世界生活は、清蔵の心を揺さぶり、一つ上の次元にその精神を昇華させたのだ。限界は自分で作るものではない、更なる高みへと自分を追い込んだ先に、本当の限界はあるのだ。

 

 



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第24話 裁量の葛藤


今回も短め……ギャグ無し、テイルちゃん無しなので物足りないかな?


 

 

 

コーリンの親玉、カマリタ。彼は逮捕後、すべての犯罪行為を認めた。否認を続け、ずっと黙秘を続けているヤヌスと違い、隅から隅まで洗いざらいの罪を。

 

カマリタは奉行所に送られ、今日その沙汰が決まる。同じ日に沙汰が決まるのはヤヌス、そして、先に自首したボッラク。被告人席に座らされた三人に、弁護士と検察官が罪状認否の舌戦を繰り広げる。陪審員がその様子を見ながら沙汰を決めつつ、奉行たる町長が三人に言葉を求める。ヤヌスは死ねと暴言を吐いた上に暴れだしたので退廷された。残る二人は、淡々と意見を述べた。

 

『暗黒街で育ち、奪う殺すの中育って来た俺が、おめおめと生きると言うのは虫が良すぎる話だと思います。逮捕され、今こうして人生の過ちを反省する場を設けてくれた事に感謝し、殺された皆さんの事を思いながら、沙汰を受けます。』

 

『私は、この町のしがない農家の次男として生まれ、何不自由なく生き、現町長のおかげで、町役場で働いていました。しかし、ギャングと繋がり、汚職に手を染め、あろうことか町長に対し逆恨み甚だしい諸行を繰り返しました。被害者の皆様には、もはや言葉をかけても許されない事でしょう。今は、沙汰を静かに受けたい、そう思っています。』

 

両名ともそう供述し終えると、静かにその時を待った。町長は真正面を向き、沙汰を申し渡す。

 

『裁きを申し渡す!元守衛所所長ヤヌス、極刑に処す。元コーリン首魁、カマリタ、無期懲役。元町長秘書、ボッラク、懲役25年に処す。カマリタ、ボッラク。ぬしらはまだ生きて償いをせねばならん。ぬしらが死ぬ事は、被害者遺族が許さぬ、そう伝え聞いておる。町の為にこれから厳しい労働が待っとる、そこでしっかりと償えい!』

 

町長アールの粋な計らい、陪審員も彼等には情状酌量があると鑑みた判断、二つが合わさった裁きだった。傍聴席から聞いていた清蔵はそれを見て、コーリンの事件の全てが終わった事を悟った。

 

 

奉行所を出て、清蔵は深呼吸した。ヤヌスの極刑が決まった事に複雑な表情をしつつも、ワフラが言った(割り切れ、でないと、あんたの心が死ぬぞ)の言葉を思い出しながら、極刑を免れた二人の事についてもある意味ホッとしていた。あの二人が町の為にこれから開拓関係の刑務作業に従事する事となるだろう、いつか再起する事を願いながら、清蔵は署へと戻って行った。

 

 

清蔵が町長に推し進めた刑法犯に対する扱いや裁判の是正案は、ナハト・トゥ全体の治安を高めただけでなく、再犯率の減少にも貢献していた。再犯率を上げる原因は、前科者を雇う仕事など殆ど無く、犯罪組織に戻ると言う悪循環を呼んでいた為に起こっている。現行の世界でも問題視されているこの対策の為に、清蔵は刑務作業者の中に刑期満了後の就職斡旋を行うようにした。

 

この案自体は町長が既に採り入れていたものだが、識字率の低さや道徳観念と言ったものの不浸透により上手く機能していなかった。清蔵は犯罪者は法の裁きによって罰を受けたのだから、刑期を終えてまで邪険にされる事はおかしいと言う考えであった。とは言え、性犯罪や窃盗・強盗犯、快楽殺人鬼と言った異常者に対してその裁きは妥当なのかと言う意見はあった。その意見を言ったのはワフラの甥っ子であり、品行方正さから早くも巡査部長に上がったフラノだった。彼は伯父であるワフラから町の犯罪者の特徴を教わっており、特に性犯罪者や窃盗犯の再犯率の高さを知っていた。これについては現職警察官だった清蔵も知る所であり、悩みの種だった。

 

『性犯罪者ってのは確かに更正より再犯のイメージだなぁ。窃盗にしても盗み癖って奴は中々治らないってのは警察学校での再犯についての学習で聞いたよ。快楽殺人については性犯罪の殺人版かな?セットになってる事例も多いね。一番質が悪いのは、そういう連中ってのは普段は何処にでもいるような奴なんだよ。治安維持改革で今手こずってるのはその辺なんだよね……』

 

再犯率は確実に下がっている。しかし、何処の世界にも、必ず異常者と言う者は存在する。しかもその大半は、後天的、つまり生まれ育った環境、周りの人間関係により道を外した者、つまりは他の犯罪者とそう変わらない普通の人間だった者達なのだ。清蔵は裁きに関しては慎重かつ丁重にと釘を刺しており、町長もそれは優先している。悩みに悩んでいる清蔵に、フラノは一つの提案をした。

 

『署長、裁量はそのままでいいと思います。ただ一つ、加えて欲しいのが、前科3つで罪の軽重に関わらず、死刑或いは無期刑になるようにしてはどうかと。』

 

『スリーストライク・ルールか……』

 

スリーストライク・ルール……アメリカのある州で実際に採用されている、再犯を繰り返した者に対する取り扱いである。銃社会アメリカは、世界有数の犯罪発生大国でもあった。メキシコ系ギャング、低所得者層の荒んだ生活、ドラッグに密入国、それらの犯罪者は逮捕され、刑期に入っても反省する事は少ない。それに加えてアメリカの刑務所の多くは基本的に制約が存在しない。夕方の点呼に集合する以外は何をしようと自由(州によっては日本のように刑務作業を行っている所もある)、刑務官も薄給でやる気が無いので、汚職に手を染める事が珍しく無いと言う状況。つまり刑期を終えてまた犯罪を犯す者も多発する。苦肉の策として制定したのがスリーストライク・ルールだった。

 

『フラノ君、再犯者は更正の余地が無い、そう言いたいのかな?』

 

フラノは首を振る。

 

『署長がいつか話した言葉を思い出しまして。ホトケの顔も三度まで、でしたね。あの意味は三度目は無いぞと言う意味だったって言いましたよね?しっかりと更正の手助けをしたにも関わらず、再犯する人間はいます。二度目までは誰かに唆されてって思い留まれますが、三度目となったら……僕でも許せ無い、そう思ってこの案を出しました。』

 

温厚なフラノに宿ったその目は、再犯を起こす不届き者に対する怒りに満ちていた。フラノは巡査部長に昇任後、受刑者の手助けをする更正職長も兼務していた。更正の為の手助けをしながらも、再犯してまた同じ顔ぶれの者の反省の無い態度に怒りを覚えていたのだ。清蔵は暫し考えた上で、その案を採用する事を町長と話す事を確約した。今日の裁判、特にヤヌスの裁判時の態度等を鑑みるに、本当にどうしようもない人間と言う者を目の当たりにした事が決定的だった。

 

『今日は色々と考えさせられた日だな……まだまだ頑張りが足らなかった所があるって事か。』

 

清蔵は異世界においても、裁量の葛藤は存在し、理解は出来ても納得は出来ない事もあるのだと思い知らされた。警察はあくまで逮捕する事が任務ではあるが、その逮捕の時点で社会的立場が無くなり、人生が狂う事が多い。元世界で散々見てきたそれを、この世界でも見る事になるとはと……清蔵はまたひとつ、新たな現実を受け入れていくのだった。

 

 



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第25話 それぞれのそれから


今回は転移、転生者の様子についてちょこっと触れる話です。木尾田とか殆ど登場してなかったので触れとこうかなぁと思い(本当に触れる程度ですが)


 

木尾田雅人

 

白戦会事件……正式名は広域指定暴力団白戦会による麻薬密輸及び武器密輸による捜査に伴う暴動鎮圧事案。木尾田は前線の突入班におり、果敢に事務所へと突入し、手に携えた拳銃を放ちながら内部の構成員の鎮圧に……その時、低く構えた構成員のアサルトライフルが木尾田の至近距離に構えられ、三連バーストの音が響き、吸い込まれるように木尾田の防弾ベストを貫き、肋骨の隙間を縫うように、心臓を破っていった。

 

薄れゆく意識の中、彼が口にしたのは、最愛の女性の名ではなく、自らを友と呼んでくれた、最高の友人の名だった。

 

『清、蔵……ごめん……』

 

木尾田が次に目覚めたのは、中世ヨーロッパな雰囲気の街角。しかし聞こえて来る言葉は日本語、それも妙に訛りがある。木尾田は路上に寝ている状態だった。姿は白戦会に突入したその時のまま……撃たれた場所には穴が空いていたが、体の方は何とも無い。木尾田は今、混乱の中にいた。

 

『あの……大丈夫ですか?』

 

木尾田にふいに声をかける人物、その姿は特徴的な長い耳を携えていた。肌はやや褐色気味で、顔立ちは非常に幼さを持ち、背も小さめな少女。耳が長い以外の外見は、最愛の女性の姿に何処か似ていた。

 

『ええ、大丈夫です。僕の名は木尾田雅人、君の名は?』

 

『私、ハーフエルフのユウミ・カミュエルと言います。』

 

木尾田はユウミと名乗る彼女に話を伝えた。木尾田は別の世界から来た事、その世界で死んでいる事等、包み隠さず彼女に話した。彼女は目の前の男が嘘を言っているようには感じず、それを信じた。ユウミは暫くの間だけ、この世界とは違う場所からやって来た男のために身の回りの世話をしようと思っていた。彼女はこの世界で言う看護師であり、困っている人物を放っておけない性分だった。最初は気持ちが落ち着いたら彼に別の住み処を紹介しようと思っていたが、木尾田の優しい人柄と、異世界の話を聞いているうちに意気投合し、数ヶ月後に二人は入籍した。

 

『じゃ、ユウミ、行ってくるよ。』

 

『行ってらっしゃい、貴方。』

 

結婚してから木尾田はこの世界に定住する為、彼女の住むサカサキの役場で働く事になった。木尾田の頭は警察以外の公務員試験を楽々パス出来るような頭だったのだが、この世界の文字や風習を覚える為、半年もの間、街に関わる事がなかった。この点は清蔵と異なる部分である。

 

木尾田は役場の職員として足蹴く働き、サカサキ市の重要ポストである課長職についていた。キレる頭と、元世界の倫理観を持ち込み、只でさえ平穏だったサカサキの街をより良く変化させた。そして、ユウミとの間に子供をもうけ、幸せに暮らしていた中、今度は山田がこちらにやって来た。山田は自分同様犯人検挙中に撃たれて殉職したらしい。ああ、あまり望まぬ形だったけど、彼も来てくれたんだと喜びはあったが、次に山田が告げた言葉は、木尾田を困惑させていた。

 

(あのやっちゃんが……警察に?)

 

ちょっとわがままで、泣き虫、自分にくっついて甘えていた康江が、警察、しかもキャリア組として、しかも二つ名まで持つ程になる等、木尾田は自分の死がどれだけ影響を与えたのかをそこで知ることになる。山田は公安に、そして、一番の友人である清蔵は精神的ショックで死んだようになったと聞いた時は、声が出なかった。山田との邂逅で言葉が出なかったのは、話さ無かったのではなく、動揺で話せなかったのだ。しかし、自分は既に元の世界では死んだ人間、どうする事も出来ない。木尾田はこの世界で天寿を全うする決意をより固めた。今度は、今度こそは、死んでたまるかと。だから山田には、当たり障りの無い事を話し、平常心を装っていた。

 

 

それから月日は流れ、木尾田が異世界にやって来て早くも17年が経過していた。今現在の木尾田は、各国の奴隷階級以下の人間を解放する為に暗躍する、奴隷解放戦線のリーダーだった。現在、彼は人権侵害が甚だしいアンブロス帝国で活動をしている。清蔵がサカサキで彼に会う事が無かったのはその為だった。山田も事情を知っている為に清蔵には本当の事を伝えなかった。彼が何故、役場職員としての安定ではなく、危険なゲリラ活動に身を置いているのかは誰も知らない。だが、少なくとも、清蔵と康江のその後を聞いた時に、何かが変わった事だけは確かだった。

 

 

山田啓将

 

サカサキ市で保安部の隊長にまで成り上がった山田は、異世界の公安の長でもあった。自らの経験を元に築かれた公安の目的は、この世界に巣食う悪意を感じたから。元世界で闇を見てきた彼は、いち早く異世界の闇に感ずいていた。タイーラ全域に蔓延る暴力革命集団の存在、そしてあろうことか街を守るべき守衛や保安官がそれらと癒着して汚職を繰り返している事実が、歯車の一つだった元世界で出来なかった自分なりの正義を、この世界で全うしたいと言う行動原理へと繋がった。山田の思考は純粋であるが故に危うさを伴っていた。

 

『ダーリン、どうしたの?暗い顔して。』

 

山田の妻、サリーが用意された食事に手をつけずに考えこむ彼に声をかける。山田は努めて優しい顔をしながら、

 

『いや……何でも無いよ。ただ今度の仕事は少し大変そうなんでな。また君に寂しい思いをさせてしまうな。』

 

『ダーリンは人一倍優しいから、そうやって自分を追い詰めちゃうもんね。私の前で位は、少しは楽にしていいんだよ?』

 

サリーは山田の言葉を聞くと、凄い思い詰めてるなと言う雰囲気を読み取り、山田にそっと抱きついた。小さな体に不釣り合いなサイズの胸の感触が背中に触れると、山田は顔を赤らめながらも少し気が楽になった。

 

 

『ありがとう、サリー。』

 

山田は、ずっと考え続けてはいたが、彼が願うのはただ一つ、この世界で出会った良心を守る事だけ。山田はサリーを抱きしめると、精一杯に愛し合った。

 

 

山口康江

 

彼女はこの世界にまだ慣れてはいない。いきなり異世界に飛ばされた彼女は、ある意味一番の被害者かも知れない。社会的地位はキャリア組で階級は警視、関東のある大規模署の捜査一課に出向していて辣腕を奮っていたのだ。それが突如異世界に飛ばされ、異界の女王に将軍やってくれと言われ、今に至るのだから、慣れろと言う方が無理があった。

 

カン=ム帝国の首都、エルフランド。人口800万の人間を抱える世界第2の都市。世界屈指の魔法兵団、カン=ム法術軍の本拠地であり、首都防衛能力に関しては最強を誇る。約5000名になる魔法兵団と、25000名以上はいる武装兵団、軽く三万はいる兵士達のトップたる将軍職をいきなりやらされるのは誰だって気が滅入るものだ。康江は前から将軍職に就いているオーガのリキッドと二人三脚でそれらの指揮を執る。二人はこの半年もの間に、信頼関係を築いていた。どちらかと言えば恋人同士的な信頼関係と言った方が正しいか。

 

『ふぅ、リッちゃん、何とか終わったね。』

 

『おう、これも康江が頑張ったおかげじゃ!』

 

『もう、おだてないでよ、リッちゃん無しじゃ私なんてただの小娘なんだから。』

 

現在首都エルフランドは、現皇帝に対する不満を抱えた市民らによるデモやテロが多発していた。康江とリキッドはそれらを鎮圧する為に、向かわせる兵士の数や、鎮圧後の後処理等に追われ、ここ数日ろくに寝ていなかった。康江は捜査一課でならした辣腕をふるいながら、暴動鎮圧に貢献しているが、氷のロリータと呼ばれた当時とは違い、非情な追い詰め方をしなかった。何故なら、ここは法治国家ではなく、身分制度で人の価値を決めてしまうような前時代甚だしい世界だったからだ。罪を犯した者には一切の情など不要……それが言えるのは、等しく罰せられるだけの良識と、階級の無い民主主義の中でのみ通じるものなのだ。現に捕縛した囚人達の多くは、善良な人間と言っても差し支え無い人々ばかり。康江の中で確立していた正義は揺らぎに揺らいでいた。

 

『ねぇ、リッちゃん、私達のやっている事って、正義なの?』

 

ふと、そう投げ掛ける康江。酷く子供じみた問いだったと自覚しつつも、康江は問わずにはいられなかった。リキッドはその言葉に、酷く悲しい表情をしながら、

 

『正義、と言えば嘘になるな……康江のような優しい人間から見れば、ただの弱い者いじめにしか見えんじゃろう。』

 

かく言うリキッドも、辛い顔をしながら仕事をしている。貧しい生活からの解放を目指し、貴族が大半を占める将軍職に就いている所から、彼がどれだけの努力をしていたかを康江は理解していた。しかし、いざ将軍になったかと思えば、やっている事の矛盾に苦しみ続けている。

 

『リッちゃんも優しい人だよ、何処から来たかも分からない私を受け入れてくれたんだから。』

 

『康江……ありがとな。今は苦しいじゃろうが、必ずお前を幸せに出来るように頑張る、すまんが今は辛抱時じゃ、何としても生き抜こう。』

 

『うん……ありがとねリッちゃん……』

 

 

清蔵の知人、友人達は、幸か不幸か五体満足にこの世界での第二の人生を歩んでいた。しかし、彼らはそのほんの一握りだった。ある男は生活苦で自殺した後、異世界で目覚めた先である森林で野盗に襲われ、生きながら体をバラバラにされ、ある女は普通の会社員だったが、突如異世界の街道に飛ばされ、悪漢に強姦され、手足を切られて性奴隷の市場へと売られ、自死すら出来ない生き地獄を味わっていた。異世界の良心に出会うか、それとも悪心に出会うか……転移転生者のそれからは余りにも差が出てしまうが、それは異世界の人間も、元世界の人間も、根本的な部分では似ているからに他ならない。

 

 

『ワフラ、もう一度言ってくれ。』

 

『先程の言い方では分かりにくかったか……ならば単刀直入に言おう。清蔵どんの世界の人間が来た。言葉が通じるが、かなり衰弱しているようで診療所に運ばれたよ。』

 

おいおい、マジかよ……しかも言葉が通じる時点で日本人確定じゃねぇか!なんか知らないが、転移転生者がこう出て来るって事は、もはや人為的としか考えられなくなったぜ。とりあえずその人に会いに行くか。

 

 

冷静を装っているが、清蔵は胸騒ぎが止まらなかった。清蔵は転移あるいは転生者が悪人でない事を祈りながら、診療所へと向かった。

 

 

『はぁ、はぁ、はぁ……』

 

その人は必死に逃げ続けていた。警察組織の人間による大量殺人事件と言う不祥事騒動に巻き込まれ、冤罪で死刑囚として地方拘置所の独房へ投獄された。そして死刑執行の動きがあり、大都市の地方拘置所に移送される途中で護送車のタイヤが突如バーストを起こし、横転。護送車の職員、他の死刑囚共に意識を失っている中で、その人は意を決して逃走を決意する。

 

護送車が横転事故を起こしたのは、さる地方の高速道路。主道からかなり離れた山あいを貫いて作られたそこは車の通りが殆ど無く、今逃げればと逃走を決意したのだ。高速道路の比較的低い部分のガードレールを飛び越え、そこから下は高さ7m程の桁下で、下は川……深さが分からないが、覚悟を決めて飛び込んだ。幸い深さは問題無かったが、季節外れの爆弾低気圧の影響で川は増水しており、流されるままに流された。途中に流れの吹き溜りがなければ、寒さと流れで死んでいただろう。

 

流れついた先はその川の下流の街、向日葵市。幸か不幸か自らの生まれ故郷の河川敷にたどり着いた。ずぶ濡れのまま街を歩けば怪しまれるし、例え濡れていなくても囚人服の格好では目立つ。幸い向日葵市は治安が良く、警察もそこまで巡回していない事は伝え聞いていたので、その人は河川敷から上がって街を歩く事にした。

 

上手く姿を隠しながらその人はある場所を目指していた。それは、今は誰も住んでいない、その人の実家……しかしここで事態は急転する。街のあちこちでパトカーのサイレンが鳴り出した。護送車の事故の発覚から恐らく二時間程経過したのだろう、高速道路の位置と逃走経路から向日葵市が即座に割り出され、警察が迅速に見回りをはじめたのだ。その人は知らなかったが、向日葵市署の有事に対する行動は県の管轄でも指折りであった事。非常に無駄の無いパトカー出動、ドローンを使った迅速な捜索は、逃亡者たるその人を追い詰める。慌てて人気の無い屋根付きの廃屋に身を隠したその人は、窓越しに空を見る。ドローン、捜索ヘリが同じ空域で留まっているのを確認出来た。恐らく実家周辺も警察が巡回しているはずだ。間もなく今隠れている場所も特定されるだろう、否、特定されているだろう。サイレンの音がかなり近くなってきた。少しの情報を手掛かりに、自分の逃走した足跡を正確に捉える様は、まるで鯱が魚の大群を囲うかのようだった……その人は体を横にし、諦めの感情で呟く。

 

『せめて家に帰りたかった……ママ、ごめんなさい。』

 

逃走による疲れと、追い詰められた精神的な諦観により、その人はもう、何も考える気が起こらず、そのまま意識を手離した。暫く目を閉じていると、石畳の上にいた。近付いてくる人間の顔はハッキリとは見えないが、着ている服は警察官のそれ……ああ、自分はまた拘置所に戻され、今度こそ刑場に送られ、首にロープを巻かれて吊られるんだと諦めの気持ちでいたその人は、近付く人の見た目と言葉に驚いた。

 

『大丈夫ですか?ずぶ濡れになってますが、体は何処か痛く無いですか?』

 

犬のような耳を携えた妙齢の女性が、そう話しかける。警察官が私の存在を知らない筈が無い……しかし、それに疑問を持てる余裕が無い程、衰弱した体は休みと栄養を欲していた。

 

『寒い……助けて……』

 

『分かりました、すぐに診療所に連れて行きます、大丈夫だから、頑張って!』

 

久しぶりに温かい人間の言葉を聞いたその人は、安心したのかそこで再び意識を手離した。

 

 

俺は胸騒ぎがした、自分と同じ転移者、あるいは山田達のような転生者が来たのでは無いかと。こちらに来ている人間は、山田と木尾田のみ。今までは偶然にも知人だったが、次もそうとは限らない。俺はその人が運ばれたと言う診療所へ急いだ。この世界に神様がいるかなんて分かんないけど、それに似た何かはいるんだろう。俺は転移または転生者の可能性が高い人物の所へ急いだ。あのワフラが言うのなら間違い無いだろうけど、自分の目で確かめたい。

 

診療所についた俺は、医者に話を聞いた後、監視で付いていたロウラ巡査(彼女が第一発見者らしい)にも現状を聞いた。その人は体は衰弱しているものの、命に別状は無いとの事だった。意識ははっきりしており、言葉も話せるとの事だったので、俺は病室に入り、その人と話をする事にした。見た所、年齢は26位のまだ若い女性だった。幸薄い雰囲気に青白いと形容する肌……俺は多分だけど、この人を知っている。それも、悪いイメージの方で。

 

『ナハト・トゥ町警察署署長の児玉清蔵です。』

 

『警察……の方ですか?ここは何処ですか?色んな見た目の人が一杯いて混乱しています。』

 

当然の反応だな、俺もここに来た当初は理解より先に戸惑いだったし。とりあえず今は彼女の名前を聞く事にした。

 

『失礼ですけどお名前を聞かせて貰いたいのですが、宜しいですか?』

 

『私の名は、甲斐未来(かいみく)です。元伸丘(のびおか)市署で巡査をしていました。』

 

俺は顔には出さなかったが、その名前を聞いて驚いた。甲斐未来……確か隣町の伸丘署に赴任していたキャリア組の警部補と、夕日ヶ丘派出所の巡査ら三人、彼女の同僚である伸丘署の巡査ら五人を発砲して殺害した容疑で、いや、あの時は緊逮(きんたい)(緊急逮捕)だったか。伸丘市警察官同僚大量殺人事件の被疑者だったな。

 

その事件の重大性と深刻さから一審で死刑、控訴は棄却で異例のスピードで死刑確定に至った。尤も、うちの敏腕警部補こと濱田課長の見解では、彼女はホシじゃないと言っていたが、それについては俺も同様の感想だよ。彼女の経歴を見るに、柔道の有段者で有能ではあったものの、基本は事務的仕事ばかりで拳銃を余り扱っていなかったそうだし、155cmの体で男ばかりをそう易々と殺せるかと言えば疑問だ。警察官としてはかなり華奢な部類の外見がそれを物語っている。うちの署長は独自に調べを進めてたらしいけど、どうやら伸丘市署の重大な不祥事隠しの生贄だったのではと言われている。見た目が美しいから、いい生贄とされたのだと……可愛そうに。

 

しかしあくまでも推測に過ぎず、確証が得られない為、良い人かどうかを示すリトマス試験紙たるワフラを呼んで来るように伝えた。ワフラが来る間、俺は聞ける限りの事を聞こうと思ったが、むしろ、彼女の方がそれを聞きたがっているようなので、質問に答えながら誘導する事にした。

 

『あの、児玉さんでしたね?先程聞いたんですけど、ここは何処ですか?』

 

『ここはタイーラ連合国の一つ、カン=ム帝国領地方自治区ナハト・トゥ町です。既に察していると思いますが、この世界は貴女が住む世界と別の世界です。』

 

人払いはしていたので俺はそう告げる。俺が異世界から来た事実を知っている人物はそんなに多く無い。まああれだけのデカイ建物を見れば大方の人間は察している節があったが、念のため戒厳令を敷いている。

 

『あの……貴方はどうなんですか?』

 

警察と言う言葉と名前で察してはいるんだろうけど、敢えてそれを聞くか。

 

『ご想像にお任せします。しかし質問のしかたを聞いているに、貴女の事を耳に入れた事があるのかと言う感じに聞こえた。勿論貴女と会うのは初めましてだけど。』

 

俺はワフラが来るまで明確な答えを差し控えるようにした。彼女は悩んでいるようだ、無理もない、あっちの世界では同僚殺しの汚名が知れ渡っているからね。

 

『……信じて貰えるか分かりませんが、私は八人の警察官を殺した大量殺人犯……そうしたて上げられた確定死刑囚です。大都市圏の拘置所に護送される途中、護送車が事故で横転し、そのどさくさに紛れて逃走しました。』

 

ほう、嘘はついてない目と口だ。死刑確定が逮捕から僅か一年半だったからね、しかもあれ、俺がこっちくる半年前だったからたった一年で刑場のある拘置所送りとは……あの事件から余り時間が経過してないのに、法務大臣はこう言う時に限っていらん仕事するなぁ。

 

『逃走の理由は分からないでもないな……ところで貴女に質問をしますが、貴女は生きてこちらに来たのですか?死んでこちらに来たのですか?』

 

『?逃走に疲れて睡眠をとっていたら、何時の間にかこちらに……です。』

 

転移パターンか、確かに死んで来たのなら衰弱してる筈が無い。殉職した山田は撃たれた所も何ともなく、健常な状態だったらしいからね。

 

『成る程ね……でも運が良かった、ナハト・トゥ以外のカン=ム領だったら君は犯され、そして殺されてたかも知れない。』

 

『えっ……!』

 

ワフラから状況を聞いた程度の知識だったが、カン=ム帝国の現状の治世は過去最悪と言う評価だった。隣の大国であるアンブロス帝国との関係が悪化しているのも、現皇帝ユナリンとかいう女帝の仕業と聞いた。自称永遠のなんちゃらとか言ってる奴にろくな奴がいねぇな……なんにしても、ナハト・トゥだったので彼女は助かったのだ。

 

 

 

『イェッキシッ!』

 

『ユナリンさんどうしたんですか?風邪ですか?』

 

『んん、何でもないよヤスヤスゥ☆』

 

『……その呼び方は勘弁して下さい。』

 

 

暫くしてワフラがやって来た。困った時のワフラ頼み。俺は一旦病室を出て、ワフラと話を合わせる。だいたいの事がまとまった所で、再び病室に入る。彼女は厳つく頑強なワフラの姿に怯えの表情を浮かべていたが、ワフラは努めて優しい表情と声で彼女に話し掛ける。

 

『お嬢さん、あんたさんも清蔵さん同様、こちらに来たんか?ああ、ワシはワフラ・ヴァイシャ、ドワーフと言う種族の男じゃ。』

 

大分やわっこい言い方してんな……でもあの様子だとワフラも感づいているな?彼女が悪人ではない事を。ああ、安心したのか彼女も表情が柔らかくなった。

 

『お嬢さん、難儀じゃったの、でも安心するば、此処はもうあんたを追い回す馬鹿共もおらんば。』

 

『え?何故それを?』

 

うん、俺も何故それを?って顔。ワフラさん、俺と会った時もそうだったけど、どんだけ人を見る目あんのよ!本官非常に羨ましいですとも!

 

『あんたの顔が全てを物語ってたから、そう言ったらおかしいかな?』

 

ええ、おかしいですとも!どっかのニュータイプみたいなオカルトめいた能力でもあんの?つーかワフラ、まさかあんたこの人好みなの?何時もよりパーソナルスペース縮めてる気がすんですけど!独眼〇政宗の時の勝プロみたいな顔したおっさんのアップは怖すぎるぞ!あれ?未来ちゃん頬染めてんぞ?まさかの脈アリ?

 

『後ろの馬鹿正直とはまた違った、素直な心をお持ちだ。あんたが悪人ではない事はワシが保証しよう。』

 

今馬鹿っつったなこの筋肉ダルマ!正直だけで良かったのに馬鹿をつけたなこのやろう!ちょっと未来ちゃーん、騙されちゃだめだよ?そのおっさん堅苦しいから……ワフラ、そんな目で見ないで。

 

『清蔵さん、どうすっば。住み処はうちの隣の平屋が空いてるとして、警察官だった彼女をうちで雇うか?』

 

俺はちょっと間を置いて、考えを述べた。

 

『是非、そうして貰いたい。ただ、俺と同様の扱いでは流石に怪しまれるから、採用面接を受けて貰う形になるかな?ワフラ、上手い事彼女の履歴書作ってくれ、後はあんたに任せるよ!』

 

『ありがとう、恩に切る!』

 

と、話をしたんだけど、彼女ちょっとキョトンとしてるな……ごめんね話勝手に進めちゃって。

 

 

死刑囚、甲斐未来。死を待つだけだった彼女は偶然にも異世界に転移し、ワフラの保護を受けて警察官として再び返り咲いた。後々彼女の罪とされてきたものが冤罪であると証明される事になるのだが、それはまた別のお話し。

 

 

未来ちゃんが警察官に復帰した。一応形だけの面接をしてもらったんだけど、人事の連中の受けが良かったらしく、普通に面接受けても合格だったと言う。俺がやったら落ちそう。とりあえずワフラが作成した経歴を彼女は名乗る事になった。名前はそのまま使うらしい。確かに彼女の名前ならこの世界でもさして違和感無いかも、カタカナ表記だとスッゴいしっくりくるし。

 

ワフラが作成した経歴は、アンブロス帝国の出身で、貧民窟の出自、アンブロス帝国の賎民粛正の煽りを受けて、命からがらここまで逃げ延びて来たと言う事にしたらしい。うん、この世界あるあるだな、下層階級の人間を何だと思ってるんだろう?無駄に偉い奴の考えは分からん。経歴は皆に受け入れられた。ちなみに経歴作成には第一発見者たるロウラ巡査の協力があった、同性の同僚が出来るのは彼女自身も嬉しいみたいね。テイルちゃんも喜ぶかも。しかし大分賑やかになってきたなぁ。警察署の創設から治安改善、署の周りに新町造成と本町との街道工事にギャングの撲滅と人生で一番働いた気がする。更に新しい転移者もやって来たからこれからまた凄い事が起こるかもしれない。うわ、俺、頑張ろ(小並感もといてょ並感)

 

 

 





都合良く向日葵市辺りから転移転生者出まくってますが、そのうちにそこいらは書いて行きたいですね(ネタ自体は上がってますがかなり後の何話かの長編で書きたいですね)。

とりあえず出来上がってる話は弾切れ起こしました、数話出来てますが、誤字脱字が酷かったので直してます。



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第26話 異世界獣騒動


秋口になると各地の獣騒動とか良く耳にするようになりますね、今回はそんな感じですw


 

 

 

ナハト・トゥ町は町を外れれば新町側は草原が広がり、本町側は森林が広がる。新町本町の双方からサカサキ方面の反対側を真っ直ぐ2日馬車で行けば、海が広がる。自然豊かな場所と言えば聞こえはいい。しかし、自然豊かと言う事は、清蔵の元世界のようなイノシシ、猿、熊騒動のような自然の生物が人里に降りてくる事も珍しく無い。今日は本町の裏側に、虎が出没したと通報を受けて、清蔵は数名を引き連れてそちらへと向かう。本町に到着した清蔵は、駐在所の人間に話しかけ、状況を聞いた。

 

『どうもご苦労様、それで虎は何処に?』

 

『署長、どうやらここに子供の虎が迷いこんだそうで。』

 

『子虎ねぇ……何か嫌な予感がする。』

 

清蔵は虎捕獲等経験した事は無い。数回イノシシが街に出没したのを猟友会と協力してやった位である。異世界に来てもこのような騒動はあるんだなぁと感じつつ、迷い込んだ子供の虎を捜索していたら、丁度目の前に現れた。清蔵は目の前にいる子供の虎を目にしながら叫ぶ。

 

『何処が子供じゃ!』

 

 

おい聞いてたのと違うぞおい……でかくね?アムール虎の最大個体位あんだけど。ねぇ、あれマジで子供なの?

 

『シンビャッコってここらじゃ呼ばれてる白い虎の子供ですねぇ、まだ生まれて10年位でしょうか?成獣になるのに30年はかかるのでまだまだ子供ですねぇ、いやぁ可愛いですねぇ。』

 

おい、そこの眼鏡かけたゴブリンの兄さん。何ムツ〇ロウさんみたいな事いいながら笑ってるの?何か顔もそっくりなんだけど?頼むから本家みたいなじゃれ方しないでね怖いから。つーか子供?これで?あっあのムツ〇ロウさん、子供って言ってももう親離れしてるよね?

 

『いやぁまだまだ甘えん坊ですねぇ、母親は生後25年は子供と過ごしますからねぇ、母親もきっと近くに来てますねぇはい。』

 

なっ、何ぃ?!マママママジ?マジで?!ちょっ、てぇ事はだ……

 

ーグルルル……ヴゥルルル……

 

えらい響く低い喉を鳴らす声が耳に入りましたが……聞こえてくるその声がやけに高い位置から低い位置に流れるように聞こえてますはい。

 

『署長、後ろ後ろ……』

 

志〇的な言い方やめて、まっまさかですけど……いっせーの

 

『せっ!』

 

ーガルルルル!!

 

『………』

 

何あれ?アフリカ象より倍以上でけぇ虎が俺の後ろ5mまで来てるんですけど。あっ、あの、怒ってらっしゃいます?つーかあんだけデカイのに足音がしなかったよ!肉球恐るべし、そして俺は人生で最もインパクトの強い殺人毛玉(物理)と対峙しちゃってます。ヘルブ、ガチでヘルプ!つーか肩の高さがキリンの頭頂位とか何の冗談だよ!つーか応援の皆さん?俺一人置いて安全圏に避難すんの酷くねぇか?

 

ーウルルルル……

 

何?俺食料違うよ?そしてあんたのお子さんに何も悪い事してないよ?どうしたんです?

 

ーがぅ!

 

『痛えっ!』

 

ちょっ、子供の方が何か俺に寄っ掛かってきたんですが?!何処ぞの動物番組の相葉君みたいな構図になってますハイ。頭ペロペロされてます、重い、重いって。何かママさんの方も心なしか穏やかな表情してるんですけど、どういう事?

 

『これはですねぇ、母親が私達人間が危害を加えない事を理解したんですねぇ。シンビャッコは基本的に大型の草食獣以外は食料と認知しないので、こちらから手を出さなければ問題無いんですねぇ。じゃれて遊んでるだけなので暫くお待ち下さいですねぇ。』

 

暫くお待ち下さいねぇじゃねぇよ、持たねぇよ……子供の虎の時点でどんだけ重いと思ってんだ、こんなんじゃれて来たら俺持たねぇって!警察の皆さん、これ知ってたのかよ!

 

『いっ、いえ。その方の話で我々もへぇーと思った所であります。』

 

おい、ムツ〇ロウさん、いくらそう言う事を言っても長い時間じゃれられたらたまったもんじゃないよ、どうしたらいいの?ん?あれは……テイルちゃん?!ダメだ、近づいちゃだめだ!って手に持ってるの何?

 

『ホラホラ、こっちこっち♪』

 

巨大な猫じゃらしだ、子虎がそちらに興味を示したわば!押し潰された!母親もそちらに付いて行く、ムツ〇ロウさん、これって?

 

『いやぁ、警察の皆さんに伝えてたんですよねぇ、猫科の動物ですので、大きな猫じゃらしで町の外に出せばと、上手く行きましたねぇ!』

 

上手く行きましたねぇ!じゃねぇよ!俺は一体何しに来たの?……まっ、まぁでも生きてて良かったぁ。そう言やここの世界での大型生物で馬以外の哺乳類にあったの二度目だけど、一度目は元世界と大差無い可愛い猫だったからなぁ……異世界恐るべし。ドラゴンとかもいるって言ってたから、こっちの獣騒動はこんな感じだと思うと、ああ、胃が痛ぇ、子虎にじゃれられた所も痛ぇ。

 

『せぞさん、無事に外に出て行ったよ!肉球が可愛かったね!』

 

そっ、そうだね……テイルちゃん動物は怖がらないのね、いや、怖がる怖がらない以前にあそこまででけぇ捕食者俺の世界だと海にしかいねぇから!俺の彼女は頼もし過ぎでごぜぇますよ!

 

 

巨大虎が町に迷い込むと言う下手な暴力団鎮圧より遥かに恐ろしい案件は、何とか平穏に終わった。謎のゴブリンに関してはこの町に住む生物学の研究者だったと言う。テイルが即座に用意していた大型の猫じゃらしは、その研究者の私物だったらしく、冷静に対応した研究者とテイルの好判断で町の被害も特に無く、騒動は収束した。仕事を終えて署に戻り、書類仕事も一段落し、テイルと夕食を食べながら、今日の事を話した。

 

『いやぁ、テイルちゃんに助けられちゃったね……俺、危うく虎に殺されるんじゃないかと思ったよ。』

 

『あはは、せぞさんが困ってたから何か力になれるかなって思って……迷惑だったかな?』

 

『そんな事ないよ……その、すごい力になってるよ、毎日ありがとね。』

 

清蔵がどもりながらそう言うとテイルは照れくさいのか顔を赤くしながら視線を逸らす。肉体関係に至ってもまだこの二人はウブなようだ。

 

ーブイイイイ!!

 

『ちょっ、この鳴き声は……今度はイノシシ?!今日はよく動物出るなぁ、テイルちゃん、今度こそは大丈夫だから、行ってくるね!』

 

新たな獣が今度は署の直ぐ近くに出たのを感じた清蔵は、心の中で空気読め豚野郎と叫びながら、嘶きのした場所へと急行していった。

 

『あっ、せぞさーん!……行っちゃった。ふふっ、私こそ、毎日ありがと♪』

 

 

ーブイイイイ!!

 

『イノシシもでけぇぇ!!』

 

清蔵の目の前にいたイノシシは、クロサイ級の大きさのイノシシだった。朝方の騒動の虎に比べれば小さいが、清蔵の世界にはこれ程巨大なイノシシは存在していない為、どっちにしろ脅威である。しかもイノシシは一頭ではなく、十頭もいるのだ、その怖さは、想像を越えている。

 

『これ警察案件なの?明らかにモン〇ンとかドラ〇エに登場しそうなレベルの生物なんですけど!朝の虎と言いデカイノシシと言い規格外過ぎだよ!』

 

ーブイイイイ!!

 

イノシシ達は不快な鳴き声をあげながら、清蔵達取り囲んだ警察官達を今にも吹き飛ばさんと体勢を低くする。人間相手なら理屈は通じるが、動物に人間の常識など通じない。清蔵はイノシシ達から視線を離さないよう後退りながら、手に持った警杖を前に突き出した。勿論そんなもので目の前のイノシシが倒せるとは思っていない。四足獣の頭はとても頑丈で、かつ体は人間のそれとは比べものにならない皮下脂肪と筋肉の鎧に包まれているのだ。

 

『俺の世界のサイズのイノシシでも、頭ハンマーでぶっ叩かれてもケロッとしてたからなぁ。目の前のこいつらはさしずめ肉弾戦車だな……フラノ君、頼むわ。』

 

冷や汗を流しながら、清蔵は応援に呼んでいた狙撃班を後ろに待機させていた。清蔵の声が聞こえていたのか、フラノは5人の狙撃班と共にライフルをコッキングし、狙撃体勢に入った。イノシシ達が走りだそうとした次の瞬間、5挺のライフルから超音速の弾丸が放たれ、イノシシの眉間に当たった。分厚い頭蓋骨を持つ故に眉間を貫く事は出来なかったものの、イノシシはその衝撃に狼狽え、町の外へと逃げて行った。

 

『ふぅ、何とか追い払ったか。弾の先端を少し丸みを帯びさせといたから、殺さずに衝撃だけ与えた感じになったね。これで暫くは安心かな?……と言うかまたノーコンな奴がいたな、俺の股間スレスレを弾が通ったぞ!何?俺の股間に恨みでもあんの?!』

 

色々と騒がしかったものの、無事獣騒動は解決した。この世界は丁度秋口に入った所であり、収穫の時期に差し掛かると、町の外壁を抜けて山の獣が降りて来ると言う。イノシシの他には、清蔵の世界にいるヘラジカを数まわり大きくしたアルエルクと言う大鹿や、もはや動き回れるゴリラと形容した方がいいデラウタンと言う大猿も出没すると言う。それら大型の獲物を狙って先程のシンビャッコや、牛程の大きさのシルクウォルフと言う狼が寄ってくるのだ。狼はともかく、シンビャッコのガタイになったら、外壁はあってないようなものなので、この時期の収穫は出来るだけ早めに終わらせなければならないらしいと言う事を聞き、清蔵は暫く獣騒動が続くなと諦めるしかなかった。

 

 

『大変だったね、せぞさん。』

 

『うん……危うく俺の金ちゃんが死ぬ所だったよ。』

 

仕事が一段落し、清蔵は書類をまとめる為に署長室へと戻った。股間をしきりにさすっているのは、狙撃班の一発が股間スレスレ、正確には清蔵のズボンの継ぎ目辺りを掠めた為に破れているからだが、狙撃班にノーコンがいる憂鬱から、ライフルを出来るだけ使わない追い払い方を考えねばと頭を痛ませていた。そんな清蔵に、テイルは後ろから抱きついた。豊満な胸の感触に清蔵は顔を赤くしながらも、さっきまでの緊張が解け、幾分落ち着いた。

 

『お疲れ様、せぞさん。今日はいっぱい疲れたから、交代の時間になったら、一緒にお風呂入ってゆっくりしよ♪』

 

『いいい、いいですとも!』

 

今度はベッドの上で自分が獣になるのかと、中二でももっとマシな思考をするわと突っ込まれそうな事を考えながら、清蔵は残りの書類をまとめる事にした。

 

 

 





やたら書類を書いたりしてるなと友人がいいますが、警察の仕事は意外と知られていないですが、報告書等のまとめやらでデスクワークが多いです。他人の人生狂わせかねない案件を取り扱ったりしている訳なので、逐一報告は重要ですものね。


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第27話 異世界署長の大体普通な日常(普通な日常とは言っていない)

日常編の短編を書きまくっていましたが、無駄に長く薄かったので大幅カットして1話にまとめました。なので、長編1話より長くなってしまいましたw


 

 

『ふぁあ、いい朝……oh yeah……マジでいい朝!太陽よか先にテイルちゃんの胸やおちりを拝めるなんてね。うっ、俺のカメが涎を!』

 

清蔵は目覚めると、横でまだ寝息を立てているテイルの生まれたままの姿を視かnもとい目に入れた。何度も体を重ねていると言うのに、清蔵は何処か慣れない部分があり、その体を見るたびヘソまで自分のイチモツを反り返らせていた。

 

『いつも通りテイルちゃんを起こさないように……えっと、行水してこ。俺のJr.がカピカピだし……はぁ、情け無いなぁ、しっかりせぇよアラフォー。』

 

清蔵は自分でも汚らわしく感じるイチモツの状態を見ながら、風呂ではなく敢えて井戸で行水をする事にした。季節は秋の真っ只中、朝の空気はやや寒さを感じる程だったが、清蔵は構わず頭から井戸水を被った。地表付近の水より冷たいそれは、まだ夢見がちな思考を現実に戻す。

 

『ぶへぁっ?!つべてぇっ!!』

 

しかし流石に寒かったのか、手早く体を洗って部屋へと戻る。服を着て、歯を磨き、昨日の残りを食べた。食後は腹が落ち着いてから朝の日課であるトレーニングをして体を整える。

 

『うーん……せぞさん、おはよ♪』

 

『おはよう、テイルちゃ……うぉ!また股間が……』

 

『あっ…ごめんなさいっ!ふっ、服着なきゃ……恥ずかしい!』

 

二人のやり取りは何処かまだ青臭かった。恥じらいと戸惑いが抜けるのはまだ大分先の未来の事になりそうである。この世界には時計と言うものは無い。清蔵は身に付けているソーラー式腕時計(オ〇ガの割といい奴)で大体の時間を予測して動いているが、テイル達異世界側の住人は外の空気や太陽の傾き等で大方の時間を決めている。故に、時計の時間で動く清蔵と、太陽の傾きで動くテイルとで若干の生活リズムのズレが生じている。故に、冬至が近付くにつれ、異世界の人々は活動する時間が心なしか短くなっていく。清蔵はこの事を考慮して、夏冬の勤務の仕方をどうするか考えていたが、朝の時間帯故脳みそ使いたくないと思っている清蔵は、取り敢えず先に準備が終わったのでテイルに先立って勤務する事となった。

 

『それじゃテイルちゃん、先に署に行ってるね。』

 

『うん、行ってらっしゃい!お弁当作ったら私も直ぐ行くからね。』

 

出掛ける前に軽く口付けをして、清蔵は意気揚々と署迄の道を小走りで掛けて行った。

 

 

署に着くと、正門の辺りを掃除する人の姿が見えた。自分と同じ転移者の甲斐未来だった。

 

『おはよう。未来ちゃん、早いねぇ……』

 

『あっ、署長、おはようございます!』

 

転移後、巡査として採用された彼女は誰よりも早く署に来て引き継ぎを終わらせ、正門周りの清掃をしているのである。

 

『まだ朝の交代には早いってば。ゆっくりすればいいのに。』

 

『いえ、朝方になると体が自然と起きちゃって……死刑確定後は朝早く目覚めて、昼までガタガタと震えながら過ごしてたので……癖ですね。』

 

清蔵はそれを聞いて悲しい気持ちになった。確定死刑囚は死刑の順番がいつ回って来るかわからない。法務大臣が死刑執行のサインを出せば刑場に連れて行かれる。連行される時間は午前の時間であり、死刑囚達は朝の拘置所職員の足音が自分の所で止まらぬ事を祈りながら午前の時を過ごす。午前を過ぎれば後は自由時間も同義なのだが、夜に寝た時、明日の朝はどうなるかを考えてしまうために、眠りが浅く短良くなって行く。そんな生活を強いられて来た彼女の事を思うと、どうしても悲しい目をしてしまう。しかし未来は笑顔で返す。

 

『署長、そんな悲しい顔をしないで下さい。体に染み付いた習慣が抜けるのは中々ですけど、早起きして、この世界のみんなと一緒に働ける……そう思うと辛さなんて無いも一緒です。』

 

明るく振る舞う未来、精神的疲れはまだ残っているのだろう、笑顔はまだぎこちないが、彼女の心が晴れやかなのを察すると、清蔵もそうか、良かった。と一言かけ、彼女にそれ以上は語らなかった。その後、署長室へと向かった清蔵は、途中すれ違う年若い部下達に挨拶をしながら署長室の扉を開ける。一昨日の朝から勤務しているワフラが署長代行をしながら、清蔵の方に目を向ける。

 

『清蔵どん、おはよう。』

 

『おはよう、ワフラ。引き継ぎ終わったらゆっくり休んでくれ。』

 

『ふっ、そうさせて貰うば。』

 

ワフラは何故か機嫌がいい。未来がこの世界に来て、ワフラの家の並びの家に越して来てから、表情が大分柔らかくなった気がした。近所の人間いわく、二人は割といい雰囲気だと言う。ワフラをヒューマの年齢に換算しても随分な年の差カップルだなと言いそうになったが、自分の頭に深々とブーメランが刺さりそうなので無難な答え方にした。

 

『未来ちゃんは今日の夕方までだから、二人でどっか飯でも行ったら?』

 

『べっ、別に未来とそう言う関係じゃなか!……ま、まぁあの子がその気ならそうする……何が好みなんかな未来は……』

 

清蔵は恥ずかしがるワフラを見て、微笑ましく感じていた。ワフラは周りから尊敬を集める程の人望がありながら、堅苦しい所がこの世界の人間には受けないのか、子供処か奥さんもいない。案外いいカップルになるのではと思いながら、清蔵はワフラと引き継ぎを終わらせ、書類を確認した。

 

『今度は鹿の大群か……しかも畑じゃなくて民家に入ってきたと……アルエルクってあの滅茶苦茶デカイ鹿よね?入られた方、マジ御愁傷様です……』

 

ワフラが代行している時に、また獣騒動が発生していたらしい。アルエルク、この世界に生息している超大型の鹿で、肩高2.5m、体重3tと言う巨体は、首と足が短く太くなったキリンと形容するものだった。清蔵もここ数日の獣騒動で目にしたのだが、ヘラジカの巨大版たるそれを見た清蔵はげんなりしたものだ。かなりの数が来ており、夜明け前まで追い払うのに時間を費やしたと言う。

 

『しかしこの辺一帯の森が大型生物の一大生息域だったなんてね、二年も住んでて知らなかったよ……開拓や巡回やってるときに会った事が無かったから気付かなかったけど、やっぱこの世界は凄いなぁ。』

 

清蔵は自分がもう十分に把握したと思っていたナハト・トゥさえ、まだまだ知らない事だらけであると言う事実を受け止めた。文明が発達していない世界で情報を得るのは聞き込みと経験のみ、スマホ等の文明の利器に頼りっぱなしだった自分達がどれだけ無力だったかを思い知らされた。

 

 

えー児玉清蔵であります、本官秋の交通安全ならぬ、秋の収穫安全週間で規格外の動物達と格闘中です。幸いにもあれから虎は来ていないんだけど、某拳王様が乗っていた馬のような化物鹿や、牛並のガタイの癖して群れで狩りしやがるのかよと突っ込みたくなる銀色の狼や、鶏?ダチョウかヒクイドリの間違いじゃね?と言う巨大鶏の脱走とか獣騒動が続いております。と言うかこの町に養鶏場があった事を初めて知ったよ……ここ最近はナハト・トゥにも知らない事がまだまだあるのを感じるけど、だからいつも新鮮なんだよね仕事のひとつひとつが。ああ、幸せ……でもテイルちゃんの体には早く慣れなさい、中学生でももう少し下の方自重してるぞ!裸想像しただけでビンビンになってるし!

 

 

清蔵はワフラとの引き継ぎを終えて報告書に目を通した後、署の外へと向かった。正門の前は未来が綺麗に掃いていた為、すっかり綺麗になっていた。清蔵がそれに感心していると、威勢の良い掛け声をあげながら、朝練をしている機動隊がランニングから帰って整列していく様子を見る。

 

『署長、おはようございます!』

 

『『おはようございます!!』』

 

『うむ、機動隊のみんな、おはよう。元気でよろしい。』

 

『おう、清蔵さん、どうじゃ?大分息が揃って来たろ?』

 

規則正しく、一切の乱れの無い動きで此方に敬礼し、腹から声を出す隊員達、キスケも何処か上機嫌だった。

 

『ほんとにね、あのヘロヘロしてた新米達がかなり頼もしく変わったね、おじさんなんか涙出ちゃうよ。』

 

元世界の機動隊訓練をベースに、キスケがアレンジを加えたナハト・トゥ機動隊は、精鋭を地で行くような組織に成長していた。武器、徒手空拳、魔法と言った、この世界のあらゆる暴動に対応する為、血の滲む処か血を吐くような訓練を続けて来た彼らの目つきは明らかに変わっていた。

 

『この4ヶ月でよくぞここまで変わってくれた。これから先、どんな事件が起こるかわからない。より、日々の訓練に精進しなさい。』

 

『『ありがとうございます!!』』

 

『よし、お前ら、このまま近接戦闘訓練に入れ!』

 

『『了解!!』』

 

声と敬礼をビシッと決めた彼らは、キスケの号令と共に、次の訓練へと即座に移って行った。

 

 

いやー、あの子らこの短い間に凛々しくなっちゃったな。最近は機動隊と言うかアメリカのSWATじみて来たよ、無線が無いから手信号での合図とかになってんだけど、その動きもキビキビしてて無駄が無くなったし、着実に進歩してるなぁ。俺も負けてられないな。

 

 

清蔵は署の外に行き、新町の開拓課へと顔を出した。開拓課の人員は20人、彼らはこちらで刑務作業の監視兼自らも開拓作業をしている。人口が増えて来ている新町の開拓課の作業員に声を掛けながら、作業状況を確認するのが、朝方の清蔵の仕事だった。

 

『あっ、署長、おはようございます!』

 

『おっ、ダルフィー君、おはよう。』

 

清蔵に声を掛けたのはダルフィー・マンエル。農家の息子で親と喧嘩して家出した後、コーリンに遊び感覚で入り、ロウラにしょっぴかれた少年だった。寛大な処置で自分を許してくれた清蔵に恩義を感じ、現在は更正し、開拓作業員として働いていた。新町の開拓作業員は、警察の開拓課とはまた別に存在する。開拓作業員達の所属は町役場、新町は町役場と警察の開拓課双方の力で作業が進められているのだ。

 

『新町の開拓が一段落したら、俺、こっちの方で酪農始めようと思ってるんです。』

 

『おっ、マンエル農場をこっちに広げるんだな?親孝行だな、頑張ってるね!』

 

『へへっ、署長のお陰です。』

 

ダルフィーはそう言ってまた開拓作業に戻った。ダルフィーをはじめ、コーリンにいた若者の大半は、刑務が満期になっても、開拓者としてここに残っている。前科者の支援を兼ねて最初は満期の人間にここにいるか聞いていたが、強制しない、差別しない、自主的にを合言葉にした新町の開拓作業にやりがいを感じるものが多くなった結果、はからずも皆が志願して作業員となったのだ。町長はそれを聞いて、粋な計らいとして、彼らを役場の職員相当の待遇で迎えた。

 

 

いやー、新町の開拓は順調だね、まだまだ人口はやっと千人にいくか位だけど、確実に町として完成しつつあるなぁ。ダルフィー君もあれから生き生きと生活してるし、無事に農場を経営してほしいなぁ。それにしても、刑務作業してるのに、今まで誰も脱獄企図しないのが凄いな。コーリンの幹部だったボッラクとか、首魁のカマリタまで鎖に繋がずともしっかり作業してる。これは本当に凄い事だと思う。一応開拓途中の所は垣根を設けて、監視の名目で巡査を巡回させてはいるんだけど、彼らが逃走しないのを、何故かはわからないけど感じている。あの人達、あんないい顔出来るんだなぁ。

 

『おう、大将。真の意味で汗水たらして働くってのはいいもんだな。』

 

『カマリタ、そう言ってくれると嬉しいよ。』

 

『俺は今度こそ真人間として生きる、あんたのその後も気になるしな。それまでは死ねんさ。』

 

あれ?あんたそんなキャラだったっけ?まあでも今のあんた輝いてるよ、気のいいガテン系の兄ちゃんになっちゃって。しかし俺のその後が気になるって……俺、何かやっちゃいました?……うん、やっちゃいましたねそう言えば。何処ぞのな〇う主人公じゃねぇんだからきっかけは分かるよ、そこまで鈍くねぇよ!まあでも女より男にモテるってのも悪く無いな……いや、そっちの気は無いけどさ……それに、テイルちゃんと言うデ〇べっぴんをはからずとも独り占めしてしまっている手前、要らん事は考えんよ!

 

 

開拓課に顔を出した後は、数名の巡査と共に、本町の方へと向かう。駐在所側の人員と交代する為だ。駐在所側は獣騒動で本署より激務だった為、交代要員を送る形で彼らに休みを取らせるようにしている。遠方の集落の派出所も月一の頻度で交代要員を送るようにしている。これにより、何処にいても慌てず有事に対応が出来るようにしているのだ。

 

『署長、ご苦労様であります!』

 

『うん、そちらこそご苦労様、フラノ巡査部長。』

 

多数の人員の交代は、駐在所または派出所の一番上の階級の人間が行う。フラノは月一で本署、駐在所、派出所を回っている。勤勉で土地勘がある彼の働きは、伯父のワフラに似て有能だった。

 

『そう言えばフラノ君は今月からスバリュ派出所勤務か……あそこはここ以上に獣が出るから体に気をつけてね。』

 

『ええ、勿論です。伯父や署長程無理はしないと自負しています、お任せ下さい。』

 

『ははは、そうだったね……こりゃ失礼した。』

 

 

フラノ君やっぱりしっかりしてるなぁ、頭はいい、人柄もいい、器量もいいって何物も持ってるから凄いわ。ドワーフだから若いのに立派な髭持ってる(何か関羽っぽい)から年齢以上に上に見えるのよね。しかし彼も結構言う人だな、ワフラそっくり。年齢重ねたらああなるのか、頼もし過ぎる。

 

 

駐在所の人員を交代した後、清蔵はそのまま本町の巡回に行く。清蔵が来た時は鬱屈とした空気だった町の雰囲気は、すっかり模範的平和都市モデルにそのまま採用出来る程に平和だった。すれ違う子供が元気良く挨拶をすると、清蔵も笑顔で返す。この時の顔は何処か照〇チックで子供受けは悪く無いようだ。因みに通常の真顔の時は北村〇輝(悪役時)が出てくる。

 

三番地から四番地へと差し掛かると、そこは小さな歓楽街になっている。コーリン撲滅後、夜の店は健全な風俗店と飲み屋が残る事になり、雰囲気も殺伐さが抜けている。と、目の前に非番のシシが風俗店から出て来てばったり会ってしまった。

 

『やあシシ君、男だね!』

 

『ちょっ、署長!恥ずかしいからやめて下さいよ!』

 

『どうしたシシ……あっ、署長、ども。』

 

『コモド君、君も元気でよろしい!』

 

清蔵は気恥ずかしい顔の二人にサムズアップをした。非番にそう言う所から出て来るのを見られるのは中々に恥ずかしいはずだが、清蔵はその辺については鈍感だった。

 

 

いやー、シシ君もコモド君も非番なのに元気でよろしい。俺なんか三連勤明けに風俗行く元気なんて余り無かったからなぁ、若いって、いいよなぁ。

 

 

清蔵はそのまま巡回した後、署へと戻る。時間は既に昼過ぎに差し掛かっており、腹も減って来る頃である。署長室の机には、テイルの手作り弁当が置かれていた。そこには一緒に書き置きが添えてあり、読み終えるとだらしない、もとい幸せそうな顔で弁当を食べた。

 

『せぞさん、今日も一杯頑張ろうね、か。うん、勿論ですとも!最高の栄養を補給して、元気百倍、アン〇ンマン!』

 

こんな感じで最初の半年は休む事を忘れて過労死しかかった事を反省しているのだろうか?その点に関してはやはりしっかりとは自覚してないようだった。食後は引き続き各種書類に目を通し、重要案件の書類にサインをしたり、始末書に目を通したりしていた。

 

『この始末書、またマーシー巡査長かよ……アルエルクに発砲しようとしたら、外れてミハイル君の金〇スレスレを抜けたって……マーシー巡査長を狙撃班から外そうかな?俺なんか二回も金〇やられそうになったし!』

 

フラノが隊長を勤める狙撃班は地域課と刑事課の二つに人員が行っているのだが、マーシー巡査長は狙撃班随一のノーコンぶりに、両方から外せと声が出ているのだ。

 

『とは言え、彼は他の業務に関しては優秀なんだよな、狙撃班だから弾薬の在庫チェックとか銃の状態のチェックとか不可欠なんだけど、彼の確認事項が一番信頼性が高いのよね。』

 

人事に関しては機動隊と警備部以外の課や部署については清蔵が一任しているのだが、人の悪い所より良い所の方が良く見えるせいか、問題児でも中々飛ばせ無いのだ。

 

『んー、どうしよう……そうだ!監察に回そう、それならばきっとやってくれる。』

 

監察、それは警察の警察とも呼ばれるカウンター的な役職である。本来は都道府県警本部に置かれているものだが、異世界で警察を名乗っているのは今のところここだけなので、その辺は気にしない。警察も人間であり、間違いを犯す者もいる。監察はそれらを監視し、精査するのが仕事である。清蔵はマーシーの報告書の正確性から、細やかな目が必要とされる監察に向いていると判断した。

 

『マーシー巡査長、今日付けで君を監察課に異動する。報告書の書き方と言い、君が適任でね、フラノ君からの推薦状も来てるから頼みにしているよ。』

 

『ほっ、本当に良いんですか?監察って結構な大役じゃなかですか!』

 

『それだけ君の仕事が丁寧って事さ。警察も人間、何処かしら間違いがある、君の仕事でそれらを正して欲しい。』

 

マーシーは暫し考え込んでいたが、襟を正して敬礼し、

 

『了解しました、署長の期待に応えて見せます!』

 

そう返事を返すと、清蔵も笑顔でそれに最敬礼で応えた。

 

 

人事も楽じゃないな、確かに彼は細やかな仕事をしてくれるけど、フラノ君からしたら体のいい厄介払いだからなぁ。推薦状と言ったけど、書いてある内容は殴り書きで異動の嘆願書だったから複雑だな……だがマーシー君、ペーペーだった俺にとっては監察とか高嶺の花だったんだぜ?喜びなさいよ、人を撃ちかねない仕事よか俺はためになると思うんだよ。他の若い奴は見た目が派手な花形的部署にばっか行きたがるけど。

 

 

人事の仕事もし、やや眠気が出て来た頃、辺りは茜色に染まっていた。気分転換を兼ねた署内の見回りに歩いていると、ちょうど未来がロウラと引き継ぎしている所に遭遇した。

 

『本日の巡回と事務内容は以上です。ロウラちゃん、お疲れ様です。』

 

『お疲れ様、未来さん。今日は副署長も非番だから、食事に誘ってあげたら?あの人ああ見えて寂しがり屋だから喜ぶよ。』

 

『ワッ、ワフラさんと……ええ、誘ってみます。』

 

 

あるぇえ?こっちはこっちで同じような事を言ってるよおい。未来ちゃんも何か満更でも無い顔と言葉だったし、季節は秋だけどワフラに春が来たってか?

 

『あっ、あの、署長?声に出てますよ……』

 

あっ、はい。すんませんした!しかし美女と野獣カップルか、悪く無いな……って俺に激しくブーメランか(涙)

 

 

清蔵は再び署内の見回りに戻る。取調室の前に来ると、農作物の窃盗で捕まった少年がガタガタと震えながら涙目になっているのを目撃した。違法な取り調べを疑った清蔵は、気付かれないようにそれを見る事にした。なんと、弁護士も呼ばずに取り調べを行っていたのだ。更に口酸っぱく禁止をするよう言っている暴言、暴力を用いた取り調べ、あれでは真実を語らせられないし、仮に犯罪を犯していたとしても反省等しなくなる。双方に利の無いそれを見た清蔵は、取り調べをしている馬鹿もとい若巡査に気付かれぬよう、弁護士を呼び、弁護士到着と共に乱入した。

 

『君、その違法な取り調べを止めなさい。』

 

『あっ?黙ってろよおっさん!……って署長?!』

 

清蔵の顔はニコニコとしていた、勿論、笑うではなく、嗤うの方だが。嗤うとは本来攻撃的なものであり……と語られるような表情と威圧を持たせながら目の前の男を叱咤する。

 

『良い事を教えてあげる、俺がペーペーの巡査だった頃、鬼の濱田課長に取り調べのなんたるかを教えてもらった。被疑者を恫喝しない、無理やり誘導しない、そして、殴らない……これを守らなかった奴はどうなったか、ワカル?オニサン。』

 

今度はその巡査がガタガタと震える番だった。この巡査、新人挨拶の時にやらかした男である。あれから数件始末書案件を繰り返している為、始末書のチョーやんとあだ名されている問題児だった。清蔵はその彼の首根っこを掴む(実際は背中を押して退室を促しているだけ)と、そのまま外に出した、チョーやんことチョーキ・カンイチは借りてきた猫のように縮こまっていた。

 

『全く、取り調べの前に先ずは基本的な所からはじめないとね。いいかい?これから先輩のミハイル君にお手本を見せてもらうから、それをしっかり見て覚えなさい、了解?』

 

『りっ了解しますた!』

 

 

どもるくらいひびってたけど、彼の中で俺ってどう思われてるのかな?顔見ずに声だけだとおっさんと認識してるみたいだけど、ちょっと傷つくな。しかし弁護士を呼ばないで取り調べとか酷いな……ここは日本じゃなくてナハト・トゥです、某国の方式を採用してますので弁護士を伴わない取り調べは如何なる事情があれ禁止でごぜぇますよ?これはいっぺん被疑者側の立場になってから俺が何故こう言う方式をとっているかを教えなきゃならんね……おっ、そうこうしている内にミハイル君が取り調べを終えたね、被疑者も心なしか落ち着いた様子だ。

 

『ミハイル君、ご苦労様。』

 

『いえ、大した事じゃないですよ。しかしチョーキ君には困ったものです、考えが浅いと言うか何と言いいますか……』

 

ほんとにご苦労様……かく言う俺もかつては大問題児で、当時交番勤務だった頃に、その当時巡査部長だった濱田課長にしめられた口なのよ……人生で初めてだったなタイマンで完敗したのは。あれ以来濱田課長に憧れて喧嘩芸骨法を学んだんだっけ……

 

『チョーキ君は色々と問題を抱えてはいるけど、きっと大丈夫、もし大丈夫じゃなかった時は、鬼軍曹の所で鍛え直してもらうさ。』

 

『署長、流石にあそこに預けるのはかわいそうですよ……』

 

そう言えばミハイル君、機動隊の訓練も見学したんだっけか?ええ、かわいそうになる位厳しいですはい。ただ問題児をずっと抱えたままだと、後々みんなの負担になるからね、チョーキ君次第よ。

 

 

署内の仕事の様子を見回り終わる頃、時間的には深夜になっていた。清蔵は署長室に戻ると再び書類のチェックに追われる。ここ2ヶ月程で漸く文字を読めるようになったとは言え、まだまだ読むスピードは早いとは言えない。因みにこの世界の文字は、梵字に似ており、楷書書きやアルファベットに慣れ親しんだ清蔵にとって、非常に難解だった。尤も、言葉そのものは日本語なので、後はちょっとした形を覚える位のものであるが。

 

『ふぅ、こんな所か。しかし慣れないと中々読めるものじゃないね……幸いみんな丁寧に書いてくれてるから読む事は出来るけど。やっぱあの二人の字を採用して良かった。』

 

文盲な人間に教えている字の書き方は、字のきれいとされているミハイルとワフラのものを参考に書くように教えている。二人の字は、現地の人間から見ても癖が少なく、お手本に出来るレベルと言う。清蔵も二人の字を元に文字の書き方を覚えた口である。

 

 

うー、疲れた……書類の整理をして、漸く終わったと思ったらもう夜が明けているよ……こっちの世界でも警察の仕事は書類とは無縁になれないね。

 

『せぞさん、お茶を淹れてきたよ、どうぞ♪』

 

『ありがたや☆』

 

この世界で飲まれてるお茶は主に三種類、ひとつは緑茶、もうひとつが花茶、そしてもうひとつが目の前に出されたお茶……味わいはいつぞやの旅行で飲んだセンブリ茶と同じでぶっ飛ぶ程苦いけど、日を跨ぐような仕事をしている時にはありがたい。かつテイルちゃんがニコニコ笑顔でこの兵器的なお茶をどうぞと言われたら、ふふっ、その……下品なんですが……勃〇、しちゃいましてね?

 

『……せぞさん、今エッチな事考えてたでしょ?』

 

はい、その通りです、勃〇しました、マジすんません。それにしてもちょっと顔を赤らめて膨れっ面してるテイルちゃん、最高に可愛い!こんな可愛く怒られたらそりゃ何かに目覚めますって!声がウッウーて言いそうな感じだからマジ萌える。ん?朝日が顔を出してきたな。

 

『それにしても、朝日が綺麗だね……』

 

『ほんとだね…俺の故郷の朝日も、こんなだったな…』

 

署長室は朝日が昇る所を見られる絶景のポイントだったりする。奇偶な事に、向日葵市にあった時も署長室は朝日の眺めが良かったんだよな、朝日に照らされる日島灘を見るのが好きだと署長は言ってたなぁ……

 

『せぞさん、その、せぞさんはやっぱり故郷が恋しいの?時々寂しそうな顔をしてるから……』

 

『恋しくないと言ったら、嘘になるかな?父ちゃんや母ちゃんの事もあるし、恋しさは残ってるね。』

 

『そう……せぞさんのパパとママ、心配してるよね……』

 

警察になってから最初の三年、それぞれ警察学校と独身寮住みで両親から離れた。親父は大敷き(定置網の事をこう呼んでいる)を一人で運用して、お袋は港の近くの鮮魚店であしげく働いて俺を育ててくれた。警察になるって言った時、反対されるのかと思ったが、二人は喜んでくれた。

 

(公務員、しかも警察官か、お前にぴったりだな。)

 

(苦しい生活してたからね、あんたは自分の道を行けばいいのよ。)

 

父ちゃん、母ちゃん……心が壊れた後も、変わらず支えてくれた恩は忘れません、異世界に飛ばされ、立派な彼女が出来ました。世界が違うので、彼女を紹介出来ず、孫も見せられないのが残念ですが、俺は元気にやってます。今はただ、二人の余生が平穏になってくれる事を祈るばかりであります。

 

 

『あら?今、清蔵の声が聞こえたような……』

 

『奇遇だな、俺も聞こえたよ……やっぱりあいつは死んでなんかいないんだ、宜しくやってる、何故かそんな気がする。』

 

向日葵市の港の近く、清蔵の生家であるそこに、両親が住んでいる。息子が署ごと消失したと聞いた時、二人は呆然としていたが、夢で清蔵が別世界で器量の良い娘と仲良くやっているのを良く見る為、清蔵が生きている事を何処か感じているのだ。故に、二人の表情に暗さは無い。

 

『夢の中とは言え、あの娘さんと結婚して、孫を見せて欲しいものだな。しかし相変わらずうぶな所は変わらんな。』

 

『ええ、あの子には少々余り過ぎる位の人ですものね……出来ればそのまま幸せになって欲しいわね。』

 

 

『見えてますとも……泣けてきましたとも!』

 

『せぞさん、どうしたと?』

 

『俺の両親がこちらの事を感じていた事を頭に感じたのよ……こっちに来てからたまにそう言う感じがあるのよね。』

 

断片的な形であるが、清蔵にはこうして元世界の人々の思考や情景が見える事がある。意図的に見る事は出来ないが、清蔵はこの事象に大分助けられていると感じていた。異世界の地での戸惑い、交友、そして幸せ…そう言った事が向こうに伝わっていると感じれる事は、清蔵の精神に大きな影響を与えるのだった。

 

『ただその……情事まで見られてたんじゃと思う言葉があったのがちょっと恥ずかしい……俺の思考漏れてるからサト〇レ的な奴か?ある意味きついなそれ!』

 

朝日が昇りきった頃、清蔵は機動隊の朝連に参加。機動隊における清蔵のポジションは非常勤教官である。主に得意の近接戦闘を教えているのだが、逮捕術と違い、相手を確実に無力化させる応用的な実戦を教授しているのだ。

 

機動隊では清蔵が習得している糸東流空手、柔道、喧嘩芸骨法の3つに絞り、より攻撃的な制圧を体に叩き込ませる。普通の警察官が相手を出来る限り傷つけない事を徹底しているのに対し、こちらは相手を屈服させる事に重きを置いている。清蔵は今、空手の蹴りを教えているが、機動隊では実戦的な技のみを教える為、腰から下への蹴りを徹底していた。

 

『上段蹴りは見映えがいいが隙だらけだ!腰から下への打撃は見た目が地味だが効果的、かつ隙が少なく上半身の技への連携が簡単だ!』

 

護身術として武道を学ばせている機動隊以外の人間には、演舞として上段への蹴りも練習はしているが、この世界では最小のピクシーから最大の準巨人までと、体格差が元世界の比では無いので、体格差に囚われない攻撃が有効なのは、体を支える足腰なのだ。特に準巨人等の上に高い種族には有効性が高く、最小種族のピクシーに至っては下段攻撃のモーションで上中段への攻撃が入る。清蔵はごく無駄の無い最小距離でローキックを披露する。

 

『どうだい?これが最も無駄が少なく、バランスも崩しにくい蹴りだ。地味だが、太ももやふくらはぎ、膝への攻撃は相手の動きを止められるし、かつ手で防ぎにくいから足も取られにくい。』

 

隊員はその指導をしっかりと目に焼き付ける。清蔵は週二三回、それぞれの武道の基本を教え続けている。今日は空手なら次は柔道、次は喧嘩芸骨法と、来る日ごとに流派を変えながら、隊員達に骨子を固めさせる。

 

 

ああ、いい汗かいた。深夜明けのテンションだから無駄にハイになって熱入れすぎだったけど、彼等はしっかり指導を飲み込もうとしてる。今日は空手だっただけに熱くなりすぎたのもあるけど、しょうがないか。実は空手をはじめ、武道は全て警察になってから始めたのよ、それまでは喧嘩拳法、早い話が素人さんだったわけね。空手、柔道、喧嘩芸骨法、日本拳法、合気道、そして逮捕術……この中で俺が唯一全国大会レベルだったのが空手だった……

 

形は小並でボロボロながら、組手でかなり上に行ったね、三年もしない内に二段以上の有段者がゴロゴロいる中でギリギリ茶帯の俺が勝ち進んで行くのは不思議がられてたけど、センスはあったのかな?しかし他はいまいち……空手以外だと喧嘩芸骨法が濱田課長に褒められた位だけど、喧嘩芸骨法って大会も何もやってないから趣味だった。結果的にしっかりやっていたお陰で前回のコーリン検挙に役に立ったからいいけど。まあこちらの世界のみなさんは優秀だから、比喩とかじゃなくそうなんだよ。だからきっと凄い機動隊員が完成する、俺はそう信じてるよ。

 

 

昼が過ぎた頃、清蔵はワフラと交代した。平時の勤務形態は一日半または三日勤務の一日半または三日の非番でローテーションを組んでいる。ワフラと清蔵が組織のトップなので、署長室の空席を防ぐために、ここの所は一日半のローテーションが多い。勿論、有事発生時には勤務時間を越えると言う事は珍しくない為、その都度変えて行ったりもしている。

 

『清蔵どん、お疲れさん。』

 

『お疲れ、ワフラ。おっ、その色つやのいい肌といい表情、良いことあったの?』

 

『ふふっ、秘密ば。』

 

『そっか、まあ表情が明るいのは良いことさ。それじゃ引き継ぎ終わらせてテイルちゃんといちゃついてくらぁ。』

 

ワフラは昨晩から非番になった未来と飯を食べに行き、無事二人の仲は進展したようだ。秘密と言いながらワフラの表情は清蔵に負けない位顔に出やすいらしい。清蔵はそれ以上からかうのは邪道だと思い、手早く引き継ぎを終わらせて帰宅の途に着く。

 

 

本日も仕事を無事終えて、先に帰っているテイルちゃんのもとへと急いでおります。つまりジョギングがてら走って帰っております、はい。我が住み処は本町の長屋、忙しいから新町にしたら?と周りは言うけれど、オーガスタ一家の隣と言う好条件を捨ててまで新町に住む頭はないです。は?じゃあ彼女と新町に移ったら?と返ってきたけど、馬鹿野郎お前俺はあの長屋周辺の雰囲気が好きなんだよ空気嫁じゃなかった空気読めだよおい。ご近所さんが優しい人ばっかだから、居心地がいいと言うかなんと言うか……俺の実家近所を思い出すんだよ。だから新町に移り住む予定は、ないです。さあ、愛する人の我が家へ。

 

『テイルちゃん、ただいま……えっ?何その格好?皆さんどうしたんですか?』

 

裸エプロンをしてくれるシチュエーションなんて童貞の幻想、そう考えてた時期が、俺にもありました……オーガスタ一家全員が我が家にいます……テイルちゃんが裸エプロンなのは良いですとも!俺の口からやってくれと言えなかったから最高ですとも!しかし、Mrs.ハンニ、そしてMr.キイチ、何であんたらも同じ格好してんだよ!

 

『おお婿殿おかえり!』

 

『なんすかこの乱〇パーティーなノリは。』

 

『うふふ、テイルに性生活がマンネリにならないようにって思って、裸エプロンなんてどうって言ってね♪』

 

やはり犯人は貴様か露出狂!当のテイルちゃんは顔真っ赤にして恥ずかしがってんよオイ!大事な娘に何余計な事吹き込んでんだよ!

 

『じゃがテイルは恥ずかしいっちゅうもんじゃからの、それならパパとママも一緒にやれば恥ずかしくないぞと言ってこうなったんじゃ!ははは、どうじゃ、名案じゃろ?』

 

いや、その理屈はおかしい。想像してみろ?美少女の裸エプロンはそそるよ?夢だよ?そして美人ママの裸エプロン、これもそそるよ?夢だよ?そこに菅原〇太似の、それもえらくごっつい男が裸エプロンでってさぁ、夢は夢でも悪夢の方だよ!前言撤回、新町に移ろう、テイルちゃん!この人らちょっと処じゃない、かなりおかしいから!只でさえ俺に汚されてるテイルちゃんをこれ以上汚すなぁ!!

 

 

異世界の風と良心、愉快さ、様々なものに触れ、清蔵は幸せな時を過ごしていた。

 

『ちょ、ナレーションさん?勝手に綺麗にまとめないで!そしてキイチさん、目の前でエプロンを解かないで!そこの美魔女、あんたもだよ!テイルちゃん?真似しなくていいから!恥ずかしいなら真似しなくていいから!』

 

 

 





四話か五話位、文字数的には五千から一万字平均位の長編の基本部分が出来ました。基本コメディなので極端なシリアス話にはならないですが、ある程度の締めはきっちり出来るように編集したいと思います。


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再集結編
第28話 諦観する者、嫌悪する者



リアルが資格試験取得の勉強に専念したいので更新が遅くなるかもと思い、長編の走りの1話を早めに投稿いたします。


 

 

 

人口五万人の小都市、向日葵市。清蔵が生まれ育ったこの街の警察署、向日葵市警察署。人員百名程。取り仕切る署長の名は淡島謙二警視。年齢は55歳。彼は警察組織に属する者としては異色な存在だった。姿を見せないネズミ捕りにもの言いをつけ、非協力な公安部に真っ向から意見をぶつけ、権力争いにしか興味の無いキャリア組には辛辣に言葉を発する。そのような人物だった為に、キャリアでありながらこの歳で警視に留まっている。10年前、向日葵市警察署に署長として配属された。配属と言う名の左遷であり、この10年転属命令が下らない事から閑職組である事が確定ではあったが、彼は昇進の道が閉ざされる事などついぞ興味が無く、署長の仕事を全うしていた。

 

彼が目指すはただ一つ、真の意味での警察の本分を果たす事。警察組織の在り方を常々模索していた彼は、地方の小都市向日葵市から、警察の模範を築く事で少しでも警察の浄化が出来ればと考え続けていた。そんな改革の最中、署の消失と言う前代未聞の事件が起こった。県警本部の連中はこれ見よがしに彼を糾弾しようとしていたが、彼自身は至って冷静に事をなし、一年前から移転先の新署建造が行われていた事もあり警察としての業務に支障は無かった。今回はまた県警本部が彼を呼び出す。無能無気力な癖に世渡りだけは上手い(当然仕事が出来るとは言っていない)連中が嫌がらせに毎週土曜日の忙しい時に県警本部に呼びつけるのだ。

 

既に署が無くなった経緯は各防犯カメラや署の近くを通っていた車のドライブレコーダー等から証明済みな上、彼がマスコミのインタビューで署の消失以上に清蔵が行方不明になった事が最大の損失だと訴え、世間を味方にした事で警察庁長官も裏で動き、彼に責任を追及する事を禁じていた。奴等の狙いは署長を追い詰め、組織の鼻つまみものを追い出すと言う頭だけ。本庁から離れた僻地の県故に問題が明るみになりにくいのもあってか、彼等に罪悪感等無かった。

 

『毎度毎度ご苦労様ですな署長。こうして毎度来ると言う事は治安が良いんでしょうな?お暇ならば後身の為にも、ゆっくり隠居されてはどうかな?』

 

本部の腰巾着たる県警課長がそう言って皮肉る。

 

『ええ、平和そのものですよ、部下のお陰で。それで?弱者を食い物にするだけの警察だったら無い方がかえって事件が減る。向日葵市以外の検挙数の内、不起訴案件がおいくらだったか知っておいでで?つまらんネズミ捕りに精を出している間に、随分と空き巣被害が増えておりますなぁ。』

 

『淡島、貴様ぁ!言わせておけば……』

 

『その通りだな。課長、君が慎みたまえ。向日葵署は忙しい事を知っているはずだ。』

 

そこにやって来たのは県警本部長、青木貞次だった。彼はここ1ヶ月、淡島を本部に呼びつけ、既に終わった署の消失責任問題を未だに責め続けていると言う話を耳にし、ここにやって来た。彼のあずかり知らぬ所で行われている理不尽な嫌がらせを見過ごす事は出来なかった。

 

『我が県の犯罪検挙数の九割は交通案件に集中している。それも、多くは一旦停止違反が占めている。だが半数はドライブレコーダーに記録され、違法聴取であると言う事実、更に転び公妨まで使っているとな……警備部の調べにより、証拠の隠蔽まで発覚している。

 

淡島警視の責任追及で矛先を反らしたいのだろうが、既にネタは割れている……今後、淡島警視に関する事、特に署消失事件について一切触れるな……これは本庁命令だ。判ったな?……淡島警視、一旦退室を。後で本部長室に来るように。』

 

『了解しました、本部長!』

 

淡島は敬礼し、部屋を後にし、青木も続いて退室する。残された幹部らは課長をはじめ、その場にいた全員が青ざめた顔でその場に崩れた。

 

 

『淡島、難儀だったな。』

 

『本部長……』

 

『今は青木で良い、二人になった時位は肩肘を張らず、だろ?』

 

本部長室に来た淡島は、青木にそう言われ、一息呼吸を整えた。

 

『青木さん……』

 

青木は淡島と同郷の先輩であり、旧知の仲だった。署の消失の時に本庁に寛大な沙汰の是非を訴え、かつマスコミを動かした人物だった。裏で公安や県警幹部が自分を通じずに事を揉み消す事を察知し、情報の詳細をあらゆるメディアにリークした。

 

『青木さんがいなければ、今頃俺はいいサンドバッグのままだったでしょう。』

 

『私は淡島のような人間がいなければ、警察組織が腐った人間の温床になってしまうと思ってるよ。キャリア組は特にひどい。皆赤門出で頭だけは切れるが、肝心の警察としての体裁は屑にも劣る。あんな調子で民を押さえつける位なら、自衛隊に治安を任せた方が数段マシだ。』

 

かく言う彼自身もキャリアで階級は警視長であるのだが、淡島同様心に警察としての矜持を持っている数少ない人間だった。彼の言うように世間一般の警察のイメージは悪い。不祥事のデパートだと……事実である。しかし無能では上に上がれないと言う人間もいる、それも事実である。だが、確実に無能な人間が増えていると言う真実を擁護派は話さないと言う事実もあるし、不祥事を起こさず警察の模範を地で行くものもいると言う事実もある。単純な話、警察もただの社会人の一種だと言うだけだ。

 

『問題は、不都合な事実を隠したがる人間に、上の人間が多すぎると言う真実……呆れたものよ。だからこそ、淡島……お前のような人間がいなければならない。』

 

『先輩、俺はもう老いぼれに差し掛かっていますが、向日葵署の連中は優秀に育っています。彼等が警察の見本となる日は、そう遠く無いでしょう。』

 

『そうだな……しかし、オカルトな事件に遭遇しながらも、冷静沈着に事をなせるあたり、お前さんは素晴らしいな。』

 

人は、非現実な事が起こった場合、冷静に対処出来ないものである。だが淡島は、変り者と称される存在故に、対処が出来たと言えるのだ。署の消失から殆ど間を空けずに滞りなく新署に移行する判断力の早さ。これが、奇人とあだ名された男だった。

 

 

県警本部から戻った淡島は、署長室に戻り、手元の端末を開いた。そこには、国家公安委員会が公にしていない、計三十件に渡る失踪事件についてだった。共通する内容は目の前にいた人間が突然何の脈絡もなく消えたと言う証言。その中には、若いキャリア組の人物の名前も載っていた。この内容を閲覧出来るのは、国家公安委員会所属、つまりキャリア組でかつ警視以上の人物に限られた。淡島はまさに該当者である。

 

『……児玉と同じような案件だな。決定的に違うのは、児玉だけ建物と共に消失した事か。興味深いな。』

 

淡島はそう呟くと、手元にある端末にカードを差し込み、それらの事件に関する深部のデータへとアクセスする。彼等彼女等に関する項目……10代から30代の人間、出身地はバラバラ、職もほぼバラバラなので何かしらの関連性は少ない。

 

『山口と児玉が偶然この県出身で警察官、年代も似ている、と言う点位だが、消失地点は違うし、消える時の時刻も違う。何処かに共通点は無いか……何れにしても人為的なものを感じるのだが、糸口が掴めん。』

 

 

『うっ?!今度は署長の……凄い事を知ってしまった……30件?つまり俺みたいに生きてこちらに来たのがそんなにいるのか!更に死んでこっちに来た転生者まで合わせると、どんだけ来てるのか……署長は人為的なものを感じるって言ってたけど、一体……』

 

清蔵は自宅のベッドで夢として、現在の元世界の人間の視点を見る事となった。今までの中で一番立場の高い淡島のそれを見てしまった清蔵の衝撃は、計り知れなかった。自分が定年まで警察をやったとして絶対に見ることも出来無いであろうデータを夢越しに見た……清蔵は不安を押さえられなかった。更には、山口……データベース上の顔は、木尾田の彼女だった康江その人だった。彼女までこちらに来ている事実を知った清蔵は、最悪の事態も考えていた。

 

『この世界は中世ヨーロッパレベル、治安が悪い所が多い……もしかしたら、何処ぞの野党に捕まり、娼館に売り飛ばされているって可能性も高い。くそっ!』

 

清蔵は、改めて思う。何処の誰かは知らないが、異世界に引摺りこんで何かを企んでいる者がいるのではと。

 

 

その頃、カン=ムの首都、エルフランドでは、不安を抱えたまま将軍として働く康江の姿があった。彼女は一万を超える部下、それを従えて首都防衛隊を指揮している。地方大学からキャリアとなっただけあり有能に働いてはいるが、そこにはかつての氷のロリータの姿はない。一人の悩める日本人女性としての不安の中に、彼女はいた。

 

『もう、なんなのよあれ……』

 

彼女は首都エルフランドで最近噂になっている、革命運動ゲリラの鎮圧を任されている。同じ将軍のリキッドと共に任務は遂行しているが、ゲリラの言葉に頭を抱えているのだ。

 

(贅の限りを尽くし、隣国との外交関係も悪化させ、訳も分からぬ術の為に血税を貪る皇帝一族を許すな!)

 

『一体どんな事やらかしたらあんな声が出てくんのよ……と言うか術って何の事?』

 

気になった康江は、リキッドに頼み、税金の使い道について教えて貰う事にした。品物の消費税20%、一般市民からの税金は所得の30%、医療費については中流階級以上や将軍等上級武官は無料だが、一般市民からはかなりの額を取っているらしい。康江が知る類いの保険なんてものは無く、特権階級だけが好き好んで生きられる状況……そして極めつけがこれだった。

 

『異界の賢人を召喚する儀式……陛下はそれを趣味として行っているんじゃ。全ては自分の力を見せつける為に。じゃが、何度やってもその場に召喚出来た試しが無い……』

 

康江は喉をごくりと鳴らしながら、リキッドの言葉を聞く。

 

『召喚の儀式には生贄がいるんじゃ、最初は首を切り落とした罪人を生贄にしていた。召喚そのものは成功したんじゃ、召喚に使役する魔人がそう言っているから間違いない。しかし、何処にその者が来るかまでは今の今まで制御出来ん。1年前に至っては反感を持つ豪族の領土に大掛かりな陣を描いて召喚をしたんじゃ。巻き込まれた人間は、確か80人……領土ごと消えて無くなったんじゃが、召喚された者がエルフランドにいなかった。と言うよりも召喚された人間に会う事すら出来んかった。生贄の肉体はどうやら完全に消えて無くなり、代わりに召喚された者が来る。召喚の為の等価交換らしいが、制御出来んのでな。

 

しかし、最後に召喚をした時は、このエルフランドの、しかも謁見の間に召喚する事に成功したんじゃ。騎士のファーレンと言う男が、皇帝暗殺未遂で生きたまま捧げられた。ファーレンの体と引き換えに、待望の目の前に召喚されたのが……康江、お前じゃ。俺も後で知ったんじゃがな……召喚の儀式に成功してからは飽きたのか、今度は別の禁術に手を出してるようだが……康江、すまなんだ。』

 

康江は言葉が出なかった。自分を引摺りこんだ犯人が、皇帝ユナリンであった事に。呆然としたまま、康江は異世界の空を見上げ、静かに涙を流した。

 

『神様なんて、やっぱりいないのね……』

 

 

最近町役場が騒がしいな……町長も深刻な顔してるし。俺は今、町長に呼ばれて役場まで来てるんだけど、町長の顔がいつになく険しい。目の前には、役場の全責任者が集まっていた。奉行所次官、弁護士事務所所長、風紀係長、そして、警察署長の俺。みんな町長の顔に緊張して表情が固い、うう、居心地悪ぃ……

 

『皆に集まって貰ったのは他でも無い。先日、首都エルフランドにいる娘から手紙が届いてな。娘はエルフランドの政務官をしているのだが、カン=ム皇帝が自治区から税金を取るようにしようとしているらしい。一週間後に特使が来て話し合いが開かれる。

 

みんな……わんはこの町が好きじゃ。小さいながらも風情溢れるこの地は、カン=ムの一部ではあるが、今までエルフランドの連中が見向きもしない土地だった。今上陛下は乱心に過ぎる。みんな……わんはどうしたらよいか……』

 

本気でキレちまいそうだぜ、我慢できん!

 

『首都の連中が何だって?今までナハト・トゥを片田舎扱いして、首都圏の連中だけカン=ムの領地みたいな事抜かしやがって!圧政で税金が欲しいから今まで放置と言う形で自治区をさせてた奴らが金を寄越せ?虫が良すぎるだろが!』

 

頭に来た。自分らの都合でそこの領土まで目が行かないから自分達で町作ってね、代わりに何あっても知んないからってやったと思ったらそれかよ!勝手な連中だ!

 

『清蔵どん、ごもっともじゃ……エルフランドはあそこだけで800万もの人間が住んどる。そして税収対象地域は国の九割強。対して、周辺の自治区は全部合わせてもたったの20万じゃ。ワシらの地域から取るだけ取ったとしてエルフランドの人間の税収一万人分もなか、嫌がらせ以外のなにものでも無いのじゃ!』

 

だと思ったよ。地方と都市部じゃそもそもの物価価値も所得も違う。世界的に格差が小さい日本ですら、首都東京と地方の格差はかなり大きい。周辺の自治区は全部合わせても首都の一万人分、しかも取れるだけ取ってそれだけ……是政者は馬鹿の中の馬鹿だな。民を食い物にして何が陛下だ!

 

『それで町長、特使が来たとして、奴らが脅し文句言う確率はどの位でしょうか?』

 

弁護士事務所所長がそう言うと、町長はふーっ、と息を吐くと

 

『十中八九言うじゃろう。武力を持ってわからせると……どうやら特使は将軍の一人らしい。』

 

腐ってやがる、手遅れだな。俺は貧しい暮らししてたから、民の声を聞かない政治家や、自分でやりもしてないのに揚げ足取りばっかしているような奴らが嫌いだった。〇〇〇〇〇(ガチの公安監視対象組織の為お見せできません)、てめぇらだよ!

 

俺は決意した。この町を守り抜いて、自治区として維持すると。町長もその目が物語っている、民の為に身命を捧げると。ほんとに素晴らしい人だ、〇〇〇〇〇(ガチの公安(ryとは大違いだ。俺は決意した。ちと早い初陣になりそうだけど、機動隊の出番が来るかもな。

 

 

鬼軍曹、キスケ機動隊隊長の手記

 

 

機動隊の設立から僅か4ヶ月、まさかこんなに早く出番が来るとは……錬成期間がもう少し欲しい。エルフランドの状勢は前々から芳しく無い事は聞いていたが、まさか自治区にまで税の徴収を迫るとは……あの若作りのババア、何を考えてやがる。〇ねばいいのに。

 

設立から1ヶ月の間に、現警察署所属出身者12名と、こちらから直接募集して集まった80名、計92名がやって来て、残ったのが40名……清蔵さんは凄い残ったねと言っていたが、あの人の世界の人間は軟弱なのか?いや、違う。清蔵さんの世界の機動隊員は皆正式に警察官として下積みを重ねて集まった猛者達、こっちは正規から来たのがたった12名だから、いきなりの訓練からこれだけ残ったのに対して驚いたと言う所か。その40名は着実に成長している。最初は盾も持たず手ぶらで町の外壁一周も走る事が出来なかったひよっ子達は、今では機装一式を装備して軽く三周は涼しい顔でこなしている。体術も中々呑み込みが早いし、何より素直に動く。あいつらは週三で一緒に参加している清蔵さんから逮捕術と骨法と空手の手解きを受けているが、真剣な目で習得に励んでいる。流石に清蔵さんや俺と組み合って勝てる奴はいなかったが、磨けば輝く事は確信している。

 

しかし、実戦にはいささか早すぎる。あいつらはまだ殺し合いを生業にする者との戦いを知らない。帝国の兵士達は錬度が余り高くは無いが、命のやり取りを大なり小なり経験している。そして数も多い。戦なんて起こらなくていい、機動隊の出番が無い事こそが真に望まれる事なのだから。

 

 

数日前

 

エルフランド。皇帝ユナリンは若作りの秘術(と言う名のアンチエイジング運動)をしながら、それに付き合わされてる康江を呼んだ。

 

『ねぇヤスヤスゥ、頼みがあるんだ。ナハナハ?じゃなくてナハトなんとか自治区からも税収取る事にしたから、特使として行ってきてぇ☆返事が悪かったらそれはそれでいいからさ、そのうち滅ぼしちゃうぞ☆って脅しかけとけば良いだけだから。地方からの税収なんて見込んで無いけど、力は示しとかなきゃねってアピールしといて☆』

 

『マジですか……まあ良いですけど……ダメだったらまあ何かうまそうな土産買って帰りますわ。』

 

『うん、それいいかも☆エウロのサカサキ近いから彼処の銘菓を宜しくね☆』

 

『はいはい、ユナちんとりあえず行ってきますね。』

 

康江は目の前にいる自称永遠の45歳、他称自堕落帝の事が大嫌いだった。ずっとこのノリで贅沢三昧を繰り返し、訳の分からぬ召喚術で何人も生贄に捧げる名目で、自分の気に入らない人間を消しているのだ。

 

(夏桀殷紂ここに極まれりなババァね……どちらかと言うと末喜や妲己の方だけど……魔法の力が無駄に強いから声に出さないけど、とち狂ってるわね。)

 

皇帝の間からそう心に愚痴りながら出て行く康江は、正直乗り気ではないものの、妙にユナリンに気に入られてしまい、厚待遇で食うに困らない扱いをしてくれた恩もあり、逆らう気力も無かった。

 

ユナリンの人間的性格が分かり、扱いにも慣れたのか、フランクに話しながら上手くかわせるようにもなったが、一応行ったと言う事実を証明せねばならない。勿論他の地域なんて良く分からないので、土地勘がある部下を数名連れて行く事にした。政務官や秘書官の待機している部屋に行き、康江はそれを伝える。

 

『えーと、みんな聞いて?あのババ……じゃなかった陛下がナハトなんとか自治区からも税収を取る事にしたとか行ってきてさぁ……』

 

『閣下、それは誠にございますか?!』

 

目の前にいた実直そうな女性政務官が目を見開きそう詰め寄った。

 

『うっ、うんほんとよ(どうしたんだろ?ノインさんがこんなに動揺しちゃうなんて……)』

 

将軍になってから康江がまともに話せる人間は皇帝とリキッドの他には政務官、秘書官の10人程で、特に目の前の女性であるノイン・ナイトは数少ない初対面から好意的に接してくれた人物だった。優しくて聡明、そんな彼女が目を見開き動揺するなど、初めてだった。

 

『閣下……ナハト・トゥは、私の故郷なんです。』

 

『そっ、そうなんだ……ごめんね(うっ、地雷だった、どうすんのよこれ!)』

 

康江はどう声をかけていいか分からずそれ以上の言葉が出ない。しかし、目の前の女性は思いをこらえて言う。

 

『ナハト・トゥについてなら、私が一番詳しいですから、私を連れて行って下さい!彼処の町長は、私の父ですから!』

 

(ッエェェ、っちょっ、ッエェェ?!なんていらない偶然なのぉ?!)

 

 

特使が来るまで一週間、清蔵は首都エルフランドの事について詳しく聞く事となった。

 

『清蔵どんはそう言えばエルフランドについては全然聞かなかったな。』

 

『そりゃあ俺にとってはこの町が全てだからかな?大都市も割と近くにサカサキがあるし、話題にも上がらなかったよ。それに自称永遠のなんちゃらとか言ってる時点で皇帝にも興味無かったしね。』

 

そう言う清蔵に、ワフラは少しずつ噛み砕きながら話す事にした。カン=ムの首都エルフランドは、名前が示す通り、エルフの皇帝一族が住む。先々代皇帝クダル・レイオウ・カン=ムエルの時代は魔法・鉄器大戦の時期であり、彼は魔法軍側の将軍であった。四半世紀も続いたこの世界大戦は、幾つもの国家を人が住めぬ程に荒廃させ、人口の六割に及ぶ人類を犠牲にした。両軍の大将は戦いの愚かさを悟り、残った国家を纏めて現在のタイーラ連合国が誕生した。

 

クダルは現在の地であるカン=ム地方の人々を取り纏め、その地方の言葉で首長を意味するエルを、地方名と合わせ、カン=ムエルを名乗った。これがカン=ム帝国の始まりである。クダル時代の治世は善政であり、国内は非常に穏やかな時代だった。クダルが崩御した後に、ユナリンの兄、シェイワ・プーム・カン=ムエルが即位、彼もまた父の治世を継承し、エルフランドは人口800万を誇る大都市へと発展した。だが、シェイワは病弱だった為に、エルフとしては短命な100歳で崩御する。その後に即位したのが、当時45歳、ヒューマで言う12歳位の年齢であったユナリンだった。ユナリンはまだ若かった為に、従兄弟のテンジャが摂政として20年の間に政治を代行し、その間にユナリンに帝王学を学ばせる等、やれる限りの事をした。

 

『……それが何で過去最悪なんて呼ばれる事になったのかな?』

 

『実は摂政殿下が政務を行っている間に、陛下は魔法に没頭するようになったば。元々皇帝一族はエルフの突然変異であるハイエルフと言う種でな、魔法を操る事に長けていたのだが、学ぶ魔法がよりにもよってろくでもないもんばかり学びおってな。』

 

ユナリンは魔法・鉄器大戦時代に使われたと言う禁術を研究していた。禁術は他の魔法と違い、高価な、或いは倫理に反するような触媒を必要とする為、裏で財政を圧迫する程の散財っぷりでテンジャの胃を痛ませた。テンジャは国民生活の圧迫を防ぐ為に、ユナリンに進言したのだが、ユナリンは、

 

『テンちゃん兄、うるさいからポイね☆……公文書に載っている正式な摂政殿下を解任時の言葉だそうだ。更に摂政殿下をとある禁術の生贄に挽肉にしたんだと。因みに禁術は失敗した、その時に癇癪起こして、数名の人間が首を物理的に飛ばされたらしい……』

 

『サイコパスかよ……その手の奴って変な頭の切れ方してるからタチ悪いんだよな……』

 

ユナリンは良心の箍が外れている。皇帝の一族と言う恵まれた出自で何不自由無く生活し、かつ、エルフと言う長命な種族故に長い間好き勝手に生きた事で元々薄かった他者への気遣いと言うものが無くなっていたのだ。摂政無き後のユナリンが民の生活を鑑みる事など無く、外交の場でも隣国との協調等考えず失言を飛ばしてばかり。生活は贅沢を尽くし、禁術の実験は辞めず、財政を圧迫しまくった上に、圧迫した財政の責を国民に押し付けていった。

 

『思いっきり男女平等パンチ食らわしたい……ヤヌスの極刑に複雑な思いをした俺でも流石にその皇帝に関してだけは殺すなと言う自信が無いよ。』

 

その先を聞くのも嫌になるが、清蔵はどうにか堪えて話しを聞く。ユナリンの圧政に業を煮やす者はいたが、無駄にそう言った所には頭が周り、反抗する者の家族を人質として差し出させ、反抗を無力化させてしまった。反抗する者達は生贄として禁術の実験動物として使われ、やがて人質の方も同様に使われた。中には生きたまま内臓を引摺りだされ、肉のつけ物や塩辛にされた者もいた。

 

『……ワフラ、ちょっとその辺の壁殴って気を静めるわ。あー、気分悪くなった!』

 

清蔵は内容に怒りの感情を抑えられず、壁を数回殴りつけてどうにか気を静めて再び話を聞く。かくいうワフラも座っている椅子の背もたれの支えの所をギシギシと握り締めながら怒りを抑えてはいたが。禁術の実験は全て失敗だったが、ユナリンは実験の失敗どうのには興味が無く、禁術を使う快感の為だけにそれをしているのだった。自らの失政で経済を締めつけながら、悪びれる様子等無い……自治区に税を求めるのも、特に深い考え等無いのだ。話を聞き終えた後、清蔵は暫し黙して、ワフラに呟く。

 

『ワフラ……特使ってのはどんな奴なんだ?』

 

『ユナリンのお気に入りが上級武官や貴族に任命される……つまり陛下の寵愛を受けた人間と言うわけば。』

 

『つまり、高圧的な態度に出る可能性は高い、か。』

 

『更にこの町に来るっちゅう事は、町長の娘さん辺りを連れて来るんじゃなかかと思うば。ナハト・トゥは辺境の田舎故に、土地勘を持ってる人間が少ないからの。それに、いざとなった時は娘さんを盾にする可能性も高い。』

 

『汚い、流石皇帝汚い……』

 

清蔵はやり場の無い怒りを溜め込みながら、町長が苦渋の顔を浮かべていた意味を理解していた。首都に住む町長の娘が、どのような理由でそこにいるかは分からないが、何かあれば殺される、清蔵は国家権力を盾に好き放題やっている皇帝に対し、殺意の感情を抱くのだった。

 

 

『……ただいま。』

 

『お帰りなさい……せぞさん、どうしたと?顔が暗いよ?』

 

清蔵とテイルは新町に引っ越した。ワフラが強引にテイルと非番が重なるように調整してくれたお陰で、帰る時はテイルと二人で過ごせる。いつもなら嬉々として帰って来る清蔵の顔が沈んでるのを見たテイルは、潤んだ瞳で清蔵の顔を覗きこんだ。清蔵は悲しい表情をどうにか笑顔に戻しながら、今日あった事を話した。幸せの絶頂である中で、エルフランドの特使が良からぬ勅令を携えてやって来る、つまりは清蔵達に危険が及ぶのではないかとテイルは感じ、清蔵に抱きつきながら涙を流す。

 

『せぞさん、せっかくパパに認めてもらったのに無理しないで……せぞさんにもしもの事があったら……』

 

『だっ、大丈夫だってテイルちゃん……無理はしないつもりだよ?』

 

『つもりじゃなくて無理しないで!嫌だよ、せぞさんが辛い思いするのなんて!』

 

子供のように泣くテイルを優しく抱きしめながら、清蔵はどうしたものかと悩むのだった。

 

 

やっぱ俺、無理してんのが顔に出てんだなぁ、テイルちゃんを泣かせてしまうとは……しかし解せぬ。自称永遠のなんちゃらって時点で頭イカれてやがると思っていたけど、自治区にまで手を出すとはね……

 

1週間後だから対策を講じる暇は前の時と比べて余裕があるとは言え、今度の相手は国家元首とか何の冗談だよ?異世界に来てチートで解決、そんな便利な能力ありません!俺にあるのは警察官として鍛えてきた人より強いがただそれだけの体と、半分位しか役に立っていない、元世界の知識、そして足りない頭だけだ。銃はあるけど異世界の人々が苦労してコピー及び洗練してくれたものだから妄りに使いたくない(かつ大量に生産出来ない、ハンドメイド故に)。ああ、もう!皇帝の顔面に正拳突き噛ましたい!

 

 

 

 

 



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第29話 清蔵、喜怒哀楽


次話の書くペースは早いのですが、タイトルに滅茶苦茶困っております……今回はギャグ多めです。


 

 

アンブロス帝国首都モスウラージのとある建物に、レジスタンス奴隷解放戦線の本部が置かれている。タイーラ連合国全体に活動拠点を置き、不当な奴隷市場や奴隷労働者をデモと、時には武力で解放する組織。総帥は異世界転生者、木尾田雅人だった。彼は、安定したサカサキの職員を辞め、危険なレジスタンス活動に身を置いている。それは、自分の死により、大切な人々のその後が狂ってしまったと言う負い目があった為だった。結果的に彼は妻のユウミと、娘のコウ(康江の康から命名)をサカサキに残し、距離を取ったのだ。自分が遺された者の事を考えずに異世界で幸せにしていると言う負い目……木尾田は自ら危険をおかしてまで、戦い続ける事を誓ったのだ。

 

休憩時間、本部の自室で木尾田はサカサキにいる山田からの手紙を目にしていた。そこには、山田夫妻がユウミとコウの面倒を見ている事、コウが12歳の誕生日を迎えた事が書かれていた。そして、清蔵がこちらの世界に来て、元気にやっている事も。

 

『そうか……コウも12歳になるんだね。僕の顔をもう、覚えてはいないだろうけど、コウが健やかに育っているならば、それだけで十分だよ。そして、清蔵……君までこちらの世界に来てしまった……この世界の悪意は、僕が断つから、君は今いる町を大切にね。』

 

木尾田は少し寂しい顔を浮かべながら、手紙を胸にしまった。暫くすると、秘書官の女性が報告書を持ってきたので、木尾田は目を通した。木尾田は驚きの表情こそ出さなかったが、報告書の内容に内心動揺していた。

 

(そんな……やっちゃんまでここに来ているのか?!しかも、よりにもよってカン=ムの将軍になっているなんて……)

 

 

その頃、康江はナハト・トゥへの特使として赴く為の準備をしていた。エルフランドからナハト・トゥまでは1000kmは離れており、この世界のサラブレッド、ハイドラスの馬車で休み無しに走っても三日は掛かる距離だった。馬車の状態を確認しつつ、連れて行く人員を選別していた。

 

『魔法兵を三人と、鉄器兵八人、ナイト政務官を道案内に、食料は念のため10日分を自前でね。』

 

氷のロリータと呼ばれた職務執行力そのままに、言葉は柔らかく言うように指示をする。仕事も出来て物腰柔らかな康江のそれは、周りの人間に余計な圧力をかけない事から、女帝より評判が良かった。

 

『閣下、準備は整いました!』

 

『うんむ、じゃあ出発しましょう、疲れたら無理せず休んでね、なんてったって一週間後だからゆっくり行きましょ、みんな陛下の事で疲れてるはずだし。それにダメな時はサカサキで土産買って帰るから、その時にそっちで買い出しする分の資金も渡しとくよ。』

 

康江は兵達に労いの言葉をかける事を忘れない。元世界では血も涙もない冷徹キャリアとして辣腕を奮った彼女だが、この世界に来てから、将としての在り方をリキッドに教えられ、反省した。元々彼女の性格は氷のロリータの異名とは正反対なのだ。木尾田の死により甘い自分を押さえ続けて来た反動でもあるのだが、お陰で彼女はこの世界の人間と打ち解けやすくなったのだ。

 

とは言え、歴代最悪の皇帝の側近たる将軍職に就いていると言う事実は、悪い面が目立つのだ。ここに来て数回、レジスタンスの放った暗殺部隊に命を狙われ、一回はレイプ寸前の危機にまで及んだ。幸い同居しているリキッドのお陰で全て事なきを得ていたが、康江は世界の目と自分の周りの目の違いを、嫌がおうにも見せつけられた。そのような事もあり、康江はリキッドと懇意の兵達を選んだ。彼等とはこの一年でかなり仲良くなり、共に酒の席で女帝の愚痴を言い合う仲になった。特に魔法兵の三人とは、同性特有の悩みを言い合う位には信頼関係があった。

 

『やっさん、あたしこの仕事が終わったら彼氏に思いきって告っちゃおうかなって!』

 

『もう、それ死亡フラグだよ!』

 

『あっ、アツミンそんな事言う?うちはそれ言ってちゃんと帰って来たしぃ。』

 

『あはは、そうだね!みんな、こんな仕事とっとと終わらせて、打ち上げしよう!』

 

『リキさんも連れてですね?てぃひっ!』

 

『うっ、うん……そろそろリッちゃんとちゃんとしないとなぁって。』

 

『もう、やっさんはそこはウブなんだからからかわないの!』

 

賑やかな四人のそれを見ながら、周りの人間は幾分緊張が弛んだ。どの国にいようが、蓋を開ければ人の子である事は変わらない。しかし、同時に、醜悪な者もまた同じようにいる事を、康江は感じていたが、自分ではどうする事も出来ないと痛感してもいた。

 

(こんな人達を危険に晒すババァに何も出来ないなんて……私はやっぱり弱いなぁ……)

 

 

朝のナハト・トゥ。収穫期も無事終えて、獣騒動も一段落し、端から見れば何の異常も無いように見える。しかし、皇帝の特使が来ると言う話の為に、警察署は慌ただしく準備に追われていた。

 

『機動隊整列!』

 

キスケの声が響き渡る。機動隊員40名が、真新しい装備一式に身を包み、一糸乱れぬ動きで正体する。機動隊の装備一式は、ヘルメット、卑鉄製盾、レガース、グローブ、防弾ベストを機動隊の制服の上から着込み、警杖、警棒、ライフルをそれぞれ装備したのを言う。靴は安全靴以上に頑丈なものを履き、悪路でも問題無く走破出来る。

 

機動隊員の条件は一定の体格を有する事が条件となる。

 

・男性隊員175cm以上、または体重65kg以上

 

・女性隊員165cm以上、体重55kg以上

 

・上記を満たさない場合は懸垂15回以上、バーベル50kgを持ってスクワット10回以上、又は一定を超える逮捕術等の武道を修めた者

 

※因みに単位はこの世界のものとは違うが、分かりやすくするため表記してます。

 

これらの入隊条件を満たした者を清蔵とキスケの考案した訓練を受けさせ、肉体と精神を鍛え上げてきた。この精鋭達がこれから行うのは、特使側が実力行使に出た場合を想定した鎮圧訓練である。訓練の相手は、警察署の職員から十数名を選抜し、実戦さながらの訓練を行う。将軍役に選ばれたのは、テイルだった。彼女自身も術科の成績は優秀だったので、選抜メンバーに入っていた。

 

『いいか、これは訓練だが、実戦と思ってやれ!手を抜いたもんは特訓のフルコースじゃ!』

 

キスケのその言葉により、隊員達の目がより鋭くなる。訓練用の警棒や警杖は布を巻き、ライフルはゴム弾にしてあるが、怪我を完全に防げないので、相手側にも防具を着けてもらっている。

 

『では署長、号令を。』

 

『ああ……では、はじめぇい!』

 

主催たる清蔵の掛け声を合図に、訓練ははじまった。

 

 

20分程して、訓練は終わった、いや、清蔵が終わらせた。清蔵の顔は非常に険しい、と言うよりキレていた。訓練が無事に終わればそんな顔はしないはずである。大将役のテイルの着衣が乱れ、泣いている彼女を未来やロウラ達女性機動隊員が慰めている。訓練で重大なトラブルが起こったのだ。

 

『訓練の大将役と言う大義名分を良いことにテイルちゃんの体に好き勝手しやがって……殺すぞ糞ガキ!』

 

『おっ、落ち着け清蔵さん!』

 

『キスケ隊長、小僧共が俺の事気に食わねぇって言ってもよぉ、やっていい事と悪い事の区別があっだろ!これが落ち着いてられっかコラァ!』

 

気を宥めようとキスケが言うが、清蔵は納得しなかった。訓練を静観していた時、違和感に気付いた、明らかに大将を押さえに行く人員が無駄に多かったのだ。清蔵は他の所、それも魔法兵を想定した三人の所そっちのけで機動隊の三人がテイルに襲いかかったのを見ていたのだ。その独断行動のせいで危うく署長役のミハイルが落ちそうだったのだ。普段厳しく指導を徹底している機動隊員にも極端に怒らない清蔵も、流石に怒りが爆発した。

 

『そこの三人、こっち来い……オラッ!聞こえたら直ぐ来いやクソガキ共!!』

 

目が明らかに違う清蔵の様子に怯えた三人の機動隊員達はキスケに助け舟を出してもらおうと視線を送るが、キスケからも射殺す目で促されたので大人しく従う事にした。

 

『それで……君達、何であんなを事した?言いなさい。』

 

少しだけ冷静になった清蔵は口調を戻しつつも、怒気を孕んだ声で言う。

 

『てっ、敵の頭を押さえれば、士気は下がると思い、行動に移しました!』

 

『その行動により、魔法兵役への鎮圧がかなり手間取り、他の武器持った兵が署長役のミハイル君に迫ってたのを気付かなかったか?』

 

『し、署長ならば大丈夫と言う想定でありました!』

 

『それについてはコーリンの件もあり百歩譲って目を瞑るが、あの将軍の押さえつけ方、明らかに強姦だろ……何で服に手をかけて破き、胸まで揉んだ?何で下の方を脱がそうとした?俺に対してムカつくなら、直接言えと普段から言ってるはずだ……それに将軍の鎮圧時は、武器を構えて相手の手を上げさせて終わりだ、余計な事をするな。そしてひとつ言っておく……これは署長としての児玉清蔵ではなく、愛する人間に手を出された男、児玉清蔵として言う。俺の女に何してくれとんじゃこら!!』

 

清蔵はヘルメット越しに拳骨を食らわせた、厚さ5mmはあるそれが凹む程の一発を受けた三人は頭を押さえ悶絶するが、清蔵は構わず睨み付けたまま一喝した。

 

『署長である俺が信念を曲げてまで手を上げたと言う意味……しっかりと反省しなさい。訓練は中止、解散!』

 

清蔵はそう言うと、服がはだけているテイルに制服の上着をかけると、そのままテイルを伴いながら署に戻って行った。

 

 

キスケ警部の日記

 

清蔵さんが本気で怒ったのを初めて見た。あの人を怒らせたのは俺の落ち度だ。機動隊員は確実に実力をつけて来たが、やはりまだまだ十分とは言えなかった。肉体の練度は高かったが、精神的な練度が余りにも低かった。あの馬鹿三人は清蔵さんの手に余ると言う事で機動隊の方で性根を鍛え直させてやったはずだが、根本的な部分が治っていないのは致命的だな。

 

最近監察に転属したマーシーがやけにうちに来ると思っていたが、その辺を見抜いていたのだろう。確かにあれでは集団の制圧の目を抜けて関係無い者を強姦したり暴行したりする原因となってしまう。あの人が言っていた、警察の不祥事は決して容認してはならないと。つまりは何か起こったら奉行所通さずに殺すと。

 

特使が来るまで残りの時間で足並みを揃えねばならん時に、これは参った……それ以上にきついのは、あの人に嫌われてしまう事が一番の痛手だった。あの冷たい瞳は、カマリタを相手にしている時すらしなかった。失望したのかもな、俺に。

 

 

『テイルちゃん、大丈夫?』

 

『うん……大丈夫……』

 

『今日はゆっくりしててね、辛かったね……痛かったね……怖かったね……ごめんね……』

 

『ありがと……ほんとに大丈夫だから……心配ないって…』

 

清蔵は医務室に入り、テイルの服の下の状態を見た。胸に痣が出来、手形が太股や腰にもついていた。顔にも痣がついており、少し口を切っていた。警察の医務室に勤務している医師が処置し、テイルはそのまま医務室のベッドで眠りに就いた。

 

『大分酷い目にあいましたね、幸い傷は大した事は無いでしょう。問題は心の方ですね。暴行された女性の心と言うのは非常にナイーブです、ちょっとした発言が傷ついた心を悪化させてしまう事も珍しくない。今は男は近付かず、です。そっとしてあげなさい。』

 

『分かりました……先生、テイルちゃんの事をお願いします。』

 

年配の女性医師にそう言うと、清蔵はもう一度、テイルの顔を見て、署長室へと戻った。

 

 

『清蔵さん……』

 

キスケは機動隊の不始末の責任を取る為、署長室の前に来ていた。この世界に清蔵が来て何件か彼の真顔案件はあったものの、鉄拳制裁をする程に怒ったのは初めてだった事から、キスケ自身も気落ちしていた。因みにあの三人はキスケからも顎が砕けんばかりの鉄拳をお見舞いされ、失神したのでここには来ていない。署長室のドアをノックし、中に入る。清蔵は酷く気落ちした顔ながら、業務を続けていた。清蔵はキスケの方に視線を向けると、キスケも清蔵に視線を向け、言葉を発する。

 

『すまん、俺のミスじゃ。機動隊の訓練も真面目にやっていたし、清蔵さんに対する素振りも良かったから油断していた。本当に、すまん……』

 

キスケは涙ながらにそう話した。キスケは町の守衛時代からテイルの事を知り、妹のように接していた。だからこそ、清蔵の気持ちが良く分かったのだ。そんなキスケの表情に、清蔵は立ち上がって寄って来る。

 

『ちょっ……キスケさん、あんたは悪くないって!悪いのは目の前にいる甘ちゃんの俺なんだから!』

 

清蔵は人の泣く姿を見ていられない性分である。特に、目の前にいるキスケは、最初に出会ったこの世界の人間で、年齢も近く、良き友人として過ごしていたのだ、それに清蔵は、仕事と言う名目を優先してしまったが為に、テイルを傷付け、キスケを傷付け、そして、普段なら良い若者の筈の三人の将来を傷付けてしまったと後悔していた。

 

『清蔵さん、あんた本当に良い人じゃ!だから、誰もあんたを責めやせん!だから……もう謝らんでくれ!』

 

『キスケさん……』

 

二人は抱き合い、気が済むまで泣いた。情けないと分かっていても流れ続けるその涙は、友として、同僚として仕事に真摯に向き合ってきた楽しさ、苦しさ、悔しさが入り交じっている。苦楽を共にした二人がそうしているのを、扉の影からワフラが覗き込みながら、

 

『やれやれ……二人共落ち込んでるもんだと思ったが、大丈夫そうじゃな。』

 

そう言いながらその場を立ち去った。

 

 

ども、清蔵です。本官、どうにか気力を回復いたした次第であります!訓練に乗じて上官をレイプとか、洒落にならない行為をしようとした三人、今回は一億歩譲って許しましょう(許すとは言っていない)。全署員のみなさん、どうか俺にムカつくなら、直接口で訴えて下さい、そして私の周りの大切な人を巻き込まないで下さい。関係有る無しに関わらず、他人を巻き込むのは警察として以前に人として最低です。生意気な事は結構だけど、今回の事については生意気以前に犯罪だったから、柄にも無く鉄拳制裁してしまった。あの大勢の前でやってしまったせいで、三人の居場所を奪う事になるのが心配だったけど、そこはキスケがしっかりやってくれたよ。

 

『機動隊の不始末、鉄拳制裁で解決はした、三人にも引き続き機動隊として働く、更正の機会を与える。残りの隊員達、これだけは言う。今回の事に関して後、三人を仲間外れにしたりするな、それをしたら今度はお前らが鉄拳制裁じゃ!そしてそこの三人、婦女暴行の罪にあたる行為をしたが、清蔵さんが非常に寛大な心で許してくれた。じゃがそれは調子に乗っていい事を許すのとは違う、次は命は無いと知れ!!解ったか!!』

 

あんなん言われたらもう余計な事を言わなくなるしやらなくなるよな普通は。でも、引き続き監察には目を光らせておかねば。仲間を疑うのか?と、こんな事言うと思うだろうけど、俺達は警察だぜ?忘れるなよそこは。俺達の仕事は、人の人生を左右しかねない仕事だと言う事実を。締める所は締める!でないと、死ぬぞ?社会的にも、物理的にもね。

 

 

トラブルの処理を終えた清蔵は、もう一度医務室に向かった。部屋に入ろうとすると、女性警察官全員が、テイルの為に見舞いに来てくれていた。清蔵は思わず隠れてそれを見る。女性だらけの所は実はまだ苦手だったのもあるが。取り敢えず聞き耳を立てて中の様子を伺う事にした。

 

 

本官、目の前の光景に思わず外に出て行きました!なっ、何?何なの?先生を含めて署内全女性警察官が集まっておりますはい。20人もいるから密度がヤバいです、三密上等でごぜぇますよ……しかしみんなレベル高ぇなオイ、見事に美人ばっか。容姿で採用した覚えは無いんだけどなぁ、フ〇テレビのアナウンサーじゃあるまいし。あんな中に入るのは、アルエルクの大群の中に行くより怖いです、女ばっかの中にはとても入れません!にしても全女性警察官集めてテイルちゃんを慰めに来たの?先生はそっとしといてって言ったのに。あっ、そうか、同性だからかも。

 

『テイル警部補も無理しちゃダメですよ、あんなに格好いい素敵な男性がいるんですから。』

 

『ごめんね、みんなに心配かけちゃって。』

 

心配してくれてありがとう、しかし俺が格好いい?悪役顔だよ贔屓目に見ても。

 

『かっこよかったなぁ、あの時の署長。普段はニコニコ優しいおじ様って感じなのに、キリッとして激を飛ばした時はキュンってなっちゃった!』

 

おっ、おじ様って……まっ、まあアラフォーですけど。なんかそこは傷付くわぁ。

 

『テイルさんには勿体無いなって初めは思ってたけど、凄い似合ってますしね、あーあ、機動隊の男子はみんな野獣みたいで恋愛対象にならないからつまんないなぁ。』

 

勿体無いだと……まあ自覚してます。と言うか機動隊の女性方は機動隊の男性方に恋愛対象が無いとな!……キスケさん、ほんとにドンマイ。

 

『フフッ、せぞさんがあんなに私の為に言ってくれたのが嬉しかった。でもせぞさんは手を出した事今頃後悔してるはず、せぞさん何も悪くないのに……』

 

うおおおん!また涙が出て来たよ!テイルちゃん、やっぱ貴女は天女や!

 

『でもこれであの生意気三人組は真面目になると思うよ、署長が自分の得にもならないのに懸命に叱って、キスケさんが自分等の為に身を粉にしてくれてるんだから!ほんとはもう何発かやって欲しかったけど、署長優しいからね。とりあえずはあんたは気にせず体を休めな!まっ、あの絶倫筋肉兄さんと寝てたら回復するかな?ハッハッハッ!』

 

おっ、開拓課の紅一点のシーマ姉貴(ヒューマ、3X歳)、流石豪快な方だな。て言うか絶倫筋肉兄さん?!何処からそれを……

 

『もう、シーマさんたら……』

 

『ところでテイルちんは清蔵(せぞ)っちとどの位進んでるの?』

 

清蔵っち……俺を裏でそう呼んでんのかよ。なんか恥ずかしい。

 

『パパとママに認めてもらった位かな?』

 

『おっ、公認って事はもういっぱい愛しあってますな!だから清蔵っち滅茶苦茶キレたんだね、愛だね!』

 

この軽い小娘、もとい姉さんの声はセシール巡査(獣人、2X歳)。ちょっと、下ネタ大好きなサー〇ルちゃん、やめなさい、テイルちゃんを汚さないように。しかしテイルちゃんの様子を見るに、既に大丈夫そうだな、帰ったら言葉に注意しながら俺の方からも慰めよう。今は立ち去るか。

 

『児玉清蔵はクールに去るぜ。』

 

すんません、言ってみたかっただけです。つーかこれフィアンセ側の台詞じゃねぇぞ……生涯独身の男の台詞だから不吉だっつーの。

 

 

 

 





仕事、資格取得、追われながらも楽しくやってます。過労死しないようにやっていきたいと思います。


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第30話 幸せな現実、不幸せな現実


深夜仕事明けのテンションでサクッと編集して投稿しました、今回はやや不快な内容も混ざっています。


 

山田啓将は現在、サカサキとカン=ムの都市ダイゴを結ぶ街道、南北通商街道沿いで奴隷売買の行商を捕らえていた。この行商はカン=ムの者で、人身売買の為、それらを禁止しているエウロ民国の女性ばかりを狙った違法娼館の末端組織の人間だった。山田は既に状況を把握しており、監視対象組織として行方を追っていたが、ついにその尻尾を掴んだ。

 

行商達は武装しており、激しく抵抗したものの、鍛え上げられた保安官の、それも公安に選出される人間の前に呆気なく鎮圧、主要幹部を残してその場で惨殺された。山田は清蔵と違い、悪には容赦しない。

 

『口を割らせろ、幾ら手段を使っても口を割らぬのなら、構わん、殺せ。』

 

冷たく部下に言い放って山田は幌が掛けられた馬車の荷台を確認した。

 

『これは酷いな…手足を切り落とされた女性ばかりだ、間違いない、ダイゴの肉奴隷市場へ売る腹だったようだ。』

 

カン=ム帝国の都市、ダイゴは、首都エルフランド、副都エルリラに次ぐ大都市で、世界的な人身売買の巣窟だった。奴隷階級が存在する国では何ら違法性が無い中で、手足を切り落とし、見世物や個人の慰み物にする事は、どの国でも違法とされている。しかし、ダイゴでは裏でこの凄惨極まる肉奴隷売買が行われており、しかも自分の国ではなく、他国から拉致してそれが行われている等、悪質極まり無かった。

 

『この娘さん達を元の場所へ戻してやらにゃな。しかし、何度見ても異世界のこれは吐き気がするな。』

 

『異、世界?今…異世界って…あなたはこの世界に…わた…しとおな…』

 

山田の目の前にいる女性が弱々しいながらも話すその声に、山田は反応する。

 

『君、自分の出身は?』

 

『京都…で…おーえ…やってまし…』

 

『そうか…可哀想に…』

 

山田はこの世界に自分達以外の転移転生者が来ている事を薄々感じていたが、皆が皆幸せに暮らしているとは思っていなかった。しかし、目の前にこうした現実を実際に目の当たりにすると、怒りよりも悲しみに包まれてしまうのだった。山田は、絶望にうちひしがれている目の前の女性を落ち着かせながら、自分に言い聞かせるように思いを出した。

 

『…安心しな、俺は君を見捨てないさ。そして…こんな目に合わせた糞野郎共を必ず叩き潰す!』

 

 

 

同じ頃、木尾田は、アンブロス帝国を抜けて、エルフランドへ向かっていた。馬を駈り、出来る限り休まずに、エルフランドへ続く道を走っていた。途中、木尾田は茂みに倒れている人間を発見。体がバラバラに切断され、死後かなり経っているのか、腐敗が激しい。木尾田は激しい臭いに耐えながら、その死体の周辺を見る。その近くにあるものを見て、驚きの表情をあげた。

 

『これは…カメラが付いている、なんらかの電子機器だ!この人、もしかして…』

 

落ちていたのはiPhoneの端末だったが、木尾田が殉職した時代には無かったのでその辺については仕方無い。ただ、木尾田はその持ち物を確認した時点で、目の前のそれが転移転生者の亡骸である事を理解せざるを得なかった。

 

『…神様がいるかどうかは分からない、だが、この世界に来た者が皆幸せであるとは思えなくなってしまった…やっちゃん、君は今どんな顔をしているんだい?』

 

 

 

清蔵はナハト・トゥからエルフランド方面への道の警備に当たっている班と合同で野盗狩りに出ていた。すっかり平和になったナハト・トゥ周辺だったが、エルフランド方面へ抜ける街道沿いは例外で、コーリン程大きな組織は無いものの、行商を襲う者が出没している。

 

清蔵は囮の幌馬車の中にいた。こうしていれば、来る時は来るし、来なければまた街道の巡回に回るだけだ。人員を絞ってノロノロとしたペースで動いていると、野盗が矢を放ってきた、幌は矢で穴だらけになり、そこから数人の人間が山刀を持って踊り出てくる。

 

『ひゃっはー、野郎共獲物じゃあ!女はいたら殺さず手足だけもいだれ!ヤるならそれも構わん!』

 

(絵に描いたような悪党だな…やれやれ。)

 

『ぶべら!』

 

清蔵は幌の中に侵入してきた一人に正拳突きを食らわせた、足元の不安定な荷台の上からとは思えない一撃は、男の鼻っ柱を完全に潰していた。野盗達は驚愕し、目の前の荷台から降りた男に視線が集まる。

 

『なんだきさんは!』

 

『なんだつみはってか?そうです、私が変なおじさんです、って誰がおじさんじゃ!』

 

『うわらば!』

 

清蔵は手に持った警杖で大将格とおぼしき人間の山刀を叩き落とし、腕に貫手を絡ませて地面に突っ伏させる、周りの手下がそれを助けようと近付くが、次の瞬間には他の警官がそれを無力化していた。

 

『甘い、弱い者いじめばっかしてる君達に負けてやる道理はありません。えー、凶器準備集合罪、並びに通商妨害の現逮ね、君達には弁護士を呼ぶ権利、黙秘権があります、大人しくしてね。』

 

『がっ、はっ離せちくしょー!』

 

幌馬車は幌を外され、そのまま被疑者護送車へと変わった。彼等は長年悪党として生活していたであろうから、通常の自由刑が下される見込みは無いだろうが、それでも法に乗っ取った罰を受けさせる事は拘る、清蔵のスタンスは変わらない。

 

 

まったく、苦労して育てた農作物を載せた馬車を襲ったり、女性を襲って四肢をもいで売り付けるとか、何処の〇国だっての…悪党は最初から悪党だった訳じゃないとは言え、最近街道沿いは酷い事件が起こってる。どうやら犯行グループの多くはエルフランドやエルリラ、ダイゴと言ったあの糞女の息がかかった地域の人間ってのが判明した。

 

こんな野盗の勝手を許す程に国の事なんか考えてねぇ、はっきり言える、タヒんでくれ!後2日で来る特使って奴も、ユナリン同様だったら、俺、信念を曲げて〇すかも知れない…ナハト・トゥの平和を乱すものは、俺が許さん!

 

 

『ひぅっ!』

 

『閣下、どうしたんですか?』

 

『今凄い寒気が…』

 

『?少し暑い位ですけど、風邪でもひかれたんですか?』

 

『いえ、体は大丈夫なんだけど、凄い遠くの方から〇すとかタヒねとか聞こえたような…疲れてるのかな?』

 

康江は人の出す殺気と言うものに敏感になっていた。将軍職になったかと思えば、暗殺暗殺の繰り返し、特に服を剥がれてレイプ寸前まで行った辺りから、人の殺気や殺意と言うものに反応するようになっていた。

 

おかげでその事件以降は事前に危険を察知出来るようになったのだが。これはチート等では無く、人間の持つ防衛反応がトラウマレベルまでの苦境に追い込まれた結果獲得した、第六感的な条件反射であった。人は、と言うより生物は、極限の状態に追い込まれた時、自分でも無意識のうちにある種の感覚が研ぎ澄まされるものである。

 

康江は、今の所平和な街道沿いを進んでいるものの、この先の状況は未知数で不測の事態はいつでも起きるであろうと予想が出来てしまう為、ガタガタと震えていた。

 

『凄い不安、また私、あんな目にあうかも…』

 

そんな様子の康江を、ノインは肩を抱き寄せ、密着し、あやすようにしていた。自分と同い年のノインだが、康江は姉のようにその包容力に甘えていた。

 

『大丈夫ですから…怖い事は無いですから…』

 

『ノインさん、ありがとう…』

 

 

 

特使到着まで残り2日になった。その手前で非番になった俺は、テイルちゃんとの時間を楽しむ事になった。但し、今回は警察署の新カップル、ワフラと未来ちゃんもいるのでWデートです!

 

署のトップは?誰が代行してんの?鬼軍曹のあの人です、署長代行しているから機動隊は休み?んな訳無い!機動隊の女性隊員達があの不始末以来団結しちゃって副官的な感じで機動隊は本日も問題無く動いております!問題児三人、残念だったな!

 

さて、Wデートと言っても、堅物なワフラさんはどんな感じで過ごしたらいいか分からないらしいので、テイルちゃんと未来ちゃんの二人がダメなわてくしと違って引っ張っておりますはい…因みにテイルちゃんは女性警官の皆さんのおかげで元気になりました。ただ、セッ〇スはまだあの時の事でトラウマ掘りそうだったのでわてくしは自分から誘わなくなりました…まあテイルちゃんの方が人肌が寂しいとあの後二回ヤりましたが!

 

『せぞさん、ほら、行くよ♪』

 

『うっ、うぃ…』

 

『みっ、未来、くっつき過ぎじゃなかか?』

 

『えっ?でもこんな感じだと思いますよ♪』

 

こちらにウインクしてます、ええ、我々は日本のあちこちに必ずいるバカップル並にくっついてます、未来ちゃん上手い事誘導してんなオイ。

 

本人いわく人前でこんなにべったりくっつくのは恥ずかしいらしいけど、見本が目の前にいますからね…Msテイル、あの件以来よりべったりで俺のJr.が落ち着かないんですが、これが見本で良いんですか?

 

 

清蔵はWデートと言う事で行く所を何処にするか迷っていたが、未来とテイルの二人がお気に入りの場所へと行く事になった。そこは、本町三番地の居酒屋だった。

 

『テイルちゃん、ここって…』

 

『うん、サカサキから帰って来て、初めてデートで行った場所だよ。女子会でも行って気に入っちゃって。』

 

『若者向けのバーじゃから俺は今まで寄らなかったば…洒落が過ぎての。』

 

『ふふ、ワフラさん、そう言わずに。』

 

未来はワフラをリードしている。女性関係に関しては奥手なワフラを優しくリードする未来、本人は内心恥ずかしがっているが。四人は店の奥の席に座り、飲み物を頼む。

 

『それじゃ皆さん、乾杯しようか?』

 

清蔵が音頭を取り、乾杯した。テイルと未来は酒が弱いので、低アルコールのスパークリングカクテルで乾杯、清蔵とワフラはこの地で飲まれている酒、ブランデー系の高アルコール飲料で乾杯していた。喉に通すと焼けるような刺激が心地よい。

 

『この一ヶ月は忙しかったね、お陰であっという間って感じで過ぎて行った気がする。』

 

『俺はそうでもないかな?未来と濃厚な時間を過ごせているのもあるが、最近は一人で頭を痛める事も少なくなったしな。』

 

ワフラはしみじみと言葉を出しながら、酒を煽る。清蔵の参謀としてこの一年共に歩いてきた男は、生来の生真面目さから考え過ぎていた部分が強かった。しかし最近は未来と言うパートナーが出来、顔の表情も柔らかくなってきている。

 

『ふふ、ともあれ、俺達二人、美人の彼女が出来て心の癒しがある事に快感を覚えちゃったわけだな…だからこそあの時はキレちゃったんだよな…』

 

言いつつ恥ずかしがる清蔵。テイルにすっかりご執心である清蔵にとって、あの不始末は感情のコントロールがきかなくなる程激昂したのだった。

 

『せぞさん、その…ありがとう。』

 

『こっ、こちらこそ、その、どういたしまして…』

 

あれだけくっついていても、二人は何処か初々しさが抜けない。しかし目の前のカップルも同じようだ。

 

『ワフラさん…その…私で…良かったんですか?』

 

『ほ…惚れた相手に…なんだ…その台詞は、愚問…ば。』

 

まるで初めてのデートのようなカップル二人をやれやれと言う面持ちで見るマスターの目は優しかった。このカップル達が、町の治安を良くし、身を粉にして働いている様を見ているから。マスターは粋な計らいで、鶏肉のローストをテーブルに持って来た。

 

『こいつは奢りだ。見ていて微笑ましい町の英雄さん達にね。ごゆるりと。』

 

その言葉に全員顔を真っ赤に染めながらも、自分達の事を見ている人間の率直な言葉が何より嬉しかった。

 

『清蔵どん、警察やって、良かったの。』

 

『…ああ。』

 

 

 

Wデート、堪能致しました!ワフラとの親睦も深まっていい感じだ。本当ならこのノリでテイルちゃんと…になるんだけど、特使の件もあるからそれが終わったら俺、テイルちゃんと濃厚な

 

『セ〇クス!』

 

…もう感情だだ漏れでごぜぇますよ…横で寝息立ててるテイルちゃんを起こしそうだったので、今日はゆっくり寝る事に致します。

 

 

 

『閣下、食事の準備が出来ましたよ。』

 

『ありがとう、何から何まですみませんノインさん。』

 

『何言ってるんですか、周りに気を配れる閣下が将軍をやっているから、私達が頑張れるんですから。』

 

移動から5日目の夜を途中の宿営所で越える事になった康江達は、ノインが食事を手早く作り、全員に振る舞っていた。この5日間、賄いはノインが進んで作っている為、他のメンバーは自分の役目に専念出来るのだ。康江はそんなノインに感謝をしつつも、申し訳なさを感じていた。

 

『みんなこうして頑張っているのに、私はただいるだけ…』

 

『そんな事ありません、閣下はそんな頑張っている皆さんの為に、ちゃんと労いの言葉をかけて下さるじゃないですか。

 

陛下は我々下民の事なんて見ていないし、リキッド閣下以外で我々の事を気にかけてくれる高官は貴女だけですもの…』

 

ノインは優しくそう応えた。カン=ム帝国の重役は殆どが貴族や皇族が占めており、皇帝の悪政の煽りでその者達の態度も国民の事など使い捨ての召し使いとしか思っていない。貧しい出から将軍にまで上がったリキッドと、苦学の末にキャリアとなった康江は、それらの皇族貴族とは考え方が違うのだ。

 

康江は自分の世界の当たり前と、この世界の当たり前との乖離に戸惑いながらも、せっかく将軍職と言う高い場所に立ったのならば、少しでも変えて行ければと覚悟を決めていた。神などいないと涙を流したあの日、康江は過去を振り返るのをやめた。優しかった最愛の人の死から心を殺し続けるのはよそうと。

 

(さよなら、雅人…私、これからはこっちの世界で、本当の私らしく生きるから…)

 

 

 

『キスケさん、お疲れ様。例の特使の件のせいで休みが1日だけど、ゆっくり休んでね。』

 

『ああ、そうする。しかし書類仕事は慣れんの、眠くて仕方が無い。』

 

『ふっ、何事も勉強ば、清蔵どんも似たタイプじゃが頑張っとるしの。』

 

清蔵とワフラの代わりに署長代行を努めていたキスケは、げんなりした顔で引き継ぎを終わらせる。元々キスケは頭は悪くないものの、現場で骨を軋ませる方が性に合う為、書類仕事に奔走する署長の仕事は肉体を酷使するよりもきついのだ。キスケは大あくびをしながら、帰り支度を始める。

 

『ああ眠…清蔵さん、特使の来る日は朝早いんか?』

 

『どうだろうね、夜は馬車を走らさないだろ?朝開けてからだから太陽がある程度登った位になるかもね。』

 

『うーん、心配じゃから朝の夜明けには来っわ。まあ半日休んだら疲れは抜けるから心配無用よ!お疲れ様。』

 

深夜明けのテンションの不安定な高さは清蔵と何処か似ている。二人は過労死フラグだなと思いながら、帰るキスケの背中を部屋から出るまで見続けていた。

 

『…俺もあんな感じだったなぁ…ていうかキスケヤバくね?普段も機動隊訓練終わってから、術科の教官休み無しにやってて休んで無いらしい。』

 

『過労死されたらたまったもんじゃなか、ワシらのようにパートナーがいる訳じゃなかからより心配になるば。』

 

特使の件が終わったら、お見合いをモテる隊員にセッティングしてもらおうかと話す二人であった。

 

 

『はぁ、俺一人かぁ、モテる人間はいいの、帰ったら(お帰りなさい、今日は何食べたい?セッ〇スもしちゃう?)とか言ってくれる女が待ってるんだから…』

 

キスケは一人身だった。元々はエウロ民国の保安官の息子だったが、両親とは喧嘩別れしており、彼が18の時にナハト・トゥに住み着いた。オーガの中でも恵まれた体を持っていた事から、町長に目をかけられ、守衛として仕事をしていた。

 

器量も悪い訳ではなく、元世界のドゥウェイン・ジョンソンのような彫りの深い顔だが、女にモテた事が無かった。女の子は苦手どころか、社交的な性格故に良く声をかけていたが、靡いてくれる女性と出会う事は無い。そんなこんなで次第に仕事に傾倒するようになり、暑苦しい程の熱血仕事人になり、益々女性が敬遠するようになると言う悪循環に陥っていた。

 

誰もいない自宅に帰ると、店で買ったビールの蓋を開け、一息に煽る。男一人の部屋は酒瓶が散らかっている有り様で、それを咎めるパートナーがいない事を物語っている。

 

『ったく、みーんな俺置いて幸せになりやがって…どーせ俺は暑苦しい中年親父ですよーだ!』

 

微妙に泣きながらそう一人愚痴る。周りの人間が皆善良である事は知っている為、愚痴るのは一人で酒を煽る時だけにしている。酒を入れてひとしきり愚痴って寝るのだが、アルコールを入れて寝るので、眠りが浅く、しっかりと疲れが取れ無い。しかし表面上は体に疲労を感じない為に体をいじめ抜く。慢性的疲れがどんどん蓄積されていくのを、本人は気付いてはいるが、もう自制する気力すら無かった。

 

『子を残せないなら名を残せ…くそ親父の口癖だったな…せめて仕事で名を残してぇよ…』

 

疲れた心を少しでも癒す為、キスケは眠りについた。

 

 

『シシ君、どう?キスケさんの様子は。』

 

『引くほどヤバいです、署長…俺、様子見ながら涙してましたもん。』

 

清蔵はキスケの様子がおかしいのを感じて、偵察に定評のあるシシにこっそり様子を見に行かせたのだが、その有り様が余りにも見てられないものだと知って、悲しい気分になった。

 

『今まで辛い顔一つ出さなかったから、キスケさんに気を回さなかったのよね…あの手の人は一度壊れると大変だからさ、今度誰かいい子を紹介してやって。』

 

『うーん、了解です。あの人顔は良いんですけど、暑苦しい性格を好む女性って中々いないから、話しを通せるだけ通しときますね。』

 

『済まないけど頼んだ。』

 

 

ふぅ、キスケさんの感じ、明らかに仕事でそのまま燃え尽きるような感じだったから、偵察してもらって良かったよ。それ考えると俺、かなり幸運だったんだな…それにしても、こっちの世界の男性の好みがよく分からんよ。キスケさん滅茶苦茶いい人じゃん、顔も格好いいじゃん、何で?

 

 

 

『朝日が綺麗…』

 

康江はナハト・トゥの外れまで来ていた。標高が高く、四方が見渡せるそこは、東の遠方が海に面している事をはっきりと認識出来た。太陽が大地からでなく、水平線から出て来る風景…康江は元世界以来拝めていなかった為、感慨深い気持ちになった。

 

『やっさんの故郷ってどんな所?』

 

魔術師の女性が海から出る朝日を見ている康江に唐突に言う。顔に出ていたかと恥ずかしがりながら、康江はしみじみと話す。

 

『山と海に近い、向日葵って所。夏になると良く海水浴場に行ってたっけ…私は泳げなかったから膝まで浸かって水浴びだったけど。』

 

上がってくる赤い太陽を見ながらそう話すと、自然と涙が出た。遠い昔、木尾田や清蔵、山田に連れられて海水浴に行った。泳げない康江の為に清蔵は浮き輪を自慢の肺活量で膨らまし、山田が肌の弱い康江の為に日焼け止めを用意していたのを思い出す。しかしその時は木尾田にべったりくっつく事にしか興味がなく、二人の好意に応えてやれなかった。

 

(あの二人をほんと振り回してたなぁ…)

 

『閣下、泣いているのですか?』

 

『ちょっと昔を思い出しちゃって…変かな?』

 

『いいえ、誰にだって感傷に浸りたい時はあるものです。私も、故郷の事を思うと時々涙しそうになりますから。』

 

そう言ったノインの目尻にも少し涙の跡があった。康江はその故郷に、しかも自分の父親に酷な事を言う事になる自分に対し嫌悪感を抱きながらも、目の前にいるノインの悟った顔を見ながら、どうにもならない運命を受け入れる事にした。

 

 

康江達がナハト・トゥ内に入る二日前、木尾田はエルフランドに入り、特派員がいる酒場へと入った。

 

『総帥、エルフランドにようこそ。』

 

『挨拶は良い。それで、現在の状況はどうか?』

 

挨拶も止め、木尾田は即時状況の報告を求めた。

 

『はっ、現在皇帝は税金の徴収の手を、本来国の法律で禁止されている自治区にまで広げようとしているそうです。』

 

『暗君だな…タイーラでの連合会議でも各国の行政外自治区からの税金及び年貢の徴収は禁止されている。皇帝は連合国全てに喧嘩を売っているようなものだぞ。』

 

ユナリンは各国の首長が集まって取り決めた事を覚えていない。政務は他の人間に任せきりで、10年に一度開催される首長会議にも一回しか出席していない有り様である。そもそも自治区が何の為にあるのかすら理解していない。

 

この世界には、清蔵達の世界に匹敵する大地に、3億人程の人間しか住んでいない。しかも大陸は二つしかなく、その内一つは北極にあたる場所にあり、居住出来る大地でない為、実質一つの超大陸にそれだけしかいないのだ。広大な大陸で税金の徴収や年貢の取り立ては困難な為、国の中に自治区と言う括りを作り、地域の事を丸投げする方法を採っているのだ。自治区は税金等が免除される代わりに、国の一切の福祉も特典も受けられない。

 

この方式は国の主要都市周辺に人口が集中するのを加速させ、居住可能域が少なく、危険生物が跋扈する自治区が過疎化する事となったが、結果的に国の運営はやり易くなり、どの国もその法律を変えるものはいなかった。

 

『総帥、あの暗君、本気かどうかは分かりませんが、まだ何の回答も出していない辺境の地、ナハト・トゥに特使を送ったそうです。しかも特使は将軍の一人、ヤスエ将軍だそうで、先日、兵を引き連れて行ったそうです。』

 

『…』

 

木尾田は困惑した。康江はエルフランドにはおらず、清蔵が住んでいるナハト・トゥに向かっている、これは脅迫を以て事を為すと同義だった。

 

『…このままでは内乱になるぞ。』

 

木尾田はそれだけは防がねばならないと猛る。心を取り戻した清蔵が再び壊れ、康江がその首謀者になる事だけはあってはならないと。

 

『君は引き続きエルフランドの動向を探るんだ。私はナハト・トゥに向かったと思われる将軍の様子を伺いながら、サカサキへと向かう。』

 

(やっちゃん、一体何があったんだ!)

 

木尾田は馬を疾走させ、ナハト・トゥへと向かうのだった。

 

 

 





過労死フラグと出てますが、私自身にも該当してますね…キスケと同じような感じ(酒は煽りませんが)なので心配はされてますw


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第31話 リユニオン(言ってみたかっただけ)

長編だからバトルを入れる?そんな決まりはねぇ!

盛大に何も始まらない、んな感じです。


 

 

特使がやってくる当日の早朝、コーリン以来の厳戒体制を敷いていた。割り当てる人員は30人程度、目に見えて武装している者は機動隊員15名で、他は狙撃班3名が町役場の屋上からライフルを構える形を取っている。この一年の間に、本町側も町役場を署並に整えたりと建物は立派なものに変えている。鉄筋コンクリートに近い工法で造られた4階建ての立派な建築物は、新町の警察署と並ぶランドマークとなっていた。

 

『清蔵さん、いよいよじゃな。』

 

町長アールが緊張の面持ちでそう言葉を出す。ナハト・トゥの町の重役達が役場の町長室に集合し、改めて特使に対する返答を精査していた。

 

『自治区への税徴収及び年貢の取り立ては、タイーラ連合憲章第150条2項の自治区に対する税徴収及び年貢取り立ては国の優遇措置を受けれぬ代わりに免除されると言う項目により違憲とし、受け入れられない。又、武力を以ての自治区への干渉はタイーラ連合憲章第151条により、禁止されており、我々は屈するつもりはないし、屈しなければならぬ理由がない。

 

これを我々の返答としよう。建設的に、そして非暴力的に。だが清蔵さん、そうは言っても相手は歴代最悪の暗君の特使じゃ、念には念を入れておこう……恐らく、わんの娘も伴ってはいるが、もしもの時は、遠慮はいらん……ノインも覚悟の上じゃからの。』

 

アールの表情は毅然としたまま、言葉も弱さを見せぬ毅然としたものだった。小さな町の町長とは言え、自治区の長を務める男のそれは、上に立つべき者の模範と言うべき振る舞いだった。

 

『了解しました。町長をはじめ、役場の皆さんに危害が及ばぬよう、こちらも気を配るよう善慮いたします。また、町長の横に私が付く事で、不測の際の身辺の安全を確保します。』

 

『済まんな清蔵さん、宜しく頼んだ。』

 

 

『みんな、体調は万全?』

 

『魔術師は全員体力バッチリよ、出来れば私達の出番が無い事を祈りたいとこね。』

 

『騎兵も全員異常無しです、魔術師の皆さん同様、出番が来なければそれに越した事はなかですな!』

 

『そうね……ノインさん、故郷に対して脅迫まがいの事、と言うか脅迫そのものなんだけど、それを行う辛さはあると思うけど、大丈夫?』

 

『既に都で働く事を決めた時、覚悟は決めています、遠慮は無用です。』

 

康江はナハト・トゥの建物、正確には町役場と警察署が遠方からでも分かる場所まで来ていた。ナハト・トゥに入る前に各々の状態を確認しながら、康江は将軍の礼服に着替えた。真っ白で勲章があしらわれた豪奢な軍服、下の方は女性将官用の膝下スカートと白塗りのブーツ、腰には細身のサーベルが帯剣している。頭はヴェールのかかった冠をしており、端からでは顔を覗けないようになっている。

 

魔術師、騎兵の人間は馬車から降り、各々の装備に身を包んだ。部下達は他の将官の部下達と違い、日々訓練に身をやつしたエリート達である、その動きは無駄がない。将官付の魔術師は一人で10の兵士に比肩するような実力者とされ、騎兵の方も強靭な戦闘力を誇る。康江はその部下達が本来皆優しい事を理解しているからこそ、敢えてかつての氷のロリータの口調に切り換えて進軍する。

 

『ではナハト・トゥへ、各員不測の事態を想定、進め!』

 

 

『来なすったぜ、奴さん。』

 

警察署の屋上から監視をしていたシシが、特使の一団を目に捉え、伝令に伝える。伝令班は手旗信号で町役場の屋上にいる本隊へとそれを伝え、警察の本格的行動を開始する。

 

『町長、いよいよですね。』

 

『ああ。出来れば穏便に事を済ませたい所だ。』

 

 

ナハト・トゥの外壁まで来た康江は、町役場と、反対側の新町にある警察署を見て、妙なデジャブを感じていた。

 

(何あの建物……凄く私の世界にありふれた鉄筋コンクリートのそれなんですけど!)

 

この世界の建物で、頑丈そうな建物はいくつもあるが、あからさまなコンクリート造りの建造物は初めて見た。しかも、都市部では無い、辺境の自治区にこれ程の建物がある事等、聞いた事も無かった。

 

『私が暮らしていた事と比べて、町の規模が大きくなっていますね……あんな大きな建物はありませんでした。もしかすると軍備等も強化している可能性があります。』

 

『そのようね……平和に解決したい所だけど、相手がそれを望まないなら、ノインさん、悪いけど容赦はしないわよ?』

 

『構いません。閣下にもしもの事があったら、私も魔法の手解きは受けています、助太刀致します。』

 

康江はその言葉を聞くと、視線を外に戻した。ナハト・トゥの入り口に来ると、守衛が目の前を塞ぐ。兵達が構えるが、康江は手で制し、馬車から降りて守衛に応える。

 

『我らはカン=ム帝国の特使である、話は聞いているな?我らは自治区の首長と話をする為、帝よりの勅令を賜っている。』

 

守衛はその高圧的な威厳ある言葉に気圧されながらも、表情に出さず、事務的に振る舞う。

 

『通行証と言うものはございませんが、武力を持っている一団に対しては、証明書を見せるよう仰せつかっております。』

 

康江はこの自治区のレベルの高さを匂わせる守衛の物言いに感心しながら、ノインを促し、帝よりの勅令を証明する印を掲示する。守衛はそれを確認すると、

 

『確認致しました。町役場はあちらに見える建物になります、どうぞ。』

 

と、これまた怯えもなく事務的に対応した。争うでもなく、確認をしたらそのまま通す様にノインが康江に耳打ちをする。

 

(以前はあんなじゃなかったです、明らかに通すのが早すぎます。)

 

(そっ、そうなの?罠かも知れないわね……みんな、気をつけて!)

 

 

(父さん、私が離れて10年もの歳月が経ちました。町の様子が様変わりしている事に大きな不安を感じています。つい去年までは町の治安に心を痛ませていたはずなのに、この町の平穏さ、そして町の綺麗さ、正直驚いています。

 

父さんは私が旅立つ時、何も心配するなとおっしゃいましたが、町の急激な変化を目の当たりにすると、逆に不安になっていきます。父さん、どうか妙な事はしないでください。閣下は自治区に対する要求を飲ませるような手荒な真似はしないですから、どうか冷静に……)

 

祈るような仕草をするノインを見て、康江は心中を察した。町の長である父親と、親子ではなく政務官と町長として対面する無情さ……康江は言葉をかけるのは得策ではないと判断し、ただ目の前の役場を目指した。

 

 

馬車が役場の前に止まる。町長と各役員、そして清蔵がそれらを並んで待つ。馬車から降りてくる特使の姿を清蔵は射殺す目で見据えた。

 

(豪奢な軍服に身を包んでやがる、御大層なこった。しかし体は小さいな。胸の膨らみからして女のようだ。そして横にいる女性、あの人が町長の娘さんか……何処か面影があるな。)

 

清蔵は二人を見つつ、周りの人間の動きも確認する。重武装の騎兵、軽装の魔術師、どちらも隙が無い動きをしている事を察知、更にそれらの目がこちらをしっかりと捉えているのも察知した。

 

(殺気を放っているのを見逃さないのは流石だな。幸いカマリタよりは強い感じではないが油断は出来ないか。)

 

清蔵はそう思いつつ、再び目の前の特使へと視線を戻した。

 

 

デッデジャブ……な、何あの町長の後ろにいる人、警察の格好してるんですけど。それに顔が清蔵兄ちゃんそっくりなんだけど、お前を殺すって表情、滅茶苦茶怖っ!あっ、あのぅ、こっちは穏便に事を済ませたいんですけど!止めてよね、本気でやったらこの小娘が勝てる訳無いだろ!

 

『ユナリン・ローズ・カン=ムエル皇帝陛下の特使である、話はノイン政務官からの手紙で書いてあった通りだ。』

 

ーブッ!

 

あっ、あれ?あの強面さん吹き出したんですけど!なっ、何もおかしな事言ってないよ私……

 

 

清蔵は特使の声を聞いて思わず吹いてしまった。

 

『失礼した……風邪をひいてしまってな、続けて下さい。』

 

周りのしかめた顔に赤面しながらも、どうしても吹いてしまうのだ。

 

(おいおい、声がひどく懐かしい感じがしてさっきまでの緊迫した雰囲気が吹っ飛んじまったよ。警察庁のホームページの動画で聞いた氷のロリータこと康江ちゃんそっくり、つーかそのまんまだよ。あのアニメ声を無理やりクールっぽく誤魔化した感じ、懐かしすぎてねぇ。シリアスなはずなのになんか肩すかし食らったような感じだよ。)

 

『……では改めて。勅令を賜っている、ついてはこれについての貴公の意見を聞きたいのだが……後ろの御仁は何故笑いを堪えている?無礼であるぞ。』

 

『ププッ、すんません、なんか知人に声が似ていましたので懐かしく感じまして……失礼つかまつった。』

 

(もう、何なのよあいつは!話を進めたいのに全然進められないじゃない!何よ、アニメ声で悪かったわね!ホームページの動画とか公開処刑だったわよ!)

 

『気を悪くしたなら謝ろう、この方は笑い上戸でな、悪い人間ではないのでそこは許して欲しい。お話については、立ち話ではなんなので、中に入ってからで宜しいかな?』

 

『う、うんむ、そうしよう。では案内を頼む。』

 

(渋い声と顔のおじ様が助け舟を……ノインさんのお父さん、格好いいなぁ、って、あの強面さんのゲラが鬱陶しいんですけど!)

 

 

がっ、がはははは!ヒーッ、ヒーッ、腹が、腹がいてえよ!周りの護衛怒りじゃなくて普通にどん引いてるけど、ダメだ、笑うなってのが無理無理!うんむって、康江ちゃん超そっくり!舌っ足らずなもんだから氷の女じゃなくて氷のロリータってあだ名されてんだよなオイ。ヴェールの下超覗きてぇ、超顔見てぇ!

 

『……清蔵さん、今はわんが上手くかわしたが、余り笑うのは得策じゃなか、それで機嫌をそこねて争いが起こったら、流石に擁護出来んば。』

 

……すんません、笑いおさまりました。渡〇也顔で怒られたもんで流石に押さえます、後で丁寧に始末書書きます。この清蔵、最大の不覚……

 

 

康江が役場内へと入った頃、木尾田はナハト・トゥ外壁の方まで来ていた。本町、新町にある建物を見ながら、どちらに行こうかと悩んだ末、木尾田は新町の方へと入った。警察署の前まで来ると、馬を降り、正門に構える巡査に話を聞く。

 

『すみません、こちらで児玉清蔵と言う人がいますよね?今ここにいますか?私は彼の友人の木尾田と申します。エウロのサカサキに住んでます。』

 

『署長ですか?すみません、今国の特使の方と会議がありまして、そちらに出席しています。』

 

(遅かったか……いや、まだ間に合う!)

 

『ありがとうございました、何処かで宿を取っていますので、またそちらの都合が合ったら会う事になるでしょう、失礼しました。』

 

木尾田は警察署の反対側にある役場であろう建物へと走っていった。

 

 

皇帝の勅令をノインが康江の代わりに読み、その内容を伝える。町長をはじめ、全員がその内容に怒りを持ちながら、今度は町長が返答文を読み上げる。連合国憲章に則り、勅令の無効と違憲性を訴えたそれを、康江は静かに聞いていた。

 

(ですよねぇ、スッゴい大人の対応、タイーラ連合全体を敵に回すような事はしたくないはずだよ。つーかババァ憲章とかあるの知らなかったの?)

 

『……と言う事で、ナハト・トゥは陛下の勅令を呑む事は出来ぬ。それに武力による強制では何も生まぬ、生むのは国民の死骸と荒廃のみじゃ。』

 

『町長、陛下は勅令に関して、強制は敷いておりません、ですが、この事はしっかりとお耳に入れられるでしょうから、何らかの返答はあると思われます、それでもよいのですか?』

 

『ナイト政務官、私は自治区の出来た経緯と現状を知っている、故に陛下の命であれ呑めぬ、こう申しておるのじゃ。』

 

アールは落ち着いた口調でそう返す。元々通る方がおかしい勅令、呑むと言う回答が返る道理は無いのだ。それは目の前にいるノインが一番詳しいはずである。

 

(ノインさん良かったね、向こうは凄く大人の対応してるし、あれだったら真剣になる必要もないって。)

 

『……わかりました。閣下、如何致します?』

 

『うんむ、町長の言う事が本来の正論であろう。立場上苦しい中広大な自治区を取りまとめている貴公だ、その意見、確かに受け取った。』

 

(あーもうとっとと終わらせてノインさんとお父さんの家族水入らずの時間を作ってやりたい!)

 

『……将軍、それは武を以て分からせると言う意味では?』

 

(えー……何でそうなるの?かたっくるしいと言うかババァのせいで全然信用されて無いのね……)

 

『逆だ、我々は自治区に手を出す真似はしない。首都周辺の情勢も悪化している中、自治区にまで干渉するとなれば陛下の求心力は地に落ちてしまう。』

 

(もう底無しに急降下してますが……)

 

『民を蔑ろにしてまで自分の事しか考えぬ者が良く綺麗事を……』

 

(……ほんとババァいい加減にしてよ、何もしないって言葉も全く信用されて無いんですけど!)

 

『綺麗事等ではない、事実だ。』

 

 

えー、会議は何か腹の探りあいってやつ?話としては特使側も干渉しない、あくまでパフォーマンスですって話だけど、糞女帝の肝いりの将軍の言葉だけに、町長全く信用しておりません。ヴェールから覗く瞳を見るに、かなり童顔ではないかと推測、意外と擦れてないようにも見えるし印象的には悪い人間に見え無いんだけど、生憎リトマス試験紙のワフラは現在ここにおりません、はい。話がヒートアップしそうなせいで、向こうの兵士達は殺気立ってるし、こっちも機動隊の面々が今にも飛びかかろうとしてるしで、ヤバいな……サプライズが欲しい、マジボスケテ、いや、助けて!

 

『今まで特使が将軍であった時にろくな目にあっておらん、貴女の言葉を信じれぬのも仕方無かろう!』

 

『だから何度も言う、こちらが嘘を言う利はあるのか!』

 

『あるとも、過去最悪の治世である現皇帝のやり方、それのご機嫌取りさえすれば我々等どうでもいいのだろう!』

 

へっ、平行線だ……つーか女帝今までどんだけ余計な事しやがったんだ!ガチでムカついて来たぞ!こうなりゃ俺が前に出て……

 

『そこまでにするんだ!やっちゃん……君の為にならない!』

 

『え?』

 

ーえ?

 

 

木尾田は本町の役場前に、馬車が止まっているのを確認した。守衛に止められたが、彼は叫ぶだけ叫んだ。

 

『止めないでくれ!あの会議から乱が発生するのを止めに来た!』

 

木尾田は強引に馬を走らせ、役場に止まる。馬から飛び降りると、木尾田は役場に待機している署員達に阻まれる。

 

『僕を止めるな!この先にやっちゃんと清蔵がいるんだろ?!争ってはならない!』

 

名前を出した木尾田に署員達は固まり、止める手を緩めた。木尾田は会議をやっていると思われる場所を目指し、走りに走った。そして、ヒートアップしていた会議の場へと姿をあらわしたのだ。

 

『嘘……雅人、なんで?』

 

目の前にいる人物は、かつて自分を愛してくれた男だった。十数年の年月が経っており、歳かさが行っているものの、その姿を見間違うはずがなかった。

 

『木尾田……お前……』

 

清蔵もその姿に驚きを隠せない。彼はサカサキに住んで平和に暮らしているはずなのだ、それが何故目の前に現れたのか、理解が追い付かなかった。

 

『やあ、清蔵……話せば長くなるけど……二人がここに来ている事を知って、いてもたってもいられなくなってね……』

 

『っていうか将軍って康江ちゃんだったの?!通りで声が似てると思ったよ!』

 

『清蔵兄ちゃんこそ、こんな所で何してんのよ!』

 

『清蔵さん、ちょっと説明をば……』

 

会議の場の殺気は無くなり、皆が皆、冷え切ってしまった。

 

 




漸く木尾田君、康江ちゃんと再開出来ましたね、将軍の名は伝えて無かったので清蔵さん最後になるまで気付かなかったパターンです。


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第32話 再会は突然に

 

 

本官、開いた口が塞がりません。凄いタイミングで木尾田がやってきたもんだから、固まっております。十数年ぶりの再会のはずですが、タイミングがタイミングなだけに、感動的ではありません。更に、まさか特使が康江ちゃん?いや、声の時点で気付くべきだったけど、よく似た人間って何処の世界でもいるから(震え声)

 

『詳しく話を聞きましょう、兵士の皆さん、機動隊の皆さん、ここは一旦席を空けて頂いて良いか?』

 

町長がそう言うと、みんながみんな会議室から出て行った。木尾田は町長に頭を下げると、席へ座った。

 

『隠すつもりは無かったけど、僕は今、奴隷解放戦線と言うレジスタンス組織を結成して、各地の奴隷階級の人間の手助けをしている。山田は事情を知っているけど、どうやら清蔵には伝えなかったみたいだね……』

 

『雅人……どうしてここに死んだはずの貴方がいるのよ……』

 

木尾田は経緯を説明した。幸か不幸か異世界に飛ばされ、この世界で結婚し、子供がいる事、山田も飛ばされ、最初は喜んでいたもの、その後の康江と清蔵の現状を聞いて、負い目から平穏を捨てて現在の状況にある事……康江はショックで何も話せない。

 

『馬鹿野郎……負い目なんて感じなくたって良かったんだよ、お前が何か悪い事した訳じゃねぇんだから。』

 

『僕の死が、どれだけ二人の、いや、山田の人生すら左右したか……それを知らずにのうのうと家庭を持って幸せに暮らす事が、堪えられなかった。特にやっちゃんが警察になったと聞いた時、僕は残された人間の苦しみを感じざるを得なかった。やっちゃん、本当は美容師を目指してたんだろ?』

 

『うん……』

 

以前の康江は美容師の道を目指していた。彼女の心を変えたのは、木尾田の死……霊安室で眠る彼の横で泣き叫んだ彼女は、その日以来心を殺し、警察官を目指した。苦学を続け、大学卒業後にキャリアとなり、僅か数年のうちに名を知られる程の敏腕刑事となっていた。

 

『こっちに飛ばされたのは、仕事中、ちょうど猟銃乱射事件の犯人を追っていた最中に……エルフランドの謁見の間に飛ばされたの。皇帝は何故か私を気に入って、気が付いたら無理くり将軍にされちゃった……』

 

彼女の真意を知った清蔵は、怖い思いをさせてしまった事を後悔した。怒りの余り、上に立つ者が悪ければ、周りも悪いものだと狭い視野になっていたのではと……清蔵は大いに反省するのだった。

 

『康江ちゃん、ごめんね、エルフランドの現状とか聞いてたから、殺すつもりで睨みつけて……ほんと、こんなぽんこつで何が警察署署長だよ……』

 

清蔵は危うく、同じ世界の人間を不幸にする所だった事を知り、自然と涙が溢れていた。木尾田はそんな清蔵を見て、微笑みながら優しく言葉を発した。

 

『ふふっ、清蔵は変わらないな……僕が最後に見た時の清蔵、そのままだもの。』

 

木尾田にとっての清蔵は、心が壊れる以前の、やる気に満ちた、涙もろく優しい男のままだった。清蔵は首を横に振りながら、

 

『そんな事ねぇよ……俺をこうして元に戻してくれたのは、他でもねぇ、ナハト・トゥの人達だよ。だから、皇帝のやり方に腹が立ったのさ……彼女を……テイルちゃんを泣かすような人間を許せ無くてよ……』

 

それを聞いた康江も、涙を押さえられずにいた。

 

『謝るのは私だよ、清蔵兄ちゃん。私がお飾りだったから、どんなに気持ちを伝えても、聞き入れて貰えなかった……みんなが殺し合いをしちゃうような状況を止められなかった……ごめんなさい。』

 

清蔵と康江は、涙を流すだけ流した。今まで無理矢理押さえて来た感情全てを吐き出すかのように。

 

 

『皆さん、何だかスッキリしたようですな。』

 

そう優しく微笑むアール、殺伐としていた会議をしていたのが嘘のように穏やかになっている。外では、エルフランドの兵士と機動隊の面々が和やかに談笑していた。

清蔵はそれに驚いていた。

 

『町長、何があったんですか?』

 

『ノインとテイルが直ぐに打ち解けて話し合いがスムーズに行っての、互いの誤解が解けたんじゃ。』

 

『流石天女……』

 

会議室から出て行った兵士達と一触即発の雰囲気になっている中、警察側からテイルが顔を出し、ノインと話し合いをしたのだ。テイルの悪意を感じない人懐っこさに、兵士達は警戒心を緩め、気が付けば争うような雰囲気は消えて行ったのだ。

 

『せぞさん、大丈夫だった?』

 

『うん、おかげさまで。』

 

『清蔵、この人は?』

 

『紹介するよ、俺の彼女、テイルちゃんだ。』

 

『嘘……凄い美人……あのモテない清蔵兄ちゃんが……』

 

『やっちゃん、酷いよ……』

 

 

朝のピリピリムードは何だったんだって位、現在穏やかな雰囲気が流れております、清蔵です。異世界にて元カップルだった二人がちょっといい雰囲気になってますが、互いにもう結ばれる事は無いのだと何処かさばさばした感じです。まあ木尾田は一度死んだ身であり、こっちの世界では妻子持ち、康江ちゃんもこちらの世界で竹〇力に似ているという将軍さんと付き合っているらしい……色々複雑やなぁ。

 

その点俺や山田は後腐れないよぉ?向こうで彼女いなかったし(亜由美さんが俺の事好きだったの知ったのこっちに来てからだしノーカンです!)、こっちでお互い可愛い彼女と幸せにやってますだからね……今はまあ二人の時間を作ってあげますか。さて、こっちは町長と娘さんが互いの立場を忘れて親子の時間を過ごしています。しかし娘さんデ〇べっぴんだけど会議の時の雰囲気の目が怖かったのでわてくし、ちょっとあの手の感じの女性は苦手だなぁ……

 

それにしても木尾田は奴隷解放戦線の総帥か……負い目なんて感じずに幸せを享受してれば良かったのに。奥さんに寂しい思いさせたんだ、サカサキに一旦帰りなさい。娘さん、物心ついた頃には父親を知らなかったんだろ?ちゃんと会いなさい、そして向き合いなさい。

 

『清蔵兄ちゃん、あのね、私サカサキに行くんだけど……』

 

ああん、なんで?木尾田が行くのならともかく、康江ちゃんは縁もゆかりも無いでしょ?

 

『実は交渉の出来不出来関係無しにサカサキの近くだから皇帝に彼処のお土産買ってくるって言ったから、それで……』

 

なるほど、分からん。康江ちゃん、結構皇帝を上手くかわしているのかな、気に入られるとか将軍になるとか何気に凄いな〇う主人公かよって展開だし。こっちはコツコツ町の開拓とかしてるってのに、これも個々の能力の差かな……ともあれ、俺もサカサキに行く!署長の仕事しろやとか言わないの……少なくともバ〇ーボーイズよりは本分果たしてると自覚してるよ!サカサキに行くのは山田と康江ちゃんを会わす為、そして異世界での同郷者の集合を果たしたいのよ。ああ、またワフラとキスケに負担かけちゃうなぁと思ったら、二人は即、行って来い、そん位の権利はあると言ってくれた……二人には何かお礼しないとな。と言うかテイルちゃん?貴女何際どいワンピース姿をしているのですか?

 

『私も行くよ……あの二人がしっかりせぞさんのお尻を叩いて来なさいって……』

 

俺はじゃじゃ馬ですか?……そりゃ彼女がそばにいてくれるのは最高ですとも、でも仕事はどうすんのよ?……すんません、ブーメランでしたね、〇舫並に。

 

 

木尾田の協力により、最悪の事態は回避され、清蔵は康江が皇帝への土産を買う為にサカサキへと行くと聞き、同行する事になった。仰仰しい特使用の馬車では目立つ為、町長が所有する馬車を2台借り受け、サカサキへと行く。白バイと比べれば速度に劣るものの、歩いて二日もあれば到着する距離であるので、サカサキへは半日もかからず到着出来る。馬車の中で、清蔵はテイルと手を繋いで並んでいた。康江達は空白の十数年もある為か、二人の間にややスペースが空いている。

 

『こうしてみんなが揃うの、いつ以来かな?確か、若葉マークも取れて独身寮から出て直ぐの非番だったかな?俺と木尾田は非番が被ってて、山田も半日非番が被ってたんだったな。』

 

『採用から21月だったね。初補(初任補修科:警察学校卒業後に各部署に卒配され、高卒で8か月から10か月配属先で勤務後に、再び警察学校で3か月研修がある。)が終わって直ぐの非番だったから覚えてるよ。

 

やっちゃんとは独身寮出るまでメールのやり取りとかしか出来なかったから、凄く嬉しかったな。』

 

新米警官として羽ばたきだした頃、四人で海に行った。康江は当時まだ高校生だったので、夜に連れ回す訳には行かなかったので、明るいうちに行ける所を聞いたら、海に行きたいと康江がはしゃぎ、四人は海で海水浴をしつつ、BBQを楽しんだのだった。

 

『やっちゃんが僕の方ばかり気にかけてたから、色々準備してた清蔵達が振り回されたんだっけ?』

 

『そうですとも、結構デカイ浮輪を自慢の肺活量で膨らましたのに、康江ちゃんはお前とイチャイチャする事しか考えて無かったので落ち込みましたとも。』

 

『あの時は、ごっ、ごめんなさい!私も久しぶりに雅人と一緒に過ごせると思って舞い上がっちゃって……』

 

『BBQの火を起こしてた山田の目が怖かったのを覚えてるよ……』

 

『俺と山田がお前ら二人がずっとイチャイチャしてるのを横で見ながら、リア充〇ねとか言ってたよ!その半年後にガチで死んだから俺と山田は人目を憚らずに泣いたんだけどな。でもあの時、あんたらがはしゃいでた気持ちが、今じゃ分かるよ。』

 

そう言うと、テイルの手を取って、顔を見ながら微笑んだ。清蔵とテイルはウブなので嘗ての元バカッ、もとい元カップルである目の前の二人のように人前で接吻等出来ないが、こうして互いの顔を見て幸せを感じるようにしているのだ。

 

『何か二人共ういういしくて可愛い!私なんか10歳で処女捧げてから雅人と所構わずキスしたりセッ〇スしたり『はいストップ!惚気と言う名のプレイ自慢はやめなさい、俺もテイルちゃんも爛れた話は聞きたくないの!つーか木尾田ぁ、当時のお前ネジぶっ飛んでたろ!ロリコン拗らせよって!』

 

『ロッロリコンって……失礼だな、もう!』

 

『ふふっ、でも本当にみんな仲がいいんだね、いいなぁ♪』

 

((この子は癒しだなぁ……可愛い))

 

三人の話す雰囲気にニコニコと笑いながらテイルが言う。清蔵がこうして素の状態で他愛のない話をするのはテイルをはじめ親しい人間の前でしか見せない。署長と言う立場故にしめなければならないと言うプレッシャーを感じていた清蔵がこうして力を抜いているのも、古くからの知り合い故に着飾る必要もないのだと。

 

『まだまだせぞさんの知らない所がいっぱいあるけど、その……よろしくね。』

 

『い、いいですとも!』

 

ぎこちない二人の会話は、周りの雰囲気を柔らかくするのか、木尾田も康江も、外で警護している者まで思わず微笑む程だった。

 

 

サカサキに到着した一行、姿はごくありふれた冒険者や旅行客の格好故、視線が集まる事は無い。

 

『みんな、3日後にここに集合ね。ババァへの土産以外は、みんな家族や友人になんか買って行ってね。それじゃ、楽しんでってね!』

 

『はい!じゃあやっさん、行ってきます!』

 

騎兵の年長の男がそう言うと、彼らは何の違和感もなく街へと溶け込んで行った。馬車は、例の所に預けている。

 

『ティヒッ☆お久しぶりです、お兄さん。』

 

『やあ、サリーちゃんだったかな?山田は元気?』

 

清蔵の何気ない言葉に、サリーは複雑な表情を浮かべた。

 

『ダーリンはね、元気だよ。ただ、最近は辛い事があって、表情は暗いの……』

 

元気の塊な目の前のサリーが顔を曇らせているのを見た清蔵は、山田の身に何か深刻な事が起きている事を察した。

 

『山田はサカサキにいるのか?』

 

『うん、あの人は保安所にいるよ、この前仕事から帰ってきてからずっと変だから……昔からのお友達であるお兄さんなら、あの人の事、頼めるから……よろしくお願いします。』

 

 

山田…一体何があったんだ?俺は単身山田の所へと向かった。木尾田と康江ちゃんは木尾田の妻と子供の所へ、テイルちゃんはサリーちゃんのそばにいると行った為に俺一人だ。保安所の前に来ると、以前俺達を案内してくれた兄さんが出迎えてくれた。

 

『あっ、あの時の!お久しぶりです。山田隊長の所へ行くんでしょ?案内します。』

 

察しがいいな、もしやニュータイプか?って顔に出てたからバレバレか……まあ話が早くて助かる。俺は保安所の中へと入った、相変わらず規模が大きいから人の出入りが激しい。心なしか、前来たときに比べて皆顔が険しくなっている、山田の事と関係があるのか?

 

『隊長、児玉さんがやって来ましたよ。』

 

『清蔵が?分かった、通せ。』

 

山田の口調がより威圧感あるものになっている事に不安を覚えたが、とにかく今は顔を見たかった。

 

『久しぶり、木尾田も康江ちゃんもサカサキに来てるぜ。それより、奥さんの表情が暗かったけど、どうしたんだ?』

 

『実はな……』

 

 

 




敢えてしり切れにしたのは、一応まだまだ続きがあるのと、後の話がちょっと重くて、筆が止まってるのもあります。


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第33話 異世界の来訪者‐比較的幸運な者‐

番外編を間に挟んでます。


 

『山田、それは本当か?』

 

清蔵は山田の口から聞いた事が信じられず、もう一度聞き返した。当然ながら山田が冗談を言う男ではない事を清蔵が理解していない訳が無かったのだが、事の重大さに理解が追い付かない、否、今まで起こり得たであろう現実を受け止められなかった。

 

『手足を斬られた俺達の世界の女性を保護した。他の女性も同様になっていた為、とある侯爵の元に送った。その女性は……ここにいる。ついて来い、正直言って俺自身もあれを見て正気でいられずにいるんだ。』

 

山田の、今にも発狂しかねない表情に困惑しながらも、清蔵はそれを確かめる為に、山田の後をついて行った。山田に促され、サカサキの保安所の地下に清蔵は来て、思わず口を覆った……そこには、手足を失った女性が死んだ目をしたままベッドに横たえられていた。秘部を布で隠しただけの姿……斬られた手足の切断部は傷口を消毒され、包帯が巻かれているが、痛々しさは嫌と言う程伝わっている。

 

『ここに来る前は京都の化粧品会社に勤めていたと言う、一条志麻(いちじょうしま)さんだ。気が付いたらこの世界に来て、野盗に捕まり、強姦され、手足をもがれて肉奴隷市場に売られそうになっていた所を、俺が保護した。』

 

清蔵は聞いていて怒りが沸いていた。人間をそこまで扱う、しかも、何も罪を犯していないものをそのような目に合わせる者の諸行、理解など出来る訳が無い。清蔵は極端な考え方が嫌いである。誰々にひどい目にあったから、世界を滅ぼす等と言いだし大量殺人を犯す人間に共感するだろうか?親に虐待され、心が歪んだから、他人を壊し、犯してもいいと抜かす人間に共感するだろうか?その人間の置かれた環境に同情はしても、凄惨な行いそのものに共感はしない。だから清蔵はメキシコの麻薬カルテルの制裁と称した行為には嫌悪感しか沸かないし、中国の武装警察による取り締まりと称した民族浄化には激昂する程に怒っていた。そんな人間だからこそ、目の前で何も出来ず、死んだ目を浮かべている女性の姿に、清蔵は言い知れない感情にとらわれた。

 

『山田、彼女の心理状態は?』

 

『極度の人間不信、いや、恐怖症に陥っている。あれだけの事をされたのだ、そうならない方がおかしい。所の連中は面倒を見切れないらしく、俺がこうして介護しているのだが……』

 

『ならばなおさらサリーちゃんと相談するべきだよ……なんで隠す必要があるんだ。』

 

そう言う清蔵に、厳しい顔のまま、山田は言葉を紡ぐ。

 

『もし……もしも、お前の両親が同じ状態にされても、お前は彼女にそれを伝え、見せられるのか?トラウマを植え付ける事になるやもしれんのだぞ?』

 

『俺の発言が軽々しいとは自覚しているさ、偽善者のそれだと言われても否定はしないしな……ただ、お前はそれ以上に忘れている事がある。サリーちゃんの……奥さんの表情を見たか?元気の塊と言っても過言ではない彼女は、お前の苦しむ姿に顔を曇らせているんだ。何を知ったふうな事をとも思うさ。それでも俺は……すまん、これ以上は頭が馬鹿なんで出て来ないぜ……』

 

清蔵が言わんとしている事を、山田は理解していた。仕事柄暗い話題になりがちな夫婦の会話ではあるが、サリーはそんな山田を慰め、山田も彼女には正直に甘える。そんな二人だからこそ、辛い事も乗り越えられると清蔵は信じているのだった。

 

『すまんな清蔵、昔から深刻な事があると一人で抱え込む性格だったからな、反省するよ。しかし、一条さん自身の心はどうなるか……』

 

改めて、彼女の状態を見る。四肢をもがれると言う非人道極まりない行為をやられた彼女に対し、深い哀しみの表情を浮かべると同時に、この世界に巣食う悪への怒りも沸き上がった。

 

 

ひでぇ事しやがる。なんの恨みがあってこんな事をするのか分からないが、これだけははっきり言える、何もやっていない人間を辱しめる者は、聖人であれ神であれ、お偉いさんであれ、クズだと。もし仮に、テイルちゃんが同じ事されたら、俺は……一条さんの体と表情を見たら、誰だって怒りにうち震えるだろう。俺は、少しでも彼女に救いが無いか聞いてみる。

 

『山田、彼女の手足、どうにかならないのか?』

 

『魔法を使う者がいるこの世界でも、手足を回復する程の魔法は人体錬成と同義、つまりは禁術クラスだ。正直な所、禁術をまともに扱える人間は現時点でも世界に存在しない。』

 

だよな……この世界、魔法って言ってもありがちなお手軽に魔法打てるよって世界じゃない。魔法使い、攻撃専門の人間で、上位の者ですら、剣を持った兵士七人分の戦力が良いところ、しかも、精神の集中が必要だから、力を溜めている間は無防備、素手の兵士でも楽々鎮圧出来てしまう。それ考えるとあのバーテンって強かったんだな……身分と強さは比例しないってのはこの世界の良いところかな?しかし参った……魔法使いですら治せないとなるとどうするか……いや、待てよ?

 

『山田、凄い器用な職人系の知り合いがいる?ドワーフの職人さんとかさ。義手はきついかもだけど、義足位は作れるんじゃない?』

 

『!そうか……すまん、すっかり忘れていた!』

 

あのさぁ……

 

 

魔法・鉄器大戦が25年以上続いた理由、それは手先の器用な武器職人らが鉄器兵側に多数いたからに他ならない。特にドワーフは、魔法の類いが苦手な代わりに、手先の器用な種族である。この世界では知能と魔法を行使する力は直結していないので住み分けが出来ている為、ドワーフはそれ故に名工と呼ばれる者が多いのだ。サカサキに、その名工の一人、コウロ・ハンドァと言う老齢の鉄鍛治がいた。彼は武器ではなく、戦争で体を欠損した人間の義肢を制作しているのだ。治安の良いサカサキの街では、彼の出番は少ないように見えるが、生まれつき四肢が無い人間の為にそれを制作したりする機会があり、彼の功績は計り知れない。山田は、保安隊の職務上、そう言った所との繋がりはあった筈だが、治安維持に拘る余り失念していたのだ。

 

『まあそう言うとこ抜けてるのは山田らしいな……しかし元の腕や足のように動かせる義肢ってすげぇな、俺らの世界でもまだ完全に確立されてない技術じゃん。やっぱ技術のベクトルが違う方で進んでんだなぁ。』

 

そう言いつつ、清蔵は山田が抱き抱えている一条志麻の顔を覗いていた。死んだような目をしているのは相変わらずだったが、幾分生気は戻っているようにも見える。失った四肢を隠して、おぶる形で歩いているのでそんなに目立たないからか、注目される事は無い。

 

『あの……』

 

『大丈夫、今は何も考え無くていいさ……大丈夫、だから……』

 

口ベタなりに山田が励ましているのを感じた志麻は、そのまま山田の背中に身を預けた。清蔵はその様子を見ながら言葉をかける。

 

『山田、この世界に来て色々と考えさせられたよ。俺はこの世界の良心に巡りあえてさ、馬鹿なりに楽しく過ごせるだけで幸せだった。でも、俺はこうして現実を見てしまった。木尾田(あいつ)がやるせない気持ちになったのも、今なら解るんだ。』

 

清蔵はこの世界の闇を垣間見、自分がまだまだ何も知らない事を改めて実感した。他の転移転生者の事、この世界にある国の風習や宗教、そして、明確な悪意の根源……勉強不足は仕方ないのだが、清蔵はより警察官としての仕事に熱意を増すのだった。

 

 

番外編・異世界の来訪者-奈落に落ちた人々-

 

 

異世界転移、転生の原因はこの十数年余り、悪帝ユナリン・ローズ・カン=ムエルが召喚の儀式に傾倒した結果の副産物であった。儀式によって生贄にされた者の数、それは千人にも及ぶ。召喚の儀式の効力は即効で現れるものから、時間差をおいて現れるものもあり、康江が召喚されたのを最後に儀式を行っていないにも関わらず、転移、転生者は未だに出続けている。日本人ばかりが召喚される理由は、召喚する側の言語に近しい者をと言う希望が反映されているからだが、何れにせよ、ユナリンによって少なくとも現時点で30人もの失踪者、つまり転移者を出している事実だった。召喚に使われた生贄のうち、生きたまま捧げられた者は100名、召喚の儀式の余波が未だ来ると言う事実は後70名はこの世界に生きたまま引きずりこまれると言う事……

 

清蔵達のように幸運にして現地の人間と友好関係を結べた者は稀である。極めて高い確率で残りの転移転生者は不幸に見舞われているのだ。転生転移者の引き込まれた地点は数ヶ所に及ぶが、共通点はどの地点も龍脈の湧気点である事だった。当然それを知る者はおらず、召喚を行ったユナリン本人ですら知らない真実である。

 

 

北海道に住む会社員の男性横山忠は、家族と楽しく夕食をとっている最中に引き込まれた。電気に彩られた元世界と、電気の無い闇夜に覆われた異世界との違いに彼は動揺し、助けを呼ぶため割れんばかりに叫んだ、しかし、それはこの世界の闇夜では得策では無かったのだ。彼の目の前に現れたのは、野盗の数人組、下卑た笑いと共にその集団は横山の身ぐるみを剥いだ。助けを求める声をあげ続けていたが、その声はやがて悲鳴に変わる。身ぐるみを剥いだ後の野盗達は、彼を生きたままバラバラにすると言う常軌を逸した行動に出る。痛みに絶叫をあげるが、やがて喉笛を掻き切られた上に、首を断たれた。死の間際、彼が思った事、それは、家でほんの一時間前まで楽しい夕げを囲んでいた家族の姿……彼が死んでから1週間余り、その亡骸は木尾田によって発見された。

 

関東のとある中学校に通う川上奈緒は、反抗期で、父親と激しい口喧嘩の末、家出をしていた。寝泊まりは友人の家かネットカフェを利用していたが、その今宵の宿を探そうかと言う時に、異世界へと引き込まれた。引き込まれた当初は家出している事もあり、特に感慨もなく異世界転移なんてものが本当にあるのだと、冷めた感情で受け入れたが、彼女が降りたった場所が悪すぎた、よりにもよってエルフランドの貧民窟に降りたってしまったのだ。初めは未知との遭遇にワクワクしていたが、直ぐにその思いは悲鳴へと変わった。数人の男に囲まれたかと思うと衣服を破られ、顔を殴られ地べたに這いつくばらされ、男達に輪姦されていった。なすすべなく汚された彼女を、悲劇が更に襲う。数日間も犯された後、彼女の体は違法娼館に売られ、絶望の中、今も何処かの違法娼館でその体を犯され続けている。

 

九州で運送業を行っている貴田吉広は、仕事が出来るが素行が悪く、いつも威張り散らしているような男だった。その日も気の弱い後輩を恫喝するような口調で叱責し、作業の陣頭指揮を取っていた中、異世界へと引き込まれた。異世界に来て慌てはしたものの、持ち前のごますりで野盗の親玉に気に入られた彼は、娼館に売り付ける女を拐う仕事に就いた。元々、人格に問題があった彼が悪行に違和感無く順応するのは早く、この世界に来て2ヶ月余りの間に、30人もの女を拐って行った。しかしそんな悪行三昧の日々が長く続く道理は無く、サカサキの街道沿いにおいて、山田率いる保安隊によって素っ首を飛ばされて呆気ない最期を遂げた。

 

このように転移者は、善人悪人に関わらず、災難が待ち構えているのだ。上手く取り入ったと思えば、暗転……平和な日本との違いをまざまざと見せつけられるのだ。転移者達の末路は悲惨だったが、元世界での死を経験した転生者達の方はもっと悲惨な末路を辿った者達がいる。

 

東北のある都市でごく普通の家庭に育った7歳の少女、浪川真綾は、学校の通学中、酒を飲んで運転していた若い男の乗る車に跳ねられ、その幼い命を失った。彼女は気が付くと、ナハト・トゥ外れの森林に降り立っていたが、理解が追い付く前に、この周辺に生息する銀狼に喰われ、2度目の死を迎えた。屈強で巨大な生物の前では、彼女はただの餌に過ぎなかった。

 

東海の内陸部の町に住む、学校にも行かず引きこもりをしていた長谷源三は、生きる気力もなく、家の前の木の枝にロープを括りつけて、自殺した。死んだら異世界に転生出来ると考えた彼の淡い思いは、最悪の形となって叶う事になった。転生した先は、アンブロス帝国の政治犯収容所、一度入れば拷問の末一月で処刑される場所だった。彼は異世界から来た事を訴えるが、収容所の人間は荒唐無稽とも取れる彼の言い分を聞く訳も無く、死にたくても死ねない地獄の拷問を一月受けた後、四肢裂き刑を食らった後、アンブロスの広場で串刺しされながら焼かれた。

 

待っているのは死か凌辱、運良くそれらから逃れたとしても、降り立った地域によっては定住もままならずに世捨人になると言う末路を迎えた。食事もろくにとれず、飢えの中で死んで行くか、野盗に身をやつすか……だが、野盗に身をやつせば、そう遠くない未来に山田達のような治安を守る者達に殺されるのがオチである。この世界の治安を維持する者達の殆どの概念は、悪には死を故に。

 

史上最悪の暗君と呼ばれるカン=ム皇帝ユナリン。この女が自分の欲求を満たす為だけに行われた召喚の儀式による転移転生は召喚の儀式に飽きたユナリン自身の手によって悲劇は終わりつつあった。

 

しかし、捧げられた人間の数を考えれば、転移者だけでも70人は来訪すると言う確定の悲劇が待っている。新たな転移者達は、厳しい現実に直面する中、光明を見出だせる暇も無く死を迎えるばかり……元より人間は神から与えられた力等無い、あるのは、生き抜く執念、知恵、運……果たして、新たな転移者達は、生き残れるのだろうか?

 

奈落に落ちた人々・完

 

 

山田と話しをしながら、清蔵はコウロ・ハンドァの工房に来ていた。工房の主、コウロは、かなりの年齢を重ねており、生やしている白髭は腰の辺りまで伸びている、一見すると古い漫画で見た仙人と錯覚してしまう老人は、こちらの要件を聞かずに察して話す。

 

『その娘さんに義肢をか……お前さんらの目を見れば分かる。しかし、四肢全てになると高いぞ?白銀貨7枚、それ以下だと材料費が足りない。』

 

山田はそれを聞くと、手持ちの袋から白銀貨を取り出し、10枚積み上げた。

 

『貴方には保安隊の人間も何人か世話になっている、安いもんさ。』

 

清蔵はそのやり取りに沈黙するしか無かった。

 

 

本官この世界に来て、初めて白銀貨を見ました!ってオイ、すげぇな山田……確か白銀貨の価値ってちょっとした馬車が馬つきで余裕で買える程だぞ、保安所って予算潤沢なの?……大規模署相当だから潤沢か、うん。でも保安所の経費で大丈夫なの?

 

『安心しろ、これは俺の給与だ。』

 

ぶっ、ブルジョアかよ。かなりの給与貰ってんのね……

 

 

『制作には大体半月だな、足の方についてはそう時間はかからないが、なにぶん腕の方は精密に作らねばならんからな、お嬢さん、それまでは辛抱なさい。』

 

『はい。』

 

採寸の為、台の上に寝かせられた一条は、コウロの言葉に応えた。体が動かせるようになると聞いたのか、その目はもう死んで等いない。採寸は体の隅々まで行われる為、秘部も曝け出す状態になる関係上、二人は視線を外していた為、それを確認したのは終了間際だったが。採寸を終えると再び山田が背負い、コウロに礼を言って工房を後にした。山田はその足でサリーの宿屋へと向かった。ここは離れにサリーや山田が暮らす家があり、そちらの方へと足を運ぶ。

 

『お帰りなさい、ダーリン♪』

 

『ただいま、サリー。この娘絡みの件でな……それが俺が元気無かった原因さ、君には本当に心配をかけたな。』

 

『そう……あなたらしいわね、優しい人。』

 

サリーはそう言うと、後ろに担がれている一条に近付き、顔を撫でながら微笑む。

 

『暫く私達の家でゆっくりしてね、父さんもダーリンも優しいから、もう怖がらなくていいからね!』

 

『ありがとうございます……ごめんなさい、嬉しくて……』

 

一条は安心したのか、安堵の涙を流した。一条は義肢が出来るまでの間、サリーの宿屋で面倒を見る事になった。義肢が完成し、自活出来るようになったら山田達の並びの家に住むと言う。

 

 

山田もやっと一つ肩の荷が降りたみたいだな、とりあえずは安心かな?そんなこんなで、山田の家、正確にはサリーちゃん家の宿屋の食堂を貸し切って、木尾田達を集めて食事をする事になった。木尾田の方は久しぶりに奥さん、そして成長した我が子と顔を合わせたが、何と何の恨みつらみを言われるでもなく、奥さんは迎え入れたらしい……木尾田の奥さんも天女か。娘さんは最初戸惑ったそうだけど、直ぐになついたそうだ……イケメン無罪ってか?この西島〇俊、中々だな。木尾田は元カノたる康江ちゃんも紹介したらしい。ずっ、随分とオープンにしたな、確かに前、オープンにしろとは言ったけど、それはモテない男たる俺の無配慮だったかなと思い直したんだよな……しかし奥さんのユウミさんの表情を見るに、全く心配は無かったようだ。テイルちゃんといい、サリーちゃんといい、ユウミさんと言い、俺達心の広い奥さん彼女が出来て良かったなぁマジで。

 

 

『『乾杯!』』

 

友人四人が集まり、酒を酌み交わして食事を共にする。清蔵達の他に、エルフランドの兵士達、テイル、木尾田一家、一条、そしてサリー親子と、この日は宿を貸し切って宴を楽しんでいた。厳しい状況におかれた世界でも、基本的に平和が一番なのだと。

 

『こうして見ると、この世界って改めて凄いと思う。俺達の世界なんかより遥かに人種の違いが出てるのに、外見でどうのっての抜きにいい笑顔してんだもの。』

 

清蔵は人種、身分、生まれた世界がバラバラな各々が(しがらみ)もなく楽しんでいるのを見て、気分良く酒を目一杯呷った。山田の義父が選んだその酒は高アルコールで、喉に通すと心地いい焼けるような刺激を与えてくれる。酒を飲み干すと、清蔵はふと窓の外を眺め、今までの事を振り返っていた。警察官としての自分が復活するきっかけになった転移、パートナーとの出会い、命を懸けたギャングの鎮圧、清蔵の世界の人間達との邂逅……決して平坦では無いものの、生きている事を実感出来る毎日を送れる事が、こんなにも自分を変えるものなのかと改めて感じるのだった。

 

『せぞさん、どうしたと?みんなの輪から離れて窓を覗いちゃって。』

 

清蔵の様子に気が付いたテイルが寄って来た。酒が入っているのか、透き通るような白い肌は、さくら色に染まっていた。清蔵はテイルの露出の高い衣装に赤面しながら、また窓の外を眺めた。

 

『いや、ちょっと今までの事を振り返ってたんだ……俺って本当に運のいい奴なんだなってさ。何にも無かった心が満たされていく、嬉しいんだけど、他のこっちに来た人らの事を考えるとさ……』

 

『……でも、それはせぞさんが良い人だったからだよ、運だけでここまで来たんじゃないよ?それは私が身近で見てるんだから。』

 

テイルは清蔵に体を寄せ、その温もりを感じる。清蔵はテイルの体を更に抱き寄せ、互いを見つめ合う。大人なムードを漂わせていたが、端から見ると清蔵の股間が異常に盛り上がっているので下心丸出しにしか見えなかった、本人達は至って真剣であるが。

 

『(ヒソヒソ……ねぇ、雅人、清蔵兄ちゃん良い雰囲気に持って行ってるけどあれじゃ台無しだよね……)』

 

『(ヒソヒソ……せっ、清蔵らしくていっ、良いんじゃないかな?)』

 

『(ヒソヒソ……ティヒヒ、相変わらずの絶倫帝王だねあの人!)』

 

『(ヒソヒソ……さ、サリー、今日は流石に覗くんじゃないぞ……)』

 

そんな会話がかわされているのも知らず、清蔵とテイルは熱い抱擁を続けるのだった。

 

 

 




清蔵達サイドと他の転移転生者サイドとの開きがありすぎるとは思いますが、仮にもし自分が飛ばされたと過程すると、とても生き抜ける自信が無いと思い、一般人の末路はややハードな展開となっています。書いてて気分が悪くなったので、オチはなるだけ平和に仕上げました。


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第34話 重い空気を飛ばせれるのなら……

 

 

『それじゃ、私はもう帰るね。名残惜しいんだけど、リッちゃん一人であのババァのおもりをさせるのは可哀想だしね。』

 

『僕もそろそろ行かなきゃ。ユウミ達もついていくって聞かなくてね、サカサキと違って治安が悪いから、住居も探さなくちゃいけないから。』

 

『そうか……寂しくなるな。お二人さん、無理はするなよ?何かあったらいつでもサカサキかナハト・トゥに来いよ、俺も清蔵も歓迎する。』

 

ナハト・トゥに戻った清蔵達は各々の場所へと戻る木尾田達を見送る事にしていた。山田は休暇を取り、ナハト・トゥに顔を出していた。

 

『二人共……無理しないでくれよ?何かあってからじゃ遅いんだ、これだけは約束してくれ。もう送り人するのはごめんだぞ?』

 

『ああ、今度こそお前の心を壊さぬよう、しっかり生きるよ。』

 

『清蔵兄ちゃん、さよならは言わないよ、また会おうね。テイルさんと幸せに!』

 

二人はそれぞれ別々の道へと進み、帰って行く。清蔵達は二人が見えなくなるまで、見送り続けていた。

 

『さて山田、お前さんも休暇は余り取ってないと見るな?まあサカサキに比べれば何もない所かも知れないけど、ゆっくりしてくれ。』

 

『ああ、そうする。サリー、君の要望に応えよう、どこに行きたい?』

 

『ダーリンとなら何処でもいいよ!』

 

『そうか、ならば清蔵達の警察署を見学したい。話は聞いていたが俺は行った事無いからな。』

 

『見学?いいですとも!』

 

 

木尾田達を見送り、本官は現在、警察署の見学をしたいと行ってきた山田夫妻を、警察署に連れて来ております。尚、俺は非番の身でありますので、制服は来ておりません。

 

『警察署ごと来たと行っていたが、ああ、懐かしい感じだ。警備部に行ってからは殆どここに来なかったから、もう遠い遠い昔の話なんだな。』

 

山田は向日葵署勤務だったな。交番での勤務志望だった俺と違い、あいつは元々刑事志望だった。警察学校の成績は木尾田とワンツーだったから志望は通りやすかったらしい。何であの頭がありながら偏差値30の工業高校に通ってたのか……

 

『そう言えば濱田巡査部長や是澤先輩は元気か?』

 

『滅茶苦茶元気、今濱田さんは警部補、是澤さんは巡査部長だよ。是澤さんは殆ど事務仕事だって嘆いてた、そんだけ平和なんだけどね向日葵市が。』

 

『そうか……』

 

山田は、少し感傷的な表情を浮かべていた。あの人がバリバリ花形で仕事してたのは白戦会、赤軍新党が裏で暗躍していた頃の時代だっけな。山田は公安行って裏の裏を見てきたから、思う所がいっぱいなはずだ。そう言えば是澤さんのお気に入りだったな山田は。

 

おっと、そうこう話しているうちに、署長室へと着いた。副署長たるワフラが署長席に座って執務を行ってる、こうして俯瞰で見ると、どう見てもワフラの方が署長にしか見えないのよね。一応署長なんですが俺……

 

『清蔵どん、その方達は?』

 

俺はワフラに二人を紹介した。ワフラは二人をじっと見つめていたが、直ぐに柔らかな表情に戻り、二人と握手をかわした。

 

『清蔵が世話になっているそうで。』

 

『ふっ、世話になっているのはワシらの方じゃ。清蔵どんが来るまではこの町も治安が悪かったからの。』

 

正直俺ですらまさかここまで治安が良くなるとは思わなかったよ……これは俺の力ではなく、この人らの元々高い能力が発露される切欠位には俺がなったって事かな?いずれにせよ、俺が絡んだと言う事実が、恥ずかしさもあるから公言したくないけど、正直嬉しい。

 

『清蔵どん、機動隊はいい感じだ。尤も、例の三人はあんたの事を逆怨みでもしとるのか、相変わらずば。』

 

うわぁ、頭痛ぇ……かなりハードに怒ったのにまたかよ!これはテイルちゃんと同じ時間帯に勤務しないとまたあの子が……

 

『安心せい、キスケとワシの指導を曲解したものは鉄拳制裁を受けとる、その内嫌でも変わる。』

 

パワハラ反対派ではあるけど、機動隊はその真逆だ。まあでもあの二人、加減は知ってるからいいか。

 

『まさか本当に機動隊を作っていたとはな……公安を作った俺とはまた別方向に危機感を感じたのか?』

 

まあ山田には話していた方が良いな。なんと言ってもサカサキは同じナハト・トゥ内のスバリュ集落よか近いってのもある上、エウロ民国は他国との協力を惜しまないと言う国だからね。味方は多い方が良い、特に頼もしい味方はね。

 

 

清蔵は山田とワフラを交え、警察署の方針と保安所の方針を議論し、互いが協力出来るよう情報交換を行った。山田は既に何かあった時の為に、サカサキ市長のサインが入った誓約書を持っている。清蔵は山田に町長を紹介し、これからの方針を伝える事となった。

 

『サカサキの保安所のトップの方が、清蔵どんの知り合いとは……そなたも大変じゃったの。』

 

『いえ、俺は死んでこちらに来た身です。生きたままこちらに来た清蔵に比べれば大した事もしていませんよ。』

 

謙遜ともとれる発言だが、山田はそんなつもりは毛頭無い。任務中に殉職した、ただそれだけ。だから元世界の未練と言う者は山田の頭には無いのだ。山田は町長にサカサキの方針を伝えた。具体的には、

 

・サカサキとナハト・トゥを繋ぐ街道の保安隊配置

 

・サカサキ側の領土においてのナハト・トゥの犯罪者に対する処遇の委任権(その逆も認める)

 

・年に数回、若手を中心とした相互の交換研修の実施

 

・サカサキ公安部とナハト・トゥ機動隊及び警備部の連携

 

これらの提案を、町長は受け入れた。強制、強権的な部分もなく、友好都市であるサカサキと関係を深める事は、治安においても経済においてもデメリットは無いからだ。

 

『とは言え、ナハト・トゥの警備部は人事が難航してるよ。言ってしまえば、所轄の公安だからね、優秀かつ犯罪に走らない人間の選別をしなきゃだから難しいよ。』

 

『俺の所も公安が暴走する事は多々ある。特性上舵取りが難しいってのもあるしな。公安同士の顔を知らないってのもザラだ。』

 

山田は元世界の公安で最も苦労したのは、監視対象ではなく、自分達公安同士との連携だったと言う。公安は顔の割れを徹底的に嫌う。時には味方を欺くような者もおり、監視対象の検挙時には共に捕まる事もある。山田の死因は表向きは暴力団組員の流れ弾が当たって死んだ事になっていたが、そもそも公安の他の連中が逃げ腰だった故に山田が突出せざるを得なかったのだ。山田が公安に行く事を告げていたのと、濱田是澤ら向日葵署の敏腕達からの情報で清蔵は真実を知っていた。公安への不信感は清蔵も感じているものだった。

 

『秘密主義が行き過ぎれば、俺達の組織の正義なんてものは本末転倒になる。ナハト・トゥとの連携はそう言ったの抜きにしたい。』

 

『約束だぞ?……まあお前さんは絶対裏切らない、それは俺が一番知ってるから心配無いさ。警備部はまだ選考も出来てないから、暫くは機動隊との連携になるな。』

 

山田と清蔵、サカサキ市長と町長との協力合意をまとめ、警察の体制は整いつつあった。自分達より危険な場所にいる木尾田達の身を案じながら、二人は今出来る事を広げ、護るべきものを見失わないよう、結束を固めたのだった。

 

 

本官、今日は色々と疲れました。サカサキ市とナハト・トゥ町と言う、国境を越えた協力合意、これはカン=ムの首都エルフランドとアンブロス帝国の情勢を鑑みたもの、10の国の連合たるタイーラの平穏が崩れかねない暴君暗君のスタンドプレーに対して何かしらの抵抗が出来るようにしときたかったのよ。まあその暗君は康江ちゃんの事を気に入っている上、康江ちゃんが上手く手綱握ってるもんだから暫くは安心かな?アンブロス帝国の暴君に関してはエルフの抹殺以外は割と善政を敷いているみたいだから、木尾田の組織が引き続き監視して動向を伺っているらしい。クーデターや革命は今の時点ではかなり厳しいらしいけど、あいつは無理をしないと言っているなら信用しよう。さて、仕事(仕事自体は非番だったけど)も終わったし、山田夫妻とテイルちゃんを連れて行きつけの飯屋に行く事になった。サリーちゃんはナハト・トゥの町を気に入ってくれたようだ、はしゃぐ姿はなんと言うか子供みたいだ、ヒューマ換算年齢だとテイルちゃんより結構上らしいけど、これは地の性格のせいかな?しかし康江ちゃんより小さい身長なのにえらくデカイ乳してんな……宿屋のメイド服にあんな凶悪な乳が隠れていたとは……

 

『あ、痛い、テイルちゃん痛い!』

 

『せぞさん、人妻をどんな目で見てるの、やっぱりエッチ!』

 

はい、すんません、腕をつねられました。赤面し頬を膨らませて怒る彼女の顔、うん、可愛い!やっ、やべ、またJr.が自重しないでおっ立ててるよ……山田、ちょっと顔が怖いんですけど?愛犬の首を掴まれた時のプー〇ンみたいな顔してるんですけど。

 

『清蔵、サリーに手を出すなよ?』

 

『出さねぇよ!お前こそテイルちゃんを視〇してたろこのムッツリスケベ!』

 

『ムッ、ムッツリスケベとは何だ!お前程はひどく無いだろ!』

 

『ウェヒッ!二人共仲良いのね、もしあれだったらスワッ〇ングする?』

 

『ドすけべ猫さんは相変わらずだなオイ、引くわ!』

 

『せぞさん、スワッ〇ングってなぁに?』

 

『テイルちゃんのような心が綺麗な人には関係無い事だよ!』

 

流石に冗談きついわ!サリーちゃんに修羅の顔を見せたよ……ちょっ、あの、山田君?マジにならないで、サリーちゃんの言葉間に受けてテイルちゃんにスワッ〇ングの説明しようとしないで!駄目だ、それをやっちゃ駄目だよ!相変わらずこいつはこの手に関しては冗談きかないな、危ない奴(おまいう)。

 

 

食事と酒を楽しんだ二組は、当然の権利のように宿屋と言う名のラブホへと入って行く。サリーがスワッ〇ングの話を引き摺っていたのを無視しつつ、

 

『色々あるけど、山田、今夜位はしっかり楽しめよ?』

 

『ああ、そうだな……明日になればまた殺伐な時を過ごすんだからな。』

 

『ダーリン早くぅ☆』

 

『せぞさん、今日も優しくしてね♪』

 

『おっおう!』

 

『いっ、いいですとも!』

 

二人は鼻の下と股間を伸ばしながら、それぞれの部屋へと消えていった。因みにス〇ッピングについてはハンニがテイルにかなり偏見が入った説明を受けてテイルを赤面させたと言う。

 

『あのエロ熟女覚えてろよ……』

 

 

 

 





実は山田も清蔵並にスケベではありますが、ムッツリスケベです。清蔵は思った事が口に出てしまう(主に下で)ので警察官としてどうよと思いましたが、元警察官のお兄さんいわく、交番勤務なら清蔵は向いてると言われました。顔や声に出るので刑事向きでないとも言われましたがw


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拡張編
第35話 狼藉者、成敗致す!(訳:ちゃんとしないとダメですよ♪)



再び日常編な短編に戻ります。タイトルがふざけきってますが、いたって真面目な話です。


 

 

『町が平和になってきたのは良い事、しかし最近は若けもんが調子に乗っとるばい。』

 

彼は監察のマーシー、年齢は31歳(独身)、元は射撃班に所属していたが、ノーコン過ぎて清蔵の金的を二度も掠めてしまった為に監察行きになった。とは言え、監察の仕事を任されたと言う事は、彼自身の仕事ぶりは正当に評価されているのだ。元々射撃班に就く人間は品行方正、業務優秀な人物に任される。人の命を奪いかねない銃器を扱うのだから当然と言えば当然か。ノーコンでなければ射撃班の統括をしているフラノの後任に彼がなる位には優秀で真面目な男である。

 

『若い時は血気盛んで正義の代行者的な動きがあってしかるべきではあっちゃけんど、あの連中はベクトルが違う。なんと言うか、反抗期のまま社会に出た危うさを孕んどる。テイル警部補に対するあの行動と言い、署長に対する突っ掛かり方と言い、余りにも受け入れられん。』

 

マーシーは機動隊の問題児三人の行動を重点的に監視している。血気盛んな若者は他にもシシやコモドらがいるが、彼ら二人は基本的に清蔵の事を尊敬しており、かつコーリン鎮圧辺りから周りの事を良く見るようになっている為、自然と監視対象から外れていた。

 

問題だったのは機動隊の三人。警察採用時の態度は、基本温厚な清蔵を激昂させる程で、既に二回も彼の怒りを買っている。マーシーは機動隊を指揮するキスケとも密に情報を交換しているが、キスケですら手に余ると言う評価だった。

 

『あいつらの身体能力自体は合格点じゃ、身体能力はな。問題は頭……あいつらの頭の中は脳ミソじゃなく脊髄しか詰まって無いんじゃなかかと言う位、学習能力がねぇ……女性機動隊員からは特に苦情が絶えん。』

 

マーシーはキスケがそう頭を抱える状態だと言う事実を知った為、三人の様子を影で監視し続けていた。機動隊の朝練が終わり、それぞれの業務へと移る三人、今のところは何も問題は無い。体力に余裕がある機動隊の多くは、普段開拓課に回る事が多く、彼らも機装一式から開拓道具に持ち代えて、他の人間達と同じように仕事に励む。

 

『今のところは何も無い……ん?何を揉めはじめてる?』

 

問題児三人が、刑務作業をしている少年に罵声を浴びせているのだ。少年は商店でパンを盗んだ罪で1ヶ月の奉仕作業を言い渡されたのだが、まだ体の出来ていない彼に、重い石材運びを強要しているのだ。そこは一緒に運ぶなりしなければならない所だが、三人はそれを行う素振りもない。あからさまなイビりだった。

 

『これは酷いな……署長の掲げる思想から外れる事を、何の悪びれもなくやるとは……犯罪者に人権は無いなんて貴様らが言えた口か!』

 

マーシーは監察としての業務に準じて様子を伺うに留めていたが、目の前の行為に我慢が出来ず、ついに問題児三人を叱責した。

 

『貴様ら!黙って聞いとりゃとんでもねぇ事をしてくれたな!それが警察官のやっ事か!』

 

『うるせぇ!犯罪者に甘い顔するような連中の言う事が聞けるか!お前ら、やっちまおうぜ!』

 

三人はマーシーを袋にした。機動隊で鍛えられた三人の身体能力の前に、マーシーはなすすべが無かった。

 

『ぐっ……貴様ら、こんな事をして、一体何のつもりか……』

 

『へっ、仕事なんてきつかろうがどうとも思わねぇ!俺らはよそ者の癖につけあがってるあのおっさんが気に食わねえんだよ!』

 

『く……それが本音か……貴様ら……後悔すっぞ?』

 

『弱ぇ癖に口が減らねぇな、オラッ!』

 

マーシーの身体はあちこち骨が折れていた。意識が遠のき、抵抗もままならない。刑務作業をしていた囚人や他の職員が止めに入るが、三人の身体能力を前に近付け無い。止めに入った囚人の少年が今度は巻き込まれ、意識を失った。

 

『邪魔すんなよ犯罪者が!俺達に抵抗するってんなら、この場で死ぬか?ハハハッ!』

 

『おまんらがな!』

 

『ああっ?!……え?』

 

三人は声のした方へ視線を向ける。そこには、鬼の形相で立っているワフラと、囚人達を纏めるカマリタがいた。更にはその後ろに、開拓課に顔を出していた清蔵の姿も。三人はそれぞれ一人ずつ正体し、更に開拓課の人間と囚人が周囲を囲む。囚人らは警察官に感謝していた、目の前の三人を除いては。だからこそ、手は出さないものの、逃がす事はしなかった。

 

『ちんけな真似はしねぇ、俺ら一人一人とタイマンだ……みんな、二人を医務室へ。』

 

睨みをきかせながらも、清蔵は倒れている二人を運ぶよう促す。マーシーは微かに意識を保っていたが、息も絶え絶えでかなり危険な状態だった。

 

『すっすんません……署長。あの三人相手に実力差を考えず……馬鹿……ですよね……俺……』

 

『馬鹿なものか……君は、警察の鑑だよ。だから、今はゆっくり休みなさい。けじめはこいつらからしっかり取るから。』

 

それを聞いたマーシーは笑顔のまま意識を手放した。清蔵は近くの者に彼を任せると、問題児の目の前に再び立った。

 

『ああっ?!やんのかオッサン!』

 

『凄んでる割には足元が生れたての子鹿みたいなんですけど……』

 

清蔵は怒りながらも目の前の男の膝がガクガク震えているのを見た。威勢だけはいい馬鹿野郎がと言葉を出したかったが、その気すら削がれた。しかし、マーシーと少年が殴られた事に対するけじめはつける。清蔵は顔を引き締める。

 

『仏の顔も三度までって知ってる?』

 

『知るかよ!ブゲッ!』

 

清蔵はノーモーションで目の前の男に拳を当てた。手加減無し故、鼻がねじ曲がり、大量の鼻血が吹き出している。

 

『一度目は何もしていない時の顔、二度目は一度粗相をした時の顔、三度目は二度粗相をした時の顔だ。つまり、粗相の三度目は無いって事だ。』

 

『ってぇ、てめぇ、殺してやる!』

 

男は使っていたつるはしを握り、清蔵へと大きく振るった。清蔵はそれを片手で受け止めた。男はなおもつるはしを振るおうと力を込めるが、動かす事も出来ない。

 

『うっ、動かねぇ……』

 

『俺は仏様じゃないから二度目の時点で拳骨かましたなそう言や……まああの時は俺の女に手を出したんだ、それは仕方がない……んで?今度は罪を償っている途中の人間、そして、あろうことか仲間を……次の俺の言葉は殺すぞでは無い……死ね、外道!』

 

つるはしの柄を素手で砕きながら、清蔵は渾身の力を込めたアッパーをめり込ませた。顎を砕かれながら、男は吹っ飛んで行った。

 

『警察とは国や自治体によって制限付きで武装を認められた組織、そして警察の仕事は人の人生を左右する仕事だと何度も言っていた筈だ……警察の狼藉は、一般人のそれに比して重いもの、身を以て知れぃ!』

 

 

……やっちまったよ……死んではいないだろうけど、ありぁもう二度と警察に復帰処かまともに暮らせねぇな。とは言え、テイルちゃんを暴行し、更正に向けて作業していた少年を暴行し、止めに入ったマーシーまで暴行した……あそこまでやって法に照らし合わせてとか以前だよ。元世界の自称人権団体のみなさんはこんなのですら擁護すんのかな?理解は出来ても納得はしねぇよ被害者から見ればよ……非暴力不服従のガンジーですら、反撃や報復に関しては禁止しちゃいなかったんだぜ?やるときゃやらねば付け上がる人間には、時には鉄拳を与える……揚げ足取る連中に隙を与えるから出来ればやりたくは無かったけどね。しかし俺の方はまだ比較的マシな制裁だったね、あの二人はやっぱいざと言う時の甘さが無いから凄いわ。

 

 

制裁一、カマリタ

 

『その土地の再犯率が高いのは、一概に前科者をどう扱っているかによるらしい。あの署長はそれを知っているから無益な真似をせんかった。だから言う、きさんらのような屑が取り締まる側にいる事、納得出来ぬ。』

 

『ぬぬ、抜かせ犯罪者が!』

 

男はカマリタにビビりながらも啖呵を切った、刑務作業者に暴言を吐く事を禁止しているのにこれだったので、カマリタはやれやれと言いつつ、その丸太のような腕を鳴らしながら男に近付く。

 

『更正の機会を与えてくれた人間に唾する奴には、拳が一番じゃ、受け取れぇ!』

 

『ベラボゥッ!アギャァ!たずげべ!』

 

カマリタの強烈なパンチの連打を浴びて、男の体はボロボロのボロ雑巾と化した。

 

『死にはせん、真面目に生きて食えるだけの力は残してある、更正するんだな!』

 

制裁二、ワフラ

 

一方のワフラと対峙する男は、ワフラに対しいきなり鍬を振り回した。肩に刺さり、男はざまぁと言いながらもう一度引き抜いて今度は顔面にそれを振るう。ワフラは避けもせず、それを額で受け、鍬の刃の部分が割れた。実は肩に刺さった場所も瞬時に傷を塞いでおり、ノーダメージだった。

 

『なっ、何ぃ?化け物め!』

 

『人の命を蔑ろにした奴に化け物呼ばわりはされたくないのう……きさっころが!!』

 

『エロブォッ!』

 

ワフラの強烈なパンチは、男の胸に深々と刺さり、胸骨をバッキバキとへし折った。ピクピクと僅かに動く程度の状態に陥った男に、ワフラは冷たい視線でこう述べた。

 

『弁護士は呼ぶ、黙秘権もある、ただし、警察官ゆえにその身に降りかかる罪はデカイと知れ、童が!』

 

 

……ってな感じでした。俺の顎粉砕も大概だったけど、あの二人のはヤバかった、特にカマリタ……よくあの時勝てたなと感じるよ。ともあれ俺は終わってから涙が流れた。署長になって沢山みんなと試練を潜り抜けてきたと思っていただけにさ、自分で手にかけるなんて本望じゃねぇよ。どこぞのチート主人公のように割り切れる程、俺は非情になれねぇよ馬鹿野郎……

 

 

『大将、泣いてんのか?』

 

『無理も無い、いくら狼藉を犯した者であろうとも、今まで仕事をしてきた仲間ば。』

 

清蔵が涙を流す様を見て、カマリタはこの男が非情になりきれないのだと悟った。しかし、非情になりきれないからこそ、人が清蔵の後ろをついていくのだとも感じていた。

 

『ふっ、ますます生きて大将のその後が見たくなった。その為に、過去の精算じゃ!みんな、開拓に戻るぞ!』

 

カマリタは愛用のつるはしを持って、開拓途中である新町の工事へと戻っていった。ワフラは涙を流し続ける清蔵に声をかけず、そっとする事にした。

 

(これからの人生、何度も挫折を味わい、何度も泣くだろう。じゃが、だからこそあんたは強くなる。今は…気のすむまで泣くといい。)

 

 



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第36話 伯爵って聞くと、コ〇ミのアレが出て来る

タイトルは開き直る事にしましたw

まあタイトルに出てる通り、爵位持ちが出てきます。


 

 

サカサキとナハト・トゥの街道は、開拓課の働きにより整備が進んでいた。土くれを固め、砂利を敷き、それを更に押し固める事によって強固な道となる。更にナハト・トゥ本町と新町、スバリュ集落間の道も整備が進んだ結果、馬車が楽々通れる位の道が出来、スバリュ集落への連絡が容易になった。インフラの整備は生活の流通を円滑にし、人の流入を容易にもする。

 

町長は次に、ブラドック伯領ツェッペリタウンとの街道を整備する事を決めた。ツェッペリタウンは、ナハト・トゥに隣接する自治区で最も大きい町であり、人口20万の人間が住んでいる。ブラドック伯爵は周辺12自治区のまとめ役で、人間的にも、自治区の是政者的にも優れた人物として知られていた。街道の整備はブラドック伯も好意的であり、一度会って話がしてみたいと清蔵の方も思っていた。

 

『ブラドック伯爵ってどんな人かな?いい話ばかり聞くから本人に会わない事にはね。』

 

公務用の馬車に乗りながら、清蔵は町長に話を聞く。今回は開拓課の最高責任者として話し合いをする為、警察官5名を引き連れて町長とツェッペリタウンへと向かっている。距離は馬車で丸一日走れば到着出来る距離にあるが、まだ道の整備が整っていないのか、酷く馬車が揺れる。

 

『あの方は元々、エルフランドに住んでいた侯爵位の貴族だったんじゃ。前皇帝の時代、副宰相として街の安全を守る敏腕政治家だったが、現皇帝の悪政に嫌気がさして、爵位の降下と引き換えに、自治区での治世を安堵されたと言う経緯がある。ツェッペリタウンに住む人間は、そんなブラドック伯の人望を慕って集まった者達が作った町なのじゃ。』

 

清蔵はそれを聞いて益々ブラドック伯に会いたいと思った。民の為にその身を削り、安寧を作ったその人物から、治安を維持するヒントを得たいと言うのもあったが、単純に好人物の素顔を見たいと言う好奇心が強かった。

 

丸一日の馬車移動を終え、清蔵はツェッペリタウンに入った。ツェッペリタウンは雰囲気としてはパリの下町のようなイメージを思い浮かべればいい。整然とした町並み、計画的に行われたであろう治水工事、建築物は石造りで頑丈かつ美しい。行き交う人々は社交的で温厚、ナハト・トゥとはまた違った良さを清蔵は持っていた。

 

『賑やかですね、それでいて治安がいい。』

 

中世世界的に考えると、20万もの人間が集まる都市や町と言うのはかなり規模が大きい。人口は過密ではないのだが、監視カメラやGPSの無い世界で都市機能を維持するのは容易では無い。サカサキの街がここの10倍の人間を抱えていながら治安がいいのにも驚いたが、ツェッペリタウンもそれとはまた違った意味で驚きの連続である。

 

『治安を維持する為に必要な要素とは、一つ、民が飢えていない事、二つ、犯罪を抑止するルールが整備されている事、三つ、教育や流通が行き届いている事……わんがナハト・トゥの町長になった時に目指したのは、この町の掲げるそれらの要素なんじゃ。』

 

清蔵は町長の話をじっと聞いていた。飢えているから無益な争いが起こり、ルールが整備されていないからやりたい放題され、教育がされていないから善悪の概念のネジが飛ぶ。流通が行き渡らなかったら飢えを加速させ、町の循環を悪くしてしまう……町長が掲げた事は日本に生まれた清蔵にとって、当たり前の事ではあったが、この世界はまだ全体的に発展途上もいいところなのだ、その考えに行き着ける人間がいる事のほうが珍しい。

 

『上に立つ者のカリスマって、重要なんだな……』

 

清蔵達は、ツェッペリタウンの中心に立つ、ブラドック伯の邸宅の前に馬車を停めた。三階建ての立派な屋敷は、ここに住む人間の威光がどれだけ強いかを端的に表してした。暫くすると、この邸宅のメイドが清蔵達を出迎えた。愛らしい一本角を持った小柄なオーガの少女、所作は非情に良く、とても愛想のいい笑顔を振り撒きながら彼らを迎える。

 

『ようこそいらっしゃいませ、ブラドック伯爵の邸宅へ。ナハト・トゥの皆さんですね?パパ様からお話しは聞いております。』

 

ブラドック伯はメイド達にご主人様と呼ぶのを止めている。主従関係ではなく、一家族としての関係を築きたいと言う考えだった。故に、メイドやボーイ達はパパ様、パパさん、おやっさんと呼んでいた。メイドに案内され、清蔵達はブラドック伯の執務用の部屋の前へと連れられる。赤樫の頑丈な扉をコンコンと叩き、ブラドック伯が声を出す。

 

『メイリンか、客人が来たのか?』

 

『はい、パパ様。』

 

『うむ、通して差し上げなさい。』

 

低い声は穏やかな印象を清蔵達にもたらした。清蔵は連れて来た五人に襟を正すよう視線を送り、彼らも緊張の中それを行った。そして開けられた扉へと入り、ブラドック伯の前へと並ぶ。目の前にいたのは壮年の男、皺は深いが背筋がしっかりとしており、眼光は穏やかながら鋭さを覗かせている。清蔵達警察官は誰からともなく、敬礼をとった。ブラドック伯はそれを手で制して、第二声を発した。

 

『アール、久し振りだの。そして、君達が警察官と言われる方達か、噂は聞いている、うむ、皆いい目をしておる。』

 

『伯爵、こちらにいるお方が警察官達をまとめる、児玉清蔵さんです。』

 

町長に紹介された清蔵は一歩前へと踏み出し、頭を下げて自己紹介をはじめた。

 

『ナハト・トゥ警察署署長、児玉清蔵警視正であります!ブラドック伯爵、お会いできて本官、非常に光栄であります!』

 

『おお、素晴らしい。立派じゃなかか。既に知っておるだろうが、ワシがブラドック・ツェッペシュ、老いぼれながらこの町の長をつとめておる者じゃ。』

 

凛とした表情で声を出した清蔵を、ブラドック伯は気に入ったようである。元世界以上にこの世界は人の印象を第一印象で決める。それは、元世界よりも人々が人間を見る目がいいと言うのもある。

 

『アールよ、ナハト・トゥが賑わいに満ちて来た事を嬉しく思う。ギャングの掃討、識字率の上昇、インフラの整備……彼が町にやって来てから二人三脚で町を改革したんじゃの。』

 

清蔵の扱いは元ヤマト王国の亡命者と言う事になっている。亡命後、元治安維持隊と言う経歴を生かし、町の安全に貢献したと言う事を伝えていた。実際に清蔵は国を亡くした者であるし、警察官の仕事をしてきたので、経歴は嘘ではない。清蔵は経歴を作ってくれた町長に感謝しながら、異世界の傑物たる目の前の老紳士を改めて見つめる。酸いも甘いも経験してきたであろう彼の表情は悟りを拓いたかのように穏やかな笑みを常にたたえている。一代でツェッペリタウンを築き、自治区最大の町へと発展させた男の瞳は、何処か向日葵市の治安を守る淡島署長に似ていた。

 

『街道のインフラ整備、大いに結構。じゃが、君らが馬車で移動した時に気付いた通り、中々の難工事じゃぞ?』

 

ツェッペリタウンはナハト・トゥから見て、やや標高が高い位置にあり、道も山を切り開いて土を固めただけの道であった。街道の開拓が簡素なものになった理由は、夜盗の存在と山を登っていく工程と言う厳しいものだった。馬車がギリギリであれ通れる位に山を切り開いた先人達の時点でかなりの功績とも言えるが。

 

『せっかくの街道ですので、より道を整備して、物流の促進を促したいのです。夜盗対策としてはナハト・トゥ警察の人間が駐在する拠点を作りたいと思っとります、わんとしてはブラドック伯領とより交流を深めたいと言うのが正直な意見です。』

 

町長が計画しているのはこうだった。ナハト・トゥとの街道をより整備する事で、食料物資の運搬を円滑にする、馬車での移動でも時間がかかり、暗い時間帯は夜盗が跋扈するので、中継地点を作る、その中継地点に派出所や駐在所を併設し、安全を確保する。ギャングを掃討した実績も積んでいるためノウハウは十分ある事……町長はツェッペリ伯がかつてエルフランドと各都市を結ぶ街道の開拓事業でその腕を奮っていた事を鑑み、具体的な提案を出したのだった。

 

『街道は町と町とを繋ぐ動脈、故にブラドック伯の力添えが必要です。幸い、こちらの清蔵さんはナハト・トゥの発展に寄与し、治安維持に対する知識に秀でています。』

 

『ふふっ、そのようじゃな。街道の整備は難工事、危険も伴う。此方も警備隊と開拓員を派遣しよう。警備隊は町から出ての治安維持に疎い、そちらの運用を学ぶ一環で協力しよう、宜しくな。』

 

清蔵と町長は協定書にサインをし、ブラドック伯と固い握手を交わした。本町と新町を繋ぐ道の行程の凡そ百倍、標高差付きで夜盗が頻出すると言ういらぬオマケまでついた比喩抜きの難工事、しかし清蔵には不安よりもやる気しか湧かなかった。元世界でもそうだが、街道のインフラ整備と言うのは、後世何十年、ものによっては何百年何千年と形として残るのだ。元世界で後世に残せるものを為せなかった清蔵にとって、願ったり叶ったりの仕事なのである。そんな過労死上等な目をしている清蔵を、ブラドック伯、町長両名がやんわりと釘を刺す。

 

『安全第一、そして、休息をこまめに。清蔵さん、あんたが忘れがちだからそれだけは言っておく。』

 

『うむ、率先して仕事をするのは素晴らしいが、率先して過労死するのだけは望まぬ、そこだけは気をつけなさい。』

 

『すんません……』

 

 

ブラドック伯との謁見も終わり、本官はナハト・トゥへと帰る途中であります。また過労死言われた……俺、これに関してだけは今だに自覚無いなぁ。必ず誰かに指摘されてからそうなんだってのが俺のパターンだね。俺としては警察の独自の勤務形態に慣れてるせいか、どの位で過労死と言われるのかいまいちピンと来ないのよ。むしろ1日に二時間程度の残業を毎日一ヶ月続けただけで死にそうになっているっての聞いて、どんだけ精神的に追い詰められる企業に就いてるのと思った位。一般人がどの程度平均で働いて休んでるかなんてついぞ頭に無かったなぁ。しかし街道の開拓、正確には既に出来ている街道の拡張と整備だけど、うん、全行程を聞いた時はマジかよって絶望感じゃなくて、脳汁が出まくったのよね、いやぁ、これは益々やる気が出て来たぜ。

 

 

清蔵は心地よい疲れの中、馬車の中で爆睡していた。目を開けて、寝言で笑うその様は、見ている人間を不安がらせた。

 

『町長、署長何か顔がヤバいっすね……あんなイってる顔して寝てる人間初めてっすよ……』

 

『働き過ぎて頭がおかしくなっとるの、清蔵さんのような人間を向こうの言葉でわーかーほりっくとか言うらしい。疲れの感覚がマヒして気付いたら死んでおったと言う事例もある。ぬしら、清蔵さんが過労死しないよう、危ない時は止めてやれよ?』

 

『了解です。この人はなんというか人には甘いのに自分に対しては体を労るとか考え無いからあかんっすよ。素晴らしい人だけにその辺がみんな心配してます。』

 

同行したシシの率直な意見だ。他人には度がつくほど優し過ぎ、対照的に自分の評価は低く厳しい。回りからは何をそんなに生き急いでるんだと心配されているが、本人に生き急いでいると言う感覚は無く、故に誰もが突っ込みを入れる状態になっていた。

 

『じゃが、働き者の大将だからこそ、みんなから本気で心配されるのじゃろう。清蔵さん、わんより遥かに若いんじゃ、過労死なんてしたら、赦さんど!』

 

『むにゃむにゃ……マジ自重しまふ……』

 

『寝言と連動しましたね……』

 

『ふふっ、本当に面白い人じゃ。』

 

眠る清蔵を見ながら、町長は次代を担う人間の姿を清蔵に重ねるのだった。

 

 

 





過労死と頻繁に出てますが、清蔵は人一倍動いています。マスゴミのような一部フォーカスなので某工業哀歌のように本題をやっていないように見えてしまうのはコメディだからいいかと開き直っております。

作者は長編が続くと頭がおかしくなるので、短編をベースに長編、長編もコメディ要素をはさみながら話を書いています。タ〇ちゃんや狂四郎20〇0の作者のように適度にギャグをはさむ形が一番いいかな?そう思ってます。


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第37話 それでも~は反骨心の現れ(個人差による)


清蔵が来て一年以上経過してます。最初に採用された若手は大体いっぱしになって来た頃ですね。


 

 

コモド巡査長の日記

 

俺達リザードにとって厳しい季節、冬。他の種族よりも大げさな位厚着をして寒さを凌ぐ事で冬を越してきたけど、警察の、開拓課の仕事をやっている間に限っては、冬と言えども薄着位がちょうどいい。

 

先日署長と町長と、同級生の親友シシとミハイルさん、ロウラにフラノさんという創成期の若手メンバーでブラドック伯と面会したんだ、ブラドック伯はヒューマで80を越える老人だったんだけど、全くそう見えなかった。ブラドック伯は俺達に街道の再整備を共に行う為に助力をしてくれるとの事、開拓は大変だけど、冬の開拓なら体もあったまるし、何より仕事の成果が目に見えて分かるのは嬉しかった。署長は体が頑丈と言っても、かなりいい年してる、だから、俺は署長が楽出来るように頑張るんだ。

 

シシ巡査長の日記

 

真冬に入り、街道の整備の最大の障害である雪が降り始めた。ナハト・トゥ側は温暖で余り雪が降らないんだけど、ツェッペリタウンへと登って行くにつれ、景色が変わるのだ。開拓課は本開拓班と、警ら班とに分かれて仕事をしている。冬にサボタージュすると思っていたコモドは、意外な事に本開拓の方に回っていた、リザードは冬に弱いとは何だったのか?薄着で自慢の肉体をどうだとばかりに奮う姿は頼もしかった。武装を開拓道具に代えた親友を守る為、俺達警ら班は夜盗、山賊の類いを寄せ付けないよう警護に目を光らせる。ふぅ、暇が出来るのは冬が明けてからになるかな?風俗嬢のミーアちゃん(猫の獣人、15歳)が辞めてなきゃいいけど……本当、署長は美人のフィアンセと一緒で羨ましいなぁ……

 

ミハイル巡査部長の日記

 

あれから一ヶ月も経過した。僕は街道の間に作られた派出所の方で仕事の進捗を書いている。僕を含め最初のメンバーはみんな平巡査から上に上がった。フラノ君と僕は仕事が認められて役職が与えられたのだけど、いざ上に上がると凄い苦労の連続だった。懲戒免職者を三人も出した第三期採用メンバーは署長が怒りを露にする程の問題児揃い、それでも免職された三人を除けば、署長に敬意を持ってる人ばかりだからマシかな?

 

始末書のリョーちゃんことリョーキ君は第三期メンバーの中ではかなり良くなってきたと思う。派出所周辺の開拓員をしっかりサポートするし、エネルギッシュに動く。まあ、力が有り余ってよく鍬を壊して始末書を書いてるんだけど……

 

因みにほかの第三期メンバーは、なんというか相変わらず学習能力はお世辞にも宜しく無くて……と言うより階級を守らないものだから流石に僕も怒っちゃって。僕の体がそんなに体格良く無いのを良いことに殴りかかって来たんだけど、僕はそれをヒラリと制した。キスケ師範から喧嘩芸骨法と合気道の目録を頂いた腕をなめてかかった彼らは、ちょっとだけ言う事を聞いてくれるようになった。うん、これは署長も頭抱える理由がわかる。

 

 

どうも、本官街道を開拓している皆さんの報告書や日記を見ている所であります!ん?お前は開拓してねぇのって?馬鹿野郎、俺は署長だよ?他にも色々仕事あんのよ?街道はそれぞれセクション作って数ヶ所の地点で整備してますとも。俺はナハト・トゥ側の端っこから5km地点までの所に落ち着いております。署長が他に顔も出さずテイルちゃんとバ〇ーボーイズしてたら話にならんでしょうが!

 

しかし街道の難工事、恐ろしいスピードで進んでおります。初夏に完成予定なんだけど、第一期及び第二期採用メンバーが指揮をとっているセクションが猛烈な勢いで登坂地帯を整備しちゃったのよ。道を広げるのに至っては一ヶ月もかからなかったらしい。余りに早いんで道用の石切やってる班がヒイヒイ言ってるよ。需要に対し供給が追い付かないのはちょっとやり過ぎ……

 

 

『せぞさん、お疲れ様。もうすぐお昼だよ?』

 

『うん、じゃあ、ご飯にしよう!』

 

書類の目通しを終え、清蔵はテイルと共に昼食をとる。開拓課関係で夜の営みを控えているが、清蔵としてはテイルが愛情を込めて作ってくれた弁当を、テイルと共に食べられるだけでも幸せだった。交際から早くも数ヶ月が経過しているが、この二人は初々しいままだった。片方はスケベな男、片方は無自覚な露出好き、共通するのはそんな属性がありながらかなりの恥ずかしがり屋で恋愛に関しては真剣と言う点である。弁当を食べながらお互いの視線が合うと赤面して視線を外す等、周りから冷やかされる要因であるが、関係は良好だった。

 

『て、テイルちゃん!』

 

『なっ、何?』

 

『こっ、ここの所忙しかったから……その、えー……』

 

『……う、うん……あ……えー……』

 

二の句を告げようにも恥ずかしさが出てしまう清蔵、テイルはテイルで返答に赤面しながら……こっそり覗いていたキスケはふぅと息を吐きながら二人の様子に苦笑する。

 

『全く、二人していつまでも初々しいままじゃ……彼女いない俺ですら見てて恥ずかしいわ。』

 

二人の様子を見ていられなくなったキスケは、気分転換にサカサキ側の街道の巡回をする事にした。機動隊の錬成訓練は午前中に終え、午後は仕事の進捗を見るため各課の現場へと赴き、現状を視察するのだ。

 

『ん?何だあの不審な馬車は。』

 

街道を行く馬車の一つに不審な動きを確認したキスケは、近くにいた巡査数名を集め、取り囲む。警棒と警杖を構えながら、馬車の主を職務質問する。

 

『そこの方、ちょっといいか?』

 

『なっ、なんすか?何も怪しい事しとらんですよ!』

 

怪し過ぎである。先ずサカサキとの取り決めで、馬車を使用する者は通商用の黄色い証明看板を掲げているのだが、その看板が正規のルートで作られているものでない事をキスケは見抜いていた。更に馬車の中には複数の人の気配を感じていた。

 

『困るんよ中が見えない幌馬車に人を沢山乗せてるんは。ちゃんと旅客用の馬車を使わんとダメだろ。』

 

サカサキとの取り決めのもう1つは、馬車の用途による制限だった。人を複数乗せる場合は窓のついた中を覗ける旅客用のものである事、荷役用の幌馬車の場合、馬車を動かす人間と予備の人間の二人のみで、複数乗せる場合は予め許可が必要であるのだ。この馬車にはその許可証がついていない。

 

『おめさん、隠してるものは?っとその前に取り敢えずこれね、中身を調べるにもこのように許可を提示する事を徹底しとるから。大丈夫、何も無いなら直ぐ終わるから。よし、お前ら、手早くな。』

 

『了解!』

 

『うっ……』

 

男は益々挙動不審に陥る。職務質問に入るのには特に決まりは無いが、中を調べる時は必ず許可証を提示し、乱暴な取り調べはしないと宣言する。元世界なら職務質問から持ち物検査等で数時間も足止めされるような場合もあるが、ここは向日葵署流のやり方を徹底する清蔵の教えに従い、乱暴、無愛想、長時間拘束、何より極端な威圧を排除した上で臨む。

 

『幌の中を確認しますね……警部!五名の女性が乗っています!衣服は着用しておりません!』

 

『さてと……どういう事かな?何れにせよ、荷役及び旅客用馬車運用の規定に違反してるな、ちょっと署までご同行願おう。尚、おめさんには弁護士を呼ぶ権利及び黙秘権がある。お前ら、丁重にお連れしろ。』

 

男はキスケの言葉を聞くと、膝から崩れるようにその場に座り込んだ。

 

 

『違法娼館、それも移動しながらか。何処の世界にもろくでもない人間はいるな。』

 

連行されて来た男の取り調べにより、各町を移動しながら商売をする違法娼館の実態をとらえた。保護された女性達はまだ年若い少女ばかり。中には妊娠しており、腹部が大きくなっている者も見られた。

 

『サカサキ側の陣地で捕まってたら、あんた取り調べどうの抜きで即殺されてたよ?既に七件、計15人が即刻斬首と聞いているから。』

 

清蔵は山田から違法娼館の業者や人身売買の業者に対する措置を聞かされていたのでそれを男に説明する。モラルを持たない者には厳罰で対処する、それをあくまで伝えるに留めてはいたが、効果は抜群だった。

 

『おっ、おいらはただ、ダイゴのダークハウンドって言う組織に言われてやっただけなんだ!ぜっ、銭が、今日を生きる銭が欲しかっただけなんだよぉ!』

 

男は罪を認め、泣き崩れた。弁護士と意見を交え、奉行所へと送る事になった。数々の証拠についても認めた為、弁護士は減刑を求めて行くと伝え、清蔵もそれに頷き、奉行所送致の手続きを行った。

 

 

ダークハウンドね……山田がしっぽ処か足腰位まで掴んだカン=ムの人身売買組織、その実態は、主要三都市に跨がるマフィアで、アンブロスの貴族とカン=ムの皇族に繋がりを持つ、裏世界の商人集団。木尾田の方も幾らか調べがついていたらしく、規模も把握しているらしい。構成員三万、準構成員を含めると十万規模と言っていた……〇〇〇よかデカイな。

 

保護した女性達にテイルちゃんが軽く質問をしていった時、いつかは来るなと言うか、やはりと言うか、俺達の世界の子がいたと言う。名前は川上奈緒ちゃん、出身は関東。発見時は衣服を剥がされており、全身痣だらけ、風呂はおろか排せつ物すら処理されておらず、衛生的にも最悪の状態だった。他の被害者同様、現在は診療所に移されているけど、みんなかなりの心的外傷後ストレス障害の症状が見られ、もう普通の生活は不可能と診断されている。

 

にしても、改めて裏を見るとこの世界にも救いの無い悪党がいるのだと知らされる。山田の調べで、俺達の世界から来て悪党とつるんでいた奴もいたらしい。気付いたのは殺した後だったと言っていたが、山田さん……容赦無いにしても限度が無い?悪・即・斬てなんつー前時代だよ!とっ取り敢えずうちはそんな事はなるだけ、いや、絶対にしないように慎重をきそう……

 

 

川上奈緒は保護された。違法娼館に売られ、酷い仕打ちを受けた事を鑑みて、カウンセラー、医師、警察関係者の全てを女性スタッフに統一していた。特に警察関係者については、同じ世界出身である甲斐未来が付く事になった。尤も、未来は経歴の関係上こちらの世界側の人間になっている為、あくまで女性警察関係者の中で警戒心を持たれない人間だからと言う理由で付く事になっているが。未来は、清蔵の代わりに川上奈緒の容態と状態を見るのと、清蔵の存在を伝える事を頼まれていた。医師に連れられ、未来は川上のいる病室へと入る。

 

『失礼します。』

 

『……』

 

虚ろな目を一瞬こちらに向けたが、またその視線を窓の外に戻す。心の傷がかなり深い事を察した未来は、あくまでこちらからコンタクトを取るような事をしない。質問を投げるのではなく、向こうから話すのを待つスタンスで部屋に置かれた椅子に座る。

 

『あんた誰?』

 

『甲斐未来、貴女と同じ世界からここに来た、と言ったら大体分かるかしら?』

 

『ふぅーん……』

 

未来は敢えて身の上を明かした。暫くして、川上が口を開ける。酷く無愛想なのは思春期特有のものなのだと理解している為、未来は気にしない。何より本人が最も理不尽な状況下を元世界で経験済みな為、並大抵の事では傷付かない。

 

『あれ?あんたテレビで見た事ある気がするんだけど……もしかして……』

 

『察しているなら何も言わないわ。無実である事を訴えたって誰も私の話なんて聞いてくれなかったから。』

 

川上は目の前にいる人間をニュースで知っていた。連日ワイドショーがある事無い事を放送して、彼女の親族を中傷していた為、名前も知っていた。しかし不思議と、怯えは無かった。目の前にいる人間は何処にでもいる女性、川上が率直に思った感想だった。

 

『あたし、パパと喧嘩しゃってさ……もう今考えたらすごくつまんない事で……将来の事とかうるさいしさ。最後に言った言葉が、うざい、臭い、死ねってさ……今じゃほんとに後悔してる……』

 

『思春期の親子はみんな微妙な感じなのね。私の所はお父さんが汗水流して働いている姿を見て育ったから、そんな感情になった事は無かったけど……高校の時にちょっと喧嘩したね。警察官になるって言った時はお父さん凄く反対して。』

 

未来の家は建設会社で、事務所も家と隣接しており、父が働く姿を見て来たのだ。優しく、部下に慕われた父と喧嘩をしたのは、未来が警察官になると言った時だった。未来も父が反対する理由は危険が伴う仕事に娘が就こうとしているのを危惧しての親心だったと理解はしていたが、自分の望んだ仕事に就きたいと言う気持ちに嘘をつきたくなかった為、喧嘩にまで発展したのだ。

 

『それであんた……ごめんなさい、未来さんはパパと仲直り出来たの?』

 

『ええ、私が採用されて、警察学校に行く前に、気をつけてなって。お父さんのあの時の笑顔が今も忘れられない。』

 

そう笑顔で話す未来を見て、川上は何故かわからないが涙が流れていた。愛する娘を思って、時には嫌われ役になる父親、本当は川上だって分かっていたのだ、申し訳ないと。

 

『ごめんなさい……悪気は無かったの……』

 

『何言ってるの?貴女は謝らなくたって良いのよ?何故なら貴女はこの世界で性暴力を受けた被害者なんだから。今は心が落ち着くまで、泣いちゃいなさい。誰も貴女を責めないわ。』

 

未来の言葉が深く染み渡った。川上の心を壊したのはこの世界の悪心、だから誰も被害者たる本人を責められないのだ。川上は泣くだけ泣いて、泣きつかれて眠った。少し心が晴れたのか、その寝顔は穏やかだった。

 

『署長、彼女と面会してきました。申し訳ありませんが、まだ署長の事を話していません。』

 

『そうか……まあ彼女が徐々に戻ってからでも遅くない。それより、彼女はどんな感じだったのかな?』

 

未来はいきさつを話した。話を聞くと家出の原因はよくある思春期の反抗だったが、家出中にこちらに引摺り込まれた為に何も持たぬまま放り出され、運悪く夜盗に捕まったのだ。心に大きな傷を残してはいるが、幾分か楽になったと言う話を聞いて、清蔵は一先ず胸を撫で下ろす。

 

『ご苦労様。引き続き彼女の所に顔を出してやってくれ。他の被害者の方もケアに人員を割かなきゃならないから、大変だとは思うけど……すまないが宜しく頼む。』

 

『分かりました。』

 

 

性暴力の被害者と向き合う、これは口で言うよりも何十倍も難しい。未来ちゃんに押し付けたような形になってしまったけど、下卑た男ばかり見せられて男性恐怖症になっていると思うと、暫くは俺の出番はない。話を聞くと他の被害者はもっと酷かったと聞いている。発見時に臨月の状態で見つかった子はまだ12歳で、そんな体になっても性暴力に晒されていたと聞いた。今は男の顔を見るだけで恐慌状態に陥る程重症らしい。

 

俺はムカついている。この世界は発展途上とは言え、少なくとも最低限のルールがあるのに、それを守らず、開き直って好き勝手やってる馬鹿がいる事実を、俺は許さない。立場の弱い者を好き勝手していい?俺は許さない。やる事は山積みだけど、俺はこの世界にいる弱者を、少しでも多く救済したい。全部は出来ないぜ、俺は神じゃないし、寿命も頭もたかが知れてる。それでも……

 

 

清蔵は警察署ごと異世界に来たと言うアドバンテージに感謝しつつ、サクセスストーリーは順風満帆には成せない事を痛感した。元世界でも、異世界でも、コツコツと実績を積み重ねる事が大事な事は変わらない。現実と向き合いながら、それでもと抗い続ける気骨を示し続ける事を誓ったのだった。

 

 

ナハト・トゥ警察署現在(清蔵が異世界から来て一年と三ヶ月経過時点)

 

警察署75名勤務

 

新町口交番5名

 

本町駐在所20名

 

スバリュ派出所6名

 

ツェッペリタウン間街道派出所15名

 

サカサキ間街道派出所20名

 

 

 

 




清蔵とテイルは結構進んだ関係ではありますが、性格もありDTムーヴVムーヴが多々ありますw

転移者転生者も続々と発見されて行ってますが、あくまでナハト・トゥやサカサキ周辺にいる人間がメインになるので、そこまで発見はされないと(ネタバレになりますが)書いておきます。


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第38話 我が道を行く


ここらで一旦切って前章を完にしたいと思います。と言っても大雑把なのでその区切りは書かないです(既に〇〇編的な区切りがあるので)


 

 

赤旗党、法撰の会、そしてダークハウンド……山田達サカサキの公安がマークする監視対象組織。山田はこのうちダークハウンドの動きと協力者を特定したものの、相手側の追跡によってこちら側の方も中々に厳しい状況にあった。そもそもの原因は山田の苛烈な取り締まりに起因しており、協力者達の目に留まってしまった為に自らを危険に晒してしまったのだ。しかしそれは山田自身も覚悟の上でやった事であり、敢えて押さえる時は派手に行うようにしているのだ。サカサキ市の保安所は約二千名にも及び、その練度も高い。一旦サカサキへと誘い込んでしまえばいかにダークハウンドでも手がつけられないのだ。

 

『ゼロ、ダークハウンドの偵察の者と接触した班から報告がありました。』

 

『報告を開示しろ。』

 

山田は公安関係の者と接触する際にはゼロと言うコードネームで呼ばれている。各員にもコードネームで呼びあっているのだが、元世界の公安との違いは、特秘以外の情報は出来る限り通常の保安官と共有化するように伝えてある事である。秘密主義が行き渡り過ぎた結果、足の引っ張りあいと言う醜悪な状況を生み出したのを見てきた山田が示した策により、一般保安官らも有事には公安関係者と連携が取りやすくなるようにしている。当然ながら、組織の性質上、口の軽い者や特定の思想に傾倒する者は除外されている。

 

『ダークハウンドで影と呼ばれている連中です。どうやらビーオーは上手く影に取り入った模様です。』

 

『詳細は?』

 

『ゼロを始末する為に市内数ヶ所の拠点に33名、半数が魔法を扱う者との事です。今のところゼロにたどり着いた者はおりません。』

 

山田は表向きは保安所の隊長と言う顔を持ちながら、立ち回りにより裏の顔である公安トップとしての動きを一切察知されていない。身内の住居移動と言う目立つ行動も、各幹部全てが同様に行った為に足がついていない。対してダークハウンドの影達は、既に全容を丸裸にされる寸前まで追い込まれていた。山田が各所で苛烈な取り締まりを行っているのと同時に、その後の動きを探る者を混ぜていたのだ。

 

『拠点にしている場所は全て市長の知人が払い下げた邸宅や借屋です。偽名で住民登録されていますが、奴等の身辺は洗いだしが終わり、後は確保に漕ぎ着けるだけです。』

 

『確実な状態になるまでは功を焦るな、向こうも敢えて影を押さえる事で我々を嵌めると言う事も起こり得る。退路を無意識の内に断ち続け、気付かぬ内に押さえろ。』

 

山田は相手の首を、真綿でゆっくりと締め上げるように追い詰めて行く事を徹底した。接触する人間も最小限にし、その人間はあらゆる危機に対応出来る猛者を選び、造反をしにくい者に限った。エメリャー侯との違いは、強制された兵ではなく、志願者を選び行動させている点である。その差が如実に現れていた。

 

『相手は手駒の多さを利用しているようだが、所詮それは部下をただの使い捨ての道具としてしか扱わない貴族の下についている者、志願した者との違いを……思い知るがいい。』

 

尤も、山田は思い知らす間もなく潰す気でいる。山田は油断しない、こちら側がやられた場合も頭に入れながら行動を徹底させている。法の杜撰な世界に跋扈する悪党の突飛な行動に対応する強かさを以て、部下を動かすのだ。

 

 

『ダーリン元気にしてるかな?私がいないと身の回りが散らかっちゃうからそれだけが心配なの。』

 

ナハト・トゥに匿うと言う形で移り住んだサリーはそう一人口にする。頭にたんこぶが出来ているのは、清蔵達の情事を覗いた事による制裁だったが、本人は全く気にしていない。サリーは身籠ったばかりのお腹をさすりながら、新町の宿の掃除に戻っていく。妊娠が分かってから日が浅いのか、まだ見た目的には外見的変化が無いが、安定期に入るまでは体に負担のかかる仕事は控えるように言われたので、フロアの掃除が彼女の現在の主な仕事である。

 

『おはようございます、絶倫署長、うぇひひ!』

 

『おはよう、そしてやめなさいその呼び方。異常は無かった?』

 

『ティヒ、特に無いよ、二組のカップルが愛し合ってただけだった。』

 

『異常あるじゃねぇか!覗きは犯罪、ダメ、ぜったい。』

 

清蔵が巡回で宿屋に立ち寄った。新町に出来た宿屋は食事、部屋共に評判が良かったが、誰かに覗かれていると言う噂が先走っていた。清蔵は覗きは立派な犯罪だと何度も伝えているが、無邪気な目の前のサリーの態度を見ると、余り強く言えないでいる。

 

『でもサリーちゃん達のお陰で随分と宿屋が繁盛してるよ。特にシェフのお兄さん、あの人の料理の腕は超一流だね。』

 

『トニオさんは宮廷料理人の家庭に生まれてずっと腕を磨いてきたからね、優しくて料理上手なお兄さんだよ。ただ厨房に用がある時は清潔な状態で入らないと怖いよ。』

 

『同名の誰かさんと一緒か、包丁投げそう……まあ俺がそっちに用事がある事は無いからいいかな?ところでサリーちゃん。山田の事について、何か変わった事は無かった?』

 

唐突に話題を変える清蔵、山田の身を心配するのは清蔵も同じである。

 

『何時も通りだったよ、ダーリンは仕事で考え込む時はあるけど、今度はそんな深刻な顔をしなかったのよね。』

 

『そうなんだ……』

 

 

なんか引っ掛かるっつーか山田が深刻な顔してなかったってのが妙に気になるな……勝算があるのかも知れないけど、死亡フラグかも知れない。是澤さんがあいつの死の前日に表情見たときがそんなだったと言ってたんだよ。遂に追い詰めた、明日で終わるなんて言ってたらしいが……くそ、気になって仕事に身が入らない。

 

『署長、お話が。』

 

 

清蔵が思い悩んでいると、巡査の一人が署長室へと入り、来客が来たと伝える。

 

『どんな人?』

 

『結構背が高いヒューマの方です。署長の知人だと言ってました。』

 

『木尾田来たよオイ……取り敢えずここに呼んで。』

 

来客を察すると通すように指示を出し、署長室へと木尾田を招き入れる。座って木尾田を見るとより彼の大きさを実感する。190を越える長身、清蔵に見劣りしない鍛えられた体は何度見ても目を引く。

 

『よう、2ヶ月位ぶりかな?元気?なんかカン=ムの連中と和解したとか聞いたけど……』

 

『ああ、やっちゃんが皇帝の代わりに政を引き受けるとか聞いていたから、押さえつけられてた市民から暴動の類いが起こる前にコンタクトを取ってね。』

 

木尾田はいきさつを話す。関白職に就いた康江は、それまで市民生活を圧迫していた法案を見直し、上手く立ち回ろうと奔走していたが、皇帝が顔を出さないままに関白職に政を任せたのを、国を捨てて逃げたと捉える過激派が暴動を扇動しようとしていると組織から伝え聞いていた。

 

木尾田は暴動が本格化する前にエルフランドへと赴き、コンタクトを取る事にした。最初はエルフランドの衛兵達に取り囲まれ、捕縛されかけたが、事情を伝えると、総軍司令であるリキッドが直々に現れ、話をスムーズに通してもらったのだ。

 

『康江ちゃんの彼氏と対面出来たんだっけそういや。』

 

『分別の聞く常識人だったよ。故に僕は何者であるかを彼に伝えた。今まで貴族や皇族、将軍等とコンタクトを取ってきたけど、僕の話をしっかりと聞いてくれたのは彼が初めてだった。

 

お陰で奴隷解放戦線が正式にカン=ムのバックアップを受けられ、公的機関として動けるようになったし、僕らが率先して現在皇帝代理をしているやっちゃんの手助けをする事で暴動を鎮圧出来た。』

 

次期皇帝の即位には時間を擁するらしいが、現皇帝の暴発は確実に防ぎきると公然化した為、エルフランドの現在は平穏に向かいはじめているという。しかし、一方では、奴隷解放に異を唱える皇族貴族のグループが、正式に奴隷制度停止になるまでの間に人身売買を加速させているとの情報も入っており、康江の周辺は予断を許さない状況であると言う。

 

人身売買の単語が出た時、清蔵は山田の事について詳しく伝えた。現在山田とは連絡を取り合っていないと言う木尾田は、山田の行動、状況を聞いて驚きの表情を浮かべていた。

 

『山田が探っているエメリャー侯爵、その人物はかなり危険だ。僕が潜伏しているアンブロスの軍を統括する最高幹部だからね……悪い話ばかり聞くよ。比較的規制の少ない国から若い男女ばかりを労働力の為に拉致しているって話。』

 

『ダークハウンドはいわばその侯爵や他の貴族らがスポンサーとなって動かしているってわけだ。山田は相手が巨大なのを分かっていて敢えて攻め手に出た……木尾田、お前さんが死んで以来、あいつはかなり危ない橋を自分から渡るようになってしまった。心が落ち込み、魂が抜けた俺とは対照的にな。』

 

清蔵の魂はこの世界で復活したが、山田と違い、あくまで町のお巡りさんとして、身近に生きる人々を守る事が使命と考えているのだ。手の届く範囲が違う事は最初から気付いてはいたが、清蔵はそれを抜きにしても山田達と自分の違い、差を痛く感じていた。木尾田はそんな清蔵にこう答えた。

 

『平和に生きる為に町のお巡りさんをするのも、国を守り平和を作る事も、そんなに変わり無いよ。清蔵、君は君、山田は山田の道があるんだ。大きい小さいじゃない、その人のゴールはそれぞれでいいんだよ。』

 

『木尾田……全く、かなわないなお前には。よし、ならば俺は町の一層の発展の為に、精進し続けるぜ。山田の嫁さんもこの町を気に入ってくれたし、木尾田、お前も組織の活動が落ち着いたらこの町に住みたいと思わせる位にはするからさ、生きてまた会おうぜ。』

 

二人は固い握手を交わし、其々の仕事へと戻って行った。

 

 

どうも、清蔵です。本官、色々と吹っ切れました。山田達の心配をする前に、俺自身のグランドをしっかりさせる事が、あいつらの為になるのだと考える事にした。町を守るのがちっぽけな仕事?どの口が言ってんだ、立派な仕事だよ。元世界でネット上で匿名で悪口書いてる連中よりも遥かに、遥ーかに高尚な仕事だよ。

 

俺は町のお巡りさん(同時に町の土建屋さん(笑))、それ以上でもそれ以下でも無い。国を変える力は無くても、手に届く範囲は変えられるはずだ。山田、康江ちゃん、そして木尾田、お前らが羨む素晴らしい町を目指して、今日もナハト・トゥ警察署署長として、本官は仕事に励むのであります!

 

第1章・完

 

 




第一章完とか言ってますが、既に第二章完位の所ですw転移転生者のその後はまたおいおい書いて行きますが、先ずは清蔵にスポットを当てないと、バ〇ーボーイズ的な女と〇りまくってるだけの展開になりそうなのでそちらをメインに出来ればと熟考中です。


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鳴動編
第39話 清蔵、署長やめるってよ



前の話から少し時間が流れております。故に第2章な訳ですね。


 

 

タイーラ連合国の一国、カン=ム帝国の12自治区の一つ、ナハト・トゥ。人口二千人規模の小さな町、治安はお世辞にも良いとは言えず、ギャングが幅を利かせていた……のは昔の話。現在のナハト・トゥは人口一万人、町並みを走る道は綺麗に舗装され、子供達が賑やかに道を駆けれる程の治安を誇る町へと化してした。スバリュ集落までの道も整備が終わり、隣国の都市サカサキとの街道は、拡張、平坦化され、隣の自治区ツェッペリタウンとの街道も美しく整備し直され、物流の動脈はほぼ完成していた。

 

発展したナハト・トゥの町を上空から見ると、2つの町がくっついているように見える。本町と新町が同時進行で発達した為だ。2つの区画の中心に、一際目立つ建物が存在している。本町のそれは町役場兼奉行所、新町のそれは勿論、異世界からの贈り物、警察署だった。

 

 

はい、37歳になりました、児玉清蔵、故あって未婚です!えっ?テイルちゃんと別れたのって?誰がじゃ!しっかり愛を育んでますよ、結婚の前に色々と準備と段階を踏みたいのよ俺は。だから結婚はもうちょっと先ですはい。おっと誰もいない所で喋ってたら流石にひそひそ陰口言われるから止めとこ。そうそう、開拓課の活躍で凄い勢いで人口増えたよ、やったね〇えちゃん!(おいやめろ)。異世界に来てあれよと二年もの歳月が流れましたぜこのやろう。警視正を仮冒してからどうすっかと言ってたのが嘘みたいに警察署、賑やかになりました。勿論俺の力だけじゃねぇけどね、ハハッ!……すんません、黒ネズミさん、次元の壁破って制裁に来ないで下さい!笑い方似せただけで制裁かまさないで!

 

 

清蔵は三年目に突入したと同時に、署員のサプライズ祝福により、階級を警視長に無理矢理上げられる事になった。元世界の警察組織の話は伝えていたが、今や本町の駐在所もレベル的には下手な日本の町の所轄署より規模が大きくなった為に、清蔵は署長では無く、本部長に就任する事となったのだ。サプライズ故に清蔵は初耳のようであったが。勿論清蔵は断ろうとした。

 

『えー?!俺そんな柄じゃねぇし!嫌だ、小生嫌だ!』

 

『つべこべ言うな、おめさんは今日限りで昇任ば!おら、これに早く着替えるんじゃ!』

 

言い方がクビだ的な感じではあったが、清蔵の功績を素直に讃えた場合、こうなるのだ。しぶしぶ新しく仕立てられた制服に袖を通す。上質な生地で作られた制服と、肩の階級章の重厚感により、清蔵の着せられてる感がよりアップした。

 

『ププッ!あんたよう似合っとるば、本部長。』

 

『プークスクス、ほんと似合ってる似合ってる(棒』

 

『茶化すなよ畜生……まあこれからもよ・ろ・し・く!ワフラ警視正、キスケ警視。』

 

『ブッ!何どさくさに紛れて俺らまで昇進させとんのじゃ!』

 

『嫌がらせだよ(功績を考えてさ)』

 

『本音と建前が逆ば!』

 

こうして清蔵(+2)の昇任を兼ねた二年目のサプライズ祝福は終わった。

 

 

ナハト・トゥ警察署改め、カン=ム帝国自治区警察本部の本部長になりました、児玉清蔵であります(長ぇよとは言ってはいけない)。異世界に来て警察をするのは良いけど、規模と階級まで異世界だよ!元世界で巡査長だった身としては。まあ今更警視正を二年も仮冒してたんだし些細な事か……問題なのは自治区警察本部ってえらく大事になったなオイ。

 

 

開拓課が街道工事に乗り出して三ヶ月が経過した頃、ツェッペリタウンにも警察署をとブラドック伯直々に懇願された。同時にスバリュ集落の派出所を拡張、本町の駐在所を元のナハト・トゥ警察署の規模にする事に加え、サカサキと共同で街道の国境沿いに共同の警察署を建造する事になった。

 

関所の代わりに置く形(連合国の協定でガッチガチの関所を作れない為)で国境の警備の強化を促す目的で建設が進められた。ナハト・トゥの警察署級の建造物が続々と進む関係で、新規採用者も増やして行く方向を取った結果、サカサキと共同のチームを含めた自治区全体の警察職員及び関係者数は四千人を突破した。日本の某地方の県規模にまで人員が膨らんだ結果、ナハト・トゥ警察署はそれらの新造された警察署を統括する本部へと昇格する事になったのだ。清蔵も警視長へと昇任した(させられた)。因みに人口比率で言えば、警察官の数はかなり多い。

 

『しかし俺が本部長か……元がノンキャリアの巡査長だったのに、異世界で実質的なエリアのトップとかうっそだろオイ……12自治区全部が警察に賛同とかマジで意味が分からん。つーか四千て……M県の警察職員の倍って……』

 

警察署の拡大は、自治区の発展に寄与した。治安の良い場所と言うのは、一般的商売人にとっては願ってもない機会であり、噂を聞き付けて移住者が増える。雇用を創出する人間が増えれば、自然と住居も増え、町は拡大する。周囲の自治区も刺激され、ナハト・トゥの流れを学び、辺境と揶揄された自治区は、独自の進歩を果たしていく。

 

『俺一人の力じゃここまでは来れなかった。今考えると警察署と共に来た事、これ程のアドバンテージはチートと言って良いのかもね。まっ、俺は体力以外はすっからかんな馬鹿野郎だけど。』

 

清蔵は知らない。自分自身の力で人々と分かりあった努力こそが発展の切欠になった事を。だが、この驕りなき姿勢こそが清蔵の人柄である。

 

 

『ナハト・トゥ、ツェッペリタウン、フォンヴィレッジ、ウェイ・ターロン、ベークァー……自治区五大町村に警察署が建設されるようになって半年、漸く署長も落ち着けるんじゃないかな?』

 

そう呟くのは、若手の筆頭株であるフラノ。仕事の覚えも良く、気配りが出来る男である。ナハト・トゥの警察の仕事ぶりをアピールしてきたのは彼である。フラノは他自治区の治安の悪い地域に巡査を派遣するように提案し、各自治区の守衛や保安所との関係を独自に築いていた。伯父のワフラ同様人望のある彼のサポートもあり、現在警察署の数は本町を含めて五つ、更にサカサキと共同の警察署、元になった本部を含め七つ。派出所と駐在所に至っては、各自治区に二から三も配備される体制を整えつつあった。

 

『でも署長、いや、今は本部長か。あの人は前線に出たがるから、まだ暫くは落ち着かないかな?全く、テイルさんを心配させちゃってさ……』

 

そう言いつつも、清蔵は自分自身が現場で働く人々の為に身を削ってくれている事をフラノも理解している為、強くは言わないのだ。最高指揮官が前線に出たがるのは、部下を信頼していないからだと言う者もいるが、清蔵は逆に信頼しているからこそ自身の身を削ってくれているのだとフラノは悟っている。

 

『この二年で分かったけど、あの人はこの仕事がほんとに好きなんだな……忙しい忙しいと口にしながら、少年のような目で仕事してんだから。』

 

 

『えっきしっ!誰か俺の噂言ってるんかな?まあいいや。よーし、一先ず今日は本部長としての初仕事である会議に行ってきますか!』

 

清蔵は自治区警察の署長による会議へと出席する。署長と言っても、元副町長と言った町の重役達故に、どこの馬の骨か分からぬ自分に果たしてまとめられるのか不安で仕方ないのだが、その顔を見るものは言うだろう、何ワクワクしてんだお前と。そんな清蔵を見るテイルの目は嬉しそうだった。

 

『テイルちゃん、本部秘書官としての初仕事だけど、大丈夫?』

 

『うん、平気だよ。だって、せぞさんの顔見てたら楽しみで仕方ないもん、頑張ろうね!』

 

『(癒されるわぁ…)いいですとも!』

 

周りの巡査から、ああ、あのバカップル何かまたイチャイチャしてるよと言うような目線を向けられているのも露知らず、会議室へと向かう清蔵、その視線はテイルのタイトなスカートから伸びた足にいき、鼻の下を伸ばしまくっている。勿論会議室の前に来ると仕事の顔に切り替え、きちっと敬礼をして署長達に声をかける。

 

『カン=ム自治区警察本部本部長、児玉清蔵警視長であります!』

 

役職が変わろうとも、清蔵の心は初心のまま、やる気に満ちていたのだった。異世界の地に根を張って早二年、清蔵は新たな気持ちを胸に股間……心を膨らませるのだ。

 

『ナレーションさん、最近前に出過ぎ……後恥ずかしいからJr.の話はやめてマジで!』

 

 




はい、清蔵、本部長になりました。署長じゃなくなったので題名詐欺になりそうですが、日本ではなく異世界なのでやることはそんなに変わりません。

山田のその後とか色々書いてたりしますが、R18タグ付けざるを得ない出来だったので暫く出て来ません。勿論投稿する時はR15に収まる表現に変えていきますが。



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第40話 皇帝(ババァ)の余波、今だに強く


転移者増えてってますが、あくまで転移者来訪も警察の職務案件なのであんまり転移者達の出番はないです(無いとは言っていない)。


 

 

ここはどこだろう……私は一体……さっきまで私は確かに海に投げ出され、凍える海で死を待つ身だったはずだ。しかし、今は海の中にいない。身体はかじかんではいるが、竜飛の沖合に比べれば大した寒さでは無い。しかし、身体が濡れていて体温が急速に奪われる感覚は一緒だ。早く身体を暖めないと死んでしまう……ねっ、眠い……寝たらそのまま死んでしまうであろうが、何だかもうどうでも良くなってしまった。

 

思えば出港した時から、私の乗る漁船のスケジュールは狂っていた。出港して半日、天気予報の予想を外れ、津軽海峡の天気は荒れに荒れた。今考えたら、あそこで引き返しておけば、親友も無事に生き延びれただろう。しかし、友人は漁を中止する頭が無かった。それは私も同様ではあったが。激しい波風を受けながら、縄を落とした時、一際大きな波が強風と共に押し寄せて来た。気が付いた時には船が転覆し、私と友人は海へと投げ出された。泳ぐこともままならぬ嵐の中、私はもうどうにでもなれと思っていた。だから、今更生きる事に執着心は無い。もう、このまま眠らせてくれ。

 

 

『ん?……ここはどこだ?私は一体……』

 

彼は気が付くと白いベッドの上だった。照明が蝋燭であるなど、やけに古めかしい所があるものの、そのベッドで寝ていると言う時点で自分が病院に運ばれたのだと気付く。生きていた、その喜びは全く無かった。何故なら彼の友人は目の前で海の藻屑となって消えたのだから。暫くすると、看護師と思われる女性がこちらに近付いて来たのが見えた。彼女の耳は心なしか長く尖っているように見えたが、目覚めたばかりの彼にとっては些末な事だった。

 

『あっ、目覚められたんですね?』

 

酷く優しい声で彼に声をかける。彼はそれに対してどう答えるべきか迷っていたが、空腹で腹が鳴った。

 

『あっ、何も食べられて無いんですか?少々お待ち下さいね、給事の方に食事を作ってもらいますから。』

 

『いや、私は……』

 

そう声をかけるが、身体に上手く力がかけられないのか、声が小さく、彼女には伝わらなかったようだ。彼は改めて自分の身に起こっている事を振り返った。漁船の転覆、海に投げ出され、友人が強風と荒波に揉まれて沈んで行く様を見ながら、自分も身体が沈んで行く感覚の中意識が薄れて行ったはず。しかし、溺れた感触は無く、しかし寒さだけが身体にまとわりついていた。時間にしてあっという間に感じたが、意識が無くなっていた事から、かなりの時間が経過している可能性もある。陸上からかなり離れた沖合にいたはずの身体が、こんな所にある時点でそれは確かだろうと理解した。しかし船に救助された線は彼も考えなかった。ライフジャケットは装備していたが、殆ど役に立った記憶が無い。友人も着用していながら、海に引き込まれて行ったのをこの目で見ているのだ。

 

考えれば考える程に訳がわからなくなった彼は、思考を断ち、先ずは身体を休める事に努めようと決めた。数分程して、食事が運ばれてきた。給事の人間の頭には、はっきりと角が生えており、肌の色が青かった。

 

(病院でもなまはげのコスプレをしてるのか?私は男鹿まで運ばれたのか?にしては妙だな。)

 

取り敢えず彼は出された食事に口を付ける。肉を煮込んだスープのようだ。薄口ながらも冷えに晒されて来た身体には最高の味で、彼の身体をしっかりと整えてくれる。

 

『ごちそうさま、ありがとう、助かったよ。』

 

『お粗末様、低体温の気があっだそうだがらスープが良いだろうと思ってね。所でお前さん見ね顔だな、国はどごよ?』

 

『青森の竜飛だ……訛りがあっげど東北とは違うんが?』

 

『うーん、聞いだ事ねぇ地名だ、警察のお偉いさんなら知っでるがも、ちょっど呼んで来るよ。』

 

訛りは東北のそれに近いが、地名を知らない?彼はそう疑問に思ったが、今は空腹が満たされ、少しまた横になりたいと暫し睡眠を摂る事にした。

 

 

『……でなわげでして。』

 

『成る程、ありがとうございます。直ぐに会いに行きます。』

 

清蔵はスバリュ集落との街道に倒れていた患者が運ばれ、目覚めた時に出身地を青森だと行ったと言う人間の所に向かう事にした。

 

『転移転生者は確定か、くそっ!』

 

清蔵は二年経った今も、転移転生者がこちらへと飛ばされてくると言う事実に舌打ちした。皇帝の道楽で行われた召喚儀式の余波が今だ健在である事実、イライラが募るのだ。

 

『最近は康江ちゃんのお陰で老後の隠居生活をしているらしいが、あのババァ、死んで勝ち逃げなんて許さねぇからな!この始末つけるまでは絶対許さん!』

 

 

『どうも、カン=ム自治区警察本部長を務めさせて頂いております、児玉清蔵と申します。』

 

『初めまして……私は青森の竜飛崎と言う所に住んでいる漁師、棟方智春(むなかたともはる)、45歳。マグロ漁に出ている最中、船から投げ出され、海でそのまま低体温症を引き起こし、死んだと思っていたが、何の因果か助かった死にぞこないです。友人は、私の目の前で波に呑まれ死んだ……私しか病室にいないと言う事は、そう言う事です。』

 

清蔵は彼が即座に転移者である事を理解した。見つかってから迅速に運ばれてからの状態を見るに、転生者特有の無傷でピンピンした形では無かった事で直ぐに分かった。不幸な事に彼の友人は第二の人生と言うリセットにもかからず、亡骸へと変わったのだと悟った。

 

『漁師の方ですか、俺も実家は漁師をしていましてね、向日葵市の富土島(ふとしま)って所です。太平洋側の地域でして、貴方の所のような荒々しい漁場を知らないものですから、低体温症の恐怖を理解出来ず申し訳無い。』

 

『なに、我々北の漁師にとっては覚悟はしていた事です。一攫千金を狙う為に、少々無理な天気で出てしまったが、それも覚悟の上ですよ……所で、ここはどこなんです?先ほど食事を持ってきた親父さんはなまはげの格好をしていたが、それにしてはリアル過ぎた。訛りから東北のもんだとも思ったが、青森を知らないって所で違和感が確信に変わったものでね。』

 

清蔵は彼に事情を話した。彼は驚きはしたものの、納得した様子だった。出されたスープの肉は食べた事の無い種類の肉、味付けも日本と言うより隣国の台湾辺りに近い。かつ、人間の見た目が違うのだ。

 

『漁師の私がこの世界でどう生きるか、悩むな。貴方は警察をしていると聞く、見た所かなり上手く行っているようですな。』

 

棟方は何処か達観した様子でそう聞いてくる。自然を相手に商売をしている彼にとって、地に足をつけている事は、そうそう死なない事を意味している。四方を海に囲まれ、たかだか全長10m程の船で立つ事もままならぬ海の上で生活している彼にとっては、口で悩むと言う程困惑は無かった。

 

『そうですね……まあ俺は運が良かったと言うかなんと言うか……この町だったからどうにかって所が大きいですね。そうだ!棟方さん、この町では今、開拓が随時進行中で色んな仕事が溢れています、もし良かったら、町長に斡旋してもらいますよ。』

 

 

棟方智春、45歳。漁師だった男は、異世界での人生をスタートした。町長と清蔵の計らいで、仕事の斡旋をしてもらった。彼の目を引いたのは、ナハト・トゥのトゥベイ集落の仕事だった。自治区の東端に位置し、海をのぞむそこは、小さな漁村であった。ナハト・トゥ本町からスバリュ集落と共に最も離れた場所にあり、そのスバリュ集落よりも人が少なく、豊かな漁場の割に魚の需要が少ない為に重要視されなかった所だったが、街道の開拓計画が最近進みはじめ、魚の売り込みが見込めると言う。彼は勿論乗り気だった、同時に死んだ友人の分まで幸せを掴みたいとも決意した。

 

『私はまた、漁師に戻る。やはり、海の男は、海に生きて天寿を全うしたい。』

 

 

逞しい人だなぁ……おっと、どうも、清蔵であります。トゥベイ集落、俺も最近知った口よ。なんと言っても海沿いは全然頭に無かったもんだから存在を忘れがちなのよね。漁師の息子が聞いて呆れるよこれじゃ。と言うよりタイーラ全土は、島国たるミクスネシアや領土の半数を島が占めるヤマト王国以外は広大な一つの大陸に纏まってるもんだから、海域の重要性がいまいちだったりする。と言うか島の概念にピンと来るのがその二国だけだからね。なんにしても漁業が発展してないってのはもったいないな、だから棟方さんは経験を生かして行ったんだな。怪魚たるマグロを相手にしてきた人だ、あの人ならばきっと凄い事をやってのける気がする。

 

 

『足漕ぎ式のスクリュー船か、大きさもあっちで乗ってた船とそんなに変わらん。違いはエンジンが無い分かなり軽い事かな?』

 

棟方はトゥベイ集落にある船を見ていた。スワンボート的な足漕ぎ式である事を見て、煩わしい帆船の操作をしないで済む事にホッとしつつも、魚探やGPSと言ったものが存在しない前時代感は否めない。尤も、棟方の住んでいた竜飛崎は、青函連絡船がかつて通っていた周辺であり、山当てはしやすく、GPSは殆ど使わなかったのだが。

 

『一から何かを始めると言う程は難易度は高くないかな。先ずは魚は何が採れるか、毒のある魚はどんなものがあるか、そう言う基本的な事から知らない事には始まらん。』

 

長年の経験と勘はこの際忘れ、先ずは基本的な事からスタートする。棟方はそうやってマグロ漁も成功させていた。

 

『木崎……死んだおめの分、こっぢで生ぎでみせっがら、あっぢで宜すぐな。』

 

 

皇帝の儀式の余波は二年近く経ってもこのように発生している。新たな余波に巻き込まれた者達がやってくるのは、それから僅か一ヶ月程の事だった。

 

 

 

前川龍輝(まえかわりゅうき)、29歳。独身。友達がいない訳では無いが、大学を出て卒業し、社会人になってから、友人達との付き合いが希薄となり、会社でも上手く良好な関係を築けず、鬱を発症していた。中身は悪い人間ではないため、会社も休まずに出てきているし、特段人間関係がギクシャクしている訳でも無いのだが、人から評価もされない。

 

『何を間違ったんかな……みんなと変わらんように必死に生きてきたのに。』

 

彼は彼なりに努力を重ねていた。資格取得の勉強、会社の営業……だが、どうにも成果を実感出来ないし、特段悪い事をしたわけでもないのに弾かれる疎外感を感じていた。

 

そんなある日、彼は何時ものように会社の定時を越える時間に仕事を終え、同僚達に軽く挨拶をして帰りの電車に乗る。残業がこの国の悪しき習慣なのか、ピーク時を過ぎているにも関わらず電車は満員だった。痴漢に間違えられないように、手をつり革両手に持ち、リュックは前にして足を棒立ちに構える。これだけの事をしてもたちの悪い人間の流れ弾を受けたり、或いは日本の痴漢犯罪の現状を逆手に取った悪辣な女によってありもしない痴漢の罪を擦り付けられる事もある。彼は毎日通勤帰宅の地獄の時間を過ごす。時間帯をずらしても、大都市東京の人流は尋常ではなく、気休めにしかならない。何より、通勤だけで二時間かかる所にアパートがあるため、時間帯をずらしてまで休息の時間や資格の勉強時間を削りたくは無かった。

 

(はぁ……早よ着いてくれへんかな。)

 

そう願っても時間は同じとわかってはいるが、満員電車に慣れるなんて事は無い。仮にあっても満員電車を心地よい等と思う事は終生無いだろう。一駅越えた頃、露出の高い女子高生の集団が入って来た。働き始めて数年、こう言った輩が来る度に肝を冷やす。痴漢対策の為に用意してある法律違反な女性専用車両に乗らず、平然と満員電車につかつかと入るその連中を彼は正直嫌悪していた。周りの男性陣も同様に妙な言いがかりを付けられないように距離を取ろうと必死であるが、人が入れる余地が無い位に押し込まれている中それをするのは困難である。女子高生の集団はそんな苦労等知った事かとかなりのスペースを陣取り、iPhoneやスマートフォンを片手にゲラゲラと大声で喋る。今回の女子高生の集団は何時もの女子高生に比べてたちが悪そうだ。

 

(くそっ、マナーもエチケットもなってへん連中や!)

 

そうは思っても、口に出来ない。注意したのを逆恨みして、この人、痴漢ですと叫ばれれば、鉄道警察にそのまま引き渡される。鉄道警察側はそのような不当な逮捕は無いと主張するが、現にそうとしか思えない事案が未だに発生しているのだ。向日葵署の淡島辺りが上に立つなら根本的な解決案の為に鉄道警察そのものを鍛え直しそうではある。

 

(……くそっ、何でこんだけ気をつかっとんのに、俺は何も良いことあらへんのや。)

 

身をよじり、目線を女子高生に合わせぬよう最新の注意を払っていた。しかし、女子高生の一人が、突然彼の胸ぐらを掴み、激昂してきた。

 

『おい、おっさん、あんたこの娘の胸と尻触ったろ?あたし達が見てんだよ!』

 

見た目通りにたちの悪い連中だった。触られたと主張される当の本人は、被害を受けたような顔をしているが、鬼の濱田が見たらそのままぶん殴っていたかも知れない程、芝居臭かった。しかし周りの乗客にいた男二人が彼を取り押さえる、何の疑いもなく押さえにかかる様を見た彼は、頭が真っ白になる。認められないながらも頑張って来た彼の人生が終わった、そう悟ったのだ。

 

『警察に突き出されたくないよね?とりあえず次の駅に降りよっか♪』

 

ケタケタ笑う女子高生達と、現在自分を押さえている男二人がグルであったのに気付いた。このまま身ぐるみ剥がされるのだろうと諦めたその時、召喚の儀式の残り香が彼を含めた十数名を巻き込んだ。

 

 

『……ねぇ、何でこの人ら町役場じゃなくてこっちに集めたの?』

 

『ワフラ警務課長を交えて善悪の判断を仰ぎたいので。仮に悪い人間だとしたらそのまま拘束出来るんじゃと思ってこっちに連れて来ました、あっ、心配なさらずとも町長には話つけてます。』

 

『おっおう……流石フラノ警部補……』

 

フラノが複数の若手と共に、前川龍輝と痴漢でっち上げ集団、及び周辺にいた数名の一般人を連れて、本部にやって来た。フラノは伯父であるワフラや清蔵程には人を見抜く力が無いと自覚しており、拘束はしなかったものの、一応の身柄をこちらへと移した。

 

『皆さんこんにちは、カン=ム自治区警察本部の児玉清蔵であります。皆さんが日本から来た事は察しております、このような事態になった要因を話しますので、それぞれ自己紹介をして頂けたらと思います。』

 

清蔵はそう言うと、目の前の彼らに自己紹介、つまりは自分の身元をはっきりさせるよう促す。ひとしきり自己紹介が終わり、最後に前川が、何処か冷めた目で自己紹介をする。

 

『前川龍輝、29歳独身。職業は会社員、出身地は神戸市長田区……はぁ、もうどうでもええわ。』

 

清蔵は彼の冷めた目と言葉が気になったが、自分の身元を明かした以上は要らぬ質問を回してはならないと決めていたので次の質問をする。痴漢でっち上げグループの五人は前川をわざとにらみ付けるように痴漢の内約を話した、当然ありもしない事であったが。このグループは示談金を取る前に鉄道警察が来た場合の対処までやる常習犯であり、鉄道警察もなんの疑いもなく彼らの話を聞いては、罪なき一般人を検挙していた。警察と言う響きから、彼らは何時ものようにそうして身の潔白と言う名の嘘を話した。

 

その話を聞きつつ、清蔵は前川の方にも目を向けた。彼の悟っているような目は、犯罪を犯して呆然としている者の目では無い、無実を勝ち取れない、もう全てどうでもいいと諦めている冤罪者の目であると直感していた。清蔵はそのグループの話を聞いた後、敢えて前川に話すのを一番後にするよう、巻き込まれた他の転移者に話を聞く。彼ら彼女らは満員電車の中、煩く喚くかのグループの行動に嫌悪していた事、前川が両手共に吊り革に手をかけ、痴漢等していない事を見て分かったものの、自分達もターゲットにされかねない恐怖の中にいた事を隠さず話した。そう言った話をする度に、グループの連中が

 

『適当言ってんなよてめぇ!』

 

と喚くが、清蔵がにこやかに

 

『まあまあ、取り敢えず話を全員に聞いてますので、少し静かに。』

 

と取り繕うと、彼ら彼女らは舌打ちをしながら黙った。もし清蔵が本来の世界だったら、グループの五人を即座にわからせ(物理)ていただろうが、あくまでも先ずは話を聞く事が重要な事だと言い聞かせながら押さえる。なんと言っても清蔵が話す後ろには、厳しい表情で彼らを見るワフラが善悪の有無を判断する為に控えている。彼の嬰眼を以てして、転移者らの人間性を判断する算段である。そして、最後に回していた前川の方へと質問を投げ掛ける。

 

『前川さん、こちらにくる前の状況を、覚えている範囲で良いので、話して下さい。』

 

質問の言葉そのものは、他の者と全く同じであったが、清蔵は他の者よりも優しい口調でそう告げた。当然他の者にも基本物腰柔らかく言葉をかけたが、前川の表情を見た清蔵は細心の注意をはらって言葉をかけていた。

 

『会社を退勤して、何時ものように電車に乗った。吊り革を両手に回してたんは、痴漢に間違われたり、悪質な痴漢でっち上げに巻き込まれんようにする為や。大抵のサラリーマンはみんなおんなじように窮屈な出勤退勤をしとるわ。俺、電車内のマナーを守りながら帰る、ただそんだけの事をしとっただけやのにこんな面倒事に巻き込まれて……なあ、児玉さん……警察は話を聞いてくれんのやろ?同期の兄さんが一ヶ月前、似たような感じの被害にあったんや、その人は痴漢をするような人や無かった……なのに、警察は話を聞こうともせんかったってね。あんたもそうなんやろ?ただの点数稼ぎなんやろ!なぁ、俺らなんもしてへんサラリーマンを虐めて、何がおもろいんや?!』

 

彼が自棄になっているのを悟った清蔵は、こう言った。それは清蔵も世間の不条理を見てきたからに他ならない。

 

『ああ、断っておきます、警察を名乗ってはいますが、ここは異世界ですよ?私としてはむしろ貴方の話をよく聞きたい。俺のいた向日葵市の警察署はね、警察の負のイメージを根底から覆す為に、中身から変わろうと本当に市民生活の為の警察をやってた所だった。その思いはこの異世界においても変わらない。だから、話せる限りの事を話して下さい。何でもは出来ませんが、可能な限りは受けとめます。』

 

清蔵の目は、前川をまっすぐ見つめていた。澱んだ事務的な目ではない、真剣な目を向けられた前川は、態度を軟化させ、話せる事全てを話した。話し終えた前川の顔はすっきりとしたものに変化し、清蔵もそれを見て安堵の表情を浮かべた。

 

『ども、おおきに……少しは気が落ち着きましたわ……』

 

『こちらこそ、ご協力感謝します。辛かったでしょう……』

 

清蔵はその後、後ろにいたワフラと話しをする為、席を空ける。その間は未来やロウラ、シシ達が彼らと同じ部屋にいる。前川の発言に対しての報復行為を防ぐのと、清蔵達が不在中の話の内容等を聞き逃さぬ為、何より保護している対象の自殺等の防止の為である。

 

『ワフラ、どうだった?』

 

『前川とか言う若者とグループではない数名、これは何も悪い感じは無かった。ただあの五名、あんたが思っとるように更正が必要ば。あのままこの世界はおろか、ナハト・トゥの町に解き放つのは、はっきり言って何の利もなさん処か、新たな禍根を生む。何れにしろ、清蔵どんの世界の人間だ、最終的にはあんたに任せる。たとえ向こうの世界で罪を犯していたとしても、こっちの世界でそれを裁けるなんて事は出来んでな。』

 

『そうか……ありがとう、ワフラ。』

 

清蔵はワフラの意見を聞くと、転移者達の待つ部屋へと戻った。戻ってすぐに驚愕する事になるとは露知らず。

 

 

あっ、あの……本官目の前で発生した事案に声も出ません。すみません、未来ちゃん?ロウラちゃん?何で貴方達は男二人の腕を締め上げてるんですか?シシ君もちょっとびびってるし……

 

『本部長、この人達、私達のお尻を触ったんですよ?!何が痴漢野郎ですか!この人達の方が痴漢野郎ですよ絶対!』

 

『児玉さん、公務執行妨害と強制猥褻の現行犯です!同じ転移者として許せません!』

 

こっ怖っ!ってそう言う事だったか。全く、いくらこの人らが可愛いからってセクハラはダメだよ?しかも女とグループ作ってんのに何してんのこいつら?少しは寛大な処置にしようと思ってたのに。

 

『て言うかさいってぇ!あんたらがそんなんだとこっちもそう見られるんですけど?恥を知れよ!』

 

おう、そこのメ〇ガキ、ブーメランだぞこら……美人局型の痴漢でっち上げしてた人間のてめえらが恥や外聞を気にするとか良く警察の前で言えるな?おじさんちょっと頭にきん〇ま……頭に来たよ。

 

『ロウラ巡査長、未来巡査、その二人を取り調べ室へ。君達には、弁護士を呼ぶ権利と黙秘権がある。その代わり、適当な事を言ったらここの人達怖ーいから、言葉には気を付けてね。』

 

二人は腕を締め上げられた状態のまま男二人を取り調べ室へと連行していった、あの二人腕っぷし強いな……女三人は、まあなんと言うかあるある展開だなこれ。手のひらクルクルってか?

 

『ありがとうございます、あいつらに脅されて美人局やってたんです!』

 

顔に嘘つきですって書いてるなオイ、こんな奴らに騙されてんのかよ鉄道警察は、レベルどうのより人としての倫理を疑うぞ?人の人生台無しにしながら点数稼ぎとかよぉ。天下の警視庁の流れにいんだろ?しっかりしやがれ!

 

『君達にも話を聞かせて貰おう、これは警察としてではなく、異世界側の人間からの願いだ。この世界にとって転移転生者は異物だ、更には悪党に対する心構えも数段苛烈だ。特に嘘に対するリアクションはとんでもなく激しい、だから嘘偽り無くこれまでの事を話しなさい、分かった?』

 

そう言った後、三人共怯えた顔で高速で首を縦に振った……XJA〇ANのコンサートじゃねぇんだから一回でいいって。こいつらメ〇ガキについては取り敢えず保留だ(解放するとは言っていない)。

 

『さて、皆さん。全く違う世界に来て路頭に迷っている事でしょう。しかしここナハト・トゥでは働く事に関してなら、どこ出身かは問いません、住居は私が町長に掛け合ってどうにかします。』

 

そう、基本的に元世界の大半の人間は善人で常識人なんだ、それを無下にするのはダメなんだ。俺だって最初来た時にこの世界の親切に出会えたから今がある。元世界に戻れない悲しさはあるだろうけど、寂しくないよう、転移者には優しくだ。ん?痴漢でっち上げグループ?リアル犯罪者にはお灸を添えるよ。前川さんの人生を狂わせる事してんだから。

 

『児玉さん、俺、会社では誰にも認められなくて、鬱になってたんです。この世界でも認められへんかったらと思うと……』

 

真面目な人なんだなこの人は、失敗した事を執拗に責められて心が病んでたんだろうね。でも大丈夫!この世界の人間は元世界の人間よか確実に人の頑張ってる姿ってのを評価するから、真面目な人間が馬鹿を見る事は無いよ。

 

『まあこの世界は便利な世界では無いけど、退屈はしないさ。なんと言ってもこれからの所だからね。』

 

それでも息苦しい時は棟方さんの所に頼もうかな?あの人は人生経験も豊富で、俺以上に人を怒らない感じだから前川さんと意外と合うかも知れない。この世界に来てまで、お前と仕事するの、息苦しいよなんて言わせないさ。絶対大丈夫とは言えないけど、少なくとも12自治区や隣国のサカサキと行った目の届く範囲ならば、俺が守れるからね。

 

 






基本的に問題のある人間を解き放つのは清蔵もワフラ同様難色を示している感じですね。曲がりなりにも(酷くね?)警察官ですからね、その辺を考慮してる辺り清蔵はまだ常識人だと思います。


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第41話 俯瞰する者(の内のたわけ成分)

 

 

現実は非情、そう言う者もいる。現実は小説よりも奇なり、そう言う者もいる。実際に奇怪な現実に直面している者からすれば、客観的な物言いではあるが、感情を逆撫でしかねない物言いでもある。転生転移者のその後は幸せかと言うならば、やはり殆どの人間にとって不幸が先行している。今日までにやって来た転生転移者数、凡そ数百人。この内の約半数がやって来た一ヶ月の内に死亡している。環境の違いに対応出来なかったと簡単に言うかも知れないが、その多くは運が無かった、そう結論するべきである。

 

例えば、あなたはこんな状況下で対応出来るだろうか?転生転移した場所が必ずしも足をつけれる大地ばかりでは無い事を。全体の一割もの人間が転生転移した場所とは、海や川、或いは湖と言った水の中であったり、溶岩著しいマグマの上であったり、切り立った崖の上であったりと、開始から即死になる状況であったのだ。また、他の例を出そう。この世界は清蔵達の住む世界とは生態系が大きく異なる危険生物の巣窟であり、それらの生息圏に降りてしまい、死んだ者が後をたたない。では、人里に降りたのならば、どうか?残念ながら良心的な人間と接触出来なかった者が大半だった。結論から言えば、転生転移者の八割は既に死んでいる。

 

残り二割の者達は……その半数は世捨人か、或いは奴隷となって生きている。男は肉体的、女は性的な奴隷として。満足な栄養もなくそんな生活を強いられている彼等の待つ未来は、早い内に死亡する未来しか残っていない。奴隷の寿命は、通常の生物寿命よりも半分程しかない。不衛生、重労働、不眠不休の連続でまともに生き残れるはずも無く、絶望の中で短い生涯を終えるのだ。それでも、一割もの人間が、この世界に根付く事が出来ているのは、言葉の壁が無く、基本的に人々が純粋であるからなのかも知れない。清蔵達程僥倖では無いにしろ、一般的なこの世界の住民として生きられる、それだけでも幸せなのだと。

 

 

 

異世界には魔法もあったが、清蔵達の世界でイメージするような便利なものはそれほど存在しない。あくまで包丁だったり鍬だったりと言った道具の一種と言う考えであり、魔法が使える使えないで人間の優劣がつくような世界ではない。異世界にも宗教はあるが、清蔵達の世界同様、神の実在は証明されていないし、人間が進歩或いは進化していった過程で神と言う概念を手に入れたと推論する者が既に存在している等、信仰心は言う程高く無い。この世界は神と言う存在が信仰としてはあるが、存在が実証されて無い所は清蔵達の世界と変わらない。転移者で根付く事に成功出来た者は、何処か元世界に似た柔軟さがあったからこそなのかも知れない。

 

この世界は多様な人種に満ちている。主要な人種だけで10種族、見た目の違いに至っては肌が黒いとか白いとかで戦争にまで発展していた清蔵達の世界とは比べるまでもないだろう。寿命もまちまちで、25年程で死んでしまう種族から、300年近く生きる種族までいる。尤も、奴隷等の過酷な環境下であれば、長命なエルフでも60年持たずに死にかね無い為、あくまで安定した生活の中で天寿を全う出来ればの寿命なのだが。故に、清蔵達ヒューマの特徴を持つ転移転生者は特段可笑しい所も無く溶け込めたのだろう。そう言った人類の動向を見つめる謎の人物がため息を吐く。

 

『ふぅ、観察って疲れるわぁ……』

 

上空3000m余りの所で、タイーラ連合国の調査をしている彼女、名前はチェンルン(30)。背中に大きな翼を持つ、10種族とは異なる者。彼女の種族は天族、平均寿命120年、タキアンダ台地と呼ばれる場所に住む。獣人の鳥系種族に似ているが、あちらは腕が羽根になっているのに対し、こちらは肩甲骨の先端が発達したものであると言う違いがある。彼女達は背中の羽根に魔力を込め、通常の人類では不可能な飛翔能力を有する。逆に言うなら、魔力を込めなければ背中の羽根はデッドウエイトであり、彼女達の種族は最低限魔法を行使する術を得ている事になる。

 

『長老の言った通り、禁術?の余波でこの世界にいない人が増えたと聞いてたけど、凄いわねあれ……ロストワールドの建物にそっくり……』

 

彼女達の役目は、世界の観察。不干渉を貫きつつ、世界の事柄をただひたすらに記録していくのが役目である。魔法・鉄器大戦時代以前はカン=ムを初め世界各地に存在した一種族だったのだが、大戦の血を嫌ってからは、未開の地タキアンダへとその飛翔能力を以て避難、現在ではタキアンダ台地に数万人の人々が細々と暮らしている。

 

タキアンダ台地は標高3000mを越えた険しい岩山に囲まれた台地であり、場所は大陸の北部の内陸側にあった。地理的にはアンブロス帝国に隣接しているが、年中雪に覆われたそこに足を踏み入れる者はおらず、かつ、垂直に近い断崖のごとき岩山に囲まれたそこは人を容易には受け入れない。外界の干渉を受けぬ代わりに、作物を育てるのにも苦労するタキアンダの厳しい自然に堪える為、天族は空を支配する術を極め、狩猟採集と高山農法で食を確保しながら、重要な役目を果たす。それが、世界の観察なのだ。

 

タイーラ連合国初代総長、タイドラッシュ・アトラと契約を交わした天族初代総統インシャクが、タイーラ連合国に一切関わらない代わりに、世界を観察する役目を担う事を買って出た。タイドラッシュは彼等に契約を成立させる為、ひとつの頼み事をしていた。世界の不和が最高潮に達した時、禁忌の兵器と禁忌の法術を以て世界をタイーラ連合国建国時に戻す事を。しかし、戻すといっても、死した者が生き返る訳でも無い……時を戻す法術はこの世界には存在しない。禁忌の兵器と禁忌の法術を以てしても、時空を操る事は出来ないのだ。

 

禁忌の兵器の正体、それは、タイーラ連合国の皇帝、王、貴族、それらに準ずる者のみを消す為に存在すると言う、天族すらもどう言った理屈で動いているのかすらわからない超兵器……禁忌の法術の正体、それは史上最強の魔導帝たるレイーラ・ゴラシの封印を解く術……二つの内ひとつのみ解放する力を彼等に託し、それ以来、世界の観察者としての役目を担う。

 

ユナリンの存在により均衡が乱れはじめている事を掴んだ天族は、ここ数年余りカン=ムを中心に観察を続けていたのだが、街ひとつを巻き込む召喚術の余波を捉え、それにより異世界からの来訪者の存在を知るに至った。天族の目は人の持つ力を見極める力を持っていた。それにより、この世界で無い人間を見極める事が出来るのだ。

 

『それにしても、異世界の人って割と優劣の差が激しいのね。共通するのは魔法を使わないヒューマって所かな……しっかし世界の何処でも飛んで行けるのに、見てるだけなんてつまんなぁい。』

 

観察者に選ばれるのは、ある程度の善性、魔法或いは戦闘術を有し、常識力の高い者に限られる。これは、天族が地上に干渉しない為の措置である。人を見極める力を持つ天族故に、悪意ある者は即座に省かれる。チェンルンはと言うと善性は高いのだが……

 

『うふっ、たまーになら、ね☆』

 

長老の側近の娘と言う事で裁定が甘かったのか、いや、そもそも裁定すらしていない節すらあった。箱入り娘でかなり甘やかされて育ち、常識も少々トンでいる。魔法は飛翔能力のみ、戦闘術に至っては殆ど出来ない。言うなれば馬鹿である。

 

『今誰か馬鹿って言ったでしょ……馬鹿じゃないもん!』

 

チェンルンは特にカン=ムの自治区周辺がご執心のようである。この周辺の発展度は世界的に見てもかなり高い水準で上がっている。

 

『なんか無視された……まあいっか、ちょこっとあの建物の中を覗いちゃお☆』

 

好奇心の塊であるチェンルンに罪悪感の二文字は無い。因みに不干渉の規律を破ったのは二度目だったりする……

 

 

『観察の仕事の一環、だから大丈夫、問題無い☆』

 

大丈夫じゃない、問題だ。

 

 

『んで?背中に羽根のようなものを背負ったヒューマが住居不法侵入と器物損壊の現行犯?今まで見た事の無い奴と。分かった、取り敢えず取調室に。』

 

清蔵は空から飛んできたと宣う被疑者を現逮(現行犯逮捕)したと聞き、その本人を連れて来るように促す。因みに本部長になっても現場仕事は相変わらず続行している清蔵であった。数分程して、清蔵は呆気に取られる事となる。

 

『放してよ!あたし何も悪く無いもん!』

 

『つってもお嬢ちゃん、人ん家の壁壊して中に勝手に入っちゃったんだから犯罪だよ?取り敢えず弁護士さんも呼んでるから、取調室に連れてくから大人しくしてね。』

 

『お嬢ちゃんじゃないもん!ちゃんと大人だもん!』

 

『うちの小さい妹もそんな事言ってたなぁ……まあ落ち着きなよ?』

 

『……ねぇ、何あれ?』

 

清蔵の第一声はそれだった。

 

 

本官驚いております!ええ、背中に羽根の付いたコスプレしたお嬢ちゃんが器物損壊と住居不法侵入の被疑者?!喋り方からして馬鹿そうなんだけど。

 

『ちょっとおじさん!今馬鹿って思ったでしょ!馬鹿じゃないもん!』

 

うん、思ったよ……後君位の年の子が俺らの年代の男の人に対しておじさんと言うのは女の人の年齢を聞いて笑うのと同様失礼だと知りなさい。

 

『騒ぎを聞いて来て見れば、清蔵どん、これは凄い事かもしれんば。』

 

ワフラ、いつの間に?と言うか何か知ってんのか警視正!

 

『ムカつくから階級で呼ぶな……ちょっとこっちに……お嬢さん、少しここで待ってなさい。』

 

『ほぇ?』

 

あざてぇ……テイルちゃんと違ってわざと臭ぇ感じ……こらっ、口をネコにすんな!なんかムカつく!

 

 

ワフラは清蔵を連れて取調室を離れた。その行動に何か理由があると知っての事である。ワフラが意味も無く動く人間でない事は、この二年余りで理解していた。

 

『清蔵どん、この世界で羽根の生えた人間を見た事はあるか?』

 

『鳥系獣人のトリバリー巡査位かな?でも彼は腕が羽根状だから身体構造的には違和感無かったな。ってあの背中の羽根、モノホン?!ピクリとも動かなかったからコスプレかと思ったけど、マジで?』

 

ワフラは首を縦に振った。この世界は多様な人種がいるが、基本的に生物的な進化(あくまでこの世界のだが)上、極端に可笑しいものはない。故に、腕が羽根化している訳でも無い背中の羽根化等、異端に感じてしまうのだ。

 

『高祖父の代だったか……背中に羽根を持った種族が存在しとったと言う話を聞いた事がある。手記も遺していたな。魔法・鉄器大戦の時代よりその存在は遥か高い天空の地に消えて行った……おとぎ話のような事を言っていたそうだが、ワシの家系はおとぎ話を信じるような人間はおらん、つまりは本当にいた種族と言う事ば。』

 

清蔵はこの世界で起こったと言う世界規模の大戦の話を勉強がてら聞いていた。10種族は鉄器兵団、魔法兵団両陣営に其々分かれ、現在タイーラ連合国に属する10の国以外の13ヵ国が滅びる程の戦いが繰り広げられたと言う。その時代、空を自由に飛び回る羽根を持った種族の存在が戦争終結時に姿を消したと語られている。

 

その時代を知る者は、比較的長命なエルフですら寿命で既にこの世にはいない。巨人族程の寿命があれば現役の頃を知る者はいるであろうが、巨人族と直接関わりを持つ種族はいない上、大戦には関わっていない為、やはり生きた体験談を知る術は無い。

 

しかし、大戦以前には存在していた彼等の生きた足跡は伝承と言う形で残っている。ワフラの高祖父は、大戦時エルフランドで記録員として働いており、手記としてまとめていた。

 

『高祖父の遺していた手記、確かこう書いてあったば。天族の兵士達は戦いから逃げ、タキアンダ台地へと移り住んだと。タキアンダ台地とは、アンブロスのツァワー山脈の上に位置すると言う広大な盆地………険しく、かつ大陸北部の内陸部と言う寒さ甚だしいそこに好き好んで行く人間がおらんから、それ以上の事はわからぬがな。しかし、天族か……我々10種族とはまた異なる種族は確実にいた、記録員をしていた高祖父だからこそ信憑性が高い。』

 

清蔵はワフラの話を聞いて、被疑者の扱いには慎重を期すべしと言う結論に達した。交流の無い種族との遭遇及び接触は、基本的に皆慎重になる。例えばランボウ王国に殆どの者がいる魔人等、扱いを間違えると戦乱の原因になると言われ、好き好んで火種を作る馬鹿はいない。

 

『何にしても、先ずはあの娘に接触する者を最小限にするか。でも勾留を長引かせるのは俺は嫌だし、話しながら折衷案を考えるか。』

 

 

『何よ、あたしがなんかムカつくの?顔に出てるよ?』

 

『いや、さっきはそんなんだったけど、今は全くないんだけどね……えー質問、君は何て名前?何処から来たの?言いたくない時は黙秘権を行使しても構わないよ。不当な質問の場合は横にいるムラキ弁護士が君の味方だから遠慮せず、ね。』

 

『……じーっ』

 

じーって口で言いながら顔見てくる奴初めて見た……まあやましい気持ちも無いから目は反らさず彼女の瞳を見つめる。吉岡〇帆に似てんな、あざとい仕草すると何か余計に似てて困る。

 

『ピット・チェンルン、30歳です。天族と言う種族で、タキアンダから来ました……あっ、これ言っちゃダメだった!』

 

お馬鹿系だよ確実にこの子……まあでも悪い子では無いかな?だが器物損壊と不法侵入の現行犯だからね……

 

『えーと、ピット・チェンルンさん?貴女は空から飛んできたと聞いていますが、どうやって来たのですか?背中の羽根、ピクリとも動かないのでやや疑問に思っていたんですけど。』

 

『えへへ、この羽根はね、精神力を込めて、飛翔の魔法を使わないとただの固くて重い脱げないリュックなの☆魔法を使ってこの羽根で飛んで来たの!』

 

馬鹿正直な子だな……普通は黙秘権を行使する所だけど、戸惑い無く言っちゃったよ、ムラキ弁護士も若干引いてるよ。

 

『児玉本部長、彼女が空から飛んできたと言う証言に合致する証拠としては、複数の目撃例が出ています。体長の二倍以上もある羽根を広げ、ヘーゼルさん宅の壁に激突したと言う目撃者も出ています。』

 

『ふふん、どう?作りものじゃないのわかったでしょ!』

 

ふふんじゃねぇよ!明らかな前方不注意だよ、妥当逮捕だったよ!

 

『して、チェンルンさんとやら……ワシの高祖父の手記に書いてあったが、あんたら天族は確か初代連合国総長との契約によりその存在を消し、不干渉を貫いておったはずば。』

 

『あっ……まぁその、なんと言うか、地上の観察だけだったら退屈だったんで、ちょこっと覗く位だったら良いかなぁなんて。』

 

テヘペロすんな!存在を忘れ去られる位天族の人達が約束守ってたんだろが!つまりはこの馬鹿が、約束破って地上に降りて事故起こして警察案件になっただけかよ!

 

『馬鹿って言った!馬鹿じゃないもん!』

 

うん、馬鹿じゃないね、超がつく方の馬鹿だもんね。ムラキ弁護士も流石にこいつ弁護すんのかよ、マンドクセって顔してる。まあ器物損壊と不法侵入だけなら有罪になったとしても2ヶ月間の刑務作業で終わるけども、すんませんが、ムラキ弁護士、弁護してやって下さい。

 

『まっ、まあ彼女は幸い初犯で情状酌量の余地があります、ただ、現行犯かつ状況証拠、物的証拠もしっかりとありますので、奉行所の方で沙汰待ちになりそうですね……』

 

やややけくそな感じで述べてますが、お馬鹿相手にってのがやっぱ苦労するのかな?っはぁ、最近転移者関連とかで休み取って無いのに、馬鹿まで相手にしなきゃなん無いのかよ、ご無沙汰過ぎて溜まってんだよ、休み取ってテイルちゃんとイチャイチャしてぇんだよもう!

 

 

新たな悩みの種が増え、清蔵のストレスは高まるばかりだった。

 

 





唐突に新キャラ出して大丈夫なのかと思いましたが、清蔵が基本的にナハト・トゥから動かないのでキャラが寄って来ます。盛大な設定ありますが、弁当の中のパセリ位の感じで登場する程度ですのでw清蔵としては町のお巡りさんして、テイルちゃんとイチャつければそれが一番の幸せな頭です。


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第42話 問題頻出、ああん、滅茶苦茶だよもう

ボチボチ編集し直してますが、誤字脱字、改行等の修正ばかりでまだまだ最新話は先になりそうです……


 

 

10種族、正確には天族を含めて11種族の人類種は、身体的特徴の差こそあれ、其々まぐわいハーフを成せる。また、其々の種族から、時折突然変異とも言える派生種が誕生する事もある(ゴブリンオーズのカマリタ等)。そして、突然変異であるか無いかに限らず、厳しい修業により傑出した力を持つ者を、種族を越えた存在と言う意味で、超人と呼んだ。

 

今から400年以上もの昔、魔法・鉄器大戦と呼ばれる世界大戦が起こった。魔法を操る魔法兵団を指揮するのは、レイーラ・ゴラシ。ヒューマでありながら史上最強の魔力を持ち、魔導帝の異名を持つ。魔法兵団には彼の友人である四人の猛者が将軍として付いていた。東方の魔女の異名を持つ、魔神(魔人の突然変異)ラン・リョービ、温和な氷帝の異名を持つ、ハイエルフ(エルフの亜種)のクダル・レイオウ、火炎姫の異名を持つ、ピクシーのミクニ・ナスカ、そして雷神の異名を持つ、天族のインシャク・ティランド。

 

対する鉄器兵団を率いるのは、タイドラッシュ・アトラ。人類史上最強の戦士と呼ばれたヒューマである。鉄器兵団は彼の友人である四人の大将が付いていた。辺境の戦乙女の異名を持つ、ヒューマのカグヤ・ミトヅキ、超弓神尼の異名を持つ、龍鬼人(オーガの少数民族)のピョードル・ナスターシャ、戦う記録人の異名を持つ、ドワーフのメルヴィン・コーブ、破壊王の異名を持つ、オーガのキョウイチ・オガマル。

 

魔法・鉄器大戦の主要人物である十人は、正に超人と呼ばれる傑物達であり、彼らは後のタイーラ連合国の各国家の初代宗主となる者と自らを封印した者に分かれた。特に帝国、王国を冠する国の多くは超人たる十英雄の末裔が執り仕切っているのだ。大戦後国をもたず、自らを封印した者は二人、魔法兵団の長レイーラ・ゴラシ、そして、十英雄最年少だったカグヤ・ミトヅキ。レイーラは来るべき次の戦乱に備えて封印の道を選んだ。だがカグヤはレイーラとは違い、自らの業に対する贖罪の為に封印される事を望んだ。レイーラの肉体はロストワールドと呼ばれる不毛の地に、カグヤの肉体はタイーラ連合国の何処かに封じられる事になる。

 

それから400年、地方の小競合い等はあれど、戦乱に発展する事も無く、平穏な世の中が続いていた。しかし、ユナリン・ローズ・カン=ムエルの諸行により、世が乱れ始めた。禁術に手を出し始めたユナリンは、召喚の儀式により、多くの命を奪った。それに飽きた後、政務を康江達に丸投げし半隠居の身となった今、新たな禁術に手を染めようとしていた。それは、不特定のものを破壊する禁術……よりにもよってノーコン系の禁術に手を出してしまったのだ。康江からは

 

『まあ今までの召喚のように異世界人引っ張ってこない分マシだけど、あんまり頑張らなくていいから(震え声)』

 

と言われたので、ユナリンは鼻歌混じりに集めた触媒(宝石や金属)を並べ、お絵描きの感覚で魔方陣を描く。生贄を使った儀式はリキッドと康江の二人からの説得で二度としない事を約束した(誓ったとは言っていない)ので触媒は健全なもので済ませている。

 

『キャハッ☆これで新しい禁術を使えるね!』

 

『ソウデスカー、ヨカッタデスネー(棒)』

 

ユナリンは何時ものテンションのまま、一時間以上も長い詠唱を唱え続けていた。近くで見ていた康江はジト目でその様を見ていたのだが、詠唱が止まった瞬間、膨大な光がその場を覆うと、驚愕の表情を浮かべた。

 

(このババァ、ほんとに凄い魔法使いだったのね!ただの若作りのババァだと思ってた!)

 

光が収まると目の前には今まで見た事も無いものがそこに現れた。

 

『キャハッ☆みてみてヤスヤス、鎖に繋がれた人が氷漬けになってるよ☆』

 

『マジでどっから来たんですかね……て言うか普通に召喚じゃないッスか!何しとんねん!』

 

『えーい、アンティバースト☆』

 

ユナリンは康江の言葉をスルーすると最後の詠唱を唱える。氷漬けの者を覆う氷、正確には水晶だったが、それが解き放たれ、頑強な鎖も同時に外れる。顔は豪奢な兜に覆われてよくわからないが、身長はかなりの長身、手に携えている長柄の斧と、体を覆う金をあしらえた赤い鎧と具足、籠手……明らかに常人では無い何者かが甦ったのだ。

 

『……せっ、成功したんですよね?ユナちん。』

 

『うっ、うん……でも動かないのよ……生きてるのかなぁ……』

 

目の前の者は、そのまま動かなかったが、暫くすると、如何にも重そうな長柄の斧を軽々片手で振ると、これまた軽々と肩に担いだ。

 

『私を解き放ったのは誰?多くの人と国を滅ぼした私を……目覚める事の無い眠りから引き戻した迷惑な人は誰?』

 

(女の子?……でもなんかヤバい予感が……)

 

可愛さすらある女性の声だった事に驚くのと同時に、相手の機嫌が酷く悪いのを察知した康江は、

 

『あっ、あの、すみませんけど、ちょっと待ってて下さいね、こっちにいるユナちんと話し合いますから。ユナちん、ちょっとこっちへ……』

 

そう言ってユナリンを呼び、その場から少し離れ、耳打ちする。

 

(ちょっとユナちん、あの人相当ヤバいですって!戦闘力たったの5、ゴミめ!な私にすらビンビンやばさが判るもん!)

 

(で、でもぉ、同性同士なら話し聞いてくれるかもよぉ?)

 

(いや、やな予感がするんだって、あの人の話聞いてました?多くの人と国を滅ぼしたとか言ってたけどあれガチですって!冗談通じなさそうですって!ここは封印を解いた事に対してはしらを切った方が良いですって!)

 

(うっ、うん、そうする……)

 

 

康江とユナリンは話を合わせると、目の前の女性に適当な理由を話した。

 

『そう、誰が解いたかはわからないのですね……ご迷惑をおかけしてごめんなさい。』

 

目の前にいる美丈夫は、どうにか気を落ち着かせたようである。警戒を周りの人間に解かせる為、素顔を明かしてくれと頼むと、彼女は素直に従い、重たげな兜の緒を弛め、脱いだ。大きな体からは想像がつかない程の小顔の可憐な素顔に、康江は同性ながら見とれていた。

 

『何この子可愛い……イメージしてたより童顔なんですね。』

 

『あの……童顔と言われると嬉しくないです……レイオウ兄ちゃんにからかわれていたから。』

 

『レイオウ兄ちゃん?あっ、あのぅ、レイオウって、クダル・レイオウの事ですかぁ?』

 

『はい……貴女は何処かあの人にそっくり……もしかして身内の人?』

 

『パパなんです……もう随分昔に死んじゃったけど……』

 

ユナリンは普段康江達近しい者にしか見せない気恥ずかしい表情を浮かべながら身元を明かす。目の前の女性はそれを聞くと目を閉じて涙を流した。

 

『そう……レイオウ兄ちゃんも死んじゃったんですね……エルフのレイオウ兄ちゃんが死んだって事は……何百年も過ぎたんですね……』

 

少女は自分が目覚めた場合の辛い現実を覚悟してはいたが、嘗ての英雄達が既に皆死んだ事を受け止めるには若かった。涙を一頻り流して落ち着いた頃に、康江は再び声をかける。

 

『あの、貴女はどちら様で?さっきから聞こうと思ってたけど、泣いていたから言い出せなくて。あっ、私は山口康江です、カン=ム帝国で関白してます、此方の御方はカン=ム帝国の今上陛下です。』

 

『私は……カグヤ、カグヤ・ミトヅキ。世界を巻き込んだ戦争でレイオウ兄ちゃん達と殺し合いをした、戦う事しか知らない女です。』

 

 

なんつーもん召喚してんのよババァ!ヤバいわよ、洒落抜きにマジでヤバいわよ……何あの体から滲み出る圧力、何あの可憐なご尊顔に似合わないバキバキの腹筋、そして、何あのハイタワーな身長!テレビで見た大柄の女格闘家の人の首から上をそのまま変えたような感じ……話を聞くと、更に驚きの連続……この人魔法・鉄器大戦の十英雄だって……私達の世界で言うなら呂布とかチンギスハーンが目の前に現れた位の感じ?……ババァ、ホンマ何してくれとんねん!封印された時の年齢を聞いてまたまた驚き、22歳……若っ!魔法兵団をたったの一人で数万単位倒したとか言ってたけど、あの顔で言われたらドン引きなんですけど。

 

『戦いで数多くの人を殺してしまった贖罪から、生きたまま永久に封印される道を選んだのに……現世に帰って来てしまいました。レイオウ兄ちゃん達に申し訳が立たないです。』

 

まっじめぇな子ね(年代的に子て言うの失礼だけど)、あくまでも戦士として兵士を倒しただけなのに、命を奪った事に変わり無いなんて慈しむ心があるんだもの、元の世界にいる誰一人殺して無いけど権力争いばっかりしてて腐敗しきった無能警察幹部(ばかじじいども)より遥かーに純粋で優しい人。封印される道を選んだのも、もう誰も殺したく無いからかも知れない。ならばやる事は一つ。

 

『ねぇ、カグヤさん、ナハト・トゥって町があるんだけど、そこで暮らしてみない?貴女の心がどのくらい傷ついているのかは分からないけど、そこならきっと大丈夫。』

 

『……優しいのですね、私のような者に光を与えてくれるなんて。』

 

いやぁ、なんと言うか、異世界から来たんでこっちでの過去なんて知らんな?ですよ。そるに(それにです、舌ったらずです、お姉さんゆるして)、警察で色んな悪い人見てきたんだよ?良い子悪い子の見分けは大方わかるよ。

 

『ってなわけだから、辺境のナハト・トゥにカグヤさんを送る事にしたからね。ユナちん暫くは禁術の研究を控えてよ?』

 

『はぁい……老化予防の研究でもしてまあす。』

 

うん、そっち方面やってくれると助かるわ、成功したら私にもかけて!……ふぅ、ババァを上手いこと御してるからどうにかなったかな。あっ、でもこの事を清蔵兄ちゃんにも伝えなきゃ。私からの手紙をしたためて、カグヤさんをナハト・トゥへ。

 

 

『ナハト・トゥへ。じゃねぇよ!あの合法ロリ、後日説教してやる。にしても生きた歴史資料(ヒストリーファイル)か……うう、また休めなくなるじゃんよ。』

 

『せぞさん、大丈夫?ほら……その、これで……落ち着いた?』

 

『オォフ!イエス!最高ですとも!』

 

署長室改め本部長室でカン=ム帝国関白殿下直筆の書と言う名の、身内による面倒事の押し付けに頭を抱えていた清蔵(現在テイルの胸に顔を埋めてやる気チャージ中)は、次から次へとやってくる案件にさすがに疲れが押し寄せていた。

 

『(はぁ、はよ仕事一段落して、テイルちゃんとデートしてセ〇クスして愛を深めたいのにぃ)……はぁ、何だか凄く慌ただしいね。』

 

『大丈夫?凄く疲れとうよ?私じゃ癒せないの?』

 

真剣に身を捩らせ、涙目で清蔵を見つめるテイルの顔を見ると、清蔵は笑顔で彼女を引き寄せ、唇を重ねた。

 

『俺を癒せるのはテイルちゃんだけだよ。テイルちゃんとゆっくり過ごせなくてイライラしてたんだ、心配かけてゴメンね。』

 

そう言うとまた唇を重ねた。

 

『んっ、良かった……まだ仕事だから、ここまでね♪』

 

そう言いいながらその後数回唇を重ね続けた為、もうそのまま〇っちゃえよと遠巻きで覗いていたキスケの声を聞いた二人は、赤面しながら職務へと戻った。

 

 

『ははは、お熱いのう、本部長殿!』

 

『茶化すなよキスケさん……転移者案件、天族案件と来て今度は歴史偉人案件だぞ?休ませる気無いのかって位我が家に帰って無いんだけど(悪意ある編集でバレーボー〇ズ並に本職してないイメージだけども!)』

 

ここ一ヶ月、清蔵は本署から家に帰っていない。第一に、転移者案件は全ての責任を取ると決めていた事、第二に、ナハト・トゥの存続に関わるであろう案件には必ず顔を出す事を決めていた事、何より、知人の頼みを蔑ろに出来なかった事……これらに加えて開拓と巡回、機動隊訓練の指南役と何時寝ているのと言われるオーバーワークをこなしているのだ、さすがに疲れが顕在化していた。目の前のキスケも同様に働き過ぎで清蔵の疲れを理解していた。キスケはチェンルンの案件で様子を見ていたのだが、そのせいで余計に疲れているようだった。

 

『天族の娘っ子、拘置所で喚く喚く……わざとじゃないから早く返してと煩くてのぅ……』

 

『あんまり喚くと天族に関する扱いが変わるよって強めの口調で言ってて。あっ、そう言えば痴漢でっち上げグループ、あいつらはどうなったの?』

 

『男共は暴力沙汰起こしたらしい。カマリタの旦那が鉄拳制裁して大人しくはなってるが、ありゃあのまま解放するのはダメだ。』

 

『胃が痛ぇ……』

 

清蔵は苦労事がまだまだ続く事を悟り、書類を手早く纏めて外回りへと向かう。

 

 

『セーッ〇ス!!』

 

『ウボアァ!』

 

ガキ共が暴れてるんで制裁をしとります、ガキ共って誰って?元機動隊員の三馬鹿と痴漢でっち上げグループの男二人だよ。刑務作業で意気投合して、徒党を組んで暴れてたから、カマリタに頼んで周り囲んで貰って俺一人でみんなボコボコにしたよ。最初の台詞?掛け声だ、気にすんな!三馬鹿は懲戒免職だけで済まさなかっただって?捕まれば警察関係ねぇ、罪を償うなら一般人と同じじやボケ!

 

『てめえら何回おんなじ目にあったら気が済むんじゃコラッ!金〇潰すぞ本当によ!』

 

『チッ、うるせぇな……すみませんでしタワバ!!』

 

チッ、うるせぇなってボコボコにされた人間の台詞じゃねぇだろが……はぁ、しかし男二人はともかく、三馬鹿随分と弱くなったな……まあ前の制裁で要らん力を入れられなくなったからだけども、それでもまだこのざまだから救いが無いよ……勘弁してくれ、暴力に訴えるのほんとは嫌なんだから。

 

『旦那、随分と溜まっておるな。その様子だとあの麗人と最近はゆっくり過ごせて無いのか?』

 

ええもう、忙し過ぎて……いや、開拓課とか機動隊とかだけならなんて事無いのよ?それ以外の案件がなだれ込んできたもんだから溜まりに溜まっております仕事もザー〇ンも!

 

『カカッ、聡明な人じゃから悩み事を内々に溜め込み過ぎるんだ、時には若者に頼らんか?皆良く動いているじゃなかか。』

 

ええ、みんなほんとに俺なんかの為に動いてくれている。頼りたいのは山々なんだけど、どの案件もトップがいないと務まらない系故に、休み返上中ですぜカマリタさん。

 

『全く、あんたは人が良すぎて抱え込みが過ぎる。あの麗人を泣かせるような事はするなよ?』

 

うっ、うぃ……テイルちゃんの顔を曇らせちゃあ俺の人間が廃るか……よし、決めた。俺、後二週間頑張ったら、テイルちゃんとイチャラブ〇ックスするんだ。

 

『大将、そう言う事口にすると死臭がまとわりつくぞ……』

 

むしろ言わなきゃだよ、死亡フラグブレイクする!大丈夫、絶対大丈夫!

 

『こりゃ重症だの……』

 

 

 





以前書いていた小説のヒロインを設定変えて移植しました。御大層な設定の割に、清蔵が主役の為意外と大事にはなりませんw


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第43話 英雄譚の半分は、虚しさで出来ている

 

 

 

食事を終えて、幾分落ち着いた清蔵、町長、カグヤの三人。カグヤはニコニコと笑顔を見せていた。彼女本来のものであろう愛らしい笑顔に、二人は安堵の表情を浮かべた。

 

『どうもありがとうございます…封印が解かれた後、直ぐにこちらに来ましたので、衛兵用の携帯食位しかお腹に入れて無かったんです…』

 

『ふふっ、向こうで食事をしなかったのは何かしらの負い目か、あるいは複雑な感情があったと見えるな。皇帝一家は十英雄の一人の末裔でもあるからの……カグヤ嬢、もし良ければ、貴女の昔話を聞かせて貰えないじゃろうか?我々としてもこれ程の酒の肴は無いと思っての。』

 

『そうなんですか……わかりました、お二人が退屈しないのならば私の話せる限り話しましょう。』

 

カグヤは少し思案すると、快くその頼みを受け入れた。清蔵もやや身を乗り出してそれを聞こうとしている。

 

『二十五年続いた戦争の内、私が参加したのは戦争後期からでした。何しろ私は戦争開始時には生まれてませんので……ただ、戦争の始まり、切欠はタイラーさんから直接聞いていましたので、大まかな事は私も知っています。』

 

カグヤの言葉を聞くと、清蔵はまだかまだかと彼女の話を待っていた、清蔵は英雄譚が好きだった。特に清蔵が好んでいるのが、悪法で民を虐げてきた独裁者に立ち向かう、レジスタンスが活躍する話である。レジスタンス……それは、法治国家においてのテロリストを指す事もあるのだが、国家が独裁の場合は英雄と呼ばれたりもする。武力をもって達成する者、民の支持を受けて武力以外の方法でそれを達成する者、その工程は様々であるが、英雄とは多くの支持を受ける反面、反発する者も多く出るものである。

 

独裁社会の打倒後に平穏を取り戻した国もあれば、新たな独裁体制に入り、民にとっては変わらない状況と言うものもある、いずれにせよ、文武のバランスが保てなければ、長い太平はあり得ない。特に、一定の偏った思想の下に執り仕切られた治世は長続きしない。その一方で、宗教が政治に深く関わっている国等は、意外な事に長続きしているケースもあり、政教分離の観点や民主主義等はあくまでも一つの治世のケースであると言わざるを得ない。

 

様々な観点から見て、清蔵達の世界が、この世界に比べて優れている点は、余り無い。肌と顔つき以外特に大きな特徴が無いが、多種多様な言語が飛び交い、同じ国の中でも言葉が通じないと言うケースも珍しく無い。言葉の壁と言う点で見れば、この世界はそれらが払拭されており、多少の訛りはあるものの、全世界共通の言語が存在する。文化交流は格段にしやすい中、それでも各国で習慣や生活様式に大きな違いが出るのは、どの世界でも人間は多様な考え方を持っている事を示している。

 

是正者に関しても、この世界の君主達は比較的穏やかな部類と言える。清蔵達の世界にかつて存在した、あるいは現存している独裁者のえげつなさに比べれば、最悪の治世と呼ばれたユナリンですら、まだマシに見えてしまう。帝辛、始皇帝、煬帝、毛沢東、ヒトラー、スターリン、ポル・ポト、ミャンマー軍事政府、金一族等々……この世界にも悪辣、暗君と称される指導者は存在するが、清蔵達の世界に存在した者の諸行の数々と比べると穏やかな部類である。そんなこの世界でも、その清蔵達の独裁者らの諸行に類する殺戮の嵐が、400年以上もの昔、13もの国、二億もの人間を滅ぼした魔法・鉄器大戦と言う形で存在した……十英雄達は英雄と名はついているが、他の側面から見れば、人々を扇動し、二億もの人間を死に追いやった虐殺者とも捉える事も出来る。

 

『そうですね、ある意味では私はどちらとも取れるような行いをしてきた、否定出来ない事実です。私は、特にトマヤシア連邦に住んでいた人々からは単なる人殺しとして認知されていましたから。』

 

カグヤが初陣を切ったトマヤシアの戦いと呼ばれる戦争は、当時最大の国家トマヤシア連邦を更地に変える程の戦いになり、当時13歳だったカグヤはこの時の戦いで五千を越える兵を討ち取った。国民皆兵のトマヤシア連邦は老若男女問わず戦争に投入され、カグヤは自らの感情を消してそれらを倒していった。辺境の地ロージア村(現在のエウロ民国領ルナウェイ地区)からやって来た大柄な少女は、この戦いにおいて辺境の女傑(後に辺境の戦乙女)と呼ばれ、その身を血で染め上げた。

 

トマヤシア連邦の魔導将軍、レイオウは、この時にカグヤと一騎打ちをしており、その戦いは三日三晩繰り広げられた。結果的にこの一騎打ちは決着が着かず、更に周辺の被害が甚大な規模となり、トマヤシア連邦と言う国の崩壊を決定付けた。人口三千万の民は、半数が犠牲となり、残りの半数が鉄器兵団を恨みながら魔法兵団よりの他国と合流し、血で血を洗う争いは苛烈さを増していった。

 

『戦争とは言え、沢山の命を奪っていきました。魔法国家トマヤシアを不毛の大地に変えて、その地に夥しい死体の山を築いたんです……』

 

『カグヤさん……』

 

『じゃが、貴女はあくまでも大戦後期に活躍したのじゃろ?大戦の切欠があったはず、聞いてはいないんか?』

 

『タイラーさん……タイドラッシュ・アトラの事です、全ては彼の家族の悲劇から始まったと聞いています。』

 

この世界大戦のきっかけを作ったのは、リュージュ王国と言う国で起こった子供の行為であった。何でも無い事でヒューマの子供をいじめ、あろう事か魔法を石の代わりに使って子供に投げつけ死なせてしまった……魔法を使える少年少女達は、善悪の判断がつかない幼児で、やった行為そのものは遊び半分の気持ちだった。強い者が上に立つと言う、リュージュ王国の法を、噛み砕いた解釈をして、魔法を使えない人間を差別的に扱っていた大人達の影響を受けただけに過ぎなかった少年少女達の行為ではあるが、そんな話で被害者側が納得するはずもなく、怒りと悲しみの感情を抱いた少年の両親と弟、その怒りに共感した者達が少年少女達の家を襲撃、一族もろとも私刑にする。この行為に対してリュージュ王国の取った行動は、魔法を扱える者は無罪と言う一方的なものであり、結果的に人口の半数以上を敵に回した。後の世が証明するのだが、魔法が使えるかどうかだけで人の優劣が決まる事等無い。リュージュ王国滅亡の遠因は、魔法は使えないが手先の器用な者、武器を扱える者達の強さを侮った結果であり、王族皆殺しと言う最悪の結末を迎えた。

 

『歴史書に書いてたのは、世の治世に反発して大戦が始まったって話だけど、事実は違うんだな。いじめから発展か……』

 

いじめ殺された少年の肉親の中にいたのは、後に連合国総長となるタイドラッシュことタイラー……当時まだ10歳の少年だった。殺された少年の弟だったタイラーは、平民階級の靴屋の息子であり、ごく普通の少年であった。魔法を使えない人間を差別する国のやり方には反対であり、むしろ、魔法が無くても、人々の為に頑丈な靴を作っている父や、勤勉で優しい兄を尊敬していたタイラーは、面白半分で兄を殺した魔法使いをこの世から消す事を誓い、大人達が少年少女を捕らえた瞬間に持っていたナイフで直接殺害した。普通の少年が世の不条理に怒りを持ち、武器を手に取り、気が付けばその手で少年少女を殺害してしまった。タイラーはそれをきっかけに兵士となり、遂には王族の人間すら直接手にかける事になった。復讐の本懐を果たしても尚、タイラーの心は晴れず、魔法使いを殺し続けた。一度出来た恨みの感情と言うものは、中々消えないものである。復讐の連鎖は、魔法使い側にも連動した。同じくリュージュに住む医師の一家が、あの事件以降魔法使い排斥の煽りを受けた者らに皆殺しにされた。一家の末っ子だった当時8歳の少年、レイーラ(以下、レイと表記)は、家族を殺された恨みを持ち、魔法医師としての治療魔法を捨て、攻撃魔法を修練し、気が付けば有数の鉄器兵を擁する隣国のカゼル共和国を滅ぼしてしまう程の魔法兵団の棟梁となっていた。恨みの連鎖反応による殺しあいが繰り返され、互いを尊重し合う事無く、世界を戦乱に巻き込んでいった。

 

一国から生じた戦の炎は延焼の一途をたどり、遂にはカグヤの住む辺境のロージアにまで拡大していく。カグヤが大戦に参加する2年前、カグヤは10歳、少し背が高いだけのごく普通の少女だった。農家の末っ子として生まれ、両親や兄姉達の寵愛を受け、カグヤも優しい家族に大いに甘える可憐な少女だった。だが、幸せなカグヤ一家を、隣国の魔法兵団の侵攻が襲う。村人が総出で町を守ろうと武器を手に取り戦ったが、人口三百人程の小さな村に、数万を越える魔法兵団を相手する力は無きに等しく、父と兄三人はなすすべなく殺され、母と姉はカグヤを隠す為に囮となり、兵士に犯された挙げ句に惨殺された。騒動の中、小さかったカグヤはガタガタと震えながら、食料品を保管する壺の間からその一部始終を見ていた。

 

兵団が去った後、カグヤはそこから這い出て、性器を引き裂かれ、顔を潰された母と姉の姿、そして外にいた父と兄三人の、焼けただれた姿を……そして周囲の人々の無惨な屍を目にして、声にならない声を上げた。村のただ一人の生き残りとなった少女は、父が手に持っていた長柄の斧を形見に、思い出が詰まった村を出て、魔法兵団と戦いを続けているフェブロサム国軍に入り、リーダーとなっていたタイラーの目にとまり、メキメキと頭角を表した。カグヤは魔法を使う者、特にカグヤ一家を殺害したであろう炎の魔法を使う者に対して苛烈な攻撃を加えた。命乞いを許さず、斧を小枝でも振るうかのように扱い、屍を築き上げた。

 

 

『恨みの連鎖反応か……復讐は復讐を生む、他に生むのは悲劇だけ……けれど、残された者からすれば、恨みを晴らしたいと思うのはごく自然なんだろう。俺だってテイルちゃんに何かあったらと思うと、抑えられないかも知れない。』

 

カグヤの話す事にそう感想を述べた清蔵は、それでも目の前にいる女性がまだ人生をやり直せると感じていた。怒りも悲しみも知っている彼女が、戦争終結後に、自らの意思で封じられる事を望んだ……そこが清蔵の気になるポイントとなっていた。

 

『恨み続けた人々が、ごく普通の人間だった事……沢山殺した後に気付いてしまったんです。敵であれ味方であれ、多くの人は戦いよりも幸せを望んでたんだって……』

 

魔法・鉄器大戦終盤、大将たるタイラーとレイは30歳を越え、戦争後半に参加したカグヤも、気が付けば20の齢に差し掛かっていた。この時点で、既に11の国が滅亡していた。世界各地で戦いが続いた結果、略奪が横行、農業もその憂き目にあい、食料問題も発生していた。戦争が長引いた事で、人々の心は厭戦に移りつつあった。魔法兵団、鉄器兵団側双方の兵士の士気も低下し、終戦の香りが漂いはじめていた。

 

最初に終戦の交渉に乗り出したのは、鉄器兵団だった。元々鉄器兵団側は魔法を使う使えないで差別するような人間が集まっていたわけでは無く、戦争開始一年の時点から終戦或いは停戦の交渉を持ち掛けていた。しかし、それらの交渉人が帰って来ず、即座に処刑されていた為、泥沼の大戦を止められないでいたのだ。魔法兵団は、自分達の持つ力による優性学的考え方により、鉄器兵団側の話に聞く耳を持たなかった。頑なな主義主張の下に戦争を止めなかった魔法兵団の行為に、鉄器兵団もやむ無く武をもって応戦、戦力は拮抗し、多くの犠牲が出続けた。それでも、鉄器兵団側の終戦及び停戦の呼び掛けは継続していた。

 

鉄器兵団大将となっていたタイラーは、兄を殺された恨みから戦いに殉じていたが、戦いの中で、敵側の家族と接触し、敵対する者にも家族がいて、普通の生活をしている事に気付いた。後にタイラーは語る。大戦で最大の戦いだったリュージュ盆地の戦いにおいて、戦う力を持たない魔法兵団の家族の泣き叫ぶ姿が目に焼き付いて離れなかったと。それ以来戦いの虚しさを感じ、終戦の交渉を持ち掛けるようになったが、魔法兵団はそれに聞く耳を持たなかった。それでも、タイラーは諦める事なく交渉を持ち掛け続けた。タイラーの考えに、他の幹部達も同調、カグヤも現状の中で、復讐心よりも虚しさを感じ、戦いつつも可能な限り犠牲者を抑えるようになっていった。自分の家族が殺された年齢の頃の少年少女らの死んだ眼差し……それは何よりも胸に刺さるものがあった。自分と同じ不幸な人間を、自分が作ってしまっていた事実、贖罪の念はこの頃には戦いの意思よりも強くなっていった。

 

一方の魔法兵団大将レイーラことレイは、タイラーと考えを同じくしてはいたが、魔法兵団の幹部に多い、優性種論により、彼等が一向に戦いを止めない事に悩んでいた。自身も、武装した鉄器兵千人と互角と言われる豪の者ではあるが、敵対する者の家族を殺し、犯している兵士の姿を目の当たりにしてから、戦いの意義を考え直していた。戦いの推移を冷静に見てきたレイは、魔法兵団と変わらぬ数で互角に戦いを続けている鉄器兵団の様に、魔法の有無で違い等無い事を早くから感じていた。

 

だが魔法兵団幹部は、足並みが揃っている鉄器兵団とは対照的に意見が分かれていた。優性学主義を進めていたラン、ミクニ、インシャクらの強硬派と、レイ、レイオウの穏健派は、会議の度に険悪なムードになっていた。魔法兵団側は、一人で四人相当の鉄器兵を蹴散らせるとされる魔法兵の質の有利とは裏腹に、相手側の研ぎ澄まされた戦いの前に互角か、あるいはそれ以上の被害が発生していた。

 

『潮時が来ている、もう、我々に戦う意義は無い。世界の半数の国が滅び、民の多くは戦を止めろと訴えている。』

 

そう戦友たる四人に語りかけるレイだったが、強硬派である三人の意思は固かった。三人はレイやレイオウと違い、外見がこの世界において特殊な部類に入り、それによる差別を戦争以前から受けて育ったのだ、頑なな意思はその時に受けた差別による恨みが消えなかった事によるもの……特にインシャクは天族の特徴たる背中の翼を持つ故に激しく差別されていた。

 

『レイ、あんたはヒューマだから分からんだろう!背中に羽根が生えているだけで俺を罵った奴等を、魔法も使えぬ下等な連中により受けた暴力を!俺は奴等を根絶やしにするまで許さん!敵にいいやつもいるだと?死んだ人間が敵のいいやつだ!』

 

『私も戦争を続けるわ……魔神の私は、体の模様だけで悪魔と言われて虐げられてきた。レイ、それにレイオウ、貴方達のように普通の見た目の人間にはこの苦しみ、理解できないでしょうけど……』

 

『ピクシーのあたしは身体が小さいってだけで馬鹿にされてたし、謂れの無い暴力に曝された……あたしはピクシーをおもちゃにした全てを滅ぼすまで、終戦交渉する人間を許さないから、和平を望むのなら諦めなさい!』

 

レイはもう彼等を説得する事は叶わぬ事を悟った。三人が去った後、ただ一人残ったレイオウは、レイの気持ちを察していた。

 

『レイ、彼等には我々と違い心の傷が深く、故に虚しさを感じ無いのかも知れぬ。強硬派が優勢で向こうに比べて兵士の好戦意欲が無駄に高い。しかしこのままではどちらかが滅びるまで戦いが終わらない、世界の終わりが来るぞ!』

 

魔法兵団の幹部で唯一普通の人間の中にいたレイオウは、他の幹部とは一歩下がった考え方をしていた。最初の一年が過ぎた頃には戦争から虐殺に等しい状況になっていた事も知り、鉄器兵団側の使者が早い段階で停戦の交渉に来ていた時、レイオウは話を聞こうとしていた。しかしその使者は、インシャクらの部下によって話を聞く事も無く殺された。それ以来、何度も停戦の交渉の使者が来ては殺される状況に我慢出来なくなったレイオウは、自らの部下を特使として派遣しようと目論んだが、ランやミクニの放った暗殺部隊により阻まれた。それならばとレイオウは強硬に過ぎる彼等を止めようとしていたが、やはり聞き入れては貰えなかった。三人の心は頑なな迄に殲滅戦を望んでいた。レイオウの心を察したレイは、考えを彼に伝える。

 

『俺だって彼等のように怒りから戦いに参加したさ。しかし、血で血を洗う状況のままでは、新たな悲しみしか生まない。敵は化け物じゃない、血が通った人間なんだ……だからレイオウ、君に頼みがある。これから俺が直接交渉に行く。使者を送ればあの三人が部下を使い妨害し、無駄な血が流れるが、俺だけならば要らぬ犠牲は出ずに済む。レイオウ、君は俺が帰って来なかった場合の大将として、三人をまとめて欲しい。』

 

『そんな……レイ!君がいなくなったら、抑えがきかなくなるぞ!今の危うい状態を保てているのは、最強たる君の存在があるからなんだぞ!』

 

『安心してくれ。幸い俺にはインシャクすら振り切れる飛翔の魔法が使えるから後れは取らない。三日だ、三日……それで帰って来なかった場合、俺を裏切り者に祭り上げ、スケープゴートにして、皆をまとめて欲しい。』

 

『分かった……だが向こうの大将タイドラッシュは生半可な人間ではないと聞く。もしもの為に、転送の魔法の触媒と陣を描いた布を渡しておく、死なないでくれ、生きて帰って来い!』

 

レイはその日の未明、夜空を流れる星の如く、タイラー達のいるフェブロサムへと飛んだ。三人の放った刺客は当代最強の魔法使いの全力の飛翔魔法を捉える事も出来ず、それ以前に気付く事も出来なかった為、裏切りの報すらあげられなかった。

 

 

『リアルチートっすね……頭抜けた魔法の使い手とか想像しただけで怖いわ。』

 

飛翔魔法であれよと鉄器兵団本部へとやって来たレイは、鉄器兵団の兵士に身分を明かした。最初は警戒されたものの、無抵抗の意思表示に自らの持つ杖を渡し、丸腰となる事でその警戒を解いた。鉄器兵団の多くは嫌戦派が占めていた為、終戦の受け入れには即座に応じる空気が出来ていたのもある。レイは誰も傷付ける事もなくタイラー達との交渉のテーブルにつく事に成功した。

 

『私の名はレイーラ・ゴラシです。交渉の使者が悉く同胞に殺され、私の送った使者も、そちらへたどり着く前に殺されてしまい、泥沼の戦争を止める交渉を妨害した事、非常に申し訳無い。』

 

『あなたがあの魔導帝……私は鉄器兵団総帥、タイドラッシュ・アトラです、よくぞこの場へおいでなられた。』

 

二人はどちらとも無く手を差し出した。タイラーの側には、カグヤ達鉄器兵団の四天王(ナスターシャは怪我の為欠席)が並んでいた。レイの声を聞くまでは警戒心を解かなかったが、レイの言葉を聞いてからは各々リラックスした形をとっている。目の前にいる男の、史上最強の魔法使いの生きた姿を目の当たりにし、その男の目が、決して憎しみに囚われていない事を悟ったからだ。

 

『我々魔法兵団は、足並みが揃わず、いたずらに戦渦を広げてしまいました。元々の事の発端は貴君の兄上を殺した少年少女達の愚行から起こったと知った時、私は……両親を殺された憎しみに囚われた自分への虚しさが沸いて来ました。』

 

『私も兄を殺された恨みを持ったまま、いたずらに命を奪い過ぎた。その結果、あなたのご両親を奪う事になった……復讐がまた新たな報復を呼び、気が付けば世界の半分の国が滅亡してしまった……』

 

お互いに思う所があったのだろう、自然と言葉に虚無感があった。恨みを向けた相手は、極悪非道の徒ではない、話の通じる人間だったのだ。言葉が通じない相手ではない、同じ言語を喋り、同じように悩む生きた人間同士……互いの間には溝はあれど歩み寄れる程に近い存在だった。

 

『レイーラ、あなたが直接こちらに来てくれた事、僥倖にございました。我々鉄器兵団側の民は、長い大戦に疲弊し、農耕もままならず、飢えで多くの人間が死んでいきました。御大層な大義を掲げながら国が滅びてしまえば本末転倒も良いところ、気付いた時には後戻り出来なかった。しかし、魔法兵団の大将たるあなたがこちらに来て、本心を話してくれた事で、まだ間に合う事を教えてくれた。私としては、もう戦は終わりにしたい。これ以上、あの頃の自分と同じような少年少女が泣く姿を見たくはない。』

 

二人はまた、どちらとも無く、抱擁を交わした。憎しみに囚われて殺しあった互いの後ろに転がるのは、必要以上の犠牲。互いに心を痛め、虚しさを感じた、四半世紀に渡る戦いは、終局へと向かって行くのだった。

 

 

『伝承の通り、手を取り合ったのですな……戦に出る者も、出ない者も、そこには違いの無い、生身の人間がいるだけ。』

 

『気付くのが遅過ぎましたが……』

 

『カグヤさんが気に病む事は無いさ、それに、今はその平穏な時代なんだからさ。』

 

 

レイは約束の三日に帰って来た。その時、その隣には、鉄器兵団総帥タイラーと、最年少のカグヤ、そして、後にヴァイシャ(古代カンム地方の言葉で「記す者」と言う意味)と名乗り、歴史を手記に遺すメルビン・コーブの姿があった。転送の魔法でレイオウの一室へと飛んだ四人は、目の前に待っていたレイオウに視線を合わせる。

 

『レイ、その様子だと無事だったみたいだな。そちらのお三方は……一人はいつぞやのお子様か。』

 

『子供扱いはやめて下さい……あの時の戦いから、私は自分の行いが正しかったのかと悩み続けています……』

 

『それは済まなかったな……そちらの二人は?』

 

『タイドラッシュ・アトラです。』

 

『メルビン・コーブじゃ。わしゃ記録をこうして遺す役割で来たば。元々戦いは好かん、職業軍人故にな。』

 

清蔵達の世界でもそうだが、軍人であればあるほど、戦はしたくないと言う人間が多い。メルビンは優れた戦士ではあるが、そうであるからこそ、戦争で死ぬのはあくまで兵士であり、民であってはならないと言う考えである。そして兵士であっても惨たらしく殺す事はするものではないと。

 

『お主とこちらのレイーラ、二人が穏健派と聞いてな。話を聞きたいのもあるし、頭の固い連中を諌めたいと言うんもあって来たば。』

 

メルビンは人当たりのよさもあり、鉄器兵団側のまとめ役をしていた。年齢も90歳とドワーフの年齢的にも中年であり、落ち着きもあるのもあり、交渉人達の仲介を兼ねてもいた。

 

 

『ちょっとストップ!えっ?メルビン・コーブの後の姓がヴァイシャって……まさか、ワフラの高祖父って事?十英雄の一人?ワフラの家系は英雄の家系だったのかよ?!驚きぃ!!』

 

『……あのぅ、続き話してもいいですか?』

 

『すんません、どうぞ。』

 

 

『成る程……魔法兵団の荒々しさにはそう言ったいきさつがあったのか。』

 

『元々、魔法を使えると言うアイデンティティーを持つ者の集まりだからね、魔法を使えない人間は人間じゃない、人擬きだ、そう言った頭の連中が纏まって強硬派を構成しているのさ。もっとも、魔法兵団側も現状では一般の民が大多数を占めているんだ。戦いによって食料生産がおぼつかなくなっている事態になって餓死者が出てる、故に早く戦争が終わらないかと嘆く者の方が増えたよ。』

 

レイオウはこの戦争には端から反対していた。魔法が使える者とそうでない者に別れた二極化の戦争、きっかけを作った国と人間は既にこの世から消えているのだ。大義は既に失している。

 

『戦争が起こってからの死者は、二億に達した……そのうち三割の死因は餓死ば。わしらも主らも、いたずらに無関係な人間を巻き込んでしまった。世界人口の半数を巻き込んでも、まだ下らぬ戦いを続けたいなんて事を主らが望んでいなかった事が救いかの。』

 

メルビンは戦が大きくなり始めた頃から、戦による犠牲者を記録していた。最初の一年だけで五千万の死者が出たと言う話を聞いてからは、双方の死者を記録するようにしていた。メルビンの指揮する記録員の部隊は、双方どちらにも違和感なく溶け込めるよう、ヒューマが選ばれ、全国の被害状況を記し、戦いの推移を記録し続けた。結果的にこれらの地道な行動が、実際の戦いにおいて魔法兵団と互角に戦いを繰り広げられた要因にもなった。

 

『特に最初の激戦地リョービ王国は悲惨じゃった、無数の屍が転がり、建物の殆どが潰れ、森林は焼かれてもはや人を受け付けぬ伝染病の蔓延する死の土地と化しておる。記録員の数名も伝染病で亡くなっての……わしらの作った火炎弩でそちらの民に多数の死者が出た事も記録しておるよ。家屋が破壊と火災により崩れ、逃げる間もなく死んだ者の多くが一般の人間だとは、なんたる皮肉じゃろてな。』

 

メルビンの指揮する部隊は、記録員の他に、大型の兵器を扱う大規模攻撃隊が存在し、先端に火薬を仕込んだ弩弓、燃える石を飛ばす投石器、鉄の矢を一度に数発発射する連弩等、面制圧を効率的に行う兵器を投入して魔法兵団側に多大なダメージを与えた。最初期の戦いの死者の殆どは、これらの兵器による住宅街を巻き込んだ襲撃によるものだった事を知り、メルビンは複雑な気持ちになったのだ。

 

『魔法兵団の優位性は初戦から無かった、それは私も既に気付いていました。効率的な戦術、誰でも扱いやすい武器による侵攻、脅威と言う他はありません。』

 

『尤も、これらを導入した背景は、魔法兵団の横列一斉攻撃で街を破壊されたからであります。どちらにしろ、一方向に向けられた殺意程、恐ろしいものは無い。』

 

魔法兵団の中距離からの魔法攻撃は、正面からの鉄器兵団の突進を悉く崩していた。初期の戦いで魔法兵団が勝利した戦いにおいては、民の降伏が聞き入れられず、兵に向けられた攻撃が市街を襲い、夥しい死骸が転がった。メルビンはそれらを記録しながら、犠牲者の内訳を理解し、結果的に早期からの停戦及び終戦交渉と言う風潮を鉄器兵団側に呼び込んだ。

 

『他の三人とも話をしたい。勿論、嫌悪され、争いになる事も想定していますが、ここにいる二人、そして私は覚悟が出来ております、案内して貰えませんか?』

 

『ええ、勿論。もしもの時は私が死んでも貴方達を守ります。』

 

レイに案内され、三人は魔法兵団の幹部が会議をする広間へとやって来た。レイオウの方は他の幹部三人を呼びに行っている。三人は構えられた卓につき、彼らを待つ。

 

『薄汚い鉄器兵団の人間が何の用だ!』

 

やって来たインシャクの開口一番の声がこれだった。ランとミクニの二人も、嫌悪の表情を隠さない。対照的にタイラー、メルビン、カグヤの三人は、何処か穏やかな表情を浮かべていた。更に三人は丸腰である、インシャクら三人が魔法を行使する触媒や杖を持っているのとは正に対照的なそれを見て、レイは言葉をかける。

 

『下賎の者と罵るならば俺ごと殺してしまっても構わない。俺が彼らの元に行き、終戦の交渉をしに行ったのだから。』

 

レイは包み隠さずそう話す。三人は抗議の声をあげたかったが、レイの穏やかながらも覚悟を決めたであろう雰囲気に気圧された。史上最強と名高いレイが本気を出せば、三人がかりでも無事では済まない。勿論レイは妄りに殺し合いを好む人間ではないのでその心配は無いが。

 

『……下等生物が我々に何の用か、話位は聞いてあげるわ。』

 

『同じく……レイ、取り敢えず貴方への処分は後ね。』

 

『ふん、どうせ言葉も通じぬ連中だ、俺はこのままこやつらを引っ捕らえて縛り首にしたいが、レイ、貴様の面子に免じて許してやる。』

 

不服ながらも、三人は話を聞く意思を見せた。後日談であるが、何かあった場合はカグヤとタイラーが魔法を行使する前に体術で捻り上げれたらしい。

 

 

『はいまたストップ!……やっぱり魔法ってそこまで脅威じゃないのね、そして鍛え上げられた人間って体そのものが脅威なのね……すんません、続けて下さい。』

 

 

 

『鉄器兵団、総帥のタイドラッシュ・アトラです。こちらが大型兵器特化師団のメルビン・コーブ、そしてこちらが歩兵師団のカグヤ・ミトヅキです。他の師団長は農業の復興支援に当たっておりますので、本国に残って貰っています、ご了承下さい。』

 

タイラーは立ち上り、そう話す。2mを越す大きな体はそれだけで威圧感があったが、対照的に物腰は柔らかく、真摯な印象を受けた。

 

『他の幹部も呼べ、信用ならん。残った幹部を使って強襲なんぞされたらたまったものじゃない。』

 

『インシャク……ちょっと黙っててくれる?いくらなんでも言い方が悪いよ?』

 

いつも穏和なレイオウが、笑顔のまま怒りの声をあげた。流石にその空気を感じたのか、インシャクはそれ以上言葉を挟まない。タイラーはそのやり取りを見て、再び言葉を続けた。

 

『戦争開始からはや25年、全人口の約半数が死滅し、戦いによって農耕もままならず、餓死者が増えました。大戦中の死者の三割が餓死、これは後一年戦争を続ければその比率は半分になりましょう。兄を殺されてから怒りに任せて戦いに身を置いた私ですが、ここまでの戦いを望んだ覚えはありません……戦いで得たものは虚しさと夥しい屍だけ。もう、戦いは止めましょう。』

 

タイラーは必死に胸中を訴えた。野蛮だと思われた鉄器兵団の総帥は、理知的で温厚、そして自己犠牲な一介の人間である事を悟った三人は、蔑みの目から人間を見る目へと変わっていった。

 

 

『うん、やっぱりこの世界の人って物分かりがいいんだね。俺の世界だと意見のぶつかり合いの末、更なる戦乱って感じの流れが多いもの。』

 

『インシャクさんは言葉は激しい人でしたが、話合いの後は二度と戦争をしない為に種族を纏めて新天地へと旅立つ事を決めたそうです。』

 

『そしてタキアンダ台地を天族の住み処としたわけか。超強硬派故に、悟った時の行動力は凄まじいものがあったんじゃの。』

 

 

彼等が漸く終戦の宣言を世界に伝えた時、13の国が滅びた後だった。十英雄全てが現在のカン=ム帝国首都となるエルフランドに集合し、終戦宣言と、タイーラ連合国の樹立宣言を発布した。タイーラ連合国は、10の首長国が集まり、一つの共栄圏を築くと言う、清蔵達の世界で言う国際連合と同じような組織であった。国連との違いは、一部地域を除いて国を変える自由がある事、その一環として、関所の廃止を法に盛り込んだ事である。

 

『タイラー、漸く終わりましたね。』

 

『いや、レイ、これからだよ。荒廃した世界の平穏の為に先ずは復興を急がないと。』

 

タイラーは初代連合国大統領となった。停戦終戦を早くから呼び掛けていた鉄器兵団側の人間から大統領をと言う意見は魔法兵団側からも要請された為に大統領選びは早くに終わっていた。

 

『レイ、君はどうするんだい?』

 

『俺は、自らの力を、再び大戦が勃発した時の為に封印しようと思います。かつて住んでいたリュージュの地で。』

 

『そうか……インシャク殿と同様、もう二度と会う事が無いのだな。レイ、私はこの世界の末長い平和の為に、残された命を全うするよ。』

 

『世界を守る英雄の活躍、心よりお祈り申します。』

 

二人は固い握手を交わすと、レイはその場から去ろうとしたが、ふいに声をかけられ、足を止めた。十英雄最年少のカグヤだった。

 

『レイさん、旅立たれる前に、私を……封じてくれませんか?』

 

『どうして君が……』

 

『この手で幾千、幾万もの命を奪って来た、贖罪です。生きたまま、永遠の封印に……』

 

『断る、と言っても、君のその表情と覚悟は揺るがないようだね……分かった、君の望みを叶えよう。念の為に聞く。死ぬ事も出来ない、何も感じれない、それでもいいのかい?』

 

カグヤはゆっくりと首を縦に振り、レイと共にタイーラ連合国本部を後にする。魔法・鉄器大戦はこうして幕をおろした。

 

 

カグヤの話を聞き終えた清蔵と町長は、暫し黙しながら、目の前にいる十英雄の一人である彼女に言葉をかける。

 

『400年の眠りから覚め、改めてこの世界、まあまだほんの一部ではありますが、貴女はどう感じているのですか?』

 

『目覚めてから最初に見たエルフランドは、なんと言うか、大き過ぎて人の発展の怖さを感じました。しかし、ここナハト・トゥは、私の故郷に何処か似ているようで……戦争の香りがする前の世界を感じれています。』

 

何処かすっきりとした表情で、カグヤはそう率直な思いを述べた。彼女にとっての人生の思い出は幼き日の幸せな時間と、戦争に明け暮れた後半生のみ、前半生の幸せな時間をこれから取り戻せるかは分からないが、英雄から普通の女性へと戻る決意を感じた二人は、再び杯を掲げ、新しい住民たる彼女の為に乾杯したのだった。

 

 

 

 





前述したように、今回は実質番外編です。次回から本編を書きますが、警察の仕事するかは不明ですw


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第44話 名誉始末書の男

 

 

どの警察官も叩き込まれ、暗記している法律がある。それは警察法の第二条第一項である。

 

・警察は、個人の生命、身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当ることをもつてその責務とする。

 

実際にはこの第二条第一項の解釈は個々人で全く変わり、かつIT化の影響で犯罪件数の減少とは裏腹に激務化は進み、一人の警察官のこなす仕事量が多忙を極めた結果、被害者への配慮不足や被疑者への違法な取り調べ、理不尽な取り締まり、果ては通報の門前払いへと繋がっていった。それでも、多くの(・・・)警察官は、必死に任務を全うしようと働いている。市民生活を守る町のお巡りさんを志して警察官になったその多くの人々は、第二条第一項の解釈に悩みながら、自らの任務に就いている。

 

何が為に個人の生命、身体及び財産を保護するのか?文明・文化を持った国と言う人間の社会で、警察官は何が為に必要とされるか?多くの警察官は正解の無いその問いに行動を以て応えるしかない。だが、多くは感謝される事は無いだろう。身近に存在する町の守り手、それは国民及び市町村民を守って当然だと殆どの人々は思っている。良いことをしても当たり前としか思われず、ちょっとでもミスを犯せば警察官は無能だと罵られる。酷いものでは税金泥棒と謗られる。

 

とある警察官は語る。

 

『時々、僕らは何で危険な目にあいながら仕事してるのに、町の人らは罵声を浴びせかけるんだろうって思う事があるんです。ネズミ捕りばっかりして、不祥事は隠す、通報には応じないって、何度も言われましたね。僕だって、警察官の仕事に憧れて入った訳じゃない、公務員試験の中で受かりそうなのが警察官だったんです。でも内定決まってからはしっかりと仕事しましたよ、やっていくうちに、町のお巡りさんとして皆の平和を守るって自覚が強くなった頃に、とある県警の不祥事が殊更に取り上げられるようになったんですよね。

 

あの辺りからかな、何だか、ただの公僕になっていったのは。今までやって来た事って……後はもう、自分の腹を満たせばそれでいいやって。警察官としてはダメな思考なんでしょうけど、なんと言うか、皆思っているんじゃないかな?』

 

 

正義の代行者だとか言われても、警察官も一国民なのだ、働いて、食いぶちを作って、恋愛をして、子供を作る。高い理想を掲げて仕事をする者も、ただ生活の為に仕事をする者も、その点に関しては変わりないのだ。ある警察官は語る。

 

『本当の事言って良いかな?俺が警察官になった理由は公務員になりたかった、そんだけ。結構勉強したよ?でも内定もらえそうなのが警察官だけだったってだけさね。俺地頭悪いからさ。仕事?パワハラモラハラのオンパレードで、まともな人間程、人としての心を捨ててマシーンと化しちまう仕事よ。危険が伴う仕事だからある程度指導に熱が行くのは仕方ないんだけど、ネチネチと言うかなんと言うか、テレビドラマに出てくるようなカッコいい姿をイメージするってなら止めときなよってね。警察官になりたいって人間はさ、テレビで語られてるようなイメージを先ず消して、もう一度考え直しな。まっ、給与はいいんだけどね。』

 

警察官はあくまでも人間である、これを忘れ、やれ公僕だやれ犯罪者予備軍だと叩く人間もいるが、そんな人間が事件に巻き込まれたとしても、彼等はしっかりと助けるであろう。

 

 

夢だったと言えば大嘘になる。けど、警察の仕事に特別憧れていたわけじゃない。貧しい暮らしからの脱却、それだけ考えてた。起業する頭もないし、人生博打なんていけないと思っていた俺がならばと考えてなったのが、公務員だった。公務員試験を友人と共に猛勉強した、からっきしの頭に詰め込むだけ詰め込んで、受かりそうだったのが警察と言う仕事、ぶっちゃけると自衛官をうけるか警察になるかを最後まで悩んだんだけどね……

 

受かった時、既に俺の夢は叶った……でも、仕事していくうちに、街のお巡りさんとして一生を過ごしたいと言う思いが強くなった。なろうと思った動機はカッコ悪いけど、なった後こそ重要なんだってね……友人二人が殉職して、心が無くなった後、それでも署のみんなは見捨てなかった。多分、多分だけども、みんな俺が復活する事を分かっていたのかも知れない。

 

 

『署長、おっと失礼、本部長でしたね、どうしたんです?難しそうな字でなんか書いてますけど。』

 

『シシ君か、本部長はこそばゆいから署長でいいよ。過去を思い出しながら、警察のモットーて奴を改めて考えててな。』

 

この二年余り、清蔵は警察としての矜持と法度を順次作成していた。日本の警察流の考え方は既に多く採り入れられてはいるが、最も頭に入れるべき基本をどうするかはあくまで態度で示して来た。

 

『警察は、個人の生命、身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当ることをもつてその責務とする。』

 

『署長、それって確か、俺達一期生が初仕事の時に聞いたやつですね。警察と言う仕事を端的に伝えるとそうだって言う……』

 

『今まではあくまで職務をこなしながら模索していたからね、それ自体を法度に入れて無かったのさ。だが、三期生辺りからどうも理解せずに仕事しているようなのが増えたろ?だから大原則としてしっかり盛り込もうかと思ったのよ。』

 

清蔵はあくまでも警察の領分を越えた事はしない、何故ならば警察とは合法的に武装した組織なのである、行き過ぎた力は要らぬ反発と自らの慢心を生む。清蔵は規模が大きくなった異世界の警察を改めて律する為に、敢えて今まで法度に盛り込まなかった日本の警察法第二条第一項を此方の世界に加える事にしたのだ。

 

『最近始末書多すぎてね、ビシッとせにゃならんと思ったのが本音ですハイ。おっ、ちょうどキスケさんが始末書報告に来たね。先日はマーシーにまた金〇やられちゃったから彼の始末書も上がってるはず、いや、上げてくれ(切実)。』

 

キスケが本部長室に入ると、慣れた手付きで始末書を取り出す。苦手だと公言していた書類仕事も、この二年でそつなくこなしていたキスケにとってはもはや苦とも思わなかった。

 

『清蔵さん、今週上がった始末書、これだけだ。』

 

『確か三件だよね、俺のJr.喪失未遂も含めて……』

 

その時の記憶がフラッシュバックしたのか、股間をさすっていた。マーシーは勤勉で真面目な為、苦手な射撃を克服しようと練習に励んでいたが、どこぞの都市狩人に銃でも改造されたかのようにノーコン過ぎて的に当たらない。逆に清蔵の金〇にはやたら命中に近い軌道を描く為、何か恨みでも持たれてるんじゃね?と言われる始末だった。

 

『はっはっはっ、マーシーは真面目じゃきにずっと練習に励んどるぞ!今度は金〇じゃなくてチン〇にでも当たるかな?』

 

『キスケさん、マジでシャレならねぇんですが……』

 

『さて冗談はさておき、始末書の報告だな。』

 

『だから冗談じゃねぇっての……』

 

 

始末書一:刑事課リョーキ巡査

 

発生事案:高圧的な取り調べを行い、被疑者を暴行及び暴言により萎縮させ、自白を迫った。

 

処分:一週間の謹慎、減給三ヶ月。配属先の異動、現在の本町刑事課から新町開拓課へ。

 

始末書二:監察課、マーシー巡査長

 

発生事案:拳銃訓練時に、誤って本部長の股間付近を誤射、本部長に怪我は無かったものの、制服を損壊。

 

処分:拳銃訓練基礎一ヶ月継続命令。

 

始末書三:地域課、コクーボ巡査

 

発生事案:新町サカサキ間の街道付近で女児(10歳のオーガ)の前で下半身の露出をし、女児に精神的ショックを与えた。その場で逮捕。

 

処分:懲戒免職、付随で奉行所送致、沙汰待ち。

 

『中々に酷いね……マーシーはノーコン治んないし……まあ監察課だから使う事も無いだろうけど。つーかちっちゃい子の前で何してんだよコクーボ巡査!元世界じゃないから懲戒免職だけで終わらせねぇよ?……ゴホン。所でキスケさん、もう一枚は何?他に事案の報告は来てないはずだけど…』

 

不思議に思った清蔵の表情を見たキスケは、ニヤリと(やや下衆さをわざと出して)笑うと、内容を読み上げた。

 

始末書四:警察本部長、児玉清蔵警視長。

 

発生事案:消化すべき有給をとらず、不眠不休で仕事をし、周りの部下達が休暇を消費しにくくした。後オフィスラブには至っていないものの、テイル警部とイチャイチャして独身者の職員一同の嫉妬を招いた。

 

処分:直近三ヶ月の非番未消化分の休暇を命ずる(by幹部一同より)

 

『あれ?最後だけ可笑しくね?俺何にも悪い事してねぇじゃんよ……』

 

『してるんじゃこの鈍感(にぶちん)!テイルとアレしてぇとか抜かしながらあんた休みもとらねぇで普通に仕事してんだ、周りが気をつかって非番に入りづらくしたんだ、ちったぁ自覚を持っちゃり!それに、溜まってんならしっかり愛の巣でやれ!リア充〇ね言われとるぞ!主に俺からだがな!』

 

『えー……』

 

始末書の報告を聞いていたのだが、その中に自分のものが入っている事に驚いた清蔵だったが、キスケにそう言われ、しぶしぶ帰る準備をする事になった。上級管理職に残業の概念は無い為、元世界においても休みと言う休みが無い事はざらであったが、清蔵のそれはそれすら軽く凌駕していた。忙しさで帰れていなかったのは仕方ないにしろ、体が順応(と言う名の感覚麻痺)していった結果、妙なテンションで仕事を続け、結果的に周りから過労死推奨者の烙印を押されてしまったのだ。因みに最後の文面に関しては嫉妬である事を堂々と伝えられたので何も言い返す気力が無かった。勿論キスケなりの気遣いではあるのだが。

 

『ったく、仕事が恋人な俺ならともかく、あんたにゃテイルっちゅうべっぴんの彼女がおるんじゃき、過労死されたらあん娘が泣くぞ!』

 

『キスケさん……分かった、児玉清蔵本部長、始末書の処分、甘んじて受け止める。』

 

『かてぇ言い方してかっこつけず、何時も通りに、んじゃ休むわ、ひゃっはー!テイルちゃんとセッ〇ス!でいいんだよ、堅苦しい言い方、気持ち悪っ!』

 

『俺も同感ッス……オンからオフになる瞬間のあのノリじゃないと頭大丈夫?って思っちゃいますよ。』

 

『いや酷くね?!俺のイメージすげえ酷くね?!』

 

 

と言う訳で本官、休暇を消費する事になりました……あのぅ、わてくし本部長なんですけど、扱い雑じゃね?陰でワフラ本部長と児玉課長とか冷やかされてるし……カリスマが無いのはしゃーないにしても扱い雑なのはショックだな。ええい、こうなったらおもいっきり楽しんでやる!……っても何する?テイルちゃんはまだ当番中だから誘えないしなぁ……あれ?テイル嬢、何で帰る準備してるの?

 

『せぞさん、やっとデート出来るね♪』

 

……あっあの、お仕事はどうしたんですかねお嬢さん。

 

『うふふ、私もずっと秘書官として休みなかったから、無理矢理非番にされちゃった♪秘書官代行は未来ちゃんがしてくれるから休んで下さいだって。』

 

テイルちゃんも過労死推奨者認定受けちゃったのかぁ。我々、部下達に無自覚に迷惑かけてしまったんだなぁ、マジ猛省……とは言え、二人で休みならばやる事は一つ、デートして、セッk……愛を深めるだけだね。

 

『ねぇ、せぞさん。』

 

どうしましたか?お嬢さん。

 

『半月もあるんだし、何処か別の所に行ってみない?』

 

いいね!旅行だね!でも他の所?治安的な事考えると、行ける場所は余り無いような……つーか未消化分が半月?!俺暫くは来るなって言われたんだけど具体的な日数伝えられてなかったのよね……おのれキスケめ、要らん気を使いおって(ありがとう、楽しんできます♪ヒャッハー!)、また本音と建前が逆だぞ……ところでテイルちゃん、あてはあるのかい?

 

『サリーさんのおすすめで、ランボウ王国の西海岸の旅を紹介してもらったよ♪あそこから海を渡るとミクスネシアが直ぐに近くだから、海を渡って海水浴して楽しむのも良いよって言ってたよ。』

 

ランボウ王国とミクスネシアか……カン=ムに隣接する四国の内、文化の癖が強くて?余り隣国の人が近付かないランボウ王国と、島国で中々行きにくいミクスネシアか……俺は構わないけど、治安とか大丈夫なのかな?特にランボウ王国って、魔人の王国だったはず……魔人と会った事無いから良く分からないのが不安かな?て言うか島国に渡る船とか大丈夫なのかな?とは言え、二人でデートするなら、海外旅行も考えなきゃだね(良く考えると最初のデートから海外でしたが……)。よし、ならば準備をして行きましょうかね!

 

 

 

清蔵とテイルが旅行に出た翌日、警察署の方では、採用新人を受け入れる初任式が行われていた。採用者は三人、男性二人と女性一人。男性二人はエルフ、女性はヒューマだが、女性は何故か最近会ったような気がするような顔だった。色々しゃべりたい事もあったが、とりあえず本部長代行のワフラが、彼等に自己紹介を促す。

 

『ナハト・トゥのトゥベィ集落出身、ジブリー・アースレです!エルフの53歳です!』

 

『ナハト・トゥのスバリュ集落よりきました、ジャン・ジェイエであります、エルフで年齢59歳であります!』

 

『アンブロスのタキアンダ集落から来ました、ピット・チェンルン、30歳の天ぞ……ヒューマです、宜しくね、キャハ☆』

 

(キャハ☆じゃないが……帰らんかったんかいこの小娘……それにヒューマ扱いの年齢でそのキャラは無いば……二人が大いに引いとるじゃろが。)

 

とは言え、新規採用者の要項をパスして入って来たからには、決して無能では無い事を証明していた。チェンルンは刑務を全うした後、町長に願い出て、ヒューマとして暮らしたいと申し出たのだ(翼は魔法で見えなくしている)。町長は、タキアンダの最高責任者の許可が出ればいいと伝えた。不干渉を決めている天族の長が許可など出すはずもないので、このままお別れだろうと思った矢先、あっさり許可を貰ったらしい。但し、約束事を込みである事も伝えた。

 

・天族の存在を悟られない事

 

・一人のヒューマとして過ごす事

 

・最低二十年は居住する事

 

これらが条件に加えられた。閉鎖的なタキアンダの暮らしよりも、開放的な外の世界で生きる事を望んだチェンルンの家族の意向を、天族の長は尊重したのだった。尚、年一で里帰りし、ナハト・トゥの状況を報告する事も盛り込まれた。

 

『ふひ☆おじさん驚いた?町長から正式に住民登録して貰ったの♪宜しくねおじさん。』

 

『ほう……それは良かったば……で?誰がおじさんだって?!』

 

『ふっ、ひー、ごめんなさいごめんなさい!あっ、お尻叩かないで!ッンアー!』

 

ワフラにおじさんは禁句だった……新規採用者三人は、警察のNo.2である彼を怒らせるのだけはよそうと心に誓ったのだった。

 

 

『清蔵が部下から休むように伝えられたか……ふっ、相変わらず働くのが好きなんだなあいつは。』

 

サリーからの手紙を見た山田は、保安所の一室でそうひとりごちる。臨月に入ったと言うサリーからの知らせは素直に嬉しかったが、彼女の周りが中々に騒がしいのにはやや不安があった。とは言え、清蔵が育てた警察に対する信頼はかなり評価出来るものだった。

 

『本当にいい仲間に出会えたんだな、保安所との交換研修に来ている連中の素行といい、あいつを慕い、勤勉な奴らが集まってるのを実感している。』

 

一ヶ月ごとにサカサキの保安所とナハト・トゥの警察署で交換研修という形で人員数名をそれぞれの地へと送っているのだが、ナハト・トゥは機動隊、サカサキは公安が特に強く、互いの長所を伸ばす事で防衛力は充実していた。難航していた警備部の人事に関しても、サカサキとの交換研修によりノウハウを吸収する事で人員が集まり、最近になって発足したのだった。

 

『しかし半月もあいつが不在か……ワフラ殿が代行にいるから心配は無いのだろうが、やはりここぞと言う時にはあいつの存在が大きい。清蔵……しっかり休んで英気を養うんだ、都市部のマフィア共の動きが再び活発化しているようだしな。』

 

山田はそう言うと、机に並べられた書類を手に、これから先の大仕事の準備に意識を移した。

 

 




※次の話にはリア充二人は登場しませんwややシリアスな話を挟みたいと思います。

転移転生組の山田や木尾田と、清蔵のいないナハト・トゥの皆さんメインで計二万字程の話しを載せたいと思います。

2022/1/24 章分けした関係上、少なくとも四話位の展開になるかもです。清蔵、テイルは暫く出てこないので心配になりますがw

2022/2/16 最後の方に加筆しました。読み返すとチェンルンが突然警察採用されていたので、ちょっと加筆して軽い経緯を書きました。



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番外編 反社勢力を討て
その1 落日あれば旭日あり


※今回の話から清蔵、テイルのバカップルコンビは出てきませんので完全な番外編となります。

章分けした関係上やや長くなりそうです。所々ギャグを挟むのは、シリアスを持たせられない為、了承下さい。


 

 

エウロ民国サカサキ保安所、隊長室にとある密書が届けられた。

 

『ゼロ、極秘書簡が届いています。』

 

『分かった、下がるがよい。』

 

山田がゼロと呼ばれる時は、公安としての案件である事を意味している。最高責任者である山田が内容を精査し、情報の開示の有無を判断する。無意味な組織での権力争いを避ける為、極秘情報でも通常保安官には遠回しに情報を入れる事はしているが、こと国のトップが動くような場合に関しては、公安部と通常保安官とで伝える内容を変え、それぞれに極秘情報を守秘するよう徹底する。

 

(大統領府からの勅令……遂に来たと言うべきか。)

 

書簡に記されている事、それはエウロ民国指定犯罪集団ダークハウンドに関する情報であった。ダークハウンドはエウロ民国内の保安所の総力をあげて検挙・撲滅を掲げて来た。サカサキのトップであった山田は、卓越した組織の運用によって各所と連携し、全てのエウロ民国内に存在するダークハウンドの構成員の足取りを掴む事に成功した。検挙に至っていないのは、ダークハウンドの首魁すらも一網打尽にする為であり、かつ、全国規模の検挙となれば、大統領府の認可を必要としていたからである。

 

(大統領閣下は遂に検挙の大号令をあげた、当然ながら各主要都市の保安所幹部のみしか通達されていない。ダークハウンドが保安所の一般所員を取り込んでいる場合もある故な、余程の信頼がおける者以外には、表立って動くのは危険だ。)

 

異世界においても、一定の規模の組織を壊滅させるのは容易ではない。犯罪集団の中には政府の中枢や取締を司る山田達のような保安所をはじめとした治安維持部隊や軍隊と繋がりが深い所は、元世界となんら変わりない。違う事と言えば、この世界にはインターネットと言う便利なツールは無い、故に数の脅威はそのまま組織の脅威となる。山田は考えを頭でひとまとめにすると、一人の名前を呼んだ。

 

『オーワン、エスワンを呼んで来るのだ。あんたにしか頼めない。』

 

『了解!漸く大悪党を完全に叩ける好奇、あん人の力を使う時じゃき!』

 

 

組織のNo.2であるオーワン、階級は副所長である。彼の名はエベレス・オガ。妻と一人息子を持つ壮年男性である。息子は18の時に家を出、妻とは早くに死別しており、家庭は既に壊れているが、本人は普段は非常に温厚であり、仕事も真面目で周りからの信頼も厚く、不幸せな男ではなかった。異世界で右も左も分からなかった山田の最初の上司であり、頼れる先輩である彼は、長らく保安所で築いてきた人脈があり、主要幹部と山田を繋ぐパイプ役を持つ。山田が口にしたエスワンと呼ばれる者は、最大有事における協力者だった。

 

 

エベレスはサカサキのとある住宅街に入って行く。とある三階建ての建物に入ると、バーになっていた。個室をマスターに頼み、三階のルームへと入る。そこには、いつ入ったのかすら分からぬ間に、男が席に座っていた。エベレスは特に驚く様子もなく、隣に座り、マスターの持ってきたカクテルを男の前に置き、自身も茶の入ったカップを手に、乾杯する。飲み物にそれぞれ口をつけると、男が口を開く。

 

『ケイショーが動くのですか……』

 

『おう、それであんたの力を必要とする、何しろ相手は裏の人間じゃ……にしても、公安内ではエスワンで通るが、表ではなんて名乗るんじゃ?流石にエスワンじゃ本名と思われないからの。』

 

エスワンと呼ばれる男にそう投げ掛けるエベレス。男は微笑みのまま、ゆっくりと答える。

 

『ならばレイ・ジャクスン、とでもしておきましょうか。』

 

男はそう名乗る。当然本名ではない。しかし、名前の方は普段使っているもので、かつ、この世界でのレイと言う名前は、日本におけるヒロシ位ありふれた名前だ、偽名としては適切と言えた。

 

『ははっ、エウロにありふれた名前に名字か。特徴が少ないヒューマ故にこれからの行動的には最適じゃな。』

 

『それで……相手はどの程度の規模なのですか?一応こちらで大方の事は調べたので予想はつきますが……』

 

『狂犬の規模は十万てとこだが、あの侯爵の私兵、アンブロスに三万が残っとる。エウロにいる者はこちらで引っ捕らえられるが、如何せん向こうの領土じゃと内政干渉になるんでの。』

 

エベレスは裏に生きる人間達の狡猾さを疎んでいた。表世界では生きている証拠の無い人間は、例え証拠を掴んだとしても表には出すことは出来ない。敵の大将はアンブロスの主要な政治家である故に、スキャンダルで大事にしたとしても、権力を以て揉み消され、逆にこちらの動きを封じてくる。保安所はあくまでエウロ民国内の警察組織であるため、しくじればエウロそのものに対する圧力の口実を握られる可能性が高い。

 

『つまり私の役目は、誰にも悟られず、かつ籍の無い人間故にエウロにも迷惑をかけない為の駒、そう捉えてよろしいのですね。』

 

レイは特に不快感を出すでもなく、そう淡々と微笑みを浮かべたまま呟く。これ程の大役を任されながら、余裕の表情を崩さないのは、彼が百戦錬磨の猛者である事を示していた。

 

『三日、時間を頂きたい。少しだけ、かつての知人の墓に参って来ますので。』

 

『おう、そうしてきんさい。終わったらケイショーと共に酒を酌み交わすけぇの!』

 

 

レイはサカサキを出て、飛翔魔法を使い、とある場所へと向かった。一日かけて向かった先、それはかつて文明が存在していた、ロストワールドと呼ばれる所だった。建物も壊され、夥しい生物の死骸が白骨化、半数はその骨も風化して小さくなっていた。彼はサカサキより千里は離れたそこに立ち、まだ新しいであろう小さな慰霊碑に祈りを捧げていた。

 

『父さん、母さん……あの大戦から随分と長い時が過ぎました。貴方達の墓を最初に訪れた時は、草も生え、周りの木によって墓石が倒されていましたね……ええ、私はこの通り元気です、何故なら現世に戻ってきてしまいましたからね。私が現世に帰ると言う事は、この世界の混乱が近付いていると言う事……でも大丈夫、現在私のいる国の人々は聡明です。どうかあちらの世界で、静かに見守っていて下さい。』

 

レイはそう呟くと、再び飛翔の魔法をかけ、サカサキへと飛び立った。

 

 

その頃、ナハト・トゥでは、配属された新人達を迎える歓迎会を行う事になった。歓迎会はこれで二十回目、署の一室を飾り付けする事になったのは一期二期メンバーの特に仲の良い五人と未来で行う事になった。作業が一段落すると、フラノが休憩を促した。

 

『ふぅ、なんと言うか警察署もいよいよ賑やかになったね。』

 

人員が増え、署の規模は今や下手な国の軍並になっていた。尤も、ナハト・トゥだけに限ってはだが。他の部署はまだまだ手探りの状態であり、新人達の育成は常に最優先であった。歓迎会もその一環である。一期メンバーで最も昇任したフラノは警部補となり、他の一期メンバー、そして二期メンバーも皆順調に昇任していた。覚えのいい彼等は、清蔵から直接仕事の手解きを受け、現在では新人の面倒を見る機会が増えた。種族も満遍なくバラバラだったので偏見の目も無く、清蔵が心配していた種族間の差別意識は撤廃された。そんな彼等と共に歓迎会の準備を手伝っていた未来は、彼等の良き関係を見て、異世界に生きる自分の幸せを感じていた。

 

(死刑囚にされて、死ぬのを待つしか無かった私は、何処か塞ぎこんでいたけど、ここの人達は今ある私を見てくれてる。いい人達に囲まれて生きれる、それだけで……)

 

『ん?どしたのミクさん。ちょっと泣いてるけど大丈夫?』

 

『あっ、ロウラちゃんごめんなさいね、皆の仲良さを見てたらなんだか色々と感じちゃって……』

 

思わず涙していたのだろう、未来は恥ずかしそうに涙を拭った。ムードメーカーのシシとコモドの二人が駆け寄り、明るく励ましの言葉をかける。

 

『大丈夫大丈夫!あねさんを一人ぼっちにはしねぇって、そうだよなみんな!』

 

『そうそう、あねさんは真面目で優しい人、大事な仲間さ、そうだね?ワフラさん。』

 

『ああ、勿論だ。なんてったって伯父さんが惚れた人なんだから、遠慮はいらないよ。』

 

皆が皆こうして自分にも声を掛けてくれる。ここにくる前には刑務官の給事の時の生死確認位しか声を掛けられなかった彼女にとって、今以上の幸せは無いと思っていた。

 

『みんな、ありがとうございます、もう大丈夫だから。さっ、もう少ししたら新人さん三人が来るし、頑張りましょう!』

 

『『おうっ!!』』

 

 

ナハト・トゥの方で宴の準備が進められていた頃、遠い異国の地、タキアンダ台地の首長が集まり、皆が深刻な顔をしていた。十年毎に封印の魔法をかけていたとある場所の異変に気付いたからだ。

 

『この四百年余りにただの一度も変化の無かった二つの封印の内の一つが解放されている。しかも、解放されたのは封印の解除後の残留魔力の関係から凡そ七年前……既に混沌の一端が解き放たれてそれだけの年数が経過したと言う事だ。』

 

片方の封印が解放されたと言う事は、もう片方の封印を解く事が出来ない。これは初代総長たるインシャクによってかけられた安全装置とも言えた。実は首長らは封印されたものの詳細を伝えられていない。あるものは世界を破壊する魔法だとか、世界を救う何らかの兵器だとか噂をしていた。しかし、その噂の半分は当たっていた。封印の詳細、それは魔法・鉄器大戦における最大の功労者の一人、史上最強の魔法使いレイーラ・ゴラシの封印と、鉄器兵団が開発した人形の鉄器兵士の封印で、後者は皇族王族に連なる者を完全に抹殺するまで止まらない危険極まり無いものだった。ロストワールドに封じられ、それぞれ最も不毛な大地に置かれた二者……天族はこれらに近付くのを十年に一度の封印の重ね掛けの時のみに限らせた。しかしそれが仇になった形である。首長達の纏め役たる現総長、ローキ・インシャクは、難しい顔をする首長らに話を伝える。

 

『初代が封印を解く事を躊躇い続けた理由、それは魔法・鉄器大戦における被害を出したそれらを解放する事は、世界の終わりを意味するからだと伝え聞いておった。封印されたものの詳細は初代が二代目以降にすら頑なに口にしなかった為に分からぬが……このままではまた世界が荒廃する。観測員らには引き続き原因を調べさせる、尚、ロストワールド周辺の観測を特別に許可する。ただし現地人との不干渉は続けよ。以上。それとピット……貴様はちょっとこのまま残れ。』

 

話が終わり、二人きりになった。ローキは目の前にいるチェンルンの父、ピット・タールンに話を伝える。

 

『チェンルンに地上に留まる事を伝えたのは、遠回しには追放である事は貴様にも伝えた。信頼出来る人間の娘と言う事で、観測員にしてしまったワシの落ち度である故に、里帰りも許してはいるが……あのメスガキ、一度目ではあるまい。』

 

『ブフォッ!!』

 

タールンは汗を流した。隠し事はきかない天族ではあるが、天族の中には、頭に考えている事すら欺瞞出来る人間が存在する。しかし目の前にいるローキは、天族最高の魔法戦士インシャクの子孫である、上辺の欺瞞等通用しない事を知っていた。故に、タールンは土下座する格好で事実を伝えた。

 

『申し訳ありません!うちの馬鹿娘、七年前の新任の時にロストワールドに行ったのです!しかも、大地を踏んで現地に入っていた事も後々に問いただしました!』

 

『タールン、正直でよろしい……何処の誰でも可愛い娘は大事じゃからの、子を思う気持ちで今まで隠しておったのだろう。』

 

ローキは特に責める様子もなく、淡々とそう口にする。タールンは優れた観測員だった、ローキは彼に随分と助けられた恩もあった為、チェンルンが地上に住む事も許したのだった。

 

『チェンルンが降り立ったのが七年前、そしてその封印が解放されたのも推定で七年前……タールン、チェンルンが七年前にどの辺りに降りて、どんな事をしたか、話して欲しい。』

 

 

 

新人歓迎会は滞りなく行われた。チェンルンも周りに合わせてガヤガヤ楽しく酒を飲んでいた。歓迎会もお開きになった所で、チェンルンは未来に呼ばれ、離れた場所で話をする事になった。チェンルンは何故呼ばれるのか理解していなかった。

 

『ごめんなさいね、大事な話だから、みんなの前では話せないの。』

 

『ふぇ?』

 

チェンルンはやはりキョトンとする。未来はチェンルンがお喋りである事を歓迎会の中で悟っていた為、こちらに連れて来たのだ。

 

『あっ、その前に一言だけ……酒に酔った勢いもあったからかも知れないけど、人の考えてる事を盛大に話すのは、事情を知っている人以外の前では話さないようにしてね……幸い、一期の人達だったからこういった事情を知っているから良かったけど……』

 

『うっ……ごっごめんなさいぃ!ついつい……あたしの周りって思った事を聞ける人間だから……その、不快だったですか?』

 

未来は首を横に振る。どうやら心の深層部分までは読めないらしい事をチェンルンのリアクションで分かったので、未来は言いたかった事を口にする。

 

『いえ。そういう貴女だからこそちゃんと話をしなきゃと思ってね……私の話を。お互いにナハト・トゥの皆さんに新しい経歴書いて貰ったでしょ?貴女からはそんな匂いがしたから。』

 

『え?なんで知ってるんですか?』

 

チェンルンは未来の洞察力に驚いていた。天族の能力、正確にはインシャクが天族に伝えた能力は、人の心を読む力がある。しかし、人の深層心理まで読む事は出来ない為、相手の全てを理解する事は不可能である。現に初代総長たるインシャクはタイラーと直接話すまで優性学的考えにとらわれ、人の話に聞く耳を持たなかったと言う。しかし、目の前の未来は、そんな能力を持たなくても、事情を察知しているのだ。これは単純に警察官の仕事を真面目にしている人間がいくつか染み着く観察力から来るものであったが。未来は、自分の身の上を話した。警察官となったが、同じ警察官による不祥事のスケープゴートとして逮捕され、死刑囚となり、刑場のある拘置所に護送される途中で逃走し、その逃走の中で突然異世界に引き込まれた事……拘置所での死んだ心の頃の生活も話した。

 

『うぅ、悲しい……辛かったんですね……』

 

『過ぎた事よ、それに今が楽しいし、幸せだから……この気持ちに嘘は無いわ。』

 

すっきりした顔でそう言った未来の顔を見て、チェンルンは自然と口を動かしていた。

 

『未来さん、いっぱい喋ってくれたから、秘密にしてたチェンルン達の種族の話を……しますね。』

 

チェンルンは自らが天族である事を話した。翼は正式に下界に暮らす時に総長によって魔力を込めない間は目に見えなくして貰っていたが、魔力を込めて翼を広げた。未来は特に驚かず、チェンルンの話を聞く。

 

『チェンルン達の役目は、その……地上の生活を観測する仕事だったんだけど、新任の頃にやらかしちゃったの……地上に降りちゃ行けないって決まりなんだけど、ロストワールド、そう呼ばれてる所に勝手に降りちゃったんだ……』

 

清蔵がいたら、この馬鹿やっぱ前科持ちかと口にしそうな独白を聞きながら、未来は真剣に話を聞いた。

 

『ロストワールドのある場所、遺跡みたいな所なんだけど……その……そこの中に入って、人が光の壁の中で寝ていたの。』

 

『光の壁?』

 

未来はその言葉に反応する。この世界には魔法が存在する事は既に知っていたので、それについては違和感が無かった。しかし、人の体力を削る魔法の行使が永続的にかかっている事など、禁術、それも最高位のものでない限り継続出来ないのだ。未来はワフラ達との話でそれを知っていたので疑問をもった。

 

『その時は知らなかったけど、そこには天族の人達が封印を重ね掛けする位の危険なものが封じられているって……チェン、そんなの知らずに中に入っちゃったのよね、ははは……扉、非力なチェンでも簡単に開く位だったからさ……』

 

ロストワールド周辺はろくに草木も生えない。その為、遺跡はあくまで封印される中身を隠す為の蓋であり、遺跡の内部に侵入しないのだ。現に天族の封印重ねは、遺跡の外側から行われていたのだ。

 

『不気味だったから怖くて何もせずに逃げて来たんだけど……その時に扉……閉め忘れちゃって……ははは……今ここにいるのだって、あたしが勝手に降りちゃたからこうなったんだって……二度と天族を名乗るなって……あたしって、ばか……ホントばか……』

 

封印自体はその中身にだけ作用するものの為、封印が解かれる事は無い。しかし、蓋である遺跡部分は、世界からの隔絶を意味する存在の隠蔽の力を持っていたのだ。これについては天族も認知していない事だった。未来は、笑いながらべそをかくチェンルンに近付く。チェンルンは呆れられてビンタでもされるのかと思ったが、未来の行動は彼女を抱き締めると言うものだった。

 

『辛かったんだね、そんな事があったなんて……だけどもう、大丈夫だよ。ナハト・トゥの一員になったんだから。これからはずっと一緒だよ?』

 

『ミクさん……ありがとう、ありがとう……』

 

チェンルンは未来の胸の中で泣いた(胸と言う程の膨らみは残念ながら無いが)。チェンルンは心の柵を吐き出し、この日真の意味でナハト・トゥの一員になったのだった。

 

『ナレーションさん、後で一本背負い20回します(怒)』

 

すんません、お姉さん許して!

 

 

一方その頃、カン=ム帝国首都エルフランド、晩餐の間では、ユナリンと康江、リキッドと政務官から関白を補佐する大臣に任命されたノインの四人で食事会が開かれていた。後三年を目処に、ユナリンの甥が皇帝に即位する事が決まり、表舞台に出なくなったユナリンに代わって国を治めて来た三人に労いをと開いた。康江は、遂に頭のウジがいらん仕事でもしたのかと心配したが、この時は本当に労いの言葉をかけ、康江は初めてユナリンの前で上手い飯と酒を食べた(ストレスで今まで上手いと思った事が無い)。

 

ユナリンの肌は、康江が来た時よりも若干若々しくなっていた。召喚等の禁術の研究を辞めてから、アンチエイジングの研究を進めていた関係か、年齢を感じさせぬ若々しさを手に入れていた。因みに康江達も進んで参加した為、皆年の割には若々しくなっていった。康江は行き過ぎた童顔故、三十路過ぎのババァの分際で子供にしか見えなくなっていたが。

 

『ナレーションのおっさん、死刑にするよ?』

 

すんません自重します……酒も入り、料理も一通り腹におさめた一行。ある程度たった頃、ユナリンは侍女達を下げて、三人の前で話をした。

 

『みんな、本当にご苦労様☆やっと甥っ子が皇帝になるって覚悟決めてくれたから、漸くただのおばちゃんになれる。』

 

『『『え?!』』』

 

ユナリンの台詞に皆が驚く。永遠の45歳(ヒューマ換算で13歳位)を自称していた人間が、自分の事をおばちゃんと呼んだのだ。今までは、次期皇帝たる甥ですらおばちゃんと呼ばせなかった程だったのだが、どうやら康江が来てからの二年間で何かがあったと言う事か。

 

『知ってたよ、あたしが歴史上最悪の暗君だって言われてたの……気にもしなかった、今までは。けど、全く自分に物怖じしないヤスヤスと出会ってからさ、あたし何やってんだろって……気付かせてくれたのはヤスヤスだよ?それから分かったんだ、リキッド君もノインちゃんもあたしが暗君だって呼ばれた頃に、一生懸命に仕事をしてくれた事を。ありがとう、本当にご苦労様でした。』

 

ユナリンの独白に、康江は思わず涙を流した。散々心でババァと呼び続けつつも、こっちに来てから心を殺さない自然体でいられたのはユナリンのおかげだった部分もあるのだと思うと、自然と涙が出たのだ。

 

『私の道楽で召喚の儀式で多くの命を奪って来た……偽り無い事実だよ。それも千人以上……あたしの心が、45歳から成長しなかったなんて言ったら言い訳になるけど……ここで懺悔させてもらうね、聞いてくれる?あたしがやった召喚の儀式の中でも一番の大失敗があって、それがちょうど七年前だった……隣国の奴隷を生贄に儀式をやったら、念じが足りなくて、遠い所で爆発の衝撃が走ったの。今考えると、あの爆発の衝撃が来た方向って、昔パパが何かを封印したとか言ってた場所の方向だった。あたしね、その時は気にもとめなかったんだけど、今考えると……』

 

『ユナちん!どうしたの……』

 

『スヤァ……』

 

『ねっ、寝ただけかい!』

 

どうやら単純に深酒で眠くなったらしい。人騒がせなと康江は思ったが、リキッドとノインの二人は真剣な顔をしている。

 

『どうしたの?二人とも怖いよ?』

 

『康江、これを見てみぃ……』

 

リキッドは胸におさめていた地図を取り出し、エルフランドを指差し、そこから指を西へと伝わせた。

 

『ここになんか×印があるんだけど……どういう事?』

 

康江はピンと来なかった。普段使っている地図は、タイーラ連合国たる10ヵ国しか載っていないものである。リキッドの所有している地図は、国から支給されたものではなく、リキッドの家で使っていた古いものだった。古いはずなのに、そこには今の地図よりも多くの国、そしてより広大な世界が描かれていた。

 

『康江は知らんのも無理は無いか。現在でも、国の一部の人間しか知らん。ここはかつて大戦が起こった時に滅びた国の場所、そして×印が描かれた場所、そこには世界の終わりの時に封印が解かれる何かがあるらしい。七年前にそれが解けたとなると……』

 

『封印されたものがもし人間であったならば、潜伏していてもおかしくは無い、そしてそれだけの時間があれば、大きな混乱を巻き起こす可能性も、ですね?』

 

『んもぅっ!まだ災難が起こるって言うの?!』

 

康江は二人の話を聞いて呆然となっていた。康江によって大人しくなったユナリンだったが、彼女によって引き起こされた災いの根の部分はまだまだ残っている事を思い知らされたのだった。

 

 

 




七年、封印とキーワードが出てきました。様々な所で出てきますが、意外と交わらないかも。番外編でこのキーワード自体は消化しようと思います。

清蔵とテイルが休暇でイチャイチャしている間の話なので本編開始時とのギャップがあるかもです。


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その2 静かなる咆哮

文そのものは去年には出来ていたのですが、載せていいのかと言うレベルだったので時間がかかってしまいました。

やや短めですが、そこは番外編と言う事で。


 

 

『世界中を回って分かった事、それは魔法・鉄器大戦から文明はかなり衰退している……特に魔法の衰退、兵器系の鉄器の衰退が著しい。』

 

レイ・ジャクスン、彼は訳あって連合国発足以前の時代を知っている。目覚めた時、気が付くとエウロのサカサキにいた。自らの本当の名前も、何者かもはっきりと覚えているが、不思議とそれを口に出す事はしなかった。彼は自らに起きた事を全て理解していた。何者かが自分の眠りを覚まし、そして魔力の暴走から、眠っていた場所より遥か彼方のサカサキまで飛んでいた。彼は自分を介抱した人物、山田に対し、恩義を返す為に、協力者となったのだ。

 

『見知らぬ人間たる私を、彼は救ってくれた。何の因果か彼の仕事が私とはまた違う形で平和を護る事だった……これも運命と言うべきだろうか。』

 

レイはそう独り口にしながら、現在とある場所へと向かっていた。自分同様封印の道を選んだ人物のいる場所、ナハト・トゥへ。レイはナハト・トゥ手前の街道外れの草原に降り立つと、そのまま街道に戻り、新町の方へと向かっていく。町に入ると、辺りを巡回していた新米巡査たるチェンルンの姿が見えた。魔力で翼は隠していたものの、優れた魔法使いである彼の目にはハッキリと隠された翼が映っていた。

 

『……天族が何故この地に?』

 

天族初代総長インシャクの掟を何故彼が知っているかは分からないが、天族がこの地上にいる事はあり得ない。レイは疑問に思ったが、町の平穏な様子を見て、事を荒立てるのは無粋と感じ、チェンルンをスルーした。チェンルンの方もレイから視線を向けられた事に気が付かず(チェンルンが頭お花畑なのもあるが)、普通にすれ違って終わった。レイは目的の人物がいる方向へ、迷いなく歩いていった。

 

『カグヤか……変わりないな。』

 

『レイーラさん……貴方まで……』

 

カグヤは目の前にいる男の存在に、信じられないと言う表情を浮かべた。レイーラ・ゴラシ、世界の滅びの時まで封印が解かれる筈の無い悠久の眠りについた筈の彼が目の前に立っている事など、あり得ない。しかし、それを言ってしまえば自分だって封印されていた張本人である、その一言を口に出来ようも無い。彼は淡々と言葉を口にした。

 

『何故封印が解かれたのかはこの際どうでもいい。私としては、そうだな、魔力しか取り柄の無い男の戯言を聞いてもらいたくてね。』

 

レイは現在置かれている立場を話した。かつて百万もの魔法兵団を率いていた彼の仕事が、一人の仕事人の範疇に収まっている事実にカグヤは驚いたが、その仕事が暗殺に類するものであった事がカグヤに衝撃を与える。カグヤの知っているレイと言う人物は、熱くも冷静な男だった。しかし目の前にいる今の彼は、穏やかでありながら危険さを孕んだ男に見えた。

 

『……正気なんですか?』

 

『ああ……私は正気だよ。もとい、正気に戻ったが正しいかな?カグヤ……サカサキにいる彼等のやろうとしている事は善悪で言うなら決して悪ではない、むしろ尊敬すら覚えているよ。それに、裏社会の闇を取り払う事そのものに待ったをかける者はいないからね。』

 

『だからって……何も貴方が深入りする必要なんて無いじゃないですか!』

 

カグヤは戦いから身を引いて静かに暮らす道を選んだのだ。元々封印を望んだ理由も贖罪であったからこそ、カグヤはもう武力をもっての行為に一切介入しないと決めていた。しかし、レイは違った。歴史は悲しい事に繰り返すものだと。だからこそ来るべき時に備えて自らの力を封じていた。封印が解ければ己の命を晒す事を厭わない、只の一人の男として動くと。故に正気に戻ったとうそぶくのだ。

 

『カグヤ、君はもう戦わなくてもいい。その代わり、私と、サカサキの保安所の人々が始める行動が行き過ぎた時、私を殺してほしい。』

 

『レイーラさん……』

 

『分かっている……君がもう誰の血も望んでいない事を。だからこの頼みは私のエゴに他ならない。タイラーやレイオウが生きていたのなら、彼等に頼むのだが、あいにく彼等は天寿を全うしてこの世にはいない……暴走した私を止められるのは君しかいない。勝手な頼みで済まないが……頼む。』

 

そう言うとレイは去り、サカサキの方へと飛んで行った。静かに暮らしたい、そう決めたカグヤにとって、レイの頼みは自分勝手であり、重い役目であった。

 

『レイオウ兄ちゃんも、レイーラさんも、ほんとに……勝手なんだから……』

 

 

その頃、サカサキの保安所では、敵方の動きについての報告を聞いていた。

 

『ダークハウンドのほぼ全構成員を投入して俺達を潰しに来るのか。エスワンには済まないが、かなりの人間を処断してもらう事になるな。』

 

山田は相手が只者では無い事を既に感ずいていた。保安所側に内通者がいた事、それを敢えて泳がせていたが、保安所側の内通者の人物は、交信の魔法を使える人間であった。しかし、山田はそれを知っても尚、その内通者を泳がせていた。決して油断をしていた訳では無く、勝算があったからだ。

 

『最重要機密は掴ませていない、元より口の軽い人間はこの場にはいない。遠隔での交信があるからと油断する、貴様ら悪党の悪い癖だ。エーツー、こっちへ。』

 

山田はそう言うと、手を肩まで上げると、指を三本立て、背後にいるエーツーと呼ばれる男に対処をさせる。公安の人間には上から0(ゼロ、トップたる山田の事)、01(オーワン)、S、A~Eとランクがあり、更にランク内の順位が0(読みはオー)を頂点に1~数えられる。山田の手信号を読み取れる者はランクA以上の者に限る。エーツーはAランクの三番目に高い階級であり、まさにその対象者である。

 

『処置の三、了解しました。』

 

処置とは、山田ら公安が行う仕事の一つである。観察、確保、処置、処断の四段階に分けられ、処置は二番目に重い仕事である。基本的に確保の五以上になると生け捕りは少なく、下っぱを即殺していたのは捕の五、重要でない犯罪組織の実行班に対する無力化を即殺と解釈した部下の判断からそのようになったのだ。

 

処置は、内通者に対する扱いで、一は内通者の監視、二は内通者を逮捕、三は……抹殺を意味する。因みに内通者はビーロクと言うコードネームの男だった。見た目が普通のオーガであり、特に目立った性格でもない男、だからこそ山田は油断をしなかった。相手が普通の見た目である場合、油断をするなと公安時代に叩き込まれた。監視対象者で派手な生活をこれ見よがしにしていた者は元の世界では存在しなかった。あの、〇〇〇〇(某有名団体の長)ですら、目立つ動きを控えていた程だ。見た目が地味で世間に紛れ込みやすいからこそ、油断をしてはいけない。

 

『交信をしていたのならば、その情報を聞いてから処理しろ。』

 

勿論これは声に出していない。手話に近い手信号により、エーツーに指令を出す。盗聴器の類いが無い世界ではあるが、魔法が文明の利器的な地位をある程度持っている世界である、どんな魔法で覗かれ、聞かれているか分かったものではない。尤も、実際には魔法はそれほど便利なものでないのだが。山田は心配性過ぎるきらいがあったが、だからこそ相手に感付かれる事も無く、行動を移せるのだ。

 

 

『ゲブッ!』

 

なすすべもなく、ビーロクと呼ばれた男は絶命した。助けを呼ぶ交信の魔法等詠唱する隙も無かった。もとい、交信の魔法は高い集中力と地の精神力の強さが必須であり、なおかつ貴金属の触媒を必要とし、魔方陣を描かねばならない。連絡を取り、交信を切ったその刹那に、マチェットの一撃を首に受け、即死……山田の公安の上級官は、戦闘力も上級だった。エーツーはビーロクが描いた魔方陣をそのまま利用し、ビーロクの手から貴金属の触媒をもぎ取り、交信の魔法を唱えた。Aランク以上の公安職員の者は、こうした魔法を行使出来る者も存在する。

 

『ゼロ、聞こえますでしょうか?ビーロクを無事〔処理〕しました。』

 

『了解した。最期の時、奴はどんな者と内通していた?』

 

『はっ、それが交信先を逆探知した所、エメリャー侯でありました。探知した地点はエルリラの方向で間違いありません。』

 

エルリラは、エウロの副都であり、アンブロス国境と、カン=ム国境の街ダイゴに面した場所でもある。内政干渉になる為、国外の者を処断する事は出来ないが、国内に入っているのならば話は別だ。政治家や外交官の外交特権はこの世界にも存在するが、犯罪の温床を生み出す元凶に対しては、逮捕するとエウロ民国政府は公表しており、かつ、公安を含む保安所としても国内で捕らえられる今こそチャンスである。

 

『ダークハウンドの首領がノコノコとこちらにおでましか。何かしらの勝算があると見た。エーツー、エスワンと交信出来るか?』

 

『はっ……交信の魔法はかなり消耗が激しいので、場所を変え、体力が回復次第行いたいと思います……』

 

交信先のエーツーは汗を大量に流しながらそう言う。魔法の行使は、大なり小なり体力を使う、更には高度な魔法であればあるほど負担がかかる為、体力の回復が必要なのだ。ビーロクを易々と仕留められたのも、この影響が大きい。山田はそれを察すると、エーツーに声をかける。

 

『大変ご苦労だった。交信する時はこう伝えて欲しい。エスワン、我々が本体を叩く間、かの地の対象者に処断の終を頼むと。』

 

 

『……了解した。ゼロに伝えて欲しい、手加減は出来ないが私は止めるつもりはないと。』

 

レイはそう言うとサカサキの住み処を出た。顔に赤黒い仮面、手に猩々緋の手甲、体に漆黒の天鵞絨と着衣を身に付け、腰には刃渡り一尺程の大型ナイフと、金色の紐を通した手のひら程の大きさの、翡翠の勾玉状の装飾、そして白銀の細工が施された朱構えの具足。魔導帝と呼ばれた当時そのままの姿で彼は住み処を後にする。

 

飛翔の魔法を行使し、アンブロス帝国領へとひとっ飛びしたレイは、山田の指定した対象者の方へと向かっていく。レイはそこから透視の魔法により、相手の情報を読み取る。

 

『人数は約三万か、ケイショーも中々酷な事を頼んでくれる!』

 

目下に映るその対象者とは、エメリャー侯の懐刀、ウラクラ・モゥド・バッハ五世伯爵と、バッハ伯が指揮するダークハウンドの戦闘兵士達である。私兵としての数は世界一、かつ、軍縮状態が続いている世界情勢でこれだけの数の兵士を動かせるのは、世界的に見ても異常と言う他ない。更に、魔法・鉄器大戦の頃よりは格落ちしているとは言え、大型の兵器の姿も見える。如何にレイが一騎当千の猛者と言えど、これ等を正面切って戦うのは簡単ではない。しかし、今の彼は死んでいる人間と同義、言葉とは裏腹に戦闘意欲は高い。

 

『平和を害する輩に、情は無用…タイラー、君が戦う動機だったね…目の前にいる彼等は、正にそれだ、このレイーラ・ゴラシ、今一度修羅となって戦おうぞ!』

 

 

 

 

 





レイーラの強さは、私が書く小説の中では最強に近いですが、私が書くと極端にチート無双させれないので莫大な展開は期待しないでくださいw


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その3 魔法と鉄器の香り


難産だった上に、タイトルも思いつかなかった……


 

 

レイが三万の兵士に戦いを挑む前日、とある男が険しい顔をしながら言葉を発した。

 

 

『エウロの狂犬め、何を企んでいる?』

 

エウロの副都、エルリラの市庁舎に顔を出しているのは、アンブロスの宰相、エメリャー侯。表向きは友好国であるアンブロスの実務首脳である彼だが、その裏では、反社会勢力をエウロ含む数ヵ国にけしかけ、更に交友のある暴力革命集団赤旗党を近隣諸国に潜伏させ、タイーラ連合国を瓦解させようと動いていた。

 

彼は元々、アンブロスの大公爵家ピョトール家の人間であり、自身は大公爵オロシュミールの次男と言う立場ながら、政治家として辣腕をふるい、自ら侯爵の地位を築き上げた傑物だった。アンブロスは帝政国家だが、実務は宰相が執り、各々の県の長(上級貴族が治める)との合議制により、国を纏めている。その為、県毎に兵士(正確には貴族達の私兵)を設けており、兵士の数はそのまま政治家の影響力となる。皇帝は首都に住む皇族筋による世襲であるが、宰相に関しては軍事力を保有する上級貴族から選ばれる。エメリャー侯は一代で平均的な一国の兵数に匹敵する私兵を保有、更には独自の税収や法律の導入で外交に消極的なアンブロスの中では友好関係を各国各都市に展開する事で莫大な富と政治的発言力を得た。その結果、大公爵または公爵が治める事が慣例化していた宰相の職にそれらの身分以外で初めて就任した。

 

エメリャー侯のアンブロス内での評価は、エウロの公安が警戒しているのとは裏腹に、高いものであった。侯爵位に上がってより30年、侯爵領たるマナディミール県の人々は、人種による身分制度を見直し、所得別の税徴収(日本のものに近い)、この世界においては革新的医療を受けれる病院の設置、首都モスウラージとを繋ぐ街道の大工事等、県民生活の水準を向上させた名君との誉れが高かった。だが、そのエメリャー侯が変化したのは、宰相に任命されてから六年後のちょうど七年前より始まる。帝国連邦の軍拡、奴隷、特にエルフの粛清(これについてはユナリンのせいもあるが)、裏社会との繋がり(尚、アンブロス内では特に問題にすら挙がっていない)と、まるで人が変わったかのようになっていった。更に、今までは融和政策でやって来た外交も、関税を釣り上げ、タイーラ連合国の憲章にかかるギリギリの取り締まりをも敢行する等、やり方が危険になっていた。

 

エメリャー侯がそれだけの事をしながら今まで特に問題にならなかったのは、同じ帝政でも絶対帝政であったカン=ムのユナリンのやらかしに比べるとまだ有情に見えたからかも知れない。しかしここ二年、リキッドや康江、ノインらの活躍により、カン=ムの内政が落ち着き始めると、エメリャー侯の悪逆にスポットが集まり始める。特にエウロの公安の活躍によって、今までスルーされてきた裏の顔が暴露されてきた形となった。

 

最初はエウロの一保安所の諸行と相手にしなかったエメリャー侯。しかし、段々と大胆になっていくその取り締まりに遂に彼自身が表舞台に出てこざるを得なかった。首都ではなく副都エルリラに来た理由は、国境の街である事と、エルリラの現市長がアンブロス出身者でエメリャー侯と繋がりがあった為である。エメリャー侯がエウロの狂犬と蔑んだもの、それはサカサキの保安所そのものをそう呼んでいた。犯罪件数の少ないサカサキにおいて、悪即斬とも言える苛烈な取り締まりを行う様は、確かにそう映っても仕方がない。かつ、裏の顔たる公安の方も当然耳に入っており、山田がエメリャー侯の尻尾を掴んだように、彼もまた、公安の尻尾を掴んでいた。違いと言えばこちらはトップである山田まで辿り着いていない事位か。

 

『タンジム、エルリラの次期市長選挙も近いのだろう?協力を惜しむな、見返りはやる。』

 

『勿論です、侯爵。ダークハウンドと赤旗党の繁栄の為に。』

 

 

『……ふぅ、何とかこの場はかわしました。』

 

そう口にするタンジム。実は彼はエメリャー侯の情報を入手する為のスパイをしていた。アンブロス出身者であったが、エメリャー侯とまともに繋がりを持っていたのは七年前以前の事であり、人が変わったかのようになって以来、上手くかわしているのだ。公安とも協力関係を築き、エメリャー侯の動きを公安に伝える役目を担っていた。

 

『通信使に伝える、この書簡を公安に一字一句違わず伝えよ。ゼロ、くれぐれも命は大事に……』

 

山田に伝えられた情報は、直ぐに公安を伝ってエウロの全保安所へと伝搬していった。

 

 

『親玉たるエメリャー侯が率いる本体が、街道沿いを来るか。内約は本体が四万、対して別働隊が三万か……タンジム市長によると、本体の兵士よりも別働隊側の兵士の方が手練れを擁しているらしい。先大戦以来の兵器を多数運用しているとの情報も耳にしている。』

 

山田はそれらを聞き、エスワンことレイに別働隊を叩くように頼んだのだ。先大戦の兵器の脅威について、この世界の人間にはもう馴染みがないのだが、山田には、元世界に似た兵器が存在する事を知っており、危険性を知っていた。

 

『奴らの保有している兵器、恐らくは俺らの世界で言うロケット弾に相当するもの……激しい光の尾を放ちながら、かなり遠くの固い目標を爆散させる歩哨兵器と行ったらあれしかない。まさかこの世界に存在するとは……出し惜しみせず銃を量産すべきだったか。』

 

山田は手持ちのオートガンをこの世界では製造してもらっていない。重火器の類いがもたらすのは、夥しい殺戮の様相、特に歩兵が銃で武装する事の恐ろしさは、元世界の戦争の歴史が証明していた。しかし、ここに来て、保安所の職員にだけでも持たせておけばと後悔の念が出た。幸いにも、本体はそれらを保有していないとの情報を得ていたので、別働隊を叩く強力な切り札が欲しかった。

 

『レイーラ、済まない。サカサキをはじめエウロには保安所以外の武力は保有していないのだ。それに、エウロ全保安所の職員が仮に出動したとして十万、かつ、先大戦の兵器に対応出来る程の練度は無い。済まない、捨て石のような戦いを頼んでしまって。』

 

山田は、サカサキの、ひいてはエウロの平安に関わる事態の打開の為、敢えて過去の英雄に命を捨ててくれと言う苦渋の決断をする事にしたのだ。

 

 

『ケイショウ……私は既に覚悟していたさ。だから気に病まずに、誇りを持って生きろ……ヴァルトゥアン・エフェ……分身せよ、我が命を以て!』

 

レイは詠唱すると、自らの体を百数十体に分身させた。実体を持った分身を作り出す禁術、嘗ての大戦では、高位の魔法使いがこれを用いて多方面への攻撃を可能にしていたが、作れる分身の数は精々三、四体が関の山であった。しかし、レイは史上最強とも呼ばれた魔法使い、作り出す分身の数が桁外れであった。

 

『我が命を懸けて、要らぬ戦の根は、ここで断つ!』

 

 

『大将!上空より無数の飛翔する人間を確認しました!』

 

アンブロスからカン=ムのダイゴを経由して兵を進めていた別働隊は、目の前に現れた宙に浮く人間に驚愕した。

 

『狼狽えるな!発破矢で沈黙させろ!』

 

別働隊の指揮官は、清蔵達の世界でロケットランチャーと呼ばれる武器に似たそれを、空中にいたレイと分身に向けて発射した。しかし、それを自由落下と飛翔の魔法を切り替えながら巧みにかわすと、レイは手のひらに炎の玉を作りあげ、分身と共に一斉発射した。火の玉は兵士に当たった後、爆散した。通常の魔法使いが行使する火の玉を放つ魔法は、炎が当たった兵士のみにしか作用しないが、レイのそれは、所謂手榴弾と言うべきものであり、標的に直撃した後、半径5mの物体をズタズタにする。しかし、それでも守備隊の持つ特殊盾により、被害は見た目程出ていない。

 

『火球の魔法だと?!先大戦時から使われている複合装甲盾が無ければ、被害が甚大になる所だった。』

 

『く……流石は鉄器兵団の流れの者達の子孫が多く残るアンブロスの人間、容易くは通らぬか!』

 

レイは今の攻撃で百も兵士を倒せなかった事に歯噛みした。空中にいれば相手武器の有効射程距離外から攻撃が可能であるが、先大戦の対魔法防御手段は衰退しているとは言え残っているのだ。苦戦は必至だった。

 

『ならば物理的触媒を行使させて貰う!ガヤード・モラ……隆起せよ!』

 

百数十体の分身による地面を槍状に隆起させる魔法を放つ。大地そのものを触媒に、魔力の量に比例した数の尖った地面を浮かび上がらせる。普通の魔法使いは精々一つの隆起を1m起こさせるだけでも疲弊してしまうが、レイは2m弱の隆起を、半径100mに渡って作り出す。元々あった物質の形を変えるだけの魔法であるため、魔法防御では防げない。しかしこの攻撃も致命傷を負わせられたのは100人程……物理的に頑丈な鎧によって、隆起による刺突死者はそれほど出ない。かつ、向こう側は発破矢とは別の兵器を上空に放つ。大型の弓を数発同時に放つ、射程の長い連発式クロスボウを放って来た。分身の何体かはそれに当たり、下へと落下、続けて容赦無く地上の弓兵が矢を射る、分身は消滅した。

 

『不気味な程に練度が高いな……これではこちらの身が持たない。』

 

レイは一旦更に高い高度に分身の半分を伴って上がり、全体を改めて索敵する。そしてレイは気付いたのだ、隊の中央よりやや外れた所にいる、人ならざる者の姿に。見た目は人間と変わらない、しかし、レイの優れた透視能力は、その正体をしっかりと捉えた。透視の力は、距離が近い程に効果を発揮するが、最初の索敵ではかなりの距離があったとは言え、見逃していたのだ。レイはその存在に歯噛みした。

 

『何故、心を持たぬ筈の鉄器の人形がこんな事を!』

 

 

その頃、タキアンダでは、更に深刻な事実を突き付けられていた。二つの封印が共に解けていたと言う信じられない事態に直面していた。

 

『なんと言う事だ……魔法兵団側の封印まで解けていたのか?!』

 

『はっ……チェンルンが開けてしまった鉄器兵団側の封印とは別に、あちらの方も……』

 

インシャクはその表情を変えた。初代はその詳細を口伝しなかったものの、仮に二つの封印が同時に解けた時、それは世紀末の世界が訪れる事を意味すると。故に、天族は一つだけ封印を解く力を与えられた。どちらかが解ければ、片方が未来永劫解けぬ強固な封印へと変質するそれへと……しかし現実は二つの封印が解けている、しかも同時期に。

 

『我々では、もう止められぬ。しかし、我々はあくまでも観測者、事の次第を記し続けるしかない……』

 

 

一方、封印の解ける切欠を作ってしまった当事者の一人であるチェンルンは、町長とワフラ、未来を交えて自分の過ちを改めて懺悔する事となった。未来からの提案で、溜めていた秘密を話すようにと言われたチェンルン。仕事に支障が無いようにと気を遣っての事だった。町長とワフラは事情を知っている為にその懺悔を聞いておきたいと快く申し出た。

 

『チェンルン……じゃなかった、あたしは、知っていると思いますが……天族です。天族はあくまでも観測者、ほんとは地上にいる誰とも関わっちゃだめなんですけど……ここに降りる七年前にロストワールドに降りちゃいました……』

 

未来に話した経緯と大方同じ事を話した。ロストワールドと言う単語を聞いて、ワフラは予め用意しておいた古い地図を取り出した。高祖父の代に使われていた世界地図は傷みが激しく、全く同じものの写しではあるが、そこに描かれている大地は、現存する国の集合体であるタイーラ連合国とは別の国が13も描いてあった。

 

『ロストワールドとは、現在不毛な大地と化しているこの辺り全てを差す言葉。人が住める大地の半分にあたるこの地は、魔法・鉄器大戦によってろくに草木も生えぬ死の場所となった。』

 

更にワフラはロストワールドにマークされている二つの場所を指差した。

 

『この二つの場所……ワシも高祖父の残した手記を調べていて気付いたんじゃが、一つは偉大な魔法使いたる魔法兵団の総帥、レイーラ・ゴラシを封印した場所、来るべき時の為に自ら封印を願い出たとあった。もう一つは……現存する国の皇族王族及び指導者の人間を抹殺するように造られた、鉄器人間と言うべき世界の更新者、ノヴァ・レギエンドを封印した場所ば。ノヴァ・レギエンドとレイーラ・ゴラシは、どちらか一方だけを封印解除出来るよう、タイドラッシュ初代連合国総長の頼みによって天族が封印解除の禁術を託されたもの……そう記してあるば。因みに二つの封印が同時に解かれぬように保険はかけていたと記してあるのだが……』

 

 

同時刻、エルフランドでは古文書を読み漁るノインの姿があった。リキッドに頼まれて、地図に記された場所についての詳細を調べる事になった。

 

『封印されし者、レイーラ・ゴラシ……タイドラッシュ・アトラと並ぶ先大戦の首魁……戦後、後の世の乱れが訪れた場合に備えて自らを封印する。封印のキーはもう一つの封印されし者たるノヴァ・レギエンドとのどちらかを解放した時、一方の封印を永久に解く事は出来なくなる仕掛けになっている。もしも仮に二つ同時に解かれる事があった場合、個人であるレイーラはともかく、人造兵器たるノヴァに少なくない不具合が発生し、埋め込まれた記憶以外の行動を為す恐れがある。世界の安寧を真に願うのならば封印に触れる事すらするべからず……

 

陛下の禁術実験による影響、確実に言える事と言えば、レイーラ・ゴラシの封印は既に解かれてしまったと言う事ね……今の世を見て仮に絶望する事があれば、破壊的衝動にかられる事も無いとは言い切れない。不安だわ……現に贖罪から封印の道を選んだカグヤ・ミトヅキも復活したし、このまま何か起こったら……』

 

その懸念は、現実となっていた。しかし、その現実が起こっても稀有になる程には現存の良心的人々が多く存在している事を、彼等は知らなかった。

 

 

ワフラ達が色々と話を進めていると、不意にドアをノックする音が聞こえた。町長が入る事を許可すると、そこにはカグヤが立っていた。

 

『カグヤ嬢、どうなされたか?』

 

普段は軽装で町を散策しているカグヤが、初めてナハト・トゥに訪れた時の姿になって町長達の前に現れたので困惑していた。普通の人間ならば振り回す事も出来ない長柄の斧を片手で軽々と保持する姿に、未来やチェンルンは身震いし若干半泣きになっていた。そしてワフラすらも無意識に警戒し、いつでも臨戦態勢に移れるように構えた。その様子を見たカグヤは、足元に得物を置いて丸腰になり、出来る限り怯えさせないように言葉を発した。

 

『町長、昔の知人の事で、少しお暇を頂きたいのですが……』

 

『ちょっとその前にいいか?そなた、何故殺意のような圧を身体に纏っておるば?』

 

可憐な声は、何処か覚悟の籠った印象を与えた。悪意は無く、彼女自身は限りなく善性である事はワフラも感じてはいるのだが、そんなワフラが警戒してしまうのは、彼女の身体を覆う、殺気のようなものだった。ワフラは取り繕う言葉無しに直球でそれを問うた。恋仲にある未来を怖がらせた事に対する苛立ちもあったのか、語気は強めである。カグヤは、目の前にいるワフラが、かつての戦友に何処と無く似ていたからか、はたまたワフラの雰囲気と機嫌を察したかは分からないが、正直に答えた。

 

『先日私の元に、封印の眠りについていた筈のレイーラ・ゴラシが現れました。あの人が何故現世に目覚めてしまったのかは分かりません。ただ、今の彼は、何か死に急いでいるような感じがしたのです。こうも言っていました、もし自分が過ちを犯した時に止めて欲しいと……』

 

レイーラ・ゴラシの名前を聞いて、皆絶句していた。チェンルンとワフラから聞いた、二つの封印の一つが、既に解放されている事を嫌がおうにも悟った。カグヤが纏っていた殺気とは、即ち、これからレイーラを止めに行くのだと言う意志の表れなのだと。一同が沈黙する中、町長はふぅとため息を吐いた後、カグヤに伝えた。

 

『良いでしょう、どちらにせよ、伝説の英雄を止める事は数千もの人間を集めねば無理ですからな。ただ、これだけは約束する事が条件です。必ずナハト・トゥに帰って来なさい。贖罪の念があるならば、死なずに、生を全うしなさい。』

 

町長の真っ直ぐな目は、かつての戦友であるタイドラッシュ・アトラを思い起こした。カグヤはその言葉と眼差しに、ハッキリと答えた。

 

『はい!約束します!』

 

 

 

 

 





バトル描写下手ですみません(。´Д⊂)無双嫌いな性分がバトル描写を邪魔しているのと、頭が悪いから展開が中々難儀してるのがもろ出てますね……後二話位かかりそう……


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その4 過去の精算

誤字脱字、そして書いている本人が内容を把握しきれなかったのと鬱状態だったので大分更新遅れました。だらだらと長い上にバカップル出ないので退屈やもしれませんがご容赦をば。

2023/6/13 新たに誤字脱字修正……間空いたから内容がチグハグや……


 

 

 

ノヴァ・レギエンド……大戦末期に造られたと言う、ドワーフの技巧派集団が造り上げた人型決戦兵器。稀少金属で造られた骨格と、形状記憶の液体金属で造られた皮膚を持ち、その液体金属によってある程度の隠密行動を可能としている。ノヴァを動かす制御魔力回路の目的は、魔法兵団の幹部を全て抹殺する事であったが、投入前に大戦は終結、魔力回路の書き換えが行われた。魔法兵団総帥レイーラと共に封じられる事になった時に、封印を解かれる条件を付けられる事となった。

 

・レイーラと同時に復活しない

 

・片方が復活した時、もう片方は永遠に活動を停止する。

 

・ノヴァによる抹殺指令は、復活時点での世界の皇族、王族、最高指導者ないしはそれに準ずる者の抹殺に留める。

 

・基本的にはノヴァ・レギエンド側より手を出さない。

 

重要な事は下二つだった。ノヴァの構成材料は生物よりも柔軟かつはるかに強靭である。ノヴァの緊急停止法は、ドワーフの技巧集団がもしもの為に用意しており、それを邪魔だてされぬよう、妄りに手を出さないようにとしていたのだ。抹殺指令が起動してバグが起こった場合、その被害は各世界の再構築規模になると予想されたのだ。

 

 

〔我々の記憶装置が稼働したと言う事は、ノヴァ・レギエンドの封印を解いたのであろう事は明確だ。天族が何をもって世界の危機と感じたかはその時代に生きてはいない我々にとってはもうどうしようもないだろう。だから、封印を司る天族の者には、もしもの備えをと思い、この記憶装置を遺す。

 

ノヴァ・レギエンドは、各国家の皇族、王族、最高指導者を抹殺するまでは稼働を停止しない事は聞いたと思う。暴発を防ぐ為に、封印を念入りにしたのだが、もし仮に、二つ共封印が解除された場合、暴走する。ノヴァ・レギエンドは人の形をした兵器だ。金属の骨格を持ち、骨格の無理が行かない範囲で表面の姿を変える、人に紛れ込む為に。不具合が起こった場合恐ろしいのは、ノヴァが人類の再構築を己の手で行うと言うもの……だがこの不具合と言うのは我が意図的に入れたものだ。この世界に住む大多数の人間が良識ある人間だと言うのは、大戦をくぐり抜けてきた我々が一番良く知っている。だから、僅かにしかいない悪意の塊によって憎しみの連鎖へと至る経緯もある事をも知っている。愚かな戦に発展したとノヴァ・レギエンドが判断した場合、ノヴァは確実に良識ある人類の敵に回るであろう。天族の子孫達よ、我より通達する。タキアンダより一切出るな。全種族がこの世から消えるまでな。最後に笑うは我等天族でなければならない。〕

 

高圧的とも捉えられそうなそれを見ながら、天族の幹部らは頭を抱えた、ある者は初代インシャクに対して罵声を浴びせたい衝動にかられた。天族が代々護ってきた書物の中に封印していた、記憶装置……五代目である現インシャクは、それを見て初代の傲慢さを悟った。その空気に堪えられなくなったタールンは、悩む皆の前で、総長の持つものとは違う記憶装置を取り出した。先祖が鉄器兵団の幹部から託されたと言うそれは、もしもの為にピットの家系が代々受け継いでいたものだったが、解放する時が来たのだと悟り、記憶装置を起動した。すると、そこには、鋭い眼光のドワーフが映っていた。

 

〔この記憶装置を見ていると言う事は、インシャクの奴が、都合の良い理由を付けて、そなたらへ正確に歴史を教えて無かったと言う事ば。私はヴァイシャ、鉄器兵団の幹部をしていた、大戦の歴史を書き続けた、メルビン・コーブと言う名であった老いぼれよ。そなたら天族は飛翔出来る、故に、ノヴァ・レギエンドが暴走した所で、空に留まっていれば、ノヴァが運転を停止するまで待っていれば生き残れると思ったんだろうが、インシャクの馬鹿者、浅はかに過ぎるば。奴は元々、我等鉄器兵団側を取るに足らん低俗な生物と思っていたからの。

 

そんな事もあろうかと、ワシはレイーラの了承を得て、ノヴァの制御を土壇場で既存のものから変える事にしたんば。勿論、インシャクの暴走の引き金を無効化する為に奴の目を盗んで秘密裏に改造してな。ノヴァの稼働に使われる力は火薬でもなく、霊薬でもなく、魔力……より正確に言えば、レイーラと天族の魔力の繋がりによって稼働するよう、ドワーフの技巧集団の技術とレイオウの部下の魔道具職人の技術を融合させた特注品ば。つまり、ノヴァはそなたらとレイーラが死なぬ限り、動けなくなる事は無い。それ処か、そなたらが存在し続ける限りは要らぬ犠牲が出続ける。

 

止める為の手段は、技巧集団の連中が言った事を一字一句間違う事なく正確に言うなら、インシャクの心臓を貫く事とされているが、これは比喩じゃから心配するな……簡単じゃよ、天族の戦う意思が無い事と、レイーラの嫌戦の意思を合わせ、ノヴァを説得する事。インシャクにはこの記憶装置の存在を教えないようにピットには伝えてあったから、今見てる人間達は初耳じゃろ?酷な事を伝えている事は解っている。じゃから今から何故このようなややこしい事をしてまで記憶を遺す事になったのかを伝えておかねばならぬ。〕

 

天族の幹部らは、記憶装置の映像を静かに見ながら、ヴァイシャの独白を聞いていた。

 

 

魔法・鉄器大戦も膠着状態を迎えた頃、鉄器兵団幹部は終結を強く願っていたが、魔法兵団の幹部の中には、不満を隠せない者が多数派であった。その代表格こそインシャクである。戦争終結後、表向きは天族を従え、今後一切他種族との関わりを持たず、世界の観測者となる事を公言していたが、ヴァイシャだけが、インシャクに対して、ある疑いを持っていた。この男は水面下で裏切るのではと。インシャク……雷神と恐れられた、天族の魔道師は、差別意識が強い人間だった。魔法を使えない鉄器兵団を常に見下し、命乞いをする者を殺す、過激派の急先鋒であった。停戦の使者を殺す事を画策したのも、彼の差し金であり、あろう事かありもしない情報すらでっち上げた。

 

ヴァイシャは他の鉄器兵団幹部同様、大戦の早くから停戦の考えを持っていたが、魔法兵団幹部の、特に過激派と呼ばれる者達のやり方については、嫌悪感を覚えていた。因みに魔法兵団側からの使者も一応は来ていたものの、徹底抗戦の使者のみで、停戦の使者が全く来なかった辺り、大戦が長引く事はある程度は覚悟していた。故に、ドワーフの技巧集団である彼等に、最終兵器を開発する事を依頼した。最小限の犠牲で最大限の効果を、魔法兵団幹部のみを抹殺するように建造を計画されたそれは、表面の液体金属を変質させて人間に擬態し、懐に入って暗殺すると言う、隠密に特化したものだった。強力な者が兵団の幹部となっている戦争故に、幹部を抹殺する事は大戦の有利不利はおろか、完全なる勝利が約束されたものであった。

 

〔しかし、そなたらが知っているように、魔法兵団総帥であるレイーラが直接使者として我々の元にやって来て、大戦は勝利者なき終戦を迎えた。結果ノヴァ・レギエンドは大戦に投入されずに済んだのだが、魔法兵団幹部だったインシャク、あやつは最後まで我々と握手の一つも交わさなかった。かくいうワシもあやつを信用出来なかったのもあるが。そこでワシは、封印を望んだレイーラに相談して、ノヴァ・レギエンドを封印の鍵とする事を頼んだ。レイーラも快く了承したば。インシャク、あやつは信用ならなかったので天族の幹部で人当たりの良かったピットに全てを託した。インシャクの事ば、大事な話は端折って伝承としたんだろう、現総長は何も聞かされておらん筈だ。かくいうピットも、インシャク死亡後に、記憶装置を一冊の何の変哲もない歴史書物として保管する形を取らせるようにすると言ったから、ピットの子孫も中身が記憶装置だとは話を聞いていたにしても驚いたろうの。〕

 

 

ノヴァ・レギエンドの復活、それは予言されたものだった。レイーラ封印前、レイーラは三つの予知夢を見た事を明かした。一つは、レイーラが400年後に復活する事、一つは、レイーラの復活と同時に、ノヴァ・レギエンドも復活する事、そしてもう一つは、観測者として不干渉を貫いた天族が、ノヴァ・レギエンドの封印解除により天族以外の全種族を滅亡された後に地上の支配者となる事を。

 

〔この記憶装置を起動したと言う事は、二つの予知夢は現実となったと考えて良いじゃろうな。だが、三つ目の予知夢、これは叶わせてはならぬ。天族はそろそろ、インシャクの馬鹿の呪縛から解かれるべきば。天族の意思が必要と言ったが、封印解除のもう一つの方法、無いわけでは無いが、それは単純故に難しい。ノヴァ・レギエンドそのものを破壊する事ば。あれは固さとしなやかさを兼ね揃えた骨格に、硬軟自在の液体金属の皮膚を持った鉄器人間、しかも主らとレイーラの魔力回路を直結された膨大無尽蔵な魔力による肉体強化により、腕力の類も人に非ず、破壊は容易ではなかろう。インシャクの馬鹿とは違う、真に平和を愛する天族のそなたらならば、きっと最善の解にたどり着けると信じておる。すまなんだ……後世に禍根を残す事になって……〕

 

記憶装置は、そこで途切れた。五代目インシャクたる総長は、ピットに向かって言葉を伝えた。

 

『因果なものだな、我々の祖先たる者が不寛容故に難儀な事を被るとは……』

 

『ほんとに、そう……ですね……』

 

ピット自身も同様だった。自分の数世代前の祖先が行った事など詳しくは知らされていなかった。知らなければ今までのように穏やかな生活のままで良かったと言う事実……そう落ち込む間もなく、天族の観測者の一人が会議室に駆け込んで来た。

 

『たっ、大変です!レイーラ・ゴラシと思わしき人物が、エメリャー侯の私兵軍と戦闘に入ったそうです!しっ、しかも、信じられぬ事ですが、観測者の者の話によれば、エメリャー侯の軍を束ねている者、人間ではない力を持っているように思えたとの事です!』

 

総長は事態が急変している事を嫌がおうにも悟った。総長は幹部らに呼び掛ける。

 

『これより我々幹部は、地上へと至る!観測者としての不干渉、それを解く時が来たのだ!』

 

タキアンダの上空、この日台地から近い集落の人間は、今まで見たことの無い光景を目にする事となった。後に集落の人間はこう伝承に残す。タキアンダの遥か上に位置する断崖から、百を越える翼を持ちし人間が、断崖を降下しながら、南方へと飛び立ったと。

 

 

レイは確信した。ノヴァ・レギエンドが人に擬態していた事を。しかし、同時に疑問にも思った。ノヴァが暴走して、各国に被害をもたらしているのならば、自分の感覚で既に見つけていたはずだと。この七年、レイは考えていた。ノヴァの暴走は全世界を震撼させる力があるのに、何故、その兆候が無かったのか?兵士らとの戦いの手を緩めぬまま、レイはそれに言葉をぶつけた。

 

『ノヴァ、お前に……人形に心が加わったと言うのか?!』

 

『レイーラ・ゴラシ……我が同志であるヴァイシャが慎重だったのだろう、全ては伝えられていなかったんだな。私は元から人形等では無く、心を持って生まれた者だ。骨格と皮膚に関しては察しの通りだが……内臓、特に脳に関しては生身の人間そのものだよ。』

 

『何……だと?』

 

『驚くのも無理は無い。非人道的な行為は魔法兵団程行わなかった筈の鉄器兵団が、鉄器と人とのキマイラを製造したのだから。尤も、魔法兵団の要らぬ力も加えられたのだがな。』

 

事実は何よりも驚嘆すべきものだった。しかし、レイは冷静になって考えてみたのだ。只の兵器ならば、わざわざ封印と言う形を取る必要もない、もっと言うならば、自立型の兵器等あの25年間に一度も登場していないのだ。人が直接扱うからこその兵器、この世界にはまだAI的概念はまだ存在しえていないのだ。しかし、目の前の者を見ると、そうでは無いのだろうかと勘繰ってしまう。しかし、兵器たるノヴァは、寂しげな表情を浮かべ、事実を述べた。

 

『貴方は既に察しているのだろう?そう……自立型兵器は結局実現する事は出来なかった。しかし、完全に頓挫した訳では無い。ある人間を素体として、一体が完成した……鉄器の肉体と、人間の心を合わせた、死に行くだけの私を依り代にして……ねぇ、レイ……覚えているかしら?私を。』

 

男の容姿と声と体格だった体が、突如変貌する。その姿を見たレイは目を見開いた。

 

『ピョードル・ナスターシャ、君なのか?!』

 

『アンブロシア防衛戦以来ね……』

 

現アンブロス帝国の前身、アンブロシア合衆国において、ナスターシャはレイと一騎打ちを繰り広げた。自慢の弓と薙刀により、レイと激闘を演じた末に敗れ、重傷を負った。

 

『死んではいなかった事は聞いていたが、まさかそのような姿になっているとは……』

 

『ヴァイシャ、いえ……メルビンに頼んで兵器として復活したのよ。技術的に難しかったらしくて、大戦終結後になったけれど……』

 

レイはやはり信じられないと言う感じだった。確かに終戦宣言の時、彼女の姿は無かった。表向きは復興活動の多忙さ故に顔を出せないと言う事になっていたが、真実は、ナスターシャとしてではなく、人形兵器ノヴァ・レギエンドとしての復活。彼女自身が兵器のコアとなった事はレイだけでなく連合国大統領であるタイラーにすら秘匿された。

 

『私には既に大きな子供もいたし、その子供がアンブロスの代表として国の復興の指揮を取っていたから、私自身の命の心配なんて端から頭には無かった。もとより、貴方に付けられた戦いの傷のせいで、五体満足に生きる事は出来なくなっていたけどもね。首から下の状態は酷いもので、よく死ななかったものだと医師に言われたわ。』

 

鉄器兵団には回復魔法を使える者は殆どいない。もとより、魔法兵団にほぼ全ての魔法使いがいるので、鉄器兵団側が戦いの怪我を回復する方法は外科手術に頼る他は無い。ナスターシャの肉体は、四肢の欠損と主要な臓器の損傷、頸椎の損傷と言う致命傷に等しかったが、医師らの懸命な手術により、一命を取り留めたのだ。

 

『貴方と戦った当時は確か大戦後期、ちょうどカグヤちゃんと入れ替わる形だったわね。私の息子とそう変わりない子が戦争に駆り出される姿を、自由のきかない体で見送る事しか出来なかったのはとても苦しかったわ。』

 

『しかし、君は……怪我を負った後も、軍団を指揮して我々との戦いを継続したと風の噂で聞いた。鉄器兵団唯一の強硬派と言われる程の苛烈さをもって……』

 

『そっちの好戦派インシャク、あのいけ好かない男と取り巻きの五月蠅い女二人に対しての印象ははっきり言って最悪の一言だった。ねぇ、覚えている?私とキョーイチが大戦の中盤に停戦の場を訪れたのを。』

 

ナスターシャは静かに語り始めた。

 

 

鉄器兵団の人間は、魔法を使えない、言ってみれば清蔵達の世界と同じような人々だった。そして鉄器兵団の半分は農民であり、実は戦争の士気そのものは全然高く無かった。農作業に追われながらの兵役、所謂足軽であり、戦いの激化は総じて望んでいない事だった。

 

とは言え、苛烈な魔法兵団の遣り口に応戦せざるを得ず、農具を作っていたドワーフらは手先の器用さで多くの武具や兵器を作り、順応性の高いヒューマやオーガ、ゴブリンらがそれを使い、魔法兵団と互角に戦い、大戦が始まって七年程経過した頃には、膠着状態にまで持ち込んでいたのだ。

 

大戦が長引き、身動きの取れない状況になれば、農民は作物を育てる暇もない。そこでナスターシャは、農民出身である自身とキョーイチ・オガマルの二人で停戦交渉をしに行く事となった。大将であるタイラーもこれを了承し、魔法兵団側との領地の狭間にある、ハーン連邦で停戦交渉をする算段になった。

 

『今思えば、あの時総帥である貴方がいなかったのははっきり言って不覚だったわね。こっちの総帥であるタイラーは農民の支援に当たってたから一緒にいなかったのだから仕方無かったけど、貴方は確かあの時は他の幹部と同じ場所にいたはず……』

 

『ああ、その通りだ。私もあの時には嫌戦の雰囲気を感じてはいたが……正直な話、まだ君達が怖かった。特に好戦派と呼ばれた君とキョーイチの話を信じる程には、友好的ではなかった。』

 

魔法兵団側の停戦交渉に顔を出したのは、強硬派の三人。東方の魔女、ラン・リョービ、火焔姫ミクニ・ナスカ、そして雷神インシャク・ティランド。各々が当時少数派の種族で不遇な扱いを受けて来た者の長である。対するナスターシャやキョウイチは多数派であるオーガであり、かつ農民の出自と言う、ある意味真逆な存在と言える両者。かたや少数派で差別されてきたが種族の一番頂点に立つ戦闘者、かたや多数派で差別は無いが、農民の出自であくまで庶子の代表としてやって来た者、話は平行線処か、魔法兵団側の答えは鉄器兵団にくみする者すべての存在が消えるまでは終戦としないとまで言ってきたのだ。ナスターシャとキョウイチは已む無く交渉を諦め、ハーン連邦を足早に出る事にした。しかし、交渉の場から離れた瞬間、二人は潜伏していた魔法使いらによる襲撃を受けた。ナスターシャを庇う形で前に立ったキョウイチがそれらを追い払ったものの、その後も天族の兵士による空からの急襲等を受けた。辛くも国外を脱出した二人だったが、ナスターシャを庇ったキョウイチはかなりの重傷を負い、ナスターシャ自身も背中に火傷を負う等、命の危険に晒された。強硬派三人に対する怒りは、大戦終結後も三人が一切詫びなかったと言うキョウイチの発言により(この時はまだナスターシャは生身だった)、封印が解かれた後も彼女の記憶に強く残る事になる。

 

『ねぇ、レイ……あの時の三人の答えは貴方を含めた総意だったの?本音を聞かせてちょうだい。私の子孫の国であるアンブロスが未だに魔法を使う者に対する嫌悪感が残ったままになってるの、平和で平等な時代の訪れが来たと言う歴史書の記述と全く違うなんて、おかしいじゃない?』

 

『ターシャ……三人は既にこの世にいないから言おう。やり過ぎだとは思ったが、当時の我々が徹底抗戦の気持ちだったのは事実だ。済まなかったと言っても、収まるものじゃない、私もそうだったから。逆に聞こう、ターシャ。君がこうして自らの体を捨ててまで復活の時を待っていたのは、復讐の為なのかい?』

 

『……復讐の気持ちが無いといったら嘘ね、でも本心は違う。私がこうして裏社会の人間と組んだのも、貴方が新たな混沌の中で、あの三人と同じ過ちを繰り返してしまわないかの確認をする為。』

 

『しかしその過程で多くの無関係な人間、特に何も犯してない人間を巻き込んでしまった事はどう説明する?!何故こんな酷い事を……何故こんな回りくどい手を?』

 

『私は兵器として造られている途中に、自殺を出来なくされる装置を組み込まれているわ、しかも私を停止させる資格のある者の前でしか、私のこの姿を晒せない。だから鉄器兵団側の遺した最大の汚物として、最低な部分を、貴方と、天族の先祖のお馬鹿さん達に付き合わされながらも前を向いた現在の天族、そして……今の世界で弱き者を虐げているピョードルを捕らえようとしている貴方の恩人達に、私を直接葬って欲しいのよ。今ここにいる者達は、私の洗脳下にある、つまりは終わらせるのも私の自由ではある。ただし、兵器としての定めかしら……ただそのまま死を受け入れる事を許されないように改造されてるの。だから……私との戦いに勝ってみせなさい!』

 

会話中完全に思考停止していた兵達の攻撃が再び激しさを増していた。レイはナスターシャの意志が固い事を知ると、再び分身を増やし、攻撃を強めた。

 

『判った、ならば終わらせよう!ターシャ、いや、ノヴァ・レギエンド!この時代に、過去の遺物は不要!共に消え去れ!』

 

 

その頃、山田はエメリャー候の私兵がエウロの街道に差し掛かった事を悟ると、エウロの連邦政府より派遣された軍と、サカサキ、エルリラの保安所職員の合同部隊を従えて、サカサキより数十km地点にて防壁を構えた。連合国憲章に引っ掛かる関所の設営にギリギリかかるかどうかの行為であるが、エウロ政府の働きかけにより、一時的なものを建造する許可を連合国大統領に認められた形で実現した。保安所職員としての山田の働きは表世界でも評価されており、その所縁から各所にパイプがあったのだ。

 

『ノコノコとやって来るとは。悪党も肥大すれば頭が回らなくなると言うが……俺達公安を甘く見ない事だ。』

 

山田は、斥候による情報から、ここより百kmの地点にエメリャー候が来ている事を確認、更に情報が続く。

 

『シラガネ子爵のハクセンカイの強兵が付いているとの情報が入りました。』

 

山田はシラガネと言うワードを聞いて僅かに顔を歪めた。明らかに元世界の人間の名字、そして、木尾田が殉職し、自身の生き方を変える切欠を作った元凶、四代目白戦会組長、白金信一(しらがねしんいち)、本名を司由伸(つかさよしのぶ)と言う。木尾田の心臓を撃ち抜いた弾丸を放ったのはこの男であり、山田の心臓を撃ち抜いたのはこの男の側近だった赤軍新党の主席だった。

 

『忌々しい、この世界でも白戦会を名乗り、あろう事か子爵にまでなっているとは……白金、貴様は死ぬべき男だ!』

 

山田は此方の世界に来て一度も撃たなかったオートマチック拳銃を取り出した。残弾は残り三発。使う事が無い事を祈りながらその時がやって来た事を悟った。

 

(神様とやらは時に残酷な事をする、この世界でも悪党を放つなんてな。だがそれは、俺達の世界の始末は、俺達自身の手で着けろと言う啓示……俺はそう受け取った!)

 

山田は、既に転移者の不届き者を数名始末している、悪党であれば命を刈り取る事に戸惑いは無い。だが、サリー達はどう思うだろうか?特に清蔵は殺す事に対しては例え悪党でも良い返答をしなかったし、関白にまで上がり、この世界で命のやり取りを経験している康江でさえ、出来る限り相手を殺したくないと言う考えである。

 

「随分と俺の手は血で汚れてしまったな……もしも報いと言うものがあるのなら、サリー……君を抱いてやれない事が最大の報いなのかも知れない。」

 

そう呟くと、山田は拳銃を懐にしまい、部下達に視線を送る。彼等は公安発足以来のベテランであり、山田の人柄に惹かれた者達である。仕事もテキパキこなし、どんな危険な任務も顔色一つ変えず遂行する。そんな彼等でも、今回の仕事がかつて無い激しいものだと感じているのか、皆緊張と焦り、そして恐怖の色を隠せないでいた。公安のエリートと言っても、仕事を離れれば一人の人間なのだ、彼等が本来気さくで楽しい人間である事は、山田が一番知っていた。だから表情に出そうとも責めるような野暮はしなかった。

 

(みんな良くここまで付いてきてくれた。この仕事が終わったら、長めの休暇を取らせよう。)

 

そう思うが、仕事が一段落するまでは決して口にはしない。口にすると最悪の結末が来ると言うジンクスがあるのを自分自身が経験している為、山田は黙して、目の前の事に意識を戻した。

 

 

同時刻、カグヤは駿馬に跨がり、レイの戦っているであろう方向を目指していた。馬を休めながら長い距離を驚異的な速度で駆ける。街道へと進路を変えて暫く進んでいたその時、上空に羽を背負いし人間が百余り、彼女の前に降り立った。カグヤは馬を止めて下馬し、彼等の前に立った。平均して160cm程の小柄で細い肉体、肩甲骨が変化した白鳥のような翼、天族であると直ぐに分かった。

 

『天族ね……私は、カグヤ・ミトヅキ、贖罪の為に自ら封印を望んだ者よ。訳あって現世によみがえったけれど、その説明は後……』

 

『十英雄最年少のカグヤ様ですか……この度は我が祖先の不寛容により様々な悲劇が起こった事をこの時になるまで知らなかった無礼、お許し下され。』

 

『今さら謝罪なんていらないわ、終わった事だし。それより今分かっている事を伝えなさい。』

 

カグヤは敢えて冷たさを感じる言葉で彼等に話す。魔法兵団幹部の身勝手さに対する静かな怒りと、現在彼女を受け入れてくれた現代の人々を巻き込む事への哀しみ、それらを悟られまいと、大戦当時の雰囲気を纏っているのだ。顔は兜のガードを下げているので、口元しか見えていない。カグヤは静かに言葉を紡ぐ。

 

『レイーラさんの元へと行くの、邪魔をするなら相手するわ。』

 

『いいえ、邪魔は致しません。ただ……我々も同行致します、天族の総意が、戦う意志が無い事をノヴァ・レギエンドに伝えねばなりませぬ故。』

 

五代目インシャクのまっすぐな言葉と眼差しを感じたカグヤは、殺気を抑え、穏やかな顔で答えた。

 

『付いて来ないで……と言っても意志は固そうね。いいわ、ならば一緒に行きましょう。』

 

 

ノヴァの軍団とレイとの戦いは、ノヴァ側が圧倒していた。大戦時ですら一人で一度にここまでの数と戦った経験が無い上に、ノヴァの指揮能力の高さが相まって、分身の殆どを喪失していた。

 

『はぁ、はぁ……つっ、強い!』

 

レイは素直にそう感じていた。大戦当時の鉄器兵団は農民達ばかりであったが、目の前にいる軍団はエメリャー侯の私兵であり、戦闘の専門家である、練度に大きな差があって当然である。また、数は一万以上減らしたにもかかわらず、一向に減ったと言う気がしなかった。ノヴァの洗脳により、恐怖の箍が外れている為、高密度かつ戸惑いの無い攻撃を繰り返されては、流石のレイでも気力を削がれるのだ。

 

『フフ、歴代最強の魔法使いと言っても、人間である事に代わりは無いわね。体力も既に限界と見た。』

 

そこにノヴァが容赦なく事実をぶつけていく。十英雄一の頭脳と呼ばれた彼女に嘘偽り、精神攻撃は一切通用しない。かつ、一鉄器兵団の長として、魔法兵団の総帥に情けはかけないと決めているのだ。

 

『足元もふらついているし、飛翔魔法を維持できないようね。分身も展開する余裕が無いし、何より脂汗をかいている今、使えて自己犠牲魔法と言う所でしょ?』

 

『くっ?!』

 

全てを見透かすようにノヴァが言葉で攻める。図星だった。死にぞこなった分身の一部が自己犠牲の爆発技を一回使っているのを見て、既に完璧な対策を構築しているのだ。本体であるレイの自己犠牲魔法は分身とは桁違いの威力を持つが、それに関しても既に反転攻勢をかけれる策を講じており、効果は見込めそうも無かった。

 

『無詠唱発動程度の魔法では我々には傷一つつけれない、詠唱発動は口さえ封じれば怖くないし、触媒魔法は激しく動きながらは発動出来ない。そして、貴方の肉体強度は常人に毛が生えた程度……仲間を待つにしてもここまで来るのにまだ時間が掛かる、どうあがいても詰みね。降参したら?』

 

事実、事実、そのまた事実。レイは万策が尽きていた。遥か後方に天族の影らしきものが見えたが、百余りの数では焼け石に水であろうと悟った。万策尽きていた、ある例外を除いて。

 

『……間に合わない、それは事実だ。しかし、ノヴァ……あなたは一つ忘れてはいないか?』

 

『何?』

 

『一騎当千の傑物、現世によみがえった者が我々だけでない事を……』

 

レイは口元に笑顔を称えたまま、ノヴァの兵士の弩弓を胸に受け、その意識を手放した。薄れ行く意識の中で最後に見たのは、深紅地に金の装飾をあしらえた赤い鎧兜を身に纏い、長柄の斧を持って大地を踏みしめる長身の女性の姿だった。

 

 

『エスワンの生態反応が、消えた……』

 

エメリャー侯の本体を叩くために陣を構えていた山田は、腕に填めていた特殊リングの光が消えた事に戸惑った。元々無理を承知でレイに別働隊を叩いてもらうつもりだったが、レイの死に関しては想定していなかった。

 

『済まない……あんたを死に追いやるような無茶をさせて……だからこそ、目の前に見える輩は、俺達が必ず……』

 

気合いを入れようと声をあげるが、動揺が静まらない。七年間で築き上げた友情関係を、たった一度の無理強いで失ったショックは大きい。ふと、少し前に再開した友人らの姿がフラッシュバックした。

 

〔啓兄、もう少し柔らかくならないと駄目だよ、今の啓兄見てるとさ、氷のロリータなんて言われてた時のあたしみたいになりそうだもん、だから全部失っちゃう前に、変わろ?〕

 

〔山田……正義感が強いのはいい、でも苛烈過ぎるといつか大切な人を傷付けてしまうかも知れない……僕が言うのもなんだけど、奥さんを泣かせちゃダメだよ。〕

 

〔山田、俺はお前の頑固さが危ういと思う。なんつーか自分を追い込み過ぎて周りのアドバイスが聞こえなくなるっつーか……まっ、おまいうだけどさ……ちょっとずつ固さを取って楽に行こうぜ、なっ?〕

 

親友達の言葉が頭を巡った。周りの人間に無理強いをさせるような行動を、無意識に取っていたのかと、山田は声に出せない声を心であげた。今はまだ動揺を仲間に伝えてはならない、山田は虚ろになりかけた自らの頬を張って部下に伝える。

 

『エメリャー侯と白金子爵、この二人は絶対に生きて捕らえよ。兵士は逃げる者は追わず、投降の意思を見せた者は助けろ。元凶を押さえれば、全てが終わる。みんな、済まんがお前達の命を、力を貸してくれ。』

 

いつもの厳しさとは違ったすっきりとした顔でそう言う山田を見て、部下達は応と応え、拳を突き上げた。

 

 

カグヤと天族の一団が現場に到着したのと、レイの胸が貫かれたのはほぼ同時だった。

 

『レイーラさん!!』

 

兜を外し、斧を手放し、レイのそばに寄る。命はまだ消えてはいないものの、胸を太い弩弓で貫かれているのだ、状況としては絶望的だった。

 

『そんな……レイーラさん、なんで……』

 

カグヤは涙を流しながらレイを抱き締めた。天族の一団も状況を察したのか、レイの周りに近付く。

 

『まずい!心臓を貫かれている!おい!回復に心得のあるもの、みな集まれ!完治は無理でも、今ならまだ助けられるかも知れない、急いでくれ!』

 

天族の一団から数名の者が出てきた、その中に、チェンルンの父、タールンの姿もあった。

 

『脊椎は完治は無理かもだが、心臓ならばどうにかなりそうだ!カグヤ様、ここは我々がレイーラ様を助けます!貴女は残りの仲間と共に、ノヴァ・レギエンドと〔対話〕を!』

 

『みんな、ありがとう……レイーラさんを、お願いします。』

 

涙を拭きながらカグヤは目の前の輿に鎮座するノヴァを見据えた。ノヴァはその姿を、ナスターシャの姿に変化させた。エメリャー侯の私兵は再び、時でも止まったかのように動きを止めた。

 

『貴女とは初めましてに近いわね、カグヤちゃん。見なさい、この体を。』

 

ナスターシャはおもむろに服を脱いだ。肌色のグラマラスな股体、それが銀色の金属光沢に変わった。髪の毛の部分も体と一体化し、登頂部は丸い輪郭を残すだけ、美しかったであろうナスターシャの体のラインのみを残して、人間だった頃の特徴は、赤い瞳だけとなった。

 

『ノヴァ・レギエンド……戦う為だけに創造された存在。本来ならば封印が解けた後の私の心は無かった筈、そう望んだから……でも何処の誰の仕業かは分からないけど、封印が同時に解けたお陰か、意識を押さえ込む装置が作動しなかった。』

 

ナスターシャは自分自身の意思をもってこれまでの諸行を行った事を認めた。ノヴァ・レギエンドの魔力制御装置、所謂安全装置は三つ存在し、一つがナスターシャの人格を押さえ込む装置、二つ目が魔法兵団幹部の殺害を抑制する装置、三つ目が鉄器兵団幹部の殺害を抑制する装置であった。基本的に時の権力者のみを殺害する事を目的としたのがノヴァ・レギエンドの本来の役目であり、大戦当時の人間が仮に現れた場合、力を持たなくなるように出来ていた。これは、人によっては500年生きる可能性もある寿命を持つハイエルフであるレイオウに止めに入ってもらう事を想定したものだった。しかし、大戦当時の生き残りは自分を含め三人、かつ、二つ目の装置はバグで作動しなくなった為、魔法兵団側では動きを止められなかった。ノヴァの動きが止まったのは、三つ目の装置が辛うじて異常がなかった事によるものだった。カグヤの到来により、ノヴァ・レギエンドは一時的に動きを止める形となった。

 

『もう、戦わないでいいんです……私は今、ナハト・トゥと言う町で、静かに暮らしています。二度と、あのような戦争を起こしません。』

 

『貴女の言葉に嘘は無いようね……でも、天族の答えを聞きたいわ。私は天族に奇襲を受け、背中に火傷を覆った。この体になっても、その時の事を忘れぬように、背中に残しているのよ、見て……』

 

金属の股体を反対に向けると、背中のその部分だけに色を浮かび上がらせた。生々しい、火傷の跡は、皆が目をおおう程に深いものだった。

 

『さあ、出て来なさい、現代のインシャク!私を納得させなさい!』

 

ナスターシャは、赤い双眼をギラギラと輝かせながら、天族に向かって叫んだ。この傷の痛みの信号は、終生屈辱を忘れぬようにと言うナスターシャ本人が望んでつけたものであり、傷の再現も同様である。やはり、天族に対する憎しみは消えていないのだ。その様を見ても、現代のインシャクは臆する事なく、その瞳を見ながら前に出た。嘗てのインシャクの生き写しと見紛う程、目の前の彼はインシャクそっくりであった。唯一、そして大きく違うのは、インシャクとは対照的に穏やかな瞳をしていた事。

 

『ノヴァ・レギエンド、いや、鉄器兵団のピョードル・ナスターシャ様でしたね?是非お話ししとうございました!』

 

声質もそのまま、しかし言葉には優しさが伝わる。嘗てのインシャクは敵対の眼差しと言葉しかナスターシャには記憶がない。

 

『我々天族は、初代インシャクの言葉に従い、他種族の干渉をせず、タキアンダ台地でひっそりと生活しておりました。しかし、この度の件で、初代インシャクの黒歴史が明らかになり、我々はかの者の取り決めを守る理由が無くなりました。我々はもう、初代インシャクの呪縛より解かれるべきだと思い、タキアンダ台地より降りて参りました。』

 

『そう……少しだけ、ほんの少しだけではあるけど、傷の痛みがひいていくような気持ちになったわ……それで、貴方達は現人類をどうするの?答え次第では私はまた無慈悲な鉄器へと戻るわよ。』

 

話は通じると感じてはいるものの、それだけでナスターシャの怒りが収まる訳が無かった。現代インシャクも他の種族との交流もない上、言葉に窮していた。その時、彼等の横から声が聞こえた。

 

『みんなー!チェンルンだよ!』

 

『ナハト・トゥの警察署長、ワフラ・ヴァイシャば。話は聞かせて貰ったど。』

 

『カグヤさん、ごめんなさいね。心配になって付いてきちゃった。』

 

『さっ、三人共、どうやってここに?!』

 

驚くカグヤとは対照的に、ワフラはチェンルンの肩を叩いた。

 

『我が署に天族の部下がいた事を忘れておらんか?魔法はてんで出来ないと言っていたが、飛翔魔法だけは得意だとも言ってたんで無理を言って運んで貰った。』

 

『さっ、流石に二人を篭に乗せて長い距離を飛んだから、つっ、疲れちゃった、ははは……ひっ、非力だもんねチェンは……』

 

『いや……そなたは救世主だ、卑下するでない。』

 

『ふぇ?……あっ、ありがとです……』

 

そう言ってインシャクは肩を叩き、チェンルンに最大の賛辞を送った。チェンルンはきょとんとしながらも、初めて一族の長に誉められた事を素直に喜んだ。

 

『さっ、集まった所で話を聞きたいの。』

 

チェンルンが息を整えている間に、ワフラは治療を施されているレイの顔を見た。土気色をしてはいるものの、胸に開いた穴は殆ど回復しているようだった。治療に回っている天族の者らは、大きく汗をかきながらも必死に治療を続けていた。治療の魔法は自分の生命力を移すと言う原理故に、各々の生命力を削る中々にきつい魔法ではあったが、天族の治療師達の誰も嫌な顔一つせずに懸命な治療を続けていた。レイが心配無い事を確認すると、ワフラはナスターシャの前に進み出た。ナスターシャは嘗ての仲間に酷似したワフラに穏やかな瞳を向ける。

 

『お初にお目にかかる、ワシはワフラ・ヴァイシャ。高祖父が世話になったそうで。』

 

『甲斐未来です、ワフラさんのこっ、こっ恋人です!』

 

『ピット・チェンルンです!天族ですけど、色々あってこの人達と仲良くやってまぁす☆』

 

ナスターシャは三人の顔を覗く、全員が善人であるなと察した上で、尚問うような言葉をかける。

 

『平和を享受しているメルビンの子孫、恋人、そして、その子孫と仲良くしている天族ね、素晴らしいわね……ところで貴方達はこの三人のように仲良く手を取り合う意思はあるのかしら?』

 

個人間での交流等、珍しくはない。ナスターシャ本人も、個人的に仲良くなった魔法兵団の人間がそれこそ沢山いた。問題なのは部族、あるいは種族間でそれが出来るかどうかなのだ。ナスターシャは今、天族総意の覚悟を聞いているのだ。

 

『我々はもう、覚悟は決まっております。国の所属は、タキアンダ台地がアンブロス領内にありながらどの国家にも属していない事から、それぞれの好きな国で、一般市民として生活してもらいます。背中の羽根については、差別意識の強い地域では無い限り、隠す事もありますまい。なんと言いますか、初代の愚か者による悪夢はもう見る気に等なりませぬ。』

 

何処かスッキリした顔で、インシャクはそう言葉をかけた。元より二代目の時代辺りから、強力な攻撃魔法の類いは殆ど失伝しており、平和な暮らしに慣れきっている彼等が、リスクを侵してまで敵対、戦争に結び付く行為に与する理由が無かった。ナスターシャはその回答に満足したのか、金属光沢状態からナスターシャ本来の姿に戻ると、洗脳していた兵士達に術をかけ、武装を解除、衣服すらも脱がせると、街道を引き返すように操った。

 

『エメリャー侯の領まで洗脳が解けぬようにしているわ。ただの情けない性犯罪者として、奴等は暫く大人しくするはずよ。首謀者たる私は、そうね……』

 

そう言うと、ナスターシャは輿に積んであった磔刑台を指差した。

 

『現代の正義の名の下に、裁かれる事を望むわ。何れにせよ、私が兵器として生まれ変わった時点で、既に死んでいる、覚悟なんて遠い昔に出来てるわ、遠慮は無用よ。』

 

 

こうして、別働隊は、エメリャー側の敗北、そして、隊長たるノヴァ・レギエンドことピョードル・ナスターシャの捕縛により、公安の脅威の一つは取り除かれた。残る憂いは山田達本陣のみとなり、エメリャー侯は知らず知らずのうちに追い詰められていくのであった。

 

 

 

 




長っ、そして終わらんのかいと突っ込み来そうですが、次話で番外編完結です。

※割と加筆修正しました。


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その5 終幕、新たな未来へ

その6と7とかに分けても良かったけど、とっとと番外編終わらせないと本編始められないのでこんな長くなりました、サーセン。最後にバカップル帰ってきます。しかしシリアスは難しいなぁ……

2023/3/21 誤字脱字修正作業がある程度終わってきました。次話は夏位には投稿出来るよう善慮します。


 

 

山田は動揺していた。レイが死ぬ事を頭に入れていなかった、慎重派の山田としては先ずあり得ない動揺、それは何処かに、目の前で親友を失った傷から立ち直れていない所があったと言うべきか。

 

しかし、エメリャー侯がそんな動揺を残したしたままで捕まえられるような相手ではない。権力醜い貴族の権力争いを、名実共に束ね、終結させた豪腕、兵士としての登用は身分を問わずに合理的な戦闘術を学ぶ。貴族出身者のボンボン等は即ふるいにかけられ、叩き上げで成り上がった実力者が兵士を纏める。故に、盗賊の頭領だったり、人身売買の移動商人だったりと、裏社会の権力者すら味方につけた。山田は中々収まらぬ動揺を表に出さぬよう、その時を待つ。

 

 

実力主義を掲げるエメリャー侯の力、それは皇族達の信頼を勝ち取り、政の最高位である宰相へと登り詰めた。カン=ムのユナリンが彼と接触が無かったのは僥倖と言えた。政に疎く興味の無いユナリンの外交レベルは壊滅的であり、エメリャー侯ともし顔を合わせていたのなら、合法的に国盗りを達成された可能性が高かったからだ。そのエメリャー侯、彼が暴君的振る舞いを始めたのは、ノヴァ・レギエンドとしてナスターシャが洗脳術を使い始めた頃からだった。ナスターシャは現在のアンブロス南部の庶民であり、貴族に対する考えは否定的であった。エメリャー侯の掲げる実力主義の実態を見て、彼を水面下で愚鈍化させる事を決意した。実力主義、聞こえだけならば悪く無いのだが、実のところ、エメリャー侯は自分以外の人間を、立場の強い皇族達すらも「道具」としてしか見ていない。役に立つ者は重宝するが、少しでも役に立たぬと判断したが最後、どの身分にあろうと処分する。

 

だが、身分に関係無くそれを行うと言いつつも、貴族出身者が処されるのは稀であり、そこがナスターシャの癪に障ったのだ。ナスターシャは復活後に本能的に故郷であるアンブロスへと流れた。その中でエメリャー侯に接触、洗脳して自分に引き入れた。因みにナスターシャが洗脳術を使えるのは、体に組み込まれた赤い魔石(手の平程もあるルビーに酷似した魔石、レイーラと天族の魔力とリンクするもの)による無尽蔵に近い魔力と、記憶装置と同時に組み込まれた簡易催眠術によるものである。これ自体に完全な催眠術をかける力は薄いのに完全洗脳出来る程の力が発揮されたのは、魔石の膨大な魔力によるものであろう。勿論ナスターシャは洗脳する者を選んでいた。悪意、特に深層心理の部分で悪意の強い者のみを洗脳するよう自分に言い聞かせてそれを行った。魔法はイメージ力に左右される、彼女は魔法を使えない鉄器兵団側の人間ではあったが、幹部として多くの人間を指揮してきた傑物である、イメージする力そのものは魔法使いに負ける謂れは無い程強い。そこからは盗賊や人身売買の者を表立って暴れさせ、世界最大の脅威をこの世界の人間に消して貰う為のサポートを影ながら行ってきた。

 

結果的に罪の無い人間を数多く巻き込み、自らも正真正銘の醜悪な犯罪者となってしまったが、ナスターシャは自らを過去の遺物であり、消えるべき存在だと思っており、エメリャー侯と共に歴史上最大の汚物として裁かれる事を望んだ。ナスターシャ捕縛と別働隊の敗走の報は、洗脳下にある伝令によってエメリャー侯に伝わる事となる。

 

 

その頃、数日前に休暇を取り、アンブロス南部に向かっていたノイン。個人的に嘗ての大戦の遺物が気になって、ノヴァ・レギエンドが目撃されたと言う周辺にまでやって来たのだ。康江からは、もし何らかの不利益があった際の為に、皇帝待遇の証を渡され、もしもの時は権力の行使と独自交渉権を認可されていた。康江いわく、

 

『ノインさんが気になるものって、やっぱり危険が伴いそうな感じがするんだもん。同性の、女の勘ってやつかな?ノインさんがいなくなったら、カン=ムは大きな損失だよ?』

 

と言う事だった。

 

『関白殿下はああおっしゃってくれたけど、休暇の、しかも私個人の調べものの為にここまで権利を渡すなんて……』

 

ノインは父アールに似て真面目な上に謙虚である、そして知る事に関しては子供のように調べたくなる性分なのである。康江はそんな彼女の気持ちを察してか、予め自分の出来る心配りを施したのだった。

 

ノインとしては大事にしたくない為に一人でこっそり行こうとしていた。元々父と同じ身長があり、男装すれば男に間違えられる程で、護身術と肉体強化の魔法も帝国の知り合いから手解きを受けており、ひとり旅そのものに不安は無い。しかし、今のノインの立場は宰相職である、本来なら複数の護衛に囲まれ、自由のきかない生活の中にいる彼女が休暇とは言え一人で行動するのだ、保険はなるだけきかせたかった。

 

『……それにしても、静かね。エウロとアンブロスの街道のエウロ側、それも副都であるエルリラと大都市サカサキを結ぶ街道だと言うのに、人の気配が無い。』

 

不気味な程に静かな街道を馬上から見渡す。世界第二位の流通量を誇るこの道が静まり返っているのは不自然極まりない。最近はエウロの保安所の活躍により最高の治安を維持していると聞いていたのに、まるで夜盗でも恐れるかのような静けさ……ノインは手に持つ護衛棒(トンファーに近い武具)に手をかけながら、街道を行く。その時、目の前数キロに人影、正確には人の群れを確認した。ノインは何かあった時の為に街道の端っこの整備されていない草むらに馬を移動させながら様子を伺う。人の群れに近付くにつれ、全容を見たノインは激しく赤面した。目の前の集団は何も身に付けていないのだ。目は虚ろ、垂れ流すものは垂れ流しながらただ街道を進んでいるのだ。

 

(なっ、何でみんな裸なの?!老若男女関係無く裸で……まるで何かに操られているような…急がないと!)

 

ノインは集団をやり過ごすと、何かが起こっているであろう街道の向こうへと馬を走らせた。

 

 

『ん……私は……』

 

『あっ、お兄さん、気が付いたんですね!ちょっと呼んで来まーすっ!』

 

同時刻、レイはナスターシャが乗っていた輿の上で目を覚ました。輿は天族の力自慢十数人が担いでおり、ワフラ達は天族と共に周辺の護衛に回っていた。レイが目覚めたのに気付いた未来は、誰かを呼びに向かった。上体を起こして辺りを見回すと、既に戦いが終わり、何処かへと移動しているのだと分かった。対峙していたナスターシャは、自らの意思で輿の後ろ側に立ててある磔台に衣服も着ぬまま拘束されていた。隣には表向きの別働隊隊長、バッハ五世伯が同様の姿で情けない体を晒していた。ダーク・ハウンドは主だった戦力をレイとの戦いで失い、残りは生ける屍となって醜態晒しながら街道を後退していると言う。

 

『レイーラ、どう?重罪人の長の末路、似合っているかしら?』

 

手を広げた形のヒトガタを模した磔台に拘束されたナスターシャの姿は、何故か傷だらけだった。これは、嘗ての大戦で負った傷を再現したと本人は言うのだが、本来美しかったであろう彼女の体をここまで酷い有り様にした一人であるレイとしては、目を合わせる事が出来ない。

 

『ターシャ……なにも君がそのような辱しめを受けなくても……』

 

『いいえ、私は現世で罪の無い人間を数多く死なせた。それは偽りなき事実よ。戦争で兵隊を倒すのとは訳が違うもの、妥当だわ。』

 

晴れやかに言うナスターシャ。しかしレイとしてはせめて何か纏ってほしいと思った。敵だったとは言え、このように全てを晒されている姿を見られる様は余りにもと感じていた。それに若い天族に至っては目のやり場に困っていて落ち着きが無い。だがナスターシャの意思は固いようで、この状態のまま五時間も移動していると言う。

 

『……鉄器兵団の幹部達は皆、義理固いと言うか、潔いのだな。我々の側は結局レイオウしか貴女達と仲良くしようと思う者がいなかった。現世で魔法の半分以上が失伝したのも、我々の側が不遜で独善的だったから……』

 

そう呟くレイに、ナスターシャは気丈に返す。

 

『貴方達の兵達を卑下するのはやめなさい。少なくとも戦いにおいては鉄器兵団も魔法兵団も高潔に戦ってきたの、それだけは忘れてはだめよ。それに、貴方にはまだ残りの仕事があるのでしょう?貴方の友人、動揺してるはずよ。魔力の繋がりが切れているのではなくて?』

 

ハッとレイは気付いた。山田の腕輪に付与した自らの魔力の流れ、一度死に直面し絶たれていたのだ。山田は過去の出来事のトラウマで友人を失う事に恐怖している事を聞いていたレイは、自らを奮い立たせた。

 

『すまん、ターシャ、何から何まで……ケイショー、私は大丈夫だ!だから、心配するな!』

 

魔力を腕輪に念じて送り、自分の無事を伝えるのだった。

 

 

レイの魔力が腕輪に伝わり、光が灯ったのを確認した山田は、最初は罠かと思ったが、徐々に平静を取り戻した。

 

(良かった……レイ。無事帰って来たら、その時に謝らせてくれ。)

 

スッと深呼吸すると、地平線に見えて来たエメリャー侯の本陣に視線を戻した。その目は殺意がみなぎっていた。友人を死に追いやる無理をさせた自分に対して、そして、罪無き命を弄んだエメリャー侯に対しての殺意……今の山田は抜き身の刃物のようになっている。

 

『迷いを吹っ切れたとは言えないが、トラウマを持つ事でむしろ覚悟を決めれる、レイ……後は任せろ!』

 

 

『な……全滅?!バッハの兵が……全滅だと?!たった百人程の魔法使いにか?!』

 

伝令により伝えられた言葉に、信じられぬと呻くエメリャー侯。更に別働隊を破ったのが、〔百人規模の魔法使い〕と伝えられ、その動揺は大きくなった。アンブロス帝国における魔法使いの殆どは治療術師であり、攻撃魔法を扱える者は少ない。大戦時代から衰退しているとは言え、タイーラ連合屈指の鉄器を揃えており、魔法に頼る戦いが要らなかったのもある。もとい、アンブロス帝国は、旧時代のアンブロシア連邦の流れを組み、鉄器兵団側についた国である、治療術以外の魔法使いに対する差別意識が強いのも致し方無かった。かつ、現世の魔法使いの戦闘力は、良いところ武装騎士三名と互角かそれ以下と言うレベルであり、それも相まって大戦以降の世界では治療系魔法と違い、優遇されなくなったのだ。だからこそ、数で勝るバッハ率いるダーク・ハウンドの精鋭がやられた処か全滅等、信じられなかった。

 

『お、おのれ……エウロの狂犬共め、隠し玉を持っておったとは。』

 

エメリャー侯は動揺するものの、まだ目は死んでいない。本陣にいる自分が的確な指揮をすればまだ勝機はあると踏んでいた。既に崩壊の序曲が始まる処か殆ど〔終わっている〕事も知らずに。既に序曲から本題のクライマックスに事態は食い込んでいた。

 

 

戦いの2日前、エメリャー侯来訪から暫くして、エルリラ市長がエルリラの保安所に訪れた。

 

『エルリラの保安所職員に告ぐ。エルリラ市長権限を行使し、エルリラ、サカサキに繋がる全街道を一週間通行禁止とする!サカサキ市長からも同意を得ている。他国の人間のみを通し、怪しいものを見極め捕らえるのだ!もしダーク・ハウンドの者であったなら、サカサキの公安の者と協力して、出来る限り生け捕りにする事。』

 

エルリラ市長が山田の部下である通信使から現状を伝えられ、保安所職員で腕に自信のある者三千人を集め、後方支援に当たる事となった。エウロ民国は軍隊を持たない代わりに、保安所が軍隊的な武装を持つと言う、清蔵達の世界で言うコスタリカ的な方式を採用している。進攻はしないが、国防はする、故に保安所はこの世界の軍隊が持つクロスボウや大砲(投石器に近い)と言った装備を有する。馬車、戦車(チャリオット)の車列が誰も通らぬ街道を行く。さながら軍隊と違わぬ様相ではあるが、この異様は国民には絶対に向けぬと言う前提で使用されるのだ。

 

『エメリャー侯、貴方はやり過ぎた、それだけです。』

 

嘗ての知人には届かないであろう事を自覚しながらも、エルリラ市長は保安所職員らの用意した軍用馬車で街道を進んでいく。

 

 

ノインが街道を走る十数時間前、街道を一つの集団が進んでいた。旗印には奴隷解放戦線と書かれた集団、木尾田の指揮する彼等は、アンブロスにおいてエメリャー侯失脚の為に奔走した元奴隷達である。総帥である木尾田が、山田と密かに交わした協定を行使する為、サカサキの郊外付近まで来ていた。

 

『山田、遂にその時が来たんだね……』

 

木尾田はこの世界の歴史に残るであろう事を行う親友を思った。エメリャー侯を捕らえるのは自分がと思っていたが、アンブロス内での捕縛は難しい。エメリャー侯のパイプは広く太い為、国内で捕らえようとすると、木尾田の方が倒される。現在木尾田の家族はアンブロスに住んでいる、もしも仕損じれば家族を巻き込むのは必至、山田の作戦にかけるしか無かった。

 

『でも山田は無理をしそうなんだよね……だから、僕は僕の出来る限りの事をするだけさ。』

 

木尾田と共に進む彼等はアンブロス帝国から解放された奴隷や不可触民の者が殆どであり、アンブロスの兵士らよりも士気も戦意も高い。木尾田は組織で集めた資金で国境の兵士らを買収し、エメリャー侯の兵力を後方奇襲により削ぐ作戦を実行しつつ、進軍を続けていた。

 

 

街道を進むノインは、また異様な光景を目撃する。夥しい血が散らばり、鉄錆びのような異臭がそこら中に漂う。更に、街道外れの脇に、荒く掘られ、埋められた場所に、棒がいくつも建てられた光景が広がる。若干の腐敗臭から、その下には遺体が埋められている事を悟った。これだけの数の人間が何故死んだのかよくわからない。実は、鉄器の類いは天族らが協力して解体、処分した為、戦いの痕跡は血と死臭が残っていながら、何がどうなっているかは判別出来ないのである。ノインはこの光景に何かを感じ、街道を行く速度を更に上げた。

 

『明らかに何かが起きている。けど、何の為に?わからないわ。』

 

 

その頃、意識を取り戻し、山田に魔力を送り、生存を伝えたレイは、現在ワフラとカグヤと共に輿の上で話し合いをしていた。磔刑台のナスターシャの姿を見ていられなくなったカグヤは、ローブを被せてやり、今は肌が隠れている状態になっている。

 

『全く、貴女も聞いた通り人が良すぎるわね……でもその好意は素直に受け取っておくわ、ありがとう。』

 

『鉄器兵団の憧れ、でしたから……戦う事でしか生きる意味を見出だせなかった私と違って、貴女は人知れず悪を引き付けていた。十英雄としての仕事を……ずっと行ってきた人がこんな最期なんて……』

 

カグヤはナスターシャが罪無き人々を巻き込んだ事を知って尚、その高潔な精神に敬意を表していた。

 

『ふふっ、タイラーやレイーラ達に可愛がられるわけね……じゃあ私から貴女に言葉を贈るわね。これから先の時代については、私は処刑されて見る事は無いでしょうけど、貴女はその先の時代を、平和に暮らしなさい。メルビンの子孫達が貴女と接してる時、彼等は歴史上の英雄ではなく、一個の人間として貴女を受け入れていた。戦い以外の道を、可愛らしい女性として、健やかに生きなさい。』

 

『はい……』

 

カグヤは一筋の涙を流すと、ナスターシャに向き直って頭を下げた。その様を見つめていたレイは、身支度を終えると、彼女達に向かって意思を示す。

 

『……私は親友を助けに行く。身体は半分麻痺している有り様だが、私の戦い方に支障を来す程では無い。』

 

レイは完全回復には至らず、半身不随の状態だったが、飛翔魔法により宙に浮いており、言葉の通り支障が無い。カグヤは敢えてそれを止めなかった。何故なら、今の彼が死に赴く目をしていなかったからだ。

 

『まあ、助けに行くと言っても、ケイショーが易々と負ける人間では無い事を知っている。カグヤ、そしてメルビンの子孫とその友人達よ、ナスターシャを頼む。』

 

そう言うと、レイは飛翔魔法で山田の待つ方向へと飛んでいった。

 

『うへぇ!天族より飛ぶの速いんだけど!』

 

『任されたからには、ワシらもしっかり付き合うば、のう未来よ。』

 

『そうですね……ふふっ、旅行から帰ってきた署長達にいいお話出来そうです。』

 

チェンルンの馬鹿そうな声をさらっと流すワフラと未来の会話を聞きながら、カグヤは大戦より数百年も過ぎた世界の青空を仰ぐ。あの当時となんら変わりの無い空の色を辿ると、西の空が少し茜がかってきたのが見えた。

 

『綺麗……』

 

夕日の美しさに、うっとりとしながら、依然変わりなく前を見つめているナスターシャの姿に目が行く。夕日に照らされたその体は、断罪される身とは思えぬ位に神々しく映った。

 

 

同じ頃、山田達サカサキ保安所の職員達は、本ボシ確保の為の準備を終えていた。斥候の情報よりエメリャー侯の軍団の士気がそれほど高くない事を聞き、軍団の頭たるエメリャー侯を最優先で確保する作戦を構築、既に士気の特に低い中央部に潜入させていた精鋭達による分断工作により、軍団の半分程を掌握出来る形になった。それでも相手方の数はこちらを大きく上回る。前方に構えるエメリャー侯自身がまるで動揺を見せていない事がそれを証明している。山田は遠眼鏡越しにその様を見ると、部隊へと声をかける。

 

『分断して尚、士気に対して相手方に動揺が見られない。士気は決して高くは無いが動揺もしないと言う相手に迂闊に攻めればこちらの被害は予想を越えるものになる可能性がある。引き付けろ、まだ焦ってはならん。』

 

保安所職員の半分以上は相手方に見える形を取っている。かつ、攻めていないのに攻められて陣が崩れるような動きを取らせている。全方向を包囲する為の陽動であったが、相手も手を出してこないので確実な形になるまでは動けない。

 

(焦るな……こう言う時こそ功を急いては死に繋がる。かつての俺のように。)

 

自らにそう言い聞かせ、かつて撃たれた跡(転生した故に傷痕は無いが)の部分をさすりながらその時を待った。

 

 

エメリャー侯に動揺が見られなかったのは、傘下にいる白金の存在が大きかった。巨大な指定暴力団を束ねていた男故に、人間を纏める能力は高い。部下の大半がナスターシャの洗脳を受けてはいるものの、ナスターシャ自身が後の行動は現代の人間が何とか出来ると判断しており、洗脳状態だが意識がはっきりしており、白金の手腕で士気を維持しているのだ。

 

『シラガネ、相手はコウアンと名乗っている者共だが、貴公としてはどう出る?』

 

『別働隊がやられたのは、魔法を使う人間がやったとの事だが、こちらの諜報によれば、本体である我々に向かっている連中はそう言った類いの連中では無いと。で、あるならば、我々ダークハウンドの戦闘特化部隊も兼ねている白戦会に奴等の指揮系統を叩かせて貰いたい。少なくとも、貴方が落ちるような事だけは無いさ。』

 

白金は悪党たる暴力団の頭ではあったが、死刑執行後にこちらに転生して、着のみ着のままだった自分を拾ってくれたエメリャー侯に恩義を感じていた。異世界に来ても反社会的な有り様ながらも、悪党なりの矜持の下で動いてきたのだ。

 

『うむ、シラガネ……頼んだ。』

 

エメリャー侯も白金の義理堅さと任務執行能力に全幅の信頼を寄せており、全てを任せる事にした。

 

 

山田は相手が動かないのを察し、遠見の部下達に別の動きをしている者がいないか警戒を強めさせた。潜伏する者が必ずいる、頭の切れる人間であれば、合理的に動けるよう、頭である自分達を叩くだろう。しかし、山田を初め、指揮する者すら派手な衣装を避けており、挙動を読まれぬように指示を出している為、頭の見分けがしにくくしている、故に相手方も慎重になっているなと山田は思った。

 

『エーワン、エーツー。今から俺が囮になる。クロスボウを構えている部隊に合図し、俺にかの者らが近付いて来たら頼む。』

 

そう言うと、山田は保安所で来ている隊長服の上着を羽織った。赤地で所々に金色の装飾が施された、如何にも頭だと言わんばかりのそれを見て、敵は僅かばかりであったが動きを見せた。だが相手方は慎重のようだった。分かりやすい程に目立つそれがデコイであると看過している動き、しかしこれは想定内である。

 

『サカサキ保安所隊長、山田啓将である!エメリャー侯及びその私兵であるダークハウンドの諸君、貴様らと違い、薄汚い真似はしない、来るなら来い!』

 

山田は敢えて相手を煽る言葉をかける。すると街道外れの草陰からダーツ(忍者の使うクナイに近い)が放たれて来た。ダーツは山田の心臓辺りに刺さったが、服の下に着込んだアンダーアーマーのお陰で怪我は無かった。尚もダーツが何十と投げられたが、それらは盾を所持した近衛の者が防ぎ、逆にクロスボウ部隊の応戦で相手を返り打ちにした。

 

『はぁっ、はぁっ……よし、上手く行ったな……後は、このままエメリャー侯を確保だ!いいか、エメリャー侯、及びその他の幹部らしき者は全員生きて捕らえろ!』

 

山田の大捕物が今始まった。

 

 

街道を走り続けているノインは、目の前を同じ方向に進む集団に気付き、速度を緩めた。着ている服は一般的な普通の服、しかしその集団が手に持つのは農具を改造した武器。集団がノインに気付き警戒するが、一団を纏める者の声で制される。

 

『貴女は……おっと、失礼。ノインさんでしたね、ナハト・トゥではお騒がせしました。』

 

『いえ、こちらこそマサトさん。それにしても奴隷解放戦線の皆さんが何故この街道を?』

 

木尾田は経緯を説明した。ダークハウンドの壊滅作戦の大詰めを迎えていた山田を支援する為、彼に賛同した人間を集め、エウロの街道を進んでいたとの事だが、彼等も全裸で気だるく動く屍に遭遇したらしく、危険を感じ進む速度を上げていた所だと言う。因みにその集団はアンブロスに残った奴隷解放戦線のメンバーに捕縛させて貰うと言う。ノインは経緯を聞くと、今度は自分の方の目的も話した。個人的な興味でとある大戦の兵器についての事を調べていた事を言うと、木尾田は心当たりがあったようでノインに答えた。

 

『ノヴァ・レギエンドか、名前と言うか鋼の人間的な感じで聞いた事があるよ。エメリャー侯にはバッハ伯と白金子爵の他に、バッハ伯の右腕と称された、男とも女ともつかない黒衣の人物がいたと言う、それがノヴァ・レギエンドじゃないかな。噂によると時々覗く手足はまるで鉄の手足に見えたって言うから、貴女の話と合致します。』

 

ノヴァ・レギエンドの伝承を知っている者は殆どいない為、ナスターシャは闇の世界で特に不自由無く闊歩していた。しかしあくまでもバッハ伯や白金程に目立つ事をせず、下の幹部の一人と言った立ち位置に落ち着き、木尾田等のアンブロスの裏に詳しい人間以外に知られる人物では無かった。

 

『今回、バッハ伯と白金子爵を動かしているとしたら、そのノヴァ・レギエンドも動いているかも知れない。貴女の推測通りの兵器だったとしたら、山田達が危ない。急ごう。』

 

 

山田達は作戦を決行した。数においては相手が上だが、保安所の側は肉体錬成もきっちり行っている猛者である、多少の数の不利はどうとも無い。かつ、三方向からの攻勢により、相手側面から徐々にではあるが相手側の陣形が乱れている。

 

(いける、いけるぞ……しかし、まだ慌てるな、やけに動きのいい連中がいる。)

 

山田は攻勢を的確に処理している集団を確認した。白金の直接率いる戦闘特化部隊こと、白戦会である。陽動で倒した連中もかなりの手練れではあったが、向こうの本陣はまるで化け物でも乗り移っているかのような高い戦闘力を発揮している。殉職者の殆どがあの集団によるものだった事からも、山田は功を焦るは死だと実感する。

 

『流石に易々とは行かないか……ん?あれは……やっぱりそうだ、白金……』

 

視線の先にいる、和彫りの刺青をした半身を晒して腕組みをする男に目を向ける。逮捕当時に比して歳かさが増し、幾分かやつれた顔をしていたが、間違う筈も無い。

 

『異世界に来てまで、まだ無駄な犠牲を増やすか、外道!』

 

白金は混戦の中、そう叫ぶ山田の姿を確認した。ダークハウンドが遂に掴めずにいた敵の大将、白金は山田を見て彼こそが大将であると確信した。

 

『ほう、俺の事を知っているか小僧。』

 

『白戦会総長、白金信一。俺の親友の命を奪った恨み、消えちゃいないぞ!』

 

山田は手に持つ警棒と共に、懐からオートマチックを取り出した。白金は怯まず、山田の目を一瞥する。

 

『貴様もこの世界に来た口か小僧。しかもその独特のハジキ、元刑事(でか)だな?』

 

警察に採用されている拳銃は種類も少なく、暴力団等からすると直ぐに判別出来るものだった。かつ、警棒との組み合わせで使用する所からも隠しようがない。山田も隠すつもりは無かった。

 

『けつの青い小僧が、異世界でこれだけの人間を従えている事実、実に素晴らしか。』

 

『称賛しようが何も無いさ……だが白金、貴様にはただ死ぬ事以上の苦しみをもって罪を償ってもらう!』

 

『よう言った小僧!ならば俺は極道らしくこれで相手しちゃっばい!』

 

そう言うと、白金は白木に納められた刀を抜いた。この世界で日本の世界に誇るであろう刃物たる刀を作って貰った事は山田も別に驚かない。しかし、得物を持つ白金の姿に、山田は気圧されていた。

 

『ふふっ、小僧、俺が怖ぇか?死ぬ覚悟が無ぇなら、せめて素直に斬られな!』

 

放たれた一撃はとてつもない速さだった、咄嗟に警棒を構えなければ左肩からバッサリと斬られていただろう。山田は改めて距離を取り、白金に対峙する。近くの職員や相手の兵士らが近付くが、互いにそれらを手で制し、完全な一騎討ちの状態になる。武器的にはオートマチックを持つ山田の方に分があるが、山田は異世界転生者たる白金は生け捕りにしたいと考えていた為、急所を狙えない。足を狙うにも白金が年齢を感じさせぬフットワークで避けてしまう事が容易に想像出来た為に撃てない。山田はこの世界に来て拳銃の製造を依頼していないので、オートマチックの残弾三発を撃ってしまえば、リーチの短い警棒で対応するしかない。

 

(ふっ、自ら望んだとは言え、一騎討ちか……)

 

白金は剣道三段の腕前、更に居合も習得している事を逮捕時の身辺調査で聞いている。還暦を大きく過ぎたとは思えない肉体を覆う龍と桜の刺青が迫力をより上げていた。

 

『オラ!小僧、どげゃんした!俺に一発浴びせたノッポの小僧は怯みも無かったど!』

 

振るわれる刀の軌跡が、山田の手足や脇腹に切り傷を付ける。全国でも有数の武闘派暴力団をまとめあげた男の凄みに、攻め手を見出だせない。

 

『サリー……ぐっ!』

 

頭に愛する妻の顔がよぎったが、ハッとした瞬間には目の前を白金の太刀筋が通る。上手くかわせず、右の顔から胸の一部にかけて深い傷が出来た。

 

『おなごん名前がもうよぎっちょっか、小僧!悪党相手とは言え散々命を殺めた男が、とんだザマタレ(大した事の無い、臆病者の意)だったとは、死んだ部下も浮かばれん!』

 

『ぬっ、抜かせ悪党が……こっ、殺す!殺してやる!』

 

山田はなりふり構わぬ様で、オートマチックを白金の胸に向けて撃つ。しかし寸でで白金は刀のしのぎの部分でそれを弾いた。跳弾が左肩を掠めるが、白金は怯まずに笑みを浮かべる。

 

『覚悟が揺れとる人間に殺さるんのはゴメンだ。一つだけ言おう、この戦い、俺どんは敗北するだろう。しかし、この世界で俺のような悪党でも拾ってくれた人間に対しての義理位は果たして死ぬ、故に……死ね!』

 

『ぐああっ!!』

 

白金の逆袈裟斬りは、山田の左腕を斬り飛ばした。激しい出血と痛みに襲われながらも、山田はまだ戦意を喪失していない。右手に握られたオートマチックを白金に向けながら、二の腕の中腹から斬られた傷を、衣服で覆い、簡易止血する。

 

『ふふっ、意地はあっごたっな。おう小僧、これだけの戦いをして倒れないわっどんを小僧呼ばわりは流石に失礼だ、名を名乗れ。』

 

『……向日葵市の警察官だった、警備課の山田啓将だ!』

 

向日葵市と聞いて白金はほう、と声を漏らした。かつて自分達の組を総力を挙げて潰した警察官の変り者達、その一人だったのかと悟った白金は、刀を上段に構え直した。

 

『啓将か……ええ名前だな!』

 

『うっぐあああぁっ!!』

 

構えからの太刀筋が見えぬ間に、オートマチックを持つ啓将の手首は離れて行った。その様に気付いた職員が寄ろうとするが、白金の圧と、白金子飼いの部下達に阻まれ動けない。

 

『山田啓将、同じ世界からやって来た男よ、せめて楽に彼の世に送ってつかぁす。』

 

再び刀を上段に構えた白金が、首をとらえようと刀に力をかける。

 

(サリー、君と俺達の子供に会えぬ……ごめんな……)

 

山田はその時が来るのを目を閉じて待った。不思議とその時は怖さも無かった。けれどもその時は一向に来なかった。どうしたのかと思った山田が目を開けると、なんと白金の腕を捻り上げる木尾田と、ノインに肩を貸して貰って立っているレイの姿があった。

 

『何とか間に合ったみたいだな、ケイショー。』

 

『全く、清蔵もそうだけど、無茶をし過ぎだよ。』

 

『木尾田……それに、レイ……』

 

 

一時間程前、ノインと木尾田は山田達の集団が微かに見える位置まで来ていた。

 

『彼処だ、彼処に山田達がいる。ノインさんの探している人物もそこに……』

 

『ええ、一刻も早くあの場所へ行かないと……嫌な予感がするんです。』

 

奴隷解放戦線と共に進むノインは、事の真相を知りたい為に足を早める。しかし、大量の人間と共に移動するのだ、中々に前に進めない。その時、後方から人影が飛んでくるのを目撃する。

 

『総帥、後方から人が、かなりの速度で迫ってます!』

 

『何だって?!敵の者か?!』

 

武器を構える者達は、空を注視する。一人の男が頭上でピタリと停止すると、先頭を行く木尾田達の前に降りた。何かの戦闘の後なのか、立つ事の出来ぬ状態でその場に横になった。

 

『やぁ……私はレイ……ケイショーの協力者を務めるしがない魔法使いさ。君達の目的は大方察している、ケイショーを手助けに行くのだろ?』

 

レイはそう言葉を発した。木尾田は横になる彼に肩を貸すと、レイは抵抗もせずに身を任せる。

 

『僕は木尾田です、あの……山田は、彼は今どうなっているんです?』

 

『エメリャー侯の本陣を押さえているが、ケイショーの身に危険が迫っていると感じてね……君達も急ぎだろう?数人位なら私の飛翔魔法で即座に送れるぞ。』

 

『是非、宜しくお願いします!ノインさん、来ますか?』

 

『ええ、私ももしもの時は皇帝待遇の外交権を有しています、行きましょう。』

 

『なら決まりだな。サーフ、君はみんなとこのまま進軍してくれ、僕は先にあちらに向かう、頼んだよ。』

 

『了解、大将、無理はすんなよ!!』

 

木尾田は副官に全体を任せ、山田達の元へと飛んで行った。もしここで、木尾田達が即答していなかったら、山田の首は大地を舐めるように落ちていただろう。

 

 

『……ぐっ、またしても捕まるんか……』

 

白金は苦悶の表情を浮かべながらそうごちる。木尾田の鍛え抜かれた巨体に腕を極められては、流石の白金もどうしようも無かった。

 

『久しぶりですね、白金さん。』

 

『うんは……あん時俺を撃ったあんちゃんか……』

 

白金は木尾田の顔を見てそう口にした。白金に一発浴びせながらも、白金の放った弾丸により、木尾田は命を落とした。白金は反社会組織にいる関係上、人の顔は良く覚えていた。

 

『……あん時の復讐、すっとか?』

 

白金の言葉に、木尾田は首を横に振った。

 

『もう何年前の事を話してるんですか、それに今はこっちの世界で楽しく生きてるんですよ?復讐の心なんてありませんよ。』

 

『そげんか……全く、悪党に墜ちた俺に、端から勝ち目は無かったって事か……』

 

白金の言葉を聞いた木尾田の表情は柔らかだった。彼の表情を見た白金は今までの行いを頭で回想しながら、その場に崩れた。戦意は既に削がれたようで、木尾田は極めていた腕を開放した。

 

 

『ケイショー、大丈夫か?』

 

『ああ、何とかな。済まない、レイ……あんたに無茶をさせてしまって。』

 

傷を回復されながら、山田はレイに謝罪の言葉を投げた。斬られた腕は切り口が綺麗だったのか既に両方ともくっつき、他の傷も回復した。しかし心の傷は大きいようで、山田の表情は優れない。

 

『なに、謝罪には及ばないさ。それに、暗い顔しなくてもいいぞ、ちゃんと親玉はケイショーの部下達が確保している、もう心配は無い。』

 

『そうか……ありがとう……』

 

エメリャー侯は既に確保されていた。指揮を失ったダークハウンドの面々は街道を逆走して逃げて行ったが、後続の奴隷解放戦線のメンバーによって全て取り押さえられた。また、別の方に逃げたダークハウンドの残党は、エルリラの保安所によって残らず逮捕され、エメリャー侯を頂点としたダークハウンドと関係組織である赤旗党及び白戦会は壊滅した。事のてん末を目撃したノインは、後日この件をアンブロス外交部へと報告、エメリャー侯は侯爵位の剥奪後、アンブロスへと送還され処刑される事となった。

 

 

エメリャー侯及び白金を含めたダークハウンド幹部を捕らえた山田達は、サカサキに戻った。そこに、別働隊を倒して帰っていた面々と顔を合わせた。

 

『ワフラ殿、これはお久しぶりです。』

 

『ん、久しぶりじゃの、清蔵どんの友人達。ところでノイン、あんたは何で一緒に?』

 

『個人的に調べてたんです、ノヴァ・レギエンドの事を。と言うか、あの……視線の先に磔になっている女性は?』

 

『そのノヴァ・レギエンド本人ば。まあ詳しい話は後でするば。天族のみんなは、族長と幹部以外はサカサキの観光でもするといいば。って訳でな。』

 

『……何だか頭がこんがらがっているが了解した、取り敢えず保安所の隊長室に行こう。』

 

逮捕者を部下に任せると、山田達は隊長室へと集まった。室内に集まった面々は、サカサキ保安所隊長の山田、奴隷解放戦線の総帥、木尾田雅人、元魔法兵団総帥のレイーラ・ゴラシ、元鉄器兵団幹部のカグヤ・ミトヅキ、カン=ム帝国宰相、ノイン・ナイト、天族族長、インシャク・ティランド五世と最高幹部ピット・リュイ・タールン、ナハト・トゥ新町警察署署長、ワフラ・ヴァイシャと、濃ゆすぎる面々で埋め尽くされた。因みにチェンルンと未来は天族の面々とサカサキ観光に行ったので不在である。

 

『まさか悪党を追っていたらこんな複雑な事になるなんてな、俺の足りない頭では情報が回らん。』

 

山田は清蔵よりも頭脳労働に長けてはいたが、情報量が余りにも多すぎて混乱していた。助け舟を出したのはレイと木尾田だった。

 

『この世界の裏社会に、我々古い世代が関わっていた事は正直済まなかった。ケイショー達の活躍が無ければ解決に導け無かったよ。』

 

『そう、だから後はそれぞれが出来る事をすればいいだけだよ。それにしても天族かぁ、色んな種族がいるとは思ってたけど、まだみんなが知らない種族がいたんだね。』

 

天族の面々は、木尾田の言葉にこの場にいていいのかと言う顔をしていたが、ノインがそれに答えた。

 

『カン=ム帝国宰相としては、天族の存在を拒否しません。もし何かありましたら関白殿下の口添えで出来る限りの助力を取り付けます。』

 

その言葉を聞いたインシャクとピットは胸を撫で下ろした。天族としては今後タキアンダに残るにしろ下界に住むにしろ、安住の口添えが有るのと無いのでは大違いであるので、大国カン=ムの宰相お墨付きの言葉にホッとするのだ。

 

『さて、問題はノヴァ・レギエンド、いや、ピョードル・ナスターシャの処遇だが……エウロ民国では制裁たる引き回しはあるが、公開処刑に関しては犯罪抑止に全く貢献しない事が分かった為に認められていない。それに、彼女が裁かれるのを望むと言っても、裁判に数年は掛かる、法治国家故にな。そこでレイとカグヤ嬢、二人の意見が聞きたい。』

 

『私としては処刑はしてほしくないと思っている。しかし、罪の無い犠牲者を多く出した事は事実、ならば本人の意思を尊重するのが最善だと思う。カグヤ、君は?』

 

『そうですね……私は、ナスターシャさんがこれ以上苦しまない選択を望みたいです。自らを兵器に改造し、四百年も封印された挙げ句に、裸で晒し者にされた……もうこれ以上苦しむ姿を見たくありません。』

 

二人の意見を聞いた山田は、後日、裁判所に彼女を送り、ノヴァ・レギエンドとしてでは無く、ピョードル・ナスターシャとして彼女を裁判に掛ける事になった。ナスターシャの主張を組んだ裁判所は、ノヴァ・レギエンドに対して極刑を宣告したが、ナスターシャに対しては時効とし、不問とされた。裁判終了後ナスターシャの意向により魔石を抜く手術を施し、本人の望み通り永遠の安息につく事となった。

 

 

『さて、カグヤ、ミク、帰るば。』

 

『ええ、そうしましょう。レイーラさん、落ち着いたらまた会いましょうね。』

 

『残りの人生、一生懸命に生きるつもりです、どうかお元気で……』

 

『ああ、カグヤ……元気でな。』

 

『パパ、チェンはナハト・トゥで頑張ってるからね!』

 

『うん、パパもこっちでみんなと宜しくやるから、元気でな!』

 

『さて、僕も帰るよ。アンブロスの状況はまだ奴隷解放戦線の力が必要だ、清蔵に宜しくと伝えてくれ。』

 

『無理するなよ木尾田、まぁ俺が言えた口じゃないが……また会おうな。』

 

『ノインさんはナハト・トゥに寄らないんですか?』

 

『ええ、あっちを経由すると遠回りになっちゃうし、それに今は宰相の仕事が忙しいもの。無理言って休暇を取った分は働かないとね。お父さんに無理しちゃダメよって伝えててね。』

 

『分かった、それはしっかり伝えるば。アホ皇帝のケツ持ち、大変じゃろうが、頑張ってな。』

 

其々が挨拶を交わし、各々の次の再開を願いながら、帰路へとつく。天族は二割程の人間が下界に住むらしく、主にエウロのサカサキとカン=ムの自治区に居を構えると言う。ダークハウンドの壊滅と大戦の残骸との決別により、世界は以前より平和になった。だが、これからの未来を作り上げる過程で過ちは必ず発生する。未来は今を生きる者達の心に懸かっているのだと、皆が肝に命じるのだった。

 

 

山田はナハト・トゥで待つサリーの元へと行く為に、有給休暇を取り、帰路につくワフラ達と同行する事になった。山田はサリーの様子が心配だった。

 

『もうすぐ父親になるんだが、こんな時はどう彼女に声をかけたらいいやら……』

 

鬼の保安所所長の人間らしい悩みに、皆が笑顔で山田を励ました。

 

『こう言う時はいつも通りにするといい、ワシの親父の口癖だったば。尤も、ワシも早く未来とそう言った愛の結晶を授かりたいがの。』

 

『ワッ、フラさん!ダメです、人前でそんな事言っちゃ!本部長やテイルさん達じゃないんですから!』

 

ワフラの言葉に赤面する未来。お互いそっち方面は奥手ながら、最近は某バカップルの影響か結構進展しているらしい。そんな彼等の会話を聞きながら、カグヤは幸せな表情を浮かべていた。

 

(平和って、こう言うものなのかな?でも、悪く無い……ナスターシャさん、私、幸せな人生を送りますから……)

 

そう心に誓ったカグヤは、横をチョコチョコと歩くチェンルンに声をかける。

 

『ねぇ、チェンルンちゃん、私、貴女と同じ所で働いていいかな?』

 

『いいんじゃないんですか?ケーサツは幸せな人生を送る人をまもる仕事、カグヤさんならみんな歓迎するよ!』

 

『まっ、その前に面接を受けて貰うがな。特別扱いは無しば、そこの馬鹿チェンもちゃんと面接で合格したんだからの。』

 

『馬鹿じゃないもん!』

 

『ふふ、よろしくお願いしますね。』

 

 

そして数日後。旅行から清蔵達が帰ってきた。

 

『いやー、みんなただいま帰りました!テイルちゃんとしっかり休みを満喫してきましたよぉ☆ん?……あれ?どったのみんな?それにカグヤさん、何で警察の制服に袖通してんの?つーかバk……じゃなかったチェンルンちゃんも何で普通に背中の羽根を晒した制服着てるの?何人かおんなじ人の姿もあるし。ねぇ、分かる?テイルちゃん。』

 

『んー、何でだろ?わかんない。でも楽しかったよねせぞさん♪』

 

『本当に楽しかったねー、テイルちゃん♪』

 

しっかりと休みを満喫して肌艶が良くなった清蔵とテイルを見て皆が思った一言は、(このバカップルはホンマに………)だった。世界がかなり動いていた事等知るよしもなく、バカップルは様変わりした署の様に目をパチクリさせたものの、平常運転だった。

 

 

番外編・終

 

 

 

 

 

 





いやー、どうにか番外編終わらせられました。キャラクター増やしすぎて作者のキャパを軽く越えてたので、バカップル二人中心の話がやっぱいいなぁと感じました(小並感)


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有給満喫編
第45話 リゾラバin異世界


シリアスな展開が起こっていたのをよそに、休みを満喫していた主人公(笑)のお話です。大陸側の国と違い、余り関わりの無い国での話も入れますので6話位かかるかな?


 

異世界での旅行、いやあ新鮮だね。どうも、本官は許嫁(昇格しましたとも!あっちの世界で言う結納手前位の所ですとも!)のテイルちゃんと共に、長期休暇に入っております。仕事し過ぎ故にとっとと息抜きしてこいと、ワフラ達に背中を押された形だったけど、うん、悪く無い。

 

何と言っても肩出し膝上丈(下手すりゃワ〇メちゃん)の白いワンピース姿のテイルちゃんが可愛い過ぎんだよ!ひゃっはー!……うん、テイルちゃんがドン引いたので自重します。それにしてもここがランボウ王国か、南国の風が心地よい。南国らしい浅黒い肌の地元民、でもみんな何だか不健康そうに見えるなぁ。そう言えばここは魔人が多数派の国だっけか、エルフと違いやや縦方向に長い耳、オーガと違い、控えめな曲がり角、しゃべる人の口元を見ると、やや尖った八重歯。しかし俺が一番驚いたのは、みんななんか体がほっそいのよね。身長も平均が男で160cm位だし、俺がイメージしていた魔人の想像と大分離れてんな……

 

にしても我々じろじろ見られてるな……俺は構わないんだけど、おいこらそこの少年、テイルちゃんを舐め回すように見るのを止めなさい、股間の一物からも手を離しなさい、確かに気持ちは分からんでもないけど。つーか他の観光客も中々扇情的な姿しとりますよ、こちらが凝視するとテイルちゃんがむくれちゃうからしません(全く見てないとは言ってない)。

 

しっかしどこも人が多いな、海水浴するにもこう、無駄に多いと落ち着かないし、先ずは良いとこ探そうかな?ん?何か目の前に超小柄な女魔人さんがムフフどや顔で立ってるんですが。

 

『にひっ、そこのお兄さんお姉さん、泳ぎたいけど良いとこ無いって顔してるね。あたしが良いとこ連れてってあげようか?』

 

怪しい。着ているのもスケスケのパレオがついた水に透けるのではと言う位うっすい白ハイレグ水着に、何かファンシーな杖と言うか某魔法少女的ステッキと言うか……常人ならそのまま見なかった、聞かなかった事にしようって言う格好……他の魔人さん、半袖に長ズボンとかスカートなのに、もしかしてあなた変態?

 

『変態って……アシスそんなんじゃないもん!普通だもん!』

 

口に出てしまった、何かうちの天族の馬お鹿を思い出す口調だな……

 

 

『へっくし!』

 

『どげんしたチェン、風邪か?』

 

『いっ、いいえ、何かどこかでチェンの事話してる感じがして……キスケ兄、心配してくれてありがと♪』

 

『おっ、おう……ところで、チェン……仕事終わったら飯でもどげんか?』

 

『うん!キスケ兄とならいいよ!』

 

『おっ、嬉しいのう、じゃあまた後でな。』

 

 

リゾート地、土地勘無し、こう言う時は旅行代理店に……ってこっちの世界には無いんだった。露出狂(テイルちゃんの格好的に口には出せんけど)な女の子の誘いに乗って良いものか……そう思ってる間に、我が天女テイルちゃん、アシスと名乗る目の前の子に

 

『それじゃ宜しくね、可愛いガイドさん♪』

 

『あっ、ありがと……じゃ、じゃあお二人の気持ちに応えられるかは分かんないけど、良いとこ連れてってあげるね!』

 

あれ?あっという間に打ち解けてるんですが。テイルちゃんの放つ人懐っこい大型犬的雰囲気の前に、同性すら感化されてしまうのか……恐るべし。可愛いはjustice!ルー大〇みたいな事考えちゃったよ。

 

 

アシスと名乗る少女、彼女は客引きをしている女性であったが、清蔵達の持つ独特の雰囲気に、何かを感じ、彼等に近付く。バカップルと言う印象そのままな眼前の美女と野獣コンビ。アシスとしては観光客に少しでも地元を楽しんで貰おうと二人をきっちりともてなす覚悟である。

 

『ねぇねぇ、清蔵兄さん、テイルお姉さん、二人は何歳なの?』

 

『俺は37歳のヒューマ、テイルちゃんは22歳のオーガさ。かなりの年の差カップルさね。』

 

『へぇー、意外だね。清蔵兄さんもっと若いと思ってた。だってずっとズボンが同級生の男の子達みたいにずっとモッコリしてるもん!』

 

『そっ、そう……』

 

清蔵は失念していた。観光地故にみんな露出の高い姿であり、中にはヌーディストスタイルで歩いている人間もいた。終始ギンギンになるのも仕方ないし、目の前のアシスも汗ばんでいたせいか白ハイレグはあられもない所までスケスケだった、こんなんでもこいつおまわりさんです。

 

『テイルちゃん、マジでごめんね、俺なんだかおかしくなっちゃう!やっぱり終身名誉童貞の俺にはこのビーチ刺激が強すぎるわ!』

 

元からおかしいと言ってはいけない。テイルは苦笑しながら、アシスにトイレは何処か聞き、その場所へと行った。十分程して戻ってくると、妙にスッキリした清蔵と、モジモジしたテイルと言う図がアシスに映った。

 

『?どうしたの?』

 

『テイルちゃんに手で一発抜いて貰いまブフオッ!』

 

『せぞさん、ちょっとデリカシー無いよ!メッ!』

 

『はい、テイルちゃんごめんね☆』

 

『大丈夫なのかなこのカップル……』

 

 

その頃ナハト・トゥ本町長屋、テイルの両親達はウエディングドレスとタキシードを本町一の服装職人ダビディ(ドワーフ、90歳)に頼んでいた。テイルや清蔵達にはサプライズと称して秘密にしている。因みにダビディは警察の制服も作っている関係で清蔵やテイルの寸法を知っている、テイルの成長著しい3サイズも合法的に知っている訳だが、職人かたぎなダビディは清蔵のように股間を膨らますような真似は一切しない。

 

『ダビディどん、うちの娘や婿殿の晴れ着は良いもの出来そうか?』

 

子離れ出来ないキイチのソワソワする様子は微笑ましい、菅原〇太宜しくな強面でなければ。ダビディはふぅとため息をつくと、

 

『心配はありもうさん、この町の英雄達の晴れ着じゃあ、最高の逸品にしてみせるけぇ、奥さんと一緒に楽しみにしちょれ!』

 

そう言って腕まくりする。ナハト・トゥは清蔵達の世界に生息する蚕に似た蛾であるルナモスと言う蛾から採れる月の雫と言う糸の一大生産地であり、良質な糸は、王族皇族貴族も御用達の逸品である。それをふんだんに使用したドレスとタキシードは、結婚するカップルにとっては憧れの逸品である。

 

『ふふ、清蔵ちゃん達きっと喜んでくれるけん、楽しみに待っとぉよ♪今は婚前旅行に出掛けてるから、帰ってきた頃に出来るといいんだけど。』

 

『気が早いのう主らは。まあ、寸法は分かっとるし、楽しみにしちょれ!』

 

 

清蔵達はアシスの誘いで人もそれほどいない、それでいて綺麗な砂浜と海を臨む場所にやって来た。ここは通常の観光客が来ない、地元民が主に使用する海水浴場で、斜め向かいに観光客がびっしり並んだメインの長いビーチを臨むと言う中々壮観な光景が広がっていた。

 

『凄いね、ここならあんまり恥ずかしくないかも。あっ、テイルちゃん、彼処が着替えるとこみたいだよ、アシスちゃん、水着って貸し出してくれるのかな?』

 

『うん、地元民用の水着なんだけど、ここなら貸し出し自由だから、好きなのを選んでね♪』

 

因みに観光客用の海水浴場の貸し出し水着は有料である。アシスの見事な心づかいに感謝した二人は、早速水着貸し出しの所へ足を運んだ。

 

『せぞさん、どう?ちょっと恥ずかしいけど、水着着てみたよ。サイズのせいか、こんなのしか無かったけど……』

 

『おお、凄い……おっきいね、何カップ?』

 

『相変わらずエッチなんだから……』

 

何処ぞのAV男優のような品の欠片もない感想を述べた清蔵、しかし、テイルの現在の姿を見たら仕方ないのかもしれない。上は乳首を隠す程の布地しかなく、下は鼠径部が露で性器を隠す程度と言う際どいビキニ、髪の毛以外の体毛が極めて薄いオーガでないととてもではないが下の処理無しで着れる代物では無かった。地元民用と言うだけあり、テイルのような大きい女性用水着は種類が限られていた。一番大きいサイズでありながら、テイルの胸の前に、水着ははち切れんばかりだった。

 

『テイルちゃん、またおっぱい大きくなったね……おぅ凄っ!また出そう……』

 

『じっ、じろじろ見ないでせぞさん、はっ、恥ずかしい!』

 

テイルのバストは推定100cm(のIcup)、うっすらと浮き出た腹筋のラインと括れたウエストにより、終身名誉〇貞な清蔵を殺すにはオーバーに過ぎるグラマーな肉体である。更に適度に鍛え上げられた長い脚、張りがありつつも柔らかそうなヒップ、極めつけが無垢な子供のような童顔にさらりとした長い亜麻色の髪と、僅かに覗く色気あるうなじ……清蔵は公衆の面前でギンギンにおっ立てていた。台詞も合わさって低俗さ全開である。

 

『はっ!ごめんテイルちゃん!俺ってばうっかりテイルちゃんのボディに見とれてしまって……なんて情けない。』

 

股間を無理やり整えると、清蔵も急いでバミューダ水着に着替えた。警察官として身体を鍛え上げてきた清蔵の身体は、鋼のような印象を与える。後背筋と僧帽筋、三角筋の隆起により、見事な逆三角形を描く背中、六つに割れ、腹斜筋もモコモコとしており、露出しているふくらはぎは筋ばっていた。

 

『せぞさんも、格好いい身体だね。逞しくて、そして触ると温かくて柔らかい。』

 

『あっ、触られるとマジでイきそ……』

 

テイルが頬擦りしてくるので下半身の一部は相変わらずカッチカチ、後ろに付いてきているアシスも顔を赤らめて視線を外している。とにかく二人はランボウ王国の西海岸の海で海水浴を楽しもうと、ビーチへと向かった。このバカップルは途中、何人もの人間にひそひそ言われながら見つめられる事になる。

 

『ヒソヒソ……何あの娘、超可愛いしスッゲェ体してるよ、俺あんなん見てたら可笑しくなりそ……』

 

『ヒソヒソ……あのお兄さん、良い身体してるわぁ……抱いて欲しいなぁ。』

 

『……何か急に恥ずかしくなったねテイルちゃん。』

 

『……うん、そうだね……』

 

そう言ってテイルと清蔵がピッタリとくっつくと、周りのガリガリの男集団から

 

『リア充〇ね!』

 

と声がかけられた(ような気がする、あくまで気がするだけ)。

 

『一昔前は俺があの集団のように僻みの目線を向けていたと言うのに、人生分からんなぁホント。最高の娘さんに巡り会えたよ。』

 

台詞で誤魔化しているが、その間もテイルの魅惑の谷間をガン見していた。視線を感じたテイルは、顔を赤くしながら清蔵のわき腹をつまんだ。

 

『おっふ!(我々の業界ではご褒美です!)』

 

 

ランボウ王国西海岸の都市にして首都、ジョンヌ。人口約180万のランボウ王国最大都市。観光地として名高い約50kmに渡って伸びる砂浜、ジョンヌ=ラーディビーチ。遠浅で美しい砂浜と、砂浜から少し沖に出ればサンゴ礁が広がるタイーラ連合国屈指の海水浴及びシュノーケリングスポットである。ビーチには地元の浅黒い肌をした魔人とダークエルフ、ピクシー、ランボウ王国では少数派な肉体派種族剛力族(ヒューマの変異種)の他に、他国からの観光客がそれらと同じ比率で日光浴、海水浴を楽しんでいる。水着を着ていない者もかなりいたが、特に誰も咎める事なく平穏なものだった(ただし、過度な猥褻物の陳列はこの国でも犯罪です)。

 

『テイルさん、泳ぎましょ?』

 

『うん、いいよ♪アシスちゃん!』

 

僅か1日ですっかり意気投合したテイルとアシスの二人は、明るい声をあげながら海に入っていく。アシスは浅黒い肌に白いハイレグ姿(シースルー)で、小柄な体に見合わぬ大きな胸は、テイルと共に清蔵の股間を怒張させる。清蔵も平静を装いながら海に浸かった。ギラギラとした太陽とは対照的に、海水の温度は思いの外冷たかった。清蔵の故郷の海水浴場では茹だるような暑さと、ぬるま湯のような水温と言う感じの海だったので驚きと感動を覚えた。

 

『うーん、気持ちいい……あっ、やべっ!』

 

気持ち良さ+二人の美女の泳ぐ股体と胸により射精していた。股間を押さえて誤魔化しながら泳ぐ事に意識を戻す。清蔵、頼むから自重しろ、18禁になるから(震え声)つーか37にもなってそれでは不安過ぎるぞ……

 

 




下い話になるのは致し方無いッスね、すんませんw魔人が出て来ましたね、ファンタジーの住人のテンプレート的な見た目をしておりますが、魔人側から見れば清蔵やテイル達の方が異常なんですはい。


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第46話 ゆうべはおたのしみでしたね(何もしてません)

短いですが、エタり防止の為投稿しました。


 

 

アシスの宿で清蔵とテイルは浴場にて体を洗いあいっこしていた。清蔵は相変わらず恥ずかしがっている。実は同棲してから一緒に風呂に入る事は無く、入る時はラブの付く付かない関係無く宿でのみだったりする。お互い何度も体を重ねている筈なのに、何処かまだ恥ずかしさと言うものが抜けないらしい。清蔵の童貞ムーヴは相変わらず、テイルの乙女ムーヴもしかり。

 

『ふぅ……気持ち良いね♪せぞさん。』

 

『うん……恥ずかしさが抜けないけど、テイルちゃんと一緒にお風呂入るの、その……さっ、さっ最高ですとも!』

 

やや狭い浴室の風呂に、テイルをお姫様だっこする形で入る清蔵、股間の逸物でテイルの背中を押しているような状態は、端から見たら雰囲気台無しである。

 

『こうして二人でゆっくりするのも、久しぶりだね。せぞさん、私まだ上手くせぞさんと仲良く出来て無いけど……せぞさんは、今幸せ?』

 

『俺が最高に幸せって言ったら、嘘に聞こえるかな?でも俺はテイルちゃんと一緒にいられる時間が、本当に一番幸せだよ?それこそどもっていいですともって連呼する位には。』

 

それは心が童貞だからどもってるんだと他人なら突っ込みを入れる所だが、テイルは清蔵の幸せそうな(馬鹿面にしか見えないが)顔を見て、今日一番の笑顔を見せた。

 

(可愛いなもう、食べちゃいたい!)

 

そう思ってなくとも食べる気満々なんだろうと思う位、顔は弛みきっている、警察の仕事時のキリッとした姿しか知らない人間からしたら、情けない位のデレ顔。

 

『すんませんナレーションさん、最近辛辣過ぎませんか?』

 

 

テイル・オーガスタの独白

 

せぞさんが、幸せだって言ってくれた。せぞさんが幸せなら、私も一緒に幸せになりたい、そして、幸せでありたい。信じてもらえないかも知れないけれど、一目見た時から貴方の事が好きでした。最初は本当にパパみたいな雰囲気してたんだけど、せぞさん本人のキリッとした所、可愛い所、そして、ちょっとエッチで面白い所にも惹かれちゃった。

 

だから……せぞさんにとって私がどう映っているのか、聞くのが怖い。けど、聞いた所で、せぞさんはきっと優しい言葉を掛けるのかも知れない。せぞさん、未来の旦那様、何度でも言います、私は貴方の事が大好きです。

 

 

『せぞさん、離れちゃ、嫌……』

 

『はっ、離れるわけ、ないですとも……なっ、なんだ寝言か……一体どんな夢見てるのかな?』

 

風呂に入った後、泳ぎ疲れていたのかテイルは直ぐに眠ってしまった。清蔵は清蔵でテイルが疲れている時は情事を控える位の理性は持っているので、せめて添い寝しようとベッドに潜った途端にその寝言を聞いたのだった。清蔵は改めて眠りにつくテイルの顔を見た。子牛のような角は愛らしく、亜麻色の長い髪は艶やかで美しい。童顔だが目鼻立ちははっきりとしていて整った表情は、見るものを振り返らせる可愛らしさ。しかし、何処か寝顔は泣いているように見えた。

 

『そう言えば辛い少女時代を過ごしたんだったね、テイルちゃんは。何時も明るいから忘れがちだけど、その辛い頃の記憶があるから、みんなに優しく出来るんだよね……大丈夫、俺がついているから、悲しませないよ。』

 

そう言うと清蔵はテイルを優しく抱き締めた。心なしかテイルの表情が穏やかになったのを見ると、清蔵はテイルを抱いたまま、眠りに入った。シリアスっぽいがムスコはしっかり立っていた事も書いておく。

 

『書かんでいい!』

 

 

翌朝、清蔵は朝焼けの時間帯に目覚めた。昨晩抱いていたテイルはそこにいなかったが、柔らかな感触が背中にピタピタと当たった。ハッとした清蔵は後ろを振り返る……目の前にはテイルのお尻があった。

 

『え?……え?……いやいやいや、これはおかしいって!なっ、なんでテイルちゃんのビューティフオーピーチが……ってあれ?』

 

驚いた清蔵、当然である。テイルのお尻にびっくりした以上に、ちゃんとズボンを履いて寝ていたはずの自分も真っ裸になっていたからである。

 

『かっ、考えるのやーめよ……よっよし、二度寝だ!』

 

現実逃避する為、二度寝を敢行した清蔵。後々判明するが、二人共に良からぬ夢を見て寝苦しく、気がつけば服を脱いで逆69状態になっていたのだ。このカップルはそのうち寝ながらセッ〇スをするのかも知れな

 

『しねーよ!勝手に決めつけんなよこらぁ!』

 

 

『おはよう、あれ?二人共どうしたの?モジモジして。ゆうべはおたのしみ?してたの?』

 

堀〇さん的な言葉が出た為に、二人は今朝の出来事を話した。アシスは若干引いていたものの、二人仲良く似たようなポーズで寝ていた事等を聞いて、仲の良さを羨ましがった。

 

『素敵なカップルだね、二人共。だから二人には是非ここでの思い出を作って欲しいな。ランボウ王国は他の国と違って変に感じるかも知れないけど、二人が楽しめる所が一杯あるから、満喫してね。』

 

『ありがとね、アシスちゃん。俺達は時間の許す限りこの国を巡るけど、大方巡ったらまたここに泊まらせて貰うよ。』

 

清蔵の言葉に、パァッと明るい笑みを浮かべるアシス。旅は何が起こるか分からないが、宿の雰囲気が気に入った清蔵は、口約束をした。印象の良い場所を宿にと言うのは、清蔵の癖であろう。南国の旅はまだ始まったばかりである。

 

 

 

 




セッ〇スしてたり、旅行トラブルあったりと、出来てるのを見て我ながら恥ずかしくなり、修正と言う名の書き直し作業してます。これ、清蔵が警察の仕事復帰すんの大分先じゃね?と懸念してますw


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第47話 ランボウ王国の図書館

短めですが、エタらせるとあれなので投稿しました。


 

 

旅行二日目、宿を出て清蔵達は、ジョンヌ周辺を観光する事にした。ランボウ王国首都ジョンヌは、建国から四百年程の比較的浅い歴史の割に、建国当初の建物や風習が色濃く残る場所である。

 

魔法を扱える魔人は手にステッキやスタッフと言った杖を持っている。アシスに聞いた話によれば、直で魔法を行使するのは消耗が激しい為、魔力を込めやすい石を嵌め込んだ樫の木(清蔵の元世界と同じような種)か銀で出来たそれらを手に持つと言う。杖の所有は日本で言う銃刀法的法律で規制されているらしく、魔人なら7歳以上、それ以外の種族なら15歳以上で身元確認が出来る者でないと許可が降りない。人口的には大体四人に一人の割合で杖を所有しているようだった。

 

(銃社会アメリカ的考えかな?自分の身は自分で守るって所。建国時の状況とか気になるな。あっ、)

 

『そうだ、テイルちゃん、図書館行ってみない?ランボウ王国についての情報、色々調べたいなって、駄目かな?』

 

『うん、大丈夫だよ。確かに気になるよね。』

 

清蔵の気持ちを察したテイルは快諾した。観光をするのにある程度の事は知っておいた方がいいだろうと、思った清蔵は、ジョンヌの王立図書館に向かった。

 

 

この世界の図書館は、どの国、どの都市であろうと開かれている。図書館の他に、公衆便所や浴場、学校や病院と言う場所に関しては身分に関係無く自由に出入り出来る。そう言った場所には、手を繋いだマークが描かれており、清蔵はそれを頼りに図書館を探す。街の中心部に入ると、通行人から図書館の場所を詳しく教えてもらい、目的の場所へとたどり着く。

 

『でかい図書館だな……サカサキのもそうだったけど、大都市の図書館ってのは規模が違うなぁ。』

 

立派な造りの建物が目の前を埋める。ランボウ王国は魔法を扱える人間が多い事もあり、人口で勝るサカサキ以上に出入りする人間が多く感じられた。清蔵達は人並みをかわしながら、歴史書籍が置いてある一角に行き、数冊の本を手に取った。

 

『ランボウ王国歴史大全、か。これにしよ♪』

 

一冊の厚みはタイトルの堅さとは裏腹に割と薄い。文書に疎い人間の為に、文字が大きめで図解入りの読みやすい書籍。文字の読解が漸く様になった今でも、こう言った分かりやすい書籍は清蔵には助かるのだ。

 

 

ランボウ王国の成り立ちは、魔法・鉄器大戦の終結後に遡る。魔法兵団の幹部として活躍した魔神ラン・リョービが、開拓の行われていないレイボゥ亜大陸に、魔法兵団側、特に魔人達を引き連れて一から開拓した国である。ランは魔人及び魔神に国の運営を優先するように厳命した。これは、寿命の長い種族が中枢にいる事で、長い独裁体制を築かれる事を防ぐ意味合いがあった。魔人の変異種、魔神であるランも、普通の魔人より寿命があるとは言え、精々50年程度の寿命であった事から、ランボウ王国の初代国王としての厳命が受け入れられたと言う背景がある。

 

魔人の寿命は全種族で最も短い。魔人及び魔神を平均すると大方30から40年程でその生涯を終えてしまう。故に、政治の新陳代謝は他の国よりも圧倒的に早く、是政者のトップたる国王もいいとこ10から15年で入れ替わる為、四百年程の歴史の中で既に40代以上も国王が代替りしているのだ。最長の朝廷だったランの時代でも20年、その為封印されたカグヤ達三人以外の十英雄でランは真っ先に天寿を全うしたのだ。

 

『やっぱり魔人って短命なんだな……魔力を扱う事に特化した代償、と言うよりも、命を削るような魔法を使って来た結果短命になってたりするのかな。』

 

清蔵の考察は的を射ていた。物心付いた時から魔力の循環や肉体補助等を扱えなければ、魔人はヒューマ等と比べてろくに体を動かせない。しかし、常時魔力を行使している状態は、言うなれば新陳代謝を急激に進める事となり、結果として魔人は通常の人類に比べて早熟で短命になったのだ。短命な分性成熟は5歳と非常に早く、基本家族が五人以上の兄弟とか姉妹とか大家族である事が普通なので、大陸から離れた開拓民が殆どの割に人口が多いのも特徴である。

 

『ん?最初の50年位は他の種族を受け入れなかったって……何だろう?』

 

ランは大戦を戦い抜いてきた英雄であったが、魔法を使えぬ人間に対する不審感は終結後も拭えず、更には当時少数派だった魔人及び魔神を繁栄させたいが為に、魔神を輩出しやすいよう、魔人ばかりを国民とし、50年間は開拓と魔人の繁栄の時代と制定した。その為、50年が過ぎてからも、他種族を受け入れないような保守派が多かった。

 

ランの来孫の時代になってから、漸く他種族を受け入れるようになったのだが、肉体的に強い他の種族による犯罪に悩まされ、戦争以来所持規制をしていた杖や魔道具の所持を許可した。

 

『どの世界に行っても移民者による犯罪は起こるのか……テイルちゃんは勿論、俺も移民みたいなもんだから複雑だな……』

 

悪質な移民に対する対抗措置により、ランボウ王国は漸く治安が良くなり始めた。更に、大戦当時と比べて大半が失伝したとは言え、魔法を扱う機関や、迫害された変異種や少数民族らを保護する政策に魅力を感じたダークエルフ、剛力族が移り住み、現在の王国を築き上げた。

 

『んー、成る程ね……住んでる人らにハーフが少なくて純血が多いのはそれでか。』

 

清蔵はランボウ王国の成り立ちを知り、益々興味が湧いてきた。テイルと相談して、開かれた王室と呼ばれるランボウ王国の城を見学しようと決めた。運が良ければ国王と謁見して話が出来ると言うのも聞いていたので、早速行こうと言う話がまとまった。

 

『エウロのサカサキ以外の都市、それも首都の王様に会えるとは……自分の住んでる国のババァに会う前にこっちが先と言うのも何だか複雑だなぁ。』

 

言葉ではそういいながらも、清蔵はワクワクしていた。清蔵は元世界の自国の陛下については勿論知っているが、皇宮警察でも無い限り、謁見して話をする機会は無い。各国VIPとも謁見無しな平の警察官が他国の王に会えるとなればテンションも上がるのは仕方のない事であった。

 

 

 



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第48話 大人になっても、修学旅行的な旅行したりするよね?

大人になっての旅行とか、隙を見てセッ〇スするような下ネタ全開な旅行の仕方するカップルが結構多いですが、修学旅行のような街や国の歴史を学ぶような旅行も乙だったりします。

※2022/8/20、誤字修正。


 

ランボウ王国の首都の中央に位置する王の居城、リョービ・シュブレツィア。石造りの三階建ての立派な白亜の城は、観光名所の一つでもある。

 

城の主、アナベル・マインツ・ラン=リョービ45世は今年37歳になる、壮年の女性魔神。だが、その浅黒い肌は若者のように瑞々しく、魔人族としてはかなり高い身長は威厳さえ感じさせる。頭に王の証である冠を被り、手には豪奢なルビーを誂えた白銀の杖を持ち、赤いドレスの上に紫のビロードを羽織った姿は、異世界から来た者が見たら、(あっ、これどっかのRPGで見たラスボスや)と口にしてしまうようだった。

 

しかし、その見た目に反して女王の性格は温厚であり、開かれた王室となって百年が経過した中でも指折りの外交的な人物である。彼女は週に三回、謁見に来る海外の人間に気さくに声をかけ、ランボウ王国のイメージアップを自ら買って出ている。しかも打算でも無く、自分がそうしたいからと。

 

ランボウ王国の歴代国王の大半は、海外、特に魔法の力を持たない者に対して辛辣であった。これは魔法・鉄器大戦時代の名残りとも言えたが、アナベルはそんな事関係無く交流を続けていた。国民の支持率は過去最高で、ランボウ王国のイメージアップを後押ししている。

 

今日は一般謁見の日であり、そこには我らがバカップルの姿もあった。清蔵は何処ぞの田舎者のように城の内部を見回し、テイルは絢爛豪華な内装にうっとりしていた。一般客は30名程、各々種族も様々だったが、この二人はやはり目立つ。と言うのも、旅行に着ているテイルの服が官能的(本人に自覚無し)な為に、嫌でも目立つのだ。そして清蔵はテイルと腕を組んで鼻の下とJr.を伸ばしっぱなし、目立たない訳が無い。アナベルはそんな二人に興味を持った。海外からの謁見者はこれまで幾組も見てきたが、これ程浮いたカップルは今まで見た事が無かったのだ。

 

(ほぅ、とても面白い男女じゃのう、見た目も悪く無い。)

 

清蔵のおっ立てJr.には突っ込みを入れず、二人が目の前に来たのを確認すると、アナベルはしゃなりとした足取りで彼等と同じ目線までやって来た。

 

『旅のお方、良くぞ我がランボウ王国に観光に来てくれた。妾は現国王、アナベル・マインツ・ラン=リョービ45世である。』

 

『どうも、俺はカン=ムのナハト・トゥからやって来ました、児玉清蔵と申します。』

 

『同じくナハト・トゥから来ました、テイル・オーガスタです。婚前旅行にせぞさんと一緒に満喫してます。』

 

人懐っこい笑顔でそう言う二人に、アナベルも同じく笑顔で彼等を歓迎する。

 

『ふふっ、お二人共幸せそうで。ランボウ王国の自然や街並みは気に入ってくれたかな?』

 

『いやー、最高ですとも!実家は海の方なんですが、あれほど青く綺麗な海を泳いだのは生まれて初めてで、イきかけ……生き返りました。』

 

言葉に下が入るのが難点だなと思いながらも、本人達の満ち足りた顔を見て、アナベルはご満悦の表情を浮かべた。

 

 

いやー、見た目RPGのラスボスじゃね?って感じで固くなっちゃってたけど、国王陛下凄い気さくな方だった。どうも、清蔵です。本官いつ仕事するのって思われておりますが、ちゃんと仕事はしてたの!働き過ぎ言われて休み取らされてるの!でもテイルちゃんと二人で旅行なんだからそりゃあ嬉しいですとも。

 

さて、陛下と謁見した後は、なんと陛下が我々観光客を自らエスコートして、王室を案内してくれております。リアルな王室なんて初めて見たけど、うん、おとぎ話の世界って奴?すっごい豪華。んで、リアルメイドさん達もいましたよ、魔人族の小柄な体なせいか、セレブ御用達の高級ドールのような感じを受けた、滅茶苦茶可愛い(愛嬌あるって意味でね)、勿論俺の中で最高に可愛い女性と言うのはテイルちゃんだけどねぇ。

 

しかし陛下ってなんやかんやお喋りだな、王室の始まりとかランボウの成り立ちとかを説明してくれてるんだけど、凄い詳しいのよ。どこぞのな〇うな王様って、歴史を省みないアーパーなイメージがあったんだけど、この人は違う。なんと言うか歴史の先生のような感じ。高貴な見た目とは裏腹にめっちゃ距離が近いのよ。日本と英国の王室皇室の良いところを足した感じ。

 

『戦争終結後の我々魔人族は、ひとえに繁栄を優先していた。鎖国状態を強いたのは、一概に我々魔人族が一定の数に達するまではと思っての事だと、先祖は書き記している。』

 

成る程ね……そう言や魔人族って大戦時魔法兵団側だったんだよね?鉄器側につく人間だっていても可笑しくないのに、なんで皆魔法兵団側にいたんだろ?

 

『ふむ、その疑問は確かに。他の種族は偏りはあれども両陣営に別れていたが、我々は魔法を奪われればひ弱だったとも言えたし、見た目が半端な印象を持たれていた為に魔法特化な魔人族は魔法兵団に皆がつかざるを得なかったと先祖は伝えているな。それに、全種族の比率で言っても、我々は少数派に属していたからな、両陣営に分散するより、片方に固まっていた方が生き残れると察したのかも知れないな。』

 

分かりやすい……ヒューマ、オーガ、ドワーフの三種族だけで世界の半数以上を占めているって話だからな、この三種族は何処にいても生きられるタフネスさが売りと言うのがこの世界の人の感想らしいからね。エルフや魔人族が如何に苦労しているか、改めて分かった気がした。

 

『こちらが、我々王室所有の歴史博物館じゃ。妾の家系図や大戦時代の武具等が所有されておる。』

 

え?王立の歴史博物館が城の中にあんの?おー、何だあの装飾の凄い槍みたいな奴は!エメラルドが槍の根元にびっしり。

 

『国宝、ロード・オブ・ルーンスピア。初代国王ラン・リョービが大戦中に扱っていた魔法槍じゃ。刃はタイタニウムとイリジンの合金で出来ておってな、強さと魔法付与両方をかね揃えておる。まっ、エメラルドの方は単純に初代王の趣味らしいのだがね。』

 

趣味かい?!魔法付与関係無いんかい?!にしてもタイタニウムとイリジン、えー、つまりはチタンとイリジウムの合金か、超硬そう……

 

 

王立歴史博物館を行く清蔵達。魔法槍の横にある戦闘服、そしてそのすぐ側に置かれている肖像画、これらは全て初代国王、ラン・リョービにまつわるものだった。

 

ラン・リョービ。魔法・鉄器大戦の十英雄の一人で、魔法兵団幹部。魔人族の変異種、魔神であり、精強な火炎魔法軍を率いて鉄器兵団との死闘を繰り広げた女傑。その生涯は波乱万丈そのものだった。彼女が属する魔人族は、元々は現タイーラ連合国のカン=ム地域に暮らしていた少数民族だった。一説によればエルフの変異種族とも、エルフとオーガのハーフがまぐわい続けて生まれたとも言われているが、そう噂される要因は、エルフとオーガの特徴を合わせていたからに他ならない。エルフに見られる尖った耳と魔法適性、オーガに見られる角と八重歯。しかしその二つの種族と似ても似つかぬ短命さと魔法適性の圧倒的高さ、それは体に負担のかかる魔法を率先して使い続けてきた結果である。他の種の中で比較的魔法適性の高いエルフがゆったりとした時間の中でゆったりと成長するのとは対照的であるが、このお陰で魔人族は戦争において重宝される存在となった。

 

『我々は魔法戦闘の為に寿命を犠牲にした種族と言われていてな、今現在は栄養状態の改善で平均寿命が40年近く生きれるようにはなったが、その当時の平均寿命は25歳だったと言われている。』

 

魔人族が大戦に駆り出されるようになったのは、タイラーとレイーラの二人が地域紛争の長に任じられた頃である。レイーラが魔人族と交渉して大戦に絡むのだが、この時魔人族の長になっていたのは、弱冠10歳の魔神、ラン・リョービであった。ランは小さい頃から、他の魔人族と違う特徴である、紫色の肌、白目の部分が赤く、金眼で、かつ、オーガと遜色の無い角を持っていた。その結果、同じ魔人族からも、他の種族からも虐めを受けて育ってきた。幸いにも、彼女は魔法適性が飛び抜けて高く、かつ惨めな人生を覆す為に魔法の特訓を重ねて来た。気が付けば魔人族の長にまで成り上がっていた。更に、レイが彼女の存在を嫌がる事なく認めた為に、魔法兵団として働く事を快く受け入れる下地が出来たのだ。

 

『初代は……誰かに認められたかったのだろうな。それが例え、沢山の犠牲を伴う戦争であっても。』

 

魔人族の軍団は、炎の魔法を駆使して、鉄器兵団側の街を焼き付くした。助けを求める者すらも炎で焼き、それらを指揮するランは、いつしか東方の魔女だとか、フレアードエンプレスだとか渾名される存在となっていた。因みに同じ幹部だったミクニ・ナスカも炎使いで役目が被っていた関係でライバルかつ親友の関係だったと言う。

 

 

『ミクニ氏とは互いに迫害にあったと言う共通点があってな、初代がこの地で国を拓いた後も交遊があった。隣国ミクスネシアの初代大統領にミクニ氏が就任してから数回、大戦後に顔を合わせていると記録されておる。』

 

『戦友っていつまでも繋がりがあるって祖父さんが言ってたなぁ、辛い時期に共に生きた人間だから結び付きが強いんだって。』

 

 

大戦末期、タイラー達との直接停戦交渉を経て、ランは悩みに悩んだ。彼女本人は大戦を止めるつもりは無かったのだが、魔人族達も長い戦いで嫌戦ムードが広がっており、これ以上は戦いに力を割けないでいたのだ。悩んだ末に、ランは未開の地へと渡って国を興す事を決めた。亜大陸は大陸から僅か百里の位置と言う近い所にありながらも、度が過ぎる程の潮の流れと海峡を吹く強風によって、年中温暖な赤道付近と言う好立地にも関わらず人の手が入っていなかった。ランは魔法使いの法力で船をガードしつつ亜大陸に進出、炎の魔法、風魔法を開拓に有効活用してランボウ王国開拓に成功した。

 

『行動力半端無いッスね。何もない場所に道を切り開くって相当な根気と体力を使うってのに、初代の時代でそれを成したんですね?』

 

『まあ正確には初代の頃は首都周辺の開拓が終わった程度だったがな。亜大陸と言うだけあって面積も馬鹿にならず、今でも三割程しか手を付けられておらぬ。広い国土故に、海岸線に都市を築くのが精一杯だった。』

 

赤道付近、手付かず……清蔵のイメージ通り、鬱蒼と繁ったジャングルからの開拓である、想像以上の難事業であった事は言うまでもない。魔法は強力な道具ではあるが、モノを運んだりするのはあくまで人力であり、体が弱い魔人族にとっては死と隣り合わせだったに違いない。

 

『国を拓く、統治する、これらは多くの人々の血と汗のもとに成り立っている、妾はそう考えている。だからこそ、せめて妾も民と同じ目線で世界を見たいと思っての、歴史博物館の案内役をやっておるのじゃ。』

 

『陛下はお優しいんですね……』

 

『いや……初代からの苛烈な歴史を考えて自重するようになっただけの話よ。』

 

そう謙遜するアナベルだったが、清蔵は誠実だなと素直に感じた。法の整備が元世界に比べて整ったとは言えない世界で、上に立つ人間がこれほど身近に民と接する等、パフォーマンスにしろ中々出来るものでは無い。

 

謁見、歴史博物館見学が終わった清蔵は、テイルと二人で城内の一角のカフェテラスで昼食をとっていた。手入れが行き届いた中庭を一望出来るカフェテラスは、観光客に人気のランチポイントで、ちょうど太陽が真上に来た時間と言う事もあり、ほぼ満席だった。各国様々な見た目の観光客がいる中、やはりテイルに視線が注がれる。白いが血色の良い健康的な肌は薄くきめ細かく、水牛のものを小さくした角は、愛らしい童顔を引き立たせる。対照的に成長著しい胸から尻のラインは、男と言う男の目をひき、女からは羨望と嫉妬の混じった目で見られる。そんな美女がフォークを刺して南国フルーツを運ぶ先には……

 

『あーん♪んっまぁい!』

 

その美女に似つかわしくない強面なマッチョ男が崩顔しながらそれにパクつく姿が。美女と野獣だなと周りがヒソヒソ話すのも気にせず、間の抜けた幸せそうな表情を浮かべてランチを楽しんでいた。

 

『えへへ、せぞさんおいしいね♪』

 

『ほんとにね、最高ですとも!』

 

体を密着させ、見せつけるように(二人共に全く自覚は無いが)イチャイチャしている様を見た観光客カップル達は、それにならいイチャイチャしだす者、バカップル〇ねと中指を立てる者、赤面しながらその一部始終を目に焼き付けようとする者に分かれたが、清蔵達の注文するメニューが普通に旨そうで同じメニューを頼んで行った結果、カフェ的には良いお客さんとなったと言う。その後我慢出来なくなった清蔵は、公衆トイレにてテイルとセッ

 

『してねぇ!渡〇じゃねぇんだから!つーか浮気でもねぇし!ラブホで10回やっただけだし!』

 

やる事はやったのは事実のようである。

 

 




誤字脱字修正をやっていて話を投稿できぬぅ!後、ボクシング熱が再燃してそっちに意識が行ってるのも要因です。井上対バトラー戦ほんとに実現しねぇかな?日本人初の四団体統一王者とか誕生の日には自分の事のように喜んで飲めない酒飲んでやるぜ!


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第49話 ミクスネシア

本来はミクスネシアの話は一話で終わらす予定でしたが、書いてるうちに肉盛り酷くなって二話に分けようと思い至りました。


 

 

旅行三日目。清蔵はランボウ王国から出ている定期便に乗って、タイーラ唯一の島国国家ミクスネシア共和国に渡る。大陸側の旅行の定番で、ランボウ→ミクスネシア→ランボウと言うルートは主に両国の首都圏をシャトルしながらビーチで過ごすと言う若いカップル向けの旅行ルートだ。尤も、日がな一日イチャイチャしている二人には何処でもよいのだが。

 

ミクスネシアの首都、カヤ・ナスカは、ランボウ王国首都ジョンヌから距離にして僅か120kmのミクニ島全域を差す。ミクスネシアは大小二百の島からなる島嶼国家であり、面積は九州と四国を合わせた位、人口一千万程の小国である。

 

この国家の人種はピクシーや獣人が大半を占めており、ファンシーな雰囲気を醸し出している。共和制国家で明確な身分制度が撤廃されたミクスネシアの首都、カヤ・ナスカの人口は三百万、タイーラ主要都市で七番目の規模を誇る。

 

『獣人やピクシーばっかでディ〇ニーの世界みたいだなぁここ。』

 

清蔵が某団体に消されかねないワードを口にしてしまっているが、目の前に映る城が、某テーマパークの城にそっくりだったので仕方ない。そう、ミクスネシアには城が存在している、現在はアメリカのホワイトハウス的ポジションで、大統領の居住地が敷地内に存在する。しかし清蔵にはそれ以上に気になった事があった。

 

『ねぇ、ここの獣人さん達、より動物的見た目してるなぁ。うちらの所はケモ耳としっぽ着けたヒューマって感じのが大多数なのに。お陰であっちのリボン着けたネズミのお嬢さん、まんまミ〇ーちゃんだし。』

 

清蔵、やめろ、消される!

 

 

ミクスネシアの獣人は厳しい島の環境に堪えてきた種族であり、大陸側の獣人に比べて元生物に近い姿をしている。因みに大陸側の獣人も、サバンナのような場所出身の獣人はその傾向が強い(サカサキのライオン公安さんとか)。しかしここは比率が殆どと言って差し支え無い為、某テーマパークを想起させてしまうのだろう。

 

『あっ、見て見てせぞさん、あの娘フェアリーじゃない?可愛い♪』

 

ピクシーの変異種、フェアリー。背丈はヒューマの三分の一程、背中に昆虫の羽を持つ、天族と共に、特異な進化をした種族である。特徴としては、人形のような愛らしさ漂う顔立ち、体長の割に手足が長い事か。

 

『リアルティン〇ーベルだ、凄いわこの国。』

 

アウト!スリーストライクルールならもうアウト!

 

 

異世界旅行って感じがより強くなりました、はい、清蔵であります。ランボウ王国を渡ってミクスネシアに行ったらそこはリアルディ〇ニーランドでした!ファンシーな見た目の人々が行き交う様はランボウ王国以上に驚きであります。つーかここの人々可愛いのなんのって、テイルちゃんずっと可愛い可愛い言って興奮してるのよ、子どものようにはしゃぐ君はもっと可愛いよ(馬鹿)

 

さて、ミクスネシアの首都がこんなにランボウ王国と近いなんて、びっくりしてるよ。近くて遠い国ばっかの元世界の近隣情勢とは大違い。だからランボウ王国の魔人の観光客も目立つね。しかしファンシーな見た目とは裏腹に、屋台で焼かれてる匂いは、ワイルドな香り……うぉっ!豚の丸焼きが!大きさは元世界の豚よりやや小ぶりながら、あんなでかいのを丸焼きとは……やべっ、腹が減ってきた。テイルちゃんもお腹空いてるのか、丸焼きに釘付けだ。

 

『テイルちゃん、あれ食べる?』

 

『うん♪ちょっとお腹空いたけんね。』

 

よっし、ならば丸焼きの屋台の列に並びましょうかね。うっ、こう並ぶと観光客以外みんな身体小さいな。獣人も大陸側の人と比べて小柄、ピクシーは元々小柄、観光客も魔人が多いので俺達カップル大男大女扱いでじろじろ見られてるよオイ……

 

『キャッ!』

 

どうしたのテイルちゃん?!ってオイコラァッ小僧!テイルちゃんの極上ピーチに顔埋めんじゃねぇ!げんこつじゃ!

 

『いでっ!何すんだよ!』

 

こっちの台詞ですはい。君、女の子のお尻に許可なく顔埋めるのはセクシャル・ハラスメント!そして強制猥褻だこの野郎!

 

『ん、んなこつ言っても……そんないいお尻みたら顔埋めたくなるじゃんよ……』

 

マセガキィ!気持ちは分かるがやっていい事と悪い事があるだろうが!ナハト・トゥならそのまま現逮してるが、ここは海外、次やったら知らねぇぞ……

 

『いやだぁっ!この子胸も揉んだよ?!』

 

『小僧、死にたいらしいな?まぁ極上の身体に触れたんだ、未練は無いな?』

 

『ぎゃあ!いっ、いてててて!腕を捻らないで!』

 

孤〇のグルメ(ドラマ版)のアームロックだ!身長差がある程有効なこいつをお見舞いしてやったぜ!

 

『おっ、お兄さん落ち着いてくれ!うちのせがれが申し訳ない事をした!』

 

ん?丸焼き作ってるおっちゃんじゃねぇか。まっ、まぁ丸焼き食いたいし、後々うるさいの嫌だし、アームロック解除してやっか。

 

『いてててて……隙あり!』

 

『いやん!』

 

『くぉぞぉおおおっ!!ぶっ殺す!!』

 

 

『……本当に申し訳ない!』

 

『いや、もう懲らしめ尽くしたのでおやっさん、顔上げて下さい。それに一番旨い部位をしこたま頂きましたんで。』

 

豚の丸焼き屋台の店主の息子(狼の獣人、10歳)にテイルがセクハラを受け、アームロック+内股+腕ひしぎ十字固めのコンボで制裁した清蔵。父親の説得と、丸焼きの極上部位であるバラとロース部分をご馳走になる事で落ち着いた。

 

『しっかしおやっさんの生真面目さと裏腹にとんでもねぇエロガキだよ!テイルちゃんのおちりは俺だけのものだ!』

 

『ボソッ(キモッ)……ってててて!』

 

『今度は背負い投げ食らわすぞ小僧!』

 

テイルが絡むと、怒りが抑えられない清蔵、特に性的な嫌がらせに対しては過剰に過ぎるきらいがあった。

 

『女の子は守るものって考えは古い考えだとは思うけどさ、体力差考えたら男の方がどうしても強いわけよ。いいか小僧、女の子が嫌がる事はするもんじゃない、お前が男ならな。』

 

若干説教臭くなったのはおっさんだから仕方ない。清蔵としては刑法により人を捕縛する人間である、不埒な行為に関しては厳しくなるのだ。少年は黙って清蔵の説教を聞き、少年の父親も少し涙ぐみながら聞いていた。

 

『うちの妻が早くに亡くなってねぇ、男手一つで育ててきたんですがね、私の教育不足で迷惑をおかけして申し訳ない。』

 

『謝らなくていいですよ、物心ついたばっかの少年の不徳はまだ善悪が良く分かって無い訳ですから、少々痛い目見たらきっと反省しますって……出来るよな?少年。』

 

『う、うん。お姉ちゃんごめんなさい、おじさんごめんなさい!』

 

『お兄さんだるルォ?!』

 

『ひぃぃ!!ごめんなさいぃ!!』

 

『せぞさん!落ち着いて!ね?』

 

 

『せぞさん、落ち込まないで。』

 

『ぐすっ、どうせあちきはおじさんでごぜぇますよ……』

 

カヤ・ナスカの宿の部屋で落ち込む清蔵と、それを慰めるテイル。ナハト・トゥ警察署においては日常の風景を、旅行先でも見せる形になっていた。清蔵はおじさんと呼ばれるのは好まない。元々濃い顔故に年より老けて見える顔でコンプレックスだったのだ。

 

『せぞさん、私は気にしないからね。誰がなんと言おうと、せぞさんはせぞさんだよ?』

 

『おお、天女が、天女がおる!』

 

涙目になりながらテイルの胸に飛び込む清蔵。テイルは優しく受け止め、清蔵の頭を撫でてやる。次の瞬間にはご機嫌が治っている、単細胞である。

 

『うふふ、ご機嫌治ったら、お風呂にする?』

 

『いいですともおっ!!』

 

今夜もお盛んだった。

 

 

四日目、清蔵達はカヤ・ナスカを改めて観光する事にした。宿屋の主人からここのオススメ観光スポットを聞いていたので、足は迷いなくそこへ行く。その場所とは、ミクニの永遠焔(とわひ)と言われる大きな聖火台が建てられた闘技場だった。

 

『凄ぇ、コロシアムだ。サカサキのは運動競技場って感じだったけど、こっちはまじもののコロシアムだよ。』

 

初代大統領ミクニ・ナスカの時代に造られた闘技場。ここは武器を持った戦士と杖を持った魔法使いによる本気の殺しあいが催される場である。闘技場最上段にはミクニ・ナスカの火炎魔法により灯されたと言う、消えずの聖火がゴウゴウと燃え上がっていた。

 

『でも今日は闘技は無しみたい……でも殺しあいなんて見たくないから私はホッとしとるとよ。』

 

『そうだね……』

 

闘技場は週三回戦いが行われるのだが、あいにく休戦日に当たったらしい。休戦日は闘技場の端の区画にあるミュージアムが公開され、闘技場の歴史を見る事が出来る。

 

『うへぇっ、髑髏が飾られてるよ……』

 

ミュージアム入口は、初期の決闘者達の髑髏が飾られており、ここが血生臭い場所である事を嫌がおうにも知らされる。中に入ると、大きな斧や馬ごと叩き斬りそうな大剣が飾られており、特に目をひくのが割られた鉄兜だった。ここまで見て清蔵は気付いた。

 

『テイルちゃん、何か可笑しくない?魔法使いと戦士の戦いって言いながら、ここに飾られてるの、戦士の遺品ばっかだよ?』

 

清蔵の指摘通り、戦士の遺品は飾られていながら、魔法使いの遺品は一切無いのだ。書かれている説明も何処か偏っている。例えば、〔愚鈍な戦士の斧を掻い潜り、俊足の魔法使いが炎の魔法を叩き込み勝利〕等、あからさまに戦士に対する敬意が無いのだ。

 

『ミクニって人は、よっぽど大戦の時に戦士に嫌悪感でもあったのかねぇ?』

 

『旅の方、我が国の歴史に興味がおありか?』

 

このミュージアムの館長らしき人物が声をかけてきた。清蔵は素直に興味があると答えると、館長は奥に二人を案内してくれた。

 

『共和制国家ではありますが、表向きはミクニ・ナスカを神格化し過ぎた国故に、歴史を知りたい方はこうしてバックヤードで説明しないと過激な信奉者が色々うるさくてですな……』

 

『色々大変なんですね……』

 

 

十英雄の一人、ミクニ・ナスカ。魔法適性の高いピクシーである彼女はかつて存在した大国、トマヤシア連邦の出身であった。トマヤシア連邦は魔法使いを重宝する国家ではあったが、種族間の差別意識が強く、体格の小さいピクシーは特に見下される傾向にあった。子どもの頃からいわれの無いいじめを受けてきた、12歳の時には街の悪ガキ達にレイプされると言う辱しめを受けた。それらの人間は魔法もろくに使わない力だけの存在……ミクニの中で魔法を使わぬ人間に対する嫌悪感が出たのはこの頃からであった。

 

『女性の性的被害によるトラウマってのは、心にとんでもなく深い傷を残すものだからね、あっちの世界では亜由美さんが被害者のサポートを積極的にやってたから性被害の実体験はかなり聞いているよ、ひでぇもんだよな。』

 

 

ミクニが13になる頃、トマヤシアを離れ、単身武者修行に旅立った。高い炎魔法の適性を伸ばし続け、僅か二年程で無詠唱で意のままに操れるまでになっていた。故郷トマヤシアへと帰る道中、レイーラ率いる魔法兵団にスカウトされる。

 

魔法兵団の長が魔法適性が凡庸と言われるヒューマである事に最初は警戒していたが、レイーラが素直にミクニの炎魔法を認めた事、魔法兵団は出自に問わず、魔法力のみで上に上がれる事等、ミクニにとっては生きる証を証明出来る最適な場所であると感じ、魔法兵団に入った。火焔姫と渾名される程の強力無比な炎熱魔法で大量の屍を築いてきたミクニ。

 

しかし、次第に自分を認めてくれたレイーラとの軋轢が生じ始めた。大戦後期になってから、レイーラとレイオウの穏健派両名が鉄器兵団との終戦交渉をしようとしている事を知った。ミクニは自身が虐げられてきた種族であり、鉄器兵団側との終戦は無いと思っていた、しかし、レイーラ達がそれをする……多数派種族の人間である彼等との違いを感じた彼女は、終戦交渉の使者を敵味方問わず屠り続けた。

 

『エキセントリック過ぎだよな魔法兵団側の強硬派って……』

 

だが、レイーラ自身が鉄器兵団側へと赴く事によって、それらの行為に終止符が打たれた。ミクニ自身は納得しない形で大戦が終わり、レイーラやレイオウ、鉄器兵団幹部との繋がりを嫌って、未開の島嶼部へと部下を引き連れ、ミクスネシア共和国を築き上げた。闘技場の焔は、ミクニが大戦で不完全燃焼だったと言う意思を顕在化させたエゴであり、決して平和の灯火では無いのだ。

 

 

『……そう言った事実を余り公にしなかったのは、建国の母であると言う事実は無視してはならないと国民が感じている事、そして……闘技場での戦いは、決闘ではありますが、魔法使い側が勝つように仕向けられたパフォーマンスにございます。』

 

『プロレスかよ……いや、プロレスより酷いな。プロレスならヒールでも勝利する事が珍しく無いのに、それじゃただのいじめじゃねぇか。』

 

『ミクニ様の子孫であるナスカ一族が闘技場を経営しておりますので……』

 

『どんな奴らなんだろ?ちょっと顔を拝みたいな。』

 

清蔵が軽いジャブのつもりでそう言うと、館長が耳打ちするように清蔵に話をした。

 

『ナスカ一族の穏健派、ミクル様なら気軽にお会い出来ますよ。何と言ってもこの国の治安維持のトップなので、彼女と顔ききになっておけば、ミクスネシアのどの辺りが危険か安全か把握しやすいですので。』

 

『うん、そうする。館長さん、ありがとうございます。』

 

 

ミクスネシア共和国初代大統領ミクニ・ナスカの子孫であるナスカ一族。数代に一度の頻度で大統領を輩出し、政治の中枢に今なお深く関わり続ける国の顔。治安維持、つまり警察組織の統括をしているトップ、ミクル・ヤヨイ・ナスカ。22歳の若年ながら、明晰な頭脳でミクスネシアの治安を守る有能な女性である。

 

『どうも、カン=ム帝国自治区の警察本部で本部長をしております、児玉清蔵であります。』

 

『本部長秘書官をしています、テイル・オーガスタです。』

 

『初めまして、ミクスネシア共和国治安維持本部長、ミクル・ヤヨイ・ナスカです。』

 

清蔵は自らの身分を明かして話した。治安維持部隊と言う響きはとても穏やかな響きとは離れたワードだったが、話を聞くと、自分達警察とやっている事は変わらないようだった。

 

『私の家系は代々政治家になっている人物が多いですが、どうも私は身体を動かしている方が性に合うもので、このような役職についていますの。』

 

『奇遇ですね、俺もそうです。でも俺の場合は頭が無いものですから、体力仕事をして汗流すのが好きだってだけですが。』

 

『でも貴方の動きを見てると、とてもキビキビしてらっしゃるわ。私の部下達にも見習って欲しい程だわ。』

 

ミクルの言葉に、少々照れた。元々あまり誉められ慣れて無いのもあったが、素直に自分達と近い波動を感じたのもあった。異国の警察の情報交換をしようと思ったのは自然な流れだったのかも知れない。

 

『成る程、警察と言う組織は、対象をなるだけ殺さずに拘束する技術に優れているのですね、もし良ければですけど、貴方様達の逮捕術と言うもの、ご教授出来ませんか?』

 

『テイルちゃん、どうする?』

 

『いいんじゃない?その代わり、こちらの治安維持の様子も見たいなぁ。』

 

テイルの言葉を聞き、清蔵はその要望に応える事となった。サカサキ以来の、異国の警察の様子を見れる機会も得られた清蔵としては、快諾以外の言葉が出なかった。

 

 

 




都合良く警察或いはそれに似たり屋な組織に会ってますが、清蔵は聞き込みをする人間なので必然的に都合良く会うと脳内補完してくれたら幸いです。


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第50話 異国の警察交流

長い事エタって申し訳無い……


 

治安維持に属する組織、それが他国との交流を持つ事は、軍と違いそこまで多くない。一応、インターポールと言う形で交流と言うか情報交換をする事はあるが、警察はあくまでも国内の事件事故の解決に注力する組織故、中々交流機会は無い。特に逮捕術に関しては、国により毛色が違う為、初動から終動に至る経緯も変わってくる。

 

日本の警察に於いては、犯人を殺す事は稀であるが、アメリカ等の銃社会では射殺を前提に動く事も珍しく無い為、初動の時点で指に引き金が食い込んでいる状態もしょっちゅうである。清蔵がナハト・トゥで広めたのは、日本の警察における逮捕術。妄りに拳銃を抜けぬ日本国では、犯人を如何に怪我無く捕らえるかを考えて行動しなければならない。中には凶悪犯故にやむなく射殺をした警官が始末書を書かされるという例もあると言う。治安が良すぎるのも問題である。

 

清蔵達はミクルに連れられ、治安維持隊の本部に来ていた。大規模署もかくありやと言う大きな建物に、人員四万名が出入りする様は圧巻だった。

 

『おお、やっぱ首都ってのもあるけど、デカイな。しかも警察と言うより軍に近い。』

 

『うん、山田さんとこのサカサキの保安所も大きかったけど、ここも人が一杯だね。』

 

『ミクスネシアは軍を持たない代わりに、治安維持隊が代行しているようなものだから、他の国の治安維持組織に比べて装備は多いのです。』

 

清蔵達の世界にも、軍を廃止した国はあるが、それは武力を持たないのではなく、警察に能力を一本化させたと言った方が正しい。どこぞの反戦運動家が何を勘違いしたか日本も自衛隊を無くして無防備になれとのたまわっているが、軍が無い国の警察は警察が軍並の装備を固めている事実には目を背けている。こう言った武力を必要悪と言う輩もいるが、あからさまな暴力に対し、話し合いが通じない相手に対しての力はあるべきであると、清蔵は警察学校時代に叩き込まれた。

 

『にしてもガタイのいい人の多いこと……ピクシーが魔法キラキラってイメージしてたけど、ちゃんと俺らのとこみたいに体鍛えてる人間が多くてびっくりしてるよ。』

 

『魔法はとても被害を生みやすい上に、使う方としても隙が大きくてかなり難しいんですの。それに下手人は出来る限り生きて捕らえたいので加減がしやすい武器戦闘術を習得する意義は高いのです。』

 

『合理的な考え方ですね。しかし闘技場の館長いわく、戦士は差別されていると聞きましたが。』

 

清蔵は敢えてストレートに聞いた。現場をこうして自分の眼で見たからこそ、差別に対する違和感を隠さず言いたくなったのだ。ミクルはやや憂いを帯びた表情を見せると、この国の現状を治安維持側の視点から話し始めた。

 

 

魔法使い、それも稀代の使い手たるミクニ・アスカは苛烈な人間だった。しかし連合国の一国として、あからさまな差別は自分達の国の品位、ひいては魔法使いの品位を下げると考えた彼女は、王位を持たない国の代表が政のトップとなり、一見すると差別の無い世界を作り上げた。しかし、人種を越えた雇用の殆どを魔法使いの末裔らで執り仕切った結果、人種間の差別は無くなった代わりに、魔法を使わぬ者への差別が広がった。これはひとえに、ミクニが大戦により鉄器兵団への嫌悪感を終生取り除けなかった事、初代大統領としてではなく神格化された火焔姫の意向をよいしょし続けた官僚達の影響が大きい。

 

『……尤も私は、世界情勢を子供の頃に仲の良かった友達のドワーフのお兄ちゃんとお忍びで旅行に行って、初代の考えに全然共感出来なかったんですけど。それに、大規模な戦争が終わって、小競り合いレベルの騒動を止めるのに、殺傷力の強い魔法で撃退する程の過剰な力に危険性を感じましたの。だから私は私の考えで、魔法だけじゃない、きちんと武器戦闘術を駆使した治安維持を推し進めてきたのです。』

 

『立派だなぁ、貴女は。しかし他の一族の方達はどう思ってるんです?』

 

『あっ、それについては心配無いですわ。ピクシーは決して体は弱く無いのに、魔法ばっかに頼ってた身内は弱いから力でわからせましたわ。こう見えて私、体術得意なので。』

 

そう言うと軽く力こぶを作って見せた。細身で小柄なピクシーにしてはつくべき所にしなやかな筋肉が付いている。それに加え彼女はピクシーとしては長身(163cm位)であり、強化魔法をその鍛えた体に纏わす事で、魔法主体のミクニ一族を文字通り力で黙らせたのだ。

 

『なっ、殴り僧侶的な……』

 

『ははっ、嫌ですわねぇ、インテリ戦士なんて♪』

 

『そんな事言ってない……なんねこの人……』

 

『まっ、まあ気難しい人間じゃないし良いんじゃない?悪い人じゃないし。』

 

 

どうも、旅行(と言う名の始末書処理)で今ミクスネシアに来ています、自称警察本部長の清蔵です。いやあ、ミクスネシアの警視総監(うん、俺個人の認識ですが)、きちんとしてんのか抜けてんのか分かんない人だなぁ……ただね、この人四万人もいる首都の警察達のトップ張るような人間だからね?部下達の前では滅茶苦茶恐れられてる鬼の指揮官って空気出すのよ、ギャップ凄いのなんのって。しかし俺の世界の逮捕術をご教授願いたいなんて……いや、軍隊の無い代わりに軍の機能を兼ねた警察を持つコスタリカ並の武装っぷりと言いますか、警察が弩弓だの投石機だのクロスボウだの、それプラスで魔法って……どう考えても警察じゃなくて軍です、ありがとうございました。うん、やっぱ俺ってまだまだこの世界の警察や軍の事を良く知らないって事なんだな。テイルちゃん共々またひとつ賢くなりました……って何失礼な事いってんだ、テイルちゃんは賢いだろ?

 

 

『皆の者、今日はカン=ムのナハト・トゥからやって来たこちらの二人が、我が治安維持隊と交流をしたいとの事だ!二人はカン=ムの自治区において治安を向上させた実績がある者故、学ぶ事もあろう。』

 

ミクルが治安維持の最高責任者らしい威厳を以てそう口にする。治安維持隊はミクスネシアの多数派であるピクシーが多くを占めているからか小柄でやや細身ながら、しっかりと統率は取れているようでビシッと敬礼をする。清蔵とテイルも警察の幹部らしく彼等にきちっとした敬礼で応える。因みに治安維持を行う者の場である為、二人共露出の高い着衣から念の為に持ってきていた制服に着替えている。

 

『はじめまして、私はカン=ム自治区の警察本部長を務めています、児玉清蔵と申します。ミクスネシアには旅行で来たのですが、職務柄治安維持を行う貴方がたに興味を持ちまして、こうして交流の場を、治安維持隊の大隊長であるミクル氏にこの場を設けて頂きました。』

 

未だに慣れない人前での挨拶だが、二年の間に少しずつ様になってきたようで、治安維持隊の面々が侮るような目を向ける事は無かった。むしろ、肉体錬成を続けてきたきびきびとした動きに見惚れる者すらいた。清蔵は続けてナハト・トゥをはじめとしたカン=ム自治区の治安維持の現状を伝えた。清蔵が持ち込んだ日本流の警察のスタイル、機動隊、警備部と言った特殊業務の存在、奉行所や弁護士と言った職種との連携等、事細かく話した。話を聞くうち、治安維持隊の隊長格の一人が質問する。

 

『基本的には街のいざこざに対しての仲介や警戒が仕事のようですな。しかし機動隊ですか、中々に興味深い。』

 

清蔵は機動隊について詳しく説明する。機動隊は通常の警察が手を出せないであろう武装組織に対する特殊業務を遂行する、故に言ってしまえば街単位における軍等に近いものである。軍との違いは、常に配備されている訳では無く、非常事態が宣言されぬ限りは出動せず、装備も軍程大掛かりでない事位か。

 

『まあ警察にしろ軍にしろ、国や自治体から許可を得て武装をしている訳だから、法に則り動かねばならないってのは変わらない訳だけどね。』

 

『成る程……しかし気になるのは警備部……どのようなものなのですか?』

 

また別の隊長が質問する。警備部は俗に公安警察とも呼ばれる部署で(公安調査庁とは違う)、テロ組織、あるいはそれに準ずる組織を取り締まる為に置かれている。テロを未然に防ぐ事を主目的とする為、組織に動きが無い状況でも潜入、尾行、諜報活動を行う為、警察内部の人間ですら内情を良く知らない事が多く、元世界では評判が宜しくない。清蔵は秘密にする範囲を限定的なものとし、あくまでも一部署が宜しくない状況にならぬように気を遣っている。この辺りはサカサキにて公安を執り仕切っている山田の遣り口を多く参考にしている。

 

『尤も、上層部にすら秘密秘密と極端な事していたら裏との繋がりを疑っちゃうけどね。元々ナハト・トゥと言う小さな町単位の治安維持が我々の本懐だから、警備部の仕事はほんとに限定的になってるよ。』

 

『うむ、納得致した。ところで児玉本部長、大隊長から聞いたのだが、貴方はかなり高い戦闘技術を持っていると聞いた。もしも宜しければご教授願いたい。』

 

隊長格の中でもかなり体格の良い青年が前に出てきた。ミクスネシアにも少数ながらいる剛力族の人間だ。縦幅はそうでもないが、横幅がかなり大きい。魔法の扱いが限定的な治安維持隊における主要な肉体派の隊長なのだろうと察した清蔵は、その求めに快く応じた。優しくも強い眼差しを向ける清蔵に対し、隊長格の男は好印象を受けた。

 

『ミクスネシア治安維持隊第五中隊隊長、タカマサ・キチダだ。魔法に偏重しがちな我々治安維持隊における異端児が特に集まった部隊ではあるが、清蔵さん、貴方の動きはかなり参考になるやも知れん。』

 

『確かに、貴方の指揮する部隊はドワーフやオーガと言った肉体派がかなり占めている、ならば杖術と体術を不束ながらお教えしましょう。』

 

 

『アアリャッ!!』

 

『フッ!!』

 

『ガフッ!!』

 

『『『オオオッ!!』』』

 

清蔵が殴りかかってきた隊員の腕を取り、そのまま流れるようにひっくり返した。合気道の技の一つ、小手返しである。

 

『力だけで向かって来る者はこのように鎮圧出来ます。因みにこれは基本技の一つで、応用すると武器を持ったままでも掛けられます。』

 

『うす、次お願いしゃす!!』

 

気合い十分な剛力族の若者が掴みかかるような動きで清蔵に突進してきた。清蔵はすかさず懐に入り込み、大腰を放って無力化した。

 

『ウグッ!強い……』

 

『相手の動きを止めるのは力ではなく流れるような動き。攻撃を受け流して相手の力も利用するように技を掛けるんだ。』

 

清蔵の得意とするのは空手だが、警察に入り大方の武道を修練している。清蔵としてはそうは思っていないのだが、空手以外のセンスも天性的なものだと武道の先輩である濱田のお墨付きを得ているのだ(勿論清蔵は全く知らない)。

 

『うーっし、じゃあ今度は某が!』

 

『うむ、掛かってきなさい。』

 

清蔵は次々と若手を中心にして指導していく。その様を横目でニコニコしながらテイルが見つめ、ミクルもうんうんと頷きながら見守っていた。

 

(ふふっ、せぞさんの周りにはほんとに人が集まるね☆でも当然よ、せぞさんは魅力的な人だもん。)

 

(知らず知らず、人がああして集まって行く……真似して出来るものではない、彼自身の持つ魅力ね。)

 

 

『児玉清蔵さん、本日はありあしたっ!!』

 

『『『ありあしたあっ!!』』』

 

『こちらこそ、勉強になりました、ありがとう!!』

 

僅か半日程で治安維持隊と仲良くなった清蔵。レクリエーションが終わり、ミクルが改めて二人を連れて街中のカフェへと招待した。ミクスネシアの海を一望出来る場所にあるカフェ、ランボウ王国との国境になっているランネシア海峡の速い潮の中で育った海鮮料理と共に、清蔵の世界となんら遜色の無いコーヒーが出てきた。それらに舌鼓を打ちつつ、ミクルが言葉を掛ける。

 

『せっかくの旅行だったのにごめんなさいね、でも凄く勉強になったわ。』

 

『こちらこそ貴重な時間をありがとうございます。なんだかんだ言いながらも俺は体動かすの大好きなんで、力になれたなら嬉しい限りですよ。』

 

そう応える清蔵。南国の日差しですっかり黒くなった肌は、鍛えた肉体のラインをよりくっきりと浮かばせている。

 

『せぞさんはやっぱり働いてる時の顔が一番輝いてるよ♪』

 

テイルは笑顔でそう返す。二人で二つの国を回って沢山の思い出が出来ただけでも幸せだったが、テイルにとっての一番の喜びは、清蔵の輝いてる姿なのだ。そんな二人の様子を見ながら、ミクルは改めて感謝の言葉を掛ける。

 

『お二人さん、ほんとにありがとうございました。もしまたここに来るような時は遠慮無く寄って下さいね!治安維持隊の大隊長としてではなく、ミクル・ナスカ個人として、貴方達二人とまたお話ししたいから。』

 

『いいですとも!』

 

『うん、宜しくね♪』

 

こうしてミクスネシアでの異国警察交流は無事に終わった。

 

 

『……ねぇ、せぞさん。』

 

『ん?どしたの……テイルちゃん……』

 

その日の夜、情事を終えた二人。まだ火照りが取れない裸体で清蔵を抱いたままテイルが言葉を発した。清蔵は計11回も達した反動でややトリップ気味なテンションで言葉を返す。

 

『あのね……今日はその……月の日なんだけど、まだ来て無いとよ……』

 

『……まっ、マジでごぜぇますか?』

 

テイルの告白にトリップ状態から即座に戻った清蔵。二年余りの交際期間、あれを死ぬ程した。しかし中々その時がこないものだから清蔵は『ん?俺ってまさか種無し?!』と若干涙目になっていた。だが、遂にその時が来た事を告げられた。清蔵は喜びよりも冷静に、

 

(つーか逆にヤバくね?ちゃんと赤ちゃんになるの?今日は11回も出したし、毎回テイルちゃんの可愛い〇〇〇の子宮に滅茶苦茶がん突きしまくったんだけど?!)

 

と、別の事を心配していた。ミクスネシアの海の潮騒がやけに騒がしく感じる程動揺した清蔵だったが、テイルの方はと言うと、

 

『ん?どうしたと?せぞさんは私との赤ちゃん、嬉しく無いの?』

 

と、うるうるとした目になっていたので、慌てて『ううう嬉しいいでっすとも!!』と若干どもりながら言葉を返した。清蔵はテイルが安心するよう、優しく抱きしめながら、その艶やかな唇に口づけを交わしながらその目を見つめた。

 

『大好きだよ、テイルちゃん。』

 

『せぞさん、私も……』

 

 

ミクスネシアでの夜を過ごし、再びランボウ王国へと渡り、最初に来たアシスの宿へと行く二人。肌つやもより良くなり、来た時以上にベタベタとくっつく二人の様子を苦笑しながらも、アシスは二人が旅行を満喫した事を理解したのか、その表情はとても明るかった。

 

『お二人さん、旅行、楽しんでたんだね!幸せそうな顔してるからすぐに分かっちゃった!』

 

『うん、ほんとに来て良かった、ね?せぞさん♪』

 

『そっ、そそそそうですとも!』

 

おめでたショックがまだ少し信じられないと言った感じが抜けきれていないものの、ずっとアホ面して幸せな顔をしていたのは清蔵だった。

 

『旅行最後の夜だから、ならばここで泊まろうと思って……』

 

『うん、空いてるよ♪お兄さん達がまたここに来るだろうって、料理の材料も奮発して集めたんだ。』

 

『おお、マジで?よし、じゃあいっぱい食べよう!そして夜のセッ……はテイルちゃんの母体を考えてお預けかぁ。』

 

『あの……なら、ママがパパにやってたようにお口で……』

 

『フェラ〇オ?!初フェラ〇オ?!いいんですかお嬢さん!!』

 

『う、うん、せぞさんが喜ぶなら……』

 

『もう!このドスケベカップル!そう言う話はお部屋でしなさいよ!』

 

小さなアシスに叱られながら、二人は夕食へと向かった。様々な事があった旅行、清蔵はこの出来事を終生忘れないだろう、何故なら……

 

『オッフ!テイルちゃんのお口、気持ちいい、超気持ちいいっ!!』

 

最低な初めて記念も混ざったからだとは言ってはいけない。

 

 




有給満喫編、これにて終了です。テイルちゃんのご懐妊で清蔵が漸くパパになるのか?次話は今までの話の編集等でまた大分空くと思いますが、ボチボチと投稿は続けていきたいです。


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綱紀粛正編
第51話 組織は拡大する度に締めるようにしないと某県警みたいになるぞ


後二年以内に風呂敷畳みに行く為にどうにか続きをアップしました。警察官らしい仕事の話をきちんと増やしつつ広げた風呂敷を畳めればと思います。


 

 

休暇から帰って来た清蔵達。何時もの顔ぶれの出迎えに、違う顔ぶれが混ざっていて困惑の表情を浮かべる。チェンルンは背中の羽を露出し、カグヤは制服に身を包んでいる。しかも、山田がワフラと並んでいる。

 

『すんません、そこの大柄な淑女さんに羽付きのアーパー娘さん、それに山田君、これは何のジョークですか……』

 

『ジョークとは失礼な清蔵、大捕物の後の情報交換をしに来ていたのだ!』

 

『だっ、誰がアーパーよ!チェンは馬鹿じゃないもん!』

 

『大柄な淑女って、私?えっと……まあ否定はしないですけど……』

 

それぞれ違うリアクションをするので清蔵はより混乱していた。ワフラが代表して事情を説明する。山田はエウロにおける犯罪組織の大捕物をするための指揮を執っていたが、犯罪組織の裏に、かつての大戦の主要人物が関わっており、カグヤ達もそれの動向を見ていた事、騒動にチェンルンが過去に関わっていた事、チェンルン達天族が騒動を期に一族の掟から解放された事、カグヤがナハト・トゥの人間として改めて生きる為に、警察官へとなった事等……因みにチェンルンは騒動とか抜きに警察官になった事を話す。

 

『つまりなんやかんやあったと……』

 

『その言い方じゃと全然理解しとらんな清蔵どん。まあ詳しくは山田殿達を交えながら話そう。因みに山田殿は奥方様が臨月に入ったのでお子さんの誕生に立ち合うのもあって情報交換だけでなく交換研修の名目もプラスして此方に暫く出張ば。』

 

『サカサキの保安所って融通利くのね……我が署も見習おう。にしてもサリーちゃんと山田の愛の結晶がもうすぐ生まれるのかぁ、めでたい。あっ、めでたいと言えばテイルちゃん、ご懐妊致しました。』

 

『さらっと爆弾発言すな!』

 

 

本官、無事旅行を満喫してきました!テイルちゃんの妊娠、驚きましたけども、二人共に強く望んでいた事でしたので率直に嬉しいですとも!同時に、結婚式より先に子供が出来るとは……逆にこんだけ愛しあって二年も式を挙げて無い我々が可笑しいって今更気付きました……

 

と言う事もあったけど、署に帰ったらカグヤさんと馬鹿娘が警察官になっていた……そっちの方が驚きなんですけど。前付きの警察官って何か元ヤンキーの警察官辺りみたいでなんかやだし、大戦の英雄が小さな町のお巡りさんに収まるってのも複雑……でも本人達いわく、

 

『堂々と背中の羽を出してみんなの前でいられるだけでもチェンは嬉しいんです、それにナハト・トゥの一番いい仕事ってケーサツでしょ?みんな優しくてチェンの事一人の人間として見てくれるし。それにチェンはこうせいしたんです!』

 

『私は戦う事でしか自分の存在を示せなかった人間です。ですが、そんな私を英雄でもなく、大罪者でもなく、普通の人間として受け入れてくれた皆さんへの恩返しをと思い、志願しました。勿論特別扱いではなく、試験と面接を受けて合格しましたよ。』

 

そう言われたらねぇ。しかし試験、甘くねぇか?結構しっかり者なカグヤさんが受かるのは納得だが、馬鹿娘マジで超がつく馬鹿だったから忖度があったんじゃね?と疑ってしまうよ。

 

『だから馬鹿娘言うn……ごっ、ごほん、馬鹿娘言わないで下さい!!本当にちゃんと勉強して受かったんですから!』

 

おっ、公私はちゃんと分けてら。失礼、馬鹿娘じゃなくてピット・チェンルン巡査だったね。ならば一言だけ。

 

『俺が長期休暇中に配属された新米警察官達へ言う事は一つ……本官が警察本部本部長、児玉清蔵警視長です、今後とも宜しくお願いします。』

 

挨拶は大事、どんな出世してもね。さて、お仕事始めますか。

 

 

休暇明けの清蔵最初の仕事は、人事部の報告書に目を通してサインをする事だった。チェンルンと同時期に入った二名の人員とカグヤについてのプロフィールと試験結果、希望配属先と人事部による配属先の適性及び現在暫定的に配属されている部署の評価等を書かれたものであるが、チェンルンの項目を見た清蔵は若干頭を抱えていた。

 

『……ピット・チェンルン、試験はギリギリ合格、肉体面に関しては過去最低、でも希望配属先が機動隊……中々にハードモード選んだなあの娘。んで割と真面目に懇願するんでキスケが機動隊に暫定配属したと。町内一周に30分かかるって体力は小学生未満かよ……体力・知力共に絶望的ではあるが、真面目に訓練に励んでいる為、将来性はある、か。キスケが言うなら間違いないのかなとは思うけど、体力だけならともかく体力・知力共にって……』

 

清蔵は本当に大丈夫なのかと頭を抱えていた。体力の方は警察随一の訓練により自然とついて来るものだ。しかし知力と言う点においては体力以上の研鑽が必要であり、清蔵から見ても馬鹿娘と評価されているチェンルンの今後に不安を隠せない。

 

『まあカグヤさんの成績と評価を比べるとどうしてもこうなるか……うん、そりゃあ大戦の英雄だからね、制圧の技術は機動隊の誰よりも高いって。そして知力も試験をパスした今までの新人の中で最も高い、適性は何処の部署でも高いパフォーマンスを有する、希望は機動隊の為、暫定ではなくそのまま機動隊へ正式配属、体力錬成訓練は初日で主要メンバー向け訓練を楽々とこなした上に応用訓練も軽々パスと……何処の〇ータニさんだよ、主人公属性ありすぎ。』

 

才能の差がある二人の事を見ながらも、清蔵はチェンルンの輝く表情を思い出しながら、サインをする。

 

『まあ自分で見つけ、進んだ道なら、チェンルンも一生懸命やるだろう、信じてるぜ。』

 

 

人事部の報告にサインをした後は、開拓課へと向かった。ナハト・トゥ新町周辺は新たな新興住宅地へ伸びる道の整備に着手していた。その様子に関心しつつも、清蔵には一抹の不安が拭えない。

 

『町が大きくなれば、自ずと悪巧みする人間も増える。最近では新町二丁目の辺りに宗教団体と思わしき集団が来てるって話だし。神教?だったかな?……何にしてもどこぞの統一〇会とか創〇学会みたいな勢力は要らねぇし、アル〇イダとかイ〇ラム国みたいな勢力はもっと願い下げだ!宗教の自由を履き違えて都合のいい解釈するようなキ〇ガイの取り締まりが今後の課題になりそうだな。』

 

 

開拓課を見回った後は署全体の見回りに行く。今回はマーシーとツーマンセルである。ナハト・トゥにおける警察は基本二人以上で行動する。元世界でもこの構成は特に珍しくもないが、犯罪者が複数名いた場合の取り締まりにおいては一人の場合取り逃したり返り討ちにあう危険性を伴いやすいため、バディやグループでの行動を徹底しているが、監察であるマーシーは目立たぬよう、私服かつ基本単独が多い(因みに警備部と刑事課も私服)。今回そんな彼を伴っているのは、監察課が目を光らせ、最近風紀を乱していると思われる部署へと清蔵を誘う為だった。因みに、仕事場よりやや離れた所から様子を見る形を取っている。最高責任者たる清蔵の姿を見れば、仕事をしているフリをするのが目に見えているからだ。監察課きっての地味顔マーシーからの提案で、清蔵は巡査服を着用、顔は伊達メガネにつけアゴヒゲで変装している(元が濃過ぎる顔故に一期メンバー等にはバレバレらしいが)。清蔵は時々、メガネアゴヒゲなオールドルーキー巡査、田中助兵衛として監察の仕事に紛れ込むのだ。

 

『……本部長、偽名がスケベエって……自ら変態を認めてるんですか?』

 

『お前こそ偽名キンタ・マウチって……俺の金玉狙撃わざとかよって疑うぞ?』

 

『ちっ、ちゃんと銃を当てられるように訓練してますよ!何故か撃った弾が本部長の金〇に行くんです!本当なんです、信じて下さい!』

 

『ほんとかよ……思わずお前は1週間の謹慎だ!って叫びたくなった……』

 

そんな事を話しながら二人が向かった先は、経理課の前だった。ナハト・トゥは世界二位の大国カン=ム帝国領の関係からか、貨幣経済が行き届いている故に、警察も物品制でなく賃金制である。数千人規模の組織故に財政管理の専門家たる経理課を設けて円滑な銭の流れを作っている訳だが、マーシーがここに止まった時点で清蔵は察する。

 

『……横領、または不正経理、それらに準ずる行為の疑いがあると言う訳か……』

 

『ええ……信じられない事ですが、我々警察の中から、再び逮捕者候補がいまして……』

 

経理課は全員で十名、課長はハナ・グリーニル巡査部長が担当している。マーシーの推測によれば、ハナ自身はシロであると言う。

 

『つまり、グリーニル巡査部長以外の中に、不届き者がいると言う訳か……何故わかったんだ?』

 

『経理課の経理課的立場であるうちの経理監察係が、最近拳銃発注の請求額が不自然な水増し請求されている疑いが出ています。ただ、請求書をハナ巡査部長に書かせた人間の特定に難航してまして、かつ拳銃発注の請求書を持っていくのは庶務課を通してまして……』

 

『成る程、自分達の足がつかないようにね……しかもサインそのものはトップたるグリーニル巡査部長のだから、何かあれば彼女をスケープゴートに仕立て上げて逃れるわけだ……随分悪知恵の働く奴がいるみたいだな。』

 

清蔵はやりきれない気持ちになった。十人十色とは言え、清蔵から見た警察の人員は皆仕事にやりがいを感じている人間ばかりなのだ。それが汚職を行っている等、出来れば信じたくは無かった。勿論清蔵は元世界における警察関係者の汚職事件も知っている為、あり得ない話だとは思っていないのだが、マスコミに警察全体を叩かれる原因を作った全国の一部警察関係者のような分かったような口で言い訳するそれらを見たく無かった。

 

『俺はなぁ、こっちの世界に来てまで賄賂だ横領だなんて聞きたかねぇんだよ……真面目に仕事してる奴等に謝れ……まあそう言ってもその本人達は開き直るだけだろうな。銭に目が無い卑しい奴がいるってのはこっちでも一緒か。』

 

当然銭そのものに嫌悪感は感じていない。問題ははした銭の為に仲間の信用、信頼、善意を踏み潰す行為に嫌悪感を持っているのだ。清蔵はマーシーに耳打ちをする。

 

『マーシー巡査長、監察執行証明を発行する。いつ取り締まりするかは監察に任せる……』

 

『了解……本部長、自分も辛いですが警察の信用とこれからの為、鬼になります。』

 

その後、汚職に間接的に関わらされた警ら課、庶務課を巡回し、マーシーを署長室に連れ、ワフラ、キスケ、テイル、そしてグリーニルを呼んだ。組織の重役が集まる中に混ざる事に困惑していたグリーニル。何処の世界でも自分の上司には萎縮するものである。それを読み取ってか、ワフラが声をかける。

 

『巡査部長、緊張させてすまなんだ、じゃが目の前の二人がいる事で、汚職の疑いがおめさん所で発生したと分かった、すまんがおめさんの率直な意見ば聞きたい。』

 

『えっ?!』

 

汚職の単語が出た事でかなり動揺するグリーニル。勿論ワフラが真贋を鑑定する際の圧を伴う誘導尋問であるが。

 

『そっ、そんな……わだすの部署で汚職なんて……』

 

ワフラはグリーニルの反応を見て、組織ぐるみの犯行かどうかを判定する。

 

(グリーニル自身のこの反応、狼狽えていると言うよりも、ショックが大きいと言う反応ば。ちょっと可哀想だったかの?)

 

『部下が最近何か怪しい動きを見せてなかったか?あんなら素直に言うてみぃ、辛いだろうがな。』

 

今度は圧をかけない物言いに切り替える。本人に落ち度が無いならば威圧をしない。悪知恵を働かせる人間と言うものは、大抵他人への責任転嫁や追及を無駄にすると言う悪癖があると経験から察している、故にグリーニルの素直な反応に安心した。グリーニルは幾分緊張がほどけたのか、自分から見た経理課の様子を答えた。

 

『そ、そだなぁ、わだすの部下は今のどごろ仕事は真面目にやっどるです。あっ!でも、最近銃の取り扱いが多いなぁどは思っでますた。』

 

『成る程……清蔵さん、銃の携帯を許されとるんは平時で巡査部長以上(但し銃の訓練自体は警部補以上の人間の認可で巡査でも出来る)、暴徒鎮圧の為編成されてる俺達機動隊ですら正当理由が証明されない限りは常時の携帯は禁止されとる。じゃから銃の生産数は二年経過した今の時点でもライフルと予備合わせて百丁程しか無いはず。それに指定の職人の手作り故に納品依頼は極端に少ない訳だが……巡査部長、その辺の事情は知っていたか?』

 

 

機動隊を指揮するキスケが具体的な質問をした。機動隊は最も銃砲及び弓矢(基本的に飛び道具は巡査部長以上の人間でも警視以上の人間の許可がいるようにしている)の扱いが多い。

 

『うーん……まだその辺についでは勉強中です。わだすもなにぶん巡査部長に昇任したばがりで……』

 

グリーニルは真面目な人間である。気弱な自分を変えようと入ったのはちょうど不祥事が頻出した第三期の頃な為、周囲から色眼鏡で見られる事が多かったが、そんな中でも腐らずに任務を全うしていた。巡査部長への昇任は正当な評価によるものだ。だからこそキスケやワフラも極端な追及はしない。

 

(気弱なグリーニル巡査部長故に部下の中に調子に乗った馬鹿がいるな……許されねぇ。)

 

『本部長、署長、引き続き我々監察の方から更に詳しく調査してみます。』

 

『分かった……マーシー巡査長、苦労をかける。グリーニル巡査部長、この事はまだ内密にな。俺達に……君達を逮捕させる事を起こさぬように……頼んだよ。』

 

『りょ、了解です!』

 

警察内部の不祥事で今まで十人が免職された。その度に清蔵は傷付き、落ち込んでいるのだ。警察の汚職について、元世界では自分達の耳にも当然入ってきたが、少なくとも清蔵の周りは皆立派な人間達ばかりだったからこそ、関わった者の汚い話には心底失望し、心を痛めてきた。グリーニルはそんな清蔵の意志を読み取ったのか、姿勢を正し敬礼しながらその言葉に応えるのだった。

 

 

二日後、マーシーが本部長室へとノックをする。只のノックではなく、監察課の人間が報告書を持ってきた場合の特殊なノックの仕方である。この場合清蔵は入れと言わずに自らドアを開け、監察課の人間を招き入れる。と言うより、監察課は僅か五名と言う少数で回っており、各員の報告書をまとめる階級の一番高いマーシーのみしかここに来る暇がないのでマーシー専用に近い。

 

『署長、銃職人から話を聞きました。ここ半年は拳銃及びライフルの発注は行っていないとの事です。』

 

『やっぱり横領か……まあ発注したのを裏組織に横流しされるよりはマシか。しかし何れはそう言う不届き者も出てきてもおかしくないな。念の為拳銃の発注を固く禁止する。グリーニル巡査部長から報告は?』

 

清蔵は署長、本部長以外に、マーシー達監察課へグリーニルに経理課の金の流れを報告するよう要請している、当然ながら特秘である。元世界の警察ではよく、やましい事をしている上層部が自分達のそれを悟らせぬ為に特秘を悪用すると耳にしていたが、清蔵の場合はそのやましい事を叩く為に特秘にしているのだ。清蔵はマーシーの報告書読み上げをじっと聞いていた。

 

『経理課の三名が最近妙な動きをしていると報告が寄せられました。この三名は、我々監察課がマークしていた監察対象人物に入っております。此方が念写魔法で写した三人の人相書付き履歴書です。』

 

『ナーミ・シルア巡査、ヤン・コウ巡査、インテ・リペ巡査か……』

 

 

清蔵は彼等の経歴に目を通した。元アンブロス帝国領ターシャグラード出身、全員エルフの元不可触民の75歳、アンブロスの暗黒街でかつてカマリタが所属していたギャングの麻薬の受け子をしていたと言う。アンブロス帝国のエルフ排斥の波を受け、国外に出て、かつての上司であるカマリタのつてでナハト・トゥに来、コソ泥で捕まり、刑務作業を経て更正する形で警察官になった。配属希望先は経理課、人当たりが良く、周りの悪評も無い彼等はそのまま配属が決まった。

 

『経理課の新しい上司であるグリーニル巡査部長への態度も悪く無く、不可触民上がり故に貪欲なまでに真面目に働いていたと……銭絡みの悪党ってのは大抵悪い奴に見えないもんだな、是澤さんがそう言ってたよ。』

 

『正にその通りでした、これを見て下さい。』

 

『……真っ白に見せ掛けたドス黒さか、表裏の無い黒よりも遥かにドス黒い。』

 

経理課配属から真面目に働いていたと言いながらも、実は嘗てのギャングと繋がりを持っていた……これは新設した警備部が監察課と共同で掴んだ情報だった。報告書と資料には関係する人物凡そ50名が名前を連ねていた。中には二名、三人とは別の警察官の名も載っていた。

 

『……マーシー、ご苦労様。近いうちに名簿に載った二名も警備部に逮捕させる、三人の確保、任せたよ。』

 

『了解!』

 

マーシーが敬礼し、退室した後、清蔵は天井を仰ぎ見ながらため息を吐いた。立派にしている旧向日葵署の署長室だが、所々年数を感じさせる白いシートのクリーム色のくすみを見ながら、独りごちた。

 

『どんなに綺麗にしていても、年数を重ねればくすんだり壊れたりする所が出る、か。それでも俺は彼等に綺麗になってもらいたい……あまちゃんと言われようと。』

 

清蔵は大きくなりすぎた組織に振り回されながらも、かつての死んだ心に戻るまいと言う強い意思を貫き続けていた。組織の長としての責任感に慣れる事は無いと思いつつも、着実に長として恥ずかしくない振る舞いを身に付けていくのだった。

 

 

 





ややシリアスな感じにまとめました。書いてて今更気付きましたが、清蔵さんってやっぱ有能じゃね?と。コミュ力〇、体力◎、知能△↑位?


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第52話 ヒールターンとベビーターンは表裏一体

今回は短めです。すみません、色々あってエタってました。


 

夕方まで書類仕事をし、清蔵は本部長室を退室した。清蔵は刑務作業者のいる収容所を訪れていた。

 

『おう、大将……どんげした?顔が暗いぞ?』

 

清蔵は事の経緯を話す。元コーリンの首魁カマリタは覚えが良い事もあり、ギャングに連なる関係者について何か知っている事が無いかたまに聞きに行ったりするのだが、今回に関しては此方が具体的な名前を掴んでいる事、新たなギャングの誕生が示唆されている事等を話した。

 

『成る程の……ちょう、待っちょれ、ボッラクを呼んで来る。あいつ仕込みの銭回しをやってた連中だからな、その件に関してはあいつに聞くといい。』

 

カマリタは刑務作業の囚人側代表をしていた為、施設内を自由に回ったり、他の囚人を呼んだりも出来る。清蔵は待合室で暫し待ち、数分後、ボッラクを連れてカマリタが戻ってきた。

 

『署長さん、久しぶりですな。』

 

『ああ、元気そうで何よりだ。』

 

『私の知り合いの出来の悪い小娘達が迷惑をかけている件ですな。』

 

『話が早くて助かる。』

 

ボッラクは知っている限りの事を話した。コーリン時代、三人はボッラクの元で会計等の事務処理仕事を任されていた。エルフは体が弱く、成長も遅い為物覚えも宜しく無かったが、貧しい生活から脱却したいと言う思いで三人はそれこそ懸命に仕事を覚えた。

 

『私自身エルフの身でありますからね、彼等の気持ちも分からないでも無いですよ。ただ、ある時期からやけに羽振りが良くなっていましてな、それがミナモトとか言う親子が関わって来た頃だったのは確かです。』

 

『ミナモト?何か俺のいた国にいるような名前だな……』

 

清蔵はミナモトと言うワードに反応した。源、皆本等のように、日本人にそれなりにいる名字、清蔵は転移または転生してきた元世界の人間ではないかと考えた。

 

『三人は人当たりの良いミナモトとか言う親子の話を嬉しそうに話してましたね、銭に不自由しない生活を約束してくれたと。私としてはミナモト親子の話をカマリタの旦那から間接的に聞いていたので何かあるとは思っていましたが。』

 

『コーリンのシノギの会計には別の部門の連中もいてな、ミナモト達はその連中の一人だったわけだ。しかも特にこれと言った特長の無いヒューマで、仕事ぶりも優れていた訳でも無く、別の部門の幹部でも無いと来た、顔の覚えの良い俺ですら存在を忘れそうな奴だった。

 

だからこそ一番厄介だった訳だ。暗黒街の抗争と国の粛清によって俺達コーリンはナハト・トゥまで逃れたが、奴等はその特長の無い顔を活かしていまだに暗黒街にいるって訳だ。現に山田の旦那が国を挙げてとっちめたダークハウンド壊滅後もそいつはなに食わぬ顔をして神教原理主義団体と組んでいるしな。』

 

清蔵はミナモトの動きに不安を覚えた。ノヴァ・レギエンドは元世界の人間の洗脳は出来なかったと言う事実、現に白金は洗脳ではなく自らの意思で件の戦いに参加したと山田から聞いていた。元世界の人間が如何に異物なのか、自らの身の事も自覚しながら、特長の無い顔のミナモト親子をどう捕らえるか考えていた。

 

『何にしてもまだまだ情報集めだな、神教関係の事も分からない事だらけだし。ちょうど今山田もこっちにいるし、あいつにも聞いてみるか。ありがと、お二人さん。』

 

『大将、無茶はするなよ?』

 

『署長さん、体に気を付けて。』

 

清蔵はカマリタとボッラクに礼を言い、刑務作業所を後にした。

 

 

真夜中の時間、清蔵は宿屋〔キャトス〕、山田の妻サリー親子がナハト・トゥで開いた宿屋に足を運んだ。カウンターには従業員が受付をしており、清蔵は山田を呼んで来るように言う。暫くして、ラフな格好をした山田が現れ、宿屋を離れ、新町の居酒屋へ行く。離れの個室を頼み、そこで改めて話を聞いた。因みに清蔵は私服に着替えている(勤務中の飲酒は厳禁なので清蔵は非番扱い)

 

『俺と酒を酌み交わしたい……そう言う訳では無いな。事件か?』

 

『汚職者が出たのと、山田達保安所の方でその裏にいる人間を知らないかと思ってね。単刀直入に言う、ミナモトと言う人間に心当たりは無いか?』

 

『ミナモト……』

 

山田は顎に手を当ててその人物に関する記憶を思い出していた。記憶力に関しては清蔵達の世代で木尾田と双璧をなすと言われた彼が、この世界の大悪党はおろか子悪党すらも記憶している。

 

『ダークハウンドの下部の下部組織、アマツの長だな。神教原理主義団体光の天臨と個人的な付き合いがあり、ダークハウンド壊滅後は表面上は神教を支援する慈善団体の体を為している。名前で既に察しているだろうが、ミナモトは俺達の世界の人間だ。調べについては奴隷解放戦線の総帥として接触した木尾田からの情報故に間違いない。』

 

清蔵はやはりかとため息をついた。元世界の人間が多くいる事はユナリンの召喚の影響である事は知っていた。人間の善悪、性別、年齢関係無しの無差別テロとでも言うべき諸行についての落とし前は康江が上手い事やってくれている為に保留しているが、召喚された人間による犯罪行為については清蔵自らの手で取り締まりたいと思っていた。

 

『山田が過激過ぎて元世界の人間ごとぶっ〇しちまったって件もあったしなぁ、警察は生け捕りだよ?』

 

『あっ、あれは更正の余地の無い夜盗とつるんでいるような人間だったからだ!なっ、何も犯罪者=即〇なんて考えて無い!』

 

『だいぶ動揺してんな……まあ新しい命の誕生を間近に随分と丸くはなったけどね。』

 

山田は、清蔵との再会以来、元世界出身の犯罪者に対しての行いを若干ではあるが変えていた。犯罪者は何者であれ容赦しないと言う考えは変わらないものの、即時に殺める事をしなくなった。故に、山田は清蔵に言う。

 

『ミナモトに関して清蔵の矜持が通じるかはわからんぞ。自分の手で汚れ仕事をしてきた人間でなく、なるだけ汚さず、見つからずそれを行う人間の汚さ、清蔵のような真っ直ぐな人間との相性は最悪だ。』

 

公安でならした山田の率直な意見である。犯罪組織において、目立たぬ人間の狡猾さを嫌と言う程見てきた山田の言葉に、清蔵はただ黙して聞いていた。凶悪犯罪と向き合ってきた山田の言葉は、清蔵にとって教場などの勉強等には無い活かせる教科書である。清蔵は一語一句を聞き漏らさぬよう、その耳を澄ませた。

 

『ミナモトに行き着くのに明確な解は無い。しかし虱潰しにと言ってしまってはそれこそそいつらの思う壺だ。だから先ずは犯罪者がもし自分だったら?そう考えて動く。まあこの辺は教場で習った事の受け売り的なものだが……最適に近い解としてはこうする。』

 

山田は清蔵にそう言って自らの見識を示した。アマツは特性的にインターネットの釣り広告等をやっている人間と同じだと言う。実体を悟られずに力を増して行く、巨大組織に与しながら、安全圏から利益を得る。ダークハウンド壊滅の時も、自らが大きく関わらない事で難を逃れ、いまだに明確な尻尾を掴ませずに光の天臨と繋がりを作っている。

 

『しかし、何の特徴も持っていないと言うそこに、盲点がある。清蔵、元世界の人間の見分け、つくか?』

 

『ああ、特に日本人だともろばれって位には。こっちの人間からするとヤマト王国とかミクスネシアのヒューマっぽいと言うけど、全然違う。』

 

『木尾田の所に元世界の日本人がいるんだが、そいつがアマツの事を見つけたんだ。結果的にミナモトが警戒して逃げられたらしいが、光の天臨がこっちの方まで来てるのは俺達保安所も掴んでいる。』

 

山田はそう言って言葉を続けた。特徴の無いヒューマだが、日本人同士だと直ぐに顔の見分けがつく。相手はその辺りの盲点にまだ気付いておらず、隙が付けるのだ。

 

『勿論、ミナモト自身が気付いている可能性も頭に入れる事だ。あの白金と繋がりが間接的にあったわけだからな。臆病者程怖ぇもんは無い。ま、こうしてコネを沢山作っているお前の事だ、大方の行動は決まってるんだろ?』

 

山田はそう言って飲み物を煽った。ウイスキー系の地酒の芳醇な香りをさせながら、山田は清蔵に笑顔を送った。家族を持ってから幾分柔らかい表情を出せるようになった山田は、ダークハウンドの一件以来、警察組織の人間としての命への考え方を変えはじめていた。清蔵が甘さだけの人間でない事を改めて実感した事で、清蔵にかける言葉はアドバイスよりも背中を押してやらねばと思っていた。清蔵はそんな山田の心を悟ったのか、山田と同調して酒を煽った。

 

『おう。山田、心配無いさ。俺は一人じゃない、やり遂げてやるよ、テイルちゃんと、ベイビーの為にもね。』

 

『ふっ、互いに死ねない理由が出来たのは進歩だな。』

 

そう言うと二人はもう一杯酒を煽った。異世界に来てもうすぐ三年、清蔵は新たな問題を前に、自らの生きる意味を友人と共に改めて胸に刻んだ。

 

 

翌日、署長室にワフラ達幹部を集めた清蔵、その顔は妙に晴れやかだった為、

 

『ん?清蔵どん悪いもんでも食ったか?いつになく顔色がいいが。』

 

『清蔵さん……不祥事が続いて遂に頭がおかしくなったんか……にやけとるし。』

 

と、散々に言われたものの、何時もと違い突っ込みを入れる事なく、言葉を発する。

 

『なーに、ちょっとばかし山田と気分転換出来たんでね、ついつい顔にでちまっただけよ。それよりも二人共、頼みがある、聞いてくれるか?』

 

先程までの表情から一変、仕事の顔に変わった清蔵の言葉に、二人は真剣な顔で耳を向ける。

 

『マーシーに匹敵、或いは近い位に、この世界基準で地味で特徴の無い顔の人間、それでいてあんたらから見て信用に値すると思う人間を借りたい。』

 

『警備部と機動隊からか……何名必要なんか?』

 

『そうだなぁ、主に動くのは警備部だからそっちは五名は欲しい。機動隊は逮捕に踏み切る時の捕縛、人数は三名だ。機装一式、一名はライフルの所持を許可する。』

 

『清蔵さん、その感じじゃと例の神教とそのスポンサーを捕らえる算段が出来とっとか?相手はそれこそ姿形もろくに分からん連中だぞ?』

 

心配するキスケをよそに、清蔵は目一杯悪い顔をしながら言葉を返した。

 

『バック持ちはあっちだけじゃねぇって事だ。それに俺は姿を見せねぇでフィクサー気取ってる馬鹿ってのが嫌いなんでね、ひと泡どころか常に泡吹かせるよう、魂に刻ませてやらぁ。』

 

着々と元世界の不届き者達を懲らしめる準備にかかる清蔵。特徴なき難敵を相手に、清蔵の捕物及び綱紀粛正が始まろうとしていた。

 

 




カマリタ達ギャングの幹部はベビーターンに成功しましたが、末端の方は軽い罪故に再犯する確率が高い上に、他の悪に染まりやすい感じですね。

山田君は丸くなりはしたものの、下衆に容赦しないのは変わらずと言う所です。


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