金剛杖物語~青髪の海美の章~ (仲村大輝)
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第一話 謎の赤ん坊

これは、新型コロナウイルスが流行っているさなか、一日5分だけ書き続けたものです。
どうぞお楽しみください。




「ハアハアハア…」

 旅姿の女の人が小走りに峠を超えている。

 灯りなど持ってない。月明かりを頼りに走っている。

「待て!」

 後ろから、腹の出た餓鬼、武装した阿修羅が追いかけてくる。

 その女の人がやっと峠の山頂まで来たとき、ついに囲まれてしまった。

「お願いします!どうかこの子は…」

 女の人は体を丸めて、抱いた子どもを隠す。

「うるさい!我々はその子どもに用があるのだ!」

 阿修羅が抜いた刀が、丸まった女の人の頭を斬った。

 見るのをためらったかの様に月が雲に隠れた。

 餓鬼が集まり女の人の服を剥ぎ取ろうとする。

 その時、女の人の腕の中の子どもが泣き出した。

 餓鬼の1人が子どもを女の人から引っ張り出す。

「この子供を殺せば、俺たちの…」

 阿修羅がもう一度剣を振りかぶり、

 振り下ろした。

 しかし、そこに剣はなかった。

「あれ?」

 阿修羅が右手を確認するがそこには剣がない。

「ぐわぁ!」

「ぎゃあ!」

「なにぃ!?」

 一緒にいた餓鬼たちが急に悶える。

 月がないからなにが起こっているのかようわからない。

 ただ、なにか頭が大きくなっているように見える。

 黒いものが頭に載っているような…

「くそ!」

 阿修羅が剣の入っていたつかで戦おうと解こうとしたとき。

トン!

トン!

トン!

 和太鼓の音が聞こえてきた。

「おの音…しまった!…この峠は!」

 阿修羅はその瞬間、その場から逃げ出した。

「待て!」

「逃げるな!」

「助けてくれ!」

 謎の黒いものに馬乗りにされた餓鬼たちが叫んでいるが、そんなの無視して元来た道を逃げて行く。

「そんなことに、かまってられるか…うわっ!」

 その場に誰かに突き飛ばされた様に倒れ込んだ。

ドン!

ドン!

ドン!

カカッ!

ドン!

ドドド ドン!

「くそ!…うん?」

 起きあがろうと上半身を上げたいが踏まれているようで起き上がれない。

ドドドン!

「やめてくれ!俺だって人に頼まれて…」

 阿修羅は首を出来るだけ上げた。

 そこには、フェイスカバーハットのように獅子頭を付けているものがいた。

 その獅子頭は、「人間」と言われているが人には見えない。

人間の匂いもしない。

声も聞いたことない。

布で身体を隠して、腰に太鼓をつけている。

それを叩きながら戦う。

 手にはバチと風車を持っている。その風車は鯉のぼりの風車が鋭利な刃で、手元の車を回転させることで風車が回り敵をミンチにする武器と言われているが姿を見たものはみんな死んでるので噂でしかない。

「浦山の唐獅子…」

グジャ!

 まるでスイカ割りのように頭を潰された。

ピクッ…ピク…

 

ドン!

ドン!

ドン!

 

獅子は口をバクン!バクン!と鳴らして、仲間たちがいる方向に向かって戻っていった。

まだ意識があるのか阿修羅はピクピクしている。

スタスタスタ

提灯を持った下に体操服、上に浴衣という変わった服装で、心臓が刺さった杖を持った女性がやってきた。

砂利道をザクザク。

よく分からないものをムニュ。

鎧みたいなものをガチャガチャ。

また砂利道をザクザク歩いていく。

「おや?」

 前方を提灯で照らすと頭をかじられて絶命した餓鬼がいる。

「可哀想に…畜生にでも襲われたのかな?さっきのモノも。」

 どうやら彼女は知ってて踏んづけたらしい。

「この女の人は斬られてる…どうして?畜生は剣を使わないはずなのに…」

 その時、女の人が海美の足を掴んだ。

 掴まれたことに驚いたが、ない話ではないと思った。

 坂本龍馬が近江屋で斬られた後も意識があり、中岡慎太郎に声をかけたと言われるからそれに似ていると思った。

「もし…旅のお方ですか?本当に申し訳ないのですが、この子を連れて行ってもらえませんか?…」

「………」

 海美は驚愕した。

 今までさまざまなモノに襲われて、自分の命を守ることを最優先にしてきたのにこの女性は自分の頭より子どもを助けてほしいと言ってきたのだ。

 そうだ。それが母だ。それが人間だ。

「お願いし…ま…」

 海美は母の手を握った。

「分かりました。お母さん。私がつれてきいます。」

 そういうと、提灯で照らされた母の引き攣った顔が穏やかになった。

 そうして海美は母から子どもを拾い出すと、峠を降っていった。

 子どもと言っても、まだ生まれたばかりで、包む布、おくるみに包まれている。

 ただ、赤ん坊の割に重い気がしていた。

ザクザクザクザク

 倒れている餓鬼を避けながら海美は降っていく。

 それを、道の脇の笹の中から獅子頭と大猿たちが見ていた。

「まずいな。赤ん坊を持っていかれてしまった…」

 口を開けず唐獅子がしゃべった。

「ウー!」

 大猿が低く唸り、海美の歩いていった方向を指指す。

 獅子頭は手のひらを見せ、次に手刀状態にして横にブンブン振った。

「いや、追わなくて良い。あの女…流れる様に阿修羅を踏んで、倒れた餓鬼を避けながら、母親に話しかけた。おそらく俺たちの動きを全て知ってるんだろう。あの女に手を出したら絶対苦戦する。だから、様子を見る。」

 唐獅子は、両手を広げて顔の前でバツをつくる。

「お前たちは目立つからついてこなくていいぞ。」

「うー!」

 次に大猿は倒れた餓鬼を指さす。

「ああ!…食べていいぞ。そのかわり、片付けて、浦山に帰ってくれな。」

 ドン!と太鼓を叩くと、猿たちは飛び出して、餓鬼の肉を、我先にと食べ始めた。

「よし。」

と獅子頭は見届けると、海美の後を追いかけて峠を降りていった。



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第二話 鬼と餓鬼と

時代劇に見えますが実は現代が舞台です。
「田舎」と検索して出てきた田園風景を想像しながらお読みください。

今回はONE PIECEの藤虎のモデル、勝新太郎の「座頭市」を見ていて思いついたものです。
時代劇と聞くと、「水戸黄門」「暴れん坊将軍」など、偉い人や強い人が身分を隠して、虐げられた人々の前に現れ、最後の五分にチャンバラや身分を明かして悪役を倒して去って行くというイメージだったが、座頭市は始まっていきなり斬り合いになったり、市が悪役にボコボコにされたりなどして、自分の中で既存のイメージが壊れた番組でした。
BSでたまに映画をやるので見てはいかがでしょうか?


 まもなく夜が開け、朝靄がかかった。

 朝霧がかかり、木造の建物群が幻想的な景色だ。しかし、赤ん坊の鳴き声が情緒を壊している。

「うるさいなぁ!」

「なんだ?」

 ある木造のただ人を寝せるだけの木賃宿から鬼や餓鬼の声が聞こえる。

 木賃宿は、人間が使うようにモノたちが決めた格安の宿のとこだ。

 格安ゆえに、飯は自分で炊く。寝る場所も雑魚寝といった酷い環境である。

 ただ、博打が好きなモノたちの中で前の夜運の悪かったものも泊まっている。

 文句たらたらなのはそんな鬼や餓鬼であった。

 そんな中で、赤い鬼が棍棒を担いで出てきた。

 その後ろから申し訳なさそうに老婆が出てきた。

「申し訳ございません。朝方やってきた赤ん坊を連れた女でございまして…」

「そんな女など放り出してしまえ。なんならわしがやってやろうか?」

鬼が棍棒を振り回す。

「そうしていただきたいのですが、あの女山向こうの宿屋の提灯を持っておりまして…」

「だから?」

素振りをしながら鬼が聞く。

「本人曰く、日が暮れてから提灯一つで追い出されて、夜の間に猿の峠を越えたと言ってまして…本当なら相当の手練れだと…」

鬼の素振りが止まる。

「…まぁ、ほかのモノもいる。無益な争いは避けよう。」

すると、三人ほど鬼の周りに集まってきた。

 全員鬼でなく、餓鬼の女二人とフードを深く被ったモノだった。

 餓鬼は見た目美人だ。餓鬼とは思えなかった。

「お客様。変わった集団ですね。どこに行くのですか?」

「特に決まってない。我々はトレジャーハンターだ。」

「はい?」

「人間どもがつくった道具や貴重なものを見つけてほかの人に売るんだ。そうなら、ほかのトレジャーハンターに負けないワウ早く移動する必要があるからな。早く起きれたのは幸運だと思うさ。」

そういうと鬼は号令を出して、峠を背にして出発して行った。

 老婆は、最後に大荷物を担がされているフードの男が見えなくなるまで送ると、急いで中に入った。

 宿泊者たちは玄関からでなく、窓を破って出たり、2階から飛び降りたり一刻も早く静かな場所に行こうと出ていった。

 広く、使い古された畳の部屋に青い髪の女一人と大泣きする赤ん坊一人が残った。

「ごめんね。ごめんね。泣かないで。」

女の人が一生懸命あやすが全然泣き止まない。

「そんなんじゃダメだよ。」

さっきのお婆さんである。

「あんた母親じゃないの?」

「…私、畜生じゃなくて。」

青髪の少女は自分の頭をかいた後、おくるみを剥がす。

 なるほど、赤ん坊には日本犬のような耳がある。

「昨日の夜は聞かなかったけど、峠で拾ったんかい?しょうがないねえ…」

老婆はそのまま、台所に行き、米とすり鉢、布を持って戻ってきた。

「いいかい。息を吸いながら音を出してる感じだから、腹が減ってるんだ。みるからにこんな赤ん坊じゃあ歯がないから、乳をくれないとだが、あんたの子供じゃないなら、乳は出ないから、米で代わりにするんだ。見てな。」

そういうとお婆さんは米をすりこぎですって、布で包むと、それを赤ん坊の口に持っていった。

 するとあんだけ泣いていたのに黙ってそれを吸い始めた。

「…すごい。」

「当然のことだよ。あんたそう見るとおしめも教えないとだろうね。これが終わったら教えてあげるよ。」

「お婆さん。ありがとうございます。」

「そんな褒めるもんじゃないよ。奪衣婆なんだから。」

人間であることを隠す海美のために、地獄の住人奪衣婆は丁寧に子育てを教えた。

「私も仕事がら、いろんな衣を剥いできたけど、やはり子どもから奪うのはどうしても苦痛でね。同じく辛いなら、明らかに自分より強いもんに怒鳴られた方がいいよ。」

「…子どもってことは、賽の河原の?」

「…賽の河原で石を積んでいる子どもから奪ったこともあるし、石塚を突き崩す鬼の世話をしたこともあったよ。だけど、こっちの方がいいね。なんでだろうね?奪衣婆なのにね。」

そんなこと言いながら、奪衣婆は子供用の服、すり鉢など風呂敷に包んでくれた。

「この紐も持ってきな。」

「これは?」

「抱っこ紐だ。妊婦から奪ったことがある。私が持ってても仕方ないからあんたにあげるよ。」

「ありがとうございます。お婆さん。」

海美は左手に杖、体の前に赤ん坊を紐で繋ぎ、肩に子供用の荷物、吊るしたカバンにも子供用の荷物を担いだ。

「で、どこに行くんだい?」

「…えっと、ここです。読めますか?」

おくるみの中から、遺髪と手紙を取り出す。

「これは地獄文字だね。なになに?

『この子ども、父を地獄の右手王、母を畜生の菜犬と言う。

この度、第一回伊勢崎市長選挙の候補者の印が浮かぶことを確認したため、急ぎ伊勢崎に参上せよ。』

って書いてある…伊勢崎市長選挙って言ったら…

今度初めて地上で行われるその地域を治める一派を決める大事な選挙。

その素質は体に入れ墨のように現れると言うが…この子にあるんか?」

「………。」

おくるみから、腕を出す。

 たしかに、丸に三角が入った入れ墨のようなものが入っている。

「本当だ。…じゃあこの赤ん坊は市長候補ということか。わしはなんて名誉なことを…」

「お婆さん。市長選挙はいつ?」

「たしか…満月の夜。あと五日ほどだ。歩きでは間に合わないが、殺人列車なら一昼夜で着くだろうね。」

「殺人列車?」

「ここから、20キロほど進んだところに駅がある。その列車に乗れば伊勢崎まで二日で着ける。ただ金がかかるぞ。」

「それは大丈夫。」

海美はおくるみの中から、木賃宿の宿代を出した。

「この子のお母さんからもらったお金があるので…」

「そうかい。」

お金を両手で貰いながら脱衣婆が言う。

「20キロもあるんじゃ、お婆さん。もう行きますね。」

「気をつけてなぁ。」

お婆さんに見送られ、海美は駅に向かって歩き始めた。

 昔に貼られたアスファルトの道を海美は歩く。

 両側は畑で、モノにこき使われている人間が腰を上げて海美たちを物珍しそうに見ている。

 空には鳥がさえずり、小川にはカエルが鳴いている。

 花が揺れ、馬や牛が赤ん坊を見ようと首を持ち上げる。

 赤ん坊の声が聞きたいと蚕が噛むのをやめ、少しでも見ようと、踏まれた麦が体を起こしている。

 まるでダカーポの『野に咲く花のように』が流れてきそうだ。

 映像化したら流れているに違いない。

 赤ん坊はいろんなものを見て疲れたのか寝てしまっている。

 曲が終わるごろ、家の影になってて分からなかったが、先程文句を垂れていた鬼の一行が、輪になってなにか踏んでいる。

 踏まれている人は「許してくれ!」「助けてくれ!」と言っている。

 踏んでいる方も、「許さん!」「騙しやがって!」

と言っている。

 海美は逃げたかったが、ここで引き返すと明らかに逃げた様になって、踏まれている人を見捨てる様なので、話しかけてみることにした。

「助けてください!」

声をかけるより先に、踏まれている人が足元にすがってきた。

 よく見ると踏まれていたのは大荷物を背負わされていた人だった。

「どうかしたのですか?」

海美は鬼に聞く。

「こいつ。わしたちには人間ではないって言ったのに、頭の角がとれたんだ!とれたのに平気だ。しかも妖力も使えない。これは人間だ!人間のくせに、わしたちに混ざり富を得ようとするとは。我々を馬鹿にするんじゃない!」

鬼が棍棒を振り上げた。

「ひぃ!」

海美の脚に男がしがみつく。

「どうにか、許してやれませんか?こんなに怯えてるのだから。」

「ならんならん!あわよくばこのまま殺したいぐらいだ!」

すると、黙ってた餓鬼の二人が海美を覗き込みこう言った。

「あれ?この娘、あの大泣きしてた子のお母さんじゃない?」

「本当だ!赤ちゃん連れてるし!」

やかましい餓鬼道の女だ。

「なんだと!一度ならず二度までわしの邪魔をするのか!」

鬼が興奮して大きな声をするから、赤ん坊が泣き声をあげた。

「あー!よしよし。泣かないで!」

鬼が棍棒の先を少し下げた。

 肘で耳を塞ぐためだ。

「あー!うるさい!こうなったら、三人まとめてあの世に送ってやるぞ!そうなれば邪魔者もいなくなるしな!」

鬼が棍棒を構え直す。

 餓鬼道の女も両手を前に構える。

「よしよし!急に大きな声がしたから怖かったね。ごめんね。」

海美はそんな状況でも赤ん坊をあやす。

「さようならだ!」

鬼の棍棒が迫る!

 海美は赤ん坊を見てるから、脳天に棍棒がめり込んでしまう。

 

ガギン!

 

「なんだと!」

棍棒が海美の目の前で止まる。

 持っていた杖で防いだのだ。

 右手は赤ん坊をあやし、脚に男がしがみついている160cmに満たない少女が左手に持つ杖一本で、2mを越える筋骨隆々な鬼が振り下ろす本気の棍棒を止めてしまったのだ。

「お前!なにも…」

止められたことに驚き、鬼が棍棒の先を地面に落とす。

ガッ!ガッ!ガッ!

 その瞬間、脚に激痛が走る。

「痛っ!」

足の甲を見ると丸い穴が空いて、地面が見える。

 左右を見ると、脚を抱えて二人の餓鬼がのたうち回っている。

ガッ!ガッ!ガッ!

 3発、激痛が飛んできた。胸、左肩、右脇腹である。

「いって…!…わっ…」

鬼は泣きそうな目を堪えて、少女を見る。

 杖を肩に構えている。

 どうも杖の尻で突いたらしい。

 少女は仲間とひけをとらない形相でこちらを睨みつけている。

「…そんなにその男が大事なら、お前さんが連れて行くんだな。

せめて家族ごっこでもしながら行けよ…」

鬼は棍棒を拾い、二人の餓鬼に声をかけると、海美の来た道へ戻っていった。

 すると、家の影や、カーブの先から人間たちが顔を出し、畜生たちも現れ始めた。

 頭の上でカラスが飛びながら、こう言っている。

「鬼が去った!人間、畜生は活動を再開せよ!」

 海美は思った。「ここの人たちも動物も鬼には困っていたんだ。だからこうして隠れてたから、小さい鳥や、人間、植物ぐらいしかいなかったんだ!」

「なんだ…」

杖を持ち直しながら、海美はつぶやいた。

「ありがとうございました!」

脚にしがみついていた男はそのまま土下座した。

「いいよ。たまたまだし。持ち物とか大丈夫?」

「…私の持ち物は、このノミしかありませんので。」

そう言いながら、落ちているノミを拾った。

「これから私は駅の方向に行こうと思うんだけど、あなたはどうする?」

「…出来れば、どこでも良いのでお寺に行ってもらえますか?」

「お寺?別に良いけど。」

「それは良かった。実は私は、仏師なんです。」

「仏師?」

「はい。私は、仏や彫刻を掘る仏師の阿木丸と言います。実はある師匠の元にいたのですが、修行の一環としてノミ一本持たされて、坊さん公認の仏を完成させるまで旅をさせられているのです。ただ、私が仏師を志したのはモノたちに狙われないようにするためで、最悪、師匠の仏が一体貰えればそれで良かったんです。ただ、ノミを頭に巻くことで人間ではないと誤魔化していたのですが、鬼に絡まれて、仕方なく彼らと旅をしていたんです。」

「それは大変でしたね。じゃあ、お寺を目指しましょう。阿木丸さんは、一つ完成させたことはあるんですか?」

「それはあります。なのでこれでそつぎょと思ったらまさかの旅に出されたんで…」

そう言いながら、海美は寺を探しながら歩き始めた。

 この世界で、寺を始めとした宗教施設は人間の救済場となっていた。

 モノが地上を支配してしばらくしたのち、十三仏や天人たちが交渉を行い、自分たちを奉ってくれた施設には、

徳の高い人間は置いて良いこと。

本当に困った人間も仏の判断で救済される。

施設内では非暴力非ジャイアニズムであればモノも施設内に入れる。

といった協定を結んでいる。

 よって、海美も一日ぐらいであれば寺に入れるのだ。

 ここで、二人が歩いている道だが、前期の通り畑の中にある道を歩いているが、道はアスファルトであるが、所々コンクリートで舗装された変わった道である。

 そう。

 この世界のインフラは人間が整備している。

 モノたちが生活するなかで便利だと思ったものは大体残っている。

 ただ、全ての整備は無給不休で人間がさせられている。

 よって道の出来はあまり良くないのである。

 そんな解説をしていたら、立派な瓦屋根の寺が見えてきた。

 寺は小高い山の中腹にあり、山門と庫裡が山の真下にある。

 歩いてきた道とその山門に通じる参道との辻に河原が現れた。

 石が敷き詰められ、草が一本もなく異様な河原だ。

 二人で参道を進むと、山門の手前に公園があった。

 遊具などある公園だが、子供が一人もいない。

 しかし、遊具は動いている。

 例えば、ブランコが風もないのに一定の高さまで上がり、まるで透明人間が乗っているようだ。

 シーソーも地球ぐるぐるも、木馬も勝手に動いている。

 グラウンドもなにか空気のようなものが不規則に動いているのを感じる。

 ただ、そこに人はいない。

 いや、一人いた。

 若い僧侶だ。

 公園の入り口近くでお経を読んでいる。

 二人が近づくと僧侶が気づいた。

「こんにちは。」

「「こんにちは。」」

「お二人は?」

「私たちは人間です。実は、駅を目指しているですが、明日列車が来るとのことなので、今日一晩泊めていただけないでしょうか?」

「駅に?…そうですか…いえ、どうぞどうぞ。ゆっくりお休みになってください。」

「ありがとうございます。ところで、なぜお経をあげていたのですか?」

「はい。実は、この公園には水子をはじめ、児童虐待で死に至った子達の霊が入り込んでいるんです。この参道の入り口にあった河原。あそこは賽の河原と言われて、子供たちの霊は親や兄弟のために石を積むのですが、ここの水子たちはなぜかそれを拒否して地蔵菩薩の救済を受けることも出来ず、この公園を彷徨っているんです。それで、少しでも水子たちが改心すればとここで経をあげているのです。」

「その子たちが遊具で?」

「はい。救済を受けることはなくずっとこのままなのです。ところで私の名前は快晴と言います。お二人は?」

「私は海美。この子を伊勢崎まで届けなくてはならないんです。」

「わたくしは、阿木丸。仏師の修行中です。」

「旅する仏師!?ということは、最後の試験旅と?」

「は、はい…」

「どうでしょう?この子供たちを救済出来る彫刻を掘ることができれば、あなたは一人前の仏師として認められます。やってみませんか?彼らたちのために一刀やっていただけませんか?」

「本当ですか!?」

阿木丸の顔が明るくなりやる気に満ちる。

 さっきまでの自信のなさは何処へやら。

 とにかく、二人は山門に連れてこられた。

 なぜか仁王様がどれぐらい滞在出来るか占えるのだ。

「阿木丸。五日。」

「仁王様。阿木丸殿は仏師試験に挑みます。私が承認です。」

「よろしい。ならば、滞在制限を解除する。次、海美、三日。その子ども、測定不能。」

「そ、測定不能?」

快晴さんは驚きの声を上げる。

「そうだ。この子どもはまだ徳がない。この段階では寺に入れることが出来ない。」

「そうでしたら、この子が人間を助けたりすればいいのでしょう?」

「そういうことだ。しかし、そんなことが出来るのか?」

「やってみて、仁王様が良いと言ってくれれば良いのですが…」

そういうと海美は参道を降って行った。

「大丈夫かなぁ?」

「…あの方は強いですから、わたくしも助けていただきましたし。」

「そうですか。では、こちらに。」

そういうと、快晴は阿木丸を敷地内に入れる。



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第三話 大博打

この丁半博打、もちろん座頭市もやっています。

座頭市の殺陣(たて)の虜になったのは、ある少年を美人局から守りつつお父さんのところに送り届ける回で、
ヤクザの博打の不正を暴いて儲かったから、少年と座ってうどんを食べていると、後ろからヤクザの部下が斬りに来る。
いざ背中に斬りかかろうとしたら、市は箸も置かず、座った状態で仕込み杖を抜き、うどんが口から出ている状態で後ろの部下を斬り、素早く刀を仕舞って、うどんを吸い込み、少年に話しかけるシーンです。
このどこをとっても美しくない戦い方に衝撃を覚えました。
なにせ、チャンバラは巌流島の戦いよろしく、一対一の真剣勝負卑怯技なしだと思っていましたから…
ちなみに、この少年は坂上忍で、美人局は勝新太郎の妻、中村玉緒の回でした。

この寺と親分の屋敷のモデルは一応あります。(たぶん分かりづらいけど…)


 さて、山門の脇に僧侶が生活する住居、庫裡がある。

 山門をくぐるとすぐ坂道になっており、それが本堂まで続いているが、その道の両脇に石仏がたくさん並んでいる。

 ただ、手を合わせたり印を結んだりしている石仏ではなく、酒樽に乗り盃を笠のようにしている石像があったりなどユーモアがある。

 本堂まで上がる。

 本堂は三間四面、様式は唐風、江戸中期の造である。

 本尊様に挨拶を済ませると、二人は庫裡に移動し、ある部屋に入った。

 六畳の和室で縁側を挟むと、本堂の真下にあり、心を落ち着けるに最適な環境である。

「とりあえず、仏像ではなく、絵をお書きになり、納得したらそれを元に掘られたらどうでしょう?」

「そのようにします。早速描かせてもらいます。」

その環境が気に入ったのか、阿木丸はサラサラサラっとお地蔵様の絵を一枚描いてみた。

「これを、公園に貼って効果があるか見てみましょう。」

「なぜ、公園に貼ると分かるのですか?」

「私もお経を上げてて、たまに成仏する水子がいるんです。ですから、この絵にもその力があれば、これを元にした石仏様をお掘りになれば良いと思いまして。」

「なるほど、では早速お願いします。」

貼りに行ってもらい五分。

「ダメでした。」

そう言いながら、ボロボロになった紙を見せてきた。

「貼った瞬間、石投げの標的にされてこうなりました。彼らには的にしか見えてないようです。」

「そうなっても仕方ないと思ってましたので、五分で10枚ほど描いてみました。これもお願いできますか?」

「はい。何枚でも貼りましょう。もっと大きなものが描きたければ言ってください。」

そんな話をしつつ、二人は公園の水子に絵を見せ続けた。

 さて、海美がどこに行ったのかというと、寺を出てしばし川上に向かって歩く。

 すると、砂利河原に、粗末なほったて小屋郡が見えてきた。

 夕日に川が照らされ、見る分には綺麗だが、そこに住んでいるのはまさに動物以下。

 この世界の人間だ。

 別に何をしたわけでない。

 昔話の通り、人間が負けただけだ。

 そのまままだ進むと昭和の初めに造られた総二階の木造の建物が沢山ある宿(しゅく)に出た。

 夕方近くで多くの宿にモノ達が入っていく。

 その中で、入り口の両脇に提灯を立てているのに、二階が暗い宿を見つけた。

 海美は臆せず入る。

 宿の中は右半分が一段高くなった畳で、左半分が土間と厨房になっている食堂のような造りだった。

 厨房では大鍋に火がかけられグラグラ煮えたぎっている。

「いらっしゃいませ。」

店員に声をかけられる。

「すみません。2階で遊べますか?」

「二階のお客様、もしかして旅のお方?」

「ちょっと路銀が足りなくなりまして…稼がせてもらおうかと…」

「分かりました。適当にどうぞ。お腹が空いたら言ってくださいね。」

「ありがとう。」

そう言って海美は畳にあがり、木の急な階段を登った。

 この宿場にはあまりにも暴れん坊すぎて、人間道から、生きたまま畜生道に落とされ、見てくれの悪さからそのまま、ヤクザの親分になった男がいた。

 親分ともなると、子分を喰わせないといけないため、夜な夜な賭博場を開いていた。

 それが、自分の宿にしているこの建物である。

 ただ、なぜ海美がここだと分かったかと言うと、全ての宿は2階に灯りがついていたのに、ここだけついていなかった。また、入り口の提灯に、「本陣」と書かれていたからだ。

 また、ここにやってくるのは、六道の中で二つの道を同時に進む親分のような半端者、博打中毒になって、着るものなんか賭けている人間、地下からやってきた住人たちだった。

 賭博場では、六道関係なしに賭けられる。

 そんな連中相手に、コップの中の数字が、奇数が偶数か当てさせるというゲームをやっている。

 奇数を「ハン」、偶数を「チョウ」と言う。

 通常、対戦相手が多ければ外して没収したお金を、当てた人に還元しても余る。

 すなわち、親が取れるため、親が儲かる仕組みになっている。

 2階に上がると金を木札に交換するモノがいた。

 人間の博打でも行われていたことなので、別にしなくても良いのだが、モノは金を対価の交換とするわけでないので、単位を統一するのに都合が良いのだ。

 海美は自分の財布から、木札5本分金を出した。

 そこで交換したら、奥に進む。

 すると、10人ぐらいのモノ達がゲームをしていた。

 長方形の布を敷き、1人と10人ぐらいのモノ達が向かい合っている。

「私も稼がせてください。」

海美は末席(親から見て右の一番上)に座る。

「どうぞ…って!?あっ!」

隣には鬼が座っていたのだが、その鬼が声をあげた。

「あっ!?阿木丸さんの鬼。先程はどうも…脚は大丈夫ですか?」

「えっ!?…あっ…て、…まぁ…」

私を殺したいんでしょうけど、親分やゲームの途中であるからか、しどろもどろになってる。

 連れていた餓鬼の女は鬼の後ろに控えている。

「さぁ!貼った!さぁ貼った!」

「チョウ!」「ハン!」

「まぁ、鬼さん。ここは休戦といきましょう。チョウ!」

「…チッ…ハン!」

「チョウハンコマが揃いました。勝負!」

パッとカップを取る。

 サイコロが二つある。

 残念ながら数字を足すと…

「奇数、ハン!」

海美は一枚しかかけてなかったのだが、札を取られてしまった。

「あら。鬼さんの方が当たってましたね。次は…」

「………。」

鬼は海美から見えない右手を振る。

 それを見て、一緒に旅をしている餓鬼が鬼の右側に近づく。

 鬼がなにか耳打ちすると、餓鬼は立ち上がって、違う部屋に行ってしまった。

「次は…鬼さん。なんだと思いますか?」

「また、ハンかな?」

「じゃあ、またチョウで。」

そして、そんな感じで何回か打ったが、海美は全部負けた。

「親分、あの女…」

「あぁ。見てるよ。」

餓鬼の女がどこに行ったかと言うと、親分の部屋である。

 親分は博打の部屋から一つ奥にある部屋が親分の控える部屋で、入り組み一見では確認できない部屋である。

 親分は、博物館というところに置いてあった長火鉢の縁に寄りかかって、これもまた博物館から持ってきたキセルで乾燥させた草に煙をつけている。

 真っ白な煙を吹き出しながらその餓鬼や子分と喋りつつ、その女を見ていた。

「あれが、オタクらに恥をかかせた女か。」

「はい。」

「…よし、わしが仇をとってやろう」

「ありがとうございます。」

「よし、俺がサイを振る。みんな、心得ておけ。」

「「へい。」」

そういうと、子分は、もっと子分になにか命じた。すると、その子分はなぜか家の奥に入っていった。

 

「さあ、貼った!さあ、貼った!ハンの方!ハンの方はいらっしゃいませんか?」

「じゃあ、私がハンで。」

「勝負!」

コップを開ける。中は2と6だったので、チョウだった。

「はっはっはっは!お客さん。」

親分が大きな身体を揺らしながら、コップを回収した胴元のところに座る。

 青い女の子はよそよそしい態度を取る。

「いやいや、ご冗談を。その青い髪のお嬢さんだよ。」

みんなが、女の子を見る。

 端っこにいる女の子が杖を持って、親分の真前に引出された。

 ちょこんと正座して、小さくなっている。

「うはは。お嬢ちゃん。そう小さくならずに…だいぶ運がないようで、おじさんと勝負しないかい?

お嬢ちゃんが勝ったら、木札を…10倍の50本あげよう。ただ、負けたら、その赤ちゃんが欲しい。しないかい?」

「………。」

「お嬢さん?やりますよね?」

「親分の言うことを断るなんてのはご法度ですよ…」

女の子が、立ち上がろうと前屈みになった瞬間、両脇に子分が座って、こんなことを言ってきた。

 急に空気が悪くなる。

「…わかりました。」

「はは!そうこなくっちゃ。」

顔を女の子から離さず、右手を肩のあたりに掌を上にして手招きした。

 すると子分がコップを渡し、コップの中にサイコロを二つ入れた。

 クルクルと手首を回すと、カラカラとサイコロが音を立てた。

「そうだ!お嬢ちゃん。サイコロを伏せる前にハンかチョウか決めようや。」

「!………分かりました。やりましょう。」

目の前に、抱っこ紐から赤ん坊を下ろす。

 子分が木札を50本持ってきて親分の目の前に置いた。

「ドッチモ、ドッチモ」

「ドッチモ、ドッチモ」

子分たちが周りではやし立てる。

「…半!」

女の子は優しく、赤ん坊を横長に置く。

 この時、赤ん坊が泣き出した。

「えっ?どうしたの?親分さん。すみません。」

抱き上げるとすぐ泣き止んだ。

 そしてそのままそっと置いた。

「…丁で。」

「ないかないな?半ないか?」

子分達が頭の上から呪文のように言う。

「半!」

親分が代表して金の板を横向きに置いた。

「コマがそろいました!」

さっきまでサイコロを振っていた胴元が言う。

「はい!…つぼ!」

ドン!とコップが伏して置かれる。

 シーンと辺りが静かになる。

 女の子が目を閉じて、首を傾げた。

「では…」

そう言いながら女の子がコップに手を伸ばす。

「………!」

親分が慌てて、女の子の手の上に自分の手を置き、コップを開けるのを阻止する。

「お嬢ちゃん。どうしたんだい?」

「…もう一度確認しますけど、本当にこれは丁半博打ですよね?」

「ふふっ…そうだよ。」

「じゃあ…」

そう言って、二人が前傾姿勢をググククっと普通の座り方に戻っていった。

 胴元である親分が改めて、コップに手をかけようとした瞬間、

 

ドスっ!

 

 女の子が右足を前に踏み込み、左手で左側にあった杖をつかんでいた。

 しかし、その杖の先から、鎌のような鋭利な刃が出て、その刃がコップに突き刺さっていた。

 小さな音で、

「あっ!」

バシャン!

「熱い!」と言う音がした。

 

「てめぇなにやってんだ!」

それを遮るように大声で子分が持っている刀の鞘で女の子を突っついた。

 女の子は無視して、杖を起こす。

 すると、コップ、サイコロが刺さっていた。

 しかし、そのサイコロの下から箸のような枝のようなものも刺さっていた。

 しかも、刃の先から血が滴っていた。

「あっ!」

「サイコロを子分に押させたのか?」

客で来ていたモノの誰かが言った。

「……は、ははは…」

思わず親分が笑う。

「お前!」

子分三人が鞘で女の子の肩を押さえた。

「待て!」

親分がいさめた。

「お客人方。」

親分が客のモノ達を見る。

「見苦しいところをお見せした。…皆さんの掛け金を倍にしますので、どうかこの辺りはこの辺で終わりにしていただけますか?…おい!」

子分にゲキを飛ばす。

 子分が数人で重い金が入った箱をヨイショ、ヨイショと運んできて、客の木札を回収するとともに、換金ルートの倍の金を置いていく。

 女の子の前には、饅頭のような大きな金を二つ置かれた。

 女の子は懐から手拭いを出すと、丁寧に包み懐にいれた。

…急に大人っぽくなった。

「おっ!?」

「……。」

そんなことで反応するモノもいる。

 ただ、それを見たらすぐに懐、いや胸から金を出す。

「親分さん。これはお返しします。ただ、欲しいものがあります。」

「なんじゃい?」

「川下にいる人間たちから奪った資産の書付。あれを…」

「なんじゃと!?…」

お客さんはまだこちらを見ている。

 海美は赤ん坊を抱き上げ、抱っこ紐で縛る。

「まぁ、いいんですよ。なんなら、ここにお金は置いて出て行きますから…」

そう言って海美は立ちあがろうとした。

「ちょっと、ちょっとお嬢さん。ちょっとお待ちを…おい!あれ!」

子分が渋々書付を持ってくる。

 親分がその書付を海美の目の前に落とす。

 海美はそれを赤ん坊のおくるみに突っ込む。

 女の子は親分に一礼すると、いつの間にか刃のなくなった杖に寄りかかるように家から出て行った。

「はっはっはっはぁ!」

親分は、火鉢の前に戻り、キセルに火をつけた。

「親分…」

偉い子分たちが親分の前に正座する。

「…あのガキ、この猪ガシラ組の顔に泥を塗ってくれたな。この泥のお礼に行ってきてやれ。」

「へい。お前らいくぞ!」

五人の子分たちが刀を持って家からドカドカと出て行った。

「親分、申し訳ありませんでした!」

鬼が土下座して、頭をドカン!と畳に叩きつけた。

「お客人。頭を上げてくだせぇ。いま追っている子分は腕も立ちますゆえ、赤ん坊も書付も持ってくるでしょう。」

「そうだと良いのですが…」

「まぁ、酒でも飲んで待ちましょう。こちらへ。」

「は、はい………」

さっき餓鬼の女を読んだ時とやり方は同じく、右手を振る。

 餓鬼の女がなにか耳打ちをされ、二人は出て行った。

 その後、鬼は長火鉢を挟んで待つ親分の近くに寄った。



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第四話 振り下ろされる刃

鬼滅の刃、呪術廻戦を始め、ゲゲゲの鬼太郎6期、怪物事変、裏世界ピクニックなどなど空前の日本怪異ブームが到来していますため、この話が後出しみたいになっちゃったのが、悔しく思っています。
しかし、今後も日本の妖怪怪異、歴史がサブカルチャーを支える媒体になってくれることを望んでいます。

 上記の作品も面白いですが、日本の妖怪怪異で忘れてはならない化物語に一昨年の11月にはまり、ほぼ1年で刊行されている全巻読みました(笑)
 大学で、「化物語にはまった。」と、言うと、「遅っ…」と言われます。
 ただ、「遅っ…」と言った人たちは、大学生になった阿良々木くんと戦場ヶ原さんが赤ちゃんプレイをしているのは知らないだろう。


 五人の部下たちは、人間がいる河原を目指していた。

 満月が明るいのだが、雲がかかり、近づかないとよう分からない。

 ただ、その闇の中、河原を歩いている女の子は一瞬で見つかった。

 遠くからでも長い杖を持ち、よろよろ歩っているのが分かる。

ザッ!  ザッ!  ザッ!

 なにせ赤ん坊を持っているからとてもゆっくりだ。

ザクザクザクザク。

「おい!お嬢ちゃん。」

何回かこけたが、5人の男がすぐ女の子をぐるりと囲む。

 正面に一人、左前、右前、左後ろ、右後ろである。

「親分がな。お礼をし忘れたって言うんだ。戻ってくれないか?」

男の円がじりじりと狭まる。

ガツ! ガッ! ドシ! ガシ!

「痛っ!」「ギャ!」「んぅ!」

取り巻きの男たちが足を抱えて、ケンケンしながら後ろに下がった。

 杖で足を突いた。

「お前!」

突かれなかった正面の男が、女の子の胸元を掴む。

 しかし、その瞬間、胸を掴んだ腕が肘下からブランブランとぶら下がっていた。

 男の腕が斬り落とされた。

 女の子はその腕を気にせず、杖を両手で持ち、背を低くした。

「やっちまえ!」

ジュバ!

シュパ!

 子分の一人が叫び、全員が刀を抜いた。

 いや、海美の前の三人は抜けなかった。

 正面のが抜けないのはわかる。

 しかし、両脇の二人も抜けなかった。

 二人の抜こうとした右手が刀にぶら下がっている。

 やっちまえの号令の元、刀に手を伸ばして刃が出ているところで斬られたのだ。

 薙刀とは思えぬスピードで斬った。

 海美は真下の地面を見る。

 左後ろから気配がする。

 素早く杖の尻で左後ろを突く。

 グッと手応えがあり、

 ザザッドシャン!と人が倒れる音がする。

 しかしそれは、右後ろのモノにとって絶好のチャンスだった。

 背中がガラ空きだ。

「身体を捻ったとしても、突き技で!」

案の定、青髪は右に身体をひねる。

 ここで何故か右脇腹が冷たい。

 髪の毛を素早く掴もうと思っていたから、左手を伸ばす。

 伸ばそうと思うのだがうまく伸ばせない。

 何故か急に身体がダル重い…

「う…あっ、が…」

声もうまく出せない。

 青髪の女がここで腰を入れるように身体を揺さぶる。

 何故か腹の中が無性に痛い。

 そしてその時見てしまった。

 青髪の女の杖から出る刃先が鎌のように曲がって自分の脇腹に刺さっているところを。

「うっ、がぁ…」

足から力が抜けてその場に倒れる。

「せめて一太刀」

そう思いながら、青髪の女に左手で挑もうとした。

 しかし、杖の尻で払われ、喉元に刃先が迫る。

 杖を振り下ろした青髪の女がこちらを見ている。

 喉が痛い。

 意識が遠くなる。

「せめて、どんな顔だったのか見たかった…次生まれ変わったら、せめて真っ当な…」

 ここまで、本の数秒だったが、一人の仲間が殺されるところを見て、他の四人が自棄になった。

 刀が抜けない今、背中に覆い被さり、動きを封じるしかない。

 手のない三人で飛びかかる。

 しかし、青髪の女は素早く突き立てた鎌を抜くと、右手で赤ん坊を庇いつつ、バレエの選手よろしく、クルクルクル!っと回り、左手で無い右腕、肩、喉を鎌の先で斬った。

 喉から噴き出す鮮血が海美にかかる。

 しかし、右手で守る赤ん坊にはかからない。

 左後ろの、ただ杖で突かれたモノは刀も抜けず、震えていた。

「まだやるの?」

震えるモノは、迷いもあるのか、ジタバタしながら、元来た方向へ走って行った。

 音もなくシーンとなった。

 

 

 

 

 しばらくすると

ジャリ!ジャリ!

と二人ぐらいな足音が聞こえて、近くで立ち止まったが、そのまま行ってしまった。

 

 

 

 

「なんだ!?」

「なんだ?」

「なんだったんだ?」

静まり返り30分ぐらいした後、河原の小屋から人間たちが飛び出してきた。

 すると、急に雲が晴れ、川に反射して明るくなった。

 すると、その人たちの目の前には、自分たちから資産を奪った親分の腰巾着どもが、重なり合って倒れている。一番上のモノは仰向けでなにか咥えて白目を剥いて喉が血だらけになっている。

「猪ガシラ組の子分どもが死んでる。」

「なにを咥えてるんだ?」

一番年上の男性が勇気を出して、咥えている紙を引っ張り出す。

 また、この男は字を読むことが出来た。

 なけなしの蝋燭に火を灯し、字を読む。

「なになに?…なんと!これは、私たちが取られた資産の証明書!」

「なに!?」

「…これを寺に持っていって、仏様と坊様に承認をもらえば、わしらの資産は戻ってくるぞ!」

「「「おー!」」」

思わず人間たちは雄叫びを上げた。

 ある日突然、この親分の部下たちが人間たちの住む建物に押し入り、一方的に資産譲渡の書付を書かされ追い出されたのだ。

 その書付を手に入れ、モノに対抗できる仏様に理不尽を訴える必要があったのだが、自分たちの資産となったことの証明書をモノが返す訳がない。

 だからといって、書付なしで仏様に縋ってもその書付を正式に消すことは出来ないから結局泣き寝入り状態だったのだ。

「みんな!快晴さんに頼みに行くぞ!」

「おー!」

と雄叫びと共に、人間たちが一斉にお寺に向かって進み始めた。

 

 

 寺に向かって海美は急ぐ。

 赤ん坊が泣いている。

「ごめんね。ごめんね。あと少しで着くからね。」

海美が血だらけの状態で寺を目指す。

 返り血を浴びた状態で、部下たちを積み上げ、おくるみの間から、書付を出すと、赤ん坊に持たせつつ、一番上のモノの口に書付を突っ込んだのだ。

 今まで抱っこしていた女の人は血だらけだし、目の前にいる男も血だらけで白目まで剥いていれば、子供じゃなくても泣く。

 なんとか賽の河原まで来た。

 すると、誰かが河原で焚き火をした跡らしく、燃え残った木や炭がくすぶっていた。

「しめた。」

 海美は川べりの一部を削ったり、石でいけすのように囲った。

 そのあと、焚き火のところまで戻ると、杖の尻で木や炭をどかし手ぬぐいを引っ張り出して、焚き火の下の石を包んだ。

 そして、いけすまで運ぶと石を入れた。

 石がシュー!ズブズブと音を立てる。

 手を入れてみるとお風呂ぐらいなら温度になった。

「よし。」

また月が隠れた。

 海美は杖を後ろに置き、手ぬぐいで身体を拭き始めた。

 一応、赤ん坊を抱いたまま。

 なんで置かなかったのかは、嫌な予感がしたからとしか言えないのだが、予感が的中してしまった。

 後ろからザクザクザクと音がする。

 頭を下げて、覗き込むように後ろを見ると、鬼の近くにいた餓鬼の女二人組だった。

 ただ、海美は振り返り、杖を取ろうとしない。

 服をはだけさせているから、振り向けないのだ。

「鬼の餓鬼さんですか?」

「そうよ。私は食糞。」

そう言って、一人の餓鬼がヒョイっと杖を拾い上げた。

「そっちが食血だ!」

そしてその杖で海美を突こうと前に構えようと振り上げた時、振り上げた杖が急に重くなり、まるで丸太を担がされているような感覚になった。

 そしてそのまま、杖の下敷きになった。

 まだそれで終わらない。そのまま杖が餓鬼にめり込む。

 血が目や鼻口から出る。

 重みに耐えかねた地面が、身体が、徐々に沈む。

「お前、なにをした!」

もう一人の餓鬼が海美に飛びかかる。

 まさに、顔にめがけて飛んだ。

「私は何も!…」

大きく右足を踏み込み、杖の尻を押しつぶす。

 すると、杖が反動で起き上がり、杖の柄に戻っていた刃先が現れ、餓鬼を真っ二つに斬るとまた刃が柄にしまわれて、地面にカランカランと転がった。

 真っ二つになった餓鬼は踏み込んだことで背が低くなった海美を通り越してそのまま川にジャポン!と落っこちた。

「言い忘れたけど、私の杖、私の通りにしか動かないから、無理矢理動かそうとしたりするとバチが当たるし、私のために理想的な動きもしてくれるから…まぁ、もう聞こえてないでしょうけど…」

餓鬼の土や水が埋まった耳には聞こえなかった。

 

 

 快晴の寺の庫裡を海美と快晴さんが歩く。

「わざわざそのようなことをしなくても寺に風呂はありましたのに…」

「赤ん坊が泣いてては、すぐに拭うしか出来なかったんですよ。」

寺に戻ると、仁王の審査は「書物を渡して、人間を助けた行為として12時間与える」ということで、中に入ることが出来た。

 しかし、快晴さんから声をかけられた第一声は、風呂はあるとのことだった。

「そういえば、海美さん。あなたは、駅を目指しているとおっしゃいましたよね。」

「はい。」

「…こういうのはなんですが、お辞めになった方が良いと思いますよ。」

「なぜです?」

「いや、…実はあの駅には鬼がいると言われているのです。」

「鬼が?」

「はい。しかもそれは噂で、本当に鬼なのか確認したモノはいないそうです。」

「どういうことですか?」

「…その姿を見たという人がいないんです。

駅を利用したいという人の服が、駅の近くで見つかるという事件が続出しているんです。」

「その…殺されるところなど見た人は?」

「六道の合同警察が退治に行ったことはありますが、その際、赤い毛布をすっぽり被り顔は分からず、毛布が膨らむほどの男根と尻尾が確認できた。と言われています。ただ、それも、服に血で書かれていたそうです。互いに殺されることを前提として互いの服に書き合うことになっていたようなので、生きて見た人はいません。」

「……そうですか。」

しかし、海美に辞めるという選択肢はない。

 なんとか、その鬼に勝つ方法を模索しようとした。

「そういえば、阿木丸さんは?」

「まだ、絵描きの最中だと…あら?」

襖を開けると、机に伏せて寝ていた。

 しかし、周りには数多くの地蔵菩薩の絵が描いてあった。

「すごい…こんなに…」

「ですが、公園の子供たちには届かないようです。みんな破られてしまいますので…」

A1サイズの大きな紙に地蔵菩薩の立ち絵も描かれている。

 細かく美しく描かれている。

「……分かった。」

「なにがです?」

「…子供たちが成仏しない理由です。」

「ほう!あなたにも分かりますか?」

「あれ?快晴さんもお気づきだったのですか?」

「もちろんです。お経だと子供たちには分かりづらいんでしょう。その点絵や仏像ならストレートに伝わるはずです。しかし、これに自力で気づかねば本当に子供たちは成仏出来ないはずですので…。」

「彼がそれに早く気づけば良いですね。」

その時山門の近くから声がした。

「どうしたんだろう?」

快晴さんが行ってしまった。

 スゥスゥ。

 仮眠というか、ガッツリ寝てしまっている。

「どんな夢を見てるんだろう?」

ここで、赤ん坊がぐずりそうになった。

「あぁ、よしよし。眠いんだね。寝て良いよ。ノノサンいくつ 十三 七つ 」



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第五話 地蔵菩薩

この地蔵菩薩登場と、夢で海美が登場するシーンは久石譲さんによる「天人の音楽」のイメージです。
高畑勲監督作品「かぐや姫の物語」で月の使者が迎えに来るシーンは、来迎図をイメージしていると聞きますがあのような音楽を仏様が着想しているというのも座頭市とは違う衝撃を受けました。
どれくらい天人の音楽にはまったかというと、YouTubeにアップされた天人の音楽ならだいたい分かるぐらいはまりました(笑)

前回の続きですが、「はまるの遅…」と言われた作品は、2016年頃に見た「ひぐらしのなく頃に」2019年の令和になった直後に読んだ「あの日見た花の名前を僕たちはまだ知らない」があります。
しかし、2021年から考えると、まさか2020年にひぐらしのなく頃に業が放送され、2021年にあの花のイベントがあるとは誰が思っていたでしょうか。
まさかマイブームが来た状態で公式のブームが来るというおいしい展開です。
さて次はなにを読み書きしましょうか?


 誰かが子守唄を歌っている。

 ここは、阿木丸の夢の中

 どのようなところかと言うと、先程とあたり大差ない。

 寝ながら、このお寺の夢を見ている。

 そして、寝ながら地蔵菩薩の絵を描いて、水子達に破られている。

 ただ、目に見えない水子と言うより、子供の姿形は見える。

 姿があり、その子供が自分の絵を破るのだから精神的にくる。

 自分の描いた絵は、子供達のおもちゃにされてしまっている。

「どうすれば、子供達は分かってくれるんだ…」

力尽き、公園の入り口に座り込んでしまった。

 すると、どこから…いや参道の入り口からなにか音楽が聞こえてきた。

 締め太鼓のような音や、篠笛のような和風だが、どこかインドいや、サンバのような、  チャカチャカした音楽だ。

 その音楽が聞こえたら、子ども達がワッと入り口に集まり、阿木丸を踏み潰し、蹴り飛ばして参道に群がった。

 阿木丸も蹴っ飛ばされたり押されたりして参道までやってきた。

 すると、その音楽とともに、見たことある人が来る。

「海美さんだ!」

赤ん坊を抱き、杖をついてこちらに来る。

 子ども達がまた走り出し、海美さんの近くに集まった。海美さんは怒るでもなくニコニコしている。

 公園の前から山門までは登り坂になっているが海美さんが登り出すと山門が徐々に光り出して、子ども達や音楽隊と共に光の中に吸い込まれていった。

 阿木丸はボソッと喋った。

「子ども達は成仏出来たってことなのか…

まるで観音様みたいだった…」

 

「まるで観音様みたいだった…」

フッと目が覚めた。

 机に突っ伏して寝てしまっていたようだ。

 残念なことに描いていた紙がぐしゃぐしゃになってしまっていた。

「あちゃ…」

紙を変える。

 後ろを向く。

 行燈が一つある。

 行燈の近くで海美さんが子守唄を歌いながら赤ん坊を寝かしつけている。

「…さっきの夢は、どういうことだったんだろう。」

手で口を隠して頬杖のようにして考える。

「…どんな夢だったんですか?」

子守唄をやめて海美さんが聞く。

「いや…眠ってしまってすみません。」

「いえいえ、今日は色々ありましたから疲れたんでしょう。」

そう言って、私に微笑む。

 行燈に照らされ、ユラユラと揺れている。

 さっき見たような優しい顔だ。

 あのような顔は誰にもされたことが…いや、さっき助けてくれた時、足にすがりついていたが、上を向くと赤ん坊には微笑みながら、鬼には鬼に負けないほどの形相で睨みつけていた…

「あとは母親にはされたか…母親?」

阿木丸の中をなにか通り過ぎた。

「…はは…はぁ!そうか!そう言うことか!」

「なにか悟ったようですね。」

「海美さん!私は分かりました!」

そういうと阿木丸さんは自分のノミとカナヅチを持って部屋から飛び出した。

 山門付近で人々が集まっている。

 なぜか分からないが、親分に取られた書付が家の前にあったから、効果を無効にしてもらう印をもらいに来たらしいのだ。

「すみません。通してください!通して!」

快晴さんを後ろから退かし、こちらを向いている人をかき分け、公園に向かって走る。

 公園に着くと、遊具の近くにある白い巨石の前に立った。

 そして、ガリガリと下絵を描いていく。

 身体中になにかぼんやりとしたものが張り付いてくるのが分かる。

 多分水子達がまとわりついてきているのだろう。

「よし、なら…」

外枠に✖︎を書く。

「水子達。このバツ周辺を削れ!」

すると、✖︎がだんだんボコボコを壊れていく。

 阿木丸は一刀一魂込めて、下絵を削っていく。

 急に寺から出てきた青年に押し分けられたので河原の人々や快晴さんが集まる。

「す、凄い、こんな勢いで掘り上げていくとは…」

「…地蔵菩薩ではない。阿木丸さんは何を掘る気なんだ?」

ガリガリガリガリ…

 だんだん夜が更けていく。

「なにが出来るんだ?」

人間達が焚き火やたいまつをつくる。

 阿木丸はそれも無用!とばかりに掘り続ける。

「おぉ!…だんだん見えてきたぞ。」

ガリガリガリ!

「…美しい、まるで生きているようだ。」

ガリガリガリガリ!

「…しかし、恐ろしい形相でもあるな。」

人間達は彫り物の迫力に息を呑む。

 その彫り物はまだ上半身だけだが、女性が赤ん坊を抱いている彫刻である。

 女性はこちらを睨んでいる。しかし、下から覗き込む、すなわち、腕に抱く赤ん坊の目線から見ると微笑みかけている表情に見える。

 人間達がため息混じりの感想を言うなか、今まで黙っていた快晴さんがしゃべる。

「…これは、海美さんか。」

快晴さんが言う。

 阿木丸がノミを止める。

「はい。ここにいる水子たちは、親のために石を積まない。

なぜかと考えました。

それは、親を知らないからです。

大人が信用出来ないからです。

だから、自分勝手にここで遊んでいるんです。

たとえ地蔵菩薩様が救済しようと手を伸ばしても、その手を受け取ろうと思わないんです。

それは、そうしてくれることを知らないからです。

言うなれば、ここにいる水子達は愛する。

愛されるを知らないんです。

愛を知らない間に死んだので、愛を与える親のために石を積まないし、慈愛のもと救済してくれる仏にすがろうとしないんです。

ですから、これを彫りました。

水子自分たちにこういう顔をしてくれる人がいる。

腕の中の赤ん坊を自分とすると、その手で守ってくれる人がいる。

それを君たちは知らなかっただけだ。

どの親だって子どもにはこういう態度で接するんです。

それが愛です。

水子達は愛を知らないからここにいるんです。

彼らに足りないものはなにか?

それは愛です。」

そうに阿木丸が言った瞬間、身体にまとわりついていたねっとりとした生暖かい空気がなくなった。

 なにかすすり泣くような声がどこからともなくする。

 彫り物の近くが何故か湿り出した。

「…泣いている?」

人間が喋る。

「快晴さん!」

参道から人が走ってくる。

「どうしました?」

「河原が…」

「なに?…あぁ!そういうことか。行きましょう。」

一同、賽の河原に移動する。

 するとあたり一面に小石が積み上げられていた。

 一つ一つの塔ではなく、円錐のように積み上げられたり、山のように積み上げられたりしている。

「やっときたか!」

どっからともなく鬼が現れる。

 人間達がおののく。

「快晴さん!」

「ご安心を。あの鬼は石を突き崩すのが仕事です。」

たしかに、鬼はこちらに目もくれず、棍棒を振り回して、積み上げられた石を壊す。

 しかし驚くべき現象が起きた。

 鬼は一振りで親のためにと積んだ一つの石山を壊すのだが、一つ壊す間にその高さの石塚が三つ出来上がるのだ。

 これじゃどうにもならない。

 鬼が壊すのより早いスピードで石塚が出来てゆく。

「なんだ?!なんだこの石塚は!?」

鬼は思わず声を上げる。

 声を上げる間にも、山のように石が積み上げられていく。

「よし、こうなったら…」

鬼は奇声をあげる。

 すると他の鬼が空を飛び超え、川から現れ、とにかく集まってきて、石塚を壊し始めた。

 中には棍棒一振りで三つもの石塚を壊す鬼もいる。

「あぁ…石塚が出来るのより、壊されるスピードが早い…」

「水子たちがんばれ!鬼になど負けるな!」

「そ、そうだ!がんばれ!」

「がんばれ水子たち!」

人間達も思わず応援する。

 すると、不思議なことが起きた。

「まて!」

と最初の鬼が周りの鬼を止めた。

「この音は…」

「鬼が止まったぞ!?」

人間たちも静かになる。

 周りが止まったことを謎に思ったのか、だんだん石塚を造る音も、壊す音も無くなっていった。

 たしかに音がする。

 音楽のようだ。メロディがある。

 使われているのはおそらく和太鼓、締め太鼓、篠笛、龍笛、鼓、尺八、相対して、雅楽で使われる楽器か…

 メロディは、雅楽のようにゆったりとした幻想的な音楽というより、忙しくチャカチャカと、ここに救われない水子などいない。「のうてんき」で悩みなどない。まるでサンバやインド映画の明るい音楽がする。

 そのように明るい音楽を、雅楽の楽器でやっているような音だ。

「…なんだ?というか、なんだあの光は?」

 一人が川上を指す。

 空は満月が照らしている。川に反射して少しは明るい。

 しかし、川上は光源になっている。

 その光は白ではなく、柔い虹色に光って、こちらに向かってくる。

「大変だ!逃げろ!」

鬼達はワッと方々へ、逃げる。

「な、なんだ!?」

人間達は困惑する。

 すると次第に足元に雲が立ち込めた。

 ピンク色の雲だ。

 すると、雲の船に乗ったスキンヘッドで杖をついたお坊さんのようなモノが現れた。

 そのモノは、音楽隊を率いて、その音楽を奏でている。

 ちなみにその音楽隊、バイオリンのような弦楽器や砂が音を出すマラカスのようなものもいる。

 音楽隊もそのモノも人間達の前で止まった。

 スキンヘッドのモノが喋る。

「…人間達よ。私は地蔵菩薩である。」

「お地蔵様!」

快晴さんはすぐ正座して頭を下げた。

 人間達もそれに続く。

「みな、そうかしこまらずともよい。頭を上げよ。話を聞くときは目を見て聞かねばならんぞ。」

「は、はい。」

快晴さんがゆっくり目線を上げる。

「そう。それでよい。」

他の人間達も頭を上げてゆく。

「子ども達を改心させた彫り物をつくった阿木丸は?」

「私です。」

快晴さんの隣が喋る。

「そうか。君か。よく、この子ども達を改心させた。私がこのように救済しにきても彼らは救われようという気持ちがなかったのをよく改心させた。よって、試験に突破したことを認める。」

「は、はい。ありがとう…」

「ただし、」

「ドキっ!」

「あの彫り物はきちんと彫り、この寺に寄進しなさい。それと、これに満足せず、数多くの仏像いや、人を癒す像を掘り続けるのださすれば、現世での安泰と来世での人間界以上の地位は約束しよう。」

「はい!精進します!」

「よろしい。快晴。」

「はっ!」

「よくいうことも聞かない水子たちをこの公園に留めていた。その功績は大きい。よって、聖人の地位を与える。これは、君が人間でもモノどもに手が出せなくなるものだ。

これで、人や人の霊だけでなく、六道全ての困っている人を救いなさい。」

「はい!」

「そして、人間達。書付を出しなさい。」

「「はい!」」

地蔵菩薩が右手をあげた。

 すると、赤い液体が書付に飛んでいき、

『無効』という字と、『地蔵菩薩』という字になった。

「これを持って自分の家に帰りなさい。

そして家がどんなかたち、壊されていたとしても「ただいま」と言いなさい。すれば、法力を持って元通りになるだろう。」

「「ありがとうございます。」」

「では、良いかな?」

「お待ちください。」

「どうした?阿木丸。」

「実は、この彫り物はモデルがいるのです。そのモデルになった人も救済いただけませんか?」

「……その者。感知はしているが、呪いで六道から外れている。すなわち、救えない存在である。」

「そんな…この大作は海美さんのおかげなのに…」

「彼女は呪いで六道のうち全ての道と同等に見られる呪いを使っている。だから、危険な場所やモノの近くでも殺されたり危険なことをされないのだ。

しかし、それは、天道界でも同じで『これ以上の救済の処置なし』と見られてしまうのだ。」

「……だから、わざわざ危険な目に自分をさらしても大丈夫なのかあの人は。」

「もうよろしいかな?」

誰も口を開かない。

「では、水子達は連れてゆく。人間達よ。立派に生きろよ。」

そういうと、地蔵菩薩は手を挙げた。

 するとまた音楽が始まる。

 雲がゆっくり川下に移動を始める。

 地蔵菩薩は顔だけこちらを向けた。

 しまったというような顔をしていた。

「一つ言い忘れた。その彫り物のモデルと君たちの書物を奪ってきた人物は同一人物だぞ。」

「………。」

「………。」

目の前に起こっている現象と音楽に惹かれて誰も聴こえていないようだった。」

ヤレヤレといった顔で地蔵菩薩は川を降っていった。

 それを見送ったら、一同急に、ゆっくりその場に倒れ込んだ。

 急に眠くなりその場で寝たのだ。

「はっ!みなさん!大丈夫ですか!?」

そのまま、朝になってしまった。

 快晴さんはすぐ目覚めたと思ったが、空は真っ暗ではなく、くっきりとした水色であった。

 みんな、バラバラと起きる。

「さっきのは夢だったのか?」

「いや、そうでもない。」

そう言って、持っていた書付を見ると、地蔵菩薩のハンコが押してある。」

快晴さんも胸元が膨らんでいることが気になり、手を突っ込むと、見たことない巻物があった。

「どうやら、地蔵菩薩様の贈り物はしっかりあるようです。」

ハハハハ!とみんな笑った。

 その笑いには、自分の言葉へのお世辞もあっただろうが、いままでの苦労からの解放から、来たものもあっただろうと思う。

「…そうだ!海美さん!海美さんは?」

「そうだ!たしか、彫り物のモデルになった人は我々の書付を取り戻した人だと言っていましたよね!?海美様!」

「海美さん!」

一同、参道、山門、庫裡を目指す。

 山門の仁王を通り越し、すぐ行ってしまった。

 仁王が口だけ動かす。

「…行ったか。…もう出て良いぞ。」

山門の階段から海美が降りてくる。

「ありがとうございます。」

「礼には及ばん。でもこれで良いのか?」

「はい。私は駅に行かないといけないので。時刻表も見てないので、早く行こうかと…支払いと理由も書いてきたので。おそらくあの調子じゃ、出発が長引きそうなので…

「…そうか。まぁ同格のモノにとやかく言えないからな。」

「ありがとうございます。仁王様。ではこれで。」

「ちょっと待て。一つ忠告がある。」

「はい?」

「…その、駅にはな、鬼が住んでいると言われている。」

「あぁ!快晴さんにも言われました。」

「なら、悪いことは言わない。行くのをお辞めになったら…わしの知ってる仁王も大事に行ったら、大刀でバッサリ大根切りにされたそうだ。」

「お気持ちは分かりますが、わたしにはやらないといけないことがあるんです。大丈夫。わたし、強いんですから。」

「……そうですか。」

そう言って海美は出ていった。

 仁王はその姿を見送った。

「やれやれ、快晴はまた泣くな。あいつは涙もろいから…」

この後、海美の手紙と仁王の話から人々は涙を流して感謝した。

 この後、阿木丸は、彫り物の下半身を完成させて、本堂に安置して、賽の河原を廻る旅に出た。

 快晴は、証文持って本山に登り、人間道未満のモノが多く住む地域の寺への移動が決まり、人々は自分の家に戻り、商売などして暮らしている。



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第六話 駅の鬼

本文の最初が前書きみたいになっています。そこまでが前書きだと思ってください。
この駅は田舎の駅である必要があったので、近所の秩父鉄道の駅をいろいろ調べてみましたが、待合室のある駅がなかったので、どの駅にしようか考えた結果、今では使われていない「旧秩父駅舎」をモデルとすることにしました。



 海美は田舎の小道を進む。

 春なので桜が咲いて、タンポポ、芝桜が咲いている。

 一つ著者が大人になったのでここに記す。

 令和3年の4月に桜とタンポポと早咲きの芝桜が春の日和の中咲いていた。

 いままでは「だからなんだ」とすんでいたのだが、今年は「とても美しい、もっと見ていたい」と思った。

 そんなような気持ちでここの描写を描いています。

 なので読者の皆さんも天気の良い日に外に出て散歩などしてみてはいかがでしょう。

 

 さて、海美は一つ気がかりなことがあった。

 鬼だ。

 この杖がある限り負ける気はしないが、果たして赤ん坊を抱いた状態でそんな強いモノに勝てるのか?それが心配だった。

 そんな心配をしながら歩いていくと、赤ん坊の飯時に、駅に着いてしまった。

 山本朋太郎設計の四辺の下り棟勾配をアクセントに吹き抜けの鐘楼をつけた、明治の建物で、白いペンキの建物である。

 意を決して、杖を持ち直し、建物に入る。

 正面に木の改札口があり、左には切符売り場兼事務室。右側は待合室となっている。

 上を見ると機械仕掛けの時計がギコギコ動いている。

 待合室や事務所をのぞいても誰もいない。

 ボーン!ボーン!

 全身に緊張が走る。

 思わず赤ん坊を抱きしめる。

「大丈夫。古時計が時間を知らせただけ。大丈夫。」

海美は自分に言い聞かせる。

 ありがたいことに時刻表も飾ってあった。

 見るとあと30分ぐらいで汽車がやってくるようだ。

「よし。それじゃいま、お昼にしよっか!」

海美は、近くの長ベンチに腰を下ろして杖を立てかけ、赤ん坊と唐草模様の風呂敷を広げて赤ん坊の飯を作る。

「今日はお米じゃなくお芋だからね。」

そう言って手際よく準備して、赤ん坊を抱き抱えると、赤ん坊の口に飯の布を含ませた。

「もうすぐお父さんに会えるからねぇ。」

そんなことを言いながら鼻歌交じりに食べさせていった。

 することもないので、あたりを見渡す。

 モノの気配は感じない。

 床は板間で、掃除もワックスも塗ってないのか、ほこりが溜まっている。

 柱や椅子を見る。白を基調とした建物は所々色が落ちて茶色になっている。

 壁にかけてあるのは温度計だ。

 50度まできってある。

 寄贈 

 もうすぐなくなると思ったとき、杖に肘が当たり、

カラカラカラン…

と転がった。

「あっ!」

片手は赤ん坊、片手は布を持っているからその杖を目で追うことしか出来なかった。

 

コツン!

 

止まった。

 なにかに当たって。

「あっ。良かっ…」

ちょっと目線を挙げた。

 なんか赤い布が目に飛び込んできた。

 ぐっ

 ぐっ

 ぐっ!と目線を上げる。

 股間あたりが確かに持ち上がっている。

 ぐーっと目線を上げる。

 顔は全てマントで隠れているから見えない。

「………。」

そのマントはなにも喋らない。

 赤マントが杖を拾い上げる。

 海美の思考が全く停止してた。

「駅の赤鬼…」

かろうじてしゃべった。

 ゲフッ…

赤ん坊がゲップをした。

 海美は慌てて目線を下げる。

「あっ!食べ終わった?…ごちそうさまでした。」

出来るだけ平常心を保って対応する。

コツン。

コツン。

赤鬼がこちらへ歩いてくる。

フワァ…

「眠くなっちゃった?…寝ていいよ。」

海美は戦う。

頭で戦う。

 このまま殺される恐怖と、なんとか返り討ちに出来ないか。

 あるいは、殺されるとしてとどう息がこときれる寸前まで苦しまず死ねるように考える。

 鬼が目の前にやってくる。

 赤ん坊はなかなか寝ない。

 逆にどんどん泣く。

 眠るように死ぬというが、殺す相手を見ながら死ぬなんて相当な恐怖だ。

 なんとか、寝ながら死んでほしいけど…

 鬼が手を伸ばせば私に手が届くギリギリの距離まで来てしまった。

「よしよし。じゃあ、いつもの唄うね。

ね…ねんねん ねこじまのきんきら乙女 乙女がでっかくなりゃあ どこへくれる

乙女がでっかくなりゃあ東京へくれる 東京にゃ山なし畑なし 田舎じゃ菜種の花盛り」

ピタッと鬼が動かなくなった。

 じいッとこちらを見ているみたいだ。

「…の、ノノサンいくつ 十三 七つ まあだ年やあ若いね 若い子生んで だあれに抱かしょ おまんに抱かしょ おまんはどこいった 油買い 酒買い 油屋のえんですべってころんで 油一升こぼした その油どうした太郎さんの犬と次郎さんの犬で みんななめてしまった」

鬼がじっとこっちを見る。

 若干手が震えている。

 

スッ…

 

杖を動かした!

 

殺される!

バッと、赤ん坊を鬼から隠す。

 

 

いや、違った。

 私の目の前に杖を出された。

「えっ?」

もう一度杖を前に突き出した。

「……返してくれるの?」

コクン!

 赤マントがうなずく。

 海美はゆっくり赤ん坊を自分と縛ると、杖を受け取る。

「…ありがとう。」

受け取ると、一応刃は出してないが、鬼に刃の方向を向けた。

赤鬼はじっと赤ん坊を見ている。

「………。」

「………。」

なんか気まずいので、喋ってみようとした時、

「…赤ちゃん、寝ちゃったね。」

「えっ?うん、そうだね。」

急にしゃべった。

 男だと思っていたが、声が高く女の子のようだった。

「さっきの歌は?…」

「さっきの?あぁ、さっきのね…」

ここで困った。子守唄は人間界にしかない。

 赤鬼が人間を襲う鬼ならここで殺されてしまう。

 ただ、駅の雄鬼が女性のような声の時点で、周りが考えていることとなにか違うものを感じた。

 女の子で気を許した訳でないが、右手の杖をしっかり握り、左手の赤ん坊をしっかり持ち直し、答えた。

「さっきのは、子守唄。赤ちゃんを寝かしつける歌だよ。」

さぁ、どう動く?

「…ってことは、あなたは人間?」

「…そう。私は人間。」

ほら、その質問だ。さぁ、斬ってこい。対応して見せるぞ!

 

「…私も!……」

「うん?」

隠してあるフードを取る。

「私も人間なんです!」

目が大きく色が白い少女だった。



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第七話 泣いた赤鬼

日本の怪異ブームと言いましたが、異世界転生ものも大ブームなので友人から
「君も書いたらどうだ?」と言われるのですが、
「見たことあるのが『この素晴らしい世界に祝福を』と『Re:ゼロから始める異世界生活』なんだけど大丈夫?」と答えると黙ります。
どうすれば良いでしょうか?


  女の子はいつからこの駅に住み着いていたのか覚えていない。

 あるときは待合室のベンチの下、ホームの隅、鐘楼の隙間に入り込み、手頃なモノを襲ってはボコボコに殴られていた。

 この駅、昔は駅員が常駐していた。

 駅員も何度も捕まえようとしたが、それだけには捕まらなかった。

 相手は人間だったからだ。

 こっちは常に六道と戦っているのだから、捕まるわけがない。

 そしていつのまにか駅員もいなくなった。

 その頃、鐘楼に刀が結びつけられていることに気づいた。手に取ってみると、自分の身長並みにあった。

 とても振り、扱えるものでなかったが、時間はたっぷりあった女の子は練習した。すると上手くなるもので、モノへの襲撃も上手になった。

 そしてあるとき、畜生道の二人の子供を連れた親子を見た。

 親は赤いマントを着ていて、一人は歩いているがもう一人は親が抱いている。

 大きな子どもは一人で遊んでいた。

 そして親は抱いている子供に歌を歌っていた。

「ねんねん ねこじまのきんきら乙女…」

それがその歌であった。

 その時、無性にむしゃくしゃした。

 その子どもを殺して、女の子はあの人にああいう顔をしてほしいと思った。

 あの歌を私のために歌ってほしいと思った。

 鐘楼から飛び降り、大きな子どもに斬りかかった。

 一撃目はうまくいった。

 さぁもう一太刀!

とその時、親が飛び出して子どもをかばい、背中を向けた。

 バシュ!

っと子どもの代わりに斬られた。

 親はその一撃で死んでしまったのか動かなくなった。

 まぁ、子ども達もその後で滅多刺しにしたのだが…

 だが、彼女自身も不思議なことが起きた。

 その親も滅多刺しにしたのだ。

 女の子に残ったのはむしゃくしゃした胸を締め付けられる感情だけだった。

 どちらかと言えば、親は頼めば自分のために子守唄を歌ってくれたかもしれないのに…

 その女の子はいつしかその親の赤いマントを着るようになった。

 そして顔も隠すようになった。

 それにくるまっていればなぜか安心した。

 自分を殺そうと自警団がやってくる時も、雷雨の時もそのマントに包まってると安心した。

 ただ、虚無感は必ずあった。

  この苦しさはなんだろう。

 親子の頭を鐘楼に飾ったこともあったが苦しさが薄れるわけではなかった。

  悲しい。

 自分を殺そうとする人を殺して生きる。

  ただ苦しい。

 勝つことは嬉しい。

 襲ったモノが持っていたものを食べてお腹が満たされて寝る瞬間は気持ちが良い。

  だけど、満たされない。

  悲しい。

  苦しい。

  マントにくるまっても満たされない。

 そんな時に、歌を歌う青髪の女の人が現れた。

 歌を歌うのは、天人しか見たことない。

 いや、大昔に一回、行列になって歌を歌っている人間を見たことある。

 男の人の叫ぶような声だったのを覚えている。

  じゃあ、女性は?

 その謎が今日解けた。

 まさかこんなに美しく歌うなんて思ってもみなかった。

 だから、杖が転がってきても手で取らないで足に当たったのだった。

  それともう一つ。

 何回かモノに捕まったことはあった。

 その時捕まって分かったのだが、私は人間らしい。

  人間に興味を持った。

 しかし、人間とはなんだ?

 鏡があるので何度か自分を見た。

  これが人間か。

 いままで地獄道、餓鬼、阿修羅そして畜生しか見たことなかったので意識してなかった。

 すると、身体的特徴が似ている人が現れたのだ。

 髪の毛が青いが、自分に身体的特徴がよく似ている。

  しかも、あの時の親子のようだ。

 子どものために歌っている。

 その時思った。

  この人は、私にもそういう顔をしてくれるのだろうか?

 だから、杖を拾った。

 近づいたら、この人もそうだった。

  やっぱりそうだ。

 私になにかされると思って赤ちゃんを隠した。

  またイライラむしゃくしゃ、胸が苦しくなる。

 だけど、一途の希望があった。

  ああいうことをわたしにもやってくれないかな?

  この人ならやってくれるかな?

 そう思った。

 だから、勇気を出してフードを取った。

 女の人はびっくりした表情だった。

 まるで私に殺されるモノのような顔をした。

 

 海美は驚いた。

「…あなたは人間だったの?」

「そう。だから…」

 女の子は願った。  私もそういうふうに…

「…あなたは人を襲うの?」

女の人の表情が険しくなる。

          そんな顔をしないで。

          私をそんなふうに見ないで…

「私はしない。…追いかけてくるから倒したお腹が減ったから倒しただけ。」

    お願い。私を信じて。私を…私に優しくして!

「…………。」

「…………。」

「…そう。なら、」

この心臓がついた杖が私を見ていたような気がしていたが、杖をベンチに立てかけた。

「座ってみたら?」

「…いいの?」

「あなたのテリトリーでしょ?勝手に入ってごめんなさい。」

              許された…

トンっと隣に座る。

「さっきの歌…」

            このお願いも聞いて!

「あぁ!?子守唄ね。」

「私に…」

思わず綺麗な青髪を掴む。

「私にも歌って…」

「………。」

海美は驚いた。

 まさかこんなに弱々しい女の子が雄鬼と恐れられていたとは…

 いや、強がるしかなかったんじゃないか?阿木丸さんに押しつけて私が出来ないんじゃ笑われちゃう。と思った。

「いいよ。おいで。」

右手で、女の子の右肩を掴み、グイッと引き寄せる。

「えっ!?」

「今までここでよく頑張ったね。」

「………。」

感じたことのない感情が湧き上がった。

 ツゥーっと涙が出る。

  この感情はなんだろうか?

 痛くも辛くもないのに涙が出る。

  逆に嬉しいのに。

 

 ちょっとしたら、誰か来た。

「もし、誰かいますか?」

見ると、背丈ほどある長い白杖を持ったスーツの人だった。

「シーッ。寝てる人がいるの。」

海美は小さな声で言う。

「そうでしたか、すみません。わたくし、鬼を退治しにきた、鉄道の職員ですが、鬼はどちらへ?」

白杖をついているのに、そんなことを言った。

 いや、このおちゃらけた男。すごい殺気を感じる。目が見えてればどんだけ強いんだろうと思った。

「鬼のような殺気はありませんねぇ。感じるのは、母親みたいなのと、赤ん坊と…子どもですか?しかも幼い。」

「………。はい。でも、血が繋がってない家族です。」

この人、末恐ろしい。

 心の目で世の中を見てきた人のようだ。

「そうですかい。じゃあ、お母さん。そろそろ、列車が入って来ますから準備してつかぁさい。」

そう言うとその男は事務所に入って行った。



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第八話 まつり

この子守歌は埼玉県秩父地方の子守歌と、製糸工場で歌われた歌です。海美の地元は秩父なんでしょうか?
機会があれば、海美のお父さんのパルチザンの話も書けたらと思います。お楽しみに。



「殺人列車。定刻で発車します。」

白杖の駅員さんが案内する。

 発車するのは蒸気機関車である。

 この蒸気機関車。別に人を轢き殺しているわけでない。

 燃料が墓場近くで尽きたことがあり、有機物ならなんでも良いということで、墓を掘り起こして、死体を燃料にしたり、目に入った燃えるものならなんでも燃やして走りきったという伝説からそう言われている。

「君はここでいいの?」

海美を見送ろうと、赤鬼は、赤マントを羽織ってホームまで来た。

 ゆっくりうなずいた。

「そう?…それじゃあ…」

そう言って、青髪の女の人は行ってしまった。

 赤鬼は、また何か言いたげな感じで駅に戻ろうとして改札をくぐろうとした。

「へへへ…お嬢さん。それでいいんですか?」

白杖の駅員が話しかける。

「………。」

「本当は行きたいんでしょ?」

「………。」

「行ったら迷惑になるんじゃないかって思ってるんでしょう?」

「!……。」

「大丈夫ですよ。彼女は大丈夫です。だって彼女は、あなたが寝てる時、家族だって言ったんですよ。」

「?…。」

「家族ってのはね、家や、血の繋がる人間のチームのことですが、私はちょっと違ってもいいと思うんですよ。それら、血や家はそれを助けるものであって、本日は、その人に向けられる特別な感情。すなわち、愛情です。

愛情を向けられるのが家族だと思ってます。」

「………。」

「じゃあ、分かりやすく言いますよ。

彼女はね、あなたが迷惑をかけても怒らないし、他人に迷惑をかけても一緒に頭を下げてやるって言ってるんですよ。」

「!」

「それなら、分かりましたね?じゃあどうしますか?彼女と行きませんか?早く追いかけなさいよ!」

汽車は走り始める。

 窓から、海美が空いてる席を探しているのが見える。

 そこを目指して走る。

 海美と目が合った。

 昇降口に出てきてくれる。

「…私も連れてって!」

海美の目が見開く。

 するとそのまま車両から飛び降りた。

「なんで?」

「私の背中にしっかり捕まって!」

そういうと列車に向かい直して、杖を構える。

 私は構わず、青髪に体を預ける。

 汽車はぐんぐん加速する。

 客車はめちゃくちゃに連結されている。

 とにかく客を運べれば、通勤、ボックス、寝台問わず連結されている。

 すると、最後尾に、展望デッキのある客車が連結されていた。

「いまだ!」

海美は杖を鎌状態で伸ばす。

 すると、展望車の柵にうまく引っかかった。

 そしてそのまま、列車に引っ張られて体が浮いた。

「うっ…」

海美はゆっくり杖を手繰り、列車に飛び乗った。

「あなた、大丈夫?」

「ぅ、うん。」

「あなた、本当にこれでいいの?」

「うん。」

「そう。」

「………。」

「とりあえず席を探しましょう。」

「うん。」

「さぁ。」

海美は手を出す。

 赤鬼はゆっくり手を伸ばして海美の手を取る。

 そして二人は客車の中に入った。

 大きな窓に、白いシーツが掛けられたゆったりとした大きな一人用ソファが通路側に向いて10個ほど置いてある。

 その間を縫うように人間のボーイがドリンクを持って行ったり、御用聞きをして働いている。

 イメージとしては、戦後から東海道で活躍した燕号の展望車である。

 席には地獄道の住人やモノが座っている。

「………!」

「………。」

「…ぁ……。」

誰も出てないのに誰か入ってきたからみんな驚いてこちらを向いた。

 しかしもっと驚いたのであろう。

 なにせあの、駅の赤鬼が手を繋いで現れたのだ。

 目を見開き、赤鬼を見つめるモノ。

 なにか面倒ごとが起きないようにと目を伏せるモノ。

 新聞や本を読んでていたことすら分からないモノ。

がいた。

「ここにする?」

海美は聞いてみる。

「ううん。」

首を横に振る。

「そぉう?」

そう言って次の車両に行く。

 この殺人列車は、使える車両を無茶苦茶に連結してるので全てが高級車と言うわけでない。

 次の車両は、ロングシート型である。

 収容力や昇降のしやすさを追求した通勤型電車の代名詞のような席である。

 つり革がブラブラ揺れて遊んでる。

 イメージとしては、山手線や阪急電車です。

 ここにはあまりモノはいない。

「ここは?」

「うーん…」

「あんま嫌?」

そう言ったら、赤鬼が先に歩き出す。

 次の車両は、2席のリクライニングシート型であった。

 これは説明するまでもない。

 新幹線や飛行機、高速バスの様な座席である。

 ここはモノが沢山いる。

 しかし、みんなこちらをみてギョッとしている。

「ここは?」

「…横だと。」

「うん?」

「横だと、嫌。」

「そっかぁ〜…じゃあ!あるかな?」

海美はぐいぐい赤鬼を引っ張り次の席に向かった。

「ここは!?」

次は、木造のボックス席であった。

 レトロ調でとても落ち着く。

 イメージとしては、銀河鉄道999か、鬼滅の刃無限列車編の客車だと思ってください。

 ここにもモノは何人かいたが、赤鬼を見るとギョッとしたのか、前と後ろの車両に移ってしまった。

「さあ。」

赤鬼を座らせて、その向かい側に海美は座った。

「どう?」

「…ここがいい。」

「なら良かった。」

そう言うと、海美は赤ん坊を縛る紐を緩めた。

「ねぇ…」

「なあに?」

荷物を下ろしながら聞く。

「また、…歌って。」

「!………いいよ。その前に。」

そう言って、海美は荷物を棚にあげる。

「…あなた、名前は?」

「名前?」

「名前。あるでしょ?私は海美。」

「うみ。」

「そう。」

「私は…分からない。」

「分からない?」

「ないって言うか…いままでそんなこと言われたことないし…」

「うーん…そっか、悪いこと聞いちゃったね…」

「うみ。あなたが決めてよ。私の名前。」

「えっ!?私?」

「お願い。私を…人間にしてくれたのはあなただから…」

「あなた…」

「私はいままでモノの物取りで生活してきて、誰も私を知ろうとしたモノはいなかったのに、うみは違う。私を人として、怖がらず接してくれた。だから、うみの言うこと聞く。」

「そう。…じゃあ、ちょっと考えさせて。」

「分かった。じゃあ!…歌って…」

「分かったわかった。…えっと…

 

泣いて暮らせば月日は長い 唄で暮らせば夢のようだ

早く行きたいあの山越えて 可愛がられた親のそば

つまらないから裏へ出て泣けば 裏の松虫共に泣く

カラス鳴いたって気に掛けしゃるな カラスはその日の役で鳴く

親のためだと十年年季 主のためだとまた二年よ

早く日が暮れて早や夜が明けて 早く年季かま明けりゃよいよ。

 

殺人列車は山林を整備した線路を爆走する。

 たまにトンネルに入るが、スピードなど落ちない。

 機関室でこき使われているのは人間でそれを監視してるモノが一匹いるぐらいで、あとは窓さえ閉めてればススにやられてしまうことはないのだ。

 子守唄を歌い始めたごろからトンネルに入り、全部歌い終わるぐらいでもまだ抜けない。

 そのまま走り続けて、赤鬼と赤ん坊は寝て、

 海美もウトウトし始めた。

 その時、蒸気機関車が悲鳴を上げた。

 いや、警笛と言ったほうがいいかな。

「なに!?」

海美は飛び起きると杖をギュッと握る。

 すると

 ギギギィ!

と急ブレーキがかかった。

 海美は、進行方向に背中を向けていたため、吹っ飛ばなかったが、赤鬼が海美に突っ込んできた。

 赤ん坊を守りつつ、赤鬼も抱き止める。

「どうしたの?」

寝ぼけ眼で赤鬼が海美に聞く。

「分からない。」

 安心させようと周りを見渡す。 

 シュー!

と機関車が唸っている。

「…海美。」

赤鬼が海美の服を掴んでくる。

「大丈夫。わたしがここにいるから。」

頭を軽くポンポンと叩く。

 その時、前方車両から、だれか来た。

 制服と制帽を被っている。

「お客様にご連絡いたします。ただいま、殺人列車の前方にトレインジャックがいるとの連絡を受けました。そして、トレインジャックの要求が、『青髪の女が連れた赤ん坊を渡せ。』でしたみなさんご注意ならびに、その赤ん坊の情報がありましたらお知らせください。」

「繰り返します!…」

と言いながら車掌らしきモノが走ってくる。

「海美!」

そういうと赤鬼はマントを脱ぐと、車掌から見えないように海美に着させて、赤ん坊も見えなくさせた。

 強引に渡されたから前が見えない。

「あれ?お嬢さん。」

赤鬼に話しかけられた。

 まずい…

 初めて乗った人間がまともに話せるわけがない。

 第一、切符は私が持ってるんだから、私は車掌に髪の毛を見せないといけない。

 色々まずい。

「大丈夫ですか?そんなに長い刀をお持ちで。」

「…は、はい。」

「トレインジャックがいるそうなので、いざとなったらお願いしますね。では。」

というと車掌はタッタッタと次の車両に行ってしまった。

「…海美?」

赤鬼が話しかける。

「あなた、なんで?」

「…こうしないと赤ちゃんが……連れていかれちゃう。」

「たしかにそうだったけど、私が隠れてあなたが姿を表したら話しかけられるって分かってたんじゃ…」

「だけど、…海美と赤ちゃんが大事。」

海美はゆっくりマントを脱ぐと赤鬼に返した。

 それと海美は改めて面白い格好を赤鬼はしているなぁと思った。

 刀は腰の外側にさしているのではなく、股の間にさしてあるのだ。

 あれで歩くのに邪魔じゃないのだろうか…

 しかし、今はトレインジャックだ。

「…後方車両の人には顔がバレてるし、前の車両に移っても通報されちゃう。」

「…とりあえず外に出たら?屋根の上とか。」

「そっか…じゃああなたは…とりあえず、ここでじっとしていて」

「なんで?!」

「大事な仕事よ。様子を見るの。もし、大丈夫そうなら、迎えに来て。危なくなっても迎えに来てね。」

「分かった。」

その時、列車が走り始めた。

 赤ん坊を身体に縛り直す。

「なぜトレインジャックが……仕方ない。」

そう言って、海美は前方の連結部分に移動する。

「うわっ?ブッ!フゥ!」

口にススが入る。

「チッ!」

おくるみを引っ張り赤ん坊を完全に隠す。

 自分は布の切れ端でマスクを作る。

「よし!」

連結器部分にしがみつく。

 片手が杖だからうまく登れない。

 ただ必死に上がる。

 なんとか登った。

「海美!」

進行方向の後方から声がした。

 パッと振り向く。

「海美。」

「えっ!…パパ?」

そこには、お父さんがいた。

 ススでよく見えないが、自分のお父さんだと思った。

 声がそうだ。

「そう。パパですよ。海美。今までよく頑張って来たね。」

「でもなんで?…」

「このトレインジャックはパパが考えたんだよ。君ならこの列車に乗ると思ってね。君を迎えに来た。さぁ、帰ろう。その赤ん坊もパパがなんとかしよう。」

「…パパ!」

海美は屋根の上に立つとそのままお父さんに近づく。

 

 あぁ…ここまで長かった。

 父と別れて何年経ったか。

 海美の地元では、モノが出たら、女子供が一斉に捕まりどこかに連れて行かれてしまった。

 海美の父親は、海美に魔法をかけた。

 それは、海美を人間の女として見られない。という魔法だった。

 その魔法のおかげで海美はどこかに連れて行かれるということはなかった。

 しかも、人間として見られないから、モノたちには自分達と同じモノに見えるし、臭いも自分たちと同じに感じるらしい。

 ただ、地蔵菩薩も言っていたように、天道だけでなく、仏様たちも分からなくなっているので、死んでも生き返ることが出来ないのだ。

 そのことを父は教えなかった。

 また、海美の地元は男たちが天道や仏、日本の神々がモノたちに蜂起。主戦場となっていた。

 それに海美が巻き込まれないように旅に出したのだった。

 最初は本当に困った。

 杖がないし、今はだいぶ経済をモノが学び利用しているが、当時、金など役に立たなかった。

 雨が降れば寺の下に潜り込み、腹が減れば木の実をかじった。

 その都度思い出すのは父の顔だった。

 

「パパ!」

 

海美は走り寄る。

 

「海美!」

 

父が大きく腕を広げる。

 

「パパ!」

 

海美は、

 

そのまま通り過ぎる。

 

バチン!

 

父の首が飛ぶ。

 

「えっ?」

 

すれ違った海美は刃を納刀する。

「嘘つけ。パパは自分で自分をパパって呼ばない。…人の弱みに漬け込みやがって。」

「…ハハハ!さすが。さすが!」

「なに?」

後ろを向く。

 頭のない身体がしゃべる。

「青髪よ。よくこの状況下でよくそんな些細なことに気づいた。」

「あなたは?」

「我々は、君に伊勢崎に来てもらいたくないモノだ。」

「えっ?」

「よく聞け、青髪の少女よ。伊勢崎の選挙というのは、3体の投票になるが、その時にその場にいなければそのモノは立候補が無かったことになる。すなわち、その赤ん坊が伊勢崎に着かなければ二人…いや一人になっちまえば投票せずに伊勢崎が手に入るってことよ。」

「……ほかの立候補者は?」

「阿修羅と餓鬼の子と餓鬼の純血だ。」

「あなたは?」

「おれは…私は、餓鬼の純血の支持者だ。欲食と言う。高ぇ金につられて化けてみたらこのザマだ…」

「教えてくれてありがとう。」

「…ありがとうか…餓鬼になってから言われたことなかったな。」

そう言うと、ススと共に欲食は消えた。

 その時、パッと明るくなった。

 トンネルを抜けた。

 しまった!…

 ススと明るさで前が見えない。

「トレインジャックはどこから来るんだ?」

目はつぶったままつぶやいた時、足元がバタバタとざわついた。後方車両から、モノが我 先にと前方の車両に移動しているようだ。

「うみ!」

赤鬼が後ろの車両から顔を出した。

「どうしたの?」

「トレインジャック?…が来た。私たちが乗ったところかららしい。」

「乗ったとこって?…展望車のこと?」

「うみみたいに列車にひっかけて乗ってきたって。

「馬鹿な。トンネルの中だったじゃない。」

「だから、敵の味方が止まってる間に忍び込んだんだよ。私もよくやるもん。」

「……前方に控えてた敵も乗り込んだはずだ…どこから?…」

「もしも、あなたがこの列車に勝手に乗り込もうとしたらどうやって乗る?」

「…駅の屋根からこの列車の屋根へ行くけど…うみ!前!」

前を見る。

 もう一度トンネルがある。

 しかし、そのトンネルの山には何体かモノが見える。

「!…元の座席に戻ろう。ここは危ない。」

そう言って赤鬼と屋根から飛び降り、元の座席に戻り、席に座る。

「海美…」

赤鬼の手を握る。

「…よく聞いて。これから、モノが私たちを殺しにくる。あなたはどうする?」

「…うみと戦う。私とうみは、…家族でしょ?」

「……そうだったね。私とあなたは家族。だから、名前をあげます。あなたは青髪の海美の娘、赤ゲットのまつり」

「まつり…」

その時、餓鬼道の大群が後ろの車両から現れた。

「まだ逃げてないモノがいるぞ!やい!俺たちは伊勢崎に行く赤ん坊を探してるんだ!お前らもたてつくとろくな目に…」

(あわないぞ。)

と言いたかったのだろうが、言えずじまいだった。

 まつりが、3メートルほど距離があったにもかかわらず、一気に間合いを詰めて、大刀で喉を突いた。

 どのように刀を抜いたのかは分からない。

 大刀は奥にいる餓鬼まで貫いた。

 無理やり引き抜くと、大刀をメチャクチャに振り回す。

 モノだけでなく、座席も窓ガラスもあたり一面にバラバラになり散らばる。

「このままだと列車が…まつり!」

めちゃくちゃに振り回す中、見極めてまつりの左で掴む。

 まつりの驚いた顔ったらない。

 今までこの振り回し方で負けたことがなかったのに、海美に止められてしまったのだ。

 しかも素手で。

「まつり、ありがとう。だけど…ううん。あなたは、屋根に上がって、敵を引きつけてくれないかしら?」

「…分かった。」

海美がどんな言葉を飲み込んだのかまつりには分かってしまった。

 客車がボロボロ。連結器から、天井付近に大穴まで空いてしまった。

 たしかに大刀を狭い空間で振り回せばこうなる。

「良い子。じゃあ頼んだよ。」

「海美は…」

「大丈夫!私、強いでしょ?」

「うん…」

そう言ってまつりは出て行った。

「さて…」

海美は進行方向を見る。

 窓や、前車両からモノが溢れるように出てくる。

 小癪なことに、一番前にいるのは車掌ではないか。

「お客様…」

なにか怯えているようだ。

 すぐ後ろにいるモノに刀でも突きつけられてるのかな?

「車掌さん。先程はどうも。」

「困りますよ。隠れられては…」

「ごめんなさい。だけど…」

天井がにわかに騒がしくなる。

 窓をチラ見するとモノがドサドサと落ちていく。

 まつりが始めたようだ。

 後車両からモノが我先にと出てくる。

 海美が杖を槍状態にして、背中にしょいこむ。

 そのまま、前車両の車掌を見る。

「すぐ助けるから。」

その時、赤ん坊が急に泣き出した。



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第九話 陸の王

お久しぶりです。
試験が終わったので戻ってきました。
またよろしくお願いします。


蒸気機関車は、トンネルを抜けて、山道を爆走する。

その山際を機関車とほぼ同じ速度で移動する群れがいる。

群れと言っても3頭だが、1頭の上には何か乗っている。

獅子舞の頭、手には鯉のぼり。

久しぶりの登場となる、1話目に出た獅子頭である。

お腹の太鼓を叩きつつ、走る猪を鼓舞して山を走り抜けている。

横を併走している猪が、乗っている猪を追い越し始めた。

どうやら乗っている猪のスピードが落ちてきているようだ。

「仕方なしか…」

太鼓でなく、皮を止めてある金具をカカッ!カカッ!と、叩く。

すると、追い越していた猪が近づく。

唐獅子は、素早く飛び移ると、新しく乗っかられた猪は加速して走り始めた。

そして、いままで唐獅子を乗せていた猪はゆっくり歩き出した。

すると、その歩き始めた猪を、猪だけでなく、山の獣の集団が取り囲んだ。

乗りつぶした動物は後続達が回収する方式で、唐獅子は他の獣の力を借りて海美を追いかけてきたのだ。

新しく乗った猪は、元気いっぱいで機関車を追いかけて、機関車のスピードに追いついた。

「良し。機関車に飛び移る。俺が飛び移ったら、帰れ!」

太鼓をドンドンドン叩く。

獅子頭を乗せた猪が線路に近づいていく。

「ちょっと待てよ!?」

線路の両脇に永遠とモノが並んでいる。

斬られているモノ、うずくまってるモノ様々だ。

前を見る。

屋根の上が大騒ぎになっている。

なにか前方にいるのかいろんなモノが進行方向を見ている。

「このままだと、横向きに飛び移るのは無理だ。真後ろに回り込め!」

ドーン!

と太鼓を叩く。

猪が走り方を変える。

列車の真後ろに回り込み、全力で走る。

獅子頭がフラフラっと猪の背中に立ち上がる。

「よし、後一息だ…」

その時、目の前にモノが飛んできた。

どうやら、吹き飛ばされたらしい。

猪とモノが接触する。

「ちっくしょう…」

獅子頭は前につんのめる。

ただ、持っていた鯉のぼりを高跳びの選手よろしく、地面に刺した。

「行けえ!」

そう言うと、持っていた鯉のぼりの棒がみるみるうちに伸びた。

シャーっと伸びて、見事、海美達が乗り込んだ車両に飛び込むことが出来た。

「良し。帰れぇ!」

金具をまたカッ!カッ!カッ!と鳴らす。

すると、残っていた猪達が回れ右で、元来た方向へ走っていった。

「良し…」

そう言うと獅子頭は車両の中へ入った。

例によって、一両目は豪華車両。

ただ、豪華な家具や椅子にモノが隠れてガタガタ震えている。

「おい?どうした?」

「………。」

「おい!」

グビ根っこを持って椅子から引っ張り出す。「急に餓鬼どもが乗り込んできて、青髪の女はいるか?って聞いてきた…確かに見た。前の車両だって言ったら、そっちに行ったんだが…恐ろしくて…」

目の玉が左、下、右とキョロキョロしている。

「ならば聞く。青髪の女は?」

「前の車両…」

「分かった。ありがとう。」

そう言って立ち上がる。

テーブルの上にあるジュースに目がついた。

「これはいただきますね。」

ジュースを軽く掲げると、獅子頭の口からジュースを飲み干す。

「じゃあ行ってきますんで…」

そう言ってグラスを元の場所に置いた。



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第十話 鬼を討て 獣を殺せ

この唐獅子の風車は鯉のぼりをデザインしています。
最近知ったのですが、童謡「こいのぼり」は、

屋根より高い鯉のぼり
大きな真鯉はお父さん
小さな緋鯉は子どもたち
楽しそうに泳いでる

ですが、父子家庭では、結構真鯉は苦労しているんじゃないかと思いました。


次の車両はモノの屍山血河。

「ど、どうしたんだ?」

なにせ通勤電車のように座席はなく広い場所は沢山あるから天井まで死体が積み上がっている。

「はいどうも、みなさん。すみませんねぇ…」

そう言いながら血を踏み締め、死体を押し除け前方へ進む。

たまに死体が崩れるが、まるで人を退かすように死体を退けて進んだ。

するとなんとか次の車両のところまで来た。

次の車両は怪我モノが座席に座らされていた。

「死んじまった。こいつは次の車両に積んどけ!」

誰か怒鳴る。

すると、比較的軽症のモノが元来た車両へ死んだと言われたモノをぶん投げた。

「なるほど、ここが救急車であっちが霊柩車か。その前が主戦場か…」

ただ、前の車両へはモノがゴミゴミして行けそうにない。

「ちくしょう…それなら…」

後ろの死体が積んだ車両に移る。

死体の山を登り、窓から外に出る。

その時、トンネル!

「あぶねえ!」

素早く窓から中へ。

すぐトンネルを抜けたので前を確認して外へ。

死体が2、3体落ちたがなんとか車両の上へあがる。

機関車は猛スピードで走り抜けている。

獅子頭と布がスス避けになっているが、直に見ることなど無理そうだ。

獅子頭は太鼓をデンデン!と叩きながら、前方へ歩き始めた。

ススに隠れているが前方になにかいる。

布の繊維が邪魔でよく見えないが、どうも赤っぽいマントみたいなのがひるがえっている。

太鼓を鳴らしつつ接近する。

赤い布は車両のヘリに刀を滑らせている。

登ってこようとするモノの手や指を斬っているらしい。

ドン!ドン!

獅子頭は接近する。

どうやら、赤い布の足元は壊れて下へいけるようになっている。

「暴れて壊したのか?」

獅子頭はそう呟き、

ドシン!

足を強く踏み込む。

モノと赤い布の動きが止まる。

機関車がトンネルを出る。

すっぽり全身を隠した赤い布と黒光りする獅子頭が対峙する。

「モノども。手を出すな。ここは畜生である浦山の獅子が通る。」

モノは獅子頭を見つめる。

ドンドン!

「おい。君は青髪かい?」

「………。」

「沈黙は同意ととらえるぞ。」

首を2回横に振る。

「そうか。しかし、現状を見る限り君は餓鬼、阿修羅、地獄のモノに襲われているじゃないか。ここに畜生はいない。」

「………。」

「もう一度聞く。…今度は質問を変える。君は青髪を知っているか?」

「………。」

ドン!ドン!カッ!

「………。」

「そうか……なら」

獅子頭は、鯉のぼりの竿を伸ばす。

赤マントはギリギリでかわす。

風車は、車両前方右に突き刺さった。

「チッ…」

獅子頭は素早く風車を短くして次の攻撃の体制に入る。

「これなら!」

次は竿を伸ばしながら横に薙ぎ払う。

ただ、赤マントはその場で身長ほどの大ジャンプ。これも当たらなかった。

「出来るな。」

竿を縮めながら構え直す。

ただ、一つ気になった。

なぜ赤マントはその場から動かないのだろう?

あんだけ身軽なら、自分に向かって飛んでくることも出来ただろうに…

獅子頭がそう考えていると、赤マントがいる車両の窓からなにか出てくるのが見えた。

モノは車両に捕まろうとしたが、ごろごろ転がっていった。

「下の車両にもなにか?…そうか!」

獅子頭は左手に鯉のぼりを持ち直す。

「おい。赤マント。次で決めるぞ。俺を見てろよ!」

赤マントも下段に構える。

「行くぞ!」

獅子頭が前進する。

そして、赤マントの車両に飛び移るのかと思った瞬間、穴に風車を伸ばして突っ込んだ。

「えっ!?」

「ハハハ、赤マント。驚いたか?君が動かないのは下になにか大切なものがあるからだろう。悪いが俺はこれでさよならさせてもらうぜ。」

「……おま…」

「おっと、間違えてこの車両を串刺しにするなよ。中にいる大切なものを傷つけて、泣かせちゃうぜ。」

「………。」

「じゃあな。」

そう言うと、獅子頭は竿を縮める。しかし、身体が浮いて、風車に吸い寄せられるように穴に潜った。

その時、モノも赤マントに襲いかかった。

「チクショ!」

おそらく赤マントの声が上からした。

窓から外を見るとモノ達がさっきよりハイペースかつ、量も多く落ちていく。

「奴は、年齢より幼いのか…」

そう言いながら前を見る。



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第十一話 そそう

最近、ガンダムシリーズの『SDガンダムワールドヒーローズ』を見てるんですが、横山光輝の三国志を知ってるだけあって、お気に入りの孫堅パパトレイか事故死するんじゃないかとハラハラしてます。

曹操「敵は本能寺にあり」


おお!なんということだ。

廊下にモノ達、ボックス席にもモノが溢れている。

青髪の姿は見えない。

ただ、あるボックス席に向かってモノが集まっていることはわかった。

「青髪を殺せ!」

「ガキを八つ裂きにしろ!」

「奴を生かすな!」

モノ達が口々にそのボックス席にむかって叫んでいる。

耳をそばだてる。

「ちくしょう…」「あーよしよし。ごめんね…なんで泣いてるの?」

と女の人の声がする。

それと、赤ん坊の鳴き声。

しかし、これでわかった。

あの山で赤ん坊を連れて行ってしまった女にやっと追いついたのだ。

「おい女の子!」

腹の太鼓をカカッ!と鳴らす。

ドンドンドン!とも叩く。

全員獅子頭を見る。

「誰?」

「俺は…」

獅子頭は下顎を下げる。

すると、中には男の人が入っていた。

「俺は、人間だ!青髪!生きてるな?」

「人間?」「人間だって?」「あの獅子頭もか?…」「というか!」「人間とはいえ…」

「「「貴様は畜生だったろうが!」」」

「ご明察。俺は人間をやめた!獣だ!」

そういうと、鯉のぼりを振り回す。

ボックス席が吹き飛ぶ。

窓ガラスが割れる。

モノの頭が飛ぶ、跳ぶ、翔ぶ。

天井に通じる人一人入れるギリギリみたいな穴が車両の半分がなくなり、貨物車みたいな感じになってしまった。

「お前ら!その女の人に近づくな!」

「なっ!」「に?」「ぬっ…」「ね!」「の〜」

モノの手足、内臓、全身が飛び散る。

海美のような美しさはない。

風車の重さで圧迫、圧死させるだけだ。

「お前!何やってるんだ!」

後方車両から、さっき獅子頭より前にいた連中が入ってくる。

「うるせえ!」

風車を伸ばす。

後ろの車両のモノどもを元の車両に押し戻す。

一気に風車を引き戻す。

「おいあなた!」

前方車両から車掌が来る。

「チッ!…この客車に来るんじゃねぇ!」

風車が定位置に戻る瞬間、鯉のぼりから手を離し、身体の軸を反転させて杖を掴んだ。

空中にある時に、風車は定位置に戻る。

しかし、受け止めてもらえないものだから、反対側の杖尻がぐんぐん伸びた。

「っえ?」

車掌の身体に杖が刺さる。

そのままモノ達ごと前の車両に突き戻した。

モノは全ていなくなった。

「邪魔だ!」

もう一度風車を振りかざすと、後方車両の連結部分目掛けて風車を振り下ろした。

連結器上部に風車が落ちる。

「おりゃ!」

実は手元にハンドルが付いている。

それをグルグル回す。

すると、風車と繋がれた紐がたぐられて、風車が回転し始めた。

勢いが増す。

床板、連結部分の鉄がメリメリメリ

と裂け、砕ける。

ガグン!と機関車のスピードがあがる。

連結部分が壊れて後方車両を置き去りにしたらしい。

「よし。これで敵は半分だ。」

獅子頭は特にモノの死体が集まるボックス席を見る。

死にきれず、苦しがってもがいているモノもいるがじきにこときれるだろう。

「おい。青髪!」

赤ん坊の泣き声が止んでいる。

「おい!」

モノどもが集まっていたあたりに近づく。

赤ん坊が今度は笑い出した。

「おいおい…こういう時って、親、死んでるパターンじゃね?」

あるモノがボックス席にもたれかかって死んでいる。

顔など分かるものか。

獅子頭は杖の尻でそのモノを引っ掛けて手前に落とす。

その落ちたモノを踏みつけてボックス席を覗く。「死んでるなよ…」と思いながら。

すると、足場にうつ伏せで青髪が倒れている。

その下敷きに赤ん坊がなっている。

「笑っていやがる。2回も母さんが死んだってのによ…」

「チョッ…」

「えっ!?」

青髪がジワジワと起き上がる。

「私、死んでないけど…」

びっちゃびゃちゃに濡れている。

血ではない。

とにかく濡れている。

「…じゃあ、どうして赤ん坊が泣いて笑って、ひっくり返ってたんだ?」

「この子が粗相をしたの…」

「………。」

獅子頭と獅子頭の中の人の口が半開きになっていた。

ベチャベチャのなか青髪は笑っていた。

 

まつりはこの場から動けなくなっていた。

また毛布に包まってじっとしていた。

海美の期待に応えきれなかった。

獅子頭にまんまと海美のところへ向かってしまった。

あいつの風車は極めて正確だった。

たしかに畜生ほどのスピードもあった。

だから不安だった。下手したら海美が負けたかもしれない。

あの獅子頭が降りてすぐに後方が吹き飛んだ。

下手したら海美が負けたかもしれない。

全然顔も見せて来れないし…

…結局海美も私を、いや、私が敵を全部倒さなかったから?

…結局私の周りからいなくなるの?

「まつり。」

海美が毛布を丁寧に剥がす。

中に半泣きの赤鬼、いや、女の子がいる。

「海美…」

「まつり、ありがとう。今までモノを引きつけて来れて。」

「けど、私…変な畜生を…」

「それは大丈夫。」

海美は毛布のようにまつりを抱え込む。

「大丈夫。あの人は味方だったよ。説明するから下に行こう。」

「怒ってないの?」

「なんで?」

「だって、あの畜生…もしかしたら海美を…」

「大丈夫だよ。仮にお獅子が敵だったとしても私強いもの。」

「本当に?」

「えぇ。本当に大丈夫だったよ。だから安心して。あなたは良くやったよ。だって、お獅子以外下に向かって攻撃したのいないでしょ?だから、あなたはよく頑張ったよ。」

「……もうちょっとこのまま。」

「うん?」

「もう少しギュッてして。」

「いいよ。」

山間部を超えて田園畑の中を機関車は走る。

田んぼには水が張られて逆さまに機関車が写り、畑には麦が青々と茂っている。

空は快晴。

どこまでも続く青。



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第十二話 殺人列車爆殺

鯉のぼりのお母さんがどこに行ったのかも気になるが、ぞうさんの父さんもどこに行ったのか気になる。


「どう?落ち着いた?」

「うん。」

「じゃあ、あの人がなんなのか説明するから、下に降りようね。」

「うん…」

二人して屋根から降りる。

ボックス席には、獅子頭が鯉のぼりを赤ん坊に見せていた。

「ようお嬢さん。」

獅子頭はまつりに声をかける。

まつりは黙って海美の後ろに隠れる。

「大丈夫。このお獅子は人間だよ。」

獅子頭は、口を閉じて頭を若干下げながら喋る。

「お嬢ちゃん。さっきは悪かった。あぁしないとこの赤ん坊が殺されるところだったんだ。」

「あなたは、赤ちゃんを…」

声を低く、鋭くまつりはしゃべる。

獅子頭が手を横に振る。

「違う違う!俺はな。助けに来たんだ。この赤ん坊はどんな子供か知ってるかい?」

「うん?」

まつりは首をかしげる。

「元々、選挙は腕に印が現れたモノから選抜されるよな?難しいか…

この赤ん坊は、みんなを引っ張り、導く資格があるんだ。それがその腕にある印だ。

だけど、その印ってのは、地獄、餓鬼、阿修羅じゃないと出現しないんだ。

そうすりゃ、人間や天人が首長になることはないだろう。本来ならその印は畜生も出現しないはずだったんだ。

ただ、この赤ん坊はな。畜生の血が入ってるんだ。

片親が地獄のモノでも出現する時は出現するってことだ。

しかし、それで焦ったのは…」

「モノたち?」

「または選挙管理委員会かもしれん。とにかく、畜生の血が入っている奴でも被選挙権、みんなを導くことが出来る印が発生しちまったってことを嗅ぎつけた三道のモノどもが、その赤ん坊を狙ってるってわけだ。」

海美は話を聞いてるんだから聞いていないんだか赤ん坊をあやす。

「じゃあ、これからも海美は狙われるの?」

「そうだなぁ…少なくとも選挙が終わるまでは。」

「赤ちゃんかわいそう…」

「そうも言い切れない。その赤ん坊は我らの希望だ。」

「うん?」

海美のボックス席の後ろに隠れてたまつりが身を乗り出した。

「つまり、この赤ん坊が選挙に出れば、腕の印は混血でも現れるからモノどもに被選挙人、つまり立候補者を縛り、限定することは無理だってことになる。」

「…だけど、こんな赤ちゃんの言うことみんな聞くかな?」

「そこよ。だから、俺はこの赤ん坊を使って、選挙を壊したかったんだ。」

「………。」

海美の動きが止まる。

「その、印が見える状態で、選挙会場を襲撃する。立候補者出来るのがモノどもだけってのがおかしいって訴える。そして、この赤ん坊は畜生の血が入っていることも公表する。そうすりゃ、次から印が入っているもんのみ立候補出来るって制度はなくなる。

そうすりゃ、モノどもが自分たちに有利になる国づくりを遅らせることが出来る。」

「壊すって…」

「みんな伏せて!」

急に海美が喋る。

「なに!?」

獅子頭は頭を風車で守る。

「わっ!」

海美はまつりを掴むと、自分の席に引っ張り下ろして、膝の上に頭を持って行き、伏せた。

ガグン!

と何か金属音がした。

 

 

なにも起こらない…

いや、

「車両が止まった。」

一同外を見る。

「おいおい…川の真上だぞ。」

川幅が100メートルはありそうな橋の真ん中に自分たちの乗った車両が取り残されている。

「このままだとやばい。なにか起こる。」

「なにか起こるんじゃ、先になにか起こしてやろうじゃないか。」

そう言って、獅子頭は風車を持つ。

「待って!」

「なんだ?」

もう獅子頭は通路に出て、頭の上に風車を構える。

顔の目の前に鯉のぼりが重なる。

「…あなたはなんと呼べば?」

左手で赤ん坊を抱え込む。右手で、杖を掴み、右腕でまつりを抱き込む。

「俺か?俺は…」

まつりが急にマントを脱いで、赤ん坊を隠した。

「俺の人の名前はナポレオン。武力で平和を求める者だ。」

全力で風車を床に打つける。

車両が割れて、レールが歪み、黒煙が上がり、火が吹いた。

 

火が吹いたのを確認するモノが伊勢崎側から見ていた。

「爆発したなぁ。」

望遠鏡を二つ縛って双眼鏡にしたもので鬼が覗いている。

「あれなら木っ端微塵だ。生きてることはないだろうな。」

爆発の起爆に使った線を束ねながら違う鬼が巻いている。

「はやく城へ戻ろう。明日には選挙だぞ。」

この起爆スイッチも人間に作らせたものだ。

人が人を殺すことは許されてないが、準備した人間も、機関車にいた車掌もまさか車両ごと爆発させるとは思っていなかったようだ。

車掌には、「橋のトラブルのため停車する。」

と、神保原か本庄で止める作戦だった。

「おうよ。」

川の対岸でなにか手、いや、棍棒を振っている。

こちらのモノも赤い旗を取り出すと、大きく3回グルグル回した。

すると、棍棒が大きく2回上下に動いて、鬼はいなくなった。

読者の中には、高崎線だったのか…とお思いでしょうが、実は、この橋、急遽人間に造らせたフェイク。

繋がってない駅を、道路に線路を引いて、急遽線路にしたところを走らせたのだ。

道路の橋の上にレールを並べて、殺人列車が通り過ぎたら、近くの線路まで列車を戻して、赤ん坊を殺す作戦だったのだ。

対岸の鬼は、本庄から延線させた鬼で、これから人間どもを使い、またレールを剥がす作業をするようだ。

もちろん、伊勢崎側の鬼もしないとだが、明日の選挙があるので、明後日以降剥がすことになっている。

「よし。連絡終わり。戻るぞ。」

「おうよ。」

そう言うと、二つのモノは去っていった。

そのに残ったのは、利根川の流れだけであった。



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第十三話 伊勢崎市長戦

はなわ作詞作曲 埼玉県のうた
森川正太、トランザム作詞・森川正太作曲 グヤグヤの歌
を埼玉県歌にする会


次の日。

伊勢崎でモノたちが拠点としている建物がある。

人間が政治を行った場所を乗っ取った訳で、本当の城ではない。

伊勢崎の城は、宅地開発により、武家門や時鐘楼程度しか残っていなかったのだ。

だから、その武家門や時鐘楼は移築した。

和式な門、レンガでできた灯台のようにそびえる塔、そして、ガラス張りの建物。

この一見カオスな建物群がある場所が、今後、伊勢崎市長が指揮をとる場所になるはずである。

議事堂であった場所の椅子机が全て取り除かれ、一番奥が一段高くなり、二つのモノが従者を連れている。

二つのモノは阿修羅と餓鬼のハーフと地獄の純血種である。

ちなみに、この二つ変装しているのでとても美形な顔体格をしている。

片っぽは子ども、片っぽは大人のふりをしている。

議場には、その二つのモノより偉そうなのがいる。

髪が白くなってる鬼が本になにか書いている。

周りにお付きの鬼が墨をすったり、紙を準備したりしている。

どうも選挙管理人らしい。いや、人でなく選挙管理鬼か…

子どものモノの周りにはぴっちり和装をした親衛隊みたいなのが7人ぐらい後ろにいる。

そして、大人の方には見覚えのある鬼がいる。

トレジャーハンターのあの鬼だ。

地蔵菩薩が現れた直後、あっという間に猪カシラ組の力がなくなったため、敵討ちのため、海美が向かったとされた伊勢崎にやってきたのだ。

鬼自身は、海美もここに現れると思っていたのだが、残念ながら橋の真上で爆殺されてしまったらしいのだ。

この場には、それこそ資金作りのために用心棒としてやってきたのだ。

議場には、モノどもがわんさかと集まっている。

「…あの親衛隊みたいなのはなんだ?」

「あれは、最近現れたモノどもらしい。あの槍で団結しているんだ。」

「あの鬼は?」

「大きな鬼だなぁ。あの親衛隊と戦ったらどっちが強いだろう?」

「親衛隊は数がおおいからな。」

「しかし、あの鬼の棍棒も強そうではないか。」

ワイワイガヤガヤ

「静粛に!みんな静かにしろ!」

白い鬼が大声を出す。

見ているモノどもも阿修羅は武器をもっているが、完全に気を抜いている。

モノどもも投票したい方に大体集まっているようだった。

しかし、大体一対一ぐらい分かれ方だった。

一番後ろにはカメラマンなど、新聞記者がいる。

人間もいれば阿修羅、餓鬼もカメラを構えている。

まぁ、人間はモノにこき使われているんだろうが…

大きな声を出されて、モノどもは白い鬼を見た。

「おほん。では、いまより選挙を始める。規約に則り被選挙人は選挙の印を。」

そう言われると二つのモノは腕をめくり、マークを見せる。

「なるほど、たしかにマークが現れているな。そして、三人目はどうなった?時間までに辿り着けなかったということで…」

鬼はちょっと残念そうな顔をしている。

出来ればあの親子は自分で殺したかった。

 

「異議あり。」

議場に大声が響く。

「女の声?」

ドン!ドンドンドンドンドンドンドン…

「悪いな…明らかな不正が見逃せず、地獄から舞い戻ってきて…」

そう男の声が響くと、床に大穴が空き、穴からなにか飛び出した。



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第十四話 親衛隊と鬼

りんご風味?りんご味のビールを四年ぐらい前に飲んだことあるのですが、そのビールの店長にお聞きしたらその種類が製造中止になってしまったらしく、出会えなくなってしまいました。
りんご味のビール(地ビール希望 理由は次回)見たこと、味わったことある方。教えていただけると嬉しいです。


「うわ!」

「なんだ!」

「親衛隊、前へ!」

「気をつけろ!」

穴は砂塵でよく見えない。

しかしなにかうごめいている。

 

赤いマントだ。

しかし、黒焦げて黒くなったり破れたり、穴が空いたボロボロになったマントだ。

 

「赤鬼だ!駅の赤鬼がほこりの中にいるぞ!」

「赤鬼単体か?」

「そんな訳無い!気をつけろ!」

大人のふりをしたモノの後ろに控えていた、トレジャーハンターの鬼が前に出る。

子どもを取り囲んで親衛隊も構える。

親衛隊は若いが冷静だった。

「どこだ?」

「上か!」

慌てて槍を上に構える。

「ご明察!」

海美が斬りかかる。紐で赤ん坊を連れている。

赤ん坊を左腕で支えて、右手で刀、いや、薙刀を振るう。

槍と薙刀が軽い金属音を立ててぶつかる。

「突け!」

親衛隊が一斉に槍を海美に突き出す。

サッと海美は距離を取る。

しかし、目は子どものフリをしたモノから離さない。

まつりと背中合わせになる。

まつりは向かってくるモノを待っている。

海美は親衛隊を狙う。

海美は薙刀を納めた杖状態で頭の上に掲げる。

まつりもマントを顔だけ外す。

一同動けなかった。

なぜなら、その人は、赤ん坊を連れた人の右腕には、赤い丸字に三角のマークがついていた。

まつりの右頬にも赤丸に三角のマーク。

「また、お前か!また俺の…」

鬼は怒る。

鬼は護るべきモノを守れなかったことより、生きていた海美に邪魔をされたことに怒った。

しかし、その声は小さく、周りの声にかき消された。

「嘘だ…赤ん坊のはずだぞ!」

「なんで、あの女にマークが出てるんだ!」

「親衛隊、なにをぼさっとしてるんだ、あの女を捕まえろ!」

「「おっ、おう!」」

親衛隊が槍を構える。

海美も杖状態から薙刀の状態にモードをチェンジさせる。

そして姿勢を低く構え直した。

 

「俺のことを忘れてないか!?」

「「なんだ?」」

「「どこからだ?」」

「…上だ!」

「ご名答!」

ほこりの噴き出す穴からまたなにか飛び出した。

ほこりと光の中から獅子頭、もとい、ナポレオンが風車で襲いかかる。

獅子頭の下顎がなくなって、人の顔が丸見えになっている。

空中から風車を伸ばす。

「ぎぃゃあ!」

甲高い声が響く。

一同一番奥を見る。

大人に化けたモノが、風車に潰された。

腹部がひしゃげて目が虚ろ。

脚が飛び、目、鼻、口から血が出ている。

 

「貴様!」

鬼は棍棒を唐獅子に振り上げる。

「うおぅ!」

「おりっやぁ!」

ナポレオンの目が鋭く光る。

風車と棍棒が鈍い音を立ててぶつかり合う。

衝撃音で周りの人がびくついている。

しかし、そんな中でも根性あるモノが叫ぶ。

「こっ…殺せ!」

「逃げるな!」

「あのでっけぇ鬼と親衛隊を助けるんだ!」

観覧してたモノも、逃げるモノ、観覧するモノ、向かっていくモノさまざまな種類がいる。

ただ、向かってくるモノには、赤鬼が斬り殺していく。

身長ほどある刀を扱ってるとは思えないほど、バトンで踊っているかのように美しく華麗に、軽やかに殺す。殺す。殺す。殺す。

殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。

フィギュアスケート選手のように舞う。殺す。跳ぶ。斬る。

「…あの爆発を耐えたと言うのか。」

白い鬼は部下たちに囲まれながら、奥の部屋に逃げる。

考えてみれば、被選挙人を逃がそうとしたものはいなかった。

子どもに化けたモノを親衛隊が護ってはいるが、出入り口に向かえば、赤鬼か、唐獅子に殺されてしまいそうだ。

トレジャーハンターの鬼は渾身の力で棍棒を振るう。

しかし、ナポレオンは笑いながらさばいている。

しかもあることに鬼は気がついた。

攻めているのは自分ばかりで、ジリジリと子どものモノに近づいている。

「はなから狙いは立候補者で俺は眼中に無いとでも言いたいのか!」

鬼は両手に力を込めて、棍棒を叩きつけた。

建物が耐えきれず床が裂ける。

棍棒の先が割れて跳ね返る。海美に飛んでいく。

海美は正面の親衛隊から目が離せない。

しかし、この世界を生きてきた性か、見ずとも薙刀が動く。

軽ければ大丈夫だった。

しかし重かった。

思わず吹っ飛ばされる。

「うっ!」

「しめた!」

鬼が棍棒を上に投げた。

天井の蛍光灯に当たる。

バリン!キラキラキラキラっと海美の上に蛍光灯が落ちる。

「うっ!…」

海美は素早くゴロゴロ転がる。

左手で赤ん坊を守りながら。

上を向いた時黒い棒が4本見えた。

自分に迫ってくる。

慌てて転がるのをやめて、逆に回りだす。

槍が迫る。

割れた蛍光灯も親衛隊に降り注ぐ。

自分のいる位置を狙って槍が次々に刺さる。

親衛隊に蛍光灯が刺さる。

海美は回る。転がるのを辞めたら刺さる。

一層早く回る。

槍が次々に迫る。

すると、刺してくるのではなく、床スレスレを追ってきた。

一生懸命回る。

しかし、それこそ親衛隊の術中でであった。

グラン!と何かに海美が乗り上げた。

身体を四カ所ぐらいで支えられる。

勢い余っていたため、何センチかその四つの支点を転がる。

落ちる。

4本の槍が海美の身体の下にはいる。

ちょうど海美が仰向けになった。

八人全員の親衛隊の顔が見える。

4本の支点は、待ち構えていた残り四人の親衛隊だったのだ。

「「せーの!」」

八人で槍を持ち上げる。

完全に槍の上にいる海美が真上に飛ばされる。

「「死ね!」」

親衛隊が槍を海美めがけて上に向ける。

海美は考える。

しかしどうすることもできない。

天井は高すぎる。



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第十五話 決着

水曜どうでしょうは、アフリカ編でもう終わったと思ってましたが、最新作を見たら、さすが藤村忠寿と思いました。

「主演 藤村忠寿 協力 大泉洋」


向きを仰向けからうつ伏せになることは出来るが、自分の杖の方が槍より短い。

天井を見ながら死ぬか、親衛隊を見ながら死ぬかしかない。

左手に力が入る。

その時あることに気がついた。

赤ん坊が笑っていた。

よくこんな状況で笑えるな。と思った。

また、こうにも思った。

「私がうつ伏せになれば、先に槍が刺さるのは赤ちゃん。せめて死ぬ瞬間は、私が笑っててあげよう。」

最高到達点に着く。

降下が始まる。

海美は空中で身体を回す。

 

「「死ね!…えっ?」」

親衛隊たちは天井の光を背にした海美を見ながら声を詰まらせた。

光を背にして微笑む海美は神々しく、なんと慈愛に満ちた顔をしているんだろうと思った。

いや、

自分たちが生まれるより前に感じた温かさがある。

そう。

まるで地蔵菩薩に引っ張られるより前。自分たちに愛を教えてくれた像のような温かさだ。

「あの人は…」

「なんだ?あの人の温かさは。」

「もっと見たい。」

「なんだか忘れていたらいけないものを見たようだ。」

「ただ、それが思い出せない…」

槍がざわめく。

「「俺たちにもその顔を見せてくれ!」」

槍が全て海美の真下から無くなった。

みんなもっと海美を見ようとした。

「今だ!」

杖を大鎌にして振り回す。

槍の先を一刀の元断ち切る。

金属部分がドスドス。バランバラン!と床に落ちる。

海美は床に着地する。

間髪入れずに鎌から、薙刀に変えて、自分を取り囲む親衛隊を斬る。

足首、スネ、太もも、腰、胴、首

自分が回転するのと、薙刀を回転させる力で八人一気に斬ることに成功した。

「「うわ!そんなことあるか!」」

親衛隊に寡勢しようとしていたモノどもが声を上げる。

しかし現に八人が一気に斬られたのだ。

子どもの立候補者を護るのはいない。

子どもは壁際に追い詰められている。

「今だ!」

鬼と対峙する無茶な状況だが、ナポレオンは今を逃したら、マークのついたモノを取り逃すと思った。

鬼から目は離せない。

太鼓の縁をカッカッカ!と叩く。

風車を後ろにひいて振り上げる動作をとる。

「なにかする気だな。させるか!」

鬼が千切れた棍棒をナポレオンの頭に振り下ろす。

風車を伸ばす。

鈍い金属音がする。

もちろん棍棒を受け止めた音だが、受け止めたのはナポレオンではない。

海美だ。

「貴様!」

鬼は焦った。

「ごめんなさいね。鬼さん。」

海美は笑った。

ナポレオンが風車を伸ばしている時に、海美は、その風車に乗ったのだ。

ナポレオンは、重みを感じたら風車を一気に引き戻した。

その力も合いなって、海美が鬼に斬りかかったのだ。

「行けぇ!」

ナポレオンは海美と鬼の足元で片足をついて、子どものフリをしている立候補者めがけて風車を伸ばした。

「キャ!」

子どもがしゃがむ。

「逃すか!」

ナポレオンは手元のハンドルを回す。風車が回る。

子どもの頭の上の壁が壊れる。砕ける。

「キャア!」

子どもが頭を押さえる。

瓦礫が落ちる。

「よっと…」

風車を若干落とす。

「ギャァアアアアア!」

赤、とも言えない色の不思議な液体が散る。

女の子の首がゴロゴロ転がる。

「やった♪」

風車を元の長さに戻す。

「お前ら!」

折れた棍棒で鬼が立ち向かう。

「ふん!」

海美は通常より一歩踏み込む。

鬼の関節部の外側に刃を合わせる。

「行け!」

刃が腕と反対の方向に回る。

そして勢いそのままに刃が飛び出して、鬼の腕の内側を斬る。

シュパ!

っと斬れた。

「な?…」

海美が顔面に左手で殴る。

「に…」

杖の尻で顔面の殴ったあたりを叩く。

「俺も忘れるなよ。」

足元の唐獅子が風車を振り回して、鬼の脚を引っ掛ける。

腕を失っただけでなく、急な顔と足への攻撃を食らった鬼は派手にひっくり返った。

「よし。」

ナポレオンはまた太鼓を

ドン!ドン!ドドン!

と叩いた。

海美が元来た穴に飛び込む。

ナポレオンも飛び込む。

最後にまつりが飛び込む。

「「まてぇ!」」

まつりと対峙していた鬼が殺そうと穴に近づく。

すると、穴からなにか飛び出す。

「アハハハハハ!」

笑ってるカラフルな塊がすごい勢いだ。

よく見ると三人が一塊になって、ナポレオンが風車を伸ばしている。

その伸びている力で空を飛んでいる。

しかし、あのままだと天井にぶつかる。

まつりが刀を天井に振るう。

天井が斬られてバラバラと落ちてくる。

上半身のみになった親衛隊達が壊れた天井を見ている。

獅子頭と赤鬼に挟まれなにか手元を見ている海美を見た。

さっきも思ったがなんだろう?

どうしてああいう顔をしてくれないのだろう…

そう親衛隊のみんなが思ってたら、三人は建物の外に飛んでいって、風車の支柱がスルスルスルっと回収されていき、三人と風車、鯉のぼりは天空に消えていった。

「あぁ…なんか生まれる前になにか見たような感じだ。また会いたい…会ったら今度は殺し合うんじゃなく…愛してほしいなぁ…」

それまではなんとか首を上げていた親衛隊員達が、海美が見えなくなった瞬間、次々に息途絶えてしまった。



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第十六話 杖とでんでん太鼓

このシーンは子連れ狼を参考にしました。(ほぼネタバレですね)

時代劇なので、時代劇のシーンを使っていきたいと思います。


次の日

鳥のモノが発行する『毎鳥新聞』

「伊勢崎市長選挙会場に満身創痍の人間、獣、鬼乱入!!立候補者2名を暗殺。3名は昨日の爆発事故で死んだとされていた。」

猿のモノが発行する『モンキーモーニング』「市長選挙立候補予定者、幻の四人め現る。鬼だけでなく、人間にも文様が浮かび上がる写真の撮影に成功!」

牛のモノが発行する『上モウ新聞』

「選挙管理委員会の白鬼、「今回の件でマークが現れるモノが立候補予定者になることを取り下げ、違う理由で立候補者を選抜することを表明」

といった記事がトップニュースになってしまった。

 

伊勢崎のあるお店、いや自販機倉庫?とにかく特殊な建物に三人は潜んだ。

ここなら、食料も飲み物もトイレもある。

「やっぱり。作戦は大成功だ。」

天ぷらうどん自販機から出てきたうどんをすすりながら、朝襲撃した新聞を見比べる獅子頭がいる。

近くで、海美が赤ん坊に米の汁をあげて、まつりの持っているハンバーガーに顔を伸ばしてかじりついている。

まつりは自分のチーズトーストを食べている。

「よし!」

ナポレオンは汁まで飲み干すと、容器を捨てて、襲撃時には無くなっていたはずの獅子舞の下顎を自販機の裏から出して、結び始めた。

海美とまつりはまつりの赤い毛布を修理している。

「まさか、俺が車両をぶち壊した瞬間に車両が爆破するとはな。」

一昨日に戻る。

橋の上に取り残され、車両を破壊して外に出ようとした瞬間、

線路もろとも爆発したのだ。

幸い、三人とも受け身を取ったため怪我はしなかったが、川に落ちたのでビショビショになりながら、なんとかこの建物までやってきたのだった。

その時、ナポレオンの唐獅子が壊れて、海美を守ったまつりのマントがボロボロになっていたことに気付いたが、

「そのまま襲撃したほうが恐怖を覚えるだろう。」

ということでそのまま攻め込んだのだ。

「一番は、マークが人間にも現れるって勘違いさせることに成功したってところかな?」

ナポレオンは頭に獅子頭を被って具合を見ている。

まつりが赤ん坊を抱っこしている。

海美がまつりの顔についた忌まわしいマークを拭く。

すると、みるみるうちにマークが落ちていく。

「…で、これからどうするの?」

「この子のお父さんに会いにいく。」

「この子のお父さん?」

「一昨日ので分かったでしょ?この子は修羅の道より平穏な日常が好きだって。」

そう。遡る事二日前、服が乾いて着込んだ辺り。

「そういえば、さっき聞けなかったけど、赤ちゃんが政治取れるのって話だけど、赤ちゃんは政治取りたいのかな?」

「そんなの分かるわけないじゃないか。」

「だけど、生まれた時からずっと私は『必死に』生きてきた。この子はもっとゆっくり生きられるのであればゆっくり生きても良いんじゃないの?」

「じゃあ、どうやって赤ん坊に判断させるんだ?」

「…こうしない?」

ここで海美がしゃべった。

海美は赤ん坊をテーブルに置いて、赤ん坊の荷物からでんでん太鼓を出した。

でんでんでん。と鳴らす。

その後、杖を刃を出した状態で見せる。

磨き上げられた刃に赤ん坊が写る。

そして、赤ん坊を抱き上げて杖を見せる。

 

特になにもしない。

笑いもしなければ泣きもしない。

次にでんでん太鼓を見せる。

 

すると、笑った。

 

おくるみにでんでん太鼓を突っ込む。

短い手で取ろうとしている。

次に杖を見せようとした。

しかし、見向きもしなかった。

 

「決まったね。この子は修羅の道を進みたくないって。」

なぜか海美の声は明るかった。

その明るさはなんだろうとまつりは思った。

ナポレオンに聞きたかったが、獅子頭に顔を隠していたので聞けなかった。



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第十七話 地獄の右手王

このシームも座頭市のシーンを参考にしました。
(忠実にやっているので、怒られそうです。ただ、ハーメルンは二次創作の活動が盛んですから大丈夫でしょうか?)



そして今。

「じゃあ、これからこの子のお父さんのところに行くの?」

「そのつもりだけど…」

海美は赤ん坊のおしめを替えて、紐で縛って出発の準備をする。

「さっきからナポレオンがいない…」

「どこ行ったんだろう?」

いなきゃ、動くことが出来ない。

二人で赤ん坊を見てたのが問題だった。

「…ねぇ、海美。この子、あなたが育てないの?」

「無理だよ。私、いつ殺されるか分からないもの…」

「だけど、海美は強いじゃん。」

「…この子のお父さんは伊勢崎のお偉いさんなんだって。だったら、この子はお父さんといたほうがこの子の生きたいように生きられるの。」

「海美はそれでいいの?」

「…この子は、…この子は好きだよ。だけど、好きだからお父さんに返さないと。もしかしたら、お父さんがこの子が大きくなった時に私の話をしてくれるかもしれないし…そうしたら、私を探してくれるかも。それだったら、私は、それでいい。」

「………。」

まつりは黙ってしまった。

「おーい!」

ナポレオンがどっからか帰ってきた。

「どこ行ってたの?」

二人とも黙ってしまって気まずかったからまつりがすぐ話しかけた。

「この子に着させてやろうと思ってな。これを」

そう言って、丁寧に持っていた包みを開けた。

中に、産着が入っていた。

黒字に宝船が描かれていた。

「…綺麗。」

「どうだ?これを、この赤ん坊に着させて送り届けないか?」

「そうする。」

「まつり、手伝ってくれ。」

「えっ!…うん。」

さっきのこともあり、まつりは戸惑っているようだった。

赤ん坊を抱いている海美に着させる。

「なるほど。いつも白を基調とした明るい色の服なのに、こうやって黒い服を着るのもかっこいいな。」

「…二人ともありがとう。じゃあ行こうか。」

と言うことで、3人は外に出た。

自販機だけがヴィーン!と来るかわからないお客さんを待つためのモーター音が響いていた。

 

赤ん坊の父親は、これまた古い建物に住んでいた。

森村家は旗本駒井氏の地方(じかた)代官を務めた旧家である。2階建瓦葺入母屋造りの豪壮な主屋は養蚕をするため、2階に広い空間をとった職住一体の建物である。

屋敷にはさまざまなモノが出たり入ったり忙しなく働いている。

「親分、新聞です。」

「そんなもの読まん。そこらへんに置いておけ!」

「親分!」「親分!」

色んな人から親分と呼ばれているのが地獄の右手王、赤ん坊の親父である。

色んな部下に囲まれていろいろ指示を出している。

「親分!」

「今度はなに!?」

見向きもせず答える。

「なんか、親分の子どもを連れたとかいう女が来ましたよ。」

「なに?」

手を止めてその部下を見る。

「表の土間にいます。」

「…………。どっこいしょ!」

「親分これは?」「親分どこへ?」

「土間だ!」

部下がドカドカ続く。

 

青い髪を赤ん坊が握っている。

海美も赤ん坊のもう片方の手を握らせている。

杖と二人はどうなったのかと言うと、近くのお店で休んでてもらっている。

杖はまつりが持っている。

杖は人を選ぶはずなのに、なぜかまつりだけには素直に動くのが謎だ。

駅の時、動かないなど、杖がまつりに動かされることを許したのも謎である。

さて、海美は単身この屋敷に入ってきたのだった。

奥の部屋から、親分が姿を表す。

続いて部下たちも続く。

「あっ!地獄の右手王様ですか?」

「そうだ。」

「私、青髪の海美と言います。この赤ん坊は、畜生の菜犬様よりお預かりした御子息とお聞きしています。」

海美は赤ん坊を見る。

「ほら。お父さんだよ。」

そう言って、右手王に近づき、赤ん坊を差し出した。

右手王が受け取る。

しかし、赤ん坊を見ない。

ずっと海美を見ている。

「…あの、お父さん?」

「知らないなあ…」

「はい?」

「畜生の菜犬も、この赤ん坊も知らないなあ…」

「そ、そんなことは…そうだ!」

いつも首から下げていた赤ん坊の荷物を腰に巻いていたのだが、それを外して、中から、畜生の菜犬が持たせた書簡をお父さんに見せる。

「このように証明書もあります。ね?ね!」

一瞬書類を見るが、ほぼ目を海美から離さなかった。

そのまま海美は強引に書類をおくるみに挟む。

親分が海美から目を離さず書類を取り出す。

「…知らないなあ。お前、自分で勝手に産んで育てられないからって、俺に押し付けるつもりだな?」

「なんで?…そんなことは決して…」

「とぼけるな!そうやってここにいくつものモノが置いてけぼりを食らっているんだ!貴様もその一つだろう!?」

「私は決して…」

海美が親分に近づく、しかし、その瞬間、四方八方から刀が伸びて、海美の首をぐるりと刃物が覆った。

「こんなガキに興味はない。とっとと消え失せろ!」

そう言うと、お父さんはは赤ん坊を捨てるように投げた。

「くっ!…」

海美が受け止めようと身を屈める。

ありがたいことに刀が避けて、首が切られずに済む。

なんとか赤ん坊を抱き止める。

しかし、次は迫り来る足足足!

汚い足で海美が踏まれていく。

「この小汚い子娘を蹴り出してやれ!」

「ちょっ…ちょっと待っ…」

「こんなもの!」

バサン!と書類を土間に捨てた。

「……分かりました。わかりましたから、出て行きますから蹴るのをやめてください。」

蹴られるのが止まる。

海美は蹴られないのを確認するとゆっくり書類を取って、チョコチョコと屋敷から出た。

赤ん坊に着せた産着が蹴られて茶色になっていた。



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第十八話 海美、まつりを捨てる

ガンダムの対戦ゲーム『機動戦士ガンダムvsシリーズ』で、Ξガンダムを使っていた身としては、閃光のハサウェイが映画化されたのは、とても嬉しいのですが、コロナなのでビビって未だに、鬼滅の刃も、エヴァンゲリオンも閃光のハサウェイも見れてません…


「おっそいな、海美、なにやってんだ?」

獅子頭がお茶を飲む。

飲むと言うより、獅子頭が茶碗ごと飲み込んでいる感じだ。

右手で茶碗を獅子頭に入れて、左手で中から受け取っているため、一見すると茶碗ごと食べているように見える。

「…きっとお呼ばれして赤ちゃんのことをしゃべってるんじゃないの?」

まつりは、口元を左手で覆って飲んでいる。

なにせこの待っている店も、目の前の道もモノモノモノ。たまに奴隷のような人間を連れている。

緊張感を持ってないと、バレてしまう。

「しっ!…まつり。なんか来たぞ。」

片腕のない鬼が街の外側からやってくる。

ナポレオンは獅子頭を布で隠す。

まつりも刀を男根に見えるように持ち直す。

棍棒を担いで真っ赤な鬼が店にやってきた。

「ハァハァ…親父、水をくれ。」

鬼はまつりとナポレオンに気づかずドカドカと店の中に入った。

しかし、まつりとナポレオンは緊張していた。

「あれは、昨日、あの会場で見た鬼だ…」

「うん…いた。」

「海美に知らせない…と?…」

街中の方を見るとなにかボロボロの女が歩いてくる。

なにか抱いている。

「なんだあの汚い女は…て、海美だ!」

「海美!」

まつりが走り寄る。

海美は服の裾で顔を拭うと、いつもまつりに見せる顔になった。

「ど、どうしたの?」

「…この子のお父さん、この子のこと知らないって。」

「なんで?お父さんでしょ?…おか、お母さんは、赤ちゃんのお母さんは?」

「………。」

まつりには言ってなかった。

「…お母さんは死んじゃって……」

「じゃあ赤ちゃんは?だって海美は…」

「どうにかしないと……」

急に海美は走り出した。

「海美!」

まつりが呼び止めるが止まらない。

「どうしたんだ?」

二人でキョトンとしていたら、中からさっきの鬼が出てきた。

「よう。鬼の同胞よ。」

毛布を被ってるまつりを見て話しかけてきた。

「こんなところでなにしてるんだ?」

「いえ、あの……久しぶりに伊勢崎の見物をと思いまして…」

「そうかい。ところで君、金に困ってないか?」

「えっ?あっ…まぁ…」

「実はな。ある女を殺せば大金が手に入るんだ。やらないか?」

「えっ?えっと…」

ナポレオンを見ようとする。しかし、そこにいない。

海美を追いかけて行ってしまったらしい。

「………。」

「どうだい?やるか?」

「……まぁ、お金はいるかな。」

「良し。決まりだ。おーい!この鬼に団子とお茶を出してやってくれ。」

「あの、私…」

「これは先払いの給料のようなもんだ。君はこれでも食べて待っててくれ。」

「あなたは?」

「その女が持っている赤ん坊の父親ってのがこの辺にいるんだ。その父親に青髪の女の行方を聞いてくる。」

そう言うと、片腕の鬼はドカドカと街中へ去って行った。

まつりはこの後起こることを予想して後悔した。まさか海美を殺すことになるとは思ってもみなかったのだ。

まつりは毛布をギュッと噛んだ。

懐かしい匂いがした。



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第十九話 疑心暗鬼

鬼滅の刃で炭治郎が、「俺は長男だから耐えることが出来たけど次男だったら我慢できなかった。」
と言いますが、俺(長男)より、弟(次男)の方が根性ある…

そんな俺でも弟より我慢出来ることはあるんでしょうか?


「親分!」

「なんだ?」

「今度は片腕の鬼が来ました…「おい!地獄の右手王か?」」

「そうだ。」

「あんたの赤ん坊がいるだろう?それを連れてきた女はどっちに行った?」

「だから…、親分には子どもはいませんよ。」

「そんな訳ない。新聞読んでないのか?」

「読んでたまるか。あんな偏見報道。」

「馬鹿野郎!それは偏見報道じゃなく、偏見情報収集だ。それは貴様が悪い。」

「つまり?」

「伊勢崎市長選挙に出る資格のあった赤ん坊はお前さんの赤ん坊だって新聞に書いてあるんだ。」

「なに!?」

ここで新聞を読む。

たしかにそう書いてある。

「…しまったな、あの女からあの赤ん坊だけ取っとけば、大儲けできたのに………。」

「そこでだ。お前さんに相談がある。」

「なんだ?」

「俺と手を組まないか?新聞ってか、選挙管理委員会では会場を襲撃した青髪、赤マント、獅子頭を被った人間、右手王の赤ん坊を捕まえたものに賞金を出すそうだ。そして、青髪は俺のことをコケにしてくれたからな。なんとしても俺があの青髪を捕まえたいんだ。」

「なるほど。で、作戦はあるのか?」

「それはな…」

 

しばらくしてから、右手王の屋敷からゾロゾロとモノが出てくる。

右手王、片手の鬼、部下が十五人ぐらいいる。

七人が、竹を繋げて筏のようにしたものを持っている。

八人が、弓と矢を持っている。

右手王は自慢の刀を腰にさしている。

途中、あの店で休憩かつ、まつりを隊列に迎えた。

「で、片腕の同胞よ。どうやって青髪を追う気だ?」

「えっ?青髪を追い飛ばしたのだからどっちに向かったのかぐらい見てたろ?」

「おい!誰かあいつがどっちに行ったか見てたやついないのか?」

 

しーん…

 

「役立たずどもめ。」

「…ところで、まつりよ。さっきは深く言わなかったし、あまり見えなかったからだが、お前、杖みたいなの持ってたり、赤ん坊を連れた母親みたいなのと話してなかったか?」

「ギクっ!」

しまった!…どうする?どうすれば良い?…

お金は貰っちゃってる。

逃げられないこともないけど、あの弓矢が怖い…毛虫のようにされてしまいそうだ。

だからって、戦う?こんなに関係ない人がいる状況で?そんなことしたら、また海美に嫌われちゃう…

海美……

いや、海美は私を置いてけぼりにしていない?

私、なにかやって海美にすでに嫌われてる?

 

「もしやお前、青髪と…」

「………実は、先程チームを解体させられたんです。」

「なに!?」

「なので…私は、あの人と仲間じゃないです。」

「…どこに行ったか分かるか?」

「あの…赤ちゃんは、自分には育てられないって…」

「育てられないってことは…どっかに捨てるのか?」

「だけど、あの赤ちゃんは平和に暮らしたいって…」

「言葉が若干おかしいが……そうなると、寺にでも預けたか…」

「よっしゃ。ならわしが行って引っ張り出してこよう。」

「寺に入れるのか?」

「いや、山門で大騒ぎしてやるだけだ。これから一足先に、行って女を探してくるわ。一人貸してくれ。」

「よし、誰か行け。」

そう右手王が言うと一人鬼にくっついて走って行った。

これで、まつりが助かることは確定してしまった。

片手の鬼は、右手王が会場をめちゃくちゃにした人だと言うことが分かってて、まつりを殺すか捕らえると思っていた。

それなのに、大切なことを忘れていた。

右手王は新聞やNEWSに興味がなかったのだ。

だから、この汚い毛布を着た女の子があの選挙会場を襲撃した本人だと分かってなかった。

しかも、周りのモノたちも手が出せなかった。

店にいるほとんどのモノたちはまつりを見た瞬間、臨戦態勢に入った。

ただ、一緒にいるのが右手王だと分かると、「なにか講和が結ばれたのだろう」と思い、総がかりでまつりを殺す機会を逃してしまったのだ。

無駄に平和な、変な誰も分かっていない平和な時間が流れた。



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第二十話 山門

再放送の水曜どうでしょうばっかり見ていると、最近見たNHKの鈴井貴之(ミスター)が白髪が多くて凄いおじいさんに見える。


街からさほど離れていない山寺にお経が響く。

和尚さんがお経を唱えて、お弟子さんたちが刃物やお湯の入った桶などを準備している。

赤ん坊はなにも分からず、笑っている。

ただ、海美の腕の中でなく、冷たい畳の上。和尚さんの後ろに寝かされている。

海美はじっと赤ん坊を見ている。

そして、今までの出会いから今までを回想していた。

あの峠でお母さんから赤ん坊を受け取った時

あの宿で、脱衣婆から赤ん坊のあやしかた、育て方を教わった時

泣くのをあやしながらモノと戦った時

駅でごはんを食べさせている時

まつりが目の前に現れた時

列車に乗って少しだけ眠った時

思い出せば思い出すほど離れるのが辛くなりそうな大切な思い出だ。

その時、小僧さんの一人が走ってきた。

「海美さん。大変です。山門のところで鬼が大騒ぎしています。しかも、あなたの姿をお付きの人間に見られてしまいました。」

「来たか…」

海美はゆっくり立ち上がる。

「あなたは、直ちに裏山から逃げ…」

海美はそのまま靴を履き、外に出て、山門に向かう。

「小僧さん。ありがとう。」

海美は小僧さんにお礼を言うと、歩こうとする。

「ちょっと待ってください。海美さん。そっちには鬼が…」

「…人間がいるんじゃ、このまま乗り込まれる可能性があります。私が倒します。」

「そ、そんな。」

「あっ!そうだ!」

海美は、身につけている肌着を引っ張り出した。

「これを赤ちゃんに。これから赤ちゃんは、幸せになるんだけど。絶対親がいないことで悩むだろうから、私があなたを守ってた。ってこれで伝えてあげて。それと、泣いたらこれを嗅がせてあげれば泣き止むから。それじゃ。」

そう言うと海美は山門に向かった。

小僧さんは肌着を受け取ると、赤ん坊の隣に丁寧に置いた。

なんか人の気配がして振り向いた。

 

振り向いた。

なんとかお経の声が聞こえる。

杖を抱いて、お寺の方向に手を合わせる。

「待ってたぜ。」

山門の奥に片腕の鬼がいる。

一人だけじゃない。

お父さんの右手王。

10人の人間を連れている。

竹でできた盾、長い棒…弓か。弓を持っている。

それと、盾の後ろにいるから良く分からないがもう一人いるように思われる。

それに対してこちらは、仁王像すらない。

「おい。青髪。さっきは蹴って悪かったな。しっかり赤ん坊は育ててやるからこっちによこせ。」

「…………。」

「それ以前に、貴様は選挙会場を襲ったそうじゃないか。それについて、選挙管理委員会がブチギレているようだ。それについても謝罪しろ。人間の分際で!」

「…………。」

「…この人間が、いつまでも調子に乗ってるんじゃないぞ。」

「…うるさい。」

「なに?聞こえない。」

「…あなたじゃなく、ここに赤ちゃんを預けたから、もう私の赤ちゃんでもない。取り返したければ自分で行けば?」

「なんだと?」

「まぁ、いこうとしても全力で邪魔するけど…」

そう言いながら海美は杖を構えて、体制を低くした。

「…いちいちいちいちムカつくやつだな。」

右手王は刀に手をかけた。

「気をつけろ。あの口車もあいつの得意技だぞ。」

片腕の鬼が言う。

「なんだって…」

慌てて刀から手を外す。

「それと、雄鬼も前に出さない方が良い。裏切るかもしれないからな。」

これは小さい声でアドバイスした。

「よし。弓隊。山成に構えろ。」

5名が弓を空に向かって構える。

「放て!」

一斉に弓から手を離す。

ヒューっと飛んで、海美の目の前あたりにドスドスと刺さった。

海美は一瞬矢を見る。

しかし素早く正面を向く

「もう一度、今度は真っ直ぐに…撃て!」

「危な!」

海美は素早く転がりながら、山門に隠れる。

「盾隊前進。弓隊は山門の両側にも放て!」

海美は山門の向かって左側から様子をうかがう。

しかし、弓を持った人間と目が合った。

その人間は門の外側に向かっても矢を放つ。

「ちっ…」

海美はそこに落ちていた石を拾って投げる。

しかし、竹の盾が右へ左へ受け流し、ダメージを当てられない。

「バカめ。いいきみだ。」

「もう一ついいことが分かったぞ。」

「なに?」

「この山門には仁王像がいない。だから、我々も入れるぞ。」

「それは良いことを聞いた。あいつらがいるから、我々地獄道が入れないんだ。存分に寺域内で暴れられるぜ。」

盾の隊が、山門の下にたどり着いてしまった。

海美は距離を取るしか無い…

「観念しろ。」



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第二十一話 右手王とまつりと海美

水曜どうでしょうでいうと、最近YouTubeで活動している藤村忠寿ディレクターは髭を生やしていなくて、嬉野雅道ディレクターが髭を生やしているのをみて、
「おい髭。」
と言うと、知らない人はうれしーのことだと思うでしょうが、実際は魔神のことだとお知らせいたします。


「…………」

海美は山門から距離を取るしか無い。

海美の後ろはもう医師の階段で、そこを登られると本堂に辿り着かれてしまう。

「おい。お前!もう一度言うぞ。俺の赤ん坊をよこせ。そうすれば、お前の命と坊主たちの命は助けてやる。」

右手王が言った。

片手の鬼は、焦っている。

そんなことを海美が承諾すると、ここで海美を殺せなくなってしまうからだ。

「……逆に聞く。私が捕まれば、赤ちゃんは捕まえないか?」

「なに!?…何言ってるのか分かっているのか貴様は?」

「百も承知。あなたには絶対赤ちゃんを渡さない。あなたみたいなのを、親とは認めない!」

風が吹き、木々を揺らす。

それは海美の燃え上がる闘志か、はたまた右手王のイラつきを表すようであった。

右手王が刀を抜く。

「良く分かった…「良く分かった!」」

どこからか右手王の言葉に被せる声がした。

カカッ!

ドンッ!

ドン!

ドン!

ドンドンドンドンドンドンドンドン……

ドン!

「伏せろ!海美!」

海美の後ろ、石段の上から声がした。

確認したかったが、圧迫感を感じて素早く身をかがめた。

すると、頭上を風車が山門に飛んでいく。

「なに!?」

「なにが!?」

風車が盾に直撃する。

「なに!?…なになに!?」

風車が回転して、竹の盾をメリメリと破壊する。

「ありゃあ…」

完全に破壊しきったら、風車が止まる。

シュルシュルシュルシュルっと風車が戻っていく。

一同黙って風車を見送る。

石段の一番上まで風車が戻っていく。

一番上には、太鼓を持った獅子…いや、フェイスシールドを外して顔が見えるようになっているナポレオンが立っている。

「あいつは…」

「新聞を読んでないあんたには分からないだろうが、あれが選挙会場を襲撃した一人だ。」

「奴の仲間か?」

「そうだ。」

この話をしている間にも、盾を失った人間たちがワッと逃げていく。

弓隊は矢をつがえて、ナポレオンに狙いを定めている。

まつりは海美から丸見えになった。

「!……」

海美は驚いたように目を見開いた。

まつりは動かない。

なにせ、片手の鬼の隣で、動けない。

まつりの前の弓隊が矢を引き絞る。

矢が上でなく、正面を向いている。

「海美を狙ってる…」

なんだこのモヤモヤは…海美は私を置いていった。片手の鬼がいることが分かって逃げたはずなのに、なんだこのモヤモヤは…

苦しい。

海美を助けたい。

海美、死なないで!

 

右手王が得意げに鬼に話しかける。

「…へっへへ。あの新聞には確か、三人で襲撃したってあったろ?あと一人は?」

「あと一人は…」

鬼が、ドスン!と棍棒を地面に突き刺し、まつりを引き寄せようと手を伸ばした。

いちいち物を置かないとなのでとてもめんどくさそうだ。

手を伸ばすが空を掴む。

まつりがいない。

右手王にカッコつけて見ないで引き寄せようとしたためだ。

「あれっ?」

右側を見る。

雄鬼がいない。

ハッ!と前を見る。

目を疑った。

弓隊がオロオロ困っている。

弓の弦が切られている。

「しまった。」

慌てて棍棒を掴もうとする。

しかし棍棒がない。

ドーン!

と、後方からなにか大きな石が落ちたような鈍くて太い音がした。

鬼は後ろを見る。

「なんの音が鳴ったんだ?」

不自然なところを探す。

すぐ分かった。

「俺の棍棒…」

あんなところにぶっ刺さっている。

でも、なんであんなに遠くに…

「貴様!裏切るのか!」

右手王の言葉にまた正面を向く。

雄鬼が、山門の真下でこちら向きに刀を抜いて立っている。

あの一瞬で、あの長さの刀を抜いて弦を切り、棍棒をあちらへ投げたのか…

本当は、投げたのではなく、野球のバッターの要領で棍棒をフルスイングしたのだ。

「…やっぱり、私は、」

頭から隠している毛布を外す。

「あの女…青髪と一緒にいた人間…」

「私は、人として生きる。あの人と…青髪と一緒に行く!邪魔するな!」

「なに!?青髪はお前を置いていったんだぞ!」

片手の鬼はジリジリ下り、棍棒を取りに行こうとする。

「例え、一見私を捨てたようだけど、私は捨てられてない!」

「なに…」

右手王が刀の鯉口をきる。

弓を持つ人間、盾を持ってた人間が逃げる。

右手王が抜き、近くを走り抜ける人間を斬りつけた。

「自分の部下をなんてこと…」

「うるさい…とっとと俺の赤ん坊を連れてこい。すれば、斬るのを辞めてやる。もしくはそこを退け。この人間が!」

右手王の声が震える。

今まで、自分の言うことを聞かなかった人間を見たことなかったからだ。

「ちっ…」

まつりは山門の寺側まで下がる。

「まつり!」

後ろから誰かに抱き抱えられた。

とても優しかった。

「来てくれてありがとう。

怖い思いさせちゃってごめん。

あなたは見捨てたりしないから。

一緒に戦ってくれる?」

見なくても分かったが、風が吹いて、彼女の綺麗な青髪が目にとまる。

「もちろん。」

見なくても答えられる。

「ところで、あの状況からどうやって刀を抜いたの?」

「…分からない。いつももたつくんだけど、ものすごいスピードで刀が抜けた。」

「そっか…」

もう一度、顔を毛布で隠す。

肩を抱えている腕があたたかい。

体温ではなく、心があたたかい。

右手王が睨む。

周りにもう部下はいないらしい。

「…もう、彼に部下はいない。まつり。右手王を絶対お寺に入れないで。少なくとも私が片手の鬼を倒すまでは。分かった?」

「分かった。」

「お願いね。」

海美は山門の外側に回り込む。

まつりは真っ直ぐ突っ込む。

今度はまつりが右手王を挑発する。

「あなたは、あなたを信じてくれる人はいた?」

「うるせえ!」

刀同士ぶつかり合う。

しかし、驚くことに衝撃は互角。

まつりの刀は長さと重さから、剣も盾もまとめて斬ることが出来るのだが、そうはいかなかった。

ああ見えて、右手王は剣の使い手らしい。

ものすごい衝撃で、刃の破片が飛び散る。



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第二十二話 右手王の右手

そして、あの番組の良いところは、自分も長距離通学になっても高速バスを使って移動しても、いくら歩っても辛くはないという点です。


「また貴様か!待ってたぞ!」

海美が片手の鬼を捉える位置まできたが、棍棒を片手の鬼が拾う方が早かった。

「………。」

「お前に来られちゃ、お前を殺さにゃならんが、貴様など恐るるに足らず。」

鬼が棍棒を振り上げる。

「っ……。」

海美も構える。

しかし、

「せいっ!」

棍棒は地面を抉る。

砂利が跳ねて、海美に弾丸のように迫る。

「ぁっ…」

横に跳ねて受け身を取り、ゴロゴロ転がる。

「だと思った!」

漬物石のように大きな石が迫る。片手の鬼が、地面を抉ったら、半歩左にあった石を蹴ったのだ。

「なっ!」

海美は杖で防ぐ。

しかし、とっさだったもので、力負けして受け身が取れないまま転がる。

ダメージが蓄積してしまう。

海美はその場で身を丸くするぐらいしか動けない。

「今だ!」

片手の鬼が海美にトドメをさそうと迫る。

海美は動けない。

「死ね!」

棍棒を振り上げ、海美の頭めがけて振り下ろす。

 

グチャ!っと、なにかつぶれる音。

バシャバシャと、赤い水が広がる。

 

返り血を浴びて身体が赤い片手の鬼がさらに赤くなる。

 

「甘いな…ホットケーキにメープルシロップをかけたより詰めが甘い。」

聞いたことある声。

「お前!」

右を見る。

誰もいない。

「うわっ!」

左足がなにかに引っ掛けられてバランスを崩して倒れる。

「ちくしょう!このヤロ…」

棍棒を横に払う。

手応えはない。

もう一度振ろうと、構えるが、喉に刃が刺さる。

「なぜ…」

ぐっ。ググッ!っと喉に刃が刺さる。

青髪…いや、血で赤髪になっている。

持ってる杖いや、今は鎌を見ると、刃の付け根にある赤い球が潰れている。

「…あれを潰しただけか。結局は勝てなかったのか。」

「鬼さん。あなたは終始勝っていたのに、詰めが甘すぎたのよ。会った時から…」

「今度は、気をつける…」

首を引きちぎる。

鬼を血を浴びて、赤い球がまた元の形に戻った。

海美はゆっくり手を合わせた。

しかし、これでカッコつけて去れない。

「…まつり。」

 

刀同士が当たるごとに刃こぼれを起こしている。

しかし、右手王は前へ進む。

まるでまつりを無視するかのように。

後ろから斬りかかられてもお構いなしに前へ。

「右手王よ。」

階段にナポレオンが立ち塞がる。

「邪魔だ。退け。」

全くスピードを緩めない。

右手王は階段を登る。

ナポレオンは風車を打つける。

右手王は出来るだけ避ける。

取り合わない。

取り合うつもりもない。

「もしかしたら、右手王。間に合うかもな。」

「なに?」

右手王の刀とナポレオンの風車がぶつかる。

「今拝んでるお経が聞こえるか?」

「あぁ。」

「今のお経が終わったら、剃髪に入る。あの赤ん坊は畜生の血が半分だからな。その血を治めるお経だからな。今のは。」

「なに?」

「だから、お前を止める。少なくともこのお経が終わればもう仏の弟子だ。お前の言う通りに…」

そこで、右手王がナポレオンの胸元を掴む。

階段の上にいるナポレオンを揺さぶり、下に落とす。

ゴロゴロ、ナポレオンは落ちる。

そのナポレオンを飛び越える青とどす黒い赤の塊。

「まだ来るか?」

右手王は慌てて刀を階段に突き刺し、さばこうとした。

しかし、その青髪が振るう薙刀は、刃の交わる瞬間、右手王の刀と逆に回転した。

一回杖に収まり、また反対側から刃が飛び出す。

青髪も素早く手首を返し、薙刀の刃の向きを、右手王の刀の刃の向きと同じにした。

すると、青髪の刃はよく斬れる方向で、右手王の刀は斬れない反りで薙刀を受けた。

右手王の渾身の力がこもった斬撃をなんどもまつりに繰り出した刀自体も悲鳴を上げていたし、まして、海美の薙刀を受けたのである。

耐えられるわけがない。

右手王の刀は刃の真ん中あたりで快音いや怪音を立てて割れた。

「んっ!?」

「右手王!」

海美は右脇に抱える杖の尻を左手で掴むと、背中で杖を滑らせ、杖の状態、吸血鬼の心臓で右手王の右頬をぶっ叩いた。

反動で足が振り上がり、手は着いたが頭から落ちた。

次に鎌モードにすると、右手王の体の下に刃を入れて、自分は階段の下を向き、肩を支点にして、階段の下に右手王を投げ飛ばした。

ゴロゴロゴロゴロ転がる。

途中、登ってきたナポレオンにぶつかりそうになるが、ナポレオンは上手く避けて、結局一番下まで落っこちた。

まつりが海美の近くに来る。

「海美!」

「まつりありがとう。鬼はやっつけたから。」

「だけど、右手王が…」

「大丈夫。ナポレオンの話なら、このお経が終われば赤ちゃんはもう右手王のものでも私のものでも、畜生でも地獄の住民でもなくなるから。その方が彼は辛いはず。」

「……だから倒さなかったの?」

「そうあうこと。」

まつりがいるとおちつく。おかげで少し疲れが出て呂律が回らない。

「づぁぎゃな!」

急にナポレオンが下から吹き飛ばされて来た。

「まつり!」

二人は構える。

「まつり。獅子をお願い。」

「うん。」

「気をつけろ二人とも…まさに、あいつは右手王だ…」

「なに?」

まつりがナポレオンに近づく。

そして驚く。

持っていた鯉のぼりの風車がない。

「まつり。早く本堂へ。少なくともあそこなら仏様が守ってくださる。」

「分かった。」

まつりはナポレオンに肩を貸すと上に上がっていった。

海美は後ろから、いや背中から耳にかけて何かが這い上がってくるような恐怖を感じた。

あの鬼や餓鬼、ヤクザ、仁王からは感じなかったものだ。

下からなにか上がってくる。

覇気が有り余っていると言うか、黒いモヤが実際に見えるというか。

とにかく、良くないものが近づいてくるように感じる。

やはり右手王である。

しかし、さっきと様子が違う。

ほぼ同じなのだが、右手がいや、右腕が大きい。

右手に持つ、ナポレオンの風車がベコベコにひん曲がり海美と目を合わせるとさらに力を入れて握りつぶした。

「右手王と呼ばれるゆえんはそれか…」

「もう我慢ならん。この右手で全て奪ってやる。」

「その傲慢はやめなさい。だから地獄に落ちたのですよ。」

「黙れ人間。経が終わったからなんだと言うのだ。」

「…それは、」

「まずは邪魔する貴様を消して、あの雄鬼はお前の哀れな姿を見ながら死ぬのだ。」

右手王はジャンプした。

階段があり、距離があるというのに、右手で地面を殴って飛び上がった。

海美は横に払おうと、構える。

「無駄だ。」

右手の、ナポレオンの風車の残骸を投げる。「あれは…」

杖が刃を回転させる。

海美は素早く、高速回転する杖を巨大な団扇で仰ぐように、上下させる。

風車の残骸が弾かれて落ちる。

しかし、右手王は迫る。

「ちっ!」

海美は数段上がる。

海美のいた位置より何段か上に右手を振り下ろす。

石階段、三段分にそうとうする大穴が空いた。

しかし、海美はその先にいる。

「逃がさんぞ。」

壊した石段の石を右手で投げる。

放物線を描かず、直線で海美に飛んでくる。

避けても何段か余計に走らないと、真後ろの階段が壊されて上に上がれなくなってしまう。

上に上がれなければ、取り残されて殺される。

「いいのかいいのか?あの赤ん坊まで案内してもらって。」

「…っ……」

「これなら、経が終わるより先に着けるかもな。ハハハ。」

「そんなことさせるか!」

海美がとって返す。

「やれやれ。やっとやる気になったか。」

右手王の左腕を切り落としてやろうと海美は右から薙刀を振るう。

しかし、右手王は避けない。

「左手なんぞくれてやる。そのかわり…」

大きな腕が海美を鷲掴みにする。

ペットボトルでも握るかのように海美が宙に浮く。

あまりの圧力により薙刀状態の杖を離す。

ドス!とその場に突き刺さる。

「うっ…」

「大声を出さないだけ立派だな。でも、手足を引きちぎったらどうかな?」

右手王の切断された左腕から血が流れている。

海美は声を上げない。

「さぁ、経でも読んで閻魔大王に会う準備をしろ。」

「そうね。とびきり長いお経を読んであなたを足止めしなきゃね。」

「貴様!」

太っい親指が、海美の首の下に入る。

どのくらい太いかと言うと、海美の方と顎の間に入るぐらい太い。

「このまま首を刎ねてくれるわ。」

「…だけど、私の勝ちみたいね。」

「なに?」

「聞いてみなさい。」

「………。」

「………。」

木が風にあおられサワサワ言っているだけで、お坊さんの声がしない。

「…経が終わった。」

「だからなんだって言う…」

「号外だ!号外!」

バラバラと空から新聞が降ってくる。

鳥どもが騒ぐ。猿も騒ぐ。

「どうしたの?」

肺が潰されそうななか、海美が動物に聞く。

「市長立候補者全滅。三人目の赤ん坊は資格を失った。捕らえても恩賞なし。」

鳥や猿が我先にと触れて回る。

「だってよ。右手王。」

「ゆるさん…こうなったら、ただの赤ん坊だろうと、寺だろう…が…うっ!…」

右手王は急に苦しみ出すと、海美を握ったまま右手を地面につく。

急に呼吸が乱れて、ゼエゼエ…ハアハア…ふぅー…ハアー…と浅い呼吸や深呼吸を繰り返している。

「ヴヴヴ…」

海美も締め上げられて呻き声を出す。

海美が絞め殺されることを覚悟した時、手が開いた。

右手王が目に手を当てて、

「見えない!見えないぞ!目を開けてるのに…」

と騒ぐ。



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第二十三話 決着

最近、空前のマフティーブームが来てます。
「やってみせろよ、マフティー。」
「なんとでもなるはずだ。」
「ガンダムだと!」


海美も急に圧迫がなくなったので、ふわふわした感覚を味わっている。

しかし、すぐに落とした薙刀にしがみつき、引き抜いた。

すると、いつもは土に刺して引き抜いても刃が綺麗なのに、今回は濡れたところに土や砂利が付くように、汚れていた。

「あれ?」

のたうち回る右手王と見比べる。

「もしかして…」

近くの木を見る。

杖の玉を押し付ける。

変化はない。

次に、汚れた刃で若干傷付けた。

すると、みるみるうちにそこが腐り出した。

「…この心臓、というか、血が体の中に入ると毒になるのか。」

海美は右手王を見る。

右手王は苦しみながらも階段を登る。

赤ん坊と、坊さんたちを殺すために。

「せめて…あの赤ん坊だけでも…」

ズルズル這って上がる。

側から見れば、救済を求めて寺に逃げ込んでいるようだが、彼が求めているのは救済というより、憎悪や憎しみが生まれることだ。

這いつくばる右手に海美が刃を突き立てる。

「あっ!」

そう言って、右手王は海美を見る。

俺がこんなに頑張っているのにどうして邪魔するんだ!?

という顔をしている。

みるみる右手が紫色に壊死していく。

「貴様…」

「右手王。もう諦めなさい。あの子はもう赤の他人なのよ。」

それは、右手王に言ったのか自分に言ったのか分からない。

「そんなことはない。奴を殺せばいいのだ。」

「そんなことしたら、可哀想でしょう。」

「そうだ。かわいそうだ。俺はかわいそうなことがしたいんだ。させろ。」

右手に力を入れたいのだろうが、右手に力が入らず、肘をあげようとした。

肘にすら力が入ってない。

「右手王。あなたはそうやっていつまでも相手を見下して生きてきたのね。」

「………。」

紫色が肩に到達した。芋虫のように体全体で動く。

「自分が劣っていることが分かるから、新聞も読まない。弱いのがバレたくないから右手だか、刀だかで武装してる。そして、その力で、暴力でしか相手を制圧出来ない。そんな弱虫で…」

紫が頭に到達する。

もう動かない。

海美が中腰で下にいる右手王に話しかける。

「右手王。よく聞きなさい。あの赤ん坊は人だけでなく六道から尊敬されるモノになるわ。死んだ時も新聞で大々的に報道されて、何万もの人やモノが泣いて、何万年もの間名前が残るわ。

だけど右手王。

あなたは誰からか尊敬されて、誰かが泣いてくれるかしら?」

「………。」

「あなたは誰からも尊敬されず。尊られず。見下されてけなされて、最後は忘れ去られるわ。」

「………。」

「もう聞こえてないか…」

 



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最終回 海慶

みなさま。長々と続きましたがいよいよ最終回です。
もっと臨場感が出せれば良かったのですが…
最後までありがとうございました。
次回もお楽しみに。


 

 

山のお寺から太鼓や木魚の音が聞こえて来る。

一斉に鳥や猿の新聞記者たちが飛び出す。

「うみ!」

まつりは参道を駆け下る。

海美は右手王だったものを蹴り落としながら山門までやってきたところだった。

「まつり。」

「海美見て!速報の新聞!」

まつりは新聞を開く。

「右手王死す。って書いてあるよ。」

「まつり。これは上下逆さまで読めないよ。」

慌てて正しい向きに新聞を替える。

たしかに書いてある。

私も背中が写っている。

「お坊さんに聞いたら…「待って。その下。」」

まつりを遮ってその下の記事を読む。

「なんだって?」

「簡単に言うと、もう一回選挙をやるんだけど、紋章の有無は問わずに、天道、畜生道、阿修羅道から選ぶって。」

「ってことは。」

「前回よりは絶対に良くなってる。六道の制限なしはまだかかるけど、天道から出れるってことは、もっと多くの道の人が幸せになれる方法になってるってことだから。」

「やった!」

「さえぎってごめんね。なに?」

「あぁ、そうだ。あの赤ちゃんなんだけど、名前が「かいけい」ってなったよ。」

「そう…」

海美の声のトーンが若干下がる。

自分からドンドン赤ん坊が離れていく感じがした。

まぁ、仕方ない。自分もそれを分かってて右手王を諭したし、あの言葉は自分に向けたものだっただろうし…

「だけどね。さっき赤ちゃんの名前を決める時、「かいけい」は海って意味だって言ってたよ。それと、けいはめでたいっていみだった。」

「えっ?」

「海に祝福されたものって意味らしいよ。」

「海に…」

「良かったね。海美。お坊さん達、海美をお母さんにしてくれたんだ。」

「………。」

泣きそうになる。

あの赤ん坊との思い出が甦る。

だけど、すぐまつりに話しかけた。

「…まつり、行こう。早くしないと右手王の仲間が来るから。」

泣きそうな声だった。

「…分かった。だけどどこに?」

「とりあえず、あなたの刀を直さないと…壊れたんじゃなかった?」

「うん。」

海美はまつりを引っ張り歩き出す。

「あか…かいけいには会わないの?」

「大丈夫。もうさようならはしたから。」

そう言うともう歩き出した。

「海美、泣かないで。笑った顔で振り向いてあげようよ。」

「なんて?」

「…いま、階段の上にお嬢さんがかいけいを抱いて立ってるの。笑顔でさよならしようよ。」

「………。」

「最後にかいけいが見た海美の顔がこれから殺し合いをする顔で良かったの?」

「………。」

「最後は、優しい顔を見せてあげようよ。」

「………。」

「………。」

「…まつり、ありがとう。」

そう言うと、海美は振り向いた。

泣いていた。頬を涙が伝わっていた。

だけど、もう泣いてなかった。

優しい目になっていた。

階段の一番上を見た。

お坊さんが何人も見ている。

真ん中の和尚さんがなにか抱いている。

「さようならー!かいけい。幸せになってね!」

まつりは刀を振った。

「…かいけい!一生懸命生きてね!私も頑張るから!あなたも頑張って!」

海美は抱いてた左手を懸命に振った。

お坊さん達も手を振ってくれた。

手を合わせてお経をあげてくれている人もいた。

和尚さんも海慶を見せようと傾けていた。

「いこうまつり。」

「うん。」

二人は歩き出した。

「ところで、なんで急に鳥や猿が来てかいけいが仏門に入ったことを号外で出せたの?」

「それは、ナポレオン。新聞記者に情報を流して、『右手王死す。』の情報を誰よりも出させてやるから、ハッタリでも仏門に入ったって情報を流したの。」

「ハッタリだったんだ…あっ!ナポレオン!」

「あぁ。大丈夫。お坊さん達が介抱するって言ってたし、用があるなら追っかけてくるでしょ?」

「そっか。だけど、風車が…」

「それも、起きたらなんとかするんじゃない。下手したら、海美が目指してるところに現れるかもよ。」

「そしたら、その時でいいか。」

海美とまつりは静かな山道を降っていった。

まるで山が海美の代わりに泣いているようだった。

だけど、海美はもう泣いてなかった。

まだ泣いてたらじゃあなんで連れていかなかったんだ?ってなるし、海慶の未来を潰すかもしれなかったからだ。

海慶の未来は無限なんだ。

それを私がいることで狭めちゃダメだ。

だから、笑ってさようならするんだ。

そう決めていた。

 

海美とまつりはどこかへ去っていった。

 

 

 

 

後日談。

海慶がこの後どうなったのかというとよく分かっていない。

ただ、各地にこんな伝承が残る。

伊勢崎の市役所付近には、寺を飛び出した海慶が地獄道のモノを襲うことをして人間をたくさん助けたという伝説。

JRの伝説では、群馬と埼玉にかかる橋に海慶が住み、人間をいじめようとするモノが列車で来ると、その列車に乗り込み、モノを懲らしめた。

ある駅に海慶が住み、奴隷列車を襲い、人間を助けた。

また、モノを全滅させることを志した青年九郎と死ぬまで戦い続けて、平泉もしくは北海道で死んだという説がある。

 

また、人間助けを行なった英雄海慶の墓と言われる場所が各地にある。

その墓全てに、赤い鬼を連れた青髪の老婆の目撃談が必ず存在している。

 

 

おしまい

 

 

 



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