もしも、ニトクリスが勝気な姉御肌だったら (萃夢想天)
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第六特異点キャメロットでの一幕

初めましての方は初めまして。
そうでない方々は本当にごめんなさい。

仕事に次ぐ仕事で時間が取れないなか、
本筋のオリオンとかオリ主異聞帯とかを
ほっぽってまた新作に手を出してすみません…!

リハビリの一環ということでどうかお許しを!
以前のアンケートや感想でいただいていたご意見を
形にしてみた、なんちゃって読み切りの作品です。

本筋が片付いたら続きを書くかも…書くかな…。
とにかく、楽しんでいただけたら幸いです。


それでは、どうぞ!





 

――砂塵舞う乾ききった大地。

 

――およそ命の潤いなど芽吹かぬ不毛の地に、影が躍る。

 

 

「く、命あっての物種だ! 退くぞ! 今回の目的は女王の奪取なのだ!

 この女さえ手に入れてしまえば、スフィンクスだメジェドだなど、恐るるに足りん!」

 

 

黒褐色の肌に無駄を排した肉体、美しい青い髪が砂漠に映える。

同様の黒装束を身にまとう者たちに命令を下すその女は、『暗殺者』の英霊。

真名を【百貌のハサン】という。

 

飛ばされた檄に、彼女の配下と思しき者が所在なさげに答える。

 

 

「それが…百貌様。戦いの隙に、あの手品師めに、その…」

 

「はぁい♪ 手品師じゃなくて天才だってば。それも抜け目ない、ね」

 

 

黒衣の暗殺者が見つめる先に居たのは、およそ砂漠に住まう者とは思えぬ派手な衣装に

豊満な肢体を包み込んだ絶世の美女。美という言葉が形となって顕れたような女だ。

 

 

「我らがマスターとマシュが応戦してる隙にちょちょい、っとね。

 君たちが縛って連れて行こうとしていた女性なら、私が頂いちゃったよ。

 ん~。なんか、新婦を奪いに式場へ乗り込んできた主人公みたいな台詞だな!」

 

「さっすがダヴィンチちゃん!」

 

 

ダヴィンチと呼ばれた美女は、その体に似つかわしくない機械的な剛腕を振りかざし、

慌てふためく黒衣の群れに照準を合わせる。ここから私も攻撃へ転じるぞ、との警告だ。

 

目的としていた女を奪われ、奪い返そうにも相手の実力は未知数。危険な賭けになる。

そう判断した百貌のハサンは、同胞たちに撤退を命じ、砂塵に姿を溶け込ませ去った。

 

 

「……状況終了。ひとまず危険は回避できたようです、マスター」

 

「ありがとう。マシュ、ダヴィンチちゃんも」

 

「お安い御用さ♪」

 

 

身体が丸ごと隠れてしまうほど巨大な盾を構えていた少女と美女の二人が、

一人の少年に安堵の笑みを向ける。マスターという呼称が示す通り、少年は二人を

使役する立場にあった。尤も、少年の方にそのような仰々しい意思は無いのだが。

 

彼らはカルデア。星見の天文台と呼ばれる、人理継続保障機関フィニス・カルデアに

所属する魔術師と英霊の一行である。

 

現在彼らは【人理焼却】という未曽有の大災害を食い止めるべく、七つからなる

特異点、人類史の誤った転換点を修復する度の真っ最中であった。

この砂漠こそ、修復すべき特異点の内の六つ目。十字軍との聖戦が引き起こされた

エルサレムこそが特異点化の原因と睨み、修復に乗り出したばかりのカルデア一行。

 

盾の人工英霊マシュ・キリエライト、魔術師の英霊レオナルド・ダ・ヴィンチ、

そして彼女らを指揮する主人たる魔術師、藤丸立香の三人での砂漠横断。

過酷な旅の始まりを案じさせる謎の騎士やスフィンクスとの連戦に疲弊していた

彼らは、偶然砂塵に紛れて女性を拉致しようとしていた黒衣の集団を発見。

情報源かつ人命救助の観点から、黒衣の集団と敵対し、拉致被害者の女性を救出。

 

そして今に至る。

 

 

「しっかし、訳分かんない特異点だよねホント。

 あの全身イカした甲冑の騎士もそうだけど、スフィンクスって…。

 幻獣神獣の類が跋扈できる時代ではないはずだけどなぁ、十字軍遠征時代って」

 

「そんな時代考証よりダヴィンチちゃん! 攫われかけてたさっきの人!」

 

「はいはい、まぁかせて! 猿轡と縄を解いて……思ったより厳重だぞコレ」

 

 

何故時代が誤った方向へ向かおうとしているのか、という疑問に着眼点を置こうと

するダヴィンチを引き戻す藤丸少年。彼女らは先程救出した女性を改めて見やる。

 

胸部や鼠蹊部などは穢れの無い純白の布地で隠され、肩や腕などは黄金で作られた

装具で部分的に守られている。だがそれらよりも目を引くのは、頭頂部。

人ではなく、馬や兎の耳を象ったような部位が、女性の頭頂部から顔を覗かせる。

藤丸少年はこれまでの特異点修復の経験上から、一目で看破する。

 

 

「……この人、多分英霊だ」

 

「眠らされてるのかな。英霊って基本睡眠は不要だけど眠れないわけじゃないし。

 おーい、キミぃ。起きたまえよ~。万能の天才ダヴィンチちゃんだぞ~?」

 

 

過去現在未来の時間軸に囚われない、伝承に記されし英雄豪傑を使い魔として降霊、

召喚したものが英霊。彼女もその例に漏れず、この特異点に召喚されたクチだろうと

予想したカルデア一行。ダヴィンチが機械ならざる左の細腕で軽く頬を突っつく。

 

すると、全身を異様にガッチリと縛られていた女性が、意識を取り戻した。

 

 

「……んぁ…? ぉい、よせってば……触んなクソガキぃ…」

 

「おや? 寝言かな?」

 

「髪を引っ張るんじゃ……耳じゃねぇっつの……寝癖でもねぇよボケぇ…」

 

「んー、随分と愉快な夢を見てるみたいだね」

 

 

何やら夢の中で不愉快な事でもあったのか、険しい顔つきになっていく女性。

口端から漏れ出る寝言が随分と荒んだ物言いだと藤丸少年が感じ取った瞬間、

うなされていた女性の目がカッと見開かれ、その群青よりなお蒼い瞳と見つめ合う。

 

 

「………ぁン?」

 

(あ。こりゃまずいかも)

 

 

びゅうびゅうと吹き荒れる砂嵐が通り過ぎ数秒、女性は凄まじい剣幕で叫ぶ。

 

 

「――ンだテメェら!? 近っ、寄るンじゃねぇゴラァ‼」

 

「マスター!」

 

 

起き上がると同時に繰り出された痛烈な蹴撃。これを寸でのところでマシュが

大盾を構えて間に入ったことで防ぐことに成功。女性は二重の意味で顔をしかめた。

 

 

「硬っっ! 何しやがんだ小娘! アタイが誰だか分かって喧嘩売ったのかァ!?」

 

「ぅぅ…! ま、マスター! こちらの女性、凄い威圧感です…!」

 

 

穏やかで優しい性格のマシュは、相手の放つオラオラな気勢に早くも弱腰になる。

それを見越したのか、大盾を掴んで踏み台にして飛び上がる謎の女性。

 

砂吹雪荒れ狂う中でも体勢を崩さず跳躍した女性は、マシュとダヴィンチの両者が

直線状になる位置に着地。そのまま一気に駆け出し、距離を詰めて握り拳を振るう。

 

 

「ダヴィンチちゃん!」

 

「遅ぇ! おらよぉ!」

 

「肉弾戦闘とかガラじゃないにも程がある! けど、やってやれないことはない!」

 

「ンだぁテメェ……そのバカデケェ腕はお飾りか? 腰が入ってねぇぞ腰がァ‼」

 

 

一瞬で間合いを縮めた女性は、ダヴィンチの様々なガジェットが搭載された機械腕の

一振りをスウェーで回避。流れるような動きで的確に関節部への攻撃を繰り出す。

 

速度重視の連撃をまともに浴びたダヴィンチは、砂の大地にあっけなく膝をつく。

遅れて間合いに入ってきたマシュも盾を振り回して追撃を阻止しようとするが、

女性は大振りの攻撃を嘲笑と共に避け、隙だらけのボディに回し蹴りを突き刺した。

 

 

「ぐぅ…‼」

 

「盾持ちの割にゃ足腰が脆過ぎる。小娘、そんなナリでこのニトクリス様の攻撃を

 受け切るつもりか? 笑かすなよ。鍛え方が違うんだよ、鍛え方が!」

 

(ニトクリス――その名は確か、古バビロンの女王! もしくは……)

 

「……多分、紀元前二千年以上前に栄えたエジプトの方で高名な女王、だろうね」

 

 

マシュが女性の名乗り――ニトクリスの名を聞き、即座に真名から相手の詳細を

脳裏に叩きだす。ダヴィンチがより正確な情報を口頭で藤丸少年へレクチャーする。

魔術とは時間を積み重ねれば重ねるほどに、神秘という強さを増していくものである。

 

その性質が今なお健在である以上、目の前の女性は、凄まじい強敵に他ならない。

 

 

「お? あンだぁ? アタイを知ってるクチかぁ? テメェら砂漠の民にゃ見えねぇ。

 とすると……異邦からの旅人ってのか。だったら遠慮も何も要らねぇな! 潰す!」

 

「ま、待ってください! 話を聞いてください!」

 

「うっせぇ! 人がクソガキのお守りで疲れ果てて居眠りこいたとこ狙いやがってよぉ!

 人としての矜持ってもんがねぇのか!? つか、アタイの寝顔見た罪で死刑確定じゃい!」

 

「いやぁ、古代エジプトにおいて並ぶ者のいない魔術女王と名高いニトクリスがまさか、

 脳筋アマゾネス系女王だったとは驚きだ。力こそ法、ってタイプ? 逆に新しいねぇ」

 

「どこに感心してるのさダヴィンチちゃん!」

 

 

拳を構え、怒りと羞恥に表情筋を猛らせるニトクリス。

そんな状態の彼女を前に、話し合いは出来そうもないと諦めかけるダヴィンチ。

しかし、マシュは対話による事態の平和的解決を諦めず、怯えながらも話を続ける。

 

 

「聞いてください、女王ニトクリス! 私たちは暗殺者集団に掴まっていた貴女を発見し、

 助けただけで……特に気を害されるようなことはしていません! 明らかな冤罪です!」

 

「ほぉ……? 小娘、アタイの意見にナマ言ったなァ? 死にかけのラクダみてぇに

 ガタガタ震えた足でよぉ! 上等だ、吐いた唾呑めねぇってこと……体に教えてやらァ‼」

 

「お願いです、信じてください…!」

 

「マシュ、ダメだ! 来るよ、構えて!」

 

「しゃらくせぇ! 甘ちゃんサーヴァントに坊ちゃんマスターか? 一丁前気取りがよぉ‼」

 

 

マシュの必死の問いかけにも聞く耳を持たず、野性的で獰猛な笑みを隠そうともせずに

拳を握るニトクリス。女性として魅惑的なプロポーションとは裏腹に鍛え上げられた鋼の

如き頑強な肉体が、足を取られやすい砂漠を踏みしめ、なおもカルデアへ襲い掛かる。

 

 

「寝言が言いてぇなら寝かしつけてやるよ。アタイの拳で眠りな!」

 

「マシュ、気を付けるんだ! 彼女、想像以上に近接戦闘で押してくる!」

 

「魔術だ呪術だってのは頭が痛痒くなっから、なるたけ使わねぇんだアタイはァ!」

 

「キミ、本当に『魔術師(キャスター)』クラスの英霊かい!?」

 

 

ゴキ、と指の骨を鳴らして戦意を昂らせるニトクリスに、疲労を隠せないカルデア一行。

ここに来るまでの謎の騎士との連戦やスフィンクスからの撤退戦、並びに魔力濃度の濃い

砂漠という極限状況下。これだけで気力体力を削られ続けたカルデアに勝機は無い。

 

焦りを隠せないほど危険極まる状況にダヴィンチが舌打ちをしかけたその時だった。

 

 

『――もう良い! 下がるがよい、ホルスの化身ニトクリスよ!』

 

「マスター! いま、どこからか声が…!」

 

「砂漠に吹き荒れる魔力をものともしない遠隔での通信……古代文明の魔術かな」

 

 

突如として、砂塵舞う不毛の地に、荘厳な男の声が響き渡った。

耳を疑うカルデア一行。しかし、戦闘の構えを解いて顔を不機嫌に歪めたニトクリスが零す。

 

 

「チッ…! ラムセス、()()()()()()……! 召使いみたく人を呼びやがる…!」

 

 

マシュの訴えを聞いた時以上に苛立ちを募らせた表情で空を見上げるニトクリス。

そんな彼女に天啓を与えるが如く、謎の男の声が高らかに言葉を紡ぐ。

 

 

『その者らを、余の許へ導くがいい。敵対者を捉え捕縛するのではなく、あくまで貴様の

 客人としてもてなすことを忘れるな。余の威光を知らぬ愚か者には、余が直々に拝謁を許し、

 改めてこの太陽王の光輝に触れ、服従する機を与えよう! 太陽は万人を照らすが故に!』

 

「太陽王……! それではまさか、この声の主は…!」

 

「最も偉大な(ファラオ)としてエジプト史に名を遺したラムセス二世…。

 またの名をラーの化身、太陽王オジマンディアスその人だろう。とんだビッグネームだ」

 

 

衝撃と畏怖が全身を駆け巡る。エジプトという四大古代文明の一角を担うエジプトの中で、

最大最強の名を得た古代の王が自分たちをどこからか見ている。その事実に寒気がする。

 

魔術師としては三流以下だが、潜り抜けてきた修羅場の数なら一流以上の藤丸少年ですら

恐れを抱かずにはいられない威厳が、声だけで伝わってくる。乾いたはずの躰から冷や汗が

自然と流れ落ちていく。

 

だが、そんな様子のカルデア一行を置き去りに、なんとニトクリスが怒声を張り上げた。

 

 

「やかましいよラムセス! アタイの喧嘩にしゃしゃりでて来ンじゃねぇや!

 コイツらの相手してんのはアタイなんだよ、アタイ! 裁量権は当然アタイのもんだ!」

 

『フハハハハ‼ まこと剛毅な性だな、ニトクリス! 余は貴様の何者をも恐れぬその気概、

 勇猛と呼ぶに相応しき蛮勇を頼もしく思う! 良い! 太陽王への忠言、特に赦す!』

 

「知るかボケ! だいたい、アタイがいつからお前の配下になったってんだ、あァ!?

 確かにお前の大複合神殿に置いてもらってる借りはあるが、召使いになった覚えはないよ!」

 

『ほう? 先達の力添えを得るには、更なる貢物が必要と申すか。良かろう! 大複合神殿に

 おける現行稼働箇所の15%を貴様に貸し与える! その恵みを如何するも貴様の自由だ!』

 

「はぁ!? 15%だぁ!? そりゃつまり……えぇと…? そ、そんなにもらって、いいの?」

 

『赦す! もとより貴様が居らねば、大複合神殿を寄る辺とする我が民の安寧が損なわれる!

 余が治め、余が導き、余が君臨する新たなこの国に、貴様は不可欠だ! ホルスの化身!』

 

「……チッ。分かった、分かったよラムセス。そこまで言われちゃ立つ瀬がねぇ」

 

 

話が終わり、砂漠に吹き荒れていた視界を遮る嵐が何の音沙汰もなく消え去った。

どうやらあちらで話が決まったようだ。ひとまず、戦闘に次ぐ戦闘を避けられたことを喜ぶ

べきか。安堵の息を溢したマシュに、ニトクリスと呼ばれた古代の魔術女王が話しかける。

 

 

「……さっきは悪かったね、お嬢ちゃん」

 

「え? あ、いえ、ハイ! 御心配には及びません、ファラオ・ニトクリス」

 

「あー、それアタイ好きじゃなくてさ。その呼び方。普通に名前だけでいいよ」

 

「ではお言葉に甘えて。ニトクリス、先程の声の主がいる所へ我々を案内してくれるかい?」

 

「……先に言っとくけど、アタイはあのクソガキに従ってるわけじゃないからね」

 

「オッケー、記憶しとくよ」

 

 

はぁ、と溜息を盛大に吐き捨て、長髪をなびかせて古の女王が改めてカルデア一行へ名乗る。

 

 

「スフィンクスの問いかけに答えた者のみが招かれる、太陽王の大複合神殿が目的地だ。

 この砂漠…いや、この時代で最も栄えた理想の国の在り方を、アンタらに見せてやるよ」

 

 

自信たっぷりにそう宣言してみせた女性は、太陽の輝きすら勝ちを譲る程に眩く見えた。

 

 

 






いかがだったでしょうか。

実はニトクリスって実在が証明されてないんだってね。
半分が後世の二次創作で半分がそれらしい曖昧な存在。
なんだかFateらしいなぁと思った次第です。

この続きを書くか、もしかしたら同じく感想でいただいた
もしもなシグルドを書くかもしれません。書かないかも。


コロナ禍という緊急事態の真っただ中ではありますが、
どうか皆様、ご自愛くださいませ。




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