死の支配者と猫妖精 (スクゥーマ)
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第1話 ユグドラシル最後の夜

 藤村響(ふじむらひびき)は、仕事を終えて家に帰りつくと、即座に窓際のデスクに腰掛ける。

 

 「時間は、10時30分か。はぁ、待たせちゃってるかな」

 

 机の横にあるラックから専用コンソールとり、自身のニューロンナノインターフェイスに接続すると眼の前に無数のカーソルが現れる。響きは、その中から、「YGGDRASIL」のコンソールをタッチする。

 瞬間、世界が暗転する。

DMMO-RPG・YGGDRASIL(ユグドラシル)。十二年前に開発された国産ゲームで、最盛期はギルドも数千を超え、プレイヤーの数は数万に登るほどのゲームだった。

響が、サービス終了を知ったのは職場で食事をとっている時だった。端末を操作し、メールのチェックをしていると運営からのお知らせというメールが目に入る。

 内容はサービス終了のお知らせと、予定日。短いお礼の文章が書いてあり、ガチャの終了日、ゲーム内有償アイテムの払い戻しについての記載があった。

 湧き上がってくる懐かしい思い出の数々。HN:ヌコネコ・ネッコとして、みんなで広い世界を冒険した。バカをやった。全滅して大事なアイテムを奪われて仲間同士で慰めあった。みんなでネットお花見なんていうこともした。

 一ヶ月後、懐かしい人物からのメールが飛び込んできた。それは、自身が所属するギルド長からのものだった。内容は、

 

 ユグドラシル最後の日に集まりませんか?

 

すぐに返事を送る。行きますと。そして、すぐに上司に有給の申請をだし、受理されたが、前日になってトラブルが発生し、急に現場に行かなくてはいけなくなった。

 

 (遅くなるかもと連絡は入れておいたけど、待っててくれてるかな?) 

 

 目の前に懐かしい風景が飛び込んでくる。黒曜石の輝きを放つ大きな円卓に41の席。豪奢な漆黒のアカデミックガウンを羽織った皮も肉もついていない骸骨、少し離れた席にはコールタールのような黒色のドロドロとした塊がいた。

 死の支配者(オーバーロード)古き漆黒の粘体(エルダー・ブラック・ウーズ)。2体の怪物が、ログインしてきた響、ヌコネコの方に視線を移す。

 

「ヌコネコさん!来てくれたんですね!」

「おおー!おひさです!ヌコネコさん!」

 

 懐かしい二人の声に思わず笑みが溢れる。もちろん現実の肉体がだが。

 

「モモンガさん、ヘロヘロさん。本当にお久しぶりです。ふたりともお元気でしたか?」

「えぇ。おかげさまで」

「私は相変わらずですよ」

「いや、ヘロヘロさん、大丈夫じゃないやつじゃないですか」

 

 かつてと同じやりとりをしながら、円卓に並ぶ椅子の上に座るが、視界とテーブルの高さが被る。

 

「懐かしい視界だな~。少し椅子を引かないと二人が見えづらいですね」

「ははは。ギルド最小クラスなんですから。仕方ないですよ」

 

 ヌコネコの種族は、妖精。その中でも直立歩行をする猫の外見をもった猫妖精(ケット・シー)の系統である。猫妖精は、可愛らしいアバターを作れるとあって、女性人気の高かった種族だ。能力としては、人間種のエルフに近く、筋力が低めだが、敏捷と器用さが非常に高い。ただエルフと違い魔法詠唱者としての適正は低く、主にレンジャーやローグといった斥候系やテイマー系に高い適性がある。

 

「久しぶりに見ましたけど、ヌコネコさんの外見って、ギルドの中で浮いた外見ですよね」

「そうですかねぇ?弐式炎雷さんとかと変わらないように思うんですけど」

「同じ忍者でも、向こうは正統派忍者だけど、キュート系忍者じゃないですか」

 

ヌコネコは、盗賊系の上位クラスであるニンジャ、そこから派生する最上位クラスであるカシンコジのクラスについている。

装備だけでいえば、頭巾、マスク、マフラー、肩当てのついた忍び装束に、忍者刀を2本背中に背負っており忍者らしい格好をしている。しかし、それを着ているのが直立歩行する猫では、THE忍者と呼ばれた弐式炎雷と比べるとどうしても色物感が拭えない。

 

「うーん、ログイン最終日にまさかのアバターへのツッコミを食らうとは思ってみませんでしたよ」

 

 三人が声を出して笑う。やがて、思い出話に花が咲く。ヌコネコの知らないクラン時代やギルド結成初期の話。さらに、お互いに知らない話など。

 

「いやぁ、でも最後にモモンガさんだけじゃなく、ヌコネコさんにも会えて本当に嬉しかったですよ。ふぁ・・・ふぁぁ~」

 

 ヘロヘロから大きなあくび声が聞こえてくる。

 

「あぁ、もうこんな時間か・・・」

 

ヘロヘロの触腕が空中で何かを操作するように動く。コンソールを操作しているようだった。

 

「スイマセン、モモンガさん、ヌコネコさん」

「そうですか。それは残念ですね。・・・本当に楽しい時間はあっという間ですね」

「本当は最後までご一緒したいんですけど、眠すぎて・・・」

「あー、お疲れですしね。すぐにアウトして・・・」

 

 モモンガが途中まで言いかけたとき、ヌコネコが口を開く。

 

「お疲れだっていうのは重々承知なんですけど、今日でサービス終了ですし、どうせなら一緒に最後を迎えましょうよ」

 

 モモンガがヌコネコを見る。

 

「あ~・・・う~ん・・・ほんと、ごめんなさい。残りたいのはやまやまなんですけど、寝落ち寸前でして・・・ふぁ・・・」

「ヌコネコさん、ヘロヘロさんは、お疲れのようですし、引き止めるのも悪いですよ」

「です・・・よね。ヘロヘロさん、引き止めちゃってすいません」

 

 ヌコネコから、ピョコンとゴメンナサイのエモーションアイコンが飛び出す。

 

「いえいえお気になさらず。モモ・・・いや、ギルド長は、残られるんですか?」

「はい。私は、サービス終了の強制ログアウトまで残るつもりです。まだ時間もありますし、もしかするとまたどなたかが戻ってこられるかもしれませんし」

「そうですか・・・でもナザリック地下大墳墓がまだ残っているなんて思ってもいませんでしたよ。モモンガさんがギルド長としてずっと維持してくれていたんですね。」

「っ・・・ナザリックはみんなで作り上げた本拠地ですからね」

「モモンガさん、ヌコネコさん、お疲れ様でした。次にお会いするときは、ユグドラシルⅡだといいですね」

「おっしゃるとおり、そうだと良いですね」

「またどこかでお会いしましょう。最後にお二人に会えて嬉しかったです」

 

 ヘロヘロさんがlogoutしました。

 

画面に表示される文字列になんともいえない寂しさを感じる二人。

 

「行っちゃいましたね」

「そうですね。ヌコネコさん、これからどうします?」

「どうしましょっか?あー、そうだ。ちょっとお願いがあるんですけどいいですか?」

「なんでしょうか?」

「ワールドアイテムの山河社稷図(さんがしゃしょくず)ってあったでしょ?最後だし、あれを装備して一緒に写真撮りたいんですけどいいですか?」

 

 ワールドアイテム、ユグドラシルに200しかない究極のアイテム。アインズ・ウール・ゴウンでは、そのうちの11個を所持している。山河社稷図(さんがしゃしょくず)はその中の一つで、使用者含む相手やそのエリア全体を、全100種類からなる異空間から選んで隔離する効果を持つ巨大な巻物の形状をしたものだ。

 本来、ワールドアイテムを持ち出すにはギルドメンバーの過半数以上の賛成が必要である。皆が集めた宝を個人の勝手で持ち出すことは本来であれば却下されるものだ。

 

「そうですね・・・いいんじゃないですかね。最後ですし、やりたいことやってしまいましょうよ」

 

 モモンガにはもうここに誰も戻ってこないだろうという予感があった。だから、最後の最後に会いにきてくれた仲間である響がやりたいという願いを聞いてやりたかった。

 

「ありがとうございます。じゃぁ、ダッシュでとってきますね!」

「なら、玉座の間で写真撮りましょうよ。結局、あそこは完成したとき以来、ろくに座ることなかったですし、どうせならあそこで最後を迎えたいと思いまして」

「あー、だったら、チャットに玉座の間に居ますって書いておきますね」

 

 ヌコネコが、ギルド共有チャットに『玉座の間にいます』と文字を書き込む。これで誰かがやってきたとしてもすぐに自分たちがどこにいるかがわかるだろう。

 

「ところで、宝物庫のパスワード覚えていますか?」

 

 モモンガが、ワールドアイテムの眠る宝物庫の最奥の扉を開けるためのパスワードを覚えているのかと尋ねる。

 

「あー、それは大丈夫ですよ。実はあそこ、結構、源次郎さんとかと出入りしてたんですよ」

「え?そうだったんですか?」

「整理整頓の手伝いですね。流石にあの量を一人でってしんどいでしょ?」

 

 ですよね。と笑うモモンガに一旦別れを告げ、ヌコネコは、リング・オブ・フアインズ・ウール・ゴウンを起動する。この指輪は、ナザリックの名前のついている場所にならどこにでも回数無制限で転移することができるものだ。

 そして、宝物庫にはこのアイテムがないと行くことが出来ないようになっている。世界が暗転し、視界には、黄金の山が飛び込んでくる。

 

「さて、ちゃちゃっと取ってきますか」

 

忍術『飛翔大凧』を発動し、跳躍する。すると自身の背後に巨大な凧が出現し、それに掴まる。所謂、フライと同じ効果のある忍術である。ヌコネコは、黄金の山々を踏破することなく目的地に到着すると凧から地上へと飛び降りる。

 

「アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ」

 

 その言葉に反応し、のっぺりとした扉のような形状をしたのっぺりとした黒い空間に文字が浮かぶ。

 

「えーっと、-かくて汝、全世界の栄光を我がものとし、暗きものは汝より離れ去るだろう-と」

 

 黒い壁が消え、薄暗い通路が姿を表す。通路には多種多様な武器が美しくディスプレイされている。ゆっくりと眺めていきたい衝動に駆られるが、それらを無視し一気に最奥へと突き進む。

 最奥へと至る手前、ソファーとテーブルが置かれた部屋へと行き着く。そこには、黄色い軍服を来たNPCがポツンと立っている。

 

「パンドラズ・アクター・・・モモンガさんの作ったNPC。ずっとここで俺たちの宝を守ってくれていたんだな。お疲れ様。ありがとう」

 

 パンドラズ・アクターに向かって背筋を伸ばし敬礼をする。すると、カツンと踵をあわせて鳴らし、右手を帽子に添えて敬礼を返してくる。

 

「へぇ・・・こいつにこんな隠しポーズあったんだ。初めて知ったな・・・」

 

 サービス終了日にわかる新たな事実に妙な感動を覚える。おそらく、多くのNPCたちにもこういった隠し要素があるのだろうと。そして、NPCの挙動のコアとなるAIのプログラムを書き仲間に配布していたメンバーたちの仕事に感動を覚えた。

 

「早く取りに行かないと。指輪はここの机の上に置いてと」

 

ワールドアイテムの保管場所へと続く霊廟へ足を踏み入れる。リング・オブ・アインズウールゴウンを装備、または所持したまま入ると中のアヴァターラたちに襲われるという罠。これは、ここの製作者であるモモンガはおろかギルドメンバーであっても攻撃の対象となる。数年前にうっかり装備したまま入って酷い目にあった記憶が蘇る。

 

「みんなの装備の保管所か・・・霊廟って、モモンガさんやっぱセンス悪いな」

 

 仲間の装備品を保管する場所を『宝物殿最奥部』から『霊廟』へと改称したモモンガのセンスに苦笑すると同時に、そう名付けた気持もなんとはなく理解できた。

 

「みんなと最後まで一緒にバカやってたかったなぁ・・・」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「馬鹿だよなぁ・・・うわ、恥ずかしい」

 

アルベドの設定を『ちなみにビッチである。』から『モモンガを愛している。』と変更し恥ずかしさに悶絶していると、<伝言>(メッセージ)が飛んでくる。

 

『モモンガさん!真なる無(ギンヌンガガプ)が無いんですけど!!』

 

 応答した瞬間、ヌコネコの焦ったような声が飛んでくる。彼は真なる無がアルベドに装備されていることを知らない。だからこそ驚いてわざわざ巻物(スクロール)特殊技術(スキル)で使用してまで連絡をとってきたのだ。

 

「あぁ、それなら玉座の間のアルベドが装備していますよ」

『え・・・?それって、誰かが勝手に持ち出したってことですか?』

「でしょうね。まぁ、いいじゃないですか。アルベドに装備させた仲間の気持ちも汲みましょうよ」

『わかりました。じゃぁ、急いで戻りますね』

 

 そう言うと<伝言>(メッセージ)が切れる。やがて、正面の扉が開き、巨大な巻物を腰に装備したヌコネコが、玉座に向かって小走りで駆け寄ってくる。

 

「お待たせしました!あれ?セバスとプレアデス?連れてきたんですか?」

「えぇ。最後ですし、私達二人だけでは、ここは広すぎますしね」

 

 100人はゆうに入ることが可能な巨大な空間にプレイヤーは二人だけである。アインズ・ウール・ゴウンの最後を見届けるにはあまりにも寂しすぎる。

 

「そういや、モモンガさん、装備変更したんですね。それにギルド武器ですか?」

「最後ですからふさわしい装備に変えたんですよ。ギルド武器も使うことはなかったですし、最後くらい装備してみようかなって」

「いいですね!それじゃ、記念撮影しますよ」

 

 アイテムボックスから、カメラを取り出し自動撮影モードにして記念撮影を開始する。

 

「共有と」

 

 コンソールを操作し、カメラの中のデータをモモンガに送信する。

 

「ヌコネコさん。ありがとうございます。いい思い出になりましたよ。ところで、なんで山河社稷図(さんがしゃしょくず)なんですか?ワールドアイテムなら他にもいろいろあったでしょう?」

「え?忍者に巨大巻物は当たり前でしょ!」

 

 モモンガの問いかけに、ヌコネコはさも当然というふうに答えた。

 

「弐式炎雷さんと、これ装備して写真とか結構撮ってたんですよ?めちゃくちゃ似合うでしょ?」

「そんなポーズまで決めなくても・・・でも本当に似合っていますよ」

「でしょ?でしょ?やっぱ忍者には巨大巻物なんですって!」

「めちゃくちゃファンシー忍者ですけどね」

「俺は正統派忍者だよ!?」

「ふっ・・・」

「「あはははははははは」」

 

がらんとした玉座の間に二人の笑い声が寂しく響き渡る。

 

「あと10分もたたずに終わっちゃうんですね」

「えぇ・・・」

 

 二人で、玉座の間に掲げられているギルドメンバーの旗を指差しながら彼らの名を上げていく。

 

「モモンガさん。俺、ユグドラシルをみなさんと一緒にプレイできて本当に幸せでしたよ」

「私もです。みんなと冒険した日々は最高の時間でしたよ」

「ユグドラシルが終わっても、俺と友達でいてくれますか?」

「っ・・・当たり前じゃないですか!私達はずっとアインズ・ウール・ゴウンの仲間、友達ですよ!!」

「ありがとう。モモンガさん」

 

 すっと拳を突き出すヌコネコ。その拳にモモンガは自身の拳をコツンと突き合わせる。

 

23:59:50

 

 二人は視界の隅に映る時計を見る。あと10秒で夢は終わり、現実が始まる。現実の予定に、げんなりしたものを感じながら00:00:00秒最後の瞬間、二人は目を閉じた・・・

 

00:00:01・・・02・・・03・・・04

 

時計が新たな時間を刻み始めた。

 




Withナザリックルートか、Withoutナザリックルートの分かれ目までとなります。

ざっくりヌコネコ・ネッコ

本名:藤村響
HN:ヌコネコ・ネッコ

アインズ・ウール・ゴウンがナザリックを手にれた直後に加入した後期メンバー。
元は別のクランに所属していたがクランマスターとメンバー同士の人間関係が悪くなり、悩んでいたが、SNSで知り合った、特撮ヲタ仲間のたっち・みーに誘われる形でギルドに加入した。


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第2話 転移ートブの大森林ー

ルートAのふたり旅に入った話です。

モモンガさんが、鈴木悟色がとても強くなる亡国の吸血姫と同じ雰囲気と感じになっていく予定です。


2021/6/16
誤字修正


00:00:05・・・06・・・07

 

「ん・・・?」

「あれ?」

 

 目を開けるとそこは、見慣れた殺風景な部屋ではなかった。目に入ったのは、無数の木々。おそらくは暗い森の中。そして、自分の隣には、自分と同じようにあたりをキョロキョロと見回すヌコネコの姿があった。

 サーバーダウンが延期になった?それともロスタイム?あのクソ運営のことだからこういうことをしでかすだろうという考えが浮かぶ。なんにせよ、最後の日を台無しにされ強い不快感を覚えるモモンガ。

 

「ヌコネコさん、聞こえますか?」

「え?あ、モモンガさん?聞こえますよ。サーバーダウン延期になったんですかね?」

「どうなんでしょう?はぁ、なんだよもう。最後の最後にこんな・・・それにバグってるんですかね?ナザリックに居たはずなのに森の中なんて」

「あのクソ運営、最後の最後までクソのクソクソじゃないか」

 

 最後の日になんてことしてくれるんだと、ユーザーを馬鹿にするのも大概にしろと二人が運営に対しての罵倒の言葉を吐き続ける。

 

「明日は4時起きだってのに・・・」

「ははは。お疲れさまです。このままログアウトします?」

「そうですね。こんな気分のまま寝なきゃならないのか・・・あれ?」

 

 ログアウトが出来ない。

 

「ログアウト・・・できない!?」

「えっ!?」

 

 モモンガのその言葉にヌコネコもログアウトを試みるが、そもそもコンソールが出ないのだ。

 

「どうなって・・・ふざけんなよ運営!!」

「シャウトもGMコールも・・・」

 

 モモンガが喘ぐように声を発する。

 

 二人して、コンソールを使わないシステムの強制アクセス、チャット機能、そして強制終了を試みるがそのどれもが使うことができない。

 

(どうすればいい?どうすれば・・・シャウトもGMコールも使えない・・・運営に連絡をとる方法は?)

 

 ヌコネコは必死に頭を高速回転させる。仕事柄、不測の事態というものには数多く接しているとはいえ、この事態は常軌を逸している。電脳法上、これは誘拐に等しい行為だ。仮にユグドラシルが終わると同時にユグドラシルⅡが始まったとしても、相手の同意の無い強制、ログアウト不可能な行為は完全に犯罪だ。

 この状況、情報を一番持っているはずの運営に連絡がとれない中、何をするの正解だと口元に手を当てて考え始める。

指先に生暖かい自身の息がかかる。

 

(息・・・?俺の?)

 

 鼻から息を吸い込む。鼻から肺に水分を含んだ新鮮な空気が入ってくる。同時に、土臭いような今まで感じたことのない『緑』の臭いがした。

 

(臭いを感じる!?そんな馬鹿な!?)

 

 DMMO-RPGにおいては五感の多くが制限されている。ゲームと現実を混同しないためにという名目でだ。ユグドラシルでは、飲食のシステムがあったが、アイテムやシステム的なものとして消費するもので、臭いや味覚といったものは、遮断されていた。

 

「ヌコネコさん、やっぱりダメです。<伝言>も試してみたんですけど・・・どうしました?」

 

 モモンガが喋るたびに口が動いている。ゲームではそんなことはありえなかった。表情は固定されていたからこそ、感情アイコンがあったのだ。

 

「モモンガさん、俺の口動いていますか?」

「何言ってるんですか?ゲームなんですからそんなこと・・・」

 

 あっとモモンガが声をあげる。口元を覆うマスクを下ろし喋りかけてくるヌコネコの口が動いている。いや、よく見ればヌコネコの瞳孔が細いものではなく、丸く変化している。まるで生きている本物の猫の瞳のように。

 

「あり・・・えない・・・」

 

 ヌコネコの口が動き、呼吸をするたびに鼻先がピクピクと動いている。プログラムのことについてはそこまで詳しいモモンガではなかったが、細かい肉体の動きを表現しようと思えばそれがどれだけのデータ容量を食うということはわかる。モモンガは、恐る恐る自身の口元に手を当てる。呼吸は感じないが、口が動いているというのはわかる。

 顔を見合わせたまま黙りこくる二人。ありえないことが目の前で起こっているということに、明日の予定だとか、このままどうなってしまうのかということがそういった諸々の心配が吹き飛んでしまう。

 

「とりあえず、どうしますか?」

 

 ヌコネコがモモンガに問いかける。努めて冷静を装ってはいるが、目がキョロキョロとせわしなく動き、かなり動揺しているのがわかる。

 わけのわからない状況下にあっても、必死に冷静さを保とうとしている友人を前に、モモンガは喚き叫びたくなる気持ちをぐっと堪えようとした。瞬間、すっと頭の中にギルドの諸葛孔明と呼ばれた男、ぷにっと萌えの言葉が浮かぶ。

 

(焦りは失敗の種であり、冷静な論理思考こそ常に必要なもの。心を鎮め、視野を広く。考えに囚われることなく、回転させるべきだよモモンガさん・・・か。ぷにっと萌えさん、ありがとうございます)

 

モモンガは、一呼吸おいてヌコネコに話しかける。

 

「まずは、状況を整理しましょう。それと、できること、できないことを確認しませんか?」

「そ、そうですね」

 

 ヌコネコは、この状況下で冷静でいられるモモンガに驚いていた。この理解不能の状況下で冷静でいてくれる仲間がいるということのなんという心強いのかと。

 二人は、現状を整理し、把握していくにつれ一つの結論にたどり着く。それは、仮想現実が現実になってしまったのではないかという荒唐無稽なものであった。だが、考えれば考えるほど、辺りに生えている木や草の匂い、触感。その全てが現実のものであると二人にそう物語っている。

一人であれば、きっと自分の気がおかしくなってしまったのだろうと考えていただろう。

 

「仮想現実が現実に・・・か。可能性の一つとは言っても、それが一番正しいんじゃないかって思えてきますね」

「私もです。これが全て現実じゃないだなんて思えないですよ」

 

二人とも、この荒唐無稽ともいえる仮説が正しいと頭ではなく心がそう理解してしまっていた。

 

「異世界とか、ペロロンチーノさんが喜びそうですけど」

「でも、エロゲが無いから帰りたいっていうでしょ」

「確かに。ペロロンチーノさんだったら言うでしょうね」

 

 かつての仲間をネタにして笑う二人。

 

「っ!モモンガさん、静かに・・・」

 

ヌコネコの耳が何かを捉えようとピクピクをせわしなく動く。

 

「何かがこっちに向かってきている?モモンガさん、何か感じませんか?」

「えっ?私には何も」

 

 信じられないことにヌコネコには、何者かが出す音、そして気配のようなものまでもがはっきりと感じ取れる。まるで自分自身がソナーかレーダーになったかのように。

 

「4・・・いや5・・・?」

「ヌコネコさん、それってもしかして・・・?」

常時発動型特殊技術(パッシブスキル)の感知能力でしょうね。もしかするとユグドラシルの能力は使えるんじゃ?方向としては向こうのほうですね」

 

 ユグドラシルにおいて索敵役であったヌコネコは、広範囲に及ぶ強力な索敵系特殊技術を所持している。常時発動している特殊技術として敵の数や位置、方向、大まかな敵の強さを感知するものがある。他の特殊技術と併せて使うことでより詳細な強さなど正確な情報を得ることができるがその分、より近づかないとその特殊技術は使えない。

 

「特殊技術は・・・使えるっぽいですね。なんか言葉にしにくいんですけど、できるってわかるんですよ」

 

 ヌコネコの言葉にモモンガも自身の肉体、意識を内に向ける。すると特殊技術だけでなく自身が習得した700を超える魔法も使える。そういう確信がある。

 

「これは・・・!私も魔法も特殊技能も使えそうです。で、どうするつもりですか?」

「隠れて様子を見てきます」

「それは・・・危険じゃないですか?」

「ですけど、得られるものも多いかもしれないですよ」

 

 確かにヌコネコの言う通りだ。もしかすると自分たちと同じ状況に陥ったプレイヤーかもしれない。違ったとしても、いずれは自分たちの能力がどこまで通用するのか知らなければいけない。

 

「俺が特殊技術をフルで使って、様子を見てきます。その間、モモンガさんは完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)で隠れていてください」

「危なくなったら、なりふり構わず一気に撤退ですね」

 

コクリとヌコネコが頷く。ヌコネコが特殊技術を発動する。ヌコネコの姿が、スウッとあたりの景色に溶けていくように姿が薄く透明になって消えてしまう。

 

(すごいな・・・ユグドラシルの時と同じだ。いや、それ以上かもしれない)

 

 少なくとも徐々に周囲の風景に溶け込んでいく姿は、ゲームでは表現できないものだ。モモンガは、ヌコネコの無事を祈りながら、完全不可知化の魔法を発動させた。

 

 

 

 

 疾い!疾い!疾い!!

 

 木々が生い茂る森を駆け抜けながらヌコネコは自身の肉体能力に感動を覚えていた。障害物だらけの森を平地の如く駆け抜けられる。それだけではない。木から木へ音も振動もなく跳躍できる。漫画やアニメに出てくる忍者、それ以上の動きができてしまうのだ。

 だが、油断をしてはいけない。もし、近づいてくるものたちがプレイヤーだったなら自身と同様のことができるハズだ。プレイヤーでなかったとしても、自分以上の能力をもつ存在かもしれない。ユグドラシルではLV100、最高レベルの存在だったがこの世界ではLV100が底辺だという可能性もあるのだ。

注意に注意を重ねながら気配のする方向へと近づいていく。プレイヤーなら友好的な人たちでありますようにと祈りながら。

 

「見えた・・・!あれはゴブリンか?」

 

 遠くに映る存在は、ゴブリンが3匹にウルフが1匹。見た目だけならユグドラシルのチュートリアルで戦う程度の雑魚モンスターたちだ。だが、この世界でもユグドラシルと同じであるという保証はない。

 アバターをゴブリンに選択したプレイヤーという可能性もあるが、3体とも見た感じがほぼ同じだったのでその可能性は低いと思われた。

 

(プレイヤーってわけじゃなさそうだな。だけどもなんだ?こいつら弱い?)

 

ゴブリンたちからは何も感じない。気配というべきものが雑魚そのものなのだ。だが、この感覚が正解だとは思わない。慎重に特殊技術を発動し相手のレベルを計測する。

 

 

 

 

 

 

 

(ヌコネコさん、大丈夫かな?)

 

 モモンガは、茂みの中に潜みながらヌコネコが戻ってくるのを待っていた。彼の隠密能力と探知能力には信頼を置いている。仮にプレイヤーだとしても探知特化型でも無い限り彼を発見できるものはそうはいないはずだ。

 心配しながら待っていると、何もない空間にヌコネコの姿がぼんやりと現れる。

 

「モモンガさん、モモンガさん帰りましたよ」

 

 ヌコネコの声を聞いて、モモンガは、完全不可知化を解除し、茂みから出てくる。

 

「どうでしたか?」

「ゴブリン4,ウルフ1。レベルは一桁でした。特殊技術をフルに使ったのでよほどの隠蔽系特殊技術か魔法で偽装してない限り確定だと思います」

 

 ヌコネコの報告を聞いて考えこむモモンガ。

 

「プレイヤーの可能性は?」

「それは無いと思いますよ。外見的に差異がほとんど無かったですし。仮に偽装しているとしてももっと上手くやりますよ」

 

 それもそうだとモモンガも頷く。PvPにおいて、ステータスの偽装は必須だが、あまりにも低レベルのステータスに偽装することは殆どない。それに、ヌコネコの探知系特殊技術を欺ける存在は考えにくい。

 

「デフォルト設定のまま、最終日に新規ログインした人っていう可能性は?」

「ゴブリンとウルフで?」

 

 言ってはみたものの、あまりの可能性の低さに返答に詰まるモモンガ。

 

「危険は多少ありますけど、動かないと状況はよくなりませんし、場合によっては今の能力を知る機会にしましょう。敵対状態になったら私は心臓掌握(グラスプ・ハート)で先制します。抵抗された場合は・・・」

「俺が追撃ですね?それでも駄目な場合は」

「「撤退」」

 

 簡単な方針を決めてヌコネコの後をモモンガはついて行く。

 

「いました。あれです」

「あー・・・見た感じ、ただのゴブリンですね」

 

 ゲーム序盤でよく見かけたゴブリンとウルフ。だが、全体的に生々しいというか肌や毛並みがやけにリアルに感じる。

 意を決して、モモンガとヌコネコが茂みからゆっくりとゴブリンたちの前に姿を表す。

 

「こんばんは」

 

まずは挨拶。できる限り相手に警戒感を抱かせないようにモモンガは親しみを込めて声をかける。

 

「ス、スケルトン!?」

 

 突如現れたモモンガとヌコネコを見て、武器を構え警戒感をあらわにするゴブリンたち。

 

「警戒しないでください。今起こっている状況について語り合いませんか?GMコールも機能していなくて・・・」

 

 ゴブリンたちは語りかけてくるモモンガを見て顔を見合わせる。やがて、ニヤリと醜悪な笑みを浮かべる。

 

「スケルトントチビ、タオス!イケ!!」

 

 その瞬間、ウルフが牙を剥きモモンガに飛びかかってくる!だが、その動きはモモンガにとってゆっくりと感じるものだった。

体が十全に動く。ゲームでも体験したことがない感覚だ。体を捻りウルフの初撃を難なくかわすと、即座に自身が最も得意とする死霊系魔法・心臓掌握(グラスプ・ハート)をウルフに叩きこむ。

 手のひらに柔らかい何かを掴む感触が起こり、それを握りつぶす。キュンッと図体に似合わない可愛らしい声を上げてウルフがバタリと倒れ込む。

 

「スケルトン!ナニヲシタ!?」

 

ゴブリンたちがしわがれた声で叫ぶ。その声には強い動揺を感じる。

 

「オマエタチ!イッキニイクゾ!!」

 

二人を取り囲むように4匹のゴブリンが包囲する。

 

「カカッ・・・レッ・・・?」

 

 リーダーと思しきゴブリンの首がボトリと地面に転がる。頭部を失った肉体が数秒してゆっくりと地面に倒れ込んだ。

 死体の真後ろにいつのまにかヌコネコが移動し、その首を跳ね飛ばしていたのだ。忍術・闇渡り。影から影へ短距離だが瞬時に移動できるものだ。

 

「どうにも話し合いはできそうにないっぽいですね。知性はあるっぽいけど」

「プレイヤーじゃないただのモンスターってことですかね?」

「やっぱりこの世界は・・・現実?」

 

 ゴブリンたちは二人が何について話しているのかさっぱりとわからなかったが、ただ一つだけ理解できていることがある。こいつらは、自分たちでは歯が立たない化け物だということが。

 それが分かればゴブリンたちの行動は早い。逃げの一択である。背中を見せて一目散に逃げ出す。

 

「あ、逃げた」

「どうします?ほっときます?」

「とりあえず殲滅しちゃいましょう」

 

 相手のレベルは一桁、ヌコネコの言う通りならこの魔法で十分なはずだ。

 

魔法の矢(マジック・アロー)

 

 第1位階魔法・魔法の矢(マジック・アロー)。ユグドラシルにおいて、魔力系魔法詠唱者であれば最初期に習得する魔法の一つ。レベルの上昇によって光弾の数が1~10個に変動し、威力も上昇する。この魔法の最大の特徴は必中効果にあり、特殊技術・魔法位階上昇化(ブーステッドマジック)と併用すれば、LV100のプレイヤー同士の戦闘でも十分に機能する。もちろん、今は魔法を使っただけでその特殊技術は乗せていない。

 

「ギヒィッ!!」

 

 ゴブリンのうち一体が、10個の光弾に撃ち抜かれ、新鮮な肉塊へと変わる。

 

「よっ!」

 

 ヌコネコはそのへんの石を拾い上げるとゴブリンへ投擲する。パンッという破裂音とともにゴブリンの頭が吹き飛び脳漿をあたりにぶちまけて倒れる。

 逃げなければとゴブリンたちは必死に足を動かし、森の中を走る。だが、いつのまにか自分の目の前に、スケルトンと一緒にいたチビが立っている。いつのまに自分たちを追い抜いたのかも分からない。足を止めジリジリと後ろに交代するが、ドンッと何かが背に当たる。

 恐る恐る振り向いた一匹が目にしたのは、先程のスケルトン。

 

「ヒィエェェェァァアァァァァァ!?」

 

 恐怖が限界に到達したゴブリンが、モモンガに殴りかかる。スケルトンは棍棒で殴れば簡単に倒せる。倒せるはずなのだ。だが、何度殴っても効いている素振りすら無い。

 

「上位物理無効Ⅲは機能しているのか?0か1かの能力で微妙だったんだけど・・・さて、少しは、話を聞いてほしいんだけど」

 

 手を伸ばしゴブリンの肩を掴んだ瞬間、凄まじい悲鳴を上げジタバタもがき苦しむゴブリン。数秒後、ピクリとも動かなくなってしまった。手を離すと掴んだ肩のあたりが黒くブスブスとただれたようになっている。

 

負の接触(ネガティブ・タッチ)か?」

 

 意識を内面に向けるとスイッチをオフにするような感覚で負の接触の機能を停止することができる。

 

「常時発動型特殊技術がオフにできる?ユグドラシルではありえなかった仕様だけど」

 

自分の手を眺めながらブツブツと呟くスケルトンに恐怖するゴブリンだが、前後を完全に挟まれている以上どこにも逃げ場ない。

 

「オマエラ・・・オレヲドウスルキダ?」

「どうしましょうか?」

「話ができるみたいですし、知っている限りの情報を吐かせますか?」

 

 ゴブリンを脅すように二人はこの場所の情報を聞き出す。それによるとこの森は、トブの大森林と呼ばれる場所であるという。そして、森の外には人間が暮らす場所もあるらしい。他には、魔法というものが存在すること。稀に人間と森で遭遇したときに使うものがいるらしいということ。ただ、第何位位階魔法を使うとかそういったことは分からないようだった。

 

「どうもふわっとした情報ばっかりですね」

「まぁ、話した感じそれほど知能があるというわけでもなさそうですし。魔法の存在と人間のいる場所があるって情報だけでもよしとしましょう」

「オ、オレハシッテイルコトヲスベテハナシタゾ!」

 

 ゴブリンが二人に懇願するような視線を送ってくる。

 

「後で仲間を呼ばれても厄介だな」

「ヒッ!オ、オレノブゾクニハオマエタチニカテルヤツハイナイ!」

「って言ってますけど?」

「その話を私たちが信じると思うのか?」

 

 次の瞬間、電源が切れたようにバタリとゴブリンが倒れた。第8位階魔法・(デス)

 

「ちょっと可哀想だけど、こっちも必死だしね。ごめんよ」

「ヌコネコさん、人間のいる場所っていうのを探しましょうか?」

「そうですね。そこならもっといい情報が手に入るでしょうし」

 

 クゥゥゥという音がヌコネコから聞こえてくる。その音を聞いてモモンガが笑う。

 

「なるほど。空腹っていう感覚もあるんですね」

「あはは。なんか落ち着いたらお腹空いてきちゃって」

「一回どこか落ち着ける場所をみつけて拠点をつくりましょうか」

 

 そう言って、二人はトブの大森林でのキャンプスポットを探しに行くのだった。

 



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第3話 キャンプ

トブの大森林でキャンプする話。
二人共丁寧語で会話するとわかりにくいというご指摘がありましたので、ヌコネコの口調がルプスレギナっぽい感じになっています。
素のヌコネコは、友人の前や親しい人の前だと基本的にこんな感じ。





 二人が、キャンプ地に最適な開けた場所をみつけたのは、ゴブリンたちを倒して1時間ほど歩いた後だった。開けた木々の間から空が見え、優しく月の光が差し込んでいる。

 

「「すっげぇ・・・」」

 

 開けた場所から空を見上げた二人は、感嘆の声を上げた。

 

「ははは!すげぇ!すげぇーーーー!」

「凄い・・・凄すぎますよ!プループラネットさんに見せてあげたいですね」

 

 森の中から見えるだけの空から降り注ぐ光だけで、お互いの姿が特殊技術に頼らずとも確認できる。大気だけでなく、土壌も水も汚染されていないであろうこの世界を見たら、自然を愛した男、ブルー・プラネットはどんな感想を言っただろう。熱く、熱すぎるほどに語ってくれただろう。

 

「第六階層の夜空の作り込みも凄かったけど・・・本物はもっと凄えや」

 

 ため息まじりにそう言ったヌコネコに同意すると首を縦にふるモモンガ。

 

「キラキラと輝いてまるで宝石箱みたいだ・・・」

「モモンガさん、ブルー・プラネットさんみたいなこと言うんすね。もしかして、実は結構ロマンチストだったり?」

「ははは。でも、この景色はそうとしか例えられないじゃないですか」

「確かに。宝石場かぁ。俺たちで独占しちゃいます?」

「なら、世界征服するしかないですね」

「ブルー・プラネットさんの次は、ウルベルトさんっすか?」

「ふっ・・・」

「「あははははははは」」

 

 いつしか、異常事態に巻き込まれた緊張感も消え失せ、軽口を言い合いながら笑いあう二人。ヌコネコの口調も、緊張から開放されたこともあってか、社会人同士の少し硬いものから、砕けたものに変わってきていた。

 

「ここをとりあえずの拠点にしましょうか」

「周囲に敵の気配もないし、いいっすね!」

「拠点作成のアイテムは持ってたはずですけど、どうやって・・・」

 

 モモンガがアイテムを取り出そうと意識を向けると何もない空間にすっと手が入り込む。そのまま窓を開ける時のように横に大きくスライドさせる。空間に窓のようなものが開き、そこには無数の自身が所持していたアイテムが並んでいる。目当てのものを意識すると手に何かを掴む感触があり、そのまま空間から手を抜きだす。

 

 とりだしたアイテムは、森の隠れ小家(グリーン・シークレット・ハウス)。拠点作成系アイテムである程度の耐久力と大きさをもつ。小さな手のひらに収まる模型のようなものを地面に落とすとドォンと言う音とともに見事なコテージに変化する。

 

「うわ、どうやってインベントリからアイテムを?」

「こう、アイテム取ろうって思って手を伸ばしたらこう入っていっちゃって」

 

 モモンガの言う通りにすると空間にすっと手が入る。

 

「うわ、なんだこれ。はー・・・なるほどなぁ」

 

 適当にアイテムを引っこ抜き、同じ要領で再度空間に手を突っ込みアイテムを手放すとインベントリにアイテムが収納される。

 

「便利すぎでは?」

「ユグドラシルの時よりも便利ですね。ショートカットキーも要らないし、いちいちスクロールして探す必要もないですし」

「なんか色々仕様が変わってるんですかねぇ?後で調べましょう。とりあえず、小家に入りません?」

「そうしましょうか。使い慣れたアイテムですけど、雰囲気が変わると何かワクワクしませんか?」

「それな!よし、入りましょうモモンガさん」

 

 中に入ると、ユグドラシル同様、かなり大きな広間、同じ間取りの部屋が6つある。これはパーティー単位での使用を前提にされているためである。広間にはキッチンが据え付けられており、調理道具一式もある。しかし、二人は調理スキルを取得していない。だが、それ以上に問題なのは、キッチンが「かまど」であること。ゲームでは調理スキルのあるものが使用すると勝手に火が着き、調理が始まったはずだ。確認のために据え付けられていたフライパンを置いてみたが、うんともすんとも言わない。

 

「やっぱり動かないっすね。調理スキル無いからかなぁ?」

「私達が所持してない特殊技術に関連するものだったら、検証のしようが無いですからね。ところで、食事はどうするんですか?」

「やっべ、星空に感動して空腹忘れてた。モモンガさんは、食事・・・とれるんですかね?」

 

 ヌコネコは、モモンガの骨しかない体をじっと見つめる。

 

「いやぁ・・・この体だとどう考えても無理・・・だと思うんですけど。それに、食欲もなんかわかないというか無いんですよね」

「骨しかないのに声でてますし、なんかこう、ワンチャン口から入れたら消えるみたいなことあるかもしれませんよ?一口いってみましょうよ」

 

 ヌコネコとモモンガは広間の椅子に腰を下ろす。ヌコネコがインベントリから、ヌコネコの顔の半分はあろうかという巨大おにぎりを取り出す。これは、『満腹おにぎり』というもので、ユグドラシルでは、特別なバフ効果は無いものの、重量が最低値かつ、空腹度を一気に満タンまで回復可能なアイテムだった。ゲームの中では、ナザリックの料理長に話しかけることでこういった食事系アイテムを生産してもらうことができた。製造すると、ナザリックの食料庫に保管されている食材が自動消費される。もちろん、直接素材を渡すことで調理もしてもらえる。

 

「はい、モモンガさん」

 

 半分に割った『満腹おにぎり』をモモンガに渡すと、いただきますと言いながら頬張る。その時、ヌコネコに電流が走る。

 

「う、ううぅぅ・・・」

「ど、どうしました!?」

 

 おにぎりを一口食べた瞬間、プルプルと震えだしたヌコネコを心配するモモンガ。

 

「ウメェェェェェェェェェl!うわ、これめちゃくちゃ美味い!これが本物の米ッ!合成でんぷんで作った偽物じゃない本物の味?これ、凄いですよ!」

 

 元いた世界では、米は超希少品であり、アーコロジーに住むものであっても、おいそれと食べられるものではなかった。品質の差異こそあれ、日本に住む多くの人々は、合成デンプンを粒上に加工した米状の加工食品を食べていた。

あっという間に、おにぎりの半分を食べ尽くし、指先についた米粒も舐め尽くす。

 

「そんなに美味しいんですか?」

 

 モモンガは、ヌコネコが美味しそうに食べていた、おにぎりを見るが、食べたいという食欲が刺激されない。だが、美味しいと言われるとどんなものだろうと気にはなる。好奇心は刺激されているよuだ。

 

「それじゃぁ・・・」

 

 ガブリとおにぎりを歯先で噛んでみるが、そのまま下顎を貫通して机の上に、おにぎりのかけらが落下する。残念ながら、不思議な感じで胃に収まるなどということはなく、予想通りの結果になった。

 

「あ~・・・その・・・ごめんなさい」

「ヌコネコさん、気にしなくていいですよ。なんというか予想通りの結果ですし。それに、アンデッドだからか食欲って無いんですよね」

 

 そう言って、ヌコネコにおにぎりの残りを返す。ヌコネコは、それを受け取ると残りをゆっくりと食べ終え、床に落ちたものは外へ投げ捨てる。

 ヌコネコが食事を終えると、二人は広間のテーブルにつきこれからのことの相談を始める。

 

「それにしてもどうしたものですかねぇ?」

「そうですね。現実・・・といっていいのかわかりませんけど、私達の体がどうなっているのか・・・」

「うーん・・・考えても頭痛くなるだけの問題ですね」

「元の世界に帰還できるんでしょうか?」

 

 元の世界への帰還。モモンガは、そう言ったものの帰還したいとは思っていない。帰還できたところで、待つ家族も友人もいない。待っているのはブラック企業での厳しい労働とユグドラシルのない空虚な毎日だけだ。それに、星の光も月すらも見えない汚染された世界。そんな世界に戻る価値はあるのだろうかと。

 

 だが、ヌコネコは違う。彼は、アーコロジーという恵まれた環境に住むものだ。確か、病気だと言っていたが父親だっていたはずだ。性格だって、社交的で聞き上手だった。自分とは違い、待つ者がいる。帰るべき場所のある人間だ。彼が帰りたいと願うなら全力で帰還方法を探そうと思っている。

 

「モモンガさん、あの世界に未練ってありますか?」

「えっ?どういうことですか?」

 

 ヌコネコが言っている意味がわからず聞き返してしまう。

 

「俺、ぶっちゃけ帰れないなら帰れないでいいと思っているんですよ」

「ど、どうしてですか?」

 

 どうして、と問われたヌコネコが、宙を見ながら言う。

 

「半年前、親父が死んだんですよ。俺には、もう待っている家族もいない。それに、俺の仕事、結構見下されてるんですよ。誰かがやらなきゃいけないのにね」

 

「ヌコネコさん・・・」

 

 モモンガは、ヌコネコのリアルでの仕事を思い出す。アーコロジーの中に外で作った資材や食料などを運び込むゲートの管理・警備。欧州アーコロジー紛争では、アーコロジー外部のものが警備にあたっていたが、テロリストたちに狙われ都市が1つ機能不全に陥った事件があった。そのため、アーコロジー内部の人間がゲートの警備を行うようになっている。軍人ではないがそれと同水準かそれ以上の訓練を受け、最新の装備に身を包みアーコロジーに住む人々のために働いている。

 

 日本では、いや世界的に見てもアーコロジーを狙うような輩はそうはない。だが、汚れた外の世界と接し、肉体を酷使する仕事。場合によっては、アーコロジーに群がる群衆を武力で追い払うこともする。アーコロジーの中で不自由なく暮らすものたちにとって、そんな万が一の危険があるキツイ仕事をするものはいない。するものは、学歴が低く、能力の劣るものたちと思われている。だからこそ、アーコロジーの住民にとっては、不人気かつ地位の低い仕事なのだ。

 

「俺だって最初は、みんなのためにがんばるんだって思ってたんですよ。感謝なんかされない。それは我慢できましたよ。でも・・・」

 

 ヌコネコが言葉に詰まる。その先は知っている。その仕事が原因で、彼女との結婚を彼女の両親に反対され別れることになったのだ。一ヶ月近くログインせず、きたらきたで、仲の良かったモモンガやたっち・みー、ペロロンチーノや弐式炎雷の前で男泣きしていたのをよく覚えている。

 

「あ、すいません。なんか暗い話なんかしちゃって。だから、帰る理由なんて無いって話です。まぁ、頼りない部下たちが気になるっちゃ気になりますけど、向こうの世界のことは・・・ね。でもモモンガさんが、帰りたいっていうなら俺は協力しますよ!」

 

 モモンガは一瞬言葉に詰まった。彼のあの話を聞くまでは、アーコロジーに生きるものたちは幸せで、自分たちのような苦労や差別なんてないと思っていた。あの理想だと思えた世界にも同じ苦しみがあると知って、アーコロジーに住む人々への見方が少し変わったと思っている。

 

「私も同じです。帰る理由なんてないですよ」

 

 二人は無言でお互いの顔を見る。骸骨と猫。お互い、相手の感情がどうかは表情からはさっぱりわからないが、それでも、これからここで生きていくという覚悟が伝わった気がした。

 

「では、帰還の方法に関しては探す必要はないということでいいですか?」

「異議なーし!この世界、全力で生き抜くしかないっすね」

 

 ヌコネコが、少し重くなった空気を吹き飛ばすように努めて明るい声で返事をする。モモンガもそれに合わせて明るく声を出す。

 

「でも、まさかこんなことになるなんて夢にも思いませんでしたよ」

「ねー。こんなとき、こういう状況に強そうなペロロンチーノさんとか、タブラ・スマラグディナさんとかいればなぁ」

「あー、たしかにあの二人は、こういう状況に強そうですよね」

「逆にたっちさんとか、意外と弱そうじゃないですか?」

「あー・・・それなら他にも・・・」

 

 かつてのギルドメンバーがこの状況下にいればというIFの話に始まり、そこから今後、どういう方針で行動するかという話に熱が入る。やがて、窓の外にうっすらと光が差し込んでくる。

 

「朝ですかね?」

「もうそんな時間?なんか、急に眠気が・・・」

 

 大きなあくびをするヌコネコ。

 

「ヌコネコさんは、飲食睡眠の必要な種族ですし、とりあえず寝たほうがいいんじゃないですか?」

「すいません。さっさと維持の指輪(リング・オブ・サステナンス)つけたら良かった」

「それでも、変な状態で維持の指輪(リング・オブ・サステナンス)使うよりは食事して睡眠をとってからの方がいいでしょう?」

 

 維持の指輪(リング・オブ・サステナンス)は、飲食睡眠が不要になるアイテムだ。登山など空腹感や睡眠感の消費が加速する環境下では飲食睡眠が必要な種族にとって必須のアイテムだ。だが、装備した時点での数値が維持されるため、装備前にそれらの数値を満タンにしておく必要がある。

 

「それじゃ、おやすみなさいモモンガさん。なんかあったら、起こしてくださいね」

 

 そういって、ヌコネコは適当に目についた部屋に入ると頭巾を外してベッドに潜り込む。フカフカとはいかないまでも、かなりいいベッドだ。

 潜り込んだ瞬間、どっと疲れが押し寄せ意識が深い闇へと沈んでいく。

 

 

 

 

 

 目を開けると、いつもの見慣れた部屋の天井ではなかった。軽く深呼吸をしてから、ゆっくりと体を起こす。

 

「くぁ・・・んんん~~~」

 

 上体を伸ばし、ベッドから降りようとするが、足の裏が地面につかない。かろうじてつま先が触れる程度だ。

 

「寝て起きたらリアルすぎる夢だったとかそういうオチはないか・・・」

 

 ヌコネコは、ベッドから降りると扉を開け、外にでる。部屋を出ると大きな広間のテーブルの前でモモンガが、片目を手で塞いで何かをしている。

 

「モモンガさん、おはよー」

「おはようございますヌコネコさん。よく眠れましたか?」

「夢すら見ないくらいぐっすりでしたね」

 

 ヌコネコがふと窓の外に目を向けるとかなり明るいのがわかる。

 

「俺、どれくらい寝てました?」

「そうですね・・・」

 

 モモンガが腕にはめた銀色のバンドに目を落とす。これは、ギルドメンバーで、人気声優だったぶくぶく茶釜が、メンバーに配った特別な腕時計で、彼女の声で時間を知らせてくれる。彼女の悪ノリでメンバーそれぞれに時間ごとに特殊な音声でアラームがなる仕様だ。彼女のファンなら垂涎のものだが、正直その特殊音声だけは知らない人の前で鳴ってほしくはない。

 

「大体、8時間くらいですかね?これを装備したときが午前4時半くらいでしたので」

「え?じゃぁ、もうお昼!?」

「この時計の時刻とこっちの世界の時間が同じだったらそうなりますね」

 

 いつもならどれだけ遅く寝ても7時には目が覚めるはずだ。想像以上に精神的に疲労していたということだろうか?

 インベントリから満腹おにぎりと無限の水差し、コップを取り出すとささっと遅い朝食を取り、維持の指輪を装備する。

 

「ところで、モモンガさん、片目塞いで何してるんですか?」

「あぁ、実は下位アンデット作成で作った骨のハゲワシ(ボーン・ヴァルチャー)不死の奴隷・視力(アンデススレイブ・サイト)を使って空からあたりを探ってるんですよ」

 

 モモンガが、自分が寝ている間も情報を集めてくれていたことに深く感謝すると共に少し申し訳ない気持ちになる。

 

「そういう探索は俺の仕事なのに、すいません」

「いえ、こんな状況ですしお互い最善をつくしましょう。あぁ、そうだ。この近くにいくつか村を見つけたんですよ」

「ゴブリンの言ってたやつですね」

 

 人のいる集落を複数見つけたというのは吉報だ。どれか1つで交渉などが失敗したとしても他の村で巻き返すことも可能だろう。

 

「村の場所も大体の位置もわかったことですし、準備を入念にしてから出発しましょう」

 

 二人は、森の隠れ小家(グリーン・シークレット・ハウス)から出て準備・・・お互いの能力の確認と検証を始める。

 

「じゃあ、お互いの能力の再確認と検証をしましょうか。ゴブリンたちのおかげでゲーム通り私達の能力が機能するっていうのはわかりましたけど」

「それ以外ってなると、あ、俺の装備とか、モモンガさんも使えるじゃね?」

 

 ヌコネコがインベントリから手裏剣を取り出しモモンガに手渡す。手裏剣は、忍者系統のクラスを収めていない限り扱うことができない。手裏剣には二種類あり、投擲のみに使う小型のものと大型の武器として装備するものがある。モモンガに手渡したものは、前者の投擲のみに使えるものだ。

 

「一番弱い手裏剣ですし、木に刺さる程度で済むと思いますよ」

「ふむ・・・よっ」

 

 近くの木に向かって投げようとした瞬間、モンガの手の中から抜け落ちたかのように手裏剣が地面に落ちる。

 

「これは・・・?」

 

 手が滑ったのかと思い、再度投擲を試みるが先ほどと同じ結果に終わる。

 

「投げられない?」

「そんなゲームみたいな」

「ヌコネコさん、ちょっとその忍者刀貸してもらえますか?」

 

 今度は、忍者刀を一振り借り受け、軽く振るうがやはり手裏剣と同じ結果に終わる。

 

「なんだこれは・・・ヌコネコさんも少し試してもらっていいですか?」

 

 モモンガは、インベントリから殴打用の杖を取り出しヌコネコに手渡す。ヌコネコがブンと振り回すと杖がポトリと落ちる。

 

「なにこれ?」

 

 二人は、この世界が現実だと理解はしつつあるが、この縛りのような現象がゲームのように思えて混乱してしまう。

 

上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)

 

モモンガが魔法を唱えると手には魔法で生み出した手裏剣が握られている。それを投げるとガッと壁に突き刺さる。

 

「魔法で作ったものは使えるか・・・ますますゲームそのものみたいですね」

「だったら完璧なる戦士(パーフェクト・ウォリアー)とか使えば、他の装備も使えるんじゃないっすか?」

 

 モモンガは、完璧なる戦士(パーフェクト・ウォリアー)を発動するとヌコネコが差し出した忍者刀を受け取る。シュッという風切り音と共に、武器は落ちることなく振り回すことが出来る。

 二人は頭を抱える。わけがわからない。これがこの世界特有の現象なのだろうか?この世界の人間もそうなのか? と考えれば考えるほど疑問しかでてこない。

 

「パスしましょう。多分、これは考えても分からない類ですよね・・・」

「賛成」

 

 その後、二人はお互いの能力の確認と検証を進めていく。その過程で無視できないものを発見する。それが、フレンドリィファイアの解禁である。ゲームではならば範囲魔法の射程内かどうかは気にせずに戦っていたが、今後は範囲を理解した上での立ち回りを求められることになる。

 二人は魔法や特殊技術(スキル)の範囲を確認し新たな立ち回りについて話し合う。

 数時間後、ようやくその作業が終わる。

 

「まぁ、これくらいですかね?」

 

 二人が細かな検証を終えた時、星が空に瞬き始めていた。

 

「存外に時間がかかるもんすねぇ」

「特殊技術の範囲や有効時間なんかを見る必要があったりしましたからね」

「遅くなったけど、村にいきますか?」

 

 モモンガが時間を確認すると午後8時前。元いた世界では、まだ人が出歩いている時間帯でもある。だが、モモンガが上空から確認した範囲では、中世ヨーロッパのような暮らしぶりであったように思う。人工の灯りの無い大昔の村や街では、日の出とともに起き、日が沈むと同時に寝るという生活様式だったとギルドメンバーの誰かが言っていた。ならば、この時間帯に訪問するのは非常識ということにならないだろうか?

 

 骨のハゲワシ(ボーン・ヴァルチャー)を飛ばし、確認をするが、明かりはなく人も出歩いている様子はない。

 

「村は、中世のような雰囲気でしたし、もしかしたら、日の出とともに起き、日が落ちると寝るみたいな生活だと思うんですよ。今日はもう諦めて、村に行くのは明日にしませんか?」

「了解です。俺もそれで良いと思います」

 

 明日の方針を決めると二人は、森の隠れ小家から椅子を2脚持ち出すと外でゆっくりと夜空を眺める。ただの夜空だが、何度見ても素晴らしい。

 

「あ、そうだ。モモンガさん。せっかくだし、キャンプファイヤーしません?」

「キャンプファイヤー・・・いいですね!やりましょう!」

 

 ブルー・プラネットが言っていた、ずっと昔、まだ自然が残っていた時代は、キャンプと言う屋外で寝起きするレジャーがあったらしい。それは、個人で、家族で、そして気の合う仲間や現地で出会った人々と楽しむもの。そして、焚き火を囲み人と人とが集って交流活動をするのがキャンプファイヤーというものの意義らしい。

 ヌコネコがあたりに生えている木を忍者刀で適当に切り倒し、小さくカットしていく。それをモモンガが一箇所に集め、積み上げる。

 

火矢(ファイア・アロー)

 

 モモンガが積み上げた木に向かって第1位階魔法・火矢(ファイア・アロー)を放つ。かなり手加減したつもりだが、木が少し吹き飛び、ゴオッと勢いよく燃えあがる。

 

「ちょっと火力強すぎましたかね?」

「いいじゃないですか。これから何回も出来るんですし、上達していきましょうよ!」

 

 二人は、キャンプファイヤーを楽しみながら明日から始まる本格的な冒険に心を躍らせるのであった。

 




ところで、オバマスの花嫁イビルアイとナーベラル可愛いの極みかよ・・・
ただ、いままでアタッカーだったナーベラルが突然のゴリゴリタンクになって困惑してる。


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第4話 森の賢王

モモンガさんも緊張感も無くなってきて地の部分が出てきています。
亡国の吸血姫の鈴木悟の状態となっております。
可愛いヒロインではなく、可愛い猫(1mサイズ)が同行者ですが。

一人称「オレ」がモモンガ、「俺」がヌコネコとなります。





 それは二人が、他愛もない会話で盛り上がっている時に起こった。

 

「モモンガさん、何かこっちに向かって来てる」

 

 ヌコネコの耳がピクピクと動き、接近してくる何かを探知しようとしている。彼の耳には、ガサリガサリと木々をかき分けながら真っ直ぐにこちらへ向かってくる大きな何かの音を拾っている。

 

「敵ですか?」

「判別はつかないっスね。まだ敵対行動をとってない・・・・・かな」

 

 ゴブリンたちが仕掛けてきた時に感じた、刃物を肌に当てられるようなヒヤッとした感覚。ヌコネコは、それを敵意や殺気と言われるものではないかとは推測している。おそらくは、常時発動型特殊技術(パッシブスキル)、あるいは職業的な特性に由来するものだろう。

 

「こちらの様子を伺いにきているということでしょうか?」

「隠れる気は無いみたいですよ。木をかき分けながら移動してる。音からしてかなりでかい・・・あと、なんていうのか気配が強い? ゴブリンとは比べ物にならないっスね」

 

 モモンガには、そういった音だの気配だのといった感覚は一切わからない。正直、その感覚は羨ましいと思うし、何より少しカッコよく感じてしまう。

 

(気配とか殺気を感じるとか、普通にカッコイイよなぁ。ファンタジーって感じで。オレも、戦士とか盗賊系の職業にしてればそういうの感じとれたんだろうか?)

 

「レベルは?」

「距離がまだ有るんで、はっきりとはわからないけど、強くて30強」

「30強・・・・・雑魚とはいえ、この世界特有のモンスターかもしれないですからね。私達の知らない特殊技術(スキル)や魔法があった場合・・・・・」

「下手すりゃ、致命的なダメージになるかもですね。距離、30・・・・・20・・・・・」

 

 その時、暗闇の中から何かが凄まじい速度で何かが飛んできた。

 

「きたッ‼」

 

 ヌコネコの声に反応し、二人はバックステップで大きく距離をとる。その瞬間、二人のあいだにあったキャンプファイヤーが、吹き飛ばされあたりが闇に包まれる。

 

 闇に包まれたとしても二人は、種族的特性として闇視(ダークヴィジョン)を所持しているためなんの問題もないが、森の中で、20mもの距離から二人めがけて攻撃を仕掛けてくる相手に二人は警戒感を強める。レベル的には遥かに劣る格下だと分かっているが、未知の脅威の可能性も考慮すれば、警戒を強めても損はない。

 

 モモンガが、後方に下がると同時に、ヌコネコがモモンガへの射線を塞ぐように前衛に移動する。二人がパーティを組んで戦うのは1年ぶりのことだが、そのブランクを感じさせないほど自然に、位置取りを行う。素早く戦闘行動に以降できるのは、それだけ二人が長くユグドラシルをプレイし続けてきた経験、そしてお互いに信頼できる仲間であるからだ。

 

「モモンガさん、見えましたか?」

「えぇ。鱗のついた尻尾でしたね」

 

 射程距離はおおよそ20m。かなりの範囲を攻撃できる長い尻尾を持つモンスターだと推測できる。さらに、地面にぶつかった時の音から、金属とほぼ同等と思われる強度を有しているはずだ。

 

 ヌコネコは、二振りの忍者刀を抜き、モモンガはスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウン構えいつでも魔法を放つことが出来るように身構える。

 

「フフフ・・・・・それがしの初撃をかわすとは見事でござる・・・・・。こうまで完璧にかわされたのは・・・・・もしかすると初めてかもしれぬな」

 

 闇の中から深みのある静かな声が響いた。

 

「それがし??」

「ござる??」

 

 二人は、妙な「ござる」口調のモンスターに若干の戸惑いを覚えと同時に、緊張感がほんの少し緩む。

 

「さて、それがしの縄張りへの侵入者よ。いま逃走するのであれば、先の見事な動きに免じ、それがしは追わないでおくが・・・・・どうするでござるか?」

 

 ゲームであれば、死んでもいいやと戦闘を始めても問題はなかった。だが、いまは現実だ。死んで蘇ることが出来るかどうかはわからない。特に、死亡によるレベルダウンのデメリットがどう作用するのかが全くわからない状況だ。

 

 慎重にいくのなら、ここは素直に相手の言うことを聞いておくべきだろう。ただ、相手がその約束を守ると言う保証はない。

 

 二人は、構えを解かない。正体不明の敵が現れたときはどう対応するかはすでに決めている。ヌコネコの特殊技術(スキル)による探知で、敵が自分たちよりも遥かに劣る場合ならまずは戦うと決めている。

 

「ほう・・・・・戦う姿勢を崩さぬということはそれがしと戦うということでござるかな?」

「とっとと姿を見せたらどうだ? それとも、自分の姿に自信が無いのか? まさかの恥ずかしがり屋か?」

「言うではござらぬか、侵入者よ! ではそれがしの威容に瞠目し、畏怖するがよい!」

 

 モモンガの挑発に乗る形で、声の主が茂みを踏み分けその姿を二人の前に現す。

 

 その姿に二人は大きく目を見開いた。

 

 馬ほどはある大きな体は白銀の体毛に包まれ、奇怪な文字にも似た模様が浮かび上がっている。しかし、体高は低い。横に広く薄べったいという形状だ。そして、鱗に覆われた長い尻尾。ユグドラシルでは、見たことの無いモンスター。二人の心は形容しがたい動きに襲われる。

 

 特にモモンガは、ユグドラシル時代を含めても、モンスターを見てこういった感情に襲われたのは久方ぶりだった。

 

「ふふふ・・・・・お前たちの顔から驚愕と恐れが・・・・・」

 

 正体不明のモンスターの視線が、ヌコネコから後方にてスタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンを構えるモモンガに移る。

 

「ゲェェェーーー! なんかよく見たら凄い化け物がいるでござるーーー!」

 

 未知のモンスターは、腹をみせひっくり返り、ブルブルとヒゲを震わせている。先程までの威風堂々とした姿は消え失せていた。

 

「お、お願いでござる~~~。どうか、どうか食べないで欲しいでござる~~~」

 

怯えきった声で命乞いを始めるモンスターに二人の戦意が急速に萎えていく。

 

「戦う前に降伏って・・・・・」

「こいつ、モモンガさんにビビったんじゃないっスか?」

「えっ? オレ?」

 

 ヌコネコは、じっとモモンガの顔を見つめる。モモンガの外見は、邪悪な化け物そのものだ。だが、見慣れているからなのか、特に深くそういう感覚を覚えはしなかった。なにより、モモンガがどういった人間かを知っていれば怖いという思いは抱かない。しかし、見ず知らずの第三者は、そうは思わないようだ。

 

 モモンガが、近づく素振りを見せると、ビクッと体を強張らせる。明らかにモモンガに対して恐怖を抱いているようであった。

 

「オレ、そんなに怖いかなぁ? 怖がるなら、見た目が猫のヌコネコさんだろ・・・・・」

 

 モモンガは、目の前で腹をむけてブルブルと震えている獣を見ながら深い溜息をつく。同時に、戦意が完全に消え失せていった。

 

「ヌコネコさん、この見た目、ジャンガリアンハムスターどうします?」

「どうするっていうと?」

 

 二人は武器を収めると、巨大ジャンガリアンに近づいていく。

 

「殺して特殊技術でアンデッドにするとか?」

 

 殺すという言葉を聞いて、大きな体を縮こませて震えるジャンガリアンハムスター。黒い瞳は涙で潤んでいる。

 

「いや、流石に可愛そうじゃないですか? よく見たら可愛い顔してますよコイツ。見逃しても害は無さそうですし」

「ユグドラシルにいなかったモンスターをアンデッドにするのは興味あるけど見逃してもいいか」

 

 二人の話をじっと聞いていた巨大ジャンガリアンが、か細い声で二人に声を書ける。

 

「そ、それがしを見逃してくれるでござるか?」

「あぁ。もう行っていいぞ。今度から相手をよく見て喧嘩を売るんだぞ」

 

 ヌコネコができる限り優しい口調で巨大ジャンガリアンハムスターに話しかけると、のそのそと体を起こし、二人に向き直る。

 

「あのお二人に、一つお聞きしたいことがあるのでござるが・・・・・」

「なんだ?」

「先程、貴殿たちは、拙者の種族を知っているような話をしていたでござるが、もし知っているのであれば教えて欲しいのでござる」

「まぁ、知ってると言っていいか・・・・・かつての仲間に、お前に似た生き物を飼っている人がいたが・・・・・誰でしたっけ?」

「あぁ、あれはまい・・・・・やまいこさんですね」

「あー、そうだったそうだった。やまいこさんだったかぁ」

 

 二人は、あの時一週間ログインしてこなかった彼女の姿を思い浮かべる。普段は万年樹のように動じない彼女であっても愛情を注いだペットとの別れは相当にこたえたのだろう。

 

「なんと! それがしと似たものをペットにするとは! できればその話を詳しく聞かせて欲しいのでござるが」

「まぁ、いいけど。参考にならないかもよ?」

「それがしは一人で生きてきたでござるが、やはり生物として種族を維持しなければならないのでござる。もし、同族がいるのであれば、子孫を作らねば生物として失格でござるがゆえに」

 

 この理屈でいえば、自分は生物失格では? と二人は考える。ヌコネコは、過去に一度はチャンスがあった。しかし、この猫妖精となった今、同じ種族に欲情できそうな気がしない。かと言って、他種族と交配できるのだろうか? と考えてしまう。

 モモンガは、もう既にアンデッドだしもう生物ではないからこの理屈の外にいると自身に言い訳をしていた。

 

「お前ほど大きくもなかったしなぁ」

「そうでござるか・・・・・もしや幼子でござるか?」

「いや。大人でも手のひらに乗るくらいだ」

 

 巨大ジャンガリアンのヒゲがしょんぼりとしたように垂れる。

 

「それはちょっと無理でござるなぁ・・・・・。やはりそれがしは、ずっと一人なのでござるかなぁ・・・・・」

 

ずっと一人なのかとそう言った巨大ジャンガリアンにモモンガは強い同情の感情を覚える。かつて、たった一人でナザリック地下大墳墓を維持するためにただひたすらに金貨を宝物庫に放り込むだけだった日々。仲間に会いたい。あの日々をもう一度と何度願ったことだろうか。

 

「仲間・・・・・か」

 

 ポツリとモモンガが呟く。

 

「それでは、それがしは失礼するでござるよ。これからは、よく相手をみて勝負をしかけるでござる」

 

 巨大ジャンガリアンが立ち去ろうとしたその時、モモンガが声をかける。

 

「なぁ、お前。仲間に会いたいって言ったな?」

「そうでござるが・・・・・」

「なら、この森の外に探しに行かないか?」

 

 ヌコネコは、、少し驚いたような表情で、巨大ジャンガリアンは丸い瞳をさらに丸くしてモモンガを見つめる。

 

「この森にどれだけいるかわからないけど、今の今まで出会えていないということは、ここにお前の同族はいないという可能性の方が高い。なら、外に探しにでるほうがいいんじゃないか?」

 

 モモンガは、なぜこういう提案をしたのだろうと自分でも驚いていた。アンデッドの身体になって人間であった時の感覚といったものが多く失われているような気がする。それでも、仲間に会いたいと強く願う一人ぼっちの存在を放っておけなかった。

 

「たしかにそうでござるが、良いのでござるか?」

 

 モモンガがチラリとヌコネコを見る。重要なことは話し合って決めるのがアインズ・ウール・ゴウンのルールだ。それに、仲間が見つかるまでの間とはいえ、アインズ・ウール・ゴウンの加入ということになる。

 

 アインズ・ウール・ゴウン加入条件は、異形種かつ社会人であること。これは問題ないだろう。だが、隠し条件であるメンバーの過半数の同意を満たしていない。今はいないメンバーの同意は得られないので考えないとしても、ヌコネコという今いるメンバーの同意なく勝手に話をすすめている。

 

「俺は別に構わないと思うよ」

 

 表情はイマイチわからないが、ヌコネコは微笑んでいるような気がする。ヌコネコの同意の言葉を聞くと、モモンガは巨大ジャンガリアンに向き直る。

 

「ならば、おふた方! 是非ともよろしく頼むでござる!」

 

 巨大ジャンガリアンが、大きな頭を地面につけるようにお辞儀をする。

 

「これからよろしくな。オレは、モモンガ」

「俺は、ヌコネコだ」

「ところで、お前名前とかあるのか?」

 

 モモンガが、巨大ジャンガリアンに尋ねる。

 

「人間たちは、それがしのことを森の賢王と呼んでいるでござるな」

 

 森の賢王。その名前を聞いて二人は、同じことを考えた。

 

((名前に偽りありにもほどがあるのでは?))

 

 ゴブリン以上に流暢に人語を解す獣という意味では、賢王と呼んでもいいのかもしれないが、相手の力量差も見抜けず、ましてや、モモンガの外見に恐怖して即降伏するようなものに賢王とは大仰なようにも思う。

 

 それに、森の賢王は、どちらかと言うと、名前と言うよりは肩書のように思える。それに、何か起こった時、呼びやすい名前などがあったほうが今後、一緒に行動する上でメリットが多い。

 

「なぁ、森の賢王。これは提案なんだが、名前をつけてみたらどうだ?」

「名前があったほうが何かと便利だしな」

「ふむ・・・・・名前でござるか? そうでござるなぁ・・・・・イマイチ思いつかないでござるなぁ。そうでござる! お二人にそれがしの名前をつけてほしいでござる!」

 

 思いがけない森の賢王の提案に二人は口を閉じる。かつてネーミングセンスがないと仲間たちから言われていたモモンガ。そんな彼ほどでも無いにしても大概なセンスのヌコネコ。

 

 今後、森の賢王が名乗っていくであろう名前を決めるのは二人には少し重圧を感じるものであった。センスゼロの名前をつけた結果、多くの人に森の賢王が笑われるのは可愛そうだ。

 

「名前って結構重要なモンだけど、他人にまかせていいのか?」

「構わないでござるよ」

 

 ヌコネコの言葉に即答する森の賢王。どうも完全に任せるつもりのようだ。

 

「うーん・・・・・名前名前・・・・・」

 

 ヌコネコは必死に頭を回転させる。ペットを飼っていた仲間たちの言葉が頭をグルグル回る。だが、今後対等な付き合いをしていく仲間につける名前だ。ペットにつけるような名前ではいけない。やはりここは、人名をつけるべきだろう。森の賢王、賢王といえば誰だ? ダメだ出てこない。なら、王様の名前でいいのではないか?

 

「ネロ、シャルル、ノブナガとかどうよ?」

「おお! どれもカッコイイ名前でござるな!」

 

 ヌコネコの案を聞きながらモモンガも必死に頭を悩ませる。ヌコネコの案はどれも歴史上の王の名前であったはずだ。ならば自分は、森の賢王にどのような提案をすべきだろうか? ヌコネコは、森の賢王という呼称に重点を置いた名を提案した。ならば、自分は森の賢王の見た目の特徴を重視するべきだろう。

 

「ハムスケというのはどうだろう?」

「えぇ・・・・・モモンガさん、さすがにそれはちょっと」

「ハムスケ! いい名前でござる! これからそれがしはハムスケと名乗るでござる!」

「いいのかよ⁉」

 

 完全にペット感覚の名前ではあるが、森の賢王本人が気に入ったというならそれでいいのだろう。だが、ヌコネコは、アインズ・ウール・ゴウンのネーミングセンス無い王に負けた気がして軽いダメージを受けていた。

 

「ところで、ハムスケ。お前の能力を把握したいんだが構わないか?」

「能力でござるか?」

「得意不得意を知っておけば、連携を取る際とかに便利だからな」

「わかったでござるよ。モモンガ殿。でも、具体的にそれがしは何をすればいいでござるか?」

「そうだなぁ・・・・・」

「じゃぁ、俺と模擬戦でもするか?」

「ヌコネコ殿とでござるか?」

魔法詠唱者(マジックキャスター)のモモンガさんよりは、俺との方がハムスケもやりやすいだろ?」

 

 ハムスケが、ヌコネコを見下ろしながら何か心配そうに口を開く。

 

「その失礼かと思うのでござるが、大丈夫でござるか? モモンガ殿よりその・・・・・」

 

 ハムスケの言いたいことはわかる。ヌコネコの身長は、人間で言えば6才程度の子供くらいの身長しかない。体格面だけで見るなら圧倒的に不利だ。ハムスケは、それを心配しているのだろう。

 

「ハムスケ、相手を見た目で判断していると痛い目をみるぞ」

「ムムム。では、遠慮はしないでござるよ!」

 

 ヌコネコとハムスケが距離を開けて向かい合う。

 

 ハムスケに怪我をさせないように低位の武器を取り出そうとインベントリに手を突っ込んだ瞬間、ハムスケが素っ頓狂な声を上げる。

 

「ややや⁉ ヌコネコ殿の手が消えたでござる! もしやヌコネコ殿も魔法を使うのでござるか⁉」

「これは魔法ってわけじゃなくてそのなんだ。あー、まぁ特殊技術(スキル)みたいなモンだよ。モモンガさんもできるよ」

「おぉぉぉ・・・・・なんと! すごいでござるなー! では、本気でいかせてもらうでござるよ!」

「おう! かかってこい!」

 

 ヌコネコが、ショートソードを構え戦闘態勢にはいる。ハムスケも尻尾をくねらせながら姿勢を低くし、いつでも飛びかかれるように体勢になる。

 

 先に仕掛けたのは、ヌコネコだった。突然、ハムスケの視界いっぱいにヌコネコが肉薄していた。ハムスケからすれば瞬間移動したかのように錯覚するほどの速度。

 

 思わず両前足で顔を防御するハムスケ。次の瞬間、信じられないほどの衝撃が両前足に響く。

 

「うわぇぇぁぁぁぁ⁉」

 

 その衝撃で大きくバランスを崩してしまうハムスケ。とてもではないが、あの小さな体のヌコネコの一撃がこれほど重いとは微塵も思ってはいなかった。生まれて初めて経験する衝撃。モモンガの見た目で判断するなという言葉が胸に刺さる。

 

「驚いたでござるよ! それがしは、これほどの一撃を放つものと戦ったことはなかったでござる!」

 

 驚いたのは、ハムスケだけでなかった。ヌコネコ、モモンガも驚いていた。

 

((あいつの毛フワフワじゃないのか))

 

 若干裏切られた気持ちになる二人。しかし、ヌコネコの本気ではないとはいえ、一撃を弾き返したハムスケの毛皮の硬度は驚嘆に値するものであった。

 

「では、それがしの番でござる!」

 

 ずんぐりとした体型に似つかわしくないほどの速度でハムスケが飛びかかってくる。以外に鋭い爪が空気を切り裂きヌコネコに振り下ろされる。かぎ爪が空を切り地面を深く抉る。攻撃が回避されたとわかるとさらに連続して両前足のかぎ爪を連続して繰り出す。

 

「むぅぅぅ! なんという素早さでござる! ではこれはどうでござるか! <盲目化(ブラインドネス)>」

 

 視界を封じることで機動力を削ごうとするハムスケ。しかし、魔法詠唱者(マジックキャスター)ではないハムスケの使う低位の魔法を、ヌコネコは簡単にレジストしてしまう。

 

「ハムスケ! こっちだ!」

 

 素早い動きでハムスケを翻弄しながら、的確に攻撃を当てていくヌコネコ。緩急をつけた変幻自在の攻撃は、ハムスケが一度も体験したことのない身体能力だけに頼った野性のものではない訓練と経験からくる技術によるものだった。

 

「それがしの攻撃が全く当たらないのは初めてでござる! ならば!」

 

 ハムスケが飛び跳ねるように大きく体をひねった。凄まじい勢いで尻尾が伸び、ヌコネコに迫る。

バックステップで回避。

 

胴の前を凄まじい風切り音とともに尻尾が通過したその瞬間、ぐにゃりと軌道が変化した。ヌコネコの両足は未だ地面に着いていない。全力で体をねじり強引に攻撃を回避する。

 

「まじか! あんな変化するのか⁉」

「この攻撃までかわすとは‼ すごいでござるなぁ!」

 

 モモンガは、ヌコネコの動きを見て驚嘆した。自分ならいきなりの軌道変化に対応できただろうかと。おそらく、一撃は貰ってしまうのではないだろうか? 動きそのものは目で追える。だが、体が動くかどうかは別問題だ。

 

(オレもこのLV100の肉体能力を完璧に使いこなせるようにならないといけないな。ゲームみたいなやり方じゃダメだ。ヌコネコさんに近接戦闘の訓練を積むのを手伝ってもらうか)

 

 ハムスケは、次々と繰り出されるヌコネコの攻撃をなんとか両手の爪で弾き返しているが、威力を殺しきれずに防御が間に合っていない。

 

「<麻痺(パラライズ)>」

 

 ハムスケが別の魔法を使い状況を打開しようと試みるが、猫妖精(ケット・シー)は基本的に麻痺を無効化する特徴を持つ。そのため、麻痺(パラライズ)は効果を発揮せずに不発に終わる。

 

(ハムスケの体の紋様がまた光った。あの紋様の数だけ魔法が使えるのか?)

 

 ユグドラシルでは、魔法を行使するモンスターの使える魔法の数は、レベルや種類によって大きく変動するが、八つくらいが基本とされている。ハムスケの紋様の数もそれぐらいだ。戦っているヌコネコも、そして観戦しているモモンガもまるでユグドラシルのモンスターと戦っているような感覚を覚えていた。

 

 火花が飛び散るほどの剣と爪の激突が続く。やがて、疲労とダメージにより、徐々にハムスケの動きが鈍り始める。ハムスケが全力で放った尻尾の一撃に合わせてヌコネコは一気にハムスケの懐に飛び込む。ガゴン! という鈍い音が夜の森に響く。真下から頭を蹴り上げられたハムスケが目を回して仰向けに倒れた。

 

「はぇぇぇぇぇ・・・・・それがしの負けでござるぅ~~~」

「すまん。ハムスケ。ちょっと強く蹴りすぎた。モモンガさん、ポーションあります?」

「昔使ってたのが結構残ってたはずですよ」

 

 モモンガが、インベントリから背負い袋を取り出す。無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)――名前と違い、総重量500キロまでの制限のあるものだ。この袋の中のアイテムは、コンソールのショートカットに登録することができるため、瞬時に使いたいものを入れるのは、ユグドラシルプレイヤーの基本である。

 

 複数所持している無限の背負い袋の一つから、赤い色のポーションを探り当てる。

 

 下級治癒薬。HPを50回復させるゲーム最初期に何度となくお世話になるアイテムだ。しかし、アンデッドであるモモンガは、正のエネルギーでダメージを受けるため不要なものである。こういったアイテムは、ヌコネコのようにアンデッド以外の種族の仲間の回復に使っていたその名残である。

 

 赤いポーションをハムスケの口の中に注いでやると、力なく垂れていたヒゲがピンと張り、のそりと体を起こした。

 

「おお! 体の傷みが引いたでござる!」

「うーむ、流石に一本で全回復とはいかないか。なかなかHPはある方なんだな」

「えいちぴー? というのはわからぬでござるが、体力には自信があるでござるよ」

 

 二人は、焚き火を起すと新たにハムスケを輪に加え、新しい今後のプラン、主にハムスケの育成計画を練りながら夜を明かすのであった

 




早々にハムスケと合流させました。
亡国のときと似たようなメンタルなら仲間にしそうな気もする。
ここでは、立場上は同列なので「殿」ではなく「モモンガ殿」になっています。
多分、同列であったもハムスケは相手に「~殿」とつけそうな気がする。

そのうち、きちんとした猫妖精の種族的特徴を書かないといけないなと思っています。


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第5話 森の中の落とし物

今回は、少々長くなっておりますが、最後まで読んでいただけると幸いです。


 3人は、太陽が登り始めると同時にモモンガが発見した村のひとつに向けて移動を開始した。うまく行けば、夕刻前には村にたどり着ける計算だ。

 

「それにしてもマジックアイテムというのは凄いでござるな! 体中に力が漲っているでござるよ!」

 

 マジックアイテムを全身に装備したハムスケが、二人に話しかける。ハムスケが装備しているのは、すべて聖遺物(レリック)級のアクセサリーだ。まず精神操作無効のアイテム。これは、精神操作系の魔法に弱い魔獣系のプレイヤー必須の装備である。そこに、筋力などの基礎ステータスを上げるもの。そして、矢などの遠距離攻撃を防ぐもの、魔法の威力を減衰させるものだ。

 本来なら、防具なども装備させてやりたかったが、装備することで動きが鈍るようなので断念した。

 

「そのうち、パワーレベリングもしないといけないな」

 

 パワーレベリング。レベルの低い仲間を連れて強いモンスターを狩りに行くというユグドラシルでは一般的かつ効率的なレベリング作業だった。モモンガもヌコネコもしてもらったし、やってきたものだ。

 

「うんうん。でもハムスケってこの辺じゃ最強の生き物なんだっけか?」

「そうでござるなぁ。それがしより強い生き物には出会ったことがないでござるよ」

 

 そうなるとパワーレベリングはこの森ではできない。少なくともハムスケとのレベル差が10以上はあるところでレベリングをしないと効率が落ちる。

 

「ところでぱわーれべりんぐ・・・・・とはなんでござるか?」

「あぁ、それは・・・・・」

 

 モモンガがハムスケに説明をしようとした瞬間、先頭を歩いていたヌコネコがピタリと動きを止める。

 

「どうしました?」

「あの辺、なんかあるなーって思って」

 

 ヌコネコが、指差す方向の草むらに何かが転がっているのが見える。よく見れば、帯鎧(バンデッドアーマー)のようだ。

 

「鎧? なんでこんなところに?」

「捨ててったとかそういうのは無いっすよねぇ」

 

 ハムスケの話では、森の奥までは人間が入ってくることは無いという。まだ、目的地の村までは随分と距離があるはずだ。何故、文明圏の証でもある鎧が転がっているのはどういうことだろうか?

 モモンガは、先日調べた村の様子を思い出すが、鎧を装備した人間はどの村にもいなかった。洋服をきた農民たちばかりだったはずだ。

 

「ちょっと調べてきますわ」

 

 注意深くあたりを警戒しながら鎧に近づく。近づくにつれ嫌な臭いが鼻をつく。よく見ると鎧の首まわりに蜘蛛の糸のようなものが大量に付着している。

 その糸もかなりの時間が経っているのか、砂や埃に塗れて吹けば飛んでいきそうなほどボロボロだった。

 

(随分と時間が経ってるな。ってあっ)

 

 鎧を覗き込んだ瞬間、人間の胴体、それも中身が食い荒らされ空洞になっているものをもろに覗き込んでしまった。

 骨には、まだ肉がこびりついており、白い小さなものがウネウネと蠢いている。

 

「げぇぇぇっ‼」

「ヌコネコさん⁉ どうしましたか⁉」

「モモンガさん! コッチ来ないほうがいい! グロい! グロい! 鎧の中に腐った胴体だけ詰まってる!」

「いい⁉ そ、それ本当ですか⁉」

「めっちゃキモいっすわ!」

 

 ヌコネコが顔をしかめながら戻ってくる。

 

「あー、キモかったぁ。森の中で死んだ冒険者かな? どう思うハムスケ」

「そうでござるなぁ。このあたりまで入ってくるのは冒険者だと思うのでござるが」

 

 冒険者。ハムスケから聞いたこの世界の職業の一つだ。ハムスケもどんなことをしているのかは詳しくは知らないらしいが、まさにファンタジーものの王道職業だ。ユグドラシルにどっぷりだった自分たちからすれば、なんと夢のある職業だろうか。

 人間の住む都市に行くことができれば、なんとしても冒険者になりたいものだと二人に強く思わせた。

 

「うーん、首周りだけに糸着いてたし絞首刑蜘蛛(ハンギング・スパイダー)あたりに殺られたのかな? いればだけど」

 

 絞首刑蜘蛛(ハンギング・スパイダー)。ユグドラシルでは森の中を歩いていると突然降ってくるモンスターだ。ゲームを始めたての森によく出没し不意打ちによって束縛の状態異常や大ダメージを与えてくる初心者にとっては厄介な敵だ。

 

「ここに死体があるってことは、もしかしたら近くに故人のアイテムとか落ちてないかな? モモンガさんは、どう思う?」

「え? 本気ですかヌコネコさん⁉ 死体の周り調べるんですか? そういうの大丈夫なんですか?」

「そういうのって?」

「なんかグロめの死体を見たって言ってたのにすごく平然としてるから平気なのかなって思ったんですけど。俺はちょっとそういうのは・・・・・」

 

 ヌコネコは、モモンガに言われて気がついた。自分が平然としていることに。いや、正確に言うと感じないことはない。道端で車に轢かれて潰れた鳥の死骸をみて「うわぁ、グロいもの見たな」程度の若干の嫌悪感を抱いた程度だった。どちらかと言うと、腐った肉の臭いのほうが不快だった。

 

「モモンガさん、ちょっと待ってて。もっかい見てくる」

「え⁉」

 

 ヌコネコは再び、鎧の元に向かい中身を覗く。やはり軽い嫌悪感しか抱かない。リアルの仕事で死体を見ることなどまず無い。あったとしても死体処理の会社に連絡を入れておしまいだから、耐性がつくということは無い。

それに、どちらかというとホラー映画は苦手な方だ。タブラ・スマラグディナ推薦のホラー映画を恋人と見たことがあるが、あまりのビビリっぷりに恋人に笑われたくらいだ。

 

(マジか・・・・・これって、俺が異形種になったからか? 自分と全く違う種族だから何も感じない? 今の俺にとって人間は家畜とか虫と同じなのか?)

 

 死体をまじまじと観察しながら考え込むヌコネコを見て、モモンガはヌコネコの胆力に驚嘆していた。

 

(すっげぇなぁ。グロ死体なのによくそんなにまじまじと見れるよなぁ。俺だったら卒倒してるよ)

 

 モモンガも元いた世界では稀にストリートチルドレンの死体を見かけることはあるが、まだキチンと人の形をしているし、衣服も着ているのでグロさはない。そもそもそんなにしっかりと見ることはない。

 もしかしたら、今後グロ死体を発見することもあるかもしれない。その時は、申し訳ないけどヌコネコさんに任せよう。そう決意しているとヌコネコがもどってくる。

 

「うーん・・・・・モモンガさん、ヤバイことが分かったかもしれないっす」

「ヤバイって死体トラップですか⁉」

「いや、あれはただのグロ死体っすね」

「じゃぁ・・・・・」

「俺たち、体だけじゃなくて精神も異形種になっちゃったのかもしんないっす」

 

 そんな馬鹿な。ヌコネコの言葉に衝撃を受けるモモンガ。

 

「モモンガさん、ゴブリンを倒したときどう思った?」

「どうって、特にこれといって何も・・・・・」

 

 そう何も感じなかった。ゲームの中で敵を倒すのと同じように。だが、ゴブリンは知性を持ち、命乞いもしていた。そんな人間に近い知性体を殺したのに何も感じなかった。

 

「俺も人間じゃないからだって思ったんすけど多分、違うんすよ。ホントに虫でも潰す程度の感情しか沸かなかったんすよ。同じ言語を喋る生き物を殺してここまで何も感じないって、おかしくないっすか?」

 

 ヌコネコの言うとおりだ。もし、元いた世界だったら何か感じたような気がする。生き物を殺せば強い感情の揺れが起こるはずだ。ヌコネコの推測は正しいのかもしれない。

 しかし、この推測を確かめる方法は一つしか無い。だが、それを選択するのは非常に勇気がいる。

 

「ヌコネコさん、これでめちゃくちゃ気分悪くなったら怒りますからね」

「うん。その時は存分に怒られる」

 

 モモンガは、意を決して鎧に近づいていく。嫌な臭いが鼻につく。ふーっと大きく息を吐き、チラリと中を覗く。

 

「グロォッ‼ ってあれ? 思ったより・・・・・ううん?」

 

 想像以上に凄まじいものを見て驚きはしたが、一瞬で気分が元に戻る。ここに来てから自身に起こる現象で、良くも悪くも感情が一定以上に動くと途端にフラットなものに戻る。

 二人であれこれと考えたが、結論としてアンデットの精神作用無効によるものではないかということで納得はした。

 その現象を差し引いても、何も感じない。ただの少し気分を害する程度のものだ。どんなに見つめても感情は動かない。

 

「何も感じないっしょ?」

「確かに何も感じないけど、思った以上にグロくて驚きましたよ! あとむちゃくちゃ臭いじゃないですか!」

「そこは、ごめんて」

 

 二人のやりとりを不思議そうに眺めていたハムスケが二人に尋ねる。

 

「おふた方、死体がそんなに珍しいでござるか?」

 

 当然の疑問だろう。生き物の死体が転がっているというのは、ハムスケからすればあまりにも日常の出来事であり、二人の反応が異質に見えたのだ。

 

「まぁ、そりゃこういうのはちょっと」

「普通に生活してたらこんなグロ死体は見る機会ないですしね」

「そうなのでござるか?」

「そうなのでござるよ」

 

 ヌコネコの答えに素直に納得するハムスケ。ハムスケは素直で単純だ。二人が何者なのかということを説明しても深く疑問を抱かず「不思議な話でござるな」と納得してくれた。ただ、あまりにも素直過ぎて誰かに簡単に騙されるんじゃないか? と若干の不安を覚えたくらいだ。

 

「とりあえず、この近くを少し探索してみねぇっすか?」

「わかりました。でも、何も感じないとはいえ、こういうのは勘弁して欲しいですね」

 

 死体を中心に全員で周囲を調べ始める。ヌコネコは、神経を集中して、注意深く地面や草陰を観察する。森の中での探索は、盗賊系特殊技術を所持するヌコネコにとっても、得意な分野ではない。盗賊系の本領は、ダンジョンなど屋内での探索だ。こういった森などの屋外での探索はレンジャー系のほうが得意とする分野である。

 

「これは? なんか見つけたでござる!」

 

 ハムスケが手にしているのは、紐のついた銀色の板だ。表面と裏には何か文字のようなものがほってあり、おそらくはネックレスのようなものだろう。

 だが、アクセサリーとしてはあまりにも飾り気がない。だからといって何か魔力を感じるものではない。

 

「なんだろうこれ? うーん、マジックアイテムとかじゃ無さそうだけど」

「装飾品ってわけでも無さそうっすね。てか、これアルミ?」

「銀っぽそうですよ? ほら、簡単に傷がつきますし」

 

 モモンガが両手に軽く力を込めると簡単に変形する。

 

「俺たちの今の力でやったら大概の金属は簡単に傷つくっしょ」

 

 モモンガもヌコネコもゲームの数値上では筋力は高い方ではない。だが双方ともLV100ともなればそれなりの数字にはなっている。

 今の二人は、数百キロ超えるハムスケを軽々と持ち上げることができる。その力をもってすれば、ミスリルのようなファンタジー金属はわからないが、鉄など馴染みのある金属くらいなら変形させることも容易い。

 

「ははは。それもそうですね。じゃぁ、この文字の解読といきますか」

 

 そういうとモモンガがインベントリに手を突っ込み、モノクル型のアイテムを取り出す。文字を解読するためのアイテムで、モモンガはこれ一つしか持っていない。その手の魔法の習得は、ユグドラシル時代に嘲笑を浮かべて一蹴した。スクロールがあるから、使いみちの無い魔法はそれで代用するよと。しかし、こんなことになって必要になる時が来るとは思っても見なかった。

 安心すべきは、様々な場所を偵察する探索チームの一員として参加することの多かったヌコネコがこの手の便利アイテムを引退していった仲間から貰ったものを含め数多く所持していることだ。最悪、このアイテムを無くしてもなんとかなるという安心感は非常に大きい。

 

「えーっと、シルバー級? 裏面は・・・・・デバイ・ノードック?」

「シルバー級? 級ってことは、階級ってことだとして、裏面は名前なんすかね?」

「でしょうね。となると、これは認識票の類ってことになるのかな」

「だとしたら、あの死体からそれほど離れてないところにあったわけだから、さっきの死体の認識票じゃないかっすか? だとしたら、冒険者? ハムスケはなんかわかるか?」

「思い出したでござる! 以前、それがしと戦った冒険者たちもこれと同じようなものを装備していた気がするでござる」

 

 ハムスケの言うことが正しい場合、この認識票は冒険者が所持しているものだ。となると、こういった認識票を配布する組織が存在するということになる。それが国家の運営する組織なのか、互助組織として民間が運営するものかだ。どちらにせよ、冒険者のための組織が存在するようだ。

 その考えに至った瞬間、二人のテンションがおおいに上がる。まさにファンタジー世界のド定番組織。仲間と力を合わせ困難を乗り越える。夢とロマンを求め未知の世界を切り拓くユグドラシルそのものだ。

 

「うわ、やべぇ! テンションあがってきた!」

「冒険者かぁ。フフフッ・・・・・面倒くさいクレーム処理も残業もない! さいっこうの仕事じゃないですか!」

「それな! ついでに、上司のご機嫌伺わなくていい! アホな部下にやきもきしないでいい!」

「ストレスフリー! 夢しかない!  やっほーい!」

 

 上がったテンションは即座に沈静化されるが、それでも次から次へと湧き上がってくる期待は、モモンガの心を満たしていく。

 ヌコネコもこのファンタジー世界にしか無い夢の職業に就ける思うと子供のように胸を高まらせる。

 

「とりあえず、認識票は持って行きましょう。もしかしたら、あの人の仲間とか家族とか喜ぶかもですし」

 

 二人は、その後も冒険者の痕跡を求め、周囲を探索すると、破れた革鞄や鞘に収まったままの剣を発見した。

 剣は、特に魔力のかかっていない鉄製の剣。鞘から引き抜くと細かいキズが見てとれ使い込まれた武器だということがわかった。鞄の中には、毛布、水袋、コップ、皿、お椀、小型のナイフ、ふるとカチャカチャと金属音のなる小さな革袋が二つ、おがくずの入った袋、瓶に入った青い液体。

 モモンガが、青い液体の入った小瓶を指先でつまんで軽く振ると、底にうっすらと溜まった沈殿物がふわっと動く。

 

「なんだこれ? でも微かに魔力の反応があるなぁ」

 

 青い小瓶にアイテムの効果を鑑定する魔法、<上位道具鑑定(オール・アプレイザル・マジックアイテム)>をかける。するとモモンガの脳内にアイテムの情報が流れ込んでくる。即座に、道具にかかっている魔法的効果を探る魔法<上位付与魔法探知(オール・ディテクト・エンチャント)>をかける。

 

「これはポーションですね。効果としては、第一位階魔法の小傷治癒(キュア・ウーンズ)

「え? それポーションなんすか? 色が青いっすね」

「この世界のポーションは色が違うんですかね? 薬草を使った溶液と魔法で作られているようですけど」

「んんん? ポーションって錬金術師が魔法で作るものじゃなかったっけ?」

 

 二人がよく知るポーションの製造方法は、錬金溶液と素材アイテムを組み合わせ、そこに魔法をかけて製造する方法。二人は、生産職ではなかったので詳しい話は覚えていないが、組み合わせが多すぎて試すのが楽しいと錬金術師のクラスを保有していたギルドメンバーの誰かが言っていたのを思い出す。

 

「ユグドラシルとは全く違う製法ってことか? それに回復効果も低い。下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)よりもさらに下だし」

 

 モモンガは、初めての異世界アイテムを手に感動を覚えていた。これからどれほどの未知のアイテムを入手できるのだろうと。

 

「じゃぁ、こっちの音のなる袋なにが入ってんすかね?」

 

 軽い方の袋を開けると三角形の鉄の板、石ころが入っている。二人はそれを見て、首を傾げる。

 

「ナニコレ? なんに使うのコレ」

「鉄の板に石ころですよね・・・・・」

 

 袋に入れられていることから大事なもののようだが、マジックアイテムでもないようだ。とりあえず、<上位道具鑑定(オール・アプレイザル・マジックアイテム)>を使って何なのかを判定する。

 

「火打金と火打ち石?」

「おお! なんかアニメとか時代劇で見たことある‼」

 

 二人は、子供のように目をキラキラさせながら、火打ち石と火打金をぶつけて火花を出す。

 

「火花! 火花でた!」

「すげぇ! 本物だ!」

 

 火花が出る度に大人二人が声を出して大はしゃぎしている。こんな小さな火花からどうやって火を得るのだろう。 そして、誰がこの方法を発見し、多くの人が使うようになっていったのか? 二人は人類の知恵というものにロマンを感じていた。

 

「こんなんでよく火なんて起こせますよね。どうやってやるんですかね?」

「ほんと、魔法でボンってやれば一瞬なのに。この世界の人間って魔法使えないとかじゃないっすか?」

「いや、ハムスケも使えるんだし、それはないでしょ」

「人間も魔法は使うでござるよ」

「マジかー。じゃぁさ、こっちの重い方は何が入ってるんすかね?」

 

 ヌコネコが袋を開けるとたくさんの銅のコインの中に銀のコインが十数枚、一枚だけ金のコインが入っていた。

 ヌコネコがコインをつまみ上げじっくりと眺める。丸い・・・・・といっても、どれもが不格好で真円というわけではない。丸めた金属を伸ばし棒で伸ばしたような不格好なものだ。コインは、鳥や男性の顔、紋章のようなもの、それに文字のらしきものが描かれている。表面には細かいキズが多数あり、ものによっては多少変形している。どのコインも薄汚れており、輝きは鈍い。

 

「これ、この世界のカネじゃね?」

「だとしたら金貨だけじゃなくて、銀貨と銅貨もあるんですね」

 

 ユグドラシルのゲーム内通貨は、新旧の2種類があり、両方とも金貨のみで綺麗な装飾が施されていた。目の前のものと比較すれば、もはや芸術品といっていいぐらいだ。

 

「現地マニーゲット! でも、これどのくらいの金銭的価値あるんすかね?」

 

 この世界の物価がどのくらいかわからない以上、手に入れた現地通貨がどのくらいの価値をもつのか。結構な額を所持しているのか、それとも大した額ではないのか。ヌコネコがそれについて考えていると、モモンガが明るく話しかける。

 

「それを調べるのもちょっと楽しみじゃないですか? 未知を既知にするのが冒険でしょ?」

「確かに。村に行ったときに確認しましょうか。でもさぁ、互助組織みたいなとこに認識票を返したらさ、金も含めて遺品を全部返せって言われないっすかね?」

「まぁ、そこは認識票を回収してきた対価ってことでいいんじゃないですか?」

「そりゃそうっすね。それに黙ってりゃバレんわな」

「じゃぁ、使えそうなものだけ回収してあとは捨てていきましょうか」

 

 モモンガは、現地通貨と青いポーション、鉄の剣をインベントリに放り込む。剣は一応の遺品として、特に追求されなければ売り払うつもりだ。青いポーションも二人にとって価値は無いが、剣と同様、後で売れば金になるだろうという判断でだ。

 

「ところで、この人なんでおがくずなんて袋に入れて持ってたんだろ?」

「あれじゃね? なんかいい香りするから持ってたとか」

「えーっ、それは無いでしょ」

「でも昔、かぜっちが木のアロマでストレスが和らぐとか言ってたし」

「かぜっち・・・・・あぁ、ぶくぶく茶釜さんかぁ」

 

 かぜっち、声優であるぶくぶく茶釜が昔使っていた芸名のあだ名だったはずだ。一部のメンバーが彼女をそう呼んでいた。

 

「ストレスかぁ・・・・・」

 

 いつどこでモンスターとエンカウントするかわからない森の中では、常時強いストレスにさらされているだろう。なら、そういうストレスを低減するアイテムを所持しているというのは納得のいく話だ。

 

「火打ち石と火打金どうする?」

「うーん、楽しませてもらってなんですけど、オレたちには必要無いものですし、何より使い方もわからないですからね。捨ててきましょう」

「おけおっけ」

 

 二人は、故人に形だけ手を合わせると、再び村に向かって歩き始めた。

 周辺探索を優先したため、太陽は頂点を過ぎ、時間はすでに15時を回っていた。ハムスケの感覚が確かなら、1時間もかからず森を抜けることができる。そこからおそらく20分ほど歩けばモモンガが発見した村の一つにつくはずだ。

 森を抜けると、どこまでも続く青空と何もない平野。しかし、村があるはずの方向の空に黒煙がいくつも立ち上っているのが見える。

 

「なぁ、モモンガさん、あれ絶対夕飯の支度してるわけじゃないっすよね」

「え、えぇ、そう・・・・・ですね」

 

 嫌な予感しかしない。昨日確認した時は、異変らしきものはなかったはずだ。モモンガは、対情報系魔法から身を守る魔法を複数発動させると、<千里眼(クレアボヤンス)>そして、モモンガが得た視覚情報を共有するために<水晶の画面(クリスタル・モニター)>を発動させる。

 

「昨日確認した時は無事だったのに・・・・・」

 

 二人の目に飛び込んできたのは、多くの建物が焼き尽くされ、焦土と化した村。どの家も崩壊し、そこかしこに村人の死体が無残にも打ち捨てられている。

 

「ひでぇな」

「老若男女お構いなしみたいですね」

 

 やはり異形種になったからなのか、この凄惨な光景を映画のワンシーンのように冷静にみていられる。

 

「でも、なんでこんなことに? 戦争っすかね?」

 

 昨日まで無事だった村が一夜にして滅ぼされる。異常な事態ではあるが、戦争などであれば納得はいく。また、他に考えられる可能性としては、疫病、犯罪、見せしめなどだ。

 しばらく村を観察していると、数名だが生きている人間を発見する。しかし、どの村人も泣くでもなく、怒るでもなく力なく座り込み、呆然としているだけだった。

 

「生き残りの人を助けにいきましょう」

 

ヌコネコがそう言ったとき、モモンガはヌコネコらしいなと思った。元々、たっち・みーと特撮系SNSで親しく、彼の紹介でギルドに入ってきた。そのため、たっち・みーとよく似た趣味嗜好を持ち困っているものを放ってはおけない性分だというのもよく理解している。

 

「俺だってメリットとか無いってのはわかっているんすけど、やっぱさ」

「困っている人がいれば助けるのは当たり前・・・・・でしょ?」

「モモンガさん・・・・・そうっすね!」

 

 モモンガは、フッと笑う。異形種の肉体となり精神もそれに近くなってきている。だが、人間の残滓のようなものを少しは大事にしてもいいと思っている。

 

「行きますよ!」

 

 モモンガが、転移門(ゲート)を発動する。下半分を切り取ったような漆黒の楕円が地面から浮かび上がる。

2人と1匹が転移門の中をくぐると、廃墟となった村の近くに転移する。転移阻害は無い。ヌコネコがすかさず周囲の気配を探るがこちらも特に何も感じ無い。それでも周囲に気をくばりながら村へと急ぐ。

 村に近づくほどに、焼け焦げた木の臭いと、何か嗅いだことのない薬品のような臭いがする。燃え尽きた家の前で呆然としていた男が足音に気づいたのかモモンガたちの方を見る。

 

「大丈夫ですか?」

「ひっ! ひあぁぁぁぁ!?」

 

 モモンガたちを見るなり、男は顔を引きつらせ声を上げる。真っ青な顔が更に青くなり、全身をガクガク震わせ尻もちをついたまま後ずさる。

 

「あっ・・・・・アンデッド・・・・・」

 

 男の目がモモンガと後ろにいるハムスケ、そしてヌコネコへと目まぐるしく動く。

 

「えぇ・・・・・」

 

 モモンガの精神が沈静化する。ハムスケに続いて人間にもか。そんなにこの外見怖いのかよと。

 

「いや、大丈夫ですよ! こいつ、ちょっと見た目怖いけどいいヤツなんですよ! 俺たちさ、みなさんを助けにきたんですよ! な?」

「そっ、そうです。オレ達は、たまたま通りかかったもので・・・・・」

 

 全力で、優しい声を出して近づこうとするが、その度に「ヒッ」と声を上げて男が後ずさる。やがて、異変に気づいた何人かの村人がノロノロとこちらにやってくるが、モモンガを見るなり腰を抜かして尻もちをつく。

 

「このままじゃ埒が明かないっすね。よし!」

 

 ヌコネコが背中に背負っていた忍者刀をモモンガに手渡すと、両手を上げて村人の方に向かって歩いていく。

 

「みなさん、大丈夫ですよー! 俺たちはただの旅人です! どうか話しを聞いてもらえますか?」

「ほっ、本当なのか?」

 

 わざわざ武器を置いて両手を上げ、近づくヌコネコに村人は若干警戒を緩めたのか、返事をする。

 

「えぇ。俺たちが皆さんを安全な場所にお連れしますよ」

 

 

 

 

 

 生き残った村人は6名。内訳は、男1、女2、子供3。下級治癒薬(マイナー・ヒーリング・ポーション)を使って傷を治療しようとした時、人間の血を使った呪物じゃないのかと疑われもしたが回復薬だとわかると手のひらを返したように感謝された。村人の傷を癒すと、多少怯えの色はあるものの、とりあえずは落ち着いてくれた。

 

「私の名前はモモンガと言います」

「自分は、ヌコネコです」

「それがしは、森の賢王ハムスケでござる」

 

 森の賢王と名乗ったハムスケに村人たちは心底驚いた表情を浮かべる。ハムスケはこの近隣では名のしれた魔獣のようだ。

 そして、生き残りからことの経緯を聞くことが出来た。この村は、ペルデン村といい、どこにでもある平凡な村だという。

早朝いきなり鎧騎士の集団に襲われ村は焼き払われたという。鎧についていた紋章から、この村が属するリ・エスティーゼ王国と毎年戦争をしているバハルス帝国の騎士ではないかという話だ。

毎年、戦争をしているとはいえ王国の領内に侵入し村を焼き払うといったこと今まではなかったらしい。

 

「なんでまた急にそんなこと始めたんすかねぇ?」

「戦略を練り直したのかはたまた別の理由か・・・・・」

 

 なぜ、村が襲われることになったのかは、情報が足りず判断はつかない。だが、同じことをするつもりなら周辺に軍を展開している可能性が高い。

 うまく帝国軍をやり過ごしつつ、村人たちを安全な場所に連れて行かないといけない。安全な場所となると村よりは街、街よりは都市だ。

 

「ここから一番近い街か都市はどこになりますか?」

「一番近い都市ですとエ・ランテルになります」

「では、エ・ランテルまであなた達を連れていきましょう」

 

 その言葉に、生き残りたちがおおっと声をあげる。

 

「お、お願いがあります! どうか、エ・ランテルに行く前に一度カルネ村に、この近くの村に寄っていただくことはできませんか!?」

 

 生き残りの女の一人が声をあげる。

 

「おい! お前何を言ってるんだ!」

「そ、そうだぞ! エ・ランテルまで連れて行ってくれるだけでもありがたいってのに!」

「カルネ村には嫁いでいった姉がいるのよ⁉ それに小さい姪たちも」

「この方たちの気が変わったらどうするの⁉」

「差し上げられるものはこれしかありませんが、どうか、どうかお願いします!」

 

 女性がモモンガたちに頭を下げ懇願する。そして、彼女が差し出した手には鈍い銀色の指輪が乗っかっている。おそらくは結婚指輪か何かだろう。夫との思い出となるような品物を差し出してまでもカルネ村に一度寄りたいということか。夫を亡くしたであろう彼女にとっては、血の繋がる姉と姪たちが唯一の親族だ。安全を確認したいのだろう。

 しかし、寄り道は敵との遭遇のリスクを大きく上げてしまう。それに、カルネ村が無事かどうかの保証もない。場合によっては彼女にはより辛い結果になる可能性もある。ヌコネコをチラリと見ると目があった。彼が言いたいことはわかる。

 

「その指輪は受け取れません」

 

 モモンガの言葉に女の顔が絶望に歪む。

 

「それは、奥さんにとって大事なものでしょう? そんなものを受け取るわけにはいきません」

「で、ですが」

「カルネ村によりましょう。ですが、覚悟はしておいてください。この村のようになっている可能性も十分にありえますので」

「ありがとうございますっ! ありがとうございますっ!」

 

 その言葉を聞き、地面に額を擦り付けて礼を言う女性。ヌコネコの方を見るとグッと親指を立てる。

 

(あんな頼み方されたら断れるわけなないよな。それに、こうなったら最後まで面倒をみてやろうじゃないか)

 

 モモンガたちは、村人たちとともにカルネ村に向かう準備を急ぐのだった。

 




 オール電化があまりにも一般的でガスも話でしか聞いたことのない世界の人なら火打ち石と火打金を使った火起こしはわからないかなと。
 迷推理するヌコネコも大概ポンコツです。

 仲間と一緒かつナザリックが無い状況ならモモンガも鈴木悟として人間味あふれる行動をとるんじゃないかなと思っています。
 なので、わりと善人な行動をしますが二人ともメンタルは異形種なのでやる時は・・・・・ね?


次回は、カルネ村に到着します。


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第6話 夜襲

アイエエエ!? ニンジャ!? ニンジャナンデ!?


 日が落ち闇に包まれ始めた平野を粗末な荷馬車が走っている。

 荷馬車を引くのは、金属性重装鎧を着用した体躯の大きな馬。そして、御者台には、奇怪な仮面と無骨なガントレットをつけたモモンガが座り、手綱を握っている。そのとなりにヌコネコが立ったままの姿勢で周囲を警戒している。荷台には、ペルデン村の生き残りの5人を乗せ、荷馬車のやや後ろをハムスケがついてきている。

 転移魔法を使わず、足手まといである村人たちを伴ったまま陸路を移動しているのには理由がある。それは、モモンガの魔力が限りなく0に近くなっているからに他ならない。

 村人たちの反応や聞き出した情報からアンデッドがこの世界において忌み嫌われている存在であることが理解できた。このまま彼らに黙っているように言ったところで、人の口に戸は立てられないとも言う。

 モモンガは第10位階魔法 <記憶操作(コントロール・アムネジア)>を使い5人の記憶を、自分は最初から仮面とガントレットをつけていたと書き換えたのだ。

 

(ほんの数十秒の改ざんだけでここまで魔力を消費するなんて・・・・・迂闊には使えないな)

 

記憶操作(コントロール・アムネジア)>は、ターゲットを変更することができるサポート魔法だ。この世界では、魔法のテキストフレーバー通りに記憶の閲覧、操作、消去ができる。

 使用頻度の高い魔法の効果はすでに調査済だが、こういった他人の脳内や精神を直接的に弄る魔法の調査はまだ不十分だ。感覚的にそういうことができるという予感はあったが、流石に友人の頭の中を覗いて改竄などはできない。

もし、この魔法をマスターしようと思うなら誰か1人を廃人にするくらいの練習が必要だろう。

 

「馬車って案外スピードでないっすよね。西部劇とかだともっと出てそうなのに」

「そりゃ仕方ないですよ。農作業用の荷馬車だし」

 

 動くたびにギシギシという荷馬車の軋む音と強めの振動が伝わってくる。これ以上速度を出せば、乗り物酔い必至の激しい振動で村人たちが大変なことになるのは目に見えている。それに、その振動で荷馬車が壊れるかもしれない。

 モモンガは、アイテム修復系の魔法を習得していない。マジックアイテム全般は、破壊されないか、自分が無事ならば、破損は自動的に回復する。修復系魔法は、装備が破壊された時の緊急用に使うものだ。

 多くのプレイヤーは、基本的に武器や装備は属性や耐性を考慮し、複数のアイテムを所持している。持っているアイテムが全部破壊される事態は起こることがないし、その前に撤退する。

 修復魔法で直した装備品は耐久度が半分程度で再生されるため、再度破壊されやすくなってしまう。

 アイテム破壊を仕掛けてくる敵が多い場合、パーティーに鍛冶師系に特化した職業の仲間を連れて行く。そうすれば、多少の素材で耐久度の減少など無しに完璧に修復することができる。

 もっとも、破壊されることを心配するのは、聖遺物級の装備までだ。それ以上の装備を破壊されることはモンスター相手ではまずない。

 PvPであっても、アイテム破壊は特殊なクラスにつかない限りは困難を極める。神器級装備で身を固めるモモンガやヌコネコには、ほぼ無用の心配でもある。

 

「おっ、なんか見えてきた!」

「村ですか?」

 

 モモンガが目を凝らすと、遠くの方に村らしきものが見える。

 

「明かり一つも点いてないけど、なんかあったとかそんなんじゃないっすね」

「なら良かった」

 

 モモンガもほっと胸を撫で下ろす。感情が動かされることはほぼないとはいえ、連続して滅んだ村を見学するのは気分のいいものではない。

 

「みなさん、もうすぐカルネ村につきますよ。村は見た限り無事そうです」

 

 モモンガが、肩越しに村人に話しかけると、カルネ村によって欲しいと懇願してきた女性、エヴァ・ハーヴェイが涙ながらに感謝の言葉を二人に述べる。

 

「では、ハーヴェイさん、ボランさんにはカルネ村の皆さんに事情の説明をお願いします。子どもたちと私達は村の入口で待っていますので」

「わかりました」

 

 馬車を村の入口付近で止めると、モモンガは、<永続光(コンティニュアル・ライト)>の効果をもつランタンを男性と女性二人に貸し与える。二人は真っ直ぐに、女性の親族の家だろうに向かいドンドンとドアを叩き、住人と何かを話し始めた。

 

「さて、ここまでは順調に来たけど、ここからが本番ですね」

「そ、そうっすね」

 

ヌコネコの耳が後ろに倒れ、目が泳いでいる。なんとも居心地が悪そうな雰囲気だ。

 

「どうかしましたか?」

「いやな、その大したことじゃない・・・・・いや大したことか? あー、うん。その、なんだ」

「?」

「あれだ。夜の営みの音声を拾っちゃって。聞こうとして聞いてるわけじゃないんすけど」

 

ヌコネコの五感は、モモンガよりも遥かに優れている。さらに、探知系特殊技能(スキル)を発動すれば、その聴力は遠くの微かな音も捉えることができる。

村にある家屋は、どれも粗末な作りをしており、窓は跳ね上げ式の木戸があるだけだ。防音性はそれほど高くないだろう。夜の営みの音は、どれだけ声や音を抑えようとしてもヌコネコにとっては、隣で囁かれているようにはっきりと聞こえてしまう。

 

「まぁ、それは仕方ないじゃないですか」

「仕方ない・・・・・そうっすね! 仕方ないっすね!」

 

 仕方ないと言いつつも、ヌコネコの表情はやはりどこか居心地が悪そうである。

 

「さて、話がついたみたいですよ」

 

 ランプの灯りが二人に向かって近づいてくる。その後ろには、初老の男性が息を切らせながら向かってきていた。

 

 

 

 

 

 エンリ・エモットは遠くでドンドンという扉を激しく叩く音で目を覚ました。こんな時間に誰だろうか? 隣では、幼い妹のネムが目をこすりながら体を起こそうとしていた。耳をすませると、広間の方から、怒ったような父の声がした。ドアを開ける音がした後、父の声に混じって、どこかで聞いたことのある声が聞こえる。

 そんな、嘘だろという父の驚いたような声。嫌な予感がする。エンリはネムの体をギュッと抱きしめる。

 

「エンリ、ネム。服を着替えてすぐに動けるようにするんだ」

「お父さん、どうしたの?」

 

 恐る恐る尋ねると、父は険しい顔のまま言った。

 

「村から逃げることになるかもしれない」

 

 

 

 

 

 モモンガたちは、村の入り口から村長の家の前へと通された。そこには、村長の呼びかけによって多くの村人が集められていた。村人たちの視線は、ハムスケに集中している。村人たちから唾を飲みこむ音や「ひっ」という短い悲鳴のようなものも聞こえる。そんなにハムスケが怖いのだろうかと思っていると、村長らしき初老の男性が村人を代表して話し始める。

 

「モモンガ様、ヌコネコ様、ハムスケ様、まずはエモットの親族を助けて頂いたお礼を言わせてください。ありがとうございます」

「いえ、礼にはおよびません。それよりも、皆さん、ハーヴェイさんからお話は伺っているでしょう?」

 

 村長だけでなく村人たち全員の表情が不安そうなものに変わっていく。彼らは、ペルデン村で起こった悲劇が自分たちの村に起こることを想像したのだ。友人、家族を失うかもしれないという恐怖を。

 

「いつペルデン村を襲った騎士たちがここに来るかわかりません。敵の規模もわからない以上、私達としては、一刻も早くこの村を離れ、エ・ランテルへ避難することを提案いたします」

 

 とりあえずは逃げの一手。自分たちの予測では、この周辺の国家の兵士は、ハムスケが討伐されていないことを考えれば、ハムスケよりもはるかに弱いという可能性の方が高い。ならば、相手が千だろうが万だろうが自分たちの敵ではない。モモンガとヌコネコが警戒しているのは、国家を相手にするという行為である。もしかすると、自分たちと同じようなプレイヤーが、すでに国家についていた場合を想定してのことだ。

 下位のプレイヤーであれば、賭けの要素も出てくるが、1パーティーくらいなら殲滅できるだろう。ワールドアイテムの使用を前提にするならまず負ける要素はない。しかし、戦闘を前提にものを考えるのはアホのすることだ。

 

「ですが、村のものは全部で120人ほどおります。それに、子供や病気の者もおります。全員で移動というのは・・・・・」

「命あっての物種。それに道中は、我々が全力でお守りいたします」

「だけど、あんたら二人と魔獣だけじゃないか!」

 

 モモンガたちの実力知らないものたちからすれば当然の反応だろう。だからこそモモンガは続けて言った。

 

「私の仲間であるハムスケは、ただの魔獣ではありません。森の賢王。それがハムスケのもう一つの名です」

 

 森の賢王―村人たちから、「この魔獣が伝説の」「信じられない」と驚嘆の声を上げる。

 

(森の賢王効果凄いなぁ。もしかしていろんな場所で有効なんじゃないか? これでみんな安心して脱出に賛同してくれるだろう。あとは、移動中に魔力が回復すれば・・・・・)

 

 モモンガが、村人たちを連れてエ・ランテルまでの脱出プランを考えていると、村人の一人が声をあげる。

 

「な、なぁ、あんたら森の賢王を従えているなら、帝国の騎士なんて目じゃないだろ?」

「えっ?」

「そうだ! だったらこの村を守ってくれよ!」

「お願いします! 村を守ってください!」

 

 村人たちが次々に口を開く。森の賢王効果はあまりにも強すぎた。強すぎたがゆえに、村を捨てて逃げるのではなく、森の賢王と共に村を守って欲しいと口々に叫びだす。

 

「い、いやしかしですね・・・・・」

 

 想定外だ。みんな納得して逃げてくれると思っていたのに、逆に立てこもりを提案されるとは思っても見なかった。敵の数も強さもわからないのになんでこんなことを言えるんだと。

 モモンガたちとしては、国家間の争いに関わりたくはない。だが、もはや場の雰囲気としては、逃げるという選択肢は無い状態だ。

 

「森の賢王を従えるあなた方であれば、雇い入れるのに莫大な金銭が必要なこともわかっております! 我々も出せるだけの金銭をお支払い致します! どうか、どうか村を守っていただけないでしょうか?」

 

 村長以下、村人たち全員が両手を地面につけ頭を下げる。

 まずい。物凄くまずい方向に話が進んでしまっている。正直、二人にはここから穏便に村人たちを避難させる方向に話をもっていく話術はない。かと言って、暴力的な手段で彼らを強制避難させるわけにもいかない。

 

「み、みなさん。頭をお上げください。少し仲間と相談してもよろしいですか?」

 

 とりあえず話を一旦中断し、作戦会議を開く。

 

「やべぇ」

「やべぇっすね」

 

 二人は頭を抱える。どうしてもっと上手く誘導できなかったのか。いや、そもそもここの村人は他力本願過ぎやしないか? と。

 

「二人とも何を悩んでいるのでござるか? 人間相手なら負けることは無いと思うのでござるが」

「勝ち負けの話じゃなくてな。帝国の騎士と戦うっていうことは、国家間の問題に関与するっていうことになる」

「そうそう。自動的に俺たちは王国側になっちゃうしな」

「それは、問題なのでござるか?」

 

 ハムスケの疑問にモモンガはふと思う。国家間の争いに首を突っ込むことにはなるが、確実に王国に対して何かしらのメリットを提供できる。生き残りから得た情報によれば、王国と帝国は毎年戦争をしている。国力もそれなりにあると思われる。

 それに、冒険者志望としてギルドに加入する際にメリットがあるはずだ。同じプレイヤーに対しても非道を行う騎士たちを撃退したという噂が流れれば、好感を得られるかもしれない。

 王国で冒険者として働くのであれば、いいことなのではないだろうか? その分、帝国には行くことが出来なくなるだろうが、最悪、この王国、帝国の領地から出ていけばいいだけだ。

 

「ヌコネコさん、村守りません?」

「んぁっ⁉ マジで? 厄介なことにならねぇ?」

「確かに、国家間の問題に関与することになりますけど、王国側にメリットを提供できると思うんです。それに、もし俺たちの他にプレイヤーがいたとしたら、いい宣伝になりませんか? 非道を働く騎士から村を守ったって」

「うぅーん・・・・・」

「最悪この辺から逃げればいいじゃないですか」

 

 そしてモモンガは、考えつく限りのメリット・デメリットをヌコネコに提示し、最終的にメリットの方が大きいと説明する。

 

「おっけ。わかった。ならできるとこまでやるっすかね!」

 

 ヌコネコの承諾を得ると、不安そうに眺めていた村人たちのもとに行き了承の意を伝える。

 

「みなさん、村の防衛は引き受けましょう。ですが、我々の言うことには従っていただきます。よろしいでしょうか?」

「おおおおおっ! ありがとうございます! もちろんです!」

「まず、いつでも逃げられるように準備だけはしていただきます。我々も全力を尽くしますが、万が一は考えていただきたい」

「了解いたしました。すぐに皆に準備をさせます!」

 

 村人たちは口々に感謝の意を述べると急いで自分たちの家へと戻っていく。

 

「ところでさ、騎士たちは何人か生け捕りにしたほうがいいっすよね?」

「捕縛して突き出した方が印象はいいとは思うけど」

「なら、今から夜襲かけてくるわ」

 

 ヌコネコがニヤリと笑う。

 

「このまま村で防衛戦したって、数的に不利っしょ? コッチから仕掛けようぜ!」

 

 ヌコネコの言うように防衛戦をするには人数が足りない。そして防衛に必要な特殊技能もない以上、奇襲で一気に大打撃を与えるのができるのならそれに越したことはない。

 

「それに闇夜に紛れての奇襲は忍者の得意分野っすよ」

 

 忍者や暗殺者のクラスは、不意打ち攻撃に対してダメージボーナスが乗る。特に忍者は、広範囲に攻撃できる忍術や焙烙玉といった専用のマジックアイテムを駆使すればかなりの殲滅力を発揮する。

 なにより、ヌコネコは、アインズ・ウール・ゴウンのPK戦術の一つである奇襲戦において、弐式炎雷と共に真っ先に切り込む役を担ってきた。

 

「シバキ倒せそうなら、シバいてくるし、ダメそうなら情報かき集めてドロンしてくるっすよ」

「でも一人で行くのは・・・・・それに、オレだって<完全不可知化(パーフェクト・アンノウアブル)>を使えば一緒に行けますし」

「MPがいくらか回復したっていっても満タンには程遠いっしょ? 今は回復優先したほうがいいっすよ。それに、ハムスケだけ置いていっても村人はビビるっしょ?」

 

 確かに、村人はハムスケを非常に恐れているように見えた。ハムスケだけを置いていくのは村人に悪印象を与えそうな気がする。

 

「わかりました。でも、ヤバそうだったら無理はしないでくださいね」

「了解! それじゃぁ、連絡用にこれを」

 

 ヌコネコがモモンガに金色の巻貝のついたペンダントを渡し、自分は、銀色の巻貝のついたペンダントを装備する。

 これは、<伝言(メッセージ)>に似た効果を発動することができるマジックアイテムだ。<伝言(メッセージ)>と違い、対になるアイテムを持つもの同士でしか繋げないがその分、探知系魔法、特殊技能(スキル)に対して強い防御効果を持っている。

 

「見つけ次第、連絡いれますね。そいじゃ、よっと! 」

 

 忍術・飛翔大凧を発動するとその姿を夜の闇へと同化させていく。

 ヌコネコの姿が見えなくなると、モモンガはハムスケに指示を出す。

 

「ハムスケは、村の入口付近で敵が来ないか監視。もし敵がきたら、大声で合図を出してくれ」

「了解でござる!」

 

 ハムスケが、村の入口に向かって駆け出していく。

 

「さて、今なら村人の姿も無いし。<中位アンデッド創造>」

 

 モモンガが特殊技能(スキル)を発動すると、苦悶の表情を浮かべる半透明のアンデッド<上位死霊(ハイレイス)>が6体召喚される。

 

「この村を防衛しろ」

 

 命令を下すと、3人ほどの影が混じりあうような異様な姿をしていた上位死霊(ハイレイス)たちが、闇夜に消えていく。

モモンガは、とりあえずの防衛体制を整えると、ヌコネコが飛び去った方向の空を見上げる。

丸い月が村を照らしていた。

 

 

 

 

 

 ヌコネコは、大凧に捕まりながら眼下に広がる平野を見渡す。風のない静かな夜。ふと、どうでもいいことを考えてしまう。

 

「この凧、風も無いのになんで飛ぶんだ?」

 

 忍術によって召喚される大凧は風も無いにも関わらずフワフワと浮かび、思い通りの方向へと自在に動くことができる。<飛行(フライ)>と全く同じ方法で動く。しかし、忍術は、魔法ではない。魔力を使用するが、あくまで特殊技能(スキル)である。しかし、魔法と同じ術理で動いている。考えれば考えるほど不思議だ。

 

「ダメだダメだ。余計なことを考えるな。集中しろ!」

 

 見つけるものは、野営地で起こる明かりだ。どれだけの人数がいるかはわからないが100人を超える村を皆殺しにするだけでなく、家屋も焼き払っている。最低でも40人近くはいるはずだ。

 ならば、部隊を維持する上で食事や夜間の敵襲に備えての警備のためと多少なりとも火を使うだろう。

もっとも、食事は調理不要の携行糧食、夜間の警備には<闇視>の効果を持つマジックアイテムや魔法を使うことで火を使わないという対策をしているかもしれない。

 視力を特殊技能で強化し、そういった対策を取られていたとしても見つけ出せるように目を皿のようにして敵を探す。

 

「み~つけたっと」

 

 闇の中にポツンと小さな光が複数見える。高度を下げ、光点の方に近づくと松明を持った騎士が数名、野営地を囲むように見張りをしている。中央では、複数の焚き火を囲むようにテントが複数張ってあり、焚き火が消えないように番をしている者が8名ほど確認できる。見張りの番をしている者の数は16名。おそらくは、多くの兵士が寝込んでいるのだろう。

 ヌコネコは、野営地から少し離れた場所に飛び降りると、野営地に接近する。ぱっと見た感じ、強者の気配というべきものを感じない。こういった気配や殺意というものをモモンガは感知することができないと言っていたので、種族的特徴というよりは、職業によるものなのだろうと思っている。ヌコネコは、この感覚を少し信用できないでいる。というのも、この世界に来る前にはそんな感覚はなかったのだ。なので、念には念を入れ、特殊技能(スキル)を発動し、見張りの兵士のレベルを確認する。

 

(・・・・・弱っ⁉ まじかぁ。この感覚は正しいのか?)

 

 見張りの兵士のレベルは6。どれだけ絶不調であっても、軽く小突けば倒せてしまうほどだ。野営地をぐるっと一周し、他の見張りの兵士たちを確認するが全員レベルは4~6。

 森の奥地には人間が近寄らず、ハムスケが200年に渡り伝説の魔獣として君臨し続けていたことから考えると、ハムスケを討伐できるだけの力が無いのではないかと予想を立てていたが、どうやらその予想は正しかったようだ。

 とはいえ、油断は禁物だ。末端の兵士のレベルが一桁なだけで国家には、自分たちと同等かそれ以上の存在がいることを想定しておくべきだろう。

 

「さて、他の連中はどんなもんかね?」

 

 見張りの兵士の間をくぐり抜け、野営地内部へと侵入する。テントは一つを除き、どれも簡易的なものであり、雨風を凌ぐだけの簡素なものがいくつかある。その中に5、6人が横になり眠っている。

 

「フゴッ・・・・・」

「マドロンちゃん・・・・・」

「グォォォーーーグゥゥーーーグォーーグゥ」

 

 イビキをかくもの、寝言を言うもの、中には寝苦しいのか何度も寝返りをうつものもいたが、概ね眠りについている。

 

「どいつもこいつもよく平気で寝てられるな」

 

 兵士たちは、人間だ。自分のように異形種というわけではない。訓練された兵士と言えば聞こえはいい。だが、あれだけの虐殺を行っていながら寝られるという神経がヌコネコには理解出来なかった。

 最後に、一つだけ他と違うテントへと向かう。野営地のやや内側にあり、他のテントよりも一回り以上小さく入れても2人が限界だろう。テント内から微かに明かりが漏れている。おそらくは、この部隊の指揮官のテントだと思われた。

 テントの入り口に近づくと微かにアルコールの匂いがする。いくら隊長であっても敵地に潜入している最中、酒なんて飲むのかと疑問に思いながらテントに侵入する。

 中に入ると、鎧を脱ぎ捨てた男が大の字になって眠っている。枕元に空の酒瓶が転がっている。

 

「なんだこいつ?」

 

 ヌコネコは、呆れを通り越して不快感を覚える。他の兵士たちは、少なくとも軍人として、いつ奇襲を受けても大丈夫なように鎧を着たまま眠っていた。今、奇襲を受ければ、こいつだけは、即座に行動できない。なぜ、こんな男を連れているのだろうか? 何かしら強力な特殊技能でも所持しているのだろうか? だが、レベルは最低値の1。ユグドラシルの基準で考えるなら強力な特殊技能を所持しているとは思えない。

 

(この世界特有の強力な特殊技能(スキル)を所持しているのか? だが・・・・・)

 

 どう贔屓目にみてもそんな気配は微塵も感じられない。目の前の男について考えをめぐらしているとテントの外から「声が大きいぞ」と相手を窘めるような声が聞こえてくる。外に出ると、焚き火の番をしている男たちが、何かを話している。そっと近寄り聞き耳を立てる。

 

「どうせ聞こえやしねぇよ。酒飲んで寝てるだろ」

「しっかし、ベリュースの野郎、デカイツラしやがって気に入らねぇ」

「なんであんなのが隊長なんだよ。上もどうにかしてるぜ」

「パパのお金で隊長の座を買ったんだろ? あいつボンボンらしいからな」

「お前達、それぐらいにしておけ」

「ロンデス、お前ムカつかねぇのか?」

 

 ロンデスと呼ばれた男が渋い顔をしながら話しかけてきた男をみる。

 

「俺も思うところはある。だが、あんな男でも隊長は隊長だ。任務を終えて国に帰るまではな」

 

 ロンデスが吐き捨てるように言う。

 

「はー、真面目だねぇ」

 

 ベリュースという男は、お飾りの隊長のようだ。しかも、人望もかなり薄い。話から察するに彼らと違って純粋な軍人というわけでもないようだ。

 騎士たちを襲撃するための不安要素はない。この程度の雑魚相手ならば一人で十分だ。

 

「とりあえず、モモンガさんに連絡だな」

 

 野営地から離れ、マジックアイテムを起動する。すると、糸のようなものが伸び、何かを探っているような感じがする。<伝言>系統の魔法を使うときに起こるものだ。

 

「こちらヌコネコ。野営地見っけたっすよ」

『本当ですか⁉ 数は⁉』

「50くらいかな。数はいるけど、LV一桁の雑魚しかいねぇっすわ」

『えっ・・・・・マジですか? そんな雑魚ばっかり?』

「マジもマジっすよ。ところでそっちはどうっすか?」

『静かなものですよ。一応、上位死霊(ハイレイス)を6体ほど村の周りに展開しているんですが、今の所問題は無しですね』

「お互い問題無しと。それじゃ、俺はこのまま騎士どもを殲滅するっすわ」

『ヌコネコさんなら心配はないと思いますけど、気をつけてくださいね』

「了解。それじゃ、終わったらまた連絡します」

『えぇ。それではまたあとで』

 

 プツッと電話を切るような感覚が頭に響く。

 

「さて、忍者の本領発揮といきますか」

 

ヌコネコの瞳孔が、くわっと大きく開き、瞳の殆どが黒目に変わる。同時に、ヌコネコの体が夜の闇に溶けていった。

 

 

 

 

 

 

「そろそろ交代の時間だな」

 

 ロンデスは、近くにおいた火時計に目をやる。時間を計るロウソクは小さくなり、あと数分もすれば消えてしまうだろう。ようやく睡眠をとることができる。

今日も疲れた。魔法化され軽量化されているとはいえ、全身鎧を着て村人を狩るのは、なかなか骨の折れる作業だ。何度も剣を振るうのは非常に疲れる。熟睡は出来ないだろうが、それでも早く横になりたい。すぐ横では、同僚のエリオンとリリクが、あくびをこらえている。

 

「あぁ、そうだな。それにしても今日も疲れたな」

「だな。早く国に帰ってベッドで寝てぇよ」

「俺は、嫁を抱きてぇなぁ」

「リリク、それは独り身の俺たちに対する嫌味か?」

「お前たちも早く結婚すればいいだろ? 嫁は最高だぞ」

 

 その時、耳をつんざくような凄まじい悲鳴が上がる。全員の視線が、悲鳴のした方へと動く。嫌な予感を覚えたロンデスが、エリオンとリリクと共に悲鳴を発した仲間のもとへ急ぐ。

 

「どうした⁉」

「あっ、あぁぁぁぁぁっ・・・・・」

 

 腰を抜かした仲間が、テントの入口を指差す。ロンデスがテントの中を松明で照らと赤黒いものが散乱している。

 

「ひうっ!」

 

 喉まででかかった悲鳴を全力で飲み込む。

 

「な、なんなんだこれは・・・・・」

 

 テントの中にあったのは肉塊。首を切り落とされ、鎧ごと細切れにされた仲間たちの死体が転がっていた。

 

(いつだ⁉ いつ襲われた⁉ 誰一人悲鳴を上げる間もなく殺されたというのか⁉)

 

何より、鎧ごと細切れにされているにも関わらず、鎧を破壊するような音すらなかった。そんなことが可能なのか? 全身の血の気が凄まじい速度で引いていくのがわかる。

 

「神よ・・・・・」

 

 そう呟いたエリオンの声は震えている。

 

「敵だ・・・・・」

「えっ」

「敵だ! 敵襲だ‼ 全員を叩き起こせ‼」

 

 敵だ。得体のしれない敵がいる。とにかく仲間を叩き起こさなければいけない。エリオンとリリク、腰を抜かしていた仲間が大声で「敵襲」と叫びながら他のテントに走り出す。他の見張りの兵士たちも大急ぎでテントを回る。

 だが、誰も起き出して来ない。これだけ大声を出せばどんなに深く寝入っていても起きるはずだ。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁ⁉」

「ひぃぃぃっ⁉」

「あぁぁぁぁぁぁぁあぁぁっ⁉」

 

 そこかしこから聞こえてくる悲鳴が、どのテントでも同じ状況だということを教えてくれる。

 

「おっ! おいぃ! てっ! 敵襲だとぉっ! 貴様らぁっ! 何をしていたんらぁっ‼」

 

 突如、奇声のような叫び声が聞こえる。鎧を抱えてわめき散らしているのは、隊長のベリュースだ。なぜこいつが殺されていない? という疑問が湧いたその瞬間、焚き火が全てかき消える。

 

「ひぃぃぃっ! 貴様ら! おおおっ俺を守れぇ! 守りゅのらぁぁぁ‼」

 

 あの男を守る気は無い。だがこの暗闇の中、バラバラに行動していては正体不明の敵にいいように弄ばれて殺される。

 

「全員こっちに来い! 武器を構えろっ!」

 

 ロンデスは、生き残るために必死に指示を出す。なんとしても生きて国に帰り、この敵のことを伝えなければと。王国には、残忍な何かがいるということを。

 

 

 

 

 

 ヌコネコは、じっと必死に動き回る騎士たちを彼らのすぐ側で眺めていた。数人が持つ松明の灯りしか無いという状況を差し引いても、彼らには、ヌコネコの姿を認知することはできない。

 騎士たちは、お互いに背を合わせるように円陣を組み、武器を構えている。だが、手に持った剣の切っ先は細かく震え、カチャカチャと鎧が小刻みに揺れる音が聞こえる。そして、神に祈る声が聞こえてくる。

 

「神に祈るくらいなら虐殺なんかするんじゃねぇよ」

 

 インベントリから吹き矢を取り出す。吹き矢は、ダメージを与えることはできない。しかし、隠密状態を維持しながら各種状態異常攻撃を仕掛けることができる。

 

「がっ⁉ あがっ⁉ ぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃ⁉」

 

 突如、苦しみだす仲間がエリオンにしがみついてくる。

 

「たじゅっ! ごぼっ、ぐるっ! ごぶげぇっごぼぼぼぼっえてぇごっぼっ」

「ひぁぁぁぁぁ⁉」

 

 面頬付き兜の隙間から見える瞳から血が涙のように流れ落ち、大量の血が器官に入りゴボゴボという嫌な音とともに兜の隙間から滝のようにこぼれ落ちている。

 そして、数秒もしないうちに糸の切れた操り人形のようにどちゃりと倒れ伏す。

 

「あっ・・・・・あヒィィィィ‼」

 

 恐怖に耐えかねた一人の騎士が円陣の中から飛び出し逃走を始める。

 

「え、円陣を崩すなぁっ!」

 

 ロンデスの静止の言葉も虚しくガチャガチャという音が闇の中に消えていく。数秒後、鎧のこすれる音が突然かき消えた。

 次の瞬間、ボールのようなものがコロコロと地面を転がってくる。松明を持った騎士が、おそるおそる足元に目をやると、それは仲間の首の詰まった兜だった。

 

「うぉぁぁぁぁっ!」

「嫌だ・・・・・」

「助けて・・・・・母さん・・・・・」

 

 嗚咽の入り混じった呟く声が聞こえる。誰もが仲間を背にしていなければ立ってはいられない状態だった。

 

ザザッ ザッザッザッ

 

間をおかず、地面を歩き回るような音が聞こえる。音の方に松明を向けても何もいない。すぐに別の方向から動き回る音がする。だが、襲ってくる様子もない。ただ、間隔をあけて音を出してくるだけだ。

 

「俺たちを弄んでいるのか・・・・・」

 

 ロンデスは思った。姿の見えない何かは、間違いなく自分たちを簡単に皆殺しにできる力を持った存在だ。そして、それはとてつもない邪悪な性をもち、恐怖に怯える自分たちを嬲り楽しんでいる。

 神はなぜこんな邪悪なものを放置しているのだ⁉ 何故、敬虔な信徒である我らを無視するのか? ロンデスは、自身が信仰する神に罵声をつぶやいた。

 

「うべっ⁉ なんだ? み、水?」

 

 突如、仲間の騎士が声を上げる。同時に、鼻を突くような臭いが周囲に充満する。この臭いは全員がよく知っている。家屋を焼き払うときに使う錬金油の匂いだ。

 

「ま、まさか」

 

 ロンデスの頭にとんでもない考えがよぎる。この邪悪な存在は、仲間を焼こうとしている!

 

「さっ! 散開! さんかぁぁぁいっ‼」 

 

 ロンデスの金切り声にも似た大声に反応し、騎士たちが転がるように円陣を崩し散らばる。次の瞬間、周囲がぱっと明るくなる。

 

「「「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ‼」」」

 

 3人の騎士の絶叫と共にとオレンジに似た赤い炎が巻き起こる。錬金油の独特の臭いと肉の焼ける臭いが入り混じった凄まじい悪臭があたりに立ち込める。

 ロンデスたちは、よく知っている。錬金油は、水での消火が難しいことを。炎に焼かれのたうち回る仲間をただ呆然と眺めることしか出来なかった。

 人間松明と化した仲間たちの遺体を前に誰もが膝を屈しへたり込む。死んでいった仲間は誰もこんな死に方をしていい者ばかりではない。

 

「嫌だ! 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だぁぁぁぁぁ‼ 俺はっ! こんなところで死んでいい人間じゃない! あぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 ベリュースが半狂乱になりながら叫ぶ。誰もが絶望の中、呆然とするしかない中でよくもこれだけ喚けるものだとロンデスは奇妙な感心の仕方をする。

 

 ヒヒヒィーン

 

 馬の嘶きが聞こえた。馬は殺されていない。馬に乗れば逃げることができるのではないかとロンデスは考えた。だが、姿の見えない何者かが馬の元にたどりまで大人しくしてくれるわけがない。何より、この邪悪な存在は自分たちを嬲って楽しんでいる。馬を殺さないでいるのも自分たちに希望を与え、より深い絶望へと落とすための罠なのではないか? だがそれでも万に一つの可能性にかけるしか生き残る道はない。

 

「逃げるぞ! 全員、馬まで走れ! 生き残りたければ動けぇ!」

 

 ロンデスが叫ぶと騎士たちは震える足を無理やり動かし走り出す。生への希望が恐怖で動けなくなっていた騎士たちの肉体をつき動かしたのだ。

 

「ま、待て! お前ら! 俺を! 俺を置いていくなぁぁぁ! たっ、隊長の俺うぉっ!」

 

 後ろからベリュースの叫び声が聞こえる。だが、誰も振り返らず一心不乱に走る。すぐにベリュースの叫び声が途絶える。

 数メートルも走らないうちに、ガシャン、ガシャンと仲間が地面に倒れ伏す音が聞こえだす。狩られている。仲間の倒れる音の間隔が短い。敵は、複数、もしくは異常に素早いかだ。馬をつないでいる場所は、すぐ近くなのにやたら遠く感じる。

 

「馬ッ! 馬だ!」

 

 暗闇の中に薄っすらと馬の影が見える。

 

「やっ、やった‼」

 

 馬に手が届いたその瞬間、ロンデスの視界が真っ白に染まり、凄まじい音と衝撃が全身を打った。そのままロンデスの意識は深い闇へと落ちていった。

 

「まぁ、こんくらいいればいいか」

 

 ヌルリと闇の中から、ヌコネコが姿を現す。マジックアイテムを起動し、モモンガに連絡を取る。

 

「モモンガさん、俺でーっす。終わりましたよー」

『ヌコネコさん、お疲れさまです。連絡が少し遅かったのでどうしたのかと思いましたよ』

「すいません。ちょっとはしゃいじゃったというか」

『はしゃいじゃったって・・・・・心配して損しましたよ』

「あぁ、ごめんなさい! こういう奇襲って久しぶりだしさ」

 

 通話の先のモモンガが苦笑しているのがわかる。

 

『ところで、何人捕まえたんですか?』

「6人っすね。とりあえず気絶させたんで、持って帰ります」

『わかりました。それじゃぁ、こっちも受け入れの準備をしておきますね』

「おっけー。じゃあ、さっさと帰りますねー」

 

 通話を切ると、死屍累々となった野営地を見渡す。正直、やりすぎたような気がしないでもない。

 

「加減を覚えないといけないかなぁ」

 

 異形種となったこの身は、人間相手にどこまでも残酷になれる。命を奪うことに対して、一切の呵責がない。異形種だからなのか、それとも自身のカルマ値がマイナスに傾いているからなのだろうか? 考えたところで答えが出るものでもない。

 気絶した兵士たちを一箇所にまとめると、忍術を発動する。

 

「風遁・瞬転の術」

 

 ヌコネコが忍術を発動すると、一陣の風がヌコネコと兵士たちを飲み込む。風が走り抜けたその場所には、ヌコネコも騎士の姿もなくなっていたのだった。

 




猫妖精にまつわる話では、親切にするものには幸福を。そうでないものは酷い目にあう。まぁ、どこの世界でも動物が関わる民話や神話では親切にしないといけないということです。

とりあえず、オリジナル要素として

エヴァ・ハーヴェイというエンリの叔母さんを生やしました。
ナザリックルートだと死亡ルートに入ってる(たぶん)
そして、無傷で助かってしまったカルネ村。
いろんな人の運命が少し変わりますねぇ。

金と銀の貝殻のネックレスは、アウラとマーレのどんぐりネックレスと同様のアイテムで装飾品違いで効果は同じものです。



次回は、みんな大好き陽光聖典とニグンさんのお話の予定です。


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