もしも「Fate」が大人気eスポーツだったら (ゼラチン@甘煮)
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1話/始まり
20XX年、1本のVRゲームが世に出た。
『Fate/Virtual』というタイトルで発売されたこのゲームは、今までの全てのゲームの常識を過去にした。対戦モードではサーヴァントとして臨場感のある戦いを体感できストーリーモードでは様々なシナリオをサーヴァントとマスターのどちらかを選んでその重厚な物語の登場人物になりきることができる。
それまでのVRゲームとは格の違うその技術はFate並びに型月を知らない層からの注目も集め全世界のニュースで取り上げられた。
それから数年後、同会社から対戦要素をメインとした『Fate/Virtual_War』が発売された。
好きなサーヴァントを使って戦うシステムはそのままに、新たなシステムとして『競技モード』が追加された。
この『競技モード』こそが、このゲームを現在世界で最も人気なeスポーツへと押し上げた要因である。
中3の春にどこの高校に進学しようか迷っていたところ幼馴染に説得され同じ高校を受験、無事二人そろって合格した。今日はその高校の入学式、そして部活動見学の日なのだが。
「もう。今日から高校生でしょ、はやく起きなさい」
母の声で目を覚ました。数十秒かけて体を起こし居間へと向かう。
「大丈夫なの?なっちゃんと待ち合わせしてるんじゃないの?」
「時間までまだあるし大丈夫......だと思う」
ヤバい、すっかり忘れていた。絶対遅れないように言われていたんだよなあ、だが慌てる時間じゃない。3分で朝食を食べ5分で準備をすれば待ち合わせの時間には問題なく間に合うはずだ。
「あら、そうなのなっちゃん?」
「うーん...本当だったらもう高校についてる時間なんだけどね、まだ寝ぼけてるのかな?はい、朝ごはんだよ」
朝食を運んできたのは、ここにはいないはずの幼馴染だった。
「......あー、なんでここに?」
「いつもより早く起きたから迎えに来たんだよ。まさか寝ているなんて思わなかったけどね」
満面の笑顔のはずなのになぜか恐ろしかった。
「まったく、今日くらいはちゃんとしてほしいよ」
「入学式と部活見学だけだろ」
わかってないなあと首を振るこいつは物心がつく前からの幼馴染である
「その部活動見学が重要なの。一緒に見学するんだからできるだけ良い印象を向こうに与えておきたいんだよ」
「別にいいけど俺は運動部は嫌だぞ、文化部もなんか敷居が高そうだし」
「大丈夫、僕と公人が見学するのは『FVW部』だけのつもりだから」
「えふ、ぶい......?」
「だから、『Fate/Virtual_War部』だよ。それしかないでしょ」
「ああ......そうだった」
こいつはそのFVWが大好きなのだ。この高校を選んだのだってFVW高校大会において初代チャンピオンに輝いたのがこの高校だったかららしい。
現在公式で学生大会が開かれているeスポーツはFVWだけらしく俺自身詳しくないのであまり深くは言えないがそのゲームの人気が凄まじいことを実感する。
「伝説の第1回大会...!残り1人で相手チームは5人、その絶体絶命の状況で逆転し優勝した。まさに鬼のような強さ、本当に凄いんだよ」
「知ってるよ、何回お前に見せられたと思ってるんだ。ほら、着いたぞ」
「ホントだ。じゃあまた入学式のあとでね」
手を振って走っていく夏、それを見届けながら俺も事前に発表されていた自分のクラスへと向かった。
「入部届か。天海に衛宮だな」
「はい。よろしくお願いします」
見学の前に行きたいところがあると職員室に連れられたのだがなんでこいつは入部届を渡しているんだ。
「......おい」
「こういうのは先手必勝だよ、最速で入部することで同学年のライバルにプレッシャーを与えるのさ」
「関係ないと思うが」
「いいからさっそく部活に行こう」
手を引かれる。俺はまだ入ると決めてないんだけど、まあいいか。
「ここだよ公人!僕たちの部室だよ」
連れてこられた場所は校舎の端にある教室、扉には『FVW部部室』と丸い手書きの字が書かれてある。
もっと大きな部屋だと思ったんだが見た感じ普通の教室と変わらないな。でもゲームの機材さえあればできそうだから部屋の広さは関係ないのか。
「──あら、あなたたち見学に来たの?」
後ろから声をかけられる。
「はい、見学どころか僕たち二人とももう入部届出しました。よろしくお願いします!」
「あ、えーと、よろしくお願いします」
一応俺も挨拶する。先輩らしき人は俺たちを見て複雑そうな苦笑いを浮かべた。
「あー、なるほどねー......。うん、二人ともよろしくね。私は2年の
2年?普通この時期の部長は3年がやるんじゃないのか?隣のやつは興奮しすぎて何も違和感を持ってないらしい、しっかりしてほしいのはこっちだよ。
「あの、僕たち、伝説のあの大会に憧れてこの高校に入ったんです。ライバルがたくさんいるのはわかってますがぜひレギュラーメンバーになって大会に出場したいです」
そう頭を再び下げる夏を見てより複雑そうな顔をする部長。しばらく俺と夏を交互に見比べて決心したように天井を見上げる。
「......うん、とりあえず見てもらった方が良いわよね。とりあえず入って」
そう言って部室の扉を開けた。
「し、失礼します!」
「失礼しま────」
驚いた。まず部員が誰もいない、妙に静かだとは思ったがまさか部長が最初だったとは。次に機材、5台程度それっぽい機材は見つかるのだが妙に新しい。使っている痕跡があるのはせいぜい2台だ。最後にこの部屋、お菓子の袋やFVWとは関係なさそうなゲーム機やパソコン、ボードゲームが散らばっている。
「え、えーと部長、他の部員はまだ来ないんですか?」
一瞬固まった空気を崩すように夏が声を上げて質問する。
「────ごめんなさい」
「え?」
そう部長が呟いた直後、綺麗な土下座をする。
「え?え?」
「ごめんなさい、ごめんなさい。この部活、私含めて2人しか部員がいないの。過去の栄光に縋っているだけなの。あなたたちが入部しなかったら、全国出場どころか部の存続すら怪しかった弱小部なのよおおおおおおお!!」
土下座したままそう叫ぶ部長。
「あの、顔を上げてください」
「失望しないで!本当に廃部になっちゃうから!入ってくれたら即レギュラーだから!ちゃんと教えるから!4人だったらギリギリ大会に出れるからああああああああああ」
「部長!?」
泣きだしてしまう部長とそれをあやす夏、俺はその光景をただ冷めた目で見ることしかできなかった。
「何黙って見てるのさ!はやく一緒に部長を落ち着かせようよ!あっ部長なんで泣くんですか!?」
「......なんでさ」
不安だらけの高校生活の幕が開いた。
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2話/はじめてのFVW
「──ごめんなさい。まさか新入生が来てくれるなんて思わなかったから」
感激したからといってあそこまで取り乱しはしないと思うのだが。
「これでも去年の秋大会では地区大会準決勝まで行ったのよ?......決勝戦で完敗したけど」
「地区大会決勝というと、相手はあの荒耶高校ですか!?」
部長が気まずそうに発した一言に夏が食いつく。荒耶高校ってたしか市内でも中々の進学校だったな、厳しい筆記試験と面接の代わりに安定した進学と就職が約束されるだかで毎年すごい出願倍率だったはずだ。
そんなエリートたちが通う高校にもFVW部があるなんて少し意外だった。そこまでFVWが人気ということか。
「もう、知らないの?荒耶高校は去年の秋大会全国優勝校だよ」
「同じ地区の高校から優勝校が出るのは嬉しいけどやっぱり複雑なのよね」
まじか、そういえば去年クラスメイトと夏が騒いでた気がする。それはこのことだったのか。
ただ...それとは別にさっきからある一点が引っかかる。
「...部長、完敗したとはいえこの高校は地区2位なんですよね。なんでこんなに部員がいないんですか。FVWにかけては異様な情熱がある夏ですらこのことを知らなかったみたいですし」
全世界で人気ならば、地区2位というのは部活としてかなりのアピールポイントになるはずだ。3年生がいないってのも気になる。
「......」
「ぶ、部長?」
急に黙ってうつむいてしまった。ヤバい、地雷踏んだかもしれない。
「と、とりあえず二人とももう部員なんだからさっそく春の新人戦に向けてFVWやりましょう?」
何かを飲み込んだような表情で、部長は笑顔で使っていないであろう機材を指差した。
頭にVR機器をつけて椅子に座る。しばらく真っ暗だったがやがてぼんやりとした光と共にタイトル画面らしきものが目の前に現れた。
『聞こえてる?衛宮くんは初心者ってことで私が最初のところだけ教えるわ』
「わかりました。えーと、どうしたらいいですか?」
画面には『Fate/モード』と『オリジナルモード』の二つの選択肢が出ている。
『オリジナルモードってのがいわゆる競技モードよ、大会だとそれがメインになるからそれを選んで』
言われるがままに右手をかざす。
ゲームは好きだがVRは初めてやる。まさかコントローラーも必要ないとは思わなかった、どこまで発展してるんだ。正直なんで現実の体が動かないのかもよくわからない。
『オリジナルモードはあなたに一番合うサーヴァントをゲームが選んでくれてそのサーヴァントを最弱の状態から色んな対戦を通して強くなっていくモードよ』
自分に合うサーヴァントが選ばれるって、なにそれこわい。まさかこの機器に脳を解析とかされてるんじゃないだろうな。
アナタの、アナタだけのサーヴァントを選びます。
「なんか出てきたぞ」
『そのままじっとして、ちょっとビックリするかもだけど我慢ね』
「え」
その直後、目の前が光に包まれる。
「ちょっ、大丈夫なのかこれ!?」
『衛宮くんの脳とリンクさせてサーヴァントを選んでいる最中よ、暴れないで』
「本当に解析してた!」
さらに光が強くなり、思わず目をつぶる。今度は頭の奥からズキズキと痛みがくる。
「頭痛って...この、ゲーム...欠陥だろ......」
目をつぶったまま頭を抱える。頭痛が無視できないレベルまで強くなってきた。
「部長...まだか」
『もう大丈夫よ、目を開けて」
恐る恐る目を開ける。
視界に広がるのはゲームの画面ではなく荒れ果てた荒野だった。
「...え?」
焦って機器を外そうとしても手は空振るだけだった。ゆっくり触ってもそこには俺の頭があるだけで機器らしきものは感じない。
『どう?ビックリしたかしら?』
「ビックリというか......」
これはゲームとかそういうレベルじゃない。マジで現実と見分けがつかない。肌をくすぐる風の感触も足から伝わる地面の固さも本物としか思えない。
『ちなみにもうサーヴァントになってるわよ』
そう言われて自分の腕を見る。最初は動揺していて気づかなかったが確かに服も制服とはまったく違うし腕も筋肉質な浅黒い肌になっている。
「これが俺に合うサーヴァントか...部長、そっちから見えるんだったらこのサーヴァントが誰なのかわかりますよね」
『私が言うより自分で確認した方がいいんじゃないかしら。ステータスって頭の中で念じてみて』
念じる...?こうか?
頭に指をあてて思い切り念じる。ピコンという小気味いい音と同時に空中に何か出てくる。
【サーヴァント】エミヤ
【クラス】アーチャー
【属性】中立・中庸・人
【筋力】E【魔力】E
【耐久】E【幸運】E
【敏捷】E【宝具】-
【パッシブスキル】
・なし
【スキル】
・なし
【宝具】
・なし
『確認した?それが衛宮くんの今のステータスよ』
「このエミヤってサーヴァントの名前か?サーヴァントって過去の偉人を元にしてるんだろ?俺と同じ名字なんて偶然だな」
『あー...そうね、話すと長くなるんだけど合ってるわ』
昔夏が話してたのってこいつのことか。それにしてもステータスらしき数値が全部Eなんだがこれは最初だからか?これで強いってことはさすがにないだろう。
『最初は皆同じステータスよ、そこから経験を通して強くなるの』
「なるほど────」
再び光に包まれる。今度はそこまで強くなく頭痛もしない
『ようこそ衛宮くん、FVWの世界へ』
視界が開けると街中に出た。人の姿もちらほら見かけるがその見た目からしておそらく俺と同じサーヴァントなのだろう。
『オンラインサーバーよ。オリジナルモードでは基本的にオープンワールドの世界で遊んでいく感じね。天海さんもそこにいるはずよ』
「なら早く夏を見つけたいな」
それにしても凄いなこのゲーム、異世界転生でもしたんじゃないかってくらい違和感がない。さっきからこのゲームの技術に驚かされてばっかだな。
「あっ、そこにいるのは公人かい?無事なようで何よりだよ」
夏が探す前に向こうから来てくれたのだが......俺もこう見えてるのか。
あの黒髪は綺麗な金髪に変わっておりどこか気品のある青のドレスの上に白銀色の甲冑を身につけていた。
「やっぱり公人のサーヴァントはエミヤだと思ってたよ。それ以外に考えられないし」
「名前だけだろ...」
その見た目に最初はちょっと驚いたが話すとやっぱり変わらないな。
「夏のサーヴァントはなんだ?俺でも知ってる人か?」
「うーんと、今僕のステータス見せるね」
そう言って手を空中にかざす夏。なんかこいつ手慣れてないか?
【サーヴァント】アルトリア・ペンドラゴン
【クラス】セイバー
【属性】秩序・善・地
【筋力】C【魔力】C
【耐久】C【幸運】C
【敏捷】C【宝具】A++
【パッシブスキル】
・対魔力(C)
・騎乗(C)
・直観(D+)
【スキル】
・魔力放出(B-)
・カリスマ(B)
【宝具】
『
「...なんか俺のと違くないか?」
「実は僕このゲーム前からちょくちょくやってたんだよね」
『天海さんには自分のアカウントを使ってもらったわ、大会出場規定にも引っかからないし経験者は大歓迎よ』
えぇ...。こういうのって二人で一緒に成長していく感じじゃないのか、俺より数段階上のステータスだしよくわからないスキルたくさんもってるし宝具のランクに至っては凄まじいし。
「どう?このゲームは凄いでしょ!一緒に頑張っていこう」
ああ、うん...。大丈夫かな、これから。
どうやら二人はうまく合流したようね。天海さんはともかく衛宮くんも早くFVWに慣れてほしいわね。初めてなりによく動けていると思うけどこれで対戦になるとどうなるかしら。
「何このステータス...」
天海さん...経験者だとは言っていたけどこれちょっと異常ね。こんなステータスは全国出場校でもおかしくない、地区大会程度なら問題なく突破できるレベルだわ。
FVWはそのリアルさと激しさから高校生未満がやるには厳しい審査を通らなければプレイできないはずなんだけど...。
「──まあ、面白くなりそうね?」
なんでもいいか。せっかく入って来てくれた後輩だもん、気合い入れて指導しなきゃ。
「二人とも!私も今からログインするから待ってて!」
いつもよりワクワクしながら、頭に機器をつけた。
ステータスNo.3
【サーヴァント】アンリマユ
【クラス】アベンジャー
【属性】混沌・悪・人
【筋力】?【魔力】?
【耐久】?【幸運】?
【敏捷】A【宝具】E+
【パッシブスキル】
・復讐者
・不明
・不明
【スキル】
・不明
【宝具】
・不明
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3話/はじめての戦闘
「よし、これで全員ね。もう一人の部員ももうすぐくるはずだからそれまで軽い説明をするわ」
変わらずFVWをプレイ中であるが、部長の見た目が気になる。服はさすがに変わっているがそれ以外は現実のままなのだ。俺と夏はそもそもの容姿が変わっているのにもかかわらず。
「まずは大会のことよ。二人が関係のある大会は3つ、5月にある新人戦、7月最初の夏大会、そしてメインとなる10月の秋大会ね」
大会か、そうなると一気に部活って感じがするな。
「大会には個人戦とチーム戦があって個人戦は1人から5人まで、チーム戦は3人から5人まで出場可能なんだけど、高校から必ずどっちも出場しなきゃいけないのよね。一応両方に出ることは可能なんだけど、それでも2人しか部員がいなかったから危なかったのよ」
「部長、でもこのままだと新入生は俺たちしかいないから新人戦はできないんじゃないですか」
「新人戦は個人戦だけなのよ、場合によっては同じ高校内で戦うこともあるわ」
新人戦、特に何もなければ俺たちが出ることになるであろう大会。5月ということはあと1ヶ月か、それまでにこのステータスをなんとかしなければいけないんだよな。夏レベルまで追いつければいいんだが。
「衛宮くんはステータスの見方はわかったかしら?」
「まあある程度他のゲームはやっていたので、大丈夫だと思います」
多分パッシブスキルっていうのは常時発動型、普通のスキルは自分でタイミングを考えて発動する感じだろう。宝具ってのがおそらく必殺技みたいなものだと思う。
「そのスキルとか宝具はやっていけば出てくるもんなのか?」
「そうね、基本はそのサーヴァントに対応したものが出てくるわ」
だから夏はエクスカリバーか、確かにアーサー王といったらエクスカリバーだもんな。だがそれだと余計にわからなくなる。エミヤってどんな宝具を持ってるんだ?
「じゃ、行きましょう」
「行くってどこに?」
突然後ろを向き歩き始める部長を慌てて呼び止める。
「どこって...衛宮くんの戦闘訓練ができる場所よ」
「えーと...どういうことだ?」
連れてこられたというか指示のままメニューから移動された場所は街よりも人が多く賑わっていた。
「ここはアリーナ、主にオンライン対戦をするための場所よ」
「げっ」
戦闘訓練をする場所と聞いてまさかとは思ったがやっぱりかあ...。今の状態で対戦なんかしても大丈夫なのだろうか、瞬殺される未来しか見えない。
「安心して、まずは私とやりましょう」
「あの、僕はどうしたらいいですか」
「天海さんの実力も見たいし衛宮くんと同じグループに入って」
おお、1人じゃないのならまだ安心感がある。
変型チーム戦:開始
ロードの後に移動した先はまた街中、ただし人がいたさっきの街とは違い人気のない夜中の街になっている。
「さ、まずは衛宮くんからね。いつでも来てくれていいわ」
両手を広げる部長。攻撃とかどうすればいいんだ?
「念じれば武器が出るはずだよ、エミヤは遠距離でも近距離でも戦えるサーヴァントで弓も剣もどちらでも戦えるはずだよ」
幼馴染のありがたい助言に従いステータスを出した時のように手に力を込めてみる。
気づいたら両手に短剣が握られていた。片方とも似たような形で色がそれぞれ黒と白になっていてまるで2本で1つとでもいうかのようだった。
「うおっ。これがエミヤの武器か?」
中々カッコイイな。ゲームの仕様かはわからないが空気のように軽いところが良い、夏が持っている剣とかものすごく重そうだし。
「──干将・莫耶......」
「え?」
夏がキラキラと輝いた目で俺の持っている剣を見つめていた。かんしょう・ばくや、それがこの剣の名前なのか?カッコいいじゃないか。
「じゃあ、行きます。部長」
「ええ、肉体的な疲労はないから遠慮なく来なさい」
見定めるように笑う部長。ゲームとはいえ戦うなんていまいち実感がわかなかったけど、今はちょっとワクワクしている。勝つことは無理だろうけど少しでもあの余裕の表情を崩せれば嬉しい。
部長に向かって走り出す。おっ、確かに疲れる感じはしない。こういう感覚が現実の体にいかないのなら確かに攻撃も遠慮しなくてもよさそうだな。
...攻撃する?どうやって?この剣を振り下ろせばいいのか?俺は今まで生きてきてそういう経験など一切ない、加えてFBWはゲームとはいえ体を動かしている感覚は現実と変わらない。そんな俺が部長に攻撃するとして本当にできるのか?
「公人!」
夏の声で我に返る。前を見るとそこに部長の姿はない・
「──去年の秋大会で決勝まで行けたのもね、偶然みたいなものなのよ。新人戦なんて初戦で負けちゃったしね」
耳元で囁き声が聞こえる。
「それでも誇れるものはあるのよ?私の敏捷ステータスはA、敏捷だけならプロでも充分に通用するレベルよ」
「ぐっ...!?」
背中に強い衝撃が走る。見ると部長の手によって奇妙な形をした短剣が俺の背中に突き刺されていた。
悲鳴を上げる間もなく剣が背中から強引に抜かれ同時に強く蹴り飛ばされる。
「き、公人...!大丈夫?」
「くそ...肉体的な影響はないはずじゃ」
背中が強く痛む、傷口から血が流れていく感覚だってある。
「安心して、現実の体には何も影響がないから。その痛みはあまりのリアルさに脳が錯覚を起こしている状態よ」
「できるわけ...ないだろ......」
「何か気づいた?このゲームは具体的なHPゲージはないわ。戦闘の終了条件は降参、もしくは脳が本当に死ぬと感じたダメージを受けた時だけ。つまり脳がまだ死なないと感じているかぎり、どれだけ血が流れようが四肢が吹き飛ばされようが負けることはないわ。安心でしょ?」
あくまでも笑顔のままそう説明をする部長。まるで悪魔のようなその笑顔に冷や汗が流れる。
背中を押さえながらゆっくり立ちあがる。
「...大丈夫?私が言うのもなんだけどほとんどの初心者は攻撃を受けたら1回プレイするのをやめるものよ?」
「──やめたくはなったよ。ただ、このまま終わるのは...ダサいだろ」
いつの間にか落としていた剣を拾い上げもう一度握りしめる。
「私が思ったより根性があるのね。...先輩として、部長として、見本を見せてあげる」
こっちに向き直る部長、と同時に凄まじい速さでこっちに突っ込んでくる。
くそ、さすがに速いな。目で追おうにも速すぎて追いきれない。あの短剣はガードしなければ、とっさに体をかがめる。
「基本的な体のスペックや使える技はそのままステータスに依存するわ、だけどそのスペックをどう活用して戦うかは自分のセンス次第よ」
またも後ろから声をかけられる。いつの間に回り込んだんだよ、まったく見えなかったぞ。
「たとえ筋力や魔力の値が低くても、いくらでも戦えるの」
振り下ろされる短剣、間違いなくその軌道は俺の首に向かってきている。
ヤバい、避けないと、もう少し戦いた──
パッシブスキル『心眼(真):E+ランク』を解放しました。
「──避けられるような攻撃じゃないと思ったんだけど、少なくとも今の衛宮くんじゃ」
部長の一撃は空を切るのみに終わった。少しではあるが部長の顔に動揺が見られる。
...今の表示はなんだ?あの表示が出た後、部長の攻撃が妙にゆっくり見えた。パッシブスキルが解放されたって、つまりそういうことだよな。
「ずいぶん驚いているようですけど、そんな時はどうすればいいですか?部長として見本を見せてくださいよ」
「...言われなくても」
笑顔は消え、その代わりに飲み込まれそうな殺気が発せられる。
これが先輩の実力か...存分に吸収させてもらいます。
「少し本気を出すわ、ついてきなさい」
スキル『死滅願望(A)』発動、パッシブスキル『復讐者』発動
そんな表示が一瞬部長の近くで見えたと思ったら、部長の姿が消えた。
「なっ...!?」
「ごめんね。大人げないところ見せちゃって...それより、これがFVWよ、どう?」
「ああ、とてつもなく楽しいよ」
最後に見えたのは、冷たい刃だった、
「────これはチーム戦ですよね、部長」
部長の一撃を、夏がその長剣で受け止めていた。
「天海、さん...!?この一撃が見えていたの...?」
「見えるわけないですよ、ただの『直感』です」
「さすが、アーサー王ね...。最弱とはほど遠い、最優の存在...。でも、あなたが相手でも新入生相手に負けるつもりはないわ」
「そうですね、僕じゃきっと勝てない」
その通りだ。部長は強い、このゲームのことを何も知らない俺ですらわかるくらいだ。その部長を相手にしたら、俺でも、夏でも勝てないだろう。でも、
「二人なら、
「...ッ!衛宮くんは!」
サーヴァントってのは凄いな、夏。最低のEランクの敏捷でも、今の間に後ろに回るくらいは簡単にできた。
「その隙だらけの背中、もらいます」
攻撃の仕方は、もう知っている──!
「──干将・莫耶ッ!」
俺の二撃が、確実に部長に当たった。
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4話/部員集合?
「はぁ...はぁ...」
浅い呼吸音が漏れる。汗が止まらない。
──切った、部長を。このゲームでは珍しく物を切った感触が現実をかけ離れていたのが唯一の救いだ。これで攻撃した感覚もリアルだったら...考えたくないな。
「心配しないで、過度の痛みは全てゲームがカットしてくれるわ」
その場に倒れた部長が力のない声で話す。
「...今の俺は、たった一発攻撃を放っただけでもういっぱいいっぱいだ。これから来月の新人戦まで、本当にどうにかなると思う......思いますか」
「どうにもなるわよ。私だって、天海さんだって、皆同じところからスタートしたのだもの」
夏を見る。夏は俺の視線に気づくと満面の笑みでうなづいた。
「なら...いいんだけどな」
変型チーム戦:アナタのチームの勝利です。
以下のパッシブスキルを獲得しました。
『心眼(真)(E+)』効果:窮地において超低確率で活路を切り開く。
一部能力値が成長しました。【耐久】E→E+
「改めてどうだったかしら。FVWは」
ゲームを終了しいったん現実に戻ってきた。
「...凄かった」
「だよね公人!FVWは凄くて楽しいんだよ!」
俺の興奮を代弁してくれるようにはしゃぐ夏。本当にその通りだ、凄いしなにより楽しかった。
耐久も上がったみたいだしはやく大会に出ても恥ずかしくないくらいまでにしたい。
「こんにちは。廊下にも声が聞こえていましたよ、何やってるんですか」
部室の扉が開かれる。目を向けると少し不機嫌そうな顔をした女子生徒が立っていた。
「新入生よ涼音、これで大会に出れるわ。ほら、挨拶して」
「......2年、
礼儀正しく頭を下げた。松下先輩は落ち着いていてなんとなくクールな印象を受ける。
「どうしたの涼音?新入生が来て緊張してるの?可愛い子めー!」
わしゃわしゃと松下先輩の髪を撫でる部長、それを鬱陶しそうにあしらってる先輩。たった2人の部員なんだからそりゃ仲は良いよな。
「そうじゃなくて...!4人だとしてもチーム戦だと厳しいじゃないですか。どうせ他の高校は5人フルで出してくるでしょうし」
確かに、3人から5人で出場するんだったらよっぽどのことがない限り5人で出場するはずだ。チーム戦がどういう方式なのかまだわからないけど人数的有利はおそらく大切だろうし。
「まあいいじゃない。誰も入らずに大会に出れなかったらどうしようって悩んでたのは涼音じゃない」
「言ってないです」
「ねえ公人」
「ん、どうした?」
「明日からさ、クラスでもFVW部に入ってくれそうな人を探さないかい?今の聞いてたらやっぱりまだ足りないよ」
「そうだな...。頑張ってみる」
クラスでFVWに興味がある人か...。中学で一緒だった人もいないし厳しくないか?
「あー、ごめん。俺バスケ部にするんだ」
「ごめんなさい、FVWは好きだけど見る専門が良いかなって」
「FVWってなんか怖くて、見る分にはアニメみたくて面白いんだけどね」
やっとの思いで話しかけたものも3回連続で断られてしまう。衝撃の事実だがFVWは人気はあるが実際にやるには敷居が高いらしい。もっと食いつくかと思ったが、たとえ興味がなくても俺みたく楽しめると思うし体験だけでもやってほしいんだがな。
「誰かいないもんか...」
「それ、何の話」
「うわっ!」
気づかぬ間に声に出てたらしい。そうだとしても死角から話しかけないでほしい、意外と俺は小心者なんだぞ。
「えーと、確か後ろの席の」
「上野、
そう言いながらグイグイと詰め寄る上野。昨日と今日でなんとなくおとなしそうな印象だったんだが意外とそうでもないのかもしれない。
「入ろうとしている部活の部員数が足りなくて、誰か入ってくれる人はいないか探していたんだ」
「その部活って?」
おお、どんどん食いついてくるな、これはもしかしたらチャンスか?
「FVW部って部活なんだけど、あ、FVWってのは」
「大丈夫、知ってる。姉が別な高校だけどその部活に入ってる」
しかも姉が同じ部活だと!こんなチャンスないだろ...!
「入ってほしいと言うのなら、別にそれは構わない」
「まじか!助かる!...でも良いのか?入りたい部活とかあったんじゃ」
「このままだと帰宅部の予定だった。特に断る理由もない」
本当に良かった。3連続脈なしでちょっと心が折れかけていたんだ、上野が女神に見える。
「家族に経験者がいるってことは上野もやったことがあるのか?」
「やったことはない。姉が練習しているのを見てただけ」
それだけでも充分だ。どんなゲームか知っているだけで感じる敷居は低いだろう。
これでとりあえず5人目は確保、夏はいったいどれくらい連れてくるんだろうか。
「ごめん公人!全部断られちゃった!」
「そんな気はしたよ、あんま気にすんな」
まあ仕方ない。元々の部員が2人ってことからある程度予想はできた。
「上野さんだっけ、僕は天海夏、公人の幼馴染だよ」
「わかった。幼馴染さん、よろしく」
どうでもいいが幼馴染という自己紹介はどうなんだろうか、心なしかどや顔だし。
「でも他の高校だと部員が足りないなんて話は聞かないのになんで僕たちの高校だけFVWに興味がある人が少ないんだろう」
「それは私が説明するわ!!」
「部室くらい静かに入ってください」
勢いよく扉を開けて先輩方が入ってくる。
「説明って、なんか理由があるんですか」
この高校だけがFVWの人気が少ないなんて、どんな理由なんだ。
「んーとね、この高校がというより他の高校のせいなのよ」
「他の高校?」
「ここらへんの高校は中々FVWの強豪校が揃ってて、FVWをやりたい人も好きな人も他の強豪校に流れていっちゃうのよね」
そういえば去年の全国優勝校もこの地区だったし、他にも強い高校があるならそっちに行きたいと思うのは自然か。それでもこの高校は準優勝で強豪校のはずなんだが。
「しかも去年のこの高校の主力は3年生で卒業と同時に部員が大量減少、残ってた人たちもそのせいで辞めちゃったのよ。多分その噂が広まって来るはずだった新入生も来なかったのね」
ああ、だから2年生のはずなのに部長をやっているのか。
「でも今年は期待の1年生が3人も入ってくれたんだもん、きっと大丈夫よ。ね、涼音」
「まあ...そうですね。しっかり教えて大会に臨みましょう」
「このツンデレめー!」
「髪はやめて...!」
楽しそうに笑い合う2人とも。昨日まで何も知らなかった俺だけど、なんとなく俺もその期待に応えようと思った。
「来月の新人戦、どうなりますかね。見たかんじ誰を出すか迷ってるみたいですけど」
「そうだなあ、今年は優秀な1年が多いみたいだし今の段階では全然わからんよ」
「ねーねー部長!新人戦はもちろんワタシが出るんでしょ!!他の高校はどんな戦い方なの!?」
2人が話していると、どこから入ってきたのかこぢんまりとした少女が出てきて話しかける。
「遠坂、まだわからないと言っているだろ。サボってると足元をすくわれるぞ」
「練習もちゃんとするから大丈夫、ワタシに勝てる1年なんているわけないじゃん。じゃあまた後の部活でね!」
誰かに追われているのか全速力で走り去っていく遠坂と呼ばれた少女。残された2人は顔を見合わせてため息を吐く。
「...また補修サボったんですかね?」
「だろうな......入学1週間で補修常連なんて聞いたことないぞ、まったく」
頭を押さえてもう一度大きなため息を吐いた。
「仕方ないですよ。彼女は唯一の『FVW推薦者』なんですから、勉強がからっきしでも当然です」
「それでも少しは勉強するだろう...。まあ、悔しいが実力は認める。わからないとは言ったがこのままだと間違いなく出場者になるだろう」
「ですね」
「ああああああああ!!ごめんね先生。もう逃げないからああああ!!」
「...はぁ」
ステータスNO.4
【サーヴァント】ガウェイン
【クラス】セイバー
【属性】秩序・善・地
【筋力】C+【魔力】E
【耐久】D 【幸運】D
【敏捷】E+【宝具】B
【パッシブスキル】
・対魔力(C)
・騎乗(B)
・聖者の数字(EX)
【スキル】
・不明
・不明
【宝具】
『
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5話/清楚出現?
本当は本編で紹介したかったのですが、その暇がなかったので、公人たちが通う高校の名前は「市立間桐高校」です。
『知ってのとおり今日は部活の定休日よ!間違って来ないように』
部長からのメッセージを眺める。どうやらこの学校の部活は水曜日が休みらしくいつもは様々な運動部で賑やかな校舎も今はすっかり鳴りを潜めて静かである。
そんな俺はそのメッセージを見ていなくてっきりあるものだと思い誰もいない部室に来てしまった。
「...帰ろ」
すっかり意気消沈してしまった。家帰ってもやることないんだよな、夏も用事があるって言ってたし。どうしたものか。
「あ、あの、FVW部は今日は休みなのですか」
帰ろうと玄関に向かった時、後ろから声がかけられる。なんか最近後ろから話しかけられることが多いな。
FVW部について聞いたってことは入部希望者だろうか。
「今日は部活動は全部休みの日らしいですよ──」
質問に答えようと振り向き、固まった。
「どうしたのですか?どこかに何かついてますか?」
サラサラの金髪に綺麗な青い目、人形のような白い肌、そしてこの高校とは違う真っ白な制服。まるでアニメの登場人物のような容姿に気圧されてしまったのだ。
「すみません、言うのを忘れてました。わたしはここの生徒ではありません、びっくりさせてしまいましたね」
部室は開いていなかったので自習室を使わせてもらった。顧問が彼女を見て目を丸くしていたのが少し気になったが、そんなにFVWでは有名人なのだろうか。それとも俺が知らないだけか。
「でも安心しました。間桐高校さんは部員が足りないと噂に聞いていましたから」
「それでも5人ですけどね、まだまだ足りないですよ」
他の高校はどうか知らないが少なくともうちの高校が一番部員数が少ないのはわかる。どうにかならないものか。それはおいといてこの人は誰なのか、どこかの家のお嬢様と言われても納得できるぞ。
「ああ、自己紹介がまだでしたね。わたしは
そんな俺の疑問を感じ取ったのかわざわざ椅子から立ち上がってそう自己紹介をする。
聖オルテンシア、学院?市内に確かそんなような名前のお嬢様学校があったようなないような。もしそうだとしてそんな学校にもFVW部があるのか、普通は認めてもらえなさそうだけども。
「藤平さんはどうしてこんな高校のFVW部を訪ねてきたんですか?」
部員数が少ないことを知っているのなら、それこそ荒耶高校にでも行けばいいのに。
「昨年の県大会でご縁がありまして、結城さんへと改めて挨拶したく伺いました」
「県大会?去年の県大会は荒耶高校が出場したんじゃ」
「あら、まだ話を聞いていなかったのですね。県大会に出場できるのは地区3位までなんです、地区優勝校のみが先へ進めるというわけではありません」
そうだったのか。じゃあ部長たちは県大会にも行ったってことなのか、てっきりあの話し方だと地区だけで終わったのかと思っていた。
「衛宮さんたちが思ってるよりも、結城さんと松下さんは凄い人ですよ。新人戦の時もあと少しで結城さんに負けてしまうところでした」
待てよ、じゃあ部長が新人戦初戦で負けた相手って藤平さんってことか。
「あの...来月の新人戦にこのままだと出ることになるんですけど、新人戦の雰囲気とかどんな感じなんですかね」
去年の部長の実力はわからないけど、あの部長に勝ったのならこの人の実力は確かだろう。聞く価値は充分にある。
「──境界線」
「え?」
見た目に似合わぬ低い冷えた声に思わず聞き返してしまう。
「新入生にとっては初めての大会です。同時に、普段の部活やオンラインでの練習とは違う緊張感のある本物の戦いを経験する場でもあるのです。当然入って1ヶ月での大会ですから、経験者や成長の速い人が勝ち進むでしょう。...問題は勝ち負けでなく、その雰囲気に耐えられるか、です」
「雰囲気...?」
「今までどこか遊び半分で、どうせゲームだ、と思っていた人のほとんどはその空気に飲み込まれます。毎年どの高校でも、新人戦が終わった直後は大量の部員が辞めることとなります。残るのは最初から本気で臨んでる人、そして飲み込まれることなく耐えきった人のみです」
どうせゲームだ、と思っている人。それは間違いなく今の俺のことだ。藤平さんにそのつもりはもちろんないだろうが、俺に向けての忠告にどうしても感じる、
「わたしのところの新入部員も、正直何人残るかわかりません。そうならないように色々教えていくつもりですが...。衛宮さんは辞めないでくださいね」
「──辞めないです。きっと」
俺の言葉を聞いて、藤平さんはようやく雰囲気を和らげて微笑んだ。
「今日はありがとうございました」
色々参考になった、感謝してもしきれないな。
「いえいえ、こちらこそありがとうございました。今度こちらの高校へも招待しますのでぜひいらっしゃってください」
聖オルテンシア学院に行くのかあ...。俺が行っても場違い感が凄いと思うんだが大丈夫なのか。
「あ、忘れるところでした」
可愛らしく手を叩いた後に、俺に手紙を渡してくる。
「では、また後日」
そう立ち去る彼女を見送った後、渡された手紙を開いて読んでみる。
『新人戦の前にお互いの緊張感を高めるために練習試合やりましょう』(要約)
「えええええ...」
どうしよう、これ。
「藤平様、申し訳ございません、伝えるのが遅くなりました。間宮高校は本日部活動休養日とのことです」
「もう解決したので大丈夫です。それに前から言っているじゃないですか、単にわたしとあなたは先輩と後輩の関係なのですからそんなに改まる必要はありませんよ」
わたしにはもったいない素晴らしい後輩なのだけれど、少々大げさなところがあるのですよね。
「藤平様、何か嬉しいことでもあったのですか?機嫌が良いようですが」
「はい。恥ずかしながら胸が躍ります、やはり嬉しいものですね。ライバルができるのは」
「ライバル、ですか」
「ええ、あなたのライバルになるかもしれないのですよ」
練習試合を楽しみにしていますよ、衛宮さん。
ステータスNO.5
【サーヴァント】クー・フーリン
【クラス】ランサー
【属性】秩序・中庸・天
【筋力】E【魔力】E
【耐久】E【幸運】E
【敏捷】E【宝具】E
【パッシブスキル】
・なし
【スキル】
・なし
【宝具】
『
ステータスNO.6
【サーヴァント】不明
【クラス】ルーラー
【属性】秩序・善・星
【筋力】?【魔力】?
【耐久】?【幸運】D
【敏捷】?【宝具】?
【パッシブスキル】
・不明
・不明
・不明
・不明
【スキル】
・不明
・不明
【宝具】
・不明
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6話/練習試合をしよう
聖オルテンシア学院。幼稚舎から大学までのエスカレーター式、途中入学も可能、学費も他のお嬢様学校と比べて格段に安い、ということから全国から毎年入学希望者が殺到する女子校だ。お嬢様学校にありがちな厳しい校則も若干だが緩めらしくそれも人気に一役買っているんだろう。
特にその高等部は荒耶高校と並び全国でも知らない人はいないと言われるほどの有名校である。
「すごいわ涼音!メイドみたいな人いる!みんな綺麗!」
「恥ずかしいからやめてください」
「ねえ公人、僕たち浮いてないかい?」
「同意する。主に先輩のせい」
まさかそこに来ることなんて、夢にも思わなかった。
「間桐高校の皆さん、わざわざありがとうございます。部長の
「え、え、えーと、こちらこそよろしくお願い、します?」
「何やってるんだ結城。...顧問の
「恥ずかしながら顧問がいないんですよ。色々な手続きは全て部長の私がやっています」
向こうの部長が出迎えてくれたのだが、めちゃくちゃ緊張しているな部長。見かねたうちの顧問が代わりに対応している。
「本日練習試合に参加するのはそちらの3人でよろしいでしょうか?」
東さんの目線が俺たち3人に向けられる。夏はともかく俺と上野はまだ始めたばかりなんだが試合になるのだろうか。
「緊張しなくても大丈夫ですよ。こちらの1年生もほとんどが初心者ですし」
そうは言ってくれたがやっぱり不安だ。一応あの時から2、3回練習はしたが結局能力値も上がってないし夏にはボコボコにされるしで強くなった感じがしていなかった。上野も能力値自体は俺とほぼ同じだがなぜか宝具を最初から持ってるし。
「ここで話すのもなんですし、部室に行きましょう。こちらへ」
「...広い」
俺らの部室の4倍ほどの広さの部屋に案内された。ちなみに部長は口をぽかんと開けて絶句している。
「恥ずかしいことにまだこの学校ではFVWを部活として認めていない人も多いです。おかげで顧問もいないし部室もこんな小さい部屋しか与えられなかったんです。...客人にする話ではありませんね」
「これで...小さい...」
俺らにとっては広すぎる部屋だが、確かにこの学校の大きさからすると小さいのかもしれない。それにしても部員が多いな、ざっと見ただけでも20人以上はいるぞ。
「衛宮さん、本日はお願いします」
その中で俺が唯一知っている部員、藤平さんがこちらに駆け寄ってきた。
「藤平様、この方が先日おっしゃってた」
藤平さんの後ろをおずおずと一人の少女がついて来た。
「はい、先日大変お世話になりました。また今度別にお礼をしなければなりませんね」
「......
藤宮さんは俺と藤平さんを見比べると突然不機嫌になった。こちらを威嚇するように睨み付けてくる。何か悪いことしたか?
「──あら、藤宮さんって」
部長が何かに気づいたように藤宮さんの方を向く。
「では、さっそくやりましょうか」
部長は何かを呟いたが、東さんの声に遮られ聞こえなかった。
「では、最初は3対3のチーム戦から」
ここの機器を使わせてもらい、FVWにログインする。チーム戦だったら夏がいるからまだなんとかなりそうだ。
マップ選択:オルレアン街中
そう表示が出た後、体が転送される。飛ばされた先はまた街中、だが前みたいな現代のビル街ではなく石やレンガでできた家が建ち並ぶ洋風の街並みだ。
周りを見渡しても誰もいない。音も聞こえないのでどうやら別々に転送されたらしい。
『3人とも聞こえる?そこは広くてしかも障害物となる建造物も多いマップよ。基本は舗装された道で戦うことになるでしょうけど、場合によっては家の中や上に行くこともあり得るわ』
なるほど、こういう家とかって単に障害物の役割をしてて干渉できないことが多いと思うんだがちゃんと中に入れるんだな。
先日部長から教えてもらった通りミニマップを開く。これでマップ構造や味方の位置を理解できるとのことだ。ここにいるだけだとわからなかったがこのマップの全体は円形でそこでも俺は端の方に転送されたようだ。
『ミニマップを見ればわかると思うけどそのマップで一番広い場所は真ん中の広場よ。天海さんと上野さんはとりあえずそこに向かって、衛宮くんは少し離れたところで援護する形で良いと思うわ』
「了解」
援護かあ...。俺は『アーチャー』というものらしく、その名の通り弓などで遠距離攻撃ができるそうだのだが、まだやったことないんだよなあ。
マップを見ると夏と上野の2人は比較的真ん中に近い所に転送されている。部長の言う通りにすることは決定してるが問題は敵チームだ。当たり前だがステータスはわからない、実戦の中で推理するしかないか。
「ここまで近づいても気づかないなんて、本当に初心者なんですね」
頭上から聞こえる声。見上げると目の前の家の屋根に藤宮さんが立っていた。
「...1年生だったんですね」
俺の呼びかけに答えることなく、屋根を降り腰の剣を抜いた。
「藤平様は私の、私たちの希望です。ですが、少々世間に疎いところがあります。そのため、私たちが見張って余計な男が寄り付かないようにしなければいけない」
剣先をこちらに突きつけ、濁った眼差しでじっとこちらを見つめる。
「俺がその余計な男だと?悪いけど勘違いだぞ、そもそもそんなつもりもない────ッ!」
最後まで言い切る前に、その剣が俺の左腕を切り裂いた。
「黙れ、お前がそういうつもりかどうかは関係ない。藤平様がどう思うかが問題だ。嘆くべきことに藤平様はお前のことを何故か評価している。そんなことはあってはいけないんだ。藤平様はずっと私たち聖オルテンシア学院の仲間だけを見ていれば良い...」
「正気か...くそっ」
先制で一発食らったのは失敗した。武器を出したがうまく握ることができない。さっき言われていた弓での援護もこの腕だったらできるかわからんぞ。
「...簡単には倒しませんよ。二度と藤平様に関わろうとしないよう、ゆっくりと追い詰めてやる」
初めて見た笑顔は、酷く歪んだものだった。
『天海さん、上野さん。衛宮くんが交戦中、場所はそこから離れているけど...』
「行きます」
公人はまだ宝具すら使えない、同じ能力値だとしてもそれで追い込まれる可能性がきっとある。
──それに、もし藤宮って人が1年生で敵チームにいて、交戦している人がその人だったら...。
「急がないと...!」
公人は、きっと勝てない。
「どこに行きますの?」
飛び出してくる敵チーム。なんとなくその気配はしたけど、間が悪いなあ。
「邪魔しないでよ...、公人がやられちゃうじゃん」
仕方ない。さっさとこの人を倒しちゃおう。5分で終わらせる。
「舐めたものですわね......。特別ですわ、ワタクシの『宝具』をぜひお見せしますわ!」
先が十字架のような形をした杖を出したと同時に、空気が重く変わる。こんな最初から宝具なんて、ただの馬鹿か規格外の魔力持ちか、どちらにせよまずいかも。
ごめん公人、僕はすぐには行けそうにないや。
【マスターネーム】藤宮霧子
【サーヴァント】ジル・ド・レェ
【クラス】セイバー
【属性】秩序・善・人
【筋力】C【魔力】D
【耐久】E【幸運】E
【敏捷】D【宝具】C
【パッシブスキル】
・対魔力(C)
・騎乗(D)
・不明
【スキル】
・軍略(E)
・黄金律(D)
・不明
【宝具】
『
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動く戦況
「逃げても無駄ですよ。私はこのチームで唯一の中等部からの経験者です、まず初心者には負けません」
腕を押さえ中央に向かって走る。こいつが言う通りまともにやっても今は勝てない。2人とまずは合流を目指し逃げるのが良いはずだ。
「くっ...!」
振り下ろされた藤宮の剣をとっさに受け止める。やはり能力値の差が大きいのか、受け止めた腕が武器を通してビリビリと痺れている。
「一つ、アドバイスをしてあげますよ。たとえ能力値が低くても、スキルなどで充分補えます」
スキル『プレラーティの激励(B)』発動
「私の能力値は既に、お前より数段階上だ。......それでも諦めないようなら、圧倒的な力で叩き潰すだけだ」
蔑むような冷たい目を向け、剣を構えた。
「──そこだ」
「ッ!」
藤宮が剣を振り下ろそうとした瞬間、武器を出し投げる。この距離だとさすがに避けられないはずだ。
「悪足搔きを...ぐっ!」
鎧を貫くまでは行かなかったが、怯ませて隙をつくることに成功した。その隙を狙い、さらなる追撃を加える。
この反応からどうやらダメージは与えられているらしい。このまま勝てるとは思えないが完全に太刀打ちできないわけではなさそうだな。
「お前...クラスはなんだ」
「アーチャーだよ」
納得はできないと思うが、これでもアーチャーなんだよな。本当にどんな英雄なのか気になる。
「アーチャー...干将莫邪......チッ、面倒ですね」
何かに納得したかのように俺から目を外した。そして、もう一度俺を見たかと思えば背を向けて去っていった。
「助かったのか...?」
「中央に到着、誰もいない」
『天海さんも敵と遭遇したわ、上野さんも気を付けて』
気を付けて、ということはつまり自分にも敵と遭遇する可能性があるということ。二人はいわゆるタイマンの形で接敵した、とそう上野は汲み取った。2対1の数的不利にならなかっただけ、不幸中の幸いと言うべきと彼女は即座に割り切った。
「なら私もさっさと接敵する、この状況で敵側に合流されるのは危険」
『ちょっと待って、上野さんも衛宮くんとほぼ変わらない初心──』
通信をミュートにする。別に部長の声が煩わしかったわけではない。味方のものではない気配が近づいてきたからだ。
「こんにちは、貴女も一人みたいね。......霧子も勝手に行動するし、あいつはあいつでどっかに行くし、本当に勝つつもりはあるのかしらね?」
気配を感じた方向から、敵の一人が出てくる。
見た目からは特にサーヴァントを当てられるほどの情報は得ることができない、強いて言うならその剣だろうが、あいにく上野は剣を見ただけでそれがなんなのかわかるほど詳しくない。
「そんなに身構えなくて良いわ。他の2人とは違って、私はまだまだだから」
「それでも、私にとっては充分すぎる脅威」
槍を構える。相手が剣を持ってるということはセイバーか、少なくともアーチャーやキャスターではないはず。部活でのちょっとした練習とは違う初めてのちゃんとした戦い。図らずも槍を握る手に力がこもる。
「ランサーね、しかもその槍は...」
「その心臓────」
「えっ」
──槍に、魔力を込める。上野サユリは、今までFVWをやったことのない初心者である。故に、能力値も衛宮と同じ最低値でありスキルも何一つ使えない。
しかし、彼女は『宝具』を所持している。これに関しては所持していない衛宮の方が特殊なのだが、何にせよ切り札を1つ持っている。
「──貰い受ける」
「そんな...宝具なんて正気!?」
彼女は確かにFVWの初心者である。が、Fateに関しては知っている。もちろん彼女のサーヴァントとその宝具についても。
FVWにおける宝具というものは、切り札。多大な魔力を消費して放つ至高の技。たとえ魔力の能力値が最高ランクであったとしても、連発することは難しく体感の体力消費もとてつもない。それに加え宝具と言うものはそのサーヴァントの象徴と言うべきもの、使えばサーヴァントの真名など簡単にわかる。サーヴァントがわかるということは手の内もある程度わかるということ、だからこそよほど終わらせたい場面や余裕のある場面でなければ最初に宝具を放つことはありえない。
だからこその驚愕、だからこその混乱。宝具を前にしたその混乱こそが、隙を生んだ、致命的な隙を。
(これ...避けられな......!)
気づいた時にはもう遅い、経験者ならともかく、上野と同じ初心者の彼女が避けられる道理などない。
「『
その朱槍が一寸の狂いもなく、心臓を貫いた。口から血が溢れ、喉からただ息が漏れる音が聞こえる。槍を抜くと、支えるものがなくなったのかその場に崩れ落ちる。
同時に、体が光の粒となり、ゆっくりと消え去っていった。
「...部長、一人撃破」
『なんでそんなことになってるの!?』
中央に向かう。また藤宮が来るかもしれないがその時はその時だ。まずはなんにせよ合流したい。
アーチャーなのに弓使ったことない問題だが、弓は念じれば出すことができた。問題は射出するための矢がないってことだ。念じても出てこない。そのためただのお荷物になっている。
「どうしたもんか──」
突如、轟音。俺が今向かおうとしていた中央の方からの音だが、まさか向こうも敵と会っているんじゃ。
「とにかく早く向かわないと...」
足手まといでも何かできることはあるはずだ。ある程度は俺の攻撃も通用するようだし、充分相手の邪魔はできる。
「......ッ!なんだ!?」
障害物のはずの建物を破壊しながら何かがこっちに突っ込んでくる。反応できないままその物体に巻き込まれながら吹き飛ばされる。
「おい──嘘だろ...!」
いつまでも慣れない全身のリアルな痛みに顔をしかめながら隣を見る。
その物体の正体は、ボロボロになっている夏だった。夏はこちらに気づくと、慌てたように立ち上がる。それでもダメージがあるのか、いつものような元気さはない。
「公人、ごめんね。僕が一番しっかりしなきゃなのに」
「良いから、大丈夫なのか?」
「ちょっと油断しちゃった。本当に1年生なのかな...?」
自力で立つことができないのか、剣を杖代わりにしてもたれかかっている夏。口には出してないがおそらくもう限界が近いのだろう。弱音を吐かないのは、俺がいるからだろうか。
「公人は離れて、上野さんと早く合流したほうがいい。この敵は僕が絶対倒すから、安心して」
安心できるわけないだろう。震えている腕も、足もバレバレだ。
「公人...?」
「休んでろ」
夏がここまでやられる敵なんて俺がどう頑張っても勝てるとは思えない。俺が一方的にやられる可能性を考えると夏の言う通りにした方が良いのはわかっている。
「ずいぶん飛びましたわね...。あら、もしかしてこれは一石二鳥というやつですの?」
こいつか、見た感じ夏ほどではないがある程度のダメージは負っているらしい。
「二兎を追う者は一兎をも得ずってやつだ」
「公人!無茶だよ」
武器を構える。たとえ無駄でも、ここで夏は放置できない。
「無茶がどうかはこれからわかる。初めての試合、3人揃って勝つぞ」
「二兎を追......なんですの?それ」
「まじかよ...」
誤字報告感謝します。
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8話/宝具
遅れてすみません。リアルでのごたごたが済んだので投稿再開します。
「夏、相手はどんな動きをしてくるんだ?」
藤宮も強いと思うがそれでも夏に勝てるかと言えば微妙だ。それほどまでに夏の実力は俺たち新入生の中では別格だと思っていた。だが、その夏がここまでやられているということはこいつはそれ以上の実力者ということなのだろう。
「どんな動きって...わからないよ、あんなの」
「わからない?それってどういうこと────」
「じゃあ行きますわ!ワタクシの『宝具』!」
そう声を張り上げていつのまにか手に持っていた杖を掲げた。
「ホウグ?」
「宝具だよ公人!あの人、宝具を連発してくるんだ。戦い方もあったもんじゃないよ」
話している合間にも、その杖が仰々しい音を立てて光り輝いている。どんどん強くなるその光は、今まで何度も経験した意識が遠くなるような光とはまた違う光で、それでも直視することができずに目を背けてしまった。
ふと気づいたら、暗くなっていた。何かで太陽が遮られているのだろうか、少なくともこのゲームはこんな急激な時間経過はないはずだ。
「────まじかよ」
暗くなっていたんじゃない、陰になっていたんだ。巨大な
「おーっほっほっほ!どうしましたの?もしや可愛い可愛いこの子に見惚れてしまいましたの?」
鋭い角と牙、そして体のほとんどを占める巨大な甲羅を持った怪物が、そこに顕現していた。
「...逃げるぞ、夏!」
あの怪物相手だと話は別だ。3人合流して向かっても一蹴されるだけな気がする。
「ダメだよ、公人」
「え?」
肩を貸して夏を立ち上がらせようとしたら、夏が必死の表情で俺の腕にしがみついてくる。
「
逃げちゃダメってどういうことだ。あの化け物が高速で追ってくるとでもいうのか?
「タラスク!最初から飛ばしますわよ!」
そう合図のようなものを言うと、化け物の手足と顔がその甲羅に篭った。
甲羅に篭った巨大な化け物...逃げてはダメ...まさか。
「愛を知らぬ哀しき竜──ここに」
詠唱しながら飛び上がり化け物の後ろへと移動していく、その杖の先が再び光り力が込められている。
どうやら予想通りになりそうだが、これは避けられねえぞ。
「夏ッ!」
それでもなんとか避けたい。夏を抱えて急いで離れる準備をする。
背を向ける直前、杖を振り上げて笑うのを見た。
「星のように!『
耳をつんざく衝突音と共に、甲羅が高速で吹き飛んできた。なんとか、夏だけは──
宝具は使わない。スキルも使わない。それが僕が僕に課した条件、経験者である僕ができるだけ公平に戦うためのハンデ。それでも負ける気なんてなかった、大会前の1年生なんてきっと楽勝に勝てる。だから今回の試合は上野さんと公人に慣れてもらうための試合にするつもりだった。
「夏ッ!」
情けない。
相手が思ったより強かったなんて、そんな言い訳は意味ない。僕が弱かったからだ。
僕が見誤った。公人を守ってサポートするつもりが、逆に守られている。考えれば考えるほど後悔が襲ってくる。
変なこだわりや縛りをしなければ、こんなことにはならなかった。結局、そのせいで2人が危険な状態だ。
──でも、
「『
スキル『魔力放出(B-)』発動
「ごめんね、公人。これは試合なんだから、
もうダメだと思った時、夏が前に出て甲羅を剣で受け止めた。
「な、夏...?」
「あの宝具は連発してくるけどその分魔力消費量が少なく威力もないんだ。もし普通の宝具と同じくらいの威力なら僕はとっくのとうに消滅してるよ」
見た目の痛々しさは変わらないものも、さっきとは違う元気な姿、体の震えも止まっている。
「ワタクシのタラスクをそんな簡単に...ッ!?」
「とどめのつもりなら、もうちょっと強くするべきだったね。少なくとも僕相手では」
「...ならッ!もう一度行くまでですわ!」
悔しそうに歯を噛みしめ杖を構えた。まずい、次はきっと向こうも本気の一撃を放つはずだ。そうなったら、この状態の夏だと今度こそ厳しいぞ。
「──次はないよ」
夏が持っている剣が相手の杖と同じように光り輝きだした。さっき相手がやった時とは比べ物にならないくらいの力が剣に溜まっていくのを感じる。
「そ、それはまさか...」
「束ねるは星の息吹、輝ける命の奔流──」
相手の反応などお構いなしとでも言うかのように詠唱を続ける。なんかちょっと怖いぞ。
「ま、まずいですわ!あれは絶対無理!無理ですわッ!」
逃げようとする相手、だけど。
「俺もいるんだ。忘れてただろうけどな」
背を向けた相手の背中に武器を突きつけた。
「ッ!いつのまに」
「これはチーム戦なんだ。仲間の宝具のサポートくらいはしなきゃな、夏」
「────受けるが良い」
その言葉と同時に剣を振り上げる夏。
夏のサーヴァント、そしてその宝具、それは俺でもわかるくらい有名なものだ。現代日本人なら、どれほど世間知らずでも名前くらいは絶対聞いたことはある。
「待って!こんな最初から宝具なんて良いんですの!?」
「『
色々言っても夏はもう止まらないぞ。そもそも俺が見逃さないけどな。
「だ、大体なんなんですの!?絶対初心者じゃないですわよあの人!こっちもかなりズルだと思ったのになんでそれ以上のズルが相手なんですのおおおおおお!!?」
「運が悪かったとしか」
巻き込まれないように離れよう。多分もう逃げないだろうし。
「さあ、ぶちかませ。世界一有名な一撃を」
「『
そこに、光の柱が顕現した。
「...多分倒したと思う。公人、巻き込まれなかった?」
「大丈夫だ。そっちこそ大丈夫か?」
さっきの宝具で力を使い果たしたのかその場に倒れている。結局俺は何もしなかったな。
「今部長から連絡があった。敵チームはあと一人、このまま3人揃って勝つぞ」
「うん、少し休んでからね」
あと残ってるのはおそらくは藤宮だろう。あいつは何故か俺のことを嫌っている。上野の所へ俺よりも前に行くのは想像できない。
「...!公人、来るよ」
俺の後ろを見て目を見開く夏。わかってる、このタイミングしかないと思ったよ。
「そちらのチームで注意すべきことと言えば経験者であろう天海さんでした。...2人も削られたのは予想外ではありましたが、天海さんがその状態なのを見るに、懸念点はないでしょう」
堂々と歩いてくる藤宮、既に剣は抜かれている。
「先ほどはすみませんでした。少し用がありましたので......今度は遠慮なく、叩き潰す」
「公人。あの人、強いよ」
知ってるよ。あの甲羅の前にこいつにやられそうだったんだ。
「ゆっくり追い詰めたいですが......お仲間に来られると少しだけ面倒なので」
スキル『プレラーティの激励(B)』発動
パッシブスキル『狂化(C)』発動
「行くぞ」
こいつを倒す以外にも夏をなんとかして守らないとな。
俺は最悪どうなっても良い。これからするのは、上野が来るまでの時間稼ぎだ。
『正義の味方』解放条件を満たしました。『投影魔術』並びに『投影宝具』を解放します。
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