ガッシュペアの暗殺教室 (シキガミ)
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一学期編
LEVEL.1 邂逅の時間


 初めまして、シキガミです。初めての投稿になります。暗殺教室も金色のガッシュ‼もかなり好きな作品です。
 記念すべき第一話となります。ご感想、気になる点等ございましたら、感想欄にてよろしくお願いいたします。


 クリア・ノートとの壮絶な戦いの結果は、アシュロンの捨て身の攻撃によりどうにかクリアを退けられ、12月までの猶予を得られた。魔界の滅亡を阻止するため、清麿達はこの猶予内にてクリアを倒さなくてはならない。そしてガッシュペア・ティオペア・キャンチョメペア・ウマゴンペア・ブラゴペアはかつてゼオンのパートナーであったデュフォーの指導のもと、特訓に取り組むことになった。

 

 そしてキャンチョメの新たな術が出るということで、デュフォー立ち合いの元ガッシュペアとキャンチョメペアの練習試合が行われることになり、結果はキャンチョメペアの勝利となった。試合後にキャンチョメペアと別れをすました後、ガッシュペアとデュフォーは清麿の家の前まで来ていた。

 

「キャンチョメ達に負けたのが悔しいか、ガッシュ、清麿?」

 

デュフォーはそう清麿達に尋ねる。その問いに対して2人は怪訝な顔をしながら返答する。

 

「いや、それ以上に何が起こったのかわからないって感じだ」

 

「ウヌ……私もそうなのだ」

 

清麿達はいまだに何が起こったのかが理解出来ていない。しかしはっきりしていることがある。練習試合とはいえガッシュペアは、バオウ・ザケルガ(一応本気ではない)を出したにも関わらず、キャンチョメペア相手に手も足も出なかったことだ。

 

「だが、時間はまだある。お前たちはまだ強くなれる。俺も最大限協力する。お前たちでクリアを倒すんだ。魔界のゼオンを死なせないためにも」

 

「ああ、もちろんだ!」

 

「ウヌ、わかっておるのだ!」

 

 強くなってクリアを倒す、そう改めて清麿達が決意する。それを聞いたデュフォーは2人から視線を逸らすと、突然顔をしかめる。

 

「ところで、清麿……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこに隠れている黄色い生物は何だ?」

 

「にゅやぁ、ばれてしまいましたねぇ」

 

デュフォーが指さす先には、タコのような形をした黄色い生物が隠れていた。その生き物は笑いながら触手をくねらせている。

 

「おお……殺せんせーではないか!」

 

「おい!国家機密が何をしているんだ⁉」

 

 

 

 

 回想

 

 新学期が始まり、清麿は3年生に進学した。そして数日後、清麿が帰ってきていない高嶺宅には茶色のスーツを着た男が一人来訪する。

 

「初めまして、高嶺清麿君のお母さん。私は椚ヶ丘中学校の理事長、浅野學峯です。清麿君とガッシュベル君はまだ帰ってきてはいないですかね?」

 

その男は清麿の母、高嶺華に尋ねた。ガッシュペアに用があるみたいだ。

 

「ええ、2人とも帰ってきてはいませんが。(この人、清麿だけじゃなくてガッシュちゃんのことまで知っている。ただものではなさそう)玄関前ではなんですので、家に入ってください。話は清麿達が帰ってきてからでいいですか?」

 

いきなり家を訪れた見知らぬ男を華は警戒をする。しかし彼女は客人を外でいつまでも待たせる訳にはいかないと判断し、理事長を家に招いた。

 

「ありがとうございます。お邪魔させていただきます」

 

「メ、メルメルメ~!」

 

理事長が家に入ろうとしたとき、家の前の小屋にいるウマゴンが外に出て来た。そして彼は理事長を睨み付ける。

 

「おや、ウマを飼っているのですね。しかも、鳴き声が珍しい」

 

「ええ、そうですね。(人懐っこいウマゴンがこの人を警戒している。やっぱりただものじゃなさそう)大丈夫よ。お客さんだから」

 

華は改めて理事長への警戒を深めながらもウマゴンをなだめる。そして彼女は理事長を家へと招き入れた。

 

 華が理事長を家に入れてからしばらくして、ガッシュペアが帰ってきた。

 

「「ただいま」なのだー!」

 

2人は玄関に入ると、理事長が履いていた見慣れない靴が彼等の視界に入る。

 

「清麿、お客さんが来ているようだの」

 

「ああ……そうみたいだ」

 

そして清麿達はリビングに入ると、先程の男がガッシュペアに微笑みかける。その表情は、表面上は柔らかでも内面に強い意志を持ち合わせていることをガッシュペアは察した。

 

「待っていたよ、高嶺清麿君。そして、ガッシュベル君。私は椚ヶ丘中学校の理事長、浅野學峯です。帰ってきて早々に申し訳ないが、本題に入らせてもらってもいいかな?」

 

清麿達に自己紹介をすませた理事長が話し始める。

 

「さて、清麿君。君には我が学園に編入してもらいたい」

 

「な、何だって⁉」

 

「清麿、へんにゅーとは、何なのだ?」

 

清麿が驚いているそばで、ガッシュが清麿に編入の意味を聞いて来る。しかし清麿自身も状況を整理出来ていない。それを察した華が清麿の代わりにガッシュの疑問に答える。

 

「ガッシュちゃん、清麿が今とは違う中学校に通うという事よ。しかも椚ヶ丘って、私立の超名門じゃないの」

 

「いきなりな話で申し訳ありません、お母さん。しかし学費は免除します。それに学力面でも、清麿君なら問題はないかと」

 

確かに清麿の学力であれば、どこの名門校でも落ちこぼれることはないだろう。それに学費まで免除されるのだから、一見は悪い話ではない。

 

「ウヌゥ……それはつまり、スズメ達とは別れてしまうことになるのではないのか、清麿?」

 

「ああ、そういうことになる」

 

「ヌオオオオオォ、それは嫌なのだ~‼清麿ォ、そんなのは絶対にダメなのだ~‼」

 

「ガッシュ、まずは落ち着け。俺も水野達とは離れたくない。それに、いきなりこんな話をされてもどうすればいいのか……お袋、どう思う?」

 

転校を泣きながら否定するガッシュをなだめた後に清麿が考える。確かに悪い話ではないが、裏があるとしか思えない。それに今の仲の良い同級生と離れてしまうのは、清麿も嫌だった。そして清麿は、華にも意見を聞く。

 

「それはあんたが決めなさい。あんたが決めた道に、私がとやかく言うつもりはないわ」

 

しかし華は、これは清麿の問題なのだから彼自身で決めるべきだと考えている。彼女が清麿を信頼した上での発言だ。

 

「確かに、すぐに答えを出せることではないね……さて、清麿君のお母さん。非常に申し訳ないのですが、少し席を外していただけないでしょうか。清麿君とガッシュ君とお話をしたい」

 

理事長が表情を変えて言い放つ。彼の変化を見た清麿は、ここからが本題なのだろうと覚悟した。

 

「……わかりました。私は清麿の判断に従います。じゃあ、清麿、ガッシュちゃん。私は買い物に行ってくるから、話し合いが終わったら連絡をちょうだい」

 

華もまた、何かを察するようにそう言って部屋を出た。彼女なりに空気を読んだうえでの判断だ。それから少しの沈黙の後、理事長が口を開く。

 

「さて、高嶺君、ガッシュ君、単刀直入にいう。君達にはこの超生物を殺してほしい。そのために、椚ヶ丘中3年E組に編入してほしいんだ」

 

理事長は殺せんせーの写真を差し出した。そして殺せんせーが3年E組の担任をしていること、来年の3月に地球を滅亡させようとしていること、殺せんせーの存在が現在国家機密になっていることを話した。

 

「なぜ、そんな依頼を俺達に?」

 

この疑問は必然だ。清麿は一見はただの学生。このような国家レベルの依頼がくるなどとは考えられない。しかし、

 

「それはね、君たちが実際に一度、地球を救っているからだよ。突如モチノキ町に現れた巨大な怪物からね」

 

その言葉を聞いた途端、ガッシュペアは顔色を変える。

 

「お主、ファウードのことを言っておるのか?」

 

「へえ、あの怪物はファウードというのか。あの怪物、ファウードは突然の電撃によって動かなくなった後に消えたと聞いている。しかしその電撃は、ガッシュ君の呪文なのだろう?」

 

理事長は口に笑みを浮かべる。そしてその目はまるで全てを見透かすようだ。その視線は、数々の戦いを経験した清麿達でさえ冷や汗をかかせる。そして、

 

「その表情は肯定と捉えて問題なさそうだ。そしてなぜそれがわかるのか、と考えている。それはね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私も、かつては魔界の王を決める戦いに参加していたからだよ」

 

理事長から発せられた言葉にガッシュペアは動揺を隠せない。彼は魔物の戦いにまで参加していたのだから。

 

「しかし私は、パートナーの魔物と良好な関係を築くことが出来ずに早々にリタイアしてしまった。戦いに敗れてしばらくは平穏な日常を過ごしていたが、ファウードのニュースを目撃して理解したよ。まだ、この戦いは続いているのだと、日本に魔物が存在しているのだという事をね。そして4月にあの超生物があらわれた。あの超生物は強敵だ。何より早い。E組の生徒が防衛省の人間と訓練しているが、全く暗殺のめどが立たない」

 

理事長は眉をひそめながら、暗殺における現在の進捗状況を話す。

 

「そこで私は、魔物に目を付けた。魔物の力なら、あれを殺せるのではないかと。そんな矢先にあの老人と出会ったんだ。その老人もまた、あの超生物に目を付けていたそうだ。全く彼の情報網は素晴らしかったよ。そして、その老人から君達の話を聞いたんだ。そう、“ナゾナゾ博士”と名乗る男からね」

 

「「な、ナゾナゾ博士だと⁉」」

 

彼等の頭はヒートアップ寸前だ。入ってきた情報量が多すぎる。何から質問すればいいのかすら分からないほどに。

 

「実は私が負かされた相手も、ナゾナゾ博士だったんだ。それから時を経て、久しぶりに彼と再会した。そこで、彼のパートナーも千年前の魔物との戦いで魔界へ帰ってしまっことを聞いたよ。そして、君たちの戦いのことも。君達なら、地球を救える力(・・・・・・・)を持つことを」

 

この発言を聞いて清麿達のパンク寸前の頭は落ち着いた。そして今までの魔物たちとの激闘を思い出す。特にデボロ遺跡での戦いは、多くの仲間とともに傷つきながら辛くも勝利した戦いだ。もし戦いに敗れていた場合、千年前の魔物たちが現在の人々を傷つけていたかもしれない。

 

 ファウードでの戦いも然り。清麿達が負けていれば、日本が、それこそ地球自体が滅びていたであろう。そしてこの超生物もまた地球を滅亡させようとしている。それは彼等の仲間、友達、家族、そして全世界の人類の死を意味するのだと。そして2人は答えを出す。

 

「無理に依頼を引き受けなくてもいい。君たちの戦いもまだ続いているのだろう。それなら」

 

「依頼を引き受ける‼いいな、ガッシュ⁉」

 

「ウヌ!もちろんなのだ‼」

 

難しく考える必要はなかったのかもしれない。そもそも難しい話ではないのかもしれない。訳のわからない超生物が地球を滅ぼそうとしている。大切な人達を皆殺そうとしている。それを止めるために自分達に出来ることがある。それならば、彼らに断る選択肢など存在しないのだから。

 

「礼を言うよ、2人とも。さて、君のお母さんが帰ってくるまで待とうか」

 

「いま母に連絡します」

 

清麿は早速華に連絡をした。そして華が帰ってきた後に清麿は転校の旨を伝え、来週には編入することになった。しかし椚ヶ丘中学校はモチノキ町からも電車で通える距離であり、引っ越しの必要は無い。そして理事長は帰ってきた華に挨拶をし、必要な書類を渡した後に帰っていった。

 

 

 

 

 そしてその日の夜、清麿はナゾナゾ博士に連絡をする。勿論此度の超生物と理事長についてだ。

 

『清麿君、ガッシュ君。まずは連絡が遅くなって申し訳なかった』

 

ナゾナゾ博士は謝罪から入った後に博士と理事長の出会い、博士独自の情報網で超生物の情報を掴んだ事、理事長にガッシュペアについて話した事を説明してくれた。

 

「しかし魔物絡み以外でもこんな事が起きていたとは。俺達も地球を救うために最善を尽くすよ!ナゾナゾ博士」

 

「ウヌ!地球を滅ぼすなど絶対にさせぬのだ!」

 

『頼りにしているよ!私も超生物のことは調べてみる。有益な情報が見つかり次第連絡しよう。さて、魔物たちとの戦いもあるだろうが、君達の健闘を祈る』

 

電話が終わり、2人は一息つく。そして、

 

「清麿、スズメ達にもお別れを言わねばならんな」

 

ガッシュは呟く。清麿だけでなくガッシュにまで良くしてくれたクラスメイト達との別れ。寂しくない訳が無い。しかし地球の滅亡は見逃せない。

 

 

 

 

 そして学校にて、ガッシュペアは同級生達に転校の事を伝えた。

 

「え~、高嶺君転校しちゃうの~⁉」

 

いつも清麿を気にかけてくれたクラスメイト、水野鈴芽は泣きそうな顔で清麿に問いただす。彼女は清麿がやさぐれていた時期から彼に優しく接してくれた。その事を清麿は内心感謝している。

 

「こんな時期に転校だなんて……」

 

「おい、高嶺どういうことだよ!」

 

清麿の友人の岩島守、山中浩も同様に質問責めを行う。清麿がガッシュと出会って良い方向に変わった後に2人は友達になってくれた。

 

「え~ん、寂しいよぉ」

 

「ウヌ……泣くでない、スズメ!」

 

別れが辛いのは水野も同じだ。彼女は泣きながらガッシュに抱きつく。いつもはガッシュに学校ではカバンに隠れさせている清麿だが、今回は皆にお別れを言うために、大人にバレない程度に外に出ることを許可していた。

 

「まあ、引っ越すわけではないんだ。いきなりで申し訳ないと思うが、また予定が合えば会ってほしい」

 

清麿の言葉空しく、クラスメイト達の質問責めは終わらない。彼等も2人を思っているが故の言動であるが、清麿はそれが分かった上でも困惑する。しかし、

 

「おめーらよぉ、別に高嶺達のせいじゃねーだろうが‼こいつ等を責めてどーすんだよ‼」

 

「「「「「金山がまともなことを言ってる⁉」」」」」

 

清麿のクラスメイトの不良、金山剛が大声を出す。それを聞いたクラス一同、驚きを隠せない。金山は当初清麿を毛嫌いしていたが、今となっては共にツチノコを探しに行く程に仲良くなった。

 

「おめーらどーゆー意味だよ⁉全くよぉ。それにずっとこいつと会えなくなるわけじゃねーだろ。おい、しばらく会えねーだろうけどよ、またツチノコ取りに行こうぜ!」

 

金山の一言でクラスは落ち着きを取り戻す。

 

「た、確かにそうだな。高嶺、ガッシュ、悪かった。向こうでも元気にやってくれよ!」

 

「高嶺君、また勉強教えてね!ガッシュ君もまた会おうね!」

 

「ともにUFOを見つけよう!」

 

そしてクラス一同、平穏無事に清麿やガッシュとの別れの挨拶を済ませられた。金山の叱責及び清麿が引っ越す訳では無い事実が大きかった。

 

「皆、ありがとう。また集まろうな!」

 

「また会おうなのだ!」

 

ガッシュペアのモチノキ第二中学校での生活は突如終わりを告げた。突然の友との別れ。しかし地球を守る為にも2人は新たな一歩を踏み出さないといけない。

 

 

 

 

 そして一週間後、椚ヶ丘中学校での生活が始まる。ガッシュペアが教室に入ると、何本もの触手を生やした黄色いタコのような超生物が笑いながら彼等を待ち構えていた。

 

「な、なんだあの生物は……」

 

「とてもぬるぬるしておるのだ……」

 

清麿とガッシュは超生物を目の当たりにし、言葉を失う。無理もない。魔物でもないというのに、その容姿はあまりにも現実離れしすぎている。

 

「これからは私のことは殺せんせーと呼んで下さい。よろしくお願いしますね、高嶺君、ガッシュ君」

 

自己紹介が終わり、清麿とガッシュはE組のクラスメイトから質問責めを受ける。清麿だけならまだしも、何故か中学生では無いガッシュが同伴しているのだから当然だ。それだけではなく、ガッシュの容姿は女生徒から大人気の様だ。

 

「ガッシュ君ていうんだー!すごくかわいい!」

 

ガッシュは女生徒からもみくちゃにされていた。

 

 

 

 

 クラスが落ち着いて、その日の昼休み。清麿はクラスメイトに改めて、ガッシュが魔物である事、魔界の王を決める戦いの事、自分たちが使える呪文の事、魔本が燃えるとガッシュが魔界に帰ってしまう事、自分達が理事長の推薦で編入した事などを話した。クラスで殺せんせーの暗殺を行う以上、お互いの手の内は分かっていた方が良い。普通であれば信じがたいことであるはずだが、このクラスではそうではなかった。

 

「よく受け入れてくれたなー、お前ら」

 

現実離れした話を信じてくれたクラスメイト達に清麿が呆れ混じりに感心する。そんな彼のぼやきに1人の生徒が反応する。

 

「全く驚いてないって言えばウソになるけどね。でも俺らの担任あれだよ。もう多少のことじゃ動じないって」

 

赤い髪のクラスメイト、赤羽業が笑いながらそう言う。電撃を放つ2人組が転校してきたことを多少のことと言い放つ彼の胆力は、大したものである。

 

「こんな漫画みたいな話を聞けるなんて、私、ワクワクが止まらないよ!」

 

漫画好きの女生徒、不破優月は目を輝かせる。彼女は多くの漫画を読んできていることで、非現実的な出来事には特に耐性があるようだ。

 

 これから、清麿とガッシュは地球の滅亡をかけてクラスメイトとともに殺せんせーの暗殺を行う。そのために、体育の授業は全て暗殺の訓練となる。そして暗殺の授業にはガッシュも参加する。この時はまだ、クリア・ノートが魔界を滅ぼそうとしていることは知る由も無い。殺せんせーが地球を、クリアが魔界をそれぞれ滅ぼそうとしている。清麿とガッシュは両方に抗わなくてはならなくなる。ストレスマッハ待ったなしだ。

 

 回想終わり

 

 

 

 

「………大変な一年になるな、お前ら」

 

 デュフォーはガッシュペアに哀れみの視線を送る。彼が同情する程に2人の抱える問題は大きい。一方の清麿は殺せんせーに物申そうとするが、マッハ20の速度で逃げられてしまった。そしてデュフォーは改めて口を開く。

 

「清麿、ガッシュ。お前たちはあのタコの正体を考えたことがあるか?」

 

「まだ何もわかっていない。デュフォー、【答えを出す者】(アンサートーカー)であいつを見たんだな」

 

彼は先生の正体を理解した。しかしそれをガッシュペアに教えるつもりは一切無いようだ。

 

「ああ、そうだ。だが、この答えにはお前達がクラスメイトと力を合わせてたどり着かなければ意味がない。クリアを倒すための特訓も大事だが、あのタコを殺すためにもクラスメイトとの交流は深めておけ。何よりも、日常を欠いてはいけないからな。それに、やつを殺す訓練はそのままクリア打倒にも役に立つ。どっちもぬかるなよ」

 

意味深な事を言い残した後、デュフォーは一足先に清麿宅に上がる。それを聞いた2人は改めて殺せんせーの言動を振り返る。

 

「殺せんせーの正体、か。ガッシュ、どう思う?」

 

「ウヌ。それは全くわからぬのだが、私には殺せんせーが悪い先生には、とても思えぬのだ」

 

2人は同じことを考えた。地球を滅ぼすとのたまう超生物、殺せんせー。しかし彼からは悪意を感じない。むしろ、E組の生徒をとても大切にしている。本当に殺せんせーは殺さないといけないのか、という疑問は大きくなる一方だ。しかし地球の滅亡がかかっている以上、殺さなくてはならない。ガッシュペアの暗殺教室は始まったばかりである。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。クロスオーバーって、すごく難しいですよね。どこかでキャラ崩壊とか設定の破綻とかが起こらないように気を付けていきたいです。


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LEVEL.2 集会の時間

暗殺教室の話に関しては、集会の時間から書いていきます。前半は原作沿いで、後半にオリジナルの話を入れました。


 月に1度の全校集会、E組には気が重くなるイベントだ。本校舎はE組の校舎から離れたところにある。そして集会の為だけに彼等は遠くの本校舎への道のりを歩まなければならないのだ。そしてE組の差別待遇はここでも同じ、それにも長々と耐えなければならない。

 

(赤羽がいない。あいつ、さぼったな)

 

カルマがいないのを知り、清麿は心の中でため息をつく。そんな中、集会は次の準備のための休憩時間となった。その最中にE組の表向きの担任である、防衛省から来た烏間惟臣先生が本校舎の先生に挨拶周りを行う。しかし、

 

「烏間先生~、ナイフケースデコってみたよ」

 

「かわいーっしょ」

 

ゆるふわな女生徒の倉橋陽菜乃とギャルっぽい中村莉桜が飾りを施したナイフケースを見せびらかす。このナイフケースの中には当然ナイフが入っている。しかし、ただのナイフではない。そのナイフは対触手物質でできている。この物質は唯一殺せんせーにダメージを与えられる代物だ。E組の体育の時間では体力向上の運動以外にも、これを使用したナイフ術、また対触手物質を弾にした銃を扱う射撃の訓練も行う。

 

(可愛いのはいいがここで出すんじゃない‼︎他のクラスに暗殺の事がバレたらどうする‼︎)

 

烏間先生は形相を変えて2人に小声で注意する。国家機密が早々に世間に知られてしまえば、防衛省の立場も無い。

 

(倉橋、中村。あいつら暗殺のこと隠す気あんのかー?まあ、暗殺のことはデュフォーには速攻で見破られてしまったんだが……)

 

清麿は呆れ気味で心の中で呟く。するとどういう訳か、本校舎の生徒の雰囲気が変わり始めた。

 

「なんか仲良さそー」

 

「いいなー。うちのクラス、先生も男子もブサメンしかいないのに」

 

烏間先生は無愛想ではあるが、クールで格好良いイメージを抱く人が多い。あとものすごく強い。そんな先生とE組の生徒の絡みを見て羨ましがる生徒が出てきたのだ。いままではE組を差別し、優越感に浸っていた本校舎の生徒達だが、まさかE組に嫉妬の感情を抱く日が来るとは夢にも思わなかっただろう。

 

 それから扉が開き、E組の英語担当のイリーナ・イエラビッチ先生(通称ビッチ先生)が入ってきた。彼女はハニートラップを得意とするスタイル抜群の女暗殺者であったが、殺せんせー暗殺はあえなく失敗に終わってしまった。

 

「ちょっ……なんだあのものすごい体の外国人は⁉」

 

「あいつもE組の先生なの?」

 

動揺を見せる本校舎の生徒達には目もくれず、ビッチ先生は中世的な顔立ちをした男子生徒、潮田渚を呼び出す。目的は渚が手帳に記した殺せんせーの弱点にある。渚は全て話したというが、ビッチ先生はさらに情報を聞き出そうと渚を自分の胸に抱き寄せた。

 

「苦しいから、胸はやめて!ビッチ先生‼」

 

渚は本気で苦しんでいる。しかし側から見れば、美女に抱き寄せられるのは羨ましくも感じる人も多いだろう。実際に本校舎の男子生徒達は鼻の下を伸ばす。

 

(潮田のやつ、苦しそーだな。うーん。やっぱりビッチ先生を見てると、ビッグボインの顔が浮かんでくる……)

 

清麿は渚とビッチ先生のやり取りを見て、何故かビッグボインを思い出す。金髪の巨乳繋がりだろうか。そんな内に休憩時間も終わり、A~D組の生徒には行事のプリントが配らる。

 

「……すみません。E組の分が配られて無いんですが?」

 

プリントがなぜかE組には配られない。その事についてクラス委員長の磯貝悠馬が本校舎の生徒に尋ねる。しかし、

 

「え?そんなはず無いけど……あー、ごめんなさーい。3-Eの分忘れたみたい。悪いんですが、全部記憶して帰ってくださね。ホラ、E組の人にとっては記憶力を鍛えられる良い機会だと思いますので」

 

体育館の舞台に上がった生徒会員がE組を馬鹿にしたようにそういうと、他の本校舎の生徒達や先生から笑いが起きた。明らかにE組を見下し、侮辱している。まるで見世物だ。

 

(気分悪くなるな、ったく。悪趣味にも程がある!)

 

清麿は舞台上の生徒を睨み付ける。烏間先生とビッチ先生も同様に苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。そんな中、E組の列に風が走った。そして気付けば、E組の生徒の手には手書きで書かれたプリントが握られていた。

 

「磯貝君、問題ありませんねぇ。手書きの(・・・・)コピーが全員分あるようですから」

 

「プリントあるんで続けて大丈夫です」

 

突如変装した殺せんせーが現れ、ニヤリと笑う。磯貝が先生に便乗したように得意げに言い放つと。本校舎の生徒達は面白くなさそうな表情を浮かべる。

 

(殺せんせー、ナイスだ!しかし、変装しているとはいえ国家機密がそんな簡単に姿を現していいのだろうか、烏間先生も怒ってるし。ん、あの緑のバッグは……)

 

清麿が殺せんせーの持つバッグに目を向けると、ガッシュが顔を出した。いきなり現れた謎の教師、そして所持するバッグから顔を出す謎の少年。本校舎がざわつく。そしてこの場でビッチ先生が殺せんせーにナイフを突き立てて、烏間先生に追い出されたのはどうでも良い事だ。E組からは笑いが起こる。しかし、

 

(ガッシュの奴、本校舎には来るなと言ったのに‼)

 

清麿は怒りの表情を浮かべる。正式に生徒として登録されていないガッシュの事が他のクラスにバレれば、殺せんせーの事まで知られる可能性まで高まる。

 

 

 

 

 集会が終わると清麿は外に出てた殺せんせーと烏間先生がいるところに駆け寄る。ビッチ先生は先に帰ったらしい。

 

「こらガッシュ、本校舎には来るなと言っただろう‼」

 

清麿はガッシュに怒鳴る。危うくE組の秘密が知られそうになったのだから無理はない。清麿は少し烏間先生の気持ちが分かるような気がした。

 

「高嶺君、ガッシュ君を責めないであげてください。彼を連れてきたのは私ですので。彼もE組の一員だ。一度くらいは本校舎を見せてあげたかったのですが……」

 

殺せんせーが清麿をなだめる。どうやら殺せんせーの意思で、ガッシュはここまで連れてきてもらったようだ。

 

「はあぁ、全く」

 

ガッシュがしでかした訳でない事を知ると、清麿もこれ以上の言及をやめた。そんな彼がふと自動販売機に視線を移すと、渚が本校舎の生徒に絡まれていた。

 

「清麿、渚を助けに行くのだ!」

 

「ああ、もちろんだ!」

 

ガッシュペアが渚の方に行こうとしたが、縞々模様を浮かべた殺せんせーがそれを阻む。

 

「少し、見てましょうか。ヌルフフフフ」

 

殺せんせーは何か自信ありげだ。そんな先生の言動にガッシュペアは、疑問に思いながらも様子を見る事にした。

 

「何とか言えよE組、殺すぞ‼」

 

渚は胸ぐらをつかまれる。だが、

 

「(殺す……?殺す……か)殺そうとなんてしたことなんて、無いくせに」

 

渚がそう言い放つと、絡んでいた生徒達はおびえ切って、そのまま逃げだした。普段は大人しい彼だが、今この時ガッシュペアは明確に渚を恐れた。

 

(潮田の奴、すごい殺気だった。今までの戦いでも、こんな殺気を出す敵はそういなかったぞ……!)

 

「渚は、只者ではないのだ!」

 

渚の殺気を感じたガッシュペアは動揺しながらも渚の方へ駆け寄る。彼は結果として相手を追い返す事に成功したが、2人は先に絡まれた渚が心配だった。

 

「潮田、大丈夫だったか⁉」

 

「高嶺君、ガッシュ君。大丈夫だよ、大したことないって」

 

渚を気にかける2人に対して、彼は何事もないように話しかける。まるで先ほど放った殺気が嘘のように。そして清麿は眉をひそめるが、それを見た渚が話を逸らすかのように話題を変えてきた。

 

「そうだ。2人とも、今日放課後空いてる?茅野と杉野と一緒に最近モチノキ町に出来たスイーツが美味しいレストランに行くんだけど、どうかな?」

 

渚からの遊びの誘いだ。せっかくのクラスメイトとの交流の場、ガッシュペアも無下にしたくはない。そして2人は少し考える。

 

「(モチノキ町なら家は近いな。それに、デュフォーとの特訓は夕方からだから、それまでは大丈夫そうか)ああ、夕方までなら問題ないぞ」

 

「ウヌ、清麿がそう言うなら、私も行きたいのだ!」

 

ガッシュペアは参加を決める。すると渚はこれから行く店について説明してくれる。

 

「何でも、そこのお店はオーストラリア発祥のお店なんだって!スイーツがおすすめだって茅野がすごく楽しみにしてるんだよ。2人とも参加できて良かったぁ」

 

「潮田、誘ってくれてありがとうな!」

 

渚達はそのままE組の校舎に帰って行く。その光景を理事長が見ているとも知らずに。

 

(E組……エンドのE組が普通の生徒を押しのけて歩いてゆく。それは私の学校では合理的ではない。少し改善する必要がある。私にとっては暗殺よりも優先事項だ)

 

 

 

 

 そして放課後、ガッシュペアは渚や他のクラスメイトと共にモチノキ町のレストランに向かう。

 

「高嶺君とガッシュ君が来てくれて良かったよ~。2人ともいつも忙しそうだったから、少し誘いづらかったんだよね」

 

緑髪の小柄な同級生の茅野カエデが安心したように話す。彼女は甘党であり、今日のレストランを誰よりも楽しみにしている。

 

「他の魔物との戦いがあるからな。そのための特訓で忙しかったんだ。今日は時間が空いてて良かった」

 

「こっちの学校に来て、このようにクラスの皆と遊びに行くことは初めてだのぉ。とても楽しみなのだ!」

 

「やっぱり魔物との戦いって大変そうだよな。お前らすげーよ」

 

ガッシュペアが魔物の戦いの事情を話す。すると元野球部のクラスメイト、杉野友人がそれを聞いて感心する。自分の知らないところで努力しているクラスメイト達を素直にすごいと思っているようだ。

 

「いやぁ……休息は大事だってわかってるんだけどなぁ」

 

清麿はぼやく。クリアが出現してから特訓にあてる時間が多く、2人の遊びに行く頻度は激減していた。日常を崩さないことが大事とはいえ、どうしてもこれまで通りという訳にはいかない。それに加えて殺せんせーの暗殺もあるのだから、なかなか心身共に休まらない。そうやって喋りながら歩いていると、目的地のレストランに到着した。

 

 

 

 

 そのレストランでは、三白眼で長髪の青年が接客を行っていた。そして彼はガッシュペアとは面識がある。

 

「いらっしゃいませ……って、清麿とガッシュ!お久しぶりです」

 

「……ウルルさんか、お元気そうで!」

 

「ウヌ、久しぶりなのだ!」

 

そのレストランでは、水使いの魔物パティのパートナーのウルルが働く。彼は初め、食い扶持を稼ぐためにパティの言いなりになっていたが、彼女が改心することを望んでいた。そしてデモルトとの戦いを経てパティがガッシュ達に力を貸すことが出来たことをとても嬉しく思っていた。パティはその戦いで魔界に帰ってしまったが、ウルルは無事に働き口にありつけた。

 

「あの人、知り合いなの?」

 

「ああ、そうだ。あの人も魔界の王を決める戦いに参加してたんだ」

 

渚の問いには清麿が答える。

 

「それでは、席に案内します。ごゆっくりどうぞ」

 

ウルルは清麿達を席に案内すると、自分の仕事に戻っていった。

 

「あの人も、戦いに参加してたんだ」

 

「ね~、びっくりだよ」

 

「ああ、全くな」

 

渚・杉野・茅野はそれぞれウルルの事情に驚く。ガッシュペア以外にも戦いの参加者の事を知り、非現実な出来事が身近にも存在する事を実感する。そして彼らはメニューを開く。

 

「どのスイーツもすごく美味しそう、迷っちゃう‼」

 

「カエデ、お主は甘いものが好きなのか?」

 

「うん!毎日食べても飽きないよ‼」

 

茅野は甘党だが、その前には超がつく。そんな彼女はテンションを上げていく。

 

「そういや、殺せんせーも甘いものが好きだって言ってたな。茅野、先生とも甘いものの話をしたりしているのか?」

 

「……そうだね、高嶺君。本当は一緒にスイーツ食べに行きたいんだけど、先生は国家機密だから、簡単にはいかないんだよね……」

 

(何だ、この感じは。気のせいか?)

 

清麿の問いに茅野は笑いながら答えるが、彼女はほんの一瞬だけ別人のような表情を見せる。その一瞬、誰もが見逃してしまうであろう違和感を清麿は感じ取れた。しかし清麿は違和感自体には気付いたが、その正体にたどり着く事は出来なかった。

 

「お待たせしました」

 

店員が清麿達の注文の品を運んでくれた。そして彼等は料理を頬張る。そしてある程度食事が進んだ後、清麿が全校集会の話題を切り出した。

 

「しっかし、あの集会はどーにかならんのか?」

 

「う~ん、まあ、恒例行事みたいなもんだからね」

 

「けど、先生達のおかげで大分マシだったよな。いいもんじゃないのは確かだけど」

 

渚と杉野が集会について呆れながら話す。E組として差別され続けた彼等にとって、集会での待遇は今さらと言った感じだ。

 

「高嶺君は椚ヶ丘に来て日が浅いからまだ慣れないと思うけど、あれが本校舎の生徒の日常なんだ。いちいち相手になんかしてられないかな。僕らは僕らのやるべきことをなさないと!」

 

「でも渚、4月の時みたいなのは、無しだからね!」

 

やるべきこと、言うまでもなく殺せんせーの暗殺である。渚がそう言いきると、茅野が不機嫌そうに口を出す。

 

「何があったんだ?」

 

清麿が尋ねる。すると茅野が事情を説明してくれた。4月に渚が対先生BB弾の詰まった手榴弾を身に着けて自爆した様だ。これにはガッシュペアは驚いたが、殺せんせーの脱皮により事なきを得たことを知って安心した。

 

 その事で殺せんせーは激怒して、自分の身を犠牲にした暗殺を禁止にした。しかし今度は復学したカルマが崖から飛び降りて殺せんせーを殺そうとした様だ。いずれもガッシュペアが転校してくる前の話だ。

 

「お前ら、無茶しすぎだろ……」

 

清麿が呆れた表情を見せたが、清麿自身もこれまでの魔物との戦いで捨て身に近い戦法をとったことがある(リオウ戦)ので、渚達に強くは言えない。しかし、

 

「それは絶対にダメなことなのだ!私は、お主たちが傷つくと悲しい」

 

ガッシュは渚を見つめる。ガッシュペアは魔物との戦いで、多くの魔物や人間が傷つくのを見てきた。ガッシュはそれを思い出す。親しい者達が傷付く姿を彼は想像したくない。

 

「うん、わかってるよ、ガッシュ君。もう二度と、あんな方法はとらない」

 

渚が真剣な表情で答える。それから彼等は少し暗くなった雰囲気を明るくするかの如く、楽しい世間話をした。そして全員が食べ終わると、

 

「高嶺君、お願いがあるんだけど、いい?」

 

「どうしたんだ?」

 

「これからは僕のことを、潮田じゃなくて渚って呼んでほしいんだけど、いいかな?」

 

渚がそう頼んだ。これには渚の家庭の事情が関係している。彼の言う事について清麿が少し考える。その後、

 

「……ああ、了解したよ、渚!」

 

「ありがとう!さて、そろそろ遅くなりそうだから帰ろうか、皆」

 

清麿は快く了承する。すると渚は嬉しそうな顔を見せてくれた。

 

 そして渚の言葉を皮切りに退席した後に、各々が会計を済ませる。ちなみにレジはウルルが対応していた。

 

「ウルルさん、この店とても良かったよ」

 

「ウヌ、また来たいのだ!」

 

「また来てください、清麿、ガッシュ。それから、戦い、頑張れよ!」

 

「ああ、もちろんだ!」

 

ウルルは共に戦った仲間を応援してくれている。魔界の滅亡はパティの死を意味する。当然ガッシュペアは負けられない。そして2人も会計を終わらせて店を出た。

 

 

 

 

 一行は雑談しながら帰り道を歩いていると、それぞれの分かれ道までたどり着く。

 

「高嶺君、ガッシュ君、今日は来てくれてありがとう!」

 

「こっちこそ誘ってくれてありがとうな、渚。それに、茅野も杉野も、今日は楽しかったよ。ありがとう!」

 

渚と清麿はそれぞれ礼を言う。今日の出来事でお互いの関係が少しでも深まった事を彼等は実感できた。

 

「また集まろうぞ!」

 

「またよろしくね、2人とも」

 

「楽しかったぜ、高嶺、ガッシュ!」

 

殺せんせーの暗殺及びクリアの打倒、これらの苦難はガッシュペアを疲弊させるのに十分であった。しかし、クラスメイトとの交流のおかげで、精神はいくらか落ち着きを取り戻していた。このようにE組の生徒と交流する機会を増やしたい。清麿はそんなことを考えながら、渚達と別れを済ました。

 

 

 

 

 そしてガッシュペアが家に帰ると、デュフォーとティオペアが既に部屋で待機していた。彼等はすでに特訓モードに入っている。

 

「悪い、待たせたか」

 

清麿が申し訳なさそうに言う。自分達だけクラスメイトと楽しく過ごしていた事を後ろめたく感じていた。しかし、

 

「指定した時間は過ぎてない、よって問題はない」

 

「大丈夫よ。清麿君、ガッシュ君」

 

「今日も気合を入れていきましょ!」

 

デュフォー達は気にしていない素振りだ。クリア打倒のための特訓が今日も始まる。




読んでいただき、ありがとうございました。今回はウルルを出したのですが、違和感のない程度にガッシュ側の主要キャラ以外のキャラも出していきたいと思っています。


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LEVEL.3 支配者の時間

 今回の話も、前半は原作沿いで後半はオリジナルとなります。ただし、アンチ・ヘイト色の強い話となっているため、ご注意ください。


「学校の中間テストが迫ってきました。高速強化テスト勉強を行います」

 

 高速移動で分身を作った殺せんせーは、生徒一人ひとりに苦手科目を教える。分身ごとに教える科目の書いてあるハチマキをしている。

 

「何で俺だけNA〇〇TOなんだよ‼」

 

E組の不良生徒、寺坂竜馬の担当する分身のみ、木の葉マークの額あてを着けている。苦手科目が複数あるが故の特別コースだそうだ。少し前までは3人くらいが限界だったが、今ではクラス全員分の分身を作っている。殺せんせーは日に日に速度を増している。

 

「高嶺君は、出来が良すぎてあまり教えがいがありませんねぇ。それでは、応用問題を出してみましょうか」

 

「先生の教え方がいいからだよ、助かってる」

 

「いえいえ、それほどでも……にゅやっ⁉」

 

殺せんせーが清麿に問題を出そうとしていたが、いきなり殺せんせーの顔が歪む。クラス一同驚きを隠せなかった。一人を除いて。

 

「急に暗殺しないで下さいカルマ君‼それ避けると残像が全部乱れるんです‼」

 

「「「「「意外と繊細なんだこの分身‼」」」」」

 

どさくさに紛れてカルマがナイフでの暗殺を決行しようとしたが、殺せんせーに避けられる。テスト勉強に皆が集中していると、

 

「清麿、もう帰る時間ではないのか?」

 

「うわ、ガッシュか⁉いつの間に……」

 

ガッシュが教室に入ってくる。誰も気づかなかったあたり、クラス一同勉強に集中していたのだろう。いきなり声をかけられて驚いた清麿だったが、皆が時計を見ると下校時間は過ぎていた。

 

「おっといけません、夢中になりすぎていて下校時間を過ぎていました。皆さん、今日はここまでにしますが、質問がある人は各自受け付けます。それでは、さようなら」

 

「ホントだ、下校時間過ぎてたか」

 

「皆とても真剣であったから話かけ辛かったのだが、勉強が終わる気がしなくて、つい声をかけてしまったのだ」

 

授業が終わるとともに、生徒は次々に教室を出る。テスト勉強が大変な故、皆どこか疲れている。椚ヶ丘中学校のテストはレベルが高い。定期テスト勉強も容易ではないのだ。

 

 

 

 

 そのころE組の職員室には、理事長が訪れている。烏間先生とビッチ先生も同席していたが、雰囲気はとても重苦しい。大半の生徒たちの帰宅を確認すると、殺せんせーがそこに入ってきた。

 

「初めまして、殺せんせー」

 

殺せんせーと理事長の初対面だ。殺せんせーは予想外の来客に疑問を隠せていなかった。

 

「この学校の理事長サマですってよ」

 

「俺達の教師としての雇い主だ」

 

それを見かねたのか、ビッチ先生と烏間先生が理事長の事を紹介してくれた。そして微動だにしていなかった殺せんせーが、一変してあわただしくなる。

 

「にゅやッ、こ、これはこれは山の上まで‼それはそうと私の給料、もうちょっと高くなりませんかねぇ」

 

理事長に媚びを売り始めた。悲しきかな。いくら超生物であっても雇用主には逆らえない。そんな光景を廊下からガッシュペアに見られていることも知らずに。

 

「清麿、殺せんせーは何をしておるのだ?」

 

「ガッシュ、お前にもわかる日はいずれ来るさ……」

 

清麿は軽蔑交じりの視線を殺せんせーに向けていたが、殺せんせーは気付く由もない。目の前の上司に媚びることで精一杯だ。

 

「こちらこそすみません、いずれ挨拶に行こうと思っていたですが……」

 

今まで腰を掛けていた理事長であったが、少し申し訳なさそうな表情を浮かべて椅子から立ち上がる。

 

「あなたの説明は防衛省やこの烏間さんから聞いていますよ。まぁ私には……すべて理解できる程の学は無いのですが、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんとも悲しい生物(おかた)ですね。世界を救う救世主となるつもりが、世界を滅ぼす巨悪となり果ててしまうとは」

 

理事長の言葉を殺せんせーは無表情で聞く。否、内心では思うところがあったのかもしれないが、傍から見ているガッシュペアには到底理解出来ない。会話の内容も含めて。

 

 【答えを出す者】(アンサートーカー)を使用すれば、あるいは理解できたかもしれないが、人の事情を無断で覗き見するのは無粋であろう。それに清麿一人が殺せんせーのことを知ったところで、その真偽を証明する方法は存在しない。デュフォーがいつか言った通り、クラス皆で答えにたどり着かなければいけないのだ。理事長の話はさらに進む。

 

「この学園の長である私が考えなくてはならないのは……地球が来年以降も生き延びる場合、つまり、仮に誰かがあなたを殺せた場合の未来です。率直に言えば、ここE組はこのまま(・・・・)でなくては困ります」

 

これまで無言を通してきた殺せんせーの表情が明らかに変化する。そして彼はようやく口を開く。

 

「……このままと言いますと、成績も待遇も最底辺という今の状態を?」

 

「はい。働き蟻の法則を知っていますか?どんな集団でも20%は怠け、20%は働き、残り60%は平均的になる法則。私が目指すのは、5%の怠け者と95%の働き者がいる集団です。E組のようにはなりたくない、E組にだけは行きたくない、95%の生徒がそう強く思う事で……この理想的な比率は達成できる」

 

冷徹。今の理事長の表情を言葉にするのなら、その一言が相応しい。己の理想のためであれば、弱者を切り捨てることさえ躊躇わない覚悟、強い意志を理事長は持ち合わせているのだ。その表情を見て、ガッシュペアは戦慄する。

 

「……なるほど合理的です。それで、5%のE組は弱く惨めでなくては困ると」

 

殺せんせーは理事長の理想に納得していないだろう。しかし、表立って雇い主に歯向かう訳にはいかない。そして理事長は話を進める。

 

「今日D組の担任から苦情が来まして、“うちの生徒がE組の生徒からすごい目で睨まれた。殺すぞと脅された”とのことです」

 

「清麿、渚のことだな。しかし、あれでは渚が悪いみたいになっているではないか!」

 

「ああ全くだ、ふざけてやがる!先に渚に絡んだのはあいつらだというのに……」

 

渚に絡んだ生徒が密告をしていた。しかも、渚が悪いような言い方で。これにはガッシュペアも憤慨する。

 

「暗殺をしてるのだからそんな目つきも身に付くでしょう。それはそれで結構。問題は、成績底辺の生徒が一般生徒に逆らう事。それは私の方針では許されない。以後、厳しく慎むよう伝えてください」

 

理事長がそう言って職員室を出ようとすると、殺せんせーに向かって何かを投げつける。知恵の輪だ。

 

「殺せんせー、一秒以内に解いて下さい!」

 

「そんないきなり⁈」

 

殺せんせーは慌てて知恵の輪を解こうとする。しかし散々テンパった挙句、一秒後には知恵の輪に触手が絡まっていた。

 

「清麿、この一秒で何があったのだ?」

 

「いや、俺にもわからなかった……」

 

ガッシュは純粋に疑問の表情を、清麿は呆れ混じりの表情をそれぞれ浮かべる。マッハ20の超生物も形無しだ。

 

「噂通りスピードはすごいですね。確かにこれならどんな暗殺だってかわせそうだ。でもね殺せんせー、この世の中には……スピードで解決出来ない問題もあるんですよ。では私はこの辺で」

 

知恵の輪に苦戦中の殺せんせーをそのままに理事長は職員室を出た。一方で殺せんせーが苦しみながらも、理事長への対抗心に充ち溢れた目を向ける。清麿はそれを見逃さず、口元に笑みを浮かべた。      

 

 そして理事長は廊下にて居合わせたガッシュペアと目を合わせる。そんな3人の間には張り詰めた雰囲気が漂う。

 

「高嶺君、ガッシュ君。少し、外で話そうか」

 

「……わかりました」

 

彼等はそれ以外の言葉を口にすることなく、校舎を出た。

 

 

 

 

 

「さて……まずは話の盗み聞きは、感心しないかな」

 

 校舎の外、ガッシュペアと理事長の会話が始まる。彼は口に笑みを浮かべていたが、どこか威圧的だ。

 

「それは、すみませんでした」

 

「ごめんなさいなのだ」

 

2人とも理事長の気迫を感じ取り、すぐに謝罪の言葉を述べる。彼から漂う雰囲気は、これまで厳しい戦いを乗り越えたガッシュペアでさえ只者ではないと思わせるほどだ。

 

「ハハッ、冗談だよ。怒っている訳ではない。君達が廊下にいたことには気付いていた」

 

「「気付いていたのか」」

 

先ほどの威圧的な表情が理事長から無くなる。本当に冗談だったのだろう。先ほどまで緊張感を持っていたガッシュペアは、胸をなでおろす。

 

「さっきの話はね、君達にも聞いて欲しかったんだ」

 

「俺達に、何で?」

 

再び理事長の表情が変化する。先ほどの威圧的なそれとも異なっていたが、その瞳はどこまでも冷徹だ。

 

「君達にも私の理想を理解してほしいからだよ。君達は本来E組にいて良いような生徒ではない。だから、本校舎の生徒達の侮蔑の目は納得いかないと思う。君達ほど優秀な生徒はそう多くない。しかし、やむを得ない事情があるとはいえ今はE組の生徒(・・・・・・・)だ。私の理想のためにも、本校舎の生徒達に反抗的な態度をとってほしくないんだ。君達がそのような態度を取れば、他のE組の生徒達も便乗してくるかもしれないからね」

 

理事長はあくまでE組が前を向くことを許さない。己の理想のために。しかし、理事長の身に何が起こればここまで徹底的になれるのだろうか。清麿は考えていたが、それ以上に理不尽な差別を強いる環境に憤りを覚えていた。

 

「弱者がいるからこそ強者が生まれる。わずかな弱者の犠牲により、我が校は多くの強者を輩出させられる。だから」

 

「E組が虐げられる環境に目を瞑れ、ですか?」

 

「絶対に嫌なのだ‼」

 

ガッシュペアは理事長を睨み付ける。2人にとって、共に暗殺を行うクラスの仲間が差別される行為は見逃せない。

 

「どうしてそこまでE組の味方になろうとするのかな?私に逆らってまで。私の権限で君達を退学に追い込むこともできるのだというのに」

 

理事長は不機嫌そうな顔を見せる。彼等が堂々と噛み付いてくる様子を見て怪訝に思う。

 

「君達は強い。しかしね、自分たちの力で何でも思い通りに行くとは思わない方がいい。どうにもならない不条理は確かに存在するのだから。君達はもう少し、不条理から自分の身を守ることを覚えた方がいい。なぜ自分達より劣る他人のために自らもリスクを冒すのか、理解できな」

 

「「友達をかばって何が悪い⁉」」

 

不快そうな表情をする理事長とは対照的に、ガッシュペアは不敵な笑みを浮かべる。2人はこれまで何度も不条理な戦いを乗り越えてきており、逆境には慣れている。そんな彼等は本校舎の関係者からのE組への差別にも抗っていくだろう。

 

「友達……ね。しかし、ガッシュ君。魔界の王になった場合、時には仲間を見捨てる非情な決断も必要にはなるのではないかい?」

 

理事長にはどうして2人がここまで自分に歯向かうのかが理解出来ない。これまで彼の理想に逆らう生徒など、存在していなかったのだから。

 

「それでは優しい王様にはなれないからなのだ!」

 

ガッシュの答えに理事長は目を見開く。

 

「誰かがいじめられる世界など、誰かが辛い思いをする世界などあってはならないのだ!誰もが幸せに暮らせる世界を作る、そんな優しい王様に私はならねばいけない。だからその考えを受け入れることは出来ないぞ、理事長殿‼︎」

 

「なるほど、それが君の目指す王の姿という訳か。しかし生物とは、他の生物を傷つけるものだよ。誰もが幸せになるなどできはしない。誰かが幸せになるということは、他の誰かが不幸になるという事だ。これは紛れもない事実なんだよ。君の目指す理想は余りにも非合理的だ」

 

理事長がガッシュの考えを冷たく、そして現実的に突き放す。確かに理事長の言う事も正しい。意見の対立や資源等を奪い合うための戦争はこれまで何度も存在し、人間は多くの他人を傷つけてきたのだから。ガッシュの理想が茨の道であることは、火を見るより明らかだ。

 

「……だからって、故意に人を虐げていい理由にはならないんじゃないですか?それに、そんな事をしていてはいずれ反発される」

 

ガッシュと理事長の議論に清麿が横やりを入れる。パートナーの目指す姿を否定されて沈黙を続ける彼では無い。

 

「反発、今のE組は暗殺の訓練で多少は強くなっている。しかし、そんなことが出来るとはとても」

 

「殺せんせーがいるさ」

 

清麿が先生の名前を出す。彼の目は、殺せんせーを信用している目だ。清麿は先ほどの反骨精神に満ちた殺せんせーの目を見ていた。あの超生物がその気になれば、椚ヶ丘中学校の悪しき伝統にも抗える。清麿はそう確信していた。

 

「理事長、あなたはE組と殺せんせーを甘く見すぎている。それに、合理性だけで人は動かない」

 

「随分とE組に肩入れしているね、高嶺君。君はまだ、他の生徒達とは付き合いも浅いというのに」

 

それぞれの理想をめぐる議論はまだ続くかに思えた。しかし、

 

「……やれやれ、これ以上は平行線かな。今日はここまでにしようか。しかし、私にここまで堂々と歯向かうとはね。とはいえ、今君達が学園を去るのはお互いにとって良くない。君達も路頭に迷う訳にもいかないだろうし、私も暗殺のための戦力が削がれるのはマイナスだ。いやぁ、君達との議論は面白かったよ」

 

理事長はこれ以上の反論を止めた。この時の理事長の表情は、今迄からは想像できないほど柔らかだった。自分に真っ向から反論して来る彼等に対して、煩わしく思うどころか改めて興味を示したようだった。彼等を推薦した自分の目に狂いは無いと、理事長は確信していた。

 

「しかし、殺せんせーがE組とともに私に歯向かう、か。なぜ君はそんな日が来ると思ったのかい?」

 

「職員室の殺せんせーの目は、燃えてましたよ。あなたに負けるまいと」

 

清麿の言葉に対しても、理事長は表情を崩さなかった。仮に歯向かってきたとして、返り討ちにする絶対的な自信が理事長にはあるのだ。まさしく強者の余裕である。

 

「なるほど……さて、君達の家まで車で送ろうか。付いて来なさい」

 

理事長から意外な一言が出てきた。そんな理事長の誘いに、ガッシュペアはきょとんとしてしまった。

 

「良いのか、理事長殿?」

 

「それって、どういう……」

 

「何、長話に付き合わせてしまったお詫びさ。他意はないよ」

 

理事長は先ほどの威圧的な態度を欠片も感じさせなかった。それが逆にガッシュペアを警戒させてしまったのは別のお話。2人はお言葉に甘えて車に乗せてもらい、そのまま帰宅した。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。ガッシュの目指す優しい王様とこの頃の理事長の理想は相反するものだと思い、お互いの理想の主張を行うという話にしました。


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LEVEL.4 中間テストの時間

 今回はほぼ原作通りの流れになります。ご了承ください。


 中間テストが迫る中、生徒以上に殺せんせーの気合が入っている。加えて分身の数がこれまで以上に増加する。

 

「「「「「増えすぎだろ‼」」」」」

 

生徒たちのツッコミには目もくれず、ひたすらに勉強を教えてくれる。先生はかなり疲労している。なぜこれ程一生懸命なのか。その理由として先生は、自らの評判が上がり、殺される恐れがなくなるためだと答える。しかし内心は理事長との一件を気にしている。もちろんE組を思ってそうしてくれているのもあるが。しかし、

 

「いや、勉強の方はそれなりでいいよな」

 

「うん。なんたって暗殺すれば賞金百億だし」

 

キノコ頭の三村航輝とポニーテールの矢田桃花が、賞金の話を持ち出した。それに便乗して他の生徒も勉強には消極的な発言をし始める。全員がそう考えている訳ではないだろうが、その考え方に反対する生徒はいなかった。ただ一人を除いて。

 

「そんな簡単な話じゃないと思うぞ、皆」

 

「あ、どうしたんだよ高嶺」

 

「だって百憶だぜ。一生遊んで暮らせるって!」

 

他の生徒が反論する中、清麿が話を続けようとする。しかし、

 

「高嶺君はわかっているようですが、ここから先は私に言わせてください。外で話しましょうか、全員校庭へ出なさい。烏間先生とイリーナ先生とガッシュ君も呼んで下さい」

 

清麿の話を遮った殺せんせーは、顔にバツを浮かべて、そのまま教室を出て行く。それにいつもと比べて機嫌が良くないようにも見えた。普段あまり見せない殺せんせーの不機嫌な様子に、E組の生徒達は戸惑いを隠せない。

 

 

 

 

 そして生徒達と烏間先生、ビッチ先生が外に出ると、殺せんせーが校庭のゴールを端にどけていた。そして校舎の裏山で特訓していたガッシュと合流した清麿が校庭に来る。

 

「全員揃いましたね。ではイリーナ先生、プロの殺し屋として伺いますが、あなたはいつも仕事をする時、用意するプランは一つですか?」

 

殺せんせーがビッチ先生に触手で指差しながら質問する。彼女は怪訝な顔をしながらも問いに答える。

 

「何よ、いきなり……そうね、本命のプランなんて思った通り行くことの方が少ないわ。不測の事態に備えて、予備のプランをより綿密に作っておくのが暗殺の基本よ。ま、あんたの場合規格外すぎて予備プランが全部狂ったけど。見てらっしゃい、次こそは必ず」

 

「無理ですねぇ。では次に烏間先生」

 

ビッチ先生の決意表明をブツ切りにして、殺せんせーは烏間先生に話を振った。これに怒ったビッチ先生は地団駄を踏む。

 

「ナイフ術を生徒に教える時、重要なのは第一撃だけですか?」

 

「……第一撃はもちろん最重要だが、次の動きも大切だ。強敵が相手では、第一撃は高確率でかわされる。その後の第二撃・第三撃を、いかに高精度で繰り出すかが勝敗を分ける」

 

「なるほどぉ……では高嶺君」

 

烏間先生の話に感心した殺せんせーは、次に清麿を触手で指差す。

 

「ガッシュ君が持つ術は、ただ電撃を出すだけですか?そして電撃が相手に通用しない場合は、どうしますか?」

 

「電撃を出す以外の術ももちろんある。電撃が通用しない相手に関しては他の手段を使ったり、電撃が通用するような工夫も施す……って、どさくさに紛れて俺達の手の内を聞き出そうとするんじゃない!」

 

「ヌルフフフ。残念です……」

 

「おい……」

 

(ハッ、いかん。清麿がいなければ、殺せんせーに術を教えてしまうところだった。危なかったのだ……)

 

清麿にガッシュの術を聞き出すことに失敗した殺せんせーは少し拗ねた表情を見せる。その一方で生徒の多くは殺せんせーの言いたい事が理解出来ない。そんな生徒の一人、前原陽人が痺れを切らした。

 

「結局何が言いたいんだ⁉」

 

「先生方や高嶺君達のように、自信を持てる次の手があるから自信に満ちた暗殺者になれる。対して君達はどうでしょう?」

 

彼の問いに殺せんせーは話しながら自分の体を回転させる。そして速さは増していく。

 

「“俺らには暗殺があるからそれでいいや”……と考えて勉強の目標を低くしている。それは劣等感の原因から目を背けているだけです。もし先生がこの教室から逃げ去ったら?もし他の殺し屋が先に先生を殺したら?……暗殺という拠り所を失った君達には、E組の劣等感しか残らない。そんな危うい君達に、先生からの警告(アドバイス)です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第二の刃を持たざる者は……暗殺者を名乗る資格なし‼

 

殺せんせーの回転は竜巻を生み出す。それも本校舎から見えるほど大きな竜巻を。それを見た生徒たちは愕然とする。

 

「……校庭に雑草や凸凹が多かったのでね、少し手入れをしておきました。先生は地球を消せる超生物、この一帯を平らにすることなどたやすいことです」

 

竜巻が収まったかと思えば、校庭はあたり一面、綺麗にされていた。その信じられない光景を見て、生徒たちは言葉を失う。殺せんせーの発言は決してハッタリなどではない。こんな先生を本当に殺せるのか、という疑問が強まる。

 

 殺せば百億円。口にするだけなら簡単かもしれないが、実行するのは至難の業だ。次元が違う。自分たちの手で暗殺を成功させられる保証などどこにもない。生徒達にそう考えさせるのには、十分な光景だ。

 

「もしも君達が、自信を持てる第二の刃を示せなければ、相手に値する暗殺者はこの教室にいないと見なし、校舎ごと平らにして先生は去ります」

 

殺せんせーの言動に、周りの雰囲気は重くなる一方だ。しかし、その空気の中でも黙ってばかりいられないと考えて渚が口を開く。

 

「第二の刃、いつまでに?」

 

「決まっています、明日です。明日の中間テスト、クラス全員50位以内を取りなさい」

 

殺せんせーの唐突かつ難儀な指示に、クラス全員開いた口が塞がらない状態だ。当然である。学業が芳しくないが故にE組に落とされた生徒は多い(一部例外もいるが)。殺せんせーが何体も分身を作って生徒達に熱心に勉強を教えているとはいえ、本校舎の生徒達との学力の差は一朝一夕に埋まるものではない。そんな中本校舎の生徒達に、クラス全員に打ち勝てと言っているのだ。しかし、殺せんせーの表情には自信が溢れていた。

 

「君達の第二の刃は、先生が既に育てています。本校舎の教師達に劣るような教え方をしていません。自信を持ってその刃を振るって来なさい。仕事(ミッション)を成功させ、恥じることなく笑顔で胸を張るのです。自分達が暗殺者(アサシン)であり、E組であることに‼」

 

そう言い残して殺せんせーは去る。しばらく彼らの間に沈黙が走るが、ガッシュペアが口を開く。

 

「……殺せんせー、すごかったのう。こんな先生を殺さなくてはならぬのか」

 

「ああ、そうだな。しかし、まずは明日の中間テストをどうにかしないと……」

 

清麿は頭を抱える。明日の中間テストで全員が50位以内に入らなければ、殺せんせーがE組を去ってしまう。地球を滅ぼす超生物を野放しには出来ないため、それは何としても止めなくてはならない。どうすればいいのか考えていたところ、

 

「やれって言われたんなら、やるしかなくね?」

 

さっきの授業をサボり、どこかへ行ってしまったと思われていたカルマが姿を見せた。

 

「何、皆ビビってるの?これで全員50位以内に入れば、本校舎の連中見返せるのに……」

 

カルマが挑発的な視線を他の生徒達に送る。彼は素行不良の為にE組に来ており、学業に関してはむしろ優秀だ。そんなカルマの視線に不快な表情を浮かべる者もいる。しかし。

 

「皆、どこまでやれるかわからないけど、頑張ってみよう!」

 

磯貝が周りを鼓舞させた。クラス委員の彼の言葉を聞いて、他の生徒達も次々にやる気を出していく。清麿も磯貝の言葉を聞いて、口元に笑みを浮かべる。そんな中、渚が清麿に質問をする。

 

「高嶺君、殺せんせーがさっき言ってたこと、最初からわかってたの?」

 

テスト勉強をないがしろにする雰囲気の中で唯一異議を申し立てた清麿のことを、渚は気にしている様子だ。そして清麿がそれに答える。

 

「そうだな。殺せんせーなら契約を破ってここから逃げ出すのは容易。いつまでもここにいてくれるかどうかはわからん。そうでなくても、殺せんせーは手強い。それに、他にも賞金目当ての殺し屋も出てくるだろう。俺達が確実に暗殺を成功させ、賞金を得られる保証なんてどこにもない」

 

「あれぇ、殺せんせーを殺すためにE組に来た高嶺君がそれ言っちゃうんだ~」

 

清麿の話にカルマが口を出す。彼の煽り節は健在だ。

 

「もちろん殺す気ではいるさ。しかし、この先何が起こるかは予想がつかんからな。色んな可能性は考えておくべきだと思った。それに、殺せんせーがあそこまで必死に授業してくれたんだ。それを無下にする雰囲気はどうかと思ったんだ」

 

「なるほどね~。まあ、明日のテストは頑張ろうよ。それじゃ、また明日」

 

カルマは納得したのかどうかよくわからない返答をして、山を下りて行く。そんな彼の後ろ姿を他の生徒達は見つめるが、内心では目標を目指してやる気に満ち溢れている。

 

「僕等も帰ろうか」

 

渚の一言を皮切りに生徒達は帰宅の準備を進める。容易な事では無いが、これは本校舎の生徒達を見返す機会にもなり得る。生徒達は勉強の話をしながら帰路に着くのだった。

 

 

 

 

 翌日、中間テストの幕は切って落とされた。テストは全校生徒が本校舎で受ける決まり。つまり、E組はアウェーでの戦いとなる。しかも、試験監督の本校舎の教師がわざとらしく物音を立てて、露骨に集中を乱してくる。最悪の環境だ。

 

(椚ヶ丘の試験問題は難しいな。だが、解ける。殺せんせーが教えてくれた通りの問題。この問題も、この問題もいける!)

 

清麿は次々と応用問題を解いて見せる。他の生徒も黙々と問題を解き進む。その様子には、試験監督も驚きを隠せない。しかし、

 

(何だこの問題は?クッ、どうなってやがる⁉)

 

次の問題を見て清麿は表情を変えた。理事長が罠を仕掛けていたのだ。

 

 

 

 

「……これは一体どういう事でしょうか?どう考えても普通じゃない。テスト2日前に、出題範囲を全教科で大幅に変えるなんて。」

 

 中間テストの結果が帰ってきた後、烏間先生が本校舎の教師と電話をしていた。テスト範囲が変更されていたのだ。しかも、そのことがE組には伝わっていない。しかし、本校舎の教師は白を切るばかりだ。加えて本校舎では理事長が教壇に立ち、短期間で変更内容を教えあげていた。E組は、理事長にしてやられた。殺せんせーの熱心な授業空しく、E組全員テスト50位以内という目標は、果たされずじまいだ。

 

「殺せんせー、本当に出て行ってしまうのか?」

 

ガッシュが泣きそうな顔で、か細い声で尋ねた。

 

「……先生の責任です。この学校の仕組みを甘く見ていたようです。君達に顔向けできません」

 

殺せんせーが生徒達に背中を見せて佇んでいた。殺せんせーはかなり落ち込んでいる。クラスの雰囲気も重い。そんな空気を切り裂くかの如く、一本のナイフが殺せんせー目掛けて投げられた。殺せんせーは驚きながらも、そのナイフをかわした。

 

「カルマ君‼今、先生は落ち込んで……」

 

ナイフを投げたのはカルマだった。そしてカルマは殺せんせーの文句を遮るように、自分のテストの答案用紙を殺せんせーに投げつけた。合計点数494点、学年4位。これが彼の中間テストの結果だ。

 

「俺の成績に合わせてさ、あんたが余計な範囲まで教えたからだよ。だけど、俺はE組出る気無いよ。暗殺の方が楽しいし。そうでしょ、高嶺君?」

 

カルマはニヤリと笑いながら清麿の方を振り向いた。彼は清麿の学力の高さには一目置いている。そして彼の返答も分かりきっていると確信していた。

 

「……そうだな。最も、俺にはE組を出る選択肢はないんだがな。いきなりテスト範囲外の問題が出てきたときは何事かと思ったが、殺せんせーが教えてくれた箇所も多くて助かった。やっぱり、今の俺達にはあんたが必要だ(……1位取れなかったな。まあ、次頑張るか)」

 

清麿もカルマと同じ点数を取っており、無事50位以内に入れていた。しかし彼が殺せんせー暗殺を放り出して本校舎に行く事はあり得ない。

 

「で、どーすんの先生は?全員50位に入んなかったって言い訳つけて、ここからシッポ巻いて逃げる訳?要するに、殺されんのが怖いだけって事?」

 

カルマは舌を出して殺せんせーを挑発する。そんな雰囲気を感じて、他の生徒達も便乗して殺せんせーをイジリ始めた。

 

「なーんだ、殺せんせー怖かったのかー」

 

「それなら正直に言えば良かったのに」

 

「ねー、“怖いから逃げたい”って」

 

これには殺せんせーも顔を真っ赤にする。まるで本物のタコそのものだ。

 

「にゅやーーッ‼逃げるわけありません‼期末テストであいつらに倍返しでリベンジです‼」

 

殺せんせーの言動を見た生徒達の気持ちは楽になり、クラスで笑いが起きた。ひとまず殺せんせーが野に放たれる心配は無くなった。

 

「これで殺せんせーは残ってくれる。良かったのだ、清麿!」

 

「ああ!一時はどうなるかと思ったが」

 

そんな中でガッシュペアはお互いの拳を軽くぶつけていた。そしてテストの結果が帰ってきた直後とは比べ物にならないほどに、クラスの雰囲気は軽くなっていた。笑いの絶えないまま、時刻は下校時間となる。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。今回はほぼ原作通りになりましたが、次回はオリジナル回を書きます。


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LEVEL.5 暗殺の時間

 オリジナル回入ります。サブタイトルの通り、ガッシュペアが暗殺に挑みます。


 中間テストの結果が帰ってきた日の放課後、殺せんせーはまだ教室に残っている。そして彼の後ろにはガッシュペアが立ち塞がっている。

 

「おや、もう下校時間は過ぎているんですがねぇ、高嶺君、ガッシュ君。赤い本を持ち出しているということは、ついに殺す気で来ましたかねぇ」

 

「殺せんせー、あんたに聞きたいことがある」

 

ガッシュペアは真剣な眼差しで殺せんせーを見つめる。質問に答えなければ、力ずくで聞き出さんとする目つきだ。

 

「私には、どうしても殺せんせーが地球を爆発させる悪いものには、見えぬのだ」

 

「なあ、あんたは何でここで先生をやってるんだ?そもそも、何者なんだ?」

 

「それに答えることは出来ませんねぇ。どうしても知りたければ、私を殺してから調べてください。ヌルフフフ」

 

ガッシュペアには、殺せんせーがただ地球を滅亡させるだけの悪者には思えない。ただの悪者なら、ここまでE組に尽くす必要がないのだ。しかし殺せんせーはそうではない。いつもE組を一番に考えている。それがガッシュペアには理解出来ない。

 

「それなら、地球の滅亡を取りやめることは出来ないのか?地球の滅亡は、本当にあんたの意志なのか?」

 

事情を聞き出せないのなら、滅亡させないよう説得するのはどうか。そもそも殺せんせーが地球を滅ぼす悪党であれば、こんなところで教師をする道理が無い。タイムリミットまで逃げ続ければ良いのだから。しかし彼は逃げ出さない。加えて、教師としての仕事はとても熱心だ。何かどうにもならない事情がある。清麿はそう確信していた。

 

「地球の滅亡は避けられません。私自身にはどうしようもないことですので」

 

殺せんせーは断言する。今までと何ら変わりない表情で。

 

「本当にそうなのか?殺せんせー……」

 

ガッシュは悲しそうに殺せんせーを見つめる。しかし殺せんせーは否定しない。殺せんせーは地球の滅亡をやめようとしない。そして事情も話さない。しかし、ガッシュペアは地球を滅亡させる訳にはいかない。大切な人達を守るためにも。そうなれば、もう戦う以外の道は残されていない。

 

「なるほど。真実を知るには、そして、地球を救うにはあんたを殺すしかないんだな。行くぞガッシュ、SET、ザケル‼」

 

ガッシュペアの戦いの火ぶたが落とされた。清麿は殺せんせーに指を差して、術を唱える。ガッシュの口からは電撃が放たれたが、殺せんせーは難なくかわした。

 

「そんな真正面からの呪文、かわすのは容易ですねぇ。しかも、校舎を壊したくないんでしょうか?術の威力もセーブしているのではないですか?」

 

殺せんせーは得意げに清麿を煽り、教室中を超スピードで動き回る。清麿はそんな殺せんせーを睨み付ける?

 

「ウヌゥ、これでは攻撃が当たらんぞ……」

 

ガッシュは悔しそうに殺せんせーを見る。しかし、

 

「にゅやあっ!」

 

殺せんせーの触手が一本はじけ飛ぶ。殺せんせーの下には、対先生BB弾が転がっていた。殺せんせーがザケルに気を取られているうちに、清麿が仕掛けていたのだ。

 

「隙が出来たな、殺せんせー!ザケルは第一の刃、BB弾は次の刃を充てるための手段。そしてこれが第二の刃だ!くらえ、マーズ・ジケルドン‼」

 

ガッシュの口から磁力の球体が出現し、殺せんせーを中に引きずり込んだ。

 

「これは、にゅやぁッ‼」

 

殺せんせーが外に出ようとしたとき、電流が殺せんせーを攻撃する。このままでは先生も身動きが取れない。

 

「これで動きを封じた!」

 

清麿はBB弾の入った銃を取り出し、殺せんせーに銃口を向ける。しかし引き金を引こうとした瞬間、殺せんせーの周りに小さな爆発が起きた。殺せんせーは何と、マーズ・ジケルドンから逃げ出していた。

 

(今の攻撃は厄介ですねぇ。エネルギー砲を使う展開になるとは!)

 

殺せんせーは、そのまま空いた窓から逃げ出した。エネルギー砲を使い、マーズ・ジケルドンを打ち破っていたのだ。清麿は少し動揺したが、すぐに頭を切り替える。

 

「ザケルガ!」

 

空いた窓を指差して呪文をを唱える。一直線の電撃は、窓の周りを傷つけることなく殺せんせー目掛けて撃たれた。しかし殺せんせーは、ザケルガの直撃を避けていた。少し触手にかすった程度だ。それでも殺せんせーには確実にダメージが蓄積されていく。

 

「ガッシュ、俺達も外に出るぞ‼」

 

「ウヌ!」

 

 

 

 

 ガッシュペアもまた、窓から殺せんせーを追うために外に出た。殺せんせーもダメージを受けているのか、スピードが落ちている。その隙を、清麿は見逃さない。

 

「ガッシュ、デカいのをぶちこむ!テオザケル‼」

 

ガッシュの口からは、先ほどのザケルとは比べ物にならない程の高威力かつ広範囲の電撃が放たれた。

 

(この電撃はマズイ‼)

 

殺せんせーは冷や汗をかいた。直ぐに回避の体制に入ったが、完全にはかわし切ることは叶わない。どうにか電撃を逃れた殺せんせーは、森の方へ逃げて行く。これが彼等の罠とも知らずに。

 

「ふむぅ、あの球体とさっきの電撃はヤバかったですねぇ。ダメージも小さくない」

 

殺せんせーは森の中で休息をとる。電撃のダメージのみならず、エネルギー砲を使用したことによる消耗もある。その小さくないダメージは注意力を鈍らせる。殺せんせーを見るいくつもの視線に気付かなくなる程に。そして2発のBB弾が放たれる。撃ったのはクラス髄一のスナイパーコンビ、千葉龍之介と速水凛香だった。

 

「「やったか」」

 

2人は顔を出したが、殺せんせーはこれをギリギリでかわしていた。

 

「にゅやッ!君達までいるとは!」

 

「俺達だけじゃないぞ!」

 

千葉がそう言うと他のE組の生徒達も現れ、殺せんせーを取り囲んで一斉に射撃を開始した。殺せんせーは鼻が利くので、平常時であれば生徒達を見つけるのは容易い。しかし蓄積されたダメージにより注意力も散漫になり、生徒達の潜伏に気付くのが遅れた。それでも殺せんせーは、テンパりながらもギリギリで弾幕を避けていた。そして先生の傷が癒えてきたのか、動きが更に早くなっていく。

 

「皆、どうだ⁉」

 

ガッシュペアが追い付く。しかしこの大量の弾幕ですら、殺せんせーはかわして見せる。

 

「(バカな、まだダメージが足りなかったというのか⁉ならば)ガンレイズ・ザケル!」

 

ガッシュの体から電撃の弾が放出されたが、殺せんせーには当たらない。

 

「ヌルフフフ。傷も癒えてきました。これでBB弾はちゃんとかわせますよ」

 

殺せんせーの顔に余裕が出来始める。ダメージは完全には回復していないだろうが、BB弾をかわすには十分だ。清麿は殺せんせーの力量を見誤っていた。

 

 マーズ・ジケルドン、BB弾、ザケルガ、そしてテオザケル。どれも殺せんせーを倒すための強力な攻撃だ。それ一つ一つがかわされても、ダメージを蓄積させることは出来る。そして森への誘導。満身創痍である殺せんせーを他のE組の生徒達がBB弾の一斉射撃で仕留める。これこそが清麿の狙いだった。

 

 しかし電撃でのダメージは回復してきている。殺せんせー相手にはまだまだダメージが足りなかったのだ。追撃にガンレイズ・ザケルを使用したが、これもかわされた。

 

(くッ、ここまでなのか⁉【答えを出す者】(アンサートーカー)を使いこなせるようになっていれば、こんな事になってなかったかもしれないのに!)

 

清麿はまだ、【答えを出す者】(アンサートーカー)を完全には使いこなせていない。清麿が諦めかけていた。暗殺のための刃を尽くかわされた。そしてBB弾も限りがある。そんな中、

 

「あれぇ、諦めちゃうの?高嶺君」

 

カルマが清麿を煽る。そして、

 

「清麿、諦めるでない!皆まだ頑張っておるぞ‼」

 

諦めの表情を浮かべていた清麿に対しての、ガッシュの叱責。そしてガッシュの声に呼応するかの如く、赤い本の光が増していた。他の生徒達も、ガッシュの声を聞いて笑みを浮かべる。

 

「ガッシュ君て、根性あるよね~。高嶺君も見習わないと」

 

「……ああ、その通りだな。すまないガッシュ、赤羽。まだ諦めちゃいけなかった!」

 

カルマの煽りとガッシュの叱責により、清麿は再び自信を取り戻す。そして新たな一手を考える。【答えを出す者】(アンサートーカー)を使いこなせなくとも、次の手を繰り出す事は出来る。

 

「私たちも負けてられない!皆、頑張ろう!」

 

清麿達のやり取りを見てクラス委員長の片岡メグが、リーダーシップを発揮して他の生徒達に声をかける。その一方で、清麿は赤い本の輝きが増していることにようやく気付いた。

 

「(これは、新しい呪文⁉よし、これなら……)ガッシュ、殺せんせーの後ろに回り込むんだ‼」

 

「分かったのだ!」

 

ガッシュが後ろに回り込むと同時に清麿が呪文を唱える。

 

「ガッシュ、新しい呪文だ!第12の術、オルダ・ラシルド‼」

 

ガッシュの前に電撃の盾が出現し、それに触れたBB弾に電撃をまとわせる。

 

「うおおおおおおおぉッ‼」

 

清麿が叫ぶと、電撃をまとったBB弾が一斉に殺せんせーに向かった。この術、オルダ・ラシルド。たった今出現した呪文ではあるが、清麿は呪文にラシルドの名前があったので、これをラシルド系列の呪文と考えた。

 

 そしてオルダの呪文は、出した術を自分で操作する呪文につけられる。清麿はパティが使用したオルダ・アクロンと言う鞭状の水を操る術を覚えていたため、新たな術の効果を予測出来た。そして予測は当たっていた。

 

 この術の見た目はラシルドと変わらないが、跳ね返した攻撃を術者が操ることが出来る。普通のラシルドでは、跳ね返した攻撃はコントロール出来ないため、流れ弾が味方に当たる可能性がある。その欠点を克服したのがこの術だった。

 

「……ふむ、脱皮まで使わされることになるとは。月に1度しか使えないというのに」

 

殺せんせーが脱皮した抜け殻を使ってBB弾を受け止めていた。この術の欠点は、術者が攻撃を操作しなければならないことそのものである。操作するひと手間により、通常のラシルドが跳ね返す攻撃に比べて、攻撃が1テンポ遅れてしまうのだ。この遅れは、殺せんせー相手には致命的だ。その遅れにより、殺せんせーの脱皮を許し、抜け殻でBB弾を受け止められてしまった。それだけなら、追撃が可能だったかもしれない。

 

「「「「「くっ、弾が‼」」」」」

 

しかしながら、E組の生徒達のBB弾が尽きた。また脱皮後は殺せんせーのスピードが落ちるとはいえ、正面から術をかけても簡単に避けられてしまうだろう。ラウザルクでガッシュの肉体強化を行っても、警戒心全開の今の殺せんせーに攻撃が当たる可能性は高くない。通常の殴り合いと同じという訳にはいかない。いくら肉体強化をしても、ナイフを超生物にあてるのは現状至難の技だ。ガッシュ達がナイフ術を習ってから、まだまだ日にちは浅すぎた。

 

「脱皮にこんな使い方まであるとは。ここまでか……」

 

「ウヌ、次は成功させて見せようぞ……」

 

ガッシュペアがそうつぶやき、今日の暗殺は終了した。清麿は脱皮の存在を知っていた。渚の自爆の時に耳にはしていた。しかし、実際に脱皮を使用する場面を目撃していない。故に脱皮をこのタイミングで行い、BB弾を受け止めることを予測出来なかった。そのことが今回の失敗の原因となった。

 

 

 

 

「すまない、皆にも手伝ってもらったというのに」

 

「いや、お前らがいなければここまで追い詰められなかったって……」

 

「やっぱ呪文の力ってスゲーわ」

 

清麿の謝罪に対して、坊主頭の岡島大河と長身の菅谷創介はフォローをいれてくれた。また彼等は呪文の力に素直に感心していた。

 

「今回もダメだったかー」

 

「いいとこまでいったと思ったんだけどね~」

 

「中々上手くいかないものだねぇ」

 

中村と小柄な短髪の女生徒の岡野ひなた、ふくよかな女生徒の原寿美鈴が3人して悔しがる。殺せんせーの手の内をいくつか引っ張り出す事も出来、途中までは割と順調に暗殺が進んでいた。

 

「いやあ、中々危なかったですよ。脱皮まで使わされましたからねぇ。高嶺君の考えた作戦ですか?」

 

「ああ、中間テスト終わってすぐを狙ったんだ。まさか先生もいきなり暗殺に来るとは思ってなさそうだったからな。そしてガッシュの電撃である程度ダメージを与えてから皆がいるところに誘導する手はずだったんだが、ダメージが足りなかった。しかも、折角出てきた新しい呪文まで対策されちまったし。まさか脱皮にこんな使い方があるとは」

 

電撃をまとったBB弾が抜け殻で全て防がれるなどと、清麿は予測出来なかった。殺せんせーは規格外もいいところである。

 

「では先生は帰ります。皆さん、BB弾の後始末はお願いしますね」

 

殺せんせーはそのまま超スピードで帰っていった。先生の速度を見た生徒達は、暗殺までの道のりを遠く感じた。

 

(今のガッシュがラウザルクを使っても、あのスピードに敵うかどうか。電撃の威力も足りてなかったみたいだし。まだまだ、俺達には特訓が必要だな……)

 

「高嶺君、ガッシュ君てまだ強い呪文持ってるでしょ。使わなくてよかったの?」

 

清麿が特訓の重要性を自覚していると、カルマが意地の悪そうに話しかけてきた。彼は度々何かを見透かす様な態度を取る事がある。

 

「ああ、強い呪文はある。ただし、これまでの呪文よりも速度は劣るうえ、周りが被害を受ける可能性もある。そのために中途半端に加減するくらいなら、速度の速い術で攻めた方がいいと思ってるから使わなかった」

 

バオウ・ザケルガは強力な術だ。しかし、強力すぎるがゆえに、周りへ被害が及ぶリスクも高い。それなら、ガッシュペアだけで殺せんせーの暗殺を試みてはどうか。しかし殺せんせーの速度では、ガッシュペアだけでバオウ・ザケルガを当てるのは容易ではない。だから小回りの利く他の呪文を使いながらクラスの皆で協力する方が、暗殺の成功率が高まる。それが清麿の考えだ。

 

「あくまで高嶺君は、皆で協力した方がいいと思ってるんだね」

 

「その通りだ。俺とガッシュだけではあの先生は殺せない」

 

そんなカルマと清麿のやり取りを聞いて、他の生徒達も会話に加わる。ガッシュペアの実力を見て、多くの生徒達は思うところがあるようだ。

 

「でもよ、そんなすげえ力を持てば何でも自分とガッシュだけ出来そうだって、俺なら思っちまうかもしんねえな。高嶺ってそんなにすげえのに、かなり協調性あるよな」

 

「あー、それ分かる。高嶺君て何でも器用にこなす割に、結構周りを頼る節があるよね」

 

クラスで最も足の速い木村正義と片岡がそんな会話をする。

 

「赤羽にも言ったが、俺とガッシュだけで暗殺を成功させられるとは思ってない。そうでなくとも、力に溺れたら終わりだ。それではガッシュを王にしてやれない……何より、今までの戦いで、仲間の大切さは十分すぎるほど実感してる」

 

清麿は少し照れ臭そうにする。これまでの戦いで、ガッシュペアは何度も仲間に助けられてきた。そんな彼等にとって仲間の存在は極めて重要だ。

 

「高嶺君。そのセリフ、漫画の主人公みたいだよ!」

 

不破が目を輝かせる。そして不破の発言に便乗するかのように、なぜか清麿がいじられる流れになってしまった。

 

「よっ、主役はカッコいいぜ!」

 

「さすが高嶺、略してさす高!」

 

「やかましい‼︎」

 

他の生徒達は清麿を持ち上げる発言をしていたが、もちろん清麿をいじるためだ。清麿は顔を赤くするが、あまりにいじられすぎて彼の堪忍袋の緒が切れてしまった。

 

 

 

 

 その一方で、清麿とは別の場所でガッシュは渚と茅野と話していた。

 

「ガッシュ君、すごい電撃だったよー」

 

「そうだね~。ガッシュ君てこんなに可愛いのに、すごく強いんだね!」

 

「しかし、殺せんせーには負けてしまったのだ。私達はもっと強くならねばならん……」

 

ガッシュは今回の失敗を気にしている。そして彼は今まで以上に力を付けるべきだと誓う。彼等の成すべき事の為にも。

 

「ガッシュの言う通りね。もっと訓練しないと……」

 

「そうだな。あそこで弾を避けられてはいけなかった」

 

ガッシュの発言を聞いて速水と千葉は決意を固める。ガッシュの発言に彼等も影響を受けている。彼等が気合を入れるその様は仕事人そのものだ。

 

「相変わらずだね、2人は」

 

「うん、そうだね」

 

渚と茅野は苦笑いをしながら千葉と速水に視線を向ける。そして皆で喋りながらも、BB弾の片付けは終了した。

 

 

 

 

 片付けたBB弾はガッシュペアが校舎の倉庫にしまうことになり、この場は解散となった。

 

「清麿、悔しいのぉ」

 

「ああ、俺達はもっと強くならなくちゃいかん。殺せんせーの暗殺、そしてクリアに勝つために!」

 

ガッシュペアは悔しさを感じながら、校舎を出た。今回の暗殺を経て、彼等は改めて自分達の実力不足を実感する。このままでは守りたいものを守る事は叶わない。

 

「清麿、帰ったら直ぐに特訓をしようぞ。デュフォーも待っておる」

 

「もちろんだ。それに、デュフォーに新しい呪文が出たことも伝えねばならん」

 

2人は決意を新たに、特訓のために家を目指した。魔界と地球の滅亡を防ぐ為にも。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。オリジナル呪文を出したのですが、殺せんせーには対策されてしまいました。戦闘描写って、難しいですね……


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LEVEL.6 旅行の時間

修学旅行編入ります。よろしくお願いします。


「知っての通り、来週から京都2泊3日の修学旅行だ。君等の楽しみを極力邪魔はしたくないが、これも任務だ。よって、ガッシュ君にも参加してもらう」

 

 体育(暗殺の訓練)の授業の終了時、烏間先生から修学旅行についての話がなされた。修学旅行時に殺せんせーが生徒達の決めた班ごとに回るコースに付き添う事、その際に国がプロの狙撃手を手配する事、成功時に貢献度において賞金が分配される事、そのために生徒達には暗殺向けのコース選びが依頼されている事を説明した。

 

「烏間先生。暗殺って、俺達もやっていいの?」

 

「ああ、だだし教室とは違って目立たないようにしてくれ。ばれたら大変なことになる」

 

「オッケー」

 

カルマは旅行中も先生を暗殺する気でいるようだ。彼のやる気は大した物だ。そんな中、

 

「ケッ。カルマの奴、粋がりやがって」

 

「ああ、俺らには出来っこねーのにな」

 

暗殺に積極的ではない寺坂グループであるドレッドヘアの吉田大成とラーメン屋の息子の村松拓哉が、ひそひそ話をする。やさぐれている彼等にとって、殺せんせーの存在は疎ましい。

 

(修学旅行か、烏間先生はガッシュも参加させると言ったが、俺達にはそんな余裕はあるのだろうか。いや、暗殺絡みなら参加すべきなのか。どうしたものか……)

 

クリア打倒のための特訓をしなければならない清麿は、修学旅行を休むことも視野に入れる。それ程にクリアは手強い。

 

 

 

 

 そして烏間先生の説明が終わり次第生徒達は教室へと戻り、班決めを行う。清麿が修学旅行の参加について考えていると、渚が話しかけてくれた。

 

「高嶺君とガッシュ君、良かったら僕と同じ班にならない?」

 

「……悪い渚、俺とガッシュは旅行に行けるかわからん」

 

「ウヌゥ……」

 

渚がガッシュペアを誘ったが、清麿は修学旅行の参加を決めかねている。確かに殺せんせーの暗殺のためなら参加するべきなのだが、クリア打倒のための特訓もある。あまり時間を空けても良いものなのか、清麿は頭を悩ませる。そんな中、カルマが清麿の肩を組んできた。

 

「高嶺君、それって魔物絡みだったりする?」

 

「ああ、そうだ。今残っている魔物は強敵だし、かなり危険な相手でもある。そのための特訓に穴をあけていいもなのか……」

 

清麿は申し訳なさそうにするが、渚とカルマは特に気にしていない。彼等もある程度ガッシュペアの事情が分かっており、気を使ってくれた。

 

「そっか。でも高嶺君、参加出来そうなら言ってね」

 

「ありがとう、渚!」

 

清麿は渚に礼を言うと、ガッシュとともに廊下に出た。ガッシュペアも本心は修学旅行に参加したいために、内心頭を抱える。

 

「ガッシュ、てっきり行きたいとねだるもんだと思っていたが……」

 

「私も行ってみたいのだが、クリアのこともあるからの。私達はもっと強くならねばならん。清麿の決定に私は従うぞ」

 

「わかった、デュフォーに聞いてみよう」

 

考える事はガッシュも同じだ。そして清麿はデュフォーに相談する為に電話をかけた。

 

『どうした清麿?この時間はまだ学校だろうに』

 

「ああ、実はな……」

 

清麿はデュフォーに修学旅行のことを説明する。

 

『なるほどな。奴の暗殺が絡むなら参加一択だ、清麿。旅行の日程に合わせたトレーニングのメニューも考えておく。旅行中において、お前達はそれをこなせば問題はない。それにお前達のクラスでの日常を欠くことは、あってはいけないからな。それ以外にも、遠出をする場合は連絡をくれ。俺がそれに合わせたメニューを考える。ちゃんとクラスメイトとの交流を深めておけよ?』

 

「わかった、ありがとうな。メニューの方はよろしく頼む」

 

デュフォーは清麿に参加を促す。クリア打倒の特訓も大事だが、殺せんせー暗殺のための旅行もまた、欠かしてはいけないというのが彼の出した答えだ。そして清麿は電話が切れたことを確認すると、ガッシュの肩を叩く。

 

「ガッシュ、修学旅行に参加出来るぞ‼」

 

「おおっ、やったのだー‼」

 

2人はそのまま教室に入る。特にガッシュは喜びの表情を隠しきれていない。

 

「その表情は、旅行には行けそうかな?」

 

「2人とも、良かったよ!」

 

2人が修学旅行へ参加できると察したカルマと渚が、ガッシュペアに駆け寄る。特に渚は彼等の参加を心待ちにしてくれていた様子だ。

 

「ウヌ、楽しみなのだ!」

 

「ああ、よろしくな!ところで、班員は誰なんだ?」

 

「ええとね。君達と僕とカルマ君と、杉野と茅野に……」

 

渚がガッシュペアに班員を教える。すると、

 

「あ、奥田さんも誘った!」

 

茅野と杉野、そして茅野に誘われた眼鏡をかけた女生徒の奥田愛美が渚達の所へ来た。

 

「皆さん、よろしくお願いします!」

 

「ウヌ、よろしくなのだ!」

 

奥田は少し恥ずかしそうに挨拶をする。彼女は理科が得意な大人しい生徒だが、少し内気な面がある。また、得意の理科の知識を生かして殺せんせーの毒殺を試みたが、あえなく失敗した。

 

「班員は後もう一人いるぜ!この時のために、だいぶ前から誘っていたのだ」

 

杉野がいきなり得意げに話し始める。

 

「クラスのマドンナ、神崎さんでどうでしょう?」

 

彼はE組髄一のマドンナ、神崎有希子を連れてきた。

 

「みんな、よろしくね」

 

「よろしくなのだ!」

 

神崎が挨拶をすると、渚と杉野の顔が少し赤くなる。神崎は性格も良く、かなりの美人だ。クラスでは目立たないが人気は高い。こうして、無事に修学旅行の班は決まった。

 

1班 磯貝、前原、木村、片岡、岡野、倉橋、矢田

2班 岡島、三村、菅谷、千葉、速水、中村、不破

3班 寺坂、吉田、村松、竹林、狭間、原

4班 渚、カルマ、杉野、茅野、奥田、神崎、清麿&ガッシュ   となった。

 

 

 

 

 そして各班、回るコースを決める話し合いを始める。京都には数多くの名所がある。その中から選りすぐりの、しかも暗殺に適したコースの選択となると、決めるのは容易ではない。生徒達の話し合いが盛り上がっている中、殺せんせーが一人一冊、かなり分厚い本を生徒に手渡した。

 

「この厚さ、何なのよこれ……」

 

魔女のような雰囲気をまとった女生徒、狭間綺羅々が呆れたように呟く。

 

「修学旅行のしおりです」

 

「「「「「辞書だろこれ‼」」」」」

 

生徒達のツッコミを無視して、殺せんせーはしおりの説明を続ける。イラスト解説の全観光スポット、お土産人気トップ100、旅の護身術入門から応用までなど、修学旅行に関する多くの項目が事細かく記載されていた。

 

「先生はね、君達と一緒に(・・・・・・)旅できるのがうれしいのです」

 

修学旅行が楽しみなのは、殺せんせーも一緒だったのだ。

 

 

 

 

 そして修学旅行当日、新幹線の駅。A~D組はグリーン車での移動だが、E組は普通車での移動となる。そのことで本校舎の連中がマウントを取ってきたのは、どうでも良い事だ。またビッチ先生がド派手な格好で同行しようとしていたが、烏間先生の逆鱗にふれてしまい、着替えさせられていた。一方殺せんせーは変装して新幹線に乗車していたが、彼の変装はあまりにも不自然だ。

 

「殺せんせー、ほれ。まずはその、すぐ落ちる付け鼻から変えようぜ」

 

先生の変装を見かねた菅谷が、即席で作った新しい付け鼻を殺せんせーに渡す。

 

「これは凄いフィット感‼」

 

「顔の曲面と雰囲気に合うように削ったんだよ。俺、そんなん作るの得意だから」

 

菅谷は美術の才能に長けている。だから彼にとっては、ピッタリ合う付け鼻を作ることなど造作もない事だ。これには殺せんせーも大満足である。

 

「おおっ、菅谷、そんな事が出来るのか!」

 

「ガッシュ、お前の付け鼻も作ってやろうか?」

 

「良いのか⁉」

 

ガッシュも菅谷の付け鼻に興味津々だ。そして彼に付け鼻を作ってもらい、ガッシュは早速それを身につける。そんなガッシュは生徒達の注目の的だ。

 

 クラスの多くがガッシュの付け鼻の話をしている中で、神崎、茅野、奥田は飲み物を買うために席を立つ。またその時、飲み物を買いに行く途中に神崎が柄の悪そうな他校の生徒と肩をぶつけてしまう光景を、清麿は目撃する。

 

「どうしたのだ?清麿」

 

「いや、随分柄の悪い連中がいると思ってな」

 

「ウヌ。確かにあの者たち、悪そうな顔をしておるのう」

 

ガッシュは付け鼻をしたままの状態で清麿に尋ねる。そして彼は清麿の指差す方向を見ると、柄の悪い生徒が4班女子に視線を向けていた。それに気付いていない女子たちが席に戻ると、清麿が先ほどの不良達について聞く。

 

「なあ、お前ら。あの柄の悪い奴らに、何かされなかったか?」

 

「ああ、高嶺君。あの人達と肩をぶつけちゃったんだよね。でも、特に何もされなかったから大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」

 

「そうか、それなら良いんだが……」

 

神崎の返答に、清麿はひとまず納得したように答えた。だが彼は内心嫌な予感が頭をよぎる。何か良くない事が起こりそうで気が気でない。

 

「変な奴らが絡んできても、俺が守るよ!」

 

杉野が神崎の方を向いて、顔を赤くしながら拳を握りしめる。そんな杉野の事を神崎は嬉しそうに見ている。なお杉野の好意に神崎が気付く気配は現状無い。

 

「まだそれ付けてたんだね。今のガッシュ君の顔、面白ーい!」

 

「あはは、そうですね!」

 

ガッシュはまだ付け鼻を外しておらず、茅野と奥田に笑われる。そして4班の皆は、楽しそうに話しながら到着を待ち続ける。不良達が離れた席から見ていることも知らずに。

 

「なあ、あの娘らに京都で勉強教えてやろうぜ」

 

「ぎゃはは、俺達バカが一体何を教えんだよ」

 

「バカってさぁ、実はケッコー何でも知ってんだぜ」

 

清麿の嫌な予感は的中していた。不良達は明らかに4班女子を狙っていた。しかも不良の1人は、神崎の手帳を持っている。肩をぶつけたときに、神崎が落としてしまった。この事により4班の行動は彼らに筒抜けとなってしまう。

 

 

 

 

 修学旅行一日目の宿にて、殺せんせーはグロッキーだ。新幹線やバスに乗っているうちに、乗り物酔いを起こしていた。殺せんせーは乗り物に弱い、新たな弱点の判明だ。

 

「ウヌ、ひなた。今ならナイフを当てられるかもしれぬぞ」

 

「やってるけどダメ、全然当たんない」

 

弱っている殺せんせーにガッシュと岡野がナイフでの攻撃を仕掛けるが、全てかわされる。そんな殺せんせーの隣では、神崎が探し物をしていた。

 

「どう、神崎さん?日程表見つかった?」

 

「……ううん。確かにバッグに入れてたのに……」

 

「どこかで落としてしまったのでしょうか?」

 

神崎が探しているものこそ、先ほど不良達に拾われてしまった手帳である。そこに神崎は修学旅行の日程をまとめていた。そんな几帳面な神崎に、殺せんせーは感心する。

 

「でもご安心を。先生手作りのしおりを持てば全て安心」

 

「「それ持って歩きたくないからまとめてんだよ‼」」

 

岡島と前原がツッコミを入れる。しおりは厚くて重い為、多くの生徒達が持ち歩くのを敬遠している。

 

 

 

 

 場面は変わって、新幹線にいた不良達は日程表が書いてある神崎の手帳を見ている。

 

「ふーん、あのガキら、明日はこんな風に回るわけね」

 

「ゲヘヘ、よくやるわリュウキ。ま、男子校の修学旅行なんてウンザリしてたから丁度良いけどよ」

 

「俺って優しさの塊だからよ。ああいう頭良さげなガキ見るとな、無性に救ってやりたくなるんだよ」

 

リュウキと呼ばれた顔に傷のある不良のリーダー格が、4班女子に狙いを定める。

 

 

 

 

 修学旅行2日目、4班は【近江屋】の跡地に来ていた。

 

「ここでは1867年、坂本龍馬が暗殺されたと言われている。さらに歩いてすぐの距離には、信長暗殺の本能寺もあるよ。当時と場所は少しズレてるけど。このわずか1㎞ぐらいの範囲の中でも、ものすごいビッグネームが暗殺されてる。知名度が低い暗殺も含めれば、まさに数知れず。ずっと日本の中心だったこの街は、暗殺の聖地でもあるんだ」

 

「なるほどな~。暗殺なんて縁のない場所かと思ってたが、こりゃ立派な暗殺旅行だ」

 

「渚、良く調べてるな」

 

「あはは、まあね」

 

渚の情報収集能力に、杉野と清麿が感心する。彼は結構マメな一面がある。実際に渚は、殺せんせーの弱点を自分の手帳にまとめている。もちろんその手帳には、乗り物酔いも加えられていた。

 

「暗殺と言えばさぁ、ガッシュ君」

 

「ウヌ?」

 

「君が魔界で王様になったら、暗殺されるリスクもあるんじゃない?」

 

カルマのその発言に、ガッシュは顔を真っ青にする。自分も将来暗殺されるのかと、気が気でない。カルマは時折ガッシュをからかう事がある。

 

「偉い人は基本、命を狙われやすいからね~」

 

「ノオオオオォ!清麿ォ、私はどうすれば良いのだー⁉」

 

「こらガッシュ、あんまりくっつくんじゃない!」

 

カルマの言葉にガッシュは怯え切って、泣きながら清麿に抱き着く。ガッシュには泣き虫な一面がある。そんな彼のリアクションを、カルマが面白そうに見ている。

 

「おいおい、あんまりいじめてやんなよー」

 

「そうだよぉ、ガッシュ君が可哀そうだって」

 

茅野と杉野が、苦笑いしながらガッシュをなだめる。しかしカルマは舌を出すだけで、ガッシュをからかう事を止めるつもりは無い。

 

「……でもガッシュ君が王様になったら、きっと素敵な国になるんだろうな~」

 

「ガッシュ君が王様なら、多分暗殺なんて起こりませんよ」

 

「ウヌ、私は優しい王様になるのだ!」

 

そんな中で神崎と奥田がガッシュが王様になった場合の事を話をする。それを聞いたガッシュは、さっきまでの怯えが嘘のように堂々と宣言をする。清麿に抱き着いたままではあるが。そして一行が歩いていると、

 

「あら、高嶺君とガッシュ君?」

 

聞き覚えのあるのんびりとした声が、ガッシュペアを呼ぶ。

 

「ホントだ、高嶺達じゃねーか!」

 

「こんなところで会うなんて、奇遇だね~」

 

「おおっ、お主達は⁉」

 

「お、お前らも修学旅行だったのか⁉」

 

ガッシュペアは驚きを隠せない。そこには清麿の前のクラスメイトの水野、山中、岩島、金山、そして水野の親友の仲村マリ子がいたのだから。偶然にも、彼等もまた同じ日にち、同じ場所での修学旅行だったようだ。

 

「高嶺君達の知り合い?」

 

「ああ、前の学校のクラスの奴らだ。こんな所で会うとは思わなかったがな」

 

「だったらさぁ、高嶺君とガッシュ君。少し彼らと話していきなよ」

 

「いいのか、赤羽?」

 

渚が水野達のことを問う中で、カルマが意外な提案をする。いくら清麿の昔のクラスメイトとの遭遇とはいえ、今は修学旅行中。しかも殺せんせーの暗殺も絡んでいる。勝手に抜け出すのはいかがなものか。清麿がそう考えていた時、カルマが清麿に耳打ちをしてきた。

 

(何かあったら呼ぶからさ。それに、俺らはもうすぐ殺せんせーと合流する。そのときに君達が後から合流すれば、あのタコを挟み撃ちに出来るからね)

 

「なるほど、わかった。じゃあ皆、俺とガッシュはあいつらと話をしてくる」

 

清麿はいったん渚達と別れて、水野達に合流する事を決めた。

 

 

 

 

「久し振りだな、皆」

 

「こんな所で会えるなんて、思わなかったよ~」

 

「私もなのだ!」

 

 近くの広場に場所を移した後、ガッシュと水野は抱き合う。他の皆も、嬉しそうな顔を見せる。軽く挨拶を済ました後、清麿達はお喋りを続ける。そして話題は、修学旅行前の中間テストの話となった。

 

「えー!高嶺君がテストで一位取れなかったの⁉」

 

「ま、マジかよ。嘘だろ……」

 

「進学校はバケモノの巣窟だ……」

 

「ツチノコ取りに行ってる場合じゃねえんじゃねえのか……」

 

清麿がこの前の中間テストで一位を取れなかった話を聞いて、水野達がこの世の終わりのような顔をする。彼等にとって清麿が学年トップを逃すなど、それほどに予想外な出来事なのだ。とは言え清麿含むE組の場合、いきなりテスト範囲が変わった事が伝達されなかったり、アウェーな環境でテストを受けなくてはならないというハンデもあるのだが、水野達はそれを知る由も無い。

 

「皆、少し大袈裟じゃない?でも高嶺君が一位取れないなんて、やっぱり進学校はレベルが高いんだね」

 

「ああ、そうだな。テストの問題も難しかったぞ」

 

愕然とする水野達を見ながら、清麿は仲村と話す。そんな彼等の雑談が続く中、清麿の携帯電話に突如着信がかかってくる。彼等の平穏な時間は長続きしない様だ。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。水野達も偶然京都に修学旅行に来ており、ガッシュペアとの再会を果たせましたが、ゆっくり話している余裕はなさそうですね。


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LEVEL.7 救出の時間

 今回はアンチ・ヘイトというより、制裁の要素が含まれる話になりますかね。清麿と殺せんせーブチギレ待ったなし。


「……なるほど、わかった」

 

 清麿に電話を掛けたのはカルマだ。ガッシュペアと別れた後、4班は新幹線にいた不良に絡まれた。暗殺の訓練を受けていた渚達だったが、大人数相手に気絶させられてしまった。そして不良達は茅野と神崎を拉致した。これを聞いて清麿は怒りの感情に飲まれそうになるが、何とか堪えて殺せんせーのしおりを思い出す。それには、班員が拉致された時の対処法も書いてある。

 

「高嶺君、どうしたの?」

 

「清麿、何かあったのか?」

 

明らかに表情が変わった清麿に水野とガッシュが声をかける。他のメンバーも清麿を心配そうに見ていた。

 

「済まない皆、すぐに行かないといけなくなった。せっかく久し振りに会えたのに申し訳ない。行くぞガッシュ、事情は走りながら話す!」

 

清麿は焦りを抑える事が出来ないまま水野達に別れを済ます。そしてガッシュとともに走り去る。そんな2人の様子を水野達は何事かと思いながらも、訳を知る事は叶わない。

 

「高嶺君、どうしたんだろう?何かトラブルに巻き込まれたのかな?」

 

「すごく急いでたもんね。心配だったら後で電話してみたら?」

 

「うん、そうする」

 

「高嶺君なら大丈夫だって」

 

不安気な顔をする水野を仲村が励まそうとする。他の男子たちも怪訝に思いながらも、走り去るガッシュペアを見ている事しか出来なかった。

 

 

 

 

 その一方で清麿は走りながらガッシュに事情を話す。訳を知ったガッシュもまた清麿と同様に怒りをこみ上げる。

 

「何だと、すぐに助けに行かねば!」

 

「ああ、殺せんせーへの連絡は赤羽達が済ましてくれてる。場所もいくつか心当たりがある。急ぐぞ!」

 

殺せんせーのしおりには、拉致があった時の潜伏場所の候補まで書いてある。“備えあれは憂いなし”と言うが、これは気が利き過ぎであろう。そしてガッシュペアは候補の内、今一番近い場所に向かう。

 

 

 

 

 そしてある廃墟に着くと、そこで不良達が屯していた。彼等は何か話している様子だが、残念ながら聞き取れる距離では無い。そこでガッシュペアは不良達の話が聞こえる距離まで近付く。

 

「今回さらった女2人、めっちゃ良くね?」

 

「ああ、特に黒髪ロングの方は好みだわ」

 

「俺は緑髪の小っちゃいのがいいと思うけどな」

 

不良達の話から、彼らが茅野と神崎を連れ去った事を清麿は確信した。清麿は今にも怒鳴り散らしたくなる気持ちを抑えてガッシュに指示を出す。

 

「ガッシュ、上を向いてくれ」

 

「分かったのだ」

 

「ザケル!」

 

清麿はガッシュに空中を目掛けてザケルを打たせた。狙いは渚達に場所を知らせる事だ。清麿は前にも一度、遊園地で魔物達の襲撃を受けた際に同じ方法でティオペアに居場所を知らせたことがある。そして突然の電撃に不良達は腰を抜かす。

 

「いきなり電撃が……な、何だ、お前たちは⁉」

 

「お主達、今すぐカエデと有希子を開放するのだ!」

 

「は、俺らが攫った女の事か……あ‼」

 

電撃に動揺していた不良達は、茅野と神崎を連れ去ったことを図らずも自白してしまう。それを聞いたガッシュペアは怒りを露わにする。

 

「お前等ふざけやがって!少し痛い目を見てもらう、ザケル!」

 

「「「ぎゃあああああぁっ‼」」」

 

不良達に後遺症が残らない程度に加減した電撃をガッシュペアはお見舞いする。しかし加減した電撃でも不良達を戦闘不能にするのは十分だ。

 

「清麿、早く救出に向かおうぞ!」

 

「ああ、わかっている」

 

先程の不良の話を聞く限り、このままでは茅野と神崎の身に何が起こるか分からない。彼等は早急に建物に突入しようとする。しかし救出に向かおうとする2人に近付くいくつかの人影があった。

 

 

 

 

 一方廃墟の中では神崎が自分の過去を茅野に話していた。

 

「神崎さん、そういえばちょっと意外。さっきの写真、真面目な神崎さんにもああいう時期があったんだね」

 

「うん。うちは父親が厳しくてね。良い学歴、良い職業、良い肩書ばかり求めてくるの。そんな生活から離れたくて知ってる人がいない場所で格好も変えて遊んでいたの……バカだよね、遊んだ結果得た肩書は【エンドのE組】。もう自分の居場所がわからないよ」

 

そうなるきっかけは、不良達が見せた一枚の写真である。そこには、今では想像できないような派手な格好の神崎がゲームセンターにいる所が写っていた。この不良達は以前から彼女に目を付けていたようだが、実際に攫う前に神崎はそこには来なくなった。そして2人の会話に不良達が混じる。

 

「俺等と同類になりゃいーんだよ。俺等もよ、肩書とか死ね!って主義でさ。エリートぶってる奴等を台無しにしてよ、なんてーか、自然体に戻してやる?みたいな。俺等そういう教育(アソビ)沢山してきたからよ。台無しの伝道師って呼んでくれよ」

 

(……さいってー、一緒にすんな)

 

不良達の聞くに堪えない話に我慢出来ず、茅野の心の声が漏れる。それを聞き逃さなかったリーダー格のリュウキは、茅野を殴りつけて首を絞める。

 

「何エリート気取りで見下してンだ、あア?お前もすぐに同じレベルまで堕としてやンよ」

 

そのまま怒りに身を任せて、リュウキは茅野をソファに投げ飛ばした。

 

「いいか。今からツレが来るから、俺等全員を夜まで相手してもらう。そして宿舎に戻ったら涼しい顔でこう言え。“楽しくカラオケしてただけです”ってな。そうすりゃだ~れも傷つかねえ。東京に戻ったらまた皆で遊ぼうぜ。楽しい旅行の記念写真でも見ながら……なァ」

 

 

 

 

 場面はガッシュペアに戻る。建物に突入しようとした瞬間、先程近付いていた人影達が2人に声をかける。

 

「あれぇ、俺等待たずに行っちゃうの?」

 

「さっきの電撃、やっぱり高嶺君達だったんだ」

 

「こいつら、死んでないだろーな……」

 

「ここに、茅野さんと神崎さんがいるんですね……」

 

電撃に気付いてここまで来た渚達がここまで来てくれた。しかし、奥田はどこか落ち込んでいる様子だ。

 

「すまん、急ぐことしか考えてなかった……あと奥田、大丈夫か?」

 

「すみません、私は大丈夫です。不良達が来た時に思いっきり隠れてしまってましたので……」

 

奥田が申し訳なさそうにしているので、清麿が事情を聞く。不良達の襲撃を受けた時、その恐怖ゆえに奥田は別の所に隠れてしまったのだ。そして渚達は気を失い、茅野と神崎は連れ去られた。彼女はその事で責任を感じている。

 

「愛美、落ち込まずとも今から2人を助け出せばよい!よし、皆でカエデと有希子を助けに行くのだ!」

 

全員が合流したところで、一同は建物に突入する。

 

 

 

 

 一方不良達は優越感に浸りながら茅野と神崎を見ていた。今から楽しい事が出来る。彼等は下衆な笑みを浮かべるが、突如建物の入り口の扉が開いた。

 

「お、来た来た。うちの撮影スタッフの登場だぜ……⁉」

 

外での出来事を何も知らない不良が空いた扉を見ると、そこには仲間の不良ではなく清麿達が立っていた。

 

「皆!」

 

「なっ……てめぇら、何でここがわかった⁉」

 

不良達は明らかに動揺する。なぜ清麿達がこの場所を特定出来たかが分からない。しかもこんな短時間に。仮に特定できたとして、見張りをしていた仲間は何をしていたのか。まさかその連中が、電撃を食らって全員気絶などという事態を想像出来る訳が無い。その傍ら、茅野と神崎は安堵の表情を浮かべる。

 

「……すごいなこの修学旅行のしおり!カンペキな拉致対策だ‼」

 

「いやー、やっぱ修学旅行のしおりは持っとくべきだわ」

 

「「「ねーよそんなしおり‼」」」

 

渚は拉致対策の書いてあるしおりを見せびらかしていたが、不良達はたまらずツッコミを入れてしまった。

 

「それで、お前等。こんな堂々と乗り込んできて、後のことは考えてねーのかよ?」

 

リュウキが得意げに言うと他の不良達はニヤリと笑う。そして茅野と神崎をつかんだ挙句、2人の喉元にナイフを突き付けた。

 

「バカが、これでお前らは俺らの言いなりだ。おい、こいつらを傷つけられたくなかったら」

 

「ラウザルク!」

 

リュウキのセリフを遮って、清麿は肉体強化の呪文を唱える。強化されたガッシュは一瞬のうちに不良達に近付き、そのまま突き飛ばす。そして2人を抱えて清麿達の方へ戻り、彼女達の拘束を解いた。

 

「2人とも、大丈夫かの?」

 

「「うん、ありがとう」」

 

たった今起こった出来事に対して、不良達は何が起こったか分からずに唖然とする。しかしリュウキだけは強気に清麿達にナイフを向けた。

 

「舐めたマネしやがって、テメー等ぶち殺す‼」

 

リュウキはナイフを持ってそのまま突っ込んできたが、一瞬足を止める。その一瞬を見逃さなかった清麿が、リュウキの顔面を思い切り殴り飛ばす。その時の彼を見て、不良達のみならず渚達でさえ驚愕する。怒りのあまり清麿の表情は最早人間のそれでは無い。鬼そのものだ。リュウキが足を止めた理由も彼の人外のごとき表情に動揺した為だ。不良達の度重なる悪行に清麿の怒りのボルテージは限界を超える。

 

テメェ等、好き放題やりやがって‼覚悟出来てんだろーな⁉

 

「「「「ひ~~~~~!」」」」」

 

清麿は声を荒げて不良達を睨み付ける。それを見た不良達は恐怖で叫び声を上げる。場にいる大半の者を戦慄させる清麿の言動だったが、どうにか平常心を保つ者もいた。カルマだ。

 

「(うわぁ、高嶺君かなりきてるね。ま……無理もないか、俺もコイツ等にはムカついてるし。ナイフとか出しやがって)……で、どーすんの?お兄さん等。2人は助け出したけど、俺等ここで引く気ないよ。こんだけの事してくれたんだ……あんた等の修学旅行は、この後全部入院だよ」

 

カルマもまた怒りの表情を浮かべる。清麿ほどではないが、その凄まじい気迫は不良達を更に震え上がらせるのには十分だ。そして、

 

ザケル!

 

「「「「「ぎゃあああああ!」」」」」

 

清麿は呪文を唱え、電撃が不良達を襲う。外の不良へのザケルと同じく加減していたため不良達に命の別状は無いが、そのまま不良達の大半は気絶した。その後、外から足音が聞こえる。不良の仲間が来たのかと渚がつかさず後ろを振り向いたが、そこには不良はいなかった。

 

「黒焦げで気絶してた人達含めて、ようやく手入れが終わりましたねぇ!」

 

「「「殺せんせー‼」」」

 

先ほどまで不良だった者達はきっちりした学ランに着替えさせられ、髪は坊主にされ、ぐるぐる眼鏡をかけさせられたうえで、殺せんせーの触手に吊るされている。それはてるてる坊主の様だ。そして殺せんせーは、吊るされている不良だった者達をそのまま投げ捨てた。

 

「遅くなってすみません。しらみ潰しに探していたので」

 

「……で、何その黒子みたいな顔隠しは?」

 

「暴力沙汰ですので。この顔が暴力教師と覚えられるのが怖いのです」

 

“世間体を気にする”、殺せんせーの弱点がまた一つ露呈した瞬間だ。

 

「渚君がしおりを持ってくれていたから、先生にも迅速に連絡できたのです。この機会にちゃんと全員持ちましょう」

 

殺せんせーが分厚いしおりをカルマ・杉野・奥田にそれぞれ手渡すが、彼等は困惑の表情を見せる。そして殺せんせーは元の顔に戻った清麿の隣に来る。

 

(黒焦げの連中は、高嶺君達の仕業ですね。後遺症を残さない程度の絶妙な力加減は見事!と言いたいところですが、人に向かって電撃を放つ行為自体はあまり感心しませんねぇ。今回に関しては、ことが事なので大目に見ますが……)

 

「わかったよ」

 

殺せんせーが清麿に耳打ちをした後、再び気絶していた不良達の方を向く。そこには1人だけフラフラになりながらも立ち上がろうとする不良がいた。

 

「……せ、先公だとォ⁉ふざけんな‼ナメたカッコしやがって‼」

 

「あいつ、まだ立てたのか⁉」

 

ザケルを浴びた不良達だったが、リーダー格のリュウキだけはどうにか起き上がる。次々起こる不測の事態に堪忍袋の緒が切れて、彼は怒りの感情だけで意識を保っている状態だ。清麿は呪文を唱えようとしたが、殺せんせーは顔にバッテンを表示して阻止する。リュウキは殺せんせーに凶器を持って殴り掛かるが、殺せんせーに近付く前に触手が猛スピードでリュウキををひっぱたく。

 

「ふざけるな?先生のセリフです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハエが止まるようなスピードと汚い手で、うちの生徒に触れるなど、ふざけるんじゃない

 

殺せんせーの顔が真っ黒に変貌する。ド怒りだ。先生のこの表情は渚の自爆以来だ。それは清麿が転校する前の話であり、ガッシュペアがこれを見るのは初めてとなる。殺せんせーの顔を見たガッシュペアは冷や汗をかく。

 

「エリート共は先公まで特別製かよ。テメーも肩書で見下してんだろ?バカ高校と思ってんだろうが」

 

リュウキは虚勢を張りながら、身体を震わせながらナイフを構える。

 

「確かに彼等は名門校の生徒です。しかし学校内では見下され、クラスの名前は差別の対象です。ですが、彼等はそこで多くの事に前向きに取り組んでいます。君達のように、他人の足を引っ張るようなマネはしません。学校や肩書など関係ない。何処に住もうが、前に泳げば魚は美しく育ちます」

 

殺せんせーの言葉を聞いて、神崎は何かに気付いたような顔をする。その後彼女は少し笑みを浮かべた。

 

「……さて、手入れをしてあげましょう。修学旅行の基礎知識を、体に教えてあげるのです」

 

渚がしおりを持ってリュウキの後ろに立つ。一方で清麿は、何時でもガッシュが術を出せるように見張る。そしてリュウキが後ろの渚に気付いた時にはすでに手遅れ、鈍器(しおり)で思い切り殴られ、彼の意識はそこで途絶えた。

 

 

 

 

 彼等は建物の外に出る。しかし、その時の神崎の表情を見た殺せんせーが疑問に思う。

 

「神崎さん。君はひどい災難に遭ったのにもかかわらず、何か逆に迷いが吹っ切れた顔をしていますね」

 

「何でも無いですよ……殺せんせー、ありがとうございました」

 

「いえいえ、ヌルフフフ、それでは旅を続けますかねぇ」

 

殺せんせーは満面の笑みを浮かべてしおりを読み込む。一方神崎も殺せんせーが言ったように、先ほどのトラブルが嘘のように明るい表情を見せる。茅野に自分の過去を話せたからなのか、殺せんせーの“肩書は関係ない”という言葉に思うところがあったのか。今までよりも彼女は前向きになれたのだろう。

 

「ガッシュ君もすごかったよ。私達を助けてくれた時、とても恰好良かった」

 

「ウヌ、皆が無事で良かったのだ‼」

 

2人を救出した時のガッシュは、普段の言動からは想像出来ない凛々しさで神崎を感心させた。そんなガッシュが神崎に褒めた時、杉野は複雑な心境になる。しかし、

 

「まー、俺昨日偉そうなこと言ったのに、結局神崎さん達に怖い思いさせちまったからなぁ。それは本当にごめん」

 

「そんなことないよ。皆も、助けに来てくれて本当にありがとう!」

 

杉野は神崎達が連れ去られた事に責任を感じている。それ故に彼女達を助け出したガッシュに対して嫉妬の感情が出る事は無かった。そんな彼の思いを感じたのか、神崎はお礼で返してくれた。

 

「気にしなくていいよ、杉野。というか高嶺君て、怒ると凄く怖いんだね~」

 

「あれは僕もびっくりしたよ。怒った殺せんせーより怖いんじゃないかなぁ?」

 

「そんなだったか?殺せんせーのあの表情は大概だと思うが……」

 

どす黒い殺せんせーよりも怖いかもしれないと渚に言われた清麿だ。確かに清麿の怒り顔は、これまで多くの者達を怖がらせて来た。今回の不良達もまた然り。

 

「高嶺君は少し短気な一面がありますからねぇ」

 

「清麿は怒ると怖いのだ」

 

「おい……」

 

杉野が真面目な話をしていたのだが、今は清麿と殺せんせーが怒るとどっちが怖いのかという話題になりつつある。場の雰囲気が和んでいる証拠だ。

 

「殺せんせーも中々だったのう」

 

「私のあの表情の話は避けていただきたい……」

 

突如自分の話題を振られてしまった殺せんせーは恥ずかしそうにする。しかし、1人だけ肩の力が抜けていない生徒がいた。

 

「あ、あの……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ごめんなさい‼」

 

トラブルは解決した。しかし奥田は未だに不良の襲撃時に隠れた事を気にしている様子だ。

 

「私、不良達が来た時、とても怖かったんです。そして、渚君達が殴られている時も、茅野さんと神崎さんが連れ去られている時も、私怖くてずっと一人で隠れていたんです。それが、本当に申し訳なくて……本当にすみませんでした!」

 

奥田は涙を浮かべる。恐怖故に一人で隠れてしまった事の罪悪感に苛まれ続けている。

 

「……なるほど。奥田さん、言いたいことはわかります。ですが、君が気に病むことは何一つない。確かに、初めに君は恐怖故に隠れてしまった。しかし、その後はどうでしょう。逃げずに仲間を助けに来たではありませんか。それで良いではないですか」

 

殺せんせーが優しく奥田を諭した。彼女もまた仲間を助けるために、不良達の溜まり場に乗り込んだ勇気ある生徒だ。殺せんせーはそれを理解している。

 

「いや、隠れたのはいい判断だったと思うよ」

 

「奥田さんが謝ることなんて、無いんだよ」

 

「気にすんなって、奥田」

 

「そうだよ、悪いのは全部あいつらなんだから」

 

「もう、大丈夫だからね」

 

「はい……皆さん、ありがとうございます‼」

 

カルマ達の言葉に奥田は再び涙を浮かべる。しかし今度は感謝による嬉し涙だ。彼女はようやく罪悪感から解放された。

 

「まあ、そんなこと言いだすと、その場に居合わせすらしなかった俺とガッシュはどうなるんだって話になるな」

 

「ヌオオオオォ、確かにそうなのだ……」

 

清麿が顔を赤くさせながら言うと、ガッシュが顔を真っ青にして落ち込む。ガッシュペアがその場にいれば結果は変わっていたかもしれないが、それはたらればの話である。

 

「……ていうかさ、何で反省会みたいになってんの?」

 

「「「「た、確かに……」」」」

 

カルマの発言によって、反省会となりつつあった会話は途切れた。確かに誰かが失態を犯した訳でも無かったので、この話し合いは不毛ではある。

 

「ヌルフフフ、ここからは楽しく旅行を続けましょう!」

 

途中経過はどうであれ、彼等は一丸となって攫われた仲間を救出した。殺せんせーにとってはそれだけで充分で、それよりも生徒達との旅行が楽しみで仕方ない。そんな彼等の修学旅行はまだまだ続く。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。ザケルを浴びたのにリュウキは辛うじて立ち上がっていましたが、一応リーダー格と言う事で、他の不良よりも多少は打たれ強い設定にしました。ガッシュペアがもう少し強い電撃を放てば、意識を保てなかったでしょう。


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LEVEL.8 気になる女子?の時間

修学旅行編は今回で最後です。清麿が結構いじられます。


 4班が不良に絡まれたトラブルにより、殺せんせーはその対処をしなければならなくなり、プロによる殺せんせーの狙撃計画は途中で中止となった。また今回の暗殺失敗を経て一人の狙撃手が殺し屋をやめたことなど、E組の生徒達は知る由も無い。

 

 

 

 

 2日目の夜、4班は皆で宿のゲームコーナーで遊んでいた。清麿も神崎と格闘ゲームで対決するが、現状目も当てられない。

 

「清麿ォ、全然勝てておらぬでは無いかァ‼」

 

「ええい!やかましいぞ、ガッシュ!」

 

「ふふっ。恥ずかしいな、なんだか」

 

それは対決の体をなしていない。清麿は神崎に完膚なきまでに打ち負かされる。彼は冷や汗をかくしかなかった。

 

「高嶺君、まるで相手になってないねぇ」

 

「……」

 

「おしとやかに微笑みながら、手つきはプロだ‼」

 

「すごい意外です。神崎さんがこんなにゲーム得意だなんて」

 

神崎が誇るプロゲーマー顔負けの技術に他の4班は感心する。しかし神崎がゲーム好きである事を一同は始めて知り、意外であると感じた。清麿は相手が悪かったのである。

 

「……黙ってたの。遊びが出来ても、進学校じゃ白い目で見られるだけだし。でも、周りの目を気にしすぎてたのかも。服も趣味も肩書も、逃げたり流されたりして身に着けていたから自信が無かった。殺せんせーに言われて気付いたの。大切なのは、中身の自分が前を向いて頑張る事だって」

 

神崎は日中の殺せんせーの言葉を思い出す。殺せんせーは不良達に手入れをしていたが、一番手入れされていたのは彼女の心だったのかもしれない。

 

「私もゲームやってみたい。神崎さん、やり方教えて!」

 

「うん、いいよ」

 

茅野が格闘ゲームに興味を示す。神崎にやり方を教わっているが、中々難しそうだ。

 

(神崎さんの思わぬ一面。それに攫われた時、茅野と何か話したのかな。2人の空気が軽いような……高嶺君はドンマイ)

 

茅野と神崎の関係の変化において、渚には思うところがあるようだ。そして渚に内心励まされていたことを、ゲームの前で遠い目をしていた清麿は知らない。

 

「あ、俺もやってみたい。茅野ちゃん、相手してよ」

 

今度はカルマがゲームに興味を示し、清麿と変わる形で席に着く。

 

「高嶺君、お疲れ様」

 

「お、おう。格ゲーは得意というわけではないんだが、ここまで歯が立たないと流石に落ち込むな……」

 

「いやいや、相手が悪かっただけだって」

 

カルマが清麿にフォローを入れる。彼が冷やかす事をしない程に、神崎の実力の高さは明らかだ。カルマとて相手にすればどうなるかわからない。そんな時、清麿の携帯電話に着信がかかってきた。

 

「すまん皆、ちょっと外で電話してくる。ガッシュも、ここで遊んでていいぞ」

 

「分かったのだ!」

 

「「「おっけー」」」

 

清麿が皆に伝えると、ゲームコーナーを出た。

 

 

 

 

 通話の為に外の見える廊下まで出ると電話は切れていたため、再度清麿からかけ直した。

 

「もしもし、水野か……」

 

『高嶺くーん!昼間どうしちゃったの⁉電話を聞いて怖い顔してたから、気になってて……』

 

水野が清麿の身を案じて、電話をかけてくれたのだ。清麿はカルマからの電話を終えた後にかなり慌てており、水野達が何事かと思うのは無理もない。

 

「すまん、同級生がトラブルに巻き込まれてな。詳しくは言えんが、もう大丈夫だ」

 

『そっか、それは良かっ……』

 

無事に解決した事を知った水野はホッとする。しかし彼女の言葉を遮るように、電話の相手が変わった。

 

『おい高嶺、大丈夫だったのか⁉ガッシュもだけどよ……ったく無事解決したんなら、俺等に連絡くらいしてくれてもいいんじゃねーか?』

 

「悪い山中。だいぶバタバタしてたから、連絡しそびれた」

 

清麿の身を案じていたのは水野だけでは無い。山中は少し怒気を込めた声を出す。それだけガッシュペアを心配していたのだ。

 

『全くぅ、心配かけさせるんじゃないよ』

 

「岩島か……そうだな。すまなかった」

 

『久し振り会えたと思ったのによー』

 

「ああ、金山。悪かった」

 

『あんまり無茶しないでよー』

 

「仲村、すまんな」

 

電話の相手が次々と変わる。その都度清麿は連絡を入れなかったことの謝罪を重ねる。例え清麿が転校しても、彼等との友情は途切れない。そして電話からは再び水野の声が聞こてくる。

 

『こっちこそいきなり電話かけちゃってごめんね。でも、大丈夫そうで本当に良かったよ~』

 

「いや、いいんだ水野。お前等に連絡しなかった俺が悪い。それから……ありがとうな、心配してくれて」

 

『そんな、お礼をいう事なんてないよ。それに、久し振りに高嶺君やガッシュ君と会えて本当に良かった』

 

彼女は心底安心している。水野が清麿を気にかけてくれるのは、彼が学校から離れても変わらない。しばらく2人は通話を続ける。そして、

 

『高嶺君、またね』

 

「そうだな、また会おう」

 

清麿と水野の通話は終了した。

 

(また水野に心配をかけてしまった。とはいえ、暗殺や魔物の話をするわけにもいかない……何か埋め合わせしないとな。水野には世話になってるし)

 

水野は清麿がクラスに馴染めていない時期にも、とても親身に接してくれた。清麿が学校生活を楽しめるようになったのは、水野とガッシュのおかげである。清麿が彼女のことを考えていると、再び清麿の携帯に電話がかかってきた。

 

「(今度は……恵さん⁉)……もしもし」

 

『あ、清麿君。いきなりごめんね。今、大丈夫?』

 

「問題ないよ」

 

今度は恵からの電話だ。魔物絡みで何かあったのかもしれない。清麿は身構える。

 

『清麿君、今京都にいるんだよね?実は、ティオがどうしても生八つ橋を食べたいって聞かなくて……』

 

「や、八つ橋?」

 

『そう、偶然見てたテレビで八つ橋が取り上げられていて、清麿君にお願いできないかってことになって……』

 

しかし事は重大では無かった。彼女からのお土産のお願いを聞いた清麿の肩の力が抜ける。そのまま彼は話を続ける。

 

「丁度よかった。お土産は、生八つ橋を買っていたんだ」

 

『本当に⁈ありがとう。今、ティオに変わるね』

 

清麿は事前にお土産を準備していた。それを聞いた恵は喜ぶ。彼等は戦い以外でも気が合う場面が多い。そして彼女はティオに変わる。

 

「もしもし、ティオか?」

 

『ええ、清麿。八つ橋の事、ありがとう。ごめん、テレビで見てたらどうしても食べたくなっちゃって……後、ガッシュも今近くにいるの?』

 

「いや、問題ないよ。ガッシュは残念ながら一緒ではない」

 

『そっか、分かった。ところで清麿、何かトラブルに巻き込まれてない?』

 

「い、いや。何にもないぞ……」

 

ティオの一言に清麿が驚く。実際にトラブルがあったのだから。しかしティオペアといえども、暗殺の事を話すのははばかられる。

 

『そう、それならよかった。ガッシュが何かしでかしてないかと思って。じゃあ、恵に代わるね』

 

電話の相手が恵に代わった後、通話を続ける。始めは対クリアの事について話していたが、段々とお互いの日常生活の話題等の雑談に話はシフトチェンジする。時にはリラックスする機会も必要だ。

 

『旅行中に長電話しちゃってごめんね。じゃあ、またね。おやすみなさい』

 

「わかった、おやすみなさい」

 

通話が終わり、清麿が物思いにふける。彼の頭にはいつも自分を心配してくれた水野と何度も共に戦いを乗り越えた恵の顔が浮かぶ。その時、

 

「高嶺君、随分長電話だったね?もしかして彼女だったりする?」

 

「あ、赤羽‼︎いきなり話しかけるんじゃない‼︎びっくりするだろう……」

 

カルマが前触れもなく声をかけてきた。その発言に清麿は顔を赤くする。水野や恵を彼女と間違われた清麿は動揺する。

 

「あれぇ、図星?」

 

「そんなんじゃない!ったく……まあ、電話が長くなったのは事実か。俺を探しに来てくれたのか?だとしたら申し訳ない」

 

恵と水野。清麿がどちらを彼女と言われてテンパったのかは定かでは無い。そして彼はこれ以上事態をややこしくしないためにも、素直に謝罪して今の話題を切り上げた。

 

「いやぁ、男子達が皆で話そうってさ。後、ガッシュ君が寂しがってたよ。探しても全然見当たらないって……」

 

「分かった。部屋に戻ろう」

 

こうして清麿とカルマが部屋に戻る。一方でガッシュは清麿を探していたのだが、一向に見つけることが出来ていなかった。

 

 

 

 

 時は少しさかのぼる。清麿がゲームコーナーを出た後にしばらくして4班各々がゲームをやり尽した為、部屋に戻ることになった。しかし清麿が戻っておらず、ガッシュは彼を探すことにした。そんな時、

 

「あ、ガッシュ君だ」

 

「高嶺は一緒じゃないみたいだねぇ」

 

「ウヌ、優月と莉桜ではないか!」

 

旅館の廊下で不破と中村がガッシュを見かける。

 

「聞いたよガッシュ君、不良達を懲らしめたんだって⁉」

 

「神崎ちゃんが、ガッシュの事カッコ良かったって言ってたよ~」

 

「そうであったか。しかし、皆が無事でよかったのだ!」

 

不破と中村も昼間の出来事を聞いており、その話題には興味がある。そして3人はその事について話していた。

 

「あとさぁ、高嶺君って怒らすと怖いんだね」

 

「鬼の形相で不良をぶっ飛ばしたんだってね~」

 

彼女達は少し体を震わせながら、鬼の形相をしていた清麿の話をする。清麿のそれは、直接その光景を目にしていない者でさえ怖がらせる事が出来るのだ。

 

「ウヌ、清麿は怒ると本当に怖いからのう……」

 

清麿が怒ると怖い事をガッシュは良く知っている。そして雑談をしている時、3人は浴槽の前を通りかかる。それを見た中村は何かを察したように足を止めた。

 

「莉桜、どうしたのだ?」

 

「おっと、ちょいと声の音量下げようか。今誰が風呂に入っているか、分かるよねぇ?」

 

「これって、殺せんせーの」

 

不破が更衣室に脱ぎ捨てられている殺せんせーの服を見つける。そして中村は何かを思いついたかの様な顔を見せる。

 

「ねぇ、2人とも。殺せんせーの中身、知りたくない?」

 

中村の言葉に対して、不破とガッシュが固唾を呑んだ。殺せんせーの服の中身を知ることは、暗殺的にも知っておいて損はないという中村の考えの元、覗きは実行されようとする。そして偶然通りかかった渚と杉野と岡島も参戦したが、あえなく失敗に終わってしまった。

 

「中村、この覗き、空しいぞ」

 

「ぐぬぬ……」

 

「修学旅行で皆の事、色々知れたけど……」

 

「うん。殺せんせーの正体は全然迫れなかったな」

 

「大部屋でダベろっか」

 

「……結局清麿は、見つからなかったのだ」

 

殺せんせーの正体を探ることは諦めて、一同は男女それぞれの大部屋に戻ることにした。ガッシュも清麿の捜索を一旦やめて、渚達についていく。

 

 

 

 

 そして男子の大部屋では、クラスの気になる女子について話し合われていた。中学歳男子らしい話題だ。

 

「なあ、ガッシュはクラスで気になる女子いるのか?」

 

「ウヌ、良くわからぬのだ。しかし……」

 

前原がガッシュに女子の事を聞く。しかしガッシュが冷や汗をかき始める。

 

「女の子を怒らせると、とても怖いのは知っておる……」

 

ガッシュの脳裏にはまず、ティオに首を絞められた事が浮かぶ。さらにパティの事を認識していないが故に逆鱗に触れてしまった事、ナオミちゃんに追いかけ回された事が次々思い出される。

 

「どうしたんだ?ガッシュの奴……」

 

「おーい、大丈夫かー?」

 

男子達の声は、最早ガッシュの耳に届いていない。そして大部屋にいる男子が気になる女子ランキングの集計が終わった。

 

「やっぱ神崎さんが1位か」

 

「まぁ、嫌いな奴いないわなー」

 

「で?うまく班に引き込んだ杉野はどーだったん?」

 

神崎はクラスのマドンナと称されるだけあって、男子からの人気も高い。そんな彼女を班に誘った杉野に対して前原が様子を聞く。しかし、

 

「色々トラブルあってさ、じっくり話すタイミングが少なかったわ」

 

「あー、なんか大変だったらしいな」

 

不良達とのトラブルで、杉野はそれどころではなくなっており、残念がっていた。

 

「トラブルと言えば、ナイフ持った不良を高嶺が鬼の形相で殴り飛ばしたんだろ?あいつぱねーわ」

 

「うん、高嶺君を怒らせてはいけないことが良くわかった瞬間だったよ」

 

4班のトラブルにおいて清麿の話題が出る。クラスメイトが凶器を持った不良を容赦なく殴り飛ばしたのだから、誰しも何事かと思うだろう。そして噂をすれば影が差す、とでもいうのか。清麿がカルマと共に大部屋に入ってくる。

 

「皆、高嶺君を連れてきたよー」

 

「清麿、時間かかってたのう」

 

「悪い皆、何の話をしてたんだ?」

 

まさか先ほどまで自分の話題が出ていたとは考えていない清麿だ。

 

「お前等、クラスで気になる娘いる?」

 

「皆言ってんだ。逃げらんねーぞ」

 

木村と前原が、清麿とカルマに気になる女子を聞く。そして先に答えたのはカルマだ。

 

「……うーん。奥田さんかな」

 

「お、意外。何で?」

 

「だって彼女、怪しげな薬とかクロロホルムとか作れそーだし、俺のイタズラの幅が広がるじゃん」

 

「……絶対くっつかせなたくない2人だな」

 

ここに来てのダークホースの登場だ。これほどまでに凶悪になりかねない組み合わせが他のE組にあるだろうか、いや、ない。他の男子達の顔が引きつる。てっきり恋愛的な、そうでなくてもこういう女子が可愛いとか、そういう話題になる流れだったのにも関わらず、まさかの凶悪コンビの誕生である。しかしカルマが本当に奥田をそういう理由だけで選んだのかは定かではない。

 

「高嶺はどうなんだ?」

 

磯貝の言葉により、話題の矛先は清麿に向く。しかし、清麿の頭に浮かんだ女子は、E組の誰かでは無い。

 

「お、俺は……」

 

「高嶺君の場合、E組にはいないんじゃね?」

 

清麿が煮え切らない言動をすると、カルマが口を挟む。気になる女子について聞かれた彼は返答に詰まる。

 

「そう言えば高嶺、さっき長電話してたもんな。その相手の女子だったりして……」

 

岡島の発言に彼は顔を赤くする。完全に図星を突かれた清麿だ。そんな彼の様子を見たクラスメイト達が清麿を冷やかし始める。

 

「マジか、高嶺……」

 

「お前、やるな」

 

珍しく歯切れの悪い清麿は、他の男子達にとってはいじられる対象になっている。そんなイジリで我慢の限界に達した彼は声を荒げた。

 

「ええいお前等、別に付き合っているとかそういう訳じゃないからな‼」

 

「それ、気になる女子がいるって認めたようなもんじゃね?」

 

「⁉」

 

清麿が墓穴を掘った瞬間だ。図らずも彼の心境を他の男子達に知られてしまった。

 

(清麿が言っている女子は、スズメか恵のことであろうか……)

 

「うっうっ、うおおお……」

 

ガッシュにまで内心を悟られてしまうとは。しかし、清麿が気にしていた女子が水野なのか恵なのかまでは分からない。彼は顔をさらに赤くしたのち、床に伏して泣き出す。男子達が哀れみの視線を清麿に送っていたとも知らずに。

 

「皆、この投票結果は男子の秘密な。知られたくない奴が大半だろーし、女子や先生に絶対に……」

 

磯貝が男子全員に口止めをする。しかし手遅れ。窓から殺せんせーが満面の笑みで覗いていた。

 

「メモって逃げやがった‼殺せ‼」

 

男子達は一斉に殺せんせーを追いかけたが、清麿が落ち込んでいた為にガッシュペアは乗り遅れる。そして殺せんせーは男子達を振り切り、女子部屋に入り込む。そこでビッチ先生含む女子間の恋話を盗み聞きしようとしたが、結局女子達に追い回されていた。

 

 

 

 

 大半の生徒達が殺せんせーを追い回す中、大部屋には渚と茅野が残っていた。

 

「楽しかったね、修学旅行。皆の色んな姿、見れて……渚、どうしたの?」

 

「うん、ちょっと思ったんだ。修学旅行ってさ、終わりが近付いた感じがするじゃん。暗殺生活は始まったばかりだし、地球が来年終わるかどうかはわからないけど、このE組は絶対に終わるんだよね。来年の3月で」

 

「……そうだね」

 

「皆の事もっと知ったり、先生を殺したり、やり残す事無いように暮らしたいな」

 

どのような物事にも終わりはある。それはE組での生活とて例外ではない。渚と茅野はそのことを修学旅行を経て実感し、少し寂しそうにする。そんな時、

 

「あれ、お前等はここにいたのか」

 

「お主達、2人で何を話しておったのだ?」

 

ガッシュペアがその部屋に入ってくる。殺せんせーを探していたが、ここにはいない様だ。

 

「高嶺君、ガッシュ君!殺せんせーはどんな感じ?」

 

「修学旅行楽しかったねって話だよ、ガッシュ君!」

 

「ウヌ。カエデ、私も修学旅行は楽しかったのだ」

 

「殺せんせーはどこにいるかわからん。皆血眼になって探しているがな。それから渚、茅野。悪いが俺とガッシュはまた少し部屋を抜ける。皆に伝えといてくれ」

 

「もっと皆と話をしていたかったが、私達は強くなるための特訓をしなくてはならぬのだ」

 

夜遅い時間だが、2人はデュフォーが課したトレーニングを行おうとする。旅行中でも出来る事はある。

 

「……こんな時まで大変だね、2人とも」

 

「わかった、皆には伝えとくよ。高嶺君もガッシュ君も、あんまり無理しないでね」

 

2人が外に出る事を、渚と茅野は快く了承してくれた。修学旅行は終わろうとしているが、魔界や地球の未来まで終わらすわけにはいかない。そんな絶望に抗うために、ガッシュペアの特訓はまだまだ続く。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。清麿が気になる女子は水野なのか恵なのか……


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LEVEL.9 転校生の時間

 律編入ります。基本は原作通りの流れとなります。


「清麿、今日は転校生が来るのだったな。楽しみなのだ!」

 

「ああ。ただ、嫌な予感がするんだよなぁ」

 

 昨日の夕方、烏間先生から一斉送信メールが来た。メールの内容は“明日転校生がひとり加わる事”と“多少外見で驚くだろうが、あまり騒がず接して欲しい事”の2件である。

 

「外見で驚くってどういう事なんだ?俺等のような暗殺絡みか?」

 

「ウヌゥ。どのような事情があろうとも、同じクラスに来るのだから友達になりたいぞ」

 

「……そうだな」

 

ガッシュペアが教室に入ると、渚と杉野と岡島が愕然としていた。

 

「皆、おはようなのだ!」

 

「何だ、どうしたんだお前等?」

 

「ああ。おはよう、高嶺君とガッシュ君」

 

「お前等、あれ見てみろよ……」

 

「あれが転校生だってよ……」

 

岡島が教室の後ろの席を指差す。ガッシュペアが何事かと思うと、そこには画面の付いた黒い機械の箱が置いてある。そして画面には少女の顔が写った。

 

「おはようございます。今日から転校してきました“自律思考固定砲台”よろしくお願いします」

 

転校生とは人間では無く機械だったのだ。ガッシュは興味津々だが、清麿は言葉を失う。

 

「皆知っていると思うが、転校生を紹介する。ノルウェーから来た自律思考固定砲台さんだ」

 

「よろしくお願いします」

 

烏間先生は何とも言えない表情を浮かべる。それを見た生徒達は、内心で烏間先生の気苦労を察した。自律思考固定砲台はAIと顔を持ち、れっきとした生徒として登録されている様だ。

 

「……なるほど。先生が生徒に危害を加えられない契約を逆手に取って、なりふり構わず機械を生徒に仕立てたと。いいでしょう、自律思考固定砲台さん。あなたをE組に歓迎します!」

 

転校生の紹介が終わった後の休み時間、クラスは異様な雰囲気に包まれる。電撃を放つガッシュペアの転入の時も多くのクラスメイトが驚いたが、担任が超生物と言う事もあり、すぐに彼等と打ち解ける事が出来た。しかし、今回はそうはいかなそうだ。ガッシュは魔物とは言え見た目は普通の子供だが、今回の転校生は機械である。

 

「清麿、皆の様子がおかしいのう」

 

「いやガッシュ、お前はあれを見て何とも思わんのか?」

 

ガッシュ以外の生徒達は、自律思考固定砲台の存在感に飲まれかけていた。機械が転校生と言われても、どう接すればよいのかが分からない。それは、今まで数多くの一癖も二癖もある魔物やパートナーを見てきた清麿とて例外では無い。しかし、

 

「例え生き物でなくても、クラスの仲間ではないのか?本当に仲良くはなれぬのか?それなら、寂しすぎるではないか……」

 

「……ガッシュの言うことも一理あるか。あいつとの接し方は少し考えないといけないな」

 

ガッシュペアの会話を他の生徒達も聞き、クラスの雰囲気が変わろうとする。機械だとしても、クラスの一員なら暗殺のための協力は必須なのだから。そして授業開始のチャイムが鳴り、ガッシュは特訓のため裏山へ向かう。しかしガッシュのおかげで良い方向に変わろうとした雰囲気は、自律思考固定砲台のとんでもない暗殺方法によりさらに悪化する。

 

 授業が始まり、しばらくは自律思考固定砲台に変化は無い。しかし突如作動したかと思えば、両脇から複数の銃口が出てきた。その銃口からは大量の弾幕が放たれが、全て殺せんせーは見切る。

 

「授業中の発砲は禁止ですよ」

 

「気を付けます。続けて攻撃に移ります」

 

殺せんせーの注意を聞こうともしない自律思考固定砲台は次の攻撃のための演算を行った後、射撃を続ける。

 

(さっきと同じ射撃、しょせんは機械ですねぇ。これもさっきと同じ。チョークで弾いて退路を確保……⁉)

 

全ての弾幕を見切ったつもりになっていた殺せんせーの触手を銃弾が撃ち抜いた。生徒達はおろか、殺せんせーもまた明らかに動揺する。

 

(……隠し弾‼全く同じ射撃の後に、見えないように1発だけ追加していた‼)

 

「右指先破壊、増設した副砲の効果を確認しました」

 

(暗殺対象の防御パターンを学習し、武装とプログラムに改良を繰り返し、少しずつ逃げ道を無くしていく‼)

 

「次の射撃で殺せる確率0.001%未満、次の次の射撃で殺せる確率0.003%未満、卒業までに殺せる確率……90%以上。よろしくお願いします、殺せんせー。続けて攻撃に移ります」

 

入力済み(プログラム)の笑顔で微笑みながら、転校生は次の進化を始める。進化を続ける固定砲台に、廊下から見ていたビッチ先生も驚愕する。しかし隣にいた烏間先生は事前に話を聞いており、比較的冷静だ。

 

「……すごいわね」

 

「“彼女”が撃ってるのはBB弾だが、そのシステムはれっきとした最新の軍事機能だ。確かにこれならいずれは……」

 

「フン、そんなに上手くいくかしら。この教室がそんなに単純な暗殺場(しごとば)なら、私はここで先生なんてやってないわ」

 

ビッチ先生も赴任当初は周りのことなど考えずに、殺せんせーの暗殺ばかりを重視した態度を取り、結果として失敗している。殺せんせーが規格外ということもあるが、ここでの暗殺においてクラスメイトとの連携は必須だ。それを彼女が理解していなかったが故に暗殺に失敗した。そして授業が終わり、教室には大量のBB弾が散乱する。

 

「掃除機能とかついてねーのかよ、固定砲台さんよぉ」

 

たまらずに村松が自律思考固定砲台に掃除するよう話しかけるが、返事は無い。

 

「チッ、シカトかよ」

 

「やめとけ。機械にからんでも仕方ねーよ」

 

機嫌を悪くする村松を、吉田がなだめる。今日の授業の時間はひたすら弾幕が撒き散らされ、授業どころでは無い。

 

 

 

 

 そしてE組は何とも言えない雰囲気のまま昼休みに入った。

 

「お弁当の時間なのだ!皆、ご飯を食べようぞ……ウヌ?」

 

午前中の授業が終わり、ガッシュが昼ご飯を食べに教室に戻る。しかし彼は教室中に散らかるBB弾を見て、怪訝な顔をする。

 

「ガッシュ、弁当を食べるのは教室を掃除した後だ。悪いがお前も手伝ってくれ……」

 

「分かったのだ、清麿。しかしこれは一体、何があったというのか……」

 

「ああ、ガッシュ君。それはね……」

 

渚が事情を説明してくれたが、それを聞いたガッシュは悲し気な顔を見せる。このままではクラスメイトと仲良くなれない。彼は頭を抱える。

 

「……そんなことがあったのか」

 

「このBB弾、俺らが掃除しねーといけねーんだもんなぁ。やってらんねーぜ」

 

「ガッシュ君。今のままじゃ、あれと仲良くするのは無理そーだよ」

 

杉野とカルマも、自律思考固定砲台を見て眉をひそめる。否、クラスの大半が転校生に対して良い印象を持てなかった。そんな中、ガッシュは何かを考えている様子だ。そして、

 

「……皆。次の授業、私も見てて良いかの?」

 

ガッシュからは意外な発言が出てきた。

 

「いいでしょう、ガッシュ君」

 

「そうだな、ガッシュも直接見といたほうがいいかもな」

 

殺せんせーからも許可が降りる。こうして、午後の授業(として成立してるかわからないが)はガッシュも見学することになった。

 

 

 

 

 しかし午後も変わらず、ひたすらに自律思考固定砲台が射撃を続ける。授業所では無い。

 

(せっかくの転校生なのだから友達になりたいところだが、あれではどう近付けばよいのかさっぱりわからぬのだ。考える必要があるな……)

 

その光景を見て、ガッシュはどうすれば良いのかわからないと言った表情をする。こうして自律思考固定砲台の転校初日は、非常に雰囲気が悪いまま終わってしまった。

 

 

 

 

 次の日、自律思考固定砲台は何者かによってガムテープで拘束されていた。これでは自律思考固定砲台と言えども、銃を展開できない。

 

「殺せんせー、この拘束はあなたの仕業ですか?明らかに生徒に対する加害であり、それは契約で禁じられているはずですが」

 

「違げーよ、俺だよ」

 

自律思考固定砲台は冷たい視線を殺せんせーに向けるが、その発言はガムテープを持った寺坂に反論される。

 

「どー考えたって邪魔だろーが。常識ぐらい身につけてから殺しに来いよ、ポンコツ」

 

「ま、わかんないよ。機械に常識はさ」

 

「授業終わったらちゃんと解いてあげるから」

 

「……そりゃこうなるわ。昨日みたいのずっとされてちゃ授業になんないもん」

 

普段から横暴な一面のある寺坂だったが、今回の言動に関しては反対するものは誰もいない。考えてることは皆同じだ。毎日あの弾幕にさらされた挙句、掃除まで自分達で行わなくてはならないのだ。やってられない。

 

「こればっかりは仕方ないことだが……どうしたガッシュ、浮かない顔してるな?」

 

「ウヌ、本当にこれで良いかがわからぬのだ」

 

ガッシュだけは、拘束された自律思考固定砲台に対して同情の目を向ける。彼はあくまで仲良くする方法を探りたい様子だ。

 

「何だよ、俺が間違ってるってのか?」

 

「いや、そういうわけではないのだが……」

 

ガッシュの煮え切らない言動に寺坂が不満げな顔をする。

 

(私にはこれが一番良い方法とは思えぬ。しかし、ガムテープを外したらまた大変なことになってしまう。あの者の射撃で、誰かが怪我をすることだって考えられる。どうすれば良いのか……)

 

この日、ガッシュは放課後まで自律思考固定砲台の事を考えていた。お互いが寄り添える関係になる為にはどうすれば良いか。そしてガッシュは1つの決断を下す。

 

 

 

 

 今日の授業は終わり、生徒達は帰宅の準備を始める。そんな中、

 

「おーい、高嶺君とガッシュ君!」

 

「今日は宿題多くないし、帰りバッティングセンター寄ってかね?」

 

渚と杉野はガッシュペアを遊びに誘う。普段の彼等なら喜んで誘いに乗るところであったが、今回はそうはならなかった。

 

「悪い、渚、杉野。ガッシュがどうしても自律思考固定砲台(あいつ)と話がしたいんだと。俺も付き添うから、今日は行けない」

 

「済まぬのだ、2人とも」

 

ガッシュペアは自律思考固定砲台と話をするために、渚達の誘いを断った。ガッシュの決断、それは転校生と腹を割って直接会話をする事である。それを聞いた渚と杉野は、特に残念がる事も無かった。

 

「分かったよ。また誘うね」

 

「お前等も物好きだな。じゃあ、また明日な!」

 

「ウヌ!」

 

「ああ、また今度な!」

 

渚と杉野が外に出た後ら教室には自律思考固定砲台とガッシュペアだけが残っていた。これでゆっくり会話する事が出来る。

 

「お主、私と話してはくれぬかの?」

 

ガッシュが口を開くと、自律思考固定砲台が起動した。

 

「何でしょうか?あなた達と話すことなど無いのですが……」

 

(随分無愛想だな……本当に話し合えるのか?)

 

ガッシュに対する素っ気ない態度に清麿が不安を感じる。会話の幸先はよろしく無い。

 

「お主、まずは私と友達になってくれぬかの?」

 

「は?」

 

ガッシュの単刀直入な言葉に、自律思考固定砲台は困惑の表情を浮かべる。

 

「そもそも、あなたは座学の授業を一切受けてないですよね?一体何者なんですか?」

 

「私はガッシュ・ベルなのだ!」

 

「いやガッシュ、そういう事ではなくてだな……そうか、こいつにはそこから話さないといけないんだったな。ガッシュ、お前のことを話していいか?」

 

「構わぬのだ」

 

清麿はガッシュが魔物であることや、それに関係することを説明した。

 

「……という訳なんだが、E組の連中には話してある。ただし、それ以外の奴等には黙っててほしい」

 

「……わかりました。黙っておきます。あなた達も殺せんせーの暗殺のためにE組に来たのですね。ならば、なぜもっと積極的に攻撃を仕掛けないのですか?」

 

自律思考固定砲台はガッシュペアの事情にはそれ程関心を示さなかった。あくまで殺せんせー暗殺が第一にプログラムされている。

 

「俺達の力は、他の奴等を巻き添えにしかねない。だから、先生の暗殺には慎重になる必要があるんだよ」

 

「わかりかねます。そんな気遣いよりも、暗殺の方が大事だというのに……」

 

「私達は、皆で協力して暗殺を行いたいのだ!」

 

ガッシュペアの主張を自律思考固定砲台は理解出来ない。クラスで協力して暗殺を成功させようとしているガッシュペア、自らの能力だけで暗殺を成功させようとしている自律思考固定砲台の考えは相反していた。

 

「協力する事。それは、暗殺においても必要なことなのでしょうか?」

 

「当然だ。みんなで力を合わせれば、先生をより確実に追い詰めることが出来る」

 

「ウヌ、そのためにまずは私や清麿と友達になってほしいのだ!」

 

暗殺という共通の目的のために力を合わせる。自律思考固定砲台がE組の力になれば、殺せんせーの暗殺の成功率も格段に上がるだろう。しかしガッシュはそこまで考えているというよりも、単に仲良くなりたい気持ちの方が強い様だ。孤独はとても辛いことなのだから。ガッシュペアにはそれが良く分かる。ガッシュは育ての親から虐待され、清麿は自分の頭の良さ故にクラスから孤立した結果、家に引きこもってしまった時期があったのだから。

 

「私も清麿も独りぼっちだった時期があったのだ。それはとても辛いことだからの、お主にはその気持ちを味わってほしくないのだ」

 

「(確かに、もうあの頃に戻るのは嫌だ。俺もガッシュと水野がいなければどうなっていたか……)そうだな。お前、ガッシュの言う事をよく考えてはくれないか?」

 

「どうして、私の事をここまで気に掛けるのですか?」

 

自律思考固定砲台は、自分の事をガッシュペアがここまで構ってくれる理由が理解出来ない。しかし2人の言う事には耳を傾け始めており、確実にコミュニケーションを取る事が可能になっている。

 

「ウヌ、それは同じE組の仲間だからなのだ。それに友達が出来れば、毎日が楽しくなるのだ。今日みたいにガムテープで縛られることもなくなる。どうかの?」

 

「……考えておきます」

 

「頼むのだ!」

 

「(あれ、意外に素直だな……)良かった」

 

ガッシュの提案を突っぱねてくるかもしれないと予想してた清麿だったが、そうはならなかった。

 

「しかし、友達になるのにはどうすれば……」

 

「君達、まだ残ってたんですねぇ」

 

自律思考固定砲台が友達になる方法を考えていると、突如として殺せんせーが現れた。

 

「おおっ、殺せんせー!」

 

「相変わらずの超スピードだな……」

 

「いやあ、“彼女”の手入れのための準備をしてましてねぇ。しかし、君達の方からアプローチしてくれているとは、感心感心。ヌルフフフ」

 

殺せんせーは顔に縞々模様を浮かべる。ガッシュペアが自律思考固定砲台と友達になろうとしている様子を見て、余程嬉しかったのだろう。

 

「さて2人とも、ここからは私に任せてもらえませんかねぇ。悪いようにはしませんので……」

 

殺せんせーは触手をうねらせながらそう言った。明らかに何か企んでいるようだったが、嫌な予感はしなかった。

 

「先生だけで大丈夫そうか?」

 

「ええ、問題ありません」

 

「ウヌ、では頼むのだ!」

 

殺せんせーならどうにかしてくれる。ガッシュペアはそう確信した。そして自律思考固定砲台の事は殺せんせーに任せて2人は帰ることにした。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。機械の転校生の登場は、ガッシュペアをもってしても予想外の事でしたね。


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LEVEL.10 自律の時間

 律編の後半です。基本原作通りなのですが、清麿がいじられます。


「おはよう!高嶺君とガッシュ君」

 

「オース、お前等!」

 

「「おはよう」なのだ!」

 

「なあ、昨日はどうだった?」

 

 ガッシュペアが廊下を歩いていると渚と杉野が声をかけてくれた。そして杉野は、昨日のガッシュペアと自律思考固定砲台の会話について聞いてくる。

 

「ウヌ、それがだの……」

 

ガッシュが昨日の事を説明したが、殺せんせーの名前が出た瞬間に渚と杉野が困ったような表情を見せる。

 

「何か、嫌な予感がするんだけど……」

 

「あー、俺も」

 

「いくら殺せんせーがぶっ飛んでても、生徒相手にそうそう変なことはしないんじゃないのか?」

 

「皆、どうしたというのだ?」

 

清麿が渚と杉野の予感を否定しても、2人の不安は取り除かれない。そして4人が教室に入り自律思考固定砲台の方を見ると、画面の面積が明らかに広くなっていた。体積も大きくなっている。

 

「おはようございます、今日は素晴らしい天気ですね‼こんな日を皆さんと過ごせて嬉しいです‼」

 

自律思考固定砲台はおかしな方向へ進化していた。先日までの冷たい表情とは打って変わって、満面の笑みで清麿達に挨拶をしてくれる。そして画面が広くなっており、椚ヶ丘中の制服を着ている彼女の様子を見る事が可能だ。昨日の殺せんせーの改良(ていれ)のおかげだ。そのために殺せんせーは自腹を切り、今の財布の残高は5円だ。清麿達は大改造された彼女を見て、どう反応していいのかが分からない。

 

 他の生徒も次々と登校してきたが、彼女の様子を見て清麿達と同様に反応に困る。ただ1人の生徒を除いて。

 

「何ダマされてんだよ、おまえら。全部あのタコが作ったプログラムだろ。愛想良くても機械は機械。どーせまた空気読まずに射撃するんだろ、ポンコツ」

 

寺坂のみ改良された自律思考固定砲台を見ても、疑いの目を向け続ける。ぶっきらぼうではあるが、彼の言うことは的を得ている。どんなに愛想が良いとしても、授業中に射撃を行われてはこれまでと変わりはしない。しかし、

 

「……おっしゃる気持ちはわかります、寺坂さん。昨日までの私はそうでした。ポンコツ、そう言われても返す言葉がありません」

 

彼女の目からは大粒の涙が流れ、申し訳なさそうにする。また画面も雨模様になる。そんな自律思考固定砲台を見て、同情する生徒は少なくなかった。

 

「あーあ、泣かせた」

 

「寺坂君が二次元の女の子泣かせちゃった」

 

「なんか誤解される言い方やめろ‼」

 

片岡と原に寺坂がたしなめられてしまった。彼の言うことは間違ってはなかったが、言い方がきつかった。それゆえに寺坂が悪い流れが出来上がってしまった。女子達からの痛い視線が寺坂に刺さる。そして、

 

「いいじゃないか2D(にじげん)……Dを一つ失う所から女は始まる」

 

「「「竹林それおまえの初ゼリフだぞ、いいのか⁉」」」

 

眼鏡をかけた男子生徒、竹林孝太郎の本編における記念すべき初ゼリフは中々の名言(迷言?)となり、クラスの男子達はたまらずツッコミを入れる。彼にはオタク趣味がある。

 

「でも皆さんご安心を。殺せんせーに諭されて、私は協調性の大切さを学習しました。そしてガッシュさんと高嶺さんには、友達の大切さを教わりました。私の事を友達として好きになって頂けるよう努力し、皆さんの合意を得られるようになるまで、私単独での暗殺を控えるようにいたしました」

 

「そういうわけで仲良くしてあげて下さい」

 

「ウヌ、これでお主も皆と友達になれるのだ‼」

 

「はい、皆さんよろしくお願いいたします!」

 

彼女の変化により、クラスの空気は一気に明るくなる。

 

「ああもちろん先生は彼女に様々な改良を施しましたが、彼女の殺意には一切手をつけていません。先生を殺したいなら、彼女はきっと心強い仲間になるはずですよ」

 

殺せんせーはそう言って授業の準備に入った。

 

 

 

 

 協調性を手に入れた彼女は、クラスメイトと友達になるべく努力をする。それは授業中でも例外では無い。菅谷が先生に当てられた時に、自分の足に答えを書いて教えており、カンニングとサービスを一緒にしないよう殺せんせーから注意を受けてしまう。あざとい。そして彼女のサービス精神は休み時間にも及ぶ。特殊なプラスチックを体内で自在に成型出来る自律思考固定砲台は、生徒達の目の前で像を作り上げる。

 

「おもしろーい!じゃあさ、えーと……花とか作ってみて」

 

「わかりました。花の形を学習しておきます」

 

それを見た矢田が、他のものも作ってもらうようにお願いする。そんな傍らで、

 

「王手です、千葉君」

 

「……3局目で勝てなくなった。なんつー学習力だ」

 

他の生徒達と喋りながら、千葉を将棋で打ち負かしていた。最新鋭のAIのなせる業だ。

 

「こうやって皆さんと仲良くなれているのは、協調性を教えてくれた殺せんせーと、私に友達になるよう言ってくれたガッシュさんと高嶺さんのおかげです。本当にありがとうございます!」

 

「ウヌ、良かったのだ!」

 

「俺は特に何もしてないんだがな……」

 

「……」

 

彼女がお礼を言ってくれているのにもかかわらず、殺せんせーは何とも言えない表情をする。そして、

 

「……しまった」

 

「?何が?」

 

「先生とキャラがかぶる」

 

「「「「「被ってないよ、1ミリも‼」」」」」

 

むしろどこがかぶっているのかを教えてほしい。クラス一同そんなことを考えていると、何を思ったのか殺せんせーは自分の顔面に人の顔を表示し始めた。その顔の気持ち悪さ故に、クラスから総出でツッコミを受けてしまった殺せんせーは教壇の上で泣き始める。そんな先生を見向きもせずに生徒達は彼女と交流を深める。すると、

 

「ふぅ。しかし、やるじゃないか高嶺」

 

「何がだ、竹林?」

 

「君はこうなることを見越して彼女に語りかけたのだろう?」

 

「いや、殺せんせーがこんな大改造を行うなんて、夢にも思わなかったぞ」

 

竹林が清麿に話しかける。そして、

 

「そういう事ではないんだ。ふっ、今の彼女はとても素敵だ。そんな素敵な彼女を見たいがために、君は語りかけたのだろう。僕にはそれが出来なかったが、君はやってのけた。それは、君が二次元を愛するという事ではないのかい?歓迎するよ、我が同志よ」

 

「な、何だって?」

 

竹林は清麿が二次元に興味があるがゆえに彼女に語りかけたと考えた様だ。そんな会話を周りは聞き逃さない。

 

「へぇ~。高嶺、アンタそういう趣味だったんだ?」

 

「おい中村、なんだそのニヤケ顔は!」

 

「そっかぁ、あの高嶺がなー」

 

「木村、そういうのじゃないからな!」

 

「どんな趣味を持ってても、高嶺君は高嶺君です!」

 

「奥田、違うと言ってるだろーに……」

 

竹林の発言により、クラスの雰囲気がおかしくなる。清麿がオタク趣味であるというあらぬ噂が広まってしまい、彼がいじられる流れが出来てしまった。

 

「そもそも、初めにあいつと友達になりたいと言ったのはガッシュだぞ‼」

 

「え~。ガッシュちゃんは高嶺ちゃんと違って純粋に(・・・・・・・・・・・・)この子と友達になりたかっただけだもんねー?」

 

「ウヌ、その通りなのだ!陽菜乃」

 

「こら倉橋、俺が良からぬことを考えていたみたいに言うんじゃない‼」

 

倉橋はガッシュを抱き上げながら、清麿に向けてそう言い放つ。彼は誤解を解こうとするが、聞く耳を持つ者はいない。クラスからの視線が辛い。そして清麿は限界に達したのか、机に突っ伏して泣き出した。

 

「うおおおっ、うおおおお」

 

「高嶺さん、泣いているのですか?」

 

そんな清麿を見かねて、自律思考固定砲台が声をかけてくれる。

 

「やべ、流石に言い過ぎた?」

 

「うーん、どーだろ……」

 

「すまない、高嶺。こんな事になるとは思わなかった……」 

 

「泣くでない、清麿」

 

その原因を作った竹林を始め、多くの生徒が清麿に哀れみの視線を向ける。ダメージを受けた清麿を見てやり過ぎたと思ったのか、彼をいじる流れは止まった。そして、

 

「あとさ、このコの呼び方決めない?“自律思考固定砲台”っていくらなんでも」

 

片岡の提案に皆が頷く。名前があまりにも長すぎるのだ。これでは呼び辛い。

 

「自……律……そうだ!じゃあ、“律”で‼」

 

不破が命名した名前だが、彼女はとても喜ぶ。こうして、自律思考固定砲台は律と呼ばれることになった。新たな呼び名が決まったことで律たちが喜んでいる一方で、ようやく泣き止んだ清麿は渚とカルマのいる方へ向かう。

 

「呼び名が決まったのはいいな。これで大分呼びやすくなった」

 

「そうだね。これなら、上手くやっていけそうかな?」

 

「んー、どうだろ」

 

呼び名が決まった事、律が協調性を手に入れた事によってクラスで上手くやれると思った渚の考えに、カルマは賛成しない。

 

「寺坂の言う通り、殺せんせーのプログラム通り動いてるだけでしょ。機械自体に意志があるわけじゃない。あいつがこの先どうするかは……あいつを作った開発者(もちぬし)が決める事だよ」

 

「やっぱり、このままってわけにはいかんよな。変わり果てた彼女を開発者がどう思うか」

 

「2人とも、それって……」

 

カルマと清麿の話していることは渚には理解出来ていない。

 

「渚君。あいつって、あのタコを殺すためにここに来たよね?それなら、殺せんせーの付けた多くの機能は必要ない。というか邪魔でしかない。その意味、わかる?」

 

「……それってまさか!」

 

「そう、そのまさかだ。それに、自分が開発したものを好き勝手いじくられては、開発者にとってたまったものではない……」

 

渚は理解した。殺せんせーが付けてくれた多くの機能を開発者が必要とするとは思えない。それならどうすれば良いか。答えは簡単だ。それらの機能を取り除いてしまえばよい。自分で開発したのだから、そうする権利は持ち合わせている。というより、勝手に改造してしまった殺せんせーが責められる可能性すらある。

 

「とはいえ、俺達には何も出来ん」

 

「まあ、あとはあいつがどうするかだよね」

 

「律、どうなっちゃうんだろうね……」

 

3人の表情が暗くなった。しかし彼ら以外の多くの生徒はそんなことに気付くこともなく、無邪気に律との会話を楽しんでいた。

 

 

 

 

 次の日、カルマ達の予想通りに律は殺せんせーが改良(ていれ)する前の姿に戻っていた。

 

「おはようございます、皆さん」

 

「律、お主……どうしてしまったのだ」

 

昨日の挨拶と比べると、ひどく機械的だった。律の目も笑っていない。生徒達は何事かと考えていたが、烏間先生からの説明が入る。

 

「“生徒に危害を加えない”という契約だが、【今後は改良行為も危害と見なす】と言ってきた。君達もだ、彼女を縛って壊れでもしたら賠償を請求するようだ。開発者の意向だ。従うしかない」

 

「開発者とはこれまた厄介で……親よりも生徒の気持ちを尊重したいのですがねぇ」

 

元の姿に戻った律を見て、烏間先生と殺せんせーはため息をつく。他の生徒達も、再び律の射撃にさらされると思うと、うんざりする。しかし、どうすることも出来ない。射撃を阻止するためにガムテープで律を拘束することはもう許されないのだから。烏間先生も寺坂が持つガムテープを取り上げる。そして授業が始まる。律の両脇のハッチから大量の銃口が出てくる……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と皆がそう思っていた。しかし律が展開したのは、銃口ではなく大量の花だった。

 

「……花を作る約束をしていました。殺せんせーは私のボディーに、計985点の改良を施しました。そのほとんどは開発者(マスター)が【暗殺に不要】と判断し、削除・撤去・初期化してしまいましたが、学習したE組の状況から私個人(・・・)は“協調能力”が暗殺に不可欠な要素と判断し、消される前に関連ソフトのメモリの隅に隠しました。」

 

「……素晴らしい。つまり律さん、あなたは」

 

「はい、私の意志で産みの親(マスター)に逆らいました。何よりも、皆さんと友達でいたかったので」

 

律は昨日の笑顔を失っていなかった。本来意志を持たないはずの機械が自らの判断で開発者に反発した。これも優秀なAI故のなせる業なのだろうか。それとも、律に生命が宿ったとでもいうのか。それはクラスの誰もがわからないことであった。しかし確かに言えることは、律は晴れてE組の暗殺者の仲間入りをした事だ。

 

「殺せんせー、こういった行動を“反抗期”と言うのですよね?律は悪い子でしょうか?」

 

「とんでもない。中学三年生らしくて大いに結構です」

 

律の行動に殺せんせーは顔にマルを浮かべる。もう授業中に大量の弾幕にさらされた挙句に、後片付けをする羽目になる展開を恐れなくても良い。こんな当たり前のことが、E組にとっては非常に喜ばしいことだ。これからは、この29人で殺せんせーを殺すのだ。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。次回はオリジナル回入ります。


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LEVEL.11 日常の時間

オリジナル回です。ガッシュサイドのあの人も登場します。


 律がE組に加わった日の週末。ガッシュペアはデュフォーとのその日の特訓を終えて、明日の打ち合わせを行う。

 

「そうか。明日は午後からクラスメイトの交流を深める日にするんだな、清麿、ガッシュ」

 

「ああ、すまん。特訓は午前中と夕方以降で頼む」

 

「お願いするのだ」

 

ガッシュペアは明日、渚と杉野と共にこの前付き合えなかった分の穴埋めもかねて、バッティングセンター行く予定である。打倒クリアノートのために休日もフルで特訓に充てたいところだが、殺せんせーの暗殺のためにはE組とのコミュニケーションをはかることもまた重要だ。そんな中、清麿の携帯電話から少女らしき声が聞こえた。

 

「こんばんは、高嶺さんとガッシュさん。ようやくこちらの携帯電話へのダウンロードが終わりました!通称モバイル律です……お取込み中でしたか。ごめんなさい、てへっ」

 

「おおっ、律ではないか!これはどうなっておるのだ?」

 

「……は、ダウンロード?」

 

ガッシュは興味津々だったが、清麿はリアクションに困る。転校生AIが自分のスマホに侵入していたのだから無理もない。

 

「……清麿、お前達のクラスは何でもありだな。そいつもクラスメイトなのだろう」

 

デュフォーは即座に【答えを出す者】(アンサートーカー)で律の事を調べ上げた。

 

「そちらの方は、高嶺さん達のお友達ですか?」

 

「……どうだろうな。お前の能力なら、調べられるんじゃないのか?」

 

「いえ、それをやるとプライバシーの侵害になってしまいますので……」

 

律がデュフォーの事を聞こうとしたが、彼は口を割らない。と言うよりはデュフォーには律のスペックが理解出来ており、自分が話すまでも無いと考えている様だ。

 

「おい律、俺の携帯に勝手に入り込んでる時点でプライバシーも何もないんじゃないのか?」

 

「高嶺さんとガッシュさんはE組ですから!」

 

「理由になってない……デュフォーも困ってるんじゃないか?」

 

律は清麿達の生活を覗く気満々だ。プライベートも何もあったものでは無い。殺せんせーに次ぐ私生活の覗き枠の登場に清麿は頭を抱える。

 

「俺の事は気にしなくていい。さて、俺は部屋に戻ってこの休日の特訓のスケジュール調整を行ってからもう寝る。お前達も、今日は自由にしていいぞ」

 

「今日はってもう夜だけどな。お休み」

 

「ウヌ、また明日なのだ!」

 

デュフォーは高嶺家に宿泊しているのだが、寝室は清麿の部屋とは別で準備してある。彼が部屋に戻ったのち、清麿がデュフォーとの関係を律に説明した。

 

「なるほど!その方はとてもすごいのですね!私の正体もすぐ見破っていたようですし」

 

「デュフォーはとても頭が良いからの」

 

「そうだな。ところで律、携帯に入り込んじゃったものはどうにもならないが、あんまり人の私生活を覗くなよ?」

 

清麿はモバイル律に釘を刺す。クラスメイトとはいえ、プライベートが筒抜けになるのは避けたいところだ。そして2人は律と談笑したのち、次の日の特訓と渚達との約束に備えて寝る準備を始めた。

 

「明日、楽しんで下さいね、2人とも!それではおやすみなさい!」

 

「「おやすみ」なのだ」

 

 

 

 

 次の日デュフォーとの午前中の特訓を終えたガッシュペアは、渚と杉野と合流してバッティングセンターに入る。

 

「しかし昨日はビックリしたよ。いきなり律が携帯に入ってくるんだもんな」

 

「ああ、俺もビビったわ」

 

「僕もだよ」

 

「律はすごいのだ」

 

4人は顔を合わせると、まずは律の話題を出す。最新のAIのなせる技だ。これでE組は常に繋がっている事になる。

 

「はい、これから私はモバイル律として、E組の皆さんをサポートします!」

 

「「「「で、出た‼」」」」

 

律はE組の生徒全員の携帯電話に入り込んだそうだ。これでクラス間の連絡も取りやすくなり、暗殺の幅が広がるメリットはある。しかしプライベートのどこまでが律に覗かれてしまうのか、彼等はそれだけが気がかりだ。

 

「よーし、まず俺からな!」

 

まず杉野が空いているバッターボックスに入る。球の速度はそこそこ速かったが流石は経験者、空振りや見逃しは1球も無かった。そればかりか、何本かホームランクラスのヒットもあった。

 

「どんなもんよ」

 

「杉野、中々やるのう」

 

「経験者だけあってかなり上手いな(山中とどっちが上手かな?)」

 

「じゃあ、次は僕が」

 

杉野と入れ替わる形で渚が入る。杉野ほど上手なヒットは打てていない。しかし殺せんせーの速度に目が慣れているせいなのか、球はほぼ捉えられており、空振りは1~2回程度だ。ガッシュペアも立て続けにバッターボックスに入り、球を打ち続ける。

 

 そして何度かバッティングを楽しんだ後、一行はベンチで休憩する。

 

「ウヌぅ、楽しいのう!」

 

「ああ、けど大分やりつくした感あるかな……」

 

「次はどこ行こうか?」

 

「おっと、電話だ。ちょっと向こうで話してくる」

 

ガッシュ達が休憩がてら話していると、清麿の携帯電話に着信が来た。相手は岡島だ。

 

「もしもし」

 

『お、繋がった。なあ高嶺ってモチノキ町に住んでるんだよな?俺今からモチノキ町の植物園に行こうとしてるんだけど、急で悪いが付き合ってくれね?』

 

「なんだ、植物が好きなのか?」

 

『いや、植物園ならカメラの被写体が豊富だと思ってさ』

 

エロいことばかりが注目されがちな岡島だが、彼はE組に来る前は写真部に属しており、写真撮影が趣味だ。しかも腕はかなりのものである。確かに植物園なら一部を除いて写真撮影が禁止されている訳でなく、珍しい植物など良い被写体も多い。

 

「ああ、モチノキ町の植物園なら何度も行ったことがある。ただし今はモチノキ町を離れているから、今すぐに行くことは出来ん。あと、ガッシュと渚と杉野も一緒にいる。行くなら皆も誘っておくが、どうだろうか?」

 

『時間なら大丈夫だぜ!渚達にも声かけといてくれよ!』

 

「わかった、後でかけ直す」

 

清麿が通話を中断して渚達の方に向かう。そして彼等に要件を話すが、渚達は快く了承してくれた。

 

「植物園で写真撮影か……」

 

「おおっ、つくしがいる所ではないか!」

 

「つくしさん?」

 

「植物園についたら紹介するよ、植物園を管理してる人で、結構良くしてもらってたんだ。そういや最近は行ってなかったな……」

 

清麿は昔ことある事に植物園に入り浸り、つくしはそんなかれを見守ってくれた。久し振りの植物園の訪問はガッシュペアも楽しみだ。清麿が岡島に電話をかけ直し、岡島が時間を指定すると、清麿達はバッティングセンターを出て植物園に向かった。

 

 

 

 

 そして植物園の入り口の前にて、岡島が清麿達と合流した。そして植物園に入ったが、相変わらずたくさんの植物が清麿達を出迎えてくれる。

 

「急で悪いな、お前等。この植物園の事を知ったら、どうしても写真を撮りたくなってさ!」

 

「いや、俺も久し振りにここに来れて嬉しい」

 

「つくしは元気かのう?」

 

「あたしを呼んだかい?」

 

女性の声を聞いた一同が振り返る。そのには白衣を着た管理人の女性、木山つくしが立っていた。彼女は清麿を植物園で見てくれており、彼がが学校に行き始めてからはガッシュとも友達になった。

 

「久し振り!清麿、ガッシュ!」

 

「ああ。そうだな、つくし」

 

「ウヌ、久し振りなのだ」

 

「この人が、つくしさん?」

 

渚達とつくしの初顔合わせである。

 

「あれ、清麿。今日は違う友達を連れているね」

 

「ああ、実はな……」

 

清麿はつくしに転校したことを説明し、渚達の事を紹介した。それを聞いた彼女は、清麿の交友関係が広がる事を素直に嬉しく感じた。

 

「「「よろしくお願いします」」」

 

「よろしく、ゆっくりしていって!」

 

挨拶を済ませた後、各々が植物園で行きたいエリアへ向かう。渚と杉野は花のエリア、ガッシュペアと岡島は食虫植物のエリアの見学を行う。

 

「見ろよ渚、見たことない花がたくさんあるぜ!」

 

「ホントだ、これは珍しいね」

 

渚と杉野は植物園の珍しい花に夢中になる。その一方、岡島は早速カメラを取り出して植物の撮影を始める。

 

「いやー、見たことない植物だ!撮りがいがあるな!」

 

「良かったな、岡島。そしてここにまた来るきっかけを作ってくれて、ありがとう!」

 

「やっぱり植物園は楽しいのう。つくしも元気そうで良かったのだ!」

 

「礼を言うのはこっちだぜ、急だったのに付き合ってくれてサンキューな」

 

久し振りに植物園に来ることが出来たガッシュペアも、珍しい被写体をたくさん見ることが出来た岡島もとても嬉しそうだ。ガッシュは前に出てはしゃき始める。

 

「しっかし、岡島って本当に写真撮影が好きだよな。将来もそれ関係の仕事を目指すのか?」

 

「まあな!俺、フォトグラファー目指してるからよ。今のうちに色んな光景を撮影して腕を磨いときたいんだ!」

 

「やりたいことが随分はっきりしてるんだな」

 

将来のビジョンがしっかりと見えている岡島に清麿は感心する。しかし、

 

「へへっ。そしてグラビアアイドル専属のカメラマンにでもなれたら、グヘヘヘ……」

 

「お、おう……」

 

やはりというべきか、岡島とエロは切っても切れない縁である。先ほどの岡島への感心もどこかへ行ってしまった清麿だ。そんな彼をみた岡島は熱く語り始める。

 

「確かに俺はエロいぞ!だが、エロいのは殺せんせーも同じだ。高嶺、俺の言いたいことが分かるか?」

 

「いや、言葉のままの意味しか分からんのだが……」

 

岡島が何故か自信ありげに自分のエロさを誇る。しかし、清麿にはどうしてそれ程に自信を持てるのかが分からない。

 

「俺、今殺せんせーのエロの好みを研究してんだ。そして、殺せんせーの好みのエロ本を餌に奴の気を引き付け、殺す!これが今の俺の目標だ」

 

「……なるほどな。とは言えいくら殺せんせーでもそんな罠には……いや、引っ掛かりそうだな」

 

「そう思うだろ!そしてこんなエロい暗殺方法は、俺にしか出来ない!」

 

岡島が自信を持っていた理由はこれだ。エロ本をおとりにして殺せんせーを殺す。確かにこんな方法は、岡島しか思いつかないだろう。

 

「……成功するといいな」

 

「当然!」

 

岡島のエロの刃が暗殺を成功させるかもしれない。そんな岡島が殺せんせーの好みを研究し尽くした後に実行に移るのは、まだ先の話だ。そして岡島と清麿が話している時、家族連れの客と鉢合わせする。

 

「あら、ガッシュじゃない。随分久し振りね!」

 

「何だこの子、ガッシュの知り合いか?誰かに似てるような……」

 

「そうだな、確かこの子は……」

 

「お、お主は……ナオミちゃん!」

 

公園などでガッシュをいじめていたナオミちゃんが、家族で植物園に来ていた。そしていつものように、ガッシュはナオミちゃんに追い回される。

 

「カカカカカカカカカカカカ」

 

「ヌオオオオォ、やめるのだー‼」

 

「こら、植物園で走り回るんじゃない!」

 

「あ、おい!高嶺!(というかあの子、研ナ〇コに似てたな……)」

 

ガッシュとナオミちゃんを清麿が止めに向かう。それを見ていたナオミちゃんの両親も、呆れ顔でガッシュ達について行く。そして岡島は一人取り残されてしまったが、少しした後に渚と杉野の2人に合流した。

 

「あれ、岡島君。高嶺君達と一緒じゃないの?」

 

「いや、ガッシュが研ナ〇コ似の女の子に追い回されててな。高嶺もそれについて行ってしまったんだ……」

 

「な、なんだそりゃ……」

 

岡島の話を聞いても渚と杉野はしっくり来ない。そして渚達はしばらく雑談しながら植物園を見学する。そんな中、

 

「あれ、君達。清麿とガッシュは別行動?」  

 

「そうですね。そう言えばつくしさんは、高嶺君達とどんな関係なんですか?」

 

渚達は見回りをしていたつくしと再び顔を合わせる。黙っているのも気まずいので、渚が彼女とガッシュペアの事について質問した。

 

「う〜ん、そうだね……」

 

つくしは清麿が学校に行ってない時期があり、そんな時は植物園に頻繁に来ていた事、学校に行くようになるとガッシュを連れてき始めた事、植物園を荒らす輩(スギナペア)からこの場所を守ってくれた事を話した。

 

「そうだったんですね……」

 

「高嶺にそんな時期があったのは意外だな」

 

「高嶺って優秀だから、ねたまれやすいんじゃね?」

 

まさか清麿に不登校だった時期があったとは、思いもしなかった3人だ。当時の清麿は別人の様にやさぐれていたが、今はそんな事は無い。

 

「清麿、やっぱり変わったよね。多分ガッシュのおかげだと思うけど……あたしは、見守ることしか出来てなかったなぁ」

 

つくしの目に罪悪感が混じる。結果として清麿は変わることが出来、今も学校に通い続けている。しかし自分は清麿のことを見てるだけで何もしてあげられなかったことを気にしている。そんな彼女の心情を渚は見逃さない。

 

「おそらく高嶺君は、つくしさんにはすごく感謝していると思います。今日も植物園でつくしさんに会えると思って、嬉しそうにしていましたので……だからつくしさんが申し訳なく思う事は、何一つないと思います」

 

「そうかな?それなら良いけど。ありがとうね、会ったばかりなのに気にかけてくれて」

 

「い、いえ。僕も知ったようなことを言ってしまってすみません……」

 

「ハハハ、君の方こそ申し訳なく思う事は何一つないよ!」

 

渚の言葉のおかげか、つくしの目からは罪悪感は消える。渚は元々高い観察力を持ち、周りの人の気持ちを察することには長けている。だからつくしの抱えていた思いにも気付き、彼女を元気づけることが出来た。

 

「清麿が変わることが出来て良かったよ。こんないい友達にも囲まれてさ……昔だったら君達のような友人といることもなく、ガッシュとはしゃぐこともなかっただろうからね」

 

「つくしさん、随分高嶺のこと気にかけてるっすね」

 

「高嶺は良い奴だよ、怒ると怖いけど……」

 

「初めて見た時から、放っておけないって感じだったんだよ。あと、怒るとアレなのはわかる……」

 

今度は杉野と岡島がつくしに話しかける。しばらく彼等は清麿とガッシュの話を続ける。

 

「3人とも。これからも清麿とガッシュの事、見ててもらっていいかな?」

 

「「「もちろん!」」」

 

「うん、ありがとう。あと、今日話したことは清麿達には内緒ね」

 

3人の快い返事につくしは満足気な顔をする。そんな時、清麿がガッシュを連れて彼女達の方まで戻ってきた。

 

「全く!あんなに走り回って、他の人や植物を傷つけたらどうするつもりだったんだ……」

 

「私が悪いというのか!追いかけてきたのはナオミちゃんだというのに‼」

 

「はいはい、わかったよ……ってあれ、つくしも一緒か。渚達と何話してたんだ?」

 

意外な組み合わせに清麿は少し困惑する。

 

「え?ちょっとした世間話だよ……」

 

「お、戻ってきたか高嶺!」

 

「……じゃあ、あたしは見回りに戻るよ。皆、植物園を楽しんでいってね」

 

ガッシュペアが合流したと同時につくしは仕事に戻る。清麿は彼女達がが何を話していたのかが気になったが、つくしは教えてくれなかった。

 

「ウヌ、何とかナオミちゃんから逃げられることが出来たのだ……」

 

「悪いな、はぐれちまって」

 

「いや、大丈夫だよ。もう少し見て行ったら帰ろうか」

 

このような日常は、特訓で疲弊しているガッシュペアの精神を癒してくれる。そして殺せんせーの暗殺のためのチームワーク形成にもつながる。こんな時間を大切にしていきたいと改めて思う清麿だった。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。岡島は相変わらずエロかった。そして今回はガッシュサイドから、つくしとナオミちゃんに登場してもらいました。


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LEVEL.12 克服の時間

ロヴロ編です。前半は原作沿い、後半はオリジナルとなります。


 放課後の空いた教室、ビッチ先生は一人空き教室で佇む。殺せんせーの暗殺が上手くいかず、内心かなり焦っている。しかし、中々暗殺のためのアイデアが浮かばない。ビッチ先生が思索にふけっていると、突如首にワイヤーがかかり、気付いた時にはそのまま吊るされていた。

 

(……ワイヤートラップ⁉なんで学校に⁉誰⁉どうして私を……‼)

 

「驚いたよイリーナ、教師をやっているお前を見て。子供相手に楽しく授業、生徒達と親しげな帰りの挨拶。まるで、コメディアンのコントを見てるようだった」

 

「……‼師匠(せんせい)……」

 

師匠と呼ばれたこの男、【殺し屋屋】ロヴロ。ビッチ先生を日本に斡旋した張本人だ。腕ききの暗殺者として知られていたが、現在は引退している。後進の暗殺者を育てるかたわら、その斡旋で財を成している。彼女が吊るされてから少ししてそこに烏間先生が駆け付け、ビッチ先生はそのままワイヤーから降ろされた。

 

 ロヴロは暗殺が上手くいってないビッチ先生に撤収を命じるためにE組に来たのだ。それを拒否しようとした彼女だがロヴロの意志は固い。そこで殺せんせーの提案により、明日一日のうちに烏間先生に対先生ナイフをビッチ先生が当てられればE組に残り続けられることになった。ただし模擬暗殺にはロヴロも参加することとし、先に彼が烏間先生にナイフを当てられれば、彼女はE組を去ることになる。

 

 

 

 

 次の日烏間先生が体育の授業をしている時、ビッチ先生とロヴロは彼に狙いをつける。生徒達は何事かと思ったが、烏間先生はそのまま授業を進める。そして授業が終わり、

 

「……というわけだ。迷惑な話だが、君等の授業に影響は与えない。普段通り過ごしてくれ」

 

烏間先生は生徒達に事情を話した。

 

「……それではもし成功しなければ、ビッチ先生がここからいなくなってしまうという事ではないのか?」

 

「そういう事になるな……」

 

話を聞いたガッシュは顔を青くする。彼は座学を受けておらず、それほどビッチ先生と絡みは無い。しかしクラスの先生が去ってしまうのはガッシュにとっても寂しい事だ。

 

「ヌオオオオォ!どうすれば良いのだァ!」

 

「どうすれば良いって言われてもなぁ……」

 

「ビッチ先生が成功させることを祈るしかなくね?」

 

ガッシュは慌てていたが、生徒達にはどうすることも出来ない。その後もビッチ先生は烏間先生に色仕掛けを試みてみるが、全てかわされる。そして午前中の授業は終わり、刻一刻と制限時間は迫る。

 

 

 

 

「清麿ォ、このままではビッチ先生が……」

 

「ああ、かなりマズイな……とはいえ、俺達にはどうすることも出来ん」

 

 ガッシュペアが廊下でビッチ先生の心配をしながら歩いていると、ロヴロと鉢合わせた。明らかに堅気ではない彼の気迫を2人は感じ取る。

 

「そう固くならなくて良い。さて、君達はイリーナにここにいて欲しいと思うかい?」

 

「ウヌ、当然なのだ!」

 

「そうですね。ディープキスと下ネタは勘弁だが、あの先生の授業は為になります」

 

「ホウ、為になるとは?」

 

ロヴロはビッチ先生の教師としての生活をあまり良く思っていない。それにもかかわらず2人は彼女を教師として必要としている。そんな彼等の発言に対してロヴロは訝しげに尋ねる。

 

「あの先生の授業はかなり実践的です。発音の仕方から細かい英文の言い回しまで、先生の海外生活の経験が生かされているから、身になりやすい。色んな国を渡り歩いたからこその授業で、他の先生ではこうはいかない」

 

「……なるほど、イリーナの経験がこんな所で生かされているとは。暗殺の方はからっきしなのに」

 

現地の言葉を知っていれば、当然その国の人達と仲良くなりやすい。ビッチ先生は言語をも利用してこれまで暗殺を成功させて来た。ロヴロは何かに納得したように頷く。

 

「そんな君達に朗報だ。この模擬暗殺から俺は手を引く。後はイリーナが奴にナイフを当てられるかどうかだ。だがまあ、無理だろうがな」

 

「ウヌ、烏間先生は手強いからのう……」

 

「確かに、ロヴロさんが引いたところでナイフを当てられなければ意味がない」

 

ロヴロは朗報と言ったが、実際に状況はそこまで良くない。このまま続けても成功する確率は低い。

 

「ところで、何か君達からは底知れぬ力を感じるな。只者ではなさそうだ」

 

(この者、私達の力に気付いておるな。油断出来ん……)

 

「(明らかに俺達を見透かしている目……)さあ、どうでしょうかね?」

 

ロヴロの発言にガッシュペアは警戒を強めた。彼もまた、かつて殺し屋としていくつもの死線を乗り越えてきた猛者だ。同じく死線を乗り越えてきたガッシュペアに対して普通ではない覇気を感じ取る。

 

「警戒しなくても良い。別に君達の力を公にさらそうというつもりはない。ただ、君達は存在感が強すぎる。これは戦闘ではともかく、君達2人の暗殺では大きなマイナスになる。少し考えた方が良いかもしれんよ……」

 

「何と、存在感とな……」

 

「忠告ありがとうございます。しかし、存在感を消すことなんてどうすれば……」

 

ロヴロは忠告してくれたが、存在感を消す方法など一朝一夕に身に付くものではない。ガッシュペアはどうしたものかと考える。

 

「それに関しては、自分達で考えてみたまえ。さあ、君達も自分の教室に戻ると良い」

 

ロヴロは答えを教えてくれなかった。この問いもまた、ガッシュペアが強くなる為の試練なのだろう。そして彼はそのまま去っていった。

 

 

 

 

 ガッシュペアはロヴロの言葉について考えながら教室に戻る。

 

「あ、高嶺君とガッシュ君。一緒にお昼ご飯食べようよ!2人ともどこ行ってたの?」

 

「ちょっとロヴロさんと話してたんだ」

 

「ロヴロ殿は、模擬暗殺から手を引くと言っておったぞ」

 

まだ昼食が済んでいない渚がガッシュペアを誘ってくれる。ちょうど今は昼時だ。クラスでもいくつかグループに分かれて仲間内で食事を楽しんでいる。

 

「へえ、じゃあ後はビッチ先生がナイフ当てるだけだね」

 

「だけだねって、そんな簡単でもないだろうに……」

 

「まあね。お、見てみあそこ」

 

カルマは軽い口調でそう言うが、決して簡単な事では無い。そんな彼は外で昼食を取る烏間先生を指差した。そして烏間先生にビッチ先生が接近する。模擬暗殺の再開だ。

 

 

 

 

 結論から言うとビッチ先生は模擬暗殺に成功し、E組に残留することが出来た。ビッチ先生の色仕掛けとワイヤートラップの見事な複合技術によって烏間先生を追い込むことが出来たが、あと一歩及ばなかった。しかし烏間先生の根負けによりナイフを当てることが出来た。そんな光景を生徒達のみならず、殺せんせーとロヴロも見ていた。

 

「苦手なものでも一途に挑んで克服していく彼女の姿。生徒達がそれを見て挑戦を学べば、一人ひとりの暗殺者としてのレベルの向上につながります。だから、私を殺すならば彼女は教室に必要なのです」

 

ビッチ先生は色々な国を渡り歩く為に、多くの外国語を習得した。それは挑戦と克服の繰り返しとも言える。そしてE組に来てからも、殺せんせーの暗殺のために必要な技術を自分で考え、挑戦と克服をしていた。今日のワイヤートラップはその成果の一つだった。殺せんせーの発言をロヴロは黙って聞いた後、ビッチ先生のもとへ向かう。

 

「師匠……」

 

「出来の悪い弟子だ。先生でもやってた方がまだマシだ。必ず殺れよ、イリーナ」

 

「……‼もちろんです、師匠‼」

 

ロヴロがビッチ先生を、暗殺者だけでなくE組の教師としても認めた瞬間だ。先生の残留は確定した。その事で生徒達は歓喜の声を上げる。そうして昼休みの時間も終わり、殺せんせーと生徒達は授業の準備に入る。一方でロヴロは今日一日E組の授業を見学することになった。

 

 

 

 

 授業が始まったので、ガッシュは裏山で特訓を開始する。特訓の内容はデュフォーに教わった身体能力向上のトレーニング及びマントを使いこなすための訓練、そして烏間先生に教わったナイフ術だ。この時間、ガッシュはナイフ術の訓練を行う。そんな時、授業を見学していたはずのロヴロが現れた。

 

「ガッシュと言ったか、君は授業を受けていないのだな……」

 

「ウヌ、私は体育の授業だけ受けることになっておる。それ以外の時間はこうやって特訓をしておるのだ!」

 

ガッシュが座学の授業を受けていない事に関しても、ロヴロは特に疑問にも思わない。

 

「そうか……しかし、魔物がナイフ術を学ぶのも変な話だとは思うがな」

 

「私が魔物だと知っておるのか⁉」

 

「イリーナ達から聞いたよ。君達の底知れぬ力の正体が分かって良かった」

 

ガッシュの事に特に驚かなかったのは、ビッチ先生達からガッシュの事情を聞いていた為だった。

 

「清麿が心の力を切らした場合でも、ナイフがあれば殺せんせーに攻撃できるのだ!だからナイフの使い方も上手くならなくてはならぬ!」

 

ガッシュが烏間先生に教わったようにナイフ術の訓練を続けると、ロヴロが対先生ナイフを取り出す。

 

「烏間に借りたんだ。少し、ナイフ術について教えよう」

 

「ウヌ、良いのか?」

 

「ああ、ひとまずそこで立っていたまえ」

 

ロヴロがナイフを構えた。そしてガッシュにナイフを当てようとしたが、ガッシュは難なくかわした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かに思えた。しかし、ガッシュはナイフを避ける際にバランスを崩してしまい、そのままロヴロのナイフを当てられていた。

 

「ウヌ、これは……」

 

「フェイントだよ。そして素早くそれを行えば、攻撃をよけようとした相手のバランスを崩すことすら可能だ。烏間ならもっと上手くやるだろうがな」

 

現役を引退したとは言え、ロヴロは一流の殺し屋として名前を馳せた男だ。ナイフ術を始めとした武器の扱いには長けている。よってこのような離れ業も難なくやってのける。

 

「闇雲に力を振り回すだけではナイフは当たらない。攻撃を当てるための過程が大事だ」

 

「わかったのだ!」

 

そうしてロヴロはガッシュにナイフ術を指導する。しかし1時間程して、ロヴロは手を止めた。

 

「どうしたのだ、ロヴロ殿?」

 

「少し休憩にしようか」

 

「分かったのだ!」

 

小一時間もナイフ術の訓練をしていたのだ。いくらロヴロとは言え、疲労感は隠せない。彼等はその場にしゃがみ込む。

 

「さて少年。私はある事を危惧している」

 

「……それは何なのだ?」

 

ロヴロには1つだけ気がかりな事がある様だ。彼は話を続ける。

 

「イリーナは生徒達と触れ合う事で、優しくなりすぎたかもしれんな」

 

「ウヌ、ビッチ先生は優しい先生だからの。それは、良くないことであるのか?」

 

「そうだな……」

 

ロヴロはこれまで、ビッチ先生を一流の暗殺者として育て上げた。しかし彼女は今やE組の英語教師としての一面が強く出ている。その事で土壇場で殺意が鈍る可能性をロヴロは危惧する。

 

「しかし、ビッチ先生は見事にナイフを烏間先生に当てたではないか!だから大丈夫だと思っていたが……」

 

「いや、あれは烏間の温情故だろう。あのトラップは見事だったが、結局見切られていたからな」

 

結果としてビッチ先生は烏間先生にナイフを当てることが出来たが、本番の暗殺の場合はあの場面で彼女が返り討ちに合うだろう。ロヴロはそれを理解していたが、E組の環境を見た上でビッチ先生の残留の判断を下した。

 

「イリーナは今、暗殺者としての自分とE組の英語教師としての自分と言う異なる立場の間で揺らいでいる状態に見えた。そこに付け込む輩がいなければ良いが……」

 

「……ウヌ?」

 

ビッチ先生はE組に来る前は何人もの要人を殺してきた非日常の生活を送ってきた。しかしE組に来てからは、人殺しとは無縁の生徒達との交流を深めている。そんなギャップを感じて先生は戸惑っているとロヴロは考える。そして、それがビッチ先生の弱みになり得る事も。しかし、ガッシュはそれを理解出来ていない様子だ。

 

「分かり辛い話をして済まなかった。とにかく、イリーナは精神的にかなり脆い一面がある。その克服は俺には出来なかった。だが、君達生徒なら出来るかもしれんな。頼りない教師だが、生徒達で支えてやってはくれないか?」

 

「もちろんなのだ!ロヴロ殿は、よくビッチ先生を見ているようだの!」

 

「まあ、師匠だからな」

 

ロヴロは表には出さないが、かなりビッチ先生の事を見てくれている。そして、生徒達ならビッチ先生を支えてくれる事を確信していた。それは自分には果たし切れなかった事だから。2人が話していると、下校時刻が過ぎていた。

 

「そろそろ帰るか。ではまたな、ガッシュ」

 

「ウヌ、またなのだ!」

 

ロヴロが山を下りていくのを見て、ガッシュは教室へ向かう。

 

 

 

 

 そして教室では清麿が渚達と話していたが、ガッシュが入ってくる。

 

「清麿達、そろそろ帰ろうぞ」

 

「そうだな、帰ろうか」

 

ガッシュと合流した清麿達は帰り支度を始める。今日の帰りの話題はガッシュがロヴロにナイフ術を教わった事だ。彼はロヴロにナイフを当てられた事を話すと、渚と茅野はそれに驚く。

 

「ロヴロさんて、すごいんだね……」

 

「魔物であるガッシュ君にナイフを当てちゃうなんて……」

 

「ウヌ、ロヴロ殿のナイフ術は強力だったのだ!」

 

ロヴロの話題は中々尽きない。そして彼の話をしているうちに、渚と茅野との別れ道まで来た。2人と別れたガッシュペアは、ロヴロに言われた“存在感”についての言葉を思い出す。

 

「ガッシュ、俺は存在感の件はこういう事だと思うんだが……」

 

清麿は自分の仮説をガッシュに話す。

 

「ウヌ、そういう事であったか……」

 

「合ってるかはわからんがな。でもこれなら、より暗殺に役立てるかもしれん!」

 

「よし、もっと特訓をするのだ!」

 

ロヴロとの邂逅を経て、彼等には新たな課題が出現した。その克服を行う為にもガッシュペアはこれまで以上に特訓に励むよう意気込む。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。ロヴロのフェイントは、バスケのアンクルブレイクを参考にしました。


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LEVEL.13 湿気の時間

時系列変更で、湿気の時間はロヴロの登場後になりました。オリジナル展開もあります。アンチ・ヘイトの要素もありますのでご注意ください。


 雨の季節、梅雨の6月。教室内の湿度も高くなり、そのせいで殺せんせーが水分を吸ってふやける。律曰く、33%頭部が巨大化していたそうだ。それだけではなく殺せんせーの帽子が少し浮く。

 

「先生、帽子どしたの?」

 

そのことに気付いた倉橋が殺せんせーに質問した時、先生は自慢げに帽子を取る。

 

「よくぞ聞いてくれました。先生ついに生えてきたんです、髪が」

 

「「「「「キノコだよ‼」」」」」

 

湿気が多いからと言って頭からキノコが生えるとは、殺せんせーの体の構造はどうなっているのやら。クラス一同そんなことは知る由もなかった。

 

 

 

 

 その日の帰り道、ガッシュペアは渚、茅野、杉野、岡野の6人で帰路に着く。杉野は茅野の食べているデザートのイチゴをねだっており、渚と清麿は雑談をかわしていた為、ガッシュと岡野が隣り合って話をする。

 

「ねえガッシュ、雨の日でも裏山で特訓してたよね?大丈夫、風邪ひかない?」

 

「ウヌ、心配してくれてありがとうなのだ。しかしひなた、私は魔物ゆえ、そんな心配はいらぬぞ!」

 

雨の日でも外に出ていたガッシュを彼女は気にかけてくれる。今日の様な悪天候でも、彼は特訓をやめるつもりは一切ない。

 

「魔物って、体が丈夫なんだね……」

 

「ウヌ、その通りなのだ!」

 

「そんなこと言って、前に熱を出してた時があったじゃないか」

 

ガッシュが自信満々にしていると、渚と話してたはずの清麿が口を出す。

 

「そ、そんなこともあったかの……」

 

「ガッシュ君、無理はだめだよ」

 

ガッシュは一度熱を出してしまった事がある。そして熱を出したのにも関わらず清麿の学校に来てしまい、その日は保健室で休むことになってしまった。ガッシュがとぼけていると、今度は渚に注意をされる。

 

「E組に来て、ここまで強い雨は初めてだ。悪天候の時ガッシュがどうすれば良いか、考えないとな。……ったく、今日はその話をしようとした矢先に外に飛び出しやがって」

 

今日は雨模様の為、清麿がガッシュの外での特訓について考え直したかった。しかしガッシュは聞く耳を持たない。結局彼はこれまで通り外で特訓を行った。

 

「心配はいらぬ。今まで通りで良い」

 

「そんな事言って、風邪ひいたら特訓も出来なくなるぞ」

 

「高嶺君て、完全にガッシュ君の保護者だよね」

 

「確かに」

 

そんなガッシュペアのやり取りを見て、清麿は渚と岡野に保護者認定を受けてしまった。2人の関係は友・仲間・パートナーと色々な見方が出来るが、今の清麿は保護者のようにしか彼等の目には映らない。

 

「保護者って……」

 

「清麿、問題ないぞ。それに私は毎日特訓して、もっと強くならねばならぬからの」

 

「ったく、風邪引かんようにちゃんと体拭いとけよ」

 

「ホント、2人って仲いいよね!」

 

岡野は2人の会話を微笑ましく思う。そんな彼女がふと周りを見渡すと、前原が本校舎の女子と相合傘をしている所を見かけた。

 

「あれ、前原じゃんか。一緒にいるのは確か……C組の土屋果穂」

 

「はっはー、相変わらずお盛んだね、彼は」

 

「ほうほう」

 

岡野達が前原を見ていると、突如合羽を着た殺せんせーが姿を見せて、前原の相合傘についてメモを取る。生徒のゴシップに目がない殺せんせーだ。

 

「……アンタ、国家機密という自覚はあるのか?」

 

人目に付きかねない場所にもお構いなく出現する殺せんせーを、清麿は呆れ混じりの目線で見る。前原はイケメンで、見た目通りのジゴロな性格だ。女子にもモテており、一緒にいる異性はしょっちゅう変わるという話だ。

 

 

 

 

 そんな前原を清麿達は見ていたが、前原と土屋の方に別の本校舎の生徒達が数人近付いてきた。

 

「あれェ?果穂じゃん、何してんだよ」

 

「瀬尾君。ち、違うの、そーゆーんじゃなくて……たまたまカサが無くてあっちからさして来て……」

 

瀬尾と呼ばれた男子生徒が呼び止めると、土屋はいきなり前原を突き放して瀬尾の方へ駆け寄る。そんな土屋を見た前原は何かを悟ったように話し始めた。

 

「あー、そゆ事ね。最近あんま電話しても出なかったのも、急にチャリ通学から電車通学に変えたのも。で、新カレが忙しいから俺もキープしておこうと?」

 

「果穂、おまえ……」

 

前原の話を聞いて、瀬尾は土屋に視線を向けた。土屋は言い訳を重ねていたが、一瞬明らかに人を見下したような表情を見せた。その後、攻撃的な目線で前原を睨み付ける。

 

「あのね、自分が悪いってわかってるの?努力不足で遠いE組に飛ばされた前原君。E組の生徒は椚ヶ丘高校進めないから私達接点無くなるじゃん。E組落ちてショックかなと思ってハッキリ別れは言わなかったけど、言わずとも気付いて欲しかったなー。けど、E組の頭じゃわかんないか」

 

「「「はははは」」」」

 

土屋のみならず、周りの男子生徒達も前原をあざ笑う。そんな土屋の理不尽な主張を聞いて前原は物申そうとするが、そんな彼を瀬尾が思い切り蹴飛ばす。

 

「わっかんないかなぁ。同じ高校に行かないって事はさ、俺達お前に何したって後腐れ無いんだぜ」

 

そう言うと、瀬尾達男子生徒は前原を袋叩きにし始める。土屋は笑いながら傍観する。そんな光景を見かねた清麿達は前原の方へ向かう。

 

「お主達、何をしておるのだ⁉」

 

まずはガッシュが前原と瀬尾達の間に入り、暴力をやめさせた。

 

「前原、大丈夫か?」

 

「ほら、こういう事もあるから女遊びも程ほどにしなさい」

 

「お前等、見てたんかい……」

 

清麿が倒れている前原に手を差し伸べて立たせ、岡野は濡れてしまった前原にタオルを渡す。渚達も前原をかばうように駆け寄った。

 

「何だぁ、E組の連中が次々と……」

 

「ていうか、このチビ何?邪魔なんだけど」

 

瀬尾達がガッシュ達を睨み付けるが、ガッシュはそれを気にも留めない。彼はただ、理不尽に暴力を振るう連中が許せないのだ。

 

「お主達、なぜこのようなひどいことをするのだ⁉前原がE組だからなのか、E組には何をしても良いと思っておるのか⁉」

 

「いや、E組の奴に彼女が付きまとわれたら、普通こうするでしょ?」

 

「そうそう、E組は底辺だからね、付きまとわれたくないよね!」

 

この認識こそ、彼等にとっての普通だ。E組の生徒に対してならどんな差別も侮辱も、時には暴力でさえも許される。この常軌を逸した差別待遇も、椚ヶ丘中学校では当たり前のことである。

 

「ていうか、こいつ何なの?生意気でむかつくんだけど」

 

「関係ないなら首突っ込まないでくれる?目障りなんだが」

 

瀬尾達はガッシュを不快に思い、暴言を吐いていく。そんな連中の言葉に対して、ガッシュは怒りの感情を露わにした。

 

関係なくなどない!私は前原の友達だ‼いい加減にしろ、貴様ら‼

 

ガッシュが声を荒げて言い放ち、瀬尾達を威圧する。そんな彼等はガッシュの視線に一瞬怯んだが、再び暴言を吐き始めた。

 

「何だよ、その目は!」

 

「E組が俺達に逆らおうってのか⁉」

 

そんな連中にガッシュはさらに物申そうとしたが、今度は清麿が前に出る。そしてその時の清麿の表情は、周りを震撼させるのには十分なほど怒気に充ち溢れていた。

 

さっきから黙って聞いてりゃ、何好き勝手言ってやがんだ⁉いい加減にしやがれ、コラァ‼

 

「「「「ひ~~~~‼」」」」

 

怒りのあまり清麿の表情は、人外のそれへと変貌していた。瀬尾達は冷や汗を掻きながら体を震わせる事しか出来ない。

 

E組になら何言っても、何しても許されると思ってんのか⁉ンなわけねーだろ‼オイ、とっとと前原に詫び入れろ、詫び‼

 

「「「「ハイ、ゴメンナサイ……」」」」

 

何で俺の方向いてんだ⁉前原に謝れっつってんだろーが‼

 

清麿の気迫により、瀬尾達は完全に恐怖に支配される。先程まで好き勝手な言動を行った連中と同一人物とは思えない。彼等だけでなく前原達も清麿の気迫で言葉を失う。そんな時、

 

「やめなさい」

 

彼等の近くの道路に1台の黒い高級車が停まっており、そこから理事長が降りてきた。

 

「高嶺君とガッシュ君。あまり本校舎の生徒達に歯向かわないよう言ったのだがね」

 

「しかし、理事長殿!あの者達が前原に暴力を振るっておったのだ‼」

 

「なるほど、確かに暴力は良くない。しかしこのままでは危うく、君達は学校にいられなくなる所だったんだよ。この意味が分かるね?」

 

E組が本校舎の生徒に立ち向かうことは、理事長の理想に反する。必要とあらば邪魔な生徒を退学に追い込むことさえいとわない理事長の強い意志によって、場の支配権が清麿から理事長に移り変わろうとする。

 

「そ、そうだ!E組が俺達に逆らいやがって」

 

「謝るのはお前等の方だ!」

 

理事長の力を後ろ盾に、瀬尾達は清麿に怯えながらもどうにか反論が出来るようになった様だ。しかし、

 

あ゛ーーー⁉

 

「「「「ひ~~~~」」」」

 

鬼の如き形相の清麿の威嚇によって瀬尾達は再び恐怖し、そのまま逃げ去ってしまった。場の支配権はまだ完全には理事長に移らない。その光景を見た理事長はため息をつく。

 

「やれやれ。そういうのをやめるよう言ってるんだがね……」

 

「お言葉ですが理事長、俺達は暴力を振るわれたクラスメイトを放っておけません」

 

「ならば、先ほどのように彼等を必要以上に脅かす必要はあったのかい?」

 

「……カッとなり過ぎたのは(・・・・・・・・・・)認めます」

 

理事長は清麿をたしなめようとしたが、清麿の目は反骨精神に満ちている。そんな彼を見た理事長は、不快になるどころか口元が笑っていた。

 

「……やはり君達との会話は面白い。それに、今君達を手放すのも惜しい。ふむ、今日はこの辺にしておこうか。それでは、あまり今回のような荒事は起こさないようにね」

 

理事長はそう言って車に戻る。その場にはE組の生徒達のみが残された。

 

 

 

 

 清麿達の間には何とも言えない雰囲気が漂う。そんな中で初めに言葉を発したのは杉野だ。

 

「高嶺とガッシュ、あの理事長相手に一歩も引いてなかったな。見ててヒヤヒヤしたぞ」

 

「ホント、心臓に悪いよね。2人が退学とか勘弁だよ……気を付けてよね」

 

彼の言葉を聞いた後、ガッシュペアの退学の危機を茅野が心配してくれた。

 

「……悪い、心配かけたか」

 

「済まなかったのだ」

 

「マジそれな!俺をかばってくれたのは嬉しいけど、それでお前等が退学とかシャレになんねー。まあ、助けてくれたのはサンキューな」

 

ガッシュペアの素直な謝罪を聞いて、前原達も安心する。しかし、

 

「……けどさっきの本校舎の連中、E組相手なら何しても許されるくらいの勢いだった。俺、それ見て悲しくなったし、何より怖かったんだ。ヒトって皆、相手が弱いと見たらああなっちまうのかなって」

 

先ほどの表情とは打って変わり、前原は悲し気な顔を見せる。だが、

 

「何を言う、前原。清麿の方がよっぽど怖かったであろう」

 

「あ、ガッシュ。俺の言いたいこと言うなよ!」

 

「お前等……」

 

悲し気な表情は、清麿の鬼の形相についての話題のための前振りに過ぎない。そんな前原達に清麿は呆れるが、皆の雰囲気は明るくなる。そして笑いが出てくる。また雨も止んできており、少しではあるが日が差していた。

 

「確かに高嶺君は怖かったですねぇ。しかし、根本的に本校舎の生徒達とは違う」

 

先ほどまで姿を見せていなかった殺せんせーが出現する。安易に外を出歩いている所を理事長に見られる訳にはいかず、隠れていた。

 

「彼等は自分より弱いと判断したものにのみ、攻撃的だった。しかし高嶺君はそうではない。友達をかばうためにどのような相手にも立ち向かっていける、それは凄いことだと思います。もちろんガッシュ君や、すぐに前原君のもとへ駆けつけてくれた君達もです。暗殺を通して確実に絆が結ばれてますねぇ、ヌルフフフ」

 

殺せんせーはかなり嬉しそうだ。クラス間に絆が芽生える、先生にとってこれ程嬉しいことはそうない。

 

「そういえば前原君、怪我とかしてない?」

 

「ああ、大丈夫だぜ渚。それに今は気分も悪くない。罵倒されたり蹴られた事も、高嶺にビビりまくってた連中見てたら、もうどうでも良くなっちまった」

 

「そっか、怪我がなくて良かった」

 

ひどい目にあわされた前原だったが、どこか清々しい顔をする。他の生徒達も先ほどまでE組が罵倒されていたとは思えないような表情だ。

 

「E組って本校舎からは弱者として差別されてるけどさ、皆どこかに頼れる武器を隠し持ってるのを俺は見て来た。だから皆で色んな事に挑戦していけるんだ。そこには俺が持って無い武器も沢山あって……」

 

「そういう事です。人の能力はひと目見ただけじゃ計れない。それをE組で暗殺を通して学んだ君達は、この先弱者を簡単にさげすむ事は無いでしょう。さて、この先本校舎の生徒達を見返す機会は多くある。皆の武器をふんだんに生かして彼等にぎゃふんと言わせてやりましょう、ヌルフフフ」

 

雨降って地固まるとでも言うのか、今回の事で清麿達はクラスの絆を強く実感する。そして雨は完全に止み、空は晴れてきていた。また後日、前原が他校の女子と遊んでいたことが発覚したのは別の話である。

 

 

 

 

 その頃理事長は本校舎に戻り、自分の部屋にてある男と対面している。

 

「やれやれ、高嶺清麿とガッシュベル。あの2人はあくまで私の理想に逆らうのだろうね。困った生徒達だ。そうは思いませんか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ナゾナゾ博士!」

 

「ハハハハハ、學峯君。随分と彼等相手に手を焼いているようじゃないか!」

 

理事長と話していた相手はナゾナゾ博士だった。これまで何度もガッシュペアを助け、今回はその彼等を殺せんせー暗殺のために理事長に紹介した張本人だ。

 

「手を焼いているという程でもないのですがね。ただ、彼らが私の理想とは決して相容れることは無いだろうことは非常に残念だ」

 

「ハハハ、私も彼等が誰かに屈する場面は想像出来んよ」

 

「さて、雑談はこの辺にして、本題に入りませんかね?」

 

気付けばガッシュペアの話題ばかりになっているところを理事長が遮る。

 

「そうだったね。今回はE組に暗殺のための助っ人を紹介しようと思ってね」

 

「ほう、それはどんな?」

 

理事長が尋ねると、ナゾナゾ博士は助っ人の写真を渡した。

 

「あまり強そうに見えませんがね……」

 

「見た目で判断してはいけないよ。この者もまた、何度も死線を潜り抜けているからね」

 

「となると、魔物絡みですかね?」

 

「ああ、その通りだ。最も、魔物の方は魔界に帰ってしまったがね」

 

「なるほど、いいでしょう。E組の助っ人として歓迎します」

 

ナゾナゾ博士が紹介した助っ人は、理事長の許可によってE組の暗殺の手伝いをすることになった。それがE組にどのような影響を与えるのかは定かではない。

 

 

 

 




 読んでいただき、ありがとうございました。仕返しの時間はカットです。さて、E組の助っ人は誰なのやら……


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LEVEL.14 助っ人の時間

 オリジナル回です。ガッシュのあのキャラが助っ人として登場します。


 前原が本校舎の生徒達に絡まれていた日の夜、清麿はナゾナゾ博士と通話する。

 

『久し振りだね、清麿君。ガッシュ君も元気かな?』

 

「ああ、こっちは相変わらずだ。何か殺せんせーについて分かったのか?」

 

『いや、その情報はまだ探ることが出来てない。それよりも君達E組に、暗殺のための強力な助っ人を要請しておいた』

 

「何、助っ人だと⁉」

 

ナゾナゾ博士は清麿に、助っ人についての連絡を行う。一体誰が助っ人になったのか。清麿は気が気でない。

 

『いかにも。ただし、転校生というわけではない。あくまでその者の都合が良い時だけに暗殺を手伝ってもらうことが出来るだけだ。正式にクラスに属してはいない』

 

「一体どんな奴なんだ?」

 

『それはね、君達も良く知る人物だ。それは、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【マジョスティック12】だ!どうだ、強力な助っ人たちだろう⁉』

 

「な、何だって……⁉」

 

清麿の顔から眼が飛び出しそうになる。【マジョスティック12】、ナゾナゾ博士の僕達だ。度々魔物との戦いにも参加していたが、それ程活躍は出来ていなかった。意外過ぎる助っ人達の登場に清麿は驚きを隠せない。隣にいたガッシュは、清麿の表情に対してビックリする。

 

「ほ、本当にあいつらが……」

 

『ああ、清麿君。それはね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウ・ソ!』

 

ナゾナゾ博士お得意の嘘だった。ナゾナゾ博士は度々嘘を付き、パートナーのキッドをからかって来た。そんな嘘に対して清麿から何かが切れる音がする。

 

「おいアンタ、こんな時に嘘を付くんじゃない‼」

 

『ハハハ、冗談だよ。そう怒らんでくれたまえ』

 

「ったく、本当は誰が来るんだ?」

 

『どうしても聞きたいかい?それはね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒ・ミ・ツ!』

 

ナゾナゾ博士の悪ふざけに清麿の堪忍袋の緒が切れる。そして彼は怒りのままに電話を切ってしまった。そんな様子を見ていたガッシュは何事かと思う。そして彼は汗をかきながら清麿に訳を問いただす。

 

「き、清麿。どうしたのだ?」

 

「ナゾナゾ博士からだ‼ったく、あの人の悪ふざけはどうにかならんのか……」

 

ナゾナゾ博士はしばしばこのように清麿をからかう。その度に彼の逆鱗に触れ、ガッシュの電撃を浴びせられて来た。

 

「明日から、ナゾナゾ博士の紹介でE組に助っ人が来るんだと。誰かは聞けなかったが、恐らく俺達の知ってる人だろう……」

 

「おおっ、また転校生か?」

 

「いや、転校生ではない。あくまで助っ人であり、正式にE組に所属する訳ではない」

 

「一体、誰なのだろうな⁉」

 

謎の助っ人の正体に関してガッシュは興味津々だ。E組にどの様な変化が訪れるのか。ガッシュは期待に胸を躍らせる。

 

 

 

 

 次の日の学校。特に助っ人らしき人物は現れずにその日の学校生活が終わろうとしていた。また助っ人の話題をE組の誰も挙げておらず、何事もないまま授業が終わってしまった。

 

(結局、助っ人なんて現れなかったじゃないか……またナゾナゾ博士の悪ふざけだったのか?)

 

清麿がそんなことを考えていると、教室の扉が突然開く。そして対先生ナイフを持った何者かが殺せんせーに襲い掛かった。その光景にクラス一同、唖然とする。

 

「……授業が終わるまで待っててくれたのですか、律儀な暗殺者ですねぇ!」

 

殺せんせーは暗殺者の攻撃を尽くかわし、その暗殺者を触手でとらえてしまった。

 

「まさかこんな堂々乗りこんでくるとは。そしてこの独特な動き、ただのナイフ術ではない。別の格闘術との複合技でしょうかね。しかしとらえてしまえばこっちのもの。覚悟はいいですか、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

可愛い暗殺者さん?」

 

「……⁉くっ、離すある‼」

 

(((((ある⁉)))))

 

この暗殺者は中国人で、カンフーを使用していた。しかしその人物は清麿のよく知る者だった。暗殺者を殺せんせーが投げ飛ばそうとした時、

 

「ちょっと待った、殺せんせー‼な、何でリィエンがここに⁉(ナゾナゾ博士の言ってた助っ人は、リィエンだったのか⁉)」

 

(((((高嶺君の知り合い⁉)))))

 

あまりに意外な人物の登場に、清麿は思わず席を立つ。リィエンはかつて魔界の王を決める戦いに参加し、パートナーのウォンレイと共に清麿達にこれまで何度も力を貸してくれた。そんな彼女は、今度は殺せんせー暗殺の助力をしてくれることになった。

 

 

 

 

 リィエンは投げ飛ばされることもなく、無事に殺せんせーから解放される。E組の助っ人の登場という事で、生徒と殺せんせーだけでなく、烏間先生とビッチ先生も教室に集まる。もちろんガッシュもそこにいた。

 

「清麿、ガッシュ!久し振りある!」

 

「リィエンが助っ人なら、頼もしいのだ!」

 

「助っ人が来ることは聞いていたが、まさか君達の知り合いだったとは……」

 

リィエンが助っ人に来ること自体、烏間先生は聞いていた。しかし、その助っ人がガッシュペアと接点があるとは思いもよらなかった。

 

「ええと、まずは自己紹介からあるね。私の名前はリィエン。E組の助っ人として中国から来たある。少しの間だけど、皆の暗殺の手伝いをするある、よろしく!」

 

リィエンが自己紹介を済ませた後、他の生徒達からの質問責めを受ける。そして数多くの質問が同時に彼女に投げかけられる。聖徳太子で無いのだから、当然彼女は返答に困る。そんな時、

 

「ちょっとアンタ達、がっつきすぎ。その子が困ってるじゃない、全く」

 

ビッチ先生がリィエンに助け船を出してくれた。

 

「というか高嶺、ガッシュ。アンタ達の知り合いなら、ガキどもに紹介してあげなさいよ」

 

「ビッチ先生。リィエンは知り合いじゃなくて、友達なのだ!」

 

「わかったよ、リィエンは……」

 

清麿は他の生徒達にリィエンの事を紹介する。彼女との出会い、魔物のウォンレイと一緒に清麿達と戦ってくれた事、ウォンレイとは固い絆で結ばれている事などを話した。清麿が一通り説明を終えるが、その後も生徒達の質問が止む気配は無い。

 

「リィエンさんはウォンレイっていう魔物とは恋人になったんスか?」

 

「あ、それ私も聞きたい!」

 

「気になる~」

 

前原の質問に対して、他の女子達もリィエンとウォンレイの関係に興味津々だ。

 

「ウォンレイとは恋人になったあるよ。私はウォンレイの事が大好きある。そんな彼は最後まで私達を守ってくれた。ウォンレイはいつも何かを守るために戦っていたある。私も彼の意志を継いで世界を守るために皆に協力するある!」

 

リィエンの返答には迷いがなかった。ウォンレイはファウードでの戦いで強大な爆発からリィエン達を守りぬいたのだ。そんな守る意思を彼女は継いでいる。

 

「……でも、魔界に帰ってしまったならウォンレイっていう魔物とリィエンさんはもう会えないんじゃ?」

 

矢田が苦虫を嚙み潰したような表情でそう言う。しかし、

 

「それはわかりきってたことある。それにどんなに離れていても、私達はいつも一緒にいるあるよ」

 

ウォンレイはリィエンの心の中で生き続けるために、彼女に自身の戦う姿を焼き付けさせて来た。そんなウォンレイを彼女は常に思い続けている。そしてリィエンは、彼が残してくれた髪留めを皆に見せる。そこには“ずっと一緒に”とメッセージが記されていた。例え直接会う事が出来なくとも、2人の心は強い絆で繋がっている。

 

「2人の繋がり、すごく素敵!……あれ、目から涙が……」

 

「ウヌ!桃花よ、泣くでない」

 

リィエンの話を聞いて矢田は涙を流す。そんな矢田をガッシュがなだめていたが、彼もまた泣いている。それ以外にも多くの生徒が感動する。そんな中、

 

「種族も世界も超えた恋だって⁉くっ、3次元も侮れないな……」

 

「まずこんな純愛ラブストーリーが実在していたことに、驚きを隠せないわ」

 

竹林と狭間が独特な表現でリィエンとウォンレイの関係を褒め称える。しかし2人の言い方が言い方だったため、クラスが微妙な雰囲気になってしまった。リィエンも困ったような表情をする。しかしそんな2人の発言など聞こえていないかのように、涙を流し続けていた人がいた。

 

「……でも、そんなのって……悲しすぎるじゃない‼いくら心で繋がっているって言っても、もうアンタ達は直接会って会話をすることも、触れ合う事も出来ないのよ‼そんな、そんな事って……辛いとは思わないの⁉」

 

ビッチ先生は大粒の涙を流しながら声を荒げた。彼女はこれまで、暗殺のために数多くの男達を手玉に取ってきた。そしてビッチ先生に魅了された男達は、多くを貢いできた。しかし、そこには本物の恋愛感情など無かった。対してリィエンはひたすら一途にウォンレイに恋していた。

 

 多くの男達と触れ合っても本物の恋をしてこなかったビッチ先生と、ただ一人の男を一途に思い続けてついには種族をも超えた恋愛関係を築いたリィエンは、ある意味対極とも言えるだろう。そんな彼女に思うところがあったのゆえに、ビッチ先生は取り乱したのかもしれない。

 

「イリーナ先生、落ち着いて下さい」

 

「人の恋愛事情にあまり口出しをするものでは無いと思うが?」

 

「‼……ごめんなさい。私……」

 

殺せんせーと烏間先生に指摘され、ビッチ先生は冷静さを取り戻す。そんな彼女を見て、リィエンは怒るどころか優しく微笑んでくれていた。

 

「気にしなくて大丈夫あるよ。私を心配してくれているのでしょう?あなた……とても優しい人あるね。でも大丈夫。直接会えなくても、心で繋がっているから辛いなんて思わないあるよ」

 

リィエンの目は優しかったが、それと同時に強い芯を感じさせる。そんな彼女を見て、ビッチ先生はそのままリィエンを抱きしめた。

 

「あ、あれ……どうしたあるか?」

 

「……少しこうさせなさい(この子の言葉に嘘はない。でも、それでも……)」

 

「ふふっ、わかったある」

 

ビッチ先生の突然の行為だったが、リィエンは満更でもない。そして少し経過した時、ビッチ先生は何かに気付いたような顔をしてリィエンから離れた。

 

「……そうだ!こうすればいいのよ!ねぇ高嶺、アンタ将来研究者になりなさい!アンタの頭脳があれば、魔界とこの世界をつなげる方法を思いつくんじゃないの?というか、考えなさい!これでこの子とその男が会えるようになるわ!これは命令よ‼」

 

「「「「「急にどうした⁉」」」」」

 

ビッチ先生の発言に、クラス一同ツッコミを入れた。

 

「イリーナさん。そんなこと言ったら、清麿が困ってるあるよ」

 

「……いや、いいんだリィエン。実は少し考えてたんだ、魔界と人間界をつなげること。俺もいずれはガッシュと別れることになるからな。それっきりでは寂しい。とは言え、取っ掛かりもない上にリスクも大きいことは容易に想像できる。簡単な話じゃあない」

 

清麿は魔界と人間界を繋ぐ事を考えている。その方法が思いつけば、別れてしまった魔物とパートナーが再び会うことが出来る。しかし方法が全く分からないうえ、悪いことを考える魔物が人間界に来てしまう可能性もある。

 

「そんなことが出来たら、色んな魔物を見ることが出来るな、面白そう!」

 

「でも、悪い魔物と遭遇したらどうしよう……」

 

「悪い魔物ばっかりでもなくね?」

 

「魔界かぁ、行ってみたいな」

 

クラスの反応も様々で、色々なリアクションを見せる。

 

「ウヌ!私も王になったら、そんな方法を探してみるのだ!」

 

「ふふっ、ありがとうある」

 

ガッシュも魔界と人間界を上手く繋げる方法に興味があるようだ。

 

「さて、リィエンさんも大分馴染めてきたことですし、私はこの辺で帰ります。新たな助っ人を交えた暗殺、楽しみにしてますよ!ヌルフフフ」

 

殺せんせーはそう言って教室を出た。そして先生が退出した後、間もなくリィエンを交えた暗殺の作戦会議が始まる。そして1つの計画が立てられた。

 

「……これなら行けるんじゃね?」

 

「この作戦、私が責任重大あるね」

 

「リィエンさんに来てもらって早々大役任せるようで申し訳ないような……」

 

「問題ないある!任せるある!」

 

今回はリィエンを中心にした暗殺となる。彼女に重役を任せる暗殺故に申し訳ないと思う生徒もいたが、リィエンは気にしていない。

 

「ウヌ、皆で頑張ろうぞ!」

 

「「「「「オー!」」」」」

 

ガッシュの一声でE組達はやる気を見せる。新たな助っ人を交えた暗殺は、明後日決行される事になった。

 

 

 

 

 暗殺の当日、通常通りの学校生活が終わろうとしていた。そして放課後、殺せんせーに対して教室に残った生徒達がBB弾入りの銃を構え、銃弾が撃たれる。

 

「これでは出席の時と同じではないですか?何か仕込まれてるんですかねぇ?」

 

大量の弾幕を殺せんせーは難なくかわす。ここまでは出席の時の射撃と同じである。しかし、急遽教室の扉が開かれ、ガッシュがナイフを振り回して殺せんせーに突撃した。

 

「発砲に紛れてガッシュ君が突撃する作戦、前にも見たことがあるんですがねぇ」

 

銃弾のみならず、ガッシュのナイフをも完璧に見切る殺せんせー。それを見た清麿が呪文を唱える。

 

「ザケル!」

 

殺せんせー目掛けて電撃が放たれたが、殺せんせーに避けられてしまった。そして生徒達も弾切れを起こす。

 

「ふむ、ここまでは既視感があるのですが……⁉」

 

殺せんせーは身構えた。先ほどまで教室に存在していないはずの新たな暗殺者がどこからともなく現れたのだから。否、リィエンはガッシュと一緒にいた。ガッシュのマントに隠れていたのだ。

 

 ガッシュのマントは形を変えることが出来る。リィエンを隠すためにマントを拡大させていた。そしてリィエンを包んだマントを殺せんせーに悟らせないようにしていた。リィエンは片腕のみをマント越しに床につけたまま、腕立て伏せのような体制でガッシュに動きを合わせていた。

 

(なるほど、そういう狙いでしたか!)

 

(これで決めるある!ハイーーー!)

 

リィエンは心の中で叫び殺せんせーに向かって行ったが、殺せんせーはリィエンの攻撃をかわして見せる。

 

「‼」

 

「なるほど、ガッシュ君のマントにそんな機能があったとは……そしてこの暗殺はガッシュ君のマント操作、リィエンさんの身体能力が合わさらないと成立しない方法ですねぇ」

 

「全て完璧に見切られただと⁉」

 

殺せんせーは特にテンパることもなく、全ての攻撃を回避した。清麿が驚きのあまり声を上げるが、殺せんせーはいつも通り笑みを浮かべる。

 

「ガッシュ君のマントがいつもと違うように見えましたねぇ。ガッシュ君、そのマントは完璧には使いこなせていないのでしょうか?」

 

「ウヌゥ、私の修行不足なのだ……」

 

今回の暗殺でガッシュのマントも計画に加えたが、まだまだマントを使いこなす為の特訓が足りていなかった。

 

「リィエンさんも、マントの中では動き辛かったでしょうね。しかし、ガッシュ君の特殊なマントとリィエンさんの身体能力を生かした面白い暗殺でした。他の生徒の射撃の腕も上達しており、各々が役割を果たせる良い方法でしたね。それでは後片付けはよろしくお願いします!」

 

殺せんせー今回の暗殺を振り返った後、そのまま帰ってしまった。先生はこの暗殺方法を褒めてこそくれたが、暗殺には到底至らない。助っ人を交えた暗殺が失敗したE組一度は悔しさを噛みしめる。

 

 

 

 

「私がマントをもっと使いこなせていれば、上手くいったかもしれぬ。済まぬのだ!」

 

「ガッシュのせいじゃないある。私が上手く動けていれば……」

 

 ガッシュとリィエンは申し訳なさそうにする。他の生徒が授業を受けている際に、ガッシュとリィエンは裏山で練習をしていたが、今回の暗殺も失敗してしまった。

 

「あれで気付ける殺せんせーがすごいだけだからドンマイだよ」

 

「今回はダメだったけど、リィエンさんの動きは凄かったよ~!」

 

落ち込む2人を見て、矢田と倉橋が励ましてくれる。

 

「私、もっと修行するある!そしてまた殺せんせーを殺しに来るある!」

 

「私も頑張るぞ!」

 

彼女達の励ましを聞いて、リィエンとガッシュが気合を入れ直す。その時、余りにも場違いな表情を見せるビッチ先生が教室に入ってきた。

 

「ねぇリィエン、それも良いけど、私もアンタに教えたいことがあるのよ」

 

「?それって、何あるか?」

 

ビッチ先生が少しいやらしい言い方をする。それを聞いたリィエンは当然警戒する。

 

「女の磨き方と男を喜ばせる方法。もっと良い女になって、魔界の男と再会したときに驚かせてあげるのよ!」

 

ビッチ先生がリィエンに弟子入りさせようとしていた。ちなみに矢田と倉橋はすでに弟子入りしている。

 

「えっと、私は……」

 

「それさんせー。リィエンさんも色々ビッチ先生に教わろうよ~」

 

「リィエンさんも一緒なら、もっと楽しくなりそうだね」

 

リィエンが困っていると、倉橋と矢田が弟子入りを勧めてきた。彼女から断る選択肢が失われつつある。

 

「フフッ、仕込み甲斐が有りそうね。色々教えてあげるわ」

 

「……お手柔らかにお願いするある……」

 

半ば強引ではあるが、リィエンのビッチ先生の弟子入りが決まった瞬間だ。彼女はあと数日で中国に帰ってしまうが、師弟関係に国境など無い。

 

「リィエン、これからどうなってしまうのかの?」

 

「さあ、わからん」

 

そんなリィエンをガッシュペアは何とも言えない表情で見つめる。そして彼女は数日でビッチ先生に色々仕込まれたそうだ。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。助っ人はリィエンでしたが、暗殺には至らなかったです。殺せんせーは手強いですね。


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LEVEL.15 転校生の時間・二時間目

イトナ編に入るのですが、映画の時間の要素も少しあります。


 リィエンが中国に帰った日の夜、清麿はナゾナゾ博士と電話していた。

 

『この前はひどいじゃないか、清麿君。いきなり電話を切ってしまうなんて……』

 

「アンタがふざけるからだ。それより、まさか助っ人がリィエンだったとは……」

 

『ハハハハハ、驚いたかい?』

 

電話の内容はもちろんリィエンの事である。

 

『初めは恵君に協力してもらおうと思ったのだがね、彼女は魔物との戦いで忙しいと思ってそれはやめといたんだよ』

 

「そうだな、恵さん達に協力をしてもらえるなら頼もしいが、頼むのは少なくともクリアを倒してからだな」

 

恵達は打倒クリアのための特訓で忙しい。クリアを倒すまではこちらに専念してもらうべきだという事が清麿とナゾナゾ博士の判断だった。

 

『クリアとの戦いが終わったとしても、日本から離れているフォルゴレ君、サンビーム君、シェリー君達に頼むのは厳しいだろう。比較的日本の近くに住んでおり、魔物との戦いが続いていなくてかつ単体でそれなりに戦闘能力がある者という条件で考えて、リィエン君はピッタリだった』

 

ナゾナゾ博士がリィエンを推薦した理由を説明した。

 

「ああ、暗殺には至らなかったがとても頼もしい助っ人が来てくれた。博士もありがとう。アンタはいつも見えないところで俺達に力を貸してくれる」

 

『礼などいらんよ、落ち着いたらまた会おう。それでは!』

 

ナゾナゾ博士との通話は終了した。その後清麿はガッシュと少し雑談をしてからそのまま眠りについた。

 

 

 

 

 次の日、ガッシュペアが登校すると、渚とカルマが映画の話をしていた。

 

「おはよう、2人とも。聞いてよ、昨日カルマ君と一緒に殺せんせーにハワイの映画館まで連れてってもらったんだ!」

 

「何と、すごいのだ!」

 

「……やっぱ殺せんせーはとんでもねーな」

 

渚とカルマが殺せんせーと共にハワイまで映画を見に行ったそうだ。それを聞いたガッシュペアは、殺せんせーが規格外であることを改めて思い知らされる。

 

「それよりその映画監督が面白い人でさ。挿入歌にやたらとベートーベンの曲入れたがるんだよね。あと、今回の映画だと何故かいも天が良く出てきてたっけ」

 

カルマの話を聞いて、清麿はある男の顔を思い浮かべる。

 

「なるほど……なあガッシュ」

 

「ウヌ?」

 

「赤羽の話を聞いて、何か思い出すことはないか?」

 

「そうだの……」

 

清麿に言われて、ガッシュはこれまでの出会いを思い出す。そして彼もまた清麿と同様に1人の男の存在を思い出す。その時、

 

「なあ、その映画監督ってベルンの事じゃないのか⁉お前等」

 

清麿達が映画の話をする最中、突如として三村が会話に加わる。三村は映像関係に詳しく、それに関しては映画監督の話題も例外ではない。

 

「あれ、三村もその監督のファン?」

 

「ああそうだよ!一時姿を消したと思ってたらまた復活し始めたんだ。ベートーベンはともかく、何でいも天なんだろうな?というか、カルマがベルンのファンなのが意外過ぎる!」

 

「あの監督、色々面白いからね~」

 

三村とカルマが同じ映画監督のファンという事で、2人は共通の話題で盛り上がる。彼等の新たな一面が露呈した瞬間だ。そんな時、

 

「やっぱりそうなのだ!その監督は、キースのパートナーではないか!」

 

ガッシュが何かを確信したように声をあげた。

 

「え、キースって?まさか……」

 

「ガッシュ君、それってもしかして、魔物絡み?」

 

「マジ?ベルンも魔物の戦いに参加してたの?」

 

ガッシュの言動を見て、渚達はベルンが魔界の王を決める戦いに参加していたことを察した。ベルンはかつてキースとペアを組み、ファウードを巡ってガッシュ達と壮絶な戦いを繰り広げた。

 

「ああ、その通りだ。やつの魔物は戦いの最中にベートーベンを歌うようなバカだったが、かなりの強敵だった」

 

「いも天が好物だったようだが、あの者達は強かったのだ」

 

ガッシュペアはキース達との激戦を思い出す。初戦ではフォルゴレが死にかけ、2戦目ではバリーが助けに入ってくれなければどうなっていたか。

 

 そんな話をしている中、殺せんせーが教室に入ってきた。それを見た生徒達は各々席に着く。

 

「おはようございます、皆さん。今日もまた転校生が来ることを聞いてますね?」

 

「あー、ぶっちゃけ暗殺者だろうね」

 

「ええ、先生も今回は油断しませんよ。いずれにせよ、暗殺者(なかま)が増えるのは嬉しい事です」

 

今日もまた転校生が来るのだ。もちろん暗殺絡みで。昨日の烏間先生からの全体メールで行き渡っていた。しかし律を見た後という事で、生徒達はそれほど転校生の事を話題にはしていない、らまた暗殺者が来るのか、程度の認識だ。ところが律の話によると、その転校生は律よりも遥かに強力な暗殺者だそうだ。それを聞いたクラスの緊張感が一気に高まる。

 

 そんな中、教室の扉が開き、全身白装束の男が入ってきた。その男は緊張している生徒達を見て、それをほぐすために手から鳥を出す手品をして見せた。しかし生徒達の緊張がほぐれる事は無い。

 

「ごめんごめん、驚かせたね。転校生は私じゃないよ、私は保護者……まぁ白いし、シロとでも呼んでくれ」

 

シロと呼ばれた男に対して殺せんせーは余程驚いていたのか、奥の手のはずの液状化を使って教室の隅に逃げていた。この行動で先生は生徒達から顰蹙を買う羽目になる。

 

「初めまして殺せんせー。ちょっと性格とかが色々と特殊な子でね、私が直で紹介させてもらおうと思いまして」

 

シロが殺せんせーに挨拶をしている時、ガッシュペアは小声でシロについて話す。

 

「清麿。あの者、何だか嫌な感じがするのだ……」

 

「ああ、俺もそう考えていた。あの男の目からは、並々ならぬ執念のようなものが感じ取れる。何を経験すればこんな事に……」

 

魔物達との戦いで多くの者を見てきたガッシュペアは、シロの異常性に気付く。しかし正体までは見抜くには至らない。そしてシロは生徒達を一通り見終えた後、寺坂とカルマの間の空いている席を指差した。

 

「席はあそこでいいのですよね?殺せんせー」

 

「ええ、そうですが」

 

「では紹介します。おーいイトナ‼入っておいで‼」

 

シロが転校生を呼ぶと、生徒達の緊張感が最大限に高まる。そんな時、転校生の席の後ろの壁が崩壊した。そして空いた穴からは小柄な少年が入ってきた。信じがたい光景ではあるが、この少年は難なく壁を破壊してしまった。

 

(((((ドアから入れよ‼殺せんせーも困ってるし‼)))))

 

「堀部イトナだ、名前で呼んであげて下さい。ああそれと、私も少々過保護でね。しばらくの間、彼の事を見守らせてもらいますよ」

 

生徒達の心の中のツッコミなど知る由もなく、シロは話を進める。何はともあれE組に新たな暗殺者、堀部イトナが転入してきた。そしてイトナは他の生徒達を品定めするかのように教室を見渡す、らその後、イトナは殺せんせーの方に近付いて指を差す。

 

「このクラスにも強そうなのは何人かいるようだが、俺が殺したいと思うのは俺より強いかもしれない奴だけ。この教室では殺せんせー、あんただけだ」

 

「強い弱いとはケンカの事ですか、イトナ君?力比べでは、先生と同じ次元には立てませんよ」

 

「立てるさ。だって俺達、血を分けた兄弟なのだから」

 

(((((き、き、き、兄弟⁉)))))

 

その言葉を聞いて、生徒一同は愕然とする。殺せんせーも何が何だか分からないといった表情で冷や汗をかく。生徒や殺せんせーの疑問を無視して、イトナは話を進める。

 

「兄弟同士小細工はいらない。兄さん、お前を殺して俺の強さを証明する。時は放課後、この教室で勝負だ。今日があんたの最後の授業だ。こいつらにお別れでも言っておけ」

 

そう言い残してイトナは教室を出て行く。その後、生徒達から殺せんせーが質問責めを受けたのは言うまでもない。しかし、殺せんせーにもまるで心当たりがない。それでもシロはイトナが殺せんせーの弟であることを肯定している。また、その真偽は放課後になったら分かるともE組一同に説明した。

 

 

 

 

 そして昼休み、イトナは殺せんせー同様に大量のお菓子を食べ始める。彼も殺せんせーのように甘党だ。そんなイトナに対して他の生徒達はどう接して良いか分からない様子だ。ただ一人を除いて。

 

「お主、随分たくさんのお菓子を食べておるのう!」

 

(((((ガッシュ(君)が話しかけた‼)))))

 

ガッシュがイトナに話しかけるが、イトナはそれを無視してお菓子を食べ続ける。それでもガッシュはめげずにイトナに話し続けた。

 

「ウヌ?そのお菓子の箱と割りばしがあれば、バルカン300を作れるぞ。清麿が作ってくれるから心配はいらぬ。私も同じものを持っておる。ともにバルカンで遊んで友達になろうぞ!さあ、バルカンも挨拶をするのだ!」

 

「よ・ろ・し・く・ね」

 

バルカン300、清麿がガッシュの為に作った友達である。ポッ〇-などのお菓子の箱と割りばしがあれば5分で作れる。のりもいらないのでかなりお手軽だ。もちろん喋る訳がない。ガッシュがバルカン300を取り出すが、イトナはまるで興味を示さない。

 

(ガッシュが吹き替えているだけだろう……というか、あいつの分も俺はバルカンを作らなくてはならんのか?)

 

清麿がイトナのバルカンを作るかどうかを考えるが、クラスに妙な雰囲気が流れ始めた。

 

「え、あれ高嶺が作ったの?」

 

「高嶺達の趣味はよーわからん」

 

「何でバルカンなんだ?」

 

「その良くわからんものを見る目で俺を見るんじゃない、お前等……」

 

菅谷・千葉・三村を始め、多くの生徒達がバルカン300を見て首を傾げる。シンプルではあるが、清麿がそれを制作した事実が余計に生徒達を困惑させる。そんな彼等は何とも言えない表情で清麿の方に視線を向ける。しかし、

 

「でもガッシュ君のために何か作ってあげるのは、とても良いことだと思います!」

 

「ガッシュ君、とても喜んでるね。高嶺君、優しいなぁ」

 

「……さあ、どうだろうな」

 

奥田と神崎のように、清麿がバルカン300を作ったことに対して好意的な発言をする生徒もいた。実際にガッシュにとってバルカン300はかけがえのない友達だ。それを聞いた清麿は照れ臭そうにする。

 

 一方ガッシュは、一向に反応してくれないイトナに対して心が折れそうになる。それでも彼はめげずにイトナに話しかけた。

 

「な、何か喋ってほしいのだが……そうだ!お主は甘いものが好きなのだな。カエデも甘いものが好きだと言っておったぞ!ちなみに私はブリが好きなのだ!皆で何か食べに行くのはどうかの?」

 

(ガッシュ君が私の名前を出した!)

 

ガッシュは食べ物の話をするが、それでもイトナはガッシュに反応しない。そしてガッシュは我慢の限界に達した。

 

「ヌオオオオォ、あの者が私を無視するのだ~!清麿ォ、私は何か悪いことをしてしまったのか~⁉」

 

「いや、そんなことはないぞ……」

 

(((((ガッシュ(君)の心が折れた‼)))))

 

イトナの無視に耐え切れなくなったガッシュは、ついに泣き出して清麿に抱きつく。そんな彼に対して多くの生徒達が哀れみの目線を向ける。そして泣きじゃくるガッシュに茅野が近付く。

 

「ガッシュ君はよく頑張ってたよ、偉い偉い」

 

「ヌオオオオ、カエデ~!」

 

清麿に抱きついているガッシュの頭を茅野が優しく撫でる。その時ガッシュは、今度は茅野に泣きついた。

 

「何かそうしてると、茅野はガッシュのお姉ちゃんみたいだな」

 

「え……そ、そうかな?えへへ、お姉ちゃんかぁ、そう見えるかなぁ……」

 

「「「「「満更でもなさそうだ!」」」」」

 

(何だ?茅野が一瞬暗い表情をしてたような……気のせいか?)

 

お姉ちゃんみたいと清麿に言われた茅野は恥ずかしそうに笑う。周りもそんな茅野を茶化す。しかし、清麿だけは茅野の表情の変化を気にした。一方でガッシュは相変わらず泣きながら茅野に抱き着いたままである。

 

「何だ高嶺、茅野にガッシュを取られて嫉妬してるのか?」

 

「そんなんじゃないぞ杉野。それより!」

 

清麿は杉野の言葉をすぐに否定する。そして彼はイトナの方を見た。

 

「なあお前、何でガッシュを無視するんだ?ガッシュはお前と友達になろうとしてくれてたんだぞ!」

 

あからさまにガッシュを無視するイトナに対して、清麿は苛立ちを感じる。そんな彼を見たイトナが席を立ち、ついに声を発した。

 

「……必要ないからだ」

 

「何?」

 

「あいつを殺すのに、お前達は必要ないと言ってるんだ。兄さんは俺が必ず殺す。そのために、お前等の力はいらないんだよ」

 

イトナは冷たく言い放つ。イトナは殺せんせーを殺すためにシロと共にE組に来た。今の彼にとっては、それ以外の事などどうでも良い。

 

「一人で殺せると思っているのか?お前が壁を壊すほどの力をもってしても、容易な事ではないと思うが?」

 

「そう思うのは、お前達が弱いからだろう。だが俺は違う。お前達は、俺が放課後にあいつを殺すのを黙ってみているがいい……」

 

「言いたい放題言ってくれるな、お前(コイツが強いのは分かるが、ムカつく言い方だな)」

 

イトナの発言に対して、清麿は怒りの感情が込みあがる。それを察したカルマが口を挟む。

 

「まあまあ、落ち着きなよ高嶺君。多分彼の言ってることはハッタリじゃない。何か強力な力を持っている。あと、ずっと聞きたかったことがあったんだ。ねえイトナ君、今日手ぶらで教室に入ってきたよね。でも外は大雨だ、全然濡れてなかったのは何でかな?」

 

カルマの質問を聞いたとき、他の生徒達は驚きの表情を見せた。今日の天気は大雨で、傘を差した状態でも体が濡れてもおかしくない天気である。それにも関わらず、イトナは傘を使わずして体が一切濡れていなかったのだ。

 

「その質問に答える意味もない。すぐにわかる」

 

イトナは興味なさげに言って、再び席に着いた。カルマの介入により、清麿の怒りの感情は収まりつつあった。そして当のイトナはどういう訳か、いきなりグラビア雑誌を取り出す。甘党のみならず、巨乳好きなのもイトナと殺せんせーの共通点だ。

 

(((((ここでグラビア雑誌、何で⁉って殺せんせーとおんなじやつかよ‼)))))

 

「……これは俄然、兄弟であることの信憑性が増してきたぞ」

 

グラビア雑誌を見た岡島の目の色が変わる。

 

「そうさ、巨乳好きは皆兄弟だ‼」

 

そう言って、彼はイトナや殺せんせーと同じグラビア雑誌をカバンから取り出す。岡島含めた3兄弟の誕生だ。

 

「……兄弟かぁ、やっぱりいいよなぁ。巨乳は許せないけど」

 

「ウヌ、何か言ったかの?カエデ」

 

茅野が無意識に小声で漏らした発言をガッシュは聞き逃さない。しかし彼女はそれを誤魔化す。

 

「ううん、ガッシュ君みたいな弟がいたら楽しいんだろうなって思っただけ!」

 

「ウヌ、私にもお兄ちゃんがいるぞ!」

 

(((((ガッシュ(君)、まさかの弟キャラ‼)))))

 

ガッシュに兄がいることがクラスで判明した瞬間だ。もちろんゼオンの事である。茅野はガッシュの質問に対して明るい表情で答え、2人は共にはしゃいでいた。

 

「茅野さん、その辺にしとかないと高嶺君が嫉妬しちゃうよ~」

 

「そうそう、高嶺君寂しがってるから!」

 

「だから、違うと言ってるだろーに!」

 

不破と原が清麿をからかう。一時ピリピリしてしまった昼休みだったが、通常通りの楽しい雰囲気で終了した。そして午後の授業も終わり、放課後を迎えるのであった。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。本小説では、渚とカルマが先生と見に行った映画の監督はベルンと言う設定にしました。


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LEVEL.16 触手の時間

 イトナVS殺せんせーです。ほぼ原作通りです。


 放課後、殺せんせーの暗殺が開始される。その光景は暗殺というよりも、決闘に近いかもしれない。教室の机を周りに並べてリングに見立て、リング内にてイトナが殺せんせーの暗殺を行う。そしてリングの外に出たら負け、そのまま死刑。シロが決めたルールだが、殺せんせーがこれを破ってしまうと先生としての信用が落ちてしまう。先生はルールに従うしかない。

 

「……いいでしょう、受けましょう。ただしイトナ君、観客に危害を与えた場合も負けですよ」

 

殺せんせーの提案に、イトナは黙って頷く。そしてE組一同とシロがリングの外で待機していると、ガッシュペアが口を開いた。

 

「殺せんせー。上手く言えないんだが……」

 

「あの者達からは良くないものを感じるのだ!」

 

これまで死線を乗り越えてきた彼等には、シロから漂う異様な雰囲気を感じ取る事が出来ており、嫌な予感がしていた。

 

「ひどい言われようだね~、君達。私はただの保護者だというのに、そう睨まないでくれたまえよ」

 

シロは柔らかな物腰で、彼等の警戒を解こうとする。しかし表面上どんなに穏やかでいても、内面まで感情を隠しきるのは容易ではない。彼等が警戒を解くことは無い。そんなやり取りを他の生徒達は黙って見ている。

 

「まあいいや。では、合図で始めようか。暗殺……開始‼」

 

シロの合図と同時に、殺せんせーの触手が一本切り落とされる。E組一同は驚愕するが、理由は別の所にある。何とイトナの髪から触手が生えていたのだ。

 

「ど、どういうことなのだ⁉」

 

「何であいつまで触手を持ってやがる⁉おい、これはどういう事なんだ⁈」

 

「君達~、あんまり私を邪険にしないでくれよ。これも世界をあのバケモノから守るためなんだからさぁ」

 

ガッシュペアはシロを睨みつけるが、シロは飄々とした態度を崩さない。しかし、彼の目には明確な負の感情が見られた。シロの軽い言動とは裏腹に、殺せんせーに対する侮蔑や怨念と言った感情を持ち合わせている様だ。

 

(そりゃ雨の中手ぶらでも濡れないわ。全部触手で弾けんだもん)

 

髪から触手を生やしているイトナを見て、普段は不敵な態度をしているカルマでさえ冷や汗をかく。他の生徒達もまた、困惑、恐怖といった感情に飲まれかかっていた。

 

……どこで手に入れたッ‼その触手を‼

 

殺せんせーは触手を見て、顔を真っ黒にして激怒する。殺せんせーがこの感情を見せた事は何度かあったが、これほどまでの激怒は初めてだ。

 

「君に言う義理は無いね、殺せんせー。だがこれで納得したろう?この子と君は兄弟だ。しかし怖い顔をするねぇ、何か……嫌なことでも思い出したかい?」

 

激怒した殺せんせーを見てもなお、シロは平気で先生を煽る。そしてシロの口ぶりは、まるで殺せんせーについて心当たりがあるようにも見えた。

 

「おいアンタ!その言い方、殺せんせーについて何か知ってるんじゃないのか⁉」

 

「どうだろうね、答える必要もないし。だって……殺せんせーはここで死ぬからね」

 

清麿はシロを睨みつけて問い詰めるが、シロは意に介さない。そして突如シロの裾から光線が放たれ、殺せんせーの動きが封じられる。

 

「この圧力光線を至近距離で照射すると、君の細胞はダイラント挙動を起こして一瞬全身が硬直する。全部知ってるんだよ、君の弱点はさ」

 

「死ね、兄さん」

 

シロが得意げに光線の機能を語ったのち、イトナの触手が動けなくなった殺せんせーを襲う。イトナの触手による連撃で、確実に殺せんせーを殺したかに見えた。しかし殺せんせーは脱皮した抜け殻をおとりにして、天井に逃げていた。

 

「でもね殺せんせー、その脱皮にも弱点があるのを知っているよ。その脱皮は見た目よりもエネルギーを消耗する。よって直後は自慢のスピードも低下するのさ。常人から見ればメチャ速い事に変わりないが、触手同士の戦いでは影響はデカいよ」

 

シロは脱皮の事さえも計算に入れて、暗殺の計画を立てていた。

 

「加えてイトナの最初の奇襲で腕を失い、再生したね。再生も結構体力を使うんだ。二重に落とした身体的パフォーマンス、私の計算ではこの時点でほぼ互角だ。エネルギー砲でも撃ってみるかい?生徒に危害を加えることになっちゃうけどねぇ」

 

シロは殺せんせーの弱点を知っている。殺せんせーと何かしら関わりがあるようにしか思えないが、シロ自身が口を割る事は無いだろう。そんなシロの言葉通り、殺せんせーの体力はかなり落ちており、防戦一方となっていた。

 

「また、触手の扱いは精神状態に大きく左右される。予想外の触手によるダメージでの動揺。気持ちを立て直すヒマも無い狭いリング。今現在どちらが優勢か、生徒諸君にも一目瞭然だろうね」

 

殺せんせーの弱点の一つとして、テンパるのが意外と早い。突如として現れた自分以外の触手の使い手、着実に自分が追い詰められている事実、これらは殺せんせーの精神を揺さぶるのには十分すぎた。さらに追い打ちをかけるようにシロは、殺せんせー目掛けて動きを封じる光線を放つ。それに合わせてイトナも追撃する。殺せんせーは直撃を避けるが、足の触手を損傷してしまった。

 

「……安心した。兄さん、俺はお前より強い」

 

イトナは勝利を確信する。あともう少しで殺せんせーを殺せる。そして殺せんせーが死ねば地球の滅亡の心配もなくなり、皆通常通りの日常生活を送ることが出来る。そのはずなのに、E組の生徒達の中には現状を喜ぶものはいなかった。

 

「……清麿、こんな所で殺せんせーに死んでほしくないぞ!」

 

「当然だ!」

 

「君達は何を言ってるんだい?あいつが死ねば、世界が平和になるのに」

 

ガッシュの言葉や他の生徒の態度がシロには理解出来ない。これはE組の生徒達にしか分からない事であろう。

 

「それはな、俺達E組の手で先生を殺したいと思っているからだよ!」

 

清麿はシロを見て言い放つ。他の生徒達も同意するかのように頷く。しかしそんな清麿達をあざ笑うかのようにシロは言い返す。

 

「自分達で殺したいって、君達はそれが出来ていないじゃないか。だからイトナが代わりに殺そうとしているといるんだ。そんな事を言うのは、的外れなんじゃないのかい?」

 

「確かに今は出来ていない。それでも、やり遂げて見せるさ!」

 

「ウヌ!」

 

シロの反論に対して、清麿はあくまで自分達の手で殺せんせーを殺す事を宣言する。そして彼はガッシュの肩を軽く叩く。そんな清麿を見たシロは苛立ちの感情を見せ始める。

 

「いやいや。やり遂げるも何も、今日イトナが殺して終わるんだって!」

 

「それはどうかな?殺せんせーの目を見てみな!」

 

清麿の言うことに従い、シロは殺せんせーの方を向き直した。そこには先程までテンパっていた様子とは打って変わり、勝ちを諦めないどころか勝利を確信さえしている殺せんせーがいた。そんな殺せんせーを見て、シロは呆れ返る。

 

「一見愚直な試合形式の暗殺ですが、実に周到に計算されてる。あなた達に聞きたいことは多いですが、まずは試合に勝たねば喋りそうにないですね」

 

「その自信はどこから出てくるのやら。まるで負けダコの遠吠えだね。殺れ、イトナ」

 

あくまで勝つ気でいる殺せんせーに対して、シロは止めを刺すように命じた。シロの命令と共にイトナは触手での打撃を繰り出す。しかしダメージを受けているのは殺せんせーではなく、イトナの方だった。

 

「おやおや、落とし物を踏んづけてしまったようですねぇ」

 

イトナの攻撃を殺せんせーはかわしたが、触手をぶつけた床には対先生ナイフが落ちている。渚が持っていたナイフを殺せんせーが布を介してつかみ取り、床に設置したのだ。しかし殺せんせーは知らん顔をする。バレれば生徒への危害となりかねない。突然自分がダメージを受けたことに対して、イトナは動揺する。そんな彼を殺せんせーは自分の抜け殻で包み込んで持ち上げる。

 

「同じ触手なら、対先生ナイフが効くのも同じ。触手を失うと動揺することも同じです。でもね、先生の方がちょっとだけ老獪です」

 

そう言って殺せんせーは、窓から抜け殻で包んだイトナを放り投げた。

 

「ダメージは無いはずです、よって生徒への危害とは見なされない。しかし君の足はリングの外に着いている、先生の勝ちですねぇ。ルールに照らせば君は死刑、もう二度と先生を殺れませんねぇ」

 

殺せんせーは顔に緑の縞々模様を浮かべて勝ち誇る。そんな先生を見たイトナの触手は黒く変化し始めた。

 

「生き返りたいのなら、このクラスで皆と一緒に学びなさい。性能計算でそう簡単に計れないもの、それは経験の差です。君より少しだけ長く生き、少しだけ知識が多い。先生が先生になったのはね、経験を君達に伝えたいからです。この教室で先生の経験を盗まなければ……君は私に勝てませんよ」

 

「勝てない……俺が、弱い?」

 

イトナの触手の大部分が黒く変化し、イトナ自身もまた、目を赤くして殺せんせーを睨みつけた。その様子を見て、シロも焦りを見せていた。

 

「俺は強い、この触手で誰よりも強くなった。誰よりも‼」

 

今回の暗殺のルールなど、すでにイトナの頭には無い。彼はただ目の前の敵を殺すことしか考えていない。そしてイトナは殺せんせーに向かって行くが、何かが彼の首に刺さり、そのまま気絶してしまった。

 

「すみませんね、殺せんせー。どうもこの子は、まだ登校できる精神状態じゃなかったようだ」

 

シロの裾から麻酔銃が見られた。これで暴れようとしたイトナを眠らせたようだ。そしてシロは麻酔銃を引っ込め、気絶したイトナを肩で担ぎ上げた。

 

「転校初日で何ですが、しばらく休校させてもらいます」

 

「待ちなさい!担任としてその生徒は放っておけません。一度E組に入ったからには卒業するまで面倒を見ます。それにシロさん、あなたにも聞きたい事が山ほどある」

 

「いやだね、帰るよ。力ずくで止めてみるかい?」

 

自分を引き留めようとする殺せんせーをシロは挑発する。殺せんせーの表情は顔がどす黒く染まってはいないが、明らかに怒りの感情が見えた。そして殺せんせーはシロの肩を掴もうとしたが、その触手は破壊された。

 

「対先生繊維、君は私に触手一本触れられない。心配せずともまたすぐ復学させるよ、殺せんせー。3月まで時間は無いからね」

 

シロが殺せんせー相手に強気に出ていた理由がこれだ。この白装束がある限り、殺せんせーはシロに手を出せない。そしてシロは、隙あらば電撃を繰り出そうとしていたガッシュペアを指差した。

 

「君達、私も国側の人間だ。迂闊に攻撃しない方がいいよ。その態度も今回は水に流すから、これ以上は大人しくしていたまえ」

 

シロは自分に反論してきた清麿に対して苛立っていた。シロの発言からもそんな感情は読み取れた。ガッシュペアはそんなシロを睨み返すが、

 

「2人とも、やめておけ」

 

烏間先生が2人を制止した。それを見たシロは鼻で笑い、そのまま校舎を去り、山を下りて行った。

 

「あのクラス、フフ、面白い。降ったりやんだり、今日の空模様のような教室だな」

 

校舎が見えなくなる程度の場所で、シロは意味深なことを呟く。

 

 

 

 

 一方校舎では生徒達が机を元の配置に戻していたが、教壇の上で殺せんせーが恥ずかしがっていた。

 

「シリアスな展開に加担していたのが恥ずかしい。先生どっちかと言うと、ギャグキャラなのに」

 

「「「「「自覚あるんだ‼」」」」」

 

「カッコ良く怒ってたね~。“どこでそれを手に入れたッ‼その触手を‼”」

 

「いやああ言わないで、狭間さん‼改めて自分で聞くと逃げ出したい‼」

 

狭間が殺せんせーをイジる。彼女はネガティブな一面があり、目立つ生徒ではないが、時折相手のメンタルをえぐるような発言をする時がある。

 

「しかしあの者、とても可哀そうな目をしていたのだ」

 

確かにイトナは強大な力を持つが、その力に支配されているようにも見えた。彼がが激怒したときの表情は、およそ正気の沙汰では無い。そんなイトナを見て、ガッシュは心配の表情を浮かべた。

 

「そうだな、あいつらをこのままにしておくべきではない。だが、その前に俺達には聞かなくてはならないことがある。前回は教えてくれなかった事だが、殺せんせー、アンタの正体についてだ」

 

清麿もまた、イトナに対して思うところがあった。しかし、それよりもまずは殺せんせーの正体を知るべきだと判断した。前回の暗殺の時にも問いただしたが、結局教えてもらえなかった。しかし明らかに殺せんせーについて何か知っているシロ、何故か触手を持っているイトナ、これらを見てしまい、殺せんせーに関する謎はより深まった。他の生徒達もまた殺せんせーについて問い詰めたが、殺せんせーは口を割らない。

 

「私達生徒だよ。先生の事、良く知る権利あるはずでしょ?」

 

沈黙を突き通してきた殺せんせーだったが、片岡の発言を聞いてようやく口を開いた。

 

「仕方ない、真実を話さなくてはなりませんねぇ。実は私……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人工的に造り出された生物なんです‼」

 

殺せんせーの自称衝撃告白に対して、生徒達はそれほど驚きを見せない。

 

「「「「「そんなの、見たら分かるよ……」」」」」

 

殺せんせーの規格外っぷりをいつも見ているE組一同には、それは容易に予測できた。

 

「知りたいのはその先だよ、殺せんせー。どうしてさっき怒ったの?イトナ君の触手を見て。殺せんせーはどういう理由で生まれてきて、何を思ってE組に来たの?」

 

渚が真っすぐな目で殺せんせーに問いかける。そして殺せんせーは、少し沈黙をした後、口元をニヤケさせながら話した。

 

「残念ですが、今それを話した所で無意味です。先生が地球を爆破すれば、皆さんが何を知ろうと全て塵になりますからねぇ。高嶺君とガッシュ君には前に言いましたが、私の事を知りたければ後から調べればいい」

 

殺せんせーは、あくまで自分の事を話すつもりは無い様子だ。

 

「もうわかるでしょう?知りたいなら行動は一つ。殺してみなさい。暗殺者(アサシン)暗殺対象(ターゲット)、それが先生と君達を結びつけた絆のはずです。先生の中の大事な答えを探すなら、君達は暗殺で聞くしかないのです。ではまた明日!」

 

答えを知りたければ殺しに来なさいと、殺せんせーはそう言い残して教室を出た。

 

 

 

 

 この出来事を機に、生徒達の意識が変わる。生徒全員で烏間先生に対して今以上に暗殺の技術を教えてもらえるよう懇願し、希望者は放課後にも追加で訓練を受けられるようになった。

 

「では早速新設した垂直20mロープ昇降、始め!」

 

「「「「「厳しっ‼」」」」」

 

なお追加の訓練はかなり厳しい物であった。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。次回はいわゆる修行編になります。


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LEVEL.17 特訓の時間

球技大会の特訓と、打倒クリアの特訓を描写した回です。


 梅雨明けの良い天気の下、モチノキ町の裏山でガッシュとティオは組手を行う。そんな中でガッシュの攻撃により、ティオはバランスを崩してしまう。

 

「隙ありなのだ!」

 

ガッシュがさらに攻撃を当てようとしたが、ティオは体を覆うようにバリアを作り出す。

 

「何と、本の術無しでバリアを張れるようになっていたとは。すごいのだ、ティオ!」

 

「けど、こんな弱いバリアじゃあクリアの攻撃は防げない。組手もバリアがなければ負けてたし……何だかガッシュ、相手の隙を付くのが上手くなってない?」

 

「そうであるか?(クリア打倒の特訓以外にも、暗殺の訓練が活きているのかもしれぬ。とは言えまだまだなのだ!)」

 

ガッシュはティオとの組手でクリアを倒すための特訓だけでなく、暗殺の訓練もまた自分の身になってきていることを感じる。

 

「それに、マントも前より使いこなせているように見える……私も、もっと強くならなくちゃ!」

 

「しかし、これではまだまだなのだ。ゼオンはもっとうまくマントを操っておったぞ」

 

彼等はお互いに自分が修行不足だと考えている。そしてしばらく組手を続けた後、日が暮れ始めているのを見て今日の修行を切り上げる。その後2人で清麿の家に向かった。

 

 

 

 

 その一方で清麿の家では、清麿と恵がデュフォーの指導を受ける。心の力を高める特訓だ。

 

「……2人とも随分心の力が強くなったな。今度からは、術の制度を上げる特訓も取り入れていく」

 

「成果が出ているのは素直に嬉しい。術の制度を上げるとなると、ガッシュ達も一緒にいる必要があるな。これからも気を引き締めていかないと!」

 

「そうね、皆で頑張らないと!」

 

清麿も恵も、デュフォーの特訓の成果が出ていたことに慢心することなく気合を入れ直す。

 

 

 

 

 

 今日の特訓は終了してティオペアは帰路に着く。そしてデュフォーも自分が借りている部屋に戻る。ガッシュペアが自分達の部屋で一息ついていると、モバイル律が起動した。

 

「2人とも、特訓お疲れ様です!」

 

「おおっ、律ではないか!お疲れ様なのだ!」

 

「……律、プライベートを覗かないよう言ったはずだが?」

 

「2人の頑張っている姿を想像したら、たまらず出てきてしまいました。てへっ」

 

相変わらずあざとい律である。そんな彼女に対して清麿は注意するが、半分諦めの表情を浮かべている。

 

「しかし、アイドルの大海恵さんが魔界の王を決める戦いに参加していたのはビックリでした!それから高嶺さん。前から聞きたかったのですが、大海恵さんとはお付き合いをしていたりするんですか?」

 

律の爆弾発言が炸裂した瞬間だ。清麿の顔は赤くなり、明らかに動揺する。ガッシュも何事かと思いながら清麿の方を向く。

 

「……な、な、何を言い出すんだいきなり‼恵さんは、一緒に戦ってきた仲間だ!つ、付き合うとかそういうのは……」

 

「高嶺さん、顔が赤いです。大丈夫ですか?」

 

「どうかしたのか、清麿?」

 

「……なんでもない!恵さんの話題はここまで!」

 

清麿は焦りながら彼女の話題を終了させた。恵の方も彼に好意的である為、2人はお似合いなのかもしれない。清麿は照れ臭そうな顔を見せる。

 

「残念です、話題を変えましょうか……球技大会が近付いてきましたね」

 

「そうだの!私は参加出来ないのだが……」

 

「そうだな、男子は野球だったか。野球と言えば杉野が経験者だが、椚ヶ丘の野球部はかなり強いからな」

 

話題を変えるという事で、律は数日後に迫る球技大会の話題を出す。しかし球技大会ではガッシュは参加できない事、E組は野球部と戦わなくてはならない事が相まって、場の雰囲気は少し暗くなる。

 

「……すみません、他の話題にするべきでした……」

 

「律、落ち込むでない」

 

「いや、いいんだ律。球技大会は避けられない事だからな。明日からその練習も始まる。帰る時間が遅くなることもデュフォーには言ってある」

 

清麿は律にフォローを入れた。清麿はガッシュの術の特訓とともに、球技大会の練習もしなくてはならない。暗殺を成功させるにはクラスの絆が必要不可欠であり、こちらも手を抜く事は許されない。

 

「頑張るのだぞ、清麿!」

 

「頑張ってくださいね!」

 

「……律、その恰好はなんだ?」

 

律が応援の言葉をかけてくれたが、突如チアガールの恰好に着替えていた。それを見た清麿は、何とも言えない表情をしながら彼女に問い詰める。律のあざとさは健在だ。

 

 

 

 

 次の日の授業が終わり、球技大会についての話し合いが行われる。女子達は委員長の片岡を中心に順調に話し合いが進む。しかし男子の方は雰囲気が重い。しかも晒し者は嫌だという事で寺坂グループは早々に帰ってしまった。杉野もまた元気が無いようで、清麿が心配になって声をかける。

 

「どうした杉野?朝から元気がないようだが?」

 

「昨日、野球部の練習見たんだ。あいつら、俺が部活辞めた時より更に上手くなってた。特に主将の進藤の剛速球は高校からも注目されてる、俺からエースの座を奪ったやつなんだけどさ。それに引き換えE組はほとんど野球未経験者」

 

杉野は初めは自信なさそうに話したが、途中からやる気を見せ始める。

 

「……だけど勝ちたいんだ、殺せんせー。善戦だけじゃなくて勝ちたい、好きな野球で負けたくない。E組とチーム組んで勝ちたい‼」

 

そんな杉野の決意表明を皆は真剣な眼差しで聞く。そして気付けば殺せんせーは野球のユニフォームに着替え、触手には野球で使う道具一式と竹刀が握られる。

 

「一度スポ根モノの熱血コーチをやってみたかったんです。最近の君達は、目的意識をはっきりと口に出すようになりました。殺りたい、勝ちたい、どんな困難な目標に対しても揺るがずに。その心意気に応えて殺監督が勝てる作戦とトレーニングを授けましょう‼」

 

 

 

 

 そしてE組の男子生徒は、帰ってしまった寺坂グループと野球部に偵察へ行った竹林を除いて殺監督と共にグラウンドで練習を始める。球技大会に参加しないガッシュは球拾いを行う。

 

「殺投手は300kmの球を投げ‼」

 

殺投手が投げる球を打てる生徒は誰一人いない。生徒はバッターボックスに立っても、バットを振るのが精一杯だ。魔物のガッシュでさえ300kmの球を取るのには苦労する。

 

「殺内野手は分身で鉄壁の守備を敷き‼」

 

今度はヒットを打った時に、守備をかいくぐってベースを踏む練習。殺内野手の分身をくぐりぬけるのは至難の業だ。

 

「殺捕手はささやき戦術で集中を乱す‼」

 

バッターボックスに立つ生徒達に対して、自分の恥ずかしいことや野球に全く関係のない話題を振ることでの盤外戦術。三村は校舎裏でエアギターをしていたことをささやかれ、顔を真っ赤にする。そうして今日の練習は終了し、殺せんせーは帰っていった。

 

「何だよこの練習……」

 

「キッツ……」

 

練習はとてもハードだ。大半の生徒は苦しそうにし、本当に身になっているのか疑問に思う生徒もいた。

 

「あのさ……この後個人練習に付き合ってくれる奴、いる?」

 

突然の杉野の言葉により他の生徒は驚愕する。これだけハードな練習をした後に、まだ個人練習をしようと言うのだから無理はない。しかし、

 

「……まあ、いいんじゃない?」

 

「そうだな。俺達は野球部と比べて経験が足りてないから、少しでも練習しておくに越したことはない」

 

カルマと磯貝の肯定的な言葉により他の生徒もやる気を出す。特に委員長の磯貝の発言は、疲労しきった男子生徒を奮い立たせる。ところが、

 

「悪い皆。俺とガッシュは帰らせてもらっていいか?」

 

本当は皆ともっと練習したかったが、ガッシュペアはクリア打倒のための特訓もしなくてはならない。特にこれからは術の精度を上げる特訓も行う予定で、なるべく長い時間を割きたいところだ。

 

「まあ、仕方ねーよ。高嶺達は魔物との戦いがあるもんな……また明日な!」

 

「そっちの特訓も頑張ってね~」

 

ガッシュペアの事情を察してくれてか、杉野とカルマを始めとして彼等を止める生徒は1人もいなかった。

 

「皆すまない。個人練習頑張ってくれ!」

 

「またなのだ……」

 

ガッシュペアは申し訳なさそうに山を降りる。

 

 

 

 

 ガッシュペアが家に着くと、デュフォーとティオペアがすでに待機していた。まずはガッシュとティオを先に裏山に行かせた後、清麿と恵はデュフォーの指導のもと、心の力を高める特訓を行った。ある程度した後にガッシュ達のいる裏山に向かい、術の精度を上げる特訓に入る。

 

「ガッシュのバオウ・ザケルガとティオのチャージル・セシルドンを強くする特訓を始める。お互いに呪文を出し、ぶつけ合うんだ。本が燃えることのないよう、清麿と恵は離れていろ」

 

デュフォーの指示に従い、ガッシュとティオの最大呪文がぶつかり合う。しばらく競り合った後にお互いの呪文は相殺され、ガッシュとティオは後ろに吹き飛んでしまった。

 

「おいガッシュ、大丈夫か⁈」

 

「ティオ、立てる⁉」

 

「問題ないのだ!」

 

「全然平気よ!」

 

ガッシュとティオが何ともないようで清麿と恵は安心したが、デュフォーは眉に皺を寄せる。

 

「まだ、呪文の継続時間が短すぎるな。お互いに込める感情が足りていない証拠だ。これではクリアの呪文に太刀打ちできない。もう一度やれるか?」

 

「当たり前だ!」

 

「当然よ!」

 

デュフォーは【答えを出す者】(アンサートーカー)で2人の呪文を見ていたが、クリアの呪文には勝てないという答えを出す。そしてしばらくお互いの最大呪文の打ち合いが続いた後、清麿と恵の心の力が完全に切れた。

 

「今日はここまでだ。少しはマシになってきているが、まだまだ足りない。俺は先に戻るが、お前達は休んでいくといい」

 

ガッシュペアもティオペアもかなり疲れている。デュフォーは先に裏山を降りたが、残りのメンバーは少し休憩した後に裏山を降り始めた。

 

 

 

 

「そっか……清麿君のクラス、球技大会が近いんだ」

 

「ああ、しかも俺達のクラスは野球部と戦わなくてはならん……」

 

山を降りながら清麿と恵は球技大会の話をする。特訓終わりの雑談もまた、彼等にとって大切な時間だ。

 

「なんだか大変そうね。でも清麿君なら大丈夫じゃない?何だかそんな気がするの。応援してるね!」

 

「まあ、やれるだけのことはやるよ(杉野や他のE組の皆の為にも、負けるわけにはいかんからな)。応援ありがとう!」

 

恵の応援を貰った清麿は嬉しそうにする。アイドルからの応援は嬉しいものである。

 

 

 

 

 次の日の放課後も、殺監督による厳しい練習が行われる。そして参加した男子生徒が息を切らす中、殺監督は一旦練習を切り上げた。

 

「先生のマッハ野球にも慣れた所で、次は対戦相手の研究です。野球部の練習を、竹林君に偵察してきてもらいました」

 

「……面倒でした」

 

 竹林は運動が得意ではなく、球技大会本番も先発メンバーに入っていない。そこで彼は自分でも出来ることを考えた結果、野球部の偵察の役割を買って出た。口では悪態をつきながらも、彼はしっかりと仕事をやり遂げた。そして竹林が録画した練習の映像がノートパソコンの画面に映し出される。

 

「進藤の球速はMAX140.5km。持ち球はストレートとカーブのみ。練習試合も9割方ストレートでした」

 

「あの剛速球なら、中学レベルじゃストレート1本で勝てちゃうのよ」

 

140kmの球速は中学レベルを超えている。そんな進藤は、変化球を投げるタイミングがほぼなかった。杉野の言う通り、それだけで勝ててしまうのだから。

 

「そう。逆に言えば、ストレートさえ見極めれればこっちのもんです」

 

殺監督は簡単そうに言うが、野球未経験者が大半のE組にとっては容易ではない。しかし、それはE組がただの素人であればの話である。

 

「というわけでここからの練習は、先生が進藤君と同じフォームと球種で、進藤君と同じにとびきり遅く(・・・・・・・・・・・・・)投げましょう。さっきまでの先生の球を見た後では、彼の球など止まって見える」

 

殺監督がここまで無茶な練習を強いてきた理由がこれだ。確かに進藤の投げる球は速いが、それよりも更に速い球に慣れてしまえば、球を見極めるのはそれほど難しくない。進藤は強いが、殺監督はそのさらに上の次元を行くのだった。

 

「従ってバントだけなら充分なレベルで修得出来ます」

 

ヒットを打つのではなく、あくまで進藤の球に合わせてバントを行う。確かに球を見極められるようになれば、それ程難しいことではない。よってここからは、ひたすらバントを行う練習に入った。2人の生徒を除いて。

 

「……良いヒットですね、杉野君。これなら実戦でも通用するでしょう」

 

「みんなのバントを、俺のヒットで繋いでいくよ!」

 

1人目は杉野だ。経験者であり、かつ殺監督の球に慣れた彼ならば、進藤の球が速くてもヒットを狙う事は充分に可能だ。何よりも、全員がバントばかりを行う訳にはいかない。

 

そして2人目は、

 

「高嶺君のバントは精度が高いですね。野球の経験があるのですか?」

 

「部活動としてやったことは無い。だけど前の学校にいた時、野球部の友達から野球を教わったことは何度もある」

 

清麿は転校する前、山中の野球の練習に付き合ったことが何度もあった。その時にバントの練習もしていた。

 

「ところで殺監督、試したいことがあるんだがいいか?」

 

「ほう、何でしょうかねぇ?」

 

殺監督は笑いながら球を投げる。そして清麿はバントの姿勢から一転、ヒットを狙いに行く。そしてバットに球は綺麗に当たり、その球は生徒達の頭上を越えた。ホームランとはならず、杉野程飛ばすことは出来なかった。しかし見事なヒットであり、これも山中との練習の成果である。

 

「……これが君の試したいことですか。ヌルフフフ、杉野君以外にもヒットを打てる選手がいるのは心強い!」

 

「まだマグレ当たりだ!このまま進藤のフォームを完璧に覚えて、確実に打てるようにしてみせる!」

 

ヒットを打った清麿は満足していない様子だ。清麿は進藤の癖をすべて覚えて、どのタイミングでバットを振り、バットのどの位置に当てればよいかを完璧に頭と体で覚えようとしていた。

 

「凄いよ、高嶺君!」

 

「バント以外も出来る奴が2人いるのは大きいね~」

 

渚とカルマを始めとして、男子生徒達が喜ぶ。

 

「よっしゃ高嶺、俺等でヒット打ちまくって野球部にぎゃふんと言わせてやろうぜ!」

 

「ああ、そして全員で勝つんだ‼」

 

「皆、私は参加出来ぬが応援しておるぞ!頑張るのだ!」

 

「「「「「オーーー‼」」」」」

 

全員で改めて気合を入れ直す。その後の殺監督指導の練習はより活気のあるものとなった。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。打倒クリアの特訓の描写は何処かで入れたかったので、球技大会の練習の回と合わせて特訓の時間でまとめて入れました。


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LEVEL.18 球技大会の時間

 球技大会本番です。原作寄りの話になります。


 球技大会本番、野球部は試合に向けてのアップを始める。そこには一切の慢心もなく、ただ目の前のE組(てき)を叩き潰すことだけを考えている。そんなアップを終えた後の整列で、杉野と進藤は向かい合う。

 

「杉野、お前は選ばれざるものだ。選ばれざる者が表舞台に立っているのは許されない。E組共々、二度と表を歩けない試合にしてやるよ」

 

進藤の言葉に杉野は言い返さない。すると遠近法でボールに紛れている殺監督が、顔色と表情でサインを出す。それを見た渚が、殺監督の出すサインの意味を書いたメモ帳を取り出して意味を調べる。

 

「……“殺す気で勝て”ってさ」

 

「よっしゃ、殺るか‼」

 

「「「「「おう‼」」」」」

 

E組と野球部のエキシビジョンマッチが今、開始された。ちなみにガッシュはいつもの緑のバッグの中に入っての観戦だ。そのバッグは清麿の荷物としてベンチに置いてある。

 

 E組の先攻で、一番の木村はバッターボックスに立つ。進藤は1球目から剛速球を投げるが、木村は棒立ちだった。

 

『E組木村、バットぐらい振らないとカッコ悪いぞ~‼』

 

そんな木村を見て本校舎の生徒達はあざ笑うが、彼は進藤の様子を見たに過ぎない。そして2球目が投げられる前、殺監督のサインが木村に出された。進藤は2球目も剛速球を投げるが、サインを見ていた木村はこれまで練習してきたバントで、内野手の意表をつける場所に球を転がす。そしてE組トップの俊足にて一塁に出ることが出来た。

 

『2番キャッチャー潮田君』

 

渚がバッターボックスに立ち、殺監督からのサインが出される。渚もバントを当てて、球は三塁の方に強く転がった。そしてノーアウト一、二塁。

 

(なっ、何ィ~~⁉)

 

この光景には進藤も動揺を隠せないもちろん他の本校舎の生徒や教師達もである。まさかほとんどが野球素人の集まりであるE組が、これほどまでにバントが上手に出来るとは予想もしなかった。

 

『ま、満塁だー‼調子でも悪いんでしょうか、進藤君‼』

 

次の磯貝も難なくバントを決めて、ノーアウト満塁の状態で杉野に打順が回ってくる。杉野にも殺監督のサインが出され、バントの構えを取った。そんな杉野達を見た進藤は混乱する。自分が本当に野球をやっているかどうかすら分からなくなる程に。しかし彼は脳筋というわけではない。頭を落ち着かせ、バント対策に内角高めのストレートを投げる。これが杉野の狙いだという事も知らずに。

 

(進藤、確かに武力ではお前にかなわねー。けど、たとえ弱者でも、狙いすました一刺しで巨大な武力を仕留める事が出来る)

 

進藤の球を見た杉野は、即座に打撃の構えに切り替える。彼が狙いに気付いたときにはすでに手遅れ、杉野は強力なヒットを撃つ。

 

(俺は今E組と、そういう暗殺やってんだ‼)

 

『(な、何だよコレ、予想外だ)E組3点先制ー‼』

 

E組相手に3点も先制点を取られる光景を見て、野球部一同は明らかに動揺する。それを見た野球部の寺井監督は立ち上がり、ベンチから野球部に指示を出そうとする。その時、

 

「顔色が優れませんね、寺井先生。お体の具合が悪いのでは?……すぐ休んだ方がいい。部員達も心配のあまり力が出せていない」

 

理事長が突如ベンチに入ってくる。寺井は自分が病気であることを否定しようとするが、

 

「病気で良かった。病気でもなければ……こんな醜態をさらすような指導者が、私の学校に在籍しているはずがない」

 

理事長は寺井に自分の顔を近づけ、彼の額に自分の額を当てた。もちろん寺井の熱の有無を見るわけではない。理事長は無言の圧をかけ、寺井から今回の試合の指揮権を奪おうとしているのだ。そんな理事長のプレッシャーに耐え切れなくなった彼は、そのまま倒れてしまった。

 

「ああやはりすごい熱だ、だれか医務室へ。その間、監督は私がやります……審判タイムを。なぁに、少し教育を施すだけですよ」

 

 

 

 

 一方女子達のエキシビジョンマッチは、健闘空しく僅差で敗れてしまった。相手チームのキャプテンの巨乳を見た茅野が、試合中にも関わらずどうすれば良いか分からなくなったようで申し訳なさそうにする。そんな女子達が応援に加わってくれた。

 

「皆、お疲れ様なのだ‼」

 

「お疲れ様、ガッシュ。男子達の方は勝ってるようだね」

 

「ウヌ!皆頑張っておるぞ、凛香。しかし、理事長殿が来てしまったのだ……」

 

男子達の健闘に感心している女子達だが、大変なのはここからである。野球部の監督は理事長が務める事になった。一回目表から早々にラスボスの登場である。ガッシュはたまらず顔を出してしまったが、清麿はそれを指摘することなく理事長の入ってきたグラウンドを凝視する。

 

「さて、とりあえず空気をリセットしてあげたよ」

 

理事長の言う通り、E組に流れが来ている空気は一瞬で変わってしまった。野球部達も冷静さを取り戻す。

 

「E組も彼らなりの努力で、先制点を取ったんだね。だが、それがどうした?君達選ばれた人間は、そんな努力をする弱者を踏み潰して進まなくてはならない。これからは“野球”ではなく、弱者を踏み潰す“作業”に入る。さあ円陣を組んで、作業の手順を教えよう」

 

タイムの時間が終了して試合は再開されたが、そこには異様な光景が広がる。理事長の指示のもとに野球部員が、バント対策で守備を内野に集めていた。

 

「ヌオオオオォ、あんなのがありだというのか⁉」

 

「ルール上ではフェアゾーンならどこ守っても自由だね。審判がダメだと判断すれば別だけど、審判の先生は()()()側だ。期待できない」

 

「ウヌゥ……」

 

ガッシュが相手の守備に異論を唱えるが、竹林の言う通りで野球部は別に反則はしていない。そんな前進守備に対してバントは効かず、前原と岡島はアウトを取られる。そして次の打順が清麿に回ってきた。

 

「おおっ!清麿、頑張るのだぞ!」

 

「ガッシュ、あんまり顔を出すなよ。本校舎の連中に色々言われると面倒だ(本当は裏山で留守番させておけば間違いは無いんだがな。でも球技大会の練習にも付き合ってくれたし、それはさすがにかわいそうか……)」

 

清麿はバッターボックスに立ったが、先ほどまでと観客の雰囲気が変わる。

 

(なあ、あいつってあの転校生だよな……)

 

(バカ、目を合わせるな。何されるか分からん)

 

(そ、そうだな。なんたって奴は……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(((((“E組の鬼麿”だ‼)))))

 

清麿は以前、前原に絡んでいた本校舎の生徒達を鬼の形相で怒鳴り散らしたことがある。その出来事は本校舎で話題となり、清麿は本校舎の生徒達から差別されるどころか、“E組の鬼麿”として恐れられている。もちろん彼本人はそんな事知らない。また、そのことを理事長が煩わしく思っているのは別の話だ。

 

(観客が俺から目をそらしているような……まあいい。今は試合に集中しなくては!)

 

清麿が集中力を高めていると、殺監督のサインが来た。

 

(なるほど、了解!)

 

理事長に教育された進藤が投げた剛速球を清麿は見逃す。もちろん殺監督の指示だ。

 

『E組高嶺、見逃しだ!(もっとバカにしてやりたいが、後でどうなるかわからんからやめておこう)』

 

(何だ?俺が見逃したのに、解説役が煽ってこない。まあ、集中できるからいいが)

 

そして進藤が2球目を投げてきたが、今度は清麿が球をバットに当てて見せた。しかし球は逸れて、ファールとなってしまった。

 

「おい、高嶺まで2ストライクになってるぞ……」

 

「殺監督が指示出してたっぽいけど、大丈夫か?」

 

(清麿、頑張るのだ!)

 

岡島と前原が清麿を見て不安になるが、彼は笑みを見せる。清麿は自分が確実にヒットを打てるように、進藤を観察していたのだ。そして3球目が投げられた。

 

(よし、狙い通り!これなら打てる!)

 

清麿はヒットを当てて、3塁にいた杉野と同じタイミングで走り出した。すぐに守備が球を取りに行くが、前進守備があだとなり、球を取るのが遅れてしまった。そして杉野と清麿はそのままホームベースまで走り、追加で2点取ることが出来た。

 

『E組高嶺まさかのヒット!そしてホームベースまで帰ってしまったー!』

 

(おい、マジかよ!杉野以外にまで撃たれるなんて……)

 

(ふむ、進藤君に“教育”が足りてなかったかな?)

 

先ほどまで野球部優勢の雰囲気だったが、清麿のヒットで流れが変わった。野球部は再び動揺したが、理事長は冷静に見守る。そして次の打者はアウトとなり一回表は終了した。現状は杉野と清麿の奮闘により、E組にとって良い雰囲気が流れている。

 

 そして一回裏に入り野球部の攻撃が始まったが、E組がペースを掴んでいる。杉野の変化球が炸裂し、三者連続三振となり野球部の一回裏は終了した。

 

「しかしさすがだな、杉野は。このまま勝てるんじゃないか?」

 

「どーだろな?見ろよ、野球部のベンチ」

 

磯貝の発言を聞いた前原は、野球部のベンチに目を向ける。そこでは理事長が再び進藤を“教育”している。

 

「大変なのは、これからだろうな。進藤はさらに強敵となる」

 

「……そうだな。気を引き締めていかないと!」

 

清麿の言葉で磯貝は気合を入れ直す。そして二回表はカルマの打順であり、殺監督から指示を受けた様だ。

 

「ねーえ、これズルくない、理事長センセー?こんだけジャマな位置で守ってんのにさ、審判の先生何にも注意しないの。一般生徒(おまえら)もおかしいと思わないの?……あーそっかぁ、おまえ等バカだから守備位置とか理解してないんだね」

 

それを聞いた一般生徒はカルマに怒鳴りつけるが、彼はそれを無視して殺監督の方を向く。すると殺監督は顔にマルを浮かべていた。

 

(ダメみたいよカントク)

 

(いいんです。口に出してはっきり抗議することが大事なんです)

 

カルマの煽りもまた殺監督の指示だ。この煽りが後々聞いてくることをまだ、殺監督以外は知らない。二回表は理事長に教育された進藤の剛速球により、三者三振で終了した。二回裏は進藤が打撃でも火を吹き、3点を取られてしまった。E組は守備の練習が間に合わずら集中打を受けてはどうしようも無い。

 

 そして三回表に入るも、やはり教育された進藤を止める事は出来ず、三者凡退で終わってしまった。三回裏、理事長が指示を出す。

 

「橋本君、()()を見せてあげなさい」

 

『あーっとバント⁉今度はE組が地獄を見る番だ‼』

 

野球部がバントを連発し、ノーアウト満塁となってしまった。普通であれば野球部が素人相手にバントは使いにくいが、E組が先にバントを使用したために、野球部は“手本を見せる”という大義名分を手に入れた。そして次の打者は、野球部の主将の進藤だ。

 

(最後を決めるのは小技(バント)ではない。主役である強者の一振りだ)

 

この状況を演出する為に、理事長は進藤を教育し続けたのだ。

 

 E組のとって絶体絶命と思われるこの時、殺監督がカルマの下から出てきた。

 

「カルマ君、さっきの挑発が活きる時が来ましたよ」

 

「……なるほどね」

 

「相方は、磯貝君か高嶺君が良いと思うのですが、どうしますか?」

 

「高嶺君は一回表で頑張ってくれたし、磯貝に頼むことにするよ」

 

殺監督の指示を聞くまでもなくカルマは意図を理解する。そしてそれを磯貝に伝えた。その後、会場は異様な雰囲気に包まれる。

 

『こ、これは⁉』

 

「さっきそっちがやった時は審判は何も言わなかった。文句ないよね、理事長?」

 

カルマと磯貝は進藤の前に立った。2人による前進守備である。

 

「(なるほどな。さっき私にクレームをつけたのは、同じことをやり返しても文句を言わせぬ布石だったか。小賢しい)ご自由に、選ばれた者は守備位置位で心を乱さない」

 

理事長の許可をもらったカルマと磯貝はさらに近付く。彼等はほぼゼロ距離での守備位置に着いた。

 

「おい、いくら何でも……」

 

「大丈夫ですよ、高嶺君」

 

 カルマと磯貝がバットで怪我をする可能性を清麿は危惧する。その時、地面から出てきた殺監督に声をかけられる。

 

「高嶺君。君がやるように言われても、同じことをしたでしょう?それに、彼等の度胸と動体視力があれば問題ないですよ。ヌルフフフ」

 

殺監督の言葉を聞いた清麿は言い返せない。他に良い方法はすぐには思いつかず、また清麿が指示を受けた時もそれを引き受けるだろうという言葉が決定的だった。そして2人のゼロ距離守備で冷めてしまった進藤が撃った球は簡単に取られてしまい、そのままトリプルプレーでE組の勝利となった。

 

 

 

 

 試合が終わってE組一同が喜ぶ中、杉野は座り込んでいる進藤に駆け寄る。

 

「進藤。ゴメンな、ハチャメチャな野球をやっちまって。これでお前に勝ったなんて思ってねーよ。けど、ちょっと自慢したかったんだ。昔の仲間に、今の俺のE組(なかま)のこと」

 

「なんだそりゃ……ったく覚えとけよ。いいか杉野、次やる時は高校だ」

 

(その時に地球があればな……)

 

進藤が杉野を1人の野球選手として認めた瞬間だった。杉野のE組とチームを組んで野球部に勝ちたいという願いは、無事に果たされた。杉野から進藤が離れると、今度は清麿と渚が杉野に駆け寄った。

 

「勝てたな、杉野!」

 

「杉野の変化球、練習の時以上に曲がってたね。すごかった!」

 

「ああ、皆のおかげだ。本当にありがとな!」

 

彼等がそんな話をしていると、クラス全員が杉野の所へ向かう。そして殺監督も顔を出していた。

 

「さて、今回は大きな勝利です、おめでとうございます!この調子で本校舎の生徒達を見返していきましょう、ヌルフフフ」

 

「皆ありがとう!俺、今すげー嬉しいよ!」

 

今日のMVPである杉野はクラス一同からもみくちゃにされる。その時の彼の表情はとても生き生きとしていた。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。鬼麿はコワイヨ……


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LEVEL.19 親愛と恐怖の時間

 鷹岡の登場回になります。よろしくお願いします。


 外の気温は上がってきているが、暑さに関係なく暗殺の訓練は行われる。しかし烏間先生の絶妙な采配により、熱中症で倒れる生徒は出ていない。烏間先生は無愛想に見られがちではあるが、生徒達のことをよく見てくれている。そんな彼はガッシュペアと対峙する。

 

「赤い本を持っているのは、より実戦に近い状況にするためだな?高嶺君」

 

「そうです。烏間先生に電撃を撃つようなことはしない。俺もガッシュも使うのは対先生ナイフだけ!」

 

「ナイフを当てて見せようぞ!」

 

清麿は本を手に持っているが、呪文は使わない。まずはガッシュが烏間先生に突撃する。ガッシュは小柄な体格とスピードを生かしてナイフを当てようとするが、彼が上手くさばくのでナイフは中々当たらない。しかし烏間先生がガッシュの攻撃を受け流す際も、清麿に対する警戒は怠らないが、

 

「ヌオオオォ、全然当たらぬのだ!」

 

「まだまだ攻撃が直線的すぎるぞ!変則的な攻撃を行うんだ!」

 

「いや、そこだ!」

 

「⁉、何と!」

 

これまで直線的な攻撃を仕掛けていたガッシュが一転、突如フェイクを入れてきた。ガッシュの身体能力を生かしたフェイクなら、対応するのは烏間先生とて容易ではない。そこで一瞬のスキが出来てしまったが、それを清麿は見逃さず、烏間先生にナイフを当てた。

 

「よし、次!」

 

次の生徒が烏間先生との訓練を開始した。

 

(高嶺清麿・ガッシュベルのコンビ、見事な連携だ。しかも2人にはナイフに加えて呪文まであるからな)

 

ガッシュペアのコンビネーションに、烏間先生は感心していた。

 

(先ほどの彼等を始め、「可能性」のある生徒が増えてきた。同じくコンビネーションで攻めてくる磯貝悠馬と前原陽人、目に悪戯心を宿す赤羽業、女生徒なら元体操部の岡野ひなた、リーチの長い片岡メグあたりが優秀だ。それ以外の生徒達も、確実に進歩している)

 

烏間先生は生徒達とナイフ術の相手をしながら、生徒達の観察と評価も欠かさない。そんな時、烏間先生は背後から強い殺気のようなものを感じ取り、後ろから攻撃を仕掛けた生徒を強く突き飛ばしてしまった。

 

「すまん、立てるか?」

 

「はい、大丈夫です……」

 

「ばっかでー、ちゃんと見てないからだ」

 

(潮田渚……気のせいか?今感じた得体のしれない気配は……)

 

突き飛ばされた生徒は渚だ。そんな彼を見て杉野が冷やかすが、烏間先生は渚に対して言い知れぬ不安を感じる。そうして今日の訓練の時間は終了した。

 

 

 

 

「烏間先生―!放課後皆でお茶してこーよ‼」

 

「……ああ。誘いは嬉しいが、この後は防衛省からの連絡待ちでな」

 

 倉橋の誘いを烏間先生は断る。私生活でもスキがない。しかしそんな先生の態度を見て、少し冷たく思ってしまう生徒もいた。

 

「烏間先生って、私達との間に壁っていうか、一定の距離を保ってるような……」

 

「厳しいけど優しくて、私達のことを大切にしてくれてるけど、でもそれってやっぱり……ただ任務だからに過ぎないのかな」

 

矢田と倉橋は寂し気に烏間先生の後姿を見る。そんな2人の話を聞いて、殺せんせーが割り込んできた。

 

「そんな事ありません。確かにあの人は先生の暗殺のために送りこまれた工作員ですが、彼にも素晴らしい教師の血が流れていますよ」

 

殺せんせーも同じ教師として、烏間先生の事をとても評価している。殺せんせーも烏間先生も、どちらも生徒を本当に大切に思ってくれる良い先生だ。

 

「ずいぶん烏間先生への評価が高いんだな、殺せんせー」

 

「もちろんです、高嶺君。このクラスの体育教師は、()()()()()()()()と思っています」

 

「やっぱり烏間先生は、良い先生だの!」

 

殺せんせー含めてE組が烏間先生の話をしていると、たくさんの荷物を抱えた大男が近付いてきた。

 

「やっ、俺の名前は鷹岡明‼今日から烏間の補佐としてここで働く!よろしくな、E組の皆!」

 

鷹岡と名乗るその男は親し気に生徒達に話しかけて、荷物の口を開ける。そこには、高級そうなケーキなどのスイーツが多く入っていた。茅野を始めとした女性陣の多くは、美味しそうなスイーツに目がくらむ。

 

「さあ、食え食え!モノで釣ってるなんて思わないでくれよ。おまえらと早く仲良くなりたいんだ。それには……皆で囲んでメシ食うのが一番だろ!」

 

そう言って鷹岡は自らもケーキを食べ始める。そして数多くのスイーツを見て、甘党の殺せんせーはよだれを垂らしていた。

 

「お~殺せんせーも食え食え‼まあいずれ殺すけどな」

 

そんな殺せんせーに対しても鷹岡はスイーツを差し出す。

 

「同僚なのに、烏間先生とずいぶん違うスね」

 

「なんか鷹岡先生、近所の父ちゃんみたいですよ!」

 

「ははは、良いじゃねーか父ちゃんで!同じ教室にいるからには、俺達家族みたいなもんだろ?」

 

木村と原の言葉に対して、鷹岡は大きな声で笑う。そして自分達は家族同然だと言って、近くにいた三村と中村の肩を組む。そんな鷹岡を、ガッシュペアは何かを疑うような目で見ていた。

 

「清麿。あの者、私達を家族だと言っておったが何か嫌な気がするのだ。上手くは言えないのだが……」

 

「そうだな、ガッシュ。あいつからはこの前のシロとはまた違う良くない感じがする。警戒が必要だろうな」

 

鷹岡を警戒していたガッシュペアだが鷹岡と視線が合う。そして鷹岡は肩を組んでいた三村と中村から離れて、スイーツの入った箱を持って2人のもとへ近付いた。

 

「よっ!お前等が理事長の推薦で転入してきた生徒達だろ?なあお前等の力、父ちゃんに見せてくれないか?実力を見ておきたいんだ!」

 

「こんにちは、鷹岡先生。お言葉ですが、俺達の力はとても危険な物です。安易に見せびらかすのは控えたい」

 

「……そっか、まあいいや!お前等も辛気臭い顔してないで、食え食え。少しは明るくなるだろ!」

 

清麿は鷹岡を信用していない。よって鷹岡に呪文を見せる事を断った清麿だったが、鷹岡は特に気にも留めずにガッシュペアにスイーツを勧めてきた。

 

 

 

 

 一方職員室では、烏間先生が部下の園川雀と鷹岡について話している。

 

「まさか鷹岡さんが暗殺の訓練を一任することになるとは。これで良かったのでしょうか?」

 

「良いも悪いも上の決定だ。従うしかない」

 

何とこれからの暗殺の訓練は全て鷹岡が行う事に決定したのだ。園川さんは怪訝な顔をしたが、上の決定に逆らう訳にはいかない。

 

「防衛省での鷹岡さんの評判、あんまり良くないんですよね。悪い話もかなり聞きます。大丈夫だとは思いますが、我々も極力生徒達を見守ってた方がいいかもしれません」

 

「……そうか。俺も鷹岡の事は調べておく。今は様子を見よう」

 

園川さんの言葉を聞いた烏間先生は何とも言えない表情をして、外で生徒と仲良さげにしている鷹岡を見ていた。

 

 

 

 

 一方外では、倉橋と矢田がガッシュペアと話していた。

 

「ねぇガッシュちゃんと高嶺ちゃん。これからの訓練、あの人が全部担当するらしいよ?」

 

「……そうみたいだな。鷹岡の指導で皆の調子が狂わなければ良いんだが(どうもあの人は嫌な感じがするんだよな)」

 

「私は烏間先生が良いぞ……」

 

「ねー、私も烏間先生じゃなくなるのは嫌だな~」

 

清麿は教官が変わる事による不和を恐れており、鷹岡自身に対する警戒を強めていた。またガッシュと倉橋は、担当が烏間先生でなくなるのを残念がる。特に倉橋は烏間先生に気があり、その落胆は一段と大きい。

 

「んー、でも鷹岡先生も悪い人には見えないけどなー。案外楽しい訓練になるかも。実際始まらないと何とも言えないけど……」

 

一方で矢田は鷹岡の訓練も悪くないのではと考える。現状鷹岡も生徒達に親しみを持とうとしてくれている。清麿達がそんな話をしていると、鷹岡が近寄ってきた。

 

「何だぁ、父ちゃんに隠れて内緒話か?」

 

「!……そんなんじゃないよ~、鷹岡先生」

 

「さっきのデザート、とっても美味しかったです」

 

「そうだろそうだろ!これからの訓練は厳しくなると思うが、また美味いもん食わしてやるから」

 

鷹岡の突然の出現に驚いたガッシュペア。彼等が返答に困っていると倉橋と矢田が愛想よく鷹岡をはぐらかしてくれた。そのおかげでその場は事なきを得て、鷹岡は上機嫌なままその場を離れた。

 

「明日以降、どうなってしまうのかの……」

 

(ここで【答えを出す者】(アンサートーカー)を使えば鷹岡の本性を見抜けるのだが、まだ安定してないからな。しかし万が一の事態になれば、使うしかない!)

 

清麿は、いざとなれば【答えを出す者】(アンサートーカー)の使用も辞さないつもりでいた。そして彼等の不安は見事に的中してしまう。

 

 

 

 

 翌日、遂に鷹岡の指導が開始された。当初は烏間先生が訓練の担当から外れる事に対して不満げに思う生徒もいた。しかし鷹岡は父親のようなフレンドリーな態度で確実に生徒の心を掴んでいく。そんな様子を烏間先生は職員室から見ており、安心したような表情をする。

 

(確かに鷹岡の事を調べた結果良くない噂も聞いたが、見た限りでは軍隊とちゃんと区別も出来ている。あれなら大丈夫そうだ……俺のやり方が間違っていたんだろうか?プロとして一線を引いて接するのではなく、あいつのように家族の如く接した方が……)

 

烏間先生はそう思いながら、軍隊での鷹岡とその部下達の仲の良さそうな写真を眺めていた。

 

 

 

 

 その一方で鷹岡は、自分が新たに担当になるという事で訓練内容も変更してもらったことを生徒達に話し、新たな時間割を生徒達に配布した。

 

「訓練内容の一新だ。厳しくはなるが、一緒に頑張ろうな!」

 

しかし、その時間割を見た生徒達は顔色を変えた。それも無理はない。なぜなら授業の半分以上は訓練の時間となっており、月~金曜日までは夜九時まで訓練が行われるのだから。

 

「このぐらいは当然さ、理事長にも話して承認してもらった。“地球の危機ならしょうがない”って言ってたぜ」

 

鷹岡は昨日までと変わらないフレンドリーな表情で話を進める。そんな鷹岡の表情が、より生徒達の恐怖心を煽る。その時、前原が物申そうと立ち上がる。

 

「……無理だぜこんなの‼勉強の時間これだけじゃ成績落ちるよ!理事長も()()()()()承諾してんだ‼」

 

「よせ、前原!今口答えをしてはいかん‼」

 

鷹岡に反論するために前に歩み寄る前原を、清麿が制止する。清麿は【答えを出す者】(アンサートーカー)を使い、これ以上前原が鷹岡に逆らうと大変な事になるという答えを出していた。清麿は不安定ながらも、どうにか【答えを出す者】(アンサートーカー)を発動出来た。ところがそんな事を知る由もない前原は、清麿の制止を振りほどいて更に鷹岡に近付く。

 

「何言ってんだ高嶺!こんな時間割じゃあ遊ぶ時間もねーし、出来るわけねーだろ、こんなの‼」

 

「やめろぉ‼」

 

清麿の制止も空しく、前原は鷹岡に頭を掴まれ、そのまま腹を蹴られた。前原に鷹岡が暴力を振るおうとしても、清麿がいる距離では止めることが出来ないという答えを、【答えを出す者】(アンサートーカー)は出していた。そして悶絶する前原に対しては、磯貝・岡野・ガッシュが駆け寄る。

 

「“できない”じゃない。“やる”んだよ。言ったろ?俺達は“家族”で、俺は“父親”だ。世の中に、父親の命令を聞かない家族がどこにいる?」

 

鷹岡の目は狂気に満ちていた。

 

「まあ、厳しいけど頑張れよ!終わったらまた美味いスイーツ食わしてやるからよ!」

 

これが鷹岡の教育方針だ。暴力でとことん恐怖を味合わせる恐怖(ムチ)、それが終わった後にはわずかな親愛(アメ)。こうして部下を洗脳し、自分に忠実な兵士を今まで作り上げてきた。これこそが彼の本性だ。鷹岡の表した本性によって多くの生徒達が恐怖する。しかし、

 

「お主、どういうつもりなのだ‼」

 

ガッシュは鷹岡を睨みつける。

 

「あ?罰だよ罰。父親に逆らった事に対するな。あと、父ちゃんに向かって“お主”呼ばわりはねーんじゃねーか、チビ?」

 

前原に暴力を振るった事に対して、鷹岡は悪びれる様子も無い。さらにガッシュのお主呼びを咎めて来る。

 

「何が父親だ!アンタは恐怖で俺達を束縛しようとしているだけじゃないか‼」

 

「ああ?お前か。そーいや昨日から俺を警戒してたっけなぁ。理事長からの推薦か知らんが、俺に逆らうとどーなるか教えてやるよ!」

 

鷹岡は清麿の方に近付き、思い切り殴ろうとする。しかし、その一撃はかわされる。攻撃をかわした清麿に対して鷹岡は今度は蹴りを入れようとしたが、【答えを出す者】(アンサートーカー)を使用した清麿がこれを回避するのは容易だった。

 

「(コイツ、俺の二段攻撃をかわしただと⁉)テメェ、調子に……⁉」

 

攻撃がよけられた事が気に食わない鷹岡は清麿に暴言を吐こうとするが、鷹岡を睨みつける清麿の気迫に怯んでしまった。

 

「(何だこの気迫は⁉ただの中学生がこんな……)ふっ、まぁいい。俺のやり方が気に入らないなら、出てけばいいだけだからな!その時は俺の権限で新しい生徒を補充する」

 

清麿に怯みながらも、鷹岡はそう言い放つ。

 

「ガッシュ!(赤い本を持ってきてくれ!)」

 

「ウヌ!(本を持ってくるのだな)」

 

清麿はアイコンタクトで、ガッシュに赤い本を持ってこさせる。清麿は初めから鷹岡を信用しておらず、ガッシュが魔物であることがばれない様注意していた。そのために本も教室において来ていたが、これ以上暴力を振るおうとする鷹岡を止めるために、呪文の使用を決意した。

 

「けどなぁ、俺はそんな事をしたくないんだ。お前等大事な家族なんだからな。家族みんなで地球の危機を救おうぜ‼」

 

清麿の気迫に驚いていた鷹岡は平常心を取り戻す。そして初めてE組と会った時と同じくフレンドリーな表情で生徒達に声をかける。そんな鷹岡は清麿から離れて、今度は神崎の頭に手を乗く。

 

「な?おまえは父ちゃんについてきてくれるよな?」

 

神崎は怯える。鷹岡から目を逸らして、細身な体を震わせていた。それでも、

 

「は、はい。あの……私は嫌です。烏間先生の授業を希望します!」

 

彼女は言い切った。体を震わせながらも、体中に冷や汗をかきながらも、恐怖に抗い、自分の意見を口にした。そんな神崎を見た鷹岡は口元に笑みを浮かべて、彼女を殴ろうとした。しかし鷹岡は後ろから強い怒気を感じ取る。そして鷹岡は肩を叩かれ、後ろを振り向いた。

 

てめェ、いい加減にしやがれ‼

 

鷹岡の後ろには、鬼の如き表情をした清麿が立っていた。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。清麿の気迫なら、鷹岡をビビらせてもおかしくないでしょう。


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LEVEL.20 才能の時間

鷹岡編の後半です。清麿の表情はどこまで進化するか……


 鬼の如き表情をした清麿が鷹岡を威嚇する。そして殴られそうになっていた神崎には、渚・杉野・茅野が駆け寄る。

 

(な、何なんだコイツは⁉何でただの中学生がこんな表情デキんだよ‼くそ、軍の精鋭である俺がガキ相手にビビっているだと⁉……どーなってやがる)

 

今度は鷹岡が体を震わせて冷や汗をかく。神崎が鷹岡に怯えていたように、鷹岡もまた清麿に怯えていたのだ。しかし鷹岡は神崎と違って、自分の意見を口にする事が出来ていない。

 

オイ、今神崎に何しようとした⁉それから前原の事も、痛めつけてくれたよなァ⁉

 

清麿の表情がさらに変貌した。鬼と形容するにも足りない程の恐ろしい表情だ。角以外にも頭から何かが大量に生えており、今にも鷹岡を食い殺さんとする顔だった。大魔王、今の清麿にはその言葉が相応しい。そんな彼を見て、鷹岡は体を震わせる事しか出来なかった。

 

どーした、声を出すことも出来んのか⁉神崎はテメーに圧をかけられながらも自分の意見を口に出してたぞ‼それすら出来てねー輩が父親だと⁉笑わせんな‼

 

「グ……う……」

 

清麿の表情はさらに変化し、何と顔が三つになった。顔はそれぞれ猿・猪・河童を模していたが、それぞれが角と牙を見せて凶悪な表情をしており、その顔は破壊神と呼ぶべきだろう。鷹岡は恐怖でE組を支配しようとしたが、今は逆に恐怖で清麿に支配されている。そんな時、

 

「そこまでだ、鷹岡!」

 

ガッシュを連れた烏間先生が走ってきた。鷹岡の異常性に気付いた先生が外へ出て鷹岡を止めようとしたとき、ガッシュと鉢合わせた。そこで先生はガッシュが赤い本を取りに来たことを察して、本を持って来させないように彼も連れてきたのだ。

 

「前原君、大丈夫か⁉」

 

烏間先生はまず、腹を蹴られてうずくまり、磯貝と岡野に支えられている前原を心配した。前原はどうにか手をあげ、無事であることをアピールする。それを見た烏間先生はホッとため息をついたのち、異形の表情から元に戻った清麿に耳打ちをした。

 

(高嶺君、気持ちは分かるがここは抑えてくれ!それから電撃を奴に浴びせるのも無しだ!)

 

「は、はい。しかし、このままでは……」

 

(ここは俺に任せてくれ)

 

「……わかりました」

 

清麿は烏間先生からにじみ出る強さと暖かさを感じ取り、この場は烏間先生に任せることを決めた。そして彼は怯えている鷹岡の前に立つ。

 

「鷹岡、お前は俺に強い対抗心があるようだな。そしてお前が活路を見出したのは教官としての道。家族のように近い距離で接する一方、暴力的な父親のような独裁体制で短期間で忠実な精鋭を育ててきた。そして今回もそうするつもりだな?俺から生徒を奪うために。だがお前は失敗した!」

 

「……な、何だと?」

 

烏間先生は鷹岡を否定した。それを聞いた鷹岡は怒りの表情を浮かべる。

 

「お前は高嶺君に怯え切ってただろう‼それにガッシュ君や神崎さんを始め、多くの生徒はお前を拒絶している‼今までのお前のやり方はここでは通用しない‼」

 

「烏間、お前……」

 

鷹岡は図星を付かれた。鷹岡は清麿に怯えた時点で恐怖による支配に失敗していたのだ。本人も心のどこかでそれが分かっており、悔し気な顔をする。

 

「俺に対抗心を抱くのはいいが、それに生徒達を巻き込むな!お前がこれ以上権力を振りかざし続けるようであれば、()()()()()()()()である俺が相手になる!」

 

「……好き勝手言ってくれるじゃねーか、烏間‼」

 

烏間先生の鋭い眼光に鷹岡はまたも怯んだが、同時に声を荒げた。これ以上恐怖し続けるのは、鷹岡の軍人としてのプライドが許さない。

 

「だったらコイツで勝負だァ‼」

 

鷹岡は自分の胸のポケットから対先生ナイフを取り出す。

 

「烏間、お前が育てたこいつらの中でイチオシの生徒を一人選べ‼そいつが俺と闘い一度でもナイフを当てられたら、お前の教育は俺より優れていたのだと認めよう。その時はお前に訓練を全部任せて出てってやる‼」

 

鷹岡の発言を聞いた生徒達は希望を見出す。そしてナイフ術に自信のある生徒達は、闘志を目に宿す。しかし次の鷹岡の言動で、生徒達の希望と闘志は簡単に崩れる事になる。

 

「ただしもちろん俺が勝てばその後、一切口出しはさせないし……使うナイフはこれじゃない。殺す相手が人間(オレ)なんだ、使う刃物も本物じゃなくちゃなァ」

 

鷹岡は対先生ナイフを床に放り投げた後、自分のカバンから本物のナイフを取り出す。それを見た生徒達の多くは戦慄する。

 

「よせ‼彼等は人間を殺す訓練も用意もしていない‼本物を持っても体がすくんで刺せやしないぞ」

 

「安心しな。寸止めでも当たった事にしてやるよ。俺は素手だし、これ以上無いハンデだろ」

 

烏間は止めようとするが、鷹岡はあくまで自分の意見を突き通すつもりだ。鷹岡の目は狂気に満ち満ちており、その口から舌を出す。鷹岡は自分が場のペースをつかみ始めているのを感じた。

 

「(軍隊でもこの手はよく効いたぜ。初めてナイフ持ってビビりあがる新兵を、素手の俺が完膚無きまでに叩きのめす。その場の全員が格の違いを思い知り、俺に心服するようになる)さぁ烏間‼ひとり選べよ‼嫌なら無条件で俺に服従だ‼生徒を見捨てるか生贄として差し出すか‼どっちみち酷い教師だなお前は‼」

 

鷹岡は勝ちを確信してあざ笑う。自分が中学生に負けるはずがない、そして烏間が勝負を降りた瞬間勝ちが確定する。自分の優位性を疑わない。しかし、

 

「やかましい筋肉ダルマ‼お前など私が簡単にねじ伏せた後、ナイフをお前の体に当てて見せよう‼」

 

ガッシュが叫んで、鷹岡を睨みつける。鷹岡が鍛えられた軍隊の精鋭とは言え、魔物(ガッシュ)の身体能力があれば、術を使用しなくても殴り合いを制することは難しくない。さらに鷹岡は素手であるため、一度ナイフを当てられて負けと言う事もない。

 

「相変わらず口が悪いなぁ。別に俺はお前が相手でも良いが、お前は正式に生徒として登録されてないだろう?」

 

鷹岡がガッシュの方を向いて嫌味な笑いを浮かべた。理事長の一存により、ガッシュは暗殺の為にE組への登校を許されてはいるが、表向きは生徒として登録はされていない。

 

「落ち着け、ガッシュ。今回は烏間先生に従おう」

 

「ウヌ、しかし……」

 

「ガッシュ君。気持ちはありがたいがここは引いてくれ」

 

「……わかったのだ」

 

清麿と烏間先生になだめられて、ガッシュは鷹岡に勝負を挑むことを辞めた。

 

「(俺はまだ迷っている。確かに、鷹岡相手にナイフを当てられる可能性がある生徒はいる。しかし、生徒をこんな危険にさらしていいものなのか……それでも、時には教師として生徒を守るだけではなく、信用することも大事なのかもしれない。このような非常事態には特に)……渚君、やる気はあるか?」

 

鷹岡からナイフを受け取った烏間先生は渚の目の前に立つ。その光景に渚自身はもちろん、他の生徒達も驚きの表情を見せた。

 

「清麿、なぜ渚なのだろうな?」

 

「……ガッシュ、集会の時に渚が自分に絡んできた本校舎の連中を怯ませたときの事、覚えているか?」

 

「そういえば、そんなこともあったのう」

 

「あれはな、渚が殺気を出していたんだよ」

 

ガッシュはどうして渚が選ばれたのかが分からない。しかし清麿は【答えを出す者】(アンサートーカー)を使うまでもなく、その理由を理解していた。

 

「渚は殺気をコントロールすることが出来るんだ。その能力は暗殺において、とても大きな武器となる。そんな事は、おそらくここにいる誰にも出来ないことだ。後は渚を直接見てた方が分かりやすい。あいつはこの勝負を引き受けてくれる」

 

「……ウヌ、分かったのだ」

 

どんなに強い力を持った殺し屋と言えども常に殺気がダダ洩れであれば、すぐに相手に気付かれて逃げられてしまう。故に一流の殺し屋にとっては殺気を隠す、つまりはコントロールすることが必須となる。そのまま殺気を相手に悟らせないまま殺すにしても、強い殺気を出して相手を怯ませてから殺すにしても、この能力は大きな武器となる。清麿は渚がこの能力を持つ事を確信していた、烏間先生もまた然り。そして彼の言う通り、渚はこの勝負を引き受けた。

 

「お前の目も曇ったなぁ烏間、よりにもよってそんなチビを選ぶとは」

 

渚の秘めたる能力に鷹岡は気付きもせず、明らかな慢心を見せる。そんな鷹岡に対しては目もくれず、烏間先生は渚に小声で助言する。

 

「いいか、鷹岡にとってのこの勝負は“戦闘”だ。二度と皆を逆らえなくする為には、攻防ともに自分の強さを見せつける必要がある。対して君は“暗殺”だ。強さを示す必要もなく、ただ一回当てればいい。そこに君の勝機がある」

 

「……わかりました」

 

烏間先生のアドバイスを聞いた渚は、ナイフを持って鷹岡と対峙する。そしてE組一同は緊張感を持って渚を見守る。ただ一人、場違いな笑みを浮かべていた殺せんせーを除いて。そんな殺せんせーを見て、隣にいたビッチ先生は訝しげな表情を見せる。

 

「アンタ!いつもと変わらずニヤニヤしちゃって、渚が心配じゃないの?」

 

「渚君なら問題ありませんよ。勝負は一瞬で決まるでしょうね」

 

殺せんせーもまた、渚の秘めたる能力に気付いていた。それだけではなく、殺せんせーは渚の勝利をも確信している様子だ。

 

「さあ来い‼(公開処刑の時間だァ!)」

 

渚と対峙している鷹岡は、慢心を隠すつもりすらない様子だ。自分が中学生相手に負けるはずがないと。そんな鷹岡に対して、渚は烏間先生の助言を思い出す。そして、

 

「そうだ、戦って勝たなくていい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“殺せば、勝ちなんだ”」

 

渚は笑いながら普通に歩いて鷹岡に近付く。そんな渚に対して、鷹岡は何もしなかった。否、何も出来なかった。渚からは恐怖も闘気も、まして殺気など少しも感じられない。だから鷹岡は渚の接近に反応出来ない。そして鷹岡の腕に渚が触れられる距離まで近付くと一変、渚はナイフを鷹岡目掛けて振り回す。

 

 ここでようやく、鷹岡は自分が殺されかけていることに気付く。しかし、気付いたときはもう手遅れ。渚のナイフに驚き、鷹岡の体は後ろに重心が偏ったため、渚は鷹岡の服を後ろに引っ張り転ばせる。そして渚は鷹岡の後ろから回り込み、ナイフを軽く当てた。

 

「捕まえた」

 

渚は軽く汗をかきながらも見事にやり遂げた。しかも驚きのあまり体を動かせないでいる鷹岡に対して渚は平然としている。そんな様子にクラス一同は驚愕する。

 

「き、清麿、何が起こったというのだ⁉」

 

「く……渚の奴、これ程までだったのか⁉」

 

(予想外だ‼こんな事が……)

 

そしてこの光景を見た烏間先生は確信していた。渚には殺気をコントロールする才能、“本番”に物怖じしない才能、つまり暗殺の才能があることを。

 

「そこまで‼勝負ありですよね、烏間先生。まったく、本物のナイフを生徒に持たすなど、正気の沙汰ではありません。ケガでもしたらどうするんですか?」

 

「フン、ケガしそうならマッハで助けにはいっただろうが」

 

「当然ですねぇ、ヌルフフフ」

 

先生同士で会話している最中、渚は生徒達にもみくちゃにされる。生徒達の間には、もう恐怖の感情は払拭されていた。しかし、先程まで腰を抜かしていた鷹岡が怒りの感情をあらわにして渚の後ろに立ち上がる。

 

「このガキ、マグレの勝ちがそんなに嬉しいか?もう一回勝負だ‼今度は油断しねぇ‼」

 

そんな鷹岡を見た生徒達だったが、一瞬の驚きを見せても再び鷹岡に恐怖することは無い。そして鷹岡の前にガッシュが出てくる。

 

「いい加減にしろ‼貴様は渚に負けたのだ、なぜ認めん⁉これ以上ここで暴れるのなら、私が貴様をひねり潰す‼」

 

「コイツ、いい加減に……」

 

「大丈夫だよ、ガッシュ君」

 

ガッシュと鷹岡の怒気がぶつかり合うが、その間に渚が割り込んだ。

 

「確かに、次やったら絶対に僕が負けます。でもはっきりしたのは鷹岡先生、僕等の“担任”は殺せんせーで、僕等の“教官”は烏間先生です。これは絶対に譲れません。父親を押し付ける鷹岡先生より、プロに徹する烏間先生の方が僕はあったかく感じます。出て行って下さい」

 

渚が鷹岡に対して頭を下げた。そしてこの渚の言葉こそが、生徒達の総意だった。それでも鷹岡は納得しない。そして鷹岡は渚に殴りかかったが、すぐに間に入った烏間先生に肘打ちを喰らわされ、そのまま気絶した。一方ガッシュは鷹岡に殴りかかろうとする前に清麿に抑えられていた。

 

「ヌオオオオ、何故止めるのだ、清麿⁉」

 

「落ち着け!烏間先生に任せておけば、問題は無い」

 

そして鷹岡を気絶させた烏間先生は少し沈黙した後に、頭を下げた。

 

「俺の身内が迷惑をかけてすまなかった。後の事は心配するな、俺一人で教官を務められるよう上と交渉する。いざとなれば、銃で脅してでも許可をもらうさ」

 

烏間先生の言葉を聞いて生徒達は安心するが、鷹岡が目を覚ます。

 

「く、させるかそんな事。俺が先にかけあって……」

 

「交渉の必要はありません」

 

しかし、鷹岡の発言は突如遮られる。いつからかE組の校舎に訪れていた理事長の言葉によって。予想外のタイミングでの理事長の出現に、多くの生徒達は驚く。そして理事長は自身の理想の為に、鷹岡の続投を望むのではないかと不安になる者もいた。

 

「新任の先生の手腕に興味があって見に来たのですが鷹岡先生、あなたの授業はつまらなかった。確かに教育に恐怖は必要ですが、暴力でしか恐怖を与えることが出来ないのなら、その教師は三流以下だ。自分より強い暴力に負けた時点で、その授業は説得力を完全に失う」

 

意識は戻っても起き上がれていない鷹岡に理事長はまたがる。そして自分の荷物から紙を取り出し、何かを書いたのちにその紙を鷹岡の口にねじ込んだ。

 

「解雇通知です。生徒一人の気迫に押し負けてビビりまくった挙句、自らが定めた生徒との決め事も守れないような輩はこの学園には必要ない。それから、椚ヶ丘中の教師の任命権は防衛省には無い。全て私の支配下だという事をお忘れなく」

 

理事長にクビにされた鷹岡は悔し気に咥えさせられた解雇通知をそのまま飲み込み、そのまま校舎を出て行った。鷹岡が逃げていく様を見届けた後、理事長もまた裏山を降りた。

 

「ウヌ、理事長殿は良いことをしてくれたの!」

 

「というよりは、鷹岡を辞めさせることで自分がこの学園の支配者だと俺達に分かるためだと思うぞ。鷹岡を切った瞬間の理事長を見て、背筋がゾッとしたよ。俺達はこの学園に入ってから、とんでもない人に逆らってきたのだろうな」

 

「しかし、やはりE組が差別されるのは嫌なのだ……」

 

「まあ、それとこれは別問題だからな」

 

ガッシュペアは理事長の恐ろしさを改めて思い知らされたが、あくまでE組が差別される環境には抗い続ける事を決めていた。とは言え理事長の決定的な発言により、鷹岡の恐怖政治は一日にして終わりを告げたのも事実だ。そしてガッシュペアの元には、神崎が近付いてきた。

 

「高嶺君、さっきはありがとう。おかげで殴られなくて済んだよ。凄く怖かった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高嶺君が」

 

鷹岡の手から助けてくれたのは嬉しかったが、神崎はそれ以上に清麿の表情が怖かったようだ。それは他の生徒も同じようだった。

 

「お、おう……ケガが無くて良かった。あと、礼なら渚にも言っといてくれ。渚のおかげで、鷹岡が理事長に追い出されることになったんだからな。まあ、理事長に関してはもとから奴を追い出すつもりだったかもしれんが」

 

今日の出来事も、下手すれば全て理事長の思惑通りの可能性すらある。理事長の手強さを清麿は改めて実感する。

 

「とにかく有希子が無事でよかったのだ!」

 

「ガッシュ君も鷹岡先生相手に、一歩も引いてなかったね!」

 

「ウヌ、あの者は許せなかったからの」

 

ガッシュペアが神崎と話していると、今度は渚と杉野が駆け寄る。

 

「あ、渚君、丁度良かった。お礼が言いたかったの。鷹岡先生との勝負に勝ってくれて、本当にありがとう。気持ちがスッとしたよ」

 

「はは、偶々上手くいって良かった。でも、神崎さんこそ鷹岡先生に対して自分の言いたいことちゃんと言えてて、すごかった!」

 

「えへへ、そうかな?」

 

渚の暗殺の才能もすごかったが、神崎もまた、鷹岡相手に怯えながらも自分の意見をしっかりと述べた。目上の怖い人間相手に対して、これは中々出来ることではない。そんな渚と神崎の会話を聞いて、杉野は少し嫉妬したような表情を見せる。

 

「杉野君も、駆け寄ってくれた時は嬉しかった」

 

「え、そうかな、神崎さん?いやあ、神崎さんが無事で良かったなぁ」

 

突然神崎にそう言われた杉野は顔を赤くしていた。そんな杉野を見て渚と清麿は苦笑いを浮かべていたが、彼女はどうしたのか分からないといった表情だ。

 

 

 

 

 そして今日の放課後は、烏間先生が生徒の努力で体育教師に返り咲けたお礼として、先生が色々ご馳走してくれる事となった。なお、殺せんせーはそれに土下座しながら付いて行った。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。ザケルラッシュはありませんでしたが、中学生相手に恐怖で支配された鷹岡のダメージは大きいでしょう。


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LEVEL.21 夏の時間

片岡編です。現実世界ももう夏が近いですね。


 本格的な夏の季節で、クーラーのないE組の校舎は地獄のような暑さだ。また今日はプール開きの日だがプールは本校舎にしか無い。E組の生徒は本校舎の往復だけでも夏の暑さによる体力の消耗がバカにならない。そんな環境故にE組の生徒達は授業どころでは無い。それを見かねた殺せんせーは口を開く。

 

「仕方ないですねぇ、全員水着に着替えてついてきなさい。涼みに行きましょう」

 

生徒達を全員水着に着替えさせ、沢のある避暑地に連れて行くことにした。そして生徒達は水着の上からジャージを羽織り、殺せんせーの後を追った。

 

 

 

 

 そして清麿が歩いていると、カルマが話しかけてきた。

 

「聞いたよ高嶺君、鬼の形相で軍人黙らせたんだって?やるねぇ」

 

「鷹岡の事か?あいつは許せなかったからな。それより、俺は渚にビックリだった」

 

「あ~それも聞いた。渚君の暗殺見とけば良かったかな」

 

「そーいやお前、その時いなかったな。サボりか?全く……」

 

「うん、あのデブ嫌だったし」

 

清麿とカルマは、先日の鷹岡の授業の事を話していた。鷹岡をビビらせた清麿も見事にナイフを当てた渚も大したものだ。そして他の生徒達も雑談しながら進んでいると、殺せんせーが移動の足(触手?)を止める。

 

「さて君達、これを見なさい。これなら夏の暑さも乗り切れるでしょう!」

 

殺せんせーの後ろには、先生手作りのプールが広がる。そしてそのプールでは、ガッシュが一足先に泳いでいた。

 

「ガッシュ、ここにいたのか!」

 

「ウヌ、特訓で汗を掻いた後の水泳は気持ち良いのだ!」

 

「さてガッシュ君、皆を連れてきましたよ!」

 

プールとそこで泳いでいるガッシュを見た生徒一同は、一斉にプールへ飛び込む。25mプールで泳ぐ者、広いプールでボール遊びをしている者、休憩スペースで本を読む者など、各々がプールを楽しむ。なお岡島は二枚目面で盗撮カメラを取り出していたが、殺せんせーに没収されてしまった。

 

「清磨、隙ありなのだ‼」

 

「うわっ、ガッシュ!やりやがったなっ!」

 

渚達と雑談している清麿にガッシュが水をかけたが、清麿はすぐにやり返す。そして水の掛け合いは、お互い少しづつヒートアップしていく。

 

「そうしていると、2人って本当の兄弟みたいだよね!」

 

「そうだね!前も思ったけど、ガッシュ君みたいな弟がいたら毎日が楽しそう!」

 

水掛けをしているガッシュペアを見て、渚と茅野が微笑ましく思う。そして水の掛け合いが一段落着いたガッシュペアは、お互いに様子を伺うように睨み合う。その時清麿は、ふと茅野の方に視線を向ける。

 

「……そう言えば、茅野はずっと浮き輪を使っているな?」

 

「うん、実は泳ぐの苦手なんだ……」

 

清麿が浮き輪の事を聞いたが、茅野は泳ぎが苦手なようだ。

 

「なるほど……ってブフォぁ!ガッシュ、テメー!」

 

「ははは、余所見していた清麿が悪いのだ!」

 

「ったく、油断も隙もありゃしねー」

 

茅野と話す清麿に対して、ガッシュは容赦なく水を御見舞いする。そしてそれを見ていだ渚も2人の方に向かう。

 

「楽しそう、僕も混ぜてよ!」

 

「ウヌ!渚、どこからでもかかってくると良いぞ!」

 

「皆、しょうがないなぁ」

 

プールではしゃぐガッシュペアに渚も混ざり、水の掛け合いが再開される。そんな3人を茅野は少し離れた所で遠い目で見ていた。そんな時、

 

「きゃんっ」

 

倉橋に水をかけられていた殺せんせーが奇声を上げる。それを見たカルマは殺せんせーのいる監視台まで近付き、それを揺らした。

 

「きゃあ、揺らさないで!水に落ちる‼」

 

それを見た生徒達は察した。殺せんせーって実は泳げないのではないだろうかと。そしてこの弱点は、暗殺において大きな情報となりえるかもしれない。

 

生徒達がそんな事を考えて殺せんせーを見ている。その一方で茅野が浮き輪の上でバランスを崩してしまった。彼女は溺れかけている。

 

「茅野、大丈夫か⁉」

 

「大変だ、すぐ助けないと‼」

 

しかし清麿達は茅野から離れており、救出に向かうのが遅れてしまった。それでも懸命に泳いで茅野に近付くが、気付けば茅野はすでに救出されていた。

 

「はい、大丈夫だよ茅野さん。すぐ浅いとこ行くからね」

 

「助かった……ありがとう、片岡さん‼」

 

「ふふ、水の中なら出番かもね」

 

片岡はE組に来る前までは水泳部に属しており、学年代表に選ばれたことさえある優秀な水泳選手だった。そんな彼女にとって、それほど深くない水中で溺れかかっている同級生を助けることは容易い。こうして一波乱あった水泳の授業は終了した。

 

 

 

 

 その日の放課後、片岡は他の生徒達をプールの前に集めて、水を使用した暗殺計画を立てる。

 

「……だからね皆、私の考える計画はこう。この夏の間、どこかのタイミングで殺せんせーを水中に引き込む。それ自体は殺す行為じゃないから、ナイフや銃よりは先生の防御反応も遅れるはず。そしてふやけて動きが悪くなった所を、水中で待ち構えてた生徒がグサリ!夏は長いわ、じっくりチャンスを狙ってこう!」

 

「「「「「おおーーー‼」」」」」

 

片岡はここでもリーダーシップを発揮し、その場の生徒達をやる気にさせる。水と言う新たな殺せんせーの弱点が発覚したこともあるが、それ以上にここにいる生徒達の士気が高まっているのは、やはり片岡の存在が大きい。ところが、その中でも清麿だけは浮かない顔を見せる。

 

「……どうしたの、高嶺君?」

 

「水という新たな弱点がわかったのはいいが、水中ならガッシュの電撃がかなり使いづらくなると思ってな」

 

「そうであるのか?清麿」

 

「ああ。水は電気を吸収するからな。それで殺せんせー目掛けて術を放った結果、近くにいた奴等を巻き添えにしたではシャレにならん。これについては考えなくてはいけない」

 

「「「「「た、確かに……」」」」」

 

水中とガッシュの電撃の組み合わせによるリスク、これを清麿は危惧した。そして電気を吸収する水の特性を生かされて、かつてガッシュペアはパティペアに苦戦を強いられたことがあった。

 

「属性攻撃の特性によるデメリット、能力バトル漫画あるあるだよね!」

 

「不破さん、ちょっと落ち着こうか……」

 

清麿の説明を聞いて、不破は真っ先に漫画の事が頭に浮かぶ。そして彼女は相変わらず目を輝かせていた。そんな不破を片岡がなだめる。

 

「まあ、最悪ガッシュの呪文はラウザルク一本で行くか……」

 

「ウヌ、皆をケガさせてはならぬからの」

 

ラウザルクは肉体強化の術であるため、水のある所でも他の生徒達を巻き添えにする心配はない。それに水中では殺せんせーの動きが鈍るため、強化されたガッシュが優位に立てる可能性は高い。

 

「じゃあ今日はここまでにしようか。私はもう少し泳いでいくから、皆先に戻ってて!」

 

片岡の一声によって今日は解散となる。そして多くの生徒達が戻っていく中、ガッシュはプールを見つめていた。

 

「ガッシュ、まだ泳ぎ足りんのか?」

 

「ウヌ。そうなのだが、デュフォーとの特訓もあるからの」

 

もっと泳ぎたいガッシュだったが、時間を気にしていた。それを見た清麿は口角を上げる。

 

「まあ、少しくらいならいいんじゃないか?ある程度時間たったら迎えに行くよ」

 

「やったのだー‼夏のプールは気持ちが良いからの!」

 

「待ったガッシュ。片岡が見えないところで着替えるんだぞ」

 

「わかったのだ!」

 

そして清麿が校舎に戻ると、ガッシュは速攻で着替えを終わらせてプールに飛び込む。また彼と同じタイミングで、片岡も水に浸かる。

 

「あ、ガッシュ君も泳いでいくんだ!」

 

「ウヌ!」

 

ガッシュはそのまま手足を大きくばたつかせて泳ぎ始める。

 

「待った、その泳ぎ方疲れない?」

 

「……あまり気にしたことはなかったの」

 

「そんなに手足を動かさなくても大丈夫だよ。こういうのはね……」

 

ガッシュの泳ぎ方を見た片岡は、ガッシュに対して疲れにくい泳ぎ方を教え始める。彼女は面倒見も良い。そしてガッシュもまた飲み込みが早く、すぐに片岡の教える方法を覚えた。

 

 しばらくガッシュと片岡が一緒に泳いでいると、彼女の携帯でモバイル律が起動した。

 

「片岡さん、多川心菜という方からメールです」

 

「わかった、ちょっと待って」

 

片岡はプールから上がり、メールの確認をした。そしてすぐにメールを返した後にガッシュの方を向く。

 

「ごめんガッシュ君。友達からのメールでね、すぐに行かないといけなくなっちゃった」

 

「……そうであるか」

 

片岡はそのまま自分の荷物を回収して校舎の方へ戻る。しかその時の彼女の表情はどこか辛そうで、ガッシュはそれを見逃さなかった。

 

「メグ、何かあったのかの……」

 

ガッシュは片岡の事が気がかりな様子だ。そんな時、彼女と入れ替わりで清麿が渚・茅野と一緒にプールの方へ向かってきた。

 

「ガッシュ、そろそろ帰ろう……どうかしたか?」

 

「皆、さっきメグとすれ違わなかったか?」

 

ガッシュは片岡の事が気になる様子だ。先程の彼女の表情が、ガッシュの頭から離れない。

 

「さっき会ったよ。友達と会うって言ってた」

 

「でも片岡さん、何か暗い顔してたよね」

 

「そうなのだ。メグは友達と会うのに、どうしてあんな元気がなさそうだったのか……」

 

片岡の元気のなさそうな表情に気付いたのはガッシュだけでは無い。しかし片岡本人はもうそこにはおらず、真相は分からないままだ。そして一同はガッシュが着替え終わるのを待ち、帰路に着く。

 

 

 

 

 ガッシュペアは渚と茅野と別れた後も、清麿宅を目指して歩く。しかしガッシュの顔色が優れない。原因は片岡の事だろう。そんな彼を見かねた清麿が声をかける。

 

「ガッシュ、ひとまず明日片岡に事情を聞いてみるか?それとも」

 

「片岡さんの居場所を特定しました!」

 

清麿の発言を遮る様に律が起動する。片岡が心配なのは律も同じの様で、彼女の位置情報を探っていた。

 

「流石なのだ、律!」

 

「しかもこの場所って……」

 

清麿は律の示す場所を確認する。そこはモチノキ町のファミレスだ。また、そこは彼等の帰り道に寄れる場所でもある。ガッシュペアはそこに向かう事を決めた。

 

 

 

 

 ガッシュペアがファミレスに辿り着くと、片岡の顔が窓から見えた。そして彼女の相席には、知らない女生徒が座っている。

 

「メグ、やはり何やら困ったような顔をしている気がするのだが……」

 

「考えてても仕方ない。行ってみよう」

 

「ウヌ、そうしようぞ!」

 

2人は片岡のいるファミレスへと入る。

 

 

 

 

 ガッシュペアがファミレスに来る前、片岡は本校舎の多川心菜に勉強を教えていた。否、教えさせられていたというのが正しい表現であろう。

 

「……あのさ心菜、私今やりたいことあってさ。もうクラスも違うんだし、こうしょっちゅう呼び出されると……ね」

 

「何それどーゆー事?めぐめぐを頼りにしてるのに、もう呼ぶなって事?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ひどい、私の事を殺しかけたくせに!」

 

多川はそう言うと、怒りの表情を見せて席を立つ。

 

「あなたのせいで死にかけてから、私怖くて水にも入れないんだよ。支えてくれるよね?一生」

 

片岡と多川の勉強会が再開されて少しした後、ガッシュペアがファミレスに入って来た。

 

「片岡、期末テスト勉強か?」

 

「あ、高嶺君とガッシュ君!奇遇だね。この子に勉強教えてたんだよ」

 

「そうであったか」

 

2人は店に入って片岡の席に向かう。そして清麿が多川の方を見ると、何故か多川は体中を震えさせて冷や汗をかき始めた。

 

(ななな、何でここにあの“鬼麿”がいるのよ‼せっかくコイツに会わないように椚ヶ丘から少し離れたモチノキ町まで来てたのに!)

 

多川は片岡を家庭教師代わりにこき使おうとしたのだが、その時に清麿と遭遇する可能性を恐れた。そしてモチノキ町のファミレスを選んだのだが、清麿がモチノキ町在住だという事を多川は知らなかった。

 

(ややや、ヤバい!私がめぐめぐを良いように使ってることがバレたら何されるか分からない‼どうしてこんなことに⁉)

 

本校舎で“鬼麿”として恐れられていることなど知らない清麿は、どうして多川がこれほどに怯えているのかが分からない。多川の怯える様に、ガッシュペアと片岡は心配の眼差しを向ける。

 

「なあアンタ、大丈夫か?」

 

「(ひ~~~~‼)だ、大丈夫だから‼私、もう平気だから‼めぐめぐに頼って勉強教えてもらおうとか思ってないから‼じゃあねめぐめぐ、お金ここに置いとくね‼」

 

清麿は何事かと思って声をかけるが、多川を更に怖がらせる。そして彼女は手を震わせながらも自分の分のお金を机に置き、荷物を片付けて店を出てしまった。

 

(えーん!これ以上めぐめぐをこき使ったら、鬼麿に殺されるよ~!)

 

多川は自分勝手な理由で清麿に怯えながら、そのまま自分の家まで走って帰っていった。そんな多川をガッシュペアと片岡は、窓から何とも言えない表情で見つめる。

 

「……ひとまず2人とも、そこ座ったら?」

 

「ああ、そうだな」

 

「ウヌ」

 

そしてガッシュペアは片岡と相席をして、飲み物を注文した。

 

「なあ片岡、あの子どうしたんだろうな?」

 

「何だか清麿を見て、怯えていたように見えたのだ」

 

「ああ、実はね……」

 

片岡は多川から本校舎の生徒達から、清麿が“E組の鬼麿”として恐れられている事を聞いていた。彼女はそのことを清麿に話す。

 

「……前原の時の事か。そういや球技大会の時も、俺に打順が回ってきたときの本校舎の連中の様子がおかしかった気がしたんだ。そういう事だったのか」

 

「清麿、他のクラスの者達に嫌われておるのか?」

 

片岡の話を聞いたガッシュは心配そうに清麿を見る。しかし彼は特にその事を気にした様子もなく、ガッシュの頭に自分の手を置いた。

 

「心配はいらんぞ、ガッシュ。もう昔とは違う。俺には信用できる仲間がたくさんいる。だから本校舎の奴等がどう思おうが、知った事ではない!」

 

清麿はこれまで出会ってきた仲間や、共に暗殺を行うE組のクラスメイト達を思い浮かべる。多くの人々が彼を思ってくれており、清麿にとって本校舎内での評価などどうでも良い。

 

「ウヌ、そうであるか……」

 

「ふふ、高嶺君ダメじゃない。ガッシュ君に心配かけちゃ」

 

「……そういうつもりはなかったんだがな」

 

それでもガッシュは清麿を気にかける。そんな様子を見た片岡は冗談混じりに清麿をその事でたしなめる。その後ガッシュは、今度は片岡に心配の眼差しを向けた。

 

「メグこそ、何か悩んでることがあるのではないのか?最近のメグは、元気が無いように見えるのだ」

 

「あちゃー、私もガッシュ君に心配かけちゃってたか。えーとね……」

 

片岡が自分と多川の関係を話し始めた。去年彼女達は同じクラスで、多川は水泳部の片岡に泳ぎを教えてもらうようお願いした。そして一回のみの練習でそのまま海に行き、多川は海で溺れてしまった。それ以降片岡の事を逆恨みするようになり、片岡に勉強を教えてもらうために付きまとった結果、片岡は自分の勉強がおろそかになり、E組へ行くことになった。

 

「何だそれ、許せねー話だな!」

 

「メグは何も悪くないではないか!」

 

片岡の話を聞いたガッシュペアは憤慨する。多川の言動は理不尽極まりない。

 

「しかし片岡、そういう輩にはガツンと言ってやった方がいいんじゃないのか?」

 

「いいよ、こういうのは慣れてるから」

 

清麿の助言に対して、片岡は諦めたような表情を見せる。片岡は真面目で責任感が強い。そんな彼女の性格に付け込む輩は多川以外にもいたようだ。清麿は話を続けようとしたが、ガッシュがデュフォーとの特訓の時間が近付いていた事に気付いた。

 

「ウヌ、そろそろ特訓の時間ではないか……」

 

「おっといけない。悪い片岡、俺達は人を待たせているからそろそろ帰らないといけない。話は後日でもいいか?」

 

「うん、大丈夫だよ。あと2人が注文した飲み物のお金は、私が出しておくよ。話を聞いてくれたお礼ってことで」

 

サラッとこのような発言が出来るあたり、流石イケメグである。そしてガッシュペアは、片岡のお言葉に甘えさせてもらう事にした。

 

「サンキューな!じゃあ学校で」

 

「メグ、またなのだ!」

 

片岡と別れの挨拶をしたガッシュペアは、そのまま外に出た。

 

「……ところで、そこの不審者達は何をしているのかしら?」

 

片岡達を見張っているサングラスをかけた4人組がいた。殺せんせー、渚、茅野、磯貝だ。悩んでいる片岡の様子を見るため、彼等も律に片岡の居場所を聞いてついてきた。しかし尾行がバレてしまい、渚と茅野は苦笑いをする。

 

「あ、バレちゃった……」

 

「ハハハ」

 

 

 

 

 一行はファミレスを出て外を歩く。

 

「全く、磯貝君まで何やってるのよ……」

 

「すまん片岡。同じクラス委員長として、お前が悩んでいる事に気付いてやれなかった自分が許せなくて、居ても立っても居られなくなった」

 

片岡だけではなく、磯貝もまた真面目なクラス委員長である。相方の事が心配だったのだ。

 

「しかし片岡さん、今の君とあの本校舎の生徒との関係はまさしく“共依存”でしたねぇ。高嶺君に対する異常な怯え具合から、もう彼女が君に付きまとう事は無いとは思いますが、まだ根本的には解決していない」

 

「でも殺せんせー、どうすれば……」

 

片岡が殺せんせーに尋ねるが、殺せんせーはとんでもない方法を実践するのだった。

 

 

 

 

 後日学校で清麿は、殺せんせーの片岡と多川の共依存に対する手入れの方法に驚愕する。夜中に寝ている多川を片岡、渚、茅野、磯貝と共に裏山の水場に連れてきて、多川にこの光景を夢だと思わせて泳ぎの特訓をさせた。その結果、多川は無事に泳げるようになった。そして片岡も責任を感じる必要がなくなり、多川を突き放すことが出来たのだ。

 

「それ、犯罪じゃないか……」

 

「荒療治と呼んで下さい、高嶺君!」

 

「物は言いようだな……まあ、片岡も吹っ切れてるようだし良しとするか」

 

「メグが元気になってよかったのだ!」

 

片岡は他の女子と話していたが、ガッシュペアと目が合い、彼等に手を振ってくれた。それを見たガッシュペアは、安心したような表情で手を振り返すのだった。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。清麿が水泳の時間に参戦すれば恐怖で練習どころではなくなる可能性がある為、ガッシュは本当の事を口走ってしまう可能性がある為、ガッシュペアは不参加にしました。


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LEVEL.22 交流の時間

 今回は飛ばしてしまった原作のある回の要素を加えたほぼオリジナル回となります。


 とある日曜日、ガッシュペアはデュフォーとともにモチノキ町の裏山で特訓を行う。そし昼時になり、休息の為に特訓は中断された。

 

「そういえば清麿、【答えを出す者】(アンサートーカー)の力が前より安定してきたな」

 

「そうだな。だがこの程度では、実戦では使い物にならん!」

 

「ガッシュも身体能力が上がっている。俺の出したメニュー以外にも、暗殺の訓練が生きてきているな。マントの活用も形になってきている」

 

「ウヌ、まだまだ頑張るのだ!」

 

ガッシュペアの特訓の成果は確実に出てきてはいるが、まだまだクリア打倒には至らない。デュフォーと話していると、2人の物影が近付いてきた。その2人は、ガッシュペアと関わりのある人物だ。

 

「!菅谷と三村じゃないか」

 

「おおっ、お主達も来ておったか!」

 

「いや~、椚ヶ丘から離れた所にスケッチに来てたんだが……」

 

「何か音がしてたからな。見に来たんだが、お取込み中だったか?」

 

何と菅谷と三村が裏山に来ていた。菅谷は美術が得意で、休日は絵を描いたりもしているようだ。三村は菅谷の付き添いをしながら、風景の映像を撮影している。

 

「今は特訓の休憩中だったのだ!」

 

「清麿達のクラスメイトか」

 

「ああ、そうだ。まさかこんなところで会うとは思わなかった」

 

デュフォーが菅谷と三村を見ると、何かを考えるような素振りをした後に口を開いた。

 

「……お前達の今日の特訓はここまでだ。クラスメイトとの交流を深めておけ」

 

「え、いいのか?」

 

デュフォーの意外な言葉に清麿は戸惑う。午後からは特訓に本腰を入れるものかと思ったが、そうはならなかった。

 

「特訓の成果が思ったよりは出ている。だから今日の午後からは、ティオ達の特訓に専念させてくれ。では、俺は先に戻る」

 

「ウヌ、分かったのだ……」

 

デュフォーはそう言うと、一人で山を降りてしまった。彼にも考えがあるのだと思い、ガッシュペアはそれ以上デュフォーには何も聞かなかった。菅谷と三村はそんなやり取りを見ている。

 

「なあ高嶺、あの人がお前の言ってた特訓を見てくれる人か?」

 

「何か、ちょっと怖そうだったな……」

 

「ああ、そうだ。時間が空いている時は基本ここか自分の家で特訓を見てもらっている」

 

菅谷と三村が清麿にデュフォーの事を聞いてくる。清麿がそれについて答えていると、突然ガッシュの腹の音が鳴り始めた。

 

「まあ、ひとまず飯でも食おうぜ!」

 

「清麿、母上殿の作ってくれた弁当を食べようぞ!」

 

「何だ、お前等も弁当持ってきてたのか。丁度いい」

 

ガッシュペアだけではなく、菅谷と三村も弁当を持って来ている様だ。そして4人はその場にビニールシートを敷いて、昼食を取ることにした。

 

 

 

 

「それにしても偶然だな。こんな所で出会うとは……」

 

「ああ、俺も三村も休日は自分の好きな分野に取り組んでいる。俺は美術で三村は映像撮影。岡島が一緒にいる時はあいつ、写真の撮影をしているぞ。今日は気分を変えてモチノキ町の方まで来てたが、そういや高嶺の家はモチノキ町だったな」

 

 4人は昼食を取りながら雑談を行う。せっかくの休日、暗殺や学業以外の趣味に没頭するのも己の刃を磨く良い機会だ。そして、

 

「なあお前等。この後に菅谷とモチノキ町の美術館行くんだけど、一緒にどうだ?」

 

「おおっ、美術館と言えばシェミラ像を思い出すのう!」

 

「何っ、お前等シェミラ像知ってんのか⁉」

 

三村からの美術館同行の誘い。それを聞いたガッシュペアの脳裏にはある出来事が浮かぶ。そしてガッシュはシェミラ像の名前を出す。すると、菅谷がその話題に食いつく。

 

「そうだ、俺達はシェミラ像を見たことがある。そして……」

 

清麿はシェミラ像の事、そしてそれを通しての魔物のダニーとそのパートナーの資産家ゴルドーとの出会いを話した。

 

「マジか、あの資産家ゴルドーまで戦いに参加していたのか!」

 

「しかも自分の魔物の本を燃やすリスクを冒してまでシェミラ像を守り切ったなんて……」

 

菅谷と三村はゴルドーの話を聞いてとても驚いたが、それと同時にシェミラ像を守りぬいたことに感動した。自分達の戦いを放棄してでも守るべき物を守る。ダニーペアはプロの鑑だ。

 

「ダニーとは友達になったからの!」

 

「そうだな!ゴルドーさんも元気にしていれば良いが」

 

「つーか、魔物の戦いって結構有名人も参加しているんだな!ベルン然り」

 

「そう言えば、リィエンさんも戦いに参加してたんだもんな!」

 

(あと、恵さん(アイドル)フォルゴレ(スター)。それに理事長もだからな……)

 

確かに魔物の戦いには多くの人々が参加した。そしてガッシュペアは多くの魔物とそのパートナーと戦い、時には仲間になって協力してきた。そんなこれまでの戦いをガッシュペアは思い出す。

 

「んじゃ、食い終わったら美術館に行こうぜ。結構楽しみにしてんだ!」

 

一行は昼食を済ませた後に裏山を降りて、モチノキ町の美術館に向かった。

 

 

 

 

 そしてガッシュペアは、菅谷と三村と共にモチノキ国際美術館にたどり着いた。そこには多くの有名な芸術家の作品が展示されている。

 

「いや~、どれも実物で見るとやっぱすげー」

 

「ウヌ、あまり良くわからんのだがの……」

 

「ガッシュにはまだ早いかもな」

 

菅谷は多くの芸術品に魅了されていたが、ガッシュにはそれらの凄さが全く理解出来ない。シェミラ像を見た時も、ガッシュはブリの方が良いと言い切った。

 

「さっき美術館のパンフレット見たんだが、ここ、ゴルドーさんが出資してたな」

 

「そうなんだよ。あと、椚ヶ丘の美術館もあの人が出資してるぜ。一回会ってみてーわ」

 

「私もまた会いたいのだ!」

 

美術品の良さは分からないガッシュだったが、ゴルドーの話題に関しては目を輝かせる。短い付き合いだったが、ガッシュとダニーペアの出会いは忘れられないものになっていた。自らの魔本を犠牲にしてまで守るべきものを守り通したダニーの姿は、今でもガッシュは鮮明に覚えている。

 

「シェミラ像が前にここにあった時に俺、見に来れなかったんだよな。さて、シェミラ像が次に日本に来るのはいつになるやら。見学できたお前等が羨ましいぜ」

 

「まあ、タイミングが良かったんだ」

 

「ダニー達のおかげなのだ!」

 

菅谷がシェミラ像を見れなかったことを残念がる。美術分野に深い関心を持つ彼は、何としてもその目でシェミラ像を見たいと考えている。

 

 

 

 そして一行がさらに歩き進むと、腕に刺青らしきものをしていたカップルとすれ違った。

 

「なあ、あのカップルの腕の刺青がスゲー派手なんだが」

 

三村が彼等の腕に書かれた模様を気にする。確かに通行人の誰かが目立つ模様を体に入れているのを見れば、印象に残りやすい。そして三村の発言を聞いた菅谷は得意げに口を開く。

 

「いや、多分あれは刺青じゃないぞ。メヘンディアートだな」

 

「確か、インドとかで有名な奴だったか?」

 

「ああ、そうだ。それはな……」

 

メヘンディは、ヘナと言う植物の葉を粉末にしたものを使ったペーストを肌に塗るもので、刺青と違って痛みもない。清麿も名前は聞いたことがある様だ。そんなメヘンディアートの話を菅谷が続ける。関心のある話題という事で菅谷が語り続けるが話が長くなってしまい、清麿は何とも言えない表情を見せた。

 

「お、おう。流石だな、菅谷」

 

「ウヌゥ、あまり良く分からなかったのだ」

 

菅谷の長い説明を聞いても、ガッシュは理解することすら出来なかった。菅谷は美術関係の事ならクラス随一だ。彼が迷彩を塗れば暗殺にも役立つだろう。

 

「夏に入る前に一度、俺も塗ってみたかったんだけどなー」

 

「何で夏の前なんだ?」

 

菅谷の夏の前にという言葉に対して三村が疑問に思う。

 

「いや、夏だと制服が半袖になるだろ?流石にあの模様を堂々と学校でさらすのは抵抗がある。まあ、E組なら大丈夫だとは思うが」

 

「……確かに初見はビビるよな」

 

「殺せんせーなら、生徒が非行に走ったとか言いそうだよな」

 

一行はメヘンディアートを施した菅谷を見て、殺せんせーが慌てる様を想像する。そんな時、菅谷が何かをひらめいたかの如く指を鳴らした。

 

「どうしたのだ、菅谷?」

 

「いや、面白い暗殺方法を思いついたんだよ」

 

「「マジか?」」

 

菅谷の考えた暗殺方法はこうだ。まず菅谷が殺せんせーにメヘンディアートの話をする。生徒の話には基本興味を持ってくれる殺せんせーなら、話を聞いてくれる。そしてメヘンディアートに興味を持った殺せんせーに対して、実際に染色を施す。しかし染色に使うペーストに対先生物質を混ぜれば、それを知らない殺せんせーはダメージを受ける。そしてその隙を付いて暗殺するという手はずだ。

 

「おおっ、良さそうだの!」

 

「いかにも菅谷らしい方法だな!俺達も協力するよ」

 

菅谷の暗殺方法を聞いて、ガッシュペアは殺る気を見せる。

 

「確かに、殺せんせーならすぐにダマせそうだよな」

 

三村は笑いながら、対先生物質入りのペーストでテンパる殺せんせーを想像していた。

 

 

 

 

 そして一行は次のエリアに来た。そこは美術品に関する歴史の映像が見れる場所で、小さな映画館のようになっている。しかし映像が始まって間もなく、ガッシュは眠りについてしまった。そして映像が終わり、清麿がガッシュを起こす。

 

「起きろガッシュ、お前ほとんど寝てたじゃねーか」

 

「ウヌ、もう終わってしまったのか?」

 

「ああそうだ……ったく、ちゃんとよだれ拭いとけ」

 

「わかったのだ」

 

映像が流れている時にほとんど爆睡しており、よだれまで垂らしていたガッシュに対して、清麿は呆れた表情でティッシュを渡した。

 

「随分面倒見が良いんだな、高嶺」

 

「全く手のかかるやつだよ」

 

三村の言うことに対して、清麿は満更でもないような表情で言葉を返した。手のかかる程可愛げがあるのだろうか。

 

 

 

 

 次のエリアに移ろうとしている時、ガッシュは菅谷と並んで歩く。その一方で清麿は三村と話していた。

 

「三村って、映像関係の事に目がないよな」

 

「ああ、将来もそれ関係の仕事に就こうと思ってる。高嶺もこういう業界どうよ?」

 

「そうだな。将来やりたいことは詳しく決まってないが、こういうのも面白そうだよな」

 

清麿も三村の好きな分野に興味を示す。

 

「まあ、高嶺なら何やっても上手く出来そーだけどな。それか、やっぱり人間界と魔界を繋ぐ研究者になったりしてな!」

 

「ははっ、どうだろうな……」

 

三村の将来の夢の話を聞いて、清麿も先の事を考える。三村は将来の話をしていたが、岡島と違ってエロの話題などで脱線することはなかった。しかし、

 

「それにしても、さっきの映像は本当によくできてた。特に……」

 

三村は先程の映像について話し始めた。ナレーションの声質や抑揚、使われたBGM、演出、映像の角度などについて彼は評論家の如く熱く語る。

 

(三村がこんなに熱くなるのは初めて見るかもしれん……こいつも好きな事にはとことんハマるタイプか?)

 

三村の意外な一面を見た清麿であった。また三村はエアギターにもハマっており、その動きは普段の彼からは想像出来ない程にアグレッシブだ。このお熱い一面こそ彼の本性かもしれない。

 

 

 

 

 そして雑談しながら美術館を回るな、気付けば一周し終わった。

 

「いやー、楽しかったぜモチノキ国際美術館。少し遠出したかいがあったよ」

 

「ああ、ここで流れてた映像は色々参考になりそうだ」

 

「俺もお前等と色々見れて良かった」

 

「芸術は難しかったが、皆と一緒にいた時間は楽しかったのだ!」

 

一行は美術館巡りをそれぞれ楽しむことが出来た。

 

「映像の時はほとんど寝てたけどな」

 

「う、ウヌゥ……」

 

ガッシュペアは菅谷と三村との関わりは、これまでは菅谷がガッシュの付け鼻を作ってくれた事、三村はベルンの話で盛り上がった事以外それほど絡みは無かった。しかし今日の美術館巡りで彼等の好きな分野に触れられ、2人との交流が深まった事を感じた。

 

 この調子でE組との交流を深めて、より良いチームワークを築いて暗殺につなげる。デュフォーが特訓を午前中で切り上げたのも、この事が理由かもしれない。

 

 

 

 

 そして一行は美術館を出て一緒に帰り道を歩いていた。すると、

 

「俺、美術の事になると周りが見えなくなる時がしばしばあってさ、それが原因で素行不良扱いされてE組行きになったんだよな」

 

菅谷は自分がE組行きになった経緯を話し始めた。菅谷は元々成績が良くない方だったが、それに加えてテストの裏に絵を描いてしまう事が何度もあった。そのように悪目立ちしてしまい、同じくらい成績が良くない生徒が本校舎に残れたにも関わらず、菅谷はE組行きとなったのだ。

 

「ま、正しいんだけどね。答案の裏に落書きなんかしようものなら、スルーされるか怒られるかのどっちかが普通だ。だけど殺せんせーは安っぽい絵を加筆して来る、むしろ喜々としてさ」

 

菅谷の話を3人は真剣に聞く。

 

「ちょっとぐらい異端な奴でもE組では普通だ。いいクラスだよな、ホント」

 

「E組の皆は個性があって面白いのだ!」

 

「皆それぞれ武器を隠し持っているからな、俺達も負けてられん」

 

ガッシュペアは菅谷の言う事に賛同した。E組は異様な環境ではあるが、それ故にそれぞれの生徒達が思う存分に個性を活かせている。

 

「クラスの皆の役に立てるよう、俺の映像も何かの暗殺で生かしたいぜ!」

 

三村は自分の作る映像を暗殺に生かす方法を考えた。三村の映像に関しては、後ほど暗殺において大きな役割を果たすことになる事は、まだ彼等は知る由も無い。そして各々の別れ道についた。

 

「じゃあなお前等!」

 

「今日は付き合ってくれてありがとうな」

 

菅谷と三村はガッシュペアに手を振る。

 

「こっちこそありがとうな!楽しかったよ」

 

「またなのだ!」

 

そうしてガッシュペアは菅谷・三村と別れ、清麿の家を目指した。

 

「菅谷も三村も、とても楽しそうだったのだ!」

 

「そうだな。あいつ等がイキイキしているのは、殺せんせーのお陰だ」

 

彼等が自分のやりたい事を存分にやれているのは、殺せんせーの存在が大きい。本人は地球を滅ぼすなどと言っているが、生徒達の事を本当によく見てくれている。何故先生がそこまでしてくれるのかは謎のままだ。

 

 

 

 

 後日、菅谷が提案した暗殺方法を彼等は実施した。しかし殺せんせーの顔が対先生物質で崩れるだけで本命の攻撃も避けられてしまい、暗殺には至らなかった。ちなみにその時の殺せんせーの顔はとても気味が悪く、多くの生徒達を戦慄させた。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。今回はガッシュペアと菅谷・三村と言うかなり珍しい組み合わせとなりました。


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LEVEL.23 寺坂達の時間

 寺坂グループの話です。基本は原作通りとなります。


(このクラスは大したクラスだ。あのタコが来てからだな、色々変わったのは。どいつもこいつもやる気に満ち溢れた目しやがって。だからこのクラスは、居心地が悪い)

 

 底辺だったはずのE組が変わりつつある状況を面白くないと思うのは、本校舎サイドの人間だけでは無い。寺坂竜馬もまた今のE組を快く思っていない。実際に彼は暗殺において乗り気ではない。寺坂は今日も自分の席でふんぞり返りながら、クラスメイト達を不満げに見渡す。そんな時、

 

「おい皆来てくれ‼プールが大変だぞ‼」

 

岡島が大慌てで教室に駆け込む。それを見た生徒達は何事かと思いながらプールへ向かった。3人の生徒を除いて。

 

 

 

 

 プールには大量のゴミが捨てられ、休憩スペースにあった木のイスも壊されていた。実行犯はE組に対して恨みでもあるとしか思えない。

 

「これでは泳げないのだ……」

 

プールの惨状を見たガッシュが泣きそうな顔をする。彼にとっては遊び場の1つを壊された様な物だ。皆と遊べる場所が無くなるのは悲しい。そんなガッシュを見かねて、茅野が彼の頭に優しく手を置いた。

 

「ガッシュ君。プールが壊されたのは大変だけど、そんな泣きそうな顔しないの」

 

ガッシュを茅野が慰めてくれたが、彼は泣き止むどころかさらに目から大粒の涙を流し始めた。

 

「ヌオオオ、カエデ~!誰がこんな酷い事を……」

 

「もう、泣かないでって言ってるのに……」

 

泣き出したガッシュは茅野に抱き着く。それはまるで、泣きじゃくる弟が姉に甘える様子そのものだ。

 

「よしよし(しょうがないなぁ、ガッシュ君てば……でも弟や妹がいるお姉ちゃんて、こんな感じなのかな?エヘヘ)」

 

茅野はそんな事を考えながらガッシュの頭を撫でる。そんな光景を他の生徒達は暖かい目で見守る。気付けばクラス内ではプールを荒らされた事に対する負の感情が消えている。

 

「また茅野っちがガッシュのお姉ちゃんみたいになってる。高嶺、ガッシュを取られちゃったね!」

 

「ドンマイだな!嫉妬すんなよ!」

 

「そう言うんじゃないぞ、お前等……」

 

清麿自身は嫉妬の感情を抱いた訳では無いが、彼は岡野と前原にからかわれてしまった。それ以外の生徒達の何人かも2人と同じ事を思ってた様子だ。清麿は誤解を解く方法を考えながら頭を抱える。

 

 ガッシュは少しして泣き止んだ様子だが、寺坂・村松・吉田の3人が遅れてプールへやってきた。

 

「あーあー、こりゃ大変だ」

 

「ま、いいんじゃね?プールとかめんどいし」

 

吉田と村松が話しており、寺坂はそれを見て嫌味な笑みを浮かべる。まるでこの事について、彼等は何か知っている様子だ。清麿が彼等を睨み付ける。

 

「おい、お前等がやったのか?」

 

「はあ、違げーよ。つーかそんな事言うなら、証拠持ってこいや。犯人捜しはそれからだろーが!」

 

寺坂は強く反発したが、後ろの吉田と村松のバツの悪そうな顔をする。それを見た清麿が彼等が犯人だと確信した。そして、主犯は寺坂であることも。しかし、証拠がまだない。何か探せば見つかるかもしれないが、現時点では明確な証拠は見当たらないのだ。そんな中、殺せんせーが清麿と寺坂の間に入る。

 

「犯人捜しなんてしなくていいですよ」

 

殺せんせーがそう言うと、プールは一瞬で元通りになった。その工具達はどこから持ってきたのやら。しかし状況が状況であったため、誰もツッコミは入れ無い。

 

「おおっ、これでまた遊べるのだ‼」

 

「良かったね、ガッシュ君!」

 

「ウヌ!」

 

修繕されたプールを見て、ガッシュが茅野と共に嬉しそうにした。

 

 

 

 

 その日の放課後。ガッシュペアが帰ろうと校舎から出た時、村松がしゃがみ込んでいるのが見えた。

 

「村松、どうしたんだ?」

 

「大丈夫かの?」

 

「ああお前等か、ちょっと寺坂とな……」

 

村松は事の顛末をガッシュペアに話した。寺坂グループで殺せんせーの課外授業をバックレようとしたが、村松はそれをこっそり受けていた。その結果模試の成績がかなり上がったが、それが寺坂にバレて突き飛ばされてしまったのだ。

 

「寺坂、何という事を……」

 

「そういや最近アイツ、かなりイラついてるよな。何かトラブル起こさなけりゃいいんだが」

 

清麿は胸騒ぎがしていた。寺坂グループは元から暗殺にも勉強にも積極的ではなかったが、特に最近の寺坂の態度があからさまだ。吉田と村松とも、一緒にいる時間が減ってきているようにも思えた。そして清麿の嫌な予感は当たってしまう。

 

「……まあそんな事言ってても仕方ねーだろ。そういや高嶺、この前勉強教えてもらった礼をしてなかったな。おかげで前の小テスト、助かったぜ。なあお前等、家のラーメン食ってけよ。金はいいからよ!」

 

清麿は村松に、小テストに備えて勉強を教えたことがある。その時の礼をしたいとの事だ。

 

「良いのか?村松よ!」

 

「そんな、礼なんていいのに……」

 

「そういうなよ!食ってけって!」

 

喜ぶガッシュの隣で遠慮している清麿に対して、村松はラーメンを勧めてきた。そしてガッシュペアは村松の言葉に甘えて、村松家のラーメンをご馳走になる事にした。

 

 

 

 

「おい親父、ダチ連れてきたぞ!世話になった連中だから、タダでラーメン作ってくれや」

 

「あー?ったくしょうがね~な」

 

 村松家のラーメン屋に着いたとき、村松が自分の父親にラーメンを作るよう催促する。そして数分後、ラーメンがガッシュペアの前に出された。

 

「へいお待ち。ゆっくり食ってくれ!拓哉が世話になってるらしーしな!」

 

「あ、ありがとうございます」

 

「いただきますなのだ!」

 

村松の父親はラーメンを出すと、彼は厨房の奥に戻る。そしてガッシュペアはラーメンを口に入れたが、箸が止まってしまった。村松自身の料理の腕は凄いのだが、実際にラーメンを作る彼の父親がイマイチなレシピを変えようとしない為、ラーメンの味は微妙だった。

 

「家のラーメン、不味いだろ?」

 

「いや、そんな事は……」

 

清麿は村松の言葉を否定しようとする。タダ飯を頂く身として彼は気を遣おうとする。しかし、

 

「ウヌ、母上殿の料理の方が美味しいのだ……」

 

「おいガッシュ。ご馳走してもらったのに失礼な事を言うんじゃない」

 

「いやいいって、高嶺。ったく親父の奴、俺の話をちっとも聞きやがらねーからな」

 

ガッシュは思っている事をそのまま口にしてしまった。しかし村松自身にも自覚はあり、特に気にしていない様子だ。

 

「……あと、プールの事なんだが……」

 

「やったのは、やっぱりお前等だったか」

 

「まあ、分かるよな……」

 

村松が申し訳なさそうな顔をして、プールを自分達が壊した事を白状した。内心かなり反省している様だ。

 

「プールの件は殺せんせーがすぐに直してくれたし、お前等が懲りてるんなら、それでいいんじゃないのか?」

 

「また皆で泳ごうぞ!」

 

プールは壊されたが、殺せんせーが簡単に直してくれたこともあり、ガッシュペアは気にしていない素振りだ。殺せんせーの規格外さが改めて露呈した。

 

「というかお前等、あんまり箸進んでねーな……まあ、ここのラーメン屋は俺が継いだ時に一新してやるよ」

 

「村松、店を継ぐ気なんだな!」

 

「頑張ってほしいのだ!」

 

村松は将来店を継ぐつもりだ。そんな彼の目には熱意が宿っている。

 

「けどラーメン屋継ぐのにも、料理の腕だけ磨いててもダメだからな。これからはあのタコに店の経営の事を聞こうと思ってる。クラスに来た当初は俺のバカさ加減じゃ無理だと思ってたが、最近イケそーな気がしてな!あのタコはスゲーよ。そーいや、吉田も店を継ぎたいって言ってたな」

 

村松の当初の学力は芳しくなかったが、殺せんせーの授業や補習のおかげで成績が伸びている。その事は村松の自信にも繋がっている。

 

「そうか。村松、頑張れよ!」

 

「ッたりめーよ!」

 

殺せんせーがE組に来た事で多くの生徒達が手入れされ、将来に希望を見出している。村松もまた、そんな生徒達の一人だった。

 

 

 

 

 次の日、ガッシュペアが登校してくるとクラスは大盛り上がりだ。その理由は殺せんせーがバイクの模型を作っており、吉田がとてもはしゃいでいた為だった。

 

「よお、高嶺とガッシュ‼見ろよこれ、殺せんせーがこの写真に写ってるバイクの模型を作ってくれたんだよ!しかも等身大で、まるで本物みてーだろ⁉」

 

「ヌルフフフ、大人な上に漢の中の漢の先生の手にかかればこの通り!」

 

吉田の実家はバイク屋だ。そんな吉田がバイクに興味を持つのは自然なのだが、同じクラスにバイク趣味を持つ生徒はいない。しかし、殺せんせーとはバイクの話が出来、先生がバイクの模型を作ってくれる事になった。

 

 そんな吉田がガッシュペアに携帯に保存してあるバイクの写真を見せたが、その写真には吉田と一緒にナイスミドルな白髪の男が写っていた。

 

「清麿、この者は⁉」

 

「ジードさんじゃないか!また日本に来てたのか。しかし、何で吉田と一緒に?」

 

吉田と一緒に写っていたバイクの持ち主は、かつてリーゼントヘアの魔物のテッドと共に魔界の王を決める戦いに参加していたジードだった。このペアは清麿の家にも泊まった事もあり、共にファウードでの激闘を乗り越えた。バイクよりも、ジードと吉田のツーショットに驚きを隠せないガッシュペアである。

 

「ああ、それはな……」

 

吉田はジードとの出会いを話し始めた。

 

 

 

 

 回想

 

 吉田が学校から一人で帰宅している途中、彼は一台のバイクを見かけた。

 

「あれ、このバイク日本製じゃねーな。外国人観光客がいるのか?にしても、かっけーバイクだな!」

 

吉田はそのバイクに見とれていたが、バイクの持ち主であるジードが駆け寄る。

 

「おいガキ!何人のバイクをジロジロ見てやがんだ⁉」

 

「いや、そんなつもりじゃねーっすよ!このバイク、カッコいいと思って……」

 

「ああ?」

 

ジードは怒りの表情を見せる。吉田がバイクにちょっかいをかける可能性を危惧しているのだ。そして吉田は慌てふためきながらも、自分のバイクの知識を生かしてジードのバイクを褒めちぎる。

 

「……何だお前、わかっているじゃないか!」

 

「ウッス、どうも」

 

それを聞いたジードは上機嫌になり、そのまま吉田と仲良くなった。そして彼のバイクをバックに、ツーショットを取ることになった。

 

「そうだお前、清麿とガッシュって奴を知ってたらよろしく伝えといてくれ。俺はもう行かなきゃいけねーから、直接会う時間はねーんだ!」

 

「あいつ等の事なら知ってるっすよ。伝えとくぜ!」

 

そしてジードはバイクを走らせ、また新たに旅立つのだった。

 

 回想終わり

 

 

 

 

「……てな訳だったんだよ。いやー最初怒鳴られた時はどうなるかと思ったんだけど、良い人だったな!」

 

「ウヌ、ジード殿も私達と共に戦ってくれたからの!」

 

「ああ、ジードさんが元気そうで良かった!」

 

「というか、この人も魔物の戦いに参加してたんだな!どんな魔物とペアだったんだ?」

 

吉田はジードが魔物の戦いに参加していたことを知る。そして彼の魔物の事を聞くと、ガッシュペアは吉田達にテッドの事を話した。

 

「……なんだよそれ。自分の大切な女の為に体張るなんて、かっこよすぎるだろ‼」

 

「彼もまた、漢の中の漢なのですねぇ‼」

 

テッドは自分の家族同然のチェリッシュをゼオンの電撃から救うために自ら体を張って敵を倒し、自分も魔界へ帰っていった。そんな話を聞いて、吉田と殺せんせーはもちろん、多くの生徒達は感動する。そんな中、寺坂が登校してきた。

 

「……何してんだよ、吉田」

 

「あ、寺坂……」

 

殺せんせーと仲良さそうにしている吉田の事が気に入らない様子だ。

 

「まあまあ寺坂君。このバイク、良くできているでしょう?先生、一度本物に乗ってみたいんですよね~」

 

「何言ってんだ。アンタならバイクに乗るよりも、抱きかかえて飛んだ方が速いだろ!」

 

「確かに!」

 

「「「「「ハハハハハ」」」」」

 

機嫌の悪い寺坂を殺せんせーがなだめようとして、吉田と一緒にギャグを言った。それに釣られて、他の生徒達も笑い出す。しかし寺坂の機嫌は直るどころか、さらに悪化した。そして寺坂は我慢できなくなり、殺せんせーの作ったバイクの模型を蹴とばして壊した。それを見た殺せんせーはそのまま泣き出してしまった。

 

「何てことすんだよ、寺坂‼」

 

「謝ってやんなよ‼大人な上に漢の中の漢の殺せんせーが泣いてるじゃんか‼」

 

吉田や中村を始めとして、周りの生徒達も寺坂を攻め立てた。初めは苛立ってた寺坂だったが、すぐに落ち着いた表情を見せて、自分の机に向かう。

 

「……てめーらプンプンうるせーな、虫みたいに。俺が駆除してやるぜ!」

 

「待て寺坂、何をするつもりだ⁉」

 

寺坂は殺虫剤のスプレー缶を取り出す。そして清麿の制止を無視して、それをそのまま床に叩きつけた。そこからは白い煙が出てきたが、体調を悪くする生徒はいなかった。どうやら中身は殺虫剤ではないようだ。

 

「寺坂君、ヤンチャするにも限度ってものが……」

 

「触んじゃねーよ、モンスター!」

 

寺坂の度を過ぎた行動に対して、殺せんせーも怒りの表情を見せて触手で寺坂の肩に触れる。しかし寺坂は冷たくそれを振り払った。

 

「気持ちわりーんだよ、どいつもこいつも!」

 

寺坂の言動に対して、E組一同は沈黙する。寺坂がそこまで不機嫌になる理由が分からなくて困惑する者、寺坂に対して冷たい視線を送る者も多い。

 

「寺坂、お主何故このようなことを……」

 

「待った、ガッシュ君」

 

寺坂に対してガッシュが物申そうとしたが、カルマがそれを止めた。

 

「寺坂の言ってることも全部が間違ってる訳じゃない。このタコが地球を滅ぼそうとしているモンスターなのは事実だし」

 

多くの生徒が寺坂に対して反発の視線を向ける中、カルマだけは寺坂の言う事を受け入れていた。

 

「要は殺せんせーが気に食わないんでしょ?……だったら殺せばいいじゃん。せっかくそれが許可されている教室なのに」

 

カルマは寺坂に対して挑発の視線を向けた。暗殺に参加しようともせず、ただ文句ばかり言う寺坂を明確に煽る。

 

「何だカルマ、テメー俺にケンカ売ってんのか?上等だよ、だいたいテメーは最初から……」

 

カルマの挑発に乗ってしまった寺坂はカルマに反論しながら近付くが、カルマの手が寺坂の口をふさいだ。

 

「ダメだよ、寺坂。ケンカするなら口より先に手を出さなくちゃ」

 

「……放せ‼くだらねー‼」

 

寺坂はカルマの手を振りほどいて、そのまま教室を出てしまった。多くの生徒が今の寺坂とどう接すれば分からない様子だ。殺せんせーも、何か考えているような素振りを見せる。

 

 

 

 

 夜の裏山に、寺坂は1人で来ていた。そして彼はプールに昼間にばらまいた薬物と同じ物を垂れ流す。

 

(俺はただ、その日その日を楽して適当に生きたいだけだ。だから俺は)

 

そんな寺坂に対して、1人の男が10万円を渡していた。

 

「ご苦労様。プールの破壊、薬剤散布、薬剤混入、君のおかげで効率良く準備が出来た。また次も頼むよ」

 

(……こっちの方が、居心地が良いな)

 

寺坂に報酬を渡していた男の正体はシロだ。もちろんイトナも隣にいる。そしてイトナは急に寺坂に近付いた。

 

「お前の目にはビジョンが無い。勝利への意志も手段も情報もない。だからお前は弱いんだ」

 

「んだと、テメー⁉」

 

「イトナ、やめなさい」

 

言いたいことだけ言って離れて行ったイトナに対して、寺坂は憤慨する。そんな寺坂をシロはなだめていた。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。バイク繋がりで、回想と写真だけですがジードに登場してもらいました。


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LEVEL.24 ビジョンの時間

 寺坂編の後半です。どのようにして彼はクラスと和解するのでしょうか。


 次の日の昼休み、殺せんせーは大量の鼻水を流す。しかし殺せんせーの鼻の穴は目のすぐ隣にあり、傍から見ると泣いているようにしか見えなかった。

 

「殺せんせー、大丈夫かの?」

 

「心当たりがあるとしたら、昨日寺坂がぶちまけてたスプレー缶だが……」

 

ガッシュは殺せんせーを心配する。一方で清麿はその原因を昨日のスプレーであると考えた。

 

「俺もそー思うな。寺坂の奴、何かたくらんでそうだよね。バカのくせに」

 

カルマも清麿の考えに賛成する。最近の寺坂の様子は明らかにおかしく、カルマもまた何かを予測していた。

 

「でも、寺坂君がやったって決まった訳じゃなくない?」

 

「そもそも、あいつが暗殺の作戦を考えるってのが想像出来ねー」

 

しかし渚は寺坂を疑っておらず、杉野に至っては寺坂が暗殺に関わる事自体考えられないといった様子だ。

 

「まあ、そうなんだけどね~……おっと、噂をすればってやつだ」

 

午前中は学校に来ていなかった寺坂が、昼時になって登校してきた。

 

「おお寺坂君‼今日は登校しないのかと心配しましたよ‼」

 

寺坂に殺せんせーが駆け寄り、寺坂の顔を自分から出る汁で濡らしていく。最近の寺坂の横暴さは目に余るが、こればかりは寺坂に対してクラス全員同情の目を向ける。しかし寺坂はそんな事を気にもせず、シロの言葉を思い出す。

 

『昨日、君が教室に撒いたスプレー缶はね、奴だけに効くスギ花粉みたいなものだ。触手生物の感覚を鈍らす効果がある。そうした上で誘い出しなさい』

 

清麿とカルマの予感は当たっていた。昨日の薬物は殺虫剤などではなく、殺せんせーを弱らせるための物だった。殺せんせーの液体で顔が濡れてしまった寺坂は、先生のネクタイで自分の顔を拭く。そして、

 

「おいタコ!そろそろ本気でブッ殺してやるからよ、放課後プールへ来いや。弱点なんだろ、水が。てめーらも全員手伝え‼俺がこいつを水ン中に叩き落とす‼」

 

寺坂がそう言うと、殺せんせーが教室から出ようとした。そんな殺せんせーを寺坂が睨み付ける。

 

「何だテメー、逃げようってのか?」

 

「とんでもない。君達の暗殺の作戦会議を盗み聞きする訳にはいきませんからねぇ」

 

殺せんせーはそのまま、高速で教室を出てしまった。しかし今のクラスは、これから暗殺の話し合いをしようと言う雰囲気には思えない。そんな中、前原が立ち上がった。

 

「寺坂、お前ずっと皆の暗殺には協力して来なかったよな。それをいきなり命令されて、皆がお前の言う事を聞くと思うか?」

 

前原以外の生徒達も同じ事を考える。今の彼等は、寺坂の暗殺計画に対して乗り気では無い。それは普段彼と一緒にいる村松と吉田も例外では無い。そして次に清麿が口を開いた。

 

「殺せんせーを水の中に落とすと言っても、どうやってやるんだ?相手はマッハ20の超生物、一筋縄ではいかない。何か考えがあるんだろ?お前が協力を求める以上、俺達にはそれを知る権利がある」

 

「ああ?んなもん俺に任せとけば問題ねーよ!てゆーか、お前等来たくないなら来なくてもいいんだぜ。ただし、賞金は独り占めしてやるがな!」

 

清麿は寺坂の企みを暴こうとする。しかし彼は口を割らない。そして寺坂は捨て台詞を吐いて教室を出ようとするが、今度は渚が彼を引き留めた。

 

「待ってよ寺坂君!本気で殺るつもりなら、やっぱり皆に具体的な計画話した方がいいと思うんだ。これじゃあ皆、納得出来ないよ」

 

「うるせえよ!弱くて群れるばっかの奴等が、本気で殺すビジョンも無いくせによ!」

 

渚の言葉に逆ギレするかの如く、寺坂は渚の胸ぐらを掴む。そんな寺坂に対してガッシュが止めに入った。

 

「寺坂!お主何をしておるのだ⁉」

 

「うっせーよ、チビ!」

 

ガッシュに睨まれた寺坂は若干怯みながらも、虚勢を張りながら渚から手を離す。他の生徒達の中にも寺坂を白い目で見る者達もいる。

 

「渚、大丈夫かの?」

 

「うん、ありがとうガッシュ君」

 

ガッシュに駆け寄られた渚は苦しそうにするが、再度寺坂の方を向いた。

 

「上手く言えないんだけど、寺坂君。僕には寺坂君がまるで、自分とは別の何かに期待しているようにしか思えないんだ」

 

「……はぁ?どーゆー意味だよ、渚!」

 

寺坂は渚を威圧するが、渚の発言を聞いて明らかに動揺していた。そんな寺坂の動揺を清麿は見逃さない。そして彼は寺坂のやろうとしている事に対して【答えを出す者】(アンサートーカー)で答えを導きだそうとしたが、残念ながらそれは発動しなかった。

 

「(クッ、こんな時に!仕方ない……)寺坂、お前何か危ないことをやろうとしてるんじゃないのか?最近のお前の言動は目に余る。それに嫌な予感がするんだ。寺坂、プールに何仕込んだんだよ⁉」

 

「だから、それは暗殺をする時に分かるって……」

 

「それでは俺達は納得出来ない。やむを得ん。ガッシュ、先にプールへ行って辺りを調べてくれないか?」

 

清麿は取り返しの付かない出来事が起こる前に寺坂の企みを知りたがった。しかし彼は情報を共有しようとしない。そして中々口を割らない寺坂に対して清麿は強硬手段に出た。

 

「おい、お前等何を……」

 

「ガッシュ、昼休みも時間が限られているからコイツを使う。ラウザルク!俺達も後でプールに向かう」

 

「ウヌ、行ってくるのだ!」

 

寺坂の制止を無視して清麿は術を使用する。強化されたガッシュは教室を飛び出してプールへ向かった。そんなガッシュを見た寺坂は、苛立ちながら清麿に近付く。

 

「おい高嶺、何勝手な事してんだよ⁉」

 

「やかましい!先生を殺すんだろ?だったらお前の仕込みを事前に分かってた方が成功する確率は高い!とやかく言われる筋合いはない!」

 

「……ケッ、勝手にしろ!」

 

清麿の胸ぐらを掴んだ寺坂だが、清麿が睨み返したために彼はすぐ手を放してしまった。そして寺坂は教室を出て行く。

 

 教室には気まずい雰囲気が流れたが、清麿がそれを強引に断ち切った。

 

「すまない。皆にもプールの探索を手伝ってほしいんだけど、いいか?」

 

「うん、僕は問題ないよ」

 

清麿の言葉に対して渚が賛同する。そして渚の言葉に便乗して、他の生徒達も準備に取り掛かってくれた。

 

「……しゃーねー。寺坂に賞金独り占めされんのは嫌だしな!」

 

先程まで寺坂に対して否定的だった前原も、プールの探索をすることに決めた。そして一行は水着に着替えてプールを目指す。

 

 

 

 

 プールに着いた一同だったが、プールから上がっていたガッシュが手に何かを持っていた。それが何かをガッシュは知らない。

 

「清麿~!プールの中に、こんなものがあったぞ!これは一体、何かの?」

 

しかしガッシュの持っている物を見て、クラス一同驚愕する。

 

「え……これって……」

 

「まさか、何で?」

 

クラスからは動揺の声が聞こえた。何故ならガッシュが手に持っているそれは、プラスチック爆弾だったのだ。爆弾に関しては烏間先生の授業で教わったが、実用には至らない。それ程に火薬は危険な代物だ。それを見た清麿の顔から目が飛び出そうになる。

 

「ガッシュ‼落ち着いて聞け、お前の持っているそれは爆弾だ‼」

 

清麿は大声を出す。そんな彼の発言を聞いて、今度はガッシュの目が飛び出そうになり、大粒の涙を流す。

 

「ヌオオオオォ‼清麿ォ、どーすれば良いのだァ⁉」

 

「バカ、振り回すんじゃない‼」

 

ガッシュが泣きながら爆弾を振り回していると、一瞬風が走る。気付いたらガッシュの手元から爆弾が消えていた。そしてそこには、先程の爆弾を持つ殺せんせーがいた。

 

「これはプラスチック爆弾。起爆する前に発見出来て良かった」

 

「「「「「こ、殺せんせー‼」」」」」

 

生徒一同安心したように座り込んだが、今度はそこに寺坂が現れる。

 

「おいタコ、何だよそれは……」

 

寺坂が殺せんせーの持つ爆弾を指差したが、殺せんせーはそれを食べてしまった。彼自身、まさかシロがプールに爆弾を仕込むとは思いもよらなかった。流石の彼も顔色が変わる。

 

「なるほど、寺坂君が爆弾を仕掛けるとは思えない。となるとこれは、寺坂君の協力者の仕業でしょうね。そして寺坂君、君はその協力者に何かを渡されませんでしたか?」

 

殺せんせーがそう言うと、寺坂は一丁の銃を取り出した。

 

「その銃の引き金が起爆スイッチと言ったところでしょうねぇ。いやあ、大惨事にならなくて良かった。差し詰め協力者は何も知らない寺坂君に起爆させ、爆発に巻き込まれた生徒達を私が救出している間に暗殺を仕掛けようとしたんでしょう」

 

「おい、マジかよ寺坂……」

 

「こんなの、ひどい……」

 

他の生徒達が寺坂を軽蔑と恐怖を含んだ目線で見つめる。しかし寺坂は謝罪する所か、自分は何も知らなかったの一点張りだ。彼自身、内心かなり焦っている。あと少しで殺しの片棒を担ぐハメになったのだから。

 

「な、何だよ爆弾って……俺、聞いてねーぞ。こんな事、あいつらが悪いんだ。そうだ、俺は……」

 

「テメェ、いい加減にしやがれ‼」

 

そんな寺坂の態度に、清麿は怒りの表情をあらわにして寺坂の胸ぐらを掴んだ。寺坂が直接爆弾を仕掛けていない事は分かっていても、責任転嫁を繰り返す彼の言動は清麿の逆鱗に触れた。

 

「自分が何しよーとしたか分かってんのか⁉危うくクラスの皆の中で、死人が出るかもしれなかった‼︎それをお前、自分は知らないで済ませようとしてんじゃねー‼」

 

「だって、仕方ねーだろ。俺は利用されただけなんだ。俺はただ、楽にあいつを殺せると思って……」

 

寺坂の煮え切らない言動に対して、清麿の怒りのボルテージは限界を超えて寺坂を殴ろうとしたが、突如寺坂の横から別の拳が飛んできた。とっさの事で清麿は寺坂から手を放してしまい、寺坂はそのまま倒れ込んだ。寺坂を殴り飛ばしたのはカルマだ。

 

「ねえ寺坂、高嶺君が違和感に気付いてくれて良かったね。でなきゃお前、大量殺人の実行犯になってたかもしれない。まあ、殺せんせーなら誰も死なせないと思うけど。人のせいにするヒマがあったらさ、自分の頭で何したいか考えなよ」

 

「赤羽、お前……」

 

突然のカルマの乱入により清麿の怒りは収まる。一方で殴られた寺坂は中々起き上がろうとしない。

 

 そして気を抜いた一瞬、殺せんせー目掛けて触手が飛んできた。清麿達は反応出来てなかったが、ガッシュが触手を受け止めた。

 

「ガッシュ、大丈夫か⁉」

 

「ウヌ、問題ないぞ‼」

 

清麿は真正面から触手を受けたガッシュの身を案ずる。ガッシュ自身は何ともない様子だ。そして彼が目線を向ける先には、シロとイトナが立っていた。

 

「そっか、寺坂君失敗しちゃったようだねぇ。一応見に来ておいて良かったよ」

 

シロはこれまで通りの飄々とした態度を崩していないが、自分の作戦の失敗の事実に対して苛立ちを完全には隠せていない。

 

「なるほど、あなた達の仕業でしたか。シロさん、イトナ君」

 

「今度こそ決着を付けよう、兄さん」

 

イトナの髪型が変わっている。もちろん触手も変化しており、数は減ったがその分スピードとパワーを集中させるようにシロが改造したのだ。E組一同がそれに注目していた時、倒れていた寺坂が立ち上がる。

 

「(何のビジョンもないまま生きてきた結果がこれか……)ったく、ザマぁねーな」

 

「お、寺坂君起きたね。君のせいで失敗しちゃったじゃないか。どうしてくれるんだい?」

 

シロは怒りと軽蔑の目線を寺坂に向ける。しかし寺坂も負けじとシロとイトナを睨み返した。

 

「うるせーよ、テメー等よくも俺をダマしてくれたな!おいイトナ、俺とタイマンはれや!」

 

寺坂がそう言うと、彼は制服のシャツを脱ぎ始めた。

 

「寺坂、触手持ちにそれは無茶だ……」

 

「待った高嶺君。寺坂、何か考えがあるみたいよ。バカのくせに」

 

「おいカルマ、聞こえてんだよ‼」

 

寺坂を止めに入ろうとする清麿をカルマが制止する。カルマの目には、寺坂にも勝算がある様に見えた。ちなみに寺坂は、彼が自分をバカ呼ばわりしていたことを聞き逃さなかった。

 

「そこのチビにもお前の触手を受け止めることが出来たんだ。だったら俺にも出来ねー道理はねぇ。それとも何か、俺が怖いのかよ?」

 

寺坂はガッシュを指差しながらイトナを挑発する。そしてイトナは寺坂の挑発に乗るがごとく、触手の狙いを寺坂に定める。

 

「寺坂君!やめなさい‼」

 

「うるせータコ!どうせお前は水がある場所じゃ上手く身動きとれねーだろーが‼他のテメー等も、間違っても手ェ出すんじゃねーぞ」

 

殺せんせーの制止を寺坂は効かなかった。寺坂がここまで一人で勝負を挑むのは、彼なりに責任を感じていた為だ。そんな寺坂の目には、明確な自分の意志が宿っている。

 

「はあっ、仕方ないイトナ。受けてやれ、殺さない範囲で」

 

イトナから放たれた強烈な触手の一撃を、何と寺坂はシャツ一枚で受け止めた。寺坂は今にも吐きそうになりながらも、顔に笑みを浮かべる。

 

 対してイトナは次の一撃を放つことなく、くしゃみをしていた。寺坂のシャツと接触したイトナの触手からは、体液がにじみ出ていた。

 

「そういう事ね、寺坂。あいつ昨日と同じシャツ着てやがる。それには、今日殺せんせーがおかしかった原因になった成分がたっぷり染み込んでいる。そしてイトナの一撃は、殺せんせー以外を殺すつもりはない。自分が殺されることのないが故に寺坂は、イトナの触手を受けられたわけだ」

 

「だが、余りにも無茶だろ……」

 

「高嶺君の言う通り、これは無茶だねぇ。まあ、寺坂はバカだから仕方ない」

 

「だからカルマ、聞こえてんだよ‼」

 

(寺坂、叫ぶ余裕まであるのか……)

 

大勢が決した。イトナは寺坂の機転で本来の力は出せない。対して殺せんせーは万全とまではいかないにしても、大分薬物の効果は切れかかっている。そして人数の差、いざとなればガッシュペアの呪文もある。シロサイドにはまず勝ち目はない。

 

「ここまでかな。退却だ、イトナ!」

 

「チッ!」

 

シロは悔しがるイトナを連れて退却した。多くの生徒達が安堵する中で、ガッシュペアとカルマは寺坂に駆け寄る。

 

「おい寺坂、大丈夫か⁉」

 

「寺坂、お主……」

 

「あ?問題ねーよ」

 

「どうだろうね~。いくら寺坂の服が薬物にまみれてるからって、自分から触手受けに行くとか……」

 

ガッシュペアは寺坂を心配するが、寺坂は平気そうだ。そんな寺坂をカルマは相変わらず煽る。

 

「あ、薬物?それがどーしたんだよ?」

 

しかし寺坂は、自分の服が触手生物に効く薬物にまみれていることなど考えていない。ただがむしゃらにイトナの触手を受け止める事しか頭になかったのだ。

 

「お前、マジか……」

 

「寺坂、バカ過ぎるでしょ……でも俺、そういうバカは悪くないと思う」

 

「うるせー……」

 

相変わらず寺坂はカルマにバカにされたが、最後の発言を聞いた寺坂は満更でもない様子だ。そしてこれにて一件落着であると思われたが、今度は殺せんせーの顔が真っ青だ。

 

「どうしたのだ、殺せんせー?」

 

「にゅやあ‼授業の時間が過ぎています!世間から授業を放棄する先生としてのレッテルが張られたら大変です‼皆さん、急ぎましょう‼」

 

「ここでも世間体を気にするのな……」

 

「殺せんせーの弱点だから仕方ない」

 

授業の時間が過ぎている事に気付けなかった殺せんせーが世間体を気にする。そんな殺せんせーに杉野と渚を始め、多くの生徒が呆れる。そして一行は殺せんせーに連れられて教室に戻った。

 

 

 

 

 そして放課後、クラス全員の前で寺坂が教壇に立つ。

 

「お前等、済まなかった。俺のせいで、お前等の命を危険にさらすところだった」

 

寺坂が謝罪と共に頭を下げた。そんな寺坂を見て、クラス一同はどうすれば良いか分からないような顔をする。しかしカルマはそうでは無い。

 

「まあ、寺坂は懲りてるみたいだしいいんじゃない?この辺で許してやっても」

 

「カルマ、お前……」

 

カルマからの意外なフォローに対して、寺坂は安堵の表情を浮かべる。

 

「ウヌ、これで寺坂も独りぼっちじゃなくなるのう!」

 

ガッシュが嬉しそうに寺坂の元へ駆け寄る。素直になった寺坂を見て、ガッシュも喜ばしく感じている。そして彼に続いて、村松と吉田も寺坂の方に向かった。

 

「俺等からも頼むわ。寺坂を許してやってほしい」

 

「俺達もこれからは暗殺に協力するからよ」

 

「おめえらまで……」

 

村松と吉田の言動に対して、寺坂はかなり嬉しそうだ。友が自分の為に頭を下げてくれたのだからそうなるのも無理はない。これを見たクラス一同は、寺坂のした事は水に流すことにした。

 

「これも殺意が結ぶ絆ですねぇ、ヌルフフフ」

 

その光景を殺せんせーが満面の笑みを浮かべて見つめる。

 

「まあ何だ。俺みたいな目標もビジョンも無かった奴は、頭の良い奴に操られちまうんだ……だがな、操られる相手ぐらいは選びてぇ。おいカルマ、高嶺!何か面白そーな暗殺の計画が思いついたときは、お前等が俺を操って見ろや!」

 

「……分かった。寺坂、頼りにしてるぞ!」

 

「おう、どんと来いってんだ!」

 

寺坂の言葉を聞いて、清麿は嬉しそうに同意した。寺坂は自信満々の顔を見せるが、カルマの煽りがそれを台無しにする。

 

「寺坂~。俺等に操られるのはいいけど、それって自分が指示待ち人間ですって言ってるようなもんじゃね?」

 

カルマのこの発言を聞いて、寺坂の怒りは頂点に達した。

 

「んだと、カルマテメー‼こっちが下手に出てりゃあ好き勝手言いやがって‼だいたいお前は普段サボってばっかのくせにスカしてんじゃねーよ‼ふざけんな‼」

 

「あれぇ、寺坂逆ギレ?」

 

カルマがいつも通り寺坂をさらに煽ろうとしたが、クラスの雰囲気が妙だった。そして何人かの生徒がカルマの方を向く。

 

「あー、それ私も思ってた」

 

「どっかで泥水飲ましてやりたいよねぇ」

 

片岡と中村が、寺坂に賛同するような発言をした。他の生徒達も似たようなことを考えているようだった。

 

「あれ、これ俺がいじられる流れ?」

 

珍しくカルマがクラスメイトにいじられており、そんな光景を殺せんせーは笑いながら見ている。今回の一件で寺坂がクラスに馴染んできた。彼の体力と実行力は暗殺の大きな戦力となる。クラスの皆は寺坂の変化をとても嬉しく思っていた。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。カルマと寺坂の関係性は結構好きです。


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LEVEL.25 期末の時間

 期末テスト編入ります。よろしくお願いします。


 期末テストの時期が近付く。そして中間テスト前と同様に殺せんせーが分身を作り、生徒達の苦手科目を重点的に教えていた。

 

「殺せんせー、また今回も全員50位以内を目標にするの?」

 

「いいえ」

 

渚の質問を殺せんせーが否定する。

 

「先生あの時は、総合点ばかり気にしていました。生徒それぞれに合うような目標を立てるべきです。そこで今回は、この暗殺教室にピッタリの目標を設定しました!」

 

殺せんせーの提案はこうだ。総合1位のみならず、各教科で学年1位を取ったものには触手1本を破壊する権利を与える。そして殺せんせーは、破壊される触手1本につき自らの運動能力を20%失うとも説明した。

 

「総合と5教科全てでそれぞれ誰かがトップを取れば、6本もの触手を破壊出来ます。これが、暗殺教室の期末テストです。賞金100億に近付けるかどうかは、皆さんの成績次第なのです」

 

それを聞いて生徒達の殺る気が一気に出て来る。殺せんせーは生徒を殺る気にさせるのが上手い。そんな時、清麿が手を挙げた。

 

「先生、質問があるんだが……」

 

「何でしょう、高嶺君?」

 

「総合や各教科で学年1位を取った生徒は触手1本破壊出来る訳だが、本校舎の奴等と同率1位になった場合はどうなるんだ?」

 

確かに学年1位を取っても、本校舎の生徒との同率ならどう扱われるのかが不明だ。清麿はそれをハッキリさせたかった。そんな彼の質問を聞いて、殺せんせーは考えるような素振りを見せる。

 

「そうですねぇ。本校舎の生徒と同率1位の場合には、100点での同率の場合に触手を破壊する権利を与えることにしましょう。もちろんE組内での同率1位なら、1人1本触手を破壊出来ますよ」

 

「了解した」

 

殺せんせーの答えに対して、清麿は納得した素振りを見せる。そして丁度その日の授業の時間が終わり、号令の後に殺せんせーは教室を出た。

 

 授業終わりも多くの生徒達が自主勉強に励む中で、清麿の前の席の奥田がいつになく殺る気を見せていた。

 

「珍しく気合入ってんじゃん、奥田さん」

 

「はい!」

 

そんな奥田にカルマが声をかける。

 

「理科だけなら私の大の得意ですから!やっと皆の役に立てるかも!」

 

奥田は理科が得意な生徒だ。彼女だけではない。E組には1教科限定なら上位ランカーは多く、生徒達は本気で1位を取りに行っている。そんな中、寺坂が清麿の席に近付いた。

 

「おい高嶺、ちょいツラ貸せや」

 

「何だ?別に構わんが」

 

 

 

 

 寺坂が清麿を連れて隣の空き教室へ移動する。そこには寺坂グループである村松・吉田・狭間が待ち受けていた。

 

「狭間までいるのか。そういやお前、やけに寺坂達と仲良いよな」

 

「そうね。こいつ等の行動は、見てて面白いのよ。それにこの前みたいな暴走がないように、誰かがコントロールしてあげないと」

 

「……なるほどな」

 

狭間の発言に清麿はかなりしっくりきた様子だ。狭間も元は寺坂達同様やさぐれていたが、今は彼等の行動をこき下ろすのが楽しくなっているみたいだ。

 

「そろそろ本題に入るぞ、いいか?」

 

「おっとそうだな。話してくれ」

 

「俺等の作戦はよ……」

 

寺坂が自分達の作戦を清麿達に伝えた。それを聞いた清麿は初めは驚いたように目を見開くが、すぐに口元に笑みを浮かべた。

 

「どうよ?これならあのタコを殺せる確率が一気に高まるぜ!」

 

「いいと思う、確かにこれは盲点だった。俺もその作戦に乗るよ。寺坂が考えたのか?」

 

「あたりめーよ!あのタコに一泡吹かせるのも目的だが、カルマの野郎、人を指示待ち人間とか言いやがって!」

 

寺坂の考えた作戦に清麿が感心する。これまで楽をしようとしてきた寺坂とは違う。殺せんせー暗殺の為にとんでもない作戦を思いつき、実行しようとしているのだから。

 

「準備もあるから本格的にやるのは明日からだ。まあ高嶺、お前を誘ったのは俺等に勉強を教えて欲しいってのもある」

 

「いいだろう。俺は自分の席に戻るぞ」

 

清麿がそう言うと、寺坂達は無言で手を振ってくれた。

 

 

 

 

 清麿が自分の教室に戻ると、カルマが自分の席でダラダラしていた。彼の勉強はあまり進んでいない様子だ。

 

「高嶺君、寺坂達と悪だくみ?」

 

「そんな所だ」

 

「寺坂君達もすごい殺る気ですよね!私も負けてられません!」

 

勉強に対するやる気があまり見られないカルマと対照的に、奥田はかなり張り切っている。そんな時、ガッシュが教室に入ってきた。

 

「清麿、そろそろ帰ろうぞ……ウヌ?」

 

「お、ガッシュか。期末テストが近いからな。皆それに向けて勉強しているんだ」

 

「清麿もまだ残っていくのか?」

 

「いや、デュフォーも待ってるし今日は帰るよ。ただし、明日からは帰るのは遅くなる」

 

クリア打倒の特訓の為に清麿は帰り支度を始めた。そして教室にいる生徒達に帰りの挨拶を済ませると、ガッシュペアは校舎を出た。

 

 

 

 

 一方本校舎では、烏間先生がビッチ先生と共に理事長に中間テストのような小細工をしないように釘を刺していた。しかし理事長は、自分から直接何かを仕掛けるつもりはない様子である。そして先生2人と入れ替わる形で、1人の本校舎の生徒が理事長室に入っていった。

 

「良く来てくれたね」

 

「理事長、あなたの意向通り……A組成績の底上げに着手しました。これで満足ですか?」

 

()()()、必要なのは結果だよ。実際にトップを独占しなくちゃ、良い報告とは言えないな」

 

浅野君と呼ばれたA組の生徒、彼からは只者ではない雰囲気が出ている。彼の名前は浅野学秀、理事長の一人息子だ。そして彼は今、E組がテストで上位を取れないように自らがA組の生徒達に勉強を教え、A組の成績を伸ばそうとしている。

 

「そんな君に、ノルマを与えようか。そうだな……A組全員がトップ50に入り、5教科全てをA組が1位を独占するのが合格ラインだ」

 

「分かりました……ではこうしましょう、理事長。僕の力でその条件をクリアしてみせます。そしたら生徒ではなく、息子としてひとつおねだりをしたいのですが」

 

「ほう?」

 

浅野の目は明らかに何かを企んでいる目だ。理事長の息子と言う事で、彼もかなり強かな生徒である。

 

「僕は知りたいんです。E組の事で、何か隠していませんか?」

 

理事長はほんの一瞬ではあるが目を見開く。まるで図星を付かれたかのように。その理事長の仕草を浅野は見逃さない。

 

「E組の高嶺清麿、彼は何者なんです?」

 

理事長が何かを隠していると浅野は確信し、立て続けに理事長に問いただした。

 

「高嶺君かい?彼は私が推薦した極めて優秀な転校生だよ」

 

「なるほど、では何故その様な極めて優秀な生徒がE組に在籍しているんですかね?」

 

確かに清麿の学力ならE組から抜け出すのは容易だ。カルマのように素行が悪い訳でもない。そんな彼がどうしてE組にいるのか、しかも理事長自らが推薦した生徒なのに。浅野はこの事が甚だ疑問であり、理事長の度の過ぎたE組への介入も相まって、E組には何か秘密があるのではと予測していた。浅野がその秘密を暴くための第一歩が、清麿の正体を知る事だ。

 

「彼の事を知りたいのなら、君が彼を直接支配して聞き出せばいいのではないかい?最も、他の生徒と同様に高嶺君が怖いのなら話は別だがね」

 

「言ってくれますね、理事長。確かに彼は今、多くの生徒達に恐れられている。そうですね、彼の事は僕が支配して直接聞き出すことにしましょう。このまま本校舎の生徒がE組の生徒を恐れているというのも、示しが付かないですからね」

 

浅野は清麿に目を付けた。この会話の最中、清麿が背筋から寒気を感じたのは別の話である。

 

「そして理事長からのノルマを達成し、高嶺清麿から多くを聞き出し、私はあなたを支配して首輪をつけて飼う事にしましょうか」

 

「フフフ、さすがは最も長く教えてきた生徒だよ。社畜として飼い殺してあげよう」

 

お互いにお互いを支配することしか考えていない。これは傍から見れば極めて歪な親子関係ではあるが、彼等にとっては普通の事である。彼等の間に親子としての愛情があるのかは、彼等にしか知りえない。

 

 

 

 

 次の日の放課後、清麿は寺坂グループに混じって期末テストに励んでいた。

 

「何だ、そういう事だったのか」

 

「時間取らせて悪いな高嶺」

 

「気にしなくていい。他の奴に勉強を教えていると、自分の復習にもつながる」

 

吉田と村松が清麿に勉強について聞いていたが、清麿はそれすら自分の学力向上に繋げるつもりだ。そして、

 

「悪い高嶺、ここ教えてもらいたいんだが?」

 

竹林が清麿に勉強を聞きに来た。清麿は寺坂グループ以外の生徒達にも、勉強に関して分からない箇所を教えていた。

 

「寺坂、高嶺達との計画は順調かい?」

 

清麿に勉強を聞くために寺坂達の近くに来ていた竹林が、メガネを指で上げながら問いただす。そんな彼の問いに寺坂は笑いながら答えた。

 

「へっ、まーな!つーか竹林、お前も総合1位目指してかなり気合入れてるよーじゃねーか。俺の誘いを断りやがって!」

 

「まあね。殺せんせーの教え方が良いから、総合1位も狙う気が起きる程度には学力向上を自覚しているよ。申し訳ないが、僕はそっちに専念したいんだ」

 

(寺坂の奴、竹林にも声かけていたのか。あれ、寺坂と竹林ってこんなに仲良かったっけ?そーいや修学旅行も同じ班だったか)

 

寺坂と竹林が仲良さげに話している光景を見て、清麿が疑問に思う。ガキ大将気質の寺坂と真面目系インドア男子の竹林。まるで正反対の2人が仲良さそうにしているのだから。その時清麿は、まさか彼等があのような共通の趣味を持ち合わせていたことを知る由も無かった。

 

 

 

 

「なるほど、ありがとう」

 

「礼には及ばん」

 

「済まん高嶺、俺もいいか?」

 

 清麿は竹林に問題を教えた後に元の席に戻ろうとしたが、新たに木村が清麿に勉強を聞いて来た。多くのクラスメイトに勉強を教える清麿を、寺坂グループは見ていた。

 

「高嶺の奴、忙しいわね。()()の方は大丈夫かしら?」

 

狭間はそんな清麿を見て、自分達の計画が上手くいくかどうかを心配していた。

 

「まあこればっかりは仕方ねーだろ。俺等だけでアイツを独占する訳には行かねェ。俺等も高嶺に助けられてるしな」

 

「お、寺坂の口からそんな言葉が聞けるとはよ」

 

「あー、それは思ったぜ」

 

「うるせーよ、お前等!」

 

寺坂の口から周りを気遣う発言が出た事を、吉田と村松が冷やかす。かつては周りの気遣いなど考えていない寺坂だったが、彼もまた成長しているのだ。

 

 一方清麿は他の生徒達に一通り勉強を教え終わって一息付いていたところを、片岡に話かけられる。

 

「高嶺君、大変そうね。大丈夫?」

 

「いや、全く問題ないぞ。片岡こそ、他の女子達によく勉強を教えているじゃないか」

 

多くの生徒達に勉強を教えている清麿に対して、自分の勉強がおろそかになっていないか心配する片岡だ。しかし清麿は何ともない様子だった。

 

「ふふっ、そうね。皆が自分のやれることに最大限取り組んでる。高嶺君も無理せず頑張ってね!」

 

殺せんせーの暗殺に向けて、E組が一つの事に真剣に取り組む。清麿にとって今のE組の環境はかなり居心地の良いものだった。

 

「まあ、今日忙しいのは奥田を始めとした各教科の上位ランカーが、本校舎の図書館に行ってるのもあるがな」

 

清麿と片岡が席を見渡すと、何人かの生徒の席が空いている。各教科のスペシャリストがいない状況なので、総合的に学力の高い清麿は特に頼りにされていた。またこの時、本校舎の図書館でA組とひと悶着あったことを清麿達はまだ知らない。

 

「まあ、赤羽に関してはサボリだろうがな……」

 

「私もそう思う。なんかカルマ君、勉強に力が入ってない感じするよね」

 

カルマが勉強に積極的ではないことは、清麿だけではなく片岡も気付いていた。そんな時、

 

「メグー、ちょっといい?」

 

「いいよひなた。じゃあ高嶺君、私は席に戻るね!」

 

「分かった、お互い頑張ろう!」

 

岡野に呼ばれた片岡が自分の席に戻って行く。それを見た清麿も元の席に着いた。

 

「よ、お疲れさん」

 

席に着いた清麿に対して、村松が労いの言葉をかけてくれる。

 

「悪い待たせた。寺坂、そろそろアレに入るか?」

 

「そうだな、そうするか!おめーら、場所変えるぞ!」

 

寺坂の言葉に従い、清麿達は隣の空き教室に各自の荷物を持って移動した。

 

 

 

 

 そして別室に移った彼等は、再び勉強を始める。しばらく彼等が勉強を続けていた時、ガッシュがそこに入ってきた。

 

「清麿がここで勉強しておると聞いたからの。そろそろ帰ろうぞ」

 

「ガッシュか、もうこんな時間か。そうだな」

 

ガッシュが教室に入ってきたので、清麿は帰り支度を始める。

 

「悪い皆、今日は帰らせてもらう。また明日な!」

 

「おう、特訓の方も頑張れよ!」

 

寺坂グループも清麿の事情を知っていたため、彼を引き留める事をしない。そしてガッシュペアはそのまま家を目指す。

 

 

 

 

 次の日、本校舎の図書館で勉強していたE組の生徒達から、A組の生徒達とかけをすることが話された。その内容は5教科でより多くの学年トップを取ったクラスが、負けたクラスにどのような命令も出来るというものだった。これはE組と、浅野率いるA組の5英傑との全面戦争に他ならない。

 

「ヌルフフフ、いいんじゃないですか?私も勉強の教え甲斐がありますねぇ!」

 

殺せんせーもそのかけにはかなり乗り気だ。各教科の上位ランカーの腕の見せ所である。その中でも特に理科なら奥田、英語なら中村、社会なら磯貝、国語なら神崎、数学なら清麿とカルマが中間テストでE組トップクラスの成績を誇っている。

 

「さて皆さん、かけに勝った時はこれをよこせと命令するのはどうでしょう?」

 

殺せんせーが提案した戦利品を見たクラス一同は一瞬驚きの顔を見せる。そして彼等はすぐにやる気になる。

 

「君達は一度どん底を経験しました。だからこそ次は、バチバチのトップ争いを経験して欲しいのです。先生の触手、そしてコレ、ご褒美は充分に揃いました。暗殺者なら狙ってトップを()るのです‼」

 

殺せんせーは教室から出ていき、生徒達は自主勉強の準備を始める。

 

「A組の出した条件、なんか裏で企んでる気がするんだよね。そう思わない?高嶺君」

 

「まあ、何か裏がある可能性は考えられるな。だが俺達が勝負に勝てば問題ないだろう」

 

カルマはA組の事を勘ぐっているようだ。確かに浅野率いる5英傑が相手なら、裏で何が起こるか予測もつかない。しかし清麿は、A組に打ち勝つことしか考えていない。

 

「というか赤羽、少しだらけ過ぎじゃないのか?」

 

「大丈夫だって。ちゃんと結果は出すからさ」

 

「ったく……」

 

期末テストが近付き、多くの生徒達がやる気を見せる中でカルマは不真面目だ。それを咎めようとする清麿だが、カルマは態度を改めようとしない。

 

 

 

 

 そして期末テスト当日。多くの生徒達がやる気を見せる中、人工知能の参加が認められなかった為に律はテストに参加出来なかった。そこで律役の生徒が代わりにテストを受けることになり、その存在はE組の生徒に動揺を与える。また理事長の指導により、テスト問題の難易度も例年を上回る。そんな中、それぞれの利害が交錯する期末テストが始まった。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。清麿の点数は如何に?


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LEVEL.26 終業の時間・一学期

 一学期編は今回が最後になります。


 2日間の期末テストは終了した。そして3日後、学年内順位と答案が一緒に届けられた。ついにA組との勝負、触手を壊せるかの勝負の結果が明らかになる。普段は外にいるガッシュも含めてE組一同、緊張感が漂う。

 

「さて皆さん、全教科の採点が届きました。では発表します。まずは英語から……E組の1位、そして学年でも1位‼中村莉桜‼」

 

英語では中村が100点満点で学年トップを取った。クラスは歓声が沸き上がり、彼女は自信満々な顔で下敷きを仰ぐ。しかしまだ1勝で触手の破壊も1本のみ、これからの結果に期待だ。また渚も英語で上位を取っていたが、スペルミスが目立っていた。

 

「続いて国語、E組1位は神崎有希子と高嶺清麿の同率1位‼……がしかし、学年1位はA組浅野学秀‼神崎さんと高嶺君も、よく頑張りましたね」

 

E組での1位は神崎と清麿の98点だったが、学年で見ると2位だ。そして1位の浅野は100点満点だった。

 

「清麿、残念だったのう……」

 

「そうだな。だが、まだ他の教科の結果も残っている」

 

清麿と神崎は残念そうにする。これで現状1勝1敗、クラス一同緊張の表情がハッキリ出ている。勉強に関してE組に立ちはだかる最大の壁、浅野学秀。彼を倒さない限りは学年トップを取ることは出来ない。

 

「……では続けて返します。社会‼E組1位は磯貝悠馬97点‼そして学年では……おめでとう‼浅野君を抑えて学年1位‼」

 

「よっし‼」

 

磯貝が社会で学年1位を取り、勝負は2勝1敗。この結果に磯貝も声をあげてガッツポーズをする。そして次は理科。ここで奥田が学年1位を取れば、5教科の勝ち越しが決定である。

 

「理科の1位は奥田愛美‼そして……素晴らしい‼学年1位も奥田愛美‼」

 

A組との勝負の勝ち越しが決まった瞬間である。また、ここまでで3本の触手の破壊の権利を生徒達は得られた。クラス一同喜びの表情を見せる。

 

「さてこれでA組との勝負の勝ちは決まった訳ですが、まだ先生の触手をかけての結果発表は続きます。次は数学、E組1位は高嶺清麿100点満点‼浅野君と同率ですねぇ」

 

数学の1位は清麿だったが浅野も100点を取っていた。しかし100点満点での同率1位であるため、無事に清麿も触手を破壊する権利が得られた。

 

「清麿、やったのう!」

 

「ああ、触手は多く破壊出来るに越したことは無いからな!」

 

ガッシュペアは喜ぶが、残念ながら清麿は総合1位は得られなかった。総合点の学年1位は浅野の491点で、清麿は490点で学年2位だった。椚ヶ丘中学校の試験は難易度が高く、高得点を取るのは容易ではない。実際にトップの浅野も500点満点は取れていない。  

 

 浅野と清麿も僅か1点差で、彼等の学力には差はない。ただ3年間椚ヶ丘中学校に属している浅野の方が自分の中学のテスト問題に慣れており、清麿はアウェイな環境でテストを受けていた。それだけの差である。こうしてテストの返却は終了した。

 

「さて私は少し外に出ます。待っててください」

 

殺せんせーが超スピードで教室を出た。一瞬あっけに取られたE組一同だったが、すぐに自分達の勝利と成長に対して喜びの感情が沸き上がる。

 

 そして多くの生徒が、席を立って他の生徒と話したりした。特に社会1位の磯貝の周りには多くの生徒が集まる。エンドのE組はA組との勝負に勝つことが出来たのだ。

 

「私やりましたよ‼高嶺君、ガッシュ君‼」

 

「ウヌ!愛美、すごいのだ‼」

 

「ああ、よく頑張った奥田‼」

 

清麿の前の席の奥田が喜びのあまり席を立つ。そんな彼女はガッシュと手を握り、はしゃいでいた。多くの生徒が喜んでいた中、そうではない生徒を清麿は見かけた。

 

 

 

 

「よっ、神崎」

 

「あ、高嶺君」

 

 多くの生徒が喜んでいる中、神崎は国語で学年1位を逃した為に悔しそうな表情を見せる。そんな彼女に清麿が近付いて話しかけた。

 

「私、触手破壊する権利を手に入れられなかったなぁ。やっぱり悔しいよ」

 

「ならば、次頑張ろう!今度こそ浅野に一泡吹かせてやろうぜ!」

 

元気のない表情をしていた神崎に清麿が活を入れる。彼もまた今回のテストの結果に思うところがあり、神崎の気持ちを察する事が出来た。

 

「そっか……高嶺君、総合で1位取れなかったのが悔しいんだね」

 

「その通りだ、中間でも負けてるからな。次こそは勝ってみせる」

 

神崎が国語で学年トップを取れなかった事と同様に、清麿もまた総合で1位を取れなかった事を悔しがる。そんな清麿が自分を励ましてくれて、先程まで浮かない表情をしていた神崎は元気を取り戻すことが出来た。そして彼女は1人の生徒が教室にいない事に気付く。

 

「……そういえば、さっきからカルマ君がいないね」

 

「アイツなら外にいるぞ。殺せんせーと何か話しているな」

 

清麿が窓を指差すと、カルマと殺せんせーが一緒にいた。赤羽業、数学85点、総合469点で、中間よりも大きく順位も点数も落としていた。彼が期末テスト勉強に真面目に取り組んでいなかったが故の結果である。そんなカルマを殺せんせーが煽りながらも手入れを施すが、彼は先生の触手を振り払い、校舎に近付いてきた。

 

 そして殺せんせーは、今度は烏間先生と話しを始める。そんな様子を2人はしばらく見ていたが、清麿が口を開いた。

 

「それから、神崎に謝らなくてはいけないことがあるんだが……」

 

「え、何?」

 

「それはだな……」

 

清麿が申し訳なさそうにする。神崎は何事かと思ったが、清麿が話している途中でカルマと殺せんせーが同時に教室に戻ってきた。

 

「さて皆さん、嬉しい気持ちはわかりますが席について下さい」

 

殺せんせーの言葉を聞いて、生徒達は自分の席に戻った。そんな様子の中、清麿は話の続きが出来なくなってしまった。

 

「話の途中で悪いが、俺は席に戻るぞ」

 

「うん。ありがとうね、声かけてくれて」

 

清麿もまた自分の席に着く。また彼が神崎に話しかけたことにより、彼女の表情は大分柔らかくなっていた。

 

「さて皆さん、素晴らしい成績でした。早速暗殺の方を始めましょうか。トップの4人はご自由に」

 

殺せんせーは緑の縞々模様を浮かべる。例え先生の触手が4本破壊されたところで、生徒達の暗殺から逃れるのは難しくないと高を括っていた。しかし、

 

「おい待てよタコ、5教科のトップは4人じゃねーぞ」

 

寺坂グループの4人が殺せんせーの前に出てきた。彼等は何か企んでいる様子だった。

 

「?4人ですよ、寺坂君。数・英・社・理・国合わせて……」

 

「はァ、アホ抜かせ。5教科っつったら数・英・社・理……あと家だろ‼」

 

(か……家庭科ァ~~~⁉)

 

寺坂グループの悪だくみの正体がこれだ。グループ全員で家庭科100点を取り、触手を破壊する権利をより多く得る。確かに殺せんせーは5教科と言ったが、どの5教科とは言わなかった。その盲点をついて、寺坂グループ4人は見事に触手を破壊する権利を得た。ちなみに同じく計画に参加した清麿は、予想外の範囲からの出題及び自身の料理スキルの無さ故に100点は取れなかった。

 

「おい高嶺、家庭科100点逃してんじゃねーよ!」

 

「すまんお前等!」

 

「ったく、まあオメーは数学で触手破壊できるからいいけどよ」

 

家庭科で満点を取れなかった清麿だが、数学で1位を取っており、寺坂グループからのお咎めは無かった。

 

(そう、これは詭弁ギリギリの作戦。学年1位を逃した科目と家庭科を入れ替えて5教科と主張すること。これがあいつ等の作戦だったわけだが……)

 

しかしこの方法では、入れ替えられた教科において例え学年で1位を取れなくても、必死でその科目で1位を目指して勉強してきた生徒の努力を蔑ろにする事にも繋がりかねない。清麿はそれを危惧していた。そして今回の場合は、入れ替えられた科目は国語。つまり神崎の努力を無にしてしまうと清麿は考えたが、神崎は清麿の方を向いて微笑む。

 

(高嶺君が気にしてたのは、この事だったんだ。でも、私が1位を取れなかったのは事実だから仕方ない。次は負けない!)

 

神崎は清麿の考えを察してなお、清麿達を責めようとは思わなかった。それどころか今回の事で、より勉強に対してやる気を見せる。おしとやかに見られがちな神崎だが、彼女はとても強かだ。そんな神崎と目が合った清麿は申し訳なさそうに両手を合わせるが、彼女は気にしていない様子だった。

 

「竹林もだ!俺等の誘い断っときながら総合1位逃してんじゃねーよ!」

 

「ああ。面目ない、寺坂。僕が甘かった」

 

寺坂の誘いを断って総合1位を狙っていた竹林だが、成績は片岡と同率で学年8位のクラスでは2位だった。そんな竹林の目にも、神崎同様に闘志が宿っている。

 

「クラス全員でやればよかったかしら、この作戦」

 

狭間達は笑みを浮かべるが、殺せんせーは家庭科での触手破壊を認めようとしない。そんな殺せんせーを見かねた千葉は、後ろの席のカルマの方を見て殺せんせーを指差した。そんな千葉の意図をカルマはすぐに察した。

 

「……それ、家庭科さんに失礼じゃね、殺せんせー?5教科の中じゃ最強と言われる家庭科さんにさ」

 

カルマは先ほど殺せんせーに煽られたことを根に持っており、ここぞとばかりに殺せんせーを咎めた。そんな彼の発言に便乗して、他の生徒達も寺坂グループの主張を殺せんせーが受け入れるよう口を出した。

 

「こういう時はさすがだな、赤羽」

 

「そりゃどうも、高嶺君」

 

殺せんせーに痛い所を付かれたカルマだったが、落ち込んでいる表情は見られなかった。すでに彼は吹っ切れているのだろう。清麿は安心する。

 

「ところで高嶺君」

 

「どうした赤羽?」

 

カルマの口元から突如笑みが消えた。清麿もそれを見て何事かと思い、身構る。

 

「次は絶対負けないよ。浅野君にも、高嶺君にも!」

 

「……ああ、上等だ!それに俺も、浅野には勝ててないしな」

 

テストにおいて、カルマからの宣戦布告だ。清麿も堂々とそれを受けとった。今回で悔しい思いをしたカルマはもちろん、浅野相手にテストで一度も勝てていない清麿もまた、気合を入れ直す。カルマから慢心が消えた瞬間である。

 

 そして彼等が決意を新たにしていると、殺せんせーが怯えながらも寺坂グループの主張を飲んでいた。

 

「ウヌ、これで殺せんせーの触手を沢山破壊できるのだ!」

 

「これで暗殺がかなり有利になるぞ」

 

喜んでいるガッシュの頭に清麿が手を乗せて、彼を撫でる。かくしてE組は今回の期末テストで8本もの触手を破壊出来る権利を得られたが、暗殺はすぐには開始されなかった。

 

「それと殺せんせー。これは皆で相談したんですが、この暗殺に……今回のかけの“戦利品”も使わせてもらいます」

 

触手を8本も破壊されることになり、怯え切っている殺せんせーに磯貝が提案する。

 

 

 

 

 そして期末テストも無事終わり、終業式の日となった。E組一同はA組に約束を守ってもらうべく、浅野率いる5英傑と対面する。

 

「浅野、かけてたよな。要求はさっきメールで送信したけど、あれで構わないな?」

 

「……良いだろう」

 

磯貝の要求を浅野は、顔を強張らせながら了承した。

 

「……それから高嶺清麿はいるか?」

 

「ん、俺がどうかしたのか?」

 

浅野の突然の指名に、清麿は何事かと考える。

 

「話がある。終業式が終わったらここで待っててくれ」

 

「……分かった」

 

浅野はただならぬ表情をして清麿を睨み付ける。それを察した清麿は返事と共に浅野を睨み返した。

 

 今回の終業式にはカルマが来た。彼も期末テストで思うところがあり、珍しく式に顔を出したのだ。また偽律も式に参加していた。彼女の隣でテストを受けた菅谷は、試験に集中できずにクラスで最下位となっていた。しかし学年で見れば中位の成績で、烏間先生は感心する。そしてE組が期末テストでトップ争いをした事で、いつものE組いじりはウケが悪かった。

 

 

 

 

 終業式終了後、清麿は浅野と体育館の裏の誰もいないところで対面した。

 

「まずは自己紹介からかな?浅野学秀だ、よろしく」

 

「ただ自己紹介しに来た訳じゃないんだろ?どういうつもりだ?」

 

清麿は浅野を警戒する。理事長の息子が直接E組である自分を呼び出したのだから。彼が何かを企んでいるとしか思えなかった。

 

「そうだな……まずは君、A組に来る気はないかい?」

 

「は?」

 

浅野の意外過ぎる提案に、清麿の頭には疑問符が浮かぶ。なぜか理事長の息子が直々に自分をA組に入れようとしているのだから、無理もない。

 

「君がA組にいる方が、色々と都合が良いんだよ。本校舎の生徒の中には君を恐れている者が多い。しかし、E組を本校舎の生徒が恐れる構図は良くない。そこで君がA組に来てくれれば問題は解決するし、君も不遇なE組から抜け出せる。お互いwin-winじゃないか。どうだろうか?」

 

「断る」

 

浅野の提案を、清麿は速攻で断った。そもそも清麿はガッシュと共に理事長の推薦で地球を滅ぼす超生物を殺すためにE組に来ているのだから、E組を抜けるという選択肢は初めから無い。しかし浅野は、その事を知る由も無かった。

 

「まさか即答とはな、残念だ。確か君は理事長の推薦で編入してきたのだろう?しかもわざわざE組に入るとは」

 

「それがどうしたと言うんだ?」

 

「でははっきり聞こう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今のE組では、何が起こっているんだ?」

 

浅野の直接的な質問。数少ない手掛かりを元に、浅野はE組では普通ではない何かが起こっていることを確信した。理事長には否定されたが、その理事長が推薦してきた清麿なら何か聞き出せるのではと思い、彼を呼び出したのだ。

 

「……何もないぞ。何でそんな事聞くんだ?」

 

清麿は一瞬の沈黙の後、浅野の言葉を否定した。また清麿は浅野の手強さも思い知った。E組の成績向上、自分達の編入、理事長の必要以上の介入というヒントからE組で何かが起こっているという答えにたどり着いたのだから。

 

「それは本当かい。それなら良いが……」

 

(コイツ、内心ではまだ疑っているな。気を抜いたら殺せんせーの事がバレる可能性が高い。要注意だな)

 

清麿の考え通り、浅野はまだE組に何かあると言う疑問を捨てていなかった。清麿は浅野に対しては特に警戒する必要性を感じた。

 

「(僕を勘ぐっている目、隙を付くのは容易ではなさそうだ)まあいい。そうだ、これはE組全員への伝言だが、良いかな?」

 

「何だ?」

 

()()()()()()()()()

 

「!……伝えておこう(理事長の息子だけあって、油断すると呑まれかねんな)」

 

今回のテストでE組とのかけに破れた浅野も辛酸を嘗めていた。そんな彼の気迫とE組に対する明確な敵意を清麿は感じ取って、場の緊張感が一気に高まる。さすが理事長の息子と言うべきか、浅野もただならぬ雰囲気を醸し出していた。

 

「(僕の気迫に少しも怯えていないな。警戒心も申し分ない。ふむ、コイツは手強い)話は以上だ。E組を抜けたくなったら何時でも連絡してくれ」

 

「俺がE組を抜けることは無いぞ!」

 

浅野は清麿の最後の言葉を聞かずにそのまま去ってしまった。清麿と浅野の初対面だが、お互いを手強い相手だと認識する結果となった。

 

(高嶺清麿、やつを支配するのは容易ではなさそうだ。理事長の推薦だけあって厄介だ。だが僕は全てを支配する。今回のような失態は許されない!)

 

浅野はE組に対して、強い敵対心を持ち始めていた。

 

 

 

 

 そして清麿がE組の校舎に戻ると、他の生徒は全員席についており、ガッシュと先生達も全員教室にいた。

 

「やっと清麿が帰ってきたのだ!」

 

「お、高嶺君も戻りましたか。それではこちらを」

 

「……これはアコーディオンか何かか?」

 

殺せんせーが清麿に夏休みのしおりを渡したが、清麿はあからさまに困惑の表情を見せる。修学旅行よりも更に厚く、全てに目を通すのは容易では無い。清麿がそれを持って席に着いたのを見て、殺せんせーが話を続けた。

 

「皆さんがかけでもらった沖縄離島リゾート2泊3日!これは夏休みのメインイベントになりますねぇ」

 

A組からもらった物は、成績優秀クラスに与えられる離島への合宿の特典だった。そしてE組は見事にA組に打ち勝ち、これに行ける権利を勝ち取ったのだ。

 

「……君達の希望だと、触手を破壊する権利はこの合宿中に使うという事でしたね。ただ触手を破壊するだけでなく、四方を先生の苦手な水で囲まれたこの島も使い、万全に貪欲に命を狙う。正直に認めましょう、君達は侮れない生徒になった」

 

殺せんせーは成長した生徒達に感銘を受ける。そして殺せんせーは大量の紙に二重丸を書いて、それを通知表だと言って教室にばらまいた。この二重丸は、殺せんせーから生徒達への嬉しい評価に他ならない。

 

「暗殺教室、基礎の一学期……これにて終業‼」

 

殺せんせーの言葉と共に、生徒達は教室を出た。

 

「清磨、旅行楽しみだのう!」

 

「ガッシュ、気持ちは分かるが暗殺の為の合宿でもあるんだ。気を抜くなよ!」

 

「ウヌ‼」

 

2泊3日の合宿で彼等は大規模な暗殺計画を行うのだが、その結果や如何に。ちなみに、アコーディオンの如く厚い夏休みのしおりは全生徒が教室に置いていったため、殺せんせーが直接生徒の家に配りに行った。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。神崎さんの国語の点数は、原作よりも高得点です。次回から夏休み編入ります。


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夏休み編
LEVEL.27 科学館の時間


 夏休み編の初めはオリジナル回となります。生き物の時間はカットしますが、倉橋さんに焦点を当てた話は別で書きます。岡島の話を前倒しで書いたのも、この為です。


 夏休みに入った。しかし、ガッシュペアにとってはやる事が山積みだった。離島での暗殺及びその訓練、打倒クリアの為の特訓、学校の課題及び受験勉強(水野達が勝手に聞きに家まで来る)、円滑に暗殺を進めるためのクラスメイトとの交流など、ある意味充実した夏休みになるかもしれない。そんな彼等は今日、椚ヶ丘にある科学館に訪れていた。

 

「しかし、奥田が皆を誘うのは珍しいな」

 

「やっぱり愛美は、こういうのが好きなのだな?」

 

「はい。今まで1人でしか来たことが無かったので、今度はE組の人達と来てみたかったんです!」

 

ガッシュペアは奥田の誘いに乗り、科学館に来ていた。

 

「やっぱり奥田さんと言えば科学だよね~」

 

「思ってたより広そうだね」

 

「色々あって楽しそう!」

 

「夏休みまで理科三昧なんて、安定の奥田ちゃんだ」

 

他にはカルマ・渚・茅野・中村が同行している。奥田は初め、修学旅行の同じ班の生徒を誘ったのだが、神崎と杉野はそれぞれ別の予定があるため参加出来なかった。そんな中、カルマから話を聞いた中村が面白そうという理由で参加する事になったのだ。

 

「そう言う中村こそ、夏休みは洋書を読み漁ろうとか言ってたじゃないか」

 

「いやぁ、殺せんせーが読み切れない程勧めてくるからさ。まあそのおかげで期末は助かったから、無下にも出来んよ」

 

「“ライ麦畑でつかまえて”だったな。あんな問題、公立中学校のテスト問題じゃまず出ないだろうからな」

 

中村が英語で満点を取れたのも、この本を読んでいたお陰である。椚ヶ丘中学校は定期テスト勉強1つですら一筋縄ではいかない。

 

「そんな事より……ひどいじゃないか、奥田ちゃん。なぜ最初に私を科学館に誘ってくれなかったんだい?」

 

「え?いえ、そういうつもりでは……」

 

中村は自分が奥田から科学館への誘いを受けなかった事を話に持ち出して、奥田をからかう。カルマにしろ中村にしろ、しょっちゅう他の生徒をイジる事が多い。奥田は返答に困っている様子だ。

 

「冗談だから、そんなにビクビクしないでいいよ。全く、テスト前に図書館でA組の連中相手に派手に啖呵を切ってた君はどこへ行ったんだい?」

 

期末テストの前、A組の5英傑が図書館でE組にいちゃもんを付けてきた時があった。その時に真っ先にテストで科目ごとに1位を取ると宣言したのが奥田である。その様子に他のE組も感心していた。しかし今の中村は、奥田をからかうつもりでその話題を出した。

 

「あー、その話俺も聞いたよ~。すごいね奥田さん、A組にケンカ売っちゃうんだから」

 

「えっと、ケンカ売ったなんて……」

 

中村に便乗してカルマも笑いながら奥田イジリに参戦した。すると奥田はさらに顔を赤くして、恥ずかしそうにする。

 

「お前等、その辺にしといてやれよ……」

 

「「ええ~」」

 

奥田が不憫に見えた清麿が助け船を出す。しかし中村とカルマはからかい足りないといった様子だ。

 

「でもあの時の奥田さん、すごかったよ!」

 

「いつになく強気だったよね」

 

「何と!愛美、そうであったか」

 

カルマ・中村と違って、渚・茅野・ガッシュは素直に感心したような言い方をする。

 

 

 

 

 そして一行は科学館の薬品のエリアに辿り着いた。

 

「ここでは薬品の歴史や種類、どうやって薬品が作られるか、体にどのように薬品が効いていくのかなどについて説明されています」

 

この科学館に来たことがある奥田が、ここのエリアについて説明してくれた。

 

「何か面白い薬は置いてないかな?見つけ次第作り方調べて、寺坂にでも飲ませてやろうっと」

 

「あ、それ楽しそー」

 

カルマと中村が悪戯の為の薬探しの為に、薬品コーナーの先陣を切る。この2人はE組内でも特に地頭が良く、悪だくみの時(主に渚イジリ)には気が合う。

 

「いや、それはさすがにマズイんじゃ……」

 

「2人は相変わらずだねー」

 

2人の言動に対して苦笑いしながら渚と茅野が後に続く。この2人も気が合う様子だ。そしてその場にはガッシュペアと奥田のみになった。

 

「ウヌ……皆行ってしまったのだ」

 

「そうだな、俺達も進もうか」

 

「そうですね」

 

そのエリアを歩いて行くと、周りには数多くの薬品のレプリカが展示されている。またそれらについての説明もなされていた。

 

「これは、ペニシリンじゃないか。イギリスで発見された世界初の抗生物質で、見つけた人がノーベル賞取ったんだよな」

 

「はい、抗生物質としてはかなりメジャーですよね。対象となる細菌の酵素と結合して活性を阻害する静菌作用と、細菌の細胞壁の生成を阻害することで最終的に菌を殺す殺菌作用がありますね」

 

「ウヌ、ぺにしりんとは何なのだ?」

 

清麿と奥田は展示されていたペニシリンの事を話していたが、ガッシュは理解出来なかった。ガッシュが知らないのも、これが人間界で発明された抗生物質なので無理もない。

 

「まあガッシュ、簡単に言えば体に悪い菌を退治してくれる薬の一種だ。」

 

「薬にも、色々な種類があるのだな……難しいのだ」

 

(ガッシュ君にも分かるように説明するには、どうすればいいんでしょうか……よし、これなら……)

 

薬品の説明はまだガッシュには早いと清麿は内心思った。しかし、奥田はそう考えなかった。

 

「薬と言えばガッシュ君、魔界にも病気に効く薬はあるんでしょうか?」

 

「ウヌ、魔界にも薬はあるのだ。しかし、こっちの世界の物と同じかどうかは分からぬがの」

 

ペニシリンはひとまず置いておいて、奥田は別の切り口でガッシュと薬品の話を始める。魔界の事を絡めていけば、ガッシュも話しやすいと奥田は考えた。こうすることで奥田はガッシュとも、薬についての話題で話すことが出来ている。

 

「何だガッシュ。さっきまでの分からなそうな表情とは打って変わって、薬の事を楽しく話しているじゃないか」

 

「愛美がとても分かりやすく話してくれるからの!私も聞いてて楽しいのだ」

 

「えへへ、そうでしょうか……」

 

自分の話をガッシュが楽しく聞いてくれて、奥田は顔を赤くしながらも嬉しそうだ。自分の興味のある話を、相手が楽しそうに聴いてくれる事ほど嬉しいことはあまりない。

 

「私、昔から理科は好きだったんですけど国語は本当に苦手だったんです。でも、殺せんせーが教えてくれました。得意な理科を生かすためにも、相手に物事を伝えられる国語力は必要だと。それが分かっていなければ、私は今ガッシュ君と薬について楽しく話せていませんでした」

 

「ウヌ!殺せんせーは色々な事を教えてくれるのう、愛美!」

 

奥田は殺せんせーが教えてくれた事をしっかりと実践した。E組に進学した当初はかなり内気だった彼女だったが、暗殺教室を通して成長している。

 

「やっぱり奥田って、随分自分の言いたいことを言えるようになったよな」

 

「そうですね。E組で色んな事を経験出来た事が大きいんだと思います」

 

奥田が自分に自信を持ち始めている事に清麿は感心する。そして一行は雑談をしながらエリア内を歩き回り、そこを一周し終えた。

 

 

 

 

 次に彼等は機械のエリアに来た。そこには多くの機械やそのパーツとなる歯車・ゼンマイ・バネ・ネジ等が展示されている。

 

「清麿、沢山の機械とそのパーツがあるのだ!これらを使えば、新しいバルカンも作れるかもしれぬぞ!」

 

「こんな時までバルカンって……まあ、こういうのを使って何か作るのも面白いかもしれんな」

 

ガッシュは機械のパーツに興味津々だ。これらのパーツを使えば、確かにより頑丈なバルカンを作ることが出来る。そして清麿の器用さがあれば、その実現も難しくはないだろう。清麿もまたパーツを見て、何かを作れないか考えてみる。その時、カルマが清麿に話しかけてきた。

 

「そう言えば高嶺君、何でバルカン300ってのを作ろうと思ったの?」

 

「ああ、それはだな……」

 

清麿はバルカン300を作るきっかけを話した。ガッシュは寂しがり屋な一面があり、何度もモチノキ第二中学校についてこようとしてきた。しかし今と違ってガッシュを学校に連れて行く訳にはいかず、ガッシュの気を引く為にバルカン300を作ったのだ。

 

「……なるほどね。ガッシュ君、随分バルカンを大事にしてるよね」

 

「そうだな、ガッシュにとってはバルカンも大切な友達だからな」

 

ガッシュはバルカン300を持ち出して展示物を楽しそうにする。そんな光景を清麿とカルマは微笑ましく見守る。そしてガッシュには渚と茅野が近付いてきた。

 

「あ、ガッシュ君がバルカン300を持ってる」

 

「ウヌ、バルカンも友達だからの!」

 

「ガッシュ君、楽しそうだね!」

 

「ここにある部品と同じ物を使えば、バルカンをさらにカッコよく出来るかもしれないのだ!」

 

話題はバルカン300についてだ。その話は更に続く。

 

「そして改造をすれば、空気ミサイル300発撃てるバルカンが更に強くなるのだ!」

 

バルカン300は空気ミサイルを300発撃てる設定だ。ガッシュが得意げに話し続ける。

 

「そうなんだ、300発は凄いな」

 

「バルカン300って強いんだね!他にも必殺技とか持ってるの?」

 

「ウヌ、バルカンはとても強力なのだ!他の技はだの……と、とにかくバルカンは凄いのだ‼」

 

渚と茅野はバルカンについて興味津々だ。と言うより、ガッシュに合わせて彼との会話を楽しんでいる様に見える。そして3人はバルカン300の話題で盛り上がり、茅野は特に楽しそうだ。そんな様子を清麿とカルマは見ていた。

 

「茅野ちゃんて、結構ガッシュ君にぐいぐい行くよね~。高嶺君大丈夫、嫉妬してない?」

 

「してないぞ」

 

茅野がガッシュに構う頻度は日に日に増しているが、清麿は嫉妬については頑なに否定している。そして清麿とカルマは、先に進んで次のエリアまで来ていた中村と奥田と合流した。少し遅れて、渚達もバルカンの話をしながら次のエリアに来た。

 

 

 

 

 このエリアではただ展示物を見るだけではなく、実際に自分達も科学館の職員の指導の元、実験に参加出来たりものづくりをする事が出来る場所だった。

 

「ガッシュ君、向こうでシャボン玉の中に入ってみようよ!」

 

「ウヌ、そんな事が出来るのか⁉」

 

茅野はガッシュを連れて、人が入る事の出来る大きなシャボン玉を作れる装置のある方へ向かって行った。茅野もガッシュも興味津々の様子だ。装置はとても大きく、小柄な2人なら同時に入れそうなシャボン玉を作る事が可能だ。

 

「ねえ奥田さん、あそこの化学実験がやれる所に行こうよ。面白い薬が作れるかも」

 

「あそこの実験はとても楽しいですよ!私もよく参加してるんです」

 

カルマと奥田は、化学実験が出来るコーナーの方に向かった。ここで新たな薬が出来れば、カルマの悪戯の幅が広がるかもしれない。実際カルマは意地の悪そうな笑みを見せる。カルマ・奥田コンビは、カルマ・中村コンビとは違った意味で凶悪になり得るだろう。

 

「高嶺君。やっぱりあの2人はくっつかせちゃダメだね……」

 

「そうだな、渚」

 

カルマと奥田のコンビの凶悪さを考えて、清麿と渚は冷や汗を掻く。そして彼等もまた、どこかのコーナーに行こうとしたが中村に呼び止められた。

 

「ちょっと待った2人とも」

 

「どうしたの、中村さん?」

 

「ちょっと向こうで休んでいかない?」

 

「まさか、体調が悪いのか?」

 

中村は休憩スペースを指差す。清麿は中村の事が心配になったが、具合が悪い様子では無いみたいだ。

 

「いや、体調は大丈夫だよ。はしゃぎすぎたのはあるけどね」

 

「そうか。それなら良いんだ。俺は構わないぞ。渚はどうする?」

 

「僕も大丈夫だよ」

 

中村の提案で、彼等は休憩スペースで休む事を決める。彼等はそこのソファーに腰をかけるが、その場所からもガッシュ・茅野・カルマ・奥田がそれぞれ楽しそうにしている様子が見て取れた。

 

「茅野って、結構ガッシュ君とはしゃぐ時あるよね。姉弟みたいに……」

 

「渚もそう思うか?」

 

ガッシュと茅野がシャボン玉の中で楽しそうにしている様子が彼等の目に入る。茅野はガッシュを弟のように可愛がっている節が見られる。

 

「何高嶺、嫉妬してるの?」

 

「そうじゃない。全く、その会話の流れはどうにかならんのか……」

 

「え~、本当かな~?」

 

茅野がガッシュに構う事について清麿が嫉妬していると思う生徒は多い。最近はこのやり取りは恒例になりつつある。中村は清麿に疑惑の眼差しを向けながらも話を続けた。

 

「いやー、本当に今日は楽しかった。こうやってクラスで出かけるのはやっぱりいいもんだ」

 

「そうだね!」

 

「ああ、日々の暗殺のプレッシャーから解放されるようだ」

 

「アンタは暗殺以外にも、魔物の戦いもあるもんね。大変だ」

 

地球を守るための殺せんせー暗殺という使命は、中学生が背負うには大き過ぎる。E組の生徒は殺せんせーと楽しく過ごしているが、やはり精神的なプレッシャーは大きい。このようなリフレッシュする時間はとても大事である。

 

「さて2人とも、ここからの話は内密にしてもらいたいんだけど、良いかな?」

 

「それは構わんが、どうしたんだ?」

 

「悩み事?」

 

中村の真剣な表情を見て、清麿と渚は身構える。

 

「私さ、小学生のころはいつも勉強で1番だったんだよね。周りからは天才小学生って呼ばれてた」

 

中村は自分の過去を話し始めた。しかし彼女の表情はどこか暗そうだ。

 

「でも、他の友達みたいに普通になりたかった。だから中学に入ったらバカばかりやるようになったんだけど、そのせいで成績は下がってく一方。そんで、E組行きが決まった時の親の涙は今でも忘れられない。失って初めて気付けることもあるからね……」

 

中村は頭が良い故の悩みを抱えていた。頭が良い故に周りから孤立した清麿とは別ベクトルの苦悩であるが、彼女もまた思い詰めていた様子だ。清麿と渚は真面目な表情で耳を傾ける。

 

「また頭良くなりたかった。けど、皆とバカな事や楽しい事もやりたかった。E組ならその両方が出来る。だから、殺せんせーにはすごく感謝してるんだ。そして、E組の皆にも」

 

殺せんせーの名前を出した中村は晴れ晴れとした表情を見せる。彼女の相反するやりたい事は、殺せんせー有するE組によって両立が出来たのだ。

 

「そうだったんだ」

 

「しかし、何でその話を俺達に?」

 

中村は自分の過去を彼等に話した。しかし何故自分達に打ち明けられたのかが彼等は分からなかった。

 

「ホントは心に留めとくつもりだったんだけどねぇ。今日皆で遊んで、この気持ちが強まって誰かに話したくなっちゃった。アンタ達ならこういう話を簡単に広めたりしないでしょ。だから、絶対に誰にも言わないでよね!チョット恥ずかしいんだから」

 

普段の中村はカルマと同様に不敵な笑みを浮かべている事が多い。しかし今回だけはその様な素振りを見せず、少し顔を赤くしながら2人に口止めをした。あっけらかんとした言動を取りがちな彼女だが、内心ではE組の事をとても大事にしている。そんな中村は清麿と渚を信用した上で、自分の心の内を話したのだ。

 

「分かった、絶対言わないよ」

 

「おう!」

 

「頼むからね!」

 

2人の返事を聞いて、中村は嬉しそうに渚の肩を叩いた。そして少しした後に、ガッシュ達が休憩スペースに来た。

 

「ウヌ、3人はずっとここにいたのか?」

 

「疲れてしまったのでしょうか?」

 

奥田が心配そうな顔をして尋ねたが、3人はそれを否定するように首を横に振る。

 

「良かった。3人が休憩スペースにいるのを見た時、誰かの具合が悪くなったのかと思ったよ」

 

茅野が安心したようにそう言った。それを聞いた清麿と渚は申し訳なさそうな顔をしたが、中村はニヤけていた。

 

「心配はいらんよ。それよりも茅野ちゃんがずっとガッシュと楽しそうにしてるから、高嶺が寂しそうにしててさぁ……」

 

「……そうだったんだ、高嶺君しょうがないな~」

 

中村の清麿イジリにカルマが便乗する。

 

「違うわ!」

 

「清麿、怒るでない……」

 

2人の言う事を全力で否定した清麿だったが、ガッシュになだめられてしまう。そんな光景を渚・茅野・奥田は苦笑いをする。そして彼等は再び別のエリアを目指して歩き始める。

 

 

 

 

 一行は全てのエリアを周ったのちに、科学館を出た。

 

「今日は私の誘いに乗ってくれて、ありがとうございます」

 

「そんなにかしこまらなくていいのに」

 

奥田は今日集まってくれたことに対して礼を言う。中村を始めとしてそんな様子を見た一行は、彼女の態度が少し固いのではと考えていた。

 

「大分勉強になったよ。誘ってくれてありがとうな、奥田」

 

「愛美、また薬の事を教えて欲しいのだ!」

 

科学館での時間を経て、ガッシュペアは新たな知見を得られたようだ。

 

「奥田さんの好きな事を僕等も知れて、良かったよ!」

 

「またどこか行こうね!」

 

「楽しかったよ。今度もいろんな薬を作ってみようか」

 

渚・茅野・カルマも今日一日を楽しめた様子だった。夏休みはまだ始まったばかりで、各々が楽しい思い出を作っていきたいと考えている。

 

 

 

 

 そして一行はお喋りをしながらそれぞれの帰路に着いた。今回もまた、ガッシュペアはクラスメイトとの交流を深める事が出来た。

 

「今日も楽しかったのう、清麿」

 

「ああ、リフレッシュも出来たところで特訓も頑張ろう」

 

クラスメイトと遊んだ直後でも、ガッシュペアの特訓は行われる。やる事が多い夏休みで、彼等が無駄に過ごせる時間は少しも存在しないのだから。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。毒の時間をカットしたので、ここで奥田さんに焦点を当てた話を書きました。また、中村さんの話も進路の時間より前に入れました。


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LEVEL.28 策謀の時間

 夏休みの暗殺の訓練ですが、ガッシュサイドのあの人も再登場します。


 E組一同は離島での殺せんせー暗殺の為の訓練を行う。ちなみに殺せんせーはエベレストで避暑中の為、ここにはいない。生徒達は烏間先生指導の下、ナイフ術の訓練を始める。その時、

 

「皆、こんにちはある!」

 

何とリィエンがE組の裏山にやってきた。彼女は烏間先生の補佐の為に、はるばる中国から来てくれたのだ。

 

「来てくれたか、リィエンさん。早速で悪いが生徒達とナイフ術で相手をしてくれないか?俺1人では一度に相手に出来る人数の限りがある」

 

「分かったある、烏間さん!」

 

リィエンもまたナイフ術の修行をしている。元々の戦闘能力の高さも相まって、短期間でみるみるうちにナイフの技術が上達した。さらにリィエンの場合はナイフ術にカンフーの要素も取り入れており、全て見切るのは容易ではない。

 

「リィエンさん来てくれたんだ!なら、まずは俺と手合わせしてもらっていい?」

 

「カルマ、勝負ある!」

 

リィエンのナイフ術とカンフーの合わせ技に対して、E組トップクラスの戦闘能力を持つカルマが勝負を挑む。勝敗は如何に。

 

「おい、カルマとリィエンさんが対決するぞ」

 

「どうなるんだろうね~」

 

2人の手合わせは岡島と倉橋を初め、多くの生徒達の注目の的だ。

 

 

 

 

 そしてその様子を少し遠くで、派手な私服姿のビッチ先生が見ている。

 

「全くリィエンたら、暗殺よりも女を磨いてほしいだけど……」

 

ビッチ先生はため息をついた。リィエンはビッチ先生の弟子となったが、女を磨くことよりもナイフ術の方に精を出している。それはビッチ先生の悩みの種だ。先生はリィエンと予定が合う時にでも、彼女をコーディネート出来ないかを考えている。そんな時、ビッチ先生の後ろに1人の男が近付いた。

 

「イリーナ、何だその恰好は?落第が嫌ならさっさと着替えろ‼」

 

「ヘイ喜んで‼ロヴロ師匠!」

 

ビッチ先生は校舎内に着替えに行った。師匠には頭が上がらない様子だ。

 

「全くあいつは……おや?あの2人が見当たらないが」

 

ロヴロはこの場にガッシュペアがいないことに気付いた。

 

「ああ。高嶺君とガッシュ君なら、新しい呪文が出たと言って別の所で特訓中だ。会いたいなら場所を教えるが?」

 

「頼もうか」

 

ガッシュペアに会いたがっているロヴロを見て、烏間先生が2人の場所を教えた。ロヴロは既に魔物の事を知っており、烏間先生もガッシュペアの呪文について彼に隠すつもりは無い。そしてロヴロは1人でそこへ向かった。

 

 

 

 

 その頃ガッシュペアは、新たな呪文のの特訓に励んでいた。それが出たのは昨日の特訓中で、新呪文を使いこなす為のメニューは事前にデュフォーが考えてくれた。ガッシュペアはそのメニューのお陰で、殆ど術をマスターしている。そんな時、

 

「やあ、君達」

 

突如気配を消したロヴロが、彼等の後ろに出現した。

 

「な……ロヴロさん⁉」

 

「来てくれておったのか⁉」

 

ロヴロの接近にガッシュペアは全く気付くことが出来ず、彼の姿を見た2人は冷や汗を掻いた。

 

「気付いてなかったのか。まあ、それだけ特訓に夢中だったという事かね。君達、常に周りには気を付けた方がいい」

 

ロヴロは冗談交じりにそう言ったが、気配も殺気も完全に消した状態での彼の接近に気付くのは至難の業である。

 

「さて、聞きたいことがある。この前私が君達の存在感は大きすぎると言ったことは覚えているね?」

 

「……もちろんです」

 

「その事が、どうかしたのかの?」

 

「覚えてくれていて良かった。それについての対処法は、何か考えたかね?」

 

ロヴロはガッシュペアを始めて見た時、彼等に秘められる大きな力を感じ取ったと同時に、その大きすぎる存在感は暗殺ではマイナスになると言った。ロヴロは2人に、その事についての対策をしているかどうかを問いただしたかったのだ。

 

「それについては考えました。それは……」

 

清麿がその事について、自分達なりに出した答えをロヴロに伝えた。

 

「そしてこれは、今回の暗殺に組み込む事にしています」

 

ガッシュペアはロヴロに言われたことをしっかりと考えて、尚且つ今回の暗殺に生かそうとする。しかし話を聞いていたロヴロは、どこか不満げな顔を見せた。

 

「なるほど、それは間違いではない。半分正解と言ったところだ。だが、俺の言った事についてちゃんと向き合い、さらに実践に取り入れようとする姿勢は評価出来る。頑張りたまえ」

 

ロヴロはガッシュペアの出した答えが不完全だと言った。しかし、その事を責めるような発言はせずに、むしろ次の暗殺の事を激励してくれた。

 

「ウヌ、頑張るのだ!」

 

「……もう半分の答えも、考えてみます」

 

ガッシュはロヴロの激励を素直に受け取ったが、清麿はもう半分の答えを出せなかった事を悔しがる。そんな2人を見た後にロヴロは後ろを向く。

 

「では俺は行く。少し気になる生徒がいたんでな」

 

「気になる生徒?誰なのだ?」

 

「それってまさか……」

 

ロヴロはガッシュペア以外にも、目を付けていた生徒がいた。ガッシュはそれが誰なのか予想がつかなかったが、清麿は思い当たる節があるようだ。

 

「黒髪の少年は心当たりがあるようだね。誰か言ってごらん」

 

「……潮田渚」

 

ロヴロは清麿を試すかのように、その答えを聞いた。そして清麿は少し考えた後、渚の名前を出す。

 

「正解だ。君も彼の才能には気付いているようだね?」

 

「はい。恐らくは暗殺の才能が、渚にはあります」

 

「……渚であったか。確かに渚からは、何かを感じることがあるのう」

 

清麿の答えは正しかった。そしてガッシュペアは、渚が鷹岡にナイフを当てた事を思い出す。他の生徒の大半が臆するであろう行動を、彼は難なくやってのけたのだ。

 

「彼の才能は素晴らしい。彼なら“死神”にも匹敵する暗殺者になれるかもしれん」

 

「……しにがみとは、何なのだ?」

 

「それは、最高の殺し屋のみ名乗る事が許される名前だよ。今でも、殺せんせー暗殺の機会を狙っているかもしれない」

 

突如ロヴロの口から、“死神”と呼ばれる暗殺者の話が出てきた。死神とは、その字の如く生命の死を司る神の名前である。そして人の死を扱う彼等の業界でその名を名乗る事は、確かに生半可な実力では許されないだろう。

 

「そんな奴がいるのか。油断出来んな」

 

「然り。手柄を取られたくなければ、早いうちに奴を殺すことだ……おっと、話が長引いてしまった。今度こそ行くよ」

 

そう言ってロヴロは、ガッシュペアの前から離れて行った。

 

 

 

 

 そしてガッシュペアが死神の事を考えていると、今度は2人の生徒が彼等に近付いてきた。

 

「お前等、もうすぐ射撃の訓練に入るぞ」

 

「烏間先生に言われて、あんた達を呼びに来た」

 

千葉と速水がガッシュペアを呼びに来たのだった。

 

「分かった。すぐ向かう」

 

「今行くのだ!」

 

ガッシュペアは、千葉と速水の2人と共に皆のいる所に向かう事にする。そして4人が歩いていると、千葉が口を開いた。

 

「そういやお前等、新しい呪文の特訓してたんだよな。どんな感じだ?」

 

「ああ、大分使いこなせるようになってる。後は皆との連携だけだ」

 

普段は寡黙な千葉であるが、ガッシュペアの新しい呪文には興味がある様だ。そしてそれは、速水も同じである。

 

「そう、それは本番が楽しみね。どんな術なの?」

 

「ウヌ、それはだの……」

 

ガッシュが新たな呪文についての説明を始めた。千葉と速水はそれを真剣な表情で聞く。

 

「なるほど、良い術だな。それなら辺りが水びたしでも、周りの奴等を巻き込まずに済みそうだ」

 

「そうね。あと、その術なら日ごろの暗殺の訓練も活きてきそう。頼りにしてる」

 

術の話を聞いた千葉と速水の期待値が上がる。それ程に暗殺向きの術なのだろうか。

 

「ああ。この術かお前等の射撃が、今回の暗殺のトドメになるだろうからな」

 

「皆で暗殺を成功させようぞ!」

 

ガッシュペアがプレッシャーを押し返すかのように意気込む。そして千葉と速水もまたその目に闘志を宿す。

 

「そうだな、頑張ろう」

 

「私達のうちの誰かが、殺せんせーにトドメを差す」

 

 

 

 

 4人は暗殺の話をしながら、烏間先生達のいる校庭に辿り着く。そして暗殺について語り合っていたためか、彼等の間にはかなりの緊張感が漂っていた。

 

「おい、あいつ等から感じる気迫は何だよ?まだ本番じゃないってのに……」

 

「まさに仕事人のそれだよな。ガッシュもめっちゃ気合入ってるし……」

 

思っていることが口に出た杉野と三村を初め、多くの生徒達がその気迫を感じ取る。数多くの戦いを乗り越えてきたガッシュペアと、常に結果で語る仕事人タイプの千葉と速水。特にガッシュのオンとオフの差は激しい。そんな彼等のストイックさは、E組でもトップクラスだろう。そんな時、4人に漂う雰囲気を断ち切るようにリィエンが彼等に声をかけた。

 

「4人とも、肩に力が入りすぎあるよ。緊張感は大事だけど、本番前からそれじゃあ疲れてしまうある」

 

気合が入り過ぎている4人を、リィエンは落ち着かせようとしてくれた。そんな彼女を見た清麿達の表情は柔らかくなる。

 

「ウヌ、リィエンも来てくれていたのだな‼」

 

「当然ある、私はE組の助っ人だから!」

 

「リィエンか、久し振り!暗殺の事を考えるとついな……」

 

「程々にしておいた方が良いあるよ」

 

リィエンは日本にいない為に頻繁にはE組に顔を出せないが、彼女の格闘技術は暗殺の大きな戦力となる。またリィエンはビッチ先生からも接待術を習ったことがあり、それもまた何かの役に立つときが来るかもしれない。そんな彼女の介入により、清麿達から漂う緊張感は消えていた。

 

「……肩に力を入れているつもりは無かったんだけどな、無意識にそうなってたか」

 

「確かにリィエンさんが声をかけてくれて、気持ちが楽になったかも」

 

「それなら良かったある!」

 

千葉と速水も、リィエンのお陰で気が楽になったようだ。

 

「さて!皆揃った所で、射撃の訓練を開始しよう!」

 

そして烏間先生の一声により、それぞれが訓練の準備に入る。その一方で烏間先生とリィエンが会話を始めた。

 

「リィエンさん、さっきは見事に高嶺君達の緊張を解いてくれた。気合が入るのは良いことだが、彼等は少し度が過ぎてたからな」

 

「そうあるね。本番前からあんな調子じゃあ、清麿達の集中力が持たないある」

 

烏間先生もリィエンと同様に、清麿達が根を詰め過ぎている事を気にかけていた。しかし彼女のおかげでその心配も無くなる。

 

「では烏間さん、私はイリーナさんに挨拶に行ってくるある」

 

「ああ、そうしてやってくれ」

 

生徒達が射撃の訓練を始めたので暇が出来たリィエンは、師であるビッチ先生の方に向かった。

 

 

 

 

 ビッチ先生の方にリィエンが駆け寄ると、先生が手を振ってくれた。ビッチ先生もリィエンとの再会が嬉しいようだ。

 

「イリーナさん、挨拶が遅れて申し訳ないある」

 

「久し振りね、リィエン。そんな事は気にしなくていいわ、と言いたい所だけど……そうね。申し訳ないと思っているなら、訓練後に付き合って欲しいのよ」

 

「?それって……」

 

ビッチ先生は何かを企んでいる様子だ。それを察したリィエンは警戒心を強める。

 

 

 

 

 その一方で生徒達の射撃の訓練は、対先生BB弾入りの銃を使用して殺せんせーを模した風船に弾を当てる練習をしていた。ハンドガンを使用する生徒もいれば、ライフルを使用する生徒もいる。ふわふわと動く風船に弾を当てるのは容易ではなく、多くの生徒達が苦戦する。しかし、千葉と速水は百発百中で弾を当てていた。

 

「クラス全体の射撃能力が前に見た時よりも向上しているな。特にあの2人は素晴らしい」

 

千葉と速水の射撃を見てロヴロは感心する。

 

「……そうだろう。千葉龍之介は空間計算に長けている。遠距離射撃で並ぶ者の無い狙撃手だ。そして速水凛香は手先の正確さと動体視力のバランスが良く、動く標的を仕留める事に優れた兵士。射撃の成績は彼等がトップクラスだ」

 

千葉と速水、タイプは違えど彼等の射撃は暗殺において大きな戦力になる。烏間先生も、射撃においてかなり彼等を信用している。

 

「ふむ、俺の教え子に欲しいくらいだ」

 

千葉と速水の射撃の腕は、実際に殺し屋業に関わっているロヴロを以ってそこまで言わせるほどに優秀だ。

 

「それから、あの少年は赤い本を持って射撃をしているな」

 

「高嶺君か。彼とガッシュ君はあの本を使って呪文を出しているからな。彼等の場合は片手がふさがるのが基本になるから、実戦と同じ形で取り組んでいるんだ」

 

ロヴロは、清麿が赤い本片手にハンドガンの練習をしている様子に注目する。

 

「片手が塞がっているにしては中々の命中率だな。ただ、あの2人には及ばない」

 

「だが、クラス全体で見れば上位の成績だ。彼も器用だからな」

 

「なるほど。彼等も呪文に頼り切りと言う訳ではなさそうだ」

 

清麿も百発百中とまではいかないが、片手ながらにそれなりの命中率を誇っている。ガッシュも射撃の腕は並だが、高い身体能力を生かしたナイフ術は強力だ。そしてロヴロは他の生徒達を見渡し、満足気な表情を浮かべた。

 

「良いレベルで纏まっている。短期間でよく見出し育てたものだ。それに彼等の考えた作戦も、聞いた限り複雑であるが素晴らしい。合格点を与えよう。彼等なら充分に可能性がある」

 

E組の暗殺技術及び作戦は、人生の大半を暗殺に費やしたロヴロが合格点を出す程だった。

 

「ところで烏間先生」

 

「何だ?」

 

「少し潮田渚を借りたいんだが、構わないか?」

 

「……分かった。彼の射撃の番も終わりそうだから、その時に呼び出せば良い」

 

烏間先生もまた渚の才能に気付いており、何かを察するようにロヴロに許可を出した。射撃が終わった後に渚は、ロヴロと共に別の特訓に取り組む事になる。

 

 

 

 

 今日の訓練が終わり、ビッチ先生がリィエンに対して自分と買い物に付き合うよう誘う。

 

「ビッチ先生、やっとリィエンさんとショッピングに行けるね~!」

 

「あ、私達も参加したい!」

 

「あら、ノリが良いのは嫌いじゃないわよ。付いてらっしゃい!」

 

倉橋と矢田が会話に加わり、彼女達も2人のお出かけへの同行が決まる。そうして彼女達は女子会を行う事になった。

 

「陽菜乃と桃花も一緒あるね……」

 

ビッチ先生は更にリィエンの女子力を高めるつもりだ。その事に彼女は薄々感づいていたが、師匠の誘いを断る訳には行かない。

 

「リィエンさんがどんどんビッチ先生に染まっていくね……」

 

「そうだな」

 

「ビッチ先生はリィエンの師匠になったからの」

 

そんな様子を渚やガッシュペアを始め、他の生徒達も見ていた。この後リィエンはビッチ先生に色々な店に行き、散々おしゃれを仕込まれたようだ。

 

 

 

 

 そうして夏休み中の訓練の日程も全て終わり、E組一同は本番である南の島の暗殺ツアーに参加する。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。ガッシュの新術はオリジナルです。そしてビッチ先生に色々仕込まれたリィエンの未来は如何に……


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LEVEL.29 決行の時間

 離島編入ります。新術が出てきますので、よろしくお願いします。


 南の島での暗殺旅行当日、E組一同は船にて目的地に着いた。殺せんせーは乗り物酔いを起こしていたが、生徒がナイフを当てられる事は無い。まず一行は自分達が宿泊するリゾートホテルにて昼食を取る事にした。

 

「ようこそ普久間島リゾートホテルへ。サービスのトロピカルジュースでございます」

 

小太りの中年の店員が彼等にジュースを配る。

 

「ついに来たのう!清麿‼」

 

「そうだな。暗殺の事もあるが、皆楽しそうだ!」

 

先程配られたジュースを飲みながら、ガッシュペアは周りを見渡す。生徒達のテンションもかなり上がっていた。

 

 

 

 

 全員が昼食を食べ終わった後、生徒達は修学旅行の班に分かれた。1つの班が殺せんせーとレジャーに参加している間に、他の班の生徒が現地のチェックと下準備を行う手はずだ。そして1班が殺せんせーと暗殺を絡めたグライダーを楽しんでいる際、4班は実際に暗殺を行う海上付近のチェックを行う。

 

「ウヌ、ここにはブリはいないかの?」

 

「おい、ブリを探している暇は……って何で裸なんだ、ガッシュ⁉」

 

「その水着は動き辛そうだからの……」

 

「「「「「そういう問題⁉」」」」」」

 

海に潜るという事で、4班は泳ぎが苦手な茅野を除いてシュノーケル用の水着に着替えていたが、その水着をガッシュが着たがらなかった。

 

「だったらその水着じゃなくて良いから何か着ろ‼ったく……」

 

「……分かったのだ」

 

清麿に言われてガッシュは渋々家から持って来た水着を着て、海の中に入る。

 

「相変わらすだね~、ガッシュ君は」

 

「はは、そうだね」

 

「あの年頃だから許されてるよな……」

 

そんなガッシュを見て、カルマ・渚・杉野は呆れた表情で苦笑いをする。こうして付近の海のチェックを一通り終わらせた4班は、殺せんせーの相手をする番が回ってきた。

 

 

 

 

「さて、君達4班はイルカを見るようですねぇ」

 

「うん、船だけど大丈夫?」

 

 4班は船の上でのイルカの見学を殺せんせーと共に行う。レジャーを楽しみつつ、乗り物酔いで殺せんせーの体力を奪う手はずだ。しかし殺せんせーは完全防水の先生用水着を準備しており、何とイルカと共に泳いでいた。

 

「ウヌ、殺せんせーは泳げないのではなかったかの?」

 

「……あの水着のおかげなんだろうな」

 

魚を模した水着を着た殺せんせーを、ガッシュペアは何とも言えない表情で見ていた。この水着の存在を知っていたのは4班の中では渚と茅野だけであったが、彼等も先生がそれを使ってイルカと共に泳ぎ始めるとは予想外だ。

 

「今回の暗殺の時は、あれを持ち込ませないようにしないとね……」

 

「そうですね。あれでは水の弱点が生かせませんので」

 

神崎と奥田は、殺せんせーの水着で暗殺に支障が出る可能性を危惧する。

 

「暗殺の時は殺せんせーのボディチェックを行うから大丈夫だよ」

 

「あの水着は使わせたらダメだからね」

 

事前に水着の存在を知っていた渚と茅野は、当然暗殺の時は水着を持ち込ませないようにするつもりだ。

 

「でも、船酔いで体力を奪う狙いはかわされちゃったね」

 

「隙だらけに見えて何やかんや俺等の事、ちゃんと警戒してるからな」

 

狙いの1つを外されたことを、カルマと杉野は残念がる。しかしそれは、自分達が殺せんせーに暗殺者として認められたからに他ならない。それを内心分かっている4班一同は、複雑な心境だった。

 

「イルカがこんなに沢山いるのだ!楽しいのう、楽しいのう!」

 

「ガッシュ君。イルカ鑑賞を楽しむのもいいけど、暗殺の事も忘れちゃだめだよ!」

 

「ウヌ!カエデ、それは分かっておるぞ!」

 

「ホントかな~?」

 

イルカを見ていたガッシュはとてもはしゃいでいた。それを見た茅野はガッシュに対して暗殺についても言及するが、結局彼女もガッシュと共にイルカ鑑賞を楽しんでいた。

 

「そう言う茅野も、随分楽しそうだな」

 

「茅野って、最近はガッシュ君がいるといつも楽しそうな気がする」

 

ガッシュと茅野がはしゃぐ様を、清麿と渚は暖かい目で見ていた。茅野がガッシュの姉みたいだと言われて以来、彼女がガッシュに構う頻度は増している。

 

 

 

 

 今この時も、他のE組の生徒は殺せんせー暗殺の仕込みを完了していく。このようにして各班は自分達の役割に励み、今日の暗殺に備える。その頃、烏間先生とビッチ先生は今回の暗殺の作戦について話し合う。

 

「イリーナ、聞きたい事がある。プロの殺し屋であるお前は言ったな。“仕事は計画通り行く事の方が少ない”と」

 

「その通りよ。計画書見たけど、こんな複雑な計画だったら1つ2つはどこかズレるわ」

 

「やはりそう思うか……」

 

烏間先生は生徒達の計画について心配している様子だったが、ビッチ先生は意地の悪そうな笑みを浮かべる。

 

「ねぇカラスマ、この私が遊んでるだけに見える?これでも真剣におこぼれを狙っているのよ。生徒の計画がズレた時、その結果私にチャンスが回ってきたら、決して逃がさないようにね」

 

ビッチ先生もまた一流の暗殺者。E組に来てからは英語教師として生徒達との交流を深めてきたが、彼女の暗殺者としての冷徹な一面がこの時は露わになる。

 

「お前がトドメを刺す分には俺は構わないがな」

 

ビッチ先生の悪巧みを、烏間先生は気に留めていない様子だ。それよりも、彼には悩みの種が多く存在した。

 

(……不安要素が多すぎるな。連絡が取れなくなった殺し屋や、一方で防衛省内にも問題が発生している。さらにこの島そのものにも怪しい噂をちらほら聞く。暗殺を取り巻く空気が不穏になってきた。晴れている間に暗殺が終わればいいが、胸騒ぎがする)

 

 

 

 

 そして夕食時、殺せんせーを船酔いさせるために船上レストランで一行はディナーを楽しむ。

 

「……まずはたっぷりと船に酔わせて、戦力を削ごうというわけですね」

 

「当然です。これも暗殺の基本ですから」

 

殺せんせーの接待は磯貝を中心に行う。彼等にとって今日が、殺せんせーとの最後の晩餐にするのだ。

 

「水着を使って海に逃げると、殺せんせーは空腹の状態で俺達を相手にすることになりますよ。あと殺せんせー、その黒い顔をどうにかしてもらえませんかね?」

 

今の殺せんせーは日焼けにより、全身真っ黒になっている。顔色を変えて表情を示す殺せんせーだが、これでは何も分からない。磯貝を始めとして、今の黒い顔をどうにかして欲しい生徒は多かった。

 

「ヌルフフフ、お忘れですか皆さん。先生には脱皮がある事を、黒い皮を脱ぎ捨てればホラ元通りです!」

 

殺せんせーは脱皮をした。これで先生の表情が分かるようになる。しかし生徒達の狙いはそこではない。

 

「あ、()()()の脱皮だ」

 

不破が殺せんせーに哀れみと呆れを含んだ目で見ていた。しかし、そんな不破の目線など殺せんせーは気にしていなかった。

 

「こんな使い方もあるんですよ。本来はヤバい時の奥の手ですが……‼」

 

殺せんせーはようやく自分の失態に気付いた。月に一度の奥の手を、このような場面で浪費してしまったのだから。先生は触手で顔を覆うように落ち込む。それもまた生徒達の狙いだった。

 

「清麿、殺せんせーは随分簡単に脱皮を使ってくれたのう」

 

「ああ、ドジだ。磯貝の誘導があったとはいえここまで上手くいくとは。だが俺達はそんな抜けている殺せんせーを今まで殺すこと出来なかった……」

 

狙い通りとは言え、ここまでドジな殺せんせーに清麿は呆れる。そして生徒一同は、どうしてこんな先生を殺せないのかが疑問だった。

 

 

 

 

 食事を終えた一行はホテルの離れにある水上パーティールームに来ていた。殺せんせーは船酔いを起こす。またそこは四方が海に囲まれており、殺せんせーが小屋を脱出する選択肢は無い。一行が小屋に入ると、テレビの画面の前で三村と岡島が待ち構えていた。

 

「さ、席に着いてくれ殺せんせー」

 

「まずは楽しい映画鑑賞から始めようぜ」

 

暗殺の計画はこうだ。まずは映画鑑賞で精神的ダメージを負わせる。その後、テストで勝った8人が触手を破壊した上で一斉に暗殺に入る。

 

「セッティングごくろーさん。お前等のメシ、船から持って来たぜ。動画が流れてる時にでも食っとけ」

 

「お、サンキューな菅谷!」

 

「頑張ったぜ。皆がメシ食ってる間もずっと編集だったよ」

 

これから流れる動画は三村が編集を行い、岡島がそれを補佐して作り上げたものである。三村の映像が暗殺の場面で使われる時がついに来たのだ。2人は夕食を取る時間が無かったので、菅谷が気を利かせて食べ物を用意してくれていた。

 

「全力の暗殺を期待しています。君達の知恵と工夫と本気の努力、それを見るのが先生の何よりの楽しみですから。遠慮は無用、ドンと来なさい」

 

殺せんせーの言葉を聞いた岡島は、映像を流すために小屋の電気を切る。その後、例の映像が流れた。電気を切ることにより、殺せんせーが周りの生徒達の動きを把握させない狙いもある。しかし、殺せんせーはその狙いに気付いていた。

 

(2人の匂いがしない……なるほど、あそこの窓からですか。E組きっての狙撃手、千葉君と速水さんの匂いがします。しかし、それがフェイクの可能性もある。油断できませんねぇ)

 

殺せんせーは顔に笑みを浮かべながらも、生徒達を最大限警戒していた。そんな時、

 

『まずはご覧いただこう、我々担任の恥ずべき姿を』

 

大量のエロ本に囲まれた殺せんせーの映像が流れた。ちなみにこの時のエロ本の下には罠が仕掛けてある。岡島が殺せんせーの好むエロを分析し、エロ本を餌に殺せんせーをここまで誘導していたのだ。しかしその暗殺もまた、失敗に終わったのだった。

 

(にゅやああああ⁉)

 

これには殺せんせーもビックリである。三村の映像による精神攻撃とは、これまで殺せんせーの恥ずかしい行いをひたすら生徒達の前で流すことだった。先生のメンタルは順調に削られていく。

 

「ウヌ、殺せんせーは何を読んでおるのだ?」

 

「ガッシュ君は見ちゃダメ!」

 

そっち方面にまだまだ疎いガッシュが問いただすが、それすらも殺せんせーの精神攻撃になり得る。当然ガッシュはその事に気付いていない。そんな彼の目を茅野が塞いだ。

 

(これが岡島の暗殺計画だったのか。思ってた以上にヒドいな……)

 

清麿は植物園で岡島が言っていた暗殺計画を思い出した。岡島のエロさがこんな場面で生きてくるとは、クラス一同予想出来なかった。そして映像は切り替わり、女装してケーキバイキングの行列に並ぶ殺せんせーの映像が流れていた。

 

「あらあら。エロ本に女装に恥ずかしくないのかしら、このド変態?」

 

ここに来て狭間の毒舌が生かされる。恥ずかしい映像に加えて狭間の言葉責めにより、殺せんせーは精神的大ダメージを受けた。そして映像は1時間近く流れ続け、ようやく完結した。

 

『さて秘蔵映像にお付き合い頂いたが、何かお気付きでは無いだろうか?殺せんせー』

 

映像は全て流れ終わった時、満潮により殺せんせーの足元には水が流れており、その水を触手が吸収してしまっていた。船酔い・精神攻撃・海水により、殺せんせーの機動力はかなり削られていた。そして触手を破壊する8人が殺せんせーの前に出た。

 

「ここからが本番だ、約束通り避けんなよ」

 

寺坂の言葉を皮切りに、8人がハンドガンを使ってそれぞれ触手を破壊した。殺せんせーダメージはかなり大きい。そして触手の破壊後に小屋の壁が外側に倒れ、殺せんせーの周りは海水に囲まれた。またそれだけではなく、何人かの生徒が水圧で空を飛ぶフライボードを駆使して水圧の檻を形成させた。

 

(ふむ、これでかなり動きが制限されますね。千葉君と速水さんの事も気になる、どうしたものか……)

 

しかし殺せんせーを閉じ込める水の檻は、フライボードだけでは無かった。

 

「そうそう、もっといっぱい飛び跳ねて‼下から逃げられないようにね~」

 

動物のスペシャリストである倉橋がイルカ達を誘導して、水をはねさせて殺せんせーの逃げ道を塞ぐ。彼女はこの時の為に昼間から練習をしていた。イルカの高い知能と倉橋の生き物に対する愛情の成せる業だ。

 

(殺せんせーは急激な環境の変化に弱い、木の小屋から水の檻へ‼弱った触手を混乱させて反応速度をさらに落とす‼)

 

渚が水中でホースを使って殺せんせーの逃げ場をさらに減らす。そして水が苦手な茅野は、木の橋の上からホースを使用した。それだけではなく、殺せんせーの後ろからは何と律の本体が出現した。

 

「射撃を開始します」

 

律の合図とともに残りの生徒達が逃げ場を塞ぐように射撃を開始した。また烏間先生とビッチ先生も銃を構えて殺せんせーの逃げ道を潰す。そして、

 

「ラウザルク‼」

 

清麿が肉体強化の呪文を唱えたと同時に、ナイフを持ったガッシュが殺せんせーの懐に飛び込んだ。

 

(ガッシュ君のスピードが上がっている!それに、何という存在感!気を抜くと一瞬で飲まれてしまいますねぇ)

 

強化されたガッシュの攻撃をギリギリで避ける殺せんせーだが、かなり劣勢だ。そして清麿も赤い本を片手に、ハンドガンで殺せんせーの逃げ場を塞ぎつつガッシュに指示を出す。今の清麿は【答えを出す者】(アンサートーカー)を発動出来ていないが、クラスが一丸となる事で、確実に殺せんせーを追い込む事が可能だ。

 

「ガッシュ、そろそろアレを使うぞ‼」

 

「分かったのだ‼」

 

(一体何を⁉ラウザルクの使用中は他の呪文を使えないはず……)

 

ガッシュペアの合図に殺せんせーが身構えた。

 

「行くぞ!第13の術、ナイブス・ザケルガ‼」

 

清麿が新たな呪文を唱えると、ガッシュの持つナイフは高密度の電撃を纏った。そのナイフは一撃は通常のナイフとは比べ物にならない程に強力だ。

 

(バカな、新しい呪文だと⁉ラウザルクを使っているのに⁉)

 

殺せんせーの疑問は必然だ。ラウザルクには、その術の使用中は他の術を使えないという欠点がある。しかしどういう訳か、このナイブス・ザケルガはラウザルクとの併用が可能だ。もちろんガッシュは気絶しない。その原因は分からなかったが、清麿はこの術がラウザルクと一緒に使う事前提の術であると考えた。

 

「ヌオオオオオォ‼」

 

電撃を纏ったナイフが殺せんせーを襲う。ラウザルクの使用中にも関わらず何故か他の呪文を使われたという予想外の出来事に、殺せんせーはさらに動揺する。電撃のナイフは殺せんせーにダメージを蓄積させていく。そして、殺せんせーの動きが止まった。

 

(体が動かない⁉これは……)

 

ナイブス・ザケルガは攻撃の範囲は狭いが、長所はその高密度な電撃を術者が自由に操れる事にある。それによりナイフから敵の体に電撃を流して動きを封じるスタンガンのような使い方も可能であり、また自在に電撃を操る事で水浸しの環境でも周りを感電させるリスクもない。ちなみにナイフを持っていない状態でも、この術を唱えれば電撃のナイフが形成される。

 

 ガッシュは電撃のナイフで殺せんせーにダメージを与え続けたが、トドメを刺すには至らないままラウザルクの継続時間は切れた。

 

「ガッシュ‼」

 

「ウヌ‼」

 

ガッシュは殺せんせーから距離を取ったが、彼等には別の狙いがある。2人の狙撃手によってBB弾が、殺せんせー目掛けて放たれようとしていた。そして殺せんせーにトドメの一撃が放たれれば何が起こるか分からないため、この場面で清麿はガッシュに距離を取らせるよう事前に指示したのだ。そしてガッシュが動くと同時に2発のBB弾が放たれる。

 

(この銃弾、千葉君と速水さんか⁉)

 

((もらった‼))

 

ナイブス・ザケルガで殺せんせーを麻痺させた後、トドメの銃弾が先生を襲う。ガッシュペアは自分達でトドメを刺すことは出来なかったが、彼等は満足気な表情を見せる。

 

(くッ、ガッシュ君の存在感が大きすぎて千葉君と速水さんの警戒が途中から出来なかった‼そして水によって2人の匂いも発砲音も消されていた‼)

 

千葉も速水も初めから水中に潜んでおり、殺せんせーのスキを伺っていたのだ。しかし水とガッシュの存在感がそれを先生に悟らせなかった。

 

(そう、これが俺とガッシュが出したロヴロさんの問いに対する答え!ガッシュの存在感で他の攻撃を悟らせないようにする事‼これでもまだ半分と言うが、もう半分とは一体……)

 

ロヴロから得た助言を清麿はここで導入した。文字通りクラス一丸となって実行された今回の暗殺計画、クラスの誰が欠けていてもこの計画は成り立たない。そしてこの計画に殺せんせーは敬意を示す。

 

(よくぞ……ここまで‼)

 

殺せんせーに銃弾が当たろうとした瞬間、先生の全身が閃光と共に弾け飛んだ。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。ラウザルクと併用できる術が1つくらい例外であっても良いのではと個人的に考えていたので、新術はラウザルク発動時にも使える設定にしました。


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LEVEL.30 伏魔の時間

 奴の魔の手がE組を襲います。


 突然の閃光により生徒達の多くがバランスを崩し、海に落ちた。殺せんせーも海面に浮かび上がって来ない。

 

「油断するな‼奴には再生能力もある、片岡さんが中心になって水面を見張れ‼」

 

「はい‼」

 

烏間先生の指示に従い、片岡を中心に再び生徒達は警戒心を強める。その時、海水から泡が出てきた。それを見た生徒達は銃を構えるが、そこには殺せんせーの顔が入った透明とオレンジの球体が出現した。

 

「これぞ先生の奥の手中の奥の手、完全防御形態‼」

 

「「「「「そんなの有りかよ⁉」」」」」

 

生徒が一斉に突っ込んだ。先生曰く、外側の透明な部分は高密度に凝縮されたエネルギーの結晶体で、あらゆる攻撃を結晶の壁がはね返すとの事だ。恐らくはガッシュの電撃でさえも。そしてこの形態は24時間ほどで自然崩壊する。

 

「しかしこの24時間、先生は全く身動きが取れません。最も恐れるのはその間に高速ロケットに詰め込まれ、はるか遠くの宇宙空間に捨てられる事ですが、その点は抜かりなく調べてあります。24時間以内にそれが可能なロケットは今世界のどこにも無いです」

 

このような良くわからない方法で生徒達の暗殺は防がれてしまった訳だが、殺せんせーの方が更に上手である事は紛れもない事実だ。

 

「清麿、本当にどうにもならないのか?」

 

「そうだな。【答えを出す者】(アンサートーカー)を使えれば何か策は出てくるかもしれんが、殺せんせーのあの自信から察して打つ手無しの可能性が高い」

 

「ウヌゥ……」

 

殺せんせーの奥の手と言う事で、これを破るのは現状不可能に近いだろう。しかもこの形態では核爆弾でも傷一つ付かないと先生は豪語した。ガッシュペアの落胆も大きかった。そんな時、

 

「そっか~、打つ手無いんじゃ仕方ないね」

 

得意気にしている殺せんせーに対して、カルマはスマホの画面を先生に見せた。

 

「にゅやーーー‼」

 

そこにはエロ本を読み漁っている殺せんせーの姿が映されていた。殺せんせーの恥ずかしい姿だが、手を使って顔を覆う事すら出来ない殺せんせーはそれを直視するしかない。

 

「あと先生、そこで拾ったウミウシもひっ付けとくね」

 

「ふんにゅああああ‼」

 

24時間動けないという事で、今の殺せんせーはイジリ放題だ。誰かをイジる時のカルマは天才的で、その様子を見た生徒達は呆れた表情を見せる。そんな現状を見かねた烏間先生は、カルマから殺せんせーを取り上げた。

 

「……とりあえず解散だ、皆。上層部とこいつの処分法を検討する」

 

「ヌルフフフ、対先生物質のプールの中にでも封じこめますか?無駄ですよ、その場合はエネルギーの一部を爆散させて、さっきのように爆風で周囲を吹き飛ばしてしまいます。今先生を殺す事は諦めて下さい」

 

烏間先生は苦虫を嚙み潰したような顔をする。要するに、打つ手無しの状況だ。

 

「ですが皆さんは誇って良い。世界中の軍隊でも先生をここまで追い込めなかった。これは皆さんの計画の素晴らしさを物語っています」

 

殺せんせーは生徒達を褒めてくれたが、誰一人としてそれを好意的に受け取る者はいなかった。

 

 

 

 

 そして生徒一同、疲労感を感じながらホテルへ戻った。4人を除いて。

 

「悔しいのだ、清麿」

 

「ああ、まさか殺せんせーがあんな奥の手を持っているとは思わなかった。そこまで読めなかった。すまん(【答えを出す者】(アンサートーカー)を使いこなせるようになっていれば、また違う結末になっていたかもしれないのに。チクショウ……)」

 

「何を言う、私が先生を殺し切れていればこんな事にはならなかったのだ。私がもっと強ければ……」

 

ガッシュペアはお互いが自分自身の責任で暗殺に失敗したと決め打っている。しかし彼等以外にも同じ事を考えている生徒がいた。

 

「アンタ達のせいじゃない」

 

「そうだな。それに俺、撃った瞬間分かったんだ。“ミスった、この弾じゃ殺せない”って」

 

「……同じく」

 

速水と千葉もまたホテルには戻っておらず、自責の念を感じていた。普段あまり感情を表に出さない2人だが、今回はかなり落ち込んでいる。

 

「そんな、お主達のせいだなんて……」

 

「待ったガッシュ。2人とも、何か心当たりがあるのか?」

 

自分を責める2人を見かねてガッシュがその発言を否定しようとする。しかし清麿がそれを制止した。

 

「律、記録は取れているか?」

 

「はい、一部始終取れています」

 

律は今回の暗殺を全て録画していた。そして録画を元に、律が今回の暗殺についてフィードバックを始める。

 

「断定は出来ませんが、千葉さんの射撃があと0.5秒早いか速水さんの射撃があと標的に30㎝近ければ、気付く前に殺せた可能性が50%ほど存在します」

 

「やはりか。自信はあったんだけど、撃つ前のあの瞬間、指先が硬直して視界も狭まった」

 

「私も同じ。そして絶対に外せないというプレッシャー、こんなに練習と違うとはね」

 

千葉と速水は自分達がプレッシャーに押し負けていた事を察した。清麿は黙って彼等の話に耳を傾けるが、ガッシュは我慢出来ずに口を開く。

 

「……それでも、お主達はよく頑張ったではないか‼それに、清麿だって……私がもっと殺せんせーにダメージを与えることが出来ていれば、こうはならなかったかもしれぬ‼そうであろう、律⁉」

 

(ガッシュ……)

 

「……否定は出来ません。ですが、確実に私から言える事があります」

 

彼等の話を聞いてもなお、責任は自分にのみあるとガッシュは考える。そして大声を出すガッシュを落ち着かせるように、律が言葉を発した。

 

「クラスが力を合わせて全力で暗殺に取り組んだ結果、殺せんせーに奥の手を出させる事が出来ました。そして今回皆で力を合わせた経験は、必ず次回以降の暗殺に活きてきます。これはとても大きな前進です」

 

律は笑みを浮かべた。確かに彼女の言う通りで、殺せんせーがあのような奥の手を持っている情報を得られた事は大きい。

 

「……これは律に一本取られたかな」

 

律の言葉を聞いてもなお落ち込んだ表情を浮かべているガッシュ・千葉・速水と異なり、清麿は口角を上げる。

 

「律の言う通り、俺達は力を合わせてここまでやったんだ。それから殺せんせーも言っていたが、これは誇っていいことだ。この経験は次回に活かすとして、まずは皆の所に戻ろう!」

 

「……ウヌ、それもそうなのだ」

 

清麿はそう言うと、ガッシュを連れてホテルに戻った。しかし千葉と速水は、ガッシュと話しながらホテルに戻る途中の清麿の口が、先程と異なり笑っていない事に気付いた。

 

「なあ、高嶺ってああ言ってたけど……」

 

「うん。かなり内心引きずってるね」

 

2人は今回の暗殺の結果において、清麿が虚勢を張っている事に気付いた。律の発言を聞いて、清麿は少しでも3人を元気づけようとしてくれたのだ。

 

 

 

 

 そしてガッシュペアは外の景色が見えるホテルの休憩室に来ていた。そこには千葉と速水以外の生徒と先生達が揃っていたが、皆疲労が溜まっている。

 

「皆、やけに疲れておるのだ……」

 

「無理もない、あれだけの規模の暗殺をした後なんだから」

 

ガッシュは疲れている皆が心配だったが、清麿はそれが暗殺終わりのせいだと考える。清麿自身も疲労を感じていた。

 

「千葉と凛香は、まだ戻っていないようだの……」

 

「そうみたいだ、あの2人は特に責任を感じてたからな。今はそっとしておくべきだろう」

 

千葉も速水も表情をあまり表に出すタイプではなく、それ故に苦労した経験も多々ある。そんな彼等が明確に落ち込んでいるのだ。そして律と清麿は彼等に必要な言葉をかけた。となれば、後は何かきっかけさえあれば2人は自信を取り戻せる。清麿はそう確信していた。

 

 それから千葉と速水も戻ってきて少しした後、何人かの生徒の体調が目に見えて悪化し始めた。

 

「フロント、この島の病院はどこだ⁉」

 

それを見た烏間先生はホテルの従業員に病院の事を聞くが、診療所の当直医は夜にはもういない。そして高熱を出した中村を渚が部屋の近くまで運ぼうとしていたが、清麿がそれを止めた。

 

「待った渚、発熱が見られる奴等は全員この場所で休ませた方がまとめて看病をしやすい。まずはここで1人1人が横になれるスペースを作るんだ!」

 

「分かったよ、高嶺君!」

 

清麿の指示を聞いた渚は中村を壁にもたれかけさせた後、他の生徒達と共にテーブルを運び始める。

 

「高嶺……そんな事言って、私達女子に何かしようって魂胆じゃないのかい?」

 

「今無理して冗談を言わなくて良い。少しでも自分の体を休めとけ」

 

「……相変わらずお堅いねぇ」

 

中村はこれまで通りの口調で笑みを浮かべて清麿をからかうが、明らかに無理をしている。それを見かねた清麿は、あえて強気な口調で中村を休ませた。

 

「ガッシュ!俺達はまず、患者の負担を少しでも減らせるように布団を持って来るぞ‼」

 

「ウヌ、了解なのだ!」

 

清麿はホテルの従業員に余った布団の有無を聞いた後、ガッシュや職員と共に布団を運ぼうとした。その時、

 

「布団以外にも、氷水が必要だね。あとは、給水用のスポーツドリンクでもあれば望ましい」

 

竹林がガッシュペアの方に近付いてきた。彼の実家は医者をやっている為、応急処置などの医療関係の知識に詳しい。

 

「熱を出したメンバーは他の生徒達に任せて、僕等はホテルの人と共に布団・氷水・給水用の飲み物を準備する事にしよう」

 

「そうだな。まずはあいつ等の休息と応急処置が最優先だ」

 

「分かったのだ!」

 

ガッシュペアと竹林はホテルの従業員達に混じって布団などの準備を始めた。その時、清麿は烏間先生が青ざめた顔で何者かと電話をしている所を目撃した。

 

 

 

 

 患者を休ませるための準備が終わり、熱を出した生徒達を全員横にさせた後、烏間先生が電話を終わらせて戻ってきた。

 

「皆、聞いてくれ……」

 

烏間先生が電話の内容を生徒達に伝えた。熱を出している生徒達には人工的に作られたウイルスが盛られている事、その治療薬を渡す代わりに殺せんせーを山頂のホテルまで1時間以内までに持って来る事、そのための人員は正式にE組に登録されている生徒の中でも最も背の低い男女2人(つまりガッシュは除外)を指定した事、これらの約束を破れば治療薬をすぐに破壊する事が相手の要件だった。

 

「烏間さん、やっぱりダメです。政府としてあのホテルに宿泊者の事を問い合わせても、プライバシーだから教えられないと……」

 

「そうか、分かった」

 

園川さんが指定されたホテルに連絡してくれていたが、宿泊者の情報を聞き出すことは出来なかった。そして烏間先生もそれは予測していたようだった。

 

 この島は別名“伏魔島”とも呼ばれており、山頂のホテルはカタギでない人々が出入りしていたり、違法な商談やドラッグパーティーが開かれている。そのホテルは政府とのパイプもあり、警察も手を出せず、こちらに味方する可能性も無い。

 

「おい、何でこんな事になってんだよ⁉」

 

吉田を始め、事情を知って多くの生徒達がこの光景を見て動揺していた。

 

(最悪だ、第三者が介入するなんて!しかも今の殺せんせーは身動きを取れない‼こうなったら……)

 

清麿は現状の解決策を導き出す為に【答えを出す者】(アンサートーカー)を発動させようとしたが、失敗に終わった。

 

(くっ、ダメなのか‼こんな時に……)

 

肝心な時にそれは発動しなかった。清麿は自分の無力さとこの事態を引き起こした黒幕に対する怒りの感情に飲まれそうになっていた。また怒りの感情故か、清麿は自分の体が熱くなっているのを感じた。そんな時、

 

「おい高嶺、顔怖えーよ。落ち着こーぜ……」

 

「そうだよ、簡単に人は死なないんだから」

 

「‼その通りだ、すまない。杉野、原」

 

清麿の表情を見かねた杉野と原が、自身の体調も優れない状態で清麿をなだめてくれた。

 

「だから吉田君も慌てないでさ……」

 

「そうだよな、原」

 

原の大らかな性格はこのような非常事態でも周りを落ち着かせてくれる。先程まで慌てていた吉田も、原のお陰で冷静さを取り戻せた。

 

(熱を出した2人に諭されるとは……とにかく落ち着いて状況を整理しないと。黒幕の正体はクラスで背の低い男女と指名した事、ガッシュを除外するような言い方をしてきた事からE組と関りがある人物の可能性が高い。それから状況を打破する方法は……)

 

清麿は杉野達の応急処置の準備をしながら、黒幕の正体を探りつつ対抗策を考え始めた。しかし、策を考えていたのは清麿だけでは無かった。

 

「良い方法がありますよ。律さんに頼んだ下調べも終わったようです。元気な人は来て下さい、汚れても良い恰好でね」

 

殺せんせーの策は単純明快。患者と看病のために残る生徒を除いた全員でホテルに侵入し、最上階を奇襲して治療薬を奪い取る事である。そのために律がホテルのコンピュータに侵入し、突入ルートを作成してくれていた。そして動ける生徒は外出の準備を開始した。

 

「清麿、私達も行くのだ‼」

 

「ああ、だが……」

 

ガッシュの言う通りにホテルの突入に参加したい清麿だったが、応急処置及び看病を竹林1人に任せる事に抵抗がある。しかし、

 

「皆の看病は私と竹林君が引き受けます!だから高嶺君とガッシュ君も行って下さい!」

 

マスクを装着した奥田が、強気な口調でガッシュペアの突入を促す。彼女は本当に、自分の言いたいことをハッキリと言えるようになっていた。

 

「そうだね。僕1人なら流石に大変だけど2人なら大丈夫だ。それに奥田さんの理科の知識が生きる可能性もある。だからここは僕等に任せてくれ」

 

「……分かった、ここはお前等に任せよう。そして今回の黒幕は絶対に許さん‼」

 

「もちろんなのだ‼それでは愛美、竹林‼皆を頼むぞ‼」

 

竹林もまた自信ありげにそう言う。そうして2人の熱意を察したガッシュペアは、外に出る準備に取り掛かる。

 

 

 

 

 看病の為に残った2人を除く感染していないE組一同が山頂のホテルを目指す一方で、竹林と奥田は今回のウイルスについて話していた。

 

「竹林君、これだけ強いウイルスならこの島中に広がってしまうんじゃ?」

 

「多分それは無い。犯人は“感染力が低い”と言ってたそうだし、恐らくは空気感染の危険は少ない。経口感染、飲食物等に混入されたと見るべきだね。赤の他人にそう簡単に感染させる心配はないと、皆にも伝えたけど……」

 

(E組を狙って盛られたウイルス、一体いつどこで?)

 

E組だけにピンポイントで感染したウイルスだが、その発生源は分からずじまいだった。

 

 

 

 

 そして外に出たE組一同はホテルの前に辿り着いたが、警備されていない唯一の入り口は崖を登ったところにある。そして今回の奇襲が危険であると判断した烏間先生が渚と茅野に殺せんせーを持って行かせようと考えていた時、生徒達が一斉に崖を登り始めた。

 

「こんな崖、大したことないぞ‼」

 

「相変わらず早いねー、ガッシュ!でも負けないよ‼」

 

「ウヌ!ひなた、競争なのだ‼」

 

特に生徒達の中でも身軽なガッシュと岡野が先頭争いを開始する。そして他の生徒達も負けじと崖を登り始めた。

 

「俺だって負けてたまるか!」

 

「おおっ、木村も競争するのだな‼」

 

(アスレチック訓練ではいつもあいつ等がトップクラスだったな。今回の崖登りも流石だ)

 

俊敏さに自信のある木村も先頭争いに加わった。トップの3人を見た清麿は感心していたが、他の生徒も難なく崖を登る。ただの崖登りなど、日々暗殺の訓練を受けている生徒達には造作もない事である。

 

「彼等はただの生徒ではない。今は16人の特殊部隊なのですよ。どうしますか、烏間先生?時間は無いですよ」

 

殺せんせーは相変わらず笑みを絶やさない。そして烏間先生は少し考えた後、ホテルの突入を決断した。

 

「注目‼目標は山頂ホテル最上階‼隠密潜入から奇襲への連続ミッション‼ハンドサインや連携については訓練のものをそのまま使う‼いつもと違うのは標的のみ‼3分でマップを叩き込め‼19時50分作戦開始‼」

 

「「「「「おう‼」」」」」

 

烏間先生の指揮の元、ミッションが開始された。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。岡野さんも木村もガッシュをライバル視しています。


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LEVEL.31 潜入の時間

 ホテルに潜入するのですが、ガッシュサイドのあのキャラが敵陣営に登場します。


 全員がホテルの潜入に成功はしたが、通過しなくてはならないロビーには大勢の見張りが待ち構えている。それを見た烏間先生は一同に廊下で待機するよう指示を出した。

 

(いきなり最大の難関だ。ガッシュ君の電撃を使うか?いや、音で気付かれて増援に来られたら面倒だ。どうするか……)

 

「何よ、普通に通ればいいじゃない」

 

烏間先生が対抗策を考えるが、ドレス姿のビッチ先生は緊張感もなくワイングラスを振り回す。しかも彼女はこんな時に少量のワインを口にしていたのだ。当然生徒達がそれを咎めるが、ビッチ先生はそれを聞き流して、ロビーに置いてあるピアノに目を付けた。

 

「いいから見てなさいガキ共。普通に通るのよ」

 

ビッチ先生は少し体をふらつかせながらロビーに入り、警備員の1人と肩をぶつけた。

 

「ごめんなさい、部屋のお酒で悪酔いしちゃって」

 

顔を赤くしたビッチ先生の妖艶な表情に、警備員達は鼻の下を伸ばす。そして先生は、ロビーのピアノを指差した。

 

「来週そこでピアノを弾かせて頂く者よ、早入りして観光してたの。酔い覚ましついでにね、ピアノの調律をチェックしておきたいの。ちょっとだけ弾かせてもらっていいかしら?」

 

ビッチ先生は近くにいた警備員にそう頼むが、その男はフロントに確認を取ろうとした。しかしビッチ先生はそれを防ぐために、警備員の腕を握ってその男を上目遣いで見る。

 

「そんな事しなくていいじゃない。あなた達に聞いて欲しいの」

 

そしてビッチ先生はピアノを弾き始めた。その美しい音色は従業員の頭からフロントの確認を忘れさせるのには十分だ。それ故に警備員のみならず生徒達まで曲に聴き入りそうになるが、ビッチ先生が生徒達にハンドサインを出した。

 

(20分稼いであげる、行きなさい)

 

その場にいた警備員たちは全てビッチ先生に釘付けで、E組一同はそのままロビーの突破に成功した。このような事が可能なのは、ビッチ先生が世界でもトップクラスの色仕掛け(ハニートラップ)の達人だからだ。

 

 

 

 

 ロビーの警備を突破した後は、彼等は客のフリをする事が可能になる。烏間先生が生徒達を普段着で来させたのはそれが理由だ。またその事は、敵もまた客のフリをして襲ってくる可能性を示唆している。

 

「前衛は俺とガッシュ君で務める。その後ろは近接戦闘が強い寺坂君と吉田君、そしてすぐにガッシュ君の呪文を唱えられるように高嶺君が続いてくれ」

 

「「「了解」」」

 

「ウヌ、分かったのだ!」

 

ホテルの侵入には成功したが、どこに刺客がいるか分からない。烏間先生指示の元、常に警戒しながら一行は進む。しかし敵が襲ってくる気配が無かったため、寺坂と吉田は先走って烏間先生よりも前に出てしまった。

 

「へっ、楽勝じゃねーか」

 

「時間ねーんだから、さっさと進もうぜ」

 

寺坂と吉田が速足で進むが、その前には1人の男が口笛を吹きながらこちらに歩いくる。多くの生徒達はその男も通常の客だと思っていたが、男の顔が見えた瞬間に不破の顔色が変わる。

 

「寺坂君‼そいつ危ない‼」

 

不破の声を聞いた烏間先生が咄嗟に寺坂と吉田の服を引っ張り、後ろに投げ飛ばす。また。またそれと同時にガッシュが烏間先生より前に出て、先生と男の間に割り込んだ。その男は何かをマスクを着けた上で何かを取り出そうとしたが、その前に清麿が呪文を唱えた。

 

「ザケル‼」

 

ガッシュの口から放たれた電撃が男を襲い、彼を戦闘不能に追い込んだ。

 

「間一髪だったな。呪文が少しでも遅ければ、俺は奴の攻撃を喰らっていただろう。これで黒幕に気付かれた可能性もあるが、やむを得まい」

 

「不破がすぐに気付いてくれたのが大きいですね。それが無ければ、俺も呪文を唱えられなかったかと……」

 

「優月のおかげなのだ!」

 

今回は不破の気付きにより暗殺者の1人の攻撃を受けずに済んだが、それは本当に幸運だ。タイミングがほんの少しでも遅ければ、あの男の攻撃を許していたのだから。烏間先生とガッシュペアはそれが分かっており、冷や汗をかく。そしてガッシュの電撃の音を聞いて、黒幕とその護衛が侵入者に気付く可能性も高まった。

 

「ぐぅ、何故分かった?殺気を見せずに、すれ違いざま殺る。俺の十八番だったのに……」

 

流石は一流の暗殺者。フルパワーでは無いとは言え、ザケルをモロに受けてもなお意識がある。立ち上がる事は敵わないが、やはり一般人とは鍛え方が違う。

 

「だっておじさん、ホテルで最初にサービスドリンク配った人でしょ?」

 

「「「「「……あ‼」」」」」

 

不破に言われて、一同は男が従業員に紛れてドリンクを配っていたことに気付いた。そして不破は、そのドリンクから感染したと決め打つ。

 

「断定するには、証拠が弱いぜ……ドリンク以外にも、ウイルスを盛る機会はあるだろう」

 

「皆が感染したのは飲食物に入ったウイルスから、そう竹林君は言ってた。クラス全員が同じものを口にしたのは、あのドリンクと船上でのディナーだけ。けど、ディナーを食べていない三村君と岡島君も感染していた。2人とも動画に注意を払ってて、菅谷君の持ってきてくれてた分も食べてなかったし」

 

「あいつ等、食わなかったんかい……」

 

せっかく用意した食べ物を2人が食べておらず、それを菅谷は残念がる。

 

「だから感染源は昼間のドリンクに限られる。従って、犯人はあなたよ!おじさん君‼」

 

不破の推理は正解だ。彼女は多くの漫画を読んでいる為に不測の事態においても対応力が高く、また漫画によって観察眼も鍛えられていた。今の不破の様子は、名探偵そのものだ。

 

「……やるな、おかっぱちゃん。だが、電撃の音を聞きつけてすぐに仲間がここに大勢来る……全員倒せるか?」

 

そう言い残して毒使いの暗殺者“スモッグ”は気絶した。暗殺者を一人突破出来たが、油断は禁物。そしてスモッグの言う通り、すぐに大勢の黒服を来た男達がこのエリアまで辿り着いた。

 

「大人しくしろ!ボスの命令だ!」

 

「くっ、数が多すぎる‼」

 

烏間先生が生徒を庇う様に前に出るが、男達は銃を構える。多くの生徒達が青ざめていた中、ガッシュペアが呪文を唱えた。

 

「ジケルド!」

 

「「「「「!何だこれは⁉」」」」」

 

突如として出現した動きの遅い球体に男達の注目が集まる。そして球体は突如として消えた瞬間、男達のうちの1人の体に全ての銃がくっついた。

 

「どうなっている、銃が⁉」

 

「お前等の仕業か⁉高嶺清麿とガッシュ‼」

 

銃を封じる事には成功したが、男達の1人はガッシュペアの名前を呼んだ。

 

「俺達を知っているのか⁉」

 

「お主達は一体⁉」

 

向こうはガッシュペアを知っているようだが、彼等は男達の事は知らなかった。すると、1人の男が喋り始める。

 

「ボスからの命令でな。ここで高嶺清麿とガッシュを戦闘不能にするよう言われている。トドメはボスが刺したいんだと。それ以外の連中はここを通して別の殺し屋に殺させると言ってたな、ただ1人を除いて。お前等、ボスに何をしたんだ?」

 

今回の黒幕は殺せんせー以外にも、ガッシュペアに狙いを定めていた。そしてもう1人にも。黒幕はE組一同が契約を破って突入する可能性を視野に入れており、契約が破られても治療薬を爆発させることなく彼等を招き入れる事にしたようだ。

 

「清麿、あの者達はまさか魔物が関係しているのか?」

 

「いや、直接は関係ないだろうが、あいつ等の仲間に魔物を知っている者がいる可能性は高いな。そして、今回の黒幕には心当たりがある」

 

清麿はここに来る途中、今回の黒幕について考えていた。殺せんせーを知っている政府ないしは防衛省の人間、そしてE組に恐らく恨みを持った人物だ。清麿がその人物の名前を口にする。

 

「防衛省の鷹岡明だな。そして狙っているもう1人の生徒は、潮田渚か?」

 

「何と、見事だ」

 

自分達のボスの正体が割れてもなお、男達は平然としていた。男達とは対照的にE組の多くは愕然とする。

 

「鷹岡!防衛省からも姿を消したと聞いていたが……‼」

 

「……なるほどね。鷹岡は殺せんせーを殺すついでに渚君にリベンジしたい訳だ。そして自分に対して特に反抗的だった高嶺君とガッシュ君の事も、自らの手で殺すつもりか」

 

焦りと怒りの表情を見せる烏間先生だったが、隣のカルマは冷静に鷹岡を分析する。

 

「ふむ、中々察しの良い連中が多いな。だが、お前達はこのホテルからは生きては出られない。しかし治療薬を失いたくばこの2人を置いて先に進むしかない。お前等が言う事を聞かなければ、ボスが治療薬を爆発させるぞ」

 

「くっ、どうすれば……⁉」

 

E組を指揮する烏間先生は2択を迫られる。彼等の要求を飲めば、ガッシュペアが危険に晒される。いくら銃を封じているとはいえ、敵の数は多い。しかし断れば、治療薬は失われる。先生が苦悩している時、

 

「ここは俺とガッシュに任せてくれ‼」

 

「ウヌ‼」

 

烏間先生と敵の間に、ガッシュペアが立ちはだかる。

 

「何言ってんだ、んな事したらテメー等が……」

 

「いや、それしかないかもね。現状かなりヤバい」

 

寺坂の心配の言葉をカルマが遮る。確かに敵の数は多いがガッシュの術は強力だ。凶器を持った人間達を抑え込める可能性は高い。何より要求を飲まなければ治療薬が手に入らない。しかし、相手がさらに援軍を送ってくる可能性もある。烏間先生は少し考えた後に口を開いた。

 

「……済まない2人とも。持ちこたえられるか?」

 

「大丈夫です!」

 

「任せるのだ‼」

 

烏間先生は苦渋の決断を下した。しかしこの判断は、ガッシュペアの実力を信じた上での決断でもある。ガッシュペアはそれを受け入れた。

 

「そんな、烏間先生!」

 

「いくら何でも……」

 

渚と茅野がガッシュペアを心配する。2人が強いとは言え、クラスメイトが危険に晒されるのを見過ごす事は出来なかった。

 

「こんな事を言うのは無責任かもしれないが、2人を信じてあげてくれないか?彼等に何かあれば、俺を恨んでくれて構わない。今回の事で生徒が危険に晒された時は、全て俺が責任を取る」

 

烏間先生の意志は固い。治療薬が失われれば感染した生徒が死に至る。それを防ぐ為にガッシュペアを危険に晒してしまう事になるが、彼等もまた高い実力を誇る。彼等ならこの場面を突破できる可能性を持ち合わせている。そう判断した先生の覚悟に対して、E組一同誰も言い返せなかった。

 

「やむを得ませんね、烏間先生。しかし、生徒に何かあった場合は先生にも責任を取らせて下さい。そして高嶺君とガッシュ君にアドバイスを……」

 

殺せんせーはこれから危険に晒されるであろうガッシュペアに対して、助言を送る。

 

「2人は自分達の安全を最優先に動いて下さい。間違っても、自分を犠牲にしてでもなどとは考えないように」

 

「ああ、心得た!」

 

「了解なのだ!」

 

この決断は殺せんせーにとっても辛い事である。自分の見えない所で生徒を危険に晒すのだから。そんな殺せんせーからの助言を受けたガッシュペアは、先生の言葉の重みを感じた後に黒服の男達の方を向いた。

 

「やっと決断できたようだな。他の奴等はとっとと進みな」

 

黒服の言う通りにガッシュペアを除くE組一同は、2人に心配の眼差しを送りながらも先へ進んだ。

 

 

 

 

 ガッシュペアを置いた一行は先へ進む。烏間先生の決断で彼等を残してきたが、やはり皆2人が心配だった。

 

「あの2人、大丈夫かな?」

 

「あいつ等が強えーのは知ってるけど、それは心配しなくて良い理由にならねーからな」

 

生徒達の中でも荒事が苦手な矢田は特に辛そうな顔を見せる。ガッシュペアの強さはE組一同分かっている。だが生き死にがかかっている以上、木村の言うようにどうしても不安は残る。しかし、

 

「あの2人なら問題ない。絶対に無事に戻ってくれる」

 

速水がいつも通りの強気な口調で言い放つ。速水は暗殺後に清麿が、自身の気持ちを抑えた上で自分と千葉を元気づけようとしてくれた事を思い出す。彼等の強さは呪文の力だけではないことを、速水は確信していた。

 

「そうだな、あいつ等が生半可な事でやられるとは思えない。俺達は俺達のやれる事をやらないと」

 

千葉もまた速水と同じ事を考えている。今回の暗殺で2人はガッシュペアとともに訓練をする機会が多く、その時に彼等の強さを実感した。その強さはガッシュの呪文や清麿の頭脳だけではなく、彼等の心の強さから来るものだった。

 

「そ、そうだよ!2人なら大丈夫だって!(ガッシュ君、大丈夫かな?それに、高嶺君も……)」

 

「茅野……」

 

体を震えさせながらも、茅野がそう言った。しかし彼女は内心かなり2人を心配しており、渚にはそれが分かっていた。

 

「ていうか渚君も、人の心配してる場合じゃ無くね?」

 

「う……確かに」

 

カルマの言う通り、渚もまた鷹岡に目を付けられている。最終的に鷹岡と渚が戦わないといけなくなる事を、皆予測した。

 

「でも僕は、高嶺君とガッシュ君と違って皆が一緒だからね」

 

「お、強気じゃん」

 

渚は自分が1人では無いと分かっていた為、それ程自分の心配はしていない。

 

「2人や渚君が心配なのは皆同じだ。それでも俺達は先に進まないと……」

 

烏間先生が言いかけたが、突然膝をついた。先生は尋常ではない程の汗をかいている。

 

「え、烏間先生何で……」

 

「大丈夫ですか⁉」

 

それを見た菅谷と磯貝が先生に駆け寄る。何と烏間先生もウイルスに感染していたのだ。

 

「そんな、烏間先生まで感染してたなんて……」

 

片岡を初め、多くの生徒達の顔が青ざめる。殺せんせーが動けない今の状況で、最も頼りになる指揮官が戦闘不能になったのだから。しかし殺せんせーは、初めは烏間先生に対して心配の表情を浮かべていたものの、次第にその顔は緩み、その顔には太陽マークが浮かび上がる。

 

「いやぁ、いよいよ夏休みって感じですねぇ」

 

殺せんせーのお気楽な態度に対して、多くの生徒達が怒りを露わにした。そして殺せんせー入りの袋を、渚は振り回す。

 

「ていうか殺せんせー、何でこれが夏休み?」

 

散々振り回されて酔い始めていた殺せんせーに渚が尋ねる。

 

「先生と生徒は馴れ合いではありません。そして夏休みとは、先生の保護が及ばない所で自立性を養う場でもあります……大丈夫です。普段の体育で学んだ事をしっかりやれば、そうそう恐れる敵はいない。君達なら必ずクリア出来ます、この暗殺夏休みをね。ヌルフフフ」

 

これは明らかな無茶振りにも見えるが、殺せんせーは生徒達を心から信頼しているからこそ言えるセリフでもある。どのような困難が待ち受けていても彼等にはもう、進む以外の選択肢は無いのだ。

 

 

 

 

 その頃ガッシュペアはザケルで黒服の男達を倒そうとしたが、彼等に増援が来ていた。

 

「数が多いな……」

 

「ウヌ」

 

大人数の敵を見た清麿は汗をかきながらも、黒服たちを睨み付ける。

 

「ははは、時間稼ぎは成功だ。いかにお前等がすごい力を持っていようが、この人数を相手にはどうしようもなかろう」

 

黒服の人数が始めに来たメンバーを含めて30は超える。人数の差が圧倒的なので、黒服たちは優越感に浸っていた。

 

「さあ、大人しくタコ殴りにされるがいい」

 

男達は一斉にガッシュペアに殴りかかるが、2人は強気な態度を崩さない。

 

「ガッシュ、範囲の広い術を使うぞ!」

 

「分かったのだ!」

 

「SET、テオザケル‼」

 

「「「「「ぎゃあああああ‼」」」」」」

 

大人数の黒服達は瞬く間に戦闘不能となった。テオザケルは範囲が広くて強力な術だが、手加減していたために男達の命には別状は無い。黒服が全滅した後、新たに1人の中華風の服を着た男が部屋に入ってきた。

 

「成程、強力な電撃だ。しかも全力では無いと見た。これじゃあザコ共が何人いても勝てる訳がねぇ。くくっ、奴に付いて正解だったな。この戦いは楽しめそうだ」

 

「誰だ、お前は⁉」

 

「……そうか、お前等とは一応初対面になるんだったな」

 

「お主の言い方、私達を知っておるのか?」

 

その男の口ぶりは、まるでガッシュペアの事を分かっている様だ。

 

「一応自己紹介しとくか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の名は玄宗!もう弱い人間相手では、拳が満足出来なくなった男よ‼」

 

ガッシュペアの前に立ちはだかった玄宗と名乗る男は、かつてデボロ遺跡でウォンレイペア及びティオペアと交戦した千年前の魔物のパートナーだった。彼はツァオロンとペアを組み、ゾフィスに操られることなく自らも肉弾戦に参加し、ウォンレイペアとティオペアを追い詰めた。

 

「確かお前等、デボロ遺跡でゾフィス達に立ち向かった連中だよな?」

 

「何故それを……そうか、お前はウォンレイ達と戦った魔物のパートナーか⁉」

 

「正解だ。ウォンレイって魔物は元気かい?」

 

清麿はウォンレイ達から話を聞いていた。魔物にも匹敵しかねない戦闘能力を持つパートナーの存在を。

 

「ウォンレイは魔界に帰ったぞ」

 

「そうか、そいつは残念だ。まあ、お前等が楽しませてくれそうだからいいけどよ」

 

玄宗はより強い相手と戦う事を求めている。彼はウォンレイに負けた後も修行を重ねており、デボロ遺跡の時よりも更に力を付けていた。

 

「清麿、この者は強いぞ」

 

「ああ、分かっている。今までの黒服とは比べ物にならんだろうな」

 

玄宗と対峙するだけで、ガッシュペアは彼の実力の高さを察することが出来た。そして清麿は強敵を見て、体が熱くなっているのを感じた。魔物にも引けを取らない強さを持つ武闘家との激闘が、今始まる。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。玄宗が鷹岡に力を貸している理由と経緯は、後々描写します。


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LEVEL.32 戦いの時間

 ガッシュペアVS玄宗です。


 ガッシュペアと玄宗は一歩も動かない。お互いに隙を伺っていたのだが、攻撃を仕掛ける前に清麿が口を開いた。

 

「玄宗って言ったか。アンタに聞きたいことがある」

 

「何だ?」

 

「何で鷹岡に組しているんだ?アンタ程の実力者なら、鷹岡相手にも後れを取らないんじゃないのか?」

 

清麿は疑問に感じていた。確かに精鋭軍人である鷹岡は強いが、戦闘能力なら玄宗も負けていないだろう。金で雇われている殺し屋という訳でも無いのに、どうして玄宗が鷹岡の言いなりになっているのかが清麿は気がかりだった。

 

「その理由は簡単よ。あいつといれば、強い奴等と戦う事が出来るからだ!」

 

玄宗が鷹岡に力を貸す理由は、前回の戦いと同じだ。彼はひたすら強い者と戦う事に喜びを感じている。

 

「そうか。ならお前、鷹岡がやっている酷い事に対して何とも思わないのか?」

 

「別に何も、そもそも興味がねぇからな。俺はただ、お前等のような強い奴等と戦えればそれで良い‼」

 

鷹岡がしでかした事は決して許される事では無い。人の命を弄んでいるのだから。しかし玄宗はその行為に対して興味が無いと言い放った。自分が鷹岡に手を貸せば、多くの生徒達が死に至る可能性があるというのに。それを聞いた清麿は、自分の体が熱くなっているのを感じた。

 

「テメェ、ふざけんじゃねーぞ‼」

 

「清麿、この者は絶対に倒すぞ‼」

 

玄宗の発言はガッシュペアの逆鱗に触れた。そして2人は臨戦態勢に入るが、既に玄宗が動き出していた。

 

(何というスピード!だが、これは……)

 

玄宗が清麿に殴り掛かったが、その拳はギリギリでかわされる。

 

(ほう、この一撃を見切るか!)

 

玄宗は中国拳法の使い手だが、動きは一直線であったため清麿はその動きを見切る事が出来た。清麿は今この時、【答えを出す者】(アンサートーカー)を発現させている。

 

「清麿ォ‼」

 

「ガッシュ、俺は大丈夫だ!(奴は強い。この力が無ければ危なかった。あまり俺に近づけさせないようにしないと……)」

 

今の一撃はどうにかかわすことが出来たが、玄宗の強力な体術は何度も避けられるような代物ではない。【答えを出す者】(アンサートーカー)を使う事が出来ても、清麿と玄宗の格闘技術の差を完全に埋める事は出来ない。今の攻撃をかわすだけでも、清麿の体は疲労感を覚えた。

 

「(何だアイツの動きは?俺の攻撃を先読みしているように思えたが……)次行くぞォ‼」

 

玄宗は先程の一直線な動きではなく、ガッシュの電撃を警戒した変則的な動きを見せる。そしてガッシュペアを攪乱させたうえで一撃を叩き込もうとする。

 

「この者のスピード、魔物にも負けておらぬぞ!」

 

「(何という速さ!だが、ここだ‼)SET、ザケル‼」

 

「ぐあああ!」

 

【答えを出す者】(アンサートーカー)で攻撃を当てるべき場所の答えを出した清麿は、玄宗に電撃を浴びせる事に成功した。しかし、ザケルを喰らっても玄宗は倒れない。

 

(バカな、今ので立っていられるだと⁉)

 

「この者、ザケルをモロに喰らったと言うのに!」

 

「お前等、何だその腑抜けた電撃は?」

 

玄宗は彼等を挑発する。その発言は全力では無かったとはいえ、王族の力に目覚めたガッシュの電撃をまともに受けた人間のそれとは思えない。

 

「この一撃には俺を殺そうという気概が感じられねぇ。こんな電撃をいくら浴びても、俺は倒せねぇぞ!」

 

玄宗はさらにガッシュペアに接近したと同時に、清麿は呪文を唱える。

 

「(ザケルがダメなら……)ザケルガ‼」

 

一直線の電撃が玄宗を襲うが、なんとザケルガはかわされた。玄宗の攻撃が清麿に届く直前で、その蹴りをガッシュが受け止める。

 

「清麿、大丈夫か⁉」

 

「ああ、済まないガッシュ‼(今度はかわされた、どうして……)」

 

「……やっぱり魔物は強えな!この距離でパートナーを守り切るとは!」

 

間一髪で清麿を守れたガッシュに対して、玄宗は感心する。そしてガッシュが反撃に移ろうとすると、玄宗はすぐに回避と防御への専念に頭を切り替えた。

 

「ラウザルク‼」

 

「清麿には指一本触れさせぬぞ‼」

 

(この状態のアイツ相手に攻め込むと負ける、仕方ねぇ!)

 

清麿は肉体強化の術を唱える。ラウザルクの発動中はさすがの玄宗も防戦一方だ。ガッシュの攻撃を玄宗がギリギリで受け流す。魔物であるガッシュの攻撃を受け流せるのは玄宗の身体能力の高さ故だが、ダメージをゼロにする事は出来ていない。しかし、ガッシュが玄宗を倒す事が出来ないままラウザルクの継続時間が切れた。

 

「ぐぬぬ、ダメージが足りてなかった!」

 

ラウザルクの継続時間中に玄宗を倒し切れなかった事を、ガッシュは悔しがる。しかし玄宗は、ガッシュでは無く清麿の方に視線を向けた。

 

「……そういう事か。残念でならねぇよ」

 

「お主、何を言っておるのだ⁉」

 

玄宗が哀れみを込めた目でガッシュペアを見る。その理由をガッシュはすぐに理解する事は出来なかったが、何かが倒れるような音がした。

 

「くっ、体が……」

 

倒れたのは清麿だ。彼は体中から大量の汗をかいており、発熱が酷い。清麿もまた、ウイルスに感染していたのだ。何度か彼は自分の体が熱くなっているのを感じていたが、この戦いの途中でついに倒れてしまった。

 

「お前、スモッグの毒にやられてたのか……つまらん幕引きだ」

 

鼻で笑う玄宗を睨みつける清麿だが、満足に体を動かす事は出来ない。まともに呪文を唱える事すら叶わない。初めのザケルで玄宗を仕留めきれなかった事やザケルガをかわされた事も、これが原因だ。

 

「そんな、清麿……」

 

ガッシュは動揺する。そんなガッシュの隙を見逃さなかった玄宗は彼を蹴飛ばす。

 

「ヌオオッ!」

 

「パートナーが心配か?あいつの所に駆け寄りたいんだったら俺を倒してみな!」

 

清麿の感染と言う予想外の出来事に、ガッシュは平常心を保てない。“清麿が死んでしまう”という不安がガッシュの思考と体を鈍らせ、玄宗相手に苦戦を強いられる。ガッシュはリオウ戦で清麿が死にかけた事を思い出していた。

 

「お、おのれぇ!」

 

「動きが鈍ってるぞ!」

 

先程までとは形成が逆転した。今度はガッシュが防戦一方だ。清麿はその光景をどうにかしたかったが、体を動かす事が出来ない。

 

(ガッシュ!済まない、俺のせいで。だが!)

 

清麿は深呼吸をする。高熱の体を少しでも休ませる為に。そして、

 

「ガッシュ、俺は死なないから心配いらんぞ‼だから全力でそいつを叩きのめせ‼ラウザルク‼」

 

清麿は出せる限りの大声でガッシュを激励し、ラウザルクを唱えた。清麿は【答えを出す者】(アンサートーカー)でウイルスの正体を見破った。そんな清麿の声を聞いたガッシュの目には再び闘志が宿り、彼の迷いは無くなる。

 

「ウヌ、分かったのだ‼」

 

「コイツ、さっきとは比べ物にならない動きじゃねーか!」

 

ガッシュと玄宗の格闘戦はガッシュが再び盛り返し、玄宗は守備に徹する。

 

 

 

 

 一方で清麿の脳裏にはE組の皆の顔が浮かぶ。皆の為にもここで倒れる訳にはいかないと、自分を奮い立たせて立ち上がる。しかし、清麿の後ろには別の男が現れた。

 

(‼新手か⁉)

 

その男は清麿の本を持つ腕を後ろから掴もうとしたが、【答えを出す者】(アンサートーカー)のおかげでそれに気付き、回避する事が出来た。

 

「お前、なぜかわせたぬ?」

 

その男は疑問だった。清麿はウイルスのせいで体が満足に動かせない状況で、かつ死角からの攻撃をかわされたのだから。

 

「……俺はこんな所で、やられる訳にはいかないんだよ」

 

清麿はふらふらになりながらも立ち上がる。その光景は、先程まで格闘戦を繰り広げていたガッシュと玄宗も見ていた。ガッシュと玄宗もまた、新手の存在に気付いたのだ。

 

「清麿、大丈夫か⁉」

 

「……ああ、攻撃は喰らっていない!」

 

清麿は症状が治っていないにも関わらず、段々と動けるようになっている。仲間を思えば限界を超えられる。ガッシュペアはこうして何度も逆境に立ち向かってきたのだから。

 

「玄宗、苦戦しているようだぬ?ボスに言われて助太刀に来たぬ」

 

「へっ!そうかよ……“グリップ”!」

 

グリップと呼ばれた男もまた、殺し屋の1人である。しかし彼は武器を持っていない。

 

「……お前の武器は、その素手だな?」

 

清麿は【答えを出す者】(アンサートーカー)でグリップの特技を見破る。グリップはこれまで素手で何度も暗殺を成功させてきた。素手での暗殺には持ち物検査で引っ掛からないというメリットがあり、武器を持たない事で相手が油断する事もある。

 

「よくわかったぬ、少年。しかし分かったところで今のお前には何も出来ぬ。お前はボスが直接殺すと言ってたから、お前の両手両足を握りつぶしてからボスに差し出すぬ」

 

グリップの握力があれば、人間の骨をそのまま潰す事は容易だ。実際に彼は武器を使用するまでも無く、これまで多くの人間を殺めてきた。

 

「玄宗、お前は金髪の子供の相手をするぬ。こっちの本を持った方は俺がやるぬ。呪文は唱えさせぬ」

 

「わかったよ」

 

グリップの提案に玄宗は乗る事にし、ガッシュとの肉弾戦が再開された。ガッシュは清麿を助けたかったが、彼の前に玄宗が立ちはだかる。

 

 

 

 

 そして清麿はグリップと対峙する。グリップが攻撃を仕掛けようとした瞬間、清麿が口を開いた。

 

「なあ……アンタのような手練れまで、ここに来ちまって良かったのか?」

 

「……どういう意味だぬ?」

 

清麿の発言の意味をグリップは分かっていない。そして清麿は得意げに話を続けた。

 

「俺とガッシュばかりに構いすぎて、お前等のボスの警備がおろそかになっていないのかって意味だよ」

 

「なるほど、そういう事か。それなら心配はいらぬ」

 

清麿の言いたい事を察したグリップの口角が上がる。彼の余裕ある態度はハッタリでは無い。

 

「まだ殺し屋が残っているぬ。他の連中はそいつに殺らせるぬ。それに、お前等の指揮官はウイルスに感染して満足に動けないぬ(ガストロがいれば、指揮官のいないガキ共は楽勝ぬ)」

 

「何だと⁉烏間先生が……」

 

清麿の顔が青ざめる。まさか烏間先生まで感染していたとは、思いもよらなかった。それを見たグリップは得意気な表情を浮かべる。

 

「もうお前達は終わりぬ、諦めるぬ!」

 

グリップは攻撃に出たが、清麿は動かない。

 

(ふん、諦めたぬか……)

 

清麿が諦めたのだとグリップは油断したが、それは違う。清麿が強気な笑みを浮かべると同時に、鉢に植えられた観賞植物がグリップを襲う。しかしその一撃は避けられる。

 

(何だぬ⁉)

 

「あれ、感染してたんだ。もしかして、これは結構マズイかな?」

 

「いや、心配はいらんぞ、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

赤羽‼」

 

清麿は【答えを出す者】(アンサートーカー)で助っ人でカルマが来ると言う答えを出した為に、グリップとの会話で時間を稼いでいたのだ。

 

「何だ、もう1人来てたぬか。だが、お前1人でこの状況をどうにか出来ると思っているぬか?」

 

「ん-、どうだろうね?でも、アンタを足止めするくらいは出来るかな?」

 

(何が足止めだ!赤羽の奴、アイツを倒す気満々のくせに!)

 

清麿はカルマの油断のない真っ直ぐな目に気付いていた。今のカルマには慢心が無い。彼は格上の相手を観察した上で倒す算段を立てる。

 

「高嶺君。コイツは俺が何とかするから、ガッシュ君の所に行ってあげなよ!それとも、もう動くことすら出来ない感じ?」

 

「バカ言え、全く……コイツはお前に任せるぞ!」

 

「オッケー」

 

カルマには油断は無かったが、他人を煽る言動は変わらない。そんなカルマを見て、清麿は【答えを出す者】(アンサートーカー)を使うまでもなく彼に任せて問題ないと判断出来た。

 

「行かせないぬ」

 

グリップは清麿を追いかけようとするが、カルマはさっきの鑑賞植物を振り回す。結果グリップをそこに留める事には成功したが、観賞植物は握りつぶされた。

 

「ねぇ。俺が相手じゃダメ、おじさんぬ?」

 

「仕方ない、お前の相手をしてやるぬ……ところで、その呼び方は何だぬ?」

 

「だっておじさん、“ぬ”多くね?」

 

緊張感漂う戦場で平気でこのような発言が出来るあたり、カルマは流石である。油断はしなくとも、彼の根本的な性格は変わっていない。

 

「“ぬ”をつけるとサムライっぽい口調になると小耳に挟んだぬ」

 

「何それ……」

 

「まあ、好きに呼ぶといいぬ。どうせお前はここで殺すぬ」

 

グリップがカルマに掴みかかるが、カルマは烏間先生の防御テクニックとリィエンのカンフーによる受け流し駆使し、グリップの攻撃を避けるか捌いて見せる。

 

(コイツ、中々出来るぬ!)

 

(避けれるけど、こっちから攻めたら捕まるからな~)

 

カルマの戦闘の才能はE組でもトップクラスだ。彼は烏間先生やリィエンの技術を目で見て盗み、オリジナルには及ばないものの実戦に取り入れていた。

 

 

 

 

 その一方、清麿は体を引きずるようにガッシュに近付く。

 

(赤羽が来てくれたのは、殺せんせーの指示か?だとしたらありがたいが、烏間先生が感染していたとは……殺せんせー達の方は烏間先生と赤羽という戦闘力トップクラス欠いている状態だが、今は皆を信じるしかない!)

 

そして清麿はガッシュと玄宗のいる近くまで来る事が出来た。そしてそこには、うずくまる玄宗と平然と立っているガッシュがいた。

 

「ぐぅ、まさかお前のマントまで攻撃手段になるとは……」

 

玄宗は呪文が使えないガッシュ相手に、殴り合いで勝負を挑むことしか考えていなかった。しかしガッシュには、呪文以外にもマントという強力な武器がある。もちろんガッシュ自身完璧に使いこなせている訳では無いが、殴り合う事しか考えていない相手の腹部に不意打ちを喰らわせる事は容易だ。

 

「……ガッシュ、マントを使ったんだな」

 

「ウヌ!清麿も、あの者を倒したのか?」

 

「いや、赤羽が来てくれたんだよ。今はあいつが戦ってくれてる」

 

「何と、そうであったか!」

 

カルマの参戦にガッシュも驚く。

 

「……そうか、お前等の味方が来ちまったのか」

 

玄宗は苦しそうな表情をしながらも立ち上がる。もちろん彼には諦めると言う選択肢は無い。

 

「お主、まだ立てたのか!」

 

「当然だ、さっさと続きをしようぜ。呪文使っても構わねぇぞ?」

 

ガッシュと玄宗は再び向き合う。そしてお互いの最後の一撃が繰り出されようとしていた。

 

「……ガッシュ。コイツは確実に動きを封じなくてはならんから、あの術を使うぞ」

 

「分かったのだ」

 

「行くぞ、どおおおおぉおお‼」

 

玄宗がガッシュに殴り掛かるのと同時に清麿は呪文を唱えた。

 

「ナイブス・ザケルガ‼」

 

ガッシュの右手に電撃のナイフが握られ、向かってくる玄宗の攻撃をかわした上でカウンターの要領でナイフを用いて攻撃をした。そしてナイフから流れる電流により、玄宗の動きは封じられた。

 

「ぐはぁ!こんな術を持ってやがるとは……」

 

「……俺達はこんな所で、負けてられないんだよ」

 

「くそったれ、体が動かねぇ(それにあいつ等の目、これが覚悟の違いって奴なのか……)」

 

電撃のナイフを受けた玄宗の意識はそこで途切れる。玄宗は前回の戦いと同じ理由で負けた。それは、戦いに対する覚悟の違いである。そして気絶した玄宗を、ガッシュペアは所持していたガムテープで縛り上げた。

 

「……勝てたな。よくやった、ガッシュ……」

 

「清麿、大丈夫か?」

 

「ああ、早く赤羽の方に行かないと……」

 

清麿は歩こうとするが、明らかに無理をしていた。

 

「何を言う!清麿は少し休んでおるのだ!殺せんせーが言ってたではないか、自分達の安全を優先しろと!だからカルマは、私に任せるのだ!」

 

フラフラになりながらも動き続けようとする清麿を、ガッシュが叱責する。そんなガッシュに清麿は根負けしたように動きを止めた。

 

「……分かった。赤羽の事は任せる」

 

「ウヌ!」

 

ガッシュは清麿を横にさせた後、カルマの方へ向かった。

 

 

 

 

 その一方、カルマはグリップに頭を掴まれている。グリップは何とスモッグのガスを隠し持っており、それをカルマに浴びせたのだ。

 

「至近距離のガス噴射、予期してなければ絶対に防げぬ」

 

グリップは勝ち誇る。カルマは体を動かす事も出来ず、後はその頭を握り潰すだけだと、そう確信した。しかし、カルマの手にはグリップが使用した物と同じ物が握られていた。そしてガスがグリップ目掛けて噴射される。

 

「奇遇だね、同じ事考えてた」

 

カルマはグリップの行動を予測し、ガスを吸わずに済んでいた。そして自らもスモッグの毒を使用し、グリップを弱らせる事に成功した。グリップはナイフを取り出してカルマに攻撃を仕掛けたが、カルマがそれを抑え込む。それと同じタイミングで、ガッシュがカルマの方に駆けつける。

 

「ガッシュ君、丁度良かった。コイツの拘束手伝ってよ、俺1人じゃキツイから」

 

「カルマ、分かったのだ!」

 

グリップの怪力は毒を喰らっていてもカルマ1人では抑え込めない程強力だ。しかしガッシュの身体能力があれば、それも可能になる。そのままグリップはガムテープで拘束された。

 

「何故ガス攻撃を見切れたぬ?」

 

グリップは自分が素手しか使わなかったのに、カルマがどうしてガスを対策出来たかが分からない。

 

「素手以外の全部を警戒してたからね。アンタがプロである以上、どんな手段を用いても俺を倒しに来ると思ってた。アンタのプロ意識を信用してたから、警戒出来た」

 

(カルマ、前とは変わった気がするのだ)

 

「完敗だぬ……」

 

ガッシュの思う通り、カルマは変わった。期末テストでの敗北から、相手を見くびらないようになった。今の彼には隙が無い。グリップは自分の負けを認める。

 

「ガッシュ君。高嶺君の所に行こうか」

 

「ウヌ!」

 

彼等は見事に2人の強力な刺客を倒した。そしてガッシュとカルマは、横になっている清麿の方へ向かう。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。カルマのグリップに対する悪戯は、感染している清麿がいる為にそれどころではないと判断してカットしました。


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LEVEL.33 黒幕の時間

 鷹岡とE組が対峙します。


 ホテルの一室。そこで今回の事件の黒幕である鷹岡は頬を掻きむしる。

 

「おい、玄宗とグリップまで何をしている?まさか……」

 

鷹岡は刺客たちがやられた事に感づいた。その時鷹岡は2人からの連絡が来ない事に苛立ちながら、玄宗との出会いを思い出す。

 

「特に玄宗の奴、あれだけ大口を叩いておきながら……」

 

 

 

 

 回想

 

 E組に復讐するための手駒を揃えるために、鷹岡は多くの殺し屋や武道の達人を探していた。そんな鷹岡は玄宗の噂を聞きつけ、彼が修行している山まで足を運ぶ。

 

「……と言う訳なんだが、力を貸してくれねーか?」

 

「はぁ?俺は殺しには興味ねーぞ。つーか、ただの人間相手ではもう俺の拳は満足出来ねぇ」

 

魔物との戦いを知った玄宗にとって、今更人間の相手など気が乗る訳が無い。

 

「まあ、お前は誰も殺さなくて良い。ただ、コイツ等をぶっ飛ばしてくれればな」

 

「あ?」

 

鷹岡は玄宗にガッシュペアの写真を見せた。すると、それを見た玄宗の口角が上がる。

 

「(コイツ等は確か……)ああ、良いぜ。気が変わった」

 

「助かるぜ!コイツ等には地獄を見てもらう!」

 

「これなら楽しめそうだ!くくっ、ハハハハハ‼」

 

玄宗はまさか再び魔物と相まみえる日が来るとは思っていなかった。こうして玄宗は鷹岡と手を組み、今回の事件に関わっていく。

 

 回想終わり

 

 

 

 

 

「クソ!だが、まだガストロがいる。それにこの治療薬がある限り、あいつ等は俺に逆らえない。ハハ、ハハハハ」

 

 鷹岡はプラスチック爆弾が貼られた治療薬入りのスーツケースを抱えながら、狂気に満ち溢れた表情を浮かべる。

 

 

 

 

 その頃、ガッシュとカルマは横になっている清麿に駆け寄った。

 

「清麿、大丈夫か⁉」

 

「ここの敵は全員倒したし、高嶺君の為にも少し休んだ方がいいかな?」

 

ガッシュとカルマは清麿の身を案じる。それほどに彼の顔色が悪かったのだ。しかし清麿は立ち上がる。

 

「いや、ここで休んでいても俺の体調は戻らん」

 

「何を言う⁉これ以上無茶してどうすると言うのだ⁉」

 

「待った、ガッシュ君」

 

無理して体を動かそうとする清麿に対して、ガッシュは怒りの感情を見せる。しかしそんなガッシュを、カルマが何かを察した様に落ち着かせた。

 

「ここの敵は全員倒したし、少しくらい休んでも良いと思うけど……それとも何か考えがあるとか?」

 

カルマは、清麿が考えも無しに無茶をするとは思えない。彼はは清麿の事を信用している。

 

「そうだ、どうしてもここでやらなきゃいかん事がある」

 

「へぇ?」

 

「それは一体何なのだ?」

 

清麿はこのまま無理に進もうとは考えていない。この場で一番にやるべき事を彼は行おうとする。

 

「ガッシュ、赤羽。毒を操る殺し屋が向こうで倒れている。そいつをここに連れてきてくれないか?」

 

「ウヌ?」

 

「……ああ、そういう事ね」

 

清麿のやりたい事がガッシュには分からなかったが、カルマにはすぐ理解する。そしてガッシュとカルマは、ザケルで気絶しているスモッグを清麿の元に連れて来た。

 

「悪いな、さて……」

 

「まずはこの人を起こさないとね」

 

「どうすれば良いのだ?」

 

スモッグを連れて来たが、彼は気を失ったままだ。

 

「えーとね……」

 

カルマは意地悪そうな笑みを浮かべながら袋を取り出す。その袋の中には奥田作製の悪戯の為の道具が入っている。その中から何を取り出そうかと悩んでいる途中に、スモッグが意識を取り戻した。

 

「……お前等、この状況は……」

 

スモッグは意識を取り戻したが、まだ立ち上がれる状態では無い。そんなスモッグを見て、清麿が起き上がった後に口を開いた。

 

「おい、アンタに聞かなきゃならん事がある……嘘を付いたら、また電撃を浴びせるぞ」

 

「ぐっ……」

 

清麿がスモッグを睨みつけた。

 

 

 

 

 スモッグに必要な事を聞き出した後、ガッシュペアとカルマは階段を上がり続ける。ちなみに清麿はカルマに肩を貸してもらいながら進んでいた。

 

「いやー、まさか今回のウイルスの正体がそんなだったとはねー」

 

「しかし、これで一安心なのだ!」

 

「……ああ、これで心置きなく鷹岡をぶっ飛ばせる!(本当は【答えを出す者】(アンサートーカー)でウイルスの正体が分かっていたが、毒使いに直接口を割らせた方が皆にとって信憑性がある。それにこの力はまだ安定していないから、あんまり言いたくない)」

 

清麿はこの力をあまり皆に知られたくなかった為、あえてスモッグに直接ウイルスの正体を吐かせたのだ。ウイルスの正体を知った2人は安心する。

 

「そう言えば赤羽……お前が俺達の所に来てくれたのは、殺せんせーの指示か?」

 

「そうだよ、付近の監視カメラは律が全部ハッキングしたから俺が助けに行く様子も見られないし。それに高嶺君達が敵を引き付けいてくれてるお陰で、俺達は結構楽に進めてた。だから殺せんせーが俺に2人の助太刀に向かわせたんだよね」

 

「律、すごいのだ……」

 

律のスペックと殺せんせーの判断により、清麿が感染した状況でも彼等は無事に困難を乗り越えられた。E組はこのようにお互いを助け合い、今後もいかなる困難を乗り越えていくだろう。

 

 

 

 

 そして3人は6階のテラスに着いた。そこはパーティが行われており、多くの客が楽しんでいる。

 

「ん~、あそこの扉を抜けたいんだけど、警備の人がいるね~」

 

「清麿、どうするのだ?」

 

「他の客が大勢いる所で騒ぎは起こしたくない。俺が感染しているから逃げ出すのも困難。どうしたものか……」

 

ザケルで警備員を倒す事自体は容易だ。しかし、人が大勢いる所でそんな事をすれば注目の的だ。他の警備員や刺客がここに来る可能性もある。迅速に仲間の元に辿り着くためには、目立たないように警備員の目を騙して扉の先に進む必要がある。

 

「あれ、君達が()()()()の知り合い?」

 

1人の帽子をかぶった中学生くらいの少年が、3人に話しかけてきた。

 

「……お前は誰だ?」

 

「俺、ユウジって言うんだ。実はね……」

 

E組の女子達がこのエリアを下見する時に、渚も女装させられて下見に参加していた。その際にユウジが渚に声をかけてきた。そして紆余曲折を経て2人は仲良くなり、渚はユウジにカルマとガッシュペアの特徴を伝えた上で、彼等が楽にこのエリアを通れるように手引きする事をお願いしてくれたのだ。

 

「ウヌ?渚はおと……」

 

「ガッシュ君、ストップ(……そういう事ね)」

 

ユウジは渚を女の子だと思い込んでいる。しかし、それが功を奏して彼も協力してくれる事になった。ガッシュが本当の事を言いそうになったが、カルマがそれを止める。

 

「いや~、渚ちゃん可愛かったな」

 

「……そうだな」

 

渚が男だと知っている清麿は、ユウジに哀れみの視線を送りながら話を合わる。

 

「うん!あの娘のお陰で俺、麻薬を辞めようと思えたんだ」

 

「(麻薬って……まあ、これから辞めるなら何も言うまい)……それは良かったな」

 

ユウジは親の権力や財産を使って無理に格好つけていたのだが、渚の女装はそんなユウジが変わるきっかけとなった。それが分かった清麿は、ユウジに対して先程のような哀れみの視線は送らないようにする。

 

「あと、君かなり体調悪そうだけど、大丈夫なの?」

 

「ああ、問題ない……心配かけて悪いな」

 

ユウジは清麿の体調が心配だった。誰の目から見ても清麿は顔色が悪く、尋常ではない程の汗をかいている。しかし清麿達はここで立ち止まる訳にはいかない。

 

「いや、渚ちゃんの友達なんだから心配になるよ……じゃあ、ここからは俺に任せて!あの警備員を何とかすれば良いんだよね?」

 

「……頼んだぞ!」

 

ユウジはそう言うと、警備員の方へ向かい、何か話しかけた。そして警備員はユウジのみに注意が行き、ガッシュペアとカルマは容易に扉の先に進めた。これは渚がユウジを変えるきっかけを作ってくれたから起きた事である。無意識にここでもE組は助け合いを行えていた。

 

 

 

 

 扉の先にも階段が続いており、3人は進む。

 

「あのユウジと言う者には、お礼を言わなくてはならないのだ」

 

「……そうだな、アイツのお陰で楽にここを突破出来た」

 

ガッシュペアはユウジに感謝の気持ちを持つ。彼のお陰でスムーズに6階を抜け出せたのだから。しかし彼等の感謝の気持ちなど気にも留めず、カルマは意地の悪そうな笑みを浮かべる。

 

「おい……赤羽、どうしたんだ?」

 

「……いやあ、この写真見てよ。律が撮ってくれてたんだ」

 

カルマは渚の女装姿の写真をガッシュペアに見せびらかす。その時の渚はかなり恥ずかしそうにしている。知らない人が見れば、本当の女子にしか思えないだろう。

 

「渚、大変だったな……」

 

「……確かにこうして見ると、渚が女の子に見えるような気がするのだ」

 

「さて、これで渚君を弄る楽しみがまた増えたよ」

 

カルマの頭は渚をどうやって弄るかでいっぱいになりつつある。これにはガッシュペアも、内心渚に同情する。

 

「渚さんの恰好が余りにも似合っていた為、僭越ながら撮影させていただきました!」

 

「ナイスだよ、律」

 

「……ったく」

 

カルマが意地の悪い表情を浮かべる。また律の悪気の無い笑顔に、清麿は何とも言えない気持ちになった。そんな緊張間の欠片の無い会話をしながら、彼等は最上階を目指す。

 

 

 

 

 その頃他のE組一同は最後の殺し屋“ガストロ”を銃撃戦の末に戦闘不能にし、ついに鷹岡と屋上のヘリポートで対面していた。

 

「計画ではな、茅野って言ったっけ?そいつを使う予定だった。部屋のバスタブには対先生弾がたっぷり入っている。そこに賞金首を抱いてもらい、セメントで生き埋めにする。対先生弾に触れずに元に戻るには、生徒ごと爆裂しなきゃいけない。だが、生徒思いの先生はそんな事出来ないから、大人しく溶かされてくれると思ったのだが」

 

鷹岡の口から明かされる非人道的な計画。まさに悪魔の所業である。それを聞いたE組一同の顔は青ざめた。

 

「だがお前等は全員で乗り込んできた。だからお前等の中の1人だけ残して皆殺しにする計画にシフトチェンジしたが、殺し屋共は全滅。それでも俺には治療薬があるし、茅野を生き埋めにする計画も使える。お前等の命は俺の手の平の上さ」

 

「……許されると思いますか?そんな真似が」

 

鷹岡の正気の沙汰では無い言動に、殺せんせーが怒りを見せる。それでも鷹岡は、自分が正しいと思い込んでいた。

 

「これでも人道的な方さ。お前等が俺にした非人道的な仕打ちに比べればな!」

 

渚に負けてE組を追い出された鷹岡の上からの評価は大きく下がった。それから鷹岡は、防衛省からの屈辱の目と渚に負かされた時のナイフが頭から離れ無くなり、日々苛まれていたのだ。

 

「落とした評価は結果で返す。受けた屈辱はそれ以上の屈辱で返す。特に潮田渚、俺の未来を汚したお前は絶対に許さん‼」

 

鷹岡は渚を指差す。それは完全な逆恨みでしかなく、他の生徒達からは侮蔑の目を向けられた。

 

「そしてお前等が無様な目に合う光景を見た高嶺清麿ともう1人のチビは、自分の無力さに苛まれるだろうなぁ。そんなあいつ等は、俺が自ら殺す」

 

鷹岡は渚を倒した様子をガッシュペアに見せようともしている。絶望に打ちひしがれる彼等を自分の手で殺す算段だ。

 

「さあ、潮田渚!このヘリポートまで登ってこい‼」

 

「……はい」

 

鷹岡は渚との決着の場を屋上から少し離れたヘリポートに選んだ。茅野を初め多くの生徒達が渚を止めようとするが、治療薬の爆破を防ぐために渚はヘリポートに行く決断をする。渚がヘリポートに登った後、鷹岡はヘリポートに掛かるハシゴを屋上から落とした。これで誰も援護には来れない。そこには2本のナイフが置いてあった。

 

「ナイフを使ったリターンマッチだ。だがその前に謝罪しろ、土下座だ。実力が無いから卑怯な手で奇襲した、それについて誠心誠意な」

 

理不尽ここに極まれり。鷹岡の主張は支離滅裂だ。しかし治療薬の為には言いなりになるしか無い。そう思って渚が膝を付こうとしたその時、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆‼俺達には治療薬は必要ない‼だからもう、鷹岡の言いなりにはならなくて良いんだ‼」

 

ついに屋上にガッシュペアとカルマが辿り着いた。しかし清麿の言う事にE組一同は戸惑う。

 

「あァ⁉テメェ何言って……」

 

「こいつを聞いて欲しい。律、準備できるか?」

 

「はい!」

 

清麿は鷹岡の言葉を遮り、律が録音したスモッグの話を流す。話の内容はウイルスについてだ。生徒達に盛られた物は食中毒菌を改良したもので、残り3時間もすれば菌は無毒になるとの事だった。

 

「高嶺君、それは本当なのか⁉それより、君まで感染してたとは……」

 

「俺の事は心配いりません……それに毒物の事はスモッグと言う殺し屋から直接聞いたし、あの場面で奴が嘘を付くメリットも無い」

 

烏間先生が形相を変えて問いただすが、清麿は冷静に答えた。清麿の話を聞いたE組一同の目には希望が宿る。そんな清麿はカルマの肩に支えられながら、ガッシュと共にヘリポートに近付いた。

 

「……おい高嶺。その話、マジなんだよな?」

 

吉田に肩を借りながら、寺坂が念を押してきた。彼もまた感染者の1人だが発症が遅く、ホテルに乗り込んでしばらくするまで感染に気付かなかった。さらにクラスの足を引っ張りたくないと、発症後も無理をしていたのだ。

 

「そうだ……というか、烏間先生だけでなく寺坂まで感染してたとは。大丈夫なのか?」

 

「バカが、お互い様だろーが」

 

寺坂が自分が感染しててもなお人の事を心配した清麿に対して、呆れの表情を見せる。

 

「なんだと……ふざけんじゃねーぞ……」

 

鷹岡の体が震える。彼の目論見が全て崩れた瞬間だ。そんな鷹岡に対して、清麿・カルマ・寺坂がさらに追い打ちをかける。

 

「……諦めろ鷹岡、お前はもう何の価値も無いただのクズだ‼」

 

「大人しく投降したら?“許して下さい”って」

 

「……土下座してくれたら、考えてやっても良いぜぇ?」

 

カルマはいつもの事だが、発熱している清麿や寺坂でさえも鷹岡を煽る。そんな彼等の言動に対して、鷹岡の怒りは頂点に達した。

 

「ふざけんなァ‼もういい、テメー等はここで全員ぶっ殺してやる‼」

 

「そんな事はさせないのだ‼」

 

鷹岡は懐から銃を取り出し、清麿達の方に銃口を向ける。清麿は【答えを出す者】(アンサートーカー)で銃を鷹岡が隠し持っている事を見抜いて、鷹岡にそれを出させて、渚に向けない為に挑発した。銃を見たガッシュがすぐにマントで防ごうとしたが、鷹岡には2発の銃弾が放たれる。それは鷹岡の持つ銃を弾き飛ばした。

 

「ぐっ、バカな……」

 

鷹岡は一瞬、何が起こったのか理解出来なかった。

 

「アンタ達、煽りすぎ」

 

「全く、見ててヒヤヒヤしたぞ」

 

本物の拳銃を持った速水と千葉が清麿達の前に出た。今の2人の表情は、殺せんせー暗殺直後に見せていた萎縮なそれとはまるで異なっている。

 

「何だお前等、随分吹っ切れた顔をしているじゃないか……」

 

「まあ、殺し屋との戦いで成果を上げられたからな。それに俺達には皆がいる」

 

「別に、落ち込んでなんかないし……」

 

千葉と速水の自信にあふれた顔を見て、清麿は安心した。彼等は殺せんせー暗殺失敗の事を特に気にしており、自分の苦悩を表に出さない性格だ。しかしガストロとの戦いで彼等には仲間がおり、プレッシャーを1人で感じる必要は無いと殺せんせーが教えてくれた結果、2人の銃撃は見事にガストロを戦闘不能にした。その経験を以って彼等は自信を取り戻した。

 

「速水、誰も落ち込んでいるとは言ってなかったと思うぞ」

 

「……うるさい、バカ」

 

「2人が元気になって良かったのだ!」

 

速水の言葉に千葉が突っ込む。確かに誰も速水が落ち込んでいるとは言ってなかった、彼女自身を除いて。速水は素直ではない一面があり、そのような弱みを見せたくなかった。しかしうっかりと自分の気持ちが口に出てしまい、顔を赤くする。そんな2人を見て、ガッシュも嬉しそうにした。

 

「おいお前等、調子に乗ってんじゃ……」

 

鷹岡は自分を無視して話を進める清麿達に物申そうとするが、後ろから感じた殺気に恐れをなす。

 

「鷹岡先生、油断しすぎじゃないですか?僕が後ろにいるのに」

 

渚はナイフを構えながら強烈な殺気を放つ。それも、精鋭軍人を怯ませる程に。それを見た寺坂が口元をニヤケさせながら、渚にスタンガンを投げ渡した。

 

「おい渚!いくらテメーでも、精鋭軍人相手にナイフ1本じゃ心許ないだろ。コイツでも使っとけ。せいぜい殺さねー程度に痛めつけてやれや」

 

「ありがとう、寺坂君!」

 

渚はそれを難なくキャッチし、寺坂に礼を言った。

 

「待て君達、治療薬が必要ない以上渚君1人に戦わせる理由は……」

 

「……烏間先生、あんな奴は渚1人で十分です。ガッシュが電撃を浴びせる必要すらない」

 

「そうだね、渚君何か隠してるっぽいし」

 

「何だカルマ、サボってばっかのくせにそういうのはちゃんと把握してんだな……まあ、見てれば分かるぜ」

 

もう渚1人が鷹岡に挑む理由は無いので烏間先生が止めさせようとしたが、清麿・カルマ・寺坂は渚の勝利を確信していた。

 

「清麿、本当に渚1人で大丈夫なのか?私は心配だぞ!」

 

「ガッシュ君の言う通りだよ!渚1人じゃ……」

 

「いや、心配はいらん。渚の顔を見てみな」

 

「おや、渚君が笑ってますねぇ。なるほど、確かにこれなら大丈夫そうだ。ヌルフフフ」

 

ガッシュや茅野を初め、多くの生徒達は渚が心配だったが、それでも清麿の意志は揺るがない。渚は顔に笑みを浮かべて鷹岡に対峙する。そんな彼の表情を見て、殺せんせーもまた、渚の勝利を確信した。

 

「おい、お前舐めてんのか?何だその笑みは?何故俺に恐怖しない⁉」

 

「皆が見てくれてるから、安心できるんです。鷹岡先生には一生分からないと思いますけど」

 

渚はそのまま笑いながら鷹岡の方に近付く。そして渚は何とナイフを捨てた。捨てられたナイフに意識がいった鷹岡に対して、渚は猫だましを喰らわせる。不意を突かれた時のそれの威力は絶大で、のけぞり返った鷹岡にスタンガンの電撃を浴びせて、鷹岡を跪かせた。

 

「や、やめろ……」

 

「鷹岡先生、ありがとうございました」

 

必死の懇願にも聞く耳を持たず、渚はそのまま鷹岡の首に電流を流す。鷹岡の意識はそこで途絶えた。これがロヴロから渚に伝授された必殺技だった。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。離島編はもう少し続きます。


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LEVEL.34 休息の時間

 今回は何と、ガッシュサイドのあのキャラが離島に遊びに来てます。


 渚が鷹岡を倒した少し後に、E組一同は殺し屋3人及び玄宗と屋上にて対峙する。しかし彼等には戦う意志はなく、改めて今回使われた毒物についての説明がなされた。彼等はカタギの中学生を大量に殺した実行犯になるのを避けるために、命に別状のない毒物を使用したのだ。そしてスモッグは患者に飲ませるための栄養剤を渡してくれた。

 

「俺は殺しには興味ねーからコイツ等の好きにさせたんだが、お互いの命を懸けた戦いってのも悪くねーかもな!」

 

元から今回の一件にそれほど興味はなく、ただ強い者との戦いを求めていた玄宗だが、彼は今回の経験を経て命を懸ける事のスリルの味を占めた様子だ。

 

「まあ何だ、ガキ共!本気で殺して欲しかったら偉くなれ‼」

 

ガストロが生徒達を激励した後、殺し屋達と玄宗は防衛省のヘリコプターに乗って去って行った。彼等はしばらく拘束される。そしてホテルに潜入したE組一同は宿泊用のホテルに戻り、患者達に大丈夫な事を伝えて、それぞれが泥のように眠った。

 

 

 

 

 次の日の朝、清麿は目覚めた。彼はガッシュと同じ部屋なのだが、ガッシュは見当たらない。

 

「ガッシュの奴、どこに行ったんだ?」

 

ひとまず清麿はジャージに着替えた後に朝の支度を終わらせて、朝食のバイキングに向かう。そしてそこには、ブリの料理ばかり食べているガッシュがいた。

 

「ほほ!ひひょはほ、ほひはは⁉(おお!清麿、起きたか⁉)」

 

「こらガッシュ!口に物を入れて喋るんじゃない!……ったく」

 

ガッシュの口には大量の食べ物が入っており、何を言っているのかは聞き取れない。そんなガッシュを叱りつけた清麿が、彼の前の席に座る。

 

「ウヌ、ここのご飯は美味しいのだ!お腹が空いて目が覚めたのだが、皆寝てたからの。食べ物の匂いに釣られてここまで来たら、烏間先生がここで朝ご飯を食べて良いと言ってくれたのだ!」

 

「烏間先生も起きてたのか」

 

「私よりも早起きだったのだ!何だか忙しそうだったの……」

 

「あれだけの戦いの後に早起きして、しかも仕事って……あの人は凄いな」

 

烏間先生は感染していたにも関わらずE組の誰よりも早起きして、今現在も仕事中である。烏間先生の底知れぬスタミナに清麿は凄いと思う反面、呆れる気持ちもあった。そんな時、ビッチ先生が彼等の近くを通りかかる。

 

「いや、今起きてるアンタ等も大概でしょ。他のガキ共は皆寝てるわよ?」

 

「ビッチ先生、おはようなのだ!」

 

「おはよう、先生も起きてたのか?」

 

確かに烏間先生の体力は人間離れしていると言えるが、感染していたのにも関わらず朝から動けているのは清麿も同じだ。そしてガッシュにいたっては昨日の疲れがほぼ残っていない。ビッチ先生の言う通り、ガッシュペアの体力もかなりの物だ。

 

「ま、私はただ普通にしてただけだからね。アンタ等程疲れちゃないわよ」

 

ビッチ先生は平気そうな顔でそう言うが、長時間複数の敵を惹きつける事は容易には出来ない。それを平然とやってのけて、かつ次の日に疲労が残っていない彼女もまた一流の仕事人である。

 

「で、アンタ達は今日どうするの?寝てる連中を起こすわけにはいかないでしょ」

 

「そうだな。朝食後はまず、烏間先生に挨拶に行こうと思う。それで何か手伝える事があれば手伝うし、無ければ術の特訓でもしようと考えてた」

 

「烏間先生、忙しそうだったからの」

 

「ちょっと真面目過ぎない?もっと楽しんでも良いと思うけどね。どうせ他のガキ共は皆寝てるんだし」

 

ビッチ先生は呆れた表情でガッシュペアを見て、その後ため息をついた。

 

「まあ好きにすると良いわ。さて、私はこの島の観光でもしてようかしらね。折角の離島なんだからアンタ達も少しは羽を伸ばしなさい、休息は大事よ」

 

そう言い残してビッチ先生は外に出て行く。こんな時まで暗殺や特訓の事を考えているガッシュペアに対しての、彼女なりの最大限の気遣いだ。

 

「……確かにビッチ先生の言う通りかもしれんな」

 

「まずは朝ご飯を食べようぞ!」

 

「相変わらずよく食うな(……そういやガッシュもウェルカムドリンク飲んでたんだよな。なのに発症しなかったのは、ガッシュが魔物で体が丈夫だからか?)」

 

清麿はそんな事を考えながら朝食を済ませる。ここでも魔物の丈夫さが発揮されていた。

 

 

 

 

 朝食を食べ終わったガッシュペアは、烏間先生が浜辺で何やら防衛省の人達に指揮していた様子を見かけた。

 

「烏間先生、おはようございます」

 

「おはよう、高嶺君も起きてたとは。体は大丈夫なのか?」

 

「はい、今は何とも」

 

烏間先生は清麿の事を心配してくれた。そして清麿は烏間先生達の仕事の様子が気になったが、その答えが頭に浮かんだ。

 

「(この感覚、今でも【答えを出す者】(アンサートーカー)が使えている!)……あの中に殺せんせーを閉じ込めるんですね」

 

「ああ、その通りだ」

 

「これで成功すれば良いがの……」

 

「例え殺せなくても、君達がここまで奴を追い込んでくれたんだ。我々大人が何もしない訳にはいかない」

 

この方法では恐らく成功しない。烏間先生は薄々そう感じていた。そして清麿もまた【答えを出す者】(アンサートーカー)でこの方法が失敗する答えを導き出したが、言い出せずにいた。それどころか今の殺せんせー相手にダメージを与える方法は、【答えを出す者】(アンサートーカー)をもってしても分からない。

 

「烏間先生、私達にも何か手伝える事はあるかの?」

 

「いや、今回は我々に任せてくれ。恐らく他の生徒達も夕方くらいまで目を覚まさない。それまでは君達も自由時間だ、休息には丁度良かろう……いや、君達の場合は特訓でもするつもりか?」

 

烏間先生はガッシュペアに対して自由に過ごすよう言ってくれた。しかし、彼等が特訓をしようとしていた事はお見通しだ。

 

「ウヌ、どうして分かったのだ?」

 

「今の君達の目はやる気に満ち溢れているからな。昨日の疲れもあるだろうから、特訓の方は程々にな」

 

「……分かりました」

 

「行ってくるのだ‼」

 

こうしてガッシュペアは烏間先生と別れた後に特訓が出来る場所を目指し、彼等の特訓は昼頃まで行われた。ちなみに今回のホテルでの戦いを経て、清麿は特訓中でも【答えを出す者】(アンサートーカー)を自由に使えるようになっていた。

 

 

 

 

 昼食時、離島のとあるレストランの近くを2人組の少女が訪れていた。

 

「私、お腹空いちゃった。ここでお昼にしない?」

 

「……分かったわ。ここで食べましょうか、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ティオ」

 

何と離島にはティオペアも来ていた。そして彼女達は店に入り、空いた席に着く。

 

「今まで特訓続きだったから、こういうのも楽しいね!恵」

 

「そうね。デュフォーさんがたまには休むよう言ってくれたから思い切って遠くに来ちゃったけど、綺麗な所で良かった」

 

ティオペアは特訓に励んでいた最中に、デュフォーに休息をとるよう言われてこの離島に遊びに来たのだ。恵はアイドルの仕事でお金を稼いでいた為、遠くに出かけられる分の旅費は持ち合わせている。

 

「そう言えばガッシュ達も、学校で出かけているって言ってたわね」

 

「ふふ、実は同じ所に来てたりして……」

 

「まさかぁ!」

 

彼女達はそんな他愛の無い会話をする。その後、2人組の少年が店に入ってきた。

 

「清麿、ここにブリの料理はあるかの?」

 

「さあ、どうだろうな?」

 

相変わらずブリを食べたがっているガッシュと共にどの席に座ろうか考えていた清麿だが、そこに見知った2人組の少女が座っているのを彼等は見かけた。

 

「おおっ、ティオ達ではないか‼」

 

「え、嘘⁉ガッシュ達なの?」

 

「恵さん達まで来てたなんて!」

 

「あら、偶然ね!」

 

まさかの出会いにガッシュペアとティオは驚きを隠せなかったが、事前に予測していた恵だけは平常心だ。そして4人は相席することになる。

 

「何だかティオと恵には、久し振りに会った気がするのだ!」

 

「久し振りって、この前一緒に特訓したばっかりじゃない」

 

夏休みに入ってからもガッシュペアとティオペアはデュフォー指導の下、共に特訓を行う日はあった。しかし昨日の離島での1日が非常に濃い物となり、ティオペアとの特訓が昔に感じてしまったガッシュだ。

 

「まさか、こんな所で会えるとは思わなかったよ」

 

「そうね、特訓以外でこうやって皆と話せるのはいつ以来かしら……」

 

確かにガッシュペアとティオペアは、特訓の為に顔を合わせる機会は多い。しかし、それ以外で会う事は激減した。クリア打倒及び殺せんせーの暗殺の為、ガッシュペアはかなり多忙な日々を送っている。ティオペアもまた、日々の生活に余裕が無くなりつつある。

 

「こうやって清麿君達と話してると、やっぱり落ち着くわね」

 

恵は戦いが始まる以前から、アイドルとして忙しい毎日を過ごしていた。ガッシュペアや他の仲間たちとの談笑は、そんな彼女がリラックス出来る数少ない機会である。

 

「仕方ない事とは言え、最近は戦いの事ばっかり考えてるからやっぱり疲れちゃう。でも、弱音を吐いてはいられない。恵、ガッシュ、清麿。絶対クリアに勝つわよ!」

 

「分かっているわ」

 

「ウヌ、その通りなのだ!」

 

「当然だ!」

 

クリアノート打倒の使命の重圧はかなり大きい。しかし魔界の滅亡を防ぐためにも、彼等はそれを乗り越えなくてはならない。そして打倒クリアの決意表明を終えた時、恵が別の話題を話し始めた。

 

「そうだ……私ね、少しの間実家に帰る事になったの。それで2人とも、その期間はティオの事を頼めるかしら?ちょっとバタバタしそうだから、ティオは残った方が良いと思って……」

 

恵は家の用事で帰省する事になっていた。その間ティオを清麿宅に泊めて欲しいとのお願いだ。

 

「そうだったのか。お袋に聞いてみるよ!」

 

ティオは前にも一度、恵が仕事で一緒にいられない時に清麿宅に泊まった時がある。これまで清麿宅には多くの戦いの関係者が出入りしていたが、華は詮索をせずに快く皆を受け入れてくれた。

 

 

 

 

 そして昼食を終えた一行は、離島の服屋を訪れた。そこにはいかにも夏っぽい服が多く売られている。そんな服達を恵が試着する。

 

「清麿君、この服はどうかな?」

 

初めに着たのは白のワンピースだ。肩が半分くらい見えておりスカートも膝が露出する程度には短めだったが、清楚な雰囲気が出ていた。

 

「うん。とても似合ってるよ、恵さん!」

 

「そう?良かった」

 

清麿に褒められて嬉しそうな表情を浮かべて顔を赤くした恵が、次の服の試着を始める。そんな2人の様子は、側から見ればデートに来たカップルにしか見えない。

 

 

 

 

 その頃ガッシュとティオは別のエリアにいた。そこには帽子やサングラスなどが置いてある。

 

「じゃーん、どうガッシュ。この変装用の眼鏡良いでしょ⁉」

 

「おおっ、恵とお揃いではないか!」

 

恵は変装用に伊達メガネを身に付けて外に出る事が多い。そんな恵を見て、ティオも伊達メガネを付けたがっていた。そしてたまたま同じ物を彼女は見つけたのだ。

 

「ウヌ、ならば私はこれでどうかの?」

 

「きゃはは、何それ~」

 

ガッシュはティオの伊達メガネに対抗してサングラスを試着した。しかしガッシュとサングラスはミスマッチであり、ティオに笑われる。

 

「ヌオオオ、笑うでない……」

 

「だって、全然似合ってないんだもん!」

 

ガッシュもティオも、魔物である以前にまだまだ子供だ。戦いのとき以外は、こうして遊んでいる時がとても好きなのだ。このような時間のみ、戦いの重圧を忘れられる。時には休息を挟んでいかなければ、彼等の精神力はすぐに擦り減ってしまうだろう。そしてはしゃいでいる2人の元に、清麿と恵が向かってきた。

 

「ガッシュ、ティオ。そろそろ他の所へ行こう!」

 

「ウヌ、分かったのだ!」

 

「ねぇ恵、この眼鏡買ってよ~」

 

「もう、仕方無いわね……」

 

ティオは先程の伊達メガネを恵に買ってもらえる事になった。そして恵も、先程の白のワンピースを購入した。

 

 

 

 

 一行は離島での観光を楽しんだ後、浜辺で海を眺めていた。海は鮮やかなコバルトブルーで、見る者を魅了するのには十分な美しさだ。

 

「やっぱりここの海は綺麗なのだ!今から泳ごうぞ!」

 

「泳ぐってもな、今は水着を持って無いぞ」

 

「私も持って無いわよ、ガッシュ」

 

「部屋に置いて来ちゃったからね」

 

ガッシュが海で泳ぎたがっていたが、残念ながら4人とも水着を持ち合わせていない。

 

「ならば、裸で泳げば良いではないか!」

 

ガッシュは皆の前で裸になる恥ずかしさが分かっていない。それを聞いたティオの顔はみるみる赤くなる。

 

「裸って、アンタ何言ってんのよ‼」

 

「ヌオオオオォ、やめるのだー‼」

 

ティオは怒りの形相で思いっきりガッシュの首を絞める。その際にガッシュの首が伸びてしまった。ガッシュは苦しそうで、今にも目が飛び出そうだ。

 

「ティオ、落ち着きなさい……」

 

「やれやれ……」

 

そんな光景を恵と清麿は呆れながら眺める。そしてガッシュは解放されたが、しばらくは首が伸びたままだった。

 

「今日は清麿君達に会えて良かったわ。とても楽しかった!」

 

「俺達もだよ、恵さん。またこうやって、皆で出掛けたいな」

 

彼等にとって今日の観光は、とても良い思い出となった。この日常がいつまでも続けば良いと4人は考える。

 

「必ずクリアを倒して、皆で出掛けようぞ!そしてウマゴンやキャンチョメ達ともまた遊びたいのだ‼」

 

「私もそうしたい!その為にも戦いを皆で勝ち残らなくっちゃ!」

 

今日のような日をまた過ごせるように、2人がクリアに勝つことを改めて宣言した。

 

「ああ、向こうに戻ったらまた特訓の日々だ!」

 

「帰省中でもやれる事はある。私も頑張るわ!」

 

清麿と恵もまた気合を入れ直す。そんな4人を見ている人影がある事に、彼等は気付いてなかった。

 

 

 

 

「高嶺君とガッシュ君だ。一緒にいる女の人達は……」

 

「うっ!あの人、中々の巨乳」

 

「はは、確かに。でも、どっかで見た事あるような」

 

「あと、あの赤い髪の女の子は魔物だったりして……」

 

 その人影達は渚・茅野・カルマだ。彼等も残りの生徒達が目を覚ますまでの間、離島の観光をしていた。そして偶然にも、清麿達が浜辺にいる所を目撃したのだ。

 

「……と言うか、隠れる必要あるのかな?」

 

「いや、高嶺君とガッシュ君のダブルデートだからね。もう少し様子を見てたいかな」

 

「相変わらずだね……」

 

カルマはガッシュペアの決定的瞬間を撮影し、彼等をイジろうとしていた。そんな彼を渚は呆れ混じりの視線を向ける。

 

「あ、思い出した!あの女の人って、アイドルの“大海恵”だ!」

 

茅野が気付く。恵は国民的アイドル故に、正体がバレないように伊達メガネをかけて行動している。しかし彼女はそれでも正体を見破った。

 

 

 

 

 その頃、相変わらず清麿達は海を眺めながら雑談をする。しかし、ガッシュの嗅覚が茂みに隠れている3人に気付いた。

 

「ウヌ、あの植物に隠れている者がおるのだ!」

 

「何だって⁉」

 

ガッシュに気付かれてしまったので、渚達は苦笑いをしながらも素直に出てきた。

 

「……ガッシュ達の知り合いかしら?」

 

「清麿君と同じジャージ着てるし、そうだと思う」

 

「2人共、その通りだ。コイツ等は俺のクラスメイトだよ」

 

清麿は渚達に呆れ混じりの視線を送りながら、ティオペアに彼等を紹介した。

 

「と言うか、お前等何してんだ……」

 

「高嶺君がアイドルとデートしてるんだから、ついね」

 

「デートって……」

 

カルマが意地の悪い笑みを清麿に向けるが、清麿は顔を赤くしながら目を逸らす。それを聞いた恵の顔も、少し赤くなっていた。

 

「お前等、恵さん達だって困ってるだろうに……」

 

清麿にとってはやや気まずい状況になったが、それを断ち切るように恵が口を開く。

 

「まあまあ、清麿君。皆も悪気がある訳じゃなさそうだし……」

 

「恵さんがそう言うなら……」

 

カルマ達に物申したかった清麿だったが、恵になだめられた。そして改めて渚達とティオペアはそれぞれ挨拶を交わした。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。ガッシュペアとティオペアのダブルデート回でした。離島編は次回で終了となります。


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LEVEL.35 下世話の時間

 離島編は今回で最後になります。


 ガッシュペアがアイドルと面識があった事に渚達は驚きを隠せない。しかし、そんな中でもカルマが堂々と口を開いた。

 

「ねぇガッシュ君。ティオちゃんとはどんな関係なの?」

 

「おい赤羽、そういう事は……」

 

「⁉」

 

このような発言を容赦なくできるカルマは流石だ。そんな彼の質問に対して清麿がたしなめようとする。しかしそれを聞いたティオが顔を赤くして、自分の頬に手の平を当てる。

 

「え、ガッシュと私は……やだ、そういうんじゃなくて……えっと……」

 

(((この子、分かりやす‼)))

 

ティオはかなり恥ずかしそうにする。ガッシュへの好意を全く隠せていない。そんなティオを彼等は暖かい目で見守る、ただ一人を除いて。

 

「ウヌ!ティオは私の……大切な()()なのだ‼」

 

(((あ……)))

 

ガッシュはハッキリと言い切った。彼は恋愛感情を全く持ち合わせていなかった。ガッシュの答えは決して間違いではないのだが、ティオの受けたダメージは大きく、清麿達はティオに哀れみの視線を送る。

 

ムキーーーー‼

 

「ヌオオオオォ‼ティオ、やめるのだー‼」

 

ティオは涙を流しながら、怒りを露わにしてガッシュの首を思い切り締める。ガッシュの首は再び伸びており、今にも目が飛び出そうになる。

 

「こらティオ、手を放しなさい!」

 

恵がティオをたしなめる様子を、清麿達は何とも言えない表情で見ていた。ティオの気持ちにガッシュは一切気付いていない。

 

((ティオちゃん、頑張れ……))

 

渚・茅野が心の中でティオにエールを送る。彼女の恋路は先が思いやられる。そんな時、カルマが清麿に話しかけた。

 

「ティオちゃんて、可愛い見た目しながら怒ると怖いんだね」

 

「ああ、くれぐれもティオを刺激する発言は控えるように」

 

ティオはかなり短気な一面がある。ガッシュの無自覚な言動は、これまで何度もティオの逆鱗に触れた。それを見て来た清麿はカルマに忠告をする。

 

(ティオちゃんと高嶺君、どっちが怖いかな?)

 

「何か言ったか、赤羽?」

 

「いや、何でも」

 

カルマの小声にも清麿が気付きかけていた。清麿とティオ、両者共に怒ると大変な事になるが、果たしてどちらの方が怖いのやら。

 

 

 

 

 少しして一行は、清麿・恵・カルマと、ガッシュ・ティオ・渚・茅野の4人に分かれて喋っていた。

 

「しかし、高嶺君達がアイドルの大海恵さんと交流があったなんてビックリだよ」

 

「カルマ君、“恵”で大丈夫よ。清麿君達とは色々あって仲良くしてるのよ」

 

「なるほどね~(まあ、十中八九魔物絡みだろうね。となると、やっぱりティオちゃんは魔物か)」

 

カルマはすぐに恵が魔界の王を決める戦いにティオと共に参加している事を見抜く。

 

「清麿君達ってクラスで夏休みに南の島に来るなんて、クラスの仲はかなり良いみたいね」

 

恵はE組の人間関係に興味がある様だ。しかし彼女は暗殺の事を知らない為、清麿とカルマは迂闊な事を話せない。

 

「そうだな、クラス間の仲は良い方だと思う。ガッシュもE組の皆に良くして貰ってるし」

 

「結構楽しく過ごしてるよね~」

 

「そうなんだ。清麿君からたまにクラスでの出来事を聞いてるけど、楽しそうよね」

 

清麿とカルマは絶妙に暗殺の事がバレないように、恵に対してE組の事を話す。クラスでの話題は彼女も興味津々だ。少しして、カルマは清麿の方を向く。

 

「高嶺君の人間関係どうなってんの?マジで……」

 

「一言でいえば、ガッシュのお陰だ」

 

ガッシュペアは魔物の戦いを経て、多くの人脈を築いてきた。そんなきっかけを作ってくれたのもガッシュであり、清麿はガッシュにはとても感謝している。彼等の広すぎる人脈にカルマは驚きを隠せない。

 

(で、高嶺君は大海さんとはどこまで行ったの?)

 

(バカ、恵さんとはそう言うのじゃない……)

 

(へぇ、ホントかなぁ?)

 

カルマは小声で清麿と恵の関係性を耳打ちで聞こうとする。しかし清麿はハッキリとは答えず、小声でぼかす。

 

 

 

 

 一方でガッシュ達の会話では、茅野が恵のスタイル見て悔しがる。彼女のアンチ巨乳は健在だ。そんな茅野を見て、渚は苦笑いする。

 

「う~!大海さんてアイドルだけあって、かなり巨乳だよ~。はあぁ……」

 

「はは……(茅野は相変わらずだね)」

 

茅野は胸に大きなコンプレックスを持っている。そんな茅野の様子を見かねたティオが口を開いた。

 

「えっとカエデさん、少し落ち着こう?恵は国民的アイドルなんだから……」

 

「はっ、ごめんねティオちゃん。つい……」

 

ティオの言葉を聞いた茅野が落ち着きを取り戻す。そして、

 

「あと、私を呼ぶ時は“カエデ”で良いよ、ティオちゃん。これからもよろしくね!」

 

「分かった!よろしく、カエデ‼」

 

ティオと茅野が友達になった瞬間だ。茅野は誰とでも親しくなれる性格であり、ここでもすぐにティオと仲良くなれた。

 

「それから、渚さん……」

 

「僕の事も“渚”で良いよ、ティオちゃん!」

 

「うん!よろしく、渚‼」

 

「おおっ、ティオが2人と友達になったのだ‼」

 

茅野だけでなく、無事に渚ともティオは友達になれた。渚もまた、親しみやすい性格だ。2人とティオが友達になった事を、ガッシュが自分の事のように喜ぶ。そして茅野とガッシュが喋り始めた時、ティオの頭には疑問符が浮かんでいた。

 

「あれ?渚って今、自分の事を“僕”って……」

 

「どうしたの、ティオちゃん?」

 

渚は内心嫌な予感がした。

 

「だって渚って女の……あっ!」

 

「……僕は男だよ」

 

渚の予感は的中した。ティオは渚を女の子だと思い込んでいたのだが、間違いに気付いてバツの悪そうな顔を見せる。

 

「ごめんなさい!」

 

「気にしなくて良いよ、よくある事だから……」

 

そう言いながらも渚は涙を流す。そして渚が泣き止んだ後も、2人は雑談を続けた。

 

「でも、ティオちゃんの保護者が大海恵さんだなんて……」

 

「私、恵達に会えなかったらどうなってたか分からないわ」

 

ティオは恵との出会いを思い出す。マルスに裏切られて心を閉ざしていたティオは、恵やガッシュペアに会って前を向くことが出来たのだ。1人で人間界にいた時の事が頭に浮かび、ティオの顔が少し暗くなる。

 

「詳しい事は分からないけど、大変だったんだね。ティオちゃん、本当にお疲れ様」

 

「渚……ありがとう」

 

ティオが自分の過去を話すまでもなく、渚は彼女の苦労を察した上で労いの言葉をかける。それがティオには嬉しかった。

 

 

 

 

 こうして渚達はティオペアと交流を深めた後、それぞれの宿舎に戻るために別れた。そんな中、カルマは複雑な心境で渚の方を見る。そんなカルマの様子にガッシュが気付いた。

 

「カルマ、渚がどうかしたかの?」

 

「いや、何でもないよ(昨日の渚君は衝撃的だったな)」

 

「……そうであるか」

 

カルマは昨日の渚の猫だましを鮮明に覚えていた。ただし、カルマが渚をすごいと思っているのはその後だ。鷹岡相手に勝利を収めたのにも関わらず、渚は何事も無いかのように皆の輪に溶け込んだ。その事が、カルマにとっては衝撃的だった。

 

 

 

 

 そして一行が宿舎周辺の浜辺に戻ると、他の生徒達も目を覚まして集まっていた。熱を出していた生徒達の体調も完治している。浜辺では烏間先生指導の下、防衛省の人達がコンクリートで殺せんせーを閉じ込めようとする。

 

「あ、お前等も戻ってきたか」

 

「チクショー!今日は寝てばっかで、結局南の島でちゃんねーのナンパ出来なかったぜ!」

 

清麿達の方に岡島と前原が駆け寄る。

 

「皆、元気そうで良かった」

 

「それ、お前は人の事言えないんじゃないのか?」

 

熱が下がって元気になったクラスメイトを見て清麿は心底安心する。そんな彼に対して、前原を始めそこにいる生徒一同が訝し気な表情をする。清麿もまた感染していたのだから。

 

「魔物の戦いに参加すると、体が丈夫になるのかもしれないね」

 

昨日高熱を出しながら潜入していた清麿が朝から起きている様に対して、竹林が冗談交じりにそう言った。

 

「お前等、観光してたんだよな。どこ行ってたんだ?」

 

「ああ、それはね……」

 

磯貝の質問に清麿が答えようとしたが、カルマがそれを遮る。そして彼はガッシュペアがティオペアと一緒にいた事を暴露した。

 

「「「「「ま、マジかよ‼」」」」」

 

E組一同愕然とする。クラスメイトがアイドルと仲良くしていたのだから。勿論清麿はそれについての質問攻めを受けるハメになる。そんな様子を渚・茅野・ガッシュは側から見ていた。

 

「皆、清麿が恵と友達だと聞いて驚いているのだ」

 

「はは、そうみたいだね……」

 

ガッシュは他人事のようにそう言ったが、ティオの事もクラスで話される。清麿と同様にガッシュもクラスメイト達に問いただされた。しかし彼はティオの事を“友達”だと言い切った。その間にも殺せんせーが元の姿に戻り、その話を盗み聞きしていた。殺せんせーは下世話だ。

 

「ガッシュ君には早い話ですが、高嶺君が大海恵と仲が良いとは!色々調べる必要がありますねぇ!ヌルフフフ」

 

「……元に戻って一言目がそれか?」

 

清麿の言葉には怒りの感情が込められている。彼は本を取り出す。そして何かを察するかのように他の生徒達がその場から離れた。

 

「SET、ザケルガ‼」

 

「にゅやぁ‼」

 

殺せんせーがニヤニヤ笑う様を見かねた清麿は呪文を唱えるが、ザケルガは避けられた。E組内にガッシュペアとティオペアと共に戦いに参加している事が認知された瞬間だ。

 

 

 

 

「君達は本当によく頑張りました……さて皆さん、今夜は暗殺肝試しとしゃれこみましょうか」

 

「「「「「暗殺、肝試し?」」」」」

 

殺せんせーの提案にE組一同は戸惑う。

 

「先生がお化け役を務めます。久々に分身して動きますよぉ。もちろん先生は殺してもOK‼暗殺旅行の締めくくりにはピッタリでしょう」

 

こうしてE組一同は男女2人1組(ガッシュペアは1人換算)をくじ引きで決めて、決まったペアで海底洞窟を抜ける事になった。しかし殺せんせーの狙いは、肝試しを通しての吊り橋効果でカップルを成立させる事である。

 

 

 

 

 男女のペアが次々と入っていく中、残りはガッシュペアと矢田、竹林、村松、岡島のみとなった。

 

「ちくしょー、何で俺は女子とペアじゃないんだよー⁉」

 

「うるせーな岡島、クジで決まったんだから仕方ねーだろ!早く行くぞ‼」

 

まずは岡島と村松のペアが洞窟へと入っていく。岡島は女子とペアになれなかった事を心底悔しがる。少し時間が経過した後、竹林が動き始めた。

 

「では、次は僕と律が行くよ。フフ、殺せんせーは何か企んでいるような気がしてならないけど、そんな事は僕と律には関係ないことさ」

 

「肝試しが楽しみですね、竹林さん!」

 

何とくじ引きの結果、竹林は律と組むことになっだのだ。そんな2人をガッシュペアと矢田は見つめる。

 

「竹林君、律と一緒で嬉しそうだったね……」

 

「ああ、そうだな」

 

「竹林と律は仲良しだからの」

 

竹林と律が入って少し待った後、彼等も洞窟に入っていく。

 

 

 

 

 洞窟の中はかなり暗く、いかにも幽霊が出てきそうな雰囲気だ。そんな中、ガッシュペアと矢田は前日のホテル潜入の話をしながら歩く。

 

「聞いたぞ矢田。ビッチ先生から借りたヤクザのバッジをちらつかせて、しつこい客をビビらせたそうじゃないか」

 

「ちょっと高嶺君、言い方……まあ、間違ってないんだけどね」

 

ホテルのテラスを抜ける時に女生徒達が質の悪い客に絡まれたが、矢田がヤクザの代紋を見せつける事で退けることに成功した。これもビッチ先生が矢田に仕込んだ技術の1つである。

 

「ビッチ先生から教わったのか?」

 

「うん。接待術も交渉術も、社会に出た時に最高の刃になりそうだからね」

 

「なるほどな」

 

矢田は将来の事をしっかりと見据える。そんな彼女を見て、清麿は感心する。

 

「ウヌ、桃花は凄いのだ‼」

 

「私、戦いは苦手だけどこういうのならやれそうって思ったんだよね。本当は争い自体無くなって欲しいんだけど……」

 

心優しくて血生臭い事が嫌いな矢田は、戦いを避ける為にビッチ先生から交渉術等を積極的に学んでいる。そして矢田はガッシュの方を見た後、彼を抱き上げた。

 

「だからガッシュ君。魔界で王様になったら、誰も争わないで良いような世界を作ってね!」

 

「もちろんなのだ‼」

 

矢田の話を聞いて、ガッシュは改めて優しい王様になる決意を固めた。ガッシュの目指す理想は、彼女にとっても嬉しい物である。

 

 

 

 

 そして一行が進んでいると、一本のポッキーがぶら下がっていた。E組の男女にポッキーゲームをやらせる為に殺せんせーが準備した物だったが、肝心の先生が見当たらない。

 

「え、これって……」

 

「殺せんせー、何考えてんだか……ガッシュ、このポッキーはお前が食べていいぞ」

 

「清麿、桃花!本当に良いのか⁉」

 

「大丈夫だよ、ガッシュ君」

 

殺せんせーの目論見に気付いた清麿と矢田はため息をつく。一方で何も知らないガッシュはポッキーを美味しそうに食べていた。

 

「ごちそうさまなのだ!次に進もうぞ!」

 

「……そうだな」

 

 

 

 

 彼等が進んでいると、突然何かの気配を感じた。そして3人が振り向くと、唇を真っ赤にした女の顔が突如として現れた。

 

「「きゃああああああァ‼」」

 

ガッシュと矢田は大声で悲鳴を上げて、顔を真っ青にしてお互いに抱き合った。清麿も叫び声は出さなかったが、目玉が飛び出そうな勢いで驚愕する。

 

「アンタ達、良いリアクションね。脅かし甲斐があるわ」

 

女が聞き覚えのある声で話し始める。その正体は、口紅を塗って顔を下からライトで照らした狭間だった。

 

「……って狭間か!お前が俺達を驚かしてどーすんだ⁉」

 

「ビックリさせないでよ~」

 

「フフフ」

 

清麿と矢田は狭間に気付いて落ち着きを取り戻したが、ガッシュはまだまだ震えている。

 

「ガッシュ、大丈夫だ。コイツは狭間だ」

 

「ウヌ、本当に綺羅々であるか……」

 

ガッシュが清麿の言葉を聞いて、勇気を持って狭間の方を見た。しかし狭間は再び自分の顔の下からライトを当て、顔をニヤケさせる。

 

「ヌオオオオォ‼」

 

正体が狭間と分かってもなおガッシュは恐怖に抗えず、そのまま泣きながら矢田に抱き着いた。矢田は苦笑いをしながらガッシュの頭を撫でる。そんな時、もう1人の人影が現れた。

 

「おい狭間、その辺にしといてやれよ」

 

「寺坂か!そういやお前等はペアを組んでたな」

 

狭間とペアを組んでいた寺坂が、呆れ混じりの顔をして現れた。寺坂と狭間は、当初は殺せんせーを狭間が脅してその隙に暗殺を行うつもりだったが、それには失敗した。しかしその事で誰かを怖がらせる事の味を占めた狭間が、ここで後から来た生徒達を驚かしていたのだった。

 

「“ミス肝試し日本代表”の名は伊達じゃないわよ。言っても驚かせたのは村松と岡島の男2人組とアンタ達だけなんだけどね」

 

「この肝試しを一番楽しんでるのは、間違いなくコイツだろうよ」

 

狭間の顔は闇に紛れると非常に怖くなる。その事で変なあだ名をつけられてしまったようだが、彼女は特に気にしていない。

 

「村松と岡島って、その後には竹林と律が来たんじゃないのか?」

 

「あ、確かに。竹林君達とは会わなかったの?」

 

狭間の話を聞いて、何故か標的にされなかった竹林達の事を清麿と矢田は気にする。そして竹林の事に関しては、寺坂達が説明してくれた。

 

「あーその事なんだけどよ、竹林の奴、肝試しそっちの気で律にずっと話しかけてやがった。何つーか、律に悩みを聞いてもらってるような感じだったな」

 

「そうね。何を話してたかは聞き取れなかったけど、あのペアを驚かす気にはなれなかったわ……」

 

寺坂と狭間は竹林の様子が気がかりだった。それを聞いた清麿が少し表情を暗くする。

 

「竹林、何か抱え込んでなければ良いんだがな……」

 

「ったくあのメガネ、何かあるんだったら律だけじゃなくて俺等にも相談しろってんだ!」

 

「寺坂君、結構竹林君の事を気にかけてるよね!」

 

「そんなんじゃねーよ」

 

寺坂は竹林が自分に相談してくれない事を不満に思っている。竹林は寺坂グループに属している訳ではないが、寺坂と一緒にいる頻度が高い。口には出さないが、竹林の事を心配している。そしてこの時は、竹林が2学期にあのような事になるとは誰も思わなかった。

 

「……ところでガッシュ、お前はいつまで怯えているんだ?」

 

「ウ、ウヌぅ……」

 

竹林の話をしている最中、ずっと矢田から離れようとしないガッシュに清麿が話しかける。そしてガッシュは矢田から降りようとしたが、狭間が再び怖い顔をしていた。

 

「いやあああァ‼」

 

「もう、しょうがないなぁ」

 

恐怖のあまり、ガッシュは矢田から離れる事が出来なかった。矢田は少し困り顔を見せながらガッシュの背中をさする。

 

「だから、やめてやれって……」

 

「ううっ、桃花~」

 

相変わらずな狭間を寺坂がたしなめる。結局ガッシュは洞窟を出るまで、泣きながら矢田に抱き着いていた。そして他の生徒達と合流する際、彼女にくっつくガッシュを羨ましそうに見ていた男子生徒が何人かいたのは別の話だ。

 

 

 

 

 生徒全員が洞窟を出た後、下世話な殺せんせーを生徒達が責め立てる。この肝試しを通してE組でカップルを成立させようとしていた事を生徒一同、あまり良く思わなかった。一方で殺せんせーは泣き言を言いながら逆ギレをする。そんな時、ビッチ先生が烏間先生の腕に捕まりながら出て来た。

 

「くっつくだけ無駄だと言っただろ」

 

「うるさいわね‼美女がいたら優しくエスコートしなさいよ‼」

 

それを見た生徒達の表情が一変し、教師2人をくっつけようと各々が動き始めた。下世話なのは彼等も同じみたいだ。

 

 

 

 

 E組一同あの手この手を使ったが、烏間先生の鈍感さ及びビッチ先生の意外なまでの奥手さ故に、あまり進歩は見られなかった。そんな事をしている間に、2泊三日の旅行は終わりを告げる。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。ガッシュペアと矢田さんを組ませたのは、ホテル潜入での彼女の活躍を描写しておきたかったからです。
 次回はオリジナル回となります。


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LEVEL.36 再会の時間

 オリジナル回です。ガッシュサイドのキャラとの再会になります。暗殺教室のキャラは名前しか出てきません。


 離島から戻ってきたガッシュペアとティオは、再び打倒クリアの為の特訓に励む。ガッシュとティオは裏山で体を鍛える特訓、清麿はデュフォーと共に自宅で【答えを出す者】(アンサートーカー)を安定させる特訓をそれぞれ行う。

 

「離島から戻って以降、【答えを出す者】(アンサートーカー)の力がかなり安定したな」

 

「ああ。殺せんせーの暗殺は失敗に終わったが、この力をほぼ自在に出現させられるようになった。先生の暗殺はクリアを倒す特訓にも繋がっている」

 

「だがトレーニングを継続しなければ、また力が封印されてしまう。特訓は続けていくぞ」

 

離島での一件を経て、清麿は自由に【答えを出す者】(アンサートーカー)の力を引き出せるようになっていた。清麿とデュフォーが特訓を中断させていると、清麿の携帯電話に着信がかかる。

 

「!サンビームさんからか、もしもし」

 

『清麿、今大丈夫か?』

 

「ああ、大丈夫だけど」

 

『実はな、仕事の都合で急遽一週間程日本に帰る事になったんだ。ウマゴンも一緒だ』

 

「な、何だって⁉」

 

サンビームからの電話の内容に清麿は驚く。何とアフリカからはるばる日本に来ると言う。清麿とサンビームの通話が終わるのと同時に、デュフォーが口を開いた。

 

「ウマゴン達が日本に戻ってくるのか。特訓の進捗状況を確認するのに丁度良いな」

 

「それもそうだな。ガッシュ達が帰ってきたらこの事を知らせないと!」

 

 

 

 

 その日の夕方にガッシュとティオが帰ってきたため、清麿は2人にウマゴンペアが帰って来る事を話した。

 

「清麿、本当にウマゴン達が帰って来るのだな⁉」

 

「それは楽しみね!ウマゴン達、元気かなぁ」

 

ガッシュもティオも、彼等との再会をとても楽しみにしていた。

 

 

 

 

 ウマゴンペアが日本に帰って来る日。ガッシュペアとティオが空港までウマゴンペアを迎えに行く。そして久し振りに彼等の再会は果たされた。

 

「皆、迎えに来てくれてたのか!」

 

「メルメルメー‼」

 

ウマゴンはガッシュとティオの顔を舌で舐めながらじゃれつく。その一方でサンビームは久し振りに会えた清麿と握手を交わした。

 

「サンビームさん、久し振り!……って前よりも少し髪が伸びてるような」

 

「ああ、仕事と特訓が忙しくてね。中々髪を切る機会が作れなかったんだ」

 

サンビームの髪は元々かなり短かったのだが、今は少し伸びている。一方で久し振りにウマゴンを見た清麿は、彼の体が以前より大きくなっているように感じた。

 

「何だか、ウマゴンが大きくなったように見えるが……」

 

「気付いたか。特訓でウマゴンの体も鍛えられたからな!グルービーだろう?」

 

「ははは……」

 

ウマゴンもまた日々の厳しい特訓を乗り越えており、着実に力をつけていた。ウマゴンはアフリカにて日々野生動物に追われる生活を行っており、着実に彼に眠る才能を伸ばし続けている。

 

 

 

 

 そして一行は空港を出て清麿宅に向かう。ガッシュはウマゴンに乗せてもらう。ウマゴンとガッシュはとても仲が良い。日本にいる時は殆ど一緒の時間を過ごしていた。

 

「こうやってウマゴンに乗るのも久し振りなのだ!」

 

「メルメルメー!」

 

「私もウマゴンに乗ってみたーい」

 

ガッシュがウマゴンと共にいる時は、彼の背中に乗っている事が多い。ガッシュはそれを懐かしがる。そんな様子を見たティオが、自分もウマゴンに乗せてもらいたがる。

 

 

 その一方で清麿とサンビームが話していた。

 

「そう言えば、ティオと恵は一緒にいないんだな」

 

「恵さんは実家に帰っているんだ。その間、ティオは家に泊っている。」

 

「なるほど、恵とは入れ違いになってしまったか。それは残念……ところで、清麿の特訓の方はどうなんだ?」

 

「そうだな……」

 

清麿とサンビームはお互いの特訓の進捗状況について話す。完璧とまでは行かないが、共に成長を続けている。また各々で励まし合い、士気を高める事が出来た。

 

 

 

 

 そんな話をしながら一行は清麿宅に着くと、デュフォーが外で待機していた。

 

「デュフォーも久し振りだな。清麿達の特訓は順調に進んでいるそうじゃないか」

 

サンビームは清麿宅に向かう途中、清麿から特訓の進捗状況を聞いた。そして清麿が、【答えを出す者】(アンサートーカー)を使いこなせている事が分かり感心する。

 

「そうだな。さて、少し休んだらウマゴンの新術を見せてくれないか?」

 

「おっと、そこまでお見通しだったか。【答えを出す者】(アンサートーカー)は凄いな」

 

デュフォーはウマゴンが新しい術を会得した事に気付いた。そして一行はサンビームが清麿宅に荷物を置いて少しした後、ウマゴンの術を見るために裏山を目指す。

 

 

 

 

「行くぞ、ウマゴン‼」

 

「メルメルメー‼」

 

 裏山に辿り着いた後、サンビームが新たな術を唱えた。新術を見たガッシュとティオは驚きの表情を見せる。

 

「ウマゴンがこんな術を覚えていたなんて」

 

「凄い術なのだ。これなら……」

 

しかし、【答えを出す者】(アンサートーカー)でその術を見ていた清麿とデュフォーは苦虫を嚙み潰したような顔をする。

 

「凄い術だが、代償が大きすぎる」

 

「そうだな。ウマゴンの体が新術に耐えきれていない」

 

その術の威力は確かに絶大だが、ウマゴンにかかる負担がとても大きい。また、今の術の完成度では実戦では使えないと言う答えをデュフォーが出した。

 

「メ、メルぅ……」

 

「ウマゴン、大丈夫か?」

 

術の反動で、ウマゴンの体力がかなり消耗している。恵がいればサイフォジオが使えたが、今はそれが出来ない。ウマゴンは疲労のあまり、そのまま眠りについてしまった。そしてウマゴン以外のメンバーで、今日の特訓が開始される。サンビームは横になるウマゴンの隣で、心の力を高める特訓を行う。

 

 

 

 

 特訓を終えた一行は山を降りる。しかしウマゴンは、術を出した後直ぐに動けなくなってしまった事を気にしている。彼は涙を流した。

 

「メ、メルメル……」

 

「ウマゴン、落ち込むでない!」

 

「そうよ、これから頑張っていけばいいじゃない」

 

元気を無くしていたウマゴンを、ガッシュとティオが慰める。そんな時、サンビームが口を開いた。

 

「そうだな、ウマゴン。まだ実戦まで時間はある……ところで、私は日本にいる間は会社が手配してくれたホテルに泊まる事になる。そこではウマゴンは一緒にはいられない。私がアフリカに戻るまでの間、ウマゴンを清麿の家に泊めてやってくれないか?」

 

ペットも一緒に泊れるホテルは多くない。サンビームが泊まるホテルも、残念ながらペットを同伴させる事が出来ず、ウマゴンと共に過ごす事は叶わなかった。

 

「もちろん、お袋にも言っとくよ!」

 

「ティオだけでなくウマゴンまで来てくれるとは、楽しくなるのだ!」

 

「また賑やかになるわね!」

 

「メルメルメー!」

 

ガッシュペアとティオはウマゴンを歓迎する。ウマゴンも再びガッシュ達と一緒にいる事が出来て、嬉しそうにした。

 

「良かった。ウマゴンの事をお願いするからには、華さんにも挨拶をしておかないと。だが……」

 

サンビームはウマゴンが清麿宅で過ごせる事に関しては喜ぶが、すぐに不安気な表情を浮かべた。

 

「確かにアフリカでの特訓と同じ事は出来ない。だが、日本でも出来る事はある」

 

デュフォーが口を開く。サンビームが仕事で日本に来たことにより、アフリカでの特訓が出来なくなる事を気にする様子を察した。

 

「ウマゴンと離れている間、心の力を高めるトレーニングに専念すれば良い。そしてウマゴンには、ガッシュやティオと共に体を鍛える特訓をしてもらう」

 

デュフォーは即座にウマゴンペアの特訓の方法を考え出す。そしてこれは、デュフォーなりのサンビームへの気遣いでもあった。

 

「そうだな。どんな状況でもやれる事はある。ウマゴン、ガッシュやティオと共に頑張るんだぞ!」

 

「メルメルメー‼」

 

デュフォーからの特訓内容を聞いたウマゴンペアは気合を入れ直す。どのような状況でもやれる事はあるのだから。

 

 

 

 

 そして一行は清麿宅に着いた。

 

「ただいまなのだー‼」

 

「あら皆、お帰りなさい」

 

ガッシュの声を聞いて、華が玄関まで来てくれた。華がサンビームの顔を見ると、何かを察したように口を開く。

 

「サンビームさん、またウマゴンを家で預かるって事でいいのかしら?」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

「ウマゴンは、責任を持って預かるわ」

 

「ありがとうございます!」

 

正式にウマゴンは高嶺宅で預かれる事になった。しかしウマゴンの過ごしていた小屋は、ウマゴンの体が大きくなっていた為に窮屈だった。よって清麿が作り直す事になる。そしてサンビームは新たな小屋の制作を手伝った後に、そのまま自分の宿舎を目指した。

 

 

 

 

 次の日、魔物組は体を鍛える特訓の為(ティオは心を鍛える特訓も行う)に裏山に向かった。その一方で清麿はデュフォーと共に心の力を高める特訓及び【答えを出す者】(アンサートーカー)を安定させる特訓を行う。その最中、清麿の携帯電話に着信がかかってきた。

 

「しまった、マナーモードにし忘れていた」

 

「電話に出ていいぞ」

 

「済まん、話してくる」

 

清麿は廊下に出て電話した。相手はナゾナゾ博士だ。

 

『清麿君、急で悪いが直接会って話がしたいんだ。構わないかね?』

 

「随分急だな。ちょっと待っててくれ」

 

『済まない、大事な話なんだ。場所は……』

 

ナゾナゾ博士が今いる場所を教えてくれ、通話は終了した。そして清麿はデュフォーのいる場所に戻る。

 

「外に出るのか。中々大事な用件みたいじゃないか」

 

「(また【答えを出す者】(アンサートーカー)を使ったのか)そうなんだ、ナゾナゾ博士が直接会って話したいんだと」

 

「それなら、行ってくるがいい」

 

事情を察したデュフォーはすぐに承諾する。そして清麿は特訓を中断し、ナゾナゾ博士の指定した場所へ向かった。

 

 

 

 

 指定した場所はとあるホテルの一室だったが、サンビームが宿泊しているホテルとは別の場所だ。

 

「来てくれたね、清麿君。直接会うのはいつ以来だったか」

 

「確かに、電話でなら何度も話していたんだがな」

 

ナゾナゾ博士が出迎えてくれたが、いつになく真剣な表情だ。それ程に大事な話なのだと清麿は察する。

 

「ガッシュ君は一緒じゃないんだね。まあ、後で彼にも伝えといてくれ」

 

「分かった、話ってのは……」

 

「いや、その前に一人清麿君に会ってほしい人物がいるんだ」

 

「それって一体……」

 

清麿が本題に入ろうとしたがナゾナゾ博士がそれを遮る。そしてノックと共に、1人の青年が入ってきた。

 

「久し振りだね、清麿」

 

「な……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アポロじゃないか!まさか、このホテルはアポロの財閥の一角だったりして……」

 

何とそこにはアポロが入ってきた。彼は財閥の社長だ。かつてはテントウムシのような姿をした魔物のロップスとペアを組んでいたが、ゼオンとの戦いに敗れてしまった。しかし彼は自分の財力を活かして、清麿達の戦いを何度もサポートしてくれた。そして今いるホテルもまた、アポロの財閥が経営している。

 

「その通りだ、ちなみに僕もナゾナゾ博士と同様に超生物の調査を行っている。僕の財閥にも、日本の防衛省と繋がりがある企業は結構あるからね」

 

「マジか、アポロも殺せんせーの事知ってたのか」

 

「私だけで国家機密を探るのは容易では無いからね。アポロ君には助けられている」

 

ナゾナゾ博士が殺せんせーの存在を知った情報網もアポロ経由である。防衛省の情報まで仕入れる事が可能なほどに、アポロの財閥は規模が大きい。

 

「そうだったのか。そして、今回俺が呼ばれた理由ってのは?」

 

「そうだね。清麿、君は“死神”と呼ばれる殺し屋を知っているかい?」

 

「し、死神だと⁉何故その名が……」

 

“死神”はかつてロヴロが名前を出していた最強の殺し屋の名前だ。その名前が、何故かアポロの口から語られた。

 

「名前は知っておるようだな、清麿君。話は死神についてなのだが、ついに彼が超生物暗殺の為に動き出したんだよ」

 

「何だって⁉」

 

清麿は驚きを隠せない。ついに殺せんせー暗殺の為に、最強の殺し屋が動き出したのだから。

 

「だが、話はそれだけに収まらない。何でも、超生物暗殺の為に動いていた凄腕の殺し屋が何人も何者かに襲撃を受けているようなんだ」

 

「それって、まさか……」

 

「そう、死神は自分が超生物を殺す為に同業者から潰していると私は考えている」

 

清麿の顔から血の気が引く。死神は殺せんせーの暗殺を自ら成す為に、他の殺し屋を襲撃しているかもしれないのだから。それはつまり、E組が死神の標的になる可能性を示唆していた。

 

「そんな事が、一体どうすれば……」

 

「今は情報が少ないからね、僕等も死神については調べている所なんだ。清麿達も気を付けてくれ」

 

アポロとナゾナゾ博士は今、死神についての調査を行っているという。それを聞いた清麿は、更に別の可能性に気付いた。

 

「それなら、俺達に手を貸してくれたリィエンもヤバいんじゃないのか⁉(それに、ロヴロさんも……)」

 

「そう、だからリィエン君にはしばらく故郷で大人しくしてもらうようにした。たまに連絡を取るが、被害は受けていない。また、襲撃された殺し屋達は全員死んではいないそうだ」

 

「そうか、それなら良かった」

 

リィエンとロヴロが無事である事を知り、清麿は一先ず安心した。

 

「あと清麿君、死神の事は不確定要素も多い。下手な混乱を防ぐためにも他のE組の者達には黙っていてくれないか?」

 

「ああ、俺もそれが良いと思っていた」

 

死神が動いている事は確かだが、確実な情報を得られていない。クラスメイト達に余計な不安を与えない為にも、清麿は死神の事を内密にするつもりだ。

 

「さて、2学期からの暗殺生活は過酷なものになるだろう。それに君は、魔物の戦いも残っている。自分達の身を守りながら、励んでくれたまえ」

 

「僕も応援している。協力できる事があれば何時でも言ってくれ。頑張れよ」

 

「2人とも、ありがとう。では俺は、特訓に戻る」

 

ナゾナゾ博士とアポロが清麿を激励してくれた。2人はパートナーの魔物が魔界へ帰った後も、清麿達に力を貸してくれている。激励を聞いた清麿は2人にお礼を言った後に特訓に戻る。

 

 

 

 

 そして特訓が終わった後、清麿は家の前でガッシュに昼間の出来事を話した。

 

「清麿、ナゾナゾ博士とアポロに会っていたとは……」

 

「そうだ、2人は暗殺に関係する事を色々調べてくれているからな」

 

「しかし、死神とやらの事が気になるのだ。皆が無事でいてくれればいいのだが」

 

ガッシュも死神の存在が気がかりだった。最強の殺し屋、死神。その殺し屋はE組にどのような影響を与えていくのか。ガッシュペアの暗殺教室は波乱に満ち溢れそうだ。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。ウマゴンの体の大きさは、日本を旅立った時よりは大きいのですが、クリアとの最終決戦の時よりは小柄な状態と言う解釈でお願いします。また次もオリジナル回となります。


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LEVEL.37 動物園の時間

 オリジナル回です。ウマゴンがE組の何人かと顔を合わせます。


 今日ガッシュペアは、渚の誘いでティオ・ウマゴンと共に動物園に行くことになった。サンビームは仕事で忙しく、またデュフォーも了承してくれたので、彼等はE組の生徒達と共に出かける事にしたのだ。E組からは、渚・茅野・杉野・倉橋が参加する。そして全員が合流した後、杉野・倉橋とティオは初対面になるので、まずはティオが挨拶を済ませた。その後、ガッシュがウマゴンを皆に紹介する。

 

「さあウマゴン、皆に挨拶するのだ!」

 

「メルメル、メルメル、メルメルメ~‼」

 

ウマゴンが渚・茅野・杉野・倉橋の順にそれぞれ抱き着いて、彼等の顔を舌で舐める。そしてウマゴンは特に倉橋に懐いている様子だ。

 

「きゃはは!くすぐったいよ、ウマゴンちゃん!」

 

「メルメルメ〜!」

 

「陽菜乃が凄く懐かれているのだ!」

 

倉橋は生き物に対して深い愛情を持っている。ウマゴンがそれを感じ取ったのかもしれない。生き物の扱いに関しては、E組において彼女の右に出る者はいない。

 

「流石だな、倉橋。いくらウマゴンが人懐っこいとは言え、ここまで気に入られるとは」

 

「エヘヘ、生き物の事なら任せてよ~」

 

倉橋のウマゴンの扱いに清麿も感心する。

 

「でも、ウマゴンが倉橋さんから離れないから先に進めないね……」

 

「ウマゴン、いつまでも陽菜乃にくっついているでない……」

 

渚の言う通り、一行は動物園に入れないでいた。そしてガッシュは、ウマゴンが倉橋にばかり構う事に関して少し嫉妬する。

 

 

 

 

 ウマゴンがようやく気が済んだようで、倉橋から離れてくれた。そして一行は動物園の中に入り、ウマゴンはガッシュを背中に乗せる。

 

「メルメル、メルメルメ〜!」

 

「ウヌ、今日は皆で楽しもうぞ!」

 

「恵がいないのは残念だけど、いっぱい遊びましょ!」

 

動物園に来て楽しそうにしているガッシュとウマゴンと同様に、ティオもまた満足気な表情でガッシュ達の隣を並んで歩く。そんな彼等を清麿達は後ろを歩いて見ていた。

 

「ガッシュちゃん達、皆仲良しなんだね~」

 

ガッシュ・ティオ・ウマゴンが仲良さそうにしている様子を倉橋は微笑ましく思う。

 

「そうだな。特にガッシュとウマゴンはこっちに来る前から仲が良かったと言ってたぞ」

 

ガッシュとウマゴンは魔界時代から仲が良く、魔物の戦いが始まってからもウマゴンはガッシュとはずっと親しい。ティオもまたガッシュとは交流があった様子で、人間界で出会ってからは厳しい戦いを乗り越えながら、より絆を深めた。

 

「でも、ガッシュ君がティオちゃんの思いに気付く日は来るのかな?」

 

「うーん、どうだろうね?」

 

「ガッシュはそう言うのにぶいからな~」

 

お互いの交流を深めていくうちに、ティオのガッシュに対する好意は日に日に明確になっていく。しかしガッシュはそれに気付く気配は無い。そんなティオを茅野・渚・杉野は心配する。

 

 

 

 

 その一方でガッシュ達はレッサーパンダの檻に来たが、レッサーパンダは高い木の上におり、彼等は直接見る事が出来ない。

 

「ウヌ、あれでは見れないのだ……」

 

「メルメルゥ」

 

「……困ったわね」

 

彼等が困っている様子は清麿達からも見て取れた。そしてレッサーパンダを見れずに落ち込んでいる3人を見かねて、清麿が彼等の方に駆け寄った。

 

「皆、どうしたんだ?」

 

「清麿、あの子が見れないよ~」

 

事情を聞いてきた清麿に対して、ティオは甘えるような目つきで彼に助けを求める。そして清麿は少し考えた後に、彼女を肩車に乗せる事にした。

 

「ティオ、これで見えるか?」

 

「うん、ありがとう!あ、あの子がこっち見てくれた!おーい」

 

清麿のお陰でティオが高い所も見れるようになった。レッサーパンダと目線が合ったティオは手を振って喜ぶ。

 

「ウヌ、私も見たいのだ!」

 

「メルメルメ〜!」

 

そんな2人を見たガッシュとウマゴンは羨ましがる。そんな彼等を見た清麿は笑みを浮かべながら口を開いた。

 

「分かってる、お前等にもしてやるよ」

 

そして清麿はティオだけでなく、ガッシュとウマゴンにも交互に肩車をして、彼等が木の上の動物を見れるようにしてくれた。そんな様子を少し離れた場所で渚達が微笑ましく見ている。

 

「高嶺君、完全に彼等の保護者だよね」

 

「そうだね、私達も行こっか!」

 

そして渚達も清麿達の方に合流したが、ティオがすぐにアライグマのいるエリアを指差した。

 

「今度はこっちに行ってみたい!」

 

「待つのだ、ティオ!」

 

「メルメル!」

 

そう言うと、ティオ・ガッシュ・ウマゴンはそのまま走って行ってしまった。彼等はたくさんの動物を見る事が出来て、とても嬉しそうだ。

 

「そんなに慌てなくても……」

 

少し呆れ気味の清麿を始め、一行は完全に元気いっぱいな魔物達に振り回される。

 

 

 

 

 そして昼時になり、一行はビニールシートを広げてそれぞれ食事を取る。

 

「……高嶺の弁当、スゲー気合入ってんな!」

 

「ああ、皆で動物園に行くって話をしたら、お袋とティオが朝早くから作ってくれたんだ。ティオ、本当にお疲れ様」

 

「華さんが色々教えてくれたお陰で、上手く作れたわ」

 

清麿が出した大きな重箱に、杉野が感心した。ティオの料理の腕はそれほど上手ではないが、華の監修の下、見事なお弁当が作られていた。

 

「メルメルメ~!」

 

「ティオ、ありがとうなのだ!」

 

弁当を見たウマゴンとガッシュも、嬉しそうな顔をする。そしてガッシュの感謝の言葉を聞いたティオは、顔を赤くした。彼女は照れている。

 

「べ、別にガッシュの為だけに作った訳じゃないし……」

 

((((何という分かりやすいツンデレ!))))

 

ティオの分かりやすい様に渚達がツッコミを入れる。ティオは特にガッシュに食べて貰う為に張り切って弁当を作っていたが、ガッシュはそれを知る由もない。一行がそれぞれ昼食を食べ始めて少ししてから、渚が口を開いた。

 

「ティオちゃん、お弁当のおかずを少し貰っていい?」

 

「もちろんよ、渚!」

 

渚がティオからおかずを貰っており、とても美味しそうに食べた。

 

「ウヌ、皆で食べるお弁当は格別なのだ‼」

 

「そうだよね、ガッシュ君!」

 

ガッシュや茅野の言う通り、皆での食事はとても楽しい。そんな中でティオは、自分も作るのを手伝ったお弁当をガッシュが楽しそうに食べる様子を見て、嬉しそうな表情を見せた。一行は会話を弾ませながら昼食の時間を過ごす。

 

 

 

 

 ある程度食べ進んだ後、倉橋が動物園で買った干し草をウマゴンに差し出した。

 

「はい、ウマゴンちゃんにあげるね!」

 

「メ、メルメルメ~!」

 

干し草を差し出されたウマゴンが目を輝かせており、再び倉橋に懐く。それを見た清麿は、少し申し訳なさそうにした。

 

「倉橋、ウマゴンの為に済まない」

 

「気にしなくて良いよ、私もウマゴンちゃんに喜んで欲しかったし!」

 

物で釣る訳でも無く、素直にウマゴンを思って倉橋は干し草を買ってあげたのだ。倉橋の生き物に対する愛情はウマゴンに対しても注がれている。そして彼女はウマゴンを抱きかかえた。

 

「ウマゴンちゃんて馬らしく干し草は好きなのに、ニンジンは嫌いみたいなんだよね」

 

「ウマゴンの言う言葉が分かるのか?」

 

倉橋はウマゴンの食べ物の好みを把握していた。それは彼女がウマゴンの言いたい事を理解出来るからに他ならない。

 

「完璧に理解できる訳じゃないけどね。ただ、言いたい事は大体分かるよ~」

 

「メルメル、メルメルぅ……」

 

「あれ、今度は眠たくなってきちゃったかな?」

 

倉橋の言う通り、先程まで元気そうにしていたウマゴンが眠り始めた。彼女はウマゴンの気持ちをほとんど理解出来ている。

 

「ウヌぅ、ウマゴンが寝てしまったのだ」

 

「そうみたいね(ウマゴン、昨日の特訓で張り切ってたから疲れちゃったのかな?)」

 

ウマゴンはサンビームが仕事している時も、新術に耐えられる体づくりの為の特訓に対して一生懸命に励んでいた。ガッシュとティオはそれが分かっている。

 

「俺はウマゴンが起きるまでここで休んでいる。皆はどうする?」

 

「僕も残るよ。食休みがしたかったし」

 

「私もそれで良いよ」

 

清麿はウマゴンが起きるのを待つ事を決める。しかし渚と茅野を始め、他の皆もそれに付き合ってくれる事になり、一行はこの場で休憩することにした。

 

 

 

 

 しばらくしてウマゴンは目を覚ましたので、彼等は休憩を終わらせて園内の昆虫館に辿り着いた。

 

「わー!あの青色の蝶、凄く綺麗‼」

 

ティオが蝶を見てはしゃぐ。それを見た渚がティオに近付いた。

 

「これは“モルフォチョウ”だね。アメリカ原産の蝶で、“世界で最も美しい蝶”とか“生きた宝石”とも呼ばれているんだ。青色の大きくて綺麗な翅が特徴なのは雄なんだよ」

 

「渚、詳しいのね!」

 

「動物園に来る前に、調べておいたんだ。でも倉橋さんの生き物の知識はさらに豊富だよ!」

 

ここでも渚は情報収集能力を活かしてティオの興味を引く。そして彼等は蝶のいるエリアを周り始めた。渚とティオが2人で歩いていた時、彼女が口を開く。

 

「そう言えば私、渚の事をあまり聞けてなかったな。渚の家族の事とか……」

 

「……確かに皆にもそう言う話はしてなかったね」

 

ティオの言葉を聞いた渚の顔が少し暗くなる。渚の表情を見たティオは、何か聞いてはいけない事を聞いてしまったと感じる。そして彼女は申し訳なさそうな顔を見せた。

 

「ごめん、あんまり聞かれたくなかった?」

 

「いやまあ、大丈夫だよティオちゃん。それより、あの蝶も綺麗だね!」

 

気不味い雰囲気になる前に、渚は話題を変えた。ティオもそれを察して蝶の話を楽しむ。

 

 

 

 

 一方、ガッシュはカマキリに興味を示していた。

 

「ウヌ、向こうにはカマキリがいるではないか!“カマキリジョー”は正義の味方だからの!」

 

カマキリジョー、子供達に大人気のヒーローである。ガッシュはそれを頭に浮かべて、カマキリのいるエリアに向けて走り出す。

 

「あっ、ガッシュ君。そんなに走ったら危ないよ!」

 

はしゃぐガッシュを見かねた茅野が、彼の後について行く。また茅野のガッシュに構う癖が出てきた様子だった。

 

「メルメル、メルメルメ〜!」

 

「ウマゴンちゃん、私達も行こっか!」

 

ウマゴンはガッシュの方を見て、彼等のいる場所に行きたがる。それを察した倉橋は、ウマゴンを連れてカマキリのエリアに向かった。

 

「俺達もどっか周ろうぜ、高嶺!」

 

「そうだな、杉野」

 

そこには清麿と杉野が残っていたが、彼等も直ぐに昆虫を見学するために歩き始めた。

 

 

 

 

 カマキリを見学しているガッシュは、目を輝かせながら茅野にカマキリジョーの話をする。彼は毎週TVで見ており、ウマゴンや水野と共にデパートのショーを見に行った事もある程のファンだ。

 

「カエデ、カマキリジョーはとても強い正義のヒーローなのだぞ‼どんな悪者でも、倒してしまうのだ‼」

 

「そっか。それなら、ガッシュ君みたいだ!」

 

「ウ、ウヌ⁉」

 

自分が大好きなヒーローみたいだと突然言われたガッシュは、少し驚いたのちにとても嬉しそうな顔をする。

 

「だってガッシュ君、優しい王様になる為に多くの悪い魔物達と戦って来たんだよね。それに修学旅行の時も私達の事を助けてくれたし、本校舎の生徒から前原君を庇ったりもしてくれた。それは正義のヒーローそのものだよ!」

 

今までのガッシュの言動に対して、茅野は彼をヒーローと重ねる。確かに今までの戦いでガッシュペアに助けられた人々や魔物は数多く存在する。また、そんな彼等に助けられたE組の生徒も多い。そして茅野はそのままガッシュを抱きかかえた。

 

「カエデ、どうしたのだ?」

 

「エヘヘ、こうした方がカマキリの事が良く見えるでしょ?高嶺君のようには行かないけど」

 

「ウヌ、ありがとうなのだ!」

 

茅野の身長はかなり低いが、ガッシュ程では無い。茅野のお陰でガッシュは、カマキリの見学がしやすくなり、とても嬉しそうな様子だ。

 

(弟や妹がいる時の姉って、こんな気持ちだったんだろうな。私にもいつも優しくしてくれたよね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お姉ちゃん!)

 

茅野は亡き姉の事を思い出す。茅野がガッシュを弟のように可愛がる理由も、自分も姉のようになりたい気持ちがあるからかもしれない。彼女の目からは涙が流れ出そうになっていたが、ガッシュはそれに気付かない。そして彼女が涙をこらえていた時、倉橋とウマゴンが2人に追い付いた。

 

「お~い、カエデちゃんとガッシュちゃ~ん!」

 

「メルメルメ〜!」

 

倉橋は2人の名前を呼びながら、ウマゴンと共に走って行った。それを見たガッシュもウマゴン達に手を振る。茅野もすぐに何事もなかったかのような明るい表情を見せて、倉橋達の名前を呼んだ。

 

「あ、倉橋さんとウマゴン!」

 

「お主達もカマキリを見に来たのだな!」

 

合流した彼等は一緒にカマキリを見学する。また倉橋はカマキリに関する知識も豊富であり、それによってガッシュ達を感心させていた。

 

 

 

 

 その頃、清麿と杉野はクワガタを見ていた。様々なクワガタが展示されており、杉野は目を輝かせながら清麿と会話する。

 

「高嶺、最近のクワガタってオオクワガタよりもミヤマクワガタの方が高く売れるらしいぜ!倉橋が言ってた」

 

「確か、オオクワガタの繁殖法が確立されたんだったか。そういやお前等、早朝から学校の裏山で昆虫採集に行ってたんだよな」

 

「ああ、殺せんせーが白い目をしたミヤマクワガタを見つけてた」

 

杉野は渚・前原・倉橋と共に昆虫を取りに行った事がある。そこに岡島が合流し、殺せんせーにエロ本を使った暗殺を仕掛けたが失敗に終わる。その時に殺せんせーが、アルビノで目が白くなったミヤマクワガタを発見した。

 

「そういや話は変わるけど、今戦おうとしている魔物ってスゲー強敵なんだろ?」

 

「そうだ、そしてその魔物は絶対に倒さなくてはならない!魔界を滅ぼさせない為にも!」

 

杉野は魔物の話を持ち出す。ティオとウマゴンと会った事で、杉野の魔物に対してこれまで以上に関心が高まっていた。

 

「頑張ってくれよ!っても、俺には応援くらいしか出来る事はねーけど」

 

杉野は清麿達が厳しい状況に身を置いておいているにも関わらず、自身が何も出来ない事を歯痒く感じていた。

 

「いや、皆の応援は励みになる!」

 

「そうか、それは良かった。俺は魔物の事はよく知らないけど、今日ティオちゃんやウマゴンを見て思ったんだ。魔物って、こんなにいい奴等がいるんだって。だから絶対に魔界を守ってくれよ!」

 

「当然だ!」

 

杉野は魔物達と交流を深めた事で、彼等の無事を改めて願うようになった。そして杉野の言葉を聞いた清麿は、改めてクリアを倒す決意を固める。

 

 

 

 

 そして夕方になり一行は動物園を出たが、入り口の前に一台の車が止まっていた。そこには仕事を終えたサンビームが来てくれたのだ。

 

「サンビームさん、お待たせ!」

 

「ハハ、問題ないさ」

 

サンビームは車で動物園に向かうと事前に清麿に連絡をしていた。仕事の時間はウマゴンの面倒を見れず、少しでもウマゴンの様子を見る時間を確保したいとの事である。

 

「今日1日、ウマゴンの面倒を見てくれた皆にお礼が言いたかったんだ」

 

「そんな、お礼だなんて」

 

「俺等も楽しく過ごせたし」

 

サンビームが車から降りると、ウマゴンは彼目掛けて走り出し、抱き着きながら舌で舐める。そしてわざわざ仕事終わりに来てくれたサンビームに対して、渚と杉野が少し申し訳なさそうにする。

 

「私はウマゴンのパートナーのカフカ・サンビームだ。皆、今日は本当にありがとう。ウマゴンもとても喜んでいる」

 

サンビームは渚達に自己紹介をした後、ウマゴンと遊んでくれた彼等に礼を言う。ウマゴンと仲良くしてくれた事を非常にありがたく思っているのだ。

 

「メルメル、メルメルメルぅ!」

 

サンビームの顔を舐めていたウマゴンだったが、今度は倉橋を見て手を振る。それを見たサンビームは、自分の顔をハンカチで拭いた後に、倉橋の方にウマゴンを抱えて向かう。

 

「君、随分ウマゴンが懐いているそうじゃないか。ウマゴンが別れるのを寂しいと言ってたよ」

 

「そう言ってくれると嬉しいです。ウマゴンちゃん、とても可愛いですよね!」

 

「そうだな。それから、君はウマゴンの言ってる事が分かるようだね!」

 

「はい、何となくですけど」

 

サンビームと倉橋との会話が弾む。お互いにウマゴンの言いたい事が分かる者同士、気が合う様子だ。

 

「あの、サンビームさん!」

 

「ん、何かな?」

 

「また、ウマゴンちゃんに会いに行っていいですか?」

 

倉橋もまたウマゴンとの別れを惜しんでいる。折角仲良くなれたのだから、一日で会えなくなるのは寂しい物だ。

 

「ああ、もちろんだ。まだ数日はこっちにいるから、都合が合えばウマゴンの事を可愛がってくれると嬉しい」

 

「はい、ありがとうございます!」

 

「メルメルメー‼」

 

またウマゴンと会えると知って、倉橋はとても嬉しそうな顔をする。ウマゴンもまた倉橋に手を振っており、彼女と再び会いたがっていた。

 

 

 

 

 そしてウマゴンペアがアフリカへ戻るまでの日、倉橋は清麿達の特訓の時間をかいくぐって毎日ウマゴンに会いに来てくれた。特訓を終えて疲れた表情をしているウマゴンも、倉橋が干し草を持って来てくれると、嬉しそうな表情を見せた。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。ようやく倉橋さんに焦点を当てた回を書く事が出来ました。


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LEVEL.38 夏祭りの時間

 夏休み編は今回で最後になります。


 ウマゴンペアがアフリカに旅立った数日後には恵も戻ってきて、ティオは再び彼女に引き取られた。その日の夜、清麿はナゾナゾ博士と通話する。

 

「ナゾナゾ博士、何か分かったのか?」

 

『それが困った事に、死神に関する情報が全く入って来なくなったんだよ』

 

「な、何だって……」

 

ナゾナゾ博士はアポロと共に引き続き死神についての調査を行うが、情報網が遮断されていた。

 

「なあ。これ以上嗅ぎまわるのは、博士やアポロにとってもヤバいんじゃないのか?」

 

清麿は彼等の身を案ずる。自分が調査されている事を死神が知れば、何をしでかして来るか分からない。

 

『何を言う、君達の命も危ないかもしれないんだ。我々が何もしない訳にはいくまい』

 

「……分かった、無理するなよ」

 

『了解した、ではお互いに気を付けよう。君達の健闘を祈る』

 

清麿と博士の通話は終了した。清麿は電話の内容をガッシュに伝えた後、そのまま眠りについた。

 

 

 

 

 夏休み最終日の夕方。特訓を終えたガッシュペアが家で一息ついていると、玄関のチャイムが鳴った。

 

「清麿とガッシュちゃん、今手を離せないから出てくれる?」

 

「「分かった」のだ!」

 

ガッシュペアが扉を開けると、水野・山中・岩島の3人がそこに立っていた。そして水野は空色の浴衣を着ている。

 

「高嶺君とガッシュ君、椚ヶ丘のお祭り行こ~よ~」

 

祭りの誘いだ。水野達にとっても夏休みは最終日で、皆で遊ぼうとの事である。モチノキ町からは少し離れてはいるが、彼等にとってはそんな事は関係ない。

 

「もちろん行くよな、お前等⁉」

 

「中学最後の夏休み最終日だからね、遊ばない手はない!」

 

山中と岩島も乗り気だ。水野に至っては浴衣を準備するほど楽しみにしている様子だった。

 

「ウヌ、行きたいのだ‼」

 

「それは構わんがお前等、課題は全部終わってるのか?」

 

「「「もちろん!」」」

 

中学3年生の夏休みは受験に大切な時期だが、時には遊ぶことも大事だ。水野達の勉強事情を心配しつつも、清麿も誘いを了承した。

 

「高嶺君が教えてくれたから、課題はバッチリだよー」

 

水野が自信ありげにそう言う。しかし清麿は、そんな水野達の後ろに変装しているとは言え、堂々と殺せんせーが立っている事が気がかりだった。ちなみにガッシュは山中・岩島と話していた為気付いていない。

 

「高嶺君、どうしたの?」

 

「いや、なんでもないぞ……(おい、国家機密がどういうつもりなんだ!)」

 

(是非、お祭りに来て下さいね~!ヌルフフフ)

 

心の中でツッコミを入れた清麿をよそに、殺せんせーは夏祭りの誘いについて書いてある木の板を持っていた。殺せんせーはE組の生徒を片っ端から祭りに誘っている。そしてガッシュペアが祭りに来てくれる事を察した殺せんせーは、超スピードでその場を去る。

 

「よし、そうと決まれば早く行こーぜ‼」

 

「分かったのだ‼」

 

山中の言葉を皮切りに、彼等は椚ヶ丘の夏祭りを目指す。夏休み最終日の夜くらいは、暗殺も特訓も勉強も忘れて遊んでも罰は当たるまい。

 

 

 

 

 時は少し遡る。殺せんせーは生徒達以外にも、ロヴロをも夏祭りに誘っていた。

 

「……標的からの誘いは有難いが、あいにく今は別の仕事で日本国外だ」

 

『にゅやッ⁉』

 

しかしロヴロは日本を離れており、祭りに参加する事が出来ない。そんな彼が歩いていると、突如目の前に男が立っていた。

 

(いつの間に‼俺に気配を気付かせずこの距離まで……この殺気で‼)

 

ロヴロは直ぐに男から離れたが、男はロヴロを指差す。

 

「生まれた時から、私はいつも君の隣に。畏れるなかれ、“死神”の名を」

 

その男、死神がそう言うと、ロヴロは血まみれになりながら地に伏した。

 

 

 

 

 時は戻って、清麿達は夏祭りに来ていた。彼等は射撃の屋台の前で、2人組の男女が景品を大量に抱えている光景を見かける。

 

「見てー、射撃だよ……ってあの人達凄ーい!」

 

水野がその2人組を見て感心するが、彼等はガッシュペアとも馴染みのあるクラスメイトだった。

 

「清麿、あの者達は……」

 

「千葉と速水じゃないか!」

 

「……高嶺とガッシュか」

 

「アンタ達も射撃やりに来たの?」

 

千葉と速水も彼等に気付いたようで、2人はガッシュペアの方に駆け寄る。彼等は大量に景品を手に入れたのだが、どこか浮かない顔を見せる。

 

「お前等、相変わらずの射撃スキルだな……」

 

「そのおかげで出禁くらっちまったがな」

 

「同じく、イージーすぎて調子に乗った……」

 

「ウヌ、そうであったか」

 

彼等の射撃の技術を持ってすれば、止まっている景品に弾を当てるなど朝飯前だ。それ故に多くの景品は2人によってかっさらわれてしまった。それを見かねた店員が千葉と速水を出禁にした様だ。

 

「お前等もやり過ぎない様気をつけろよ……」

 

「じゃあ、私達は行くから……」

 

「お、おう」

 

「またなのだ」

 

2人共バツの悪そうな顔をしたままその場を去って行く。そんな2人に対してガッシュペアは哀れみの視線を向けた。

 

「何だ、お前等の知り合いだったのか?」

 

「今のクラスメイトだ。あいつ等、射撃が得意だからな」

 

千葉と速水がその気になれば、彼等だけで店じまいまで追い込む事すら可能であろう。清麿が呆れ混じりの表情で山中の質問に答えていると、水野とガッシュが射撃の景品に興味を示した。

 

「あ、“洋ナシちゃん”のぬいぐるみがある!」

 

「私はカマキリジョーの人形が欲しいのだ!」

 

“洋ナシちゃん”はナシの姿をした魔法使いで、大人気らしい。彼等は自分の好きなキャラクターのグッズを見つけた。その時、山中が清麿の肩を組む。

 

「おい高嶺、水野に良い所見せるチャンスじゃないのか?」

 

「ガンバレ~」

 

「え、これ俺がやる流れなのか?」

 

岩島も便乗して清麿を応援する。そして水野とガッシュもまた清麿に期待の眼差しを向けて来た。

 

「は~、しゃあない。1回分だけだぞ」

 

「お、いらっしゃい……景品の取り過ぎは勘弁な」

 

仕方なく清麿は射撃を行う事になる。そして店員は、景品を大量に取られる事がトラウマになっている様子だ。

 

(ライフル型か。暗殺の訓練ではハンドガンばかり使っていたからな、どうしたものか……【答えを出す者】(アンサートーカー)を使う訳にはいかんよなぁ)

 

清麿にとっては扱いに慣れていないライフル型だが、そんな事を水野達は知る由もない。

 

(取り敢えず1発撃ってみるか)

 

清麿は洋ナシちゃんのぬいぐるみ目掛けて弾を撃つ。命中こそしたが、標的を落とす事は出来なかった。

 

「惜しいのだ、清麿‼」

 

「行けるよ~、高嶺くーん‼」

 

「お前等、声がでかいぞ!」

 

大声で応援する水野とガッシュを清麿は黙らせる。そして彼は次の発砲の準備に入った。

 

(なるほど、ライフル型の使い勝手はこんなもんか。千葉や速水のようにはいかんだろうが、あいつ等が欲しがってた景品を落とすことくらいは出来そうだ。暗殺の訓練がこんな所で活かされようとは)

 

清麿は洋ナシちゃん目掛けて発砲し、景品を落とすことに成功した。

 

「よくやった、高嶺!」

 

「流石だよ~」

 

洋ナシちゃんのぬいぐるみをゲットした事に関して、山中と岩島が感心する。

 

「凄いよ、高嶺君!」

 

「ウヌ、次はカマキリジョーなのだ!」

 

水野はとても喜ぶ。その隣では、ガッシュは自分の欲しい景品が手に入るのを心待ちにする。

 

(さて、次はあれか……)

 

清麿はカマキリジョーの人形に狙いを定める。そして難なく景品を撃ち落とす事に成功した。

 

「良かったね、ガッシュ君!」

 

「ウヌ!」

 

ガッシュが目を輝かせる。清麿は無事に2人が欲する景品をゲットした。

 

(よし、狙いの物は全部取ったな。後は特に欲しい物も無いし、出禁も嫌だから適当に流すとしよう……)

 

そして清麿は、残りの弾は全て外すか景品が落ちないように当たるようにした。その後、彼は水野とガッシュが欲しがっていた景品を持ち帰る。

 

「ほれ、水野。これで良いか?」

 

「うん!ありがとう、高嶺君!」

 

清麿からぬいぐるみを貰えるという喜びのあまり、水野は涙を流す。そんな光景を、山中と岩島はニヤニヤしながら見ていた。

 

「清麿、私にもカマキリジョーを……」

 

「お前にはあげない」

 

カマキリジョーの人形を受け取ろうとしたガッシュだが、意地の悪そうな顔をした清麿に拒否される。

 

「ヌオオオオォ‼」

 

ガッシュは絶望感に溢れた顔を見せた後、泣きながら水野に抱き着いた。そんなガッシュに水野達は哀れみの視線を送る。

 

「高嶺君、そんな事言ったらガッシュ君が可哀そうだよ」

 

「ったく、冗談だよ。ほれ、ガッシュ」

 

清麿は本気でガッシュにあげないつもりではない。そしてカマキリジョーの人形をガッシュに渡した。

 

「ウヌ、ありがとうなのだ!」

 

ガッシュは完全には泣き止んでいなかったが、人形を貰えたことはとても喜ぶ。

 

 

 

 

 そして一行は屋台を見て回っていたが、ガッシュが立ち止まった。

 

「ウヌ、お腹が空いたのだ」

 

「そーいやここに来てから何も食ってなかったな!」

 

「何か食べようよ」

 

「何が良いかの……」

 

ガッシュが空腹を訴えたが、山中と岩島も同じく腹を空かせる。屋台にはたくさんの食べ物があり、彼等は何を食べようかと悩む。そんな時、

 

「清麿、あれは……」

 

「ああ、あのあたりの屋台は全部殺せんせーの分身が店を回しているな」

 

焼きそば・フランクフルト・タコ焼き・かき氷等のお店を殺せんせーが1人で経営していた。そんな先生を見て、ガッシュペアは殺せんせーの方に駆け寄る。

 

「凄いのだ、全部先生がやっておるのか……」

 

「来てくれましたか!良い小遣い稼ぎですよ、ヌルフフフ!さあ、何にしますか?」

 

「やれやれ……」

 

こうしてガッシュペアは殺せんせーの店から色々な品を購入して、水野達と共にそれらを食べた。その後、ガッシュが何かに気付く。

 

「カレーの匂いがするのだ……美味しそうな匂いだの!」

 

近くにカレーを出す店は見当たらなかったが、鼻の利くガッシュはカレーを嗅ぎ付けた。

 

「ガッシュ君の話を聞いてたら、また食べたくなってきちゃった」

 

「まだ食うのか……まあ良い、そこにも行ってみるか」

 

水野もカレーを食べたがっており、清麿達はカレーを食べる事に決めた。

 

 

 

 

 そしてガッシュの嗅覚を頼りに、カレーの屋台を見つけた。しかし屋台の中には、意外な人物がいた。

 

「あ、高嶺君とガッシュ君も来てたんだ。いらっしゃい」

 

「ウヌ、寿美鈴ではないか!」

 

「原、お前店出してたのか?」

 

「このお店、親戚がやっているからね。私も手伝いをしてたんだよ」

 

何とそのカレーの屋台では、原が接客をしていたのだ。これにはガッシュペアも驚きである。

 

「そうであったか!寿美鈴がカレーを作ったのか?」

 

「まあね。全部1人でやった訳じゃないけど」

 

「随分いい匂いのするカレーだな。見事に食欲をそそってくる……」

 

原が作ったカレーを前に、食事を取ったはずの彼等は再び空腹に見舞われた。そして清麿達はここのカレーを食べる事に決める。

 

「どうも、まいどあり!」

 

「それじゃあ原、明日学校でな」

 

「またなのだ!」

 

ガッシュペアが原に挨拶を済ませると、彼等は屋台の近くの休憩スペースに座る。そして彼等はそこでカレーを美味しそうに食べる。

 

「凄く美味しい!高嶺君のクラスメイトの人、料理が上手なんだね!」

 

「ああ、原は家庭科に関する技術に長けてるからな」

 

原は料理などの家事全般が得意だ。そんな彼女のスキルが屋台でも活かされている。

 

「カレーと言えば、林間学校を思い出すよね」

 

「あん時のカレーは酷かったよな、ハハハ!」

 

「おおっ、懐かしいのだ!」

 

岩島・山中・ガッシュが林間学校の話をする。奇しくも今いるメンバーはそこでカレー係になった面子だが、カレーの味は悲惨だった。

 

 

 

 

 カレーを食べ終えた一行は、屋台巡りを再開する。そこでは磯貝が数多くの金魚をすくっていたり、渚と茅野が水風船を大量にゲットしたりしていた。暗殺技術の繊細な部分が活かされている。

 

「高嶺君のクラスメイト、凄いね……」

 

「ああ、中々キャラの濃い連中が揃ってるじゃねーか!」

 

「面白そうな人達が多いね~」

 

それらの光景を見ていた水野達が、清麿のクラスメイトに感心する。E組は個性豊かなメンバーが集まっている。

 

「E組の皆は色んな事が出来るのだ!」

 

「キャラの濃さなら、お前等も負けてないと思うがな」

 

確かにド天然の水野・超熱血野球少年の山中・UFOマニアの岩島と、前の清麿のクラスメイトもキャラが立っている。そんな時、ガタイの良い男が近付いてきた。

 

「ちくしょー、ここら辺にもツチノコいなかったかー!」

 

何と金山がツチノコを探して、夏祭りの会場近くをうろついていたのだ。

 

「あ、オメー等も来てたのかよ!」

 

「金山、相変わらずだな」

 

不良にしてツチノコマニアの金山も、かなり個性豊かと言える。ガッシュペアの周りには、愉快な人材が集まりやすいのかもしれない。

 

 

 

 

 そして一行には金山も加わり、彼等は花火を見ていた。

 

「わー、綺麗だよ!高嶺君」

 

「ああ、そうだな。水野」

 

水野と清麿は花火を見ていたが、それ以外のメンバーは少し離れている。彼等は清麿と水野を2人にさせたがっていたが、ガッシュはその目的に気付かない。

 

「ウヌ、何故清麿とスズメから離れるのだ?」

 

「ま、いいからいいから」

 

それを不思議に思ったガッシュだが、山中達にはぐらかされてしまう。一方水野は、清麿がくれたぬいぐるみを取り出した。

 

「高嶺君、洋ナシちゃんありがとうね!あと、今日はとても楽しかった」

 

「ああ、俺もだよ!」

 

「またこうやって、遊びに来ようね!」

 

「そうだな。俺もこういう時間は大切にしたい」

 

清麿と水野は花火を見ながら話す。水野は少し顔を赤くしていたが、清麿がそれに気付いていたかは定かではない。

 

 

 

 

 2人が共に花火を見ている光景を、ガッシュ達以外にも見ている者がいた。

 

「高嶺君、恵さんとは違う女子と仲良さそうにしてるね~」

 

「あのカチューシャの子、もしかして高嶺君の事が……」

 

「あんまり覗き見ない方が良いんじゃない?」

 

今回も清麿が女子と仲良さそうにしている様子をカルマ・茅野・渚が見ていたが、それは彼等だけでは無い。

 

「高嶺の奴、女の子を引っ掛けてやがる……」

 

「前原、言い方……」

 

そこには前原と、袋に入った大量の金魚を抱えた磯貝も一緒にいた。そして彼等は水野の事は何も知らないにも関わらず、彼女の清麿に対する好意を察する事が出来た。

 

「高嶺も結構モテるのな」

 

「これはイジり甲斐がありそうだね~」

 

前原とカルマの言葉を、他の3人は苦笑いをしながら聞いていた。

 

 

 

 

「高嶺君と彼女、良い雰囲気ですねぇ。そうは思いませんか?」

 

 変装している殺せんせーもまた、1人の生徒と共に彼等を見ていた。しかしその生徒からはとんでもない言葉が発せられる。

 

「え……E組を抜ける?」

 

その生徒からの驚愕の一言。2学期の暗殺教室は大波乱から幕を開ける。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。次回からは2学期編に入ります。


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二学期編前半
LEVEL.39 竹林の時間


 二学期編に入ります。今回はアンチ・ヘイトの要素が含まれた話になりますのでご注意ください。



 二学期の始業式、折り返しの9月。殺せんせーの暗殺期限まであと6ヶ月である。

 

(竹林がいない。新学期早々に体調不良か?だとしたら災難だ……)

 

清麿は始業式に竹林が出席していない事を気にしていた。そして式が始まり、5英傑の荒木鉄平が進行を務め、部活の表彰などが行われた。

 

『……さて、式の終わりに皆さんにお知らせがあります。今日から、3年A組に1人仲間が加わります。昨日まで彼は、E組にいました』

 

荒木の説明を聞いて、E組の生徒達は愕然とした。誰かがE組を抜けるなどという話は、彼等は誰も聞いてはいなかったのだから。

 

(1人仲間って、まさか⁉)

 

清麿は今ここにいないクラスメイトの顔を思い浮かべていた。その者こそが、E組を抜けた張本人である。

 

『竹林孝太郎君です‼』

 

竹林はA組に編入した。そして彼はE組を地獄と断言した上で、本校舎に戻れる事を嬉しく思うと壇上にてスピーチで述べた。それを聞いていたE組一同、何が起こったか分からないといった様子だった。

 

 

 

 

 始業式が終わり、E組は裏山の校舎に戻るが、竹林の話題で持ち切りだった。

 

「清麿ォ‼竹林がE組を抜けたとは、どういう事なのだ⁉」

 

「ガッシュ、落ち着け!俺にもどうしてアイツが急にE組を抜けたのかはわからん!」

 

彼の事を聞いたガッシュも、焦りの表情を見せていたが、そんなガッシュを清麿がなだめていた。清麿自身もどうしてこうなったかは理解出来ていない。しかしガッシュだけではなく多くの生徒が動揺しており、中には怒りの感情を表す生徒もいた。

 

「竹林、ここを地獄とかほざきやがった‼」

 

「言わされたにしても、あれはないよね」

 

木村と岡野が、竹林のスピーチを批判していた。自分達が大切だと思う居場所を散々に言われたのだから無理もない。

 

「竹林君、どうしてこんな事に……」

 

奥田が今にも泣きそうな声を出していた。彼女は竹林と共に離島での看病を行っていた他、理系の話で盛り上がる事も多かった。そんな彼がクラスを抜けたショックは大きい。

 

「竹林の話を聞かない事には何とも言えない。皆で放課後、アイツに会いに行こう」

 

「そうですね、高嶺君。竹林君にも何か事情があるのかもしれません!」

 

こうして彼等は放課後、竹林に事情を問いただすことにした。清麿には【答えを出す者】(アンサートーカー)を使用する選択肢もあったが、彼は本人に直接話を聞くべきだと判断した。

 

 

 

 

 放課後、竹林が本校舎から出てくるのをE組一同は待ち構えていた。そして竹林が校門を出て来たと同時に、磯貝が彼を呼び止めた。

 

「待ってくれ竹林。説明してもらおうか、どうして一言の相談もないんだ?」

 

磯貝の言葉に続いて、他の生徒達も彼に声をかけた。どうしてE組を抜けてしまったのか、何故あのようなスピーチをしたのか、と。少しの沈黙の後、竹林が口を開いた。

 

「僕の家はね、代々病院を経営している“出来て当たり前”の家なんだ。勉強の出来ない僕は家族として扱われない」

 

その話を聞いた後、彼に不満の視線を向ける生徒は誰もいなくなった。竹林の家庭の事情は、落ちこぼれとして扱われてきたE組達にも思うところがあった。

 

「E組を抜けられて、ようやく家族の仲間入りが出来そうだよ……僕にとっては地球の終わりよりも、百憶よりも家族に認められる方が大事なんだ。裏切りも恩知らずも分かっている。君達の暗殺が上手くいく事を祈っているよ」

 

家族から認識されない事、それは自分が産まれてきた事の否定と言っても過言ではない。竹林は今とても苦しんでいる、E組一同それがよく分かっていた。そして竹林は彼等に背を向けた。

 

「……竹林、本当にそれで良いのか⁉お主、とても辛そうにしておるではないか‼」

 

「そうだよ竹林君、こんなの……」

 

「2人とも待って!」

 

背を向けて帰ろうとする竹林は、まるで自分の気持ちを押し殺すようだった。そんな彼を見かねたガッシュと渚が駆け寄ろうとしたが、神崎が2人を呼び止めた。

 

「親の鎖って、凄く痛い場所に巻き付いて離れないの。だから、無理に引っ張るのはやめてあげて」

 

「神崎さん……」

 

神崎もまた仕事一筋の厳しい親に育てられてきた為、竹林の苦悩を理解する事が出来た。そんな彼女は辛そうな顔をしながらも、竹林の意志を尊重したのだ。それを察した渚は、何も言い返せなかった。

 

「ウヌぅ、しかし……」

 

ガッシュは納得いってない様子だったが、清麿が彼の頭の上に優しく手の平を置いた。

 

「竹林が自分で決めた以上、俺達にあいつを止める権利はない。それに、竹林がE組を嫌いになって抜けた訳ではない事が分かった。今は様子を見よう」

 

家庭の事情を踏まえた上での竹林の決断を、誰も責める事は出来ない。親の鎖と言う重すぎる問題に立ち向かう術を、彼等の多くは知らない。そしてE組一同はそれぞれ帰路に着くのだった。

 

 

 

 

 家に着いた後、ガッシュペアはデュフォーと共に裏山で特訓を行ったが、ガッシュは少し元気が無い様子だった。小さな変化ではあるが、デュフォーはそれを見逃さなかった。そして特訓終わりの帰り道、

 

「ガッシュ、学校での出来事を引きずっているな」

 

「ウヌ、そうだの……」

 

ガッシュがデュフォーに竹林の事を話した。【答えを出す者】(アンサートーカー)でデュフォーは事情を分かっていたが、それでも彼はガッシュの話に耳を傾け、顔をしかめながら口を開いた。

 

「どこにでもいるんだな、その手の親は」

 

竹林の話を聞いて、デュフォーは自分の親の事を思い出していた。お金欲しさに自分を研究所に売った母親の事を。今の彼はゼオンを家族のように思う事が出来て救われているが、親に苦しめられた経験は簡単には忘れられる物ではない。

 

「いわゆる“毒親”と言う奴だ。自分の理想を勝手に押し付けた挙句、思い通りにならない子供を叱責したり拒絶したりする。頭が悪いとしか言いようがない」

 

(デュフォー、容赦ないな……)

 

彼の辛辣な言葉を聞いて清麿は困ったような表情をしていたが、その一方ガッシュは今にも泣きそうな顔をしていた。そして、

 

「そんなの、酷すぎるではないか‼親とは、家族とはお互いを大切にするものでは無いのか⁉家族からそんな扱いを受けるなんて、辛すぎるではないか‼」

 

ガッシュは激高した。彼も親とは離れて暮らしていたが、それは王族である親にとっても、魔界の平和の為の非常に辛い決断だった。ガッシュの中のバオウ・ザケルガを暴走させる訳にはいかない。共に暮らせなくとも両親は実の子を愛しており、彼にはそれが分かっていた。

 

「ガッシュ……」

 

そんなガッシュを見て、清麿は自分の両親の事を考えていた。父の清太郎は清麿とガッシュを出会うきっかけを作っており、それは清麿を思っての事だった。母の華は厳しい一面もあるが、ガッシュペアやその周りの人々の事を大切にしてくれている。

 

(俺は恵まれた家に産まれる事が出来たんだな。でも、そうじゃない人達も沢山いる。恐らく、竹林以外のE組にも。どうしたものか……)

 

清麿がそんな事を考えていると、気付けば自分達の家に到着していた。

 

 

 

 

 扉を開けて家に入ると、華が玄関に立っていた。

 

「3人共、お帰りなさい、まずはお風呂に……」

 

華がそう言いかけると、ガッシュが大粒の涙を流しながら彼女に抱き着いた。竹林の件は、実の両親と一緒に暮らせていなかった彼にとっては耐え難い出来事だったのだ。

 

「母上殿……‼」

 

「どうしたの、ガッシュちゃん?……まさか清麿、アンタがガッシュちゃんに意地悪を……」

 

「そうでは無いのだ‼」

 

ガッシュが大声を上げた。それを聞いた華は何かを察したようにそれ以上言葉を話さずに、ガッシュを抱きしめながら頭を撫でていた、まるで実の子供をなだめるように。

 

「母上殿!親と言うのは……家族と言うのはとても優しくて、暖かいものでは無いのか⁉家族に自分の事を認められないなんて、そんな冷たくて悲しい事が、許されても良いのか⁉」

 

ガッシュは声を荒げているが、華は彼とは対照的に穏やかな表情で話を聞いていた。清麿とデュフォーも、その光景を無言で見ていた。

 

「取り敢えず、リビングに行きましょうか」

 

華はガッシュを抱きかかえながら、リビングに向かった。清麿とデュフォーもそれに付いて行った。

 

 

 

 

「……そう、そんな事が」

 

「ああ、そして竹林はとても苦しそうにしていたよ」

 

リビングにて清麿が事情を話したが、それを聞いた華は苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。

 

「確かに家庭の事情はそれぞれ違うけれど、それはとても辛いことだと思うわ。竹林君のご家族を実際に見てはいないから突っ込んだ事は言えないけど」

 

「そんな……そんなのは、間違っておる!」

 

ガッシュは未だに泣き止んでいなかった。そして彼は頑なに竹林の家族の現状を認めようとは出来ず、ガッシュの叫びを聞いた華は再び口を開いた。

 

「清麿とガッシュちゃんはその事に関してどうしたいと思っているの?」

 

それを聞いたガッシュペアは少し考えた。確かに現状を嘆いているだけでは何にもならない。そしてまずは清麿が考えを口にした。

 

「家庭の事情に首を突っ込む事は出来ない。それに、アイツが決めた事を否定する事も違う。けど、クラスの仲間が悩んでいるなら力になりたい。今は竹林を見守ろうと思う」

 

「……そうね、私もそれが良いと思う。ガッシュちゃんは?」

 

清麿の意見に華も賛成していた。いくら納得の行かない出来事でも、安易に家庭の事情に口を出すのは得策ではない。そして華は、ガッシュにも考えを聞いた。

 

「……私は、このまま竹林が辛い顔をしながらE組を離れるのは絶対に嫌だ。しかし、どうすれば良いかが分からぬ!私は……」

 

「ならば、他のクラスメイトの力も借りれば良いんじゃないのか?お前達だけで全てを解決など出来ないのだから」

 

ガッシュが方法を見つけられないでいると、デュフォーが会話に入ってきた。彼の言う通り、この問題はガッシュペアだけではどうにもならない。だからこそ、人の力を借りるべきなのだと。

 

「今までもそうして来たんじゃないのか?自分達だけで限界があるのなら、他の者の力を借りて補ってきただろうに」

 

デュフォーの言葉を聞いて、ガッシュは落ち着きを取り戻した。非常事態で考えがまとまらずに思いつけなかったが、“仲間に頼る”事は今まで彼等が当たり前のようにしてきた事である。それを聞いたガッシュの顔は先程よりも明るくなった。

 

「ウヌ、その通りなのだ!清麿、明日皆に相談してみようぞ‼」

 

「そうだな、それが良い!」

 

ガッシュペアは答えを出した。E組の仲間が困っているならば、他のE組の仲間と共に支えてあげれば良いのだと。それを聞いた華も、嬉しそうにしていた。

 

 

 

 

 次の日、ガッシュペアが竹林の事をクラスで相談するまでもなく、E組の何人かで竹林の様子を殺せんせーと共に見に行く事に決定した。

 

「清麿、皆同じ事を考えていたみたいなのだ!」

 

「そうだな、全員が竹林を心配してくれてる」

 

「殺意が結ぶ絆ですねぇ」

 

そんなクラスの様子を見て、殺せんせーは嬉しそうだった。

 

 

 

 

 そして放課後、殺せんせーとE組の何人かでカモフラージュの技術を活かして本校舎の竹林の様子を見に行ったが、彼はそれを見破っていた。

 

(なんかいる……)

 

竹林は外を気にしながらも、A組の生徒達と話していた。クラスに馴染めている彼を見て、E組一同は安心していた。

 

「うまくやってるみたいだな。だから放っとけって言ったんだ、あんなメガネ」

 

寺坂は悪態をつきながらも竹林の様子を見に来ていた。寺坂は竹林とは何度もメイド喫茶に行った程仲が良く、内心も彼が心配だったのだ。

 

 一方竹林は、何故彼等が自分の事を見に来てくれたのかが分かっていない様子だった。

 

(みんなはどうしてここまで……今まで僕は暗殺の役に立ってなかったのに。しかもA組になった僕を見て、何を学ぶ価値がある?……逆に僕は、何を学びに本校舎に戻ってきたんだっけ?)

 

E組を抜けた自分を気にかけてくれるクラスメイトを見て、竹林はこれからどうすれば良いかが分からなくなっていた。そんな竹林に浅野が話しかけていたが、距離が遠くて会話の内容を聞き取る事は出来なかった。

 

「今の竹林君には迷いが見られますねぇ。皆さん、今日はこの辺で帰りましょうか。後は先生に任せて下さい」

 

殺せんせーの言葉に従い、彼等はそれぞれ帰宅した。生徒達は殺せんせーなら竹林を任せられると容易に判断出来た、それ程に殺せんせーに信頼は厚い。そしてこの日の夜、殺せんせーは親の鎖に縛られている竹林に対しての手入れを施したことは、本人達しか知らない。

 

 

 

 

 次の日、本校舎での集会にて竹林が再び壇上に立っていた。A組に入って、改めて決意表明を行うようだった。これは理事長の指示だったが、彼の思惑は外れてしまった。

 

「E組は弱い人達の集まりですが、僕にとってはメイド喫茶の次に居心地良いです」

 

彼は親の呪縛に打ち勝ち、E組に残る道を選んだのだった。そして竹林は理事長室からくすねて来た盾を粉々に砕き、晴れてE組に逆戻りとなった。

 

「救えないな、強者になれるチャンスだったのに」

 

壇上から降りた竹林に浅野が心底呆れた表情で声をかけたが、彼には後悔は無かった。そして、

 

「強者?怖がっているだけの人に見えたけどね、君も皆も」

 

竹林の言葉を聞いた浅野は、まるで図星を付かれたような顔をしていた。強がってはいても、浅野は心のどこかで理事長を恐れている。その事を竹林に見透かされてしまったのだ。

 

(竹林、大きな決断を下せたな。その心の強さと度胸は、俺も見習わなくてはならん)

 

清麿も嬉しそうな表情で竹林を見ていた。

 

 

 

 

 そしてE組一同は竹林と共に裏山に戻ったが、ガッシュが待ち構えていた。

 

「竹林、戻ってきてくれたのだな‼本当に良かったのだ‼」

 

「ガッシュにも心配をかけたね。皆も、本当に済まなかった」

 

竹林は一度E組を抜けた自分を改めて迎えてくれる事を嬉しく思う反面、少しの罪悪感に苛まれていた。

 

「何辛気臭せー顔してんだ。テメーはまたここに戻ってきた、それだけで充分じゃねーか」

 

そんな竹林を見て、寺坂が声をかけた。彼は同じ趣味を持つクラスの仲間の帰還を心待ちにしていたのである。E組一同、竹林が戻ってきて喜ばしい様子だった。

 

 

 

 

 その日の体育の授業で、烏間先生からこれからの暗殺には火薬を組み込む事が説明された。そして先生は分厚い火薬のマニュアルを取り出し、それを生徒1人に覚えてもらうよう説明した。

 

「ウヌ、難しそうなのだ。しかし清麿なら出来るのではないか?」

 

「まあ、大丈夫だとは思うがそれは俺の役割ではない」

 

清麿の頭脳を持ってすれば全て暗記するのは不可能ではないが、彼は引き受けるつもりは無かった。他に適任がいる事を知っていたから。そして多くの生徒が嫌がる表情を見せる中、竹林が烏間先生からマニュアルを受け取った。

 

「全て暗記できるか?竹林君」

 

「ええ、アニソンの替え歌にすればすぐですよ」

 

彼は殺せんせーに勉強を教わった時、数式などをアニソンの替え歌にしてもらい、テストを乗り切った事があった。それを活かせば全て覚えるのは苦ではない。またこれを引き受けたのは自らも今まで以上に暗殺の役に立ちたいと言う意志表示でもあった。E組の戦力が増加した瞬間である。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。次回からは諸事情により、投稿のペースが遅くなります。


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LEVEL.40 フリーランニングとプリンの時間

 今回は実質2本立てとなります。


「2学期から教える応用暗殺訓練、火薬に続くもう1つの柱が“フリーランニング”だ」

 

 烏間先生が少し離れた一本松を指差しながらフリーランニングの説明をした。百聞は一見に如かずと言う事で、烏間先生が実際にそれを行って一本松まで10秒程で辿り着いた。

 

「道なき道で行動する体術、熟練して極めれば、ビルからビルへ忍者のように踏破する事も可能になる」

 

これを見た生徒一同は興味を示した。自分達もこのようなフリーランニングの会得が可能なら、厳しい訓練にも楽しみが出来る。しかし口元が緩む生徒達とは対照的に、烏間先生の表情がいつも以上に真剣になった。

 

「だがこれも火薬と同じ。初心者の内に高等技術に手を出せば、死にかねない危険な物だ」

 

先生がフリーランニングの危険性を説明した。皆がいきなり先生のように上手にやれる訳が無いのだから。

 

「危険な場所や裏山以外で試したり、俺の教えた以上の技術を使う事は厳禁とする。いいな!」

 

フリーランニングは習得出来れば便利な能力だが、リスクは大きい。気を抜けば自分や周りの人の怪我に繋がる。そしてフリーランニングの基本となる受け身の練習をひたすら行い、今日の体育の授業は終了した。

 

 授業が終わって生徒達が教室に入っていく中、ガッシュペアはまだ外にいた。

 

「清麿、烏間先生はフリーランニングが危ない物と言っておったな」

 

「ああ。これもまた火薬や俺達の呪文と同じで、誰かの命を奪う可能性がある代物だ。使う場面は選ばなくてはならん」

 

彼等は自分達の持つ力について話していた。その力で関係ない人々を巻き込む事は許されない事である。

 

「清麿。私が公園で電撃を呼び出そうとしたのがきっかけで、私達が喧嘩をしてしまった事を覚えておるかの?」

 

「……あったな、そんな事」

 

ガッシュは自分の電撃の事で清麿と揉めた事を思い出す。その時清麿は安易にガッシュが術を人前で使おうとした事に怒ったが、ガッシュにとっては自分が“人より優れている”事をアピールしたかっただけであった。そしてすれ違いが起こってしまったのだ。

 

「あの時は反発してしまったが、今なら清麿がどうして怒ったのかが分かるのだ。私達の力で関係のない人々を傷つけるなど、あってはならないのだ」

 

「……そうだな。だがあの時はガッシュなりに前を向こうとしていたんだろ?それを分かってやれなかった俺にも責任がある」

 

この一件を経て彼等はお互いに歩み寄る事が出来た。その絆の力は、当時のブラゴのギガノ級の術を相殺する程に強力な物である。

 

「私達はこの力を、誰かを守る為以外に使ってはならぬのだ。烏間先生もそれが分かっていて、裏山以外でのフリーランニングの使用を禁止したのであろう」

 

「その通りだ。自分の力に溺れるなど、あってはいけない」

 

人とは違う力を持った彼等には、烏間先生がフリーランニングに関して厳しい制限を設けた理由が分かっている。しかしフリーランニングをめぐってあのような事件が起こるなど、今のガッシュペアには知る由も無かった。彼等がそんな話をしていると、

 

「2人で何の話をしてるの~?」

 

倉橋がガッシュペアに後ろから話しかけた。彼女は他の生徒が校舎に戻る中で烏間先生を放課後にお茶の誘いをしたのだが、断られてしまったようである。

 

「おおっ、陽菜乃ではないか!」

 

「今日のフリーランニングについてだ。使いこなせれば暗殺において便利な技だが、かなり危険な物だからな」

 

「成程ねー、確かに失敗したらって考えるとちょっと怖いかも」

 

清麿の話を聞いた倉橋もフリーランニングに対する恐怖心を持ち合わせていた。そんな彼女は一瞬だけ険しい顔を見せたが、直ぐにいつも通りの明るい表情に戻り、少し顔を赤くして微笑んだ。

 

「でもフリーランニングしてる烏間先生、いつも以上にカッコよかったな~」

 

倉橋は烏間先生に恋心を抱いているが、ビッチ先生の彼への思いにも気付いている為に複雑な心境である。そんな彼女は今日の烏間先生に感心していた。

 

「ウヌ、烏間先生は凄いからの!」

 

「あの人の身体能力は、人間離れしてるところがあるからな……」

 

彼等は烏間先生の話をしながら校舎に入って行った。

 

 

 

 

 烏間先生の話題で盛り上がった彼等だったが、下駄箱を通り抜けた辺りから倉橋は別の話題を持ちかけた。

 

「ねぇガッシュちゃんと高嶺ちゃん、ウマゴンちゃんが次に日本に来るのっていつになりそう?」

 

彼女はウマゴンに会いたがっていた。動物園で顔を合わせてからかなり仲良くなっており、次にいつ再会出来るかが気になっている様子だ。

 

「そうだな、少なくとも今俺達が倒そうとしている魔物との戦いが終わって以降だろうが、サンビームさんの都合もあるからいつになるかは分からない」

 

「そっか、残念だな~。でもしょうがないよね」

 

「ウマゴン達も強くなる為に頑張っておるからの」

 

今この時もウマゴンはアフリカで野生動物に追われる生活を送りながら、実力を伸ばしている。事情を知っている倉橋は、ウマゴンにいつ会えるか分からなくてもそれ程落ち込む様子は見せなかった。

 

「戦い、頑張ってね!」

 

「「勿論」なのだ!」

 

倉橋が笑みを浮かべて2人を激励してくれた。天真爛漫な彼女との会話は、ガッシュペアの日々の疲れを紛らわせてくれる。そして彼等は教室に戻った。

 

 

 

 

 学校も終わって裏山での術の特訓の帰り道。デュフォーは先に戻っており、ガッシュペアとティオペアが共に特訓について話していた。

 

「ティオの盾が日に日に強くなっていくのだ、私も負けてられん」

 

「それはお互い様でしょ?でも、クリアの術はもっと強力なのよね……」

 

彼等の術も強くなっているが、クリアはその上を行く。それでも魔界の滅亡を防ぐために抗わなくてはならない。

 

「2人共、気合が入っているわね……って、あれ?あの子達は……」

 

意気込んでいるガッシュとティオを微笑ましく思っていた恵だったが、彼女は前にも会った事のある2人組を見かけた。

 

「あれ、あの2人って……」

 

「渚とカエデじゃないの‼」

 

「おおっ、本当なのだ‼」

 

彼等の帰り道で、偶然渚と茅野がいる場面に出くわした。2人はモチノキ町在住では無かったが、どこかに遊びに来ていたのだろうか。

 

「あ、高嶺君達!」

 

「それに……大海さんまで!」

 

まさかの出会いに渚と茅野も驚いていた。

 

「こんにちは。渚君、カエデちゃん。南の島以来かしらね」

 

 

 

 

 6人は近くの公園に来た。ガッシュとティオは砂遊びを始め、残りの4人はそれを見ながら雑談を始めた。その話の中で、渚と茅野がモチノキ町のレストランに行ってた事が分かった。

 

「あそこって、前に俺達も一緒に行った所だったか?」

 

「そうだよ。茅野が新作のプリンを食べたいって言っててさ……」

 

「うん、凄く美味しかったよ!」

 

(となると、ウルルさんが働いている店か。元気にしているだろうか……)

 

茅野の甘党は健在だ、スイーツの為なら隣町に出向くことさえ厭わない。一方で清麿は以前にその店で再会したウルルの顔を思い出していた。

 

「カエデちゃんて、本当に甘い物が好きなのね」

 

「はい!大海さんも、甘い物はどうですか?」

 

「“恵”で良いわよ。そうね……私は甘い物ならシフォンケーキが好きかな。後、ティオはケーキ全般が好きって言ってたわ。皆でスイーツを食べに行くのもいいかもしれないわね」

 

恵も茅野が甘い物の話に食いついた。スイーツが好きな女子は多く、それはティオペアとて例外では無い。しばらくその話を続けた後、恵は別の話題を取り上げた。

 

「話は変わるけどカエデちゃんって、ガッシュ君の事を弟のように可愛がっているみたいね。ティオが言ってたわ」

 

「そうですね。ガッシュ君みたいな弟がいると、毎日が楽しいんだろうなって思って。何だか、ガッシュ君を見てると、つい構いたくなっちゃうって言うか……」

 

「それは分かる気がするわね」

 

恵はティオからガッシュと茅野の関係性を聞いている。そしてガッシュの事を楽しそうに話す茅野を、彼女は微笑ましく見ていた。

 

「でも、程々にしておかないと清麿君が嫉妬しちゃうんじゃない?(それに、ティオも……)」

 

「ハハハ、そうかもしれません」

 

「恵さんまでそんな事を……」

 

「高嶺君、このネタは恒例になってるね」

 

茅野がガッシュを可愛がる事で、清麿が嫉妬する可能性を誰かが言及する。何度このやり取りが行われた事か。それを見てきた渚も苦笑いを浮かべた。しかし恵がティオから聞いていたE組の話題は、それだけではなかった。

 

「あと渚君は、随分ティオと仲良くしてくれたみたいね。動物園に行った時、色々教えてもらったって。あの子、楽しそうに話してたわ」

 

「ティオちゃんがそう言ってくれて嬉しいです。また皆でどこか出かけたいですね」

 

ティオと渚が仲良くなれた事を、恵が喜ばしく感じていた。ティオが心を閉ざしていた時期を知っている恵にとって、彼女の交友関係が広がるのは嬉しい事である。

 

「そうね。今ちょっと忙しい時期なんだけど、時間が出来たらそうしたいわね」

 

「確かに動物園には、恵さんは来れなかったからな」

 

今はクリア打倒の特訓故、恵達は忙しい。しかしそれを乗り越えた後は、皆で楽しい時間を多く過ごしたいと思う恵達だった。

 

「高嶺君とガッシュ君のお陰で、恵さんやティオちゃんとも話す事が出来て良かったです。恵さんも忙しいと思いますが、頑張ってください」

 

「ふふ、ありがとう」

 

ガッシュペアを通して、渚・茅野はティオペアとも仲良くなれた。友達が増える事は、ここにいる全員にとって素直に嬉しい。そんな時、ふと時計に目を向けた恵が慌てた表情を見せた。

 

「あ、いけない。もうこんな時間。ティオー!そろそろ帰りましょー!」

 

「分かった、恵!」

 

恵がティオを呼んで、帰り支度を始めた。もう時計の針は夕方の6時を過ぎていた。

 

「じゃあね、皆。またお話しましょう!」

 

「皆、またねー!」

 

ティオペアが清麿達に挨拶をすると、そのまま帰って行った。そして清麿達も2人に手を振った。

 

「ウヌ、渚とカエデもティオだけでなく恵とも友達になれたのだな。良かったのだ!」

 

恵が渚・茅野と楽し気に話す様子を見れて、ガッシュも満足気だった。

 

「ティオがまた今度皆で出掛けたいと言っておったぞ!」

 

「奇遇だな、ガッシュ。こっちでも同じ話をしてたんだ」

 

考える事は皆同じだったようだ。それぞれが今まで以上にお互いに交流を深めたいと思っている。

 

「私は皆で甘い物を食べに行きたいかなー。今日のプリンみたいな」

 

「茅野、相変わらずだね」

 

ここに来てもプリンの話を持ち出す彼女。しかし、彼女の表情が変わった。

 

「ねえ皆、プリンを作る時って卵を使うよね」

 

「それがどうかしたのか?」

 

「昨日、こんなニュースを見たんだけど」

 

茅野がスマホを取り出した。そこには鶏卵の過剰供給によって廃棄される卵についての記事が掲載されていた。

 

「これ、暗殺に使えると思うんだ!」

 

「カエデが殺る気に満ち溢れておるのだ!」

 

「茅野、これって……」

 

「おい茅野、まさか……」

 

茅野が卵のニュースとプリンを見て思いついた暗殺計画。清麿は察しが付いたが、それは余りにもぶっ飛んだ暗殺計画だった。

 

 

 

 

 9月の3連休、生徒一同は校舎に集合した。もちろん暗殺計画の為である。

 

「と言う訳で‼廃棄される卵の救済もかねて暗殺の為の巨大プリンを作りたいと思います!名付けて、プリン爆殺計画‼」

 

巨大プリンを作る下準備は烏間先生指導の下で事前に行われており、茅野の暗殺計画を聞いた生徒一同は驚愕としていた、ただ1人を除いて。

 

「おおっ、楽しそうなのだ‼」

 

事前に計画を聞いていたガッシュは、楽しみのあまり目を輝かせていた。巨大プリンに興味津々な様子だ。

 

「ガッシュ君、これは暗殺の為なんだからね‼浮かれてちゃダメだよ‼」

 

「ウヌ‼」

 

そういう茅野自身もかなり浮かれていた。これは殺せんせーの暗殺のみならず、甘党の茅野自身にとってもやりたい事の1つである。それを分かっていた清麿と渚は苦笑いをしていた。具体的な計画はこうだ。巨大プリンの底に対先生弾と爆薬を密閉しておく。殺せんせーが底の方まで食べ進んだら、竹林が起爆させる。もし殺せんせーが逃れたら、別の場所で隠れているガッシュペアの電撃が先生を襲う。プリンの匂いで2人の場所が紛れる寸法だ。

 

 巨大プリンの制作が開始された。そこには茅野が考えた多くの工夫があった。プリンが崩れないようにする為の凝固剤に融点が高い寒天の使用、飽き防止の為の味変わりなど、プリンを熟知している彼女だからこそ出来る工夫が多くなされた。

 

「やるねー茅野ちゃん、これ全部手配したの?」

 

「かなり手が込んでるね」

 

茅野の手際の良さに、カルマと渚も感心していた。

 

「うん、前から作ってみたかったんだ。諸経費も防衛省が出してくれる、最高の機会だと思ってさ。こうと決めたら一直線になっちゃうんだ、私」

 

自分の好きな事を活かした暗殺はこれまで何度か見られたが、サポートタイプかと思われていた茅野がここまで大規模な暗殺計画を行うとはクラスの誰もが考えていなかった。その諸経費を見た烏間先生が頭を抱えていたのは別の話である。

 

「茅野、プリンについて随分勉強しているじゃないか」

 

「カエデ、凄いのだ‼」

 

「エヘヘ、甘い物の事なら任せてよ‼」

 

茅野のプリンに関する知識は、ガッシュはおろか多くの分野に詳しい清麿ですら舌を巻いていた。

 

 

 

 

 そして3連休を全て費やし、生徒一同は巨大プリンを完成させた。それを見た殺せんせーがよだれを垂らしていた。

 

「これ、全部先生が食べて良いんですか?」

 

「勿論!」

 

茅野の言葉を聞いた殺せんせーがプリンに飛び込んだ。それを見た生徒達が校舎に入っていく中でガッシュペアはプリンが見える森に隠れた、暗殺の為に。プリンに夢中の殺せんせーはそれに気付いていない。

 

「清麿、どのタイミングで攻撃しようかの?」

 

「一応竹林が起爆した後だと言う事になっているが、俺達が行けると判断した時にも電撃は撃って良いとは聞いている。中途半端な時に攻撃して気付かれるのが最悪だ」

 

最高のタイミングで呪文を唱える為、清麿は【答えを出す者】(アンサートーカー)を発動させた。そこで最善のタイミングを見計らっていたのだが、突如着信がかかってきた。

 

「おっと茅野か、どうしたんだ?」

 

『ダメーーー‼高嶺君とガッシュ君、プリンに電撃放つなんて、絶対ヤダー‼』

 

清麿が電話に出ると、茅野が泣き叫んでいた。彼女は自分達で作ったプリンに愛着が湧いてしまった様子である。清麿は言葉を失った。

 

『ちょっ、落ち着け茅野‼』

 

『プリンに感情移入してんじゃねー‼』

 

荒ぶる彼女を、杉野と寺坂が抑え込んでいた。それを聞いた清麿は、呆れた表情を見せながら電話を切ってしまった。

 

「清麿、カエデからなのだろう?切ってしまって良かったのか?」

 

「ああ、問題ない。ガッシュ、プリンと殺せんせーから目を離すな」

 

茅野の懇願を無視して呪文を唱えるタイミングを見計らっていたガッシュペアだったが、殺せんせーと目が合ってしまった。

 

「清麿、殺せんせーがこっちを見ているのだ。そして何か持ってるようだの」

 

「ああ、俺達は殺せんせーに気付かれたんだ。そして先生が持っているのは竹林が作った爆弾……って起爆装置まで外されてんじゃねーか!」

 

「ヌルフフフ、そこにいましたか。抜かりが無いですねぇ、君達は」

 

こうしてプリン爆殺計画は失敗に終わった。

 

 

 

 

 殺せんせーとガッシュペアは校舎に戻るが、何と殺せんせーがクラス皆でプリンを食べられるように綺麗な部分を切り分けてくれていた。

 

「プリンは皆で食べるものですよ……ただし廃棄される予定の卵を食べてしまうのは、厳密には経済のルールに反します。食べ物の大切さと合わせて、次の公民で考えましょう」

 

「「「「「はーい‼」」」」」

 

各々はプリンを美味しそうに食べ始めた。

 

「これは美味い!流石だな、茅野!」

 

「いくら食べても飽きないのだ!」

 

「皆のお陰だよ……ってガッシュ君、口にプリンついてるよ」

 

「う、ウヌゥ……」

 

茅野は相変わらずガッシュに構っており、彼の口のプリンを拭きとった。そんな彼等に渚とカルマが近付いた。

 

「おっ、高嶺君の嫉妬の時間かな?」

 

「だから、違うと言ってるだろう」

 

「またこのパターン……」

 

この流れはやはり恒例になっていた。清麿と渚は“またか”と言った表情を浮かべた。

 

「でも惜しかったね、茅野……むしろ安心した?」

 

「あはは」

 

大切なプリンに電撃を放ったり爆破したりせずに済んだ茅野は、どこかホッとしている。その事を渚に見透かされて、顔を赤くした。

 

「でも、茅野がここまでやるなんて思わなかった。意外だね」

 

「ふふ、本当に刃は親しい友達にも見せないものよ」

 

茅野は得意げな表情をして、殺せんせーにプリンを突き付けた。

 

「また殺るよ、殺せんせー。ぷるんぷるんの刃だったら、他にも色々持ってるから」

 

そんな茅野を見た殺せんせーは、触手で〇マークを作っていた。次はどんな暗殺方法が行われ、誰が刃を露わにするのかは誰にも予想が付かない。クラス全員がプリンに夢中になる中、清麿は顔をしかめていた。

 

(何だ、一瞬茅野から違和感みたいなものが……気のせいか?)

 

殺せんせーに暗殺の宣言をした茅野を見て清麿が何かを感じ取っていたが、その正体には気付けなかった。その答えを【答えを出す者】(アンサートーカー)で導き出さなかった事を清麿が後悔するのは、まだ先の話である。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。この話を別で出すと、1話が少し短くなったので、まとめました。


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LEVEL.41 偽物の時間

 偽殺せんせー回です、よろしくお願いします。


 ガッシュペアはデュフォーと共にテレビを見ながら朝食を取っている時、テレビのニュースではとんでもないニュースが取り上げられていた。

 

「随分頭の悪い事をする奴がいるな」

 

「……あ、ああ。世も末だ……」

 

「ウヌ?」

 

椚ヶ丘で下着泥棒が出現したのだ。モチノキ町では被害が出ていないようだったが、犯人は“ヌルフフフ”と笑いながらFカップ以上の女性をターゲットにしていた。

 

「どうしたのだ、清麿?」

 

「いや、何でもないぞ(……まさか、そんなはずは無いと思いたい)」

 

ニュースで取り上げられていた犯人の特徴が殺せんせーと一致している。ガッシュは気付いていなかった為、清麿は適当にはぐらかしておいた。

 

 

 

 

 ガッシュペアが登校すると、殺せんせーが生徒達から汚物を見る目で見られていた。

 

「皆、どうしたと言うのだ?」

 

「ガッシュ、ニュース見てないの?」

 

何も分かっていないガッシュに対して、速水が下着泥棒の記事を見せながら解説した。生徒の大半が殺せんせーが犯人だと決め打っている。

 

「この犯人、殺せんせーみたいなのだ!」

 

「いや、殺せんせーしかいないでしょ」

 

「殺せんせー、悪い事をしておったのか?」

 

速水に断言されて、ガッシュは泣きそうな顔を見せる。一方殺せんせーは、冷や汗を掻きながら無実を訴えていた。

 

「待てよ皆、決めつけるなんてひどいだろ⁉」

 

その中でも、磯貝は殺せんせーの無実を信じていた。彼は今までの殺せんせーの言動を振り返るが、その脳内には先生のこれまでのエロい行為ばかりが浮かんでしまった。そして、

 

「自首して下さい‼」

 

「そんな、磯貝君‼」

 

磯貝も先生が犯人だと決め打った。さらに殺せんせーの机から女性下着が入っていたり、クラスの出席簿に女子のカップ数の記入が見られたり、次々と証拠が出ていた。

 

「私の“永遠の0”って何なのよー‼」

 

「カエデ、落ち着くのだ!」

 

「茅野さん、今はそれどころじゃ……」

 

自分のカップ数を見た茅野が荒ぶっていたが、ガッシュと奥田に取り押さえられていた。ただでさえ胸の事をコンプレックスに感じている彼女に対して、Aカップ扱いすらされない事の屈辱は計り知れない。

 

「知りません‼先生は……」

 

殺せんせーはなおも無実を主張するが、大半の生徒達はそれを聞き入れようとしなかった。ここまで証拠が出てきているのだから、無理もない。

 

「こんな、こんなのは……」

 

「殺せんせーは無実だ」

 

殺せんせーが狼狽している中、清麿が口を開いた。侮蔑の目を向けられる先生を見かねた清麿が、【答えを出す者】(アンサートーカー)を使って殺せんせーが無実だと言う答えを出したのだ。

 

「いや、高嶺。殺せんせーを信じたいんだろーけどさ、それは無理じゃ……」

 

「そうだね。殺せんせーがE組(ぼくら)を裏切るような真似はしないと思う」

 

清麿の発言を岡野が否定しようとしたが、渚がその発言を遮った。どんなにエロい殺せんせーでも、渚は信じ続けている。

 

「ま、こんな事して先生として死ぬのは殺せんせーは避けたいでしょ。そうでなくても、マッハ20の下着ドロがこんなに証拠を残すとは思えないんだよね」

 

「私もそれは考えてた。何か、話が上手く出来すぎてる感じがするんだ」

 

カルマと不破もまた現状を疑っている様子である。自分を信じてくれている生徒がいる真実に、殺せんせーが感銘を受けて涙を流した。

 

「高嶺君、渚君!カルマ君に不破さんまで!先生は嬉しくて、ううっ‼」

 

「ウヌ、殺せんせーは悪くないのだな‼」

 

「でも、殺せんせーじゃないなら、一体誰が?」

 

号泣する殺せんせーの隣でガッシュが喜んでいた。信用する先生が無実であるのだから。しかしこれは誰の仕業なのか、茅野はそれが気になっていた。

 

「……にせ殺せんせーよ‼ヒーロー物のお約束だよね‼」

 

不破は目を燃やす。やはり彼女は物事を漫画で例えるきらいがある。それを聞いた殺せんせーが顔を真っ赤にした。偽物の存在は殺せんせーの逆鱗に触れたのだ。

 

「何て卑劣な‼先生の偽物だなんて‼放課後、とっ捕まえに行きましょう‼」

 

「偽物なんて、許せないのだ‼」

 

一先ず殺せんせーの疑いは晴れた。しかし授業の時間が迫ってきており、話の続きは放課後に行われる事となる。

 

 

 

 

 そして放課後、にせ殺せんせーを捕まえる為の作戦会議が始まった。

 

「考えられるのは、犯人は殺せんせーの情報を得ている何者かって事ね。律と協力しながら、手掛かりを探してみるよ」

 

「どういうつもりか知らないけど、俺等の手で真犯人をボコってやろうじゃん?」

 

不破とカルマがやる気を見せていた。そして他の生徒達も意見を出していく中、渚が清麿に問いただした。

 

「ごめん。今聞く事じゃないかもしれないんだけど、何で高嶺君は殺せんせーがやってないって分かったの?」

 

「渚、それはだな……(殺せんせーの無実を主張したかったが、迂闊だったか)」

 

清麿は彼等に【答えを出す者】(アンサートーカー)の事を話すかどうか決めかねていた。この力は不安定な物であり、暗殺に使えるかどうか確証が無い為である。そんな中、渚は話を続けた。

 

「僕は口では言ったけど、殺せんせーが無実だって確証は無かった。カルマ君や不破さんにしたって、不自然な状況から殺せんせーの無実を証明した。でも高嶺君の場合は、まるで初めから殺せんせーがやってないって分かりきってたような感じだったんだ」

 

渚の話に清麿は言い返せなくなる。彼は清麿が何か能力を持っている事を確信していた。そんな時、殺せんせーが口を挟んでくる。

 

「まさか高嶺君。君の持つ力は、【答えを出す者】(アンサートーカー)では無いですか?」

 

「⁉」

 

殺せんせーがその名を口にした時、清麿は顔色を変えた。まさか殺せんせーがそれを知っていたとは、思いもよらなかった。

 

「清麿……」

 

「はぁ~(誤魔化すのは無理そうか……)」

 

ガッシュが清麿に心配の眼差しを向けるが、清麿はため息をついた後にこの力の事をE組一同に話した。これ以上は隠せないと彼は判断した。

 

「本格的に扱えるようになったのは最近だったから、皆には黙ってたんだが……」

 

清麿は申し訳なさそうな表情を見せた。

 

「オイ何だよ、そのチート能力‼」

 

「高嶺、呪文だけでなくそんな力が……」

 

前原と磯貝を始めとして、多くの生徒がそれを聞いて驚愕した。あらゆる答えを瞬時に出せる能力など、規格外も良い所である。

 

「何その漫画みたいな能力は⁉私と律の活躍が……」

 

不破は自分達の活躍が奪われる事を心配していた。その力があれば、彼女自身の役割も無くなりかねないのだから。そして、

 

「そんな能力があるんなら、学校のテストも満点取り放題なんじゃねーのか?」

 

岡島がそう言った。実際にそれは可能であり、清麿の頭脳なら答えだけでなく、それが出るまでの過程までしっかり説明する事も出来る。

 

「コラーーー‼岡島君、何を言い出すんですか⁉高嶺君、絶対ダメですよ‼そんなのはカンニングと同じです‼」

 

殺せんせーが顔を真っ赤にして清麿に絡みついた。教育者としては、生徒が謎の能力を使用して楽々テストで満点を取る行為など見逃せない。岡島の発言は殺せんせーを怒らせてしまった。

 

「分かってるよ、殺せんせー‼この力は暗殺と魔物絡み以外では使う気は無い‼これでいいだろ⁉」

 

「⁉……満点回答です、高嶺君!」

 

うっとおしいと思いながら、清麿が殺せんせーを突き放して答えた。この回答に殺せんせーは満足したようで、顔をオレンジ色にして〇マークを浮かべながら清麿から離れた。

 

「そろそろ話を戻さないか?最もその能力があれば、にせ殺せんせーの正体や居場所も分かりそうだが……」

 

気付けばにせ殺せんせーの捕獲から、清麿の【答えを出す者】(アンサートーカー)に話題がシフトチェンジしていた。そして千葉が話を戻そうとしたが、同時にその能力で偽物を探る事も考えている様である。

 

「いや、俺自身偽物の正体を直接は見てないから完璧には把握で出来ない。だが現れそうな場所の候補はある」

 

「良し!そういう事なら私と律の努力は無駄にならなそう!」

 

「そうだな。俺一人だけの力では限界がある」

 

【答えを出す者】(アンサートーカー)も全ての完璧な答えを出せる訳ではない。しかしその事実を知って、自分にも出来る事があると不破はむしろ喜んでいた。そして不破・律が集めた情報と清麿の能力で、偽物が巨乳を集めたアイドルグループが使用している合宿施設に現れると答えを出した。

 

 場所の見当は付いたがクラス全員でそこを見張る訳にはいかず、ガッシュペア・渚・カルマ・茅野・不破・寺坂がその施設に侵入する事になった。殺せんせーは別行動でそこを見張る。そして残りの生徒はその施設の近くでいくつかの班に分かれて待機する手はずである。

 

「皆で協力して偽物を捕まえましょう‼そんな奴は許せません‼」

 

作戦会議が終了した後、殺せんせーが退室した。

 

 教室には生徒だけが残り、それぞれが帰り支度を始めていたが、寺坂が口を開いた。

 

「なあ高嶺。そんなチート能力があるんなら、あのタコの弱点や正体も分かるんじゃねぇのか?」

 

他の生徒達もそれを聞いて頷いていた。確かに【答えを出す者】(アンサートーカー)を使えば、殺せんせーの弱点も発見できるし、先生が何者かを突き止める事も可能だ。しかし、清麿は首を横に振った。

 

「この力で殺せんせーの正体を探る事はしない。その答えには、皆で協力して辿り着きたいんだ。そうでなくては意味が無い」

 

清麿はデュフォーの言葉を思い出す。この力を使って殺せんせーの事が分かっても意味をなさない。クラスで力を合わせて答えを出すべきだと。清麿は寺坂の提案を否定した。

 

「ま、そーだよね。いきなりこんな能力引っ提げられて殺せんせーの正体が分かっても、俺は納得出来ない。今までの暗殺の為の努力を否定された気にすらなるよ」

 

カルマが清麿の肩に手を置いた。清麿とカルマの言葉には寺坂を始め、誰も言い返せなかった。

 

「ウヌ、クラスの皆で力を合わせて答えを出して見せようぞ‼」

 

ガッシュの言葉に皆は賛同し、この力の話題は終了した。そして生徒一同は帰り支度を済ませて、作戦の準備に入るのだった。

 

 

 

 

 その日の夜に全身黒の服に着替えた清麿達が、フリーランニングを使用して施設の近くに侵入した。そして少し離れた場所で殺せんせーが黒い忍者の恰好で待機していたが、その様子が余りにも怪し過ぎる。

 

「あれでは、殺せんせーが泥棒みたいなのだ」

 

「そうだね、ガッシュ君……」

 

「もうアイツが犯人で良いんじゃねーか?」

 

ガッシュの言葉に茅野が賛同しており、寺坂からはほぼ犯人扱いされていた。しかも殺せんせーは偽物を捕まえようと意気込んでおり、それが下着を見て興奮しているようにも見える。そんな時、壁から黄色いヘルメットを着けた大男の出現に清麿達が気付いた。その男を殺せんせーが捕えようとしたが、清麿は何かに気付いた。

 

「殺せんせー、そこから動いてはいかん‼これは罠だ‼」

 

「にゅやっ、高嶺君!それってどういう……」

 

「ガッシュ、奴を捕まえろ‼」

 

【答えを出す者】(アンサートーカー)を使用した清麿が、偽物がいる場所の近くで殺せんせーを狙う罠が仕掛けられている事を見抜いた。それを知る由もない殺せんせーは動揺するが、清麿はそれを無視してガッシュに指示を出した。

 

「ウヌ、分かったのだ‼」

 

「ラウザルク!」

 

肉体強化されたガッシュは一瞬の内にその男を捕えた。男が取り押さえられた拍子にヘルメットが外れたが、偽物の正体は意外な人物だった。何と彼は烏間先生の部下の1人、鶴田博和だったのだ。

 

「お、お主は……」

 

「鶴田さん、何で⁉」

 

ガッシュや渚を始め、その正体に生徒一同と殺せんせーは驚いた。鶴田さんは非常に申し訳なさそうな顔を見せる。そして清麿はこの出来事の黒幕が近くにいる事にも気付いた。

 

「隠れている黒幕、お前の企みは見破った‼大人しく出てこい、シロ‼」

 

「へえ~、よく気付いたねぇ。どうして分かったんだい?」

 

これはシロが殺せんせーを殺す為の罠だったが、清麿の【答えを出す者】(アンサートーカー)に見破られてしまった。シロを見て、他の生徒達も苦虫を嚙み潰したような顔をした。

 

「お前の質問に答えるつもりは無い」

 

「またアンタか。殺せんせーは俺等の標的なんだけど」

 

「テメーは直ぐに人を操ろうとするよな」

 

特に清麿・カルマ・寺坂はシロに強い敵意を見せる。寺坂はその中でもシロに利用されかけた事もあり、より一層不快な表情をしていた。

 

「やれやれ、これは地球を滅ぼす超生物を殺す為の暗殺計画なんだけどな。鶴田(かれ)とイトナに偽物を演じてもらってあのタコをおびき寄せて捕えるつもりだったのに、どうして邪魔をされなくてはならないのか」

 

シロはため息をついた。顔の表情は分からないが、シロが明らかに不快な気持ちになっている事を生徒達は感じ取れた。他人を利用し、殺せんせーを貶めるような方法は褒められたものでは無いが、シロの言う事にも一理ある。そんなシロの言葉を聞いた殺せんせーが口を開いた。

 

「ふむ、イトナ君もいるのですか。ならばシロさん、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先程の罠を、私に仕掛けて下さい」

 

「‼……何を企んでいる?」

 

殺せんせーの驚きの発言に対して、生徒達はおろかシロまで怪訝な顔を見せた。

 

「ちょ、殺せんせー何言ってんの⁉」

 

「何でそんな事を⁉」

 

渚と茅野は驚きのあまり大声を上げたが、殺せんせーはいつも通りの不敵な笑みを浮かべていた。

 

「イトナ君もE組の生徒ですからねぇ。彼が仕掛ける暗殺なら、私は受けなくてはならないのです」

 

E組の生徒が自分を暗殺しようとしている。よってその暗殺を自分には受ける義務がある。それが殺せんせーの考えだった。

 

「大丈夫なのか、殺せんせー?」

 

「心配いりません。さあ、イトナ君も出てきて下さい。先生を殺したいのでしょう?」

 

清麿が心配の言葉をかけても、何ともないと言った様子で殺せんせーはイトナを煽った。ここまで言ったからには後には引けない。

 

「どういうつもりかは知らないが、それなら好都合だ。君達はそこを離れたまえ」

 

「そういう事なら、止むを得んか」

 

殺せんせーがそこまで言うのなら、生徒達にも止める事は出来ない。彼等はシロの指示に従った。

 

「オイ、少しでもヒキョーだと思ったら直ぐに止めに入るからな!」

 

「巻き添えを喰らいたければ好きにしたまえ」

 

寺坂はシロを睨み付けたが、彼はそれを何とも思わなかった。そしてシロが持つスイッチを押すと、殺せんせーの周りを白い布が覆った。布は金属が骨組みに使われ、四角の縦に長いテントのようだった。

 

「これは対先生繊維で出来た布。これで殺せんせーを動揺させる作戦だったが、まあいい。殺れ、イトナ!」

 

シロがイトナを呼ぶと、何処からかイトナが出現し、先生のいる布で出来たテントに入っていった。

 

「今度こそお前を殺す、兄さん」

 

イトナは触手を出現させていたが、触手に何かを装備させていた。

 

「驚いたかい?イトナの触手に装着させているのは対先生グローブ。これで触手同士がぶつかる度に奴にダメージを与えられる。そしてイトナは常に標的の上から攻撃する。計画通りには行かなかったが、それでもイトナの優位は揺るがない」

 

シロは得意げに清麿達に自分の暗殺計画を話した。もう勝った気でいるようだった。顔は隠れているが、優越感に浸っている様子は想像出来る。

 

「ぐ、上からの命令とは言え私がこんな事をしたばかりに……」

 

鶴田さんは申し訳なさそうにしていた。そんな彼の方をシロは向いた。

 

「まあ、彼を責めないでやってくれ。彼は職務を全うしただけだ」

 

口ではそう言うが、シロは鶴田さんを労っているようには思えなかった。しかしシロは、殺せんせーの暗殺が成功しかけているので機嫌は良さそうである。そんな彼を清麿は鼻で笑った。

 

「フン、少し安心しすぎじゃないのか?まだ決着はついてないだろーに」

 

清麿の言葉を聞いたシロは首を横に振った。

 

「いやいや、この状況でどうやって奴が勝てるのかを知りたいのだが」

 

シロは自分の優位を疑っていない。綿密に立てた計画、多少のズレはあったがイトナに有利になるよう状況を持っていけた。だから殺せないはずが無いと思っている。そんな矢先に何かがはじけるような音がし、それと同時に布で出来たテントが吹っ飛んだ。

 

「ヌルフフフ。エネルギー砲の力をコントロールすれば、イトナ君を傷付ける事無く障害物を吹っ飛ばせます。それに、イトナ君の触手での攻撃は全て見切った」

 

殺せんせーは余裕の表情で立っていた。殺せんせーは何度もイトナの触手を見ており、その動きに目が慣れた様子だ。一方のイトナは座り込んでおり、触手の装備もコントロールされたエネルギー砲で消し飛んでいた。殺せんせーは不利な状況にも関わらず、イトナに勝利した。

 

「イトナ君、そろそろE組に来ませんか?それからシロさんは私が下着ドロじゃないと言う情報を広めておくように!」

 

殺せんせーはイトナを改めてE組に勧誘したが、イトナの様子がおかしい。彼は頭を抱えていた、まるで激しい痛みに耐えるかの様に。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。遂にアンサートーカーの事がE組にバレましたね。


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LEVEL.42 クラスメイトの時間

今回はガッシュのあの術が初めて出てきます。


「ぐ……頭が痛い。脳が裂けるようだ……」

 

 イトナは尋常でない頭痛に苦しんでいる。生徒達は何事かと思いイトナの方を見ており、清麿はその原因を【答えを出す者】(アンサートーカー)で調べ上げた。

 

「これは、触手に精神が蝕まれているのか⁉」

 

「ご名答、良くわかったね」

 

シロはまるで他人事のような態度だった、かつてイトナの保護者を名乗ったのにも関わらず。触手を植え付けられた人間は力を得るが、副作用は大きい。常に触手の知識のある者が管理をしなくてはならない。

 

「イトナ、とても苦しそうなのだ!お主、早く何とかしてやらねば……」

 

「いや、イトナはここで見限るよ。後は君達の好きにすると良い。触手の維持にもお金がかかるから、結果を出せない彼とはお別れだ」

 

ガッシュの言葉を遮って、シロはイトナを見捨てると言い切って背を向けた。シロにとってイトナは、自分の為の駒に過ぎなかったようだ。その発言を聞いて、そこにいる者全員がシロに怒りの感情を向けた。

 

「テメー‼ふざけた事言ってんじゃねェ‼」

 

「待ちなさい‼それでも保護者ですか⁉」

 

シロの非情な言動に対して清麿と殺せんせーが声を荒げるが、それでもシロはイトナの方を向こうともしなかった。

 

「教育者ごっこしてんじゃないよ、モンスター。私はお前が死ぬ事だけを望んでいる。それよりも、大事な生徒をどうにかした方が良いんじゃないのかい?」

 

シロはそう言ってその場から立ち去ろうとした。そんなシロを殺せんせーが止めようとしたが、頭痛に苦しむイトナが大声で叫ぶ。そんなイトナに気を取られたE 組一同は、シロを逃がしてしまった。

 

「ぐああああっ‼」

 

イトナは叫び声と共に超スピードでその場を離れてしまった。咄嗟の事で、殺せんせーやガッシュペアも何もする事が出来なかった。だが清麿は【答えを出す者】(アンサートーカー)でイトナの次に何をするかの答えを出していた、そしてイトナの容体も。

 

「イトナをこのままにしてはいかん、殺せんせー‼」

 

「それはもちろんですが、イトナ君がどこに行ったか……」

 

「ここのから遠くない〇〇携帯ショップにイトナは向かっている‼」

 

【答えを出す者】(アンサートーカー)の力ですね!直ぐに向かいます!」

 

清麿からイトナの場所を聞いた殺せんせーが超スピードで向かった。居場所さえ分れば、弱っているイトナに殺せんせーが追い付くのは容易い。

 

「私達も早く行こうぞ‼」

 

ガッシュの一声により、清麿達もそこに向かう事を決めた。そして彼等は律を介して他のクラスメイトとも連絡を取り、クラス全員で目的地を目指した。

 

 

 

 

 その頃、携帯ショップの前にてイトナと殺せんせーが対峙していた。彼は携帯ショップを破壊しようとしたが、その直前に殺せんせーに呼び止められ、先生の方を向いた。

 

「兄さん、勝負だ……今度こそ……勝つ……」

 

「殺せんせーと呼んで下さい。勝負も良いですが、君の触手は早急に抜かなくてはならない。このままでは君の命が危ない」

 

「そんな、事は……どうでも、良い……」

 

イトナは触手に蝕まれている状態で、このままではあと2~3日で激痛に苛まれて死んでしまう。それでもイトナは殺せんせーに攻撃を仕掛けるが、彼自身かなり弱っており、殺せんせーに全て攻撃は受け止められた。そんな中、E組の生徒達が駆け付けた。

 

「イトナ君、クラスメイトの仲間が君を心配してここまで来てくれました」

 

殺せんせーは優し気にそう言った。イトナとE組は敵対していたが、多くの生徒はシロに見捨てられて苦しんでいる彼を見て放っておけない様子である。

 

「おいイトナ、今までテメーがした事は水に流してやるからついてこいや」

 

「うる……さい……」

 

寺坂がイトナに声をかけるが、それを彼は聞こうとしない。他の生徒達もイトナに心配の目を向けるが、清麿が何かに気付いた。

 

「皆、伏せろー‼」

 

清麿が叫んだ瞬間に爆発が起こり、あたり一面が白い何かに覆われ、それによってイトナと殺せんせーがダメージを受けていた。爆弾に対先生物質の粉が含まれていたのだ。

 

「イトナの触手が公になる危険性に備えて、彼を捕える準備をしといて正解だった」

 

シロが見捨てたはずのイトナを捕える為に部下と共にトラックでここまで来たのだ。そしてダメージを受けている殺せんせー目掛けて部下達は対先生弾をライフルで撃ち始めたが、突然の襲撃で動揺しながらも殺せんせーはどうにか弾をかわしていた。

 

「そしてこれが第二の矢だよ。イトナ、君の最後の奉公だ」

 

トラックの助手席に座るシロが何かを押すと、荷台の大砲から対先生繊維のネットが発射され、悶えているイトナを捕えた。

 

「追ってくるんだろ?殺せんせー」

 

シロは殺せんせーを挑発した後に、イトナを引きずりながらトラックを発進させた。イトナは触手の侵蝕に加えて、先程の粉による爆撃と対先生ネットでのダメージで苦しんでいたが、シロはそれを意にも介さなかった。

 

「皆さん、大丈夫ですか⁉」

 

「……何とか」

 

生徒達の無事を確認すると、殺せんせーはシロ達の後を追った。そして生徒達は全員起き上がったが、シロに対して怒りの感情をむき出しにしていた。

 

「高嶺君はガッシュ君のラウザルクとマントを使って先に行っててよ。俺等もすぐ追いつくからさ」

 

「ああ、そうさせてもらう!ラウザルク‼」

 

「苦しんでいるイトナにあんな事をするなんて、絶対に許せないのだ‼」

 

カルマの言葉を聞いて、清麿はシロへの怒りを込めて術を唱えた。そしてガッシュが広げたマントに乗って、先生とイトナの元へ向かった。

 

「俺等もシロのヤローをボコりに行こうぜ‼」

 

寺坂の言葉に、生徒達が頷いた。考える事は皆同じである。

 

 

 

 

 一方殺せんせーはイトナの救出に向かったが、そこでもシロは罠を仕掛けていた。まず対先生繊維のネットのせいでイトナの開放は困難だ。そしてトラックや木の上には対先生繊維を身に付けたシロの部下が対先生弾入りのライフルを持って待ち構えている。それだけではない。

 

(この光は……私の動きを一瞬止める圧力光線‼)

 

木の上には光線も準備され、殺せんせー目掛けて放たれる。そしてBB弾がイトナ目掛けて発射され、光線で体が自由に動けない中でどうにか先生はイトナの方に向かったが、弾はイトナに当たる事は無かった。

 

「へぇ、変わったマントだねぇ」

 

「お主達、イトナを殺すつもりなのか⁉」

 

ガッシュペアが到着し、ガッシュがマントを使ってイトナをBB弾から庇っていた。

 

「ガッシュ君と高嶺君‼来てくれましたか⁉」

 

「当然だ、皆シロに怒っているんだ!」

 

生徒一同、シロには業を煮やしていた。そして清麿の目にもシロに対する怒りがこもっていた、奴は許せないと。

 

「分かりました、それではイトナ君を捕えてるネットを何とかして下さい!それは対先生繊維で出来ています!」

 

「良し、ガッシュ。その網を引きちぎるぞ、ラウザルク‼」

 

「ヌオオオオ‼」

 

肉体強化されたガッシュはイトナを捕えるネットを引きちぎった。そしてイトナは自分を助けてくれる彼等を、不思議そうな表情で見ていた。

 

「お前等……何で俺を……」

 

「お主、とても辛そうにしておるではないか‼見捨てるなど出来ぬ‼」

 

ガッシュは優しい王様を目指している。よって、目の前で辛そうにしているイトナをそのままにする選択肢は無い。

 

「どういうつもりだい?あのタコを殺せるチャンスだと言うのに。君達のその行動は、地球の滅亡に協力しているような物だよ?」

 

シロは明らかに苛立った口調でガッシュペアを睨んだが、それを見た清麿は笑っていた。彼は自分達が正しい事をしていると確信がある。

 

「勘違いをしているようだな、シロ」

 

「どういう意味かな?」

 

「俺達は殺せんせーを助けるんじゃない。()()()()()()()()()イトナを助けに来たんだ‼」

 

確かに殺せんせーを殺さないと地球は滅亡する。しかし、その為にイトナが傷付く事をガッシュペアは見過ごせない。同じクラスの仲間なのだから。

 

「まあ、アンタに言っても分からないだろう。他人を駒としか考えていないような輩には」

 

「いい加減に……⁉」

 

清麿の挑発を聞き流せなくなったシロだが、ふと周りを見渡すと予想外の光景が繰り広げられていた。

 

「ぐああっ!」

 

木の上にいたシロの部下が、カルマ・前原・寺坂などの身体能力に自信のある生徒達に突き落とされていた。落とされた部下達は、他の生徒達に布で巻かれて捕えられている。後から来るだろうクラスメイトの存在をシロに悟らせないように、清麿はシロの注意を引いていたのだ。

 

「ガキ共が、返り討ちに……」

 

部下の1人が銃を下にいる生徒に向けたが、上から現れた岡野が部下の頭を両腿で挟んだ。

 

「こっちも散々アンタ達に好き勝手されたからね‼」

 

そのまま岡野がアクロバティックな動きで、部下の1人をそのまま足で下に投げ飛ばした。

 

「おおっ!凄い足技なのだ、ひなた‼」

 

「当然!こういうのならガッシュにだって負けないよ‼」

 

女生徒の中でも特に接近戦に自信のある岡野は、度々ガッシュに対抗心を燃やしている。そんな彼女は今回も見事な技を披露した。

 

 

 

 

 こうしてシロの部下は全員捕えられ、光線も止められた。そんな光景を見たイトナが言葉を発した。

 

「お前等……どうして」

 

イトナは自分と敵対してきたクラスメイトが自分を助ける理由が分からなかった。

 

「勘違いしないでよね、シロの奴にムカついていただけなんだから。殺せんせーが行かなければ、放っておくつもりだったし」

 

速水は強気な口調で言った。彼女はイトナを本当にどうでも良いと思っている訳ではないが、素直ではない一面が出てしまっていた。

 

「速水が“勘違いしないでよね”って言ったぞ」

 

「これが生ツンデレか、良いね」

 

岡島と竹林の会話のせいで、シリアスな場面が台無しになりかけていた。それを聞いた速水も、2人に呆れていた。

 

「ウヌゥ。凛香、冷たい事を言うでない……」

 

「!……ガッシュ、それは……」

 

「ぷっ」

 

速水の言葉をそのままの意味で受け取ってしまったガッシュは、悲しそうな顔をしていた。彼にはツンデレの概念が分からない。それを見た速水は少し気まずそうな顔をしており、千葉に笑われた。

 

(千葉、覚えてなさい!)

 

「⁉」

 

千葉の笑いを速水は聞き逃がさず、彼を睨み付けて怯ませた。そんなシリアスが崩壊しつつある場面で、殺せんせーが口を開いた。

 

「去りなさい、シロさん。イトナ君はこちらで引き取ります」

 

しかしこの圧倒的不利と思われる状況下でも、シロは負けを認めてはいない様子だった。シロにはまだ手段が残されているようだ。

 

「やれやれ、アレは使いたくなかったんだが……」

 

シロはトラックからスーツケースを取り出した。それをシロが開くと、中から緑色のスライム状の物体が出て来て、それは2m程の人型に変化した。

 

「コイツは触手細胞を培養させた物でね。生き物を媒体にしていないから知能は無いが、疲れを知らない、よってどんなダメージを受けても攻撃を続けられる」

 

「な……シロさん、それは一体⁉」

 

その物体からは何本もの触手が伸びて、そこにいる者を無差別に襲い始めた。

 

「コイツは試作段階でね、私でも制御が出来ないんだ。生徒(キミ)達も被害を受けたくなかったら、大人しく帰った方が良いよ。コイツがタコを殺して仕舞い……」

 

「ガンレイズ・ザケル‼」

 

シロは得意げに言いかけたが、ガッシュペアの呪文にそれは遮られた。そしてガッシュから放出される電撃の弾は、清麿が触手の弱所を見抜いた上で確実に撃ち抜いていた。

 

「また邪魔をするのかい?地球を救う為なのに」

 

「アンタ言ったよな、自分でも制御出来てないって。ならばそんな物体に対して安易に背は向けられない。ここからは自分達の身を守るために戦わせてもらう‼」

 

シロの難癖に清麿は言い返した。殺せんせーを殺す為なら何しても許される訳では無いのだから。

 

「!清麿、アレは……」

 

ガッシュが触手細胞を指差したが、それは先程の傷を高速で治していた。殺せんせー並の再生能力であるが、疲れを知らないそれは再生で力を使っても速度を落とす事は無い。そして再び触手が伸びてきて、ガッシュに迫った。

 

「ザケルガ‼」

 

清麿が呪文を唱えたと同時に一直線の電撃が触手を破壊し、細胞の本体にも直撃したが、やはり傷の修復を始めていた。

 

「さっきも言ったがこれは疲れを知らない。よって再生の速度も他の触手生物よりも早いし、体力の制限も無い」

 

「つまり、一撃で消し飛ばす必要があるんだな」

 

「そうなるね。それが出来れば、だけど」

 

この触手細胞相手に生半可な攻撃は無意味だ。そして戦いが長引くほど、周りが被害を被る可能性が高くなる。それは阻止しなくてはならない。他の生徒達を守りたい、そんなガッシュペアの意志を汲み取ったかのように、本の光が増した。

 

「ウヌ、バオウを使うべきなのか……」

 

「いや、それはしない。たった今新しい術が出た、今から俺の言う通りにしてくれ」

 

赤い本には新たな術が出現した。そして清麿はガッシュに耳打ちをして指示を出した。

 

「皆、下がっててくれ‼」

 

清麿がそう言うと、生徒達がそれに従った。しかし、

 

「高嶺君、ガッシュ君!ここは私が……」

 

「いや、殺せんせーはまだダメージが残っているから俺達に任せてくれ。それに新しい術にも慣れておきたい」

 

殺せんせーが生徒達を守る為に自分で戦おうとしたが、清麿は自分とガッシュで戦うと言った。シロによる爆発を受けた殺せんせーも万全の状態では無いのだ。

 

「高嶺君とガッシュ君だけであれをどうにか出来るの⁉」

 

渚を始め、生徒達が心配の眼差しでガッシュペアを見ていた。それでも、清麿の顔には余裕の笑みが浮かんでいた。

 

「分かりました。ただし、少しでもピンチになったら、私達も参戦します」

 

「そうしてくれ」

 

「頼むのだ」

 

殺せんせー達との話し合いが終わると、ガッシュペアは触手細胞と対峙した。そして、

 

「ラウザルク‼」

 

肉体強化されたガッシュは触手細胞に向かった。その時、細胞から再び触手が出てきてガッシュを襲ったが、ガッシュは足を止めなかった。

 

「ナイブス・ザケルガ‼」

 

「うおおおお‼」

 

ガッシュの持つ対先生ナイフが電撃を纏い、迫りくる触手を清麿の指示を聞きながら弱所を切り裂いた。

 

「ガッシュ君のナイフ術もさることながら、高嶺君も良い支持を出すね」

 

「凄い!触手細胞相手に負けてないどころか、むしろ優勢だ!」

 

その光景を見て、カルマと茅野を始め、多くの生徒が感心していた。

 

「感心ばかりしてないで、俺達もいつでも援護出来るようにしないと」

 

「そうね。それにまたシロが何か横やりを入れてくる可能性もある」

 

そんな中で千葉と速水はシロの妨害を警戒しながら、シロの部下から奪ったライフルを構えた。

 

 その一方でガッシュは触手細胞の目の前まで来ていた。

 

「ガッシュ!そのままソイツを空中にブン投げろ‼」

 

「ウヌ‼」

 

ガッシュは自分より大きい触手細胞を力いっぱい投げ飛ばした。その後ガッシュはラウザルクをといた。

 

「ガッシュ、奴の方を向け!第14の術、エクセレス・ザケルガ‼」

 

清麿が新たな術を唱えると、ガッシュからはX状の巨大な電撃の光線が発射された。その電撃は触手細胞に直撃した。

 

「そのまま細胞を消し飛ばす‼」

 

清麿は声を上げてさらに心の力をつぎ込んだ。そして術を出し終えた時には、清麿の言う通りに触手細胞は跡形もなくなっていた。

 

「な、バカな……いくら試作段階とは言えこれ程一方的に……」

 

それを見たシロは明らかに動揺していた、余程この触手細胞には自信があったようだ。しかし、この術に驚いていたのはシロだけでは無かった。

 

「「「「「な……何あれ⁉」」」」」

 

E組一同、エクセレス・ザケルガの威力を見て目が飛び出そうになっていた。ガッシュペアが生徒達の前で初めてディオガ級以上の術を使った瞬間だった。殺せんせーは体を震わせていた。

 

(何という術を……あれをモロに喰らうのはヤバい‼)

 

殺せんせーがテンパりながら冷や汗を掻いている中で、動揺していたシロがようやく口を開いた。

 

「……君達、何者なんだい?」

 

「答える義理は無い。もしこれ以上俺達の詮索を続けるようなら、お前の非人道的な実験の事を全世界に広めてやる!」

 

ガッシュペアの術についての言及を辞めさせるために、シロに清麿は脅しをかけた。触手の事が知られたくないのは関係者全員同じである。勿論清麿にもリスクのある事だが、シロを黙らせる為に強気な態度に出た。

 

「まあいい、これは少し考えないといけなくなったね……イトナはくれてやるよ、殺せんせー。どの道2~3日の命だ」

 

シロはそう言ってトラックでこの場を去った。

 

 

 

 

 苦しそうにしているイトナを、E組一同は取り囲んでいた。

 

「イトナ君に力や勝利への執念がある限り、触手細胞は離れません。このままではイトナ君は死んでしまう。力の執念を消す為には、そうなった原因を知らなくてはいけません」

 

殺せんせーは困った表情でそう言った。まずはイトナの事を知り、執念を無くさせて触手を抜き取る。その方法を考えていた。

 

「とは言え、どうすれば……」

 

「高嶺の【答えを出す者】(アンサートーカー)なら、原因を調べられるんじゃね?」

 

三村と菅谷が清麿の方を向いた。確かに短期間で原因を調べるのはそれが確実である。

 

「ふむ。人の個人情報を覗くようで気が引けるが、そうは言ってられんからな」

 

「ちょっと待って」

 

清麿が調べようとしたが、不破がそれを遮った。

 

「イトナ君がどうして携帯ショップを襲ったのか、律とやり取りしてたんだ。そうしたら……」

 

不破は事前に律と共にイトナの事を調べていた。そしてイトナが倒産したスマホの部品を取り扱う町工場の社長の息子だと言う事が判明し、その社長夫婦は雲隠れをした様である。それを経験して親が力で負けたと考えたイトナは、誰にでも勝てる力を求めるようになった。それを聞いて多くの生徒が悲し気な視線をイトナに向けていた、1人の生徒を除いて。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。イトナ編は次回で最後です。


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LEVEL.43 仲間入りの時間

 イトナがようやく仲間入りを果たします。ほぼ原作通りの流れです。


 多くの生徒が哀れみの目をイトナに向けるが、寺坂はそうはしていない。それどころか、呆れ返るような表情を彼は見せている。そんな寺坂は吉田と村松の肩を叩いたのち、狭間と目を合わせた。

 

「ケッ、それでグレただけかよ。悩みなんて誰にもあるだろうが……けどな、そんなのはバカやってりゃ割とどうでも良くなったりするもんだ。オイ、コイツは俺等んとこで面倒見させろや」

 

寺坂グループで何かをやろうとしているようだ。そして彼はイトナの首根っこを掴み、ガッシュペアの方を見た。

 

「ガッシュと高嶺も付き合え。ガッシュはイトナとダチになりたがってたからな」

 

「ウヌ、分かったのだ‼」

 

「お、俺も行くのか?まあ、構わんが」

 

「アンタはガッシュの保護者なんだから付き合いなさい」

 

寺坂はガッシュペアにも声をかけた。彼はガッシュが始めにイトナに話しかけ、友達になろうとした事を覚えている様である。そしてガッシュの保護者枠で、狭間に清麿も同行するよう言われた。

 

 

 

 

 こうしてイトナの触手への執着を無くすために、寺坂グループの4人とガッシュペアが連れまわすことになった。触手の暴走を防ぐ為にイトナには対先生繊維のバンダナを付けさせた。当の彼は意識が朦朧としており、清麿に負ぶさっている。

 

「さて……おめー等これからどうするべ?」

 

「寺坂、お前……」

 

なお、どうすれば良いかを寺坂は何も考えていなかった。それを聞いた清麿は呆れた表情で涙を流していた。

 

「何も考えてねーのかよ‼」

 

「無計画にも程があるだろ‼」

 

寺坂の言葉に吉田と村松がたまらずツッコミを入れた。堂々と何かしようと見せた矢先に何も考えていない発言である為、無理もない。そんな時、ガッシュの腹の音が聞こえた。

 

「お腹が空いたのだ」

 

「それは同感……そう言えば村松んちってラーメン屋でしょ?取り敢えず腹ごしらえで良いんじゃないの?」

 

狭間の提案により、まずは村松宅のラーメン屋に行くことになった。しかしガッシュは少し嫌そうな顔を見せる。ガッシュペアは村松宅のラーメンを前に食べたが、残念ながら口に合わなかったのだ。

 

「こらガッシュ、そんな顔をするんじゃない。何か食って、イトナには少しでも元気になってもらわないといけないんだからな(……まあ、気持ちは分からんでもないが仕方ない)」

 

そんなガッシュの表情を見かねた清麿が注意をしたが、清麿もあまり気は進んでいない様子だった。そんな彼等の様子を、殺せんせーと他のE組の生徒達も見守っていた。

 

 

 

 

 一行は腹を満たす為に村松家のラーメン屋に訪れた。イトナはフラフラになりながらも、どうにか麺をすすっている。

 

「どうだ、不味いだろ?親父にはレシピ改良するよう何度も言ってるんだがな……」

 

「ああ、不味い。手抜きの鶏ガラを化学調味料で誤魔化しているな(……こんな店、チェーン店が来たらすぐに潰れるぞ。家の工場のように)」

 

イトナは意外とラーメンについて詳しかった。そんな彼は無愛想ながらも、村松宅のラーメン屋を心配する。そして食事を取ったイトナの顔色が、先程よりは生気を取り戻しており、それを見てガッシュが口を開いた。

 

「さっきよりイトナが元気になった気がするのだ!次はバルカンで遊ぼうぞ。清麿、イトナの分のバルカンを作るのだ!」

 

「ああ、言うと思ったよ」

 

ガッシュが始めにイトナに話しかけた時、イトナにバルカン300を紹介した。その時はイトナに無視されてしまったが、今ならどうか。

 

「とは言え、お菓子の箱が無いなら……」

 

「今持ってきてやるよ。割り箸は店にあるのを使えばいーだろ」

 

清麿の言葉を聞くまでもなく、村松は奥からお菓子の箱を持って来た。

 

「オイ、これで良いかよ?」

 

「ああ、構わんぞ。村松、やけに準備が良いな」

 

「偶々だよ」

 

村松が持って来てくれたお菓子の箱と割り箸を使って、清麿は5分でバルカン300を作り上げた。その手慣れた作業を寺坂グループはラーメンをすすりながら見ていた。

 

「ホレ、これでどーだ?」

 

「……貰っておく」

 

前回はまるで感心を示さなかったイトナだが、今回はそれを素直に受け取ってくれた。イトナは貰ったバルカンをしばらく眺めていた、彼は興味を持ってくれた様である。

 

「ウヌ‼これで遊べるのだ、イトナ‼」

 

「……どうやって遊ぶんだ?」

 

「それはだの……」

 

ガッシュはイトナにバルカンでの遊び方を説明した。お互いのバルカンを使って空き缶を転がし合うと言う遊び方である。ティオも“バルンルン”と言うバルカンの亜種を清麿に作ってもらっていた為、2人はその様に遊ぶ時があった。それを聞いた村松が奥から空き缶を持って来てくれた、準備の良いラーメン屋である。

 

「さあ、行くのだ‼イトナ‼」

 

「……ああ」

 

2人はバルカンでの遊びを始めたが、何とも言えない雰囲気が漂っている。しばらく彼等が遊んでいた後、その雰囲気を断ち切るように吉田が口を挟んできた。

 

「次は家に来いよ!現代の技術を見せてやる!」

 

そして吉田は口角を上げながらガッシュからバルカンを取り上げたが、ガッシュは悲壮感に溢れた顔を見せた。

 

「もっと楽しい遊びを教えてやるぜ‼」

 

「ヌオオオオォ、バルカンを返すのだー‼」

 

吉田にバルカンを取り上げられたガッシュは泣き叫んだ。友達が取り上げられたのだから無理もない。そんな光景を清麿と狭間は呆れ混じりの表情で見ていた。

 

「……まあ。バイクのスピードでイトナの気が晴れるなら、それに越した事はないからな」

 

「次は吉田の家で決まりかしらね」

 

「清麿!綺羅々!バルカンを取り返して欲しいのだー‼」

 

ガッシュは懇願するがそれは無視され、そのまま一行は吉田の家に向かう事になった。

 

 

 

 

 吉田は実家の敷地内でイトナを後ろに乗せてバイクを走らせているが、彼はバイクの免許は持っていない。

 

「無免なのに大丈夫かしら?」

 

「家の敷地内だし、大丈夫じゃね?吉田の奴、サーキットにも行ってるみたいだし」

 

「まあ。あれだけバイクに詳しいんだから、問題ねーだろ」

 

無免の事を狭間が心配するが、村松と寺坂は特に気にも留めていなかった。乗せてもらっているイトナも満更でもない顔つきである。吉田のバイクがこのような場面で活かされようとは、誰も思いも寄らなかった。

 

「おおっ!ジード殿の時も思ったが、バイクはカッコいいのう‼」

 

「ああ。吉田の奴、見事に乗りこなしている。流石だ」

 

吉田の運転技術にガッシュペアも感心していた。

 

「どーよイトナ、テンション上がってきたか⁉」

 

「……悪くない」

 

「よっしゃー、もっと上げていくぜ‼必殺高速ターンブレーキだ‼」

 

バイクに乗る事で、イトナ以上に吉田のテンションの方が上がっていた。そんな彼が勢いづいてバイクでターンをしたが、何とイトナは茂みに投げ飛ばされてしまった。

 

「ヌオオオオォ!イトナ、大丈夫か⁉」

 

「おい、何やってんだ⁉」

 

「吉田テメー‼ショックで触手が暴走したらどーすんだよ‼早く助け出せ‼」

 

「いや、流石に大丈夫じゃね?」

 

ガッシュペアと寺坂が直ぐにイトナに駆け寄ったが、彼は気を失っていた。口では平気だと言う吉田も冷や汗を掻いており、村松と共にイトナに水をかけて、意識を取り戻そうとさせていた。

 

「イトナー、目を覚ますのだー‼」

 

ガッシュがイトナを呼ぶ声が木霊する。ガッシュ・寺坂・吉田・村松がイトナの目を覚まさせようとする光景は他のE組も見ていた。

 

「遊んでるようにしか見えないんだけど……」

 

「あいつ等基本バカだから仕方がない」

 

矢田とカルマを始め、生徒達の多くは呆れた表情をしていた。こんな事で本当にイトナの執着を無くせるのかと、気が気でない様子だ。

 

 

 

 

 場面は清麿達に戻る。何とか目を覚ましたイトナを見て、狭間が大量の本を取り出した。

 

「……狭間、まさかその本達は?」

 

「これ以上バカ共には任せておけないからね」

 

狭間は邪悪な笑みを浮かべてイトナに本を薦めていた。しかし本の中身が分かっている清麿は、嫌な予感が頭をよぎる。

 

「今のイトナには刺激が強すぎないか?」

 

「だから良いんでしょうが……さあイトナ、シロに復讐しましょう。この本を読んで暗い感情を増幅しなさい」

 

狭間は復讐を題材とした小説をイトナに読ませようとしていた。狭間は読書家ではあるが、読んでいる本の内容はえげつない物が多い。

 

「綺羅々は何の本を持っておるのだ?」

 

「ああ、それはな……」

 

清麿はガッシュに本の内容を教えた。暗い復讐劇はガッシュには耐えられなかった様子で、彼は体を震わせていた。そんな時、

 

「「「難しいわ‼」」」

 

寺坂・吉田・村松がツッコミを入れた。確かに中学生が読むにしては、この本は難易度が高いかもしれない。

 

「狭間、小難しい上に暗いんだよ‼何かねーのか、簡単にテンション上がるやつ‼コイツ頭悪そうだから……」

 

寺坂が言いかけると、イトナが体を震わせ始めた。触手の発作が始まり、頭の触手はバンダナを簡単に破いた。

 

「イトナ、どうしたと言うのだ⁉」

 

「おい、何か震えてんぞ……」

 

「寺坂が頭悪いとか言うから、切れたんだろ」

 

ガッシュ・吉田・村松がイトナの豹変を見て動揺していた。そうしている間にもイトナの触手は伸びてきており、真っ黒に染まっていた。

 

「ぐうぅ……」

 

「違う、触手の発作じゃないの」

 

「いかん、暴れ出すぞ‼皆下がれ‼ガッシュ、俺達でイトナを抑え込む‼」

 

「ウヌ‼」

 

狭間と清麿は触手の発作に気付いた。そして清麿はガッシュ以外を下がらせ、自分達でイトナを抑えようとして赤い本を取り出した。しかし、

 

「下がるのはおめー等だ、高嶺、ガッシュ。俺に任せろや」

 

「寺坂、何を言っておるのだ⁉」

 

「今のイトナは弱っているが、タダでは済まないぞ‼」

 

「うるせー‼大丈夫だって言ってんだろ‼」

 

敵意をむき出しにするイトナに対して、寺坂がガッシュペアよりも更に前に出た。そして彼は2人の制止も聞く耳を持たない様子だ。

 

「寺坂、本当に大丈夫なんだな?」

 

「そんなに心配なら、テメーのチート能力で俺が大丈夫かどうか見てみろよ。最もどんな答えが出たとしても、下がる気はねーがな」

 

「……分かったよ」

 

寺坂の意志は固かった、彼は引く気は一切ない。それを察した清麿はため息をついて、寺坂に任せる事にした。

 

「良いのか?寺坂……」

 

「ガッシュ、今はアイツに任せよう。だがあんまりヤバそうなら援護する。2人から目を離すな!」

 

「分かったのだ!」

 

「だから助太刀は要らねーよ、俺だけで十分だ」

 

ガッシュペアの助けも不要だと言い張る寺坂は、あくまで1人でイトナを止める気だった。そしてイトナと寺坂、それぞれシロに利用されていた者同士が対峙する。

 

「俺は、適当にやってるお前等とは違う。今すぐ、アイツを殺して……勝利を……」

 

「俺だって考えてたよ、イトナ。あんなタコ、すぐにでも殺してやりたいってな。けど今奴を殺すのは無理だ」

 

寺坂はかつて殺せんせーのよるクラスの変化が気に食わず、楽して暗殺を成功させる為にシロ達に協力した事があった。しかしその結果、クラスメイトの命を危険に晒す事となった。早まった結果として失敗した寺坂は、先生暗殺の為に焦るイトナに対して思う所があった。

 

「イトナ、無理のあるビジョンは捨てちまいな。楽になるぜ」

 

「うるさい‼」

 

寺坂目掛けて触手が放たれたが、彼はそれを受け止めていた。そして前回と同じく寺坂には吐きそうになる程の痛みが襲っていた。

 

「おい寺坂‼」

 

「大丈夫かの⁉」

 

「スゲー痛てーけど、問題ねぇ。2回目だしイトナの奴が弱ってるから、捕まえやすいぜ」

 

ガッシュペアは寺坂を心配するが、彼は無事な様だ。触手を捕まえながら寺坂が話を続けた。

 

「村松も吉田もよ、家の仕事継ぐ為に、あのタコに経営の勉強教わってんだわ。そん時に言われたんだと、“今は儲かって無くても、()()()繁盛させりゃ良い”ってな」

 

今すぐは駄目でも、いつか成功させれば良い。殺せんせーの村松と吉田への教えを、寺坂は焦るイトナに伝えた。そして彼は触手を受けた痛みに耐えながらもイトナに近付き、げんこつを喰らわせた。

 

「だからイトナ、一度や二度負けたぐらいでグレてんじゃねー!()()()勝てばいいじゃねーか!タコの暗殺だって何度失敗しようが、3月までに一回成功させれば俺等の勝ちだ!その賞金で工場を買い戻せば、親も帰って来るだろ‼」

 

寺坂はぶっきらぼうながらも、彼なりにイトナを諭す。それを聞いたイトナは再び口を開いた。

 

「だったら、次のビジョンが見えるまではどうすれば……」

 

「そんなの今日みたいにバカみたいに過ごせばいいだろ!その為のE組だろうが‼」

 

寺坂の一言を聞いてイトナは目を見開いた。そんな過ごし方は、かつての自分には考えられない事である。そして寺坂の後ろには、ガッシュペア・村松・吉田・狭間が口角を上げながら集まっていた。

 

 一方でそんな彼等のやり取りを見たカルマは、満足気な笑みを浮かべて口を開いた。

 

「あのバカって、ホント適当な事言うよね。けどバカの一言ってのは、こーいう時に力抜いてくれるのよ」

 

カルマの言う通り、寺坂の一言でイトナの触手から力が抜けた。

 

「俺は、焦ってたのか……」

 

「だと思うぜ」

 

イトナから執着の色が消えた事を見た殺せんせーがイトナの触手を引き抜き、イトナの命の危機は去った。

 

「イトナ君、明日から殺してくれますね?」

 

「……良いだろう」

 

「これでイトナと友達になれるのだ‼」

 

「そうだな!」

 

こうしてイトナはようやくE組の仲間に加わった。そんな光景をガッシュペアを始め、E組一同は嬉しそうに見ていた。

 

 そして次の日から早速イトナが登校してきたが、彼は寺坂グループに属する事となる。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。今回は少し短くなりました。


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LEVEL.44 ラジコンとコードネームの時間

 二本立て再びです。よろしくお願いします。


「清麿、そろそろ帰ろうぞ……ウヌ?」

 

 イトナが登校するようになってから数日経った日の放課後、ガッシュが清麿と帰ろうと教室に来たが、男子一同はイトナの席の周りに集まっていた。

 

「お、ガッシュか。今はイトナが暗殺に使う為のラジコンの戦闘車を作ってるんだ。これが中々ハイテクなんだよ」

 

「何と!イトナ、凄いのだ‼」

 

イトナは父親の工場で基本的な電子工作は大体覚えており、見事にオリジナルのラジコンの制作を進めていた。その技術は、手先が器用な清麿が舌を巻く程である。

 

「こんなのは、寺坂以外なら誰でも出来る」

 

彼は口ではそう言うが、容易な事では無い。ちなみにその発言に寺坂は頭に来ていた。

 

「いや、これは誰にも出来る事じゃないぞ」

 

「そうだね……(イトナ君、触手を持ってた時と全然違う)」

 

イトナが手慣れた様子でラジコンを開発する様子に、磯貝と渚も感心する。そして彼は自分の父親の言葉を思い出した。

 

『最初は細い糸で良い、徐々に紡いで強くなれ。それが“糸成”、お前の名前に込めた願いだ』

 

(……何で忘れていたのかな、自分のルーツを)

 

イトナはそんな事を思いながら、完成させたラジコンを操作して見せた。手作りのラジコンは、多くの男子生徒が見入るのには十分魅力的である。

 

「そうだ、お前等に教えないといけない事がある。殺せんせーの弱点、シロから聞いた標的の急所。奴の“心臓”、位置はネクタイの真下。そこに当たれば一発で絶命出来るそうだ」

 

イトナの持つ重要な情報、殺せんせーの弱点がまた1つ露呈した瞬間である。

 

 

 

 

 その頃、殺せんせーは空を飛んで別の場所に移動していた。

 

「恐らく知られたでしょうねぇ、私の急所も。イトナ君の加入、高嶺君の【答えを出す者】(アンサートーカー)。ますます暗殺が楽しくなってきますね、ヌルフフフ」

 

自分が不利になるのにも関わらず、殺せんせーは相変わらず笑みを絶やさない。

 

 

 

 

 場面は再び教室に戻り、イトナが自分のカバンから何かを取り出した。

 

「そうだガッシュ、お前に渡したい物があるんだ」

 

「ウヌ、それはまさか……」

 

 それは全身が金属で出来たバルカン300だった。更にイトナはリモコンを取り出し、それを操作して見せた。

 

「人型のラジコンは複雑な動きが必要になるからな、制作の難易度が高い。それもまだ試作段階だ」

 

「イトナ……本当に良いのか?」

 

実際に動くバルカン300を見て、ガッシュは目を輝かせる。そして他の生徒も、バルカン300が動く様子に驚きを隠せなかった。

 

「構わない。お前達からも貰っているからな」

 

イトナはそう言って、清麿が作ったバルカンを取り出した。それを見たガッシュは更に嬉しそうな表情を見せた。

 

「本当にありがとうなのだ‼」

 

「良かったな、ガッシュ」

 

「リモコンの操作方法なら、高嶺にでも教えてもらえ」

 

イトナはガッシュにラジコンを渡した。口には出さないが、内心では転入当初からガッシュが友達になろうとしてくれた事に感謝している。それと同時に、ガッシュを無視してしまった事を申し訳なく思っていた。

 

「俺はこれを始めて見るんだが……」

 

「お前ならこれくらい、初見で扱えるだろう」

 

「清麿、これはどうやって使うのだ?」

 

「あー、これはだな……」

 

なお、ラジコンの操作については清麿に丸投げである。しかし清麿も持ち前の器用さを活かしてラジコンの操作を難なく行い、使い方をガッシュに教えた。そしてイトナは、先程の戦闘車のラジコンの操作に戻った。

 

「凄い、バルカンが動いている!」

 

「こんな物まで作れるのか……」

 

ガッシュペアがバルカン300のラジコンを操作する様子に渚と磯貝が興味を示すが、他の男子生徒は戦闘車の方に夢中だった。イトナはこれを暗殺に使おうとしている。

 

「ウヌ!渚と磯貝も、使ってみると良いぞ!」

 

「何でお前が得意気なんだ?」

 

「「ハハハ」」

 

ガッシュに言われて、渚と磯貝もラジコンの操作を始めた。バルカン300が動く光景は、ガッシュを更に興奮させる。しばらく動くバルカン300を見物した後、清麿が時計に目を向けた。

 

「おっと、もうこんな時間じゃないか。ガッシュ、そろそろ帰ろう」

 

「そうだの。もっとバルカンで遊んでいたいが、特訓もしないといけないのだ」

 

清麿が帰り支度を始めた。それを見たガッシュも残念そうな表情をしながら帰る準備に取り掛かる。

 

「2人共忙しいな。頑張れよ!」

 

「また明日ね!」

 

帰ろうとする2人に渚と磯貝が帰りの挨拶をしてくれた。ガッシュペアはそれに返事をした後、イトナの方を向いた。

 

「イトナ、本当にありがとう!俺達は帰る……」

 

清麿がイトナに礼と帰りの挨拶を言おうとしたが、彼を取り囲む男子生徒の雰囲気がいつになくシリアスな物になっていた。

 

「お前等、帰るならラジコンはそこに置いといてくれ。それはまだ試作段階だからな、改良点は多々ある」

 

「分かったのだ!」

 

「ところで、皆どうしたんだ?」

 

イトナはまだまだバルカン300のラジコンを改良するつもりである。ガッシュペアは言う通りにしたが、清麿は他の生徒達の気合の入りようが気になっていた。

 

「2人共、帰っちまうのか。残念だ」

 

「……最も、ガッシュには早い話だろうから仕方ないさ」

 

岡島と竹林が何かを企んでいる様な素振りを見せる。そして他の生徒達も帰ろうとするガッシュペアを見て、残念そうな顔を見せた。

 

「……皆、どうしたのだ?」

 

「気にしなくて良い、お前達も忙しいんだろ?本番の暗殺の時に力を貸してくれればそれで問題ない」

 

(まあ、何か良くない事を考えてるのは確かだな……巻き込まれないようにするか)

 

イトナを始め、ガッシュペアに真相を教えようとする生徒は誰もいなかった。そんな彼等の様子を見た清麿は、嫌な予感がしていた。

 

「お前達の戦力は大きい。ラジコンの力と合わされば、あのタコをより殺しやすくなる」

 

「そうだな、協力して暗殺を成功させよう!」

 

「皆、頑張ろうぞ!」

 

イトナはかなりガッシュペアを信用している様子だ。彼等が殺せんせーと同様に、率先して自分を助けてくれた事が嬉しかったのだ。そんなイトナにガッシュペアは手を振った後、2人は帰路に着いた。

 

 

 

 

 次の日ガッシュペアが登校すると、片岡を始めとした女生徒が、岡島等の男子生徒を物凄い勢いで責め立てていた。2人は何事かと考えていると、片岡が近付いてきた。

 

「高嶺君とガッシュ君‼2人は()()()に関わって無いのよね⁉」

 

「待て、片岡!何の話をしている⁉」

 

「メグ、どうしたのだ⁉」

 

片岡が言う“この事”について、ガッシュペアは何も知らない。そんな素振りを2人が見せていると、今度は中村が彼等の方に向かってきた。

 

「まあ、アンタ等が何も知らないのは本当みたいだね!それなら良いわ‼」

 

「ウヌゥ、莉桜まで……」

 

彼女はそれだけ言うと、再び片岡や他の女子と共に男子生徒を怒鳴り始める。何が何だか分からない2人は、近くにいた渚と磯貝に事情を聞いた。

 

「ああ、2人共。実はな……」

 

磯貝が訳を説明してくれた。イトナは昨日ラジコンの操作をしていたが、そのカメラでクラスの女子達のスカートを覗かないかと言う話になった。男子生徒と律がそれぞれ役割を果たしていたが、結局女子達にそれがバレてしまい今に至る。盗撮に手を貸さなかった渚と磯貝はお咎めが無い様子だ。

 

「そんな事があったとは……」

 

「お前等、何で止めなかったんだ?」

 

清麿が呆れ混じりにそう聞いた。

 

「まあ、あくまで暗殺の為と言う事だったから……」

 

「それに、イトナ君がクラスに馴染んでる様子が嬉しくて……」

 

渚と磯貝が苦笑いをしながら答えた。イトナは男子生徒と共に悪巧みを楽しんでたようだが、肝心の本人がその場にいない事にガッシュペアは気付いた。

 

「イトナがいないじゃないか……」

 

「何処に行ってしまったのだ?」

 

「イトナならサボリだぞ」

 

「カルマ君と一緒にどっか行っちゃった」

 

イトナはこんな状況にも関わらず、平然と女生徒達の説教から逃れていた。なかなかに強かである。それを聞いた清麿はため息をついた。

 

「やはり、女の子を怒らせてはいけないのだ」

 

激怒する女子達を見たガッシュは誓っていたが、何処か他人事な様である。

 

「ガッシュ、言ってる割に平気そうな顔をしてるじゃないか」

 

「ウヌ、ティオやパティの方が怖かったからの」

 

「それ、本人達の前で絶対に言うなよ……」

 

直接自分が怒られていないのもあるが、ガッシュにとっては今の女生徒達よりもティオとパティの方が怖い。そして女子達の叱責は止まる気配を見せなかった為、渚が仲裁に入った。

 

 

 

 

 ラジコン騒動の次の日、ガッシュペアが教室に入ると茅野の大声が聞こえた。

 

「え⁉木村君の名前って“正義(ジャスティス)”なの⁉“正義(まさよし)”じゃないんだ……」

 

「そうなんだ、皆には“まさよし”って読んでもらってる」

 

木村の名前の話をしている様だ。彼の両親は警察官で、正義感で舞い上がってこの名前を付けられた。これにより木村は何度もからかわれて来たが、名前の文句を彼の親は許さなかった。

 

「何と、そうであったのか……」

 

「俺もそう読むのは知らなかった。所謂“キラキラネーム”と言う奴か……」

 

「そうなるな」

 

ガッシュペアもこの話題に入っていった。彼等がその話をしていると、狭間が近付いてきた。

 

「キラキラって私に対する当てつけかしら?全く……私なんてこの顔で“きらら”だからね。ちっとも名前に合っていやしない」

 

「え、えっと……」

 

狭間の母親はメルヘン脳な面があり、彼女はその名前を付けられた。しかし親はヒステリックを起こしやすく、狭間の人格にも多少なり影響を及ぼしている。そんな彼女の話を聞いて、木村は何と言ったら良いか分からない様子だった。そんな時、

 

「大変だね、皆。親にへんてこな名前付けられて」

 

「「「「「え⁉」」」」」

 

カルマがまるで他人事のように会話に混ざってきた。クラスでも特に珍しい名前をしている彼がこのような態度をしており、クラス一同驚愕していた。

 

「俺は結構気に入ってるけどね、この名前……と言うか、高嶺君の“清麿”ってのも中々珍しいと思うんだけど」

 

「「「「「た、確かに……」」」」」

 

「言われてみればそうだな。気にした事も無かったが」

 

カルマの言う通り、清麿の名前もほとんど見かけない。その事には本人も納得していた。

 

「名前と言えばガッシュ君。魔物の名前って、どんなのがあるの?」

 

「それはだの……」

 

この話題を聞いて、茅野はガッシュ以外の他の魔物の名前にも興味を示した。そしてガッシュは自分の知っている名前を上げていった。

 

「ティオ、ウマゴン、キャンチョメ……」

 

「待てガッシュ、ウマゴンは本名じゃないだろう」

 

「ウヌ、そうだの」

 

ガッシュはナチュラルにウマゴンの名前を出したが、彼の本名は“シュナイダー”である。しかしガッシュはウマゴンの本当の名前を思い出せていない。

 

「他にも兄のゼオンにコルル、ブラゴ、ウォンレイに……」

 

「魔物の名前はカタカナ読みが基本になるのかな。イマイチ法則性が分からないや」

 

「他にも色んな名前の魔物がおるぞ」

 

ガッシュは引き続き他の魔物の名前を出した。多くは彼が友達となった魔物である。

 

「ガッシュ君、魔物の友達がたくさんいるんだね!」

 

「ウヌ!また皆とも会いたいのだ!」

 

ガッシュは様々な戦いを経て、数多くの魔物と友達になった。そんな彼に茅野が感心しており、2人は仲良く話を続ける。それを清麿が見ていたのだが、

 

「お、高嶺。また嫉妬してるのか?」

 

「またとは何だ、またとは。嫉妬なんて一度もしてないぞ……それより木村、お前の名前の話をしてたんじゃなかったか?話が逸れてるような……」

 

木村に嫉妬の疑惑を向けられてしまった。やはりこの流れは恒例になりつつある。クラスが名前の話で盛り上がっている時、清麿の頭にはある名前が浮かんだ。

 

(名前と言えば、()()()を思い出すな)

 

清麿が思い浮かべていたのは、ファウードの体内魔物“ウ〇コティンティン”である。名前の話題を聞いて、印象に残る名前として奴の事が頭に浮かんでしまったのだ。

 

(恵さん、災難だったな……)

 

恵はアイドルにも関わらず、人前で奴の恥ずかしい名前を大声で呼ぶハメになってしまった。その時の彼女の精神的ダメージは計り知れない。清麿がその時の事を思い出していると、

 

「名前は先生にも不安があります」

 

殺せんせーが会話に混ざってきた。“殺せんせー”の名前は茅野に名付けてもらったのだが、烏間先生とビッチ先生がこの名前を呼んでくれない事に不満がある様子だ。

 

「それが先生悲しくて……」

 

殺せんせーは顔を触手で隠しながら烏間先生とビッチ先生に視線を送る。それを見た2人は何とも言えない表情を見せた。

 

「じゃあさ、皆の事コードネームで呼び合うのはどう?」

 

そう言いだしたのは矢田だ。南の島の殺し屋達のような異名があればカッコいいのでは、との事である。

 

「良いアイデアですね、矢田さん!コードネームが決まり次第、今日一日それ以外で呼ぶのは禁止で!」

 

「何だか、面白そうなのだ‼」

 

こうしてE組一同、全員でお互いのコードネーム候補を考え、殺せんせーのくじ引きによって各々のコードネームが決定した。そして体育の授業が始まった。

 

 

 

 

 今日の体育は逃げ回る烏間先生を標的に、生徒が銃のインクを命中させると言う内容だ。勿論授業中もお互いにコードネーム呼びである。ちなみに烏間先生は“堅物”と呼ばれていた。

 

(“中二半”と“鬼麿”に退路を塞がれたか!そして……)

 

「ヌオオオオ‼」

 

「行け、ガ……“電気ネズミ”‼」

 

“電気ネズミ”ことガッシュが堅物に近距離から銃で狙い撃ちしていた。“鬼麿”こと清麿が指示を出していたが、全てかわされる。

 

「電気ネズミ、自分の身体能力に頼って走り回るだけでは銃は当たらんぞ‼もっと狙いを定めるんだ‼」

 

「ウヌ‼」

 

電気ネズミの身体能力はかなりの物だが、射撃の成績はあまり芳しくなかった。しかし堅物相手に逃げられる事無く食らいついていた。その時、別の方向から堅物目掛けて銃のインクが放たれたが、それは木の板で防がれた。

 

(コイツ等の連携まで防ぐとは……)

 

(やっぱ堅物ってとんでもないわ)

 

「(なるほど、本命はそっちか!だが……)“ギャルゲーの主人公”‼君の狙撃は常に警戒されていると思え‼」

 

電気ネズミに追い回されながらも、“ギャルゲーの主人公”こと千葉の射撃を防ぐ堅物は規格外と言えるだろう。鬼麿と“中二半”ことカルマは一瞬だけ驚いた表情を見せたが、直ぐに不敵な笑みを浮かべた。

 

(そうですね、だからトドメは俺じゃない……)

 

(そろそろなのだ‼)

 

「「「“ジャスティス”‼」」」

 

堅物の後ろには“ジャスティス”こと木村が回り込んでいた。本命は電気ネズミでもギャルゲーの主人公でもなく、コードネーム呼びの発端となった彼である。鬼麿達がジャスティスの名を呼ぶと同時に、彼の銃から放たれるインクが堅物に命中した。

 

 

 

 

 体育の後、癖のあるコードネームで呼ばれ続けたE組一同は疲れが溜まっていた。

 

「殺せんせー、何で俺だけ本名なんだよ」

 

「さっきみたいにカッコよく決めた時、“ジャスティス”呼びもしっくり来たでしょ」

 

確かに、インクを命中させたときの彼は見事だった。

 

「木村君。もし君が先生を殺せたのなら、世界はきっとこう思います。“まさしく正義(ジャスティス)だ。世界を救った英雄の名に相応しい”と。名前が人を作る訳では無く、人の生き様に名前が残るのです。もうしばらくその名前を大事に持っておいてはどうでしょう?」

 

「……そうしてやっか」

 

名前にコンプレックスを抱えていたジャスティスだが、殺せんせーの話を聞いて、自分の名前にも自信を持てるようになった。殺せんせーは生徒の悩みを、授業を通して解決してくれた。そんな授業に感心する生徒一同だったが、

 

「ちなみに先生のコードネームは、“永遠なる疾風の運命の皇子”でお願いします」

 

「「「「「やかましい‼」」」」」

 

殺せんせーの格好つけたコードネームのせいで良い雰囲気が台無しとなった。その後先生は“バカなるエロのチキンのタコ”と呼ばれ続けた。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。電気ネズミは言うまでも無く、あの国民的キャラクターが由来です。


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LEVEL.45 イケメンの時間

 磯貝のお話なのですが、ガッシュサイドのあのキャラが出てきます。


 今日は土曜日、授業は午前中で終わる。昼前にガッシュペアが裏山から降りようとしていると、殺せんせーと磯貝が話しているのが見えた。

 

「殺せんせーと磯貝、何をしておるのだ?」

 

「お、2人共帰りか?実はな……」

 

磯貝が事情を説明してくれた。殺せんせーは磯貝を連れて、中間テストの社会の勉強の為に砂漠付近の貧しい村に行こうと言うのだ。磯貝は何度かその経験をしており、社会の成績は学年トップクラスである。

 

「……随分気合が入っているな」

 

「家も貧乏だからさ、貧困の問題は結構調べてたんだ。そしたら殺せんせーに現地に連れていかれたんだよな。そんでさらに興味が広がってさ」

 

「“百聞は一見に如かず”ですからねぇ、ヌルフフフ」

 

殺せんせーは相変わらず規格外だ。授業の為に生徒を現地に連れまわす教師など、恐らくは他にはいないだろう。清麿も呆れた表情をしていた。

 

「良かったら、君達も来ませんか?ガッシュ君は小さいですし、3人を運ぶのは容易です」

 

「な、俺達もか?」

 

殺せんせーはガッシュペアを現地調査に誘った。清麿はどうしようかと考えていたが、横ではガッシュが目を輝かせていた。彼は外国に興味津々である。

 

「行ってみたいのだ!しかし……」

 

ガッシュは行きたそうな顔をしていたが、この後の特訓の事が頭に浮かんでしまった。

 

「時間はそんなに取りませんよ。磯貝君のバイトもありますからね」

 

「そう言えば磯貝、バイトしてるんだったな」

 

「結構家計がピンチでさ……」

 

磯貝は父を無くしており、今は母子家庭である。家の稼ぎを補うために、校則違反を承知でアルバイトをしているのだ。その事を殺せんせーは、磯貝のバイト先のハニートースト食べたさ故に許可している。

 

「磯貝、大変なのだな……」

 

「そんなに心配しなくても大丈夫だぞ、ガッシュ。それより、お前等も暇が有ったらうちのバイト先来てくれよ。サービスするからさ」

 

心配の眼差しを向けるガッシュをフォローしつつ、バイト先でのサービスの提供。磯貝は気の利くイケメンで良いクラスメイトだ。

 

「そうだな、時間見つけて顔出すよ。それから、現地調査には俺達も同行させてもらおう!」

 

「ウヌ‼」

 

こうしてガッシュペアも彼等と共に現地に付いて行くことになった。

 

 

 

 

 流石はマッハ20、ほとんど時間がかからずに砂漠の村まで来てしまった。

 

「相変わらずの超スピードだな」

 

「ウヌゥ、あっという間だったのだ」

 

「おや、2人はこの速度に慣れているように見えますね」

 

マッハ20の速度に慣れていなければ、いかに殺せんせーがマッハの風圧から守ってくれようとも多少なりの疲労感が残るはずだが、ガッシュペアはそうでは無かった。

 

「ああ、音速を超える魔物の背中に乗せてもらった事はあるからな」

 

「殺せんせーも速かったが、アシュロンも速かったのだ」

 

「殺せんせー並みの速度って、魔物の力はとんでもないんだな……」

 

「速度なら殺せんせー以上かもしれん」

 

「何と、先生と速度で争える魔物がいるとは‼負けてられません‼」

 

ガッシュペアはアシュロンがシン級の術を使用した状態で背中に乗った事があったため、速い移動には慣れている。それを聞いた磯貝は魔物の力に感心し、殺せんせーは対抗心を燃やしていた。スピードに自信のある殺せんせーにとっては、アシュロンの話題は聞き捨てならないようだ。

 

「さて、先生は国家機密なので一旦姿を隠します。時間が来たら迎えに来ます。磯貝君が友達になった村人とは、一度話してみたいのですがね。彼も磯貝君に負けず劣らずのイケメンですので」

 

そう言い残して殺せんせーはまた何処かへ行ってしまった。

 

「磯貝、この村で友達を作っておったのか⁉」

 

「そうだな。この村の人達は皆良い人なんだが、特に話の合う人がいたんだ。主に彼が村の案内をしてくれたり、ここでの生活の事を教えてもらってる」

 

磯貝の人徳の高さはE組の外でも活かされていた。彼は調査に来た村でも、友達を作っていたのだから。そして3人が村に入ろうとした時、1人の銀髪で色黒の青年が彼等に近付いてきた。

 

「悠馬、また来てくれたんだね……って、清麿とガッシュじゃないか‼」

 

「おおっ、お主は⁉」

 

「なっ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アリシエ⁉」

 

磯貝が村で友達になった青年は、角を持つ小柄な魔物のリーヤと共に魔界の王を決める戦いに参加していたアリシエだった。まさかのイケメンコンビの誕生である。

 

 

 

 

 回想

 

 期末テスト前、磯貝は殺せんせーと共に砂漠の村に来た。そして殺せんせーと別行動となり、磯貝が村を歩いていると、重たい食料を運んでいる子供達が見えた。

 

「あの子達、あんな年で働いてるのか……」

 

子供達は10歳にも満たないくらいなのに、村の為に働いている。そんな彼等を見た磯貝は、複雑な心境だった。彼も家の為に働いているが、子供達の苦労は自分以上では無いかと感じていた。

 

「この時間まで働くって事は、あんまり勉強も出来てないんじゃ……って、危ない‼」

 

食料を運んでいた子供の1人がバランスを崩してしまい、転びかけた。しかしそれに気付いた磯貝がその子供と食料を支える事で、その場は事なきを得た。

 

(ふー、危なかった……)

 

「大丈夫か⁉」

 

磯貝が何事も無く安心していると、1人の青年、アリシエが声を上げて走ってきた。これが磯貝とアリシエの初対面である。

 

 村の子供を助けてくれたと言う事で、アリシエは磯貝を自分の家に招き入れた。

 

「さっきはありがとう、この子達が怪我しなくて済んだのは君のお陰だ……えっと」

 

「磯貝悠馬です。でもあの子達、あんなに大きな荷物を……」

 

「ああ、悠馬。荷物に関しては彼等が無理をしてただけだ。もっと少ない量で少しづつ運ぶように、何度も言ってるんだけどね……」

 

彼等は先程の子供達の話をしていたが、その子供達がアリシエの家に入ってきた。彼等も磯貝に興味がある様子だ。

 

「だってアリシエ兄ちゃんは、もっと大きい荷物を運んでるじゃんか!」

 

「俺達も、もっと頑張って村の役に立たないと……」

 

「だからって無理したら、さっきみたいな事になるだろ?偶然彼が来てくれたから良かったものを……」

 

アリシエは子供達を注意していたが、村の為に頑張る彼等に対して強く言う事が出来ていなかった。ここの村人達は協力して日々の生活を送っている。

 

「随分子供達に好かれていますね、アリシエさん」

 

「“アリシエ”で構わないよ。そんなに固くならなくても良いのに……そうだね、この村は皆で力を合わせて生活しているんだ。だから貧しくても、皆で楽しく生活が出来る」

 

アリシエの話を聞いて、磯貝は難しい顔を見せる。この話を聞いて、彼等の生活の大変さが分かった為である。磯貝もまた貧しい生活をしており、思うところがあった。

 

「悠馬、難しい顔をしているね。どうしたと言うんだい?」

 

「それは……」

 

磯貝は自分がテスト勉強も兼ねて村に貧困についての調査をしに来た事を話した。そして、自分の生活の事も。それを聞いたアリシエは立ち上がった。磯貝もまた家族の為に苦労をしており、その事を彼は共感した様だ。

 

「……そうか、日本でも皆が裕福な生活を送れている訳では無いんだね。君も苦労している様だ。良し、僕が教えられる事があれば教えてあげるよ!村を案内しよう!」

 

「ありがとう、アリシエ!」

 

「礼には及ばないよ、悠馬!」

 

磯貝の苦労を察したアリシエは、彼の為になろうとしてくれた。こうして磯貝はアリシエに村の案内をしてもらう内に、仲良くなれたのだ。

 

 回想終わり

 

 

 

 

「何と、そんな事があったとは……」

 

 アリシエは清麿達を自分の家に招き、自分と磯貝の出会いを話してくれた。ガッシュペアにとっても予想外の出来事である。

 

「驚いたよ、悠馬が清麿達とも友達だったなんて。しかも、魔物の事も知ってるんだね」

 

「俺もビックリだ。高嶺とガッシュの人間関係ってどうなってんだ?」

 

「魔物の戦いで、多くの仲間と出会えたからな。アリシエもその1人だよ」

 

「ウヌ、またアリシエに会えて嬉しいぞ‼」

 

アリシエはかつてファウードを巡る戦いで、リーヤと共に清麿達に力を貸してくれた。彼の戦闘能力は魔物を怯ませる程に凄まじいが、ザルチム達と交戦して本は燃えてしまった。

 

「悠馬、またここに来たってことは、テストが近いのかい?」

 

「そうなんだ。また色々と教えてくれると嬉しい」

 

「そうだね、それなら……」

 

アリシエは自分達の生活の事を話してくれた後に、再び村を回る事になった。今度はガッシュペアと共に。

 

 

 

 

 彼等が村を回っていると、磯貝が殺せんせーとの約束の時間が近付いている事に気付いた。

 

「もうこんな時間か……」

 

「お、今日は帰ってしまうのかい?残念だ」

 

「ごめん、アリシエ」

 

「仕方ないよ、君は家族の為に働いているのだから」

 

アリシエは磯貝の事情を知っており、それに関しては思うところがある様だ。そして彼は、今度はガッシュペアの方を向いた。

 

「君達ともまた会えて嬉しかった。魔物の戦い、頑張ってくれよ!そしてリーヤが喜ぶ魔界を作って欲しい!」

 

「ウヌ!もちろんなのだ!」

 

「ああ、絶対にガッシュと共に勝ち残るさ‼」

 

アリシエはパートナーのリーヤの身を案じており、共に戦った仲間が魔界の王になる事を願っている。そんな彼は磯貝・ガッシュペアとそれぞれ別れの挨拶を済ませた後に、自分の家に帰って行った。

 

 その後、殺せんせーが間もなく迎えに来てくれて、彼等を各々の目的地まで運んでくれた。今日の磯貝のバイト先でひと悶着が起こる事を、ガッシュペアは知らない。

 

 

 

 

 そして月曜日、ガッシュペアが登校するとクラスでは重苦しい雰囲気が流れている。磯貝は昨日バイトをしていた所を浅野達に見られたのだ。バイトは校則違反だが体育祭の棒倒しにE組がA組に勝つ事が出来れば、彼等は目を瞑ってくれるとの事だ。

 

「ならば、棒倒しで勝つしかないのだな。私は参加出来ぬが……」

 

球技大会と同様、正式に生徒として登録されていないガッシュは体育祭にも参加出来ない。彼は悲しそうな顔を見せる。

 

「とは言え、そんな簡単な話じゃないだろう。浅野の奴、何か企んでそうなんだよな」

 

棒倒しは男子のみの参加で、E組男子はガッシュを除いて16人に対してA組男子は28人だ。しかし勝負に挑まなくては、磯貝が退学になる可能性まである。そして清麿は、終業式の日の浅野のE組に対する敵意を思い出していた。

 

「皆、やる必要は無いよ。これは俺の問題だからさ、退学になっても学校外から暗殺を仕掛ければいい」

 

クラスの皆がA組に傷つけられる可能性を危惧して、磯貝は自らが犠牲になろうとしていた。しかし彼の言動は、他の生徒達から反感を買う。そんな中で、前原が対先生ナイフを持った手を磯貝の机に置いた。

 

「難しく考えすぎだぜ!要は棒倒しでA組のガリ勉共に勝てば良いんだろ?やってやろうぜ!」

 

磯貝の親友である前原は、特に殺る気に満ち溢れている。そんな彼の言葉に便乗して、他の男子生徒も前原の持つナイフを握った。ここまでクラスが殺す気を見せているのは、磯貝の人徳の高さ故である。

 

「皆ありがとう!やってやるか!」

 

「「「「「おう‼」」」」」

 

こうしてクラスの男子達は気合を入れていたが、渚は浮かない顔をしていた。

 

「どうしたのだ、渚?」

 

ガッシュが渚に声をかけると、男子達が彼の方を向いた。ガッシュ以外にも、渚の表情に気付いている生徒も何人かいる様だ。

 

「高嶺君も言ってた事だけど、浅野君の狙いが棒倒しで勝つだけとは思えないんだよね。何か裏がある気がするんだ」

 

「その事か。何かA組の連中を探れる手段があれば良いんだがな……」

 

浅野はE組に対して強い敵対心を持っている。清麿と違って渚は直接彼と対峙した訳では無いが、薄々その事を感づいていた。それを聞いて清麿が策を考えるが、イトナが小型のラジコンを取り出した。

 

「コイツには録音機とカメラが搭載されている。気になるんだったら、今日の放課後にでもコイツをA組の教室の近くに配置すれば良い」

 

「お!イトナ、やるじゃねーか‼」

 

「確かにこのサイズなら、本校舎の奴等に気付かれる事もなさそうだね」

 

イトナのラジコンを見て、寺坂とカルマが感心する。戦いを制する為の情報戦は、既に始まっているのだ。

 

 

 

 

 そして放課後、イトナのラジコンは無事にA組の教室まで辿り着き、彼等の作戦を盗み聞きする事に成功する。そんな事に気付かないA組の生徒達は、棒倒しについての話し合いを始めていた。

 

「皆、体育祭の棒倒しでE組と戦う事になった。僕等は期末テストで彼等に負けているからね、今回は負けられない。そこで強力な助っ人達に協力をお願いしたんだ」

 

浅野は確実にE組を倒す為に策を考えた結果、外部から力を借りる事にした。そして彼が召集した助っ人達が教室に入ってきたが、彼等を見た他のA組の生徒達は顔色を変える。この助っ人達は年齢こそ15歳であるが、4人共外国人で体格が異様に大きいのだ。

 

「彼等は世界クラスのスポーツマン達さ。今回は留学と言う形で椚ヶ丘に来てもらってる。彼等の力を借りて、調子に乗っているE組に反省してもらおうじゃないか」

 

浅野は今回の棒倒しでE組を潰そうとしている、次の中間テストにも影響が出るくらいに。そして浅野達A組は場所を体育館に移してしまった為、これ以上は作戦の盗み聞きは出来なかった。

 

 

 

 

「……こんな事になってたなんて」

 

 場面はE組に戻り、磯貝は不安気な表情を浮かべる。このままでは自分のせいでクラスメイトが傷つくのではないかと、心配になっていた。

 

「あいつ等、好き放題やりやがって!」

 

A組の作戦会議を聞いた前原も憤りを見せるが、寺坂が何かを思いついたように口を開いた。

 

「向こうが助っ人外国人を呼んでも、高嶺の【答えを出す者】(アンサートーカー)って奴で一網打尽にしてやれば良くね?」

 

寺坂は清麿の能力に期待していた。そんな彼の言葉に多くの生徒が賛同する。それは磯貝も例外では無かった。

 

「そうだな。確かに高嶺の能力があれば、戦力差があっても有利に……」

 

「いや、この力は使わないつもりでいる」

 

「「「「「え⁉」」」」」

 

清麿は能力の使用を拒否した。【答えを出す者】(アンサートーカー)に期待していた生徒達は、たまらずツッコミを入れてしまった。

 

「何言ってんだ高嶺、こんな時じゃなきゃいつ使うんだよ?」

 

「そうだぜ!相手は助っ人外国人呼んでるんだからさ!」

 

菅谷と岡島を始め、多くの生徒達が清麿に問いただしたが、清麿は意見を変える気は無かった。

 

「あのなあ、この能力は暗殺と魔物絡み以外で使う気は無いと言っただろう。それに俺1人が【答えを出す者】(アンサートーカー)を使ってA組に勝てたとして、皆はそれで満足なのか?」

 

清麿の言葉を他の生徒達は黙って聞く。彼の言葉が、【答えを出す者】(アンサートーカー)頼りに勝負を挑もうとする男子達に突き刺さる。

 

「それから、これは磯貝が浅野に売られた喧嘩でもある。だったら磯貝がクラスのリーダーとして浅野に勝ってこそ、意味があるんじゃないのか?クラス全員で協力するが、あくまで磯貝が中心として勝負するんだ!」

 

「……そうだな、その通りだ。高嶺の能力の事は今は忘れよう。よし、今から作戦会議だ!」

 

「「「「「オー‼」」」」」

 

磯貝が高嶺の意見に賛同した。そして彼の掛け声でE組の作戦会議が始まる中、カルマが小声で清麿に話しかけた。

 

「本当に良かったの?使わなくて」

 

「使う時は、誰かが怪我をしそうになってどうにもならなくなった時だけだ。それにE組がこの力に頼りすぎる流れは、良い傾向とは言えない」

 

「まあ、そうだよね」

 

【答えを出す者】(アンサートーカー)とて万能ではない。その能力は不安定な物であり、安易に頼りすぎるのは良くないと言える。カルマもそれが分かっており、それ以上の言及はしなかった。そして彼等も作戦会議で意見を出していく。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。貧しい生活を送るイケメン繋がりで、アリシエに登場してもらいました。


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LEVEL.46 リーダーの時間

 少し遅くなりましたが、最新話を投稿します。よろしくお願いします。


 体育祭当日、E組にとっては相変わらずアウェーな環境である。木村が100m走でトップを走ると、観客の大半が面白くなさそうな顔をしていた。そんな中、

 

「木村君‼速いです、こっち向いて‼」

 

「ウヌー‼ガンバレなのだー‼」

 

殺せんせーとガッシュだけは思い切りE組の応援をしてくれる。殺せんせーはフードをかぶり、ガッシュは緑のカバンに入って各々の正体が分からないようにしており、そんな彼等をE組の生徒達は困ったような顔で見ていた。ちなみに清麿も100m走でトップだった。

 

「高嶺、一位おめでとう!」

 

「お互いにな、木村!」

 

清麿と木村がお互いの拳を軽くぶつけた。そんな時、同じく100m走を終えた矢田と不破が彼等の方に来た。2人共上位だったが、トップは取れていない。烏間先生曰く、“開けた場所を走るのは、その訓練をした者が強い。暗殺の訓練も万能ではない”との事である。

 

「2人共、一位取るなんて凄いよ」

 

まずは矢田が労いの言葉をかける。

 

「足の速さなら、誰にも負けたくないからな!」

 

木村はかつて陸上部に属しており、走る事に対しては自信がある。また彼は負けず嫌いな一面もあり、身体能力に関してはガッシュや岡野に対抗心を燃やす事も多い。

 

「うんうん。木村君は陸上部で、高嶺君は魔物との戦いでそれぞれ鍛えられたんだよね」

 

「そうだな。辛い場面も多かったが、魔物との戦いは間違いなく自身の成長に繋がっている」

 

「やっぱり高嶺君が少年漫画の主人公にしか思えない!」

 

「そ、そうなのか……」

 

あらゆる事を漫画に例えがちな不破は、しばしば清麿を漫画の主役だと考える事がある。ガッシュペアのこれまでの戦いの話は、彼女にとってはとても刺激的だ。

 

 100m走が終わり、次はパン食い競争が始まった。E組からは原が出場するが、彼女は足が速くない。途中までは最下位で走っていたが、パンが見えた瞬間彼女は豹変した。一瞬の内にパンを口に加えたのだ。他の参加者はパンを加えるのに苦戦しており、その間に原は一位に躍り出た。

 

「原さん、流石です‼」

 

殺せんせーがハイテンションで原を応援していたが、彼女はパンを食べ終えていない。完食しないとゴール出来ないルールなのだが、気付けば原の口からパンが消えていた。

 

「飲み物よ、パンは」

 

見事に彼女は一位でゴールした。

 

「「「「「原(さん)スゲー‼」」」」」

 

「寿美鈴のパンが消えたのだ‼」

 

これを見た多くの生徒が原に駆け寄り、労いの言葉をかけた。ガッシュもたまらずバッグから出てきた。

 

 

 

 

 この様に他のE組の生徒も自分の個性を活かして、良い結果を出した。そして棒倒しの時間となり、E組とA組の男子はそれぞれ準備を始めていた。多くの生徒がやる気を見せる中、磯貝は浮かない顔をしていた。

 

「大丈夫か、磯貝?」

 

「ああ、高嶺。俺のせいで皆が傷ついたらって考えるとな……」

 

磯貝は未だに棒倒しの勝負を受ける事になった責任を感じている。加えて浅野は助っ人外国人に現地の言葉で指示を出しており、彼に自分が劣ると考えていた。

 

「高嶺って魔物との戦いで、格上の相手とも何度も戦ってきたんだよな?」

 

「そうだな。どれも大変な戦いだったし、何なら負けた事だってある。どうして今その話を……いや、続けてくれ」

 

磯貝は魔物の戦いの事を口に出した。清麿は何故彼がその話を始めたのかが分からなったが、真剣な磯貝の表情を見て話を聞き続ける事にした。

 

「高嶺は仲間と一緒に、何度も危険な戦いを乗り越えている実績がある。高嶺は俺がリーダーとして浅野に勝ってこそ意味があるって言ってくれたけど、お前がリーダーとして頑張った方が浅野に対抗できるんじゃないかって思えて仕方ないんだ」

 

磯貝は浅野だけでなく、清麿に対しても劣等感を感じている。厳しい戦いを仲間と勝ち抜いた経験を持つ清麿こそが、リーダーに相応しいのではないかと彼は考えているのだ。しかし磯貝の話を聞いて、清麿は首を横に振った。

 

「それは魔物との戦いでの話だ。だが今回は違う。クラス対抗での戦いで、E組のクラス委員長は磯貝だ。これは揺るがない。それにお前は、常にクラスの中心として頑張ってきたじゃないか。皆それが分かっているから、今回の棒倒しも引き受けてくれたんだ。違うか?」

 

「高嶺……」

 

磯貝は常に自分よりもクラスの調和を第一に考えて行動してきた。そんな彼の最大の長所は“人徳”である。E組を率いて戦う力なら磯貝が勝ると清麿は考えていた。そんな時、

 

「その通りです、2人共!」

 

2人が話していると、ガッシュが入ったバッグを持った殺せんせーが近付いてきた。

 

「磯貝君の人徳があれば、君がピンチの時でも皆がフォローしてくれる。その点で君は浅野君にも勝っている。先生も磯貝君の担任になれた事は誇らしいです」

 

殺せんせーが磯貝を諭してくれた。そして気付けば磯貝の周りには他の男子生徒が集まってきており、皆何処か楽しそうである。皆磯貝の人徳に惹かれているのだ。

 

「磯貝は良き委員長ではないか!それに清麿と違って、鬼になる事も無いからの!」

 

「高嶺君がクラス委員とか、恐怖政治待ったなしでしょ」

 

「おい……」

 

ガッシュとカルマの冗談を聞いて、E組の男子達は笑っていた。そんな光景を見て、磯貝は吹っ切れたような表情をする。

 

「よし皆、いつも通り殺る気で行くぞ‼」

 

「「「「「オーーー‼」」」」」

 

男子達は改めて気合を入れ直す。

 

「頑張れなのだ‼︎」

 

「磯貝君、皆……負けないでね!」

 

ガッシュと片岡が彼等に応援の言葉をかける。こうして棒倒しの幕は切って落とされた。

 

 

 

 

 E組とA組が整列した後、ルールの説明がなされた。チームの区別の為にA組はヘッドギアと長袖の着用が許されており、ここでもE組はハンデを背負う事になった。そして試合は始まったが、両者守りの姿勢を崩さない。

 

(攻めてこい、浅野!)

 

「(誘い出そうと言う事か、良いだろう)……攻撃部隊、指令F!」

 

浅野が指示を出すと、アメリカ人のケヴィンが数人のA組の生徒を率いて攻めに出た。

 

(A組の目的はE組を全員潰すこと。まずはケヴィンを攻めさせてお前等の反応を見る。そしてビビって陣形を崩した隙を付いて包囲殲滅。さあ、どうする?)

 

浅野は初めからE組を潰すことを前提に作戦を立てていた。そんなA組の挑発に吉田と村松が痺れを切らし、ケヴィン達の方に向かってしまった。それを見たケヴィンが前に出てタックルをかまして、2人を10m程離れた客席に吹っ飛ばした。

 

『お前等、少しは攻めたらどうだ?』

 

ケヴィンは英語でE組を更に挑発した。それに乗って攻めてくる彼等を一網打尽にする狙いだ。しかしE組はそれが分かっている為、攻めようとはしなかった。それどころか、カルマが英語で逆にA組を挑発し始めた。

 

『お前達の狙いは分かってる。さっきの2人はE組最弱だから我慢出来なかったみたいだけどね。そんなに言うなら、そっちが攻めてこれば良いじゃん』

 

『そうか。ならば、お言葉に甘えさせてもらおう‼』

 

カルマの挑発に乗ったケヴィン達が攻撃の体勢に入った。そして浅野も合図を送り、彼等はE組に攻め入った。それがE組の狙いだとも知らずに。

 

「今だ皆‼“触手”‼」

 

磯貝の掛け声とともに棒を守っていたE組が全員ジャンプした。咄嗟の事に気を取られたA組達はジャンプしたE組達にのしかかられ、棒を支えていたメンバーは何と棒を半分倒してA組を抑え込んだ。棒を凶器に使うなと言うルールは無い。

 

(巧みな防御だ、やるじゃないか。だが……)

 

それを見た浅野は、まだまだ余裕の表情を浮かべていた。

 

「(A組5人の動きが封じられても、E組はそれ以上の人数で抑え込む必要がある。これで数の優位はさらに拡大した)両翼遊撃部隊、指令Kだ」

 

浅野が指示を出すと、手の空いたA組達が攻撃に加わった。だがA組達は両サイドからの攻撃を行ったため、真ん中に隙が出来た。それを磯貝は見逃さなかった。

 

「行くぞ攻撃部隊‼作戦は“粘液”‼」

 

「「「「「おう‼」」」」」

 

磯貝の指示に従い、清麿、カルマ、前原、木村、杉野、岡島が中央突破を狙った。しかし、これは浅野の罠だった。何と攻撃を仕掛けたと思われたA組達が磯貝達を狙って戻ってきたのだ。

 

「「って、フェイクかよ‼」」

 

岡島と木村がたまらずツッコミを入れる。彼等は棒を守るA組達にも狙いを付けられ、挟み撃ちにされた。

 

(ふっ、作戦通りだ。これで少人数を大人数で潰せる。そして包囲網には、格闘の名手のジョゼとカミーユがいる。どうする、リーダー君?)

 

ブラジルの世界的格闘家のジョゼと、フランスの有名レスリングジムの次期エースであるカミーユを中心に、E組の攻撃部隊を1人1人潰すのが浅野の狙いだった。

 

「皆、ここは引こう‼」

 

磯貝の指示に従い彼等は逃げた、観客席に。それを見た席にいた生徒達は当然驚愕する。そしてA組達もつかさず観客に向かったが、E組の生徒達は椅子を使って器用に逃げ回った。場外と言うルールは存在しないのだから。

 

『『上等だ』』

 

ジョゼとカミーユは現地の言語でそう言った後、先ずは清麿に狙いを定めた。

 

(あの2人、俺を真っ先に潰そうとしてんじゃねーか‼)

 

『待てよ、“E組のオニマロ”』

 

『アサノはお前をまず潰すように言ってたんだ』

 

ジョゼはポルトガル語で、カミーユはフランス語でそう言った。清麿から初めに、他のE組を1人1人潰すよう浅野から指示を受けていたのだ。それを聞いた清麿は彼等の方を振り向いた。

 

『鬼麿って言うな、デカいの。それに』

 

『潰すってのは、スポーツマンシップにのっとって無いんじゃないのか?』

 

清麿はポルトガル語とフランス語で言い返した。清麿は外国人助っ人の存在を知った後、彼等の現地の言葉を勉強したのだった。英語はビッチ先生の授業でマスター出来ているので、ポルトガル語、フランス語、韓国語を学んだ。助っ人達とあえて彼等の言語で会話をする為に。これによって彼等の注意を清麿に引きつける狙いだったが、そうするまでも無く2人は清麿を潰しにかかってきた。

 

『へえ、俺達の言語を流暢に話すんだな』

 

『やるじゃねーか、お前』

 

清麿はファウードで魔界の言語を覚えた事もあり、人間界の他国の言葉をマスターするのはそう難しい事では無い。そんな事を知らない2人は清麿に感心していた。そして、

 

「潰せるものなら潰してみな、デカブツ‼」

 

『『待て、コラー‼』』

 

清麿は笑みを浮かべて言い放った。それを聞いた2人は怒りを表し、血相を変えて清麿を追いかけ回した。これがE組の狙いだとも知らずに。

 

 

 

 

「ちっ、全然捕まらねー‼」

 

「どーなってやがる⁉」

 

清麿は助っ人外国人相手に見事に逃げ回っていた。彼の身体能力は、魔物との戦い及び暗殺の訓練のお陰でかなり高いレベルまで鍛えられている。

 

(……そろそろか)

 

 ある程度走り回った所で、清麿は周りを見渡した後に足を止めた。

 

「何だ、堪忍したのか?」

 

「大人しく潰されな」

 

「いや、周りを見てみろよ」

 

清麿は逃げ回っていた、否、彼は2人を誘導していたのだ。お互いの棒から離れて、直ぐに援護には行けない場所まで。助っ人外国人2人は、清麿1人によって無力化された。

 

「俺を潰しても構わんが、もうお前達の援護が間に合わない所まで勝負は終盤に差し掛かっている」

 

「な、あれは⁉」

 

「A組の棒がE組の奴等に捕まれている‼」

 

吹っ飛ばされたと思われた吉田と村松が客席から回り込み、A組の棒を掴んだのだ。予想外の奇襲を受けてA組には隙が出来てしまい、そこを付かれて清麿以外の攻撃部隊が一斉に棒に向かって飛びかかったのだ。

 

「おい、サンヒョクは何をやっているんだ⁈」

 

ジョゼがもう1人の助っ人外国人の名前を出した。韓国バスケ界の期待の星、サンヒョク。彼は助っ人の中で唯一棒の守りに徹していたが、棒をE組に掴まれてしまえば、彼の身体能力は活かされない。むしろ彼が無理やりE組を引っ剝がそうとすれば、棒まで倒れかねない。

 

(さて、これで終われば楽なんだがな……)

 

E組の勝利が確実だと思われる中、清麿は不安を抱えていた。それは、浅野自身の存在。彼の持つ力がどれ程のものかは未知数である。そして清麿の不安は的中するのだった。

 

「皆は棒を支えてるのに専念しろ。E組は僕が片付ける」

 

何と浅野はE組の生徒達を全員蹴り落としてしまった。それを見たジョゼとカミーユは笑みを浮かべた。

 

「どうだ、これがアサノの力だ‼」

 

「あいつがいる限り、俺達に負けは無い‼」

 

(浅野の奴、これ程までとは‼だが……)

 

浅野の予想外の実力に清麿は一瞬肝を冷やしたが、すぐに平常心を取り戻した。

 

「そうだな、浅野は強い。あいつ1人に一対一で勝てる同級生はそう多くないだろう」

 

「ああその通りだ、諦めな‼」

 

「さて、テメーの事もどうやって潰すか……」

 

「だが、勝つのは浅野じゃない。()()だ‼」

 

清麿は自分達の勝利を確信しており、A組の棒を指差した。それを見た2人は怪訝な顔をしながら清麿の指さす方を見たが、予想外の出来事が起こっていた。何とE組の守備部隊が攻撃に加わっていたのだ。一方でE組の棒は竹林と寺坂の2人にのみ支えられており、ケヴィン達も2人だけに抑え込まれていた。

 

「おい、どうなってやがる⁉」

 

「何故ケヴィン達は反撃しない⁉」

 

「反撃しないんじゃない、出来ないんだよ」

 

ジョゼとカミーユは驚愕していた。何故2人如きに数で勝るケヴィン達が押さえられているのかを。その答えを清麿は分かっている。

 

「お前等の目的はE組を潰す事なんだろ?だがここであいつ等が反撃してE組の棒を倒してしまえば、その目的は果たせなくなる。だから浅野の指示が出るまであいつ等は動けない」

 

浅野から棒を倒す指示は出ていない。よってケヴィン達は動くことが出来ないのだ。その事を竹林も分かっており、抑え込んでいるA組達を煽っていた。そして浅野は攻撃しているE組の相手で忙しく、指示が出せない。

 

 そんな状況で、磯貝は最後の指示を出した。

 

「来い、イトナ‼」

 

イトナを呼んだ磯貝はバレーのレシーブの体勢を取り、彼は走りながら磯貝の手の平を踏み台にした。イトナの足が磯貝に乗ったタイミングで、彼はA組の棒を目掛けて投げ飛ばされた。イトナは触手の影響で、高い身体能力が残っている。しかし彼はその事をA組に悟らせないように、個人種目では手を抜いていたのだ。よって浅野もイトナはノーマークだったが、それを付く為にトドメの一撃を彼に任せた。そして狙い通りイトナがA組の棒を掴み、棒はそのまま倒れてE組の勝利となった。

 

 

 

 

 期末テストに続いて棒倒しでも、E組はA組相手に勝利を収める事が出来た。その事により、本校舎の関係者がE組を見る目は明らかに変化している。E組の生徒達も、そんな変化を感じて自信を持つようになっていた。E組が後片付けをしながら話していると、先程まで理事長に呼び出されていた浅野が校舎から出て来た。

 

「流石だったよ、浅野の采配。また勝負しような!」

 

「ふん、次はこうは行かない」

 

磯貝が浅野に労いの言葉をかけたが、浅野の機嫌は明らかに悪い。そんな浅野に、今度は清麿が声をかけた。

 

「なあ浅野、もう必要以上にE組を敵視して潰すような真似はやめないか?」

 

それを聞いた浅野は眉を潜めた。

 

「……そうだな、今回の敗因はまさにそれだった。初めから棒を倒す事に専念していれば、僕等が勝てていた。少し、考えを改める必要があるか」

 

浅野は清麿に反論するどころか、むしろ負けた原因を素直に認めた。確かに今回の棒倒しでは、A組はE組を潰す事に固執しすぎていたのだ。

 

「高嶺清麿、もう一度だけ聞く」

 

「何だ?」

 

浅野は清麿を睨み付けた。

 

「A組に来る気はないか?」

 

「無い」

 

「……そうか」

 

清麿は即答した。浅野は清麿に断られると、そのままE組から離れようとした。浅野は清麿をA組に誘った事が何度かあるが、全て断られている。

 

「俺からも聞きたいことがある、浅野」

 

「何かな?」

 

「何で救急車が来てるんだ?誰かが倒れたって話は聞いてないが?」

 

清麿の言う通り、何故か救急車が校舎に止まっていた。しかし体育祭では特に誰かが体調を崩した様子は無かった。つまり体育祭が終わった後に、何かが起こった事になる。

 

「教える義理は無い、だが忠告はしておいてやろう……理事長は化け物だ、高嶺。これ以上あの人に逆らうのなら覚悟を決めておけ」

 

浅野はそう言って他のA組の生徒達に合流した。浅野の言葉に恐怖の感情がこもっていた事に、清麿は気付いていた。

 

「何があったんだ?浅野の奴……まさか⁉」

 

「彼もかなり苦労していると言う事さ」

 

清麿は何かに気付いたようだが、竹林の言葉が彼の言動を遮った。

 

「浅野君も、磯貝のように境遇の中でもがいている。それから、救急車の件は僕等が関わらない方が良さそうだ」

 

竹林はかつて本校舎に戻った事がある。そこで浅野が理事長に対して恐怖している事に気付けた。竹林自身が家族間で辛い思いをした事があり、彼には浅野の苦悩が理解出来た。

 

「あいつの方がよっぽど苦労してるって事が分かったよ、竹林、高嶺。浅野はいつも1人で戦っているけど、俺は皆に助けられてるからな。仲間には感謝してる」

 

磯貝は常に皆を助け、皆に助けられている。そんな彼は気付けば上でも前でもなく横にいる。彼はE組のリーダーとして、見事に勝利を収めた。

 

「お疲れ様なのだ‼やっぱり磯貝は良きリーダーだの‼︎」

 

「ガッシュも応援ありがとうな!」

 

「ウヌ!」

 

ガッシュもまた磯貝のリーダーとしての資質に気付いて、労いの言葉をかけた。彼はその後、清麿の方へ近づいた。

 

「清麿、校舎の方から血の匂いがするのだ」

 

「多分理事長が何かしたのだろう。あの人がこれ以上しでかさなければ良いんだがな……」

 

救急車・浅野の忠告・血の匂い。これらの要素からガッシュペアは理事長に対する警戒を更に深めた。理事長が一人で外国人留学生たちを血祭りにあげた事など、E組一同は知る由も無い。まだまだ暗殺教室は波乱に満ちている。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。ようやく評価バーに色が付きました。ありがとうございます。引き続き高評価を目指して頑張りたいです。


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LEVEL.47 間違いの時間

あの話です。アンチ・ヘイトの要素が強いので、ご注意下さい。


 体育祭が終わりE組は中間テストに向けて勉強に励んでいるが、生徒達は何処か落ち着かない様子だ。期限は着々と近付いてきているのに、一向に暗殺は成功しない。このままで良いのかと考える生徒達は多い。

 

 

 

 

 その日の放課後、生徒達の大多数が一緒に裏山から見える街の景色を見ていた。勿論、ただそれを眺めているだけではない。岡島が腕を組みながら得意げに話し始めた。

 

「俺、良い事思いついたんだよ」

 

彼は何か企んでいる様子だ。そんな岡島を他の生徒達が見ていたが、丁度裏山での特訓を終わらせたガッシュが彼等と鉢合わせた。

 

「ウヌ、皆で集まって何をしておるのだ?(清麿はここにはいないようだの)」

 

「お!ガッシュ、良い所に来たな。実はな……」

 

岡島の話はこうだ。この場所からフリーランニングで建物の屋根を伝って行くと、殆ど地面を降りずに隣駅の前まで到達が出来る。よってただ通学するだけで訓練が可能になるとの事だ。

 

「危険じゃないのか?それ……」

 

「そもそも、烏間先生に裏山以外でやるなって言われてたじゃない」

 

片岡や磯貝を始め、それに反対する生徒もいたが、岡島の自信は揺るがない。駅までの道の下見の結果、人通りも殆ど無く、難しい場所も無かったようだ。それを聞いた多くの生徒は岡島の考えに賛同し始めたが、ガッシュの体は震えていた。

 

「これなら勉強と暗殺力向上を両立出来る‼2本の刃を同時に磨けて……」

 

「それをしてはならぬ‼」

 

岡島の言葉をガッシュが遮った。その時のガッシュの表情は、戦闘や暗殺の時と同じかそれ以上に真剣な物だった。

 

「おい、どうしたんだよ……」

 

そこにいる彼等は、ガッシュの豹変を見て動揺していた。ここまで彼が激昂する理由が、生徒達には分からなかった。そしてガッシュは両手を握りしめながら、大声を上げた。

 

「フリーランニングは危険な物ではないのか⁉それによって関係ない人達が傷付くことは、あってはならないのだ‼」

 

ガッシュは初めてそれを習った後の、自分と清麿との会話を思い出していた。フリーランニングを行う事で誰かを傷付ける可能性がある為、使う場面は選ばなくてはいけないのだと。

 

「……ガッシュ君の言う通りね、フリーランニングはリスクのある物だから」

 

「そうだな、誰かとぶつかりでもしたらシャレにならない。皆、やっぱりやめよう!」

 

「メグ、磯貝……」

 

片岡と磯貝はガッシュに賛成してくれた。クラス委員長として彼等は、クラスメイトが危険な事をやろうとしているのは見逃せない。そんな2人を見て、ガッシュの顔が和らいだ。しかし、

 

「万が一の事が無いように、下見はバッチリさ。大丈夫だって!」

 

「俺も良さそうだと思うんだけどな!」

 

岡島と前原を始め、それ以外の生徒達はフリーランニングの決行に前向きな様子である。また、寺坂が口を開いた。

 

「つーか、お前等の呪文をもってしてもあのタコは殺れてねーんだろ?それ程にあいつは手強いって事だ。だったら、やれる限りの事はした方が良いんじゃねーのか?」

 

確かに殺せんせーは強敵だ。これまで、あらゆる暗殺計画を尽くかわしてきたのだから。それなら今まで通りではダメだと言うのが彼の主張だ。寺坂の発言に、他の生徒達も頷いた。

 

「そういうこった!俺が先導する、ついて来てくれ‼」

 

「「「「「おう‼」」」」」

 

「ダメだ、行ってはならぬ‼」

 

ガッシュの制止も空しく、岡島を先頭に多くの生徒達がフリーランニングを始めてしまった。暗殺が成功せずに焦る彼等に対しては、ガッシュの思いは届かない。

 

「おい、お前等‼」

 

「皆、待ってよ‼」

 

最後までフリーランニングに反対していた磯貝と片岡も、彼等を止める為に飛び出してしまった。その光景をガッシュは悔しそうな顔で見ていた。彼は皆を止められなかった事に、自責の念を感じている。

 

 そんなガッシュを見て、フリーランニングに参加せずにその場に残っていた生徒達は、自分達が間違っているのではないかと気付き始めた。

 

「……確かに、ガッシュ君の言う通りかもしれない。絶対に安全なんてこと、言い切れないからね」

 

茅野が申し訳なさそうにそう言った。その一言をきっかけに、残った生徒達は彼等を止めるべきだったと判断した。生徒達の心情の変化に気付いたガッシュは再び口を開いた。

 

「皆はこの事を、すぐに殺せんせーと烏間先生に伝えて欲しいのだ‼私は、清麿の所に行ってくる‼」

 

今すぐに殺せんせー達に連絡すれば、彼等を止められるかもしれない。ガッシュはそう考えて茅野達に頼み、自らは清麿の元へ向かった。

 

 

 

 

 その頃、清麿は1人校舎に残って、ガッシュを待ちながら中間テスト勉強をしていた。彼は椚ヶ丘中のテストで二度も浅野に負けている。そのリベンジを果たす為に、暗殺や打倒クリアの特訓の合間に上手く時間を見つけながら、日々予習復習に励んでいるのだ。

 

「さて、少し休むか……ってあれは⁉」

 

「き、清麿ーーー‼」

 

清麿が休憩をしようと窓の方を見た時、ガッシュが尋常じゃないスピードで今にも目が飛び出そうな顔をして、泣きながら自分の方に向かってくるのが見えた。

 

「おいガッシュ‼どうしたんだ⁉」

 

「た、大変なのだーーー‼」

 

清麿はつかさず窓を開けて、ガッシュに事情を聞いた。

 

「……済まぬのだ、清麿。私は皆を止める事が出来なかった。もっと上手く、説明を出来ておれば……」

 

 ガッシュは今回の件が自分のせいだと考えて、申し訳なさそうな表情を見せる。そんな彼の心情を察した清麿は、怒気を帯びた顔付きをした。

 

「ガッシュ、今すぐにあいつ等を止めに行く。時間が惜しいから、お前のマントの力を使って山を降りるぞ」

 

清麿は声を荒げる事は無かったが、内心はらわたが煮えくり返っていた。また校舎には、先生達は誰もおらず、彼等に相談する選択肢も存在しない。

 

 

 

 

 ガッシュのマントに乗って山を降りた後、清麿は【答えを出す者】(アンサートーカー)を使って生徒達を探そうとしたが、ガッシュが校舎とは反対方向を指差していた。

 

「清麿、向こうからE組の皆の匂いがするのだ‼」

 

「ホントか⁉よし分かった、すぐ向かうぞ‼」

 

ここでもガッシュの嗅覚が活かされる。そして彼等はフリーランニングを始めた皆を止めるべく、走り回るのだった。

 

 

 

 

 ガッシュペアが彼等を探し回っている事など知る由もない他の生徒達は、フリーランニングを楽しんでいた。

 

「よっしゃー!一番乗りー‼」

 

フリーランニングで先頭を走る岡島と木村が、小道に降り立とうとする。しかしそこには、大量の荷物を積んだ自転車を走らせる老人がいた。その老人は急に上から降りて来た彼等に驚いてバランスを崩してしまい、そのまま転んでしまった。

 

「ぐ……う……」

 

接触こそ無かったが、転んだ拍子に足を地面にぶつけた老人はとても痛そうな表情を見せる。しかし生徒達は、青ざめた顔をしてそれを見ている事以外出来なかった。

 

「今の音は何だ⁉大変だ、救急車‼」

 

偶々近くにいた花屋の男がそれに気付き、病院への電話と老人の応急処置を済ませてくれた。ガッシュペアの奔走空しく、彼等は間に合わなかったのだ。

 

 

 

 

 救急車が呼ばれた少し後のタイミングで、ガッシュペアは彼等を見つける事が出来たが、あと一歩遅かった。

 

「清麿……」

 

「間に合わなかったか……」

 

2人は彼等を止められなかった事と、自分達が間に合わなかった事に対して無力感に苛まれる。そんな2人はクラスメイト達の方は見向きもせずに、倒れている老人に駆け寄った。

 

「大丈夫かの⁉」

 

ガッシュは老人に声をかけたが、清麿は患部に応急処置が施されている事に気付いた。その時、先程の花屋が彼等の方に来た。しかし花屋の接近に、ガッシュペアは気付く事が全く出来なかった。

 

「恐らく骨が折れている。応急処置はしたし、救急車も呼んでおいたけど……」

 

「(何だ?この男、只者ではないような。いや、今はそれより……)そうだったのか、色々済まない」

 

「礼には及ばないよ。おじいさん、後遺症が残らなければいいけど……じゃあ、僕は仕事に戻るね」

 

花屋の男はそのまま自分の屋台に戻ったが、清麿は胸騒ぎがしていた。今回の件とは別の何か、良くない事が近くで起こりそうな気がしてならない。しかし今は、目の前の事故に向き合う事が最優先である。ガッシュペアは痛みで苦しむ老人に意識を向けた。老人が自分のクラスメイト達によって怪我をさせられた。しかも、自分達の力に酔いしれたが故に。どんな理由があろうとも、無関係な人々に被害を与える事はあってはならない。  

 

 これまでの魔物の戦いにおいてもガッシュペアは、無関係な人々が戦いに巻き込まれるのを何度も見て、それを阻止するよう尽力してきた。優しい王様を目指す為に。今回の出来事は、そんな彼等の逆鱗に触れた。

 

……お前等ッ‼

 

怒りが頂点に達した清麿は鬼の表情となり、クラスメイト達を睨み付けたが、彼等は清麿から目を背ける事しか出来なかった。ガッシュは怒りのあまり体を震わせており、生徒達と顔を合わせようともしなかった。その時、

 

「……そこの2人、頼みがある……」

 

「!どうしたのだ?」

 

老人は痛みをこらえながらも、道路の端にどけられた自転車を指差した。そこにはいくつかのビニール袋が置いてあった。

 

「これらの荷物を、“わかばパーク”という所に運んでほしいんだ……これらは仕事で、必要な物だからな……」

 

この老人は“わかばパーク”と呼ばれる施設の職員である。仕事に必要な物品の買い出しの帰りに、事故が起こってしまった。彼は自分が怪我しているのにもかかわらず、職務を全うしようとしている。そんな老人を見たガッシュペアは罪悪感に苛まれながらも、彼の頼みを聞き入れた。

 

「わかりました……ガッシュ、すぐに持って行こう」

 

「ウヌ」

 

清麿はわかばパークの場所を調べた後、倒れた自転車を起こしてその籠に荷物を積んだ。乗り切らない荷物はガッシュが持ち運び、2人は目的地へ向かった。

 

 

 

 

 老人は救急車に運ばれ、2週間程入院する事になったが、後遺症は残らない様である。烏間先生と殺せんせーも駆け付けてくれたが、殺せんせーは真っ黒の激怒の表情で、生徒達をビンタした。そして彼等が力の使い方を間違え、弱い物の立場に立って考える事を忘れてしまった事を叱責した。その後、律から彼等の居場所を聞いたガッシュペアが病院に到着した。

 

「おや、君達も来ましたか。折角連絡を貰ったのに、間に合わなかったのは済みませんでした。それから、おじいさんの怪我は2週間くらいで完治しますよ」

 

説教を済ませた殺せんせーの顔色は元に戻っていた。そんな先生と落ち込む生徒達を見た2人の顔からは、怒りの表情が消えている。彼等の言いたい事は殺せんせーが言ってくれたのだと、ガッシュペアは察する事が出来た。

 

「まずは被害者を穏便に説得してきます。高嶺君とガッシュ君もここで待ってて下さい」

 

「了解した」

 

「分かったのだ」

 

殺せんせーがそう言うと、超スピードでその場から消え去った。ただ謝るだけでなく、何かの準備に向かった様子だ。

 

「高嶺君、ガッシュ君……」

 

渚がバツの悪そうな顔をして2人に声をかけた。生徒達はようやく、自らの間違いに気付いたのだ。それを見た清麿は少しの沈黙の後、ため息をついた。

 

「……まあ。俺とガッシュの言いたい事は、殺せんせーが言ってくれたみたいだからな。それに、あの人に後遺症が残らないようで良かった」

 

老人の怪我が取り返しのつかない物では無い事を、清麿は心底安心している。

 

「フリーランニングのリスクをクラスで共有しておかなかった時点で、今回の事はE組全体の責任と言える。そして起こった事は取り返しがつかない以上、俺達皆で誠意を見せるしかないだろう」

 

「ウヌ、私も皆を止める事が出来なかったからの」

 

今回の事故は直接関わった生徒達だけの問題ではない。クラス全体で責任を取らなくては、前に進む事は出来ない。殺せんせーが戻ってきた後、ここにいるE組一同は、改めて老人に謝罪に向かうのだった。

 

 

 

 

 生徒達が怪我をさせてしまった老人は松方さんと言う方で、わかばパークの園長先生である。しかし今回の件で2週間現場を離れる事になり、その補填をE組の生徒達が全員で行い、彼等の働きぶりが認められるようになれば今回の件を許してくれる事になった。ちなみにこの期間は、テスト勉強禁止である。

 

「皆―!園長先生がおケガでお仕事出来なくなっちゃった間、この人達が世話をしてくれるって!」

 

「「「「「はーい!」」」」」

 

わかばパークの職員の女性が彼等をそこに通う子供達に紹介すると、子供達は彼等に群がった。特に彼等と背丈が近いガッシュは、すぐに子供達と打ち解ける事が出来ていた。

 

「ガッシュちゃんって言うんだー、よろしくね!」

 

「ウヌ、よろしくなのだ!」

 

ガッシュは早速子供達の遊びに混じった。彼は楽しそうな顔を見せるが、今回はボランティアとして来ている。そんなガッシュに清麿が耳打ちをした。

 

(ガッシュ。子供達と遊ぶのも良いが、俺達の目的を忘れるなよ。お前は子供達と心を通わせつつ、もし何かあったらすぐに俺達やここの職員の人に連絡をするんだ)

 

「分かっておるぞ、清麿!私達は園長殿の代わりに、子供達を喜ばせなくてはならぬ!」

 

清麿が忠告するまでもなく、ガッシュは自分のすべき事が分かっている。それを察した清麿はガッシュから離れた。その時、先程の女性職員が再び口を開いた。

 

「それから、今日はもう1人の子が来てくれます。その子とも皆、仲良くしてくれるかなー?」

 

「「「「「はーい!」」」」」

 

子供達は元気いっぱいに返事をした。今日から3日間、職場体験で女子高生が来るそうだ。松方さんがいない今、E組に混じっての仕事の手伝いが彼女の役割となる。これを聞いたE組一同の罪悪感は増した。自分達のせいで、その人の職場体験にも影響を及ぼしてしまったのだから。そして、

 

「おはようございまーす!」

 

1人の制服姿の女子高生が挨拶と共に入ってきた。そして彼女の顔を見たガッシュペアは驚きを隠せなかった。彼等はその女子高生と面識があったのだ。

 

「あ、あなたは……」

 

「お主……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

しおりちゃんではないか‼」

 

「あれ、ガッシュ君と清麿君⁉」

 

(((((またこの2人の知り合い⁉)))))

 

何と職場体験に来た女子高生は、ガッシュが優しい王様を目指すきっかけとなった魔物コルルのパートナー、しおりだった。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。コルル関連の話は何処かで描写しておきたかったので、しおりがわかばパークに職場体験の為に来て、E組と合流する流れにしました。


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LEVEL.48 ボランティアの時間

 わかばパーク編はガッシュ要素が強くなります。よろしくお願いします。


 わかばパークにはお金が無く、建物の修繕すらままならない。さらに、人手も足りてない様である。それに気付いたE組一同は、磯貝を中心に作戦会議が行われた。これだけの人数と時間があるのだから、淡々と仕事をこなす以外にも色々出来るのではないかとの事である。その間の子供達の遊び相手は、ガッシュとしおりが務める事になる。

 

「じゃあ皆、私の友達を紹介するね。“ティーナ”って言うんだ、仲良くしてあげてね!」

 

「「「「「可愛いー!」」」」」

 

しおりはティーナと呼ばれた手作りの人形を取り出した。裁縫が得意な彼女がコルルの為に一週間もかけて作った代物である。ティーナは子供達、特に女の子達に大人気だ。

 

「(あの人形を見ると、コルルを思い出すのだ……)ならば、私も友達を紹介するのだ!バルカン300だぞ!」

 

「「「「「おおー」」」」」

 

ガッシュはしおりのティーナに対抗して、バルカン300を取り出した。男の子達には人気な様だが、女の子達は微妙な表情を見せる。そんな子供達の中で、輪に入ってこようとしない女の子がいた。

 

「何よ、人形遊びなんて下らない!」

 

「そ、そんな事を言わずとも……」

 

ピンク髪の女の子、鬼屋敷さくらはとんがった性格をしている。落ち込むガッシュの隣では、しおりが苦笑いをしていた。彼等がさくらへの対応に困っていると、作戦会議を終わらせたE組一同が来た。

 

「しおりさん、済まない。俺等が話し合っている間に、子供達の世話を丸投げする形になってしまって……」

 

「気にしないで大丈夫だよ、清麿君。何だか皆、色々やってくれるみたいだし。私は君達より早くいなくなっちゃうけど、協力出来る事があったら言ってね!」

 

作戦会議の結果、主に施設の改修を行う班・子供達の世話を行う班・食事や洗濯などの準備を行う班の3つに分かれる事に決まった。そして1日目は、改修や子供達を喜ばせる為の計画や準備に時間を費やしつつ、業務をこなした。こうしてE組のボランティアとしおりの職場体験の初日は終了した。

 

 

 

 

「しおりさん、この後空いてるっすか?」

 

「前原君、だっけ。どうしたの?」

 

「一緒にどっか食べに行きませんか?」

 

 業務終了後、他の生徒達が見ている中で前原はしおりにナンパをしていた。前原はかつて、E組の片岡を除く女生徒全員にナンパした過去を持つ。そんなプレイボーイな彼がしおりを誘うが、

 

「ごめんね、帰ったら家族で外食する事になってるんだ。また今度ね~」

 

「あ、ハイ……」

 

軽くいなされてしまった。しおりはかつて親との関わりが極端に少ない時期があったが、今は改善されている。そしてこの場は解散となり、モチノキ町在住のしおりはガッシュペアと帰る事になった。

 

「「「「「しおりおねーちゃんとガッシュちゃん、また明日ねー!」」」」」

 

「もう1人のお兄ちゃんも~」

 

ガッシュとしおりは初日にして多くの子供達の心を掴んでいたが、清麿はあと一歩及ばなかった。そして3人は子供達と職員に挨拶をした後、わかばパークを出た。他の生徒も帰り支度を始める中、しおりを誘う事が出来なかった前原は、まだナンパを諦めていない様子だ。

 

「前原、アンタここに来た目的忘れてないでしょうね?」

 

「それはねーよ、岡野。誘うのは業務時間外だから!」

 

「いや、そういう問題じゃ……」

 

彼のナンパ癖を見かねた岡野が忠告するが、前原がちゃんと聞いているのかは分からなかった。そんな様子を多くの生徒が呆れ混じりに見ていたが、岡島が口を開いた。

 

「けどお前、リィエンさんの事は誘ってなかったよな?」

 

「バカ!リィエンさんのあんな話を聞いた後じゃ、ナンパなんて出来ねーよ!」

 

前原をもってしてもナンパは不可能だと判断する程、ウォンレイペアの絆は固い。そんな話をしながら彼等は帰路に着いた。

 

 

 

 

 その頃、ガッシュペアとしおりは帰宅しながら今日の仕事について話していた。

 

「しおりさんもガッシュも、見事に子供達の心を掴んでいたな」

 

「コルルにしてあげたように他の子達にも接するようにしたの。上手くいって良かった。でも……」

 

「さくらちゃんとは仲良く出来なかったのだ」

 

「あの強気な性格の子か」

 

しおりとガッシュは多くの子供達と仲良くする事が出来たが、さくらとだけは上手くコミュニケーションを取る事が出来なかった。彼女はイジメが原因で登校拒否をしており、心を閉ざしているようだ。

 

「そういえばあの子、渚以外の者とは喋って無かったのだ」

 

「渚も随分手を焼いているみたいだがな」

 

「ハハハ、そうだね」

 

そんなさくらに対して、渚が積極的にコミュニケーションを図ろうとしていたが、一筋縄では行かない様子だ。そして3人は少しの間無言で歩いていたが、しおりが別の話題を出してきた。

 

「魔界の王様を決める戦いって、まだ続いてるんだよね……今、どんな感じ?」

 

しおりは魔物の戦いが気になっていた。コルルの為にも彼女はガッシュが勝ち残り、優しい王様になって欲しいと願っている。コルルは魔物の戦いに参加したことにより、とても悲しい思いをしてしまったのだから。

 

「今はとても強くて危ない魔物との戦いに備えて、日々特訓をしておるぞ。その魔物にも勝って、優しい王様になってコルルとの約束を果たすのだ‼」

 

「ああ、今日も帰ってからすぐに特訓だ!」

 

「そっか……大変だと思うけど、コルルの為にも頑張ってね!」

 

クリアに勝つ事が出来なくては、全ての魔物が消されてしまう。ガッシュ達は勿論、コルルでさえも。そんな事は決して許されない。絶対に勝たなくてはいけないのだ。そしてガッシュペアとしおりは、それぞれの家の分かれ道まで来た。

 

「それじゃあ私はこっちだから、また明日ね!」

 

「さようなら」

 

「ウヌ!」

 

しおりと別れた後、ガッシュペアは魔物の戦いについて考えていた。そして、

 

「清麿。私は、分からなくなってきておる」

 

「何がだ?ガッシュ」

 

ガッシュが口を開いた。そして少しの沈黙の後、彼は再び話し始めた。

 

「魔界の王を決める戦いが本当に間違っておるのかどうか……確かにこの戦いでは多くの者が傷付いたし、コルルもしおりちゃんもとても辛い思いをした。しかし、この戦いを通して私は、自分の成長を感じておるのだ。それに戦いが無ければ、私は清麿と会う事も無かったからの」

 

魔物の戦いは厳しい場面も多かったが、それを乗り越えて成長する人や魔物も確かに存在する。それはガッシュペアも例外では無かった。

 

「そうだな、俺もガッシュと出会って変わる事が出来た。それにこの戦いの正体がどんな物であれ、一つの目標に向けて努力する事は、確実に成長に繋がる。E組だって殺せんせー暗殺に向けて努力した結果、変わる事が出来たんだから……最も、行き過ぎは良くないがな」

 

清麿は魔界の王を決める戦いと、E組での殺せんせー暗殺の日々を重ね合わせた。共にそれぞれが目標の為に最大限頑張り、成長していく。ただし、目標の為に無関係な人々を傷付ける事は決して許されない。

 

「とは言えガッシュ。この戦いがどんな物であろうとも、俺達は勝ち残らなくてはならないんだ」

 

「ウヌ!戦いを乗り越えれば、答えが見えてくるかもしれぬ!そして私は、何としても優しい王様になるのだ‼」

 

しおりとの再会を果たし、優しい王様になる事を改めて決意したガッシュである。

 

「しかしその前に、わかばパークでの仕事をきっちりこなさないとな。明日から、もっと忙しくなるぞ!」

 

「そうだの!」

 

今日立てられたわかばパークでの計画は、明日から本格的に動き出す。明日以降の業務に向けて、彼等は気合を入れ直した。

 

 

 

 

 次の日、子供達を喜ばせる活動の一環として、E組の何人かが劇を行う事になった。参加者は短い練習時間内にも、見事に自分の役を演じていた。

 

「やめて騎士カルマ‼これ以上誰かを傷付けてはいけない‼」

 

「茅野姫、この魔物を倒さない事には平和は訪れませんので」

 

「おい、本当に当てるのは無しだって……」

 

茅野が姫役、カルマが騎士役、寺坂が悪い魔物役を演じる。台本では攻撃を当てるのは禁止されていたが、カルマは初めから寺坂を殴る気満々だ。その時、ガッシュとしおりは後ろで子供達を見守る係を務めている。

 

「皆すごいね。アクションも本格的だし、カエデちゃんの演技なんかは役者さん顔負けなんじゃないかな?」

 

「カエデ、本当のお姫様みたいだったのだ」

 

2人は茅野の演技力に感心していた。そして演劇は無事終了して後片付けが開始される中、先程の演技力も相まって茅野が子供達に懐かれていた。演劇を見ていた子供達は茅野・ガッシュ・しおりと共にはしゃいでいた。

 

 

 

 

 その頃清麿は、杉野・菅谷・磯貝と共に施設改修に必要な材料を運びながら、3人が子供達と楽しくしている様子を外から見ていた。ちなみに建物の設計図は、建築関係が得意の千葉が仕上げており、烏間先生の部下で建築士の資格を持つ鵜飼健一が指導してくれている。

 

「あの3人の子供受けが良いな、空気の掴み方をよく分かってる」

 

「そうだよな。ガッシュと茅野は体型が近いからだとして、しおりさんは妹か弟でもいるのか?」

 

「……高嶺。しおりさんは魔物の子と一緒にいたから、子供と接する事に慣れているんじゃないのか?」

 

杉野と菅谷が3人の子供達と仲良くする様子に感心している中、磯貝はしおりが魔物の戦いに参加していた事を感づいた。

 

「その通りだ。そしてしおりさんは、その魔物を自分の妹のように可愛がっていたんだ」

 

コルルペアは一緒に過ごした時間は短かったが、本当の姉妹のように仲が良かった。だからしおりは、小さな子供と接する事に慣れているのだ。

 

「とても心の優しい魔物だったよ……」

 

清麿はコルルとの別れを思い出す。そしてコルルの事をさらに話そうとしたが、清麿は渚がさくらと楽しそうにしている様子を見かけた。

 

「なあ3人共、渚って随分あの子と仲良くなったんだな」

 

彼は驚いたような声でそう言った。そしてそれを聞いた3人が渚の方を向いた。

 

「ホントだ、渚の奴やるな!俺まだあの子と一言も話せてねーよ!」

 

「俺もだわ。ていうかさくらちゃん、何か顔赤くなってね?」

 

菅谷の言う通り彼女は顔を赤くしながら渚と話していた。さくらが渚に気があるようにしか思えないのだが、渚の方は通常通りの様子である。

 

「なあ、多分渚って無自覚だよな。結構恐ろしい事かもしれないぞ」

 

「渚は親しみやすい奴だが、まさか……(そーいやティオも、渚とはかなり親しくなってたな)」

 

渚が無自覚でさくらを口説き落としかねない事を想像した磯貝と清麿は、冷や汗を掻いた。この事をきっかけに、多くの生徒が渚の怖さに気付き始める。

 

「俺達も施設の子と仲良くしないとな!さあ、まずはこれを運んでしまおう!」

 

「「「おう!」」」

 

清麿の一声により3人は気合を入れ直し、材料運びに取り組んだ。

 

 

 

 

 今日はしおりの職場体験の最終日で、彼女は皆の前で挨拶を行った。

 

「それでは皆さん、ありがとうございました!E組の皆も、頑張ってね!」

 

「しおりちゃん、3日間お疲れ様」

 

「しおりおねーちゃん、行っちゃやだー」

 

職員の方が労いの言葉をかける中、多くの子供達はしおりとの別れを惜しんでいた。彼女は3日と言う短い期間で、見事に子供達と心を通わせる事が出来た。そして挨拶を終えた彼女はそのまま帰宅した。その後に子供達も家に帰って行き、今日は解散となった。

 

 E組一同が帰り支度をしていると、前原が明らかに落ち込んだ表情を見せる。

 

「前原、どうしたんだ?」

 

「……結局、しおりさんを誘う事が出来なかった。ガード固すぎるだろ」

 

前原の発言を聞いて、E組の多くがズッコケた。3日間しおりに声をかけてきたが、彼女は理由を付けては、前原の全ての誘いを断ったのだ。

 

「アンタ、良い加減にしなさいよ‼」

 

「ぐはっ‼」

 

前原のナンパ癖は遂に岡野の逆鱗に触れ、彼女は飛び蹴りを喰らわせた。

 

「ウヌゥ、前原はしおりちゃんと友達になれなかったのだな……」

 

「ガッシュ、そういうのじゃないから!」

 

そんな光景を生徒達は呆れながら見ていた。そんな中、不破が口を開いた。

 

「高嶺君とガッシュ君、しおりさんと知り合ったきっかけは魔物絡みだよね?だとしたら、しおりさんのパートナーの魔物ってどんな子だったの?」

 

彼女は持ち前の推理力を活かして、しおりが魔物の戦いに参加していたと予測した。不破の発言を聞いて、クラス一同がガッシュペアの方に注目する。それを見た清麿は、コルルペアの事を話し始めた。

 

「……しおりさんのパートナーの魔物“コルル”との出会いが、ガッシュが優しい王様を目指すきっかけなんだ」

 

清麿は彼等にガッシュとコルルの出会いを話した。コルルは術を出すともう一つの人格が出てしまい、そのせいで戦いから逃れる事が出来なかった。その事を辛く感じた彼女の意志によってガッシュペアに本を燃やしてもらい、コルルは魔界へ帰った。その時にガッシュは優しい王様になる約束をしたのだ。その出来事によって、ガッシュは強い意志を持って戦いに臨む事が出来た。そうでなければ何処かで負けて、彼は魔界に帰っていたかもしれない。

 

「そうだったんだ。それがガッシュ君が優しい王様に拘る理由なんだね……」

 

「だからお前等は、俺達がした事にあんなにも腹を立てていたんだな」

 

渚と寺坂を始め、多くの生徒達が暗い表情になった。自分達が力に溺れた結果として松方さんを傷付けた事は、ガッシュの理想に相反する。自分達は許されざる事をしてしまった事を、改めて感じた。

 

「だが皆反省して、今回のボランティアにも積極的に励んでいる。後は松方さんや子供達に喜んでもらえるよう、頑張るしかないさ」

 

「ウヌ!皆でやり遂げて見せようぞ!」

 

ガッシュペアは明日以降の業務に向けて気合を入れた。その時、茅野がガッシュの前まで来て彼の頭に優しく手を置いた。

 

「ガッシュ君。その魔物の子の為にずっと、一直線に頑張ってきたんだね。それは凄い事だと思うよ」

 

「カエデ、私は優しい王様にならねばならぬからの!」

 

「うん、ガッシュ君ならなれるよ!」

 

ガッシュの真っ直ぐな目を見た茅野は、顔に笑みを浮かべながらその頭を撫でた。そんな光景を見て、今度は神崎が口を開いた。

 

「高嶺君もガッシュ君も、その目標の為に色んな逆境を乗り越えてきたんだよね。2人のそんな姿を考えると、こっちまで元気が出てくるよ」

 

彼女が優しく微笑んだ。ガッシュペアが如何なる困難にも立ち向かう様子は、直接それを見ていなくとも、厳しい家庭で育てられた神崎にとって励みになっていたのだ。

 

「そうだな、だがまだまだ苦難は残っている。これから戦うべき魔物は今迄の敵とは比べ物にならない程の強さだからな」

 

「頑張ってね!」

 

神崎の一言に、クラスの皆が頷いた。彼等は魔物の戦いに力を貸す事は出来ないが、ガッシュペアの事を応援してくれている。そんなE組の仲間に対して2人は、感謝の気持ちを伝えた。

 

 

 

 

 E組全員が別れた後、茅野は1人家まで歩いていた。

 

(ガッシュ君はあんなにも真っすぐな目で、自分の目標に向けて頑張っている。それに高嶺君も。私だって負けてられない。何としても、やるべき事をなさないと!)

 

茅野のやるべき事、それが何なのかはクラスの誰も知らない。

 

(私のやる事はガッシュ君を裏切る事になるけど……それでも、やらなくちゃいけないんだ!そうでしょ……お姉ちゃん!)

 

彼女が本性を現すのは、まだ先の話である。

 

 

 

 

 しおりが帰ってからもE組のボランティアは続き、学校では出来ない勉強を沢山行えた。そして各々が役割を果たしつつも、子供達と心を通わしていく。ボランティアの日数が残りわずかになった時、女性職員が生徒達と子供達を集めた。

 

「何と明日はわかばパークに、特別ゲストが来てくれます‼」

 

「えー、誰だろー?」

 

ゲストの存在を聞いて、子供達がざわめきだした。一体誰が来るのか、E組一同も皆目見当が付かなかった。

 

「その方の名前は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“パルコ・フォルゴレ”‼世界的大スターです‼」

 

(((((な、何だってー⁉)))))

 

E組一同、心の中で叫ぶ。何と明日来る特別ゲストは、キャンチョメのパートナーのフォルゴレである。事前に松方さんが、子供にもファンが多い彼が来れば皆が喜ぶと考えて、フォルゴレに手紙でお願いをしていたのだ。フォルゴレはそれを快く了承してくれた。

 

「すごーい!あのフォルゴレが来るなんてー!」

 

「今から楽しみだよ!」

 

子供達は大喜びだ。

 

「え、フォルゴレって……」

 

「これは驚いたね」

 

普段は感情を表に出す方ではない狭間や竹林でさえも、フォルゴレの名前を聞いて驚愕する。それ程に彼の来日は衝撃的だ。

 

「本当にフォルゴレが来るのだな⁉楽しみなのだ‼(と言う事は、キャンチョメとも会えるのだ‼)」

 

ガッシュが目を輝かせる。共に戦ってきた仲間との再会は、とても喜ばしい事である。彼は非常に舞い上がっていた。

 

「な……な……」

 

その隣で清麿は目が飛び出そうになる。まさかわかばパークにて、キャンチョメペアとの再会を果たすとは思いも寄らなかった。

 

「アンタ達、流石に大袈裟じゃない?……まさか!」

 

2人のオーバーリアクションを見かねた速水が声をかけたが、彼女はガッシュペアとフォルゴレに接点がある事を察した。

 

(((((パルコ・フォルゴレまで2人の知り合いなの⁉)))))

 

フォルゴレの来日以上に、彼とガッシュペアに面識がある事に驚きを隠せなかったE組一同である。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。次回は満を持して、キャンチョメペアの登場となります。


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LEVEL.49 スターの時間

 遂にキャンチョメペアの出番です。あの話も出てきます。


 女性職員の言う通り、本当にフォルゴレはキャンチョメを連れてわかばパークまで来た。E組一同、世界的大スターがこの場にいる事を信じられないと言った様子である。女性職員に挨拶を済ませたフォルゴレは、早速子供達に囲まれていた。

 

「本物のフォルゴレだー!」

 

「カッコいいー!」

 

「ハッハッハー!皆、よろしくなー!」

 

そんな彼とガッシュペアの目が合った。しかしフォルゴレは子供達に囲まれており、身動きが取れない。そんな彼の状態を察したキャンチョメが、ガッシュペアの方に挨拶に来てくれた。

 

「やあガッシュ、清麿!久し振りだね、調子はどうだい?」

 

「ウヌ!特訓を重ねてもっと強くなっておるぞ、キャンチョメ!」

 

「そっちは元気そうだな」

 

元気そうなキャンチョメペアを見た2人は安心したと同時に、仲間との再会を嬉しく思っていた。その時、三村が彼等の方まで来た。彼は目を輝かせている。

 

「本物のパルコ・フォルゴレだ……サイン貰えるかな?」

 

テレビっ子である三村はフォルゴレのファンであり、彼を生で見れる事に喜びのあまり体を震わせている。しかしE組の生徒でフォルゴレを見てテンションが上がっているのは、彼だけでは無い。

 

「パルコ・フォルゴレって女子にモテモテなんだろ⁉俺もそーなりたいぜ‼」

 

「全くだぜ‼それに“チチをもげ!”は、特に名曲だからな‼」

 

女性への関心が特に強い岡島と前原にとっては、毎日女性ファンに囲まれているフォルゴレは憧れそのものだ。“絶世の美男子”を自称するフォルゴレだが、それは誇張表現などではない。

 

「君達、フォルゴレのサインが欲しいのかい?」

 

そんな彼等にキャンチョメが声をかけた。フォルゴレを好いてくれる前原達を見て、彼も嬉しそうである。

 

「「「欲しい‼」」」

 

「分かった!僕がフォルゴレに言ってきてあげるよ!」

 

3人は即答した。世界的大スターのサインが貰えるのだから、迷う必要性は無い。そしてキャンチョメがフォルゴレの方に向かおうとしたが、すでにフォルゴレは彼等の近くに来ていた。

 

「話は聞いたよ、キャンチョメ!はい、君達へのサインだ!」

 

「「「あ、ありがとうございます‼」」」

 

サービス精神旺盛のフォルゴレは、早速色紙に書いた3人分のサインを彼等に手渡してくれた。それを見た3人の目の色が変わる。その後、フォルゴレはガッシュペアの方を向いた。

 

「久し振りだな!清麿、ガッシュ!2人はクラスメイトとボランティアに来てるんだろ?」

 

「ウヌ!フォルゴレも元気そうだの!」

 

「ああ、事情は昨日電話で話した通りだ。今日はよろしくな」

 

「よろしく!お互いのやるべき事を、しっかりと果たそうじゃないか!」

 

ガッシュペアに挨拶を済ませたフォルゴレはキャンチョメと共に、今日のスケジュールを女性職員に確認する。フォルゴレの存在感に圧倒されながらも、E組一同は今日の仕事に取り掛かるのである。

 

 

 

 

 今は子供達が絵を描く時間で、皆は動物の絵を描いている。子供達に混ざってガッシュ・キャンチョメも絵を描いており、その様子を矢田と速水が見守る役割となった。

 

「皆、上手にかけてるね!」

 

「ちゃんと動物の特徴を捉えられている」

 

動物の特徴を上手くとらえた子供達の絵を見て、2人が感心した。

 

「ウヌ!私はブリを描いたのだ‼」

 

「それ、動物と言うよりガッシュの好きな食べ物の絵じゃないか」

 

ガッシュは相変わらずブリが好きである。そんな彼の絵を見たキャンチョメが呆れ混じりにツッコミを入れた。

 

「おっと、お絵かきの時間かい?」

 

彼等が絵を完成させた後に、フォルゴレが輪の中に入ってきた。彼は子供達の絵を嬉しそうに見ている。

 

「上手じゃないか。ところでキャンチョメは、ライオンを描いたのか?」

 

「そうだよ。僕の一番好きな動物さ!ライオンは強くてカッコいいからね。フォルゴレもそう思うだろ?」

 

キャンチョメが得意げにそう尋ねたが、フォルゴレは首を縦には振らなかった。そして彼は少し遠い目をして、自分が最も好む動物の名前を口にした。

 

「私の一番好きな動物は、カバさんだ」

 

フォルゴレが意外な動物の名前を出すと、キャンチョメは首をかしげる。フォルゴレがカバをライオンよりも好きだと言う事を、信じられない様子だ。

 

「カバさんより、ライオンの方がカッコいいフォルゴレらしいのに。皆もライオンの方が良いと思うだろ?」

 

キャンチョメはそこにいる全員に尋ねた。その事について子供達は考える。そして少しの沈黙の後、彼等は口を開いた。

 

「やっぱライオンは強くてカッコいいよなー!」

 

「僕もライオンの方が好きだよ!」

 

数人の男の子達はライオンの方が良いと主張した。キャンチョメがそれを聞いて嬉しそうにするが、そうは思わない子供達もいるようだ。

 

「でも、ライオンって何か怖いよね……」

 

「うん。カバさんの方が、のんびりしていて可愛いと思う」

 

女の子を中心に、ライオンよりもカバが好きな子もいる。ライオンは確かに強くてカッコいいが、怖いと思う子供達も多いようだ。

 

「そうかなぁ。ガッシュはどう思う?」

 

「ウヌ……私はライオンもカバさんも好きなのだ!」

 

「そう言うと思ったよ……」

 

ガッシュの返答を聞いて、キャンチョメは肩を落とす。しかし彼は、ガッシュの答えをある程度予想していた。ガッシュなら、ライオンとカバの優劣を付けようとはしないだろうと。

 

「桃花と凛香はどっちかの?」

 

そんなガッシュは、矢田と速水に話を振る。

 

「私はどっちが良いかなぁ?強くてカッコいいライオンか、可愛げのあるカバさんか……凛香はどう思う?」

 

矢田はどちらかを決めかねていた。そんな彼女は、同じく考える素振りを見せる速水の方を向く。

 

「いざ言われると悩むね。でもフォルゴレさんのイメージは、ライオンよりカバさんの方が合っていると思う」

 

「ええ~、そうなのかい?」

 

「確かにフォルゴレは、ライオンみたいに怖くはないのだ!」

 

キャンチョメは速水の言う事に納得していない様子だったが、ガッシュは同意した。普段のフォルゴレのイメージでは、怖くて凶暴なライオンは似合わないと言うのが、速水とガッシュの考えである。そんな時、

 

「おっと君、嬉しい事を言ってくれるじゃないか」

 

「え、カバさんが似合うって嬉しいの?」

 

フォルゴレが速水を見て微笑んだ。そして彼は、それが信じられないと言った表情をしているキャンチョメの頭に手を置いた。

 

「嬉しいことだよ。何たって……カバさんの牙には小鳥が止まるんだ。ライオンだとそうはいかない」

 

フォルゴレはそう言うが、それを聞いた皆はあまりしっくり来ていない様子だ。フォルゴレのこの発言の意味が分かるのは、まだ先の話である。そして先程まで遠い目をしていたフォルゴレが、いつも通りの表情に戻った。

 

「ところで今日は私が皆の前で歌ったり踊ったりするんだが、E組の誰かにバックダンサーをお願いしたいんだ。良いかな?勿論キャンチョメとガッシュは参加決定さ!」

 

フォルゴレから意外な依頼が来た。確かにフォルゴレ1人だけよりも、何人かが前に踊ってくれた方が盛り上がる。ちなみにキャンチョメとガッシュには、断る選択肢すら無かった。

 

「ダンスなら経験ありますよ!私達で良ければ……」

 

「私も大丈夫です」

 

「ウヌ!2人ともそうだったのか!」

 

奇しくもここにいた矢田と速水はダンスの経験者だ。それを聞いたフォルゴレはさらにテンションを上げる。

 

「こんなに可愛いバンビーナ達に踊ってもらえるなんて光栄だ‼早速ダンスの動画を見てくれ‼」

 

フォルゴレは自分のスマホで、これから踊るダンスの振り付けの動画を矢田と速水に見せた。しばらく2人はそれを真剣な表情で見続けるが、“チチをもげ!”のそれを見た彼女達の顔が真っ青になる。

 

「すみません、これはちょっと……」

 

「男子にお願いしても良いですか?」

 

矢田と速水はバックダンサーの依頼を断ってしまった。

 

「……そうか、ならば仕方ない。やれる子が見つかったら教えてくれ、ハッハッハ!」

 

依頼を断られたのにも関わらず、フォルゴレはいつも通りのテンションでその場を離れる。それを見た矢田と速水は、罪悪感に苛まれながら代役の男子を探すのだった。

 

 一方さくらは、自分の描いた絵を渚に見せていた。

 

「さくらちゃん、凄い上手だよ!」

 

「へへ、どんなもんよ‼」

 

彼女は渚に対しては、満面の笑みを見せる。

 

「さくら姐さんがあんなに笑っている!」

 

「渚って人、やるな!」

 

さくらに懐かれた渚に対して、子供達が尊敬のまなざしを向けていた。

 

 

 

 

 フォルゴレ達が子供の相手をする中、清麿は外での力仕事に励む。とは言え施設の改修自体はほぼ終了しており、残りは最終チェックや施設内で不足している物品の運搬等だけで、山場は過ぎている。そんな彼が一息付いていると、カルマが話しかけて来た。

 

「高嶺君。フォルゴレさんと一緒にいたキャンチョメ君、彼は魔物だよね?」

 

「ああ、そうだ。あいつ等も共に厳しい戦いを乗り越えて来た仲間だ」

 

「成程ね。だったら彼等の事を殆ど知らない俺がこう言うのは良くないかもだけど、話を聞いてくれるかな?」

 

「随分かしこまっているな。一体どうしたんだ?」

 

カルマはキャンチョメを一目見ただけで、彼を魔物だと決め打った。そんなカルマは、キャンチョメを見て思うところがある様だ。

 

「キャンチョメ君の目ってさ、凄く自信に溢れているように見えたんだよね。けど何だか危なっかしいと言うか……まるで今回の事故を起こす前のクラスの皆と、似たような目をしてる」

 

弱者だったE組は力を持つ事で弱い物の目線で考える事を忘れた結果、松方さんを怪我させてしまった。そんな彼等のような目を、キャンチョメがしているとカルマは考えていた。確かにキャンチョメも最初は弱かったが、今は強力な術を手に入れて、練習試合でガッシュペアを負かせる程に成長した。そんなキャンチョメの境遇は、E組に似通う所もあるかもしれない。かつて力に溺れて期末試験で失敗したカルマだからこそ、キャンチョメの事に気付き、失礼を承知でそれを清麿に伝えたのだ。

 

「……赤羽もそう思うか」

 

「何だ、気付いてたんだ」

 

カルマと同じことを清麿も考えていた。彼はキャンチョメが力を持つことによる変化を内心危惧している。キャンチョメが力に溺れて、大切な物を見失ったりしないかと。

 

「フォルゴレが一緒だから滅多な事は無いとは思うが、警戒するに越した事はない。大切な仲間が間違った方向に行くのは、もう見たくないからな」

 

「高嶺君、今回の件はかなり堪えたみたいだね」

 

自惚れた結果、思いやりを欠いた行動をする事は許されない。今は引きずってないが、事故が発覚した時の清麿はかなり激怒した。そんな彼の前で、別の仲間が同じ失敗をする事は何としても避けたい。カルマは清麿が考えている事をすぐに察した。そして2人がそんな話をしていると、

 

「お前等、丁度良かった!手が空いてそーだな!」

 

「悪いがこれを運んどいてくれねーか?」

 

岡島と前原が施設に運ぼうとしていた何冊かの本を、清麿とカルマの前に差し出した。施設改修の際に図書室を作り、そこに置くための本である。

 

「別に構わないが、別の仕事でも入ったのか?」

 

「実は、俺等が急遽フォルゴレさんのショーのバックダンサーを務める事になってさ!その練習をしなくちゃならねーんだ!」

 

「最初はダンス経験者の矢田と速水がやる予定だったんだがな。俺達に代わってくれって頼まれたんだよ!そういう訳だ、じゃあな!」

 

そう言い残して前原と岡島は去って行った。矢田と速水の代役は、この2人に決まった様だ。

 

「まあ、あの振り付けを女子がやるのは抵抗があるな……」

 

「“チチをもげ!”は、結構アレな歌だからね」

 

この曲の歌詞及び振り付けは中々な物であり、女子2人が断るのは仕方ないと清麿とカルマは考えていた。

 

 

 

 

 そしてダンス本番、フォルゴレが中心になってガッシュ・キャンチョメ・前原・岡島が後ろに立つ。まずは“無敵フォルゴレ”の曲が流れ、フォルゴレが歌いながら、ガッシュ達は踊り始めた。それを見た子供達も一緒に踊っていた。さくらは恥ずかしそうにしている。そんな様子を後ろからE組一同と女性職員は楽しそうに眺めていた。

 

「皆、ダンス上手いな……」

 

「前原と岡島、フォルゴレさんの動画でかなり勉強してたよ」

 

清麿とカルマを始め、彼等のダンスの技術に感心していた。

 

 しかし、場の雰囲気は“チチをもげ!”が流れ出した時に変わり始める。

 

「あ、あれはちょっと……」

 

片岡を始め、女生徒の大半がフォルゴレ達から目を逸らす。子供達は相変わらず踊っていたが、さくらはそれを見て愕然とする。ちなみに茅野がその曲を聞いて、とてつもない殺気を出していたが、渚と奥田になだめられていた。

 

 

 

 

 今日の仕事が終わり、ガッシュペアはキャンチョメペアと帰り道を歩く。

 

「フォルゴレ、キャンチョメ、ガッシュ、お疲れ様」

 

清麿以外が前に出ていたメンバーであり、彼は3人に労いの言葉をかけた。

 

「ハハハ、私はスターとして当然の事をしたまでさ」

 

「2人と踊れて、楽しかったのだ!」

 

「今日一日、楽しかったよ。次会う時は、クリアと戦う時かな」

 

キャンチョメが早々にクリアの話題を出した。それを聞いた一同の緊張感は高まったが、清麿はキャンチョメに対する不安感をぬぐえずにいた。

 

「そうだな。ところでキャンチョメ、何か変わった事はあるか?」

 

「え?特にないけど……」

 

そんな清麿はキャンチョメに尋ねたが、キャンチョメは心当たりが無い様だ。しかし清麿が考えている事を、フォルゴレは察した。

 

「心配はいらないよ、清麿。キャンチョメの事は私に任せてくれ」

 

「フォルゴレ、僕だっていつまでも守られているだけじゃないぞ!」

 

「ハハハ、それもそうだな!」

 

キャンチョメは強気な口調でそう言ったが、フォルゴレは笑いながら聞き流した。笑みを見せるが、彼は心の中で力を手に入れたキャンチョメの事を案じている。そしてフォルゴレは、これまでとは比べ物にならない程の真面目な表情で口を開いた。

 

「とにかく、私達は負ける訳には行かない。お互い全力を尽くして戦おう!」

 

「当然だ!俺達は勝たなくちゃいけないんだ、魔界を滅ぼさせないように!」

 

「どんな相手でも、僕の呪文があれば大丈夫さ!」

 

「私もさらに特訓を重ねておるぞ!」

 

一同がクリアとの戦いに向けて気合を入れ直す。敗北イコール魔界の滅亡、それは何としても防がなくてはならない。

 

 そして彼等は戦いについての話をしながら、それぞれの分かれ道まで来た。

 

「なあ2人共、本当に恵さん達やデュフォーに会わなくていいのか?」

 

「そうしたいのは山々だが、皆忙しいだろう。私達の特訓は早々に終わっているが、皆の時間を取らせる訳には行かない。まあ、よろしく伝えておいてくれ」

 

「忙しいのは、フォルゴレもじゃないか!明日も仕事なんだろ?」

 

フォルゴレは今日にでも帰国するようだ。恵達に気を使ったのもあるが、自分の仕事の忙しさもある。

 

「2人共、また会おうぞ!」

 

「元気でな!」

 

キャンチョメペアと挨拶を済ませた後、ガッシュペアは帰路に着いた。

 

 

 

 

 今日は松方さんの退院の日だ。殺せんせーに連れられた松方さんは、初めは生徒達を認めようとはしなかったが、改修された施設を見て驚愕する。千葉が設計図を鵜飼さんの指導の下で書き(律の計算込み)、施設は見事にリフォームされていた。

 

「何ということでしょう⁉」

 

古くなったそれは一新され、E組の裏山で手に入れた木材が使用された。それ以外にも多くの工夫が施されており、松方さんを驚かせる。しかし、

 

「ただし、お前達が子供達と心を通わせていないようなら働きは認められんな」

 

松方さんからの厳しい言葉である。E組一同緊張間が高まる。そんな中、

 

「おーい、渚―‼テストでクラス2番取ったよー‼」

 

さくらが学校から帰ってきた。彼女は学校にしばらく行ってなかったが、渚の言う通り数学のテストの時間だけ登校して、テストで高得点を取った。いじめっ子達も、テストの時間では手の出しようが無い。

 

「こうやって戦える武器を増やしていこうね、さくらちゃん!」

 

今は数学だけだが、少しづつ勉強を渚に教わっていけば、勉強の遅れを取り戻しつついじめっ子達を見返す事も可能になる。そんな戦い方を渚から教わったさくらは、彼と心を通わす事が出来ていた。

 

「ガキ共、やるじゃないか。お前等はさっさと学校に戻れ、やる事があるんだろ?」

 

松方さんはE組を許してくれた。生徒一同、事故の賠償責任を果たす事が出来た。しかし、翌日には中間テストが控えていた。

 

 

 

 

 テストの結果は、E組の大半はトップには入れずにA組の勝利に終わる。そして本校舎の敷地内にて浅野以外の5英傑が渚達に好き勝手言っていたが、カルマと清麿がそこに現れた。

 

「だったら、アンタ等は俺達に文句言えなくね?」

 

カルマは合計492点で学年3位だ。浅野を除くどのA組よりも点数が上である。

 

「ふぅ、ようやく浅野に並ぶ事が出来た。だが次は追い越して見せる!」

 

清麿は合計493点で、浅野と同率で学年1位だ。

 

「ねぇ、今回本気だったのは俺等だけなんだけど。でも次はそうはいかない、2学期の期末テストで決着を付けようよ」

 

「……いいだろう!」

 

結果はA組の勝利だったが、浅野は何処か悔しそうだ。清麿とカルマの点数を見て、自分達の完全勝利とは思えなかったのである。清麿もカルマも期末テストでは悔しい思いをしており、受験勉強も兼ねて勉強の予習を行っていた為、2週間のハンデはそれほど気にならなかったのだ。そして彼等の努力と成果は、他のE組をフォローする事にも繋がった。

 

(ヌルフフフ。あの2人にとっては、2週間のハンデなど、何てことなかったようですねぇ。そして敗北を知る者は、敗者を気遣う事が出来る。この事は、皆の成長の源となる)

 

その光景を、校舎の上から殺せんせーが見ていた。この件ですら、殺せんせーにとっては授業の一環なのである。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。キャンチョメペアを登場させるタイミングは、暗殺教室の話においては、わかばパークの件しかないと考えてました。


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LEVEL.50 プレゼントの時間

 わかばパーク編の次の話に入りますが、後半はオリジナル展開になります。


 E組一同は職員室にて、フリーランニングの件で迷惑をかけてしまった事を烏間先生に謝罪をしたが、先生は気にしていない様子だ。

 

「今回の件で、何か学べたか?」

 

「はい、自分達が付けた力は誰かの為に使える事が改めて分かりました」

 

烏間先生の質問に渚が答える。そして彼に続いて、力の使い方を間違えないよう気を付けると他の生徒達も述べる。今回の一件は、浮かれ気味の彼等を戒めるのには十分すぎる出来事だ。

 

「なるほどな、そんな君達にプレゼントだ!」

 

しっかりと反省している生徒達を見て、烏間先生は安心したと同時に嬉しそうな顔をする。その後、部下にいくつかの段ボールを持って来させた。そこには、衣類のような物が入っている。

 

「それより強い体操着は地球上に存在しない、これからの体育はそれを着て行う」

 

この体操着は軍と企業が共同開発した強化繊維で出来ており、衝撃等にも耐性があり、防御力はかなりの物である。それにも拘らず通常のジャージよりも軽く、靴も良く跳ねられるように作られている。さらに特殊な揮発物質をかければ服の色を一時的に変える事が可能だ。

 

「おお、凄いのだ‼」

 

生徒達がそれを受け取る中、ガッシュは通常の体操着とは一線を画す“超体操着”を見て目を輝かせる。しかし、

 

「済まない、ガッシュ君の分は無いんだ……」

 

烏間先生の絞り出したような声を聞いて、ガッシュは顔を真っ青にする。超体操着1つ作るのにも莫大な費用が掛かる為、正式に生徒として登録されていないガッシュの分は作られなかったのだ。

 

「ヌオオオオオォ‼」

 

ガッシュは大声で泣き出す。多くの生徒がガッシュに憐みの目を向ける中、清麿がため息をついた後に彼をたしなめる。

 

「ガッシュ、烏間先生を困らせるんじゃない……これが無くともお前には、その特殊なマントがあるじゃないか」

 

「う、ウヌゥ……」

 

確かにガッシュの変幻自在のマントがあれば、超体操着が無くてもハンデにはならないだろう。しかしガッシュは、自分だけが除け者にされたように感じてしまい、何処か納得が行ってない様子だ。

 

「ガッシュ君、申し訳無いとは思っているんだ……」

 

ガッシュの悲壮感溢れた表情を見て、烏間先生は罪悪感に苛まれる。この事は、彼にとっても心苦しいのだ。しかし先生の謝罪を聞いてもなお、ガッシュの目から涙が止まる事は無い。そんな彼の頭を茅野が困ったような顔をして撫でる。

 

「しょうがないなぁ、よしよし……」

 

「ウヌゥ……」

 

その光景を、教室にいる者達は苦笑いをしながら見ている。そんな中、矢田が口を開いた。

 

「高嶺君。このまま行くと本当に、ガッシュ君をカエデちゃんに取られちゃいそうだね……」

 

彼女は冗談交じりにそう言うが、それを中村が聞き逃さなかった。彼女は口元をニヤケさせながら、清麿の方を見る。

 

「まあ、高嶺がガッシュに冷たくするからしゃーない」

 

中村の発言を聞いた生徒達の多くが頷く。そして職員室内には、何故か清麿が悪い雰囲気が出来始め、生徒達の目線が彼に突き刺さるのだった。

 

「おいお前等、そんな目で見るんじゃない……」

 

清麿は頭を抱える。強く反発したいところだが、烏間先生のいる手前、大声を出す訳にもいかない。それを見た茅野は、すこし申し訳なさそうにしながらガッシュの頭を撫で続けた。

 

 

 

 

 生徒達に超体操着が配布された後、それを使用した暗殺が早速決行され、バーベキューを楽しむ殺せんせーが生徒達の襲撃を受けるが、暗殺には至らなかった。しかし彼等の狙いは、暗殺を成功させる以外のところにあった。

 

「約束するよ、殺せんせー。この“力”は、誰かを守る以外では使わないって」

 

殺せんせーに新しい力の使い方を見せた上での約束。それを聞いた殺せんせーは、満足気な表情を浮かべた。

 

「満点回答です。明日からは通常授業に戻りましょう」

 

先生の言葉を聞いた生徒達は、元気一杯に返事をしてその場を去った。そんな彼等を見て、殺せんせーはE組の変化を感じていた。

 

(私が来た当初とは違う、今のここは暖かい殺意に溢れている)

 

そして先生は、自分が教師になるきっかけを作った1人の女性の顔を思い浮かべていた。

 

 

 

 

 次の日にガッシュペアが登校すると、下駄箱にて見たことのないネックレスを付けたビッチ先生と鉢合わせた。

 

「アンタ達、おはよう」

 

「ビッチ先生、おはようなのだ‼」

 

「おはよう……先生、そのネックレスどうしたんだ?」

 

「聞きたい?それはね……」

 

ビッチ先生が新たなアクセサリーを付けている。それは7mm程の大きさの翡翠の珠が紐に通され、さらにオールノット加工で珠と珠の間に結び目が作られている。清麿は何事かと考えていたが、彼女はその理由を話してくれた。

 

「……リィエンが先生に誕生日プレゼントを贈ってくれたのか」

 

「良かったの、ビッチ先生!」

 

「そうなのよ。あの子、やってくれるわね!」

 

生徒達がわかばパークのボランティアに励んでいる間、ビッチ先生の誕生日が過ぎてしまった。身近な人間が自分の誕生日を祝ってくれない中、リィエンが中国からプレゼントを贈ってくれたのだ。プレゼントはビッチ先生からすればそれ程高級ではない代物だったが、弟子からのプレゼントは嬉しい物である。

 

「そんなに高い物では無いのだけれどね。さて……」

 

ビッチ先生は得意げな表情をして、何かを求める様に手を差し出した。

 

「ウヌ?」

 

「……その手は何だ?」

 

「アンタ達は何か無いの?」

 

ビッチ先生が差し出す手を、清麿は何とも言えない表情で見ていた。確かに先生の誕生日の事が頭から抜けていたは良くないかもしれないが、生徒にプレゼントを求めるとは。清麿がそんな事を考えていると、ビッチ先生が口元をニヤケさせながら手を引いた。

 

「冗談よ、ガキ共にそこまで求めてないから。悪かったわね、長話に付き合わせて」

 

「あ、ああ……」

 

ビッチ先生はそのまま職員室に向かおうとした。しかし先生が小さなため息を付いていた事を、ガッシュペアは見逃さなかった。2人も教室に向かおうとした時、ビッチ先生が振り返った。

 

「そうだ。アンタ達、今日の放課後空いているかしら?」

 

「どうしたのだ?」

 

ビッチ先生からの突然の誘いだ。用事はそれ程遅くならず、かつ清麿宅周辺まで送ってくれるとの事で、ガッシュペアは彼女の用事に付き合う事になった。ちなみに先生の勤務時間は放課後も続くが、時間給を使ってその用事を済ませるそうだ。

 

 

 

 

 ビッチ先生の言う用事とは、リィエンへのお返しのプレゼントを用意する事である。そこで彼女は、リィエンとの交流が深いガッシュペアもプレゼント選びに同行させたかったのだ。そして今彼等は、先生の車で椚ヶ丘にあるショッピングモールで向かっている。

 

「ビッチ先生とのお出かけは、南の島以来なのだ!」

 

「ガッシュ、遊びに行く訳じゃないからね?」

 

浮かれているガッシュを見て、ビッチ先生が釘をさす。プレゼントを置くてくれたリィエンに対して、誠意を見せる必要があるのだから。

 

「ビッチ先生、放課後とは言え抜け出して良かったのか?」

 

「だから、時間給って言ってるでしょうが!すぐに終わらせなきゃいけない仕事はもう済ませてあるし、終わったらちゃんと学校にも戻るわよ!」

 

(今日烏間先生がため息をついていたのは、これとは別件だと思いたい……)

 

突然の時間給取得のせいで烏間先生が困っている可能性を危惧する清麿だったが、ビッチ先生は一切気にしていない様子である。

 

 

 

 

 そして一行はショッピングモールに到着し、ギフトのコーナーを見ていた。周りのプレゼントを見渡した後、ビッチ先生が口を開いた。

 

「ねぇアンタ達、リィエンの好きな物とかって聞いてない?」

 

「そうだな……」

 

ビッチ先生からガッシュペアへの質問。リィエンが喜びそうな代物について、清麿は真剣な表情で考える。しかし、

 

「ブリを使った料理が売っておるぞ!これはどうかの?」

 

「それはお前が好きな物だろ‼」

 

「アンタ等ねぇ……」

 

ガッシュはブリの刺身や缶詰の詰め合わせを見つけて、よだれを垂らしながら目を輝かせる。そんな光景を見たビッチ先生は頭を抱えながら、連れてくる相手を間違えたのではないかと考える。

 

「食べ物と言えば、リィエンは杏仁豆腐が好きだと言ってたな。いざとなれば、そこにある杏仁豆腐の詰め合わせを送る手もあるにはあるが……」

 

「そう、候補としては考えておこうかしら」

 

清麿はビッチ先生にリィエンの好物を教えたが、先生はあまり納得いっていない。食べ物以外の贈り物を本筋で考えている。そして一行は、しばらくギフトのコーナーを周っていた。

 

「どうしたものかしら。あの子カンフーやってるから、アクセサリーとかは危ない気がするのよね」

 

ビッチ先生達はリィエンへの贈り物を決めかねている。

 

「贈り物とは難しいのだ」

 

「そうだな、サンビームさんの時みたいにならないようにしないと……」

 

ガッシュペアはかつて、サンビームの引っ越し祝いの為の贈り物を買うために出かけたが、同行したティオペア及び水野と共に贈り物を探した結果、水野が勝手に開けてしまった噓発見器を渡す事になってしまった。清麿がその時の事を思い出していたが、ある事を考えつく。

 

「なあ、ギフトコーナー以外も見てみないか?」

 

「奇遇ね。私も同じ事を考えていたのよ」

 

贈り物だからと言って、ギフトコーナーだけに固執する必要は無い。そして彼等は今いるエリアを出た。

 

 

 

 

「何処に行こうかの?」

 

「俺に考えがあるんだが……」

 

「あら、言ってみなさいよ」

 

清麿は贈り物の候補を1つ思いつく。彼の意見を聞いた後、一行は靴のエリアに来た。

 

「カンフーシューズね。考えたじゃない、高嶺」

 

「普通の靴とは、何か違うのかの?」

 

「そうだな……」

 

清麿はカンフーシューズの説明をした。これは中国で愛用されている布製の靴で軽く、その名の通りカンフーを使用する際によく使用される。

 

「おおっ、リィエンにピッタリではないか‼」

 

これにはガッシュも感心する。この靴は日々カンフーを嗜むリィエンには、必須のアイテムでもある。

 

「レディースのコーナーはあっちね。デザインは私が選ぶわ」

 

「分かったよ、ビッチ先生」

 

一行はカンフーシューズを贈り物に決定した。ビッチ先生が選んだ物は黒に近い赤色の靴で、白い花の模様が施されていた。

 

 

 

 

ビッチ先生がそれを買った後、一行は清麿宅まで車で向かっていた。

 

「無事に贈り物が決まって良かったのだ‼」

 

「そうだな、後はリィエンが喜んでくれれば良いんだがな」

 

「何言ってるの、この私が選んだのよ?あの子が喜ばない訳が無いじゃない!」

 

ビッチ先生が得意げにそう言う。確かに師匠からの贈り物であれば、リィエンは喜んでくれるだろう。一行はしばらくカンフーシューズの話をしていたが、突然ビッチ先生が遠い目をした。

 

「……ねぇ。アンタ達は魔物の戦いで、実際に誰かの死を経験した事があるかしら?」

 

ビッチ先生の突然の質問で、ガッシュペアの表情は真剣な物になる。

 

「俺は一度、呪文の集中砲火を受けて心臓が止まった事がある。その時に得た力が【答えを出す者】(アンサートーカー)だ。だが俺達が見る限りでは誰かが死にかける事はあっても、本当に死んだ場面に出くわした事は無い」

 

「そうだの、私も清麿が死にかけた戦いをきっかけに力が強まったのだ。それから私達が今倒すべき敵は、魔物を皆消そうとしておるのだ」

 

人及び魔物の死を、彼等はまだ経験していない。しかし一歩間違えれば誰かの命が奪われていた可能性は十分にある。さらにクリアノートを倒さなくては、魔物達は全員消される、つまりは皆殺しになってしまう。魔界の王を決める戦いとは、それ程に過酷な物である。

 

「そう……アンタ達はそんな危険な戦いの中でも、誰も殺さずに済んでいるのね」

 

「相手の本を燃やせば魔物は魔界に帰るからな……ところで、何故そんな話を俺達に?」

 

「ビッチ先生、どうしたと言うのだ?何だか元気が無いように見えるが……」

 

話を聞いたビッチ先生の口角は少し上がったが、目は笑っていない。その目はまるで、彼等を羨むようである。

 

「私はこれまで殺し屋として、数多くの命を奪ってきた。そんな私が今更E組のガキ共とやっていけるのかが、分からなくなってきているのよ」

 

ビッチ先生には迷いが生じている。自分と殺しを経験していない彼等とでは、住む世界が異なる故、相容れる事は出来ないのではないかと。

 

「非現実的な戦いを乗り越えて来たアンタ達ですら、まだ誰も殺してはいない。私にも、殺し以外の選択肢があったのかしらね……」

 

ビッチ先生の初めての殺しは、紛争中の故郷に押し掛けた民兵を自分の父親の銃で撃ち殺した時である。その後ロヴロと出会い、人殺しの血の記憶を仕事として飼い慣らす為に、殺し屋としての道を歩む事になった。そんな彼女は、厳しい戦いにおいても“殺し”という選択肢を取っていないガッシュペアに対して、思うところがある様だ。

 

「本を燃やせば勝てる魔物の戦いと、人間同士の殺し合いでは事情が異なるんじゃないのか?俺が仮にビッチ先生と同じ境遇だとして、誰も殺さない選択肢を取れたかは分からない」

 

「どうかしらね……本を燃やせばって、そんな簡単な話じゃないでしょ。それに相手から本を奪う際にも本の持ち主を殺す事だって考えられるのに、アンタ達はそれをしなかった。自分達の命の危険が何度もあったのにも拘わらず」

 

相手のパートナーの人間の命を奪う。それはこの戦いにおいて確実な勝ち筋の1つではある、実際に清麿も殺されかけたのだから。それでもガッシュペア及び仲間達は、その選択肢を取らなかった。殺す事が当たり前の環境で育ったビッチ先生にとっては、その事でさえも眩しい事だったのだ。その話を聞いて、ガッシュが悲し気な表情で口を開いた。

 

「私達には多くの仲間がいたからこそ、危険な戦いでも誰も死なせずに乗り越える事が出来たのだ……しかしビッチ先生は、ずっと1人で戦ってきたのだな……」

 

それを聞いたビッチ先生は目を見開いた。彼女はE組に来るまで孤独に殺しを行ってきたのだ。師匠のロヴロがいるが、彼が仕事を手伝う訳では無い。そして彼女の目からは涙が流れた。

 

「先生、大丈夫か?」

 

「……ごめんなさい、少し車を停めるわね」

 

清麿はつかさずビッチ先生に声をかけたが、先生が泣き止む事は無かった。そして彼女は丁度車通りの少ない道路で、車を端に寄せて停車した。その後、ビッチ先生は自分の目を手で隠す素振りを見せる。

 

「ビッチ先生、どうしたのだ?」

 

そんな先生に対してガッシュペアは心配の眼差しを向けたが、少ししてビッチ先生の口角が上がった。そして彼女は堂々と、目を覆い隠していた手をどけた。

 

「ハン‼ガキ共がナマ言ってんじゃないわよ、1人が何だって言うのよ!さあ、車出すからね‼」

 

そう言って彼女は車を出したが、運転がかなり荒い。強がってはいるが、先生は完全には吹っ切れてはいない。ガッシュペアは内心それが理解出来たが、それを口には出さなかった。

 

「暗い話して悪かったわね、これも全部カラスマのせいよ‼」

 

「「何で⁉」」

 

突然烏間先生の名前が出てきて、ガッシュペアは驚きを隠せず、目が飛び出そうになった。

 

「アイツ、同僚の誕生日くらい祝いなさいってのよ‼」

 

その言葉を聞いて2人は察した、ビッチ先生は烏間先生に自分を見て欲しかったのだと。清麿はビッチ先生の烏間先生に対する思いは分かっていたが、先生がそこまで思い詰めている事までは分かっていなかった。ちなみにガッシュは、彼女の思いに今気付いた。ビッチ先生が愚痴を述べている間にも、車は清麿宅の前に着いた。

 

「じゃあねガキ共、今日付き合ってくれた分は後で埋め合わせするわ」

 

ガッシュペアが別れの挨拶を述べた後、ビッチ先生はそう言い残して先生は車を出した。2人は少しの間あっけに取られていたが、ガッシュが口を開いた。

 

「清麿、ビッチ先生は1人ぼっちだったのだな。今のE組に馴染めれば良いのだがの……」

 

「ああ、だが先生の問題はそう簡単には解決しない。少なくとも、俺達だけではどうにもならん」

 

そんな話をしながら、ガッシュペアは自分の家に入った。そしてその日、まさか学校であのような出来事が起こっているとは、2人共思いも寄らなかった。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。ビッチ先生とリィエンのプレゼントを何にするかは、結構悩みました。


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LEVEL.51 すれ違いの時間

死神編に入るのですが、ガッシュのあのキャラも死神サイドに出てきます。


 ガッシュペアが登校すると、E組の空気がかつてない程に重い。清麿は何事かと思い、隣の席のカルマに事情を問いただす。

 

「えっとね……」

 

カルマが昨日の出来事を話した。ビッチ先生の誕生日が過ぎてしまった為、ガッシュペアと出かけている間にプレゼントを用意する事になった。しかし生徒が渡すよりも烏間先生が渡した方がよりビッチ先生が喜ぶのではと言う事で、彼等が購入した花を烏間先生がビッチ先生に渡した。しかしその作戦がビッチ先生にバレて、彼女の逆鱗に触れてしまう。その後、先生は悲し気な表情をしてその場を去ってしまったのだ。

 

「そんな事があったとはの……」

 

それを聞いたガッシュペアの顔が暗くなった。ビッチ先生は殺し屋と英語教師という異なる立場で揺らいでいた矢先にこのような扱いを受けてしまった。今日先生が来たらクラス全員で謝罪した上で話し合おうとしたが、彼女が顔を見せる事は無かった。

 

 

 

 

 そして夜、清麿の携帯電話に着信がかかってきた。

 

「もしもし、リィエンか?」

 

『清麿!私、今日何度かイリーナさんに連絡したけれど電話が全然繋がらないある!何か知ってるあるか?』

 

電話の相手はリィエンだ。彼女もビッチ先生と連絡が取れない様子で、清麿に事情を聞くために電話してきたのだ。そして清麿は事情をリィエンに話した。

 

『そうだったあるか。イリーナさん、明日は学校に来てくれればいいけど……』

 

「ああ。先生と連絡が取れなければ、言葉を交わすことすら出来ないからな」

 

生徒達も殺せんせーも悪気があってこのような事をした訳では無い。むしろビッチ先生と烏間先生を思っての行動だったが、すれ違いが起こり、逆効果になってしまったのだ。しかし彼女が学校にいない以上、謝罪をする事すら叶わない。

 

『その事で烏間さんは何か言ってたあるか?』

 

ビッチ先生の烏間先生に対する気持ちはリィエンも知っている。そして清麿は、烏間先生の言葉を思い出す。

 

『色恋で鈍る刃は必要ない、地球を救う任務だからな。君達中学生とは違って俺や彼女はプロフェッショナル、情けは無用だ』

 

烏間先生の厳しい言葉。大人が仕事に取り組む以上は、中途半端な気持ちで臨む事は許されない。烏間先生の言う事は正しいのだが、それを聞いた生徒一同は複雑な心境になった。清麿がその言葉をリィエンに伝えた後、彼女は寂しそうな口調で声を発した。

 

『烏間さん、厳しい人あるね。確かに地球を救う仕事なら、それくらいの意気込みは必要ある。それでも、イリーナさんは……』

 

リィエンはガッシュペアと同様に、これまで魔界の王を決める為の厳しい戦いを経験した。魔物の戦いは、強い意志がなければ乗り越える事は出来ない。地球滅亡を防ぐ事も同様に、生半可な覚悟では成し遂げられない。それが分かっている彼女は烏間先生の言葉を否定するつもりは無いが、ビッチ先生の想いを考えるといたたまれない気持ちになる。

 

「とにかく、明日先生が来てくれれば話は早いんだがな。明日も来ない様なら、俺達から探しに行く事も視野に入れないと……」

 

『……分かったある』

 

そのまま2人の通話は終了した。隣で話を聞いていたガッシュは、今にも泣きそうな顔を見せる。

 

「清麿、このままビッチ先生とお別れなんて絶対に嫌なのだ……」

 

ガッシュは最悪のパターンを想像する。それぞれの気持ちがすれ違ったままお別れになってしまう事を。そんな彼の頭に清麿は自分の手の平を優しく置いた。ビッチ先生が心配なのは清麿も同じである。

 

「そんな事にはさせない。もし明日も学校に来ない様だったら、【答えを出す者】(アンサートーカー)を使ってでも先生の居場所を突き止めてやる!」

 

「ウヌ!」

 

このままビッチ先生と決別したまま終わる展開は許さない。そう決意した2人は、明日に備えてそのまま就寝の準備に入った。

 

 

 

 

 しかし次の日もビッチ先生が学校に来る事は無かった。さらにその日は烏間先生も出張で、夕方まで校舎を離れている。そんな中でも殺せんせーは授業を行うが、生徒一同はどこか上の空だった。皆ビッチ先生が心配なのである。そして今日の授業が終了した。

 

「イリーナ先生に動きがあれば連絡してください。先生はこれから、ブラジルまでサッカー観戦に行ってきます」

 

殺せんせーは超スピードで教室を出てしまった。こんな時にサッカー観戦とはどうなのかと考える生徒達も多い。

 

「ビッチ先生、今日も来なかったね……」

 

「ケータイも出てくんないよ」

 

矢田・倉橋を始めとして多くの生徒が彼女と連絡を取ろうとしたが、いずれも失敗に終わっている。その時、ガッシュが教室に入ってきた。

 

「ビッチ先生、大丈夫かの……」

 

ガッシュの泣きそうな顔を見て、E組の空気は重くなる一方だ。その時、それを見かねた千葉が口を開いた。

 

「なあ高嶺。お前の【答えを出す者】(アンサートーカー)なら、ビッチ先生の場所も分かるんじゃないのか?」

 

その言葉を聞いて、生徒達の目に希望が宿ったと同時に清麿の方を向く。クラスメイト達と目が合った清麿は頷いた。

 

「そうだな、俺も使おうと思っていた。ちょっと待っててくれ」

 

清麿がそれを発動させようとした時、1人の男が入ってきた。その男は松方さんの為に救急車を呼んでくれた花屋だ。

 

「イリーナの事は大丈夫だよ、彼女にはやってもらう事があるからね」

 

花屋の男は当たり前のようにクラスに溶け込んできた、まるで自分が当事者であるように。その事を誰も違和感に思わなかったが、清麿はビッチ先生の居場所を探る為では無く男の正体を探る為に【答えを出す者】(アンサートーカー)を発動させた。その答えを得た清麿は驚愕する。

 

「皆、ソイツから離れろ‼ガッシュ、奴から目を離すな‼」

 

「ウヌ⁉」

 

ガッシュですら男の違和感に気付くのが一瞬遅れた。清麿も【答えを出す者】(アンサートーカー)が無ければ気付けていたかどうか。清麿の叫びを聞いたE組一同はようやくその男の違和感を感じ取り、男から離れた。それと同時に清麿は男の方を指差し、呪文を唱える。

 

「ザケルガ‼」

 

ガッシュの口から放たれた一直線の電撃を男は紙一重でかわした。ガッシュの呪文を見てもなお、その男は不敵な笑みを浮かべる。

 

「なるほど、これが魔物の力か。確かに強力だ」

 

その男は魔物の事を知っている様子だ。そして男は話し続ける。

 

「せめて自己紹介くらいはさせてくれないかな?……僕は“死神”と呼ばれる殺し屋です。さて律さん、送った画像を表示して」

 

“死神”と名乗った男がそう言うと、律にメールが送られていた。“死神”、かつてロヴロが存在を示唆していた最強の殺し屋の名前であり、ナゾナゾ博士とアポロが所在を追っていたが、結局正体を掴めなかった。そんな男は何と日本にいたのだ。そして清麿は彼が本物であると答えを出していた。

 

「花は虫をおびき寄せます」

 

死神がそう言うと、律は手足を縛られて倒れているビッチ先生の写真を表示した。死神は彼女を人質に、E組全員を捕える手筈である。そして捕えた生徒達を利用して何らかの方法で殺せんせーを殺す計画だ。

 

「来たくなければそれでも良いけど、その時は彼女を全員に行き渡る様に小分けして君達に届けます」

 

恐ろしい事を平然と言ってのける死神に対しても、多くの生徒は未だに警戒出来ていない。それこそが死神の恐るべき事の1つである。標的に警戒させずに近付いてトドメを差す事が出来るのだから。しかしガッシュは死神から、本来あるはずのない感覚を感じ取った。

 

「お主……これはどういう事なのだ⁉」

 

そしてガッシュの感じる物の正体に、清麿は気付く。

 

「おい、どういう事だ死神⁉

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何故お前の体の中には、クリア・ノートの意志が宿っているんだ⁉」

 

「へぇ、気付くんだ。力を付ける特訓は無駄になってない様だね」

 

魔物には魔力が宿っており、それを探る事に長けた魔物も存在する。ガッシュはそれが得意と言う訳では無かったが、デュフォーの指導の1つとして魔力探知を教わっていた為、死神の中に眠るクリアの意志を感じ取る事が出来た。そして清麿は【答えを出す者】(アンサートーカー)を使ってその事に気付いた。

 

「「「「「ま、魔物だって⁉」」」」」

 

言うまでも無く、E組一同は驚愕する。死神と言う最強の殺し屋の中に、魔物の意志が宿っていたのだから。

 

「皆疑問に思っているようだね、それに答えてあげよう」

 

死神は自分とクリア・ノートの出会いを話し始めた。

 

 

 

 

 回想

 

 某国の森で死神が同業者の襲撃の為の移動をしている最中、彼は大きな力を感じる。死神が力の発生源に近付くと、繭のような姿をしているバリアに囲われたクリアがいた。その隣にはパートナーのヴィノーもおり、彼女もまた同様にバリアに囲われていた。

 

「待っていたよ。この力にまで気付くとは、やはり君は僕の意志を宿すに相応しい」

 

クリアは以前から死神に目を付けており、彼をおびき寄せる為に自分の体から特殊なエネルギー波を周囲に出していた。

 

「君は誰だい?とてつもない力を秘めているようだけど……」

 

死神もまた、クリアの持つ力に興味を示す。そしてクリアは死神に魔物の存在について話した。当初死神は魔物の存在が信じられないと言った様子だったが、すぐに考えを改めた。

 

「このままでは僕自身、身動きが取れないからね。君の体を介して外の世界を見たいんだ」

 

クリアは自分の目的を話した。外の世界を見て、ガッシュ達がどれだけ力を付けたのかを見ておきたかったのだ。しかし弱い人間に意志を宿した所で、他の魔物の襲撃を受けるとマズい。そこで死神のような強い者の体を探していたのだ。

 

「へぇ。君の意志を僕に宿すとして、こちらには何かメリットがあるのかい?」

 

「力を与えよう、僕の宿す力全てと言う訳にはいかないが。ヴィノーを同行させられないから術も出せないよ。しかし魔物の意志を宿した君の力は、これまでとは比べ物にならなくなる。君にもやりたい事があるのだろう?」

 

クリアは死神が目的、殺せんせー暗殺の為に力を欲している事を見通していた。そして死神は自分の知らない力の存在を知って、口角を上げる。彼はクリアとの取引を行う事にした。

 

「良いだろう、君の意志を僕に宿そうじゃないか」

 

「そう言うと思ったよ。あと、意志を宿すと言っても君の自我を乗っ取るつもりはないから安心していいよ。たまに僕の意志を出させてもらう時はあると思うけど。それから、君には協力者を紹介しよう」

 

クリアがそう言うと、彼の近くでは異空間の穴が形成される、そしてそこからはカブトムシのような角を持った黒い大きな魔物ゴームと、そのパートナーのミールが出現した。ゴームは空間を操る力を持ち、あらゆる場所に出現する事が出来る。そして術の威力も強大で、アースペアを一方的に打ち負かす程の実力を持つ。

 

「ゴーム、ミール。時が来たら彼に力を貸してあげて欲しい。いいね?」

 

「アンタの命令なら仕方ないぴょん」

 

「ゴーーー!」

 

「……これは頼りになりそうだね」

 

こうして死神はクリアの意志を宿した事で強力な魔物にも引けを取らない身体能力を手に入れた上に、ゴームペアの協力をも得られるようになった。今の死神の持つ力は、余りにも大きい。

 

 回想終わり

 

 

 

 

 クリアとの出会いを話した死神は得意気な表情を浮かべる。大きな力を得て、優越感に浸っているのだ。その事を聞いて驚愕する生徒達に構わずに、死神は話しを続ける。

 

「君達にイリーナを見捨てる事は出来ない。だから彼女を助けに必ず来る。そして君達には、僕の万を超える死神の技術及び魔物の力の実験台になってもらうからね。何、大切な人質を簡単に殺したりはしないから安心していいよ」

 

死神はそう言った後に、持って来た花を上に持ち上げる様に投げる。そして投げられた花が散ると同時に死神の姿は消えていた。

 

「人間が死神を刈り取る事は出来ない。畏れるなかれ、死神が人を刈り取るだけだ」

 

死神が消える間際、そう言い残す。そんな死神の事を、生徒達は唖然としながら見ている事しか出来なかった。闇雲に殴り掛かっても、返り討ちになるのは目に見えている。そして散った花びらの中には手紙が混じっており、ビッチ先生の居場所が書いてある地図と指定の時間、この事を他の人に話せばビッチ先生を殺す事が書かれていた。

 

 

 

 

 死神が姿を消した後、生徒達がビッチ先生の誕生日に購入した花束を調べると、そこには盗聴器が仕掛けられていた。それによってE組の情報を探り、ビッチ先生が単独行動になるスキを狙ったのだ。そして死神は、烏間先生と殺せんせーが同時に校舎を離れるこのタイミングをも知った上で、大胆に教室に乗り込んできた。

 

「何て事だ……死神にクリアの力が宿っているなんて」

 

清麿は後悔する。もっと早くにビッチ先生を探していれば、後手に回る前に死神を襲撃出来ていたのではないかと。ガッシュもまた、悔し気な表情を浮かべる。そんな時、

 

「おいお前等、落ち込んでても仕方ねーだろ。魔物の力だか死神の技術だか知らねーが、俺等全員で行かねーとあのビッチが殺されちまう。コイツでも使って最高の殺し屋の計画を潰してやろうぜ」

 

寺坂が超体操着を取り出す。最高の殺し屋が魔物の力を宿してもなお、彼の目には恐れは無い。彼の言動を見た他の生徒達も、ビッチ先生を助ける覚悟を決める。

 

「守る為の力、今こそ使うタイミングじゃん……それから高嶺とガッシュ、魔物絡みだからってアンタ等だけで出しゃばるのは禁止だから。まあ、2人なら大丈夫だと思うけど」

 

「!……そうだな」

 

「莉桜……分かったのだ‼」

 

魔物の力の事を聞いた中村は、ガッシュペアが2人だけで無理をする可能性を危惧した。そんな彼女の気持ちが分かったガッシュペアは頷く。2人も本心では、クラスメイトを魔物の戦いに巻き込みたくない気持ちはある。しかしビッチ先生を助ける為に、そして一緒に暗殺を行ってきた仲間を信用する為にガッシュペアは、彼等と共にこの戦いに挑む決意をする。

 

 

 

 

 そして指定時間の少し前、E組の生徒が全員ビッチ先生のいる建物の前まで来た。イトナのラジコンで周囲や屋上に人影がいない事は把握出来たが、ゴームペアが死神に付いている以上どこで敵に遭遇するかは分からない。そして清麿は【答えを出す者】(アンサートーカー)を発動させた。

 

「皆、敵が来るぞ‼」

 

生徒一同が身構えた後、清麿の言う通りに突如発生した異空間の穴からゴームペアが出現した。

 

「は~ん、コイツ等が死神が言ってた人質達ね。弱そうだぴょん」

 

「ゴーーー‼」

 

ミールは明らかにE組の生徒達を見下したような言動を見せる。その後ミールは気だるそうにガッシュペアを指差した。

 

「アンタ達2人は私達と戦うぴょん。他の連中はこの建物の中に入りな。私の言う事に逆らえば、イリーナとか言う女は死ぬぴょん」

 

ミールは能天気にそう言うが、その態度が逆にE組一同をこわばらせる。ビッチ先生を殺す発言は嘘などではない。自分達が死神達の言う通りに動くしかない事を、改めて実感させられた。

 

「今は誰も殺す気も無いんだな?」

 

清麿はゴームペアを睨み付ける。ビッチ先生の無事と今現在はE組が殺される心配は無いと答えは出せたが、やはり不安は拭えない。

 

「アンタ等が言う通りに動けば問題ないぴょん。さあ、付いて来な」

 

ミールがそう言うと、異空間の穴が新たに形成される。そしてゴームペアはその穴に入って行った。ガッシュペアがそれに続こうとすると、渚と茅野が声をかけてくれた。

 

「2人共、無茶しないでね!」

 

「あんな奴等に負けないで!」

 

2人の言葉を聞いた清麿は口角を上げた。

 

「ああ、ビッチ先生と共に皆で生還しよう。あいつ等の思い通りにはさせない」

 

「皆はビッチ先生を頼むのだ‼」

 

そしてガッシュペアは異空間の穴に入って行くが、他の生徒達の多くは2人に心配の眼差しを向ける。しかし、

 

「高嶺とガッシュなら大丈夫でしょ。私達はビッチ先生を助けないと」

 

速水は強気な態度を崩さない。彼女はガッシュペアの強さを信用している。

 

「思ったんだけど、死神が花束に盗聴器を仕掛けたって事はさ、その直前のE組の情報のは詳しくない可能性が高いんじゃないかな?」

 

不破は持ち前の推理力を活かして、死神の情報収集能力の限界を予測する。彼女の推測が正しければ、現在の危機的状況の打破になり得る。

 

「その通りかもしれないな。高嶺とガッシュは分断されたが、俺達は俺達の成すべき事を成さないと。死神が俺達の全てを知る事は出来ない。その強みを活かしてスキを見て、ビッチ先生を救出。そして全員で脱出する‼」

 

磯貝が今回の大まかな目標を立てる。それを聞いたE組一同、やる気を見せた。

 

「律、12時を過ぎても戻らなければ殺せんせーに事情を話して」

 

「はい、皆さんどうかご無事で」

 

一方で原は最悪のケースに備えて律に連絡を入れる。彼女もまた抜かりが無い。そして彼等は建物に突入するのだった。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。死神の戦力は、原作以上に凶悪な事になっていますね。


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LEVEL.52 魔物の時間

 ガッシュペアVSゴームペアの戦いが主になります。あの術が初登場します。


 ゴームの作る異空間の穴を通ると、ガッシュペアは地下のような場所に到着した。

 

「ここはさっきの建物の地下だぴょん。今のクリアは術を出せないからね、お前等は私達が倒させてもらうよ」

 

「ゴーーー!」

 

ガッシュペアはデュフォーの指導の下で厳しい特訓を積み重ねてきたが、ゴームもまた強力な魔物だ。彼等は本気でガッシュペアに勝とうとしている。

 

「ガッシュ、コイツ等は強い。絶対に気を抜くなよ‼」

 

「ウヌ‼」

 

ガッシュペアもまた臨戦態勢に入り、清麿は【答えを出す者】(アンサートーカー)を発動させた。しかし清麿はある事実に気付く。

 

(マズイな、あんまり強力な術を使うとこの建物ごと崩れかねん。だが、あいつ等相手に手加減をする訳にはいかない……)

 

清麿は術のぶつかり合いによる建物の崩壊を恐れた。それによって自分達やクラスメイト、ビッチ先生を生き埋めにする事は許されない。そのような状況でもゴームペアは容赦なく術を唱える。

 

「ディオボロス!」

 

ゴームの両腕から黒いエネルギー波が放たれる。これは基本術であるが、その威力は並の初級術とは比べ物にならない。それに対して清麿は、術の弱所を指差した上で呪文を唱える。

 

「ザケルガ‼」

 

ガッシュの口からの一直線上の電撃が放たれ、相手の術を打ち破った上でゴームにダメージを与える事に成功した。しかしザケルガの威力はゴームの術により威力が減らされており、大きなダメージとはならなかった。

 

「へ~、少しは強くなってるみたいじゃない。なら、これならどう?ギガノ・ディオボロス‼」

 

先程よりも強力な黒いエネルギー波がゴームの両腕から放たれる。術も広範囲で威力も高く、先程のようにザケルガだけで全てを打ち破る事は難しい。

 

「清麿‼」

 

「分かっている、テオザケル‼」

 

ゴームのギガノ級の術の相殺に清麿はテオザケルを選んだ。広範囲な電撃はゴームの術のを打ち破る事に成功する。

 

「ゴーーー‼」

 

「ああもう!私達の術より的確に威力の高い術を出してくれちゃって‼ボージルド・ディオボロス!」

 

清麿は【答えを出す者】(アンサートーカー)を使用し、自分達の心の力の無駄使いを防ぎつつもゴームの術を打ち破り、かつ建物に影響を最小限にするための術を選ぶ。相手の術に競り勝った電撃はゴームペアにダメージを与える事に成功するかに思われたが、彼等の前には何重もの黒い円状の盾が形成されており、テオザケルを防ぐ。

 

「……やってくれるわね」

 

ミールは自分の術が防がれて、気が立ち始める。しかし彼女が清麿の方を見ると、ガッシュが見当たらなかった。

 

(ヌオオオ!)

 

「ゴーーー!」

 

「このガキ、いつの間に‼」

 

テオザケルはおとりで、ガッシュペアの狙いはミールの持つ本そのものにあった。電撃に気を取られたゴームペアの隙を付いたガッシュが、小柄な体格を活かしてミールの懐に飛び込もうとする。本を奪いさえすれば大規模な術の衝突を起こさずにゴームペアとの戦いを終わらす事が出来るのだが、寸前でゴームがガッシュに気付いた。

 

「ゴーーー!」

 

「くっ!」

 

ゴームがミールとガッシュの間に入り込んで本の奪還を防いだ後に、ゴームは腕を振り回す。両腕の攻撃でガッシュを殴ろうとする。

 

「あらあら。お前等がせこい事しようとするから、ゴームのストレスが溜まってきてるぴょん」

 

直接本を奪う作戦に出たガッシュペアをミールが見下したような目で睨み付けるが、清麿の口角は上がっている。

 

「ああ、そのようだな。そしてストレスのせいでゴームの攻撃が単調になっているぞ。随分と隙だらけな攻撃だな!」

 

ゴームの大振りな打撃をガッシュは尽く受け流す。体格の差はあれど、王族の力に目覚めてかつ日々特訓を積み重ねているガッシュの身体能力は、ゴームを攪乱するのには十分だ。

 

「ゴーーー!」

 

ゴームがさらに大きく腕を振るったが、ガッシュはそれをジャンプする事でかわした。そしてガッシュがゴームの頭上を越えて着地した後も、ゴームは振るった腕をそのままに体勢を戻す事が出来ていなかった。そこに隙が生じる。

 

「行くぞガッシュ‼バオウ・クロウ・ディスグルグ‼」

 

「ウオオオオ‼」

 

清麿が呪文を唱えると、ガッシュの体がバオウ・ザケルガの腕に包まれた。そしてガッシュはそのままゴームに突っ込むが、ゴームはどうにか体勢を立て直す。

 

「チッ!バークレイド・ディオボロス‼」

 

ゴームの両腕から先程とは異なるエネルギー波が放たれ、バオウの腕が包まれた。その時にガッシュの動きが止まり、術はねじ曲がりそうになる。

 

「そんな腕、この術でぐしゃぐしゃにしてやるよ‼」

 

「ヌオオオオ‼」

 

ゴームの術を受けて、ガッシュは動く事が出来なくなる。ゴームのこの術は捕えた相手の攻撃を空間ごと捻じ曲げるて打ち砕く事が可能であり、アースのディオガ級の術をも破った事もある。

 

「大丈夫だガッシュ‼お前なら突破出来る‼」

 

「当然なのだ‼」

 

清麿は【答えを出す者】(アンサートーカー)にてガッシュならゴームのこの術を打ち破れるという答えを出す。そしてガッシュの攻撃はゴームの術に打ち勝ち、ゴームペアに迫る

 

「ゴーーー‼」

 

ガッシュはそのままバオウの腕でゴームを上から叩きつけ、その衝撃でミールも後ろに吹き飛ぶ。それでもゴームはまだ立ち上がり、ミールに駆け寄る。バークレイド・ディオボロスにより、術の威力は減少していたのだ。

 

「ゴオオオオ……」

 

「このガキ共、やってくれるわね……」

 

一方的にダメージを受けていくゴームペアは怒りに感情を露わにする。それに呼応するかの様に、ミールの持つ本の輝きは増す。

 

「これでも喰らえ‼ウィー・ムー・ウォー……」

 

「デカいのが来る‼SET‼」

 

「ウヌ‼」

 

ミールが大技を発動させようとしており、ガッシュペアが身構える。これまではガッシュペアが戦いのペースを掴んでいたが、ゴームペアはまだ大技を発動させていない。

 

「ジンガルム・ディオボロス‼」

 

「エクセレス・ザケルガ‼」

 

ゴームから放たれた棘を纏った黒く巨大な球状のエネルギー波とガッシュから放たれたX線状の極太の電撃がぶつかり合う。お互いの大技の衝突は凄まじく、狭い建物なら容易に崩れ落ちかねない程だった。しかし、どうにかここの地下はそうならずに済んでいる。

 

「ゴーーー‼」

 

術のせめぎ合いは続いたが、ガッシュの電撃がゴームの術を押し始め、そのまま黒い球体を押し返す事に成功する。そしてエクセレス・ザケルガはゴームペアに直撃したが、ゴームがミールを庇った為、本を燃やすには至らなかった。しかしゴームはガッシュの術に尽く押し負けており、ダメージは確実に蓄積されている。

 

「ゴー……」

 

「おのれ!」

 

ゴームが大ダメージを受けてもなお、2人は戦う姿勢を崩さない。そんな彼等を見かねたガッシュが声を荒げる。

 

「何故お主達は、そんなボロボロになりながらもクリアに力を貸すのだ⁉クリアが魔界を滅ぼせば、ゴームは1人ぼっちになってしまうのだぞ‼」

 

クリアの目的は全ての魔物を消す事であるが、ゴームに関しては自分に力を貸す代わりに生かしてもらえると言う条件が提示されている。しかしそうなった場合は、ゴームは孤独に誰もいない魔界で生活しないといけなくなる。ガッシュはゴームが孤独になる事も含めて、クリアのやろうとしている事が許せなかった。

 

「うるさいね‼1人だろうが殺されずに済むならそれでいいじゃないか‼誰もクリアには逆らえないんだよ‼」

 

「ゴーーー‼」

 

ガッシュの言う事にミールは耳を貸さない。彼女はクリアの強さと恐ろしさをよく分かっており、クリアに歯向かう選択肢など持ち合わせていないのだ。そんなミールにとってガッシュの言葉は、ただ不快な気分になるだけである。そしてゴームのストレスも限界までたまっていた。

 

「ムカつくお前等には最大術を喰らわせてやる‼」

 

ミールの持つ本の輝きがさらに増す。その術の威力の大きさを【答えを出す者】(アンサートーカー)で知った清麿は顔色を変える。

 

「おい、それ程の威力の術をこんな地下で使うな‼建物が崩れかねんぞ‼」

 

「何だと⁉」

 

清麿の言葉を聞いたガッシュも驚いたが、ミールは呪文を唱えるのをやめようとしない。

 

「それでも私とゴームは異空間を移動して逃げられるさ!そしてクリアも死神って奴の中から出れば問題は無い‼他の連中の事なんて知った事か‼」

 

「……やむを得ん。ガッシュ、あの術を使うぞ‼」

 

「分かったのだ‼」

 

これからゴームから繰り出される最大術に対して、ガッシュペアは新たな術を使おうとする。そしてお互いの本の輝きがこれまでとは比べ物にならなくなる。それは、彼等の唱える術の強力さを表す。ミールが先に呪文を唱えた。

 

「ディオボロス・ザ・ランダミート‼」

 

ゴームの術は立方体を形成させて、そこからは無数の丸や三角の黒いエネルギー波が出現する。

 

「ガッシュ、意識を俺に集中させろ。術を出してお前が気を失っても、俺がお前の目になって狙いを定める。第15の術、ジオウ・レンズ・ザケルガ‼」

 

清麿もまた呪文を唱え、巨大な電撃の蛇が召喚される。蛇には手足と顔から伸びる角及び電撃の鱗が存在する。そして幾つもの黒いエネルギー波がガッシュペアを襲ったが、蛇からは電撃を纏う鱗がそれぞれ独立し、エネルギー波達を相殺する。この鱗及び黒いエネルギー波は術者が操作可能である。

 

「「うおおおお‼」」

 

清麿とミールの叫び声と共にエネルギー波と電撃の鱗のぶつかり合いは苛烈を極めるが、【答えを出す者】(アンサートーカー)を持つ清麿の方がより正確にゴームの術を打ち破る。そして電撃の鱗がエネルギー波だけでなく立方体をも打ち砕き、ゴームの術は完全に破られた。

 

「ゴー……」

 

「な、こんな事が……」

 

ゴームペアは自分達の最大術を破られた事に驚愕する。しかも電撃の鱗の多くは失われたが巨大な蛇の本体は健在であり、今にも2人に襲い掛かろうとしている。しかし、電撃の蛇とゴームペアの間に堂々と割り込んだ者がいた。

 

「そこまでだよ。ゴーム、ミール。今すぐ退くんだ」

 

そこにはクリアの意志を宿した死神が現れた。その時の死神の目はただひたすらに冷徹だ。

 

「な、ここまでコケにされたのに撤退って……」

 

ミールは死神の撤退命令に納得が行かない様子だ。この戦いにおいて一度もガッシュペアに満足なダメージを与えられておらず、どうにか一矢を報いたいと考えている。しかし、

 

「2人の撤退はクリアの意志でもある……ガッシュは強くなった、ゴームでは敵わない程に。これ以上2人が無理した結果、ゴームの本が燃えるのは避けたいからね」

 

「くっ……」

 

死神はミールを睨み付ける。しかし今の死神の体からはクリアの意志が出ている。それに気付いたミールは悔し気な表情を浮かべながら、ゴームが形成した異空間の穴から撤退した。やはり彼女はクリアには逆らえない。

 

「さて……その術を引っ込めてくれるかな?電撃の鱗の大半はゴームの術の相殺に使われたし、本体をけしかければこの建物自体が崩れ去る。そうだろ?」

 

「……チッ!」

 

現状はクリアの言う通りで、術の本体を死神やゴーム達にぶつける訳にはいかなかった。清麿はやむを得ずにジオウ・レンズ・ザケルガを解き、電撃の蛇は消え去った。

 

「お主は死神、いや……クリアか‼」

 

「正解、今は僕の意志を出させてもらっている」

 

術が解けて意識を取り戻したガッシュは、死神の体でクリアの意志が表面化されている事に気付いた。

 

「本当に強くなったんだね……しかも、さっきの術は本気じゃないんだろ?建物を壊さないように」

 

「そこまでバレているとはな」

 

クリアの言う通り、ガッシュペアはジオウ・レンズ・ザケルガを本気の威力では使用していない。それでもゴームの最大術を打ち破り、その事はクリアを感心させた。

 

「これなら僕が完全体となった時、最後の戦いが少しは楽しめそうだな。さて、後は死神の中で観察させてもらうとしよう」

 

クリアが多少は認める程にはガッシュペアの実力を見せつける事は出来たが、2人はそれに慢心する様子は一切見せない。そしてクリアの意志は再び死神の中へ戻った。

 

「おっと、クリアの言いたい事は言い終わったようだね。さて……」

 

「死神……お前の暗殺計画は何としてでも食い止めなくてはならん‼」

 

死神の人格が表に出てきた時、清麿は【答えを出す者】(アンサートーカー)にて死神の考える最悪の暗殺計画の答えを出していた。

 

「へぇ、全てお見通しって訳だ」

 

「そうだ。お前の暗殺計画、俺達生徒もろともここの地下放水路から水を流し、閉じ込めた殺せんせーを溺死させる寸法だな‼」

 

「な……貴様、何という事を‼」

 

死神の暗殺計画を知ったガッシュペアは憤慨する。死神は初めから生徒も一緒に殺せんせーと共に殺すつもりだったのだ。しかし清麿はゴームとの戦いに専念しなくてはならず、すぐに死神の暗殺計画を【答えを出す者】(アンサートーカー)で知る事は出来なかった。

 

「死神の圧倒的強さとビッチ先生の裏切りによって、俺達以外の生徒は全員檻の中か」

 

「凄いね、そこまで分かるんだ。イリーナから聞いた君の能力はとんでもないようだ」

 

清麿は自分達がゴームペアと戦っている間のクラスメイトの動向の答えを導き出す。生徒達は3班に分かれたが、ビッチ先生の裏切りもあって全ての生徒は短時間で捕まってしまったのだ。それを聞いたガッシュは驚愕する。

 

「それだけじゃないよ、イリーナのお陰で殺せんせーまで檻に入れる事が出来た。そして彼女には烏間の足止めもしてもらっている」

 

「何だと、殺せんせーまで捕まったと言うのか⁉」

 

助けに来たはずのビッチ先生の裏切りに加えて殺せんせーの捕獲。清麿はそれが事実だと気付く。今のE組は絶体絶命と言っても過言ではない。ガッシュペアは顔をしかめる。

 

「誤算があるとすれば、君達とゴームとの間にあそこまで力の差があった事かな。君達は殆どダメージを受けていない上に、心の力も温存されている。君達を倒すのは、一筋縄ではいかなそうだね」

 

口ではそういうものの、死神は余裕の表情を浮かべる。

 

「はは。君達が相手なら、僕が新たに得た魔物の力を存分に楽しめそうだ。他の生徒達相手に使っていない僕の技術も、色々試させて貰おうかな?」

 

「やかましい‼お前は俺達が倒してE組全員でここを出る!」

 

「ウヌ‼私達は貴様などには負けないのだ‼」

 

現状を明らかに楽しんでいる死神とは対照的に、ガッシュペアの表情は真剣な物だ。殺しをゲーム感覚で楽しみ、自分の力で容赦なく他人を傷付けようとする死神を、ガッシュペアは許せなかった。

 

「よく言うね。仮に僕を倒せたとして、イリーナは君達に付いて行くのかな?僕の心理掌握で彼女は僕の言いなりになったからね」

 

現状ビッチ先生は死神の味方だ。死神を倒せても彼女がE組に戻らない可能性も考えられる。しかしガッシュペアが動揺する事は無い。

 

「ビッチ先生は何としてでもE組に戻ってきてもらうのだ‼」

 

「お前の心理掌握何て知った事か‼そんな事で俺達を惑わせると思ったか⁉」

 

「君達は強かだね。それでこそ殺り甲斐があるってもんだ。君達を殺した後に、操作室で水を流させてもらう!」

 

ガッシュペア及び死神は臨戦態勢に入る。

 

 

 

 

 その頃、檻の中では簡単に捕まった殺せんせーが申し訳なさそうな表情を見せる。

 

「まさかイリーナ先生が死神の味方をしていたとは……」

 

「あのビッチ、やってくれるよな」

 

寺坂を始め、多くの生徒がその事実に驚く。味方だと思っていた人に裏切られるのは、辛い事である。

 

「……さて、全員分の首輪と手錠は取り外せましたね」

 

「ビッチ先生が外した爆弾が仕掛けられた首輪と、俺達が付けられた物の構造は同じ。随分と簡単な構造だ、取り外すのは容易だし乱暴に外しても起爆はしない」

 

死神がガッシュペアと対峙している間に、イトナが首輪を解析した上で殺せんせーが手錠と共に外した。電子機器についてはイトナが詳しく、首輪の解析には手こずらなかった。

 

「よし。次の一手だが……岡島、監視カメラはどんな感じだ?」

 

「強めの魚眼だが、三村の読み通りで正確に見えない場所があるぜ」

 

岡島は三村の指示の下、監視カメラから見えにくい場所を探る。岡島は写真撮影が趣味の為、カメラの性質はよくわかる。よって彼にはカメラから見えにくい場所を探る事も出来る。

 

「よし、その見え辛い場所に紛れよう。菅谷、頼めるか?」

 

「任せとけ」

 

続いて菅谷が揮発物質を生徒達の超体操着に吹きかける。すると瞬く間に超体操着が壁と同じ色になる。そして生徒一同はカメラから見えづらい場所にて、超体操着を背に壁に張り付く。全員が並列ではカメラから見える可能性がある為、肩車をして全員がその場所に入るようにした。

 

「この作戦も、映像の段取りを知ってた事と皆の長所を生かす事でやれたよ。最も、高嶺とガッシュか烏間先生が死神を倒してしまえば意味は無いんだがな」

 

三村は監視カメラを見た死神に対して自分達が逃亡したと錯覚させる為に今回の作戦を考えた。ちなみに殺せんせーは全裸で保護色を使って床に紛れている。

 

「三村君流石ですねぇ。さて、後はあの3人を信じるだけだ」

 

殺せんせーは全裸である事を恥ずかしながら、三村の手際に感心する。檻の中でE組が死神の目を欺こうとしている事を、ガッシュペアしか見えていない死神は知る由も無い。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。ガッシュがゴームに苦戦するようではクリア相手に満足に戦えないと判断し、ガッシュペアがゴームペア相手に終始優勢で戦う描写にしました。


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LEVEL.53 死神の時間

 死神編は今回で完結となります。少し長くなりましたが、よろしくお願いします。


 ガッシュペアと死神が戦い、他の生徒達と殺せんせーが細工を仕掛けている中、烏間先生とビッチ先生はお互いに銃を向け合って対峙していた。

 

「大人しく銃を降ろせ、イリーナ。さっきお前が俺に当てられなかった時点で勝負は付いている、死ぬぞ」

 

「そんなの覚悟の上よ、死神は私を理解してくれた。ここで私とアンタが一緒に死んで、死神が高嶺達を殺せばあのタコの暗殺計画は成功したも同然」

 

死神はビッチ先生に共感するような言葉をかけて、彼女を操っている。死神はビッチ先生に自分もまたまたテロが絶えない命なんてすぐに消える貧困地に生まれ、金と己の技術のみが信用できる事を思い知らされたと吹き込んだのだ。

 

「そもそも、アンタに私が撃てるのかしら?」

 

ビッチ先生の言葉を聞いてもなお、烏間先生は眉1つ動かさなかった。プロとしての責務を果たす為であれば、例え同僚相手でも引き金を引くべきだ。烏間先生はそう考えているが、内心迷いが生じていた。それをビッチ先生は見逃さない。

 

「隙が出来たわね、カラスマ」

 

ビッチ先生は銃を持つ手とは反対の手に隠し持っていたスイッチを押した。その時、大きな音と共に天井が崩れる。彼女の持つスイッチは天井に仕掛けられた爆弾を起爆させるものであり、死神の命令によってそれで烏間先生の足止めをするよう言われていたのだ。勿論ビッチ先生の安全の保障は無い。

 

「イリーナ、お前‼」

 

天井が崩れ落ちる中、烏間先生はどうにか瓦礫に潰されずに済んだが、死神とガッシュペアがいる場所への通路は塞がれた。また、ビッチ先生は瓦礫の下敷きになってしまった。

 

 

 

 

 時は少し遡り、ガッシュペアと死神が睨み合う。お互いにお互いの隙を伺っており、両者微動だにもしない。

 

「へぇ、闇雲には突っ込んだり呪文を唱えたりはしないんだね」

 

「自分から隙を作ってお前の技を喰らう訳にはいかないからな。万を超える死神の技術と言うのも、ハッタリではない様だ」

 

清麿は【答えを出す者】(アンサートーカー)で、死神の体や衣類に多くの武器が仕込まれている事を見破る。迂闊な行動に出れば、死神の攻撃をまともに受ける事になってしまう。しかも今の死神にはクリアの強さが宿っている。魔物の身体能力と死神の技術の組み合わせは脅威だ。

 

「清麿には近づかせぬぞ‼」

 

「行くぞガッシュ、ザケルガ‼」

 

一直線の電撃が放たれたが、死神は難なくかわす。そして死神は清麿に接近しようとするが、ガッシュがそれを阻む。

 

「簡単には本を奪わせてくれないみたいだね!」

 

「当然なのだ‼」

 

「ラウザルク‼」

 

肉体強化の術が唱えられたが、クリアの力を得た死神はダメージをゼロには出来ないものの、ガッシュの攻撃を上手く捌いて見せる。ガッシュの打撃は受け流され、決定打を放てないでいた。

 

(クリアの力を得た死神、とてつもなく強いのだ‼だが、どうにか隙を作らねば……)

 

(魔物には仕込んだ凶器は効かないと考えた方が良いね、どうしたものか……)

 

ガッシュと死神は思考を巡らせながら戦うが、ラウザルクの継続時間が終了した。

 

(術が切れたから少しスピードが落ちてるね、ここを狙う‼)

 

ラウザルクが切れるタイミングを狙って、死神はガッシュではなく清麿の方に右腕を伸ばす。そして右腕の裾の奥からは鉤のついたワイヤーが清麿の持つ本を目掛けて放たれた。

 

「な!お主、そんな物を!」

 

「ふふ、これも死神の技術の1つだよ」

 

超スピードで放たれたワイヤーだが、清麿はこの一撃を【答えを出す者】(アンサートーカー)を用いて見切り、紙一重でかわす。死神が清麿自身を狙う展開も予測していたのだ。

 

「へぇ、見切るんだ」

 

「お前はまだまだ武器を仕込んでいるからな、気を抜いたりはしないさ‼」

 

「厄介な力だね……」

 

ワイヤーをかわした清麿を死神は、感心と不快の両方の感情を持ち合わせた上で見ていた。死神が不意打ちで清麿に攻撃しようとしても【答えを出す者】(アンサートーカー)でそれを見切る事が可能だ。よってガッシュは清麿を気にせず死神との戦いに専念させる事が出来る。

 

「清麿‼」

 

「ガッシュ、俺は心配いらないから死神から目を離すな‼」

 

「ウヌ‼」

 

死神の接近を許してはいけないと言う答えを清麿は出していた。死神の持つ技術の1つ“クラップスタナー”、対象の意識の波長に合わせて衝撃を与え、神経を麻痺させて動きを封じる。渚が使う“猫だまし”の完成形であり、それを喰らえば勝負は終わる。清麿はガッシュにもその技を発動させないように立ち回れる為の指示を出す。そして死神とガッシュが再び対峙した時、何かが爆発するような音が聞こえてきた。

 

「ついにイリーナが起爆させたみたいだ、これで烏間諸共瓦礫の下敷きだね……」

 

「な……テメェ、初めからそのつもりで⁉」

 

「言ったろ?イリーナには烏間を足止めしてもらうって」

 

「貴様がビッチ先生にやらせたのか⁉許せないのだ‼」

 

ビッチ先生が死神の指示で自らも巻き添えに起爆させた事を知ったガッシュペアは、怒りの感情を死神に向ける。それとは対照的に、死神は笑みを浮かべる。清麿は【答えを出す者】(アンサートーカー)で2人の安否を確かめたかったが、死神と対峙している以上その余裕は無い。

 

「イリーナ、僕を心酔してくれているみたいだからね。悲惨な境遇で育ったって嘘を付いてあの女を引き入れたのさ。これも僕の技術の……」

 

「テオザケル‼」

 

死神はビッチ先生を利用する事しか考えていない。噓八百を並べて相手の同情を誘い、味方につける一種の洗脳。そして目的の達成の為に容赦なく切り捨てる。殺しの世界では普通の事であるが、それを知る由の無いガッシュペアには死神の行動を容認出来ない。死神の言葉を遮って彼等は強力な電撃を放つ。

 

「はは、酷いなァ。その電撃、人に向ける威力じゃないだろう?」

 

「な、その顔……」

 

「お主、一体何が……」

 

クリアの力を得た死神は、テオザケルを真正面から受けても倒れる事は無い。そして余裕の態度を崩さない死神の顔を見て、ガッシュペアの顔は驚愕する。その理由はテオザケルで死神を倒し切れなかった事では無い。何とその顔の皮は剥がれ、骸骨のようになっているのだ。

 

「驚いたかい?変装の技術を極める為に顔の皮は捨てたのさ。君達の電撃のせいじゃないから安心していいよ」

 

穏やかな口調で死神は話すが、その言動は狂気に包まれている。自分の顔の皮を剥がすなんておよそ正気の沙汰ではない。青ざめた顔をしたガッシュペアを見て、死神は優越感に浸る。

 

「じゃあ、終わりにしようか」

 

死神は手を銃の形にして人差し指を清麿の方に向けようとした。その前にガッシュペアはお互いに目で合図を送り、ガッシュが清麿と死神の間に入った。

 

「オルダ・ラシルド‼」

 

清麿は【答えを出す者】(アンサートーカー)で死神の攻撃を見切り、電撃の盾の呪文を発動させた。死神の指には極小サイズの銃が仕込まれており、死神の射撃技術によって相手の大動脈に弾丸を放ち、大量出血で相手を死に至らしめる。

 

「そんな盾で防げるのかな?」

 

死神は優越感に浸りながらこの技“死神の見えない鎌”を発動させる。その弾丸は何と電撃の盾を貫通しようとしていた。この技はクリアの力で威力が増しているのだ。

 

「ザグルゼム!」

 

清麿はつかさず呪文を唱えて、電撃の球はオルダ・ラシルドを強化した。すると貫通されかけていた盾が修復され、弾丸をはね返した。そして電撃を纏った弾丸を清麿が操作して死神を目掛けて攻撃したが、彼はもう一発同じ技を使用して攻撃を防いで見せた。

 

「僕の動体視力なら、放たれた弾丸に弾丸を当てる事だって出来るのさ」

 

「くっ、技が人間離れしてやがる!」

 

「それはお互い様だろ?」

 

超スピードの弾丸を操作する事は容易では無いが、清麿は【答えを出す者】(アンサートーカー)を使用してどうにか死神に狙いを定める事が出来ていた。しかし死神は、そんな攻撃を完璧に見切った上で新たな弾丸を放って相殺して見せたのだ。それと同時にオルダ・ラシルドは消えた。

 

「さて、次は何を試すか……⁉」

 

不敵な笑みを浮かべていた死神の表情が一変する。そして死神の体からは、クリアの意志が前に出て来た。

 

「お主、クリアだな⁉」

 

「そうだよ……ここまで君達の実力を見させてもらったが、そろそろ潮時かな。僕は自分の体に戻るよ」

 

「おい、待て‼」

 

清麿の制止も空しく、クリアの意志は死神の体から離れた。その直後、死神は意識を戻す。

 

「残念、クリアの力は失われたか。これは分が悪いかな?」

 

クリアの意志が離れてもなお、死神は動揺する事なく次の一手を考える。魔物の力が失われても、死神の技術は健在である。

 

「ガッシュ‼ここからは死神の持つ本来の力との戦いだ‼奴は借り物の力を無くしたに過ぎない‼絶対に気を抜くな‼」

 

「ウヌ‼」

 

「油断してくれないんだね。まあ、それでこそ殺り甲斐があるけど」

 

死神からクリアの力が失われても、ガッシュペアの緊張感が無くなりはしない。戦いは仕切り直しとなり、両者は勝ち筋を探しながら戦いに挑もうとしたが、もう1人がそこに来て銃弾を撃つ。

 

「あれ、イリーナは失敗しちゃったのか……」

 

「そこまでだ、死神‼」

 

「「!……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

烏間先生‼」」

 

そこに来たのは上半身が裸になった烏間先生だ。しかし撃たれた銃弾は死神にかわされる。

 

 

 

 

 時は再び遡り、場面は烏間先生に戻る。瓦礫で下敷きになったビッチ先生を烏間先生が救出して傷の手当てを行う。烏間先生は自分の服を包帯代わりにしていた。

 

「カラスマ、どうして助けたのよ?」

 

「お前に嵌められてもなお、生徒達はお前の身を案じていたからな。それを聞いてプロの枠にこだわっていた俺自身が小さく思えたんだ」

 

烏間先生は事前に生徒達にビッチ先生を助けるようお願いされていた。間違いを犯したビッチ先生を許すように烏間先生は頼まれていたのだ。

 

「その割には、私に銃口を向けてたじゃない」

 

「それはお前を止める為だ。だが、おれは隙を作ってしまった。まさかお前が自爆を選ぶとは思わなかった」

 

「……そう」

 

例えビッチ先生を殺さないつもりでも、烏間先生は彼女を止める為に銃を使わざるを得なかった。それを聞いたビッチ先生は素っ気ない返事をする。

 

「イリーナ……済まなかった、思いやりが欠けていた。だから今回のような事態を招いてしまった」

 

「……アンタのせいじゃないわよ、バカ」

 

烏間先生からの素直な謝罪。彼はお互いにプロだからと言って、必要以上にビッチ先生に踏み込もうとしなかった。その事ですれ違いを起こしてしまい、彼女を傷付けてしまった事を申し訳なく思っていた。そんな謝罪を受けたビッチ先生は顔を赤くする。

 

「お前がどんな世界で育っていようとも、俺と生徒がいる教室にはお前が必要だ」

 

烏間先生はビッチ先生の事を必要としてくれている。それを聞いたビッチ先生は嬉しいと思う反面、後ろめたい気持ちもある。そして烏間先生は立ち上がって塞がれている道に目を向けた。

 

「応急処置は済ませた、俺は高嶺君とガッシュ君の方に向かう。お前はそこで大人しくしていろ」

 

「そこの瓦礫はどうするつもりなのよ?」

 

「竹林君が作った指向性爆薬がある。それを使えば、道を作る事が可能だ」

 

烏間先生は爆薬を瓦礫に仕掛けた後、起爆させる。すると道が開けたので、烏間先生はそのまま進んでいく。ビッチ先生は烏間先生を死神の下へ送り出した。死神に命じられた役割を放棄して、再びE組の味方をしてくれたのだ。

 

「私、いまさらどの面下げてあいつ等に会えばいいのよ……」

 

ビッチ先生は罪悪感に苛まれていた、自分は生徒達の命を奪おうとしたのだから。彼女はこれから自分がどうすれば良いのかを考えながら、リィエンから貰った首飾りを眺めていた。

 

 

 

 

 場面はガッシュペアの方に戻る。彼等と死神の交戦中に、烏間先生が合流した。さらに死神はクリアの力を失っている為に形成は彼等が有利に思われるが、ガッシュペアと烏間先生が気を抜く事は無い。

 

「3対1は流石に分が悪いかな。けれど、僕には人質がいる事を忘れてないかい?」

 

自らが不利な状況にも関わらず、死神は余裕の表情を崩す事は無い。死神は捕えている生徒達の首輪を爆破させようとし、タブレット端末を取り出した。

 

「一歩でも動くと人質に取り付けている爆弾を起爆させる。脅しじゃないってことを知ってもらうために、2~3人殺してあげよう」

 

「「何だと⁉」」

 

死神は端末を操作すると同時に口角を上げた。首輪によって何人かの生徒を殺せたと思い、檻の中の動画をタブレット越しに確認したが、死神の顔色が変わる。

 

「バカな‼誰もいないだと⁉」

 

そこには死神が起爆させた首輪の残骸が転がるだけで、生徒と殺せんせーの姿が無かった。明らかに動揺する死神とは対照的に、清麿は得意気な表情をしていた。

 

「どうした、まさかあいつ等に逃げられたのか?」

 

「ッ……そんな、どうやって⁉」

 

清麿は【答えを出す者】(アンサートーカー)で生徒達の作戦が分かっており、あえて死神を煽る為に質問をした。死神は冷や汗を掻く。

 

「ウヌ、皆は無事なのだな‼」

 

「その通りみたいだ、ガッシュ君!(そうか。彼等は考えがあると言っていたが、上手くいったみたいだな)」

 

ガッシュと烏間先生が安堵の表情を浮かべた。烏間先生は事前に生徒と殺せんせーには作戦があると聞いており、それが成功した事を察した。その一方で死神は焦る。

 

「やってくれるね!だが、人質は遠くには行けてないハズ。ここで僕が君等を皆殺しにした後にもう一度捕えればいい」

 

どんなイレギュラーが起きようとも、死神には諦める選択肢は無かった。自らの技術があれば、3人を殺せると考えている。

 

「いくらアンタでも、3対1はキツイんじゃ……」

 

「ここからは俺1人に任せてくれ、2人はイリーナを頼む。君達はよくここまで戦ってくれた。これ以上生徒を危機に晒したくない」

 

ガッシュペアは再び臨戦態勢に入ろうとしたが、烏間先生は自分だけで死神と戦おうとする。彼は教師として、生徒である2人を死神の魔の手から守ろうとしている。それを聞いた死神は烏間先生を睨み付ける。

 

「あくまで邪魔をするんだね。しかも1人で僕と戦うだって?……コケにしてくれるじゃないか。それに僕以外で、誰があの超生物を殺せると思っているんだ?」

 

「教師として俺は、彼等の命を犠牲にした暗殺を認める訳にはいかない。死神、俺の生徒と同僚に手を出した罪は重いぞ!そもそも奴を殺す技術ならE組に揃っている‼」

 

死神の言動の全てを烏間先生は否定する。それだけではなく、烏間先生は明確に死神に対して怒りの感情を向ける。それを見たガッシュペアは、死神は烏間先生に任せて問題ないと判断出来た。そして清麿は死神の技術について烏間先生に話そうとしたが、彼はそれを断った。

 

「教えてくれるのはありがたいが、奴の技の対策はしているから問題ない」

 

「わかりました、ここはお願いします!ガッシュ、ビッチ先生の所に向かおう!」

 

「ウヌ‼」

 

ガッシュペアは烏間先生にこの場を任せて、ビッチ先生の方に向かった。

 

 

 

 

 怪我で座り込んでいるビッチ先生を清麿が肩を貸してガッシュと共に檻の前に辿りつた少し後のタイミングで、烏間先生が気絶している死神を担いでここまで来た。死神にはガッシュの電撃でのダメージが残っており、かつその手の内のいくつかを烏間先生が生徒達から聞いていた為に対策出来た事で、それ程苦戦する事なく倒す事に成功したのだ。

 

「クラス皆でこの危機を乗り越えられましたねぇ」

 

殺せんせーは満足気な表情を見せる。死神を撃退した烏間先生、ゴームペア及びクリアの力を退けたガッシュペア、死神を欺く事に成功した生徒達と殺せんせー、そして最終的に烏間先生を送り出してくれたビッチ先生。クラスが一丸となって死神の企みに打ち勝った。しかし烏間先生は何故か檻を開けようとはしない。

 

「手は無いのか……タコだけを閉じ込めたまま殺す方法が⁉」

 

殺せんせーをこのまま暗殺する方法を烏間先生が考えていたのだが、諦めて檻を開ける。そして生徒達と殺せんせーは無事に檻から出る事が出来、死神は拘束された状態で防衛省の職員達に連れていかれた。その後、ビッチ先生が口を開いた。

 

「アンタ達ともここまでね。私はガキ共を殺そうとした、これは許される事じゃないわ。さよなら」

 

ビッチ先生がそう言ってその場から離れようとしたが、生徒達がそれを許さない。彼女はあっけなく捕まってしまった。

 

「そうよね。アンタ達を殺そうとしたんだから、私は報復を受けても文句は言えないわ」

 

ビッチ先生は遠い目をするが、生徒達にはその気は無い。

 

「んな事しねーよ、怪我が治ったら学校に来いや」

 

「皆先生の事を心配してるぞ」

 

寺坂や清麿を始め、生徒全員がビッチ先生の復帰を望んでいる。しかし彼女は、どうして生徒達を殺しかけた自分が必要とされているのかが分からない。生徒達の言動に、ビッチ先生は戸惑うばかりだ。

 

「裏切ったりヤバい事したり、それでこそのビッチじゃないのかい?」

 

「そうだよ、そんなビッチと学園生活は結構楽しいからさ」

 

竹林と中村がそう言うが、それこそが生徒一同の総意だ。生徒全員が彼女に微笑みかけてくれるが、ビッチ先生は苦虫を嚙み潰したような顔をする。

 

「けど、私は……」

 

「ビッチ先生はこれまで1人ぼっちだったが、今は違うのだ。これからは皆で楽しく過ごそうぞ‼」

 

ガッシュの言葉を聞いて、ビッチ先生は目を逸らす。これまで孤独に戦ってきた彼女だが、そんな自分ですら受け入れてくれる居場所がある。散々命を奪ってきた自分がそこに手を伸ばしても良いのかと考えていた時、烏間先生が前に出た。

 

「イリーナ。その首飾りはリィエンさんが誕生日にお前に送った物だな?」

 

「カラスマ、どうしてそれを?」

 

「そんな事は別に良い。お前は死神に組してからもずっと悩んでいたんだろう。自分が生徒達を嵌める事について。もし本当に非常に徹するならば、彼女の贈り物を大切にはしないハズだ」

 

烏間先生はビッチ先生の身に付けている首飾りを見て、彼女がE組を完全には見限れていない事を察したのだ。それが図星なようで、ビッチ先生はバツの悪そうな顔をする。そして烏間先生は、死神から勝ち取ったバラの花をビッチ先生に差し出した。

 

「この花は俺の意志でお前に渡そう。誕生日は、それで良いか?」

 

しかしビッチ先生はその花に対して不満を抱く。花も一本しかなく、渡すタイミングも唐突。何か文句を言おうと思っていたが、そうはならなかった。

 

「……はい」

 

ビッチ先生はとても嬉しそうにそれを受け取る。そして彼女は怪我が治り次第、E組に復帰する事になる。

 

「烏間先生がビッチ先生と……」

 

「よしよし」

 

一方で倉橋の目からは涙が流れており、矢田になだめられていた。先生達の距離が近付いた喜びもあるが、倉橋自身の恋が報われない可能性が高まった瞬間でもある。

 

 

 

 

 今回の事件を経て、殺せんせーおよびE組の生徒の要望により、暗殺によって彼等が巻き添えになった場合には賞金が支払われない事となった。防衛省はそれをすぐに了承したが、彼等は大規模な暗殺プロジェクトを進めている様子だ。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。暗殺の時間で描写したオリジナル呪文を久し振りに出せて良かったです。


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決戦‼VSクリア・ノート編
LEVEL.54 予感と苦悩の時間


 死神編が終わって一段落と言う事にしておきましょうかね。


 死神との戦いが終わった後、ガッシュペアは帰宅せずにモチノキ町のホテルの一室に招待されていた。帰路に着く途中にアポロとナゾナゾ博士に電話でここまで呼び出されたのだ。言うまでも無く、アポロの財閥が経営するホテルである。

 

「2人共、こんな時間に呼び出して済まない」

 

「清麿君、ガッシュ君。まずは今日の戦い、お疲れ様だね」

 

この2人は今日にE組と死神が接触した事を知っている様子だ。彼等は死神の情報が遮断された後も、可能な限り彼について調べようとしてくれていたのだ。

 

「2人共、危険を冒してまで死神について調査してくれてたんだよな」

 

「しかし、私達はその情報を何も活かす事が出来なかったのだ」

 

ガッシュペアは無力感に苛まれる。死神についてもっと警戒していれば、今回の事態を未然に防ぐ事が可能だったのではと。結果として犠牲は出なかったが、誰かが死んでいてもおかしくない事態だったのだ。加えてクリアまで絡んでいたのだから。

 

「何を言う。結局我々は大した情報を提供する事が叶わなかったのだ。君達のせいではない」

 

「博士の言う通りだ。今回僕達は何の役にも立てなかった」

 

ナゾナゾ博士とアポロは2人に詳細な情報を得られなかった事を申し訳なく感じている様子だ。4人それぞれが、自分にもっとやりようがあったのではないかと考えている。そしてしばらくの間、その場に沈黙が流れる。その沈黙を最初に破ったのは清麿だ。

 

「今回と同じ失敗は繰り返さないようにするとして……博士とアポロに頼みがあるんだ」

 

清麿が真剣な表情で言い放つ。それを聞いた博士とアポロは当然身構える。

 

「今回の死神の事にクリアが絡んできた。そこから察するに、奴等との戦いの日はそう遠くない。だから……」

 

清麿の頼みはこうだ。クリアとの戦いはいつ何処で行われるか分からない。よって遠距離の移動の際には、アポロに飛行機の手配をお願いしたいとの事である。また移動中にもクリアの襲撃を受ける可能性も考えられる為、非常事態にも対応できるパイロットを選ぶべきだとも彼は考えている。

 

「勿論だ。僕達に出来る事なら協力は惜しまない」

 

「パイロットには心当たりがある。任せてくれ」

 

彼等は2つ返事で引き受けてくれた。

 

 

 

 

 ホテルでの話し合いが終わり、ガッシュペアが家に帰宅したが、デュフォーがまだ起きている。今日何が起こったのかが、ある程度察しが付いている様子だ。ちなみに華は既に眠っていた。

 

「デュフォー、起きてたのだな」

 

「ああ、クリアが動き出したからな。早速話を聞かせてくれ」

 

「そうだな……」

 

3人が清麿の部屋に移った後、清麿が事情を話す。死神の襲撃を受けた事、それにクリアが関わっていた事、クリア達との戦いがそう遠くないであろう事を説明した。それを聞いたデュフォーは眉をひそめる。

 

「そうか。戦う時期に関しては、各々の力は円熟期に来ているから問題は無い。だが、いつ戦いになっても良いように気を引き締めておけ。他の仲間達への連絡は俺が明日しておく」

 

打倒クリアに向けて、一同は日々特訓に励んでいる。その成果は確実に出ており、各々の実力は高まっている。だが、完全体に近付いたクリアの実力は未知数だ。デュフォーはガッシュペアに念を押した。

 

「当然だ。連絡の方は頼んだぞ、デュフォー」

 

「ウヌ、分かったのだ」

 

清麿も同じ事を考えていた。その話を聞いてガッシュペアは気合を入れ直す。魔界の滅亡をかけた激闘の日は近い。

 

 

 

 

 ビッチ先生がE組に復帰する日の朝、ガッシュペアが登校すると校舎の入り口で楽し気に電話をする彼女がいる。彼女は丁度通話が終わったようで、ガッシュペアに手を振ってくれた。

 

「おはよう、アンタ達!」

 

「ビッチ先生、おはようなのだ!」

 

「おはよう先生、機嫌が良さそうだな」

 

ビッチ先生は朝から元気がある様子だ。リィエンからプレゼントを貰った日のようにテンションが上がっている。

 

「さっきまでリィエンと電話してたんだけど、また日本に来てくれるみたいなのよ!フフ、次は何を仕込んであげようかしら……」

 

「おおっ、またリィエンと会えるのだな⁉」

 

「先生、程々にしておいた方が良いんじゃ……」

 

電話の相手はリィエンだ。彼女もまたビッチ先生を心配しており、気が気でない様子だった。そんなリィエンにビッチ先生が謝罪した後に、ガールズトークに花を咲かせていたのだ。しかも彼女がまた日本に来てくれるという。ビッチ先生はそれが非常に楽しみな様だ。

 

「あの子にも心配かけちゃったからね。埋め合わせしなきゃ!」

 

そう言い残してビッチ先生は校舎に入って行く。元気を取り戻した彼女を見て、ガッシュペアも安心した様子で教室に向かう。

 

 

 

 

「近々進路相談をしようと思います。皆さん、ざっくりで良いので志望校並びになりたい職業について考えておいて下さい」

 

 帰りのHRの際、殺せんせーがそう言った。ちなみにその後、地球が無くなるから無駄になるとも付け足してくる。進路希望が決まり次第、殺せんせーが面談を行ってくれる。今日の放課後は各々の行きたい高校や将来の夢についての話題で持ち切りだ。

 

「進路か、どうしたものか……」

 

清麿はため息をつく。これまで殺せんせーの暗殺のみならず魔物との戦いの日々に追われており、将来について深く考える時間が取れていない。前の学校でも進路について、かつての担任だった中田秀寿先生バージョン2・コードネーム“TM・リー”に問われた事があったが、具体的には答えられずに苦言を呈されてしまった。

 

「え、高嶺君は魔界とこっちの世界を繋げるんじゃないの?」

 

清麿が悩んでいる時、隣の席のカルマがニヤケながら声をかける。確かに彼自身もそれは考えていたが、リスクの大きい行動である。

 

「そんな簡単な事じゃないって前にも言っただろう……将来の事はもっと考えなくてはならんな。そう言う赤羽の方こそ、何か考えているのか?」

 

ガッシュの目標を手伝えば進路について何か分かると考えていた清麿だったが、現状は見つけられずにいる。そんな彼はカルマに聞き返す。

 

「え、俺はそんなに考えてないよ。何になるのが良いのかね~」

 

清麿の質問をカルマははぐらかすような口ぶりで答えた。しかし口ではそのような事を言いながらも、彼の目には明確なビジョンが見えている様子だ。それを見た清麿は内心焦りを感じる。

 

「ていうかそんなに慌てなくても良くね?皆の話も聞いてみようよ」

 

クラスメイトの将来について聞けば、ヒントが得られるかもしれないとの事である。そしてカルマは早速清麿の前にいる奥田に話しかけた。

 

「あのさ、奥田さんの将来はやっぱり研究者?」

 

「はい。理科が好きなので、研究の道に進みたいです。後、進路相談の時に言葉巧みに毒入りコーラを殺せんせーに盛ろうと思ってます」

 

奥田の夢はハッキリしている。理科が得意な彼女はそれに見合った道を進もうとしている。暗殺を通して身に付けた自信と超生物を毒殺しようとする気概があれば、厳しい研究者としての世界でもやっていけるだろう。

 

「なるほど、奥田らしくて良いと思うぞ(……あれ、さり気なくとんでもない事言わなかったか?)」

 

清麿も奥田に感心するが、彼女の毒入りコーラの発言は聞き捨てならなかった。殺せんせーは進路相談の時ですら、暗殺を受け付けている。

 

「お2人の進路は、どんな感じで考えているんですか?」

 

奥田が聞き返す。彼女も2人の将来について関心を持ってくれている。

 

「それが俺も高嶺君も全然決まって無くてさ~。どうしたものかと悩んでいるんだよね。だから奥田さんの話を聞こうと思ってさ」

 

「そうだったんですね。カルマ君も高嶺君も頭が良いから、どんな所でもやっていけそうな気がします。やりたい事が見つかると良いですね!」

 

「ああ、頑張って探してみるよ」

 

奥田が微笑みかけてくれる。彼女の純粋無垢な笑顔は、頭を抱える清麿を励ますのには十分だった。そして3人がもう進路について少し話し合った後、カルマは渚の席に視線を移す。

 

「そうだ、渚君にも進路について聞いてみよっか」

 

「分かった、そうしよう!」

 

「私も渚君のお話、聞いてみたいです」

 

カルマの提案と共に、清麿達は渚の席に向かった。

 

 

 

 

「渚、聞きたい事があるんだが……」

 

「3人共、進路について?」

 

「そうそう、高嶺君が凄く悩んでいるみたいだからさ。渚君は何か目指してる物ってある?」

 

進路について聞かれた渚は、清麿と同じく明らかに悩んでいる様子だ。そして少し考えた後、彼は口を開く。

 

「そうだね、将来は……」

 

「渚ちゃんの進路は、女子高に進学してからのナースかメイドっしょ!」

 

渚が将来について話そうとした瞬間、中村に遮られてしまう。しかも明らかに渚の進路を歪めようとしており、清麿達は苦笑いを見せる。

 

「中村さん、ちょっと……」

 

「だったら渚君、卒業したらタイかモロッコに行こうよ!」

 

「カルマ君、()()()としないでよ‼」

 

中村の渚イジリにカルマが参戦する。2人の発言を否定した渚だが、後に彼は大きくため息をついて少し暗い表情を見せる。

 

「多分僕には……」

 

「清麿、そろそろ帰ろうぞ!……ウヌ?」

 

渚が再び将来について話そうとしたが、今度はガッシュに遮られた。その時の彼等の間には何とも言えない雰囲気が漂う。相手から進路について聞かれたのに、彼の話は途切れがちだ。

 

「渚の顔が暗いのだ……何かあったかの?」

 

「ガッシュ、間が悪かったな」

 

「いや、ガッシュ君のせいじゃないよ……」

 

ガッシュは渚の表情には気付く事が出来たが、場の雰囲気には気付く事は出来なかった。そんな彼を清麿が何とも言えない表情で見るが、渚がフォローを入れてくれた。しかし、何度も話を遮られた彼の目からは涙が流れている。

 

「ガッシュ君!今ね……」

 

茅野がガッシュに進路相談の事を説明した、そして渚が自分の事について話そうとしている事も。今のE組では、生徒達の将来の話で盛り上がっている。

 

「何と、そうであったか……」

 

「ガッシュの夢は、優しい王様で決まりだもんな!」

 

「その通りなのだ‼杉野は野球選手かの?」

 

「おうよ!」

 

彼等の会話に杉野が加わる。彼の言う通り、ガッシュには優しい王様以外の目指す道は無い。他のE組の生徒達が進路について悩む中、彼の目標は確定している。そんな真っすぐなガッシュを渚が見つめる。

 

「やっぱりガッシュ君て凄いよね、ここまでやりたい事がハッキリしているなんて……」

 

「渚。さっきから元気が無さそうだが、大丈夫かの?」

 

「うん、僕はね……」

 

渚はようやく自分の将来の話をする事が出来た。やりたい事が明確では無く、自分には人を殺す才能がある事、人の“意識の波長”を見切る事が出来る為に自分が死神と同じ技が出来るであろう事を話した。それを聞いた他の生徒達は困惑の表情を浮かべる。

 

「渚、殺し屋になってしまうのか?」

 

ガッシュが不安気な感情のこもった声で言い放つ。友達が殺しの道の歩む事は、ガッシュとしても素直に承諾しかねる様だ。

 

「どうだろうね。でも、これは大した長所の無い僕にはこれ以上望めないような才能だから……」

 

「自分の将来について真剣に向き合って苦悩する事、これは大きな糧になりますよ!ヌルフフフ」

 

「「「「「殺せんせー、いつの間に⁉」」」」」

 

渚が思い詰めた様子で話を続けていると、突如殺せんせーが現れた。先生の出現により生徒一同は驚くと共に、場の雰囲気が多少なりとも軽くなる。そして殺せんせーが口を開いた。

 

「しかし今の渚君の言葉には“自棄”が見られますね……まずはどうして君がその才能を身に付けたのかをもう一度見つめ直しなさい。そうすれば君の才能を何の為に、誰の為に使えばよいかが見えてくるはず。後は進路相談の時にゆっくり話し合いましょう。ではまた明日」

 

そう言い残して殺せんせーは窓から出て行った。渚には自己評価が低く、自分の事を顧みない一面がある。だから4月の自爆も平然とやってのけた。そんな彼の危うい一面を殺せんせーは見抜いた。また他の生徒達も渚に心配の眼差しを向ける。殺せんせーの暗殺とは違う、本当に人の命を奪う危険な職業をクラスメイトが将来の選択肢に入れているのだから。そんな彼等の気持ちを察した渚は、あえて明るい口調で話し始めた。

 

「それは分からないよ、殺し屋って凄く危ないだろうし……さあ時間も遅くなってきたから今日は帰ろう!」

 

渚が無理をしている事を他の生徒達は理解していたが、それを言及する者は誰もいない。渚の言葉を皮切りに、多くの生徒達は帰り支度を始めるのだった。

 

 

 

 

 ガッシュペアは渚・カルマ・茅野・杉野と共に帰り道を歩いていたが、暗い雰囲気は漂う。

 

「皆ゴメン、僕のせいで何だか気まずくなっちゃって……」

 

このような時でも彼は周りを気遣ってくれているが、渚自身も思い詰めた様子だ。そんな彼を見かねた清麿が、少し考えた後に渚に問う。

 

「なあ渚。お前が悩んでいる根本的な原因ってのは、もっと別のところにあるんじゃないのか?殺せんせーは何か気付いていたみたいだが……」

 

そもそもなぜ渚が暗殺の才能に目覚めたのか、清麿はそれが渚にとって苦悩する一番の原因であると考えている。【答えを出す者】(アンサートーカー)を使えばすぐに分かる事であるが、人の心を勝手に覗き込むのは良くない。清麿の話を聞いて、渚は図星を付かれたような顔をする。

 

「悪い、言いたくなければそれでも良いんだが……」

 

「いや、皆に話すよ。これ以上溜め込んでも良くなさそうだし」

 

渚の表情を見た清麿はバツの悪そうな顔をしたが、渚は悩みの原因を話してくれた。それは渚の母親についてだ。渚の母親“潮田広海”は自分自身が厳しい環境で育ち、親の影響で思い通りの人生を歩む事が出来なかった。その事が彼女にとって大きな傷となり、自分がこれまで出来なかった事を渚に押し付けるようになった。渚が男なのにも関わらず、中性的な言動や恰好をしている事もこれが原因である。

 

「それで父さんも、そんな母さんと上手くやって行けずに家から出てっちゃったんだ」

 

渚もまた、竹林や神崎と同様に親の鎖に縛られる。広海にとって渚は自分の人生の“2週目”としか思っていない。そんな彼女の執念に渚は逆らう事が出来ずに人の顔色を伺う生活を送るようになった。それが原因で彼は“波長の意識”を見分けられたり、自分を犠牲にする事を厭わない暗殺の才能を身に付けたのである。

 

「最近は母さんの機嫌が良くない事が特に多くなってるし、どうにかしたいんだけど……」

 

渚はそう言うが、彼は諦めの気持ちも抱えている様だ。渚の話を聞いた彼等は重苦しい表情をする。そんな時、杉野が口を開いた。

 

「そういや俺とカルマで渚の家に遊びに行った時、結構キツイ反応されたっけな。そんな事になってたなんて……」

 

2人が訪れた時も、広海はその事をあまり快く思っていなかったのだ。場の空気が暗くなる中で、ガッシュが体を震わせる。

 

「そんなの……辛すぎるではないか‼」

 

「ガッシュ君……」

 

竹林の時と同様に渚が母親に大切にされていない事を知って、ガッシュはやるせない気持ちになる。そんなガッシュを見た茅野も釣られたように辛そうな表情をする。

 

「……家族の問題となると口出しはし辛いが、渚自身の気持ちをもっと伝えた方が良いんじゃないのか?」

 

清麿は苦虫を嚙み潰したような顔で言い放つ。これまで渚は母親の機嫌を損ねないように強くは言わなかったが、それでは渚自身が潰れてしまう可能性がある。清麿達はそれを危惧している。

 

「……それも、そうかもしれないんだけどね。言い出したら聞かないからさ、家の母親」

 

その事は渚も薄々気付いている様子だったが、上手く母親とは話せていない。清麿もまた彼に対して無理強いをする事が出来なかったが、渚が話を進める。

 

「……でも、このままじゃいけない事は分かっている。どこかで向き合わなくちゃならないんだ、でも中々踏ん切りがつかなくて……」

 

渚は内心では母親と向き合わないといけない事は分かっている様子だ。そんな時、カルマが口を開く。

 

「親の問題って難しいよね、俺等がどこまで踏み込んでいいかも分からないし……まあ、いざとなったら高嶺君の家に逃げ込めばいいんじゃね?」

 

「う、家か⁉」

 

「ウヌ‼清麿の母上殿なら許してもらえるかもしれないのだ‼」

 

清麿の家にはこれまで何度も魔物の戦いの関係者が泊まる事があった。今もデュフォーが居候している。それを知っていたカルマが家出を提案したのだ。それを聞いた清麿は驚いたが、ガッシュは目を輝かせる。

 

「ハハ、どうにもならなくなったらそうしよっかな……」

 

「……まあ、何かあったら連絡してくれ。そうなった場合はお袋にも聞いてみるから」

 

渚が冗談交じりにその話に乗ろうとしたが、清麿は満更でもない様子だ。そんな会話をしている内に、彼等の間の雰囲気は先程よりも軽くなっていた。

 

「渚が家出かぁ」

 

「渚ってそういうタイプじゃなさそうだから、お母さんもビックリしちゃうんじゃない?」

 

「何時でも待っておるぞ‼」

 

杉野・茅野・ガッシュも便乗しており、渚が本格的に家出する方針で話が進みつつある。そんな彼の目には希望が宿っており、そこからの帰り道は楽しい雑談を繰り広げる事が出来た。

 

 

 

 

 そして渚達と別れたガッシュペアは帰路に着く。

 

「渚、さっきよりも元気になっていたのだ」

 

「ああ。あれなら大丈夫そうだが、俺達は引き続き渚の相談に乗る事にしよう!」

 

「ウヌ!」

 

渚の表情が明るくなった事で、ガッシュペアは安心する。そのまま彼等が帰宅すると、玄関には通常よりも多くの靴が置いてあった。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。今回は進路相談の話だったのですが、これからの展開はある程度予測がつく人もいるかもしれないです。


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LEVEL.55 悲報の時間

少し遅くなりましたが、最新話です。よろしくお願いします。


 ガッシュペアが帰宅すると、家の和室でデュフォー、ティオペア、そしてフォルゴレが2人を待ち受けていた。しかしフォルゴレがいるのにキャンチョメがその場に居ない。また場の空気が非常に重く、彼が清麿宅を訪れた理由をガッシュペアはすぐに理解する事が出来た。それは渚の悩みにおいて希望の兆しが見えて安心していた2人の精神をどん底に突き落とすには十分すぎた。

 

「なあ、これって……」

 

重苦しい雰囲気の中で清麿が口を開こうとするが、上手く喋る事が出来ない。

 

「ああ、その通りだ。キャンチョメは魔界に帰ってしまったよ……」

 

「そんな、何があったと言うのだ……」

 

突然の仲間との別れ。フォルゴレがここまで1人で来ていた為、理由を察する事は出来ていたが、その事を改めて聞いたガッシュペアとティオペアはさらに辛そうな表情をする。そしてフォルゴレは話を続けた。

 

 

 

 

 回想

 

 キャンチョメペアはミラノで貴族のような恰好をした魔物のパピプリオ及びパートナーのルーパーと再会し、そのまま2人の魔物は友達になった。しかしパピプリオペアはゴームペアの襲撃を受けて、彼を守ったルーパーは大ダメージを受けた。それに怒ったキャンチョメは新術“シン・ポルク”で自らが何本もの触手を持つ巨大なライオンの獣人に変身して敵を痛めつけるが、それを見かねたフォルゴレがゴームペアを彼の攻撃から身を挺して防いだ。

 

「やめろ、キャンチョメ……」

 

「どうしてそいつらを庇うんだい?この攻撃はフォルゴレだってダメージを受けるのに」

 

シン・ポルクはキャンチョメ自身をどんな姿にも化けさせられる。また変身したキャンチョメの体には自分の想像した力を持たせる事が出来、相手の精神に直接ダメージを与えられる。キャンチョメには、どうしてフォルゴレがそんな危険な術の発動中に敵を守ろうとするのかが理解出来ない。

 

「キャンチョメが間違った方向に行かない為だ。ライオンになってはいけないんだよ……」

 

キャンチョメは強くなったが、その力に溺れかけている。それを分かっていたフォルゴレは今の彼が間違っている事を証明する為に自分の過去を話し始めた。スターになる前の彼は荒ぶっており、ライオンの様に強かった。しかしそんなフォルゴレに対しては皆が恐れ、誰も近付かなくなり、彼の両親に至っては銃を突き付けた上でフォルゴレを家から追い出してしまった。

 

「わかるか⁉前にも言ったが、ライオンの牙には小鳥は止まらないんだ‼」

 

それを聞いたキャンチョメは、わかばパークでのライオンとカバさんの話を思い出す。何故フォルゴレはライオンでは無くカバさんにこだわるのか。そして彼は話を続ける。

 

「故郷を追い出された私は、偶然TVでカバさんの牙に小鳥が止まる映像を見たのさ」

 

その時の映像にフォルゴレは感銘を受けて、愉快なスターを目指すようになった。しかし未だに彼の両親はフォルゴレには近づいてくれない。そうなったら終わりだとフォルゴレはキャンチョメを諭す。それでも彼は拳を引っ込めようとしない。キャンチョメの強力な一撃がフォルゴレを襲うが、彼はそれを受け止めた。

 

「キャンチョメ、あの時は言わなかったがカバさんは強いんだぜ。子供を守る時は特に、ライオンを倒す程に強いのさ‼私はいつだってカバさんだった。私の姿はキャンチョメの目には、カッコ悪く映っていたかい?」

 

その言葉は決定的だ。キャンチョメにとって一番の憧れであるフォルゴレは、常にカバさんであろうとしている。そして彼はとても強い。その強い力をフォルゴレは決して誰かを傷付ける為に使おうとはせず、何度もキャンチョメを守ってくれた。そんな彼がキャンチョメにとってカッコ悪い訳が無い。キャンチョメの目には涙が溢れ出し、彼は元の姿に戻った。

 

「うわああぁん‼ズルいよ、フォルゴレよりカッコイイ動物なんている訳ないだろーーー‼ゴメンよ、フォルゴレーーー‼」

 

キャンチョメはようやく自分の間違いに気付き、フォルゴレに泣きつく。そんなキャンチョメをフォルゴレは優しく抱きしめるのだった。

 

 その後キャンチョメは術を解き、フォルゴレはミールから本を取り上げた。その後キャンチョメは必要以上に痛めつけてしまったゴームペアに謝罪し、今度は彼等を喜ばせる幻を見せる為に術を発動する。幻の中で小鳥が自分に近寄ってくる様子を見たゴームはとても楽しそうだ。

 

「ゴーム、魔界に帰ったら友達になろうよ」

 

「ゴー!」

 

その言葉を聞いたゴームはとても嬉しそうだった。そしてキャンチョメは術を解く。後はゴームの本を燃やすだけかと思われたが、その場にはいつの間にかヴィノーが出現していた。

 

「シン・クリア・セウノウス・ザレフェドーラ‼」

 

ヴィノーが術を唱えたと同時にキャンチョメは何かに気付き、フォルゴレとパピプリオに自分達の本を遠くに投げさせた。そして本にはクリアの消滅の術が放たれ、彼等の本は燃えてしまった。しかしルーパーとの別れを惜しむパピプリオとは対照的に、キャンチョメは平常心を保つ。彼はガッシュの勝利を信じており、自分達が消される事は無いと確信している為だ。ガッシュの存在をパピプリオペアに伝えた後、キャンチョメはゴームの方を見た。

 

「ゴーム、ミール‼この戦いで君達を痛めつけた事は本当に申し訳ないと思ってる‼こんな事を言うのは都合がいいかもしれないけど、君達もガッシュ達に力を貸して欲しい‼ガッシュならゴームを絶対に1人にさせないから‼」

 

ゴームは彼の言葉を黙って聞く。キャンチョメはそれだけを伝えると、涙を流しているフォルゴレの方を向いた。

 

「ホラ、フォルゴレも泣くなよ……」

 

「バカ、泣いてるのはキャンチョメの方だろう……」

 

フォルゴレの言う通り、キャンチョメの目からも涙が流れ出る。先程までは強気な態度を取っていた彼だが、パートナーとの別れを実感すると一気に悲しい気持ちが沸き上がった。

 

「嫌だよ‼フォルゴレ、フォルゴレ~~~‼」

 

「キャンチョメ、キャンチョメ……キャンチョメーーー‼」

 

フォルゴレはキャンチョメの肩に手を置きながら、キャンチョメはフォルゴレの腕を握りながら、それぞれ泣きながら別れを惜しむ。突然の別れ、彼等がそれを受け入れるのには時間が足りな過ぎた。そしてキャンチョメの体は消えて、彼は魔界に帰った。その後もフォルゴレは涙を流す事しか出来なかった。

 

 回想終わり

 

 

 

 

 フォルゴレは経緯を話し終えた後、涙を流しながらゴームの本を燃やせなかった事を謝罪する。しかし、その事を責める者は誰もいない。

 

「スマン、そして頼む……必ずクリアを倒して、魔界で魂だけになっているキャンチョメを生き返らせてくれ……」

 

魔界の王を決める戦いにおいて、残りの魔物が10体となった時には魔界全ての住人は魂だけとなる。そして戦いに勝ち残って王になった者は、他の魔物を自由にできる。クリアはこれを使ってゴーム以外の魔物を消そうとしている。それだけは防がなくてはならない。

 

 

 

 

 フォルゴレは1人帰り道を歩く。その背中は悲壮感に溢れている。彼はキャンチョメとの別れで大きな傷を負ったが、それでも日本まで来て清麿達にその事を伝えてくれたのだ。そんなフォルゴレを一同は黙って見送る事しか出来なかった。

 

「清麿、私は特訓に行ってくるぞ!」

 

ガッシュの一言を皮切りに各々がそれに励もうとしたが、ティオだけは顔を青くしてその場を動こうとはしない。そして彼女の目からは涙が流れ出る。

 

「ティオ⁉」

 

そんなティオに恵が駆け寄ろうとしたが、彼女は黙ってその場を走り去る。キャンチョメが魔界に帰った事を聞いたティオは、辛い現実を受け止めきれなかった。

 

「お、おい!ティオ⁉」

 

「どこ行くの⁉」

 

清麿と恵がつかさずティオを追いかけようとしたが、ガッシュが両腕を広げてそれを止める。

 

「ティオの事は、私に任せて欲しいのだ‼」

 

ガッシュの目には強い意志が宿っている。何としてもティオを連れ戻すと、彼の目が物語っていた。そしてガッシュはティオを走って追いかける。それでも自分達のパートナーが心配である清麿と恵は、ティオとガッシュの後を追った。

 

 

 

 

 ティオはがむしゃらに走る。とにかくその場から、辛い現状から逃げ去りたかった。例えそれが叶わない事だとしても。そして彼女は公園まで来ていた。今は人がほとんどいない。その孤独さがさらに彼女を追い詰める。ティオはどうすれば良いかが分からずに1人で佇んでいたが、青髪の少年が彼女に話しかける。

 

「ティオちゃん?」

 

「!……渚……」

 

その公園には渚がいた。彼は母親との話し合いについて決意を固める為に、家以外の場所で1人になりたかった様だ。そんな渚がティオに声をかけるが、彼女の目からは再び涙が流れて始める。

 

「ティオちゃん、大丈夫⁉」

 

渚はティオが何らかの原因で非常に落ち込んでいる事は分かったが、どうしてそうなったのかは分からない。彼がどうすれば良いかを考えていると、ガッシュが公園まで走ってきた。

 

「ガッシュ君、大変なんだ‼ティオちゃんが……」

 

「ウヌ、渚ではないか!事情は分かっておる!」

 

ガッシュがティオの方に駆け寄る。それを見た渚は、ガッシュがティオと1対1で話したがっている事をすぐに察する。

 

「ガッシュ君、後はお願いね!」

 

「分かったのだ、渚も自分の事としっかり向き合うのだぞ!」

 

「勿論!」

 

渚はその場を離れた。彼にも成すべき事があるのだから。そして公園に2人だけになった事をガッシュが確認すると、彼は口を開く。

 

「ティオ、辛いのは分かるが今は皆のところに……」

 

「何でガッシュは不安にならないの⁉」

 

ガッシュがティオを連れ戻そうとした瞬間、彼女は叫ぶ。ティオはどうしてこのような時にもガッシュが心を乱さないでいられるかが分からない。

 

「キャンチョメって、凄く強くなったんだよね?……それなのにクリアに倒されて……私、怖いのをずっと我慢してたけど、もう限界‼」

 

ティオは自らの感情をぶちまける。彼女は日に日に不安な気持ちが増していたが、それでも恐怖を押し殺して日々特訓に励んでいた。しかしキャンチョメが魔界に帰った話を聞いて、ついに耐え切れなくなってしまったのだ。

 

「ガッシュは何で平気なのよ⁉何で……」

 

親しい仲間との別れ。そして消されてしまうかもしれない恐怖。それらが身に降りかかってもガッシュは変わらない。そんな強かな彼を見て、ティオは苛立ちまで覚えてしまう。

 

「ティオ、約束しよう。お主がもし負けても私が王となり、必ず生き返らせる。ティオだけでなく、魔界の皆に再び肉体を与えて救い出す」

 

ガッシュは迷いなく答える、ティオの負の感情を受け止めたうえで。彼にはそれ以外の道は無いのだから。それでも、ティオの目から不安と恐怖は消えない。

 

「だから、何でそんな事が言えるの⁉勝てる保証なんて……」

 

「私は色んな者達に思いを託されたり、王になれなくて魔界へ帰って行った者達を多く見て来た。だからどんな事があろうとも、王にならねばならぬ。確かに不安もある、だがそれ以上に皆の思いを叶えねばならん。私は、そういう物を背負っておるのだ」

 

ガッシュも平気でいられる訳では無い。しかしそれ以上にやり遂げなくてはならない事がある。それは、優しい王様になる事。その為にも、彼は負の感情に構っている余裕など無い。そんなガッシュの意志を目にしたティオは、自分の心が軽くなっていくのを感じた。

 

(そっか、私……ガッシュのこういうところが……)

 

「ティオ、皆のもとに戻ろうぞ!」

 

「うん!」

 

ティオは再び微笑んでくれた。

 

 

 

 

 時は少しさかのぼる。渚は母親と向き合う為に自分の家を目指す。そんな時、彼は清麿と恵が走ってくるのを見た。

 

「高嶺君、恵さん‼」

 

「渚(君)‼」

 

渚に気付いた2人は足を止めた。そして渚は2人にティオとガッシュの居場所を教える。

 

「ありがとう、渚君!」

 

「2人共、一体何が……」

 

清麿と恵だけでなく渚もティオの事が心配だったが、彼には何が起こったのかが分からない。そして清麿が少し考えた素振りを見せた後に口を開いた。

 

「恵さん、先にティオ達の方に向かってくれ!」

 

「清麿君……分かったわ!」

 

彼女は何かを察した様にすぐに公園に向かう。

 

 恵がこの場を離れた後、清麿は渚に事情を説明した。

 

「そんな、キャンチョメ君が……」

 

渚はわかばパークにてキャンチョメとの関わりがそれ程あった訳では無いが、自分の友達の仲間の別れを聞いて、悲し気な表情を見せる。

 

「俺達の戦いはもうすぐ始まる。悪いがその間は渚の相談には……」

 

「僕の事なら大丈夫だよ‼」

 

ガッシュペアがクリアとの最終決戦の準備をする際には、他の事を考える余裕は無くなる。それはクラスメイトの悩み事とて例外ではない。それを申し訳なく思う清麿だが、渚は気にしていない。

 

「高嶺君達は自分の戦いに専念して!僕も、自分の事はこっちで何とかするから!」

 

「……ああ、頑張れよ渚。くれぐれも1人で背負い込むな!」

 

「分かってる、()()には皆がついているからね!ごめん、足止めする形になっちゃって。高嶺君はティオちゃん達のところに行ってあげて!」

 

渚も清麿も孤独ではない。頼れる仲間がいる。彼等は2人を支えてくれる。その事実だけで、清麿も渚も困難に立ち向かっていける。2人はお互いに背を向けて目的地に向かった。

 

 

 

 

 清麿は全力疾走してガッシュ達のいる公園に辿り着いた。そこには3人が揃っており、ティオの顔色もかなり良くなっている。

 

「済まない、遅くなった!」

 

清麿は来るのが遅くなった事の謝罪をしたが、3人共気にしていない素振りだ。

 

「清麿は謝らなくて良いわよ、勝手に飛び出しちゃった私が悪いんだから。こっちこそごめんなさい」

 

ティオが大きく頭を下げた。自分のせいで皆に心配をかけてしまった事を申し訳なく感じている。それを見たガッシュペアと恵は、安心したような顔をする。今のティオなら大丈夫だと、そう思えた。

 

「一先ず、清麿君の家に戻りましょうか。デュフォーさんも待ってるし」

 

恵の一声にて、彼等は清麿宅に戻るのだった。

 

 

 

 

 清麿宅の前に一行が辿り着くと、デュフォーが扉の前で立っていた。そんな彼を見てティオが謝罪の言葉を述べようとすると、その前にデュフォーが口を開いた。

 

「今日の特訓は無しだ。それぞれ明日以降に向けて、心を落ち着かせておけ」

 

デュフォーからは意外な言葉が出てきた。彼は清麿達がキャンチョメとの別れによって精神が乱れている事に気付いている。

 

「今の状態でそれをしたところで結果は出ない。明日に引きずらないよう、今日は休むんだ」

 

これはデュフォーなりの気遣いでもある。彼は仲間を失った清麿達のメンタルを案じて、休息を取るように言ってくれたのだ。そして彼はそのまま清麿の家に入って行く。それを見た清麿達は少しの間あっけに取られていたが、ガッシュが言葉を発する。

 

「デュフォー、私達の事を心配してくれたのかの?」

 

「……そうだな。今日はデュフォーの言う通り、心を休めておこう」

 

デュフォーの気遣いを察した彼等は休息を取る事にした。そんな時、恵が何かを思いついたかの様に口を開く。

 

「3人共。デュフォーさんもああ言ってくれた事だし、ちょっと出掛けない?」

 

 

 

 

 ガッシュペアとティオペアは今、モチノキ町のファミレスにいる。恵曰く、自分の好きな物を食べて少しでも元気をつけたうえで、明日以降の特訓に励もうとの事である。ちなみに料金は全て彼女が出してくれるそうだ。

 

「恵さん、本当に良いのか?」

 

「気にしないで。皆、食べたい物や飲みたい物を自由に頼んでよ」

 

清麿が申し訳なさそうな態度を取るが、恵は優しく微笑む。皆を気遣ったのもあるが、彼女自身も戦いの前に、この4人で楽しい時間を過ごしておきたいと考えている。

 

「ウヌ、それならお言葉に甘えるのだ。ブリの料理は無いかの……」

 

「恵、ありがとう!何にしようかな」

 

ガッシュとティオが嬉しそうにメニュー表を眺める。彼等が無邪気に食べたい物を決める様子を、清麿と恵は隣で暖かい目をして見守る。

 

「ティオも大分明るくなってくれたな」

 

「そうね、ガッシュ君のお陰だわ」

 

こうして彼等はそれぞれ食べたい物を注文する。

 

 

 

 

 それぞれの料理が出揃った。4人は少しの間は黙食をしていたが、初めにティオが口を開く。

 

「私、キャンチョメがいなくなった事を聞いてどうしたら良いのか分からなくなっちゃったの。あんまりにも辛くて悲しくて……それでもガッシュは歩みを止めようとはしなかった」

 

彼女の話を3人は黙って聞く。ガッシュが気丈であったお陰で、ティオは立ち直る事が出来た。もしそれが無ければ、彼女は絶望に心を支配されていたであろう。

 

「私、全然ダメだな。皆同じ気持ちなのに1人で辛い気になって。皆の事も散々振り回しちゃって……」

 

飛び出してしまった事を未だに気にしている様子だ。そんな彼女を恵が優しく抱き寄せる。

 

「ティオ……私達は1人じゃないわ。辛い事や悲しい事は皆で共有していけば良い。困難な事は協力して取り組めば良い。今までだってそうしてきたじゃない」

 

「……そうよね、恵」

 

ガッシュの言葉がティオに希望を与えてくれるのなら、恵の言葉はティオに癒しを与えてくれる。ティオは顔を赤くしながら、恵の言葉を受け入れていく。その後、ガッシュペアが話を続ける。

 

「ティオ……自分が孤独ではない事を忘れてはだめだ。仲間の内、誰が欠けていてもここまで来れなかっただろう。そしてこれからも。だから俺達にはティオが必要だ。ティオの守る力があれば、どんな敵が来たって大丈夫さ」

 

「ウヌ、ティオの盾はとても強いからの」

 

彼等はティオを頼りにしてくれている。それだけでは無く、絶望に打ちひしがれていた自分を鼓舞してくれようとしている。その事は彼女にとって、非常に嬉しい事だった。

 

「皆……ありがとう‼」

 

こうして4人の間には再び楽しい雰囲気が漂い始める。そして彼等は雑談をしながら料理を食べ進めた。

 

 

 

 

 そして帰り道、ガッシュペアが恵にお礼と別れの挨拶を述べた後、ティオが手を振ってくれた。

 

「じゃあね、また明日‼(……明日、か……)」

 

ティオがそう言うと、彼女は明日という言葉を心の中でも述べる。キャンチョメの事を聞いた当初、何もかもに絶望していたティオだったが、今の彼女は明日への希望を見出す事が出来ている。恵や清麿が声をかけてくれたのもあるが、元気を取り戻せたのはガッシュの存在が大きい。それを実感したティオは嬉しい気持ちになる。

 

「ウヌ、また明日‼」

 

ガッシュもまた、別れの挨拶を述べた。そんな彼等には迷いなど無く、明日以降はしっかりと特訓に臨む事が出来た。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。ここからは暗殺教室の要素が薄くなっていきます。ご了承ください。


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LEVEL.56 開戦の時間

 クリアノート編の件を章別で分ける事にします。よろしくお願いします。


 特訓の時間を少しでも取る為にガッシュペアは、授業終わりにすぐに教室から出て裏山を降りる。その時、彼等の前には黒い異空間の穴が出現した。

 

「清麿、これは⁉」

 

「まさかここで攻めて来るとは……」

 

ガッシュペアはゴームが襲撃してきたと思って臨戦態勢に入る。しかし、そこからは下半身と右腕を失っていたゴームが出現した。

 

「「なっ⁉」」

 

予想外の出来事にガッシュペアは驚きの感情を露わにする。自分達に戦いを挑むのかと思われた魔物が瀕死の重傷で現れたのだから。彼等が愕然としていると、異空間の穴からはミールが出て来た。彼女もゴーム程では無いが、傷を負っている様子だ。

 

「アンタ等のいる学校はクリアが宿った死神から聞いてたから、魔力を探ってすぐに見つけられたぴょん」

 

ゴームペアは以前にも椚ヶ丘に来ており、ガッシュペアがそこの学校に通っている事を知っていた為、2人を発見するのにはそれ程苦労はしなかった。

 

「ゴ……ゴー……」

 

ゴームは隠し持っていた石板を取り出す。そこにはマジックで鳥が描かれている。これはキャンチョメがゴームとの友情の証に渡した代物だ。

 

「その絵、キャンチョメが描いたのよ。そのキャンチョメを生き残らせるようにクリアと話したけど断られて、戦って……で、こうなったわ」

 

ゴームは自分だけが消されないと言う条件の下でクリアに従っていた。しかし彼はキャンチョメとの出会いを通して、友達の大切さを知る事が出来た。1人では寂しいと感じるようになり、クリアと戦う道を選んだ。

 

「キャンチョメが言ってたわ、アンタ達がクリアを倒す為の力になって欲しいって。初めはふざけんなって思ったけどね」

 

ミールは当初、クリアに逆らう事に反対していた。自分達がクリアに敵うはずが無いのだから、挑むのは無駄であると。自分が殺されずに済むのだから、それで問題ないと考えていたのだ。

 

「でもコイツは譲ってくれなかった。だから私自身、実際にクリアが気に食わないのもあって持てる力の限りゴームと一緒に戦ったけど、やっぱ無理だったわ。思った通りの結果よ」

 

しかし彼女はゴームの意志に押し負けて戦う道を選んだ。その結果クリアの圧倒的な力の前に破れてゴームの体の多くは消滅した。しかしゴームペアは最後の抵抗として、クリアとヴィノーをアメリカのロッキー山脈に置き去りにしてきたのだった。そしてミールはクリアに対して“ざまあみろ”と吐き捨てた後にゴームの本を取り出した。

 

「そろそろゴームが死にそうだから、本を燃やしてよ。死ぬ前に魔界へ帰してあげれば、肉体の損傷なんて関係ないからね」

 

今の状態で魔物が魔界へ帰れば、魂だけの状態になる。よってどんなダメージを受けようとも、死んでさえいなければ問題は無い。ゴームの本目掛けてガッシュペアは手加減したザケルを放ち、本は燃えだした。

 

「ねぇガッシュ。こんな事を聞くのもなんだけど、あんたが魔界の王になったらさ……キャンチョメ達だけじゃなくてゴームの事も生き返らせてくれる?」

 

ミールは尋ねる。必死で懇願するでもなく、まるで断られても仕方ないと考えているような素振りだ。自分達は彼等と敵対し、アースペアをあざ笑い、パピプリオペアをいたぶり、E組の生徒達を危機に陥れた事すらあるのだから。それでもガッシュの返答は分かりきっていた。

 

「ウヌ、約束するのだ‼」

 

彼に他の魔物を消すと言う選択肢は無い。優しい王様を目指す以上は、皆が平和に暮らせる世界を作らなくてはならない。そこにはどんな犠牲も許されないのだから。

 

「そ、ありがと。じゃあ帰るわね。いい加減ガキのお守で疲れちゃったから……ば~い」

 

彼女はガッシュが自分の願いを聞いてくれてもあからさまに喜ぶような事はせず、ただこれまで通りの表情で礼を述べた。しかしガッシュペアにはその時のミールの口角が若干上がっているように見えた。そして彼女はそのまま山を降りて行く。

 

「清麿……」

 

「ああ、ガッシュ。キャンチョメとフォルゴレは正しい事をしたんだ。だからゴームとミールはクリアに立ち向かってくれた」

 

フォルゴレはゴームの本を燃やせなかった事を申し訳なく思っていた。しかしキャンチョメがゴームと友達になろうとしてくれたお陰で彼等はクリアと決別する道を選んだ。その結果、クリアはロッキー山脈に不完全な強さのまま置き去りにされている。

 

「そうだの。ところで清麿……」

 

「分かっている。おい、隠れてないで出てきたらどうだ?」

 

ガッシュペアとゴームペアのやり取りを覗き見している者達がいる。ガッシュは自分の嗅覚で、清麿は【答えを出す者】(アンサートーカー)でそれぞれ気付いていたが、敵では無かったのであえて黙っていた。

 

「にゅやぁ、気付いていましたか」

 

森の木には殺せんせー・渚・茅野・カルマが隠れており、彼等は清麿の言葉に従って姿を現した。

 

「高嶺君、今のって死神に協力してた魔物だよね?」

 

「でも、かなりボロボロだったけど……」

 

「下半身が消し飛んでるって……一体どんな魔物と戦えばこんな事に……」

 

ゴームペアは死神に手を貸していた為に彼等は良い印象が無かったが、先程の2人の様子を見て、さすがに同情の念を禁じ得ない。それと同時に、魔物の戦いの過酷さ及び相手の魔物の恐ろしさを容易に想像する事が可能だった。

 

「ゴームとミールは俺達が倒そうとしている魔物クリア・ノートと手を組んでいたが、キャンチョメのお陰で彼等はクリアに立ち向かってくれた……キャンチョメは魔界に帰ってしまったが……」

 

E組の生徒達はわかばパークでキャンチョメと面識があった。全員がキャンチョメと親しくなった訳では無いが、彼が魔界に帰った事を聞いたカルマと茅野の表情は暗くなった。渚はその話を事前に聞いていた為、2人程辛そうにはしていない。

 

「……君達をあまり危険に晒したくは無いのですが、魔界が滅ぶのなら見過ごせないですよね……」

 

ガッシュペアから事情を聞いている殺せんせーには、これから危険な戦い挑もうとする彼等を止める事は出来ない。しかし教師として彼等の命の危機を見過ごしたくは無く、2人の力になれない自分の無力さに先生は苛まれる。

 

「ウヌ、私達はこの戦いに勝ち残らなくてはならない!」

 

「そうだな、俺達は奴を倒す為に特訓をしてきたからな!」

 

そんな殺せんせーを見て、ガッシュペアは強気な表情で言葉を返した。

 

「……ちなみに、その魔物と戦うのっていつ頃になりそうなの?」

 

「それは分からぬ。詳しい日にちは決まってはいないのだ」

 

「だが、ゴーム達がクリアをロッキー山脈に放置してくれている今はチャンスだ。決戦の日はそれ程遠くは無い」

 

カルマが戦いの日程を尋ねる。これに関してはデュフォーにも相談しなくてはならないが、近いうちに戦いが始まるのは明確だ。そんな2人の返答を聞いて、殺せんせーが再び口を開いた。

 

「日時が決まったら連絡を下さい、平日なら学校を休まなくてはならないでしょう」

 

「ああ、分かった!」

 

「了解なのだ!」

 

これまでガッシュペアは長期にわたる魔物の戦いで学校を休んだ時がある。そして今回も例外では無いだろう。しかし教師の立場でありながらも、殺せんせーは快くそれを了承してくれた。

 

「ただし条件が1つ、必ず無事に帰って来なさい。先生との、いいえ……E組の皆との約束です」

 

殺せんせーは穏やかな口調でそう言った。その言動からは2人を心配してくれる優しさ及び、必ず約束を守る様にと言う強い意志を感じさせる。殺せんせーに続いて、渚とカルマも口を開く。

 

「絶対に勝ってきてね!」

 

「頑張ってよ……まあ2人なら大丈夫だって思ってるけど」

 

2人はガッシュペアに激励の言葉をかける。ところがそんな彼等とは対照的に茅野は黙ったままである。そんな彼女の表情は暗くなる一方だ。

 

「……これでお別れとか、無いよね?もし、そんな事になっちゃったら……」

 

彼女は最悪のシナリオを想像していた。ガッシュペアの敗北及び魔界の滅亡、それはガッシュの死を意味する。また今回の戦いでは、魔物では無い清麿もどうなるかは分からない。彼等が無事に戻ってくる保証はどこにも無いのだ。しかし、

 

「カエデ、心配するでない‼私達は必ずクリアを倒して戻ってくる‼それに私達には、頼れる仲間もおる‼」

 

顔色の優れない茅野に対してガッシュが言い放つ。彼等には仲間と共に戦いに勝つ以外の選択肢は無いのだから。そんな強気なガッシュを見た茅野の口角が少しだけ上がる。

 

「……強いな、ガッシュ君は。今までも一直線に困難に挑んで、打ち勝ってきたんだもんね。絶対に帰ってきて!」

 

そして彼女はガッシュに近付いたのち、小指を差し出した。必ず戻ってくると言う約束の為の指切りだ。クラスの仲間が消されてしまうなど、あってはならない事態である。

 

「ウヌ、約束なのだ‼」

 

それを見たガッシュも小指を差し出す。2人の小指を引っ掛け合い、お互いの腕を上下に振る。これで彼等が無事に帰って来てくれる、茅野は指切りのおかげでそう思う事が出来た。その後、彼女はガッシュの頭に優しく手の平を乗せた。

 

「私も、応援してるからね!」

 

「ありがとうなのだ‼」

 

茅野が笑みを浮かべながらガッシュに言葉をかける。その様子を清麿達は微笑ましく見ていたが、カルマが茶々を入れる。

 

「茅野ちゃん、ガッシュ君ばっかりに構ってると高嶺君が嫉妬しちゃうよ~」

 

「今それを言うのか……」

 

「ははは」

 

このような場面でもカルマは冗談を挟んでくる。ガッシュペアの強い意志によって、そんな余裕が出来る程に場の雰囲気は軽くなっているのだ。そんな光景を見た渚は苦笑いをする。

 

「勿論高嶺君も無事に帰ってきてよね!」

 

「分かっている、ちゃんと戻って来るさ‼」

 

茅野は清麿にも言葉をかけた。言われるまでも無く、ガッシュペアには負けは許されない。清麿は強い意志を持って返答する。

 

「……さて、一先ず2人は大丈夫そうなので私は帰ります。日程の連絡の方だけよろしくお願いします!」

 

「ああ、了解した」

 

「殺せんせー、またなのだ!」

 

そう言い残して殺せんせーはその場を超スピードで去った。殺せんせーがいなくなった後、彼等も山を降りてそれぞれ帰路に着いた。

 

 

 

 

 その日の夜、ガッシュペアはデュフォーと共にクリアとの戦いでの作戦を立てていた。

 

「4日後にクリア討伐を決行だ。奴の身体は完全には治っていない、ゴーム達が作ってくれたこの時期を逃す手は無いからな」

 

クリアとの決戦の日程が決定した。当日までに特訓の最後の追い込みや作戦の準備及びイメージトレーニング、仲間との連絡を行い、確実にクリアを仕留められるようにする。このチャンスはゴームペアがクリアに立ち向かってくれたが故に生まれたものでもあり、クリアは異空間内で身を潜める事はもう出来ない。

 

「こっちが動けば、クリアも勝負をロッキー山脈にて受けて立つ考えだろうな。キャンチョメ達の本を消した超長距離砲撃の対策は、多方向からの侵攻にて行う。お前達が乗る飛行機はおとり役となる」

 

敵の術は強力だ。遠距離からも容赦なく攻撃を行ってくる。その対策の為にも、誰かがクリアの攻撃を引きつける役にならなくてはならない。今回はガッシュペアとティオペアがそれを引き受ける。清麿の【答えを出す者】(アンサートーカー)で“攻撃を避けられる答え”及び“攻撃を防ぐ答え”を出し、その指示に従ってティオの盾でクリアの攻撃を防ぐ手はずだ。その間にウマゴンとブラゴが自分の魔力を消してクリアに近付き、奇襲をかける。

 

「デュフォーも【答えを出す者】(アンサートーカー)を持っているが、やはり一緒には来れぬのか?」

 

ガッシュが尋ねた。今のデュフォーは本の持ち主では無くなったが、彼の出す指示は的確だ。それなら戦場でも活躍出来るのではないかとガッシュは考えていたが、清麿がそれを否定する。

 

「ああ、残念ながら“足手まとい”だ。その力があってもパートナーではない人間は狙われる標的となってしまう」

 

清麿の話をデュフォーは無表情で聞く。彼もそれを自覚しており、反論する事はしなかった。敵の攻撃から自分の身を守る術を持たなければ、戦場に出る事は出来ない。

 

「最後にクリアだが、こいつの“完全体の力”は俺の能力でも明確な答えが出ない。そして超長距離砲撃とは別に、もう一つ“隠している力”を持っている。これが今のところ一番の気がかりだが、それに対処する指示も“予測”だがいくつか出した。頑張れよ、ゼオンの……いや、魔界に住む全ての魔物の未来を作ってくれ‼」

 

クリアの持つ未知なる力に対してもデュフォーは対策を立ててくれた。それだけではなく、彼はかつてのパートナーのゼオンのみならず、全ての魔物の身を案じてくれている。そんなデュフォーの懇願を聞いた2人は大きく頷く。そして今日の作戦会議は終了してガッシュペアが部屋に戻ろうとしたが、その前にデュフォーは再び口を開いた。

 

「今から4日間はクリア打倒に専念する事になる。この作戦については俺が他の皆に伝えておくから、お前達はあの超生物に連絡しておけ」

 

「……殺せんせーの事だな!分かったのだ!」

 

「ありがとう、デュフォー」

 

デュフォーはそう言い残して自分が借りている部屋に戻って行った。

 

 

 

 

『4日後ですか……随分急なのですね』

 

「ああ、そして明日からも準備があるから学校を休ませて欲しいんだが……」

 

『……分かりました』

 

 部屋に戻ったガッシュペアは早速殺せんせーに連絡を入れる。いきなりな知らせで少し驚いた殺せんせーだったが、すぐにその事を了承してくれた。そして殺せんせーとの通話を終えたガッシュペアだったが、少しした後に清麿のスマホに律が出現する。

 

「高嶺さん、ガッシュさん……」

 

彼女もまた2人の身を案じており、心配そうな表情を浮かべる。彼女はガッシュペアが必死に特訓に励んでいる様子を時折スマホ越しに覗いており、今回のクリアとの戦いの詳細も分かっていた。倒すべき相手がかなりの強敵であることも。

 

「律、俺達は必ず帰って来る。そして皆で殺せんせー暗殺を成功させよう!」

 

「私もここでE組の皆と別れるつもりは無いぞ!だから大丈夫なのだ!」

 

ガッシュペアは強気な表情で言い放ったが、律から不安が消える事は無い。そして彼女もまた、言葉を発した。

 

「2人が明日から学校を休む事は殺せんせーに言われてE組の皆さんに伝えておきました。そして皆さんからのメッセージを受け取りました、“必ず無事に帰ってきて、応援してるから”と。そしてこれは私からのメッセージでもあります。私も友達を失いたくないですので」

 

ガッシュペアが明日から学校を休む事は既にE組全体に広まっている。そしてE組一同は同じ事を考えていたようである、律を含めて。それを聞いたガッシュペアの口角が上がる。

 

「「当然だ‼」」

 

クラスメイトの応援を聞いて、彼等の心は高ぶった。自分達の為にこれだけ多くの者達が応援してくれているのだから。そんな2人を見て、ようやく律から不安の表情が消えた。彼女は機械でありながら、極めて感性豊かである。

 

 

 

 

 その頃、殺せんせーは某国の豪邸の屋根にて寝る支度をしながら、ガッシュペアの身を案じていた。

 

「さて、そろそろ2人に律さんのメッセージが行き届いている頃でしょうかね。彼等は非常に危険な戦いに臨もうとしている……助けに行きたいのは山々なのですが、他の生徒の為の授業もありますからね。それに、渚君の3者面談も」

 

殺せんせーの戦闘能力があれば魔物の戦いでも役立てる可能性はかなり高い。クリアノートと言えども、ノーリスクでマッハ20の速度を出せる超生物を相手取るのは容易では無いだろう。しかし殺せんせーは彼等の為だけに授業を放り出す訳にはいかない。それに、渚の母親との3者面談も控えている。渚が広海に自分の言いたい事を伝えた結果、3者面談を行う事になったのだ。

 

「こんな時、あなたならどうしますかね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雪村先生」

 

雪村先生、殺せんせーが椚ヶ丘に来る前にE組の担任だった女性である。彼女のお陰で殺せんせーはE組で先生をやる事になったのだが、2人の関係が明かされるのは先の話だ。

 

 

 

 

 クリアとの戦いの当日、ガッシュペアとティオペアは出発の為に空港に来ていた。ナゾナゾ博士とアポロが手配してくれたジェット機にてロッキー山脈に向かい、クリアを倒す。その為の空路も2人が準備してくれた。そして空港にはナゾナゾ博士とアポロだけでなく、アシュロンのパートナーであるリーンも見送りに来てくれている。

 

「では、行ってくるのだ」

 

「頼んだぞ。今回の戦いは今まで共に戦った仲間にも連絡をしておいた。全ての者がお主達の勝利を願っておる。そしてこの決戦は知らずとも、かつてパートナーであった魔物の身を案ずる者は多い。どうか……頼む……」

 

ナゾナゾ博士が代表して激励の言葉を述べてくれたが、彼もまたかつてのパートナーのキッドの事を大切に思っている。それはアポロ及びリーンも同様だ。魔界のみならず、そのパートナー達の思いに応える為にも、清麿達は勝たなくてはならない。

 

「行ってきます。そして……必ず勝利して帰ってきます」

 

恵が姿勢を整えて強気に言い放った。彼女の言葉こそが、クリアとの戦いに挑む者達の総意である。そして彼等はジェット機に乗り込んだ。魔界の滅亡をかけた激戦が今始まる。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。クリアノートとの戦いを本小説のどこで入れるかは、結構悩みましたね。


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LEVEL.57 仲間の時間

 クリアとの戦いが始まります。よろしくお願いします。


 余談ではあるが、清麿達の乗るジェット機のパイロットは【マジョスティック12】の司令塔のテレパシス・レーダーとビッグ・ボインが務める。一行はロッキー山脈を目指すが、飛行機内の空気が重い。

 

「作戦の事は聞いてたけど、私達っておとりなのよね……」

 

特にティオの顔色が明らかに優れない。先日の件で吹っ切れたように思われたが、完全に不安を払拭するには至らなかった。そんな彼女の前にガッシュが歩み寄り、その両手を自分の手で握る。

 

「ティオ、そんな顔をするでない‼この場面はお主の盾が鍵になるのだ‼それに皆もついておるぞ‼」

 

いきなりガッシュに手を握られたティオは困惑する。自分を励ましてくれているのは分かるが、彼女は顔を真っ赤にして狼狽する。

 

「え……ちょっと……いきなり……」

 

「ウヌ、どうかしたかの?」

 

しかしガッシュには、ティオが何故このような反応を見せるのかが分かっていない。そんな光景を清麿と恵が暖かい目で見ている。そしてガッシュの言動に対してついにティオが限界に達して、彼の手を振りほどいた。

 

「急に手を握らないでよ‼ビックリするじゃない‼……分かってるわよ、やれば良いんでしょ⁉」

 

「そんな、怒らずとも……」

 

ティオの心から不安が消えた瞬間だ。彼女は顔を赤くしながら言い放ったが、ガッシュにはそれが怒っている様にしか見えない。仲の良い2人だ。清麿と恵も相変わらずそんな彼等を見守る。

 

 それから少しした後、ガッシュが何かを感知した。

 

「来る、クリアの術が来るのだ‼だがこれは……キャンチョメ達を襲った術ではない‼飛んでいるそのものに“意志”を感じるのだ‼」

 

ガッシュの魔力を感じたクリアが術を発動させた。その名は“シン・クリア・セウノウス・バードレルゴ”。牙の生えたくちばしと大きな腕を持つ巨大な鳥の骨のような姿をした術であり、術自体が意志を持つ。残り4~50分程で飛行機と接触してしまう為、清麿は【答えを出す者】(アンサートーカー)にてその対処法を考える。

 

 

 

 

 その頃、アメリカ合衆国の某州には数日前から烏間先生が出張で訪れている。先生は出張先に向かう為に徒歩で街を歩いていたが、上空を何かが超スピードで通り抜けていく感覚に襲われた。

 

(今のは何だ?まさかあのタコが抜け出して……いや、それにしては嫌な感じがする。そういえば今日まで高嶺君とガッシュ君が休みを取っていたな、魔界を滅ぼす魔物との戦いの為に。それと関係があるのか……)

 

烏間先生が感じた物こそバードレルゴである。彼もまたE組にて非日常的な体験をしており、超スピードで飛び回るクリアの術からにじみ出る何かを感じ取れた。

 

(胸騒ぎがする。2人共、無事に帰ってきてくれよ‼)

 

他のE組の面々と同様に、烏間先生もまたガッシュペアの身を案じる。

 

 

 

 

 バードレルゴ発進より48分後、ガッシュペアは術が間もなく飛行機に衝突する事を感じ取る。ガッシュは魔力感知で、清麿は【答えを出す者】(アンサートーカー)でそれに気付き、清麿はティオペアに術を出させる合図をした。

 

「今だ‼」

 

「チャージル・セシルドン‼」

 

巨大な盾が飛行機の前に出現し、バードレルゴと衝突した。ティオの盾もシン級の術を受け止められる程に強くなっているがクリアの術はまだ生きている。その術が体制を立て直すと盾を自らの両腕で掴み、飛行機を落とそうとする。いきなり絶体絶命かと思われたその時、何者かがバードレルゴを弾き飛ばした。

 

「何が起こったの⁉」

 

「この魔力は……」

 

「来てくれたんだ……ウマゴン‼そして、サンビームさん‼」

 

バードレルゴを弾き飛ばしたのは新たな術の“シン・シュドルク”によって体が通常の何倍にも大きくなり、巨大な角とブースターの付いた強力な鎧によって空中を動けるようになったウマゴンだ。サンビームはウマゴンに乗りながら指示を出していたが、彼は空中にも関わらずウマゴンから飛び跳ねる。

 

「え、サンビームさん大丈夫なの⁉」

 

「ウマゴンと心が通じ合っているから問題ない‼完璧なコンビネーションだ‼」

 

これ程リスクの高い行動が出来るのは、ウマゴンペアがお互いを信用しきっている為だ。飛行機の中で見ていた恵は驚いたが、清麿はこのペアなら大丈夫だという答えを出す。

 

「グル‼グル‼グル‼グル‼」

 

 一方空中ではサンビームの掛け声に合わせてウマゴンは超スピードでバードレルゴに攻撃を仕掛ける。ウマゴンは小回りを利かせて動き回る事で、バードレルゴの反撃を許さない。日本でこの術を使った時は満足に使いこなせていなかったが、今はクリアの最大級の術相手に優位に立ち回れる程にウマゴンペアは成長していた。

 

「グルーービーー‼」

 

ウマゴンの強力な一撃は、バードレルゴを海の水面に突き落とす。それでもウマゴンは攻撃を辞めようとせず、バードレルゴの尾に嚙みついて持ち上げる。

 

「AAAA‼RO‼CKUU‼NNN‼ROOOOLL‼」

 

サンビームの叫びに合わせて、ウマゴンはバードレルゴを岩石海岸に叩き付けた。彼のシン級の術により、スピードだけでなくパワーも強大な物になっている。そしてウマゴンは完璧なコンビネーションによって空から降りるサンビームを自分の背中に乗せた後、飛行機に乗る清麿達と目を合わせる。

 

「バアアアア‼」

 

しかしバードレルゴはまだ動きを止めない。クリアの意志を感じ取って本気で敵を消しにかかろうとしている。ウマゴンペアはそれに立ち向かおうとしたが、ガッシュペアは冷や汗を掻く。

 

「清麿、あれは⁉」

 

「いかん!今の奴は消滅の力を纏っている、それもウマゴンのシン級の鎧をも消してしまう程に強力だ‼」

 

清麿達は飛行機の中でウマゴンペアを見守りながら、彼等がその事に気付くのを祈る。この距離では直接伝える事も出来ない。しかし、そんな彼等の思いを感じ取ったかのようにウマゴンはバードレルゴと接触する寸前で避ける。しかし完全にかわし切る事は出来ない。ウマゴンの角と鎧の一部は消滅する。その後も彼等はクリアの術から逃げ続けるが、ティオペアがウマゴンの異変に気付いた。

 

「今は何とか逃げれてるけど、これってマズいんじゃ……」

 

「ウマゴンの体がボロボロになってるわ」

 

シン・シュドルクは強力な術だが、術者にかかる負担が非常に大きい。このままではウマゴンの命にも関わってしまう。それに比べてバードレルゴは強大な消滅の力を纏う事で自らの体が朽ちてきているが、体が失われる程にその速度は増す。このままウマゴンペアが逃げ切れればバードレルゴは消えてなくなるが、それは容易な事では無い。

 

「ウマゴンとサンビーム殿、頑張るのだ‼」

 

「ガッシュ‼何時でもウマゴン達を助けられるように、絶対に目を離すなよ‼」

 

「ウヌ‼」

 

ガッシュ達がウマゴンペアを応援する中、清麿は彼等を援護出来る最善のタイミングを見計らう。そんな中で術の副作用に苦しめられるウマゴンペアは絶体絶命と言っても差し支えない状況だが、ここで彼等の特訓の成果が活かされる。それは、アフリカで野生を経験した事によって手に入れた“生”への執念。そのお陰でウマゴンは限界を超えたエネルギーが体中にめぐらされる。そして見事にバードレルゴから逃げ切ったと思われた。しかし、

 

「清麿‼」

 

「……ガッシュ、外に出るぞ‼」

 

首だけになったバードレルゴが最大限の速度でウマゴンペアに食らいつこうとする。このままでは彼等に逃げ道は無い。しかし清麿はそんな彼等に道を作る為の答えを出し、ガッシュのマントに乗って飛行機の外に出る。

 

「ウマゴン‼」

 

「ジオウ・レンズ・ザケルガ‼」

 

ガッシュペアが電撃の鱗を持つ蛇を召喚する。そしてバードレルゴの首に穴をあける為にそれをぶつける。術を発動させた場所はウマゴンペアから離れていたが、ガッシュの声にウマゴンは気付く。そしてウマゴンはガッシュの術の巻き添えを喰らわないように鎧を自分達を包む流線形に変形させる。その後にガッシュペアの作った道に一直線に出て、無事にクリアの術から生き延びた。

 

 

 

 

 バードレルゴ消滅後にウマゴンペアもまた飛行機に乗り込み、ウマゴンはティオのサイフォジオのよって元気を取り戻す事が出来た。しかし先程の戦いで飛行機のエンジンが一機止まってしまう。よって次の攻撃に耐えられる保証が無くなった為、ウマゴンがシン・シュドルクを使用し、清麿達を乗せてロッキー山脈に向かう事となる。

 

「皆‼これよりクリアの砲撃空域に入る‼ウマゴンの速さとティオの盾、持てる力を全て出して突破するぞ‼」

 

清麿の掛け声と共に、全員が気合を入れ直す。彼等とクリアの距離が縮まった為、クリアは超長距離砲で清麿達を狙う事が可能となる。この術“シン・クリア・セウノウス・ザレフェドーラ”もまた意思のある術で、クリアが消滅波を放出する砲台とその砲撃手及びクリアが狙いを定める為のヘッドギアを召喚する。その精度は正確無比で、狙った獲物は逃さずに確実に消滅波で滅ぼす。

 

「ウマゴン‼鎧を変形させて、皆の体をホールドするんだ‼」

 

「メル‼」

 

サンビームが指示を出すと、ウマゴンの鎧が清麿達の足に絡みつき、そのまま彼等を固定させた。その後清麿が術を出すタイミングをティオペアに指示しようとしたが、恵は砲撃の弾数と方向の大まかな指示のみで大丈夫だと断言した。彼女達も特訓を積み重ねており、完璧なコンビネーションでクリアの攻撃を防ごうとする。そして、

 

「来るぞ、前方正面の斜め上から1発‼」

 

清麿の言う通りにクリアの砲撃が近付いてきたが、ティオペアはそれを恐れない。彼女達は共に特訓を乗り越えた事で、お互いの息はピッタリだ。

 

「「チャージル・セシルドン‼」」

 

ティオペアはそれぞれ盾の名前を叫ぶ。術を出すタイミング、盾の角度、砲撃の勢いの殺し方及び消し方、全てが完璧だ。その後もクリアの砲撃は何発も彼等を襲うが、ティオペアは見事にそれを防いで見せる。

 

(私の力で、皆を守るんだ‼)

 

しかしクリアの砲撃も苛烈になる。弾数が増えてきているのだ。いかにチャージル・セシルドンが強くても、盾1つで防げる攻撃には限界がある。ところが、

 

「リマ・チャージル・セシルドン‼」

 

恵が新たな呪文を唱えた。この術は2つのチャージル・セシルドンを出現させて、ティオがそれぞれ片手で盾を操る。これならより多くの攻撃を同時に防ぐ事が出来る。しかし片手で相手の攻撃を受け止める事になる為、ティオの負担もかなり大きい。実際に彼女の両腕にはダメージが蓄積されている。

 

「ティオ、大丈夫かの⁉」

 

ティオの腕の怪我にガッシュが気付く。彼女のダメージが大きくなってもクリアの砲撃が止む事は無い。しかしティオは強気な態度は崩さない。

 

「大丈夫よ‼それより恵、砲撃は私達で全てはね返す‼良いわね⁉」

 

「はい‼」

 

「クリアに辿り着くまでガッシュには傷1つ負わせない‼ガッシュには、私達の明日を作ってもらうんだから‼」

 

ティオはキャンチョメの本が燃やされた事で不安と恐怖に飲まれかかっていたが、ガッシュのお陰で明日への希望を取り戻す事が出来た。ガッシュなら魔界を救ってくれる、彼女はそう確信している。そして彼等は陸に辿り着く。

 

 

 

 

 その頃E組では通常通り授業が行われていたが、生徒一同どこか上の空で、あまり集中出来ていない。

 

「皆さん、心配なのは分かりますが今は授業に集中して下さい」

 

彼等はガッシュペアの身を案じており、更に放課後には渚の3者面談が控えている。広海が渚をE組から抜けさせる為に3者面談を希望したのだ。ガッシュペアが無事に帰ってきてくれるのかという心配及び渚がE組を抜けてしまうのではという不安で、内心授業どころではない。しかし、

 

「殺せんせー、そこの板書間違ってますよ」

 

「にゅやっ⁉」

 

「先生こそ、間違い多くない?」

 

「かたじけない……」

 

磯貝が殺せんせーのミスを指摘する。しかも倉橋が言うように1度や2度ではない。心配事で授業に専念出来ていないのは、殺せんせーも同じだ。

 

(高嶺君とガッシュ君、大丈夫かな?それに、僕の親の事も……)

 

渚もまた今後の事を考えて顔を暗くする。今日のE組の空気はいつもより重い。

 

 

 

 

 場面は清麿達に戻る。彼等は無事に陸まで到着出来たが、何とザレフェドーラの砲身がそのまま射出された。至近距離からの射出による消滅波の威力は計り知れず、ガッシュペアがバオウ・ザケルガを発動させようとしたが、ティオがそれを止める。

 

「バオウだと砕かれた消滅波が下にいる人達に行くかも知れない、それは絶対にダメ‼」

 

清麿達が陸に辿り着いてからは、クリアは一般人も巻き添えにしかねないような砲撃を放つ。しかし魔物の戦いで無関係な人々が傷付く事は、彼等にとっては許されない。また、ティオが自分で攻撃を受け止めようとした理由はもう1つある。

 

「ガッシュと清麿には、万全の状態でクリアの元に行って欲しいの」

 

クリア程の強敵が相手なら、完璧なコンディションで戦いに向かわなければ勝負にならない。ティオはそれが分かっており、ガッシュペアを万全な状態で辿り着かせたかった。

 

「恵‼」

 

「はい‼チャージル・セシルドン」

 

ティオペアは盾を発動させたが、この規模の術をまともに受け止めればティオ自身もただでは済まない。清麿達もそれを理解しており、全員が苦虫を嚙み潰したような顔をする。そしてクリアの砲身がティオの盾に接触し、超強力かつ超広範囲な消滅波が放たれた。

 

(恵、清麿、ガッシュ、ウマゴン……皆と楽しく過ごせる明日をガッシュが作ってくれたから‼だから私も……)

 

クリアの攻撃と最強の盾とのせめぎ合いは壮絶だ。衝撃まで完全に抑える事は叶わない。しかしティオの守りたい心が最大限に発揮されたチャージル・セシルドンは、見事にクリアの攻撃を防ぎ切る。その後、彼女の意識は途切れた。

 

 

 

 

 ティオが目を覚ますと体は地上についており、涙を流す清麿達に自分が取り囲まれていた。また恵が大声で彼女の名前を泣き叫んでいるのを聞いて、自分の本が燃えた事を察した。

 

「(皆、無事だ……)恵……あり、がと……」

 

「ティオ‼ティオ‼」

 

「そんなに泣かなくても大丈夫よ……後はガッシュ達に任せれば……」

 

顔が崩れる程に泣きわめく恵とは対照的に、自らの本が燃えたのにも関わらずティオは落ち着気を見せる。それどころか皆を守りきれた事やパートナーにお礼を言えた事で、安堵の表情をする。

 

(皆と別れるのは確かに寂しい……でも……)

 

そんなティオも寂しいと思う気持ちはあった。しかしそれ以上に彼女は安心していた。ここで自分が倒れてもガッシュが戦いに勝って新しい明日を作ってくれるのだからと、彼女は確信している。だからティオは別れる寂しさはあっても不安の感情は持ち合わせていない。

 

「ガッシュ、今までありがとう……後はお願いね……」

 

「分かっておる‼クリアは必ず倒すのだ‼」

 

ティオの意志はガッシュに引き継がれる。ガッシュは涙を流しながらも宣言する、魔界は自分が守ると。

 

「ガッシュ、じゃあね……また、明日」

 

「ウヌ‼また明日なのだ‼」

 

“また明日”、ティオは再びその言葉を口にする事が出来た。仲間たちは大粒の涙を流しているが彼女には不安の気持ちは無く、安らかな顔で魔界へ帰って行った。

 

 ティオが魔界へ帰って少しした後、ガッシュがザレフェドーラの力が消失した事に気付く。術の本体が清麿達目掛けて発射されようとしたが、ブラゴのシン級の術がそれを阻止したのだ。

 

「急ぐぞ、清麿‼」

 

「ああ‼」

 

ガッシュペアは前に進もうとした。ティオは魔界へ帰り、ウマゴンは術の反動で体がボロボロ。もう自分達しかブラゴペアと共にクリアと戦う事が出来ないのだから。しかし、

 

「メル、メルメルメ~~~‼」

 

「2人共ウマゴンに乗ってくれ‼私の心の力では“ゴウ・シュドルク”が限界だが、それでもガッシュが清麿を背負うよりも何倍も速く走れる‼今は少しでも早くブラゴ達の下に駆け付けなければならない‼違うか⁉」

 

サンビームは呪文を唱える。今ブラゴ達と共にクリアを倒せなくては、魔界を救うチャンスは2度と訪れない。ウマゴンが満身創痍であっても、彼に乗せてもらう方がブラゴペアと共にクリアを倒せる確率は上がる。ガッシュペアには迷う時間すらない。そして2人はウマゴンの背中に乗り、クリアの元に向かう。

 

 

 

 

 彼等はブラゴペアの応援に向かうが、ウマゴンの体が崩れ始めた。“シン”の術の反動が非常に大きく、本来は動ける状態ですら無かったのだ。

 

「ウマゴン……お主とは魔界の王の座をかけて、正々堂々と戦いたかった……」

 

ガッシュの願い、共に魔界の王を目指す為に死力を尽くしてせめぎ合う。しかしその願望は、クリアの手によって潰された。彼はそれが非常に悔しかったが、その思いを察したウマゴンは笑みを見せる。そして一層出力を上げて、クリアの元へと走る。

 

「メルメルメ~~‼」

 

ウマゴンはガッシュとの過去を思い出す。彼はかつて、自分の上に他の魔物が乗る事が気に食わなかった。そんな彼の事などお構いなくガッシュはウマゴンと友達になろうとするが、当然それは拒絶される。ある日、ウマゴンの父親が毒蛇にかまれた。薬を買う必要があるが、ウマゴンは言葉を話せない。しかし偶々近くにいたガッシュが事情をウマゴンの父親から聞いて、共に薬を買いに行ってくれる事になった。自分が散々拒絶してきたガッシュは迷う事なく手を貸してくれた。それを機にウマゴンはガッシュと仲良くなり、誰かを背中に乗せる喜びを感じる事が出来た。

 

 

 

 

 ガッシュペアとウマゴンがクリアの元に駆け付ける一方で、サンビームは本からウマゴンの体が限界まで来ている事を感じ取る。そして彼は恵に頼んでウマゴンの本を燃やしてもらう。

 

「スマン、ウマゴン……よく頑張った……」

 

サンビームも恵も涙を流しながらの決断だ。しかしサンビームは悲しい気持ち以上に、ウマゴンがここまでやり遂げた事を誇らしく感じていた。

 

 

 

 

 ウマゴンは体が透けながらもガッシュペアを乗せて走り続ける、自分の母親の言葉を思い出しながら。“もし魔界の王様になれなくても、本当に助けたいと思える人を助けられたら、それは王様になるよりも幸せな事だ”と。今の彼はそれを実現出来ている。だから体中が激痛を襲おうとも、ウマゴンが笑みを絶やす事は無い。

 

「ウマゴン……ウマゴーーン‼」

 

ガッシュの叫びと共にウマゴンは魔界へ帰って行く。2人は涙を流すが、足を止める時間は無い。ティオとウマゴンがここまで頑張ってくれたお陰で、ガッシュペアは万全な状態でクリアの元に辿り着ける。彼等の為にも、進むしかないのだ。

 

「乗るのだ、清麿‼」

 

ガッシュがマントを広げる。それに清麿が乗ろうとしたその時、彼等の隣を風が走る。そこには、本来いるはずのない者がいた。

 

「「な……どうして……」」

 

その存在を見たガッシュペアは言葉を失う。嬉しいとかそのような気持ちよりも、驚きの感情が彼等を襲った。そして目の前にいるその者は口を開く。

 

 

「来るのが遅くなったのは申し訳ありません。ここからは私も力を貸します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

“マッハ20”の速度ですぐに君達を目的地に連れて行きます、乗りなさい」

 

「「殺せんせー‼」」

 

彼等の元には、今も校舎で授業を行っているはずの暗殺対象が現れた。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。ティオとウマゴンが還る前に殺せんせーが助太刀に入る構想も考えましたが、あんまりしっくり来なかったので、クリアとの直接対決の直前に先生が来てくれる流れにしました。


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LEVEL.58 激闘の時間

 少し時間に余裕が出来たので、今回は早めに投稿します。よろしくお願いします。


 時は少し遡る。椚ヶ丘での昼休み、生徒達の話題はガッシュペアの事で持ち切りだ。

 

「皆さん。2人が心配なのは分かりますが、しっかりと昼ご飯を食べて午後の授業に備えましょう」

 

殺せんせーはそう言うが、誰も昼食に手を付けようとはしない。全員がガッシュペアの事が気がかりで、昼食がのどを通る心境ではない。そんな時、

 

「ねぇタコ、アンタがガッシュ達のところに行って来てあげれば良いんじゃないの?」

 

「「「「「⁉」」」」」

 

ビッチ先生が驚くべき発言をする。彼女の主張はこうだ。今は烏間先生及びその部下達が出張でいない状態で、E組及び殺せんせーの事はビッチ先生に一任されている。さらに昼休み明けからは彼女の授業であり、それが終わるまでに殺せんせーが戻ってこれば問題ない。仮に間に合わなくても、多少の授業の遅れなど殺せんせーならすぐに取り戻す事が可能だ。それに今は生徒達も集中出来る状態では無い為、このまま漫然と授業を行うよりも合理的であると。

 

「3者面談にしたって、アンタが間に合わない場合は私が引き受ければ問題ない。カラスマがいない以上、アンタが変装するかの2択だからね」

 

ビッチ先生の提案を聞いた殺せんせーは生徒達の方を見る。いくら2人が心配であるとは言え、他の生徒達を放置して良いのかと疑問を抱く殺せんせーだったが、生徒全員が先生を見て頷いてくれた。

 

「殺せんせー、行って下さい!」

 

「これは私達の総意です!」

 

クラス委員の磯貝と片岡の言葉に他の生徒も賛同する。早くガッシュペアの助けに向かって欲しい、ここで2人とは別れたくないのだと。それを見た殺せんせーの口元がいつも以上にニヤけた。先生も2人のところに向かいたい様子だ。

 

「皆さん、ありがとうございます!ではイリーナ先生、私がいない間、よろしくお願いします!」

 

そう言って殺せんせーはマッハ20でロッキー山脈に向かった。先生の嗅覚があれば、ガッシュペアを探す事も難しくない。殺せんせーが2人の助太刀に向かったことにより、クラス内では一気に安心感が広まった。

 

「ビッチ先生、良いこと言うね~」

 

「別に、今の教室の雰囲気に耐え切れなくなっただけよ(これでデパートに付き合ってもらった借りは返したわ。2人共、戻って来なかったら承知しないから)」

 

倉橋に褒められた事に対して、ビッチ先生は少し顔を赤くした。口には出さないが、内心では彼女も2人の事を心配している。しかしその事を他の生徒達にもからかわれてしまう。また渚の3者面談をビッチ先生が行う場合に備えて模擬練習が行われたが、ビッチ先生がディープキスの事を口走り、渚の母親役を演じた片岡の逆鱗に触れたのは別の話だ。

 

 

 

 

 時は戻る。ガッシュペアは殺せんせーに乗ってクリアの元に向かう。少しでも早くブラゴペアと合流して、共に敵を倒す為に。

 

「相変わらずの速さだな、これならすぐに辿り着ける‼」

 

「ウヌ‼ありがたいのだ、殺せんせー‼」

 

「ええ、皆さん君達を心配していますからねぇ!生徒が命を懸けなくてはならない場面なら、私も同じに命を懸けます‼」

 

殺せんせーの言葉は大袈裟などではない。自分達の命を懸けて魔界を守ろうとしているガッシュペアを見て、自らも文字通りそうしようとしているのだ。生徒達のリスクを軽減させる為に。彼等は何としてもこの戦いを勝ち残らなくてはならない。そして、

 

「待った、殺せんせー‼」

 

清麿の掛け声で殺せんせーが止まる。ここから離れた場所で、クリアがブラゴ目掛けて呪文を発動させていた。彼等の戦いは既に始まっている。クリアの呪文“ディオガ・ランズ・ラディス”は消滅の力を纏った巨大な槍だが、清麿は【答えを出す者】(アンサートーカー)にてこの術の相殺はバオウ・ザケルガが最適であると答えを出していた。“ディオガ”の名前は付いているが、この術の威力はガッシュペアの最大呪文で相殺しなくてはならない程に強力だ。

 

「バオウ・ザケルガー‼」

 

ガッシュの口から巨大な電撃の龍が放たれ、消滅の槍を喰らいつくした後にそれは消える。クリアの術を見事に打ち破ったガッシュペアだったが、2人を乗せている殺せんせーが明らかに動揺していた。

 

「ちょっと待ってください2人共……こんな術を持ってるなんて、先生聞いてませんよ……あんなのモロに喰らったら……」

 

初めてバオウ・ザケルガを目の当たりにして、その威力に驚いている様子だ。殺せんせーの再生能力を以てしても、この術をまともに喰らえばただでは済まない。顔を青くしながらテンパる殺せんせーをガッシュペアは何とも言えない表情で見つめていたが、ここまで力を貸しに来てくれた先生に対して強くは突っ込めない。

 

「こ、殺せんせー……」

 

「は、つい……」

 

清麿に声をかけられた殺せんせーがようやく落ち着きを取り戻す。

 

 

 

 

 そして先生は2人を乗せてブラゴの後ろの少し離れた所に辿り着いた。

 

「よお、遅かったじゃねーか‼ガッシュ‼清麿‼」

 

クリアとブラゴの戦いは明確にブラゴが劣勢だったが、彼はガッシュペアの到着まで力をセーブして戦っていた。クリアを倒す為の共闘を最優先する為に、敵を片付けるチャンスを伺っていたのだ。そして彼等は到着したのだが、

 

「「……誰だ⁉」」

 

ブラゴペアは殺せんせーを見て驚愕する。魔物とは無関係にも関わらず、その超生物の容姿はあまりにも現実離れしているので無理もない。

 

(なるほど、死神が殺したがっていた超生物も来たか。だが関係ない、邪魔者はまとめて消し去るのみ)

 

一方でクリアは死神から殺せんせーの情報を得ており、それほど驚きを見せなかった。

 

「高嶺君とガッシュ君の先生ですよ。生徒の危機には教師は力を貸すものです‼」

 

「2人共‼説明している暇はないが、殺せんせーは俺達の味方だ‼」

 

清麿の言葉を聞いて、ブラゴペアはそれに納得するように頷く。彼等は全面的に清麿を信用しているのだ。

 

「なら、助太刀をお願いしようかしらね」

 

「勿論です、美しいお嬢さん!」

 

「「な……」」

 

殺せんせーは軽口をたたきながら超スピードでクリアに突っ込み、その周りをマッハ20の速度で飛び回る。殺せんせーは事前に清麿から、“自分達には構わずにクリアを攪乱してくれ”と指示を受けていた。つまり清麿は殺せんせーにおとり役を頼む事になるが、先生ならそれを無事にやれるという信用でもあった。殺せんせーはそれを分かった上で承諾してくれたのだ。ちなみに殺せんせーの言葉を聞いたブラゴペアは複雑な心境になる。

 

(この超生物、アシュロンのシンとどちらが速いか。動きが変則的だな、完全に見切るのは容易では無いが……)

 

「ラージア・ラディス‼」

 

「にゅやっ‼」

 

ヴィノーが呪文を唱えると、クリアの周りから広範囲の消滅波が放出される。並の敵ならこれだけで避ける事も叶わずに跡形もなくなりかねない。しかし、殺せんせーは見事に攻撃の範囲外に逃れる。そして消滅波の放出が終わると、ガッシュとブラゴがクリアを挟み撃ちにした。

 

(やはりあの超生物はおとりか……)

 

しかしクリアには動揺する様子が無い。2人の攻撃を真正面から受けるつもりだ。

 

「テオザケル‼」

 

「ザング・マレイス‼」

 

「バ・スプリフォ‼」

 

広範囲の電撃と重力の刃がクリア目掛けて放たれる。どちらも中級呪文以上の威力のある術だが、クリアの術にかき消されてしまった。クリアの術は大きく分けて物体を消滅させるラディス系と、呪文を消滅させるスプリフォ系の2つに分けられ、どちらも非常に強力だ。そしてクリアが呪文を出し終えたと同時に上空にいる殺せんせーも触手で攻撃を仕掛けようとするが、

 

「バ・ランズ・ラディス‼」

 

クリアの全身から複数の消滅の槍が放たれる。ガッシュはマントで防ぐことで直撃は免れる。ブラゴと殺せんせーも少しかすったが、それ程のダメージは受けていない。しかし彼等はクリアと距離を取らされる。近付く事すら難儀だ。

 

「少しは期待したのだが……まさか、この程度ではあるまいな?」

 

クリアは修行を積んできたガッシュ及びブラゴ、そして助太刀に来た殺せんせーを相手にしてもなお、余裕の態度を崩さない。実際にクリアは、彼等相手にまともなダメージを受けていない。しかしガッシュ・ブラゴ・殺せんせーの目には闘志が宿っている。そしてガッシュは多くの者に魔界の未来を託されてきた事を思い出す。

 

「清麿‼」

 

ガッシュが叫ぶ。これが彼等の実力な訳が無い。ここからが本当の勝負所だ。

 

「ブラゴ‼シェリー‼」

 

清麿が2人の名前を呼びながらハンドサインを出す。ブラゴペアはそれを見て即座に次に何をすべきかを理解する。そしてガッシュとブラゴが再びクリアを挟み撃ちにした。

 

「アム・ド……」

 

それを見たヴィノーが呪文を消滅させる術を出そうとしたが、それは失敗に終わる。ヴィノーを覆うバリアを、殺せんせーの触手が掴んでいた。

 

「ヌルフフフ。君には少しの間、目を回してもらいます!」

 

「うわああああ‼」

 

殺せんせーはバリアごとヴィノーを振り回す。これではヴィノーも満足に呪文を唱える事が出来ない。クリアは呪文無しでガッシュとブラゴを相手取らなくてはならなくなる。

 

「おのれ‼」

 

「ニューボルツ・マ・グラビレイ‼(あの超生物のお陰で、呪文を唱える事に専念出来るわ)」

 

ブラゴが重力の球を出現させると、クリアはそこに吸い寄せられて身動きが取れなくなった。強大な重力は動きを封じるのみならず、クリアの体にダメージを蓄積させる。呪文が使えないクリアがこの重力から逃れるのは容易では無い。

 

「エクセレス・ザケルガ‼」

 

ガッシュから巨大な電撃の光線が放たれた。それはブラゴの術の重力に吸い寄せられ、クリアを襲う。

 

「ぐああああ‼」

 

電撃を避ける事も防ぐ事も出来ず、クリアはそれをまともに喰らった。クリアが攻撃を受けた瞬間、清麿が再びシェリーにハンドサインと掛け声にて指示を出す。そしてシェリーは次に何をすべきかを即座に判断し、今出している術を解いた。

 

「ディオガ・グラビドン‼」

 

先程とは異なる大きな重力球がブラゴから放たれ、電撃を真正面から受けているクリアの背中にそれはぶつけられる。クリアはディオガ級以上の術2つを同時に喰らい、大ダメージを受ける。通常のディオガ級の術であれば気にはならないが、ガッシュもブラゴも特訓で力を付けており、術の威力も大幅に増していた。

 

「ぐぅ、バカな……」

 

呪文が使えないクリアは、ガッシュとブラゴのコンビネーションを相手にハッキリ劣勢だ。このまま畳みかけたいところであるが、殺せんせーがヴィノーを解放していた。

 

「これ以上振り回すとこの子の脳に影響が出かねません」

 

彼等の目的は魔界の滅亡の阻止であり、クリアやヴィノーの命を奪う事では無い。よってこれ以上ヴィノーを振り回す事で彼女の平衡器官に影響を及ぼす展開は避けたい。殺せんせーはヴィノーを解放した後、クリアに触手で攻撃を仕掛ける。

 

「小賢しい真似を‼」

 

「リア・ウルク‼」

 

「にゅやッ!これをかわすとは……」

 

触手の一撃は、紙一重でクリアに避けられる。殺せんせーは触手で追撃を仕掛けるが、これも見切られる。殺せんせーの超スピードに対し、クリアは自らも速度強化の呪文を使用する事でスピード勝負を繰り広げる。その時、

 

「アム・グラナグル‼」

 

重力によって強化されたブラゴの腕による打撃が、クリアを襲う。しかし、クリアはこの一撃もかわして見せた。殺せんせーの方に意識が向かっていても、ブラゴへの警戒は怠らない。今のクリアの隙を付くのは容易では無い。

 

「バ・ランズ・ラディス‼」

 

クリアの全身から再び消滅の槍が放たれる。殺せんせーとブラゴはギリギリでこれをかわす。しかしクリアは、ある事に気付いた。

 

(待て、ガッシュは何処だ⁉)

 

彼の視界からガッシュが消えている。クリアは決して警戒を緩めていない。しかし殺せんせーとブラゴと言う強敵2人を同時に相手取る事で、ガッシュへの注意がほんの少しだけ逸れた。今のガッシュは魔物であると同時に暗殺者である。暗殺者相手に注意を逸らす事は命取りだ。ガッシュはクリアの後ろに潜伏していた。

 

(バカな、いつの間に⁉)

 

クリアが後ろを振り向いてガッシュの存在に気付くが、手遅れだ。呪文を唱えるヴィノーがガッシュの存在に気付いていない。よってクリアは呪文無しに懐まで飛び込んできたガッシュを相手取らなくてはならない。

 

「ラウザルク‼ナイブス・ザケルガ‼」

 

「うおおおお‼」

 

清麿が呪文を唱えると、ガッシュの右腕に電撃のナイフが握られる。それと同時にガッシュの猛攻がクリアを襲う。鍛え抜かれた電撃のナイフは、クリアの纏う鎧をも切り裂いてゆく。

 

「ぐあああああ‼」

 

クリアはナイフによる斬撃を喰らい、悲鳴を上げる。そして清麿はガッシュに指示を出しながら、ロヴロの助言を思い出す。

 

『君達は存在感が強すぎる』

 

清麿はかつて、その言葉に対する答えを半分しか出せていなかった。しかし今は違う。離島の時の答えは、“自分達の存在感で、他の攻撃を悟らせないようにする”事。そして今は、“自分達よりも強い存在感に紛れて攻撃を行う”というもう半分の答えを出したのだ。

 

(ようやくロヴロさんの言葉を全て活かす事が出来た‼後はクリアを追い詰め、倒す‼)

 

ガッシュの攻撃をクリアはまともに受けるしかない。クリアは他の魔物を感知する能力に長けているが、それでもなおガッシュを見失った。殺せんせーとブラゴの存在感も大きいが、ガッシュは特訓で自分の魔力を抑える事を身に付け、戦いの最中にそれを行い、姿を消したのだ。

 

「何だ、コイツ等の攻撃は……」

 

ガッシュペアがクリアを追い詰める様子にブラゴは違和感を感じる。これまでとは何かが違うと。その隣では殺せんせーが顔に〇を浮かべる。

 

「この攻撃はまるで……」

 

「そう、暗殺です‼2人共、素晴らしい‼」

 

シェリーの言葉を殺せんせーが遮る。相手の隙を付いて、隠された刃で攻撃する。ガッシュペアは日々の暗殺生活での経験をも実戦に取り入れていた。言葉をブツ切りにされたシェリーは不快な表情を殺せんせーに向けるが、先生はそれに気付かない。

 

「(この攻撃は、そこの超生物が関係しているのか⁉だが今は……)シェリー‼」

 

「ディゴウ・グラビルク‼」

 

ブラゴの掛け声と共にシェリーが呪文を唱える。そしてブラゴの全身は強化され、彼もクリアへの攻撃に加わろうとする。しかし、

 

「バ・スプリフォ‼」

 

ヴィノーがようやくガッシュの存在に気付き、術を消し去る呪文を唱える。そしてガッシュの電撃のナイフとクリアに流れるガッシュの電撃は一瞬にして消え去った。

 

「テオラディス‼」

 

ガッシュとブラゴに対してクリアは消滅波を放つが、彼等はこれを難なくかわした。

 

「随分やってくれるじゃないか……(コイツ等、なぜこれ程に息が合う?)」

 

清麿の出すわずかな指示を、ガッシュだけでなくブラゴペアと殺せんせーも完璧に理解して、常に最善の行動を取れている。クリアはこの事が不可解だった。

 

『クリアを倒すという思いが強い程、コンビネーションが見せる強さは増してゆく‼』

 

シェリーの頭にデュフォーの言葉がよぎる。清麿の指示は彼女達の思考の遥か上を行く。しかし戦闘においては“本能”で、出された指示の可能性から最良のものを導き出せるという。そして各々の思いが一つになる事で、強力な連携が取れるのだ。ちなみに殺せんせーは教師として貪欲にガッシュペアの事を知ろうとしてきた為に、次に彼等が何を求めるのかを容易に理解する事が出来、皆の連携を崩す事なく戦いを優位に進められている。

 

「おおおお‼」

 

ガッシュ達の攻撃を受け続けながらも、クリアは次の反撃の手を緩ませない。攻撃を辞めれば、そこで負けるのだから。そして彼が両手を前に出す。

 

「フェイ・ガンズ・ビレルゴ‼」

 

クリアの両腕からは、尖った口のような形をした大量の消滅波が放たれた。消滅波は数が多いだけでは無く、一つ一つが高速で動き回る。ガッシュ達とて対応が容易では無いと思われたが、

 

「クエアボルツ・グラビレイ‼」

 

シェリーが呪文を唱えると、ブラゴはクリアの周りに大きな重力の壁を複数枚出現させる。そこから発せられる重力により、高速で動き回る消滅波の動きが鈍る。その隙を清麿は見逃さない。清麿がクリア目掛けて中指と親指で指差す。

 

「ジオウ・レンズ・ザケルガ‼」

 

ガッシュの口から電撃の鱗を纏う巨大な蛇が出現すると同時に、電撃の鱗はたちまちクリアの消滅波を相殺した。

 

「この術、ゴームの時とは比べ物にならない‼」

 

クリアは一度、死神の中でこの術を見ているが、その時のガッシュペアは本気では無かった。しかし今回は違う。制限する物も無く、彼等は全力で術を行使する。そして術の本体がクリアに襲い掛かるが、ブラゴの術によって彼は身動きが取れず、それを真正面から喰らった。勝負ありかと思われたが、クリアは立ち上がる。

 

「……仕方がない。ヴィノー、“シン・クリア”を使うぞ」

 

大ダメージを受けたクリアだが、意識が無くなるまでには至らない。攻撃力だけでなく、防御力も生半可ではない様だ。そしてクリアは、自身の最大術の使用を決意した。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。やはり戦闘の描写には苦戦させられますね。


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LEVEL.59 完全体の時間

 今年最後の投稿になります。よろしくお願いします。


 クリアがシンの術の使用を決意した時、清麿は【答えを出す者】(アンサートーカー)でその術の対処法を導き出す。しかし、その答えを得た清麿の顔が青ざめた。

 

「奴に術を出させてはいかん‼」

 

清麿は術の発動自体を止めようとする。この術を出させた瞬間に取り返しがつかなくなると、彼は答えを出したのだ。その言葉を聞いて真っ先に動き出したのは殺せんせーだ。

 

「ならば、あの赤子を止めれば……」

 

「リア・ウルク‼」

 

殺せんせーが超スピードでヴィノー目掛けて触手を伸ばして呪文を止めようとした瞬間、彼女はシンの術では無くスピード強化の術を唱えた。そして速度を増したクリアが殺せんせーに迫り、先生の触手を握りしめて、ヴィノーへの接近を防いだ。

 

「良い判断だ、ヴィノー」

 

「しまった‼」

 

クリアはそのまま殺せんせーを清麿達の方に投げ飛ばす。もしヴィノーがシンの術を唱えようとしていた場合は、殺せんせーの接近を許して術を出させない展開に持ち込まれていた。彼女はそれを読んだ上であえてスピード強化の術を唱え、クリアに殺せんせーを妨害させたのだ。

 

「シン・クリア・セウノウス‼」

 

隙を付いてヴィノーが呪文を唱える。するとクリアは下半身が球体で、巨大な翼を持つ消滅の力を纏った聖霊のような姿をした術を発動させた。それは非常に神々しく、見る者を圧倒するには十分な威厳を持つ。強大な力を持つクリアの最大術を見て清麿の顔色は悪くなる一方だ。

 

「おい清麿‼何に気付いた⁉」

 

「あいつを倒してはいけない……取り返しのつかない事になるぞ……」

 

いつになく弱気な表情を見せる清麿に対してブラゴが問い詰めるが、彼は驚くべき事を口にする。この術を破ってはならないのだと。

 

「高嶺君‼どういう事ですか⁉」

 

「バカな事を言ってんじゃねぇ‼倒さねーと、コイツに俺達が消されるだけだろーが‼」

 

殺せんせーもブラゴも清麿の言う事には賛同出来ない。このままではあの術を自分達がまともに喰らうだけなのだから。そして殺せんせーは渾身のエネルギー砲を撃つために体内に力を溜め始め、ブラゴは術を出して貰う為にシェリーに視線を送る。

 

「シン・バベルガ・グラビドン‼」

 

迫りくるクリアの術に対して、ブラゴはシン級の重力で対抗する。しかしこの重力の中でも、シン・クリアは動きを止めない。この術は確実に彼等に近付いてくる。

 

「ははは、無駄だ‼クリアの術の頂点には誰も敵わない‼」

 

確実にブラゴの術が押されている。この光景を見て、ヴィノーが嘲笑う。それでもブラゴペアは諦めない。そしてシン・クリアが2人まで届きそうになったその時、

 

「なめるなーーー‼」

 

先程まで劣勢だったブラゴの術が、シン・クリアの動きを封じ、押しつぶし始める。それを見たヴィノーは驚愕する。クリアの最大術が押し負けているのだから。

 

「こんな事が……」

 

ブラゴペアだけで生み出せる力量には限界がある。しかしブラゴは特訓で地場の強い土地を巡り、自らの力の根源が星そのものの力であると理解した。地球は強大な力を持ち、彼の術はそれを借りる事が出来る特性を持つのだと。

 

「ほんのわずかに、地球の自転を俺の体で受け止めるような行為。当然力が増す程、俺の体もヤバい。だが……これでクリアの術とも戦える‼」

 

大きな力の代償として地球の重力をまともに受ける事となり、体にかかる負担も果てしない。これ程のリスクを背負わなくてはクリアのシンの術には対抗出来ない。そして強大な重力がクリアの術を更に押し潰す。

 

「清麿‼この術ごとクリアを倒せ‼俺達が力を合わせれば出来るハズだ‼」

 

「スマン、その通りだ……迷う余地など無かった‼」

 

弱気な態度を見せる清麿をブラゴが叱責する。それを聞いた彼は、クリアを倒す為に再び心の力を溜め始める。

 

「行くぞガッシュ‼」

 

「ウヌ‼」

 

清麿を見たガッシュも臨戦態勢に入る。そして殺せんせーもまた、攻撃に加わろうとする。先生も体内にエネルギーを溜め終えた様子だ。

 

「ならば先生も……」

 

「待った、殺せんせー‼」

 

殺せんせーの加勢を清麿が止めた。先生は当然、怪訝な表情を見せる。

 

「高嶺君、しかし……」

 

「ここから先は何が起こるか分からん‼先生、今は力を温存しておいてくれ‼」

 

「……分かりました‼」

 

ここで全ての力を使い果たして、クリアを倒し切れない場合は最悪だ。その先は絶望しかない。だからその場合にも備えて、殺せんせーには今は力を温存してもらう。もしもクリアを一気に倒せるようならその時に先生の力を借りれば良い。清麿の考えを察した殺せんせーは引き下がる。

 

「バオウ・ザケルガーーー‼」

 

ガッシュの口からは巨大な電撃の龍が召喚され、シン・クリアに襲い掛かる。

 

「いっけええええ‼」

 

「バオオオオオ‼」

 

この時、打倒クリアと言う共通の目的を持つガッシュペアとブラゴペアの心は、完全に1つになった。そしてバオウ・ザケルガがシン・クリアを倒す為にブラゴの術の範囲内に入った瞬間、電撃の龍に変化が起こる。重力の術を受けたそれは、何と色が黒く変貌したのだ。

 

「どうなっているのよ、これは……」

 

「魔物の術、恐るべしですねぇ!」

 

「だがこれで、クリアを倒せる‼」

 

お互いの心が1つになった時、各々の術は融合を果たした。しかしその原理は、【答えを出す者】(アンサートーカー)をもってしても分からない。だが確実に言えるのは、ブラゴの力を得たバオウの威力は更に増している事である。ただでさえ強力なバオウ・ザケルガにシン級の術の力が加わる。電撃と重力が合わさり、バオウは進化を遂げる。そして黒いバオウはシン・クリアを一方的に打ち破り、そのままクリアに直撃した。

 

「やったわ‼」

 

クリアを倒したのだと思いシェリーが歓喜の声を上げる。しかし清麿が出した答えは絶望そのものだった。

 

「“力の支配”が、始まる……」

 

清麿の言葉と共に、シン・クリア・セウノウスが再び姿を表した。ブラゴ達もこれに驚愕するが、それは術者であるはずのヴィノーも同じだった。

 

「何で、敗れて消えたハズじゃ……」

 

今出ている術はヴィノーが唱えた訳では無い。そしてシン・クリアの仮面が破れ、姿が変貌する。先程までの神々しい見た目とは打って変わって、禍々しい悪魔のような姿を模す。それは下半身と両肩が黒い球体に包まれ、巨大な尾を持つ。その化け物は口を開く。

 

「礼を、言う……我は“完全体”と、なれた」

 

その言葉と同時に、その額からはクリア・ノートの上半身が露出した。しかしクリアには既に意識が無い。

 

「これは、抜け殻だ……我が、クリア。全てを消滅させる絶対的な……力なり」

 

それを見た清麿達は愕然とするが、ブラゴだけは何かに納得するような表情を見せる。

 

(そうか……クリアの性格が最初出会った時と変わっていたのは、“力”に支配されていったからか)

 

クリア・ノートが初めてブラゴ達の前に姿を表した時に比べて、今回の戦いのときの方がより凶悪で残忍な性格となっていた。ブラゴはその事に違和感を覚えていたのだ。そして間もなくヴィノーがバリアごとクリアに吸い寄せられていくが、彼女も意識を失っている。

 

「これでヴィノーも……心の力を生み出すエネルギー体となった」

 

そのままヴィノーはクリアに取り込まれた。その直後、クリアの尾が清麿達目掛けて薙ぎ払われる。彼等は間一髪でかわすが、尾の一撃にも消滅の力が宿っており、その周辺はえぐり取られるように地面の表面が消え去っていた。今のクリアは全身に消滅の力を纏っている。

 

「ブラゴ‼」

 

清麿が指示を出すと同時に、クリアの全身から消滅波が放たれようとしていた。

 

「シン・バベルガ・グラビドン‼」

 

それと同時にシェリーが呪文を唱える。ブラゴの術により、ギリギリのタイミングで消滅波の直撃は免れた。しかしクリア自体にはブラゴのシン級の術は届いていない。そしてクリアの周りは、清麿達の足場となるわずかなスペース以外の地面がさらに削り取られていた。清麿は【答えを出す者】(アンサートーカー)で次の一手を考えるが、彼の全身から冷や汗が滲み出る。

 

「奴を倒す答えが……出ない……」

 

それを聞いた一同は驚愕する。しかし、彼等のやるべき事など決まっている。

 

「それでも我々は勝たねばならん‼何としても、奴を倒す答えを作り出すのだ‼」

 

「ここで負ける訳には行かないでしょう‼」

 

「クリアの額にある球体、あそこが一番ダメージが通りやすい‼そこに攻撃を続ければ、奴を倒せるかもしれん‼反撃に気を付けながら、一気に打ち砕くぞ‼」

 

倒せる為の答えは出なくとも、ダメージが通りやすい場所の把握は出来た。となれば、その希望にすがり、一斉攻撃を仕掛けるしかない。ここでの負けはそのまま魔界の滅亡に繋がる。よって諦めるという選択肢は彼等には存在しないのだ。

 

「シン・バベルガ・グラビドン‼」

 

まずはブラゴの術により、少しでもクリアの動きを鈍らせる。しかし完全に動きを封じる事は出来ない。またシン級の術の連発は、確実にブラゴの体にダメージを蓄積させていた。それでも、彼は攻撃の手を緩めない。

 

「バオウ・ザケルガーーー‼」

 

続いて電撃の龍が召喚され、再びブラゴの術と合わさり、その体を黒くした。そして清麿はバオウの力を全て牙の先に集中させて、クリアの額をピンポイントに狙う。

 

「今度は先生も行きますよ‼」

 

そして殺せんせーは体に溜めた力を放出し、清麿と同じくクリアの額に狙いを定める。その為に通常の攻撃よりも攻撃範囲を狭めて、その分貫通力を増すように一直線のエネルギー砲を放った。殺せんせーの力のコントロールは、イトナ戦の時にやって見せていた。

 

「「「「いっけえええええ‼」」」」

 

意識を失っているガッシュ以外の4人が、同時に叫ぶ。彼等は死力を尽くして自らの攻撃をクリアに当てる。しかし、

 

「狙いは良い……だが、届かない‼」

 

クリアの全身から消滅波が放たれる。そして無情にも、彼等の全力の攻撃を消失させた。尚且つクリアの攻撃は死んでおらず、5人を襲う。シェリーは心の力を完全に切らし、殺せんせーにはこの消滅波から仲間を守る術は持ち合わせていない。

 

「皆、俺達の後ろに‼ラシルド‼」

 

クリアの攻撃を防ぐには、ガッシュの盾の呪文以外は存在しない。清麿は心の力を込めて、全員を防ぐ事が出来る大きさの盾を、ガッシュに出させた。

 

「ザグルゼム‼ザグルゼム‼」

 

ただのラシルドでは、この攻撃は防げない。クリアの消滅波を防ぐには、少なくとも3発分のザグルゼムで強化する必要があると清麿は答えを出したが、彼の心の力にも限度がある。

3発目のザグルゼムを放つ事は叶わず、電撃の盾は崩れた。ラシルドのお陰で多少なりとも消滅波の威力は落ちているが、強力な事には変わりない。

 

「清麿‼」

 

「おのれェ‼」

 

「ふんにゅやあああ‼」

 

ガッシュはマントで自分と清麿を、ブラゴは身を挺してシェリーを、殺せんせーは触手を伸ばして自らの急所をそれぞれ守った。殺せんせーにはここで完全防御形態になる選択肢もあったが、それでは先生が攻撃に加われなくなる。この後の戦いでは何の役にも立てなくなるのだ。生徒が命を懸けている状態で、先生としては自分だげ安全圏に逃げる選択肢は無い。

 

 

 

 

 そして消滅波を受けたブラゴの体は痩せこけた上に気を失い、殺せんせーも完治するまでにはかなり時間がかかるほどに体の多くを損失している。しかし、

 

「まだ、立ち上がるのか……」

 

体が痩せこけていても、マントの力で防御したガッシュにはまだ立ち上がるだけの力が残されている。

 

「ザケル‼」

 

心の力が殆ど残っていない清麿は、ザケルを数発程撃つ事しか敵わない。それでも彼等には、この戦いに勝つ以外の選択肢は無い。

 

「こざかしい‼」

 

クリアも迎撃するが、清麿の【答えを出す者】(アンサートーカー)とガッシュのマントの力を使い、どうにか致命傷を避けて見せる。しかし清麿が立ち上がる事が出来なくなった。それでもガッシュは、クリアに立ち向かう。

 

「ま……まだなのだー‼」

 

「ふん……ボケ、が……」

 

ガッシュはマントを使って空を飛び、クリアの顔と対面する。しかし無情にもクリアは口から消滅波を放つ。満身創痍のガッシュがこれをかわす事は不可能だ。

 

「「ガッシュ(君)‼」」

 

シェリーと殺せんせーが叫ぶ。そして先生は力を振り絞って触手をガッシュの方まで伸ばし、クリアの攻撃から逃がそうとした。しかし殺せんせーのダメージも大きく、ガッシュを完璧に逃がす事は出来なかった。

 

「済まぬ……殺せんせー……」

 

「ガッシュ君……もう君は……」

 

“戦える状態では無い”。殺せんせーはそう言いかけたが、ガッシュの目にはまだ闘志が残っている。それを見た先生は自分の言葉を飲み込んだ。そしてガッシュは殺せんせーの触手により着地に成功するが、体を動かす事は出来なかった。

 

(こうなったら、先生が……)

 

そんなガッシュを見て、殺せんせーは捨て身の一撃を放つ決意をした。今の先生は体の回復にエネルギーの大半を当てているが、その力を全て攻撃に回す。そして最大威力のエネルギー砲をクリアに放つ。勿論それでクリアを倒せる保証は無い。それでも殺せんせーは、生徒の為に命を懸ける以外の道は取らないつもりだ。

 

「待て、殺せんせー……」

 

地に伏せながらも心の力を溜め続けている清麿は、殺せんせーのやろうとしている事に気付いた。そして清麿は深呼吸をすると、出せる限りの声を発した。

 

「ダメだ、殺せんせー‼……それをしてはいけない‼」

 

殺せんせーの捨て身の攻撃をもってしても、クリアをどうにか出来る保証は無い。仮にどうにかなったとしても、それを行った殺せんせーはただでは済まない。E組の手による暗殺以外で、殺せんせーの生命に危機が訪れる展開はなんとしても避けたいところだ。

 

「止めないで下さい……これしか……」

 

殺せんせーは清麿の制止を聞くつもりは無い。それを見たガッシュも立ち上がろうとする。

 

「殺せんせー……自分も死ぬつもりなのか……それは、ダメだ……」

 

しかしガッシュには立ち上がるだけの筋力が残されていない。そんな光景を目の当たりにしたシェリーの表情は絶望に染まり、彼女の目からは涙が流れ落ちた。

 

(もうダメ……もうコイツには、何をやっても勝てない……)

 

シェリーは完璧に戦意を消失した。圧倒的な力を前にして、どうにもならないと彼女の本能が告げている。

 

 その一方で、ガッシュはこれまで出会ってきた仲間の顔を思い浮かべていた。彼等の為にも、ガッシュは立ち上がらなくてはならない。

 

「皆……魔界にいる皆……待って、おるのだ……」

 

魔界を救う為にも、ガッシュは最後まで諦めない。例え呪文が使えなくても、どんなに体が痩せこけても、彼は立ち上がろうとする。

 

「あやつを倒し……魂だけになった皆を、生き返らせるから……」

 

遂にガッシュは立ち上がった。何か策がある訳では無いが、それでもここで地に伏す訳にはいかないのだ。そんなガッシュを見てクリアは嘲笑う。

 

「ハハハ……みじめだな。もうお前達は戦えない……魔界は我が滅ぼす……お前の努力は、全て無駄だったんだよ‼」

 

クリアは勝利を確信している。そして、ガッシュ達の行いが全て無駄だと断言した。しかし、

 

「……そんな訳……無駄な訳が、無いでしょーーが‼」

 

クリアの言葉を殺せんせーが全力で否定する。

 

「彼等は……守るべき物の為に、ここまで戦った‼それも……自らの命を懸けてまで‼それは世界を統べる者としてのあるべき姿であり、非常に尊いものだ‼……彼は優しい王様であろうとし続けている、貴方と違って……そんな生徒達の努力を否定する権利は、貴方には無い‼」

 

殺せんせーの表情がどす黒く変化する。クリアの発言は先生の逆鱗に触れたのだ。先生もガッシュの目指す王の姿は聞いている。そしてガッシュがこれまでもこの戦いでも、その理想を追いかけて尽力してきた姿を彼は知っている。教師として生徒を見守り続けたのだから。そんな生徒の努力を踏みにじられたのだから、当然殺せんせーも激怒する。そして先生はエネルギー砲を放つ準備に入った。

 

「待て、殺せんせー‼」

 

しかし今の殺せんせーがそれを放てば先生の生命に関わる。清麿はそれを阻止したいが、声を出す以外の行動が取れない。

 

「何をしようと無駄だ……ハハハ‼」

 

「くそ……笑うな……」

 

「ハーハハハ‼」

 

「笑うなーー‼」

 

清麿が叫ぶと同時に、彼の持つ本が金色に輝き始める。そこには、本来自分の本には書いてあるはずのない呪文が出現していた。清麿はそれを見た瞬間、その目には希望が宿る。

 

「これは……術を唱えられる‼この呪文には俺の心の力は要らない‼頼む、ガッシュを助けてくれ‼」

 

今のガッシュペアの本には、“本来術を持っていた者の力”が溢れている。よって、その呪文を唱えるのに、清麿の心の力を消費する事は無いのだ。

 

 それと同時に、ガッシュの後ろには1人の魔物の魂が出現していた。

 

『ガッシュ、ありがとよ……俺達の為にここまで頑張ってくれて。だから、今度は俺達がお前を助ける番だ!』

 

「お、お主は……」

 

その魔物の顔を見た時、ガッシュの目には大粒の涙が流れ始める。彼はかつて、魔本を犠牲にしてでも守るべき物を守る姿をガッシュに示してくれた魔物だ。

 

「ジオルク‼」

 

清麿が呪文を唱えると、先程まで満身創痍だったガッシュのダメージが全て回復した。この術“ジオルク”の効果は、死んでさえいなければどのようなダメージも回復出来るのだ。そしてガッシュの後ろにはその呪文の本来の持ち主がおり、彼の肩に手を置いている。

 

『さあ、もうひと踏ん張りだぜ。ガッシュ‼』

 

「ダニーー‼」

 

ガッシュの後ろにいるのは、彼と友達になった魔物の1人のダニーである。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。黒いバオウ・ザケルガはアニオリのVSマエストロ戦で出て来たものが元ネタです。また金色の本には原作で出てこなかった魔物達も登場します。
 それでは良いお年をお過ごし下さい。
 


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LEVEL.60 友達の時間

今年もよろしくお願いいたします。新年初の投稿となります。結構長くなりましたが、ご了承ください。


 突如出現したダニーの魂。しかしなぜ彼が人間界に現れたのかは、ガッシュペアにも分からない。

 

『お前の事を感じたのさ。この戦いを見て、ガッシュの俺達への強い思い……俺達の為に頑張る姿が魔界にも伝わったんだ。ガッシュを助けたいと思ったら、気付けばあの金色の本にいたのさ』

 

この戦いは魔界にいる魔物達も見ていた。そして、魔界の滅亡を防ぐ為に必死で戦うガッシュの姿に感銘を受けて、ダニーは居ても立っても居られなくなったようだ。ガッシュの力になりたい。彼がそう考えるうちに本が金色に輝き、ガッシュに力を貸す事が可能となった。

 

「何があった……何故ガッシュの体が回復している?」

 

ダニーの姿はクリアには見えていない。否、金色の本を所有するガッシュペア以外にはその魂は見えない様だ。その光景を見た清麿に再び希望が宿る。

 

「俺には見える、ダニーの姿が。ガッシュの仲間に……友達になってくれた魔物の姿が‼」

 

そして清麿は再び立ち上がる。ガッシュと共に戦う為に。彼等は反撃の狼煙を上げる。

 

 そんな彼等の姿を見た殺せんせーもまた立ち上がる。先程まで彼等を包み込んでいた絶望感はそこにはない。

 

「何が起こったかは分かりませんが希望が見えてきましたねぇ。少し彼等の様子を見ましょうか、ヌルフフフ」

 

こんな時にも、殺せんせーは自分の顔に緑色の縞々模様を浮かべる。この局面はガッシュペアに任せて問題ないと、先生は判断したようだ。

 

 清麿達が再び元気を取り戻す一方で、クリアは何があったのか分からない様子だ。それでも魔界の滅亡と言う目的は変わらない。その為にクリアはガッシュ達に攻撃をする。

 

「何があったかは知らぬが、全て消し去ってくれる‼」

 

クリアの全身から消滅波が再び放たれる。その瞬間、消えゆくダニーに変わり、別の魔物がガッシュに力を貸してくれた。

 

『ガッシュには、傷一つ付けさせぬ‼』

 

「シン・ゴライオウ・ディバウレン‼」

 

呪文を唱えた瞬間、全身に刃を纏った5本の尾を持つ巨大な白虎が召喚される。その虎は凶暴な外見をしているが、そこには術者の“守る意思”が宿っている。その事はガッシュペアも理解している。そして白虎は清麿達を襲う広範囲の消滅波を完璧に防ぎ、彼等を守った。

 

「全て止められただと⁉」

 

クリアは狼狽する一方で、金色の本には新たな呪文が出現した。

 

『ガッシュ、お前の為なら何でもするぜ?』

 

「シン・ガルバドス・アボロディオ‼」

 

今度は何本もの大きく鋭い爪を持つ、青白い巨大な魔獣が出現する。術の持ち主にも似ている魔獣だが、その大きさと迫力はそれをも凌駕する。クリアは消滅の力を纏った自らの体を利用してガッシュペアを襲うが、魔獣がそれを許さない。何とそれはクリアの巨体を押し返した。そして今、ガッシュの隣には2体の魔物が立っている。

 

「ウォンレイ⁉レイン⁉」

 

『守って見せるぞ、ガッシュ』

 

ウォンレイはリィエン共に、これまで何度もガッシュ達に力を貸してくれた。それは今回の戦いとて例外では無い。そんな仲間との再会故に、ガッシュの目からは涙が溢れる。

 

『ガッシュ、泣くな。俺達は当たり前の事をしているだけだ』

 

青白い大きなクマのような姿の魔物“レイン”は穏やかな口調でそう言った。彼は魔界時代からのガッシュの親友で、ガッシュに魔界でも人間界でも助けられている。そんなレインがこの戦いに協力しない道理はない。

 

「お……のれ……何が起こっている⁉」

 

他の魔物の姿が見えていないクリアには、自分の攻撃が防がれた挙句に自らが押し返された理由が分からない。そしてクリアは怒りのままに消滅の力を宿した巨大な尾を、清麿達目掛けて薙ぎ払う。その時、

 

『パルパルモーン!』

 

「シン・ギドルク‼」

 

呪文を唱えた瞬間、ガッシュの背中からは複数の大きな棘が生え、彼の足には巨大なブースターが装備される。その後、ガッシュは超スピードで清麿及びブラゴペアを抱え、クリアの一撃をかわして見せた。この術はシン・シュドルク同様に強力な肉体強化の術だ。ちなみに殺せんせーはある程度ダメージが回復してきており、自力でそれをかわす事が出来た。

 

「カルディオ!」

 

次に出現した魔物はウマゴンと同様に馬の姿で、紺色の体をしている“カルディオ”だ。彼はウマゴンをライバル視しており、ガッシュペアとの直接的な絡みは多くないが、アースと共にファウードの帰還装置を死守してくれた大切な仲間である。

 

『パルパルモーーーン!』

 

カルディオは得意げな表情をする。そんな彼をガッシュペアは嬉しそうに見ながら、クリアの方に向かう。その後、清麿は殺せんせー目掛けて大声を上げた。

 

「殺せんせー‼俺達は大丈夫だから、先生はブラゴとシェリーに付いていてくれ‼」

 

「にゅやッ!分かりました‼」

 

清麿の指示を受けた殺せんせーはブラゴペアの方に駆け寄る。その時のシェリーはブラゴを抱えながら、次々と強力な呪文を使用するガッシュペアを不思議そうな顔で見ていた。

 

「どうなっているのかしら?それに、あの金色に輝く本は……」

 

「詳しい事は私にも分かりません。しかし、確かな事が1つ……今の彼等ならこの状況をひっくり返してくれる。あの2人には恐れ入りますねぇ、ヌルフフフ」

 

殺せんせーはガッシュペアの勝利を確信する。今の彼等にとってはどのような敵すらも、恐れるに足りないのだと。彼等は絶望的な状況でも最後まで諦めようとせず、遂には絶体絶命の状況を乗り越えようとしている。そんな2人を見て、殺せんせーは心底感心している。

 

 その一方で、クリアはガッシュペア目掛けて尾を振りかざして2人を消そうとした。しかし、それは阻まれる。

 

『全く、邪魔な尻尾でござるな』

 

「シン・ヴァルセレ・オズ・マール・ソルドン‼」

 

『スラアアアアッシュ‼』

 

巨大な尾がガッシュペアを襲う前に大きな無数の剛剣が空から降り注ぐ。その中の一太刀だけでも、並の魔物なら容易く両断されてしまうだろう。それらの剣達はクリアの尾をいとも簡単に、細かく切り刻んだ。これにより尻尾による厄介な攻撃が繰り出される事は無くなる。

 

「アース‼」

 

ガッシュがその名を呼ぶ。大剣を持つ侍口調の魔物の名を。アースはゴームとの戦いに敗れてしまったが、彼の“魔界の平和を守る法律を作りたい”という思いは、パートナーのエリーを通してガッシュに伝わっている。

 

『ガッシュ。貴方が王になった暁には法の知識を徹底的に叩き込む故、覚悟して下され!』

 

アースはガッシュを次期王になると決め打っている。その事前提で彼が話を進めていると、更に別の魔物が出現した。

 

『そんなに細かくしちゃうと、そいつのシッポを全部消しにくくなるじゃないかー!』

 

「お前は相変わらずだな……ミコルオ・シン・ゼガルガ‼」

 

体中に歯車を持つ巨大な機械神の様な形をした術が出現する。その神々しい外見は、シン・クリア・セウノウスにも引けを取らない程に見る者を圧倒する。勿論術の威力も強力で、大きく長い両腕で切り刻まれたクリアの尾を包み込み、全て消し飛ばした。対象を包む姿は慈愛に満ちた女神そのものだ。

 

「キッド‼」

 

キッドはナゾナゾ博士と共に、千年前の魔物との戦いに挑んだ仲間だ。その戦闘で彼は魔界に帰ってしまったが、そこでキッドは大きく成長する事になった。

 

『ガッシュ!また会えたのは嬉しいけど、今は戦いの最中だ。気を抜くなよ、アイツはまだまだやる気だからな‼』

 

キッドの言う通り、クリアは攻撃の手を緩めない。そしてクリアが両腕を広げると、その両手の平にはそれぞれ槍の形をした消滅波が出現する。

 

「次から次へと……ならば、我が神速の槍を喰らうがよい‼」

 

クリアの両手から放たれた槍は、超スピードでガッシュペアを襲う。それと同時に、金色の本には新たな呪文が出て来た。

 

『あんな速いだけの攻撃、大した事ないよ!』

 

「ああ、その通りだ……シン・ノロジオ‼」

 

ガッシュの口からは広範囲のオレンジ色の光線が吐き出され、2本の槍に直撃する。その瞬間、超スピードで迫ってきたそれの速度はまるで止まっているかの様に遅くなった。この術は触れたものの速度を極端に落とす術だが、通常の“オラ・ノロジオ”よりも技の範囲も継続時間も強化されている。

 

「モモン‼」

 

次に来てくれたのは、ウサギとサルを足して2で割ったような姿をした魔物“モモン”である。彼は当初は臆病な挙句にスケベだったが、ファウードにてそれらを克服し、ガッシュと共に戦ってくれた。

 

『君達のお陰で僕は変われたんだ。本当にありがとう!』

 

モモンはお礼を言う。ガッシュペアとの出会いのお陰で、臆病な自分と決別出来たのだと。そんな彼の言葉を聞いた2人が頷くと、次の魔物が現れた。

 

『あの攻撃を投げ返してやるぞ!』

 

「シン・シャオウ・ニオドルク‼」

 

ガッシュの体は、頭部の左右それぞれの側面に大きな角を生やした、銀の鎧をまとう小麦色の巨大な獣の姿と変貌する。そして獣の腕は消滅の力を纏う2本の槍を難なく両腕で掴み取り、それをクリアに投げ返した。消滅の力を持つ攻撃を手で触れられたのは、シン級の肉体強化のお陰である。そしてそれは投げ飛ばされたと同時にシン・ノロジオの効力が切れて、超スピードの槍がクリアを襲う。

 

「リーヤ‼」

 

『ガッシュ!やっぱりお前は、やる時はやる奴だな‼』

 

ガッシュの姿が元に戻ると、彼はリーヤの姿を認識する。ガッシュが名前を呼ぶと、リーヤは魂の状態にもかかわらず、自分の角でガッシュをつつこうとしていた。彼の友好の証だ。モモン・リーヤの連携で、見事にクリアの超スピードの攻撃を防ぎ切ったのだ。

 

「だが、今の攻撃は効いていないぞ」

 

クリアの言葉はハッタリではない。やはり弱点を狙わなくては有効打にはなり得ない。そしてクリアは自分の両肩の角を分離させ、それは無数の弾へと変貌した。それらはクリアの周囲に浮遊し、今にもガッシュ達を攻撃しようとする。その時、

 

『行くわよ、ガッシュ』

 

「ミベルナ・シン・ミグロン‼」

 

無数の小さな月が出現し、クリアの攻撃を牽制する。一つ一つはそれ程脅威には見えないが、特筆すべきは数の多さだ。突然現れたそれを見て、クリアも迂闊な攻撃をする訳にはいかないと判断した。

 

「レイラ‼」

 

『あなた達との約束を、あんな奴に邪魔なんかさせないわ』

 

紫色の髪と服を身にまとう魔物の少女“レイラ”は千年前の魔物でありながら、初めからガッシュ達の味方をしてくれた。そして共に戦いを勝ち抜いた後、ガッシュとその仲間の誰かが王となり、成長した彼等と魔界で再会する約束をしてくれたのだ。その約束の為に、何よりも自分を救ってくれたガッシュの為に、彼女はここに来てくれた。

 

『分・散‼』

 

「ファルゼーレ・ヴァーロン‼」

 

小さな月に続いて、それと同じ程度の大きさの星が無数に出現し、クリアの周りを覆う。正体不明の物質には、クリアとて安易な接触は許されない。

 

「パムーン‼」

 

星のような髪型をした魔物“パムーン”もまた千年前の強力な魔物だ。当初はガッシュと敵対していたが、彼の本当の強さを感じ取り、ゾフィスと決別して味方になってくれたのだ。

 

『今度こそお前の為に戦える!』

 

デボロ遺跡での戦いでは、ガッシュ達と戦おうとした矢先にゾフィスに本を燃やされてしまい、共に敵に挑む事は叶わなかった。しかし今、ようやく彼は力を貸す事が出来る。自らを石化と孤独の恐怖から解放してくれた友達の為に。

 

荘厳回転(グロリアスレボリューション)、3・6・0‼Vの体勢を取れ、ガッシュ‼』

 

次に出現した魔物がそう言うと、ガッシュは無意識に両手を斜め上に広げ、Vの体勢になっていた。

 

「シン・チャーグル・イミスドン‼」

 

呪文を唱えると同時に、無数の月と星からはV字の光線が発射された。それはクリアの生み出した弾を消し去るだけでなく、本体にも防御の姿勢を取らせた。その光景はV字の光線の威力の強さを物語っている。しかも月と星の数は数え切れない程で、それら全てからの攻撃は脅威だ。今この時、クリアは攻撃手段を奪われている。

 

「お主、ビクトリーム⁉」

 

現れたのは頭も体もVのような姿の、レイラ達と同じく千年前の魔物“ビクトリーム”だ。彼は強敵の1人であり、ガッシュ達と和解した訳では無かったのだが、この戦いに協力してくれている。しかし、友達になった覚えのない魔物の出現に、ガッシュは明らかに動揺している。

 

『良いVだったぞ、ガッシュ。それから……魔界に帰る時には、メロンの種を持って帰ってきてくれ。待ってるからな』

 

彼はメロンが大好物だ。参戦してくれた理由は、戦いを終えたガッシュにメロンの種を要求する為だった。曰く、“一粒の種は、100万のメロンを生む”との事だ。緊張感漂う戦いに変な雰囲気が出て来てしまったのは別の話。

 

「小賢しい真似を‼……これならどうだ⁉」

 

先程まで防御の体勢を取っていたクリアは、再び両腕を広げる。すると、彼の背後には大量の消滅波の弾幕が出現した。クリアが両腕を前に出した瞬間、それらはガッシュ達目掛けて発射された。

 

『かう、かうかう!』

 

「シン・リグノオン‼」

 

ガッシュの両手の平から巨大な錨のついた鎖が数多く出現する。それらは清麿の意志で操作され、地面に突き刺さる。その後、その鎖は地面から大きな岩を持ち上げ、無数の消滅弾を相殺しようとする。

 

「バカめ、そんな岩で防げると……⁉」

 

しかしクリアの予想に反して、持ち上げられた岩は消滅弾を通さない。清麿は鎖を的確に操作して、クリアの攻撃を防いで見せる。

 

「ロップス‼」

 

『かう~!』

 

この術の使用中はガッシュの意識は失われず、出現した彼をすぐに認識する事が出来た。ロップスはガッシュと戦い、引き分けた魔物だ。彼等の再戦が果たされる事は無かったが、今度は共闘する事が出来ている。そしてガッシュと目が合ったロップスは、嬉しそうに手を振ってくれた。

 

「バカな……そうか……これは、鎖で持ち上げられた物質は強化されるのか⁉」

 

クリアの予想は正しい。ロップスのシンの術は、“ディノ・リグノオン”よりもさらに強力な鎖を呼び出すだけでなく、持ち上げる物質までもがより頑丈になるのだ。その鎖で持ち上げられた岩は、クリアの攻撃にも対抗出来る程に硬い。

 

「おのれ……これが本気だと思うなよ‼」

 

クリアがそう言うと弾幕の数が更に増し、攻撃範囲が大きく広がった。持ち上げられた岩だけでは全てを防ぐのは困難かと思われたが、更に別の魔物が出現した。

 

『ピッポッパッ。これは私の新たな変形合体の出番だ!ピヨ麿、呪文を唱えるピヨ‼』

 

「ピヨ麿って呼ぶな……シン・ガンジルド・ロブロン‼」

 

呪文を唱えるとガッシュの下半身はUFOのような物を纏い、その周りには銀色の盾が大量に出現した。それらの盾も術者の操作が可能であり、その数も強度もより増している。無数の頑丈な盾による変幻自在な攻防を全て見切るのは困難だ。そして銀色の盾は、岩と共に見事にクリアの攻撃を防ぎ切った。

 

「コーラルQ、お主まで来ておったとは……」

 

『ピポパピポッ。私の変形は無敵にして無限だピヨ‼』

 

ロボットの様な姿をした魔物“コーラルQ”はガッシュ達の情報を事前に入手した上で戦いを挑んだが、成長を続ける彼等相手に敗れてしまった。そんな彼は、自分の新たな術を見せびらかして自慢しに来たようだ。ビクトリームに続いて、自分の欲の為に金色の本に出現した魔物である。

 

「おのれ……ならば、力だ。適当な小技では逃げ切れんぞ‼」

 

クリアがそう言うと、自らの下半身にある黒い巨大な球体を切り離した。クリアは全身に消滅の力を宿しており、その球体で彼等を押し潰そうとしている。

 

「ハアアアァ‼」

 

クリアが念じると、何と黒いそれがもう一つ具現化した。1つでも強力すぎる攻撃になり得るのに、それが2つに増えたのだ。クリアは自分の勝利を疑わない。そして球体はガッシュ達に襲い掛かる。

 

『ゴーーー‼』

 

「ディオボロス・シン・ランダミート‼」

 

灰色の四角形の立方体が2つ出現する。そこからは無数の闇の力が放出される。その物量は敵の攻撃を容赦なく破壊し、渾身の一撃を防がれた相手に絶望感を与える事すら可能だ。様々な形をする黒いエネルギー波はクリアの巨大な球体を崩壊させ、打ち砕いていく。そして強大な力を誇る球体の1つが完全に崩れ去った。

 

「ゴーム、来てくれたのだな‼」

 

『ゴーーーー‼』

 

ゴームはかつてクリアと協力関係だったが、キャンチョメと友達になる事で1人の寂しさを知りクリアに反旗を翻した。その戦いには敗れたが、ゴームの意志はガッシュにも伝えられている。そんな彼がガッシュ、そしてキャンチョメの為にも尽力してくれている。

 

「この術は……だが、まだ攻撃は残っている‼」

 

クリアの言う通りもう1つの球体は健在だ。ゴームのシン級の術をもってしても、球体の1つの相殺が精一杯だった。しかし、

 

『クリア……お前に真なる竜の吐息(ドラゴンブレス)を味合わせる時が来たようだ……』

 

「シン・ドラゴノス・ブロア‼」

 

清麿が呪文を唱えると共に、ガッシュの意識が途絶える。その瞬間、彼の頭上からは巨大なエネルギー波が放出された。単純なエネルギー砲の放出、だが威力は計り知れない。その一撃は小細工無しに敵を襲う。回避も防御も至難の業だ。クリアの球体は跡形も無く消し飛んでいた。

 

「これは……アシュロンがそこにいるのか……」

 

『力に支配されたバカめ、俺の事を覚えているようだな』

 

“竜族の神童”の一体、アシュロン。非常に高い戦闘能力を誇る彼はいち早くクリアの存在に気付いて戦いを挑んだが、打倒する事は叶わなかった。しかし彼のお陰でガッシュ達はクリアの目的を知り、それを止める為の力を付ける事が出来たのだ。そんな彼の存在感は、力に支配されて自我を失ったクリアが認識出来る程である。

 

『気合を入れ直せ、ガッシュ。ここからの奴は、死に物狂いでかかって来るぞ』

 

「ウヌ‼」

 

アシュロンに気付いたクリアは身の危険を感じるようになった。それ故に、クリアの攻撃はさらに苛烈となる。

 

『清麿、俺の声が聞こえているな?力任せでは奴を倒せん。皆の力で、クリアを倒す答えを導き出すんだ』

 

「ああ、分かっている」

 

アシュロンに言われるまでも無く、清麿は次の一手を考える。確実にクリアにダメージを与え、打倒する為の一手を。その一方でクリアは、明らかな苛立ちを見せていた。

 

「ガッシュが他の魔物の術を使うだと?……ふざけるなァァァ‼」

 

クリアは上半身及び下半身に2本ずつある腕を振り回す。そしてそれらの拳は、ガッシュペアに狙いを定める。しかし彼等は動じない。次に何をすべきかを分かっているから。

 

「ガッシュ、狙いはクリアの抜け殻の頭部に見える力の球体‼肉体強化で近付き、至近距離ダメージを与える‼」

 

『肉体強化が必要なら、俺の出番だぜ‼』

 

清麿が指示を終えた瞬間、新たな魔物が出現する。これから行う攻撃において、彼の持つ術は最適だ。

 

「そうだな、テッド‼シン・ドラグナー・ナグル‼」

 

テッドの肉体強化の術を使用する。シンプルな身体能力の強化だが、それ故に速さと力は強大だ。さらにシン級の術となればクリアの攻撃ですら、今のガッシュを捕えるのは容易では無い。そして迫りくるクリアの一撃に合わせて、ガッシュは己の拳でそれを弾き返す。しかしクリアも手を緩めない。次の攻撃はすぐに飛んでくる。

 

右側に構え直し(ライトサイド・ターン)‼』

 

テッドの指示と動きにガッシュが合わせる。彼等は同じ釜の飯を食った事もあり、お互いに認め合った友だ。そんな2人が息を合わせるのは難しい事では無い。確実にクリアの攻撃を捌いて見せる。

 

『奴の額まで一気に駆け上がる。俺の肉体強化とお前のマントならやれる。行くぜ、ガッシュ!』

 

「ウヌ‼」

 

ガッシュがマントに清麿を乗せた後、彼等はクリアの弱点目掛けて飛び出す。それを見たクリアは全身から消滅波を放つ。しかし、ガッシュ達は足を止めない。

 

『そのまま行きなさい……ガッシュの坊や、テッド』

 

「任せるぞ、チェリッシュ!」

 

次に現れたのは、テッドが何よりも大切に思う金髪の魔物の少女“チェリッシュ”である。ファウードでテッドに救われた後、彼女はガッシュ達に協力してくれた。そして今回も、テッドと共に力を貸してくれる。

 

「シン・グラード・ガンズ・コファル‼」

 

魂の状態のチェリッシュが、大きなスナイパーライフルを支える。そして彼女の周りには、無数の小型の砲台が出現した。それらからは頑丈な宝石が発射される。宝石1つ1つが一撃必殺級の強度を誇り、クリアの攻撃を全て相殺する。

 

『ナイス援護だぜ、チェリッシュ‼』

 

テッドの言う通り、チェリッシュの攻撃は正確無比だ。そして彼等はクリアの額に接近する。2人の魔物のコンビネーションにより、ガッシュペアは無事にクリアの弱点の間近に迫る事が出来た。

 

「おのれ‼だが……いくら近付いたところで、お前達ごときではこの抜け殻を壊せぬ‼」

 

自らの眼前まで来たガッシュ達を煩わしく思いながらも、クリアは弱点を突破されるとは考えない。その殻の硬度は未知数だ。その時、体にいくつもの傷を持つ屈強な姿の魔物が出現した。

 

『てめぇ、俺の力をなめてくれるじゃねーか』

 

「バリー‼」

 

かつて一度ガッシュペアを打ち負かした魔物“バリー”。彼はその戦いで、どのような力にも屈しない“強き王”を目指すようになる。そしてバリーは成長を遂げ、ガッシュ達と共に戦い、自らが犠牲になる道を選んだ。王になる事は叶わなかったが、そんな彼をパートナーのグスタフは“王をも殴れる男”と評した。

 

『ガッシュ。奴の弱所は、クリアの抜け殻という強いバリアで守られている。だが殻のつなぎ目を正確に裂ければ、弱所を露出させる事が出来る』

 

バリーは敵の弱所を見抜く事が出来る。そして彼は即座にクリアの弱点を見つけ出した。

 

「シン・ドルゾニス‼」

 

ガッシュの両腕に竜巻状のドリルが纏われる。そしてガッシュは半分バリーに意識を預ける形で、着実にクリアの抜け殻を無駄なく破壊していく。一見地味にも見える攻撃だが、バリーの戦闘技術の高さ無くして抜け殻の破壊は成し得ない。当然クリアはそれを妨害しようとするが、両腕のドリルでクリアの拳をもはじき返す。

 

「貴様らァァァ‼」

 

それを見かねたクリアは、さらに攻撃の頻度を増す。4本の腕がガッシュを襲う。彼は攻撃に対して身構える。しかしこのままでは弱所の突破に手間取り、それを破壊する前にクリアの一撃を受けてしまう。清麿がそれを危惧した時、金色の本に新たな呪文が出現した。

 

『邪魔をするなーー‼』

 

「お前……シン・アミレイド‼」

 

清麿は一斉に殴り掛かるクリアの拳目掛けて、指差しながら呪文を唱えた。するとガッシュの口からは巨大な網が吐き出され、クリアの腕を拘束した。ただ拘束するのみならず、その網はクリアの腕の動きを完全に止めた。この術は通常の“アミレイド”と異なり、範囲や網の強度が増しているだけでは無く、網に触れた者の動きを封じる能力を持つ。

 

「お主……パンブリ‼」

 

パンブリと呼ばれたが、パピプリオの間違いだ。彼は何度かガッシュ達と対立したが、協力してくれる場面もあった。そしてパートナーとの絆は本物であり、ルーパーはパピプリオを実の息子のように愛している。

 

『パピプリオだ‼次期王だったら、他の魔物の名前を間違えるなよ‼』

 

「ウヌ……済まぬのだ」

 

口調はキツイが、彼もまたガッシュを次の王として認めてくれている。それを察したガッシュはすぐに謝罪した。

 

『続けるぞ、ガッシュ』

 

バリーの言葉を皮切りに、再び抜け殻の破壊を続ける。パピプリオのお陰で妨害を受けずに攻撃に専念出来る。そして抜け殻は完全に壊され、クリアの弱点である力の球がむき出しになった。

 

「そこからは逃がさんぞぉ‼」

 

クリアは力技でパピプリオの拘束を解いていた。そして巨大な手で彼等を握りつぶそうとするが、次の魔物が出現する。

 

「シン……」

 

『ヨポイ!』

 

「ヨポポ‼」

 

緑のタイツを身に付けた小柄な少年の魔物“ヨポポ”は、ガッシュがイギリスで出会った魔物だ。彼はパートナーのジェムを大切に思い、彼女を守る為にガッシュと共に、自らの本が燃える事も顧みずに敵に立ち向かった。

 

「ヨポポイ・トポポイ・スポポポーイ‼」

 

清麿が呪文を唱えると共に、ヨポポの動きに合わせてガッシュが踊る。そしてクリアもまた、その動きに合わせて踊る、否、踊らされている。この呪文は、敵を術者の動きに合わせてしまうのだ。それはクリアのような強力な魔物ですら抗う事は叶わない。

 

「か……体が勝手に……」

 

これにはクリアも動揺を隠せない。クリアはガッシュ達に一撃を喰らわせる事が出来なかった。そして踊りのせいで隙が生じる。

 

『今のうちよ、ガッシュちゃん‼』

 

『ヤバい反撃が来る前に、そこを離れるゲロ‼』

 

「パティ‼ビョンコ‼」

 

パティと、カエルのような姿をした魔物“ビョンコ”が来てくれた。ビョンコもパティと同じくガッシュ達と敵対していた。しかし彼等の姿を見て改心し、自らリスクを冒しながらもガッシュ達を守ってくれた。

 

「シン・スオウ・ギアクル‼」

 

パティの呪文により、巨大な水の龍が召喚される。それは通常の“スオウ・ギアクル”よりもさらに大きくて強力だ。長い体を持つ水龍の外見は美しく神秘的ですらあるが、保持する力と水量はシン級の名に恥じない。

 

『アンド……』

 

「シン・ニュシルド‼」

 

水の龍に粘性の液体がまとわりつく。元はビョンコの盾の呪文で、粘液で敵の攻撃を包む術だが、今回はパティの術に対して使用した。そして粘液を纏う水の龍は長い体を活かしてはクリアに絡みつき、その動きを封じる。

 

『ガッシュちゃん、後は頑張って!魔界で待ってるわ‼』

 

『絶対に生き残って、皆で一緒に遊ぶゲロよ‼』

 

「ウヌ‼」

 

2人はそう言い残して魔界へ帰って行く。彼等はガッシュの勝利を確信している。クリアが動けない間にガッシュペアは地上に戻る。そして2人はクリアに対して、最後の一撃を放とうとした。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。ガッシュの友達になってくれた魔物を金色の本に詰め込みました。コーラルQは私の趣味です。


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LEVEL.61 金色の時間

 何とか今週中に一話分上げられました。戦いに決着がつきます。


 ガッシュペアは最後の一撃を放とうとするが、1人の魔物の少女がそれを止める。

 

『その前にやる事があるでしょ!清麿、そんなんじゃ持たないわよ?』

 

「確かにその通りだ……ティオ‼シン・サイフォジオ‼」

 

呪文を唱えると同時に、柄から丸みを帯びた刃が4本に伸びる剣が出現した。そして癒しの力を持つそれは清麿・ブラゴペア・殺せんせーの傷と体力を回復させる。この呪文は、術者の魔物以外の仲間を元気にしてくれる様だ。

 

「凄い回復力だ!」

 

「おやおや。力がみなぎってきますねぇ、ヌルフフフ」

 

「そうね、ブラゴも元通りになったわ」

 

術を受けた彼等は笑みを浮かべる。殺せんせーの顔は、相変わらずの緑の縞々模様だ。またシェリーの言う通りに痩せこけたブラゴの体も回復したが、彼の意識が戻るには至らなかった。

 

「ティオ、ありがとうなのだ‼」

 

『もう一息だからね。ガッシュ、頑張りなさい!』

 

「ウヌ‼」

 

ティオの参戦、術による全員の体力回復。清麿達の勝利は確定したかに思われたその時、クリアは水の龍による拘束から逃れていた。それを見た清麿の顔色が変わる。

 

「あいつ、まさか⁉」

 

「気付いてももう遅い……ここまで追い詰められるとは思わなかったが、お前達“肉体を持つ者が行けない場所”に行けば我が勝利は揺るがない……」

 

クリアの下半身があった部位から、エネルギーが放たれる。しかし、それは清麿達にダメージを与える為の物では無い。クリアは自らの体をブースター替わりにし、放出されるエネルギーによって遥か上空を目指す。

 

「奴はどこに行こうとしておるのだ⁉」

 

「……宇宙だ‼俺達はそこに行くことが出来ない。奴は宇宙空間で力を溜めて、そこからこの地球を丸ごと消そうとしている‼」

 

清麿は【答えを出す者】(アンサートーカー)で最悪の答えを導き出す。しかしクリアの狙いが分かったところで、このままではどうする事も出来ない。現状彼等が宇宙に行く事は不可能なのだから。

 

「にゅやッ‼ここにきてそんな……」

 

先程まで余裕の表情を浮かべていた殺せんせーだが、一瞬にしてその顔を真っ青にする。相変わらずテンパるのが速い。この状況、絶体絶命と思われたその時、また1人の魔物の少女が来てくれた。

 

『私が、ガッシュと清麿の命を守るわ』

 

「こんな力を持っていたのか……シン・ライフォジオ‼」

 

優しい光がガッシュペアの体を包む。その光に包まれた者は、どのような空間にいても“生命”が守られる。この術の持ち主はかつて、自分の力は誰かを傷付ける事しか出来ないと絶望していた。しかし彼女の持つ優しい心と強い意志によって、遂に何かを守る為の術を会得するに至った。

 

『ガッシュ。私ね、人を傷付けるだけじゃなく、こんな力も持っていたみたい』

 

「コルル……とても優しい術なのだ」

 

ガッシュは大粒の涙を流しながら、コルルとの再会を喜ぶ。かつて自分が優しい王様を目指すきっかけとなった彼女もまた、ガッシュの味方をしてくれる。そんな彼を見て、コルルは優しく微笑んだ。

 

「もう少しだからの。必ず、優しい王様になって見せるのだ」

 

『うん、お願いね』

 

コルルは懇願するとともにその目から涙を流す。そしてガッシュペアは2人で宇宙空間に向かう為に、ガッシュがマントを広げる。そこに清麿が乗ると同時にガッシュの仲間がまた来てくれた。

 

『メルメルメ~‼』

 

「ウマゴン‼宇宙まで連れて行ってくれるのか⁉」

 

『メルメルメ~~‼』

 

「シン・シュドルク‼」

 

共に戦ってくれた仲間のウマゴンが、今度は彼等を宇宙空間まで行くのに協力してくれると言う。そして呪文を唱えると、ガッシュの両肩には巨大なブースターが出現した。強力なその術で、ガッシュペアは超スピードで宇宙に向かう。魂の状態のウマゴンと共に。

 

(‼このスピードは……)

 

ガッシュの速さを見て、殺せんせーが対抗心を燃やす。先生はすでに落ち着いている。それだけの余裕と安心感を、ガッシュペアが提供してくれたのだ。そして殺せんせーも上空を目指す。

 

(宇宙空間に行くことは出来ない……ですが、目に見える範囲の攻撃をエネルギー砲で防ぐ事くらいなら‼)

 

クリアは強力な攻撃を地球目掛けて放とうとしている。ガッシュペアの攻撃がそれとぶつかり合った時、余波が地球を襲うかもしれない。殺せんせーはその事を危惧した。

 

 

 

 

 宇宙空間。力を溜めている最中のクリアは、信じられない光景を目にする。肉体を持つガッシュペアが、地球を背に宇宙空間に来ているのだ。

 

「おのれ、なぜ来れる⁉」

 

当然クリアは驚愕する。そしてクリアは時間をかけて溜めた消滅波を、彼等目掛けて放とうとする。

 

「ならば、最大の一撃を喰らわせるまでよ……お前達は避けられない。なぜなら、お前達の後ろには地球がある……時間をかけて溜めたこの一撃、これで終わりだー‼」

 

クリアから極太の消滅波の光線が放たれる。それがガッシュペア及び地球に直撃したかに思われたが、その攻撃はそれらをすり抜けてしまった。当然彼等にはダメージは無い。

 

「何だと……どうなっている?」

 

『君は幻を攻撃したからさ。流石は清麿、呪文を唱えるタイミングを分かっている……僕、キャンチョメの“シン・ポルク”をね』

 

清麿は事前にキャンチョメの最強呪文を唱えていたのだ。どんな幻覚をも自由に相手に見せられる呪文を。この呪文の効果はそれだけでは無いが、クリアの攻撃を本物の地球から逸らすという目的は幻を作る事で無事に果たされた。

 

『もうちょっとしたら術も解けて、ガッシュ達の姿が見える様になるよ。時間を稼がせてね……僕ら魔物の皆が、君を倒す為にガッシュの元に集まる間は』

 

キャンチョメの言う通り、多くの魔物達の魂がガッシュペアの元へ駆け付ける。そして彼等の力が金色の本に蓄積されていく。当然クリアには何が起こっているのかが理解出来ない。

 

「一体どうなっている……だが、全方位に強力な消滅波を放てば……」

 

『させると思うか?』

 

クリアが大きな魔力に気付いて後ろを振り向くと、下半身が砲台で2本の角と4枚の翼を持つ銀色の巨大な雷神が出現している。その術の禍々しさと迫力は見る者を戦慄させるのに十分だ。それはクリアとて例外では無い。そしてそのすぐ下には、ガッシュの兄であるゼオンがいる。清麿はキャンチョメだけでなく、ゼオンの呪文をも事前に唱えていたのだ。

 

『“ジガディラス・シン・ザケルガ”だ。より短いチャージで、さらに強力な電撃を放てる様になった。喰らえ‼』

 

「ZIGAAAA……」

 

「おのれぇ‼」

 

雷神の砲口から放たれる銀色の極太な電撃がクリアを襲う。クリアの巨体をも覆いかねない広範囲な一撃はかわす事すら困難だ。その威力は言うまでもない。ゼオンのシン級の術をまともに喰らえば、クリアとてただでは済まない。止む無くクリアは全方位に放とうとした消滅波を一直線の光線状に変えて、ゼオンの電撃にぶつける。

 

「我が攻撃が……押し負けるだと⁉」

 

銀の電撃が少しずつ消滅波を押していく。クリアが力を溜めて放った攻撃にも競り勝てる程にそれは強力だ。そして電撃はクリアに直撃する。しかしクリアは自らの急所を腕でガードしていた為、致命傷を負う事は無かった。こうしている間にも、ガッシュペアの元には、より多くの魔物達が集結する。

 

 

 

 

 その頃地球では、ブラゴが目を覚ましていた。

 

「シェリー、本を。俺の力も、ガッシュの元へ……」

 

ブラゴは宇宙空間で何が起こっているかを察する事が出来た。そして彼は自分の力を、魔本を通してガッシュペアの元へ送る。

 

 

 

 

 そして宇宙空間では、ガッシュペアがゼオンの元まで来ていた。その時の彼の表情はとても穏やかだ。

 

『ガッシュ……よくここまで頑張ったな』

 

「ゼオン!お主こそ、力を貸してくれてありがとうなのだ」

 

ガッシュの礼を聞いて、ゼオンは嬉しそうな顔を見せる。彼等はかつてすれ違いで敵対してしまったが、お互いの思いを込めた最大呪文のぶつかり合いを経て和解した。そんなゼオンもまた、ここまで死力を尽くした実の弟であるガッシュを次期王として認めてくれている。

 

『金色の本が持つ力、そういう事だったのか。ガッシュ……お前はどんなに追い詰められても、最後まで俺達を救う事を諦めずに戦い続けてくれた。その姿はまさに王だ。だからガッシュの本は金色に輝き、本の持つ真の力を引き出した。お前の民を思う姿は、魔界に住まう魔物の心を一つにした』

 

ゼオンはこの戦いを見て、王とは民の為に全てを捧ぐ者であると理解した。そして彼は魔界の皆の為に絶望に立ち向かうガッシュこそ、王の姿そのものであると感銘を受けていた。他の魔物達もまた同じ事を考えており、皆がガッシュに力を与えてくれる。そこには敵も味方も無い。全ての魔物がそこに集まる。

 

『ガッシュ、清麿。皆の力をバオウに集め、クリアを倒すぞ‼』

 

ゼオンの指示に従い、ガッシュペアは金色の本に力を溜める。そして次の一撃に全てを注ぐ為にガッシュはシン・シュドルクを解いた。魔界の皆の力が彼等に集まると本だけでなく、ガッシュペアの体までもが金色に輝く。そして、全ての魔物の力が収束された最強の呪文の名を清麿が唱えた。

 

「シン・ベルワン・バオウ・ザケルガ‼」

 

ガッシュの口から電撃を纏う金色の龍が出現する。それは通常のバオウとは異なり、西洋のドラゴンのような姿をしており、両手及び胸部にも龍の頭を持つ。その体はクリアの何倍もの大きさを誇り、威力も他の呪文とは比べ物にならない程に強大だ。ガッシュペアは魔界の皆が心と力を合わせた術をもって、魔界を滅ぼす存在に打ち勝とうとする。

 

「バオオオオ‼」

 

その姿を見たクリアは狼狽する。しかし自分の力に絶対の自信を持つが故に、クリアは引こうとはしない。そして金色の龍を打ち負かす為に、今残る全てのエネルギーを最後の一撃に込める。

 

「どんな術だろうと……我が、負ける訳が無い‼」

 

クリアは極太の消滅波を放つ。それはバオウに直撃するが、押し勝つ事は叶わない。皆の力が合わさった術はいかなる攻撃をも受け付けない。そして敵の攻撃を受けてもビクともしない金色の龍は、消滅波ごとクリアの体を飲み込んだ。絶対的な力を誇り、ガッシュ達を絶望のどん底に突き落としたクリアの力は遂に消滅しようとしていた。

 

「おおお……おのれ……」

 

「バオオオオ‼」

 

バオウの電撃はクリアを打ち砕いた。そしてクリアの中にいたヴィノーがようやく出現したが、彼を纏うバリアは電撃によって破られ、クリアの持つ透明の本は燃え尽きた。

 

「シン・ライフォジオ‼」

 

無防備になったヴィノーに対して、コルルが優しい光を纏わせる。クリアの消滅の力は打ち砕かれ、この戦いはガッシュ達の勝利となった。

 

「やったな、ガッシュ」

 

「ウヌ……」

 

清麿が労いの言葉をかけるが、ガッシュは彼の方を向いていない。ガッシュの視線の先には、この戦いに力を貸してくれた魔物達が集結している。

 

「皆、本当にありがとう‼皆のお陰なのだ‼」

 

彼等の存在無くして、この戦いの勝利は有り得なかった。それ程にクリアの力は絶望的だった。それでも諦めずに立ち向かった結果、金色の本の力が出現し、魔界を守る事が出来た。他の魔物達も、歓喜の声を上げる。

 

 

 

 

 戦いを終えたガッシュペアはヴィノーを抱えて地球に舞い戻る。そこには、ブラゴペアと殺せんせーが待ち構えていた。

 

「……見事だ」

 

「2人共、クリアを倒してきたのね。これで魔界の滅亡の心配は無くなったわ」

 

「本当に、お疲れ様でした」

 

彼等は安堵の表情を見せながら2人に労いの言葉をかける。そして殺せんせーは穏やかな笑みを浮かべながら自分の触手をガッシュペアの頭に置く。これで大きな戦いの1つは終わったのだと皆が確信していた。その時、

 

「にゅやぁ。高嶺君とガッシュ君、聞きたい事があるのですが……」

 

「ウヌ?」

 

先程までとは打って変わり、殺せんせーが冷や汗を掻き始める。2人共何事かと思って身構えるが、先生の質問を聞いて拍子抜けする。

 

「……本が金色に輝くのは……君達の意志で出来るのですか?」

 

「何だ、そのことか……」

 

「何だじゃありません‼先生にとっては死活問題なんです‼」

 

シン級のラッシュは、マッハ20の速度を誇る殺せんせーにとっても脅威だ。場合によっては、金色の本だけで暗殺が成功しかねない。殺せんせーはその事を危惧して、再びテンパリ始めたのだった。

 

(それ、私も聞こうと思っていたのよね……)

 

シェリーが心の中で呟く。彼女達は最終的にガッシュペアと戦わなくてはならない。金色の本の事についてはブラゴペアにとっても重要な事だ。自分達がいくら打倒クリアの為に厳しい特訓を積み重ねて来たとは言え、金色の本の力は大きすぎる。彼女がそんな事を考えていると、清麿が口を開いた。

 

「多分、そうはならないと思う。クリアとの戦いは、魔界の存続がかかった緊急事態だったし」

 

その答えを聞いて殺せんせーとシェリーは安心する。

 

「そうですか……さて、先生は先に戻ります。皆も待っていますし、今日は渚君の3者面談の日ですからねぇ。それでは‼」

 

殺せんせーがそう言い残して、超スピードで去った。E組の担任である彼は、いつまでも教室を開けておく訳にはいかない。それだけでなく、渚の母親との話し合いもあるのだから。

 

「嵐の様に去って行ったわね……」

 

シェリーが呆れ混じりの表情でそう言った。そして、少しの間の沈黙がこの場に流れる。

 

 4人はしばらく言葉を話さなかったが、この沈黙を清麿が破った。

 

「なあ、2人共……殺せんせーの事、何も聞かなくて良いのか?」

 

魔物でもないのにもかかわらず、殺せんせーは非現実的な存在だ。しかもマッハ20の速度で飛び回り、今回の戦いでも高い実力を遺憾なく発揮していたのだから、その正体を知りたがるのはごく自然な事だろう。しかしブラゴペアは、殺せんせーの正体については言及して来なかった。

 

「全く気にならないって言えば、嘘になるわね。いきなり現れた時はビックリしたもの」

 

「そうだな……だが、敵ではないのだろう?」

 

2人は言い放つ。確かに殺せんせーはいつも清麿達の事をよく考えてくれており、今回の戦いでも自らの命を賭して力を貸してくれた。しかし殺せんせーは地球を滅ぼそうとしている。その事実を知れば、2人も黙ってはいないだろう。ガッシュペアが殺せんせーの事を話すかどうか悩んでいると、シェリーが再び口を開いた。

 

「それより、私達には話し合う事があるでしょう?……魔界の王を決める為の最後の戦い、いつがいいかしらね?」

 

クリアを倒しても彼等の戦いは終わらない。最後まで残ったこの2組が決着をつけない限りは。流石に今すぐ戦う意志は彼等も持ち合わせていないが、逃れられない勝負である。それを聞いた清麿は、少し申し訳なさそうな顔を見せる。

 

「その事なんだが……3月まで待ってくれないか?」

 

「大分先延ばしにするのね」

 

清麿の提案に、シェリーが意外そうな顔をする。

 

「この戦いが終われば、どっちが勝ってもガッシュと別れる事になるからな。3月には俺の中学校の卒業式がある。ガッシュにもそこにいて欲しいんだ」

 

ガッシュは今、清麿と同じくE組の生徒の1人だ。だから卒業式までは一緒にいたいと清麿は考えている。E組全員で卒業式を終えた上で、ブラゴペアとの戦いに臨みたいのだと。

 

「それに……」

 

「あの超生物絡みか?」

 

ブラゴが清麿の言葉を遮る。

 

「奴が何者かは知らんが、恐らくお前達で解決すべき事なのだろうな。どうしてもと言うのなら、力を貸してやらんでも無いが。マッハ20の超生物か……一度手合わせしたくはある」

 

彼はまるで、ある程度殺せんせーについて分かっているような物言いだった。殺せんせーとE組の絆、殺意で結ばれるそれは部外者が介入すべき事では無いのだと、そこまで見通しているかの様である。殺せんせーと共に戦い、確証はない物の先生の正体についてある程度本能で理解出来たのかもしれない。

 

「俺達と戦うまでに、やり残した事は全てやっておけ。そしてわだかまりの無い状態のお前等を全力で倒し、俺はどんな奴でも治められる王になる」

 

ブラゴの勝利宣告だ。彼等はかつてガッシュペアを実質敗北に近い形までに追い詰めた事がある。その事によりガッシュペアは魔物の王を決める戦いを知り、ブラゴペアにライバルという物を感じた。そんな彼等との最終決戦、一切の未練が無い状態で挑まなくては許されない。

 

「良い戦いにしよう」

 

「そうね、お互いの全てをぶつけ合う事になるでしょうね」

 

彼等は向き合う。そして4人が戦う意志を固めていると、1機のヘリコプターがすぐ近くまで来た。彼等の元に来たヘリコプターには、共に戦ってくれた恵とサンビーム以外にも、彼等に強くなる為の道筋を示してくれたデュフォーが乗っている。そしてヘリコプターの扉が開くと、彼等はそこから降りて来た。

 

「皆、無事だったか⁉」

 

まずはサンビームが、彼等の安否を確認する。今回の戦いは余りにも壮絶な物であり、清麿達の事が心配で気が気でなかったようである。

 

「勝てて良かった‼」

 

続いて恵が目に涙を溜めながら、ガッシュに抱き着く。戦いに勝利できた事で、喜びの感情以上に心底安心している様だ。その後に降りて来たデュフォーは無事に戦いを終えてくれた彼等を見て無言で頷いた。そして一行はヘリコプターに搭乗し、それぞれの帰る場所を目指すのだった。




 読んでいただき、ありがとうございました。無事にガッシュペアは魔界の滅亡の危機を乗り越えられましたが、地球の滅亡の危機が残っていますね。彼等の重荷は当分なくならないでしょう。


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LEVEL.62 帰還の時間

 ここからは散々薄くなってきた暗殺教室の要素がようやく増えてきます。


「皆、よくやってくれた。これで魔界は滅びずに済んだ」

 

 空中を飛ぶヘリコプターの中で、デュフォーが労いの言葉をかけてくれた。この戦いでティオとウマゴンは魔界へ帰る事になってしまったが、彼等は見事に魔界を守り切れた。その事実に対して一同はひとまず安心する。そしてデュフォーは話し続ける。

 

「それから、いくつか話さないといけない事がある。まずはクリアのパートナーの事なのだが……」

 

彼はヴィノーの話題を出した。彼女は本の持ち主としてクリアに育てられて来たが、本当の両親の所在が分からない。そこでどうにかヴィノーの親を見つけた上で彼女を引き取ってもらう必要があるが、その為の手掛かりがほとんどない状態だ。

 

「ヴィノーの両親が見つかるまで、ナゾナゾ博士が預かってくれるそうだ。そして両親を探し出すとも言っている。ナゾナゾ博士は今、フランスの空港にいる」

 

「それなら、私とブラゴがこの子を紳士殿(ムッシュー)に渡せばいいわね」

 

ヴィノーをどうするかは決まった。ナゾナゾ博士の行動力及び幅広い知識・人脈があれば、手掛かりが少ない状態でもヴィノーの親を探し出してくれるだろう。またユーモアに溢れた博士なら、赤子であるヴィノーを退屈させる事も無い。

 

「さて、次が本題だ」

 

クリアとの戦いが終わり比較的柔らかな表情を見せていたデュフォーだったが、彼の顔が真剣な物になる。そんな彼を見て、サンビームと恵が清麿に問いただす。

 

「清麿、あの黄色いタコみたいな生物は何だったんだ?」

 

「ガッシュ君達の味方みたいだったけど……」

 

殺せんせーは2人に見られていたのだ。国家機密である先生は普段は人目に付かないように細心の注意を払っているが、クリアとの戦いに意識が集中しており、誰かに目撃されるリスクが頭から抜けてしまっていた。

 

「俺達がヘリコプターでお前達の方に向かっている途中で奴を見た。ガッシュと清麿が宇宙にいる時だな」

 

殺せんせーは上空でクリアの攻撃による余波を警戒している時に、彼等に見つかった。しかし状況が状況である為、清麿は先生を責めるような事は考えていない。

 

「ウヌぅ、清麿……」

 

「殺せんせー、見られてたんだな……」

 

ガッシュペアはうつむく。殺せんせーの事は国家機密である為に極力話すべきでは無いが、今ここにいるのは共に厳しい戦いを乗り越えて来た仲間だ。地球を滅ぼそうとしている殺せんせーの存在を、皆に黙認するのは抵抗がある。

 

「その事なんだが……」

 

殺せんせーが実際に見られてしまった以上、隠し通すのは容易では無い。そして清麿は殺せんせーについての事情を話す決断を下した。先生が地球を滅ぼそうとしている事、E組内で行われている暗殺の事など、これらを聞いた仲間達は複雑な心境となる。ちなみにヘリコプターのパイロットは運転に集中しており、この話は聞いていない。

 

「地球を滅ぼそうとしているマッハ20の超生物か……戦う相手としては申し分ないな」

 

殺せんせーが地球を滅亡させる事を聞いたブラゴは殺せんせーと戦う気概を見せる。ブラゴの重力をもってすれば、殺せんせーの超スピードも妨害出来るかもしれない。一方でシェリーは沈黙を突き通す。それからサンビームが口を開いた。

 

「清麿、1つ確認したい」

 

「それは?」

 

清麿がサンビームの方を向く。

 

「この事を黙っていたのは、我々にクリアの事に専念してもらう為か?」

 

彼はハッキリさせておきたかったのだ。どうしてガッシュペアがこれ程に深刻な問題を、自分達だけで抱え込んでいたのかを。

 

「ああ、その通りだ。こんな重要な事を皆に黙っていたのは、申し訳なく思っている」

 

「そうか……」

 

清麿の謝罪を聞いたサンビームは頭を抱える。殺せんせーの事を知っても、今の彼にはウマゴンがいない。直接殺せんせーをどうにかする手段を持ち合わせていないのだ。そんな自分の無力さをサンビームは感じている。

 

「清麿君とガッシュ君は、魔界と地球の危機の両方に直面していたって事よね……」

 

恵が顔色を悪くする。魔界と地球の滅亡。片方だけでもガッシュペアの心を疲弊させるのには十分だというのに、彼等はそのどちらも背負っていたのだ。その重圧に耐えるのは、生半可な精神力では不可能だ。そんな事情を知った彼女は、2人がクリア以外の何かを抱えている事に気付けなかった事で罪悪感に苛まれる。

 

「……でも、変じゃないかしら?」

 

先程まで言葉を発していなかったシェリーが口を開いた。

 

「あの超生物が地球を滅ぼす悪党だというのなら、この戦いに力を貸してくれた事の説明が付かない。それにガッシュも清麿も、あれの事は信用しているみたいだったし」

 

シェリーの疑問はもっともだ。殺せんせーが悪い者であれば、クリアとの戦いに協力してくれる理由が分からない。E組の事を何よりも考えてくれる殺せんせーについてかつてガッシュペアも同じ事を問い詰めたが、答えは得られていない。

 

「そもそも、あの超生物の正体を【答えを出す者】(アンサートーカー)で導き出せば……」

 

「いや、それはしたくないんだ」

 

彼女の提案を清麿が拒否した。

 

「地球の危機なのに何言ってんだって思われてもおかしくない。でも殺せんせーの正体にはこの力を使わずに、E組の皆と一緒に辿り着きたいんだ。殺せんせーは散々クラスの為に尽くしてくれた。その事に報いるには、E組で殺せんせー暗殺を成功させた上で正体を知る。それしかないと思っている」

 

「ウヌ……皆に話していなかったのは済まぬのだが、私達に任せて欲しいのだ」

 

ガッシュペアの決意は固い。あくまでE組の力で殺せんせー暗殺を成してこそ意味があるのだと。彼等はこの考えを変えるつもりは無い。その主張を聞いた一同は、この事に納得したような表情を見せる。

 

「分かった。だが、もし我々に出来る事があるようならいつでも言って欲しい」

 

まずはサンビームがそう言う。ウマゴンがいない状態でも、やれる事が何かしらあるはずだと彼は確信している。

 

「私は日本にいるから、困った事があれば相談してね!」

 

続いて恵が微笑みかけてくれる。これまでの戦いで仲間同士支え合ってきたが、魔物の戦いが終わったとしても、彼女はガッシュペアを支えてくれる。

 

「「2人共、ありがとう(なのだ)‼」」

 

ガッシュペアは礼を言う。地球の危機だというのに、彼等は自分達の考えを理解してくれた上で力になってくれるのだから。これ程嬉しい事は無い。魔物の戦いで得られた絆はこれからも失われない。

 

「あなた達の気持ちは分かったけれど、あの超生物の正体は私も興味があるのよね。紳士殿(ムッシュー)を通して、個人的にあれの正体を探るくらいは構わないかしら?」

 

「ああ、分かった」

 

ブラゴペアもまた、この戦いで殺せんせーに力を貸してもらっている。そんな先生の事にシェリーが興味を持つのは何らおかしくはない。そんな彼女の言葉に清麿は同意する。

 

「もっとも……デュフォー、あなたはその正体に気付いているみたいだけれど」

 

【答えを出す者】(アンサートーカー)で奴を見たからな。だが、それをここで話すわけにはいかない」

 

シェリーがデュフォーの方を見る。彼は殺せんせーの事を知った上で、その処遇をガッシュペア及び他のE組に一任している。

 

「奴の打倒に関して、今はお前等に任せてやる。マッハ20の超生物を相手取るんだ。俺達の最後の戦いに向けて良い特訓になるんじゃないのか?だが、根を上げる様ならいつでも言え。その時は俺達があいつを仕留める!」

 

ブラゴは自信ありげにガッシュペアに言い放つ。その気になれば、殺せんせーもガッシュペアも自分とシェリーで打倒する事が出来るのだと。

 

「バカいえ、それを成し遂げるのは俺達だ!」

 

「ウヌ!」

 

ブラゴの挑発にガッシュペアが答える。お互いに自分の勝ちを譲るつもりは一切ない。そして殺せんせーの事も話し終わり、彼等はそれぞれの目的地を目指す。

 

 

 

 

 ヘリコプターは初めにフランスに着陸した。ブラゴペアがそこで降りた後、2人は空港で待ち受けるナゾナゾ博士と合流し、ヴィノーを引き渡した。そこで彼等は、殺せんせーの事を改めて問いただす。続いてアフリカの空港に辿り着く。そこでサンビームは残りのメンバーに別れの挨拶を交わした後、1人ヘリコプターを降りた。

 

(ふぅ、私の戦いも終わってしまったか……)

 

彼はウマゴンとの戦いの日々を思い出しながら、空港の出口を目指す。

 

(考えてみれば、ウマゴンと一緒にいれた時間はそれ程長くは無かったな)

 

ウマゴンがサンビームと共に初めて戦ったのは千年前の魔物との戦いの時であり、ガッシュ達がパートナーと出会うよりも大分後の話である。その戦いが終わっても彼の宿舎はペット同伴が叶わず、ウマゴンは主に清麿宅の小屋で生活していた。しかし過ごした時間が長くなくても彼等の絆は本物だ。

 

(ウマゴン……共に戦えた事を、誇りに思うぞ)

 

ウマゴンは己の機動力を活かして、戦いの時はいつも体を張っていた。そんな彼に仲間は何度も助けられてきたのだ。ウマゴンの事を考えていると、気付けばサンビームの目には涙が溜まっていた。

 

「うぅ、ウマゴン……」

 

我慢の限界に達し、ついにサンビームは泣き出した。どれだけ人目に付こうとも構わずに、彼は涙を流し続けて下を向く。それだけウマゴンとの別れは悲しい物である。そんな彼を見かねたのか、1人の女性がサンビームの元へ駆け寄り、ハンカチを差し出した。

 

「およよ……大丈夫ですか?」

 

「あ、あなたは……」

 

ハンカチを受け取ったサンビームが顔を上げると、そこには修道服を来た女性が立っていた。

 

「サンビームさん、本当にお疲れ様でした」

 

その女性の名はエル・シーバス。かつてモモンと共にガッシュ達と戦ってくれたパートナーである。彼女はナゾナゾ博士の手紙を受け取り、クリアとの戦いについても知っていた。そんなシスターはすぐにサンビームがウマゴンと別れた事を察して、労いの言葉をかけてくれたのだ。

 

「ここでは何ですので、どこか入りませんか?」

 

「……ああ、そうしようか」

 

そして2人は空港内の喫茶店に入っていく。それから紆余曲折を経て、彼等が同居生活を始めるのは別の話である。

 

 

 

 

 場面はヘリコプターに戻る。その中ではしばらくの間沈黙が続いたが、恵が口を開いた。

 

「サンビームさん、大丈夫かしら?」

 

彼女はウマゴンと別れたサンビームの身を案じている。自身もティオと別れてしまい、パートナーの魔物を失う辛さがよくわかるのだ。そんな恵を見たガッシュペアは悲し気な顔を見せる。

 

「はっ……ごめんなさい。場を暗くしてしまって……」

 

「いや、恵さん。そんな事は……」

 

2人の顔色を見た恵はすぐに謝罪する。これ以上雰囲気を重たくする訳にはいかないのだと。それを聞いた清麿はすぐにフォローを入れた。そして恵はなるべく明るい話題を振り続け、話を極力途切らせないようにしてくれた。まるで、自らの感情を誤魔化すかのように。

 

 

 

 

 そして翌日の早朝、ヘリコプターは日本の空港に辿り着いた。ガッシュペア・恵・デュフォーは無言でヘリを降りて、歩き続ける。そして彼等が出口を目指している途中の広場で、中高生くらいの団体がそこに待ち構えているのを見かける。こんな朝早くから何事かと彼等は思ったが、その団体はガッシュペアが良く知る集まりだった。

 

「無事に帰ってきてくれたんだね」

 

「皆さん、本当に良かったです。私、心配で心配で……」

 

そこにはE組のクラスメイト達が彼等を出迎えてくれていた。まずはカルマと奥田が前に出て、安心したような表情で声をかける。また奥田の目は少し潤んでいた。彼等の帰還を知って、涙を浮かべるほどに嬉しかったのだ。

 

「待ってくれておったのか……」

 

これにはガッシュペアも驚きを隠せない。自分達が日本に戻るタイミングで、彼等がその場に来てくれたのだから。

 

「……俺は先に戻るぞ」

 

「お、おう」

 

E組のクラスメイト達を見たデュフォーは清麿に声をかけた後、1人彼の家に戻って行った。そして清麿は再びE組の方を見る。

 

「しかし皆、どうして……」

 

「私もいるある!」

 

清麿が言葉を詰まらせていると、また1人別の仲間が出迎えてくれていた。

 

「「「リィエン⁉」」」

 

そこにはリィエンがいた。彼女もまたナゾナゾ博士からこの戦いの事を聞いており、丁度日本に滞在していた為に空港まで来てくれていたのだ。これにはガッシュペアも恵も驚く。そしてリィエンが清麿の近くまで来て、小声で話しかけた。

 

(清麿、恵と2人で話をさせて欲しいある)

 

清麿は恵がティオの事をとても悲しみ、今にも泣きだしそうな状態である事を分かっている。しかし、気丈に振舞おうとする彼女に水を差す訳にはいかない。どうしたものかと考えていた矢先にリィエンが気を利かせてくれた。

 

(済まない。恵さんの事は任せるぞ)

 

(了解ある!)

 

清麿の頼みを了承した後、彼女は恵の腕を掴んだ。

 

「恵、こっちに来て欲しいある!」

 

「リィエン、どうしたの⁉」

 

戸惑う恵に構わず、リィエンはその腕を引っ張り続ける。そして彼女は恵と共にその場を離れた。

 

 

 

 

 リィエンに連れられた恵は、一足先に空港の外に出る。まだ朝早い時間帯であり、外も薄暗く、人通りも無い道で2人は向き合って立ち止まっていた。

 

「恵、ここなら誰もいないあるよ。もしあなたが1人になりたいのなら、私はガッシュ達の所に戻るある」

 

リィエンは優し気にそう言う。彼女はティオと別れた悲しみをこらえる恵の事を考えて、人が見ていない場所まで連れて来てくれたのだ。そんなリィエンの考えを察した恵は首を横に振り、今度は自らが彼女の手を握る。共にここにいて欲しいのだと。

 

「ティオってね、初めは心を閉ざしていたの……親しい魔物に裏切られたって」

 

恵はティオとの出会いを話し始める。マルスの襲撃を受けたティオは海に落ちたが、そんな彼女を恵が救出した。ティオは恵と出会い、そして人間界でガッシュペアに助けられる事でようやく安心する場所を手にする事が出来たのだ。

 

「それでも段々と心を開いてくれるようになって……あの子と過ごしていると本当の妹が出来たみたいで……」

 

恵は魔物の戦い以外にも、アイドルとしての仕事がとても忙しい。そんな彼女をティオは支えてくれていた。そして2人で生活するうちに、彼女達は本当の姉妹のように仲良くなっていたのだ。恵の話をリィエンは黙って頷きながら聞いている。

 

「でも……もうティオは一緒じゃない。私……あの子のいない生活なんて考えられない……」

 

恵の目からは涙が溢れ出る。

 

「……ティオ、ティオ、ティオーーー‼うわああああああっ‼」

 

そして彼女は我慢の限界に達したかのように泣きじゃくる。これまで当たり前のように隣にいてくれた少女はそこにいないのだ。そんな恵を見て、今までは話を聞く事に徹していたリィエンが彼女を優しく抱きしめる。

 

「恵……」

 

リィエンの目からも涙が流れる。彼女もまたウォンレイとの別れを経験しており、恵の気持ちは痛い程に分かるのだ。ウォンレイが魔界に帰った時は、ティオペアがその場にいてくれた。その事は多少なりともリィエンの支えになっただろう。そんな彼女は、今度は自らが恵を支えようとしている。

 

「私……リィエンみたいに、強くはなれないよ……」

 

リィエンは今でも心でウォンレイと強い絆で結ばれている。だからお互い離れていても気丈でいられる。その事が恵の目にはとても強かに映っているのだ。

 

「恵……あなたの心の中に、ティオはずっといるある」

 

リィエンは恵の耳元でそう呟く、まるで自分にも言い聞かせるように。そして恵はしばらくした後にようやく泣き止み、2人は今日一日行動を共にするのだった。

 

 

 

 

 場面は空港の中に変わる。ガッシュペアは、自分達を待ってくれていたクラスメイト達と向き合う。そして矢田が口を開いた。

 

「2人が帰って来る時間を律に調べてもらったの。その後にリィエンさんが日本にいるって話を聞いたから、一緒に来たんだよ。2人共無事に……」

 

彼女はここに来た経緯を話してくれていたが、その言葉を遮るかのように1人の女生徒が全速力で前に出て来て、ガッシュに抱き着いた。茅野だ。

 

「ガッシュ君‼ちゃんと帰ってきてくれて本当に良かった‼うわーーん‼」

 

「カエデ、ただいまなのだ!」

 

彼女は大粒の涙を流す。それ程に心配だったのだ。二度と会う事は無くなってしまうのではないかと、茅野は気が気でなかった。

 

「もう、カエデちゃんたら……高嶺君だっているのに」

 

「はっ……ごめんね」

 

泣きじゃくる茅野を見かねた矢田が、呆れた表情を見せながら彼女の頭に手を置く。そしてようやく平常心を取り戻せた茅野が、恥ずかしそうな顔をして謝罪する。茅野はガッシュを思うあまり、清麿の事をおざなりにしてしまったと少し罪悪感に苛まれる。

 

「そーだよ茅野ちゃん。見てみ、高嶺が嫉妬してるから」

 

「相変わらずだねぇ、高嶺君は」

 

「やかましい!」

 

このような場面でも、中村とカルマは平然と清麿を煽ってくる。彼等がブレる事は無いだろう。清麿は2人の発言を否定しつつもクラスメイトと他愛のない会話をする事で、無事に帰ってこられた喜びに浸る。

 

「これでガッシュ君が優しい王様になるまであとちょっとだね」

 

矢田はそう言いながら、ガッシュと目線を合わせる為にしゃがんだ後に彼の両肩に手の平を乗せる。

 

「そうだの、桃花。私は優しい王様になって、誰も争わないで良いような世界を作るのだ!」

 

「うん!」

 

ガッシュの決意を聞いた矢田は満足気な顔を見せる。かつて暗殺肝試しの時に、争いが苦手な彼女はガッシュに魔界で皆が平和に暮らせるような世界を作るようお願いした事がある。ガッシュはそれを覚えくれてていたのだ。

 

「2人共、お疲れ様~」

 

そんな中、倉橋がいつも通りのゆるふわな口調で2人を労う。しかし彼女の瞳は、どういう訳か少し赤くなっていた。そして彼女を見てガッシュペアの顔が険しくなる。

 

「陽菜乃、済まぬのだ……」

 

「え~、何でガッシュちゃんが謝るの?」

 

「ウマゴンは、魔界に帰ってしまったからの……」

 

ウマゴンとティオの送還。今回の戦いは自分達の勝利で終える事は出来たが、彼等は再び日本の地を踏む事は叶わなかった。ウマゴンと倉橋は短い付き合いの中でも親睦を深めており、そんな2人が会う事が出来なくなった事に対してガッシュペアは申し訳なく感じていた。しかし、

 

「……知ってるよ、その事は」

 

「……どういう事だ、倉橋?」

 

彼女はその事を既に分かっていた。だが、どうしてそれを知れたのかが不明であり、清麿は問いただす。その時、彼のスマホから律が起動した。

 

「はい。僭越ながら、今回の戦いはクラスの皆で見させて頂きました」

 

「「えっ⁉」」

 

律の本体は、色々な物質を作り上げる事が可能だ。そして彼女は飛行型の超小型カメラを制作し、それを殺せんせーに付けたのだ。そのカメラは律の本体と繋がっており、彼女を通してE組の皆はその戦いを観戦する事が出来たのだ。これにはガッシュペアも驚愕する。

 

「だが、授業中じゃなかったのか?どうして……」

 

「ビッチ先生が自習にしてくれたんだよ」

 

清麿の疑問には不破が答える。午後一発目はビッチ先生の授業であり、彼女が気を利かせてくれたのだと。

 

「魔物同士の戦い……見てて寿命が縮まった気がしたかな……」

 

片岡が軽く汗を掻きながら口を開く。常人にとっては異次元でしかないこの戦いを実際に見るのは、かなり刺激が強かったようだ。

 

「そこにウマゴンちゃんとティオちゃんがいなかったから、魔界に帰っちゃったんだろうなって……」

 

「そうだったのか……」

 

殺せんせーが来た時には、既にティオとウマゴンが魔界に帰った後である。カメラには殺せんせー以外にガッシュペアとブラゴペアしか映っておらず、彼等が送還された事を察する事が出来たのだ。そしてウマゴンの別れを知った倉橋は、涙を流した。その事に清麿が納得しながらも、彼はこの場に1人の生徒がいない事に気付く。

 

「あれ、渚はいないのか……」

 

「渚は朝、やる事があるって言ってたぞ」

 

磯貝が教えてくれる。そして渚の事を考えたガッシュペアはある事を気にした。

 

「渚と言えば……あいつは大丈夫だったのか⁉」

 

「ウヌゥ、渚の母上殿との事はどうなったのだ⁉」

 

「あいつは今日もE組に来るぜ。あとは本人に話を聞いた方が良いんじゃね?」

 

「「良かった(のだ)」」

 

ガッシュペアの疑問に前原が答える。その問題は無事に解決したようだ。それを知った彼等は安心するが、そんな2人に対して速水が呆れたような顔を見せる。

 

「こんな時まで人の心配って、アンタ達はブレないわね」

 

自分達が壮絶な戦いを終えて来たばかりにもかかわらず、2人が渚を気にかける様子を見た彼女がそう言う。しかし、常に人を気にかけてくれる事こそが彼等の強さであると彼女には分かっている。

 

「そろそろここを出た方が良いんじゃなのか?学校もあるだろう。お前等、今日は疲れたから休むとか言わないよな?」

 

イトナが時計を見ながら2人を煽るような口調で話す。彼はガッシュペアならここで弱音を吐かない事を分かった上で試すような素振りを見せてきた。クリアとの戦いが終わっても、E組での暗殺生活はまだまだ終わらないのだから。

 

「もちろん登校するさ。殺せんせーにもちゃんとお礼を言えてないし、渚の事も気になるからな」

 

「ずっと学校は休み続けてしまったからの」

 

2人は休むつもりなど無い。そして一同は空港を出る。ちなみにガッシュペアは一度家に戻り、登校の準備を改めて済ました後に学校に向かうようにした。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。次回は番外編として、クリアとの戦いを律のカメラを介して見ているE組視点での話を投稿します。


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番外編 応援の時間

 前回の後書きでも話した通りの番外編です。よろしくお願いします。


 時は遡る。殺せんせーがガッシュペアの元に向かった後、ビッチ先生が3者面談を行う場合に備えて模擬練習が行われたがあまり捗らなかった。そんな時、律の画面に清麿達の映像が流れている事に一同が気付く。

 

「ようやく起動しました」

 

「律、どういう事かしら?」

 

「はい、イリーナ先生。殺せんせーには、私が作った超小型カメラを付けておきました。カメラの動きは私が操る事も出来ます」

 

それを聞いた彼等は律の性能の高さを改めて思い知る。律自身も清麿達が心配で、戦いの様子を見ておきたかったのだ。そしてビッチ先生は何かを察した様に、わざとらしい口調で話し始める。

 

「……私、体調が悪くなってきたわ。午後の授業は自習にするしかないわね。ガキ共、ちゃんと勉強してなさい……間違ってもタコ達の戦いなんて見てるんじゃないわよ」

 

ビッチ先生が仮病を使っているのは言うまでもない。当然生徒一同、それに気付いている。そんな先生に対して、矢田が声をかける。

 

「ビッチ先生、それって……」

 

「そのまんまの意味よ、私は保健室で休んでくるわ。誰も見てないからって、あんまり騒ぐんじゃないわよ?」

 

彼女はそう言い残して教室を出た。ビッチ先生は、生徒達が心置きなく清麿達の戦いを見られるよう取り計らってくれたのだ。それを察した生徒達は早速律に移される画面に注目する。

 

「今日のビッチ先生、いつになく気が利くよな」

 

「まあ、3者面談の方はダメダメだったけどよ」

 

村松と吉田が口元に笑みを浮かべてそんな話をする。彼女の気遣いに皆感謝しているのだ。そして画面には清麿達がブラゴペアと合流する場面が映し出される。

 

「あの黒い少年は魔物かな。怖そうな見た目をしてるけど、ガッシュ達の味方みたいだね」

 

「何か刺々しいよな、あの魔物」

 

竹林と千葉がブラゴについて述べる。その外見から、彼等はブラゴに怖い印象を持ったようだ。

 

「となると、あの金髪のねーちゃんがパートナーか?……って超美人じゃねーか‼」

 

「高嶺の奴、あんな綺麗な人とまで知り合いなのかよ‼チクショー‼」

 

前原と岡島はシェリーに注目する。画面越しとはいえ緊張感漂う戦闘を見てもなお女性に興味を示す2人は流石だ。そんな様子を多くの女性陣が呆れた顔で見ている。そしてガッシュ達の戦いの最中、茅野は険しい顔を見せる。

 

「ガッシュ君達の仲間の魔物って、彼だけなの?」

 

彼女はあの場にウマゴンとティオがいない事に気付く。この場面でなぜ彼等がいないのか、その理由は1つしかない。それを察したクラスの空気が一気に重くなる。

 

(そんな、ティオちゃん……)

 

渚はティオとは仲が良く、彼女が魔界に帰った事を知って辛そうな顔をする。そんな彼を見かねて、隣にいた杉野が声をかける。

 

「渚……」

 

しかし声は渚に届かない。ティオの送還は彼にとってもショックだったのだ。

 

「おい、大丈夫か⁉」

 

「はっ……ごめん、杉野」

 

渚を心配する杉野は、彼の肩をゆすりながらより大きな声をかける。その甲斐もあって、杉野の声はようやく渚に届いた。

 

「渚、ティオちゃんと仲良かったもんな……」

 

「うん。別れちゃったのは寂しいけど、今はガッシュ君達の応援をしないと!」

 

渚はあえて明るい表情で返事をする。辛いのは自分だけではないと、そう己に言い聞かせるように。その時、クラス内で誰かのすすり泣く声が聞こえた。

 

「うう……そんな……ウマゴンちゃん……」

 

涙を流すのは倉橋だ。彼女はウマゴンと親睦を深めており、それ故に彼が魔界へ帰った事実がより重くのしかかったのだ。そんな倉橋に多くの生徒達が心配の目を向ける。

 

「陽菜ちゃん……」

 

近くに座る矢田が彼女を抱き寄せ、その頭を撫でる。ウマゴンとの別れを受け止めきれない倉橋を見て、彼女もまた悲し気な顔を見せる。

 

「大丈夫、外に出る?」

 

「ううん、ちゃんと見てなきゃ。それに……」

 

泣き止む気配を見せない倉橋を見て、矢田が別の場所で彼女を落ち着かせようと提案する。しかし、倉橋はそれをしない。

 

「ガッシュちゃん達の方が、もっと辛いハズだから」

 

倉橋は自分以上に、彼等の方が仲間との別れを悲しんでいると確信している。そんなガッシュ達を差し置いて、自分だけがこの戦いから目を背ける訳にはいかないのだと、彼女は自分を奮い立たせる。

 

 倉橋が泣き止んでからしばらく、E組一同は無言でガッシュ達の激闘を見守る。強力な呪文の応酬、仲間同士の絶妙なコンビネーション、【答えを出す者】(アンサートーカー)によるハイレベルな指示、殺せんせーの速度。その戦いは自分達の次元を遥かに超える物であると、生徒達は否応なく分からされる。

 

「何だよこれ……本当に、現実世界で起きてる事なんだよな?」

 

「信じられねー。まるでアクション映画を見ているようだ」

 

菅谷と三村が怪訝な顔で言い放つ。しかし、そうなるのも無理はない。彼等の戦いは余りにも現実離れしているのだから。

 

「ていうかこの戦い。殺せんせーの速度に慣れてないと、目で追う事も出来ないんだけど」

 

「ここまで力の差をまじまじと見せつけられるのは、流石に堪えるわね」

 

中村や速水を始め、多くの生徒達が苦虫を嚙み潰したような顔を見せる。この戦いにまともについていく事は、自分達には出来ないのだと思い知らされる。

 

「もうあいつ等だけであのタコを殺す方が良いんじゃねーのか……」

 

寺坂が呆れ混じりの表情でぼやく。ガッシュペアと殺せんせーの実力を改めてその目で見た彼は、自分達が足手まといになっているのではと感じ始める。

 

「あれ?そんな弱音を吐いちゃうんだ、寺坂。ビビってんの?」

 

「カルマテメー‼うるせーぞ‼言ってみただけだろーが‼」

 

そんな寺坂を見たカルマは容赦なく煽る。しかしそれを聞いて、寺坂は再び自分に自信を持つようになる。

 

「まあでも、寺坂の言う事も分からなくは無いけどね。呪文の力ってぶっ飛んでるし」

 

軽口を叩くカルマでさえもこの戦いには思うところがあるようだ。彼は鋭い目つきで映像を見続ける。

 

「ガッシュ、普段の訓練の時よりも動きが素早いじゃねーか」

 

一方で木村はガッシュの身体能力を素直に評価する。この戦いを見て以降、彼が日課である走り込みの距離を伸ばしたのは別の話だ。

 

「これが魔物の実力か、分かってはいても悔しいな(でもなんだろう、この気持ち……)」

 

機動力で度々ガッシュをライバル視してきた岡野は、実力差を見せつけられて険しい表情をする。しかし、ガッシュに負けたくない気持ちは強まっていく。岡野は元から負けず嫌いな一面はあるが、この戦いを見てそれが顕著になってきている。

 

「ガッシュ君が凄いのはもちろんだけど、あんな激しい戦場で的確な指示を出せる高嶺君も大概だよね」

 

「戦い慣れしてるんだろうな。それに殺せんせーだって、あいつ等にちゃんと合わせている」

 

片岡と磯貝は、清麿と殺せんせーに注目する。最前線で攻撃を仕掛けるのはガッシュとブラゴの役割だが、彼等に指示を出す清麿、それに合わせて的確なタイミングで呪文を唱えるシェリー、ガッシュ達の邪魔をすることなくクリアを妨害する殺せんせーがそれぞれ息を合わせる事で、見事にクリアを追い詰めている。

 

「巨悪を倒すという明確なビジョンに向けての共闘、これが本当の力という物か……なるほど。触手に頼っていた時の俺では、どうあがいてもあいつ等には勝てなかったんだな」

 

彼等の高い実力を見て、イトナはかつてシロの下で触手の力を得た時の事を思い出す。彼はより強い力を求めて勝利する事にのみ固執していたが、それでは成すべき事をやり遂げる為の本当の力を手にする事は出来なかったのだと改めて実感した。

 

「あらイトナ、まるで今ならあいつ等に勝てるみたいな言い方じゃないの」

 

「フン、どうだろうな」

 

彼の発言を聞いた狭間は意地の悪そうな顔をして言い放つ。彼女の言葉に対してイトナは素っ気なく返すが、どこか思うところがあるようだ。

 

「イトナ、根性あるね~。寺坂と違って」

 

「テメーまだ言うか‼」

 

カルマは相変わらず寺坂を煽る。緊張感溢れる戦いを目にして軽口を叩く彼の肝はかなり据わっている。それだけでは無く彼の行動は、清麿達なら無事にやり遂げてくれるという信頼の裏返しとも取れる。実際に今の戦況は清麿達がクリアを押している状態だ。

 

「あれ、ガッシュ君のこの攻撃ってまるで……」

 

原が呟く。ガッシュがクリアの背後に迫り、殺せんせーとブラゴの存在感に紛れて敵を電撃のナイフで切りつけている。その攻撃方法の正体は、E組では日常そのものである物と同じだ。

 

「一種の職業病だよね。魔物の戦いにすら暗殺を取り入れるなんて」

 

不破が感心するような物言いをする。“暗殺”はE組内では常日頃からありふれている物であるが、外の世界はそうでは無い。突然“戦闘”から“暗殺”に切り替えられれば、クリア程の強者ですら動揺する。実際にガッシュの暗殺により、クリアは無視できないダメージを負う事になった。

 

 画面越しではクリアの放つフェイ・ガンズ・ビレルゴに対してジオウ・レンズ・ザケルガが発動される。

 

「ガッシュ君達、まだあんな術を持ってたんですか⁉」

 

奥田が驚愕する。E組一同が直でみたガッシュペアの一番の大技はエクセレス・ザケルガだ。こちらもディオガ級相当の強力な術だが、それを凌ぐ呪文を見せられた彼等は驚きを隠せない。そしてガッシュの術はクリアの術を相殺し切り、クリア自身にも大ダメージを与えた。

 

「これで終わったのかな?それならいいけど……」

 

神崎は心配そうな表情で口を開く。彼女は内心、敵がまだ立ち向かって来るのではないかと気が気でない様子だ。そして神崎の予想通り、クリアは起き上がる。

 

「おいおい、まだ立ち上がって来るのかよ……」

 

寺坂が顔色を悪くする。クリアはかなりのダメージを受けているハズなのに、一向に倒れる気配を見せない。

 

「寺坂以上の耐久力だねぇ……まあ、寺坂はバカだからダメージを受けてる事にも気付いてないだけだろうけど」

 

「カルマ‼いい加減にしやがれ‼」

 

カルマの軽口は寺坂の逆鱗に触れる。カルマなりに寺坂を評価している意味合いもある言動であろうが、それ以上に彼の煽りを寺坂は煩わしく感じた。

 

「寺坂、うるさいぞ」

 

「ああ⁉」

 

怒鳴る寺坂に対してイトナが画面を指差しながら毒を吐く。寺坂が怒りを露わにしながら律の方を見ると、その画面にはクリアの最大術が映されている。その神々しさは、先程まで荒ぶっていた彼を黙らせるのに十分な物である。

 

「何、あの術……」

 

「ガッシュちゃん達、大丈夫かな……」

 

矢田と倉橋を初め、多くの生徒達が心配そうな顔を見せる。画面越しにもかかわらず、クリアの術の強さが彼等にも伝わってくる。

 

「高嶺がいつになく焦ってるように見えるが」

 

「アイツどうしたんだ?何が起こるってんだよ……」

 

清麿がセウノウスの正体に気付いた時の表情を見て、磯貝と前原も嫌な予感がしていた。そして教室内の緊張感が一気に高まる。

 

「もう1人の魔物が術を出したな。こっちも強そうだぞ」

 

「スゲー、あんなデカい術を抑え込んでやがる」

 

ブラゴのシン・バベルガ・グラビドンの威力に千葉と岡島が感心する。この術がセウノウスを押している光景を見て、先程までの緊張感が少し和らいだ。

 

「どうなるかと思ったけど、これなら大丈夫そうじゃん?」

 

中村が安心したような顔で口を開く。実際にブラゴの術のお陰で、セウノウスが清麿達に届く気配は一切ない。そしてガッシュもバオウを発動させた。

 

「へぇ、これがガッシュ君の最強呪文ね」

 

先程まで飄々とした態度を見せていたカルマだが、バオウ・ザケルガの威圧感を感じて冷や汗をかく。そして彼はこの術がガッシュペアの他のどんな術よりも強い事を見抜いた。

 

「ガッシュ君達が皆を巻き込まない為に、あんまり強い術を使わないのは知ってたけど……」

 

片岡がバオウを見て目を細める。自分のクラスメイトの持つ力の強大さに、彼女は圧倒されつつある。そしてバオウがセウノウスとぶつかり合う。

 

「……何か変だね」

 

竹林が違和感を覚える。バオウがブラゴの重力に触れた瞬間、その色が金色から黒へと変色しているのだ。そしてバオウはブラゴの力をも得て、より強力な術へと変貌する。

 

「……王道展開来たーーー‼」

 

それを見た不破のテンションが上がる。生徒一同何事かと思って彼女の方を向くが、不破は得意げに現状の解説を始めた。

 

「ガッシュ君ともう1人の魔物の力が合わさったんだ!敵を倒したいという仲間同士の気持ちが1つになる事で、より大きな力が産まれて巨悪を倒す‼少年漫画の王道だよね‼」

 

彼女の目は輝いている。ガッシュとブラゴの最大術の合体は、不破のテンションを最大限まで高めるのには十分な光景だ。ライバルが共闘して敵を倒す際に、お互いの最大術が合体する。漫画好きの彼女がこの展開を見て熱くならない理由は無い。

 

「確かに凄い力です‼相手の術がどんどん押されていきます‼」

 

奥田の言う通り、セウノウスは黒いバオウに競り負けている。そして各々の最大術のぶつかり合いは苛烈を極めたが、バオウがセウノウスを押し勝つ事に成功し、クリア本体を黒い龍が襲う。

 

「ガッシュ達が勝ったんだ‼」

 

杉野を始め、ガッシュペアの勝利に思われる映像を見た生徒達が喜びの表情を見せる。しかしその瞬間、律の映像には驚くべき光景が映し出される。

 

「いや待って……何なのよ、あれは」

 

最初に気付いたのは狭間だ。破られたかに思われたシン・クリア・セウノウスが再び姿を表す。それだけでは無く、セウノウスの顔面がひび割れ、そこからは悪魔のような顔が出てくる。

 

「ハァ⁉どうなってんだよ⁉」

 

木村が声を荒げる。そして画面上には完全体となったクリアが映し出され、クラス内の雰囲気は先程までとは打って変わって重くなる。

 

「大丈夫なのか?あいつ等、かなり力使ってたよな……」

 

「殺せんせーもいるし、何とかなると思いたいが……」

 

吉田と村松を始め、生徒達の顔が青ざめていく。完全体クリアの禍々しさと強大な力は、画面越しでも彼等にひしひしと伝わってくる。そして映像内ではガッシュ・ブラゴ・殺せんせーがクリアに攻撃を行うが、クリアはそれらを打ち消し、彼等に大ダメージを与えた。

 

「嘘でしょ……こんな事が……」

 

「悪い夢、じゃないんだよね……」

 

速水と原がかすれた声で呟く。律の画面上には、恐らく自分達の中で最も大きな力を持つ2人と、日々工夫を凝らしても殺すには至らない暗殺対象が瀕死の状態で伏している。その光景はクラス内を絶望感で満たすのには十分過ぎた。

 

「そんな……ガッシュ君、高嶺君、殺せんせー……」

 

渚が絞り出したような声で彼等の名を呼ぶ。このままでは皆死んでしまう。彼の心は焦燥感と絶望感に支配される。

 

「嫌だ……嫌だよ、こんなの……」

 

茅野の目から涙が流れる。彼等が死にかけているのに自分は何も出来ない。そんな無力感が彼女を襲う。

 

(ガッシュ君……)

 

彼女は、自分が弟のように可愛がっているクラスメイトの名を心の中で呼ぶ。こんなところで会えなくなってしまうのか、そんな気持ちが彼女の心を蝕む。そして涙を流すのは茅野だけでは無い。

 

「起きてよガッシュちゃん‼高嶺ちゃん‼殺せんせー‼」

 

倉橋が立ち上がって泣き叫ぶ。普段の天真爛漫な彼女からは想像出来ない程の狼狽の仕方だ。それを見かねた矢田が慌てふためく倉橋を抑えようとするが、彼女の目からも涙が流れていた。

 

「陽菜ちゃん、落ち着いて……」

 

「皆が死ぬなんて、嫌だよぉ」

 

矢田に抱き寄せられた倉橋が消えそうな声でそう言う。

 

「皆、まだ殺せんせー達が負けたって決まった訳じゃないって‼」

 

「そうだ、まだ高嶺が凄い作戦を考えてるかもしれない‼」

 

絶望感漂うクラスを見かねて片岡と磯貝が叫ぶ。彼等はクラス委員として少しでもE組を鼓舞させようとするが、クラスメイトの顔が晴れる事は無い。口ではそう言う2人でさえも、ガッシュ達がどうなるか分からないといった気持ちを内心抱えている。

 

「これ、かなりヤバくね?」

 

普段は余裕の表情を崩さないカルマでさえも、現状を見て諦めかけている。それ程に清麿達とクリアの力の差は大きい。もうどうにもならない、そんな雰囲気がクラスを覆う。

 

「本当に……終わっちゃうんですか?……ガッシュ君も消されて、高嶺君も殺せんせーも死んで……そんな……」

 

奥田が大粒の涙を流しながら、かすれた声を出す。彼女の問いに答えられる者はいない。安易に大丈夫だと言い切れる状態では無いのだから。そう思われた時、神崎が口を開く。

 

「皆よく見て……ガッシュ君達は、まだ諦めていない」

 

諦めの雰囲気が流れる現状においても、彼女はガッシュ達を信じている。神崎に言われて他の生徒達も画面を見ると、ボロボロになりながらもクリアに立ち向かうガッシュがいた。それだけではない、清麿と殺せんせーも弱音を吐いていない。この絶体絶命の状況でも、彼等は勝とうとしているのだ。

 

「だから奥田さんもそんな顔はしないで、きっと大丈夫だから」

 

「神崎さん……」

 

神崎は奥田の肩に手を乗せる。このような非常事態においても、彼女はとても強かだ。そんな神崎に奥田は再び涙を流しながら抱き着く。そして神崎は、彼女の頭を優しく撫でる。

 

「その通りだね。彼等はまだ戦おうとしている、絶望的な敵を目の前にしても。だから僕達も諦めちゃいけなかった……」

 

渚の目には再び希望が宿る。どのような敵にも果敢に立ち向かっていく彼等を見て、渚は1つの決断を下す。

 

(どれだけピンチでも、高嶺君達は折れない。彼等は強い。僕だって……)

 

3人の強かさに感銘を受けた渚は、自らも母親に立ち向かう事を決める。渚自身逃げて来た訳では無いが、彼等を見てここ一番で自分の主張を通す大切さに気付いたのだ。

 

「おい、アレは何だ?」

 

千葉が律の画面を指差すと、清麿の持つ本が金色に輝いている。そして清麿もそれに気付いて呪文を唱えると、クリアの攻撃で痩せこけていたガッシュの体が元通りになった。

 

「高嶺達って、あんな術まで持ってたの⁉」

 

「何が起こったんだ?」

 

岡野とイトナが怪訝そうな顔をする。先程まで死にかけていたガッシュの体が全快したのだから無理もない。他の生徒達も、ガッシュが元気になった喜び以上に彼等に起こった事への疑問が勝る様子だ。

 

「……あれってもしかして」

 

菅谷が口を開く。ガッシュの全快の原因には、彼は心当たりがあるようだ。

 

「菅谷、何か知ってるのかよ?」

 

「ああ、ガッシュ達に聞いた事があるんだ。あいつ等の友達の魔物の中で、どんなダメージを負ってもすぐに回復する術を持った奴がいるってさ」

 

岡島の問いに菅谷が答える。そして菅谷はガッシュペアが話してくれたダニーの事を思い出す。今ガッシュが使った術はダニーのそれと同じ物では無いのかと、彼は考えている。

 

「美術館に行った時に聞いたな。言われてみればそうなんだが、ガッシュ達が自分の友達の魔物の術を使えるって……そんな事があるのか?」

 

菅谷と同じく話を聞いていた三村も同じ結論に至ったが、まだ半信半疑といった様子だ。その一方で画面越しでは清麿がシン・ゴライオウ・ディバウレンを唱え、全身に刃を纏った巨大な白虎を召喚していた。

 

「あれってもしかして……」

 

「間違いない‼リィエンさんのパートナーの術だよ‼」

 

先程まで悲しみに満ち溢れた顔をしていた倉橋と矢田の表情が明るくなる。彼女達は、共にビッチ先生の弟子であるリィエン経由でウォンレイの術の事を知っている。だから2人は巨大な白虎をウォンレイの術であるとすぐに分かったのだ。

 

「そんな奇跡みたいな事があるのか……まあ彼等が経験した苦労の事を考えれば、妥当なのかもしれないが」

 

竹林が指で眼鏡を上げながら感嘆する。厳しい家庭環境で育って来た彼には重圧にさらされる境遇に置かれた者の気持ちはよく分かり、ガッシュペアが背負う物の重さを理解する事が出来ている。そんな時、

 

「……王道展開その2来たーーーー‼」

 

不破がガッツポーズをしながら叫ぶ。これまで出会いと別れを繰り返した魔物達が最終決戦に向けて力を貸してくれる。彼女にとってはたまらない光景の様であり、自身の瞳からは炎が出ている。

 

「魔界にいる友達の助太刀‼その友が持つ最強クラスの術の使用……そんなのずる過ぎるよ‼」

 

不破のテンションが限界を超える。彼女にとってガッシュペアの戦いは、漫画の世界が現実に現れたかのように錯覚してしまう程の物である。気合が入りまくる彼女を見た多くの生徒が苦笑いをする。

 

「不破さん、冷静になろうね……」

 

そんな不破を見かねた原がなだめる。こんな場面でも彼女のおかん気質は健在だ。

 

「これなら勝てる‼頑張れー‼」

 

その一方で茅野は涙を流しながら立ち上がる。しかし先程とは異なりその顔には陰りはなく、希望に満ちた表情をしている。そんな彼女は満面の笑みを浮かべて隣にいる渚の肩を何度も叩く。

 

「良かったー‼本当に良かったー‼」

 

「ちょっ……茅野、痛いから‼」

 

茅野が嬉しいのは分かるが、それで痛い思いをする渚はたまったものでは無い。多くの生徒達が呆れ混じりの顔で2人に視線を向ける。

 

「ゴメン、渚……」

 

ふと我に返った茅野が顔を赤くしながら謝罪する。

 

「お前等はしゃぎ過ぎじゃないか?まだ決着はついてないだろ?」

 

「杉野……それは茅野と不破さんに言ってよ」

 

何故か自分まで舞い上がっている扱いを受けた渚は、若干不満そうな顔を見せる。しかし彼の表情はどこか嬉しそうだった。その頃画面の中では、ガッシュの体が小麦色の獣の姿になっていた。

 

(あの術は⁉)

 

磯貝がそれに反応する。この術の本来の持ち主はリーヤである。アリシエを経て彼の術の事が分かっていた磯貝はリーヤの存在に気付く事が出来た。

 

 清麿がジオルクを唱えた瞬間にE組の雰囲気は明らかに一変した。彼等はガッシュペアと殺せんせーの勝利を疑わない。そしてシン級の術のラッシュが続く中、清麿はシン・サイフォジオを唱えた。

 

「あの術で高嶺達も回復したっぽいね」

 

「うん、ティオちゃんの術だ!」

 

中村の言葉に渚が続く。彼は清麿達からティオの守りと癒しの術について聞いていた。彼女と仲の良かった渚は、ティオが魔界に帰った後も清麿達に力を貸してくれている事をとても喜んでいる。その時、画面ではクリアが上空に旅立つ。

 

「おい、アイツは何処に行くつもりなんだ⁉(何だろう……嫌な予感がする)」

 

「ハァ⁉ここに来て逃げるのかよ⁉」

 

磯貝と前原が声を荒げる。特に磯貝はクリアのする事に対して内心胸騒ぎがしており、気が気でない様子だ。そして彼の予想通り、クリアは最悪の行動に出る。

 

「宇宙だァ、んなの有りかよ⁉ヒキョーにも程があんだろ‼」

 

寺坂が画面越しにクリアを怒鳴るが、今にも律ごと掴みかかろうとする彼を吉田と村松が取り押さえる。しかし寺坂の言動をクリアは知る由も無い。そしてE組には不安気な雰囲気が漂い始める。その時、映像内でガッシュペアはコルルとウマゴンのシン級の術を使用する事でクラス内に再び希望が宿る。そして彼等が宇宙に旅立つ様子を見て、倉橋が口を開く。

 

「あの術……ウマゴンちゃんの術じゃないかな⁉」

 

彼女はガッシュペアにウマゴンの術の事を聞いていた。そして彼等がウマゴンの術を使った事を知ると、倉橋の目からは再び涙が流れる。

 

(ウマゴンちゃん……2人をお願いね)

 

彼女は心の中で呟いた。

 

 

 

 

 律のカメラは宇宙までは行く事が出来ず、そこでの様子を生徒達が知る事は叶わない。そんな彼等はガッシュペアを信じて無言で画面を凝視する。そんな時、

 

「おい、あれ見ろよ!高嶺達じゃねーか?」

 

「ホントだ!あいつ等、勝ったんだな!」

 

木村と岡島が、ヴィノーを抱える清麿とガッシュを発見する。そして彼等が地上に降り立った時、クラス内では歓声が沸き起こる。

 

「「「「「やったーーー‼」」」」」

 

E組一同、ガッシュペア及び殺せんせーの勝利を心底喜ぶ。隣にいる者同士肩を組む者、お互いに手を取り合う者、感動のあまり涙を流す者、クラス内の反応は様々だ。特に不破の興奮の仕方はとてつもなく、原になだめられていた。

 

「私も嬉しいです!高嶺さん、ガッシュさん。本当にお疲れ様でした!」

 

先程まで映像を流していた律も喜びの顔を見せる、その時の彼女は、まるで生きた人間そのものの表情だった。

 

「一時はどうなる事かと思ったわ……魔物の戦いって心臓に悪いのね」

 

その一方で片岡の顔色はあまりよろしくない。彼等の勝利への喜び以上に、現実離れした戦いを見せられてどっと疲れた様子だ。そんな時、彼女の後ろに岡野と矢田が迫る。

 

「メグ、ちょっと元気なくない⁉」

 

「そうだよ‼せっかくガッシュ君達が勝ったんだから、一緒に喜ぼうよ‼」

 

2人が片岡に抱き着く。いきなりの事で呆気に取られた彼女だったが、すぐに満更でもない表情を浮かべて、嬉しさを2人と共有するのだった。

 

「無事に終わって良かった。高嶺にしろガッシュにしろ、見ててヒヤヒヤする場面が結構あるんだよな」

 

「でも、それがあいつ等にとって当たり前なんだろうね。だからこそ、2人共あんなに強いんだ」

 

多くの生徒達が感情を露わにする中、千葉と速水は比較的落ち着いている。しかし2人共内心では清麿達をとても心配しており、彼等の帰還をとても嬉しく感じている。

 

「うえ~ん、良かったよ~!」

 

倉橋・茅野・奥田の3人が嬉し涙を流しながら手を取り合う。今回の戦いを見て最も涙を流したのは、間違いなく彼女達であろう。そしてそんな3人を見た神崎が輪に混じり、彼女達と抱き合う。

 

「いやー、皆はしゃいでるね~」

 

「はは。無理もないよ、あの戦いの後じゃ」

 

「あんなのを見て、平常心でいる方が無理でしょ」

 

「まあ、これであいつ等にとっても一安心なんじゃねーのか?」

 

カルマ・渚・中村・寺坂が盛り上がるクラスを見ながら話す。千葉や速水と同様に彼等も割と通常通りの言動をしているが、ガッシュペアの肩の荷が下りた事でホッとしている。ちなみにその隣では吉田と村松が肩を組んではしゃいでいる。

 

「僕も負けてられないかな、これは」

 

「渚君、いつになく殺る気だね?」

 

渚が気合いを入れる。勿論放課後に行われる3者面談に向けてだ。ガッシュペアと殺せんせーの不屈の精神を見た彼は、自分も堂々と母親と向き合う覚悟を改めて決める。

 

「お、渚の男気が見れそうだね~。頑張りな」

 

「そういや渚のが残ってたな。まあ無理すんなよ」

 

中村と寺坂も渚の応援をしてくれる。彼等の思いを受け取った渚の表情は、いつになく強気な物になる。

 

「渚さん、ファイトです!」

 

「律まで……皆、ありがとう」

 

律も渚に声をかけてくれる。多くの生徒達が殺せんせー等の勝利を喜ぶ中、渚はその先を見据えて自分が挑むべき戦いに向けて心を整えるのだった。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。律の性能なら可能であると思い、彼女の作ったカメラでガッシュ達の激闘を皆で見守る描写にしました。


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LEVEL.63 進路の時間

 潮田親子のひと悶着の描写はほぼカットです。ご了承ください。


 クリア・ノートとの戦いに勝利したガッシュペアは帰宅後、早速登校の準備に取り掛かる。それが終わった後に学校に向かおうとするが、同時にデュフォーが家を出て来た。

 

「もう、行ってしまうのか?」

 

「ウヌゥ、今日一日くらいゆっくりしていっても良いと思うが……」

 

「魔界の存続をかけた戦いは終わったからな。もうここに居座る理由は無い」

 

デュフォーは新たに旅立とうとしている。もう少しいても良いのではと考えるガッシュペアだったが、彼の意志は固い。

 

「さて、残るはブラゴ達との戦いだけだな」

 

デュフォーがそれを口にした瞬間、場の緊張感が高まる。クリアとの戦いが終わっても、2人の魔界の王を決める戦いは続く。しかも戦うべき相手は2人にとってライバルとも言える存在。絶対に負けられない。

 

「お前達なら大丈夫だとは思うが、絶対に気を抜くなよ。最後の戦いがつまらない幕引きになるのは、皆避けたいだろうだからな」

 

「当然だ。まだ俺はガッシュを王にさせてやれてない」

 

「あの者達は、とてつもなく強いからの」

 

彼等はブラゴペアの強さをよく理解している。確かにクリアとの戦いの時、クリアを最終的に倒したのはガッシュペアだ。その時はブラゴペアよりも総合的な実力は上だったかもしれない。しかし彼等はこの時も鍛錬を重ねている。油断するなど決して許されない。

 

「清麿、【答えを出す者】(アンサートーカー)を鍛える特訓は継続しておけ。あれはいつ失われてもおかしくないからな」

 

「分かっている。この力はブラゴ達との戦い、そして殺せんせー暗殺の為にも必要な物だ」

 

デュフォーは清麿が【答えを出す者】(アンサートーカー)を失う事を危惧する。これからガッシュペアが成すべき事を果たす為には、この力は重要になってくる。

 

「あの超生物の暗殺に取り組むなら、魔界の王を決める最後の戦いまで力が鈍る事は無さそうだな。どちらもぬかるなよ」

 

デュフォーはそう言って2人の方を振り返る。その時に彼は笑顔を見せてくれた。それを見た清麿は、今のデュフォーならこれからの人生を楽しむ事が出来ると確信した。

 

「ああ。今までありがとうな、デュフォー」

 

「お主がいなければ、この戦いに勝つ事は出来なかったのだ」

 

ガッシュペアはお礼の言葉を述べる。クリアとの戦いに参加こそしていないが、デュフォーの考え出した特訓が無ければ彼等に勝ち目は無かった。デュフォーもまた、魔界の存続に大きく貢献した。そして彼は再び旅立つ。ちなみに何処に向かうのかまでは分からい。

 

「俺達も学校に行こう。そろそろ向かわないと遅刻しかねん」

 

「そうだの、久し振りの学校に遅刻は嫌なのだ」

 

デュフォーを見送った2人は、少し速足で登校を始める。

 

 

 

 

 ガッシュペアは学校の裏山まで辿り着く。今回の戦いを経て魔界の滅亡を防ぐ事が出来たが、2人にはもう1つ不安に思う事があった。それは、渚の母親の事。渚がE組を出てしまうのではないのかと心配していたのだ。しかし、そうはならなかった。

 

「2人とも、おはよう!」

 

「「おはよう(なのだ)!」」

 

渚が後ろからガッシュペアに声を挨拶してくれた。彼は今日も普通にE組に登校している。

 

「2人共、本当にお疲れ様。僕の方は心配しなくても大丈夫だったよ」

 

渚が事情を説明する。3者面談の時の広海は凄い剣幕で渚をE組から出させる事を主張したが、渚自身がE組に残りたい気持ちをしっかりと伝えた。これまで渚に強く反発された事の無かった彼女は動揺しながらも彼に暴言を吐くが、渚は一歩も引かなかった。それを見た広海は渚が自分自身とは違う事にようやく気付き、渋々E組に残る事を承諾したのだ。

 

「これ以上E組から出る事を強要するなら家を出ていくって言ったら、やっと折れてくれてさ。でも今まで母さんが育ててくれたのは事実だから、これからは毎朝の家事は僕がやる事にしたんだよね」

 

「なるほど。空港で渚だけがいなかったのはそういう事だったのか」

 

「渚が残ってくれて良かったのだ」

 

渚が空港に来ていなかったのは、家事に励んでいた為だ。そんな彼の残留を聞いた2人は心底安心する。自分達の責務を果たす事が出来ても、その間に大事なクラスメイトが1人欠けてしまっては素直に達成感に浸れない。

 

「とは言え、俺達は結局渚には何もする事が出来なかったな」

 

「ウヌゥ……」

 

ガッシュペアが罪悪感に苛まれる。渚に対して相談に乗ると言いながらも、クリアの事でそれどころでは無くなり、渚にとって役立てなかったのだと2人は考えている。しかし、それを聞いた渚は首を横に振る。

 

「そんな事ないよ。僕がここまで母さんに反発出来たのは2人のお陰でもあるんだから」

 

それを聞いたガッシュペアは怪訝な顔をするが、渚はそのまま話を続ける。

 

「昨日の戦いで、2人と殺せんせーは最後まで諦めなかった。そんな強い意志で敵に抗い続けた結果、君達は勝つ事が出来たんだ。それを見て凄く勇気が湧いてきたんだよね。だから強気に言いたい事を伝えられた。殺せんせーにも2人にも感謝してる」

 

今回の戦いを見たE組の生徒達は様々な感情を抱いた。素直に勝利を喜ぶ者、殺せんせーとガッシュペアが凄いと思った者、自分も負けてられないと思った者、魔物の戦いが非常に過酷である事を実感した者など様々だ。その中でも渚は自分も彼等のように強い心を持ちたいと思い、3者面談に臨む事が出来た様だ。

 

「渚の為にもなれたなのなら、良かったのだ!」

 

「まさか戦いが見られてたと知った時はビックリしたがな。けど皆が応援してくれてたのは素直に嬉しい。ありがとう」

 

3人はそんな話をしながら校舎を目指して山を登り続ける。そして校舎が見えるまであと少しという所で、渚が立ち止まった。

 

「2人共、ちょっと良いかな?」

 

渚がガッシュペアに尋ねる。2人は何事かと考えるが、渚は一息ついた後に再び口を開く。

 

「僕に勇気をくれて本当にありがとう。その……これからは2人の事、“清麿”と“ガッシュ”って呼んでも良いかな?」

 

渚のお願いは、彼等を下の名で、かつ君付けは無しで呼ぶ事だった。かつて渚は清麿に自分を下の名で呼んで欲しいと頼んだ事がある。そして今度は自らが、彼等をファーストネームの呼び捨てにしたいとの事だった。

 

「ウヌ‼私は大丈夫なのだ‼」

 

「俺も構わないぞ。これからもよろしくな!」

 

ガッシュペアは快く承諾する。彼等の距離がさらに近付いた瞬間だ。

 

 

 

 

 その日の放課後、クリアとの戦いを終えたガッシュペア及び渚の進路相談が職員室にて行われる。まずは渚の進路相談が先に始まり、ガッシュペアは裏山で対ブラゴペアに向けての特訓を行いながら待機する。渚は当初殺し屋の才能がある事で苦悩していたが、別の道を目指す事に決めたのだ。それは、教師としての道。ちなみにわかばパークのさくらに勉強を教えに行った時も、彼女から先生が向いていると言われたようだ。彼の進路相談は無事終了し、ガッシュペアの番が回ってきた。

 

「さて、お待たせしました。君達で最後ですねぇ」

 

「まさかガッシュの進路相談までしてくれるとはな……」

 

ガッシュと共に殺せんせーによって職員室に連れてこられた清麿は、呆れたような表情を見せる。魔物の進路相談など今まで聞いた事も無いし、それを実際に行おうなどとは殺せんせーくらいしか考えないだろう。

 

「ガッシュ君も大事な生徒ですからねぇ、最も、彼の道はほぼ決まっているのでしょうが」

 

「ウヌ!私は優しい王様になるのだ‼」

 

ガッシュは自信満々にそう答える。今回の戦いを経て、彼はその夢まであと一歩の所まで来ている。ブラゴとの戦いを終えて勝つ事が出来れば、彼は晴れて魔界の王となる。

 

「ガッシュ君の目指す王様の姿は素晴らしいです。しかし、それは同時にとても大変な事でもあります」

 

殺せんせーの顔が険しくなる。“優しい王様”、それは魔界の誰もが平和に暮らせる世界の王の事を言うのだろう。それを目指すのは容易では無い。どのような事があっても誰も傷付かず、誰も犠牲にならない世界を作るのは至難の業だ。ガッシュもそれは理解している。

 

「分かっておるぞ、殺せんせー。それでも私にはそれ以外の道は無いのだ」

 

ガッシュの意志は固い。それを捻じ曲げる事など、何人たりとも出来はしないだろう。彼の言葉を殺せんせーと清麿は感心したような顔で聞く。

 

「そう言うと思っていました……では一言だけアドバイスを。ガッシュ君、王様になってからは積極的に周りを頼ってあげて下さい」

 

王だからといって全てを1人で背負う必要は無い。ましてガッシュの様に民を思う優しい王になるのなら、なおさら1人で突っ走るべきでは無い。独裁政治の先には未来など無いのだから。

 

「ウヌ……私には分からない事がたくさんあるからの。多くの者達の力を借りる事になると思うのだ」

 

「フム、よろしい」

 

ガッシュの言葉を聞いた殺せんせーは満足気な笑みを浮かべる。先生の言いたい事は彼にも伝わっている。そして殺せんせーは清麿の方を向く。

 

「続いては高嶺君の番です。将来やりたい事、ざっくりで構いません。何かありますか?」

 

その問いを聞いた清麿が目を細める。そして彼はこれまで身に起こった出来事を振り返る。ガッシュとの邂逅、前の学校でのクラスメイト達との和解及び交流、多くの魔物との戦い、共に戦う仲間達との出会いと別れ、E組での殺せんせー暗殺、そしてクリア・ノートとの魔界の存続をかけた決戦。そのいずれもが清麿に大きな影響を及ぼしている。

 

「将来に向けてのハッキリとしたビジョンは見えていない。いつかビッチ先生に言われたように、魔界と人間界の行き来を可能にする為の研究者になる事も考えた」

 

清麿はまだ悩んでいる、自身のこれからの事を。仮に魔界と人間界を繋げる道を選んだとしても、それは容易では無い。そして彼は話し続ける。

 

「……だが、クリアとの戦いを経て思ったんだ。ガッシュは魔界の危機を救った。ならばこの戦いが終わってからガッシュと再び会うのは、俺はもっと大きな男になってからの方が良いのではないかと。ガッシュが魔界の危機を救って王になるってのに、俺がこのままってのは釣り合わない。だから、俺は大きく……地球を救えるような大きな男になりたい!」

 

清麿は自分の夢を語る。それはお世辞にも具体的とは言えない。だが、彼の目にはそれを必ずやり遂げて見せるという明確な意思が宿っている。殺せんせーもそれを察したのか、清麿の言葉に納得したような顔で話を聞いてくれている。

 

「とは言え、殺せんせーの暗殺に成功すれば一度は地球を救った事にはなるんだがな。だがそれだけじゃ足りない。この地球がどんな危機に陥ろうとも、何度でも救えるような男に俺はなりたい!」

 

「清麿。ならば私も立派な大人に成長してから、清麿との再会を果たしたいのだ!」

 

清麿の言葉を聞いたガッシュが彼の方を向く。魔界の王を決める戦いが終わっても、お互いに再会出来る事を確信している。

 

「おやおや。2人共大変な道を目指そうとしているのに、不安の2文字が今の君達には見当たりませんねぇ。不思議な物です、2人ならどんな困難でも乗り越えてしまうのではと思えてしまう」

 

殺せんせーが少し呆れ気味な表情を見せる。今のガッシュペアには迷いが無い。どのような壁にぶつかろうとも、彼等は必ず乗り越えていくのだろうと殺せんせーは確信している。

 

「高嶺君……一先ず君の将来の夢は、研究者にしておきましょうか。魔界と人間界を繋げる方法を探りつつ、地球の為になるような物を発明する研究者と言う事で。しかし、私の暗殺だけでは不十分とは大きく出ましたねぇ。ヌルフフフ」

 

殺せんせーは緑色の縞々模様を浮かべる。それを見た清麿は負けじと不敵な笑みを見せる。

 

「それを成す為には、先生の暗殺とブラゴ達への勝利は絶対条件。まずはその2つのミッションを成功させない事には前に進めん。だからクリアとの戦いを終えた後も、俺とガッシュが気を抜く事は有り得ない。覚悟しておいてくれ」

 

「何としても、やり遂げて見せるのだ‼」

 

清麿だけでなく、ガッシュもまた決意を固める。1つの戦いが終わっても、彼等のやるべき事はまだまだ終わらない。

 

「君達の覚悟は受け取りました。卒業するまでに殺せると良いですねぇ!それから大丈夫だとは思っていますが、高嶺君は第2の刃(学業)の方もおろそかにしない様に。さて、進路相談はここまでですかね」

 

こうしてガッシュペアの進路相談は終了した。しかし殺せんせーが席を立とうとした時、再び2人は口を開く。

 

「殺せんせー。言いそびれていたが……クリアとの戦いに力を貸してくれてありがとう!」

 

「ウヌ!とても助かったのだ!」

 

彼等は殺せんせーにお礼を述べる。クリアとの戦いが終わってから先生にそれを述べる機会に恵まれなかったが、進路相談の時にようやく伝える事が出来た。

 

「とんでも無い。困った生徒を助けるのは、教師として当然ですから」

 

生徒の為に命を懸ける事すら殺せんせーは当たり前だと言い切る。ここまで生徒思いの先生は中々いないだろう。ガッシュペアは改めて殺せんせーに感謝する。先生だけでは無い、今まで多くの人々に彼等は助けられて来た。彼等はこの思いを忘れる事なく、自分達の夢に向かって行く。

 

 進路相談が終わってガッシュペアが帰り支度を始めると、殺せんせーがそれを阻むかのように口を開いた。

 

「……それでは私は一旦ここを出ます。君達は少し待っていて下さい」

 

殺せんせーがそう言うと、そのまま超スピードで職員室を出て行ってしまった。

 

「ここにいてくれって……何かあったのか?」

 

「ウヌゥ、さっぱり分からぬのだ」

 

殺せんせーに待機している様言われた2人だが、その理由は不明だ。2人がどうしたものかと悩んでいると、職員室に2人の生徒が入ってきた。

 

「清麿、ガッシュ!進路相談は終わったみたいだね」

 

「2人共ごめんね、もうちょっとだけ待ってて欲しいんだ」

 

渚と茅野だ。殺せんせーだけでなく、彼等までもがガッシュペアに待機するよう言ってきた。何がどうなっているのか、2人にとって謎が深まる一方だ。

 

「渚、カエデ。一体どうしたのだ?」

 

ガッシュが理由を聞くが、2人共それに答える素振りは無い。そんな時、茅野がガッシュの座る椅子の後ろに来て、彼の両肩に手を乗せた。

 

「エヘヘ。それは秘密だよ、ガッシュ君」

 

「ウ、ウヌゥ」

 

彼女は優しく微笑みかけるが、ガッシュは訝し気な顔をする。

 

「まあ、悪い事じゃないんだろう。もう少し待ってみるか」

 

「清麿、あの能力は使っちゃダメだよ」

 

清麿は諦めた様な表情でそう言う。これから起こる出来事について気にはなるが、彼等の言動から見るにそれを教えてくれる事は無さそうだ。実際に渚は【答えを出す者】(アンサートーカー)の使用を禁じて来る。

 

 そして4人がしばらく談笑していると、今度はカルマが職員室に入ってきた。

 

「皆お待たせ~、もう入ってきて良いよ」

 

カルマが口角を上げる。どうやら教室にてクラス総出で何かの準備をしていた様子だ。そして待ちわびていたかのように渚は清麿の、茅野はガッシュの手を引っ張る。

 

「お、おい渚。何なんだ?」

 

「カエデ、そんなに引っ張らずとも……」

 

「「良いから良いから!」」

 

いきなりの出来事でガッシュペアが困惑する。しかし渚と茅野はその手を放そうとしない。

 

 

 

 

「じゃあ2人共、先入ってよ」

 

 一同が教室の前まで来ると、カルマがE組の扉を指差す。ガッシュペアが何事かと思いながらも教室に入ると、その瞬間に何かが破裂したような音が聞こえた。

 

「「「「「高嶺‼ガッシュ‼お疲れ様‼」」」」」

 

室内で待機していたE組の生徒達がクラッカーを鳴らすと共に、ガッシュペアに労いの言葉をかけてくれた。

 

「な、何だ⁉」

 

「び、びっくりしたのだ……」

 

2人はまだ、何が起こったのかが良く理解出来ていない。そんな彼等が教室を見渡してみると、教室の至る所に色紙による飾り付けがなされている。まるで何かのパーティ会場の様だ。また並べられている机には、多くの料理が置いてある。そしてガッシュペアの視線はE組の黒板に向かう。

 

「「こ、これは……」」

 

黒板には大きく“お帰り”と書かれていた。それを見た2人は察する。彼等は自分達が無事に帰ってきた事を祝ってくれるのだと。しかも教室には生徒達だけでなく、殺せんせーとビッチ先生も一緒にいる。

 

「カラスマはもう少ししたら出張から帰って来るわよ」

 

「烏間先生も君達が心配で、気が気でない様子でしたからねぇ。ヌルフフフ」

 

目の前の光景を見て、ガッシュペアの心は喜びで満たされる。こんなにも自分達を思ってくれる人達が目の前にいるのだと。そんな2人の目には涙が溜まり始める。

 

「昨日は僕が皆に祝ってもらった。今日は2人の番だよ」

 

渚が口を開く。彼がE組に残る事が決まった時も、クラスの皆が祝ってくれたそうだ。その時に厳しい戦いから帰って来るガッシュペアの為にも何かをしようという流れになった様だ。

 

「迷惑だったかな?……お祝いをするかどうか、悩んだんだよね。この戦いは2人にとっても辛い物だったと思うからさ」

 

茅野が申し訳なさそうな顔を見せる。クリアとの激闘を制して無事に生還したガッシュペアだが、この戦いによってティオとウマゴンは魔界に帰ってしまった。その事による彼等の精神的ダメージが大きいのなら、この祝い自体が不謹慎な物になる可能性がある。だが、

 

「迷惑なんてとんでもない、ここまで準備してくれて嬉しいよ‼」

 

「ウヌ!皆、ありがとうなのだ‼」

 

ガッシュペアは嬉し涙を流しながら、ここにいる全員にお礼の言葉を述べる。E組一同は魔物の戦いには直接関係している訳では無いが、ここまで自分達の事を思ってくれる。それだけでも2人が喜ぶのには十分だった。そんな彼等の前に、何やら箱の様な物を持ったイトナが近付く。

 

「お前等、何を泣いているんだ……全く。コイツでも受け取れ、開けてみろ」

 

ガッシュペアにプレゼントを渡してくれる様だが、無愛想な口調は相変わらずだ。そしてプレゼントを受け取ったガッシュがそれを開封すると、何とバルカン300のラジコンが入っていた。

 

「イトナ‼ありがとうなのだ‼」

 

「ようやく改良が終わった。丁度良いタイミングで渡す事が出来た」

 

この前のバルカンの試作品が完成したのだ。それを見たガッシュは目を輝かせるが、イトナは対照的に落ち着いている。しかし彼の口元が若干緩んでいるのを清麿は見逃さなかった。

 

「完成させてくれたんだな、イトナ。大切にするよ」

 

「好きにしろ」

 

清麿の言葉に対しても彼は素っ気なく返す。しかし、イトナは何処か嬉しそうだ。

 

 そして一同はパーティのごとくそれぞれ向かい合う様に並べられた席に着く。先生達の席も用意してある。中心に座るのは当然ガッシュペアだ。そして2人の目の前には村松と原がたった今調理していた料理が置かれた。

 

「特製ラーメンだ、家の店で出してる親父のとは訳が違うぜ!食ってくれお前等!」

 

「ブリの照り焼きだよ、ガッシュ君てブリ好きだったよね。おかわりもいっぱいあるからね!」

 

村松と原の料理スキルはE組の中でもトップクラスだ。机の上に置いてある料理の多くはこの2人が協力して作ったもので、それ以外のオードブル等は事前に買ってきた物もある。ラーメンの方は魚介と醤油のスープに味付け卵、焼豚、ナルト、メンマ等具材も盛りだくさんで豪勢だ。ブリの照り焼きは原特製のたれを使用してあり、見た目も匂いも一級品である。

 

「凄く旨そうだ‼」

 

「ウヌゥ、とても良い匂いだの‼」

 

ガッシュペアも食欲がそそられる。そして村松と原が自分の席に着くと、殺せんせーが口を開く。

 

「さて。烏間先生はまだ戻ってきていないですが、先に始めちゃいましょうかねぇ!」

 

殺せんせーの言葉と共に宴は開始された。各々が目の前の食材を口にしながら談笑する。そんな光景を見たガッシュペアは、自分達がここに帰ってきたのだと改めて実感した。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。次はE組全員で盛り上がる祝勝会について描写していきます。


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LEVEL.64 祝勝の時間

 本小説におけるクリア編はこれで終わりです。よろしくお願いします。



「清麿‼楽しいのう、楽しいのう‼」

 

「そうだな、ガッシュ。皆には感謝しないと‼」

 

 料理を頬張りながらガッシュがはしゃぐ。その隣で清麿がE組の事をありがたく感じていると突如教室の扉が開く。そこには、汗をかきながら教室まで来てくれた烏間先生がいた。

 

「高嶺君‼ガッシュ君‼無事だったか⁉」

 

「「烏間先生‼」」

 

先生が形相を変えてガッシュペアに駆け寄る。それだけ彼も2人を心配していたのだ。

 

「帰ってきてくれて良かった!怪我はしてないか⁉」

 

「怪我を治す呪文を使える仲間がいたので大丈夫です。俺達は敵を倒し、無事に帰って来る事が出来ました」

 

「烏間先生、心配してくれてありがとうなのだ」

 

先生の返答に2人が答える。それを聞いた彼はようやく安心したような表情を見せた。烏間先生は元々防衛省の人間だが、生徒達の事を心底大切に思ってくれている。そんな先生は出張先から椚ヶ丘まで戻ると、2人のお祝いをする事を聞いた後に走ってここまで来てくれたのだ。

 

「カラスマ、随分動揺しているじゃない。良いわ、私が癒しを与えて」

 

「2人共大丈夫そうだな」

 

「おい無視すんな‼」

 

ガッシュペアを心配するあまり平常心を保てていない烏間先生を見かねたビッチ先生は、彼を露骨に誘おうとするが華麗にスルーされてしまった。これには当然彼女は憤慨する。

 

「イリーナ、話は後で聞いてやるから荒ぶるな」

 

「な、何よ……」

 

しかし、烏間先生もビッチ先生の事が眼中に無かった訳では無い。そんな彼の予想外の反応を見た彼女は顔を赤くする。烏間先生に相手にされていた事が嬉しい様子だ。

 

「死神の件を経て、2人の距離が近付いていますねぇ。ヌルフフフ」

 

「タコ、今お前を殺してやっても良いんだぞ……そもそも、今日は高嶺君とガッシュ君の祝勝会なのだろう。俺達の事を話す必要は無いと思うが?」

 

殺せんせーが冗談交じりに茶々を入れると、烏間先生が恐ろしい殺気を放って口を開く。案外彼も、ビッチ先生の事は満更でも無いのかもしれない。

 

「清麿、烏間先生が怖いのだ」

 

「まあ、仕方ない……」

 

ガッシュペアは烏間先生に恐怖を感じる。そんな先生も落ち着きを取り戻した後に席に着き、祝勝会は再開された。

 

 一同はしばらく席について近くの者と話していたが、机の上の料理も食べ尽くされていき、席を立ってダベる生徒達も多くなる。そしてガッシュの席には岡野が来てくれた。

 

「ガッシュ、本当にお疲れ様。凄い戦いだったね」

 

「ウヌ、ひなた。クリアは強敵だったからの」

 

彼女はまず、ガッシュに労いの言葉をかける。彼等の戦いぶりを見た岡野は何やら思うところがあるようだ。

 

「あれを見てガッシュの凄さは改めて分かった。魔物の身体能力は並外れている。でも何だか……運動で負けたくないって気持ちが強くなっちゃった」

 

魔物同士の戦いは過酷であり、生半可な強さでは勝ち残れない。ガッシュの運動能力はかなり高いレベルまで鍛えられている。並の人間なら追いつこうとも思えない物だが、負けず嫌いな彼女はそうでは無い。

 

「ガッシュがどんなに凄くても、私はずっとガッシュのライバルであり続けたい。これからもよろしくね。気を抜いてると追い越しちゃうから!」

 

「ウヌ……望む所なのだ‼」

 

岡野は笑みを浮かべながら改めてガッシュにライバル宣言をする。運動神経に自信のある彼女にとって、魔物の身体能力は見過ごせない。彼等はこれからも自分を高め合っていくだろう。その時、

 

「お前等、こんな時まで何張り合ってんだよ……」

 

「随分気合入ってるな」

 

「ひなたは相変わらずだね」

 

前原・磯貝・片岡が2人の方に来た。彼等は席も近くて一緒にいる頻度が高い。特に磯貝と前原、片岡と岡野はそれぞれ親しい間柄である。

 

「ガッシュ君達にあんまり無茶はして欲しくは無いんだけど、魔物の戦いはそうも言ってられないのよね」

 

「そうだの、メグ。私は何としても勝ち残って優しい王様にならなくてはならないのだ!」

 

多くの生徒がガッシュペアの勝利を喜ぶ中、片岡は2人が戦いでボロボロになった姿を今でも痛々しく感じている。しかしどんなに自分達が傷付こうとも、彼等に立ち止まる選択肢は無い。

 

「ガッシュ、電撃のナイフでの暗殺は見事だったな!」

 

「磯貝、ありがとうなのだ!」

 

“戦闘”から“暗殺”の切り替え。常に殺せんせーを狙い続ける生活を経験しなくては成し得なかった攻撃。磯貝は素直に感心する。

 

「お前が王になるまであともう一歩だな。頑張れよ!クラスの皆もアリシエも応援してるからさ!」

 

「ウヌ!リーヤもこの戦いに協力してくれておったぞ」

 

彼のみならず、クラス全員がガッシュペアの応援をしてくれる。その事はさらにガッシュを喜ばせる。そして彼は友であるアリシエの名前を出した。彼もまたナゾナゾ博士からの手紙でクリアとの戦いについて聞いており、2人の身を案じている。

 

「アリシエさんか、磯貝から話は聞いてるけどまだ会った事は無いんだよな。それより……ガッシュと一緒に戦ってたもう1人のパートナーの人って超美人じゃねーか‼是非お近付きになりたいんだが」

 

前原の女好きはここでも健在だ。そんな彼はシェリーと交友関係を持ちたい様である。

 

「前原、シェリーと友達になりたいのかの」

 

「ガッシュ、それは聞かなくて良いから!」

 

「ちょ、おま……」

 

しかし、前原の懇願は岡野によって遮られた。彼の女癖には辟易としている様子だ。そんな光景を磯貝と片岡は苦笑いをしながら見ている。

 

 

 

 

 その頃、清麿はガッシュとは離れた席で不破・原・三村・菅谷・岡島と話していた。

 

「高嶺君、凄い戦いだったよ‼王道展開の連発からの強敵相手に勝利‼2人をモデルにした漫画、描いてみようかなぁ?タイトルは金色の……」

 

「テンション上がりすぎだろうに。あと、勝手に人を漫画のモデルにするんじゃない」

 

「不破さん、昨日からずっとあんな感じなんだよ」

 

「そうだったのか……」

 

戦いが終わっても不破の興奮は収まらない。それを見た日、彼女は夜眠れなかったという。そんな不破に対して、原と清麿は何とも言えない表情をする。

 

「けど、気持ちは分からんでもないかもな。俺もあの戦い見てるとき、まるで映画の世界に入り込んだ気分になっちまったからさ。あの映像は色々参考になるかもしれん」

 

「確かに色んな術の造形を見れた。いつか魔物の術の絵も描いてみたいぜ」

 

「そうだな。あんなバトルの写真をうまく取れりゃ、やる気が出るってもんだ!」

 

三村・菅谷・岡島もまたこの戦いに感銘を受けて、自分達の趣味のモチベーションが向上している。芸術分野に興味のある彼等にとって、非現実な出来事は良い刺激になる様だ。

 

「皆お熱いねぇ」

 

「ははは」

 

気持ちが高ぶっているのは3人も同じだ。そんな彼等を原と清麿は、少し困ったような顔をしながら見ている。

 

「そういや高嶺。ガッシュの体が全快した術って、お前等がシェミラ像絡みで会った魔物の術で間違いなんだよな?」

 

「覚えていたのか、その通りだ。ダニー以外にも多くの魔物が力を貸してくれた。皆の協力が無ければ、俺達は負けていただろう」

 

菅谷の問いに清麿が答える。この戦いは自分達だけでは到底乗り越える事は叶わなかった。金色の本の力が目覚めて、初めてクリアの勝利する事が出来たのだ。ガッシュペアがそれを忘れる事は無い。清麿がその話をすると、何故か不破達が少し申し訳なさそうな顔を見せる。

 

「どうしたんだ、お前等?」

 

「いやぁ、何と言うかさ……」

 

「高嶺達が大変な思いしてたのに、俺等だけで盛り上がっちまった事に対して罪悪感をだな」

 

ガッシュペアにとってこの戦いは死闘そのものだ。彼等は文字通り命を駈けて勝負に挑んだ。岡島と不破を始め、そんな状況にもかかわらず彼等はその戦いを勝手に楽しんでいたのではないかと感じた様だ。

 

「気にしなくて良いぞ、皆応援してくれたじゃないか。それに俺達は無事に成し遂げられた、あとはブラゴ達に勝つだけだ」

 

清麿は皆を責めるような素振りは見せない。そんな彼の言葉を聞いた一同は安心したような表情を見せる。その後、不破が口を開いた。

 

「えっとね、高嶺君」

 

「どうした?」

 

「今回以外にも、今までの戦いの事も聞かせてもらって良いかな?」

 

彼女はこれまでの2人の事も知りたい様だ。それは自分達が楽しむ為では無く、仲間である彼等がどのような道を歩んできたのかを少しでも理解したいからである。

 

「勿論構わないぞ」

 

「ありがとう!」

 

清麿は2つ返事で聞き入れてくれた。その事が不破にとって余程嬉しかったみたいで、彼女は満面の笑みを浮かべてお礼を言う。

 

 清麿はこれまでの戦いについて不破達に話す。彼女等が話に聞き入っていると、寺坂・吉田・村松が清麿達の方に来た。

 

「オイおめー等。せっかくの宴だからって、タコが余興やってくれる奴探してたぜ」

 

寺坂は面倒くさそうな顔でそう言う。彼は最初に殺せんせーから何かやるように言われたが、断ってしまったのだ。そこで今度は先生から誰かやってくれる人がいないか探すように頼まれたのだ。

 

「三村!お前のエアギターを披露するタイミングじゃねーのか?」

 

「吉田、何故それを⁉」

 

吉田の発言を聞いた三村が動揺する。彼の隠れ趣味“エアギター”。誰にも見られない場所でこっそり嗜んでいたが、残念ながら吉田に見られていた。ちなみに殺せんせーはその事を知っている。三村の意外な一面が暴露され、彼に視線が集中する。

 

「あーもう‼分かったよ、やれば良いんだろ⁉」

 

三村は半分やけになりながら教壇の前に立つ。

 

「三村航輝、エアギターやります‼」

 

「よっ、三村君待ってました‼」

 

三村の掛け声と同時に、何故か音響の準備をしていた殺せんせーがDJの恰好をしながら曲を流す。ヘヴィメタルな曲と共に、通常の彼では考えられないような激しい動きを見せて来る。彼の意外な一面が露わになったと同時に場が一気に盛り上がる。

 

 

 

 

 一方で、別の席で三村のエアギターを見たガッシュは目を輝かせる。彼自身も余興に参加したくなった様子だ。

 

「ウヌゥ、私も何かやりたいのだ‼」

 

「よしガッシュ‼俺達はフォルゴレさんの曲で踊ろうぜ‼」

 

ガッシュに便乗して前原もやる気を出す。彼等は一度フォルゴレと共にわかばパークでのショーに参加している為、振り付けも覚えている。そんな2人の元に、三村のエアギターの写真を取りながら席を移動していた岡島が合流する。

 

「岡島、丁度いい所に来た。俺等も芸をやろうと思ってたんだよ‼」

 

「この3人ってことは、フォルゴレさんのダンスか?よし分かった‼」

 

「楽しみだの‼」

 

岡島は前原の考えている事をすぐに察して迷わずOKしてくれた。彼等のノリの良さは一級品だ。

 

 

 

 

 三村の芸が終わると、ガッシュ・前原・岡島が前に出る。そして殺せんせーは“無敵フォルゴレ”の曲を流す。初めに彼等は“チチをもげ!”を流そうとしたが、女生徒達に止められてしまった。そしてこの宴の主役であるはずのガッシュまでもが余興に参加している様子を呆れながら見ている生徒がいた。

 

「何であの子まで踊ってるのよ。主役らしくどっしり構えていれば良いのに」

 

狭間が眉をひそめながら呟く。そんな時、

 

「まあ、ガッシュらしくて良いんじゃないか?彼も大きな戦いの1つが終わって、肩の荷が多少なりとも軽くなったのだろう」

 

「皆さん、とても盛り上がっていますね!」

 

「昨日あんな激闘を繰り広げたとは思えない程にな。全く大した奴だ」

 

近くにいる竹林・律・イトナが狭間に話しかける。ハイテンションなガッシュを見て、彼の重圧が薄れた事を喜ばしく思っている様子だ。

 

「ガッシュちゃんが楽しんでるならそれでOKだよ。ガッシュちゃんが王様になったら、楽しい魔界になりそうだよね」

 

彼等の会話に倉橋が混じる。彼女は王様になったガッシュを想像して口角を上げる。ガッシュなら王になっても大丈夫だと倉橋は確信しているのだ。そんな彼女の考えを察した狭間・竹林・律・イトナも同意する。

 

 

 

 

「やけに楽しそうだな……」

 

 清麿もまたガッシュが芸をしている様子を呆れ混じりに見ている。そんな彼の元に木村と千葉が声をかける。

 

「高嶺は何かやらないのか?」

 

「それは面白そうかもしれんな」

 

「断る」

 

2人が冗談交じりに清麿に芸を勧めるが、彼にはその気は無い。

 

「高嶺ってそういう柄じゃないでしょ」

 

「だからこそ見てみたいってのもあるけどね」

 

「勘弁してくれ」

 

続いて速水と矢田が清麿に話しかけるが、あくまで彼は芸に参加する気は無いようだ。

 

「それは冗談として……本当にお疲れ様、高嶺。あの戦いは見ててヒヤヒヤしたぞ」

 

まずは千葉が労いの言葉をかけてくれた。彼はガッシュペアの強さが分かっているが、2人が窮地に立たされた場面を見せられて気が気で無かったのだ。だからこそ千葉は2人が戦いに勝利してくれて心底安心している。

 

「アンタ達はちゃんと戻ってくると思ってた。一先ずお帰りなさい」

 

速水の素っ気ない口調は健在だ。しかし彼女も他の生徒と同様に2人を心配していたのは、ここだけの話である。

 

「今はこう言ってるけど、凛香ってホントは高嶺君達の事を凄く気にかけてたんだよ」

 

「矢田、余計な事言わなくて良いから」

 

「ハハハ。取り敢えず心配させたのは悪かったよ」

 

素直でない速水の心境を矢田がバラしてしまった。そして速水は顔を赤くしながら矢田を嗜める。矢田自身は悪気があった訳では無いが、速水からのお叱りを受けた事で彼女は少しバツの悪そうな顔を見せる。そんな光景を見た清麿が笑う。

 

「やっぱ魔物の力ってスゲーんだな。改めて思い知らされたわ」

 

「ガッシュもかなり特訓したからな。それに暗殺の訓練も加わって、アイツはかなり強くなったよ」

 

木村が魔物の強さに感心する。かつて落ちこぼれ呼ばわりされていたガッシュの実力は清麿と共に戦いを乗り越える度に高まっていき、仲間と協力し合いながらもここまで勝ち残る事が出来たのだ。

 

「俺達も、もっと強くならないとな」

 

「そうね。殺せんせーを暗殺する為にも」

 

ガッシュペアの戦いぶりを見て、千葉と速水は殺せんせー暗殺の意志を改めて固める。元々仕事人気質な2人だが、ガッシュペアを意識している所もあるようだ。

 

「そうだな。岡野じゃねーけど、俺も負けてられん」

 

木村も同じことを考えている。彼もまた負けず嫌いな性格だ。2人の戦いはE組の生徒の多くに影響を与えるのには十分だ。

 

「皆気合入ってるなぁ。でも、ガッシュ君達があんなに頑張ってる姿を見ちゃったからね……本当に、2人が無事に帰って来てくれて良かった。凄く心配したんだよ」

 

「ありがとな、矢田」

 

一方で矢田は少し暗い表情を見せる。それ程に2人の事が心配だったのだ。優しい性格の彼女には、魔物の戦いは刺激が強かったのかもしれない。そこまで気にかけてくれる矢田に対して、清麿は嬉しそうな顔で礼を述べるのだった。

 

 

 

 

 ガッシュは芸を終えた後に自分の席に戻る。そんな彼を神崎と杉野が待ち受けていた。

 

「ガッシュ君、ダンスお疲れ様。とても上手だったよ」

 

「宴会の主役が余興ってのも、中々レアな気がするけどな」

 

「ウヌ、とても楽しかったぞ‼今までも色んな者達とダンスをしてきたのだ!」

 

今回やわかばパークのダンス以外にも、ガッシュは何かある度に誰かと踊る頻度が高い。ヨポポ、ビクトリーム、コーラルQ、ビッグボイン等様々だ。それは戦いの最中だろうとお構いなしである。そんな話に2人は笑みを浮かべながら耳を傾ける。

 

「魔物って楽しそうな奴がたくさんいそうだな。色んな魔物を見てみたかったぜ」

 

「王様を決める戦いがなければ、良い子が多いんだろうね。私も会ってみたいなぁ」

 

杉野も神崎も他の魔物達に興味津々だ。

 

「そんな数多くの魔物が住む魔界をガッシュは守り切ったんだよな。ホントにスゲー事だと思う」

 

「しかし杉野、私だけではそれを成し遂げられなかったのだ。他の魔物達も協力してくれたからクリアを倒せた。皆には感謝しておる!」

 

杉野は改めて感心する。もしも金色の本の力が出現しなかったら、ガッシュペアはクリアを倒す事が叶わずに魔界は滅びていたであろう。他の魔物達と協力する事で魔界の滅亡を防げた。ガッシュペアがそれを忘れて力に溺れる事は無い。

 

「ガッシュ君はこれまでもそんな小さな体で戦い抜いてきたんだよね、優しい王様になる為に。そして今回の戦いでもガッシュ君が諦めずに頑張ったからこそ、皆も力を貸してくれたんじゃないかな?」

 

神崎はガッシュの頭を撫でながらそう言う。実際にその通りだ。ガッシュペアは最後まで逃げる選択肢を取らなかった。だから他の魔物達が感銘を受けて金色の本が発動するに至ったのだ。

 

「有希子……兄のゼオンも似たような事を言ってくれたのだ。魔界の王を決める戦いは悪い事だと考えておったが、私達が戦ってきた事は無駄では無かったのだな」

 

「戦いの善し悪しは分からないけど、これが無ければ皆ガッシュ君に会えなかったんだよね……それはちょっと寂しいかな」

 

「……それもそうだの」

 

ガッシュは未だに悩んでいる、魔界の王を決める戦いが本当に悪い事なのかどうか。コルルを初めこの戦いで傷付いた者は多いが、それを経て多くの者達が成長しているのも事実だ。この戦いがあったからこそE組もガッシュペアと共に楽しい時間を過ごせた。それが無かった事になってしまうのは、皆にとっても好ましくない。

 

 彼等がその事について考えていると、ガッシュの後ろから物凄い勢いで抱き着いてくる女生徒がいた。

 

「ガッシュ君~~‼」

 

「ヌオッ……カエデ⁉」

 

言うまでも茅野である。彼女がそこまでするのはそれだけガッシュが心配だったからであろう。画面越しではあるが、目の前でクラスメイトが消えかけたのだ。不安にならない訳が無い。そんな彼女共に奥田もガッシュの所に来てくれた。

 

「今回は無事に帰って来てくれたけど、魔物の戦いが終わっちゃったらもうガッシュ君は魔界に帰っちゃうんだよね。そんなの……」

 

ガッシュに抱き着きながら茅野は寂しそうな顔を見せる。魔界の王を決める戦いはガッシュとブラゴの一騎打ちが最後になる。その戦いが終わってガッシュが魔界に帰れば、彼等が再会出来る保証などどこにも無い。二度と会えない可能性の方が高いくらいだ。

 

「確かにそうですよね。私もガッシュ君と二度と会えなくなるのは寂しいですから」

 

奥田もまた悲し気な表情を浮かべる。元々内気であった彼女にもガッシュは明るく接してくれた。そんな彼との別れ。目を逸らしたい事ではあるが、直面は避けられない。辛い真実に耐えかねた奥田は、茅野と同様にガッシュに抱き着く。

 

「私も……ガッシュ君とお別れしたくないです‼」

 

「ウヌゥ、愛美まで……」

 

奥田はガッシュとの別れを嫌がるが、残念ながらそれは受け止めなくてはならない事実だ。当然彼女もそれが分かっている。2人の女生徒が自分にくっついている状況にガッシュは一瞬だけビックリするが、すぐに平常心に戻って言葉を発する。

 

「2人共、心配するでない。清麿が魔界と人間界を繋ぐ方法を考えると言っておった。私も何か探ってみよう……だから今は一緒に楽しい時間を過ごそうぞ!」

 

「うん……うん‼」

 

「はい……今後ともよろしくお願いします‼」

 

今にも泣きそうな顔だった茅野と奥田が再び笑顔を見せる。今の彼女達には不安は無い。これからの別れを嘆くよりも、今共にいる時を有意義に過ごす方が良いに決まっている。そんな3人が一緒にいる状況を見ながら杉野と神崎は温かい目で見守る。

 

「あいつ等は分かりやすく自分の気持ちを相手に伝えているな。確かに思ってる事を素直に口にするのは大切な事だ」

 

「うん、ちゃんと言わないと分からない事って絶対にあるからね」

 

2人は会話を交わす。特に神崎は厳しい父親によって抑圧されてきた過去を持つ為、思いを伝える大切さが良く分かっている。

 

(俺も、神崎さんに素直に思いを伝えられたら……)

 

「杉野君、どうしたの?」

 

「いや、何でも……」

 

杉野は神崎を見て顔を赤くする。そんな彼に神崎が声をかけてくれるが一歩踏み出せない。彼女に対する好意を中々本人に言えないでいる杉野であった。

 

 

 

 

 茅野と奥田に抱き着かれるガッシュを見ているのはこの2人だけではない。清麿もまた渚・カルマ・中村・寺坂と共にそれを目撃していた。

 

「ガッシュって結構モテるよね~。高嶺、アンタ本当にガッシュを取られちゃうんじゃないの?」

 

「顔に嫉妬の2文字が書かれてるよ、高嶺君」

 

「んな訳あるか‼ったく……」

 

「ははは」

 

清麿はいつも通りに中村とカルマにいじられている。この会話の流れを断ち切る方法は【答えを出す者】(アンサートーカー)をもってしても分からないかもしれない。そんな様子を渚は苦笑いをしながら見ている。

 

「まぁ高嶺、テメーもガッシュもよくやったんじゃねーのか?そもそも、あの力があればタコの事もやれんだろ?」

 

寺坂の言う力、金色の本。殺せんせーのマッハ20の速度をもってしてもシン級の術の連打は脅威だ。しかし清麿は首を横に振る。

 

「そんなうまい話は無いさ。あの力も魔界の危機だから出て来たようなもんだしな」

 

「ケッ、今だって地球の危機だろーが。あのタコが爆破させようとしてんだからよ」

 

確かに魔界の滅亡は防がれたが、殺せんせーによる地球の滅亡の危機は去っていない。このまま卒業までに暗殺を成功させなければ、ガッシュペアはブラゴペアとの最終決戦を行う事すら叶わない。

 

「あれ、寺坂がまともな事を言ってるね。頭でも打った?」

 

「珍しい事もあるもんだ」

 

「テメー等うるせーぞ‼」

 

カルマと中村のイジリの対象が清麿から寺坂に移った瞬間である。寺坂は2人を怒鳴るが、彼等はそれを意にも介さない。

 

「2人は変わらないね、清麿」

 

「そうみたいだな、渚」

 

2人はそんな光景を呆れ気味で見ながら、それぞれの名前を呼ぶ。渚の清麿呼びは思った以上にしっくり来ている様子だ。そして呼び方の変化に対してカルマ・中村・寺坂がそれぞれ反応する。

 

「渚君の清麿呼びも、結構様になってるね」

 

「何か渚、高嶺達の戦いが終わってから変わってきてる気がする」

 

「どういう心境の変化だ?別に良いけどよ」

 

「そうだね。清麿とガッシュの戦いを見て、僕は母さんに思いを伝える覚悟が出来たから」

 

ガッシュペアの戦いを見た後の渚と母親の口論は凄まじかった。そんな渚を見て、彼の印象が変わったと感じる生徒達も多い。

 

「いや~、渚の男気が見れたって感じだよ。けど、何も知らずに性別の事でいじっちゃってたのはちょっと不味かったかな?ゴメン」

 

「中村さん、気にしなくても大丈夫だよ」

 

中村が申し訳なさそうな顔を見せる。自分が渚の性別に関して触れていた事を悪く思っているのだ。彼女自身、渚がここまで思い詰めていた事を知らなかったのだ。しかし、当の本人は気にしていない様子だ。

 

「しかし、高嶺もガッシュもあんな強気な渚を見れなかったのは残念かもだね」

 

「まあ、渚君がやる時はまたあるんじゃない?」

 

「おめー等、見世物みたいに言うなよな」

 

「けど、僕も皆で清麿とガッシュの戦いを見てたから人の事は言えないのかな……」

 

ガッシュペアの戦いも渚の口論も、しっかりとE組の皆に見届けられていた。しかし仲間が見ていてくれるのは、3人にとってそれぞれ力になった様だ。

 

「俺とガッシュは皆で倒すべき敵を倒した。渚はE組に残る事が出来た。これでしばらくは暗殺に専念出来るだろう。最も、ブラゴ達との戦いにも備えなくてはならんが」

 

「ブラゴってのは、あの黒い魔物の事だよね?彼等も強そうだったな」

 

「高嶺君達なら大丈夫でしょ。まあ頑張ってよ」

 

「勿論だ、何としてもガッシュを王にして見せる!」

 

ガッシュペアの目的の1つは果たされた。しかしそれはゴールなどでは無い。彼等の戦いはまだまだ続いている。清麿が決意を新たにしていると、ガッシュと目が合った。そしてガッシュペアはそれぞれの顔を見て頷く。お互いにこれから成すべき事は分かっている。それに向けて最大限努力するのは確定として、今はそれぞれこの宴を楽しむ事にした。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。クリア編も終って、後は暗殺教室サイドのストーリーが主になっていきます。ちなみに次回はオリジナル回です。


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二学期編後半〜冬休み編
LEVEL.65 お出かけの時間


 オリジナル回です。よろしくお願いします。


 ロッキー山脈でのクリア・ノートとの戦いも終わり、それに関わった者達はそれぞれの生活に戻る。ガッシュペアは殺せんせー暗殺及びブラゴペアとの最終決戦に向けての特訓、ブラゴペアは日々の鍛錬及びナゾナゾ博士・アポロの協力を経て殺せんせーについての調査(博士はヴィノーの親を探しながら)、デュフォーはあてのない旅、サンビームはアフリカでの仕事、恵はアイドル活動の再開。

 

 そしてとある休日、恵が仕事の無い日と言う事でガッシュペアと共に外出する事になった。ちなみに彼等は今、椚ヶ丘の街中を歩いている。

 

「恵さん、どうしてまた椚ヶ丘に行こうと?」

 

「実は直近でこの地域での仕事があるの。だから少しでも土地勘を身につけておこうと思って」

 

現地の事を少しでも知っておいた方がそこでの仕事がしやすいとの事で、恵はガッシュペアに椚ヶ丘市を案内してもらっている。魔物の戦いが終わっても彼等の交流は続いて行くだろう。

 

「ウヌ、恵は仕事熱心なのだな!」

 

「当分はアイドル活動が主になっていくからね。でも、時間があるときはこうやって2人と会いたいな」

 

「俺もそうしたい。これからも連絡を取っていこう」

 

「そうね」

 

彼等はそれぞれやるべき事がある。頻繁に顔を合わせる事は叶わないが、それでもお互いに一緒に過ごす時間を作っていきたいと考えている。一行はそんな話をしながら街を歩いていくが、時折恵は寂しそうな表情を見せる。

 

(恵さん、ティオがいなくなって辛いんだろうな。だがこっちからその話題を蒸し返す訳にはいかない。どうすれば……)

 

その原因を清麿が分かり切っていても、容易に改善する事は出来ない。親しい者との別れはそれ程に悲しい事なのだから。ましてや彼女達は本当の姉妹の様に仲が良く、共に苦闘を乗り越えてきたのだ。そんな2人の絆は本物である。清麿はどうしたものかと考えていたその時、

 

「清麿、大丈夫かの?」

 

「何だか顔色が良くないわね。どこかで休む?」

 

ガッシュと恵が不安そうな表情で彼を見る。恵の事を案じていた清麿だったが、逆に2人に心配をかけてしまった。それを察した彼は申し訳なく思うと同時に自分の気持ちを誤魔化す為に笑みを見せる。

 

「2人共、心配しなくても良いよ。済まない(いかんいかん、俺が気を使わせてどうする……)」

 

「ウヌゥ、それなら良いが」

 

2人を不安な気持ちにさせてしまったと思い、清麿は焦る。その後、彼は何か楽しい話題がないかを頭の中で考える。そして清麿の脳内に、椚ヶ丘中で行われるとあるイベントの事がよぎった。

 

「そうだ、恵さん」

 

「どうしたの?」

 

「実は来週、うちの中学で学園祭があるんだ。E組も店を出すから、都合が良かったら来てくれないか?」

 

11月中旬の土日に学園祭がある。しかし、このイベントは椚ヶ丘学園における年間最大の行事と言っても過言ではない。トップの売り上げを誇るクラスは就活でもその事をアピールする事が可能な程だ。ちなみにE組では裏山で取れる食材を使った出店を行う。料理は村松や原が中心で行い、生き物に詳しい倉橋や殺せんせーは食材の選別、文章力に長ける狭間は商品紹介、美術が得意な菅谷はポスター作成等E組の長所を最大限に活かす寸法だ。

 

「椚ヶ丘の学園祭ね……」

 

恵は何かを考える素振りを見せる。

 

「恵、その日は仕事かの……」

 

思い悩む彼女を見てガッシュが声をかける。恵のアイドル活動はとても忙しく、土日に休む事もままならない場合も多い。だから学園祭の日も何かしらの仕事が入っているとガッシュペアは考え、残念そうな顔をする。

 

「実はね……その日の学園祭で私もコンサートに出演する事になってるのよ」

 

「「な、何と⁉」」

 

恵の口からは思いも寄らない言葉が発せられた。椚ヶ丘での仕事は、学園祭への出場の事だったのだ。

 

「中等部のA組の出し物なんだけどね、そこの浅野君て子がうちの事務所と繋がりがあるみたいなの。だからそこで歌って欲しいって……」

 

「「A組⁉」」

 

ガッシュペアの目が飛び出そうになる。恵がただ学園祭に仕事として来るならともかく、浅野達A組の出し物に参加するのだから。今回も体育祭や定期テストと同様に、E組とA組はそれぞれの売り上げを競うつもりだ。彼等は恵に事情を話した。

 

「そっか。清麿君達とは今回、商売敵って事になっちゃうのかな」

 

彼女はバツの悪そうな顔をする。しかし、話はそれだけに収まらない。

 

「あとね……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこでフォルゴレさんと共演する事になったの」

 

「「フォ、フォルゴレだと⁉」」

 

ガッシュペアの顎が外れそうになる。共に戦ってきた2人の仲間が、今度はA組陣営に行ってしまったのだから。この勝負もまたE組にとって分の悪い戦いになりそうだ。A組はイベント系、E組は出店。単価はA組の方が高くなり、恵やフォルゴレを始めとする多くの有名人による集客力はバカにならない。さらにE組は裏山にて店を出す。山を登るだけでも一苦労なので、立地でもA組が有利だ。

 

「でも1日中ずっとそこにいる訳じゃないから、空いた時間でフォルゴレさんと一緒にE組の方にも行くようにするわね。ちなみにどんな料理にするつもりなの?」

 

「ああ、それはな……」

 

恵もフォルゴレもE組の店に来てくれるという。そして清麿はE組で出す品について説明する。メインはつけ麺で、村松の得意分野だ。しかし、材料は小麦粉では無く裏山に落ちているどんぐりを粉にする。それ以外の食材も全て裏山の物を使用する。裏山には多くの高級食材も眠っており、サイドメニューも豊富だ。

 

「へぇ、自給自足の食材を使った料理か……楽しみにしてるわね」

 

彼女は期待値を上げる。E組とA組の売り上げ対決の勝敗は如何に。

 

 

 

 

 一行はショッピングモールのゲームセンターに来た。休日なだけあってかなり混雑しており、多くのゲームが客で埋まっている。彼等はどうにかやれる場所が無いかを探していると、見覚えのある2人組がシューティングゲームをしていた。

 

「ウヌ、あの者達は?」

 

「……何だ、あいつ等も来てたのか」

 

ガッシュペアがその2人に話しかける。

 

「杉野と神崎じゃないか」

 

「お主達もここに来ておったのか⁉」

 

「あ……高嶺達⁉」

 

「こんな所で会うなんて奇遇だね」

 

(E組の子達だったのね……)

 

杉野は彼女に気があり、度々遊びに誘ったりしている。彼は何度もアプローチをかけているが、現状は神崎がそれに気付く素振りは無く、当の本人からはいつも気にかけてくれる()()としてしか見られていない。しかし時が経てば、杉野の思いは報われるかもしれない。

 

「高嶺君、そちらの方は……」

 

神崎と杉野が恵の方を向く。その視線に気付いた彼女は変装用の伊達メガネを外し、2人に対して自己紹介をする。それを見た2人も本物のアイドルが目の前にいる事に動じながらも自分達の名を名乗り、挨拶を済ませた。

 

「よろしくね。友人君、有希子ちゃん」

 

「は……はい‼(いきなり下の名前で呼んでくれた⁉)」

 

「よ、よろしくお願いします(何だか緊張しちゃうな……)」

 

国民的アイドルとの対面で杉野も神崎も狼狽する。

 

 

 

 

 予期せぬタイミングで有名人と顔を合わせて、当初は困惑していた杉野と神崎だったが、少し恵と話すとすぐに打ち明ける事が出来た。ちなみに恵は今、神崎と共にシューティングゲームで遊んでいる。

 

「このゲーム、結構難しいわね……」

 

「はい、少しコツがいりますので」

 

「恵、頑張るのだ‼」

 

隣でガッシュが応援してくれるが中々上手くいかない様子だ。恵は四苦八苦しながら神崎にレクチャーを受ける。

 

「あ~、また失敗しちゃった……私は全然だったけど、有希子ちゃんてゲームがとても得意なのね」

 

「ありがとうございます。大海さんも初めてにしては筋が良かったですよ。他のもやってみますか?」

 

「“恵”で大丈夫よ……そうね、次はガッシュ君がやりたいゲームにしましょう」

 

おしとやかな女性同士、彼女達は気が合う様子だ。内面が強かなのも共通している。しばらくは恵が中心でゲームをしていたが、今度はガッシュが神崎に教えを乞う番の様だ。そして神崎は自分の両手をガッシュの両肩に乗せる。

 

「ガッシュ君、何をやってみたい?」

 

「そうだの……」

 

ガッシュは周りを見渡しながら、どのゲームをプレイするかを決めかねている。

 

 

 

 

 その一方で清麿と杉野は、野球のアーケードゲームをやりながら3人の様子を見ていた。

 

「なあ高嶺、神崎さんと恵さんて凄い組み合わせだよな?」

 

「と言うと?」

 

「だって2人共いかにも清楚な美女同士って感じだろ?華があるって言うか……」

 

かたやクラスで気になる女子ランキング堂々1位でE組のマドンナ的存在、かたや現役女子高生でありながら超国民的人気アイドル。そんな2人が談笑する姿を見かけたら、多くの人間が振り返ってしまうだろう。恵は伊達メガネで一応は変装しているが、優れた容姿は健在だ。

 

「ガッシュの奴、あんなに神崎さんと親し気に……」

 

「ハハハ」

 

ガッシュは今、恵に見守られながら神崎に格ゲーを教わっている。他の人がゲーム内でカッコよく技を決めている様子を見て自分もやりたがったのだ。しかも彼は神崎の膝に座りながらそれをしている。そんな2人を見て嫉妬する杉野に対して清麿は苦笑いをする。

 

「ガッシュは女子達の間でも人気だからな」

 

「愛嬌があるんだよな、純粋で裏表もないし」

 

2人がガッシュを評する。彼の無邪気な一面は女子達の母性本能をくすぐるのだろう。特に茅野は最たる例で、何かあってはガッシュを気にかけている。彼等はしばらくガッシュの話を続けていたが、杉野が別の話題を振る。

 

「恵さんてかなり親しみやすいよな。近寄りがたい雰囲気も無いし」

 

「ああ、気さくでとても良い人だよ」

 

話題がガッシュから恵の事へと移り変わる。杉野にとっては思いも寄らない出会いだったが、彼女の人柄ゆえに今は緊張感も無い様子だ。相手が有名人となると一緒にいてもどこか壁を感じてしまう場合も考えられるが、杉野にとって恵はそうはなっていない。

 

「いきなりファーストネーム呼びされた時はさすがにビビったけどな」

 

「なるほどな」

 

恵は魔物の戦いにおける仲間以外にも、水野やE組の生徒達の事も下の名前で呼んでいる。ガッシュペアの友達という事で、彼等とも親しい関係を築きたいと考えている様だ。

 

 

 

 

 その頃ガッシュは、神崎の指導の甲斐あって格ゲーで勝ち越す事が出来ていた。

 

「ガッシュ君、凄いわね!」

 

「しかし、ほとんど有希子のおかげだったのだ」

 

「ううん、ガッシュ君はよく頑張ってたよ」

 

ガッシュは素直に喜べない。重要な場面では神崎が操作していた事も多く、自分の力で勝てたとは思っていないようだ。そんな彼等の後ろに小学生くらいの子供達が並び始める。

 

「あの者達もこのゲームをやりたがっておるみたいだの」

 

「それなら私達はどいた方が良いかしら?」

 

「そうですね。ガッシュ君、お疲れ様」

 

「有希子こそ、ゲームを教えてくれてありがとうなのだ!」

 

3人がその場を去ると子供達がゲーム機に群がる。余程楽しみだったみたいだ。そしてガッシュ達は少し離れた場所で野球ゲームをしている清麿と杉野に合流した。

 

「清麿達がやっているのも楽しそうだの!」

 

「そうだな。俺達も一区切りつきそうだし、次はやってみるか?」

 

新たに興味を示したガッシュに対して清麿がそれを勧める。ガッシュはゲームの画面を見て目を輝かせる一方で、杉野が先程の格ゲーのエリアの方を見て険しい顔を見せる。

 

「杉野、どうしたんだ?」

 

「あれ見てみろよ」

 

杉野が指を差す。するとその先では先程の子供達がゲームをしているのだが、彼等はどこか悲し気な空気を醸し出していた。清麿達がその様子をよく見ると、子供達は対面に座る中年の男と対決をしている。しかし子供達はその男相手に歯が立たず、しまいには全員泣かされてしまった。そして男の方は優越感に浸っている。

 

「随分と大人げない事をしているわね」 

 

「ウヌゥ、子供達がかわいそうなのだ」

 

恵とガッシュを始め、一同は眉をひそめる。小学生相手に散々マウントを取り続ける大人の様子を見せつけられれば、誰しもが良い気分にならないだろう。男の行動を見かねた彼等はその場に向かう。

 

 

 

 

 そして一同は男の隣に立ち、まずは清麿が止めに入る。

 

「おいアンタ、その辺にしといたらどうだ?」

 

それを聞いた男は不快な表情をして彼等を睨み付ける。自分の楽しみを邪魔された事が気に食わない様だが、周りから見れば弱者をいたぶる悪人でしかない。男は口を開く。

 

「何だよ、俺はコイツ等と遊んでやってるだけだぞ」

 

男は小学生達を指差しながら、不細工な顔で彼等を睨み返す。遊んでいると言うが、無理矢理に対戦を申し込んで相手を蹂躙し、優越感に浸っているだけだ。しかも本人にはその自覚が無いようだから性質が悪い。男は不満を述べ続ける。

 

「あーあ、せっかく楽しくやってたのに気分悪くなった。オタク等学生だよね?口の利き方に気を付けた方が良いんじゃないの?全く……」

 

男の理不尽な言動に一同はストレスを溜めていく。そして清麿の怒りが頂点に達し、今にも鬼の表情を見せて男に物申そうとしたその時、神崎が一歩前に出た。

 

「だったら、次は私と勝負しませんか?」

 

彼女がそう言う。穏やかな口調はこれまでと変わらないが、その目と言葉には明確な闘志が宿っている。ゲーム好きな神崎にとって、ゲームセンターで好き勝手に振舞う輩の存在は容認出来ない。

 

「有希子ちゃん?」

 

神崎の変貌に恵が戸惑う。神崎の強かな面を知る者は多くないが、突如それが露わになる事で恵を動揺させる。 

 

「私が勝ったら、二度とこんな真似はしないと誓ってくれませんか?勿論貴方が勝てば、私達は何も言いません」

 

「構わねぇよ。俺にたてついた事、後悔させてやる!」

 

神崎の強気な発言に男は動じる事なく勝負を引き受けた。ガッシュ・恵・杉野は彼女に不安の目線を送るが、神崎は自信に満ちている。彼女のゲームの腕前は確かだ。そして清麿は神崎相手に、かつて修学旅行で自分が格ゲーで完膚なきまでに叩きのめされた事を思い出す。

 

(まあ問題ないだろう……あの時の神崎、ちょっと怖かったんだよな~)

 

「清磨、大丈夫かの?」

 

清麿が冷や汗をかきながらその時の事を考えていると、ガッシュが心配の眼差しを彼に向けた。

 

 一方で神崎は男と対戦する為にゲームの前の席に着こうとする。ゲームの前には小学生達が群がっていたが、彼女は自分が座る為の場所を作ってもらった。

 

「ちょっとゴメンね。もう大丈夫だから」

 

神崎が泣き顔を見せる小学生達に優しく微笑みかける。そんな彼女が子供達から目を逸らした瞬間、その視線が冷たくなるのを清麿は気付き、彼は寒気を感じる。神崎がゲームの準備を始めたと同時に、子供達にはガッシュが駆け寄る。

 

「お主達、もう心配はいらぬのだ。あのお姉ちゃんが悪い者をやっつけてくれるからの!」

 

「「「うん‼」」」

 

ガッシュは子供達に混じって神崎を見守る。そしてゲームセンターの秩序をかけた戦いが開始された。

 

 格闘ゲームはルールとして、先に5勝した方が勝ちだ。しかしサレンダーも認められている。神崎と男の対戦は、始めは互角の様に思われた。

 

「結構レベルが高そうな戦いだわ、有希子ちゃん負けないでね」

 

「神崎さん、ガンバレ!」

 

恵と杉野は神崎を応援するが、清麿は口を開かない。神崎の実力の片鱗を知る彼にはこの先の展開が分かり切っている。

 

(……そろそろか?)

 

清麿の予感は的中した。途中までは一進一退の戦いが繰り広げられていたが、段々と神崎が優勢になる。一度開いた差は縮まる事なく、彼女は相手のプレイヤーに大ダメージを与えていく。かつて神崎にゲームで完敗した清麿だからこそ、この展開を予測する事が出来た。

 

「ウヌ‼有希子、凄いのだ‼」

 

ガッシュの声と同時に神崎が1勝をもぎ取る。男は汗をかきながら2戦目の準備に入るが、神崎は余裕の表情を崩さない。

 

「くっ……次だ次!」

 

男の機嫌が優れない。自分がここまで押されるとは思いも寄らなかった様だ。そして2戦目が開始されるが、男が神崎にダメージを与える事は叶わない。ガッシュと杉野はその光景を見て目を輝かせるが、恵は違和感を覚えて清麿に問いただす。

 

「ねぇ清麿君、これって……」

 

「気付いたか、恵さん。もうこれは決闘などでは無く一方的な蹂躙、いや誅伐と言うべきか」

 

清麿の言う通り、神崎と男の間では実力差があり過ぎてもはや勝負にならない。男は反撃する事すら許されずに体力を削られていく。画面に映されているのは公開処刑と言っても過言ではない。清麿と恵は冷や汗をかきながら体を震えさせる。圧倒的な強さを持って神崎は2戦目、3戦目共に勝ち星をあげていく。既に男の顔には戦意は皆無だった。そんな光景を見かねた清麿は止めに入ろうとした。

 

「なあ……神崎。相手もやる気を失っているみたいだし、その辺にしておいても……」

 

「ダメだよ、まだ勝負はついてないから」

 

神崎は聞く耳を持たない。男が自分より弱い相手の事はいたぶるくせに、強い相手とぶつかった瞬間逃げる行為は許せない。

 

「……そうか」

 

(清麿君が折れた‼)

 

清麿は彼女を止める事が出来なかった。それ程に神崎の芯は強い。気の強い彼をもってしてもこの試合を止められなかった事実を恵は重く受け止める。そしてゲームは再開されたが、清麿と恵は神崎に怯えながらその光景を見届けた。

 

 

 

 

 結果は言うまでも無く神崎の圧勝だ。男は懲りたのか、自分がしてきた言動を猛省した上で土下座する。

 

「申し訳ございませんでしたーー‼」

 

こうして1人の悪徳ゲーマーは神崎の手で成敗された。その男は謝罪の弁を述べた後、走ってその場を去った。

 

「やったのだー‼」

 

「神崎さんスゲー‼」

 

ガッシュと杉野は子供達と共に神崎に駆け寄るが、清麿と恵の顔は青ざめたままだ。

 

「あいつ等、神崎の恐ろしさに気付いてないのか?」

 

「有希子ちゃん、ティオとは違った意味で怖いわね……」

 

彼女がゲーム内にて容赦無く敵を葬る様子を見て、恵はティオを引き合いに出す程の恐怖を感じた。2人が神崎について話していると、丁度ガッシュ達に囲まれている彼女と視線が合った。その時の神崎は通常通りのおしとやかな表情を見せていたが、清麿と恵は苦笑いをしながら彼女に手を振り返す事しか出来なかった。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。有鬼子様の話は何処かで描写したいと考えてました。また清麿と恵が彼女に怯えるシーンは、ティオがチャージル・サイフォドンをモモンに喰らわした場面をイメージしました。


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LEVEL.66 お出かけの時間・二時間目

前回の続きです。よろしくお願いします。


 清麿・ガッシュ・恵はゲームセンターを出て神崎・杉野と別れると、時刻は昼頃になろうとしていた。そこで彼等は昼食を取れるエリアに行く事にする。一行はショッピングモールのフードコートを目指す。

 

「友人君と有希子ちゃんて、多分デートでここに来てたのよね?邪魔しちゃったかしら?」

 

恵が少し申し訳なさそうに口を開く。近い年代の男女が遊びに来ている様子を見た彼女はそれをデートと決め打つ。

 

「まあ、杉野はそのつもりだったんだろうな。神崎はその事に気付いていないようだが」

 

杉野の好意を神崎が察する様子は今のところ無い。彼には頑張って欲しい所である。そんな2人を見た清麿は改めて杉野に同情するのだった。

 

「杉野は有希子の事が大好きだからの!」

 

「ガッシュ、その意味が分かっているのか?」

 

「ウヌ?」

 

杉野はその好意故、何かと神崎を気にかける事が多い。彼女はその事自体には非常に感謝しているが、杉野の気持ちに気付くには至らない。そんなもどかしい様子はE組内の知るところだ。ガッシュもその光景を目の当たりにしているが、彼も恋愛感情には疎い。

 

「(分かってないみたいだ。ティオ、頑張れ)……恵さんもそんなに気にしなくても良いと思うよ」

 

「ありがとう、清麿君(……ティオも先が思いやられそうね)」

 

ガッシュの鈍い様子を見て、2人は心の中でティオの応援をする。彼女の思いがガッシュに届いてくれるかは未知数だ。ある意味ティオと杉野は立場が似ているかもしれない。

 

「友人君の気持ち、有希子ちゃんに伝わると良いのだけど……」

 

「ああ、杉野には報われて欲しいよ」

 

恵は杉野と神崎とは初対面であるが、それでも杉野の思いが理解できる程に彼の好意は滲み出ている。今日で彼等と交流を深めた恵は、これからも2人の事を応援していくだろう。そして清麿も。そんな彼等の恋愛事情を話していると、清麿と恵のお互いの視線が合った。

 

「2人共目を合わせてどうかしたかの?」

 

「「⁉」」

 

ガッシュに声をかけられた2人は汗をかき、顔を赤くしながらそれぞれ目を逸らす。恵は清麿に思いを寄せており、それがきっかけで水野にライバル視された事がある。清麿の方も満更ではない様子だ。

 

 

 

 

 3人はフードコートに辿り着くが、混雑故に空いた席が見当たらない。彼等が3人分の空席を探していると、聞き覚えのある声が聞こえて来た。

 

「あれ、ガッシュ君達⁉」

 

それを聞いた3人が振り返ると、見覚えのあるクラスメイト達がフードコート内のスイーツを机に並べている様子が見られた。そこには茅野・奥田・不破・矢田・倉橋の5人がいたのだ。特に茅野と倉橋は甘い物が好物で、他の女子達と一緒にスイーツを食べに行こうと言う話になった様だ。

 

「お主達も来ておったか!」

 

「今日はE組の奴によく会う日だな」

 

杉野・神崎に続いてクラスメイトとの鉢合わせ。ガッシュペアは驚きを隠せない。

 

 

 

 

 清麿達も食べたい物を注文した後に5人と合流する。清麿と恵は隣に座り、ガッシュの隣には茅野が席に着く。そして恵はE組女子達に自己紹介を済ませた。

 

「高嶺君達、本当に大海恵さんとお友達だったんですね……」

 

「そんなに緊張しないでよ、愛美ちゃん。あと、私を呼ぶときは“恵”で大丈夫だからね」

 

恵の左隣に座る奥田は緊張を隠せない。E組での経験を経て彼女の内気な面は大分改善されたかに思われたが、国民的アイドルを目の前にしてどう話せば良いか分からなくなっている。そんな奥田に対して恵は諭すように声をかけるが、彼女はかなりシャイな一面がある。それを見かねた茅野とガッシュが口を開く。

 

「大丈夫だよ奥田さん、恵さんってとても良い人だから!」

 

「ウヌ。愛美、その通りなのだ!」

 

「は……はい!」

 

それを聞いた奥田は頷くが、顔を赤くしたままだった。そんな彼女を他の面々は見守る。そして一同は各々食事を楽しみながら雑談に入るが、午前中の杉野と神崎についての話題が出て来た。そして不破が何かに納得した様に喋り出す。

 

「そっか……神崎さん、杉野君と一緒にいたんだ。今日は用事があるって言ってたけれど、その事だったんだね」

 

彼女達は今日の遊びについて神崎も誘っていた様だが、杉野の誘いの方が先約だった。杉野の誘いがあと少し遅ければ、断られてしまっていただろう。そんな彼の積極的な姿勢について矢田が感心した様に話し始める。

 

「杉野君、頑張ってるみたい!やっぱり一途な恋って良いな~」

 

ビッチ先生の弟子である彼女はクラス内での色恋沙汰にも関心が強い。矢田自身も異性からはモテているが、素敵な相手が見つかるには至らない。

 

「男女と言えば、愛美ちゃんって結構カルマ君と一緒にいるよね」

 

「はい、カルマ君にお願いされて色々作ってるんです」

 

「へー。愛美ちゃん、カルマ君と仲良いんだ」

 

矢田が突如奥田に話を振る。奥田の理科の才能を買ったカルマはしばしば彼女にイタズラ道具に作成を依頼している。2人の関係を聞いた恵は感心するが、矢田が気になっているのはそこでは無い。

 

「うーん、でもそれだけなのかな?」

 

「ど、どういう意味でしょうか……」

 

奥田は気付かない素振りを見せるが、矢田は2人に()()()()感情がある可能性を考える。そんな話をしていると、恵を含む女性陣の話題は恋バナになっていた。その様子を見た清麿は少し居心地の悪さを感じる。ちなみにガッシュはブリの料理を夢中で頬張っており、話のほとんどを聞いていない。そんな時、

 

「あれ、高嶺ちゃんどうしたの~?」

 

清麿の心境を察した倉橋が声をかけてくれる。女子6人に対して男子2人。しかもガッシュは食べるのに夢中であり、清麿はどこか疎外感を感じていた。

 

「いやな倉橋、今話してるのっていわゆるガールズトークって奴だろ?俺とガッシュがここにいて良いのか分からなくなってな」

 

「言われてみればそうかもね……そっかぁ、女の子に囲まれて緊張してるんだ~?」

 

「そんなんじゃないぞ!全く……」

 

てっきり倉橋がフォローを入れてくれるかと思われたが、清麿がからかわれる流れになってしまった。

 

「高嶺君、モテそうな割に結構ウブな所があるよね!」

 

「そんな一面も少年漫画の主人公っぽいかな!」

 

「やかましい!」

 

矢田と不破も便乗して清麿をいじる。彼は顔を赤くしながら言い返すが、彼女達はそれをものともしない。

 

(清麿君が手玉に取られてる……有希子ちゃんもだけど、E組は侮れない子が多いわね)

 

一方で恵はE組女子の手強い側面を見て警戒を深める。日々の暗殺生活で彼女達の武器は着実に磨かれている。何も知らない男達が迂闊に手を出せば痛い反撃を受ける事だろう。殺せんせーを初めとするE組の先生達の教育の賜物だ。

 

「ごちそうさまなのだ!」

 

「ガッシュ君、口にいっぱいついてるよ」

 

先程まで食べてばっかりのガッシュがようやく完食したようだ。彼の口まわりは食べ物で汚れており、茅野が呆れ気味の表情をして紙ナプキンでそれを拭き取る。E組では通常通りの光景だが、恵は訝し気な顔でそれを眺める。

 

「恵さん、どうかしましたか?」

 

「ううん、何でもないわよ愛美ちゃん。ただカエデちゃんがそうしてると、本当にガッシュ君のお姉ちゃんみたいだなって……」

 

「そうなんです。茅野さんとガッシュ君て、すごく仲が良いんですよ!」

 

奥田に尋ねられた恵は少し慌てながら誤魔化す。しかし奥田はそれを気に止める様子は無い。そんなガッシュと茅野の絡みを他の女子達も温かく見守る。その一方で清麿の頭には嫌な予感がよぎる。

 

「高嶺ちゃん、嫉妬しちゃダメだよ」

 

「……その会話の流れはどうにかならんのか」

 

恒例のネタが繰り広げられて清麿が何とも言えない表情を見せる。ただでさえ彼がアウェーな雰囲気を感じている場面において、この会話はいつも通りの流れとは言え清麿には堪えたようだ。ふてくされ気味な彼に矢田が声をかける。

 

「でもこれ、高嶺君の寂しい気持ちが倍増しちゃってる?」

 

「そういう訳では無いぞ……」

 

「あんまり拗ねないでよ、からかっちゃったのはゴメンって」

 

「拗ねては無いんだがな」

 

清麿の否定の言葉には力がこもっていない。流石にいじり過ぎたと思ったのか、矢田は申し訳なさそうな顔を見せる。そんな時に恵が意外な発言をする。

 

「でも清麿君がそこまでからかわれるのって、それだけ親しみやすいって事なんじゃないのかな?」

 

「恵さん⁉」

 

彼女の言葉を聞いた清麿がたじろぐ。まさか恵まで自分がいじられる事を肯定してくるとは思いも寄らなかったのだ。

 

「ウヌ、清麿は“いじられキャラ”なのだ‼」

 

「おいガッシュ‼どこでそんな言葉を覚えたんだ⁉」

 

ガッシュは思わぬ事を口走る。それを聞いた清麿は驚きながら今にも目が飛び出そうな顔を見せる。

 

「莉桜が言ってたのだ!清麿と渚はいじられキャラだと」

 

「中村の奴、いらん事を……」

 

情報源を知った清麿は頭を抱える。しばらく彼に対するいじりは止まりそうにない。そんな時、不破が得意げに腕組をする。

 

「うんうん。皆にいじられるだけの愛嬌も、漫画の主人公の要素の1つだよね!」

 

漫画好きの彼女にとって、ガッシュペアの存在は漫画の世界から飛び出してきた様にしか思えない。“このマンガがすごい‼”のコードネームは伊達では無い。そんな不破の熱意は恵にも伝わる。

 

「優月ちゃんって本当に漫画が好きなのね!今度おすすめのを紹介してくれないかしら?」

 

「分かりました!いやぁ、高嶺君もガッシュ君もいかにも王道漫画に出てきそうな感じですよね‼でも2人ってジャ〇プと言うよりは……」

 

「不破、その辺にしとけよ」

 

不破の発言に対して危機感を覚えた清麿が阻止しにかかる。彼の中では、それ以上不破に喋らせると良くない事が起こる気がしてならなかった。そして一同はしばらく雑談を続ける。

 

 各々の会話が落ち着いてきた時、倉橋が何かを思いついたかのように口を開く。

 

「そうだ、ガッシュちゃん!もし良かったらしばらく私達と行動しない?」

 

「ウヌ?」

 

「あ!それいいね~」

 

彼女の意外な提案にガッシュが首をかしげるが、矢田を始めとした他のE組女子達は何かを察した様にそれに同意する。奥田だけが何だか分からないといった顔を見せるが、他のクラスメイトと共にそれを受け入れる。

 

「陽菜乃ちゃん、桃花ちゃん……ど、どうしたの?」

 

「おいお前等……それって……」

 

事情を察した清麿と恵が戸惑う。2人は正式に付き合ってこそいないが、お互いの事を思っている可能性が高い事は離島の件以降E組内で広まっている。よく言えば2人を思っての行動であり、悪く言えば下世話だ。そして茅野がガッシュの腕を掴む。

 

「ガッシュ君、一緒に行こ‼」

 

「カエデ、引っ張らずとも……」

 

「す、すみません。後で連絡しますね!」

 

ガッシュペアと恵はどうしたものかと考えるが、結局E組女子に押し切られてガッシュは連れていかれる事になった。奥田だけが申し訳なさそうにするが、反対する事は叶わない。

 

「み……皆、行っちゃったわね」

 

「あいつ等、何考えてんだ?」

 

清麿と恵は目が点になってしまった。少しの沈黙の後、恵が口を開く。

 

「E組って、結構個性的な子達が多いのね」

 

「……そうだな、あいつ等の持つ刃は油断ならない」

 

2人はE組について話し始める。恵はまだクラス全員と顔を合わせた訳では無いが、他のクラスメイトにも興味がある様子だ。しばらくその話をした後、彼女は別の話題を持ちかけた。

 

「そう言えば、清麿君と2人きりになった事ってあんまり無かったわね。今まではガッシュ君やティオも一緒だった場合が多いし」

 

「確かにそうだった。それが当たり前だったからな」

 

ガッシュペアとティオペアは特訓や戦い、日常でも顔を合わせる事が多かったが魔界の王を決める戦いが終わればどうなるかは分からない。そうでなくても今はティオが魔界に帰ってしまい、恵の心の傷は完全には癒えてない状態だ。

 

「俺もガッシュとはずっと一緒という訳にはいかんからな。いずれ来る別れに備えておかないと。それから朝にも言ったが、戦いが終わってもこうやって顔を合わせていきたい」

 

「今後ともよろしくね。あと最後の戦いも頑張って!」

 

恵は応援の言葉をかける。ガッシュペアの最大のライバルのブラゴペア。彼等は時に力を合わせながらも厳しい戦いをここまで乗り越えて来た。最後の戦いにおいて、これ以上相応しい組み合わせは無い。

 

「ありがとう恵さん。とは言えその前に、殺せんせー暗殺を成功させなきゃならんのだがな」

 

「2人共、忙しいわね」

 

「魔物の戦いが始まってからは非日常の連続だからな。ガッシュとの出会いが無ければ恵さん達に会う事も、E組に行く事も無かったし」

 

清麿は魔界の王を決める戦いを経て多くの出会いを経験した。パートナーであるガッシュは勿論、目の前にいる恵や他の仲間達。魔物絡み以外でも清麿が変わった事で水野達とも交流を深める事が出来た。また理事長の推薦でE組に行く事にも繋がった。

 

「この戦いは一生忘れられない物になるわ。それに魔界でティオが見てくれてるって考えれば、どんな事でも乗り越えられそう」

 

「ああ、戦いが終わってもガッシュ達とずっと会えない事は無いと思ってる。けどガッシュは王として大変な毎日を送るだろうからな。俺もそれに見合うだけの男にならないと」

 

2人がこれからの人生に向けて決意を固める。魔物の戦いは彼等の将来にも大きな影響を及ぼしていくだろう。

 

 

 

 

 2人はフードコートを離れた後、食材のコーナーにいる。恵が食材を切らしている状態であり、その買い出しを清麿が手伝う事となった。

 

「ゴメンね清麿君、付き合わせる形になっちゃって」

 

「せっかく一緒に来てるんだから、そんなに気にしなくて大丈夫だよ」

 

遊びに来たにもかかわらず、恵は清麿に自分の家事に同行させてしまう事を申し訳なく考えている。しかし清麿は満更でもないようだ。

 

「何を作るつもりなんだ?恵さん」

 

「鍋料理よ、大分涼しくなってきたから作り置きも出来るからね」

 

「鍋か……体があったまりそうだ」

 

恵は親元を離れて暮らしており、家事スキルも申し分ない。清麿も彼女の手料理を食べさせてもらった事があり、その美味しさはよく分かっている。彼は恵の多才な面について素直に尊敬している。

 

「料理も全部1人でって、改めて考えるとすごいよな。俺、そういうの全然だから」

 

「1人暮らしを始めると慣れて来るわよ。清麿君の場合なら、華さんのお手伝いからやってみると良いんじゃない?」

 

華の料理の腕前もかなりの物であり、ガッシュは彼女の手料理が大好物だ。清麿も母親が作ってくれるコロッケが特に好きで、高嶺家に泊った事のあるテッドは玉子焼きを美味しそうに食べていた。

 

「そうだな、俺も一人暮らしをする可能性に備えてどうにかする必要はありそうだ」

 

「それに……もし良かったら、私が教えても……」

 

「め、恵さん⁉」

 

恵の提案に清麿が動揺する。彼等は日々交流を深めているが、実際に清麿は彼女の家に上がった事は無い。ティオと一緒ならまだしも、恵が1人の時であればどうしても意識はしてしまう。彼女も少し顔を赤くしている。

 

「ふふ、清麿君さえ良ければ……ね」

 

「周りにバレないようにしないと……」

 

恵がウインクをしながら清麿に微笑む。彼女の様な女性にここまで好意的に接して貰えるのはありがたい事だが、清麿はたじろぐ一方だ。そして2人は食材を買い物かごに入れていく。

 

「そう言えばね、清麿君……」

 

「どうしたんだ?」

 

恵が何かを疑問に思うような素振りで口を開く。

 

「カエデちゃんの事なんだけど」

 

「茅野がどうかしたのか?」

 

話題は茅野についてだ。彼女達はガッシュペアを通して仲良くなったが、恵は彼女についてどこか思うところがある様子だ。先程もガッシュと楽しそうにする茅野について、何かを考えながら見つめていた。

 

「何だか、誰かに似ているような気がするのよ。どこで見たのかまでは思い出せないんだけどね」

 

「そうなのか。茅野に似た芸能人とかだったり?」

 

「ん~、どうかしら」

 

恵は茅野を知り合う前に見た事があるかもしれないという。しかしその記憶は鮮明では無く、彼女自身も気になっている。一方で清麿も茅野について何かを感じる時が何度かあり、真剣な表情でその話に耳を傾ける。

 

「茅野か。ガッシュの事も良くして貰ってるし、話しやすい奴ではあるんだがな。言われてみれば、あいつ自身の事はあんまり聞けてなかったような気がする」

 

「そうだったんだ……でもカエデちゃんの事は私の思い込みってだけだと思うから、清麿君も気にしすぎないでね」

 

「分かったよ、恵さん」

 

清麿も恵も、彼女に対して感じた違和感の事は分からずじまいだ。しかし彼等にとって茅野は親しい人物であり、特にガッシュペアとは同じE組の仲間だ。これからも茅野と仲良くしたいと考える2人だが、彼女の隠し持つ本性には辿り着けなかった。

 

 

 

 

 買い出しを終えた彼等は次に行きたい場所について話し合う。まだ外が暗くなるような時間では無く、ガッシュもE組女子達と行動を共にしており、2人での時間はまだまだ続きそうだ。

 

「恵さん、次はどこへ行こうか?」

 

「さっきは私に付き合ってもらっちゃったから、清麿君の行きたい所で良いわよ」

 

「そうだな……」

 

清麿は自分が気になっている場所について考える。そんな2人の様子は、傍から見たらデートに来ているカップルにしか見えないだろう。2人の関係がどこまで進展するかはまだまだ定かではない。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。オリジナル回が続きましたが、次回からは学園祭の話となります。


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LEVEL.67 学園祭の時間

 学園祭の話です。よろしくお願いします。


 学園祭当日。本校舎では多くの客で盛り上がりを見せるがE組の出店での売り上げは芳しくない。裏山という立地のハンデは大きい。山のふもとではガッシュと矢田が客寄せを行うが現状2人は暇を持て余している。

 

「ウヌゥ。人が来ないのだ、桃花」

 

「まだまだこれからだよ、ガッシュ君。私達でいっぱいお客さんを呼ぼうね!」

 

「分かったのだ‼」

 

矢田は日々ビッチ先生から交渉術を学んでおり、それを活かして多くの客を集めようという寸法だ。それに加えてガッシュの愛嬌があれば鬼に金棒と思われたが、そもそも近くまで客が来ないのだからそれも振るわない。そんな時、学ランを着たガラの悪い5人組の高校生がふもとの方に来た。

 

「いらっしゃいませ!」

 

矢田が営業スマイルを見せながら高校生達に声をかけるが、ガッシュは彼等に敵意をむき出しにする。

 

「お主達‼何をしに来たのだ⁉」

 

その5人組は京都で茅野と神崎を拉致した不良達だった。ガッシュが目の敵にするのも無理はないが、今の彼等は大事な客である。矢田がその場をなだめようとするが、先に不良のリーダー格のリュウキが口を開く。

 

「フツーにメシ食いに来ただけだよ。触手でビンタされたり電撃浴びせられたりするのはゴメンだからな」

 

「お客さん、ヤンチャはしないで下さいね。さて、ご注文は何にしますか?」

 

彼等に暴れる気が無い事を察した矢田が改めて接客モードに入る。E組の店の特徴としてふもとで事前に客の注文を聞いておくのだが、これは客が店まで辿り着くのに時間がかかるのを逆手に取って、注文を聞いた後に山中の食材を採る事で、客が来るまでの時間に合わせて調理する事で新鮮な料理を提供出来るのだ。

 

「せいぜい美味いもん食わせてくれや」

 

注文を終えた不良達が嫌味ったらしい目つきをしながら山を登り始める。その後ろ姿をガッシュが睨み続けるが、そんな彼を落ち着かせるように矢田がガッシュの両肩に手を乗せる。

 

「ガッシュ君、そんなに怖い顔してるとお客さんが来てくれないよ」

 

「ウヌ、しかしだの……」

 

「大丈夫だって、お店には皆もいるし。それに……」

 

ガッシュは先程の不良達が何かしでかすのではないかと気が気で無い様子だが、矢田はそれを気にしていない。例え高校生達が悪い事をしてきたとしても、E組の皆ならそれを乗り越えられると彼女は確信している。そんな矢田がガッシュを諭していると、寺坂と吉田が2人の方に来た。

 

「ガッシュの怒鳴り声を聞いて来たんだが……」

 

「さっきの高校生達絡みだよな?何か企んでそーだったけどよ」

 

寺坂と吉田の役割は足腰の弱い客を人力車に乗せて、括り付けた自転車に乗って山の中腹まで運ぶ事だ。矢田とガッシュとは別の場所で待機していたが、2人の様子を見に来てくれた。彼等は何事かと考えていたが、矢田が事情を説明する。

 

「……んだよ、そういう訳か。何事かと思ったぜ」

 

「まあ問題ねーだろ。ガッシュ、あんま騒ぎ起こすなよ」

 

寺坂も吉田もそれに納得したような素振りを見せる。不良達の悪巧みなど、今のE組にとっては何ともないと言わんばかりだ。

 

「2人共わざわざ来てもらっちゃってごめんね。もう大丈夫だから」

 

「気にすんなよ。()()()()事が万が一起こった時のために俺等がここに配置されてるのもあんだからな」

 

「ヌゥ……」

 

寺坂が無愛想な喋り方をしながらガッシュの頭に手を乗せる。寺坂も吉田もE組内では力が強い方である為に人力車を引く係を引き受けているが、乱暴な客を抑える役割も彼等は担っている(ガッシュも然り)。そんな事態は起こらないに越した事は無いのだが、世の中には色々な人がいる。そんな客から店を守る使命を彼等はぶっきらぼうな素振りをしながらも引き受けてくれている。

 

「にしても客が来ねーな。結構ヤベーんじゃねーのか?」

 

吉田が頭をかきながら不安気な顔をする。リュウキ達以降の客足が無い。このまま人が寄り付かなければ、A組との対決はまるで勝負にならない。しかも向こうには恵とフォルゴレも参戦する。彼がそんな事を考えていると、老夫婦2人とその娘と思われる3人組が彼等の方に来てくれた。

 

「皆、こんにちはある!」

 

客はリィエンとその両親だった。学園祭の事をビッチ先生から聞いた彼女が両親を連れて日本まで来てくれたのだ。ちなみに実家の農作業は他の村人にお願いしている。そしてリィエンはガッシュを抱き上げる。

 

「リィエン、来てくれたのだな!」

 

「私は皆の助っ人だからどこでも駆け付けるあるよ」

 

「ありがとう、リィエンさん!」

 

リィエンとその両親が注文を選ぶ。そして彼女達がメニューを決めると、リィエンの両親は寺坂と吉田に人力車に乗せてもらい、そのまま山の中腹まで向かった。リィエンはそれに乗らなかったが、彼女の身体能力なら裏山を登る事は苦では無い。

 

「色々工夫が凝らされている店あるね」

 

「ウヌ!クラスの皆で頑張っているのだ!」

 

「じゃあ私も行くある。ガッシュ、桃花、お疲れ様ある」

 

「ご家族と一緒にゆっくりしていってね!」

 

リィエンが2人と雑談をかわした後に山を登ろうとするが、先程の不良達が眼にハートマークを浮かべながら山を下ってくるのが見えた。彼等は走りながら“お金降ろさなきゃ!”と叫んでいる。

 

「桃花……今のって、イリーナさんの仕業あるよね?」

 

「うん、先生が彼等をたらし込んだと思うよ」

 

「ビッチ先生、凄いのだ!」

 

店に着いた高校生達はE組の営業妨害の為に嫌がらせをしようとしたが、ビッチ先生のお色気攻撃によってそれは阻まれた。そして彼等は先生にたぶらかされて、より多くの料理を注文する為に駅前のATMに向かったのだ。そんな彼等を見たリィエンは呆れ顔をしながらも山を登る。

 

 

 

 

 一方で清麿は店のホールを務める。彼には厨房に立つという選択肢は無く、また端正な顔立ちを活かす為にこの役割を果たす事になった。そして彼は食事を終えたリィエンとその両親の分の会計を行う。

 

「ありがとうございました、またお越しくださいませ」

 

「「こちらこそありがとう」」

 

リィエンの両親が穏やかな口調でお礼を述べてくれた。2人はここの料理を気に入ってくれたようだ。

 

「リィエン、中国から来てくれてありがとう」

 

「清麿、料理すごく美味しかったある!」

 

「あらリィエン、気に入ってくれたかしら?」

 

清麿が接客をしていると、ビッチ先生が彼女に声をかける。

 

「はいある、イリーナさん……」

 

リィエンはビッチ先生と会話を交わした後に山を降りていく。一通り接客を清麿が終えると、その斜め後ろで口元をニヤケさせる中村がこちらを見ている事に気付いた。そして清麿は怪訝そうな顔をしながら彼女に声をかける。

 

「中村、一体どうしたんだ?」

 

「いやぁ、高嶺の接客も様になってると思ってさ。アンタが誰かに頭を下げてる光景って、あんまり想像出来んかったのよね」

 

「俺だってそうする時くらいあるぞ……ったく」

 

中村は相手に対して下手に出ている清麿をイメージし辛かった様だ。あらゆる逆境に対しても我を突き通す彼の様子を見て来た彼女にとっては無理もないだろう。しかし清麿も、かつて前の学校でテスト範囲を教えて貰う事をクラスメイトに懇願した経験がある。かつては周りを見下してきた彼も変わる事が出来たのだ。

 

「それもそうだ。高嶺って顔も悪くないし、案外接客業とかも向いてたりしてね」

 

「さあ、どうだろうな」

 

口を開けば清麿や渚をイジる事の多い中村だが、今回は好意的な事を言ってくれた。彼女の予想外の言動に、清麿は少し顔を赤くする。

 

「ま、変な客が来て鬼にならなけりゃだけどね。接客中に鬼麿になっちゃダメだよ~」

 

「鬼麿言うな……ってあの人達は?」

 

結局中村にからかわれてしまった清麿である。そんな2人は見覚えのある集団が来ているのが見えた。そして彼等の接客は渚が行う。

 

「渚、来てやったぞー‼」

 

「さくらちゃん、松方さんに園の皆‼」

 

渚はわかばパークでのボランティアが終わった後も、時々さくらに教えに足を運んでいる。その時に彼女達に学園祭について話した様だ。A組には遠く及ばないにしても、少しずつ客数を増やす事が出来ている。

 

「渚、やるねー」

 

「ああ、俺達もやるべき事を成そう」

 

そんな様子を見た中村と清麿は再び仕事に取り組んでいく。

 

 わかばパークの皆に料理が行き渡り、彼等が渚と話している一方で、3人組の女子高生の客が来た。しかしそのうちの1人はE組の良く知る人物であり、清麿が挨拶に向かう。そして彼等は店の端にて会話を始めた。

 

「清麿君こんにちは!他の皆も元気そうだね、ガッシュ君も下で頑張ってたし」

 

「しおりさん、来てくれてありがとう!」

 

女子高生の1人はしおりである。清麿はしおりにクリアとの戦いの事を連絡したついでに、学園祭の事を彼女に伝えていた。またしおりもE組とは面識があった為に、友達を連れて山を登ってまで来てくれたのだ。ちなみに彼等の連絡先はわかばパークでのボランティアの時に交換しておいた。清麿が礼を述べると、しおりの友達が彼女に声をかける。

 

「しおりの知り合いなんだ、だったら話していきなよ」

 

そう言って彼女達は先に席に着く。そして少しの沈黙の後、しおりが口を開く。

 

「清麿君。魔界を守る為の戦い、本当にお疲れ様。勝ってくれてありがとう、改めてお礼を言わせてね。ガッシュ君にも伝えといたから」

 

「こっちこそ応援してくれてありがとう。その戦いでは、コルルも力を貸してくれた」

 

彼女は直接ガッシュペアに感謝の気持ちを伝える為に来てくれたのだ。そして清麿はコルルが来てくれた事を話すと、彼女の目が潤み始める。

 

「……そっか、コルルも頑張ったんだね」

 

「ああ、彼女の性格通りの優しい術を提供してくれた。本当に助かった」

 

コルルのシンの術が無ければ、ガッシュペアは宇宙へクリアを倒しに行く事は出来なかった。彼女が2人の生命を守ってくれたからこそ魔界の滅亡が防がれたと言っても過言ではない。清麿の話を聞き終えた時、しおりの目には涙は無くなっていた。

 

「話を聞かせてくれてありがとう。じゃあ私も行くね!」

 

「待った、しおりさん」

 

彼女が友人のいるテーブルに向かおうとするが、清麿がそれを止める。

 

「今、わかばパークの皆も来てるんだ。もし良かったら顔を出しといて欲しい。子供達もしおりさんには懐いていた様だから」

 

「分かったよ、挨拶しとくね!」

 

しおりはわかばパークへ職場体験に来ていたが、3日間と言う短い期間で見事に多くの子供達と心を通い合わせる事が出来ていた。そんな彼女は友人の元に戻る前に松方さん達の席に向かうが、子供達はとても喜んでいる。彼女は再び暖かく迎え入れられた様だ。そんな様子を清麿は嬉しそうに眺めるのだった。

 

 

 

 

 その頃ガッシュは矢田と共に客寄せを行うが、少しずつ人が集まる様になっていた。

 

「わかばパークの皆もしおりちゃんも元気そうだったのだ!」

 

「そうだね、こうやって色んな人が来てくれている。それはとてもありがたい事だよ」

 

店が裏山にある事はE組にとって不利な条件であるが、一同は工夫を凝らしながら少しずつ客を集めていく。矢田の会話術やガッシュの愛嬌もその工夫の1つである。そんな時、1人の中学生くらいの帽子をかぶった少年が軽率な笑いを浮かべて近付いてきた。

 

「ここが渚ちゃんの店かー」

 

そこに現れたのは、離島のホテルで女装した渚に一目ぼれしたユウジだった。彼の顔を見たガッシュは目を輝かせる。

 

「おおっ、お主まで来てくれたのか⁉あの時はありがとうなのだ‼」

 

「やあ君か!お礼なんていいって‼それより、渚ちゃんは上にいるんだよね⁉」

 

彼のお陰でガッシュペアとカルマは離島のホテル6階を楽々突破出来た。ガッシュはその事のお礼を言えて嬉しそうだったが、ユウジの頭の中は渚でいっぱいだった。

 

「そうですけどお兄さん、何を注文しますか?」

 

「う~ん、そうだねぇ……」

 

ユウジは食べる物を決めた後に嬉しそうに山を登っていく。そして彼が店に着くと渚が中村に無理矢理女装をさせられ、渚は恥ずかしさあまりに他の客や生徒から見えない場所でユウジと一対一で接客を行う事となる。

 

 彼を2人が見送った少し後、強面の中年の外国人が2人に迫る。

 

「あの標的(タコ)に招かれたのだが、おススメの料理はあるかね?」

 

「ロ、ロヴロさん⁉」

 

「いきなり出て来たのでビックリしたのだ」

 

彼の気配のない接近には暗殺の訓練を経験してきたE組でも対処は困難だ。ロヴロは死神の襲撃を受けた時に死にかけていたが、どうにか一命を取り留める事が出来て今に至る。そんな彼は注文を終えた後に、満足気な顔でガッシュを見つめる。

 

「ガッシュ、君は顔を合わせる度に成長しているのだな。特に今はとても吹っ切れた顔をしている」

 

「魔物の戦いもあと少しで終わろうとしておるからの。しかし、まずは殺せんせー暗殺を成功させねばならぬ」

 

ロヴロは魔物の戦いについては詳しく知らないが、一目ガッシュを見ただけで彼が大きな戦い(クリア戦)を乗り越えた事を見抜く。多くの殺し屋の選別が今の彼の仕事であり、人の表情からその者の強さを見抜くうちに、顔から他人の心境等も分かる様になったのだ。

 

「ふむ、頑張りたまえ。大変な道になるだろうが、君ならどんな困難も乗り越えられるだろうな」

 

「ウヌ‼」

 

ロヴロはガッシュの頭に手を置きながら言い放つ。彼にもガッシュの強さが良く分かっている。それと同時に、ガッシュの目指す理想の大変さも。ガッシュは一度だけロヴロに自分の夢を話した事があるが、それを聞いた彼は難しい表情を浮かべていた。そして今も。彼は山道を進んでいく。

 

 

 

 

 その後はしばらく殺せんせー暗殺を狙ってきた暗殺者達ばかりが来て客数を稼ぐことが出来たが、やはりA組には及ばない。ガッシュと矢田がどうしたものかと考えていると、見覚えのある2人組が近付いてきた。

 

「あ……あなた達は⁉」

 

「こんにちは。ガッシュ君、桃花ちゃん」

 

「ここに清麿達がいるのか……っと、ガッシュは集客かい?」

 

「ウヌ‼」

 

恵とフォルゴレだった。2人が来てくれた事でガッシュと矢田は目を輝かせる。矢田もまた2人と顔を合わせており、彼等の来店を嬉しく思う。

 

「2人共、料理は何にしますか?おススメは……」

 

矢田は早速得意の会話術で恵とフォルゴレに料理を紹介していく。それを聞いた2人は興味津々といった表情でメニュー表を眺める。

 

「参ったなぁ、君のおススメがどれも良さそうで悩んじまうぜ‼」

 

「なら全部とかどうですか?フォルゴレさん」

 

「ハハハ、バンビーナがそう言うなら……」

 

(フォルゴレさんが桃花ちゃんに乗せられてる⁉)

 

矢田の説明を聞いたフォルゴレが今にも搾取されようとしている。そんな様子を見た恵は改めてE組の手強さを実感した。そして2人が料理を注文し終えると、ガッシュが彼等に声をかける。

 

「2人共、たくさん頼んでくれてありがとうなのだ‼」

 

「……そうね、ほぼフォルゴレさんの注文だけど」

 

「ガッシュ。私は無敵の英雄パルコ・フォルゴレだぜ⁉これくらい訳ないさ‼」

 

結局フォルゴレは矢田のおすすめを全て注文する事にしたのだ。フォルゴレの女好きと矢田の交渉術の相乗効果である。しかし彼には悔いはない。友が働く店なのだから、その売り上げに貢献するのも英雄の役割だと考えている。

 

「ありがとうございます、ごゆっくりどうぞ!」

 

矢田が声をかけると、恵とフォルゴレが山を登り始める。

 

 

 

 

 そして恵とフォルゴレが店の席に着くと清麿が彼等に料理を運ぶが、フォルゴレの注文が多くて大変そうだ。

 

「2人共、来てくれてありがとう。随分な量を頼んだな」

 

「バンビーナとガッシュが勧めてくれたからな!当然の事をしたまでさ!」

 

(ほとんど矢田のお陰だろうな……)

 

「清麿君もお疲れ様」

 

料理が机に並ぶと早速2人はそれを口にする。まず2人はどんぐりつけ麺を食べるが、その美味しさ故に彼等の箸は止まる気配が無い。

 

「美味しい!」

 

「これは凄いな!清麿も作ったりしたのか?」

 

「いや、俺は調理には手を出していない」

 

2人は料理を食べ進める。その間にも清麿は彼等が注文した料理を運び続けるが、完食するペースが予想以上に早い。それ程にE組の料理のクオリティが高いのだ。そしてフォルゴレが口を開く。

 

「そうだ清麿。恵もだけど、クリアとの戦いに勝ってくれてありがとう!これでキャンチョメや他の皆が消される事は無くなった」

 

彼は礼を述べてくれた。それを聞いた清麿の口角が上がる。

 

「魔界の皆が力を貸してくれたからな。それにキャンチョメがゴームと友達になってくれたのも大きい」

 

キャンチョメがゴームと仲良くなったお陰でクリアは自分が不利な状況を作り出す事になった。それが無ければ清麿達は負けていたかもしれない。この戦いでは誰が欠けていても勝つことは叶わなかったのだ。清麿がそんな事を考えていると、2人の元には何人かの生徒が挨拶に来た。

 

「「フォルゴレさん‼チワーッス‼」」

 

「お、君達か!元気そうじゃないか!」

 

まずは岡島と前原がフォルゴレに声をかける。彼等は共にわかばパークでダンスをした仲であり、2人はフォルゴレの大ファンでもある。またフォルゴレがわかばパークに来た事で、E組には彼のファンが増加した。

 

「「恵さん、こんにちは」」

 

「カエデちゃんと有希子ちゃん!」

 

恵の元には2人の女生徒が声をかける。ガッシュペアを介して彼女と接点を持つ生徒が多くなり、彼女のファンも増えている。

 

 

 

 

 2人は多くの料理を全て完食した。そして清麿が会計を済ますと恵がチケットの様なものを2枚彼に手渡してくれた。

 

「恵さん、これは?」

 

「A組の催しの入場券よ。私達は明日出るから、時間が合ったら顔を出して欲しいな」

 

「もちろん来てくれるよな?」

 

清麿も2人が出るのなら、是非とも見に行きたいと考えている。しかしA組はE組の商売敵。またクラス内での仕事もあるのでそちらに行って良いものかと悩んでいる。

 

「無理しなくても良いのよ。ただ来れたら、ね?」

 

「じゃあな、清麿!」

 

「あ、ああ」

 

そして2人は山を降りていく。清麿はどうするかを未だに決めかねている。そして彼はチケットを自分のポケットに隠すと、再び自分の仕事に戻るのだった。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。果たしてガッシュペアは2人の共演を見に行けるかどうか……。


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LEVEL.68 縁の時間

 学園祭の続きです。ガッシュサイドの色々なキャラ達が登場します。


 学園祭2日目の朝。ガッシュペアは山を登りながら、昨日恵から貰ったチケットについて話していた。

 

「恵さんとフォルゴレの共演。是非とも見に行きたいところではあるが、A組の店なんだよな」

 

「そうだの。それに私達にはE組での仕事があるのだ……」

 

彼等は恵達を見に行く為にA組の店に入るかどうか頭を悩ませる。共に戦った仲間の招待なのだから、本心では足を運びたいと考えている。しかし商売敵であるA組の利益に貢献して良い物なのか、それにE組での業務もあるのではないか。そんな気持ちが2人の決意を鈍らせる。その時、2人の隣を風が走った。

 

「良いんじゃないですか?行ってあげても」

 

「「殺せんせー!」」

 

「ヌルフフフ、おはようございます」

 

突如殺せんせーが出現した。先生は清麿がそれを受け取る場面を見ていたのだ。そんな彼は2人にA組のステージを見に行く事を勧めて来る。ガッシュペアは黙ったままだ。

 

「確かに今はA組と売り上げを競っています。ですがせっかくの学園祭、楽しんでも罰は当たらないかと。それに彼等は君達にとって大切な仲間なのでしょう?E組での縁も大事ですが、2人が魔物との戦いで得られた縁もまたかけがえのない物のはずです」

 

殺せんせーは全てを見透かしたような目をしながらそう言う。楽しい学園祭なのだからA組との売り上げ対決が全てではない。そして先生は“縁”という言葉を口にする。昨日クラスの店に来てくれた客の多くはE組と面識、つまり縁があった人達だ。そんな人々にこれからもE組の皆は助けられていくだろう。

 

「まあ、考えておいて下さい。それから私の方から長話をしておいて何ですが、E組の校舎まで急いだほうがいいかもしれませんねぇ」

 

「先生、それって……」

 

殺せんせーはそう言い残してその場を去る。清麿が事情を聞こうとしたが、先生はもうこの場にはいない。

 

「清麿、どういう事だったのかの?」

 

「さあな、取り敢えず校舎に向かうか」

 

ガッシュペアは早足で山を登る。殺せんせーの言う縁について考えながら。しかし2人がそれについてより深く理解出来るのはすぐ後の事だ。彼等は足を進める。

 

 

 

 

 2人が校舎に向かう途中の道で、何故か行列が出来ていた。まだ開店前だというのに多くの客が待ってくれているのだ。彼等は驚きのあまり目が飛び出そうになるが、話はそれだけに収まらない。何とテレビ局の職員までもが取材に来ており、彼等の対応は三村が行っている。

 

「ウヌ……何が起こっているのだ?」

 

「さっぱりわからん。まだ開店すらしてないと言うのに……」

 

「2人共遅いよー!」

 

戸惑うガッシュペアに不破が声をかける。2人は彼女の方を向くと不破が事情を説明してくれた。大勢の来客の原因が気になった彼女が律に調査を依頼した結果、E組の店に関する情報源がユウジである事が判明した。彼にはグルメブロガーとしての一面があり、その情報の信憑性は高く、E組で料理をネットで絶賛してくれたのだ。

 

「そうであったか、優月」

 

「いやぁ、渚君が女装してまで彼の接客をした甲斐があったよね!」

 

「アイツには助けてもらいっぱなしだな。渚は災難だったが……」

 

ユウジには渚の女装がバレてしまったが、彼はそれを責めなかった。それどころか渚からの“欠点や弱点を武器に変える”という言葉に感銘を受け、親から甘やかされてもらった小遣いをふんだんに使い、E組の料理を始めとしたおススメの情報を開示してくれたのだ。

 

「今日は大忙しだよ!昨日はA組相手に劣勢だったけど、ここにきての反撃の兆し。まさに王道展開‼」

 

「そ、そうだな……」

 

不破が目を輝かせる。渚は意図せずに起死回生の一手を放ったのだ。そこから生じる逆転の目。漫画の様な展開に彼女のやる気が増す。そんな不破を見たガッシュペアも店の仕事に取り掛かる。

 

 

 

 

 不破の言う通り客数が昨日の比では無く、E組一同大忙しだ。殺せんせーがガッシュペアに早く登校するよう急かしたのもこれが原因だ。全く知らない客からE組と縁のあった人物まで、多くの人々が来てくれた。そして清麿も自分と縁のある2人組の男女の接客を行っている。

 

「驚いたよ、サンビームさん。まさかシスターと同居しているなんて」

 

「ハハハ、まあな。彼女とはクリアとの戦いが終わった後にアフリカの空港で再会したんだ」

 

「お久しぶりです、清麿さん。どの料理も美味しいですね」

 

「全くだ、グルービーだぜ。Dr.ナゾナゾも良い店を紹介してくれた」

 

何とサンビームとシスターがアフリカから来てくれた。学園祭の情報はユウジのみならず、ナゾナゾ博士までもがガッシュペアと関わりのある人々に流していた。勿論全てのパートナーが来れる訳では無いが、ここでも縁が活きている。

 

「もっとも、彼はヴィノーの親探しがあるから行けないと言ってたがね」

 

「そうだったのか、残念だ。相変わらずあの人は俺達の見えない所で協力してくれるんだな」

 

ナゾナゾ博士が来られない事を一同は惜しく感じる。今この時も、博士は自分の成すべき事に尽力している様だ。そして彼等の席にもう1人のE組の生徒が顔を出す。

 

「サンビームさん、お久しぶりです!」

 

「やあ、倉橋さんじゃないか」

 

倉橋はウマゴンを通して彼とも親しくなっている。また生き物が好きな彼女は、動物との意思疎通がそれなりに可能であるサンビームに尊敬のまなざしを向けている。

 

「およよ、そちらの子は?」

 

「彼女は清麿のクラスメイトでね、ウマゴンと仲良くしてくれたんだ」

 

サンビームがシスターに倉橋を紹介すると、彼女達はお互いに挨拶を交わす。しかしウマゴンの名前を出した彼の顔が暗くなる。

 

「倉橋さん。ウマゴンの事なんだが……」

 

「はい、ガッシュちゃん達から話は聞きました。お別れしてしまったって」

 

「聞いていたのか」

 

サンビームはウマゴンと倉橋を再び会わせる事が出来なくなった事を申し訳なく感じている。アフリカから日本に来ていた間、倉橋はウマゴンと初めて会ってから毎日顔を合わせてくれた。その事をウマゴンも嬉しく感じていたのだが、彼はもう人間界にいない。

 

「でも、ウマゴンちゃんと二度と会えないとは思っていません。そうですよね?」

 

「ああ、その通りだ!」

 

「およよ……(私も再びモモンと会う事が出来るでしょうか)」

 

倉橋はガッシュペアが魔界と人間界を繋げる方法を見つける事を確信している。そうすれば、帰ってしまった魔物達が再び人間界に来る事が可能であると。そんな話を聞いたシスターは密かにモモンとの再会に期待する。

 

 

 

 

 サンビームとシスターに別れの挨拶をした後に清麿は校舎の中に入ろうとするが、誰かが叫んでいる声が森から聞こえて来た。

 

「ま~~~~っ‼」

 

「何だ⁉」

 

清麿が後ろを振り返る。すると上半身の多くを露出した、妖精のような恰好をした髭を生やした中年の男がガッシュを抱えて、ターザンのごとくツタにぶら下がってこちらに迫ってくるのが見えた。その男とガッシュペアは面識がある。

 

「ふむ……ここまで来れば問題はなかろう」

 

「おいアンタ‼何してる⁉」

 

その男“プロフェッサーダルタニアン”はガッシュペアがイギリスに行った時に出会い、清麿の父親と同じ大学で教授をしている。また彼はどういう訳か魚や妖精などのコスプレをする頻度が高いが、本人は断固としてそれを趣味とは認めない。

 

「あの人……清麿の知り合いなの?」

 

「変質者にしか見えないんだけど……」

 

渚や茅野を始め、そこにいた多くの者が驚愕する。何処から突っ込めば良いかが分からない。ある意味昨日来ていた殺し屋達以上の珍客だ。ダルタニアンとガッシュペアが知り合いだと察したE組達は、怪訝そうな顔で清麿の方を向く。

 

「知らん‼こんな奴は知らん‼」

 

皆の視線に耐え切れなくなった清麿はダルタニアンとの面識を否定する。しかし、

 

「コラー‼清麿ォ‼ダルタニアンを悪く言うでない‼」

 

「「「「「やっぱり知り合いなんだ‼」」」」」

 

「ワーーーー‼」

 

ガッシュが清麿に怒鳴ると、E組一同はダルタニアンがガッシュペアの客であると確信した。そして誤魔化しが効かなくなった清麿は発狂する。そんな中、ガッシュはクラスメイト達にダルタニアンと共にここに来る経緯を話し始めた。

 

 

 

 

 回想

 

 ガッシュは昨日と同じく矢田と共に客寄せをやっていたが、ある家族連れの客が現れた。

 

「いらっしゃいませ、何に……」 

 

矢田が早速接客を行おうとしたが、ガッシュが尋常ではない程の冷や汗をかいている。彼女は何事かと思ってガッシュの方を見るが、彼は家族の中の女の子の方を向いて震えていた。

 

「ナ……ナオミちゃん……」

 

「ガッシュ、こんなところで会うとはね」

 

その家族はナオミちゃんとその両親だった。久し振りにガッシュと対面したナオミちゃんはいつも通りに泣きながら逃げ回る彼を追いかける。

 

「ヌオオオオ‼」

 

「ちょっと、ガッシュ君⁉」

 

矢田がつかさず止めに入ろうとするが、突如として黒い影が彼等に迫る。その影の正体こそがダルタニアンである。そして彼はそのままガッシュを連れて行ってしまった。そんな様子を見た矢田もナオミちゃん一家も呆気にとられるしかなかった。

 

 回想終わり

 

 

 

 

 ダルタニアンがナオミちゃんからガッシュを守ってくれたのは分かったが、彼が何故妖精のような恰好をしているのかは明かされなかった。

 

「ダルタニアンは私を助けてくれたのだ‼」

 

「だーもう‼分かったからお前は矢田のところに戻れ‼」

 

「ウヌゥ、しかし……」

 

今山を降りようとすると再びナオミちゃんと鉢合わせするかもしれない。ガッシュはそう考えながら体を震わせていると、ダルタニアンが彼の肩に手を置いた。

 

「よろしい、私が連れて行ってあげよう!」

 

「ダルタニアン、ありがとうなのだ!」

 

「ま~~~~っ‼」

 

ダルタニアンがガッシュを抱えると、再び彼はターザンのごとくツタにぶら下がりながら山を降りて行った。

 

「何だったんだ……」

 

清麿がため息を付きながら仕事にとりかかろうとするが、そんな彼を見る者達がいた。カルマと中村が顔をニヤケさせている。

 

「あれも知り合い?高嶺君の人間関係どうなってんの……」

 

「てか、結局鬼麿になってんじゃん」

 

「じゃかあしい‼」

 

清麿はダルタニアンの事でいじられてしまった。

 

 

 

 

 その頃ガッシュは矢田と合流していたが、ダルタニアンは帰ってしまった様だ。

 

「ガッシュ君、今の人って……」

 

「ダルタニアンは友達なのだ!ナオミちゃんから私を庇ってくれたのだ!」

 

「……そっか(聞きたいのは、そういう事じゃないんだけどなぁ)」

 

矢田は苦笑いをしながらガッシュの話を聞く。結局ダルタニアンは料理を注文せずにいなくなったが、彼が何をしにここに来たのかは分からずじまいだった。ちなみにナオミちゃん一家が山を降りてきたときには、ガッシュは矢田の後ろに隠れてやり過ごした。

 

 

 

 

 今日は昨日とは打って変わって客足が途切れる事は無い。しかしE組全員が無休で働く訳では無く、ローテーションで生徒達が休憩を取れるようにしている。ちなみに今は矢田が休憩を取っており、代わりに磯貝がガッシュと共に客寄せを行う。

 

「お客さんがたくさん来てくれて良かった。忙しいけど、やりがいがあるってもんだ」

 

「ウヌ!磯貝、頑張ろうぞ!」

 

磯貝もまた交渉術に長けており、ルックスと人柄を活かして多くの客を引き寄せていく。特に彼がかつて働いていた店での常連客のマダム達からの人気が高い。そんな中、1人の女性客が彼等の元を訪れる。

 

「いらっしゃいませ!」

 

「おおっ……つくしではないか!来てくれたのだな!」

 

「言われた通り来てやったぞ、ガッシュ」

 

つくしだ。ガッシュが植物園に行って直々に彼女に声をかけていたのだ。そしてつくしはメニュー表に目を通すが、彼女の目の色が変わる。

 

「驚いた。自然薯を使った料理がこの値段で食べられるなんて」

 

植物園の管理人を務めるだけあり、つくしは植物に詳しい。そんな彼女は自然薯の価値も分かっている。また他の植物をふんだんに使った料理の数々につくしは関心を示す。多くの生態系が存在する裏山は、つくしにとってもオアシスかもしれない。

 

「そうなんです‼自然薯がこの値段で食べられるのはここだけですよ‼」

 

突如磯貝がプッシュを始めるが、これには彼の家庭事情が大いに関わっている。

 

「俺も卒業後、自然薯堀りを考えてまして……」

 

「いや、そんな簡単に取れるものじゃないよね」

 

貧しい環境で育って来た磯貝にとって、自前で高級食材を入手出来る環境は理想的だ。普段の彼からは想像出来ないようなうっとりした表情で将来設計を語る。しかし磯貝の家庭事情を知らないつくしは、無謀な計画を立てる彼に心配の眼差しを向けた。

 

「つくし、何を食べるのだ?」

 

「どうしようかな……」

 

ガッシュに尋ねられたつくしは食べる料理を選ぶ。そして彼女はメニューを注文した後に山を登っていく。その後もガッシュと磯貝は集客を続けるが、再びガッシュペアに面識のある集団がここまで来てくれた。

 

 

 

 

 場面は店に変わる。E組一同は相変わらず大忙しだったが、ガッシュが清麿の良く知る中学生の集まりを引き連れて山まで登ってきた。

 

「おーい、高嶺くーん!」

 

「水野達まで来てくれたのか!」

 

水野、山中、岩島、金山、仲村だ。清麿が椚ヶ丘に転校した後も彼等の付き合いは続いて行く。彼等とのつながりも、ガッシュペアにとっては大切な縁だ。

 

「清麿。さっき桃花が休憩から戻って来ての、今度は私と清麿が自由時間にしていいと言ってくれたのだ!スズメ達と共に学園祭を楽しもうぞ!」

 

「そうだったのか」

 

ガッシュが事情を説明してくれる。彼は水野達と再び行動を共に出来る事が余程嬉しいのか、目を輝かせていた。清麿も彼等に混じろうとするが、そんな彼の肩をふもとから戻ってきた磯貝が叩く。

 

「恵さんとフォルゴレさんのライブ、楽しんで来いよ!」

 

「済まない、磯貝」

 

ガッシュペアは事前にA組の入場券を貰っていた事をクラスメイト達に相談していた。そして彼等は恵とフォルゴレの出番の時間に合わせて、ガッシュペアの自由時間としてくれたのだ。そして2人は水野達の接客を終えると、彼等と共に山を降りていく。

 

 

 

 

 ガッシュペアが水野達と山を降りた少し後に、山のふもとに2人組の男女が訪れる。

 

「いらっしゃいませ!(あれ、この人達は……)」

 

「こんにちは、清麿とガッシュはいるかしら?」

 

来ていたのはブラゴペアだ。矢田は律の動画を通して彼等を見ていたのですぐに2人に気付く事が出来た。

 

「ごめんなさい、今高嶺君とガッシュ君は席を外してまして……」

 

「そうか、まあいい」

 

入れ違いになってしまった彼等だが、ブラゴは特に気にした様子もなく矢田に返答する。彼等は殺せんせーの正体を探る為のヒントが無いかとE組の取り巻く環境を見に来たのだ。そのついでにガッシュペアにも挨拶をと考えていたが、それは叶わなかった。

 

「ところで、この店にはワニの肉は無いのか?」

 

「え……ワニ?」

 

ブラゴはワニの肉が好物だ。そんな彼はE組を取り巻く自然の中ならワニがいるかもしれないと踏んだが、残念ながらここでは取れない。

 

「ある訳ないでしょう、全く……あなた、この子の言う事は気にしなくて良いから」

 

「は、はぁ」

 

ブラゴの無茶振りに困惑する矢田に対してシェリーがため息をつきながらフォローを入れる。そして彼等も料理の注文を終えると山を登って行った。

 

 

 

 

 その一方でガッシュペアと水野達は浅野率いるA組の店に入場する。そんな清麿を見かけた浅野が声をかけて来る。

 

「高嶺、何故ここにいる?敵に塩を送る程E組に余裕があるとは思えないが?」

 

「そんなつもりは無いぞ。俺達も大海恵とパルコ・フォルゴレを見に来たんだよ」

 

明らかに敵意を向けて来る浅野に対して清麿が呆れ混じりに返答する。E組とA組が売り上げを競っているのは他の生徒の知るところでもあり、浅野は敵に情けをかけられたと周りに勘違いされる事を懸念していた。

 

「まあいい、客として来てくれるなら丁重に扱ってやる。ご丁寧に入場券まで持っているようだからな。ゆっくりしていけ」

 

「それはどうも」

 

浅野はそのまま自分の仕事へ戻っていく。そして清麿達も客席まで足を運ぶが、清麿の顔を見た本校舎の生徒達が彼等から離れていく。彼が鬼麿として本校舎から恐れられているのは相変わらずだ。

 

「何か俺等、さけられてねーか?」

 

「さっきの人も、高嶺の事を目の敵にしてたよねぇ」

 

「……ノーコメントだ」

 

そんな様子を見て山中と岩島に疑惑の眼差しを向けられた清麿だが、彼は知らん振りをする。他のクラスの人間に怖がられている事実を皆にあまり話したくないと考えている。そうでなくとも清麿には多くの仲間がいるので、本校舎の生徒からの評価などどうでも良い。

 

 恵とフォルゴレの共演と言う事で、客席は完全に埋まっている。立ち見している者もいるくらいだ。そして2人が入場して場は盛り上がるが、水野の顔色が優れない。

 

(高嶺君とガッシュ君、事前に入場券持ってたな。高嶺君て、恵ちゃんの事が……)

 

彼女は清麿に好意を持っているが、彼と恵が親しい関係にある事を知っている。そんな水野は清麿の事を恵に取られてしまうのではと考えており、気が気で無い様子だ。そして元気のなさそうな水野を見かねたガッシュペアが声をかける。

 

「スズメ、大丈夫かの?」

 

「人が大勢いるから人酔いでも起こしたか?水野」

 

「え……大丈夫だよ、2人共!ホラ、恵ちゃんとフォルゴレさんが入ってきたよ!」

 

彼等に心配をかけまいと水野が誤魔化す。そして彼女の言う通りに2人が入場して来ると、観客のテンションのボルテージがマックスになる。恵とフォルゴレが自己紹介を行った後、2人のデュエットが開始される。

 

「清麿、2人共とても楽しそうなのだ!」

 

「そうだな、ティオやキャンチョメと別れてふさぎ込んでいる感じでもなさそうだ」

 

恵もフォルゴレも魔物の戦いを終えて新たな一歩を進んでいる。彼等とていつまでも後ろを向いている訳にはいかない。ガッシュペアがそんな事を考えていると、丁度2人と視線が合った。そして彼等は客席から2人に手を振ると、恵とフォルゴレが頷いてくれたように見えた。

 

 

 

 

 2人の出番が終わったので清麿達は外に出る。他の芸能人の出演も残っているが、初めから彼等の目的は恵とフォルゴレのみであった。

 

「あの2人の共演ってヤベーよな。あっという間に時間が過ぎて行ったぜ」

 

「そうだねー、楽しかったよ」

 

金山や仲村を始め、彼等のテンションは上がりっぱなしだ。それ程の2人の影響力は大きい。一行はしばらくその話題で盛り上がる。そんな中で清麿が口を開いた。

 

「悪い皆、俺とガッシュはそろそろE組に戻るよ」

 

「ウヌゥ……もっと店を回りたいが、やる事があるからの」

 

彼等は目的を果たした。それに今でもE組一同は仕事に励んでいる。そんな中で自分達ばかりが店を開ける訳にはいかない。それを聞いた水野達は少し残念そうな顔を見せる。

 

「まあ、仕方ないか……2人共、また会おうね!」

 

水野達はガッシュペアに別れの挨拶を述べた後に他の店を回り始めた。学園祭はまだまだ続いているのだから。そんな彼等の後姿を見た後に2人もE組の店に戻る。

 

 

 

 

 ガッシュペアは山を登りながら今日の2人のライブについて話す。彼等の息はピッタリ合っており、それぞれの魅力を損なう事なく共演を果たしていた。また冗談交じりにフォルゴレが恵の乳を揉む素振りを見せた(実際には触っていない)が、彼女の合気道の技を喰らわされていた。その事ですら2人は笑いに変えており、客からのウケは非常に良かった。

 

「そう言えば清麿、2人に会いに行かなくて良かったのかの?」

 

「そうしたいのは山々だが、恵さんもフォルゴレも仕事で来てるからな。まだまだやる事があるだろう。それに堂々と2人の仕事場に乗り込むのは流石にな……」

 

ガッシュペアは仕事終わりに2人に挨拶に行きたかったが、仕事中の彼等の邪魔をする訳にはいかない。清麿はそう判断して真っ直ぐE組の店に戻る事にした。そして2人が歩いていると、1人の短髪の女性が歩いてくるのが見えた。そして彼女はガッシュペアに声をかける。

 

「あなた達、渚のお友達よね?」

 

この女性こそが渚の母親、潮田広海だ。渚の話を聞く限り2人は彼女に良いイメージを持っていなかったが、彼女からは悪意は感じられなかった。

 

「急にごめんなさい、渚の母です。あの子がどうしてもE組を抜けたくないって言うから、一目このクラスの事を見に来たかったのよ」

 

彼女は穏やかな口調で話を続ける。そこにはかつて渚を強引に縛り付けようとした毒親はもういない。ガッシュペアは黙って彼女の話に耳を傾ける。

 

「実はあの子と一度、E組の事で大喧嘩をしちゃってね。まあ、私が悪かったんだけど。その時の渚、あなた達と同じ眼をしていたのよね」

 

その大喧嘩こそが3者面談で繰り広げられた口論である。その時の渚はガッシュペアの影響を大きく受けていた。だから広海も渚と2人が同じ眼をしている様に見えたのだろう。そして渚はE組を抜ける事だけは断固として拒否しており、彼女にはそれが不思議で仕方なく、実際にそこに足を運ぶ事にしたのだ。

 

「皆凄く楽しそうだったわ。そんな様子を見て、ようやくあの子がE組を抜けたくない理由が分かった気がする」

 

広海の顔が暗くなる。彼女は今でも罪悪感に苛まれているのだろう。実の息子の事を見てあげる事をせずに、自分の理想ばかりを押し付けてしまった事を。そして彼女は何かを思いついたように再び口を開く。

 

「!……ごめんなさい、長話をしてしまって。じゃあ行くわね、これからも渚の事をお願いしていいかしら?」

 

「ウヌ、渚は大切な友達だからの!」

 

「勿論です」

 

「ありがとう」

 

ガッシュペアの返答を聞いた広海は嬉しそうな顔をしてその場を去る。これからの渚達の親子関係はより良いものになっていくだろう。ガッシュペアはそう確信した。

 

「渚が母上殿と仲直り出来て良かったのだ!」

 

「そうだな、もう心配はいらない。俺達も自分の成すべき事を成そう」

 

 

 

 

 2人はE組の校舎に辿り着くが、既に閉店していた。客数が予想よりも多かったが、これ以上山の幸に手を出すと個々の生態系が崩れる可能性があり、殺せんせーが打ち止めにした。売り上げの結果はA組が1位、E組が3位となったが彼等に悔いはない。この学園祭を経てE組は縁の大切さを学ぶ事が出来た。そしてガッシュペアは他の生徒達と後片付けを行う。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。プロフェッサーダルタニアンは何処かのタイミングで出したいと前々から考えていました。


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LEVEL.69 期末の時間・二時間目

 いつもより遅くなってしまいましたが、最新話を投稿します。よろしくお願いします。


 学園祭も終わり、2学期の目玉の行事は期末テストのみとなる。そこで殺せんせーは1学期の中間と同様に生徒達に全員50位以内の目標を課す。しかしE組一同は日々成長しており、どのような困難でも乗り越えてその目標を達成した上で卒業する事が出来ると先生は断言した。

 

「それはどうだろうな、何たって……」

 

多くの生徒が気合を入れる中、杉野だけは優れない顔色を見せる。その目標に当たって、彼は進藤から本校舎での不安要素を聞いていた。それはA組の担任の変更、しかも理事長が直々に教鞭をとるという。先程とは一転、それを知った生徒達の多くが冷や汗をかく。

 

 

 

 

 その日の放課後、E組の生徒達は理事長の話をしながら山を降りる。不破曰く、“理事長と殺せんせーは異常な力を持っているのに普通に先生をやっている共通点を持つ。そんな理事長が教育に専念するんだから手強いのは当然”との事だ。

 

「理事長殿は、あくまでE組が勝つのを許さぬつもりかの」

 

「仮にそうだとしても、俺達は負けられん。胸を張ってE組として卒業する為にも」

 

「そうだね、ここまで熱心に指導してくれた殺せんせーの為にも!」

 

ガッシュペアや渚を始め、生徒達は理事長の存在を危惧しながらも覚悟を決めていく。標的から教わった第二の刃。これを最大限に振るいE組全員で50位以内を目指す。それを成し得なければ、自分達は暗殺を成功させたとしても不完全燃焼となる。一同が山を降りると、そこには1人のA組の生徒が待ち構えていた。浅野だ。

 

「お前、どうしたんだ?」

 

「偵察って訳でも無いだろう?」

 

前原と磯貝が彼に尋ねると、浅野は両手を握りしめて少しだけ頭を下げる。

 

「君達に依頼がある。あの怪物を……理事長を殺してくれ」

 

浅野の懇願。多くのE組達は動揺する。とは言え、文字通り理事長の命を奪って欲しい訳では無い。殺すべきはその教育方針。何故A組のトップの彼が、敵視するE組に頭を下げてまでこのような依頼をするのか。浅野は話を続ける。

 

「今のA組は地獄そのものだ。理事長は生徒達を煽り、彼等にE組への憎悪を支えに勉強をさせて力を伸ばそうとしている。だが、そんな物は本当の力では無い。それでは彼等がこれからも僕を支えるのは無理だ。目を覚まさせて欲しいんだ、僕の仲間と父親の。だから君達は正しい敗北を彼等にもたらしてくれ」

 

彼は改めて頭を下げる。浅野自身が敗北を知っているからこそ出来る事だ。それに今の彼は心底他人を気遣っている。浅野もE組との勝負を経て成長しているのだ。しかし、

 

「ふ~ん。それで、言いたい事はそれだけなの?浅野君」

 

今までの流れをすべて無視するかのごとくカルマが煽る。これには浅野も怒りの表情を浮かべるが、それは無視された。

 

「ウダウダ考えずに殺す気で来たら?ま、1位を取るのは俺だけどさ」

 

(カルマ君は相変わらずだね)

 

ここに来ての1位宣言。周りの事など度外視で勝負に来いとカルマは発破をかける。これまでもE組とA組は全力で戦ってきたのだから。そんな彼の様子を見た渚は、呆れ混じりに心の中で呟く。そしてカルマは浅野に対して言い終えると、今度は清麿の方を向いた。

 

「ねぇ高嶺君。俺の言ってる意味、分かるよね?」

 

カルマは浅野だけでなく、清麿をもトップから引きずり下ろすと言い放つ。彼の敵はA組だけでは無い。自分と同じかそれ以上の成績を誇るクラスメイト。カルマにとって清麿は、自分が1位を取る為に避けては通れないライバルだ。それを聞いた清麿の口角が上がる。

 

「言われるまでも無いな。泣いても笑っても俺達全員が同じテストを受ける最後の期末。絶対に負けられん」

 

「皆、ガンバレなのだ!」

 

清麿も同じ事を考えている。彼もまた浅野に勝った事が無い。カルマ相手には勝ち越してこそいるものの、油断する選択肢は存在しない。否、あってはならない。他の生徒達も日々学力を伸ばしている。少しでも気を抜けば容易に上位からははじき出されるだろう。

 

「高嶺、お前は良い目をしている。それに赤羽の勝利宣言……分かった、まとめてかかってこい。僕も全力でやらせてもらう」

 

浅野が彼等の宣戦布告を受け取る。彼はもう周りを憂いて弱気な面をちらつかせる事は無い。最初から難しく考える必要など無かった。これまで通り、各々がベストを尽くして勝負すれば良かったのだから。浅野は不敵な笑みを浮かべたままその場を立ち去るかと思われたその時、彼はガッシュを指差す。

 

「ところで……そこの児童は何者だ?」

 

(((((今それ聞く⁉)))))

 

E組の多くが呆気にとられる。よりにもよってこのタイミングでガッシュの詮索。しかし気は抜けない。ガッシュの事情が浅野に知られれば、芋ずる式に殺せんせーの事がバレかねない。そもそも緑のバッグから顔と手足を出した子供が中学の帰り道に同行しているのだから、事情を知らない浅野が違和感を覚えるのは自然だ。この場に緊張が走ったその時、浅野はため息をつく。

 

「まあどうでも良いか。そんな事より君達の上に立つために自習をしなくてはならないからな」

 

浅野はそう言い残して今度こそE組に背を向ける。生徒達はガッシュの正体を聞かれなくてホッとした。

 

 

 

 

 次の日以降E組は期末テストに向けて全力に取り組む。ノルマを達成し、それを標的に報告する為にも。殺せんせーもありったけの分身を作って生徒達に勉強を教えるが、分身が崩れる程に先生も忙しい。しかし今回の勉強方法はそれだけではない。殺せんせーの指導以外にも、生徒同士でも得意科目を教え合わせたのだ。そうする事でより理解が深まる。

 

「漸化式は特殊解に持って行ってだな……」

 

「なるほど、そういう事か」

 

「……分からない」

 

清麿は千葉と速水に数学を教えている。数学の成績は彼とカルマがトップクラスだが、カルマは寺坂グループの指導で手一杯だ。2人の全体の成績は上位だが、速水は漸化式で苦戦している。

 

「速水、大丈夫か?」

 

「……多分これで問題ない」

 

千葉に心配された速水だが、どうにか問題を解き終えた。彼女の解答を清麿が確認するが、正解だったようだ。彼は笑みを浮かべながら頷く。

 

「私、悔しいけど今のままじゃ理数ではアンタ達に勝てそうにないわ。でも皆の足を引っ張るつもりは無いから」

 

速水は清麿と千葉に対して劣等感を覚える。しかし全体的に見ればそれ程点数が劣る訳では無い。そんな彼女はもう一度気合を入れ直す。

 

「随分な殺る気だな。この調子で頑張ろう」

 

「そうだな、高嶺。ところでこの解き方なんだが……」

 

清麿と千葉は次の問題に取り掛かる。そんな2人を見た速水も負けじとそれに加わり、意見を交換していく。

 

 

 

 

 今日の勉強時間が終わり、生徒達は山を降りる。彼等は明らかに疲労を感じている。ただでさえ椚ヶ丘のテストの難易度は高いのに、今回はとりわけテスト範囲が広くて難しい分野も多い。これは理事長の一存だ。

 

「今回の期末テスト、下手な模試なんて非にならないんじゃないか?」

 

清麿はため息をつきながらぼやく。彼は数学のみならず他の教科でも生徒達に教える役割を担っていた。しかしテスト範囲は中学校レベルを余裕で凌駕している。教えるのも一筋縄ではいかない。

 

「いやー、大変だよね。特に覚えの悪い奴に教えるとなると」

 

カルマが清麿の肩に手を乗せて来る。彼は寺坂達に数学を教えていたが、あまり捗らなかった様だ。そして彼等が間違える度にカルマは容赦なく竹刀でひっぱたいた。特に寺坂は叩かれる頻度が高く、彼の頭にはいくつかコブが出来ていた。

 

「チクショー‼覚えとけよカルマ‼」

 

寺坂はコブだらけの頭をおさえながらカルマに怒鳴る。それを見た多くの生徒が苦笑いを見せる。自分は叩かれたくないと。そんな中でガッシュは苦虫を嚙み潰したよう顔をする。

 

「皆頑張っておるのだな。私は何もする事は出来ぬが……」

 

ガッシュは正式に生徒として登録されていない為、テストを受ける事は無い。故に学業に関して彼は蚊帳の外だ。生徒一同が必死で取り組む中、自分が何も出来ない事を歯がゆく感じている。その時、

 

「気にすんなよ、ガッシュは俺達の応援をしてくれれば大丈夫だって!お前の分まで紙の上で殺し合ってくるからさ!」

 

岡島がガッシュの肩を叩く。直接テストに関わる事が叶わなくても、ガッシュの意志は他の生徒達に受け継がれている。だからテストの時もガッシュの心はE組と共にある。岡島が得意げに言い放つと片岡が目を細めた。

 

「岡島君に同意する日が来るとはね……でもその通りだわ(岡島のくせに生意気よ)」

 

「片岡‼何で悔しそうな顔してんだよ⁉」

 

彼女は岡島と同じ事を考えていた事があまり気に食わなかった様だ。クラス内での岡島の扱いはお世辞にも良いとは言えない。彼がエロ絡みの行為を繰り返した結果ではあるが、決してクラスで煙たがられている訳では無い。

 

「そういう事だ、ガッシュ。心配はいらない。必ずクラス全員で50位以内を取ってE組の校舎に帰って来る。お前の気持ちはしかと受け止めた」

 

「岡島、メグ、清麿……ありがとうなのだ‼私も皆を信じておるからの‼」

 

清麿がガッシュの頭に手を置いてそう言うと、ガッシュの表情は明るくなった。例え自分が行動を共に出来なくても、E組全員が頑張ってくれる。その事実だけで彼の心は満たされた。そんな時、清麿のスマホにてモバイル律が起動する。

 

「ガッシュさんのお気持ちは分かります。私も“仁瀬さん”に代わりをお願いする立場ですので!」

 

(((((仁瀬……にせ律さんか‼)))))

 

律もガッシュと同じくテストを受ける事が出来ない。そこで彼女の替え玉としてテストを受けるのが烏間先生の上司の娘、尾長仁瀬だ。クラスの多くが彼女の事を認識していても、これまで本名を聞く事は無かった。律がその名を呼ぶ事で初めて知る生徒も多い。

 

「仁瀬さんも50位以内を目指して頑張っています。だから私の意志は彼女に託します」

 

律は彼女に勉強を教える内に2人の間には友情が芽生え、今は何でも話せる仲だ。

 

「確かに私とガッシュさんは直接テストを受けられませんが、誰かが私達を思ってくれる限り私達は常に一緒です。皆さん、よろしくお願いします!」

 

「律の言う通りだの‼私達の分まで頑張ってくれなのだ‼」

 

律とガッシュの懇願に皆が頷く。E組全員で挑むA組との最終決戦。これに勝たない事には、暗殺が成功してもクラス内に未練が残ってしまう。そんな事は許されない。一同はこれまで以上に気合を入れてテスト勉強に励んだ。

 

 

 

 

 期末テスト当日。E組は試験会場の教室目掛けて廊下を歩くが、その途中でA組の生徒達が教室から彼等を睨み付ける。理事長の洗脳により彼等のE組に対する憎しみが跳ね上がっており、今にもE組達を食い殺さんとする勢いだ。

 

「これが理事長の洗脳教育のなれの果てか。尋常じゃないな……」

 

「確かに浅野君の言う通り、これは地獄だわ」

 

「あれぇ、高嶺もカルマもビビってんの?」

 

2人がA組の惨状に苦言を呈するが、そんな彼等を中村が煽る。しかし彼等の自信は揺るがない。これはE組とA組の対決であるが、それと同時に彼等に殺意を教えた殺せんせーと理事長の対決にも他ならない。そして生徒一同が席に着いた瞬間、期末テストは始まる。

 

 

 

 

 期末テストもいよいよ終盤に差し掛かる。今は最後の数学の時間だ。他の4教科の難易度も高く、全て解き切れなかった生徒も多い。体力の消耗が激しい中での最後の数学。多くの生徒が苦戦を強いられる中、清麿は後ろから2番目の問題を解き終えた。

 

(本当に漸化式が出て来るとはな、しかもラスト前で……さて)

 

清麿は気合を入れ直す。今回の期末テストは彼が最も力を入れて勉強し、全力をぶつけている試験かもしれない。転校する前の中学でのテストの難易度はそれ程高くなく、学年トップは当たり前。椚ヶ丘に来た後のテストではクリアとの戦いが常に脳裏によぎる状況で、100%勉強に専念出来ていたかは怪しいところだ。しかし今回はその憂いすらない。

 

(まさか勉強でここまで熱くなる日が来るとは思わなかった。浅野、赤羽。お前等を超えて俺は満点を取る‼)

 

転校してから清麿は試験において単独で1位を取った事は無い。学業において自分と同等かそれ以上の実力者との戦い。彼はこの時、勉強を楽しく感じていた。これは椚ヶ丘に来なければ味わえなかった感情だ。そして彼は最終問題に目を通す。

 

(空間の問題か……だが、何かありそうだな)

 

清麿は手を動かさない。最後の問題は一見複雑な計算が必要に思われる。それでも彼なら時間以内に解くことは不可能ではない。しかし彼は違和感を覚える。そしてどういう訳か清麿の頭に浮かんだのは数式では無く、これまでの魔物との戦い及び暗殺の日々だった。

 

(……なるほど、そういう事だったか。こんな解き方もあるんだな)

 

清麿は最後の答えを出す。今回のアプローチの方法は、もしも彼がガッシュと出会う事無く家に引きこもったままであればまず思いつかなかっただろう。多くの出会いと経験を経たからこそ、清麿はこの解答に辿り着けた。

 

(ありがとな、ガッシュ。そして皆)

 

清麿は心の中で仲間達に礼を述べる。彼等のお陰で色々な世界がある事が理解出来たのだから。少しした後にチャイムが鳴り、試験は全て終了した。

 

 

 

 

 後日テストが返却された。しかしE組にとって重要なのは総合順位。果たして全員が50位に入れたかどうか。生徒達の緊張感は最大限まで高まる。

 

「では発表します」

 

殺せんせーはトップ50位が乗っている順位表を黒板に張り出す。E組での最下位は寺坂だ。そんな彼は総合で47位。それが意味する事は、

 

「「「「「全員50位以内ようやく達成‼」」」」」

 

「皆、おめでとうなのだ‼」

 

生徒一同は歓声を上げる。ノルマは無事達成された。上位勢もほぼE組が独占、A組に完全勝利したと言っても過言ではない。そしてガッシュも元気いっぱいに彼等に労いの言葉をかける。

 

「何か、最終回っぽいよね」

 

「おい不破、勝手に終わらすんじゃない」

 

突如遠い目をして呟く彼女に清麿がツッコミを入れる。皆の暗殺生活はまだまだ続くのだから。ちなみに清麿とカルマは初の500点満点での同率一位。彼等との間に優劣は付かなかった。

 

「何だ、高嶺君とは引き分けか。勝ち逃げされた気分なんだけど」

 

「お互い満点だからな。ともあれ俺達は最高の結果を出せた、それで充分だろ」

 

2人は素っ気なく言葉を交わす。他の生徒と比べてテンションがそれ程変わらないのは、喜びよりも目標を達成できた安心感が勝ったが故だ。決して嬉しくない訳ではない。そんな彼等の頭に殺せんせーが触手を乗せる。

 

「高嶺君とカルマ君。君達と浅野君の差は、数学の最終問題でした」

 

浅野はその問題を完答する事が出来ず、満点を逃した。彼は数学のみ97点の合計497点での総合3位。清麿とカルマが辿り着いた解答方法に彼は気付けなかったのだ。清麿だけでは無く、カルマもE組での暗殺生活を経たからこそこの方法にありつけた。

 

 ちなみに他のA組の生徒達はテスト前半の調子は良かったが、後半になると多くの生徒が応用問題でつまずいていた。殺意でのドーピングは時間をかけて育ててこそ意味がある。殺意はそんなに長続きするものでは無い。

 

 

 

 

 しばらく全員が喜びを分かち合った後に一息つく。生徒達が席に着くと、殺せんせーは改めて彼等に問いただす。

 

「さて皆さん。全員E組を抜ける権利を得た訳ですが、ここから出たい人はいますかね?」

 

答は分かり切っている、当然ノーだ。生徒達は暗殺用の武器を構えて返答した。そして彼等が暗殺へのやる気を見せたその時、何かがぶつかるような大きな衝撃音が聞こえてくると同時に教室が揺れる。

 

「にゅやっ、一体何が⁉」

 

殺せんせーの声と共に皆が窓から外を見るが、何と校舎の半分がショベルカーによって取り壊されている。生徒達が何事かと考えていると、理事長が外に立っていた。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。次回も諸事情により投稿の日数が空きます。ご容赦下さい。


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LEVEL.70 理事長の時間

 遅くなりました。最新話の方、よろしくお願いします。


「今朝の理事会にて旧校舎を取り壊す事が決定しました。皆さん、退室の準備をお願いします」

 

 理事長が言い放つ。E組の生徒達には新校舎に移ってもらう予定だ。そこは刑務所を参考にした牢獄のような環境で、彼曰く“私の教育理論の完成形”との事だ。横暴とも言える突然の決定に当然生徒達は反対するが、理事長は意にも介さない。そして彼は殺せんせーの方を向く。

 

「それから殺せんせー、私の教育には既に貴方は要らない。今ここで殺します」

 

何と理事長は禁断の伝家の宝刀、殺せんせーの解雇通知を取り出した。この学園のトップは理事長だ。その気になれば彼の一存で他の教師や生徒を学校から追い出す事も出来る。殺せんせーは冷や汗をかいて怯える。

 

「はわわわ、そんなのが許される訳……」

 

“リストラ”殺せんせーが教師である以上これは確かな弱点だ。そしてあろうことか、先生は不当解雇であるとデモに訴えかけ始める。

 

「解雇の2文字はこのタコに面白い程聞くんだよな」

 

「超生物がデモって……」

 

杉野と渚を始め多くの生徒が彼に呆れの目線を向けるが、そんな中で清麿が口を開く。

 

「ちょっと良いですか、理事長?」

 

「何かな?」

 

「殺せんせーをクビにするって事は、俺とガッシュもここから出て行かなきゃならないって事ですよね?」

 

彼の疑問は必然だ。元々ガッシュペアは殺せんせー暗殺の為に、理事長の推薦でE組に来たのだから。その暗殺対象がいなくなれば自分達もお払い箱では無いのかと清麿は考えた。他の生徒達も不安気にガッシュペアを見る。しかし理事長は首を横に振った。

 

「好きにすると良いよ、高嶺君。私も罪のない中学生を路頭に迷わせる程鬼では無い。このままE組として新校舎で勉強するもよし、さらに君のような優秀な生徒なら本校舎に来る選択肢もある。ただ殺せんせーの解雇が気に入らなくて学校をやめるというのであれば私は止めない」

 

清麿が退学になる事は無さそうだ。理事長の言葉を聞いた生徒一同はそれに関しては胸をなでおろす。そして理事長はガッシュの方を向いた。

 

「しかし……ガッシュ君を学校に来させる事は出来なくなるね。流石に新校舎には彼の居場所はない」

 

ガッシュは顔面蒼白になるが、理事長の言う事は正しい。そもそもガッシュは正式には生徒として登録されていない。暗殺の戦力として理事長が登校を許可していたに過ぎないのだから。

 

「ヌオオオオ‼嫌なのだーー‼」

 

「ガッシュ君‼今こそ立ち上がる時です‼」

 

「ウヌー‼」

 

ガッシュは泣きながら殺せんせーのデモに参戦する。彼等は至って真面目に理事長に訴えかけているのだが、多くの生徒達はその様子を何とも言えない表情で見つめる。しかし理事長は笑みを浮かべながら、先程までちらつかせていた解雇通知をスーツのポケットにしまった。

 

「まあ、それが嫌なら私の暗殺に付き合ってください。その為に来たのですから」

 

理事長の目は冷徹だ。自らの教育に不要になった者は容赦なく切り捨てる。それは殺せんせーとて例外では無い。その為に彼は一度校舎の取り壊しを中断させた後、校舎に入っていく。

 

 

 

 

 殺せんせーの暗殺方法はシンプル。半円に並べられた5つの机にそれぞれ問題集を置く。その問題集にはピンが抜かれた手榴弾が挟み込まれ、ページを開いた瞬間爆発する仕込みだ。しかし問題を解く者はページの右上の問題を1問解くまでは席を離れてはいけない。

 

「4つの対先生手榴弾と1つの対人用手榴弾。見た目や臭いでの判別は不可能。貴方が先に4冊解き、私が最後の1冊を解く。このギャンブルで私を殺すかギブアップさせれば、貴方とE組がここに残るのを認めます」

 

強者としての立場を利用した、殺せんせーにとって圧倒的不利な暗殺。E組一同は苦虫を嚙み潰したような顔をして、窓の外から殺せんせーを見守る。自分達が殺せなかった超生物がこんな方法で殺されてしまうのか。彼等は拳を握りしめる。それでも殺せんせーに断る選択肢は無い。

 

「どうかな、高嶺君とガッシュ君。強者は簡単に、一方的に弱者をねじ伏せる事が出来る。優しい王様という理想が如何に非合理的かつ非現実的であるかが、この暗殺を通して分かると思うよ。この前の話し合いの白黒もハッキリしそうだね」

 

「何だと、理事長殿⁉」

 

理事長の言葉を聞いたガッシュは目を細める。この暗殺でかつて理事長と行われた優しい王様をめぐる議論の決着がつくという。だがこれを止める選択肢は無い。理事長の圧倒的権力のなせる業だ。そして清麿には怒りが込みあがる。理不尽を押し付けられた挙句に自分達の追い求めるものを否定された。彼は我慢の限界に達する。

 

「おい‼それ以上は」

 

「ストップです、高嶺君」

 

理事長に反論しようとする清麿を殺せんせーが止める。今の清麿の言葉は理事長には届かない。ならばどうすれば良いか、先生にはそれが分かっている。

 

「理事長、ガッシュ君なら優しい王様になれますよ。貴方は言った。“この暗殺をもって2人の目指す王の姿を否定する”と。ならば私はこの暗殺を乗り越えて貴方の言葉を否定して見せましょう」

 

殺せんせーは暗殺を引き受ける。それ以外の道は無いのだから。権力のみで先生を殺す事で自分の合理性を証明し、ガッシュペアの理想を打ち砕く。それを防ぐのは殺せんせーが理事長とのギャンブルに打ち勝つ以外の方法は存在しない。先生はまず数学の問題集を開く。

 

(平面図形計算……えーと、これは……)

 

口では強気に勝負を受けると言った殺せんせーだが、内心は自らの圧倒的不利な状況でかなり焦っている。すぐにテンパるのも弱点で、理事長の思惑通りだ。そして先生が頭を抱えていると、何かが破裂するような大きな破裂音が教室中に響いた。

 

「まずは1ヒット。あと3回耐えられれば貴方の勝ちですね。出来るとは思えませんが」

 

大量のBB弾のせいで殺せんせー顔に凹みが出来ている。3度も耐えられるかは疑問だ。理事長は優越感に浸る。“強者は好きな時に弱者を殺せる”。防衛省からの口止め料と暗殺の賞金を使ってこの心理を教える仕組みを全国に広める。彼の願望は見事に果たされると思われたその時、3冊の問題集が閉じられる音が聞こえた。

 

「全て解きました。日本全国の問題集を完璧に覚えたつもりでしたが、数学だけは生徒に長く貸していましてね。問題を忘れていました、私もまだまだです」

 

先生の発言と同時に、矢田がカバンから理事長の課した数学の問題集と同じ物を取り出す。何と殺せんせーは教職に就くにあたり、全ての問題集を頭に入れていた。彼はこれくらい教師を目指すなら当たり前だと豪語するが、決して容易な事では無い。

 

「こんな方法では私を殺す事も、ガッシュ君の目指す王の姿を否定する事も出来ませんよ。貴方は安易な暗殺方法で自らの首を絞めた。さあ理事長、残り1冊です」

 

理事長の前に最後の問題集が置かれる。殺せんせーは無事に彼の暗殺を回避した。それだけでは無く、強者が好きに弱者を蹂躙出来る現実を突き付けてガッシュペアの理想を否定する事も失敗に終わった。

 

「自分の死が目の前にある気分はどうです?」

 

殺せんせーの言葉を聞いた理事長の頭には走馬灯が流れる。かつてE組の校舎は理事長が塾を開いていた場所だった。そこの第一期生は3人。当初理事長は彼等に“良い生徒”に育てる為に尽力した。そして彼等は皆志望した中学へ入る事が出来た。しかしその内の1人の“池田”は中学時代にイジメにあい、自殺してしまった。

 

(だから私は、強者を育てる為に……)

 

彼は“良い生徒”では無く“強い生徒”を育てる道を選んだ。その為の椚ヶ丘学園。そしてかつての塾は見せしめの為にE組の校舎とする。そして理事長は殺せんせーとガッシュペアの存在を知り、自らの理想の為に彼等を利用する事を決めた。そんな今の彼の目の前にあるのは死だ。しかし理事長はそれに手を伸ばそうとする。

 

「まさかアンタ‼死ぬ気なのか⁉」

 

「やめるのだ‼理事長殿‼」

 

ガッシュペアが叫ぶ。彼が問題集を開けば間違いなく無事では済まない。目の前で人が傷付こうとする光景を2人が見過ごす道理は無い。彼等は優しい王様を目指しているのだから。しかし理事長はその声には耳を貸さない。そんな彼を止める為にガッシュは窓から教室に入ろうとした。その時、

 

「ガッシュ君、待って下さい!」

 

殺せんせーがそれを制止する。そしてガッシュが足を止めた一瞬、理事長は問題集を開いた。その直後に起こる爆発、理事長は死を恐れていない。それを見たガッシュペアの脳裏によぎるのは絶望。目の前の命が失われる事を止められなかったが故の。しかし爆風が消え去った後、そこに死人は存在しなかった。

 

「これは……」

 

「ヌルフフフ、脱皮です。脱いだ直後の皮なら、手榴弾の爆風くらいは防いで見せますよ」

 

殺せんせーの奥の手の1つ、脱皮。これがあるからこそ彼はガッシュペアの手を借りる事無く理事長を助けられた。殺せんせーには、理事長が自分に負ければ自爆を選ぶ事を予測出来ていた。ガッシュペアに教室まで来させなかったのは、万が一彼等が爆発による怪我を負うリスクを避ける狙いもある。

 

「私達は似た者同士でしたね。昔の理事長の事は調べさせてもらいました。私の教育の理想は、かつての貴方の教育とそっくりだった」

 

弱者が集うとされるE組。しかし本来のE組制度の目的は見せしめなどでは無い。生徒達が同じ境遇をクラス内で共有し、校内いじめに団結して耐え、仲間に相談できる環境を作る為であるとの事だ。

 

「そんなE組を創り出したのは……他でもない理事長です。貴方は本能的に私が同じ教育論を持つ事を予感していたのでしょうか。だから私を教師として雇った。そして高嶺君とガッシュ君をE組に呼び寄せたのは私の暗殺の為だけでは無く、彼等なら“良い生徒”としての最高の手本となり得るからと言ったところですかね」

 

殺せんせーは全てを見透かしたかのように言い放つ。理事長は昔に描いた理想の教育を無意識に続けていたのだと。その話を聞いたガッシュペアは怪訝な顔を見せる。まさか自分達がE組に推薦された理由が、暗殺以外もにあったとは思いも寄らなかった。そして理事長は何かに納得したような顔を見せて口を開く。

 

「私は十年余り、多くの強い生徒を輩出してきた……さて、殺せんせーも私のシステムを認めましたね。ならば恩情を持ってE組は存続させる事としましょうか」

 

旧校舎の取り壊しは中止となった。E組はこれまで通りの環境で残りの学園生活を過ごせる。E組一同は喜びの表情を見せた。

 

 

 

 

 理事長が校舎を出る。すると彼は悟ったような表情でガッシュペアの方を向いた。

 

「そういう事だったのか、高嶺君とガッシュ君。今なら何故私が魔界の王を決める戦いに勝ち残れなかったのかが分かったよ」

 

理事長が何気なく口にした発言を聞いたE組一同の間に沈黙が流れる。そして、

 

「「「「「理事長も戦いに参加してたの⁉」」」」」

 

ガッシュペア以外の生徒は驚愕する。まさか彼が魔物の戦いに参加していたとは夢にも思わなかったのだ。確かに理事長はガッシュペアの力の事を知った上で、彼等をE組に推薦した。しかし魔物の事を知っていても理事長が直々に戦っていた訳では無いと生徒達は思い込んでいた。そして彼等は理事長に対して、魔物の戦いに関する質問責めを行う。

 

「やれやれ、口に出す程の事では無いのだがね。まあ、パートナーである彼には悪い事をしたと思っているよ」

 

理事長は自分とパートナーの魔物との日々を話し始める。パートナーとなった魔物の背丈はガッシュと同じくらいで、それ以外の容姿はかつての教え子の池田によく似ていた。しかし彼はお世辞にも強い魔物とは言えなかった。それを理解した理事長は彼を洗脳教育して強くする道を選ぶ。

 

「そこから既に敗北は決まっていたのだろう」

 

洗脳教育により、彼の術の威力も身体能力も飛躍的に上がった。そんな2人の前に現れたのがナゾナゾ博士とキッドだ。博士は理事長が魔物を洗脳する様子を見かねて戦いを挑んだ。純粋な強さだけなら洗脳教育によって、その魔物がキッドを上回っていたかもしれない。

 

「だが君達も分かる様、この戦いにはパートナーのコンビネーションが必須だ」

 

洗脳教育でお互いの信頼関係を築く事は不可能だ。そんな事で得た強さには限界がある。理事長達はそこをキッドペアにつかれた結果、本を燃やされてしまったのだ。話を終えた理事長はガッシュの頭に手を置く。

 

「私の戦いはこれで終わりだよ。彼は“良い王様”になりたがっていた。彼の目指した理想とガッシュ君の目指す優しい王様。どちらが王になっても魔界の皆は喜びそうだね」

 

理事長はその魔物を大切に思っていなかった訳では無い。むしろ池田の面影を見た彼を強者にしたいという思いばかりが先走った結果、彼は負ける事になった。魔物の戦いでは、お互いが寄り添い合わなくては本当の強さを得る事は出来ない。その事にようやく気付いた理事長はわずかな後悔の念を感じる。

 

「理事長殿。私が魔界に帰ったらその魔物とも友達になりたいぞ!」

 

「ああ、よろしく頼むよ」

 

ガッシュの言葉を聞いた理事長の口角が上がる。そして彼は話を続けた。

 

「それから高嶺君、ガッシュ君。彼の住む魔界を救ってくれた事、礼を言うよ」

 

「その事まで知っていたんですね。魔界の皆のお陰で勝つ事が出来ましたよ」

 

理事長もまたナゾナゾ博士からクリアとの戦いの話を聞いていた。理事長がその魔物と過ごした時間は長くない。だが博士が言うにはその魔物は洗脳された状態でも、理事長の事を最後まで案じていた様に見えたとの事だ。理事長もまた教え子の面影を感じる魔物には思うところがあった。そんな彼が救われた事にはガッシュペアに感謝している。

 

 一通り話しを終えた理事長は、この場を去る前に殺せんせーの方を向いた。

 

「では私は本校舎に戻ります。それから殺せんせー」

 

「何でしょうか?」

 

「たまには私も殺りに来て良いですかね?」

 

「当然です。好敵手にはナイフが似合いますね」

 

理事長が対先生ナイフを振りかざす。しかし彼には淀んだ殺意は無い。理事長もまた殺せんせーに手入れされ、爽やかな殺意を持つようになった。これからは息子との関係もより良くなるだろう。そして彼は山を降りていく。その後E組一同が壊されかけた校舎の修理に追われる羽目になったのは別の話だ。

 




読んでいただき、ありがとうございました。理事長のパートナーの魔物の名前や術は、皆さんのご想像にお任せします。そして次回はついにあの話に入ります。


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LEVEL.71 正体の時間

 遂にあの話が始まります。私も初めてこの展開を知った時の衝撃は忘れられません。


 期末テスト終わりの演劇発表会。こちらもE組それぞれの長所を活かして見事にやり切った。特に狭間の脚本及び杉野の名演技は、此度の発表会に大きな爪痕を残す結果となった。これでE組一同残りの学園生活は暗殺と受験勉強に専念する事が出来る。

 

「ウヌ、渚とカエデがどこに行ってしまったのだ?」

 

ガッシュが教室を見渡すと、先程までいたはずの2人がいなくなっていた。ガッシュは何事かと考える素振りを見せていたが、殺せんせーが何かに納得したように頷く。

 

「私が見てきますよ、ガッシュ君。君達はゆっくりして下さい、ヌルフフフ」

 

「分かったのだ!」

 

殺せんせーがそのまま教室を出て行く。その後残った生徒達は暗殺計画についての話し合いをする事にした。出てきた案としては極寒の環境を利用して先生を襲撃する事、先生をスキーに誘った時に雪山を水に溶かした上で襲う事などが挙げられた。

 

「そう言えば速水ってスキーの経験者だったよな」

 

「そうね。スキー場で暗殺するなら任せて」

 

千葉が速水に声をかける。彼女はE組に来る前はスキー部に属しており、雪山に関しては場慣れしている。生徒達のどんな経験が暗殺に活きて来るか、分かったものでは無い。

 

「清麿、スキーとやらも楽しそうだの!」

 

「あくまで暗殺の為だがな(ウィンタースポーツと言えば、前回のスケートは悲惨だった)」

 

ガッシュはスキーに興味を示すが、清麿はウマゴンペアや水野達とスケート場に行った時の惨劇を思い出す。それなりの大人数で行ったのにもかかわらず、誰一人としてまともに滑る事が叶わなかった。それだけでは無くお互いの足の引っ張り合いが始まり、散々氷の上で転がり回るだけで終わってしまったのだ。そして清麿の顔色が悪くなる。

 

「おい高嶺、他にもいい案ねーのか?つか何辛気臭せー面してんだテメーは」

 

「大した事では無いんだが……」

 

寺坂がぶっきらぼうな口調で清麿に問いただす。他の生徒達も何事かと思って彼の方を向く。そして清麿はスケート場での出来事を彼等に話すと、クラス内では笑い声が響いた。

 

「ギャハハハ‼そんで思いっきりこけたってか⁉」

 

「ぷっ……ねぇ高嶺、そん時の写真とかない訳?」

 

「高嶺君、中々面白い事を話すね~。ククッ」

 

「やべぇ。想像しただけで笑えてくる……ハハハハ‼」

 

その話題は特に寺坂・中村・カルマ・岡島のツボにハマった様で、彼等は清麿をあざ笑う。他にも笑みを浮かべる生徒達が多く、清麿の堪忍袋の緒が切れる。

 

「じゃかあしい‼だったらお前等も滑れるんだろーな⁉俺の事笑った奴、全員でスケート行くぞ‼」

 

清麿が怒鳴り散らす。彼はヤケを起こしている。暗殺の話はどこへやら、気付けばE組はスケートの話一色になっていた。そんな光景を見た速水がため息をつく。折角自分の経験を活かしたスキーでの暗殺の話題が遮られて複雑な心境だ。そんな彼女の視界には頭を押さえたガッシュが入る。

 

「ガッシュ、どうしたの?」

 

「ヌウ、凛香……スケートで転んだ時は本当に痛かったからの。それを思い出してしまったのだ」

 

今となっては笑い話になっているが、氷の上に思い切り体をぶつけたのだからタダで済む訳が無い。ガッシュが顔を青くしていると、原が彼の頭に手を置いた。

 

「まあ、どのスポーツも常に怪我のリスクがあるからね。皆無理しなきゃいいけど」

 

原は熱くなるクラスメイト達に心配の眼差しを向ける。今の彼女の目線は子供達を見守る母親のそれだ。そんな中、狭間が首を横に振りながら会話に加わる。

 

「どんどん話が逸れていくわね。まぁ、焦る必要は無いんでしょうけど」

 

彼女は素っ気なく言い放つが、その顔にはわずかながら笑みが浮かんでいる。影を好む狭間だったが、E組に入った当初と比べて大分楽しそうな顔をする頻度が増えてきている。そんな彼女をガッシュが見つめる。

 

「どうしたのよ?ガッシュ」

 

「何だか綺羅々が変わったような気がするのだ!」

 

狭間の変化にガッシュが気付く。無駄にテンションが高まる事こそないが、彼女もE組での日々をしっかりと楽しんでいる。そして狭間は何かを思いついたように口を開く。

 

「あら、人はそんな簡単に変わるものじゃないわよ?」

 

彼女は笑みを浮かべるが、それ以上に顔に影が差している。狭間は無邪気に自分に話しかけるガッシュに対して、幽霊のような顔をして見せた。

 

「ヌオオオオ‼」

 

それを見たガッシュは冷や汗をかきながら震えて逃げ出す。そしては原に隠れてやり過ごそうとした。

 

「狭間さん、あんまりガッシュ君を怖がらせないでね……」

 

そんな原が怯えるガッシュの頭を呆れ混じりに撫でる様子を、速水は何とも言えない表情で見ていた。

 

 E組での何気ない日常が繰り広げられていると思われたその時、突如外から何かが破裂した音が聞こえてきた。それと同時に校舎が揺れる。先程まで盛り上がっていた生徒達の顔が一斉にこわばり、彼等はすぐに外へ出た。

 

 

 

 

 生徒達が音の聞こえて来た方に向かう。そこでは倉庫の前で殺せんせーが尋常でない程に動揺しながら、倉庫の屋根上を見つめている。そして生徒一同先生と同じ方に視線を向けると、そこには驚愕の光景が存在した。

 

「あ~あ、失敗しちゃった。ダメだな、私」

 

屋根の上には茅野が立っている。しかし生徒達は彼女を見て愕然とする。何故なら彼女の首からは有り得ないはずのものが生えていたのだから。

 

「茅野さん、何なんですか?それ……」

 

「嘘、一体何が……茅野さん」

 

奥田と神崎が信じられないといった様子で一歩前に出る。しかし他の生徒達も考える事は同じだ。彼女は触手を生やしている。なぜなのか。そんな彼等の疑問に答えるかのごとく、茅野は口を開く。

 

「“茅野カエデ”って本名じゃないの。今までずっと演技してきたんだ、ひ弱で無害な女子にね。“雪村あぐり”の妹って言えば分かりやすいかな?」

 

彼女は淡々と語る。演技と言うのは嘘ではない。実際に今の茅野の顔は別人のように険しくなっている。そして茅野は冷たい目つきで殺せんせーを見つめると、多くの生徒達が動揺する。その原因は彼女の冷徹な視線故では無い。雪村あぐりの名前が出て来た事だ。

 

「カエデ……何を、言っておるのだ?」

 

ガッシュが冷や汗をかきながら彼女に問いただす。彼には状況の整理が出来ていない。そんなガッシュを見た茅野は何かに納得したように話し始める。

 

「そっか、ガッシュ君はお姉ちゃんとは面識が無いんだったね。なら知らなくても当然か……それより、コイツが私のお姉ちゃんを殺したんだよ」

 

「「「「「な⁉」」」」」

 

茅野が殺せんせーを指差して言い放つ。彼女の衝撃的な言葉を聞いて生徒達が驚く中で、彼女は話を続ける。

 

「だから私はお姉ちゃんの敵を討つ為だけにE組に入った。今まで皆と仲良く過ごしてきたのもそれがバレないようにするための演技、嘘っぱちなんだよ。他の事はどうでも良い」

 

茅野は言い放つ。これまでのE組での生活は彼女にとって偽りの物であると。仲間と共に苦楽を共にしてきた事も、全て演技でしか無いと。ガッシュは彼女の言う事をようやく理解した。しかし彼はそれを認めたくない。だから反論する、大声を張って。そうでもしないと、ガッシュの何かが崩れるかもしれなかった。

 

「そんなハズなかろう‼カエデ‼お主は私達がクリアとの戦いから帰ってきた時、泣きながら喜んでくれたではないか‼あんなにも心配してくれたではないか‼なのに……」

 

「いや、それも全部演技だって言ってるじゃん。ガッシュ君は騙されてたんだよ」

 

彼の叫びは茅野には届かない。彼女は冷たくガッシュを突き放す。今のガッシュの前には、かつて自分を弟のように可愛がってくれたクラスメイトはもういない。いるのは触手を持った復讐者のみ。

 

「ヌゥ、それでも……」

 

「ガッシュ君」

 

「!カエデ……」

 

口元を震わせながらも言葉を発しようとするガッシュに茅野が微笑みかける。その時の彼女の笑顔は今までE組の皆に見せて来たものだった。それを見たガッシュは安堵の表情をする。しかし、

 

「ほら、また騙された。懲りないなぁガッシュ君は」

 

「な……」

 

茅野は先程までとは異なる邪悪な笑みを浮かべる。まるでガッシュに対して、今までの自分は嘘偽りであると改めて思い知らせるかの様だ。それを見たガッシュは絶望に支配された。これまで彼はどんな強敵に力の差を見せつけられようとも、どんな危機的状況に遭遇しても諦める事は無かった。しかし親しい者からの裏切りを受けて、ついにその心が折れた。そしてガッシュは全身を震わせて膝をつく。

 

「ぐう……ウヌウ……」

 

「ガッシュ君って王様目指してるんだよね……だったら、こういう演技も見破れるようになった方が良いんじゃない?そんなんじゃ」

 

「茅野‼もうやめろ‼」

 

立ち上がれないガッシュに対してまだ茅野は追い打ちをかけようとする。しかし、それは清麿の怒鳴り声によって防がれた。彼は自分のパートナーが散々罵られた事で切れている。そしてガッシュの方にはようやく倉庫から出て来た渚が駆け寄った。

 

「やっぱり高嶺君は怒ると怖いな……そういえば高嶺君さぁ、私が何か隠してるって事に気付きかけてたよね?」

 

「⁉」

 

そう指摘された清麿は目の色を変える。彼は何度か茅野の言動に違和感を覚える事があった。だがその事を彼女は感づいていた。

 

【答えを出す者】(アンサートーカー)、だっけ?その力を使われればバレてたけど、それで見破られる事は無いって確信があった。だって高嶺君、それで私を見ようなんて絶対しないでしょ?」

 

清麿はこの力を乱用してこなかった。イトナの事を探る時ですら一瞬躊躇った程だ。勝手に人の抱える物の答えを出すのは、相手にとっても良い気分はしないだろう。だから彼は安易にそれを使用しないと決めていたが、清麿のその決断すら茅野は織り込み済みだったと言う。清麿は言い返さない。

 

「まあいいや、またやるよ殺せんせー。場所は後で連絡するから」

 

茅野がそう言い放った後、彼女は尋常ではない速度でその場を離れる。殺せんせーやガッシュならそれを止められた可能性もあったが、今の彼等にはそこまでの余裕が無い。

 

 多くの生徒達がその様子を見て呆気に取られていたが、その中でもイトナが顔を青くしながら口を開いた。

 

「有り得ない……メンテもせずに触手を生やし続けてるなんて……地獄の苦しみだぞ」

 

かつて触手を体内に宿していた彼だから理解出来る。誰かに管理してもらわなければ、触手の持ち主は脳の中で棘だらけの虫が暴れ続けるような激痛に襲われる。それを表情に出さずに耐えきる事など出来るはずが無いと。だが、茅野はそれをやってのけた。

 

「茅野……そんな……」

 

清麿が歯ぎしりをする。もしも自分が違和感に気付いた時に【答えを出す者】(アンサートーカー)でその正体を探っていれば、別の道があったのではないか。苦痛に苛まれる茅野を救う事が出来たのではないか。そんな後悔が彼を襲う。清麿が両手を力強く握りしめる様子をクラスメイト達が心配そうな表情で見つめる。

 

「俺の……せいなのか……どうすれば?」

 

彼は思わずそう呟く。しかしその発言を聞いたE組の多くは、途端に彼に対して否定的な目線を送る。その中でもカルマがため息をついた後に、呆れ混じりの表情で話し始めた。

 

「高嶺君……流石にそれ、自惚れすぎでしょ?」

 

「しかし、赤羽」

 

「何でも自分の力で思い通りに出来るとか思わない方が良いって」

 

カルマの言葉に反論しようとする清麿の発言をも彼は遮り、冷たい視線を送る。カルマには怒りが込みあがっている。高いスペックを持ち合わせる同級生が、ある意味力に溺れかけている事に対して。

 

「その力で茅野ちゃんが隠してる事を知ってどうすんの?仮に一番良い方法を導き出せたとして、それを彼女がはいそうですかって簡単に受け入れると思う?」

 

茅野の目的は殺せんせーへの復讐。クラスメイト達がそれを知ったところで止められる保証など無い。ガッシュペアなら力で取り押さえる事が出来るかもしれないが、それで彼女自身が納得するハズが無い。呪文や【答えを出す者】(アンサートーカー)をもってしても本当の意味で茅野を止めるのは至難の業だ。それなのに清麿が自分なら出来ると決め打ったような言動をする。その事はカルマの逆鱗に触れた。

 

「……済まない、赤羽。お前の言う通りだ。この力は万能じゃないって、分かっていたつもりだったんだがな」

 

清麿は素直に謝罪する。カルマの叱責により冷静さを取り戻した彼は、すぐに自分の間違いに気付く事が出来た。茅野の本性が露わになって焦るあまり、彼は周りを見ようともせず、自分の力だけでどうにかする可能性ばかりを探ってしまった。清麿が態度を改めた様子見たカルマは、ホッとしたような顔をした後に彼の肩を叩く。

 

「頼むよ高嶺君。この後()()茅野ちゃんをどうにかする方法を考えないといけないんだからさ」

 

カルマが清麿を見て口角を上げる。今の清麿は次に成すべき事が分かっている。多くの生徒達も2人のやり取りを見て多少なりとも気が楽になった。そんな時、寺坂が一歩前に出る。

 

「つーかよ……誰が悪いって話になったら、茅野の苦しみに気付いてやれなかった俺等全員の落ち度だろーが。カルマ!高嶺!テメー等だけで勝手に話進めてんじゃねーよ!」

 

彼は言い放つ。茅野は大切なE組の仲間だ。そんな彼女が間違った方向に向かっているのなら、クラス全員でそれを止める以外の道は無い。かつてはいじめっ子のガキ大将だった寺坂だが、彼もまた暗殺生活を通して誰かを気遣う事が出来る様になっている。

 

「……皆さん、ここにいるのも何ですし、先ずは中に入りましょうか」

 

殺せんせーが生徒達に教室に戻る様に指示する。いつまでも寒い外に居続ける訳にはいかない。先生の言葉を聞いた生徒達の多くは歩き始める。しかしガッシュは立ち上がりこそしたものの、足を動かそうとはしなかった。そんな彼の隣にいた渚は声をかける。

 

「ガッシュ、僕達も戻ろうよ。後は教室でこれからの話し合いを」

 

「済まぬ、少し私を1人にして欲しいのだ」

 

ガッシュは渚の言葉に対して首を横に振る。そんな彼を見かねた生徒達は何事かと思いガッシュの方を向くが、清麿が口を開く。

 

「そうだな……悪い皆、今はガッシュをそっとしてやってくれないか?」

 

彼はガッシュの考えている事が分かった。ガッシュはまだ立ち直れていない。今の彼には時間が必要なのだと。清麿の言葉を聞いた生徒達は、ガッシュに心配の眼差しを向けながらも校舎に入っていく。

 

 

 

 

 ガッシュを除くE組の皆が教室に戻った。教室内で生徒達は口を開かない。その中で、まずは殺せんせーが沈黙を破る。

 

「高嶺君、律さん、イトナ君……勿論ガッシュ君もですが、君達は雪村あぐり先生とは接点が無いのですよね。彼女は私がE組に来る前にここの担任を勤めていた人です」

 

今回の一件のキーパーソンである雪村先生。彼女は殺せんせーの前のE組の先生だ。しかし転校生達は先生の事を知らない。だから殺せんせーは彼等に雪村先生の事を紹介するところから始めた。

 

「茅野は……その人の妹だって言ってたな」

 

殺せんせーの説明を聞いた後、清麿が苦虫を噛み潰したような顔をする。E組の前担任の妹、それこそが茅野の正体。しかも先生は殺せんせーが命を奪ったという。多くの生徒が疑問に思う中、三村がスマホを取り出した。

 

「皆。“磨瀬榛名”って憶えてるか?」

 

彼のスマホには1人の子役女優が映し出されている。彼女は現在休業中だが、その画像を見たE組一同は驚愕する。髪型や雰囲気こそ異なるが、その少女の容姿が茅野そっくりなのだ。そして磨瀬榛名は芸名であり、彼女の本名は“雪村あかり”。雪村先生と同じ苗字だ。

 

「実は茅野の事、前に見た事あるような気がしてたんだが……そういう事だったのか」

 

彼は何かに納得したような物言いをする。磨瀬榛名は休業期間が長くて多くの人々の記憶から消えかかっていたが、テレビ業界に詳しい三村は彼女の事を憶えていた。だから茅野を見て思うところがあった様だが、正体に気付く事は出来なかった。そして三村は彼女の出演する動画を律に頼んで流してもらう。

 

「確かに茅野だ……スゲー演技だな……」

 

前原の言う通り、画面に出て来る彼女の演技力はかなりの物だ。それをもって1年近くクラスメイト達に自分の正体と触手による苦痛を隠していた。そして茅野の動画を見ている渚が思い詰めた表情をする。そんな彼に対して清麿が声をかける。

 

「渚、大丈夫か?」

 

「うん、考えてたんだ。茅野が僕やガッシュと一緒にいる機会が多かった理由を」

 

茅野はE組においては基本誰とでも仲良しだ。しかしその中でも誰と行動を共にする事が多いかと言われれば、これは渚とガッシュだろう。その事には彼等と気が合う以外の理由があったのではないかと渚は予測する。

 

「茅野は多分、僕の殺気の陰に自分の殺気を隠していたんだろうね。そして……」

 

「ガッシュと仲良くしていたのは……俺の気を少しでも緩める為、か?」

 

「そうだと思う」

 

清麿と渚は同じ結論に辿り着く。渚に隠れて自分の暗殺の才能を誤魔化す事、茅野の事情に感づく可能性のある清麿に警戒されない様にガッシュと交流を深める事。どちらも自分の目標を達成する為であると。茅野は渚とガッシュを利用していたのではないかと2人は考える。

 

「ガッシュ、大丈夫かな?」

 

渚はこの場にいないクラスメイトに心配を向ける。ガッシュがこの事を知れば、これが事実であれば彼はさらに傷付くだろう。清麿は渚の肩に手を置く。

 

「アイツが心配なのは皆同じだが、これはガッシュが自分で乗り越えなければならん事だ。そして茅野を連れ戻す為にはガッシュ……そしてE組の皆で迎えに行く必要がある。酷な様だが、ガッシュには自力で立ち直ってもらう。親しい者からの裏切り……これもアイツが王になる為の試練なのかもしれん」

 

ガッシュペアはかつて何度も強敵との力の差を思い知らされた事がある。しかし、その度に仲間と共に困難を突破してきた。しかし今回は違う。ガッシュは仲間だと思っていた者から突き放された。これは今まで経験した事が無い。

 

 

 

 

 校舎の外ではガッシュが1人、膝と手を地面について涙を流す。今まで自分が友達だと思っていたクラスメイトからの裏切り。それはこれまで経験してきたどんな絶望とも異なる。簡単に立ち直れる訳が無い。

 

「ヌウ……ウヌゥ……」

 

同じ裏切りと言えば、かつてビッチ先生は死神側に寝返ってE組の生徒達を死の危険に晒した事がある。しかし彼女自身が散々葛藤していた上に、死神の心理掌握もあった為、純粋に先生だけの意志とは言い難いかもしれない。またウォンレイペアもファウード復活の為に敵対した事があったが、こちらはリィエンが人質に取られていた状況だ。しかし茅野は違う。初めからE組の事を何とも思っていないと言い放った。元から自分達を見限るつもりしか無かったのだと。

 

「ヌオォ……カエデェ……」

 

ガッシュの脳裏には彼女とのE組での日々が思い浮かぶ。楽しかった事や大変だった事、どれも大切な思い出だ。しかし茅野はそれらを偽りだと断言した。ガッシュはそれがたまらなく悲しかった。

 

「ぐ……うぅ……」

 

ガッシュは未だに立ち上がれない。ここでいつまでも落ち込んでいる訳にはいかない。そんな事は彼にも分かっている。しかし、それでも茅野に裏切られていた事実を受け止める事は叶わない。ガッシュは泣き続ける。彼は一向に頭を上げようとしない。そんな時、ガッシュの耳には聞こえるハズの無い少女の声が届いた。

 

『こらガッシュ!いつまでメソメソしてるのよ!』

 

「ウヌ⁉」

 

その声を聞いたガッシュは顔を上げる。

 

「ヌゥ、どうして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ティオ‼」

 

彼の目の前には、今は魔界にいるハズのティオが立っていた。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。久し振りにティオを出す事が出来て良かったです。


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LEVEL.72 苦闘の時間

 少し間が空きましたが、最新話を投稿します。よろしくお願いします。


「ティオ……どうして……」

 

 ガッシュの前にはティオが魂の状態で立っていた。今は魔物の戦いの最中でも無く、金色の本の力が出ている訳でも無い。それなのに何故この場に彼女がいるのか。真相は不明だ。

 

『詳しい事は私にも分からないけど、アンタがいつまでも泣いてる姿を見てられないと思ったのよ。そしたら、気付いたらこうなってたって訳』

 

「ティオ……クリアとの戦いが終わっても、ずっと私達を見ておったのか?」

 

ティオは魔界からもガッシュを見続けていた。魔界を救ってくれた友を、ずっと気にかけていたという。自分達の為の明日を作ってくれた仲間に、いつまでも下を向き続けて欲しくは無かったのだ。

 

『ええそうよ、ガッシュと清麿がこんな問題まで抱えてると知った時はビックリしたけど。今の私達にはもう見守る事しか出来ない……そう思ってたけど、また話せるようになったわね』

 

ティオは微笑みかけてくれる。クリアとの戦い以降、再びガッシュと話せる事が嬉しいようだ。ましてや今の彼はこれまで経験しえなかった絶望に打ちひしがれている。それならば、彼女のやるべき事は1つしかない。

 

「ティオ……カエデが……」

 

『ええ。私もマルスに裏切られた経験があるからガッシュの気持ちは分かるわ。でも辛いのはアンタだけじゃないでしょ?清麿や渚、他の皆だって同じじゃないの?だから立ち上がりなさい!』

 

ティオは発破をかける。彼女はガッシュの心境を理解した上で、あえて甘やかす様な言い方はしない。かつてティオ自身がクリアの圧倒的強さの前で心が折れかかっていた時、彼のお陰で立ち上がる事が出来た。そんなガッシュを彼女は信用している故だ。彼なら再び立ち直ってくれるとティオは確信している。

 

『ガッシュ。私、カエデとはあんまりお話する事が出来なかったけど……ガッシュのクラスの人とも清麿達程一緒にいた訳じゃないけど……貴方達が過ごした日々が全部嘘偽りだったとはどうしても思えない。だから、ここでアンタに立ち止まって欲しくない』

 

ティオもE組の生徒の何人かと顔は合わせている。彼女は特に渚と仲が良く、ガッシュペアがE組にて楽しい日々を送っていた事も知っている。いくら茅野が心の内に何かを抱えていたとしても、それらを演技の一言で切り捨てられる事が彼女には考えられない。そんなティオの言葉はガッシュの心に届く。

 

「ウヌ……ウヌウ……」

 

ガッシュは涙を流しながらもようやく立ち上がった。ここで伏していても何にもならない。そしてティオの言葉を聞いた彼は決意を新たにする。

 

「ティオ……ここまで来てくれてありがとうなのだ。お主のお陰で元気が出たぞ!……カエデがどんなにひどい事を言っても、カエデは私の……私達E組の、大切な友達だ‼だからカエデはあのままにはしておけぬ‼必ず私達で皆の下に連れ戻す‼」

 

例え茅野がE組を、ガッシュを見限ろうとしても関係ない。彼が茅野を友と思う気持ちは変わらない。そしてガッシュは茅野と向き合い、E組全員で彼女を止める事を決めた。例え茅野自身がそれを拒絶しようとも。

 

『やっとガッシュらしくなってきたわね。これなら大丈夫そうかしら』

 

ティオは安堵の表情を浮かべる。彼女はどんな事があっても、ガッシュには前を向いていて欲しいのだ。

 

『じゃあ私は行くわね。ガッシュ……またアンタが弱音を吐くようなら何度だって来てあげるから!』

 

「ウヌ‼」

 

ティオはそう言い残して姿を消した。ガッシュが見たティオは本当に魔界から来てくれた彼女の魂だったのか、それとも彼は幻を見ていたのか。それは分からない。しかしそれは大きな問題では無い。再び立ち上がったガッシュは校舎に入る。皆で友を連れ戻す為に。

 

 

 

 

「……ガッシュ君、戻ってこないね。高嶺君、本当に彼を1人にして大丈夫かな?」

 

 その頃E組の教室では、片岡を始めとして多くの生徒がガッシュを心配する。茅野が可愛がってくれてた分、彼が受けた精神的ダメージは大きい。ガッシュはこれまで厳しい戦いを何度も乗り越えてきたが、親しい者からの裏切りはこれまでの苦痛とはまるで異なるだろう。しかし清麿の意志は固い。

 

「渚にも言ったが、これはガッシュに与えられた試練だ。本当にあいつが茅野を思うのなら、ちゃんと戻って来るさ」

 

彼はガッシュに手を差し伸べる選択肢を持たない。それに彼がへこたれたままであるのなら、茅野を連れ戻す際の戦力にもならないだろう。一見厳しいようであるが、清麿がガッシュを信用した上での決断だ。

 

「高嶺君、結構ガッシュ君に対してスパルタだよね……」

 

「ガッシュは王になるからな。これからも辛い壁を乗り越えなくてはならん事は多々あるだろう。今はあいつを信じてやってくれないか?」

 

片岡が諦めた様な素振りを見せる。清麿の発言に対してE組の多くは言い返せない。この中で一番ガッシュの事を分かっているのは清麿だ。そんな彼がガッシュを待ち続けるのなら、自分達もそうするべきだと彼等は判断した。

 

「あえて突き放すのは信頼の証か……高嶺君とガッシュ君の関係、ちょっと羨ましいな」

 

不破が納得したような素振りで口を開く。これまでの戦いで培ってきたガッシュペアの絆。お互いを信頼する関係は易々と崩れる物では無い。そして教室の扉が開く。

 

「皆、遅くなって済まぬのだ‼私はもう大丈夫だぞ‼」

 

ガッシュがこれまで通りの明るい表情で教室に入ってきた。それを見た多くの生徒達は安心したような顔を見せる。彼は見事に試練の1つを乗り越えて見せた。そして清麿が笑みを浮かべながらガッシュの頭に手を乗せた。

 

「ガッシュ、よく1人で立ち上がったな。これで」

 

「それは違うのだ!」

 

しかし清麿の言葉は否定される。ガッシュは1人で立ち上がった訳では無い。

 

「ティオが現れてくれたのだ。ティオは私を元気づける為に来たと言っておった。そうならなければ、私は立ち上がる事が出来なかったかもしれぬ。私もまだまだだの」

 

ティオの言葉が無ければ、ガッシュはどうなっていたか分からない。彼の心に大きな闇が住まう事になっていたかもしれない。だがそうはならなかった。今のガッシュは前を向く事が出来ている。

 

「ティオちゃんが⁉本当に来てたの⁉」

 

彼女と仲の良かった渚を始めとして、多くの生徒が驚く。魔界に帰ったハズの彼女がなぜ現れたのか。それは分からずじまいだが、ガッシュはティオには感謝している。

 

「そうか……ティオは何て言ってたんだ?」

 

その中でも清麿はすぐに平常心に戻ると、ガッシュに改めて事情を問いただす。ガッシュがティオとの会話を皆の前で説明すると、清麿と渚が口角を上げる。

 

「ハハハ、ティオは変わらないな」

 

「ティオちゃん、ずっとガッシュを気にかけてるんだね」

 

彼女の強気な物言いに清麿と渚が感心する。ティオがどれだけガッシュを思ってくれているのか、その会話だけでも彼等は理解出来た。そして元気になったガッシュを見たクラス一同、全員で茅野を止める決意をする。そんな彼等は殺せんせーの方を向く。

 

「まずはガッシュ君、おかえりなさい……そして皆さんの言いたい事は分かります。先生の過去について、ですかね」

 

殺せんせーは皆の思いをすぐに察した。茅野の言動。殺せんせーは何故雪村先生の意志を継ぐのか。そもそも先生の正体は何なのか。E組一同、殺せんせーの言葉に頷く。しかし先生は首を横に振った。

 

「勿論全て話す事は約束します。ですがそれは、E組全員が揃ってからです」

 

殺せんせーが口を割るのは、茅野がここに戻って来てからだと言い放つ。彼女も大切なE組の生徒なのだから。まずは茅野を連れ戻さない事には始まらない。そして殺せんせーの持つスマホに茅野から連絡が届く。“今夜7時。椚ヶ丘公園奥のすすき野原まで”と。

 

「クラス全員で向かいましょう。茅野さんは何としても先生が止めて見せます」

 

殺せんせーは茅野の暗殺を正面から受けるつもりだ。例え自らの命に代えてでも。かつてガッシュペアがクリアとの戦いに挑んだ時の様に。そんな決意をする殺せんせーだが、ガッシュと渚が一歩前に出る。

 

 

 

 

 日も短くなっており、6時を過ぎれば辺りはほぼ真っ暗だ。そして椚ヶ丘のとある岩山の崖にて、黒いノースリーブのワンピースに着替えた茅野が街を見下ろす。

 

(ここまで私は完璧に演じて来た、今日この時の為に)

 

彼女はここに来るまでの過程を思い出す。

 

(今でも覚えてる。息絶えた姉とその血を弄ぶ触手の怪物)

 

雪村先生は教師としてのみならず、夜は結婚相手の働く研究所での手伝いをしていた。しかしそこで突然の大爆発が起こる。たまたま近くにいた茅野は研究所の侵入に成功するが、その時には彼女の姉は死んでいた。

 

(そこで見つけたんだよね、触手の種を……触手が私に聞いて来たっけ。“どうなりたいか”を。私は“殺し屋になりたい”って答えた。アイツを殺す為に)

 

茅野の願いはただ1つ。姉の命を奪ったであろう超生物への復讐。そして彼女はE組での生活を振り返り続ける。

 

(椚ヶ丘のE組に入って、上手く渚に隠れたと思った矢先にガッシュ君と高嶺君が転入してきたんだよね。しかも高嶺君、何回か私の事に気付きかけてたし)

 

ガッシュペアの転入は彼女にとっても予想外だ。超生物の命を狙う暗殺者の参戦はある程度予測はしていたが、まさか電撃を放つ2人組が来るなどとは思うまい。しかも清麿は何度も激戦を乗り越えた経験から、茅野に違和感を覚える事がしばしばあったという。

 

(触手の戦いについて来れるとしたら、間違いなくあの2人)

 

茅野はガッシュペアへの警戒を深める。今回の暗殺において最も脅威となり得る2人。ガッシュの身体能力と清麿の【答えを出す者】(アンサートーカー)なら、触手の速度に対応する事も十分可能だ。そして彼等の呪文の数々と様々な戦いで得た経験値。まともにやり合うのは分が悪いかもしれない。

 

(でも、ガッシュ君のメンタルは一度へし折った。仮に立ち上がってきたとしても問題は無い。だって……)

 

「私の準備が整うまで待てって言ったんだけどなぁ」

 

茅野の思考を遮る様に1人の男が彼女に話しかける。茅野が後ろを向くと、そこにはシロが立っていた。彼女が触手を所持する以上、今回の一件にシロが絡んでいても何らおかしくはない。

 

「最初からアンタに期待なんかしてない。イトナ君の事も見捨てたくせに」

 

茅野は冷たく言い放つ。協力関係だと思っているのはシロだけの様だ。しかしシロは得意げに話を続ける。

 

「代謝バランスも不安定なんだろ?メンテもせずに触手を使えばどうなるか……」

 

シロの言葉に聞く耳も持たず、茅野は触手の一撃を繰り出す。しかしそれは紙一重でかわされる。シロもただ者では無い。

 

「私1人で殺るの。今すぐ消えて」

 

茅野は全身に汗をかいている。触手の副作用による激痛は今も彼女を苦しめ続けている。それでも彼女は気丈な態度を崩さない。この暗殺を成功させる為に。そして約束の時間も迫ってきており、茅野はその場を超スピードで離れて目的地に向かう。それを見たシロは呟いた。

 

「冷たいなぁ、私はたったひとりの兄だというのに」

 

 

 

 

 午後7時、すすき野原にてE組一同と茅野は対峙する。

 

「約束通り、殺されに来たんだね!」

 

彼女は乾いた笑みを浮かべる。その頭の中には、復讐の事以外は入っていない。E組一同は触手に蝕まれる茅野に心配の眼差しを向ける。しかし彼女が止まる事は無い。

 

「やっと、お姉ちゃんの仇が取れる」

 

茅野が殺せんせーを指差す。彼女はこの日を心待ちにしていた。全ては死んだ姉の為。しかし彼女の復讐を肯定する者は他には誰もいない。殺せんせーが本当に雪村先生を殺したなどと、他の生徒達には考えられないのだ。

 

「茅野、考え直す気は無いか?」

 

「殺せんせーがそんな酷い事するとは思えないだろ」

 

竹林と杉野を始め、多くの生徒達が茅野の説得を試みる。しかし彼女は耳を貸さない。茅野は姉を先生が殺したと決め打っている。そんな状態ではクラスメイト達の声は到底届かない。今度は清麿とイトナが一歩前に出る。清麿は【答えを出す者】(アンサートーカー)で、イトナは体に触手を宿した経験で今の茅野の体調を理解する事が出来ている。

 

「それ以上触手を使ってはいけない‼茅野自身が持たないぞ‼」

 

「今、体が熱くて首元だけが寒いだろう。触手の移植による代謝異常だ。そんな状態で戦えば」

 

「うるさい」

 

イトナの話を遮ると同時に、茅野から生える2本の黒い触手は炎を纏う。彼女は全身の体温をさらに上げて、その熱を触手に集めたのだ。当然茅野の負担は大きくなる。

 

「茅野さん……それ以上は……」

 

殺せんせーが言いかけた瞬間、茅野は燃える触手で自分と先生の周りに炎のリングを作り上げた。彼女は復讐をやめるつもりは一切無い。またリングには、殺せんせーの苦手な環境変化の狙いもある。

 

「これで邪魔者は入れない……ハズだったんだけどなぁ」

 

リングの中には茅野と殺せんせーのみ、他の生徒は炎のせいで中には入れない。そう思われたが1人、炎の中でもお構いなしに割り込んでくる生徒が彼女と先生の間に入る。

 

「どういうつもり?そこ、どいてくれないかな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガッシュ君‼」

 

「カエデ‼今のお主に殺せんせーを殺させる訳にはいかぬ‼」

 

ガッシュが殺せんせーを背に、両腕を広げて茅野の前に立ちふさがる。両者の鋭い目線がお互いを睨み付ける。お互いに引き下がる選択肢は持ち合わせていない。

 

「もう一度言うね、ガッシュ君。そこどいて……痛い目にあいたくなかったらさぁ‼」

 

「絶対にどかぬ‼カエデ、お主に後悔して欲しくないのだ‼」

 

茅野がこれまでに出した事のないようなドスのきいた声でガッシュを怒鳴る。しかしガッシュはそれには屈しない。そして彼は茅野に負けず劣らずの大声で返すと、彼女は訝し気な顔をする。

 

「言ってる意味が分かんないんだけど……後悔って何?」

 

「本当に殺せんせーがカエデのお姉ちゃんを殺したかどうか、分からぬでは無いか‼それに、これ以上苦しそうにするカエデを見てなどいられぬ‼」

 

他の生徒達も考えていたが、本当に殺せんせーが雪村先生を殺したかどうかは分からない。茅野自身でさえ、直接彼女の命が奪われた場面には出くわしていないのだから。しかし茅野の精神は触手に支配される一方だ。

 

「そうとしか考えられないんだよ‼邪魔しないで‼」

 

茅野が上空に跳ぶと同時に2本の触手がガッシュを襲う。炎を纏ったその攻撃は火山弾そのものだ。触手の超スピードを見切るのはガッシュでも容易では無い。わずか2本のはずの触手が十数本にも見える。時には叩き付け、時には薙ぎ払う。触手の攻撃方法は変幻自在だ。

 

「聞き分けの悪い子にはお姉ちゃんがお仕置きしてあげる‼」

 

茅野の殺意が完全にガッシュに向く。それこそが狙いだ。茅野からメールが来た時、当初殺せんせーは自ら彼女を止めるつもりだった。しかし今の茅野に殺せんせー暗殺を成功させる訳にはいかないとE組は結論に至る。先生の話を聞く為にも。その為に先ずはガッシュが茅野を相手取る事となったのだ。

 

「今のお主に、殺せんせーは殺させぬ‼」

 

隕石のごとく苛烈な触手の連撃。それが地面に叩き付けられる度にクレーターが増える。マントでの防御すら間に合わない。それでもガッシュは致命傷を避け続ける。しかし全ての攻撃を見切るには至らない。彼は横からの触手の薙ぎ払いを喰らう。

 

「グハッ……」

 

「どうしたのガッシュ君‼エラそーな事言っときながら結局逃げるだけじゃん‼」

 

ガッシュは吐血する。茅野が容赦ない攻撃を繰り出す一方、ガッシュからは反撃は行わない。否、反撃できないのだ。その理由は1つ。そして炎の触手が2本、彼を捕えて巻き付く。

 

「捕まえた♡君が私に攻撃なんか出来る訳ないもんね」

 

「ヌゥ……」

 

茅野がガッシュと仲良くなった理由がこれだ。自身と交流を深めておけば、いざ離別したところで彼に電撃を放たれるリスクは少なくなる。実際にガッシュが茅野に攻撃する事は出来ていない。そうでなくとも彼女を傷付けるなどあってはならない。清麿もそれが分かっており、無理矢理に攻撃呪文を唱える事はしない。

 

 

 

 

 場面はリングの外に移る。E組一同が茅野達を見守る。その中でも清麿は【答えを出す者】(アンサートーカー)で、渚は彼女の波長を見る事で“猫だまし”を撃つタイミングを見計らう。彼等は茅野の触手を抜く為の作戦を事前に立てていた。先ずは茅野の殺意を殺せんせーからガッシュに向けさせる。彼自身は復讐対象で無い為、そうする事で多少なりとも“触手の殺意”を弱められる。そこで渚が直接彼女を傷つけるリスクのない猫だましによって茅野の殺意を完全に忘れさせた上で殺せんせーが触手を抜く手はずだ。しかし、

 

「な……これは……」

 

「ダメだ、茅野の波長は触手のせいで乱れすぎてる。あれじゃあ猫だましは使えない」

 

彼等は作戦変更を余儀なくされる。猫だまし以外の何かで茅野の殺意を忘れさせるしかない。新たな方法を考えるが、その間にも茅野の精神は触手に支配されていく。

 

「ガッシュ君が押されてる、こんな事が……」

 

「俺の時なんか比べ物にならない。それ程に今の茅野は強い」

 

しばらくE組一同は2人の戦いを見ていると、不破とイトナが怪訝な顔をする。触手の力を得たクラスメイトが魔物相手にも渡り合う程の強さを見せる。しかし、そんな力にリスクが無い訳がない。

 

(だが、あそこまで触手に侵蝕されてしまえば……)

 

「茅野は死なせないよ」

 

イトナの思考を渚が遮る。彼の表情を見た渚には、イトナの考えはお見通しだった。触手の侵蝕による茅野の生命の危機。それでも渚は諦めない。彼は茅野の殺意を忘れさせる方法を1つだけ持ち合わせていた。

 

 

 

 

 場面はガッシュ達に戻る。触手に捕えられたガッシュはそのまま地面に叩き付けられた。その後も触手の猛攻は続く。上下左右、2本の触手はガッシュを逃がすまいと彼を狙い続ける。しかしガッシュに攻撃は当たらない。彼は実戦中にも成長を続け、触手を見切り始めている。

 

「ちょこまかと‼」

 

茅野は苛立ちを覚える。自分の攻撃が命中する気配が無い。ガッシュの成長は彼女を焦らせるのには十分だ。そして彼女はミスを犯す。茅野は2本の触手でガッシュを押し潰そうとするが、その攻撃は余りにも大振りで隙だらけだ。ガッシュはそれを見逃さない。そしてそれは、リングの外にいる清麿達も同じだ。

 

「ラウザルク‼」

 

清麿は肉体強化の術を唱える。これなら直接茅野を傷付けるリスクは無い。また突然呪文を唱える事で茅野を動揺させる狙いもある。ここでも触手の弱点を突いていく。そして強化されたガッシュは2本の触手を完全に受け止めた。ラウザルクの使用中なら、熱によるダメージもそれ程気にならない。

 

「くっ……この術があったか!」

 

茅野は勝利を急ぐあまり隙を作ってしまった。そしてガッシュに捕えられる。触手細胞は高い戦闘能力とスピードを得る事が出来るが、パワーはそれ程上がらなかったりする。だから力勝負になれば、強力な魔物相手に勝ち目は無い。そしてガッシュはダメ押しと言わんばかりに触手に自らのマントを絡める。

 

「カエデ、やっと捕まえたのだ‼」

 

「やだ‼放して‼」

 

「絶対に放さぬ‼」

 

茅野は体をジタバタさせるが、ガッシュから逃れる事は出来ない。そんな状況にイラつく茅野は叫び続ける。

 

「何で邪魔するの⁉お姉ちゃんの事、ガッシュ君には関係無いじゃん‼ほっといてよ‼」

 

「そんなの出来る訳なかろう‼私は……E組(私達)は絶対にお主を、友達を放したりはしない‼」

 

ガッシュにとって、E組にとっては友達を見捨てる選択など有り得ない。だから例え茅野が復讐の道に走ったとしても、皆が彼女を見捨てる事はしない。そして茅野の後ろには殺せんせーが回り込み、先生の触手で彼女の体を捕える。

 

(殺せんせーまで……もう逃げられない!でも、これで……)

 

「不意を突く形になって申し訳ありません。ですが、私もまた君達を放す訳にはいかない!お姉さんに誓いましたから!」

 

ガッシュと殺せんせーによって茅野の動きは完全に封じられた。そして彼女の目の前には渚が着地する。彼は茅野の殺意を忘れさせる方法を思いついた様だが、どのように上から跳んで来たのか。茅野が周りを見渡すと、清麿と磯貝が隣り合っているのが視界に入った。

 

(磯貝君……そうか、体育祭の時のイトナ君と同じ事を渚に……)

 

彼女は渚が磯貝との連携で炎を跳び越えた事を察する。茅野は動かない。そして渚は彼女に接近する。猫だましが有効では無い今、彼に何が出来るか。他のE組一同も彼を見守る。

 

「言わせないよ茅野……全部演技だったなんて」

 

渚はそう言い放つと同時に茅野を抱きかかえ、何と唇と唇を重ねた。それを見た多くの生徒は驚愕する。岡島・不破は目が飛び出そうになり、清麿に至ってはさらに顎が外れかかっていた。

 

(E組での思い出が嘘だったなんて、復讐しか頭になかったなんて……絶対に言わせない)

 

渚はキスを続ける。その間に茅野の顔は赤くなり、彼女の頭の中は復讐どころでは無くなる。そして殺意が忘れ去られていく。ちなみにこの光景はカルマと中村によってスマホで撮影されていた。

 

「殺せんせー、どうだったかな?」

 

渚の15hitのキスを受けた茅野は気絶する。それと同時に彼女は横になり、触手も勢いを無くしてガッシュから解放された。

 

「満点です渚君‼」

 

「ヌゥ……渚……」

 

殺せんせーはピンセットを持ち出し、茅野の触手を抜く。より素早く、より正確に。生徒の命がかかっているのだから。そうして彼女の触手が完全に除去された。ちなみにガッシュには目の前の光景が理解出来ていない。渚の言動に対してどう反応すれば良いか分からない様子だ。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。原作で渚がキスで茅野を止める行為には、度肝を抜かれました。


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LEVEL.73 終業の時間・二学期

 この小説を始めて投稿してから一年が経ちました。時間の経過は早いですね。それでは最新話の方、よろしくお願いします。


 野原を燃やす炎が完全に消えると同時にE組一同、茅野のもとへ駆け寄る。気を失った彼女は今、奥田に膝枕をしてもらっている状況だ。

 

「無事に触手は抜けました。しばらくは絶対安静ですがね」

 

殺せんせーの言葉と同時に全員は胸をなでおろす。ひとまず最悪のケースは避けられた訳だが、見事なキスを披露した渚はカルマ・中村に冷やかされていた。ビッチ先生に至ってはキスについてダメだしする始末だ。場の雰囲気が緩んだその一瞬、何かに気付いた清麿は後ろを振り返って人差し指と中指を差す。

 

「ラシルド‼」

 

ガッシュが清麿の指差す方を見ると同時に電撃の盾を出現させる。すると盾には一発の対先生用BB弾が接触し、それは電撃を纏って放った人間に向けて弾かれる。しかしそのBB弾はさらに別で放たれたBB弾で相殺された。

 

「またそうやって邪魔をする。ま、良いけどね」

 

そこにはシロともう一人、BB弾を放ったライフル型の銃を持つ全身を黒いスーツで包み込まれた人物が立っている。

 

「しかし、使えない娘だな。命と引き換えの復讐劇なのに、その超生物にろくなダメージを与えられていないじゃないか」

 

シロは茅野を侮辱する。彼女が大好きな姉の為に命がけで行った復讐を、“使えない”の一言で切り捨てたのだ。それを聞いたE組一同はシロに怒りを向けるが、彼は黙らない。

 

「もう少し良い所まで見せて欲しかったけどね……まあ、姉妹揃ってポンコツだったか」

 

「ザケルガァ‼」

 

シロの聞くに堪えない発言を遮るかのように清麿は呪文を唱える。一直線の電撃はシロに向かうが、もう1人そこにいた者がそれを受け止める。そして電撃は弾かれた。

 

「このスーツには耐電性の物質を組み込んである。君達の電撃のサンプルは少し取っておいたからね。解析もさせてもらった。本気で撃てば、貫通出来たかもしれないのにねぇ」

 

シロが煽る。ガッシュペアがシロを殺さない様に電撃を手加減していた事すらお見通しだったのだ。そんなシロをガッシュペアが睨み付けて声を荒げる。

 

「黙れよクソ野郎‼茅野をバカにするんじゃねぇ‼」

 

「使えないと言ったか⁉貴様‼カエデがどんな気持ちでこの暗殺に挑んだと思っておるのだ⁉」

 

2人は明確に怒りを露わにし、怒気を放つ。友を愚弄される事を彼等は許さない。しかし彼等の怒りはシロには届かない。ガッシュペアの言う事など何とも思っていないのだ。そしてシロは話を続ける。

 

「その電撃についても聞きたいところだが……高嶺清麿、お前も【答えを出す者】(アンサートーカー)を使えるのか」

 

シロの口から【答えを出す者】(アンサートーカー)が出てきた時、清麿の顔色は変わる。なぜこの力の事を知っているのか、と。そんな清麿の考えなど見通しているかのようにシロは嘲笑う。

 

「ククク……その力を持つ者の人体実験に携わった事があってね。確かその時のモルモットは“少年D”と呼ばれていたか」

 

清麿は即座にシロの言う事の答えを出す。そして答えを知った清麿は驚愕する。少年D、それはデュフォーが研究所に捕えられていた時の呼び名だ。彼はその力を持つが故に研究所の者達に利用され、最終的に北極に捨てられた。ゼオンが来なければ彼は死んでいただろう。清麿はシロを睨み続ける。

 

「だが最優先にすべきはその怪物を殺す事……その力の処遇については、後で考える事にしようか」

 

シロはそう言い放つと、自らの覆面とボイスチェンジャーを取り外す。そしてその男は初めて姿をさらす。黒のくせ毛を持ち、左目は眼帯のような物で覆われている。次から次へと起こる急展開についていけない生徒達も多い。

 

「やはり君か……柳沢‼」

 

殺せんせーが声を荒げる。この男“柳沢誇太郎”は殺せんせー誕生に大きく関わる天才科学者であり、雪村姉妹とも関りがある。しかも柳沢は触手絡みの事に手を出す前は、デュフォーの人体実験にも関わっていたと言う。柳沢を見たガッシュペアは確信する。E組にとって、この男は最大の敵となると。

 

「ふん、気付いていたのか。まあ良い。今は行こうか、“二代目”」

 

柳沢はもう一人を二代目と呼び、この場を離れようとする。ガッシュペアも柳沢の退却を止めるつもりは無い。そんな2人を柳沢は嫌味ったらしく鼻で笑う。

 

「何だお前達、手を出す気は無いようだな……懸命だ。今我々がまともに殺り合えば、他の生徒達がタダでは済まないだろう。それに俺も奥の手は持っている」

 

そう言い残して柳沢と二代目と呼ばれた者はその場を離れた。ここでガッシュペアが彼等と戦う意志を見せれば、柳沢達は他の生徒を巻き添えにする戦い方を行うだろう。しかも茅野が衰弱している状態。彼女をそのままにして戦うのは良くない。2人は手を出したくても出せなかったのだ。

 

 

 

 

 柳沢達は去って行くが、それを気に留める者はここにはいない。それ以上に茅野が心配だからだ。触手は抜かれたが、それにより味わった苦痛が完全に消える事は無い。一同が茅野を見守る中、ようやく彼女は目を覚ます。

 

「あれ……私……」

 

「目が覚めましたか、茅野さん」

 

殺せんせーを初め、そこにいる者達は胸をなでおろす。復讐に囚われた1人のクラスメイトがようやく解放された。彼等にとってはそれだけで充分なのだ。続いて渚が茅野に声をかけるが、どういう訳か彼女は顔を赤くして目を逸らしてしまう。

 

「最初は殺せんせーに対して純粋な殺意を持ち合わせてた……」

 

茅野は話し続ける。殺せんせーに復讐するつもりでE組に入ったが、先生と過ごすうちに殺意に確信が持てなくなった様だ。しかし復讐を踏みとどまる事は触手が許さなかった。

 

「バカだな私。自分だけこの1年間、ただの復讐に費やして」

 

「そんな事無いよ」

 

彼女の話を渚が遮る。彼は確信している。茅野がE組での生活を心から楽しんでいたのだと。

 

「茅野がこの髪型を教えてくれたから、僕は長髪を気にしなくなった」

 

渚が髪を伸ばさざるを得ない時、茅野が髪を結んでくれた。これでお揃いの髪型だと。渚はそれが嬉しかったのだ。

 

「殺せんせーって名前、茅野がつけたんだよ。皆その呼び方を気に入って使ってきた。例え目的が何だったにしても、茅野はこのクラスを作り上げた仲間なんだ。だから演技だなんて言わせない。皆と過ごした日々を」

 

渚は茅野とのE組での生活を思い出す。楽しかった事、大変だった事、本当に色々な事があった。そんな1年間が茅野にとって演技である訳が、嘘である訳が無いのだから。そして茅野は目に涙を浮かべる。演技などでは無い本物の涙だ。

 

「ありがとう……でも……」

 

茅野は視線をガッシュに移した後に首を横に振る。

 

「私……今さら戻れないよ……ガッシュ君の事……いっぱい傷付けちゃったから」

 

今回の一件で、茅野はガッシュに多くの暴言を吐いた。さらに反撃が出来ない彼を触手で一方的に痛めつけた。ガッシュが心身共に受けたダメージは小さくない。今の彼女にとってそれが一番の気がかりだ。しかし、

 

「カエデ、私の事なら大丈夫なのだ。それだけお主はお姉ちゃんが大好きだったのだろう?」

 

ガッシュは彼女を恨むようなマネはしない。茅野の攻撃を真正面から受ける事で、彼女の姉に対する強い愛情を理解する事が出来ていた。

 

「……それに私達にとっては、このままカエデとお別れする事の方がよっぽど辛いのだ。だから戻って来てはくれぬかの?」

 

この発言こそがクラスの総意だ。確かに茅野は一度、E組から離別しようとした。しかしそれはE組の望むところでは無い。ここにいる誰1人が欠けてもE組は成り立たないのだ。しかし彼女は戸惑う。

 

「でも、私……」

 

「茅野!戻って来てよ!」

 

そんな茅野の手を渚が握る。その時の彼の表情は辛そうだ。大切な仲間が遠くへ行こうとしているのだから。しかし渚に手を握られた茅野は顔を赤くする。

 

「ちょ……渚……」

 

「はっ……ごめん茅野、つい……」

 

恥ずかしそうにする彼女を見た渚は、申し訳なさそうにその手を放す。何人かの生徒がそんな様子をニヤニヤしながら見ている。そんな中でも清麿が悟った様な顔で口を開いた。

 

「茅野、お前は触手に精神を蝕まれても1人で抗おうとしてたんだな。ガッシュの事だって、コイツを思ってくれたからこそ茅野と引き離すような発言をしたんじゃないのか?」

 

清麿はガッシュの頭に手を置きながら問う。彼は仮説を立てていた。茅野が初めからE組を大切に思っていた事は勿論、イタズラにガッシュを傷付ける事など有り得ないと。

 

「高嶺君、それって……」

 

「触手に支配されれば、自我を保つ事すら困難になるだろう。そんな状態になればガッシュはもっとダメージを受けてたハズだ。だからお前はあえてキツイ発言をしてガッシュと……E組の皆と距離を取ろうとした。俺はそう思っている」

 

茅野の目的はあくまで殺せんせー暗殺。その為に周りを巻き込むような事を彼女はしない。しかし強大な触手の力はそれを許さないかもしれない。だから茅野は他の皆と離れる道を選んだと清麿は確信している。

 

「それに茅野、お前は一度でも俺や赤い本を狙おうとしなかったじゃないか」

 

「あっ……」

 

清麿のその発言が決定的だった。もし本当にガッシュが目障りであれば、ガッシュを直接相手取るよりも、清麿か赤い本を攻撃すれば良かったのだ。しかし茅野は違った。内心ではガッシュを、E組の事を本当に大切にしているのだから。

 

「お願いだよ茅野、皆で殺せんせーの話を聞こう。先生はE組が皆揃ったら真実を話すと約束してくれたんだ」

 

渚が真剣な眼差しで懇願する。それを聞いた茅野の目からは、たまり続けていた涙が零れ落ちる。それはまるで、彼女が今まで我慢していた気持ちが溢れるかの様だった。

 

「うん……私、演技をやめても良いんだ……」

 

茅野が本当の意味でクラスに馴染んだ瞬間だ。彼女の真の思いがクラス中に伝わる。それを拒む者など誰もいない。クラス一同、安堵の表情を見せる。少しの沈黙が流れた後、磯貝が殺せんせーの方を向く。

 

「殺せんせー、そろそろ話してくれませんか?本当の事を。どんな事でも俺達は受け入れますから」

 

殺せんせーの過去、どうしてE組に来たのか。雪村先生、そして柳沢とはどのような関係だったのか。それらがついに明かされようとしている。しかし、殺せんせーの口からは意外な発言が出る。

 

「勿論全て話します。ですがその前に……」

 

殺せんせーは清麿と目線を合わせる。

 

「高嶺君、君の話を先に聞かせてくれませんかね?柳沢の言う“少年D”とは何なのか?」

 

「その事か。そうだな……」

 

今日1日で明かされた情報量は余りにも多い。しかも殺せんせーの過去についてまで明かされようとしているのだから、順序だててしっかりと説明しなければ話についていけなくなる生徒が出て来る可能性もある。そこで殺せんせーは自分の話は最後にして、先ずは【答えを出す者】(アンサートーカー)と柳沢の関係について清麿に求めた。

 

「俺が直接関わった訳では無い。あくまで出せた答えの範囲での話になるが……」

 

清麿はデュフォー事やその過去を分かる範囲で皆に説明した。柳沢含む研究所での非人道的な人体実験。顔をしかめる者も多い。

 

「ケッ……あのヤロー、とんでもねーマッドサイエンティストじゃねーかよ」

 

「ま、アイツがろくでもねーのは今に始まった事じゃねーだろ」

 

吉田と村松を始め、多くの者達が怪訝な顔をする。柳沢の負の一面がさらに露わとなった瞬間だ。ガッシュペアを除くE組とデュフォーはほぼ関わりは無かったが、それでも柳沢達の鬼畜な所業は聞いて気分は悪くなる。

 

「ヌウ、そんな事が……」

 

「俺の知る限りでの話はここまでだ。柳沢、やはり奴は許せない」

 

ガッシュペアは憤慨する。まさかデュフォーの憎しみの原因がこれ程壮絶な物だったとは、思いも寄らなかった様子だ。

 

「彼も大変だったのですね。柳沢、どれだけの人間を弄んで来たのか……」

 

殺せんせーが口を開く。まるで自分もデュフォーに近しい経験をしてきたような素振りだ。先生は自分の事のように心を痛めている。

 

「さて、続いては私の番ですかね……」

 

殺せんせーが自分の過去を語り始める。

 

 

 

 

 殺せんせーの事を知ったE組達は言葉を失う。先生がかつて“死神”と呼ばれた殺し屋だった事、弟子だった二代目死神の裏切りによって柳沢に捕えられて触手の人体実験のモルモットにされた事。そこで雪村先生と出会い交流を深めた事、自らの力の暴走を止める為に飛び出し、致命傷を負った彼女を助けられなかった事。そして雪村先生の意志を継いだ殺せんせーは今の姿となり、E組の担任を引き受けたのだ。

 

「先生の教師としての師は雪村先生です。目の前の人をちゃんと見て、対等な人間として尊敬し、一部分の弱さだけで人を判断しない。彼女から学びました」

 

ついに明かされた殺せんせーの過去、そして雪村先生との関係。殺せんせーは彼女を殺していなかった。それどころか雪村先生を心から尊敬しており、彼女が案じていたE組を大切にしてくれている。そして生徒達の頭にはE組での日々が思い浮かぶ。

 

「もし仮に殺されるなら、他でもない君達に殺してもらいたい」

 

殺せんせーは言い放つ。彼等を結びつけているのは暗殺者と標的という絆。しかし殺せんせーの正体は訳の分からない超生物ではなく1人の人間。生徒達は考える、自分達はこれまで通りの暗殺生活を送れるのかと。そして、“この先生を、殺さなくてはならないのか”と。

 

 

 

 

 殺せんせーの過去を聞いたE組一同はそのまま解散となった。茅野はすぐに病院に運ばれ、他の生徒達は帰路に着く。しかし、彼等の間に会話は無い。それはガッシュペアとて例外では無い。他の生徒達と別れたガッシュペアはそのまま清麿宅を目指す。

 

「殺せんせー、人間だったのだな……」

 

「ああ、そうだ。俺達は……」

 

彼等は理事長から地球を滅ぼそうとしている超生物の暗殺を依頼された。しかし超生物の正体は人間だ。人間である殺せんせーの命を奪う行為は優しい王様として相応しくない事では無いのか。2人がそう考えながら家の玄関前まで辿り着くと、そこには1人の青年が彼等を待ち構えていた。

 

「久し振りだな……清麿、ガッシュ」

 

「ああ、そうだな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

デュフォー」

 

清麿宅で彼等を待ち受けていたのはデュフォーだった。彼はクリアとの戦いの後にあての無い旅に出たが、何やら事情があってモチノキ町まで戻ってきた様子だ。そして彼は口を開く。

 

「お前達、奴の正体が分かったようだな」

 

デュフォーは【答えを出す者】(アンサートーカー)で今日のE組での出来事を把握する。殺せんせーの過去に関しては、同じく人体実験のモルモットにされた経験のある彼にも思うところがある。デュフォーは複雑な心境でガッシュペアに問う。

 

「ウヌ、まさか殺せんせーが人間だったとは……」

 

「先生の過去を全て聞いた。そして」

 

「俺の事はどうでも良い」

 

清麿の言葉をデュフォーが遮る。彼は柳沢と対峙してデュフォーの事情を知った。清麿は彼の壮絶な過去を初めて知り、何と声をかければ良いか悩んでいた。しかしデュフォーが彼等と話したい事はそれでは無い。

 

「人体実験に関わった奴等の多くに復讐は殺さない程度には済ませている、全員では無いがな。復讐しきれなかった連中もまとめてファウードで消し飛ばすつもりだったが、今はそんな事に興味は無い」

 

(な、何て?)

 

デュフォーの物騒極まりない発言に清麿は言葉を失う。とは言えデュフォーがされた仕打ちは想像を絶する物であり、それ程に連中は憎まれても文句は言えない。

 

「それよりも、今はお前達がどうしたいか……だ。あのタコの正体が判明した。その上で何をしたいのか。お前達はその答えを出さなくてはならない」

 

デュフォーは言い放つ。このまま悩んでいても前には進めない。殺せんせーの事が分かった上でE組がどのような行動を取るべきか。それは彼等自身で決めなくてはいけないのだと。ガッシュペアは口を開かない。

 

「考える時間はまだある。これから冬休みなのだろう?次に学校に行く時までに決めておけ。俺の言いたい事はそれだけだ」

 

デュフォーはその場を去ろうとする。彼はガッシュペアに伝えるべき事を全て話した。ならばここには用は無いと彼等に背を向けるが、2人はデュフォーに声をかける。

 

「待つのだ、デュフォー。もう夜も遅い、ここに泊っていくのはどうかの?」

 

「そうだな。それにお前こそこれからどうするつもりなんだ?」

 

2人の話を聞いたデュフォーは歩みを止めて振り返るが、すぐに首を横に振る。

 

「宿なら別で取ってある。今は俺の事よりお前達が答えを出すべきだ。それによってもこれから成すべき事は変わってくるだろう」

 

彼はあくまでガッシュペアに答えを出す事だけを考えるよう催促する。彼にもやるべき事があるのだろうが、今それを打ち明けるつもりは無いようだ。

 

「それから柳沢と言ったか……E組がどんな答えを出すにしても、奴とは再び相まみえる事になるだろう。十分に警戒しておけ」

 

デュフォーはそう言い残して今度こそその場を去って行った。明日からは冬休み。しかしE組にとっては遊ぶ余裕など、まして先生の暗殺に取り組む余裕などないかも知れない。それぞれがこれから成すべき事に向き合わなくてはならない。大きな決断に迫られる冬休みとなるだろう。




 読んでいただき、ありがとうございました。デュフォーが殺せんせー絡みの事で融通を利かしてくれたのは、彼等が人体実験のモルモットにされた共通の過去があるからです。


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LEVEL.74 冬休みの時間

 GW中、あんまり小説を書く事が出来なかったです……。


「高嶺清麿、ガッシュ……」

 

 柳沢は自らの本拠地の薄暗い一室でガッシュペアの名を呟く。他のE組はおろか、触手生物とも異なる力を持つ2人組。そして彼はガッシュの電撃を偽殺せんせー騒動の時、触手細胞を破壊されたどさくさに紛れて回収していた。

 

「まあ良い、あの怪物を殺しさえ出来れば他の事など。だが……」

 

柳沢の目的は殺せんせーの命を奪う事。だから柳沢にとってガッシュペアの事は、それを邪魔する警戒するべき敵と言った認識だ。しかし、何故か政府は彼等の力について野放しにしている。柳沢はこの事が甚だ疑問である。

 

「奴等の事に関して、政府は圧力でも受けているのか?」

 

柳沢の予想は正解だ。電撃を放つ2人組の存在を、政府が野放しにする訳が無い。しかし政府側からは彼等に関する言及は一切無い。防衛省に圧力をかける者達が存在するからだ。

 

 1人目は理事長。暗殺の為にE組の校舎を使わしてもらっている防衛省は彼には逆らえない。また理事長はガッシュペアの力に不用意に干渉するようならば、今すぐE組から殺せんせーを追い出した上で、触手に関する非人道的な人体実験を世論に暴露する事も辞さない。また彼以外にもガッシュペアの事を、つまりは魔物の事を口止めする者が存在する。

 

 

 

 

「そうか、ついに超生物の正体が分かったんだね」

 

 アメリカ某州のビルの一室。そこで1人の青年が通話を終える。電話相手は殺せんせーの正体を突き止めた様だ。彼が受話器を置くと同時に1人の老人がその部屋に入ってきた。

 

「アポロ君。彼女達は奴の事を知ったみたいだね」

 

「そうですね、ナゾナゾ博士。恐らく清麿とガッシュもこの情報を得た事かと思われます」

 

「なるほど」

 

アポロもまた日本の防衛省に圧力をかけている。彼の財閥は大きくてそこともコネクションがある為、お互いの為にガッシュペアの事は目を瞑るようにして貰っている状況だ。ナゾナゾ博士が殺せんせー絡みで比較的自由に動けているのも彼のお陰である。

 

「こっちもヴィノー君の両親を見つけられたからね。あの超生物の事に専念出来るよ」

 

ヴィノーはすでに両親に引き取られた。その後も彼はアポロの情報網や協力者達と共に、殺せんせーの正体を探る事に尽力している。先程のアポロの電話相手こそがその協力者だ。

 

「後は清麿君達がどう動くかだね。我々も最大限協力したいが、彼等の意志も尊重しなくてはならない」

 

殺せんせーの正体を知ったガッシュペア含むE組が何を成そうとするのか。それによっても博士とアポロの動きも変わってくるだろう。

 

 

 

 

 場所は変わってフランスの豪邸。アポロとの通話を終えた女性はため息をつく。

 

「あの超生物の問題……思ってた以上に業が深いみたいね」

 

「その様だな、これを知ったガッシュ達が何を思うか」

 

殺せんせーの正体を掴んだブラゴペアは顔をしかめる。2人もナゾナゾ博士とアポロの協力を経て殺せんせーの正体を知るに至った。しかしそれを知った2人は、あまり良い気分では無い。

 

「あの超生物は殺し屋として多くの命を奪ってきた。確かにその事は許されないでしょう。それでも1人の人間を好き勝手弄んで良い理由にはならないわ」

 

シェリーは人体実験の事を知って両手を握りしめる。人を人とも思わない非人道的な行為。殺せんせーは彼女達と共にクリアに立ち向かってくれた。その事に感謝しているシェリーは憤慨する。

 

「褒められた事では無いのは確かだな。だが今はガッシュ達の決断を待つべきだろう」

 

「ええ、分かっているわ」

 

ブラゴにたしなめられたシェリーは怒りの感情をこらえる。最終的に判断するのは自分達では無くガッシュペア、そして2人の属するE組なのだから。もし彼等から助けを求められればブラゴペアもすぐに動くだろう。しかし自分達から手を出す問題では無い事を、2人は理解している。

 

「あの2人、どうしているのかしらね」

 

シェリーはガッシュペアの身を案ずる。殺せんせーの過去を知った2人が何を思うのか。

 

 

 

 

 場面は清麿宅。冬休み1日目の夜、ガッシュペアは改めて殺せんせーの事について話し合う。彼等は理事長から殺せんせー暗殺の依頼を受けてE組へと編入した。しかし、その暗殺対象が人工的な超生物では無く人間であるのならば事情は変わる。

 

「殺せんせーはE組の事を本当によく見てくれた。その恩に報いる為にも、そして地球の爆発を防ぐ為にも先生暗殺を成功させるしかないと思っていたが……」

 

「ウヌゥ、殺せんせーは地球爆発の為だけに作られた訳では無かったのだ」

 

2人は考える。殺せんせーの正体が判明した今、これまで通り先生の命を狙い続ける生活を送り続けても良いのかと。

 

「地球を爆発させたくないなら殺せんせー暗殺を続けなくてはならぬ。しかし、その方法では元々人間だった殺せんせーは死んでしまうのだ」

 

ガッシュは苦虫を嚙み潰したような顔をする。彼には迷いが生じている。E組での最大の目標、殺せんせー暗殺。しかし彼等は先生の正体を知ってしまった。悩む素振りをするガッシュを見た清麿が口を開く。

 

「これまでは殺せんせー暗殺に向けてクラスで力を合わせて来た。だが俺達が一番に成すべき事は何だ?そもそも俺達は何の為にE組に来たのか?」

 

清麿は原点に振り返る。彼等は理事長の依頼を受けてE組へ編入した。その内容は“地球を滅ぼす超生物の暗殺”。その目的は言うまでも無く地球の爆破を防ぐ為だ。殺せんせー暗殺はその為の手段の1つ。そしてガッシュペアは決意を固める。

 

「清麿、私は……」

 

ガッシュが先に気持ちを打ち明けた。それを聞いた清麿の口角が上がる。ガッシュペアは同じ結論に辿り着いたのだ。清麿も口を開く。

 

「ふぅ、大分スッキリした。怒涛の展開のせいで、視野が狭くなっていた様だ」

 

ここ数日で新たに判明した事が多すぎる。その事はガッシュペアを焦らせるのには十分だった。しかし彼等はそれを克服し、自分達のやりたい事を決めた。

 

「最も、一筋縄ではいかないだろうがな。俺達だけでは成し遂げられない事だ」

 

「そうだの……他のE組の者達とも話し合わなくてはなるまい」

 

彼等は答えを出した。後はE組全員が協力してくれるかどうか。この話は3学期に持ち越しとなる。そんな時、清麿のスマホに電話がかかる。

 

「もしもし、サンビームさん?」

 

『学園祭以来か、清麿。やっぱりあの超生物の事が気になってな』

 

相手はサンビームだ。クリアとの決戦で彼は殺せんせーの存在を知った。その事について気にしており、ガッシュペアの近況を知りたくて電話をかけたのだ。

 

「殺せんせーの事か。そうだな、サンビームさんにもこの事を伝えようと思ってたんだ……」

 

清麿は事情を話す。そして殺せんせーの正体を知ったサンビームは電話越しで驚くが、すぐに平常心を取り戻して話を続ける。

 

『ふむ、それがお前達の判断なら全力で応援するさ。ただ……』

 

サンビームはガッシュペアの判断を尊重してくれた。2人が半端な気持ちで決断を下した訳では無い事を彼は理解している。共に厳しい戦いを乗り越えた仲間なのだから。しかし彼の声のトーンが途端に低くなる。何か気がかりな事があったのだろうか。清麿は身構える。

 

『あの超生物が人間時代に殺し屋をやっていたならば、その時に彼は多くの人々を殺した事になるんだよな。それについてはどう考える?』

 

殺せんせーの“死神”としての罪。今でこそE組の事を思ってくれる良き教師であるが、彼がこれまで両手を血に染めて来た事実は変わらない。サンビームは直接殺せんせー暗殺に関わって来なかった。だからこそ、客観的に殺せんせーの過去について言及する事が出来た。自分の仲間の恩師が元殺し屋だと分かった今、サンビームは複雑な心境だ。

 

「もちろん殺せんせーの過去を全て水に流す事は出来ない。それは先生自身分かっているハズだ。その為に俺はこの選択をしたってのもある」

 

清麿は殺せんせーの事情を全て加味した上で決断を下した。彼の選択には一切の甘えは無い。清麿には殺せんせーにやって欲しい事がある様子だ。そして彼の覚悟は電話越しのサンビームにも伝わる。

 

『グルービー、ならば言う事は無い。私にもやれる事がありそうならいつでも相談してくれ』

 

「済まない、サンビームさん」

 

こうして通話は終了した。清麿はサンビームとの話をガッシュに伝える。それを聞いたガッシュは一瞬だけ悲しげな顔を見せて下を向いた。

 

「ウヌ。殺せんせーは昔、悪い事をしておったからの」

 

ガッシュは呟く。殺せんせーの過去。まさか恩師が殺し屋だったとは思いもよらなかった。しかしガッシュはすぐに清麿に視線を合わせる。

 

「それでも私の答えを変わらないのだ!」

 

「ああ、3学期は荒れるだろうな」

 

ガッシュペアは答えを出した。それがE組にどのような影響を及ぼすのかは定かでない。

 

 

 

 

 年明け。モチノキ町は雪がちらつく。ガッシュペアは恵と共に神社に初詣に来ている。クリスマスから年末にかけて忙しかった彼女だが、この時だけは休みを取れた。参拝を終わらせた3人は出店をまわる。

 

「すごい人混みだな。ガッシュ、はぐれるなよ」

 

「ウヌぅ」

 

「どこの店も並んでいるわね」

 

神社は大混雑だ。彼等は参拝の帰りに出店で食事を済ませる計画を立てていたが、人が並び過ぎている為そのまま神社を出る事にした。彼等は出口を目指していると、恵が口を開く。

 

「そう言えば2人共、私に相談があるって言ってたわよね」

 

「そうだな。殺せんせーについてだが、流石にここは人が多すぎる。どこか個室がある場所があれば良いんだが」

 

彼女もまたこれまで戦いを乗り越えて来た仲間だ。よってこれからガッシュペアが成そうとしている事を話しておきたかった。

 

「この近くに、客席が個室の定食屋があるわ。そこで話しましょう」

 

「ウヌ……丁度お腹もすいてきたからの」

 

一同の次の行き先が決まった。彼等はそこを目指して人混みを歩き続ける。

 

 

 

 

 彼等は定食屋に着いた。そこで個室に入り、各々が料理を注文した後に清麿が恵に真実を話す。殺せんせーの正体、茅野の事情。これらを聞いた恵は目を細める。

 

「そっか……あの超生物が元人間だった事には驚きね。それだけじゃない……カエデちゃんが誰かに似てると思ったら、磨瀬榛名ちゃんだったのね」

 

「恵、その名前を聞いた事があったのかの?」

 

恵は雪村あかりの芸名を口にする。以前彼女は茅野を見た事があると言っていたが、それは磨瀬榛名を知っていた為だった。

 

「榛名ちゃんの事、私も大ファンだったからね。休業を聞いた時は寂しく思ったなぁ」

 

茅野の正体を知った恵は複雑な心境になる。磨瀬榛名の事はファンではあったが、まさか心にそこまで大きな闇を抱えていた事など知る由も無かった。

 

 そして彼等は話題を殺せんせーについてに切り替える。ガッシュペアは自らの決断を恵に話した。それを聞いた彼女は笑みを浮かべる。

 

「これが俺達の答えだよ、恵さん」

 

「良いと思う。私は直接殺せんせーと関わった訳じゃないけど、2人のしようとする事なら応援したいな。それに、そのやり方のが清麿君やガッシュ君らしいし。私にも出来そうな事があったら何時でも言ってね」

 

「ありがとうなのだ!」

 

恵は2人の答えに同意してくれた。だが、それを成し遂げるのは容易でない。それでも彼等には諦める選択肢は無い。ガッシュペアが腹をくくると、清麿のスマホに一通のメッセージが届く。

 

「渚からじゃないか」

 

「なんて書いてあるのだ?」

 

相手は渚だ。メッセージの内容は茅野のお見舞いの誘いである。入院してから彼女の容体が良くなり、面会の許可が降りたそうだ。ガッシュペアは当然これを了承する。清麿は渚に返信すると再び恵に視線を合わせる。

 

「これから渚達と茅野のお見舞いに行きたい。良かったら恵さんもどうかな?」

 

「カエデちゃんの……一緒に行きたいけど、私までいて大丈夫?」

 

恵は躊躇う。本心では彼女が心配だが、E組での問題に対して、部外者の自分が安易に首を突っ込んでよいのかと内心疑問に思う。しかし清麿は首を横に振る。

 

「それは問題ないよ。渚にも恵さんと一緒にいる事は伝えたから。ぜひ来てくれって言ってた、茅野も喜ぶだろうってさ」

 

クリア戦以降、その戦いに関わっていた者達は殺せんせーの事を知った。その事はE組の生徒達も知っている。よって恵がそれについて気を使わなくても良い。しかも彼女は茅野を含めてE組の何人かとは面識がある。断る理由が無い。

 

「ありがとう、ご一緒させてね」

 

「分かった。それから渚は他にも数人誘ってから来るって言ってたな」

 

「カエデと会えるのは楽しみなのだ!」

 

こうして彼等は、茅野のお見舞いの為に椚ヶ丘の病院を目指す。

 

 

 

 

 そして病院の一室。ガッシュペアと恵は茅野がいるベッドまで訪れる。既に渚・杉野・奥田・神崎が先に来ていた。

 

「清麿達、来てくれたんだね」

 

「ガッシュ君、高嶺君。それに恵さんまで」

 

「カエデ、もう体調は大丈夫かの?」

 

「うん、3学期からは学校に行けるよ」

 

茅野は冬休みを丸ごと病院で過ごす事になってしまったが、3学期からは退院出来る。それを聞いた清麿達はホッと胸を撫でおろす。

 

「見た感じ元気そうだけど……カエデちゃん、あんまり無理はしないでね」

 

「ありがとうございます、恵さん」

 

今の茅野は特に体調が悪い訳では無いが、油断は禁物だ。恵は彼女に改めて心配の声をかける。そして彼女は目線を茅野から渚に移す。

 

「渚君、私の事まで誘ってくれてありがとうね。カエデちゃんの元気そうな顔が見れて安心したわ」

 

「そんな、とんでもないです。恵さんこそ来てくれてありがとうございます」

 

彼女は礼を述べた。清麿から話を聞いた時は気が気で無かったが、茅野の体調が良さそうで心底安心している。礼を聞いた渚もまた恵に感謝する。

 

「元気そうで良かった、茅野……いや、雪村?」

 

一方で清麿は茅野を呼ぼうとする。しかし呼び名をどうすれば良いかで、彼は悩む事となる。

 

「ああ、高嶺君もそこで引っ掛かるんだね……呼び方は今まで通りで大丈夫だよ。そっちの方がしっくりくるし」

 

「分かったよ、茅野」

 

「清麿、このやり取りは2回目なんだよ」

 

「やっぱり、気になっちゃいますよね」

 

茅野カエデは本名では無い。それを知った清麿は彼女の呼び方をどうすれば良いか悩んでいた。渚や奥田も同じことを考えていた様だが、その心配は無用だった。暗殺を通して出来た彼等の絆を以てすれば、名前の真偽は些細な問題なのかもしれない。そして茅野は恵の方を向く。

 

「それから恵さん、どこまで話を聞いてますか?」

 

「ゴメンね、清麿君とガッシュ君から全部聞いちゃった。カエデちゃんの事も」

 

「謝らなくても大丈夫ですよ、私達も魔物の戦いの事を聞いてますので。恵さんがどこまでE組の事を知ってるか、分かっておきたかったんです」

 

恵は申し訳なさそうにするが、茅野は気にしていない。他のE組のメンバーも頷いてくれる。それを見た恵は安心する。

 

「でもカエデちゃんが磨瀬榛名ちゃんだと知った時は驚いたな」

 

「アハハ、ずっと隠してましたからね」

 

恵と茅野の語り合い。学生の身で芸能界に携わった者同士、お互いの苦労を分かり合える様だ。彼女達の仲がさらに親密になる。

 

「現役女子高生アイドルと天才子役の対談……三村あたりがテンションを上げそうな組み合わせだな」

 

「確かに。最初に茅野の事に気付いたの、アイツだもんな」

 

芸能人同士の対面を見た清麿はそう呟くと、杉野が同意してくれた。彼女達の対談は続く。

 

「でもカエデちゃん、大変だったよね。色々な物背負ってE組に入って……」

 

恵の顔が暗くなる。亡くなった姉の為の復讐心を抱えての暗殺教室への加入。中学生の身には重すぎるのではないか。恵はそう思えて仕方が無かった。しかし茅野は首を横に振る。

 

「気にしないで下さい恵さん。それはお互い様です、ティオちゃんの事だって……」

 

茅野がフォローを入れてくれた。恵もまたティオが魔界へ帰った事で、大切な人と会えなくなる苦しみを知っている。ティオは魔界で生きてはいるが、次に会えるのはいつになるか分からない。ティオの名前が出た時、ガッシュペアは目線を下に向ける。自分達も最終的に、別々の世界で生きていかなくてはならなくなるのだから。

 

「あの子は相変わらずみたいだけどね。ガッシュ君が落ち込んでた時にまた来てくれたとか」

 

ティオからの救いの手。それが無ければガッシュは立ち上がれたかどうか分からない。ガッシュはその事をとても感謝している。しかし、その話を聞いた茅野は目線を逸らす。

 

「ガッシュ君……その時は本当にごめんね」

 

「ウヌゥ、カエデ。落ち込むでない」

 

気まずそうな顔をする彼女の前までガッシュが来た上で声をかける。彼は茅野を責める所か元気づけてくれた。そんなガッシュを見た茅野は彼を抱き上げ、ベッドに腰をかける自らの膝の上にガッシュを座らせた。

 

「ガッシュ君は優しいね」

 

茅野は嬉しそうな表情でガッシュの頭を撫でる。この休みの間に再び彼の顔を見れた事が余程嬉しかった様だ。そんな2人の様子を一同は温かい目で見守る。少しした後に茅野は渚に声をかけた。

 

「そういや渚。ガッシュ君達が来る前に何か言いかけてたよね」

 

「ああ、そうだ。茅野には謝らないと!」

 

渚は茅野を止める為に、勝手にキスしてしまった事を気にしていた。彼は謝罪の言葉を述べるが、茅野は笑って許してくれた。

 

「何言ってるの、私を助けてくれたんでしょ?むしろ感謝してる」

 

「そっか……嫌われたらどうしようと思ってた」

 

「渚君、良かったですね」

 

茅野の言葉を聞いた渚は安心する。彼等はこれからも親交を深めていくだろう。しかし茅野が僅かに渚から目線を逸らした事を、神崎と恵は見逃さなかった。

 

「そろそろ帰ろっか。茅野さんもまだ完全には良くなってなさそうだし」

 

「!……そうね、カエデちゃんには万全の状態で学校に行って欲しいもの」

 

 

 

 

 2人の言葉を皮切りに一行は病室を出た。しかし恵と神崎以外の面々はきょとんとした顔を見せる。なぜ彼女達が皆を帰らせるような事を言ったのかが理解出来ていない。そして神崎と恵は清麿達の後ろを歩く。

 

「恵さんも気付きましたか?茅野さんの本当の気持ち」

 

「うーん、何となくだけどね。でも有希子ちゃんが皆に帰る様に言った事で確信に変わったかな」

 

一同はそのまま帰路に着く。神崎と恵が察したのは茅野の想い。また神崎は、この時初めて茅野がE組と同じ目線に立った様に感じた。そして彼等が帰った後、茅野が渚の事を考えてベッドの中で悶える。しばらく彼女はその気持ちを押し殺して、演技をしながら過ごす事になるだろう。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。次回から3学期編へと入ります。


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三学期編
LEVEL.75 分裂の時間


 遅くなりました。間が空いてしまいましたが、最新話の方、よろしくお願いします。


 3学期の校舎。全員登校こそしているが生徒達の顔色は優れない。暗殺対象の正体は人間。自分達は同じ人間の命を奪おうとしていた。これからも暗殺を続けて良いのだろうかと思い詰める者も多い。

 

(やはりこうなってしまったか……)

 

彼等の様子を見た烏間先生は職員室で頭を抱える。彼も断片的に殺せんせーの過去を聞いていたが、それを打ち明けるべきではないのではと考えていた。現に多くの生徒達は悩み続けている。

 

 

 

 

 教室内の生徒全員が着席するとビッチ先生が入ってきた。そして彼女は少しの沈黙の後に口を開く。

 

「アンタ達が本当はどうしたいか……よく考えなさい。それから私のような殺し方は絶対にダメ。多くを失うから」

 

彼女は殺し屋として多くの命を奪ってきた。自分が生き残る為に、自分の気持ちを押し殺して。そんな過酷な生活を送ってきた先生なりに、生徒達に最大限の助言をしてくれている。生徒達は黙って耳を傾ける。

 

「せいぜい悩みなさいな。アンタ達の中の、一番大切な気持ちを殺さない為にも」

 

先生はそう言い残して教室を出た。彼等には自分のような人生を歩んで欲しくない。奪いたくない命を奪う事は自らも大きな傷を負う事になる。彼等が背負うにはそれは大きすぎる。だから彼女は生徒達に助言する。自分と同じ苦しみを味わって欲しくないから。

 

 

 

 

 その日の放課後、渚がE組全員を裏山に召集をかける。多くの生徒達が疑問に思う中、彼は自分の思いを口にする。

 

「出来るかどうかなんて分からない、でも……殺せんせーの命を助ける方法を探したい」

 

渚の答えは“殺せんせーを救う事”だった。勿論方法など分かりはしない。しかし先生の過去を知った以上、皆も今まで通りの暗殺対象として見る事は出来ないのではないかとの考えだ。色々な事を教えてくれた先生と楽しく過ごしてきたのだから、殺すよりも助けたいと思う事が自然であると彼は言う。

 

「……清麿」

 

「ああ、そうみたいだな」

 

ガッシュペアは目を合わせて口角を上げる。奇しくも彼等の出した答えは渚と同じだった。2人が皆に伝えるまでもなく、渚が先に提案してくれた。恩師を助けたい。その考えは間違っていない。現に渚に賛同する生徒達も多い。

 

(良かった、皆……)

 

渚は安堵する。ガッシュペア以外にも杉野・茅野・倉橋・片岡・不破・原等の多くの生徒達が同じ事を考えてくれていた。

 

 そうして先生を助ける方法についての話し合いが盛り上がるが、話はそう上手くは纏まらない。クラス全員が渚の意見に賛成している訳では無いのだから。中村が口を開く。

 

「渚……悪いけど私は反対。暗殺者と標的が私達と殺せんせーの絆、それはとても大切な事。だからこそ、何が何でも殺さないといけないと思うから」

 

彼女は強気な口調で言い放つ。殺意が結ぶ絆、これこそが今のE組の根幹だ。その揺らぎはクラスの崩壊にもなり得るのではないか。中村はそう考えて真っ先に反対意見を述べた。周りの空気は一変する。すると中村の後ろに寺坂・吉田・村松が立つ。

 

「助けるっつっても、俺等にやれる事なのか?奥田や竹林の知識だってせいぜい大学生レベル、そんな方法を編み出せる確証はねぇ……まあ高嶺のチート能力を使えばその限りじゃねーかも知んねぇがな」

 

寺坂が渚の発言を否定した後に清麿の方を向く。【答えを出す者】(アンサートーカー)を使えば殺せんせーを助ける方法も分かるかもしれない。しかし、それが分かってもE組全員が受け入れられるかは別の問題。寺坂もそれを理解している。

 

「そうだな……この力で答えを導き出しても今の皆が納得するとは思えない。だから俺もそうはしてこなかった」

 

殺せんせーを殺すにしても助けるにしても、クラスが一丸となって結論に辿り着かなければならない。清麿も内心では殺せんせーを助けたいと思っているが、今は【答えを出す者】(アンサートーカー)を使うべきでは無い。

 

「俺等だって渚の言う事を考えなかった訳じゃねぇ。けどな、全員でその方法を探して結局見つかりませんでしたとかシャレになんねーだろ」

 

「せっかく身に付けた暗殺の力を使わずに無駄にして、タイムリミットを迎える事になるからな。そんな半端な結末を、あのタコが喜ぶとは思えねぇ」

 

吉田と村松が真剣な表情で意見を述べる。答えを得られないまま、何も出来ないまま卒業を迎えるなどあってはならない。かつては暗殺に対して後ろ向きだった寺坂グループだが今は違う。暗殺について、クラスについてしっかりと考えた上で自分の気持ちをぶつけている。

 

「てか渚君、調子に乗りすぎでしょ。一番暗殺の才能があるくせに殺すのをやめようとか、何考えてる訳?」

 

カルマが言い放つ。渚を睨み付けながら。今のカルマは明確に渚を軽蔑している。クラスの誰よりも暗殺の才能を持つ張本人がそれを投げ出そうとするのだから。その事が彼には、才能が無いなりに必死で暗殺を頑張ってきた者達への冒涜に思えて仕方が無い。

 

「渚君さぁ、力の弱い人間の気持ちを分かってないんだろ。だからそんな事が言えるんだ!」

 

「そうじゃない!殺せんせーを助けたい正直な気持ち‼カルマ君は殺せんせーが嫌いなの⁉今まで殺せんせーと過ごしてずっと楽しかったじゃんか‼」

 

「それはタコが皆の殺意を鈍らせないようにしてくれたからだろーが‼その努力もわかんねーのに半端な事言い出してんじゃねーよ‼頭小学生か⁉」

 

それぞれの口調が強くなる。カルマは渚以外が同じ事を言い出した場合、ここまで感情的にはならなかっただろう。彼はE組へ進学する以前から渚の持つ底知れぬ何かに気付いていた。それこそが“暗殺の才能”。渚相手にケンカや勉強で勝てても、彼にはその才能が無い。そんな渚が暗殺を投げ出す行為がどうしても許せない。だからこそ渚の言動はカルマの逆鱗に触れた。一方で渚も負けじと彼を睨み付ける。

 

「何その目。小動物のメスが逆らおうっての?」

 

カルマはこれまで見せた事の無い怒りの表情を渚に向ける。カルマが吐き出す渚への数々の暴言。多くのクラスメイトが見ている事しか出来ない状況の中、ガッシュが歯を食いしばる。渚とカルマの因縁。それは殺せんせーが椚ヶ丘に来る以前からのものであるが、そんな事を知らないガッシュは遂に動き出す。

 

「そんな言い方……しなくとも良いでは無いか‼渚だっていい加減な気持ちで言い出した訳ではなかろう‼」

 

(ガッシュ……)

 

彼は2人の間に割って入る。カルマと渚の言い合いを黙って聞いていられなくなった様子だ。そんなガッシュに渚は視線を移す。そしてカルマはつかさず怒りの矛先をガッシュに向けた。

 

「へぇ……ガッシュ君、渚君の味方をするんだ。まさか君まで殺せんせーを助けようとか言わないよね?」

 

カルマとガッシュの怒気がぶつかり合う。そしてカルマは察する。ガッシュも殺せんせーを助ける方法を探そうとしている事を。その事はさらに彼をイラつかせる。

 

「噓でしょ……正気なの?」

 

「私も冬休みの間、考えていたのだ。殺せんせーも皆と同じ人、しかも地球の滅亡は先生が望んでいる訳では無い。それならば本当に命を奪っても良いのかと」

 

ガッシュは考えを吐露する。殺せんせーの過去が明らかになった以上、これまでと同様に先生の命を狙い続ける事は出来ないと。それを聞いたカルマは舌打ちをした後に反論を続ける。

 

「何それ……ていうかガッシュ君さぁ、優しい王様を目指してるんだよね?もしも中途半端な事しでかして、期限までに殺せんせーを殺す事も地球の滅亡を止める事も出来なかったら皆死ぬんだよ?そんなんじゃあ優しい王様になれなくね?」

 

「それは分かっておる‼」

 

正論。カルマの言う事は正しい。殺すにしても助けるにしても期限以内に成し遂げられなければ地球は終わる。そうなった時点でガッシュは優しい王様にはなれない。だからカルマはその考えを認められない。ガッシュもそれは理解している。しかし、

 

「それでも私は殺せんせーを助けたい‼先生の事も大切だから‼大切な人1人助けられずして、何が優しい王様か⁉」

 

ガッシュは言い放つ。殺せんせーの命をも救ってこその優しい王様だと。彼はファウードでの戦いの時も、地球の滅亡か仲間の命の選択に迫られた。しかしガッシュは仲間と共に困難を乗り越え、どちらも失わない結果を得る事が出来た。だから彼は今回もどちらかを切り捨てる事はしない。ガッシュの言葉を聞いた清麿は口角を上げる。しかしカルマは一歩も引かない。

 

「確かに君達の力は大きい。でもさ、何でも自分達の力だけで思い通りになるとか」

 

「そんな事を考えてはおらぬ‼」

 

ガッシュはカルマの言葉を即座に否定する。ガッシュとて自分だけで殺せんせーを助けられるとは思っていない。

 

「これは皆の……E組の力を合わせなくては成功させる事は出来ぬ‼」

 

殺せんせーを助ける。口では簡単に言えてもその方法を見つける事は容易で無い。クラス全員が協力して初めてそれにありつけるかどうか。それすらもやってみなくては分からない。

 

「だから皆‼殺せんせーを助ける為に力を貸して欲しいのだ‼」

 

ガッシュは深々と頭を下げた。E組全員で力を合わせてもらえる様に。それを見た渚は後悔する。ガッシュの行動は本来、言い出しっぺである自分が行わなければならない事だったと。そして彼も頭を下げる。

 

「僕からもお願い‼皆、協力して‼」

 

渚は罪悪感に苛まれる。殺せんせーをどうするかについて、自分の事しか考えられていなかったと。他の皆も同じに悩んでいるのに、自分の意見で手一杯だった事を恥ずかしく感じた。そんな渚とガッシュの様子をカルマは見つめる。

 

「なるほどね、2人が半端な気持ちで言い出した訳じゃないのは理解出来たよ」

 

ここで彼は初めて渚とガッシュの言動を受け入れる。2人の思いは伝わった。しかし、理解を示す事とそれを肯定する事は別問題。

 

「でも……それでも力は貸してあげられない。あのタコを殺すべきだと思ってるから」

 

カルマの意志は変わらない。しかし今の彼の目からは軽蔑・怒りと言った負の感情は消えていた。渚とガッシュの全力の思いにあてられ、不用意に暴言を吐くような真似はしなくなる。しかし、

 

「俺に言う事を聞かせたいんだったらさぁ、俺を倒してみたら良いんじゃない?」

 

カルマの挑発。お互いに意見を曲げる事が無い以上、力づくで相手に言う事を聞かせる以外の方法は無い。すると渚が一歩前に出る。

 

「渚、お主……」

 

「ごめんガッシュ。最初に皆に頭を下げるのは僕の役割だったのにね……だからこの役は、カルマ君とケンカして勝つのは僕が引き受ける」

 

心配の眼差しを向けるガッシュを差し置いて渚は臨戦態勢を取る。それを見たカルマは渚に殴り掛かろうとする。一触即発かと思われたその時、大量の武器を抱えた最高司令官のコスプレをした殺せんせーが登場した。

 

「そのケンカは大いに結構。ですが暗殺で始まったこのクラス。決着をつけるのはこれでどうでしょう?」

 

(((((事の張本人が仲裁案を出してきた⁉)))))

 

生徒達が内心ツッコミを入れていると、烏間先生とビッチ先生も合流した。そして殺せんせーが説明を始める。赤色と青色に分けたペイント弾とその色のインクを付けた対先生ナイフ。そしてチーム分けの旗と腕章が用意された。

 

「先生を殺す派は赤、殺さない派は青。この裏山を戦場にチーム毎で戦い、相手のインクを付けられた人は死亡退場。相手チームを全滅か降伏させるか、敵陣の旗を奪ったチームの意見をクラス全員の総意とする。どうです?」

 

自分の生死が関わる状況でも殺せんせーは楽しそうだ。生徒達が全力で決めた答えならば、どのような物でも尊重すると言う。しかしクラスが分裂したまま終わる事は何としても避けたい。その為の仲裁案だ。それを聞いた皆は頷く。全員がこの方法を受け入れた。

 

「それから高嶺君とガッシュ君。君達は呪文・【答えを出す者】(アンサートーカー)・マントの使用は禁止でお願いします」

 

「「分かった(のだ)」」

 

先生はガッシュペアに制限を設けた。彼等の力は大きく、順当なハンデと言える。それでもガッシュの魔物としての身体能力と清麿の頭脳は脅威だが、他のE組も鍛えられた暗殺者揃い。例え倒す事が出来なくとも、一発彼等に攻撃を当てるだけならば十分に可能だ。そしてガッシュを含めた多くの生徒達が色を決めていく。

 

(青チームにはガッシュがいるが制限も多い。ふむ……)

 

まだ武器を取っていない清麿は心の中で呟く。ガッシュ1人の戦力は大きいが、赤色には各分野のスペシャリストが集まる。男子の数も多い。

 

 

赤チーム カルマ・岡島・岡野・木村・菅谷・千葉・寺坂・中村・狭間・速水・三村・村松・吉田・イトナ

 

青チーム 磯貝・奥田・片岡・茅野・神崎・倉橋・渚・杉野・竹林・原・不破・前原・矢田・ガッシュ

 

 

ちなみに律は協調の観点から考えて中立の立場を取り、烏間先生と共に戦いを仕切る役割を引き受けた。

 

「残るは高嶺君だけですねぇ」

 

「おっとそうだな。出遅れてしまった。だが俺の答えは決まっている」

 

殺せんせーに急かされた清麿は前に出て青色の武器が置かれる箱の前に立つ。クラス全員の意見を聞いた後でも彼の気持ちは揺るがない。

 

「俺は確かに殺せんせーの暗殺の為に理事長に推薦された。だが先生の過去を知った時に考えたんだ。俺自身が本当はどうしたいのかを。何が一番正しいのかまでは正直分からん。そして出した結論は殺せんせー、アンタには生きていて欲しい」

 

ガッシュペアは理事長の推薦でE組に来た。しかし事情が変われば彼等の考えも変わる。

 

「俺とガッシュが理事長から受けた依頼は“地球の滅亡を防ぐ為に超生物を殺してくれ”だ。だが実際はどうだ?殺せんせーは超生物なんかじゃなくて俺達にとって大切な人だ。だから殺さずして地球の滅亡を防ぐ方法があるのなら、諦めたく無い」

 

ガッシュペアの目的は地球の滅亡の阻止。殺せんせーの命を奪わずにそれが出来るのなら、当然その道を選ぶ。

 

「そしてこれはガッシュのパートナーとしてでは無く、1人のE組の暗殺者として出した答えだ。文句は言わせん」

 

清麿はそう言って青色の武器を取る。ガッシュを王にする為では無い。彼自身の意志に基づいた答え。その否定は誰にもさせたくない。そして清麿が元の場所に戻ろうとすると、カルマが彼に声をかける。

 

「良かったよ高嶺君。ガッシュ君が殺せんせーを助けたいから青チームに入るとか言い出さなくて」

 

「当然だ。ガッシュがどうしたいか以上に、俺自身が殺せんせーを助けたいと思った。だからこっちを選んだ。それに先生には、まだやってもらいたい事がある」

 

「へぇ」

 

カルマは口角を上げる。清麿は自分の意志でカルマと敵対する道を選んだ。だからこそ倒しがいがある。ただガッシュに引っ張られるだけの清麿なら相手にする価値も無いと、彼は考えていた。

 

「やってもらいたい事、ねぇ……まあ今は良いや。取り敢えず全力で潰しに行くけど、文句ないよね?」

 

「それはお互い様だ。悔いを残さない戦いにしよう」

 

カルマの宣戦布告。彼は学業において遂に清麿に勝つ事が出来なかった。他の分野でもどれだけ清麿と張り合えるか。カルマは渚だけでなく、この戦いで清麿をも打ち倒そうと心に決めている。こうしてE組全員がチームを決めた。

 

 

 

 

 各チームに別れて作戦会議が始まった。チーム毎の連絡は超体操着のフード内に仕込まれた内臓通信機が使われる。また超体操着の機能として即座に迷彩を塗る事が出来る。赤チームは菅谷、青チームは彼に塗り方を教わった倉橋がその役割を引き受けた。しかし超体操着を持たないガッシュはこれらの恩恵を受けられない。これも彼が抱えるハンデの1つだ。

 

「ガッシュ、お前はカモフラージュとして裏山の葉っぱをマントに着ける事にしよう」

 

「ウヌ……清麿、頼むのだ」

 

清麿がガッシュにカモフラージュを施していると、渚が倉橋に裏山の迷彩とは別の迷彩を施してもらっているのを目撃する。それを見た清麿は口元に笑みを浮かべた。渚はとんでもない事をやろうとしていると。全員の迷彩が塗り終わると、磯貝が清麿に呼びかけた。

 

「多分向こうはカルマが指揮を取ってくる。アイツは頭がキレるからな。こっちの指揮官は高嶺がやるか?」

 

他の青チームの面々もそれに賛同する。清麿の頭脳を以てすればカルマの指揮にも対抗出来る。しかし清麿は首を横に振った。

 

「それは戦況を見て臨機応変に決めて行こう。俺達皆が考えた作戦で赤チームを倒す」

 

清麿1人で全てを仕切るつもりは無い。あくまで青チーム全員が力を合わせる事に彼はこだわる。清麿は意見を出していくが、それは他の皆も同じ。彼等は作戦を考えて本番に備える。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。サバゲー編は戦闘が多めで自分自身も描写に苦労すると思いますが、次回もお待ちしていて下さい。


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LEVEL.76 サバイバルの時間

 最近の投稿の頻度が下がっている事は申し訳なく思っています。


 青チーム、赤チームともに準備が完了する。そして各々が配置に着いた事を烏間先生が確認した。

 

「では始めよう。クラス内サバイバル……開始‼」

 

烏間先生の合図と同時に2発の赤い凶弾が青チームを襲う。撃ったのは速水と千葉。標的は竹林と片岡。いきなり絶体絶命と思われたが、ギリギリの所で彼等はそれをかわした。カルマの指示で青チームのブレイン2人を開幕早々退場させる狙いだったが、それは失敗に終わる。

 

「ふぅ……間一髪だね。危なかった」

 

「高嶺君が事前にアドバイスをくれなければやられていたわ」

 

しかし清麿はそれを読んでいた。E組髄一のスナイパー2人が敵にいる。その射撃は最も警戒すべきであろう。そこで清麿は青チーム全員に狙撃が当たりにくい場所で待機するよう命じた。清麿は速水と千葉の射撃能力と周りの環境を全て計算した上で、彼等に安全地帯を教えたのだ。

 

「ナイスだ。竹林、片岡」

 

清麿は親指を上に立ててgoodの合図を2人に出す。清麿は弾が当たりにくい場所を皆に教えたが、それでも千葉と速水の射撃は侮れない。彼等ならそんな状況でも狙いを外さないかもしれない。しかし竹林と片岡は清麿の助言があったとはいえ、それを見越して自分の判断で射撃をかわす事が出来た。

 

「じゃあ、あれをやろうか」

 

竹林はペイント弾を仕込んだ筒を取り出すとそれを地面に置いた。中には爆薬が仕込まれており、それを使って赤チームの溜まり場に青のインクを降らせる手はずだ。しかし、

 

「ちょっ、何なの⁉」

 

不破が何かに気付いて指差す。その先には一機のドローンが飛んでいた。イトナが作った物であるが、それを見た清麿の顔色が変わる。

 

「皆ー‼それから離れろ‼」

 

清麿の予想通り、そこからは赤のインクが大量に発射された。青チームはそれをよけようとするが、不破と竹林に赤のインクが命中した。イトナの超高動機ドローンが猛威を振るう。

 

「うう、何てこと……」

 

「やられてしまったか」

 

死亡した2人は悔しそうな表情を見せる。ドローンは飛び回り続け、今度は清麿に狙いを定める。清麿は再び回避の体勢に入ろうとするが、突如何かがそれに命中し、ドローンは地上へと落ちる。

 

「イトナの奴、とんでもねーもん作りやがって!」

 

杉野が野球で使う軟球をぶつけたのだ。彼はそれを殺せんせー暗殺に使う為にも使っており、BB弾も仕込まれている。球を直接クラスメイトにぶつける訳にはいかないが、ドローンを落とす事くらいなら問題は無い。

 

「杉野、助かったのだ……」

 

杉野のファインプレーにガッシュ達青チームは感心する。そして清麿は竹林が作った砲台に近付く。

 

「相手の攻めが落ち着いた所で、取り合えずコイツを敵陣営にお見舞いしよう」

 

清麿が死亡した竹林の代わりに筒の下の台にあるスイッチを押すと、青いペイント弾が発射される。そして敵陣の上空からインクの雨が降り注いだ。

 

「これで敵も一網打尽なんじゃねーの?」

 

「いや、どうだろうな。何人やれる事やら」

 

前原が自信満々に言い放つが、清麿の表情が固い。そして彼の心配は的中する。青のインクが広範囲に降り注いだのにも関わらず、死亡したのは狭間と菅谷だけだった。赤チームもこの展開を読んだうえで動いていたのだろう。また清麿はこの場に青チームの1人がいない事に気付く。

 

「ガッシュ、杉野。一緒に来てくれるか?他の皆は磯貝と片岡の指示に従ってくれ!くれぐれも1人にはなるな!」

 

「お、おう……そっちは頼むぞ高嶺!」

 

清麿はガッシュと杉野を連れてその場を離れる。磯貝は清麿の意図を完全に理解する事は出来なかったが、彼の指示に従って片岡と共に陣形を組み直す事にした。

 

 

 

 

 そこから離れた場所では、岡島と千葉が青チームの女生徒にやられていた。

 

「嘘だろ……いつの間に背後に……」

 

「神崎さん、オンラインの戦争ゲームもやりこんでいたみたいだぞ」

 

2人を死亡させたのは神崎だ。彼女はゲームのお陰で狙撃手が潜みやすい場所及び守備に隙間が出来やすい地形を全て熟知している。そんな彼女は進撃を続ける。

 

 

 

 

 その頃神崎は旗を狙う為に、フィールドの外側から回り込んでいた。中央突破は難易度が高い為、彼女が走るルートで攻めるのが定石だ。しかしそれを理解しているのは神崎だけでは無い。カルマがそこに待ち伏せており、足で木にぶら下がりながら彼女を捕えようとする。その時、

 

『伏せろ、神崎』

 

神崎に通信が入ったと同時に一発のインクがカルマを襲う。カルマはつかさず体を起こしてそれを避けるが、神崎が地に伏せた事で彼女への攻撃は出来なくなる。

 

「チッ」

 

カルマは舌打ちをした後に、茂みに隠れて姿を消した。そして間もなく神崎と清麿達が合流する。

 

「神崎さん、間に合ってよかった」

 

「ゴメンね、1人で出しゃばっちゃったかな?」

 

杉野は安心した様にそう言うが、神崎は申し訳なさそうな顔を見せる。単独行動した結果、カルマに殺されかけたのだから。しかし彼女を責めようとする者は誰もいない。

 

「とんでもない、むしろよく千葉を倒してくれた」

 

「有希子、2人も倒して凄いのだ!」

 

ガッシュペアは彼女を褒める。スナイパーコンビの片割れを倒した事実は大きい。現状は青チームに分があると言える。しかし油断は大敵。彼等は今後の方針を話し合う。

 

「まずは敵の数を減らそうぜ。今のままじゃ旗は取るのは無理だろ」

 

杉野の言う通り、敵を倒して攻撃されるリスクを減らす事で初めて旗の奪取が現実的となる。赤チームの誰を初めに倒すべきか。司令塔となり得るカルマか中村、残ったスナイパーの速水、機動力トップクラスの木村・岡野コンビ、防御が得意の寺坂組、ドローン使いのイトナ。赤チームは強敵揃いだが、清麿は意外な人物の名前をあげる。

 

「……三村を倒しておきたい」

 

「三村君?」

 

清麿を除く3人は怪訝な顔を見せる。単純な戦闘能力で言えば、他の赤チームと比べて三村は高くない。しかし彼の長所はそこでは無い。清麿が話を続ける。

 

「ガッシュ、菅谷達と美術館に行った時の事を憶えているか?その時にアイツ、テレビ業界のプロデューサーなどの仕事に就きたいって言ってたんだよ」

 

「ウヌ、美術館は楽しかったのだ!」

 

「そういう事を言ってるんじゃない!」

 

清麿はガッシュにツッコミを入れつつ話を続ける。彼は将来の夢に向けて広い視野を持つよう心掛けている。三村はそれを活かして死神を欺いた事すらある。清麿はその能力が、青チームにとって脅威になると決め打った。

 

「例えばあそこで三村が青チームを監視するとどうなると思う?」

 

清麿は烏間先生の左後方に見える高台を指差す。彼の言う事にガッシュと杉野はピンと来ていない様子だが、神崎が何かを察した様に口を開いた。

 

「三村君の広い視野で、私達の場所が筒抜けになるって事?」

 

神崎の解答を聞いた清麿が頷く。赤チームの指揮をカルマが取る以上、彼は三村の長所に気付くはずだ。

 

「正解だ。そんな事になれば俺達は圧倒的不利な状況に追い込まれる。だから他の連中も最大限に警戒しつつ三村を倒す。それにフィールド全体を見渡せられるのはあの高台位だ。仮に三村がいなくても、そこを占拠出来れば悪い様にはならん」

 

彼等の目的地は決まった。4人は周りに注意を払いながら高台を目指す。

 

 

 

 

 清麿達は磯貝チームと連絡を取りながら高台を目指す。その際に片岡と、自陣の旗付近で無人トラップを仕掛けていた原が死亡した事を知る。そして彼等は目的地付近に辿り着いた。

 

「ウヌ……向こうから2人分の匂いがするのだ」

 

「三村とその護衛だろうな。赤羽の奴、用意周到なこった」

 

カルマは青チームが三村に気付く事を見越してもう1人をそこに配置していた。彼等は話し合った結果、そのもう1人はガッシュが相手取る事になった。

 

「ガッシュ、気を付けろよ。お前に施しているカモフラージュは激しく動くと簡単に落ちる。そうなれば遠距離からの射撃の的でしかない」

 

「分かったのだ」

 

助言を聞いたガッシュが高台に近付く。すると木の陰から2発の赤いインクが放たれた。しかしガッシュはそれをかわす。そして彼はインクを放った敵に戦いを挑む。その相手は木村だ。木村の機動力に加えてガッシュはカモフラージュを落とさないように動きが制限されている。魔物だからと言って一概にガッシュが有利とはいえない状況だ。

 

「頼んだぞ、ガッシュ」

 

「じゃあ、三村君は私が撃つね」

 

杉野が呟くと、神崎が前に出た。

 

「げっ、神崎さん!」

 

神崎が銃から青いインクを放つ。三村が気付いた時はすでに手遅れ。彼にそれが命中する。しかし同時に神崎には赤いインクがつけられていた。速水の遠距離射撃だ。

 

「それじゃあ、後はよろしくね」

 

「神崎、お前……」

 

「そんな、神崎さん……」

 

彼女が笑みを浮かべながら2人に託す。この時清麿と杉野は察した。何故彼女が率先して三村を倒しに行ったかを。この場の青チームの中で、単純な戦闘能力なら神崎が劣るだろう。それが分かった彼女は速水の射撃圏内にもかかわらず、自分の身と引き換えに三村を撃ちに行ったのだ。そして清麿は次の手を考える。

 

「速水の射撃は俺が食い止める。木村はガッシュに任せる。杉野、お前は新たな敵が来ないかを見張っててくれ」

 

「食い止めるってどうやって……」

 

「そんな物は決まっている」

 

指示を聞いた杉野の頭に疑問符が浮かぶが、清麿は自信ありげな表情で銃を取り出す。しかし彼が使おうとしているのはいつものハンドガンでは無く、ライフル型のそれだった。

 

「速水相手に銃撃戦かよ」

 

杉野は苦虫を嚙み潰したような顔を見せる。銃撃戦は速水の一番の得意分野。彼女の土俵に清麿は堂々と上がりこもうとしている。しかし清麿が一発インクを撃つと、速水の射撃の頻度は下がった。

 

「速水の動体視力とバランス能力……インクを当てるには至らなかったか」

 

「いや、牽制出来てるだけでもスゲーよ」

 

射撃をかわされた清麿は悔しがるが杉野は感心する。杉野は清麿も器用ではあるが、彼が銃撃戦で速水相手にここまで戦えるとは思っていなかった様子だ。清麿はもう一発放つ。

 

(これもかわすのか……それに……)

 

清麿は周りの環境を全て計算して速水に狙いを定めるが、彼女を捕えるのは容易では無い。それどころか速水はインクをかわしつつ、どのような体制でも反撃を行ってくる。不安定な木々の上でも彼女の射撃の命中率が下がる事は無い。

 

(アイツの身体能力を活かした射撃が強力すぎるな……だが……)

 

清麿は銃撃を仕掛けながら手応えを感じている。自らの射撃能力の向上を。実戦を経て清麿も成長を遂げている。

 

 

 

 

 場面は木の陰の速水に移る。清麿の射撃をかわす事自体は出来たが、その正確性には彼女も驚いていた。

 

(高嶺の射撃がここまで正確とは……呪文や【答えを出す者】(アンサートーカー)だけがアイツの強みじゃないのは分かってたけど)

 

速水は怪訝な顔を見せる。清麿は訓練時も赤い本を手放す事は無かった。それは射撃の時も同様。彼は常に片手が塞がった状態だった。しかし今は違う。呪文の使用が禁止された事で彼は本を持つ必要が無い。清麿の両手がフリーになった事に加え、本来彼が持つ計算能力と空間把握能力。これらによって清麿の射撃能力は格段に増していた。

 

(気を抜いたらやられるわね……でも千葉には及ばない)

 

速水は再び清麿の射撃をかわす。清麿の隠れた刃が露わになった瞬間だが、遠距離射撃の経験値なら速水と千葉が勝る。彼女は変幻自在に木の上を動き回り、自らも銃撃を加えていく。しかし射撃を回避出来るのは清麿も同じだ。

 

(高嶺に当てるのも簡単じゃないみたいね。長引かせるのも得策じゃない。なら……)

 

速水は清麿の射撃能力の向上に気付く。このまま勝負を続けるのは彼女にもリスクがある。そこで速水はある事を思いつく。

 

 

 

 

 場面は再び清麿に戻る。木に体を隠しながらの攻撃。彼は射撃の慣れを感じているが、油断は出来ない。少しでも気を抜けば、それは敗北に繋がる。

 

(くっ……もう少し顔を出したいが、そんな事をすればたちまち赤いインクの餌食だ。あともう一歩なのに!)

 

樹木に隠れながら清麿は悔しがる。速水の射撃は苛烈を極める。清麿も反撃して牽制はしているが、彼女を仕留めるには至らない。樹木からギリギリ顔を出さない位置での射撃が精一杯だ。その一方で杉野は周りを警戒しながら上を見渡す。すると上空では、2人の小柄な女生徒によるハイレベルなナイフ術での対決が繰り広げられていた。茅野と岡野の対決だ。

 

(茅野の奴、岡野と互角にやり合ってやがる!)

 

茅野の身体能力は触手のせいで鈍っていたが、今はその憂いも無い。岡野の足につけられたナイフの連撃も難なくかわして見せる。そして2人は清麿の存在に気付く事無くその場を去った。杉野は一瞬だけ彼女達の方に注目するが、その隙を速水は見逃さない。赤いインクが清麿では無く杉野目掛けて放たれる。

 

「わりぃ、高嶺。喰らっちまった」

 

杉野が悔し気な顔を見せる。清麿にインクを当てられない事に痺れを切らした速水は、隙を見せた杉野に狙いを変えたのだ。杉野も極力射撃が届かない場所で清麿の護衛をしていたが、一瞬だけ意識が逸れた事が致命傷となった。

 

「気にしなくて良い。速水を仕留められなかった俺が悪い(リスクを冒してでも前に出るべきだったか……)」

 

清麿は安全策を取った結果、杉野が赤いインクを受ける事となった。彼は顔をしかめる。しかし、その後からの速水の銃撃が来ない。彼女もまた清麿の射撃を警戒して、杉野を倒した後に撤退した。その時に速水が非常に悔しそうにしていた事は、本人しか知らない。

 

(1人になってしまったか……そういえば茅野と岡野はガッシュ達と同じ方に向かったな。ひとまずそこに進むか)

 

清麿はガッシュと茅野の援護に向かう。

 

 

 

 

 時は少し遡る。清麿が速水と銃撃戦を繰り広げていた一方で、ガッシュは木村を追いかけ回していた。

 

「ゲッ……!」

 

「ウヌー!また外したのだ!」

 

ガッシュと木村はハンドガンを持ちながらお互いに撃ち合う。木村は何度か樹木に隠れてガッシュを狙おうとするが、彼の嗅覚によってその場所は筒抜けだ。しかしガッシュは射撃が得意では無く、木村に攻撃を当てられない。

 

(隠れてもガッシュにはバレる!それなら……)

 

(本当はナイフを使いたいのだが、接近戦はリスクが高いのだ!)

 

木村の身体能力が高くても、まともに一対一で戦えばガッシュ相手は分が悪すぎる。ガッシュもまたナイフをもって懐に飛び込みたい所であるが、それでは彼の体が露呈してしまう。その隙を速水は見逃さない可能性が高い。彼女なら清麿の銃撃をかいくぐってガッシュに狙いをつける事すらやってのけてもおかしくない。

 

「どうしたガッシュ!ナイフは使わないのか?」

 

木村はガッシュを挑発する。まともな戦闘ならガッシュに勝ち目は無くとも、一瞬だけ隙を作らせる事なら可能だ。その隙を木村又は他の赤チームがつければ、ガッシュを退場させられるのだから。

 

「ヌゥ……清麿に言われておるからの……」

 

ガッシュは小声で呟く。清麿の助言。ガッシュは超体操着による迷彩を施せていない為、他の生徒と比べて居場所が露呈しやすい。清麿に施されたカモフラージュも激しい動きをすれば取れてしまうだろう。そうなれば遠距離からの攻撃の餌食だ。だから安易にナイフを用いた接近戦をするべきでない。そう彼は指示を受けていた。少しの沈黙の後、ガッシュと木村は決断を下す。

 

「「ならばこの一撃で!」」

 

2人は同じタイミングで体を樹木から露呈させ、お互いに銃口を向けた。その時、上から2人の女生徒が降りて来る。

 

「ウヌ、カエデ!」

 

「岡野じゃねーか!」

 

先程まで上空でナイフ対決を繰り広げていた茅野と岡野が合流する。少しの間無言でそれぞれ敵を睨み合うが、先に岡野が口を開く。

 

「ここなら速水さんの射撃の範囲外だよ、かかってきたら?」

 

彼女の発言の真偽は不明だ。ガッシュも茅野もうかつに信じる訳にはいかない。しかしいつまでも動きを止めていても仕方が無い。各々は臨戦態勢に入る。

 

「私が掩護する。ガッシュ君、ナイフ使って良いよ!」

 

茅野が銃を取り出すと同時に青いインクを放つ。それが開戦の合図となり、ガッシュはナイフを取り出して木村と岡野に突っ込む。

 

「ガッシュ!今度こそ勝たせてもらうよ!」

 

岡野もまたナイフを構えてガッシュに迫る。単純な力比べになれば当然ガッシュが勝る。そこで岡野は身軽さと木村との連携を活かしてガッシュに一撃を当てようと狙う。そしてガッシュの意識が岡野に向かった事を木村は見逃さない。

 

(今だ‼)

 

木村は銃を構える。そして彼はガッシュにハンドガンを向けたが、彼は自身に青いインクが迫った事に気付く。

 

「させない!」

 

「うわっ、あぶね!」

 

木村はギリギリで青いインクをかわすが、茅野の猛攻は止まらない。彼女は木村や岡野にも引けを取らない身体能力を隠し持っていた。茅野の連射は続く。木村がかわしながら、同じくハンドガンで赤いインクを放つ。しかし茅野はそれらを避け続ける。

 

 

 

 

 その頃岡野は木の上で、足にナイフを装備してガッシュに足技を仕掛ける。彼女の技により、十数本のナイフの蹴りがガッシュに襲い掛かるようにも見える。しかし当たらない。

 

(全部かわされてる‼このままじゃヤバい‼)

 

岡野は攻撃一辺倒で少しでもガッシュを近付かせない様にする。防御に回った瞬間に敗北は決まる。それ程に魔物の身体能力は恐ろしい。

 

「ひなた……攻撃が速くなっていくのだ!負けてられぬ!」

 

ガッシュの目の色が変わる。彼は本気を出す決断をした。体のカモフラージュに気をつかって手加減をしていれば勝負が長引く。その間に茅野が木村に負けるかもしれない。戦いではいつ不測の事態が起こるか分からない。だからガッシュはリスクを冒してでも、この一撃で岡野を倒す事を決めた。

 

「嘘!このスピードは⁉」

 

ガッシュの速度が増す。岡野の足技を全て紙一重で見切る。そして彼は距離を詰め、岡野の懐まで飛び込んだ。

 

「これで決めるのだ!」

 

ガッシュはナイフを使い、一瞬で岡野を切り裂く。それと同時に彼女は地面に尻もちをつく形で転落した。ガッシュが岡野の前に立つ。

 

「悔しい、また勝てなかった……」

 

「ひなた、強かったのだ!」

 

ガッシュはしゃがみ込む岡野に手を差し伸べる。その手を彼女は取ると、そのまま立ち上がって言い放つ。

 

「次こそ負けないから!」

 

「ウヌ!」

 

岡野はそう言い残してその場を去った。しかし彼女はガッシュに負けても、どこか清々しい顔をしていた。ライバルと全力で競う事が出来たからだろう。岡野に後悔は無い。彼女のそんな表情を見たガッシュも嬉しそうにする。そして彼は嗅覚を頼りに茅野と木村の方に向かった。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。サバゲー編はもう1話続きます。


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LEVEL.77 決着の時間

 サバゲーの決着がつきます。よろしくお願いします。


「ガッシュ!いつの間に⁉」

 

 岡野を倒したガッシュは木村の後ろに回り込む。そしてナイフで彼の背中を切りつけた。

 

「ガッシュ君!」

 

茅野がガッシュに駆け寄る。岡野・木村と言う強敵2人を倒した事による安心感は大きい。彼女はホッとしたような表情をしていた。

 

「カエデ、やったのだ!」

 

ガッシュと茅野はハイタッチをする。そんな光景を見ていた木村は悔しがりながらも、どこか満足気な顔をしていた。全力を出し切れた事の喜びが大きいのだろう。

 

「お前等の本気、しかと見届けたぞ。じゃあな」

 

「ウヌ!」

 

木村は2人から離れていく。そして彼とは入れ替わりで、清麿がガッシュと茅野に合流した。2人の勝利を察した清麿は笑みを浮かべる。

 

「2人共無事だったか……おっと、ガッシュはカモフラージュをやり直さないとだな」

 

「あ……高嶺君!」

 

「清麿!」

 

 

 

 

 清麿は早速ガッシュにカモフラージュを施した。それが終わった後、彼等は今後の方針を話し合う。

 

「陽菜乃ちゃんがやられちゃったんだよね……」

 

茅野が岡野と戦う前、倉橋が岡野に負けた場面に遭遇していた。そこから彼女達の戦いが始まったのだ。清麿は考える素振りを見せる。

 

「敵味方、人数がだいぶ減ってきているな……赤チームも動いてくるかもしれん。まずは磯貝に連絡を取ってみよう」

 

清麿の提案に2人が頷く。両チーム脱落者が増えて来た。そろそろ旗の奪取が視野に入る頃合いだ。清麿は磯貝に内戦を繋ぐ。

 

「磯貝、今こっちはガッシュと茅野の3人だ。そっちはどうだ?」

 

『奥田がやられた。前原・矢田と共に旗を取りに行きたい所だが、速水の射撃が厄介過ぎてな……』

 

清麿は苦虫を嚙み潰したような顔をする。もしも自分が速水を仕留められていれば、この様な事にはならなかったのではないかと。しかし現状を嘆いていても仕方が無い。彼は次の策を考える。

 

「そっちにいる敵は速水だけか?」

 

『いや、寺坂がいるな。アイツだけでも倒しておきたいが、迂闊に前に出れば速水にやられる』

 

「……そうか」

 

清麿は考える。速水は強敵だ。それに加えて守りの要の寺坂。彼は当初吉田・村松と共に人面岩の陰で防御に徹していたが、予想以上に赤チームの人員が減少した。そこで守りは中村と交代する形で彼は速水の護衛役を引き受けた。そして彼は1つの決断をする。

 

「磯貝……3人で速水と寺坂は食い止められそうか?」

 

清麿の提案。磯貝達に速水・寺坂を抑え込んでもらう事。特に速水の射撃を早急に止めない事には自由に動き回る事すらままならない。神崎が早々に千葉を倒していなければどうなっていたか。清麿はスナイパーの存在に頭を悩ませている。

 

『どうだろうな、あともう1人いれば大分楽だが敵は他にもいる。だが高嶺達は旗を守る』

 

「いや……その必要は無い」

 

磯貝の発言を清麿は遮る。彼は旗の守りは要らないと言い切った。内戦越しの磯貝は勿論、その場にいるガッシュと茅野も怪訝な顔を見せる。

 

『原の仕掛けた無人トラップか?だがそれだけじゃ心許ないと思うぞ』

 

原は赤いインクを受ける寸前まで、青チームの旗の周辺にトラップを仕掛け続けていた。そこには人が関与するまでもなく発動する物もいくつかある。確かに足止めにはなるが、無人の状態で食い止められる時間はたかが知れているのではないか。磯貝はそう考えるが、清麿の自信は揺るがない。

 

「当然それもある。だがそれ以上に……俺達には、最強の“死神”が味方にいる」

 

彼は言い放つ。青チームに所属する死神、渚の存在を。彼の暗殺の才能を以てすれば、旗の守りは必要無いのだと。彼の存在を聞いた一同は納得する。今どこに潜伏しているか誰にも分からない渚。彼がこのまま大人しくしているとは思えない。

 

『分かった。それなら俺達が速水と寺坂を倒しにかかるが、その間にお前達で旗の奪取するって事で良いな?』

 

「ああ、その作戦で問題ない」

 

『健闘を祈る』

 

「お互いにな」

 

やる事は決まった。旗の守りは渚に任せる。そして磯貝チームは速水と寺坂を引き受ける。その間にガッシュペアと茅野は磯貝達の戦場よりもさらに外側を回り込んで旗を奪取。作戦を聞いた茅野とガッシュは頷く。

 

 

 

 

 ガッシュペアと茅野は旗を取りに向かう。青チームの勝利の為に、殺せんせーを助ける為に。今は磯貝達が速水を引きつけているだから遠距離射撃の心配は無い。そう思っていた矢先、彼等の前には一機のドローンが飛んでくる。

 

「ウヌ⁉これは……」

 

「いかん‼よけろー‼」

 

そこからは大量の赤いインクが発射される。ガッシュペアは近くの樹木に隠れる。その無差別攻撃は脅威だ。ドローンがいつ襲ってくるか分からない。その事実は清麿から遠距離射撃という選択肢を奪う。イトナの場所を探る間にドローンの餌食になりかねない。

 

「きゃあっ!」

 

「カエデ‼」

 

茅野が赤いインクを受けた。だが、それと同時に清麿の手には何かが握られていた。それは、杉野から託された対先生BB弾が埋め込まれたボール。とっさの事ですぐにそれを取り出す事は出来なかった。だが、今ようやく彼は動くドローンに狙いを定めた。そして投げたボールはドローンに命中し、地に落ちる。

 

「2人共、ごめんね」

 

茅野は謝罪する。ここに来ての戦力の低下。彼女は申し訳なく思うが、ガッシュペアはそれを責めない。

 

「いや、大丈夫だ茅野。必ず赤い旗は奪い取る」

 

「カエデ、待っておるのだぞ!」

 

「うん……お願いね!」

 

インクを受けた茅野を置いて、ガッシュペアは旗の奪取に向かう。そこには赤チームの指揮官のカルマと、イトナが待ち受けている。勝負も終盤に差し掛かっていた。

 

 

 

 

 赤チームの旗。そこにはカルマとイトナがいる。彼ら2人がそこの守備役を担う様だ。そして清麿はガッシュを別の場所に潜伏させた上で単身乗り込む。両手にハンドガンを添えて、カルマとイトナ目掛けて青いインクを放つ。

 

「カルマ、ガッシュがどこにいるか分からない。お前は旗の守りに専念しろ」

 

「言われなくても分かってるって」

 

イトナは銃を構える。一方でカルマは射撃を避けつつも旗から注意を逸らさない。旗の周囲にも隠れ蓑はあり、どこからガッシュが飛び出すか分からない。清麿の相手はイトナが努める。

 

「これで終わりだ!」

 

イトナが銃口を清麿に向ける。流石の彼もこの状況でドローンを操る余裕は無い。清麿目掛けて赤いインクを放ち続ける。しかし清麿もそれをかわして見せる。

 

「高嶺!ガッシュはどこにいるんだ⁉」

 

「答える義理は無い‼」

 

清麿はイトナの銃撃をよけ続ける。しかし彼の放つ青いインクはイトナを狙っていない。標的は旗を守り続けるカルマだ。

 

(まあ。高嶺君ならイトナの銃撃をかわしながら、俺を狙うくらいやってのけるよね)

 

カルマは特に驚くこともせずに、最小限の動きで銃撃をかわす。あまり動き過ぎると、どこかに潜んでいるガッシュに旗を取られてゲームセットだ。

 

「ふざけているのか!」

 

イトナは不快な顔を見せる。無理もない。目の前の清麿は、まるで自分の事など眼中にないかのようにカルマを狙い続けるのだから。そして痺れを切らしたイトナは、ついに清麿に赤いインクを当てる事に成功する。

 

「俺を舐め過ぎだ、高嶺……」

 

イトナは清麿に背を向けようとするが、彼の背中には青いインクが命中していた。

 

「……チェックメイトだ」

 

「しまった!」

 

清麿の口角が上がる。イトナは潜んでいたガッシュの銃撃を喰らった。そしてガッシュは赤い旗目掛けて走る。その事にイトナとカルマは気付くが、もう手遅れだ。

 

「く……高嶺君が俺ばっかり狙っていたのはこのためか⁉」

 

カルマは焦る。彼は清麿の銃撃をかわしていたように見えて、実は清麿に旗から離れる様に誘導されていた。カルマなら最小限の動きでインクをかわす事を清麿は分かっていた。だからカルマの動きを清麿は計算し、ガッシュへの攻撃が間に合わない場所までカルマを動かす為に青いインクを撃ち続けた。

 

「これで終わりなのだ!」

 

ガッシュは旗の目の前まで近付く。彼が旗を取って青チームの勝利かと思われた時、ガッシュの動きが止まる。彼は考えた。本当にこのまま旗を取って良いのかと。

 

(ガッシュ……お前……)

 

清麿はガッシュの考えを察する。そして彼は納得した。丁度そのタイミングでカルマはハンドガンを出し、ガッシュに赤いインクを当てていた。

 

「ガッシュ君……舐めプって訳では、無さそうだね」

 

悔し気な表情をするガッシュにカルマは背を向ける。カルマは自分達の負けを悟っていた。ガッシュが足を止めるまでは。しかしガッシュは旗を取ろうとはしなかった。その理由はカルマにも何となく察しが付いた。そして彼は青チーム最後の生き残り、渚との戦いに頭を切り替える。

 

 

 

 

 赤いインクを付けられたガッシュペアは退場者たちの待つスペースに辿り着く。そこには渚・カルマ以外の全員が待ち受けていた。磯貝・前原・矢田は速水と寺坂相手に相打ちとなり、青チームの旗の奪還を狙った中村・村松・吉田は烏間先生の背後に隠れていた渚から攻撃を喰らわされてしまった。

 

「ねぇ高嶺、渚が烏間先生の後ろにいるって知ってたの?」

 

「ああ、アイツは先生の着ている迷彩を塗ってもらっていたからな」

 

中村の質問に清麿が答える。だから清麿は旗の守りは要らないと断言できたのだ。それを聞いた中村は下を向く。そしてここには殺せんせーも待機していた。先生はガッシュペアに労いの言葉をかける。

 

「お疲れ様です。2人共、惜しかったですねぇ」

 

「そうだな、殺せんせー」

 

清麿は答える。勝負は青チームが勝利一歩手前だった。しかしガッシュが旗を取る事が出来ず、赤チームは首の皮一枚繋がる結果となった。しかし清麿は特に悔し気な表情を見せていない。隣のガッシュとは違って。

 

「皆‼済まぬのだ‼」

 

ガッシュが頭を下げる。謝罪を述べた後、彼は歯を食いしばり続ける。自分のせいで青チームは一度、勝利のチャンスを逃す事になったのだから。しかし彼を責めようとする者は誰もいない。

 

「気にしなくて良いよ。ガッシュ君が旗を取れなかった理由、何か分かる気がするから」

 

茅野がフォローを入れる。確信こそしていないが、彼女は何となく理解していた。ガッシュが旗を取れなかった理由を。

 

「最終的にあの2人が勝負の決着を付けてこそ、皆が納得出来る結果になると思ったって事かな?」

 

「ウヌゥ、そうだの」

 

不破がガッシュと茅野の考えを代弁する。そんな彼女の予想は正しかった。

 

「そっか……なら仕方ないよ、ガッシュ君。私も何だかそんな感じがしたし」

 

「優月……」

 

不破は早々に退場してしまった。しかし、だからこそ彼女は客観的に戦いを見る事が可能になった。そして不破は持ち前の推理力を活かして、早い段階でその考えに至る事が出来た。

 

「確かにこの戦いは元々、渚とカルマ君の喧嘩が原因だったからね」

 

片岡が口を開く。彼等こそがサバゲーの発端。ならばその2人の決着無しに各々が満足のいく結果は得られないのではないか。ガッシュはそう考えて、旗を取る直前に足が止まってしまった。

 

「まぁ、そこに至るまでにそれぞれが死力を尽くしてきたからこそだがな。その結果どっちが勝っても文句はねぇ」

 

寺坂が悟った様な表情で言い放つ。クラスのそれぞれが全力を出した結果であれば、どう転ぼうとも悪い様にはならないと。

 

「だからガッシュ、いつまでも泣きそうな顔してんじゃねーよ」

 

「寺坂……」

 

そして寺坂はぶっきらぼうながらもガッシュに声をかける。それを聞いたガッシュの顔は晴れて来た。そしてE組一同は渚とカルマの戦いを見に行く為に戦場の近くに移動する。

 

 

 

 

「そこまで‼赤チームの降伏により、青チーム……殺さない派の勝ち‼」

 

 渚とカルマの一対一の勝負は、カルマの降参により決着がついた。序盤は戦闘能力で勝るカルマが優勢だったが、彼は渚に根性を見せられた事で負けを認めたのだった。青チームの皆は大いに喜び、赤チームの皆はそれぞれ複雑な心境だ。

 

 またこの戦いを機に、渚とカルマはそれぞれの名前を呼び捨てする事になる。カルマ曰く“喧嘩の後では君を付ける気にはなれない”との事だ。

 

「「2人共、お疲れ様(なのだ)」」

 

そんな2人にガッシュペアは労いの言葉をかける。2人の戦いは彼等の心をも熱くさせた。それぞれの思いのぶつかり合いは、心の力を使用して戦うガッシュペアにも思う所があった。何かを思う気持ちは、それ程に大きな力に繋がる。

 

「いや~、今日は散々だったな。喧嘩では渚に負けて、ゲームメイクでは()麿()に負けた。()()()()にも旗を取られかけたし」

 

カルマは呟く。今日は負けてばかりだったと。しかし彼の言葉を聞いたガッシュペアの頭には疑問符が浮かぶ。何故か自分達の呼び方すら、カルマは変えていたのだから。そんな2人の顔を見たカルマの口角は上がる。

 

「まあ、2人とは喧嘩したって程では無いんだけどね。でも何処かのタイミングで呼び方を変えたいと思ってた。君等がどうしても嫌だって言うなら仕方ないけど」

 

カルマは言葉を続ける。今までの呼び方は何だか他人行儀だと思っており、この戦いを機に呼び名を改めたいと考えていた様だ。そんな彼の考えを察した2人は笑みを見せる。

 

「分かったのだ、カルマ‼」

 

「そうだな。俺も構わないぞ、カルマ……だが訂正しておく所がある」

 

ガッシュは変わらないが、清麿は呼び方を変更した上でカルマに言いたい事がある様だ。

 

「今回のゲームメイクは俺だけじゃない。青チームが皆で力を合わせた作戦だ」

 

清麿は渚の肩に手を置きながら言い放つ。青チーム全員が一丸となって得られた勝利、殺せんせーを助ける方法を見つける為に。決して清麿1人で策を積み上げた訳では無い。

 

「渚、3人同時の暗殺は凄かったな」

 

「清麿……」

 

渚の暗殺術。それ1つで清麿は旗を守る必要が無くなった。この事実はとても大きい。彼は渚の持つ刃に感心していた。

 

 それから4人が少し話していると、ガッシュが茅野・岡野・倉橋に呼ばれる。そして彼等がサバゲーでのナイフ術の話で盛り上がる一方で、何者かが清麿の肩を叩いた。

 

「高嶺……アンタの射撃があんなに強いなんて、聞いて無いんだけど」

 

「ねー。話を聞いた時、ビックリしたよ」

 

清麿が後ろを振り向くと、速水と矢田がいた。彼女達は清麿が、速水と互角の銃撃戦を繰り広げた事に驚いている。清麿の器用さと空間計算能力のなせる業だ。

 

「あのまま続けてたら私が負けていたかもしれない。だからカルマにいったん退却するように言われたのよね」

 

「まさか……あの調子だと先に狙撃されていたのは俺の方じゃないのか?」

 

「どうかしらね」

 

2人はお互いの実力を認め合う。速水にとって清麿は、千葉以外での射撃における新たなライバルとなった様だ。

 

「矢田、アンタにやられた事も忘れないから」

 

「えへへ、私もその後すぐ退場しちゃったけどね」

 

「そうか、矢田が速水を仕留めたんだな」

 

矢田が速水を倒した事を知ると清麿が感心する。争いが苦手な彼女が殺せんせーの為に放った凶弾。それはE組髄一のスナイパーを殺すに至った。矢田だけではない。このサバゲーでは、多くの生徒の思わぬ実力が発揮された。

 

(E組……改めて考えると、とんでもない逸材が揃っているんだな。矢田が速水を倒したのもそうだが、イトナのドローンに神崎のサバゲーの才能。全くもって油断ならん)

 

清麿は冷や汗をかく。この1年間で誰がどんな刃を磨いているのか分かった物でない。そんな彼の様子に矢田が気付く。

 

「どうしたの、高嶺君?」

 

「いやな、矢田。やっぱこのクラスは凄いんだなって。俺もガッシュもE組に来る事が出来て良かったって、心底思えるよ」

 

E組は日々研鑽を重ねて来た。そして彼等は自らの才能を大いに伸ばした。その事はガッシュペアとて例外では無い。E組の存在は2人にとっても影響が大きく、実力の向上に繋がっている。

 

「私も高嶺君とガッシュ君に会えて良かったって思ってるよ。魔物の話を聞いて、何だか自分の知らない世界が一気に広がった感じがしたから。何より2人と話して楽しいし」

 

「そう思ってくれるのは嬉しい」

 

矢田の言葉に清麿は喜ぶ。自分達は良い仲間に出会えた。彼はそう感じる事が出来た。隣にいる速水も口角を上げる。

 

 

 

 

 他の生徒達も今回の戦いについてそれぞれ語り合う。そんな様子を少し離れた場所で見ていた殺せんせーは、これまで通りのニヤけた口調で隣の烏間先生とビッチ先生に話し始めた。

 

「時には闘争こそが、皆の仲を最も深めるチャンスなのです」

 

「なるほど……今回の事もお前にとって教育のうちだったと言う事か」

 

生徒達は大きな選択を迫られた結果、本気で戦いに挑んだ。その結果として彼等はお互いの新たな一面まで理解し合う事が出来た。E組の団結力はさらに高まったと言える。そんな彼等ならどんなに難しい問題でも立ち向かっていけるだろう。そして生徒一同は先生達の方を向く。

 

「皆はコイツを助ける道を選ぶんだな」

 

烏間先生の言葉に皆が頷く。その後、先生は少し考える素振りを見せた後に口を開く。

 

「助ける方法を探す期限は今月一杯とする。君達が暗殺をしなくても、こいつを殺そうとする勢力は多いからな。俺も……この暗殺は君達に成功させて欲しいと考えている。生かすも殺すも、全力でやると約束してくれ」

 

「「「「「はい‼」」」」」

 

烏間先生の約束を聞いた生徒達は大声で返事をする。生徒達が葛藤した上で決めた選択肢。烏間先生も全力で取り組むならそれで良いと言う。ここからは彼等にとって新たな一歩となるだろう。暗殺対象を助ける為の生活。生徒達は決意を新たにする。

 




 読んでいただき、ありがとうございます。サバゲーにおいて渚とカルマの決着無しにE組全員が納得する事は有り得ないと判断し、ガッシュペアが勝利寸前でそれを逃す描写にしました。


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LEVEL.78 自由研究の時間

 暗殺教室は読んでいてビックリさせられる事が多かったですが、原作のこの回も特に衝撃を受けた話の1つです。


 サバゲーの次の日、ガッシュペアが山道を登っていると2人の前にはイトナが見えた。彼等は早速挨拶を交わす。

 

「お前等か、おはよう。昨日はよくもやってくれたな」

 

イトナが早々にサバゲーの話題を出す。彼は清麿の策にハマり、ガッシュの銃撃で退場した事が悔しい様子だ。

 

「それはお互い様だろう。あのドローンには度肝を抜かれたぞ」

 

「ウヌ、私もビックリしたのだ」

 

超高動機ドローンは青チームを大いに苦しめた。これまでは偵察の為に使われた物が突如牙をむいたのだから。結果的に青チームは勝つ事が出来たにしても、決して楽な戦いでは無かった。クラスメイト達の刃はガッシュペアも手を焼いた。

 

「まあいい、今日からはあのタコを助ける為に全力を尽くす。俺のドローンも何かの役に立てば良いが」

 

「殺せんせーの地球爆発の阻止か……容易では無いだろうが、皆で探って行こう」

 

「殺せんせーには死んでほしくないのだ!」

 

彼等は気合を入れ直す。イトナのドローンに対する熱意は本物だ。ガッシュペアもそれは分かっている。果たして良い方法は見つかるだろうか。

 

 

 

 

 その日の授業終わりの放課後、教室にて殺せんせー救出計画の話し合いが行われる。E組全員で答えを出す事が大前提の為、清麿は【答えを出す者】(アンサートーカー)で方法を見つける事はしないつもりだ。そして竹林が昨夜考えて来た意見があるとの事で、彼が教壇に立つ。

 

「各国首脳が先生を殺す事しか考えないとは思えないんだ。殺す以外の方法で爆発を防げるなら、それも立派な選択肢だからね」

 

彼は殺せんせーを助ける研究を誰かしらが行っていると決め打っている。だからその研究を皆で探ってこそ解決の糸口が見つかるのだと言い放つ。しかし烏間先生がそれを否定した。

 

「このタコを作った研究組織は月の爆発後、その責任を問われて研究のデータと主導権を先進各国に譲り渡した。今は地球を救う為に研究が行われているが、当然この情報は最高機密で、君達にそれが伝わる事は無いだろう」

 

政府にとってE組は末端の暗殺者に過ぎない。そんな彼等に機密情報を外部に広まるリスクを冒してまで伝えるとは思えない。だからE組がその情報を手にする事は叶わない。それが烏間先生の考えだ。それを聞いた生徒達の顔が曇る。しかし、

 

「プロジェクトのデータベースに侵入しました」

 

「「「「「は⁉」」」」」

 

律があっさり全世界での触手に関する研究項目とそのスケジュールの情報を入手してしまった。彼女もこの1年で機能拡張(べんきょう)しており、最高機密のセキュリティに侵入できるまでに至ったのだ。烏間先生含めたE組一同は愕然とする。

 

「何だかよく分からぬが、律が凄いのだ……」

 

「律、流石だよ。こんな事まで出来るようになっていたなんて、やはり君は最高だ」

 

「ありがとうございます!」

 

ガッシュは戸惑うが、竹林は律を褒め称える。律は生徒達と多くの会話を交わしてきたが、特に竹林は彼女を気にかける事が多い。また彼が律にメイドモードなる機能を要望していたのはここだけの話だ。

 

「とんでもない成長を遂げたな。律も刃を磨き続けていたって事か……」

 

「そうですね、高嶺さん。ですが研究の具体的内容までは知る事は出来ませんでした」

 

清麿は素直に感心するが、情報の詳細までは分からなかった。律曰く“最重要の情報のやり取りの痕跡がネット上では見つからなかった”との事だ。それを聞いた清麿は1つの答えを予想する。

 

(なるほど、確信情報のやり取りは)

 

「手渡しで行われる訳ですねぇ。情報をメモリに保存して人の手での厳重管理ですか」

 

清麿の思考を殺せんせーが遮る。彼等は同じ結論に至った。原始的な方法だが最も情報を盗まれにくい。実際に律に侵入されても情報が露呈する展開にはならなかったのだから。ネット外でのやり取りは律も手出しが出来ない。そんな時、

 

「見つけた‼タイトルから察して先生を助ける研究を探したけど、これしかない‼」

 

不破が律の画面上に並べられた研究項目から、殺せんせー救う研究を探し出した。しかし問題はここから。その研究は国際宇宙ステーションで行われている。よってそのデータを入手するのは非常に困難だ。いきなり絶体絶命と思われたが彼等に諦める選択肢は無い。全力で助ける方法を探すと決めた以上、引き下がる訳にはいかないのだ。

 

「烏間先生とイリーナ先生、席を外してもらっていいですかね?」

 

頭を惑星の形に変化させた殺せんせーが、先生達に教室外に出る様お願いする。何か2人に聞かれると都合の悪い事があるのだろうか。清麿の頭に嫌な予感がよぎるが、それは的中する。殺せんせーがとんでもない事を言い出した。

 

「季節外れの自由研究‼宇宙ステーションをハイジャックして実験データを盗んでみよう‼」

 

クラス一同は愕然とする。ハイジャックは立派な犯罪だ。いくら殺せんせーを助ける為とは言え、それはいかがなものか。これはマズイと感じた清麿は、冷や汗をかきながら反論する。

 

「待て皆、早まるな‼殺せんせーを助ける研究が行われている事まで答えを出せたんだ‼ならばその結果を【答えを出す者】(アンサートーカー)で」

 

「清麿、ストップね」

 

しかし彼の意見はカルマに遮られる。

 

「ここまで答えを出せたからこそ、自分達皆で結果まで辿り着きたい訳じゃん。だからその力は結果を知る為じゃなくてさぁ、少しでも周りに迷惑をかけずに実行する方法を見つける為に使ってよ」

 

カルマはあくまでE組全員が一丸となって答えを出す事にこだわる。それは他の生徒達も同じだ。それを察した清麿は頭を抱える。今自分が研究の結果の答えを出した所で、E組一同は納得しないだろう。すると岡島が口を開く。

 

「今更固い事を言うのは無しだぜ、高嶺。俺等も誰かに危害を加えない様に最大限気を付けるからさ」

 

「岡島、お前……」

 

かつて深く考えずにフリーランニングを裏山の外でやる事を言い出してしまった彼だが、今度は同じ失敗を繰り返さないつもりだ。しっかりと周りに気を遣う事も忘れない。それを聞いた清麿はため息をつく。そんな彼の肩に殺せんせーは触手を置く。

 

「そうですね、皆が後悔をする展開は避けたい。だから高嶺君。君は律さんと共に、他の人に迷惑にならないような方法を探して下さい。先生も手伝います」

 

「清麿……」

 

殺せんせーの依頼を聞いた清麿は考える素振りを見せる。そんな彼にガッシュが心配の眼差しを向ける。皆の強い意志を感じ取った清麿は他に方法が無い事を悟る。そして彼は決断を下す。

 

「……分かったよ。それでしか皆が納得出来ないんだからな」

 

「高嶺さん、頑張りましょう!」

 

清麿が了承すると共に律がやる気を見せる。こうしてE組での前代未聞の自由研究が始まった。不安な事も多々あるが、E組一同が力を合わせて目標の為に努力しており、皆生き生きとしていた。

 

 

 

 

 E組で話し合った結果、1つの方法が提案された。ハイジャックを成功させる為には宇宙センターのセキュリティ無効化は必須。そこでハイジャック担当の生徒以外に、交渉術に長ける矢田と倉橋がセンターに乗り込んで警備員や他の職員達を惹き付ける。その間に足の速い木村が超体操着に保護色を施して管制室に忍び込み、USBで律作成の遠隔操作ウイルスをセンターのパソコンに仕込む案だ。

 

 上手くいけば宇宙船に忍び込むのは容易になるが、万が一バレるリスクもある。清麿は自分の席で悩み続ける。

 

「……どうにか無線でウイルスを流せられれば良いんだが」

 

遠距離からウイルスを侵入させる事が可能であれば、よりリスクは軽減される。しかし宇宙センターの警備は厳重で、今の律のスペックを以てしても遠くからの潜入は不可能。それが【答えを出す者】(アンサートーカー)で出た答えだ。

 

「私もまだまだですね」

 

「何を言う、律のせいでは無いのだ」

 

「その通りだ。国家機密を取り扱うセキュリティ、簡単にはいかないのは皆分かっている」

 

自分の力不足を嘆く律をガッシュペアが慰める。律がいなければ殺せんせーを助ける研究の存在が分からなかった。彼女の功績はあまりにも大きい。そして頭を抱える清麿に1人の生徒が話しかける。

 

「高嶺君、大丈夫?」

 

「……神崎か。もっとリスクの少ない方法を考えているんだが思い浮かばなくてな」

 

「そうだったんだ。あんまり思い詰めないでね」

 

難しい顔をする清麿を見かねた神崎が声をかける。彼女は1学期末テストで結果が振るわなかった時に清麿に励まされた。だからこそ今度は自分が清麿を元気づけようと思ってくれたのだ。

 

「心配をかけて悪いな」

 

「気にしないで。私も高嶺君とガッシュ君には助けてもらってばかりだから」

 

期末テスト以外にも修学旅行の不良達や鷹岡の魔の手、サバゲーの時でのカルマからの攻撃。ガッシュペアはこれらから神崎を庇った。また彼女にとってガッシュペアの諦めない姿勢は、厳しい家庭に置かれた自分の励みにもなっている。神崎はガッシュの両肩に自分の手の平を置く。

 

「皆なら大丈夫だよ。きっとうまくやれる」

 

「有希子の言う通りだの!」

 

彼女は言い放つ。E組がここまで積み重ねた経験があればここでつまずく事は無いと。ガッシュも同意する。そして彼女の強い意志を感じた清麿は腹をくくった。

 

「そうだな、もっと皆を信じないと」

 

 

 

 

 そして作戦は決行される。ハイジャックはサバゲーの発端である渚とカルマに託された。他の生徒達が学校で祈る中、矢田・倉橋・木村も無事に自分の任務をやり遂げ、渚とカルマは誰にもバレずに宇宙船に乗り込む事が出来た。

 

 2人が宇宙に旅立って数日後。渚とカルマを乗せた宇宙の試験機は、無事にE組の校舎に着陸する。また宇宙船は律が操作をしており、この経験はさらに彼女の知性を成長させた。

 

「渚、カルマ、律。本当にお疲れ様なのだ‼」

 

ガッシュが帰ってきた彼等に労いの言葉をかけると、2人は右手でgoodの合図を出してくれた。しかし、この事を知った烏間先生は当然頭を抱える。そこでこの宇宙船で人間を乗せて飛べたデータ、律が見つけたより効率的な宇宙への航路、殺せんせーが作った宇宙船のパラシュート構造のレポートを差し出す事でチャラにしてもらった。

 

 2人が持ち帰ったデータは教室で律の画面に表示される。しかし専門用語が多すぎて生徒達の大半が内容を理解出来ない。清麿がそれを分かりやすく要約しようと画面をのぞき込もうとしたその時、奥田が画面の前まで近付く。

 

「えっと、高嶺君……私に任せてもらって良いですか?」

 

「……ああ、勿論構わんぞ」

 

奥田の積極性に清麿は目を丸くしながらも、その役割を彼女に託す。

 

「頼んだぞ、奥田!」

 

「愛美、ガンバレなのだ!」

 

そんな様子を見た杉野とガッシュが奥田に言葉をかける。2人共彼女の言動に感心している。理科が得意な奥田にとってこの役割は最適だ。

 

「えーとですね……」

 

彼女が解説を続ける。その中で触手生物が爆発を起こすリスクは、その体が大きい程少ない事が分かった。さらにデータに表示された化学式の薬品を投与する事で、その爆発の可能性を1%以下に抑える事が出来ると言う。だが問題はその薬品を作れるかどうか。

 

「これ……前に私が作った薬とほとんど同じですね」

 

データにある薬品は、かつて奥田が殺せんせーと共に先生の毒殺の為に制作した物とほぼ中身が同一の様だ。

 

「あの時の薬?奥田さんやるじゃん」

 

「カルマ君、ありがとうございます。まさか毒殺の経験が活きるとは……」

 

カルマが奥田を労う。殺せんせーが地球を爆発させる確率は1%にも満たない結論に、E組全員で辿り着けた。それ以前に雪村先生が命がけで殺せんせーを止め、その先生が命をかけてE組に授業してくれたからこそ、ここまで来れたのだ。

 

「「「「「これで先生を殺せなくても、地球が爆発せずに済む‼」」」」」

 

E組一同、喜びを露わにする。全員で力を合わせて答えを出す事が出来た。ここまでの道のりは決して楽な物では無い。多くの辛い事を皆で乗り越えて、ようやく見つけられた結論だ。しかし国が暗殺の要請をやめる事は無い。爆発の確率は0%では無いのだから。また暗殺があったからこそE組はここまで成長できた事実は変わらない。よってE組一同、3月までは全力で暗殺に取り組む事にした、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

表向きは。

 

 

 

 

 その日の放課後、生徒達は裏山に集まる。殺せんせーは南国で寒さを避けており、ここにはいない。話す話題は当然殺せんせーについて。まずは寺坂が清麿に問い詰める。

 

「おい高嶺……テメェはあのチート能力で、タコが地球を爆発させねー本当の確率を見たんじゃねーのか?」

 

今回得られた研究の情報では、殺せんせーが爆破する確率は1%以下だった。しかし人間が普通に研究する以上、0%と100%は有り得ない。絶対こうだと断言する事はリスクも大きい。しかし【答えを出す者】(アンサートーカー)なら確実な答えを得る事が出来る。研究の結果である“1%以下”と言うあいまいな数値では無く、本当の結果を知る事が可能だ。

 

「そうだな、おれが得た答えでは殺せんせーが地球を爆発させる確率は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

0%だ」

 

清麿は断言する。殺せんせーが地球を爆発させる事は絶対に有り得ないと。それを聞いた生徒一同は嬉しそうな顔をする。1と0は違う。これで本当の意味で殺せんせー救出が可能になると。

 

「でも、その答えは僕達しか知らないんだよね。言っても多分信じないだろうし。だから国が暗殺を取りやめる事は無い。それでE組も表向きは全力で暗殺を続ける事にした」

 

渚が口を開く。【答えを出す者】(アンサートーカー)の事を知らない大人たちは中学生の意見に耳を傾けたりなどはしないだろう。だから殺せんせー暗殺の依頼は続く。しかし彼等は知っている。殺せんせーが地球を爆発させる事は無いのだと。彼の言葉を皮切りに場の雰囲気が重くなる。

 

「国の目をかいくぐっての殺せんせー救出。ある意味殺す以上に難しいかもな」

 

「それに私達が殺せんせーを助ける為に不審な動きを見せれば、烏間先生達に余計な迷惑をかけるかもしれない。ただでさえハイジャックの件は危なかったんだから」

 

磯貝と片岡が苦虫を嚙み潰したような顔をする。今回の自由研究によって、下手をすれば烏間先生の首が飛ぶ可能性すらあったのだ。

 

「そうだな。殺せんせー救出は場合によっては、俺達全員が国家反逆罪に問われる事だって考えられる。そうなれば俺達の行いは烏間先生への裏切りにもなるだろう。政府にとっては危険な怪物をE組が逃がそうとしているような物だからな。国の方針に逆らうってのは、それだけのリスクがある」

 

清麿の目がさらに真剣になる。国家反逆罪。もしも自分達が罪に問われれば本人以外にも、多くの人々に被害を与える事は間違いない。烏間先生の顔に泥を塗る事にも繋がる。それを察した生徒全員の顔がこわばる。

 

「だから殺せんせーの処遇に関しては国に任せるってのが一番無難だ。俺達の手で暗殺を成功させるのが大前提だがな。もしも殺せんせーを助ける道を選ぶのなら、ここからは俺も【答えを出す者】(アンサートーカー)をより積極的に使うつもりだ。少しでもリスクの小さい方法を探し出す。皆、どうする?」

 

清麿が確認する。殺せんせーを助けるにしても殺すにしても、E組全員が力を合わせなければ成し得ない。しかし助ける道を選ぶには、あまりにもリスクが大きい。【答えを出す者】(アンサートーカー)を使ってもどこまで安全に行けるのか。一同が考える素振りを見せる中、ガッシュが前に出た。

 

「それでも私は……殺せんせーを助けたいのだ‼殺す以外に道があるのなら、私はその方法を取りたいぞ‼」

 

ガッシュは言い放つ。彼が意見を変える事は無い。それを聞いた他の生徒達も頷く。彼等は腹をくくった様子だ。そして茅野がガッシュの頭に手を置く。

 

「ここまで皆で頑張ってきたもんね。やっぱり後には引きたくない。私も殺せんせーを助ける道を選ぶよ!」

 

茅野の言葉を皮切りに他の生徒達も思いを述べていく。生徒達の答えは決まった。殺せんせーを助ける道を選ぶと。しかし烏間先生達には悟られないように表向きでは全力で暗殺に挑む。そして受験勉強と並行しての殺せんせー救出作戦。E組にとって一番大変な時期になるだろう。

 

「なぁ、皆。提案があるんだが……」

 

生徒達がやる気を見せる中、清麿が照れ臭そうな表情をする。

 

「どうしたの清麿?まさか怖気づいたとか?」

 

「違う!」

 

カルマが冗談交じりに煽るが、清麿はすぐに否定する。そして彼は口を開く。

 

「俺達は大変な事をしようとしている……気合を入れる為にも、全員で円陣を組むのはどうだろうか?」

 

彼は顔を赤くしながらそう言う。自分達は今、難題を目の前にしている。表向きは全力で殺せんせー暗殺をしながら受験勉強に励みつつ、裏では誰にも迷惑をかけない様な殺せんせー救出作戦。乗り越えるのは並大抵な事では無い。だから彼は改めてクラスを一致団結させたくて円陣を提案した。それを聞いた生徒達は各々顔を合わせる。そして、

 

「それさんせ~、皆で力を合わせるって感じで良いと思う!」

 

「高嶺君良い事言うじゃん!何か楽しそうだよね!」

 

倉橋と矢田を初め、生徒達が賛同してくれた。彼等の様子を見ながら清麿は嬉しく思う。この仲間達とならどのような壁でも乗り越えられると思える。そしてE組だけでは無い。これまで全ての出会いが清麿を成長させてくれた。

 

「清麿‼早速円陣とやらをやってみようぞ‼」

 

「ああ、そうだな!」

 

ガッシュに腕を引っ張られた清麿は他の生徒達と共に円陣を組む。そして言い出しっぺの彼は第一声を担当する。

 

……絶対成功させるぞ‼

 

「「「「「オオーーー‼」」」」」」

 

生徒達の声は木霊する。彼等は覚悟を決めた。E組は最も大変な道に進む決断を下す。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。ここからはE組の動きが原作とは変わっていきます(そんなに変わらない回もありますが)。


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LEVEL.79 準備の時間

 今回は殺せんせー救出計画の第一歩となります。


 殺せんせーを助ける方針で決めたE組一同はそれぞれの家を目指す。救出作戦の第一歩は清麿の【答えを出す者】(アンサートーカー)と律による政府の動向探り。周りに感付かれない様、今は安易に大人数で動くべきでは無い。山道では殺せんせー救出についての話題で持ち切りだ。

 

 しかし山を降りた辺りからは受験の話が出始めた。冬休みから1月にかけては色々あり、生徒一同は一見それどころでは無かった。ところがこんな時期なのに、彼等は不自然に受験の事が頭に浮かぶ時があったという。

 

「……殺せんせーのマッハ囁きによるサブリミナル効果のせいだな」

 

清麿は【答えを出す者】(アンサートーカー)でその原因を探る。殺せんせーは生徒達の受験の準備がおざなりになる可能性を危惧した。そこで彼等に分からない様、背後に迫り彼等に受験の事を吹き込んでいた。しかも先生の場合はそれを本人の台詞の様に語れる。

 

「清麿の背後にも殺せんせーがいた時があったという事かの?」

 

「そういう事になるな。言われてみれば心当たりがある(水野達と受験の話をした時、思った以上に話題が弾んだのはそのせいか?)」

 

「全然気付かなかったのだ」

 

清麿は冬休みに自宅で水野達と受験勉強をした時、いつも以上に勉強が捗る事や受験の話が盛り上がる事があった様な気がしていた。それは殺せんせーのおかげだったのだろう。しかし勝手に後ろに立つ殺せんせーの存在をガッシュペアはおろか、把握出来た者は誰もいなかった。生徒達が殺せんせーのお節介に呆れていると、カルマが清麿の肩に手を置く。

 

「清麿。行きたい高校が決まってないならさぁ、俺と一緒に椚ヶ丘に残るってのはどう?」

 

「ふむ……それは盲点だったな。しかしカルマ、お前ならもっと上の高校を目指しても良いんじゃないのか?」

 

カルマは外部受験で椚ヶ丘を受け直すつもりだ。さらに清麿への勧誘。しかし彼なら最高峰の高校に行く事も出来るのではないか。だがカルマ曰く、“本校舎の生徒達が元E組に上に立たれる時の屈辱的な顔を3年も見れるのは最高”との事だ。

 

「カルマ、そういう所は変わらないね」

 

渚が苦笑いする。彼のひねくれ具合は健在だ。しかしカルマが椚ヶ丘を目指す理由はそれだけでは無い。

 

「平均的な学力なら上の高校もあるけどさ、タイマンの学力で勝負して面白そうなのって……多分椚ヶ丘にしかいないと思うんだ」

 

カルマは浅野の顔を思い浮かべる。これまで何度もE組の前に立ちはだかった強敵。2学期末ではカルマと清麿に破れこそしたが、それまでは常に椚ヶ丘のトップに、E組の乗り越えるべき壁としてあり続けた生徒。カルマは彼を好敵手として認めている。

 

「それに清麿にも勝ててないしさ……目指す職業なら普通になれる自信があるから、今は単純にバトルを楽しむのもありでしょ。浅野君や清麿が相手なら申し分ない」

 

「なるほど、そういう考えか……検討しよう。確か最終決定は今週末だったか」

 

純粋な学力勝負。清麿・カルマ・浅野の対決であれば、他を寄せ付けないだろう。清麿も内心、最後の期末テストは心が躍っていた。それをあと3年間続けられるなら悪い気はしない。彼は外部受験について真剣に考える事にした。すると隣の渚が悲し気な顔を見せる。

 

「卒業したら、それぞれ別の道に向かってくんだよね」

 

別れ。卒業後はE組全員が揃う機会はそれ程多くないだろう。皆が将来の夢に向けて歩き続ける。その事を渚は切なく感じている。すると彼の話を聞いたガッシュが下をうつむく。

 

「ウヌ……私も魔界に帰らなくてはならないからの」

 

椚ヶ丘の卒業後は魔界の王を決める最後の戦いが始まる。ガッシュペアVSブラゴペア。どちらが勝っても魔物は人間界からいなくなる。そうなれば再会出来るのはいつになるか分からない。

 

「ガッシュ君、寂しくなるね」

 

「そうだの」

 

茅野がガッシュの頭に手を置く。2人共少しだけ泣きそうな顔をしていた。清麿も考えるような素振りを見せる。理解していた事とはいえ、実際に別れがすぐそこまで来ていると考えると心苦しい物である。

 

 

 

 

 帰宅後、清麿は部屋のパソコンを起動させる。するとPC画面に律が出現した。

 

「高嶺さん、良いのですか?私に個人情報を覗かれたくないからパソコンには入らない様おっしゃっていたのに」

 

彼女はPC画面上で首を傾げる。パソコンは個人情報の塊だ。律のスペックがあれば、それらの情報はすぐに暴かれてしまう。しかし清麿は躊躇しない。どうしても律に探って欲しい情報があるからだ。

 

「殺せんせーを助ける為にはそうも言ってられんからな。先生が地球を爆破させる確率が0%である事を知ってるのはE組の生徒だけだ。【答えを出す者】(アンサートーカー)で国の動向を探った結果、大掛かりな暗殺計画があと少しの所まで進められているのが分かった。律、それについて調べられるか?」

 

国の方針はあくまで殺せんせー暗殺の道。ならば政府が何も策を考えない訳が無い。清麿は大規模な計画が暗殺期限までに実行される答えを得たが、具体的な内容までは把握出来なかった。そこで彼は律に調査を依頼する。

 

「やれる限りやってみます。任せて下さい!」

 

律が電脳世界を飛び回る。清麿も【答えを出す者】(アンサートーカー)を発動させながらキーボード操作を行い、律を援護する。調べるのは国の最高機関の情報。容易な訳が無い。清麿は眉をひそめる。

 

「律、大丈夫そうかの?」

 

ガッシュは心配する。彼は電脳世界でのやり取りを理解していないが、清麿と律が必死に戦っている事だけは分かる。大事な仲間が頑張る中、彼も真剣な顔でPC画面を見つめる。律のスペックと【答えを出す者】(アンサートーカー)。国のセキュリティ相手にどこまで太刀打ち出来るか。

 

 

 

 

 清麿と律がPC内で奮闘する間、ガッシュがふと窓を見つめるとすでに陽が沈んでいた。彼等は帰宅後、数時間にわたり国から情報を得ようと奮闘していた。勿論証拠を残さない方法で。ハッキングを咎められれば面倒だ。少しした後、画面に律が表示される。

 

「2人共、ひとまず得られた全ての情報を開示します」

 

律が説明する。国が行う暗殺計画“天の矛・地の盾”。天の矛は宇宙空間から触手生物のみを溶かす広範囲の光線を放つ。しかしそれだけでは殺せんせーに感付かれて逃げられる可能性もある。そこで地の盾により触手生物を溶かす光のドームで殺せんせーを包囲する手はずだ。

 

「何と……このままでは……」

 

「こんなものが発動されれば、殺せんせーでもお手上げだろうな」

 

ガッシュペアはうつむく。まさかこれ程の規模の暗殺計画を政府が企んでいたとは。しかも日本のみならず、他の国との合同でのプロジェクトだ。この計画から考えるに、世界には殺せんせーを助ける選択肢は無い。

 

「すみません。3月のいつに行われるのか、機材の詳しい配置場所などまでは分からなかったです」

 

律が申し訳なさそうな顔をする。彼女のスペックをもってしても、国のセキュリティを完全に突破する事は出来なかった。

 

「とんでもない。律、よくここまで調べてくれた」

 

「ウヌ、これが分かっただけでも十分なのだ!」

 

ガッシュペアは律を労う。これ程の情報を仕入れる事が出来たのは律が日々刃を磨き続け、自らを高めていたお陰だ。生半可な努力では成し得ない。2人はその事が分かっている。

 

「ありがとうございます。もっと情報を探れるよう、私も頑張ります!」

 

律は微笑む。彼女はE組に来て、感情を持ち合わせるようになった。だから毎日E組の為に成長を遂げ続けてきたのだ。2人が律に感心していると、1階から彼等を呼ぶ声が聞こえて来た。

 

「清麿、ガッシュちゃん!ご飯出来たわよ!」

 

華が夕食を作り終えた。それを聞いた2人は空腹を感じる。パソコンに向き合っていた間は気付かなかったが、時間は夕食時だ。

 

「行ってきて下さい。情報は私がまとめておきます」

 

「律、サンキューな」

 

「ありがとうなのだ」

 

律が情報の管理を引き受けてくれた。これで万が一にも情報が漏れる心配は無い。2人が律にお礼を述べると、そのままリビングに向かった。

 

 

 

 

 翌日の放課後、E組の生徒達はモチノキ町のホテルの会議室にて集まる。そこは清麿がアポロを通じて貸し切ってもらった部屋であり、何度か彼やナゾナゾ博士と顔を合わせた場所だ。今度は生徒達と共に、誰にも見つからない様に殺せんせー救出について話し合う。

 

「……これが今、各国が協力して行おうとしている暗殺計画だ。これを何とか防げば殺せんせーを助ける事が出来る」

 

清麿がプロジェクターの前で、律に映像を流してもらいながら解説を行う。それを聞いた生徒一同に緊張感が走る。このままでは殺せんせーは死ぬ。それを防ぐには早い段階から動き出さなくてはならない。しかし相手の出方が分かればE組も先手を取りやすい。政府も現状E組の作戦に気付いた様子は無い。

 

「凄い!これ、全部律と高嶺君が調べたの?」

 

「はい、全ての情報を完璧にという訳にはいきませんでしたが」

 

「そっか」

 

不破の問いに律が答える。それを聞いた彼女は誇らしげな顔をする。律の名付け親は不破だ。だから律が次々と成長する様は彼女にとっても嬉しい。何より殺せんせー救出への道のりを示してくれた。そして不破は話を続ける。

 

「感情を理解した高スペックなAIの存在。ドラ○もんの登場も遠くないかな!そして高嶺君の手で魔界と人間界の接続が叶えば、魔物と○○型ロボットとの共演まで見れるも!」

 

「優月、楽しそうだの!」

 

不破の妄想の連鎖。彼女は名付け親として律の成長を見て浮かれているのだろう。ガッシュはその妄想に興味を示すが、思考が飛躍する彼女に対して多くの生徒が呆れ混じりの視線を向ける。

 

「不破さん、何の話?」

 

「おい、そろそろ戻ってこい」

 

渚と清麿がツッコミを入れる。これ以上話が逸れる訳にはいかない。

 

 クラス内で話し合い、各々が意見を述べる。生徒全員が殺せんせーを助けたい一心だ。自分達の恩師が、全く手の届かない場所で殺される展開は避けたい。

 

「そもそも、こんな大規模な計画を一般人にも知られずに実行するって不可能じゃないのか?」

 

千葉が口を開く。現状殺せんせーは国家機密だ。だから各国は無数の暗殺者を雇って秘密裏に先生を殺そうとしてきた。しかし、ここに来ての大規模なプロジェクト。殺せんせー暗殺の為の最終兵器であるが、当然世論に隠すのは難しい。今度は三村が考えるような素振りを見せる。

 

「こんな事が表に知られれば、当然メディアは黙っていない。一瞬で大ニュースだ。政府が殺せんせーの存在を露呈させようとしている?」

 

彼は1つの結論に辿り着いた。この暗殺計画が実行されるなら、周りの目を誤魔化すのはほぼ不可能と考えて良い。それ程に多くの人員の協力が必要になるのだから。秘密裏の暗殺では殺せないが故の判断。しかし殺せんせーの事が表沙汰になるのは政府も都合が悪いのでは無いか。すると不破が政府の狙いに気付く。

 

「分かった!政府は地球を爆発させる超生物として殺せんせーの話題を全世界に取り上げて、合法的に先生を殺そうとしてるんだ。政府がメディアに圧力をかければ、先生を悪役に仕立て上げる事は容易だからね!」

 

彼女は先程の妄想が嘘のようなシリアスな雰囲気を漂わせる。秘密裏に先生を殺すのは無理だと判断した政府は、今度は殺せんせーを悪役として表舞台に立たせた上で殺す選択肢を取った。そこには各国の保身や思惑も混ざっているのだろう。

 

「優月、名探偵みたいなのだ!」

 

「律や高嶺君、それに他の皆が意見を出してくれたお陰だよ。何よりもこんな無理矢理な方法で、先生を死なせたくないからね」

 

ガッシュが不破に感心の目を向ける。彼女はここでも推理力を発揮した。それも殺せんせーを助ける為だ。

 

「そんな!殺せんせーばっかり悪者にするなんてひどいよ!」

 

倉橋を始め、多くの生徒が悔し気な顔をする。今まで自分達を育ててくれた恩師が悪として葬られようとしているのだから無理もない。

 

「大丈夫なのだ、陽菜乃。そんな事はさせないからの!」

 

「ガッシュちゃん……」

 

清麿の隣に立つガッシュが倉橋をなだめる。その様な展開にしない為にも話し合いが行われている。そして清麿が話をまとめた。

 

「その通りだ。このまま先生を見殺しにする選択肢は無い。しかし政府のやり口が分かった今、多少なりとも手は打てるはずだ。今は情報が足りていないから何とも言えないが、皆で良い方法を考えて行こう!」

 

彼の一声で今日の話し合いは終わる。世界規模で行われている殺せんせー暗殺計画の情報共有。これこそが今回の議題だ。それが分かった上でまずは各々が対策を考える。そして詳しい情報が得られたり有効な方法が思いつき次第、積極的にクラス内で共有していく。E組の方針が決まった。

 

「……勿論受験勉強にも力を入れながら、だ。こっちも結果を出せなくては殺せんせーを裏切る事になるからな」

 

清麿が言葉を付け足すと何人かの生徒が顔を青くする。先生に恩を返す為に、何より自身の将来の為の受験。大事なのは分かるが、先生救出計画との並行は容易では無い。そして今日は解散となった。

 

 

 

 

 帰り道。ガッシュペアは家を目指しながら殺せんせーの救出について話し合う。天の矛と地の盾を誰にも知られずに撤去し、殺せんせーを逃がす事。口にするだけなら難しい事では無いが、実際は政府への反逆行為だ。果たしてE組だけでそれが叶うのだろうか。

 

「清麿、中々大変な問題だの……」

 

「何だガッシュ、随分弱気だな」

 

「ウヌ、それは……」

 

「まあ、殺せんせーを助けるのは容易じゃあないさ」

 

彼等も自分が行おうとしている事が極めて難儀である事を理解している。しかし、

 

「だが、俺達には頼れる仲間が多くいるじゃないか」

 

清麿は口角を上げる。彼等が諦める事は無い。そして帰宅後、清麿は仲間達に助太刀を依頼した。

 




 読んでいただき、ありがとうございました。本小説も終盤に差し掛かってきました。


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LEVEL.80 バレンタインの時間

 お久し振りです。何とか最新話を投稿する事が出来ました。よろしくお願いします。


 清麿は結局、カルマと共に椚ヶ丘の外部試験を受ける事を決めた。結果は2人とも無事合格。E組全体でも受験結果が出始める時期だ。しかし結果が伴わない生徒達も、めげる事なく受験の後半戦に挑む。

 

 

 

 

 今日は2月13日。バレンタインデー前日の放課後。モチノキ町の公園でガッシュペアは1人の女子高生と対面している。彼女は2人に2つの小さな箱を差し出す。

 

「清麿君、ガッシュ君。バレンタインのチョコだよ。コルルのいる魔界を救ってくれたお礼、どこかでちゃんとしたいと思ってたんだ」

 

しおりが彼等に渡したのはチョコレート。彼女は心底コルルの身を案じていた。だからコルルを消滅の危機から助けてくれた2人には本当に感謝している。

 

「ウヌ!良いのか、しおりちゃん?」

 

「わざわざ済まない、本当にありがとう」

 

「本当は当日に渡したかったんだけどね。明日は親の仕事が休みで、学校が終わったら家族で出かける事になっててさ」

 

しおりはコルルと別れた後、家族との関係も修復されている。家族で過ごす時間も大幅に増えている。

 

「それに明日は、清麿君が本命のチョコをもらうかもしれないしさ」

 

「なっ……」

 

「フフ、なんてね」

 

彼女の言葉を聞いた清麿は顔を赤くする。清麿は恋愛絡みの話には弱いままだ。明日のバレンタイン。ガッシュペア含むE組ではどのような展開が繰り広げられるのか。

 

「じゃあね2人共!ガッシュ君、絶対に優しい王様になってね!」

 

「ウヌ!」

 

そう言ってしおりは帰って行った。ガッシュペアは最後の戦いに向けて気合を入れ直す。しかし明日のバレンタイン、E組で一波乱起こる事を彼等は知らない。

 

 

 

 

 翌日。ガッシュペアが登校すると、何故か教室で男子の前原が岡野にチョコを渡そうとしている。奇妙な光景の原因が気になった清麿は、近くにいた岡島に事情を問いただす。

 

「よー、お前等。実はよ……」

 

前原は前日、岡野とカラオケに行った。男女の恋愛ネタを気にする殺せんせーはそんな2人をつけ回す事を見抜いた前原は、自分達を囮にして他の生徒が先生を襲撃する計画を思いつく。しかし本気で彼にチョコを渡そうとしていた岡野はこの事を知り、激怒した。話はそれだけに収まらない。

 

「んで、岡野の機嫌を直した上でまたチョコをもらえねーと、殺せんせーが前原の内申書にチャラ男って書くんだと」

 

「何をやっているんだ、アイツは……」

 

清麿はため息をつく。真っ直ぐな性格をした岡野はこの手の策略が嫌いだ。まして自分の想いを、チョコを渡そうとした張本人に踏みにじられたのだから無理もない。仲直りは容易では無いだろう。

 

「ひなたと前原、ケンカしてしまったのかの……」

 

「100%前原が悪いけどな」

 

ガッシュが暗い顔を見せる。せっかく殺せんせー絡みでクラスが団結していたのに、このまま2人がこじれたまま卒業する展開は避けたい。多くの生徒達が同じ事を考えるが、岡野は一向に前原を許そうとしない。

 

「どうすれば良いんだろうね?」

 

「ひなた、頑固だからなぁ」

 

渚と片岡が会話に加わる。前原の言動は岡野の逆鱗に触れる一方だ。このままでは埒が明かないと渚達は清麿に相談を持ち掛ける。その時、前原もまた彼等の方に向かって来た。

 

「なあ高嶺、頼みがあるんだが」

 

【答えを出す者】(アンサートーカー)で岡野がチョコを渡してくれる為の答えを出してくれ、か?断る」

 

「何故分かった⁉」

 

前原の考えを見抜いた清麿は、その発言を遮る様に却下した。今回の件は前原自身でケジメを付けなければならない為だ。そんな彼の言動を見ていた岡野の怒りは増す。

 

「皆‼コイツの言う事聞いちゃダメだからね‼」

 

「ウヌゥ……」

 

彼女の剣幕に対して誰も言い返せない。それでも前原は必死に岡野に頭を下げに行くが、状況は好転しない。果たして彼はチョコを受け取れるのだろうか。

 

 

 

 

 前原は岡野からチョコをもらう事が出来た。彼女が自分の靴に仕込んでいた対先生ナイフを前原がチョコにすり替え、蹴りを喰らう事でそのチョコを顔面受けしたのだ。これにて一件落着。そして放課後、ガッシュペアは帰り道を歩く。

 

「清麿、2人が仲直り出来て良かったのう」

 

「あれを仲直りと呼べるかは疑問だがな」

 

結局前原は彼女を怒らせていた。しかしその光景こそが2人のピッタリな距離感なのかも知れない。岡野のストレスは溜まり続けるかもだが。今日はバレンタイン。多くの女性がチョコを男性に配る日だ。義理、本命等目的や渡し方も様々である。ちなみに矢田と倉橋はE組男子全員(岡島除く)にチョコを配っており、ガッシュは茅野からもチョコをもらっていた。

 

 

 

 

 ガッシュペアは昨日に続いてモチノキ町の公園に足を運ぶ。そして2人は再びチョコを受け取ろうとしていた。

 

「高嶺君、ガッシュ君。ゴメンね、学校も違うのに呼び出しちゃって」

 

相手は水野だ。彼女は少し顔を赤くしながら青い紙に包まれた箱を取り出す。中身はチョコレートであるが、清麿は彼女に問いただす。

 

「なあ水野、それはお前が作ったのか?」

 

「買った奴だよ。最初は作ろうと思ってたんだけど、マリ子ちゃんに止められて……」

 

「そうか」

 

水野は料理が上手ではない。それを危惧した清麿は失礼を承知で尋ねたが、仲村が制止してくれた様だ。隣のガッシュも胸を撫でおろす。

 

「えっとね……高嶺君、転校した後も私に勉強教え続けてくれたじゃない?そのお陰で、結構成績伸びたんだ。結局高嶺君と同じところには行けなかったけど」

 

清麿が椚ヶ丘に入った後も、彼は水野達の勉強を見続けて来た。その甲斐もあって水野の学力は急上昇し、進学時に椚ヶ丘の高等部も視野に入る程に成長した。しかし結果は及ばず、彼女は別の高校を受ける事となる。

 

「このチョコはそのお礼で……だからそう言うんじゃなくて」

 

水野は清麿に好意があるが、中々言い出せずにいる。思いを伝える事はそれ程大変なのだ。また彼女の場合、内心で恵を意識しているのもある。

 

「水野……サンキューな」

 

「スズメ、ありがとうなのだ!」

 

ガッシュペアがお礼を言うと彼女は嬉しそうな顔を見せる。

 

「それじゃあね!」

 

水野はそう言うとその場を去る。彼女は清麿に思いを伝えようとはしなかった。一方で清麿は悩んでいた。彼も水野の好意には気付いているが、それには答えられないだろう。

 

(水野、礼を言うべきは俺の方なのに)

 

清麿がクラスで孤立していた時期でも水野は変わらず接してくれた。彼はその事に非常に感謝している。

 

(だが……)

 

それが恋愛に繋がるかは別問題。清麿は別の女性に好意を持ち始めている。

 

「清麿、今日は忙しいのだ。次は恵と植物園だったかの」

 

「あ、ああ」

 

ガッシュがその女性の名前を出す。恵も清麿にチョコを渡そうとしている。清麿も察しが付いており、顔を赤くする。そしてガッシュペアは家に帰った後に出掛ける支度をする。彼等をつけている存在がいる事に気付かずに。

 

 

 

 

 植物園。ガッシュペアと恵は合流する。

 

「しかし恵さん、何で植物園なんだ?」

 

「ガッシュ君から聞いたの。清麿君が昔ここに何度も来てたって。だから私、一度は訪れてみたいと思ってたのよね」

 

ここはかつて、清麿が学校で孤立していた時に世話になった場所だ。彼の過去までは知らない恵だったが、植物園には興味を示していた。しかし清麿はどこか落ち着かない様子を見せる。

 

「あ、清麿とガッシュ。また来てたんだ」

 

「げ、つくし……」

 

つくしが彼等に話しかけた瞬間、清麿が嫌そうな顔をする。それを見た彼女は当然不快な気分になる。

 

「その嫌そうな顔は何?……そう、へぇ」

 

つくしはムッとしたような素振りをするが、恵を見た瞬間に表情は一変する。彼女は顔をニヤケさせながら清麿をからかい始めた。

 

「そっかー、清麿がねー。そういや今日バレンタインだもんねー」

 

つくしのいじりは止まらない。彼女は清麿の変化が嬉しい。かつて不登校児だった清麿が女性を連れてくるまでに至った。その喜びは、清麿が初めてガッシュと一緒に植物園に来た時以上だ。清麿は顔を赤くする。彼が植物園に行く事に乗り気じゃなかった理由はこれだ。

 

「やかましい!恵さんも困っているだろう!」

 

「ハハ、それもそうだね。ゴメン」

 

いじりをやめたつくしは恵の方を向く。そして困惑している彼女に対して自己紹介を始めた。

 

「あたしはここの管理人のつくし。清麿とガッシュは常連だから顔なじみなんだよね」

 

「そうだったんですね。よろしくお願いします」

 

「こちらこそよろしくお願いします。そうだ。ガッシュ、ちょっとおいで」

 

「ウヌ?」

 

2人が挨拶を終えると、つくしはガッシュと共に場所を移す。ガッシュがここで育てている植物を見る為ではあるが、清麿と恵を2人にさせる狙いもある。つくしが彼等を見てウインクすると、その意図を察した2人は顔を赤くする。そんな様子が彼等を付けている者達に見られているとも知らずに。

 

 つくしがガッシュを連れて行った後、2人の間にわずかな沈黙が流れる。少しした後、恵は自分のカバンから2つの箱を取り出す。1つは緑色の梱包で、もう1つはピンク色だ。

 

「ハイこれ、バレンタインのチョコね。2つとも清麿君の分だから」

 

「あれ、1つはガッシュのじゃないのか」

 

清麿は疑問に思う。てっきりガッシュペアで1個ずつだと思っていたが、どうやらそうでは無い様だ。恵は清麿にチョコを渡した後、さらに2つの箱を取り出した。

 

「ガッシュ君のはこっち。2個ずつチョコがあるのはティオの分」

 

「ティオの……そっか」

 

ティオの名前が出た瞬間、清麿は何かに納得したような素振りを見せた。

 

「ええ、あの子にお願いされてたのよね。もしも自分が魔界に帰った時、私に自分のチョコも含めて清麿君とガッシュ君に渡す様にって」

 

ティオは自分がチョコを渡せない可能性を危惧していた。魔物の戦いでは何が起こるか分からない。だから彼女は恵に対して、2人に渡すチョコを託していたのだ。

 

「去年の2月は千年前の魔物との戦いで忙しかったからね。今年はちゃんと渡せて良かった。ティオも一緒に居られるのがベストだったんだけどね」

 

恵は少し寂し気な顔を見せる。今年のバレンタインデーをパートナーと過ごせなかった事、共に想い人にチョコを渡せなかった事を残念がる。

 

「そうだな……恵さん、本当にありがとう!魔界のティオには、ガッシュにお礼を伝えてもらう事にするよ」

 

共に戦ってきた仲間からの、そして自分が好意を持つ女性からのバレンタインチョコ。清麿は心底嬉しい。彼は顔を赤くしながら笑みを浮かべる。

 

「清麿君、喜んでもらえて良かった。それじゃあ、色々回ってみよっか」

 

「そうだな……だがその前に……」

 

清麿は一瞬嫌な予感がした。そして彼は【答えを出す者】(アンサートーカー)を発動させる事で、ようやく自分達がつけられている事に気付く。彼は一度頭を抱えた後に、追跡者達がいる方を向いた。

 

「おいお前等、何してる?」

 

清麿が怒気を放つと追跡者達が姿を現す。カルマ・中村・茅野・渚だ。茅野が渚にチョコを渡せずにいる様子を見かねた2人が、クラスメイト達がチョコを渡す場面を観察する事を提案した。そしてガッシュペアを追跡しようと言う話になり、近くにいた渚も連れて今に至る。

 

「お前等、性懲りも無く……」

 

「前にもこんな事があったわね」

 

清麿と恵は呆れた表情をする。そんな2人見た渚は気不味そうな顔をした。

 

「僕までいきなり連れてこられた訳なんだけど……」

 

「ゴメン」

 

巻き込まれる形になった渚に茅野が謝罪する。カルマ達が外に出る時、茅野がいつでも渚にチョコを渡せる様に彼も連れてこられた。

 

「じゃあ、あとは若いもん達でごゆっくり」

 

「またね~」

 

「待たんかい」

 

その場を退散しようとした中村とカルマの肩を清麿が掴む。

 

 

 

 

 茅野は渚にチョコを渡す為に彼と2人きりになれる場所へ移動した。そして清麿と恵はカルマと中村に事情を問いただす。 

 

「……なるほど、面白がってつけていた訳じゃないのは信じよう」

 

2人の行動が茅野を思っての事だ(渚諸共いじり倒す狙いもあるが)。それに納得した清麿はひとまず彼等を許す事にした。

 

「でもここまでつけられてたなんて、全然気付かなかったな」

 

尾行されていた事に関して、恵は彼等を責める所かその隠密スキルに感心する。これも暗殺の訓練の賜物だ。すると彼女は中村に視線を向ける。

 

「えっと、そっちの子は……」

 

「あ、どうも。中村莉桜っす。うちの高嶺とガッシュが世話になってます」

 

「大海恵です。よろしくね、莉桜ちゃん」

 

(マジで下の名前で呼んでくれた!)

 

初対面の恵と中村は自己紹介を終える。

 

 

 

 

 その後、彼等は恵と中村、清麿とカルマに別れてしばらく会話を続けていた。恵と中村は初対面だが、女子同士気が合う様子だ。

 

「そう言えば莉桜ちゃんて、清麿君や渚君をからかう事が多いって聞いたわ」

 

「いや~、そうっすね。渚に関してはアイツをいじるのが心のオアシスなんで。高嶺は最初怖いイメージがあったけど、気付いたらいじってるのがしっくり来てたというか」

 

人をいじる事が多い中村だが、その頻度が高いのは渚と清麿だ。渚はともかく怒ると鬼になる清麿をうまい具合にいじれる中村を恵はすごいと感じた。

 

「でも正直わかんないんすよね。初めはいじるならガッシュの方だって思ってたから」

 

「ガッシュ君をからかうと、カエデちゃんが黙ってないんじゃない?」

 

「あ、それはありますね。多分咎めて来るのは茅野ちゃんだけじゃないだろうし」

 

中村は当初は清麿ではなくガッシュをからかおうと考えていた。しかしガッシュが予想以上に女生徒から人気を集め、反発される可能性があった為にガッシュの事はそれほどからかわなかった。

 

「莉桜ちゃんがそこまでからかうのって、やっぱり清麿君や渚君の人が良いからなのかな?」

 

「どうなんすかねぇ」

 

結局中村は、清麿いじりが楽しい理由が分からなかった。中村と清麿には頭が良い故に悩みを抱える事になった共通点がある。しかし中村は清麿の過去を知らない。それでも彼女は無意識に清麿の事情を感じ取り、からかうに至ったのかもしれない。

 

「まあ。今となっては高嶺、立派ないじられキャラっすよ。渚もだけど」

 

「ふふ、そうみたいね」

 

清麿をからかうのは中村だけでは無い。高いスペックを持ちながらも近寄りがたさを感じさせず、むしろ周りにからかわれるだけの人柄も清麿の魅力なのだろう。

 

 

 

 

 場面は清麿達に移る。彼等は場所を移動し、茅野が渚にチョコを渡す所を陰で見守っている。

 

「なあ、覗くのは野暮じゃないのか?」

 

「いやいや、茅野ちゃんが渚にチョコ渡せるかを見届けるのは義務だって」

 

カルマの目的は茅野にチョコを渡してもらう事だ。ならばその顛末を見届けるのが当然と言い放つ。そして茅野は顔を赤くしながらも、どうにか渚相手に会話を続ける。

 

「困ったな、ここからじゃ会話が聞こえない」

 

「それは諦めろよ。さて、茅野は無事にチョコを渡せればいいんだが」

 

2人は茅野を見守る。彼女はどうすれば良いかを考え続けるが、ついに決断を下す。そして渚にチョコを差し出した。彼女は悩んだ末、まっすぐ前を向く渚の邪魔をしない様に自らの演技の刃で、そして最高の笑顔で彼を応援する事に決めた。

 

「これで俺達はお役御免かな?」

 

「そうみたいだ。さあ、恵さんと中村に合流しよう」

 

清麿とカルマはその場を離れる。

 

 

 

 

 2人はE組のバレンタイン事情を話しながら恵達のいる場所へ向かう。そこで清麿は神崎が杉野に、速水が千葉に、狭間が寺坂グループ全員に、原が吉田に、片岡が磯貝にそれぞれチョコを渡していた事を知る。そして彼等が歩くその途中、さらに別のE組の生徒が2人の前に現れた。

 

「カルマ君、ここにいたんですね。良かった、無事に会えて」

 

「「奥田(さん)?」」

 

何と奥田まで植物園に来ていた。彼女は律にカルマの場所を聞いてここまで辿り着いた様だ。奥田は顔を赤くしている。それを見た清麿は何かを察した様に口を開く。

 

「奥田、俺は席を外すぞ」

 

「すみません、高嶺君」

 

奥田はカルマにチョコを渡そうとしている。本命か義理かは不明だが。それが分かった清麿は2人の邪魔をしない様に取り計らう。

 

「俺は誰かさんと違って覗く趣味は無いからな」

 

「言ってくれるね~、清麿」

 

「散々いじられて来たんだ。これくらいは言わせろよ」

 

珍しく嫌味を言う清麿は口角を上げる。この時だけ彼はカルマをからかう事が出来た。そして清麿はカルマと奥田を置いて再び歩き続ける。その後、奥田は無事にカルマにチョコを渡せた様だ。

 

 

 

 

 清麿は恵・中村と合流する。そして彼は茅野が渚にチョコを渡せた事を2人に話した。

 

「そっか。カエデちゃんと渚君、無事に結ばれてくれれば良いけど」

 

「いや~、ここまで来た甲斐があったってもんだ(恵さんと話してたら渡すシーン見逃しちゃったか……まあ、渚に関しちゃ横取りとか無理ってのは分かりきってたけどさ)」

 

恵が茅野の恋路を応援する一方で中村は呟く。彼女も渚に気があった様子だが、茅野の気持ちを考えた上で改めて身を引く決断を下した。

 

「中村、どうかしたか?」

 

「んにゃ、何でも。てかカルマは?」

 

少し寂し気な顔をする中村に対して清麿が問いただす。しかし中村はとぼけた物言いをして誤魔化した。

 

「奥田もここに来ててな、カルマと2人でいるぞ」

 

「マジ、そうなの⁉」

 

「そっか。愛美ちゃん……」

 

奥田の存在に中村は驚きを隠せない。一方で恵はフードコートでの恋バナを思い出す。奥田とカルマの関係。彼女にその気があるかどうか。それは本人達にしか分からない。E組の面々の異性関係をあらかた把握した中村は帰り支度を始める。

 

「奥田ちゃんがねぇ、大したもんだ。流石はバレンタインデー。さて、邪魔者は退散しますかね」

 

「莉桜ちゃん、また話しましょうね」

 

「じゃあな中村、また学校で」

 

「ハイよ」

 

2人と別れの挨拶を済ませた中村は植物園を出た。

 

 

 

 

 中村が帰った後、清麿と恵は再び植物を見て回り始める。相変わらず他の客はほとんどいない。その事実は、この空間に清麿と恵しか存在しないのではと2人に錯覚させる。

 

「E組内でも、結構チョコが飛び交っているみたいね」

 

「その様だな。カルマが言ってた」

 

2人はE組女子のチョコ配布の話をする。義理から本命まで数多くのチョコが男子達に渡された。ちなみに岡島はチョコを1つも渡されておらず、血の涙を流していた。彼等はしばらくE組の事を話し続けるが、それぞれの視線が合う。

 

「「清麿君(恵さん)」」

 

2人はお互いの名を同時に呼び合う。偶然タイミングが重なってしまった。

 

「えっと、清麿君」

 

「済まない恵さん、俺から言わせて欲しい」

 

「ど、どうぞ……」

 

普段は恵に気を遣う事が多い清麿だが、今回は譲れない。彼は決心した。恵に想いを伝える事を。E組の女生徒達の多くは勇気を持ってチョコを渡した。そして恵も。彼女達に影響された清麿は、真剣な眼差しで恵を見つめる。

 

「お……俺、恵さんの事が好きだ!」

 

告白。余計な言葉での飾りは不要。清麿はストレートにその思いを告げる。彼は顔を赤くして目を瞑る。緊張感も最大限に高まっている。そして清麿は恐る恐る目を開けて、再び恵の方を見る。すると彼女の目から涙が流れていた。

 

「……私も、清麿君の事が好きでした。想いを伝えてくれて、本当にありがとう」

 

「め……恵さん……」

 

2人の想いは通じた。こうして清麿と恵は晴れて付き合う事となる。清麿は喜びのあまり叫びたくなる気持ちを必死に抑えていた。すると突如恵が清麿に抱き着き、彼の唇に自分の唇を重ねた。

 

「⁉」

 

「これ、私の初めてだからね!」

 

清麿から離れた後、恵は自分の唇に人差し指をあてながらそう言う。しかし清麿は顔を赤くするばかりで、彼女の言葉が耳に入っていない。数々の修羅場を乗り越えて来た清麿だが、色恋沙汰に関してはしばらく恵に振り回される事になりそうだ。

 

 

 

 

 2人の告白が終わると、つくしに連れられたガッシュが彼等に合流する。ガッシュの手にはつくしからガッシュペアへのチョコ(義理)が握られていた。清麿と恵の変化にガッシュは気付かなかったが、つくしはすぐに察する。そして彼女が仕事に戻ると同時に清麿達は植物園を出た。




 読んでいただき、ありがとうございました。ようやく清麿と恵をくっつける事が出来ました。2人には幸せになってもらいたいです。


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