怪力無類と壊れの双子 (カリラシ)
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プロローグ

 寧々里理光(ねねさとりこう)には、双子の幼馴染が居た。

 

「おめぇら、似すぎじゃねぇか?」

 

 実によく似た姉妹。双子であるのだから、当然と言えば当然でその背格好は正に鏡合わせ。見分けようと思えば、その髪の長さ位か。

 

「リコちゃん、そんなにボクらに興味あるの~?」

「興味も何も、幼馴染だしな寧ろ、()()()()()で再会するとは思わねぇだろ」

「う~ん、ボクはそう思わないなぁ。だって君、荒っぽいし」

「腰に刀差した奴に言われたかねぇなぁ」

 

 ヘラリと笑った寧々里は、肩を竦めて見せる。

 朝の登校時間。

 校門をくぐったその先に待っていたのは、和洋折衷と言えば聞こえは良いが、割とカオスな校舎たち。

 在校生は腰に警棒を佩いた武装少女と、それから直視をためらう事間違いなしの女装男子だった。

 少女たちは皆、一様に寧々里に対して嫌悪、あるいは侮蔑。とにもかくにも好意的とは決して言えない目を向けてきていた。

 その一方で、視線に晒される彼はというと、そんな事は知った事じゃないと目の前の少女を見やるばかり。

 若葉色の髪色に、どこを見ているのか分からない金色の瞳。腰に佩いた白鞘拵えを数珠で留めた彼女こそ、寧々里の幼馴染である眠目(たまば)()()()その人である。

 

「それで?おめぇが、直々に俺の案内でもしてくれんのか?」

「ん~、ど~しよっか~。リコちゃんは、ボクに案内してほしいの~?」

「そりゃ、おめぇ。顔馴染みの方が何かと都合が良いだろ」

「でも、リコちゃんってここに()()()()()来てるんだよね?ボクってこれでもお偉いさんなんだよね~」

「だったら、なんだ?ここでおめぇ、俺とやり合ってみるか?」

 

 そう言った寧々里は、右手を体と平行に持ち上げるとゆっくりと拳を握る。

 武術において、脱力は大切な技術の一つだ。だが、いま彼の右拳には万力にも勝る力が込められていた。

 まるで、拳を中心として空間が握りしめられているかのような圧力。仮に、人体に直撃することになれば悲惨な結末が待っている。そんな予感をさせる拳だ。

 この学園には、武術を修めた少女たちが多々いる。居るからこそ、そのただの暴力の化身のような拳の危険性が肌で感じ取れていた。

 高まる緊張感、眠目もまた鯉口へと手を掛けその目を若干細めている。

 

「―――――止めよっか」

「だな」

 

 だが、両者は激突せず、空気は弛緩していく。

 握られていた拳は解かれ、鯉口に掛けられていた手は下ろされる。そして、校門を背負う形で立っていた寧々里がのんびりとした足取りで彼女へと歩みを進めた。

 

「案内してくれよ、()()。おめぇが、世話役ならな」

「………君は僕を()()呼ぶんだね~」

「まあ、その辺はおめぇらの問題だからな。俺は踏み込まねぇよ……ただ、」

 

 そこで一度言葉を切り、彼は真っすぐに眠目を見下ろした。

 

「俺が、おめぇらの味方であることは昔から変わらねぇ。それだけは、忘れんなよ」

「………うん」

 

 ニッと笑う寧々里につられる様にしてか、眠目もまた若干の笑みを浮かべる。

 これは、自由を愛する男よりも前にやって来た転校生の話。



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 私立愛知共生学園。元は女子高であったここは、共学になる際に男子生徒を恐れた女生徒たちによって“天下五剣”と称される風紀組織が設立され、各学校からの問題児の“矯正”を行う施設の側面を持つようになった学園だ。

 この学園に送り込まれる男子生徒は、総じて問題児。そして、牙の折られた男たちは女装をすることで服従を示す。

 

「本日の五剣会議は、外敵(転入生)への対処………因幡はどこだ?」

「サボりじゃろ。兎姫は気まぐれじゃからな」

 

 この場に集うのは、()()の女生徒。

 鬼瓦輪、亀鶴城メアリ、眠目さとり、花酒蕨。以上四名がこの場に集まっている。

 天下()()であるのだからもう一人、居る。しかし彼女は、体が弱く時折こうして欠席することも珍しくないためこの場ではそれ以上の追及はない。

 

「寧々里理光。今回のこの男は、今まで通りではない」

「乱闘騒ぎを起こしただけの男ではありませんの?」

「ああ、確かに乱闘騒ぎを起こしている。だが、それだけじゃない。この男は賊徒七十名に加えて教員にも手を出し、在籍していた校舎を半壊させている」

「半壊?」

「文字通り、鉄筋コンクリートの校舎を()()()破壊している」

「そ、れは、立派な犯罪ではありませんか!?」

「だが、相手校は寧々里に対して一切の賠償請求をしなかった。手を出された教員も同じくだ」

 

 思ったよりも化け物が転入してきた事に、亀鶴城と花酒の二人を眉を顰める。

 一応、この学園へとやって来る不良たちは、地元で割と名の知れた存在であることが珍しくない。やらかしている事も決して小さくはないのだ。教師を殴った不良だって居た。

 だが、今回の相手は()()()()。素手で鉄筋コンクリートを破壊するなど、最早人体では不可能ではなかろうか。

 

「手ぇ出さない方が良いんじゃないかな~?というか、多分リコちゃんには敵わないと思うよ?」

「………どういうことだ、眠目」

「そのまんま~。ボクらの詰め上げてきたものが武術なら、リコちゃんの持ってるものは暴力。柔よく剛を制すなんて言うけど、リコちゃんは剛よく柔を断つ。手弱女は戦わないのが手だよね~」

「随分な言い草じゃな。そなたの知り合いか、さとり姫」

「幼馴染~。まあ、リコちゃんはこっちから手を出さないなら何もしてこないと思うけどね~」

 

 事も無げにへらへら言い切る眠目だが、残り三人の反応は芳しくない。

 

「幼馴染だと?」

「うん、そ~。がっちりして、背も高くなったけどそれ以外変わってないからすぐに分かった~」

「では、その幼馴染に天下五剣に口添えしてくれと頼まれたのか?」

「ん~ん。というか、リコちゃんって多分ボクらの事知らないと思うよ?興味の無い事って、本当に興味持たないから」

 

 誰それ、と面と向かって言われることになるだろう、というのが眠目の予想。

 別に冷たいだとか、他人に興味がないだとか、そんな事ではない。ただ、寧々里という男にしてみれば、自分の処遇など些事でしかない。ただそれだけだった。

 思考が、幼馴染へと向いたからか眠目はついでに昔の事を思い出していた。

 

(リコちゃんって、ボクに対してもあの時含めて変わらないよね~)

 

 自覚のある異常者。変わっていると自分で理解しているからこそ、彼女はこうしてこの地位に立っているとも言えるのだが、件の幼馴染は最初から最後まで徹頭徹尾気にも留めてはいなかった。

 だからこそ―――――

 

(………言わないけどね~)

 

 それ以上の思考を、眠目は打ち切った。代わりに考えるのは、この後の事。

 十中八九、天下五剣は寧々里理光という男の矯正に動くことになるだろう。その際に自分はどう動くのか。どう動くのが正解なのか。

 思い出したのは、今朝の事。明らかに()()()()()()していた幼馴染。九分九厘、正面からのぶつかり合い、力の押し合いでは勝てる人間が居ないというのが、眠目の見解。

 一方で、残りの三人はというとやはり眠目に言われようともそう簡単に引き下がる訳にはいかないというのが主なところ。

 

「この男は、私のクラスに転入する。ならば、自分が矯正するのが筋だろう?」

「私は、どちらでも構いませんが」

「妾としては、さとり姫にそこまで言わせる男に興味があるのう。ぜひとも、ワラビンピックを開催したいところじゃ」

「必要ない。自分が終わらせてやる」

(無理だろうけどね~)

 

 既に会議の内容に興味のない眠目は、窓から空を見上げた。

 もしも、自分に()()を求めに来るのならば、ついでにデートの一つでもやらせようか。そんな事を考えながら、彼女はこれからを夢想する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天下五剣の会議があってから暫く、学園では朝のホームルームの時間となる。

 転入生は、大抵この時間で自己紹介を行うのだが、この学園における男子というのは基本的に矯正の始まりの時間となる。

 

「なんだなんだ、おめぇら。朝からご機嫌じゃねぇか」

 

 教壇に立ち見下ろす寧々里。そして、そんな彼を取り囲むのは刃引きした刀を突き付ける鬼瓦と、彼女を中心として警棒を向ける女生徒たち。ちなみに、野郎どもは、教室の後方で縮こまって見て見ぬふり。

 

「なに、単なる確認だ。今からお前には、二つの選択肢が与えられる。一つは、後方の男たちの様に“共生”を選ぶ道。こちらならば、このまま自分も刀を引こう。一つは、自分に“矯正”される事。さあ、選べ」

「まあ、待てよ。態々、教室で血の雨を降らせることも無いだろ?朝のさわやかな空気はそのままにしとくべきだ。少なくとも、俺はそう思うんだが、おめぇらはどうだ?」

「だとすれば、前者を勧めよう。さもなくば、学園を去る事だな」

「………はぁ~あ……めんどくせぇなぁ」

 

 刃引きされているとはいえ、刀を突き付けられているこの状況でありながら、寧々里は大きく溜息を吐いた。それどころか、無造作に右手で頭を掻きつつ露骨に面倒という色を浮かべた目で鬼瓦を見下ろす。

 

「めんどくせぇよ。俺の事は放っておけ。別段、おめぇらに暴力振るおうなんざ欠片も考えちゃいねぇんでな」

「ならば―――――」

「だがなぁ」

 

 無造作な手が鬼瓦の刀、その刀身を掴む。

 瞬間、独特の威圧感とでも言うべきものが、寧々里より発せられた。

 

()()()()()()()で曲げられると思われてんのは、癪だ」

「ッ!」(この男、どんな握力をしている……!?)

 

 腰を曲げ、突き付けられた刀身を顔の脇へとずらして、鬼瓦へと顔を近づける寧々里は仮面越しの彼女の目を真っすぐに見つめる。

 

「おめぇらが、どんな理由で矯正なんぞしたいのかは、知らねぇ。興味もねぇ。だがな、舐められてるのは、よ~く分かった」

 

 言いながら、寧々里は刀身を掴んでいた手を先端へとスライドさせ切っ先の側面へと親指を添えた。

 

「そこ、ちょっと退いてな」

「え?」

「怪我するかもしれねぇからな」

 

 空いた手でちょいちょい、と自信を囲む女子の一角へと指示を飛ばし寧々里はニヤリと笑う。

 力の籠められる親指。直後、軽いともとれる音と同時に、何かが教室の床に転がった。

 

「なっ………」

「まあ、なんだ。こっちとしても、おめぇらに手ぇ出す気はねぇんだわ。仲良しこよしをしようって訳でもねぇがな」

 

 絶句する鬼瓦を無視しつつ言葉を紡ぎながら、寧々里は日本刀の刀身をまるで棒切れでもへし折るかのように()()()()()()容易くへし折っていく。

 刀身の凡そ半分が均等な長さで折られたところで、そこで漸くその手は止まった。

 ずいっと近づく寧々里の顔。

 

「選びな、風紀の()()()()()。俺に絡むのか、絡まないのか。絡むっていうなら、相応の対応を俺も選ぶ。その逆なら、俺からおめぇらに何かしら手を出すことはない。約束しよう」

 

 寧々里理光の理。暴力をもって向かってくるのならば、暴力をもって返す。無関心であるのなら、無関心を返す。

 少なくとも、現状で彼の気を引くのは一人だけ。いや、()()()()なのだから。



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 二年十三組、日本刀へし折り事件。そのニュースは、直ぐにでも学園中に広がっていた。

 勿論、噂話だけでは話半分、もしくは嘘話と考える者も居た。だが、実際にへし折られた刀の残骸が出回ればそれも消える。

 結果として残るのは、遠巻きに見られるという事態のみ。もっとも、友達百人を目指していた訳ではない寧々里にしてみれば、視線が煩わしくとも干渉して来ないのであれば気にすることではない。

 視線を避ける様にして、屋上でボッチ飯を堪能する寧々里。

 そんな彼の下へ影が差した。

 

「いや~、人気者だね~。リ~コちゃん」

「俺としちゃ、おめぇらの方が人気じゃねぇか?あの鬼の面被った……あー、まあ、アイツ。アイツの刀折ってから、視線が厳しくってなぁ」

「ダウト~。リコちゃんって、そ~いうの気にしない人じゃん」

「バレたか」

 

 現れたのは、眠目だった。彼女は、いつも通りの何を考えているのか分からない表情で寧々里の前に現れると、そのまま彼の座り込むフェンスの隣に腰かけた。

 

「こ~んな所で食べてたら、落ちちゃうよ?」

「その時は、その時だ。寧ろ、俺よりもおめぇが落ちる心配しとけよ」

「心配してくれる感じ~?」

「さぁな」

 

 ニヤニヤと見上げてくる眠目から視線を外した寧々里は、買っておいたコッペパンをそのまま齧る。

 味気ないが、彼にとっての昼飯というのは午後の授業に向けての最低限のエネルギー供給の時間でしかない。

 コッペパンにライ麦パン、コールスローサラダの挟まったサンドイッチ、アンパン、ジャムパン、クロワッサンと数々のパンをペットボトルのお茶で流し込む昼食は終了。

 大食漢といっても良いほどに彼は食べる。

 

「相変わらずだね~。寧ろ、増えた?」

「そりゃあ、そうだろ。昔から今の今まで食べる量の変わらない奴なんぞ居ねぇさ」

「それでも、リコちゃんは食べ過ぎ~。今にまん丸の大豚ちゃんになっちゃうよ~」

「そりゃあ、ねぇな。()()()()()

 

 軽い口調で、しかし寧々里はそう言い切った。

 事実、彼の体は大量のパンを食べた後とは思えないほどにスッキリしている。それどころか、食べた量に反して、寧々里理光は痩せている()()()見える事だろう。

 上背はある。180か、もしくはそれより少し高い。反して、体つきはしっかりしているがだからといってアスリートの様な体つきかと問われれば服の上からは分からない。

 だが、眠目は知っている。この幼馴染の体は、物凄い()を孕んでいるという事を。それこそ、服の上から触っても分かる熱さがある。

 

「ね~、リコちゃん」

「んだよ」

「ボクとヤる?」

 

 前を見たまま、足をブラブラと揺らす眠目はそう問う。

 実際に手合わせをしたわけではないとはいえ、寧々里は鬼瓦を結果的に退けた。天下五剣の一人を退けたのだ。

 こうなると、他の面々も大なり小なり手を出してくるというのが常。少なくとも、同じく二年である亀鶴城や先輩の花酒はちょっかいを出してくるだろう。

 そして、その二人を退けたとすれば、残りの天下五剣である眠目ともう一人もその体裁の為に少なからず干渉せねばならない。

 

「………理由はなんだ?」

 

 寧々里は乗り気ではないらしい。問い返す彼の言葉には、いまいちの覇気が無かった。

 好き好んで暴れるような破落戸(ごろつき)ではないのだ、彼は。やる事は、己の暴力を持った脅しではあるが。

 何より、馴染みの顔を叩き潰そうと思えるほど、彼は落ちぶれてはいない。

 

「ボクも天下五剣だからね~。おいたの過ぎる男の子のお尻を叩くのもお仕事なんだ~」

「俺はおいたをし過ぎたって?」

「後々そうなるかも、って話。リコちゃんとヤるってなったら、ボクも準備が要るからさ~」

「………めんどくせぇなぁ……………つっても、俺だってあんなバケモンみてぇな格好は御免被るぞ」

「え~?リコちゃん似合うかもよ?」

「ハッ、思ってもいねぇくせに」

 

 決して、顔立ちが整っていない訳ではない寧々里だが、だからといって女装が似合うかと問われれば否だ。男らしい顔つきの彼は、化粧でごまかすにも限界がある。

 沈黙が、二人の間に流れた。この空気を、先に破ったのは、寧々里だ。

 彼は足の幅も無い金網の上に立ち上がると、傍らの眠目を見下ろした。

 

()()が終わったなら、来いよ」

 

 ただ一言、それだけを告げて、彼は屋上を去っていった。

 その背を振り返ることなく、眠目は空を見上げて息を吐く。

 準備が必要なのは本当。しかしそれは、薬を仕込むだとか、相手が弱り切るのを待つとか、そんな事ではない。

 言うなれば、錆落とし。如何な名刀も、その刃が鈍っていてはその切れ味を発揮することはできないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 寧々里理光という男の、学内の評判は決して好意的なものではない。ただ、それはあくまでも生徒たちからの事。

 教室では、女生徒のみならず、男子生徒からも遠巻きにされているがそれでも授業態度は悪くない。騒がないし、居眠りもしない。課題もすれば、授業中に回答を求めてもスラスラと返してくる。

 声を荒げる事も、暴力をふるう事も、暴れ回ることも無い。前情報の割には、異様に大人しい。それが、教師陣からの評価だった。

 

「……はぁ~あ………眠いな」

 

 放課後。大きく伸びをして首を捻り、関節を鳴らした寧々里は大きな欠伸をこぼしていた。

 敷地外に出る事の出来ない男子生徒は、部活にも参加することなく大抵は肩身の狭い思いをするために寮へと引っ込んでいる事が多い。

 寧々里も、特別理由が無ければ寮かもしくは屋上にいる事が多い。

 廊下を歩けば、モーセの如く。割れる人垣を一瞥することも無く、昇降口へと下りて校舎を出る。

 

「妙な体をしてますね」

「あ?」

 

 昇降口を出た彼の足を止めたのは、幼い声だった。

 声の主へと目を向ければ、そこに居たのは噴水のふちに腰かけたツインテールの少女。刀を携えている事から、寧々里は彼女が天下五剣の一人であると、何となく察する。

 

「俺に用事か?」

「ええ、少し。その体は、()()ですか?」

「………おめぇ、俺がターミネーターにでも見えるのか?」

「たーみ……?とにかく、その体です」

 

 言うなり、彼女は噴水の縁より降りると静々と近寄ってくる。

 ここで、寧々里はある事に気が付いた。

 

「おめぇ、目が見えないのか?」

「はい。ですが、耳が良いので何ら困ってはいませんが」

「耳、ね………それで?俺の体がおかしいって?」

「異常な密度で。体内に()()が一切ない」

「あん?」

 

 ふらふらと近づいてくる少女、因幡月夜を前にして寧々里には一切の力みはない。

 それもその筈で、因幡からは敵意を一切感じ取れなかったから。事実、彼女は事を荒立てる意味も理由も持ち合わせてはいない。

 ただ、純粋な興味だ。人間の肉体はこのような事が起きるのかという、そんな興味。

 

「生まれつきでしょうか?」

「まぁな。かなりのきかん坊で、折り合いつけるのに難儀したが、まぁ今はそうでもねぇよ」

「そうですか」

()()()か?」

「……いいえ、今はまだ」

 

 それだけ言うと、因幡は女子寮の方向へとふらふら踵を返してしまう。

 小さな背中を見送りながら、寧々里は人知れず頭を掻きながら、小さく呟く。

 

()()、ね。何でどいつもこいつも、あんな事(喧嘩)が好きなんだか」

 

 彼が見上げる先にあるのは、正面玄関上部に作られた会議室。

 基本的には、天下五剣が会議などで使う部屋がある場所なのだが、ここにはもう一人この学園におけるアンタッチャブルが根城にしていた。

 

「……」

 

 烏の濡れ羽色ともいえる綺麗な黒の長い髪を揺らし、窓より睥睨する()()

 その目が見据えるのは、今は一人の男だ。

 

「因幡月夜が接触したか。何より、鈍ら刀とはいえ指の力で刀身をへし折る剛力。私と()()()。それとも………ふふっ、あの男以外にこうも興味を引いてくれるか」

 

 ()()に撃ち抜かれたあの時とは違う、格闘者としての欲求。

 ある種の人体超越の一つの形でもあるだろう彼女をして、寧々里理光という存在は興味を惹いた。

 だが、まだ仕掛けない。その存在が、嘘か本当か見極め切れていないのだから。



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 この学園における実力者の序列というのは、割とハッキリしている。

 カリスマ性と実力を兼ね備えた、天下五剣。そしてその内二人を相手取って完勝した女帝。

 その他にも、天下五剣の後継者とされている中等部の少女たちも居るし、天下五剣の付き人のような立場の少女たちも武術を修めている者が居る。

 では、現状で男たちはどうだろうか。

 彼らは総じて、牙をもがれた存在。仮に、腕力で優っていようともメンタルがへし折れているならば意味が無かった。

 では、折れていない男はどうなるだろうか。

 

「何か用か?」

「貴様の矯正は、決まっている。故に、こうしてやって来た、という訳だ」

 

 放課後。屋上で黄昏ていた寧々里の前に現れたのは、刀を新調した鬼瓦だった。

 

「待っていた、ね。態々、人が疎らになるこの時間をか?」

「そうだ。お前が暴れる気が無いのは、今日まで見てきてよく分かった。だが、それだけでは足りないんだ」

「足りない」

「ああ。男子の共生のあり方というのは、単純なものではない。言うなれば、生徒たちの安心もまた、保障するための行為でもある」

「保障、ね。つっても、よぉ。俺は女装なんざする気ねぇぞ。手錠でも掛けろってか」

 

 意味ねぇがな、と内心で寧々里は続ける。材質はどうあれ、細い金属の鎖では例え鋼鉄製でも彼を留め置くには不足する。

 ただ、鬼瓦が言いたいのはそういう事ではないらしい。

 

「実力を見ておかなければならない。そもそも、今の貴様の情報は錯綜し過ぎている。自分の刀を握力で折ったことも驚嘆すべきだが、何より()()()()()()()()()、恐れられる。分かるだろう?」

「……要するに、だ。俺とタイマン張るって事で、ファイナルアンサー?」

「ああ」

 

 七面倒くさい御託を並べてはみたものの、要するにはタイマンの申し込み。少なくとも、寧々里はそう判断を下した。

 言葉というのは、どうしても薄っぺらくなってしまう場面というものが存在する。これに関しては、仕方がないと言う他ない。

 

「……良いぜ、やろうか。寸止めにするか?」

「良いや、構わん。こちらも全力で打ち据えるからな」

「ふーん」

 

 成程、と気のない返事をしながら寧々里は上着へと手をかけた。

 ジャケットを脱ぎ捨て、ネクタイをほどき、カッターシャツの袖を捲る。ここで改めて、鬼瓦は彼の体をまじまじと見ることになり、同時にその目を剥いた。

 

(なんだ、あの体つきは……彫刻か何かか?)

 

 シャツの捲られた袖より覗いた上腕は、その決して分厚くはない皮膚の下に無理やり押し込まれたかのように詰まっている。傍目から見て、そう理解させられるそんな腕だった。

 剣を振るうが故に、鬼瓦の腕も女性とはいえ相当に鍛え上げられている。それこそ、筋肉の固さだ。

 だが、目の前の男は違う。鍛えただとか、そんなレベルではない。

 

「まあ、なんだ……一応の加減はしてやるが、死ぬなよ?」

 

 言うなり、寧々里はその右拳を握った。

 武術において、余分な力みというのは敬遠されるものなのだがそんな事知ったことかと言わんばかりに、ギュウギュウギチギチ締めに締められる。

 同時に、彼は右足を引いて半身の姿勢となると握る拳を後方に置いて、まるでボールでも投げるかのような構えを見せた。

 大振りだとか、そんな生易しいものではない。野球ならば、球種を指定し、なおかつ投げるコースまで堂々と宣言しているようなものだ。

 侮辱行為とみられても致し方ない行動に、しかし鬼瓦は警戒を滲ませていた。

 隙だらけだ。それこそ、切りかかろうと思えば切りかかれるし、無防備なわき腹を突く事も出来るだろう。

 だが、それら選択肢を許さない。そんな威圧感が今の寧々里からは発せられていた。

 自然、鬼瓦はカウンターを選択する。

 モーションが丸分かりであるということは、そのまま隙を大きく晒していると同じ事。そこに一撃を叩き込めばいい。

 鬼瓦の剣は刃挽きされてはいるものの、極論刀は鉄の棒だ。彼女の技量があればネクタイ程度ならば斬る事は可能であるし、打ち据えればそれだけでもダメージを与えるには十分。

 しかし、彼女は一つ勘違いをしている。

 なぜ寧々里は、上着であるブレザーとネクタイを外したのか。

 動きにくかったから?確かに、余裕のあるシャツに比べれば、その動きにくさには差があるだろう。しかしそれだけではない。

 もしも、寧々里がこの場でパンツ一丁になったならばよく分かったかもしれない。それでも、注視すれば服の上からでもその()()は観測できるかもしれないが。

 靴越しに、指先がコンクリートの屋上の床を掴む。靴の中で、足の甲の筋肉が不自然に盛り上がり、連動して脹脛、太もも、と筋肉が動く。

 そして、力は解き放たれた。

 

「なっ!?」(速い!)

 

 距離にして数メートル。それが二人の間に横たわっていた距離だが、寧々里はそれを一歩で踏み潰す。

 一瞬で目の前へと現れた相手を前に、鬼瓦の体は咄嗟に迎撃ではなく回避を選択していた。

 転がるようにしてその場を離れ、間髪入れずに彼女の顔があった位置を剛腕が通り抜けていく。その光景だけでも冷汗が頬を伝うような圧があった。

 

「良い目をしてるじゃねぇか。そら、続けんぞ」

 

 ニヤリと笑みを浮かべて拳を握りなおした寧々里は、襲い掛かる。

 その動きは、ひたすらに相手を殴ることにのみ終始し続けた、野蛮という他ない獣じみた暴力の化身のようなもの。

 後ろへと下がりながら、鬼瓦は冷や汗が止まらない。

 

(暴力その物だ……!自分たちの武とは根本的に違う!生来の身体能力をそのまま発揮している!)

 

 恐ろしいなどというレベルではない。本来ならばただの喧嘩の域を出ないであろう動きが、驚異的な身体能力によって無理やりその水準を引き上げられている。そんな感じ。

 破綻しそうなものだが、出鱈目な動きだろうと成立させる破壊力もある。現に今も、振り下ろされた拳が、コンクリートの床の一部を粉砕していた。

 とはいえ、このまま逃げ回ってもどうしようもない。鬼瓦は、反撃へと転ずる。

 

「あ……うんんん!」

 

 振り下ろしと同時に、独特な呼吸法。

 阿吽の呼吸。相性やコンビネーションのほうではなく、一種の努力呼吸に該当するものでこれによって腕の力などのみならず、内筋などの鍛錬並びに力を引き出すこともできるようになる。

 武術における呼吸というのは、隙だ。力を発揮するための燃料であると同時に、一打で形勢をひっくり返されかねない諸刃の剣。

 彼女の努力呼吸は、その隙を限りなく無くすと同時に馬力を発揮する。

 もっとも、

 

「ぬんっ!」

「ッ!」(拳で、白刃取りだと……!?)

 

 相手の馬力はそれ以上だが。

 寧々里は、特段動体視力に優れているわけではない。筋力が並外れているが、それ以外は鍛えた人間と大差なく、天性の部分はない。

 代わりに、彼には経験があった。それから記憶力も。

 振り下ろしの間合い、タイミング、それらが計れれば後は体を順応させるだけ。

 刀の腹を拳で左右から挟むように止める寧々里。そこから派生させて、放つのは左の腰を回さない回し蹴りだ。

 

「ぐっ……!」

 

 直撃を受けることになった鬼瓦は、あまりの衝撃に一瞬だが呼吸が詰まるのを自覚する。

 そのまま、白刃取りも外されてその体は少し離れた位置まで蹴り飛ばされ、彼女は着地と同時に膝をつく。

 

「ッ、手加減、か……」

「そりゃあ、当たり前だろう。本気で蹴ったら、肋骨砕いて、内臓潰してるぞ」

「そう、か……ッ、ぐっ」

 

 呻きながらも立ち上がり、鬼瓦は改めて目の前の男に対する評価を下す。

 怪力であることは、確か。そしてその上で、細かな力加減を可能としており、純粋な暴力がすでに手の付けられない領域にある。

 

「……一筋縄では、いかないか」

「お、なんだ。まだやる気か?まあ、俺は構わねぇけどな」

 

 両手を広げて、迎え入れるような体勢の寧々里に、今度は鬼瓦のほうから仕掛けてくる。

 刃を利き手側に向け、刀を寝かせて放つ平突き。土方歳三が考案したともいわれるこの突きは、通常の突きと違い二の太刀も意識させる技だ。

 左右に躱しても、寝かせた刃が横薙ぎに変化させることが可能。躱さなくても、それならばそのまま貫くのみ。

 ペーパーナイフであろうとも人体には容易に突き刺さる。刃挽きされていようとも、刀ならば猶更だ。

 だが、

 

「――――鈍らじゃあ、刺さらねぇな」

 

 刀から伝わるのは、固い弾力。シャツ越しに、腹筋を押す切っ先はしかしそれ以上進む気配はない。

 

「……どういう事だ?」

「まあ、体質だ。つっても、刃物に耐性があるとかそんな事じゃねぇ。俺の体は、特別性。それだけだ」

「特別?」

「んー、まあ特異体質って奴さ。俺の場合は、筋肉が異常に発達し続けるっていう代物で……まあ、なんだ。筋肉が筋肉を互いに締め付けあって、結果的にこんな細身だが緊密度は常人の何倍もあるって感じな」

 

 寧々里理光の体は、異形である。

 通常、トレーニングなどで筋肉に負荷をかけるとその筋繊維が切れ、その切れた繊維が栄養と休養で回復し、その回復に際して少し太くなるため結果的に筋肉は大きく育っていく。

 だが寧々里は違う。彼の場合は、生まれつき筋肉が発達し続けるという異常を来していた。

 自動的に太く強靭になろうとする筋繊維は、しかし他の筋繊維の膨張にも押され互いが互いに圧迫しあい、結果として太くなればなるほど圧縮されていった。

 そして、今の寧々里の体となっている。細身ながらも、それは上辺だけ。その本質は圧縮されまくった筋肉の塊だ。

 

「小せぇ時には苦労したぜ。ただ、そっち関連のお医者に色々とトレーニング考えてもらってな。今の俺はこうして立ってる」

「……」

「斬るってんなら、真剣持ってこい。それじゃ斬れねぇよ」

 

 それは、驕りでもなんでもなく純然たる事実。彼はペーパーナイフでは殺されない。 



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 鬼瓦輪との矯正という名の手合わせから数日。

 寧々里理光は、今日も今日とて面倒くさそうに頭を掻きながら廊下を進んでいた。

 

「……めんどくせぇなぁ」

 

 頭を掻きながら、後ろを眼だけで確認すれば廊下の出っ張った柱の陰に隠れるようにして小さな頭が見え隠れ。

 ここ数日、こんな可愛いストーカーが後をついてくるのだ。

 別に話しかけるわけでもなく、近付いてくることもない。一定の距離、というにはお粗末なこの尾行は寧々里が放置する間こうして続けられていく。

 彼としても、思い当たる節が無い訳ではない。というか、十中八九鬼瓦関係だろうというのが見解だった。

 とはいえ、面倒くさい。分かり切った尾行を無視し続けるというのは、煩わしいと言う他なかった。

 

「おやおや~?リコちゃんじゃ~ん」

「よう、眠目。相変わらず、どこ見てるか分からねぇな」

 

 どうしたものかと頭を捻る寧々里の道を遮るように現れたのは、眠目だった。

 いつもの通り、どこを見ているのか見ていないのか分からない目をした彼女だが、その視線がほんの一瞬、それこそ瞬きをすれば気付きもしない一瞬だけ彼の背後へとむけられる。

 

「大変だね~、リコちゃんも」

「だったらどうにか……いや、良い。こっちで何とかする」

「リコちゃんの頼みなら、ボクが何とかしてあげるよ~?」

「断る。視線は煩わしいが、困っちゃいねぇからな」

「ひゅ~♪リコちゃんやっさすぃ~」

「茶化すんじゃねぇ…………まあ、アレが何か分かるのか?」

「まあね~。これでもボクは天下五剣の一人だし~」

「……で?」

「鬼ちゃんの所の子だよ~。大方、リコちゃんが鬼ちゃんに勝ったから気になるんじゃない?」

「やっぱりか……めんどくせぇなぁ」

 

 ため息をつく寧々里。彼としては、暴力的な手段で事を終わらせるのは正直避けたいところだった。それも、手合わせをしてある程度為人を知った相手の妹分をボコボコにするなど気が引けるというもの。

 そんな寧々里を眺めながら、眠目は何かをするつもりはない。

 彼女自身が決して善性の塊というわけではない、というだけでなく目の前の幼馴染がそんなことを望まないと知っているから。

 古風というべきか、寧々里は喧嘩するならばタイマンを好んでいる。無論、多人数が相手であっても相手の力量次第では殲滅できる程度には強いのだが、戦うならば一対一。

 策などの悪辣な手段を使われることにも特段、悪感情はない。自分で使うことはまず無いが。

 ただ一つ、嫌いなことがある。それは、多数対単独の場合の多数派になって一人を取り囲みたたいてしまう場合。

 なまじ、生まれつき強くなることが約束されていたからこそ、寧々里はリンチを嫌う。例え、ボロボロに追い込まれようとも一人で戦うことに拘るのだ。

 そして仮に、眠目がストーカーの様になっている鬼瓦の妹分を叩き潰したとしよう。その場合、敵となるのは鬼瓦だけでなく、寧々里もまた躊躇なくその拳を振るいかねない。

 利得を損害が軽く上回る事になるだろう。

 

「喧嘩しちゃう~?」

「そりゃあ、ねぇな。俺ぁ、弱い者いじめって奴をやらねぇのさ」

「鬼ちゃんは強かったのかな~?」

「さぁな。ただ、中学生に手を出すのはちげぇだろ。見ろ、パンチ一発でぶっ飛びそうだ」

「それを言ったら、ボクらもそうなんだけど。ま~いっかな~。リコちゃん頑張ってね~」

 

 ウインク一つを残して去っていく眠目。

 その若草色の髪を見送った寧々里は、一つため息をつくと振り返る。

 

「聞こえてたか?おめぇがどういう魂胆かは知らねぇが、俺は事を構える気はねぇぞ」

「……お前は、何なのですか」

 

 柱の陰より現れるのは、幼さの残る少女だった。

 

「ジブンは、天下五剣次席筆頭の百舌鳥野のの。輪お姉さまの妹分なのです」

「さいで。んじゃあ、俺に何か用か?やるってんなら構わねぇが……あんまり気乗りしねぇんでな」

「……ののも姉さまの刀を指の力でへし折るような輩に勝てるとは思っていないのです……ただ、お前の目的を聞きに来たのです」

「目的、ね……」

「天下五剣に挑むのは、無法者です。力を示すだとか、外出許可証だとかを求めてきたのです」

「悪ぃが、興味ねぇな。俺ァ、静かに過ごせればそれで良い。喧嘩はあんまり好きじゃねぇのさ」

 

 その言葉は、寧々里にとっての本心だ。

 彼は喧嘩が好きじゃ無い。元の学校で暴れたのにも、それ相応の理由があった。

 

「……嘘じゃ、ないのです?」

「嘘吐く理由が俺にはねぇな。まあ、信じろ、としか言えねぇわな」

 

 軽薄そうに笑う寧々里。百舌鳥野には、彼の内心を推し量る事は出来ない。

 彼女の姉貴分であり、敬愛する鬼瓦が敗れたと聞いたのは、その当人の口からであった。

 五剣筆頭というのは伊達ではない。百舌鳥野の同じクラスに怪物と称される天才が居るものの、その実力は疑いようが無いだろう。

 だからこそ、百舌鳥野は知りたかった。その為の尾行でもあった。

 

 この数ヶ月後、彼女は知る事になるだろう。この学園に潜む圧倒的な怪物たちの存在を。

 だが、それは少し先の話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天下五剣は、矯正を行う。それは彼女らの実力故に与えられた一種の強権であり、使命でもあると言えるだろう。

 だがしかし、この強権は万能ではなく場合によっては発揮しても意味をなさない場合がある。

 

「まさか、貴方がそんな事を言い出すなんて思いませんでした、輪さん。寧々里理光の矯正から手を引く、と?」

「少なくとも、現状の自分では奴の矯正は不可能だと判断したまでだ。あの男を本格的に止めようと思うのならば、実力も装備もまるで足りない」

「……」

 

 天下五剣の会議場所にもなっている一室で、亀鶴城メアリは目を細める。

 五剣筆頭とされる鬼瓦に対して、亀鶴城は若干のライバル的な立ち位置にある事は否定できないが、その付き合いは決して悪いものではない。

 だからこそ、解せない。その実力、在り方を知るからこそ、分からない。

 

「何がありましたの?矯正に向かったとは、聞きましたが」

「そう、だな……まず、あの男は暴力の化身とも言うべき怪力の持ち主だった。何せ、屋上を拳で砕いてしまったからな。そして、それらを容易に振るわない理性がある事も奴は証明した。何より、刃挽きした刀では、あの男には通用しない」

「ちょ、ちょっと待ってください……情報が多すぎます……ええっと…………最初の報告はデマではなかった、という事ですの?」

「ああ、そうなる。ハッキリ言って、奴は異常だ。括りというならば、因幡や……業腹だが天羽に近いだろう」

 

 苦々しく呟く鬼瓦。因みに、寧々里と先二名の強さの根底は真逆だ。

 その二人は、磨き上げた技と天賦の才が噛み合う事で、強者(怪物)へと至った。

 一方で、寧々里といえば、彼の場合は純粋な肉体が怪物染みている。力こそパワー。

 

「だからといって、引き下がる訳にはいかないでしょう?私たちは、天下五剣。相手が強者であるからと言って引き下がる訳にはまいりませんもの」

 

 亀鶴城の言い分は尤もだった。鬼瓦とてその事が分からない蒙昧ではない。

 しかし現実問題として、寧々里に勝てる天下五剣など、“怪物”因幡位のものではないかと彼女は考える。

 沈黙。実際に実力を知る鬼瓦と、彼女の言葉の真偽はともかく嘘を吐くタイプではない事を知っている亀鶴城だけでは、少なくともこの場で判断は下せない。

 とにかく、他の三人を招集して話し合う。そう決めた鬼瓦が息を吸い込み、

 

「ッ!?」

「な、何ですの!?」

 

 突然の爆発、というか破裂音にうろたえる事になった。

 慌てて、窓から外を見れば垂れ幕が、窓の一部を塞いでいるのが確認できる。同時に、マイク特有のハウリング音が響いた。

 

『あー、あー、マイクテス、マイクテス。聞こえておるかのう、諸君!わらわじゃ!花酒蕨さまじゃよ!』

 

 スピーカーより響くのは、天下五剣の一人で最年長でもある花酒蕨の声。

 そして、二人は嫌な予感がした。

 というのも、花酒は役職持ちでありながら同時にトラブルメーカーでもある。

 

『ひょっひょっひょっ!皆も、この学園へと新たにやって来た者を知っておるだろう?あ奴の矯正が、遅々として進まぬ。という訳で!このわらわが一肌脱いでやろうという訳じゃ!』

 

 何より、彼女の主催するイベント。コレが中々に派手で危険。その上、天下五剣としての権力もあるのだから教員も止められない。

 

『それでは~~~……第拾弐回!ワラビンピックの開幕じゃあーーーーッ!!!』

 

 die運動会が始まろうとしていた。



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 その放送を、寧々里は登校の途中で聞いていた。

 

「なんだ?オリンピックのパチモンか?」

「蕨ちゃんの催し物だよ~」

 

 首を傾げる彼の隣に、いつの間にか現れた眠目が補足をしてくる。謎が深まっただけだが。

 

「蕨?」

「そ、蕨ちゃん。五剣の一人で、熊飼ってるの」

「熊ァ?……で、この催しか。頭おかしんじゃねぇのか、この学園」

「まあ、学生自治の特権だよねぇ~」

 

 軽い眠目と寧々里ではあるが、しかし周りはそうもいかない。

 自然と二人の前には道が開き、その先に通じるのはグラウンドだ。

 

「眠目もついてくるのか?」

「さとりちゃんは見学だよ~。久しぶりに、リコちゃんの化物っぷりが見られるかなって」

「ヒデェ言い草だな……でも、そこまで激しい事になるのか?」

「それは、蕨ちゃん次第かなぁ」

 

 どこを見ているのかも分からない、そしていつも浮かべた仮面のような笑みの幼馴染を尻目に、寧々里は頭を掻く。

 周りを流し見れば、ヒソヒソと何やら内緒話。特段耳が良い訳では無い彼には聞き取れないが、しかし彼女らの浮かべる表情を見ればこれから何をやらされるのかある程度予想は付くというもの。

 問題は、その内容だ。

 

「前には、バケツリレー大会」

「バケツリレー?あの、火事とかの時にやる、アレか?」

「そーそー。で、矯正の相手に火のついた薪を背負わせてさ、その後をガソリン入れたバケツで追いかけ回したんだ~」

「……いや、バッカじゃねぇの?馬鹿だろ、何考えてるんだ」

「え~?校舎壊して、こっちに来たリコちゃんも五十歩百歩じゃないかな~」

「アレは……色々あんだよ。それより、まさか似たようなことさせるんじゃないだろうな?リアルカチカチ山なんて、洒落にならないぞ」

「その心配はいらぬぞ!」

 

 げんなりする寧々里の言葉を遮った甲高い声。

 グラウンドを背に、尊大に腕を組んで胸を張る金髪の少女。傍から見れば、上背などからも判断すれば年下にしか見えない。

 

「……小学生か?」

「ひょっひょっひょっ!生意気な()()には灸を据えねばのう?」

「蕨ちゃんは、ボクらより年上だよ~?」

「マジか……いや、おめぇも年上を“ちゃん付け”してんじゃねぇよ。分からねぇって」

「ほほう?情報の通りじゃの。そちとさとり姫は何とも懇ろな仲だとか」

「誰がだ」

 

 ニヤニヤと内心を隠す笑みを浮かべる花酒に、寧々里は吐き捨てる。

 眠目は確かに容姿の優れた美少女と言っても差し支えないのだろう。それこそ、世の男ならば惹かれても仕方がないほどに。

 しかし、寧々里にとってみれば、彼女は()()そういう対象にはなりえない。残念ながら。

 彼の隣に並ぶ眠目はというと、常に浮かべた内心を読ませない張り付けた笑み。目が笑っていないのもいつも通り過ぎて、分からない。

 花酒は目を細める。

 

「……まあ、よいよい。妾としても、そちにしか用事は無いのでな」

「ワラビンピック、だったか?スポーツ大会でもするってのか?」

「ひょっひょっひょっ、まあそう急くでない。それと、選手はそち一人よ」

「俺か?……ああ、矯正の続きな」

「さよう。カモンッ!猿渡!」

 

 カッスカスの指パッチンと共に花酒が叫べば、呼応するように重く響くエンジン音がグラウンドに木霊する。

 見れば、グラウンドに鎮座するのは一台のトレーラー。ただし、多分な改造が加えられ、もはや牽引車としての機能は果たせないであろう状態。

 それが今、唸り声を上げるように黒煙を吐き出していた。

 

「……アレは?」

「そちの対戦相手ぞ」

「車じゃねぇか。それも、ガッツリ改造された改造車。ここまでの爆音なんざ、早々聞かないぞ」

 

 げんなりとしている寧々里だが、そんな事は花酒には関係ない。

 付き人のように現れたクラスメイトからマイクを受け取り、ハウリングを一つ。

 

『さあ!早速第一種目と行こうではないか!』

 

 テンションを上げる花酒に反比例するように、周りは緊張によって静まりかえる。

 

『これより行われるのは、【トラック?ドラッグ?400メートル走】じゃ!』

 

 宣言する花酒に呼応するように、一際トラックのエンジンがうなりを上げる。

 一方で、寧々里は眉を顰める。

 

「四百メートル走てことは、アレで走るのか?」

「いや?ソレはちと正しくないのう。そちは、ドラッグレースを知っておるか?」

「あー……車で直線を走る奴だろ?」

「さよう。これより、そちには直線で四百メートルを駆け抜けてもらう。そして、」

 

 一度言葉を切り、花酒が指し示すのは改造トラック。

 

「あの、モンスタードラッグキョーボー3号より逃げ切ってもらう」

「……つまり、人対改造車の、ドラッグレースって事か」

「さようじゃ。因みに、アレはうちのメカニックである猿渡の手で限界までチューンされておる。燃費は最悪じゃが、時速600キロまで出せるぞ」

「馬鹿じゃねぇの?」

 

 寧々里の目が死んだ。何というか、権力持たせちゃいけない奴に権力持たせるとこうなる、というお手本を示された気分になっていた。

 因みに、ドラッグレースにはゼロヨンと呼ばれるものがあり、コレは0mから四百メートルまでのレース。更に、ドラッグレースのドラッグは、薬ではなく引き摺る方のドラッグ。

 とはいえ、逃げられないことは明白。というか、ここで逃げ出せば周りからのやっかみやらちょっかいが増えるのは確実だろう。

 

(態々イベントにするのも、相手の心を折るため、か。逃げ出せば臆病者、負ければ敗北者。そして、競技者には勝つ確率が限りなく低い競技揃い。イイ性格だよ、マジで)

 

 当人間だけでなく、周りも巻き込んでのイベントにしてしまうのはリスクもあるが相手を追い詰めるにはかなり有効な手段だったりする。

 一応の名目として、ワラビンピックは体育の授業。そして、高校の授業で体育となれば着替えるのが道理というもの。

 

「……はぁあ……めんどくせぇな」

 

 ジャージに着替え、上は体操服となった寧々里。

 そして、その彼の姿に別の歓声が上がった。

 

(ふむ……正しく、異形。鬼姫が負けたという話も頷けるというものか)

 

 内心は冷静でありながら、花酒の頬を一筋の冷たい汗が伝う。

 制服に隠れた腕などが、半袖の体操服で露になった。その腕が、正に異形。

 人間の皮膚の質感を残しながらも、何故か傍から見れば“鋼”という感想を抱く。それほどまでに、皮膚の下にこれでも詰め込まれた筋肉。

 加えて、薄着ともいえる体操服は少し大きめであるにもかかわらず、筋肉にさらに広げられうっすらとだがその布地に筋肉の陰影を浮かび上がらせていた。

 

「で?詳しいルールとかは無いのか?」

「それを聞くという事は、つまりやる気になった、という事で良いな?」

「やらなきゃ、終わらねぇんだろうが……で、ルールは」

「ふむ、といってもそれ程難しいことは無い。そちは400メートルを逃げ切る。より正確に言うのなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とそちの負けよ」

「へぇー……」

 

 意味深に頷きながら、寧々里はジッとドラッグマシンと化しているトレーラーを見る。

 

「俺って、走るのは苦手なんだがな……」

 

 そんな呟きは、誰にも拾われることは無い。

 流されるままにスタート位置へと連れて行かれ、寧々里の背後では黒煙を吐き出すトレーラーがグリップ力の為に車輪を回して、バーンアウトを行う。

 

「それでは、始めるぞよ。開始5秒前じゃ!」

 

 メガホン越しに花酒が叫び、寧々里は身を沈める。

 クラウチングスタート。恐るべきはその両足の爪先が、半ば地面に突き刺して埋めている点か。

 これは、ストッパー。こうでもしないと、彼の脚力によるスタートダッシュが出来ないのだ。

 

『5!……4!……3!……2!……1!』

 

 筋肉が盛り上がる。

 

『スタートォッ!!!』

 

 瞬間、炸裂。勢いよく土を巻き上げグラウンドを抉って、寧々里は駆け出した。

 

 ここで、情報を一つ補足しよう。

 ゼロヨンはドラッグレースの一つだが、ノーマルの普通車でも行われている。

 そのタイムは、凡そ17秒から18秒ほど。そして、ドラッグスターとなった場合の最速は5秒台とされている

 一方で、400メートル走の世界記録は43秒ほどとされている。

 

(まあ、無理だわな)

 

 本気で撥ねるつもりはない事は寧々里も分かっているが、それでも苦笑いは隠せない。

 如何に最高のスタートダッシュを決めようとも、100メートルもしないところで追いつかれるのは明らか。

 だからこそ、最初から寧々里は()()()()()()()()()()()()()

 走る事に必要のない余分な力み。今、彼の右拳は硬く固く握りしめられている。

 計るのは、タイミング。

 そして、悲鳴が上がった。

 

「何じゃと……!?」

 

 観戦の体勢を崩して、花酒は立ち上がる。彼女の付き人面々も同じく焦ったような表情を浮かべていた。

 なんと寧々里、猛烈なダッシュを無理矢理ブレーキで地面を滑りながら止めてしまったのだから。

 その滑りながら、彼は体を反時計回りに反転させていく。当然ながら、安全装置があっても突然止まる事が出来ない改造トレーラーが迫る。

 ここで、寧々里の立ち位置だが、彼はトレーラーから見て左寄りに走っていた。もしもの時の退避のために、逃げにくい真ん中よりも両端のどちらかに寄るのは間違いではない。その辺りは、花酒達も突っ込まなかった。

 そして、突然止まりながら反転していく寧々里は、自然とトレーラーの進路より僅かに外れるようにコースの外へと飛び出ていた。

 

「オオオオオッッッ!!!!!!!」

 

 咆哮。大排気量のエンジンにも負ける事のない大声と共に、脇に逸れ回転によって勢いを付けた寧々里の右拳がトレーラーの左側面へと勢いよく叩き付けられた。

 ドラッグスターは、そのレースの特性上、軽量化を図ってある。大排気量のエンジンを積もうとも、車重を支える為に余分に力を分散させないためだ。

 キョーボー3号もトレーラーではあるが、例に漏れず軽量化を施してあった。だからこそ、その巨体に似合わない速度を発揮する事が出来る。

 その横っ面を、寧々里は本気で殴り飛ばした。

 彼は、素手で鉄筋コンクリートを破壊する。それが出来るだけの肉体を持った、文字通りの化物だ。

 だがしかし、そのこう圧縮された筋肉と、その筋肉に負ける事のない骨格を持つが故に、彼は頗る燃費が悪い。だからこそ、痩せの大食いのように大食漢であるし、長距離走などは直ぐにバテて、筋肉が鉛のような重しとなってしまう。

 最初から、寧々里はこうやって終わらせるつもりだった。

 数トンともいえる鉄の塊であるトレーラーが、僅かに浮かび、そうして横倒しに派手に倒れる。

 静まりかえる学園。その中で、寧々里は悠々と歩を進め、そして400メートルのゴールラインを踏み越えた。

 

「これで、俺の勝ち。別に不正はしてないんだ、物言いも無いだろ?それとも、別の勝負をやるか?」

 

 静かに問う、その言葉。

 そして、怪物は、不可侵の存在へと昇華する事になる。



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 “超人”寧々里理光。文字通り、人を超えた存在。

 それがここ、愛地共生学園に新たに認められる事となったのは、ある種の必然だった。

 技もへったくれも無い、純粋な暴力。コレが如実に表れたのは、先のワラビンピックの事。

 暴走するトレーラーを、ドラッグレース用に改造されていたとはいえパンチ一発で殴り飛ばして横転させたのだから、その威力は推して知るべし。

 結果的に中止となったのは、彼が本気で暴れた場合を想定しての事。ぶっちゃけ、どの競技でもルール上ならば勝てても、純粋な勝負で負けるせいで相手の牙を折る事が出来ないと判断されたからだ。

 

(避けられてんな。まあ、そっちの方が都合が良いんだが)

 

 本気で殴られれば壁のシミにされてしまいそうな相手だ。寧々里が学園内を歩くだけで、自然と道が開くのも仕方がない。

 幸いな事といえば、当人が避けられる事を気にも留めない点。一男子高校生としての欲というものが千切れているのではと思える程度には、普通から乖離していた。

 とはいえ、周りが避けようとも彼を気に掛ける者というのは最低限存在する。

 

「おっはよ~、リコちゃん」

「よぉ、眠目」

 

 ペチペチと軽く背中を叩く眠目。周りは、ヒヤリとすれどもそんな事は彼女には関係が無い。

 

「う~ん、相変わらず、カッチカチだね~。ボクの手が痛くなっちゃうよ」

「だったら、叩くんじゃねぇ……で、何の用だ?向かってくる算段でもついたか?」

「それなんだけどねぇ~」

 

 ぼんやりしているような間延びした声色で、眠目は遠くを見る。

 寧々里と戦う算段を付けようとしていたのは、本当。問題は、どうすれば彼を自分の土俵に落とし込んで戦えるかどうか。

 交友関係的孤立は、そもそも彼自身が周りと距離を取っているせいで意味が無い。

 であるならば、物理的な妨害。それこそ、薬を盛るなどして弱体化させるというのもある、がこちらも難しい。

 薬の効果が発揮しづらい、というのが一つ。それから、エネルギー消費が激しいせいか代謝が良い為、生半可な薬では効果時間が激減してしまう。

 最後は、リンチのように多数で囲む。無理だ。パンチ一発でトレーラーを半壊させた人間?に挑みかかる者などいない。

 様々な観点から見て、触らぬ神に祟りなし。彼は人間だが、逆鱗に触れなければ危険はなかった。

 

「これで、リコちゃんは現在進行形で強くなってるなんて、悪夢だよねぇ」

「失礼な奴だな。それに、俺は誰彼構わず殴ったりしねぇよ」

「リコちゃんがそうでも、周りはそうじゃないって話~。蕨ちゃん位でしょ、ボクの他に話しかける子なんてさあ~」

「ああ?……いや、居るぞ」

「ええ~?見え張らなくてもいいのにぃ」

「見え張ってねぇよ。白髪の小さい奴と、それから長い黒髪の奴だ。どっちも強ぇ」

「ふ~ん?」

 

 気のない返事だが、眠目の脳内では正確に二人の姿が浮かんでいた。

 

(月ちゃんと、斬々ちゃんか~……)

 

 学園三強。教員にも認められた自治会でもある天下五剣だが、純粋な武力においては現状一歩譲る者達が居る。

 一人は、彼女の隣で欠伸を噛み殺す寧々里。もう一人は、彼よりも少し前に学園へとやって来た女帝。そして最後の一人は、現状最年少。

 寧々里は、先のワラビンピック後から大々的に学内で言われるようになった。そんな彼へと二人が接触を持とうとすることは、当然と言えば当然だった。

 ただ、

 

(リコちゃんは、()()()なんだけど~)

 

 面白くない。少なくとも、眠目には。

 実力など知った事じゃない。彼は元々()()()()()なのだから。

 

「ねぇねぇ、リコちゃん」

「あ?何だよ」

 

 見下ろしてくる彼。寧々里が、こうして気にするのは眠目位のものなのだ。

 それでも、足りない。もっと欲しい、そう思ってしまうのは人としての性だろうか。

 

 例えどんな手段で手に入れても、最終的に利益となればあらゆる方法を厭わない。

 彼女は、マキャヴェリズムに最も近いのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 超人、女帝、天下五剣。三竦みのようになっているが、そのうち前者二つはあくまでも非公式的に、周囲から呼ばれているだけ。立ち位置で言えば普通の生徒と変わりがない。

 だが、

 

「こうして顔を合わせるのは、初めて、か」

「何の用だ」

 

 こうして向かい合うだけでも、周囲の空気が重くなるのは彼らの力量、実力を表しているのかもしれない。

 どこへ行っても視線の雨。元来気にしない性格であるとはいえ、そう不躾に見られ続けていい気分のものなど居ない。

 適当にフラフラと動き回っていた寧々里は、自然と人気の少ない場所へと足を運び、そして辿り着いたのが仏像が設置された講堂。

 そこでこうして出会った二人。

 

「なに、そう警戒する必要も無い。私は静かなこの場が好きなだけだからな」

「……そーかよ」

 

 間を一つおいて、ステージの端に腰掛ける寧々里。

 その背を、“女帝”天羽斬々(あもうきるきる)は流し目に眺めていた。

 接触は少し前。彼が、トレーラーを素手で殴って半壊させたワラビンピックより少し経った頃。

 どちらも、天下五剣からの矯正を真正面から破った猛者。少なくとも、天羽は寧々里の事を前々から知っていた。

 武術ではなく、暴力。それだけで周りを圧倒するのだから、目を引かない方が難しい。

 そして、あの拳。如何に、軽量化を施されたドラッグレースのトレーラーであろうとも、その車重は数トンは下らないかもしれない。

 

「お前は、随分と奇妙な体をしているな」

「何だよ、静かな場所が好きじゃ無かったのか?」

「なに、ほんの戯れ、世間話のような物だ。それで、その体は生まれつきか?」

「……まあ、な。ガキの頃は、殆ど立てなくて、寧ろ自分の筋肉に骨が負けてたって話だ」

「ミスタチオン異常……いや、最早人間の中に生まれたバグか。筋繊維の発達は止まらずにその厚みと密度を増していき、しかし互いに縛り合う事で、さらに発達しながらも異常な密度で人としての形を保っている。そして、筋繊維に負けない為の骨格、そして押さえつける皮膚。くくっ……誰もが羨む肉体だなぁ?」

「舐めるように見るんじゃねぇよ……おめぇはどうなんだよ」

「私か?」

「随分と鬼瓦に嫌われてるみてぇじゃねぇか。何やったんだ、おめぇ」

「なに、少し戯れてやっただけの事だ。私の時には、五剣が二人がかりでな」

「で、勝ったと。素手か?」

「ああ」

 

 事も無げに頷く天羽だが、実を言うと彼女が五剣に嫌われるのはその部分だけではない。

 寧々里も勝利しているが、彼は比較的彼女らとは友好的に接する事が出来る。これは、彼が傲慢なタイプではなかったから。

 彼女は違う。伊達に、女帝とは呼ばれていない。

 

 天羽斬々は君臨する存在。それだけの力とカリスマ性を有しているのだから。

 

 だからこそ、かち合う。どうしても、天下五剣とは相いれない。

 

「どうだ、寧々里理光。私と来ないか?」

「あ?」

「その持て余した力、私が使い道をくれてやる、と言っているんだ」

 

 蛇のように、彼女は手駒を欲している。そして、ソレだけの魅力が寧々里にはあった。

 もっとも、

 

「断る。めんどくせぇ事言ってんじゃねぇよ」

 

 彼にとっては一切の魅力は無いが。

 並ぶ椅子を眺めながら、寧々里は頬杖をついた。

 

「別に俺は、暴れたい訳じゃない。天下五剣、だったか?アイツらと事を構えたのも、ただ折れてやるのは面倒だったからだ。それとも、なんだ?オメェは俺と事を構えたくないって言う意思表示か?」

「……ふっ、さて、どうだろうな」

 

 チリッ、とうなじの毛が逆立つような緊張感が辺りに満ちる。

 超人と女帝は相容れない。言葉を交えようとも、心は交わらないから。

 

 そして、時は訪れる。始まりは、とある男子の編入から。



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「――――それから、これだけは言っておくわ」

 

 雰囲気が若干真面目になった増子寺に、納村不動は眉を上げた。

 

「アタシが知る中で五剣の矯正を真正面から退けたのは二人だけよ」

「へぇ?二人も居るのか。結構多いじゃんか」

「馬鹿ね。この二人は、文字通りの化物級よ」

「心配しなくても、おたくも相当だよ」

「面の話はしてないわよ!!とにかく!その二人とは、なるべく関わらない事ね。どっちもそこまで干渉するって話は聞かないけど、事を構えるのは得策じゃないもの」

 

 神妙に忠告してくる増子寺に、納村は辺りを見渡しそしてある一点でその視線を止める。

 彼が見るのは、不自然に周りが開いて、尚且つ周りの女子よりも頭一つは背が高いであろう男子の背中。

 

「なあ、マスコ。女装してない奴が居るんだが……もしかして、アレが今言ってた片割れか?」

「はあ?……ゲッ」

 

 露骨に顔を顰めた増子寺に、納村は自分の予想が正しかったことを悟る。

 割とナンパな性格をしている彼だが、だからといって異性とばかり知り合いたいという訳でもない。

 

「なあ!そこの、おたく。ちょっといいか?」

「ちょっと!?何声かけて――――」

「――――俺か?」

 

 増子寺が焦るが、件の彼は足を止めて振り返ってしまう。ついでに、納村から彼へと向けて一本道が出来あがった。

 これ幸いと、その道を真っ直ぐに進む納村と、腕を引っ張られて逃げるに逃げられない増子寺。

 

「……新顔だな。転入生じゃねぇか?」

「へぇー、マスコもそうだけど、おたくも分かるのか」

「この学園の男子は、大抵女装してるからな。それをしてない男子は入って来たばっかり。そう考えるのが当たり前だろ」

「おたくは、どうなんだい?」

「俺は、別だ。勝てばいい、それだけだからな」

 

 若干猫背の納村を見下ろしてくる、黒い瞳。

 暫く二人は見つめ合い、

 

「納村不動。アクセントは()ムラ、と頭で頼むぜ?」

「寧々里理光だ」

 

 自己紹介する二人だが、その一方で増子寺は生きた心地がしなかった。

 妙に肝が据わっている納村は兎も角、寧々里に関しては静かではあるがその剛腕を知っているから。変に気を損ねれば、ひき肉にされてしまう。そんな恐怖があった。

 

「なあ、寧々里。おたくはさっき、勝てば良いって言ったよな?」

「ん?ああ」

「それって、天下五剣、だったか。そのかわいこちゃんたちに、って事か」

「かわいこちゃん……そこまでナンパな奴らじゃないぞ。俺は、五人全員を知ってる訳じゃねぇが」

「そうなのか?」

 

 首を傾げる納村だが、これは仕方がない。寧々里への矯正は、二人目の花酒が行ったワラビンピックで止まっているのだから。

 直接対決した鬼瓦、花酒は勿論、馴染みのある眠目、それから彼は知らないが最年少。以上が彼が出会った天下五剣。あと一人とは、顔を合わせる事が無かった。

 ひやひやとする周りだが、それに反して二人の間の空気は和やか。

 

「それにしても、俺の学生生活は、どうしてもこうも血腥くなっちまうのかねぇ」

「よく言うわよ。ここまで落ちてきてる癖に!」

「だな……学校放逐されてる時点で、何かしらやらかしてるんだろ?」

「俺は、自由と平穏を愛してる平和主義な男だぜ?ま、暴力を背景にした脅しってのが俺は嫌いでね。とりあえず、職員室に行ってくる。マスコも寧々里も後でな」

 

 ひらりと手を振り先に行く納村。

 

「……アンタ、意外と話せるのね」

「話す必要が無けりゃ、話さねぇだろ。つーか、学園で俺に話しかける奴なんざ、殆ど居ねぇよ」

「そりゃ、当然じゃない。あのワラビンピック見てた奴なら、怖がって話しかけないわよ。というか、教室でも、アンタ鬼瓦輪の刀を指でへし折ってたし」

「アレは、仕方ねぇだろ。おめぇさんらみたいに、女装するのは御免被る」

 

 肩を竦める寧々里に、ソレは実力あってこそと内心で呟く増子寺。

 如何に不良としてならした者達でも、武装女子には敵わない。

 裏を返せば、天下五剣含めて、彼女らを退けられるものは、屈指の猛者という事。

 

「……荒れそうだな」

 

 納村の入っていった入り口を眺め、寧々里は呟く。

 明らかに()()()()()だった。暴力オンリーの寧々里であっても、それ位は見てわかる。

 実力のほどは知れないが、しかし仮に天下五剣を退けるだけのものがあるのなら、明らかにそこから先の学園は荒れる事だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(へぇ……)

 

 窓枠に頬杖をついて、その光景を眺める寧々里は内心で感嘆の息を零す。

 突然始まった、納村VS鬼瓦の矯正対決は前者に軍配が挙がった。

 その決り手は、納村の奥の手ともいえる技“魔弾”。終始鬼瓦が押していた様にも見えたが、たった一発で事を決めるあたり、相当の破壊力なのだろう。

 注目するのは、完全な密着状態と不完全な力の入りにくいであろう体勢から、人一人を吹き飛ばすだけの威力を発揮できる点

 ただ、

 

(俺に通じるかは、また別か)

 

 窓枠から離れ、自分の席へと戻った寧々里は欠伸を一つ零す。

 彼の体は、密度が違う。体質によるものだが、要するに常人とは体の構造が違っていると言っても過言ではないのだ。

 真剣ならともかく、刃挽きしてあるのならば刃物も殆ど通じない程度には寧々里の体は強靭。

 そんな彼にとってみれば、純粋な打撃などは当然効かない。人体の急所を狙うならば、股間と顔面が精々で、鳩尾に打ち込んでも大したダメージにはならないだろう。

 再度、欠伸を零したところで窓の外から大声の鬼瓦の声が聞こえた。何故かその内容は“矯正”ではなく“去勢”だったが。

 そのままチャイムが鳴り、一日が始まる。と言っても、女装男子や武装少女が居ようとも、学園は形式的に高等学校の域を出ない。つまり、特段珍しい事は、早々起きなかったりする。

 

 時は流れて昼休み。

 いつものように屋上でパンを食べる寧々里。その隣では、フェンスの上に腰掛けた眠目の姿があった。

 

「それで~、リコちゃんから見て、あの転入生の子ってどんな感じ?」

「どんな……まあ、割と普通じゃないか?ナンパな感じではあっても。後は、まあまあ腕が立つ、か?」

「鬼ちゃんにも勝ったからねぇ……アレも見た?」

「最後の一発か?生憎と、俺は武術なんてしてねぇから、詳しいことは分からねぇぞ。寧ろ、あの手の技はおめぇの方がよく知ってるんじゃないのか?」

「剣術と体術は別物だよ~?」

「そういうもんか」

 

 硬めのバゲット生地を食い千切って咀嚼する寧々里。彼にしてみれば、武術というのは大きく一括りのものでしかない。流石に、剣術と体術を完全に混同したりはしていないが。

 寧々里が、眠目に話を振ったのは、彼女の目だ。

 常人よりも視野の広い彼女。加えて観察眼にも優れている。

 だが、そんな眠目の目をしても件の彼の術技は見抜けていない。

 

「見た感じ、寸勁かなぁ?とも思うんだけど」

「すんけい?」

「ワンインチパンチとか知らない?まあ、密着状態から発揮できるんだから相当だよねぇ」

「……でも、納村って根っからのステゴロ系じゃねぇだろ?見た感じだが、俺とはちっと毛色が違う」

「リコちゃんと同じタイプなんて早々居ないよ~ゴリラだし」

「誰が、ゴリラだ」

 

 頭を掻く寧々里だが、彼のような怪物が二人も三人も居たら事だ。

 チラリと、眠目は傍らの彼を見やる。

 

 眠目さとりは、他人の感情が分からない。これは、生まれながらの疾患とも言うべき部分。

 そして、分からないからこそ彼女はマキャヴェリズムを体現するともいえる。

 

 今、眠目が知りたいことはこの胸の内。

 その為ならば、どんな手段も厭わない。



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「……む?」

 

 特徴的な弾ける音に、寧々里理光は顔を上げた。

 昼休みは基本的にエネルギー補給に勤しんでいる彼だが、だからといって昼休みの最初から最後までモノを食ってる訳では無い。

 大抵の場合は、屋上で寝ているか、或いは今のように図書室へと足を運び適当な本へと目を通している。

 本棚の前で、片手で本を開いて立ち尽くしながら、寧々里は外から聞こえる音へと耳を澄ませる。

 

「……ああ、あの派手な金髪の」

 

 この愛地共生学園では、女生徒の警棒程度までの武装が認められている。例外は、天下五剣の帯刀だろうか。

 しかし、中には警棒ではない得物を装備する者が居る。その一人が今、外から聞こえる景気の良い音の主だ。

 屋上から何度か見た事のある鞭使いを思い出しながら、寧々里は考える。

 鞭というのは、戦闘には基本不向き。空気の壁を超えた先端が、極小の刃物のように相手を切り裂く事もあるが、そも本来の用途は、拷問であったり刑罰であったりと、対象を死に至らしめる、というよりも痛めつける事にある。

 ただ、裏を返すと痛めつける事に主眼を置くため、ぶっ叩かれると大の男であろうとも涙が滲むほどの痛みを与える事が可能。

 

(まあ、事を構えなきゃ問題はない、か)

 

 本を閉じて棚へと戻し、寧々里は次の本を選ぶ。

 余談だが、図書室へとよく足を運ぶものはあんまり彼を恐れていなかったりする。というか、重い書籍を運んだり、そもそも彼も本棚の前からほとんど動かない為、その棚に用事がある生徒以外にとっては置物同然であるからだ。

 そんな評価など知った事ではない寧々里は、とある本に惹かれた。

 内容としては、海外の小説で。所謂ところのファンタジー冒険譚。特別有名どころのものではないし、映画化やドラマ化の話などは出ないものの、それでも比較的長い巻数を重ねたタイトル。

 寧々里は、基本的に翻訳本は読まない。翻訳家の仕事にケチをつける気は無いのだが、どうにも文章が固く感じて読みにくいからだ。

 しかし、気になってしまえば手も伸びる。

 彼が見つけたのは、六巻目の上。そこから左へと指が動き、

 

「ん?」

 

 四巻、二巻と戻って、しかし一巻の部分だけすっぽりと穴が開いていた。

 右手でうなじを撫でる寧々里は、行き場を失った左手を下して首を傾げる。無いとは思わなかったから。出鼻を挫かれた形だ。

 とはいえ、図書室の本は彼のものではない。貸し出し申請なども受け付けているのだから、寧ろ歯抜けがあって当然というもの。

 少し釈然としないが、しかし無いモノを出せと揺するほど寧々里も落ちぶれてはいない。

 大人しく別の本を探して、

 

「お探しの本はこれですの?」

 

 横合いから差し出された一冊の本。彼が目を付けた一巻がそこにあった。

 受け取って隣を見れば、揺れる金髪。

 

「あー……誰だっけか」

「こうして、面と向かって顔を合わせるのは、初めてでしたわね。私は、亀鶴城メアリ。天下五剣の一席を預かる者です」

「……成程?」

 

 何でそんな相手が急に接触を持ったのか、寧々里には分からない。分からないが、しかし少なくともこの場でおっぱじめることは無いだろうと、希望的観測を持ってみたり。

 

「そう、警戒しなくてもよろしいのではなくて?」

「いや、警戒位するだろ。お前らと関わって碌な目に遭ってないぞ、俺」

「それは、貴方が矯正の対象だからですもの。今は止まっていますが」

「向かって来ねぇと思ったら、そういう事か」

「とにかく!貴方も、矯正の対象であることをお忘れなく!」

 

 それだけを言うと、亀鶴城は図書室を足早に出ていく。

 その背を見送り、寧々里は手渡された本へと視線を落とした。

 矯正の対象などとは言われたが、現状彼をどうこう出来るものなど、この学園には二人ほどしかおらず、片方は天下五剣ですらない。

 本を開き、そこで不意に彼の尻ポケットに突っ込まれた携帯が振動する。

 彼の携帯は、基本的に着信やらはあり得ない。電話帳に登録されているのも肉親含めても十を少し過ぎる程度。そして、両親とは殆ど断絶状態なのだから彼らからの電話もあり得ない訳で。

 しかし、事実携帯は振動した。それはつまり、数少ない相手からの呼び出しである。

 

「……はぁ」

 

 結局、読めなかった。寧々里は本を閉じ、本棚の空きに差し込む。

 そして、図書室を後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっわ、まだベトベトしやがるし……」

 

 頭に着いた、()()()()()()()()()()()を拭いながら、納村はぼやく。

 どうにもこうにも間が悪い。

 今日も、彼としては謝罪と、それから校外へと出る事を可能にする外出許可証の発行を求めての行動だった。

 結果、最終的に後輩二人を泣かして、尚且つ学園中から上記の代物を投げられまくる事になったのだが。

 とはいえ、目的は果たした。許可証は入手し、その効力を発揮するために必要な判を鬼瓦に押してもらえたのだから。後は、残り四人の天下五剣からの判とそれから学園長印があれば外出可能となる。

 割と周囲から厳しい視線に晒されながら教室へと戻る、納村。その道中で見知った背中を見つける。

 

「おっ、寧々里。おたくも今から戻るところか?」

「あ?納村か……何やってんだ、おめぇ。頭にウンコ乗っけて」

「いや違うから、コレチョコ味のソフトクリームだから……だよね?」

「いや、知らねぇが」

 

 怪訝な顔をする寧々里ではあったが、それ以上は何も言わなかった。

 彼としては、昼休みに納村が何をやらかしていようと興味が無い。周りからの視線にしたって、興味が無いのだから質が変わろつとも気づきようが無かった。

 

「そういえば、寧々里は天下五剣からの矯正を受けたんだよな?」

「受けた……一応な。つっても、二人目以降でそれも止まっちまったが」

「止まった?」

「ちょっと派手に壊し過ぎたってだけの事だ」

 

 本当の所はちょっと処ではないのだが。

 納村としても、詳しく話さないのならば彼からはこれ以上聞き出す気も無い。まあ、後で増子寺に聞こう、なんて考えていたりする。

 

「なら、寧々里は外出許可証は持ってるのか?」

「いいや?でたけりゃ出れば良いだろ」

「マジかよ」

 

 納村が思い出すのは、鬼瓦の事。

 彼女含めた二人以上による天下五剣からの矯正を受ける事になるなど、彼としては正直避けたい事であったからだ。

 この辺りは、寧々里の無意識的な傲慢さの表れでもあるだろう。

 強すぎる肉体に加えて、事実として二人の五剣を退けているのだから。ぶっちゃけ、何人増えようが、そこまで恐れていなかったりする。

 もっとも、

 

「俺は別に、外に出る用事も無いんでな」

 

 前提として、許可証に興味が無いのだから。

 

「何だよ、外に出てキャッキャウフフしないのか?」

「興味ねぇよ。部屋で寝てる方がマシだ。というか、おめぇはその為に動いてるってか?」

「おう、ちょうど貰ってきたところでな」

「そりゃ、ご苦労なこった」

 

 肩を竦める寧々里。そろそろ、教室が見えてきた。

 教室の入り口で分かれて、自分の席へと座った彼は、少し前の携帯でのやり取りを思い出す。

 

(まあ、俺も興味があるしな)

 

 同じ境遇であろうとも、しかし仲間意識がある訳では無い。

 

 寧々里理光は、納村不動の味方ではないのだから。



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