ウマ娘外伝 大河ウマ女優への道?  (国津真史)
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第一幕 『鎌倉殿のふたり』 その壱~参

【その壱】

 

 

とある日のトレセン学園、理事長室。

 ここに秋川学園理事長のほか理事長秘書の駿川たづな、桐生院葵など複数の有力トレーナー、教師たちが集まり鳩首協議がおこなわれていた。

 内容は、テレビドラマ出演者の推薦依頼への対応についてである。

 

理事長「諸君! 冠レースの有力スポンサーでもあるNHKから来たこの依頼、我々は全力で応えなければならない! 好評だった『鬼神がくる』に続き、大河ドラマのメインヒロインにふさわしいウマ娘を、我らトレセン学園の生徒から選定するのだ!! URAの名声をより一層高めるためにもな!」

 

 ちなみについこの間、最終話を迎えた大河ドラマ『鬼神がくる』は人気の戦国モノで、ライスシャワーがメインヒロインを演じた。

 しかしこのドラマ、昨年から色々なトラブルに巻き込まれ、撮影、放映が延びに延び、もしかしてこれは「ライスの呪い」ではないかとさえ言われていた(本人が一番怯えていた)。

 とはいうものの、今年の年明けには好評のうちに無事最終話を迎えることができた。

  特に最終話のライス演じる明智家の宇摩(うま)娘「大鹿毛」の迫力がすさまじく、視聴者から「青白く光るオーラが見えた」とさえ言われ、ネットでも話題になっている。

 次の大河ドラマは幕末・維新モノで、特にウマ娘の出番は無かったのだが…

 

 葵 「来年の大河ドラマは源平時代が舞台のようですね。となると主役は…」

 

理事長「ウム! どうやら生食(いけずき)と磨墨(するすみ)のダブル主演となるようだ。 この歴史的に有名なライバル関係を演じきれる、優れたコンビはこの学園にいないものか…」

 

たづな「でしたら、あの二人がよろしいのでは…」

 

理事長「フムフム…成程!あの二人なら! では、クランクインも差し迫っているからな、早速二人に連絡を…」

 

たづな「彼女たちなら、今日は中山レース場へ応援として出掛けてますが…」

 

 

【その弐】

 

 

ウオッカは走っていた。

 

 中山レース場から北東方向へ延びる一筋の道。通称、木下(きおろし)街道。目的地は、その先にあると噂で聞いた、とある神社だ。

 

 この日ウオッカは、チームメイトの応援に中山レース場まで駆けつけていたのだが、レース後のウイニングライブ観賞はそこそこに「今日はちっと野暮用があるから、じゃあな」と言ってそそくさとその場を離れた。そして…

 

ウオッカ「うぉ~、カッコわりぃ!カッコわりぃ!!カッコわりぃ~!!! この期に及んで神頼みしか思いつかないなんてよ~!」

 

…と、叫びつつも、噂の神社に向かってひた走る。レースで勝つとか、いかにカッコよく走るかといった話であれば、こんな神頼みなんて考えもしなかったであろう。

 しかし、最近心の中でむくむくともたげてきた「ある思い」に関しては、一体どうすればいいのか、さっぱり分からぬまま、結局後から小耳にはさんだその神社にお参りをして、それから考えようと、こうして走っている。

 

~~~~~~~~~ ~~~~~~~~~ ~~~~~~~~~

 

 その「ある思い」が生まれた…ウオッカの心に新たな火を点けた最初のきっかけは、ライスシャワーが主役を演じた、あの大河ドラマである。

 

ウオッカ「うぉ~、ライス先輩カッケェ! いっつもおどおどしているイメージしか思い浮かばない(失礼)あのライス先輩が… いっつもセリフかみかみのイメージしか思い浮かばない(度々失礼)あのライス先輩が… なんて…なんてカッケェんだ!!」

 

 「天下泰平」の理想に燃え、最後は日本史上最も有名なクーデターにおよんだ明智一族に殉じた悲劇の宇摩(うま)娘「大鹿毛」。その大役を、ライスは見事に演じきったのだ。

 (それでも当初は、裏でライスが「やっぱり私、悪役なんですか~?」と涙目になりかけた…という噂もあったりしたのだが、それはそれでまた別の話)

 ウオッカは、レースでの勝利とか、その後のウイニングライブとは違った意味の、これまで感じたことのないカッコよさをそこに見出したのだ。

 すでに学園内には、ウマドルとして芸能界でも活躍するウマ娘がいることも知ってはいる。しかし、それに対してはあまり心を動かされることのなかったウオッカであったのだが、

 

ウオッカ「やっぱ大河ウマ女優ってスゲ~よな~。 俺もなれるかな~?」

    

 そんな折も折、来年の大河ドラマは源平時代を舞台にした、古の宇摩娘が主役のストーリーになるらしいというニュースが飛び込んできた。

 ライスシャワーの演技にすっかり魅了され、「キラキラ」を通り越して何か「ギラギラ」としたものを胸に刻み込まれたウオッカにしてみれば、このニュースを無視することなどできなかった。

 

ウオッカ「何が何でも来年の大河ドラマの主演の座を射止め、日本一カッコいいウマ娘になってやる!」

 

 と、心に決めてはみたものの、どうすれば大河ドラマの主演女優に選ばれるのか、皆目見当がつかない。今から女優としての特訓をしようにも、とても間に合いそうにはない。まだ誰から聞いたというわけでもないが、ライスの実績を考えると次の主演女優候補について、もうすでにトレセン学園に話がきているかもしれない。

 

ウオッカ「ひょっとして、もう裏で誰か選ばれているんじゃ…」

 

??? 「ふふん、大河ドラマの主演女優にふさわしいのは、全てにおいて1番のウマ娘であるこの私よ」

 

ウオッカ「…って、何でアイツの顔が頭ん中に浮かんでくるんだよ!!! くっそ~、ムシャクシャしやがる~!」

 

 ちょうどそんな頃である。とある神社の噂を耳にしたのは。

 中山レース場から北東へ車(もしくはウマ娘の全力疾走)で20~30分ほど走った所にトレセン学園とは別の機関「URAトレーナー学校」が置かれている。そこからさらに川を下った先にある「天神八幡神社」には、古の宇摩娘「生食(いけずき)」が菅原道真公と一緒にお祀りされてるという。

 「生食」といえば、源平時代に無類の活躍をしたとされる、日本のウマ娘界におけるいわばレジェンド。

 

ウオッカ「そういえば、来年の大河ドラマって源平時代が舞台だったよな。 だとすると、今度の主役ってほぼ「生食」で間違いないんじゃねぇか? だったら、その天神八幡神社ってところにお参り…っておいおい、俺はそんな神頼みって柄じゃね~だろ… いや、でも、しかし…」

 

~~~~~~~~~ ~~~~~~~~~ ~~~~~~~~~

 

 そうこう悩んでいるうちに、今日へと至る。

 

 中山レース場を出たウオッカは、噂に聞いた「天神八幡神社」を目指し、自分の足で木下街道を北上する。しかし、並みの人間以上の瞬発力とスタミナを誇るウマ娘といえども、そこは生身の身体。途中、栄養補給と小休止を兼ね、「鎌ヶ谷大仏」という鉄道駅の近くにある、これまた「大仏交差点」という名前の十字路に面したラーメン屋に入った。ちなみにそのラーメン屋の店名も「大仏」の二文字を冠しているのだが…

 

ウオッカ「一体、どれだけ大仏推しなんだよ、この辺りは…」

 

 麺をすすりながら、このあたりの光景を思い返す。

 

ウオッカ「そういや、やたら大仏推しな割に、肝心の大仏自体が見当たらねぇなあ~。 ここへ来るまでに、見上げるようなデッカイ仏様とか、それっぽいのあったかな?」

 

 ウオッカは、

 「日本一小さな大仏」を見つけられなかったようだ

 賢さが2減った

 「視界良好!異常なし!」のヒントが消滅した!!

 

 

 果たして、ウオッカは無事「天神八幡神社」までたどり着けるのか?

 

 

【その参】

 

 

 再び、ウオッカは走っていた。

 

 中山レース場から北東方向へ延びる一筋の道。通称、木下(きおろし)街道。目的地は、その先にあると噂で耳にした「天神八幡神社」だ。

 

 ウオッカは、次のNHK大河ドラマのメインヒロインの座を射止めんと、柄にもなくその神社へ願掛けに行こうとしている。

 ちなみに次の大河の時代設定は源平モノと言われていて、メインヒロインとなる古の宇摩(うま)娘は、当時において比類なき活躍、すなわち宇治川の先陣争いを制したことにより「日本一の名宇摩娘」「元祖勝ち宇摩娘」と謳われた「生食(いけずき)」となることが予想された。

 「天神八幡神社」は、その「生食」を祭神としてお祀りしていて、今回のウオッカの願掛けにはある意味うってつけともいえる。

 

 中山レース場を発ち、途中鎌ヶ谷大仏駅近くのラーメン屋で小休止していたウオッカは、名物の大仏ラーメン(豚骨しょうゆ味)を2,3杯かっ込むと再び木下街道を北上し始めた。

 道を飛ばしたウオッカには見物する余裕などなかったが、出立したラーメン屋から少し先の三叉路に「魚文の碑」というものが建っていて、その解説看板には、江戸時代この周辺で幕府によって数多くの「宇摩娘」が保護されていた歴史も記されている。

 ウオッカは、図らずもかつての「宇摩娘の里」ともいうべき地域を走っていたのだ。

 

 さらに先を進み、住宅街を抜け、街道沿いに梨園や林の緑が増えてきたあたりに「URAトレーナー学校」がある。

 その入り口のすぐ脇にあある神社は「天神八幡神社」と間違えられがちで(名前も「天神社」と紛らわしい)、ウオッカもここを参拝したら帰ろうと考え、危うく「賢さ」を再び下げるところだった。

 すぐ間違いに気づきはしたものの、せっかくの行きがけの駄賃だからとあえてここにもお参りをし、さらに街道を北へ。

 

 やがて片側1車線だった街道が片側2車線に広がり、底に鉄道が走る100m幅の広い堀割りに架かる橋を渡った先で、脇道へと入っていく。

 くねくねとつづらおりの坂を下りきり、神崎川に架かる七次橋を渡れば、目的地の「天神八幡神社」はすぐそこだ。

 

ウオッカ「やっと着いた~。 結構な道のりだったぜ」

 

 狭い田舎道に寺と神社が並んでいる。

 奥に見えるのは、その寺が運営している幼稚園か。

 田舎道から神社の敷地を覗くと、細い石畳の参道の先に、石造りの鳥居と、その両脇に大きい溶岩みたいな台座の上から、にらみつけるようにしている一対の狛犬が見える。

 

ウオッカ「へ~。 それ程大きくもない神社だけど、この狛犬は立派なもんだし、結構雰囲気あるな~」

 

 参道を歩き、その石造りの鳥居に近づき、掲げられた額を見てみると…

 

ウオッカ「大・日・神・社…大日神社か。 よし、間違いない」

 

 元々の目的地である「天神八幡神社」、実はこの太陽神をお祀りしている「大日(おおひ)神社」の境内の中に取り込まれた、いわゆる境内社である。

 ウォッカは、鳥居をくぐり、石段を登って、とりあえず大日神社の拝殿をお参りした。

 

ウオッカ「よし、あとは本命の天神八幡神社でじっくり願掛けを…右手の奥にあるあれがそぅ…ありゃ?」

 

 見れば、天神八幡神社らしき二回りほど小振りな社の前で、一生懸命お祈りをしているような人影が見える。

 さらによくよく見ると、真上にぴんと立った耳、腰の辺りには尻尾、そして…

 

ウオッカ「あ~、先客がいたんだ~。 ひょっとして地元のウマ娘さんかい? …ってその恰好!トレセン学園の制服!?」

 

 ウオッカの声に「先客」が振り返る。ウオッカにとって、それはとても見慣れた顔だった。

 

ウオッカ「ど、ど…どうしてお前がここにいるんだよぉ!?」

 

続く



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第一幕 『鎌倉殿のふたり』 その肆~陸

【その肆】

 

 

ウオッカ「ど、ど…どうしてお前がここにいるんだよぉ!?」

 

 中山レース場と同じ千葉県の某所にある「天神八幡神社」(祭神として、源平時代の宇摩(うま)娘で「日本一」「元祖勝ち宇摩娘」と称えられた「生食(いけずき)」を祀る)の境内に、自分だけでなく、他のウマ娘もここまで来ているとは…。

 いや、次の大河ドラマのメインヒロインが、古の、それも源平時代の宇摩娘だという情報が流れている時点で、こうした可能性は十分考えられた、だが…。

 

ウオッカ(それにしても、よりによってこいつだなんて…。)

 

ダイワスカーレット「あらぁ、私がここにいたら、何か悪いわけ?」

 

ウオッカ「べ、別に悪くなんかね~よ。 ただ、何となく…」

 

 何気に目をそらしたウォッカ。すると、ダイワスカーレットの立っているすぐそばの木に竹ぼうきが立てかけられているのが見えた。

 さらに辺りを見渡すと、ここら辺は樹木が生い茂る割に、地面にはほとんど…いや、全くと言っていいほど落ち葉が見当たらないような…。

 

ウオッカ(こいつ、俺より先回りしたばかりか掃き掃除までしてたのか!?)

 

ダスカ「私はほら、この辺りは宇摩娘の古い歴史があるから、その勉強に…」

 

ウオッカ「へへぇ~、勉強ねぇ。 で、そこにある竹ぼうきは?」

 

ダスカ(な…何よ、今日のウオッカ。妙に勘が鋭いじゃない。)

   「ぼ…ボランティアの清掃…かしら?」

 

 ウオッカの疑いの視線がダイワスカーレットに突き刺さる。

 

ダスカ「いちいち隠す事でもないわね… お参りついでの掃除よ。それが?」

 

ウオッカ「ついでにしては丁寧な掃除ぶりじゃねぇか。 何お願いしたんだ?」

 

ダスカ「それは秘密よ。 口に出しちゃダメとも言うし。 そういうあんたは?」

 

ウオッカ「え、ああ…有名な昔の宇摩娘がここに祀られているって聞いたんで…」

 

 ダイワスカーレットの疑いの視線がウオッカに突き刺さる。

 

ウオッカ「…まぁ、お参りだ、お参り。 これからお参りするところだよ!」

 

 そう言いながら、ダイワスカーレットとお社との間に割って入るようにして、鈴を鳴らし、ぎこちなく二礼二柏手一礼をした。二拍手の直後の手を合わせている間だけ、何かもにょもにょと言いながら少々時間をかけているようにも、ダイワスカーレットの目には見えたのだが。

 

ダスカ「あんたにはあまり神頼みのイメージってないけど、何をお願いしたの?」

 

ウオッカ「べ、別にいいだろ! さっきお前も言ってただろ、秘密だよ、秘密!!」

 

ダスカ「ふうん、願い事があること自体は否定しないのね」

 

ウオッカ「わ…悪りぃか!! (うわ~、人に一番見られたくねぇ所をよりによって一番見られたくねぇヤツに!) そ…そういやお前、俺たちと一緒に中山レース場にいなかったっけ?」

 

ダスカ「ええ、いたわよ。 それが何か?」

 

ウオッカ「いや、お前、妙に早くここに着いたんだなぁと思って…」

 

ダスカ「別に。 電車で乗り継ぎが良ければ普通よ…電車賃やけに高かったけど」

 

ウオッカ「お前、ウマ娘のくせに電車でここまで来たのかよ!?」

 

ダスカ「何よ。 ウマ娘が電車に乗ってはいけないっていう法律でもあるわけ?」

 

ウオッカ「え、いや…別に……ねぇけど」

 

 ウオッカには、どうやら無意識のうちに、願掛けに神社へお参りするのなら、自分の足で行かなくてはというこだわりがあったみたいで、何かしらの交通手段を用いるという発想が、これまで全く思い浮かばなかった。もし仮に、運転免許証を持っていたなら、あるいはバイクで飛ばして来たのかもしれないが。

 

ダスカ「そういうあんたはジャージ姿で、少し息が荒いようにも見えるけど…」

 

 ダイワスカーレットは、ウオッカの全身をまじまじと見ている。

 

ダスカ「まさか、中山レース場からここまで走って来たの? ホントご苦労様」

 

ウオッカ「悪りぃか?」

 

ダスカ「別に…。 じゃあここに来る途中、鎌ヶ谷大仏とかもお参りしたの?」

 

ウオッカ「え? そういや、そんな駅とか…でもあの辺に大仏なんてあったか?」

 

ダスカ「…はぁ。 …あんたも大概よね」

 

ウオッカ「な、何だよ! その人を馬鹿にしたような、憐れむような目は!」

 

 その時ほぼ同時に、ウオッカとダイワスカーレットとの、2つのスマートフォンの着信音が鳴り響いた。

 

 

 

【その伍】

 

 

千葉県某所にある「天神八幡神社」の境内で鉢合わせした、ウオッカとダイワスカーレット。何やかんや言い争っているうちに、二人のスマートホンの着信音がほぼ同時に鳴った。

 二人は、それぞれ距離を取りつつ電話に出た。

 

~~~~~~~~~ ~~~~~~~~~ ~~~~~~~~~

 

駿川たづな《もしもし、駿川です。ウオッカさんの電話で間違いありませんか?》

 

ウオッカ「あ、たづなさん。 ウオッカです。 お疲れ様ッス」

 

たづな《あなたはまだ外出先かしら?》

 

ウオッカ「はい、中山レース場とは違いますがまだ千葉のほうに… あっ、一応、寮長の方には今日は遅くなるかもって伝えてますんで…」

 

たづな《あら、意外と真面目なんですね》

 

ウオッカ「…たづなさん、冷やかしなら切りますよ?」

 

たづな《ふふっ、それは困りましたねぇ。 ウオッカさんに、至急お伝えする事がありお電話を差し上げたのですが》

 

ウオッカ「至急? と言いうと…」

 

たづな《実は、NHKから、来年の大河ドラマの出演者を何名か推薦してほしいと依頼がありまして、そのうちの一人に、ウオッカさんを推薦することが先ほど決まりました。 ちなみに、今度のドラマの舞台は源平~鎌倉時代ということでして、タイトルは『鎌倉殿のふたり』。 役としては、生食(いけずき)、磨墨(するすみ)、あと脇役で、ウマ娘なのに、仕えた武将におんぶされて崖から降りていったという…え~っと、何て言いましたっけ?》

 

ウオッカ「えっ! 俺、大河ウマ女優になれるんスか!?」

 

たづな《はい。ですからその心づもりで…》

 

ウオッカ「俺、生食の役を頂けるんですね?」

 

たづな《あ、いえ、そこまでは…。 具体的な配役については、先方の、監督さんとかとこれから相談して… でも、時間もありませんのでここ2、3日で決める予定です。》

 

ウオッカ「ぜひ俺に!!! おっと、声が大きく…ごにょごにょ。 俺に…生食役やらせたください!お願いしますっ!一生のお願いッス!」

 

たづな《は…配役の件についてはまた後日、連絡を差し上げますね》

 

~~~~~~~~~ ~~~~~~~~~ ~~~~~~~~~

 

ウオッカ「よっしゃ~」

 

 ウオッカは思わず、小声と小振りながらもキレのある動きでガッツポーズ。そして今の自分の姿を誰かに見られていないだろうなと、これまたつい辺りをキョロキョロ見渡す。「誰か」といっても、周辺には少し離れた所にダイワスカーレットがいるだけのようだ。それも、まだ電話中らしい。ただ、何だかこちらをチラチラ見ているような…。

 

ウオッカ(あの猫を被ったような声…相手はシンボリルドルフ生徒会長あたりかな? あいつは口調や言葉使いで、誰と話しているのか大体判るな。)

 

 ウマ娘は、基本、普通の人間より耳がいい。だから多少遠くても、声音で何となく、誰とどんな(真面目なのか、くだけているのか)話をしているのかぐらいは想像がつく。ただし、話の具体的な内容までは聞き取れていない。

 

ウオッカ(しかし、ほとんど同時に電話が来るなんて、これって偶然か? そういや、ドラマ出演者の推薦って一人じゃないみたいだったな。 生食と磨墨と…あと誰って言ったっけ? そういえばどっかで聞いたことあるな。 一の谷の合戦の、鵯越の逆落としだっけ? ウマ娘のくせに仕えている武将から「お前の足が心配だ」なんて言われて山の斜面を下るときにおんぶをされ…って、どんだけマックスコーヒーもビックリのベタベタ激甘恋愛展開だよ!? …なんて、想像してたら…うっ…)

 

 ブファッ!!

 

ウオッカ「うおーっ! はな…鼻血がああああ!!」

 

 そんな役だけは絶対無理ーッ!!と頭を抱えつつ、同時に、今日の服装が赤色ジャージで本当によかったなぁとも思うウオッカであった。

 

 

【その陸】

 

 

千葉県某所にある「天神八幡神社」の境内で鉢合わせした、ウオッカとダイワスカーレット。何やかんや言い争っているうちに、二人のスマートホンの着信音がほぼ同時に鳴った。

 二人は、それぞれ距離を取りつつ電話に出た。

 

~~~~~~~~~ ~~~~~~~~~ ~~~~~~~~~

 

シンボリルドルフ《もしもし。トレセン学園生徒会長、シンボリルドルフだ。 そちらは、ダイワスカーレットの電話で間違いないかな?》

 

ダイワスカーレット「生徒会長ですか。 はい、ダイワスカーレットです。 お疲れ様です」

 

ルドルフ《今日は、中山レース場へチームメイトの応援に行ったと話に聞いたが、まだ帰ってきてはいないのか?》

 

ダスカ「あっ、はい。 中山レース場の周辺は、古の宇摩(うま)娘に関して、様々な伝承が残っているじゃないですか。そういった歴史も勉強したいと思いまして、少々より道をさせていただいてます。寮には、少し遅い時間に帰る予定を申し出ていて、寮長からご許可もいただいていますわ」

 

ルドルフ《うむ、相変わらず勉強熱心で良いな。そういえば最近、本学園の生徒たちの間で噂されている「天神八幡神社」には行ったのかな?》

 

ダスカ「(え~っ!? もしかして、ここに来ている事バレてるっ!?) え~、あはっ、そうですね。時間があればそこにも寄りたいかなあ、と」

 

ルドルフ《あそこのご祭神のうち一柱は、かの有名な古の宇摩娘、八幡・生食(いけずき)だと聞いている。 ひょっとすると、我々ウマ娘の願いであれば、何でも聞いてくださるかもしれんぞ》

 

ダスカ「へ~、そうなんですか? 勉強になりますぅ」

 

ルドルフ《許可を得ているとはいえ、帰りが遅くなりすぎないよう気を付けるのだぞ…おっと、小言を言いに電話したのではなかったな。 実は大至急、君に伝えなければいけないことがあってな》

 

ダスカ「至急ですか…。 どのようなご用件でしょうか」

 

ルドルフ《これもすでに、皆の間でも噂になっていると思うのだが… 実は、NHKから、次回の大河ドラマの出演者を何名か推薦してほしいという依頼が本学園に舞い込んで来ていてな。 これについて 秋川理事長以下、経営陣が協議した結果、そのうちの一人にダイワスカーレット、君を推薦することが先ほど決まったそうだ。 ちなみに、今度のドラマの舞台は源平~鎌倉時代ということで、タイトルは『鎌倉殿のふたり』というらしい。 役としては、生食(いけずき)、磨墨(するすみ)、あと脇役として、ウマ娘でありながら、彼女が仕えた武将におんぶをされながら、戦場の崖を降りていったという…うむ、何と言ったかな?》

 

ダスカ「えっ! じゃあ私、大河ウマ女優になれるんですか!?」

 

ルドルフ《うむ。本日から早速、そうした心づもりで…》

 

ダスカ「もちろん私が、「日本一の宇摩娘」生食の役を頂戴出来るのですよね?」

 

ルドルフ《いや、残念ながらそこまではまだ聞いていない。 具体的な配役については、もう少しばかり調整が必要みたいでな… しかし、時間もあまり無いようだから、ここ数日の間に決まるだろう》

 

ダスカ「そうですか。 わかりました、連絡ありがとうございます。 皆さんの期待に応えられるよう、ベストを尽くしてまいります。 しかし、こうなってくると、カメラの前に立つ日が待ち遠しいですわ。 何だかこう、体がムズムズして…」

 

ルドルフ《大河~、大河~、じれっ大河~(byタイガー&ドラゴン)といった気分かな?》

 

ダスカ「………」

 

ルドルフ《………》

 

ダスカ「…あの、生徒会長?」

 

ルドルフ《…すまない、今のは忘れてくれ》

 

~~~~~~~~~ ~~~~~~~~~ ~~~~~~~~~

 

 ダイワスカーレットがまだ電話をしている最中、少し離れた所にいるウオッカは通話を終えたみたいだが、その動きが怪しい。なんだかそわそわしているかと思えば、急に辺りをキョロキョロ見渡したりして、とにかく怪しい。

 

ダスカ「(ちょっと、アイツどうしちゃったのよ? あれじゃまるで不審者じゃない。 やめてよね、近くに幼稚園もあるんだし。 通報されたらどうするのよ) …あ、生徒会長、何でもありませんわ。どうぞお話をお続け下さい。 (おまけに、生徒会長もどうしちゃったのかしら、さっきのアレって一体…)」

    

続く

 

 



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第一幕 『鎌倉殿のふたり』 その漆~玖

【その漆】

 

 

 千葉県某所にある「天神八幡神社」(祭神:源平時代の名宇摩(うま)娘生食(いけずき)並びに菅原道真公)で鉢合わせとなった、ウオッカとダイワスカーレット。二人は、次期NHK大河ドラマ『鎌倉殿のふたり』のメインヒロインの座を狙って、願掛けのお参りにやってきたのだ。その時、二人に大河ドラマ出演決定の電話連絡が入り、各々色めき立った。そこからの二人での帰り道。

 

ウオッカ「よっしゃあぁ!早速お参りしたご利益が表れたぜ。 やっぱ、俺の日頃の行いがいいからかな」

 

ダイワスカーレット「日頃の行いって…あんたがそれを言うわけ? ファッション不良のあんたが」

 

ウオッカ「オイ、コラ! 誰がファッション不良だ!!」

 

ダスカ「ふふん、あんたの願い事の内容なんて知らないけど、ここの神様は宇治川の先陣争いを制した「元祖勝ち宇摩娘」よ。 だったら、やはり一番乗りでお参りした人の願いを優先的に聞いてくれるんじゃないかしら… ウオッカ、ちなみにあんたは二番手ね」

 

ウオッカ「ふんっ! なんでも一番が大好きな「一番馬鹿」らしい発想だな。 大事なのはそういうんじゃなくてなぁ、心なんだよ、コ・コ・ロ! …いや、待てよ」

 

ダスカ(よくそんな恥ずかしいくらいキザナなセリフをサラッと言えるわね)

 

ウオッカ「なあ、ここにお参りに来ているウマ娘って、俺たちだけなのかな?」

 

ダスカ「えっ…!?」

 

ウオッカ「まあ、お前が俺より早く来て、境内の掃除までする真面目ちゃんっていうのは認めるぜ。 しかし、だからといって必ずしも「一番」とは限らないだろう。 もしかするとお前より先に、ここに誰か来てるかもしれねえじゃねぇか」

 

 話の終わりくらいで「ニヤリ」とするウォッカ。

 

ダスカ「ちょ、ちょっと! 嫌なこと言わないでよ!!」

 

ウオッカ「だとしたら、お前も俺も2着以下。 おんなじ「2着以下」同士、仲良くしようぜ」

 

ダスカ「だから、どうして私までが「2着以下」前提の話になってるのよ! ん~っ!何だかムカつく~!」

 

ウオッカ「へへ~ん。さ、駅についたぜ。ここから一駅先で乗り換えて… え!?たった一駅で300円以上すんのかよ! 電車賃高すぎだろ!! 学生には、金が無えんだっつーの!! …どうすっかなぁ。 トレセン学園まで走って帰ろうか」

 

ダスカ「何馬鹿なこと言ってるの。それじゃ本当に真夜中になっちゃうじゃない。 …でも「財布より定期落とすな」とか「出来るだけ乗らずに済ます」とか沿線の住民から言われてるのって、本当みたいね。 一駅分だけ走っちゃおうかしら」

 

ウオッカ「俺はジャージだからいいけれど、お前、制服で大丈夫か?」

 

ダスカ「ふん!甘く見ないでもらいたいわね。 それに線路沿いの道はまっすぐで広いから、走り甲斐あるわよ」

 

ウオッカ「よっしゃ!それじゃあ競争だ!!!」

 

ダスカ「ちょっと! まだ街中なんだから。 それじゃ飛ばしすぎよ!」

 

 二人は気づいていなかった。彼女たちを遠くからじっと見ているウマ娘がいたことを。

 

 

あるウマ娘の独白

 

 そう。アタシのようなキラキラしたものを持ちあわせていない、平凡なモブウマ娘に出来ることといえば神頼みしかない。

 この間の『鬼神がくる』でも主人公にはなれず、結局は、信長に都から追放された将軍義昭をおんぶして逃げ歩く名もなき宇摩娘役…せっかく大河ドラマに出れたというのに、何だか残念みたいな。これじゃあ3着くらいのいいところまではいけるけど、どうしても1着に届かない、「善戦ウマ娘」ないつものレースと変わらないですよ。

 …そんなアタシでも、もっとキラキラした舞台に立ちたいっていう想いはあるわけで。それで今日、みんなの間で密かな噂になってて、マチカネフクキタルもお勧めしてくれた「天神八幡神社」へお参りに行ったんだけど、あそこってホントにご利益あるわね。お参りしてすぐに、トレーナーさんから電話で大河ドラマ出演の話が来たのにはびっくりしたわぁ。具体的な配役はまだだけど。

 そうそう、後からやって来たあの二人。思わず隠れて見てたんだけど、あれも驚いたわぁ。何がって、あんだけキラキラ(あるいはギラギラ?)しているウマ娘たちが、まさかの神頼みとは。何だかそれ見て、ちょっとだけホッとした自分も情けないけどね、ハハハ…。

 まず最初に来たダイワスカーレット。普段から真面目に見えるけど、まさか境内の掃き掃除を始めちゃうなんてねぇ。それ見て、しまったぁそれ最初にアタシがやっときゃよかったぁなんて思ったわ。次の機会があったら考えよう。

 その後やって来たのがウオッカ。彼女確か、「天神八幡神社」に来る前は中山レース場に居たんじゃなかったっけ。そこから走って来たみたいだったけど…。まさか、「天神八幡神社」までの道すがら、鎌ヶ谷大仏とか他の神様・仏様を回って願掛けして来たんじゃないかしら。あのガムシャラな性格のウオッカならあるいは…。そうか、彼女たちみたいにキラキラしたウマ娘って、同じ「神頼み」でもアタシなんかとは努力の量が違うのね。何だかちょっと自己嫌悪。

 にゃあああ! 今度のチャンス、まさか競争相手はあの二人なの!?…どうか神様、仏様、生食様、こんなアタシにでも一度…たった一度でいいから何かキラキラした舞台がいただけますよう、お願いいたします…。

 

 

【その捌】

 

 

 ウオッカとダイワスカーレットが千葉県某所の「天神八幡神社」境内でバッタリ出くわした、その翌日。その日の授業が全て終わると、ウオッカは勢いよく教室を飛び出した。彼女が向かった先は、理事長室。ウオッカはドアをノックし、中から「どうぞ」と声がかかるや否やドアを開け放ち、いささか緊張した面持ちで入ってくる。

 

ウオッカ「しっ、し…失礼します」

 

駿川たづな「あら、ウオッカさん。今日はどうしましたか」

 

 理事長室には、秋川理事長と理事長秘書、駿川たづなの二人がいた。

 

ウオッカ「あ、たづなさん!昨日は連絡ありがとうございます! …理事長!!今日はたってのお願いがあって参りました!!!」

 

 ウオッカは、理事長席の真正面に来ると、背筋をピンとさせつつ腰がちょうど直角90度になるくらいに、ものすごい勢いで頭を下げた。耳が小刻みに震えているようにも見える。

 ウオッカの一言により、理事長とたづなに緊張が走る。二人は思わずチラッと顔を見合わせた。

 

たづな「え~と…お願いというのは、ひょっとして昨日電話で話にあった…」

 

ウオッカ「はい!昨日電話で話したばっかであれですけれども、改めて理事長に直接お願いしたくて! 理事長!!今度の大河ドラマ、ぜひ俺を生食(いけずき)の役に推薦してください!!お願いします!!!」

 

 再び勢いよく、頭を下げるウオッカ。そのまま土下座をしかねない勢いだ。必死なウオッカを前に、いささか困った表情で再び顔を見合わせる理事長とたづな。

 

理事長「う、うむ。来年の大河ドラマ『鎌倉殿のふたり』のキャスティングの件だな。 実はつい先ほどまで監督・脚本家など関係者とWeb協議をしていてな…」

 

 理事長は、いつもの歯切れの良さが欠けてしまっている。

 

理事長「協議の結果、ウオッカ君、君を主人公(の一人)に抜擢することした。(一応、嘘じゃないぞ)」

 

ウオッカ「ってことは、俺が生食の役を…!?」

 

理事長「いや…主役ではあるが、生食…ではない…」

 

ウオッカ「えーーッ!? 何なんスかそれ!?」

 

たづな「理事長、そこはちゃんと順序だてて説明していただかないと」

 

理事長「か、勘弁ッ…。 では、たづなから頼む」

 

 たづなは、今回のタイトルが『鎌倉殿のふたり』とある通り、生食と磨墨(するすみ)のライバル関係を主軸にしたいわゆるダブル主演のドラマであること、そして、ウオッカは磨墨の役に決まったことを一通り説明した。最後に理事長が、「天晴ッ!」と書かれた扇子を広げながら、

 

理事長「…と、いうことだ。 生食ではないが、決して悪い役ではないぞ。 何しろ主役の一人なのだからなぁ。 はーっはっは」

 

ウオッカ「まあ、そいいうことなら…」

 

 こうして、何とかウオッカをなだめることができたか、やれやれと理事長とたづながホッとしたのもつかの間。まさにその時、理事長室のドアがノックされ、入って来たのは…

 

ダイワスカーレット「失礼します。 このたびは私を次期大河ドラマの主役に抜擢いただき、誠にありがとうございます… って、あれ?ウオッカ? あんたなんでこんなところにいるの?」

 

ウオッカ「おい…。 お前こそ何でここに? なんか今、大河の主役とかなんとか言ってなかったか?」

 

 なんと間の悪い!!理事長とたづなは、頭を抱える。

 

ダスカ 「ええ、そうよ。 つい先ほど生徒会長からお呼びがかかって、生徒会室で聞いたの。 今度の大河ドラマのメインヒロイン、生食役が私に決定したって。 そこでお礼がてら理事長に挨拶を…。 え?…何?」

 

ウオッカ「何で… 何で…」

 

 ウオッカは、視点が定まらない様子で、体をぷるぷるさせたかと思うと、次の瞬間、

 

ウオッカ「うおーーーーーっ!! 何で!! 何で生食の役がダイワスカーレットなんだぁ!!!」

 

理事長「驚愕!! ウォッカが壊れた!?」

 

ウオッカ「ちくしょーーーう!! そんなことなら…そんなことなら!! ダイワスカーレットを殺して俺も死ぬ~ぅ!!!」

 

 何だかウオッカが物騒なことを口にし始めた。気のせいか、どす黒いモヤのようなものも目に映ったような…。あたかも、別世界に存在する名馬の魂とはまた違う、何か別のモノ…例えば、荒ぶる武者みたいな…に憑りつかれたかのようにも見える。

 

たづな「ウオッカさん、落ち着いて!!」

 

 たまたま理事長室の近くにいて、ウオッカの叫び声を耳にしたスーパークリーク、ヒシアマゾン、ナリタブライアン、キタサンブラックの「お助け四天王」が中に飛び込み、ウオッカを押さえつけるなどして、色々落ち着かせようとする。

 余談だが、この「お助け四天王」のメンバーについては「サクラバクシンオーを入れるべき」とか「何でビコーペガサスちゃんを入れないの?」などの一部異論もあるが、その実行力(あるいは実効性)の面から、上記四人こそが「四天王」にふさわしいというのが、大方の一致である。

 

ヒシアマゾン「おい、どうしたウオッカ。 何か悩みでもあるならヒシアマ姐さんが聴いてやるよ」

 

スーパークリーク「さあウオッカさん落ち着いて、いい子いい子。 呼吸を整えましょうね~。 はい、息を吸って、吐いて… ヒッ、ヒッ、フー…」

 

ナリタブライアン「ラマーズ法かよ」

 

キタサンブラック「はーい、皆さーん。 なんでもありませんから、どうかお引き取りを… あ、ダイヤちゃん。 ちょうど良かった。 ここに集まってきちゃうみんなをお帰しするの手伝って」

 

理事長「うぅ…。 どうしよう」

 

 ちびっこ理事長は涙目だ。

 

たづな「そうだ。 ウオッカさんにアレを見せてみては…」

 

理事長「それで何とかなるのか? …なるのだな? すまない! では、たづな、頼んだ!」

 

 たづなはタブレットを取り出すと、画面に、とある浮世絵を映し出した。

 

たづな「ウオッカさん!これを見て!!」

 

 その浮世絵は、源平時代の大鎧を身にまとった武将の、いわゆる武者絵であった。髭のないつるんとして整った顔のほか、頭上の耳と、腰のあたりの尻尾の存在が、この武将がウマ娘(昔の漢字表記で「宇摩娘」)であることを示している。彼女の背中には当時主流の武器だった矢が全く無く、代わりに梅の枝を一本背負っている。そして手には弓を持たず、太刀を抜いて振りかざすようにして戦っている。辺りには花弁が舞い散り、あたかも花の香りが漂ってきそうな、美しい姿だ。

 

ウオッカ「こ…これは…!?」

 

 

【その玖】

 

 

駿川たづな「ウオッカさん!これを見て!!」

 

ウオッカ「こ…これは…!?」

 

 ウオッカとダイワスカーレットの二人が千葉県某所の「天神八幡神社」境内でバッタリ出くわした、その翌日。トレセン学園で、その日の授業が全て終わった昼下がり。

 場所は学園内の理事長室。

 ウオッカは、かねてから強く望んでいた、次回大河ドラマ『鎌倉殿のふたり』の主役の一人である生食(いけずき)役が、自分ではなくダイワスカーレットに与えられたことにショックを受け、「壊れた!?」と秋川理事長がびっくりするくらい荒れていた。

 

 そんなウオッカに、たづなは、ある浮世絵を映したタブレット画面を見せる。その浮世絵には、古風な大鎧をまとい、背中に梅の枝を挿した宇摩(うま)娘の武者が、太刀を振るって奮戦する様子が描かれている。梅の花弁が舞っていて、見る者に香りまで届きそうな美しい絵だ。

 

ウオッカ「カッケ~! …この武将って、やっぱ生食なんですか!?」

 

 ウオッカの双眸がキラキラと輝いている。ついさっきまでの荒れ様がウソのようだ。

 

たづな「いいえ。 この浮世絵に描かれた宇摩娘の武者は、もう一人の主人公磨墨(するすみ)ですよ」

 

ウオッカ「え?」

 

 実はウオッカの知識では、磨墨は何かと生食にしてやられるカッコ悪いイメージしかなく、ダブル主人公と言われても今一つピンときていなかった。しかし、さらにたづなの説明を聞くと、磨墨は文武両道かつ武士としての美学にこだわりのある宇摩娘であることがわかってきた。

 

ウオッカ「ふ、ふ~ん」

 

 ウオッカの、そわそわしている様子を、ダイワスカーレットが横からまじまじと見ている。

 

ダイワスカーレット「へ~、なかなかカッコいい役どころみたいね。 私もそっちにしてもらえるようお願いしてみようかしら?」

 

ウオッカ「え!?」

 

 ウオッカだけでなく、理事長やたづなまで(何言ってるの!?この子!)とでもいうようなギョッとした表情でダイワスカーレットの方を見る。ダイワスカーレットは、そんな二人に対し(大丈夫です)とでも言うように、目くばせをした。

 

ダスカ「そうね~。 この宇摩娘の武者姿、見れば見るほどカッコよく思えてくるわ。 ひょっとして日本一カッコいいんじゃないかしら…」

 

ウオッカ「な…なあ、お前」

 

ダスカ「ん~。 何かしら?」

 

ウオッカ「お、お前確かさっき、生食の役がどうのこ~のとか言ってたよなぁ?」

 

ダスカ「ええ。 さっき私が生食に決まったと知らされたって、そう言ったわよ」

 

ウオッカ「そ、そうだよなぁ。 だったら、無理してお前が磨墨役に手あげる必要なんて、ねぇだろ? 生食だって「日本一の名宇摩娘」とか言われているんだし…」

 

ダスカ「え~。 どうしようかな~」

 

ウオッカ「ええと…あ~、あ~、俺も生食役やりたかったんだよな~。 で、でも~、学園の推薦もあるようだしぃ~、ここはお前に生食の役を譲っても、まあ、いいかな~。 へへっ」

 

ダスカ「まあ、仕方がないわね。 ウオッカがそこまで言うのなら、ありがたく生食役を頂戴するわね」

 

 理事長ら周りのみんなも、ここまでの成り行きを見て一同ホッとしている。

 

理事長「決定! それでは、生食役にダイワスカーレット、磨墨役にウオッカということで、よいな!!」

 

ウオッカ・ダスカ「はい!!」

 

 その場にいたナリタブライアンが、ウオッカの背中をポンと叩く。

 

ナリタブライアン「お前の、その本能からくる直感に従って進めばいい」

 

ウオッカ「ブライアン先輩…」

 

ブライアン「お前にとって、この磨墨役は単なる演技では終わらない。 …おそらく、お前の魂の一部となるだろう」

 

 

あるウマ娘と担当トレーナーとの会話

 

あるウマ娘「おっすー、トレーナーさん。 今日はトレーニングの前に、アタシに話があるとか…一体何です?」

 

担当トレーナー「昨日電話でお知らせした、次期大河ドラマの件、具体的な配役が決まりました」

 

ウマ娘「本当ですか…あ、でもどうせアタシなんかは、この間の『鬼神がくる』みたいに、名前の設定すらないモブ宇摩娘がせいぜいなんじゃ…」

 

担当「いえ、そんなことはないですよ。 主役こそ逃しましたが、今回はちゃんと名前のある役を頂きました。 名前はたしか…あ、そうそう。「三日月」っていう名前の宇摩娘です」

 

ウマ娘「へ~、三日月ねぇ。 ホテルのCМソングが聞こえてきそうですよ、その名前。 (それとやはり、三という数字は引っかかるわね…) …そっか、やはり生食みたいなメインヒロイン役なんて、アタシには分不相応だったか」

 

担当「そんな寂しいこと言わないでくださいよ。 私にとってはあなたが一番のヒロインなんですから」 

 

ウマ娘「トレーナーさん。 そういうセリフは、はっきり口に出すもんじゃないって…。 ホント、デリカシーっていうものが…。(デレデレ) で、でも、現代にまでその名が伝わるということは、それなりに有名なんですかね? …それはそれで悪くないかも。  前回の「名無し」から一歩前進みたいな。 まあ、人生は配られたカードで勝負するしかないっていうし、それならそれなりに、ぼちぼち頑張らせてもらいますよ。 …ところで、スマホで何見てるんすか?」

 

担当「あ、その三日月について、どういう宇摩娘なのか…先ほど確認をしていた時にのぞいたサイトを引っぱり出してます…。 これを読んでもらうのが一番手っ取り早いかと…」

 

 担当トレーナが、スマホをウマ娘に手渡す。

 

ウマ娘「へ~、どれどれ。 三日月は平安時代末期、坂東武士の鑑と称され、怪力でも知られた武将畠山重忠に仕えた宇摩娘…。 (よかった。 ちゃんと実在した宇摩娘なのね。 もしこれが変なオリキャラだったりしたら、それだけで炎上ネタになりかねないから、ちょっと安心♡) …寿永3年2月7日(1184年3月20日)の、一の谷の戦いでは、重忠と共に義経の奇襲部隊に従い、鵯越の逆落としにおいては……………!!!」

 

 ウマ娘は顔を真っ赤にし、思わずスマホを落としそうになる。

 

ウマ娘「ちょっつ、ちょっと、トレーナーさん!? アタシの登場シーンって、まさか、この鵯越の逆落としの所だけとか…」

 

担当「だけ、かどうかは分かりませんが、そこが一番の見せ場でしょうね」

 

ウマ娘「にゃあああああああああっ!! 恥ズい!恥ズすぎるッ!! 十万石饅頭もびっくりなベタベタあま~い展開とか演じなきゃいけないの!? もしこれがウオッカだったら、鼻血ぶーで即ダウンだわ! うわああぁ…アタシ、耐えられるかしら!?」

 

 頭を抱えたウマ娘の叫びが、辺りにこだました。

 

 

続く



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第一幕 『鎌倉殿のふたり』 その拾 前編

※これと同じ内容を、pixivにも投稿しています

ウマ娘×大河ドラマ『鎌倉殿の13人』のクロスオーバーです。ここで描かる大河ドラマに登場する生食はよりダイワスカーレット(ウマ娘)らしく、磨墨はよりウオッカ(ウマ娘)らしく、二人合わさって無駄に暑苦しい(でも読後感は出来るだけ爽やかに)…つまりは「ウマ娘仕様」の大河ドラマになっています。
 オリジナルの三谷大河は、たぶんもっとドライな話になるんじゃないかと思いますが、それはそれで楽しみですね。真田丸も面白かったし。


◆NHK大河ドラマ『鎌倉殿のふたり』 第1話 宇摩(うま)娘を呼ぶ丘

 

 出演

 八幡(生食)  ダイワスカーレット

 

 

 

 下総国 相宇摩郡 呼塚

 

 今からおよそ八百年ぐらい昔の話。手賀沼近くの小高い丘の上で、一人の若者が琵琶を弾いている。あたり周辺には様々な生命が育まれる緑豊かな台地と、その台地と台地との間を縫うように清流が流れる谷津が広がる。このあたり一帯は小金原と呼ばれ、かつて平将門の下で勇名をはせた坂東武者の子孫とも言われる、宇摩娘たちが多く暮らしていた。

 若者が琵琶を弾くと、やがてその寂しげな音色に誘われるかのように、周囲の宇摩娘たちが、二人、三人、四人と、丘のふもとに集まり、みなおとなしく頭を垂れて、若者の演奏に聞き入ってた。そんな彼女たちを愛してやまない若者は、辺りの薬草を摘んで分け与えたり、彼女たちが泉で水を汲むのを手伝うこともあった。そんな宇摩娘たちの中に、一人の美しくもたくましい、栗毛の髪の宇摩娘がいた。名を八幡といった。

 

 実は、この八幡という名前は周辺の里人が呼んだあだ名で、他の宇摩娘とは比べ物にならない程の腕力・脚力があまりにも神がかっている(現在の千葉県中を我が庭のように駆け回っていたとも伝わる)、これは戦の神ともいわれる八幡神の使いに違いないなどと噂されたことからつけられた。おまけに負けん気が飛び切り強く、いざケンカとなれば、人でも宇摩娘でも噛みつくぐらいの猛々しい性格をしていた。ゆえに、彼女に下手に近づき文字通り「怪我をした」男子は数知れず。しかしながら、丘の上で琵琶を弾くこの若者には何故かよくなついていた。

 こうした宇摩娘たち、その中でも特に存在感を放つ八幡は、近くの根戸の領主の目にもとまった。

 

「そなたには、類まれなる力が備わっている。 天下一といってもいい。 是非我らが主、鎌倉殿に仕えぬか。」

 

 

 

 

 この時代、中央の貴族(藤原摂関家)と、彼らと縁故があって国司に任命されるような一部の人間が世の中を牛耳り、坂東を始めとした地方の大半は(奥州藤原氏など一部例外を除き)収奪の対象でしかなかった。中央から派遣された国司が、地元に根を張る郡司から悪政を訴えられるということさえあった。近頃は平清盛が武家として初めて殿上人の極みともいえる太政大臣の地位まで上り詰め、世の中が変わると期待されたものの…

 

「平家にあらずんば、人にあらず」

 

結果として、これまでの藤原氏が伊勢平氏(平家)にすげ替わっただけで、地方の、諸々の不満は解消されていない。

 

「同じ平姓でも、新皇将門公とは似ても似つかぬ」

 

 ことに、血と汗で土地を拓き、坂東の地に根を下ろした「一所懸命」の精神を持ち、一度は朝廷からの独立を図った歴史もある、誇り高き坂東武者たちの間では、平家への不満が高まりつつあった。

 そんな折も折、以仁王による平家追討の令旨が東国の源氏諸将に発せられた。そして現在、その令旨に呼応し、鎌倉に入府した源頼朝を中心に坂東武者が集結しつつある。

 ちなみに先の根戸の領主が言った「鎌倉殿」とは、その源頼朝のことである。

 

 

 

 

若者「八幡は小金原きってのじゃじゃ宇摩娘。おまけに俺の言うことしか聞かない。あきらめてくれ」

 

 その時若者は八幡の方をチラリと見た。その表情は、一見すると大きく変わらぬように見える。ただ、少しばかり高揚しているのか、肌が赤らんでいるようにも見えなくはない。

 根戸の領主が帰ってから、八幡の話を聞く。

 

八幡「少し前、以仁王様の噂を聞いた… 諸国の源氏に平家打倒を呼び掛けたばかりでなく、自らも挙兵されたという話を」

 

若者「ああ、私も聞いたことがある。 しかし以仁王様は、源頼政と共に平家に討ち取られたとも聞いているが?」

 

八幡「私もそう聞いているわ。 なんでも頼政の家来の生き残りが、彼の御首(みしるし)を持って、京の都からここ下総、手賀沼の向こう側にある印西郷にまで逃れてきているという噂もあるわ」(※)

 

若者「そうなのか? さすが宇摩娘、足ばかりか耳までも早い」

 

八幡「頼政と共に以仁王様もお亡くなりになっている…多分、それは間違いない。 でも…それでもなお、あのお方の魂は生きている」

 

若者「…?」

 

八幡「以仁王様の令旨…。 平家の横暴を嘆き、天下の行く末を憂いたその言葉に、私は以仁王様の魂の叫びを感じたわ」

 

 言葉は往々にして社会を、そして時代を動かす力を持つ。承久の乱において朝廷との決戦に臨んだ北条政子による鎌倉武士たちへの訴え。江戸幕府の政道を糺(ただ)し最終的には倒幕にまで至らしめた大塩平八郎の檄文。以仁王の令旨も、それらに等しいくらい強い力を持った「言霊」の一つである。そしてそれは、諸国の源氏の挙兵に伴い、広く世間に知れ渡りつつあった。

 

 若者も、令旨の内容について聞いたことがある。彼が初めてそれを聞いた感想は「あまりに真っ直ぐすぎる」であった。真っ直ぐゆえの力強さとある種の危うさとを兼ね備えた言霊。そこからほとばしる熱気が、今、世の多くの人々を揺り動かそうとしている。それにしても、まさか八幡までもがその言霊に感化されているとは… あるいは…と若者は思った。やはり八幡の中に流れる坂東武者の血が、無意識のうちに騒ぐのか…

 

 その後も根戸の領主は、毎日のように例の小高い丘を訪れ、八幡にぜひ鎌倉殿に仕えてほしいと頭を下げ続けた。また、若者には「ぜひ、彼女を説得してほしい」とこちらにも幾度となく頭を下げ続ける。領主の目から見ても、八幡は、そうまでしても得たい「天下一」ともいえる逸材だった。

 

 やがて、領主の熱意に動かされる格好で頼朝に仕える決意をする八幡。そして別れの日。

 その日は、武蔵国との国境となる利根川(かつては、東京湾に向かって流れていた)まで若者や地元に残る宇摩娘たちに見送られた。

 

八幡「あの領主殿は、私の事を「天下一」だとおっしゃった。 私も、願わくばそうありたい。 ならば… 誰にも負けない武功を鎌倉殿の下であげ、自分が天下一であることを証明した上で、故郷へ錦を飾りに必ず帰ってくるわ、必ず…」

 

 いざ鎌倉!

 

八幡「目指すはただ一つ! 天下一よ!!!」

 

 八幡は源頼朝の本拠地である相州鎌倉を目指し、他の数名の宇摩娘らと共に利根川を渡った。この八幡こそが、後に頼朝の旗下において輝かしい武勲をあげ、後年「日の本一の名宇摩娘」「元祖勝ち宇摩娘」と称された「生食(いけずき)」である。

 

 そして若者が琵琶を奏で、生食を始めとする宇摩娘たちを「呼び集め」た小高い丘のある辺りは「呼塚」と呼ばれるようになる。現在、千葉県柏市の交差点にその名を遺す。

 

※現在の千葉県印西市の結縁寺近くに、頼政の首を葬ったとされる頼政塚がある



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第一幕 『鎌倉殿のふたり』 その拾 後編

◆NHK大河ドラマ『鎌倉殿のふたり』 第2話 運命を切り開くモノ

 

 出演

 磨墨  ウオッカ

 

 

 

 相模国 土肥郷 椙山

 

 歴史にその名を刻む英雄は、誰もが皆、多かれ少なかれ何かしらの運に恵まれている。しかし日本の歴史上、源頼朝ほど強運に恵まれた者は他にいないのではなかろうか。彼はその生涯の中で、普通ならその場で死んでいてもおかしくない様な窮地を、幾度となく切り抜けている。伊豆で反平家の狼煙をあげ、鎌倉を目指したその時も、絶体絶命の危機に見舞われていた。

 

 話は、八幡(生食)が鎌倉を目指した頃より少しさかのぼる。

 

 治承四年八月二十三日(1180年9月14日)。伊豆から箱根の山を越え、鎌倉を目指し東進していた源頼朝率いる300の軍勢は、平家方の豪族大庭景親率いる軍勢3000と石橋山にて衝突した。しかし、あまりにも多勢に無勢。見る見るうちに頼朝勢は散り散りとなり、頼朝本人もまた、土肥椙山にある洞穴に身を潜めるはめに陥った。もし、これを大庭方に発見されたなら、頼朝の命も一巻の終わりとなるのだが…。

 

磨墨(情けねぇ… 全くもって、情けねぇ!)

 

 戦場…といっても勝敗は大方ついており、もはや残党狩りの段階なのだが、その中で、鎧姿の宇摩娘がひとり心をイラつかせていた。

 まず、敵の弱さが腹立たしい。通常、戦相手が弱いということは有難いことなのだが、今回は違う。実は彼女は、個人的に平家の専横に対し反感を募らせていて、伊豆で源頼朝が挙兵したと聞いた時には、心の中で密かに喝采をあげたりもしていた…ところがどうだ!この様は!!

 

磨墨(源氏の嫡流が、それも以仁王の令旨を掲げながらわずかな兵しか集められず、挙句の果てに木っ端微塵かよ…敵ながらなんとも腑甲斐ない! 所詮、都育ちのお坊ちゃんでしかなかったということか。)

 

 それでは、どうしてこの宇摩娘が頼朝方の敵としてここに立っているのか。これがまた彼女をイラつかせる理由の一つなのだが、有体に言えば同族の誼(よしみ)、親類縁者のお付き合いといったところである。磨墨を含めた梶原一族は大将の大庭景親と同族で、磨墨の父平三景時が大庭の出陣要請に応じたのだ。

 それに加えて、磨墨はどうも大庭景親という男のことが好きになれない。「寄らば大樹の陰」「長いものには巻かれろ」という言葉もあるが、同じ坂東武者であっても、平家に対する反感を強める者がいれば、その一方で、平家の権勢に尻尾を振るような者もいる。景親は明らかに後者に属する。

 そして何よりも腹立たしいのは、そんなこんなを考えていながら、今、このような場所に立っているおのれ自身だ。

 

大庭景親「どうした梶原の、そんなに目を吊り上げて…。 戦場で気が立つのは分かるが、美人が台無しじゃないか。 これじゃ、宇摩娘というより宇摩息子だぞ」

 

磨墨「うっせー、黙ってろ」

 

景親「おお、恐ろしや、フッハッハッハ…。 せいぜい励めよ」

 

 自分が頼朝の首をあげ、一番手柄となった姿を想像しているのか、景親は、疲労の色こそあれど、なお意気揚々だ。

 

景親「平家に仇なす謀反人頼朝は、まだそう遠くへは行っていないはずだ! 草の根を分けてでも探し出せ!!」

 

 激しい雨を物ともせず、頼朝追跡が続けられる。

 

 やがて、磨墨の普通の人間より優れた耳に、不自然な息遣いが聞こえた。他の者と比べて息継ぎが妙に間延びしているのだ。あたかも、可能な限り息を殺しているかのようにも聞こえる。

 磨墨は、不審に思いながらその息遣いのする方向へと進むと、やがて目の前に洞穴が現れた。その洞穴から、複数人の静かに抑えるような息遣いが聞こえてくる。

 

磨墨(成程、そういうことか…)

 

 後ろから、景親や彼の家来たちが迫ってきた。磨墨の様子を見て、手柄の横取りでも狙い後を付けてきたのか。磨墨は不機嫌な表情で振り返りながら

 

磨墨「そこで待ってろ。 俺がいいと言うまで動くんじゃねぇぞ」

 

そう言って松明をかざし、洞穴にひとり踏み込んでいった。

 

家来「よろしいのですか? あの宇摩娘、手柄を独り占めしようと…」

 

景親「まあよかろう。 もしあの中に頼朝がいるとすれば、独りではあるまい。 手練れの家来が周りを固めているはず。 さしものじゃじゃ宇摩娘も、手こずるだろうよ。 中から声でもあがれば…その時に突入だ」

 

家来「ハッ!」

 

 

 

 まったく、相変わらず下品なニヤニヤ顔だ…などと景親のさきほどの表情を思い返しながら、磨墨は洞穴の奥へと進む。

 

 居た。落ち武者の一団だ。人数は10人に満たないか。彼らは、一番奥にどっしり構えるように座っている一人を除き全員が、磨墨の姿を見て身構える。

 

磨墨(へぇ~。 まだ闘気は残っているみたいだな。 するってえと、一番奥に居るのはやはり…)

 

源頼朝「宇摩娘よ。 どうやらそなたが、この頼朝を見つけた一番手柄のようだな。 …の割には、あまり嬉しそうにも見えないが」

 

磨墨「へっ! 源氏の嫡流だかなんだかしらねぇが、山の中をウロチョロ逃げ回っている奴の首を一つ二つ取ったところで、ちっとも武門の誉にはなんねーな」

 

頼朝「…では、見逃すかね」

 

磨墨「やはり命は惜しいか」

 

 オイオイ、命乞いかよ…と思って頼朝の目をよくよく見ると、全く怯える様子が見られない。それどころか、燃えるような何かを宿しているようにも見える。顔全体でいえば、どちらかというと氷のように冷たい表情なのだが、両目の光には何かそれに反するような熱を感じる。

 

頼朝「ああ、惜しいな。 死ぬことが怖いというよりも、何も成すことの無いまま、ここで生涯を終えてしまうのは実に悔しいし、ここまで私に付き従い、死んだ者たちに対しても顔向け出来まい」

 

磨墨「足掻き続けるつもりか? あんたの兵は散り散りに逃げてしまっているぞ」

 

頼朝「ああ、足掻き続けるさ。 たとえ自分が、最後の一人になったとしても」

 

 大切なのは一時の勝ち負けではない。確かに頼朝はたった300の兵しか集められず、石橋山で大敗した。しかしそれを、不甲斐ないだの情けないだのと言って非難する資格が、今のおのれにはあるのか?磨墨は、心の中で自問自答する。

 たとえ自分が、最後の一人になったとしても…そう、単に生きるか死ぬかではなく、おのれの意思をどこまで貫き通すことができるかどうか。そこにこそ、坂東武者の誇りと魂があるのではなかったか。ならば、そこにいる頼朝こそ、真の勇者、真の坂東武者ではないか!

 

磨墨「オイオイ、首一つで都から坂東まで飛んで帰る、将門公でも気取るつもりかよ(フッ…源氏嫡流というのも、伊達じゃねぇってことか…)」

  

 磨墨は笑いかけると、そのまま踵を返す。

 

頼朝「宇摩娘よ、そなたの名は?」

 

磨墨「梶原の…磨墨だ。アンタにツキがあるならば、いずれどこかで会おう」

 

 

 

 洞穴から出てきた磨墨に、大庭景親が声をかける。

 

景親「どうした、手ぶらではないか? 洞穴の中は一体どうだったんだ?」

 

磨墨「どうやら蝙蝠の羽音か何かを聞き間違えたようだ。 ここには誰も居ねーよ。」

 

景親「そうか。 どれ、念には念をだ」

 

 景親はそう言いながら、磨墨の脇を通って洞穴に向かおうとする。

 

磨墨「オイ、大庭殿。俺の言うことが信用出来ねえって言うのか?」

 

 景親は立ち止まり、しばし磨墨とにらみ合う。

 

景親「そういえばお主は昔から、どちらかと言えば嘘をつくのが苦手な質であったな」

 

磨墨「…」

 

景親「そんなお主が、得することの無いような嘘を、わざわざつくことも無かろう」

 

 こうして景親主従は、洞穴から遠ざかっていく。それを見届けた磨墨は、どっと疲れが出たように肩を落とし、そして、急にフフッと笑いが漏れる。武者震いが止まらない。

 

磨墨(これで俺も、晴れて平家に仇なす謀反人の仲間入りか…ハハッ!ざまぁねえな!!)

 

???「磨墨。 お主、何かあったのか」

 

 背後から急に声を掛けられ、思わず磨墨はギョッとする。

 

磨墨「な、な、なんだ、オヤジか。 脅かすなよ」

 

 磨墨の父、梶原平三景時であった。

 

平三「お主は昔から、嘘をつくのが苦手な質であるからのう」

 

磨墨「ああ、実は…」

 

 言い淀む磨墨の顔を平三がのぞき込む。

 

磨墨「オヤジ! 実は、後で話があるんだ。 この、退屈でくだらねぇ残党狩りが終わった後で…」

 

 この戦の後、梶原一族は平家を見限り、頼朝に与することとなる。頼朝の梶原一族に対する信認はあつく、磨墨は頼朝の親衛隊の一人に起用され、父平三も頼朝の懐刀として活躍することとなる。

 

 

続く



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第一幕 『鎌倉殿のふたり』 その拾壱

その日、チームスピカメンバー+αの面々がトレセン学園の視聴覚室に集められた。

 

 

◆第1回 大河ドラマ『鎌倉殿のふたり』試写会。

 

 

 トレセン学園に通うウマ娘達は、トレーニングに、勉学に、テレビ出演を含めた各種活動にと、学生でありながら、並の人間よりも多忙な日々を送っている。普段は(レースを除き)テレビの視聴に割ける時間はあまり多くない。

 

 しかし、学園生徒が出演する国民的人気ドラマの内容について、当の出演者を始めとした関係者が「何も知りません」という訳にもいかないので、タイミングとしては一般放映よりも2,3日くらい前の平日、トレーニングが終わった夕飯時に時間を作り、みんなでNHKから提供された映像を見ている。

 

 今回は、第一話(15分拡大版)と第二話をまとめて見ることになっている。ウマ娘3人よれば…どころか10人前後も集うと、姦しいを通り越してちょっとしたお祭り騒ぎである。そして、喧騒と同時にスパイスの利いた香りも部屋中に漂う。

 

サイレンススズカ「えっと… ここでの飲食って大丈夫でしたっけ?」

 

シンボリルドルフ「生徒会もこの件は了承している。 問題無い。」

 

トウカイテイオー「ねえねえ、早く食べよう。 ボクもう、お腹ペコペコだよ~」

 

スペシャルウィーク「私もですぅ~」

 

スーパークリーク「はぁい皆さん、出来上がりましたよ~」

 

ゴールドシップ「こっちもいい感じで焼けてるぜ!」

 

 スーパークリークとゴールドシップの二人は、いつの頃からか大河ドラマの撮影現場で屋台を出し、それぞれカレーライスと焼きそばを無償で提供している。それらのプロ顔負けの美味しさは、関係者の間でも評判となり、顔を広く知られるようになったスーパークリークは、後に大河ドラマのメインヒロインに抜擢されることとなる。

 

 そして、こうして学園内で試写会が行われる際も、スーパークリークの「具材がごろりたっぷり、とろりと煮込んだ優しいカレー」と、ゴールドシップの「難波の魂が蘇る、ゴルシ印のソース焼きそば」が提供され、大河ドラマに関わるウマ娘の間では、「大河=カレー、焼きそば」のイメージが、海上自衛隊の「金曜カレー」よろしく定着しつつある。

 

ウオッカ「体を冷やしがちな現場では、マジでこういうのが有難いっすよね」

 

ライスシャワー「ライスもそういう感じ、分かる。 琵琶湖畔で体中ずぶ濡れになった日に食べた熱々のカレー、美味しかったなぁ…。 あっ、もちろん今食べてるカレーも美味しいよ。」

 

ウオッカ「しかし話は変わるんすけど、大河経験者のライス先輩がここに居るのは分かるんす。 分かるんすけど… …どうして、ネイチャ先輩がここに居るんすか?」

 

ナイスネイチャ「…一応、アタシも大河経験者なんですけど…」

 

ウォッカ「えっ、ネイチャ先輩大河に出てましたっけ?」

 

ネイチャ「出てたよ!」

 

ダイワスカーレット「ちょっと、ウオッカ…それはいくら何でも失礼でしょう。 でも、私も失礼ながらネイチャ先輩の役名だけが何故か思い出せないんですよね… 確か『鬼神がくる』で将軍か何かの周りに居たのは覚えてるんですけど… 何て役名でしたっけ?」

 

ネイチャ(ぐはぁっ…!!)

 

 ナイスネイチャのやる気が下がった

 ナイスネイチャのやる気は絶不調だ

 

 ダイワスカーレットが、かつてのナイスネイチャの役名を覚えていないのも当然である。そもそもあの時、ナイスネイチャの役柄は「宇摩(うま)娘その1」的な扱いで、具体的な役名は無かったのだから。

 

ネイチャ「そ、それはともかく、今年もアタシ出演するんで、そこんとこヨロシク」

 

ウオッカ「へ~、どんな役なんすか?」

 

 基本、台本は自分の所以外、ほとんど読まないウオッカがたずねる。

 

ネイチャ「それは三日月といって…えっと、何て説明したらいいのかな…ゴニョゴニョ」

 

ダスカ「多分、ウオッカはあまり知らない方がいいわね。 詳しく知りたいなら、あんたの場合出血(鼻血)を覚悟しないと」

 

 努力家で、自分の所だけでなく、台本の全てに一通り目を通している(それ以前に、図書室で三日月の事も含め色々予習済みの)ダイワスカーレットが横から口をはさむ。

 

ウオッカ「???」

 

トレーナー「お~いみんな、そろそろ始めるぞ」

 

 トレーナーの一声で、一同の視線はテレビ画面に集まり、ナイスネイチャの役に関する話は中断した。

 

 

 因みにこの試写会が終わり、各々が寮の自室へ帰った後のこと。就寝時間を迎え、布団へと潜り込んだウオッカが、たまたま断片的に持っていた「三日月」に関する知識(しかし、それらが三日月という名前と結びついていなかった)を思い出し、遅まきながらナイスネイチャの役柄に思い至ることとなる。と同時に、ウオッカが盛大に鼻血を吹き出し、相部屋のダイワスカーレットと一緒に大騒ぎとなるのは、また別の話である。

 

 

 テレビ画面では第一話の本編が終わり、「鎌倉殿のふたり紀行」というおまけコーナーが流れている。そこでは名宇摩娘、生食の地元として千葉県の笹塚や天神八幡神社などが紹介されていた。

 天神八幡神社の本殿の画像がテレビ画面に映ると、ナイスネイチャ、ウオッカ、そしてダイワスカーレットの3名は、思わず両手を合わせてしまう。

 

ルドルフ「やはりあの日、参詣していたか…」

 

 シンボリルドルフに微笑みながら声をかけられたダイワスカーレットは、「しまった!」とでもいう様なばつの悪い表情で、こっそり合わせていた両手を引っ込める。

 

ダスカ「そういえば、生徒会長やキング先輩も今回出演なさるそうですね? どんな役柄ですか?」

 

キングヘイロー「お~っほっほっほっ。 私はキングの名にふさわしく“治天の君”の役を演じることになりましたわ」

 

一同(あ~、あの役ね…)

 

 その場にいる皆が何となく納得した。源平時代の中でも特にアクの強いキャラクターをした、諦めという言葉を知らないあの法皇様なのだろう。そうした中シンボリルドルフは独り、今一つ浮かない表情をしている。

 

テイオー「カイチョー、どうしたの? 何か役に不満があるとか」

 

ルドルフ「いや、個人的に不満があるとかではい。 要望とあらば、いかなる役でも全力で演じきるつもりだが… この役が果たして、ウマ娘全体にとって良いものかどうか…」

 

キング「一体どんな役ですの?」

 

ルドルフ「…………北条政子だ」



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第一幕 『鎌倉殿のふたり』 その拾弐

今回は、元祖ゲス不倫…ではなく、生食と磨墨との出会いの話となっています。


◆NHK大河ドラマ『鎌倉殿のふたり』 第5話 出会い

 

 出演

 八幡(生食)  ダイワスカーレット

 磨墨      ウオッカ

 北条政子    シンボリルドルフ

 

 

 

 古来、鎌倉は清和源氏と深いつながりを有した地である。相模守を務めたこともある源頼義が、康平六年(1063年)八月に京都の石清水八幡宮を鎌倉の由比郷鶴岡(現材木座1丁目)に鶴岡若宮として勧請したのが始まりで、永保元年(1081年)二月には頼義の嫡男、八幡太郎義家が八幡宮の修復を行っている。また、天養二年(1145年)には源頼朝の父、義朝が鎌倉の扇ヶ谷付近に居を構えている。

 石橋山敗戦の危機から逃れた頼朝は、海路、安房国に渡り、房総半島の千葉氏、上総氏などの諸勢力を味方につけ、治承4年(1180年)10月鎌倉入りを果たした。梶原一族は翌養和元年(1181年)の正月に、正式に頼朝の御家人となる。

 

 相模国 鎌倉

 

 方々で槌音が鳴り響く鎌倉の街中。その一角に構えた梶原一族の屋敷に、頼朝の使者が訪れた。

 使者の口上によると、頼朝の親衛隊(寝所警護役)に、新たに一人の宇摩(うま)娘を登用したい。ついてはその技量を量りたいので、同じ宇摩娘であり、すでに親衛隊の一人として仕えている磨墨にも来てもらいたいとのこと。さらに詳しく話を聞くと、その宇摩娘はどこかの武家の出であるとか、武芸の心得があるというわけではないようで、現在は佐々木家の屋敷に逗留中だそうだ。下総の豪族から推挙されたともいうが…

 

磨墨(まさか御大将、また悪い虫を騒がしてるんじゃねえだろうな…)

 

 

~~~~~~~~~ ~~~~~~~~~ ~~~~~~~~~ 

 

 

 昔から「英雄色を好む」という言葉があるが、頼朝はかなりの女好きであった。宇摩娘(当時の武士の間では、力強い上に美しい宇摩娘の人気が高かった)だろうが普通の娘だろうがお構いなし。痴話喧嘩で宇摩娘から蹴りやつねりをくらわされたのも、1度や2度ではない。そして彼の複数いる愛妾が、鎌倉市中より少し外れたそこかしこに囲われているというのは、彼に仕える御家人の間では公然の秘密であった。

 そんな調子ゆえ磨墨が頼朝に仕える際には、周囲の誤解を解く必要も生じた。男の御家人などはまだいい。自らの武威(主に弓の力)を見せつけた上で「何か文句あるか?」の一言で済む。(そうした後で、一部の男から「わしの嫁にならないか」と言い寄られ、閉口してしまうことも度々あるが)それ以上に問題と思われたのは頼朝の正室、北条政子…実は磨墨と同じ宇摩娘…である。

 

磨墨(あのお方は、怒らせると俺でもおっかない…)

 

 

 

 こんなことがあった。政子が嫡男を妊娠中、頼朝は飯島(現在の逗子市)にある伏見広綱という家来の屋敷に亀の前という名の愛妾を囲い、そこへ足しげく通っていた。嫡男を無事出産できた政子だが、その直後、彼女の継母である牧の方から頼朝の浮気を知らされる。政子は、牧宗近(牧の方の父親)とその家人たちを引き連れ、広綱の屋敷に自ら乗り込む。

 

北条政子「貴様か。 亀の前という女を匿っているのは」

 

 政子の眼光の鋭さに、広綱は「どうかお助けを!」の一言がせいぜいで、後はちぢみ上がって何も声が出ない。政子はそんな広綱を一瞥すると、それに背中を向けてスタスタと歩き、そして屋敷の中にある柱の一本の前で立ち止まるや否や、おもむろに拳を構える。

 

 バキッ!

 

 正拳一突きで、柱がものの見事にへし折れた。

 

政子「宗近殿… この屋敷を、完膚無きまでに壊しつくせ」

 

 政子の口調はあくまで静かであったが、そこがまたかえって恐ろしい。そして政子の命令通り屋敷の破却が始まり、広綱と亀の前はほうほうの体でそこから逃げ出した…。

 

 

 

 因みに磨墨はどうであったか。

 

 磨墨が政子と初めて顔を合わせた日、当初はあからさまなくらいに警戒されていた。やきもちを焼いた政子が、その時一緒にいた頼朝の尻の辺りを他者から見えない角度からこっそりとつねりあげたりもした。(その時つねられた部分に出来たはれ物は、一月以上治らなかったとも…)

 しかし直後に、磨墨が石橋山合戦の際、頼朝を助けた命の恩人であるということが分かると政子は、磨墨の手を取り、涙を流しながら繰り返し繰り返し、感謝の言葉をかけたという。それ以来、政子からもあつい信頼が寄せられることとなる。

 

 どうやら北条政子は、愛憎の深く激しい人物であったようだ。

 

 

~~~~~~~~~ ~~~~~~~~~ ~~~~~~~~~

 

 

 頼朝の、宇摩娘登用の話に戻る。

 

 いくら女好きだからといっても、流石に何の力も無い者を親衛隊に入れようとは考えないだろう。実際、その技量を量ろうと考えている節もある。問題は、それをどのように量るかだが…

 頼朝の使者を迎えた時、磨墨は庭先にて、ある特殊な「弓」の弦を張っている最中であった。ちなみに宇摩娘ではない力自慢の男が4,5人がかりで引っ張っても、この弓の弦を張ることは出来ない。

 

磨墨「在野の宇摩娘か… 丁度いい。 こいつで試してやろうか」

 

 頼朝の使者が梶原屋敷に来てから一刻ほど後、今度は磨墨が頼朝の屋敷を訪ねる。広間には頼朝と何人かの御家人、そして下座には頼朝に向かい平伏する一人の宇摩娘がいた。

 

頼朝「磨墨か。 来るのが遅いと思ったらどうしたその出立ちは? これから一戦交えるつもりか?」

 

磨墨「非番とはいえ、我らが御大将、鎌倉殿の警護役ですからな。 それに、それなる宇摩娘の技量を量るのに、この「弓」がちょうどいいと思いまして」

 

 磨墨は鎧をしっかりと着込んでいて、左手には例の「弓」が握られている。それを見た頼朝や近臣はギョッとした。その磨墨の言う「弓」とやらは、本体が鋼で作られており、弦もまた鋼の糸をよったものだ。おまけに背中に背負う矢も全て鉄で出来ている。射出力との兼ね合いから、矢も相応に重たくないと、正確に的に向かって飛ばないからだ。

 

頼朝(磨墨よ… 我ら凡夫は、左様な物を「弓」とは呼ばぬ。 それは「弓」というより…「弩」ではないか?)

 

 頼朝が冷や汗をかきながら思った通り、台座などを外しているものの、まさしく「弩」であった。それもかなり長大な。普通の人間だと、滑車など特殊な道具を使って辛うじて引くことが可能な代物である。磨墨はこれを普通の弓の様に両腕で扱い、5~6町(およそ550~660m)も先にある的を正確に射抜いてしまう。当時は普通の武士が、重藤弓で4町も飛ばせれば上出来とされていた。

 

磨墨「おい、そこのお前。 聞けば武芸の心得は無いようだな。 矢をつがえ、的に当てろとまでは言わねえ。 コイツを引いてみな…まあ、引けるもんならな」

 

 磨墨は「弓」(事実上の「弩」)の弦を、まずは自らが軽々と引き絞って見せた。周囲からざわめきが起きる。そして磨墨は、平伏する宇摩娘の目前にその「弓」を置いた。

 

宇摩娘「フン! それがお望みというのなら、いくらでも引いて見せるわよ…」

 

  宇摩娘は「弓」を手に取ると、顔を真っ赤にさせながら、それを引き絞って見せる。磨墨の時よりも鋼の本体がたわみ、今にも折れんばかりだ。周囲のざわめきも一段と高まる。

 

磨墨「へ…へえ、なかなかやるじゃねえか」

 

宇摩娘「何よ、その上から目線。 これでも不足というなら…」

 

 宇摩娘は、いったん「弓」を引き絞っていた手を緩めると、今度は両手で「弓」の本体をつかみ、口に弦をくわえた。

 

一同「???」

 

 宇摩娘は、そのまま「弓」の本体を右足で踏みつけ、口で引っ張り上げるように弦を引き絞る。もし仮に、並の人間がそんなことをすれば、瞬時に歯の5、6本は持っていかれそうだ。下手をすれば顎の骨さえ折るかもしれない。

 

磨墨「ちょっ… お前!?」

 

 そしてとうとう、鋼の糸をよって作られた弦をそのまま食いちぎってしまった。周囲の御家人たちからは悲鳴が上がる。頼朝も声こそ上げなかったものの、これを見てしばし呆然としていた。それでも何とか立ち直った頼朝は、宇摩娘に対し声をかける。

 

頼朝「う…うむ。 天晴! 見事な腕っ節であるな! これほどの力があれば余の警護役として存分に活躍してくれようぞ。 そうであろう?」

 

 そう言って頼朝は辺りを見渡す。その場に居合わせた御家人たちも、黙って頷くほかなかった。

 

磨墨「…粗削りながら、力は十分のようですな」

 

頼朝「そうか… よし、磨墨も認めた所で、この者を寝所警護役に取り立てるとしよう(さて、今度は政子にどう説明しようか…) …して、名はなんと申したか」

 

宇摩娘「はい。 私、生国においては“八幡”と呼ばれています」

 

磨墨「そいつはご大層な名前だな。 源氏の氏神様と一緒とは」

 

八幡「何? 文句あるの?」

 

磨墨「おいおい、これから源氏嫡流の御大将に仕えようって身だろ。 ちっとは控えろ」

 

八幡「何よ偉そうに。 そういうアンタこそ何様のつもり? 大将の「いい人」だからって無駄に偉ぶってるんじゃないわよ!」

 

磨墨「いい人って…おまぇっ… 変な勘違いするなよ!!」

 

 それは怒りか、はたまた別の何かか、磨墨の顔が見る見るうちに赤くなる。

 

頼朝(いや、磨墨とだけはそういう間柄ではないし… 真偽を問わず左様な話、政子の耳に入ったらタダじゃ済まないし…)

 

 頼朝の顔からは少し血の気が引き、さき程から流れ続ける冷や汗も全く引かない。宇摩娘の「おっかなさ」を再確認した頼朝であったが、しかしその一方で…

 

頼朝(これは思いの外、じゃじゃ宇摩であるな。 こいつは、下手に声を掛けたら痛い目に遭いそうだ… ちと残念)

 

 どうにも懲りない頼朝であった。

 

八幡「とにかく、この日の本一、天下一の宇摩娘である私が、主でもないアンタにどうこう言われる筋合いなんてないわ」

 

磨墨「…やれやれ、“生意気”なくらいに他人に“食ってかかる”、とんだじゃじゃ宇摩娘だぜ。」

 

 その時、ふと(頼朝は)閃いた!

 この発想は、この宇摩娘の新たな名前に活かせるかもしれない!

 

頼朝「確かに磨墨の申す通り、我ら源氏の氏神と同じ名前というのも、どうかとは思う… そこで余が、そなたに新たな名を与えようと思うのだが…どうじゃ?」

 

八幡「御大将が直々に名を下さるとは、大変光栄に存じます。 して、その新たな名とは?」

 

頼朝「いけずき…“生”に“食”と書いて“いけずき”というのでどうか?」

 

 この時の、頼朝の頭の中では、八幡が「弓」の弦を食いちぎった瞬間と、磨墨のボヤキとの2つの場面が思い起こされていた。同時に(“池”と“月”ということにしとけば良かったかな)などとも、チラッと思ったりしたのだが…

 

 頼朝の発案を聞いた磨墨が、ククッと笑いをこらえる。

 

八幡「…何がおかしいの?」

 

磨墨「いや、別に…」

 

八幡「御大将。 その名をありがたく頂戴し、本日より生食と名乗らせていただきます!」

 

 そして横にいる磨墨の方に目線をやり

 

八幡改め生食「笑っていられるのも今のうちよ。そのうちアンタを喰らって、私が天下一だということを証明してみせるんだから」

 

 八幡改め生食は、不敵な笑みを浮かべた。

 

 



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第一幕 『鎌倉殿のふたり』 その拾参

その日も、チームスピカメンバー+αの面々がトレセン学園の視聴覚室に集められた。

 

 

◆第4回 大河ドラマ『鎌倉殿のふたり』試写会。

 

 

 第2回以降、毎週木曜日、午後のトレーニング後に開催されている試写会。ちなみに木曜日に固定化された訳は、金曜日~日曜日はレース当日、もしくはレース前の移動日にあたることがしばあり、それらを避けた上で次の日曜日になるべく近い日ということで決まった。今回は「第5話 出会い」の試写会だ。会場である夕飯時の視聴覚室には、いつものようにスパイスの利いた香りが充満している。

 

スペシャルウィーク「う~ん、このスーパークリークさんが作る〝木曜カレー〟。 いつもながらいい味してますね~」

 

ゴールドシップ「おっと。 このゴルシ様の焼きそばを忘れてもらっちゃ困るぜ」

 

 大盛りカレーをぱくつきながら、これまた大盛りの焼きそばの皿に躊躇なく手を伸ばすスペシャルウィーク。すでにポッコリとお腹を出して太り気味確定だ。彼女を筆頭に大半のウマ娘たちが食欲旺盛な中、1人だけ並べられた食事に全く手を付けないまま黙り込んでいるウマ娘が一人…。

 

 

 

トウカイテイオー「ねえ。 カイチョーさっきから何も言わないで黙ってるけど、大丈夫かな?」

 

ナイスネイチャ「…見るからに、ションボリルドルフね」

 

テイオー「そんなオヤジギャグ言ってる場合じゃないよ~。 ああ、きっとあの「北条政子」の役柄がいけなかったんだよ~。 カイチョーかわいそう」

 

ネイチャ「そう思うなら、生徒会長の所に行って慰めてあげたら? いつもカイチョー、カイチョーって言って生徒会長を追っかけ回してるアンタが」

 

テイオー「そうしたいけど~。 あんな表情のカイチョーに面と向かい合うの、ボクとっても耐えられなくて…声をかけるのもムリ~」

 

ネイチャ「オイオイ…っていうか、テイオーでもそういうのあるんだ」

 

テイオー「ちょっと~、ボクのこといつもどう見てるのさ?」

 

 この日のシンボリルドルフは、普段は生徒会長べったりなトウカイテイオーでさえ声をかけるのをためらわせるくらいに「私に構うな」オーラがダダ洩れで、他のウマ娘やトレーナーはなおさら声をかけづらい。

 

ネイチャ「全く…しかたないわね」

 

ライスシャワー「あ、ネイチャ行くの? 行ってくれるの? ネイチャー、頑張れー、おーッ」

 

ネイチャ(だったらライス先輩が行ってくださいよ…)

 

 この種の空気に明敏すぎるくらいに明敏で、おどおどしていたライスシャワーの小声の声援に苦笑しつつ、ナイスネイチャはシンボリルドルフに近づく。

 

 

 

ネイチャ「会長。 そうした憂いを帯びた表情も素敵ですが、周りが少し、その…」

 

シンボリルドルフ「おや? …そうか 。自らの言動でみんなを不安にさせてしまうとは… 私もまだまだ精進が足りないようだな。 いや何、ちょっとダジャレのネタを考えていただけだ」

 

ネイチャ「え………」

 

ルドルフ「ふふっ…冗談だ」

 

ネイチャ(うわー… そういう分かりづらいのやめて~)

 

ルドルフ「冗談はさておき、実はこのドラマの背景について色々考えていたところでね」

 

ネイチャ「はあ。 と、言いますと?」

 

ルドルフ「例えば、そもそもあの時代に登場した〝武士〟とは、一体何だったのだろうか、とかね」

 

ネイチャ「えっと… 確か日本史の授業で習いましたよね。 当時の都の貴族が地方の政治と治安をないがしろにしていたものだから、地元の農民とかが自ら土地や財産を守るために武装した、みたいな…」

 

ルドルフ「ああ、そうだな。 そういった自己防衛・救済のための武装集団や、他に都から地方に下った貴族が土着、武装化したものなどが武士の起源と言われているが… ただ、それだけでは今日我々が抱く、いわゆる〝サムライ〟のイメージとは直接結びつかなくてね」

 

ネイチャ「武器を手にしている=武士・サムライ、とは限らない…ということですか」

 

ルドルフ「ああ。 今日、〝サムライ〟という言葉には、ただ武力で自分を守るとかだけでなく…忠義とか名誉とか、一定の社会性や利他の精神のイメージもあるだろう」

 

ネイチャ「まあ、確かに」

 

ルドルフ「そうしたサムライのイメージの根幹はいつ形作られたのか。 そんな事を前々から考えていたのだが…」

 

ネイチャ(へー、会長の頭の中には、レースとダジャレの事しかないのかと思ってたけど…)

 

ルドルフ「おや、何か言いたそうだな?」

 

ネイチャ「あっ、いえ、別に!!」

 

ルドルフ「そうか? まあ、いい… で、武士=サムライの起源の話だが、最近一つの仮説として考えたのが、平将門にあるのではないかということだ」

 

ネイチャ「えっ!? でも、将門って平将門の乱を起こした、いわゆる反乱者ですよね? それがどうして…」

 

ルドルフ「平将門の乱が起きた直接の原因を君は知ってるかい?」

 

ネイチャ「いえ… 不勉強ですみません」

 

ルドルフ「別に謝ることでもないさ。 実は将門という人は、困りごとを抱えて自分を頼ってきた人を無条件で迎え入れてしまう性分であったらしくてね…」

 

ネイチャ「なんだか面倒な性分ですね」

 

ルドルフ「…周辺で起きるもめごとの仲裁を買って出ることも多かったようだ。ただ、そんな将門を頼った者たちの中の一人に、常陸の国司との間にトラブルを抱えた者がいて…」

 

ネイチャ「何ですかそれ? 嫌な予感しかしませんが」

 

ルドルフ「…結果として将門は国司軍との間で戦闘を起こし、常陸国府を陥落させてしまうんだ」

 

ネイチャ「あちゃー。 やっちまったって感じですね」

 

ルドルフ「この事件が関東一円を巻き込む大乱にまで発展するわけだが、ここでのポイントは、将門は己が欲得のために戦端を開いたわけではないという所にある」

 

ネイチャ「えーっ!? でも将門ってその後、自ら「新皇」とか名乗っちゃってませんか? 確か」

 

ルドルフ「世のため人のために力を振るう、その考えを突き詰めた末「新皇」という〝権威〟に行き着いたのだろう。 実際、最初に「新皇」とか言い出したのも将門本人ではないようだしな。 まあ確かに、将門のやり方は稚拙にして粗暴、最終的に自らの身を滅ぼしたのも無理はない。 しかし、彼の志が、彼一人だけのもので終わったかというと、決してそうでもない」

 

ネイチャ「どういう事です?」

 

ルドルフ「君も最初に言ってただろう。 当時、都の貴族が地方の政治と治安をないがしろにし、自分の身は自分で守るほか無かった時代だと。 将門はそうした荒涼とした世界の真ん中で、利他の精神に基づいて戦うという〝義〟を、粗削りながらも自らの行動で示した最初の武人であり、後にそうした将門の志や夢を追い求めた武人たちが、いわゆるサムライ、武士と呼ばれる存在となった… まあ、これはあくまで仮説だが」

 

ネイチャ「中央から見た反逆者は、実は坂東においては理想の王者だったってことですか。 ちなみにその仮説って、今回のドラマ『鎌倉殿のふたり』にどう絡んでくるんですか?」

 

ルドルフ「将門の志の実現という命題に対し、一つの〝模範的回答〟を示したのが、鎌倉幕府を創設した源頼朝であるということだ。 もっとも、その〝模範的回答〟を完成にまで漕ぎつけたのは、頼朝の死後、彼の志を引き継ぎ、承久の乱においては鎌倉武士たちを叱咤激励し、幕府側に勝利をもたらした北条政子なのだがな…」

 

ネイチャ「おー! そんな時代のキーパーソンである北条政子を、今回会長が演じてるわけですね!? …って…会長?」

 

 ここに来て、シンボリルドルフの表情が、再び曇りだす。

 

ルドルフ「…うむ。 今度のドラマの主役はあくまで生食と磨墨だからな。この両名の活躍の場が無くなれば、そこでドラマは終わり。 私が演じる北条政子が、一番輝いた瞬間ともいえる承久の乱までには到底届かない。 このままだと、私が演じているのは、ただの〝嫉妬深い女〟でしかなくなるなと思うと…」

 

ネイチャ(結局そこかーい!!)「…まあ、仕方ありませんね。 あ、トレーナーさん。 あなた人参リキュールを隠し持ってませんでした? それでキャロットカクテルを…いや、私じゃなくて会長に…。 会長、飲みましょう、付き合いますよ、私はノンアルですけど」



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第一幕 『鎌倉殿のふたり』 その拾肆

ネット上では時々、あちらの世界では義経=ウマ娘説みたいな話があげられたりしますが、弓の引きの弱さ(敵に拾われたら嘲笑されるレベル)などを考えると、普通の人間、普通の男だったんじゃないかと、某は想像します。まあ、こんな(本文みたいな)キャラであるかどうかはともかくとして…


◆NHK大河ドラマ『鎌倉殿のふたり』 第7話 棟梁の弟

 

 出演

 生食(八幡)  ダイワスカーレット

 磨墨      ウオッカ

 

 

 

 生食(いけずき)の朝は早い。まだ日の昇らない時間から、鎌倉市中にある滞在先の佐々木屋敷を出て、周辺の山々を走ることから1日が始まる。

 

 鎌倉の地は、南は海に面し、残りの三方を山で囲われた要害の地である。こうした環境は、遠くの筑波山の稜線と近くの谷津を除けば地形の変化に乏しい、ほとんど平場といっても過言ではない下総台地で育った宇摩(うま)娘の生食の目には新鮮に映ったものの、日本全体で見れば、生食が育った地形、環境の方がどちらかといえば特殊である。

 

 そうしたことから佐々木一族の一人である高綱からは「この先、いつどこで戦があるか分からぬゆえ、弓、刀の稽古や水練の他、起伏にとんだ地形にもなれるよう鍛錬するがよい」と指南されていて、山での走り込みを毎日欠かさず行っている。他の誰よりもすぐれた武功を挙げ、日本一の名宇摩娘となるためにも、生食は必死である。

 

 弓や刀については少しずつ形になってきている。また、水練に関しては故郷の下総台地の近くには手賀沼や印旛沼、さらにより大きな内海である香取海(かとりのうみ)などがあって、幼いころから水に親しんでいたこともあり、鎧の重さにさえ慣れてしまえば何という事もなかった。一番の問題は山中における走りである。

 

 下総台地の上を自由気ままに走り回っていた生食は、脚力は申し分なかった。平場であれば誰よりも速く走りぬくことが出来た。勝気な生食は、頼朝の屋敷で初めて出会って以来、磨墨に幾度となく競争を挑み、由比ヶ浜で1町(約109m)走った時や鎌倉市街を1里(約4㎞)ほど走り回った時には、いずれも生食が磨墨に勝っている。

 

 そんなある日、山中を走っている所を偶然出くわした磨墨に「山道でも私は負けないわ!」と勝負を挑んだのだが…。元々平場で走るのとは勝手が違うという感じはしていた。しかし同時に、それは他の宇摩娘も同じであろうと高をくくってもいた。しかし実際に走ってみると、磨墨は平場で走るのとあまり変わらぬ速さで生食を突き放していくではないか!生食も必死に追いすがろうとするもののその足は空回りし、所々でつまづき、急な下り坂では転げ落ちるようにして木に衝突してしまう。ついには磨墨の姿も見えなくなってしまった。生食、おそらく生涯初めての敗北経験である。

 

生食「んも~っ! 何なのよ!!」

 

 悔しさのあまり、顔を真っ赤にさせながら地団駄を踏む生食。

 

 その日以来、ますますもって朝の山中での走り込みに力が入る生食であったが、いつまでたっても速くなる様子が無い。どうして磨墨はあそこまで速く走れるのか?やはり経験の差…場数が違うということか?

 

 

 

 生食が山中走破の特訓に明け暮れていた頃、磨墨は、生食とは別の山で猪狩りを行っていた。猪狩りは良い…と磨墨は思う。弓の腕前や足腰の力を同時に鍛えられる。獲物が獲れればその日の朝餉もしくは夕餉が豪勢なものとなる。実戦に近い動きなため、鍛錬としては最も効率的で、磨墨自身にとっても、そこからくる緊張感がたまらない。とはいえ、梶原家の娘としては、日がな一日猪狩りだけで過ごすというわけにもいかなかった。

 

従者「姫、そろそろ屋敷にお戻りにならなければ。 本日は京からの客人を交えての歌会もございます」

 

磨墨「歌会? 今日、そんなのあったか? そうだな…そうだ、俺はこれから風邪をひく予定だ。 ということで、歌会は欠席するぜ」

 

 実は、梶原一族は、識字率が極めて低かった当時の武士としては珍しく、文才にも秀でていた。磨墨の父平三景時はその事務処理能力が頼朝から高く買われ、磨墨自身も和歌を詠むことが出来た。

 

従者「こんなに元気に猪狩りに興じる病人なんていますか? 父君に叱られますぞ」

 

磨墨「う~ん… ようやく乗ってきた所なのに… むむっ、そこっ!」

 

 磨墨が右方向、斜め上に矢を射かけた。するとそこから、大きめの何かが地面に落ちてきた。どうやら矢は外しているようだ。

 

???「あいたたたた… 梶原の姫君は、人をも狩るのですか?」

 

 したたかに地面に打ち付けた腰をさすりながら、男が立ち上がった。

 

磨墨「こんな山ん中で、紛らわしいことをしているお前も大概だと思うが」

 

???「いや、でも貴女の能力をもってすれば、人か獣かくらい分かるでしょ?」

 

磨墨「人であっても、俺を狙う刺客かもしれないぜ」

 

 どこから現れたのか、落ちてきた男の周りには、数名の宇摩娘たちがいつの間にか駆け寄ってきていた。中には磨墨のことをにらみつける者もいる。

 

???「ああ、君たち大丈夫だから、彼女には…磨墨には手を出さないでね。 さて、確かに私はあなたを狙っていました。 といっても、命じゃないけどね。 できれば貴女とは得物ではなく、歌でやり取りをしたかったなぁ、梶原の姫君♡」

 

磨墨「うっ…(鼻血が出かかり、思わず鼻を押さえる) …まったく、普通の刺客より質が悪いじゃねえか。 …そ、そうだな。 お前の兄貴くらい弓をまともに引けるようにでもなれば、考えてやってもいいぜ。 一生無理だろうけど」

 

???「ああっ、それちょっと傷付くなぁ。 そりゃあ、腕っ節とか、御家人たちからの人気や威厳とかでは兄貴に負けているのは事実だけど… 鞍マ山で鍛えた抜かれた脚力と身軽さ、研ぎ澄まされた兵法…あ、それと奥州仕込みの宇摩娘指南法なら誰にも負けませんよ。 で、どうです? 兄貴から乗り換えてみません?」

 

磨墨「おい!お前! 周りが勘違いするようなことを言うな!! …って…あ~…何だか興がさめたぜ。 屋敷に帰るぞ。 …まったく、兄弟そろって…」

 

従者「あっ、姫、お待ちください!」

 

???「おお、愛しのわが君よ。 そんなつれない…ゔっっ!?」

 

 周りにいた宇摩娘たちが、男の頬やら、脇腹やら、太ももの裏の辺りやらを一斉につねり上げていた。

 

 

 

生食の、朝の山中での走り込みは数か月続いた。しかし一向に成果が見えてこない。

 

生食「磨墨に負けっぱなしだなんて… そんなの嫌よ…」

 

 いつものように鎌倉の山中を走り、とある切通しに差し掛かった時、ふと見上げると…

 

生食「な…何なの!? あれは!?」

 

 そこには、何人かの宇摩娘たちの宙を舞う姿があった。切通の崖の端からもう片方の崖の端へと、それこそ蝶が舞うように、次々と飛び移って行く。そして最後には…。

 

生食「えっ!? あれって宇摩娘じゃない? 普通の人間の男!?」

 

 信じられないものを見た、といわんばかりに目を見開きポカンと口を開けたまま、しばしたたずんでいた生食であったが、いつしか彼女は、一人の男と宇摩娘たちが向かった方角へと走り出していた。しかし、いつまでたっても彼らに追いつくことが出来ない。やがて、体力自慢の生食もだんだんと息があがってくる。

 

生食「…ハア、ハア、ハア… イッタイ… イッタイ…… 一体…ドコに…」

 

 息を切らせながら立ち止まった生食。そして次の瞬間…

 

???「トモの造りもいいじゃないですかぁ。 まさしく、天高く宇摩娘肥ゆる秋…」

 

 いつの間にか生食の背後に男がしゃがみ込み、彼女の太ももやふくらはぎを撫でまわしていた。

 

生食「な…何するのよ!このヘンタイ!!」

 

 生食の後ろ蹴りを喰らって、男はふっ飛んだ。

 

???「あいたたた… これはまた噂にたがわず、とんだじゃじゃ宇摩のようで…」

 

生食「何よ! アンタが変なことするからでしょ!?」

 

???「いやしかし…その脚質なら、平場なら負け無しというのも十分頷けますね」

 

生食「…」

 

???「けど何ですかねぇ、山中だと上手く走れない… 起伏の激しい山道を走るには平場とは別の、ちょっとしたコツがいるんですけどね」

 

生食「!! …アンタ、一体何者なの?」

 

???「ま、通りすがりの兵法者ってところですか、ちょっとばかり山道が得意な。 もちろん平場だとあなた方宇摩娘には到底かないませんがね。険しい山中であれば、あなた方にもそこそこついていける自信はありますよ。 あ、因みに、今を時めく鎌倉殿の弟だっていうのは内緒ということで…」

 

生食「内緒って…アンタ自分からべらべら喋っているじゃないの」(コイツ、本当にあの御大将の一族なのかしら… ちょっと軽すぎじゃない? あ、でも女たらしな感じだけは似てるかも…)

 

(自称)頼朝の弟「で、どうです? 知りたいと思いませんか? 山道を走るコツ」

 

………

……

 

 

 

生食「勝った… やった!勝ったわ!!」

 

 あの鎌倉の山中での、磨墨に対する敗北から半年余り。とうとう生食は、険しい山道における競争でも磨墨に打ち勝つことが出来た。

 

磨墨「ハア、ハア… 何も走るだけが戦働きじゃねえからな。 …しかし、どうしてこんなにも短い間に力をつけることが出来たんだ?」

 

生食「ふふん。 天性の才能、日々の努力、それと…ちょっとしたコツかしらね」

 

磨墨「ちょっとしたコツねぇ… そいつは一つ、ご教授願いたいもんだな」

 

 磨墨は、生食に負けてもなおサバサバした調子で、割と素直にその場での気持ちを口にしていた。一方の生食も、磨墨に勝てた嬉しさと高揚感からか、普段以上に上機嫌だ。

 

生食「ある兵法者から教えてもらったのよ。 普通の人間の男だけど、山道では宇摩娘並みの走りが出来て、そして私に対する指南も的確で…とにかくすごいのよ」

 

磨墨「ハハッ、大した信頼ぶりじゃねぇか」

 

生食「何でも小さいころから鞍マ山で鍛えてたんだとか…」

 

磨墨「へ~、鞍マ山でねぇ…。 ん!?」

 

生食「あ、そうそう。 アイツ自分のこと私たちの御大将の弟だ、なんて言っててけど、さすがにそれは無いわよねぇ~、フフフ」

 

磨墨「…なあ。 そいつ、何て名乗ってた?」

 

生食「えっと…。 確かクロウとかヨシツネとか…」

 

磨墨「あ…あの、宇摩娘たらしっ!!」

 

生食「えっ? 何よそれ!?」(そういえば! アイツの周りには、いつも、何人かの宇摩娘が侍っていたような…)

 

磨墨「あ、いや…。 そいつ…じゃなかった、そのお方が〝九郎義経〟だと言うのであれば、我らが御大将、鎌倉殿の弟君で間違いなかろう」

 

生食「え!? そうなの? うわ~ そういうの全然感じられなくて、思いっきりため口利いてたけど、大丈夫かしら?」

 

磨墨「…大丈夫なんじゃないか? あの御性分だし。 …しかしまあ、お前の男の趣味がああいうのだったとはな。 ま、精々頑張れや」

 

生食「ちょっとアンタ、変な誤解しないでくれる?」

 

 

 

生食と磨墨。この二人のライバル関係は、まだまだ続く。



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幕間 絶望と希望の狭間

まだ、シリーズの第一幕が終わっていませんが、pixivのイベントに間に合うよう書き下ろされたものです。第一幕は、もう少し続きます。
 本作(幕間)はウマ娘、大河ドラマのほか、『信長を殺した男』や『戦国武将のララバイ』的な要素も含まれていますので、そういったパロディーがお好きな方は、よろしくお付き合いいただければと思います。
 ちなみに、筆者の一番好きな家康キャラは、池宮彰一郎の『遁げろ家康』だったりします。


『宇摩(うま)娘』

 それは別世界に存在する名馬の名と魂を受け継ぐ少女達。

 彼女達には耳があり、尾があり、超人的な脚がある。

 時に数奇で、時に輝かしい運命を辿る、神秘的な存在…

 

 

 西に比叡山の山麓を臨み、東に琵琶湖の水面をたたえた近江国、坂本(滋賀県大津市)。この地に築かれた坂本城は織田信長の軍団長筆頭、明智光秀の拠点の一つである。

 天正十年六月十四日。その日、坂本城の天主閣が炎に包まれていた。

 城の主である明智光秀は、主君信長とその嫡男信忠を京で襲撃、殺害した。日本史上最も有名なクーデター「本能寺の変」である。その後光秀は京都周辺の掌握を図るも、「中国大返し」で舞い戻って来た羽柴秀吉に山崎の合戦で敗れ、すでにこの世の人ではい。そして、坂本城も羽柴の軍勢に囲まれ、落城は時間の問題であった。

 この天主では光秀に代わり、彼の重臣の一人にして、従弟ともいわれている明智左馬助秀満がその最期を迎えようとしていた。ひとかどの武人として、明智一族の一人として、覚悟はしている。しかし、たった一つ心残りが…

 

左馬助「…大鹿毛には、申し訳ないな」

 

 事変後、左馬助は近江国の平定を図り琵琶湖の東岸に進出していたのだが、敵の挟み撃ちにあい、琵琶湖を背にすっかり逃げ道を塞がれてしまう。その時、彼の窮地を救ったのが宇摩娘大鹿毛である。彼女は左馬助を背負うと琵琶湖へ飛び込み、そのまま対岸にある坂本城近くまで泳ぎきって、敵の追撃を突破したのだ。これが世に名高い「大鹿毛の湖水渡り」である。

 

 

 

 クーデターに失敗した者の、敗者の末路は悲惨である。本人や一族郎党が命を落とすのはもちろん、死んだ後も、勝者の手によって彼らの願いや言い分までもが踏みにじられ、汚され、最終的には抹殺される。

 明智一族が信長に対する謀反におよんだのには理由があった。光秀らには乱世を終わらせる「天下泰平」の志があった。「天下布武」をスローガンとした信長についていけばその大望が果たせるようにも思えていた。

 かつて信長は、たまたま百姓が畑の中で昼寝をしているのに出くわした時、こう言った。

 

信長 「俺はこうして、百姓が安心して昼寝が出来る世の中にするため戦っている」

 

 そう。かつての信長の考えは、光秀らの「大望」と一致していた…はずだったのだが…。

 

 当時来日していたキリスト教宣教師の記録

「信長は、日の本を統一した後大陸に攻め入り、息子たちにその領土を分け与えるつもりだと私に語った」

 

 信長が生きている限り戦は無くならない。泰平の世は訪れない。毛利や長曾我部など、織田に抵抗する意思をくじかれた諸大名を含め、これからも血が流され続ける。「本能寺の変」はそれを食い止めるため、心を鬼にした明智一族の、苦渋の決断だったのだ。

 信長とその後継者(嫡男信忠)をこの世から消すことまでは成功した。しかし、その後がいけなかった。「主君殺しの大逆の徒、明智を滅ぼせ」と「あの男」が世を煽った。そうすることで、自らの手に天下が転がり込んでくるぞとほくそ笑みながら…。

 光秀らの「大志」を共有するだけでなく、左馬助に対して想いを秘めた大鹿毛は、せめて彼一人だけでも生き延びてほしいと強く願い、その持てる力を振り絞ったのだ。

 

 

 

 こうして命拾いをした左馬助だったが、その一方で大鹿毛は疲労が祟って倒れ、城外にある民家に匿われている。今でも死んだように眠っていることだろう。それにしても、せっかく救ってもらったこの命を、たった数日でこうして散らすことになるとは…大鹿毛には申し訳ないと思う一方、せめて彼女だけでも生き延びてくれればと願っていた。

 

 炎が舞い、火の粉が激しく降る中、左馬助は脇差を自分の腹に突き立てる。するとやがて、ここにいるはずのない者の姿が、彼の目前に飛び込んできた。頭上にピンと立った耳、腰の尻尾…。

 

左馬助「まさかお主…大鹿毛…なのか?」

 

大鹿毛「左馬助…様……」

 

…………

 

………

 

……

 

~~~~~~~~~ ~~~~~~~~~ ~~~~~~~~~

 

監督「カーーーーット! ………はーい、オーケーィ!! 皆さんお疲れ! あぁ、足元の火、もう消しちゃっていいよ」

 

 時は、本能寺の変から440年近く経過した現代。年号も「平成」から「令和」に変わったばかりである。場所は東京都渋谷区のNHK放送センター、大河ドラマ『鬼神がくる』の撮影スタジオだ。この坂本城天主内のシーンをもって全ての撮影は終了だと、多くの者は聞いている。

 

ライスシャワー「ど…どうも、お疲れ様です」

 

 煤で汚れた甲冑の姿で、古の宇摩娘「大鹿毛」を演じていたライスシャワーは、足元にちょこっとだけくべられた火をよけるように、いささか不格好なテイオーステップみたいな足取りで監督以下撮影陣のもとへ移動する。この撮影シーンに、より大きな炎とか、上から崩れ落ちる梁とかをCGで追加することで、この場面は完成する。

 

監督「お疲れ様、ライスさん。どうです、ここまでやってきた感想は」

 

ライス「ええ、とても感動しています。 でも、これって…とても悲しい結末ですよね」

 

 そう言いながら、ライスの目は潤んでいる。

 『鬼神がくる』最終話は、のちに視聴者から「大鹿毛演じるライスシャワーから青白いオーラのようなものが見えた」などと言われるようになる「湖水渡り」から始まり、坂本籠城、そして燃えさかる坂本城天主でのラスト。大鹿毛は、命果てた左馬助を抱きかかえたまま、炎の中へ消ていく、という流れなのだが…。

 

監督「実は、ライスさんにはもうワンシーンだけ追加でお願いしたいんですけど」

 

ライス「???」

 

監督「別に、セリフなんか全く無いし、立っている後ろ姿だけでいいんです」

 

ライス「え?…えぇ~っ!?」

 

監督「それじゃ、着替えてきてくれますか。撮影は隣のスタジオになりますんで」

 

 …それから30分後…

 

 黒い衣。頭にはおかっぱ頭のかつらの上に、白い頭巾。手には数珠。前後左右どこからどう見ても、全く見紛うことなき尼さん、尼宇摩娘だ。これって、もしや…。

 

ライス(え~、これってあれだよね。 一見、死んだように見せかけて実は生きてました~みたいな。 そしてその後は左馬助さんの魂を弔うために、南無南無っていう…)

 

監督「なんてベタな終わり方なんだろう…な~んて思いました?」

 

 後ろからの監督の声に、ライスの耳と尻尾が思わずビクッとなる。

 

ライス「あ、いえ、別に。これじゃあまるで、昔流行ったアニメ、コード何とかのラストを真似ようとしてるんじゃないかなあとか、そんなことは…」

 

監督「いや、思っているじゃないですか」

 

ライス「ひゃあ!ごごご、ごめんなさい! …でも、大鹿毛が生き残ったとしても、ハッピーエンドになるわけじゃ…」

 

監督「そこなんですよ。ハッピーエンドかバッドエンドか、白か黒かみたいに真っ二つに割り切れたものかどうか… 例えば仮に、限りなく救いようのない、一見、バッドエンドの中に、一粒の希望の種が残っていたとすれば…」

 

ライス(この監督、ライスが想像する以上に難しいことを考えているのかな?)

 

監督「この「尼僧大鹿毛」のシーンについても、ライスさんが想像するような要素にとどまらず、別の大きな仕掛けにつながる予定になっていましてね」

 

ライス「う~んと。その仕掛けって、いつ、どんなふうに見えてくるんですか?」

 

監督「あまり具体的な内容を今ここで言うことは出来ませんが、ここと同じ「大河ドラマ」の中で、今から2年半から3年足らずの後に…」

 

ライス「2年半から3年…って、どうしてそんなに先なんですか!?」

 

監督「ライスさんもご存じの通り、次の大河は主要人物でウマ娘さんの登場すら無い幕末・維新モノでしょ。 その次、再来年の大河はすでに源平時代モノに決まっていて、となると、そのまた次の…」

 

ライス「次の次の、また次の大河ドラマの内容って決まっているんですか?」

 

監督「おおよその方向性は決まっているみたいですよ。 その年の大河は、徳川家康を軸に考えているみたいです」

 

 なるほど、徳川家康ならば大鹿毛や明智左馬助らと同じ時代ではある。しかし、それを見ている視聴者が『鬼神がくる』の最終回の事をどれほど覚えてくれているのか。いやそれ以前に、その年の「徳川大河」を担当する脚本家さんや監督さんが、『鬼神がくる』に仕込まれたフラグを、きちんと回収してくれるのか。100%の保証は無い。

 

ライス(やっぱりこの監督、あんまり深く物事を考えていないんじゃ…)

 

 ちなみに、この時撮られた「尼僧大鹿毛」(と、明言しているわけではないが)のシーンは、最終話の本当の最後の最後。あの、坂本城天主炎上の直後に、わずかな時間出てきて、あの後大鹿毛は生き残ったのかどうかという議論が視聴者の間で一時沸騰した。

 

 

 …それから、およそ1年半後…

 

 

 その頃の毎週日曜夜8時。NHKでは、源平時代を舞台にした大河ドラマ『鎌倉殿のふたり』が絶賛放送中。「元祖勝ち宇摩娘」と称えられた生食(いけずき)をダイワスカーレットが、そのライバル磨墨(するすみ)をウオッカが演じ、現実のレースにおける二人の競争と相まって、全国規模で人気を博していた。秋川トレセン学園理事長もこれにはご満悦だ。余談だが、鵯越の逆落としの場面で畠山重忠という武将に「お前の足が心配だ」と言われおんぶをされながら崖を下った三日月役のウマ娘に対しても、照れる表情が何ともカワイイ!と一部のコアなファンがついたようだ。

 

 そして、次の大河ドラマも具体的内容が発表されていて、すでに撮影が始まっている。タイトルは『どうする白石』。織田、今川、武田といった大勢力に囲まれて右往左往しながら、やがて天下人となる徳川家康を、戦においても精神面においても支え続けてきた、落ち着きとバブみにあふれる宇摩娘、白石(しらいし)が主人公の戦国ストーリーだ。そして今回、その白石役の座を見事射止めたのがスーパークリークである。脚本家によれば、毛色は伝承とはちょっと違う(白石という名前に反し、黒髪であったと伝わる)ものの、そのほんわかとしたキャラクターが、白石のイメージにピッタリなのだとか。

 

スーパークリーク「こんにちは、ライスさん。 あなたのご活躍のおかげで、私を含め現在、多くのウマ娘がドラマや映画の世界で引っ張りだこ。 レース以外にも輝ける舞台が増え、あなたにはいくら感謝しても感謝しきれません…いい子、いい子」

 

ライス「ひゃあ!スーパークリークさん。ちょっと恥ずかしいですぅ」

 

 挨拶早々、ライスの頭をなでなでするスーパークリーク。ドラマの中でも「いい子、いい子」と言いながら家康の頭をなでなでするシーンが少なくないことから、ネット上では「〇〇(家康役の若手俳優の名前)裏山!」「〇〇タヒね!」といった声がよくあがってくる。

 ちなみにドラマの中の家康のセリフは、白石に甘える場面も多く、そこの微妙なニュアンスをうまく伝えるのに必要なためか、軽めの現代口調(しかも一人称が僕)というのが特徴だ。これがまた、賛否両論だったりするのだが…。

 

スパクリ「ライスさん。 今度私と共演してくださるそうですね、大鹿毛役で」

 

ライス「あ、はい。 その時はよろしくお願いします。 …でも…また、悲しい話になりそうですね」

 

 ライスシャワーの視線が、伏し目がちになる。感受性豊かな彼女にとって、あの物語の結末は、今思い返してもつらいものがあった。

 

スパクリ「それなんですけどね。 もう少しだけ救いのある方向になるみたいですよ」

 

ライス「え!?」

 

…………

 

………

 

……

 

~~~~~~~~~ ~~~~~~~~~ ~~~~~~~~~

 

 本能寺の変からしばらく経った、ある晴れた日。駿河国。

 狩装束に身を固めた徳川家康。鷹狩は家康にとって一番の趣味であり、富士山を望む景色やなすびの漬物と並ぶ好物だ。その家康が、富士の山裾を一望できる野原に陣幕を張らせ、白石ほか限られた数のお供と共に、ある者と対面している。

 

家康「白石から話は聞いているよ。 明智殿の事は残念だったけど、君はよく無事でいてくれたね…」

 

 家康の目の前に平伏しているのは尼僧で、頭巾の上から尖った耳が突き出ている。白石と同じ宇摩娘のようだ。実は家康は、ある事情により、明智光秀が本能寺の変を起こした真の理由とその裏にある志を理解、共感している、数少ない人物の一人である。

 

白石「お館様。彼女には類まれなる才覚と、何より、誰よりも高い志があります。 この先、日の本をまとめ、戦無き泰平の世を築くためにも、どうか彼女をお取立てくださいませ」

 

家康「わかってるよ、白石。 …なあ、大鹿毛。 僕は今じゃ海道一の弓取りなんて言われてるけど、ホントは戦が嫌いでね。 戦場でほら貝を聞いたり、槍を見たりする度に、ああ、こんな因果な稼業いつかはやめたいなんて…あ、今僕が言ったこと、みんなには内緒ね。(し~っ) …僕自身、いつ死ぬんだろうか、明日は無事生き残れているんだろうかと毎日怯えながら過ごしている。 実際、あの時だって…。 そして、僕とおんなじ思いをしている人々が、この天下に、まだまだ沢山いるんじゃないかとか考えると…」

 

白石「ああ、お館様…なんとおいたわしや…いい子、いい子」

 

家康「し、白石。 今ここでそういうのは…」

 

 心なしか、大鹿毛の顔も赤くなっているように見える。

 

家康「大鹿毛。 僕には明智殿ほどの賢さも、強さも勇気も無い。 それでも僕は、みんなが命の心配をしなくて済む、みんなが笑顔で暮らせる世の中が欲しいんだ。 手伝ってくれるかい?」

 

 大鹿毛が、涙を流しながら面を上げる。

 

大鹿毛「殿。 あの日の…坂本城での私は、左馬助様の後を追うこと以外何も考えられませんでした。 しかしあの時、白石殿が私の命を助けてくれて、その上、この先私が生きていく意味をも見出せました。 私は、左馬助様の想いを…願いを…この世から消したくない! ですから…この大鹿毛…いえ、この天海、殿のお志に残りの生涯を捧げてまいります」

 

…………

 

………

 

……

 

~~~~~~~~~ ~~~~~~~~~ ~~~~~~~~~

 

 翌年放送予定の『どうする白石』では、「大鹿毛」改め「天海」が白石によって見出され、徳川家に仕える様子や、それにより明智光秀や左馬助たちが抱いていた「天下泰平」の志が未来に引き継がれ、江戸260年の平和という形で結実したことが描かれている。

 

ライス「このお話で、大鹿毛の魂も浮かばれるといいな…」

 

スパクリ「浮かばれますよ、きっと…」

 

 『鬼神がくる』の最終話で描かれた「絶望」から、ここに来て新たな「希望」が生まれた…この物語は、改めて多くの人に感動を与えることとなるのだが、それはまた後の話。

 

 さて、今宵はここまでに致しとうござりまする。アテブレーベ!オブリガード!



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第一幕 『鎌倉殿のふたり』 その拾伍(15)

大河ドラマ「鎌倉殿のふたり」撮影現場にて①


ウオッカ「やっぱこの時代の大鎧ってかっちゅ良いよな~  さすが、命懸けの勝負服なだけあるぜ!」
ダイワスカーレット「ちょっとアンタ、何か〝会長〟入ってない? まあ、気持ちは分からないでもないけど」
ウオッカ「だろう。 そしてこの太刀。 いやあ、見るほどに惚れ惚れするぜ……」
ダスカ(うわあ…… 目つきがいつになくヤバくない?)
ウォッカ「よし!決めたぜ!! 今度からレースの勝負服はコイツで決めてやるぜ!」
 
 ブンブンと太刀を振り回すウオッカ。

ダスカ「ちょっとやめてくれない!? ただでさえ周り物騒なの(薙刀を構えるグ〇ス、錨をぶん回すゴ〇シ、短剣を抜こうとするラ〇ス……etc)ばっかなんだから!」

 大河ドラマ撮影は、ウオッカの何かを刺激し続けて止まないようだ。

ダスカ「……っていうか、撮影のたびになんかウオッカに〝降りてくる〟みたいな感じよね。 マチカネフクキタル先輩にお祓いでも頼んどこうかしら?」


◆NHK大河ドラマ『鎌倉殿のふたり』 第21話 髭切の沙汰

 

 出演

 生食(八幡)    ダイワスカーレット

 磨墨        ウオッカ

 雑仕女(ぞうしめ) 乙名史 悦子

 

 

 

 ここに、数奇な運命に彩られた一振りの名刀がある。

 源氏累代の宝刀、髭切(ひげきり)。

 

 頼朝をはじめとする清和源氏の祖経基王(源経基)の嫡男、源(多田)満仲が、天下守護を目的に作らせた二振りの太刀のうちの一振り。満仲の命を受けた刀工が八幡大菩薩から「六十日間かけて鉄を鍛え、二振りの太刀を打ちなさい」とのお告げを受けて作ったものだ。満仲が罪人の遺体で試し切りをさせたところ、首と同時に髭も切り落とされたことからその名がついた。

 

 その後髭切は、満仲の嫡子である源頼光の代に鬼丸と改名され、頼光の甥の源頼義、頼義の嫡男の八幡太郎義家と河内源氏の間に相伝され、源為義(義朝の父、頼朝・義経の祖父)の代に、獅子ノ子と名を改められた。為義は、獅子ノ子(髭切)と対に作られたもう一振りの太刀膝丸(ひざまる…為義の時代には「吠丸(ほえまる)」と改名)を自らの娘婿である熊野別当行範に譲ったことから、その代替として、獅子ノ子に似せた小烏という名の太刀を作らせた。小烏は獅子ノ子より二分(およそ6mm)ほど長かったが、あるときこの二振を障子に立てかけた際、ひとりでに刀が倒れ、二振りとも同じ長さになっていた。不審に思った為義が調べると、小烏の茎(なかご…刀身の柄で覆われる部分)がちょうど二分ほど切られていて、それを獅子ノ子の仕業と考えた為義は、再び名を友切(ともきり)と改めた。

 

 髭切→鬼丸→獅子ノ子→友切と度々改名されたこの太刀は義朝に譲られたが、名刀を持ちながら平治の乱で武運に恵まれなかった義朝は「名刀の力は失せたか」と八幡大菩薩を恨み嘆いた。すると八幡大菩薩から「やたら改名してきたことが、ことに「友切」という名が良くない。 元の名前に戻せば太刀の力は戻る」とのお告げがあり、改めて名を髭切に戻した。平治の乱で敗れた義朝は、尾張国野間にて家人であった長田忠致(ただむね)・景致(かげむね)父子の裏切りに遭い殺される。その後、髭切は一時行方知らずとなっていたのだが……。

  

 

 

 その日、鎌倉にある源頼朝邸の大広間の上座には頼朝が、左右には生食、磨墨ら寝所警護役(親衛隊)を含む御家人がずらりと居並ぶ。そして頼朝の視線の先に平伏する3人の神主。彼らは尾張国熱田神宮からやってきた。ちなみに頼朝の母親は、熱田神宮の大宮司の娘である。そして彼らの前には、三方の上に据えられた一振りの太刀が。

 

神主「平家打倒の旗揚げ、さらには富士川における勝利、祝着至極に存じます」

 

源頼朝「遠路はるばる苦労であった。 それなるが源氏累代の宝刀、髭切だというのか」

 

神主「ははっ。 源義朝公が先の戦での敗走の折、万が一を考え神宮に預けられたものです」

 

頼朝「そうか、父上が…… 磨墨、それをここへ」

 

磨墨「はっ!」

 

 磨墨は、神主たちから太刀を乗せた三方を受け取ると頼朝の前に進み、平伏してそれをおのれの頭上に掲げる。頼朝は太刀を受け取り、ゆっくりと鞘から刀身を抜く。この時磨墨は、チラチラと上目遣いで名刀の姿を瞳に焼き付けんとしていた。

 

磨墨(うぉー、流石は源氏累代の至宝!! 見れば見るほど惚れ惚れしてならねぇ!)

 

頼朝「磨墨……欲しいのか?」

 

磨墨「えっ、いえいえ、滅相もない!」

 

生食「何言ってるの。 欲しいです~って、顔に書いてあるわよ」

 

 生食のセリフに、周囲からも笑いが漏れる。

 

磨墨「う……うっせい!」

 

頼朝「ふふっ、さすがにこの源氏累代の重宝をくれてやるわけにはいかんが…… どうだ、一つ振るってみるか」

 

磨墨「えっ!?」

 

頼朝「磨墨、そなたにこの太刀の試し切りを命ずる。 すでに用意はしてある」

 

磨墨「ははっ!!」

 

 頼朝の言う通り、縁側から望む庭には、従前から青竹の芯を通した藁束が6本立ち並んでいる。頼朝の命を受けた磨墨は満面の笑顔だ。そして、この時その場に同席していた頼朝の弟、義経は義経で

 

義経「源氏の至宝髭切を、一族たる私より先に手にすることが許される者がいるだなんて…… あ、でもそれのおかげで磨墨のまぶしい笑顔を拝めることが出来るというなら…… ああ、胸が張り裂けそうだ」

 

……と言いながら身もだえていた。

 

生食「磨墨。 ホント、アンタってわかり易いわ」

 

磨墨「ふっ、言ってろ。 お前のような野良宇摩(ウマ)娘に、この太刀の有難みは到底理解出来ねーよ」

 

生食「ふ~んだ」

 

 磨墨は庭に降り、立ち並ぶ藁束を前に、切っ先を上に立てながら自身の右側に引き寄せるように髭切を構える。いわゆる八相の構えだ。

 

生食(刀や弓の腕前となると未だにアイツの方が一枚も二枚も上手ね、悔しいけど。 しかし、いずれは……)

 

磨墨「はあああっ!!」

 

 八相の構えから少しだけ振りかぶるとそのまま袈裟斬りに振り下ろす。立ちどころに藁束の一本がバッサリと落とされる。さらに磨墨は、上半身を中段の構えを取り固定させたまま、足だけでつつっと二本の藁束の間に移動し、右に、そして左に袈裟斬りにする。

 磨墨と、そしてその姿を言葉もなく見つめる生食の瞳が爛々と輝く。そして二人は心の中で全く同じことを考えていた。

 

 欲しい……。 叶うものなら、この名刀を我が物に……。 

 

 残る藁束は三本。そのうちの二本を今しがたと同じように左右に袈裟斬りにした後、最後の残り一本の正面で上段に構え、そのまま兜割りをするが如く垂直に振り下ろす。藁束は見事なまでに、根本の近くまで真っ二つに裂けた。

 

 

 

頼朝「天晴! 見事であったぞ、磨墨」

 

 磨墨から髭切を返されると同時に、頼朝はねぎらいの言葉をかけた。

 

頼朝「さて、磨墨には何か褒美を遣わしたいところだが……」

 

 と、言いかけた頼朝は、ふと、磨墨の物欲しそうな視線、そしてそれが頼朝が手にする髭切に向けられている事に気が付いた。頼朝は思わず髭切を背中に隠すようなそぶりをして

 

頼朝「…先に言った通り、この源氏累代の宝刀はさすがにやれないが、それ以外なら考えてもよいぞ」

 

 磨墨は、はた目から見てもわかり易いぐらいションボリルドルフした表情で

 

磨墨「実は、近々京の都への出陣があるだろうから、その時は一族として私も手伝え、御大将にも話はつけておく、と、父平三景時から言われておりまして……」

 

頼朝「うむ。 ついこの間、法皇様より木曽義仲討伐の院宣が下された。 年明け早々、範頼(頼朝の弟)を大将として、出陣させる運びとなっておる。 そなたの出陣も許すつもりであるが……」

 

 そこで頼朝は考え込む。

 

頼朝(……となると、その出陣へのはなむけも兼ねることになるわけだ。 さて、どうしたものか)

 

磨墨「出来れば髭切…… いえ、そこまでは申しませんが、何か業物の一つでもいただければ、その戦においても、御大将の配下としてふさわしい、天下に恥じぬ働きをご覧入れましょう。 髭切……とまでは申しませんが……」

 

生食(髭切髭切って、未練たらたらね。 ……まあ、その気持ち、分からないでもないけどぉ)

 

頼朝(やはり磨墨を満足させるものといえば武具の類か。 しかし髭切に匹敵するとなると……いや待てよ)「義経、余の寝所からあの太刀を持ってきてくれまいか。 富士川の合戦の折、あの平家方の腰抜けの総大将が忘れていった、例のアレだ」

 

義経「え~。 そんな雑用、家人にやらせりゃいいじゃん。 ワケワカンナイヨー」

 

 ブツブツと文句を口にしながらも蔵へと向かう義経。そして、頼朝の話を聞いていた磨墨はというと

 

磨墨「御大将……。 私めの立場でかような文句を申し上げるのは不遜だと……不遜だと思いますが。 その、あれですか。 私めの恩賞を他人の、それも敵方の〝落とし物〟で済まそうとか……」

 

 磨墨のやる気が下がった。磨墨は絶不調だ。

 

 そして、磨墨の頼朝に向けられた視線がものすごーく冷ややかだ。しかし、頼朝には何故か自信があるらしい。含み笑いをしている。

 

頼朝「いや、文句は実際に物を見てからにしてもらおうか」

 

 義経が一振りの太刀を持ってきた。一目見てまず分かったのは、その長さが髭切とほとんど一緒であるということだ。

 

頼朝「どうだ? 刀身の長さは髭切と全くもって同じじゃ」

 

磨墨「これは……?」

 

頼朝「銘は小烏。 我が祖父為義公より伝わる太刀じゃ。 平治の乱にて我ら源氏が敗退した折に平家の手に落ちていたのを、富士川の合戦の敵方の大将維盛がたまたま佩いていたみたいでな。 何でも、この太刀で我ら源氏に引導を渡してやるなどと息巻いておったそうだが……。 お主も覚えておろう、彼奴らは水鳥の羽音におびえて敗走したのを。 その時維盛め、この太刀を置き忘れていったそうじゃ。 そうして今、此処に在るというわけじゃ。 髭切ほどではないかもしれぬが、これもなかなかの業物ぞ。 そして我らにとっては縁起も良い。 これでどうじゃ? 不満かの?」

 

 この小烏については磨墨も知っていて、その価値も十分理解していた。

 磨墨の表情が途端に明るくなる。

 

磨墨「いえ、不満も何も。 これほどの名刀を頂けるとあらば、誠に有難き幸せ。 この磨墨、次の戦では必ずや大手柄を立てて参りましょう」

 

義経「良かったですね、磨墨殿。 ついてはこの小烏があなたの手に渡ったお祝いに、今宵私の屋敷で宴会とか……」

 

磨墨「(乂´∀`) お こ と わ り し ま す」

 

 磨墨のやる気が上がった。磨墨は好調だ。(絶好調に至らなかったのは、義経の余計な一言のせい)

 

生食「ホント単純よね」

 

 口ではそう言うものの、それでも生食の目にはそれとなく悔しさがにじみ出ている。そして生食のみならず、その場に居合わせた他の御家人たちも揃って、羨望の眼差しを磨墨に向けていた。生食が逗留する屋敷の主、佐々木秀義の四男高綱もその中の一人である。

 

 

 

 それから数か月ほど後。木曽義仲討伐に向かう鎌倉軍の出陣が始まり、頼朝に従う御家人たちが銘銘集結地点の尾張(現在の愛知県西部)を目指し、東海道を西上し始めていたある日のこと。

 

 その出陣の挨拶として、佐々木高綱が生食を伴い頼朝の屋敷を訪れた。生食は、佐々木家からの要請もあって、磨墨と同様この度の出陣に参加することとなった。生食にとっては初陣である。

 

 頼朝と高綱とのよもやま話も弾んでいくうち、堅苦しい挨拶から始まったのが、茶が入り、酒が入り、いつの間にやら参集していた他の御家人までをも巻き込んでの酒宴になっていた。もはや高綱出陣を祝う大壮行会状態だ。頼朝にとって高綱はそれくらい気心の知れた間柄であった。

 

 高綱ら佐々木四兄弟は、伊豆挙兵の当初から頼朝の下で戦い続け、特に高綱は、石橋山合戦において、殿として敗走する頼朝を助けた手柄もある。話題がこうした昔話にまで及ぶと、九死に一生のあの死闘も、今となっては懐かしく思える。もしあの時、高綱と、自分が洞穴に隠れていた時に見逃してくれた磨墨がいなかったらと思うと……。

 

頼朝「そうだ、高綱。 そなたの出陣に何かはなむけを遣わしたいのだが……」

 

 そこまで言って、頼朝ははたと気付いた。そういえばこの間、磨墨に小烏をやったばかりだったことを。

 

頼朝(うーむ。 そうなってくると、高綱にも下手なものを与えるわけにはいかんし…… だからといって小烏に負けないものと言ったら…… ええい!ままよ!)

 

 ひょっとしたら、酔いが回ったせいで頼朝の気も少しばかり緩んだのかもしれない。かくして、高綱と生食の前にあの髭切が引き出された。

 

生食「わあ! この天下に名高い宝刀、髭切を私たちに下さるのですね! いよっ、太っ腹!!」

 

頼朝「こらこら落ち着け。 余の話を最後まで聞くのだ。 この髭切は源氏累代の重宝、与えるというわけにはいかぬが……」

 

生食「ちぇっ、なんだ~、ケチ~。 鎌倉殿とあろうものが小さいこと言うんじゃないわよ!」

 

頼朝「だから最後まで話を聞かんか! ……ってお主、そんなに酒癖が悪かったのか?生食。 話を戻すぞ。 かつて頼光の時代、頼光四天王の一人であった渡辺綱にこの髭切が一時貸し与えられ、その髭切で鬼を退治したという話が伝えられておる。(一時、髭切が鬼丸と改名されていた由来である) そ こ で、この頼光と綱の故事に習い、高綱、そなたに此度の出陣の一時だけでも、この髭切を貸し与えたい。 どうかな高綱よ。 かつてこの髭切で鬼を退治した渡辺綱のごとく、そなたもまたこの宝刀の力をもって木曽義仲を討ち取ってきてはもらえぬか」

 

高綱「一時とはいえ、源氏累代の宝刀髭切を賜ることは、この上なき武門の誉。 この高綱、こたびの戦においては粉骨砕身の働きをお見せいたしましょう」

 

酒を注いで回る雑仕女「ああ……この高綱様の、都への入り口たる宇治川を真っ先に渡ろうという決心。 もし『高綱殿が宇治川で死んだ』と聞いたとあらば人に先を越され先陣は叶わず、『高綱殿がまだ生きている』と聞いたとあらば先陣は果たされたものと思ってほしいと……この命懸けの御覚悟、素晴らしいですっ!」

 

高綱「そんな話したっけ?」

 

生食「ねえ、ちょっと。 そこの女。 勝手に話捏造してるんじゃないわよ」

 

 しかしこの雑仕女の声があまりにも大きかったためか、この時周りにいた者はみな「高綱はあの時、こんな大言壮語しとったぞ」と、それこそ話を独り歩きさせるようなことを言いふらされ、さらに後世には「生食が言ったこと」として誤伝されることになるが、これはまた別の話。

 

頼朝「まあ、高綱には死んでもらっては困る。 こたびの戦見事勝利して、生きて……生きて、絶対この髭切を返しに帰ってくるのじゃぞ!! この宝刀は与えたのではないからな!」

 

生食(こういうのもツンデレっていうのかしら……?)

 

 

 

 

 寿永三年一月(1184年2月)某日

 

 駿河国 浮島が原

 

 北には霊峰富士と愛鷹山の山麓、南には駿河湾を臨む浮島が原の地では、頼朝の弟の範頼を大将、同じく義経を副将とした木曽討伐軍に参加すべく、鎌倉方の御家人たちが続々と西上していた。

 

 そうした中磨墨は、見晴らしの良い場所に立ち、しばらくの間道行く御家人たちの姿、特に彼らの腰に佩いている太刀の数々を眺めていた。

 

磨墨「やはり俺が、御大将鎌倉殿から拝領したこの小烏に勝る得物を持つ者は居ないか」

 

 磨墨はいかにも得意絶頂といった感じの表情でいたのだが……

 

磨墨「おや? 向こうからやって来るのは…… ひょっとして生食? 隣に居るのはさしずめ佐々木の四男坊といったところか。 生食の奴、何か振り回しているような……」

 

 一方、その頃の生食と佐々木高綱。

 

生食「ねえ、高綱殿、いいじゃない。 その髭切、私にも触らせてよ。 お願~い」

 

 鎌倉を発ってからここに至るまで、生食はずっとこんな様子で高綱にせがみ続けていた。

 

高綱「仕方ないですね…… ちょっとだけですよ」

 

 高綱から、鞘から抜いた髭切を受け取った生食は、興奮で鼻息を少し荒くさせながら

 

生食「そうね。 せっかくだからこいつを磨墨にでも見せびらかしてやろうかしら。 フフフ、アイツの泣きっ面が目に浮かぶわ」

 

高綱「それだけはやめて。 敵と戦う前に、味方に討たれる羽目になる」

 

生食「やはりいい得物を持つと気分が上がるわよね。 あの雑仕女の言いぐさじゃないけど、このまんま敵陣に一番乗り~、みたいな」

 

 生食は鼻歌まじりで足を弾ませながら、抜き身の髭切をブンブン振り回す。

 

近くに居た御家人「おいこら、危ないじゃないか…… おや、お前さん、ずいぶんいい太刀を持っているじゃないか。 どうしたんだ?それ」

 

生食「フフフ、いーでしょう。 これはね、我らが御大しh……」

 

高綱「わーっ! わぁーーっ!! 今はそれ以上はダメ!!!」

 

 そんなこんなで、二人は次第に磨墨の居る方へと近づいてきた。

 

磨墨「おいおい、街道で太刀を振り回す奴があるかよ。 しっかし、あの太刀、どっかで見たような気が…… …… ……な、何っ!?」

 

 磨墨は見てしまった。源氏嫡流でない者で、自分以外の者が源氏累代の至宝髭切を手にしている様を。それもよりによって……。

 

磨墨「何で髭切をあの野良宇摩娘が? くっそーっ! 鎌倉殿は俺よりアイツの方が上だと見ているのか!? 小烏を頂いた時には、相手が木曽だろうが平家だろうが、この命を張って戦いぬくと心に誓っていたのにぃ~!!」 

 

 磨墨のやる気が下がった。「片頭痛」になってしまった。

 

磨墨「お、おのれ~ かくなる上は、あそこの野良宇摩娘と刺し違えて、『優れた宇摩娘を二人同時に失ってしまった~……ヨヨヨ』とあの女好きのバカクラ殿を後悔させてやる~!!」

 

 磨墨は完全に掛かっていますねぇ。大丈夫でしょうか?(生食と高綱の命が)

 

 磨墨は、生食を取っ組み合いの上で討つか、それとも一度突き飛ばすかなどと思案しながら、まだ磨墨の存在に気付かない様子で近づいてくる二人を見ていたが、まずは言葉をかけることにした。

 

磨墨「よう、生食。 お前、あの髭切を拝領したみたいだな」

 

 高綱は磨墨の姿を認めると、思わずギャッと悲鳴に近い驚きの声をあげる。もし、頼朝から直接髭切を賜ったのが自分だと磨墨に知れたらどうなることやら……。一方生食は、髭切のことを知った磨墨が、思いの外落ち着いているように見えた(内心では()る気満々なのだが)のをつまらないと思ったのか

 

生食「残念ながら、貰えたわけではないわ。 ちょこっと拝借しただけよ」

 

と、ぶっきらぼうに答える。

 

磨墨「拝借? 何だそりゃ……。 まさかお前ら、御大将の屋敷から髭切をこっそり盗み出して!?」

 

生食「ちょっとアンタ! 変な勘違いを……」

 

高綱「いやあ、バレちゃいました? 今度の戦の相手は、木曽四天王や巴御前など強敵ぞろい。 願わくば髭切のような業物を頂戴したいと願っていたのですが、この間の髭切の試し切りの折、磨墨殿ほどの者にも与えられなかったのを、ましてや某如(それがしごと)きがお願いしても決して頂けまいと思いましてな。 お咎め承知で、出立の前夜に盗みおおせたのですが……で、それが何か?」

 

生食「高綱殿も、一体何言ってるのよ!?」

 

 どういう訳か、高綱の方が必死に磨墨の〝勘違い〟に話を合わせようとし、片や困惑の表情を隠せない生食。磨墨は、二人の顔を交互に見比べるうちに、何となくながら事の成り行きを察したようだ。磨墨の怒りもだいぶ収まり……

 

磨墨「へっっ。 そういうことなら、この磨墨が先に髭切を盗み出しておけばよかったぜ」

 

 磨墨は踵を返し、そして二人に背を向けたまま

 

磨墨「しかし高綱殿。 惚れた宇摩娘をかばい立てするのに必死なのはいいが、もうちょっと、嘘の腕前を上げておくんだな」

 

右手をひらひらと振りながら、遠ざかっていく。

 

 生食と高綱の二人はポカーンとして磨墨の後ろ姿を見送っていたのだが、やがて生食の顔は急激に赤味がさし、両手で高綱の襟首をつかむと

 

生食「ちょっとねぇ! アンタ! そんなつもりであんなこと言ってたの!? バカじゃないの!?バカじゃないの!?バカじゃないの!?」

 

まるでカツアゲにでもあっているような体勢の高綱は

 

高綱「ちょちょ、そんなつもりでは……。 それこそ磨墨殿の盛大な〝勘違い〟じゃ。 す、磨墨殿~、ちょっと、ちょっとお待ちくだされ~!!」

 

 別に磨墨は勘違いをしていたわけではない。ただ、怒りはだいぶ収まったとはいえ、髭切を手にすることが出来た彼らに対する嫉妬を完全には拭うことが出来なかった。そんな磨墨の、ささやかな仕返しであった。

 

 

 鎌倉勢、尾張国集結。

 

 生食と磨墨の進撃が、まさに始まらんとしていた。



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