秘密結社のボスに祭り上げられた話 (じゃがありこ)
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1話

思春期の少年は一度は非日常にあこがれると思う。少年に限らず、人って生き物は特別って言葉に弱い。加えて、現代には中二病なんてものがあるくらいだ。少年たちはいつも何者かになりたがっている。少女たちは認めてほしがっている。両者ともに心の穴を塞いでほしいのだ。

 

だが、ある意味特別と呼ばれる領域に足を踏み入れてしまった人間から言わせてもらうのであれば、日常というものは存外愛おしいものだった。

 

いつの間にか『能力者』同士の争いに担ぎ上げられ、なおかつ国家間のあれこれにまで関わりそうになっている俺が言うのだから間違いない。

 

 

 

 

11歳の頃。あの頃の俺は無邪気だった。秘密基地や秘密結社にあこがれ、友人とヒーローごっこをするような普通の少年だった。ちなみに、個人的にはヒーローよりも悪役の方が好きだった。ただ、問題があった。どうやら何かを演じるのが得意だった俺は、友人と遊んでいるとき以外でもヒーローや悪役のまねごとをしていた。

 

まあ、何が言いたいかというとちょっと早めのいわゆる『中二病』を発症したのだ。

だが、これ自体はそんなに問題じゃない。黒歴史にはなるが、小学生…まだ傷は浅くて済む時期だ。

問題はあの時の自分の行動で、何の偶然か知らないが本当に秘密組織ができて、さらにそのリーダーに担ぎ上げられてしまったことだ。

本来は可愛い思い出で終わるはずだったことだ。だが、そうは問屋が卸さなかったらしい。

 

『超能力』なんて御伽噺の話だと思っていたが実はそうでもなかったらしい。詳しい原因はわからないが、中二病真っ盛りの俺は怪しげな老人に声を掛けられて以降超能力が使えるようになった。あの頃の俺はバカだった。リスクも考えずにそれを振るっていた。もちろん、悪意を持って振るったことなどほぼないが。

 

結果を端的に説明すると、いつの間にか友人たちも超能力に目覚め中学二年生の終わりには秘密組織ができていた。中二病が抜けきっていなかった俺はあまりに完成度の高い秘密基地のロマンにあっさりと負け、高まったテンションのまま仲間たちと秘密組織ごっこ(・・・)に興じた。そう、ごっこだと思っていたのだ。時々やっていた会議も、異能を使ったちょっとした運動も、遊びだと思っていたのだ。ただ、冗談ではなかったらしい。中学三年生の時、やべー集団と殺し合いになってそれを悟った。

 

老人からもらった本とか適当なことを言っていたら俺は友人たちから畏敬の対象にされていた。俺は別にすごい奴ではないし、崇高な思想を持っているわけでもない。そう言いたかったが、言い出せなかった。学生だけの組織だったがいつの間にかよく分からない支援者が付いて大きくなっていたというものある。雰囲気的な問題もある。組織の方針が割と偏ってはいる者の間違いなく人助けになるものだったというものある。だが、一番は結局のところ俺も何かになりたかったのだろう。

 

その選択を後悔しているかって?

 

フッ——————めちゃめちゃしてます。

 

 

高校生というのは存外忙しい。朝の身支度をしながら思う。中学よりも付き合いが増えた。帰りにカラオケやゲーセンに行ったりジャンクフード店でだべったり。部活に勉強、委員会にバイト。俺はバイトはやっていないが、組織のお仕事をやっているので寝るのが深夜になる。そうすると、朝起きるのがめんどくなる。社会人も忙しいのだろうがやはり高校生もベクトルが違うだけで忙しいのだ。

 

「だから遅刻した俺は悪くないと思います」

 

「黙って反省文をかけ」

 

遅刻した俺は反省文を書かされていた。教卓の上に座っている不良教師と教室の窓側の席で欠伸をしている俺。茜色の光が教室の窓から差し込む。珍しく雨がやんでいた。珍しいのはそれだけじゃない。まだ梅雨が明けきっていないのにセミは愛を求め鳴きだしている。

 

「俺も恋を求めて街を走りだしたい気分ですよ」

 

「補導されるからやめとけ」

 

開いた窓から飛び込んでくる学生たちの叫び声。サッカーボールが蹴られる音。野球のバットがソフトボールを打つ音。テニスコートの音。何かを訴える下級生の女の子の甲高い叫び声。それらは日常という名のBGMだ。

 

「私服ならいけます。きっと」

 

「最近、物騒だからな。見回りが厳しいんだ」

 

はて見回り?何か事件でもあったっけ?

 

「先週ビルの爆破騒ぎがあっただろ。あと、死体が消えた殺人事件」

 

片方は知っている。ビルの爆破は友人たちの仕業だ。海外の犯罪グループがこの街に紛れ込んだらしい。狙いはこの街に逃げてきた元構成員の子供だとか。ただ、かなり過激で一般人の怪我人も出ていたため押さえこんでしまおうと干渉した結果、何故か自爆された。

 

「死体が消えたって話初めて聞きましたね」

 

「あー、余計な不安を煽らない様にって口止めされてるんだったわ」

 

顎髭を生やしている不良教師は、明後日の方向を見ながら気まずそうに話す。彼の兄は警察官らしくそういった事件の話を聞くのだそうだ。普通話したらダメなやつだと思うんだけど、兄弟そろって口が軽い。

 

「もう聞いたので口止め料として全部話してください」

 

「………お前って変に図太いよなぁ」

 

呆れた様子でため息を付く男は目が死んでいる。

 

「二丁目の交差点でな死体が見つかったんだ。黒服の男。見つけたのは深夜に車を運転していたドライバーでな。通報の3分後に忽然と死体が姿を消したらしいんだ」

 

「実は生きてたとかじゃなくてですか?」

 

「あー俺もなぁ、そう思ったんだけどな。死体の写真を撮っていたみたいで見たら、ありえない死に方をしてたんだよなぁ」

 

「あり得ない死に方、ですか」

 

「なんつーか、内部から壊されたみたいな?そういう死に方だったんだ」

 

詳しく聞こうとした瞬間五時を知らせる鐘の音が町全体に響く。

 

「反省文、書き終わったか?」

 

「………反省はしたんで見逃してほしいです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「欠席者もいるみたいだけど、定例会議を始めたいと思います」

 

円卓を囲み、5人の男女が座っている。部屋の内装はSFに近い。無機質さと暖かさが混在している。

 

「今回は欠席が多いっスね~何かあったんっスか?」

 

「定例会議の出席率が悪いのはいつものことでしょ?それより、早く会議を進めてくれない?あたし寝不足なの!」

 

茶髪の少女の疑問をばっさり切り捨て、猫耳フードの少女が司会の青年を睨む。青年は、別段臆することなく少女の怒気をスルーして話を進める。

 

「氷雨、報告をお願いできるかな?」

 

司会の青年の視線が、黒い髪にバラ色のリボンをした少女に注がれる。ビシッと制服を着こなし凛とした雰囲気を漂わせており、できる女という感じだ。

 

「はい、地下組織『ヴェクター』を先日大門さんが壊滅させ、残党は公安秘匿組織『Different ability crime countermeasures room』通称、DACCRが確保したとの情報が入りました。ただ、大門さん曰くまだ生き残りが潜伏しているらしく、そちらを追うのでしばらくは戻れないとのことです」

 

「ヴェクターって海外のマフィアもどきっスよね?何で日本に拠点を移してきたんでしたっけ?」

 

声をあげたのは制服を着た少女だ。懐っこい顔立ち、長めの明るい茶髪を後頭部で一つにまとめている。隙間に輝くベージュ色の瞳はくりくりと可愛らしい。華奢な身体が小動物っぽさを際立たせていた。

 

「例の新薬を探しに来ていたらしいですよ」

 

「ああ、あの都市伝説のことか」

 

氷雨の言葉に反応したのは、質問した少女ではなくいかにも神経質そうな顔をした少年だった。

 

「あら、インテリ眼鏡。あんたいたのね、気が付かなかったわ」

 

「ほう、随分と目が悪くなったようだ。スナイパーなんてやめたらどうだ?」

 

「はぁ?」

 

「………」

 

インテリ眼鏡と猫耳フードの少女の間に見えない火花が散りだしたのを見て、司会の青年が手を叩く。

 

「はい、そこまでにしてね。京香、早く会議を終わらせたいといったのは君だよ。必要以上に突っかからないでね」

 

司会の青年にイケメンスマイルでたしなめられ、京香は渋々といった感じで大人しく席に着いた。それに呼応するように、インテリ眼鏡少年もにらみつけるのをやめ謝罪する。

 

「すまない、会議を続けてほしい」

 

「…これは確定事項ではないのですが、ボス(紫苑さん)の学校にDACCRの犬がいるらしいです」

 

「まあ、別に問題ないんじゃないっスかね?よほどの使い手じゃない限り、先輩には傷一つ付けることすらできないっスからね~」

 

「それに関しては同感です。ただ、何の目的で入学するのかはわかっていないのは、良い状況とは言えません。最近、DACCRは我々を血眼になって探していますからね…」

 

「まあ、それとなく監視はしておくっスよ。ただ、自分中等部の生徒なんで高等部の生徒を常に監視することはできないっスよ」

 

「構いません。もしもの保険というだけです。くれぐれも紫苑さんから頼まれない限りは何もしないでくださいね、凛香」

 

「もちろんっスよ~先輩の思考を読むなんて芸当、自分には無理なんで」

 

「報告は以上でいいかな?」

 

タイミングを見計らって、司会の青年が会話に入る。

 

「はい、報告は以上となります。質問のある方はいますか?」

 

「一ついいか?」

 

インテリ眼鏡と呼ばれた少年が眼鏡をクイっと押し上げながら、静かな声で氷雨に問いかける。

 

「はい、何でしょうか?」

 

「先日の爆破騒ぎの組織、RZEといったか?あのバカどもの動向はつかめたか?」

 

「ええ、どうやら元構成員の子供を探しているらしいです。理由まではわかりませんが、希少な能力を持っているようで」

 

「能力を利用しようと狙われてる感じか?」

 

「はい、裏は取れてはいないですが彼女の親は組織に娘を利用させないために庇って殺されたそうです」

 

「なるほど、理不尽な話っスね」

 

「その話の裏が取れたら助けに行かないとね?」

 

青年のその言葉に一同は頷く。京香は青年の言葉に対して一つの疑問点を投げかける。

 

「でもあんまり時間はないんじゃない?ビル爆破するぐらいイカれたやつらよ?長々逃げ切れるとは思えないわね」

 

その言葉に嘆息をこぼしながらも青年は淀みなく言葉を紡ぐ。

 

「紫苑が動いていないんだ。問題ないよ」

 

「………先輩はすごい人っスけど人間ですよ?」

 

そんな凛香のつぶやきは誰にも拾われることはなく虚空に消えていく。そして会議の終わりを告げるのだった。

 

「じゃあ、今日の会議は終わりで!解散!」

 



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2話

「失礼します、第一部隊所属の雨乞時雨です」

 

時雨は上司からの呼び出しに答え、部屋に入る。その部屋の一番奥に一人の男性が座って立派な机に肘をついていた。

 

「おう、待ってたぜ?」

 

座る男性が時雨に笑みを浮かべる。時雨はその机の前まで歩き寄り、欠伸を噛み殺し聞いた。

 

「何の用ですか?藤松隊長」

 

公安秘匿組織『Different ability crime countermeasures room』通称、DACCR。それは国内の能力者を統括し管理する組織である。似たような組織は世界中に存在している。しかし、実際のところ上の人間たちはお飾りの人間が多く、ほとんどの権限は実働部隊である『異能犯罪対策特務室』が所持している。その仕事は主に、国内の異能者の統括と異能犯罪の取り締まりだ。特務室はいくつかの部隊に分けられており、全五部隊だ。階級的には各部隊の隊長の上に、副室長、室長がいる。つまり、時雨の目の前にいるこの藤松は特務室において三番目に権限を持った人間なのだ。

 

「随分眠そうじゃねえか?最近寝てねえのか?」

 

「ええ、まあ」

 

ここ数日地下組織『ヴェクター』の調査でほとんど寝れていない時雨は、突然の呼び出しに機嫌を悪くしていたのだが、これが終われば寝れると思い我慢する。

 

「先日、第三部隊所属の藤沢海藤が『X』の構成員と交戦。負傷したうえ、敵を逃がした」

 

「藤沢さんが負けたんですか!?」

 

時雨は、藤松の口から発せられた驚愕の事実に思わず食いついた。藤沢は第三部隊のエースであり、特務室の中でもその実力は上位に食い込む。

 

「痛み分けといったところだな。藤沢は右腕を粉砕骨折、他数か所を骨折したのに対し相手も少なくとも左腕は使い物にならないようだからな」

 

「…そもそも、どうして第三の藤沢さんが『X』の構成員と戦闘になったんですか?『X』の調査は我々第一と第二の氷川の管轄のはずでは?」

 

「あいつらが『X』の構成員と交戦したのは単なる偶然だろう。向こうにしても予想外だったはずだ?お前さんは、『X』の用心深さをよく知っているだろ?そう簡単に尻尾を掴ませちゃくれねえ」

 

そう、時雨はそのことをよく知っていた。2年間もの間『X』を追い続けているのだ。何人もの人間があの組織を追い、敗れていった。確認できている構成員は7人。全体の構成人数は不明。目的も不明。分かっていることといえば、構成員は何かしらの面をかぶっていること。尋常ではない練度を誇っていること…そして、裏社会においてパンドラの箱とされ、恐れられていることだけだ。

 

「お前と氷川が『X』のボスらしき人物と交戦して以来、あの組織に執着しているのは分かるけどな?俺らの目的は日本の能力者の統括、そして治安の維持だ。言ってること分かるよな?」

 

「ま、待ってください!」

 

何を言われようとしているのか敏感に察した時雨は、声を荒げ遮ろうとする。

 

「『X』の捜査は大幅に人数を削減して行うことが決定した。時雨隊員、お前はまだ16歳の学生だ。優れた才を認められ特例で、ここにいるものの本来は高校生であることを忘れてはいけない。俺と上は少し働き過ぎだと判断した」

 

「待ってください!私はまだやれます!」

 

「さっき、寝てないのだと自分で言っなかったか?」

 

時雨は臍を噛む。この展開を読んでいたからこそ、藤松は自分にそんな質問をしたのだと気づいたからだ。

 

「……自分は藤沢さんのように負けたりしません」

 

「ハッ!ガキが強がってんじゃねえよ」

 

なおも食って掛かる時雨に、藤松は静かで諭すような口調から一転、厳しい口調に変え時雨を諫めた。決して、怒鳴ったわけでもない。声が通ったわけでもない。しかし、明確に言葉に含まれた圧を感じ取り、時雨は一瞬ひるんでしまった。

 

「……」

 

「弁えな、時雨隊員。子供に危険な任務を課している今の制度がそもそもいかれてんだ。学生は学生らしく、学校に行け。非日常から日常を守るのが俺の仕事だ。いいな?」

 

「……それが命令なら」

 

渋々といった様子で時雨は頷く。

 

「じゃあ家に帰れ、時期が来たらまた呼び戻す。それまでは大人しくしていることだな。あ、あとお前の特務室の一員としての権限はなくなってねえけど、乱用はしてくれるなよ。部下の首を飛ばすなんて御免だからな?」

 

「はい…」

 

 

 

 

 

 

 

肺が上下に掻き回される。

空気が喉の隙間につまり、脳みそから酸素を奪っていく。頬の表面に、熱が集まり恐怖にも似た感情がじわりじわりと足の裏を蝕んでいる。

唇に食い込んだ犬歯の跡。そこに残るじくじくとした感覚を反芻しながら、(あたし)はただひたすらに屋上へ向かう。

早朝ということもあり、人気のない廊下に、靴の底が擦れる音が響く。階段を上り屋上へ続く扉を開く。まだ外は薄暗い。

(あたし)は僅かに目を細めて、内に溜まった感情を吐き出すかのように、屋上の壁を蹴りつけた。

 

「くっそ!!!」

 

目をつむっても思い出せる。2年前のあれを、忘れられるわけがない。

 

燃え盛る炎の中、積み重ねっている何人もの死体の山。その中に立つ一人の仮面の少年。年は同じくらいに見えた。奴の全身は血にまみれており、『微睡』の文字が刻まれた面は血を滴らせながら炎に照らされていた。体温が失われていく姉を抱えながら、(あたし)は必死に吠える。

 

「お前が!お前が姉さんを…みんなを殺したの!?」

 

「………姉の思いは汲んでやるべきだ。今のお前には何もできないし、何も救えないのだから」

 

奴はそう言い残し、私の目の前から消えた。あの時の言葉、今ならわかる。あいつはこう言いたかったんだ。

 

『姉の願いだからお前は生かしておいてやる』っと。

 

 

 

「泣かないで…しぐれ」

 

か細い声で言葉を紡ぐ姉さんに必死に声をかける。

 

「だ、大丈夫だ!すぐに治療する。もうすぐ、警察も救急車も来る。だからがんばって、姉さん!!!」

 

「わたし………私はもう……ダメ、だから」

 

「何言ってるのさ!!!」

 

声が震える。

 

「しぐれには………普通に生きてほしいの…。だから…」

 

「姉さん!」

 

「何もしてあげられなくてごめんね…。お母さんたちにもごめんねって伝えておいてほしいの」

 

炎の赤い光に照らされてなお姉さんの体は青白い。

 

「もうしゃべるないで!!!」

 

「せめて………しぐれにはこれを…」

 

なおもしゃべるのをやめない姉さん。もう限界なのはみてわかる。頭では分かっていた。だけど

 

「受け…とって」

 

姉さんは(あたし)の腕にかみつく。それはもう、甘噛みなんてレベルのものではなく血が噴き出すぐらい思い切りだ。痛みに顔をしかめ困惑する私を置いて、状況はめまぐるしく変化する。淡くあたたかな光る球体が姉さんの中から飛び出し、俺の中に入ってくる。一瞬の苦しさと、不思議な安心感に包まれ、私は意識を手放した。

 

記憶に残っているのはここまで。救助隊の話では、炎はなぜか沈下し建物は今にも倒壊しそうな状態だったが、不自然に保たれていたらしい。

 

後に私は、DACCRの職員に『X』のリーダーと思われる男が自分の見た仮面の少年だと聞かされた。姉さんが所属していたこともあり私は姉さんと同じ『未成年特別処置法』でDACCRに入り、今に至る。

 

 

あの男は必ず私が捕まえるんだ―――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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3話

夜10時半。この時間帯になってもこの街は騒がしい。俺が住んでいる場所から少し離れた都心の象徴のような街は夜のない街と呼ばれている。夜の時間帯こそがもっとも活気のある騒がしい時間帯だからだ。昼間に活気がないわけではない。昼間は夜に比べれば比較的穏やかで静かだが、東側と南側は会社や学校やショッピングモールがあり活気に溢れている。しかし、夜の活気はベクトルが違う。この街の闇が顔を覗かせる。駅の方はまだいいが、奥に入るにつれ空気が危うい。

 

その象徴ともいえる場面に俺は今まさに出会っていた。

 

「一緒に来てもらうぞ。手荒な真似はしたくない」

 

「イヤっ、離して!」

 

「チッ、静かにしろ!」

 

黒服サングラスの男たちが一人の少女を壁に押さえ込もうとしている。身長や体格から類推するのであれば、歳は15歳から18歳くらいだろうか?

少女が必死に抵抗しようとするが、逃れられない。恐らくは身体強化の能力。男は拳銃を取り出し、少女の目前に突きつける。

 

少女的には絶体絶命だろう。しかし、どういう状況だろう。もしあの拳銃が本物で実弾を装填しているとなると彼らは一般人ではないのだろう。まあ、それ自体は問題ではない。ここはそういったやつらがいる場所でもあるし、あの秘密組織ごっこのせいでマジ物のやつらに会うことも何回かあった。ただ、不自然なのは少女の格好だ。何というか………すごいボロボロだし汚れているし、逃亡生活中の様であった。

 

普通に暮らしていれば、こんな状況には陥らないだろう。…まあ、でも事情を知らない俺が何かするのはあまりよろしくない。俺らの組織理念は理不尽を憎めだがなるべく日常も大事にしようというルールもある。危険なことに首を突っ込み続けていたら実が持たない。独断ではなるべく動かないと中二病を卒業した俺が決めた。だから俺はここでは関わらない。そっと通報しておくだけにしよう。

 

「ッ、誰だ!」

 

なんて考えているうちにばれてしまった。

 

「た、助けて!」

 

「あー……」

 

俺に気が付き必死に助けを求める少女。白い髪、しなやかな四肢、整った顔立ち。びっくりするぐらい美少女だ。日本人ではない顔立ちからして海外の人だろうか?それにしては流暢な日本語だ。

 

「チッ…目撃者だ。消せ」

 

「了解」

 

ガタイのいいほうの男が、細身の男に言われて拳銃を構える。なぜこうも物騒なのだろうか?普通のやばい人たちは今タイミングで悲鳴をあげながら逃げれば見逃してくれるはずなんだけど。

 

「あっぶな!」

 

咄嗟に近くの電柱の裏に隠れる。パァン!という発砲音と共に電柱に弾丸が着弾し電柱がはじける。

 

通常、能力者は普通の人間よりも体が頑丈にできており、拳銃程度なら当たっても死にはしない。そして身体能力と頑丈さは能力強度の上昇に比例する。つまり能力者として高みにいればいるほど身体能力も体の強度も上がる。ちなみに俺以外の友人達は何処のびっくり人間だというぐらいに丈夫だ。たとえ、拳銃の銃弾を眉間に当てられてもケロリとしているだろう。俺なら脳震盪で気絶する。まあ、何が言いたいかというと怖いものは怖いので帰りたいということだ。

 

「チッ、らちが明かないな!」

 

ガタイのいい男が、拳銃で牽制しながら近づいてくる。流石にまずいので、移動しようと試みるが時すでに遅く、俺が間合いに入った瞬間、バタフライナイフで俺を切りつけてきた。

 

ヒュン!!

 

そんな風を切る音と共に俺の顔へと迫る。危ねぇぇぇぇー!。首を動かして間一髪……何とかかわした。髪を掠めちゃったじゃねえか!!!我ながらよく今の攻撃躱せたな……いや落ち着け。表情に出すな。いつも通り困ったときはポーカーフェイスだ。大丈夫だ、びっくり人間と比べれば、全然遅い。

 

耳元で唸りを上げて風が吹き抜けた。繰り出された右ハイキックは虚空を打ち抜き、通り過ぎる。ガタイがいいわりに俊敏な動きをするもんだ。

 

「クソッ、何で当たらねえ!?」

 

間一髪で攻撃を躱し、内心ではビビりまくっている俺に対して、相手も焦りを感じてきたようだ。攻撃が単調になってきている。確かに長期化すればするほど、不利になるのは奴らだ。できればもっと焦ってほしい。思い出せ…怖い時は仮面を被れ。俺の大好きな悪役ならこんな時なんていう?

 

「…こんなものか?威勢だけは立派だな」

 

「な、なめてんじゃねえぞッ!」

 

振りかぶった腕が赤く発光する。

 

「オラッ!!!!!」

 

先ほどとは比べ物にならない威力の拳がアスファルトを粉砕する。破片が辺りに飛び散る。

 

「やっぱり、能力者かぁ」

 

「逃がすかぁッ!」

 

突進してくる男を避けようと膝を曲げた瞬間、何かを踏んだ感触と共に視界がぐるんッと回転する。視界の端に空き缶を捉える。気が付けば、泡を吹いて足元に男が転がっている男の上に俺が立っていた。………どういう状況だ?

 

 

 

 

 

 

 

 

私は驚きで開いた口をふさぐことができなかった。視線の先には、自分よりも少し年上の少年と狂暴そうな男が戦っている。男の屈強な体から繰り出されるラッシュを全て最小限の動きで避け続ける。少年は眉一つ動かすことなく終始相手を見下したかのような顔で、避け続ける。そんな光景が、先程から幾度も繰り返されている。

 

父さんを殺した奴らに追われ追い詰められ、もうダメかと思ったところに飄々と現れた少年。正直、助けを求めてから後悔した。何の関係のない人を巻き込んでしまったからだ。隙を見て逃げてくれることだけを祈っていた。だけど、結果はどうだ。彼は一度たりとも攻撃を受けることなく制圧してしまった。それは、父が組み手で見せるどの動きよりも洗練された動きに見えた。

 

「これは予想外だな……身体能力以外は全く取り柄のない男だが、こうもあっさりと制圧されるとはな。鮮やかな二連撃だ。蹴り上げた空き缶を囮に、バク中気味で顎を蹴り上げ、上から踏みつける。加えて能力も使っていた様子もない、もはや遊んでいるようにも見えた。ブラボー!とても、素人技ではないな。お前、何者だ?」

 

私を人質のようにしながら、細身の男が低い声で問いかける。聞いているだけで、足が震える恐ろしい声だ。

 

「お前こそこの国の人間じゃないよな?このあたりを仕切っている奴らに海外の構成員はいない」

 

「何?」

 

「最近、死体の消失なんて奇妙な事件があってな?このタイミングで現れた部外者、怪しいだろ?」

 

「ッ…死ね」

 

瞬間凄まじい熱が私の頬をなでた。私の顔の横を通り抜け、無数の炎の弾丸が彼に迫る。

 

「よけてぇ!!!」

 

咄嗟に声を上げるが、彼は動かない。誰か…彼を助けて!!!

 

 

 

 

 

なんだかよく分からない状況だ…炎の弾丸をみて使()()()()()()()()なと思っていたところで白い光が視界を覆いつくし、気が付けば少女を人質に取っていた男は倒れ、少女も気絶している。男の腕はひどい焼け方をしている。

 

…俺の処理能力を超えている気がする。こういうとんでもない事態にはとんでもない人間を頼るに限る。というか、この問題を放置しておくとろくなことにならないと俺の勘が叫んでる。

 

「久しぶりに会いに行くかね…あいつらに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やや微妙に倦怠感が残る目覚めだった。

 

「やっと起きたか、初めまして。リーリヤ・マークスレイン」

 

「え!?」

 

リーリヤは恐怖と混乱を混ぜ合わせたような表情をした。自分の名前を知らない人間が知っていたのだ。恐怖と言えば恐怖だろう。

 

「すまない、自己紹介が遅れた。私のことはそうだな…笹山とよんでくれ」

 

明らかに、偽名である名前に自分だけが置いてきぼりを食っている状況、リーリヤの困惑は深まるばかりだ。寝起きの頭でリーリヤがこの事態を処理できるはずもなく、唯一出来たのは無言で相手を見つめることだけだった。

 

体躯はすらりとした長身で、髪型はセンター分けの直毛黒髪。特徴的なのはその眼鏡だろう。眼鏡が神経質そうな顔にあいまって、難しそうな感じを受ける。

 

「君のことは調べさせてもらった。紫苑が連れてきたとはいえ、部外者を招き入れるわけだからな。と言っても元々調べている人物だったがね。リーリヤ・マークスレイン。北方のマフィア、RZEの構成員の娘。現在は父親を殺され組織に追われ逃亡中。能力は『物質強化(レンフォース)』とされているがおそらく嘘だろう?」

 

「な、なんで………」

 

リーリヤは絶句したまま声が出せなかった。背中をつららで撫でられたような感覚がリーリヤの全身を襲った。そんな彼女を差し置いて淡々としゃべる笹山という男は普通では分かりえない情報を詰まることなく話していく。

 

「ここまでは我々が調べれば簡単にわかった。わからないのは君の能力が狙われてしまっている理由だ。正確には君の能力。紫苑は何かしら知っていそうな雰囲気だったが、君は心当たりがないのか?」

 

「ヒッ………」

 

リーリヤは恐怖のあまり思わず、持っていた布団で視界を覆い隠す。目をギュッと瞑り肩を震わせている。そんなリーリヤに救世主が現れた。

 

「笹山センパイ、いきなり連れてこられて知らない場所で知らない男と二人の状況で冷静になれる女の子はいないっスよ?」

 

聞き覚えのない女性の声に驚きつつも、リーリヤは恐る恐るといった感じで布団から視線を出す。

 

押し出し式のドアを開けて入ってきたのは、リーリヤと同年代位の少女だった。

 

「状況が整理できていないか…失礼。少し急き過ぎていたらしい。状況を共有しておこう」

 

「君は暴漢たち、我々の見立てではマフィアの人間に襲われた。危機一髪のところで、紫苑に助けられた。ここまでは君の認識と同じだな?」

 

「は、はい…」

 

笹山の言動に委縮するリーリヤを見かねてか、先ほど入ってきた少女が助け船を出した。

 

「笹山センパイ、年下をいじめる様な真似はよくないと思うんっスよ」

 

「む?別にそんなつもりはないのだが…」

 

「威圧感があるっスよ。ただでさえ目つきが悪いんっスから笑顔の一つでも浮かべてください。そんな不愛想だからインテリヤクザとか呼ばれるんっスよ?スーツに金時計って狙ってるんっスか?何を目指してるんっスか?」

 

「ぐッ!………別に威圧したつもりは」

 

「ここからは自分が説明するんで、少し黙っててください」

 

少女の容赦のない言葉に撃墜された笹山は座っていたパイプ椅子を畳みリーリヤから最も離れた場所に再度椅子を開いて座った。それを見届けてからベットから体を起こしているリーリヤと視線を合わせるように、同じくベットに座り話し出した。

 

「とりあえず、自己紹介から始めますかね。自分の名前は凛香っス!どうぞ気軽に呼んでください!っていうかめちゃめちゃ可愛いっスね!肌綺麗だし、声すごい高いし、良いっスね。あ、日本語わかります?」

 

「あ、はい。わかります………は、初めまして」

 

リーリヤは、先ほどの笹山との会話が嘘のように優し気かつハイテンションに自己紹介をする目の前の少女に面食らいながらもなんとか挨拶を返す。

 

リーリヤは凛香に対してきれいな人という印象から元気で可愛らしい人と印象を抱いた。

 

「話を続けていいすかね?紫苑先輩に助けられた後にリーリヤさんはここに運ばれてきたんっスけど覚えてない感じっスか」

 

「えっと、はい。ごめんなさい………えっと、それで、ここってどこなんですか?」

 

段々と落ち着いてきたのかリーリヤはずっと気になっていることを聞いた。

 

「あーすぐに教えたいのはやまやまなんすけど、一応聞いとかなくちゃいけないことがあってっスね。…襲われるまでの詳しい経緯を聞いても?」

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は今タワマンの30階から夜景を見下ろしている。完全な円となった白い月が目の前に浮かんでいる。車のヘッドライトが鮮やかな川の流れとなって、街から街へと流れていた。様々な音がまじりあったやわらかなうなりが、まるで雲みたいぼおっと街の上に浮かんでいる。一言でいえば絶景だ。コーヒー片手に街並みを見下ろしていると先ほどまでの出来事が嘘のようだ。なぜこんな場所にいるか?ここがあの場所から一番近くかつ安全な場所だったからだ。

 

30階建てのマンション―――その一室。絶対に学生が一人で暮らせるような場所ではない。誰もがそんな感想を抱くようなこのマンションに住んでいるのだ。あの男は。

 

「いきなり、連絡してくるとはな。驚いたぞ」

 

黒髪長身眼鏡。そして顔の良さをすべて打ち消すほどの目つきの悪さ。この男こそがこの家の家主にして、小学生時代からの仲間である時久だ。

 

あの後すぐに俺は氷雨に連絡を取った。警察に行くとややこしくなりそうだったので、何とかしてくれそうかつ一番まともそうな氷雨に連絡をしたのだ。ワンコール目で電話に出た氷雨は、近くに時久の家があるから現場の処理は任せて先に行っていてくれと言い残し電話を切ってしまったので、言われた通りに時久の家に出向き今に至るというわけだ。

 

いや、大変だった。気絶した彼女を背負いながら、人目につかないようにここまで運んでくるのは修羅場だった。裏路地を使い、防犯カメラを潜り抜け、悪友に教えられたあらゆる裏道を駆使してここまでたどり着いたのだ。

 

「悪いな、事情も説明せずに上がらせてもらって」

 

「それについては問題ない。だいたいの事情は氷雨から連絡を受けている。彼女のケアは凛香にしてもらっている。それに断片的な情報だが、何が起こったのかは推測できる」

 

「マジか!?それはすごいな」

 

昔から頭がいいやつだったがここまでとは!

 

「フッ、私は考えることが専門の頭脳派だからな!この程度のことなら造作もない」

 

「おお!」

 

眼鏡をクイッと挙げながら不敵に笑う彼を少し格好よく見える。

 

「監視カメラの映像を見たがマフィアが欲しがるのも納得だな。本人は理解できていなかったようだが、『原典』を所持しているとは。無自覚のままは危険だろうな」

 

………原典?時久は何を言ってるんだ?

 

「しかし、流石だな。暴漢を使い、彼女を精神的に追い詰め能力を無理やり開花させる。実に鮮やかな手際だ!」

 

「え、いや…」

 

「氷雨の話だと奴らは『ヴェクター』の残党らしいが、奴らも自分たちが利用されているとはついぞ思わなかっただろうな。憐れな奴らだ」

 

「いや、だから…」

 

興奮気味に話している時久のテンションと話にまるでついていけない。

 

「頭脳戦においては紫苑にも遅れは取らないつもりだったが、今回は一本取られたようだ。もう少しで、氷雨も来るらしい。積もる話もあるだろうが、今は休んでいてくれ」

 

そう言って、時久は向こうの部屋に消えていった。

 

話を聞けよ!!!!ていうか『ヴェクター』ってなんだよ!お菓子の名前か!?憐れなのは何の事情も分からずに放り出されてる俺だろ!!!!

 

「……コーヒーでも飲むか…」

 

予想外のことだらけで疲れ切った頭を冷やすために俺は、再度冷え切ったコーヒーを口にしてソファーに座り夜景を見下ろすのだった。

 



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