ありふれた錬成師は治癒師と共に (木崎楓)
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第一章
弱者の勇気


「ごめんなさいごめんなさい! 二人のことは許してやってください」

 

 木の葉も紅葉し始め、秋の空模様に移り変わりつつあるある日。

 

 一人の少年――南雲ハジメは、見知らぬ老婆と小さな子どもとために、不良達の間に入って土下座していた。

 

 子どもが不良達にぶつかってしまい、服を汚してしまったのだ。それに難癖つけてきた不良達が恐喝していた所を見て、ハジメは思わず間に入ったのだ。

 

「は? なんだぁお前」

「急に出てきてなんだよ、邪魔なんだよ!」

 

 しかし、入ったら入ったで、別にいいことがあるわけでもなく。

 

 単に標的が子どもと老婆から、ハジメに移り変わっただけ。少年は代わりに暴力を受けることとなった。

 土下座している所を蹴られ、飲み物の入ったペットボトルを投げられ、唾を吐かれた。

 

 それでも大声で、ひたすらに謝り続けた。

 

 するとどうだろうか。不良達も、流石に嫌な顔をして去っていった。土下座されると、なんだかんだで嫌なものである。

 

 不良達が去ったところで、ハジメは顔を上げ、後ろを、子どもと老婆の方を見るが、

 

「ほ、ほら……早く行きましょう!」

「あ、うん……」

 

 そそくさと、その場から逃げるように去っていった。わずかに見えたその目は、ハジメにとっては、まるで異質なモノを見ている時のもののように見えた。

 それ以外の周りの人も、変なものを見る目でハジメを見ていた。その視線に気付かれたことに気付くと、周りの人達はすぐに目を逸らし、去っていった。

 

 別に感謝されるために助けたわけじゃないけど。

 

 そうは思っても、なんとなく悲しい気持ちになった。助けたところで、ただ馬鹿にされているように感じて。

 

 その時だった。

 

「あ、あの……大丈夫ですか?」

「え?」

 

 一人の少女が、声をかけてきた。

 

 そこには、長い艶のある黒髪をした、非常に可愛らしい女子中学生がいた。ちょうど、ハジメと同じくらいの年齢だろうか。ただ制服は違うので、別の学校のようだが。

 

「ほら、さっきまで蹴られたり、飲み物をかけられたりしてたから……あっ、ちょっと待って!」

 

 少女はカバンからティッシュを、ポケットからハンカチを取り出し、それでハジメの服に付いた汚れを拭き取った。完全には汚れは取れなかったが、それでも、ある程度は水気が取れてマシになった。

 

「怪我はなさそうですが……痛い所とか、ありますか?」

「いや、そういうのは特には」

 

 傍から見れば、ハジメは変な人だ。大声で謝りながら土下座をしていたのだから。自分でもそれは理解していた。

 

 だからこそ、少女の優しさには、涙が出そうになった。唯一、優しくしてくれた人だったから。

 

「とにかく……色々してくれてありがとう」

「いえ、これくらい全然」

 

 そう少女は言ってはいるが、ハジメは何度もお礼をした。その中には、色々な想いが詰まっていた。

 

「もう本当にありがとうございます。えっと……」

「あ、私は白崎香織(しらさきかおり)といいます」

「白崎さん。今日は本当にありがとうございます」

 

 そうしてハジメは別れ、家の方へと歩いていった。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 そして家に帰った時、制服が汚れていたので、母親には何があったのかと尋ねられた。しかしそれは転んだだけと、適当に誤魔化したのだが。

 

 その後、ふと着替える時に、ポケットの中に気づいた。

 

「あ」

 

 そこには、見知らぬハンカチが入っていた。見覚えは無かったが、心当たりはあった。確実に、助けてくれた白崎香織のものだろう。

 

「洗って返さないとなぁ」

 

 白崎香織の家の場所を、ハジメは知らない。しかしそれでも、頑張って探さなければならなくなった。ハンカチを返して、また改めてお礼を言うために。

 

 ――中学二年生のある日の出会いを堺に、南雲ハジメの未来は、大きく変わっていく。



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女神

 その二日後の学校帰り。

 

 ハジメは、先日不良達を見かけた場所にまで来ていた。理由としては、場所も分からない白崎香織の家を探すためだ。

 

 白崎香織のことは、先日助けてもらっただけで、何も知らないと言ってもいい。おそらく、家にたどり着くまでにかなりの時間がかかるだろう。そう考えて、急いで向かったわけだ。

 

 時刻は、下校からは少し経って少しくらい。だいぶ少なくはあるが、香織と同じ制服を着ている人は何度か見かけた。

 

「あの、すみません」

「ん、何かしら?」

 

 その中の一人、ポニーテールの女子にハジメは尋ねた。

 

「白崎香織さんの家の場所を知りませんか? 以前に借りたものを返したいのですが……」

「香織の? ……ちなみに、何を返すつもりなんですか?」

 

 しかし、突然のことだったからか、その女子はかなり警戒している。鋭い目でハジメを睨みつけている。

 

「……これです。まぁ、色々あって借りたまま帰っちゃったんで」

「そう……一応、大丈夫そうね」

 

 女子はある程度警戒を解いたのか、ハジメに家の場所を教えてくれた。どうやら、そこそこ近い場所にあるようで。

 

「ありがとうございます」

「いえ。では私はここで」

 

 そうしてハジメは、見知らぬ女子に教えてもらった道を行き、目的地へとたどり着いた。表札には“白崎”と書かれている。

 

 ピンポーン。

 

 チャイムを鳴らしてしばらくすると、声がする。

 

『はい、どなたですか?』

「あ、南雲ハジメというものです。先日、白崎香織さんに借りたモノを返しに来たのですが……」

『ああ、香織の……ちょっと待っててくださいね』

 

 しばらくすると、家のドアが開く。そこには、おそらくは母親と思われる人物が立っていた。

 

「改めてまして、南雲ハジメといいます。白崎香織さんはいますか?」

「まだ帰ってきてないけど……帰るまで待っていく?」

「できればそうしたいです。改めてお礼もしたいですし」

「じゃあほら、上がってどうぞ」

 

 おじゃましますと言い、ハジメは白崎家にお邪魔した。

 

 案内されたリビングは綺麗に掃除が行き届いており、整理整頓がなされている。席に座ると、お茶と菓子が出された。

 

 カバンを置いて、一口お茶を飲む。その後は別にやることもないため、目を閉じて眠りについた。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

「ただいま〜」

 

 それからどれだけ眠っていたかは分からないが、そんな声が聞こえて、ハジメは目を覚ました。

 

 何か、女性の声がした気がする。

 

 そう思って目を擦っていると、リビングへの扉が開き、そこからやって来た少女と目が合う。少女は、あの時出会った白崎香織だったのだ。

 

「あ」

「あ」

 

 両者共に、一瞬固まってしまう。が、ハジメはすぐにハッとして席を立ち、香織の前まで行った。

 

「おじゃましています。白崎さん……先日は本当にありがとうございます。借りてたハンカチ、返しに来ました」

「あ、うん。わざわざ返しに来てくれてありがとう。えっと……」

「あ、南雲ハジメといいます」

「うん、南雲くん……ありがとね」

 

 香織は優しく微笑んだ。元々の整った顔立ちや、あの時の記憶から、まるで女神のようだとハジメは感じた。

 

 その後は、ちょこっとだけお話をすることになった。

 

「でも、ビックリしちゃった。まさか家に来ちゃうなんて」

「いや、借りちゃったから返さないと。でもあの時は本当に、なんだろう……助けてくれて、その、色々嬉しかったんだ」

「嬉しい?」

 

 あの時の、周囲のハジメを見る目はどうだったか。奇怪なもの、気持ち悪いものを見るような視線、馬鹿にしたような視線、そういったものばかりだった。助けた老婆や小さな子どもですらそうだった。

 

 だが、香織だけはそうじゃなかった。暴力を受けて傷ついて汚れたハジメを助けた。嫌な顔など一切することなく、純粋な善意で動いてくれたのだ。

 

 その整った容姿もあってか、ハジメは香織のことが、慈悲深い天使、あるいは女神のように見えた。

 

「……褒められるためにやったわけじゃないけどさ……助けようと動いたのに、周りの人達は馬鹿にしたような視線を僕に向けて。助けた二人も、なんか変なもの見るような目で僕を見てきたし……だから、なんか悲しかったんだ」

「……」

「そんな中、白崎さんだけは助けてくれた。馬鹿にするような、変なものを見るような目で見ずに、ただ助けてくれた。だからちょっとだけ嬉しい……というか、感動したんだよね」

「そうなんだ……でも、私が動けたのも全部、南雲くんが動いたからなんだよ?」

 

 そう言って、香織は続ける。

 

「私も、怖い人達がお婆ちゃん達を脅してるところを見てたんだ。けど私、強くないから、怖くて動けなくて……そこに南雲くんが、割って入ったの」

 

 香織は強くないから、誰かのために戦える力が無いからと、動くことはなかった。しかしそれは、言い訳にしか過ぎなかったと、彼女はハジメの行動を見て思ったのだ。

 

「強い人が、暴力で解決するのは簡単だと思う。私の友達も、よくトラブルに飛び込んでいって相手の人を倒してるし……でも、南雲くんみたいな人はそんなにいないと思うんだ。弱くても、他人のために動ける人なんて」

「そんな、別に僕は……」

「ううん、本当に凄い。勇気を持って、自分が傷つくことも恐れずに助けようとするなんて……簡単なことじゃない。それにね、そんな南雲くんの勇気のおかげで、私も動けたんだよ」

 

 困っている人がいたら助けなさいと、小学生低学年くらいの道徳の授業でよく言われるが。

 

 一体どれくらいの中学生が、困っている人を助けることができるだろうか。どれだけの人が、不良達に絡まれている人達の間に割って入ることができようか。

 いや中学生だけではない、大人もだ。どれくらいの人が、助けることができようか。いや、そうそうできない。

 

 成長すればするほど、人は賢くなる。そして賢くなると、どうしても後のことを考えてしまうものだ。助けようとしたらどうなるか、メリットはあるか、デメリットはあるかと。

 今回の場合。助けるメリットは感謝されること。デメリットは、不良達に絡まれてしまうこと。それを比較したら、どうしてもデメリットが大きい。自分の体が傷ついてしまうから。

 だから、それに気づいた人達は、成長して大人になった人達は、助けない。だって、助けたところで何も起きないなら。ただ自分が傷つくだけ。感謝されても、数日後にはそのことを忘れてしまうだろうから。

 

 しかしハジメは、そんな利益と損失は度外視で、助けに行った。戦えるほどの力も無ければ、問題を無理矢理解決するためのお金も無い。でも、勇気を出して助けようとした。

 

 香織は、そんな勇気にあてられたのだ。だからハジメを助けても特に利益は無いのに、助けるという選択をしたのだ。

 

「ふふっ。でも、こうやって喋ってみると……意外と普通なんだね?」

「まぁ、そうだね。別に頭も運動も普通くらい。ケンカなんてしたくもない、そもそもできないし。そんな感じの平凡な人だよ、僕は」

「うん……あっでも、凄く勇気があって、優しい。ここだけは、他の人には無い凄い所だと思う」

「ハハハ……なんだかここまで言われると、ちょっと恥ずかしいなぁ……」

 

 可愛い美少女にベタ褒めされてしまえば、嬉しくはあるだろうが、少しは恥ずかしくなってしまうものだ。ハジメは少し照れ笑いをする。

 

「そうだ! せっかくだし、週末とかにどこかに遊びに行ったりしない?」

「えっ? 僕は別にいいけど……」

「やった……! じゃあLINEとか交換しとこ!」

 

 こうして、ハジメは香織と連絡先を交換することとなった。

 

 ただハジメからしてみれば、何故ここまでしてくるのか、よく分からなかった。嬉しいかどうかでいえば、確実に嬉しいのだが、ちょっとした疑問というか、そういうものはあった。

 

「それじゃあね、またいつでも遊びに来ていいよ!」

「あ、うん。じゃあまたね」

 

 しかし、こんなに良い子と仲良くなれたというのは事実の前では、そんな疑問は些細なことだった。二人共、最後は笑顔で別れた。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 それからまた二日ほど経ったある日のこと。学校が終わって家へ帰り、夕食や風呂を終えて父親の仕事の手伝いをしていたら、スマホが震えた。

 

「うん?」

 

 父親の会社で作ったゲームのテストプレイをしていた所だったが、それは一時中止し、スマホに手を伸ばす。どうやら、香織からのメールのようだ。

 

『夜遅くごめんね。今週の日曜日、よかったら映画見に行かない? ちょうどチケットが二枚手に入ったの』

 

 メールを見ると、どうやらお誘いのようだ。日曜日なら、今の所は別に予定などなかった。

 

『行きます』

 

 なのでそう一言だけ打って、返信した。

 

 まだほとんど出会ったばかりと言ってもいい関係性なのに、こうやって誘ってくる香織に少し驚きはしたが、ハジメはそれ以上に嬉しく思った。



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お出かけ

『ハジメ魔王化回避』のタグを追加しました。


「……わかった、駅のバス乗り場前で朝の十時に集合ってことでいい?」

『うん、それで大丈夫。明日は楽しみにしてるね』

「僕も楽しみにしてます。それじゃあ……」

『おやすみ、南雲くん』

 

 その言葉を最後に、香織との通話は切れたが、ハジメはわずかにニヤけていた。

 

 ハジメは、香織のことが好きなのだ。一目惚れ……に近いと、そう言ってもいい。

 

 初めて出会ったあの日、香織は初対面の人である自分を助けてくれた。他の人達は変な目で見てくる中、たった一人だけ、そうしてくれた。その時はまるで、香織が女神かのように見えた。

 そしてハンカチを返しに行った時、少しだけだが話した。笑顔で純粋で、そんな風に自分と楽しげに話してくれた香織に、ハジメは心を奪われたのだ。

 

 こんな優しい人がこの世界にいたんだと、本気で感じたほどだ。

 

 そんな人と、一緒に遊びに行くのだ。ハジメは少なからず興奮していた。

 

(とりあえず、バスとかのダイヤも調べとこう。何かあって電車が止まったりしたらまずいし)

 

 だがその興奮は抑え、何かが起こった時のために、電車の運行時間や、代わりのバスについても調べておくことにした。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 その翌日。ハジメは駅のバス乗り場前で三十分ほど待ち続けていた。

 

「……流石に早すぎた」

 

 興奮はしていて眠れなかったものの、一応寝坊することはなかった。むしろ早く起きたくらいだ。しかし、気が急いていたのか、あまりに早く出発しすぎてしまったのだ。

 

 しかも三十分待ったが、まだ時刻は九時半。つまり、約束の時間まではさらに三十分ある。流石に残りの三十分をまるまる待つことにはならないだろうが、それでもハジメにはキツイことだろう。

 

 何もすることがなくて手持ち無沙汰な状態で、ふぁぁと、大きな欠伸をした時だった。

 

「あっ、南雲くん!」

 

 そんな声とともに、香織が走ってやって来た。

 

「お待たせ。待たせちゃった?」

「いいや、大丈夫だよ。それよりほら、行こっか」

「うん!」

 

 そうして二人は、駅の改札口を通り、数分の間待ってから電車へ乗った。

 

 休日ということもあり、空いているというほどではないが、席はそれなりにあいていた。

 

「あっ、ここ座ろ?」

 

 そんな中の二人がけの席を指差し、香織は言った。それはつまり、ハジメが香織の隣に座ることを意味していた。

 

「う、うん……」

 

 内心ではドキリとしつつも、窓際に座った香織の隣に座るハジメ。すると女の子特有の良い香りが鼻を擽り、心臓が高鳴ってしまう。

 

「南雲くん、今日はよろしくね」

「あっ……よ、よろしく……」

 

 ハジメは、微笑みながら顔を向けてくる香織にそう返事をする。とてつもなく緊張しているようだ。

 

「もしかして、緊張してる?」

 

 それは、どうやら香織にも分かったようで。ぎこちない態度のハジメにそう尋ねる。

 

「うん、実は……こういう風に遊びに行くことって、今まで一度もなかったからさ。しかも女の子と遊びに行くのなら尚更ね……」

「へぇ〜。じゃあこういうのは初めてなんだね」

「そうだね。……そういえば」

 

 今日は映画を見る、という予定だったが。そもそも何を見るのだろうか。そんな疑問がふとハジメの頭に浮かんだ。

 

「今日はどんな映画が見たい?」

 

 特に大きな好き嫌いは無いが、強いて挙げればハジメはファンタジー系やアクション系が好みだ。しかし必ずしも好みが合致するとは限らない。

 

「う~んと、どうだろう……ファンタジー系とか恋愛系とか、そういうのが好きだから見たいかな? 南雲くんはどんなのが好き?」

「特に好きなのはアクション系とかファンタジー系とかだね」

「そうなんだ。それじゃあ……」

 

 香織はスマホを取り出して、画面を見せてきた。画面には、いかにもなファンタジー映画の特集がのっていた。

 

「こんなのはどう?」

「あー、いいと思う。でも上映時間を見ると……早く到着しすぎるかな?」

「うん。ちょっと早過ぎちゃったね」

 

 しかし、上映時間まではそこそこ時間がある。三十分も早く出発してしまったせいで待ち時間ができたので、電車内で話し合い、その間は適当に他の場所を回ることになった。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 それから約十分後、目的地に到着した二人は、電車から降りた。そこそこの都会で休日ということもあり、人で賑わっている。

 

「南雲くん。待ち時間の間、他の場所を見て回ることになったけど……どこ行く?」

「そうだなぁ……カラオケとかゲーセンとか、その辺でいいんじゃない?」

「じゃあゲームセンターにしよう。カラオケはちょっと前に友達と一緒に行ったから」

「分かった」

 

 そういうわけで、ちょっとした話し合いの後、二人は映画館の近くにあるゲームセンターに入った。中に入ると、ゲームセンター特有の耳が詰まるような騒がしい音が聞こえてくる。

 

「白崎さんは、ゲーセンでは何が好き?」

「クレーンゲームとかは好きだよ。特にお菓子の掴み取りとか、そういうのはよくやるね。一緒にやる?」

「うん」

 

 まず最初に、香織がやることに。動物のぬいぐるみがたくさん置かれている筐体。それにお金を入れて、アームを動かす。

 

「よしっ、とれる……あれ?」

 

 だがアームが狙っているウサギのぬいぐるみを掴んでも、すぐに落っこちてしまう。何度かやってみても、人形が倒れただけだった。

 

「う~ん、全然取れないなぁ……友達は上手く取ってたのに……」

 

 香織は首を傾げる。どうやら香織は、あまりクレーンゲームが得意ではないらしい。

 

「あ、じゃあ僕がやってみていい? あのウサギの人形、取ってみるよ」

「え? できるの?」

「できる……かも、しれない。とりあえず頑張ってみるよ」

 

 そう言うと、香織は「頑張って!」と応援してくれた。

 

 香織が狙っているウサギのぬいぐるみは倒れている。だが掴むことはできても、アームの力が弱くて落っこちてしまうだろう。それを少し見て、ハジメは頷いた。

 

「よし、転がそう」

 

 そう言ってお金を入れて、アームを動かし始める。アームはぬいぐるみをガッチリ人達鷲掴みする……のではなく、人形の下半身の部分を掴む。

 

「でもこれじゃ落ちちゃう……」

「大丈夫。これでいいと思うから」

 

 香織の懸念通り、少しは持ち上がったが落ちてしまう。しかしバランスが元から偏っていたため、落とし口に大きく近づくように転がっていった。それを見て香織は「あっ!」と声を上げた。

 

「ほら。多分もう一回やれば取れるよ」

 

 そうしてもう一回、ハジメが同じことをすると、ぬいぐるみは受取口に転がり落ちた。

 

「どうぞ」

「ありがとう……! 大切にするね!」

 

 香織はぬいぐるみをギュッと抱きしめ、微笑みを浮かべる。その可愛らしい純粋な笑顔は、ハジメの心臓を一瞬だけ高鳴った。喜んでくれて嬉しかった。

 

「喜んでくれて良かった……他に、何か欲しいのあったりする? 簡単なのなら頑張ってみるけど……」

「ううん。南雲くんが取ってくれたこれがあれば、それだけで充分。それよりも……プリクラ撮らない?」

「うん、やろう」

 

 というわけで、次はプリクラを撮ることになったのだが、こればかりはハジメも詳しくない。行ってみたはいいものの、筐体は複数あり、どれが良いのか分からなかった。

 

「えっと……どれで撮る?」

 

 香織に尋ねてみるも、そこそこ悩んでいるらしい。男女二人で撮る、というのは慣れていないのだろうか。そうして一分ほど迷ったすえに、一つの筐体を指差した。

 

「アレはどう? 男女の写真が載せられているし、男の子にも向いているスタンプとかがあるかも」

「じゃあそれでいいと思う。というか、僕プリクラには詳しくないから、白崎さんに任せるよ」

 

 結果、香織が最初に指差したプリクラに入り、お金を入れて写真撮影を始めるのだったが……

 

『彼氏は彼女を抱きしめてね』

 

「はぁ!?」

「ええっ!?」

 

 そんなアナウンスが聞こえると同時に、ハジメと香織は顔を真っ赤にして驚いてしまう。ここでハジメはようやく、このプリクラがカップル向けのものだと理解した。男女の写真がプリントされていたのは、そういうことだったわけだ。

 

「えっと……どうする? 流石に嫌、だよね……?」

 

 想定外のことに、ガチガチになりつつも香織に尋ねる。ハジメはアナウンス通りに抱きしめて、嫌われるのを恐れていた。

 

 しかし、香織はゆっくり首を横に振る。そして真っ赤になりながらハジメの顔を見つめて言った。

 

「……いい、よ。南雲くん……ほら、抱きしめて」

 

 まさかの答えに一瞬困惑するハジメだったが、一度深呼吸をして、香織に言われた通りに後ろから抱きついた。

 ハジメはもちろんだが、抱きつかれている香織も、羞恥でうつむいてしまっていた。

 

 一応、ある程度落ち着いてから撮った写真には、そういう雰囲気はそこまで無かったのだが、モニターに撮られた写真が表示された時に、またしても二人は恥ずかしくなった。

 

「なんか……こうやって撮られた写真を見ると恥ずかしくなるね……」

「うん……と、とにかく! 落書き、だったっけ? それやらないの?」

「あっそうだね……こんな感じにやるといいよ」

 

 香織はポーチの中から小物入れを出す。そこには香織の友達と思われるポニーテールの女の子と撮ったものがあり、可愛らしい文字が書かれたり、カラフルなマークが散りばめられている。

 

 そうして、ハジメは香織の周りを、香織はハジメの周りを落書きすることになった。

 

 ハジメは少し考えると“優しい女神様”と書き、それっぽい綺麗なマークを付けた。香織が何を書いたのかは、その時になるまで見ないことにした。

 

 そうして全て完了させ、プリントアウトされたものを受取口から取り出してみると……

 

「うおっ……なんか、恥ずかしい……」

 

 ハジメの部分には“強くて優しい親友”と。その周りには可愛らしいマークが散りばめられていた。

 

「ふふっ、でも似合ってるよ。それに私も、南雲くんにそんな風に思われてたんだぁ」

「あの時助けてくれたのは、本当に嬉しかったからさ」

 

 その後も二人はゲーセンで遊び、映画を見て、一緒に昼食を食べて帰った。ハジメにはどれも初めての経験であり、記憶に残る一日となった。




最後らへん、かなり適当に省略しちゃってすみません。私の実力だとここまでか書けませんでした……。


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勉強会

 学校へ行って、たまに休日に香織と会って遊んで。そんな日々が続き、十二月になった。そして中学二年生の冬にもなれば、嫌でも()()のことを頭に浮かべてしまう。

 

「高校、どうしようかなぁ……」

 

 下校中、ハジメはそう呟く。今までは、特に行きたい高校も無く、高校受験のことなどほとんど考えていなかった。ハジメとしては、適当にどこか行っとこうとくらいにしか思っていなかった。

 

 しかし、頭をよぎるのは香織の顔。彼女はどこの高校へ行くのだろうか。できれば一緒の所に行きたいなぁ。

 

 そんなことを、考えていた。

 

 家に帰ったハジメはすぐに、香織に電話をかけた。すると数秒で、香織は出てくれた。

 

「もしもし」

『もしもし南雲くん。どうしたの?』

「うん。一年後は高校受験だけど……白崎さんは、志望校どうするの?」

 

 尋ねたいのは、それだけ。可能であれば一緒の所へ行きたい。そのためにも、香織の志望校は知りたかった。

 

 しかし香織の志望校を聞き、ハジメは絶望した。彼女の志望校というのは、この地域ではトップクラスの偏差値の私立高校、その特進コースだったから。

 

「え……どうしてそこに決めたんだい?」

『友達がそこへ行くって言ったから行こうと思ったんだ。成績的には一応問題無いよ。……あっ! 南雲くんも来る?』

「行きたいけど……大丈夫かな? テストの成績はそこそこ良いけど、内申点がちょっと……」

 

 ハジメはけっこう頭が良い方だ。地頭が良いとでも言うべきか、あまり勉強しなくても、テストの成績は常に上位にいる。

 しかし授業はほとんどサボっており、常に居眠りしていると言ってもいい。そのため内申点が壊滅的なまでに低いのだ。

 

 ハジメは、この内申点の低さを危惧していた。若干授業をサボったことを後悔していた。

 

『一応大丈夫。問題はかな~り難しいけど、でも内申点とか出席日数とか、そういうので大きく不利になることは無いっぽいよ』

 

 だがそれは杞憂だったようで。問題はかなり難しいようだが、香織の話だと、それさえできれば受かるらしい。つまり、努力すれば受かる。

 

「それなら、頑張ればいけるかな……」

『うん、南雲くんならきっと大丈夫だよ。それでも不安だったら……一緒に勉強しない? せっかく一緒の高校へ行くんだったら、ね』

 

 そこに、香織の提案も入ってくる。この数ヶ月で色々話した結果、香織の成績はかなり良いことを、ハジメは知っていた。また、それを抜きにしても、一緒にいたいという思いもあった。

 

「じゃあお願い。勉強を手伝ってほしい」

『分かった。それじゃあ……勉強会は冬休み入ってからやろっか!』

「うん。それじゃあ」

『じゃあね南雲くん』

 

 電話が切れると、ハジメは大きく息を吐いた。

 

「頑張らないとなぁ……」

 

 元々ハジメは勉強が嫌いなわけではない。あくまで、ゲームや漫画といった好きなものを優先した結果、後回しになっているだけだ。

 しかし香織と同じ高校へ行くという目的が、勉強の優先順位を大きく上げた。

 

 ハジメはスマホを置き、勉強机に向かった。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 それから約一週間後、冬休みに入り、中学生は休みに入った。

 

 とはいえ、中学二年生のハジメにとっては休みではない。勉強をするためだけの期間である。多くの人は憂鬱に思うことであろうが、ハジメはそうは思わない。

 

「そういえば、今日は友達が来るんだっけ?」

 

 リビングで勉強していると、母親の南雲菫(なぐもすみれ)が尋ねてくる。漫画家ではあり非常に忙しくはあるが、常に仕事というわけではない。今日は休みだ。

 

「うん。冬休みの間は結構来るかもだけど、いいよね?」

「いいよ〜。むしろいつでも来てくれていいって言っといて!」

「ハハハ……分かったよ」

 

 そして、菫は興奮している。今まで友達というものをほとんど作ることが無かったハジメが、友達を連れてくると言ったのだから。

 ……しかし、まだハジメは伝えていない。連れてくるのが、男子ではなく女子であることを。もし伝えていれば、騒がしくなっていたことだろう。最も、どうあがいても、今日その事実がバレてしまうのだが。

 

 ピンポーン。

 

 勉強をしていたら、十時になる頃にインターフォンが鳴った。

 

「あっ、多分来た」

「じゃあお茶を用意しとくわねぇ」

 

 ハジメは勉強を中断し、玄関へ向かう。するとそこには、予想通り香織がいた。

 

「おはよう南雲くん」

「うん、おはよう白崎さん。今日は母さんがいるから、うるさくなるかもしれないけど……」

「別に大丈夫だよ」

 

 とりあえず、先に母親のことを言っておく。流石にひとしきり騒いだら静かになるだろうが、性格上しばらくはうるさくなるであろうことを、説明しておいた。

 

「おじゃましま~す」

 

 簡単な説明をし終えると、香織を家に上げた。当然女の子の声が玄関に響く。

 

 それと同時に、リビングの方から「えっウソ!?」という声がして、ドタドタと大きな足音が近づいてくる。そうして出てきたのが、ハジメの母親の菫だ。

 

「もしかしてもしかして……あなたがハジメのお友達!?」

 

 菫は突然ハジメが連れてきた女の子である香織に詰め寄る。

 

「えっはい、白崎香織といいます」

「香織ちゃん……まっさかうちのハジメがこんな可愛らしい娘と仲良くしてるとは思わなかったわぁ……!」

 

 さぁ上がって上がってと、菫は香織をリビングに連れ込んだ。すると急いでお茶を用意して、ハジメと香織の前に置いた。

 

「それじゃあ、勉強頑張ってね! 私はちょっと出かけてくるから!」

 

 そうして、菫は家を飛び出していった。

 

「……賑やかそうな家だね」

「うん。本当に賑やかだよ。たまにうるさすぎる時もあるけど……とりあえず、勉強始めよっか」

 

 そういうわけで、二人は勉強を始めることとなった。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 それから約二時間後。ちょうど十二時を少し過ぎたあたりのことだった。

 

「ただいま〜」

 

 どうやら菫が帰ってきたらしい。それなりの量の荷物を持っている所から、おそらくは食材の買い出しに行っていたのだろう。

 

「ほら二人とも。昼ご飯買ってきたわよ」

 

 それと、弁当も。そこそこ良い所のものを買ってきてくれたようだ。

 

 ここで休憩がてら、二人は昼食を食べることになった。そこに菫も入ってくる。

 

「ところで香織ちゃん、ハジメとはどこで知り合ったの?」

「えっと……最初に南雲くんを見たのは確か、知らないお婆ちゃんと子供を不良達から守ってた所かな?」

「えっ? ハジメ、あんたそんなことしてたの?」

「あー、いやー……うん」

 

 あの時のことは、ハジメにとっては黒歴史だ。あの出来事があったから香織に出会えたと考えると、悪いこではないのだが……それでも、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。

 

「それを見て、南雲くんって本当に優しいんだなぁって思って。だって南雲くん、知らない人のために土下座までしてたんですよ?」

「あーあー! ちょっと白崎さん!」

「あらら〜……カッコイイことするねぇハジメ〜」

 

 だから、こうやってバラされるのを凄く嫌がる。香織の優しい人という評価そのものは嬉しくはあるが、それとこれとは話が別だ。

 

「ということは、香織ちゃんは、ハジメのそういう優しい所に惚れちゃったわけ?」

「ほれっ……!? いや、そういうわけじゃ……」

「でも、恋人同士にしか見えないけど?」

「母さん。まだそういう関係じゃないから」

「へぇ〜、()()ねぇ……」

 

 意味深に、菫は深く頷く。その際ハジメはため息を吐きながらも、チラッと香織の顔を見ると、顔を真っ赤にしてうつむいていた。そしてチラチラと自分のことを見ていたので、一度目線が合ったが、すぐに彼女は目をそらしてしまった。

 

「じゃ、お邪魔虫は退散しましょうかねぇ」

 

 そして、いつの間に昼食を食べていたのか。菫は弁当のゴミを軽く洗って捨てた後に、またどこかへ行ってしまった。

 

「……」

「……」

 

 それからハジメと香織は、終始無言で昼食を食べ続けた。とにかく、あまりにも気まずかった。

 

 香織としては、自分のハジメに対する好意をバラされてしまったようなものだし、ハジメの方も、そのせいで香織を不快にさせてしまったかもと思い込んでいた。だから、何も話せずにいた。

 

 そして二人が食べ終わり、ハジメは弁当のゴミを洗って捨てた後のこと。

 

「……うん? 白崎さん、どうしたの?」

 

 台所から戻ってきたハジメに、香織が無言で近づいてくる。うつむいているため、表情はよく分からない。

 

「……っ!?」

 

 それはあまりに突然のことだった。香織が、抱きついてきたのだ。これにはハジメも、口を動かすことすらできなかった。

 すると香織は、一旦抱きつくのを止めて、ハジメの目を見つめた。

 

「南雲くん……ううん、ハジメくん……好きです」

 

 そして、自らの秘めた想いを、告げた。

 

「だから、お願い……付き合ってください」

 

 不安そうに、上目遣いでハジメを見つめる。

 

 そんな香織に対して、ハジメは数秒間黙り込んでいたが、静かに口を開いた。

 

「僕も、白崎……いや、香織さんのことが好きです」

 

 そうしてハジメもまた、想いを伝える。しかし、次は違った。

 

「でも……ごめん。今はまだ、それに答えることはできない」

「え……」

 

 香織は、ハジメのまさかの言葉に啞然としてしまう。それもそうだろう。最初に「好きです」と言ったにも関わらず、その直後に「付き合えない」という意味合いの言葉を言ったのだから。彼女からしてみると、意味が分からないといったところだ。

 

「どうして……」

 

 静かに、声を震わせる香織。そんな香織の肩に手を添え、ハジメは意図を説明した。

 

「……僕は、香織さんと同じ高校へ行きたかった。好きだったから、一緒にいたかったから」

「一緒に……それなら……」

「うん、一緒にいたいのなら、普通なら付き合えばいい。だけど……もしここで付き合っちゃったら、僕はきっと、それで満足しちゃう。受験勉強が、できなくなっちゃう……」

 

 それじゃダメなんだと、ハジメは言う。

 

「僕は、ずっと香織さんと一緒にいたい。そのためにも、一緒の高校に行きたいんだ。だから……一年だけ、受かるその時まで、待っていてほしい」

 

 これは言ってしまえば、ハジメの我慢だ。香織と同じ高校へ行くという目的のために、香織と付き合わない、恋人関係にならない。もし付き合ってしまえば、それで満足してしまう。自分がそういう人間だと、ハジメは知っていた。だから我慢したのだ。

 

「…………わかった。一年後、約束だよ」

 

 そしてその我儘を、香織は受け入れた。そのままもう一度、ハジメを抱きしめて、か細い声で呟いた。

 

「受からなかったら……約束を破ったら、許さないからね」

「……うん。約束する」

 

 そしてハジメも、香織のことを抱きしめ、囁いた。

 

 それからの午後の勉強で、ハジメと香織は、今までとは比べ物にならないほどの集中力を発揮するのであった。全ては、一年後のため。



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約束

 そこからハジメの学校生活は、大きく変わった。

 

 まずハジメは、授業中に居眠りすることがほとんどなくなった。内申点を減らさないため……というのもあるが、最も大きな理由は、勉強するためだ。

 ハジメの目標は高い。いくら学内で成績が良いからといって、県内最難関と言ってもいい私立高校が難しいのは変わりない。授業中に寝ているようでは受からないと、そう判断したのだ。

 

 もちろん、家での生活も変化した。まず、親の仕事の手伝いをほとんどしなくなった。これに関しては、元々親が『やりたいことをやれ』といった考えの元にやらせていたものだったので、特に文句は出なかった。

 ではその時間が何に使われたのかと言えば、やはりそれは勉強だ。徹夜はせずに早めに眠り、代わりに毎朝四時には起きて、朝早くから勉強するようになった。

 そしてちょっとした空き時間にもひたすらに勉強、勉強、勉強。元から成績はそこそこ良く、勉強そのものに苦手意識は無かったので、ひたすらに続けることができた。

 

 そんな努力の甲斐もあって、中学二年生の学年末テストでは、総合で学年六位の成績を取った。しかも主要五科目、英数国理社だけの点数だけであれば、学年一位である。

 それ以降の中学三年生のテストでも常に最上位レベルの成績だった。一位は難しくても、常に一桁台の順位を維持し続けた。

 

 そんな間も、香織との勉強会はちょくちょく続けていた。受験生ということで、遊ぶことはほとんどできなかったが、それでもハジメの香織への愛情は小さくなることはなかった。

 

 そして、ついに運命の日がやって来た。

 

 合格発表だ。

 

 公立などでは直接見に行くこともできるのだろうが、私立だからか、合否はネットで見れるようになっている。

 ハジメはゆっくりと、合格発表のページをクリックし、そこに表示された受験番号を確認していった。そして二分ほど経った後のことだった。

 

「っしゃぁぁぁぁあ!!」

 

 両手を上にあげて、渾身のガッツポーズ。その叫びと態度は、ハジメの合格の喜びを示していた。が、それだけではない。ハジメの三つ斜め上には、香織の受験番号も載っていたのだ。

 

 ハジメは慌ててスマホを取り出して、香織に電話をかける。が、珍しく繋がらない。

 

 三十秒ほど経ってようやく、香織は電話に出てくれた。

 

「もしもし、受験結果見た!?」

『うん! ハジメくん、一緒に受かったよ!』

 

 電話越しから聞こえてきた香織の声は、歓喜に震えていた。彼女も合格発表を見て、そして一緒に受かったことを確認したらしい。

 

『明日! 家に行ってもいい!?』

「え? ああ別に大丈夫だよ」

『わかった、それじゃあね!』

 

 そうして一方的に電話は切れた。口調や態度からして分かっていたことではあったが、香織がかなり興奮していることが本当によく分かる。

 

 その日、ハジメは興奮してしまい、中々寝ることができなかった。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 しかしクセがついているからか、早起きはできた。流石に睡眠時間三時間程度で朝四時に起きると、眠くはあるようだが。

 

 そして今日、香織がやって来る。電話ではいつやって来るのかを知らせてこなかったが、とにかく今日のどこかでやって来るはずなので、ハジメは待ち続けた。その間は、何故か眠くなることはなかった。

 

 ピンポーン。

 

 そして鳴るインターフォン。ハジメが急いで玄関に向かってドアを開けると、そこには香織が立っていた。

 

「おはようハジメく――」

 

 香織の顔を見た瞬間、ハジメは思わず抱きしめた。

 

「はっ、ハジメくん!?」

 

 突然の行為に、どちらかというと振り回す側の香織も驚いてしまう。しかしハジメは止めず、そのまま囁いた。

 

「香織……好き、大好き」

「……!」

 

 そう言うと、ひとまずハジメは香織を解放する。そして一年前の約束を、今果たす。

 

「付き合ってください、お願いします」

 

 香織の目をしっかりと見て、ハジメは言った。言われた香織の方は少しだけ驚いていたが、すぐに平静を取り戻し、まるで女神様かのような優しい笑みを浮かべ、答えた。

 

「はい!」

 

 そして今度は香織が、ハジメを抱きしめた。それを受けてハジメも、同じようにする。

 

 今ここが玄関先であることなど、二人の頭には無かった。ただ二人は、歓喜にうち震え、感情の赴くままに互いを求めあった。

 

 

「……それじゃあ。家、上がる?」

「うん。せっかく来たんだし……」

 

 しばらくして、ようやく香織を家に上げたハジメ。だが香織の方には、特に何かをする目的などない。強いて言えば、ハジメと会って告白するくらいだが、それはさっき終わった。なので本当にやることはない。

 

 それは、ハジメも同じようで。一応ゲームとかそういうのはできる。しかし、なんとなくやる気にはならなかった。

 

「う~ん、何しよう……」

 

 だが、香織が来たからには何かしなければならない。ハジメはそう考えていた。しかしそれを、香織は否定した。

 

「別に何もしなくていいよ」

 

 そう言って、香織はソファに座るハジメに近寄り、体を寄せてきた。

 

「うん、これだけでいいよ。今日くらいは、何もしないでずっと一緒にいよう」

「……うん」

 

 そうしてハジメも、片方の手を香織の肩に回し、もう片方の手で香織の手をやさしく握った。だが、それだけしかやらない。ここから何か喋ることもほとんどない。することといえば、たまに互いに見つめ合うくらい。

 

 何かするわけではなく、静かにただ二人でいて、互いに愛を分かち合い、育む。二人にとってはそれが何よりの幸せだった。

 

 ハジメはこの幸福の中で誓った。こんなに素敵な香織、その恋人としてふさわしい立派な男になると。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 そして四月、高校の入学式の日がやって来た。

 

 ハジメの家からは高校までは、歩いて十五分とちょっとくらい。比較的近い場所にある。そこそこゆっくりめに家を出ても、遅れることは無い。

 

(ついに来た……!)

 

 学校に到着すると、そこには多くの新入生と、その家族がいた。ちなみにハジメの両親は、仕事等の事情もあるので、一応学校には来るらしいが、入学式には間に合わないようだ。

 

 校舎に入ってみると、そのすぐ先の所にクラス表が張り出されていた。クラスは十四もあるが、ハジメはその中のN組のようだ。

 そして、ついでに香織のクラスも探してみると……案外すぐに見つかった。なんせ、奇跡的に同じクラスだったのだから。

 

「っし!」

 

 ハジメは小声で、かつ小さくガッツポーズをした。

 

 そうしてクラスを確認した後に、教室へ向かう。廊下も、やはり人がそこそこ多いが、人の間を縫って進み、自分のクラスの教室へとたどり着いた。

 

 入ってみると、既に結構な人数がやって来ていた。おそらくは、クラスの半分くらいはいるのではないだろうか。既に騒がしかった。

 特に見た感じだと、高身長で爽やかイケメンの男子生徒と、ポニーテールの凛とした雰囲気の女子生徒。この二人の周りに、特に人が集まっているようにハジメは感じた。その中でも、ポニーテールの女子に関しては、どこかで見たことがある気がした。

 

 しかし、肝心の香織が見当たらない。偶然教室から出ているのか、それともまだ来ていないのか。探しながらも、とりあえず自分の席に座ると、ふと自分もついに高校生なんだなぁと、そんななんとも言えない不思議な感覚を覚えた。

 

 すると突然、ここ一年ですっかり聞き慣れた声が、耳に入ってきた。

 

「ハジメくん、おはよう!」

「あっ、香織……おはよう」

 

 いつの間にか、香織が目の前にいた。それに一瞬驚きながらも、ハジメは挨拶を返す。すると香織の方も、笑顔で微笑んでくるのだ。

 その表情を見れただけでも、ハジメは『この学校に来れてよかったぁ』と、強く思うのだった。

 

 そしてその想いは、香織も同じようだ。

 

「本当に良かった……ハジメくんと一緒に入学できて嬉しいよ。しかも同じクラスだしね」

「うんうん。ほんっと、奇跡みたいだよ」

 

 二人でそんな雑談をしていると、一人の生徒――ポニーテールの女子が近づいてくる。香織がそれにいち早く気づくと「あっ」と声を上げた。

 

「おはよう。もしかして君は……例の南雲君?」

「雫ちゃん、改めて紹介するね。彼氏のハジメくん」

「あ、はじめまして。えっと……」

八重樫雫(やえがししずく)よ」

 

 近づいてきた女子の名は、八重樫雫というらしい。そしてその名前は、この辺りの地域に住む人であれば知らない人はいない。もちろんハジメも、名前だけなら聞いたことがあった。

 彼女の実家は、八重樫流という剣術道場を営んでいる。その上、雫も小学生の頃から剣道の大会で負けなしという猛者である。そのため天才美少女剣士として雑誌の取材を受けることもしばしばあり、ハジメ達の住む地域では、ちょっとした有名人である。

 

「八重樫って……ええっ!? ちょっと待ってもしかして剣道の……?」

「まぁ、うん。剣道はやってるわね。香織とは小学生の頃から一緒の親友なんだ」

 

 そんな言葉を聞いて思い出したのは、一年くらい前に香織が見せてくれたプリクラ。思い返してみれば、香織と一緒に映っていた女の子は、なんとなくこの雫に似ているような気がした。

 

「それにしても、香織から話はたまに聞いてたけど……真面目で優しそうね?」

「いやいや、そこまでじゃありませんよ……というか香織、()()のこと言ってないよね?」

「流石に言わないよ。私はカッコイイと思ってるけど、ハジメくん嫌がるだろうし」

「なら大丈夫だけど……」

 

 そんなハジメと香織の恋人同士のやり取りに、雫は思わず笑みをこぼす。

 

 キーンコーンカーンコーン。

 

 チャイムが鳴って先生がやって来ると、教室はすぐに静かになり、全員が各々の席についていった。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 そして入学式が終わり、新入生は家族と校門前で写真を撮ったりしていた。もちろんハジメも、遅れて学校に着いた家族と写真を撮っていたのだが……それを遠目から見る人物が一人。

 

「南雲ハジメ……香織が外の人と付き合ってるって噂は聞いてたけど、まさか同じ学校の同じクラスに来るなんてねぇ……」

 

 その人物は、わずかに口角を上げてニタニタと不気味な笑みを浮かべる。

 

「もしかしたら、これで僕の計画も上手くいくかも……そうすれば……!」

 

 今後のことを考えて、その人物はフフフと笑う。家族はやって来ていないからなのか、そのまま学校を出ていった。




明日からは、毎朝7時に投稿を行うつもりです。よろしくおねがいします。


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高校生活

助けてください。原作の光輝を改善する方法が思い浮かびません。原作準拠の性格にすると、確実にやべーやつになるのですが……

やってやろうじゃねぇかこの野郎!

オラッ、光輝を勇者(笑)から勇者(真)にしてやらァ!


 高校生活が始まり、大体二週間が経ったが、なんだかんだでハジメは平穏な高校生活を送っていた。

 

 まずこの一週間で、香織が上級生の一部から“二大女神”の一人と呼ばれるようになった。実際それほどに可愛らしく、優しいのは事実だ。

 そんな香織と付き合っているハジメに、男子生徒からの嫉妬の視線が向くことがある。それもそうだろう、ハジメは比較的平凡な男だから。

 が、それ以上に女子生徒の生暖かい視線が多かったりする。中学生の時のように授業中に居眠りすることは無いので、不快に思う人もおらず、こうなっているのだろう。その結果として、なんだかんだで嫌な気分にはならずに済んでいた。

 

 それに何より、香織と付き合っているという情報のおかげ……いや、情報のせいと言うべきだろうか。ハジメの周りは賑やかだった。

 

「ねぇねぇハジメン、土日はカオリンとお楽しみだった? ナニかしちゃったり……?」

「……」

 

 その賑やかさの原因その一である、小柄なおさげの少女、谷口鈴(たにぐちすず)が興奮気味に突撃してくる。いつものことではあるのだが、慣れることはない。ハジメは目を閉じて静かにため息を吐いた。

 

「ちょ、ちょっと鈴? ……えっと、ごめんね南雲君?」

「いや中村さん、僕は大丈夫……」

 

 そんな鈴のフォローを、友人の中村恵里(なかむらえり)が行う。彼女は鈴とは対照的に、メガネを掛けた落ち着いた美人である。これが、いつもの日常である。

 

 そこに追加で、一人の男子の声がする。

 

「南雲、お前も別に遠慮しなくてもいいんじゃないか? 嫌がってるのは目に見えて分かるし」

「「え?」」

 

 その声に反応し、鈴と恵里は声のした方を向くとそこには、一人の男子生徒がいた。

 

「あ、えっと……えっと……」

「あれ? 別クラスの人がなんでここに?」

「同じクラスだよ! 遠藤浩介! なんでみんな名前を覚えてくれないのさぁぁぁあ……」

 

 鈴の直球の言葉のせいで、ハジメの机に突っ伏す遠藤浩介(えんどうこうすけ)と名乗った男子生徒。鈴や恵里よりも先にハジメと話していたのだが、それに気づかれることなく、今までスルーされてきた。

 

 浩介は、異常なほどに影が薄いのだ。ハジメが聞いた話によると、自動ドアが三回に一回しか反応しなかったり、中学の時に、先生に存在を忘れられて欠席扱いになったりしたそうだ。

 その影の薄さは、常軌を逸している。二週間程度だと、名前すら覚えてくれない。もはや超常現象かと思ってしまうほどの影の薄さを持つのが、この遠藤浩介という男なのだ。

 

「まぁまぁ、落ち着いてよ」

「南雲ぉぉぉぉ!! お前だけだよ俺に気づいてくれたのはよぉ!!」

 

 ハジメが浩介と仲良くなったのは、高校生になって一週間ほど経った頃だった。

 ふと見てみると、机に突っ伏して落ち込んでいる生徒がいたので、ハジメは少し話しかけたのだ。それが遠藤浩介であり、その時は、影の薄さに絶望しまくっていたそうだ。

 そこで少し話してみると、ハジメのオタク趣味がいい具合に乗ってきた結果、仲良くなったのだ。今ではこうして仲良く話すことも多くなった。が、やはり影の薄さは変わらなかったので、ハジメ以外には存在を忘れ去られることも多い。

 

「……まぁ、あれだよ。同じクラスメイトなんだし、名前と顔は覚えといた方がいいんじゃない?」

「うん。ごめんね遠藤君」

「これからはもう忘れないよ」

「うん……それならいいんだ」

 

 鈴と恵里に謝られつつも、浩介は内心では『また存在を忘れられるんだろうなぁ。特に谷口の方には』と思わずにはいられなかった。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 そうして午前中の授業は終わり、昼の食事の時間となる。

 

 中学生の時のように、授業中はほとんど寝ているといったことはないので、ハジメにとっては長い時間に感じた。しかしだからといって寝てしまうのは違う。そんなの自分では、香織に釣り合わないと思ったからこそ、起きていられた。

 

「ハジメくん、一緒に食べよ」

 

 弁当を持った香織が、ハジメの所にやって来る。もちろんハジメに断る気などなく、一緒に昼食を食べることとなる。

 

「今日のはどんな感じ? 上手くできた?」

「味見した感じはまぁ良かったよ」

 

 ちなみに、ハジメの弁当はハジメの手作りである。最初は作るつもりなど無かったのだが、作らないなら作らないで、香織がハジメの分の弁当まで作って持ってきてしまう。それは気が引けるというわけで、弁当を持っていくことになったわけだ。

 とはいえ両親は忙しく、朝食を作る暇すら無い。だから自分で作らないといけないわけだが……最初の方は本当に酷かった。見た目はまともなのだが、味が薄すぎたり、逆に濃すぎてまともに食べられなかったりと、要するに下手くそだったのだ。

 

「そうなんだ。じゃあ一口食べていい?」

「あ、いいよ」

 

 味見は良かったという言葉を聞き、香織はハジメの弁当のものを少しだけ口に運ぶ。何度か口を動かし咀嚼して飲み込むと、香織は頷く。

 

「……最初のよりもすごく美味しい!」

「それはよかった」

「あっ、少し食べちゃったから、私のも少しあげるね」

 

 そうして、二人は少しずつ弁当のおかずを交換して食べていった。ようやく香織に食べさせてあげれるくらいに上達したと思うと、思わず笑みがこぼれてしまうハジメであった。

 

「ごちそうさま」

 

 そうして十五分ほどで、ハジメは全て食べ終わった。香織の方は、まだ少し弁当が残っているようだ。

 

「ごめん、ちょっと行ってくる」

「あ、うん」

 

 ご飯を食べ終わり、トイレに行くために教室を出るハジメ。ササッと用を済まして教室に戻ろうとしたのだが、そこに声がかかる。

 

「南雲」

 

 ハジメの正面。そこにいたのは、彼の記憶だと天之河光輝(あまのがわこうき)という、同じクラスの男子生徒だった。

 まだ話したことは無いが、高校生になってからの短い期間で、クラスの中心になりつつある男子だ。顔立ちは整っており、体は引き締まっている爽やかなイケメン。そんな彼の周りには、人が集まるのだ。

 

「えっと、天之河君だっけ? なに?」

「……南雲、お前は香織と付き合ってるのか?」

「まぁ、うん。付き合ってるね」

 

 突然、香織と付き合っているか否かを尋ねてきた。何故尋ねてきたのかは分からなかったが、とりあえず答えはした。

 

「……香織が嫌がっている。別れろ」

「はい?」

 

 そして、光輝はとんでもないことを口にした。思わずハジメは固まってしまうが、すぐに自らの意思を言葉にする。

 

「……それは本当に言ってるの? 本当に、香織が嫌がってるのか?」

「当たり前だ。香織は優しいから、顔や口にはほとんど出さないけど……確実に嫌がってる」

「……それって実際に香織が言ってたわけじゃないよね? どこから仕入れてきた情報?」

 

 香織が嫌がっていると、光輝は言うが。その根拠はどこにもない。現状では、光輝がそう言ってるだけ。だから、何を根拠として嫌いだと判断したのか、ハジメは尋ねた。

 

「噂で聞いたんだ。本当は、香織は嫌がってるって。だから香織は嫌がっている、別れろ」

 

 すると光輝は、噂で聞いたと言った。噂ということは、真偽が不明な情報だ。なんせ『いつ』『どこで』『誰が』最初に言ったのか、全て分からかないのだから。それに噂とはたいてい、尾ひれがついて意味が分からなくなるのがオチだ。そんな情報を、ハジメは信用しない。

 

「……それ、噂でしょ? 嘘が本当が分からない、デマかもしれない。そんな噂のせいで別れるなんて嫌だよ」

 

 だから、光輝の話もまともに聞き入れなかった。噂を信じる光輝に従う必要などないし、そもそも従いたくなかったから。

 

「まっ、待て!」

「……客観的に香織が嫌がってると分かるような物的な根拠を持ってきたら、その時は別れるよ。でも、今は別れない」

 

 しかし、放置しておくのも面倒である。なのでハジメは条件を言い、教室の方へと歩いていった。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 このように、学校生活は色々あるが、ハジメはそこそこ楽しんでいた。友達もできたし、賑やかだし。そして何より、香織と一緒にいることができる。

 

 が、香織といるために、今日もハジメは家で勉強している。別に成績が良くないと別れることになるとか、そういうわけではないが、これは香織に見合うだけの男でいたいという、ハジメなりのプライド故の行動だ。

 

 プルルルル……プルルルル……

 

 と、勉強していると、机の端に置いてあったスマホが鳴った。画面を見てみると“白崎香織”と表示されていた。

 

「もしもし」

 

 すぐに電話に出るハジメ。しかし、そこから聞こえた声は、香織のそれではなかった。

 

『南雲ハジメ、だな?』

「え? ……誰、ですか?」

 

 突然のことで驚きたが、すぐに深呼吸をして、画面越しにいる人に冷静に尋ねる。

 

白崎智一(しらさきともいち)……香織の父だ』

「あっ……香織さんの……どうもはじめまして……南雲ハジメです……」

 

 父親と聞き、ハジメはわずかに安堵し、同時に身構えた。下手なことを言えば別れろと言われそうな、そんな雰囲気だったから。何を言われるのかと、ハジメは心臓をバクバクさせていた。

 

『今週の日曜日の十時に家に来い。お前と話がしたい』

「えっ日曜日に……分かりました」

 

 そう言うと同時に、電話はプツリと切れた。



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試練

 香織の父親の智一から電話がかかってきた六日後、ハジメは白崎家へ向かっていた。話がしたいとは言っていたが、何の話をするのか。ハジメはひたすらに緊張していた。

 

 ピンポーン。

 

 しばらくすると、インターフォンから声がする。男性の声だ。

 

『はい』

「すみません、南雲ハジメという者ですが」

『ああ、南雲……分かった』

 

 しばらくすると、扉の鍵が開く音と共に、今度は扉の方から『入れ』という声がした。

 

「お邪魔します……」

 

 そうして扉を開けると、均整の取れた肉体と顔立ちの男――白崎智一がいた。ハジメのことを警戒しているのか、値踏みをするかのように鋭い目線を向けている。

 

「南雲ハジメだな?」

「はい。はじめまして」

「……ああ、俺は白崎智一だ。とりあえず、来い」

 

 そうして智一に案内されてリビングに行くと、誰もいない……わけではなく、香織もいた。

 

「あっ……おはようハジメくん」

「おはよう……香織さん」

 

 とにかく色々と警戒しまくっているハジメは、普段はしないさん付けで香織を呼んだ。もし呼び捨てで呼んでいたら、一体どうなったことか分からないから。

 

 そうして案内された席に座ると、智一はゆっくりと話を始めた。

 

「……電話上で聞いたことだが、もう一度聞く。本当に、香織と付き合っているんだな?」

「はい」

「そうか」

 

 それだけ言うと、智一は黙った。表情は強張っており、目線は鋭い。しかし最初に見せたような、値踏みをするような視線ではなかった。

 

「え、えっと、お父さん?」

 

 そんな沈黙が一分ほど続いたが、香織の言葉がしたことにより、沈黙は破られる。

 

「……まぁ、親としては、香織の意思というものを尊重しないといけないのだろうな」

「ってことは……!」

 

 香織は喜びの声をあげようとする。前日に散々何か言われたのかもしれない。しかしその前に、智一は続けた。

 

「ただ……お前が真に香織に相応しいのか、それを確かめること。それも親の責務だと思っている」

「お父さん……ねぇ、私は本当にハジメくんのことが好きなの……誰と付き合うかなんて、私が決めていいでしょ?」

「ダメだ。いくら好きな相手だったとしても……それがあの自己中なクソガキのような男だったら絶対に許さん。ああいう面倒臭い男は、絶対に近づけさせん!」

 

 そんなちょっとした親子の言い争いが始まったのだが、ハジメはふと疑問に思った。クソガキとは、一体誰のことだろうかと。

 

 そんなことが頭に浮かぶのとほぼ同時に、智一はハジメに向かって言う。

 

「悪いな、だがまぁそういうわけだ。お前がどんな男で、どんな性格で、どんな価値観を持つ男なのかを……香織を守るためにも、俺が見極めなければならない」

 

 そういうわけで、俺はお前と話すことにしたと、呼び出した経緯を教えてくれた。

 

「とりあえず、色々と教えてもらおう。まず疑問に思うのは……お前、香織とは違う中学校だったな? どうやって香織と知り合った?」

 

 ここからハジメは、ひたすら智一からの質問責めされることになる。

 

「嘘のような話になるのですが……中学二年生の時、道端で知らないおばあちゃんと子供が不良達に絡まれていたんです。その様子が見てられなくて……その人達の間に入ったんです。でもケンカとかそういうのはできないから……土下座して代わりにひたすら謝り倒しました」

「……それで?」

「そしたらなんとか助けることができたんですが、でも不良達にやられて怪我とかもしちゃって。そこを唯一助けてくれたのが、香織さんだったんです」

 

 まず第一の質問に、ハジメは正直に答えた。ハジメからしてみればめちゃくちゃ恥ずかしいエピソードなので、顔を真っ赤にしながら答えた。しかし、かなり疑われているようで。

 

「本気で言ってるのか? 嘘としか思えない内容なんだが?」

 

 目を細め、智一はハジメを睨みつける。それもそうだろう。当事者であるハジメや香織、それとハンカチを返しに来た時のことを知っている香織の母親の白崎薫子(しらさきかおるこ)以外は、嘘と思うのもある意味当然ではある。

 

「一応本当のことです。それを証明しろと言われたら……流石に無理ですけど」

「……まぁ、今は置いておこう。じゃあ次に、香織の好きな所は? ……先に言っとくが、全部とかふざけたこと言いやがったらぶっ飛ばすからな?」

 

 ドスを効かせた声で威圧する。それにわずかに震えながらも、ハジメは本心を答える。

 

「一番好きなのは……優しい所です」

「どうしてだ?」

「さっきの話も関わってくるんですが……実は不良達から知らないおばあちゃんや子どもを助けた時、当然といえば当然なんですが、周りの人達に変な目で見られたんです」

「……ああ、土下座したんだったか?」

「はい。周りから見れば、僕は派手に土下座した変人だったんでしょうね。みんな変な目で見てきました。助けたおばあちゃんや子どもでさえも。感謝されるために助けたとか、そういうわけじゃなかったとはいっても……悲しかった」

「そんな中、唯一助けてくれた香織に惚れたと?」

「はい。正直、ほとんど一目惚れ……のようなものです」

「そうか」

 

 もちろんそうなった要因には、香織の整った容姿もあっただろう。しかし何よりも大切だったのは、香織の心だった。彼女の優しい心による行動が無ければ、ハジメは誰にも助けられることはなく、香織のことを知らぬまま、家に帰っていたことだろうから。

 

「……まぁ、お前がそれなりに誠実な男だとは――あのクソガキのような男でないことは分かった」

「クソガキ……とは?」

「なに、あま……周りのことが見えていない自己中野郎のことだ。そんなヤツよりは遥かにマシだ。だからまぁ……ひとまずは信用しよう」

 

 とりあえずは、今の話をしたことで、智一はハジメのことをそれなりには信用してくれたようだった。

 

「確か……ゴールデンウィークが終わってしばらくしたら、中間テストだったな?」

「はい。確か一週間後だったはずです」

「俺はまだ、お前を完全には信用していない。本当に信用してほしいのなら、必死こいて勉強して、その中間テストで学年一位を取ってみろ。もし一位を取れなかったら……その時はお前を香織から引き離すかもしれない。分かったな?」

「はい」

 

 学年一位を取れ。普通に勉強しても、そう簡単には取れない順位を、智一はハジメに要求した。たとえそれが難しくても、嫌でも、拒否することはできない。

 

 こうして話が終わると、智一は「さっさと帰って勉強しやがれ」と言って、ハジメを家の外に出した。もちろんハジメとしても、別れさせられるのは嫌だったので、家に帰ったら必死で勉強することとなった。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 その日の夜のこと。香織は眠り、リビングには智一と、母の白崎薫子(しらさきかおるこ)の二人だけとなった。

 

「……南雲ハジメ、か」

「そういえば、今日会ったんでしたっけ?」

「少しだけだ。しかし……あのクソガキみたいな雰囲気は無かった。そこはひとまず安心だ」

 

 あのクソガキが誰を指すか。それを薫子はなんとなく察してはいたが、口に出すことは無い。

 

「そういえば、薫子は何度か会っているだったな? どんな雰囲気だった?」

「どんな雰囲気……と言われてもねぇ。礼儀正しくて真面目そうだったわよ。それに香織から聞いた話だと、一緒の高校に行くため、趣味を全て切り捨てて勉強してたんだって」

「……まぁ、難しい高校だしな。で、最近は?」

「ある程度は趣味にも時間を割いてるみたいね。それでも勉強はかなりやってるっぽいけど」

 

 ハジメが白崎家にやって来ていたのは、決まって智一がいない時だ。というかそもそも、ハジメは自分から香織の家には来ず、香織に「来ていいよ」と言われた時だけ来ていた。

 そういう時に行っても、ハジメは薫子とのみ会い、智一とは会うことすらない。おそらくは香織も、バレたら父親の智一が何か言うに違いないと、最初から予測していたのだろう。

 

「そういえば、中学生の時はたま〜に家に来て一緒に勉強してたわね。最初の方は、ハジメくんが色々教えてともらってたけど、二ヶ月くらい経ったら、逆に香織が色々教えられる側になっちゃってたわねぇ」

「……」

「もう、心のどこかでは『認めてもいい』って思っているんでしょう?」

 

 智一は、事前にハジメに関する様々なことを、薫子から聞いている。

 

 まずは香織との出会い。その後のハジメの態度だったり勤勉さだったり、そして何より、ハジメの優しさと強さ、ハジメと接するときの香織の楽しげな表情だったりを、聞いて知っている。

 そしてこれは、妻の薫子だけでなく、香織からも聞かされたことだ。

 

「…………まぁ、な」

 

 だから、認めてもいいと、心のどこかでは思っているのだ。

 

「ただ……これは俺の……親としての責務というもんだろ。可愛い娘をそう簡単に渡してやるものかよ」

 

 しかしそれでもなお認めない理由。それは、言ってしまえば父親としての、智一のプライドだ。まだ彼は、父親としての責務を全うしたいのだろう。ハジメなんかじゃなく、自分で、娘の香織を守ってやりたいのだろう。

 

 だからこそ、ハジメを認めなかった。最後に自分が、ハジメの最後の障害になってやろうとしたのだ。

 

「……俺は寝る」

 

 フゥ、と息を吐くと、智一は立ち上がり、ゆっくりとリビングから出ていった。

 

「おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」

 

 そう交わして、智一は二階へと上がっていった。

 

 こうは言ったものの、おそらく智一は、香織の交際を否定することはしないだろう。なぜなら、父親としては、娘の香織の笑顔が最も大切だからだ。娘のためであれば、プライドなど、取るに足らないものである。



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騒動

今回はひどいことになります。覚悟してください。

というか光輝の言動が合ってるのか気になる。流石に今回書いたのは、今までの中でトップクラスにイカれまくっているので……。


 それから数週間。ハジメはいつも通りの生活を送っていた。ただ、香織の父親である智一に認めてもらうため、愚直に勉強をし続けていた。中間テストで、総合学年一位を取るために。

 

 もちろんゴールデンウィーク中は、香織と遊ぶことが何度かあった。だが香織によると、ハジメと遊びに行くことを伝えても、智一は「好きにしろ」と言うだけで、特に怒ったりはしなかったらしい。

 

 だから、なんだかんだで普通の生活を送っている。

 

「あっ、ハジメくんおはよう!」

「うん、おはよう香織」

 

 こうしていつもの場所で待ち合わせして、出会うとすぐに手を繋ぎ、共に学校へ向かう。とりとめのない会話に柔らかな相槌、そうして平和に、二人は学校へ向かっていた。

 

 そうして学校へ到着し、自分達の教室へ行き、ドアを開けた。

 

「おい南雲!」

 

 その瞬間、ハジメは壁にたたきつけられた。

 

 あまりに突然のことだったので、ハジメも香織も、これには一切の反応ができなかった。特にハジメは、肉体に物理的にやってきた衝撃もあってか、特に混乱していた。

 

「光輝くん!?」

 

 そう、ハジメを壁にたたきつけ、その胸ぐらを掴んでいるのは天之河光輝だった。

 

「なんでっ、こんなことを……」

「なんで、だと……?」

 

 一瞬の混乱から回復したハジメは、すぐに目の前の光輝に尋ねる。しかし光輝はその言葉を聞いた途端に、さらに激情し、力を強くした。

 

「ふざけるなッ! お前が嫌がる香織を脅して、無理矢理付き合わせているんだろッ! 俺はそのことを知っている!!」

「は……」

 

 意味が分からなかった。光輝は、ハジメが香織を脅して付き合ってるとそう言っているのだ。ハジメ本人からしてみれば、全く身に覚えの無い冤罪を被せられているようなものだ。

 流石にこれには、普段は温厚なハジメも声を大にして反論する。

 

「そんなことはしてない! そんなに言うのなら、僕が脅してる所を見たっていうのか!」

「……そう言えば、引き下がると思ってるのか! 隠れてやってるんだろう本当は!」

 

 朝っぱらから始まる言い争い。そこにはほとんど誰も寄せ付けず、いつの間にか、多くのクラスメイトが教室外に出ていた。

 

 しかしそんな中、止める生徒が一人。

 

「光輝、変な言いがかりは止めなさい!」

 

 そう言って、一時的に光輝をハジメから引き剥がし、その間に割って入った女子生徒が一人。八重樫雫だ。それに彼女に加え、すぐ側にいた香織も声を上げる。

 

「そうだよ! そもそも光輝くん……私はハジメくんに脅されてなんかないよ!」

「……香織も雫も、本当に優しいんだな。こんなどうしようもないヤツに情けをかけて庇うなんて」

 

 しかしその声は、必死の訴えは、光輝に届かない。光輝は二人の言葉を優しさだと言い、まともに聞くことはなかった。しかしそれでも、ハジメは対話の試みを続けようとした。

 

「……天之河君。少し、話をしようか」

 

 香織と雫が入ってきたおかげで落ち着いたハジメは、光輝に呼びかける。

 

「二人は、ちょっとどいててほしい……今は、面と向かって話したい」

「…………分かったわ」

「うん……」

 

 ハジメの要請で、香織と雫は退き、光輝と再び対面する。

 

「……もう一度言うけど、僕は香織を脅してなんていない。けどそれを天之河君が嘘だというのなら……どうやって、嘘じゃないと証明すればいい?」

「証明なんて必要は無い。俺は、お前が脅しているという証拠を持っている」

「じゃあ、それを見せてよ」

 

 そうハジメが言うと、光輝はその証拠とやらについてを語った。

 

「実はだ。うちのクラスメイト……誰がとは言わないけど、そいつが教えてくれたんだよ。お前が、嫌がる香織に無理矢理迫っている姿を!」

 

 とは言ったが。結局の所、噂だ。クラスメイトが言った、クラスメイトが見た。ただそれだけでは、証拠にはなり得ない。前回も似たような感じだったことを思い出し、ハジメは大きなため息を吐いた。

 

 それと同時に、怒りが込み上げてくる。わけのわからない言いがかりをつけ、無理矢理別れさせる。ハジメには、光輝のやってることが、そうとしか思えなかった。

 

「……天之河君。悪口みたいなことは言いたくないけど、流石に今回ばかりは言わせてもらうよ」

 

 普段にも増して強い口調で、ハジメは続ける。

 

「天之河君のやってることは、ただの言いがかりだ。人伝いに聞いた不確実なことの中で、自分にとって都合の良い情報だけを切り取って証拠にしているだけ。正直、難癖つけて僕と香織を無理矢理別れさせたいだけのように感じるんだけど?」

「そんなことは……!」

「そんなことは? 自己弁護のためにまた都合の良い噂話だけを並べ立てるのか? あるいは捏造した噂でも作り出すのか?」

 

 そしてハジメは、偶然なのだろうが……言ってはならないことを、言ってしまう。

 

「……もしお前が弁護士だとしたら、正真正銘の無能――三流以下だ」

 

 

 

 

 

「は?」

 

 

 

 

 

 突如として光輝はハジメに掴みかかり、壁にたたきつけて顔面を殴った。

 

「ふざけるな! お前のようなヤツに弁護士の何が分かるってんだ!」

 

 ――弁護士、無能、三流以下。

 

 光輝はハジメを怒らせただけだった。しかし怒って感情的になったハジメは、光輝の逆鱗を、無意識に蹴飛ばしてしまった。

 

 光輝は憤怒し、その感情のままにハジメを殴り倒す。

 

「光輝! ちょっと――」

「うるさい! 黙れ!」

「わっ!?」

 

 光輝を止めようとする雫だったが、逆に突き飛ばされて倒れた。今の光輝は、周囲の香織や雫の静止にすら憤怒するほどの怒りに包まれている。

 何度も何度も、血眼になって遠慮せずに殴る。ハジメの顔は真っ赤になり、鼻からは血が垂れる。光輝の手にはわずかに血が付くが、それすら気にしない。

 

 もはや、怒りに身を委ねた光輝は止められない。そんな時だった。

 

「うぉぉぉぉぉぉおお!!」

 

 そんな雄叫びと同時に、光輝が地面にたたきつけられた。その上には光輝の親友である坂上龍太郎(さかがみりゅうたろう)が乗っかり、拘束している。

 

「おい光輝お前なにしてやがるんだ!」

「クッ……離せ龍太郎! 俺は、アイツを――」

「んなこと知るか! こんなになるまで殴ってたら止めるに決まってんだろ!」

 

 暴れる光輝の隣で、ハジメは倒れていた。その顔は、血や涙で汚れきっていた。一応気絶とか、そういうのはしていないようだ。

 

「ハジメくん!」

「ん、ぅう……」

 

 香織が体を揺すると、ハジメはすぐに体を起こし、香織に礼を言おうとした。

 

「んぁ……ありかどぅ、えっと…………?」

 

 しかし、なんだか呂律が回っておらず、フラフラしている。しかも名前を言おうとした所で、ハジメの口の動きは止まってしまった。

 

「どうしたの?」

「えっと……ぁれ……?」

 

 わずかに首を傾げるハジメ。その様子の違和感に何かを感じたのか、雫も駆け寄ってくる。

 

「……ねぇ南雲君。ここがどこか分かる?」

「がっこぅ?」

「うん。じゃあこの子の名前は分かる?」

「……」

 

 この子と言って雫が指さしたのは、香織だ。しかしハジメは、その名前を言うことができなかった。思い出せなかった。

 

「え……ねぇハジメくん、分かるよね? 私のこと分かるよね……!?」

「……ごめん」

 

 香織は分かってしまった。ハジメが自分の名前を、顔を忘れてしまったということを。最愛の人に忘れられることがどれだけの苦痛を伴うことか。

 

「どうして……どうしてぇ! 思い出してよハジメくん!」

 

 その悲しみに耐えきることができず、香織はハジメの胸に顔を埋めて泣き出した。それをハジメは、おどおどしながらなだめることしかできなかった。

 

「えっ……え? 香織……どうして――」

 

 しかしそれを見て最も困惑しているのは、光輝だった。彼には、何故香織があそこまで悲しんで泣いているのか、理解ができなかった。

 そんな光輝の頬を、雫は思いっきり引っ叩いた。その目には、涙が浮かんでいる。

 

「雫! 何で急に……」

「何で……? アンタが南雲君を何度も殴ったせいで、香織は悲しんでるのよ! アンタのようなやつには分かんないだろうけど、香織は南雲君のことが本気で好きだったのよ!」

「なっ……どうして、そんなことは……」

「アホかお前! あの学校での態度を見たら、俺でも香織が南雲のことが好きだって理解できるわ!」

「そうよ! アンタのせいで! 香織は泣いて本気で悲しんでるのよッ! もう私や香織に二度と関わらないで!」

 

 そう言って、雫は光輝を離れ、泣いている香織をなだめてから、ハジメを保健室へと連れて行った。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

「よし! よし! これで雫は光輝くんから離れていくはず!」

 

 そんな様子を影から見て、密かに喜んでいる人物が一人いた。

 

 その人物こそが、光輝にハジメに関するデマ情報を流した張本人である。しかし先に断っておくと、ハジメを貶めたかったというわけではない。

 むしろその逆で、その人物は光輝を孤立させたかったのだ。いや正確には、香織と雫の光輝に対する評価を落としたかった、というのが正しい。

 

 まず香織について。香織は高校入学時点で、既にハジメと付き合っていたので、別に何かをする必要はなかった。付き合っている時点で、光輝からは離れているわけだから。

 問題は雫だった。別に雫は、誰かを好いているわけではない。だから引き離すのはかなり難しい。

 

 そこで利用したのが、香織だった。

 

 雫は香織の大親友だ。小学生の時に雫はイジメられていたのだが、それを耐えることができたのも、香織という親友がいたおかげだ。そのため雫の中では、香織という存在は光輝よりも大切だった。

 故に、もし仮に光輝と香織が対立すれば、雫は香織側に立つだろう。そう予測した。光輝と香織を対立させるのは難しいが、香織の恋人であるハジメと対立させるのであれば、そこまで難しくはない。

 

「ふふっ、でも嬉しい誤算だねぇ♪派手にやってくれたおかげで、完全に仲違いさせることができそうだし♪」

 

 しかし、光輝がここまでやってしまうのは、流石に予想外だったようだ。しかし想定外も、その人物にとってはプラスに働いた。

 周囲の光輝を見る目が、大きく変わった。クラスの女子は警戒するような目で、男子達は変なモノを見るような目で、光輝を見るようになった。

 

「後は光輝くんに近づけば……!」

 

 この人物の作戦も、最終段階に入りつつあった。



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騒動の後

なんかいっぱいコメント来てる……

しかもちらほら別のありふれ二次創作の作者さんがいたりして……評価やお気に入りもしてもらって、本当に嬉しい限りです。

これからも頑張っていきますので、応援よろしくお願いします。


 その後ハジメは、割とすぐに忘れていた記憶を思い出した。思い出したというよりかは、むしろ頭がちゃんと回るようになったと言うべきかもしれないが、とにかく、分からなかった香織の顔と名前も思い出した。

 

 どうやらハジメは、軽い脳震盪だったようだ。光輝に殴られ、その勢いで壁に頭をぶつけまくったせいで、呂律が回らなくなり、記憶に混濁が生じていたようだ。

 一応病院で検査を行ってみたところ、脳に出血などはなく、頭蓋骨にヒビが入っているということもなかった。しかし大事をとって、早退することとなった。

 

 それ以外だとかなり殴られてしまったため、顔がかなり腫れていたり、切れて出血したりしていた。なので、顔には湿布や絆創膏が貼られている。

 

 早退したハジメは、昼食も食べずにしばらく眠り、そして起きた時、いや起こされた時には既に午後の四時。ベッドの側には、二人のクラスメイトがいた。

 

「あ、急に起こしちゃってごめんね」

「南雲、体の方は大丈夫か?」

 

 いたのは雫と龍太郎だ。おそらくは、光輝の代わりに謝りに来た、といったところだろう。

 

「大丈夫。殴られた所は痛いけど……別に頭がこんがらがってるわけでもないし、目眩とか吐き気もないし」

「なら、一応良いのか?」

「そうね……」

 

 ハジメの体の無事を確認すると、二人は深々と頭を下げる。

 

「ごめんなさい。光輝にあんなことさせて……」

「俺がもっと早く教室に来ていれば止められた……! 助けられなくて、本当に悪かった!」

 

 そうして頭を下げた二人に対して、ハジメは慌てて止めにいく。

 

「ああいや、二人は謝らなくていいんだよ? 止めてくれたわけだし、むしろこっちが感謝したいくらいだよ」

 

 それ以外にも、色々と感謝の言葉を述べるハジメ。そうしていくの、二人も顔を上げた。それから、学校を早退してから起きたことを、雫と龍太郎は教えてくれた。

 

「まず、今回のことで光輝は厳重注意が入ったわね。正直あそこまでやったのなら、生徒指導レベルで良い気がするんだけど……」

「ということは、天之河君は教室にいるんだね?」

「まぁいるな。けど……なんだ、クラスメイトの光輝を見る目は変わった気がするな」

 

 とりあえず、光輝は厳重注意となった。*1なので一応、教室で皆と同じように授業を受けてはいる。

 しかし、光輝に対する視線、特に女子の視線はかなり冷たいらしい。今回の件で、香織と雫が光輝と仲違いしてしまったため、それに続いて女子のほぼ全員を敵に回してしまったのだ。

 

 ついでに、これは学校のことではないのだが、光輝は八重樫道場を破門されることになったらしい。武道を修める者がここまでの暴力行為を行ったのなら、当然のことだろう。

 

「……と、こんな感じね」

「そっか」

 

 こうして、一通りの事後報告は終わった。しかしハジメが学校に行くのは何日かの休養の後なので、即座に関係あることではないが。

 

「あっそうだ。南雲、一つ気になったんだけどさ」

 

 ここで、龍太郎が思い出したかのように尋ねる。

 

「香織はどこにいるんだ? 玄関に靴があるから、多分家にいるんだろ? てっきり俺はこの部屋にいるもんだと思ったんだけど……」

 

 玄関にはハジメのものとは別に、誰かの靴があった。龍太郎は、それが香織のものだろうと予測した。

 しかしその言葉にハジメは、わずかに目を見開き、首を傾げた。

 

「え……? いや、先に来てもう帰ったけど?」

「いやいやそりゃないだろ。靴あったんだし」

「でも帰るって言ってたよ?」

 

 香織は帰ったはず。なのに誰のものか分からない靴はある。ではその靴は、一体誰のものだろうか。

 

「……まぁ、気にしなくてもいいか。多分雫のを見間違えたかなんかだろ」

 

 そんな風に考えることはなく、龍太郎は見間違いだと判断した。

 

「とにかく、そろそろ俺達帰るわ」

「南雲君、しっかり休んでね」

「うん。今日はありがとね」

 

 そうして雫と龍太郎は、部屋を出て、家を出た。オートロックの玄関の扉が閉まる音がわずかに聞こえた後、ハジメはこっそりと言う。

 

 

 

 

 

「……香織、バレそうだったんだけど」

 

 そう言うと、ハジメが入っている布団がゴソゴソと動き出し、香織が顔を出した。

 

「ごめん。ちょっと寝ちゃってて……」

「ああいや、別に怒ってはないからね?」

 

 実を言うと、香織は帰っていなかった。いち早く家にやって来たのだが、二人きりだったので、香織は布団の中に潜り込んできたのだ。だが途中で眠ってしまったため、そのままになっていたというわけだ。

 

「ハジメくん、本当に体は大丈夫なの……?」

「大丈夫だって。目眩とかは……今の所ないし」

「……なら、いいけど」

 

 香織はハジメの胸に寄りかかり、その状態でハジメの顔を見つめる。ハジメから見ると、潤んだ瞳がよく分かる。

 

「もう私のこと、忘れないでね」

「……うん。絶対に忘れないよ」

 

 そう言ってハジメは、不安に震える香織の背に手をやり、ゆっくりと抱き寄せる。すると香織は体を横にし、ハジメもそれと一緒に横になった。そのまま二人は、しばらく一緒に添い寝することとなった。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 それとほぼ同時刻。普段の堂々とした様子など微塵も感じさせず、光輝は帰宅した。

 

 ある人物から、ハジメが香織を脅している噂があると聞いた。それを聞いて、ハジメを倒そうとしたのに……倒したら香織は泣き喚き、雫は今までに無いくらいに怒り、そして「二度と近付くな!」と言われた。

 その後、教師からも怒られることとなった。悪いことなど何もしていないはずなのに。香織を救い出そうもしただけなのに。

 クラスメイトの様子も違った。誰も話しかけてこない。話しかけようもしても、明らかに避けられていた。特に女子はそれが顕著だった。香織や雫に近付こうものなら、二人にひどく罵られた。

 

 ただ、昔からの親友だった龍太郎は、話を聞いてくれた。最初に、どうして香織と雫が怒ってるのかと聞くと、龍太郎は「お前アホか?」と言われた。

 しかし理由は教えてくれた。まず最初に、香織はハジメのことが本当に好きなのだという。そう言われたとき、光輝は「え……?」と啞然としてしまった。彼は今まで、香織がハジメのことを好きになるはずがないと、そう思っていたのだから。

 そして香織が泣いて怒った理由は、ハジメが傷付いたから。雫は、そのせいで傷付いた香織を見たから怒ったのだ。

 

 今までの光輝なら、嘘だと言って突っぱねたことだろう。しかし今回は、否定できなかった。

 クラスメイトのよそよそしい態度、教師の叱責、香織や雫の怒り、その他様々なもののせいで、自分というものを信じることができなくなっていた。

 

 ――もしかしたら、自分は過ちを犯してしまったのかもしれない。

 

 あの時からずっと、そう思わずにはいられなかった。

 

「ただいま……」

 

 消え入りそうな声を出して、光輝は家の中に入っていく。

 

「ようやく帰ってきたねぇ光輝……!」

 

 そこには、玄関には、物凄い剣幕で睨みつけてくる光輝の母親――天之河美耶(あまのがわみや)が待ち構えていた。

 

「香織ちゃんと雫ちゃんから話を聞いたよ……あんた、香織の彼氏――南雲君だったっけ? に言いがかりつけて殴りかかったんだってねぇ?」

「そっ、それは……香織が南雲に脅されてるって噂を聞いて、香織を助けようと――」

「そんな言い訳は聞きたくないわ!」

 

 問い詰められた所を、光輝は反射的に弁明しようとする。しかし美耶は、そんな言い訳のような弁明を聞くことなく怒鳴った。

 

「噂で聞いたから助けようだぁ……? あんたはただ、香織ちゃんと付き合ってた南雲君が気にいらなかっただけだ! 気にいらないから、自分で無理矢理殴る口実を作ったんだろ!」

「そ、そんなことは……」

「そんなことはない? なんだ、香織ちゃんが本当に脅されてるとでも思ってたのか? あ?」

 

 畳み掛けるかのように問い詰める美耶。その迫力にいつの間にか、光輝はドアに背をべったり付けて、目を大きく見開き冷や汗をかいている。

 

「脅されてると、思ってた……だって噂で聞いたから……」

「なるほどなるほど……じゃあ何でその噂を信じた? そして学校で流れてるもう一つの噂――『南雲君と香織ちゃんは中学生の時から恋仲』という噂は何で信じなかった?」

「何でって……二つ目の噂は嘘に決まってる……香織があんな――」

巫山戯(ふざけ)んのも大概にしろやバカ息子がッ!!」

 

 ドンと、光輝の胸ぐらを掴んで扉に押し当てる美耶。光輝は普段では考えられないほどの怒りっぷりに、全身を震わせていた。

 

「今の言葉で確信したよ……! あんたはただ、気に入らない南雲君を香織ちゃんから引き離そうとしてただけってね!」

「そ、そんなことは――」

「黙れ! じゃあどうして片方の噂だけを、南雲君の悪い噂だけを信じた! 良い噂は嘘だと断定して、悪い噂だけを本当だと信じた理由はなんだ、アァ!?」

 

 鬼かと見間違えるほどの威圧感。それを前にして、光輝はわずかに口から音を出すだけで、言葉を発することはできなかった。

 

 ハァ、ハァと、ここで美耶は落ち着いてくる。肩で息をしつつ、美耶は光輝から手を話し、大きなため息を吐いた。

 

「……確かに南雲君の言うとおり、もしお前が弁護士だったら、無能の中の無能――三流以下だ。()()さんも、天国で嘆いてるだろうね」

「……!」

 

 今まで震えていた光輝だったが、“祖父さん”という言葉に反応すると同時に、震えは止まった。

 

「そんなことは……なんで……俺は正しいことをしたはずじゃ……」

「違う。あんたは正しさと独りよがりを履き違えてる。そして今のあんたは、独りよがりだ。自分にとって都合の良い情報だけで物事を判断して、それ以外の都合の悪い情報は嘘だと断定する。何の客観的な根拠もないのに」

 

 だからあんたは弁護士としては三流以下だと、美耶は言う。

 

「うそだ、俺は正しいことをしたはずなのに……」

 

 光輝は膝から崩れ落ちる。自らの常識が、今まで無意識に行ってきた行為全てが否定されたような感覚に陥ったからだ。

 少なくとも、今までは失敗しなかった。ちゃんと努力をして成果を出して、困っている人は全員助けた。それによって色々な人に褒められた。

 

 しかし今回はどうか。ハジメを殴ったら、雫と香織を悲しませてしまった。先生には怒られた。クラスメイトの自分への視線が冷たくなり、避けられるようになった。そして今、母親に怒られている。

 正しいことをしていたら、こんなことは起きない。つまり今回やった行為は、間違い。光輝は今になって初めて、間違いというものを実感した。

 

 瞬間、心臓の拍動が速まる。間違いなど、光輝にとっては初めての感覚だった。間違いという悪事を犯した。自らの何かが、汚れてしまった気分だった。心が、ズキズキと痛んだ。

 

 それを見て、美耶は落ち着いて語りかける。心を読んだかのように。

 

「光輝。あんたは、間違えることは悪だと思っている、そうじゃない?」

「だって、間違いは良くないことだから……」

 

 光輝にとっては、間違いは悪であり、汚点だ。そして彼は今まで、見かけ上は間違いを犯すことは無かった。しかしそれ故に、汚れを身に受けることを恐れた。

 

 今までに出てきた光輝の敵は、露骨な悪、例えば暴力をふるう不良だったり、イジメを行うクラスメイトだったりした。そういう人は殴り倒し、解決することで、多くの人に感謝されてきた。

 だから、光輝が他人を気に入らないと思うことはなかった。気に入らない人はたいてい、イジメを行ったりしているから。そしてそういう人は、すぐに光輝自らの手により断罪される。

 

 しかし、そういう露骨な悪以外に、気に入らない存在が出てきた。それが南雲ハジメだ。

 

 ハジメは真面目であり、特に問題行動を起こすことはない。しかし、香織と付き合っているという事実が、光輝を苛立たせることとなった。要するに、嫉妬というものだ。

 しかし、だからといって無意味に暴力行為を行ってはならない。何も悪くない人を殴れば、それは悪だから。だから光輝は、ハジメをこじつけで悪に仕立て上げようとした。そうしてから殴り倒せば、何の問題も無いと考えた。なんせ、悪い人を倒すことは悪くないことだから。

 そうして、無理矢理ハジメのネガティブキャンペーンを行うことにした。ハジメに関する悪い噂だけを集めて、それを根拠にして、あたかも自分は正しいかのように、ハジメへの攻撃を行った。

 

 しかし結果は失敗。光輝は意味なく他人を殴った生徒、つまり悪となった。最も恐れていた悪となってしまった。それに今更気づき、絶望したのだ。

 

「……間違いはさ、悪いことじゃないよ。本当に悪いのは、間違いを省みないことだ」

「間違いを、省みない……」

「そう。だから反省しなさい。自分の何が悪かったのかを考えて、改善して……そして何より、謝りなさい。迷惑をかけた人全員に。……これは私も、お父さんも、美月も……祖父さんも、全員経験したこと。だから、心配しなくてもいいよ」

 

 その言葉を聞き、崩れ落ちた光輝は、ゆっくり立ち上がる。そして、自らの罪を認め、口に出した。

 

「俺は……南雲だけじゃない、香織や雫までもを傷つけて、龍太郎に迷惑をかけた……! 都合の良い考えで、自分勝手に行動したせいで……!」

「そう、それでいい。……だけど、私からも謝らないとね」

 

 光輝が謝っている姿を見て、美耶も頭を下げた。しかも実の子である光輝に対して。

 

「光輝、本当にごめんね……私がもっと向き合っていれば、こうして苦しむことは無かっただろうに……」

 

 美耶もまた、かつての自分の行いを悔いていた。かつて、光輝の思い込みの激しい性格を家族で直そうとした。しかし光輝は一切聞き入れることなく、流してしまった。

 そんなことを続けていたら、いつしか性格を直そうとする試みを、止めてしまっていた。それこそが、家族の、母親の美耶が自ら感じた罪だった。

 

「ううん……それは、聞かなかった俺も悪いから……」

「そうかい。……ほら、じゃあ家上がろうか」

 

 こうして長い言い争いと懺悔の後、光輝は靴を脱ぐことができた。

*1
この世界は暴力行為に対して甘い。故に不良がそこら辺におり、暴力がそこそこある。




原作の光輝って、なんとなく悪になりたくないとか、汚れたくないとか、そういう風に思ってるように感じます。別の言い方だと、他人に嫌われたくないとか、そういう風に表現することができますね。

それが顕著に出てるのがカトレア戦で、一度は追い詰めたものの、光輝は殺すのを躊躇うわけですね。なんせ殺しは本来悪だから。殺してしまえば、地球出身のクラスメイト達に怖がられるかもしれないから。それが嫌だったから、殺すのを躊躇ったのではないかと思います。

ほとんど失敗せず、悪にもならず、周りにチヤホヤされ続けて成長した結果、悪になることや、周囲に嫌われることを極端に恐れたのではないか。それが光輝という人間に対する私の考察です。


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謝罪

 ハジメが光輝に殴られ、軽い脳震盪になってしまった。そのため大事を取って三日間、ハジメは学校を休んだ。

 

 その週の日曜日のことだ。ハジメは香織の父親である智一に会いたいと言われたので、白崎家にやって来ていた。幸い脳震盪による症状は完全に無くなっていたので、ハジメが自ら行くと行ったのだ。

 

「……」

「……」

 

 そして今、ハジメと智一は対面している。ハジメの隣には、香織も座っている。

 

「南雲ハジメ。香織との交際を認める」

 

 そうして出てきた言葉は、ハジメや香織にとって予想外のものだった。なんせ、まだテストが始まってすらいないのだから。

 

「え……? でもテストが始まってすらいませんよ?」

「うん。嬉しいは嬉しいけど……どうして急に?」

 

 その疑問を露にすると、智一はハァ〜と、大きなため息を吐いて言う。

 

「正式に俺から認めてもやらなきゃ、香織に光輝(クソガキ)が近づいてくるからな。それだけは認められねぇ」

「クソガキ……」

 

 以前はその言葉が誰を指すのか分からなかったが、今なら分かった。しかし智一がそう考えるのも妥当であると、ハジメは感じていた。

 自分を傷付けることで、香織を傷付けた。香織を傷付けたともなれば、その父親である智一が黙っていないわけがない。

 

「ただし、お前が香織に相応しくない行動をすれば、その時はその時だ、覚悟しておけ」

「肝に銘じておきます。そして……本当にありがとうございます」

 

 席から立ち上がり、ハジメは智一に向けて深々と頭を下げた。今は親に認めてもらった上で、香織と付き合うことができるという喜びに打ち震えていた。

 そしてそれは、香織も同じだった。彼女は頭を上げたハジメに勢いよく抱きついた。

 

「ハジメくん……よかった……!」

「うん……うん、そうだね。僕も本当に嬉しいよ」

 

 ハジメも香織が喜んでいる姿を見て、思わず表情が緩んでしまう。好きな子が喜んでいる姿を見ると、思わず嬉しくなってしまうものだ。

 

 イチャイチャしている二人に、大きな咳払いをして、智一は言った。

 

「……まぁそういうわけで、今回のテストの話は無しだ。流石に今回の状況で一位を取れというのは苦だろうからな」

「そうですか……でも、テストで良い順位を取るための努力は続けます。香織は本当に素敵で……そんな子に見合う男になりたいですから」

「そうか。お前なら……ああ、信じることができるな」

 

 こうしてハジメと香織の交際は、正式に認められることとなり、二人は喜んだ。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 そういった用事を済ませ、家に帰ってきたハジメ。日曜日ではあるものの、母親は漫画家、父親はゲーム会社の社長ということで、忙しくて家にいないことも多い。実際この日は、ハジメ一人だった。

 

 家に帰った頃には朝の十一時。それからカップラーメンを食べ、翌日からテストということもあり、勉強していたのだが、

 

 ピンポーン。

 

 チャイムが鳴った。誰だろうかと思いつつ、玄関まで行くとそこには、予想すらしていない人物が立っていた。

 

「……!」

「南雲……」

 

 そこにいたのは、光輝だった。手には家の場所など教えていないはずなのに、何故やって来たのかという疑問はあったが、それ以上に、まさかこの人がやって来るとは、想像すらしていなかった。

 

「学校では本当にごめんなさい!」

 

 すると光輝は、深々と頭を下げて、謝罪した。その様子にハジメは、少なからず驚いてしまった。なんせ、光輝が謝る姿を想像できなかったから。

 

「俺は……香織と付き合ってるお前が気に入らなくて、無理矢理香織から引き離そうと……そのために、変な噂を理由に殴って傷付けて……本当にごめんなさい!」

 

 その時の光輝には悪気は無かった。しかしその行動には、明らかな悪意があった。無意識にハジメを嫌い、嫌った人物への嫉妬により、こじつけでハジメを傷付けることを正当化し、実際に傷付けた。これを悪意と呼ばずして何と呼ぶか。

 光輝はそれを、全て理解していた。露骨に意識して悪い行動をしたわけではないが、無意識的に、いつの間にか、ハジメを傷付けるために悪意ある行動をしていたことを。

 

「それとこれ……お詫びの品です……」

 

 顔を上げると、光輝はすぐに手に持っていた箱を手渡す。大きさ的には、おそらくケーキだろうと分かった。

 

「別にいいのに……それよりも、香織の所には行った?」

「一応行ったけど……謝ったらすぐに追い出された……。まぁ、俺はそこまでのことをしたんだ、当然のことだけど……」

「……」

 

 光輝は明らかに落ち込んでいる。自らの失敗をひたすらに悔いている。それもそうだ、彼は自らの悪行のせいで、幼馴染二人との仲が悪くなってしまったのだ。

 

「天之河君」

「なんだ……?」

「少しだけ、話がしたい」

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 そうして家に上がることになった光輝の額は、緊張による冷や汗で濡れていた。話とは何だ、何を言ってくるつもりなのか。俺は他に何をして償えばいいんだ。思考は巡り巡っていた。

 

「それで、話がしたいって言ってたけど……何を話すんだ……?」

「うん。なんだろうね……天之河君の過去を、少し知りたいと思って」

「過去っていうのは、小学生の時とかそういう……?」

「うん。ちょっと気になってさ」

 

 ハジメが光輝の過去に興味を持ったのは、やはりあの事件が影響している。何故あんなことをしてしまったのか、そもそもそれ以前には何があったのか。そして今、どうして悔いることができたのか。純粋に興味を持っていた。

 

「でも、どこから話せばいいのか……」

「あー……それもそうか。それならさ、小学生の時の話から聞いてみたいな」

「小学生の頃……普通に皆で仲良くしていた記憶しかないけど。失敗という失敗はしてないと思ってたし…………いやでも、今になって考えてみると、いくつか違和感がある」

 

 小学生の時の記憶を思い返して、光輝が感じた違和感は二つ。

 

 第一に、雫についてだ。彼女は小学生ある時期にイジメを受けていた。当時の雫は剣道のために髪を短くしており、飾り気の無い女の子だったらしい。そんな雫は、他の女子生徒からイジメを受けるようになった。もちろん光輝は、それを話し合いで解決した。

 しかししばらくして、雫はイジメがまだ続いていると訴えてきた。その時はそんなことはないと思っていたが、今になってみれば、本当は、イジメが続いていたのではないかと思っていた。

 イジメが続いていなかったとしたら、どうして雫は悲しんでいたんだろう。そういった疑問が出てきた。

 

 次に恵里について。光輝が恵里と出会ったのは、とある橋の上だった。一応学校でも姿は見ていたけど、あまり話すことはなかった。

 なんと恵里は、橋から飛び降りようとしていたのだ。それを止める過程で、恵里の話を聞くことになったのだが、今になって考えてみると、恐ろしいことを言っていたように思えた。

 その時の言葉を思い返すと、光輝は『恵里はその時、虐待を受けていたのではないか?』という風に思わずにはいられなかった。あの時は親とケンカしただけと思っていた気がするが……それだけで、飛び降りようとするだろうか。

 

「……なんだかこうして思い返してみると、俺って中途半端だな。誰かを助けたと思い込んで、実は誰も完全には助けてない」

「まぁでも小学生の時の話だから。今になってでも、思い返して反省できていればそれでいいと思うよ?」

 

 ああでもと、ハジメはさらに続ける。

 

「中村さんのことはちょっと気になるなぁ。虐待が本当だったら相当ヤバいし……ちょっと思い出せたりしない?」

 

 昔のことから、ハジメはわずかに危機感を募らせる。別に関係無いと言えば関係無いのだが、放ってはおけないと感じてしまった。

 

 しかし、流石に何年も前の話だったので、光輝も思い出すことができないようで。

 

「かなり昔の話だから、あんまり思い出せないなぁ。クラスで孤立してたから、女子達に手伝ってもらって恵里を何とかしてあげようとはしたけど……」

「それじゃあ……あっ。その時の中村さんの外見とかってどんな感じだった?」

「外見は……今と似てると思う。髪は短めで、でもなんか乱れてたというか……あと、昔はかなり暗い性格で、一人称が『僕』になってた気が……」

 

 一応大雑把なことは覚えているが、流石にこれ以上は光輝には思い出せなかったようだ。

 

「……やっぱ、虐待があったんだと思う。物的証拠が無いから断言はできないけど、行動が異常だし」

「じゃあ今も?」

「ああいや、多分無いんじゃない? 今はそこそこ明るくなってるっぽいし、前少し話した時は一人暮らしだって言ってた。……だけど、ここは小学生の時に助けてあげた天之河君が、少し気遣ってあげた方がいいかも。助けてくれた天之河君以外は信用できない……ってこともあるかもしれないから」

「……分かった。少し話してみることにするよ」

 

 これで、光輝の小学生時代の話は終わり。ここでふと、ハジメは疑問が浮かんだ。そういえば、反省するきっかけってなんだろう、と。

 

「とりあえず、小学生時代の話はここまでにして……そういえば天之河君って、どうして今回のことを反省することになったの?」

 

 それに光輝は、わずかに俯いて答えた。

 

「母さんに怒られてさ。恥ずかしいことに、ここで初めて間違いに気づいたんだ。今までは、パッと見は何一つ間違えずに全て成功させてきたから……初めての感覚で、とても苦しかった」

「見かけ上は全て成功させてきたって……それはそれで凄いなぁ。そりゃ初めての失敗ともなれば、苦しいよね……」

「うん……だけど、普通は皆経験してることなんだよね?」

「そりゃあね。挫折も何も知らない人なんてそうそういない。みんなたくさん間違えて、直して、成長するんだ。僕もそうだったし」

 

 そうして、ハジメは少し自分の話をする。

 

「学校だけではあんまり分からないかもだけど……僕ってオタクなんだよね。父さんがゲーム会社の社長で、母さんが漫画家だから。そういうものにのめり込んじゃったりして。中学校の時とか、ほぼ全ての授業で寝てたんだよね」

「ああ……そういえば、遠藤とかとそういう話をしてた気が……」

「うん。そういうわけだから、漫画とかラノベとかゲームとか、そういうのが……あっ!」

 

 ちょっと待っててと言うと、ハジメは席を立ち上がり、急いで二階へと上がった。

 

 しばらくすると、ハジメは何冊かの本を持ってきて降りてくる。その本は、いわゆるライトノベルと呼ばれるものだった。

 

「せっかくだし、これ読んでみる? 今はテスト週間だからアレだけど……テスト全て終わったら、せっかくだし読んでみてよ」

「……いいのか?」

「そりゃもちろん。読み終わったら、その時に返してくれればいいから」

 

 そう言って、ハジメはラノベを何冊か光輝に貸すことにした。適当に袋の中に入れて、光輝に手渡した。

 

「……今日はこうして話せてよかった。八重樫さんとか坂上君から聞いたんだけど、クラスの皆に嫌われたんだっけ?」

「嫌われた……ああ。ほとんど全員、俺を避けるようになった。……どうすれば、信頼を元に戻せると思う?」

「どうすればって言われても……少しずつ、態度で示すしかないと思う。そのやり方は……流石に僕じゃ何も言えない」

「そうか……」

 

 光輝は自分の胸に軽く触れる。苦痛で胸が痛むのか、何度か深呼吸をしていた。

 

「南雲、今日はありがとう」

「え?」

 

 すると突然、感謝の言葉を述べる光輝。何に感謝されたのか分からず、ハジメは困惑する。

 

「俺に足りないことが見つかった気がする。色々なことを教えてもらった気分だよ」

「……それは良かった」

「また明日、学校で会おう。それじゃあ」

「うん」

 

 そうして、光輝はハジメの家を出ていった。少なくともその時の光輝は、家に来た時のような思い詰めた表情はしていなかった。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 そうして、約一年が経過した。




なんか物凄い駆け足になってしまいました……。

しかしこれ以上高校生活編をやっても、なんとなく蛇足感があるのでこの辺でストップにします。今回の出来事による変化は次話にて軽く紹介する感じにします。

次回、トータス召喚です。



-追記-
エボニー&アイボリー様  トウリ様
キダイ様  見た目は子供、素顔は厨二様
ヨル様  ラフタリア様  hide様
血涙鬼・彼岸様  黄色のイカ様  ねこ次郎様
パルスD様  GREEN GREENS様  dさん 様
サイ岩様  カロンガンダム様
アンノウン・オリジー様  ユウ・十六夜様

評価ありがとうございます!
どんな評価であろうと、今後の励みになります。これからも応援よろしくお願いします。

それと、活動報告に書いておきましたが、一週間ほど投稿をお休みさせていただきます。次回の投稿は、多分次の月曜日だと思います。


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第二章
崩れる日常


お待たせしました。体力は回復したので、第二章の投稿を始めていきたいと思います。



んで、ここからは原作との相違点について。主要なものを挙げていきます。

①生活リズムが良くなっているので、ハジメの体格がそこそこ良くなってます。具体的に言うと、身長が173センチくらいはあります(原作だと165センチだったはず)。
②ハジメのクラスでの立ち位置はかなり良いです。そもそも成績が、光輝とトップを争ってるレベルなので普通に一目置かれています。ハジメに対するイジメも発生してません。
③光輝がある程度まともになってます。とりあえず、物事に対してかなり寛容にはなった。

これ、ありふれとして成立する? なんかありふれ特有の面白さの要素を消し去ってる気がするんですが……まぁいいや。


 月曜日。それは一週間の内で最も憂鬱な始まりの日。きっと大多数の人が、これからの一週間に溜息を吐き、前日までの天国を想ってしまう。

 

 そして、それは南雲ハジメも例外ではなかった。ただしハジメの場合は、他の人よりかは憂鬱に思うことはないだろう。

 

「おはようハジメくん!」

「うん、おはよう香織」

 

 いつもの場所で、恋人の香織と待ち合わせしている。そうしていつも通りに手を繋ぎ、二人は共に学校へ向かう。

 

 二人が付き合い始めてから一年ほど経っているが、仲は良くなっていくばかりだ。互いに気を使わなくてもよく、一緒にいるのが心地良い関係性。一年間で、なんだかんだ色々あったものである。

 

 そうして学校へ到着し、教室へ入る。最初こそ男子の嫉妬の視線がかなり多かったが、今やこの二人が付き合っているのは周知の事実であり、あまりの仲の良さに、嫉妬する人はいなくなった。

 とはいえ、二人の関係をからかってくる人は少なからずいる。

 

「やっほ~ハジメン、カオリン! 休日ナニしてた?」

 

 いつものことではあるのだが、休日明けに、鈴が必ずこうやって聞きてくるのだ。もう二人にとっては慣れっこではあるのだが、ハジメの方はため息を吐く。

 

「いや何してたって言われても、今週は別に何もしてないって。というか谷口さんは何を期待してんの?」

「ホント? カオリンどうなの?」

「うん。今週は何もしてないよ?」

「へぇ~。今週()、ねぇ……ふふふ~やっぱ休みの日はイチャイチャしてるのかなぁ〜?」

 

 この態度には、ハジメも“変態親父”と呼んでしまうレベルだ。鈴は人の恋路に非常に敏感であり、とにかく色々尋ねてくる。

 

「ちょっと、なに二人を困らせてんの?」

「うげっ、エリリン……」

「鈴がごめんね。私が連れてくから」

「やめろエリリン〜制服を引っ張るなぁぁぁあ!!」

 

 そんな鈴を見かねて、その友達の恵里が引っ張っていく。ここまではいつもの話であり、これを見たハジメと香織は、いつも苦笑いを浮かべる。

 

「いや〜……今日も平和だねぇ。香織もなんだかんだで光輝と仲直りしたし」

「あ、うん。そうだね」

 

 クラスは平和そのもの。イジメの発生等は()()()()()()()()、仲間外れにされている生徒がいるとか、そういうこともない。

 

 半年くらい前までは、光輝がクラス内で孤立したような状態だったりして、若干空気は悪かった。しかし彼はしっかり反省し、それを態度や行動で示した。それを知った雫や龍太郎の協力もあり、少しずつクラスでの立場を取り戻していき、今や元の立場まで戻っていた。本人の努力もあるのだろうが、天性のカリスマがあったからこそ成せたことだろう。

 香織は、ハジメが傷付けられたということもあり、最後まで徹底的に光輝を忌避していたが、最終的には、ハジメの言葉もあって、許すことになった。とはいえ形式上許しただけなので、二人の間の空気はそこまで良いものではないのだが……。

 

「よっ、おはようハジメ……香織」

「あっ……光輝くんおはよう」

「おはよう光輝」

 

 だからこそ、こうして光輝がやって来ても、彼は香織の方にはあまり目を向けることはできずにいた。それは香織の方も同じ。ずっと忌避していたからか、後ろめたさがあるのかもしれない。

 

「ほらこれ。貸してくれた本、読んだから返すよ」

「どうも。それで感想はどうだった?」

「感想? といっても普通に面白かったけど……」

「ああいや、なんというか……どこが面白かったとか、そういうのある?」

「う~ん……そこまでは読み込まないんだよなぁ」

 

 しかしハジメはそうではない。今ではこうやってラノベをよく貸すようになった。そしてそれを繰り返すほどに、光輝もこういったオタク文化への理解を示すようになった。

 とはいえ光輝の場合、ハジメ程の重度のオタクではなく、ちょっとした趣味程度のものである。

 

「まぁこの話は置いといて。光輝、最近中村さんとは良い感じ?」

「恵里? まぁ普通に良い感じだけど」

 

 そう答える光輝。実を言うと、光輝は最近になって恵里と付き合い始めたのだという。しかも告白したのは光輝の方から。理由として「使命感のようなもの」と、彼は言っていた。

 

 ハジメを殴り、光輝がクラス内で孤立した際、唯一恵里だけは普通に接してくれたのだ。クラスの皆の信頼を取り戻すために奮闘する光輝を、側で色々支えていたのが彼女だった。

 だからだろうか、光輝は学校外でも恵里と会うようになった。他の人達とは会いづらいというのもあって、自然と関わる機会が増えていった。

 その過程で、光輝は恵里の真実というものを知った。その時の光輝の誠実さに毒気を抜かれたのか、恵里は全てを話したのだ。昔は虐待されていたことや、助けてもらったあの日から光輝に惚れていたことや、その為に様々なことをしたことを。そして何より、ハジメに関する悪い噂を流し、間接的に香織や雫と仲違いするように仕向けたのは自分だと、そう言った。

 その上で、恵里は訴えたのだ。もう自分が信じることができるのは光輝くんしかいない、と。

 

 結果として、二人は付き合うことになったわけだ。最初こそ光輝は恵里にそこまで強い愛情は無かったが、貪るように甘えてくる恵里に絆されて、だんだんと愛情が強くなっていった。

 光輝が与える愛情が強くなればなるほど、恵里はより笑顔になっていった。そして今では、おそらくクラスで一番のバカップル、なのではないだろうか。

 

「なら良かった。ま、これからも仲良くね」

「言われなくても分かってる」

 

 と、ここでチャイムが鳴って担任の教師が教室に入ってきたので、ハジメの周りにいた人達は、自分達の席へと戻った。

 

 

 

 その日の昼。ハジメとそのクラスメイト、そして偶然その場に居合わせた社会科の教師である畑山愛子(はたやまあいこ)先生は、突如として失踪した。




なんか展開が色々変わってますねぇ。特に光輝と恵里が付き合うことになるなんて……この作品の構想当初は考えてすらいませんでしたよ。
というか構想当初は、光輝が原作とほぼ変わらない性格のままで進行する予定だったんですよね。そう考えるとかな~り変わりました。



そして何よりも評価ですよ評価! この短期間で多くの人達に評価を入れてもらって……ほんっと、感謝です!

星野優季様  カイリ21様  ぬくぬく布団様
零樹様  ギル太朗様  風音鈴鹿様
松竹梅684様  キバ様  十二の子様
シオウ様  Pahunpahu様  味音ショユ様
十六号機様  キティー様

評価していただき、本当にありがとうございます!


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異世界召喚

展開そのものは同じですが、キャラの絡みとか会話が若干変わってきます。

それと、な~んかどこぞの誰かさんが、私の作品のダイレクトマーケティングをしていたようで……本当にありがとうございます。これからも頑張っていきます。


 両手で顔を庇い、目をギュッと閉じていたハジメは、ざわざわと騒ぐ無数の気配を感じてゆっくりと目を開いた。そして、周囲を呆然と見渡す。

 

 まず目に飛び込んできたのは巨大な壁画だった。縦横十メートルはありそうなその壁画には、後光を背負い長い金髪を靡かせうっすらと微笑む中性的な顔立ちの人物が描かれていた。しかしなんとなく、ハジメは壁画から違和感というか、言語では表現が難しい何かを感じ取った。

 

 よくよく周りを見てみると、どうやら自分達は巨大な広間にいるらしいということが分かった。すぐ側には香織もいる。

 

「香織……大丈夫?」

「え……っと、ハジメくん……?」

「うん」

「私は、大丈夫だから……」

 

 とは言うものの、香織の体は震えており、不安からかハジメの手を握り、体を寄せてきた。

 

「……安心して。何も起こらないだろうから」

「うん……」

 

 そうして香織を落ち着かせながらも、ハジメは周囲を確認する。

 

 おそらくは大理石、あるいはそれに近い材質の石材でできた白い石造りの建築物のようで、美しい彫刻が彫られた巨大な柱に支えられ、天井はドーム状になっている。大聖堂、という言葉が一番良く似合う。

 ハジメ達はその最奥にある台座のような場所の上にいるようだった。周囲より位置が高い。周りにはハジメと同じように呆然と周囲を見渡すクラスメイト達がいた。どうやら、あの時、教室にいた生徒は全員この状況に巻き込まれてしまったようである。

 

 そして、おそらくこの状況を説明できるであろう台座の周囲を取り囲む者達への観察に移った。

 この広間にいるのはハジメ達だけではない。少なくとも三十人近い人々が、ハジメ達の乗っている台座の前で祈りを捧げるように跪いていた。

 法衣のような白い服装や、側に置かれた錫杖からして、なんとなく宗教関連の人達であろうと予測できた。

 ならばここは教会のような場所か、と予測していると、法衣集団の中でも特に豪奢な衣装を纏い、高さ三十センチ位の烏帽子のような物を被っている七十代くらいの老人が進み出てきた。

 

「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は、聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、宜しくお願い致しますぞ」

 

 そう言って、イシュタルと名乗った老人は、好々爺然とした微笑を見せた。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 現在、ハジメ達は場所を移り、十メートル以上ありそうなテーブルが幾つも並んだ大広間に通されていた。

 

 この部屋も例に漏れず煌びやかな作りだ。素人目にも調度品や飾られた絵、壁紙が職人芸の粋を集めたものなのだろうとわかる。おそらく、晩餐会などをする場所なのではないだろうか。

 

 上座に近い方に畑山愛子先生と光輝達が座り、後はその取り巻き順に適当に座っている。ハジメは香織の隣なので、かなり前の方だ。

 

 ここに案内されるまで、誰も大して騒がなかったのは、未だ現実に認識が追いついていないからというのもあるだろうが、何よりカリスマレベルMAXの光輝が落ち着かせたことも理由だろう。

 一度は嫌われていたにも関わらず、また信用を取り戻したのも、この天性のカリスマというものの影響かもしれない。

 

 その後はメイドさんが部屋に入ってきて、飲み物を給仕してくれた。メイドさんが美女・美少女だったこともあり、多くの男子がメイドさんに釘付けになったりしていた。

 

 全員に飲み物が行き渡るのを確認するとイシュタルが話し始めた。

 

「さて、あなた方においてはさぞ混乱していることでしょう。一から説明させて頂きますのでな、まずは私の話を最後までお聞き下され」

 

 そうして説明された内容というのは、現代に生きる人達にとってはあまりにファンタジックであり、どうしようもないものだった。

 

 要約するとだ。

 

 まずこの世界は、トータスという。トータスには三種の知的生命体が存在しており、それは人間族、魔人族、亜人族の三種である。ただ亜人族に関しては、今回の話ではそこまで関係してこない。

 

 残りのニ種族、人間族と魔人族は、何百年も戦争を続けている。魔人族は、数は人間に及ばないものの個人の持つ力が大きいらしく、その力の差に人間族は数で対抗していたそうだ。

 しかしある時、魔人族が大量の魔物という新たな戦力を使役してきた。本来なら一体か二体を使役するのがやっとだったが、未知の方法で、数百数千もの数を使役することが可能になった。

 

 それにより、人間族の数の有利というものが消えてしまった。つまり言ってしまえば、人間族は滅びの危機を迎えているのだ。

 

「あなた方を召喚したのは“エヒト様”です。我々人間族が崇める守護神、聖教教会の唯一神にして、この世界を創られた至上の神。おそらく、エヒト様は悟られたのでしょう。このままでは人間族は滅ぶと。それを回避するためにあなた方を喚ばれた。あなた方の世界はこの世界より上位にあり、例外なく強力な力を持っています。召喚が実行される少し前に、エヒト様から神託があったのですよ。あなた方という“救い”を送ると。あなた方には是非その力を発揮し、“エヒト様”の御意志の下、魔人族を打倒し我ら人間族を救って頂きたい」

 

 イシュタルはどこか恍惚とした表情を浮かべている。おそらく神託を聞いた時のことでも思い出しているのだろう。

 イシュタルによれば人間族の九割以上が創世神エヒトを崇める聖教教会の信徒らしく、度々降りる神託を聞いた者は例外なく聖教教会の高位の地位につくらしい。

 

 おそらくこの世界の住人であれば、神の意思を何の疑いもなく信じたであろう。しかしハジメ達は異世界の住人、故に反論する人物も出てくる。

 

 愛子先生だ。

 

「ふざけないで下さい! 結局、この子達に戦争させようってことでしょ! そんなの許しません! ええ、先生は絶対に許しませんよ! 私達を早く帰して下さい! きっと、ご家族も心配しているはずです! あなた達のしていることはただの誘拐ですよ!」

 

 ぷりぷりと怒る愛子先生。社会科の教員ということもあり、戦争の恐ろしさをよく知っているからこその言葉だろう。

 しかし今年二十五歳になるくらいの若い教師であり、百五十センチ程の低身長に童顔で、いつも一生懸命な姿と大抵空回ってしまう残念さ等々……態度だったり容姿だったり、そのせいで威厳というものが無い。

 

 故に生徒達には愛されているのだが、その反面、こういった危険事態を知らせることができない。否、知らせようにも、その態度のせいで危険でないと思い込ませてしまうため、結果的にできないのだ。

 実際、多くの生徒達は「ああ、また愛ちゃんが頑張ってる……」と、ほんわかした気持ちでイシュタルに食ってかかる愛子先生を眺めていた。

 

 しかしほんわかしていた生徒達は、次のイシュタルの言葉に凍りついた。

 

「お気持ちはお察しします。しかし……あなた方の帰還は現状では不可能です」

 

 場に静寂が満ちる。高校生以上の人間が、この言葉を理解できないわけがない。しかし、誰もが理解することを拒絶していた。

 

「ふ、不可能って……ど、どういうことですか!? 喚べたのなら帰せるでしょう!?」

 

 愛子先生が叫ぶ。

 

「先ほど言ったように、あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々人間に異世界に干渉するような魔法は使えませんのでな、あなた方が帰還できるかどうかもエヒト様の御意思次第ということですな」

「そ、そんな……」

 

 愛子先生が脱力したようにストンと椅子に腰を落とす。周りの生徒達も口々に騒ぎ始めた。

 

「うそだろ? 帰れないってなんだよ!」

「いやよ! なんでもいいから帰してよ!」

「戦争なんて冗談じゃねぇ! ふざけんなよ!」

「なんで、なんで、なんで……」

 

 パニックになる生徒達。

 

 これにはハジメも一瞬慌てたが、オタクであるが故にこういう展開の創作物は何度も読んでいる。もちろんこういう場合の対策方法も、知識はあるので一応だが分かっている。

 なのでハジメの場合は、わずかな冷や汗をかきながらも、今後の行動方針を考え込んでいた。最善を見つけ出そうとしていた。

 

 周りのパニックは収まらない。そんな中、光輝が立ち上がりテーブルをバンッと叩いた。その音にビクッとなり注目する生徒達。光輝は全員の注目が集まったのを確認するとおもむろに話し始めた。

 

「皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味がない。正直今は、やれることをやるべきだと思うんだ。……この世界と人々を救うことができれば、その時は元の世界に帰してくれるかもしれない。イシュタルさん、どうですか?」

「そうですな。エヒト様も救世主の願いを無下にはしますまい」

「……そうですか。でも、突然戦えと言われても、流石にそれは無理です。殺し合いなんてしたことないし、武術の類を修めている人も少ない。そこはどうするつもりなんですか?」

「勇者殿たちには、王国での訓練をして徐々に力を付けていってもらい、戦う準備をしてもらいます。流石に今すぐに戦わせる、ということはありません」

「分かった。なら俺はその訓練に参加する!」

 

 握り拳を作り、堂々と宣言する光輝。同時に、彼のカリスマは遺憾なく効果を発揮した。絶望の表情だった生徒達が活気と冷静さを取り戻し始めたのだ。

 

「へっ、お前ならそう言うと思ったぜ。お前一人じゃ流石に心配だからな。……俺もやるぜ」

「龍太郎……」

「ええ、今のところ、それ以外には選択肢が無いのよね。……私もやるわ」

「雫……」

 

 こうして、最終的には全ての生徒が、光輝の意見に賛同した。愛子先生はオロオロと「ダメですよ~」と涙目で訴えているが光輝の作った流れの前では無力だった。

 

(光輝……この会話の中で「戦争に参加する」とは一度も言ってなかったな……あくまで「訓練に参加する」としか言ってない。注意して言ってたのかな?)

 

 そんな光輝を見ながら、ハジメは考える。

 

 光輝は一度も、戦争に参加するとは言っていない。彼はただ、訓練に参加すると言っただけである。つまり言質を取られていないわけである。これは地味かもしれないが、かなり重要なことだった。

 クラスメイトに、戦争に参加するか否かという重い選択を後回しにさせたのだから。

 

 それはそれとして、世界的宗教のトップということもあり、ハジメは頭の中の要注意人物のリストにイシュタルを加えるのだった。




本当であれば、評価者は第二章の最後に紹介する予定だったのですが、このペースだとかなり多くなりそうなので、一話毎に紹介していこうと思います。

只野村人C様  オアシス様  Aitoyuki様
田吾作Bが現れた様  シユウ0514様 亀の手様

評価していただき、ありがとうございます!


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ステータスプレート

 訓練には参加するとは決めた以上は、そうせねばならない。ハジメ達は上位世界からやって来た存在であるが故に、規格外の力を潜在的に持っている。とはいえ元々は、戦闘経験など無い高校生だ。

 

 これに関しては、教会側も最初から予想していたらしく、この聖教教会本山がある【神山】の麓の【ハイリヒ王国】にて受け入れ態勢が整っているらしい。

 

 そんなハイリヒ王国の王宮に到着したハジメ達は、真っ直ぐに玉座の間に案内された。

 

 美しい意匠の凝らされた巨大な両開きの扉の前に到着すると、その扉の両サイドで直立不動の姿勢をとっていた兵士二人がイシュタルと勇者一行が来たことを大声で告げ、中の返事も待たず扉を開け放った。

 イシュタルは、それが当然というように悠々と扉を通る。光輝等一部の者を除いて生徒達は恐る恐るといった感じで扉を潜った。

 

 扉を潜った先には、真っ直ぐ延びたレッドカーペットと、その奥の中央に玉座があった。玉座の前で覇気と威厳を纏った初老の男が立ち上がって待っている。

 その隣には王妃と思われる女性、その更に隣には十歳前後の金髪碧眼の美少年、十四、五歳の同じく金髪碧眼の美少女が控えていた。更に、レッドカーペットの両サイドには左側に甲冑や軍服らしき衣装を纏った者達が、右側には文官らしき者達がざっと三十人以上並んで佇んでいる。

 

 玉座の手前に着くと、イシュタルはハジメ達をそこに止め置き、自分は国王の隣へと進んだ。

 

 そこで、おもむろに手を差し出すと国王は恭しくその手を取り、軽く触れない程度のキスをした。どうやら、教皇の方が立場は上のようだ。

 

 そこからはただの自己紹介だ。国王の名をエリヒド・S・B・ハイリヒといい、王妃をルルアリアというらしい。金髪美少年はランデル王子、王女はリリアーナという。

 後は、騎士団長や宰相等、高い地位にある者の紹介がなされた。ちなみに、途中、美少年の目が香織に吸い寄せられるようにチラチラ見ていたことから香織の魅力は異世界でも通用するようである。

 

 その後、晩餐会が開かれ異世界料理を堪能した。見た目は地球の洋食とほとんど変わらなかった。たまにピンク色のソースや虹色に輝く飲み物が出てきたりしたが非常に美味だった。

 

 その時、ランデル殿下がしきりに香織に話しかけていたが、香織がハジメと付き合っていると知ると、今度はハジメに絡み出し、それを姉のリリアーナ姫が止めて……と、そんな事態があったりもしたが、晩餐会は何事も無く終わった。

 

 王宮では、ハジメ達の衣食住が保障されている旨と訓練における教官達の紹介もなされた。教官達は現役の騎士団や宮廷魔法師から選ばれたようだ。

 

 そうして晩餐が終わり解散になると、各自に一室ずつ与えられた部屋に案内された。天蓋付きベッドに愕然がくぜんとしたのはハジメだけではないはずだ。ハジメは、豪奢な部屋にイマイチ落ち着かない気持ちになりながらも、それでも怒涛の一日で溜まった疲れがどっとやって来たのか、ベッドにダイブするのと同時に意識を落とした。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 翌日から早速訓練と座学が始まった。

 

 まず、集まった生徒達にスマホ程度の大きさの銀色のプレートが配られた。不思議そうに配られたプレートを見る生徒達に、騎士団長メルド・ロギンスが直々に説明を始めた。対外的にも対内的にも“勇者様一行”を半端な者に預けるわけにはいかないということらしい。

 

「よし、全員に配り終わったな? このプレートは、ステータスプレートと呼ばれている。文字通り、自分の客観的なステータスを数値化して示してくれるものだ。最も信頼のある身分証明書でもある。これがあれば迷子になっても平気だからな、失くすなよ?」

 

 非常に気楽な喋り方をするメルド。彼は豪放磊落な性格で、「これから戦友になろうってのにいつまでも他人行儀に話せるか!」と、他の騎士団員達にも普通に接するように忠告するくらいだ。

 最初はハジメもそれでいいのかと思ったが、遥かに年上の人から慇懃(いんぎん)な態度を取られるよりはマシだ。そうされると居心地が悪いだろうから。

 

「プレートの一面に魔法陣が刻まれているだろう。そこに、一緒に渡した針で指に傷を作って魔法陣に血を一滴垂らしてくれ。それで所持者が登録される。 “ステータスオープン”と言えば表に自分のステータスが表示されるはずだ。ああ、原理とか聞くなよ? そんなもん知らないからな。神代のアーティファクトの類だ」

「アーティファクト?」

 

 アーティファクトという地球ではあまり聞かない単語に、光輝が質問をする。

 

「アーティファクトって言うのはな、現代じゃ再現できない強力な力を持った魔法の道具のことだ。まだ神やその眷属達が地上にいた神代に創られたと言われている。そのステータスプレートもその一つでな、複製するアーティファクトと一緒に、昔からこの世界に普及しているものとしては唯一のアーティファクトだ。普通は、アーティファクトと言えば国宝になるもんなんだが、これは一般市民にも流通している。身分証に便利だからな」

 

 そんな話を聞きながら、生徒達は指先に針を刺し、プクと浮き上がった血を魔法陣に擦りつける。ハジメも同様にやると、

 

 

 

===============================

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:1

天職:錬成師

筋力:10

体力:10

耐性:10

敏捷:10

魔力:10

魔耐:10

技能:錬成・言語理解

===============================

 

 

 

 このように表示された。

 

 まるでゲームのキャラにでもなったようだと感じながら、ハジメは自分のステータスを眺める。他の生徒達もマジマジと自分のステータスに注目している。

 

 ここで、メルド団長からステータスの説明がされた。

 

 まず第一に“レベル”の欄。これの最大値は100であり、100ともなれば、人間としての潜在能力を全て発揮した極地ということらしい。日々の努力を積み重ねることで上昇していくらしく、ゲームのように経験値といった概念は存在しないらしい。

 

 次に各種ステータス。これもゲームとは違い、レベルと連動しているわけではない。基本的には努力で上昇するが、魔法や魔法具で上昇させることもできるらしい。

 

 そして最後に“天職”について。これは持っている人の方が珍しい、天賦の才能である。特に戦闘系の天職は数が少ない傾向があるのだという。生産系の天職も珍しいには珍しいが、戦闘系よりは人数が多いらしい。

 

 そして……ステータスの平均値は10であると、最後に言われた。

 

「……」

 

 ハジメの体から冷や汗が噴き出る。なんせ彼のステータスは、ほぼほぼ平均値だったのだから。辛うじて魔力と魔耐の値は平均値以上だが……少なくとも、思い描いていたかのようなチートではない。

 加えて、天職も技能も戦闘系とは思えない。そもそもステータスが低いのに、戦闘なんてできるのか、という話ではあるのだが。

 

 そうして、ステータスを報告することとなった。ステータスを知らなければ、どういえ訓練をすればいいのか分からないから当然ではあるのだが……ハジメには憂鬱でしかなかった。

 

「ねぇねぇハジメくん、ステータスどうだった?」

 

 そうしてある程度周囲が騒がしくなると同時に、香織が駆け寄ってくると、まずは彼女自身のステータスを見せてきた。

 

 

 

====================================

白崎香織 17歳 女 レベル:1

天職:治癒師

筋力:20

体力:40

耐性:30

敏捷:40

魔力:150

魔耐:150

技能:回復魔法・光属性適性・高速魔力回復・言語理解

====================================

 

 

 

 高い。それがハジメの最初の感想だった。いや他の生徒達がどれくらいのステータスか分からないので、ステータスの高低がどうとはまだ言えないが、ハジメ基準だと非常に高いのは事実だった。

 

 ハジメの方も、無言でステータスを見せる。このステータスには、流石の香織もなんともいえない表情になった。

 

「……うん。でもまだ、錬成の技能が分からないじゃん」

「いやまあそうだけど……戦闘じゃ使えない気がするんだよなぁ……」

 

 一応天職がある時点で、この世界の人達よりは圧倒的に優位に立っているのはハジメも分かっている。だが、それはそれでこれはこれだ。

 

 そうしてハジメの番になる。 今まで、格外のステータスばかり確認してきたからだろうか、メルド団長の表情はホクホクしている。多くの強力無比な戦友の誕生に喜んでいるのだろう。

 

 その団長の表情が「うん?」と笑顔のまま固まり、ついで「見間違いか?」というようにプレートをコツコツ叩いたり、光にかざしたりする。そして、ジッと凝視した後、もの凄く微妙そうな表情でプレートをハジメに返した。

 

「ああ、その、なんだ。錬成師というのは、まぁ、言ってみれば鍛治職のことだ。鍛冶するときに便利だとか……」

 

 歯切れ悪くハジメの天職を説明するメルド団長。それにはハジメも「ああ、うん……」としか言えなかった。

 

「ということは、生産系の天職ってことですか……?」

「まぁそうなるな。余程のことがない限り、ほぼ全ての錬成師は鍛治職に就くからな」

「……じゃあ、僕も鍛治職に就くということですか?」

 

 そう尋ねてみると、メルド団長は「んー……」と唸り、頭をポリポリとかきながら答える。

 

「あー、まぁ……多分そうなるだろうな。生産系が出ることをあまり想定してなかったから、今後どうなるかはまだ分からないが……」

「そうですか」

「お前に関しちゃ他とは違って生産職だ。だから訓練内容も当然変わってくる。それに関しては追々相談ということにしよう」

 

 生産職という特性上、訓練内容は当然異なってくる。そもそも生産職の戦闘が苦手なタイプの人に戦闘をさせることなどありえない。その人が足を引っ張り、周囲に迷惑をかけてしまうから。

 

 というわけで、ハジメの訓練は他の生徒達とは異なるものとなるのであった。




面倒なので、光輝とか愛子先生のステータスはカットです。どうせ原作とは全く変わらないし、他の二次創作作品でも基本はそのまんまだし。


影龍 零様  TSK BRAVER様  すばら様
松影様  enforcer様  通りすがりの暇人様
Charles・F様  Brahma様
ヴェルザ・ダ・ノヴァ様  籠城型・最果丸様
nonohoho様

評価ありがとうございます! 今後も頑張っていきたいと思います!


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弟子入り

「ウォルペン工房?」

「ああ。そこへ紹介状を出しておいた」

 

 召喚されて三日後の昼、ハジメはメルド団長に呼び出され、王宮のとある一室にやって来ていた。話の内容としては、今後の訓練の話だった。

 

 今までのハジメは、ほとんど座学のみしか行ってこなかった。戦闘訓練は全く行っていない、というわけではないが、学んだのはせいぜい護身術程度だ。

 故に自由時間は他の生徒達よりも多かったわけだが、その時間の大半は、錬成に関する知識や技術の修得のために割いた。流石に一日二日程度では成果は出ていないが、知識だけはそこそこ身についていた。

 錬成のやり方から、このトータスに存在する鉱石の性質や用途など、まずはその知識を身につけた。他には魔法の感覚を掴むために、実際に錬成を行ってみたりもした。

 

 しかし、メルド団長は錬成師の工房への紹介をしてくれたらしい。しかもハイリヒ王国でもトップクラスと名高いウォルペン工房にだ。それは、トータスにやってきたばかりのハジメでさえ知っていた。

 

「あのウォルペン工房にですか……」

「ああ。技術力だけで言えば、王国で一番と言ってもいいだろうな。あそこは他と比べたら規格外だ。まぁその分変わり者も多いんだけどな」

 

 そう評価するメルド団長。どうやらウォルペン工房は、技術革新に余念がなく、それにより王国随一の技術力を持っている。

 しかし逆に言えば、技術のためなら手段を選ばないという性質もあり、どのような人間でも――盗賊や奴隷や罪人でも、技術やアイデアがあれば引き入れてしまう。故に、変人の集まりと呼ばれることも多い。

 それで許されているのも、ウォルペン工房の高い技術力があるからこそである。

 

「どうだ。お前がいいと言うなら――」

「行きます」

 

 そんな工房なのだ。ハジメが断るわけもなく、即断で行くことを決めた。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 昼食を食べ終えたハジメは、メルド団長の案内で工房へ向かったのだが、そこは王城から離れた郊外にあった。

 炉を温めているのか、排煙管から灰色の煙が昇っており、キンコンカンと鉄を打つ音と匂いが広がっている。一度だけやって来たことはあったが、初めて見た時から、ハジメはこの雰囲気を気に入っていた。

 

「すっご……これが錬成師の……!」

 

 特に興味を惹いたのは、工房に所属する職人の仕事っぷりだ。事前に錬成に関する基礎的な知識を取りこんでいたからこそ、その仕事の凄さがハジメには分かった。

 何度か錬成を試したからこそ分かる。その速さや正確性は飛び抜けていた。制作している道具も素晴らしい。魔法陣は丁寧に掘られており、見た目と機能性に優れている。全ての調和が取れた、これぞ一流といった仕事ぶりに、ハジメは感動していた。

 

「……坊主、早く行くぞ。ウォルペンが待ってるんだぞ」

「あっはい。こういうのを直で見るのは初めてだったもので……」

「……やはり錬成師には、こういう技術の凄さが分かるものなのか? 俺はこういうのに詳しくないからサッパリだ」

「普通に凄いと思います。まだ詳しくはないですけど、錬成そのものの技術もそうですし、作る道具も精密で使いやすい感じになってて、かつ見た目も良い」

「なるほどなぁ……とにかく行くぞ」

 

 そうして工房を歩いていくハジメだったが、様々な珍しい鉱石や高い技術、その他様々なものを目の当たりにした。それによる興奮をなんとか抑え、ようやくウォルペンの工房の前にたどり着いた。

 

「着いたぞ、ここがウォルペン専用の工房だ。食事時でもなければ、奴は大体この部屋にいる」

 

 お前から入れと促すメルド団長。確かにこれから工房に所属するかもしれないのだ、自分から入るべきなのだろう。

 ハジメは一度、大きな深呼吸をして、扉を勢いよく開けて足を踏み入れた。

 

「初めまして! ウォルペン工房に入門を希望します、南雲ハジメといいます!」

「……」

「……うん?」

 

 そして大声を上げて言ったのだが、工房内にいる人物は、一切の反応を示さない。なら何をしているのかと思って見てみると、何らかの作業をしているのだとが分かった。端から見ても、かなり集中しているのが分かる。

 それを妨げないように近づき、静かに観察してみるハジメ。近づいてみて分かったが、現在は魔法陣を掘る段階、すなわち道具を魔道具にする重要な段階に入っているようだ。

 

(近くで見ると本当に……! 魔法陣に歪みが無いし、そもそもの魔法陣もコンパクト、それを可能にする錬成の練度も……!)

 

 それを見て、ハジメは目を輝かせる。生の錬成師の技術に触れたというのもあるが、技術の高さというのも、感動させる要因の一つだった。

 

 そうして作業を終わらせたのか、男はフゥと息を吐いて、ハジメの方を向くが、わずかに目を細めて言う。

 

「……あん? 小僧、何の用だ?」

「え? あ、初めまして! ウォルペン工房に入門を希望します、南雲ハジメといいます!」

 

 そうしてもう一度自己紹介をすると、男は「あ~……」と声を上げて何度か頷いた。

 

「そういえば、なんか紹介状が来てたなぁ……ま、その前に自己紹介だ。俺はこの工房の棟梁、ウォルペン・スタークだ。よろしくな」

 

 そう軽く自己紹介を終えると、ウォルペンはメルド団長の方にも目を向ける。

 

「でだ。メルド、こいつの実力はどんな感じだ? 錬成師とは聞いてるが、腕はあるのか?」

「いや。まだこの世界に来て数日だ、錬成については何も教えてない。でも独学で少しやってみたとは言っていたな……」

「ほう? 小僧、本当か?」

「は、はい。錬成の基礎知識や鉱石の性質等は覚えましたし、個人的なものではありますが、実際に錬成を使用しての訓練というのもやっていました」

「……なるほど」

 

 ウォルペンは立ち上がると、工房のさらに奥の方へ入っていった。そしてしばらくすると、手に一つの金属の塊を持って戻ってきた。

 

「じゃあこいつに錬成を使って、球体にしてみろ」

「はい……“錬成”!」

 

 緊張しつつも、言われた通りにハジメは錬成を行う。すると一瞬で魔法陣が形成され、同時に金属は柔らかくなり、粘土のようにうねり、球状へと変化していった。

 

「はい、できました……」

「ああ……ああ、合格だな」

「え?」

「独学でこれほどの錬成ができるのであれば、将来性も申し分無しだ」

 

 ハジメは困惑していた。工房に入るために何らかのテストがあるだろうと思ってはいたが、そのテストがここまで簡単だとは、流石に予想すらできなかった。

 どうやらそれは、メルド団長も同じようで、ウォルペンに尋ねる。

 

「……意外だな。お前の性格なら、何か作ってみろと言うものだと思ったが」

「普通ならな。だがこの小僧の才能は段違いだ、今まで見た中では一番と断言してもいい。独学でここまでの錬成ができるのなら、今は何も言うことはない」

 

 そうして、ウォルペンはハジメの凄さを長々と語り始めた。

 まず何と言っても、ハジメは独学にも関わらず、錬成におけるクセが小さかった。このクセというのは、錬成師であれば誰でも持っているものだが、大抵が悪い方向に働く。独学であれば、その傾向はかなり大きく、クセもつきやすいが、ハジメはそうでなかった。

 その上で、練度もそこそこ高かった。実際にモノを作るとなると勝手は違うだろうが、ある程度鍛えれば、勝手に伸びていくだろう。

 

 ここまで堂々と言われてしまうと、ハジメも恥ずかしくなってしまい、顔を赤くしていた。

 

「……とまぁ、小僧、お前にはとんでもないほどの才能がある。このまま鍛えていけば、その内何か物凄い偉業を成し遂げるかもな。頑張れよ」

「……! はい!」

 

 こうして、ハジメはウォルペン工房にて働きながら、技術を磨くことになった。




独学でベヒモスの動きを封じるレベルの錬成ができるんだから、ハジメの錬成師としての才能は狂ったレベルで高いと思います。
多分ハジメの錬成は、トータスにおける通常の錬成師が行う精密錬成に匹敵するか、あるいはそれ以上だと考えられます。

もちろん、魔物の肉を食べた場合等は例外でしょうが。肉体や体内魔力にあそこまで影響が出てるのなら、魔法適性にも影響が出てないとおかしいですからね。ただ再生魔法があれば、この適性の変化をどうにかできるかもしれません。
そして影響が出ているとすれば、おそらく錬成の適性は下がっているでしょう。素の適性が高すぎるため、どうあがいても適性が下がるのです。


それと、ここからは評価者のコーナー。
大菊寿老太様  くーるMAX様  らりりり様
シュティトル様  せろりん様

感想ありがとうございます。今回で、評価数が五十を超えました。これも皆さんの応援のおかげです。これからも頑張っていきますので、応援よろしくお願いします。


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圧倒的成長

今回は二話連続投稿だ!

最近ハジカオ要素が少ないらしいから、ハジカオ要素が多分出てくる話まで、一緒に投稿してやったぜ!


 そうして、ハジメが工房に所属してから一週間と少しが経った。この間に、ハジメの練度はかなり上昇した。

 

 工房において、まだ入ったばかりのハジメは見習いといった立場だ。他の錬成師の仕事を補佐し、知識や技術を学ぶという段階である。

 

 ウォルペン工房は、王国でもトップクラスの工房であることから、多くの仕事が入ってくる。それ故に、見習いであるハジメの仕事もかなり多かった。そこから学ぶことも、当然多い。

 そうしてハジメは、鉱石の性質、合金の作り方、錬成の効率の上げ方等、様々な知識や技術を教わった。中には体系化されていない感覚的なものもあったが、それは数をこなして覚えていった。

 

 最終的に二週間経った今、ハジメのステータスはこうなっていた。

 

 

 

===============================

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:8

天職:錬成師

筋力:15

体力:15

耐性:15

敏捷:15

魔力:30

魔耐:20

技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+消費魔力減少][+鉱物融解][+鉱物凝固][+遠隔錬成][+鉱物融合][+鉱物分離][+高速錬成][+錬成範囲拡大]・言語理解

===============================

 

 

 

 特筆すべき点としては、やはり派生技能の数だろう。クラスメイトの中でここまで技能を派生させたのは、メルド団長いわくハジメだけなのだという。

 

 しかし技能の数だけではなく、その上でさらに練度も良い意味で狂っていた。

 例えば、錬成師であれば誰でも持っている“錬成”の技能。ハジメの場合は練度が異常なほどに高いため、通常の“錬成”にも関わらず、その上位技能である“精密錬成”と同等の精度を引き出すことができる。

 他の技能に関しても、特に精密性に関しては、明らかに練度が桁違いなのだ。ハジメの技能は、通常のワンランク上の精度と言っても過言ではなかった。

 

 そして今、ハジメは雫からの依頼を受け、日本刀を作っていた。

 雫の天職は剣士。その名の通り、剣を使った戦闘を得意とする天職なのだが、トータスにある剣では妙に使い勝手が悪いようで。一応神の使徒なのでアーティファクトの強力な剣を使えるが、それでも扱いにくさの方が嫌なようだ。

 元々雫は、道場で剣術を修めていた。それは剣道だけでなく、本格的な居合等もやっていたらしく、日本刀の扱いには長けているらしい。なので彼女は、自分が最も扱いやすい日本刀を作って欲しいと、そう言ってきたのだ。

 

 見習いとはいえ、直接の依頼が来たのだ。ウォルペンからは了承を得たので、早速作業に取り掛かっていた。

 

「う~ん、硬度を最大にするためにはどうすればいいことやら……」

 

 しかし、金属を精製する段階から悩み込んでいた。問題は、どの金属を使うか、金属をどの割合で混ぜるか等だ。

 特に割合に関しては、コンマ単位であっても硬度に影響をもたらす。故に慎重に、最高の割合を探していたのだが、納得する値は見つけられない。どんな値にしてみても、すぐに刃こぼれが起きてしまうのだ。

 

 そんなこんなで悩み続け、依頼を受けてから三日ほど経っていた。太陽ももうすぐ沈みそうになっている。

 

「よぉ小僧。調子はどうだ?」

 

 悩み悩んで百面相していたら、ハジメが使用している工房に、棟梁のウォルペンが入ってきた。

 

「あっウォルペンさん。いやぁ……難しいですよ。なんせ日本刀はこの世界の剣とは構造も使い勝手も違いますからね……普通じゃダメなんです」

「まぁそうだろうな。にしても……日本刀、俺達の世界の剣とは違って、切れ味で戦う剣か」

「はい。でも魔物がいる以上、単に切れ味が良いだけではいけません。皮膚や肉が硬い魔物もいますから」

 

 ハジメは、日本刀は基本的には柔らかい部位を斬るもの、包丁のように扱う剣だと思っている。しかし魔物相手だと、硬い部位が多かったり、皮が硬くて肉が斬りにくいといったこともある。

 実際に試作したもので魔物の死体を斬ってみても、ハジメの腕も影響しているのだろうが、かなり斬りにくかった。その上、数度で刃こぼれしてしまう。これなら、トータスで日本刀に似た剣があまり使われない理由も分かるというものだ。

 

「それにしてもなぁ……日本刀ってのは、ここまで刃が薄いのか? これじゃあ一瞬で刃こぼれしそうなもんだけどなぁ」

 

 ウォルペンはそう言いつつ、ハジメの試作した日本刀を手に取る。その刃は非常に薄く、わずかでも皮膚に当てられたら、切れそうなほどだ。

 しかし同時に、脆そうでもある。かなり薄いので、いつ刃こぼれしてもおかしくないという感じだった。

 

 そもそもハジメは、日本刀というものを直に見たことがない。もちろん写真では見たことがあるが、それでは細かい部分は分からないため、見様見真似の劣化品、なんちゃって日本刀になってしまうのだ。

 

「いっそのこと、もうちょい刃の部分を丈夫にしてみたらどうだ? 切れ味も良いけど、これじゃあすぐ刃こぼれして使えなくなるぞ?」

「……それもそうですね。何度か前の試作型で、強度と切れ味がそこその両立できているものがあったので、それをもう一度作ってみます」

 

 そう言って、ハジメは錬成を始める。まずは刀身に使っていた金属を“鉱物融解”の技能を使って溶かす。この技能を使って溶かす場合は、融点を一切気にしなくて済むのが良い点だ。

 そうして溶かすと、今度は“遠隔錬成”を利用し、液体金属を操作。こうして少しずつ、再び刀身を形成していく。この際に気をつけるのが、ウォルペンに言われた通り、刃の部分を薄くし過ぎないという点だ。

 

「……よし、これでいいかな?」

「どれどれ……まぁ、見た目はいいんじゃねぇか? これで多少は刃の部分も丈夫になっただろうし」

 

 ハジメが作った日本刀に、ウォルペンはそう評価を下す。メンテナンスが必要ではあるが、これならある程度は丈夫になっただろうと。

 

「そして魔法陣は……確か必要無かったか?」

「はい。というか魔法陣を彫ろうにも、この日本刀だと流石に……」

「今のお前じゃ難しいだろうな。錬成の腕は凄いが、魔法陣彫りだけに関しては、お前はまだまだひよっ子だからな」

 

 そう言われたものの、完成は完成だ。ハジメは手伝ってくれたウォルペンにお礼を言い、王宮の方へと走っていった。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 ハジメは刀を持って王宮へ戻ってきた。しかし、そもそも雫がどこにいるか分からない。

 

「確かこの時間は……まだ訓練中だっけ?」

 

 とりあえず、雫が最もいそうな場所である訓練所に向かってみるハジメ。

 

 だがどうやら、既に訓練は終わっていたようで、クラスメイト全員がいるわけではないようだ。残っているクラスメイトは談笑したり自主練したりしていた。

 しかし訓練所を見て回っても、雫の姿は見えなかった。ついでに言うと、しばしば雫と一緒にいる香織の姿も見えない。

 

「おっハジメ、こっちにいるなんて珍しいな」

 

 しかしその幼馴染である光輝はいたようだ。彼は辺りを見渡しているハジメを見つけると、近づいてきた。

 

「ああ、光輝……八重樫さんを探してるんだけど、どこにいるか分かる?」

「雫? ならけっこう前に、工房の方に行ったけど」

「あ〜……入れ違いかぁ。依頼された剣を届けに来たんだけどなぁ」

 

 おそらく雫の方も、剣を取りに向かったのだろう。しかし自分まで戻ってしまえば、もう一度入れ違いになってしまう可能性もある。

 

 それはそれとして、光輝はハジメの作った日本刀に興味を示した。

 

「それにしても……これは日本刀か?」

「見た目だけはね。本物とは製法も素材も違うし、なんちゃって日本刀でしかないけど。まぁある程度の強度と切れ味はあるはずだよ。何度も実験したし」

「……よくこんなものを作れるな」

「まぁうん。戦闘訓練じゃないけど、こっちも頑張ったからね。そういえば光輝はどんな感じ?」

 

 そうハジメが尋ねると、光輝はステータスを見せてきた。

 

 生産職で最も成長したのは――というか生産職はハジメと愛子先生しかいないのだが、最も成長したのはハジメだろう。派生技能がたくさん出ているから。

 だがそれ以外の、戦闘系と呼ばれる天職持ちで最も成長したのは、光輝と言える。ステータス的にも、技能的にも。

 

 

 

==================================

天之河光輝 17歳 男 レベル:15

天職:勇者

筋力:280

体力:280

耐性:280

敏捷:280

魔力:280

魔耐:280

技能:全属性適性[+発動速度上昇]・全属性耐性・物理耐性・複合魔法・剣術[+斬撃速度上昇][+身体強化]・剛力・縮地・先読・高速魔力回復[+瞑想]・気配感知・魔力感知・限界突破・言語理解

==================================

 

 

 

「すっご! なにこのステータス……」

「別に凄くはないよ。派生技能のほとんどは、友達のを見様見真似で繰り返しやっていたことだし、ステータスも、毎日コツコツ訓練してたからこうなったんだ」

 

 元々光輝の才能は非常に高い。周囲を観察し、他人の技術を消化して自分のものにするのが、彼は非常に上手いのだ。

 実を言うと、この派生技能の数々も、元々は他のクラスメイトが得たものだったりする。仲間をひたすらに観察し、自分でも利用できるように試行錯誤し、結果として光輝は、仲間の技能を自分も習得した。

 

「俺一人じゃあ、ここまで強くなるのはできなかったと思う。皆が色々手伝ってくれたおかげだ」

「そうか」

「あっと。それとハジメに言っとかないといけないことが――」

 

 と、光輝が続けようとした所で、訓練所に「ハジメくん!」と声が響く。後ろの方だ。

 振り向いてみるとそこには、香織と雫がいた。汗をかいていることか、おそらくは工房に行って、また走って戻ってきたのだろう。

 

「もう、こっちに来てたのね……なら待っとけばよかったかしら……」

 

 肩で息をしながらも、雫は言う。そこそこ走ったようで、かなり疲れているらしい。

 

「すみません、もう少し待っといた方が良かったかもしれないね。それで……これが依頼の剣だよ。本物の作り方とかは分からないから、強度とか切れ味は劣るかもしれないけど……」

 

 そんな雫に、ハジメは完成した日本刀を渡した。雫はそれを受け取ると、一度鞘から剣を抜いた。

 剣は、見た目だけなら日本刀に酷似している。流石に鉱石や製法までは真似でいていないだろうが、それでも丁寧に作られていることは、雫にはすぐに分かった。

 

「……ううん、大丈夫。無茶な依頼だったかもだけど、本当にありがとね」

「いやいや、これくらい全然」

 

 と、礼を言う雫にハジメは言う。しかしハジメからしてみれば、依頼を受けてそれを達成するという、当たり前のことをやっただけだ。

 

「そういえば、ねぇハジメくん」

「うん? どうしたの香織?」

 

 そうしてやるべきことをやり終えると、香織が尋ねてくる。

 

「明日のこと聞いてる? 私達、オルクス大迷宮に行くって」

「あ、そうなの? 多分その時、僕いなかったからなぁ」

 

 その内容とは、明日、オルクス大迷宮での実戦訓練を行うために、王宮を出るというものだった。戦闘員であるクラスメイトが、実戦訓練を行うのは当然ではある。

 

「それ、ハジメくんも参加するんだよ?」

 

 だが次の香織の言葉で、ハジメは一瞬だけ固まってしまった。

 

「え? 僕、戦闘員じゃないんだけど……戦闘訓練もほぼしてないし、何もできないんだけど……」

「ああいや、そこは大丈夫! あくまでハジメくんは、生産系の錬成師だから。後方で武具とかの整備を担当してもらうんだって」

「あ、なるほどね……」

「それと。ハジメくんは私達のパーティーに入ることになってるけど、それでいい?」

 

 香織が言うには、ハジメが所属する予定のパーティーメンバーは、光輝、龍太郎、香織、雫、恵里、鈴とのことだ。そこにハジメを入れた七人だ。

 別に嫌ということは無いので、ハジメは二つ返事で了承した。




-追記-
この作品のオリジナル技能について。
『鉱物融解』鉱物を液体化させる。この時、物体にかかる圧力や熱は考慮されず、無条件で液体化させることができる。
『鉱物凝固』液体の鉱物を固体にする。この時、どれだけ液体が熱くても、発動すれば固体にすることが可能。


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月下の語らい

オラッ、二話同時投稿をくらえっ!

あ、でもこれは連続投稿の二話目なので、前の話をまだ読んでいない方は、この話を読むのは、一つ前の話を読んでからにするのをオススメします。


 オルクス大迷宮。それは、全百階層からなると言われている大迷宮である。七大迷宮の一つで、階層が深くなるにつれ強力な魔物が出現する。

 にもかかわらず、この迷宮は冒険者や傭兵、新兵の訓練に非常に人気がある。それは、階層により魔物の強さを測りやすいからということと、出現する魔物が地上の魔物に比べ遥かに良質の魔石というモノを体内に抱えているからだ。

 

 この魔石というのは、簡単に言えば、魔物を魔物たらしめる器官とでも言うべきか。強力であればあるほど、大きく良質な魔石を備えている。

 そんな魔石は、本当に様々なモノに使われている。日常生活の必需品だったり、軍需品だったり。他だと錬成師の作る道具にも、使われることは多いという、とにかく便利なモノなのだ。

 

 ただ、今回の目的は魔石ではない。あくまで訓練である。

 

 ハジメ達は、メルド団長率いる騎士団員複数名と共に、オルクス大迷宮へ挑戦する冒険者達のための宿場町、ホルアドに到着した。新兵訓練によく利用するようで王国直営の宿屋があり、そこに泊まることになっている。

 

 久しぶりに普通の部屋を見た気がするハジメは、ベッドにダイブし「ふぅ~」と気を緩めた。全員が最低でも二人部屋だが、ハジメは人数の都合で一人部屋だ。そのことを、本人はそこまで気にしていないが。

 

 しばらくの間は、迷宮攻略に備えて、借りてきた迷宮低層の魔物図鑑を読んでいたハジメだが、少しずつ日が落ちてきたのを見て、少しでも体を休めておこうと少し早いが眠りに入ることにした。体はあまり疲れていないが、精神的にそこそこ疲弊していたためか、案外早く眠りに落ちることができた。

 

 しかし、ハジメがウトウトとまどろみ始めたその時、ハジメの睡眠を邪魔するように扉をノックする音が響いた。

 

「ん……あぁ~、誰ですかぁ?」

 

 そうして扉に向かうハジメ。鍵を外して扉を開けるとそこには、純白のネグリジェにカーディガンを羽織っただけの香織が立っていた。

 

「あ、ハジメくん。ちょっとだけ――」

「待て待て待て! なんて姿で来てるんだよ誰かに見られたらどうする……!?」

「え……あっ」

 

 ここで香織は、今の自分の姿に意識を向けてしまう。こんな姿で出歩くなど、あまりにも大胆過ぎる。それに気づき、香織は顔を赤くして羞恥に身悶える。

 

「……とりあえず入って。何か話があったんでしょ?」

「うん!」

 

 とにかく、落ち着いてハジメは香織を部屋に招き入れることに。香織も嬉しそうに入っていき、窓際に設置されたテーブルセットに座った。

 ハジメはお茶の準備をする。といっても、ただ水差しに入れたティーパックのようなものから抽出した水出しの紅茶モドキだが。香織と自分の分を用意して香織に差し出し、自分は向かいの席に座った。

 

「ありがとう」

 

 嬉しそうに紅茶モドキを受け取り口を付ける香織。窓から月明かりが差し込み純白の彼女を照らす。黒髪にはエンジェルリングが浮かび、まるで本当の天使のようだ。

 一緒にいることも多かったが、いつ見ても香織は可愛らしい、そう感じるハジメ。今の香織は、神秘的で美しかった。そんな感情を、ハジメは一口だけ紅茶モドキを飲んで、その感情も一緒に飲み込んだ。

 

「それで、話したいって何かな?」

「……」

 

 そう言うと、香織はゆっくり立ち上がり、ハジメの目の前にまでやって来る。すると勢いよく、香織はハジメに抱きついてきた。

 

「えっ!? ちょっ、どうしたのさ急に!」

「……夢を見たの」

 

 そう香織は切り出した。彼女の体は、わずかに震えている。

 

「ハジメくんが居たんだけど……声を掛けても全然気がついてくれなくて……走っても全然追いつけなくて……それで最後は……」

 

 その先を口に出すことを恐れるように押し黙る香織。ハジメは、落ち着いた気持ちで続きを聞く。

 

「最後は?」

 

 香織はグッと唇を噛むと泣きそうな表情で顔を上げた。

 

「……消えてしまうの」

 

 そう言うと香織は、ハジメの胸に顔を(うず)めた。体の震えは小さいが、止まらない。悪い想像をしてしまっているのだろう。

 

 しばらく震えていて香織だったが、震えが治まると、顔を上げてハジメを見つめる。その目は潤んでおり、明らかに、見てわかるくらいには不安そうな表情をしていた。

 

「ハジメくん……死なないよね……?」

 

 ギュッと、手を握ってくる。その力は強く、むりやり不安を押し殺そうとしているようだった。

 

「……大丈夫だよ。今回はメルド団長率いるベテランの騎士団員がついているし、同じパーティーの光輝達もめちゃくちゃ強い、敵が可哀想なくらいだよ。多分、僕が錬成師でそこまで強くないから、無意識に不安になってそんな夢を見たんじゃないかな?」

 

 語りかけるハジメの言葉に耳を傾けながら、なお、香織は、不安そうな表情でハジメを見つめる。

 

「……やっぱり、不安?」

「うん……」

「それなら……」

 

 ハジメは若干恥ずかしそうに、しかし真っ直ぐに香織と目を合わせた。

 

「香織、僕を守ってくれないか?」

「え?」

 

 自分の言っていることが男としては相当恥ずかしいという自覚があるのだろう。既にハジメは羞恥で真っ赤になっている。月明かりで室内は明るく、香織からもその様子がよくわかった。

 

「香織は“治癒師”だよね? 治癒系魔法に天性の才を示す天職。何があってもさ……たとえ、僕が大怪我することがあっても、香織なら治せるよね。その力で守ってもらえるかな? それなら、絶対僕は大丈夫」

 

 しばらく香織は、ジーッとハジメを見つめる。ここは目を逸らしたらいけない場面だと羞恥に身悶えそうになりながらも、ハジメは必死に耐える。

 

 すると突然、香織は立ち上がってハジメをベッドにまで押し倒した。

 

「ちょっ、香織……!?」

 

 突然のことに、つい声を上げてしまうハジメ。しかしその香織は、体をくっつけて離してくれない。

 

「私が、ハジメくんを守るよ」

「あ、ありがとう……」

「でも、不安だから……離れ離れになっちゃいそうで。だから……しばらく、ギュッてしてほしいな。一緒に、なってほしいな……」

「……」

 

 香織のその声は、どこか不安そうで苦しそうで、それらの感情をなんとか押し殺そうとしているようだった。

 

 そんな香織を、ハジメは無言で抱きしめた。

 

 この後、香織がハジメの部屋を出たのは、太陽が昇り始める頃だったのだという。

 

 

 

 

 

 しかし、二人は知らない。香織がハジメの部屋に入っていくその姿を、無言で見つめる者がいたことを。そして、その者の表情が醜く歪んでいたことも。このことは、誰一人として知ることはない。



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トラップ

 現在ハジメ達は、オルクス大迷宮の正面入口がある広場に集まっていた。

 ハジメとしては、薄暗い陰気な入口を想像していたのだが、まるで博物館の入場ゲートのようなしっかりした入口があり、受付窓口まであった。制服を着たお姉さんが笑顔で迷宮への出入りをチェックしている。

 

 なんでも、ここでステータスプレートをチェックし出入りを記録することで死亡者数を正確に把握するのだとか。戦争を控え、多大な死者を出さない措置だろう。

 他だと、馬鹿騒ぎして無謀にも迷宮に挑んで命を落とす人間や、迷宮を犯罪の拠点とする人間も多くいたとも聞く。それを防ぐためにも、こういう形になったと、ハジメは聞いたことがあった。

 

 ともかく、ハジメ達はキョロキョロしながら、メルド団長の後をカルガモのヒナのようについていった。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 迷宮の中は、外の賑やかさとは無縁だった。

 

 縦横五メートル以上ある通路は、明かりもないのに薄ぼんやり発光しており、松明や明かりの魔法具がなくてもある程度視認が可能だ。このオルクスは、緑光石という発光する鉱物の鉱脈であるため、こうなっているのだと、ハジメは知識で知っていた。

 

 一行は隊列を組みながらゾロゾロと進む。しばらく何事もなく進んでいると広間に出た。ドーム状の大きな場所で天井の高さは七、八メートル位はある。

 と、その時、物珍しげに辺りを見渡している一行の前に、壁の隙間という隙間から灰色の毛玉が湧き出てきた。

 

(確かラットマンだったか。そこそこ数はいるし素早いけど、まぁ光輝達なら普通に勝てるはず……)

「よし、光輝達が前に出ろ。他は下がれ! 交代で前に出てもらうからな、準備しておけ! あれはラットマンという魔物だ。すばしっこいが、たいした敵じゃない。冷静に行け!」

 

 と、ハジメが予想していると、メルドが叫ぶ。それと同時に、ラットマンと呼ばれた魔物が前衛の人達に向けて結構な速度で飛びかかってきた。

 

 間合いに入ったラットマンを、前衛にいる光輝、雫、龍太郎の三人で迎撃する。その後方では、恵里が指示を出し、香織と鈴と共に魔法の詠唱を開始する。

 

 光輝は純白に輝く聖剣を、視認も難しい程の速度で振るって数体をまとめて葬っている。その腕もさることながら、剣そのものも非常に強力な魔法が付与されているアーティファクトだ。

 

 龍太郎は、空手部らしく天職が〝拳士〟であることから籠手と脛当てを付けている。これもアーティファクトで衝撃波を出すことができ、また決して壊れないのだという。どっしり構え、敵を一体ずつ確実に撃破していく。

 

 そして雫はというと……使い慣れた日本刀のおかげか、光輝や龍太郎以上の速度で敵を倒していった。元々の敏捷ステータスが一番高い、というのもあるのだろうが、その洗練された動きは、騎士団員をして感嘆させるほどだった。

 

 多くの生徒達が光輝達の戦いぶりに見蕩れていると、詠唱が響き渡った。

 

「「「暗き炎渦巻いて、敵の尽く焼き払わん、灰となりて大地へ帰れ――〝螺炎〟」」」

 

 三人同時に発動した螺旋状に渦巻く炎がラットマン達を吸い上げるように巻き込み燃やし尽くしていく。「キィイイッ」という断末魔の悲鳴を上げながらパラパラと降り注ぐ灰へと変わり果て絶命する。

 気がつけば、広場にいたラットマンは全滅していた。他の生徒の出番は無し。光輝達にとっては、一階層程度なら楽勝らしい。

 

「ああ~、うん、よくやったぞ! 次はお前等にもやってもらうからな、気を緩めるなよ!」

 

 生徒の優秀さに苦笑いしながら気を抜かないよう注意するメルド団長。しかし、初めての迷宮の魔物討伐にテンションが上がるのは止められない。頬が緩む生徒達に「しょうがねぇな」とメルド団長は肩を竦めた。

 

「それとな……今回は訓練だからいいが、魔石の回収も念頭に置いておけよ。明らかにオーバーキルだからな?」

 

 メルド団長の言葉に香織達魔法支援組は、やりすぎを自覚して思わず頬を赤らめるのだった。

 

 その後も階層を降りていく。だがクラスメイトを苦戦させるほどの敵が出てくるわけでもなく、割と簡単に下へ下へて降りていくことができた。

 

 そして二十階層の直前。ハジメは雫の剣のメンテナンスを行っていた。とは言うが、刃こぼれ等は無いので、そもそもメンテナンスする所はほぼ無い。せいぜい血を拭くくらいだろうか。

 

「八重樫さん、剣はどんな感じ?」

「扱いやすいわよ。今の所、刃こぼれとかも無いみたいだし、大丈夫」

「ならよかった。けどもし何かあったら呼んでね。直すための準備ならしてあるから」

 

 その間に、雫に使い勝手を尋ねておく。作った本人であるハジメの職人魂だろうか、可能な限り良い物を作ってやりたいからこそ、こういう風に尋ねたのだろう。

 

 そしてついに、一流の冒険者か否かを分けると言われている二十階層にたどり着いた。

 

 現在の迷宮最高到達階層は六十五階層らしいのだが、それは百年以上前の冒険者がなした偉業であり、今では超一流で四十階層越え、二十階層を越えれば十分に一流扱いだという。

 ハジメ達は戦闘経験こそ少ないものの、全員がチート持ちなので割かしあっさりと降りることができた。

 

 もっとも、迷宮で一番恐いのはトラップである。場合によっては致死性のトラップも数多くあるのだ。

 この点、トラップ対策として“フェアスコープ”というものがある。これは魔力の流れを感知してトラップを発見することができるという優れものだ。迷宮のトラップはほとんどが魔法を用いたものであるから八割以上はフェアスコープで発見できるので、慎重に進めば問題は無い。

 

「よし、お前達。ここから先は一種類の魔物だけでなく複数種類の魔物が混在したり連携を組んで襲ってくる。今までが楽勝だったからと言ってくれぐれも油断するなよ! 今日はこの二十階層で訓練して終了だ! 気合入れろ!」

 

 メルド団長のかけ声がよく響く。これにより、多くの生徒達が気合を入れ直した。

 

 しかしハジメだけは、なんとなく違和感というか、居心地の悪さというか、そういうのを感じていた。

 

(う~ん……さっきから、誰かに見られてる?)

 

 この迷宮に入ってから、ハジメはずっと視線を感じていた。しかもそれは、いつもの向けられているような生暖かい視線ではない。ねばつくような、不快になる視線だ。

 

(いや、気のせいだ。昨日のことで僕の方も不安になっているんだ)

 

 しかし、考えてもキリがないのは事実。なのでハジメはただの考え過ぎだと、首を振ってこの負の思考を振り払った。

 

 一行は二十階層を探索する。

 

 二十階層に関しては、既にマップができている。なので迷うことはなく、ちゃんと慎重にやれば、トラップにかかることもなかった。

 

 二十階層の一番奥の部屋はまるで鍾乳洞のようにツララ状の壁が飛び出していたり、溶けたりしたような複雑な地形をしていた。地面までもがそうなっており、凸凹で進みにくそうである。この先を進むと二十一階層への階段があるらしい。

 すると、先頭を行く光輝達やメルド団長が立ち止まった。訝しそうなクラスメイトを尻目に戦闘態勢に入る。どうやら魔物のようだ。

 

「擬態しているぞ! 周りをよ~く注意しておけ!」

(擬態……二十階層だとロックマウントか? 場所はどこだ……)

 

 メルド団長の言葉で、一斉に警戒態勢をとる生徒達。ハジメの方も、その知識で敵の居所を探る。

 

 その直後、前方でせり出していた壁が突如変色しながら起き上がった。壁と同化していた体は、今は褐色となり、二本足で立ち上がる。そして胸を叩きドラミングを始めた。

 

「ロックマウントだ! 二本の腕に注意しろ! 豪腕だぞ!」

 

 メルド団長の声が響く。光輝達が相手をするようだ。それを見たハジメは、後方から魔法を発動する。

 

「“錬成”」

 

 瞬間、凸凹の鍾乳洞地形だった地面が液体化し、即座に固まる。ほぼ真っ平らな動きやすい地形へと変化した。遠隔錬成と錬成範囲拡大、それにより鉱物融解と鉱物凝固を広範囲に使い、地形を操作したのだ。

 

 このおかげで前衛の三人は、上手くロックマウントの迎撃ができたようだ。光輝と雫は連携し、囲んで一体ずつ狩っていく。龍太郎は防御に徹しており、一人で二体のロックマウントの攻撃を上手く捌いていた。

 しかし一体ずつ倒そうとすれば、他の魔物がフリーになってしまうというものだ。龍太郎の方も、攻撃をほとんどしていないので、実質フリーと同じ。

 

 龍太郎が相手していたロックマウントの一体が、後ろに下がり仰け反りながら大きく息を吸った。

 

 直後、

 

「グゥガガガァァァァアアアアーーーー!!」

 

 部屋全体を震動させるような強烈な咆哮が発せられた。

 

「ぐっ!?」

「うわっ!?」

「きゃあ!?」

 

 体をビリビリと衝撃が走り、ダメージ自体はないものの硬直してしまう。ロックマウントの固有魔法“威圧の咆哮”だ。魔力を乗せた咆哮で一時的に相手を麻痺させる。

 

 まんまと食らってしまった光輝達前衛組が一瞬硬直してしまった。

 

 ロックマウントはその隙に突撃するかと思えばサイドステップし、傍らにあった岩を持ち上げ香織達後衛組に向かって投げつけた。嗟に動けない前衛組の頭上を越えて、岩が香織達へと迫る。

 香織達は、慌てて準備していた魔法で迎撃せんと魔法陣が施された杖を向けた。避けるスペースが狭い以上、こうせざるを得ない。

 

「“錬成”」

 

 が、その岩はハジメの錬成によってせり出してきた岩壁によって阻まれる。そうして岩壁に激突した岩のようなモノは擬態を解き、真の姿を見せ、岩壁を砕き割る。投げられた岩もまた、ロックマウントだったのだ。

 

 しかし、これにより隙はできた。香織達の魔法は発動し、その凄まじい威力は、ロックマウント一体を塵へと変えてしまった。

 しかし慌てていたためか、威力調節をミスったらしい。その威力は非常に高く、魔法の余波が壁にぶつかり、地面を大きく揺らした。

 

 前衛の方でも、ロックマウントを処理し終えたらしい。一瞬ヒヤッとした場面はあったが、なんとか撃破に成功した。

 

「お前達……慌ててたとはいえ、流石にやり過ぎだ。崩落したらどうするってんだ」

「ご、ごめんなさい……」

 

 やり過ぎだった香織達に注意を促すメルド団長。そうやって軽く注意すると、今度はハジメの方へ向いた。

 

「そしてハジメ、良い援護だったぞ」

「……! ありがとうございます」

 

 まさか自分が褒められるとは思ってなかったのか、ハジメは一瞬驚きの表情を見せた。しかしすぐに、その感情を消し、軽く礼を言った。

 

 その時、雫がふと壁の方を見て、何かに気づいた。

 

「あれ、何だろう? キラキラしてる……」

 

 その言葉に、全員が雫の指差す方へ目を向けた。

 

 そこには青白く発光する鉱物が花咲くように壁から生えていた。まるでインディコライトが内包された水晶のようである。香織を含め女子達は夢見るように、その美しい姿にうっとりした表情になった。

 

「ん? ほぉ~、あれはグランツ鉱石だな。大きさも中々だ。こりゃ珍しい」

 

 グランツ鉱石とは、言わば宝石の原石みたいなものだ。特に何か効能があるわけではないが、その涼やかで煌びやかな輝きが、貴族のご婦人ご令嬢方に大人気なようだ。

 

「素敵……」

 

 香織が、メルドの簡単な説明を聞いて頬を染めながら更にうっとりとする。そして、誰にも気づかれない程度にチラリとハジメに視線を向けた。

 

「だったら俺らで回収しようぜ!」

 

 そう言って唐突に動き出したのは檜山大介(ひやまだいすけ)という男子生徒だった。

 彼は特に斎藤良樹(さいとうよしき)近藤礼一(こんどうれいいち)中野信治(なかのしんじ)の三人とよく絡んでいる。全員お調子者的な雰囲気で、彼らのおかげ、彼らのせいで、クラスが騒がしくなっていることも多い。

 

 そのお調子者の血が騒いだのか、宝石が欲しいとでも思ったのか、檜山はヒョイヒョイと崩れた壁を登っていく。

 

「こら! 勝手なことをするな! 安全確認もまだなんだぞ!」

 

 慌てて注意をするメルド団長だが、檜山は聞こえないふりをして、とうとう鉱石の場所に辿り着いてしまった。

 

 メルド団長は、止めようと檜山を追いかける。同時に騎士団員の一人がフェアスコープで鉱石の辺りを確認する。そして、一気に青褪めた。

 

「団長! トラップです!」

「ッ!?」

 

 しかし、時すでに遅し。檜山がグランツ鉱石に触れた瞬間、鉱石を中心に魔法陣が広がる。グランツ鉱石の輝きに魅せられて不用意に触れた者へのトラップだ。

 

 魔法陣は瞬く間に部屋全体に広がり、輝きを増していった。

 

「くっ、撤退だ! 早くこの部屋から出ろ!」

 

 メルド団長の言葉に生徒達が急いで部屋の外に向かうが……間に合わなかった。

 

 部屋の中に光が満ち、ハジメ達の視界を白一色に染めると同時に一瞬の浮遊感に包まれる。

 ハジメ達は空気が変わったのを感じた。次いで、ドスンという音と共に地面に叩きつけられた。

 

 尻の痛みに呻き声を上げながら、ハジメは周囲を見渡す。クラスメイトのほとんどはハジメと同じように尻餅をついていたが、メルド団長や騎士団員達、光輝達など一部の前衛職の生徒は既に立ち上がって周囲の警戒をしている。どうやら、先の魔法陣は転移させるものだったらしい。

 

 ハジメ達が転移した場所は、巨大な石造りの橋の上だった。ざっと百メートルはありそうだ。天井も高く二十メートルはあるだろう。橋の下は川などなく、全く何も見えない深淵の如き闇が広がっていた。まさに落ちれば奈落の底といった様子だ。

 橋の横幅は十メートルくらいありそうだが、手すりどころか縁石すらなく、足を滑らせれば掴むものもなく真っ逆さまだ。ハジメ達はその巨大な橋の中間にいた。橋の両サイドにはそれぞれ、奥へと続く通路と上階への階段が見える。

 それを確認したメルド団長が、険しい表情をしながら指示を飛ばした。

 

「お前達、直ぐに立ち上がって、あの階段の場所まで行け。急げ!」

 

 雷の如く轟いた号令に、わたわたと動き出す生徒達。

 

 しかし、迷宮のトラップがこの程度で済むわけもなく、撤退は叶わなかった。階段側の橋の入口に現れた魔法陣から大量の魔物が出現したからだ。更に、通路側にも魔法陣は出現し、そちらからは一体の巨大な魔物が……

 

「まさか……ベヒモス……なのか……」

 

 巨大な魔物を目前にして、メルド団長は呻く様に呟いた。




この作品では、檜山を含めた小悪党四人組は、なんか面白いお調子者の人達と、クラスメイトのほぼ全員に認識されています。ほぼ全員というか……ある一人を除いたら、全員がそう思っています。ハジメや光輝ですらそんな感じ。


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ベヒモス

結果的だけ見ると、原作とあんまり変わらなかったですね。展開とかその他細かい部分は差がありますが。


 橋の両サイドに現れた赤黒い光を放つ魔法陣。通路側の魔法陣は十メートル近くあり、階段側の魔法陣は一メートル位の大きさだが、その数がおびただしい。

 

 小さな無数の魔法陣からは、骨格だけの体に剣を携えた魔物“トラウムソルジャー”が溢れるように出現した。その数は既に百体近くに上っており、尚、増え続けているようだ。

 

 しかし、数百体のガイコツ戦士より、反対の通路側の方がヤバイとハジメは感じていた。

 

 十メートル級の魔法陣からは体長十メートル級の四足で頭部に兜のような物を取り付けた魔物が出現したからだ。もっとも近い既存の生物に例えるならトリケラトプスだろうか。ただし、瞳は赤黒い光を放ち、鋭い爪と牙を打ち鳴らしながら、頭部の兜から生えた角から炎を放っているのだが。

 

 メルド団長が呟いた“ベヒモス”という魔物は、大きく息を吸うと凄まじい咆哮を上げた。

 

「グルァァァァァアアアアア!!」

「ッ!?」

 

 その咆哮で正気に戻ったのか、メルド団長が矢継ぎ早に指示を飛ばす。

 

「アラン! 生徒達を率いてトラウムソルジャーを突破しろ! カイル、イヴァン、ベイル! 全力で障壁を張れ! ヤツを食い止めるぞ! 光輝、お前達は早く階段へ向かえ!」

「なっ……でもそうしたらメルドさんが……!」

「コイツは今のお前達がまともに戦っても歯が立たない! 今はとにかく、俺達が足止めする!」

 

 どうにか撤退させようと、さらにメルドが光輝に話そうとした瞬間、ベヒモスが咆哮を上げながら突進してきた。このままでは、撤退中の生徒達を全員轢殺してしまうだろう。

 そうはさせるかと、ハイリヒ王国最高戦力が全力の多重障壁を張る。

 

「「「全ての敵意と悪意を拒絶する、神の子らに絶対の守りを、ここは聖域なりて、神敵を通さず――“聖絶”!!」」」

 

 二メートル四方の最高級の紙に描かれた魔法陣と四節からなる詠唱、さらに三人同時発動。一回こっきり一分だけの防御であるが、何物にも破らせない絶対の守りが顕現する。純白に輝く半球状の障壁がベヒモスの突進を防ぐ。

 衝突の瞬間、凄まじい衝撃波が発生し、ベヒモスの足元が粉砕される。橋全体が石造りにもかかわらず大きく揺れた。撤退中の生徒達から悲鳴が上がり、転倒する者が相次ぐ。

 

 トラウムソルジャーは三十八階層に現れる魔物だ。今までの魔物とは一線を画す戦闘能力を持っている。前方に立ちはだかる不気味な骸骨の魔物と、後ろから迫る恐ろしい気配に生徒達は半ばパニック状態だ。

 隊列を無視して我先にと階段を目指して進んでいく。騎士団員の一人、アランが必死にパニックを抑えようとするが、目前に迫る恐怖により、耳を傾ける者は皆無だ。

 

 その内、一人の女子生徒が後ろから突き飛ばされ転倒してしまった。「うっ」と呻きながら顔を上げると、眼前で一体のトラウムソルジャーが剣を振りかぶっていた。

 

「あっ」

 

 そんな一言と同時に彼女の頭部目掛けて剣が振り下ろされた。死ぬ――女子生徒がそう感じた次の瞬間、トラウムソルジャーの足元が隆起し、その勢いのまま、奈落へと吹っ飛んでいった。

 

 橋の縁から二メートルほど手前には、座り込みながら荒い息を吐くハジメの姿があった。ハジメすぐに駆け寄ると、その女子生徒引っ張り立ち上がらせる。

 

「園部さん、大丈夫だ。みんな強いんだから、冷静になればなんてことはないよ。ほら、早く!」

「……うん! ありがとう!」

 

 その女子生徒――園部優花(そのべゆうか)は、最初はハジメをまじまじと見ていたが、すぐに元気よく返事をして駆け出していった。

 

 ハジメは周囲のトラウムソルジャーの足元を崩して固定し、足止めをしながら周囲を見渡す。

 

 誰も彼もがパニックになりながら滅茶苦茶に武器や魔法を振り回している。今の所はどうにかなっているものの、このままでは、いつ死者が出てもおかしくない。今も魔物は増えているのだから。

 

 光輝達は、メルド団長に何か言われたのか、既に撤退を始めていた。そしてベヒモスは、メルド含めた騎士団が止めている。

 しかし、これで本当にいいのか。もしかしたら――

 

(錬成で敵を生き埋めにする。そうすれば……!)

 

 自分の力があれば、錬成を使えば、一人でベヒモスの足止めができるかもしれない。断言はできなかったが、もし成功すれば、誰も死ぬことなく脱出に成功する。

 

 そう思い、ハジメは走り出した。メルド団長達のいるベヒモスの方へ向かって。

 

「おっ、おいハジメ!」

 

 すると光輝達に、声をかけられてしまった。急いでいたが、向かう場所が交差しているのだから、仕方ないことだ。ハジメは彼らの言いたいことがすぐに理解することができた。なので先手を打って言う。

 

「僕ならベヒモスを止められる……かもしれない。倒すことは無理だけど、足止めだけなら……!」

「だから足止めをするっていうのか?」

「うん。成功すれば、全員で脱出できる」

 

 その言葉に、光輝は一瞬何かを考えるように上の方を向く。しかしその瞬間、隣りにいた香織が声を上げる。

 

「じゃあ私も行く!」

「なっ……! でも香織がついてきたら危ない!」

「私は、何があってもハジメくんを守る! 危険な場所に行くなら、私が守るから!」

「……うん」

 

 香織の渾身の訴え。それは、ハジメに前夜のことを思い出させた。そして、頷かせることに成功した。

 

「ごめん、香織を連れてくけどいい?」

「……ああ。時間が無い、早く行くんだ!」

 

 そう光輝に言われ、ハジメは今度は香織と共に、ベヒモスのいる方向に走り出した。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 ベヒモスは依然、障壁に向かって突進を繰り返していた。

 

 障壁に衝突する度に壮絶な衝撃波が周囲に撒き散らされ、石造りの橋が悲鳴を上げる。障壁も既に全体に亀裂が入っており砕けるのは時間の問題だ。既にメルド団長も障壁の展開に加わっているが、焼け石に水だった。

 

「くっ……俺達が逃げ切るのは難しそうか……?」

 

 光輝達は確かに逃げ出した、逃げさせた。しかし動くのがやや遅かったため、完全に逃がすには、どうやっても騎士団の人達が犠牲にならざるを得ない状況だった。

 死なないにしても、重症はほぼ確定。どうすればと、不安が脳内を()ぎったその時だった。

 

「錬成!」

 

 その声と同時に、あっという間にベヒモスの周囲の石材が融解し、変形し、上半身を岩石が覆う。

 

「団長、ここは僕が止めます」

「……! いや、これは……」

 

 ハジメの姿を見たメルド団長は、まず一度驚いた。だがベヒモスの姿を見て、もう一度驚く。

 ベヒモスはもがいていた。錬成により変形させた岩石に拘束されており、そこから抜け出そうとしている。にも関わらず、錬成により作り出された堅固な拘束は、ヒビすら入らない。

 

「僕がベヒモスを止めて、香織は魔力回復を担当。そうすれば、かなりの時間を稼げるはずです」

 

 この言葉とハジメの堂々とした宣言、そして周囲の状況を見て、メルド団長は覚悟を決めて頷いた。

 

「まさか、生産職のお前さんに命を預けることになるとはな。……必ず助けてやる。だから頼んだぞ!」

「はい!」

「香織も、ハジメを守ってやってくれ!」

「はい!」

 

 そうして、メルド団長達も撤退した。ハジメが少し後ろを見てみると、かなり小さくなっているのが分かる。

 

 ひとまずの撤退はできたが、油断はできない。精密錬成による堅固な拘束は優秀だが、壊れないわけではない。何もしないでいると、徐々にヒビが入っていく。そこに錬成で修復し、さらに修復し……香織が魔力を回復させてと、しばらくの間、それを繰り返した。

 

「……! ハジメくん、みんな逃げ終わったよ!」

 

 そうしていると、後方の音が小さくなったのに、香織が気がついた。

 全員が包囲網を突破し、増えていく敵は光輝達が魔法で蹴散らす。その後ろには、多数の魔法陣が見えた。どうやら、()()に入ろうとしているようだ。

 

「よし、後は僕達が逃げるだけ。準備だ、香織」

「うん……!」

 

 ここで、最後の錬成に入る。今までのと比べて、とびきり丈夫にしてベヒモスを拘束した。

 

「今だ!」

 

 それが終わると同時に、ハジメと香織は走り出す。一目散に逃げ出す。堅牢な拘束を抜け出すことができないベヒモスからどんどん距離を取っていく。

 その数秒後、そんな二人の頭上を大量の魔法が殺到した。流星の如き魔法の弾は、ベヒモスへと向かう。確実に動きを止めるために。

 

 ハジメと香織は、周囲に注意してさらに進む。特に香織は、ハジメに魔法が当たることを警戒し、特に警戒心を高めていた。

 

 しかし、

 

「えっ?」

 

 無数に飛び交う魔法の中で、一発の風球だけが軌道を変えた。

 

 その標的は……香織だ。

 

「香織ッ!」

 

 ハジメは反射的に手を伸ばし、彼女の手を掴む。だがそれと同時に風球は香織に命中。相当な威力だったようで、手を掴んだハジメごと、後方へ吹っ飛ばされていった。

 

 そして……今までのベヒモスの暴走と、ハジメの高過ぎる練度の錬成によって負荷がかかっていた橋が、メキメキと音を立て、ついに崩れ出した。

 

 ベヒモスを中心に崩れ出した橋。そうして広がっていく穴に、ハジメと香織は落ちていく。

 

(クソっ、掴む場所が……!)

 

 手を伸ばしても届かない。もし届いたとしても、掴んだ所からさらに崩れていくだろう。これはもう、逃れられない運命だった。




さて、一体誰がハジメと香織に攻撃して落としたのでしょうか。香織を意図的に狙うんですから……まぁあの人じゃないのは確かですよね。


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苦痛と憎悪の名のもとに

この題名の元ネタとなっているのは、Lobotomy CorporationやLibrary of Ruinaというゲームに出てくる『憎しみの女王』というキャラの武器の名前です。

Steamで買えるから、買って遊ぼう!


 響き渡り消えゆくベヒモスの断末魔。ガラガラと騒音を立てながら崩れ落ちてゆく石橋。

 

 そして……瓦礫と共に奈落へと吸い込まれるように消えてゆくハジメと香織。

 

 クラスメイト達は、それを呆然と眺めることしかできなかった。世界は色褪(いろあ)せ、時は止まり、全てが小さく、かつスローモーションに見えるような錯覚に陥る。

 

「嘘、だろ……」

「南雲君……香織……!」

 

 それは光輝達も同様だった。彼らは目の前の光景に釘付けになり、動けなくなった。特に雫は、あまりのショックに、膝から崩れ落ちてしまった。

 ハジメだけ落ちたのなら、彼らの精神的動揺もそれなりに小さいものだっただろう。しかしハジメと一緒に、彼らの幼馴染である香織も落ちてしまった。このショックの大きさは、他人が知ることはできない。

 

「お前達、今は生きることだけを考えろ! 今すぐ撤退だ!」

「……! 嫌ですよメルド団長! それってつまりハジメと香織を見殺しにしろってことじゃないですか!」

「そんなことを言ってる場合か!?」

 

 光輝は怒る。ハジメと香織を見殺しにしようとするメルド団長や騎士団員に対して。とはいえ、光輝は頭が良い。こうしないといけないことは分かっているが……だが、すぐに見捨てるという判断ができるほど大人ではなかった。

 

 言い争いになりそうな所。しかしそこに、龍太郎が入り込み、光輝の胸ぐらを掴んだ。

 

「おい光輝……お前の気持ちも分かるが、撤退しなきゃダメだ」

「龍太郎まで……じゃあお前は――!」

「南雲と香織のことは、もうなったことだから仕方ねぇ! いや、仕方ねぇで済ませることができないことってのは分かってるけど……でも! それで他のクラスメイトに迷惑をかけるわけにはいかない……俺達で、残りのやつらを守らなきゃダメなんだ……!」

 

 龍太郎の言葉は、非常に絶妙なものだった。この事実を、仕方ないで済ませることができないとは分かっているが、それでも、逃げなきゃいけないと訴えた。

 

「……ああ」

 

 この言葉のおかげか、光輝は一度だけ、大きな深呼吸をしてクラスメイトに向かって声を張り上げる。

 

「……皆! 今は、生き残ることだけ考えるんだ! 撤退するぞ!」

 

 これにより、ようやくノロノロと動き出す。トラウムソルジャーの魔法陣は未だ健在だ。続々とその数を増やしている。今の精神状態で戦うことは無謀であるし、戦う必要もない。

 光輝は必死に声を張り上げ、クラスメイト達に脱出を促した。メルド団長や騎士団員達も生徒達を鼓舞する。

 

 そして全員が階段への脱出を果たした。

 

 階段を上り、上り、上り……長い間、上に向かっているかのような感覚を、クラスメイトは感じていた。

 

 そしてついに……階段を上り切ったその先の壁をくぐる。扉を潜ると、そこは元の二十階層の部屋だった。

 

「帰ってきたの?」

「戻ったのか!」

「帰れた……帰れたよぉ……」

 

 クラスメイト達が次々と安堵の吐息を漏らす。中には泣き出す子やへたり込む生徒もいた。光輝達ですら壁にもたれかかり今にも座り込んでしまいそうだ。

 

 しかし、ここはまだ迷宮の中。低レベルとは言え、いつどこから魔物が現れるかわからない。完全に緊張の糸が切れてしまう前に、迷宮からの脱出を果たさなければならない。

 メルド団長は休ませてやりたいという気持ちを抑え、心を鬼にして生徒達を立ち上がらせた。

 

「お前達! 座り込むな! ここで気が抜けたら帰れなくなるぞ! 魔物との戦闘はなるべく避けて最短距離で脱出する! ほら、もう少しだ、踏ん張れ!」

 

 渋々、フラフラしながら立ち上がる生徒達。光輝が疲れを隠して率先して先をゆく。道中の敵を、騎士団員達が中心となって最小限だけ倒しながら一気に地上へ向けて突き進んだ。

 

 そして遂に、一階の正面門となんだか懐かしい気さえする受付が見えた。迷宮に入って一日も経っていないはずなのに、ここを通ったのがもう随分昔のような気がしているのは、きっと少数ではないだろう。

 今度こそ本当に安堵の表情で外に出て行く生徒達。正面門の広場で大の字になって倒れ込む生徒もいる。一様に生き残ったことを喜び合っているようだ。

 

 だが一部の生徒――同じパーティーだった光輝や雫、鈴に恵里、そしてハジメが助けた女子生徒などは暗い表情だ。

 

 これにて、第一回のオルクス大迷宮での訓練は終了した。犠牲者を二人出して。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 ホルアドの町に戻った一行は何かする元気もなく、宿屋の部屋に入った。幾人かの生徒は生徒同士で話し合ったりしているようだが、ほとんどの生徒は真っ直ぐベッドにダイブし、そのまま深い眠りに落ちた。

 

 そんな中、一人の男子生徒は、宿を出て町の一角にある目立たない場所で佇んでいた。顔は伏せているが……今日起きた事件に絶望しているというよりかは、何かを考えているようだった。

 

「まさか南雲も落ちるとはなぁ……あいつを絶望させるために、あえて白崎に攻撃したのに……」

 

 ブツブツと、その男子生徒は小さな声で呟く。自らの思考を整理するために、ひたすらに出来事を声に出していく。

 

「元々は白崎だけを落として、南雲が魔人族をけしかけた、ということにするつもりだったが、仕方ない。パターンBだ」

 

 この男は、この時のために様々な対策を練ってきた。

 

 まずパターンA、本当ならこれを行う予定だった。

 とりあえず、ハジメの目の前で香織を落とすことで、ハジメを絶望させる。目の前で彼女が落ちたのなら、絶望しないわけがないだろう。

 だが、それそのものは対して重要ではない。重要なのはここからだ。王宮に戻ったら、教会に『ハジメが魔人族と繋がっている』という情報を流すのだ。

 もちろん、実際は繋がってない。これはハジメを貶める作戦なのだから。しかし、教会は確実に動くだろうと予測していた。なんせ、そこそこ貴重な治癒師、しかも神の使徒が死んだのだから。どうしても動かざるを得ない。

 

 しかし、ハジメも一緒に落ちてしまったら状況が変わってくる。ここでパターンBだ。

 こういう時のために、この男はあえて風球を撃ったのだ。この男は風属性にそこまで高い適性を持たないため、風球を撃てば疑われることはまずないからだ。

 また、こうすることで、真っ先に“風術師”の天職を持つ斎藤良樹が疑われることになるというのも、風球を使った理由だ。この男はとある理由で、檜山達四人組に対して、大きな恨みを持っていたから。むしろそうなってくれるのはありがたかった。

 その後は大体同じ。教会に情報を流し、ハジメを裏切り者に仕立て上げる。もちろん流す情報は、パターンAとは少し異なるが、結果としてハジメが裏切り者扱いされるのは確実だろう。

 

 とりあえず、当初の目的の達成はほぼ確実となった。唯一の失敗は、ハジメの絶望する顔が見れなかったことくらいか。

 

 だが、どうしてここまでハジメを恨んでいるのか。別にこの男は、ハジメとそこまで大きな接点はなく、話すこともほとんどなかった。では何故貶めようとしたのかといえば、それはムカついたからと言う他に無い。

 この男にとって、檜山達と南雲ハジメというのは、不平等の権化のような存在なのだ。自分だけが苦痛を受けて、いや苦痛を与えられて苦しんでいる。それにも関わらず、周りは一切の苦痛を感じることなく、幸せそうに生きている。その権化たる檜山達やハジメが許せなかった。

 しかし男には、檜山達を貶めようとする勇気は無かった。彼の心には、檜山達への憎しみと同じくらいに、恐怖心があったからだ。だかはその代わりにハジメを貶めようとしたのだ。ハジメであれば、そこまで怖くない。

 

「さて……復讐を続けなければなぁ」

 

 そう言って、男は宿に戻ろうとする。しかしその目の前には、いつの間にか一人の女性がいた。

 輝くように見える銀髪に、大きく切れ長の碧眼、少女にも大人の女にも見える不思議で神秘的な顔立ちをしており、身長は女性にしては高い方で百七十センチくらいの修道女だった。

 

「はじめまして、私の名はノイント。主の命で、貴方を神域へとお連れします」

「は、え?」

 

 ノイントと名乗った女性によって、男は神域と呼ばれる場所へ連れて行かれることになった。二人は光りに包まれ、薄れた時には、そこにはもう誰もいなかった。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 その男子生徒が連れて行かれた先は、極彩色の空間。そこにはノイントと同じような容姿をした女性がたくさん飛び交っていた。

 

 しかし何よりも男の目を惹いたのは、その中央の玉座に鎮座する思念体のような何かだ。実態は持たないみたいだが、男はそれに畏敬を抱かずにはいられなかった。

 

「ようこそ、我が領域へ。我の真名はエヒトルジュエ。貴様等をこの世界に召喚した存在だ」

「エヒトルジュエ……? エヒト……!」

「ほう? 最低限の礼儀は弁えていて良いな。それはそれとして、下界では確かにそう呼ばれている。しかしそれは仮の名に過ぎん」

 

 男はその思念体の名を理解すると、即座に平伏した。エヒトルジュエの怒りを買わないために。

 

 そうしてエヒトルジュエは、男をこの神域へ呼び出した理由を語り始めた。

 

「我が貴様を呼び出した理由は、端的に言えば交渉だ」

「交渉……ですか?」

「ああ。貴様に質問だが……貴様はこの世界、トータスを支配してみたくはないか?」

「……!?」

「我の目的を手伝うと言うのであれば、このトータスの支配権を貴様に渡してやってもいい」

 

 まさかの言葉だった。なんせ交渉は、エヒトルジュエの支配下にあるトータスを、この一人の男子生徒に移譲するというというものだったのだから。

 

 あまりに予想外かつ壮大な内容だったせいで、男は思わず警戒してしまう。そして一つ、ゆっくりと尋ねる。

 

「……その、エヒトルジュエ様の目的というのは?」

「我の目的か。それは……貴様等の住む世界、地球を支配することだ」

「地球の支配……」

「トータスの支配をして長い時間が経つが……どうも飽きてきたものでな。それを手伝ってくれると言うのであれば、貴様にはこの世界をやろう。さぁ、どうする?」

「手伝います」

 

 エヒトルジュエの目的は、地球の支配。普通なら拒絶するような内容だろうが、男は一切の躊躇いを見せずに了承した。

 

「……ほう? まさかここまであっさり了承されるとは」

 

 流石のこれには、エヒトルジュエもわずかに驚いているようだった。故郷を支配すると言われたのだから、もう少し拒絶されるのではと予想していたのだろう。

 

「あの世界はクソだ、誰一人として助けてくれねぇ。全てが不公平、周りは幸せそうなのに、俺だけが不幸になるクソみたいな世界だ……!」

「なるほど。良い思い出が無かったからこそ、簡単に故郷を引き渡してくれたわけか」

「そういうことだ。あんな世界に戻るんなら、俺はこの世界にいることを選ぶ。それに、あの世界を壊してくれるんなら、それは大歓迎だ」

「それならば、貴様を新たな支配者にしてやろう。外から貴様の支配するトータスを眺めるというのも、中々に新鮮で面白いかもしれない」

 

 そう言ってエヒトルジュエは、男に力を与えた。その力とは七種の究極の魔法――神代魔法だ。この世界を構築したとも言われている、すべての魔法の起源。それを一人の男子生徒が手にした。

 

「これは……!」

「神代魔法というものだ。その基本的な使用方法も、頭の中に刻んでおいた。貴様の扱い次第では、どんな事象でも引き起こすことができるだろう」

「ありがとうございます……!」

「構わん。だが神代魔法を使う時は気をつけろ。気取られては面倒になるからな」

「了解」

「では以上だ」

 

 そう言うと、男は光りに包まれる。そうして神域から追い出された。

 

「さて、ノイント」

「はい」

「あの男のサポートをしてやれ。だがもし裏切りの兆候が見えたら、即座に始末しろ」

「了解いたしました」

 

 それを追うように、ノイントも神域から出ていった。




simasima様

評価ありがとうございます! 今後も頑張っていくので、応援よろしくお願いします!


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奈落の底

 ザァーと水の流れる音がする。

 

 冷たい微風が頬を撫で、冷え切った体が身震いした。頬に当たる硬い感触と下半身の刺すような冷たい感触に「うっ」と呻き声を上げて、ハジメは目を覚ました。

 ボーとする頭、ズキズキと痛む全身に眉根を寄せながら両腕に力を入れて上体を起こす。

 

「痛っ~、ここは……僕は確か……」

 

 ふらつく頭を片手で押さえながら、記憶を辿りつつ辺りを見回す。

 

 周りは薄暗いが緑光石の発光のおかげで何も見えないほどではない。視線の先には幅五メートル程の川があり、ハジメの下半身が浸かっていた。上半身が、突き出た川辺の岩に引っかかって乗り上げたようだ。

 

「そうだ……確か、橋が壊れて落ちたんだ。それで……」

 

 あることを思い出したハジメは、霧がかかったようだった頭を一瞬にして覚醒させた。

 

「香織!」

 

 周りを見渡してみると、香織もハジメと同じように、少し離れた場所に打ち上がっていた。水の中にいたわけなのだから、着ていた服はびしょ濡れだ。

 

「大丈夫か? 痛い所は無いか?」

「ん……ハジ、メ……?」

 

 何度か呼びかけを繰り返すと、香織はゆっくりと目を開いた。どうやら、溺れたりはしていなかったようだ。ゆっくりと体を起こすと、香織は尋ねてくる。

 

「ハジメくん……ここは……?」

「分かんない。オルクス大迷宮のさらに奥……ということだけしか」

「そっか……私達、あそこから落ちちゃったもんね……」

 

 二人は上を見上げる。しかし、天井に穴などは無い。おそらくは、この地下にできた川に流されてきたのだろう。

 

「とにかく……難しいだろうけど、まずは生きてここから脱出しよう」

「うん」

 

 そうして二人は服を乾かしたりしてから、洞窟を進み出した。ちなみにだが、この間に香織のステータスプレートが紛失していることが判明したりもした。

 

 単なる洞窟であればある程度安心ではあるが、ここはオルクス大迷宮から続いた場所だ。魔物がいる可能性は高い。なので油断せずに進む。

 

 進む通路はまさしく洞窟といった感じだった。ただし、大きさは比較にならない。複雑で障害物だらけでも通路の幅は優に二十メートルはある。狭い所でも十メートルはあるのだから相当な大きさだ。歩き難くはあるが、隠れる場所も豊富にあるので、物陰から物陰に隠れながら進んでいった。

 

 そうやってどれくらい歩いただろうか。疲れを感じ始めた頃、遂に初めての分かれ道にたどり着いた。

 

「分かれ道……だね」

「うん。ハジメくん、どっちに――!」

 

 小声で相談を始めようとした二人。しかしその時、近くで何かが動いたような気がした。そんな感覚に気づいたハジメと香織は、即座に岩陰に身を潜める。

 

 そっと顔だけ出して様子を窺うと、ハジメ達のいる通路から直進方向の道に、白い毛玉がピョンピョンと跳ねているのがわかった。長い耳もあり、見た目はウサギに近い。

 ただし、大きさが中型犬くらいあり、後ろ足がやたらと大きく発達している。そして何より赤黒い線がまるで血管のように幾本も体を走り、心臓のように脈打っていた。

 

 本能的に、二人はそれを危険な存在だと認識した。そして何を言うでもなく、二人は別方向の道へ進むことを考えた。

 そうしてハジメが右側を指すと、香織もそれに頷く。ウサギの位置からして右の通路に入るほうが見つかりにくそうだ。

 

 息を潜めてタイミングを見計らう。そして、ウサギが後ろを向き地面に鼻を付けてフンフンと嗅ぎ出したところで、飛び出そうとした。

 その瞬間、ウサギがピクッと反応したかと思うとスッと背筋を伸ばし立ち上がった。警戒するように耳が忙しなくあちこちに向いている。

 

(ヤバい! 見つかったか……?)

 

 岩陰に張り付くように身を潜めながらバクバクと脈打つ心臓を必死に抑える。その隣では、香織はハジメにしがみつくようにして、荒い呼吸をしていた。恐怖に、二人は冷や汗を流す。

 

 だが、ウサギが警戒したのは別の理由だったようで。

 

「グルゥア!!」

 

 獣の唸り声と共に、これまた白い毛並みの狼のような魔物がウサギ目掛けて岩陰から飛び出したのだ。その白い狼は大型犬くらいの大きさで尻尾が二本あり、ウサギと同じように赤黒い線が体に走って脈打っている。

 どこから現れたのか一体目が飛びかかった瞬間、別の岩陰から更に二体の二尾狼が飛び出す。

 

 再び岩陰から顔を覗かせその様子を観察するハジメ。どう見ても、二尾狼がウサギを捕食する瞬間だ。

 

 ハジメは香織の腕を引っ張り、このドサクサに紛れて移動しようかと腰を浮かせた。

 

 だがしかし、

 

「キュウ!」

 

 可愛らしい鳴き声を洩らしたかと思った直後、ウサギがその場で飛び上がり、空中でくるりと一回転して、その太く長いウサギ足で一体目の二尾狼に回し蹴りを炸裂させた。

 直撃した狼は、鳴ってはいけない音を体から響かせ、首はあらぬ方向に捻じ曲がってしまう。

 

 

 

 そうこうしている間にも、ウサギは回し蹴りの遠心力を利用して更にくるりと空中で回転すると、逆さまの状態で空中を踏みしめて地上へ落下し、着地寸前で縦に回転。強烈なかかと落としを、着地点にいた二尾狼に炸裂させた。

 

 そうして二頭の狼の頭部を潰された頃には、さらにもう二頭の二尾狼が現れて、着地した瞬間のウサギに飛びかかった。

 しかしその二頭も、あっという間に首をへし折られていた。

 

(なんだよ……! 見つかったら確実に死ぬだろこれ……!)

 

 あまりの光景に、体を震わせるハジメ。香織も、その隣で体を震わせている。表情を見てみると、今にも泣き出しそうになっている。

 

 香織のためにも早く逃げないとと考えたハジメは、右手で香織と手を握り、すぐに移動を始めようとした。

 

 だが、それが間違いだった。

 

カコン

 

 そんな音が、洞窟内にやたらと大きく響いた。

 

 下がった拍子に足元の小石を蹴ってしまったのだ。あまりにも痛恨のミスである。これにはハジメの足も固まってしまう。逃げないといけないのに、これから起こることを想像してしまい、動けない。

 

 やがて、首だけで振り返っていた蹴りウサギは体ごとハジメの方を向き、足をたわめグッと力を溜める。

 

「香織ッ!」

 

 ハジメが本能と共に悟った瞬間、蹴りウサギの足元が爆発した。後ろに残像を引き連れながら、途轍もない速度で突撃してくる。

 

 気がつけばハジメは、香織を引き寄せて全力で横っ飛びをしていた。

 

 直後、一瞬前までハジメのいた場所に砲弾のような蹴りが突き刺ささり、地面が爆発したように抉られた。硬い地面をゴロゴロと転がりながら、尻餅をつく形で停止するハジメ。陥没した地面に青褪めながらも、香織を後ろに下げて後退る。

 

 蹴りウサギは余裕の態度でゆらりと立ち上がり、再度、地面を爆発させながらハジメに突撃する。

 ハジメは咄嗟に地面を錬成して石壁を構築するも、その石壁を軽々と貫いて蹴りウサギの蹴りがハジメに炸裂した。

 

「ぐぅっ――」

「ハジメくんっ!」

 

 咄嗟に左腕を掲げられたのは本能のなせる業か。顔面を粉砕されることだけはなかったが、衝撃で香織と共に吹き飛び、地面を転がった。

 ある程度は威力を軽減できたようではあるが、それでも骨は折れているのか、とんでもない激痛が走り、腕に力が入らなくなっていた。

 

 急いで起き上がりながら蹴りウサギの方を見ると、今度はあの猛烈な踏み込みはなく余裕の態度でゆったりと歩いてくる。

 

「“錬成”ッ!」

 

 なんとか生きようと、なんとか香織だけでも助けようと壁を作ろうとするハジメ。しかし何故か、壁ができる代わりに、ジュゥゥという音と共に地面が溶けて気体へと変わった。

 慌てすぎてて、最も得意としている錬成すら上手くコントロールできていない。しかしその時、蹴りウサギの動きが止まると同時に、体を震わせた。まるで怯えるかのように。

 

「ハジメくん……あれ……」

 

 ハジメのすぐ後ろで、香織が震えた声を出す。わずかに見えた指は、蹴りウサギの斜め上を指している。

 

 そこには、

 

「……グルルル」

 

 巨大な爪を持った、熊のような魔物がいた。巨躯に白い毛皮、例に漏れず赤黒い線が幾本も体を走っている。

 

 蹴りウサギが夢から覚めたように、ビクッと一瞬震えると踵を返し脱兎の如く逃走を開始した。今まで敵を殲滅するために使用していたあの踏み込みを逃走のために全力使用する。

 

 しかし、その試みは成功しなかった。

 

 爪熊が、その巨体に似合わない素早さで蹴りウサギに迫り、その長い腕を使って鋭い爪を振るったからだ。蹴りウサギは流石の俊敏さでその豪風を伴う強烈な一撃を、体を捻ってかわす。

 ハジメの目にも確かに爪熊の爪は掠りもせず、蹴りウサギはかわしきったように見えた。しかし、着地した蹴りウサギの体はズルと斜めにずれると、そのまま噴水のように血を噴き出しながら別々の方向へドサリと倒れた。

 

「……ッ! 香織!」

 

 ハジメは右手で香織を掴み、慌てて逃げ出した。本能が体を追い越して動いた。

 

 慌てて背中を向けて走るハジメだったが、恐怖からか、チラッと後ろを見る。そこには、蹴りウサギを咀嚼しながら腕を振るう爪熊がいた。

 

「危ないっ!」

「きゃっ……!?」

 

 それを見て、ハジメは横を走る香織に体をぶつけ、横に転がった。しかしそれと同時にハジメの左腕辺りに、耐え難いほどの激痛が走る。

 

 ゴロゴロ転がり、壁にぶつかったハジメと香織。急いで顔を上げると、そこには何かを咀嚼する爪熊が。その何かが、ハジメ自身の千切れた左腕だと理解するのには、一秒もかからなかった。

 瞬間、背筋がゾクリと冷えた。死ぬかもしれないという恐怖と、香織を死なせてしまうかもしれないという恐怖が同時に襲ってきた。

 

「香織! “錬成”!」

 

 近づいてくる爪熊から逃げるため、慌てて錬成を行使して壁を壁に穴を作り、そこに青ざめている香織を押し込む。今度は上手く発動させることができた。

 

「〝錬成〟! 〝錬成〟! 〝錬成ぇ〟!」

 

 さらにそこから錬成に錬成を重ね、穴を塞いで香織を奥に押し込みながら、爪熊から逃げる。爪熊の咆哮と壁が削られる破壊音に半ば狂乱しつつもひたすらに続けた。全ては香織と共に生き残るために。

 後ろはもう振り返らないし、そもそも振り返ることを忘れている。一心不乱に、生存本能の命ずるままに、奥へと進んでいった。

 

「れんせぇ……れん、せぇ……ハァ……ハァ……」

 

 そうしてどれだけ経ったのだろうか。ハジメの声は枯れ、息は上がっていた。そして魔力が底をつきたのか、錬成は発動できなくなっていた。

 しかし同時に、周囲からほとんど音が聞こえないことにも気がついた。爪熊は諦めていたのか、ついさっきまで聞こえていた気がした破壊音は、もうしなかった。

 

「ハジメ、くん……」

 

 薄れゆく意識の中で、香織の声が響いた。しかし極限の疲労と肉体へのダメージと失血のせいで、ハジメは意識を手放した。




奈落に落ちたハジメは、大概左腕を失うことになる。けどもしかしたら、まだ確定ではありませんが、すぐに元に戻る可能性も……。
それはそれとして、今回の左腕欠損のせいで、香織の精神がとんでもない速度で磨り減っていきますね。こりゃ面倒そうなこじれ方しそうな予感。


それとここからは評価についてですが……

お腹弱々おじさん様

評価していただき、ありがとうございます。評価してもらえると、本当に励みになります。今後ともよろしくお願いします。


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重くて深い絆

これを書いてる時、何度か死にそうになりました。推敲している時も、二回ほど死にそうになりました。


「ん……くぅ……」

 

 一体どれくらい眠っていたのか。ハジメは徐々に、意識を取り戻していった。重い瞼を開けて、ぼやけた世界を見つめる。

 

「……香織」

 

 ハジメの目に真っ先に入ってきたのは、香織だった。彼女はハジメに抱きつくようにして眠っている。眠っているはず……なのに、わずかに体が震えていた。

 

 その理由はよく分からなかったが、とりあえず香織を起こさないように体を起こしてみると、改めて、左腕を失ったことに気づいた。

 周囲にはかなりの量の血が落ちていた。血溜まり……というほどではないが、腕一本失ったのだから、命に関わるレベルの出血量だったはずだ。それにも関わらず、一応傷は塞がり出血が止まっているということは、香織が必死で頑張ってくれたということだろう。

 

「あ、ん……」

 

 少し顔を眺めていたハジメだったが、不意に、香織はうめき声を上げる。それと同時に瞼に強く力が入り、ゆっくりと目が開いた。

 

「……! ハジメくん!」

 

 目を覚まし、ハジメが起きたことに気づくと、香織は慌てて体を起こして、胸に顔を埋めてきた。

 

「ハジメ、くん……私のせいで、腕が……ごめんなさい、わたしのせいで……!」

 

 そうして口から出てきたのは、心の底からの懺悔の言葉。どうやら香織は、自分のせいでハジメが左腕を失ったと思っているようだった。

 確かに香織からしてみれば、自分は恐怖で動けず、ハジメの足を引っ張ってばっかり。挙句の果てにはまともに動けない自分のために、ハジメは左腕を失うことになったわけなのだから。

 

 腕を失う苦痛とは、どれくらいのものなのだろうか。それを香織が知ることはできないが、想像を絶する痛みであることは容易に理解できる。だからこそ、香織は罪悪感に苛まれているのだ。

 自分のせいで、ハジメを苦しませてしまった、怪我では済まないほどの傷を負わせてしまったと。

 

 香織の嗚咽と一緒に、服が湿ってきているのをハジメは感じ取る。ハジメを傷つけた罪悪感で、大粒の涙を溢しているのが分かった。

 

「ごめんなさい……お願いだからわたしのこと、嫌いにならないで……見捨てないでぇ……」

 

 そして、涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げて、香織は懇願する。まるで縋り付くかのように。

 そこからさらに何かを言おうとしている香織だったが、ハジメはそんなことは気にせずに、片腕で香織を抱き寄せて、その唇を奪った。

 

「……!?」

「……すき、香織大好き」

 

 そこから間髪入れずに、ハジメは愛の言葉を囁く。

 

「長くて綺麗な髪もすき、純粋でたまに子供っぽくなるところもすき、優しい所もすき、全部好き香織愛してる」

 

 ただひたすらに愛の言葉を囁き、何度もキスをして、愛で香織の心を全て埋め尽くさんとするハジメ。

 

 香織の心を支配していた不安や恐怖は、だんだんと愛に染まっていく。しかしその愛が、さらなる恐怖を呼び起こしていく。

 

「私もっ……ハジメくん大好き……! 誰よりも優しくて真面目でカッコよくて……死なないで、離れたくないよぉ……」

 

 香織を支配する恐怖、それはハジメが死んでしまうのではないかというものだった。いや、最初からその恐怖はあったのだろう。しかし罪悪感という大きなモノが消えたがために、この死の恐怖が表面に出てきたのだろう。

 

 そんな香織の言葉に、ハジメはさらに腕の力を強めて抱きしめる。

 

「もう離さないよ香織……絶対に離さない、ずっと一緒にいる。だから香織も……お願い、離れないで」

「うん、私も……ずっとずっと一緒にいる、もう離さない。ハジメくんのためならなんでもするから……!」

「僕も……香織のためならなんでもする。どんなに苦しくてもずっと一緒だから、絶対に離さないよ……!」

 

 いつの間にか、二人は抱きしめあって、無限に互いに愛情を確認し合う言葉を囁き合うようになっていた。深い愛情を囁き、その言葉でさらに愛情は深まり、その無限ループ……。

 この無限ループは、二人が疲れ果てて眠るまでずっと続いた。そして眠るときでさえも、二人は互いを離すことはなかった。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

「――――! ――!」

 

 次にハジメが目を覚ました時は、自身に対して必死で回復魔法を使う香織が見えた。

 

「香織、おはよう」

「あ……ハジメくん、おはよう……」

 

 香織は少し申し訳無さそうにおはようと言う。どうして申し訳無さそうにしているのかは、ハジメには想像がついた。

 

 おそらく、香織はハジメの千切れた左腕をなんとか再生させようとしているのだ。しかしそんな魔法など香織は知らないし、王宮での訓練でも教えてもらえなかった。

 回復魔法は、人間の治癒力を強化する魔法だ。回復魔法は基本、治癒力を強化することで傷を癒やしたり、魔力の回復力を強化することで魔力回復速度を上げたりしている……とされている。

 だが逆に言えば、人間の治癒力で再生できないものは、いくら頑張っても治療できない。今回のハジメの場合、人間に腕を生やすような再生方法はないので、腕を再生させるのは不可能ということだ。

 

 にも関わらず、香織は必死になっていた。治癒師の香織が、回復魔法の仕組みを理解していないわけがない。それでもと、ただひたすらに様々な手段を試してくれていた。

 

「……そういえば香織」

「なに?」

「助けてくれてありがとう。ここに逃げてきた後、治療してくれて本当にありがとう」

 

 それはそれとして、まずは第一の感謝から。最初に腕を千切られて大怪我を負ったとき。その時に止血してくれたのは、香織しかいない。それに感謝をした。

 

「うん……でも、私は大したことはしてないよ。確かに回復魔法も少しは使ったけど……ほら、あれ」

 

 香織は少し難しそうな表情でそう言いながら、ハジメの後方を指さした。

 

 そこにはバスケットボールぐらいの大きさの青白く発光する鉱石が、周りの石壁に同化するように存在していた。表現するならば、神秘的で美しく、アクアマリンの青をもっと濃くして発光させた石、といった感じか。

 よく見ると、その石からは水滴が滴っており、そこそこ大きな水溜りができていた。

 

「あの水を飲ませたら、傷がすぐに治っちゃったんだ。流石に腕までは元に戻らなかったけど……出血は止まったんだ。私も最初に少し飲んだんだけど……空腹感も無くなっちゃって……」

「そうなんだ。……でも、香織がこの水を飲ませて助けてくれたのは事実でしょ? 助けてくれただけでも、僕は嬉しいよ」

 

 香織はおそらく、自分の手で傷つけたのに、自分の回復魔法で治療できなかったことに、何か思う所があったのだろう。

 

「それと……腕、治そうとしてくれてるの?」

「え、あっうん。でも……普通の回復魔法じゃ治らなくて……色々な手段を使ってやってるんだけど、上手くいかないんだ……ごめんね、治してあげられなくて」

「いや、謝らなくていいよ。香織が僕のために必死で頑張ってくれている、それだけで嬉しい。けど、流石に無理はダメだよ?」

「うん。……本当に、ごめんね。いつか治せるようになるから、その時まで待っててね」

「分かった。……でもどうして、無くなった腕は戻らないんだろうね? 単なる傷なら治るのに……」

 

 こうして回復魔法の話をしたハジメは、ふと一つの疑問が思い浮かぶ。そもそも治癒力って、何だろうと。

 他の魔法の原理はある程度理解できる。攻撃系の魔法であれば、魔力を何らかのエネルギーに変換して攻撃に利用しているのだと分かる。

 錬成だって似ている。魔力を消費することで、鉱物を操作することができる魔法。訓練次第では、圧力や熱を無視して、鉱物を液体にも変化させることだってできる。

 

 ならば、回復魔法の原理はなんだろうか。そもそも治癒力とはなんだろうか。そんなものを強化することができるのだろうか。そういった疑問が、ハジメの脳に浮かんだ。

 ハジメの考える回復魔法の原理は、治癒力ではなく治癒()()を速めている、というものだ。

 回復魔法は、肉体の治癒速度を上げることで、一瞬で治療しているように見せているのだ。そうであれば、回復魔法を使われても、人間の本来の治癒力以上に治癒が不可能な理由にも頷ける。

 

「もしかして……時間を操作している?」

「どしたのハジメくん?」

「いや、回復魔法の原理だよ。もしかしたら……回復魔法は、時間を操作して傷を治癒させているんじゃないかってね」

「時間の操作?」

「うん。正確には加速、かな? ピンポイントに再生速度だけを加速させることで、高速で傷が治ってるように見える……っていうのが、僕の思う回復魔法の原理」

「へぇ〜、言われてみればそうか……あっ!」

 

 何かを思い付いたのか、香織はハジメに向けて回復魔法を唱え始めた。おそらくは、ハジメの時間を操作云々といった言葉で、何かアイデアを掴んだのだろう。

 しかし、アイデアを掴んだだけでは、失った腕は戻ってこない。そんなので戻ってくるのなら、回復魔法で治らない病気や怪我はとうの昔に無くなっている。

 

「……ダメかぁ」

「そりゃあね。アイデア自体はいい感じだと思うけど、それだけじゃ上手くいかないよ」

 

 ここからハジメは続ける。今後のことを考えるために。

 

「……とにかく、いつかはここから脱出しないといけない」

「そうだよね。でも外の魔物は強いし、私達が勝てるかどうか……」

「やるんだ」

 

 ハジメは、意志の籠った声で言う。

 

「僕達ならできる。力を合わせれば、何とかなる」

「……ううん、そうだよね。私達なら、きっと大丈夫だよ、うん」

 

 そんな香織の前に、ハジメは自分のステータスプレートを出した。自らの現状を知るために。

 

 

 

===============================

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:10

天職:錬成師

筋力:20

体力:20

耐性:20

敏捷:20

魔力:40

魔耐:25

技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+消費魔力減少][+鉱物融解][+鉱物凝固][+遠隔錬成][+鉱物融合][+鉱物分離][+高速錬成][+錬成範囲拡大][+鉱物昇華]・言語理解

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 わずかに成長したステータス。そして新たな技能、鉱物昇華を修得していた。いつの間に、とハジメは思ったが、この際それはどうでも良かった。

 

「鉱物昇華……昇華といえば、固体を気体にしたり、気体を固体にすることだったか」

「ということは、鉱石とかを気体にできるってこと?」

「まぁ……多分そうだと思う。実際にやってみないと分からないけど」

 

 そう言ってハジメは、錬成で空洞を広げる。これにより、ある程度使える空間は大きくなった。

 

「“錬成”」

 

 まずは錬成。しかし今回はそれに加えて、鉱物を液体化させる鉱物融解も同時に使用する。

 すると地面は溶け出し、岩石はドロドロの液体へと変わった。それに一度触れてみるが、タールのようなドロドロとした感触がするだけだった。

 

 液体にした鉱物に関しては元に戻して、その後にもう一度錬成を行うハジメ。

 

「次は気体に……“錬成”」

 

 すると鉱物は、黒い気体へと変わる。色があるから見分けることができるのだろうが、無かったら、見分けるのは非常に難しいだろう。

 

 そして最後に、気体の鉱物を固体へと戻す。

 

「……“錬成”!」

 

 そう唱えた瞬間、気体として空気中を漂っていた鉱物は凝縮し、地面に落ちた。タイムラグはほぼゼロと言ってもいい。

 

「う~ん、これで戦ったりは……できる?」

「実際やってみないと分かんないけど……一つ、やってみたいことがある」

 

 そう言ってハジメは、もう一度ある程度の量の鉱物を昇華させ、気体にする。それを慎重に調整して唱えた。

 

「“錬成”」

 

 ジャキン!

 

 空気中に、無数の針のようなものが出現した。とはいえ出現したのは空気中なので、すぐに地面に落下してしまった。

 香織は首を傾げていたが、ハジメは逆にこれを見て、渾身のガッツポーズをしていた。

 

「よしっ! いける、いける、多分これで魔物相手に勝てる!」

「えっ? どうやってこれで戦うの?」

「ああ、えっとね……まず鉱物を大量に気体化させる。その後に、それを吸い込んだ魔物の体内にある気体の鉱物を、さっきみたいに針状の固体にするんだ」

 

 ハジメの作戦は、言ってしまえばほぼ全ての生命の一番の弱点部位を的確に突く作戦だった。

 気体化した鉱物を魔物に吸わせて、それを体内で固体化、しかも針状にする。こうすることで、柔らかい内臓を直接かつ大量に貫くことができるというわけだ。

 これの優秀な点は何より、通常なら攻撃の障害となる硬い甲殻や皮膚を完全に無視できるという点だ。いくら硬い甲殻や皮膚を持っていようが、直接内臓を狙われては意味がない、というわけだ。

 

「とりあえず、食料確保はできる。魔物の肉は劇毒と聞いたけど……でも、それしか食べるものが無い」

「あの水は?」

「無限だったら使ってたけど、無限じゃないでしょ。それなら僕は、わずかな可能性に賭けてでも、魔物の肉を食べるよ」

 

 でも、とハジメは続ける。

 

「やっぱ危ないのは事実。けどそこは……香織。もし僕になにかあったら、その時は助けてほしい」

「うん、そんなの言われなくても!」

 

 そういうわけで、二人は空洞から出て、狩りへと向かった。




オリジナル技能紹介
・鉱物昇華…鉱物を固体から気体へと変化させる。あるいは気体から固体へと変化させる。固体から気体に変えるにはそこそこ時間がかかるが、気体から固体に変えるのは、ほぼノータイムでできる。


今回も、評価していただきありがとうございます。

鸞凰様  ultrakussy様  異次元の若林源三様
ごむまりさん様  カ-マイン様

お礼申し上げます。特に評価10を見た時は、電車の中にも関わらずガッツポーズをしてしまうほどには嬉しかったです。これからも頑張っていきますので、応援よろしくお願いします。


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人間のままで

 迷宮のとある場所に、二尾狼の群れがいた。

 

 二尾狼は四~六頭くらいの群れで移動する習性がある。単体ではこの階層の魔物の中で最弱であるため、群れの連携でそれを補っているのだ。この群れも例に漏れず四頭の群れを形成していた。

 そうすれば、爪熊はともかくとして、上手くやれば蹴りウサギくらいなら倒すことができるほどだ。

 

 周囲を警戒しながら岩壁に隠れつつ移動し絶好の狩場を探す。二尾狼の基本的な狩りの仕方は待ち伏せだからだ。

 

 しばらく彷徨いていた二尾狼達だったが、納得のいく狩場が見つかったのか、それぞれ四隅の岩陰に潜んだ。後は獲物が来るのを待つだけだ。その内の一頭が岩と壁の間に体を滑り込ませジッと気配を殺す。これからやって来るだろう獲物に舌舐りしていると、ふと違和感を覚えた。

 

 二尾狼の生存の要が連携であることから、彼らは独自の繋がりを持っている。明確に意思疎通できるようなものではないが、仲間がどこにいて何をしようとしているのかなんとなく分かる。

 その感覚が、違和感を察知した。自分達は四頭の群れのはずなのに、三頭分の気配しか感じない。反対側の壁際で待機していたはずの一頭が忽然と消えてしまったのだ。

 

 どういうことだと不審を抱き、伏せていた体を起こそうと力を入れた瞬間、今度は仲間の悲鳴が聞こえた。

 消えた仲間と同じ壁際に潜んでいた一頭から焦燥感が伝わってくる。何かに捕まり脱出しようともがいているようだが中々抜け出せないようだ。

 

 救援に駆けつけようと反対側の二頭が起き上がる。だが、その時には、もがいていた一頭も一瞬悲鳴を上げたが、すぐに静かになった。

 

 混乱するまま、急いで反対側の壁に行き、辺りを確認するがそこには何もなかった。ただ壁から、ジュゥゥ、ジュゥゥと、煙が出ていただけだった。

 

 そして二尾狼は、煙を吸い込んでしまった。

 

「“錬成”」

 

 その瞬間、二尾狼の皮膚を内側から突き破って、無数の鋭利な岩の棘が伸びた。内側から直に内蔵を傷つけられた二尾狼が生きているはずもなく、絶命した。

 

「よし、これで終わりっと」

 

 二尾狼を倒したハジメが、壁の中から出てくる。実は他の二尾狼を倒したのもハジメだ。しかも今のと同じ方法を変えることなく、全部瞬殺していた。

 普通に棘を足元から出現させるのであれば、あまり効果は無かっただろう。なんせ、錬成は鉱物の形を変えることはできても、その速度を上げることはできないから。故に威力が出ない。

 しかしそれでも、体内から攻撃するのなら話は別だ。体内まで堅牢な生物などそうそういない。大抵の場合、皮膚や甲殻が硬いだけで、内側の肉や内臓は非常に柔らかい。そこを突けば、いくら威力が出なくても、簡単に殺せるというわけだ。

 

「とりあえず……香織にはもう二頭運ばせてるし、残りを運ぶか」

 

 そうしてハジメは、他に仕留めた二尾狼も含めて、拠点にしている空洞へと持ち帰るのであった。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

「ただいま~」

 

 そう言って、香織が待つ空洞へ穴を開けたハジメ。すると先に戻っていた香織はすぐに駆け寄ってきた。

 

「ハジメくん! 大丈夫、怪我とかはないよね、ね?」

「うん、大丈夫……大丈夫だよ」

 

 ハジメは軽く香織にハグして、一分間ほど抱き合ってようやく離れた。

 

「とにかく、魔物は狩ってきた。四頭分はあるから、食べれるなら食料には困らないけど……」

 

 ハジメは、事前に作っておいた包丁のようなものを利用して、二尾狼の肉を無理矢理取り出す。それを香織が用意してくれた薪の側に置いて焼き始める。

 

「さて……魔物の肉は劇毒だ。食ったらどうなるかは知らないけど、まぁ死ぬかもしれない。だから……」

「うん。私が何とかするよ」

 

 そうして、焼き上がった肉にかじりつくハジメ。肉は硬く、肉食の魔物の肉のためか、臭みがあって非常に不味い。

 

「うわっ、臭いし不味い……」

 

 調味料等は一切無いので、純粋に肉の味だけがする。その肉の味がこれまた不味いのだ。吐きそうになるほど……ではないが、食べにくいのは事実だ。

 

 そうしていくらか食べ進めた所で、突然ハジメの肉体に異変が起こり始めた。

 

「ぅ……ガァァぁぁああ!?」

 

 突如全身を激しい痛みが襲った。体の内側が何かによって壊されていくかのような、そんな感覚が、全身を駆け巡った。

 

「ハジメくん!」

 

 香織は慌てて鉱石から出た水を飲ませる。しかしそれだけでは効果は無い。ほんの一瞬痛みを抑えただけであり、時間が経てば経つほどにハジメの叫び声ら大きくなっていった。

 

「ぐぅあああっ。か、香織ッ――ぐぅううっ!」

「ハジメくんっ! 治って、治って!」

 

 水を飲ませながら叫ぶ香織。いつ死んでもおかしくないような状態のハジメを見て、精神的に不安定な状態の香織が錯乱しないわけがなった。

 

「ひぃぐがぁぁ!! 香織……香織ぃ!」

「お願い! 治って! 治って……元に戻って!」

 

 その時だった。

 

 何も詠唱していないはずなのに、魔法を使おうとしていたわけじゃないのに、突如として魔法陣が出現した。ハジメも香織も、その魔法陣の出現には気づいていない。

 

 魔法陣からどのような魔法が発動されたのかは分からない。何か発光したりだとか、そういうのは無かったから。

 

 そうして悲鳴を上げること約二十分。その間、ハジメの肉体はひたすらに変異し続けていた。骨や筋肉が肥大化しては萎み、髪は白くなったり黒くなったり。変異こそするが、即座に元に戻っていくのだ。

 しかし十分経つ頃には、変異の速度が急速に遅くなっていき、十五分経つ頃には、目に見える変異はしなくなっていた。そして二十分で、ハジメの悲鳴は止んだ。

 

「ハジメくん! 大丈夫だよね、ね!?」

「……大丈夫。けど……流石に疲れたや」

 

 ハジメは生きていた。しかし疲れ果ててしまったのか、それだけ言うと、気絶するように眠ってしまった。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 なんだか柔らかい感触がする。少なくとも岩ではない、何かの上に頭がある感覚を、ハジメは感じていた。

 

「うぅ…………ッ!?」

 

 目を覚ましたその時、ハジメは全て理解した。どうやら香織に膝枕されていたようだと。

 しかし、自分の体に違和感がある。なんとなくではあるが、体の調子がいい気がする。思考が澄んでおり、血流が良いように感じる。

 

「あ、起きたねハジメくん」

「うん、おはよう香織」

 

 ゆっくりと体を起こすハジメ。やはり、肉体の調子がなんとなく良い気がした。

 

「……なんだろうこれ。体の調子が物凄く良い。何か……ステータスに変化でもあったのか?」

 

 身体の何らかの変化を察知したハジメは、ポケットからステータスプレートを取り出して確認した。

 

 

 

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南雲ハジメ 17歳 男 レベル:12

天職:錬成師

筋力:150

体力:450

耐性:150

敏捷:300

魔力:450

魔耐:450

技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+消費魔力減少][+鉱物融解][+鉱物凝固][+遠隔錬成][+鉱物融合][+鉱物分離][+高速錬成][+錬成範囲拡大][+鉱物昇華]・魔力操作[+魔力強化Ⅰ]・胃酸強化・纏雷・言語理解

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 そのステータスは、以前と比べたら圧倒的に強化されていた。何故かステータスは大幅に増加しており、派生技能ではない通常の技能が三つも増えているのだ。

 ここまで変化したのなら、肉体も変異しているはず。変異していないとむしろ違和感があるレベルなのだが、目に見える部分には一切の変化が無い。

 

「……凄い」

「魔物を食べることで、ステータスや技能が得られる……? いや、そんな単純じゃないか?」

 

 魔物の肉には、当然ながら魔物の魔力が多量に含まれている。その魔力こそが、魔物を食べた人間に害を与える。

 

 魔物の魔力を多量に取り込んだ際の症状の第一段階。第一段階()()であれば、死ぬことは無い。

 体内に取り込んだ魔物の魔力は、元から体内に存在している魔力への攻撃を始める。魔石を持っていない人間の魔力は、この攻撃に非常に弱く、あっという間に体内の魔力がほぼ全てが分解され、魔物のそれに置き換わることになる。

 

 次に第二段階。ここから身体への致命的な害が一気に出てくる。

 体内に残った魔物の魔力は、次に身体そのものに作用し始める。その結果として、肉体は変異していくのだが、たいていはこの変異に耐えられず、人間は死亡してしまう。

 

 最後に第三段階。ここまで来て生き残っていれば、もう死ぬことは無いだろう。

 ここまで死なずに生き残った場合、肉体は魔物の魔力に適応するように変異し、魔力は安定化する。残った魔物の魔力は、わずかに残った人間の魔力を取り込み、そこから使える形質を取り込んで変異する。こういった過程を経るため、魔物の肉を食べると、魔法の適性が変化することがある。

 

 しかし今回のハジメの場合は、普通ではあり得ないことが起きていた。ハジメの魔力が、外部から入ってきた魔物の魔力に打ち勝ってしまったのだ。

 何らかの魔法の影響だろうか、ハジメは第一段階と第二段階を行き来していたのだ。体内の魔力が分解されて修復、死滅されて修復……それを繰り返す内に、取り込んだ魔物の魔力が徐々に分解されていき、最終的にはほとんどを分解しきったのだ。

 しかしそれだけでは終わらなかった。ハジメの魔力は、魔物の魔力から使える形質を取り込んで変異したのだ。その結果として得られたのが、あの高いステータスと、複数の新技能というわけだ。

 

「まぁとにかく、試してみようか……」

 

 それはそれとして、ハジメは技能を試してみるようだ。体内に流れる()()を、ゆっくりと手元に集めようとする。するとハジメの意思に従い、何かが集まってきた。

 

「ん? おっ、来た……」

 

 独特の感覚に声を上げつつも、ハジメは錬成を試みる。すると詠唱していないにも関わらず、地面が盛り上がった。

 

「ウソ……詠唱無しで魔法を……」

 

 これには香織も隣で驚いていた。それもそうだろう。魔力操作という、普通は魔物しかできないとされている超技能を、人間であるハジメが使えているのだから。

 

「次は纏雷だけど……どう使うんだこれ?」

「えっと……尻尾がバチバチしてたアレじゃない?」

「尻尾がバチバチ……ああなるほど」

 

 香織の言葉でアイデアが思い浮かんだハジメは、魔力を腕に集めて、それを電力に変換するイメージで発動してみる。すると、腕からバチバチという音と共に、空色の電気が発生した。

 

「こりゃまた凄い。んで、胃酸強化は……魔物の肉に耐性ができたってことかな?」

「……もしかして、また食べるの?」

「まぁ、うん」

 

 そういうわけで、もう一度魔物の肉を焼いて、ハジメはそれにかじりつく。そうして食べ進めていくのだが、肉体への激痛が発生することはなかった。

 

「……痛くない」

「本当?」

「本当に全く痛くないし、体の違和感も全然無い」

 

 これは単に、ハジメの魔力が強化されて、体内に入ってきた魔物の魔力を片っ端から分解することができるようになり、肉体が変異することがなくなったからである。

 他の強い魔物を食べた場合だと、流石にこうはならないかもしれないが、かなりの耐性ができたことは事実だ。

 

 そんな強くなったハジメを、香織はじっと見ていた。そして大きく深呼吸して、決意する。

 

「ハジメくん」

「うん?」

「私も……魔物の肉を食べる。ハジメくんと一緒に強くなりたい」

「……本当に、するつもり? 見てたなら分かるだろうけど、本当に苦しいよ?」

「うん。それでも……ハジメくんに置いていかれたくない。強くなって、ハジメくんを守るから」

 

 そう言って香織は、魔物の肉に喰らいつく。ハジメもそれを止めることはなかった。




オリジナル技能紹介
・魔力強化Ⅰ:魔力を強化する。それにより、魔物の魔力を取り込んでも、それを上手く分解しやすくなる。



描写から分かっている人も多いかもしれませんが、香織は再生魔法に近い魔法を詠唱無しで無意識に使っています。それ自体によるものではありませんが、結果的に、一切の肉体的・魔力的な変異はせずに技能とステータスを得ました。

私の解釈では、魔物の肉を食べると、副作用として魔法の適性が下がると考えています。ですが今回の変異の仕方は例外で、適性は一切下がっていません。

ちなみにですが、魔物肉を食べた際の変化の過程や変化の内容については、文章内で記述した通りです。ただし再生魔法がある場合は、副作用的な変化は起きないかもしれません。



そして今回もたくさんの評価をありがとうございます。

Ex10様  オアシス様  ユウリス様
村井ハンド様  紅志様  三悪様
デーモン政様  ナツカンドル様  Laupe様

評価ありがとうございます。これからも頑張っていきますので、応援よろしくお願いします。


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強くなるために

色々とハジメが使えそうな武器とか戦術を考えてたら遅くなりました。ぶっちゃけ今の状況で武器制作するなら、原作のような銃が最適解だと思います。

それと、しばらくは某艦船ゲーのイベント周回をしないといけないんで、ちょっと投稿が遅くなるかも。大学も最近忙しくなってきたし。


「……痛みは来ない?」

「うん。全然大丈夫」

 

 劇毒とされる魔物の肉を食した香織。しかし鉱石から溢れ出る特殊な水を、痛みが出る前からハジメに定期的に飲まされたからか、一切の痛みを感じることなく終わった。

 

 こうなった要因としては、まず第一に、特殊な水――神水を飲み続けたからだろう。神水は回復魔法と似たような働きをし、魔力を回復させることもできる。この性質のおかげで、体内の魔力が魔物の魔力によって分解されても、即座に魔力が回復していったのだ。

 第二に、そもそもの香織の魔力が多かったという点だ。魔力が多いため、当然だが分解にはそれなりの時間がかかる。なので神水を飲むことが、知らず知らずのうちに激痛の予防になっていたのだ。

 

「でも……私もハジメくんみたいになれたのかな? ステータスプレートをなくしたから、分かんないや」

「ならやってみれば? ほら、腕に魔力を集めてバチバチ」

「あ、えっと。腕に魔力を集めて……」

 

 纏雷を修得しているものと考えて、香織は腕に魔力を集めてみる。するとハジメの時とは違い、バチバチと白菫色の電気を発した。どうやら体内の魔力によって、発する電気の色が違うようである。

 

「できた!」

「おっ。……ということは、技能的にはそこまで変わらないのかな?」

「どうだろう? 食べた魔物は同じなわけだし……ステータスとかは別だけど、多分そんなに変わらないんじゃないと思うよ」

「そっか。まぁしばらくはここで修行かな。ここを抜けるには、あの熊の魔物を倒せるレベルにならないと」

「そうだね」

 

 そうしてハジメと香織は、この空洞を拠点にしながら、鍛錬を行うことにした。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 そうして鍛錬を積みはしたものの、正直な所、鍛錬による成長にそこまで意味は無かった。

 

 確かにステータスは成長し、いくつかの派生技能を得ることにはなった。魔物を倒して食べたことで、新たな魔法も手に入れた。だが、そもそもそんなものが無くても、ハジメの戦闘スタイルであれば、一瞬で敵の内臓をズタズタに引き裂いて殺すことが可能だった。

 これはハジメの腕を斬り落とした爪熊も例外でない。気体化させた鉱物を吸い込ませれば、それで詰み。後は体内で固体化させるだけで、内臓が引き裂かれて死ぬのだから。

 

 なので成長したところで、それを活かす場面が無かったというわけだ。なんせ鍛錬をする前から、どんなに頑丈な魔物でも一瞬で仕留める手段を持っていたのだから。

 

 しかしそれでも鍛錬は続けていた。一つの戦法だけでは、いずれ限界が来ると思っていたから。

 とはいえ錬成師であるハジメには、別の戦い方ができるほどの魔法適性も、何らかの近接武器を使って立ち回れるほどの身体能力や才能も無い。ステータスは上がれど、直接的な戦闘にはあまり活躍できそうになかった。

 

 

 

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南雲ハジメ 17歳 男 レベル:21

天職:錬成師

筋力:450

体力:600

耐性:450

敏捷:675

魔力:600

魔耐:600

技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+消費魔力減少][+鉱物融解][+鉱物凝固][+遠隔錬成][+鉱物融合][+鉱物分離][+高速錬成][+錬成範囲拡大][+鉱物昇華][+鉱物系探査]・魔力操作[+魔力強化Ⅰ]・胃酸強化・纏雷・天歩[+空力][+縮地]・風爪・言語理解

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 ハジメは自分のステータスプレートと、色々と採掘した鉱物を見ながら悩んでいた。この中で、直接戦闘に使えそうな技能は風爪くらいで、他は何らかの技能と組み合わせる必要がある。

 だが、その組み合わせというのが思いつかなかった。そもそも錬成師が、正面切って戦闘を行う職業ではないので、そういう組み合わせが見つかることも少ないのかもしれない。

 

「ハジメくん、何か思いついた?」

 

 そうして悩み込んでいると、後ろから香織が話しかけてきた。

 

「全然ダメ。閃光手榴弾みたいなのは作ってみたけど、攻撃に使えるかと言われればアレだし……」

「ハジメくん、やっぱ戦いたいの?」

「戦いたい……というよりかは、香織だけに戦わせたくないって感じかな? ほら、一人だけにやらせるのって、なんか嫌じゃん?」

「……別にハジメくんが戦わなくてもいいのに。戦うくらい、私が全てやるのに」

「気持ちは嬉しいけど……そういうわけにもいかないよ。香織は僕に傷ついてほしくないんだろうけど……僕も同じ。香織には傷ついてほしくない。だから一緒に戦いたいんだ」

 

 とはいえど、何も思いつかない。様々な鉱石を発見しているので、それを利用すれば爆弾くらいは作れそうだと感じてはいるが、やはりそれでは嫌なようだ。ハジメは、直接戦える力が欲しいのだ。

 

 そんなハジメに、香織は何気なく言った。

 

「武器、武器かぁ……銃とかどう?」

 

 銃。地球上なら、一撃で人間に致命傷を与えることができるという武器。日本では基本所持を禁止されているが、外国では普通に買える国もあるほどのものだ。

 

「……そっか、そういうのもあるな」

 

 もちろん、扱うのには相応の腕を必要とする。しかし近接武器よりはマシだ。近接武器の場合は、基礎的な武器の扱いから細かな立ち回り、高い集中力等を必要とする。敵に近づく以上、一瞬の判断ミスが命取りだからだ。

 だが銃の場合は、ただ撃つだけ。それ以外にも要素はあるが、細かな立ち回りを気にしなくても済むのは、ハジメにとっては圧倒的に楽だった。

 

 しかし問題点もある。それはハジメが、銃の構造を完璧には知らないということだ。オタクとしての知識があるので、ある程度の構造は知ってるが、逆に言えば完全には至らない。なので銃を作る場合、どうしても手探りになってしまう。

 

 しかしハジメにとって、それは燃えるというものだ。

 

「よし、やってみる。時間は結構かかるだろうけど、何度も繰り返せばできるはず」

 

 そうしてハジメは、銃の制作を始めるのであった。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 だが、銃と弾丸の制作はあっという間に終わった。魔法で一部の構造を簡略化することができたため、片手で数えるくらいの試行回数で、弾丸を射出する拳銃は完成したのだ。

 

 しかし魔物相手に試した所で、問題が生じた。それは、魔物相手だと威力が低く速度も遅い、という点だ。

 特に爪熊相手に戦った時、その弱点は露呈した。銃を撃っても簡単に回避され、たとえ当たったとしても、硬い皮膚を貫くことすらできない。これでは、いくら銃ができてもダメだった。

 

 なので威力を上げることに注力することになるわけだが、これがまた難しい。基本は弾丸を改良することになるのだが、火薬代わりに使っている燃焼石という鉱石の比率を調整しなければ、威力上昇はできない。だからといって、無闇に比率を上げても危険なだけで……と、色々と苦難していた。

 

 そんな風に悩み始めて四日ほど経ち、ハジメはあることを思いついた。威力を上げるには、弾丸を改良する必要性がある……というわけではないと分かった。

 威力を上げるために、銃を改造することにしたハジメ。今までのは、単に燃焼石を燃やして推進力を出す、といった形だったが、今度は纏雷による電磁加速を加える。いわゆる超電磁砲(レールガン)形式にするというわけだ。

 

 しかし、そういった考えの下での超電磁砲(レールガン)作成は、非常に時間がかかった。いや、超電磁砲(レールガン)の機構を作るのはそこまで難しくないのだが、それ専用の弾丸を作るのに苦労していた。

 燃焼石の割合はどれくらいにするか。少しでもズレが生じれば、うまく発動しないか、あるいは暴発してしまう。実際に試作段階で、そういったことが何十回何百回とあった。

 

 そしてようやく、超電磁砲(レールガン)機構を備えた銃と、その弾丸が完成した。数発試し撃ちもしたが、問題なく機能した。

 

「よし……一応近接にも対応できるようにしといたし……」

 

 ハジメが銃に対して錬成を発動すると、銃身の下に備え付けられた重りのようなものが変形して、ナイフのような刃になった。

 銃を振ってみると、そこからは爪熊の斬撃のようなものが発生した。あまり使うことは無いだろうし、使わない方が良いが、一応近接にも対応可能だ。

 

「ハジメくん、調子はどう?」

 

 最終テストを終了させたくらいのところで、そこに香織がやって来た。香織の方も、ハジメとは別で鍛錬を行っている。特に光属性の魔法攻撃の鍛錬を中心にだ。

 

「もうすぐ終わる。弾丸も完成したし、実際に使ってみるだけだね」

「へぇ〜。そういえば、もう一つの武器は?」

「もう一つ? ……ああ、アレね」

 

 そう言うとハジメは、纏雷で電気を纏う。すると周囲に散らばっていた無数の金属片が、水を泳ぐ魚のように動き出した。

 

 これは超電磁砲(レールガン)開発をしていた段階で、ハジメがふと思い付いて作ったものだ。磁力で金属片を動かして、様々なことをすることができる。

 そういうコンセプトだったのだが、使い勝手が恐ろしいほどに悪かったため、没になった。

 

「正直ダメだ。いや、アイデア自体は良いと思ったんだけどね……」

「そうなの? 面白そうだったんだけどなぁ」

「なんせ射程が短すぎた。操作して攻撃するにしても、一メートル離れると磁力が届かなくなるし。欠片一つ一つの磁力を自由に操作できるんだったら、使えたかもしれないけど……」

 

 そう言って纏雷を解除すると、周囲に浮いていた金属片は地面に落ちる。

 

「とにかく、最後のテストだ。爪熊を倒しに行く」

「じゃあ私もついてくよ」

 

 そうして最終テストのために、二人は爪熊と戦うことになった。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 このダンジョンは、どうやら魔物が一定の周期でどこからともなく湧き出ているようだ。なのでその階層の魔物を根絶やしにしたとしても、しばらくすれば、再び魔物が出現するようになる。

 それは爪熊も例外ではない。爪熊は、この一階層には一体しかいない。しかしそれ故に最強で無敵。この階層にいる他の魔物であるニ尾狼や蹴りウサギは太刀打ちすらできない。

 もしそれを倒したとしても、一日か二日経てば、どこからともなく出現してくるのだ。他の魔物も同様だ。おそらく生殖で増えているのではなく、大迷宮のシステムでこうなっているのだろう。

 

「よし見つけた」

 

 ハジメは香織と共にしばらく歩いていると、爪熊と遭遇した。今までに三回ほど戦い、その三回とも気体化した鉱物による攻撃で撃破した。

 

 今度こそ武器の性能を証明するため、その攻撃方法を封印して戦う。

 

「香織、援護を頼むよ」

「わかった!」

 

 そう言ったハジメは、力の抜けた右腕を一気に動かして弾丸を放つ。

 

「……グゥウ!?」

 

 確かに弾丸の速度は速い。燃焼石の爆発力にさらに電磁加速が上乗せされている。この速さには爪熊ですら反応するのとはできなかった。

 

「やばっ、外した……」

 

 しかしそれほどの速度と威力なのだ、いくらステータスが高くなっていようが、反動はかなり大きい。

 一応、今までに通常の弾丸を何度も撃って練習してきた。そのため狙った場所に撃つという技術はついていたのだが……反動が大きくなると、中々に難しいものだ。

 

「ガァアア!!」

 

 しかしわずかな衝撃を感知したからか、爪熊はハジメを敵として認識したらしい。

 咆哮を上げながら物凄い速度で突進する。二メートルの巨躯と広げた太く長い豪腕が地響きを立てながら迫る姿は途轍もない迫力だ。

 

「止まって!」

 

 しかし香織がそれを許さない。叫ぶと同時に、手から閃光が放たれる。それを至近距離でまともにくらってしまった爪熊は、一時的に視力を失って動けなくなる。

 

 そこをハジメは天歩と空力――蹴りウサギから得た、空中に力場を出現させ、それを蹴り一気に爪熊の背後に回る。

 

 そして……弾丸をもう一発撃った。

 

 冷静に構えて撃ったため、今度こそは爪熊の頭部に命中し、貫いた。頭蓋を貫かれて生きているわけもなく、爪熊は倒れ絶命した。

 

「本当にすごい威力だね」

「何度か撃ってたから分かってはいたけど、本当に強いよこれ。まぁ、集団相手だと弱いというか、対応しきれないけど……」

「そこは大丈夫! いっぱい敵が出てきた時は、私の魔法でなんとかしてあげるから!」

「そう言ってくれると助かるよ」

 

 戦力としては、対単体相手であれば、ハジメが強い。単純な威力という点で言えば、とんでもないほど高いからだ。しかし逆に、多数を相手にする時は弱い。

 そこをカバーするのが香織だ。天職のこともあり、香織は回復魔法を最も得意としているが、光属性の魔法も同じくらいには得意だ。威力こそはハジメには劣るが、代わりに広い範囲への攻撃で、ハジメのサポートをする。

 二人の戦闘スタイルと攻撃方法のバランス的には、割と相性が良かった。

 

「さて、上に行きたいところだけど……上への道が無い。下ならあるけど……香織、どうする?」

「私は……やっぱ下に行くしかないと思うよ」

「そうだよね。……なら、そろそろ行くか」

 

 上への道が見つからない。ならば行く先は下しかない。そういうわけで、二人は数週間の修行を経て、ようやく下へ移動するのであった。




あぴおー様

評価していただき、ありがとうございます。本当に励みになります。



それと、次回は地上組の色々をやっていきたいと思います。原作とは少し変わってくる予定でいます。


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幕間1 揺らぎ

 クラスメイト達は、王宮へと戻っていた。なんせ二人も死者が出たのだ、それを報告しなければならない。

 

 ハジメと香織を落とした犯人。その部屋に、真の神の使徒であるノイントが入ってきた。

 犯人とエヒトは今の所共闘している。故にエヒトの使徒であるノイントは、犯人の男のサポートに回っていた。

 

「さてと……ノイント。あの情報を、教会に伝えといていてくれたか?」

「もちろんです。加えて教会は洗脳装置を持っているので、それを利用すれば、市民にも洗脳が可能です」

 

 ノイントの力があれば、教皇に命令をすることなど容易だ。そして教会は洗脳装置を持っているため、市民への刷り込みも容易というわけだ。いわゆるアーティファクトというものだ。

 

「……そういえば聞き忘れてたけど、洗脳装置の性能ってどんな感じなんだ?」

「簡単に説明すれば、拡声器です。それを通して声を流せば、聞いた人の感情を増幅あるいは減衰させ、思考誘導のようなことを行えます。特に精神的に不安定になっている人には効きやすいですね」

 

 ただしと言い、ノイントはさらに続ける。

 

「逆に効かない、あるいは効きにくい相手も存在します。例えば勇者、神官、それと神子といった、一部の天職を持つ者には一切効きません。他にも……今回の場合は南雲ハジメですね。南雲ハジメに対して好印象を持っている人にも、洗脳は効きにくいです。疑心暗鬼にする程度であれば可能でしょうが」

 

 ノイントが言う洗脳装置は、人を完全に洗脳するような大層なものではない。やるのは思考の誘導や、感情の増幅と減衰くらいだ。エヒト信仰が根強いトータスでは、簡単に洗脳じみたことができるというだけである。

 

「……ということは、クラスメイトにはあまり効かないか。まぁクラスメイトに関しては、疑心暗鬼にできればそれでいい」

「おや、そうなのですか?」

「俺に注意が向かなければそれでいい。今は力を蓄え、準備する時だ」

 

 犯人の男は口角を上げて、暗く笑う。

 

「フヒヒッ……あいつらの絶望する顔が楽しみだなぁ……!」

「絶望する顔? 洗脳はしないということですか? 貴方の魂魄魔法への適性であれば、容易に可能だと予想されますが」

「いいや、それは最後だ。それにエヒトにも、今は大きく動くなと言われてるしな。あいつらを絶望に叩き落として、最後の最後に洗脳する。男は殺して、良い感じの女は俺の性奴隷にしてやるんだ……!」

 

 召喚に力を使ってしまい、エヒトは動けないでいるためか、エヒトには動くなと命令されている。もちろんこの男も、一人で勝手に動くのがリスキーだとは分かっている。

 だから、静かに時を待つ。多くのクラスメイトを絶望させるために。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 生徒達は、再び聖教教会へと呼び出された。とはいえハジメと香織が奈落に落ちてしまったことにより、精神を病んだ人もいるので、そういう人はいない。

 今回の場合は、まず雫がおらず、それに付き添っている鈴もいない。男子で言うと、割とハジメと仲が良かった遠藤が部屋に閉じこもっていたり。他にも来ていないメンバーはいる。

 

「ハイリヒ王国の皆様、私は聖教教会の教皇、イシュタル・ランゴバルドで御座います」

 

 声が響く。しかしその音量は、明らかに神山だけでなく、ハイリヒ王国の王宮にも響いていると分かるほどの大きさだ。しかし、不思議と耳を痛くすることはなかった。

 

「此度はエヒト様が召喚なされた神の使徒、その中の一人と思われていた“錬成師”が裏切り者であったという話をさせに頂きに参りました」

 

 周囲がざわつく。もちろん生徒達も、まさか裏切り者についての話が来るなどとは思ってなかったようで、ざわめき立っている。

 

「静粛に」

 

 しかしそんなイシュタル教皇の言葉で、すぐに静かになる。

 

「先日、エヒト様が召喚した神の使徒。我々は勇者様方を、魔人族を退ける存在にすべく、オルクス大迷宮へと導きました。最初はロックマウントを楽に退けるといった様子で、順調ではありましたが……彼らは迷宮で悪意のある罠にかかり、かの伝説の魔物、ベヒモスと遭遇したのであります」

 

 生徒の一人である檜山が、罠にかかった。それにより別の階層に転移してベヒモスと遭遇し、ハジメと香織は奈落へと落ちてしまった。それを悔いている生徒は多い。

 

「我々は最初、迷宮に仕組まれた罠と思っておりました。しかしそうではなかったのです。エヒト様がおっしゃったのです! この事件の背後には“錬成師”がいると!」

 

 エヒト様がおっしゃった。それだけで、この世界では大きな力を発揮するものである。特にこの教会では。

 

「“練成師”はホルアドにて、魔人族と接触しました。そして二十階層から帰還する途中を狙って二人の“治癒師”を殺害しようと企てたのです!」

 

 この世界の人間にとっては、エヒトの言葉は絶対的なものである。特に教会に所属するような者は、エヒトの熱烈な信者と言ってもいい。そんな人達は、この言葉を無条件に信じる。

 実際はそうではないが、錬成師、つまりハジメは治癒師の二人――白崎香織と辻綾子を狙っていた。そういうことになった。

 

 そしてイシュタル教皇は、生徒達の方を向く。

 

「さて、勇者様御一行をここに呼んだ理由ですが……檜山大介様、斎藤良樹様、近藤礼一様、中野信治様」

 

 そうして、四人の名が呼ばれる。その中には、実際にベヒモスと遭遇する原因を作った檜山もいた。四人は、特に檜山は震えた。まさか自分達も、裏切り者扱いされるのではないかと。

 

 しかし……

 

「エヒト様はおっしゃいました。貴方方は“錬成師”の裏切りにいち早く気づいたと。そして魔人族の手を振り切るために、わざとトラップを利用したのだと」

 

 実際は違った、真逆と言ってもいい。周囲の神官達は四人を賛美する。信者にとってこの四人は、魔人族から救おうとした英雄のような存在だった。

 

「「「エヒト様万歳! エヒト様万歳! エヒト様万歳! エヒト様万歳!」」」

 

 そうして檜山達四人は、魔人族の手から仲間を守った英雄となった。実際は、ベヒモスと遭遇する元凶だったにも関わらず。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 そんな演説は拡声器を通して、王宮にも届いていた。

 

「……ウソ」

 

 香織という何よりも大切な親友を失った雫は、精神的に大きなダメージを受けた。故にこの拡声器越しの声は、雫の思考を大きく揺さぶった。

 

「南雲君が、裏切り者……?」

 

 ハジメに関して、雫は特に何とも思っていなかった。むしろ真面目で優しい好印象の人だった。しかしそれは、負の思考に侵食されていく。

 香織がいなくなった、奈落に落ちたから。それを引き起こしたのが、南雲ハジメ。なら何故ハジメまで落ちたのか。それは、香織が直前で裏切りに気づいたから。

 

 状況証拠しかなく、イシュタルは漠然としたことしか言っていない。しかし断片的であるが故に、どういった方向にも想像ができた。良い方にも悪い方にも。

 拡声器の声に誘導された雫は……ハジメが意図的に落とした、落とそうとしたと、そういう思考に固定化された。

 

「南雲ハジメ……! アイツのせいで、香織は……!」

 

 ドンと、今まで寝ていたベッドをたたきつける雫。その瞳には、涙が溢れている。

 

「ちょっ、ちょっとシズシズ……?」

 

 そんな雫と共にいた鈴だったが、この怒りと殺意が入り混じった、鬼のような形相の雫を前には何も言えなかった。

 

「許さない……!」

 

 誰よりも大切な親友である香織。彼女は雫にとって、精神的な支柱だった。支柱が崩れたとなると、人の心はこうも脆いものだ。

 

 雫はハジメと魔人族に対する殺意を胸に抱いて、部屋を出ていった。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 様々な場所での状況の変化や心情の変化。犯人の男は、自室で王宮の様々な場所を見ていた。

 エヒトから得た神代魔法を組み合わせれば、遠隔で映像を見ることも容易である。男は今、クラスメイト全員の映像を見ながら嗤っていた。

 

「いや〜、まぁ先生が南雲の扱いに抗議するだろうとは予想してたけど……面白いことになってるねぇ」

 

 ハジメは現在、裏切り者とされている。多くの人達は、ハジメを裏切り者と罵っている。

 一応奈落に落ちて死んだとは言われているが……愛子先生が、そんな扱いに納得するわけがなかった。故に抗議したのだ。

 

 そうして、イシュタルに発言を撤回させようとしたのだが、今の所、それも難しそうであった。

 イシュタルはどうやら、クラスメイトの三分の二が裏切り者でないと言うのなら、撤回すると言ったらしい。そのため一度、愛子先生は投票を行ったのだが、ハジメが裏切り者でないと断言した者は少なかった。

 

 

味方側:坂上龍太郎、園部優花

 

無投票:相川昇、天之河光輝、遠藤浩介、清水幸利、菅原妙子、谷口鈴、玉井淳史、中村恵里、永山重吾、仁村明人、宮崎奈々、吉野真央

 

対立側:近藤礼一、斉藤良樹、辻綾子、中野信治、野村健太郎、檜山大介、八重樫雫

 

 

 投票を取ったところ、このような結果となった。無投票に関しては、何とも言えない、分からない、そういった感じだろう。

 

「それにしてもなぁ、八重樫が対立側ねぇ。やっぱ白崎が落ちて精神的にキテたからこうなったのか?」

 

 男は他人事のように笑う。予想外ではあったが、それはそれとして最高に気分が良いらしい。

 それもそうだ。なんせ自分が犯した罪を、いなくなった南雲ハジメに着せて、それでクラスメイトが大混乱に陥っているのだから。

 

「まぁそこはどうでもいいや、重要なことじゃない。しばらくはこの件で騒がしいだろうし、いっくらでも神代魔法の鍛錬ができるなぁ!」

 

 時間稼ぎはできた。この間に、男は密かに神代魔法の鍛錬を行うのであった。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 ある時のこと。檜山達四人は、王都にある良い店でちょっとしたパーティーのようなものをしていた。

 

「「「「カンパ~イ!!」」」」

 

 彼らはひたすらに飲み食いしていた。王宮に戻ってきて数日で、気づいたら英雄と呼ばれてチヤホヤされる。彼らにとって、これ程嬉しいことはなかった。

 

「いや〜、まっさかこんなことになるとはなぁ!」

「まぁなんだ? 南雲には悪いが、どーせ死んだし!」

「俺達だけで楽しもうぜぇ!」

 

 まさか自分達は何もせず、何故か英雄と呼ばれるとは誰が思うことか。あまりにも上手く行き過ぎたため、檜山は思わずニヤケ笑いを零す。

 

「おん? 大介、どうしたんだ?」

「あぁいや。完璧に上手くいったなぁってさ。そう思うと笑いが止まらねぇんだ」

「ハハッ、確かにそうだよなぁ!」

 

 ここ数日で何が起きたのか。檜山達は英雄となり、街を歩けば多くの人達に褒め称えられ、報奨金を貰い、こうして豪遊できるほどの金を手にした。

 

「はじめまして、英雄方」

 

 そんな四人に、話しかける修道女のような銀髪の人物が一人。

 

「あん? 誰だ?」

「私はノイントという者です。英雄方に、面白い儲け話を持ってきました」

 

 そう言ってノイントは、空いた席に座る。そして小声で、檜山達にだけ聞こえるような声で、尋ねた。

 

「英雄方は、この世界が欲しくありませんか?」

 

 檜山達は、ノイント達の話にのめり込んでいった。




洗脳装置はオリジナルです。でも普通に原作でもありそうですよね、教会の設定的に。というわけで、いい感じにやってやりました。ちなみにですが、無かったら無かったで、ノイントが色々やってた模様。



クルージング様  カニチェ様  EVE12様
メイン弓様  Mirai&1様

評価ありがとうございます。まさか初投稿の作品でここまでのびるとは、本当に予想外でした。これからも頑張っていきます!


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奈落の底の部屋

そういえば、アンケートの結果から、ヒュドラ戦のプロットを完了させました。後は書くだけです。

あと最近、大学でまぁ、色々あって休校になりました。いつまで続くか分かりませんが、最低でも一週間は、投稿速度が上がると思います。


 ハジメと香織は、迷宮のさらに奥へと進んでいく。

 

 最初に落ちた所を一階層とすると、その次の二階層。そこは非常に暗かった。しかしそれは事前に分かっていたので、緑光石という光る鉱物で作り出したカンテラを持って進んだ。

 暗いだけあって、この階層には蝙蝠(コウモリ)のような魔物や、六本足の黒い猫のような魔物がいた。他には、肉体を石化させてくるトカゲのような魔物もいたり。

 とはいえ、一階層の蹴りウサギや爪熊と比べると、単体の戦闘力は低かった。石化トカゲだけは面倒な石化の固有魔法を使ってきたが、それも結局香織が何とかしてくれるため、特に問題は無かった。

 

 そうして一通り探索して新しい魔物を食べると、ハジメのステータスは上昇し、技能は増えていた。その際に、肉が不味いという以外の苦痛を感じることはなかった。

 

 そこからさらに降りると、そこは地面がタールのようにねばつく泥沼のような場所だった。足が取られるために、非常に動きにくいという厄介な地形だった。

 この地面はなんぞやと思い、ハジメが“鉱物系鑑定”の技能で調べてみたところ、地面のタール状のものは、フラム鉱石というらしい。常温で液体化し、373K(ケルビン)で発火する。

 そんな融解したフラム鉱石から出てくるサメのような魔物。地面ならどこからでも出てくるため、最初は苦戦した。

 しかし“鉱物凝固”の技能を利用するだけで、全てが解決した。液体化しているフラム鉱石の大半を立方体ブロックにしたことで、サメの魔物が出てくる場所を制限した。狙う場所が分かれば、倒すのも容易だった。

 

 そこからもガンガン進んでいった。一人であればすぐに力尽きてしまうような階層というのもかなり多かった。

 例えば、薄い毒霧で覆われた階層。ここには毒の痰を吐き出す巨大カエルや、麻痺の鱗粉を撒き散らす蛾等がいたのだが、ひたすらに厄介だった。神水か回復魔法を扱える人がいなければ、死んでいただろう。

 他だと、地下迷宮なのに明るい密林のような階層に出たこともあった。ひたすらに蒸し暑く、体力を消耗する空間で戦ったのは、巨大なムカデと樹の魔物だ。とにかく数が多いため、単体攻撃である銃撃の効果は薄く、香織がいなければ対処しきれなかったことだろう。これを受けて、ハジメは近接のための鍛錬を開始したりもした。

 

 そうして階層を下り、気づいたら五十階層にまで辿り着いていた。そこに至るまでに、大量の魔物を食らってきたが、それに応じてステータスは上昇し、技能は増えていた。

 

 

 

===================================

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:59

天職:錬成師

筋力:1610

体力:1740

耐性:1570

敏捷:1855

魔力:1320

魔耐:1320

技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+消費魔力減少][+鉱物融解][+鉱物凝固][+遠隔錬成][+鉱物融合][+鉱物分離][+高速錬成][+錬成範囲拡大][+鉱物昇華][+鉱物系探査][+複製錬成]・魔力操作[+魔力強化Ⅱ]・胃酸強化・纏雷・天歩[+空力][+縮地]・風爪[+三爪][+飛爪]・夜目・遠見・気配感知・魔力感知・気配遮断・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・言語理解

===================================

 

 

 

 ハジメの近接戦闘は基本、銃に取り付けた刃を利用したものだ。普段は射撃に支障が出るため変形しているが、敵に近づかれた際に錬成で刃を出して“風爪”やその派生技能を合わせて戦う。

 

 そうして五十階層で色々と鍛錬を続けていた。下の階層は見つけていたが、あえて降りることなく。

 

「……よし香織、そろそろ行こうか」

「うん」

 

 この五十階層には、奇妙な空間がある。今までの天然の洞窟のような地形とは明らかに違う、人工的に作られた場所が確かにあった。

 脇道の突き当りにある空けた場所には、高さ三メートルの装飾された荘厳な両開きの扉があり、その扉の脇には、二対の一つ目巨人の彫刻が半分壁に埋め込まれるように鎮座している。

 

 流石にすぐに突入する、ということはしなかった。今までと違う場所ということで、最終的には調べるつもりでいたのだが、違うという点を警戒して、一旦は退いたのだ。

 そして今、装備は整い、鍛錬をして強くなった。突入する準備が整ったのだ。

 

「でもこんな場所になんで……? 私達以外でも今までに誰かが来たのかな?」

「まぁ誰かは来てると思うよ? あるいは……この迷宮は反逆者が作ったとも言われてるし、その反逆者が作り出した、という可能性も……」

 

 仮説をいくら考えても仕方ないと頭を横にふり、扉に近づく二人。特に何事もなく扉に近づくことはできたが、扉には中央に二つの窪みのある魔法陣が描かれていた。

 ハジメも香織も、それなりの量の知識はある。特にハジメに関しては錬成師ということもあり、魔法陣に関する知識は必要だったので勉強していた。

 

「なんだろうこの魔法陣……ハジメくんは分かる?」

「……いや、見たことがない。多分かなり古い、今は使われてない魔法陣なんじゃない?」

 

 そのハジメが、扉の魔法陣を分からないと言った。扉を開くものだろうとは予想できるが、何をどうすればいいか分からない。

 

「……ま、錬成で扉に穴開ければいいか」

 

 一応、扉に手をかけて押したり引いたりしたがビクともしない。なので錬成を使って無理矢理穴を開けて侵入しようと考え、ハジメは右手を扉に触れさせ錬成を開始する。

 

 しかし、その途端、

 

バチィイ!

 

「うわっ!?」

 

 扉から空色の放電が走り、ハジメの手を弾き飛ばした。魔力が反発した影響だろうか、手からは煙が出ている。それを見て香織は即座に回復魔法で治療したので、特に問題無かったが、直後に異変が起きた。

 

――オォォオオオオオオ!!

 

 突然、野太い雄叫びが部屋全体に響き渡った。ハジメ達はバックステップで扉から距離を取り、腰を落として銃を構え、いつでも撃てる体勢を取る。

 

 雄叫びが響く中、遂に声の正体が動き出した。

 

「そいつが動くか……!」

 

 呟くハジメの前で、扉の両側に彫られていた二体の一つ目巨人が周囲の壁をバラバラと砕きつつ現れた。いつの間にか壁と同化していた灰色の肌は暗緑色に変色している。

 一つ目巨人の容貌は、サイクロプスとでも言えばいいだろう。手にはどこから出したのか、四メートルはありそうな大剣を持っている。未だ埋まっている半身を強引に抜き出し無粋な侵入者を排除しようとハジメの方に視線を向けた。

 

「香織、ここは僕がやる!」

「分かった!」

 

 そう言って片方のサイクロプスの目玉を狙って、ハジメは弾丸を撃った。電磁加速された弾丸は、右のサイクロプスの一つの目に突き刺さり、そのまま脳を貫通し、後ろの壁を粉砕した。

 脳を損傷されて、生きている生物はそうそういない。サイクロプスははビクンビクンと痙攣したあと、前のめりに倒れていく。

 

「まず一体……」

 

 それを確認したハジメは、即座にもう一方のサイクロプスの方を向き、弾丸を撃った。もう片方もまだ埋まりかけだったので、その隙に目玉を狙う。

 

「そしてニ体目!」

 

ドパンッ!

 

 そうしてもう一体の方も、目玉と脳を貫き、一体目と同様に倒れていった。

 

「よし、これで大丈夫だ」

「……すごい。あんな大きい魔物を一撃で」

「まぁ数が少なかったからね」

 

 今回の戦闘に関しては、ハジメの相性勝ちと言ってもいい。

 ハジメの戦闘スタイルは基本、高火力単体攻撃で敵を一撃で倒す、というもの。なのでこうした、数体の魔物を相手するのなら、非常に相性が良いわけだ。

 ただ逆に、敵が多くなってくると不利になる。一応ハジメは、気体化した鉱物による攻撃は可能だが、階層を進んでいくと、探知系の技能か何かで、それを読んでくる相手も多く、攻撃としては有効打にはなりにくい。なのでそこは、香織に頼っていた。

 

「とりあえず、この扉の開け方は……」

 

 少し思案するハジメ。扉に触ってみたり、窪みを見たりしていると、あることを思いついた。そこでハジメは魔物の体を開き、体内から魔石を取り出した。もちろん二体分取り出している。

 

 それを扉まで持っていくと、ピッタリはまった。直後、魔石から赤黒い魔力光が迸り、魔法陣に魔力が注ぎ込まれていく。そして、パキャンという何かが割れるような音が響き、光が収まった。同時に部屋全体に魔力が行き渡っているのか周囲の壁が発光し、久しく見なかった程の人工的な明かりに満たされる。

 

 ハジメと香織は少し目を瞬かせ、警戒しつつもそっと扉を開いた。



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封印の吸血姫

 開けた扉の奥は光一つなく真っ暗闇で、大きな空間が広がっているようだ。ハジメは“夜目”の技能のおかげで、暗い空間も普通に見ることができた。ステータスは分からないが、香織も見えているようだ。

 

 中は、聖教教会の大神殿で見た大理石のように艶やかな石造りで出来ており、幾本もの太い柱が規則正しく奥へ向かって二列に並んでいた。そして部屋の中央付近に巨大な立方体の石が置かれており、部屋に差し込んだ光に反射して、つるりとした光沢を放っている。

 その立方体を注視してみると、何か光るものが、立方体の前面の中央辺りから生えているのに気がついた。

 

 近くで確認しようと、唯一の脱出口である扉を大きく開けて固定しようとする。しかし、ハジメが扉を開けっ放しで固定する前に、それは動いた。

 

「……だれ?」

 

 かすれた、弱々しい女の子の声だ。ビクッとして香織は慌てて部屋の中央を凝視する。ハジメも反射的に香織と同じ方向を見ると、先程の“生えている何か”がわずかに動いているように見えた。

 

「……人、なのか?」

 

 目を細めてじっと見て、それは確信に変わった。上半身から下と両手を立方体の中に埋めたまま顔だけが出ており、長い金髪が幽霊かのように垂れ下がっていた。そしてその髪の隙間から低高度の赤い月を思わせる紅眼の瞳が覗のぞいている。年の頃は十二、三歳くらいだろう。随分やつれており、垂れ下がった髪で分かりづらいが、それでも美しい容姿をしているのがよく分かる。

 

「……お願い……助けて」

 

 声の出し方が分からないのだろうか、女の子は掠れた声でハジメ達に呼びかける。

 

「ハジメくん、あの子……助けてあげ――」

「待って。流石に何も考えずに助けるのは危ない」

 

 女の子の方に近づこうとする香織だったが、ハジメはそれを制止する。

 

「助ける前に、聞いときたいことがある。……君は何者で、どうしてこの場所にいるんだ?」

 

 ハジメは、この封印されている女の子に警戒していた。こんな地下の奥深くに閉じ込められているのだ、それ相応に危険な存在かもしれないと考えるのは、至極当たり前のことだった。

 もし危険な存在だったら、解放した瞬間に香織を殺されるかもしれない。それだけは、彼氏として防ぎたかった。だからこそハジメは、この女の子の素性を知ろうとしたのだ。

 

「私、先祖返りの吸血鬼で……すごい力持ってる……」

「吸血鬼……吸血鬼族か?」

 

 吸血鬼という言葉でハジメが思い浮かべたのは、数百年前に滅びたとされる吸血鬼族だ。戦争が災害が、何によって滅びたかは不明だが、少なくとも今のトータスにはいない種族だと、ハジメは知っていた。

 

「うん……だから国の皆のために頑張ったけど……ある日……家臣の皆が……お前はもう必要ないって……おじ様は……これからは自分が王だって……私……それでもよかった……でも、私、すごい力あるから危険だって……殺せないから封印するって……それで、ここに……」

 

 そうは言っているが、ハジメはこれを信用するか否か、少し悩んでいた。この発言には何の根拠も無い、だから嘘の可能性が普通にあるのだ。

 

「話からして……吸血鬼の王族だったのか?」

「……ぅん」

「じゃあ殺せないってのはどういうこと?」

「……勝手に治る。怪我しても……首落とされても、しばらくしたら治る」

「……は? いや、え? ……それは魔法、なのか?」

「ん……自動再生っていう、固有魔法……魔力、直接操れる……魔法陣もいらない……」

 

 さらに話を聞いて分かったこと。どうやらこの女の子は、吸血鬼族の王族らしい。しかもその能力は常識を逸脱したものだった。

 自動再生という固有魔法を持っているらしい。話を聞く限りでは、その能力のおかげで彼女は実質的な不老不死となっているらしい。

 

 最初はこの能力に、ハジメは驚いていた。しかし落ち着きを取り戻していくと、一つの違和感というか、疑問が生じた。

 

「……あれ? その“自動再生”っていう固有魔法、魔力が無くても発動できるの?」

「多分できない……固有魔法も、魔法だから……」

「……ん?」

 

 ハジメは、女の子の方を見て目を細める。

 

(いや、ならおかしい気が……どうしてわざわざ封印したんだ? この子の魔力が尽きるまで攻撃すれば、時間はかかるだろうけど、最後には殺せるはずじゃ……?)

 

 固有魔法も魔法だ。当然通常の魔法と同様に、魔力を消費する。それならば、攻撃して傷つけて、自動再生を発動させまくって魔力を消耗させれば、相当の労力が必要だろうが、最終的には殺せるはずなのだ。

 

(殺せない理由は……この子の魔力回復速度が異常なほど速いとか? いやそれでも面倒なだけで、殺すのは不可能じゃないはず)

「――くん」

 

 ハジメには、この女の子を封印した理由が分からなかった。処分したいのなら、殺せばいいのだから。女の子の再生能力が固有魔法である以上、攻撃を続ければ殺せるはず。なのに殺さなった。あえて封印した。

 

(どうして封印を……封印……いや、殺したくなかったから封印したのか? それならこの子は別に――)

「ハジメくんっ!」

「うおっ!? 香織……どうしたんだ?」

「ねぇ、あの子助けてあげようよ」

 

 どうやら香織は、この女の子の壮絶な過去を哀れんでか、とにかく助け出したいらしい。

 ハジメとしても、助けたいかといえば助けたい。こんな悲しい過去を持っている女の子を、なんとか解放してあげたかった。

 

「……よし」

 

 そうしてハジメは決意し、女の子を封じ込めている立方体に近づき、手を置いた。

 

「ん? これ鉱物、というか無機物じゃない……?」

 

 しかし、そこですぐに気づいた。今触れている立方体は、少なくとも無機物ではないと。だから錬成を使うにしても、あまり効果は無いと即座に理解できた。

 

「……助けてくれるの?」

「難しいだろうけど、絶対助けるよ」

 

 鉱物でなくても、やればできる。ハジメは鉱物融解と鉱物昇華を意識しながら、錬成を始めた。だがやはりイメージ通り変形しない。やはり鉱物でないからか、ハジメの魔力に抵抗するように錬成を弾いた。

 

「やっぱり抵抗がッ……!」

 

 しかし、少しずつ効果は現れてくる。立方体から煙が出て、少しずつ表面が溶けていくように液体になっていく。

 

「あと少しだ……!」

 

 ハジメはさらに魔力を注ぎ込む。魔力を少しずつ少しずつ、立方体内部に浸透させていく。今までに無い量の魔力を消費しているからか、額には脂汗が滲んでいる。

 立方体から放たれる空色の魔力光とハジメの顔を、女の子は目を見開き、一瞬も見逃さないとでも言うようにジッと見つめ続けた。

 

 そうして二分ほど経ち、体内の魔力の約八割を消費するといった所で、急速に立方体に魔力が浸透し、ドロリと融解していく。少しずつ、女の子の枷を解いていく。

 それなりに膨らんだ胸部が露わになり、次いで腰、両腕、太ももと彼女を包んでいた立方体が流れ出す。一糸纏わぬ彼女の裸体は痩せ衰えていたが、それでもどこか神秘性を感じさせるほど美しさがあった。

 

 そのまま、体の全てが解き放たれ、女の子は地面にペタリと女の子座りで座り込んだ。どうやら立ち上がる力がないらしい。

 

 ハジメも膝に手をつく。魔力を多く使ったせいだろうか、肉体が倦怠感に襲われる。

 

 肩で息をしながら、ハジメは横目に女の子の様子を見る。その女の子は、香織の上着を一枚着せられている。そもそもの背丈が違うので、ぶかぶかである。

 女の子は、真っ直ぐにハジメと香織の方を見つめている。顔は無表情だが、その奥にある紅眼には彼女の気持ちが溢れんばかりに宿っていた。

 

「……ありがとう」

 

 そして、震える声で小さく、しかしはっきりと女の子は告げた。

 

 一体彼女は、どれだけの長い間、ここにいたのだろうか。吸血鬼族が滅びたのは、最低でも百年前。その時から独りで閉じ込められていたのだとしたら、それはどれだけの苦痛であろうか。

 

「……二人の、名前はなに?」

 

 女の子が囁くような声でハジメと香織に尋ねる。そういえばと、名前を名乗っていないことに気づくと、二人は答えた。

 

「南雲ハジメ」

「私は白崎香織だよ」

 

 女の子は「ハジメ……香織……」と、さも大事なものを内に刻み込むようにゆっくりと呟く。そして問われた名前を答えようとして、思い直したようにお願いをした。

 

「……名前、付けて」

「名前を付ける? えっと、名前を忘れたのか?」

「もう、前の名前はいらない。……ハジメ達の付けた名前がいい」

 

 その言葉に、ハジメと香織は目を見合わせる。そしてすぐに頷いた。

 

 しかし、人の名前を考えることなど今までになかった。二人はコソコソと相談するが、中々良さそうなのが思いつかない。

 

 そんな中、ハジメが「あっ」と声を上げた。

 

「“ユエ”とか、どう? 確か、故郷のとある国の言葉で月を指す言葉だったはず。その金髪の髪と赤い目が、夜に浮かぶ月みたいだったから……どう?」

「……んっ。今日からユエ。ありがとう」

 

 新たな名前。それを受け取った女の子――ユエは、相変わらず無表情ではあるが、どことなく嬉しそうにお礼を言った。

 

「……ハジメくん、これで一件落着だね」

「うん。ユエも……ここに長く留まるのは嫌だろうし、早めに外に――」

 

 その時だった。

 

 音はしない。あるのはただ一つ、強大な魔物の気配。それがすぐ側に出現したことを、ハジメと香織は察知した。

 

「上だ!」

 

 ハジメが声を上げると同時に、二人は後方へ飛び退く。ハジメに関しては、咄嗟にユエを抱えて。

 移動したハジメが振り返ると、直前までいた場所にズドンッと地響きを立てながらソレが姿を現した。

 

 その魔物は体長五メートル程、四本の長い腕に巨大なハサミを持ち、八本の足を動かしている。そして二本の尻尾の先端には鋭い針がついていた。

 分かりやすく表現をするのであれば、サソリの魔物だ。今までの魔物とは一線を画した強者の気配を、ハジメ達は感じていた。

 

(トラップ……何が目的だ? ユエを解放した人の排除か、ユエそのものの排除か、あるいはその両方か……)

 

 急に気配が現れたことを考えるに、ユエを解放したことで発動したトラップということは分かる。しかしその目的が不明だった。順当に考えれば、ユエと彼女を解放した人を排除するためのトラップなのだろうが……

 

「香織、ユエを頼む! この魔物は僕が相手する!」

「あっ、うん!」

 

 ハジメは拳銃を構える。二人を傷つけさせるわけにはいかないと、決意を胸に抱いた。




神城卓也様

評価していただき、本当にありがとうございます。これからも応援よろしくお願いします!


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あっさりと

めっちゃ更新遅れました、すみません。

大学が一週間ほど休校になったので、八年ぶりくらいに、押し入れからポケモンプラチナを取り出してプレイしていたら、なんかすっごい楽しくなっちゃって遅れました。おのれバトルフロンティアめ、楽しすぎて執筆時間が減ったじゃないか。


 サソリの魔物の初手は尻尾の針から噴射された紫色の液体だった。かなりの速度で飛来したそれを、ハジメはすかさず飛び退いてかわす。

 着弾した紫の液体はジュワーという音を立てて瞬く間に床を溶かしていった。溶解液のようだ。

 

 ハジメはそれを横目に確認しつつ、拳銃を発砲する。しかし頭部に着弾した瞬間に、目を細める。

 

(銃が効いてない……)

 

 どうやら、このサソリの魔物の甲殻はえげつないほどに硬いようである。少なくとも、電磁加速させた銃弾を弾くだけの硬度を持っているらしい。

 

 そんな事実を目の当たりにしても、ハジメは足を止めることなく“空力”を使い跳躍を繰り返す。ダメージが無いのだ、いつ攻撃が来てもおかしくない。

 

 するとサソリの魔物のもう一本の尻尾の針がハジメに照準を合わせた。そして、尻尾の先端が一瞬肥大化したかと思うと凄まじい速度で針が撃ち出された。

 避けようとするハジメだが、針が途中で破裂し散弾のように広範囲を襲う。

 

「うおっ!?」

 

 ハジメは驚きつつも、銃の一部を変形して刃を形成。そこから“三爪”や“飛爪”を組み合わせて斬撃を飛ばし、針を叩き落とす。

 どうにか凌いだ後に、ハジメは一発発砲しつつ、ポーチから取り出した灰色の手榴弾を投げつけた。

 

 サソリの魔物は銃撃を耐えきり、再び散弾針と溶解液を放とうとした。しかし、手榴弾がシュゥゥ、という音と共に、コロコロの転がってきた。特に煙が出ているとか、そういうことはない。

 だがサソリの魔物は何かを察知したのだろうか、後退して手榴弾から距離を取った。

 

(気体化した鉱物にも気づかれるか……)

 

 この手榴弾――鉱物手榴弾とでも言うべきか。それには、気体化させた鉱物が入っている。それを吸い込ませて体内から攻撃を行う予定だったのだが……サソリの魔物は気体に気づき、それから距離を取った。

 階層を降りるほどに、探知系の能力を持った魔物は増えていき、気体鉱物による内臓攻撃も効きにくくなる。このサソリの魔物も探知系の能力を持っているようで、気体を避けようとする。

 

「まぁ、問題は無いけど」

 

 もちろんハジメは、これに対応した戦闘方法をとる。サソリの魔物は気体化した鉱物を避けて動くが、逆に言えば、気体の鉱物がある場所には近寄らないともとれる。この性質を利用して、行動範囲を制限する。

 

 複数の鉱物手榴弾を投げ、気体を蔓延させる。そうなれば、サソリの魔物の行動範囲を狭まっていく。さらにハジメは気体を直接操作し、サソリの魔物を壁際まで追い詰めた。

 

 そこにハジメは、赤色の手榴弾を三つ同時に投げ込む。それがサソリの魔物の甲殻にぶつかると、衝撃で爆ぜ、燃える黒い泥を撒き散らしサソリモドキへと付着した。

 この赤いのは焼夷手榴弾だ。高温で発火するフラム鉱石の性質を利用したもので、破裂すれば、摂氏三千度の付着する炎を撒き散らす。

 

 この高温には、サソリの魔物は大暴れするが……

 

「はい終わり」

 

 そんなハジメの声とほぼ同時に、サソリの魔物の動きは止まった。音があるとすれば、フラム鉱石が燃える音くらいだ。

 

 そんな炎が鎮火した時には、サソリの魔物はピクリとも動かなくなっていた。

 

「よしっ……香織、ユエ。そっちは大丈夫?」

 

 そう声をかけるが、香織の方は特に何もないが、ユエに関しては驚いていたのか、目を丸くしてハジメの方を見ていた。

 

「……さっきのは、何したの?」

「気体化した鉱物を利用して、内臓をぐちゃぐちゃにした」

「……?」

「ハジメくん、多分もう少し詳しく説明されないと分からないと思うよ……?」

 

 気体化した鉱物による攻撃。恐ろしいのは、攻撃の正体を見破るのが非常に難しいという点だ。錬成師であれば見破ることができるかもしれないが……そもそも錬成師は生産職なので、戦闘を行うことは、ハジメという例外を除けばほぼいないだろう。

 つまり、戦場でこの攻撃のタネを見破れる存在はほぼ皆無と言ってもいい。正体不明の攻撃を行えるというのは、つまり何度でも初見殺しができるということでもある。それがどれだけ恐ろしいことか。

 

「まぁ、さっきの戦闘で使った技の説明は後回しにするとして……早くここを出よう。ユエとしても、早めに出たいでしょ?」

「ん……」

「じゃあ行こう。サソリの魔物は僕が持ってくよ」

 

 そうしてハジメと香織は、新たにユエを連れて、この人工的な部屋から出たのであった。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 ユエを連れて出たハジメ達は、サソリの魔物やサイクロプスの死骸を回収し、拠点へと戻った。

 

 拠点内で何をしているかといえば、ハジメは今後の戦闘に備えて消耗品の弾丸や手榴弾等の補充を。香織はユエを膝の上に乗せてお話をしていた。

 

「ユエちゃん、何百年も閉じ込められていただなんて……辛かったんだよね?」

「独りで辛かった……寂しかった……」

 

 香織の膝の上に乗せられているユエは、過去のことを思い出してか、少し俯いてしまう。

 そんなユエを、香織は後ろから抱きしめる。

 

「大丈夫だよ。これからは、私やハジメくんもいるから」

「そうだね。ユエが望むんだったら、いつまででも僕達の所にいていいからね?」

「ん……ありがとうハジメ、香織」

 

 表情は乏しく、何を考えているのか分かりにくいユエだが、ハジメと香織には、かなりの信頼を寄せているように見える。

 

「そういえば。ユエはここがどこか分かる? それと脱出のための道とか……」

「わからない。でも……」

 

 ハジメが尋ねてみるが、ユエにも詳しいことは分からないらしい。申し訳なさそうにしながら、何か知っていることがあるらしく、話を続ける。

 

「……この迷宮は反逆者の一人が作ったと言われてる」

「反逆者……ああ、一応聞いたことはあるね」

「え、そうなの?」

「詳しいことは知らないけど、確か……大昔に、神に反逆しようとした眷属のことだっけ?」

「そう……神に敗北した反逆者は、世界の果てに逃走して……この迷宮を作って、隠れ住んだと言われている」

 

 どうやらここ以外にも、七大迷宮に該当する場所は、反逆者の作り出したとされているらしい。そしてその最奥には、反逆者の住処があるとも言われていたようだ。

 

「そこなら、地上への道があるかも……」

「確かにあり得るな。ここを作った反逆者が、わざわざこの迷宮を登って地上に出るとは思えないし……住処に隠し通路とかがあるのかもしれない」

 

 今まで曖昧だった可能性が、ユエの言葉によって確実とは言えないが、正しい選択である可能性が高くなった。それにハジメはホッとする。

 

 ハジメは手元に目線を戻し、作業へと戻る。本当であれば、香織やユエと一緒に色々お話したいのだろうが、そんなことよりも、二人を傷つけないように強くなる方が、ハジメにとって優先順位は上だった。

 

「……そういえば、ハジメと香織は、どうしてここにいるの?」

 

 そんなハジメを邪魔しないためにか、ユエは膝から降り、真正面に向いて香織に尋ねる。当然の疑問だろう。ここは奈落の底。正真正銘の魔境だ。魔物以外の生き物がいていい場所ではない。

 ユエには、他にも聞きたいことがあった。何故魔力を直接操れるのか。何故固有魔法らしき魔法を複数扱えるのか。何故魔物の肉を食って平気なのか。そもそも二人は人間なのか。ハジメの左腕はどうしたのか。ハジメが使っている武器は一体なんなのか。

 

「う~んとね……私達、こことは別の世界から来た人間なんだ」

「え……別の世界?」

「そう。地球っていってね。魔人族を倒すために召喚されたんだ」

「そうだね。まぁ召喚されて二週間後だっけ? オルクス大迷宮での訓練中に、事故で奈落に落ちちゃったんだけど……」

 

 香織とユエの話に、ハジメは作業を中断して入ってくる。話の内容が内容だからか、思わず話に入っていた。

 

「それでねユエちゃん。ハジメくん、左腕無いでしょ?」

「ん……どうして?」

「……全部私のせいで、ハジメくんはこうなっちゃったんだ」

 

 思い返し、香織は俯いてしまう。

 

「私、ハジメくんを守るって言ったのに……いざって時に守られてばっかで……私が守ることができて――」

「香織」

「……!」

「今までにも何度か言ってるけど、香織を庇ったのは僕の意思だ。だからそう自分を責めないで」

「うん……」

 

 香織のハジメへの罪悪感はかなり小さくなっていったが、それでも、あの腕が千切れた時の光景は、彼女にとって大きなトラウマになっていた。

 そんな香織の心を癒やすことができるのは、恋人のハジメだけだ。ハジメがひたすらに許し、愛することでしか、香織のトラウマを払拭することはできない。

 

 ハジメは香織を片手で抱き寄せる。そのままの状態で、香織は何度か深呼吸をすると、ようやく落ち着いてきた所で、ユエの声がした。

 

「……ぐす……ハジメ……香織」

 

 そちらを向くと、ハラハラと涙をこぼしている。ギョッとして、ハジメは思わず手を伸ばし、流れ落ちるユエの涙を拭きながら尋ねた。

 

「いきなりどうしたんだ?」

「……ぐす……ハジメも香織も……つらい……私もつらい……」

 

 どうやら、ハジメと香織のために泣いているらしい。ハジメは少し驚くと、表情を苦笑いに変えてユエの頭を撫でる。

 

「大丈夫だ、大丈夫。僕は香織を助けられた、それだけで良かったと思ってるんだから」

「……二人は、付き合ってるの?」

「うん、そうだよ。一年半くらいかな? そうだよねハジメくん?」

「あぁ、そうだね」

 

 そういう二人の会話を見るユエは、なんだか少し羨ましそうにしていた。

 

「まぁとにかく、今はここから出て、地球に帰る方法を探さないと」

「うん。生きて帰らないとね」

「……帰るの?」

「そりゃあね。僕も香織も家族がいる、心配させるわけにはいかないから」

 

 ユエは沈んだ表情で顔を俯かせる。そして、ポツリと呟いた。

 

「……私にはもう、帰る場所……ない」

 

 ユエにはもう、信頼できる家族などいない。もしいたとしても、数百年の間封印されていたのだ、すでに死に、故郷も変わっているだろう。

 

「……ユエが望むんだったら、いつまででも僕達の所にいていいからね?」

「……!」

「最初、僕はそう言ったよ。ユエはもう、独りじゃないんだから」

「うんうん。独りが辛かったら、私達がずっと一緒にいてあげるからね。地球に帰っても、一緒」

 

 ハジメと香織は、一緒に地球に来ないかと、そう言っていた。その意味を察したユエは、おずおずと「いいの?」と遠慮がちに尋ねる。しかし、その瞳には隠しようもない期待の色が宿っていた。

 キラキラと輝くユエの瞳に、苦笑いしながらハジメは頷く。すると、今までの無表情が嘘のように、ユエはふわりと花が咲いたように微笑んだ。

 

「えへへ〜、ユエちゃんが嬉しそうで良かった。もうこれからは、独りぼっちじゃないよ」

「うん……うん!」

 

 ユエは香織に抱きついた。そしてそんなユエを香織は抱きしめ、ハジメは優しく頭を撫でた。




Hiko293様  コーチマSPL様  シュラバン様
豚汁様

評価していただき、ありがとうございます。しばらくは投稿頻度が下がるでしょうが、これからも応援よろしくお願いします。


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幕間2 憤怒と悲嘆と苦痛の先には

 ハジメと香織がユエと出会い、サソリの魔物をあっさりと撃破したあの日。

 

 光輝達勇者一行は、再びオルクス大迷宮にやって来ていた。ただし、訪れているのは光輝達勇者パーティーと、檜山達のパーティー、それに永山重吾という大柄な柔道部の男子生徒が率いる男女五人のパーティーだけだった。

 理由は簡単だ。ハジメや香織の死が、多くの生徒達の心に深く重い影を落としてしまったのである。死というものを間近で目撃してしまったことにより、それがトラウマになってしまったのだ。

 

 当然、聖教教会関係者はいい顔をしなかった。実戦を繰り返し、時が経てばまた戦えるだろうと、毎日のようにやんわり復帰を促してくる。

 

 しかし、それに猛然と抗議した者がいた。愛子先生だ。

 愛子は当時、遠征には参加していなかった。作農師という特殊かつ貴重な天職のため、実戦訓練するよりも、教会側としては農地開拓の方に力を入れて欲しかったのである。愛子がいれば、糧食問題は解決してしまう可能性が限りなく高いからだ。

 そんな愛子はハジメと香織の死亡を知ると、ショックのあまり寝込んでしまった。

 

 しかしその全責任をハジメに押し付けられたことを知ると、教会に猛抗議をした。愛子は生徒を信じているが故に、教会の行動は彼女にとって許し難いものであった。

 様々な抗議を行った結果だが、ハジメの無実を証明することができなかった。しかし生徒達を守ることには成功し、結果、自ら戦闘訓練を望んだ勇者パーティーと小悪党組、永山重吾のパーティーのみが訓練を継続することになった。教会としても、愛子の反感は買いたくなかったのだろう。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 今日で迷宮攻略六日目。

 

 現在の階層は六十五層、確認されている最高到達階層である。

 

 しかし彼らのパフォーマンスは、かなり落ちていた。それもそうだ、ハジメと香織が落ちた階層に近づいているというだけで、普通は心理的に辛くなるというもの。ほとんど全員の動きが鈍くなっていた。

 

 しかし、それにも例外はいる。その最たる例が、八重樫雫だった。

 彼女に関しては、戦えば戦うほどに、その戦闘力に磨きがかかっていった。パフォーマンスも落ちるどころか、むしろ上がっていた。

 今までの、迷宮攻略を行う前の訓練だってそうだ。雫は狂ったように剣を降っていた。血反吐を吐くのではないかと思うほどに戦い、魔物を斬り殺した。何度も何度も斬り殺し、その度に吐きそうになるほどの精神的苦痛を感じながらも、涙を流しながら、ひたすらに訓練に打ち込んだ。まるで人が変わったかのように。

 

 そして今、彼女のステータスはこうなっていた。

 

 

 

====================================

八重樫雫 17歳 女 レベル:75

天職:剣士

筋力:1520

体力:1730

耐性:850

敏捷:2680

魔力:1690

魔耐:990

技能:剣術[+斬撃速度上昇][+抜刀速度上昇][+無拍子][+限界突破][+魔力操作][+身体強化][+部分強化][+変換効率上昇Ⅲ]・縮地[+爆縮地][+重縮地][+震脚][+無拍子][+幻踏]・先読[+投影]・気配感知[+透視]・隠業[+幻撃]・言語理解

====================================

 

 

 

 このステータスは、勇者である天之河光輝すらも上回っている。香織を失い悲嘆し、ハジメに対する憤怒は雫を突き動かし、苦痛に塗れた鍛錬を行った末に、このステータスを得た。

 雫は、この迷宮攻略組の中では最も強いと言ってもいい。なんせ魔力操作の技能により、魔法の詠唱をしなくてもいいのだから。しかも単純なステータスでも非常に高く、通常の魔物程度なら、相手にならないレベルだった。

 

「気を引き締めろ! ここのマップは不完全だ。何が起こるかわからんからな!」

 

 メルド団長の声が響く。光輝達はその言葉で表情を引き締め、集中し、未知の領域に足を踏み入れた。

 

 しばらく進んでいると、大きな広間に出た。何となく嫌な予感がする一同。

 その予感は的中した。広間に侵入すると同時に、部屋の中央に魔法陣が浮かび上がったのだ。赤黒い脈動する直径十メートル程の魔法陣。それは、とても見覚えのある魔法陣だった。

 

「ま、まさか……アイツなのか!?」

 

 光輝が額に冷や汗を浮かべながら叫ぶ。他のメンバーの表情にも緊張の色がはっきりと浮かんでいた。

 

「マジかよ、アイツは死んだんじゃなかったのかよ!」

 

 龍太郎も驚愕をあらわにして叫ぶ。なんせ目の前に現れたのは、あの時に生徒達を追い詰めたベヒモスだったのだから。

 

「迷宮の魔物の発生原因は解明されていない。一度倒した魔物と何度も遭遇することも普通にある。気を引き締めろ! 退路の確保を忘れるな!」

 

 それに応えたのは、険しい表情をしながらも冷静な声音のメルド団長だ。いざと言う時、確実に逃げられるように、まず退路の確保を優先する指示を出すメルド団長。それに部下が即座に従う。しかし……

 

「飛剣」

 

 雫の低い声と同時に放たれた複数の斬撃は、ベヒモスの皮と肉、さらには骨すらも断ち切り、四肢を切り落とし、胴体を真っ二つにし、首を斬り落とした。

 

 一秒にも満たない時間で行われた攻撃には、誰も反応できなかった。気がついた時には、ベヒモスは動かない肉の塊と化していた。

 

「……な、に?」

 

 真っ先にこれに反応したのはメルド団長だ。そして驚愕した。なんせあのベヒモスを、あっさりと倒してしまったのだから。しかも勇者である光輝ではなく、あくまで一人の戦闘員でしかない雫が。

 

「雫……雫がやったのか?」

 

 恐る恐るといった感じに、光輝は雫に尋ねる。それもそうだろう。変わり果てた雫は、常に近づき難い威圧的な雰囲気を出しているのだから。

 

「そうよ、こいつは私の手で殺したかった。でもごめんなさい、結果的に戦術とか陣形とか、そういうのを無視しちゃったわけだから」

「あぁいや、確かにそういうのは意味無くなったけど、助かったのは事実だから。ありがとう」

「そう」

 

 淡々と返すと、雫は剣を収める。

 ちなみにだが、彼女が今使っている剣はハジメが作ったものではなく、宝物庫にあったものだ。流石に日本刀のようなものは無いか、使い勝手がそれに似ている、刀とシャムシールの中間のような剣を利用している。

 ハジメの作った日本刀に関しては、雫が自ら叩き折った。彼女にとっては、ハジメという香織を殺した存在が作った剣など使いたくなかったのだろう。

 

「アイツが来たら……」

 

 雫は一瞬、ポケットに手を入れ、その中に入っているあるものを握ってそう言った。

 

 ともかく、六十五階層はこれにて突破。これより先は完全に未知の領域。光輝達は過去の悪夢を振り払い先へと進むのだった。



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ユエの実力

投稿遅れてすみません!

ここ最近は、大学の方でテストがありまして、その勉強で忙しかったんです。必修で赤点取ったらアウトですからね。


「……にしても、サソリの魔物の甲殻は鉱物だったのか」

 

 ユエを可愛がりつつも、ハジメは色々と分析をし、新たな武器を制作していく。その際に興味を惹いたのが、サソリの魔物の甲殻だった。

 どうやら鉱物になっているらしく、それがサソリの魔物が異常に硬かった理由にもなっていた。

 

====================================

シュタル鉱石

魔力との親和性が高く、魔力を込めた分だけ硬度を増す特殊な鉱石

====================================

 

 このシュタル鉱石というのが、甲殻を形成する主成分だった。おそらくは、サソリの魔物は魔力を甲殻に溜めて、硬化させていたのだろう。

 

「……ハジメ、なにしてるの?」

 

 色々と金属をいじっているハジメに、ユエが尋ねる。少し声がした方に顔を向けると、ほとんど密着しながら覗き込んできていた。

 

「ん、ああ。武器作ってんだ。対物レールガンっていう……僕が使ってた拳銃の強化版。今までは、これ以上威力を上げるのは強度的に無理だったけど、このシュタル鉱石があれば実現できそうなんだ」

 

 拳銃型のメリットは、何よりも取り回しやすいことだ。装填数はそれなりにあり、反動も小さめだ。しかしデメリットとして、構造上、威力が出しにくいというものもある。

 そんなデメリットを取っ払ったのが、レールガン型だ。こちらは取り回しやすさを犠牲にした結果、一発一発の威力を極限まで上げることに成功した。今までは強度的に不可能だった威力も、シュタル鉱石がある今、実現可能なレベルになっていた。

 

 一度拳銃を作った経験が活きたからなのか、このレールガンは比較的すぐに完成させることができた。試行回数は三百回くらいなので、拳銃の時の半分くらいの時間で完成させることができた。

 他にも、今まで使っていた拳銃をシュタル鉱石製にして、強度を上げることにも成功した。結果として、威力を上昇させることにも成功したのであった。

 

ジュウウゥゥウ……

 

 それと同じくらいに、肉が焼ける音と匂いがした。匂いに関しては、肉食? の魔物のものなのでかなりキツいがハジメや香織はもう慣れていた。

 

「ハジメくん、ご飯できたよ!」

「おっ。ありがとうね香織」

 

 そうして香織が焼いた肉をハジメは受け取ったが、そこで一つ、疑問が生じた。

 

「そういえば、ユエはどうするんだ? 魔物の肉を食べさせるわけにもいかないし……」

「食事はいらない……大丈夫」

「……本当に?」

「あ、うん。私の血を吸ったから、ユエちゃんならもう大丈夫だよ」

 

 ユエに関しては、香織が説明してくれた。どうやらユエ、というか吸血鬼族は、他者の血を吸うことで栄養の補給ができるのだという。もちろん普通に食べることも可能だが、血を吸う方が効率がいいのだという。

 

「なるほどねぇ。……ってか、香織の方は血を吸われて大丈夫?」

「うん、全然大丈夫だよ。血を吸うって言っても、割と少ないし」

「ならいいんだ」

 

 そうして食事を食べるハジメと香織。それが終わると今度はユエが、ハジメの首筋に歯を立てて血を吸い取ることで食事をした。

 どうもその味は、濃厚なスープのような味だったらしい。ただ、香織のよりもかなりあっさりしている感じ立ったとか。ともかく、人間のハジメにはよくわからない感覚だった。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 そうして装備を整え、ユエも連れて五十層を出発したわけなのだが……

 

「“緋槍”」

 

 ユエの一言で、手元に現れた炎は渦を巻いて円錐状の槍の形をとり、一直線に魔物を目掛けて飛翔し、あっさり突き刺さって貫通させた。

 

「わぁお」

「ユエちゃんの魔法……凄すぎ……」

 

 しばらくは、ユエが無双していた。何がえげつないかといえば、まず詠唱無しで高火力の魔法を連発できる点だろう。

 どうもユエは魔力量がかなり多いらしく、超高火力の最上級魔法を連発しても、そこまで魔力を消耗しない。この最上級魔法というのがとんでもなく強力で、対単体でも対集団でも、容易に一掃できてしまう。

 

 この階層は、十メートルを超える木々が鬱蒼(うっそう)と茂る、樹海のような階層だ。空気はジメジメしているが、暑くはないのが救いだろう。

 出てくるのは、今の所はティラノサウルスのような魔物だ。しかしその頭には、一輪の花を咲かせている。しかもこの魔物、数がかなり多い。

 

「おっと……」

 

 とはいえ、どうやら探知系の技能は持っていないらしい。こういう場面では、ハジメの戦法が有効だった。

 ハジメは“気配探知”により、魔物が集まってきているのを察知した。それを受けて、急いで周囲に鉱物手榴弾をいくつか投げる。これも以前から改良しており、手榴弾丸ごと気体化するようにしてあった。

 

「シャァァアア!!」

 

 そんかことをしていると、ハジメ達を取り囲むかのように、ティラノサウルスの魔物が現れた。見える限りだと、最低でも十体はいる。

 しかし……

 

「ガスブレード」

 

 ハジメがそう呟くと、魔物は口から血を吐き出し倒れ、ピクピクと痙攣し、やがて動かなくなった。そうして死んだ魔物から花は落ちる。

 ハジメの攻撃である“ガスブレード”は、言ってしまえば気体化させた鉱物による攻撃だ。気体を吸い込ませて、臓器にダメージを与える。ある程度ゆとりができたので、なんとなく名前を付けてみたのだ。

 

 香織に関しても、ユエに魔法を教わり、光属性限定ではあるが、最上級魔法を詠唱無しで扱うことができるようになった。なので殲滅力はかなり高い。

 

 こうして三人とも戦えるわけなのだが、如何せん敵の数が多すぎる。なので三人は走り、急いで階層の出口、あるいは隠れられるような場所を探していた。

 

 そうして走っていると、またしてもティラノサウルスのような魔物が接近してくる。そのどれもが、等しく鼻の上に花を咲かせていた。

 

「あ~もう! 数が多すぎる!」

 

 敵が現れる。それも数十体単位で一斉に。ここにいる三人なら普通に倒せはするが、あまりにも面倒だ。

 

「ここは私が……“凍獄”!」

 

 今回はユエが攻撃する。魔法のトリガーを引いた瞬間、ハジメ達のいる樹を中心に眼下が一気に凍てつき始めた。ビキビキッと音を立てながら瞬く間に蒼氷に覆われていく。

 一瞬にして到達した氷の柩に、周囲の魔物は囚われる。それから秒も経たずに、魔物の血肉は絶対零度まで到達し、生命活動を停止させた。

 

「はぁ……はぁ……」

「助かるよユエ。でも……」

「ん、どうしたのハジメくん?」

「いや、なんかさ……魔物の動き、おかしくないか?」

 

 冷静になって考えてみると、魔物の動きがどこかおかしいことに、ハジメは気づいた。

 

「この階層に入ってから倒した魔物の数って、軽く百は超えてるよね?」

「あ、うん。数えてないけど、多分そうだと思う」

「……じゃあその魔物はどこから来たんだ? かな~り離れた場所から僕達を探知をして来たってこと? しかもこんな一斉に? 流石におかしいよ」

 

 今も魔物は接近している。数は相変わらず多い。しかも行動の仕方というか何というか……それが今までとほとんど変わらない。

 この階層の魔物が、ハジメには野生生物のようには見えなかった。あえて表現するならば……そう、出来の良い機械を相手しているような、そんな感じがしていた。

 

「う~ん……操られてる、とか?」

 

 数秒考えた後に、ハジメはそう結論づけた。香織とユエも、ハジメの言葉には賛同した。

 

「よし。とりあえず操ってる本体を探すか。いなかったらそれでいいけど」

 

 ハジメ達は物量で押しつぶされる前に、おそらく魔物達を操っているのであろう魔物の本体を探すことにした。

 このまま戦い続けても、物資と魔力は消費し続けるためジリ貧だ。いつかはやられる。だから急いで本体を倒すか、階下への道を見つけなければならなかった。

 

ドドドドドドドドドドドドドドドッ!!

 

 そんな音が、どんどん近づいてきている。

 

「ヤバい! ユエ、担ぐぞ!」

「えっ」

 

 ハジメは、おそらくステータス的に身体能力が劣っているユエを背負い、猛ダッシュで駆け出した。もちろん香織もそれについていく。

 背の高い草むらに隠れながら魔物が併走し、四方八方から飛びかかってくる。それを迎撃しつつ、探索の結果一番怪しいと考えられた場所に向かいひたすら駆けるハジメと香織。ユエも魔法を撃ち込み致命的な包囲をさせまいとする。

 

 目星をつけたのは、樹海を抜けた先、草むらの向こう側にみえる迷宮の壁、その中央付近にある縦割れの洞窟らしき場所だ。

 こちら側に向かえば向かうほど、()()()敵の追撃が普段から増して激しくなるのだ。まるで何かを守るかのように動いている。

 

 そうして猛ダッシュで洞窟に向けて走り、ついに洞窟内に滑り込んだ。もちろん錬成を利用して、入り口に蓋はしておく。

 

「よし。これで問題無いはず」

「はぁ~、疲れたぁ」

「……お疲れさま」

 

 そう言って、ユエはハジメから降りる。表情を見ると、少し残念そうにしている。居心地が良かったのだろうか。

 ちなみにだが、走っていると間、ユエはハジメから何度も血を吸っていたりした。しかしハジメはそれに一切の文句を言わなかった。

 

「魔物の気配は無いけど……」

 

 嫌な予感はしたが、進むしかない。そういうわけで、警戒しながら洞窟を進んでいくと、広い部屋の中央にまでやって来た。その時だった。

 

 全方位から緑色のピンポン玉のようなものが無数に飛んできたのだ。数は、軽く百を超えている。

 即座に迎撃に移る三人だったが、数はどんどん増えるばかり。飽和してきて対処が難しくなってきた所で、ハジメは錬成で石壁を作り出し防ぐことに決めた。石壁に阻まれ貫くこともできずに潰れていく緑の球。威力はそこまでではないようだ。

 香織とユエの方も問題なく、香織は得意の光属性魔法で、ユエは速度と手数に優れる風系の魔法で迎撃していく。

 

「……絶対これ本体の攻撃でしょ。香織、ユエ、敵はどこかにいるぞ」

「うん、分かってる」

「……」

「……ユエ?」

 

 香織は反応した。しかしユエは反応しない。若干訝しみながらも、ハジメはユエに近づいてみる。

 

「……にげて……ハジメ!」

 

 いつの間にかユエの手がハジメに向いていた。ユエの手に風が集束する。本能が激しく警鐘を鳴らし、ハジメは、その場を全力で飛び退いた。刹那、ハジメのいた場所を強力な風の刃が通り過ぎ、背後の石壁を綺麗に両断する。

 

「ま、マジか……これは……!」

 

 見てみると、ユエの頭の上にも真っ赤な薔薇が咲いていたのだ。魔物の時とは種類が違うようだが、操られていることには変わりない。

 

「香織! そっちは大丈夫か!?」

「私は大丈夫だから、それよりもユエちゃんを!」

 

 とりあえず、ユエに対する行動操作をなんとかしなければならなかった。

 倒せば一応なんとかなるが、しかしそれではユエを傷つけてしまう。流石にそれは、ハジメも香織もあまりやりたくないことだった。

 

「ハジメ……香織……うぅ……」

 

 ユエが無表情を崩し悲痛な表情をする。感情はあるのだろう。おそらくは、意識はそのままに、体の自由だけを奪う効果なのだろう。

 

 攻撃で花だけを落とす、というのも考えたが、かなり難しかった。ユエを巻き込まないようにと考えると、どうしても攻撃できなかったのだ。

 

 ハジメ達の逡巡を察したのか、それは奥の縦割れの暗がりから現れた。

 

 見た目は人間の女なのだが、内面の醜さが溢れているかのように醜悪な顔をしており、無数のツルが触手のようにウネウネとうねっている。その口元はニタニタと笑っている。アルラウネ、とでも言えばいいだろうか。

 

 ハジメはすかさずアルラウネに銃口を向けた。しかし、ハジメが発砲する前にユエが射線に入って妨害する。

 

「ハジメ……香織……ごめんなさい……」

 

 悔しそうな表情で歯を食いしばっているユエ。操られているとはいえ、自分が恩人であるハジメと香織を殺そうとしているという事実が耐え難いのだろう。今も必死に抵抗しているはずだ。口は動くようで、謝罪しながらも引き結ばれた口元からは血が滴り落ちている。

 

 しかしハジメは、わずかに口角を上げると、適当に自分の周りに鉱物手榴弾を投げた。それはすぐに溶け出し、気体の鉱物へと変わっていく。

 

 それをゆっくりと、ユエの攻撃を回避しつつ、錬成を用いて気体の鉱物をアルラウネに接近させる。しかしこれには反応を見せない。

 

「おっ? ……っしゃ!」

 

 そうして、アルラウネは鉱物を吸い込んだ。吸い込んでしまった。ある程度吸い込んだ所を確認した所で、ハジメはアルラウネの内臓、特に脳を中心にぐちゃぐちゃに引き裂いた。

 脳を潰されたアルラウネは、一切の声を上げることもなく、痙攣すら起こすこともなく、そのまま倒れて動かなくなった。

 

 それと同時に、ユエの頭部の花はみるみるうちに枯れていき、ポトリと地面に落ちた。

 

「ユエちゃん!」

 

 真っ先にユエに近づいたのは香織だった。彼女はユエの目線までしゃがみ込み、安否を確認する。

 

「ユエちゃん、体は大丈夫? 痛い所とかない?」

「……大丈夫、香織。……それと、ごめんなさい」

「ううん。魔物の洗脳みたいなものだし、仕方ないよ。もしかしたら、私がユエちゃんみたいになってたかもだし」

 

 そう香織は言うが、彼女とハジメに関しては、あのアルラウネの攻撃は一切効かなかった。彼らは知らないことだが、アルラウネの攻撃は、一種の麻痺毒に分類される。しかし二人は、魔物を食べた際に“毒耐性”という技能を得ているため、もし当たっても効かなかったわけだ。

 

「うんうん。そう自分を責めなくていいんだよ、ユエ」

「ハジメ……また助けてくれて、本当に……ありがとう」

「いいや。仲間なんだ、これくらい普通だよ」

 

 こうして三人は、とりあえずの安息を得たということで、ホッと一息ついた。




有名人ヲタク

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最奥のガーディアン 前編

長くなったので、オルクス最終戦は前後編に分けます。今回は前編ということで。


 アルラウネを撃破した日から随分経った。あの後、ハジメ達はあっさりと次の階層への道を見つけ、再び迷宮攻略に勤しんでいた。

 

 そしてついに、次の階層でハジメと香織が最初にいた階層から百階目になるところまで来た。その一歩手前の階層で、ハジメは装備の確認と補充にあたっていた。なんせ次で百の大台、何か無いほうがおかしいというものだ。

 

 相変わらず、ユエは飽きもせずにハジメの作業を見つめている。というよりも、どちらかというと作業をするハジメを見るのが好きなようだ。

 ここ最近の数日で、ハジメとユエの距離感はかなり縮まった。今も、危険な迷宮にいるとは思えないような緩んだ表情で、ハジメに密着してまったりしている。最初は香織の目を気にして、ハジメに甘えることは無かったが、最近では本当にべったりだ。

 そうして二人の距離感が近くなればなるほど、香織も対抗するかのように甘えるようになった。いや、香織に関しては元々ではあるが、普段以上に甘えているのだ。

 嫉妬……かと言われればそうでもない。香織とユエの関係は良好であり、特に香織の方は、ユエを妹のように可愛がっている。

 

 そんな風にしているが、元々ハジメの耐性は高い。というか香織と付き合い始めると、耐性がかなり上がったので、別に密着されたくらいなら、あまり緊張はしなかった。

 

「ハジメ……いつもより慎重……」

「うん? ああ、次で百階だからね。こういう節目ってのは、何かある気がして。一般に認識されている上の迷宮も百階だと言われていたから」

 

 ハジメ達が最初にいた階層から八十階を超えた時点で、ここが地上で認識されている通常のオルクス大迷宮である可能性は消えた。奈落に落ちた時の感覚と、各階層を踏破してきた感覚からいえば、通常の迷宮の遥かに地下であるのは確実だ。

 銃技、体術、固有魔法、兵器、そして錬成。いずれも相当磨きをかけたという自負がハジメにはあった。もちろん共にここまでやって来た香織も同様だ。

 

 

====================================

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:76

天職:錬成師

筋力:2350

体力:2480

耐性:2400

敏捷:2810

魔力:2260

魔耐:2260

技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+消費魔力減少][+鉱物融解][+鉱物凝固][+遠隔錬成][+鉱物融合][+鉱物分離][+高速錬成][+錬成範囲拡大][+鉱物昇華][+鉱物系探査][+複製錬成]・魔力操作[+魔力強化Ⅲ][+遠隔操作]・胃酸強化・纏雷・天歩[+空力][+縮地][+豪脚]・風爪[+三爪][+飛爪]・夜目・遠見・気配感知・魔力感知・熱源感知・気配遮断・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・金剛・威圧・念話・言語理解

====================================

 

 

 ステータスは、初めての魔物を喰えば上昇し続けているが、固有魔法はそれほど増えなくなった。おそらくは、魔物を喰らう度に魔力が変質していき、大きな変化が起きにくくなったのだろう。新たな固有魔法を得ることは、ほとんどなくなっていた。

 

 しばらくして、全ての準備を終えたハジメ達は、階下へと続く階段へと向かった。

 

 その階層は、無数の強大な柱に支えられた広大な空間だった。柱の一本一本が直径五メートルはあり、一つ一つに螺旋模様と木の蔓が巻きついたような彫刻が彫られている。柱の並びは規則正しく一定間隔で並んでいる。地面も荒れたところはなく平らで綺麗であり、どこか荘厳さを感じさせる空間だった。

 

 ハジメ達が、しばしその光景に見惚れつつ足を踏み入れる。すると、全ての柱が淡く輝き始めた。同時にハッと我を取り戻し警戒し直す。柱はハジメ達を起点に奥の方へ順次輝いていく。

 

 ハジメ達はしばらく警戒していたが特に何も起こらないので先へ進むことにした。感知系の技能をフル活用しながら歩みを進める。二百メートルも進んだ頃、前方に行き止まりを見つけた。いや、行き止まりではなく、それは巨大な扉だ。全長十メートルはある巨大な両開きの扉が有り、これまた美しい彫刻が彫られている。特に、七角形の頂点に描かれた何らかの文様が印象的だ。

 

「……反逆者の住処?」

「反逆者? ということは……」

「ここがゴール……なんだろうね」

 

 何か危険な気はする。本能が警鐘を鳴らしている。しかしそれでも、ゴールは目の前にある気がしてならなかった。

 

 そして三人は、揃って扉の前に行こうと最後の柱の間を越えた。

 

 その瞬間、扉とハジメ達の間三十メートル程の空間に巨大な魔法陣が現れた。赤黒い光を放ち、脈打つようにドクンドクンと音を響かせる。

 

 ハジメは、その魔法陣に見覚えがあった。忘れようもない。あの日、ハジメが奈落へと落ちた日に見た自分達を窮地に追い込んだトラップと同じものだ。だが、ベヒモスの魔法陣が直径十メートル位だったのに対して、眼前の魔法陣は三倍の大きさがある上に構築された式もより複雑で精密なものとなっている。

 

「これは……!」

 

 ハジメは驚きつつも、ありったけの鉱物手榴弾を魔法陣周りにばらまく。もちろん手榴弾は溶けて気体と化していく。

 

「戦闘準備!」

 

 続いて大声で叫ぶと、ユエと香織の表情もキッと変わった。それぞれが、いつでも敵と殴り合えるような体勢を取る。

 

 魔法陣はより一層輝くと遂に弾けるように光を放った。咄嗟に腕をかざし目を潰されないようにする。光が収まった時、そこに現れたのは……

 

 体長三十メートル、六つの頭と長い首、鋭い牙と赤黒い眼の化け物。例えるなら、神話の怪物ヒュドラだった。

 

『『『『『『クルゥァァアアン!!』』』』』』

 

 不思議な音色の絶叫をあげながら六対の眼光がハジメ達を射貫く。身の程知らずな侵入者に裁きを与えようというのか、常人ならそれだけで心臓を止めてしまうかもしれない壮絶な殺気がハジメ達に叩きつけられた。

 

 それと同時に、緑頭の口が大きく開き、凄まじい突風と風刃が発生する。かなりの量で、その威力も柱を容易に斬り倒してしまうほど。一応、三人とも咄嗟に回避することには成功した。

 しかし、鉱物手榴弾によって発生した気体が飛ばされたのは痛い。これまでの魔物とは違い、確実に、ばら撒かれたモノを理解しているように見える。

 

(気づかれた……!?)

 

 初めての経験に軽く驚きはすれど、すぐに呼吸を整えて反撃を開始する。ハジメの拳銃が火を吹き、電磁加速された弾丸が超速で緑頭を狙い撃つ。弾丸は狙い違わず緑頭を吹き飛ばした。

 

 まずは一つとハジメが言おうとした時、白い文様の入った頭が『クルゥアン!』と叫び、吹き飛んだ赤頭を白い光が包み込んだ。すると傷が逆再生するかのように、みるみるうちに治っていった。

 ハジメに少し遅れてユエと香織の魔法が赤頭と青頭を吹き飛ばしたが、同じように白頭の叫びと共に回復してしまった。

 

“香織! ユエ! 回復役の白頭を狙うぞ!”

 

“んっ!”

“分かった!”

 

 青い文様の頭が口から散弾のように氷の礫を吐き出すが、それを回避しながらハジメとユエと香織の三人で、三方向から白頭を狙う。

 

 閃光と燃え盛る槍、そして高速の弾丸が白頭に迫る。しかし、直撃かと思われた瞬間、黄色の文様の頭がサッと射線に入りその頭を一瞬で肥大化させた。そして淡く黄色に輝き、ハジメのレールガンもユエや香織の魔法も受け止めてしまった。

 一応三人の攻撃を受け止めたのだから、無傷では無かったのだが……傷は白頭によって、即座に回復されてしまっていた。

 

「面倒だ……アレで一網打尽にできれば……!」

 

 ハジメはそう思いつつ、少しずつ少しずつ、周囲に飛ばされた気体の鉱物を集め、ヒュドラの方へ近づけていく。しかし、

 

『クルゥアアア!』

 

 それを認識した緑頭は口を開き、突風と風刃を発生させる。しかもピンポイントにハジメの方に向けて。回避そのものは容易だったが、ハジメは苦い顔をしていた。

 

(やっぱり、何しようか気づいているか……)

 

 最初ので嫌な考えがよぎっていたが、これで確信に変わった。この敵には、ハジメの最強の攻撃である“ガスブレード”が通用しないと。いや、それだけではない。

 

『クルゥアン!』

「クハッ……!?」

 

 今までの最強の攻撃が、ハジメに牙を剥く。白頭の咆哮と共に、ハジメの胸部を突き破って三本の針が出てくる。片方の肺がもろにやられているからか、激痛に絶叫しようとした拍子に吐血してしまう。

 

 思わず膝を付きそうになったが、気合で踏み留まるハジメ。苦痛に顔を歪ませていたが、直後に聞こえてきた声に目を丸くする。

 

「いやぁああああ!!!」

「ああぁぁぁあッ!!」

 

 声がした方向を向くとそこには、香織とユエがいたが、それを黒頭が見つめている。ハジメは即座に、黒頭が何かをしていると察し、空力でジグザグに動きながら接近し、黒頭に向かって発砲した。

 射撃音と共に、止まっていた黒頭が吹き飛ぶ。すると香織とユエはくたりと倒れ込んだので、片手で無理矢理掴んで離脱し、柱の陰に隠れた。

 

「香織! ユエ! しっかりしろ!」

「……」

 

 二人ともハジメの呼びかけなど耳に入っていないのか、青ざめてガクガクと震えている。何かされたのは明白だったが、今はそんなのを気にする余裕など無かった。

 

「ハジメ、くん……ッ!?」

 

 先に反応したのは香織だったが、彼女はハジメの様子を見ると驚き目を丸めた。そしてすぐに、ハジメの胸に突き刺さった三本の針を抜いて、ひたすらに謝りながら回復魔法を行使した。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……守るって言ったのに守れないなんて……!」

 

 その声は震えていたが、同時にどこか重苦しいようなそんな雰囲気だった。悲しくて声が漏れる、というよりかは、まるで……自分に言い聞かせているようであった。

 

「香織……」

「ごめんなさい、ごめ……!?」

 

 その表情は涙を流しながらも、かなり強張っていた。そんな彼女に、ハジメは無言で抱きしめてキスをした。ほんの少し触れるだけのものだったが、それは香織を正気に戻した。

 

「大丈夫、僕は生きてるよ。それにこれからも、僕は絶対に死なない。だから……安心して」

 

 一瞬きょとんとした香織だったが、すぐにハッとし、涙を拭うと、数秒だけハジメの胸に顔を埋めた。

 

「……死なないでね」

「もちろん」

 

 しかし、そんな隣で震えているユエ。彼女は震えた手で二人の手を握る。手は震えており、明らかに何かに恐怖を覚えているようだった。

 

「ユエ……何が、あったんだ?」

「多分、幻覚を見せられたんだと思う。私には『ハジメくんが死ぬ幻覚』が見せられたし、ユエも何か見せられたのかも……」

「……幻覚」

 

 通常は一人に対して使う魔法を、香織とユエの二人に対して使っているので効力は若干弱まっているが、それでも依然強力なままだ。

 

「ハジメ……香織……見捨てない、よね……? 私、もう一人は、いや……」

 

 おそらくは、ユエは『独りになる幻覚』でも見せられたのだろう。現実と幻の区別は一応ついているようだが、それでもユエにとって、独りになってしまうのとは相当のトラウマだった。心細そうに、不安そうにハジメと香織を交互に見つめる。

 

「大丈夫」

 

 そんなユエを、香織の時とほとんど同じようにハジメは抱きしめた。

 

「ユエはもう、一人じゃない」

「うんうん、そうだよ。もう私達とずーっと一緒。好きなだけいていいんだよ?」

 

 そうして抱きしめられながら、香織に頭を何度も撫でられるユエ。そうしている内に、あの封印部屋から解放されてからの日々を思い出す。

 何百年も生きてきたのに、まるで小さな子供のように甘やかされた。本来ならあまりよく思わなかったかもしれないが……数百年ぶりに解放されたユエにとっては、何よりも嬉しかった。

 こうして、理由も無くただ愛情を注がれるのを感じると、気づいたらユエの胸は熱くなっていた。

 

「さぁ、あいつを倒して外に出て……そして、元の世界に帰るんだ。もちろんユエも一緒に」

「んっ!」

 

 ユエは未だ呆然とハジメと香織を見ていたが、無表情を崩しふんわりと綺麗な笑みを浮かべた。




星雲 輪廻様  ちいさな魔女様

評価していただき、ありがとうございます。最近投稿頻度が遅くなっていますが、今後ともよろしくお願いします。


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最奥のガーディアン 後編

 そうして落ち着きを取り戻した二人に、ハジメは手短に作戦を伝える。

 

「最初はもう少し敵の動きを見極めてからにする予定だったけど……もうこいつを撃つ」

 

 切り札である、巨大なレールガンを片手で握りながら言う。装填数が一発である都合上、敵の動きがある程度の分かってから撃つ予定だったが、予想以上に強かったため、作戦変更を余儀なくされた。

 

「香織もユエも、最初は無理に頭を倒さなくていい。足止めして、それでこいつを当てたら一気に攻める。連発はできないから、援護お願い」

「もちろん!」

「……任せて!」

 

 いつもより断然やる気に溢れている香織とユエ。静かな呟くような口調は崩れ、覇気に溢れた応答だ。先程までの不安が根こそぎ吹き飛んだようである。

 

 三人は一気に柱の陰を飛び出し散開し、今度こそ反撃に出る。

 

「“緋槍”! “砲皇”! “凍雨”!」

 

 ユエの手で矢継ぎ早に引かれた魔法のトリガー。有り得ない速度で魔法が構築され、炎の槍と螺旋に渦巻く真空刃を伴った竜巻と鋭い針のような氷の雨が一斉にヒュドラを襲う。攻撃直後の隙を狙われ死に体の赤頭、青頭、緑頭の前に黄頭が出ようとするが……

 

「“煌鎖”」

 

 黄頭は光の鎖によって拘束され、動きを止められた。殺傷力こそほぼ無いが、黄頭は動けずにいる。香織の魔法だ。

 香織の場合はユエとは違い、攻撃系の魔法は光属性にしか適性を持たない。しかしそれ故に、特化できるとも言える。

 光属性は万能だ。攻撃にも防御にも、あるいは拘束などのサポートにも使える。ユエに色々と教えてもらったというのもあるのだろうが、これは何よりも、香織の努力の賜物だろう。

 

「ナイス……!」

 

 香織かユエ、もしどちらか片方がいなかったら、ここまで上手くいくことは無かっただろう。二人の魔法が、ヒュドラに大きな隙を作り出した。

 

 ハジメがレールガンを構えて“纏雷”を使うと、レールガンが蒼いスパークを発生させる。弾丸はタウル鉱石をシュタル鉱石でコーティングした、地球で言うところのフルメタルジャケットだ。通常弾の数倍の量を圧縮して詰められた燃焼粉が撃鉄の起こす火花に引火して大爆発を起こした。

 

ドガンッ!!

 

 大砲でも撃ったかのような凄まじい炸裂音と共にフルメタルジャケットの赤い弾丸が、更に約一・五メートルのバレルにより電磁加速を加えられる。その威力はドンナーの最大威力の更に十倍。単純計算で通常の対物ライフルの百倍の破壊力である。異世界の特殊な鉱石と固有魔法がなければ到底実現し得なかった兵器だ。

 発射の光景は正しく極太のレーザー兵器のよう。射出された弾丸は真っ直ぐ周囲の空気を焼きながら黄頭に直撃した。

 

 黄頭もしっかり“金剛”らしき防御をしていたのだが……まるで何もなかったように弾丸は背後の白頭に到達し、さらに貫通して背後の壁を爆砕した。階層全体が地震でも起こしたかのように激しく震動する。

 残ったのは、頭部が綺麗さっぱり消滅して融解したように白熱化する断面が見える二つの頭だけだった。

 

 一度に半数の頭を消滅させられた残り三つの頭が思わず、ユエの相手を忘れて呆然とハジメの方を見る。しかしそれは、隙を晒しているのと同義だ。

 

ジャキン!

 

 光が天井から降り注ぎ、糸のような何かが残った三つの頭を拘束する。

 

「“天灼”」

 

 香織の手により拘束された頭に、ユエ渾身の魔法が炸裂する。

 三つの頭の周囲に六つの放電する雷球が取り囲む様に空中を漂ったかと思うと、次の瞬間、それぞれの球体が結びつくように放電を互いに伸ばしてつながり、その中央に巨大な雷球を作り出した。

 

 中央の雷球は弾けると六つの雷球で囲まれた範囲内に絶大な威力の雷撃を撒き散らした。三つの頭が逃げ出そうとするが、まるで壁でもあるかのように雷球で囲まれた範囲を抜け出せない。

 そして、十秒以上続いた最上級魔法に為すすべもなく、三つの頭は断末魔の悲鳴を上げながら遂に消し炭となった。

 

 ユエはぺたりと座り込む。かなり大規模な魔法のせいで、おそらく魔力がかなり減っているのだろう。そこに香織が寄ってきたりするのを、ハジメは遠目で見ていた。

 レールガンから排莢して、背中に背負い、そうして自分も二人の所に向かおうとしたその時だった。

 

「ハジメ!」

 

 ユエの切羽詰まった声が響き渡る。何事かと見開かれたユエの視線を辿ると、音もなく七つ目の銀色の頭が胴体部分からせり上がり、ハジメを睥睨していた。

 

「……!」

 

 ハジメは慌てて銃を抜いて撃つが、慌てていたせいか、狙いは定まらずに横を通り過ぎていった。

 銀頭は、攻撃したハジメ……ではなく、弱っているユエの方を向くと、予備動作すらなく極光を放った。

 

「危ないッ!!」

 

 幸い近くに香織がいたおかげで、極光がユエを丸ごと消し飛ばす、といったことにはならなかった。

 しかしその威力は、あまりにも強大だった。つい先程まで香織とユエが立っていた地面は融解し、ドロドロに溶け出していた。もし当たっていたら……そんな想像をすると、思わずゾッとしてしまうくらいの威力であることは明白だった。

 

ガキンッ!

 

 そんな二人の方を向いたことでできた隙に、ハジメは銃撃を行うが、

 

「うわっ……」

 

 銃弾は銀頭の表面を傷つけただけ。ほとんどダメージを与えることができなかった。

 拳銃は効かない、レールガンは効くかもしれないが一発しか撃てないので使いにくい。そしてハジメの切り札であるガスブレードは、効かないどころか反撃に利用される可能性もある。

 

 わずかに思考を巡らせたハジメだったが、すぐに銀頭の攻撃は開始された。大量の光弾が、雨のように降り注ぐ。

 

「香織、ユエ! かわせ!」

 

 ハジメは反射的に声を出す。有効打が思いつかない以上、ひたすら耐え抜くことしか思いつかなかった。

 

(多分……レールガンを当てたら勝ちだ。でも、どうやって当てる……?)

 

 一応、勝利条件は見えている。しかしそれを満たす方法が分からなかった。香織も様々な魔法を利用して反撃しているが、そのどれもが、銀頭には効果が薄かった。

 もちろん拘束系の魔法も同様だ。確かに一秒程度であれば、動きは止められる。しかし銀頭は、すぐに拘束から逃れてしまう。一発だけのレールガンを確実に命中させたいのだが……。

 

「くっそ、どうすれば……」

 

 攻撃を回避しつつ、香織やユエの元にたどり着いたハジメ。しかし、あまりにも強力な敵を目前にして、思わずぼやいてしまう。

 

「ハジメくん! 上だよ上!」

 

 そこで香織の声が耳に入る。上を見ると、ヒュドラの銀頭があり、そのさらに上には……白い天井が広がっていた。

 

「…………ありがとう、香織。ようやく勝ち筋が見えた」

 

 ここからさらに、銀頭の攻撃は激化する。今までの六本の時よりも、攻撃の密度も威力も圧倒的に上だ。それを回避しながら、ハジメは“念話”で作戦を伝える。

 

“天井を崩落させて、あの魔物を生き埋めにする”

“生き埋め?”

“天井を落とせば数十トン単位の負荷がかかる。いくらあの魔物が強くても、これには耐えられないだろ。……そこを、叩くんだ”

 

 ハジメは攻撃を回避しつつも銃撃する。しかし狙いは銀頭ではなく、天井だ。攻撃が外れているようにも見えるが、一発一発丁寧に天井に撃ち込み、天井に穴を開けていく。

 

“さぁ、相手がでかい一撃を撃ってくるまで耐えるよ。耐えたら僕達の勝ちだ”

“んっ!”

“わかった!”

 

 ハジメはいつでもレールガンを撃てるよう、背中から下ろす。動きにくい体勢ではあるが、回避を続ける。

 どちらかというと、香織やユエの方より、ヒュドラはハジメの方を狙っているためか、攻撃が集中しているが……

 

ズガガガガガガガガガッ!!

 

 その分、香織やユエの攻撃がしやすくなり、銀頭に命中しやすくなっていた。傷からして、そこまで効いているようには見えないが、ヒュドラを苛立たせるには充分だった。

 

 そしてついに、銀頭が闇雲に極光を放った。それを見たハジメは不敵に笑う。

 銀頭は極光を放つ際には、予備動作はほぼ何もない。しかし攻撃をしている間は隙だらけだ。

 

「終わりだ!」

 

 ここでハジメは、レールガンを撃ち込む。対象は銀頭……ではなく、天井だ。

 すると、突然天井に強烈な爆発と衝撃が発生し、一瞬の静寂の後、一気に崩壊を始めた。その範囲は直径十メートル、重さ数十トン。大質量が崩落し直下の銀頭を押し潰した。

 

「今だ!」

「んっ! “蒼天”!」

「“光臨”!」

 

 焼夷手榴弾などが入ったポーチを丸ごと瓦礫の中に放り込みつつ、ハジメは叫ぶ。すると巨大な炎の塊が炸裂し、天から光が注ぎ込まれる。

 そして最後に……充分な時間をかけてリロードを完了したハジメが、レールガンを生き埋めにされた銀頭に向けて打ち込んだ。

 

『グゥルアアアア!!!』

 

 銀頭が断末魔の絶叫を上げる。何とか逃げ出そうと暴れ、光弾を乱れ撃ちにする。壁が撃ち崩されるが、ハジメが錬成で片っ端から修復していくので逃げ出せない。極光も撃ったばかりなので直ぐには撃てず、銀頭は為す術なく高熱に融かされていった。

 

 そして……ヒュドラは、動かなくなった。

 

 ハジメは敵の死を確認すると、ドサッと後ろに倒れた。

 

「ハジメ!」

「ハジメくん!」

 

 急に倒れたことに驚いた香織とユエは、慌ててハジメに駆け寄るが、ハジメは右腕の拳を上に掲げた。

 

「……終わった」

 

 両腕があったら、ハジメは体を大の字にして、大きな伸びをしていたことだろう。そうして倒れていたところを、香織に片手を掴まれて起き上がる。

 

 すると、最奥の扉がゆっくりと開かれた。




火力万能主義様

評価していただき、ありがとうございます。第二章もあと少しです!


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反逆者の住処

 扉を潜った先で、まず目に入ったのは沈みかけの月だった。他にも真っ黒な空には、星々が輝いている。もちろんここは洞窟内であり、地下だ。それにも関わらず、何故か夜空のような何かが見えていた。

 

「……ここ、地上?」

 

 思わずユエが呟く。もちろんユエだけでなく、ハジメや香織も、一瞬この場所が地上だと錯覚したほどだ。

 

「いや、これは……人工的な空間だと思う」

 

 よく見てみれば、人の手が加わっているのは分かる。しかしそれでも、自然をほぼ完璧に再現してあるのは凄いと、ハジメは素直に感動していた。

 

 耳に心地良い水の音に、少し冷たい夜の風の音が混ざり合う。どうやら奥の方が滝になっており、川になって流れているみたいだ。肌寒い……とは思わず、むしろ新鮮な感覚すらしたほどだ。

 川から少し離れたところには、大きな畑もあるようである。その周囲に広がっているのは、家畜小屋である。となると……川の中には、魚が泳いでいるのかもしれない。

 

 それとは反対方向には、建築物があった。とはいえ建築物というよりかは、岩壁をそのまま加工して住居にした感じだが。

 

 そして空間の中心辺りは、他の場所と比べて少し高い場所に位置していた。神殿のような何かがあり、太い柱と薄いカーテンに囲まれている。

 

「とりあえず……あの岩の家の所に行くか」

 

 最初に向かったのは、岩壁の住居部分である。石造りの住居は全体的に白く石灰のような手触りだ。全体的に清潔感があり、エントランスには、温かみのある光球が天井から突き出す台座の先端に灯っていた。薄暗いところに長くいたハジメ達には少し眩しいくらいだ。どうやら三階建てらしく、上まで吹き抜けになっている。

 とりあえず一階から見て回る。暖炉や柔らかな絨毯、ソファのあるリビングらしき場所、台所、トイレを発見した。ホコリ一つなく、誰もいないとは思えないほどだった。

 

 警戒はするが、特に何も起きることなく、奥まで行くと再び外に出た。そこには大きな円状の穴があり、その淵にはライオンのような動物の彫刻が、口を開いた状態で鎮座しており、その隣には魔法陣が刻まれている。

 

「これ、もしかして……」

 

 それを見た香織は、魔法陣に触れて魔力を流してみる。するとライオンの口から勢いよく温水が飛び出し、少しずつ穴にお湯が溜まっていく。

 

「お風呂だ……!」

 

 パァァと笑顔になり、香織は言う。確かにこの一ヶ月くらいの間、ずっと風呂には入れていないどころか、体を洗うことすらできていなかった。そんな環境から脱してついに風呂に入れるとなると、喜ぶのは当然のことだろう。

 女の子の香織はもちろんのことだが、ハジメも少し頬を緩めている。やはり日本人ということもあり、ハジメも風呂は好きなのだ。

 

「ハジメくん、後で一緒に入ろうね!」

「えっ? あっ、うん」

「……じゃあ、私も一緒がいい」

「じゃあユエちゃんもおいで!」

「えっ……え?」

 

 ここで、風呂に入って癒されはしても、疲れが溜まることが確定したハジメであった。

 

 それから、二階で書斎や工房らしき部屋を発見した。しかし書棚も工房の中の扉も封印がされているらしく、開けることはできなかった。ハジメが錬成でこじ開けようともしてみたが、それも一切の効果が無かった。なので仕方なく諦め、探索を続ける。

 

 最後に、三階の奥の部屋に向かった。三階は一部屋しかないようだ。奥の扉を開けると、そこには直径七、八メートルの今まで見たこともないほど精緻で繊細な魔法陣が部屋の中央の床に刻まれていた。いっそ一つの芸術といってもいいほど見事な幾何学模様である。

 しかし、それよりも注目すべきなのは、その魔法陣の向こう側、豪奢な椅子に座った人影である。人影は骸だった。既に白骨化しており黒に金の刺繍が施された見事なローブを羽織っている。薄汚れた印象は無く、そういうオブジェだと言われても納得しそうなものである。

 

「なんだこれ……」

 

 こんな異様な空間には、嫌でも警戒してしまう。魔法陣を調べるにしても、そもそもが分からないのでどうしようもない。

 

「ハジメくん、どうするの? トラップっぽくも見えるけど……」

「まぁ、何かはあるだろうけど……いや」

 

 ハジメはこの空間にやって来てからのことを思い出す。確か記憶では、魔物らしき存在は一切いなかった。感知系の技能にも一切反応せず、敵対存在がいなかった点から『ここはダンジョンじゃないのでは?』と思ってしまった。

 

「多分大丈夫。それに、嫌でも調べなきゃダメだろうし。まぁ……香織、ユエ。何かあったら助けてほしい」

「うん、もちろん助けるよ」

「ん……気を付けて」

 

 ハジメはそう言うと、魔法陣へ向けて踏み出した。そして、ハジメが魔法陣の中央に足を踏み込んだ瞬間、カッと純白の光が爆ぜ部屋を真っ白に染め上げる。

 

 まぶしさに目を閉じるハジメ。直後、何かが頭の中に侵入し、まるで走馬灯のように、奈落に落ちてからのことが駆け巡った。

 やがて光が収まり、目を開けたハジメの目の前には、黒衣の青年が立っていた。

 

『試練を乗り越えよくたどり着いた。私の名はオスカー・オルクス。この迷宮を創った者だ。反逆者と言えばわかるかな?』

 

 その言葉と共に、オスカー・オルクスと名乗った青年の話は始まった。よく見ると、青年のローブは、後ろの骸と同じものだと分かる。

 

「ああ、質問は許して欲しい。これはただの記録映像のようなものでね、生憎君の質問には答えられない。だが、この場所にたどり着いた者に世界の真実を知る者として、我々が何のために戦ったのか……メッセージを残したくてね、このような形を取らせてもらった。どうか聞いて欲しい。……我々は反逆者であって、反逆者ではないということを」

 

 そうして始まったオスカーの話は、ハジメや香織が聖教教会で教わった歴史や、ユエに聞かされた反逆者の話とは大きく異なった驚愕すべきものだった。

 

 神代の少し後の時代、世界は争いで満たされていた。人間と魔人、様々な亜人達が絶えず戦争を続けていた。争う理由は様々だ。領土拡大、種族的価値観、支配欲、他にも色々あるが、その一番は“神敵”だから。今よりずっと種族も国も細かく分かれていた時代、それぞれの種族、国がそれぞれに神を祭っていた。その神からの神託で人々は争い続けていたのだ。

 

 だが、そんな何百年と続く争いに終止符を討たんとする者達が現れた。それが当時“解放者”と呼ばれた集団である。

 

 彼らには共通する繋がりがあった。それは全員が神代から続く神々の直系の子孫であったということだ。そのためか“解放者”のリーダーは、ある時偶然にも神々の真意を知ってしまった。何と神々は、人々を駒に遊戯のつもりで戦争を促していたのだ。“解放者”のリーダーは、神々が裏で人々を巧みに操り戦争へと駆り立てていることに耐えられなくなり、志を同じくするものを集めたのだ。

 

 彼等は“神域”と呼ばれる神々がいると言われている場所を突き止めた。“解放者”のメンバーでも先祖返りと言われる強力な力を持った七人を中心に、彼等は神々に戦いを挑んだ。オスカーも、この七人の一人だったようだ。

 

 しかし、その目論見は戦う前に破綻してしまう。神は人々を巧みに操り“解放者”達を世界に破滅をもたらそうとする神敵であると認識させて、人々自身に相手をさせたのである。結局、守るべき人々に力を振るう訳にもいかず、神の恩恵も忘れて世界を滅ぼさんと神に仇なした“反逆者”のレッテルを貼られ“解放者”達は討たれていった。

 

 最後まで残ったのは中心の七人だけだった。世界を敵に回し、彼等は、もはや自分達では神を討つことはできないと判断した。そして、バラバラに大陸の果てに迷宮を創り潜伏することにしたのだ。試練を用意し、それを突破した強者に自分達の力を譲り、いつの日か神の遊戯を終わらせる者が現れることを願って。

 

 長い話が終わり、オスカーは穏やかに微笑む。

 

「君が何者で何の目的でここにたどり着いたのかはわからない。君に神殺しを強要するつもりもない。ただ、知っておいて欲しかった。我々が何のために立ち上がったのか。……君に私の力を授ける。どのように使うも君の自由だ。だが、願わくば悪しき心を満たすためには振るわないで欲しい。話は以上だ。聞いてくれてありがとう。君のこれからが自由な意志の下にあらんことを」

 

 そう話を締めくくり、オスカーの記録映像は消えた。同時に、ハジメの脳裏に何かが侵入してくる。思わずギョッとしてしまうほどの衝撃で、頭がズキズキと痛んだが、それがとある魔法を刷り込んでいたためと理解できたので、大人しく耐えた。

 

 やがて、痛みも収まり魔法陣の光も収まる。ハジメはゆっくり息を吐いた。

 

「ハジメくん、大丈夫?」

「大丈夫、だけど……これはまた、とんでもないことになったなぁ……」

「……ん……これからどうするの?」

 

 ユエがオスカーの話を聞いてどうするのかと尋ねる。

 

 実を言うと、召喚された際、ハジメはいくつもの違和感を持っていた。何故軍人ではなく、ただの一般人の僕達を召喚したのか。何故異世界から人を召喚できるほどの力がありながら、神が直接魔人族を滅ぼすことはしなかったのか。それらの疑問は解決された。

 神は、エヒトは、おそらくハジメ達召喚者のことを、単なる遊び道具程度にしか思っていない。遊び道具として召喚するのなら、精神が成熟した大人より、不安定な中高生の方が面白い。戦闘の知識がある人より、そういう知識を持たない人の方が面白い。だから、ハジメ達は召喚されたのだ。

 

 だが、それが分かると、自ずと取るべき行動が見えてくる。

 

「……元の世界に帰る。そのためにも、帰るのを妨害してくるであろう神を殺す」

 

 ハジメや香織の最終目標は、元の世界へ帰ることである。しかし神を殺さなければ、帰還を妨害される可能性が出てくる。また、もし仮に帰れたとしても、また連れ戻される、という可能性もあり得る。

 様々な可能性を総合して考えると、どうあがいても、神を、エヒトを殺さないと、安心して帰還することができないのである。

 

「香織は――」

「もちろんハジメくんについていくよ。多分、いや絶対に無理しちゃうだろうからね。ユエちゃんも、来るでしょ?」

「んっ……私の居場所はここ……他は知らない」

 

 香織はハジメに寄り添い、その手を取る。そしてその間に入るように、ユエも体を寄せてくる。二人の想いが本心であることが、伝わってきた。

 

「……そっか」

 

 面と向かってそう言われ、態度でも示され、なんだか恥ずかしい気分になったハジメは、思い出したかのように続けた。

 

「ああそうだ。二人も魔法陣に乗っといた方がいいよ。神代魔法の一つ……生成魔法ってのが手に入るから」

「……ホント?」

「本当だよ本当。なんというか……神代魔法についての情報を頭に流し込まれた感じ。一応体の方は大丈夫そうだし、とりあえず覚えといたらどう?」

 

 そういうわけで、香織とユエも、神代魔法の一つ、生成魔法を覚えることができた。魔法陣に乗る度に、オスカーの映像が流れたが、それは割愛する。

 

「……よし、修得したっぽいね?」

「うん。でもこの魔法は……多分私達、あまり上手く使えないと思う」

「あー、うん。まぁこれが一番輝くのは、錬成師だろうね。魔法の性質的に」

 

 今回得た生成魔法は、鉱物に対して魔法を付与して、別の性質を持った鉱物を作り出すことができる魔法だ。要するに、アーティファクトを作り出せる魔法、というわけだ。

 

「まぁそれはそれとして……この骨、どうする? なんとなく残しとくのは嫌だけど……いや、残しとくか」

 

 一瞬、埋葬しようかと考えはしたが、今後の挑戦者のことも考え、あえてそのまま残すことにした。

 その際、骸の指に嵌めてあった指輪を見つけたので、それの回収だけはしておいた。その指輪の十字に円が重った文様が刻まれており、今までは行けなかった書斎や工房にあった封印の文様と同じだったからだ。もしかしたら、鍵かもしれないと思い、回収しておいた。

 

 しかし、今日は色々あったためか、疲れてしまったようで、大あくびをするハジメ。

 

「さてと……もっと調査はしたいけど、風呂入って寝るかぁ。もう眠たいし」

「あっ、じゃあ私も! ユエちゃんも一緒に来るよね?」

「んっ!」

「あー……うん、そういえば一緒に入るって約束したっけか……」

 

 この後、風呂場から女の子二人の嬌声が響き渡ったのは言うまでもない。




カニチェ様  sarki様

評価してくださり、ありがとうございます。


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鍛錬

 ハジメは、体全体が何か温かで柔らかな物に包まれているのを感じた。随分と懐かしい感触だ。これはそう、ベッドの感触である。頭と背中を優しく受け止めるクッションと、体を包む羽毛の柔らかさを感じ、ハジメのまどろむ意識は一瞬混乱する。

 

「ん、あ? あー…………」

 

 そして何故か、その体には一切の衣類を纏っていない。ここで、ハジメはだんだんと前夜の記憶を思い出していった。

 

 まずこの場所は、空間の中央くらいに位置していた、神殿のような場所だ。大きなベッドがあったため、そこを利用することにしたのだ。

 

 そっと布団をめくると……右側には、ハジメに抱きつくように眠る香織の姿が、左側にはユエの姿があった。やはりというかなんというか、ハジメと同様に一糸纏わぬ姿だ。

 

「ん、んぁ……」

 

 わずかに陽の光が入り込んだからか、香織はどこか艶めかしい声と共に、ゆっくりと目を開けた。

 

「あ、ハジメくん……おはよう」

「……おはよう」

「おはよう香織、ユエ」

 

 そう言うと、香織とユエはさらにハジメに体を寄せ、ハジメと抱き合い交互にキスをする。

 

「そういえばさ……二人とも、良かったの? その……一人から二人になっちゃったけど、嫌じゃない?」

 

 実を言うとだ。昨夜は色々あって、ハジメは香織だけでなく、ユエとも付き合うことになった。ほとんど成り行きのようなものではあるが……一応香織はそれを認めたし、ユエも嬉しそうではあった。だが、それは本心なのかと、ハジメは疑問に思っていた。

 なんせ二人と付き合うだなんて、日本人としてはあり得ないことだ。ユエに関しては日本出身ではないが、普通は嫌がるに決まっている。

 

 しかし、香織は首を横に振る。

 

「ううん。ユエちゃんなら、いいかなぁって思って」

「……それは本心?」

「うん。あっでも、もしハジメくんが私を放ったらかしにしたら、流石に嫉妬しちゃうかも。……でも、ハジメくんならそんなことしないって、分かってるから」

 

 ユエも香織に続き、似たようなことを言う。

 

「ハジメなら……ずっと側にいてくれるって、信じてる」

「うん。いるよ、ずっと一緒に」

「嬉しい……」

 

 香織もユエも嬉しそうに、うっとりとした瞳をハジメに向ける。彼女達にとっては、もはやハジメと一緒にいられるだけで幸せなのだろう。

 

 この後、約一時間の間、三人で朝からベッドの上で幸せな時間を過ごしたのであった。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 色々あった後に朝食などを済ませると、ハジメ達はまだ調べていなかった書斎や工房に向かうことにした。

 

 とはいえど、特に説明することはない。書斎には、この施設の設計図のようなものがあったくらいか。それによると、三階の魔法陣は、オルクスの指輪を持っている場合に限り、地上へ繋がる道になるらしい。

 それとオスカーの手記のようなものも見つかった。かつての仲間、特に中心の七人との何気ない日常について書いたもののようである。その中に、他の迷宮に関する記述も、少ないながらされていた。

 

 書斎はこの程度で、次は工房。そこは単に工房というだけでなく、様々なアーティファクトや素材類が保管されていた。おそらく、生前のオスカーが作り出したものなのだろう。

 ハジメはこの場所で、新たな武器制作を始めることにした。エヒトを殺すともなれば、常識通りの戦闘など無意味だろう。だからこそ、今までにない武器を作らねばならなかった。

 

「まずは材料だ。それにしても……すっごいなここ」

 

 魔物から採集できたシュタル鉱石もだが、この世界で一番硬く、希少とされるアザンチウム鉱石ですら大量にあるときた。これにはハジメも驚くどころか、むしろ困惑していた。

 

 とはいえ、使い始めたらすぐに無くなるのは明白だ。神の戦うともなると、敵の数は分からないが、最低でも十万の魔物がいるのは当然だとハジメは考える。多くなると百万、いや一千万くらいいるかもしれないとすら考えているほどだ。

 なので大量の武器を作る必要があるわけだが……強力な武器を作るには、もちろん相応の強度を持つ金属を用意しなければならないわけで。しかも大量の武器を作るわけだから、金属も大量に必要となる。

 

 だからこそ、ハジメはまず金属の量産を行うことにした。特にアザンチウム鉱石、あるいはそれに近しい性質の鉱物を作り出そうと考えた。

 一応、生成魔法を用いることで、鉱物を再現することは可能だ。結局の所、生成魔法は、鉱物に魔法を付与して、思い通りの性質に作り変えるための魔法なのだから。

 

「…………よし。これで『絶対に崩れない性質』の金属ができた」

 

 世界一硬いアザンチウム鉱物を再現する方法。それはあまりにも簡単で、あらゆる状況において安定して固体化させるような性質を付与するだけ。それだけで、圧倒的な強度を実現させることができた。

 

「さーてと、これを使って何を作るべきか……」

 

 そう考えてみるのだが、結局の所、今できることには限りがあることがハジメには分かった。いくら丈夫な金属を生成しても、それを山を軽く吹き飛ばせるくらいの破壊力を出せる兵器にできなかった。

 例えばハジメの使う拳銃。ここから発射される弾丸の速度を音速レベルに上げることは、現状のハジメでは不可能だった。そこまでの加速を実現できる魔法を知らなかったからだ。

 このように、実現させたいアイデアこそあるものの、それを実現させるための魔法を知らなかったため、結果として破壊力のある兵器は作れなかった。

 

 とはいえ、何もできなかったわけではない。ワンランク上の、非常に硬い金属を手にしたことにより、従来の武器をグレードアップさせることはできた。

 やはり強度というものは重要だ。強度が上がれば、これまでは武器が壊れてしまうほどの威力を、普通に放つことができる可能性が出てくるからだ。

 

 そうして改良した拳銃やレールガンの威力は凄まじく、これらを用いてヒュドラと再戦してみたら、ハジメ一人だけでもあっさりと撃破できてしまうほどだった。

 ちなみにだが、ヒュドラと再戦する方法は、最初の扉を出てヒュドラと戦った場所に行くだけだ。こうするだけで、一日一回限定ではあるが、無限に戦うことができる。ついでに言うと、いくら戦闘で空間を破壊しようが、一日経てば元に戻るため安心だ。

 

 こうしてハジメは、ヒュドラを何度もサンドバックにしつつ、今の自分に可能な武器を作りまくった。もちろん武器だけではなく、偵察用のドローンのような何かだったり、移動用の自動車みたいなモノだったり、様々なモノを作り出した。

 地球では専門的な知識が必要なモノであっても、魔力と魔法があるこの世界では、錬成の技術とアイデアがあれば、比較的簡単に作り出せた。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 そうしてハジメが工房に籠もっている中、香織とユエは何をしているのかというと、魔法の訓練をしていた。ただひたすらに、二人で魔法のみでの模擬戦を行い、練度を高めていった。

 

「“砲皇”! “凍雨”!」

 

 解放者の住処の一角、ちょうど林になっている場所にて、二人は戦っていた。凄まじい嵐のような暴風が吹き荒れ、それにより凄まじい運動量を誇る(ひょう)が舞う。

 ユエの桁違いな高威力の魔法は、周囲一体の自然を軽く吹き飛ばしてしまう。何百回もの模擬戦の後に残ったのは、茶色の地面と濁った川だけとなっていた。

 

「“魔光”……」

 

 そんな凄まじい暴風は、逆方向に渦巻く螺旋状の光によってかき消される。それでも(ひょう)だけは残り、香織に襲いかかるが……

 

「“衝天”」

 

 音も無く、光も無く。ただ雹だけに衝撃を浸透させ、パリンと割った。

 

 現状、香織とユエの戦闘力は拮抗していた。

 

 ユエの強い点は何よりも、強力な攻撃魔法を連発できるという点だ。しかもありとあらゆる属性を操ることができるので、どんな状況でも対処可能。そして相手には様々な魔法で対応せざるを得ない状況にさせることができる。

 しかし、自動再生の固有魔法を持っているからなのか、結界系の魔法や回復系の魔法は得意ではない。また、その他の支援系、バフ・デバフ系の魔法もそこまで使わない。攻撃力があまりにも高過ぎるため、使う意味がそこまでないのだ。

 

 対する香織は、まともに扱える攻撃魔法は光属性のもののみ。他の属性魔法も使えるといえば使えるが、ユエとの戦闘においては、ただ隙を晒すだけとなる。

 その代わり、香織は近接戦以外ならあらゆる状況に対応することができる。回復魔法も結界術も、バフもデバフも、全て香織はこなせる。この対応力の高さが、香織の強みであった。

 

 この戦闘は、互いの長所の殴り合いだ。ユエが大火力で香織を押し潰さんとし、香織がそれに対応し、かつ搦め手でユエを追い詰める。わずかな判断ミスが命取りになる戦いだった。

 現在は、どちらかというとユエが優勢だった。香織も追い詰められているわけではないが、どうしても高火力に対応する行動をせざるを得ない状況が作られていたからだ。

 

「“天灼”」

 

 最初にヒュドラに使ったそれとは比べ物にならない威力。雷球の数は倍近くに増え、当然のごとく、香織は魔法の領域から脱せなくなった。

 

「“聖絶・極式・五連”」

 

 通常の結界等では、普通に破壊されておしまいだ。それは最高クラスの強度を誇る“聖絶”でも同じ。

 しかし、その結界範囲を狭めた代わりに、強度を向上させたらどうか。さらにそんな結界を複数組み合わせたらどうなるか。

 

 これは香織が、ユエの高火力に対応するために編み出した魔法だ。通常の“聖絶”を圧縮し、効果範囲を狭めた代わりに強度を上昇させたもの。それを足元を除いた五方向に展開する。

 

「これっ……」

 

 そして天灼の効果が切れた時、ユエは目の前に広がる光景に、思わず一瞬動きを止めてしまう。

 

「“光陣”……」

 

 香織の周囲には、光の球が浮かんでいる。それらは結合を繰り返し、魔法陣を形成していた。既にほぼ完成状態のそれを、ユエが妨害する前に……

 

 光属性魔法の複合術式。祝福の光は香織に肉体を癒やし強化し、ねじれた螺旋の鎖は敵を貫き拘束する。無数の結界は敵を封じ込め、そして……断罪の光が、極光が降り注ぐ。

 

 何をしようが逃げることのできない結界の中で、ユエは極光に肉体を侵食されていく。動けなくなり、肉は溶けていく。

 

 こうして、何百回目かの模擬戦は香織の勝利に終わった。

 

「ユエちゃん。すぐ治すからね」

「う、ぁ……香織……」

 

 ボロボロになったユエを、香織は魔法で治療する。するとあっという間に、極光の毒素は抜けていき、ユエの自動再生も合わさって物凄い速度で治っていった。

 

「……やっぱり、香織は凄い」

「ううん。こんなんじゃまだまだだよ」

 

 ユエは、ここでの模擬戦で何度も負けていた。勝率的には、香織が七割勝っている。それを素直に褒めた。

 しかし香織は、まだ満足していなかった。

 

「ハジメくんのために……もっと強くならなきゃ。支えてあげるんだ」

「……ん。私も、ハジメのために頑張る」

 

 二人の原動力。それは、大好きなハジメのためというものだった。彼を支えるために、守るために、共に行くために、辛く苦しい訓練もひたすら続けていたのだった。




ゲスめがね(ふじこれ)様  竜羽様

評価していただき、ありがとうございます。第二章ももうすぐ終わり、ようやくオルクス大迷宮を脱出します。これからも応援お願いします!


-追記-

今夜、番外編的なものを投稿予定です。詳しくは活動報告にて。


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旅立ち

 オルクス大迷宮を攻略してから、約二ヶ月の時が経った。死と隣り合わせの迷宮を攻略して気が抜けたハジメ達は、とにかく幸せな日々を送っていた。それこそ傍からその様子を見ると、砂糖を吐きそうになるほどに。

 

 もちろん、各々が自分の鍛錬を行ったりもしていた。ハジメは様々な武器を作り出し、それを扱う練度を上げるように鍛錬した。香織とユエは、それぞれが得意とする魔法分野を伸ばしていった。

 そうして上昇したハジメのステータスがこれだ。

 

 

 

====================================

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:100

天職:錬成師

筋力:16700

体力:18520

耐性:16240

敏捷:19950

魔力:21570

魔耐:21570

技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+消費魔力減少][+鉱物融解][+鉱物凝固][+遠隔錬成][+鉱物融合][+鉱物分離][+高速錬成][+錬成範囲拡大][+鉱物昇華][+鉱物系探査][+複製錬成][+圧縮錬成][+構造分析]・魔力操作[+魔力強化Ⅴ][+遠隔操作][+魔力放射][+魔力圧縮]・胃酸強化・纏雷[+威力上昇][+身体強化][+神経強化][+瞬光]・天歩[+空力][+縮地][+豪脚]・風爪[+三爪][+飛爪][+斬撃速度上昇]・夜目・遠見・気配感知[+特定感知]・魔力感知[+特定感知]・熱源感知[+特定感知]・気配遮断・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・金剛・威圧・念話・追跡・高速魔力回復・魔力変換[+体力変換][+治癒力変換][+電力変換]・限界突破・生成魔法・言語理解

=================================

 

 

 

 ヒュドラの肉をたくさん食べた結果として、ステータスが異常なほどに上昇していた。派生魔法抜きの技能数もかなり増え、まさしく最強と言ってもいいほどだった。ステータスプレートが無いので分からないが、香織も似た感じになっていることだろう。

 

 技能面で特筆すべき点としては、やはり“纏雷”の派生技能だろう。単純に威力が上昇し、電気の力を上手く肉体に作用させることで、身体強化を行うことに成功した。最終的には、神経を強化し脳機能を高め、知覚能力を上げる“瞬光”を修得した。その性質上、長期間の使用は難しいが、それでも強い技能であることには変わりない。

 他にも様々な技能の練度が上がっており、技能では見えない範囲でも、様々なことができるようになっていた。

 

 ちなみに現在のハジメは、オスカーの宝物庫に保管されていた義手を装着している。この義手の性能は中々のもので、魔力を操作することで、通常の腕と同じように動かすことができる優れものだ。これのおかげもあり、今まで以上の精密作業ができたと言ってもいい。

 

「むぅぅ……できないな」

 

 そんなハジメだが、ここ最近――とはいえ一ヶ月近くの間ずっと、神結晶を作ろうとしていた。神結晶といえば、数千年を経て形成される鉱物だ。今まで天然で見つかったことがないのか、伝説扱いされているほどだ。

 それを、奈落に落ちてすぐの時に見つけた神結晶を元にして作り出そうとしていた。が、流石に難しいのか、難航していた。

 

 神結晶は、魔力が数千年かけて結晶化したもの。つまり原材料は固体化した魔力である。そこでまずは、魔力を圧縮しまくって、固体化させようとした。

 しかしそれで完成したのは、非常に不安定な神結晶だった。圧縮を止めてしまうと、数分後には気体に戻ってしまうので、結果失敗に終わった。

 

 第二に、神結晶から出てきた神水を固体化させることを思いついた。神結晶が魔力の塊ならば、それから作り出される神水も魔力の塊だ。なのでそれを圧縮して神結晶を作り出そうとした。

 結果としてだが、一応この方法は上手く行った。しかし消費した神水はコップ三杯程度の量だ。だからなのか、欠片くらいの大きさにしかならなかったが、まぁ一応成功ではある。

 

 しかし、これはハジメの望んだものではなかった。ハジメは、最初に見つけたバスケットボールくらいの大きさの神結晶を作り出そうとしていたのだ。よって研究は続行することとなった。

 

 そうして様々な実験を繰り返して、おそらく今回で、実験回数は二百回を超えた。

 

 ここでハジメは、少々方法を変えることにした。それは、神結晶から神水を強制的に生成させるような環境を作り出す、というものだ。

 様々なアーティファクトを作り、香織とユエの模擬戦を見て、ハジメは思いついたのだ。『魔力が炎や風や電気に変換できるのなら、その逆も可能ではないのか』と。

 要するに、熱エネルギーや電気エネルギーから魔力を作り出せるのではないかと、そう考えたわけだ。

 

 この実験に関しては、見事に成功した。数回の試行錯誤によって、電力を魔力へ変換する機構を作り上げたのだ。

 電力に関しては、滝を利用することにした。この空間の壁には大きな滝があるので、水力発電と似たような感じに発電することにした。そうして得た電力を、魔力へと変換するのだ。

 そうして魔力の濃度が高くなった場所に神結晶を設置すると、神水はどんどん生成されていった。常に膨大な魔力に包まれているからなのか、一時間に約45リットル、一日に1000リットルの神水を生成することに成功していた。

 

「……!」

 

 この時のハジメは、思わず無言でガッツポーズをしていた。さらには涙を流していたとかなんとか。

 

 後は、そうして作った神水を圧縮し、神結晶にするだけ。これに関しても、魔力濃度が高い場所でやった方が上手くいくので、滝の近くでやったりした。

 

 どんどん増えていく神水を利用して、最初に発見した神結晶と同等の大きさのそれを繰り返し生成した。そして最終的には、一日で5キロを超える量の神結晶を作れるほどになっていた。

 

 最後に、これらを武器に組み込むのだ。神結晶は魔力の塊であるが故に、生成魔法との相性は良く、また魔力バッテリーのような役割を担うこともできる。その性質を利用して、武器の強化も行った。

 

 オスカーが所持していた“宝物庫”という指輪型アーティファクトがあるので、持ち運びの利便性などを気にすることなく威力や速度を上げることができるようになった。

 とはいえ、大層な武器は作っていない。というか、現状のハジメの技量では作れなかった。作ったのは、現在所持する武器の強化版と、そのマイナーチェンジモデル程度だ。

 

 とりあえず、持ち運びを気にする必要が無くなったので、バレルを伸ばしてレールガンの威力と弾速と射程を上げた。

 また、拳銃に関しても強化を施した。ただこちらに関しては、弾丸の強化と言った方が正しいかもしれない。様々な状況に対応できるよう、様々な弾種を作った。貫通力の高い徹甲弾、着弾点で爆発を起こす炸裂弾、突き刺さると急速に熱を奪う氷結弾等……場合によって使い分けられるようにした。とはいえ、普段使うのはほとんど徹甲弾なのだが。

 

 それと新武器として、機関砲も作り上げた。これは電磁加速により、秒間二百五十発、一分で一万五千発を発射することができる。生成魔法で作った鉱物を利用した高性能の冷却装置も付けているので、弾丸が尽きるまで永遠に撃ち続けることができる。

 ちなみに弾丸に関しては、様々な実験の結果、生成魔法で単なる土や石から鉱石を作れるようになったため、実質無限である。デメリットは、弾丸の装填が少し面倒というくらいだろうか。

 

 もちろん武器の他にも、様々なモノを作り上げた。その中でも、移動手段となり得るモノが、魔力駆動車だ。通常モデルのオープンカーモデルの二種を作ったが、どちらも性能はほぼ変わらない。文字通り、魔力を、正確には神水を燃料にして動く車だ。

 通常の自動車を作るのは難しいが、魔法を利用できるとなれば話は別だ。生成魔法を利用して動きをプログラムし、内部には神結晶と魔力生成装置を突っ込むことで、燃料の神水を無限生産できる機構を用意してある。

 

 他にもバイクも作ろうかと考えていたが……三人ということもあり、制作を断念した。移動手段としては、車で充分だからだ。

 

 そして最後。大量生産の方法が確立した神結晶を用いてネックレスやイヤリング、指輪などのアクセサリーを作った。これらは神結晶の一部を利用するというよりかは、神結晶をまるごと圧縮して作っているので、性能は狂ったほどに高い。

 まず、桁違いの容量の魔力タンクになっている。その性能は、最上級魔法を五百発発動しても魔力が尽きることは無かった、と言えば容易に理解できるだろう。

 次に魔法の威力上昇や消費魔力の減少。香織のは光属性と回復魔法限定ではあるが、その割合が非常に高くなっている。ユエのは上昇割合が、香織のと比べると低めではあるが、代わりに全属性の魔法に効果が適応されるようになっている。

 もちろんだが、アクセサリーのデザインも大まかには同じだが、細かな部分が異なっている。例えば指輪等は、香織のは神結晶部分がサファイアのような蒼色になっており、ユエのはイエローダイヤモンドのような黄金色をしている。

 

 そんな感じのアクセサリー一式を、香織とユエに贈った。

 

「これ……えへへ、ありがとうハジメくん」

「ん、私もうれしい……ハジメ、ありがとう」

「どういたしまして」

「それでね。一つだけお願いがあるんだけど……」

 

 そう言うと、香織は指輪をハジメに一旦渡して、左手を出して言う。

 

「ハジメくんに、薬指につけてほしいなぁって」

「あ、それ私も……お願い」

「ハハハ……いや、流石にできないなぁ。今回は(・・・)ただの装備品のプレゼントだからさ」

 

 もちろんハジメも、香織の言っていることの意味は理解していた。しかし分かった上で、あえて断った。本気で作ったものではあるが、今回はそういう意図で作っていなかったからだ。

 しかし、あくまで“今回は(・・・)”だ。香織とユエは、ハジメの意図していることを理解したのか、ゆっくり頷いた。そして指輪に関しては、薬指以外にはめた。

 

「うん……ハジメくん、ありがとう。大好き」

「私も……だいすき」

「……」

 

 面と向かって大好きと言われ、ハジメは思わず赤面して目をそらしてしまう。ちなみに、その日の夜はとても熱かった。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 それから十日後、遂に準備は完了。ハジメ達は、外に出ることとなった。

 

 装備の整備はできている、神結晶は全て詰め込んで、神水は三十リットルのタンク百本分は溜め込んだ。食料もある程度用意して、冷凍保存してある。

 

 全ての準備を整えたハジメは、三階の魔法陣を起動させながら、香織とユエに静かな声で問いかける。

 

「……僕達の目的は、地球への帰還。だけどそのためには、妨害してくるであろう神……エヒトを倒さなければならないだろう」

「うん」

「……ん」

「この世界の神を倒すんだ。ここからは、世界全てを敵に回してしまうかもしれない、危険な旅になる。……それでも、僕についてくるかい?」

 

 その問いに、香織とユエは確固たる意思を持って頷き答えた。

 

「もちろん。ハジメくんを守るためにも――一緒に戦うよ。ついていくよ、何があっても」

「私も……私の居場所は、ここだけだから」

 

 ハジメの表情も揺らぐことはない。言葉を聞いて軽く頷くと、ゆっくりと口を開く。

 

「三人なら、超えられない壁は無い。三人で一緒に、地球へ帰ろう」

「うん!」

「んっ!」

 

 ハジメの言葉に、香織とユエは共に花が咲くような笑みを浮かべて返事をした。




ゲーム様  ajmwtg1822様

評価していただき、ありがとうございます。次回の幕間が終われば、三章に入ります。これからも応援よろしくお願いします。


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幕間3 帝国と勇者達

三回目の幕間です。香織がいなかったり、雫が修羅と化していたりするので、いくつかのイベントがすっ飛んでいます。


 時は少し遡る。

 

 ハジメがヒュドラとの死闘を制した頃、勇者一行は、一時迷宮攻略を中断しハイリヒ王国に戻っていた。

 

 道順のわかっている今までの階層と異なり、完全な探索攻略であることから、その攻略速度は一気に落ちたこと、また、魔物の強さも一筋縄では行かなくなって来た為、メンバーの疲労が激しいことから一度中断して休養を取るべきという結論に至ったのだ。

 もちろん、理由はそれだけではない。単に疲労が激しいだけなら、ホルアドの宿で休めばいいだけの話だ。王宮まで戻る必要があったのは、迎えが来たからである。何でも、ヘルシャー帝国から勇者一行に会いに使者が来るのだという。

 

 何故このタイミングなのか。

 

 元々、エヒト神による神託がなされてから召喚されるまで、ほとんど間がなかった。そのため、同盟国である帝国に知らせが行く前に勇者召喚が行われてしまい、召喚直後の顔合わせができなかったのだ。

 

 もっとも、仮に勇者召喚の知らせがあっても帝国は動かなかったと考えられる。なぜなら、帝国は三百年前にとある名を馳せた傭兵が建国した国であり、冒険者や傭兵の聖地とも言うべき実力主義の国だからである。

 突然現れ、人間族を率いる勇者と言われても納得はできないだろう。聖教教会は帝国にもあり、帝国民も例外なく信徒であるが、王国民に比べれば信仰度は低い。大多数の民が傭兵か傭兵業からの成り上がり者で占められていることから、信仰よりも実益を取りたがる者が多いのだ‥

 

 そんな訳で、召喚されたばかりの頃の光輝達と顔合わせをしても軽んじられる可能性があった。もちろん、教会を前に、神の使徒に対してあからさまな態度は取らないだろうが。王国が顔合わせを引き伸ばすのを幸いに、帝国側、特に皇帝陛下は興味を持っていなかったので、今まで関わることがなかったのである。

 

 しかし、今回のオルクス大迷宮攻略で、歴史上の最高記録である六十五層が突破されたという事実をもって、帝国側も光輝達に興味を持つに至った。あのベヒモスを()()()倒したという報告もあったためか、帝国側から是非会ってみたいという知らせが来たのだ。王国側も聖教教会も、これをいい頃合いだと了承したのである。

 

 そうして王宮に戻ってから三日後、ついに帝国の使者が訪れた。

 

 現在、光輝達、迷宮攻略に赴いたメンバーと王国の重鎮達、そしてイシュタル率いる司祭数人が謁見の間に勢ぞろいし、レッドカーペットの中央に帝国の使者が五人ほど立ったままエリヒド陛下と向かい合っていた。

 

「使者殿、よく参られた。勇者方の至上の武勇、存分に確かめられるがよかろう」

「陛下、この度は急な訪問の願い、聞き入れて下さり誠に感謝いたします。して、どなたが勇者様なのでしょう?」

「うむ、まずは紹介させて頂こうか。光輝殿、前へ出てくれるか?」

「はい」

 

 陛下と使者の定型的な挨拶のあと、早速、光輝達のお披露目となった。陛下に促され前にでる光輝。召喚された頃と違い、まだ二ヶ月程度しか経っていないのに随分と精悍な顔つきになっている。

 

 そして、光輝を筆頭に、次々と迷宮攻略のメンバーが紹介された。

 

「ほぅ、貴方が勇者様ですか。随分とお若いですな。失礼ですが、本当に六十五層を突破したので? 確か、あそこにはベヒモスという化物が出ると記憶しておりますが……」

 

 使者は、光輝を観察するように見やると、イシュタルの手前露骨な態度は取らないものの、若干、疑わしそうな眼差しを向けた。使者の護衛の一人は、値踏みするように上から下までジロジロと眺めている。

 

 その視線に居心地悪そうに身じろぎしながらも、光輝はゆっくりと冷静に答える。

 

「六十五階層の先のマップを見せることで、突破したことを証明できます。どうですか?」

 

 光輝は六十五階層の突破の証明のために、その先のマップを提示しようと提案した。そうすれば、ベヒモスを倒して先に進んだ証明になると考えて。

 

「……いえ、お話は結構。それよりも手っ取り早い方法があります。私の護衛一人と模擬戦でもしてもらえませんか? それで、勇者殿の実力も一目瞭然でしょう」

「模擬戦、ですか。俺は構いませんが……」

 

 光輝はエリヒド陛下の方に軽く目を向ける。エリヒド陛下は光輝の視線を受けてイシュタルに確認を取ると、イシュタルは頷いた。神威をもって帝国に光輝を人間族のリーダーとして認めさせることは簡単だが、完全実力主義の帝国を早々に本心から認めさせるには、実際戦ってもらうのが手っ取り早いと判断したのだ。

 

「構わんよ。光輝殿、その実力、存分に示されよ」

「決まりですな、では場所の用意をお願いします」

 

 こうして急遽、勇者対帝国使者の護衛という模擬戦の開催が決定したのだった。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 光輝の対戦相手は、なんとも平凡そうな男だった。高すぎず低すぎない身長、特徴という特徴がなく、人ごみに紛れたらすぐ見失ってしまいそうな平凡な顔。一見すると全く強そうに見えない。

 刃引きした大型の剣をだらんと無造作にぶら下げており。構えらしい構えもとっていなかった。

 

「……?」

 

 しかし、光輝は妙な違和感というものを感じていた。光輝は技能のおかげで魔力の流れがある程度分かるのだが、それが通常の人間のそれとは異なるように感じた。

 それは気配を消すだとか、風景に溶け込むだとか、そういう性質を持ったアーティファクトを使用した際と同じような違和感であった。

 

 警戒して男を観察していると、男は口を開き、光輝に尋ねる。

 

「どうした、来ないのか?」

 

 鋭い視線で男を見つめながら、光輝はその問いに答える。いや、むしろ逆に質問をした。

 

「……あなたには、妙な違和感を感じます。何か、変なアーティファクトとかを使ってませんか?」

「安心しろ。戦闘に影響が出るようなアーティファクトは使っていない」

「……そうですか」

 

 そう口では言ったが、光輝は信用していない。戦闘というのは、わずかな隙を作り、そこを狙う戦いだ。あらゆる方法で隙を作ってくる可能性がある以上、男の言葉を信じることはしなかった。

 

「では、行きます」

 

 光輝は全力で前方に踏み込む。そして男との距離が半分になったくらいで“縮地”により音も無く急加速し、眼前に迫る。

 

バキィ!!

 

 剣と剣がぶつかり合う。今までは力が抜けていたような男の腕には力が入り、光輝の剣を剣で受け止める。

 

 そこからは唐竹、袈裟斬り、切り上げ、突きと、さらに“縮地”を利用しながら超高速の剣撃を振るう。しかしその中にも、この世界には存在しない、剣道の間合いと立ち回りで、男に攻撃を仕掛ける。

 しかし、そんな嵐のような剣撃を護衛は最小限の動きでかわし捌いている。この世界の人にとっては独特の動きだからなのか、それを観察するために、回避と防御に徹しているようだった。

 

 この戦闘方法に、光輝は見覚えがあった。最初にメルド団長と模擬戦した時と、ほとんど同じ動きだ。もちろん剣の使い方等は違っているが、立ち回りはほとんど変わらない。

 その初戦のメルド団長には、動きの特性を見抜かれて負けた。それ以降も、いいところまで追い詰めることはあれど、それを対処されて負けている。今現在、男は同じことをしていると光輝は理解した。

 

「ふむ、並の人間では相手にならん程の身体能力と、独特な剣術か。少々面倒ではあるが……所々、動きが素直に見える。元々、戦いとは無縁か?」

「えっ? あっはい、そうです。俺達は元々ただの学生ですから」

「……それが今や“神の使徒”か」

 

 男は息をつくと、チラッとイシュタル達聖教教会関係者を見て、わずかに不機嫌そうに目を細めた。

 

「まぁいい……おい勇者、小手調べはここで終わりだ。ここからは普通の戦闘と同じ殺し合いだ、気を抜くなよ?」

「殺し……ッ!?」

 

 護衛はそう言うやいなや、一気に踏み込んだ。光輝程の高速移動ではない。むしろ遅く感じるほどだというのに、気がつけば目の前に護衛が迫っており剣が下方より跳ね上がってきていた。

 

 光輝は慌てて飛び退る。しかし、まるで磁石が引き合うかのようにピッタリと間合いを一定に保ちながら鞭のような剣撃が光輝を襲った。

 それは、明確に殺意のこもった攻撃。男は本気で、殺す気で剣を降っているのだと、光輝は容易に理解できた。

 

(殺し合い……)

 

 今回は怪我することはあれど、模擬戦なので死にはしないだろう。しかし、もしこれが模擬戦じゃなかったら……もし相手の剣が真剣だったらと、そんな想像が一瞬だけ頭をよぎった。

 

 人間の殺気。

 

 初めて目の当たりにしたそれは、光輝を目覚めさせるのには充分過ぎるものだった。

 

 ――戦いになったら、嫌でも敵を殺さねばならない。罪を犯さねばならない。そうしなければ、仲間を守ることはできない。

 

「うぉぉぉぉぉおおお!!!」

 

 光輝は雄叫びと共に、純白のオーラを吹き出しながら、男に向かって剣を振り抜く。男も剣で受け止めようとするが……

 

「ガァ!?」

 

 その攻撃は、以前の数倍まで威力が上昇していた。それを受け止めきれずに吹き飛んだ。地面を数度バウンドし両手も使いながら勢いを殺して光輝を見る。

 

 光輝は覚悟を決めた。今は模擬戦ではあるが、その中でも敵を殺す気でいなければならないと実感した。それが“限界突破”を発動させるきっかけを与えた。

 

 当然恐怖はあった。光輝の顔は強張っている。今回は模擬戦だからいいが、本当の戦闘ならば、殺さねばならない。倫理に反する行為を、行わなければならないのだから。

 

「まだだ、行くぞ!」

 

 全力で、体勢を崩した男に接近しようとする光輝だったが、実際にそうすることはなかった。なぜなら、護衛と光輝の間に光の障壁がそそり立ったからだ。

 

「それくらいにしましょうか。これ以上は、模擬戦ではなく殺し合いになってしまいますのでな。……ガハルド殿もお戯れが過ぎますぞ?」

「……チッ、バレていたか。相変わらず食えない爺さんだ」

 

 イシュタルが発動した光り輝く障壁で水を差された“ガハルド殿”と呼ばれた護衛が、周囲に聞こえないくらいの声量で悪態をつく。そして興が削がれたように剣を納めると、右の耳にしていたイヤリングを取った。

 すると、まるで霧がかかったように護衛の周囲の空気が白くボヤけ始め、それが晴れる頃には、全くの別人が現れた。

 

 四十代位の野性味溢れる男だ。短く切り上げた銀髪に狼を連想させる鋭い碧眼、スマートでありながらその体は極限まで引き絞られたかのように筋肉がミッシリと詰まっているのが服越しでもわかる。

 

 その姿を見た瞬間、周囲が一斉に喧騒に包まれた。

 

「ガ、ガハルド殿!?」

「皇帝陛下!?」

 

 そう、この男、何を隠そうヘルシャー帝国現皇帝ガハルド・D・ヘルシャーその人である。まさかの事態にエリヒド陛下が眉間を揉みほぐしながら尋ねた。

 

「どういうおつもりですかな、ガハルド殿」

「これは、これはエリヒド殿。ろくな挨拶もせず済まなかった。ただな、どうせなら自分で確認した方が早いだろうと一芝居打たせてもらったのよ。今後の戦争に関わる重要なことだ。無礼は許して頂きたい」

 

 謝罪すると言いながら、全く反省の色がないガハルド皇帝。それに溜息を吐きながら「もう良い」とかぶりを振るエリヒド陛下。

 

 続いてガハルド皇帝は、光輝の方を向いて軽く謝罪をした。

 

「勇者……いや、確か天之河光輝といったか。悪いな、騙すようなことをして。ただ、一度勇者とやらと戦ってみたかったものでな」

「いえ、俺は大丈夫ですが……」

 

 こうしてなし崩しで模擬戦も終わってしまい、その後に予定されていた晩餐で帝国からも勇者を認めるとの言質をとることができ、一応、今回の訪問の目的は達成されたようだ。

 

 しかしその晩、部屋で部下に本音を聞かれた皇帝陛下はこう答えている。

 

「戦いを始めて数ヶ月にしてはそこそこの実力のようだが、まだ弱い。実力も精神性も、魔人族と戦うには心許ないと言ってもいい。正直、背中を預ける仲間としてはあまり信用できないな」

「信用できない……ですか」

「まぁとはいえ、現状の話だ。勇者に関しては、一度魔人族と戦うことでもあれば、一皮剥けるかもな」

 

 一応、その成長性は評価しているようだ。まだまだ弱いが、何かきっかけがあれば、一気に強くなる可能性を秘めていると、皇帝陛下は評価した。

 

 そんな評価を下されているとは露にも思わず、光輝達は、翌日に帰国するという皇帝陛下一行を見送ることになった。




これにて、第二章は終了となります。次話からは、フェアベルゲン・ライセン大峡谷編となります。

星雲 輪廻(元 名無 権兵衛)様
ボス猿様  ジント・H様  fv304様

評価していただき、ありがとうございます。第三章以降も頑張っていきますので、応援よろしくお願いします。


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第三章
ライセン大峡谷と蒼色のウサギ


第三章、スタートです。やっぱ最初はあの子が出てきます。もちろん関係性とかその他諸々も、原作とは変わってくると思います。


 魔法陣の光に満たされた視界、何も見えなくとも空気が変わったことは実感した。奈落の底の(よど)んだ空気とは明らかに異なる、どこか新鮮さを感じる空気にハジメの頬が緩む。

 

 やがて光が収まり目を開けたハジメの視界に写ったものは……洞窟だった。

 

「えっ? ……ああいや、出入口だもんな、そりゃ隠すか」

 

 外は地上だと無条件に信じていたハジメだったが、よくよく考えてみれば、反逆者と呼ばれていた者達が、簡単に分かるような出入口を作るわけがなかった。

 

 緑光石の輝きもなく、真っ暗な洞窟ではあるが、三人とも暗闇を問題としないので、道なりに進むことにした。

 途中、幾つか封印が施された扉やトラップがあったが、オルクスの指輪が反応して尽く勝手に解除されていった。一応警戒していたのだが、拍子抜けするほど何事もなく洞窟内を進み、遂に光を見つけた。外の光だ。ハジメと香織はこの数ヶ月、ユエに至っては三百年間、求めてやまなかった光。

 

 近づくにつれ徐々に大きくなる光。外から風も吹き込んでくる。奈落のような澱んだ空気ではない。ずっと清涼で新鮮な風だ。ハジメは“空気が旨い”という感覚を、この時ほど実感したことはなかった。

 

 そして、三人は同時に光に飛び込み……待望の地上へ出た。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 地上の人間にとって、そこは地獄にして処刑場だ。断崖の下はほとんど魔法が使えず、にもかかわらず多数の強力にして凶悪な魔物が生息する。深さの平均は一・二キロメートル、幅は九百メートルから最大八キロメートル、西のグリューエン大砂漠から東のハルツィナ樹海まで大陸を南北に分断するその大地の傷跡を、人々はこう呼ぶ。

 

 ――ライセン大峡谷と。

 

 ハジメ達は、そのライセン大峡谷の谷底にある洞窟の入口にいた。地の底とはいえ頭上の太陽は燦々(さんさん)と暖かな光を降り注ぎ、大地の匂いが混じった風が鼻腔をくすぐる。

 

 たとえどんな場所だろうと、確かにそこは地上だった。呆然と頭上の太陽を仰ぎ見ていた三人の表情が次第に笑みを作る。無表情がデフォルトのユエでさえ誰が見てもわかるほど頬がほころんでいる。

 

「外だ……めっちゃ久しぶりだぁ……」

 

 頭上には青空と太陽、そして地上の澄み渡る空気。ハジメは全身でその光を浴びるかのように、地面に体を倒す。

 香織とユエは、そんなハジメの様子を見て、小さく微笑むと、その両隣に寝転んだ。

 

 しばらくの間、今いる場所が地獄のような場所であることも忘れて、ハジメは地面に寝転がっていたが、周囲に魔物の気配を感じて、ゆっくりと体を起こす。香織とユエも、それに続く。

 

「おっとと、魔物だ。……流石にのんびりしすぎたかな?」

 

 魔物に囲まれつつあることに気づいたハジメはゆっくり立ち上がると、拳銃を抜き、おもむろに一体の魔物の頭部を撃ち抜いた。

 

「確かライセン大峡谷だと、魔法が使えないんだっけか?」

 

 拳銃を抜きながら、二人に尋ねるハジメ。自主的に知識を身に付けようと努力していたので、ハジメはここがライセン大峡谷であり、魔法が使えない場所であると理解していた。

 

「固有魔法なら大丈夫っぽいけど……普通のは難しいかな?」

「ん、魔力が分解される……でも力づくでいく」

 

 ライセン大峡谷で魔法が使えない理由は、発動した魔法に込められた魔力が分解され散らされてしまうからである。もちろん、香織やユエの魔法も例外ではない。香織に関しては、魔物を食べて得た固有魔法は使えるだろうが。しかしそれを抜きにしても、二人の内包魔力は相当なものである上、今は外付け魔力タンクである神結晶製の装備を所持している。

 つまり、その豊富な魔力量を活かして、分解される前に大威力を持って殲滅すればよいということだ。

 

 とはいえ魔法の効率が悪くなるのは、誰がどう考えても明らかなわけで。

 

「ま、ここは僕に任せてよ。この環境じゃあ、二人とも戦いにくいでしょ?」

「でも……」

 

 ユエが一瞬拒否して戦おうとするが、香織がユエの肩に手を置くと、ハッとして静かに「……わかった」と呟くのであった。

 

 そうして、ハジメと魔物の戦闘が始まったわけなのだが……五分もしないうちに、ハジメ達の周りには魔物の死体の山が出来上がっていた。

 

「……弱い。いや、むしろオルクス大迷宮の魔物が強すぎるのか?」

 

 適当に魔物の素材やら魔石やらを回収しつつ、ハジメはボソリと呟いた。

 

 その後、魔物の素材や魔石の回収が終わったハジメは、香織とユエの方を向く。

 

「さてと。とりあえず街の方に行っときたいから、樹海側に向けて探索でもしながら進む? ここって確か、七大迷宮があるって言われてるし、その迷宮を探しながらさ」

「……なぜ、樹海側?」

「いやだって、砂漠側より樹海側の方が人が住んでそうじゃん。過酷な環境にわざわざ街を作る人なんてそうそういないだろうし」

「確かにそうだね」

 

 ハジメの提案に、二人は頷いた。魔物の弱さから考えても、この峡谷そのものが迷宮、というわけではなさそうだ。ならば、別に迷宮への入口が存在する可能性はある。

 ハジメや香織の“空力”やユエの風系魔法を使えば、絶壁を超えることはそこまで難しくないだろうが、どちらにしろライセン大峡谷は探索の必要があったので、特に反対する理由もなかった。

 

 ハジメは、右手の中指にはまっている〝宝物庫〟に魔力を注ぎ、魔力駆動車を取り出す。ちなみにこの魔力駆動車だが、二種類のモデルを用意してあり、今回取り出したのはオープンカータイプだ。

 ハジメが運転席に、そして助手席には……じゃんけんで勝ったユエが座り、後ろに香織が乗る。

 

 ササッと準備を終えると、早速出発した。この魔力駆動車は、神結晶から溢れ出す神水を燃料にして動く。直接動力となっているので、駆動音は電気自動車のように静かである。

 

 ライセン大峡谷は、基本的に東西に真っ直ぐ伸びた断崖だ。そのため脇道などはほとんどなく、道なりに進めば迷うことなく樹海に到着する。三人とも迷う心配が無いので、迷宮への入口らしき場所がないか注意しつつ、軽快に魔力駆動車を走らせていく。車体底部の錬成機構が、谷底の悪路を整地しながら進むので実に快適だ。

 

 ちなみに、魔物の相手はどうしているのかというと、車体にいたる所に埋め込んである小型の機銃から放たれる弾丸が、自動的に敵を狙い撃ってくれている。“魔力感知”を付与した鉱物で作ってあり、感知した魔力に向けて、自動で撃ってくれるようにしているのだ。

 

 しばらく魔力駆動車を走らせていると、それほど遠くない場所で魔物の咆哮が聞こえてきた。中々の威圧である。少なくとも今まで相対した谷底の魔物とは一線を画すようだ。もう三十秒もしない内に会敵するだろう。

 

「ん? 二体いる……いや、片方は魔物じゃないな……」

 

 が、ハジメの“魔力感知”にはもう一つ、魔物とは別の何かを感じ取った。香織も同じようなことに気づいたようで、気配がした方向を見ていた。

 

 しばらくすると、大型の魔物がハジメ達の車の方向に走ってきた。かつて見たティラノモドキに似ているが、頭が二つある。双頭の恐竜のような魔物だ。

 

 だが、真に注目すべきは双頭ティラノではなく、その足元をぴょんぴょんと跳ね回りながら半泣きで逃げ惑うウサミミを生やした少女だろう。

 

「えっと……何あれ?」

「……兎人族?」

「え? でも確か兎人族って、樹海に住んでたような気が……いや、それは別にどうでもいいか」

 

 ハジメは拳銃を抜いて車から降りる。

 

「とりあえず助けるわ」

 

 車から降りたハジメは、少し前の方に出て、魔物を待ち構える。二人のことも考えて、あまり車からは離れないようにする。

 

 そんなハジメ達のことを発見したのか、それなりの距離があるのだが、ウサミミ少女は必死に大声で叫ぶ。

 

「だずげでぐだざ~い! ひっーー、死んじゃう! 死んじゃうよぉ! だずけてぇ~、おねがいじますぅ~!」

 

 滂沱の涙を流し顔をぐしゃぐしゃにして必死に駆けてくる。そのすぐ後ろには双頭ティラノが迫っていて今にもウサミミ少女に食らいつこうとしていた。

 そしてもうすぐ喰われる――というその時であった。

 

ドパンッ!! ドパンッ!!

 

 銃声が響き渡る。射程内に入った魔物の二つの頭を、二つの弾丸が貫いた。二つの脳を貫かれた魔物は無事ではなく、わずかに痙攣した後に動かなくなった。

 

「えっ……あ、え? 死んでます……あのダイヘドアが一瞬で……」

 

 たった数秒の出来事に、ウサミミ少女は困惑し、死んだダイヘドアという魔物とハジメを何度も交互に見ていた。

 

「落ち着けよー! とりあえずこっち来い!」

「あっ、はい!」

 

 反射的にそう答えると、慌ててハジメ達の方へ走ってくるウサミミ少女。かなりボロボロのようで、女の子としては見えてはいけない場所が盛大に見えてしまっている。それに思わずハジメは目を逸らす。

 

 しかしそんなハジメの心を無視してウサミミ少女は近づき、そして何度も何度も頭を下げた。

 

「本当に本当に、助けていただきありがとうございました! 私は兎人族ハウリアの一人、シアといいますです! お願いです! 私の仲間も助けてください!」

「仲間? ……とりあえずほら、話は聞くから」

 

 助けるか否かは置いといて、とりあえず話くらいは聞こうと、ハジメはシアという兎人族の少女を車に乗せた。




なんというか……シアみたいな元気っ娘をしょんぼりさせた後に、色々やって幸せにしてあげたい。めっちゃ甘えてきそうだし。


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シア・ハウリアの事情

ああ^〜シアがめっちゃ可愛いんじゃ〜
香織もユエも可愛いし、何だこのありふれって作品はとんでもない作品だ!


 とりあえず、ユエを助手席から後方席に移動させた後に、ハジメはシアを助手席に座らせる。顔などを拭いて、水を飲ませて落ち着かせた所で、ハジメはもう一度尋ねた。

 

「んで、確か家族を助けてほしいんだっけ?」

「は、はぃ。話すと長くなるんですけど……」

 

 語り始めたシアの話を要約するとこうだ。

 

 シア達、ハウリアと名乗る兎人族達はハルツィナ樹海にて数百人規模の集落を作りひっそりと暮らしていた。兎人族は、聴覚や隠密行動に優れているものの、他の亜人族に比べればスペックは低いらしく、突出したものがないので亜人族の中でも格下と見られる傾向が強いらしい。性格は総じて温厚で争いを嫌い、一つの集落全体を家族として扱う仲間同士の絆が深い種族だ。また、総じて容姿に優れており、エルフのような美しさとは異なった可愛らしさがあるので、帝国などに捕まり奴隷にされたときは愛玩用として人気の商品となる。

 

 そんな兎人族の一つ、ハウリア族に、ある日異常な女の子が生まれた。兎人族は基本的に濃紺の髪をしているのだが、その子の髪は青みがかった白髪だったのだ。しかも、亜人族には無いはずの魔力まで有しており、直接魔力を操るすべと、とある固有魔法まで使えたのだ。

 

 当然、一族は大いに困惑した。兎人族として、いや、亜人族として有り得ない子が生まれたのだ。魔物と同様の力を持っているなど、普通なら迫害の対象となるだろう。しかし、彼女が生まれたのは亜人族一、家族の情が深い種族である兎人族だ。百数十人全員を一つの家族と称する種族なのだ。ハウリア族は女の子を見捨てるという選択肢を持たなかった。

 

 しかし、樹海深部に存在する亜人族の国“フェアベルゲン”に女の子の存在がばれれば間違いなく処刑される。魔物とはそれだけ忌み嫌われており、不倶戴天(ふぐたいてん)の敵なのである。国の規律にも魔物を見つけ次第、できる限り殲滅しなければならないと有り、過去にわざと魔物を逃がした人物が追放処分を受けたという記録もある。また、被差別種族ということもあり、魔法を振りかざして自分達亜人族を迫害する人間族や魔人族に対してもいい感情など持っていない。樹海に侵入した魔力を持つ他種族は、総じて即殺が暗黙の了解となっているほどだ。

 

 故に、ハウリア族は女の子を隠し、十六年もの間ひっそりと育ててきた。だが、先日とうとう彼女の存在がばれてしまった。その為、ハウリア族はフェアベルゲンに捕まる前に一族ごと樹海を出たのだ。

 

 行く宛もない彼等は、一先ず北の山脈地帯を目指すことにした。山の幸があれば生きていけるかもしれないと考えたからだ。未開地ではあるが、帝国や奴隷商に捕まり奴隷に堕とされてしまうよりはマシだ。

 しかし、彼等の試みは、その帝国により潰えた。樹海を出て直ぐに運悪く帝国兵に見つかってしまったのだ。巡回中だったのか訓練だったのかは分からないが、一個中隊規模と出くわしたハウリア族は南に逃げるしかなかった。

 

 女子供を逃がすため男達が追っ手の妨害を試みるが、元々温厚で平和的な兎人族と魔法を使える訓練された帝国兵では比べるまでもない歴然とした戦力差があり、気がつけば半数以上が捕らわれてしまった。

 

 全滅を避けるために必死に逃げ続け、ライセン大峡谷にたどり着いた彼等は、苦肉の策として峡谷へと逃げ込んだ。流石に、魔法の使えない峡谷にまで帝国兵も追って来ないだろうし、ほとぼりが冷めていなくなるのを待とうとしたのである。魔物に襲われるのと帝国兵がいなくなるのとどちらが早いかという賭けだった。

 しかし、予測に反して帝国兵は一向に撤退しようとはしなかった。小隊が峡谷の出入り口である階段状に加工された崖の入口に陣取り、兎人族が魔物に襲われ出てくるのを待つことにしたのだ。

 

 そうこうしている内に、案の定、魔物が襲来した。もう無理だと帝国に投降しようとしたが、峡谷から逃がすものかと魔物が回り込み、ハウリア族は峡谷の奥へと逃げるしかなかった。そうやって、追い立てられるように峡谷を逃げ惑い……

 

「……気がつけば、六十人はいた家族も、今は四十人程しかいません。このままでは全滅です。どうか助けて下さい!」

 

 悲痛な表情で懇願するシア。どうやら、シアは、ハジメや香織、ユエと同じ、この世界の例外というヤツらしい。特にユエと同じ、先祖返りと言うやつなのかもしれない。

 

「あー……」

 

 ハジメは考える。時間があるのなら当然ながら助けるのだが……あいにく、ハジメ達にも用事というものがあり、その用事は可能な限り、早めに済ませておきたいものだった。

 ――エヒトに捕捉される前に、大迷宮を可能な限り攻略する。バレて妨害される可能性を考慮すると、他事にあまり時間をかけたくはなかった。

 

 が、ここでハジメは、シアやその家族が元々はフェアベルゲン、つまりはハルツィナ樹海に住んでいることと、ハルツィナ樹海も七大迷宮の一つに数えられていることを思い出した。

 ハルツィナ樹海は、基本的に霧で見通しが悪いと聞く。外の人間が踏み入れたら、脱出するのが非常に難しい場所だ。しかし、元々そこに住んでいた兎人族ならば……

 

「分かった。でも僕達からも、ちょっと手伝ってほしいことがある」

「なんですか?」

「簡単に言えば……ハルツィナ樹海のどこかにあるはずの、七大迷宮の入口まで案内してほしい」

 

 兎人族であれば、ハルツィナ樹海を難なく案内してくれるだろうと、ハジメは予測した。流石に亜人族が住む樹海全体が迷宮、といったことはないだろう。どこかに入口が隠されているはず。樹海に住む者達であれば、入口の場所を知っている可能性は高い。

 

「迷宮の案内?」

「そう。僕達の目的はさ、七大迷宮を攻略することなんだけど……その迷宮の一つが、ハルツィナ樹海のどこかにあるはずなんだ。何か心当たりとかない?」

「えっと……あっ! 確実かどうかは分からないですけど、それっぽい場所なら心当たりあります!」

「なら、シアの家族を助けた後に、そこまで案内してほしいんだ」

「それくらいお安いご用です! 本当に本当に、ありがとうございますぅ!!」

 

 これにて契約は完了した。ハジメ達はシアとその家族を助ける。その対価として、シア達兎人族はハルツィナ樹海を案内するのだ。

 

 それはともかくとして、シアは家族を助けてくれることを大いに喜び、ハジメに何度も何度も頭を下げるのであった。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 その後は軽く自己紹介や準備をし、ハジメ達は車に乗り、シアの案内で家族がいるという場所へ向かっていた。

 

 最初は見たことも体感したこともない車というモノに驚いていたシアだったが、慣れてくると、だんだんと興奮してきたようだ。

 

「……そういえばシア、聞きたいことがあるんだけど、いいか?」

「はい、何ですか?」

 

 落ち着いたところで、ハジメはシアに気になっていたことを尋ねた。

 

「何でシアだけ一人でいたんだ? 普通なら全員でまとまって行動するような気がするけど」

「えっと、それは……貴方が私達を助けてくれるのが()()()んです」

「……みえた?」

「はい。実は私、“未来視”という固有魔法を持ってましてですね、仮定した未来が見えるんです。もしこれを選択したら、その先どうなるか? みたいな……あと、危険が迫っているときは勝手に見えたりもします。まぁ、見えた未来が絶対じゃないですし、行動次第でどんどん未来は変わっていくんですけど……」

 

 シアの説明する“未来視”は、彼女の説明通り、任意で発動する場合は、仮定した選択の結果としての未来が見えるというものだ。これには莫大な魔力を消費するようで、一回で枯渇寸前になり連続発動はできないようだ。また、自動で発動する場合もあり、これは直接・間接を問わず、シアにとって危険と思える状況が急迫している場合に発動する。これも多大な魔力を消費するらしいが、任意発動時の三分の一程度で済むらしい。

 どうやらシアは、元いた場所で、ハジメ達がいる方へ行けばどうなるか? という仮定選択をし、結果、自分と家族を守るハジメの姿が見えたようだ。そして、ハジメを探すために飛び出してきた。こんな危険な場所で単独行動とは、よほど興奮していたのだろう。

 

「へぇ。こりゃまた凄い能力持ってるなぁ。未来視って……使い方次第じゃとんでもないチートじゃん」

「ん……ん? でも、じゃあどうしてバレたの……?」

 

 ハジメの言う通り、シアの固有魔法である“未来視”はとんでもないチート技能だ。しかし疑問なのは、そんな技能を持っているにも関わらず、何故フェアベルゲンにバレてしまったのか、ということだ。この疑問について、ユエが尋ねた。

 

「じ、自分で使った場合はしばらく使えなくて……」

「ということは、使ったすぐ後にバレちゃったってこと?」

「香織さんの言う通りで……ちょっと友人の恋路が気になりまして……」

「アホかお前」

「ひあっ!? ちょっ、急に何するんですか!?」

 

 自分達の生命線とも言える技能を、個人的な感情で使用してしまったシアの頭に、ハジメは軽くチョップした。

 

「いや、思わずツッコんじゃった。……でもさぁ、バレたら終わりな状況を技能使って切り抜けるものでしょ? 恋路を視るために使うって、流石に不用心過ぎない?」

「うぅ~猛省しておりますぅ~」

「いやまぁ、なったものは仕方ないけどさぁ……」

 

 ハジメはハァと、大きめのため息を吐く。別に呆れているというわけではないが、なんとなく今後が不安になるのであった。

 

「あっ、私からも質問いいですか?」

「ん? 別にいいけど」

 

 逆に今度は、シアの方がハジメ達に質問する。

 

「三人はどういう関係なんですか?」

「ハジメくんの恋人です!」

「ん、私も」

「ええっ!? ハジメさんそれ本当ですか!?」

「……まぁ、一応」

 

 そうハジメが答えると、シアはニヤリと笑い、からかってくる。

 

「真面目そうなのに、こ~んな可愛い女の子二人を恋人にするなんて意外ですねぇ。もしかして、ハーレムでも作るつもりだったり……?」

「いや、そういうつもりはないから。なんか気づいたら勝手にこうなってただけで」

「でも嬉しいんでしょぉ?」

「…………まぁ、可愛い子に好かれて嬉しくないわけがない。いや罪悪感というか、そういうのはあるんだけどね」

 

 そんな風に、しばらくハジメをからかわれたり、シアが香織やユエの恋話を聞いたりしていたが、遠くで魔物の咆哮が聞こえた。どうやら相当な数の魔物が騒いでいるようだ。

 

「ハジメさん! もう直ぐ皆がいる場所です! あの魔物の声……ち、近いです! 父様達がいる場所に近いです!」

「よし分かった。急ぐぞ」

 

 ハジメはアクセルを踏み込み、車を加速させた。壁や地面が物凄い勢いで後ろへ流れていく。

 

 そうして走ること二分。ドリフトしながら最後の大岩を迂回した先には、今まさに襲われようとしている数十人の兎人族達がいた。




綾禰様  メカ好き様

評価していただき、ありがとうございます。


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ハウリア族と帝国兵

 ライセン大峡谷に悲鳴と怒号が木霊する。

 

 ウサミミを生やした人影が岩陰に逃げ込み必死に体を縮めている。あちこちの岩陰からウサミミだけが見えており、数からすると二十人ちょっと。見えない部分も合わせれば四十人といったところか。

 そんな怯える兎人族を上空から睥睨しているのは、奈落の底では滅多に見なかった飛行型の魔物だ。姿は俗に言うワイバーンという感じだろう。体長は三~五メートル程で、鋭い爪と牙、モーニングスターのように先端が膨らみ刺がついている長い尻尾を持っている。

 

「ハ、ハイベリア……」

 

 肩越しにシアの震える声が聞こえた。あのワイバーンモドキは“ハイベリア”というらしい。ハイベリアは全部で六匹はいる。兎人族の上空を旋回しながら獲物の品定めでもしているようだ。

 

「……香織、ユエ。上のは落としといて。僕は地上近くのを殺るから」

「うん、分かった」

「んっ……」

 

 そうハジメが指示するのとほぼ同時に、ハイベリアの一匹が遂に行動を起こした。大きな岩と岩の間に隠れていた兎人族の下へ急降下すると空中で一回転し遠心力のたっぷり乗った尻尾で岩を殴りつけた。轟音と共に岩が粉砕され、兎人族が悲鳴と共に這い出してくる。

 

ドパンッ!! ドパンッ!!

 

 それを、ハジメは撃ち抜く。攻撃によりできた隙を狙い、敵を確実に殺す。一応見た感じ、その隠れていた兎人族には怪我はなさそうだ。

 その数秒後に、さらに五匹のハイベリアが空から落ちてくる。それらは全て、完全に動かなくなっていた。相当魔力を消費したようで、ハジメが後方を見ると、香織とユエの魔力がかなり減っているのがすぐに分かった。

 

「な、何が……」

 

 男性の兎人族の一人が、思わずそう呟く。突然目の前で死んだハイベリアと、空から降ってきたものの死体を見たのだから、当然の反応だ。

 

 そうして静かになった峡谷に、兎人族の、いや、おそらくはこの世界の住人であれば誰でも聞き慣れないと思うであろう異音が聞こえてくる。

 そちらの方を向くと、兎人族達の目に飛び込んできたのは、見たこともない黒い乗り物に乗って、高速でこちらに向かってくる三人の人影。

 その内の一人は見覚えがある、いや、それどころではない。今朝方、突如姿を消し、ついさっきまで一族総出で探していた女の子。一族が陥っている今の状況に、酷く心を痛めて責任を感じていたようで、普段の元気の良さがなりを潜め、思いつめた表情をしていた。何か無茶をするのではと、心配していた矢先の失踪だ。つい、慎重さを忘れて捜索しハイベリアに見つかってしまった。彼女を見つける前に、一族の全滅も覚悟していたのだが……

 

 その彼女が黒い乗り物の後ろで立ち上がり手を振っている。その表情に普段の明るさが見て取れた。信じられない思いで彼女を見つめる兎人族。

 

「みんな~、助けを呼んできましたよぉ~!」

 

 その聞きなれた声音に、これは現実だと理解したのか兎人族が一斉に彼女の名を呼んだ。

 

「「「「「「「シア!?」」」」」」」

 

 兎人族は大いに驚き、そして喜んだ。シアの方も、ハジメが車を止めるとすぐに外に飛び出し、家族の元へと駆け出していく。

 

「シア! 無事だったのか!」

「父様!」

 

 真っ先に声をかけてきたのは、濃紺の短髪にウサミミを生やした初老の男性だった。ハジメは一瞬困惑したが、すぐにそういうものだと理解した。男のウサミミなど想像したこともなかったが、よくよく考えてみると、男女いないと増えないのだから、男の兎人族がいるのも当然だった。

 一瞬微妙な気持ちになっていたハジメであったが、その間にシアと父様と呼ばれた兎人族は話が終わったようで、互いの無事を喜んだ後、ハジメの方へ向き直った。

 

「ハジメ殿で宜しいか? 私は、カム。シアの父にしてハウリアの族長をしております。この度はシアのみならず我が一族の窮地をお助け頂き、何とお礼を言えばいいか。しかも、脱出まで助力くださるとか……父として、族長として深く感謝致します」

 

 そう言って、カムと名乗ったハウリア族の族長は深々と頭を下げた。後ろには同じように頭を下げるハウリア族一同がいる。

 

「お、おう……どういたしまして? それにしても……亜人族は人間に良い感情を持ってないと聞くけど、こうもあっさり信用してもいいんですか?」

「シアが信頼する相手です。ならば我らも信頼しなくてどうします。我らは家族なのですから……」

 

 なるほどと、ハジメは思った。シアから聞いた通り、本当に家族というか、一族の絆が強い種族らしい。それはそれとして、初対面の人間を信用するのはどうかと、心の底では思っていた。

 

「えへへ、大丈夫ですよ父様。ハジメさんは本当に優しいんですから!」

「はっはっは、そうかそうか。そりゃいい人だな」

 

 シアとカムの言葉に周りの兎人族達も信用しきったようで、ハジメに対する警戒心というかそういった類のものが、完全に消え去った。

 

「さてと……シアから聞いてると思うけど、兎人族の人達には、ちょっと手伝ってほしいことがあるんだ」

「ええ、確かハルツィナ樹海の案内でしたかな?」

「そう。聞いた話だと、樹海の中のフェアベルゲン……だっけ? そこから追い出されたと聞いたけど、本当によかった?」

「それくらい大丈夫ですよ」

 

 軽く了承を得ると、ハジメ達はライセン大峡谷の出口目指して歩を進めた。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 ウサミミ四十二人をぞろぞろ引き連れて峡谷を行く。

 

 当然、数多の魔物が絶好の獲物だとこぞって襲ってくるのだが、ただの一匹もそれが成功したものはいなかった。例外なく、兎人族に触れることすら叶わず、接近した時点で閃光が飛び頭部を粉砕されるからである。

 乾いた破裂音と共に閃光が走り、気がつけばライセン大峡谷の凶悪な魔物が為すすべなく絶命していく光景に、兎人族達は唖然として、次いで、それを成し遂げている人物であるハジメに対して畏敬の念を向けていた。

 

 もっとも、小さな子供達は総じて、そのつぶらな瞳をキラキラさせて圧倒的な力を振るうハジメをヒーローだとでも言うように見つめている。

 

「ふふふ、ハジメさん。チビッコ達が見つめていますよ~手でも振ってあげたらどうですか?」

「今はハウリア族の護衛という仕事中だから無理」

 

 シアは、わずかに居心地の悪そうにしているハジメをからかっており、それをハジメは適当に受け流す。それでもシアは「うりうり~」とちょっかいを掛ける。

 

「はっはっは、シアは随分とハジメ殿を気に入ったのだな。そんなに懐いて……シアももうそんな年頃か。父様は少し寂しいよ。だが、ハジメ殿なら安心か……」

 

 すぐ傍で娘がハジメに絡んでいる様子を見て、気にした様子もなく目尻に涙を貯めて娘の門出を祝う父親のような表情をしているカム。そんなカムに対してハジメは、シアを片手で投げ飛ばして言う。

 

「ひゃっ!? ちょっと投げ飛ばさないでくださいよぉ!」

「カムさん、シアをなんとかしてください。仕事の邪魔になります」

 

 しかしそれに猛抗議するシア。

 

「だからって、どうして投げ飛ばすんですかぁ!」

「仕事の邪魔だから。頼むから大人しくしてて。ああいや、家族が死んでいいのならいくらでも――」

「本当にすみませんでした!」

 

 が、家族が死ぬと言い出した瞬間に、シアは謝りだしてしまった。

 

 そうこうしている内に、一行は遂にライセン大峡谷から脱出できる場所にたどり着いた。ハジメと香織が“遠見”で見る限り、中々に立派な階段がある。岸壁に沿って壁を削って作ったのであろう階段は、五十メートルほど進む度に反対側に折り返すタイプのようだ。

 ハジメが何となしに遠くを見ていると、シアが不安そうに話しかけてきた。

 

「帝国兵はまだいるでしょか?」

「ん? ん〜……いや、ここからじゃあ分からないな」

「そ、その、もし、まだ帝国兵がいたら……ハジメさん……どうするのですか?」

「? どうするって何が?」

 

 質問の意図がわからず首を傾げるハジメに、意を決したようにシアが尋ねる。周囲の兎人族も聞きウサミミを立てているようだ。

 

「今まで倒した魔物と違って、相手は帝国兵……人間族です。ハジメさんと同じ。……敵対できますか?」

「敵対? いやまぁ、シア達を守るなら敵対せざるを得ないでしょ。まぁもし敵対しても、それはあくまで一時的なものだろうし、あまり気にしないよ」

 

 それだけ言うと、ハジメ達は階段を昇っていき、兎人族もそれに続く。帝国兵からの逃亡を含めて、ほとんど飲まず食わずだったはずの兎人族だが、その足取りは軽かった。亜人族が魔力を持たない代わりに身体能力が高いというのは嘘ではないようだ。

 

 そして、遂に階段を上りきり、ハジメ達はライセン大峡谷からの脱出を果たす。登りきった崖の上、そこには……

 

「おいおい、マジかよ。生き残ってやがったのか。隊長の命令だから仕方なく残ってただけなんだがなぁ~こりゃあ、いい土産ができそうだ」

 

 三十人の帝国兵がたむろしていた。周りには大型の馬車数台と、野営跡が残っている。全員がカーキ色の軍服らしき衣服を纏っており、剣や槍、盾を携えており、ハジメ達を見るなり驚いた表情を見せた。

 だが、それも一瞬のこと。直ぐに喜色を浮かべ、品定めでもするように兎人族を見渡した。

 

「小隊長! 白髪の兎人もいますよ! 隊長が欲しがってましたよね?」

「おお、ますますツイてるな。年寄りは別にいいが、あれは絶対殺すなよ?」

「小隊長ぉ~、女も結構いますし、ちょっとくらい味見してもいいっすよねぇ? こちとら、何もないとこで三日も待たされたんだ。役得の一つや二つ大目に見てくださいよぉ~」

「ったく。全部はやめとけ。二、三人なら好きにしろ」

「ひゃっほ~、流石、小隊長! 話がわかる!」

 

 帝国兵は、兎人族達を完全に獲物としてしか見ていないのか戦闘態勢をとる事もなく、下卑た笑みを浮かべ舐めるような視線を兎人族の女性達に向けている。兎人族は、その視線にただ怯えて震えるばかりだ。

 

 帝国兵達が好き勝手に騒いでいると、兎人族にニヤついた笑みを浮かべていた小隊長と呼ばれた男が、ようやくハジメの存在に気がついた。

 

「あぁ? お前誰だ? 兎人族……じゃあねぇよな?」

「そうですね。見ての通り、普通の人間ですよ」

 

 一応ではあるが、交渉の余地はあるため、ハジメは会話に応じる。

 

「はぁ~? なんで人間が兎人族と一緒にいるんだ? しかも峡谷から。あぁ、もしかして奴隷商か? 情報掴んで追っかけたとか? そいつぁまた商売魂がたくましいねぇ。まぁ、いいや。そいつら皆、国で引き取るから置いていけ」

 

 勝手に推測し、勝手に結論づけた小隊長は、さも自分の言う事を聞いて当たり前、断られることなど有り得ないと信じきった様子で、そうハジメに命令した。

 もちろん、ハジメが断らないわけがなく……しかし断った所で面倒事になるのは分かりきっているので、少々言い方を変えた。また、それでも要求に応じてくれなかった場合に備え、準備を始める。

 

「流石に今は無理ですね。この兎人族とはある契約をしていまして……それが終わるまでもう少し待っていただけるのなら、引き渡すのもやぶさかではないです」

「契約、か。どんなものだ?」

「簡単に説明すると、ハルツィナ樹海を案内してもらう、というものですね。とある用で、樹海に行かないといけないもので」

 

 言っていることは全て本当だ。ハジメにとっては、ここでの待機に応じてくれれば一番だが、そうじゃない場合にも対応はできる。既にとあることの準備は完了していた。

 

「なら、一人だけ連れていけばいいだけの話だ。一人は見逃すから、それ以外はここに置いてけ。ああもちろん、そこの白髪の兎人族は絶対置いてけよ」

 

 どうやら、待っていてはくれないらしい。樹海の案内は兎人族一人で充分だと思ったのか、小隊長はこのように要求する。

 

「はぁ……流石に建前だけじゃ伝わりませんか」

「あ?」

「とりあえず、本音を言いますね。……あなた達に、兎人族達は渡しませんよ、何があろうと。なのでさっさと帰ってください」

 

 直球に、小隊長の要求をはねのけたハジメ。小隊長の額に青筋が浮かぶ。しかし怒りは頂点を通り越し、逆に落ち着いたのか、小隊長はスっと表情を消す。

 周囲の兵士達も剣呑な雰囲気でハジメを睨んでいる。その時、小隊長が、剣呑な雰囲気に背中を押されたのか、ハジメの後ろにいた香織とユエに気がついた。片や全てが完璧と言わんばかりに整った容姿の美少女、片や幼い容姿でありながらも、えもいわれぬ魅力を放っている美貌の少女。その二人を見て、再び下碑た笑みを浮かべた。

 

「あぁ~なるほど、よぉ~くわかった。てめぇがただの世間知らず糞ガキだってことがな。ちょいと世の中の厳しさってヤツを教えてやる。くっくっく、そっちの嬢ちゃん達、えらい別嬪じゃねぇか。てめぇの四肢を切り落とした後、目の前で犯して、奴隷商に売っぱらってやるよ」

「あー、ハハハ……」

 

 ハジメは苦笑いを浮かべ、そして言った。

 

「あなた達は、僕達を殺すことはおろか、戦うことすらできませんよ」

 

 その瞬間、帝国兵がいた地面が一瞬で液体へと変わり、付近の馬車やテントと一緒にあっという間に沈んでいった。そしてほとんどの帝国兵の肩まで地面の下に沈み込んだところで、

 

「“錬成”」

 

 液体を固体化させて、帝国兵を地面に埋め込んだ。地面は岩のように硬くなり、そう簡単には抜け出せなくなった。帝国兵は悲鳴を上げてもがき苦しんでいるが……何をしても抜け出せない。

 

「流石に同じ人間を殺すのはアレなので、こうさせてもらいました。では」

 

 それだけ言って、ハジメ達は帝国兵のすぐ側を通り過ぎていく。兎人族も、最初は怯えながら進んでいたが、帝国兵が絶対に抜け出せないことを理解するとともに、歩も大きくなっていった。




狩る雄様  tetsudora様  なのは様
電撃部隊総隊長様

評価していただき、ありがとうございます。

それとアンケートについてなんですが、その他の人は、活動報告にてそれ専用の欄を作るので、アイデアを書きにきてもらえると嬉しいです。


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シアの心情とハルツィナ樹海

 七大迷宮の一つにして、深部に亜人族の国フェアベルゲンを抱えるハルツィナ樹海を前方に見据えて、ハジメが車で牽引する大型馬車二台と数十頭の馬が、それなりに早いペースで平原を進んでいた。

 車の方は、一度降りたので席を変更してある。前の席にハジメと香織、後方にユエとシアが座っている。シアに関しては、車に乗りたいと駄々をこねた結果、ハジメが苦笑いして頷いたという経緯がある。

 

 シアとしては、ハジメ達には色々と聞きたいことがあったようだ。

 

「そういえば……今までの戦いを見て気になったことがあるんですけどぉ……」

「ん?」

「今までの戦いで三人とも、魔法使ってましたよね? 大峡谷では使えないはずなのに……」

 

 今までに何度かあった大峡谷での戦いで、ハジメは何度も銃を撃っていたし、香織やユエも、少ないながらも魔法で攻撃をしていた。それこそ、魔力操作や固有魔法の技能がないと、まともに魔法が使えない場所にも関わらず、だ。

 

「簡単に言うと僕達全員、魔力操作の技能持ちだからさ。だから大峡谷でもある程度は魔法が使えるんだ」

「うん、そうだね。ユエちゃんは元々使えて、私とハジメくんは魔物を食べてからできるようになったんだよね?」

「まぁそんな感じ」

 

 詳しく話せば話すほどに、呆然としていたシアだったが、突然、下を俯いてしまった。ユエがちらっと表情を見てみると、何故か泣きべそをかき始めていた。

 

「……どうしたの?」

「あ、うん……一人じゃなかったんだなっと思ったら……何だか嬉しくなってしまって……」

「……」

 

 どうやら魔物と同じ性質や能力を有するということ、この世界で自分があまりに特異な存在であることに孤独を感じていたようだ。家族だと言って十六年もの間、危険を背負ってくれた一族、シアのために故郷である樹海までも捨てて共にいてくれる家族、きっと多くの愛情を感じていたはずだ。それでも、いや、だからこそ、“他とは異なる自分”に余計孤独を感じていたのかもしれない。

 シアの言葉に、ユエは思うところがあるのか考え込むように押し黙ってしまった。いつもの無表情がより色を失っている様に見える。おそらく、ユエは自分とシアの境遇を重ねているのではないだろうか。共に魔力の直接操作や固有魔法という異質な力を持ち、その時代において“同胞”というべき存在は居なかった。

 

 二人の孤独というのは、それなりに違っている。ユエは物理的な孤独を、シアは精神的な孤独を感じている。

 

 ユエの孤独は文字通り、ずっと独りでいると感じる孤独だ。周りには誰一人いない、誰一人こない。真っ暗闇の中で独り、この先何が起こるか分からない。そんな中で百年以上も過ごすなど、苦痛と言う他ない。

 対するシアは、ユエとは違って周りには家族がいる。しかしだからこそ、周囲との違いを自覚してしまう。家族は確かに優しくしてくれる。だけどそれは、自分が特別だから。大きくなるにつれて、シアはそれを自覚し、なんとなく空しい気持ちになっていったのだ。

 

 少し後ろを見たハジメだったが、二人の思っていることはなんとなく分かっていた。が、理解しようにも、本物の孤独感というのを感じたことのないハジメには、上手くは理解できなかった。香織も、同情はしていても、その感情を本当の意味で理解はできていないのだろう。

 

「大丈夫。孤独ってのをよく知らない僕が言うのもアレだけど……でも、もう独りじゃないから。ユエはもちろん……シアも」

 

 だからハジメは、これくらいしか言えなかった。信念を持って言った言葉ではないので、ユエとシアに顔を向けて言うことはできなかった。

 しかし、言い方が悪かったのだろうか。シアを勘違いさせてしまうこととなった。もしかしたら、仲間に入れてもらえるかも、と。

 

「あ、あの……もしかしてハジメさん、私を仲間に入れてくれたり……」

「ん? いや流石に無理」

 

 しかしハジメは即座にシアの言葉を否定し、その理由を述べた。

 

「ちょっと前に話したと思うけど、僕達の旅ってかなりキツいんだよね。今のシアだと、もし僕達についていったとしても、多分一瞬で死ぬよ?」

 

 完全な拒絶というわけではない。あくまでこれは、シアの身を案じての拒絶だ。今のままの……ライセン大峡谷でただの魔物から逃げるしかできないシアだと一瞬で死ぬだろうと、ハジメは考えていた。

 しかしシアは、どうしてもハジメ達についていきたいからなのか、まだ食い下がる。

 

「で、でも! 私は絶対に迷惑を――」

「本当に、そう言い切れる?」

 

 そこに、香織が入ってきた。

 

「ねぇシアちゃん。ハジメくんの左腕……どう見える?」

「え? 義手、ですよね……?」

「うん、義手。ハジメくんの本物の左腕はね……私を庇ったときに、魔物に千切られちゃったんだ……」

「……」

 

 これにはシアも何も言えなかった。流石のシアも、こんな過去を語られてなお食い下がるほど図々しくはない。

 

「……もし、ハジメくんに強さを認めてもらいたいのなら、少なくとも私やユエちゃんくらいは、一対一で倒せるくらいにならないとダメだよ? ね、ハジメくん?」

「まぁ、そうだね。旅についてくるって言うなら、最低限それくらいはできないと、こっちが困る」

「と、ということは……」

「ああ、勘違いしないで。一対一で香織とユエを倒すってのは、あくまで最低条件。もし性格の方で難があると思ったら、もちろん仲間に入れることなんてしないからね?」

「……ハイ」

 

 そんな話をしていると、遂に一行はハルツィナ樹海と平原の境界に到着した。樹海の外から見る限り、ただの鬱蒼とした森にしか見えないのだが、一度中に入ると直ぐさま霧に覆われるらしい。

 

「それでは、ハジメ殿、ユエ殿。中に入ったら決して我らから離れないで下さい。お二人を中心にして進みますが、万一はぐれると厄介ですからな。それと、行き先は森の深部、大樹の下で宜しいのですな?」

「それで大丈夫。聞いた限りだと、そこが本当の迷宮と関係してそうだからね」

 

 カムが、ハジメに対して樹海での注意と行き先の確認をする。カムが言った“大樹”とは、ハルツィナ樹海の最深部にある巨大な一本樹木で、亜人達には“大樹ウーア・アルト”と呼ばれており、神聖な場所として滅多に近づくものはいないらしい。峡谷脱出時にカムから聞いた話だ。

 

 当初、ハジメはハルツィナ樹海そのものが大迷宮かと思っていたのだが、よく考えれば、それなら奈落の底の魔物と同レベルの魔物が彷徨いている魔境ということになり、とても亜人達が住める場所ではなくなってしまう。

 ならば、ハルツィナ樹海そのものが大迷宮というよりかは、そのどこかに、大迷宮への入口があると考えた方が自然だ。

 

 カムは、ハジメの言葉に頷くと、周囲の兎人族に合図をしてハジメ達の周りを固めた。

 

「ハジメ殿、できる限り気配は消してもらえますかな。大樹は神聖な場所とされておりますから、あまり近づくものはおりませんが、特別禁止されているわけでもないので、フェアベルゲンや、他の集落の者達と遭遇してしまうかもしれません。我々は、お尋ね者なので見つかると厄介です」

「なるほど……うん、分かった」

 

 ハジメと香織は“気配遮断”を使い、極限まで気配を消す。ユエも、奈落で二人を見て戦って培った方法で気配を薄くした。

 

「ッ!? これは、また……ハジメ殿、香織殿……できればユエ殿くらいにしてもらえますかな?」

「ん? ……これくらい?」

「はい、結構です。さっきのレベルで気配を殺されては、我々でも見失いかねませんからな。いや、全く、流石ですな!」

 

 元々、兎人族は全体的にスペックが低い分、聴覚による索敵や気配を断つ隠密行動に秀でている。地上にいながら、奈落で鍛えたユエと同レベルと言えば、その優秀さが分かるだろうか。しかしハジメと香織の“気配遮断”は、さらにその上を行く。普通の場所なら一度認識すればそうそう見失うことはないが、樹海の中という悪環境だと、兎人族の索敵能力を以てしても見失いかねないものだった。

 

 カムは、人間族でありながら自分達の唯一の強みを凌駕され、もはや苦笑いだ。隣では、何故かユエが自慢げに胸を張っている。シアは、どこか複雑そうだった。ハジメの言う実力差を改めて示されたせいだろう。

 

「それでは、行きましょうか」

 

 カムの号令と共に準備を整えた一行は、カムとシアを先頭に樹海へと踏み込んだ。

 

 しばらく、道ならぬ道を突き進む。直ぐに濃い霧が発生し視界を塞いでくる。しかし、カムの足取りに迷いは全くなかった。現在位置も方角も完全に把握しているようだ。理由は分からないが、亜人族は、亜人族であるというだけで、樹海の中でも正確に現在地も方角も把握できるらしい。

 いや……もしかしたら霧そのものに、魔術的な何かが仕掛けられているのかもしれない。たまにそういう風に考えながらも、ハジメは案内されるがままに進んでいった。

 

 時折魔物が出てくることもあったが、たかが迷宮外の魔物だ、ハジメ達にかかれば拳銃で秒殺だった。電磁加速させる必要もない。その度に、特にハウリア族の子供達には何度も感謝されるのであった。

 

 しかし、樹海に入って数時間が過ぎた頃、今までにない無数の気配に囲まれ、ハジメ達は歩みを止める。数も殺気も、連携の練度も、今までの魔物とは比べ物にならない。カム達は忙しなくウサミミを動かし索敵をしている。

 そして、何かを掴んだのか苦虫を噛み潰したような表情を見せた。シアに至っては、その顔を青ざめさせている。

 三人ともすぐに相手の正体に気がつき、面倒そうな表情になった。

 

 その相手の正体は……

 

「お前達……何故人間といる! 種族と族名を名乗れ!」

 

 虎模様の耳と尻尾を付けた、筋骨隆々の亜人だった。




エルツバイン様  すぷりんぐ様

評価していただき、ありがとうございます。ここ最近の評価の伸びは凄まじく、もうすぐで評価数が100を超えるほどです。
正直、ここまで伸びるとは思いませんでした。ここまで応援してくれた方に、改めてお礼申し上げます。本当に、ありがとうございました。


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亜人族

ほんっと、びっくりしましたよ……

春よすの作品自体も、作者も突然消えちゃったんですから、本当に悲しい限りです。

まぁ、うん。とりあえず、私はこれからも頑張っていきますので、どうぞよろしくお願いします。


 樹海の中で人間族と亜人族が共に歩いている。

 

 その有り得ない光景に、目の前の虎の亜人と思しき人物はカム達に裏切り者を見るような眼差しを向けた。その手には両刃の剣が抜身の状態で握られている。周囲にも数十人の亜人が殺気を滾らせながら包囲網を敷いているようだ。

 

「あ、あの私達は……」

 

 カムが何とか誤魔化そうと額に冷汗を流しながら弁明を試みるが、その前に虎の亜人の視線がシアを捉え、その眼が大きく見開かれる。

 

「白い髪の兎人族…だと? ……貴様ら……報告のあったハウリア族か……亜人族の面汚し共め! 長年、同胞を騙し続け、忌み子を匿うだけでなく、今度は人間族を招き入れるとは! 反逆罪だ! もはや弁明など聞く必要もない! 全員この場で処刑する! 総員か――」

 

ドパンッ!!

 

 虎の亜人が問答無用で攻撃命令を下そうとしたその瞬間、ハジメは片腕を上に向け、空砲を撃った。もちろん空に向けて撃ったので、誰にも当たるわけではないが、聞き慣れない大きな音に、ハジメ達やハウリア族を囲う亜人族達は動きを止めた。

 

「失礼、流石にこのままではまともに取り合ってくれなさそうなので、威嚇射撃をさせてもらいました。とりあえず、まずはこちらの話を聞いていただけますか?」

 

 とりあえず、相手を刺激しないような丁寧な口調で、指示を出そうとしていたリーダーらしき虎の亜人に向けて言う。

 

 しかし虎の亜人は、人間の言葉など聞き入れない。彼らにとって、人間は憎むべき敵なのだから。ある意味当然のことではあるが、ハジメに対する殺意をさらに強める。

 

「何故我々の同胞の命を奪っていく人間族の話を聞かねばならんのだ! 問答無用――」

「動くな」

 

 ゾクリと、ハジメの発した一言で空気が凍りつく。特に表情も変えず、銃を構え、淡々と言っただけ。しかし違うのは、言葉に魔力が込められている点だ。ハジメは“威圧”という固有魔法で、言葉に魔力を込めたのだ。

 

「動くな、そのまま話を聞け。お前達が魔物のような知性の無い獣でないのならばな」

「……」

 

 亜人族達は震えるしかなかった。最初は小柄で若い人間だと、正直に言うとナメていた。しかしそんな相手が、おぞましい気配を発している。驚くと同時に、恐怖するしかなかったのだ。

 

 ここで“威圧”を解いて、ハジメは続ける。

 

「僕達の目的は、樹海の深部、大樹の下へ行くことだ。ここにいる兎人族に案内を任せている。聞いた話だと、大迷宮の入口があるとしたら、そこが最も可能性が高い」

「……何を言っている? 七大迷宮とは、この樹海そのものだ。一度踏み込んだが最後、亜人以外には決して進むことも帰る事も叶わない天然の迷宮だ」

「いや、それはあり得ない。一度大迷宮を攻略したから言えるけど……大迷宮と呼ぶには、ここの魔物は弱すぎる。それに、大迷宮はそもそも“解放者”の作った試練だ。もし仮に樹海そのものが迷宮だとしたら、樹海の住人である亜人族に対する試練としては成り立たない。だから、樹海そのものが迷宮っていうのはおかしいんだ」

「……」

 

 とは言ったものの。亜人族からしてみたら、ハジメ達が本当に大迷宮を攻略したのかは分からない。いやむしろ、身体的にはそこまで強くなさそうな人間が、大迷宮を攻略できるのは思わなかった。

 

「まぁそれはともかくとして……僕達の目的は、あくまで大樹の所まで行って、大迷宮を攻略すること。だから、今は何もせずに通してもらえれば、こちらとしてはありがたい」

「……それは不可能だろう」

「何故?」

「……兎人族に案内を任せているというのに、聞いていないのか? 大樹の周囲は特に霧が濃く、亜人族でも方角を見失う。一定周期で霧が弱まるから、大樹の下へ行くにはその時でなければならん。次に行けるようになるのは……大体十日後だったはずだ。亜人族なら誰でも知っているはずだが?」

 

 ハジメ達は、兎人族からはそんなことを一度も聞いていない。しかしこんな所で嘘を言うかといえば、そもそも嘘をつく場面ではない。

 ハジメはチラッと、カムの方を見る。するのカムはわずかに慌てた様子で早口で言った。

 

「も、申し訳ないハジメ殿。私も小さい時に行ったことがあるだけで、周期のことは頭から抜けており……」

「いや、別に責めるわけじゃないから。まぁでもこの状況だ……この樹海で野営して過ごすのも中々に面倒だぞ?」

 

 なんせ敵が多い。魔物だけであれば余裕で対処できるが、多くの亜人族も、兎人族とは敵対中だ。集団で攻められれば、流石に面倒と言わざるを得ない。

 

「それは困ったものだなぁ……亜人族の国、フェアベルゲン滞在が一番楽ではあるが……」

「……なんだ? フェアベルゲンに入りたいと、そう言うのか?」

「はい。それと先に断っておきますが、この兎人族との契約期間は終わっていないので、兎人族の命を脅かす敵が現れた場合、その時は誰であろうと倒します。フェアベルゲン内であっても」

「……つまり、何が言いたい?」

「神樹にたどり着くまでは、兎人族に手を出さないでほしい、ということです。神樹にたどり着いた後であれば、もう契約期間外なので知りませんが」

「……」

 

 亜人族も、血の気が多い種族が目立つことはあるが、頭が悪いわけではないし、ちゃんと理解力もある。虎の亜人族は少し考えると、使いを送った。

 

「まずは本国に指示を仰ぐ。故にしばらくは、ここで待っていてもらう」

「分かりました」

 

 とりあえず、拳銃を下ろすハジメ。すると臨戦態勢に入る、殺意を見せる亜人族も出てくる。もちろんハジメがそれを察知しないわけがなく、そちらに無言で拳銃を向けると、すぐに殺意は消えていった。

 

 それから時間にして一時間と言ったところか。ハジメや香織は、急速に近づいてくる気配を感じた。場に再び緊張が走る。

 

 霧の奥からは、数人の新たな亜人達が現れた。彼等の中央にいる初老の男が特に目を引く。流れる美しい金髪に深い知性を備える碧眼、その身は細く、吹けば飛んで行きそうな軽さを感じさせる。威厳に満ちた容貌は、幾分シワが刻まれているものの、逆にそれがアクセントとなって美しさを引き上げていた。何より特徴的なのが、その尖った長耳だ。彼は森人族、いわゆるエルフなのだろう。

 

「ふむ、お前さんが件の人間族かね? 名は何という?」

「南雲ハジメです。あなたは?」

「私は、アルフレリック・ハイピスト。フェアベルゲンの長老の座を一つ預からせてもらっている。さて、お前さんの要求は聞いているのだが……その前に聞かせてもらいたい。“解放者”とは何処で知った?」

 

 目的などではなく、解放者の単語に興味を示すアルフレリック。それに少し訝しみながらも、ハジメは返答を返す。

 

「オルクス大迷宮の奈落の底、解放者の一人、オスカー・オルクスの隠れ家です。そこを攻略し、色々と知りました」

「ふむ、奈落の底か……聞いたことがないがな……」

「一応、迷宮で手に入れたモノ等は見せることができますが、どうしますか?」

「ふむ。では見せてもらうとしよう」

 

 そういうわけで、ハジメはオルクス大迷宮で回収した魔石と、それとオルクスの指輪をアルフレリックに渡した。

 アルフレリックは、魔石等にも軽く驚いていたが、特に指輪に刻まれた紋章を見て目を見開き驚愕した。そして、気持ちを落ち付かせるようにゆっくり息を吐く。

 

「なるほど……確かに、お前さんはオスカー・オルクスの隠れ家にたどり着いたようだ。他にも色々気になるところはあるが……よかろう。取り敢えずフェアベルゲンに来るがいい。私の名で滞在を許そう。ああ、もちろんハウリアも一緒にな」

 

 アルフレリックの言葉に、周囲の亜人族達だけでなく、カム達ハウリアも驚愕の表情を浮かべた。虎の亜人を筆頭に、猛烈に抗議の声があがる。それも当然だろう。かつて、フェアベルゲンに人間族が招かれたことなど無かったのだから。

 

「彼等は、客人として扱わねばならん。その資格を持っているのでな。それが、長老の座に就いた者にのみ伝えられる掟の一つなのだ」

「そうですか。……では一つ、ここで約束してもらってもいいですか?」

「何かね?」

「最低でも、僕達が兎人族の案内で神樹にたどり着く()()。それまでは、兎人族に手を出さないでほしい」

「…………なるほど、了解した」

 

 期間を強調して、ハジメは兎人族の安全を保証するように頼むと、アルフレリックは、割とすぐに答えを出して、了承してくれた。




硯猫様  シューレム様  おれお様

評価していただき、ありがとうございます。これにて評価数が100に到達しました。正直、ここまで来るとは思いもしませんでした。皆さん、ここまで本当にありがとうございました!


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長老会議

長老達のほとんどが空気になりました。ハジメがそこそこまともだからね、仕方ないね。


 濃霧の中を虎の亜人の先導で進む。

 

 行き先はフェアベルゲンだ。ハジメと香織とユエ、ハウリア族、そしてアルフレリックを中心に周囲を亜人達で固めて既に一時間ほど歩いている。どうやら伝令は相当な駿足だったようだ。

 

 しばらく歩いていると、突如、霧が晴れた場所に出た。晴れたといっても全ての霧が無くなったのではなく、まるで霧のトンネルのように、一本のまっすぐな道ができているだけだ。よく見れば、道の端に誘導灯のように青い光を放つ拳大の結晶が地面に半分埋められている。そこを境界線に、霧の侵入を防いでいるようだ。

 ハジメが、青い結晶に注目していることに気が付いたのかアルフレリックが解説を買って出てくれた。

 

「あれは、フェアドレン水晶というものだ。あれの周囲には、何故か霧や魔物が寄り付かない。フェアベルゲンも近辺の集落も、この水晶で囲んでいる。まぁ、魔物の方は“比較的”という程度だが」

「なるほど。だからこんな樹海の中でも暮らせているわけか……」

 

 どうやら樹海の中であっても街の中は霧がないようだ。十日は樹海の中にいなければならなかったので朗報である。香織やユエも、霧が鬱陶しそうだったので、二人の会話を聞いてどことなく嬉しそうだ。

 

 そうこうしている内に、眼前に巨大な門が見えてきた。太い樹と樹が絡み合ってアーチを作っており、そこに木製の十メートルはある両開きの扉が鎮座していた。天然の樹で作られた防壁は、高さ三十メートルはありそうだ。亜人の“国”というに相応しい威容を感じる。

 

 虎の亜人が門番と思しき亜人に合図を送ると、ゴゴゴと重そうな音を立てて門が僅かに開いた。周囲の樹の上から、ハジメ達に視線が突き刺さっているのがわかる。人間が招かれているという事実に動揺を隠せないようだ。アルフレリックがいなければ、ギルがいても一悶着あったかもしれない。おそらく、その辺りも予測して長老自ら出てきたのだろう。

 

 門をくぐると、そこは別世界だった。直径数十メートル級の巨大な樹が乱立しており、その樹の中に住居があるようで、ランプの明かりが樹の幹に空いた窓と思しき場所から溢れている。人が優に数十人規模で渡れるであろう極太の樹の枝が絡み合い空中回廊を形成している。樹の蔓と重なり、滑車を利用したエレベーターのような物や樹と樹の間を縫う様に設置された木製の巨大な空中水路まであるようだ。樹の高さはどれも二十階くらいありそうである。

 

 その美しい街並みに見蕩れて驚愕するハジメ達。思わず足を止めていたらしく、気づくとゴホンッと咳払いが聞こえた。アルフレリックが正気に戻してくれたようだ。

 

「ふふ、どうやら我らの故郷、フェアベルゲンを気に入ってくれたようだな」

 

 アルフレリックの表情が嬉しげに緩んでいる。周囲の亜人達やハウリア族の者達も、どこか得意げな表情だ。ハジメは、そんな彼等の様子を見つつ、素直に称賛した。

 

「うん……こんな綺麗な場所、初めて見た」

「僕もだ。なんというか……自然と一体化した、いい街だと思う、本当に」

「ん……綺麗」

 

 掛け値なしのストレートな称賛に、流石に、そこまで褒められるとは思っていなかったのか少し驚いた様子の亜人達。だが、やはり故郷を褒められたのが嬉しいのか、皆、ふんっとそっぽを向きながらもケモミミや尻尾を勢いよく揺れていた。

 

 ハジメ達は、フェアベルゲンの住人に好奇と忌避、あるいは困惑と憎悪といった様々な視線を向けられながら、アルフレリックが用意した場所に向かった。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

「……なるほど。試練に神代魔法、それに神の盤上か……」

 

 現在、ハジメ達三人は、アルフレリックと向かい合って話をしていた。内容は、オスカー・オルクスに聞いた“解放者”のことや神代魔法のこと、自分が異世界の人間であり七大迷宮を攻略すれば故郷へ帰るための神代魔法が手に入るかもしれないこと等だ。

 

 アルフレリックは、この世界の神の話を聞いても顔色を変えたりはしなかった。不思議に思ってハジメが尋ねると、「この世界は亜人族に優しくはない、今更だ」という答えが返ってきた。神が狂っていようがいまいが、亜人族の現状は変わらないということらしい。聖教教会の権威もないこの場所では信仰心もないようだ。あるとすれば自然への感謝の念だけだという。

 

 ハジメ達の話を聞いたアルフレリックは、フェアベルゲンの長老の座に就いた者に伝えられる掟を話した。それは、この樹海の地に七大迷宮を示す紋章を持つ者が現れたらそれがどのような者であれ敵対しないこと、そして、その者を気に入ったのなら望む場所に連れて行くことという何とも抽象的な口伝だった。

 

 ハルツィナ樹海の大迷宮の創始者であるリューティリス・ハルツィナが、自分が“解放者”という存在であることと、仲間の名前と共に伝えたものなのだという。しかしどうやら、“解放者”の意味は伝えてなかったらしい。

 フェアベルゲンという国ができる前からこの地に住んでいた一族が延々と伝えてきたのだとか。最初の敵対せずというのは、大迷宮の試練を越えた者の実力が途轍もないことを知っているからこその忠告だ。

 そして、オルクスの指輪の紋章にアルフレリックが反応したのは、大樹の根元に七つの紋章が刻まれた石碑があり、その内の一つと同じだったからだそうだ。

 

「それで、僕は資格を持っている、ということか……」

 

 アルフレリックの説明により、人間を亜人族の本拠地に招き入れた理由がわかった。しかし、全ての亜人族がそんな事情を知っているわけではないはずなので、今後の話をする必要がある。

 ハジメとアルフレリックが、話を詰めようとしたその時、何やら階下が騒がしくなった。ハジメ達のいる場所は最上階にあたり、階下にはハウリア族が待機している。どうやら、ハウリア族が誰かと争っているようだ。ハジメとアルフレリックは顔を見合わせ、同時に立ち上がった。

 

 階下では、大柄な熊の亜人族や虎の亜人族、狐の亜人族、背中から羽を生やした亜人族、小さく毛むくじゃらのドワーフらしき亜人族が剣呑な眼差しで、ハウリア族を睨みつけていた。部屋の隅で縮こまり、カムが必死にシアを庇っている。シアもカムも頬が腫れている事から既に殴られた後のようだ。

 ハジメとユエが階段から降りてくると、彼等は一斉に鋭い視線を送った。熊の亜人が剣呑さを声に乗せて発言する。

 

「アルフレリック……貴様、どういうつもりだ。なぜ人間を招き入れた? こいつら兎人族もだ。忌み子にこの地を踏ませるなど……返答によっては、長老会議にて貴様に処分を下すことになるぞ」

 

 必死に激情を抑えているのだろう。拳を握りわなわなと震えている。やはり、亜人族にとって人間族は不倶戴天の敵なのだ。しかも、忌み子と彼女を匿った罪があるハウリア族まで招き入れた。熊の亜人だけでなく他の亜人達もアルフレリックを睨んでいる。

 

 しかし、アルフレリックはどこ吹く風といった様子だ。

 

「なに、口伝に従ったまでだ。お前達も各種族の長老の座にあるのだ。事情は理解できるはずだが?」

「何が口伝だ! そんなもの眉唾物ではないか! フェアベルゲン建国以来一度も実行されたことなどないではないか!」

「だから、今回が最初になるのだろう。それだけのことだ。お前達も長老なら口伝には従え。それが掟だ。我ら長老の座にあるものが掟を軽視してどうする」

「なら、こんな人間族の小僧が資格者だとでも言うのか! 敵対してはならない強者だと!」

「そうだ」

 

 あくまで淡々と返すアルフレリック。熊の亜人は信じられないという表情でアルフレリックを、そしてハジメを睨む。

 

フェアベルゲンには、種族的に能力の高い幾つかの各種族を代表する者が長老となり、長老会議という合議制の集会で国の方針などを決めるらしい。裁判的な判断も長老衆が行う。今、この場に集まっている亜人達が、どうやら当代の長老達らしい。だが、口伝に対する認識には差があるようだ。

 アルフレリックは、口伝を含む掟を重要視するタイプのようだが、他の長老達は少し違うのだろう。アルフレリックは森人族であり、亜人族の中でも特に長命種だ。二百年くらいが平均寿命だったとハジメは記憶している。だとすると、眼前の長老達とアルフレリックでは年齢が大分異なり、その分、価値観にも差があるのかもしれない。

 

 そんなわけで、アルフレリック以外の長老衆は、この場に人間族や罪人がいることに我慢ならないようだ。

 

「……ならば、今、この場で試してやろう!」

 

 いきり立った熊の亜人が突如、ハジメに向かって突進した。あまりに突然のことで周囲は反応できていない。アルフレリックも、まさかいきなり襲いかかるとは思っていなかったのか、驚愕に目を見開いている。

 そして、一瞬で間合いを詰め、身長二メートル半はある脂肪と筋肉の塊の様な男の豪腕が、ハジメに向かって振り下ろされた。

 

 亜人の中でも、熊人族は特に耐久力と腕力に優れた種族だ。その豪腕は、一撃で野太い樹をへし折る程で、種族代表ともなれば他と一線を画す破壊力を持っている。シア達ハウリア族と傍らのユエ以外の亜人達は、皆一様に、肉塊となったハジメを幻視した。

 

 しかし、次の瞬間には、有り得ない光景に凍りついた。

 

ズドンッ!

 

 衝撃音と共に振り下ろされた拳は、あっさりとハジメの左腕に掴み止められていたからだ。

 

「なっ……!?」

「……」

 

 あっさりと攻撃を止められたことには、熊の亜人も驚いているようだ。ハジメは熊人族の拳を無表情で握りながら言う。

 

「とりあえず、五歩後ろに下がって座ってください。あなたが知性の無い魔物でないのなら、それくらいできますよね?

 

 最後の一瞬だけ、ハジメは“威圧”を込めてそう言う。一秒にも満たない一瞬だったからこそ、対面する熊人族の中で恐怖はより増大した。

 熊人族は拳を納め、そしてアルフレリックの後ろに腰を下ろした。他の亜人族の長老に関しても、それに倣って座っていく。

 

 現在、当代の長老衆である熊人族のジン、虎人族のゼル、翼人族のマオ、狐人族のルア、土人族のグゼ、そして森人族のアルフレリックが、ハジメと向かい合って座っていた。ハジメの傍らには香織とユエ、カムにシアが座り、その後ろにハウリア族が固まって座っている。

 

 長老衆の表情は、アルフレリックを除いて緊張感で強ばっていた。戦闘力では一,二を争う程の手練だった熊の亜人の攻撃が、いとも容易く止められたのだから。

 

「さて、まずはお騒がせして申し訳ありませんでした。とりあえず……まずは情報共有をするべきでは? 僕達が説明するのもアレですし……アルフレリックさん、説明は頼みます」

 

 ハジメがそう頼むと、アルフレリックは今までの情報の要点を、他の長老達に説明した。人間のハジメが説明するよりも、こうして同じ亜人族に説明された方が、受け入れられやすいだろう。

 

 しばらくして、情報共有が終わったのか、再び長老達はハジメの方へ向く。

 

「情報共有は終わりましたか? では改めて……まず僕達の目的は、大樹まで行くことです。その案内を、兎人族……ああいや、ハウリア族の方々にしてもらうという契約をしています。ここまでは大丈夫ですか?」

「……それは不可能な話だな。そいつらは罪人。フェアベルゲンの掟に基づいて裁きを与える。何があって同道していたのか知らんが、ここでお別れだ。忌まわしき魔物の性質を持つ子とそれを匿った罪。フェアベルゲンを危険に晒したも同然なのだ。既に長老会議で処刑処分が下っている」

「その通りだ! そして我々が貴様らを案内する義理も無い! 口伝にも気に入らない相手を案内する必要はないとあるからな!」

 

 虎人族のゼルが口を挟むと、さらに熊人族のジンも攻撃的口調で案内しないと言い張る。どうやら彼らにとっては、ハジメが人間であるという理由だけで案内しないつもりらしい。

 

 彼らの言葉に、シアは泣きそうな表情で震え、カム達は一様に諦めたような表情をしている。この期に及んで、誰もシアを責めないのだから情の深さは折紙付きだ。

 

「長老様方! どうか、どうか一族だけはご寛恕を! どうか!」

「シア! 止めなさい! 皆、覚悟は出来ている。お前には何の落ち度もないのだ。そんな家族を見捨ててまで生きたいとは思わない。ハウリア族の皆で何度も何度も話し合って決めたことなのだ。お前が気に病む必要はない」

「でも、父様!」

 

 土下座しながら必死に寛恕を請うシアだったが、ゼルの言葉に容赦はなかった。

 

「既に決定したことだ。ハウリア族は全員処刑する。フェアベルゲンを謀らなければ忌み子の追放だけで済んだかもしれんのにな」

 

 ワッと泣き出すシア。それをカム達は優しく慰めた。長老会議で決定したというのは本当なのだろう。他の長老達も何も言わなかった。おそらく、忌み子であるということよりも、そのような危険因子をフェアベルゲンの傍に隠し続けたという事実が罪を重くしたのだろう。ハウリア族の家族を想う気持ちが事態の悪化を招いたとも言える。何とも皮肉な話だ。

 

「……アルフレリックさん、これは約束が違うのでは?」

「すまないな。ハウリア族の処刑は既に決まったことだ。実行しないわけにもゆくまい」

 

 アルフレリックもそう言っている。決定事項は覆らない、ということだろうか。

 しかしハジメにとっては、あまり好ましくないことである。ハウリア族に案内してもらう対価として、彼らの身の安全を確保するという契約をしていたのだから。

 

「……なら、処刑の期日を延長してください。具体的には、二週間後にしてもらいたい所ですね」

「何故人間の言葉に従わなければならん? 処刑はすぐに行う」

「なら、その処刑に賛同した長老方を全員殺すだけですね」

 

 そう言うと、ハジメは深呼吸をしながら立ち上がる。そして拳銃を無言で抜いて、先程ハジメに攻撃してきたジンの肩に向けて撃った。

 

ドパンッ!

 

「ぐぉっ……ォオ!?」

 

 流石に“纏雷”による電磁加速を行うとオーバーキルなのでしなかったが、しかし確実に、実弾を命中させた。

 

「……処刑を延期しろ。しないのであれば、最低でもここにいる長老六人は殺す

 

 静かに、だが明らかな殺意を持って、ハジメはそう宣言する。確かに顔は強張っており、確固たる意思の篭ったかのような視線を、長老の中のリーダー格であるアルフレリックに向けている。

 

「……本気かね」

「当然です。今更契約を反故するわけにもいかないので。僕はただ、契約期間の間……つまりはハウリア族の案内で大樹に到達するまで、処刑を延期してほしいというどけで。でも逆に言えば、それ以降であれば、ハウリア族を好きにして構わないわけです」

 

 このハジメの要求は、ハジメにとっても亜人族達にとっても利があるものだった。

 ハジメは決して、処刑を止めろとは言っていない。ただ処刑を延長しろと言っているだけだ。逆に言えば、延長期間が過ぎれば、殺しても構わないということになる。

 

 突然の攻撃に驚いていたためなのか、ハジメの言いたいことをすぐに飲み込んだ亜人族達は、互いに頷きすぐに了承をした。

 

「了解した。処刑の期日を延期することにしよう」

「なるほど、ありがとうございます。じゃあ香織」

「うん」

 

 ハジメが合図すると、香織はジンに回復魔法をかけた。ハジメ自身がつけた傷を、ハジメの合図で仲間が治したわけだ。

 

「……あっ。それと言い忘れていたことが一つ」

「何かね?」

「ああいや。これは別に要求でもなんでもないので、そんな身構えないでください」

 

 そうして、最後にハジメは忠告した。

 

「ハウリア族の処刑そのものは止めはしませんでしたが……そう簡単に処刑できるとは思わないでください」

「……どういうことだ?」

「これから、僕達がハウリア族を鍛えます。流石に彼らが簡単に死なれるのは、僕も嫌なので」

 

 ハウリア族を鍛える。そう言った瞬間、何人かの長老は立ち上がろうとするが、その前にハジメは続ける。

 

「別に難しい話ではないですよ? あなた達がハウリア族を倒せば処刑できる。逆にあなた達が負ければ……その時は知りませんが、まぁ処刑ができなくなる。ただそれだけの話です。まぁ、兎人族は弱いと下に見られているそうなので、あなた達なら余裕でしょうね」

 

 そうハジメが長老達に言うと、今度はハウリア族の方を向いて言う。

 

「じゃあ、明日から戦闘訓練するよ。強制……というわけではないけど、処刑されたくなかったら参加するように。それとシアは、僕達について行きたいのなら、香織とユエと戦って、強さを認めてもらうこと。いいね?」

「えっ……は、はい!」

 

 そうして、波乱の緊急長老会議は終了した。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 フェアベルゲンに用意されたハジメの部屋。そこに設置されたベッドの上には、ハジメだけでなく、香織やユエもいた。

 

「ハジメくん……大丈夫?」

「別にどこも怪我は無いけど」

「いや、体の問題じゃなくて……」

 

 香織はハジメの胸を撫でる。

 

「心の話。……苦しくない?」

「そりゃあ……苦しいよ。人間じゃないとはいっても、言葉が通じる種族と会話してるわけだから……」

「……なら、慰めてあげる」

 

 そうして今夜は、ハジメは香織とユエに慰められるのであった。




Alter ego様  ヨッシーアンドドラゴン様

評価していただき、ありがとうございます。しかもお二人共、限られた回数しかできない10点評価、感謝してもしきれません!


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生き残る唯一の道

「……結局全員来たのか」

 

 フェアベルゲンの外に簡易的な拠点を作ったハジメ達。そのしばらく後に、兎人族達がやってきた。その時のハジメの第一声がこれだ。拠点といっても、ハジメが分析して複製したフェアドレン水晶を使って、結界を張っただけのものだ。その中で切り株などに腰掛けながら、ウサミミ達はポカンとした表情を浮かべた。

 

「君達には、戦闘訓練を受けてもらう」

「え、えっと……ハジメさん。戦闘訓練というのは……」

 

 一族を代表してシアが尋ねる。

 

「そのままの意味。分かってるとは思うけど、僕達が兎人族を守るのは、大樹にたどり着くまでだ。その後は多分、君達は処刑される。……弱い限りは」

「ということは、強かったら……!」

「処刑はされないだろうね。単純な話、襲いかかってくる亜人族達を打ち倒すことができれば、処刑されないわけだから。だって、捕まえないと処刑できないでしょ?」

 

 兎人族は、亜人族の中でも直接戦闘においては弱い種族とされている。そんな兎人族の命を、他の亜人族が狙ってくる。この危機に対処するには、強くなるしかない。

 

「んで、ここまでは普通の兎人族のお話。次はシアの話だ」

「えっはい!」

「もう一度聞いとくけど、僕達についていきたいんだよね?」

「……はい」

「なら、香織とユエに認めてもらうことだ。認めてもらえたら、その時はパーティ加入を考えてもいい」

「本当ですか!?」

「もちろん。余程のことがない限りは、認めてもらえたら入れてあげるから安心して」

 

 訓練内容としては、シアに関しては香織とユエの二人とひたすらに模擬戦。そこで強さを磨き、二人に認めてもらうことを目標とする。

 他の兎人族に関しては、ハジメが訓練を行う。戦闘時の心構えから立ち回り方、簡単な武器の使い方まで、教えられることは一通り教えることにした。一応、対魔物の戦闘に特化するが、対人戦もできるようにする。

 

「そういうわけなので、頑張ってください。生き残りたいのなら」

「ですが、私達は兎人族です。虎人族や熊人族のような強靭な肉体も翼人族や土人族のように特殊な技能も持っていません……とても、そのような……」

 

 兎人族は弱いという常識がハジメの言葉に否定的な気持ちを生む。自分達は弱い、戦うことなどできない。どんなに足掻いてもハジメの言う様に強くなど成れるものか、と。

 

「あー、ハハハ……」

 

 そんなハウリア族達に対して、ハジメは乾いた笑いをあげる。

 

「僕も最初は弱かったよ。具体的に言うと、一般人と同等のステータスで、かつ戦闘技能が無かった」

「え?」

「つまりは、元々僕は君達よりも圧倒的に低い身体能力しか持ってなかったってことだ。技能的にも、直接戦闘には役に立たないものばかりだったから、本当に弱かったよ。ねぇ香織?」

「確かに、あの時はまともに戦闘できるステータスじゃなかったね」

 

 後ろから香織の援護もあったので、驚きつつも、ハウリア族の皆はハジメの言葉を信用できた。

 

「まぁつまり、身体能力が高い君達が、強くなれない道理は無いってことだ。技術を身に付けて体を鍛えれば、ちゃんと強くなっていくはずだ」

 

 ハジメは言った。ひたすらに努力して体を鍛え、長所を活かし、技術を磨けば、必ず強くなれると。

 

「まぁそういうわけだから、早速始めるぞ」

 

 ハジメの言葉に、ハウリア族は皆、覚悟を宿した表情で頷いた。こうして、ハウリア族の訓練は開始された。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 まずはじめに、シアを除いて、訓練に参加しているハウリア族は四十人だ。なのでハジメは、年齢や性別が上手くばらけるように五人ずつのグループを作らせ、リーダーを決めさせた。ちなみにだがリーダーは、グループで最も若い者である。

 そうして作った五人グループごとに、訓練を行った。体の鍛え方や武器の扱い方などは、互いに教え合うことができる環境を作ることで、上達を促した。

 

 と、このように、最初の方は順調だった。互いに互いを教え合うことがしやすい環境を作ったことで、技量はかなりの速度で上がったことだろう。

 

 ――しかし問題は、実戦になると起きた。

 

 武器の扱い関しては問題無い。ハウリア族、というか兎人族は、他の亜人族と比べるとそこまで腕力があるというわけではない。だが代わりに、俊敏性はかなりのものだと言ってもいい。

 その特性を活かすために、ハジメは特性の小太刀のような、比較的取り回しやすい武器を作って渡した。人工のアザンチウム鉱石を使っているため、よほど変な使い方でもしない限りは、刃こぼれすることはないだろう。

 

 一日目に基礎を教え、二日目から実戦に入った。

 

 こうして始まった実戦で、ハウリア族の一人が魔物の一体に小太刀を突き刺して絶命させる。

 

「ああ、どうか罪深い私を許しくれぇ~」

 

 それをなしたハウリア族の男が魔物に縋り付く。まるで互いに譲れぬ信念の果て親友を殺した男のようだ。

 

ブシュ!

 

 また一体魔物が切り裂かれて倒れ伏す。

 

「ごめんなさいっ! ごめんなさいっ! それでも私はやるしかないのぉ!」

 

 首を裂いた小太刀を両手で握り、わなわな震えるハウリア族の女。まるで狂愛の果て、愛した人をその手で殺めた女のようだ。

 

バキッ!

 

 瀕死の魔物が、最後の力で己を殺した相手に一矢報いる。体当たりによって吹き飛ばされたカムが、倒れながら自嘲気味に呟く。

 

「ふっ、これが刃を向けた私への罰というわけか……当然の結果だな……」

 

 その言葉に周囲のハウリア族が瞳に涙を浮かべ、悲痛な表情でカムへと叫ぶ。

 

「族長! そんなこと言わないで下さい! 罪深いのは皆一緒です!」

「そうです! いつか裁かれるときが来るとしても、それは今じゃない! 立って下さい! 族長!」

「僕達は、もう戻れぬ道に踏み込んでしまったんだ。族長、行けるところまで一緒に逝きましょうよ」

「お、お前達……そうだな。こんな所で立ち止まっている訳にはいかない。死んでしまった彼(小さなネズミっぽい魔物)のためにも、この死を乗り越えて私達は進もう!」

「「「「「族長!」」」」」

 

 いい雰囲気のカム達。それを見ていたハジメな大きなため息を吐く。

 

「おいおい。戦闘向きの性格じゃないことは最初から分かってたけどさぁ……もう少しまともに戦わないと、君達その内死ぬよ?」

 

 一応ハジメにも、ハウリア族達が頑張っているのは分かる。だがその性質故か、魔物を殺すたびに訳のわからないドラマが生まれるのだ。この二日、何度も見られた光景であり、ハジメもまた何度かやんわりと注意しているのだが一向に直らない事から、いい加減注意をするのも億劫になってきていた。

 だからといって放置して死なせてしまうのも、ハジメは嫌だった。なんとかして彼らの思考を変えたいと思ってはいるのだが……それが難しいということだ。

 

「う~ん……」

「どうしましたかハジメ殿? あとこれ……今日のノルマ分です」

「……あんな風だけど、一応は魔物を倒せてるんだな」

 

 ハジメは対魔物の訓練を始めてから、各グループにノルマというものを用意している。ノルマといっても、魔物をどれだけ倒すといった、そこまで難しくない内容だ。

 ちなみに、これを達成しない限りは、食事を食べることができない。ハジメが食べさせない。なのでノルマを達成せざるを得ないということだ。

 

「あっそうだ。今ってさ、みんな集まってるよね?」

「はい!」

 

 ちょうど今は、ノルマの魔物をハジメの所に持ってきていた所なので、訓練に参加しているハウリア族は全員集まっている。それを見て、ハジメはあることを宣言した。

 

「とりあえず、この二日間訓練を見てきたけど、全員それなりに技術は身に付いてるようだね。というわけで、今回はその訓練の成果を確認するテストを行うことにする」

「テスト……ですか?」

 

 ハジメは一つ、ハウリア族の実力を測るテストというものをすることにした。

 

「そう。君達の実力なら、ある程度頑張れば達成できるレベルにしてあるから安心してほしい。ただその代わり、テストに落ちたらペナルティがあるから、そこは気をつけてね」

「ペナルティ……?」

「まぁ簡単に言えば罰だね。といっても、別に君達に暴力をふるうとか、そういうことは無いから安心して。そんなことしちゃったら、訓練できなくなるし」

 

 ペナルティの内容に関しては秘密だと言って、ハジメはテストの説明を終えた。

 

「じゃあそういうわけで。休憩が終わったら、一グループずつテストしていくよ。僕はちょっとやるべきことがあるからこの場を離れるけど、みんな頑張ってね」

 

 そうして休憩が終わった後、テストが始まった。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 ハウリア族にテストをさせている間に、ハジメはシアが訓練している場に向かった。そこにはシアと、彼女に訓練をつけている香織とユエもいた。どうやら今は休憩中のようで、三人とも切り株に座って休んでいる。

 

「訓練の調子はどう?」

「う~ん、割といい感じだよ? シアちゃんもかなり強くなってきてるし」

「ん……特に身体強化に特化してる。正直、化物レベル」

「ああ〜、確かになぁ」

 

 今までに何度か、ハジメはこの三人の訓練を見にきていたのだが、その時のシアの動きは中々のものだった。兎人族としての俊敏性があり、かつ身体強化の倍率が凄まじいのか、パワーもある。

 

「でも私、まだお二人に全然勝てないですよぉ」

「そりゃまぁ、そう簡単に勝てるわけないだろ、って話だ。いやむしろ、シアはかなり善戦してる方だと思うよ?」

「そう、ですか……?」

「うんうん。まぁこれからも頑張って」

 

 そう言ってハジメは去ろうとしたのだが、ここでハジメは、本来の目的を思い出した。

 

「あっそうだシア」

「えっ、どうしましたか?」

「ちょっと手伝ってほしいことがあるから、こっち側の訓練に来てほしい」

「……? 分かりました。でも何を手伝えばいいんですか?」

「それは今から話すから。ということで香織、ユエ。ちょっとシアを借りるよ」

 

 こうしてハジメはシアを連れ、他のハウリア族が訓練している場に戻った。もちろんその間に、シアに手伝うことに関する説明も行った。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 そうしてハウリア族の訓練に戻ったハジメは、彼らのテストの集計をしていた。

 

「なるほどなぁ。八グループ中、不合格は六グループか」

 

 今回のテストで合格したのは、第三グループと第八グループだ。それ以外のグループは不合格だ。

 ちなみにテストの内容は、三十分以内に魔物を五体倒してくること、というものだ。別段難しくも何ともない内容である。それにも関わらず、大半のグループは不合格となった。

 

「そ、それで……罰の内容は……」

 

 カムが震えながら尋ねる。ちなみにカムのいるグループは第三グループ、つまりは合格のグループだ。おそらくは、罰を受ける家族のことを心配しているのだろう。

 

「まぁまぁ安心して」

 

 そう言いつつも、ハジメはゆっくりと手元で銃をいじっている。ただその銃は、普段使っているものとは違い、銃身には英語で『PAINT』と、赤く書かれていた。もちろん英語なんて読めないハウリア族には、その意味は分かるわけがない。

 ちなみにだが、シアはハジメから一メートルほど離れた場所に座っており、しばしば挙動不審に陥っている。

 

「それにしても六グループかぁ……」

 

 ハジメはゆっくりと弾丸を装填していく。装填数は、合計六発。ちょうど不合格になったグループと同じ数だ。

 

「じゃあ、ペナルティを執行するね。シア、ちょっと立って」

「あっ、はい――」

 

ドパンッ!

 

 シアが立ち上がったその瞬間、赤い鉄臭い匂いのする液体が、シアの周りに飛び散る。ハジメが、シアの胸に弾丸を撃ったのだ。

 もちろん銃撃を受けたシアが無事なわけもなく、シアは胸を抑えてその場に倒れた。

 

「はい、これで第一グループのペナルティは終了。残りは五発――」

「なっ、何をするんですかハジメ殿! シアは何もしていない!」

 

 そんなことをしていると、カムが口を挟んでくる。当然だろう、なんせシアが大量の赤い液体を流しているのだから。

 しかしその反応は織り込み済みなのか、ハジメはスラスラとカムに、動揺しているハウリア族に向けて言う。

 

「ああ、確かにシアは何もしてないね。でもさ、君達がちゃんとテストに合格すれば、こうはならなかったんまよ? つまり、合格しなかった君達が悪い」

「でもどうして……! やる――」

「やるなら私達に? でもそんなことしたら、怪我しちゃうでしょ? 最初にそういうことはしないって、宣言しちゃったし。それに怪我されたら、今後の訓練ができなくなる可能性があるし」

 

 ハジメの言葉に、ハウリア族は黙り込み、俯く。彼らは彼ら自身を責め続けた。自分達のせいで、無関係な大切な家族であるシアを傷つけることになったと。

 

「さて、残り五発残ってるからさ。悪いねシア。でも恨むなら、テストに合格しなかったハウリアの仲間達にしてくれよ?」

 

 そう言いながら、ハジメはシアに銃弾を放つ。しかもある程度間隔を開けながら、可能な限り苦痛を感じさせるように。

 一発撃ち込むごとに、シアはあまりの苦痛に身悶える。体をくねらせ、顔を歪ませる。しかし六発撃ち込んでも、シアは苦しみはしていても、死にはしなかった。

 

「……マジか。流石に死ぬと思ってたけど、六発を耐えやがった」

 

 これには流石に、ハジメもわずかに驚いていた。しかしすぐに、ハジメは絶望顔のハウリア族の方へ向く。

 

「さてと、じゃあ新たなノルマだ。一つのグループにつき、魔物を三十体倒して持ってくること。ちなみに一グループでも達成できなかったら、今度はチームのリーダーを全員殺すから、よろしく」

「な、何故……」

「何故って、だって君達の態度、こうでもしないと直らなさそうだったから」

 

 そうハジメはあっさり言い切る。ハウリア族は誰も言い返せなかった。

 

「ああそれと」

 

 そんなハジメの言葉に、ビクリとハウリア族は震える。

 

「第三グループと第八グループが、他のグループにノルマの魔物を受け渡してることは知ってるからね? 今後同じことやったら、受け取ったグループの奴等は皆殺しだから

「は、はいぃぃぃ! 申し訳ありません! 二度としませんから許してください!」

「じゃあさっさと魔物を殺してこい。ちなみに制限時間は一時間だ」

「「「「分かりました!!」」」」

 

 恐怖に怯えながら、ハウリア族は樹海に走り去っていき、最後にはハジメと倒れたシアだけとなった。

 

「……っと。シア、悪いけどその汚れは自分で洗い流しといてほしい」

「分かりましたぁ。それと……演技はどうでしたか?」

「普通によかったと思うよ」

 

 シアはゆっくりと立ち上がりながら、ハジメと会話をする。痛がる様子など一切無い。

 そう、今までのはすべて演技だったのだ。ハジメが撃ったのも、単なるペイント弾で、着弾した場所に血の匂いのする赤い液体をばらまくだけのものだった。

 それを事前に教えてもらっていたシアは、痛がるふりをして、ハウリア族を騙しきったわけだ。実際はペイント弾なので、怪我一つしていないが。

 

「それじゃあ、これ洗い流してきますね」

「ん。それと訓練も頑張ってね」

 

 そうして軽く手をふると、シアは他のハウリア族とは逆方向に去っていった。




有名人ヲタク様  さばたつ様

評価していただき、本当にありがとうございます。


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シアの大勝負

ついに大学のテストが終わりました。なんか不可とってそうで怖いです。そういうわけで投稿再開します。


ズガンッ! ドギャッ! バキッバキッバキッ! ドグシャッ!

 

 樹海の中、凄まじい破壊音が響く。野太い樹が幾本も半ばから折られ、地面には隕石でも落下したかのようなクレーターがあちこちに出来上がっており、更には、燃えて炭化した樹や氷漬けになっている樹まであった。

 この多大な自然破壊は、たった三人の女の子によってもたらされた。そして、その破壊活動は現在進行形で続いている。

 

 とはいえ、その内の一人は既にダウンしているのだが。シアによって倒されたユエだ。

 

「……がんばれー」

 

 率直に言うと、シアはおかしいくらいに強かった。未来視能力の他に、彼女は魔力を使うことで身体能力を強化することができるのだが、その倍率が凄まじく、ユエ曰く、強化してないハジメの六割くらいなのだという。訓練を始めて数日の段階でもうこれだ、化け物と言う他ない。

 

 だがシアは、ユエはともかくとして、香織にはかなりの苦戦を強いられていた。というか香織に関しては、今までに何度も戦って、一度も勝つことができなかった。

 ユエの場合は、多彩な魔法を使えるとはいえど、根本にある戦闘スタイルは『高火力魔法によるゴリ押し』である。ゴリ押しを通すために頭を使うということはあれど、ゴリ押しとは別の戦術を取ることはあまりしない。なので一応、勝てる時は簡単に勝てた。

 対する香織は、ゴリ押しをあまり行わない、というか行えない。攻撃系の魔法は光属性しかまともに使えないため、攻撃系での対応力が低いからだ。しかし光属性の魔法は様々な種類がある。拘束魔法や強化魔法の一部、さらには結界魔法も光属性にあたる。故に、どちらかというと搦め手に長けている。

 

 この搦め手を使ってくる相手が、シアは何よりも苦手だった。シアの基本戦術はユエと似ており、超高火力によるゴリ押しだ。その手段が魔法から近接物理攻撃に変わっただけで。

 しかし香織にゴリ押しは効きにくい。しかも近接戦闘でのゴリ押しは尚更だ。故にシアはどうしても頭を使う必要があったのだが、それが中々に難しいのだ。そこからシアが導き出したのは……

 

「“光糸”」

 

 香織は周囲に、蜘蛛の糸のような細かい線を張り巡らせる。単純に動きを阻害する硬い糸ではあるが、糸だからと侮るなかれ。一度触れるか壊すかすれば即座にトラップが発動し、そこからさらに連鎖的にトラップが発動していく。その先にあるのは敗北だ。

 シアも幾度となくこれに苦しめられた。本来なら回避するべきなのだが、回避したらしたで、香織がさらに“光糸”を増やしていくのでどうしようもない。故にシアがとった行動は……

 

「でぇやぁああ!!」

 

 糸を破壊することだった。シアの持つ巨大な槌が起動し、周囲に衝撃を放つ。同時に周囲の糸は全て破壊されていった。

 

 今回のトラップは、太い光の糸による拘束と、光の柱による攻撃。糸が破壊された後のコンマ数秒で、静かに効果が発動する。

 

「ハァッ!」

 

 しかし無駄だ。シアはバランスモードからスピードモードに変える。とはいえど、これは身体強化による強化の比率を、バランス型から敏捷特化型へ変えるだけだ。

 

「……! 全てかわして……!」

 

 兎人族特有の高い敏捷性と、高過ぎる身体強化倍率を合わせた速度は恐ろしいものだった。外で見ているユエですら、シアの残像を認識するのがやっと。そんな速度なのだから、トラップが発動するまでのラグの時間だけで、危険域から脱出してしまった。

 

 シアは結論付けたのだ。

 

「ゴリ押しが効かないから! 今までよりも強い力でゴリ押しすればいいだけです!」

 

 結局の所、ゴリ押しなのだ。これまでは全体的にステータスを上げて殴っていたが、今は違う。一点集中で相手を圧倒し、隙を作り、最後にフルパワーで殴る。それだけ。

 

「これで、終わりですぅ!」

 

 香織に接近し、シアは巨大な槌を振りかぶる。そして振り下ろすまでが敏捷特化で、そこからは筋力特化へ。シアの速度と自然の重力で加速した槌を、フルパワーで香織に叩きつけた。

 

ズゴォォォォオン……

 

 おぞましい破砕音と衝撃。それと共に舞う土煙と天然の霧。だんだんと視界が晴れていくとそこには、香織が倒れて気絶していた。怪我は……わずかに頭から血が出ているようだが、その程度である。流石は魔物肉での強化と言うべきか。

 

「う〜……いたたたた……負けちゃったかぁ」

 

 だが即座に気絶から立ち直る香織。いくら強くとも、流石に初見殺しをされたら勝てない。

 

「……私、勝ったんだよね?」

 

 しかし、当の本人であるシアは困惑していた。まさかここまで上手くいくとは、とでも思っているのだろう。香織に負けまくったせいで。

 

「うん。シアちゃん、よく頑張ったね」

「やったぁ! 勝ちました、ついに勝ちましたよぉ! 今まで香織さんに負けて四十三回目! ついに、ついにですよぅ!!」

 

 シアは飛び跳ねて大喜びする。今まで負け続けていたからこそ、勝ったときのカタルシスは凄まじいものになったのだろう。

 

「とにかく! これで私を旅に連れてってくれますよね!?」

「……それはハジメが決めること」

「そうだね。でも多分大丈夫だよ。私達に勝っちゃったわけだし」

 

 ハジメは最初、シアに「旅についていきたいのなら、香織とユエと戦って、強さを認めてもらうこと」と言った。具体的にどうすればいいのかは言わなかったが、一度でも二人を倒せは、ハジメは認めてくれるだろう。

 

 そろそろ、ハジメのハウリア族への訓練も終わる頃だ。上機嫌なシアは、香織とユエと並んでハジメ達がいるであろう場所へ向かうのだった。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 三人がハジメのもとへ到着したとき、ハジメは巨大な金属製の槌のような何かを作っているところだった。槌のような、という表現をしたのは、それが直径四十センチ長さ五十センチ程の円柱状の物体であり、見た感じでは槌に見えないものだったからだ。

 作業をしていたハジメは、やって来た三人に気づくと、そちらに軽く手を降った。

 

「おっ、そっちの訓練は終わったか?」

「はい! ハジメさんハジメさん、聞いてください! 私、ついに香織さんを倒しましたよ! 大勝利ですよ! ほんっと、四十回も負け続けて辛かったですよぉもぅ!」

「おぉ、マジか。近接戦闘で香織を倒したのか……」

 

 これにはハジメも驚いていた。そもそもの話、近接主体のシアと、魔法主体の香織とユエは相性が悪く、どうあがいてもシアが不利になってしまう。特に香織に関しては、その戦闘スタイル上、シアと不利なのは明白であった。

 そんな中、何十回と負けてはいたようだが、なんとか香織に勝利することができた。これは評価して、認めなければならない点だろう。

 

「これで!」

「うおっ!?」

 

 シアはさらにハジメに詰め寄る。

 

「私を仲間に入れてくれますよね!?」

「……もちろん。ユエだけじゃなく、香織にも勝ったんだ、何も文句は無いよ」

「……! ハジメさん、本当にありがとうございます! これからも一生懸命に頑張るので、よろしくお願いします!!」

 

 シアはハジメに向けて、元気にそう言った。

 

「おうおう。それとシア、ちょっとここで待ってて。今最終調整中だから」

「へ?」

 

 するとハジメは、今までいじっていた槌のようなものをガチャガチャと操作し始めた。そして数分後、全ての調整やテストが完了したのか、小さく息を吐く。

 

「よし。はいシア、これ」

「へ? なんですかこれ?」

「仲間になったってことで。ちょっとした記念品みたいなものだ」

「えっ、ウソ!? ありがとうござ……って重っ! あのハジメさん、なんですかこれ!?」

「武器」

 

 ハジメは淡白にそう言い、機能の簡単な説明を始めた。どうやらこの武器には様々な機能が搭載されているようで、魔力を流す部位によって、それら機能の起動を行えるのだとか。

 実際にシアが魔力を流して動かしてみると、ガチャンガチャンと変形していった。これにはシアも大興奮で、ハジメに何度もお礼を言っていた。

 

「……ああそうだ。シア、一つ聞きたいんだけど。何で旅についていきたいだなんて言い出したんだ?」

「え? えっと、それはぁ…………」

 

 何やら急にモジモジし始めるシア。指先をツンツンしながら頬を染めて上目遣いでハジメをチラチラと見る。それを何度か繰り返した後に、シアは深呼吸をして、勢いよく言った。

 

「ハジメさんのことが好きなんです!」

「……はぁ?」

 

 ハジメは思わず目を丸めて声を上げた。そして数秒してまた、困惑の声を上げる。

 

「いや、え? あの、シア……僕のどこを好きになったんだ? 自分で言うのもアレだけどさ、僕そこまで大層な人間じゃないよ?」

「そんなことありません! ハジメさんは優しくて仲間思いで、私達のことを助けてくれたじゃないですか! そりゃあたまには厳しいこともありましたけど、でもそれがむしろ私達を大事に思ってくれるってことですよね? ハジメさんは本当に凄いんです、大好きなんです!」

 

 顔を真っ赤にしながら叫ぶシア。そしてそれを聞いて色々と困惑するハジメ。

 

「えぇ……でも、流石に想いには答えられないよ? だって――」

「でもハジメさん、香織さんともユエちゃんとも付き合ってるじゃないですか! 今更二人も三人も変わりませんよ!」

「……いや、ダメ……なのは前からか。でもさぁ、シアはともかく、香織とユエはいいの?」

「うん。私がハジメくんの一番だからね」

「私は……ハジメの側にいられればそれでいい」

 

 今までは、これはハーレムだ、こんな常識外れなことをしてもいいのかと、そう思っていた。だが流石にここまで言われると、吹っ切れるものだ。

 

「ああもう分かったよ!」

 

 そういうわけで、ハジメは開き直ることにした。ハーレムは悪くないと。そしてシアは大喜びした。




ああああえあ様  ボス猿様

評価していただき、ありがとうございます。これからもよろしくお願いします。


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ケツイ

なんか投稿がめっちゃ遅れた気がしましたが、私は元気です。暑いですが頑張っていきます。


「……そういえば、このハンマーの名前って何ですか?」

 

 パーティ入りが決まったシアは、ハジメから貰った大槌を見て尋ねてくる。

 

「いや、特に決めてないよ。まぁ好きに決めちゃって。よほど変なのじゃなかったらなんでもいいから」

「ふーん……じゃあ『シルバーイ――」

「却下」

「えええええええ!?」

 

 武器に名前を付けようとしたシアだったが、嫌な予感がしたハジメは即座に武器の名前を却下した。

 

「なんかダサそうだったし……」

「ダサそうってなんですかダサそうって!」

「そのままの意味だけど? まぁ代わりに僕が名前付けるわ」

 

 そう言ったハジメは、数秒考えた後に『ドリュッケン』と口にした。

 

「ハイ決まり。この武器は『ドリュッケン』な」

「ちょっ、ちょっと香織さん、ユエちゃん! 私のとハジメさんの、どっちがセンスありそうですか!?」

「えぇ……ハジメくんじゃない?」

「ん」

「うそぉ……」

 

 こういう経緯があり、シアの大槌の名前は『ドリュッケン』となった。ハジメもその言葉の意味はよく分かってない。なんせ数秒で思いついたものなのだから。

 

 それはともかくとして。ハジメはついでに他の武器にも名前をつけることにした。今までは付ける必要性を感じなかったので名付けなかったが、せっかくの機会に付けてやろうと思ったのだ。

 そしてこちらも、数秒で思いついた名前を付けた。よく使っている拳銃は『ドンナー』で、対物レールガンは『シュラーゲン』と名付けた。まぁ、武器を名前で呼ぶなんてことは無いだろうが。

 

「ま、いいや。そろそろ戻ってくる頃かな?」

 

 こんなことをしていたが、ハジメはハウリア族の訓練を見ている。そして今までの傾向的に、そろそろ戻ってくるであろうと予測した。

 その予測通り、ハウリア族はノルマの魔物の討伐を証明する部位を片手に戻ってきた。よく見れば、その内の一人はカムだ。

 

 シアは久しぶりに再会した家族に頬を綻ばせる。いや、時間的にはそこまで経っていないのだが、シアの方の訓練がとんでもなく濃密だったので、そう錯覚してしまったのだ。

 早速、父親であるカムに話しかけようとするシア。報告したいことが山ほどあるのだ。しかし、シアは話しかける寸前で、発しようとした言葉を呑み込んだ。カム達が発する雰囲気が、なんとなく、ほんの少しだけ、以前と違うような気がしたからだ。

 

「ハジメ殿、ノルマの魔物を倒してきました」

「おお、やればできるじゃん」

 

 言動はそれなりに普通だ。今までは魔物どころか、植物すら踏まないように心掛けていたハウリア族の皆が、シアの目にはなんとなく勇ましい感じに映った。

 カム達は、この樹海に生息する魔物の中でも上位に位置する魔物の牙やら爪やらをバラバラと取り出した。それを見てハジメは尋ねる。

 

「……ん? なんか魔物の数、多くない?」

 

 ハジメの課したノルマはそれなりに多いが、しかしその倍近くの素材を持ち帰ってきていたのだ。別にノルマ以上の魔物を倒すなとは言っていないが、これはどういうことかと尋ねた。

 

「ここへ戻る途中に襲ってきたので、全て倒しておきました!」

「ああなるほど。ならまぁいいや」

 

 そんなやり取りを、当たり前のようにしている。確かシアが以前少しだけ聞いた話だと、魔物を倒すだけでも悲鳴を上げていたほどだとか。

 

「……なんか、スゴい勇ましくなってる」

 

 シアは一言そう呟くと、それに反応したのか、カムが彼女の方を向く。表情は温厚そうだ。

 

「そうかな? いや、そうかもしれない。ハジメ殿の訓練で、私達はある気付きを得たからな」

「気付き?」

 

 単に疑問だったので尋ねてみるシア。今までは温厚すぎて、戦うことすら拒絶するようなハウリア族の仲間がどうなったのか……。

 

「戦わなければ、生き残ることはできない。大切なものを守ることもできない」

「え? ……いや、本当に父様ですか? 今まで戦うことすら拒絶してた人とは思えないんですが……」

「ああ、一応本物だよ。皆が戦闘に向かなすぎる性格だったから『ノルマ達成しなきゃ殺す』って脅してやったら、まぁいい感じに戦えるようになった」

 

 ハジメが平然と『殺す』と口にした点。シアはここに突っかかった。

 

「……もし、ノルマ達成しなかったら?」

「さっき言ったでしょ? 心を鬼にして殺すよ。もちろん全員ってわけじゃないけど。もし死んだら、その時は真面目に訓練しなかった奴等が悪いだけだ」

 

 運が良かったのは、一度目の脅し――シアをペイント弾で撃った際に、恐怖を植え付けることに成功したことだろう。成功したからこそ、一切の不正を行うことなく、ちゃんと訓練を行うようになった。そして死人が出ることもなかった。

 ちなみにだが、最初は小太刀による奇襲戦法を鍛えさせていたが、ここ最近では、兎人族の索敵能力を活かして、遠距離からの攻撃の訓練もしている。こちらは年寄りや子供を中心に教えている。

 

 ある程度好戦的になった家族を見て、シアはわずかに微笑んだ。少しだけ以前とは変わったとはいえ……確かに強くなっているのが分かるからだ。強くなれば、家族が死ぬこともなくなる。家族を守るために戦う家族達が、なんかカッコよく見えていた。

 

 そんな中、一人のハウリア族の少年がハジメの目の前にやって来た。その肩には大型のクロスボウが担がれており、腰には二本のナイフとスリングショットらしき武器が装着されている。

 

「ハジメさん! 重要な報告があります!」

「報告? 何があったんだい?」

 

 重要と言われたら、聞かなければならないだろう。ハジメは耳を傾ける。

 

「武装した熊人族の集団を発見しました。場所は大樹へのルートに。多分僕たちに対する待ち伏せ……だと思います」

「はぁ〜……ああ、熊人族といえばあの……」

 

 ハジメは思い出す。長老会議の時、襲いかかってきた熊人族の長老のことを。おそらくは、種族の性質的にかなり血気盛んのだろう。だからこそ、こういう行動を取ったわけで。

 詳しく聞いてみると、その熊人族の長老がリーダーをしているらしく、数は二十程度のようだ。今までのハウリア族達であればまず太刀打ちできない相手だが……。

 

 ハジメは集まってきたハウリア族達に尋ねる。

 

「それで、どうするの? ぶっちゃけこれに関しては、君達の判断に任せるけど……」

 

 すると一族の長であるカムが、わずかに考えた後に口を開く。

 

「戦うぞ。ここで勝てば、私達は全員で生き残ることができる……!」

「まぁそうだね。ちょうど熊人族の長老もいるみたいだし、全員倒してから交渉すれば、いい感じの条件を突きつけることも可能かもしれない」

 

 こういう対人戦闘というのは、何も殺すだけじゃない。交渉の手段にもなり得る。武力というのは、持っているだけで敵を牽制することができるのだ。

 今回の場合は、敵を倒してからの交渉だ。倒すことさえできれば、どんな無茶な交渉であろうと、通すことができるだろう。なんせ事前に倒しているので、交渉相手の生殺与奪の権利を握っているも同然なのだから。

 

「……できるんだね? 基本的に僕は助けに入らないつもりだから、失敗したら、まぁ確実に死ぬよ?」

「もちろん……皆も、大丈夫だな?」

 

 カムは後ろのハウリア族の家族にも尋ねるが、全員が静かに頷いていた。この訓練で、かなりの自信がついているように見える。そしてカムは、大きな声で皆に発破をかける。

 

「さぁ戦うぞ! 相手は熊人族の集団! 今までの私達なら逃げるしかできなかった相手だが、今は違う! ハジメ殿に鍛えられた私達なら、必ず倒すことができるはずだ! 敵を倒して、そして生き残るぞ!」

「「「おおおおおおおおおおおお!!」」」

 

 号令に凄まじい気迫を以て返し、ハウリア族達。彼らは団結して、生き残るために戦うことを決意した。そんな様子を横から見ていたシアは、大きな声で言った。

 

「やっぱりなんかおかしいよ! だって今までの家族じゃないもん!」

「でもまぁ、いいんじゃない? 戦闘狂ってわけじゃあないんだし」

「うぅ〜〜……まぁ確かに、この様子だったら生き残れそうではあるけどぉ……」

 

 めちゃくちゃに変化したというわけではないにしろ、変化はしている。それに戸惑うシアであった。




九龍ビルダー様

評価していただき、ありがとうございました。


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大樹の秘密

「なんなんだ……どうなっているんだこれは!」

 

 熊人族の長老であるジンは堪らず絶叫を上げていた。なぜなら、彼の目には亜人族の中でも底辺という評価を受けている兎人族が、最強種の一角に数えられる程戦闘に長けた自分達熊人族を蹂躙しているという有り得ない光景が広がっていたからだ。

 

「戦え! 家族を守るために!」

「オオオオオ! 敵は全員かかってこい!」

「一人は家族のために! 家族は一人のために!」

 

 ハウリア族の雄叫びが響き渡り、致命の斬撃が無数に振るわれる。そこには温和で平和的、争いが何より苦手な兎人族の面影は皆無だった。必死に応戦する熊人族達は動揺もあらわに叫び返した。

 

「ちくしょう! 何なんだよ! 誰だよお前等!!」

「こんなの兎人族じゃないだろっ!」

「うわぁああ! 来るなっ! 来るなぁあ!」

 

 奇襲しようとしていた相手に逆に奇襲されたこと、亜人族の中でも格下のはずの兎人族のあり得ない強さ、どこからともなく飛来する正確無比な弓や石、認識を狂わせる巧みな気配の断ち方に高度な連携。その全てが激しい動揺を生み、スペックで上回っているはずの熊人族に窮地を与えていた。

 

 実際、単純に一対一で戦ったのなら兎人族が熊人族に敵うことはまずないだろう。だがこの十日間、ハウリア族は、失敗したら家族の誰かが死ぬという脅しの下で特訓を行っていた。そのため、戦いが苦手な元来の性質を克服したのだ。

 また、ハウリア族の弱さはその性格によるものだ。筋力という面では身体能力は低いといえるが、敏捷性等の面では身体能力はかなり高いといえる。敏捷性と索敵能力という長所を活かしたゲリラ戦法は、腕っぷしを利用した真っ向勝負を得意とする熊人族には非常に有効だった。

 

 単純に、武器も強力だ。全員が常備している小太刀二刀は、精密錬成の練習過程から生まれたもので、極薄の刃は軽く触れるだけで皮膚を裂く。タウル鉱石を使っているので衝撃にも強い。同様の投擲用ナイフも配備されている。

 他にも、一部のハウリア族にはスリングショットやクロスボウを持たせていたりもする。持っているのは、主に子供や年寄りだ。高い索敵能力を活かした霧の向こう側からの狙撃は、脅威と言う他ない。

 

「……! 命中」

 

 遠くから射出された矢が、またしても熊人族の一人を撃ち抜いた。どこからか小さな声で、命中を喜ぶ声も聞こえた。

 

 そんなわけで、パニック状態に陥っている熊人族では今のハウリア族に抗することなど出来る訳もなく、瞬く間にその数を減らし、既に当初の半分近くまで討ち取られていた。

 

「ジン殿! このままではっ!」

「一度撤退を!」

「殿は私が務めっグォぉ!?」

「トントォ!?」

 

 一時撤退を進言してくる部下だが、何人もが半殺しにされて腸が煮えくり返っていることから逡巡するジン。その判断の遅さをハウリアのスナイパーは逃さない。殿を申し出て再度撤退を進言しようとしたトントと呼ばれた部下のこめかみを正確無比の矢が貫いた。

 

 それに動揺して陣形が乱れるジン達。それを好機と見てカム達が一斉に襲いかかった。

 

 だがそれも本命ではなかったのか、突然、背後から気配が現れ致命の一撃を放たれる。ハウリア達は、そのように連携と気配の強弱を利用してジン達を翻弄した。ジン達は戦慄する。――これがあの弱々しい兎人族なのか、と。

 

 しばらく抗戦は続けたものの、混乱から立ち直る前にジン達は満身創痍となり武器を支えに何とか立っている状態だ。連携と絶妙な援護射撃を利用した波状攻撃に休む間もなく、全員が肩で息をしている。一箇所に固まり大木を背後にして追い込まれたジン達をカム達が取り囲む。

 

「さて……ここで交渉を行いたい」

 

 こうして優位に立ったところで、カムが交渉を持ちかけた。

 

「交渉に応じなければ、ジンを除いた全員を殺す。応じるのであれば、これ以上の殺し合いはしない。さぁ、誇りのために仲間を犠牲にするか、誇りを捨てて交渉に応じるか、選べ」

 

 ジンにとっては、悪魔の二択というものだろうか。彼も戦士だ、この戦況が絶望的で、勝てないことは理解していた。

 しかし仲間を救うには、自らの誇りというのを捨てなければならない。だがここで熊人族としての誇りを捨てずに戦えば、おそらく敗北し、自分を残して仲間は全員死ぬだろう。

 

 採れるのは二択の内の片方のみ。誇りを犠牲にするか、仲間を犠牲にするのか。ジンが選んだのは……

 

「要求は、何だ……?」

 

 プルプルと震え、歯を食いしばりながら、ジンはそう尋ねた。交渉に応じて、誇りを捨てて仲間を救うことを選んだのだ。

 

「私達ハウリア族の死刑を取り消すことと、ハウリア族の独立を、全種族に認めさせること」

「……!!」

 

 ハウリア族の要求はすなわち、罪人を見逃すということに他ならなかった。こんなことをしては、長老として他の亜人族に示しがつかない。ジンはこんな要求をしてきたカムを睨むが……

 

「要求を飲まないのなら、ここにいる仲間は全員殺す」

 

 カムは真面目な顔でそう言う。いつでも戦闘できるように、周囲のハウリア族は戦闘態勢に入っている。

 

「クッ……認める……! 認めさせてやる……!」

「それでいいんだ。ただしこの契約に反した場合は、貴様以外の長老を殺す。そう伝えておくように」

「……何故、俺だけ残そうとする?」

 

 それは、率直な疑問だった。ハウリア族は頑なに、熊人族の長老のジンは殺そうとしない。普通なら皆殺しにするものではないかと、疑問に感じたため尋ねた。

 

「全員殺すより、一人生き証人を作っておいた方がいいだろう? それだけの話だ」

 

 そんな問いにカムは答えた。そう、ただ生き証人として生かしておくというだけなのだ。最強である熊人族、その長老を恐れさせたというだけで、生き証人としての価値がある。だから生かしておくだけ。

 

「……そうか。さぁ、フェアベルゲンへ戻るぞ」

 

 そうしてジン達は、そそくさと去っていった。もちろん倒れていた、まだ死んでいない瀕死の仲間たちを担いで。

 それと入れ替わりに、ハジメ達がハウリア族の所へとやって来た。正直な話を言うと、シアが案内できたので、その他のハウリア族が戦闘していてもあまり問題無くここまでたどり着けたのだ。

 

「いやぁ、外から見てたけど中々にとんでもないことをするねぇ」

「でもこうしないと生き残れませんから」

「まぁね。けどここからが大変だ。何とかして他の亜人族の信頼を勝ち取る……というのも重要なんじゃないかな?」

 

 ハウリア族は確かに勝った。しかしその代償に、亜人族からの信頼を失ってしまうこととなった。一応独立することになってはいるが……友好的であればそれに越したことはない。

 

「それは私達でなんとかするつもりですよ」

「まっ、適当に考えておくように。流石に君達に死なれるのは、僕としても嫌だからさ」

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 戦闘が終わった後、深い霧の中をハジメ達一行は大樹に向かって歩みを進めていた。先頭をカムに任せ、これも訓練とハウリア達は周囲に散らばって索敵をしている。油断大敵を骨身に刻まれているので、全員、その表情は真剣そのものである。

 

 しかしそこまで強い魔物が出てくるわけでもなく……いや出てきても、ハウリア族が瞬殺してしまうのでハジメ達が何かする必要もなく、和気あいあいと雑談しながら進むこと十五分。一行は遂に大樹の下へたどり着いた。

 

「これが……大樹?」

 

 ハジメは大樹について、フェアベルゲンで見た木々のスケールが大きいバージョンを想像していたのである。しかし、実際の大樹は……見事に枯れていたのだ。

 大きさに関しては想像通り途轍もない。直径は目算では測りづらいほど大きいが直径五十メートルはあるのではないだろうか。明らかに周囲の木々とは異なる異様だ。周りの木々が青々とした葉を盛大に広げているのにもかかわらず、大樹だけが枯れ木となっているのである。

 

「大樹は、フェアベルゲン建国前から枯れているそうです。しかし、朽ちることはない。枯れたまま変化なく、ずっとあるそうです。周囲の霧の性質と大樹の枯れながらも朽ちないという点からいつしか神聖視されるようになりました。まぁ、それだけなので、言ってみれば観光名所みたいなものですが……」

 

 ハジメ達の疑問顔にカムが解説を入れる。それを聞きながらハジメは大樹の根元まで歩み寄った。そこには、アルフレリックが言っていた通り石板が建てられていた。

 

「これは、オルクスの扉の……」

「同じ紋様、だね」

 

 石版には七角形とその頂点の位置に七つの文様が刻まれていた。オルクスの部屋の扉に刻まれていたものと全く同じものだ。ハジメは確認のため、オルクスの指輪を取り出す。指輪の文様と石版に刻まれた文様の一つはやはり同じものだった。

 

「やっぱりここが大迷宮の入口か……でも、こっからどうすればいいんだ?」

 

 とりあえずと、ハジメは石版を観察してみる。すると裏側に、表の七つの文様に対応する様に小さな窪みが開いていた。

 

「これは……」

 

 ハジメが、手に持っているオルクスの指輪を表のオルクスの文様に対応している窪みに嵌めてみる。すると……石板が淡く輝きだした。

 

 何事かと、周囲を見張っていたハウリア族も集まってきた。しばらく、輝く石板を見ていると、次第に光が収まり、代わりに何やら文字が浮き出始める。そこにはこう書かれていた。

 

“四つの証”

“再生の力”

“紡がれた絆の道標”

“全てを有する者に新たな試練の道は開かれるだろう”

 

「これは……これを満たさないと、大迷宮に入れないってことなのか?」

「でも、言ってる意味は……?」

「四つの証は多分、大迷宮攻略の証だと思う。おあつらえ向きにそれっぽい窪みがあるし。再生の力については……多分神代魔法に、そういう系統の魔法があるんだと思う」

「……じゃあ、最後のは?」

 

 ユエの言葉に、ハジメと香織は首を傾げるが、それだけは分からない。一体絆とは、誰との絆なのか。頭を捻るハジメと香織に、シアが答える。

 

「う~ん、紡がれた絆の道標は、あれじゃないですか? 亜人の案内人を得られるかどうか。亜人は基本的に樹海から出ませんし、ハジメさん達みたいに、亜人に樹海を案内して貰える事なんて例外中の例外ですし」

「なるほど……ということは、あれ? もしかしてこの霧、魔法で作られた霧、なのかな? 亜人族以外に効果を及ぼすタイプの」

 

 単純な霧であれば、魔法でどうにかなるはずだ。しかし霧をなんとかする方法は無いと聞く。ということは、この霧は通常のものとは異なるのだろう。

 ハジメの推測では、これは亜人族以外の視界を極端に奪う霧なのだ。そしておそらくは、大迷宮を作った解放者が後からかけたもの。そうでなければ“紡がれた絆の道標”を有する者などという条件はないはずなのだ。

 

「……まぁともかく、今は攻略が無理そうだ」

「ん……」

 

 ここまで来て後回しにしなければならないことを残念がるハジメ。ユエや、声に出していないが香織も同様に残念そうである。しかし、大迷宮への入り方が見当もつかない以上、悩んでいても仕方がない。気持ちを切り替えて先に三つの証を手に入れることにする。

 

「いま聞いた通り、僕達は先に他の大迷宮の攻略を目指すことにする。大樹の下へ案内するまで守るという約束もこれで完遂だ。君達なら、もう家族だけでこの樹海で十分に生きていけると思う。そういうわけで、ここでお別れだ。それで……」

 

 そして、チラリとシアを見る。その瞳には、別れの言葉を残すなら、今しておけという意図が含まれているのをシアは正確に読み取った。いずれ戻ってくるとしても、三つもの大迷宮の攻略となれば、それなりに時間がかかるだろう。当分は家族とも会えなくなる。

 

 シアは頷き、カム達に話しかけようと一歩前に出た。

 

「父様! 私もハジメさんについていくことにしました!」

 

 そんなシアの宣言に、他のハウリア族は驚き、目を丸くしていた。特にカムは、シアの肩を掴んで何度も何度も揺すってくる。

 

「なにぃぃぃぃぃぃい!? シア、本当にいいのか!? ハジメ殿は容赦ないお方! 失敗でもしたら殺されるかも――」

「そんなことありませんよ! ハジメさんは本当に優しいですからぁ!」

「でも! シアに攻撃して大怪我させたのは忘れてないぞ! また失敗したら、シアが大怪我どころか、死ぬかも――」

「だからあり得ません! あれは父様達に発破をかけるための、ただの演技なんだから!」

 

 その言葉に、カムは動きを止める。

 

「演技……だと?」

「はい。ハジメさん、実演できますか?」

「ん、ああ。一応はできるけど」

 

 そういうわけで、あの時のタネ明かしをすることにした。ハジメは『paint』と赤く塗られた拳銃をどこからともなく取り出し、シアに撃ち込んだ。

 

「っ……たぁぁぁぁあ!」

「なっ……シア!」

「いたたた……父様、お腹触ってください」

 

 そう言ってシアは、他のハウリア族に撃たれた所を触らせる。もちろんペイント弾なので、一切の怪我は無い。単に血のような匂いがする赤い液体が付着しているだけだ。

 

「怪我が、ない……?」

「そりゃそうですよ。だってハジメさんは、ペイント弾……つまり絵の具の弾丸を撃っただけなんだから」

「……」

 

 あの時のハジメの行動を理解したハウリア族は、全員ほぼ同時に胸をなでおろした。

 

「「「よ……よかったぁ……」」」

 

 もちろん、シアは認められて、ハジメと共についていくこととなった。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 樹海の境界でカム達の見送りを受けたハジメ達は、再び自動車に乗り込んで平原を疾走していた。助手席には香織が乗り、後方にはユエとシアだ。

 

 後方からシアが質問する。

 

「ハジメさん。そう言えば聞いていませんでしたが目的地は何処ですか?」

「ん? 言ってなかったか?」

「聞いてませんよ!」

 

 シアに対しては、今後のことを詳しくは話していなかったことを思い出したハジメは、改めて今後の予定を説明した。

 

「次の目的地はライセン大峡谷……のどこかにあるであろう、ライセン大迷宮だ」

「ライセン大峡谷?」

「一応、ライセンも七大迷宮があると言われているからね。シュネー雪原は魔人国の領土だから面倒な事になりそうだし、取り敢えず大火山を目指すのが一番なんだが、どうせ西大陸に行くなら、東西に伸びるライセンを通りながら行けば、途中で迷宮が見つかるかもしれない」

「つ、ついででライセン大峡谷を渡るのですか……」

 

 思わず、頬が引き攣るシア。ライセン大峡谷は地獄にして処刑場というのが一般的な認識であり、つい最近、一族が全滅しかけた場所でもあるため、そんな場所を唯の街道と一緒くたに考えている事に内心動揺する。

 

「まぁまぁ、そう不安にならなくていいと思うよ。だってシア、香織とユエを倒したんでしょ? なら大迷宮でない場所の魔物くらい余裕だよ」

 

 とはいえ、そのままライセン大迷宮の捜索に向かうのは良くない。物資が、主に食料が足りなさすぎる。

 

「ただその前に、物資の調達をしないといけないから……先に近くの街に行こうと思う。前に見た地図通りなら、この方角に町があったはず」

 

 ハジメとしてはいい加減、まともな料理を食べたいと思っていたところだ。それに、今後町で買い物なり宿泊なりするならお金が必要になる。素材だけなら腐る程持っているので換金してお金に替えておきたかった。

 

「まぁそういうわけだ。とりあえず街に行くから、兎人族のシアは気をつけろよ? 攫われたら面倒になる」

 

 そうして街へと向かう三人と、新たに増えた一人。なんだかんだで車内は騒がしくなってきた。



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ブルックの町にて 前編

 最近押し入れから取り出したポケモンソウルシルバーをやってたので、執筆時間が減っておりましたが、ようやく書き切りました。次話も早めに出したいところです。

 それと、あまり内容がありません。内容が作れません。助けてください。オリジナル展開とか無理ですよそんなの。


 遠くに町が見える。周囲を堀と柵で囲まれた小規模な町だ。街道に面した場所に木製の門があり、その傍には小屋もある。おそらく門番の詰所だろう。小規模といっても、門番を配置する程度の規模はあるようだ。それなりに、充実した買い物が出来そうだとハジメは頬を緩めた。

 

「うーん……ハジメさん、()()付けなきゃダメですかぁ?」

 

 街の方を見て微笑むハジメに、シアが憮然とした様子で頼み込む。シアの首にはめられている黒を基調とした首輪は、水晶のようなものも付けられている、かなりしっかりした作りのものだ。もちろん、わざわざ付けさせたのには理由がある。

 

「ただでさえ可愛いのに、その上で珍しい白髪の兎人族なんだ。こうでもしないと攫われるぞ?」

「ううぅ〜〜、わかってますよぉ〜」

 

 町の方からもハジメ達を視認できそうな距離になってきたので、そう言いながら自動車を宝物庫にしまうハジメ。流石にあんなもので町中に侵入したら、大パニックになるだろう。

 

 実際、シアは兎人族の中でも特に可愛らしい。その上で珍しい白髪をしているので、普通にしていたら攫われる可能性はかなり高い。なので誰かの奴隷であるという印として、首輪を用意しておく必要があった。

 やっていることの意味は分かっていたが、扱いに不服なシアは、グダクダ文句を言う。それをハジメ達三人は無視しつつ、町の門まで歩いていった。

 

「止まってくれ。ステータスプレートを。あと、町に来た目的は?」

 

 規定通りの質問なのだろう。どことなくやる気なさげである。ハジメは、門番の質問に答えながらステータスプレートを取り出した。

 

「食料やその他の物資の補給を。旅の途中なので」

 

 そう言い、ハジメは本当のステータスを隠し、それっぽいステータスを表示させたステータスプレートを門番に手渡す。

 

「ん? 残りの三人のは?」

「つい先日、樹海の方に行ったんだけど、そこで魔物との戦闘があって。その時に二人のステータスプレートを紛失してしまったんです。この兎人族の子は……うん、その時に見つけたんで、持ってないんですよね」

「樹海ねぇ……紛失したものは仕方ないな。まぁ通っていいぞ」

 

 樹海という場所の危険性、加えて実際に兎人族のシアを連れている点から、門番はハジメの言葉に納得したようだ。

 

「にしても、随分な綺麗なのを手に入れたな。白髪の兎人族なんて相当レアなんじゃないか?」

「相当珍しいでしょうね。あっそうだ、この街の地図を買える所と、素材の換金所の場所を教えてほしい」

「あん? それなら、中央の道を真っ直ぐ行けば冒険者ギルドがある。店に直接持ち込むなら、ギルドで場所を聞け。簡単な町の地図をくれるから」

「それはありがたい。ご親切にどうも」

 

 門番から情報を得て、ハジメ達は門をくぐり町へと入っていく。門のところで確認したがこの町の名前はブルックというらしい。町中は、それなりに活気があった。かつて見たオルクス近郊の町ホルアドほどではないが露店も結構出ており、呼び込みの声や、白熱した値切り交渉の喧騒が聞こえてくる。

 こういう騒がしさは訳もなく気分を高揚させるものだ。ハジメだけでなく、香織やユエも楽しげに目元を和らげている。しかし、シアだけは先程からぷるぷると震えて、涙目でハジメを睨んでいた。

 怒鳴ることもなく、ただジッと涙目で見てくるので、流石に気になって溜息を吐くハジメ。楽しい気分に水を差しやがって、と内心文句を言いながらシアに視線を合わせる。

 

「……宿に着いたら外してもいいから、それまでは我慢して。面倒事はあまり起こしたくないんだ」

「ん……シア、ハジメに迷惑かけちゃダメ」

「ハイハイ、分かってますよーだ」

 

 ハジメだけでなくユエにも諭され、目に見えて分かる態度で拗ねるシア。それを見かねた香織が、シアの頭をポンポンとたたく。

 

「でもハジメくんがこんなことするのは、シアちゃんを大事にしてるからだと思うよ?」

「大事……ですか?」

「そう。ハジメくんも色々悩んでたんだよ? シアちゃんを危険に晒さないためにはどうすればいいかって」

「そうなんですか、ハジメさん?」

「……まぁ、その首輪はそう考えて作ったよ」

「それだけ、シアちゃんは大事にされてる……ハジメくんに愛されているんだよ?」

「……香織さん……えへへ。ありがとうございますぅ」

 

 香織の「ハジメに愛されている」という言葉は、まさにシアにクリーンヒットしたようで。ハジメに頭を撫でられると、シアは照れたように微笑んでいた。

 

「それとその首輪だけど、念話石と特定石が組み込んであるから、必要なら使って。直接魔力を注げば使えるから」

「念話石と特定石ですか?」

「そうそう。簡単に言えば、どこにいてもシアの居場所が分かるし、遠くにいても喋ることができるってわけ」

 

 念話石とは、文字通り念話ができる鉱物のことだ。生成魔法により“念話”を鉱石に付与しており、込めた魔力量に比例して遠方と念話が可能になる。もっとも、現段階では特定の念話石のみと通話ということはできないので、範囲内にいる所持者全員が受信してしまい内緒話には向かない。

 特定石は、生成魔法により“気配感知[+特定感知]”を付与したものだ。特定感知を使うと、多くの気配の中から特定の気配だけ色濃く捉えて他の気配と識別しやすくなる。それを利用して、魔力を流し込むことでビーコンのような役割を果たすことが出来るようにしたのだ。ビーコンの強さは注ぎ込まれた魔力量に比例する。

 

 そんな話をしながら仲良くメインストリートを歩いていき、一本の大剣が描かれた看板を発見する。かつてホルアドの町でも見た冒険者ギルドの看板だ。規模は、ホルアドに比べて二回りほど小さい。

 

 ハジメは看板を確認すると重厚そうな扉を開き中に踏み込んだ。




龍導様  GREEN GREENS様

評価していただき、ありがとうございます。


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ブルックの町にて 中編

 今回は中々に調子が良かったです。香織が加わったことによるいい感じの変化が出せたと思います。


 ギルドは荒くれ者達の場所というイメージから、ハジメや香織は勝手に薄汚れた場所だと考えていのだが、意外と清潔さが保たれた場所だった。入口正面にカウンターがあり、左手は飲食店になっているようだ。何人かの冒険者らしい者達が食事を取ったり雑談したりしている。誰ひとり酒を注文していないことからすると、元々酒は置いていないのかもしれない。

 

 ハジメ達がギルドに入ると、冒険者達が当然のように注目してくる。最初こそ、見慣れない四人組ということでささやかな注意を引いたに過ぎなかったが、彼等の視線が女性三人に向くと、途端に瞳の奥の好奇心が増した。

 中には「ほぅ」と感心の声を上げる者や、門番同様、ボーと見惚れている者、恋人なのか女冒険者に殴られている者もいる。そういった様子を見て、香織は少し苦笑いしていた。

 

 ちょっかいを掛けてくる者がいるかとも思ったが、意外に理性的で観察するに留めているようだ。冒険者が荒くれ者……という固定観念は、案外間違ってるのかもしれないと思いながらも、ハジメはカウンターへ向かう。そのカウンターでは、恰幅のいい笑顔を浮かべたオバチャンが迎えてくれた。

 

「おやおや、両手に花どころか花束かね? こんな真面目そうな人が、意外だねぇ」

 

 オバチャンはニコニコと、どこかからかうようにハジメに言う。

 

「あー、ハハハ……」

「悪いねぇ、美人の受付じゃなくて」

「いや、そんなこと考えてませんよ?」

「そりゃもちろん分かってるさ。……あらごめんなさいね、ちょっと口うるさくなっちゃったかしら」

 

 とはいえすぐに、申し訳なさそうに謝るオバチャン。何とも憎めない人だ。

 

「さて、じゃあ改めて、冒険者ギルド、ブルック支部にようこそ。ご用件は何かしら?」

「素材の買取をお願いしたい。それと、ここで地図を貰えるとも聞いたので」

「素材の買い取りと地図だね。とりあえず先に地図を済ませちゃおうか」

 

 オバチャンはその場で厚手の紙にサラサラと何かを書き込んでいく。そして二分ほどで書き終えたのか、その紙を手渡した。

 手渡された地図は、中々に精巧で有用な情報が簡潔に記載された素晴らしい出来だった。これが無料とは、ちょっと信じられないくらいの出来である。

 

「ん、ん……? これ本当に無料で貰っていいんですか?」

「構わないよ、あたしが趣味で書いてるだけだからね。書士の天職を持ってるから、それくらい落書きみたいなもんだよ」

「ははぁ……それはまた……」

「それで、後は素材の買い取りだね。じゃあまずはステータスプレートを出してくれるかい?」

 

 そう言われたので、ハジメは本来のステータスを隠蔽したプレートを渡した。それをみたオバチャンは「おや?」という表情をする。

 

「あんた冒険者じゃなかったのかい? 冒険者と確認できれば一割増で売れるんだけど、今からでもしていくかい?」

「そうだったのか。ああでも……登録料とかってありますか?」

「登録には千ルタ必要だよ。ただ登録しとけば、ギルドと提携している宿や店は一~二割程度は割り引いてくれるし、移動馬車を利用するときも高ランクなら無料で使えたりする。ここから色々な所に行くのなら、登録しといたほうがいいと思うよ?」

「んーっと……じゃあ素材の買い取り料金から、登録料を差し引いといてください。ちょっと持ち合わせが無いもので」

 

 そう言いながら、ハジメはバッグから素材を取り出す……ように見せかけて、宝物庫から樹海の魔物の素材を取り出していく。流石に人目がある所で宝物庫は使えない。

 オルクス深層の魔物の素材については、一瞬出そうとも考えたが、出したら出したで、おそらくは不明な場所で倒した(トータスの世間では)未発見の魔物の素材なので、面倒事になると思って出さなかった。

 

 ちなみにルタとは、このトータスで使われている貨幣単位である。日本円換算で言うと、物価的に1ルタが1円程度の価値のようだ。

 ちなみにだが、お金は全て硬貨で、特殊な刻印をなされた金属で作られているのだとか。青、赤、黄、紫、緑、白、黒、銀、金の種類があり、左から一、五、十、五十、百、五百、千、五千、一万ルタとなっている。

 

「そうかい。というか……これは樹海の魔物だね? よくこんなに集めてきたものだよ」

「ああ、はい。ちょっと樹海に行く理由があったもので」

「ほうほう。まぁ、樹海の素材は良質なものが多いからね、売ってもらえるのは助かるよ。後、ステータスプレートも出してくれないかい? 冒険者登録、するんだろう?」

「おっとと、忘れてた忘れてた」

 

 そうしてプレートを出すと、素材と共に回収された。数分後、全ての素材を査定し金額を提示した。買取額は四十八万七千ルタ。しばらくの生活はなんとかなる額だ。

 

「これでいいかい? 中央ならもう少し高くなるだろうけどね」

「いえ。今はこれで充分です」

「それとこれ、登録しといたよ。男なら頑張って黒を目指しなよ? お嬢さん達にカッコ悪いところ見せないようにね」

「そうですね」

 

 ハジメは五十一枚のルタ硬貨を受け取る。それなりの量だがかなり軽い。一枚が薄いのもあるのだろうが、おそらくは原料の鉱物が特殊なのだろう。

 それと同時に、ステータスプレートも受け取る。戻ってきたステータスプレートには、新たな情報が表記されていた。天職欄の横に職業欄が出来ており、そこに“冒険者”と表記され、更にその横に青色の点が付いている。

 

 青色の点は、冒険者ランクだ。上昇するにつれ赤、黄、紫、緑、白、黒、銀、金と変化する。これはちょうど、トータスの硬貨と同じ価値の順番で並んでいる。

 ちなみに、戦闘系天職を持たない者で上がれる限界は黒だ。それ以上に上がるのは……実力があれば無理ではないのだろうが、戦闘系天職を持たない者は、普通はそこまで強くなれないので、実質的には黒が限界である。が、戦闘系天職無しでそこまで上がった者は拍手喝采を受けるらしい。

 

「んじゃ、助かったよ」

「いいってことさ。それより、金はあるんだから、少しはいいところに泊りなよ。治安が悪いわけじゃあないけど、三人とも相当な美少女だし、そんなの関係なく暴走する男連中が出そうだからね」

 

 オバチャンは最後までいい人で気配り上手だった。ハジメは苦笑いしながら「そうするよ」と返事をし、入口に向かって踵を返した。香織とユエとシアも頭を下げて追従する。食事処の冒険者の何人かがコソコソと話し合いながら、最後まで三人を目で追っていた。

 

「これは、面白いことになりそうだねぇ……」

 

 後には、そんなオバチャンの楽しげな呟きが残された。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 ハジメ達が、もはや地図というよりガイドブックと称すべきそれを見て決めたのは“マサカの宿”という宿屋だ。紹介文によれば、料理が美味く防犯もしっかりしており、何より風呂に入れるという。最後が決め手だ。その分少し割高だが、金はあるので問題ない。

 

 宿の中は一階が食堂になっているようで、複数の人間が食事をとっていた。ハジメ達が入ると、お約束のように美少女三人に視線が集まる。それらを無視して、カウンターらしき場所に行くと、十五歳くらい女の子が元気よく挨拶しながら現れた。

 

「いらっしゃいませー、ようこそマサカの宿へ! 本日はお泊りですか? それともお食事だけですか?」

「宿泊で。このガイドブック見て来たんですけど、記載されている通りで大丈夫ですか?」

 

「ああ、キャサリンさんの紹介ですね。はい、書いてある通りですよ。何泊のご予定ですか?」

 

 女の子がテキパキと宿泊手続きを進めようとする。随分と手際が良い。

 

「とりあえず一泊で。食事と風呂も付けてほしい」

「はい。お風呂は十五分百ルタです。今のところ、この時間帯が空いてますが」

 

 女の子が時間帯表を見せる。とりあえずハジメは、時間表を香織達三人に渡して「先に決めていいよ」と言った。すると数分ほど相談した後に、店員の女の子に伝えた。

 

「えっと、とりあえずここからここの時間帯で」

「かしこまりました! っと、そういえばあなたは……?」

「ああ、忘れてた。じゃあ僕は――」

「大丈夫ですよ。ハジメくんとは一緒に入るので」

 

 そう言って香織がハジメの腕に抱きつくと、周囲は一瞬でざわつく。それもそうだ、美少女三人と一緒に混浴すると、美少女の方からそう言っているのだから。普通に驚かない方がおかしいというものだ。

 

「いや待って! 普通に一人で入りた――」

「はい、かしこまりました!」

 

 ハジメが声を荒げるが、要求を伝える前に、悪ノリした店員によって確定してしまった。もちろんそれでも伝えようとしたが、難聴のフリをされ、結果として聞き入れてもらえなかった。

 

「それでお部屋はどうしますか!? ちょうど今、四人用の大きめの部屋が開いてるんですけど……」

「待って! 待って! その他の――」

「「「じゃあそこで!」」」

「かっしこまりましたー!」

 

 もう店員の女の子は興奮しきっている様子。というか興奮を通り越して、トリップしているようにも見えるほど。それを見かねた女将さんらしき人が、ズルズルと女の子を奥に引きずっていく。代わりに父親らしき男性が手早く宿泊手続きを行った。部屋の鍵を渡しながら「うちの娘がすみませんね」と謝罪するが、その眼には、なんとなくハジメにとっては嬉しくない理解の色が宿っている。

 

 何を言っても誤解が深まりそうなので、急な展開に呆然としている客達を尻目に、ハジメはとぼとぼと三階の部屋に向かった。しばらくすると、止まった時が動き出したかのように階下で喧騒が広がっていたが、何だか異様に疲れたので気にしないようにするハジメ。

 ふと横を見てみると、そこには三つのベッドが動かされていた。しかも魔法を上手く使って一時的に固定化している。最初はこんな風ではなかったはずだ。そう思っていると、ユエがハジメの上に跨ってきて、シアと香織がそれぞれ左右の腕に巻きつき、胸を押し当ててきた。

 

「スゥ〜…………ハァァァ〜……」

 

 一度、大きな深呼吸をするハジメ。

 

「結界は?」

「ん、香織がもう張ってる」

「なら……覚悟しろよお前ら……!」

 

 この後に何が起きたのかは、この四人以外が知ることはない。




 どうしよっかなぁ。この後のシーンを番外編で書こうかなぁ〜?


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ブルックの町にて 後編

 現在、香織とシアは町に出ていた。昼頃まで数時間といったところなので、計画的に動かなければならない。目標は、食料品関係とシアの衣服、それと薬関係だ。武器・防具類はハジメがいるので不要である。

 香織とシアの二人は、衣類と薬関係をあたっていた。シアの服に関しては、サイズ的に香織と一緒に選ぶのが良い。ついでに香織は治癒師であり、薬に関する知識を王都で叩き込まれているため、こういう分担となった。

 

 町の中は、既に喧騒に包まれていた。露店の店主が元気に呼び込みをし、主婦や冒険者らしき人々と激しく交渉をしている。飲食関係の露店も始まっているようで、朝にしては濃すぎるくらいの肉の焼ける香ばしい匂いや、タレの焦げる濃厚な香りが漂っている。

 

 薬などは、時間帯的に混雑しているようなので、二人はまずシアの衣服から揃えることにした。

 

 キャサリンの地図には、きちんと普段着用の店、高級な礼服等の専門店、冒険者や旅人用の店と分けてオススメの店が記載されている。短時間で書いたにしては出来すぎていると、二人はそう感じていた。

 

 二人は早速、とある冒険者向きの店に足を運んだ。そこでは、ある程度の普段着もまとめて買えるという点が決め手だ。

 

 その店は、流石はキャサリンさんがオススメするだけあって、品揃え豊富、品質良質、機能的で実用的、されど見た目も忘れずという期待を裏切らない良店だった。

 

 ただそこには……

 

「あら~ん、いらっしゃい♥可愛い子達ねぇん。来てくれて、おねぇさん嬉しいぃわぁ~、た~ぷりサービスしちゃうわよぉ~ん♥」

 

 名状し難い存在がいた。身長二メートル強、全身に筋肉という天然の鎧を纏い、劇画かと思うほど濃ゆい顔、禿頭の天辺にはチョコンと一房の長い髪が生えており三つ編みに結われて先端をピンクのリボンで纏めている。動く度に全身の筋肉がピクピクと動きギシミシと音を立て、両手を頬の隣で組み、くねくねと動いている。

 

 香織とシアは硬直する。シアは既に意識が飛びかけていて、香織の方も、一瞬だけ凄まじい悪寒に襲われたような感覚を覚えた。

 

「あらあらぁ~ん? どうしちゃったの二人共? 可愛い子がそんな顔してちゃだめよぉ~ん。ほら、笑って笑って?」

 

 香織とシアは何とか堪える。おそらくは世界最高レベルのポテンシャルを持つ二人だが、名状し難い恐怖には抗い難いものだ。

 

「は、ハハ……」

 

 物凄い笑顔で体をくねらせながら接近してくる、おそらく人間であろう何かを前にしては、香織も乾いた笑いしか出なかった。

 一瞬だけ「本当に人間?」と思ったりもしたが、流石に失礼なので、香織はその言葉を飲み込んだが……

 

「えっ、あ……人間……です、よね……?」

 

 恐怖からか、怯えながらシアがそう尋ねてしまった。

 

「だぁ~れが伝説級の魔物すら裸足で逃げ出す、見ただけで正気度がゼロを通り越してマイナスに突入するような化物だゴラァァアア!!」

「いやぁぁぁああぁあ!!!」

 

 怒りの咆哮を上げる人間のような何か。それに反応するように、シアも絶叫し、へたり込んでしまった。なんとなく……下半身が冷たくなってしまった。今は他に人がいないのは幸いだろう。

 

 その後、何度か深呼吸をして落ち着いた香織が、シアの衣服を探しに来た旨を伝える。シアはもう帰りたいのか、香織の服の裾を掴みふるふると首を振っているが、化物は「任せてぇ~ん」と言うやいなやシアを担いで店の奥へと入っていってしまった。

 

 だが結論から言うと、化物改め店長のクリスタベルの見立ては見事の一言だった。店の奥へ連れて行ったのも、シアが粗相をしたことに気がつき、着替える場所を提供するためという何とも有り難い気遣いだった。

 香織とシアは、クリスタベル店長にお礼を言い店を出た。その頃には、店長の笑顔も愛嬌があると思えるようになっていたのは、彼女……の、人徳ゆえだろう。

 

「いや~、最初はどうなることかと思いましたけど、意外にいい人でしたね。店長さん」

「う、うん……インパクトは凄かったけど、凄く丁寧だったね」

「ですね~」

 

 そんな風に雑談しながら店を出て、次は道具屋に回ることにした二人。そこにユエがやって来た。だが手ぶらであり、見た感じでは、近くに一緒にいるであろうハジメはいない。

 

「……いた」

「あっ、ユエちゃん。どうしたの?」

「ハジメに『行ってきていいよ』って言われたから。……あ、買い物はほとんど終わったよ」

「そうなんだ。なら大丈夫だね」

 

 そういうわけで、ここからは三人で巡ることに。次は道具屋だ。大まかな物に関してはハジメが買っているが、あくまで大まかにしか買っていない。細かく必要だと思うものを買いに行くのだ。

 

 しかし、三人は飛び抜けて美少女だ。他人の、特に異性の目を惹きつけてしまうもの。すんなりとはいかず、気がつけば数十人の男達に囲まれていた。冒険者風の男が大半だが、中にはどこかの店のエプロンをしている男もいる。

 その内の一人が前に進み出た。ユエは覚えていないが、この男、実はハジメ達がキャサリンと話しているとき冒険者ギルドにいた男だ。

 

「ユエちゃんとシアちゃん、それとカオリちゃんで名前あってるよな?」

「合ってますが、どうかしましたか?」

 

 何のようだと訝しそうに尋ねる香織。その後ろでは、ユエが何となく嫌な感覚に目を細めており、シアは亜人族にも関わらず“ちゃん”付けで呼ばれたことに驚いた表情をしている。

 

 香織の返答を聞くとその男は、後ろを振り返り他の男連中に頷くと覚悟を決めた目でユエを見つめた。他の男連中も前に進み出て、ユエかシアの前に出る。

 

「「「「「「カオリちゃん、俺と結婚してください!!」」」」」」

「「「「「「ユエちゃん、俺と付き合ってください!!」」」」」」

「「「「「「シアちゃん! 俺の奴隷になれ!!」」」」」」

 

 つまり、まぁ、そういうことである。三人の口説き文句が異なるのは、容姿から推測できる年齢や種族によるものだろう。

 奴隷の譲渡は主人の許可が必要だが、昨日の宿でのやり取りで、シアとハジメ達の仲が非常に近しい事が周知されており、まずシアから落とせばハジメも説得しやすいだろう……とでも思ったのかもしれない。

 

 ちなみに、宿でのことは色々インパクトが強かったせいか、奴隷が主人に逆らうという通常の奴隷契約では有り得ない事態については無視されているようだ。でなければ、早々にシアが実は奴隷ではないとバレているはずである。契約によっては拘束力を弱くすることもできるが、そんな事をする者はまずいないからだ。

 

 で、告白を受けた三人はというと……

 

「……えっと、とりあえず行きましょう」

「んっ、無視する」

「あ、はい。あー……一軒で全部揃うといいですね」

 

 一瞬の困惑を示したが、香織が一声上げると、何事もなかったように歩みを再開した。

 

「ちょっ、ちょっと待ってくれ! 返事は!? 返事を聞かせてく『『断る(ります)』』……ぐぅ……」

 

 まさに眼中にないという態度に、男は呻き、何人かは膝を折って四つん這い状態に崩れ落ちた。しかし諦めが悪い奴はどこにでもいる。まして、この三人の美貌は他から隔絶したレベルだ。多少暴走するのも仕方ないといえば仕方ないかもしれない。

 

「なら、なら力づくでも俺のものにしてやるぅ!」

 

 暴走男の雄叫びに、他の連中の目もギンッと光を宿す。二人を逃さないように取り囲み、ジリジリと迫っていく。

 そして遂に、最初に声を掛けてきた男が、雄叫びを上げながらユエに飛びかかった。

 

 わずかに驚きはしたが、香織は無言で手を男の方に向ける。

 

 直後、天から光が降り注ぎ、男に複数の光の線が突き刺さった。反応からして痛みは無いようだが、動くことは容易ではない。というか、身体を揺らすことしかできていない。

 周囲の男連中は、おそらくは光属性の上級魔法に分類されるであろう魔法を一瞬で発動した香織に困惑と驚愕の表情を向けていた。ヒソヒソと「事前に呪文を唱えていた」とか「魔法陣は服の下にでも隠しているに違いない」とか勝手に解釈してくれている。

 

「流石に手を出されると、こっちも強引な手段を取らざるを得ないので……」

 

 静かに拘束した男に近づく香織。顔は笑顔だが、目が明らかに笑っていない。激しく怒っているというわけではなさそうだが、少なからず、怒りを覚えているようには見える。

 

「いっ、いきなりすまねぇ! だが、俺は本気でユエちゃんのことが……」

「……貴方みたいな男は嫌い」

「グハァ!?」

 

 そして男にトドメの一言。後ろで呟いたユエの声は、男の耳に届き、そして絶望を与えた。

 

「あ、私もあなた達みたいな人は好きじゃありません」

「私も、あなた達の奴隷になるつもりはありませんよ?」

 

 こうしてたったの数分で、香織達三人は、町の一角に屍のような男達を作り出した。この後も三人は、意図せずゾンビのような生気を失った男を量産するのであった。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 三人が宿に戻った時には、既にハジメは戻っていた。まぁ、三人は行く先々で色々あったため、かなり遅くなっていた。

 

「おかえり。……ところでだけど、何があったの?」

 

 ハジメは部屋に帰ってきた三人に尋ねる。窓の外を見ながら。

 香織達も、ハジメと同じように窓の外を見てみると、そこには……

 

 大量の男が、土下座をしていた。

 

「……襲ってきた人に『嫌い』って言ったこうなった」

 

 静かに放たれたユエの言葉に、流石にハジメも苦笑いせざるを得なかった。




狂気の白ウサギ様

評価していただき、ありがとうございます。次回からライセン大迷宮攻略開始です。

それと番外編は、現在執筆中です。多分ライセン大迷宮終わる頃には投稿できると思います。


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ライセン大迷宮?

 ライセン大峡谷の入口、ハジメ達はもうすぐ突入する、といったところだ。

 ちなみにだが、ここに埋めた帝国兵はいない。脱出したか、あるいは魔物に食べられたか、それは分からないが、とりあえず血痕は無い。

 

「さてと、今から突入するわけだけど……少し、思ったことがある」

「思ったこと、ですか?」

 

 シアの言葉に頷き、ハジメは詳しい説明を始める。

 

「今回の目的地はライセン大迷宮なわけだけど……そもそも大迷宮って、解放者の目的を考えると、考えれば見つけられる場所にあるはずだ」

「え? 解放者の目的は、えっと……」

「……攻略者に神代魔法を与え、世界の真実を知ってもらうこと」

「そう。加えて、あわよくば神殺しをしてほしいってのが、解放者が望んでることだと思う」

 

 つまり、とハジメは続ける。

 

「解放者の目的を考えると、到達不可能な場所には作られていないはずなんだ。必ず、何らかの手段で到達できる場所にある」

「あっ。それと人工的に作られたのなら、分かりやすい道とか、あるいは……大迷宮に近づくと魔物がだんだん強くなっていくとか、そういうのもあるかも」

「そう。もう香織が言ってくれたけど……つまりそういうことだ。魔物が導いてくれるはずなんだ。特に知性の高めな魔物が多い場所に、大迷宮があると、僕は思ってる」

「じゃあそこへ向かって行きましょう!」

 

 そういうわけで、大迷宮探しを始めた。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 それから数日。そもそも峡谷があまりにも広いため、捜索は難航していた。峡谷では魔法が使えないが……それはハジメとシアがいるので大きな問題にはならない。二人共非常に強く、そこいらの魔物では相手にすらならなかった。

 

 ちなみにだが、野営に関してもそこまで問題にはならない。ハジメも香織もそれなりに料理はできるし、ハジメの作ったアーティファクトもあるので、野営にしてはそれなりに良い生活を送れていた。テントに調理機器、食材保管用の冷蔵庫や冷凍庫まで、全てハジメ作のアーティファクトである。

 テントには生成魔法により創り出した“暖房石”と“冷房石”が取り付けられており、常に一定の温度を保つように自動で作動してくれる。他には魔石を電池にした冷蔵庫や冷凍庫、魔力を込めると熱を発生させるフライパンなど、様々な便利道具がある。

 

「う~ん……広いなぁ」

「それは仕方ない。ただ……少し、魔物が強くなってる気がする」

「あっ、ユエちゃんもそう思う? やっぱりここで魔法使ってると苦戦しちゃうから、なんとなく分かるよね」

「んっ」

 

 どうやら、戦闘スタイル上不利な香織とユエは、魔物がだんだんと強くなっていることに気づいたらしい。

 

「ということは、やっぱり迷宮に近づいてるっぽいね。絶対にココってのが分からないのが、ちょっと辛いけど……こっからは峡谷がかなり広くなるっぽいし、細かい所も探していこう」

 

 ここから、二つのグループに別れての探索を始める。片方はハジメと香織、もう片方はユエとシア。どちらのグループにも物理戦闘員を入れるようにした。

 

 そうしてハジメと香織は探索を続けるが、どうやら二人の担当する場所には、それっぽい場所は無いらしい。隠されている可能性も考慮して、岩場の小道も調べてみたが、それっぽい場所は見当たらない。

 

「ここもダメかぁ……」

「こればかりは仕方ないよ。ハジメくん、ゆっくりでもいいからやってこう」

「ああ……それは分かってる」

 

 十個目くらいの候補地を見つけ、そこがハズレた。しかしその時だった。

 

「あーっ!!」

 

 峡谷に、シアの声が響いた。悲鳴というわけではない。どちらかというと、何かに驚いたかのような声だ。

 

「シアちゃん……!」

「大丈夫、場所は特定できる。早く行こう!」

 

 ハジメは事前に、三人に特定石を渡してあるので、どこにいようが場所を特定することができる。ハジメと香織は、急いでユエやシアがいる場所へと向かう。

 

 どうやら二人がいるのは、細めの岩場の奥らしく、そちらへハジメ達も進んでいくと、ユエとシアの姿が見えるようになった。

 

「あっ、ハジメさん香織さん! あれを……!」

 

 シアが大声で指差す先にあったのは……

 

『おいでませ! ミレディ・ライセンのドキワク大迷宮へ♪』

 

 壁を直接削って作ったのであろう見事な装飾の長方形型の看板だった。しかしそこに書かれた文字は、ポップ体のような丸っこい書体で書かれていた。

 

「これは……いや、ミレディといえば……」

「うん。解放者の一人の名前、だよね」

 

 “ミレディ”という名は、オスカーの手記に出て来たライセンのファーストネームだ。ライセンの名は世間にも伝わっており有名ではあるが、ファーストネームの方は知られていない。故に、その名が記されているこの場所が、ライセンの大迷宮、あるいはその入口である可能性は非常に高かった。

 

「入口は無い……いや、どこかに隠してあるパターンだなこれは」

 

 ハジメは地面に手を付ける。そして“錬成”と生成魔法を利用し、アーティファクトっぽいモノを探す。が、峡谷の特性上、どうしても探知範囲が狭いので、慎重に探す必要がある。

 

「……! ここだ。普通の壁っぽいけど、多分回転するね」

 

 そして数分で、ハジメは入口らしき場所を見つけた。普通に見える壁を指差しているが、どうやら回転扉のようになるらしい。

 

「近づいて……行くよ」

 

 ハジメの近くに三人が寄ると、ハジメは壁の所定の部分に手を当てる。するとグルンと壁が回り、その奥への入ることに成功した。

 

 扉の向こう側は真っ暗だった。扉がグルリと回転し元の位置にピタリと止まる。と、その瞬間、

 

ヒュヒュヒュ!

 

 無数の風切り音が響いたかと思うと暗闇の中をハジメ達目掛けて何かが飛来した。ハジメは技能その正体を直ぐさま暴く。それは矢だ。全く光を反射しない漆黒の矢が侵入者を排除せんと無数に飛んできているのだ。

 

 ハジメはドンナーを右手に、左手はそのままに、飛来する漆黒の矢の尽くを叩き落とした。カンッカンッカンッと金属同士がぶつかるような音を響かせ、一本の矢も逃しはしない。

 シアも同様に、ドリュッケンを振り回し、矢を薙ぎ払っていく。その恐ろしいフィジカルから放たれる高速の攻撃は、一切の矢を通すことはなかった。

 本数にすれば二十本。一本の金属から削り出したような艶のない黒い矢が地面に散らばり、最後の矢が地面に叩き落とされる音を最後に再び静寂が戻った。

 

 と、同時に周囲の壁がぼんやりと光りだし辺りを照らし出す。ハジメ達のいる場所は、十メートル四方の部屋で、奥へと真っ直ぐに整備された通路が伸びていた。そして部屋の中央には石版があり、看板と同じ丸っこい女の子文字でとある言葉が掘られていた。

 

『ビビった? ねぇ、ビビっちゃった? チビってたりして、ニヤニヤ……それとも怪我した? もしかして誰か死んじゃった? ……ぶふっ』

 

「「……」」

 

 特にユエやシアの内心はかつてないほど一致している。すなわち「うぜぇ~」と。わざわざ、“ニヤニヤ”と“ぶふっ”の部分だけ彫りが深く強調されているのが余計腹立たしい。特に、パーティーで踏み込んで誰か死んでいたら、間違いなく生き残りは怒髪天を衝くだろう。

 

「二人ともそんな顔しないで! これは私達を動揺させるためのワナよ!」

「わかってる……わかってる、けど……」

「ムカつく……ほんっとうに!」

「……まぁ、気持ちは分かるよ、うん。とりあえず進むぞ」

 

 そうして、嫌な予感を感じつつも、ハジメ達はライセン大迷宮を進むのであった。




さて様  七海55様

評価していただき、ありがとうございます。


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ライセン大迷宮

 というわけで、ライセン大迷宮攻略開始ですが……なんかハジメが無双しちゃいました。シアが無双するのは戦闘中だから……許して。


 ライセンの大迷宮は想像以上に厄介な場所だった。

 

 まず、魔法がまともに使えない。峡谷の中でも特に魔力の分解作用が強く働く場所なのだろうか、通常の魔法はほとんど使えなかった。あのユエでさえ、上手く発動するのは難しい。一応装備はあるが、その減りもとんでもなく速い。なので魔法は滅多なことでは発動できない。

 

 ハジメにとっても多大な影響が出ている。とりあえず“空力”や“風爪”といった、体の外部に魔力を形成・放出するタイプの固有魔法は全て威力や射程が低下している。戦闘にはまず使えない。さらには“纏雷”もその出力も大幅に低下しており、それ故にドンナーはその威力が半分以下に落ちているし、シュラーゲンも通常のドンナーの最大威力レベルしかない。つまりは弱体化している。

 一応、辛うじて“錬成”は普段通り行えている。魔力を多く消費するが、練度は下がらないので、普段通りに機能はしている。

 

 そして唯ほぼ一弱体化していないのが、シアだった。シアの場合、固有魔法が未来視であり、また戦闘スタイルも、身体能力を上げて物理で戦うタイプなので、この場においては、最も頼もしい存在だった。

 

 で、そのハジメ達の頼もしきシアはというと……大槌ドリュッケンを担ぎ、据わった目で獲物を探すように周囲を見渡していた。明らかにキレている。

 

「あぁ〜……ムッカつくぅ……」

 

 普段は明るいシアだが、明らかに口調が違うし、口数も少ない。しかもその少ない口数も、大体がミレディに対する罵倒のようなもの。

 ハジメと香織がフォローをしているため、辛うじて正気を保てている、といった感じであり、いつ爆発してもおかしくはなかった。

 

「とりあえず、警戒はしとけよ〜」

 

 ハジメはゆるく、皆にそう呼びかけてから進み始めた。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 ここからは、ハジメが先導して進む。気配感知を利用しながら進むが……魔物の気配は一切しない。なので途中からトラップに警戒していく。

 ハジメは錬成師だ。その能力の都合上、トラップの探知等は得意だ。それに加えて、魔物を食べたことにより得た技能のおかげで、探知能力はさらに上がっている。

 

「……何も無いっぽい」

「じゃあ早く進みましょう! 私はヤツを――」

 

 そう言ってシアがハジメの前に出た時だった。

 

ガコンッ

 

 音を響かせて、シアの足が床のブロックの一つを踏み抜いた。そのブロックだけ、シアの体重により沈んでいる。ハジメ達が思わず「えっ?」と一斉にその足元を見た。その瞬間、

 

シャァアアア!!

 

 そんな刃が滑るような音を響かせながら、左右の壁のブロックとブロックの隙間から高速回転・振動する円形でノコギリ状の巨大な刃が飛び出してきた。右の壁からは首の高さで、左の壁からは腰の高さで前方から薙ぐように迫ってくる。

 

「かわせ!」

 

 ハジメは咄嗟にそう叫びつつ、前方のシアを無理矢理押し倒しながら地面に伏して回避した。香織もハジメと似たように伏して回避。元々の背が低めのユエは、しゃがむだけで回避できた。

 

「これは……絡繰仕掛けみたいな感じか?」

 

 このライセン大迷宮でも当然、魔力は分解される。しかしそれは挑戦者側だけでなく、迷宮側も同じ。故に魔法によるトラップは見つけられず、物理的なトラップが中心になっているのだろう。

 

「一歩動くだけでも、別のトラップに引っかかりそうだね……」

「いや香織……あんまり気にしなくてもいいかも」

「へ? ハジメさん、トラップ見分けられるんですか?」

「物理的なトラップと分かった以上、技能で壁の向こう側を見ればいい。トラップがあるなら、特殊な構造があるはずだ」

 

 トラップ探知によく使われるフェアスコープで判別できない理由は、フェアスコープは、魔力で起動するトラップを見つける物だからだ。だから絡繰のような仕掛けで動くトラップは探知できない。

 しかしある程度の技量を備えている錬成師であれば、例えば“鉱物系探査”やら“鉱物系鑑定”といった技能で、奥に隠れた機構を見つけられる。

 

 それに、ハジメは思い出したことがあった。

 

「それと、今思い出したんだよね……神水を何十リットルも持ってることを」

「……あっ!」

「ということは……」

「ユエ、香織。魔法使い放題だぞ」

 

 ハジメはそう言いながら“宝物庫”から神水の入った水筒を取り出して二人に渡した。ついでにシアにも、二人のよりも小さめの水筒を渡した。

 

「さ~てと、ゆっくり行きましょうか!」

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 ここから先は、あまりにも余裕だった。

 

 階段を歩いていれば急に段差が消えて坂になり、滑る液体があふれ出すトラップがあったが、ここは即座に“錬成”で足場を作ることで、上手く移動することに成功。坂の下の方へ行くと、麻痺毒を持ったサソリが蠢く穴があったので、放り出されていたらヤバかっただろう。

 次に坂道を登ると、新たな通路に出た。そこにはこういう場所ではお約束のような、巨大な鉄球が転がってくるトラップがあった。とはいえこれも、ハジメが“錬成”で対処した。壁や地面や天井を変形させてしまえばいいだけの話だった。そうして緩やかな坂を下ってみると、そこには大穴があり、溶解液で満たされていたが、ここは一人ずつジャンプして飛び越えた。

 

 本来なら、これらのトラップに苦戦というか、ストレスを貯めていくことだろうが、ハジメにはあまり関係が無かった。神水を大量に持っているため、魔力消費を気にすることなくトラップ探知し、壁や天井を“錬成”して対処することができたのだ。

 

「うぅ〜〜……つまらないですぅ」

「我慢しろ。というかシアは僕の前に出るな」

「でもぉ、活躍できてないし……自慢のトラップぶっ壊せてないし……」

 

 ただ、シアに関しては違う。身体をあまり動かせないためなのか、不機嫌になってるようだ。元からこの迷宮の主にムカついている上に、自分があまり活躍できていなかったからだろう。

 

「じゃあ、どこかから見てるミレディとやらに向けて煽ってみたら?」

「それです!」

 

 そんなシアのストレスを解消させるために、ハジメが適当なことを言っていると、後ろからクイクイと、袖が引っ張られた。

 

「それより……なんか広い所に出そう」

 

 ユエに言われて目の前を見ると、そこは長方形型の奥行きがある大きな部屋だった。壁の両サイドには無数の窪みがあり、騎士甲冑を纏い大剣と盾を装備した身長二メートルほどの像が並び立っている。部屋の一番奥には大きな階段があり、その先には祭壇のような場所と奥の壁に荘厳な扉があった。祭壇の上には菱形の黄色い水晶のようなものが設置されている。

 

「これは……入る前に調べるか。シア、前に出るなよ?」

「分かってますよぅ!」

 

 ハジメはゆっくり慎重に、部屋の内部に入らずに覗いて、床に、天井に、甲冑を対象に“鉱物系鑑定”の技能を使用する。

 

「ん?」

 

 すると、面白いモノが見つかった。

 

 

 

================================== 

感応石

 

魔力を定着させる性質を持つ鉱石。同質の魔力が定着した二つ以上の感応石は、一方の鉱石に触れていることで、もう一方の鉱石及び定着魔力を遠隔操作することができる。

==================================

 

 

 

 壁や天井、そして甲冑までもが、この鉱石で構成されていた。要するに、鉱石に魔力を流すことで、遠隔操作を行うことができるようだ。

 

「これはこれは……なるほどねぇ」

「えっ、あの、ハジメさん? 凄い嫌な笑顔してますけど、一体何を……?」

 

 ハジメは口角をつり上げて、ニヤリと笑っていた。

 

「シア、もうすぐ迷宮のボスと会えるぞ」

「えっ!? そうなんですか!?」

「絶対会える、断言するよ。あと、部屋に入ったら戦闘があるから、その時は頼むよ。僕はちょっと、やらないといけないことがあるから」

 

 そう言って、ハジメは部屋の中に入り、残りの三人もそれに続く。そして先頭のハジメは、ドンと大きく踏み込み、トラップを起動させた。

 

ガコン!

 

 すると、皆予想していたのだろう。騎士達の兜の隙間から見えている眼の部分がギンッと光り輝いた。そして、ガシャガシャと金属の擦れ合う音を立てながら窪みから騎士達が抜け出てきた。その数、総勢五十体。

 

「じゃあ、頼りにしてるよ。僕もやることが終わったら、戦いに参加するから」

 

 そう言うと、ハジメは地面に手を付けた。何かを探るかのように。

 

「じゃあシアちゃん!」

「もっちろん! 全員ぶっ壊す!」

 

 三人は臨戦体勢を取る。この戦闘の中心となるのは、物理主体のシアだろう。香織はシアに発破をかけ、シアはゴーレム騎士達に向けて威嚇するように叫ぶ。それを聞いたのか、ゴーレム騎士達は一斉に侵入者達を切り裂かんと襲いかかった。




Mirai&1様  刻流 皆凪様  ゆはる様

評価していただき、ありがとうございます。


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錬成師にしか分からない

唐突だけどTRPGがやりたい!

私の持ってるルルブは新クトゥルフとシノビガミのルルブだけです! 他は持ってませんし、まだバイト始めてないので買えません!

というわけで、誰か一緒にやろう!

こちら私のtwitterなので、興味ある人はご一報ください! 初心者大歓迎……というか私も初心者なので、共に楽しみましょう!

https://mobile.twitter.com/fuusuke_syosetu

さらにィィィ! あの『恋する錬成師は世界最強』の作者である“見た目は子供、素顔は厨二”様も、仲間集めに協力してくれるみたいです!

こちらはそのtwitterです! 私が嫌だと言う方は、ぜひこちらに!(ダイマ返し) 見た目は子供、素顔は厨二様すみませんっ!

https://twitter.com/tzar77hk?s=21



というわけで、本編始まります!


 ゴーレム騎士達の動きは、その巨体に似合わず俊敏だった。ガシャンガシャンと騒音を立てながら急速に迫るその姿は、装備している武器や眼光と相まって、まるで四方八方から壁が迫って来たと錯覚しそうになるほどだ。

 

「でぇやぁああ!!」

 

 それを、シアは渾身の一撃で薙ぎ払う。ハンマーを振り回し、ゴーレムを吹き飛ばす。

 今この場で、実質的に戦闘可能なのは自分だけ。ハジメが戦闘に参加していれば話は別だが……しかし今の状況では、自分が負けることはすなわち、パーティの全滅に繋がる。故に油断はできなかった。

 

ドォガアアア!! ドガンッ!! ドゴォオオオン!!

 

 敵を薙ぎ払い、叩き潰し、少しずつ数を減らそうとする。しかし一向に減ることはない。壁を天井を高速で、重力を無視して縦横無尽に駆け回る敵という厄介な性質もあるが、そもそも敵の数が多過ぎる。この数は、シアのキャパシティを遥かに超えていた。

 

「……あっ」

 

 そんなシアの戦闘を見ていたユエは、何かを思いついたかのように呟くと、水筒を開け、中に入った神水をぶちまけた。

 

「“破断”」

 

 神水に内包される魔力を直接利用することで、神水で水流を作り出し、ゴーレムを鋭利に切断していく。水属性魔法ではあるが、神水に内包されている魔力を利用することで、通常よりもかなり魔力消費を抑えることができていた。香織も、ユエに続いてシアをサポートする。

 

「シア、気をつけて」

「分かってるよ! でも……あっ!」

 

 破壊された数体のゴーレムが、周囲の床や壁の鉱物を吸収し、再生している。これが、ゴーレムがいくら頑張っても減らない理由。

 

「ゴーレムが再生してっ……!」

「大丈夫、ゴーレムなら核がある。それを壊せば倒せるはず」

「えっ……でも……」

 

 シアは勢いよく「分かった」と言った。ユエも襲いかかってくるゴーレムを迎撃する。しかし香織には、あることが引っ掛かっていた。

 

 実を言うと、香織は見えないものを見えるようになっていた。様々な魔物を食べた結果、体内が透けて見えるようになったのだ。もちろん今も、ゴーレムの構造がとてもよく分かる。

 だが、ユエの言った“核”らしきものは見当たらない。全てが同一の金属で構成されているっぽいのが分かる。

 

「くらえっ……!」

 

 香織も攻撃を開始する。そうして一体、ゴーレムを胴のあたりで両断するだけでなく、さらに四等分、八等分にした。しかし、再生してしまうのだ。周囲の金属を利用して、金属を結合させるのだ。

 

「どうしてっ! どうして減らないのッ!」

「シア、落ち着いて……!」

 

 敵は減らず、こちらだけが消耗していく。危機感からなのか、シアだけでなく、ユエも苛立っているように見えた。

 

「二人とも! このゴーレムには核が無い! 絶対倒せない!」

「じゃあ、どうすれば!」

 

 シアが大声で叫んだその時だった。

 

 周囲に、複数の手榴弾のようなものが投げられた。そしてそれは、即座に気化していく。警戒してか、ゴーレムは少し離れた。

 

 香織とユエはすぐにハッとして、ハジメの方を向くと、ハジメは立ち上がっていた。

 

「……別に倒さなくても、無力化する方法はある」

 

 ハジメはそう言うと、斜め上方向を指差し、ニヤリと笑みを浮かべる。

 

「今から使う技を、お前のような、コソコソ隠れている神代の敗北者が見抜くことはできない。なぁミレディ・ライセン、聞いてるんだろ?」

 

 今のハジメができる最大限の煽り。それを、このゴーレムを操る者のいる方向へ向けて放った。

 

 その数秒後、停止していたゴーレムが、ガタガタガタ……と震え、そして物凄い速度で迫る。が、

 

「はい終わり」

 

 ゴーレムは一斉に転び、立ち上がることができなくなった。地面で魚のように飛び回る。ボディが破壊されているわけではないので、再生もしない。

 関節部が曲がらない。故に立ち上がれず、剣すら降ることができない。やがてゴーレムは起動停止し、ピクリとも動かなくなった。

 

「えっ……? ハジメさん、何を……」

「シア、タネ明かしは後ね。どこぞのクソ雑魚敗北者に聞かれるかもしれないし。さっ、ボス部屋の場所分かったから行こう」

 

 サラッと煽りつつ、ハジメは出口の方へ歩いていき、残りの三人もそれに続いた。

 

 

 

◆◇◆◇

 

 

 

 この後も、ハジメの先導で進んでいく。たまに迷宮全体が揺れることがあったが、そういう時は道を戻ったりして、臨機応変に対応した。

 

 様々なトラップを超え、上の方へと登り、そうして辿り着いたのは、巨大な球状の空間だった。

 

「おっと、これは……」

「……重力を無視してる?」

 

 直径ニキロメートルはありそうな空間に、無数のブロックが浮遊して不規則に移動しているのだ。完全に重力を無視しているが、ハジメたちに影響はない。何らかの……おそらくは、重力か何かを操作する魔法の影響なのだろう。

 

「さぁ、後は奥へ走るだけだ。全力で行くぞ」

 

 ブロックへ飛び乗り、走り出すのとほぼ同時に、浮いていた巨大ブロックが落下してくる。しかし元から走っている四人は、割と簡単に回避することができた。しかし後方からはズゥガガガン!! といった破壊音が聞こえてくる。下手したら死んでいるレベルだ。

 

 だがそれを掻い潜り、ハジメ達は全速力で奥へと進む。そしてとある何も無い場所で、ハジメは立ち止まった。

 

「おい、出てこいよ敗北者! それとも、負けるのが嫌で隠れたか!?」

 

 ハジメの大声が、大部屋に反響する。それに呼応するかのように、何かが近づいてくるような音がする。何かは瞬く間にハジメ達の頭上に出ると、その場に留まりギンッと光る眼光をもってハジメ達を睥睨した。

 

 ハジメ達の目の前に現れたのは、宙に浮く超巨大なゴーレム騎士だった。全身甲冑はそのままだが、全長が二十メートル弱はある。右手はヒートナックルとでも言うのか赤熱化しており、先ほどブロックを爆砕したのはこれが原因かもしれない。左手には鎖がジャラジャラと巻きついていて、フレイル型のモーニングスターを装備している。

 

「……」

 

 ハジメは臆せずにゴーレムを睨みつける。何かを言うことも無い。ただ、ニヤリと笑みを浮かべているだけだ。

 

「アンタか……よくも巫山戯たことを言ってくれたわね……!」

 

 そのゴーレムから発される声は、明らかに怒りの感情が含まれていた。




 ちなみにですが、ハジメが煽りまくった理由は、ミレディを苛立たせて、思考を単調にさせるためです。誰かが操ってることは、あの時点で分かってたので。


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地雷大爆発

 本日は、投稿がここまで遅れてしまって申し訳ありませんでした。

 というのも、プロットを作っては消し、新話を書いては消しを繰り返していたら、三週間くらい経っていました。
 とにかく難しいのが、香織を活躍させられるという点です。ぶっちゃけた話、ユエとポジションが一部被っているので、かな~り活躍させるのが難しかったのです。



 あと、やっぱTRPGをやりたい。とりあえず、最近はプレイヤーとして一度やったので、GMやってみたいですね。一度もやったことないので。



 とりあえず、ミレディ戦前編をどうぞ。


「アンタか……よくも巫山戯たことを言ってくれたわね……!」

 

 凶悪な装備と全身甲冑に身を固めた眼光鋭い巨体ゴーレムは、怒りを露わにしてハジメ達の前に現れた。ハジメ以外の三人は、即座に臨戦体勢を取るが、しかしゴーレムは襲ってこない。

 

「ああ、すみません。煽っとけば、いい具合に怒って攻撃が雑になると思ったんですが……この様子じゃ、本気で怒ってるわけじゃなさそうですね」

 

 だがハジメからしたら、このゴーレムの行動は想定外というか、そんな感じだった。本気でキレているなら、即座に攻撃を仕掛けてくると思っていたからだ。

 しかし実際は攻撃してこない。ということは、ある程度は苛立っていても、ハジメの煽りは、攻撃が雑になるほどではなかったということだろう。

 

 そんなハジメに対して、巨体ゴーレムは不機嫌そうな声を出した。声質は女性のものだ。

 

「はぁ〜、可愛げが無いなぁ。こんなんじゃ、全っっ然面白くない」

 

 実にイラっとする話し方である。しかも、巨体ゴーレムは、燃え盛る右手と刺付き鉄球を付けた左手を肩まで待ち上げると、やたらと人間臭い動きで「やれやれ」と言う様に肩を竦める仕草までした。

 これにはユエとシアはかなり苛立った。香織はまだマシだが、わずかに顔をしかめている。そしてハジメは……このゴーレムをブチギレさせたいと強く思うようになった。

 

「そりゃあこんな迷宮ですから。……それで、ある程度は想像がついてますが、あなたは何者ですか?」

「……ああ、そういえば自己紹介がまだだったね。……コホン」

 

 軽く咳払いをすると、ゴーレムは胸を張るような仕草をして自己紹介を開始した。

 

「どうもはじめまして~、皆大好きミレディ・ライセンだよぉ~」

 

 最初とは打って変わって、やたらと軽い挨拶をされた。こんな余裕そうな声を出して……と、ハジメはこのミレディを出し抜きたいと、さらに強く思った。

 

「やっぱり……。大昔からここまで、ゴーレムに乗り移ることで生き残ることができた、ということかな?」

「そーゆーこと! そして私は、ここに来る挑戦者を待ち続けたのさ!」

「なるほど。でもすごいね……」

「え?」

 

 散々煽り散らしていたハジメではあったが、ここで凄いと言う。これにはミレディも思わず聞き返してしまう。

 

「だって、エヒトに負けてもずっと抗い続けてるってことですよね? なんとかして、人々にエヒトを倒せるほどの力をつけてもらうために」

「お、おぉ……その通り! 確かに私達はあのクソ神に負けた! でもタダでは負けてやらない! こうして隠れて、迷宮を攻略した者に力を与えるために待ち続けていたのだ!」

 

 ハジメの言葉に乗って、ミレディはいい具合に調子に乗ってくる。そこにハジメは、今までとは別のベクトルの煽りをしてみる。

 

「確かにミレディさんは凄い。でも……他の解放者ってみんかクッッッソ無能ですよね! ミレディさんみたいに誰かを待ち続けることもなく無駄死にして! こりゃいくらミレディさんが有能でも、他の奴らのせい――」

「危ないっ!」

 

 

 

 

 

「あ?」

 

 

 

 

 

 その瞬間、物凄い速度でモーニングスターがハジメの眼前に迫る。それこそ、ハジメですらほとんど反応できない速度で。

 シアが未来を視て無理矢理引っ張っていなければ、ハジメにモーニングスターが直撃し、即死していたことだろう。

 

「これは……」

 

 怒らせることには成功した。成功はしたのだが……かなり面倒な状況になった。

 

「お前は言ってはならないことを言った! お前だけは必ず殺す!」

 

 あまりにも怒らせすぎた。地雷を踏んでしまったのだ。直前に死にそうになったこともあり、ハジメは軽く後悔していた。思考が鈍くなろうが、この攻撃速度だと無意味ではないかと。

 だが、勝つのを諦めないわけではない。ハジメはなんとか冷静になるために、ゴーレムを分析した。

 

(見た感じ、装甲はアザンチウムで、かなり厚いな。それで内部がかなり精巧にできている。内部にアザンチウムが詰まってないのは幸いか)

 

 ゴーレムの特徴は、厚いアザンチウムの装甲もあるのだが……錬成師のハジメにとっては、内部の精巧さの方が驚くべきものだった。様々な機能を備えており、その機能を十全に発動させるために、無駄の無い形で様々な鉱物が組み合わさった回路のようなものができていた。ここまで精巧なゴーレムは、それこそ相当優秀な錬成師でもなければ作れないと、ハジメは感じていた。

 

「ハジメさん!」

「ああ、殺されないようにする」

「本当に死なないでくださいよ!?」

 

 シア以外も心配そうに見ていたので、彼女らに向けてハジメは軽く頷く。そして宝物庫から、ロケットランチャー“オルカン”を取り出し、ゴーレムに向けて発射した。

 

ズガァアアアン!!

 

 凄絶な爆音が空間全体を振動させながら響き渡る。もうもうとたつ爆煙。しかし、

 

「この程度が効くか!」

 

 煙の中から怒号が響く。そして大量の巨大ブロックがハジメに迫る。数を操っているためか、先程のよりは速度は遅めだが、それでもハジメが反応できるギリギリの速度だ。

 

「……やっぱ、正攻法じゃ無理か」

 

 しばらくして、煙の中から両腕の前腕部の一部を砕かれながらも大して堪えた様子のないミレディ・ゴーレムが現れた。ミレディ・ゴーレムは、近くを通ったブロックを引き寄せると、それを砕きそのまま欠けた両腕の材料にして再構成する。

 

「とりあえずシア、核は心臓の部分にあるから頑張って叩いて。そして香織とユエは、適当に攻撃を捌いて。攻撃を止めてくれるだけでもありがたいから」

「わかった!」

「んっ……」

「よっし、私がぶっ壊す!」

 

 こうして指示を出していると、天井の方から大量のゴーレム騎士が降ってきた。別の場所で無力化した個体とは違うらしい。

 

「うん。準備ができるまで、香織とユエでなんとかして」

 

 そう言うとハジメは、ミレディゴーレムの攻撃を回避しながら、とにかく大量の手榴弾をあてもなく投げ飛ばした。手榴弾が着弾すると、気体へと変わって霧散する。

 

「数が多いっ……!」

「ん……辛い」

 

 しかしその間、ゴーレム騎士達を相手している香織とユエにとってはかなり辛いことだろう。そもそも魔法タイプなのに、魔法が十全に使えない上、敵の数がかなり多い。

 

 だが、数十秒でハジメの準備は完了した。

 

「はい終わり」

 

 ハジメがそう呟いた瞬間、ゴーレム騎士は全て転んでしまった。そして立ち上がれない。関節部が正常に曲がらないのだ。だから持ってる剣もまともに扱えず、ほぼ無力化したのだ。

 

「さぁ残りはミレディ、お前だ――うおっ!?」

 

 そう指差すハジメにも容赦なくミレディゴーレムは攻撃を仕掛けてくる。

 

「させないっ!」

 

 が、そこはシアが妨害する。上方のブロックに跳躍していたシアがミレディの頭上を取り、飛び降りながらドリュッケンを打ち下ろした。

 

「邪魔をするな!!」

 

 そう言いながらも、ミレディゴーレムは横へ()()()いった。

 

「くぅ、このっ!」

 

 目測を狂わされたシアは、歯噛みしながら手元の引き金を引きドリュッケンの打撃面を爆発させる。薬莢が排出されるのを横目に、その反動で軌道を修正。三回転しながら、遠心力もたっぷり乗せた一撃をミレディ・ゴーレムに叩き込んだ。

 

ズゥガガン!!

 

 咄嗟に左腕でガードするミレディ・ゴーレム。凄まじい衝突音と共に左腕が大きくひしゃげる。しかし、ミレディ・ゴーレムは「邪魔!」と怒りを露わにしながら、そのまま勢いよく左腕を横薙ぎにした。

 

「きゃぁああ!!」

「シア!」

 

 悲鳴を上げながら吹っ飛ぶシア。何とか空中でドリュッケンの引き金を引き爆発力で体勢を整えると、更に反動を利用して近くのブロックに不時着する。

 

「やっぱり、かなりの身体能力――」

「死ねっ!」

 

 ハジメとしては全体の把握をしておきたいが、それをミレディ・ゴーレムは許してくれない。一応回避はできる。しかし周囲の様子を気にしていては、その速度についていくことはできない。

 

 なんせミレディ・ゴーレムの攻撃だけでなく、さらに浮遊ブロックを動かして攻撃してくるようになったのだから。かなりの質量を持つ物体が高速でハジメに突進してくるのだ。しかも数十ものブロックがほぼ同時に。

 

「くっ……止めろぉぉぉおおッ!!」

「あ゙あっ!?」

「うわぁっ!」

 

 ハジメの攻撃に重点を置くミレディ。それをもう一人、シアも攻撃するが、片手間で防がれている。ハジメが攻撃に転じることができれば、状況も変わるのだろうが……あいにく、今はミレディ・ゴーレムの攻撃を凌ぐので精一杯だ。

 

 そんな攻撃が数分続いた後、急にミレディ・ゴーレムは攻撃を中止し、ハジメに尋ねてきた。

 

「……さぁ、発言を撤回する気になった?」

 

 慈悲を与えるとか、そんな感じの意味合いでもあるのだろうか。ミレディ・ゴーレムは、他の解放者を罵ったハジメに、その発言を撤回するかどうかを問うた。

 

「いいや、全然」

 

 しかしハジメは、あっさりとそう答えた。

 

「ふーん……じゃあ、本格的にお前を殺す」

 

 表情が分からないので、その言葉に込められた感情を読み取るのは難しい。しかし今までとは明らかに違う、冷めた声であることは理解できた。つまりは、今までよりも冷静ということだ。

 

 直後、全方位からハジメへ向けて時間差で浮遊ブロックが射出される。ハジメは全神経を回避に注ぎ、シビアなタイミングを見極める。

 

 周囲を意識するなんてできない。なんとなく悲鳴のような何かが聞こえるが、そちらを意識したら自分が死ぬ。だから集中するしかない。

 

「クッ、そぉ……隙が無い……!」

「お前は必ず殺す。ただし、徹底的に痛めつけて、絶望させてからだ」

 

 そんなゴーレムの声が聞こえた気がするが、気にすることはできない。飛び出してくるブロックを避けることに集中しなければならない。そんな時だった。

 

ドンッ!

 

「……えっ」

 

 ハジメは宙を舞っていた。想定外のことだったため、それがハジメの意識の外からの攻撃だと、即座に理解することができなかった。

 

 そして……

 

ヒュンヒュンヒュン!

 

 胸に一発、肩に一発、腹に一発。遠くから剣が物凄い勢いで飛んできて、骨を砕き、肉を貫き突き刺され、その勢いのまま地面に叩きつけられた。




 次話にて決着です。一応プロットは出来上がっているので、そこまで時間はかからない……はず。


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