二人の緋皇 ―閃の軌跡Ⅱ― (アルカンシェル)
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1話 宣誓

前回の内容に加筆させて頂き、第一話とさせていただきます。
改めて連載を再開させて行こうと思いますので、改めてよろしくお願いします。




 一ヶ月前、帝国宰相ギリアス・オズボーンが狙撃されたドライケルス広場にて一人の少年が壇上に立つ。

 

「――親愛なるエレボニア帝国の民よ、よく集まってくれました」

 

 皇族特有の金糸の髪を持つ少年は背後に《蒼》を含めた、機械仕掛けの巨人達を従えて堂々と続ける。

 

「先月、この場でオズボーン宰相が狙撃された事件がありました……

 犯人は未だに公開されておらず、皆不安に思っている事でしょう」

 

 その声は導力ネットを通じ、また導力ラジオを持って帝国全土に、それどころかゼムリア大陸全土に向けて放送される。

 

「エレボニアの民よ。僕は告げる。帝国は今、未曾有の危機に瀕していると」

 

 少年の両脇は四大名門の当主たちが控え、彼の正当性を市民に裏付けさせる。

 

「今日、この場を借りて僕はあの日、帝国を導いて下さった《鉄血宰相》を暗殺しようとした罪深い犯人を公表させていただきます」

 

 少年は広場に集まった市民を見回して、その名を口にする。

 

「その者の名は《オリヴァルト・ライゼ・アルノール》」

 

 その言葉に市民は静まり返り、ざわめく。

 

「皆も知っているように、彼は僕の腹違いの兄になります……

 ですが、彼は己の立場を弁えず皇帝の椅子を欲し、この度の蛮行に至ったのです」

 

 疑念の囁きを押し潰すように少年は語り掛ける。

 

「幸い、父上は四大名門と当主たちの迅速な対応のおかげで無事です。かくいう僕も彼らに助けられました」

 

 少年は顔を伏せ、気丈に振る舞いながら言葉を続ける。

 

「ですが、《鉄血宰相》の尊い命は失われてしまった。これは決して許されない罪です」

 

 護る人々の情に訴えかけるように、同情を誘うように少年は訴える。

 

「彼は帝位を簒奪せんために僕の姉を攫い、皇族に代々伝わる《緋の騎神》さえも盗み出した。それがあの日の真実です」

 

 不安を囁く民衆に少年は力強い言葉を投げかける。

 

「鉄血宰相という偉大な指導者を失い、皆不安を感じているでしょう……

 だからこそ、僕はここに宣言します。オズボーン宰相の意志は僕が継ぐと!」

 

 少年は拳を握り宣言した。

 

「僕は確信している! エレボニアの民が団結すればこの程度の《国難》など容易に乗り越えることができると!」

 

 その言葉を示すように彼の両脇に控える四大名門が無言で自分達の存在を魅せつける。

 

「僕はここに誓おう! 罪深き兄を正し! 《大いなる騎士》をこの手に取り戻すことを!」

 

 そして少年は名乗る。

 

「エレボニアの民よ……僕こそが次期エレボニア帝国皇帝――セドリック・ライゼ・アルノールである!」

 

 

 

 

 

 

 サザーランド州。

 セントアーク大聖堂の前には多くの人だかりが集まり、カール・レーグニッツは即席で造られた壇上に立つ。

 

「親愛なるセントアーク市民の皆さん、初めまして。私は帝都知事カール・レーグニッツです」

 

 カールは鉄道憲兵に身辺を護られながら告げる。

 

「本来なら帝都知事である私がこのセントアークにいることを不思議に思われるでしょう……

 その訳はこの場を借りて説明させて頂きたい」

 

 平民ばかりが集まっている広場をカールは見渡して口を開く。

 

「皆さんもご存じの通り、帝都ヘイムダルは四大名門の当主たちによって不当に占領されました……

 私は鉄道憲兵隊のおかげでこのセントアークに辿り着き、帝都で起きた事件の真実を話すためにこの場に立たせて頂いております」

 

 カールは一呼吸置いて、はっきりと告げる。

 

「まず先に言わせていただきたい……

 先日、帝都でセドリック皇子が発表した声明は全て偽りだと!」

 

 その一言に広場はざわめく。

 

「皆さんも導力ラジオのオズボーン宰相閣下の御言葉を聞いているはず!

 閣下を狙撃した犯人の名は《クロウ・アームブラスト》!

 彼は厚顔無恥にもセドリック皇子が声明を発表したあの場にいた《蒼の騎士》であり、《帝国解放戦線》のリーダーである《C》でした」

 

 ざわめきは大きくなり、カールは確かな手応えを感じながら続ける。

 

「皆さんの戸惑いは分かります……

 《帝国解放戦線》は壊滅したはずだと。ですが、思い出して下さい……

 その発表をしたのが誰だったのかを……そう! 四大名門のカイエン公爵にログナー侯爵の御二人です!」

 

 戸惑いのざわめきは少しづつ小さくなり、市民はカールの言葉に聞き入ってしまう。

 

「皆さんも噂話として聞いたことはあるでしょう。四大名門がテロリスト達を支援していると……

 それが真実であり、彼らは我等の《鉄血宰相》を暗殺しようとし、さらには偽物のセドリック皇子を祭り上げこのエレボニア帝国を乗っ取ろうとしているんです!」

 

 カールの発言の証拠に、並び立つ鉄道憲兵隊のミハイルが口を挟み、クロウ・アームブラストが宰相狙撃の犯人だと証言する。

 

「さらにそれらの罪をあろうことかオリヴァルト皇子に擦り付けようとしている! こんな蛮行を許して良いはずがない!」

 

 拳を握り締めて叫ぶカールに同調する声が上がり、その声は瞬く間に伝染して広場は熱狂に包まれる。

 本来ならこれだけの騒ぎを起こせば領邦軍が踏み込んで来るのだが、その気配はない。

 何故なら既にセントアークは帝都から脱出した正規軍と鉄道憲兵隊によって制圧が完了しているからに他ならない。

 

「セントアークの市民よ!

 貴方達も旧態依然の貴族がもたらす搾取は身に染みて分かっているはず!

 これ以上、四大名門の彼らの傲慢を野放しにしておけば、帝国に未来はない! 故に今こそ立ち上がる時なのです!」

 

 市民の士気がこれ以上ない程に上がっている。

 自分らしくもない演説にカールはオズボーンの様にできたかと安堵する。

 見る者が見れば、彼には《黒》の瘴気が纏わりつき、それが市民たちへと伝播しているがそれに気付ける者はその場にはいない。

 

「この場で紹介させていただきましょう……

 私たちエレボニア帝国正規軍の正当性を示す、旗頭を――」

 

 そう言ってカールは壇上の場を譲り、代わりにそこに立ったのは赤い礼服に金糸の髪を持つ青年。

 

「やあ、セントアークの諸君。知っている者もいると思うが名乗らせて頂こう」

 

 不本意だと言う内心を顔に出さず、《放蕩皇子》はセントアークの市民に対してにこやかな笑みを振り撒き名乗る。

 

「僕はオリヴァルト・ライゼ・アルノールである」

 

 ――どうしてこうなってしまったんだろうね……

 

 外面を取り繕いながらもオリヴァルトはこの状況に苦悩する。

 起きてしまった内戦に嘆くも、オリヴァルトは貴族派、革新派、どちらの陣営にも肩入れせず、中立の立場として互いを滅ぼし合う戦いを回避しようと努めていた。

 しかし、その努力は先日の帝都でのセドリックを名乗った何者かによって台無しにされた。

 だがオリヴァルトの胸中を締めるのは徒労ではなく、憤り。

 自分の中にこんな感情があったのだと、オリヴァルトは自嘲する。

 

 ――いくらボクでも譲れない一線はあったということか……

 

 脳裏に今は亡き母の顔をオリヴァルトは思い出す。

 帝国貴族の策謀によって命を落とした母の存在と、名と立場を利用されて居場所を奪われた弟の存在が重なる。

 

 ――同じような欺瞞を繰り返すことは許さない……

 

 かつてリベールで言った己の言葉を思い出す。

 今日まで多くの貴族と顔を繋ぎ、話し合って来たが結局オリヴァルトの言葉は彼らに届くことはなかった。

 

「しかし、それでも――」

 

 自分の中の《黒》い衝動を呑み込んでオリヴァルトは自分の言葉を待つ帝国市民に正規軍を率いて四大名門を討つことを宣言するのだった。

 

 

 

 

「ふう……」

 

 演説が終わり、壇上から降りたオリヴァルトは熱狂する市民たちを他所に陰鬱なため息を吐く。

 

「大丈夫か、オリビエ?」

 

「ああ、ミュラー。大丈夫だよ。全て受け入れた上での決断だ」

 

 気遣ってくれる親友にオリヴァルトは笑顔を繕って答える。

 

「とてもそうには見えないが……」

 

「柄ではないことは承知しているよ……

 だけど、誰かが正規軍の旗頭にならなければ状況は更に酷くなる。だからボクが立つしかなかっただけの話さ……

 それにこうでもしないとボク自身を護る手立てもないからね」

 

 帝都のセドリックの宣言によりオリヴァルトは逆賊として帝都中に指名手配されてしまった。

 

「あれが本物のセドリックの宣言なら、ボクは喜んでリベールに亡命しているんだけどね」

 

「オリビエ……」

 

「帝国は何も変わらなかった……

 ボクの母上やハーメルの悲劇、そしてオズボーン宰相の狙撃……

 彼らはまた同じ欺瞞をまた繰り返そうとしている」

 

 彼ら四大名門が偽物のセドリックを用意していたことを考えれば――

 

「それだけは見過ごすことはできない」

 

 例え、これまでの主義を捨てることになったとしても本物の弟を見殺しにする選択肢はオリヴァルトにはない。

 それに自分の身を護ることも理由の一つだが、暴走しそうな彼らや市民に対しての抑止力になることも考えての立身でもある。

 正規軍に占領されたとはいえ、セントアークにはまだ多くの貴族が残っている。

 戦闘の末に捕縛された領邦軍も少なくはない。

 彼らにオズボーン宰相が殺された憎悪の矛先が向けられないために、節度ある誇り高いエレボニア人として振る舞いをオリヴァルトが訴えたおかげで正規軍は秩序を保っている。

 

「はぁ……」

 

 らしくもなく肩肘を張っているオリヴァルトにミュラーはため息を吐く。

 しかし苦言を告げることはない。

 ミュラーもまたオリヴァルトが立ち上がらなければ正規軍はまだしも、それに平民は貴族への憎悪を爆発させて暴徒と化していてもおかしくはない。

 

「あまり無理はするなよ」

 

「この程度の無理なんてクロスベルで戦ってくれた彼に比べれば……彼?」

 

 自分の口から出て来た言葉にオリヴァルトは首を傾げる。

 “彼”とはいったい誰の事だろうか。

 その疑問に向き合おうとオリヴァルトは考え込む。

 

 ――何か忘れてはいけないことがあったような……

 

 それが何なのか、思考の霧を探ることに神妙な顔をして没頭するオリヴァルトにミュラーは彼を安心させるための報告をする。

 

「ランドナーから朗報だ。クリス・レンハイムをノルド高原で発見、怪我もなく無事だそうだ」

 

「そうか! それは何よりだ」

 

 掴みかけた“それ”は思考の霧の奥に消え、オリヴァルトは次の瞬間気に掛けたいたことも忘れ弟の無事に安堵する。

 

「ではミュラー。《紅き翼》の件は――」

 

「アルゼイド子爵にそれは任せてある。安心しろ」

 

「そうか……」

 

 オリヴァルトは笑みを浮かべると北の空――ノルドの方の空を見上げる。

 

「ボクはこんなことになってしまったが、セドリック……どうか君に女神の祝福を……」

 

 自分ではなれなかった《第三の風》に弟がなってくれることをオリヴァルトは祈るように願うのだった。

 

 

 

 

 




 原作との差異。
 カール・レーグニッツが帝都から脱出していること。
 正規軍及び鉄道憲兵隊がクロウが宰相狙撃の犯人だと大々的に公表。
 それに伴い、四大名門のテロリストの支援も暴露し、彼らの正当性を糾弾。
 しかしこれだけでは正規軍の欺瞞情報だと突き返されるので、正規軍は旗頭としてオリヴァルトを支持する形で対抗する。

 オリヴァルトは革新派に取り込まれることは不本意であるが、正規軍が制圧した地方の貴族の身の安全を引き換えに旗頭になることを受け入れる。




 なお閃Ⅱとは別に前回の閃Ⅰは完結させましたが、短編を掲載するかもしれません。
 現段階でのネタとしては、

「ラウラのアルバイト」
 借金返済のためにキルシェで働くことになったラウラ。
 主にウェイトレスの仕事をしているのだが、ある客に愛想が足りないと言われて……

「園芸部フィー先輩」
 トールズ士官学院に入学して数ヶ月、園芸部に時期外れの新入部員?が入る。
 彼女の名前はリン。
 フィーは初めてできた後輩に何を思うのか。

「導力ネットチェスを作ろう」
 マキアスが所属している第二チェス部は少ない部員、代わり映えのない相手としか打つことができない状態に伸び悩みを感じていた。
 そのことを寮での会話で話題に出したところ、リィンが落ちものゲームの「ポムっと」からチェスでもそういうのができないのかと提案する。
 全国の相手と身分に関係なくチェスを打てるということにマキアスは興味を示し、導力ネットの勉強を始めるのだった。

 今はこの三人のくらいしかネタは思い浮かんでませんが、できたら一巡位はⅦ組のそれぞれの話を書いてみたいと考えています。
 なお時系列はともかく、リィンの多忙でそんな暇はなかったとかはあえて考えずに書こうかと考えています。




NG

 クリスは一人で空を見上げて呟く。

「リィンさん、僕はどうしたら良いんですか?」

 独り言に誰かが答えてくれるはずもなく――そう思った所でクリスは肩を叩かれた。

「――っリィ――」

「みししっ」

 そこにいたのは遠いクロスベルのテーマパークのマスコットみっしぃだった。

「…………何で?」



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2話 緋の目覚め

 

 

 

 風が吹く。

 

「――ぅ……」

 

 清涼な風が頬を撫でる感触にクリスは強張っていた瞼をゆっくりと開く。

 

「…………ここ、は……?」

 

 身体を起こして辺りを見回せば、そこは崖の狭間。

 遠くでは鳥の――鷹の鳴き声が聞こえてくる。

 

「…………僕は……いったい……」

 

 気だるい虚脱感を感じながらクリスは直前の記憶を振り返る。

 

「たしか……今まで……戦って……」

 

 その戦闘と今自分がいる場所が結びつかず、クリスは困惑したまま思ったことを口にする。

 

「………………夢……?」

 

「そんなワケないでしょ」

 

 クリスの独り言に応える声が背後から。

 振り返るとそこには《緋》がいた。そしてその肩に乗った黒猫――セリーヌは偉そうに告げる。

 

「ようやくお目覚めね、クリス・レンハイム。いえ――セドリック・ライゼ・アルノール」

 

「……セリーヌ……」

 

「あいにくだけど、これは夢なんかじゃない」

 

 まだ空ろな顔をしているクリスにセリーヌは突き付けるように言葉を続ける。

 

「過酷で、冷酷で、残酷な、嘘も偽りもない“現実”よ」

 

「現実……」

 

「グズグズしている暇はないわ。《核》が傷付いたことで“テスタ=ロッサ”はしばらく動けない……

 まずは自分の身を守ることを考えなさい――《緋の起動者》」

 

 セリーヌの一方的な言葉にクリスは戸惑いながら、意識を失う直前の出来事を思い出す。

 

「そうだ……僕はクロウと……《蒼の騎神》と戦って……」

 

 改めて見る《緋》の姿はひどいものだった。

 前面の装甲はどこもかしこも罅割れ、左腕はかろうじて繋がっている。

 背中の翼も半分だけとなっており、その修復を優先しているのか《テスタ=ロッサ》の意識はない。

 

「それにしても派手にやられたわね。まったく初めての“同期”だったとしても情けない」

 

「むっ……」

 

 セリーヌの物言いにクリスは顔をしかめる。

 

「確かにあの一撃を防ごうとした無謀を責められても仕方がないけど、背中の傷はセリーヌのせいだろ?」

 

 全てを自分のせいにされてはたまらないとクリスは言い返す。

 天を貫くほどに巨大な光の剣を防ぎ、その時点で《テスタ=ロッサ》の損耗は危険域に達した。

 かろうじて逃げるだけの行動は可能であり、Ⅶ組のみんなとアンゼリカが乗る《ティルフィング》を盾にする形でセリーヌの指示で《緋》はクリスの意志を無視して逃亡した。

 しかし――

 

『逃がすかよ』

 

 神機と合体していたオルディーネは分離し、地上で牽制するしかないⅦ組を無視して騎神の中でも優れた飛翔能力を駆使して飛んで逃げる《緋》に追い付き、その背中に痛烈な斬撃を浴びせて撃ち落とされた。

 

「それは……」

 

 その時のことを思い出してセリーヌはそっぽを向く。

 これが地方貴族の長男程度なら見逃されていたかもしれないが、帝国の次期皇子であるクリス、ことセドリックを見逃す理由はクロウ側にはない。

 彼女の安易な行動の結果、《テスタ=ロッサ》は完全に沈黙し、クリスの意識はそこで途切れている。

 

「人のことをとやかく言う前に自分の行いを反省したらどうなんだい?

 偉そうにしているけど、君に実戦経験はないはず。戦況が分からないくせに勝手に動くからこうなったんじゃないのかい?」

 

「何ですって!? わたしがいないとまともに《テスタ=ロッサ》を動かすこともできないくせに!」

 

「何だとっ!?」

 

「何よっ!?」

 

 ぎゃあぎゃあ、わあわあと二人はしばらくの間、溜めた鬱憤を吐き出すように罵り合う。

 

「はあ……はあ……それで結局僕達はどうしてこんなところに? そもそもここはいったい何処なんだい?」

 

「知らないわよ」

 

 ふんっとセリーヌはそっぽを向きながら応える。

 結局のところ、撃墜された時点で意識を失ったのはセリーヌも同じで、目覚めたのもクリスの少し前程度でセリーヌも現状を把握し切れていなかった。

 

「はぁ……」

 

 クリスはため息を吐き、踵を返し歩き出す。

 崖の隙間から外へと出て見れば、空の蒼と大地の緑が一面に広がる絶景が目に入る。

 

「ここは……もしかしてノルド高原か?」

 

 かつて特別実習の実習地の一つだったがクリスとは縁はなく、それでもクラスメイト達が撮って来た写真や描いた絵で景色だけは知っていた。

 

「へえ、良く分かったじゃない。って、どこに行くのよ!?」

 

 そのまま歩き出したクリスにセリーヌは慌てて後を追い駆ける。

 

「グズグズしている暇がないって言ったのは君の方だろ?

 《テスタ=ロッサ》は当分動けそうにないし、この場所なら誰かに見つけられることも早々にないはずだ……

 なら僕達がまずやることは食料調達と並行して人里を見つけなくちゃ野垂れ死にだよ」

 

「それは……そうだけど……」

 

 皇子とは思えない順応振りにセリーヌは困惑する。

 

「ここがノルド高原の何処か分からないけど、馬も導力車もない僕達にとって君が考えている以上に危険な状況なんだよ」

 

「っ……ああ、もう分かったわよ!」

 

 主導権を握れないことにセリーヌは苛立ちながらもクリスの後を追い駆ける。

 

「ところであんたの装備は《テスタ=ロッサ》の中に残したままだけど良いの?」

 

 その一言にクリスは力強く踏み出した一歩を後戻りするのだった。

 

 

 

 

「これは絶景だな」

 

 切り立った断崖の上から見下ろすノルドの風景に場違いな状況と分かっていてもクリスは思わず感嘆の息を吐いた。

 空の蒼と大地の緑。

 頬を撫でる清涼な風は話に聞いていただけでは決して味わうことができない爽快な解放感をクリスに与えてくれる。

 

「場所は……何処だろう……? あそこに見えるのが監視塔かな?」

 

 崖の下に見える建築物にクリスは曖昧な地図を頭の中に描いて、今いる場所をノルドの北東辺りだと仮定する。

 

「それにしてもよりによって、どうしてこんなところに……?」

 

 道のようになっている崖を見下ろせば、背筋が寒くなる程に深い谷。

 標高も高く、吹き付ける風は強い。

 

「とにかく平野に降りよう」

 

「そうね……」

 

 方針を決めて、一人と一匹が歩き出そうとしたところでその気配は背後に現れる。

 

「え……?」

 

「この気配は!?」

 

 光が結実し、彼らの背後に一角の竜とも言える《蒼き氷獣》が現れる。

 

「オオオオオオオオオオオオッ!」

 

 全身を氷で覆われた幻獣が咆哮を上げるとノルドの風に雪が混じり、瞬く間に吹雪となる。

 

「まずいっ!」

 

「ちょ!?」

 

 クリスはセリーヌを抱え上げ、下り坂となっている道を落ちるように駆け下りる。

 平野に辿り着いたところでクリスは足を縺れさせて草むらに倒れ込む。

 投げ出されたセリーヌは器用に空中で身を捩って着地すると、倒れ込むんだクリスに呆れた言葉を投げかける。

 

「大した逃げっぷりね」

 

「魔獣相手に意地を張っても仕方ないだろ……

 それに今の身体は本調子じゃないみたいだし、山の上の吹雪は本当に危ないんだよ」

 

 たった一回の全力疾走で息も絶え絶えになっている自分の身体に、どれだけの消耗をしていたのか考えながらクリスは呼吸を整える。

 

「あれは魔獣じゃなくて幻獣よ……

 本来、この次元に現れるはずのない存在、帝国とその周辺で起きている何らかの“乱れ”や“歪み”が影響を及ぼして顕現させたのかもしれない」

 

「それは……帝国全土が旧校舎みたいな上位三属性が高まった場になりつつあると言う事?」

 

「そう取ってもらって構わないわ……

 それよりもどうするつもり? あの幻獣のせいで“彼”の下には戻れなくなってしまったわよ」

 

 セリーヌの指摘にクリスは駆け下りた坂道を見上げる。

 幸いなことに《幻獣》はクリス達を追い駆けてくる気配はない。

 しかし、テスタ=ロッサを置いて来た場所に続く道は目の前の坂だけだとするのなら、氷の幻獣を撃破しない限り彼の下に辿り着けなくなってしまった。

 

「考えても仕方がない。今は一刻も早く体の調子を戻さないと」

 

 武器は《魔剣テスタ=ロッサ》と小型導力銃だけ。

 消耗し切った体ではただでさえ扱いの難しい魔剣の力を暴走させる危険さえある。

 いくら動けないとは言っても、幻獣程度に壊される《騎神》ではないだろうとクリスは割り切った判断を下す。

 

「ここがノルド高原の北東なら、目指すべきはガイウスの家族がいるだろう中央か、北端に位置するラクリマ湖を目指すべきだろうね」

 

「あんた、来たこともないのに良く知っているわね」

 

「はは、ノルドについてはドライケルス大帝の武勇伝の始まりの地だからね。当然の知識だよ」

 

 そう言っている内に呼吸が整い、クリスは立ち上がる。

 幻獣の影響なのか。ノルドの風に冷たさが含まれ、まだ“十一月”に入ったばかりだと言うのに雪がちらつき始めている天気にクリスは危機感を募らせる。

 

「さあ、先を急ごう」

 

 セリーヌを促すクリスだったが、その頭上を飛行艇が通過する。

 

「あれは帝国の哨戒機? 助かった」

 

 頭上を通過して旋回して戻って来る帝国製の哨戒機にクリスは安堵し、救助を求めるように手を振る。

 

「ちょ、やめなさい! もしかしたら貴族派の勢力かもしれないのよ!」

 

「大丈夫だよ。ノルド高原はクルト――僕の親友の叔父さんがゼンダー門を仕切っているんだ……

 多少の拘束はされるかもしれないけど、会えばいくらでも弁明はできるから」

 

 顔見知りがトップにいるからという安心から無警戒にクリスは近付いて来る哨戒機に手を振り続け――おもむろに手を降ろした。

 

「ねえ……」

 

「何、セリーヌ?」

 

「今、飛行艇に下に設置されている砲門が動いたように見えたのは私の気のせいかしら?」

 

「奇遇だね。僕にもそう見えた」

 

 漠然と眺めるのではなく、状況を俯瞰し、そこにある要素を瞬間的に掴み取る。

 それが戦場を生き残るコツだと教えてくれた言葉が脳裏に過り――

 

「セリーヌッ!」

 

 再びセリーヌを抱えてクリスはその場から飛び退き、直後飛行艇の砲が火を噴いて連射された弾丸がクリス達が一瞬前までいた空間に掃射された。

 

「な、な、な……何でいきなり撃って来るのよ!?」

 

「僕に分かるはずないだろ!」

 

 腕の中で驚くセリーヌに負けじとクリスは声を張り上げ、再び全力疾走を始める。

 

「ああ! もうっ!」

 

 見晴らしの良い高原においてクリスがいくら全力を振り絞って走ったところで空を飛び回る哨戒機を振り切ることなどできるはずはないのだが、哨戒機は散漫な威嚇射撃を繰り返すだけでクリスを直接撃つ気配はなかった。

 

「これは……誘導されているわね」

 

「やっぱりそう思う?」

 

 腕の中のセリーヌの言葉にクリスは同意する。

 哨戒機の兵士たちにどんな意図があるのか分からないが本気で当てようと言う気概を感じ取れない。

 

「また撃って来るわよ!」

 

「了解。あ――」

 

 背後を覗き見るセリーヌの指示に合わせてクリスは走る方向を切り返す。

 しかし、クリスは足をもつれさせたたらを踏む。

 

「ちょ、何やってるのよ!?」

 

 転倒は免れたものの、唐突に足を止めたクリス達に動揺したのかタイミングがずれたのか、威嚇射撃のはずだった銃撃の射線と入ってしまったとクリスは直感する。

 

「くっ――こうなったら」

 

「何を――にゃ!?」

 

 絶体絶命の窮地に策があると言わんばかりのクリスはセリーヌの首根っこを掴み叫ぶ。

 

「セリーヌバリアッ!」

 

「はあっ!」

 

 自分を盾にするクリスにセリーヌは抗議の声を上げるものの、既に用意していた防御術を展開し、短い機関銃の掃射を防ぐ。

 

「よしっ!」

 

「よしじゃないわよ!」

 

 首根っこを掴まれ吊るされて自由のないセリーヌは抗議するように長い尻尾でクリスの額を叩く。

 

「私はあんたのあの玩具じゃないのよ!」

 

「ごめんごめん、でもあの子たちを玩具って呼ぶのはやめてくれないかな……

 今のお詫びなら今度雑貨屋で一番高い猫缶を買って上げるから」

 

「…………そんなもので誤魔化されたりしないわよ」

 

「はいはい」

 

 尻尾を揺らすセリーヌを抱え直してクリスは逃亡を再開する。

 

「ところで良い考えが一つあるわよ」

 

「何? あの飛行艇を落とせる大魔法がセリーヌにあるとか?」

 

「そんなんじゃないわよ。いい? 二手に分かれて撹乱するのよ」

 

「あはは、そんなの僕が狙われる一択じゃないか、さては僕を囮にして自分だけ助かるつもりだね。この人でなし」

 

「そうよ。私は猫だもの」

 

 先程の盾にされたお返しと言わんばかりにセリーヌは言い切る。

 しかし、そう言いながらも抱えられているクリスの腕の中から逃げる素振りはない。

 憎まれ口と軽口の応酬をしながら一人と一匹はとにかく逃げる。

 目を覚ましたばかりの一人と一匹はどちらも本調子には程遠い。

 そうした言葉の応酬をしていなければ、緊張の糸が切れてしまう予感を一人と一匹にはあった。

 

「もう少しだけ辛抱してくれ。この先に石切り場の跡地がある、そこなら飛行艇も――」

 

 セリーヌに掛けた言葉を切ってクリスは足を止める。

 

「今度は何――っ」

 

 飛行艇を監視していたセリーヌは振り返ってクリスと同じように息を呑む。

 何処に潜んでいたのか、自分達の行く手を遮るように現れたのは領邦軍の制服の兵士たちと――

 

「機甲兵まで……」

 

 三体の機甲兵が猟兵達の背後に威圧するように立って、巨大な導力ライフルの銃口をクリス達に向けていた。

 

「手を上げろ!」

 

「貴様は何者だ? この高原の者ではなさそうだが」

 

「事と次第によってはこの場で拘束させてもらう」

 

 問答無用で撃ってこない領邦軍兵士たちにクリスは安堵しながら名乗る。

 

「待ってください。僕は怪しい者ではありません……

 この制服を見て分かると思いますが、僕はトールズ士官学院の者です……

 わけあってこの地に辿り着きました。どうかそちらの責任者であるゼクス中将と面会させて頂けないでしょうか?」

 

 丁寧なクリスの言葉に兵士たちは目を丸くし、次の瞬間笑い出した。

 

「何がおかしいんですか?」

 

「ククク、貴様の目は節穴か? 我々はノルティア州領邦軍だ」

 

「それは……」

 

「ゼクス中将に会いたいのなら合わせてやろう……

 ただし我々がゼンダー門を占領した後の牢屋の中でだがな」

 

 その言葉を合図に領邦軍人たちはクリスを包囲するように展開して導力ライフルを向ける。

 

「…………金色の髪に真紅の士官学院の制服……

 おい、もしかしてこいつは第一級指名手配犯のクリス・レンハイムじゃないのか?」

 

「何……!?

 あの畏れ多くもバルフレイム宮に忍び込みセドリック皇子の命を狙った逆賊のクリス・レンハイムだと!?」

 

「え……?」

 

 兵士たちの奇妙な物言いにクリスは混乱する。

 

「こいつが本物なら大金星だ! 拘束させてもらうぞ!」

 

「くっ――」

 

 導力ライフルを威嚇するように突き付け近付いて来る隊長格の兵士にクリスは思わず身構える。

 

「おっと! 逃げようと思っても無駄だぞ。何と言っても我々には最新鋭のあの機甲兵が――」

 

 隊長が背後の機甲兵を自慢げに誇ったその瞬間、その機甲兵は爆発した。

 

「あはははははははっ!」

 

 導力エンジンの爆音が轟き、無邪気な笑い声と共に彼女は現れ、担いでいた対戦車砲を投げ捨てシャーリィ・オルランドは導力バイクを加速させる。

 

「おおおおおおおおっ!」

 

 救援は彼女だけはなく、黒い軍馬に乗った長身の青年――ガイウス・ウォーゼルがクリスを包囲する領邦軍の中に槍を振り回して陣形をかき乱す。

 

「シャーリィ! それにガイウスもっ!」

 

 仲間たちの登場にクリスは安堵と同時に歓声を上げる。

 

「あ、あれは《血染めのシャーリィ》!」

 

「い、いかん撤退、撤退だ! 監視塔まで撤収する」

 

 領邦軍の反応は早く、しかしそれでも爆走する導力バイクから跳んだシャーリィが彼女の《テスタ=ロッサ》のチェーンソーを一閃させ、機甲兵の頭を一薙ぎで狩り、それを蹴って再び跳躍し走り続ける導力バイクへと着地する。

 

「シャ、シャーリィ……」

 

「と、とんでもないわね」

 

 不意打ちで一機、そして正面から瞬く間に機甲兵を生身で斬り伏せたシャーリィの業の格好良さにクリスは魅せられ、セリーヌは唖然とする。

 

「二人とも無事のようだな」

 

 そんな一人と一匹にガイウスが声を掛ける。

 

「ああ、何とか――」

 

 そこまで応えたところでクリスは全身から力が抜け、その場に膝を着く。

 

「クリスッ!?」

 

「ごめん……ガイウス……安心したら急に力が……」

 

 クリスが意識を保っていられたのはそこまでだった。

 

 

 

 



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3話 最初の一歩

 

 

 

「ここは……」

 

 目を覚ますとそこは無機質な壁に最低限の調度品が飾られた部屋だった。

 見覚えのない部屋に首を傾げながらもクリスはまず最初に体の調子を確かめる。

 

「…………良し。だいぶ回復したな」

 

 ノルド高原で目覚めた時の倦怠感がだいぶ薄れた感覚にクリスは安堵し、自分の身体から部屋への観察に意識を切り替える。

 

「部屋の様子から推測すればゼンダー門かな?」

 

 枕もとの棚に置かれた眼鏡を習慣で掛けながら場所の特定を行い、ガレリア要塞で宿泊した時のことを思い出す。

 もっともあの時の集団で泊まった部屋よりも上等な士官用の個室に見える。

 そして――

 

「…………アルフィン?」

 

 自分が寝ていたベッドに突っ伏して眠っている双子の姉がいることにクリスは目を丸くする。

 

「…………そうか、シャーリィが……」

 

 機甲兵を相手に格好いいバイクアクションで大立ち回りを演じていた赤い少女のことを思い出し、彼女が頼んだ仕事を全うしてくれていたことに安堵する。

 

「でもどうしてノルドに? たしかユミルで落ち合うはずだったのに?」

 

 戦場に出る前にいざとなったら決めていた集合場所ではないことにクリスは首を傾げる。

 あそこなら山奥ということもあり、貴族派の手は届きにくい上に少数だが精鋭である元《北の猟兵》という頼れる戦力が常駐している。

 それにユミルは彼の――アルフィンの親友のエリゼの故郷なのだから。

 

「え……?」

 

 不自然に組み変わった思考にクリスは違和感を覚え、額に手を当てる。

 

「ん……」

 

 しかしその違和感に気付く前に、傍らのアルフィンが身じろぎを始め、ゆっくりと体を起こす。

 

「…………セドリック?」

 

 寝惚け眼で目覚めた弟の顔を見て固まるアルフィンにクリスはバツを悪くして目を伏せる。

 

「その……おはよう……って、そろそろ昼になりそうだけど」

 

 壁に掛けられている時計を見てクリスは誤魔化すように笑う。

 

「――っ――」

 

 しかし、そんなクリスの誤魔化しを他所にアルフィンは感極まった様子で彼の胸へ飛び込んだ。

 

「あ……」

 

「セドリック……良かった目を覚まして」

 

「アルフィン……」

 

「本当に、本当にセドリックなのよね? 本当に……」

 

「アルフィン……?」

 

 その身を確かめるようにきつく抱き締めてくる双子の姉の初めて見る姿にクリスは戸惑う。

 兄譲りの図太い、クリスが憧れるものを持っている姉の珍しい姿。

 密着する体が以前よりもずっとか細く、こんなにも弱々しいものだったのかとクリスは場違いにも思う。

 

「ごめん……心配かけたみたいだね」

 

「本当よ……帝都があんなことになって、セドリックも行方が分からなくなって……

 なのに突然、帝都に貴方が現れたと思ったら、お兄様をオズボーン宰相の暗殺犯だって宣言して……それに、それに……」

 

「僕が兄上を!?」

 

 身に覚えのない行動にクリスは驚く。

 

「そこから先は私が説明しよう」

 

 唐突に部屋の扉が開き、入って来たのは隻眼の男。

 

「お久しぶりです。セドリック殿下」

 

「ええ……お久しぶりです、ゼクス中将。それにトヴァルさんとエリゼさんも無事で何よりです」

 

 ゼンダー門最高責任者であるゼクス・ヴァンダール。

 その背後の付き従う様に一緒に入って来たトヴァルとエリゼがそれぞれ頭を下げる。

 

「よう無事で何よりだセドリック皇子」

 

「おはようございます。壮健そうで何よりですセドリック殿下」

 

 恭しい挨拶にクリスは苦笑をしながら訂正する。

 

「皆さん、確かに僕はセドリックですが、今はトールズ士官学院のクリス・レンハイムです」

 

 その指摘にゼクス達は一様に顔をしかめる。

 

「それについては殿下にはお伝えしなければならないことが多くありますが、まずは軽く食事を摂る良いでしょう」

 

 言われ、クリスの腹は空腹を思い出したようにタイミング良く鳴る。

 

「あ……」

 

「セドリック……」

 

「申し訳ありません」

 

 不躾な自分の身体にクリスは思わず恥じる。

 

「なに、腹が減っていると言う事は御身が健康な証拠。すぐに準備をさせましょう……“これから”の話は、その後に」

 

「分かりました」

 

 急かしはしないものの尋常ではないゼクスの態度にクリスはアルフィンの抱擁を解く。

 

「あ……」

 

 弱々しいアルフィンは引き留めるようにクリスの服を掴んで放さない。

 

「アルフィン」

 

「貴方は本当にセドリックなのよね? 本当に……偽物でも幻でもなくて、本当にここにいるのよね?」

 

「アルフィン?」

 

「セドリック……貴方は――っ……」

 

 アルフィンは何かを言いかけて言葉を呑み込む。

 そうしてクリスとエリゼの顔を交互に見合って黙り込んでしまう。

 普段はっきりと物を言う彼女には珍しい歯切れの悪さ。

 しかし、いくら促してもアルフィンは頑なにその心の内を話すことはなかった。

 

 

 

 

 

 ゼンダー門の前、襲撃を警戒して待機する装甲車の一つは赤毛の少女が日向ぼっこのベッドと化していた。

 しかし、周りの正規軍人たちはそれを咎めることはしない。

 岩壁の下に陳列された彼女の戦果がそれを許し、何よりもそんな状態でありながら誰よりも早く敵の接近を察知する少女の力をこの場で疑うものは誰もいない。

 

「よっ――」

 

 シャーリィが唐突に体を起こすと、精鋭の軍人たちはすぐさま周囲を警戒する。

 が、そんな彼らの反応を他所にシャーリィはゼンダー門を振り返る。

 そのタイミングで重厚な鉄扉が開き、クリスが出て来た。

 

「ようやくお目覚め坊ちゃん?」

 

「おはようシャーリィ。でも坊ちゃんはやめてって何度も言ってるでしょ」

 

 いつもと同じ調子で出迎えてくれたシャーリィにクリスは苦笑を返し――岩壁に整列されている機械の生首にぎょっと身構える。

 

「シャ、シャーリィ……あれって……」

 

「ん? ああ、ここ一ヶ月のシャーリィの戦果」

 

「首狩りシャーリィ……」

 

 ゼクスやゼンダー門の中で聞いた彼女の功績から名付けられた新たな異名にクリスは納得する。

 が、クリスはすぐに気を取り直してシャーリィに礼を言う。

 

「まずはありがとう。約束通り、アルフィンとエリゼさんを護ってくれて」

 

「後で追加労働手当てを要求するから気にしなくて良いってば……

 それに結果的に正解だったかもしれないけど、最初の目標のユミルに辿り着けなかったんだけどね」

 

「それでもだよ。重要なのは“何処”じゃなくて、二人の“無事”だから」

 

 トヴァルから聞いたノルドに来た経緯。

 帝都で先にアルフィンとエリゼを確保したトヴァルと一悶着を起こしつつ、身を隠すためエリゼの故郷であるユミルを目指した。

 しかし、ルーレまで辿り着いたもののユミルへの道には貴族連合の厳重な警備体制が敷かれており、ルーレに潜伏するのにも限界があると判断してノルド行の列車に紛れゼクス中将に保護を求めた。

 結果的にはそのおかげで合流できたのだから、不幸中の幸いだろう。

 

「ユミルか……ねえシャーリィ」

 

「ん……?」

 

「シャーリィは■■■さんのことを覚えている」

 

 自分の口から出たとは思えないノイズの様な雑音交じりの言葉にクリスは顔をしかめる。

 が、シャーリィはそんな雑音に気付いていないのか気に留めず、クリスの疑問に答える。

 

「■■■? 誰それ……?」

 

 予想通りの反応にクリスは落胆を感じながらも、エリゼもそうだったので予想はしていた。

 

「状況は聞いているんだよね?」

 

「うん……」

 

 クリスは直前のゼクスとのやり取りを反芻する。

 

 オズボーン宰相の狙撃事件から一ヶ月。

 《貴族派》改め《貴族連合》によって帝都は占領され、帝国全土の主要都市が一つを除き同じように占領された。

 各地に配備されていた帝国正規軍は唯一、逆に占領したセントアークに集結しながら各地で散漫な小競り合いを行っている。

 そして先日、小康状態に陥った均衡を崩す発表が帝都でなされた。

 貴族連合の後ろ盾を得たセドリックがオズボーン宰相の狙撃の犯人をオリヴァルト皇子として、クリス・レンハイムを《緋の騎士》を盗み出したオリヴァルトの先兵として声明を発表した。

 これに対して革新派はこれまでの《貴族派》が行って来たことを公開し、オリヴァルトが彼らの上に立ち、内戦は更に激化した。

 

「まさか僕の偽物が現れるなんて……しかも兄上がまさか革新派の旗頭として立ち上がるなんて……」

 

「人気者は辛いね。でも面白くなってきたよね?」

 

 クリスが現れたことで内戦がさらに激しくなる予感を感じてシャーリィは獰猛な笑みを浮かべる。

 

「で、どうする?」

 

「その前にガイウスは? それに他のみんなもノルドにいるの?」

 

「ガイウスはラクリマ湖に避難した家族と北の方で急に雪が降り出したから、それの調査……

 他はルーレまでガイウスはアリサと一緒だったみたいだけど、なんかそこで別れて他のは知らない。でも一応みんなトリスタから脱出は出来たってガイウスは言ってたよ」

 

「それは良かった」

 

 望む答えが聞けてクリスは安堵の息を吐く。

 そして改めて次の行動を考えるが、既に何処へ行くかは決まっていた。

 が、それを言う前にノルドでやることが残っている。

 

「確かめに行かないといけないことがある。でも、とりあえずこのノルドで起こっている問題を解決することが先決かな?」

 

 共和国と結託して監視塔を占領し、更には高原全土を覆う通信妨害。

 それによって帝国本土と連絡が取れずゼンダー門を任されている第三機甲師団は消耗戦を強いられている。

 シャーリィの活躍により戦況は拮抗状態になっているが、貴族連合も正規軍も《機甲兵》という兵器に慣れつつある状況でシャーリィの無双がいつまで通用するかは分からない。

 戦闘が激化すればガイウスが学院で絶賛していたこの光景が戦火に焼かれる。

 それは彼の友として、そして一人の帝国人としても見過ごすことはできない。

 

「他にも《貴族連合》に《テスタ=ロッサ》を奪われる前に回収しないといけないんだよね」

 

「って言う事は、まずはガイウスと合流か……」

 

 シャーリィは装甲車から降りると傍らに置いておいた導力バイクに跨る。

 アンゼリカから貸し出されたそれにはいくつかの改造が施されており、彼女の《テスタ=ロッサ》を設置する側面のラックに対戦車砲がそれとは逆の位置に三つ設置されている。

 

「それじゃあ行こうか?」

 

「一応僕はゼンダー門の中で大人しくしていて欲しいってゼクス中将に言われているんだけど……」

 

 偽物のセドリックがいることもあり、クリスはゼンダー門から離れないことを厳命されている。

 

「ふーん、で? それに大人しく従うの?」

 

 にやにやとシャーリィはクリスの意志を問う。

 

「まさか」

 

 クリスはそれに苦笑を持って応じる。

 

「僕はトールズ士官学院で自分から動かなければ、何も変えられないって学んだんだ……

 女神に祈って待ってるだけの軟弱な皇子なんて、それこそ偽物だよ」

 

 クリスは躊躇うことなくシャーリィの後ろの席に跨る。

 

「アルフィン達はここにいる限りは安全だろうから、ここからは僕の護衛ってことでよろしく」

 

「そうこなくっちゃ。やっぱりシャーリィは護るより攻める方が性に合ってるからね」

 

 クリスの答えに満面の笑みを浮かべてシャーリィは導力バイクのエンジンを吹かす。

 

「あ、あのセドリック殿下、それにシャーリィ・オルランド……何を――」

 

「すいません! ちょっと忘れ物を取りに行ってきます!」

 

 駆け寄ってくる兵士にクリスは笑顔で応え――

 

「どこに行くつもりよあんた達!」

 

「セドリックッ!」

 

 ゼンダー門からタイミング良くセリーヌを先頭にアルフィンやゼクスが降りて来る。

 

「ゼクス中将! トヴァルさん! アルフィンとエリゼさん、あとついでにセリーヌを頼みます!」

 

「皇子っ!?」

 

「それじゃあしゅっぱーつ!」

 

「ああ、もう!」

 

 シャーリィの合図にセリーヌは、置いて行かれてなるものかと発進する導力バイクに飛び乗る。

 

「待って! セドリック!」

 

 更にアルフィンが思い詰めた顔で追い駆けるが、導力バイクと人の足では競うまでもなく一瞬で彼女は置いてきぼりにされる。

 

「ごめんアルフィン! 話は戻って来てから聞くよ!」

 

 その言葉を残して導力バイクは見る見ると小さくなっていく。

 

「セドリック皇子……何もそんなところまでオリヴァルト皇子に似なくても……」

 

 立ち尽くすアルフィンの背後。

 ゼクスは導力バイクで去っていく彼の背中に、彼の兄が学生だった頃を思い出し青い空を仰いで嘆くのだった。

 

 

 

 

 



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4話 黒き風

 

 ノルド高原北部。

 そこは一足早い雪が降る一方、風光明媚な景観のラクリマ湖。

 その湖畔に建てられた山荘は、激化する貴族連合と帝国正規軍の争いから避難したノルドの民の居住用のゲルは――美しい風景とは対照的に炎に包まれていた。

 

「うあああああああっ!」

 

「あんちゃんっ! あんちゃん!」

 

 至る所から悲鳴と泣き声。そしてそれを覆い隠すような機銃の音が鳴り響く。

 

「貴様らっ!」

 

 暴虐の限りを尽くす猟兵にガイウスは激昂して槍を振るう。

 

「ふん――」

 

 猟兵はその一撃を余裕を持って躱して距離を取り、ガイウスを包囲するように展開して銃撃を浴びせる。

 

「くっ――」

 

 槍を回転させて銃撃を防ぎながらガイウスは負傷を覚悟で距離を詰めようとするが、猟兵達は銃器を持たないガイウスに接近を許さず銃撃を絶やさない。

 

「うおおおおおおおっ!」

 

 ガイウスは咆哮を上げ、猟兵達の包囲を無理やり食いちぎる。

 傷を代償に一人、また一人と猟兵達を斬り伏せていく。

 

「そこまでだ!」

 

 そんな獅子奮迅の戦いをするガイウスに勝利を確信した声が掛けられた。

 

「あんちゃん……ガイウスあんちゃん……ぐす……」

 

 振り返ると、猟兵の一人が小さな幼子を抱え導力銃を突き付けていた。

 

「リリ……貴様ら恥を知れっ!」

 

 妹を――幼い子供を人質に取る所業にガイウスは人生で感じたことのない怒りを感じる。

 だが猟兵は悪びれた様子もなく平然と応える。

 

「依頼は冷徹かつ確実に――

 それが猟兵というものだ。大人しく投降し、クリス・レンハイムを引き渡してもらおうか」

 

「だから、クリスはここにはいない!」

 

「だったら貴様がそいつをここに連れて来いっ! さもなくば――」

 

「ひっ――」

 

「やめろっ!」

 

 これ見よがしに引き金に指を掛ける猟兵にガイウスは声を上げる。

 

「ふ……それでいい。ひとまずその槍を捨ててもらおうか」

 

 ガイウスの絶望の顔に猟兵は気分を良くして指示を出す。

 

「くっ……」

 

 苦渋で顔を歪めながらガイウスは言われた通り槍を手放す。

 

「そうだ、それでいい……」

 

「お前には昨日、お前達が回収した学生を連れて来てもらおう……

 ここにいないとすれば、おそらくはゼンダー門だろうが、お前が出入りしていることは調べはついている……

 そいつを連れて来れば――」

 

 猟兵の言葉は一発の銃声にかき消された。

 

「がっ――!?」

 

 背後からの銃撃にガイウスは息を吐き、膝を着く。

 

「よくもやってくれたな」

 

 先程、ガイウスが倒したはずの猟兵が血走った目で熱を持つ導力銃の銃口をガイウスに向ける。

 

「おい! 勝手なことを――」

 

「うるせえっ! こいつはここでぶっ殺してやる!」

 

 仲間の制止を振り払いその猟兵はガイウスに向けて引き金を引き――

 

「くっ――」

 

 咄嗟に身を投げ出して射線から少しでも逃げようとしたガイウスの目の前が見覚えのある背中に塞がれた。

 銃声が連続して炸裂し、その背中が音と合わせるように痙攣する。

 

「あ――」

 

 目を大きく見開きガイウスは言葉を失う。

 ガイウスを庇った男、ラカン・ウォーゼルは苦悶の声一つ漏らさず、己の血の海に倒れ伏した。

 

「あ…………」

 

「おとーさん……?」

 

 ガイウスとリリはその光景にただ、ただ呆然とする。

 

「ちっ……まあいい」

 

 ガイウスと交渉しようとしていた猟兵は面倒になったと言わんばかりにため息を吐く。

 

「おい! そいつを寄こせ。コイツの目の前で惨たらしく殺してやる!」

 

「いい加減にしろっ!」

 

 なお止まらない仲間の暴挙に猟兵は乱暴に伸ばされた手から幼女を護る。

 しかし、その所業にキレた者がいた。

 

「貴様ら……」

 

 初めて感じる己の内から湧き出る憎悪。

 故郷を我が物顔で蹂躙し、家族さえ手に掛け、更には幼子さえ勝手な理由で手を掛けようとする外道たちにガイウスの中の箍が外れる。

 

「貴様ら、全員っ! 殺してやる!」

 

 ラクリマ湖に黒い風が吹き荒れ、一匹の《鬼》が生まれた。

 

 

 

 

 

 それは血に飢えた魔者だった。

 それは破壊の権化だった。

 

「くそっ! 近付くな距離を取って弾幕を――ぐあっ!?」

 

 一人、また一人と十字の槍が振られる度に猟兵は強化防護服がまるで紙のように引き裂かれ、穿たれ命を散らしていく。

 

「この死にぞこな――」

 

 応戦しようとした猟兵は気付けば黒い風に体を両断され、ラクリマ湖の畔はその青い景観とは対照的な血で赤く染まっていく。

 

「あん……ちゃん……」

 

 その光景にウォーゼル家の末娘のリリはただ呆然と立ち尽くし、全てを見ていた。

 

「あんちゃん……」

 

 小さくうわ言を繰り返す。

 呆然とした眼差しに焦点はなく、心が砕けてしまったかのように兄を呼ぶ言葉を繰り返す。

 

「あんちゃん……」

 

 その声に《獣》が反応する。

 全身を血で染めた《獣》はのそりと振り返り、十字の牙を手にリリに歩を向ける。

 

「ぐううううっ!」

 

 人の姿をしていながらも、その喉から出て来た声はまるで獣の唸り声のようだった。

 《獣》はそれが誰なのか認識せず、ただ動く者、生きている者を殺戮するために槍を振り被り――

 

「どーんっ!」

 

 シャーリィが操る導力バイクから繰り出されたワイルドスタンピードが炸裂した。

 

「シャーリィはその子とガイウスのお父さんっぽい人を頼む!」

 

 《獣》を轢き飛ばすと同時にカタパルト発射と言わんばかりに後部座席から飛び出したクリスが叫ぶ。

 

「があっ!」

 

 空中に吹き飛ばされた《獣》は追従して来るクリスに槍を突き出す。

 

「っ――」

 

 真正面からの力任せな刺突をクリスは魔剣で受け止め、身体を捻って《獣》の胴体を蹴り飛ばしラクリマ湖に叩き落とす。

 

「今のはガイウス……まるで兄上から聞いた■■■さんみたい……っ――」

 

 美しい景観のはずのラクリマ湖が煉獄の様な目を背けたくなる光景にクリスは顔をしかめ――ラクリマ湖が黒い竜巻によって爆ぜた。

 

「ガイウス!」

 

 黒い竜巻に乗って跳躍し襲い掛かって来たクラスメイトの名を叫ぶ。

 が、鬼気に染まった金の目をしたクラスメイトはクリスを敵と認識して十字槍を振るう。

 

「っ――」

 

 先程の無理な体制から繰り出された突きとは比べ物にならない衝撃にクリスは息を詰まらせる。

 

「ガイウス! 目を覚ませ! もう敵はいない! だから――」

 

「があっ!」

 

 息もつかせない連続突きがまだ完調していないクリスの手から魔剣を弾き、次いで繰り出された渾身の一撃が――クリスと彼の間に展開された魔法陣が受け止める。

 

「ちょっと病み上がりのくせに無茶してんじゃないわよ!」

 

 足元に魔法陣を展開し、セリーヌは無数の火球を放つ。

 

「――――」

 

 《獣》はすかさずその場から飛び退いて、降り注ぐ火球を避ける。

 

「ありがとうセリーヌ! 助かった」

 

「そんなことは良いから! 来るわよっ!」

 

 魔剣を拾う間もなく、《獣》が迫る。

 

「っ――」

 

 覚悟を決めるのは一瞬、クリスはその場で身構え――力任せに突き出された一突きを掻い潜るように身を沈ませて躱すと同時に槍を取り、突撃の勢いをそのまま背負い投げに利用して《獣》を大地に叩きつける。

 

「セリーヌッ!」

 

「分かってるわよ!」

 

 クリスの言葉にセリーヌが応えると、地面から現れた光の鎖が《獣》をその場に縛り付ける。

 

「があ――うがああっ!」

 

「くっ――」

 

「ガイウス、大人しくしてっ!」

 

 もがく《獣》にクリスは槍で抑え込むように圧し掛かり、セリーヌも術に力を注ぐ。

 しかし、《獣》の内から吹き出る“黒い風”の勢いは収まらず、圧し掛かるクリスの身体を打ちのめす。

 

「まずい……これは抑え込めない……」

 

 全力を振り絞りながらもクリスと同様に病み上がりのセリーヌは《獣》が纏う呪いの大きさに弱音を吐き――

 

「そのまま抑え込め」

 

 クリスでも、シャーリィでも、セリーヌでもない。声が一人と一匹の耳に届き――

 

「空の金耀の力を持って、ここに邪悪を退けん」

 

 厳かな祝詞。

 《獣》を中心に星杯の魔法陣が浮かび上がると、金の光が黒い風を蒸発させるように消し飛ばす。

 

「――――っ」

 

「ガイウス!?」

 

 がくりとそれまでの抵抗が嘘であったかのように静かになったガイウスをクリスが呼ぶ。

 返事はないが、穏やかな呼吸と消えた鬼の気配に危機は一難去ったとクリスは安堵の息を吐き、振り返る。

 

「貴方は……確か……」

 

 ノイズ交じりの記憶を遡り、見覚えがあるはずなのだが■■■を通した記憶のせいなのか名前が出て来ない。

 

「ふむ……どこかで会ったかな?」

 

 老人の方は初対面のはずのクリスの反応に首を傾げる。

 

「……いえ、何でもありません。どなたか存じませんが助かりました」

 

「いや、君たちのおかげで余計な怪我をさせずにガイウスを救う事が出来た。礼を言わせてもらおう」

 

 そこにいたのは星杯の紋章を首から下げた偉丈夫な老人は特に偉ぶることもなく、クリスに礼を返す。

 

「……その様子だとガイウスの知り合いみたいですが。それにその紋章……七耀教会の者ですか?」

 

「ああ、巡回神父をしておるバルクホルンだ……

 さて、名乗ったばかりで悪いが手を貸してもらえるかな? ガイウスはもちろん、ラカンを――」

 

「まだ息はあるよー! でもシャーリィにはこれ以上の処置は無理かな?」

 

 踵を返すバルクホルンに応えるようにシャーリィが声を上げる。

 その事にクリスは安堵の息を吐き、改めて血に染まったラクリマ湖の情景に顔をしかめる。

 

「これが……これが人のすることなのか……」

 

 猟兵が、ひいては領邦軍が引き起こした惨状にクリスは嘆くことしかできなかった。

 そしてその嘆きに、セリーヌはただ目を伏せた。

 

 

 

 






原作ユミルの第一被害はノルドの人達に代わって頂きました。
これにより原作では薄かったガイウスの内戦介入の理由付けを考えています。




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5話 責任の在り処

 

 

 

「そうか……」

 

 ゼンダー門の作戦司令室に重い沈黙が満ちる。

 ラクリマ湖での猟兵によるノルドの民の襲撃。

 

「領邦軍が高原に猟兵を放ったことは気付いていたが、避難が裏目に出たか」

 

 こうならないように族長のラカンには領邦軍との戦闘が本格化する前にラクリマ湖まで避難することを勧めたのだが、この結果である。

 

「やはり僕のせいでしょうか?」

 

「いいえ、セドリック皇子。それは違います」

 

 落ち込むクリスにゼクスは首を振る。

 

「生き残った猟兵を尋問したところ、元々ゼンダー門攻略にガイウスを利用する算段を彼らは考えていたようです……

 今回の責はこの私の見通しの甘さが招いたことに他なりません」

 

 通信妨害のこともあり、ゼクスが事を把握できたのは先に逃がされたグエンとシータが乗った導力車がゼンダー門にエンジンを焼きつかせて走って来た時。

 そこから出来る限りの早さで救出部隊を編成させて送り出したが、部隊がラクリマ湖に着く頃には全てが終わっていた。

 

「むしろ皇子は良くやってくれたでしょう……」

 

 偶然とは言え、ゼンダー門に向かっていたグエン達と遭遇し、救出部隊に先行してラクリマ湖に辿り着き、負傷者の手当てや安全の確保。

 遅れて到着した救出部隊もそのおかげで迅速な対応が行えて多くのノルドの民を救う事ができ、下手人である猟兵も生かして捕えることができた。

 

「でも……」

 

「皇子、例え皇子がいなかったとしても同じ事は遠からず起こっていました。自分さえいなければと思うのは検討違いです」

 

「っ――分かってる……だけど、領邦軍……帝国人がこんなことを容認するなんて……」

 

「そう? 汚い仕事は猟兵に押し付けて、華々しい戦果は自分のモノにする。帝国だと珍しくもない猟兵の使い方だけどなぁ」

 

 苦渋に震えるクリスに対して、シャーリィは常識だと言わんばかりに今回の騒動を受け止めていた。

 

「それよりも、確かにノルドの民の襲撃は前々から考えられていたみたいだけど。今の問題は違うでしょ?」

 

 反省ばかりをする会議にシャーリィは現状を突き付ける。

 

「クリス・レンハイムを確保するために帝国本土からの増援が来る……

 通信妨害で孤立している第三機甲師団にこれから始まる総攻撃を凌ぐ算段はあるの?」

 

 会議室に重い沈黙が満ちる。

 既にこの一ヶ月の間でかなりの消耗戦を強いられて来た。

 シャーリィのおかげで盛り返せはしたものの、それが一時しのぎでしかないことはゼクスも理解していた。

 

「やはり僕がここにいることが争いの火種となっているなら、僕が投降すれば――」

 

「それはなりません!

 奴等は既に偽りの皇子を矢面に立たせています。そんな所に皇子が赴けば何をされるか。最悪、御身の命さえ保障はないのですよ」

 

「だけどこれ以上、朋友であるノルドの大地を帝国の勝手で汚すわけにはいきません」

 

 エレボニアの皇子と言う身分だと言う事は分かっているが、他人の命を天秤にして割り切れる程にクリスは割り切ることはできなかった。

 

「まあまあ二人とも落ち着いてくださいよ」

 

 白熱しそうになるゼクスとクリスの間にトヴァルが割って入って仲介する。

 

「とにかく貴族連合のガイウスを利用したゼンダー門攻略作戦は未然に防げたわけだが、むしろ問題はここからでしょう」

 

「そのことだがランドナー君。君にはセドリック皇子とアルフィン殿下を連れてアイゼンガルド連峰へと逃げてもらいたい」

 

「ゼクス中将!?」

 

 驚くクリスを無視してゼクスは続ける。

 

「アイゼンガルド連峰は険しいが、それを抜ければノルティア領のユミルに抜けられる……

 御二人を匿うならこのような軍事基地よりもずっと適しているだろう。そして折を見て、セントアークにいるはずのオリヴァルト皇子の下まで送り届けて欲しい」

 

「…………まあそれが妥当かもしれませんが、セドリック皇子。貴方はどうしたいんですか?」

 

 ゼクスの方針に一応の理解を示しながらトヴァルはクリスに話を振る。

 

「だから僕が貴族連合に投降すれば、これ以上の戦闘は――」

 

「言っておくが、俺の予想だと貴方が貴族連合に投降すればむしろ内戦はより激しくなるだろうな」

 

「っ――」

 

「貴族連合が貴方の贋物を立てている以上、奴等にとって貴方は必ず生け捕りにしないといけない存在じゃない……

 むしろ捕まえたその場で処刑する。なんてことだって十分にあり得るだろうよ」

 

「だからって、ここでユミルに逃げてどうなるんですか?

 ユミルをノルドの民の様な目に合わせても良いって貴方達は言うんですか!?」

 

「それは……」

 

「流石に連中もそこまで……いや……」

 

 クリスの指摘にゼクスとトヴァルは唸る。

 哀しいことにその指摘が完全な的外れだと楽観視することはできなかった。

 

「だからってな……ならクロスベルに行きたいって言っていたのはどうするつもりなんだ?」

 

「それは……」

 

 トヴァルの指摘に今度はクリスが口ごもる。

 クリスが内戦よりも優先して目指す場所、それがクロスベル。

 彼の自治州が独立宣言を発表して既に一ヶ月。

 トヴァルの話では既にクロスベルは帝国軍によって占領されたらしいが、それ以上のことは何も分からない。

 そして一ヶ月経つというのに、帝国に“彼”が戻って来た様子がないどころか、会う人達から彼の記憶が失われているのが現状だった。

 今更遅いかもしれないが、帝国の内戦よりもクリスの中ではそちらの方に天秤は傾いていた。

 

「確かに僕は早くクロスベルに行きたいと思ってます……

 でもここで僕達の友人やその家族のことをこのままにしておくことはできません」

 

 ここにはいないガイウスを始めとノルドの民。

 ラカンは一命を取り留めたが、このままゼンダー門攻略作戦が始まれば収容したノルドの民がまた危険に晒される。

 

「他に方法があるなら教えてください! 僕なら捕まった後に《テスタ=ロッサ》を暴れさせれば脱出できる可能性だってあるんです」

 

「むうう……」

 

「ちょっと整理しましょうか」

 

 無茶苦茶な強硬手段を提示したクリスにゼクスは唸り、助け船を出すようにトヴァルが提案する。

 

「まず第三機甲師団を不利にさせているのはノルド高原全域に展開されている通信妨害によるものだ……

 これのせいで戦車や装甲車間での細かな連携が取れなくて劣勢を強いられている。その上帝国本土との連絡もできず消耗戦になっているわけですよね?」

 

「ああ、その通信妨害もこちらのみで領邦軍側は通信を利用している」

 

「で、セドリック皇子はノルドの民を見捨てられないか?」

 

「それもありますが、領邦軍の目的が僕だけじゃなくて《テスタ=ロッサ》もだとしたら、今の彼と一緒にアイゼンガルド連峰を追い付かれずに抜けるのは難しいと思います」

 

「騎神なのにか? 確か飛べるはずだよな?」

 

「今の損傷だと難しいと思います」

 

 結局、回収することが叶わなかったが幸いにも《テスタ=ロッサ》に続く道は一本道であり、遠目で確認した幻獣もまだ退治されていなかった。

 

「場合によっては《テスタ=ロッサ》を抜きに投降すれば、彼らはそれを見つけるまで僕を殺すことはできないと思いますが」

 

「その分、どんな拷問をされるか分かったもんじゃありませんよ」

 

 楽観的なことを言うクリスにトヴァルはため息を吐く。

 

「んで、おそらく領邦軍の目的はセドリック皇子の身柄と《緋の騎神》なのは間違いない……

 ただ幸いなのは、まだアルフィン皇女がここにいることはまだばれていないみたいですが、正規軍としては皇子達を領邦軍に差し出すことはあり得ないんですよね?」

 

「その通りだ」

 

 トヴァルの確認にゼクスは頷く。

 

「とは言え、奴等はセドリック皇子を捉えるためにゼンダー門への総攻撃を計画しているわけで、監視塔側と帝国本土からの挟撃が本格的になれば消耗している第三機甲師団に勝ち目はない」

 

 これが現在の自分達だと改めて認識させられる。

 

「ねーねー、セリーヌ。セリーヌだったらこの場を何とかできる方法があるんじゃないの?」

 

「にゃ? いきなり何を言ってるのよ?」

 

 会議の内容を半分に聞きながら、シャーリィは部屋の隅で丸くなっているセリーヌに尋ねる。

 

「だってセリーヌは魔女の使い魔でしょ? こういう時の都合の良い魔法って御伽噺の定番じゃん」

 

「アタシにそんなことを言われても……」

 

「フフ、セリーヌは嘘が下手だね。それに《緋》を貴族連合に渡したくないって言う点については利害が一致すると思うんだけど」

 

「う……」

 

 シャーリィの指摘にセリーヌは唸る。

 そして気付けば、会議室にいる者達の注目が集まっていることにセリーヌは思わず怯む。

 

「…………ああ、もう分かったわよ!」

 

 観念するようにセリーヌはノルドの地図を広げたテーブルの上に跳び乗る。

 

「《緋》を貴族連合に渡さないでこの地から逃げるための手段はあるわ」

 

 そう言ってセリーヌはノルドの南部のある地点をその猫の手で指し示した。

 

 

 

 

 

 日が落ちて、明日の作戦のために今から出発しようとしていたクリスはその足をとある一室に向けた。

 

「あ……エリゼさん」

 

 その部屋の前、食事を乗せたトレーを抱えたエリゼにクリスは声を掛ける。

 

「セドリック殿下……」

 

「その食事、ガイウスに?」

 

 エリゼが持っている決して豪華とは言えない粗食を一瞥してクリスは部屋の扉に向き直る。

 

「はい……」

 

 浮かない顔をするエリゼにクリスは首を捻る。

 今のゼンダー門は人手が足りないため、エリゼやアルフィンも雑事の手伝いをしている。

 その一環でガイウスに食事を持って来たのだろうが、何故かエリゼは部屋に入ることに足踏みしていた。

 

「どうかしたの?」

 

「…………いえ……」

 

 自分でも良く分からない感情にエリゼは戸惑う。

 担ぎ込まれたガイウスの様子。

 血に塗れ、放心していた姿に忌避感を覚えるよりも既視感を覚えた。

 それがうまく言葉にされることはなかったが、クリスは特に追及することはなく、自分も一緒に入って良いかと許可を取る。

 

「ガイウス、入るよ」

 

 ノックをして部屋に入ると、そこには壁に背中を預けて膝を抱えるガイウスがいた。

 

「ガイウス……」

 

 その目は虚ろで、クリス達が入って来たのに気付いた様子もなく身じろぎ一つしない。

 

「ガイウスさん……」

 

 その姿にエリゼはますます強くなる既視感に困惑する。

 そもそも自分とトールズ士官学院Ⅶ組との面識も親友の弟のクラスメイトという位置に過ぎない。

 身分を隠した皇子のクラスメイトということもあるが、それでは説明がつかない距離感にやはりエリゼは違和感を覚えずにはいられない。

 

「ガイウス、そのままで良いから聞いてほしい」

 

 そんなエリゼを他所にクリスはガイウスの傍らに膝を着いて一方的に語り掛ける。

 

「バルクホルン神父の処置のおかげでラカンさんは一命を取り留めた、リリちゃんやガイウスの家族も多少の怪我はあるけど、みんな無事だ」

 

 そう言うものの、本格的な冬を前に物資のほとんど焼き払われてしまい遊牧民としては生命線が奪われたに等しい。

 帝国の皇子として賠償と援助を惜しむつもりはないが、それをするには今のクリスにはあまりにも無力だった。

 

「謝って済む問題じゃない。だけどせめてこれ以上このガイウスが愛してやまないこの地が戦火に焼かれないように尽力するから」

 

 どこまでも無反応なガイウスにクリスは言うだけのことは言って立ち上がる。

 

「もし内戦が終わったら――いや、何でもない」

 

 言いかけた言葉を呑み込んでクリスは一足先に部屋を出る。

 

「ガイウスさん、今日まで大変お世話になりました」

 

 出て行ってしまったクリスにエリゼは慌てて、ガイウスにこれまでの礼を言う。

 

「明日、私たちはセドリック皇子と共にこの地から去ります……

 そうすればセドリック皇子が仰っていたようにこの地での貴族連合と正規軍の戦いはひとまず終わるはずです……

 ですから……その……ありがとうございました」

 

 探して出て来た言葉は結局クリスとそう代わらないものだった。

 そして、同じくガイウスからの返事はなく、エリゼは用意していた食事を置いて部屋を後にした。

 

「………………」

 

 静寂が部屋に満ちる。

 

「…………ちがう……ちがうんだ……」

 

 どれだけの時間が経ったか、ガイウスは一人懺悔するように頭を抱える。

 

「帝国人のせいじゃない……俺が浅はかで……愚かだったから招いたことなんだ」

 

 猟兵は言っていた。

 家族を人質にしてガイウスを、ゼンダー門攻略の足掛かりにすると。

 自分がゼンダー門と交流していることを把握されていたことがウォーゼル家の襲撃の理由であり、そこにクリスは関係なかった。 

 

「俺はあの時から何も成長できていないのか■■■……っ――!?」

 

 口に出た言葉にガイウスは奇妙な頭痛を感じて――

 

「あの時? あの時とはいつの事を言っているんだ?」

 

 口について出た言葉にガイウスは首を傾げた。

 

 

 

 

 

 



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6話 逃亡作戦

遅くなって申し訳ありませんでした。

黎の軌跡の発売日が決まりましたね。
まさかフィーが続投するとは思っていませんでした。

前倒しできる内容なら《■の軌跡》としてとある盗品を依り代にした彼とアニエスと繋がりを作って閃ⅡとⅢの間でやるのもありかと考えていたりします。





 

 

「はあっ!」

 

 月明かりが照らす高原の中、クリスは渾身の一突きを氷の幻獣に突き立てた。

 それが決定打となり氷の幻獣は断末魔を上げ、魔獣と同じようにセピスを撒き散らして消滅する。

 

「やったね」

 

「ええ」

 

 クリスはシャーリィとハイタッチを交わし、そこで切り替える。

 幻獣は前哨戦に過ぎない。

 ここからが本番であり、二人は振り返って遠くに見える監視塔を見下ろした。

 

「どうやら気付かれていないみたいだね」

 

「セリーヌの結界のおかげだね」

 

「ふん、当然よ」

 

 夜の闇の中ではアーツの発光や火炎放射や銃口のマズルフラッシュは目立つが、それが監視塔に察知された気配はない。

 ここに来る道中も導力バイクは無灯火でと気を使っていたが、特に問題はなくひとまずクリスは安堵の息を吐く。

 

「とりあえず、はい」

 

 シャーリィは導力バイクの収納スペースから双眼鏡を取り出してクリスに投げ渡す。

 

「監視塔のてっぺんを見てみて、大掛かりなオーブメントがあるのが分かる?」

 

「…………ええ、いかにもっと言うのがありますね」

 

 双眼鏡でそれを確認したクリスは頷く。

 

「ゼクス中将が知らないオーブメントだから、占領の後に設置したと通信妨害のオーブメントだと考えてたぶん当たりだろうね」

 

「つまりあれを破壊できれば……」

 

「ま、ここからどっちのプランで行けるかは“アレ”次第ってところかな?」

 

 シャーリィは振り返り、丘の上の岩場の隙間の奥にいるだろう存在を振り返る。

 

「ええ、夜明けまでもうすぐですから急ぎましょう」

 

 双眼鏡を下ろしてクリスは自分が目覚めた場所、《緋の騎神》の下へと歩き出し、シャーリィとセリーヌがそれに続く。

 

「…………テスタ=ロッサ」

 

 そこには変わらない姿て膝を着いて鎮座していた《緋の騎神》がいた。

 

「うわ! ボロボロ……って《騎神》がボロボロなのはいつものことか」

 

「あはは……」

 

 シャーリィの感想をクリスは笑って誤魔化す。

 

「そ、そんなことより起きてくれ《テスタ=ロッサ》」

 

『――――休眠状態ヨリ復帰――再起動完了』

 

 クリスの呼び掛けに数秒遅れてテスタ=ロッサが応える。

 

「ん、機体の損傷はともかく霊力は十分に回復しているわね」

 

「早速で悪いけどテスタ=ロッサ。これから“精霊の道”を使って移動したいんだけど、大丈夫かな?」

 

『回復した霊力の半分を使う事になるだろう。だがこの場では“道”を開くことはできない』

 

「“道”を開ける場所はこっちで把握しているから問題はないよ……

 ただ……そこに行くまでに戦闘になるかもしれない。単刀直入に聞くけど、今“千の武具”を使う事はできるかい?」

 

『“精霊の道”を使うのなら推奨はしない』

 

「そうか……それじゃあ当初の予定通りプランAで――」

 

『ただし起動者が所持している霊力の結晶体を使えば一度の行使は可能だろう』

 

「霊力の結晶体……もしかしてこれのこと?」

 

 クリスが取り出したのは先程倒した幻獣が残した七耀石の混合石。

 稀に魔獣の体内で特殊なバランスで再結晶されたそれは金銭的な価値はないが、加工すれば特殊な効果を持つクォーツを生成できる。

 

「ううん……惜しいけど背に腹は代えられないか」

 

 何故か学院で使っていた《ARCUS》のクォーツが全部なくなってしまっていたため、貴重なクォーツの原石を使ってしまうことに躊躇してしまうがクリスは仕方がないと割り切る。

 

「じゃあプランBで行くってことで良いんだよね?」

 

「ええ……」

 

 シャーリィの確認にクリスは力強く頷いた。

 

 

 

 

 

 ノルド高原に朝がやって来る。

 眩い日の出が高原を照らす中、眩む光に紛れて《緋》は隠れた岩の隙間から抜け出して長大なライフルを構える。

 

「長距離ライフル《アンスルト》、アンカーを設置」

 

 クリスの想念で具現化した長大なライフルは銃身の下に設置された杭を地面に打ち込み、姿勢を固定する。

 砲撃の姿勢を固めた《緋》の肩にシャーリィが双眼鏡を片手に飛び乗り、告げる。

 

「距離6500アージュ、東から5アージュの風。それから――」

 

 淡々と観測主としてシャーリィが必要な情報を伝える。

 

「こちらに気付いた様子は今のところない。このまま大人しくしていてくれ……」

 

 風霊窟から離れ、監視塔からも視認できる状態にあるため、今すぐにでも監視塔のサイレンが鳴り響く可能性はある。

 緊張を感じながらもクリスは慎重に狙いを付ける。

 

「シャーリィ、撃つよ。手筈通り、着弾点の観測を頼むよ」

 

「りょーかい。ま、外しても良いから気軽に撃ちなよ」

 

 緊張をほぐす様な軽い調子の言葉にクリスは苦笑を浮かべて、深呼吸を一つ。

 

「――――行け」

 

 気合いとは裏腹に《緋》は静かにライフルの引き金を引き絞る。

 撃ち出された弾丸は音速を超えて、監視塔を掠め、その向こうの大地を穿ち、轟音と巨大な土煙を上げた。

 

「次弾装填っ! シャーリィ!」

 

「左に五度、仰角は二度くらい上げて」

 

 一発目の情報からシャーリィは無駄口を叩かず、修正の指示を出す。

 

「左に五、仰角は二……」

 

 監視塔で鳴るサイレンの音を遠くに聞きながら、クリスは慎重に指示通りにライフルの狙いを修正する。

 外れた狙撃によって拡大した視野の監視塔から蜂の巣を突いたように飛行艇と機甲兵の大群が吐き出される。

 

「…………好都合だ」

 

 自分たちの姿を双眼鏡で見つけ、階下に報告に走る兵士にクリスは呟く。

 一時的に無人となった屋上。

 これなら精密に装置だけ狙わずに屋上そのものを吹き飛ばして構わない。

 《騎神》による、巨人のスケールで行う狙撃。

 

「次弾のエネルギーが溜まった。いつでも撃てるわよ!」

 

「良し……これを撃ったら命中を問わずに“精霊の道”まで走るから二人とも準備を」

 

 セリーヌとシャーリィに指示を出し、クリスは呼吸を整え、引き金を引き絞る。

 それから数秒遅れノルド高原の通信妨害は消え去った。

 

 

 

 

 

「このままで良いのかガイウス?」

 

 慌ただしくなる基地の喧騒の中、バルクホルンはガイウスに尋ねる。

 

「…………バルクホルン神父……」

 

 時間が経って落ち着いたのか、声に反応したガイウスは顔を上げる。

 

「今、お前の友がノルドのために戦っている。もう一度聞く、お前はそうやって膝を抱えているだけで良いのか?」

 

 憔悴した顔のガイウスにバルクホルンはあえて厳しい言葉を投げかける。

 

「…………俺にそんな資格があるんでしょうか?」

 

 上げた顔を戻してガイウスは恥じるように心の内を吐露する。

 

「俺が外の世界を学べばノルドの安寧は護れると思っていたんです……

 だけど、それは思い上がりに過ぎなかった。所詮俺一人が何かをしたところで帝国と言う大きな国を前にノルドはただ蹂躙されるだけの弱者に過ぎなかった」

 

「そうだな……個人にできることには限界があるのは真理だ」

 

 嘆くガイウスに対してバルクホルンは慰めるでもなくその言葉を肯定する。

 

「だが彼らはその個人の小さな力でこの大きな流れに諍おうとしている……

 お主はこのまま何もしないつもりなのか?」

 

「…………仕方がないでしょ」

 

 ガイウスは苦虫を嚙み潰したよう顔をして答える。

 

「俺の力なんて、所詮この程度の小さなものに過ぎなかったんですから」

 

 ノルド伝来の槍の腕はガイウスの自慢だった。

 それだけではない。

 外の世界を知るために行った士官学院で多くのことを学び、成長できたと思っていた。

 しかし実際に事が起きた時、自分は何もできなかった。

 ただ獣のように暴れるだけ。

 士官学院で学んだことを何一つ生かすことはできず、そしてこの一ヶ月の間、何も変えられなかった現状にただ嘆くことしかできなかった。

 

「俺が士官学院で学んだことなど、何の意味も――」

 

「ガイウスあんちゃんっ!」

 

 自虐する言葉は部屋に飛び込んで来た妹、シータの叫びに遮られた。

 シータは荒くした息を整えることも惜しんで訴える。

 

「あんちゃん! 母さんとトーマを止めてっ!」

 

「母さんとトーマを止める?」

 

「早く来てっ!」

 

 何のことだと首を傾げるガイウスに、待っている暇はないとシータはガイウスの手を取り、無理矢理立たたせて駆け出した。

 

「ふむ……」

 

 取り残されたバルクホルンはどうしたものかとため息を吐き、その後を追い駆けた。

 ゼンダー門の外に出ると朝日が昇り、今から出撃しようとしているゼクスに掛け合う二人の姿があった。

 

「っ――何だあれは?」

 

 ファトマとトーマに纏わりつく黒い風にガイウスは思わず目をこする。

 

「お母さん、トーマ! お願いだから戦場に行くなんてやめて!」

 

 シータはそれが見えていないのか、悲鳴のような声を二人に掛ける。

 

「シータ、ガイウス……貴方達はお父さんとリリ、それからみんなのことを頼みます」

 

「母さん……いったい何を……」

 

 初めて聞く怖いと思う母の言葉にガイウスは背中を冷たくしながら聞き返す。

 

「帝国の貴族はみんな俺がこの父さんの槍で殺してやるんだ」

 

「トーマ……」

 

 先の襲撃でラカン程ではないが負傷していたトーマはぎらついた目で見覚えのある十字槍を握り締める。

 優しく物静かな性格の弟が見せる憎悪を滾らせた姿にガイウスは息を呑む。

 

「ま、待ってくれ二人とも。まさかクリスの作戦に参加するつもりなのか!?」

 

「ええ。あれだけの事をされて黙っているノルドの民ではありません」

 

 明らかに感情を暴走させているトーマを止めることはせず、ファトマは静かに怒り狂っていた。

 

「御二人ともお気持ちは分かります。帝国の事情でノルドの民である貴方達を巻き込んでしまった申し訳ないですが、ここは我らに任せて頂けないでしょうか」

 

 血の気を滾らせる二人をゼクスは何度も窘める。

 族長が意識不明の重体。

 遊牧民族の家財のほとんどが燃やされた彼女たちの怒りは分かる。

 とは言え、ここで説得を切り上げれば、独断で戦場に馬で直接乗り込んで来そうな気迫を漲らせている二人を放置することはできない。

 

「いいえ、これはもう帝国だけではなくノルドの問題でもあります」

 

「そうです! 例え刺し違えることになっても父さんの仇を取るんだ!」

 

 二人を取り巻く黒い風はさらに濃くなって彼らの感情を表すように荒れ狂う。

 

「これが――クリスが言っていた“呪い”なのか……」

 

 客観的に見ることができて初めてガイウスはこの現象の恐ろしさに身震いする。

 二人ともガイウスが知らない形相で、声音で憎悪を滾らせている。

 それはガイウスにとって知らない彼女たちの顔だが、決して誰かに捻じ曲げられたものではない。

 ガイウスが猟兵に対して感情を爆発させたように、二人は帝国へとその怒りの矛先を向けていた。

 

「落ち着いてくれ二人とも! これから始まる戦闘は俺達が割って入れる規模じゃないんだ!」

 

「そんな理由で引き下がれるわけないでしょ?」

 

「ガイウスあんちゃんだって、あいつらを許せないって思っているはずだ!」

 

「それは……」

 

 トーマの言葉にガイウスは言葉を詰まらせる。

 その瞬間、二人を覆っていた黒い風がガイウスに流れて、纏わりつく。

 

「っ――」

 

 思わず後退りそれを振り払うが、そんな抵抗は意味はなく黒い風に触れたガイウスは思考が澱むのを自覚する。

 

 ――俺はなんて無力なんだ……

 

 改めてガイウスは己の無力を思い知る。

 戦車や機甲兵の近代兵器を始め、戦闘のプロである猟兵。

 そして人を闘争に駆り立てる《呪い》についても、二度も経験していたというのにまた再び《呪い》の衝動に呑み込まれようとしている。

 ただ見る事しかできない自分の無力さを呪い――

 

「――女神の光よ。邪悪なるものを退けたまえ」

 

 厳かな言葉は背後から。

 神秘的な光がガイウス達を覆い尽くそうとしていた黒い風を払い除ける。

 

「っ――」

 

「あ……」

 

 張り詰めたものが切れた反動なのか、ファトマとトーマはその場に崩れ落ちる。

 

「ふむ……報告は聞いていたが今のが帝国を蝕む《呪い》というものか」

 

「バルクホルン神父……今のは……?」

 

 かざした星杯の紋章を下ろし唸るバルクホルンにガイウスは呆然と振り返る。

 

「なに、少し精神を落ち着ける法術をな。二人とも昨日の今日で気が荒ぶっていたのだろう……

 ゼクス中将。彼らのことは私に任せ、どうぞ出立してください」

 

「うむ、かたじけない」

 

 ゼクスは大人しくなってくれたウォーゼル家に安堵のため息を吐き、ガイウスを一瞥して戦車に向かって歩き出す。

 

「あ……」

 

 その背中にガイウスは声を掛けようと手を伸ばし、言葉は続かず半端に手を伸ばして固まる。

 

「やめておくと良い。ノルドの地が戦場になっているとは言え、これは帝国の内戦……

 お主はそこに飛び込む覚悟があるのか?」

 

 それでも無理矢理前へと踏み出そうとしたガイウスの背にバルクホルンが言葉を投げかける。

 

「友情、それも良いだろう。ドライケルスに協力したノルドの民はそれを理由に獅子戦役を戦ったのだから……

 しかしだな、ガイウス。戦う理由に他人を使うべきではない」

 

「それはどういう意味ですか?」

 

「もしもこの先、帝国の内戦でお主が命を落とした時、それを友のせいにするつもりか?」

 

「っ――そんなつもりは……」

 

「お主にそのつもりがなかったとしても、残された家族がどう思う?

 自分の身を守るために退くことは決して恥ではない」

 

「…………」

 

 諭す言葉にガイウスは俯く。

 これから起こる戦いはそれこそ戦車や機甲兵、騎神が主体となる戦場。

 そこで生身のガイウスにできることはなく、《呪い》に対してもガイウスは見ることはできても対処する術を持たない。

 

「俺は無力なのか……」

 

 仮に今からクリスを追い駆けたとしても、騎神を持つ彼の戦いに自分はどれだけ貢献できるのだろうか。

 彼が戦っている背後でしたり顔をして頷いていることしかできないと言うのなら、いない方がマシなのではないかとさえ考えてしまう。

 それでも自分は無力だと割り切り、ガイウスは出発して行く戦車や装甲車から目を離すことはできなかった。

 

「――ガイウスさん、ガイウスさん」

 

 そんな風に苦悩するガイウスの背後から少女の声が掛けられる。

 

「ティータか……君も無事だったの――え……?」

 

 振り返ったガイウスは予想が外れた姿に目を丸くして固まる。

 そこにいたのは金髪の幼い女の子ではなく、士官学院の戦闘教練で何度も世話になった戦術殻だった。

 

「あ……そう言えばティータの声を登録していたな」

 

 原理こそガイウスは全て把握しているわけではないが、戦術殻がティータの声を使って喋り出すようになっていたことを思い出す。

 

「ようやく見つけました」

 

 嬉しそうに左右に揺れる戦術殻にガイウスは思わず微笑を浮かべる。

 

「どうやら俺を探していたみたいだが、トリスタからここまで……いったい何の用だ?」

 

「はい! 博士たちにこれをⅦ組の誰かに渡すように頼まれました!」

 

 そう言って戦術殻は人で言う胴体の部分の装甲を開き、中に納められた翠の《匣》をガイウスに差し出した。

 

 

 

 

 

「くそっ……」

 

 石柱群の丘の下、膝を着いた《緋》の中でクリスは思わず悪態を吐く。

 

「くくく、手こずらせおって」

 

 その前に立つシュピーゲルは勝ち誇るように剣を突き付ける。

 

「この程度の相手に……」

 

 先に倒した二体の機甲兵を含め、それは決して強い相手ではなかった。

 言い訳にするつもりはないが、思うように戦えない原因は《テスタ=ロッサ》の鈍さにある。

 監視塔を狙撃した高原の北東部から南西に位置する石柱群まで走って移動したことによる霊力の消耗に機体の損傷も含め、クリスが考えていた以上にまだ《テスタ=ロッサ》は戦闘ができる状態ではなかった。

 

「……ヴァリマールだったらこんな相手に手こずらなかっただろうに」

 

 ここにはいない“彼”を思い出しクリスはぼやく。

 ヴァリマールならば監視塔から出撃してきた機甲兵に追い付く前に空を飛んで石柱群に辿り着いていただろう。

 それでなくてもヴァリマールならば、走るだけでこれほどまでに霊力を消耗しなかっただろう。

 

『あーあ……どうする坊ちゃん? 助けが必要?』

 

 見兼ねたように、失望を乗せたシャーリィの声が《ARCUS》越しに聞こえて来る。

 

「っ――」

 

 石柱群の立地から、跳躍で丘の上へと行ける騎神に対して導力バイクは大きく迂回しなければならない。

 そのため先の騎神戦にはシャーリィの援護はなかったのだが、負けた言い訳になるわけではない。

 

「まだだ! テスタ=ロッサ! 魔王と呼ばれた意地を見せろっ!」

 

 クリスの叫びに《緋》は低い鳴動を響かせる。

 

「っ――こいつまだ動くか!?」

 

「うあああああああああっ!」

 

 機体に残った霊力を絞り出すように《緋》は膝を着いた体勢から体当たりをするように機甲兵に突撃する。

 

「な、何だと!? そんな野蛮な戦法、貴様それでも帝国男児か!?」

 

「数の利を使っていたお前達が言うな!」

 

 腰に体当たりをしてマウントを取った《緋》は倒れた機甲兵の頭に拳を振り下ろして粉砕する。

 

「はあ……はあ……はあ……」

 

 顎を伝う汗を拭うのも忘れクリスは喘ぐ。

 

「ちょっと大丈夫?」

 

「…………僕なら大丈夫だ」

 

 セリーヌに応え、クリスは踵を返して《緋》を跳躍させる。

 その一跳びで丘の上まで辿り着いた《緋》はちょうどそのタイミングでやってきた導力バイクと石柱群の中央で待っていたアルフィン達を確認する。

 

「お待たせしました。今から《精霊回廊》を開きます」

 

 《緋》を石柱群の中央に歩かせ、クリスは安堵の息を吐く。

 監視塔の狙撃から、石柱群にある《精霊回廊》を利用した転移術で貴族連合に目立つようにノルドから脱出する。

 それがクリス達の計画であり、監視塔からの大部隊は第三機甲師団が食い止めているためほぼ計画通りに進んでいる。

 

「セリーヌ」

 

「ええ、少し待ちなさい」

 

 セリーヌが応えると同時に《緋》の足元に複雑な文様の魔法陣が広がる。

 

「シャーリィ、それにトヴァルさん! 魔法陣の中に入ってください!」

 

 《緋》の中からクリスは二人に指示を出す。

 

「はいはーい」

 

「了解っと」

 

 シャーリィは導力バイクで、トヴァルは軍用の導力車を言われた通りに魔法陣の中へと進める。

 

「結局ガイウスは来なかったね」

 

「仕方ないよ。ガイウスはノルドを、家族を守らないといけないんだから」

 

 シャーリィが漏らした呟きにクリスはゼンダー門の方に視線を送り応える。

 

「って言うかシャーリィがそう言う感傷に浸るのはちょっと意外だな」

 

「言ってくれるじゃない坊ちゃんのくせに……ま、らしくないのは認めるけどさ」

 

 素直に認めたシャーリィにクリスは苦笑する。

 初めて会った時と比べると彼女も随分と丸くなったものだと感心して――彼らの頭上を巨大な影が通り過ぎた。

 

「何だ!?」

 

 帝国の本土側から飛んで来たのは大型の飛行艇。

 パンタグリュエルには及ばないものの、巨大なその飛行艇は《緋》の頭上を大きく旋回すると、その下部のハッチを開く。

 

「増援……まずい」

 

 ワイヤーに吊るされて降りて来る機甲兵が五機。

 既に稼働限界を迎え、ただでさえ少なくなった霊力で《精霊回廊》を開こうとしている《緋》にそれらを迎撃する余力はない。

 

「ちっ――」

 

 シャーリィは躊躇うことなく導力バイクを発進させ、魔法陣から飛び出すとSウェポンの《テスタ=ロッサ》を抜いて爆走する。

 

「シャーリィ!?」

 

「シャーリィのことは良いから準備ができたら行ってっ!」

 

「無茶だ!」

 

 《首狩りシャーリィ》と呼ばれるだけの戦果を上げて来たのは相応の装備があったから。

 ここまでの道中で魔獣や貴族連合の哨戒機を追い払うために多くの武器を使ってきた。

 例え残っているのが規格外の武器であるSウェポンでも、それだけで機甲兵の相手取るにはシャーリィでも厳しいだろう。

 

「ふふん、この程度の修羅場なんて全然――」

 

 意気込むシャーリィの言葉を遮るように、降下していた機甲兵の内の一機が爆発した。

 

「え……?」

 

 爆発の衝撃でワイヤーが外れ、機甲兵は空中に投げ出されてノルドの大地に叩きつけられる。

 

「今のは――」

 

 第三機甲師団の砲撃かと考えたところでクリスは蒼い空を舞う《翠》を見た。

 

「あれはティルフィング……?」

 

 背中に機械の翼を背負った《翠》は大きく旋回して手にしたライフルの銃口を残った機甲兵に向ける。

 装填されている弾倉を撃ち切る連射で残りの四機も最初に撃墜された機甲兵と同様の末路を迎える。

 そして《翠》はライフルを持ち替えると、その姿が槍へと変形する。

 そのまま《翠》は飛行艇へと突撃し、すれ違いざまに船体を斬りつけた。

 

「…………まさか……」

 

 機関部を損傷して墜落していく飛行艇を横目にゆっくりと眼前に降りて来る《翠のティルフィング》からクリスは目が離せなかった。

 ティルフィングが着地をすると、身体が開き中からクリスが思っていた通りの人物が現れる。

 

「ガイウス……」

 

 ガイウスがティルフィングから降りると、それは光に包まれて次の瞬間には見慣れた戦術殻に変化する。

 戦術殻は翠の匣を呑み込むように胸の装甲の内側に納める。

 

「ガイウス、どうして……?」

 

 ようやくそこでクリスは重くなった口を開いて問いかける。

 

「すまないクリス……俺は――」

 

『セドリック皇子っ!』

 

 気まずそうに言い訳を口にしようとしたガイウスの言葉を遮って、逼迫したゼクスの声が通信越しに響く。

 

「ゼクス中将? どうしたんですか、随分と慌てているようですが?」

 

『セドリック皇子! すぐにその場から離れてください! 列車砲が発射されます!』

 

「列車砲……? どういうことですか?」

 

 列車砲と言えばガレリア要塞に設置された超大型の導力砲。

 それがどうしてノルドにあるのか理解できずクリスは叫ぶように聞き返す。

 

『貴族連合はどうやらゼンダー門を攻略するために監視塔で組み立てていたようです。とにかく皇子はそこからお逃げください!』

 

「逃げろって言っても80リジュ砲弾の爆風……今から逃げ切るのはちょっと無理かもね」

 

 ゼクスの言葉にシャーリィが冷静に他人事のように判断を下す。

 

「っ――セリーヌ! 《回廊》はまだなのか!?」

 

「あともう少しよ!」

 

 テスタ=ロッサを中心に魔法陣は一際明るく輝く。

 同時に東の空に黒い何かが雲を突き破るように撃ち上げられたのをクリス達は見た。

 

「っ――ティルフィング!」

 

 ガイウスが叫び、戦術殻が納めた《匣》を再び差し出したその瞬間――流星がノルドの空を一直線に閃く。

 翠のティルフィングが展開し、ガイウスが乗り込むよりも早く、“ソレ”は黒い凶弾に追い縋り一刀両断、二つに両断された砲弾が一拍遅れて爆発し、炎と煙がその姿を覆い隠す。

 

「行けるわ! テスタ=ロッサッ!」

 

『了解――精霊の道を起動する』

 

 皆が空の爆炎に目を奪われている中、セリーヌと《緋》は転移術を起動する。

 

「――――待って――」

 

 クリスは咄嗟に中断を叫ぶが起動した式は止まらず、転移術の光は彼らを呑み込み、ノルドの地から消し去った。

 その光景を爆炎の中から現れた《灰》が静かに見送るのだった。

 

 

 

 



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7話 これから……

 

 

 

 

「悪いな皇子様。スポンサーがその《器》を望みでな。お前だけは逃がすわけにはいかないんだよ」

 

 持ち前の飛翔能力で追い縋って無防備な背中を斬りつけ墜落させた《緋》を見下ろして《蒼》は勝ち誇る。

 彼の仲間達が決死の覚悟で《緋》を逃がす防波堤となろうとしたが所詮は地を這い回るしかできない生身の人間。

 帝都で鉄道憲兵隊を置き去りにしたように空を飛べばそこは《蒼》の独壇場。

 Ⅶ組の覚悟を嘲笑い、唯一抵抗できる可能性があった《青》の機神は仲間たちが抑えてくれている。

 

「…………はっ、やっぱり大したことねえじゃねえか」

 

 沈黙する《緋》の手応えのなさにクロウは失笑する。

 《魔王》などと呼ばれていても、所詮は温室育ちの皇子を起動者にした騎神。

 起動者の差や《蒼》の新たな力を考慮しても、帝都で《緋》を討ち取ることは容易だっただろうとクロウは考える。

 

「ま、とにかくそれはお前には過ぎた代物だ。回収させてもらうぜ」

 

 カイエン公の望みを果たすべく、《蒼》は《緋》に手を伸ばす。

 

「あら、それは契約違反じゃないかしら?」

 

 その手を蒼い魔法陣が壁となって阻んだ。

 いつからそこにいたのか、蒼いドレスを纏った美女が《緋》の向こうに立っていた。

 

「ヴィータ……裏切り者が今更何の用だ?」

 

 苛立ちを露わにしてクロウはその姿を騎神越しに睨みつける。

 

「裏切り者とは随分な言い方ね?

 私はあくまでも貴方達の協力者に過ぎない。私の目的のために手を貸して上げていただけで私と貴方達の関係はあくまで契約を前提にした関係だったはずじゃなかったかしら?」

 

「はっ……《幻焔計画》とやらから外されたくせに偉そうにしてんじゃねえよ」

 

 クロウの見下した声音にヴィータは沈黙を返す。

 

「別に契約を破るつもりはねえぜ。煌魔城とやらの中で騎神と戦う、それまでは好きにさせてもらうだけの話だ」

 

「好き勝手されたらその煌魔城を現出させる条件が満たせなくなるかもしれないのだけど?」

 

「そんなもん俺の知ったことじゃねえ」

 

 取り付く島もないクロウにヴィータは肩を竦める。

 

「とにかくそいつをカイエン公が御所望でな。邪魔するって言うならお前でも容赦しないぜ」

 

 今なら導き手のよしみとして見逃してやるとクロウは通告する。

 

「随分と生意気になったものね。三年前はもっと可愛げがあったのに」

 

 悪い方向に成長してしまった起動者をヴィータは嘆く。

 

「うるせぇ……とにかく邪魔をするな。だいたいお前如きに何ができるって言うんだ?」

 

 上からの見下す言葉にヴィータは深々とため息を吐き――

 

「クロウ、少し頭を冷やしなさい」

 

 蒼の杖を地面を叩く。

 それを合図に無数の蒼の魔法陣が《蒼》を取り囲んだ。

 

「なっ!?」

 

「魔女が何故、騎神の導き手と呼ばれていたのか分かるかしら?」

 

 膨大な霊力の奔流に目を剥くクロウにヴィータは語り掛ける。

 

「それはね……悪しき者が起動者に選定された時、それを止める力があるということなのよ」

 

 取り囲んだ魔法陣は《蒼》の動きをその場に抑え込む束縛と共に、その頭上にさらに巨大な魔法陣に囲まれた蒼い月を生み出す。

 

「これが私の全力……」

 

 病み上がりの身体は無理な魔法の行使によって悲鳴を上げる。

 しかし全身に走る痛みをおくびにも出さずヴィータは杖を振り下ろす。

 

「終極魔法・蒼月」

 

 蒼の光の鉄槌が降り注ぎ破壊をもたらす。

 

「深淵よ」

 

 それだけに留まらず、ヴィータは別の魔法を並列で起動する。

 トリスタの下に通る《精霊の道》をこじ開け、《緋》と《蒼》を大地に沈ませる。

 

「ヴィータッ! テメエッ!」

 

 クロウの悲鳴を無視してヴィータはトリスタから二体の騎神を放逐した。

 

「っ――流石にきついわね」

 

 息を絶え絶えに杖を支えにヴィータは蹲る。

 

「姉さんっ!」

 

「魔女めっ! よくもクロウを!」

 

 エマとスカーレットの叫びが響き、《紅のケストレル》が振り返り様に法剣を振るう。

 

「そこまでだ!」

 

 巨大な刃の鞭が割って入った剣匠の一撃に寸断され、大砲を構えていた黒のゴライアスが真紅の竜機に頭上から奇襲を受ける。

 

「双方、剣を納めたまえ。これ以上の戦闘はオリヴァルト・ライゼ・アルノールの名において許さない」

 

 そしてトリスタの空にオリヴァルトの声が響くのだった。

 

 

 

 

「そっか……兄上が来てくれたのか……」

 

 鬱蒼と生い茂る森の中、焚火を囲んで語られた自分が気を失ってからの一部始終にクリスは頷く。

 

「テスタ=ロッサをノルドに転移させたのはヴィータさんだったのか……」

 

「ああ、だが皇子達の仲裁も空しく、彼らはカレイジャスに攻撃の矛先を変え、俺達はアルゼイド子爵に促されてその場を離脱したんだ」

 

「皇族の仲裁で戦闘をやめなかったの?」

 

 ガイウスの言葉にクリスは驚くが、すぐにそんな言葉が通じる相手ではなかったことを思い出す。

 

「ま、テロリストだしそんなものか」

 

「それはそうとクリス……すまなかった」

 

 佇まいを直し神妙な顔をしてガイウスはクリスに向かって頭を下げた。

 

「ガ、ガイウス?」

 

「俺達はあの時、お前を逃がすために騎神と戦う覚悟で立ち向かった。だが結果は最悪を招いてしまった」

 

 空を飛べるオルディーネを止める術はなく、逃げるという選択をさせてしまった《緋》は《蒼》の追撃を無防備に食らう事態に陥った。

 自分達の分を弁えずに騎神の戦いに首を突っ込んだ結果、《緋》は激しく損傷してクリスはそこで意識を失ってしまった。

 その責任の一端が自分達にあるとガイウスは謝る。

 

「別にガイウスが謝ることじゃないよ……

 騎神の戦いに生身の人間が介入できないのは僕も良く知っているから」

 

 帝都での暗黒竜、ノーザンブリアでの虚神の戦いでクリスはそれを経験している。

 

「僕だってあの時、もっとできていたことがあったはずなんだ……

 クロウ先輩に負けたのは誰かのせいってわけじゃない。僕たちみんな、甘かったせいだと思う」

 

 機甲兵と合体した騎神の一撃をあえて受けたことに後悔はない。

 聖女の一撃並の出力があった一撃。

 背後にいた仲間達やトリスタの街のことを考えれば回避する選択肢はなかった。

 

「防ぐにしてももっとうまく防御結界を張ればダメージを逃がすことだってできたはずだ……

 それに心の奥で思っていたのかも、クロウ先輩が本気で騎神の力を生身の人間や街に振るう事はないって」

 

「そうだな……だが思い返してみればクロウ先輩はガレリア要塞の襲撃を主導し、列車砲でクロスベルを砲撃しようとしていた。それに……」

 

 クリスの呟きにガイウスはガレリア要塞の惨劇を思い出して唸る。

 ガイウスにとってはガレリア要塞だけの話ではない。

 特別実習で帰郷した時、帝国と共和国の仲を煽ってノルドに戦乱を起こそうとしたテロリストのリーダーでもある。

 その後も何食わぬ顔で先輩風を吹かせて、その顔の下で嘲笑っていたと言うのなら怒りが込み上げて――

 

「ガイウス?」

 

「っ――何でもない」

 

 油断をすればすぐに思考が黒い方向へと傾きそうになることにガイウスは慄く。

 

「クロウ先輩にはザクソン鉄鉱山で会ったけど、正直期待外れだったなぁ」

 

 ため息を吐くシャーリィにクリスは顔をしかめる。

 

「あんな奴に負けるなんて、シャーリィが鍛え直して上げないといけないかな?」

 

「それは歓迎だけど、腰を落ち着けられる場所を見つけるまでは我慢してくれるかな」

 

 煉獄のような特訓の日々を思い出してクリスは蒼褪めながらも、それくらいしないとクロウに追い付けないと判断する。

 

「ま、流石にここでやらないけどね。お姫様たちもいることだし」

 

 シャーリィは周囲の森と食事が進んでいないアルフィンとエリゼの二人に視線を送り獰猛な笑みを治める。

 

「アルフィン、それにエリゼさん。もしかして口に合わなかったかな?」

 

 ゼクスが用意してくれた導力車に用意してくれてあったレトルトのカレーとライスという皇族や貴族では考えられない粗食。

 クリス達は特に抵抗はなかったのだが、身分と何よりシャーリィとは違う女の子に配慮が足りなかったのかとクリスは戸惑う。

 

「……本当に貴方はセドリックなのよね?」

 

「またその話? クリスとして何度も会っているはずだけど」

 

「だって……」

 

 クリスの呆れが混じった言葉にアルフィンは不安な感情を隠し切れず彼が用意してくれた食事に視線を落とす。

 パック詰めにされ温めるだけの食事だが、薪を集め火を熾し澱みなく作業していたクリスの姿はアルフィンが知る弟とはかけ離れていた。

 

「クリスがセドリック皇子だって証拠は“アレ”で間違いないでしょ」

 

 シャーリィは膝を着いて鎮座している《緋》を指差す。

 

「《緋のテスタ=ロッサ》は皇族であるアルノール家の血筋の者を起動者に選ぶという話です……

 それにこうして顔を合わせてみれば、彼がこの半年学院で共に学び過ごしたクリスであることは間違いありません」

 

 そしてガイウスも丁寧な口調でアルフィンの不安に応える。

 

「それは分かっています……でも……」

 

「姫様……」

 

 不安を払拭できないアルフィンにエリゼが寄り添う。

 

「って言うか、これからどうするつもり?」

 

 重くなった空気を嫌ってシャーリィが話題を変える。

 

「クリスはクロスベルに行きたいって言ってたけど、予定変更するんだよね」

 

「うん、クロスベルに行く理由がなくなったから……」

 

 自分達を護るために列車砲の砲弾を斬り裂いた《灰》の姿をクリスは思い浮かべる。

 クロスベルに行く理由は“彼”に起きた何かを確かめるため。

 だが、健在な《灰》の姿を確認できた以上、クロスベルで起きた真実より、《灰》と合流することの方が優先度が高くなった。

 

 ――あの人と合流できれば、この内戦は勝ったも同然だから……

 

「とりあえず今やるべきことは僕達の――アルフィンとエリゼさんの身の安全の確保かな」

 

「まあそれは良いけど、案はあるの?」

 

「候補としては兄上がいるセントアークに行く。それかノーザンブリアに行くか、リベールに亡命するかの三択かな? アルフィンはどれがいい?」

 

「どれが……って……」

 

 選択を迫るクリスにアルフィンは戸惑う。

 

「セドリック、貴方はどうするつもりなの?」

 

「そうだね……アルフィンを送り届けたらⅦ組のみんなと合流しようと思う」

 

「それ、何か意味があるの?」

 

 クリスの提案にシャーリィが疑問を投げかける。

 

「シャーリィ?」

 

「だってさ、Ⅶ組って言ってもそれぞれに家庭の事情があるんでしょ?

 順当に考えたらアルバレア公爵家のユーシスは貴族連合、マキアスは正規軍に協力しているって考えるのが自然じゃないの?」

 

「それは……」

 

 クリスがあえて考えないようにしていた事実を突き付ける。

 

「それに解放戦線、というより西風の団長にパパを殺されたエリオットは正規軍側に着くだろうし、ミリアムもそうだろうね……

 フィーは家族とは戦えないとか言い出したら貴族連合に着いてるかもしれないよ」

 

「そうだな……

 ラウラのアルゼイド子爵家は皇族派、エマとアリサはどちらに着くかは分からないが、もしかしたら俺達はみんなと戦う事になるのかもしれないのか」

 

 シャーリィの指摘にガイウスは仲間と戦う未来を想像して唸る。

 

「学院の襲撃からもう一ヶ月経っているんだよ。みんな、それぞれ身の振り方を考えていてもおかしくないんじゃないかな?」

 

 その気はなかったが、シャーリィはクリスとの認識のずれを指摘する。

 目を覚ましたばかりで、トリスタでの戦いからまだ数日しか経っていないクリスに対してシャーリィを始めとしたⅦ組はすでに一ヶ月の時間を過ごしていた。

 

「だいたい誰に頼ろうとしてるのさ?」

 

「…………それは……」

 

 無意識に《灰》に乗っているはずの彼に頼ろうとしていたことを指摘されたように感じてクリスは黙り込む。

 

「クリスはⅦ組の中心で皇子様なんだから自分で決めちゃえばいいのに」

 

「僕が……決める……でも僕は所詮お飾りの皇子だから……」

 

 この内戦で自分が声を上げたとしても貴族連合も革新派も耳を傾けてくれるとは思えない。

 一番簡単なのはオリヴァルトに任せること。

 しかし、脳裏に思い出すのは兄が語ったⅦ組が意味する“新たな風”。

 

「僕は……」

 

「――戻ってきたみたいだね」

 

 迷うクリスからシャーリィは視線を外して振り返る。

 

「トヴァルさん」

 

「おう、今戻ったぜ」

 

 森を抜け、一人で近くの街、ケルディックの偵察から戻って来た遊撃士が歩いて来る姿に、クリスは話が途切れたことに安堵の息を吐く。

 

「お帰りなさい。トヴァルさん、どうでしたか街の様子は?」

 

 労う様にガイウスは飲み物を渡す。

 それを受け取りながらトヴァルは困ったように肩を竦める。

 

「何かあったんですか?」

 

「ああ、ちょっとまずいことにな」

 

 焚火を囲む空いている椅子に座りトヴァルは見て来たものを告げる。

 

「ケルディックは第四機甲師団に占拠されていた……

 それだけなら良いんだが、奴等は貴族連合にオズボーン宰相の暗殺の罪を認め、今すぐ皇帝を解放するように要求を出した……

 それが為されなかった場合、アンゼリカ・ログナー、パトリック・ハイアームズを始めとした士官学院から逃げてきた貴族生徒達を処刑すると宣言しちまったんだ」

 

 

 

 



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8話 貴族と平民

 

 

 

 クロイツェン州、交易町ケルディック。

 クロイツェン州にとって大陸横断鉄道と接するその町は盛んな交易で賑わう町である。

 特に注目するのは町の中央にある大市。

 クロイツェン州に留まらず各地の商人が集まり開催される市場は毎週大きな賑わいを見せていた。

 しかし、その大市は周囲の仮設店舗は片付けられ、中央には広々とした台が設置されていた。

 

「いやー、あれが昔話に出て来る断頭台というやつか、実物は初めて見るが中々に壮観だね」

 

「ア、アンゼリカ先輩。何を呑気にしているんですか」

 

 前に手を拘束されながら、台の下からそれを見上げてアンゼリカは場違いな軽さで笑う。

 そんな彼女の様子に蒼褪めた顔でパトリックが反論するものの、その声は小さく、周囲の騒音にかき消されてしまう。

 

「聞けば領邦軍の倉庫の奥で埃を被っていた一品だそうだ。もしかしたら獅子戦役の頃、オルトロス偽帝を処刑したものかもしれないね」

 

「だから……何でそんなに呑気にしていられるんだ……

 くそっ……こんなことなら学院から逃げ出さなければ良かった……」

 

 オズボーン宰相の狙撃から始まった貴族連合の各地の重要拠点の襲撃。

 トールズ士官学院もその例にもれず、迎撃に出撃した教官やⅦ組達を退けた貴族連合が行ったのは旧校舎の破壊だった。

 旧校舎を破壊する砲撃を本校舎に向けたものと勘違いした生徒達や避難していたトリスタの市民たちは慌てて学院から脱出することになり、パトリックもその内の一人だった。

 何の準備もなく外に投げ出され、パトリックは自身の故郷であるセントアークを目指そうとした道中で正規軍に保護された。

 彼と同じように正規軍に保護された者は多く、最初は貴族の子女だからと言っても酷い対応はされなかった。

 正規軍の様子が変わったのは、数日前の導力ラジオで放送されたセドリック皇子による宣言の直後だった。

 

「正規軍があの放送を聞いたのなら、この反応も理解できるよ」

 

「ですが、オズボーン宰相を暗殺した真犯人が貴族連合だなんて革新派のでっち上げに決まってる」

 

「いいや、残念だがそれは真実だ」

 

 頑なに認めようとしないパトリックにアンゼリカは目を伏せて首を横に振る。

 

「そんな……」

 

「オズボーン宰相にガレリア要塞襲撃におけるテロリストの手引き、それだけではない帝都で暗黒竜を蘇らせたことさえ、貴族連合によるものだったのだよ……

 その全ての罪をあろうことか、セドリック皇子の偽物を使い、オリヴァルト殿下やクリス君に擦り付けようとしている厚顔無恥さ……

 その筆頭に私の父がいると思うと恥ずかしさに首を吊りたくなるね」

 

「アンゼリカ先輩……」

 

 ブラックジョークを口にするアンゼリカにパトリックは頭痛を感じる。

 ジョークの内容はともかくそれは決して他人事ではない、四大名門としてセドリック皇子を支持しているハイアームズ家もまた正規軍の怒りの矛先が向いているのだから。

 

「…………どうして……先輩はそんなに落ち着いているんですか?」

 

 壇上の下、舞台の裏であるそこからは表側の集まっている市民の顔は見ることはできない。

 しかし、それでもこの公開処刑を一目見ようと大市を埋め尽くす人で埋め尽くされ、至る場所から貴族への恨み言が聞こえて来る。

 

「さあ……どうしてだろうね……」

 

 重税に次ぐ重税。

 その使い道が機甲兵であり、オズボーン宰相の暗殺、さらには帝国解放戦線の活動資金として流れていたという真実にクロイツェン州の民の怒りは爆発している。

 彼らにとっては他領の貴族だと言う事はもう大きな問題ではない。

 積み重なった不満の爆発。

 クロイツェン州には元々その兆候があり、鬱憤を晴らすのにちょうどいい貴族がそこにいた。

 さらに言えば本来ケルディックを護る領邦軍が第四機甲師団の猛攻に早々に撤退をしたこともその一因だと言えるだろう。

 

「お喋りはそこまでだ。上がれ」

 

「ようやく出番かい」

 

 軍人の演説が終わってアンゼリカ達は壇上に登れと導力ライフルを突き付けられて促される。

 

「ひっ――」

 

「やめたまえ、君も帝国男児ならそんな脅しを――」

 

「黙れっ!」

 

 銃口に体を竦ませるブリジットの前にアンゼリカは臆することなく割り込み、次の瞬間には銃床で殴られていた。

 

「ぐっ――」

 

「アンゼリカ先輩っ!」

 

「――私は……大丈夫だよ。子猫ちゃんたち」

 

 庇われたブリジットとまじかで振るわれた暴力に悲鳴を上げそうになる貴族の子女たちにアンゼリカは倒れそうになる体を堪え、笑顔で彼女たちに振り返る。

 

「さあ、壇上に行こうか。ここで愚図ってしまったら怖い兵士さんたちに処刑の前に撃たれかねないからね」

 

 身体を竦ませている貴族の子女たちにアンゼリカは少しでも時間を稼ごうと言わんばかりに促す。

 

「アンゼリカ先輩……」

 

「さあ、君も――」

 

 最後となったパトリックを急かし、アンゼリカも壇上に上がる階段に足を乗せ――

 

「ハイアームズ。ログナー。そのまま聞け」

 

 階段の脇に控えていた兵士が視線を固定したまま、二人に一方的に話しかける。

 

「広場にレンハイムとオルランドがいる。混乱が起きた時、生徒達はお前達が冷静にさせろ」

 

「きょ、教官――」

 

「さあ、早く早く」

 

 聞き覚えのある声に振り返り問い質そうとしたパトリックの背を押してアンゼリカは壇上へと上がる。

 

「ほう……これは予想以上に壮観な眺めだ」

 

 大市だった場所を埋め尽くす人、人、人。

 

「貴族を許すなっ!」

 

「俺達は戦争をするために税金を払っていたんじゃない!」

 

「お前達のせいで何人の人が死んだと思ってやがるっ!」

 

 途切れることのない罵詈雑言に流石のアンゼリカも足が竦む。

 ログナー家もハイアームズ家も別の地区の領主のため、彼らの言葉は的外れに過ぎないのだが決して他人事では済まない問題でもある。

 

「今日、この日! 我々は帝国の悪しき文化と決別する! これは私たち平民の貴族共への宣戦布告である!」

 

 壇上の代表者の言葉に広場の市民たちは歓声を上げる。

 

「さて、誰から裁かれる? 特別に順番くらいは選ばせてやるぞ」

 

 アンゼリカ達の背後から死刑執行人が言葉を掛ける。

 

「無論、私が最初だろう」

 

 男の言葉に一斉に震え上がる同級生や後輩たちを横目にアンゼリカは気丈に名乗りを上げる。

 先程の言葉があっても、断頭台の最初になる立候補をするのには大きな恐怖がある。

 だが四大名門の子女として下の者達への示しと貴族への不満を爆発させた平民の怨嗟と向き合う責任からアンゼリカは畏れながらも歩み出る。

 

「しかしクリス君とシャーリィ君の二人か……個人的には白馬の王子様はトワを希望するのだが、ままならないものだね」

 

 アンゼリカは弁明することさえ許されず、断頭台の前に座らされて――

 

「シャーリィ」

 

「りょーかい!」

 

 アンゼリカが断頭台に括りつけられようとするその瞬間、民衆は固唾を呑み込むように静まり返り、その中で二人の少年と少女が動き出し――

 

「待ちやがれっ!」

 

 その静寂を破る声が響き渡った。

 正規軍の、民衆の、そして今まさに動き出そうとした者達も、全員が一斉に振り返り、大市の入り口に立った少年を見る。

 

「誰だ貴様は!?」

 

 壇上の軍人は刑の執行を邪魔され不快そうに顔をしかめて尋ねる。

 

「その処刑をすぐにやめろって言ってんだ! こ、こんなの間違ってる!」

 

 数千の視線に気押され震えながらも緑の士官学院の制服を着た少年は叫んで抗議する。

 

「…………アラン……」

 

「わお……良い度胸してるじゃない」

 

 クリスはフェンシング部の仲間の登場に目を疑い、シャーリィは荒ぶった民衆たちを前に正面から挑むその姿に思わず笑みを作る。

 

「やめろだと!? 見たところ君は士官学院の平民生徒のようだが、ならばこいつら貴族の悪辣さは分かってるはずだ!」

 

「ふざけんな! そいつらと内戦を起こしている貴族は関係ないだろ!」

 

「無関係なはずないだろ! こいつらの親が起こしたんだ!」

 

「だったらこいつらも同罪だ!」

 

「平民のくせして領邦軍の手先が!」

 

「この裏切り者!?」

 

 一つの言葉を言い返すアランに対して民衆たちが一斉に反論し、更には石を投げる。

 

「っ――」

 

「させないよ!」

 

 けたたましいエンジン音が威嚇するように鳴り響き、アランに向けて投げられた石つぶてがシャーリィの一閃に弾き飛ばされる。

 

「お前――オルランド!?」

 

「何をしているんだシャーリィ!?」

 

 民衆の前に飛び出してアランを庇ったシャーリィに遅れてクリスもまた彼女の隣に立って魔剣を構える。

 

「クリス!? お前無事だったのか!?」

 

 シャーリィに続いて行方知らず、しかも帝国全土に指名手配をされた部活仲間の登場にアランは目を剥いて驚く。

 

「話は後にしてくれアラン。それよりシャーリィ」

 

 段取りを狂わせたシャーリィを咎めるように横目でクリスは睨む。

 

「ごめんごめん、でもこっちの方が面白そうって感じたからさ」

 

 “テスタ=ロッサ”を持ち替えてシャーリィは掴みかかって来ようとする暴徒に火炎放射をチラつかせて威嚇する。

 

「ほら、こいつらはシャーリィ達が引き付けて上げるから続きを言いなよ」

 

「オ、オルランド……」

 

 シャーリィに促され、アランはたじろぐ。

 そこに壇上から悲鳴のような声が響く。

 

「何をしているのアランッ!?」

 

「ブリジット……」

 

「何をしに来たの! 自分が何をしているのか分かっているの!?」

 

 身が竦む狂気に身を震わせながら、ブリジットは無謀な幼馴染を責めるように問いかける。

 

「何をって……そんなのお前を助けに来たに決まってるだろっ!」

 

「そんなこと望んでない!」

 

 幼馴染の真っ直ぐな言葉にブリジットは拒絶を示す。

 

「これは私の……貴族の問題なのよ! 貴方は関係ない! だから帰って!」

 

「そんなことできるわけないだろ!

 だいたい責任って何だ!? ブリジットの親父さんが内戦に関わっていたとして何でお前が処刑されなくちゃいけないんだ! そんなの間違ってるだろ!?」

 

「でも……」

 

「おい! 余計なことを――ぐえっ!?」

 

「余計は君の方だよ」

 

 ブリジットを黙らせようとする軍人をアンゼリカは身体ごと体当たりをして押し倒し、その上にのしかかる。

 

「…………もしかして勘違いしているの?」

 

 何かを決意するようにブリジットはアランを蔑むような眼差しを向けて叫ぶ。

 

「貴方は幼馴染だけど、平民の貴方が私と釣り合うとでも思っていたの!

 最後だから教えて上げる私はアラン……貴方のことが……貴方の事がずっと前から大嫌いだったのよ!」

 

 その叫びは静まり返った広場に木霊する。

 拒絶の言葉にアランは思わず押し黙り、唇を噛む。

 

「アラン……」

 

「うるせえ、余計なことを言うな」

 

 気遣って来るクリスの言葉に振り返らずにアランはそのまま一歩前へと歩き出す。

 

「お前が俺を嫌っているならそれでも良い……それでも俺はお前を助けるっ!」

 

「アランッ! だから私は――」

 

「らしくないこと言ってんじゃねえよ! お前のへたくそな嘘なんかに騙されるわけないだろ!」

 

 アランの一喝にブリジットは怯む。

 

「ど、どうしてそこまで……」

 

「どうしてって……それはお前が……俺のす――幼馴染だから」

 

「そこで日和るなよ」

 

「ぶーぶー、今更退くなよ」

 

 口ごもるアランにクリスとシャーリィの野次が飛ぶ。

 

「幼馴染って言うだけで、この公開処刑に乗り込むなんて、どう思うシャーリィ?」

 

「幼馴染程度の間柄でそこまでするってアランってばバカなの?」

 

「おい……お前ら……」

 

 好き勝手な野次を言う背後の二人にアランは体を震わせる。

 

「お、幼馴染だから何だって言うのよ! 身の程を弁えなさいこの平民っ!」

 

「ほら、ちゃんと言わないから」

 

 拒絶を返すブリジットの言葉にクリスは咎めるようにアランの背に白い目を向ける。

 

「っ――この野郎……覚えておけよ」

 

 アランはクリスを一睨みしてから振り返り、深呼吸をする。

 

「ブリジットッ!」

 

 その声は広場に大きく響く。

 続く言葉を何にするか、多くの言葉がアランの脳裏に浮かぶ。

 

「っ――アラン、お願いだからもうやめて……」

 

 その言葉はこの期に及んで命乞いを一つもしない気高い少女の顔を見て吹き飛んだ。

 

「ブリジット……俺はお前が好きだ」

 

「っ――」

 

「貴族とか平民とか関係ない……お前の事がずっと前から好きだった……」

 

 学院で再会した時からずっと溜め込んでいた言葉はアランが思っていた以上にあっさりと口に出ていた。

 

「な……な……」

 

「だから俺は誰がなんと言おうがお前を助ける。例えお前が俺のことを嫌いでも関係ないっ!」

 

 アランはそう言うと携えた剣を抜き、貴族の処刑を見るために集まった民衆の中へと踏み込む。

 

「かかって来やがれっ! 邪魔する奴は容赦しねえぞ!」

 

 大市を埋め尽くす民衆に向かってアランは啖呵を切り――

 

「って……は……?」

 

 覚悟していた群衆からの暴行はなく、むしろ広場の中央の処刑台まで開いた道にアランは目を疑う。

 

「信じられないわね……」

 

 大市を見渡せる木の上に陣取っていたセリーヌはその光景に目を疑う。

 憎悪と怨嗟の坩堝と化していた広場は一人の青臭い若者の気に当てられて清浄なものへとなりつつある。

 

「これが“愛”ですわね」

 

「なるほどこれが“愛”か」

 

 いつでもティルフィングを呼び出せるように待機していたガイウスはアルフィンの言葉に納得したと言わんばかりに頷く。

 素人目でも取り巻く空気の変化が理解できるだけに否応なく、その後の展開の期待に胸を躍らせる。

 貴族と平民。

 互いにもう滅ぼし合うしかないと思われていた状況の中で投じられた一石。

 貴族の死を望んでいた民衆は愚直な少年の結末を見届けるために、道を譲る。

 

「なっ……」

 

 魔が差した、箍が外れた。

 そんな言葉がアランの脳裏に過り、集中する数多の視線に先程とは別種のプレッシャーを感じてアランは剣を構えたまま立ち竦む。

 

「早く行けって」

 

 焦らすアランの背をクリスが押す。

 

「っ……」

 

 クリスに恨みがましい視線を送りながら、アランは恐る恐ると言った様子で民衆が作った道を歩き出す。

 

「くっ――それ以上近付いたら――」

 

「やめろ」

 

 壇上の前で警備についていた軍人が近付いて来るアランに銃口を向けるものの、ナイトハルトがそれを制止する。

 そうして誰にも邪魔されることなく、貴族を処刑するための壇上に上がったアランは四大名門の子女達に目もくれずブリジットの前に立つ。

 

「ブリジット……」

 

「…………アラン」

 

 見つめ合う二人を周りの者達は固唾を飲んで見守る。

 

「俺はお前の事が好きだ」

 

 やはり口に出た言葉はシンプルなものだった。

 それに対する答えは――

 

「……………………はい」

 

 ブリジットは顔を赤くし俯き、か細い声で頷いた。

 次の瞬間、大市を埋め尽くす歓声が響き渡った。

 内戦が始まって一ヶ月。

 荒む一方の空気の中で生まれた貴族と平民のラブロマンスに群衆は本来の目的を忘れて沸き立つ。

 貴族の処刑を遂行する空気は払拭され、祝福の言葉が飛び交う。

 

 そして――ケルディックの空を真紅の神機《アイオーンK》が舞い、破壊の雨を降らせるのだった。

 

 

 

 

 

 





原作で思いましたが、スカーレットはあの生い立ちでどうしてケルディックの焼き討ちを行ったヘルムートを容認したんでしょうね?
確認したら嘆いてはいたけど、それ以上のことはしてないんですよね。

オズボーンの狙撃で燃え尽きて死に場所を探していたことを差し引いても、スカーレットの家族に降り掛かった不幸以上のことをケルディックに強いた側にいたので同情心がなくなったんですよね。
せめてルーレでのボスだったなら……

それともこれがあったから復活したオズボーンに対して再起しなかったのだろうか?



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9話 焼討

 

 

 最初は町の末端を狙うように無数の爆弾が降り注ぐ。

 更には遠くから放たれた導力砲の野太い光線が風車小屋を粉砕し、火の付いた残骸が町に、周囲の田園に降り注ぐ。

 更には周囲の家屋が突然爆発し、貴族の処刑を見るために集まった市民たちは次の瞬間、悲鳴を上げて一斉に逃げ出した。

 

「っ――」

 

「うわっ」

 

 間一髪という所でクリスとシャーリィは壇上に上がり、大市の出口へと殺到する人の波の流れから逃れる。

 

「こ、これは……」

 

「帝国解放戦線《S》……」

 

 空を舞う見覚えのある真紅の機体にクリスは躊躇わず空に手を掲げて叫ぶ。

 

「来い――緋の騎神《テスタ=ロッサ》!」

 

 クリスは光に包まれ――何も起きなかった。

 

「来ないね」

 

「…………ぅ~」

 

 掲げた腕を所在なさげに下ろしてクリスは頭を抱える。

 シャーリィの言葉通り、《緋》が呼び出しを無視したわけではない。

 『応っ!』と了解の返事は念話越しに聞こえている。

 しかし《緋》は何を思ったのか、この一刻を争う状況で転移ではなく飛翔でクリスの呼び出しに応えた。

 

「ヴァリマールならできたのに! ヴァリマールならできたのに!」

 

「落ち着きなさい!」

 

 地団太を踏むクリスにセリーヌが諫める言葉を投げかけ、翠のティルフィングに抱えられたアルフィンとセリーヌが壇上に降ろされる。

 

「ガイウス!」

 

『南から機甲兵の大部隊が迫っている。空の敵は俺が相手をするからみんなはそちらを頼む』

 

 ガイウスはそれだけ告げて蒼い空を悠々と飛んでいる真紅の神機に向かって飛び立った。

 

「セドリック……あの……」

 

「セドリック殿下! アルフィン殿下!」

 

 アルフィンの言葉を遮ってナイトハルトが二人に駆け寄る。

 

「御二人はこの場で待機してください。君達も、今は下の広場に降りるのは危険だ。だから――」

 

 拘束されていた貴族生徒達の縄を切るように指示を出しながらナイトハルトは大市の唯一の出口に殺到する民衆に顔をしかめる。

 

「っ――二人俺について来い! 仮設店舗を破壊して出口を増やす――」

 

「その必要はない」

 

「なっ!?」

 

 ナイトハルトの言葉を遮るように銃声が鳴り響く。

 

「うわっ!?」

 

「ぐおっ!?」

 

 壇上にいた軍人たちは次々に凶弾に倒れ、ナイトハルトは咄嗟に身を翻してその弾丸から逃れることに成功する。

 しかし――

 

「むんっ!」

 

 マシンガントレットの一撃が彼を捉え、ナイトハルトは人がすし詰め状態の大市の出口へと吹き飛ばされた。

 

「ナイトハルト教官!!」

 

 瞬く間に人の波の中に呑み込まれたナイトハルトにクリスは飛び出そうとして――

 

「おっと動くなよボン。お前さんたちも今日の目的じゃないとはいえ、保護対象ってことになっとるからなあ」

 

「迎えが来るまで大人しくしてもらおうか」

 

 胸に蒼い鷲の紋章をつけた黒いジャケットを纏った二人――レオニダスとゼノがそこにいた。

 

「西風の《罠使い》と《破壊獣》……シャーリィの鼻を誤魔化すなんてやってくれるじゃない」

 

「そういうお前は星座の《人喰い虎》……話には聞いていたがまさか本当にフィーのクラスメイトになっていたとはな」

 

「うちのフィーに変なこと、教えてないやろな?」

 

 ゼノとレオニダスは貴族生徒達を守るように背にしてシャーリィを威圧する。

 

「はっ……何を言い出すかと思えば、捨てたくせにまだ保護者気取り? ねえ、なんか言ってやったら?」

 

 常人では震えて動けなくなりそうな殺気を叩きつけられながらシャーリィは嘲笑を返して、あらぬ方向に呼び掛ける。

 

「うん、ウザいかな」

 

 次の瞬間、空中を疾走して加速した少女が弾丸を思わせる速度で飛来し、レオニダスのマシンガントレットに着弾した。

 

「むうっ!」

 

 彼女の小さな体躯から繰り出されたとは思えない程に重い衝撃にレオニダスは唸る。

 妖精は受け止められた蹴撃から、そこを足場に空中に跳び、何もない空間を蹴るように宙を舞ってシャーリィの隣に着地する。

 

「フィー……」

 

「お前……」

 

 《赤い星座》のシャーリィと肩を並べて様になっている様子に二人は思わず目を見張る。

 

「ふふん……」

 

 二人の渋面にシャーリィは鼻を鳴らして挑発する。

 そのシャーリィの態度にやはり二人は顔をしかめ――すぐに取り繕う。

 

「悪いなぁフィー。できれば世間話でもしたかったとこやけど……」

 

「時間だ」

 

 そういうゼノとレオニダスの言葉を合図をするようにケルディックの駅舎が爆ぜた。

 

「なっ!?」

 

「帝都から直送された機甲兵や。線路の封鎖は機甲兵で簡単に撤去できるし、先頭車両は爆弾にしとけば一石二鳥ってことや」

 

 爆炎の中から立ち上がる機甲兵を見上げながらゼノが語る。

 駅舎の爆発になんとか大市から逃げ出した民衆が巻き込まれ、新たな悲鳴が上がる。

 

「なっ――くそっ!」

 

「セドリック!?」

 

 纏った光から抜け出して壇上から飛び降りたクリスにアルフィンは悲鳴のような声を上げる。

 

「何やってんのよ!?」

 

「ええ……ごめん、フィーここは任せた」

 

 すぐさまその後にセリーヌとシャーリィが続く。

 

「ん、任された」

 

 その場を任されたフィーは双銃剣を構え、ゼノとレオニダスと相対する。

 その頭上を領邦軍の飛行艇が横切った。

 

 

 

 

 

 

「くそ……くそ……早く来てくれっ!」

 

 まだ到着しない《緋》に苛立ちを感じながらクリスは走る。

 未だに人がごった返す大市の出入り口。

 抜けた先の広場の先の駅舎は燃え上がり、その中から現れた機甲兵が逃げ場を失い立ち尽くす民衆に向かって巨大なライフルを向ける。

 

「やめろおおおおっ!」

 

 クリスの叫びは空しく響き渡り、密集地帯に撃ち込まれた砲弾が爆ぜ、人がまとめてゴミのように吹き飛ぶ。

 

「あ……ああ……」

 

 爆風から顔を腕で守りながらクリスは一瞬で様変わりした駅前の広場に言葉を失う。

 

「何で……何で……」

 

 貴族連合の機甲兵は煉獄の様な光景に躊躇いも戸惑いも感じず、持ち込んだ榴弾を見せつけるようにデタラメに町に向かって撃ち続ける。

 一発撃つたびに悲鳴が上がり、家屋が焼かれる。

 

「早く……テスタ=ロッサ……誰か……助けて■■■さんっ!」

 

 クリスの悲鳴は空しく木霊するだけだった。

 

「おじいちゃん……おきてよ、おじいちゃん……」

 

 助けを求めるクリスの耳にその声が聞こえてきた。

 煤に汚れたその子は倒れた祖父を必死に揺さぶっていた。

 

「っ――」

 

 気付けばクリスは少女に向かって走っていた。

 直後、二つの動きがあった。

 機甲兵が少女がいる方向に榴弾を放つ、シャーリィが駆けるクリスの横から体当たりをしてその場に伏せる。

 一瞬遅れて、爆風が二人の頭上で吹き荒れる。

 そして顔を上げた時にはもうそこに少女はいなかった。

 

「…………シャーリィなんで邪魔を――」

 

 自分の上にのしかかるシャーリィに文句を言おうとしたクリスは眼前の彼女の顔に息を呑む。

 

「ったく、手間を掛けさせないでよね……っ――」

 

 短い文句を口にしてシャーリィは気を失ってしまう。

 

「シャーリィ……?」

 

 身体に回した手にぬるりとした感触を感じてクリスは息を呑む。

 

「僕は……僕は……」

 

 立ち上がることを忘れ、クリスは軽はずみな行動に後悔する。

 そこへクリスの目の前に、ようやく緋の騎神《テスタ=ロッサ》が辿り着く。

 

「…………何で……今更……」

 

 遅すぎる“騎神”、現れない“英雄”。

 クリスはただ呆然とそれを見上げる。

 傷だらけの体。半分だけの翼。

 彼は自身が出せる最高の早さでこの場に駆け付けてくれたのはクリスにも分かっている。

 だけどそれでもあとほんの少しだけ早く来てくれていれば、あの名も知らない少女を助けられたのではないかと考えてしまう。

 

 ――汝、力を求めるか――

 

 そんな声がクリスの脳裏に声が響く。

 

 ――力を求めるのなら――

 

 鋼鉄のように重々しくも、どこか懐かしい“呼び声”。

 

 ――くれてやろう――

 

 その声に応えたクリスの髪は白髪に染まろうとするが――代わりに彼の緋色の魔剣が漆黒へと染まった。

 

 

 

 

 

 暴徒と化したケルディックの民衆から罪のない貴族の子女を救い出す。

 その名目で行われた強襲作戦は順調に進んでいた。

 その襲撃に備えていた第四機甲師団は善戦するも、戦車ではどうしようもない高高度から爆撃して来る神機と町の内部に侵入された機甲兵にまで手は及ばなかった。

 貴族連合は一連の民衆や第四機甲師団の愚行の見せしめと言わんばかりにケルディックに破壊をもたらす。

 

 そうして散って行った多くの“命”を呑み込み――《魔王》は蘇る。

 

 

 

 

 






プロジェクト・テスタ=ロッサ始動?
 テスタ=ロッサの強化。
 《魔獣化》と軌跡世界で書くとしょぼく聞こえますが、図らずも以前にオルディーネの強化案の一つだった《魂喰い》による強化になります。
 散った“命”を糧に機体は完全修復。
 その上でクリスは《贄》となり、安全装置ありの《鬼の力》を得ることになりました。
 どこまで強化されるかは未定です。


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10話 緋の魔王

 

 

 人がいなくなった大市に一台の飛行艇が着陸する。

 

「どうやらあの平民は思いの外使えたようだな」

 

 その光景を別の飛行艇で見ていた軍人は一番の目的が順調に達成されていることに安堵の息を吐く。

 今回の処刑が知れ渡るとほぼ同時に領邦軍に詰め所に単身で乗り込み、捨石になっても構わないと言い切った少年の勇気と漢気は口に出さないが領邦軍は高く評価する。

 

「しかし隊長。やり過ぎではないでしょうか?」

 

「作戦の概要は既に説明したはずだ……

 奴等は既に護るべき無力な市民ではない、自分の立場を弁えず貴族の処刑を画策し、あまつさえバリアハート襲撃を企てる反逆者に過ぎん」

 

「それは分かっています……ですが……」

 

 操縦桿を握り締めながら操縦士は逃げ惑う市民だった者達を見下ろす。

 第四機甲師団に煽られたとは言え、ケルディックの住民が超えてはいけない一線を超えてしまった。

 クロイツェン州の枠を超え、ログナー家とハイアームズ家まで敵に回してしまった以上、クロイツェン州を治めるアルバレア家にはケルディックを潰す以外に選択肢はなくなってしまった。

 

「お前達が悪いんだ。お前達が悪いんだ……」

 

 下に向けて機関砲を掃射している砲撃士が繰り返す呟きに操舵士は唇を噛む。

 そう言い聞かせなければいけない程の煉獄に良心が痛まないわけではない。

 

「せめて処刑なんて言い出さなければ……」

 

 思わず呟いてしまうが、幸い上官の耳には入らなかったのか、咎められることはなかった。

 このままクロイツェン州領邦軍が彼らの処刑を見過ごせば、革新派を打倒した未来でログナー家とハイアームズ家を代表として犠牲になった家から責任追及をされるだろう。

 四大名門から降ろされることはなかったとしても、その中での発言力は著しく低下することになる。

 逆に捕まった貴族子女達を無事に救出できたなら、ログナー家とハイアームズ家に大きな恩を売ることができる。

 それこそ、貴族連合軍主宰の立場をカイエン公爵から奪うことも夢ではない。

 

「クロイツェン州が帝国のトップになるか……悪くないな」

 

 間接的とは言え自分達が一番になることに悪い気はしない。

 ケルディックを焼くデメリットは大きいものの、それをするだけのメリットは存在していた。

 

「私たちの正当性は助けた子供たちが証明してくれるだろう」

 

 直前にどちらの陣営にとっても想定外のことが起きたが、それで革新派が処刑を中止すると宣言したわけではない。

 大勢に取り囲まれ理不尽な憎悪を向けられた子供達の心の傷がどれほどのものか想像もできない。

 

「入電――捕らえられていた貴族の子女たちは全員救出できたようです……ですが――」

 

「どうした?」

 

「第一優先保護対象のアンゼリカ・ログナー嬢が手枷を外せと抵抗しているようですが……」

 

「ログナー侯からの許可は得ている。そのままで構わん。抵抗が激しいようならスタンロッドの使って気絶させておけ」

 

 何故、救出対象に猛獣のような対処が許可されているのか通信士は首を傾げつつ、通信士はその胸を相手に伝える。

 そして隊長はおほんと咳払いをして、部下たちに言う。

 

「我が艇は救助艇の浮上に伴い、護衛からケルディック制圧に任務を変更する!

 思い上がった平民共に、貴族の恐ろしさを教えてやれ!」

 

『イエス・サー!』

 

 隊長の指示に隊員たちは躊躇を捨てて返事をする。

 救助艇が上昇し、バリアハートに進路を向けて発進する。

 その瞬間、それを見守っていた彼らの飛行艇は激しく揺れた。

 

「何だ!? 奴等の抵抗か!?」

 

「分かりません。被害状況は――」

 

 激しく揺さぶられながらも墜落しないように艇の姿勢を維持させた操舵士はそれを見た。

 

「緋……」

 

 飛空艇の前方の窓一杯に埋め尽くされた《緋》。

 

「まさか《緋の騎神》!? 何でこいつがここに!?」

 

 今回の任務とは別に最優先捕獲対象である《緋の騎神》の突然の登場に艦橋は騒然とする。

 そんな彼らに《緋》は頭を鷲掴みにした機甲兵を振り上げ、棍棒のように叩きつけた。

 

 

 

 

 機甲兵を叩きつけられた飛空艇がひしゃげ、墜落して爆発する。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』

 

 その光景を睥睨した《緋》は緋い翼を広げて雄叫びを上げると、その両手に剣が現れる。

 

『――ッ』

 

 顕現した剣を無造作に左右に投げる。

 剣は砲弾のように大気を切り裂き、ケルディック上空を周回して銃弾の雨を降らせている飛行艇をそれぞれ貫く。

 今度は墜落する様を見届けず、《緋》は地上に向かって急降下。

 第四機甲師団とバリアハートから進軍してきた機甲兵の部隊が撃ち合う戦場のど真ん中に粉塵を巻き上げて着地する。

 

「何だ!?」

 

「こいつは緋の騎神《テスタ=ロッサ》! 何故ここに――」

 

 突然の乱入に第四機甲師団とクロイツェン州領邦軍は狼狽え、領邦軍はすぐに我に返って檄を飛ばす。

 

「囲めっ! 《緋の騎神》の奪還はセドリック皇子からの勅命だ! 貴族子女の救出に、《緋の騎神》の奪還の功が合わされば――」

 

 彼がそれを言えたのはそこまでだった。

 第四機甲師団から素早く攻撃目標を《緋》に切り替えて、指示に従って左右に展開した機甲兵の部隊は次の瞬間、長い尾の一薙ぎにまとめて薙ぎ払われた。

 

『グウウウウウウウウウウウウッ!』

 

 《緋》は獣の様な唸りを上げ、薙ぎ払った機甲兵たちに目もくれずに空を見上げる。

 そこには《真紅の神機》と《翠の機神》が激しい攻防戦を繰り広げていた。

 《緋》は右腕にランスを顕現させると同時に飛翔する。

 

「くっ――」

 

「ふふふ、さっきまでの威勢はどうしたのかしら?」

 

 高速で飛び回りながら撃ち合う戦いはどちらも直撃することないが、武装がライフル一つだけのティルフィングに対して、身体の各所に導力砲を装備しているアイオーンKが優勢に立ち回っていた。

 反撃にライフルを撃つも、動き回る的に当てることは難しく、《翠》は防戦を強いられていた。

 

「あら……?」

 

 計器のアラートにスカーレットは《緋》の接近に気付く。

 

「生きていたのね皇子様。でも――甘いわよ」

 

 奇襲を仕掛けようとする《緋》にスカーレットは笑う。

 

「ダメだ! クリスッ!」

 

 接近戦を仕掛けようとする《緋》にガイウスは止まるように叫ぶ。

 

「ブラッディストームッ!」

 

 《真紅》の四対八翼の翼の一部が分離すると、それらは八つの刃となって独自に飛翔する。

 八方に散った刃はそれぞれが独自に動き、《緋》に殺到する。

 《翠》が接近戦をしようとしても、全方位からの攻撃に阻まれ敵わなかった攻撃。

 

「っ――」

 

 咄嗟に《翠》はライフルを撃つが、ガイウスの腕では的が小さすぎて当たらない。

 真っ直ぐ突撃して来る《緋》に八つの刃がそれぞれ死角から襲い掛かる。

 八つの衝撃を受けて怯む《緋》に《真紅》は両腕の導力砲を撃ち込み、《緋》は爆炎に包まれる。

 

「あははっ! 所詮はこんな程度ね!」

 

 《騎神》と言えども中身は世間知らずのお坊ちゃんに過ぎない。

 自分達のリーダーとは雲泥の差だとスカーレットは嘲笑う。

 

 ――何がおかしい?――

 

「え……?」

 

 直接脳裏に話しかけられたような声にスカーレットは思わず呆ける。

 次の瞬間、《真紅》に無数の刃の奔流が襲い掛かる。

 

「なっ――」

 

 水流にも見える一撃だが、そこに含まれた剣刃は鑢を掛けるように逃げ遅れた《真紅》の脚を削り落とす。

 爆炎が晴れた、そこに分離した刃が結合した剣を構える《緋》がいた。

 

「何で――お前が教会の法剣を!?」

 

 ――この程度で我を破壊しようなどとは愚かな――

 

 スカーレットの疑問に答えず、それは侮蔑の蔑みで《真紅》を見下す。

 その体躯には刃と砲撃によるの傷は一つもない。

 

「っ――」

 

 《真紅》は今回のために増設した爆撃用のコンテナを開き、残ったミサイルを《緋》に向けて撃ち尽くし、結果を見る事もなく機体を反転させる。

 視界を埋め尽くす弾幕に《緋》は無造作に手を翳し、緋の波動を放つことでミサイルは誘爆しケルディックの空に大輪の爆炎を咲かせる。

 脇目も振らずに逃げた《真紅》はその数秒で彼方まで距離を取ることに成功する。

 

「逃げられたか……どうするクリス? クリス?」

 

 《翠》からの呼び掛けに《緋》は答えず、《緋》は使う事がなかったランスを構える。

 

「何を――」

 

 ガイウスが戸惑っている間に、ランスに緋の霊力が迸り――次の瞬間、投擲される。

 音速を優に超えた速度で投擲されたランスは逃亡した《真紅》を掠め、オーロックス山脈に命中し光の爆発を生み出す。

 

「なっ――」

 

 絶句するガイウスを他所に《緋》は踵を返し、バリアハートの方向へ逃げようとしている飛行艇を見据えて、その手に新たなランスを顕現させる。

 

「――待て! クリス!」

 

 澱みなく新たなランスが投擲され、ガイウスは“勘”に任せてライフルを撃つ。

 撃ち抜かれたランスはその場で爆発し、閃光と轟音をケルディックの空に撒き散らす。

 

「クリス……」

 

 運良く撃ち抜けたことに安堵しながらガイウスは《緋》に向き直る。

 

 ――我の邪魔をするか?――

 

「クリス……いや違う……」

 

 乗っているのは彼かもしれないが、《緋》が纏う空気に動かしている者は違うと気付く。

 

「っ――」

 

 次の瞬間、尻尾からの刺突が襲い掛かり《翠》は反射的に仰け反って眼前に鋭い穂先が突きつけられる。

 

「くっ――」

 

 咄嗟にライフルを十字槍に変形させ、眼前の尾剣を弾き《翠》は《緋》から距離を取る。

 

 ――憎い――

 

 脳裏に過る声にガイウスは顔をしかめる。

 同時に《緋》から漏れ出す黒い瘴気におおよその事情を察する。

 

「まさかクリスまで《呪い》に……」

 

 かつて自分が特別実習の時に暴走してしまった時に止めてくれたのが彼だけだっただけにその事態にガイウスは――

 

「――クリスに止めてもらった?」

 

 戦闘中だと言うのにガイウスは思考に生まれた違和感に固まる。

 半年前の特別実習の時、ノルドの守り神である巨人像が動き出し彼を攻撃させてしまったことが脳裏に浮かぶ。

 何もおかしくない、矛盾のない記憶なはずなのに、反芻しようとすればする程、思考が歪み、激しい頭痛に見舞われる。

 

「うぐっ……これはいったい……」

 

 その苦しみは《翠》にフィードバックされるように機体は固まり、その隙を逃さず《緋》はその手に剣を顕現させ斬りかかる。

 

「っ――」

 

 苦し紛れに十字槍で受け止めるものの、力の差は歴然であり、あっさりと槍はその手から弾き飛ばされる。

 動きが鈍い《翠》に《緋》は返す刃を薙いで地面に叩き落とす。

 更に墜落させた《翠》を追い駆けて、止めの一撃を落とす。

 その刃は――《青のティルフィング》の双銃剣が受け止めた。

 

「大丈夫、ガイウス?」

 

「フィーか、すまない助かった」

 

 《翠》では受け切れなかった一撃を受け止めている《青のティルフィング》の背中にガイウスは助かったと安堵の息を吐く。

 

「あ……ちょっと持たないかも」

 

「くっ」

 

 しかし、安堵も束の間。

 フィーの弱音に《翠》は慌てて機体を飛ばして《青》の背後から退く。

 それを確認して《青》は合わせた刃を弾き、《緋》から距離を取る。

 

「これ、どういうこと?」

 

「詳しいことは分からない。ただクリスもまた《呪い》に囚われてしまったようだ」

 

 端的に状況の説明を求めるフィーにガイウスは推測で答える。

 

「了解、とりあえず強めに殴れば良いんだっけ?」

 

「……俺達にできることはそれくらいしかないだろう」

 

 《呪い》の発生に対して自分達はあまりにも無力だと実感しながら《翠》は《青》の隣に並ぶ。

 

 ――その程度の“力”で我の邪魔をしようなどとは愚かな――

 

 《緋》は咆哮を上げると、その背後に膨大な霊力を迸らせる。

 顕現されるのは無数のライフル。

 

「なっ――」

 

「やば――」

 

 その銃口に緋の霊力が溜まる。

 そこに宿る“力”の大きさに二人は息を呑む。

 二人の機体の防御力では防げない攻撃。しかし、背後にはケルディックがある。

 そして二人が打開策を思考するよりも早く、無数の砲台が一斉に火を噴いた。

 無数の銃口から撃ち出された《緋》の光弾は野太い一つの光線となって二機に降り注ぎ――空から降って来た太刀、それを中心に展開された“鏡”が緋の破壊を空へと逸らした。

 一拍遅れ、空から降りて来た《灰》が地面に突き刺さった太刀を引き抜き、《緋》と向き直る。

 

「ヴァリマール……」

 

「助かった……」

 

 その背中にガイウスとフィーは何故か言い知れない安堵を感じてしまい、首を揃って傾げる。

 その間にも《緋》は新たな剣をその手に作り出し、《灰》に斬りかかる。

 

「…………」

 

 《灰》は静かに太刀を盾にするように構え、その一撃を受け止める。

 《翠》を簡単に吹き飛ばし、《青》も力負けした《緋》の一撃を《灰》は受け止め――

 

「っ――ふざけるなっ!!」

 

 クリスの激昂が響き渡った。

 絶叫と共に繰り出される剣戟を《灰》は後退りながら受けに徹する。

 その動きにクリスはさらに苛立つ。

 

「お前は■■■さんじゃない!」

 

 その名を叫ぶことで頭痛が走るが構わず叫ぶ。

 “彼”によく似た立ち姿と太刀捌き。

 よく似ているだけで、クリスの目から見ればただ表面をなぞっているだけの醜悪なものまねにしか見えない。

 現に“彼”だったら難なく防いでいただろう剣を《灰》は防ぎきれずにその体に傷を増やしていく。

 その事実がさらにクリスを苛立たせる。

 

「お前がこれをやったのか!? お前がっ!!」

 

「――きゃあっ!」

 

 途切れることない連撃の末、《灰》の太刀は《緋》の一撃に弾き飛ばされる。

 

「――っ!」

 

 《灰》から聞こえて来たのは女の子の悲鳴。

 しかし、クリスにはそれがどうしたと言わんばかりに無防備となった《灰》に剣を繰り出す。

 

「やめろクリス!」

 

「らしくないよ」

 

 戦意がない相手をなぶる《緋》を見兼ね、《翠》と《青》が両側から抱き着くように《緋》を抑え込む。

 

「放せっ! こいつは! こいつだけは!」

 

 単体では力負けをしたものの、二機掛かりの抑え込みに《緋》はもがき――尾を地面に突き立てた。

 

「がっ――」

 

「なっ……」

 

「うそ……」

 

 地面を伝って突き出された尾剣が《灰》の胸を貫く。

 

「は……はは……あはははっ! やったよ■■■さんっ!」

 

「クリス……」

 

 聞こえて来る狂ったような哄笑にガイウスは痛々しさを感じ、《緋》から噴出する黒い瘴気に《翠》と《青》は吹き飛ばされる。

 

「クリスッ!」

 

「くっ……いい加減にしてっ!」

 

 二人の制止を無視して《緋》は空中に無数の剣を顕現する。

 胸に風穴が空いた《灰》に“千の武具”が降り注ぐ。

 剣が腕を、槍が脚を、斧が肩に、矢が頭に穿たれ、瞬く間に《灰》は無惨な姿に変わって行く。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 霊力の限界まで“千の武具”を撃ち尽くした《緋》は力を失ったように膝を着く。

 立ち上る土煙がその攻撃の激しさを示していた。

 しかし、それにも関わらず金属がこすり合う音が土煙の中から聞こえて来る。

 

「くそ……」

 

 土煙の中から覚束ない足取りで出て来た《灰》にクリスは思わず悪態を吐く。

 右腕を失い、顔の半分は抉れ、装甲の至る所は砕け、肩から胴体に突き刺さった槍を残った左腕で引き抜きながら《灰》は前へと進む。

 

「動け《テスタ=ロッサ》! まだ終わってないぞ!!」

 

 クリスの憎悪の声に《緋》は唸るように駆動音を上げ、すぐに沈黙する。

 

「動け! 動けっ! 動けよっ!」

 

 何度も叫ぶが《緋》は答えることはなく、《灰》は《緋》の前に辿り着く。

 差し伸べた《灰》の手が、人で言うところの《緋》の頬に触れる。

 

「――ご――ん――さい――」

 

「やめろ! 放せっ! くそっ!」

 

 いくら抵抗しても《緋》はぴくりとも動かず、《灰》は《緋》に半壊した額を合わせる。

 

「っ――」

 

 その瞬間、思考の熱が急速に奪われクリスの意識は遠のく。

 

「――――ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……」

 

 その言葉を最後にクリスの意識は闇に沈むのだった。

 

 

 

 



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11話 理不尽な選択

 

 

 

「それでは貴方は一人でケルディックの処刑に乗り込んだんですか?」

 

「ああ――じゃなくて、はいっ」

 

「それは随分と無謀なことをしましたね。聞けば随分酷い状態だったと聞きますが……」

 

「はい……

 学院の同級生たちを取り囲んで、貴族は殺せ、貴族は殺せって血走った目で……とても正気とは思えませんでした」

 

「あろうことか、その市民の暴走を煽ったのが革新派の第四機甲師団という話ですからね……

 ケルディックに限らず、他の都市でもこういった革新派の暴走が起きているようです……

 記憶に新しいのだと先週のラインフォルト社爆破事件でしょうか?」

 

「ラインフォルト……それってⅦ組の……」

 

「ええ、ルーレのラインフォルト社の居住フロアの爆破された事件です……

 これによってイリーナ会長と彼女の娘のアリサ嬢の二名が巻き込まれたようです……

 この事件も犯人は帝国正規軍のものだとハイデル・ログナー氏が発表しています」

 

「そ、そうなんですか?」

 

「ええ、革新派はオリヴァルト皇子を担ぎ上げているようですが、実態は皇子の意向を無視した動向が多く、ケルディックのように各地で市民を煽っていると聞きます……

 帝国市民はくれぐれも軽挙な行動は慎んでください……

 それでは最後に勇敢な恋人に救ってもらったブリジット嬢、一言お願いします」

 

「あ、あの私とアランは恋人じゃなくて、その……あう……」

 

「そ、そうですよ! 俺達は……」

 

「ふふ、初々しいカップルですね……以上、ヘイムダル放送でした」

 

 

 

 

 

「ここは……」

 

 目を覚ましたクリスは見覚えのない部屋を見回して首を傾げる。

 数日前に同じような経験をしたが、ゼンダー門の時とは違い、武骨ではなく調度品で飾られた室内は明らかにミラが掛かっていると分かる。

 

「お、目が覚めたか」

 

 むくりと起き上がったクリスに傍らに控えていた少年は読んでいた本を閉じて立ち上がる。

 

「君は……」

 

「ちょっと待ってろ。すぐに責任者を呼んで来る」

 

 あの人から“技”を授けられ、密かにクリスが対抗心を燃やしていた少年――スウィンは人の気も知らずに淡々と部屋を出て行ってしまう。

 

「…………ここは何処なんだ?」

 

 深呼吸を一つして、嫉妬心を呑みこみクリスは部屋を見回す。

 

「……みんなは……それにケルディックはどうしたんだろう?」

 

 部屋の造りからそこがケルディックではないことを察する。

 クリスは手っ取り早く確認するため、ベッドから降りて窓を遮っているカーテンを払って外を見ようとして固まった。

 

「こ、これは!」

 

 クリスは思わずベッドのサイドテーブルに置いていかれたスウィンが読んでいた本を手に取って目を見開く。

 

「《Rの軌跡》の最新巻にして最終巻! 発売延期になった本がどうしてここに!?」

 

 クロスベルが行った資産凍結の影響により、発売が危ぶまれた大衆向けの娯楽小説。

 クリスにとってその発表は数日前のことであるのだが、実際は既に一ヶ月の時が過ぎているため、無事に発売されていたとしてもおかしくはない。

 

「そう言えば、これはどうなっているんだ?」

 

 今まで深く考える時間がなかった疑問にクリスは首を傾げる。

 人々の記憶から“彼”の記憶が消えている異常。

 この小説の主人公は名前こそ違うが、その“彼”の旅を記した物語。

 因果の改変は“本”にどのように影響しているのか、内容も気になるが読むことに躊躇いを感じてしまう。

 

「…………」

 

 クリスは誰もいない部屋を改めて見回す。

 別にいけないことをしているわけではないのだが、周囲の視線を気にし、窓と本に視線を交互に移す。

 

「…………うん。これも現状把握のため、決してケルディックのことを蔑ろにしているわけじゃないから」

 

 誰に言うでもなく、自己弁護をクリスは固める。

 ここが何処なのかはスウィンが呼びに行った誰かが説明してくれるのを待てばいい。

 しかしこの本に関しては、今後の内戦の状況では本屋に行く暇も、落ち着いて読書に耽る時間が取れるわけもない。

 

「このチャンスを逃したら、いつ読めるか分からない……」

 

 勝負はスウィンが誰かを呼びに行き、戻って来る数分。

 責任者の状況次第ではもう少し待たされるかもしれないが、千載一遇のチャンス。

 

「それにこれはあの人が本当にいたという証明でもあるんだ……

 前巻は湖畔の研究所であの子が犠牲となって主人公を逃がした場面で終わっている……その後の話か……」

 

 以前の記憶を反芻し、クリスはごくりと唾を飲む。

 果たしてあの後、彼とあの子はどうなったのか。

 最終巻だけあって今までの本よりも厚いが、この数分に全てを掛ける気持ちでクリスは集中力を研ぎ澄ませ――

 

「いざ――」

 

「やあ、お目覚めになられて何よりです、セドリック殿下」

 

 部屋に入って来たルーファスにクリスは視線を送り、開いた本の一ページをそっと閉じるのだった。

 

 

 

 

「それじゃあここはクロスベル? しかもケルディックの焼き討ちから三日も寝ていたなんて……」

 

「本来なら君も重症者と同じようにウルスラ医科大学病院に搬送しようかと考えたのだが、セリーヌ君が疲労だけだと言っていたのでね……

 君達にはこのオルキスタワーの客室に宛がわさせてもらった」

 

「それは良いんですけど……」

 

 皇子に対しての扱いではないと謝罪されるが、ウルスラ医科大学病院もケルディックの負傷者を受け入れて忙しくなっていること、それに加えて護衛の観点からの処置だと説明される。

 

「それよりもケルディックはあれからどうなったんですか?

 それにルーファス教官が何故クロスベルに?」

 

「そうだね……まずは私が何故クロスベルの総督になっているのか説明しよう……

 もっともつまらない話さ。トールズ士官学院で拘束された私はある日、父と面会してこのクロスベルの総督になれと命じられたのだよ」

 

 資産凍結から始まったクロスベルの横暴な振る舞い。

 何者かの手によって、ディーター・クロイスの悪事が白日の下に晒され、大義名分を得た特務支援課によって彼が逮捕された。

 それが切っ掛けで帝国軍はクロスベルを制圧することに成功したが、同時に勃発した内戦によりクロスベルを統治する余裕は貴族連合にも革新派にもなかった。

 そこで白羽の矢が立ったのだが、ルーファスだった。

 

「今回の内戦での数少ない、取り決めの一つでね……

 クロスベルの統治にはそれぞれの代表者を置くことで協力して統治し、帝国内での不和を持ち込まないと取り決められている」

 

「それぞれの代表者?」

 

「革新派からはクレア君とレクター君の二人が代表として来ているよ……

 おそらくは貴族連合は私を使って“鉄血の子供”を封じようとしているのだろう」

 

 革新派にとってもルーファスはアルバレア家の筆頭から外れたとしても、その才覚が衰えたわけではない。

 そんなルーファスの復帰を畏れた革新派は彼を監視する人材をクロスベルに派遣する必要があった。

 そんな事情をルーファスは憶測も交えながら語る。

 

「そして私が選ばれたのは、この動かない腕と《金の騎神》がカルバード共和国への牽制にするためだろう……

 もっとも、クロスベルが行った資産凍結のせいで経済恐慌が起きたカルバードに帝国へ侵攻する余裕は今はなさそうだがね」

 

「《金の騎神》……もう動かせるようになったんですか?」

 

「いいや、外見だけは取り繕っているが戦闘は厳しいだろう……

 それでも《騎神》がここにいるという事の意味、カルバード、クロスベルにとっても大きな抑止力となるという事だ」

 

 クリスは先程見下ろした窓の外、オルキスタワーの前の広場に立たせていた《金の騎神》に納得する。

 

「ケルディックの事についても御安心を……

 重症者はウルスラ医科大学病院へ搬送、破壊された家屋もすぐにとは言えませんが、撤去と復興の作業は始まっています」

 

「撤去作業って……」

 

 あまりにも軽い言葉にクリスは顔をしかめる。

 

「あんなことをしたのに、それだけなんですか!?

 いや、そもそも廃嫡されたとは言え、アルバレア公爵家の貴方をケルディックが受け入れたと言うんですか!?」

 

「そうしなければ、生き残ったケルディックの市民は生きる術がなかったからね」

 

 そう言ってルーファスはテーブルの上にこの数日分の帝国時報を置いた。

 

「なっ!?」

 

 そこには大きな見出しでケルディックの処刑を非難する記事、当時の現場の写真と共に掲載されていた。

 

「ケルディックの処刑に関しては既にこの内容の情報が帝国に出回っている……

 罪のない貴族の学生を一方的、かつ弁明も聞かずに処刑を断行……

 各地でこの処刑の事を非難する声が上がっている。おそらくケルディックに手を差し伸べる者は誰もいないだろう」

 

「そんな……あれだけのことをしておいて」

 

「むしろあれだけで済んだと思った方が良いだろう」

 

「なっ!?」

 

 ルーファスの言葉にクリスは耳を疑う。

 

「もしもあの処刑が決行されていたら、ログナー家とハイアームズ家、他の家の者達も報復としてケルディックは文字通り帝国の地図から消えることになっていただろう」

 

「だけどアランが――」

 

「そのアラン君は領邦軍の協力者だった……

 それに彼のおかげで場の空気は確かに変わったが、君は処刑を中止するという宣言を聞いたのかな?」

 

「それは……」

 

 ルーファスの指摘にクリスは口ごもる。

 現場にいたからこそクリスはケルディック側の視点で見てしまうが、人質の奪還作戦の一環だったと言われてしまえば口を噤むしかない。

 

「以上がアルバレア公爵の言い分であり、ケルディックと第四機甲師団の生き残りは自分達の非を受け入れました」

 

「…………そうですか」

 

「そしてセドリック殿下。ヘルムート・アルバレアの伝言を伝えます」

 

 続くルーファスの言葉にクリスは思わず身構える。

 

「貴方が所有している《緋の騎神》を皇室に返還し、二度とヘイムダルの地を踏まないことを誓うならば、今後の貴方とアルフィン皇女の身の安全を保障する。とのことです」

 

「なっ!? 何だその要求は!?」

 

 突き付けられた条件にクリスは思わず激昂する。

 が、ルーファスは涼しい顔をしてそれを受け流し、事務的に続ける。

 

「アルバレア公が何を考えているのか、おおよそ検討はつきます……

 あえて私に《テスタ=ロッサ》を回収しろと命じず、伝言だけで済ませたことにも意味があるのでしょう」

 

「元々《テスタ=ロッサ》は皇族のものだ!

 それにヘイムダルの地を踏むな!? あんな偽物を用意しておいてそれを言うのか!?」

 

「心中お察しします」

 

 クリスの激昂にやはりルーファスは涼し気な言葉を返す。

 

「でしたら殿下。貴方は自分こそ、本物のセドリック皇子だと名乗りを上げますか?」

 

「当然です」

 

 ノルドからケルディックと、それをする暇がなかっただけで大きな都市に辿り着いた時点で貴族連合に偽物のことを宣言することは考えていた。

 だからこそルーファスの質問にクリスは即答する。

 

「それはあまり得策とは言えないでしょう」

 

 しかし、ルーファスはそれを窘めるように進言する。

 

「……どうしてですか?」

 

 感情に任せて反論しようとする心を抑え込み、クリスは理由を尋ねる。

 

「皇族である証として殿下が証明できるのは《緋の騎神》なのは間違いないでしょう……

 ですがそれは周知されていることではありません。だからこそ、貴族連合は皇子の偽物を祭り上げたのです」

 

「で、でも……」

 

「今の皇子には自身を護る力もなければ支持してくれる後ろ盾、貴方に付き従う家臣や仲間もいない……

 例え貴方が正しく本物であったとしても、四大名門の当主達の権謀術策の前には無力な子供でしかありません」

 

「でも!」

 

「特別実習で彼らの器を見極めたつもりですか? 彼らは曲がりなりにもあの“鉄血宰相”と渡り合ってきた傑物ですよ」

 

「っ――」

 

 クリスにとっての憧れの一つを引き合いに出され、思わず押し黙る。

 

「《騎神》は強力ですが、それだけでこの混迷とした情勢を切り拓くことはできないでしょう」

 

「だ……けど……」

 

 淡々と告げるルーファスに言い返そうとクリスは思考を巡らせるが、彼を納得させるだけの理屈はすぐに思い浮かばない。

 

「むしろ《騎神》を使って内戦に介入するのなら、戦火は大きくなり、ケルディックの比ではない大きな争いの原因となります……

 殿下には民や仲間をその戦いに巻き込む覚悟がありますか?」

 

「…………覚悟……」

 

 それを問われてクリスは押し黙るしかない。

 自分だけならばそれこそ突き進むことに躊躇いはないが、自分の戦いが第二第三のケルディックを生み出すとなれば尻込みしてしまう。

 俯いたクリスにルーファスは苦笑を浮かべると席を立つ。

 

「アルバレア公にはまだ皇子は目を覚ましていないと報告しておきましょう……

 スウィンとナーディアのどちらかを伴っていれば、クロスベル内での行動も自由にされて結構です」

 

「ルーファス教官……」

 

「ただこれだけは覚えておいてください……

 貴方が迷っている内にも情勢は刻一刻と変化して行きます。猶予はあまりないでしょう」

 

「っ……」

 

 ルーファスがアルバレア公爵への返答を先延ばしにしてくれても、帝国内での内戦が進んでいるのだと暗に告げられクリスは唇を噛む。

 これからの帝国の進退に関わる大きな戦になっているのに、皇族である自分とは関係なく情勢が進んでいることに屈辱さえ感じる。

 

「ルーファス教官」

 

 胸の奥の苛立ちをクリスは何とか呑み込み、部屋から出ようとするルーファスの背に尋ねる。

 

「――Ⅶ組のみんなはどうしているか分かりますか?」

 

「ええ、まずシャーリィ君に関してはウルスラ医科大学病院へ搬送されましたが、既に意識は取り戻したそうです」

 

「シャーリィ……良かった」

 

「ガイウス君とフィー君はそれぞれルーレとレグラムに昨日の時点で出発しています」

 

「ルーレとレグラム?」

 

「ルーレでは先日、ラインフォルト社の最上階の一室が爆破される事件があり、イリーナ会長とアリサ君の二人が巻き込まれたそうです」

 

「なっ!? 二人は無事なんですか?」

 

「一命は取り留めたそうですが、詳しいことは調査中です……

 レグラムではアルバレア公爵の命により、クロイツェン州の意志を統一する名目でレグラムを治めるアルゼイド子爵家と交渉をしているそうです……

 ただヴィクター卿は不在であるため、ラウラ君が代行としてアルゼイド家として立ち、アルバレア公爵家からの交渉役はユーシスが担っているそうです」

 

「ラウラとユーシスが……」

 

「そしてマキアス君とエリオット君の二人はセントアークにて革新派の本拠地にいることが確認できています……

 他のミリアム君とエマ君に関しては、こちらも調査中になります」

 

 それで終わったと言わんばかりにルーファスは踵を返す。

 

「ま、待ってください!」

 

「まだ何か?」

 

 意外そうな顔でルーファスは首を傾げる。

 

「ひ、一人足りませんか?」

 

「さて……」

 

 クリスの指摘にルーファスは目を伏せて思案する。

 

「アリサ・ラインフォルト、ラウラ・S・アルゼイド、フィー・クラウゼル、エマ・ミルスティン、シャーリィ・オルランド、ミリアム・オライオン」

 

 順にルーファスは名前を上げていく。

 

「ユーシス・アルバレア、マキアス・レーグニッツ、エリオット・クレイグ、ガイウス・ウォーゼル、そしてクリス・レンハイム」

 

「――っ」

 

「以上十一名がトールズ士官学院特化クラスⅦ組だと私は記憶していますが?」

 

「ルーファス教官は覚えていないんですか?」

 

 何故自分だけが“彼”のことを覚えているのか。

 その答えの一つとしてクリスは“起動者”であることが条件だと推測したのだが、《金の騎神》の起動者であるルーファスはクリスの質問に困惑を返す。

 

「覚えていないとは誰のことかな?

 ああ、もしかして君達の担当教官の――」

 

「違います!

 そこのスウィンとナーディアがトールズに来る切っ掛けになった人です!

 “ティルフィング”を開発したり! ルーファス教官が今年の初めにユミルに来た切っ掛け!

 帝都の暗黒竜やノーザンブリアを塩化から浄化して――

 そうだ! ヴァリマールはどうしたんですか!?

 テスタ=ロッサを回収したなら、そこにいたはずのヴァリマールはどうしたんですか!?」

 

「落ち着いて下さいセドリック皇子」

 

 捲し立てるクリスにルーファスは何を言われているのか分からない困惑の顔をしながら宥め――

 

「あんた、趣味悪いぞ」

 

 そんなルーファスにスウィンが呆れたように肩を竦めた。

 

「え……?」

 

「ふふ、勝手にネタ晴らしはしないで欲しいね」

 

 スウィンの指摘にルーファスは苦笑を浮かべる。

 

「え…………?」

 

 そんな二人のやり取りにクリスは思わず呆け、すぐに我に返る。。

 

「もしかして……」

 

「俺は違うぞ……だけど、俺達をエンペラーから助けてくれた“誰か”がいることは分かってる」

 

 クリスの期待に対してスウィンは先に弁明する。

 ならばと顔を向けたルーファスは笑みを浮かべて頷いた。

 

「ああ、もちろん。私は《超帝国人》の“彼”のことは覚えているよ」

 

 

 

 

 

 

 

 暗い、暗い部屋に規則正しい音が響く。

 シャッ、シャッ、シャッ。

 それは刃物を研ぐ音。

 

「………………」

 

 その女は感情が凍り付いた目で黙々とナイフの刃を研ぐ。

 

「待っていてください。イリーナ様、アリサお嬢様……すぐにわたくしが……」

 

 一心不乱にナイフを研ぐ彼女の耳には幻聴が何度も響く。

 

『一番悪いヤツを殺せ、コロセ』

 

 それは尊敬する母のような存在の声であり、

 

『一番悪いヤツを殺せ、コロセ』

 

 最も愛おしい妹の様な存在の声であり、

 

『誰かを選べないと言うのなら、“ぜんぶ”を殺してしまうと良い』

 

 悔恨を掻き立てる声が彼女の背中を押した。

 

 

 

 

 

 

 



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12話 クロスベル

 

 

 

 《碧き零の計画》

 それはクロスベルの独立運動の背後で行われていた計画。

 《D∴G教団》の成果を利用し《零の至宝》を作り出し、その力を持ってゼムリア大陸の歴史をクロスベルを優遇した歴史に改竄する計画。

 実際にそれが可能だったかは一先ず置いておくとして、ディーター・クロイスを隠れ蓑にしたイアン・グリムウッドとマリアベル・クロイス、アリオス・マクレインの三名が推し進めていた計画だった。

 アリオス・マクレインは仲違いをしたのか、《大樹》に同行することなくオルキスタワーの上階で心神喪失状態で発見された。

 イアン・グリムウッドは《大樹》にて特務支援課が逮捕。

 マリアベル・クロイスに関して、特務支援課の面々は一様に口を噤み、彼女の所在を語ることはしなかった。

 帝国憲兵隊の調査によると、マリアベル・クロイスは計画の失敗を見届けた後、《身喰らう蛇》に参入。

 特務支援課は彼女を逮捕することはせず見逃したことから、何らかの密約を交わした可能性が考えられる。

 

 注釈:マリアベル・クロイスと特務支援課のエリィ・マグダエルは旧知の仲である。

 

 現に特務支援課はイアン・グリムウッドを連行し警察本部に引き渡した後、不明瞭な報告書を残して出奔した。

 以降、クロスベル警察を経由して帝国政府が出した出頭命令にも応じず、依然彼らは姿を晦ましている。

 

 オルキスタワーでディーター・クロイスを逮捕したのも彼らだが、彼と取引をしてマリアベル・クロイスを見逃す取引をしていた可能性は十分に考えられる。

 クロスベルの異変と独立の騒動は帝国軍がクロスベルを制圧したことで鎮静化されたものの、特務支援課の不可解な行動には警戒が必要だろう。

 もしかすればディーター・クロイス達の計画はまだ継続していることを視野に入れ、ジオフロントに潜伏した特務支援課、並びにクロスベル国防軍を名乗った反帝国主義者たちへの警戒を厳にするべきだろう。

 

 なお彼らの支援者として疑いが強い親類縁者を拘束することを進言します。

 

 報告者:クレア・リーヴェルト。

 

 

 

 

 

「何をやっているんだ……」

 

 自分が気を失っていたこの一ヶ月の帝国時報やクロスベルタイムズを読み漁ったクリスは最後にクレアが持って来たルーファスに提出する報告書に唸った。

 特務支援課の報告書によれば、マリアベル・クロイスには逃げられたとあった。

 しかし、それが真実なのか確かめようにも彼らが姿を隠したため、問い詰めることはできない。

 帝国軍は目下、彼らの捜索をしているがジオフロントの乱雑な造りと市民の協力があるのか、その成果は芳しくない。

 何度も呼び掛けているにも関わらず、応じようとしない特務支援課の態度は当然帝国人たちへの心象を最悪なものへと傾けていく。

 そして巷の噂話に耳を傾ければ、特務支援課は帝国の不当な占領に対して、再び独立を目指して力を蓄えているクロスベルの希望だと言う話が囁かれている。

 

「これは本当にロイドさん達なんですか?」

 

 クレア達の報告書を読む度に、半年前に共に過ごしていた彼らの人物像が崩れていく。

 

「ええ、残念ですが報告書に嘘偽りはありません」

 

 わざわざ一番新しい報告書の複製を届けてくれたクレアは目を伏せて首を振る。

 

「帝国人の僕達には分からない何かがあるかもしれないけど、いくら何でも……」

 

 これまでのクロスベルの暴挙の数々により、帝国のクロスベルへの心象は最悪とも言える。

 資産凍結に始まり、ガレリア要塞の消滅。《身喰らう蛇》との密約に《D∴G教団》との因縁。

 これは何も帝国だけに留まらず、ゼムリア大陸全土においてクロスベルには疑惑の意志は向けられている。

 

「クロスベルの独立はディーター・クロイスの独断だったことになっているんですよね?」

 

「ええ、ただ帝国に占領される前にクロスベルの議員の誰かが独立宣言の無効を宣言していれば、まだ穏便に済ませる事が出来たんですが……」

 

「ですが?」

 

「先日、ロイド・バニングスとランディ・オルランドの二名がジオフロントからオルキスタワーへ不正アクセスを行い、機密情報を盗み出しました」

 

「ええ……?」

 

「さらに端末は初期化され、クロイス家が過去行って来た悪事、そして彼らがクロスベルに何を残したのかを調査していたレクターさんが頭を抱えることになりました」

 

「…………ク、クレアさん?」

 

 淡々を告げるクレアにクリスは及び腰になる。

 

「人を忙殺させておいて、本人たちは街で魔獣退治に遊撃士活動をして市民の御機嫌取り……

 聞いていた人物像とは違い、随分としたたかな人間だったようですね」

 

 冷ややかなクレアの呟きにクリスは背筋を凍らせながら精一杯のフォローをするために会話を続ける。

 

「な、何かの間違いじゃないんですか?」

 

「残念ですが、ジオフロント内で交戦したので間違いありません……

 そして彼らがディーター・クロイス派として動いていることはほぼ間違いないでしょう」

 

「…………機密情報を盗み出したのはクロスベルにとって不利になる後ろ暗いことがあるから……ですか?」

 

「そう考えるのが妥当でしょう……

 ディーター・クロイスを逮捕したことも計画の内と考えるべきでしょう……

 未だに警察官を名乗っていましたが、彼らにどんな正義があったとしても、警察官が行うことではありません」

 

 クロスベルにとっての警察はエレボニアにとっての憲兵隊。

 その憲兵隊の一員として、ロイド達の立場を弁えない行動にクレアは思う所があるのだろう。

 

「クルトは……クルト・ヴァンダールはどうしていますか?」

 

 話を変えるつもりでクリスは気になっていた親友の所在を尋ねる。

 

「特務支援課メンバーの内、ワジ・ヘミスフィアはクロスベルを離れてアルテリア法国へと帰国……

 ノエル・シーカーは出向元の警備隊に戻っていますが、クルト・ヴァンダールに関しての足取りは掴めていません。おそらく……」

 

「っ……何をやっているんだクルト」

 

 言葉を濁したクレアの表情からクルトは特務支援課メンバーと共に地下に潜伏しているとクリスは察する。

 クロスベルの異変で何が起きたのか。

 《灰》の起動者となっていた少女はまだ目を覚まさず、クレア達がまとめた報告書からでは事件の概要だけしか分からない。

 《大樹》に向かった“彼”に何があったのか。

 同じく《大樹》へと乗り込んでイアンを捕まえて来た特務支援課なら何かを知っているかもしれないのに、彼らは帝国の呼び掛けを悉く無視している。

 

「まさか本当にクルトやロイドさんはディーター・クロイスに……とても信じられない……」

 

「残念ですが半年もあれば、心変わりするには十分な時間と言えるでしょう……

 それにどれだけ世間的に善人だったとしても、その本性が必ずしも同じとは限りません……

 ディーター・クロイスがそうであったように、クロウ・アームブラスト、そして私の叔父……」

 

 実感が籠ったクレアの言葉にクリスは押し黙る。

 “心変わり”。

 その言葉で連想するのは帝国に潜む《呪い》。

 厳密にはまだクロスベルは帝国領ではないが千年を超える呪いの根がクロスベルに伸びていたとしても不思議ではない。

 

「ルーファス総督はロイドさん達をどうするつもりですか?」

 

「帝国の内戦が終結する時期を目安に出頭命令は続けるそうです……

 その猶予を過ぎても出頭しないのであれば、特務支援課はクロイス家の私兵と化していると発表し、七耀教会と遊撃士協会にも掛け合って国際指名手配犯として処理するようです……

 もちろんそれは彼らがこれ以上罪を重ねなければの話ですが」

 

「…………そうなりますよね」

 

 客観的に見ても、異変後の特務支援課の行動は不可解な部分が多い。

 交流があった自分が説得を呼び掛ける。

 一瞬、そう提案しようとしたが何の力も影響力もないお飾りの皇子でしかない自分に何ができるのだろうかと口を噤む。

 ただでさえ内戦のことに思考の大半を費やしている状況でロイド達の報告を聞くことは出来ても、対応できる余裕はない。

 例え《異変》の結末を聞き出す理由があっても、それをしたところで“彼”が戻ってこないのなら優先度は低い。

 

「セドリック殿下、あまり根を積めない方がよろしいかと……

 まだ病み上がりですし、アルフィン殿下も心配しておいでですよ」

 

 クレアは振り返り、部屋の外から彼の様子を伺って覗いている皇女とその付き人に視線を送る。

 

「アルフィン? それにエリゼさん……」

 

 指摘されて彼女たちの存在にクリスは気付く。

 

「セドリック、少し休まないと」

 

「お気持ちは分かりますが、御自愛ください殿下」

 

 アルフィンに付き従う形で入って来たエリゼが持つトレイには様々なパンとティーポットが乗せられ、それを見た瞬間クリスの腹は空腹を訴える。

 

「もうそんな時間か……」

 

 固まっていた体を解し、クリスは目頭を押さえる。

 

「セドリック無理をし過ぎよ。昨日起きたばかりなのに」

 

「そんなことは言ってられないよ……

 こうしている間にもⅦ組のみんなは動いているし、内戦だって進んでいる……

 アルバレア公の要求はアルフィンだって聞いただろ? 僕にはのんびりしている時間はないんだ」

 

「そうかもしれないけど……」

 

「せめて兄上と合流できれば……」

 

 現在の内戦の情勢を思い浮かべながら、クリスはオリヴァルトと会う方法を考える。

 革新派の旗頭にされながら、実際の発言力はないお飾りになっているがオリヴァルトと合流できれば新たな道が拓けるかもしれない。

 だからこそ、クリスは足りない頭で必死に考える。

 

「セドリック……」

 

 そんな必死な弟の姿にアルフィンは複雑な喪失感を覚える。

 頼りなかった弟の成長に戸惑えば良いのか、喜べば良いのか、再会から時間が経った今でもアルフィンはどうすれば良いのか分からない。

 

「でも良い機会かもしれない。アルフィン、君はエリゼさんと一緒にそれこそルーファス総督にこのまま保護を受けるべきだと思う」

 

「セドリック!? いきなり何を?」

 

「単刀直入に言おう。“全て”の決着がつくまでエリゼさんと避難して欲しい」

 

「ば、馬鹿なことを言わないでちょうだい!」

 

 突然のクリスの提案にアルフィンは声を大にして反論する。

 

「帝国が大変なことになって、お兄様も貴方も戦っているのにわたくし一人がどうして――」

 

「だったら聞くけど、君に何が出来るんだい?」

 

 いっそう突き放す口振りでクリスは言い放つ。

 

「皇城や女学院で蝶よ花よと育てられ、過ごして来ただけの君が」

 

「っ――」

 

「この内戦はセドリック皇子とオリヴァルト皇子の継承権争いにすり替えられようとしている……

 こんな混迷した状況の中、もしも“第三の風”としての道を見つけられたとしても君の存在意義は邪魔にしかならない」

 

「………………」

 

 クリスのきつい物言いにアルフィンは押し黙る。

 彼の言葉は厳しいがそこに自分に向けられた愛情があることは感じ取れる。

 そして――

 

「それに僕にとって、エリゼさんは大切な人だからこれ以上危険な目にあって欲しくないんだ」

 

「………………え?」

 

「で、殿下!?」

 

「もしもエリゼさんに傷一つでもつけば僕は生きてられないだろうからね」

 

「待って……待ちなさいセドリック……貴方は自分が何を言ったのか分かっているの!?」

 

 先程とは一転して朗らかに笑いながら告げられた言葉にアルフィンは大いに戸惑う。

 

「何をって……事実を言ったまでだけど?」

 

 エリゼに何かがあれば、それこそ“彼”は次元の壁や因果を超越して馳せ参じてくれるかもしれないが、それは同時に守れなかった自分の命の危険に――命の危険がないスパルタの危機に他ならない。

 

「エリゼさんだけじゃない。ユミルのテオ男爵やルシアさんも僕にとってはもう大切な人達だから、安心してアルフィンと国外に避難していて欲しい」

 

 慌てるアルフィンを他所にクリスは真摯な眼差しをエリゼに向ける。

 

「えっと……その……大変光栄なことなのですが……」

 

 当のエリゼはその真意を理解できるはずもなく、クリスの大胆な告白に顔を赤らめて戸惑う。

 

「っ――」

 

 その瞬間、クリスの背筋に寒気が走る。

 何事かと振り返って見るが、そこには壁しかない。

 

「…………もしかして……あり得るのか?」

 

 冗談交じりに思い浮かべたその可能性にクリスは生唾を飲み、エリゼに振り返る。

 

「で、殿下……?」

 

「ちょっとセドリック本気なの!?」

 

 熱い眼差しを向けられたエリゼは思わずたじろぎ、アルフィンは更に混乱し――

 

「盛り上がっているところ失礼します」

 

 その言葉は場の空気を読んで沈黙を保っていたクレアではなく、新たに部屋に入って来たルーファスの言葉だった。

 

「ルーファス総督、いかがしましたか?」

 

 いち早く反応したクレアが敬礼をしながら、用件を尋ねる。

 

「《鳥》が籠の中に入ったと《仔猫》から報告があった。速やかに部隊の準備をしてくれるかな?」

 

「このタイミングで……やはり目的は“彼女”でしょうか?」

 

「おそらくそうだろう。協力してもらえるかな?」

 

 下手に出るようなルーファスの言葉にクレアはため息を吐く。

 

「貴方に思う所がないわけではありませんが、このクロスベルでは協力することに異論はないと伝えたはずです……

 どうぞ、遠慮せずに《要請》を命令してください」

 

「それでは――」

 

「待ってください!」

 

 勝手に話が進めていくルーファスとクレアにクリスが割って入る。

 

「今の話はもしかして……」

 

「ええ……殿下が察した通りです」

 

 クリスの嫌な予感をルーファスが首肯する。

 

「特務支援課がこのオルキスタワーに侵入しようとしています」

 

 

 

 

 ウルスラ医科大学病院にて、二人の女が膝を着き合わせて語り合う。

 

「つまりよ。東方の気功術を使えば体型は自由自在なわけなのよ」

 

 一人は数ヶ月前の重症からとある霊薬によって助かり、今回はその経過を調べるための入院患者。

 

「ふーん……でもそれって不自然な力が入っているからあんまりそそられないんだよね」

 

 一人は先日、仲間を庇って全身に爆発の衝撃を受けた入院患者。

 なお後者は寝て、食べたからもう治っているといって元気一杯の様子。

 

「確かに不自然な力みはバランスを崩すわ。でもこう考えられないかしら?

 今までどこにいるかも分からなかった自分の理想が追求できると」

 

「自分の理想?」

 

「あの子の自然体が一番良いのは私も否定しないわ……だけど、心のどこかでもしかしたら妥協していたんじゃないかと思うのよ」

 

「妥協って……そんなのあんたに一番似合わない言葉だよね?」

 

「ええ、でもしかたがないでしょ?

 こればかりは努力とかで済ませられるものじゃないんだから……でも、東方の気功術なら、私の理想を突き詰められる可能性があるのよ!」

 

「うーん……でもなー」

 

「貴女も感じたことはあるはずよ!

 大きさが良くても弾力が不満があった、弾力は良くても形にこれじゃないって感じたこともあったでしょう?」

 

「それはたしかにあるけどさ……」

 

「でも気功術を使えば、理想の大きさ、理想の弾力、理想の形を追求できる! ならばこれを使わない道理はないわよね?」

 

「ま、一理あるかな? 合う合わないは実際に触ってから判断すれば良いしね」

 

「どうやら分かってくれたようね。と言うわけでリーシャ!」

 

「やりません」

 

 見舞いに来た少女はにべもなくその女の提案を切って捨てた。

 

「いたたたっ! 二年前にリベールで《銀》にやられた腕の古傷が疼くっ!」

 

「ならばその両腕、ここで斬り落としてやろうか《人喰い虎》」

 

「いたたたっ! 誰かさんを庇って折れた腕が今になって痛み出したわ!」

 

「イリアさん……」

 

 

 

 

 

 

「ティオの陽動はうまく行ったみたいだな」

 

「この様子だとお嬢の方も怪しまれてないみたいだな」

 

 狭い小型のエレベーターの中でロイドとランディは順調にここまで来れたことに安堵の息を吐く。

 オルキスタワーの最上層とジオフロントを繋ぐ要人用の緊急エレベーター。

 先の地下活動の成果もあり、このエレベーターはまだ帝国軍に気付かれた様子はなく、ロイド達は帝国兵と遭遇することなくオルキスタワーへの侵入を成功させることができた。

 

「待っている二人のためにも必ず成功させないとな」

 

「ああ、今度こそキーアの手を掴んでみせる」

 

 拳を握り締めてロイドは気合いを入れる。

 だが、その気合いとは裏腹にロイドは自分達がしていることが本当に正しいのか疑問を感じてしまう。

 何か大切なことを忘れてしまっているような空虚感が胸を締め付け、今自分達がしていることが本当に正しいのか疑ってしまう。

 

「…………なあランディ、俺達は本当に正しいんだよな?」

 

「おいおい、ここに来て弱気なこと言ってんじゃねえよ」

 

「自信を持ってくださいロイドさん、貴方は僕達の“中心”なんですから」

 

 ランディとクルトの言葉でも胸の中の空虚は晴れない。

 

「気持ちは分からなくもないけどな……キー坊の反抗期で不安なのは分かるが、そんなんじゃ帝国の魔の手からキー坊を救う事なんてできないぜ」

 

「ランディ」

 

 歯に衣着せないランディの物言いをロイドは諫めるようと語気を荒げる。

 が、悪し様に言われた帝国人のクルトはランディに頷く。

 

「僕の事なら気にしないでください。帝国によるクロスベルの占領、納得できないのは僕も同じですから」

 

「だけどクルト、君までこんな事に付き合わなくても……」

 

「それ以上言わないでください。選んだのは僕ですから」

 

 強い決意を滲ませたクルトの目にロイドは押し黙る。

 帝国での立場を持っているはずのクルトをクロスベルの事情に巻き込んでいる後ろめたさを何度も感じていた。

 今日までは地下活動の裏方に徹してもらっていたが、今回の作戦に関してはクルトの強い希望もあって押し切られてしまった。

 そのことにロイドは罪悪感を覚えずにはいられない。

 

「俺達のクロスベルを取り戻すためにもまずはキー坊を取り戻さないとな」

 

「そうですよ。キーアにあんな顔は似合わないですから」

 

 クルトの言葉にロイドは別れ際のキーアの顔を思い出す。

 今にも泣きそうな顔をして別れを告げたキーア。

 彼女に強く拒絶されたことがショックで、重傷を負っていたイアンの救助を優先しキーアを追い駆けるのをエステル達に託した判断は果たして正しかったのだろうか。

 

「――――っ」

 

 突然、頭に走った痛みにロイドは顔をしかめる。

 

「おいおい、ロイドまたか?」

 

「大丈夫ですか?」

 

「あ……ああ、大丈夫だ。すまない、こんな大事な時に」

 

 慣れているはずの痛みを振り払うようにロイドは頭を振る。

 それだけで頭痛と感じていた違和感が晴れる。

 

「俺達のクロスベルを取り戻すためにも、まずはキーアを助けないとな」

 

 ディーターを、アリオスを、イアンを逮捕した。

 その結果、クロスベルは諍う術もなくエレボニアに占領されてしまった。

 不当な弾圧を受けているわけではないが、クロスベルの市民たちの顔はこの一ヶ月、明らかに消沈し活気をなくしていた。

 だからこそ、自分達が立ち上がらなければと何かに背中を押されるようにロイドはクロスベルの希望となるべく地下活動に勤しんだ。

 

「そうだ……俺達は間違ってない……」

 

 ロイドは自分に言い聞かせる。

 警察官である自分の行動は正しい。

 だから自分が信じた道を突き進み、壁を乗り越えれば良いのだと、脳裏に思い浮かべた兄が黒い笑みを浮かべて囁き、ロイドは頷いた。

 エレベーターの中に到着を告げる電子音が響く。

 

「ここからは時間との勝負だ」

 

「おうよ。こういう仕事は慣れっこだ。遅れるんじゃねえぞ二人とも」

 

「ええ、御二人の背中は僕が護ります」

 

 激励を掛けるロイドにランディとクルトが応える。

 そうしている内にエレベーターの扉が開き、三人は勢いよく飛び出し――一気に駆け抜けようとした足を止めた。

 

「おい……ロイド、最上階に出るんじゃなかったのか?」

 

「そのはずだけど……」

 

 ランディの疑問にロイドもまた困惑した様子で周囲を見回す。

 オルキスタワーの外観からは想像できない怪しげな機械が乱立した空間。

 それはメンテナンス区画と詐称されていたクロイス家の技術の結晶である魔導区画。

 

「待ってくれ、今ティオに確認を取る」

 

 ロイドは《ARCUS》を開いて通信を試みるが、いつまで経っても回線は開かない。

 

「……どういうことだ……?」

 

 《ARCUS》を閉じてロイドは顔をしかめる。

 ここまで、これまでの地下活動も順調だっただけに、この不測の事態にロイド達は困惑する。

 そんな彼らにどこからともなく声が掛かる。

 

「来てしまったんですね」

 

 それは少年の声。

 どこか失望と諦観を滲ませた声でその少年はロイド達の前に現れる。

 

「君はクリス……いや――」

 

「セドリック殿下……どうして貴方がこんなところに?」

 

 ロイドの言葉に重なるようにクルトは予想外の人物の登場に目を見開く。

 

「…………殿下……か……」

 

 クリスはため息を吐き、感じた憤りを呑み込んで特務支援課と向き直る。

 

「それはこちらのセリフだ。君達は何のつもりでオルキスタワーに潜入したんだい?」

 

 穏やかな口調の質問にロイド達は警戒心を緩める。

 かつてクルトの世話役として一緒に特務支援課のビルで一時期ともに過ごした仲間だけにロイド達は事情を説明する。

 クリスが進学のために帝国へ戻ってから、キーアと言う少女が特務支援課にやって来たこと。

 その子が帝国に捕まり、今オルキスタワーに監禁されていること。

 自分達は帝国から彼女を取り戻すためにここにいる。

 

「だからセドリック殿下、どうか俺達に力を貸してください」

 

 終始、顔に笑みを浮かべて話を聞いてくれていたクリスにロイドは頼む。

 

「…………一つ、こちらからも聞いて良いですか?」

 

 黙ってロイド達の主張に耳を傾けていたクリスは質問を返す。

 

「クルト、君が特務支援課に――いや、クロスベルに来た切っ掛けは何だったけ?」

 

「え……それは……」

 

 突然の質問にクルトは目を丸くし、嫌味と取れる質問に顔をしかめた。

 

「それは僕が殿下の飛び級に反対し、貴方に負けたから……

 武者修行の意味を込めて兄上が特務支援課に参加することを掛け合ってくれたから」

 

「それだけかい? 《超帝国人》という言葉に覚えはないのかい?」

 

「超帝国人? 《大いなる騎士》の伝承と共に語り継がれている帝国の伝説の話が何の関係が?」

 

 クリスの質問にクルトは訳が分からないと首を傾げる。

 

「もういい」

 

 そんなクルトの反応に、クリスは今まで張り付けていた外面を剥がして深いため息を吐く。

 

「貴方達の事情は良く分かりました」

 

「殿下、それじゃあ――」

 

「ええ、だから――」

 

 徐にクリスは右手を上げて指を鳴らす。

 

「っ――後ろだっ!」

 

 その気配をいち早く感じ取ったランディが警告を叫び、彼らの背後で黒い傀儡が音もなく何もなかった空間に現れると同時にその肩を蹴って少年がランディに斬りかかる。

 

「っ――」

 

 スタンハルバードで双剣の連撃を防ぐが、続く蹴りにランディはロイド達の輪から強引に話される。

 

「ランディッ! くっ!?」

 

「クラウ・ソラス」

 

 叫ぶロイドに銀髪の少女が黒い傀儡を嗾ける。

 瞬く間に特務支援課は分断され、その場にクリスとクルトが取り残される。

 

「殿下! これはいったいどういうことですか!?」

 

「君たちは自分が何をしているのか分かっているのかい? 君達がしていることは犯罪だ」

 

「だけどキーアが――」

 

「それ以上口を開くなクルト!」

 

 苛立ちを露わにしたクリスの叫びにクルトは思わず息を呑む。

 初めて見る幼馴染の激情。

 何をそんなに憤っているのか理解できず、クルトはどんな言葉を掛けるべきなのか分からず立ち尽くす。

 

「君たちは変わったよ。以前のみんなはクロスベルの独立なんて考えていなかった」

 

「それは……殿下が帝国へ帰ってからいろいろあったんです」

 

「だから、何をしても良いって言うのかい?」

 

「それは……」

 

「不法侵入に機密情報の隠匿、そして今度は女の子の誘拐かい? それが仮にも警察官がすることか?」

 

「だけどそうしないとクロスベルは本当に帝国に支配されて二度と独立することができなくなる……

 それにキーアは特務支援課の子供だから」

 

「だから何だって言うんだ?

 クロスベルはそれだけのことをしたんだ。今の帝国の占領も破格の条件で為されていることをどうして分からない?」

 

「しかしそれじゃあクロスベルの誇りは!」

 

「誇りって何だい? 半年前、数ヶ月をクロスベルで過ごした僕はそんな言葉一度だって聞いたことはないよ」

 

「それでも……それでも僕達はディーター大統領を逮捕した責任が……クロスベルの市民の希望として――」

 

「特務支援課は《解放者》なんて巷では言われているらしいけど、だったら特務支援課じゃなくて《クロスベル解放戦線》とでも名乗ったらどうなんだい?」

 

「っ――セドリック!」

 

 そこに込められた意味は分からないものの、最大の侮蔑を込められていることを感じ取りクルトは激昂する。

 特務支援課は失意に沈んだ自分を救い上げ、再び双剣を握るために支えてくれたクルトにとって大切な居場所。

 それに唾を吐か付けられるクリスの言葉は例え幼馴染の親友、エレボニアの皇子だとしてもクルトにとって許せない一線。

 

「今の言葉、取り消せ!」

 

「いやだと言ったら?」

 

 侮蔑の眼差しにクルトは突き動かされるように導力刃の双剣を抜く。

 それに対してクリスもまた漆黒の魔剣を抜いた。

 

「今度こそ、勝たせてもらいます殿下! そしてキーアを今度こそ守り抜く!」

 

「君達には無理だ」

 

 その言葉を合図に二人は激突する。

 

 

 

 








原作のロイド達を好意的に見られる人ってどこら辺が納得できているんでしょうかね?
自分は閃Ⅱから創に至るまでフォローのしようがないくらいにお前達が言うなと言う気分でロイド達の行動を見ていました。



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13話 特務支援課

 

 

 剣を交えた瞬間、クリスは後ろ腰に装着していたホルスターから小型の導力銃を抜き放ち、至近距離からクルトに向けて発砲、連射する。

 

「っ――」

 

 クルトは後ろに跳躍すると同時に左の導力剣を一閃し、銃弾をまとめて薙ぎ払う。

 

「…………」

 

 かつてはそれで勝負が着き、肩透かしをくらった一幕。

 今度は油断も慢心もない、本気の戦いになるというのにクリスの心は高揚するどころか自分でも不思議なくらい冷め切っていた。

 

「何だその顔は!?」

 

 それがお気に召さなかったのか、クルトは顔をしかめて声を荒げる。

 

「…………今の君に言っても分からないよ」

 

 投げ槍にクリスはそれに応える。

 

「っ――」

 

 クルトは眦を上げながら、闘気を練り上げる。

 彼が纏う気の激しさが今の感情を表し、それでいて冷静を保ちながらクルトは言葉を投げかける。

 

「あの時と同じだと思うなよ」

 

「御託は良いよ。それとも君がクロスベルで学んだのは口だけなのかい?」

 

「っ――」

 

 クリスの挑発にクルトは襲い掛かる。

 クリスはそれに応えるように剣を振り被る。

 互いに右手に握った剣をぶつけ合い、魔剣を盾にしながらクリスは銃の間合いを保とうとする。

 させじとクルトは間合いを詰めて双剣を走らせる。

 

「っ――」

 

「もらった!」

 

 数合の攻防の末、下から救い上げるように放った剣戟が導力銃を捉え、クリスの手から弾き飛ばされる。

 チャンスだとクルトは双剣に光を宿らせ――

 

「リヴァルト」

 

 クリスがその名を呟くと、漆黒の魔剣が怪しく光り、その光は空になった左手に集束され、翠の魔剣となって顕現する。

 

「くっ――テンペストエッジッ!」

 

 どんな理屈か分からないが、クルトは構わず戦技を繰り出す。

 

「テンペストエッジッ!」

 

 対するクリスも二つの魔剣に風を帯びさせて双剣の乱舞を繰り出す。

 

「っ――ふざけるなっ!」

 

 見様見真似の技にクルトは咆え、剣に更に力が籠る。

 勢いを増したクルトの剣戟がクリスの剣戟を押し潰し、翠の魔剣が宙を舞う。

 

「殿下が双剣で僕に勝てるはずないだろ!」

 

 競り勝ったことに気分を良くするクルトに対してクリスは剣を弾かれてかすかに痺れた手を冷めた目で見下ろした。

 

「…………こんなものだったのか……」

 

「何……?」

 

 失望したような、落胆を交えたため息を吐くクリスにクルトは顔をしかめる。

 怪訝そうにするクルトにクリスは剣を向け呟く――

 

「ブリランテ」

 

 次の瞬間、漆黒の魔剣が紅蓮の炎に包まれ、一回り大きな大剣へとその姿を変える。

 

「なっ!?」

 

 常識外の変化にクルトは大きく目を見開く。

 

「クルト、ちゃんと受けないと死ぬよ」

 

 忠告を一言、クリスはクルトに背中を見せる程に体を捩じる。

 繰り出す技は見様見真似だが、何度もその目に焼き付けた一撃。

 踏み込むと同時に回転させた遠心力を繰り出すようにアレンジしたクリスなりの一撃。

 

「螺旋撃っ!」

 

「――っ」

 

 反応に遅れ、回避より防御を選んでクルトは双剣を交差し――

 

「ぐぅっ……」

 

 大剣の一撃を受け止め切れずクルトはたたらを踏んで大きくよろめく。

 

「まだまだっ!」

 

 柄を持ち替え、身体ごと回して大剣を振り回しクリスは追い打ちを掛ける。

 

「っ――」

 

 クルトが体制を建て直すより早く繰り出された一撃をクルトは再び双剣を盾にして、その身を揺らす。

 

「――こんな戦い方どこで習ったんですか!?」

 

 たまらずクルトは叫ぶ。

 クリスの一撃は両手を使って受けなければならない程に重い。

 斬撃で相殺しようとすれば、簡単に押し切られ、双剣術の利点をこんな風に荒々しい攻撃で封じてくるとは想像もしていなかった。

 

「そんなことを気にしている余裕はあるのかい?」

 

「っ――そっちがその気なら――」

 

 クリスの物言いにクルトは歯噛みし、双剣の導力刃を消し、伏せて炎を纏う大剣の横薙ぎの一閃を躱して距離を取る。

 

「モードβ《剛剣》」

 

 二つの柄を直列に連結させ、発生させた導力刃はクリスのブリランテに劣らない程の大剣。

 

「なるほど、そういう武器なのか」

 

 感心したようにクリスは一つ頷き、

 

「エリクシル」

 

「え……?」

 

 大剣の炎が消えたと思った瞬間、クリスは先程までの回転移動とは異なる一直線の突撃でクルトに迫る。

 

「ふっ――」

 

「っ――」

 

 思った以上に様になっている刺突をクルトは咄嗟に大剣を盾にする。

 

「どうしたんだいクルト? さっきから全然攻めてこないじゃないか?」

 

「ぐっ――この――っ!?」

 

 クリスの挑発にクルトはムキになって大剣を振り被ろうとしたタイミングで金の穂先がクルトの眼前を掠める。

 反撃に強引に大剣を振るが、クリスは一歩後ろに下がるだけで難なくクルトの攻撃を回避する。

 

「な……」

 

「ほらほらどうしたんだいクルト? もう終わりかい?」

 

「っ――モードΔ《風御前》」

 

 間合いの外から視認が難しい雷光の刺突を嫌ってクルトは距離を取り、オーブメントの接続を切り替えて薙刀を構える。

 

「これなら――」

 

 仕切り直したところでクルトは目を丸くした。

 

「…………え?」

 

 槍を消したと思ったクリスは何を思ったのか、クルトに背中を向けると脇目も振らずに駆け出し、最初に弾き飛ばした導力銃を拾う。

 

「しまった――」

 

「クルト、君はさっき双剣で僕は君に勝てるはずないって言ったよね?」

 

 クリスは左手に導力銃を、右手に《ARCUS》を構えて告げる。

 

「それは正しいよ。だけど、この戦い方でなら僕に君が勝てるはずないんだよ。《ARCUS》駆動っ!」

 

「っ――」

 

 クルトの周囲に七耀の力が渦巻く。

 正面突破を考えるが、突き付けられた銃口にクルトは二の足を踏み――

 

「あ……」

 

 次の瞬間、クリスは思わず横を見た。

 

「っ――どこまで馬鹿にするつもりだ! そんな手に――ぐはっ!?」

 

 激昂したクルトは次の瞬間、クリスがよそ見した方向から吹き飛んできたロイドの体当たりを喰らう。

 

「ロ、ロイドさんっ!」

 

「ク、クルト……すまない……」

 

 大きくよろめき、薙刀を落としながらもロイドを受け止めたクルトがその次に見たのは黒い鎧を纏って飛翔する銀髪の少女。

 

「アルカディスギア――」

 

 少女はその小さな体躯に不釣り合いな大きな鉄の拳を握り込み、解き放つ。

 

「はこうけんっ!」

 

 鉄の拳はロイドとクルトを纏めて捉えるのだった。

 そして――

 

「まだやりますか、ランディさん?」

 

「……いや、降参だ」

 

 仲間をやられ、三人に囲まれたランディはベルゼルガーを下ろして両手を上げた。

 

 

 

 

 

「くっ……まさかここまで力の差があるなんて……」

 

 膝を着いて悔しがるクルトをクリスは冷めた気持ちで見下ろした。

 

 ――あの人も、もしかしたらこんな気持ちだったのかな?

 

 弱いながらも《黒い気》を纏っている支援課の三人にクリスはそんな感想を抱く。

 特務支援課の一連の行動が《呪い》によって促されたものだとすれば、諦観して仕方がないと割り切るしかない。

 しかしクリスが考えるのは、自分達Ⅶ組の行動。

 マキアスを初め、Ⅶ組の大半は《呪い》に侵されて愚行を行ってしまった。

 もちろん、《呪い》が晴れた後はみんな後悔し、憑き物が落ちたように前を向けるようになった。

 それ自体は喜ばしいことだが、クリスはまだ《瘴気》を漂わせているクルトに失望と諦観を感じずにはいられなかった。

 

 ――クルトはダメだ……《黄昏》の戦力にはならない……

 

「どうして、どうやって殿下はそれだけの“力”を手に入れたと言うんですか?」

 

 見上げるクルトの嫉妬が混じった眼差しにクリスは優越感を抱くことはなかった。

 

「僕が強くなったんじゃない……君達が弱くなったんだ」

 

「なっ――?」

 

「言ってくれるじゃねえか」

 

 クリスの指摘にクルトとランディは心外だと言わんばかりに顔をしかめる。

 

「本当は君達も理解しているんじゃないかい? 自分達が間違ったことをしていると」

 

 その言葉にクルト達は沈黙を返す。

 

「何の欺瞞もなく、ただひたすらに真っ直ぐではいられなくなった……

 正直見ていられませんよ。クロスベルの大きな《壁》を前に悩みながらも一歩ずつ前に進もうとしていた貴方達が見る影もない。それに……」

 

 彼らが成長していないのは“彼”の存在が消えた影響かもしれないと思考が過る。

 

「――そんな君達に負けてなんてやるものか!」

 

「殿下……?」

 

 突然のクリスの激昂にクルトは目を丸くする。

 

「…………まあいい。少し予定とは違うけど、君達はここで拘束する」

 

 頭を振ってクリスは彼らへの憤りを呑み込み、三人に告げる。

 そうして戦いは特務支援課側の敗北で幕を閉じた――かに見えた。

 

「ッ……まだだ!!」

 

 それまで沈黙を保っていたロイドはゆっくりと体を震わせながら立ち上がる。

 

「ようやくここまで辿り着いたんだ……!」

 

 満身創痍でトンファーを構え、ロイドはその身にこの場でクリスだけが見れる《黒い瘴気》を立ち昇らせる。

 

「絶対に負けられない……!

 大樹の時は届かなかった……だけど今度こそ絶対に……ッ!」

 

「ロ、ロイドさん……」

 

「……ロイド……」

 

 彼の叫びに共感するようにクルトとランディが纏っていた《瘴気》がロイドへと流れて一つになる。

 

「…………本当に君達は……」

 

 その光景にクリスはため息を吐く。

 

「ッ――うおおおおおおっ!」

 

 ロイドは雄叫びを上げる。

 心を燃やし、彼が纏う闘気は彼の心情を表すかのように激しく燃え盛る。

 ただしその色は《黒》。

 

「良いでしょう、そちらがその気ならもう容赦はしません」

 

 不屈の闘志を漲らせるロイドにクリスは覚悟を決める。

 いくら《呪い》に背中を押されていたのだとしても、この行動は紛れもないロイドの選択に他ならない。

 それ程までにあの少女がロイドにとって大切だと言うのなら、これ以上の問答は無粋だとクリスは魔剣を抜く。

 ロイドがトンファーを身構え、クリスが魔剣を振り被る。

 ロイドは雄叫びを上げて床を蹴り、クリスは突撃して来るロイドを迎え撃つ。

 

「ちょっと待ったああああああっ!」

 

 制止の声が魔導区画に響き渡り、それとは別に黒髪の青年が音もなく二人の間に現れ、次の瞬間ロイドとクリスは彼の手によって宙を舞っていた。

 

「なっ!?」

 

「くっ!?」

 

 何とか受け身を取ってクリスは着地し、渾身の一撃を極めるはずだったロイドは彼とは対照的に無様に床に転がった。

 

「その喧嘩はもうお終いよ」

 

 そして二人の間にツインテールの娘が立って宣言した。

 

「エ、エステルさん……」

 

「エステル、どうして君がここに?」

 

「どうしてじゃないわよ、ロイド君」

 

 はぁ、っとエステルは大きくため息を吐いて、背後を振り返る。

 

「ほら、話さないといけないことがあるんでしょ?」

 

 そこで二人はエステルが何かを背負っていたことに気付く。

 それが何なのかはすぐに分かった。

 

「…………うん」

 

 エステルの言葉に小さく頷いた声に、ロイド達は目を大きく見開く。

 エステルはその場に膝を着いて背負った少女をその場に降ろし、その女の子はロイド達に向き直った。

 

「ロイド……それにクルトとランディ……」

 

「…………キーア」

 

 クロスベルの独立からすれ違っていた彼らは、ここにようやく再会するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 








自分が碧の二次創作を作るなら、追加シナリオはバニングス捜査官の事件簿かな?

通商会議後、ロイドに一本の電話が届く。
彼はガイ・バニングスの死の真相を知っているとロイドに告げ、この情報をいくらで買うかと情報料を要求して来た。
真実を知りたいとは思うものの提示されたミラを用意することはできないと断る。
しかし次の日、クロスベルで殺人事件が起こる。
その被害者はロイドに取引を持ち掛けた人物だった。
この事件を切っ掛けにロイド達はガイの事件の調査を始める。

という感じの話で本編の補強をしていたかもしれません。




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14話 夢の終わり


とりあえずお気に入りユーザー限定の設定を試させていただきます。



―追記―
活動報告にも書きましたが、登録申請を多く公平性を欠くのと手間を考えて通常投降に戻しました。

御迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした。

感想に関しては基本的にどんなものでも受け入れるつもりではありますが、アウトの境界が自分でも曖昧なので皆様の節度に任せるとしか言えません。

ただ基本的に自分は軌跡シリーズ全てのキャラを愛しているので、貶めたり不遇のまま死なせることになったとしてもそれは変わりません。

長々と書いていますが、改めてご迷惑をお掛けしました。
今後とも自分の閃の軌跡をよろしくお願いします。







 

 それを見た時、キーアは全てを思い出した。

 同時に数多の因果にあり得なかった“未知”に困惑した。

 “雲の至宝”。

 後にキーアがなる“零の儀式”のシステムを利用して生まれたあり得ない可能性。

 そもそも“彼”に騎神を持って来て欲しいと頼んだのは、飛行艇がオルキスタワーへ突撃をする未来や列車砲の砲撃が撃たれた未来への備えのはずだった。

 しかし、実際に起きたことはキーアが見たどの未来とも違う結末だった。

 何が未来を歪めたのか“全能”となったキーアでも見通すことができない因果にただ戸惑うことしかできなかった。

 

「どうしたんだキーア?」

 

 ロイドはそんなキーアのささやかな変化に気付き、尋ねる。

 

「ううん、何でもない。キーアは元気だよ!」

 

 一つ、嘘を吐いた。

 彼らに打ち明けても、何の解決にならないから。

 ロイド達には自分の問題を解決する“知識”がないから。

 

「大丈夫、安心してクロスベルの未来は私たちが護るから」

 

「うん、エリィ達ならきっとできるよ」

 

 また嘘を重ねてしまう。

 ロイド達にそれだけの“力”がないのをキーアは知っている。

 オルキスタワーで自分達の限界を思い知らされ、受け入れることができずにいるエリィ達に真実を告げることをキーアはできなかった。

 

「むむ、キーアは情報工学の才能もあるようですね。キーアが将来、何になるのか楽しみです」

 

「将来……うーん、キーアにはよくわかんないや」

 

 嘘で不安を誤魔化す。

 ティオが語る将来など分からない。

 “至宝”にならなければ自分と言う存在を維持できない未来。

 “至宝”になってクロスベルの守護神となって戦う。それしか自分には道はないのだから。

 

「安心しろキー坊、帝国や共和国が攻めて来たとしても俺が返り討ちにしてやる」

 

「うん、ランディは強いもんね」

 

 本心を押し殺して嘘を重ねる。

 キーアが頼るべきなのは唯一の“未知”である“彼”なのだろうと結論に達している。

 だけどそれを明かすことはできない。

 帝国や“彼”に対抗心を燃やし拒絶の壁を作っているみんなにそれを打ち明けるのは裏切りだと、キーアはその未来を選ぶことはできないと自分に嘘を吐く。

 

「帝国人だってそこまで愚かじゃない。どうか信じてほしい」

 

「うん、帝国の人が悪い人じゃないって、ちゃんとキーアも分かってるよ、クルト」

 

 不安に揺れるクルトを慰めながら、キーアは列車砲を撃ってクロスベルを滅茶苦茶にされた未来があったことを隠すために嘘を吐く。

 一つ嘘を吐く度に、何かが歪んでいく。

 その嘘を守るために、新しい嘘を吐く度に罪悪感が胸を締め付けられる。

 

「キーア、それ以上無理をするな。君が全てを放棄したとしてもクロスベルがこの世から消えるわけじゃない」

 

「無理なんてしてない……だってこれが一番良い未来だから」

 

 全てを放棄してしまえと言うアリオスに嘘を吐く。

 一番良い未来は“自分”が目覚めない未来。

 ロイド達と言葉を交わさず、ただ眠り続ける未来こそがクロスベルにとって一番安寧とした未来だと分かっていても、その道を選べない自分にキーアは嘘を吐き続ける。

 

 ――ヨコセ……ヨコセ。ソノ“力”ハ吾ノモノダ――

 

 そして日に日に大きくなっていく声。

 いつの間にかキーアにとっての希望は、悪魔に見えていた。

 

『良かったら貰ってくれないかな? またあんな事件があった時にでも使ってくれ』

 

 思い出す言葉とそこに込められた意味にキーアは気付かない振りをして、また嘘を重ねる。

 そしてその嘘と欺瞞を重ねた代償は自分ではなく、“彼”に押し付けるという最悪なものとなった。

 

 

 

 

 

 

 碧の大樹の最奥。

 クルト、ワジ、ノエル。そしてエステルとヨシュアは目の前の白い闇とも言える空間を固唾を飲んで見守っていた。

 彼らが見守る中、白い闇は収束して消える。

 そうして代わりに現れたのはキーアを抱えたロイド達だった。

 

「フフ……戻って来たか……」

 

「キーアちゃん……」

 

「皆さん……よかった……」

 

 それぞれが安堵の息を吐く。

 

「あれ……?」

 

「っ……」

 

 そんな彼らの背後で遊撃士たちは首を傾げる。

 

「ふぅ……ただいま、みんな」

 

「心配を掛けたみたいでごめんなさい。でも見ての通りキーアちゃんは無事よ」

 

 キーアを抱きかかえたロイドとその傍らに寄り添っているエリィがクルト達に応える。

 

「どうやら元の姿に戻れたみたいだが……」

 

「どうしましたキーア? どこか痛いんですか?」

 

 ロイドの腕の中で、呆然とするキーアにランディとティオはその身を案じる。

 

「……ごめんなさい」

 

「え……?」

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

 

「キーアちゃん!?」

 

 急に頭を抱えて謝り出したキーアにロイド達は慌てる。

 

「大丈夫ですキーア。ランディさんが言っていたお尻ぺんぺんは冗談ですから!」

 

「そ、そうだぜ! 本当にやるつもりはなかったから泣くなっ!」

 

「ちがう……ちがうの……」

 

 必死にあやそうとしてくる四人にキーアは首を振って否定する。

 ならば何に謝っているのか理解できず特務支援課メンバーたちは困り果てると、そこでエステルが声を上げた。

 

「ロイド君っ! ■■■君はどうしたの!?」

 

「エステル……」

 

 キーアからエステルに振り返り、ロイドは答える。

 

「■■■君って誰のことだ?」

 

「…………え?」

 

 全く聞き覚えのない名前だと言わんばかりの反応にエステルは固まる。

 

「っ――ちょっと変な冗談はやめてよロイド君!

 ■■■君は■■■君よ! あの《灰の騎神》の起動者の■■■・■■■■■■■のことよ!」

 

「ロイド君達が白い闇の中に入った後、■■■君が追い駆けて行ったのを君達も見ていたはずだよね?」

 

 叫んで訴えるエステルとヨシュアは自分達の言葉の違和感に気付かず、彼らを問い質す。

 

「……そう言われても……」

 

 二人の指摘にロイドは《灰の騎神》を見上げるが、何故帝国の“大いなる騎士”がこの場にいるのか思い出せず首を傾げる。

 それはロイドだけに留まらず、外で待っていたクルト達も同じだった。

 

「…………キーアのせいなの……」

 

 困惑が支配する空気の中、罪悪感に満ちたか細い声が上がる。

 

「キーア?」

 

「キーアちゃん、それどういう事?」

 

 様子がおかしいキーアにロイドはさらに困惑し、エステルが彼女に詰め寄ろうとして目の前に現れた男に止められる。

 

「そこまでにしておきたまえ、エステル・ブライト」

 

「教授……っ!? まさか貴方の仕業なの!?」

 

 咄嗟にその場から飛び退き、エステルは反射的に棒を構え、ヨシュアも無言で双剣を抜く。

 

「いいや、この件に関しては私は何の関与もしていない」

 

「だったら、どうしてみんな■■■君のことを忘れているのよ!」

 

「君が気にする必要はないさ。君達もおそらくこの“大樹”から出れば彼の事を思い出すことはできなくなるはずだからね」

 

 説明を求めるエステルにワイスマンはあっさりとその要求を受け流し、代わりに伝言を伝える。

 

「まるで自分は例外みたいな言い方だな」

 

「そう取ってもらって構わないよ、ヨシュア……今は説明の時間すら惜しい」

 

「時間が惜しい?」

 

 オウム返しに聞き返す言葉に応えず、ワイスマンは話し始める。

 

「彼から君達に遊撃士として仕事の依頼だ……

 内戦が起きている帝国において、彼の妹と二代目《幻の至宝》であるナユタ、そして彼の故郷であるユミルを護り、安全を確保すること……

 そしてそこの《零の御子》を帝国のとある人物に引き渡すこと」

 

「なっ!?」

 

 ワイスマンの突然の提案に、彼女の保護者を自負している者達は驚愕の声を上げる。

 

「どういうつもりだ? キーアを利用しようと言うなら――」

 

 抱いたキーアを守るように抱え直しながら、ロイドはワイスマンを睨む。

 

「君達は私の話まで覚えていないのかな?

 《零の御子》はその出生から短い命を運命づけられている、それを解消するために然るべき知識を持つ者に委ねる……

 それとも君達に彼女の寿命の問題を解決できると? そこの第九位殿に具体的な方法があるとでも言うのかな?」

 

「……流石にホムンクルスについての技術は七耀教会も持ち合わせてはいないかな」

 

 水を向けられたワジは目を伏せ、首を振る。

 

「それなら俺達も――」

 

「残念だが、その者達は彼にとって重要人物なのでね。君達の様な恩知らずを近付けさせるわけにはいかないのだよ」

 

「なっ!?」

 

 謂れのない誹謗中傷に特務支援課一同は絶句し、

 

「言ってくれるじゃねえか……」

 

「まさか私たちがキーアを貴方達、結社に渡すとでも思っているのかしら?」

 

「心外ですね」

 

 キーアをたぶらかすワイスマンにそれぞれ武器を構える。

 

「自分達が何を忘れているのか、それさえも理解できずにいるから論外なのだよ……

 まあいい。元々君達と問答するつもりはないのだから。それで彼らはこう言っているが君はどうするのかな?」

 

 凄むランディ達を無視して、ワイスマンはロイドに――キーアに質問を投げかける。

 

「つい先程の出来事だと言うのに改変をされた彼らにここで何を説明したところで無駄だろう……

 そのような愚物など放っておいて、さあキーア……いや、キーア様どうぞこちらに」

 

 何を思ったのか、その男は意地の悪い笑みを浮かべて恭しくキーアに手を差し出した。

 

「お前っ! その顔で、その言葉を!」

 

 今のゲオルグ・ワイスマンは《D∴G教団》の司祭であったヨアヒム・ギュンターの身体を器にしている。

 彼の今の言動は数ヶ月前の《教団事件》のことをロイド達に否応なく思い出させる。

 キーアは渡さないと言わんばかりにロイドは抱えていた彼女を強く抱き締め――拒絶するようにその小さな手に押し返された。

 

「キーア?」

 

「ごめん……みんな……」

 

 そう言ってキーアはロイドの腕から降りる。

 

「キーアは行かなくちゃ行けないの」

 

 キーアは自分を守ろうとしてくれている家族たちの間をすり抜けるように彼らの前に出る。

 

「あ……」

 

 ロイドが伸ばした手はキーアに届かず空を切る。

 

「ロイド達は忘れちゃったみたいだからもう一度言うね」

 

 そう言って振り返ったキーアの顔は今にも泣き出しそうだった。

 しかし鏡の城での決別にあったはずの悲壮感が消えた、作り笑いにロイド達は言葉を失い、彼女を止める言葉を呑み込んでしまう。

 

「ごめんね、みんな……キーアはちゃんと罪を償わないといけないの……

 でも安心して、どんなに時間が掛かっても必ずみんなの所に帰って来るから……だからその時まで……またね」

 

 その言葉を最後にキーアは《灰》の掌に乗って自分達の元から去って行った。

 去り際にエステル達がキーアの事は必ず守ると約束してくれたが、ロイド達はディーター・クロイスの独立宣言の黒幕だったイアンを逮捕できた達成感に浸ることもできず虚無感に支配されることとなった。

 その後、頬に赤い紅葉を張り付けたマリアベルが現れ、捨て台詞を残して行ったのだがロイド達に彼女を追い駆ける気力はなくなっていた。

 だが、“大樹”から帰還したロイド達に休む暇などなかった。

 国土を護る三体の《神機》と《零の騎神》を失ったクロスベルは直後のエレボニア帝国の侵攻に対抗することなどできるはずもなく、その占領をただ受け入れることしかできなかった。

 

 

  *

 

 

 そして、その別れからロイドには待ち望んでいた、キーアにとってはバツの悪い再会となった。

 

「キーア……」

 

 言いたい事も碌に言えずに別れることになったキーアを目の前にロイドは言葉を詰まらせる。

 言いたいことは沢山あったはずなのに、いざ彼女を前にすると用意していたはずの言葉を忘れてしまう。

 

「ごめんなさい、ロイド」

 

「な、何でキーアが謝るんだ?」

 

 彼女が突撃してこない事に一抹の寂しさを覚えながらロイドは何とか言葉を返す。

 

「むしろ俺達の方が謝らないと……本当ならすぐにでもキーアを追い駆けて帝国に行くつもりだったのに」

 

 ロイド達がキーアを追い駆けられなかったのは、占領した帝国軍によってあの事件であり逮捕できた三人の極刑を宣告されてしまったからだ。

 帝国に冤罪を掛けて市民を扇動し、《D∴G教団》の創始者でもあったディーター・クロイス。

 遊撃士の立場を利用し、周辺国への働きを行っていたアリオス・マクレイン。

 そしてクロスベルのあらゆる情報を取りまとめてディーターを影から操っていた黒幕、イアン・グリムウッド。

 いつか再び、本当の意味でクロスベルが独立するために必要な存在だとマリアベルに諭されたこともあり、ロイド達はこの一ヶ月、彼らの減刑と地盤固めのための地下活動に勤しんだ。

 

「だけど帰って来てくれたってことはもう良いんだよな? キーアの身体はもう大丈夫なんだよな?」

 

 久しぶりの再会だからだろうか、キーアの顔は別れた時からやつれているように見える。

 

「とにかく一緒に帰ろう。エリィにティオ、課長にツァイトも待っている」

 

 手を差し出すロイドにキーアは悲しそうに首を振る。

 

「クロスベルに戻って来たのは偶然なの……だからキーアはまだ帰れない」

 

「そんなっ!」

 

 ロイドはキーアの背後に控えるエステルとヨシュアを睨む。

 その視線にエステルは静かに首を振って謝罪する。

 

「ごめんロイド君。キーアちゃんのお願いで、キーアちゃんの身体を治すより先にエリゼちゃんを探すことを優先して」

 

「っ――キーアの寿命のことなら俺達も何とかする方法を調べているんだ」

 

 ジオフロントの端末に残されたクロイス家の情報をかき集めている。

 断片的ではあるがデータ化されたクロイス家の錬金術の書の一部も見つけ、確かな手応えを感じている。

 だからこそ、ロイドはあの時掴めなかった手をキーアに差し出して訴える。

 

「まだ全然足りないけど、それでも必ず俺達がキーアの身体を治して見せる。だから帰って来てくれキーア」

 

「ちがう……ちがうの……」

 

 自分が行った愚行に気付いていないロイド達にキーアは一層罪悪感に胸を締め付けられながら、首を何度も振る。

 

「キーア……どうして……?」

 

 拒絶されるとは思っていなかったロイドはそんなキーアの反応に立ち尽くす。

 

「キーアが帝国に行ったのは……行ったのは……キーアの身体を治すためじゃない!」

 

「なっ!?」

 

 もちろんそれも理由の一つだが、今はヴァリマールの力によって不死者となっているため、急ぐことではない。

 エステル達も、“彼”の家族の事は自分達に任せて、キーアは治療を優先して良いと言ってくれたが、キーアの意志でそれを拒絶してこの一ヶ月、帝国内をヴァリマールで飛び回った。

 

「キーアは“あの人”の代わりに“あの人”が護るはずだったものを護らないといけないの!」

 

「あの人?」

 

 曖昧なキーアの言葉にロイドは眉を顰める。

 どこの誰だか全く心当たりは思い浮かばないが、キーアについた悪い虫の気配に黒い衝動が胸の奥から湧き上がる。

 キーアはロイドが纏う気配の変化に気付かずに続ける。

 

「それだけでキーアがしたことが償えるわけじゃないけど……

 全部が終わるまで……“あの人”が帰ってくるまでキーアはクロスベルには帰れない」

 

「キーア……」

 

 沸々と湧き上がる不快感がロイドの中で大きくなる。

 だが悪い虫の件を問い質すことをぐっと堪えてロイドは言う。

 

「クロスベル独立も歴史の改竄もディーターさんやイアンさんが考えたことだ。キーアのせいじゃない」

 

「ちがう……ちがうよ……

 キーアの“力”があったからディーターもイアンもそうする“道”を選んだの……全部キーアがいたから……

 キーアが目を覚まさなければ、ロイド達が教団事件で死んじゃうことも、猟兵がクロスベルを襲う事も、帝国に占領されることもなかった……

 全部、全部キーアのせいなの!」

 

「キーア……」

 

 捲し立てるキーアにロイドは思わず怯む。

 

「デミウルゴスがどうして消えることを選んだのか、キーアにはそれが分かるはずだった……

 なのにベルが教えてくれた、みんなといる未来をキーアは選んじゃった」

 

「それの何がいけないって言うんだ!」

 

 自分を責める言葉にロイドは反論する。

 

「いなければ良かった。そんなこと言わないでくれ!

 キーアがいてくれたから俺達は今まで頑張って来れたんだ……

 マリアベルさんが言っていたキーアが俺達に好意を抱かせていたことだって、そんなのただの切っ掛けにしか過ぎない!

 俺達がキーアを好きなのは誰にも侵すことができない“真実”だ。なのにキーアは俺達と過ごした日々が全部“嘘”だったって言うのか!?」

 

「それは……」

 

 訴えかけるロイドの言葉にキーアは目を伏せる。

 

「キーア……」

 

 押し黙ったキーアにロイドは安堵して一歩近付き――

 

「そうだよ」

 

 キーアの拒絶の言葉に足を止めた。

 

「ずっとキーアはロイド達に“嘘”をついていたんだよ」

 

「キーア……」

 

「ずっとみんなを騙して、ずっと良い子の振りをしていた。キーアは本当は悪い子だったの」

 

「だったら、そんな顔をするな!」

 

 思わず怒鳴ってロイドは言い返す。

 

「そんな顔で言う言葉が信じられるはずないだろ!? 取り繕った“嘘”じゃない、キーアの本当の“真実”を教えてくれるまで俺は――」

 

「もう良いだろロイド」

 

 それまで事の成り行きを見守っていたランディがロイドの肩を抑える。

 

「ランディ?」

 

「とりあえずキー坊は元気でやっている。今はそれで良いだろ」

 

「だけど――」

 

「お前には分からないかもしれないが、これは誰かが悪かったって話じゃねえんだ……

 誰よりも自分が許せない。だからケジメをつける。そう言いたかったんだろ?」

 

「ランディ……」

 

 ランディの言葉にキーアは小さく頷く。

 

「それからな。女の秘密はむやみに暴くもんじゃねえ。女の“嘘”は黙って受け入れてやるのが男ってもんだろ」

 

「そんな馬鹿な……」

 

 警察官としてあるまじきランディの言葉にロイドは眉を顰める。

 

「ランディさん、それは極論過ぎると思います」

 

 クルトもランディの言葉を受け入れられずに白い目を向ける。

 

「あれ? 俺、格好いいこと言ったはずなんだけどなぁ?」

 

 真面目な二人の生真面目な反応にランディはわざとらしくおどける。

 

「とにかくだ。キー坊のことはエステルちゃん達に任せて、俺達はいつか帰って来るこのクロスベルを守っていれば良いんだよ」

 

「ランディ……」

 

 全てに納得できたわけではない。それでも受け入れなければいけないのだとランディに諭され、ロイドは“力ずくでキーアを取り戻せ”という囁きを呑み込む。

 

「分かった――」

 

「いいや、君達も取るべきケジメを取ってもらわないとならないな」

 

 その場に新たな声が響く。

 それは遠巻きに見ていたクリスやアルティナ、スウィンのものではない。

 区画の奥から多くの帝国兵を引き連れて、クロスベル総督ルーファス・アルバレアが現れる。

 そしてロイド達が来た道からは、エリィがクレアに、ティオがレクターに促されるように現れる。

 

「なっ!?」

 

 ロイド達にとって不俱戴天の敵とも思える侵略者の親玉の登場に咄嗟に武器を構える。

 

「ふっ……」

 

 そんなロイド達の反応にルーファスは不敵な笑みを浮かべて指を鳴らす。

 その音を合図に彼の背後の帝国兵たちがロイド達に向かって来る。

 

「くっ――ここで捕まるわけには」

 

 既に捕まっているエリィとティオを助ける算段を考えながら、脱出する方法を探るロイド達だったが帝国兵たちはロイド達の前で足を止めると抱えていたパイプ椅子を五つ並べ、足早にルーファスの背後に戻る。

 

「さあ、席に着きたまえ特務支援課の諸君」

 

 呆然とするロイド達に、先に同じパイプ椅子に座っていたルーファスが着席を促す。

 魔導区画に場違いな椅子。

 それも彼の様な貴公子が座るとは思えない質素な椅子だと言うのに、その姿に品を感じてしまうことに息を呑む。

 

「な、何のつもりだ?」

 

「こちらが出した出頭命令を拒否され続けたのでね。だからこそ、こちらから出向かせてもらったまでだよ。何かおかしいかな?」

 

 真意を覆い隠す作り物の笑みにロイドは彼の背後にいる者たちに気付く。

 

「課長……それにマグダエル市長……」

 

 自分達と同じようにパイプ椅子の席を用意される二人。

 そして帝国兵に付き添われながら最新のオーバルカメラを肩に担いだレインズとマイクを握ったグレイスが一同を撮影できる位置に移動する。

 

「私は暫定とは言え、このクロスベルを治めることを任された身……

 民の不満に対しては可能な限り聞き入れるつもりでいる。もちろん治安維持組織の意見などはとても重要だと考えているよ」

 

 あくまでも穏やかな声でルーファスは話し合いを促す。

 

「だが至らない私には何故君達が頑なに帝国の支配を受け入れられないのか理解できない……

 この場で君達を逮捕、拘束しないことは約束しよう。発言の内容についても罪に問うつもりはない……

 クロスベルの統治者として君達が持つ不安を教えて欲しい。同時に私は君達に今のクロスベルがゼムリア大陸全土からどのような目で見られているのか自覚して欲しいと考えている」

 

 あくまでも強制ではないと言いながら、映像を映すことができるオーバルカメラの意味にロイドは既に《籠》の中に囚われたことを自覚する。

 彼の言葉通り、ロイド達が使ったエレベーターへの道を帝国兵は遮る様子はない。

 逃げることは簡単だが、それをすればどうなるか想像は容易だった。

 

「…………いったい、いつから?」

 

「ふふ、それを知りたければ座りたまえ、ロイド・バニングス」

 

 あくまでも穏やかに促すルーファスにロイドは従う以外の選択肢はなかった。

 そしてこの日クロスベル特務支援課は市民が見守る中、解散が宣言されるのだった。

 

 

 

 

 

 

「では最初に聞かせてもらおう……

 君達はクロスベルの独立騒動において、《零の至宝》はあくまで道具であり、彼女を使っていたディーター・クロイスとイアン・グリムウッドこそが諸悪の根源だったと言うのだね?

 しかし、君はそう言いながら二人の減刑を望んでいるわけだ。では果たして誰が一番悪かったと思っているのかな?」

 

「……そ、それは……」

 

「いや、そもそもこの二人と今は留置場にいるアリオス・マクレイン……

 この三人は君の兄であるガイ・バニングスを殺害し、その罪を隠蔽した犯人なのだが、恨みはないのかね?

 逮捕し、余罪を明らかにするのなら理解もできるが君がしていることはそれと真逆な行為なのだが釈明をしてもらえるかな?」

 

 口ごもるロイドにルーファスは矢継ぎ早に質問を重ねる。

 その光景をクリス達は離れて傍観していた。

 

「…………いきなりぶっこんだな」

 

「そりゃあ、資産凍結を正常化させて、各方面に謝罪しなくちゃならなかったり、クロイス家の遺産の調査を邪魔されたり、貧乏くじを引かされていたからな。相当頭に来てるだろ」

 

 クリスの呟きにスウィンがこの一ヶ月のルーファスの働きを思い出して答える。

 

「自業自得です」

 

 そしてアルティナは優しさのない一言を特務支援課に向ける。

 

「やーお疲れー」

 

 そんな三人の集まりにナーディアが労いの言葉を掛ける。

 

「お前もな」

 

「なーちゃんの方は全然楽だったよー。なんたって上と下が優秀だったからねー」

 

 ナーディアの仕事はジオフロントに潜伏して不法なハッキングを行っていたティオと特務支援課のアジトを特定するために動いていたクレアとレクターのサポート。

 しかし、二人の能力によって得た情報とルーファスの統制を右から左に、左から右に流すだけでナーディアは特にこれと言った仕事を果たさずに目標を捕らえることができた。

 

「まあ、流石のロイドさん達も相手が悪かったとしか言えないかな」

 

 実働部隊をこのオルキスタワーの魔導区画におびき寄せるためにわざとキーアの情報を漏らしたことといい。

 何重にも渡る罠を用意されていた場に特務支援課が踏み込んだ時点で勝敗はほぼ決まっていた。

 そして討論に関してもルーファスの独壇場となっていた。

 そもそもの特務支援課の反帝国活動の理由は感情論による部分が大きく、終始ルーファスが会話の主導権を握っていた。

 

「クロスベルは今、存続の危機に立っている」

 

 いくらゼムリア大陸の中心にある立地とは言え、金融都市による資産凍結により今まで積み上げて来た信頼は崩れ落ちた。

 さらにはクロイス家が《D∴G教団》と密接な関係があったこと。

 ガレリア要塞を消滅させるだけの兵器を開発、隠匿していたこと。

 ジオフロントやオルキスタワー、ミシュラムの用途不明施設の開示。

 ルーファスが重ねる質問にロイド達、特務支援課はもちろん同席を許されたヘンリー・マグダエル元市長もクロスベルと言う都市の全容を把握できていないことを露呈させる結果となった。

 

「…………行こう」

 

「良いのか? あそこにいる奴はお前の親友なんだろ?」

 

 踵を返したクリスにスウィンが尋ねる。

 彼が親指で指す先のパイプ椅子に座る親友をクリスは一瞥する。

 

「良いさ。クルトだって負ければこうなることは分かっていたはずだからね」

 

 もしくは自分達が正しいのだと信じて微塵も疑ってなかった様子から負けるとは思っていなかったのかもしれない。

 だが仮にも貴族、武闘派であり、守護役ということもあり政治に疎くても貴族の子息。

 正直、ルーファスの土俵に誘い込まれた以上、クルトを始め特務支援課に勝ち目があるとは思えない。

 むしろこの一ヶ月、地下活動をあえて見逃していたのではないかとさえクリスは考える。

 

「それよりも……」

 

 クリスは振り返り、キーアに向き直る。

 

「っ――」

 

 クリスに睨まれ、キーアはびくりと体を震わせる。

 

「君に聞きたいことがある。“あの人”……《超帝国人》に何があったのかを」

 

 ロイド達クロスベルの行く末が気にならないわけではないが、それ以上にクリスは過去の方が気になってしまう。

 

「え……“あの人”のこと覚えているの?」

 

 クリスの言葉にキーアは目を丸くして驚く。

 

「おそらく僕が《騎神》の起動者だから、後はあそこのルーファス総督も《超帝国人》のことは覚えているよ」

 

「ルーファスも……」

 

 振り返ったキーアは小さく安堵の息を吐く。

 

「ううーん、それにしてもキーアちゃんとクリス君を二人きりにさせないといけないのか……」

 

「別にエステルさん達も立ち会ってくれて構いませんよ?」

 

「そうしたいのけど、僕達はその“彼”についての話を聞いているとその記憶について消されているみたいでね……

 “彼”に妹がいた。“アルティナ”と一緒にいた“誰か”って言う風に関連して何とか記憶は維持できているけど、それも長く持たないだろうね」

 

「そう……ですか……」

 

 ヨシュアの説明にクリスは肩を落とす。

 

「ねえアルティナちゃん? 《影の国》で私たちに会ったこと覚えてる?」

 

「何ですか急に? 貴女のような人は知りません」

 

「そっかぁ……」

 

 アルティナに不審者を見るようなジト目で睨まれてエステルは肩を落とす。

 

「僕達の事は良いけど、《超帝国人》って言う渾名に心当たりはないかな?」

 

 落胆するエステルを他所に何故かヨシュアもアルティナに対して質問を重ねていた。

 

「正直、帝国にまつわる伝承に因んだ渾名をあえて名乗っている人なんて、オリビエさん――オリヴァルト殿下くらいに強烈な印象がありそうな人なんだけど」

 

「そんな不埒な人知りません」

 

 にべもない答えにヨシュアもまたエステルと同じように肩を竦める。

 

「まあ、それは良いとしてクリス君。覚えてる?

 ケルディックでキーアちゃんが乗っていたヴァリマールを君が乗っていたテスタ=ロッサでボコボコにしていたこと」

 

「え……僕がヴァリマールを?」

 

 言われ、記憶を反芻するがケルディックでテスタ=ロッサに乗った後の記憶は正直興奮し過ぎて曖昧だった。

 

「そう言うわけだから、クリス君とキーアちゃんを二人きりにするのはちょっとね……」

 

「今の話を聞く限り、ルーファス総督にも記憶はあるみたいだから彼に仲介に立ってもらうべきなのかもしれないけど……」

 

「ふふ、それならば私が立ち会って上げようじゃないか」

 

 声は背後から突然に気配と共に現れ、一同は一斉にその場を飛び退いて振り返る。

 

「っ――出たわね。教授」

 

 忌々しいと言わんばかりにエステルは顔をしかめる。

 

「彼が……あの……」

 

「フフ、御初にお目にかかります。セドリック殿下。私はゲオルグ・ワイスマン。以後お見知りおきを」

 

「気を付けてクリス君。こいつは人の認識と記憶を操る力を持っているから」

 

「大丈夫です。彼については僕も聞いています。精神に干渉する術に対しての対処も一通り教えられましたから」

 

 立場上、覚えていて損はないと教えてもらった精神防壁をクリスは己の内側に意識し、彼の言葉を話し半分に聞くように注意力をあえて散らして向き直る。

 

「ほう、ルフィナ・アルジェントかそれとも《超帝国人》の薫陶かな?」

 

 その対処法にワイスマンは賞賛を送る。

 

「両方です。貴方と出会う事があったら決して貴方の言葉に心を掴ませないように注意しろと教えてもらいました」

 

「それはそれは、では挨拶代わりに私の力の一端を経験してみるかね?」

 

「ちょっと教授」

 

「大丈夫です、エステルさん」

 

 不穏な提案をするワイスマンを戒めようとするエステルをクリスが止める。

 

「例えこの人が何を言っても、僕の心は奪わせたりしません。僕はこれでもエレボニア帝国の次期皇帝なんですから」

 

 自信満々に宣言するクリスにワイスマンは一言告げる。

 

「《超帝国人》は私が育てた」

 

「詳しく」

 

 クリスはその一言にあっさりと心を掴まれ、その背後でエステルが棒を振り上げた。

 

 

 

 

 






《超帝国人》

エステル
「それにしても《超帝国人》か……」

ヨシュア
「どうしたのエステル?」

エステル
「いや、これまで“あの人”とか“その子”で通していたでしょ? だから本名じゃないけどちゃんと呼べることが新鮮で」

ヨシュア
「人の記憶を操作する。ワイスマンと同じ能力だけど規模と強制力の差を考えると恐ろしい話だね」

エステル
「それにしても《超帝国人》か……ううーん」

ヨシュア
「無理に思い出そうとしない方が良いんじゃないかな。何がトリガーになって記憶が消されるか分からないから」

エステル
「そうなんだけど……何か思い出せそうなんだよね……えっと……あっ!」

ヨシュア
「エステル? まさか……」

ワイスマン
「ほう、流石は剣聖の娘か……」

クリス
「エステルさん……」

エステル
「超帝国人、帝国人、つまりはオリビエ、そしてワイスマン……つまり《魔界皇帝》っ!」

クリス
「ま、魔界皇帝? 何ですかそれ?」

エステル
「確か上半身が裸で、その剥き出しの身体に顔まで広がっている光る入れ墨――」

ワイスマン
「聖痕と言いたまえ」

エステル
「聖痕が刻まれていて、マントに王冠を被った《超帝国人》と言えば《魔界皇帝》って名乗っていた気がする」

スウィン
「いやいやいや、何だその変態」

ナーディア
「なーちゃんたち、そんなエンペラーを超える変態に助けられたの? ちょっとショック」

クリス
「ヨ、ヨシュアさん……?」

ヨシュア
「…………確かにエステルが言っていた人と対面したことがある気がする……
 それにオリビエさんの帝国人にイメージとも一致する?」

クリス
「ワイスマン?」

ワイスマン
「うむ、だいたい合っているね」

クリス
「そんな……裸にマント……僕にはまだそこまで恥を捨てる事なんてできない! 流石です《超帝国人》!」

アルティナ
「超帝国人……やはり不埒な人のようですね」

キーア
「えっと……たぶんエステルが誤解していると思うんだけど……」





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15話 そして帝国へ




予約投降を試してみました。

今回、ルーファスがあるキャラ達に血も涙もない悪魔の如き所業を行いますのでご注意ください。






 

 

 

 まだ人が寝静まっている日も昇らない早朝。

 クロスベル国際空港の一角に彼らは集まっていた。

 

「本当にこれ、貰って良いんですか?」

 

 《紅の翼》程ではないが巨大な飛行艇を前にクリスはレクターに確認する。

 

「ああ、ルーファス総督が使って良いから役に立ててくれってよ」

 

 忙しくてこの場にいないルーファスに変わってレクターが説明する。

 元は翡翠色だったと聞く、黒一色の大型飛行艇。

 それは元々貴族連合に所属していたルーファスに与えられていた機甲兵運搬用の彼の専用機。

 ルーファスやオーレリアなど地位が高く、武勇に優れた者達を効果的に運用することを目的に、格納エリアを多く取った輸送スペースには最大三機の機甲兵を搭載できる。

 《ティルフィング》のように戦術殻に格納できない《テスタ=ロッサ》にはありがたい支援だとクリスは喜ぶ。

 

「操縦に関してはスウィンが一通り覚えてくれたから任せればいい。給料はルーファス持ちだから気にすんな」

 

「その分後が怖いですけどね」

 

 至れり尽くせりの支援。

 その分、後で何を要求されるのかクリスは恐ろしさを感じる。

 

「まあ手段を選んでられる余裕はないんだけど」

 

 特務支援課の公開処刑が終わった後、クリスはルーファスを交えて様々な話し合いをした。

 キーアやワイスマンによって語られたクロスベルの《碧の大樹》の中での出来事。

 零の空間というものがどんなものかは想像することしかできないが、《黒》の罠でもあったのなら《彼》の帰還は絶望的だった。

 しかし、それによってクリスは心の奥に残っていた甘さを捨てられた気がした。

 

「それでも、これは僕がやらないといけないことなんだ」

 

 《彼》はどれだけ“力”を持っていても身分的には地方の男爵の息子でしかない。

 特別であってもこの内戦の行く末を背負って行動しなければならない義務などない。

 義務があるのはそれこそ次期皇帝であるセドリックなのだ。

 

「それにしても良く許したな」

 

「キーアのことですか?」

 

 レクターの指摘に飛行艇に搭乗させるために歩いている《灰》をクリスは見る。

 

「まあ……言いたいことは色々あったんですが……」

 

「ですが?」

 

「ルーファス総督の一言で……まあ、納得はできませんでしたが呑み込めました」

 

 激昂した自分を宥めた言葉を思い出してクリスは唸る。

 

『何を怒る必要がある?

 例え次元の彼方へと飛ばされた所で彼は《超帝国人》なのだよ!

 更なる進化をして戻って来るのに彼女を責める理由などあるのかい?』

 

 そして付け加えられた一言。

 

『それとも君は《超帝国人》が彼女の様な小娘に負けたままで終わると本気で思っているのかな?』

 

 自分が一番彼の事は分かっていますと言わんばかりの態度に丸め込まれてことに気付いたのはだいぶ後だった。

 

「はあ……やっぱりまだまだだな」

 

 既にクリスが内戦に関わるためのシナリオさえ用意されており、夜逃げされたということでアルバレア家に報告が行くようになっている。

 全てがルーファスの掌の上だと、クリスは自分の力で内戦を切り拓く決意が萎えそうになる。

 

「ところでレクターさん。ルーファス総督の部下という人はまだですか?」

 

「……ああ、もう少しかかるだろう」

 

 含みのある言葉にクリスは首を傾げる。

 

「って言うか、結局姫様も一緒に行くのか」

 

「ええ、どうやらキーアのことをだいぶ気に入ってしまったようです。我が姉ながら情けない」

 

 飛空艇に乗るのはクリスとキーア。他にまずアルフィン。

 彼女もまたクロスベルに留まることを認めず、同行する決意を固めていた。

 キーアの事を気に入り、冷遇する自分を責めて来たのはきっと関係ないと思うが、彼女との距離を測りかねている今ありがたくもある。

 

「アルフィンの付き人としてエリゼさん、二人の護衛としてアルティナ」

 

 飛行艇の操縦と管理、待機要員としてスウィンとナーディア。

 エステルとヨシュアは途中までは同乗するものの、別行動でルフィナを探すことになった。

 

「ちょっと忘れてないわよね」

 

「も、もちろんだよセリーヌ」

 

 足元からの抗議にクリスは動揺を悟られないように応える。

 

「と、ところでレクターさん! ルーファス総督はあの人の専用機まで貸してくれるらしいですけど、どんな機体ですか?」

 

「それは――見た方が早いんじゃないか?」

 

 答えようとしたレクターは後ろを振り返る。

 飛行場のゲートをくぐり、足のローラーで低速で走って来る機甲兵。

 

「…………え……?」

 

 その風貌にクリスは目をこする。

 そこにいたのは《ピンク》だった。

 

「待たせたようだな」

 

 胸のハッチが開き、操縦席から現れた男もまた機甲兵に負けず劣らずの奇怪な姿をしていた。

 黒い仕立ての良い貴族然とした服装。

 立ち姿からも育ちの良さが分かり、携えているのは騎士剣。

 そこまでは良いが、注目すべきは頭。

 黒いヘルメットですっぽりと頭を覆い隠している姿はかつて対峙したテロリストを思い出す。

 

「あ、貴方がルーファス総督の部下の人ですか?」

 

「ああ、仮面についてはご容赦願えるかな殿下、いやクリス君……

 ルーファス総督程ではないが、私も貴族連合に顔が割れている身、表立って君と行動すると実家に迷惑を掛けてしまうからね」

 

「は……はぁ……」

 

 歯切れの悪い言葉を返し、クリスはルーファス専用だった機甲兵に目を向ける。

 バリアハートを想起させる翡翠のシュピーゲルと聞いていたが色も形も原型がない。

 武骨で動き辛そうな追加装甲が至る所に張り巡らされ、ピンクの塗装で彩られている。

 いくら身分を隠すためとは言え、やり過ぎではないかとクリスは頭痛を感じる。

 

「これがルーファス総督の専用機……こんなしょぼそうな機甲兵が……」

 

「しょぼそうな……神を畏れない暴言だよなぁ……」

 

「…………まさか……いや……そんな……」

 

「ん? 二人ともどうかしましたか?」

 

「いや、何でもねえよ。あの機甲兵はあれだ。こいつと同じで身分を隠すためにあり得ない塗装と追加装甲で誤魔化してんだよ」

 

「……何でもないわ。たぶん気のせいよ」

 

「不安にさせてしまってしまったようだが、安心するといい」

 

 仮面の男は機甲兵から飛び降りてクリスの前に立つ。

 

「君達の補助をルーファス総督から指示されたものだ。よろしく頼む」

 

「え、ええ……こちらこそ」

 

 求められた握手にクリスは応じて、尋ねる。

 

「名前はこの場では聞かない方が良いんですよね。では何と呼べば良いんですか?」

 

「ふむ……そうだな。では私のことは《C》とでも呼んでもらおう」

 

「《C》……」

 

 名乗ったその名にクリスは目を細める。

 

「ふふ、中々に皮肉だろう? 貴族連合の協力者と同じ名を名乗る存在が君の味方となるのは」

 

「…………どうやら貴方とルーファス総督は仲がよろしいようですね」

 

 名前一つで敵味方問わずに混乱させるようとしているやり口はルーファスらしいとさえ思えてしまう。

 

「ちっ――やっぱり俺も同行したかったぜ」

 

 そんなクリスの様子にレクターは舌打ちをして嘆く。

 

「さて、クリス君。これから帝国へ向けて出発するわけだが、最初に何処を目指すつもりかな?」

 

 挨拶を切り上げて《C》が今後の方針を確認する。

 

「そうですね……まずは行き先は――」

 

 いつ間に集まっていたこれからの仲間達にクリスは向き直り、行く先を口に――

 

「へえ……どこに行くつもりなの?」

 

 その瞬間、獣のようなプレッシャーがクリスに襲い掛かった。

 

「あ……ああ……」

 

 まるで虎に出会ったようにクリスはその身を震わせる。

 

「ねえ……シャーリィを置いて何処に行くつもりなのかな?」

 

 巨大なSウェポンを肩に担いで、ウルスラ医科大学病院に入院していたはずのシャーリィ・オルランドは笑顔で質問を重ねた。

 

「えっと……」

 

 咄嗟に言い訳を考える。

 そもそもクリスが目を覚ましたのは一昨日であり、昨日特務支援課と戦い、その翌日の早朝が今である。

 無事に意識を取り戻して元気でいるという報告を受けていたから、すっかり意識の隅に行ってしまっていた彼女を宥める方法を探してクリスは必死に思考を回す。

 そんな風にしどろもどろになるクリスを見兼ねて《C》が言葉を掛ける。

 

「あまりからかってやるな。ルーファス卿から連絡は受けていたのだろう? それで乗り遅れたのなら君の責任だ」

 

「ちぇ、もうちょっとからかわせてくれても良いのに」

 

「ル、ルーファス総督がシャーリィに連絡を……ぐぬぬ……」

 

 その事実に感謝すると同時に言いようのない敗北感をクリスは感じてしまう。

 クロスベルの統治に特務支援課への処遇。更に自分の支援。

 多忙を極める中、細部まで配慮を行き届かせるルーファスの先見の明にクリスは兄や“彼”と違った劣等感を刺激される。

 そして、そんな彼に不穏な目を向ける者が一人。

 

「ルーファスさんに嫉妬するセドリック……それに……」

 

 アルフィンは自分を忘れたことを理由に彼をいじるシャーリィに注目し、その視線を隣のエリゼに移す。

 

「姫様?」

 

「姉の立場の危機? いえ、セドリックの本命はいったい」

 

 いろんなものに姉は苦悩するのだった。

 

 

 

 

 






 大雑把に事情は共有できたということにして、とりあえず出発させました。
 要望が多ければ飛空艇内で絆イベントが発生します。
 簡単に特務支援課のことを語ると、セルゲイが全て自分の指示だったと主張して処罰を一身に引き受け、ロイド達は逮捕を免れる。
 ロイドはクロスベル軍警察に、ランディはタングラム門の警備隊、ティオはエプスタイン財団にそれぞれ引き取られる。
 エリィに関してはマリアベルの親友だったこともあり、監視も兼ねてルーファスの秘書官となる。
 クルトに関しては、ここではあえて語りません。





シュピーゲル・アサルト
元はルーファス専用の翡翠色の機甲兵。今は彼の部下と名乗る《C》が操縦者。
クリスの支援者の身バレを防ぐために大幅に改装し、全身をピンクに塗装。
さらに追加装甲を各部に取り付けて、外見はむしろヘクトルに近い。しかし――

灰のヴァリマール
「……」

緋のテスタ=ロッサ
「……」

ピンクのシュピーゲル・アサルト?
「……」

灰のヴァリマール
「…………」

緋のテスタ=ロッサ
「…………」

ピンクのシュピーゲル・アサルト?
「…………」

灰のヴァリマール(半壊中)
「もしや――」

ピンクのシュピーゲル・アサルト?
「言うな」

緋のテスタ=ロッサ(憎悪の汚染中)
「これはあまりにも……お労しや兄上……」

ピンクの■■・■■■■
「言うなっ」





クロスベル議会
ルーファス
「や、やあ、諸君。おはよう」

クロスベル議員A
「お、おはようございます。ルーファス総督……?」

クロスベル議員B
「おい、どういうことだ? 何か今日のルーファス総督が一回り小さく見えるぞ」

クロスベル議員C
「今まで完璧過ぎて近寄り難いカリスマのオーラがなくなっている?
 今の彼を見ていると何故か手助けをしたくなってしまう! この保護欲をくすぐられる佇まいはなんだ!?」

クロスベル議員D
「以前の超然とした大人の微笑みも良かったが、今は少年の様な初々しさとあどけなさを感じる微笑み……これはこれで良い!」

ルーファス?
「……………うぐぐ……胃が痛い」


 ………………
 …………
 ……

レクター
「よしっ!」

クレア
「良しじゃありません。全く貴方達は……はぁ……」

エリィ
「どうしてこんなことに……」






選択肢
 ルーレ
 ラインフォルト社の爆発事件を境に街に正体不明の辻斬りが現れ、ノルティア州の首都とは思えない程に街は閑散としていた。
 先行していたガイウスと合流したクリス達は戦闘音を追い駆けて街を駆け回り、吊るされた紫電の遊撃士を発見する。

 レグラム
 クロイツェン州に属するレグラム、アルゼイド家は先日のケルディックの暴動のこともありアルバレア公爵家への恭順を求められていた。
 父、ヴィクターがいないことでラウラは答えをはぐらかして来たが、時間稼ぎも限界が訪れる。
 武の双璧であるアルゼイド流を尊重し、同時に武を尊ぶ帝国の風潮から貴族らしく決闘を挑まれることになる。
 そして、アルバレア家の代表はユーシスだった。
 決闘の方式は未定。ただし機甲兵を含み武器は自由になるのは最低条件にするつもりです。

 セントアーク
 正規軍の部隊が各地から集まり、戦力の増強に伴い街には貴族を批難する声が大きくなっていく。
 オリヴァルトの方針でセントアークに未だに残っている貴族も高まって行く反貴族の意識に危機感を抱く。
 帝都奪還作戦が着々と進められている中、集まった兵士たちの士気を上げるための楽師団が結成され、そこで演奏をしていたのはエリオットだった。






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16話 折り合い





 

 

 クロスベルを日も昇らない早朝に発った飛空艇は一時間も経たずに着陸しようとしていた。

 

「システム、オールグリーン……良いよ、すーちゃん。このまま着陸して」

 

「了解」

 

 ナーディアの誘導に従って、スウィンはシステムを着陸モードに切り替える。

 飛空艇は速度を緩めて滞空し、ゆっくりと地上へ降りて行く。

 

「凄いなスウィン。僕より年下なのに飛空艇まで操縦できるなんて」

 

 操縦席に座り澱みなく端末を操作して行くスウィンにクリスは感心する。

 

「ふふん、もっとすーちゃんを褒めて良いんだよー」

 

「何でお前が応えてんだよ?」

 

 誇らしげに先に答えるナ―ディアにスウィンはため息を吐く。

 

「組織にいた頃に乗り物の操縦を仕込まれただけだ。自慢できることじゃねえよ」

 

「それでもなーちゃんはもっとすーちゃんのことを自慢したいのー」

 

「自慢って……確かに操縦していたのは俺だけど、ちゃんと操作出来ているのはナーディアのおかげだろ」

 

 小型ならいざ知らず、機甲兵を三機運搬できるサイズの飛空艇は実際に操縦してみてだいぶ扱い辛かった。

 うまかったと言うのなら、風の影響を計算したり、エンジンの出力を絞り、オペレートしてくれたナーディアこそが褒められるべきだとスウィンは主張する。

 

「すーちゃん……」

 

「何だよ?」

 

「抱き締めても良い?」

 

「寝言は寝て言え、いくら何もない荒野でも着陸するまで気を抜くな」

 

「はーい♪」

 

 しかめっ面で返すスウィンにナーディアは無碍にされたにも関わらず楽し気に答える。

 

「何と言うか……」

 

「多くを語らずとも通じ合っている……これが《愛》ですね」

 

 あえてクリスが言葉を濁したことをアルフィンが拳を握って断言する。

 

「むむむ、ヨシュアだってこれくらいできるわよね?」

 

「エステル、張り合わなくて良いから」

 

 何故か対抗意識を燃やしたエステルをヨシュアが宥める。

 

「それにしても話には聞いてたけど、凄いね」

 

 そんな和気あいあいとしていた空気がシャーリィの一声で現実に引き戻される。

 

「…………着陸完了」

 

 沈黙が満ちた艦橋にスウィンの報告が響く。

 

「大丈夫ですかキーアちゃん?」

 

「うん……ありがとう、エリゼ……キーアは大丈夫……ちゃんと受け止めるって決めたから」

 

 膝を震わせるキーアをエリゼが気遣うものの、返って来たのは虚勢を張った言葉。

 

『いったい誰が信じるだろうね。一ヶ月前までここにはエレボニア帝国最大の軍事要塞があったと』

 

 重い沈黙を破り、《C》が窓の外に広がる一面の荒野に感嘆を漏らす。

 

「《騎神》にこんなことする力はないから、やったのは《零の至宝》とやら何でしょうけど派手にやったわね」

 

 セリーヌの呟きに一同の視線がキーアに集中する。

 目の前に広がる荒野。

 それはまるで雄大なノルドの開けた景観を思い出させる。

 しかし、それは帝国の《灰》とクロスベルの《零の至宝》が激突した戦場。

 要塞どころか山脈が大きく削れ原型さえもなくなったガレリア要塞の跡地だった。

 

 

 

 

 

「それじゃあエステルさん達はここで降りるんですか?」

 

 飛空艇からガレリア平原に降りたエステルとヨシュアの二人を見送る形でクリスは最後の確認をするように声を掛ける。

 

「うん、ケルディックに残ったトヴァルさんのことも気になるから」

 

「その後はサザーランド州に向かうつもりだよ」

 

「ケルディック……」

 

 それは結末を聞いたものの、クリスも気になっていた場所である。

 

「でもここからケルディックに行くのは双龍橋を渡る必要がありますし、ケルディックからサザーランド州にはどうやって行くつもりなんですか?」

 

 内戦の影響で鉄道が止まり、各地では検問が敷かれていると聞く。

 そんな中、クロイツェン州からサザーランド州への大移動を行うと言う二人の身をクリスは案じる。

 

「大丈夫大丈夫、この一ヶ月同じように帝国中歩き回っていたんだから」

 

 そんなクリスの心配など何の問題もないのだとエステルは笑って答える。

 

「そうですか……でもどうしてサザーランド州に?」

 

 プロの遊撃士が言うのだから自分の心配など杞憂なのだろうと納得してクリスは質問を変える。

 

「オリヴァルト皇子に会おうと思ってね。それから――」

 

「あたしのお遣いを頼んだのよ」

 

 ヨシュアの言葉に重ねるように答えた声はクリスの足元から。

 

「セリーヌ?」

 

「二人にはあたしの手紙をエリンの――魔女の隠れ里に送ってもらうように頼んだのよ。そのための鍵も預けているわ」

 

「魔女の隠れ里……それはまたどうして?」

 

 クリスの質問にセリーヌはため息を吐く。

 

「どうしても何も……エマとこのまま合流しても《灰》と《緋》、二つの騎神の補佐することなんてできないからよ……

 長に来てもらうかしないと手に余るわ」

 

「そ、そうなんだ……」

 

「だいたい今回の“戦乱”はどこかおかしいのよ……もしかしたら“獅子戦役”よりも激しい戦乱になることを覚悟していた方が良いわよ」

 

「それ程の……」

 

 セリーヌの言葉にクリスは思わず唾を飲む。

 

「でも意外だな」

 

「何がよ?」

 

「セリーヌが……と言うかエマもローゼリアさんも秘密主義だから、自分達のテリトリーにエステルさん達を招き入れることをするとは思ってなかったから」

 

「…………仕方がないでしょ。あたしだって本当なら部外者をエリンに入れる様なことはしたくないわよ」

 

 クリスの指摘にセリーヌはそっぽを向く。

 

「安心してセリーヌ。ちゃんと仕事上で知り得た依頼者の秘密は遊撃士として誰にも喋ったりしないから」

 

「そう願うわ」

 

 エステルに素気ない言葉を返すとセリーヌは飛空艇の中へと戻って行く。

 

「あははは……」

 

 つれない猫の態度にエステルは誤魔化すように笑う。

 

「ああ言っているけど、エリンの里にルフィナさんがいるかもしれないって教えてくれたのはセリーヌなんだ」

 

「そうなんですか?」

 

 ヨシュアの言葉にクリスは意外そうにセリーヌの後ろ姿を見送る。

 ヨシュア達の最優先の保護対象であるエリゼが見つかったため、次のルフィナ、正確には彼女と一緒にいるはずのナユタの保護が彼らの仕事になる。

 

「それはそうとクリス君、もし余裕があったら一度ユミルに行って欲しい」

 

「ユミルに?」

 

「うん、あそこには君達以外に《超帝国人》のことを覚えている人がいるんだ」

 

「なっ!? それはいったい誰のことなんですか!?」

 

 思わぬ事実にクリスは驚く。

 一番に思い浮かべるのは“彼”の義両親だが、騎神と関係ない彼らが親子と言っても覚えていられるとは思えない。

 だが、あそこは精霊がいた土地でもある。

 《黒》の因果が及んでいない可能性はゼロではない。

 

「ごめん、そういう雰囲気を感じさせた人がいただけで、確証はないんだ」

 

 もっともヨシュアも自信がないのか、曖昧な言葉で答えを濁す。

 

「……分かりました。そちらもセントアークにいるはずの兄上に会うことができたら、僕もアルフィンも無事だと伝えてください」

 

「モチのロンよ……ところでクリス君」

 

「はい? 何ですかエステルさん?」

 

 突然、顔を引き締めエステルはクリスに詰め寄ると、その両肩に手を置き顔を寄せて告げる。

 

「クリス君はそのまま真っ直ぐに成長してね」

 

「…………はい?」

 

 エステルの懇願を理解できずにクリスは首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

『ああ、それで問題ない。2番目と3番目、それから6番目の草案は却下』

 

 エステル達を見送り船内に戻ったクリスは特徴的な声に足を止める。

 

「この声は……」

 

 不信な声だが、その正体を思い浮かべながらクリスはその方向に足を向ける。

 

『その三件に関しての修正案はヘンリー氏に任せればいい……ああ、それ以外は問題ない。あの二人の判断だ、信じよう』

 

 声の主は身を隠していたわけではなく、騎神と機甲兵のある薄暗い格納庫の入り口で仮面を着けたまま通信機を片手に何処かに連絡をしていた。

 

『基本的に君達の自由にしてくれて構わないさ。そんなものいくらでも後で修正できる……

 それで君達がどういう思想の持ち主であるか理解もできるし、後でしわ寄せを受けるのは君達ではなく市民だと言う事を忘れないことだ。では――』

 

 クリスの存在に気付いた《C》は通信を切り上げる。

 

「今のはどこに連絡を取っていたんですか?」

 

『クロスベルのルーファスと少々ね。確認するかい?』

 

「…………いえ、必要ありません」

 

 疑わしい行動だが、元々はルーファスから派遣された自分の監視役だと思えば考えるだけ無駄だとクリスは思考を放棄する。

 その気になれば、自分に一切気取られることなく策を巡らせられるルーファスが信頼を寄せる部下なのだから、自分の浅はかな抵抗など墓穴を掘らされるだけだと割り切る。

 ただ気になるのは――

 

「貴方はこれからどうするつもりなんですか?」

 

『どう、とは?』

 

「その仮面です。そんなものを付けていたら街の中を碌に歩けませんよね?」

 

 姿を消すオーブメントでもあれば話は別だが、そんな姿で街を歩けば例え内戦中だったとしても通報されるだろう。

 

『ああ、それなら問題ないよ』

 

 そう言うと《C》は徐に仮面の額に手を伸ばし――あっさりと仮面を脱いだ。

 

「え……?」

 

 現れた茶色が掛かった髪と黒い瞳。

 《C》はクリスに少しだけ素顔を晒すと、すぐにまた《C》の仮面を着けてクリスの疑問に答える。

 

『見ての通り、決して素顔を晒さない誓約があるわけではない……

 ようは領邦軍や正規軍に私と言う存在が気付かれないようにすれば良いだけ、街に潜入することも何の問題もない』

 

 そう言ってのける《C》にクリスはもしかしたらと思っていた可能性が否定されたことを考えていた。

 

 ――クルトじゃなかったか……

 

 想像していた青銀の髪じゃないことにクリスは安堵する。

 少しだけ見た茶色の髪はどちらかと言えば、オズボーン宰相に近い髪色であり、帝国では珍しい色ではない。

 

 ――って何を期待しているんだ僕は……

 

 クロスベルで突き放したはずの幼馴染が味方になっていることを心のどこかで期待していた自分に気付いてクリスは振り払うように頭を振る。

 

『フ……とは言え、絶対ではない……

 とりあえず私はキーア君と一緒にセリーヌ君が提案した霊窟の調査を行うとしよう」

 

「それはありがたいですけど……」

 

 セリーヌ曰く、内戦が原因で帝国各地の霊脈が乱れている。

 霊脈の澱みは人に感染し、思考を鈍らせて激情に走らせる。

 ケルディックの事件はそれが原因の一つだとセリーヌは語り、それを解消するにはノルドでクリス達が遭遇した内戦の気にあてられて顕現した幻獣を排除することがその土地の鎮静化に繋がると言うのが魔女の意見だった。

 その結果、クリス達の方針は直接抗争に介入する一方で、霊脈の浄化が目的となる。

 それに幻獣を倒せば、騎神の強化・修復に利用できる高純度の七耀石を手に入れることができるのでやらない理由はなかった。

 

『何か含みがあるようだが?』

 

「貴方が強いと言うのはそこそこ分かるつもりだけど……

 実際、どれくらいにできるんですか? 場合によっては今のうちに手合わせをして確認しておきたいんですけど」

 

 魔剣の柄に触れてクリスはあからさまな挑発をしてみる。

 

『なるほどもっともな意見だ……

 言葉だけで済ませてしまえば、クロスベルに残して来たルーファスよりも私の方が強いと断言できるな』

 

「それはまた随分と強気ですね」

 

『信じられないと言うのなら、この通信機で確認を取ってもらっても構わないよ?』

 

 そう言って《C》は先程使っていたオーブメントをクリスに向かって差し出す。

 

「…………いいえ、それには及びません」

 

 絶対の自信があるような《C》の物言いにクリスは魔剣から手を放す。

 

「それにしてもルーファスさんのことを呼び捨てなんですね……

 ただの部下にしては随分と親しいようですが、いったいどんな関係なんですか?」

 

『フフ、御想像にお任せするよ。一言だけ言わせてもらえばただならぬ関係とだけ言っておこう』

 

 ガタン――

 

 《C》の言葉にクリスが何かを言うよりも、格納庫の扉に何かがぶつかった音が大きく鳴る。

 そしてその向こうで誰かが足早に去って行く足音が扉越しに響くのをクリスと《C》は感じ、二人は黙ってその気配を見送るのだった。

 

 

 

 

 

「セ、セドリック――いえ、クリス。ど、どうしたのかしら?」

 

 これからのこともあり、呼び方を矯正させたアルフィンが挙動不審な様子でクリスを出迎える。

 

「どうしたって……」

 

 それはこちらのセリフだと言おうとした口を噤み、クリスはその場を見回す。

 運搬が目的のこの飛空艇には数少ない個室。

 そこは主にオーブメントの工作室であり、飛空艇の整備に必要な工具などが収められている部屋。

 決して広くはないのだが作業台もあり、武器の整備もできる。

 現にその作業台にはテスタ=ロッサの整備をしているシャーリィがいるのだが――

 

「シャ、シャーリィさん……その魔導杖はいったい……?」

 

 思わず敬語になって声を掛けてしまう。

 アルフィンの挙動不審よりもシャーリィのその手の中にある杖の方がクリスにとって衝撃は大きかった。

 

「んー? これがどうかした?」

 

 クリスの指摘に難しい顔をしてそれをいじっていたシャーリィが軽くその魔導杖を振る。

 

「っ――」

 

 それはアルフィンがルーファスに用意してもらった魔導杖のはずだった。

 しかし、出発前に見たものよりも大幅に改造されているそれにクリスは言葉を失ってしまう。

 

「いや……別に良いんだけど……」

 

 エマやエリオットの長杖とは違い、柄の長さは短杖か中杖と言うくらいだろう。

 それ自体は問題ないのだが、肝心の導力機構の部分が大幅に変わっていた。

 銀の十字の上に七耀の力を増幅・発信する結晶体を囲むハート型のフレーム。

 それがアルフィンの好みなのかもしれないが、整備のためとはいえシャーリィが握っているのが致命的に似合ってない。

 

「歯切れが悪いなぁ」

 

 そんなクリスを不信な目で見返して、シャーリィは魔導杖を作業台の上に置かれた凶悪なフォルムの“テスタ=ロッサ”の隣に置く。

 笑いを堪えていたクリスは息を整えて、改めてその場にいる三人に向き直る。

 

「みんなオーブメントの整備をしていたんだね」

 

 作業台には“テスタ=ロッサ”に魔導杖。そして三つの真新しい《ARCUS》が置いてある。

 

「……本当にアルフィンもこの内戦に関わるのかい?」

 

「ええ、あなたにはああ言われたけど、やはりエレボニア皇女として逃げるわけにはいきません」

 

「それはもしかしてキーアが理由じゃないだろうね?」

 

「それは……」

 

 クリスの指摘にアルフィンは言葉を詰まらせる。

 

「やっぱりね。どうしてキーアにそこまで入れ込んでいるんだい?」

 

 理由次第では今からでもクロスベルに追い返すぞと言わんばかりにクリスは凄む。

 

「だ、だってわたくしよりも小さな子供が何の関係もないのに戦うって言うならわたくしだって……」

 

「キーアは事の発端を作り出した元凶だ……

 帝国の内戦は元々クロスベルの独立騒動に正規軍を送り込んで、帝都の守りが薄くなってその隙をオズボーン宰相は突かれた……

 直接の原因でなかったとしても切っ掛けになったのは間違いないし、詳しくは言えないけどあの子のせいで内戦が長引いているのも事実なんだ」

 

「でも、それでも――」

 

「何よりあの子が贖罪を望んでいる。見ただろ?

 この更地になった荒野を。あの子が《至宝》の力を使ってやったんだ」

 

「っ――」

 

 かつてここに鉄とコンクリートの要塞があったと言う事はアルフィンも聞いたがとても想像ができない。

 

「でも何だか放っておけなくて、それに何だかナユタちゃんに似ているような気がしたから余計にそう思うの」

 

「ナユタに似ている?」

 

 言われて、ノーザンブリアの特別実習から“彼”が拾った《塩の杭》から生まれた赤子の姿を思い出す。

 アルフィンに言われて考えるが、髪の色も違うし、年齢も離れていることもあり、クリスにはあまりピンとこない。

 

「だいたいクリスはキーアちゃんに厳し過ぎるんじゃないかしら?

 罪悪感に苦しんでいる女の子をさらにいじめるなんてそれでも帝国男児ですか!? わたくしはあなたをそんな子に育てたつもりはありません」

 

「君に育てられたつもりはないよ!」

 

 ズレたことを言い出すアルフィンにクリスは叫ぶように抗議する。

 

「ふ、二人とも落ち着いてください」

 

 ヒートアップしていく姉弟の口論にエリゼが堪らず割って入る。

 

「むう……」

 

「うぐぐ……」

 

 すっかり生意気になった弟にアルフィンは憤りを感じ、自分よりも聡明なはずの姉の浅はかな考えにクリスもまた憤りを感じる。

 

「御二人とも……ふふ……」

 

 場違いながらもそっくりな顔で怒る二人にエリゼは思わず笑みをこぼす。

 

「ほら見なさい。エリゼに笑われてしまったじゃないですか」

 

「他人のせいにしないで……ってエリゼさん? それは何ですか?」

 

 憮然とアルフィンに言い返してクリスはエリゼに振り返ると、目があったそれに思わず固まる。

 

「えっと……」

 

 クリスが指すものはエリゼの二の腕についているクロスベルのテーマパークのマスコットみっしぃだった。

 それも完品ではなく誰かの使い古しのぬいぐるみ。

 ぬいぐるみの中では小さいサイズのみっしぃの姿は酷いものだった。

 全身が痛んでおり、尻尾は半分程ちぎれ、耳も欠けている。

 中身の綿が出ないように丁寧な修繕をされているが、うっすらと返り血の痕まで残っており、異様な風格がそのみっしぃにはあった。

 

「実はクロスベルを発つ前にレンちゃんにお守りだと言われて頂いたんです。何でもご利益のあるありがたいみっしぃだそうです」

 

「レンちゃんに……?」

 

 みっしぃとレン。

 その組み合わせにクリスは懐かしい出来事を思い出す。

 自分が特務支援課でクルトと一緒にお世話になっていた頃、レンが動くみっしぃを連れて来たことから始まった事件。

 結局、動くみっしぃはヒツジンとの戦いを境にその行方は分からなくなり、レンもその時の事を語ろうとはしてくれなかった。

 余談だがその日からティオは三日ほど寝込んだ。

 

「…………まさかね……」

 

 その時のみっしぃなのだろうか。とクリスはジッとみっしぃを見つめるが、あの時のように動く気配はない。

 

「あ、あの……クリスさん……そんなに見つめられるのは」

 

 視線は自分でなくても、強い眼差しを感じてエリゼは居心地が悪そうに身を捩る。

 

「ああ、ごめん……エリゼさん、行動力があり過ぎる姉だけどどうかよろしくお願いします」

 

 そう言ってから、クリスはもう一人の護衛役がいないことに気付く。

 

「そう言えばアルティナちゃんは何処に?」

 

「先程キーアさんの監視をしていると、二人で甲板に向かいました」

 

「そう……」

 

 キーアとアルティナ。

 一見問題ない組み合わせだが、何だか嫌な予感を感じずにはいられない。

 なのでこの場でのアルフィンとの会話を切り上げ、クリスは最後にシャーリィに質問する。

 

「話を変えるけど、シャーリィが入院中、シグムントさんたち《赤い星座》の誰かがお見舞いに来たりしたの?」

 

「ん? そんなことないけど、どうして? もしかしてクリスったらパパたちを雇おうとか考えてる?

 お坊ちゃまのお小遣いで雇える程、ウチは安くないよ」

 

「そんなことは分かってます。ただ、《赤い星座》が帝国の内戦に雇われている可能性はあるのかなって思って」

 

 ディーター・クロイスに雇われていた《赤い星座》は彼の逮捕に合わせてその姿を晦ませた。

 少なくてもクロスベルからは既に撤退しているそうだが、その足取りはまだ掴めていないのがクレアの報告にあった。

 

「仮に、もし《赤い星座》が貴族連合に雇われていたらシャーリィはどうするんですか?」

 

 緊張を孕んだ質問をクリスは唾を飲む。

 Ⅶ組の仲間としてクリスはシャーリィを信頼しているが、同時に彼女は自分の護衛という仕事での付き合いでもある。

 もしも《赤い星座》が敵に回っていた時、彼女が敵に回ると言うのなら今後の付き合い方を考えておかないとクリスは警戒する。

 

「別にどうもしないよ。クリスの護衛期間は来年の三月一杯が一先ずの期限だから、例えパパ達と依頼が重なったとしても関係ないよ」

 

「それは……良いんですかシャーリィさん。御家族なのに?」

 

 あまりにもあっさりと言い切るシャーリィにアルフィンは戸惑い質問する。

 

「良いの良いの、パパたちだってそのつもりだろうし、まだ敵に回ったって決まったわけじゃないしね」

 

「そ、それもそう――」

 

「それに一度くらい戦場でのパパと戦ってみたかった気持ちもあるからね」

 

「っ――」

 

「シャ、シャーリィさん」

 

 獰猛な笑みを浮かべるシャーリィにエリゼとアルフィンは思わず腰が引ける。

 

「ところでクリス、これなんだけどどう思う?」

 

「どうって……?」

 

 徐にシャーリィは作業台に乗っていたアルフィン用の魔導杖を手に取る。

 

「巷ではこういうのが流行ってるんだよね? シャーリィにはよく分からないけど――」

 

 そう言ってシャーリィはその場でくるりと一回転して魔導杖を突き出すように構える。

 

「ラジカールシャーリィちゃん参上!」

 

「…………」

 

 突然ポーズを極めてウインクを送って来たシャーリィにクリスは固まった。

 

「トカレフ、マカロフ、クリンコフ♪」

 

「ぶふっ――それサラ教官の――」

 

 突然歌い出したシャーリィに今度こそ耐え切れずクリスは吹き出しメタなことを口走りそうになったところで――

 

「ヘッケラー&コックで――見敵必殺っ!」

 

「へっ……?」

 

 次の瞬間、ハート型の杖が二つに割れ、クォーツがスライドしてズレて銃口が伸びる。

 クリスが止める間もなく、引き金が引かれ銃声が鳴り、ゴム弾が発射される。

 

「うがっ!?」

 

 額にそれを受け仰け反り倒れていくクリスにシャーリィは満足そうに頷き、アルフィンに振り返る。

 

「とまあ、こんな感じの仕込み武器を付けておいたからうまく使ってね」

 

「はい、ありがとうございます。シャーリィさん」

 

 これまでクリスに好き放題言われていた溜飲が下がったと言わんばかりにアルフィンは差し出された魔導杖を受け取るのだった。

 

「……はぁ……」

 

 そんな光景にエリゼはため息を漏らすのだった。

 

 

 

 

 

 

 一面見渡す限り、何もない荒野にハーモニカの音色が響く。

 アルティナは甲板の先端に立ち尽くすキーアに対して何も言わず、暇つぶしだと言わんばかりにハーモニカを吹く。

 

「っ――」

 

 オーブメントのような淡々とした音色にも関わらず、その演奏にキーアは罪悪感が刺激されて胸が痛くなる。

 

「死にたいとでも思っているのかい?」

 

 そんなキーアの背に声が掛かる。

 

「クリス……」

 

 振り返ったキーアは何故かおでこを赤くしたクリスに向き直る。

 

「…………どうなんだい?」

 

「……そういうことは考えてないよ……そんなことも考えちゃいけないってキーアは分かってるから」

 

 ここにいた人達を消したこと。

 あの時の《神機》の操縦はほぼ自動的なものだった。

 列車砲を撃たれたことの市民の怒りに呼応してやり返した言わばクロスベルの反撃。

 だが、そこに絶対に自分の私情がなかったのかと問われればキーアは口ごもってしまう。

 

「アルフィンは君を許したみたいだけど、僕は帝国の代表として君を許すわけにはいかない」

 

「…………うん」

 

 クリスの言葉をキーアは頷く。

 

「キーアは知らなかった……ううん、知ろうとしなかった。クロスベルの外にいる人もキーアと同じで大切な人がいるんだって」

 

 自分は帰って来なかった家族を待つ気持ちを知っているはずだったのに、それを帝国や共和国に押し付けた。

 

「君に資産凍結の件を言っても仕方がないけど……」

 

 そう一言を入れてクリスは語る。

 

「そのせいで、帝国や共和国だけじゃない多くの国や自治州の経済が混乱して失業者が生まれ、路頭に迷う者が出た……

 今、カルバード共和国で起きている経済恐慌の原因は間違いなくクロスベルにある」

 

「っ――」

 

「ミラを奪う事は生きる糧を奪うこと、仕事を奪う事はその人の誇りを奪うことだと僕は思う」

 

 クルトはクロスベルの誇りのためと言っていたが、果たしてあのやり取りで何処まで理解してくれたのだろうかとクリスは考える。

 

「ガレリア要塞だけじゃない。そう言った間接的な原因も含めて考えればクロスベルの独立騒動で他国が受けた被害はまだ大きく広がっている。それが君達が犯した罪だ」

 

「……うん、分かってる」

 

「だけどまあ、“あの人”の事で君はもう責任を感じる必要はない」

 

「え……?」

 

 荒野を見据えていたキーアはクリスのその言葉に耳を疑う。

 

「むしろこんな結果になってしまったのは僕達の――いや僕の責任だったんだ」

 

「クリスのせい……どうして?」

 

 意味が分からずキーアは聞き返す。

 

「“あの人”が《赤い星座襲撃》の事件でクロスベルに行って帰って来てから様子がおかしいことに僕は気付いていた」

 

 クリスは自分を見つめ直して出て来た後悔を語る。

 

「気付いていたのに、僕は目先の学院祭に夢中で気付かない振りをしていた……

 楽しみにしていた学院祭と教えてもらった《起動者》の運命のことしか考えられなくて、“あの人”の苦悩を見過ごしたんだ」

 

「クリス……」

 

「僕はあの時、“彼”を一人で行かせるべきじゃなかったんだ!

 クロスベルへの宣戦布告までと与えられたヴァリマールを修復するための猶予、そこで僕は死に物狂いで《テスタ=ロッサ》を使えるようにして一緒に戦えるようになるべきだった……

 その努力を放棄して、“あの人”ならば大丈夫だと高を括って怠惰に見過ごした僕に君を責める資格なんてない」

 

 もちろんクリスがクロスベルに行ってできたことは高が知れているかもしれない。

 だがついていけなかったとしても、貴族連合のトリスタ襲撃の際に《蒼》を倒せるだけの力があれば何かが変わっていたのではないかと考えてしまう。」

 

「僕がもっと強ければ、こんなことにはならなかったんだ」

 

「それは違うよ」

 

 自分のせいだと己を責めるクリスをキーアは否定する。

 

「“あの人”はほとんど見ず知らずのキーアを助けてくれた……

 ロイド達が生きている未来が欲しかったからズルをして何度も……何度も“あの人”に助けてくれるように仕向けて利用した……

 ロイド達を、クロスベルも全部欲しいって、そんな風に何もかもを欲しがって、キーアは“あの人”にそのしわ寄せを押し付けた……

 だから全部キーアが悪いの!」

 

「いいや、悪いのは僕の方だ!」

 

 責任を叫ぶキーアに張り合う様にクリスが自分のせいだと声を上げる。

 

「キーアのせい!」

 

「僕のせいだっ!」

 

「キーア!」

 

「僕っ!」

 

 半ば意地を張るように自分のせいだと主張を重ね――

 

「ならば喧嘩両成敗にしましょう。《クラウ=ソラス》」

 

「え……?」

 

「へ……?」

 

 そんな二人のやり取りに何を思ったのか、アルティナは戦術殻を召喚する。

 そして黒い傀儡は音もなく二人の間に現れ、その鋼の拳を二人の頭に落とすのだった。

 

 

 

 

 

 






 ちょっとクリスの主張は強引だったと思いますが、二人の関係はこんな感じで落ち着きました。
 Ⅶ組はⅦ組で原作でもそうですが、クロスベル行きのリィンをただ待っていただけなのはちょっと薄情たと思うのでクリスに反省してもらいました。




 追加ルート:オルディス
 ルーファスが抜けた穴を埋めるべく、各地の将校との連絡に駆け回っていたオーレリアの下にその知らせが届く。
 ジュノー海上要塞が正規軍に奪取され、研究中だった海に牽引していた機動要塞も同時に奪われた。
 要塞に配備されていた機甲兵。
 それに加え魔煌兵と機甲兵を融合させた新型機を手に入れた正規軍は帰還したオーレリアを討ち取るために攻勢を掛ける。
 機甲兵同士がぶつかり合う戦場と化したラマ―ル州の運命はいかに!?

 そう言えばラクウェルで彼が貴族連合に対抗してファフニールを結成しているわけですが、オーレリアのテリトリーで良く生きてたな。




 《C》の素顔について。
 髪色に関しては最初の一度で印象付けるのと、相棒の説得のために染めています。
 顔自体は格納庫を意図的に薄暗くしていたことでクリスが気付く前に仮面を被り直しています。
 染めた髪色に関しては、何故その色なのかは御想像にお任せします。





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17話 狂いし者たち





黎の軌跡は変身ヒーローものみたいですね……

リンやノイでも同じことができそうですかな?
でも、閃Ⅲでは音楽家から灰の王で変身させようかと思っていたけどなぁ……





 

 

 

「やっと着いた」

 

 ガイウスと別れ、貴族連合の目を盗んでようやく辿り着いた故郷。

 機能美を追究し、街そのものがラインフォルトの影響を色濃く受ける景観にアリサは帰って来たのだと安堵する。

 

「さてと……あんまり長居はできないのよね」

 

 郷愁をそこそこに切り上げ、コートのフードを被ってアリサは歩き出す。

 トリスタ襲撃からⅦ組は散り散りに逃げることになり、そんな自分達に貴族連合は重要人物と言う事で、保護対象という名目で手配が掛かっている。

 しかしそれも実家に戻れば、貴族側の大義名分は使えなくなる。

 なので人目を憚らず家に帰れるのだが、アリサの意識は仲間たちに向いていた。

 

「ここで車の一台でも確保できたらいいんだけど」

 

 アリサが考えるのは自分をここまで送ってくれた仲間のこと。

 街に入れば、出られなくなることを危惧してガイウスとは街の外で別れた。

 しかし、この道中で彼にかなりの世話になったアリサはこのままで良いとは思っていない。

 ルーレのラインフォルトの下に戻れば安全が得られる。

 しかし、Ⅶ組としてそんな選択肢を選ぶことはできなかった。

 

「あの機甲兵のことも問い質さないといけないしね」

 

 ルーレの門からでも見えるラインフォルトの高層ビル。

 母がどんな思惑であの兵器の開発を認めたのか、特別実習で彼女に切った啖呵のこともありアリサは今のラインフォルトを見極めるためにも踏み出して――

 

「待ってくれっ!」

 

 必死な声が横から掛けられた。

 

「えっ……?」

 

「よかった……間に合った……」

 

 ぜーぜーと運動不足なのだろうか、アリサに駆け寄って来た男は息を絶え絶えにして項垂れる。

 

「オジ様!? どうしてここに!?」

 

 帝都の特別実習から交流ができたルーグマンの登場にアリサは目を丸くする。

 

「ぼ、僕のことはいい……それよりもこれを……っ――」

 

「オジ様!? どこか悪いんですか!?」

 

 ルーグマンはクォーツを差し出そうとして頭を押さえて苦悶の声をもらす。

 そんなルーグマンを案じてアリサは手を伸ばし――

 

「触るなっ!」

 

「っ!?」

 

 拒絶の言葉にアリサは身を竦ませる。

 しかし、ルーグマンは怯えた顔をするアリサに手で顔を隠したまま、優しく語り掛ける。

 

「怒鳴ってすまない。だけど……今は時間がないんだ、アリサ」

 

「オジ……さま……?」

 

 呼び捨てにされたことに違和感を抱かず、アリサは苦しむルーグマンにただ困惑する。

 そんなアリサの様子にルーグマンは優し気な眼差しを向ける。

 

「君の戦術殻、ダインスレイブにこのクォーツをインストールするんだ……

 詳しい機能を説明している暇はないが、それは君達を守るためのプログラムだ。どうか信じて欲しい」

 

 懇願する今のルーグマンと、度々連絡をしていたルーグマンとの印象がずれてアリサは戸惑う。

 しかし、心の何処かで自然と彼の言葉を無条件でアリサは受け入れていた。

 

「いいかい、僕がここから去った後……すぐにだ……すぐにそのプログラムを――ぐっ……」

 

「オジ様っ!?」

 

 一際大きく苦しみ出したルーグマンに先程の拒絶を忘れてアリサは手を伸ばす。

 だが、ルーグマンが後退ったことでアリサの手は空を切った。

 

「すまないアリサ……もう限界のようだ……」

 

 じりじりと後退りながらルーグマンは酷く後悔した眼差しをアリサに向ける。

 

「こんなことしかできない僕を恨んでくれ!」

 

「オジ様っ!」

 

 止める間もなく、ルーグマンはアリサに背中を向けて駆け出した。

 遠ざかって行く背中にアリサはただ手を伸ばす。

 何が起きていたのか、アリサには何も分からない。

 ただ押し付けられるように渡されたクォーツが――これまで幾度となく通信で交わした言葉以上に今のやり取りにアリサは胸が熱くなっているのを感じていた。

 

「何なのよ……?」

 

 何一つ理解できなかった。

 用途不明のクォーツ――プログラムを精査せずにダインスレイブに組み込むことはその戦術殻をくれた本人だったとしても技術屋の娘であるアリサには抵抗のあることだった。

 しかし、それでも今の彼の言葉には無条件で信じて良いと思える何かをアリサは感じた。

 故に、アリサは己の武具である戦術殻を呼ぶ――

 

「ダイン――」

 

「おや、そこにいるのはもしかしてアリサ君かな?」

 

「っ――」

 

 召喚を中断し、聞こえて来た声にアリサは身構える。

 

「おお!? そう警戒しないでくれたまえ」

 

 アリサの警戒態勢におかしなくらいにその男は狼狽える。

 

「ハイデル伯爵?」

 

「トリスタが賊軍に襲われたと聞いたが無事で何よりだ」

 

「っ――」

 

 白々しい言葉にアリサは怒鳴ろうとした言葉を必死の思いで呑み込む。

 

「もしかして君は一人でルーレまで辿り着いたと言うのかい? 流石イリーナ会長の御息女と言ったところかな?」

 

「…………申し訳ありません。ハイデル伯爵。母に無事な姿を一刻も早く見せたいので失礼します」

 

 ハイデル・ログナーはラインフォルト社の第一製作所を束ねる取締役。

 厳密には貴族連合ではないのかもしれないが、通報されれば厄介だとアリサは会話を切り上げる。

 

「ああ、そうだね。引き留めてしまって申し訳ない」

 

 ハイデルも特にアリサを引き留めようとはせず、その言葉を受け入れる。

 彼が自分を捕まえようとしないことにアリサは安堵の息を吐き――

 

「イリーナ会長のところに行くのなら、すまないがこれを会長に渡してもらえるかな?」

 

 そう言ってハイデルは抱えていた箱をアリサに差し出した。

 

「これは……?」

 

 持てない程ではないが、ずしりと重い箱の中身をアリサは尋ねる。

 

「機甲兵に関する重要な部品でね。イリーナ会長に提出を求められていたものだよ」

 

「機甲兵の……」

 

 事も無げに言うハイデルに、アリサは彼に機甲兵のことを問い質すべきか迷う。

 

「私も忙しい身でね。ではアリサ君、よろしく頼むよ」

 

「あ……」

 

 止める間もなくハイデルは踵を返し、駐車してあったリムジンに乗り込むとアリサが止める間もなく発進してしまった。

 

「…………はあ……」

 

 ルーグマンと言い、ハイデルと言い、こちらの意志を無視して勝手に押し付けて行ってしまった大人たちにアリサはため息を吐く。

 

「だけど、これは渡りに船かも」

 

 ハイデル伯爵からの提出物。

 アリサ個人で面会を申し込んでも無視される様が簡単に想像できるが、荷物を届けるという口実があるなら最低でも顔を合わせることができるだろう。

 

「よし……」

 

 アリサは気持ちを切り替えて歩き出す。

 その手には箱と一緒にクォーツも握られていたが、後で良いかとアリサは考えてしまう。

 

 その選択を後悔することを彼女はまだ知らなかった。

 

 

 

 

 

 

「ふ……無駄な足掻きを……だが存分に諍えば良い……

 その諍いが徒労となる絶望、それが貴様を殺す毒なのだから……フフフ……ハハハハハ……」

 

 

 

 

 

 黒銀の鋼都市ルーレ。

 帝国北部ノルティア州の州都であり、四大名門のログナー家が治める都市。

 大陸最大の重工業メーカー、ラインフォルト社を中心に据えた重厚かつ機能美が溢れた建築物に溢れた街は異様な静けさが満ちていた。

 

「……簡単に街に入れたのは良いんだけど」

 

「何か、きな臭いねえ」

 

 本来なら門の前に門番として領邦軍の兵士が駐在しているはずなのに、誰もいなかったことにクリスとシャーリィは警戒心を高める。

 

「あら? 騒ぎを起こさずに街に入れたんですから良いじゃないですか」

 

「まあ……そうなんだけど」

 

 楽観的にこの状況を見ているアルフィンにクリスは歯切れの悪い言葉を返す。

 何故か貴族連合の戦力配置図を持っていた《C》のおかげでノルティア州に飛空艇を着地することができ、そこから徒歩でルーレに辿り着き、街の中に入ることもできた。

 全てが順調だが、だからこそ警戒を緩めてはいけないのだがそれを戦士ではないアルフィンに求めるべきではないとクリスは呑み込む。

 

「それにしてもルーファスさんは流石としか言えないな……」

 

 改めてクリスはルーレ潜入のメンバーを見回して、彼が用意した変装の服に感嘆する。

 シャーリィはⅦ組の制服ではなく、猟兵としての露出度の高い彼女の普段着だが、アルフィンとエリゼが着ている服はどちらもトールズ士官学院の緑の――平民の制服。

 士官学院の知名度を利用し平民だと第一印象を抱かせる方法としては悪くない。

 

「それにしてもキーアちゃんは大丈夫でしょうか?」

 

「《C》とセリーヌが付いているから大丈夫でしょう。それに今回は下調べですから」

 

 来た道を振り返るエリゼにクリスは安心させるように応える。

 確かに《C》にキーアを任せるのは心配だが、ルーファスが信頼を寄せている部下であるのだからこのタイミングで裏切ることはないだろう。

 

「ガイウスと合流できれば人員の振り分けにも余裕ができるから、今回だけは我慢しましょう」

 

「とりあえずここで話していても目立つだけだから移動しない?

 先に来ているガイウスと合流する? それともアリサが入院しているっていう病院に行く?」

 

「そうだね……まずはガイウスと合流しよう……

 導力メールによればダイニングバー『F』を拠点にしているみたいだから、まずはそこに行こうと思う」

 

「ああ、あそこか」

 

 鉄道憲兵隊の繋がりがありそうだったバーのことを思い出しシャーリィが歩き出す。

 

「ダイニングバーですか?」

 

 その言葉に印象にアルフィンは顔をしかめる。

 

「何やら不埒な響きですね」

 

 アルフィンに同調するようにアルティナがジト目をクリスに向ける。

 

「い、いやバーって言ってもいかがわしいお店じゃなかったよ」

 

「本当かしら?」

 

 アルフィンの咎める様な眼差しにクリスは居たたまれなくなる。

 

「行けば分かるよ」

 

 弁明は無駄だとクリスは諦めて歩き出す。

 立体的な構造が特徴のルーレの街の中で、空中回廊の南側に店を構えるダイニングバー。

 しかし、昼間は営業していないのか扉には準備中の札が掛かっており――

 

「ひゃああああああっ!」

 

 まだ営業していないはずの店から貴族の風貌の男が悲鳴を上げて飛び出した。

 男は脇目も振らず、クリス達の間を掻き分けるように走り去って行く。

 

「…………何あれ?」

 

「さあ?」

 

 クリスとシャーリィが振り返って去って行く男に首を傾げたその瞬間、目的地としていたダイニングバーが爆発した。

 

「え……?」

 

「ひゅうっ!」

 

 呆然と立ち尽くするクリス達に対してシャーリィは口笛を吹いて囃し立てる。

 

「何々!? 随分シャーリィ好みなことやってるじゃない!」

 

 そう叫ぶシャーリィに応えるかのように、黒い煙が昇る店の中から二人の人影が現れる。

 

「このクソメイド! 何とち狂ったことしてるのよっ!」

 

「邪魔ですサラ様、そこを退いてください」

 

 紫電とメイドが空中で剣とナイフをぶつけ合って吠える。

 

「え…………?」

 

 Ⅶ組の担当教官とⅦ組が生活する第三学生寮の寮長の本気の戦いにクリスは目を疑う。

 

「どうしてサラ教官とシャロンさんが戦っているんだ!?」

 

 街の中だと言うのに二人は手加減をする様子もなく、本気で銃を撃ち、鋼の糸を振る。

 弾丸が街を破壊し、鋼の糸がまるで刃物のように街路灯や石畳に爪のような斬痕を走らせる。

 

「アハハッ! 二人とも凄い凄いっ!」

 

「言ってる場合じゃないよシャーリィ!」

 

 殺気を剥き出しにして戦う二人に興奮した声を上げるシャーリィをクリスは窘める。

 

「退いて下さいサラ様! 邪魔をするなら貴女であっても容赦しませんっ!」

 

「上等っ! 二年前の借り! ここで返してやろうじゃないのっ!」

 

 叫びながら二人は跳び上がり、刃を交えながらルーレの家屋を縦横無尽に駆けて行く。

 

「…………いったい何が起きてるんだ?」

 

 取り残されたクリスは呆然と呟く。

 第三学生寮での生活から決して仲が悪いとは思わなかっただけに、今の二人の殺し合いにしか見えない戦闘が信じられなかった。

 

「ゴホ……ゴホ……」

 

 呆然と立ち尽くすクリス達の背後で咳き込む声が聞こえて来る。

 

「しっかりしてください。ここまで来ればもう大丈夫です」

 

 肩を貸したダイニングバーのマスターに青年は声を掛けながら、煙を掻き分けるように外へ出て来る。

 

「ガイウス!?」

 

「――っ……クリスか」

 

 ガイウスはクロスベルから一方的に別れた彼の顔を見て安堵の表情を浮かべる。

 

「今、サラ教官とシャロンさんが凄い勢いで斬り合って、何処かに行っちゃったんだけど何があったんだい!?」

 

「それが……俺にもよく分からないのだが」

 

 どう答えて良いのかとガイウスはマスターを介抱しながら言葉を濁す。

 

「とりあえずサラ教官たちを追い駆けた方が良いんじゃない?」

 

 そう提案するシャーリィにクリスはガイウスを見て悩む。

 

「行ってくれ。俺もマスターを安全な場所に送ったらすぐに行く」

 

「分かった。アルフィン達もそれで良いね?」

 

「え…………ええ……」

 

 二人の殺気にあてられて放心していたアルフィンは何とか返事をする。

 そうしてクリス達は街で本気の戦いを行う二人を追い駆け――目にしたのは鋼の糸で簀巻きにされて逆さ吊りにされたサラの姿だった。

 

 

 

 

 



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18話 RFの娘たち

 

 

 

 

 

「ぐっ――どうして私は……」

 

 ルーレ市の路地裏、女は頭を押さえながら呻く。

 その背後には憲兵隊の諜報員が無様な姿で雁字搦めにされて吊り下がっている。

 彼は鉄道憲兵隊の諜報員。

 サラの邪魔で一度は逃したが、どうにか確保してあらゆる手を使い尋問を行ったが、貴族連合の発表に反してラインフォルト社爆破事件への関与については潔白だった。

 しかし、正規軍はあろうことか新型機甲兵の奪取を計画し、ルーレ市への襲撃を企てていた。

 ラインフォルト社の爆破がその先駆けだとすれば、正規軍への疑いが完全に晴れたわけではない。

 今後のことを考えれば、既に正規軍はラインフォルトを脅かす敵だと女は認識していた。にも関わらず――

 

「どうして私は……殺せないのですか……?」

 

 手の中の刃をかつての頃のように雁字搦めにして動けなくした敵に突き立てるだけの簡単な作業のはずなのに、女は自分でも信じられないことに諜報員を見逃した。

 それも今回だけではない。

 ルーレ市に潜伏していた正規軍、領邦軍問わず怪しい敵、自分を止めようとする敵、全てを女は見逃していた。

 

「っ――」

 

 頭痛に女は頭を押さえる。

 

 ――コロセ、ユルスナ、スベテヲコロシテシマエ……

 

 女の衝動を突き動かそうとする囁きが聞こえて来る。

 それに同調し、それこそが自分の本質だと受け入れようとする自分がいる。

 その衝動を押し留めようとする声が脳裏に蘇る。

 

「イリーナ……様……」

 

 ――むやみやたらに噛みつく狂犬はうちには必要ないわ。ウチのメイドをしている間はもう少しお淑やかになりなさい。娘の教育に悪いわ……

 

「わたしは……わたくしは……」

 

 “クルーガー”なのか“シャロン”なのか。

 虚ろだったはずの心が二つの顔によって軋む。

 ただ一つ、どちらの心も許すなと訴えている。

 計画した者、厳重なセキュリティが掻い潜って社長室へ爆弾を運んだ実行犯。その他の協力者。

 その全てに報いを受けさせなければいけない。

 そして、ラインフォルトを脅かそうとしているのなら外敵も排除しなければいけない。

 それがシャロン・クルーガーが己に課した使命。

 

「…………ふふ、ならば好都合というものですね」

 

 女は顔を上げて笑みを作る。

 犯人はまだ分からない。

 だが、ラインフォルトを襲う敵が来る。

 

「お出迎えの準備をしないといけませんね」

 

 楽しそうに、嬉しそうに、笑いながら彼女の目は虚ろだった。

 

 

 

 

 

 

「母様……」

 

 ルーレの中で一番大きな病院。

 その中でも一番大きな病室と一番良いベッドに寝かされたイリーナの姿は痛々しいものだった。

 治癒術を限界まで行使して何とか一命は取り留めたものの、まだ意識は回復していない。

 そんな想像をしたこともなかった母の姿にアリサは呟く。

 

「どうして……私なんか庇ったりしたのよ?」

 

 その呟きに答えは返って来ない。

 思い出すのは爆発に飲まれる直前の出来事。

 覚えのない荷物を差し出され思案すること数秒。

 イリーナは差し出した小包を乱暴に払い除けるとアリサを抱き締めるようにして伏せた。

 直後に小包は爆発し、アリサが事の顛末を知ったのは数日前に目を覚ましてからだった。

 

「どうして……っ――」

 

 繰り返そうとした言葉をアリサは呑み込む。

 どうしてなど問わなくても分かっている。

 爆弾を払い除けた時の必死な顔。

 庇うために抱き締めてくれた力強さと温もり。

 それこそ言葉よりも雄弁にこれまでイリーナの想いを感じることができた。

 

「違うわよね……」

 

 今自分がすべきことは何なのか、考えてアリサは涙を拭って立ち上がる。

 もしもイリーナが目を覚ましていたらどんな言葉を掛けてくれるか、想像する。

 今まではそこで分からないと思考を停止していたが、今なら言葉とそこに込められた本心まで想像できる気がした。

 

 ――いつまでそうしているつもり? 泣いている暇があったらこの失態を挽回してみなさい……

 

「ええ、イリーナ・ラインフォルトの娘が泣き寝入りなんてするはずないものね」

 

 簡単に想像できてしまった母の言葉にアリサは苦笑を浮かべる。

 

「今度は私が母様を守る。愛しているわ母様……」

 

 それだけを最後に言い残してアリサは病室から出る。

 そして廊下で待っていたクリス達に向き直る。

 

「早速で悪いんだけど、クリス……

 ガレリア要塞でエリオットに使った“霊薬”ってまだあったりする?」

 

 既にガイウスからクリスの生存を聞かされていたアリサは再会の挨拶を後回しにして尋ねる。

 

「え……? ああ、一応あれから補充はもらったけど、今は手元にないよ」

 

 トリスタの襲撃が突発的だったこともあり、補充された“霊薬”を学生寮の部屋に置きっぱなしにしていたことをクリスは思い出す。

 

「今は……と言う事はトリスタにあるのね? なら、取引をしましょうクリス」

 

「取引?」

 

「ええ、私は母様のためにその“霊薬”が欲しい……

 それから今後のラインフォルトを守るために貴方達“皇族”の後ろ盾が必要だと考えているわ」

 

「それは……」

 

「今、ラインフォルトは微妙な立ち位置にいるわ……

 貴族連合が勝てば、母様の意識がないことを良いことにハイデル卿が会社を牛耳るでしょうね……

 かと言って革新派が勝てば、機甲兵開発に協力していたラインフォルトは政府に接収される可能性だってあるわ」

 

 冷静に内戦が終わった後のことをアリサは語る。

 

「だからラインフォルトを守るために“功績”が欲しいの……

 それと合わせてさっき言った“霊薬”。この二つのために私は貴方に協力するわ」

 

 Ⅶ組の仲間としての情ではなく、アリサ・ラインフォルト個人として内戦に関わる意志を示す。

 その要求にクリスは答えあぐねてガイウスに振り返る。

 “霊薬”の存在をここまで忘れていたが、彼の父の負傷のことも考えれば素直に頷くことはできない。

 だがその心情を察してくれたのか、ガイウスは何も言わずに首を横に振る。

 

「……アリサはそれで良いの?」

 

「言ったでしょ。ラインフォルトは日和見をしていられないって」

 

 内戦が終わった後の展望を語るアリサの主張はクリスにとって、悪くない条件だった。

 元々、何も差し出せるものがない身のクリスにとっては協力してくれる条件を提示してくれた方がありがたいくらいだ。

 シャーリィは帝国政府との契約の延長。

 ガイウスにしても、ゼクス中将に家族の保護と援助を報酬として契約が交わされている。

 

「それでも僕にできることは口利きすることしかできないし、“霊薬”だって今どうなってるか分からないよ?」

 

 皇族の発言力が弱いこと、“霊薬”に関しても学生寮の自分の部屋がどう扱われているのか分からない以上、確約はできないとクリスは言葉を返す。

 

「それで構わないわ。後で契約書を作っておきましょう」

 

「…………えっとアリサ……?」

 

 淡々と告げるアリサにクリスは戸惑う。

 

「ん? どうかした?」

 

 いつもの調子で首を傾げるアリサのギャップにクリスはやはり違和感を覚えて指摘する。

 

「今のアリサは何だかイリーナさんみたいだね」

 

「え……?」

 

 クリスの一言にアリサは目を丸くし、一連の会話を思い出して微笑みを浮かべる。

 

「ふふ、ありがと」

 

 イリーナに似ていると言われて悪くない気になっている自分にアリサは驚きながらも受け入れる。

 

「ところでもう一つ良いかしら? シャロンの事なんだけど――」

 

「その前にこっちからも一つ良い?」

 

 アリサの言葉をシャーリィが遮って一つの疑問をぶつける。

 

「報酬の内容は良いんだけどさ、今のアリサは何処まで役に立つの?」

 

「それは……」

 

「聞いた話だとアリサだって爆心地の中心にいたんでしょ? 怪我人を連れて行ける程、こっちには余裕はないんだよね」

 

「っ――だったらどうやって証明すれば良いのかしら?」

 

 喧嘩腰にアリサはシャーリィに向き直る。

 

「ふふ……」

 

 シャーリィは不敵な笑みを浮かべ、“テスタ=ロッサ”が収められたケースを落とす。

 

「っ――」

 

 ケースが落ちた重い音と衝撃にアリサは身を竦ませ――その隙にシャーリィはその背後に回り込み、羽交い締めにするようにアリサの胸を鷲掴みにした。

 

「ちょ!? 何するのよ!?」

 

「ふふん! シャーリィを振り解けたら最低限の力はあるって認めて上げるよ」

 

 そう言いながらシャーリィは鷲掴みにしたアリサの胸を揉みしだき始める。

 

「ちょ――やめ……あ……」

 

「おお! 委員長には劣るけどラウラよりも良い!」

 

 彼女を守るメイドがいないことを良いことにシャーリィはここぞとばかりにアリサの胸を堪能する。

 

「あらあら」

 

「シャ、シャーリィさん、アリサさんは怪我人ですから、その……」

 

 アルフィンはその光景に傍観を決め込み、エリゼはどうやって仲裁しようかと迷う。

 

「不埒ですね」

 

 そしてアルティナは軽蔑の眼差しをシャーリィに送る。

 

「…………凄いね。このタイミングでもシャーリィはブレてない」

 

「ああ、だが……その……」

 

 回れ右をしたクリスとガイウスは背中から聞こえて来るアリサの嬌声に居たたまれなくなる。

 

「あ! そこはダメ――いい加減にしなさいっ!」

 

 そしてアリサの怒りの拳骨がシャーリィに降り注ぎ――窓の外、ルーレの象徴とも言える巨大な導力ジェネレーターが爆発した。

 

 

 

 

 

「それに嘘偽りはありませんね?」

 

 ラインフォルトの工場にて、女は生け捕りにした正規軍の部隊長を締め上げていた。

 

「ほ、本当だ! 私が直接見たわけではないが……部下がハイデル・ログナーがアリサ・ラインフォルトに怪しい荷物を渡しているところを目撃している」

 

 自分の命、そして部下の命を惜しんで部隊長は女の問いに知っている事を答える。

 もっとも部隊長からすれば隠すような事柄ではない。

 

「そう……ですか……よりにもよってアリサお嬢様を利用したと……」

 

「ご、誤解は解けたようだな。どうだ? 君も貴族連合のやり方に怒りを感じているのなら我々に協力して――」

 

「お黙りなさい」

 

「がっ――」

 

 女は首を掴んでいた手に力を込める。

 女の細腕一本で持ち上げられた男は握り潰すような圧力に声にならない悲鳴を上げる。

 

「例え貴方達がラインフォルト家を爆破した犯人ではなかったとしても、ラインフォルト社に弓を引いた愚か者であることには変わりありません」

 

 感情の乏しい虚ろな言葉にも関わらず、そこに宿る憤怒の激情の矛先は暴挙を自分達の利のために見逃した者へ向けられる。

 

「せいぜい自分の罪を悔い改めて――ぐっ――」

 

 ナイフを振り被り、女はそこで頭を押さえて苦しみ出す。

 二つの囁きが再び女を揺らす。

 

「こいつらは…………殺して良い……はずなのにっ!」

 

 技を錆び付かせたわけではないと言うのに、何度も経験したはずの一線を超えること躊躇っている自分に女は困惑する。

 

「わたしは……わたくしは……」

 

 よろめき、蜘蛛の巣に捕らえた正規軍達を放置して女は歩き出す。

 頭を押さえて右に左と揺れながら歩くその姿は病人の動き。

 しかし、歩みを進める度にそのブレは少しずつ納まっていく。

 

「ふふ……うふふふ……」

 

 顔を上げ、シャロン・クルーガーは憂いが解消したと言わんばかりの微笑みを浮かべる。

 

「ハイデル・ログナー。彼は殺しても良い人間でしたね」

 

 “クルーガー”も“シャロン”も満場一致で“コロシテ”しまえと囁いている。

 

「ふふふ……あはははは……」

 

 狂ったように笑いながら、シャロン・クルーガーは貴族街へと足を向ける。

 その足取りは軽やかだった。

 

 

 

 

 



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19話 絡み合う糸

 

 

 

 

 ルーレにおいて、最も目立ち高い建築物と言えばラインフォルト社である。

 対して、最も歴史が深く広い建築物と言えば、ログナー家の侯爵邸が上げられる。

 その侯爵邸はその長い歴史に終止符を打つかのように紅蓮の炎に包まれていた。

 

「っ――」

 

 目の前で焔が弾け、張り巡らせた鋼の糸が身代わりとなって焼け落ち、女はその場に膝を着く。

 

「やれやれ……ようやく止まってくれた」

 

 嘆息するのは独特な雰囲気を持つ少年。

 

「……ほとんどテメエは何もしてねえだろうが」

 

 そしてそんな少年を気だるい、そして不愉快な眼差しでマクバーンは睨む。

 

「アハハ……それは言わないお約束だよ」

 

 マクバーンの不機嫌な言葉に軽薄なノリで笑いを返したカンパネルラは自分を睨む女に向き直る。

 

「フフ、クルーガー。怖い顔をしないでおくれよ」

 

「っ――」

 

「二年ぶりじゃないか。ってシャロンって呼ぶんだっけ?」

 

「うるさい……わたしの邪魔をするなっ!」

 

 親し気な言葉を無視して女は吠える。

 その殺意に満ちた目は二人ではなく、その背後で腰を抜かしているハイデルから一時も離れることはない。

 

「フフ……変わったねぇ、君も……

 《木馬團》から結社入りしたばかりの頃とは大違いだ」

 

「10年くらい前だったか? あのにこりともしなかった小娘がここまで成長するとはな」

 

 感情をむき出しにする女にカンパネルラとマクバーンは感慨に浸る。

 

「とにかく君に好き勝手に暴れられると計画に支障が出るんだよね」

 

 衰えない女の眼光にカンパネルラは肩を竦めると、本題に入る。

 

「いくら執行者に自由の権利が保障されているからって、やり過ぎは良くないってことさ」

 

「うるさい……うるさい……うるさいっ!」

 

 聞き分けのない子供のように女は頭を振り乱す。

 聞く耳を持たない女にカンパネルラは再び嘆息する。

 

「そんなに彼のことを殺したいならさ……実験に協力してよ」

 

 カンパネルラはハイデルに振り返り、悪魔のような微笑みを浮かべる。

 

「ひぃっ!?」

 

 ハイデルは悲鳴を上げて後退ろうとするが、壁に背中をぶつける。

 

「そんな怖がらなくても大丈夫だよ。うまく行けば君も生き延びることができるかもしれないからさ」

 

 そう言うとハイデルの返事を待たずにカンパネルラは指を鳴らす。

 すると彼の目の前に小さな火が空中に灯る。

 

「君はこれからユミルに逃げるんだ」

 

「ユミルに逃げる……」

 

 カンパネルラの言葉をハイデルは虚ろな顔で繰り返す。

 

「そう、それだけで良い。ほら、早く行って」

 

 カンパネルラに促され、ハイデルは朧げな足取りで歩き出す。

 そんな彼をマクバーンは見送り、顔をしかめてカンパネルラを睨む。

 

「おい……」

 

「そんな顔をしないでよ。君だって“彼”には早く戻って来て欲しいんでしょ?

 これはそのための実験なんだから」

 

「ちっ……」

 

 悪びれた様子もなく言ってのけるカンパネルラにマクバーンは舌打ちをしてそれ以上の追及はやめる。

 

「フフ……そういうわけだからシャロン。君も彼を殺すのは少しだけ――」

 

「ああああああっ!」

 

 カンパネルラの言葉を遮る雄叫びを上げ、女は短剣を構えて邪魔者――カンパネルラに突撃する

 

「あ……」

 

 女の短剣がカンパネルラの胸に突き立てられるその瞬間、焔が爆ぜる。

 

「っ――」

 

 女はその衝撃に反対側の壁に叩きつけられて倒れる。

 

「はは、助かったよ」

 

 自分を守ってくれたマクバーンにカンパネルラは礼を言う。

 

「別に助けたつもりはねえよ」

 

 そんな言葉にマクバーンはどうでもいいと言わんばかりのそっぽを向く。

 

「つれないなぁ……

 まあ、そういうわけだから。彼を殺すなら時と場所を考えてってことだよ」

 

 カンパネルラは倒れた女に一方的に言って踵を返す。

 

「それじゃあ行こうか?」

 

 それで仕事は終わったと言わんばかりにカンパネルラはマクバーンに向き直る。

 

「…………良いのか?」

 

 倒れた女を顎で指してマクバーンは尋ねる。

 

「この程度で死ぬならその程度だって事だよ。それに……運が良かったらこの場も生き残れるさ」

 

 カンパネルラは意味深にあらぬ方向を一瞥する。

 

「……ま、どっちでも俺には構わねえがな」

 

 マクバーンもまたカンパネルラの視線の先を一瞥してから肩を竦めると振り返る。

 

「あれ? どうしたの僕や盟主に問い詰めたいことがあったんじゃないの?」

 

「ああ、ちょっと野暮用が出来たからな。それは後回しだ」

 

 そう言って止める間もなく炎の海へとマクバーンは歩き出した。

 

「フフ……つれないなぁ」

 

 そんな彼の背中をカンパネルラは見送り、彼もまた転移の魔法陣を展開してその場から消える。

 そして倒れたままの女の上に、炎によって倒壊した瓦礫が降り注いだ。

 

 

 

 

「こ、これはっ!」

 

 黒竜関から戻ってきたゲルハルト・ログナーは燃え上がる祖先から引き継いできた屋敷を見上げて言葉を失う。

 

「ち、父上……」

 

「おお、無事だったかアンゼリカ」

 

 燃える屋敷の前、逃げ延びた家臣団を纏めていた娘にゲルハルトは安堵する。

 先日、ケルディックから救出され、保護という名目で屋敷に軟禁していただけに火災の報を聞いた時は肝を冷やした。

 

「ちっ……ルーレ市だけに飽き足らず侯爵邸まで手を出すとは」

 

 アンゼリカの報告で幸いなことに家族や屋敷で働いていた使用人に逃げ遅れた者はいないことに安堵する一方で、ゲルハルトはルーレで横行している辻斬りに代々受け継いできた屋敷を燃やされた怒りが湧き上がる。

 

「閣下! どうやら賊はユミルに向かったようです」

 

「何……ユミルだと?」

 

 部下の報告にゲルハルトは眉を顰める。

 ユミルと言えば、ノルディア州を治めているログナー家が主催した社交界に参加しようとしない不届きな貴族。

 何故そうなったか思い出すことはできないが、皇族のお気に入りだからと言って侯爵家を軽んじている態度には決して良い印象を持っていない。

 

「…………ちょうどいい……」

 

 未だに見つかっていないオズボーンの亡骸。そしてそのオズボーンの生家があったユミル。

 内戦が始まっても不干渉を決め込むシュバルツァー家。

 アルバレア公爵からの調査を打診されていたこともあり、ゲルハルトがそれを決断する。

 

「これより賊を追ってユミルへ向かう!

 ラインフォルトにも新型を出させるように言え、組み上がっている分だけで構わん!」

 

 ゲルハルトの指示に部下たちが返事が動き出す。

 それを見送り、ゲルハルトは顔に傷のある大男に振り返る。

 

「貴様にも動いてもらうぞ」

 

「ああ、構わねえぜ」

 

 猟兵は待ちわびたと言わんばかりに獰猛な笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 燃え盛る炎の中からその少女は女を背負い、息も絶え絶えに脱出を果たした。

 

「あ、危なかった……」

 

 エマは物陰に隠れるようにシャロンを下ろして息を吐く。

 アリサが爆弾により負傷したという報を聞いて、あの手この手を使って貴族連合の検問を掻い潜って辿り着いたルーレに辿り着くことができた。

 そこで見掛けたのがシャロンであり、彼女にアリサのことを尋ねようと追い駆けた先に待っていたのは怪物だった。

 

「それにしても……」

 

 魔術があるが故に火はエマにとって脅威ではない。

 しかし、シャロンを倒した二人はエマ一人では手に負える相手ではない最悪な組み合わせだった。

 それもあの二人には気付かれていた様子であり、隠れていたエマは気が気ではなかった。

 

「っ……陽光よ、彼女を癒せ」

 

 思い出して背中を凍らせながら、エマはシャロンに癒しの魔術を施す。

 導力魔法よりも効果が高いそれは火傷を負ったシャロンを癒していく。

 

「さて……これからどうしましょう」

 

 一度の術で治せるだけの応急処置を済ませエマは次の行動を考える。

 いろいろとアリサにはやらかしてしまった借りがあるため、ルーレにやって来たのだが肝心の彼女の居場所が分からない。

 それどころか何故シャロンが侯爵邸を襲撃し、執行者の二人に返り討ちにされたのかさえも分からない。

 分からないことだらけで頭を悩ませるエマはふと、近くに自分の《使い魔》の気配を感じた。

 

「セリーヌの気配……もしかしてルーレに来ているの?」

 

 彼女が無事だったことを改めて実感した安堵にエマは息を吐き、まだ遠いが念話を試みようと意識を集中し――シャロンは音もなく身を起こした。

 

「あらエマ様ではないですか?」

 

「え……?」

 

 満身創痍な状態を一切感じさせず、いつもの第三学生寮の寮長の微笑みを浮かべて話しかけてくる女にエマは思わず震えた。

 

「申し訳ありません、今ゴミ掃除に忙しくて。すぐに済ませるのでお嬢様と一緒にお待ちください」

 

 女はそのまま立ち上がると優雅な動作でエマに一礼する。

 いつものメイドの姿なのだが、何かが致命的に噛み合っていない不気味さにエマは思考が停止する。

 

「では、失礼します」

 

「あ――待ってくださいシャロンさん」

 

 我に返って女を止めようとするが、彼女は一息で家屋の屋根に跳躍してエマの目の前から消えてしまうのだった。

 

 

 

 

 



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20話 虚ろな人形

 

 

 

 

「どうしてこうなった、どうしてこうなった、どうして――」

 

「落ち着いてください。ハイデル殿」

 

 頭を抱えるハイデルをテオは落ち着かせながら、困ったと言わんばかりにルシアと顔を見合わせる。

 

「違うんだ。私が用意したものは……あんなことになるなんて思っていなかったんだ」

 

 誰に向けた言い訳なのか、それでもテオ達の事が目に入っていない様子に一同は途方に暮れる。

 彼の事はルシアと万が一に備えてノーザンブリア兵の一人に任せ、テオとアプリリスは部屋から出てシュバルツァー当主の執務室に移動する。

 

「とりあえずクレドに周辺を探らせていますが、今のところ彼を囮にした襲撃の兆候はありません」

 

 今更ながらハイデルをシュバルツァー邸に連れて来たことをアプリリスは後悔する。

 明らかに厄介ごとの火種。

 とは言え、ノルディア州領主のゲルハルト・ログナーの弟が魔獣の餌になるのを見過ごせばそれはそれで問題になるだろう。

 

「ううむ。いったいルーレで何が起きているのだろうか?」

 

「潜入させていた草からの定時連絡も途切れてしまっています……

 とりあえず碌でもないことが起きているのは間違いないでしょう」

 

「エステル君達からエリゼが無事だったことが知れたのは内戦が始まって唯一の朗報か」

 

 肩を竦め、テオは一ヶ月前にもなる内戦の始まりを思い出す。

 オズボーン宰相狙撃事件が起きたあの日、ユミルもまた貴族連合の襲撃を受けることとなった。

 当日はユミルの地形が味方したこともあってアプリリスが指揮をするノーザンブリア兵のおかげで機甲兵なる最新兵器を退けることはできた。

 二日目は何処からともなく現れた《灰の騎神》と二人の遊撃士の援軍もあり、貴族連合は完全にユミルから撤退した。

 しかし、同時にアプリリスにとって不可解なことがいくつも起こっていた。

 貴族連合を追い払うと逃げるように去って行った《灰の騎神》。

 それに同乗して連れて来られ、残った二人の遊撃士の歯切れの悪い会話。

 そして郷の人間たちを始めに起きた不可解な現象。

 

「君達には世話になってばかりだ。改めて礼を言わせて欲しい」

 

「いえ、相手は違えど私たちがユミルに滞在していたのはこの時のためですから。それに“彼”がしてくれたことを思えば当然の事です」

 

「“彼”か……」

 

 エリゼの他に自分達には養子にした息子がいるとアプリリスは教えてくれた。

 それに実感は湧かないものの、シュバルツァー家を継ぐ男子がいないこと、今は行方が分からないがナユタと言う赤子をシュバルツァー家に迎え入れようとしていること。

 そしてこの家の一室にある誰のか分からない男物の部屋がアプリリスの記憶を裏付けるものとなっていた。

 

「しかし何度聞いても思うのだが、少々話を盛り過ぎではないかな?」

 

「事実です」

 

「私の息子があの《灰の騎神》に乗って帝都に現れた暗黒竜を倒し、ノーザンブリアに再出現した《塩の杭》を調伏し……

 クロスベルでは戦略級爆弾から各国の首脳陣を守り、オルディスでは千を超える魔獣の大暴走を鎮めてみせた」

 

 テオはアプリリスに聞いた“息子”の功績を繰り返して思う。

 

「やはり信じられんな。確かに各地でそう言った事件が起き《灰の騎神》が現れて平定したとは聞いていたが、とても私のような小さな領主の息子で納まっている子供とは思えないな」

 

 しかも、まだ十七になったばかりの士官学院生である“息子”に子供がいる事実がさらにテオを複雑な気持ちにさせる。

 

「それが《騎神》に選ばれた者の力と言う事でしょう……

 あれからノーザンブリアとも連絡を取り、私の親友の一人が“彼”の事を覚えていることが判明しました……

 私と彼女の共通点は塩化病の末期症状を“彼”に救われたこと……

 言ってみれば私たちは一度死を経験している。おそらくそのおかげで“彼”の記憶を消す魔術から逃れられたのだと思います」

 

「そうか……」

 

 誰がどんな思惑で“息子”の存在を消したのかは分からないが、そんな理不尽に諍う事が出来ていない自分に腹が立つ。

 

「しかしいったい誰がこんなことを?」

 

「それは分かりません。今の《灰の騎神》に乗っている誰かに聞けば何か分かるかもしれませんが――」

 

「テオ殿っ!」

 

 突然叩かれた扉の音に二人は会話を切り上げる。

 

「どうした?」

 

「不審な女が山道に入って来たようです。随分殺気立っているようですが」

 

「そうか……やはり来たか」

 

 錯乱状態のハイデルを囮にして、ユミル攻略の足掛かりの作戦。

 内戦の初日以降、穏やかだった日々が終わり本格的に内戦に巻き込まれることになるのかとテオは唸る。

 

「不審者の特徴は?」

 

「……どうやらメイドのようです」

 

「メ、メイド?」

 

「メイドか……」

 

 その報告にテオは困惑で驚き、アプリリスは顔をしかめる。

 メイドと言われて彼女が思い出すのは二年前。

 帝国の遊撃士協会襲撃事件に合わせてノーザンブリアの各地で起きた不審な事件。

 塩化の実験を行っていたアプリリスは首都から離れられなかったので伝聞でしか知らないが、その野生のメイドは結局捕縛することはできなかったと聞いている。

 

「もしもあの時のメイドだと言うなら、警戒が必要だろうな」

 

「ええ、どうやらクレドが見覚えがあると言っていたのでその時のメイドかと思われます」

 

「そうか……ならば私も出よう」

 

「アプリリス君?」

 

「そのメイドも陽動の可能性がある。他の者達は郷の警戒に務めろ。よろしいですねテオ領主?」

 

 指示を出して、最後にテオに確認を求める。

 

「ああ、郷の防衛については君達に一任する。よろしく頼む」

 

 頭を下げるテオを残してアプリリスは外へ出る。

 ふと空を見上げれば、どんよりとした黒い雲が空を覆っている。

 

「……今夜は吹雪きそうだな」

 

 ここよりさらに北に位置するノーザンブリアでは珍しくない曇り空にアプリリスは言い知れない不安を感じ、それを振り払って駆け出す。

 

「――ん?」

 

 しかし、その足を止めアプリリスは空をもう一度見上げる。

 灰色の雲を背に翠の機械人形がユミルの空を横切った。

 

 

 

 

 

 

「――シッ!!」

 

「っ――!」

 

 揃えた双剣の一撃をメイドは短剣で受け止め、大きく弾き飛ばされる。

 

「くっ……」

 

 痺れる腕に女は表情を曇らせる。

 体が重く、うまく動かない。

 それもそのはず、連日連夜にルーレ市を駆け回り、果てには《劫炎》ともやり合ったことで女の身体は肉体的にも精神的にも既に限界を超えていた。

 

「それでも――」

 

「遅せえっ!」

 

 鋼糸は尽きかけ、唯一の武器だった短剣がその手から弾き飛ばされ、途切れることのない連撃がメイド服を赤く染めて行く。

 

「どうした、その程度か!?」

 

「っ――がっ!」

 

 剣を躱したところで男の蹴りが女を捉える。

 身体の中が軋む音を聞きながら、女は雪の上を転がる。

 

 ――早く起きないと……

 

 しかし、彼女の意思に反して体は膝を着く。

 

「どう……して……」

 

 膝だけではなく全身から力が抜けて行くことに女は顔をしかめる。

 

「クカカ……どうやら限界みたいだな」

 

 クレドは女に剣を突き付ける。

 彼女はノーザンブリアでの戦いの時、サラの側にいた。

 それが何故、殺気立ってユミルに乗り込んで来たのか、問いかけても邪魔としか言い返さない者をユミルに近づけるわけにはいかない。

 

「わたしは……行かないと……」

 

「はっ……テメーの事情なんか知るか」

 

 睨んで来る女の言葉を切って捨てる。

 

「シュバルツァー男爵の意向に背いちまうが……テメーは危険すぎる」

 

 血反吐を吐き、満身創痍でありながらもその目の殺意はまるで衰えない。

 剥き出しの殺意はクレドにとって心地よいもの。

 出来る事なら彼女が万全な時に手合わせを願いたいと思うが、この危険な人間をユミルに入れることを見逃す程、クレドは甘くなかった。

 

「ま、そう言うことだ」

 

 膝を着いて立ち上がろうとする女の前に立ち、クレドは剣を掲げるように構え――

 

「散れやっ!」

 

 躊躇うことなく振り下ろされた刃は――割って入ったブレードに受け止められ甲高い音を立てた。

 

「っ――」

 

 女は自分を庇った誰かの存在に驚くよりも先に、残る全ての力を使って這うように彼、彼女たちの横をすり抜けて駆け出した。

 

「…………オイオイオイ」

 

 足を引き摺って駆けているつもりの女をいつでも追い付けると横目にし、クレドは自分の剣を受け止めた乱入者を睨む。

 

「どういうつもりだ、サラ?」

 

「どうって言われてもね」

 

 サラはクレドの剣をブレードで受け止めたまま器用に肩を竦める。

 

「クレドが何であのクソメイドを殺そうとしていたのかは理解できるけど、アレのことは内の生徒の身内だからこっちに任せてもらえないかしら?」

 

「クカカ……はい、そうですかって引き下がると思ってるのか?」

 

 獰猛な笑みを浮かべるクレドにサラはため息を吐く。

 

「さっきのも含めて、この借りは大きいわよ」

 

 背後にメイドの姿にサラは愚痴を漏らし、クレドの剣を弾く。それを合図に二人の手合わせが始まるのだった。

 二人の戦闘音を背後に女は傷付いた体を引き摺って山道を急ぐ。

 

「待っていてください……イリーナ様、お嬢様……」

 

 既に思考には背後の戦いはない。

 彼女にあるのはユミルに逃げ込んだ怨敵の首を取ること。

 それが肝心な時分に居合わせることができなかった不甲斐ない役立たずのメイドができる唯一の償いだと信じて進む。

 

「ハイデル・ログナー」

 

 その憎き名を女は呟く。

 大切な主人を爆殺しようとしたことだけではない。よりにもよってその実行犯に敬愛を捧げる妹分を利用した。

 

「ハイデル・ログナーッ!」

 

 その名を口にする度に、今にも力を失いそうになる四肢に熱が籠る。

 そこに“虚ろな人形”などと自嘲していた面影はない。

 

「ハイデル・ログナーッ!!」

 

 ただひたすらに前へと突き進む彼女の目の前に、ユミルの門が近付いて来る。

 ここからが本番だと女は意識を研ぎ澄ませていく。

 ハイデルの護衛がいるかもしれない。

 先程の男のようにユミルが保有している私兵が襲って来るかもしれない。

 だが、どれだけの戦力が待っていたとしても必ずハイデル・ログナーの下に辿り着く覚悟で女は――

 

「あ……」

 

 女は――シャロンは待ち構えていた少女に思わず足を止めた。

 

「…………シャロン」

 

 少女――アリサはシャロンの痛々しい姿に顔をしかめた。

 

 

 

 

 

 結社《身喰らう蛇》に所属するエージェント、執行者No.Ⅸ《死線》のクルーガー。

 それがアリサがサラから教えてもらった姉と慕っていた者の裏の顔だった。

 二年前、ノーザンブリアの各地で騒ぎを起こしサラを足止めし、リベールの異変の前準備の計画を成功に導いた知られざる立役者。

 

「二年前か……」

 

 その時期のことを思い出してアリサは沈鬱な気持ちになる。

 あの時は自分もまた誰も祝ってくれない誕生日に衝動的にリベールのツァイスへと家出した。

 あの時のシャロンの里帰りの理由を今になって知ったアリサは複雑な気持ちになる。

 アリサにとってシャロンは優しくも厳しい姉のような存在。

 しかし、サラにとってはラインフォルト家に害がなければ古巣の悪事を手伝うような外道。

 話を聞いた時には信じられなかったが、目の前の血に染まったメイド服を纏う彼女の歪んだ形相を見れば信じずにはいられない。

 

「…………シャロン」

 

「お……嬢様……」

 

 姿と形相とは裏腹に返って来た声が普段と変わらないことにアリサは小さく安堵する。

 

「シャロン、貴女は――」

 

「お嬢様ではありませんか。お茶を御用意しますが、少々お待ちください」

 

「っ――」

 

 顔を自分の血で染めながら出て来た普段と同じ通りの穏やかな口調にアリサは息を呑む。

 そこだけ切り取れば普段通りの彼女なのだが、場所と彼女の姿が今の彼女の異常さを際立たせる。

 

「もうすぐ、もうすぐです。イリーナ様とお嬢様を殺そうとした下手人の首をわたくしが――」

 

「それはこれのこと?」

 

 目を虚ろにするシャロンに対して、アリサは背後に合図を送る。

 

「ひ、ひぃっ!」

 

 情けない悲鳴を上げてシャーリィに首根っこを掴まれてその場に連れて来られたのはシャロンが目の仇にしていたハイデル・ログナーその人だった。

 

「ハイデル・ログナァァァァァッ!!」

 

 何処にそれだけの力が残っていたのか、シャロンは獣のような咆哮を上げ飛び出す。

 

「待ちなさいシャロンッ!」

 

 アリサの制止は間に合わず、一直線にハイデルに突撃したシャロンは――

 

「《ARCUS》駆動――」

 

 横からクリスが電撃の檻が待ち構えていた場所に展開し、シャロンは憎い仇を目の前に導力魔法で拘束される。

 

「ぐっ……がああああっ!」

 

「咆えない咆えない。御主人様が待てって言ってるんだから大人しくしなよ」

 

 まるで狂犬に言い聞かせるようにシャーリィはシャロンの威嚇に物怖じせず応じる。

 隣のハイデルは顔を蒼白にして逃げ出そうとしているが、シャーリィの手はがっちりと彼の後ろ首を掴んでいて逃がす心配はなさそうだった。

 それを確認してアリサはシャロンの前に回り込む。

 

「お嬢様っ! そいつは! そいつはっ!」

 

「ええ……分かっているわ」

 

 激昂するシャロンにアリサは静かに頷く。

 

「私に爆弾を持たせて、母様を殺そうとした――」

 

「ち、違うっ!」

 

 アリサの言葉にハイデルは慌てた素振りで反論する。

 

「私が用意したものはあんなものじゃない! 私もイリーナ会長にあれを渡せと言われただけなんだ!」

 

「それはもう聞いたわ」

 

 ティルフィングを使ってシャロンより先に確保した時に聞いた言い訳を繰り返すハイデル。

 

「なら誰が貴方に爆弾を渡して、母様や私を殺そうとしたのかしら?」

 

「そ、それは……」

 

 アリサの質問にハイデルは口ごもる。

 自分の潔白を証明しなければいけないのに、当時のことが思い出せない。

 イリーナ会長を監禁する計画を立てていたはずなのに、気が付けばこんなことになっていた。

 

「分からない……何も思い出せない……

 だけど本当なのだ! 私ははめられたんだ、信じてくれ!」

 

 白々しいハイデルの態度にシャロンは眦を吊り上げる。

 

「やはり殺すべき――」

 

「弁えなさいシャロン」

 

「っ――」

 

 殺意を漲らせるシャロンの前にアリサは立つ。

 

「今ここでこの人を殺したところで1ミラの価値もないわ……

 むしろここで彼を殺したら、貴族連合に大義名分を与えてそれこそラインフォルトは接収されてしまうわ」

 

「それでもっ! そいつはイリーナ会長を、よりにもよってお嬢様の手で」

 

「まだ母様は生きているわ!」

 

 シャロンの声に負けじとアリサが叫ぶ。

 

「そしてラインフォルト社の利権を欲しがっているのはこのハイデルだけじゃない!」

 

 ハイデルを操っていた黒幕が存在するかもしれない。

 それでなくても、見舞いに来たラインフォルトの各部署の取締役達の顔を思い出しアリサは憤る。

 言葉ではイリーナの無事を喜んでいたが、果たして何処まで本心だったのかアリサには測り切れなかった。

 

「ここでこの人に報復をしたとしても、それでラインフォルトを守れるわけじゃない! だからシャロン。馬鹿なことはやめなさい」

 

「馬鹿なことではありません」

 

 諭すアリサの言葉を女は静かに首を振って否定する。

 

「わたくしは……わたくしが守らなければいけなかった……

 それなのに肝心な時にお側を離れて、お嬢様と会長を危険にさらしてしまった……

 そんな役立たずの至らなかったわたくしでも最後の意地があります」

 

 シャロンは深呼吸をしてハイデルを睨み、アリサに告げる。

 

「それに意味ならあります……

 ラインフォルトに手を出せばどうなるか、その男を見せしめにして思い知らせて差し上げましょう……

 もちろんこの責任がお嬢様達に向かわないように致しますから安心してください」

 

「シャロン……貴女……死ぬつもり?」

 

 言葉の端から彼女の覚悟を読み取ってアリサは顔を険しくして聞き返す。

 

「…………この七年……虚ろな人形でしかないわたくしには勿体ないくらいの幸せな夢でした」

 

 シャロンはアリサに微笑む。

 血に頬を汚していながらも、それはアリサが良く知っている微笑みだった。

 

「お嬢様、イリーナ会長に代わり貴女に会長から頂いた《シャロン》と言う名を返上させていただきます」

 

「シャロンッ!?」

 

「わたくしの銘は“クルーガー”」

 

 アリサの言葉を拒絶するように女は名乗りを上げ、クルーガーは最後の糸を一閃し拘束の導力魔法を吹き飛ばして立ち上がる。

 

「お嬢様……所詮わたくしはこんなことしかできない人形、本当の意味で救いようがない存在なのです」

 

「シャロンッ!」

 

 何度呼んでもその声に彼女は応えない。

 業を煮やしたアリサは背後の仲間達に向かって叫ぶ。

 

「みんなっ! 力を貸して! この分からず屋を止めるために」

 

「もちろんっ! 全力でサポートするよ」

 

 アリサの決意にクリスが応え、それにガイウスとエマが並び、シャーリィはハイデルの首根っこを掴んで下がる。

 そして――

 

「遅いですよお嬢様」

 

「え……?」

 

 一番前にいたアリサが弓を構えるよりも早く、クルーガーは滑り込むように間合いを詰めていた。

 

「あ……」

 

 傷だらけだというのに、護身術を習った時とは比べ物にならない速さにアリサは反応できず、クルーガーの掌打は――割り込んだクリスの魔剣に受け止められた。

 

「シャロンさん! 貴女は本当にそれで良いんですか!?」

 

「所詮は血塗られた道。お嬢様達の礎となれるなら本望です」

 

「だけど……」

 

 近くで見たクルーガーの様相にクリスは思わず言葉を濁す。

 彼女のトレードマークとして見慣れたメイド服は血で染まり、剣で受け止めた掌打も思っていた以上に軽い。

 まさに満身創痍。

 動けているのが不思議な程の重傷と疲労があるのだとクリスは察する。

 

「――っ」

 

 そしてそれを肯定するように、後ろに下がったクルーガーは体を支え切れずに膝を着く。

 

「シャロンさんっ!」

 

 倒れそうになるクルーガーにクリスは思わず手を伸ばし――その手が掴まれた。

 

「え…………?」

 

 クルーガーを受け止めようとしたクリスはその手に引き寄せられ、足が払われる。

 

「なっ!?」

 

 空中で鋼糸に両足を縛られ、クルーガーは無造作に片手でクリスを山道の外へと投げ飛ばす。

 そこは切り立った崖。

 

「シャロンさんっ! 貴女って人は――」

 

 恨み節を残してクリスは重力に従って落ちる。

 

「クリスさん!」

 

「下は川です。クリス様なら死にはしないでしょう」

 

 崖に向けて駆け出そうとエマにクルーガーは呟き、手にした魔剣を乱暴に投擲する。

 

「危ないっ!」

 

 乱回転して飛来する魔剣をガイウスが咄嗟に十字槍で弾き――その槍の刃の根元を掴まれ、ガイウスは次の瞬間地面に叩きつけられていた。

 

「がっ――」

 

「ガイウスさん!」

 

 追撃にクルーガーはガイウスを踏みつけ、その上で拳を握り込む。

 エマは戦術リンクからガイウスの反応が間に合わないと察して、魔導杖を振る。

 しかし光弾を放つも既にそこに彼女はいなかった。

 

「どこに――」

 

 エマは周囲を見渡して彼女の姿を探す。

 その背後にクルーガーは音もなく忍び寄り、静かに両手をエマの首に添える。

 たったそれだけでエマは声を上げる暇もなく崩れ落ちた。

 

「あ……」

 

 気が付けばその場に立っているのはアリサ一人だけだった。

 クルーガーは距離を取って呆れているシャーリィに参戦の気配がないことを確認してアリサに向き直る。

 

「何を驚いていらっしゃるのですか?」

 

「シャロン……」

 

「わたくしが本気を出せば、お嬢様達が敵う道理はありません」

 

「っ――」

 

 満身創痍のクルーガーの指摘にアリサは唇を噛む。

 サラから話には聞いていた。

 執行者とは一国の軍隊を一人で相手取り、蹂躙する達人。

 いくらそんな彼女でも満身創痍の今なら戦術リンクを駆使すれば戦えるとアリサは思っていた自信はあっさりと砕かれた。

 

「さあ、その男を引き渡してください」

 

「っ――近付かないで!」

 

 アリサは今度こそ弓を引いて、矢をクルーガーに突きつける。

 

「それ以上近付いたら射つわよ」

 

 精一杯の威嚇。

 クルーガーはそれに冷ややかな目を向けて――

 

「どうぞ、御自由に」

 

 そう言って一歩進む。

 

「止まりなさい。止まって……お願いだから止まってよシャロンッ!」

 

 一歩、また一歩。

 向けられた矢に物怖じせずに近付いて来るクルーガーにアリサは悲鳴を上げ――矢を放つ。

 

「っ――」

 

「…………え……?」

 

 しかし矢はクルーガーを射抜くことはなかった。

 

「そんな……」

 

「お嬢様程度の力では、わたくしの修羅を止めることはできません」

 

 射られた矢を危なげなく手で掴み、脇に捨てながらクルーガーはアリサの横をすり抜ける。

 

「わたくしを止めたければ、シャーリィ様を使うべきでしたね」

 

「あ……」

 

「お嬢様の敗因は、わたくしをどんな手段を使っても止めると言う覚悟がなかったことです」

 

 囁かれた言葉にアリサはただ立ち尽くすことしかできなかった。

 Ⅶ組で一番強いシャーリィに頼ること、ティルフィングを使わなかったこと。

 きっとシャロンなら自分の話を聞いてくれるはず。

 それがどんなに甘い期待だったのか、アリサは痛い程思い知らされ膝を着く。

 そんな彼女を一瞥し、クルーガーは改めてハイデルを捕まえているシャーリィに向き直る。

 

「改めて言います。彼をこちらに渡してください」

 

「うーん、どうしよっかなー」

 

 言いながらシャーリィは“テスタ=ロッサ”の銃口をクルーガーに向ける。

 先程のアリサの威嚇には怯みもしなかったクルーガーは足を止める。

 

「別にシャーリィはこんなおじさんがどうなっても構わないんだけど――」

 

「なっ!?」

 

 シャーリィの言葉にハイデルは目を剥く。

 

「ま、待ってくれ私はログナー侯爵家のものだぞ! いや、ミラか!? ミラなら後でいくらでも――」

 

「ちょっと黙っててくれないかな?」

 

「ひぃっ!?」

 

 “テスタ=ロッサ”の銃床に小突かれ、ハイデルは無様な悲鳴を上げる。

 

「…………要求は何ですか?」

 

 そんなハイデルを極力見ないようにしてクルーガーは尋ねる。

 いくら手負いでも、足手纏いを守りながら戦う事はシャーリィが得意とするものではない。

 

「要求なんて別にないよ。ただ勝負がついたって判断するのは少し早いんじゃないかな?」

 

「っ――」

 

 咄嗟にクルーガーは身を捩る。

 するとそこに一本のナイフが飛来する。

 掠めたナイフは空中で制止すると、括りつけられた鋼糸によって投擲されたナイフは薙ぎ払われる。

 追撃を跳躍して躱したクルーガーはシャーリィ達から離れてしまったことを歯噛みしながら、予想よりもずっと早く復帰して来た少年に振り返る。

 

「クリス様……

 意外ですね。あれでどうなると思っていませんでしたが、ここまで早く戻って来るとは少々過小評価し過ぎたようですね」

 

 嘆息するクルーガーにクリスは叫ぶように言い返す。

 

「自慢じゃないけど、あそこの崖からは何度も突き飛ばされているんだ」

 

 入学前のユミルでの合宿の際の記憶を思い出しクリスは震える。

 命綱はあったものの、クライミングで失敗して川に落ちたことは一度や二度ではない。

 まさかその時の経験が生かせる時が来るとは思っていなかったが、突き落としたシャーリィに感謝する気にはなれない。

 

「立ってアリサッ!」

 

 トラウマを振り払いクリスは放置されていた魔剣を拾って呼び掛ける。

 

「クリス……でも……」

 

「ラインフォルトを守るって決めたんだろ!? なのにその体たらくは何だ?」

 

 自分に取引を持ち掛けて来た時の強さを忘れてしまったかのようなアリサの姿にクリスは苛立つ。

 

「ラインフォルトを守る?」

 

 そしてクリスの言葉に応えたのはアリサではなくクルーガーだった。

 

「ふふ……」

 

「何がおかしいんですか?」

 

 侮蔑を感じる笑みにクリスは顔をしかめる。

 

「ええ、おかしいですね……

 “ラインフォルトを守る”。身の程を弁えずにそんなことを仰っていたとしたら笑わずにはいられないでしょう」

 

「なっ!? シャロン!?」

 

 無遠慮で見下した言葉にアリサは絶句する。

 

「身の程って……私は本気よ! 倒れた母様に代わって私がラインフォルトを守るって決めて――」

 

「お嬢様にイリーナ会長の代わりが務まるわけありません」

 

「…………え……?」

 

 アリサの決意をクルーガーは容易く切り捨てた。

 

「会長がお嬢様に向けていた愛に気付かず、ハイデル・ログナーのような俗物がいるラインフォルト社で一人で戦っていた会長のことを見向きもしなかったお嬢様がラインフォルトの何を語れるというのですか?」

 

「それは…………」

 

「アリサお嬢様、貴女は会長やわたくしに守られるだけのか弱い存在……

 貴女にはイリーナ会長が持つ先見の明もカリスマも人の上に立つための非情さも何一つない……

 無力で無智で無垢で、世界の穢れを知らないお姫様。それが貴女です」

 

「…………シャロン……」

 

 母が倒れた今、手段こそ違っても頼めば助けてくれると疑っていなかった存在からの言葉にアリサは打ちひしがれる。

 

「アリサお嬢様。貴女と一緒に過ごした時間は幸せでしたが、同時にとても苦しかったです……」

 

「シャロン……何を言っているの?」

 

「明るい光が濃い影を作るように……お嬢様と一緒にいればいるほどわたくしは自分の本性――フランツ様を殺した罪を思い知らされていたのですから」

 

「………………え……?」

 

 クルーガーの言葉を理解できずアリサは間の抜けた言葉を返していた。

 

「貴女はずっとフランツ様を殺したわたくしを姉として慕っていたのですよ、アリサお嬢様」

 

「何を……シャロンが父様を殺した? 馬鹿なこと言わないでよシャロン!」

 

 突然明かされた真実にアリサは混乱する。

 そんな彼女の姿にクルーガーは慈しむ眼差しを送る。

 

「本当に愚かですね……

 親に守ってもらい、ただ与えられるのを待つだけの雛鳥……

 幼稚で稚拙で我儘な貴女の事が――」

 

 言葉の途中、場の空気を読まずにそれは投げ込まれた。

 

「っ――スタングレネードッ!」

 

 シャーリィがいち早く投げ込まれたそれの正体に気付き、警告を飛ばす。

 同時にクルーガーが動き、それに遅れてクリスも動く。

 

「させないっ!」

 

 これ幸いとハイデルに向かって突撃するクルーガー。

 それを阻むためにクリスが追い駆ける。

 アリサは呆然と立ち尽くし――次の瞬間、閃光が爆発して狙撃の銃声がユミルの山に木霊した。

 

 

 

 

 

 



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21話 宿業

 

 

 

 どんよりとした雲の下、銃声の音が山彦となって木霊する。

 

「…………どうして……?」

 

 アリサは銃に撃たれた衝撃を感じて呟いた。

 

「…………どうして……なのでしょうね……」

 

 呆然とした呟きの返事はすぐ傍から。

 

「どうしてわたくしはまた貴女を……」

 

 あの時のように、自分の行動を説明できないクルーガーは困惑しながらも、安堵するようにため息を吐く。

 

「貴女なんて、わたくしにとっては会長から頼まれてお世話をしていたに過ぎないのに……」

 

 あの時の事は今でも昨日のように思い出せる。

 

『ラインフォルトのメイドとして今日からこの子の世話をお願いするわ』

 

 夫を殺したと言った得体の知れない暗殺者に娘を任せるなど、イリーナの正気を疑ったものだ。

 暗殺者として生きてきたクルーガーにとって、メイドと言う仕事も潜入に都合が良いと言うだけで最低限のことしかできなかった。

 

「わたくしにとってお嬢様は……会長の娘に過ぎなかったのに……」

 

 気付けばアリサを狙撃から身を盾にして守っていた自分にクルーガーは苦笑いを浮かべる。

 シャーリィとクリスの攻撃を無視し、刺し違えてもハイデルの首を取るつもりだったのに、

 しかし気付けば、アリサへの狙撃を感知してクルーガーはその身を盾にして彼女を守っていた。

 

「こふっ……」

 

「シャロンッ!」

 

 本気の殺意を向けたはずなのに血を吐く自分を案じてくれるアリサにクルーガーは微笑みを返す。

 

「ああ、良かった……」

 

 ラインフォルト社の時は間が悪く居合わせることができなかったが、今回は間に合った。

 あれだけ執着していたハイデルの首などもうどうでも良い、と思える程の安堵を腕の中のか弱い存在に感じる。

 

「…………指先一つで簡単に摘み取れる命がこんなに愛おしく感じるなんて……」

 

「シャロン……」

 

 その言葉にアリサはようやく自分が知っているシャロンが戻って来てくれたのだと安堵して――

 

「お別れです、アリサお嬢様」

 

 そう言った瞬間、クルーガーはアリサを突き飛ばした。

 

「え……?」

 

 アリサは信じられないと目を大きく見開き、咄嗟に伸ばした手が空を切る。そして――

 

「デストラクトキャノンッ!!」

 

 極大のエネルギーの砲撃がアリサの視界を染めた。

 

「っ――!?」

 

 目の前で爆ぜる閃光の衝撃にアリサは息を呑む。

 そして衝撃波が過ぎ去ったそこには大きく抉れた山道だけが残っていた。

 

「………………うそ……」

 

 そこに姉と慕った女性の姿はない。

 

「うそよ……」

 

 アリサはゆっくりと立ち上がり、クレーターとなった崖にふらふらと歩き出す。

 

「アリサッ!」

 

 そんな放心状態のアリサをクリスが抱きかかえ、駆け抜ける。

 

「ハハハハハハハッ!」

 

 そこにガトリング砲の掃射が癇に障る哄笑と共に降り注ぐ。

 

「調子に乗ってんじゃないよ」

 

 高所から一方的に攻撃して来る男――ヴァルカンにシャーリィが負けじと“テスタ=ロッサ”で応戦する。

 しかし、立地の差によりシャーリィの銃撃は届かない。

 それどころか銃撃の間隙に降って来るグレネードにシャーリィはハイデルの首根っこを掴み、逃げ惑うことを強いられていた。

 

「ちょっとクリス! こいつも引き取ってくれない!」

 

「ひぃいいいいいいいいいっ!」

 

 足手纏いにうんざりだと言わんばかりのシャーリィに、ハイデルは降り注ぐ銃火に悲鳴を上げ続ける。

 

「くそっ!」

 

 自分達にも向けられた砲火の雨にクリスは思わず毒づく。

 高所を取られ、ヴァルカンを含めた四人の機銃掃射による飽和攻撃。

 

「おらおら! ザクソン鉄鉱山の時の威勢はどうした!?」

 

 一方的に攻撃できる有利の中でヴァルカンはシャーリィやクリス達にかつての鬱憤を晴らすようにいきり散らす。

 

「………………ウザいな」

 

「落ち着いてシャーリィッ!」

 

 険吞な光を帯びたシャーリィをクリスは咄嗟に窘める。

 

「でも――あ……」

 

 唇を尖らせて文句を言おうとしたシャーリィの手を振り払い、ハイデルが必死の形相でヴァルカン達の下へと走る。

 

「ま――待ってくれ! 君達は兄上達が雇った部下だろ! 私はゲルハルト・ログナーの弟だ! 君達は私を助けに来てくれたんだろ!?」

 

 その訴えに銃火が一時的に止まる。

 

「ああ、聞いてるぜ」

 

 シャーリィやクリス達に部下の銃口を合わせたまま、ヴァルカンはハイデルに応じる。

 その言葉にハイデルは安堵のため息を吐き――

 

「だったら早く、私を助けて――」

 

 ハイデルの言葉を遮って、一発の銃声が鳴り響く。

 

「…………え……?」

 

 ハイデルは自分を貫いた衝撃に目を丸くし、ゆっくりと視線を下ろす。

 銃弾を受けて血がにじみ出した腹を見て、ようやく激痛を感じてその場に崩れ落ちる。

 

「そんな……どうして……私はログナー家の……」

 

「そのログナー家の御当主様からの伝言だ……

 ログナー家の威光を守るため、ここで死んでくれだとよ」

 

「…………え……?」

 

 ハイデルは意味が分からないと崖の上のヴァルカンを見上げる。

 

「ラインフォルトを乗っ取るためとは言え、その社長を爆破して殺そうとしたのはやり過ぎだったって事だ……

 この件に関してログナー家は関与していない。そうするためにはお前に生きていられると困るんだとさ」

 

「そんな馬鹿な……」

 

「実行犯のお前が消えて、生き残りのラインフォルトの娘の口を封じて、その犯人はルーレを騒がせていた辻斬りに全て罪を負ってもらう。そういうシナリオだ」

 

「なっ!?」

 

 ハイデルへの宣告の隙に岩陰に身を隠したクリスは絶句する。

 

「そんなことのために……」

 

 ラインフォルトの爆破はハイデルの独断だったとしても、その罪を隠蔽するためにシャロンに全ての罪を被せようとしているログナー家のやり方に怒りが込み上げる。

 

「あとはユミル侵攻のための口実だ……

 ログナー当主の弟が非業な死を遂げた事をユミル侵攻の大義名分にして鉄血のクソ野郎の故郷を焼き尽くしてやるんだ」

 

「っ――」

 

 更なる言葉にクリスは言葉を失う。

 ユミルがオズボーン宰相の故郷だったことも驚きだが、勝手な理論武装でユミル襲撃を企てている様はまさにハイデルの兄とも思えてしまう。

 

「これは夢だ……夢に決まっている……」

 

 意識が朦朧としているのか、ハイデルは虚ろな言葉を繰り返す。

 

「“お前もログナー家の者ならば、貴族としての責任を果たせ”だとさ。そう言う事だから死んでくれよ、ハイデル・ログナー」

 

 改めてヴァルカンはガトリング砲をハイデルに向ける。

 

「っ――」

 

 アリサをクレーターの底に置いてクリスは彼女の弓矢を持って駆け出す。

 ハイデルの行いにはクリスも思う事があるが、こんな身勝手な理由の口実に利用されることを見過ごせるわけなどない。

 

「デストラクトキャノンッ!!」

 

「――ジャッジメントアローッ!!」

 

 導力弓の出力を最大にして撃ち出された砲弾を横から射貫く。

 

「ちっ――」

 

 空中で砲弾は爆ぜ、ヴァルカンは怯む。

 そこに崖を駆け登るシャーリィが“テスタ=ロッサ”を唸らせて肉薄し、更に何処からともなくサラとクレドが挟むように高台を陣取っていたヴァルカン達に襲い掛かる。

 

「テスタ=ロッサッ!」

 

「ノーザン・ライトニングッ!」

 

「消し飛びなぁっ!」

 

 チェーンソーとブレイド、そして双剣のそれぞれの必殺が繰り出される。

 

「はっ!」

 

 しかし迫る三つの刃にヴァルカンは不敵な笑みを浮かべると、彼女たちの刃は不可視の結界に弾き飛ばされた。

 

「なっ!?」

 

 弾き飛ばされたシャーリィは猫のように高台の下に着地して歯噛みして驚いた顔を上げる。

 

「あれは!?」

 

「知っているのエマ?」

 

 ヴァルカン達の周囲を守るように浮かんでいる術式の文様にエマが驚きの声を上げる。

 

「実物を見るのは初めてですが、あれは“大地の結界”……

 《空の至宝》の絶対領域に匹敵する《大地の至宝》の防御結界。それがどうして……」

 

「《大地の至宝》……」

 

 エマの解説にクリスは眉を顰める。

 

「ククク……」

 

 そんなエマの驚愕にヴァルカンは気を良くして腕を上げて指を鳴らす。

 その音に反応するように彼の背後の空間が歪み、それは現れる。

 

「あれは……」

 

「黒い機甲兵……」

 

 通常の機甲兵と比べると倍以上の大きさを誇る巨大な機械人形。

 それはかつてトリスタを襲撃した先兵としてⅦ組が戦った機体でもある因縁のある存在だった。

 

「こいつに組み込まれている《大地のオーブ》の力は大したものでな……

 リアクティブアーマー以上の最硬絶対防御の盾を俺にくれたわけだ」

 

「それがお前の余裕の正体か……」

 

 高台を取った時から反撃への警戒心が低かった理由にクリスは歯噛みする。

 

「――ダインスレイヴッ!!」

 

「アリサ!?」

 

 突然背後から上がった声にクリスは驚いて振り返る。

 

「お前がシャロンを! お前達が母様をっ! お前達みんな、殺してやるっ!」

 

「まずい」

 

 巨大な機械仕掛けの弩弓を構えるアリサに危機感を覚えたクリスは再び駆け出し、倒れて蹲るハイデルを確保する。

 

「アアアアアアアアアアアッ!」

 

 悲鳴のような雄叫びを上げ、アリサは鉄の矢を撃つ。

 

「無駄だ」

 

 音速を超える鉄の弾丸を前にしてもヴァルカンは動揺することなく、黒い陣が彼を中心に再び展開される。

 結果は先程の三人と同じ。

 しかし弾き飛ばされるはずだった鉄の矢はその破壊力によって結界の衝突の衝撃に砕け散る。

 

「ククク、良い顔をするじゃないか」

 

 鬼のような形相のアリサの神経を逆なでるようにヴァルカンは笑い、光に包まれる。

 まるで起動者が騎神に搭乗するようにヴァルカンは《黒のゴライアス》に乗り込むと、その手に部下たちを乗せる。

 

「最低限の仕事は果たした。後はログナー侯に任せるとするか」

 

「待ちなさいっ!」

 

 アリサ達の事など歯牙にも掛けず、踵を返すゴライアスにアリサは眦を上げて叫ぶ。

 

「ティルフィングGッ!!」

 

『はーいっ!』

 

 場違いな女の子の声で戦術殻がアリサに応えて彼女の背後に現れ、胸の装甲を開いて匣を出す。

 次の瞬間、匣から光が溢れ戦術殻は“機神ティルフィング”へと姿を変えてアリサを取り込む。

 

「待ってアリサッ!」

 

 クリスの制止の言葉を無視し、翠は空へと飛翔する。

 

「――逃がさない」

 

 空を飛べば麓へと降りて行く巨大な機甲兵はすぐに見つけることができた。

 《翠》の装備の長距離ライフルを構え、照準を《黒のゴライアス》の背中に狙いを付ける。

 

「――っ」

 

 殺意を込めて引き金を引くも、撃ち出された銃弾は先程の矢と同じように黒い結界陣によって弾き飛ばされる。

 

「――っ」

 

 その結果にアリサは苛立ちを抑え切れず、次の弾丸の引き金を引こうとしてそれを見た。

 

「あれは……」

 

 それは《黒のゴライアス》が向かっている先。

 ユミルの山道の下の麓に展開している領邦軍の大部隊。

 それがユミル襲撃のために貴族連合が用意したものであり、最大望遠をしたモニターの中でヘクトルの肩に乗っているゲルハルト・ログナーを見つける。

 

「あなたがっ!」

 

 シャロンや自分、ついでにハイデルを殺すことを指示した男の顔にアリサは叫ぶ。

 まだライフルの有効射程範囲外だと言う事も忘れ、《翠》はゲルハルトにその銃口を向ける。

 《黒のゴライアス》が引き連れて飛んで来る《翠の機神》を見据え、ゲルハルトは左右に整列している機甲兵の横隊に指示を出す。

 

「ダインスレイヴ部隊、構えっ!」

 

 ゲルハルトの号令に機甲兵たちは一斉に足からアンカーを地面に突き立てて機体を固定する。

 そして構えるのは機械仕掛けの巨大な弩。

 

「――撃てっ!」

 

 そして破壊が降り注いだ。

 

 

 

 



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22話 燃える怒り




 黎の軌跡、発売おめでとう。




 

 

 

「うぐっ……」

 

 呼び出した《テスタ=ロッサ》に乗り込んだ瞬間、クリスは突如として込み上げて来た破壊衝動に吐き気を感じた。

 

「何だこれ……」

 

 一人でヴァルカンを追い駆けて行ってしまったアリサを追い駆けようと騎神に乗り込んだが、自分の意志とは関係なく《魔王》へ変形しようとする《テスタ=ロッサ》をクリスは必死に抑え込む。

 

 ――コロセ――コロセ――全テヲ滅ボセッ!

 

 聞こえてくる幻聴。

 その声はクリスの衝動を煽り、染めて行く。

 

「鎮まれ……君達の無念は分かっている」

 

 声に共感しようとしている自分の衝動をクリスは歯を食いしばって耐える。

 しかし、耐えたところで思考を蝕む衝動は大きくなるばかり。

 《テスタ=ロッサ》の中の怨念と戦術リンクを通して伝わって来るアリサの憎悪が共鳴するように互いを煽り、クリスを塗り潰して行く。

 

「があああああああああっ!」

 

 それに諍おうとしたクリスの思念が《テスタ=ロッサ》が暴れ出す。

 

「ちょっと何してるのよ!?」

 

 同乗したセリーヌがクリスの突然の絶叫に驚く。

 

『オオオオオオオオオオオオオッ!』

 

 敵を求める《テスタ=ロッサ》とそれを押し留めようとするクリス。

 二人の意志が鬩ぎ合い、《テスタ=ロッサ》はデタラメに暴れ出す。

 手頃な崖を殴りつけ、地面を踏み砕き、その度に雪が舞い上がる。

 

「クリスさん……セリーヌ何があったの!?」

 

 騎神の外から、突然の《テスタ=ロッサ》の凶行から離れてエマが尋ねる。

 

「分かんないわよ。いきなり正気を失って暴れ出して――にゃあっ!?」

 

 デタラメに暴れ回る《テスタ=ロッサ》の中でセリーヌは操縦席の脇から転げ落ちそうになる。

 そんなセリーヌの言葉にエマは一つの可能性を考える。

 

「まさか“暗黒竜”の呪いが再発したの?」

 

 “長き封印によって“呪い”は鎮静化”したと言っても今は内戦によって帝国の各地の霊場は乱れている。

 それに触発された可能性は大いにある。

 

「セリーヌッ!」

 

「分かってるっ! こっちを向きなさいっ!」

 

 エマの呼び掛けにセリーヌはクリスの前に回り込む。

 

「落ち着きなさいっ!」

 

 外の景色を投影しているモニターを足場にしてセリーヌはクリスと目を合わせ、それを起点にしてエマが精神を鎮静化させる魔術を行使して荒ぶったクリスの想念を鎮める。

 

「ぐぅ……ありがとう……助かったよエマ、セリーヌ」

 

 暴れていた《テスタ=ロッサ》はそれで大人しくなり、その場に片膝を着く。

 

「それは良いわよ。それより何で暴れ出したりしたのよ? クロスベルで動かした時はこんな事にならなかったわよね?」

 

「たぶん……帝国だから、それも近くに貴族連合がいるからだと思う……」

 

 荒くなった呼吸を整えながら、クリスは自分を塗り潰そうとしたものの正体を口にする。

 《テスタ=ロッサ》の中に感じたのは数多の憎悪。

 ケルディックで犠牲になった民の魂を喰らってそれまでの損傷を修復した代償に《鬼の力》のような衝動が《テスタ=ロッサ》の中に生まれていた。

 それが《エンド・オブ・ヴァーミリオン》を呼び覚まそうとしていた。

 

「なっ!?」

 

「クリスさん、すぐに《テスタ=ロッサ》から降りてくださいっ!」

 

 《緋》の暴走の危険を聞かされたエマはすぐにクリスに騎神から降りろと叫ぶ。

 しかし、《緋》は首を横に振った。

 

「それはできない……」

 

「クリスさん!? 今の《テスタ=ロッサ》は危険なんですよ!!」

 

「分かってる。だけど飛び出して行ってしまったアリサに追い付くためにも、ここで《テスタ=ロッサ》から降りるわけにはいかない」

 

 猟兵が一当てして早々に撤退をする。

 十中八九、それは釣りと言う戦法であり、アリサが向かった先には罠が待ち構えているだろう。

 そして待ち構えている罠もおそらく機甲兵が配備されているだろう。

 

「ヴァルカンの話を聞く限り、貴族連合はハイデルの犯行を隠すために確実にアリサを始末したいと思っている……

 このまま貴族連合にアリサが捕まったら何をされるか分かったものじゃない! とにかくアリサを連れ戻して来る!」

 

「クリスさん……でも……」

 

 アリサと《テスタ=ロッサ》を天秤に掛けてエマは迷い、セリーヌはため息を吐く。

 

「仕方ないわね。五分で済ませなさい」

 

「セリーヌ!?」

 

 使い魔の妥協にエマは驚く。

 

「こうなったコイツは梃子でも動かないわよ。ただしそれ以上は私たちも《テスタ=ロッサ》を抑え込める保障はできないわよ」

 

「ありがとう、セリーヌ」

 

 やれやれと嘆くセリーヌにクリスが礼を言う。

 

「むぅ……」

 

 通じ合っている二人の声にエマは唸る。

 自分の知らない一ヶ月の間で随分と距離を縮めた様子のクリスとセリーヌに感じる嫉妬が果たしてどちらに対してのものなのか、エマは悩む。

 

「とにかく僕達はアリサを追う。エマ達はそこで死に掛けているハイデルとシャロンさんの捜索をお願い」

 

 そう言ってクリスは《テスタ=ロッサ》を大きく跳躍させる。

 

「クリスさんっ!」

 

 呼び止める間もなく文字通り飛んで行ってしまった《テスタ=ロッサ》にエマは手を伸ばし、肩を落とす。

 

「ここに《ティルフィング》があれば……」

 

 “魔女”なのに騎神の戦いについて行くことさえできない無力な自分にエマは悔しさを感じずにはいられなかった。

 

 

 

 

 出遅れてしまった《緋》はユミルの空に高く飛翔して周囲を見下ろす。

 

「これは……」

 

 場違いながら、眼下に広がる光景にクリスは言葉を失う。

 風光明媚なユミルの山脈。

 クリスが訓練で駆け回った山は雪に覆われ、どんよりとした天気でありながらも一面の銀世界はまさに絶景だった。

 飛行艇の航路になっていない、そしておそらく“彼”も見たことがないだろうユミルの空からの景色にクリスは感動を覚える。

 

「ちょっと――」

 

「分かってる」

 

 急かすセリーヌの言葉にクリスは頷く。

 湧き上がる衝動は一時的に鎮静化しても、タイムリミットは五分しかない。

 一秒でも無駄にできない状況にクリスは意識を切り替えて、先行しているはずの《翠の機神》と《黒の機甲兵》の姿を探す。

 

「――――見つけた」

 

 先行する《黒のゴライアス》はスノーボードコースを踏み荒らして麓へと滑走し、《翠のティルフィング》はその背に何度もライフルで射撃している。

 だが、《黒のゴライアス》の絶対防御障壁に阻まれ弾丸は全て防がれていた。

 

「まずいわよ」

 

「分かってる!」

 

 セリーヌの叫びにクリスもまた叫び返す。

 《黒のゴライアス》の進路の先、麓の平原には十数機の機甲兵が弓のような兵器を構えて待ち構えていた。

 

「アリサッ! 狙われている! すぐに逃げて――」

 

 戦術リンクを繋いでクリスが叫ぶ。しかし、それは遅かった。

 遠目に見える機甲兵たちの弓がマズルフラッシュのように一瞬だけ瞬き、次の瞬間山が爆発した。

 

「なっ――!?」

 

「にゃ!?」

 

 遅れて《緋》を叩く衝撃波と凄まじい轟音。

 そして爆発によって巻き上げられた土と雪が空高く飛翔していた《緋》に降り注ぐ。

 

「堕ちてる! 堕ちてるわよっ!」

 

「分かってる! 立て直せ《テスタ=ロッサ》!」

 

 機甲兵の攻撃だろうか。

 その射線外、それもだいぶ距離があったはずなのに余波だけで前後不覚になる程の衝撃を受け、《緋》は必死に姿勢制御を行って墜落を免れる。

 

「いったい何が……」

 

 大地に着地して周囲を見回してみても巻き上がった土煙で何も見えない。

 

「何だったのよさっきのは?」

 

「分からない。貴族連合の機甲兵用の武器かもしれないけど、戦艦の導力砲でもこれだけの破壊力はないはずだけど……」

 

 クリスとセリーヌはひたすらに困惑する。

 しかし、分からないものを考えても仕方がないとクリスはすぐに切り替える。

 

「アリサ、無事かい? アリサ?」

 

 《ARCUS》に向かって呼び掛ける。

 通信に返事はなく、戦術リンクのラインも繋ぎ直すことができない。

 今の攻撃で撃墜されてしまったのか。

 仮に当たっていなかったとしても《緋》と違って射線上、そして爆心地に近かった《翠》は果たして無事なのかクリスは思わず最悪なことを思い浮かべ――

 

「見つけたぜ。皇子様よっ!」

 

 土煙を引き裂き、横手から巨大な機械の拳が《緋》を殴りつけた。

 

「ぐっ!?」

 

 《黒のゴライアス》の一撃に《緋》はたたらを踏んで向き直る。

 

「《V》……ヴァルカンか」

 

「ククク、釣れたのはラインフォルトの娘だけだと思ったが、お前さんも来てくれて安心したぜ」

 

 聞こえて来た品のない声にクリスは眉を顰める。

 

「ラインフォルトの娘……アリサはどうした!?」

 

「さあな? ダインスレイヴを喰らったんだ。運が良ければ死体も残っているだろうよ」

 

「――っ……ダインスレイヴだって……」

 

 ヴァルカンの口から出て来た兵器の名にクリスは絶句する。

 その名はアリサの戦術殻の名前であり、導力魔法で鉄杭を撃ち出す質量攻撃。

 その破壊力は大型手配魔獣を一撃で粉砕させる程の威力があり、それが機甲兵のサイズとして使われたのならこの惨状に納得できる。

 

「安心しろ。お前はゲルハルト侯爵様からその《騎神》と一緒にできるだけ傷付けず確保しろって依頼されているからな」

 

 そう言うヴァルカンの背後、土煙を吹き飛ばして再びダインスレイヴが撃ち出された。

 

「なっ!?」

 

 思わず振り返り、鉄杭はユミルの山の中腹に着弾し巨大な土煙が立ち昇る様をクリスは見せつけられる。

 

「正気か!? あそこには人が住んでいるんだぞ!?」

 

 クリスの位置からでは正確に測れないが、ダインスレイヴの狙いが温泉郷ユミルだったことは明白だった。

 

「はっ! それが何だって言うんだ?

 貴族のくせに貴族連合に協力しない男爵家、他の貴族の見せしめにも丁度いいって話らしいぜ」

 

「なっ……」

 

「ついでにユミルはオズボーンの故郷だ。あのクソ野郎をいぶり出すためなら街の一つや二つは“政治的に止む得ない犠牲”ってやつだ! ハハハッ!」

 

 ヴァルカンの哄笑にクリスは頭の芯が熱くなるのを感じた。

 それに呼応するように“魔女”に鎮めてもらった《テスタ=ロッサ》に宿る怨念もまたざわめき出す。

 

「ちょっと――」

 

「ごめん、セリーヌ」

 

 暴走の兆しにセリーヌがクリスを振り返るが、彼女の思案を無視してクリスは《緋》の手に剣を顕現させる。

 

「ヴァルカン……お前も、貴族連合も狂っている」

 

 オズボーン宰相を襲撃し返り討ちにされ、仲間を家族を皆殺しにされた彼の経歴には自業自得と呆れはしても同情の余地もあった。

 彼らにとってオズボーン宰相が不俱戴天の仇であり、狙撃を成功させても死体の確認するまで安心できないことも理解できる。

 ギリアス・オズボーンは何と言っても“超帝国人”の実父なのだ。

 ならば“超帝国人”らしい劇的な復活を果たしても何の不思議もないと言うのがクリスの見解であり、念には念を押そうとする貴族連合の気持ちもその点では分からないわけではない。

 しかしそれでも人として超えてはいけない一線があるとクリスは考える。

 

「テスタ=ロッサッ!」

 

 《緋》の中の怨念とクリスの意志の方向性が一致する。

 闘争の意志に呼応するように《緋》はその躯体に霊力を漲らせる。

 

「行けっ!」

 

 周囲に剣群を顕現し、そのまま撃ち出す。

 

「はっ! 無駄だっ!」

 

 降り注ぐ剣群はゴライアスの防御結界に弾かれ、お返しとばかりに肩の導力砲を撃ち返される。

 

「っ――」

 

 大地を蹴って《緋》は砲弾を躱し、間合いを詰めて斬りかかる。

 風を宿した鋭い剣戟。

 だが、それもまた結界に受け止められる。

 

「クハハハ! どうしたその程度か!? 《緋の魔王》なんて呼ばれているくせにオルディーネより弱いんじゃねえか!?」

 

 《蒼》ならばできたぞ。

 そう言わんばかりのヴァルカンの言葉にクリスは苛立つ。

 

「今度はこっちの番だ!」

 

 そう言ってゴライアスは拳を振り被る。

 

「――何のつもり――」

 

 明らかに間合いの外からの動作にクリスは警戒心を強める。

 

「ぶっ飛びやがれっ!」

 

「にゃっ!?」

 

 驚きの声は隣のセリーヌが上げる。

 クリスは驚くよりも先に機体を動かして、腕だけが飛んで来た拳を回避する。

 

「拳を飛ばした!? 何てデタラメなっ!?」

 

 ロケット噴射で拳を飛ばして来たゴライアスの武装にクリスは込み上がるものを感じながら、チャンスだと《緋》を走らせる。

 ロケットパンチには意表を突かれたが、片腕を使った攻撃は本体の弱体化を意味する。

 《リヴァルト》から《ブリランテ》に武器を持ち替え、《緋》は渾身の一撃を――

 

「後よっ!」

 

 セリーヌの声にクリスは反射的に応じて機体を無理やり横に倒した。

 次の瞬間、拳の先端をドリルに変えたロケットパンチが《緋》がいた空間を疾走し、空振りながらも本体の右腕として戻る。

 

「ロケットパンチがドリルにっ!?」

 

 正面から意表を突く攻撃の本命は背後からの奇襲。

 良く考えられている武装にクリスは歯噛みする。

 

「ククク、さっきまでの威勢はどうした皇子様よっ!」

 

「うるさい、黙れっ!」

 

 調子を良くしているヴァルカンの囀りにクリスは苛立ちを募らせる。

 

 ――もっと力を――

 

 昏い感情に突き動かされるようにクリスは力を望む。

 それに呼応するように《緋》は機体を震わせ形態を――

 次の瞬間、大地が大きく揺れた。

 

「何だっ!?」

 

 暴風を伴うダインスレイヴの砲撃とは違う、下から突き上げるような大きな震動。

 そしてそれは起こる。

 

「あっ……」

 

 ダインスレイヴが巻き起こした土煙に劣らない激しさで山の頂上が爆発する。

 クリスが目にしたのは鮮やかな色の赤。

 それは例えるなら真っ赤な噴水。

 だが、それは決してそんな生易しいものではなかった。

 

「ユミルの山が噴火した……?」

 

 知識としてはクリスも聞き覚えがある。

 しかし、それを実際に見るのは初めてのことだった。

 山崩れとも雪崩とも違う、山の災厄。

 真っ赤に焼けた“大地の焔”が雨となって戦場に――ユミルに降り注ぐ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 








 天然物の“大地の焔”。鋼の器によく馴染みそうですよね。







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23話 人による天災




黎の軌跡。仕方がないと言えば仕方がないですが、この作品に対して結構ギリギリでアウトなのかセーフなのか判断に困る設定が増えてますね。

とりあえずシズナさん。貴方はまごうことなく姉弟子様です。








 

 

 

 

 山の頂から真っ赤なマグマが吹き上げる空の中、漆黒の飛行艇を操縦するスウィンは顔を引きつらせる。

 

「まじかよ……素人にこんな空を飛ばさせるなよ」

 

「いやー帝国人はやることが派手だねー」

 

 隣のナーディアが緊張感のない感想を漏らすが、その顔は今すぐ帰って寝たいと言っている。

 彼女ではないが、全くの同意だとスウィンはため息を吐く。

 

「申し訳ありません」

 

 そんな二人に艦長席に座ったアルフィンは謝る。

 窓の外には山の頂から吹き上がる真っ赤なマグマ。

 噴火の音は腹の奥に響くように重く、外の危険は飛行艇の中にいても感じられる。

 

「ですが今は皆さんだけが頼りなのです」

 

 頂から溢れたマグマは山道に沿ってゆっくりと下へと流れている。

 それが何を意味しているのか、通信士の席に座っている親友――エリゼを見なくても分かる。

 

「命の危険を伴うことは重々承知しています。ですが、あそこにはエリゼの家族が、たくさんの帝国の民が住んでいるんです。ですから、どうか――」

 

「はいはい、分かってますよー」

 

 深刻なアルフィンの懇願をナーディアが遮る。

 

「報酬に色をつけてくれるって話はついているから皇女様が気にしなくていいさ」

 

「そーそー、もしも皇女様も御礼がしたいって言うならなーちゃんは一度でいいから宮廷料理って言うのを食べてみたいなー」

 

 未曾有の災害を前にスウィンとナーディアは緊張感のない言葉をアルフィンに向ける。

 状況が分かっていないわけではない。

 しかし年下の彼らは気負うことない――軽口さえ言える余裕のある態度にアルフィンは恐怖に震えている自分を恥ずかしく思ってしまう。

 艦長席に座ってなければその場にへたり込んでしまいそうな程に怖い。

 守るべき帝国の民が噴火した山の災厄に呑み込まれようとしているのに人に任せることしかできない自分を不甲斐なく感じてしまう。

 

「落ち着きたまえ、アルフィン殿下」

 

 ナーディアの提案にうまく言葉を返せないでいたアルフィンに、いつの間にかいなくなっていつの間にか現れて自分達をユミルに急行させたワイスマンが言葉を掛ける。

 

「君の役割は先程話した通り、そこから最初に放送でユミルの民に語り掛けることだけ……

 それをしてくれれば後は部屋に閉じこもってくれて構わないのだよ」

 

「っ――」

 

 アルフィンの役割は救助隊としての旗印を示すこと。

 それだけだと満場一致で決められ、その口上も《C》とワイスマンによって台本は瞬く間に作り上げられアルフィンに押し付けられた。

 この大災害に役に立てると主張をアルフィンは自分の無力さを噛み締めながら呑み込んだ。

 キーアが示したマグマがユミルに到着するまで約30分の時間を一秒たりとも無駄にしないため、問答のやり取りすらしている暇はないのだから。

 しかし、呑み込んだはずの言葉をアルフィンはまだ消化し切れずにいた。

 

「…………大丈夫です」

 

 それでもアルフィンはワイスマンの提案に首を振る。

 エリゼのように土地勘があるわけでもなく、アルティナのように戦術殻を使って地震で倒壊した家屋を掘り起こす力もない。

 スウィンやナーディアのように飛行艇を操縦することもできなければ、キーア達のように《騎神》に乗れるわけでもない。

 この局面でアルフィンが感情の赴くままに動くことはただの足手纏いにしかならない。

 それを自覚し、呑み込んだ上で自分がこの席に座っていることの意味をアルフィンは考える。

 

「わたしがこの場にいるだけで避難の目印となり、皆さんを安心させられることができるのなら部屋に閉じこもってなどいられません」

 

「……結構」

 

 アルフィンの答えにワイスマンは満足そうに頷き、外へと目を向ける。

 そこでは甲板から《桃の機甲兵》と《灰の騎神》が空へと飛び立つ準備をしていた。

 

「《C》、キーアさん。御二人とも気を付けて」

 

『ええ、お任せを皇女殿下』

 

『うん……キーアが絶対にみんなを守るから』

 

 通信画面に怪しい仮面とスウィン達よりさらに幼い少女がアルフィンの言葉に応える。

 《桃》と《灰》は飛行艇から飛び立つ。

 

「キーアが護る……あの人の代わりに……絶対に誰も死なせたりしないっ!」

 

 《灰》はその上空に舞い上がり、太刀を翳して温泉郷を覆う結界を作り出す。

 かつてクロスベルを覆った結界。

 規模こそ小さく、維持できる時間も今のキーアではそれ程長くない。

 しかしそれでも降り注ぐ火山岩の雨から郷を守るだけの力はある。

 

「やれやれ、改めての初陣の相手が大自然とは」

 

 何故か飛翔機関を持っている《桃》の操縦者――《C》は愚痴をこぼしながら、機甲兵用の導力ライフルを構えて引き金を引く。

 結界では防ぎきれない大きな火山岩を狙い澄ました一射で撃ち抜いて砕く、もしくは銃撃の衝撃を利用して温泉郷への落下コースから逸らす。

 

「っ――」

 

 砕けた火山岩が眼前を掠めたことに《C》は仮面の下で息を呑む。

 かなりの落下速度と焼けた石は下手な機甲兵の武器よりも破壊力を有しており、それこそ直撃すれば機甲兵を容易く貫くだろう。

 

「当たらなければどうということはあるまい」

 

 そう割り切って《C》は導力ライフルの射撃を続行する。

 

「中々面白いものだ。指揮を任せて全力を尽くすと言う事は……」

 

 《C》は仮面の下で場違いな笑みを作り、自分に与えられた役割を全うする。

 そしてユミルの上空に飛行艇が滞空して、アルフィンは意を決してマイクを取る。

 

「ユミルの皆さん、わたくしはアルフィン・ライゼ・アルノールです」

 

 ユミルの空にアルフィンの声が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………何ていう事を……」

 

 山の噴火、それに伴い流れ出した溶岩と降り注ぐ火山岩の雨をクリスは言葉を失って立ち尽くす。

 

「はっはっはっ! ド派手な花火じゃねえか!」

 

「っ――」

 

 興奮した哄笑にクリスは抑え切れない憤りを感じながら振り返る。

 

「花火だと……お前たちは自分が何をしたのか分かっているのか!?」

 

 この惨状にどこか享楽を感じさせる声にクリスの中の憎悪が膨れ上がる。

 

「それがどうした?」

 

 しかしヴァルカンは少しも悪びれた様子もなく言い返す。

 

「これはお前達、皇族があのクソ野郎を宰相なんかにしたからこうなったんだ!」

 

 終わらない。終われない。

 一番の復讐を果たしてなお、燃え上がった“焔”は突き動かされるように次に燃やす何かを求めずにはいられない。

 家族を――仲間を殺した男に確実な死を。

 そんな男を好きにのさばらせている皇族も、影の協力者であるユミルの男爵もヴァルカンにとっては等しく復讐の相手に過ぎない。

 

「ああ……もしも奴が生きているとしたら、ククク……

 自分の拠り所を全部ぶっ潰されて、それでもあの鉄面皮がどう歪むのか愉しみだなぁっ!」

 

「――っ」

 

「落ち着きなさいクリス! 憎悪に任せて戦ったらアンタは《テスタ=ロッサ》に呑み込まれるわよ!」

 

「それがどうした!? こいつは今ここで殺しておくべき外道だっ!」

 

 セリーヌの忠告にクリスは怒鳴り返す。

 

「ククク、流石帝国の皇子様じゃねえか、今のお前は鉄血と同じ顔をしているんだろうな」

 

「っ――」

 

 人の神経を逆撫でする物言いにクリスはいよいよ我慢の限界に達して――ユミルの山に青白い光が瞬いた。

 

「何だ!?」

 

「あの光は……」

 

 拡大されたモニターの中で空に太刀を掲げた《灰》を中心に結界が温泉郷を守るように展開される。

 一目で噴火から郷を守っているのだと分かる光景にヴァルカンは舌打ちをする。

 

「おい! ゲルハルト侯爵、とっととダインスレイヴ隊にあれを撃ち落とさせろ!」

 

「させるかっ!」

 

 ヴァルカンの指示に《緋》は疾走する。

 紅蓮の大剣をその勢いのまま突き出す。

 

「甘いんだよっ!」

 

 すかさずゴライアスは《大地の楯》を展開してその刺突を受け止める。

 

「それはこっちのセリフだっ!」

 

 《緋》は霊力を励起させ、その背後に武具を生み出す。

 

「顕現しろ《ファクトの眼》」

 

 それは一見すれば術式が刻まれた“魔球”。

 《紅のティルフィング》用の魔導杖の機能を拡張するために造られた浮遊ユニット。

 それを十数の魔球を顕現させ、《緋》はゴライアスの遠い背後で陣取っているダインスレイヴ隊の下に転移で飛ばす。

 

「ロード・ガラクシアッ!」

 

 魔球から放たれた魔弾がダインスレイヴ隊に降り注ぐ。

 武器の性質上、足場を固定していたため降り注ぐ無数の魔弾を浴びて薙ぎ倒される。

 

「テメエッ!」

 

「セリーヌッ! 《眼》の制御は任せる! 残った機甲兵にダインスレイヴを撃たせないように牽制してくれっ!」

 

「ちょっ!?」

 

 キーアが作り出した光で冷静さを取り戻したクリスは矢継ぎ早に叫ぶ。

 

「どうした《テスタ=ロッサ》! 《緋の魔王》の力はその程度かっ!?」

 

 大剣と楯の結界。

 ゴライアスに押し負けていながら不甲斐ないとクリスは叫ぶ。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』

 

 その一言がプライドを刺激したのか、クリスの高揚に共鳴するように《緋》もまた唸りを上げ、変身する。

 各部の装甲が開き、一回りその体を大きくし、背中に翼と尾が顕現する。

 そしてそれとは別に胸と大腿部に取り付けられていた新たな機構が駆動する。

 エンジンのような加速器が回転し、《緋》の霊力を調律する。

 

「ぬおっ!?」

 

 《緋》からの圧力が増し、倍以上の体躯にも関わらずゴライアスは後ろに押し込まれる。

 

「貫けっ!」

 

 渾身の力を込め、《緋》は大剣を更に押し込み――その刀身はひしゃげ砕け散った。

 

「なっ!?」

 

「はっ!」

 

 片や大剣が砕けた勢いのまま前のめりに大地の楯に激突し――

 片や目の前で結界に頭から突撃し、無様に仰け反った敵に安堵の息を吐きながら好機だとほくそ笑み、ゴライアスの肩のキャノンを向ける。

 

「くそっ!」

 

 クリスは悪態を吐き、剣の柄を投げつけて叫ぶ。

 

「爆ぜろっ!」

 

 柄に残った霊力が強制解放され、それをゴライアスのキャノンが撃ち抜き、《テスタ=ロッサ》と《ゴライアス》の間に爆発が起きる。

 

 

 

 

 

「ではフラガラッハの操作権を一時的にエリゼ・シュバルツァーに貸与します」

 

 《ARCUS》のシステムを応用し、副戦術殻の《フラガラッハ》の操作権をアルティナはエリゼへと移行する。

 本来の仕様ではない使い方であり、およそ戦闘に耐えられない使い勝手だが災害救助と言う意味ではエリゼの役に立つだろう。

 

「あ、ありがとうございます」

 

「一応言っておきますが、貸すだけでちゃんと返してもらいますから」

 

「は、はい……」

 

 感情の起伏の乏しい眼差しで念を押して来るアルティナにエリゼは戸惑いながら頷く。

 

「…………何か?」

 

「い、いえ……何でもありません」

 

 クロスベルから同行することになったこのアルティナと言う少女についてエリゼは未だにその距離感を掴みかねていた。

 以前、母ルシアとのリベールへの旅行の時に出会った女の子。

 あの時とは雰囲気が異なる気もするが、何故すれ違っただけの女の子のことを鮮明に覚えているのか不思議でならなかった。

 

「注意力が散漫です。やはり船内に残っていた方が良いのでは?」 

 

「気遣ってくれてありがとう……でも本当に大丈夫です」

 

 自分よりも年下の少女だが、その堂々とした場慣れした雰囲気に年の差など何の意味もないのだと理解する。

 本来ならアルフィンと同じように船に残っているべき素人。

 しかし上空から見た故郷の光景に居ても立っても居られず、救助活動に志願した。

 ダインスレイヴの衝撃や噴火に伴う衝撃、降って来た火山岩によって倒壊した家屋。

 エリゼの実家であるシュバルツァー邸もまた火山岩の直撃を受けて、火の手を上げていた。

 

「父様……母様、無事でいてください」

 

 着陸のためのわずかな時間をエリゼはただ女神に祈り、意識を研ぎ澄ませていく。

 

「ああ、エリゼ君。少し良いかね」

 

 そんなエリゼにワイスマンが声を掛ける。

 

「はい、何で――」

 

「何のようですか?」

 

 エリゼが振り返り応えるのを遮って、アルティナが素早く二人の間に回り込み、《クラウ=ソラス》が彼を威嚇するように拳を構える。

 

「ア、アルティナさん?」

 

「ようがあるのならそこで言ってください。貴方はエリゼ・シュバルツァーの半径5アージュに近付かないでください」

 

「アルティナさん?」

 

 寡黙だと思っていた少女が口早に自分を庇うことにエリゼは困惑する。

 しかし、失礼とも取れるアルティナの態度にワイスマンは笑う。

 

「嫌われたものだね。いや当然と言えば当然か」

 

 ワイスマンは言われた通りにそれ以上、二人に近付かず距離を取って話し始める。

 

「エリゼ君。君に一つ覚えておいてもらいたい言葉があるのだよ」

 

「覚えておいてもらいたい言葉?」

 

 この極限状態でそんなことを言い出すワイスマンの意図が分からずエリゼは首を傾げる。

 そんな彼女にワイスマンは意味深な笑みを浮かべ、彼女の腕に取り付いているみっしぃのぬいぐるみを一瞥する。

 

「大したものではないよ。そのぬいぐるみと同じでお守りのようなものさ」

 

「…………はぁ……」

 

 要領の得ない説明にエリゼはますます首を傾げる。

 

「その言葉は――――」

 

 そして教えられた言葉の意味が理解できず、エリゼは聞き返す。

 

「それはどういう意味ですか? 私には――」

 

「言葉の内容に大した意味はない。重要なのは言葉そのもの」

 

 エリゼの疑問を遮ってワイスマンは続ける。

 

「君がその言葉の羅列を紡ぐことに意味がある。魔法の言葉とはそういうものだよ」

 

「はぁ……」

 

 やはり意味が分からないとエリゼは首を傾げ――飛空艇が着陸した震動に揺れた。

 

「さて、ここからは時間との勝負だ。覚悟は良いかね?」

 

 ワイスマンの確認と共に、飛行艇のハッチが開く。

 彼の真意は分からないが、エリゼは疑問を脇に置き《フラガラッハ》の腕に座る。

 アルティナもまたそれを見届けてから《クラウ=ソラス》の腕に慣れた様子で座り、ハッチが開き切る前に外へと飛び出した。

 

「………………ん?」

 

 自分が担当する区画に真っ直ぐ向かおうとしたアルティナは後ろ髪を引かれたように振り返る。

 視線が向いた先は人気のないユミルの共同墓地。

 そして次に火の手が上がっているシュバルツァー邸。

 何故か胸を締め付けれる痛みを感じながら、アルティナは後ろ髪を引かれつつも生体反応が下にある倒壊した家屋に向かって行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「動いてよ……お願いだから動いてよ……どうして……どうして…………」

 

 土砂に体の半分が埋まった《翠の機神》の中、少女は聞こえて来るだけの外の音を何もできずに聞かされ続けていた。

 

 

 

 

 

 



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24話 諍う者たち

 

 

 

 

「っ――」

 

 “千の武具”で顕現させた魔剣が楯に阻まれて砕ける。

 

「どういうことだセリーヌッ!?」

 

 ゴライアスの弾幕を横に駆けて回避しながらクリスは叫ぶ。

 

「たぶんアンタのイメージの強度が《テスタ=ロッサ》や《大地の楯》に追い付いていないのよ」

 

 遠隔で慣れない魔道具を操りながらセリーヌはクリスの疑問に答える。

 

「イメージって……」

 

 現代の導力技術として取り付けられた加速器《フェンリル》のおかげで《緋》が纏う霊力は目に見えて膨れ上がった。

 それに対応して“千の武具”の術式が更新されたわけではなく、実物ではないクリスのイメージによって作り出されている魔剣は実戦に耐えることはできても今の《緋》の膂力には耐えられないものだった。

 

「あの《大地の楯》を破る都合の良い魔法はないの!?」

 

「そんなものあるわけないでしょ! あれは《大地の至宝》の防御結界なのよ! って言うか気が散るから話しかけないで!」

 

 《ファクトの眼》を操り、まだ半数近く残っているダインスレイヴ隊の邪魔をしているセリーヌは質問を重ねるクリスに邪魔だと吠える。

 

「…………」

 

 口を噤んでクリスは目の前のゴライアスを改めて睨む。

 ダインスレイヴは一つだけでも脅威になる破壊兵器。

 それこそガレリア要塞にあった列車砲に匹敵するだけの破壊力を持っている。

 今、ユミルを守っている仲間たちのためにも自分がここでダインスレイヴだけは確実に破壊しておかなければならないのだが、それをするには目の前の《黒のゴライアス》が邪魔だった。

 

「ハハッー! どうしたさっきまでの威勢は何処に行った!?」

 

 癇に障る哄笑にクリスは苛立つ。

 騎神の二倍近い巨大な体躯。

 それに合わせて拡張された両腕のガトリング砲に肩の導力砲。

 それに加えてミサイルポットも装備しており、正面からの攻撃に意識を集中すれば上空からのミサイルが降って来る。

 

「どれだけ撃つんだ!?」

 

 あまりの弾幕の多さにクリスは愚痴を漏らす。

 これだけの攻撃を続ければ、内包している導力はとっくに尽きてもおかしくないのに《ゴライアス》に衰える気配はない。

 ドンッと言う重い音、山がまた噴火した音が背後から響く。

 

「…………ぐずぐずしている暇はないか……」

 

 相手との武器の差に不平をもらしても仕方がない。

 状況訓練として、“テスタ=ロッサ”を始めとした完全武装したシャーリィや太刀を持った“彼”に素手で挑まされた時と比べれば今の状況はまだマシだと思える。

 

「シャーリィならどう戦う? 《超帝国人》ならどうやって《大地の楯》を攻略――」

 

 それを思い浮かべ、唐突に《緋》は足を止めた。

 

「あん?」

 

 極力、《緋》を壊さず鹵獲しろと依頼を受けていたヴァルカンは思わず攻撃の手を止める。

 

「何だ、ようやく諦めがついたのか?」

 

 ヴァルカンの問い掛けに《緋》は応えず、手を前に差し出し――剣を顕現させる。

 

「ぶっ!」

 

 現れた剣に思わずヴァルカンは吹き出した。

 それは機甲兵が使う剣よりも細く、先程まで《緋》が使っていた《翠の剣》や《紅の大剣》と比べると貧相とも言える程に頼りない武器だった。

 

「おいおい、何だそれは? そんな細い棒でこの《ゴライアス》とやろうだなんて正気か?」

 

「猟兵のくせに無学だね……

 これは“太刀”と言って、東方の剣。帝国の主流の騎士剣とは違って“斬る”ことに特化した刃……

 それこそ達人が使えば、金剛石だって両断できるほどにね」

 

「…………はっ、脅しのつもりか?」

 

「ただの事実だよ。僕に剣術を教えてくれた“あの人”ならその程度の防御結界なんて紙のように切り裂けるだろうさ……

 もっともそれ程の楯を持っていても貴方のような人に僕の一太刀を受ける度胸なんてないでしょうね」

 

 嘲笑を滲ませた挑発にヴァルカンは沈黙し――

 

「は――上等だっ!」

 

 《緋》に向けていた銃口を収め、ゴライアスは導力を防御結界に集中させ、それこそ盾を構えるように身構える。

 別に受けて立つと言い出すことを期待したわけではなく、警戒心を煽る程度のつもりだったクリスは面を喰らいながらも呼吸を整える。

 

「――――いざ、参るっ!」

 

 太刀を陽に構えて踏み込む。

 防御の構えが誘いであることに最低限の警戒をしつつ、そこで集中し切れないのが“彼”との違いなのだろうとクリスは自嘲しながら太刀を振り下ろす――振りををして左の拳を振り被る。

 

「ゼロ・インパクトッ!」

 

 クリスが思い描くのはかつて王城の城壁、それも複数枚重ねられた防壁の二枚目だけを打ち砕く絶技。

 だが、いくら思い描いたとしても太刀であったとしてもそうであるようにクリスの不意の一撃は《大地の楯》によってこれまでと同じように揺るぎもせず受け止められる。

 

「はっ! 何を企んでいるかと思えば、無駄な努力だった――」

 

「そんなこと僕が一番分かっているさ。それに僕の一撃はここからだっ!」

 

 自分が《超帝国人》にも《痩せ狼》にも届かないことなどヴァルカンに嘲笑されるまでもなく理解している。

 故に《大地の楯》に触れた左手に霊力を紡ぎ、右手の太刀の霊力を組み替える。

 

「魔弓バルバトス! 雷槍エリクシル!」

 

「っ!?」

 

 槍を矢に見立て、拳を当てた状態で既に射の構えを作る。

 そして最速最短で射程や精度を度外視した力を二つの武具に注ぎ込む。

 

「貫けっ!」

 

 零距離から放たれた《雷矢》と《大地の楯》が激突し、二つの力は拮抗し爆発する。

 

「くっ!」

 

「うおおおおおおっ!」

 

 爆発の衝撃に一人は歯を食いしばり、一人は悲鳴じみた雄叫びを上げながら機体を制御する。

 

「くそっ! 箱入りの甘い皇子のくせになんて無茶しやがる!」

 

 戦闘狂の猟兵がやりそうな自爆戦術にヴァルカンは思わず愚痴る。

 その操縦席にはアラートが鳴り響き、《大地の楯》機体の各所がオーバーヒートを起こしたことを示していた。

 

「ちっ……」

 

 思わず舌打ちをする。

 幸いにも《大地の楯》の源になっているオーブそのものは無事。

 機体そのもののダメージも少なく、《楯》はなくなっても機体そのもののリアクティブアーマーは健在であり、普通に戦う事はまだできる。

 

「調子に乗り過ぎたなクソ皇子」

 

 防御力が高く、守りを固めていたからこそ無事だったが、爆発の衝撃をもろに受けた《緋》はおそらく無事ではないだろう。

 肝を冷やされた仕返しに、ログナー侯爵に献上する前に少しだけ痛めつけてやろうヴァルカンは舌なめずりをして――

 

「もらったっ!」

 

 舞い上がった土煙を掻き分け、全身の装甲をボロボロにした《緋》は両手に剣を持ってゴライアスに襲い掛かる。

 

「なっ!?」

 

 驚きながらもヴァルカンはそれに即応し、眼前で剣を振り被る《緋》に腕のガトリング砲を向けるのを間に合わせる。

 

「ここは僕の距離だっ!」

 

 しかし《緋》は発砲された攻撃を寸前で躱し、下から救い上げるように剣を一閃。

 即席で作り出した剣では鋭さが足りず、それでも鈍器としてゴライアスの右腕をひしゃげさせ、たたらを踏ませる。

 そんなゴライアスに《緋》は止めと言わんばかりに剣を突き出し――

 

「これで終わり――っがぁ!?」

 

 唐突に全身に走る痛みにクリスは悲鳴を上げ、《緋》は失速する。

 

「うおおおおおおおおおおおっ!」

 

 恥も外聞も忘れヴァルカンはゴライアスを全力で後退させ、《緋》の刃はわずかにゴライアスの装甲を削って空を切る。

 

「ちょっ!? クリスどうしたの――」

 

 《ファクトの眼》が突然消え、セリーヌは振り返って言葉を失った。

 クリスと騎神を間接的に繋げている操縦桿とも言える宝珠から蔦のように黒い呪いの触手が彼の腕に絡みついている。

 

「っ――脅かしやがって……」

 

 慌てて後ろに向かって全速力でゴライアスを走らせたものの、剣を半端に振って膝を着いた《緋》にヴァルカンは悪態を吐く。

 

「ともあれこれで依頼は達成だな」

 

 沈黙した《緋》に動く気配がないことにヴァルカンは安堵の息を吐く。

 しかし次の瞬間、ヴァルカンの視界は揺れた。

 

「っ――何だ!?」

 

 操縦桿を握っていた手から力が抜ける。

 目の前の計器、導力のEPの残量を示す針が見る間に減少していく。

 

「どうなってやがる!?」

 

 そう言ってヴァルカンが見たのは外の光景を映し出す画面。

 そこには《緋》を起点に“緋色の風”が吹いていた。

 

『な、なんだ!?』

 

『何かが吸い取られて……力が……』

 

『そんな機甲兵が止まる!?』

 

 通信機から領邦軍の様子が伝わって来る。

 

「ちっ――」

 

 何が起きているのか分からないが、原因は《緋》であることは間違いないと判断したヴァルカンは肩の導力砲に残ったエネルギーを回す。

 出力は三割。

 何もせずに待っていたとしても《緋》に喰われるだけならばと開き直り、ゴライアスに残された力をその一撃に集中させる。

 

「死ねっ! デストラクトキャノンッ!!」

 

 放たれた破壊の砲弾。

 その一撃は無防備な《緋》に命中――する寸前に紐を解く様に霧散し、その光の残滓は《緋》に呑み込まれる。

 

『――――――――』

 

「っ!?」

 

 かすかに《緋》は動いて顔を上げる。

 視線が合ったヴァルカンはそこに感じる肉食獣のような視線に息を呑んだ。

 未だに噴火を続けるユミルの山。

 その麓では《緋色の風》が満たされ、そこにある命を貪り尽くしていき、それは近くの郷にまで及ぶのだった。

 

 

 

 

 

「おかしい……」

 

 導力が尽きたライフルを交換しながら《C》は状況に違和感に気付く。

 

「あまりにも多過ぎる……」

 

 《C》も火山の噴火などに立ち会った経験はないが、もっと散漫に飛び散って良いはずの岩石は大きいものはどれも真っ直ぐユミルに目掛けて落ちようとしている。

 

「これが“因果”……“呪い”とは大自然にまで働きかけると言うのか……」

 

 もしそうだとしたら、《黒の騎神》はいったいどれだけの力を有した存在なのか想像することは難しい。

 そしてこのまま岩石の弾幕が増えれば、処理が追い付かないことは目に見えている。

 

「ナ―ディア君、避難の状況は?」

 

『ええっと……郷の総人口の二割を収容できたかな? っと言うかまだ五分も経ってないよ?』

 

 その報告に《C》は驚く。

 既に長い時間を戦っていたと錯覚する程の疲労が体を重くしている。

 慣れない《機甲兵》を操縦していることが原因か、それとも背中に守るべきものがあると言うプレッシャーによるものか。

 身体の疲労もそうだが、武器の消耗が思っていた以上に早い。

 とてもではないが、このままのペースでは残りの二十五分も持たないだろう。

 

「やああああああああっ!」

 

 しかし《C》の思うとは裏腹に結界を安定させたキーアが岩石の排除に参戦する。

 “彼”の動きをコピーした一閃が騎神の倍はあるだろう岩石を簡単に両断し、返す刃が剣閃を飛ばし両断した岩を弾くように吹き飛ばす。

 

「っ――」

 

 その大物の後ろに潜んでいた岩石が《灰》に迫り――直撃の寸前、《桃》が横から岩石を蹴り飛ばす。

 

「キーア君、前のめり過ぎだ。それでは持たないぞ」

 

 一撃一撃を全力で放つ《灰》を《C》は窘める。

 《桃》が壊せない大きな岩石を率先して《灰》は破壊して行くが、その一撃には過剰な威力が込められており、さらには結界の外に落ちるものまで斬っていた。

 

「大丈夫……キーアは大丈夫だから」

 

「しかしそんなペースでは――」

 

「キーアは守らないといけないの……あの人の代わりにユミルを守らないと、キーアが……」

 

 自分が自分がと言い聞かせながら太刀を振る《灰》に《C》はそれ以上の問答は無駄だと口を噤む。

 必死に“彼”の代わりを務めようとしている感情が先走ってしまっている。

 それを落ち着かせている余裕など今はない。

 

「しかしどうする……?」

 

 目の前の難題に《C》は仮面の下で苦悩する。

 噴火は断続的に続き、落ちて来る岩石は増える一方。

 山道に沿って流れて来る溶岩流も何処かで流れを変えなければキーアの予測通りにユミルは文字通り火の海に呑み込まれてしまう。

 

「君ならどうする?」

 

 思わず独り言を呟いてしまう。

 “彼”ならば数多の落石を太刀の一閃で薙ぎ払い、返す刃で山を切り開き全てを解決できていたかもしれない。

 そんな想像が容易にできるからこそ、《C》は常識の思考を超えられない己に苛立つ。

 その苛立ちを叩きつけるように新たに飛来した岩石に《C》は銃口を向ける。

 

「――ダメッ! 避けて《C》!!」

 

 突然のキーアの忠告に《C》は困惑する。

 結界の上に落ちて来る岩石。

 見逃すことができないものを避けろと言う言葉、そう言いながら《灰》は大きく旋回して自分がやると言わんばかりに方向転換する。

 その様に――“彼”に「貴方には無理だと」言われたような錯覚を感じ、《C》は逡巡することなく引き金を引いた。

 

 ――なるほど……

 

 着弾してわずかに欠けるだけに終わった銃撃に《C》はキーアの言葉の意味を理解する。

 これまでの脆い岩石に比べて随分と硬い。

 一発では無理だと察して《桃》は導力ライフルの銃撃を重ねる。

 一発ごとに岩石の表面は削れていく。

 

「っ――」

 

 しかし芯を撃ち抜くことはできず、さらにはいくら撃っても軌道が逸れる事もない。

 その事実に不信を感じたところで、岩石は目の前に迫り――《桃》は背中を《灰》に突き飛ばされる。

 

「螺旋撃っ!」

 

 《灰》の渾身の一撃がその岩石を捉え――太刀は弾き返された。

 それでもなお砕けなかった岩石はわずかに軌道を逸らし、ユミルの上空に張り巡らされた結界に衝突し――貫通して凰翼館を直撃した。

 《灰》と《桃》が浮遊する高さまで温泉の源泉が吹き上がる。

 熱湯を浴びながら、《C》は自分が目にしたものを呑み込もうと必死になっていた。

 

「今のは……まさか……」

 

 黒く焼け焦げた岩石の中、銃撃と斬撃でわずかに外殻が削れ覗き見ることができた不審な岩石の中身。それは――

 

「ゼムリアストーン……そんな馬鹿な……」

 

 それは大陸最高峰の硬度を持つ稀少金属。

 山の力が最も集まる深部から飛来して来た岩石と考えれば決してあり得ないことではない。

 しかし、誰が赤熱したゼムリアストーンの石礫など想像できるだろうか。

 見上げた空には焔を纏った岩石がまだあることに《C》は絶句する。

 

「この全てにゼムリアストーンが含まれているわけではないだろうが……」

 

 自分達には破壊不可能であり、結界を貫通する破壊力を有している。

 だが、ある意味で最も安全な《機甲兵》の中という安全は失われた。

 

 ――状況が変わった。回収できた者達だけを回収してすぐに撤退するべきだろう。このようなところで無駄なリスクを負う必要はないはずだ……

 

 冷静な思考の部分で《C》は早々に見切りをつける。

 破壊は不可能でも最低限の進路を妨害することはできる。

 《灰》と《桃》で防衛対象をユミルから飛行艇に絞り守りに徹すれば、飛空艇そのものは守り抜くことはできるだろう。

 その場合の犠牲者も必要な損切りだと割り切ってしまう。

 

「…………いいや。それは愚策だね」

 

 《C》は眼下の光景を一瞥し、その考えを首を振って否定する。

 この割り切りをキーアやアルフィンが認めるとは思えない。

 提案すればそこで生まれる問答で余計な手間が増えるだけどだと自嘲する。

 

「キーア君は穴の空いた結界の修復を行ってくれたまえ」

 

「う、うん……でも《C》は?」

 

「私はその時間を稼ぐ……この場は任せた」

 

 《灰》を置き去りにして《桃》は更に上空へと飛翔し、光を伴った虚空から巨大な剣を召喚する。

 

「しかし、こうも早くバラすことになってしまうとはね」

 

 《C》は自嘲しながら《桃》の飛翔をやめ、自由落下に身を任せて剣に全ての力を集中して叫ぶ。

 

「カグツチッ!」

 

 次の瞬間《桃》は焔に包まれた。

 

「ぐうっ!」

 

 桃色の装甲は泡立つように溶解を始め、《C》は全身を焼かれる悲鳴を噛み殺し、焔を剣へと集束させる。

 少しでも気を抜けば破裂する圧力をその手に感じながら、赤熱した刀身が二又に開く。

 圧縮された焔が一条の熱線として解放される。

 

「灼熱砲――イフリート――」

 

 撃ち出された一条の熱線は巨大な岩石を貫き、余波の熱風が周囲の岩石を巻き込み焼滅させる。

 

「っ……」

 

 現在視認できている岩石を全て消滅させた代償はバスターソードを構えた右腕の痛み。

 

「だがこれで時間が――」

 

 稼げると言う言葉は更なる噴火の音にかき消された。

 

「っ――まるで狙い澄ましたかのように……これが《呪い》と言うのなら《黒》の力とはいったいどれほどのものだと言うのだ」

 

 新たな岩の砲撃に《C》は思わず愚痴を漏らした。

 

 

 

 

「アハハハッ! いっちゃえっ!」

 

 チェーンソーが凶悪なエンジンの音を響かせ、シャーリィが振る。

 幾人もの血を吸って来た猟兵の刃はその名に恥じない切れ味で、地震の影響で開かなくなった教会の扉を切り落とした。

 

「よしっ! 穴が開いたぞ!」

 

「よく頑張った。もう大丈夫だ」

 

 場所を開けたシャーリィと入れ替わる様に元・北の猟兵達が彼女が開けた穴に殺到し、中の生存者の救助作業を行う。

 

「――って何をやらせるのさっ!」

 

 一拍遅れてシャーリィはつまらないものを切らされたと憤慨する。

 

「そう言わないでくださいシャーリィさん」

 

 憤るシャーリィをエマが何とか宥める。

 

「私の導力杖やガイウスさんの十字槍では……倒壊した家屋を効率よく切ることはできなくて……その……」

 

 エマもこの提案をした時はあり得ないと思ったのだが、シャーリィの“テスタ=ロッサ”の一部の機能は現在最も必要とされている武器なのは間違いなかった。

 倒壊した家屋に倒木、一部で起きた小規模な雪崩の融解。

 様々な場面で“テスタ=ロッサ”が重宝することは自明の理であった。

 

「ちぇっ! シャーリィにも《ティルフィング》があればなぁ」

 

 愚痴をこぼしながらもシャーリィは油断なく周囲に神経を張り巡らせている。

 既に銃撃を受けたハイデルは最低限の治療を行い飛行艇の一室へ押し込んで来た。

 そしてユミルの住人の避難誘導にサラ達と別れて行動を始めたが、状況は芳しくなかった。

 

「アルフィン殿下の呼び掛けのおかげで動ける人は広場に集まってくれていますが……」

 

 問題はダインスレイヴの衝撃波で薙ぎ倒されて飛んで来た倒木や岩など、噴火の地震によって倒壊した家屋から脱出することができなかった人達になる。

 いくらユミルが小さな郷でも、自分達と駐在していた元・北の猟兵達だけで郷の全てをフォローするのは難しかった。

 

「って言うか、そもそもあの飛行艇にこの郷の人間全員を収容するのはちょっと無理だけど、そこのところどうするつもりなんだろうね?」

 

「…………いえ、それはおそらく大丈夫でしょう」

 

 シャーリィの指摘にエマは言い辛そうに答える。

 確かにユミルの郷の住人を全て収容することはできないかもしれない。

 だが既に死者も多数出ている。

 そうして目減りした人数ならば決して無理ではないとエマは計算してしまって自己嫌悪する。

 

「あーあ、人命救助なんてシャーリィのガラじゃないんだけどなぁ」

 

「でも、ちゃんと動いてくれるんですね」

 

「そりゃあ今のシャーリィはⅦ組だし……それに……」

 

「それに?」

 

 珍しく言葉を濁し、どこか遠くを見て物思いにふけるシャーリィにエマは首を傾げる。

 失言だったとシャーリィは頭を掻く。

 

「大したことじゃないよ。昔ランディ兄が崖崩れを利用して《西風の旅団》の二個中隊を殲滅した作戦を思い出しただけ」

 

「あ……」

 

 シャーリィの答えにエマは彼女の本業を思い出す。

 

「ふふ、軽蔑した?」

 

「それは……」

 

 シャーリィの問いにエマは言葉を窮する。

 

「別に気を使わなくて良いよ。多分委員長が普通で、シャーリィの方が普通じゃないんだから……

 ただあの作戦の後、ランディ兄が何を考えて団を抜けたのかなって思っただけ」

 

 シャーリィはかつて温泉を目的としてやって来た郷の光景と今の光景を比べて目を細める。

 

「…………もしかしてシャーリィさんも猟兵をやめたりは……」

 

「そんなのあり得ないよ」

 

 エマの指摘をシャーリィは笑顔で否定する。

 

「確かにちょっと思う事はあるけど、シャーリィは猟兵以外の生き方なんてできないって……

 そりゃあ仕事によっては護衛も人助けもするかもしれないけど、そこは変わらないよ」

 

「シャーリィさん……」

 

 知ってはいたが、改めてシャーリィが自分とは違う業を背負った生き物なのだとエマは認識する。

 おそらくシャーリィは戦場で会えば、それがⅦ組の仲間だったとしても戦い、殺すことを躊躇うことはないだろう。

 

「ところで――」

 

 悩むエマを見兼ねてシャーリィは話題を変えようとしたところで、目の前の凰翼館が爆発した。

 

「え――?」

 

「委員長っ!」

 

 咄嗟にシャーリィはエマの手を引き、“テスタ=ロッサ”を地面に突き刺してその陰に伏せる。

 破壊は一瞬。

 結界を貫通して降って来た岩石は凰翼館を一撃で粉砕し、その衝撃で温泉が間欠泉のように吹き上げる。

 

「あーあ……ここの温泉、結構気に入ってたんだけどなぁ」

 

「そんなことを言っている場合ですか!?」

 

 呑気に肩を落とすシャーリィにエマは怒鳴る。

 

「って言うか、結界はどうしたのさ?」

 

 シャーリィは空を見上げ、穴が開いた結界を見上げる。

 

「あの強度の結界が破られるなんて……一体何が落ちて来たって言うの!?」

 

 エマもまたキーアが張った結界が破られたことに慄く。

 

「ま、そこはシャーリィ達が考える事じゃないけど……」

 

 シャーリィは考えても分からないものは分からないと割り切り――聞こえて来た音に目を細める。

 

「しまった。それは完全に失念してた」

 

「シャーリィさん? 何を言っているんですか?」

 

 これ以上まだ何かが起きるのかとエマは聞きたくないと思いつつも尋ねる。

 

「それはもちろん、溶岩流から逃げて来る魔獣の大群だよ」

 

「…………あ……」

 

 

 

 

 

 

「秘剣、鳳仙花っ!」

 

 舞うような剣舞が襲い掛かって来た雪飛び猫たちを纏めて薙ぎ払う。

 だが、入れ替わる様に新たなスノーラットがエリゼに襲い掛かり、《フラガラッハ》に殴り飛ばされる。

 

「――ここは通しませんっ!」

 

 助けてくれた戦術殻に感謝の念を送りながら、エリゼは呼吸を整えて啖呵を切る。が――後続の魔獣の群れに息を呑む。

 

「何て数の魔獣……」

 

 結界のせいで迂回するしかなかった魔獣たちは、結界の消失を敏感に察知して最短距離で山を下ろうとユミルへと突撃して来た。

 彼らにユミルを襲う気はない。むしろ山の脅威やダインスレイヴが起こした被害から助かりたい一心で必死に走っているのだろう。

 

「っ……」

 

 エリゼは逃げ出したい気持ちを堪えて剣を固く握り締める。

 

「きっと皆さんが気付いてくれているはず、それまでここは私たちが護ります」

 

「―――――――」

 

 エリゼの意気に応えるようにフラガラッハも怯むことなく拳を構える。

 優秀な彼ら、彼女たちは郷に魔獣が踏み入った瞬間に察知して向かって来てくれているはずだとエリゼは信じて剣を振る。

 その期待は正しく。

 領民の避難の指揮を執っていたテオとアプリリスはサラとガイウスを山門に向かわせ――

 アルティナは漆黒の鎧を纏って飛び――

 エマとシャーリィは雪道を駆け――

 

 ――紅い風が吹く。

 

「…………え……?」

 

 唐突にその場にいる全員は原因不明の虚脱感に見舞われる。

 飛ぶ者は制御を狂わせ、走るものは足をもつれさせ、灰色の戦術殻は停止する。

 そしてエリゼは魔獣を斬り損ねて大型魔獣に撥ね飛ばされた。

 

「あ……」

 

 宙を舞ったエリゼは回る世界の中でサラ達が駆けつけて来てくれたことに安堵する。

 

「後は頼みます。皆さん――」

 

 “魔法の言葉”に祈るより先にエリゼは託す言葉を呟く。

 領主の娘としての責任を果たせただろうかと、思いを馳せエリゼは大小さまざまな魔獣の群れの中へと落ちて行く。

 そんなエリゼが最後に見上げることになった空には――

 

 ――あれは……鳥?

 

 場違いにもエリゼは視界に入った紫に近い青――《紺》色のユミルでは見たことのない鳥に目を奪われ――

 

「氷煌演舞刃っ!」

 

 その空から無数の氷柱と共に彼女が降って来た。

 その少女は空中でエリゼを抱きかかえると、事も無げに魔獣の群れを蹂躙して叩き潰した氷の柱に着地する。

 

「エリゼちゃん、よく頑張ったね」

 

 お姫様抱っこでエリゼを抱えた青い少女は安心させるように微笑む。

 

「ダーナさん」

 

 それは数ヶ月前、聖アストライア女学院に後輩の姉だと紹介された転入生。

 淑女を育てる女学院の生徒にあるまじき戦闘力を見せつけられたエリゼは困惑に言葉を失い――何とか言葉を探して叫ぶ。 

 

「ダーナさんっ! 何って恰好をしているんですかっ!?」

 

「あ、あれ……?」

 

 後輩の言葉に蒼い民族衣装を纏ったダーナは思っていたのとは違う反応に首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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25話 ユミルの悲劇



遅くなって申し訳ありませんでした。
これにてユミル、ノルディア州編は終了になります。


追記
オーバルカメラにはヴァルターの一撃に耐えられる耐衝撃性とマクバーンの焔に耐えられる耐火性、つまりは耐爆性が本当に必要だったと思った黎でした。







 

 

「ちがう……ちがう……」

 

 《灰》を操りながらキーアは頭を振る。

 

 ――何が違うの? これがきーあが求めた平和でしょ?

 

 黒い自分が囁く。

 

 ――クロスベル以外なんてどうなっても良い……

 

 ――ロイド達だけが平和なら他がどうなったって構わない……

 

 ――帝国も共和国もロイド達をいじめる悪者なんてみんな殺し合っていれば良いんだよ……

 

「ちがうっ! キーアはこんなことに……こんなことになるなんて知っていたら……」

 

 嗤う囁きへのキーアの反論は弱々しい。そんな彼女を嘲笑するように声は続く。

 

 ――帝国だけじゃない。共和国も経済恐慌が起きてたくさんの人が困っている……

 

「っ……」

 

 その声は果たして自責の念から来るものなのか、それとも《呪い》によるものなのかキーアには分からない。

 

 ――あの時、きーあが消えていれば……“彼”がここにいればユミルは守れたはずなのに……

 

「ああ……」

 

 眼下の郷にもはや最初の街並みは残っていない。

 凰翼館が潰れ、ケーブルカーの駅は崩れ、教会は炎上する。

 一つ、一つ、キーア達の力が一歩及ばないごとにユミルの営みは無残に破壊されていく。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

 幾度も繰り返した懺悔をまた繰り返す。

 帝国の内戦の切っ掛けはガレリア要塞の消滅。

 結社を通じてクロイス家と貴族連合の間で密約があったとキーアは聞いているが、どんな内容だったのかは知らない。

 それでもこれは――

 

 ――そう、これは全部きーあのせいなんだよ……

 

 その言葉にキーアの心は自己嫌悪を募らせて――

 《灰》の胸と大腿部の加速器が駆動を始める。

 

「あ……あああ……アアアアッ!」

 

 掲げた左手の上に巨大な黒い球体を生み出す。

 かつてガレリア要塞を消滅させた《零》の力。

 鐘の補助がなければ使えない力だが、自身を消し去りたい程の自己嫌悪を呼び水に無理矢理引き出した黒い力は《灰》の身体を末端から消滅させた行く。

 

「これで――」

 

 《識》が見せる答え。

 噴火を止めるためには消滅の力で山そのものを消してしまえばいい。

 

「みんな消えちゃえっ!」

 

 大きく振り被って《灰》は山へ消滅の力を投げ放つ。

 黒い球体は山を削る様に突き進み、その中心で集束するように全てを巻き込み消滅する。

 

「…………やった……」

 

 息を弾ませ、キーアは山の噴火を止められたことに安堵し――息を呑む。

 

「そんな――」

 

 削られ歪になった山が崩れる。

 消滅を免れた山肌は支える地盤を失い、ユミルの郷そのものがその大地から崩壊する。

 それは避難民を乗せた飛行艇をも巻き込み、キーア達が護ろうとしたものを全て吞み込んで火山は消滅した。

 

「あ……ちがう……キーアは……キーアは……」

 

 こんなつもりじゃなかったと、キーアは顔を手で覆い――

 

「キーア君っ! それはダメだっ!」

 

「っ――」

 

 耳を叩いた《C》の言葉にキーアは我に返る。

 放つ寸前の黒い球体をキーアは直前に見た光景を幻視して咄嗟に撃つ方向を空へと逸らす。

 消滅の力は立ち昇り空を覆い隠す噴煙を呑み込むように爆ぜ、場違いな蒼い空が広がる。

 

「今のは……キーアは何をしたの?」

 

 眼下のユミルが無事であることを安堵の息を吐きながら、キーアは自分が見た光景に背筋を冷たくする。

 《零》の力を利用して未来を観測したことはあるが、その時とは違う感覚にキーアは戸惑う。

 言葉で表現するなら“力”に行動の主導権を取られたような感覚。

 至宝としての力はクロスベルにいた時ほど使えないものの、キーアは自身の“力”の得体の知れない部分に恐怖を覚える。

 

「やれやれ、あんなものを撃てば山そのものを崩しかねなかっただろう」

 

「ご、ごめんなさい」

 

 咎める《C》にキーアは謝る。

 直前に見た白昼夢のことを考えれば《C》の言葉は全くもって正しい。

 噴火を止めることはできても、それでユミルを崩壊させてしまえば本末転倒でしかない。

 素直に謝る彼女に《C》は嘆息し、彼女が一気に空を晴らしてくれてできた空白の間に息を吐く。

 

「だが、奇しくも飛行艇が発進する間を稼げた。この場は離脱して船を直接守るとしよう」

 

「え……でも……」

 

 《C》の言葉にキーアは迷う。

 それはユミルの守りを放棄することを意味している。

 船や避難民を優先することはキーアも納得していたが、実際の現場に出てキーアはユミルを切り捨てるその選択を前にして躊躇ってしまう。

 

「キーア君」

 

「…………うん、わかってる」

 

 空を一掃してもまたいつ噴火するか分からない状況では悠長に迷っている暇はない。

 それに《灰》も消滅の力の反動で少なくない部位を消失させてしまい、残存霊力も含めていつ機能を停止してしまうかも分からない。

 割り切るしかない。

 気持ちに区切りをつけ、《灰》は荒ぶる山に背を向ける。

 

「あの人なら、どうしていたんだろう?」

 

「…………」

 

 キーアの口から漏れた独り言に《C》は黙り込む。

 自分達は役目を全うした。

 しかし達成感など微塵もない。

 苦汁を呑み込んで、妥協を選ぶしかない自分の不甲斐なさを噛み締めて踵を返し――

 

「っ――避けろっ!」

 

「え?」

 

 《C》の叫びにキーアは呆けた声を返し、次の瞬間《桃》に突き飛ばされる。

 直後、《桃》を中心に水の激流が発生し、《桃》はその水圧に押し潰され、《灰》はその余波に吹き飛ばされて大地に墜落する。

 

「うう……いったい何が……」

 

 地面に叩きつけられた痛みに悶えながらキーアは《灰》を起こし、自分を庇ってくれた《C》を探し――鉄球のような尾に殴りつけられた。

 

「きゃあっ!」

 

 振り返ればそこには騎神に匹敵する巨大な魔獣――幻獣がいた。

 

「何で幻獣がここに――ひゃあ!」

 

 態勢を立て直そうとする《灰》に狂竜は頭から突進して押し倒し、そして《灰》の上で地団駄を踏む。

 

「っ――」

 

 暴力的な足に踏まれる度に《灰》の身体は軋み、亀裂が走る。

 

「っ……このっ! どいてっ!」

 

 キーアの必死の抵抗を嘲笑う様に狂竜は何度も何度も《灰》を踏みつけ、そしておもむろに口を開く。

 

「え……きゃあっ!?」

 

 口から吐き出されら毒々しい色の吐息を《灰》は頭から浴びせかけられる。

 その色が示すように猛毒である吐息は《灰》の装甲を蝕み、そして狂竜は腐食した装甲をまるで御馳走だと言わんばかりにかじりついた。

 

「あ――――っ!!?」

 

 体を喰われた痛みをフィードバックしてキーアは絶叫する。

 

「いやっ! 放して!」

 

 錯乱したキーアは滅茶苦茶に《灰》を動かし、振り回した太刀が狂竜に当たるがあっさりと手から弾き飛ばされてしまう。。

 そして《核》の上を踏みつけられた衝撃にキーアは息を詰まらせ、意識が遠のく。

 痛覚をそのままに体を食べられる痛み。

 装甲を咀嚼する音、《核》の中まで浸食して来た毒の空気。

 クロスベルを旅立ってから何度も戦闘は経験したはずなのに、迫り来る死の気配を否が応なく感じてしまう。

 

「…………いたい……いたいよ。誰か助けて……《C》……クリス……ロイド……」

 

 助けを求めた声は弱々しく。

 それに応えるものはいない。

 ただ《灰》の装甲を咀嚼する音が響き、そして背を付けた大地に地震の震動を感じた。

 

「誰かキーアを――ちがうっ」

 

 諦めそうになった意志をキーアは奮い立たせ、《灰》は胸にかじりついている狂竜の頭を掴み押し返す。

 

「キーアは……キーアは……」

 

 狂竜が力任せに頭を押し込んで来る。

 腐食した《灰》の腕は軋み、今にも壊れてしまいそうな程に頼りない。

 それでもキーアは叫ぶ。

 

「キーアは守るためにここにいるんだから!」

 

 キーアは《識る》。

 どんな抵抗をしても間もなく霊力を使い切る《灰》にここから助かる術はない。

 それでもキーアは諦めずに《識》で凝視する。

 その抵抗を歯牙にも掛けず、狂竜は《灰》に顔を掴まれたまま食事を再開する。

 

「ううっ……」

 

 激痛がフィードバックされ、再び死の気配が忍び寄る。

 気が狂いそうな恐怖を抑え込み、ひたすらに集中力を高めてキーアは――《深淵》に触れた。

 

「あ……」

 

 不意に狂竜に見えた光の線に指を合わせる。

 その指は固いはずの竜の鱗に音もなく沈み込み、そのまま《灰》は線に沿って指で狂竜の肩をなぞり――切り落とした。

 

「ガアアアアアアアアア!?」

 

 狂竜は数秒遅れて感じた痛みに悲鳴を上げて仰け反り、それを逃さず《灰》は狂竜の下から脱出して太刀を拾う。

 

「っ――」

 

 技も何もない一太刀と振り回された鉄球がぶつかり合い、光の線をなぞった刃は紙を裂くように抵抗を感じさせずにそれを両断した。

 

「――あは――」

 

 右腕と尾を切り落とされのたうち回る狂竜を見下ろしてキーアの顔を不気味に歪む。

 狂竜の身体に走る無数の線。

 それに沿うように太刀を振れば抵抗もなく切れる手応えにキーアは“力”を実感する。

 

「あはははっ!」

 

 お返しだと言わんばかりに《灰》は狂竜を踏みつけて何度も何度も斬りつける。

 絶命した幻獣は七耀の光となって大気に還り切るまで《灰》は太刀を振り続けた。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……行かなくちゃ……」

 

 目が、頭が焼けるように熱い。

 視界に映るものには幻獣と同じように光の線が見える。

 

「っ――」

 

 その無数の光の線を見たキーアの目は更に熱くなり――誰かの手の平がキーアの視界を覆い隠した。

 

「あ……」

 

 顔に触れた手のぬくもりにキーアの身体から力が抜ける。

 《灰》は膝を着き、疲れ切ったキーアの意識はそのまま落ちて行く。

 

「待って……キーアはあなたに謝らないといけないことが……」

 

 キーアは自分しかいないはずの操縦席で振り返るが、薄れゆく意識に抗う事はできず眠りに落ちた。

 それに合わせてヴァリマールの意識も落ちる。

 そんな《灰》の背後に狂竜とは別の幻獣が忍び寄り――空から降って来た翼を持つ魔煌兵によって潰された。

 

「ククク……坊主程じゃないが、根性を見せるじゃねえか」

 

 動かなくなった《灰》を見下ろし、魔煌兵の中から男が笑った。

 

 

 

 

「おおっ!」

 

 それを見た者達は思わず感嘆の言葉を漏らした。

 山道を塞ぐように現れた三体の巨大な甲冑人形が身の丈に迫る程の盾を持ち、地面に突き立てて横に並ぶ。

 山道を伝って流れ落ちて来た溶岩をその盾で受け止め、先に掘っておいた堀へと溶岩は流れを変えて逸れて行く。

 

「おおおっ!」

 

 そして郷の中でもまた魔煌兵が各所で現れ、これまでの破壊によって生まれた瓦礫を撤去していく姿に歓声の声が上がる。

 しかし歓声とは裏腹にダーナの顔は優れなかった。

 

「…………またこの光景を見ることになるとは思ってなかったかな」

 

 《星》によって破壊された街並み。

 空を見上げれば半透明の結界が広がり、その向こうには焔を纏った《星》が見える。

 

「あ、あのダーナさん」

 

 哀愁を漂わせるダーナにエリゼは恐る恐る声を掛ける。

 

「ん? 何かな?」

 

 憂いの顔を隠し、女学院にいた頃のような微笑でダーナはエリゼに振り返った。

 

「ありがとうございます。これでユミルは救われました」

 

「あ……」

 

 ユミルを代表した感謝の言葉にダーナは思わず目を逸らす。

 

「ダーナさん?」

 

 そんな不自然なダーナの態度にエリゼは首を傾げる。

 彼女の背後には、エリゼと同じように既に助かったつもりの人々の安堵が広がっている。

 そんな人たちに水を差すいたたまれなさと無力感を感じながらダーナは口を開く。

 

「喜ばせてしまって申し訳ないけど、私がやっているのは悪あがきに過ぎないんだよ」

 

「悪あがき?」

 

「《緋色の予知》……」

 

 ダーナは目を伏せてエリゼに説明する。

 

「私の予知は色によってどれくらい確実か分かるの……

 緋色に染まった予知は避けることのできない確定した未来。だからユミルの郷がなくなることは変えられない」

 

「そんな……」

 

 ダーナの言葉にエリゼは絶句する。

 

「なんとかならないんですか?」

 

「これは努力で変えられるものじゃないの……ごめんね」

 

 申し訳なさそうに謝るダーナにエリゼは詰め寄り、叫びかけた八つ当たりの言葉を呑み込む。

 

「――それでもありがとうございます」

 

 ダーナが来てくれてなければ、魔獣に轢かれて死んでいた身だったことを思えば感謝こそすれ、罵倒する理由はない。

 今も魔煌兵を召喚し、溶岩を受け止めて避難する時間を稼いでくれていることを思えば十分に働いてくれている。

 

「ですがどうしてダーナさんはユミルに?」

 

 その憤りを誤魔化すようにエリゼは話を逸らす。

 

「ダーナさんはミルディーヌと一緒にオルディスへ向かうと言っていましたよね?」

 

「ミュゼちゃんのことは安心して。ちゃんとイーグレットのお爺様たちの所に送り届けたから」

 

 後輩の安否を気遣うエリゼにダーナは無事を知らせる。

 

「私が来たのは、ミュゼちゃんにお願いされたからだね」

 

「ミルディーヌがお願い?」

 

「うん。《緋色の予知》のことを話してユミルが危ないことを知ったミュゼちゃんは自分は良いからエリゼちゃんやアルフィンちゃんを助けに行って上げて欲しいって言い出したの」

 

「そうですか……」

 

「……だけど、ミュゼちゃんにお願いされてなくても来てたかな」

 

「え……?」

 

「『自分にもしものことがあれば、義妹や家族のことをお願いします』……そう頼まれていたから」

 

「頼まれた……いったい誰に?」

 

 そう聞き返すエリゼにダーナは困った顔をして言葉を濁す。

 

「……ごめんね。たぶん今のエリゼちゃんには言っても意味はないんだ」

 

「ダーナさん」

 

 ワイスマンやクリス達と同じようなことを言うダーナにエリゼは顔をしかめる。

 

「それよりエリゼちゃんも早くあの空飛ぶ船に戻って、後は私がやっておくから」

 

「ダーナさん、ですが……」

 

 避難を促されてエリゼは迷う。

 予定していた時間は過ぎたが、まだ飛行艇は発進していない。

 

「飛行艇に乗れる人には限りがあるんでしょ? 残っている人達は私が誘導するってアルフィンちゃん達に伝えてくれる?」

 

 理由をつけて自分を先に避難させようとする意志をエリゼは感じ取る。

 そしてダーナはエリゼが行きやすいように郷中に聞こえるように声を上げる。

 

「飛空艇に乗り切れない人、体力がある人は西に集まって下さい! 魔煌兵を使って私が切り拓きます!」

 

 その言葉によって人の動きが変わる。

 唯一の命綱だった飛行艇に群がるのを止め、ダーナやテオの誘導に従って体力のある者達は郷の西側へ移動していく。

 捨てられる積み荷を捨て、人を乗せられるだけ乗せた飛行艇は周囲の安全を確認してハッチを閉じ、空へと飛び立つ。

 残された大人や体力がある者達は魔煌兵が切り拓いた道を歩いてユミルから脱出する。

 決して大都市ではない秘境だった郷からは人の陰はなくなり、閑散とする。

 そんな郷の半壊した領主邸を麓からのダインスレイブとは違う、導力砲による砲撃が撃ち抜く。

 それを呼び水に大地が割れ、ユミルそのものが山崩れとなって崩壊した。

 

 

 

 

「何で……何でこんなことができる?」

 

 膝を着いた黒のゴライアスの首を掴んで持ち上げ、クリスは黒い瘴気を纏いながら話しかける。

 最後の力を振り絞って行ったゴライアスの砲撃は見事にユミルを撃ち抜いて崩落させた。

 救助活動を行っていたアルフィン達が無事なのかどうか、今のクリスには分からない。

 

「言ったはずだ。オズボーンに関わる全てを俺は燃やし尽くすってなあっ!」

 

 生気を吸われ、息も絶え絶えにしながらもヴァルカンは気炎を吐く。

 

「そのために何の罪もないユミルの人達を巻き込んで、それが人間のすることか!?」

 

「関係ならあるって言ってんだろうが!」

 

 言い返すヴァルカンにクリスは呆れ果てる。

 ユミルがオズボーン宰相の生まれ故郷であり、狙撃された彼が匿われている候補地の一つだと言う事は聞かされた。

 しかし、そんな理由でだけで一つの郷を崩落させるのはあまりにも度が過ぎていた。

 

「もう良い……死ねよ」

 

 悪びれもしないヴァルカンにクリスは《緋》の手に力を込める。

 

「ククク……お前にそんなことができるのか?」

 

 まるでクリスにはそんな度胸はないと言わんばかりにヴァルカンは嘲笑を浮かべる。

 散々邪魔をしてきたⅦ組だが、所詮は子供の集まり。

 自分達を殺せる機会はこれまで何度もあったのに、その甘さで何度も取り逃がして来たことからクリスには人を殺せる度胸などないのだと高を括ったような言葉。

 

「それに例え俺を殺しても、俺の意志は解放戦線の仲間の中に息づいている……

 例えここで殺されたとしても、帝国の全てを焼き尽くすまで俺達は止まらないんだよ!」

 

「だから何だって言うんだ?」

 

 静かにクリスは言い返す。

 

「そうだな……お前の言う通り、僕はまだ人を殺す覚悟なんてできていないかもしれない……」

 

 だけど、と言葉を区切り、黒い意志を呑み込んでクリスは言葉を作る。

 

「お前はまだ殺すつもりなんだろ?」

 

 彼が吐いた言葉を信じるのなら、彼らはオズボーン宰相に所縁のある全てを滅ぼし、狙撃して殺した彼の死体を見つけるまで破壊と殺戮を繰り返す。

 今のユミルのような事を他でも繰り返すというのなら、例え手を汚すことになったとしてもクリスはもはや躊躇わない。

 

「お前はここで死んでおけ」

 

 これから先の犠牲を少しでもなくすためにクリスは《緋》が掴む手から黒のゴライアスからあらゆる力を吸い取り――

 

「ハッ……流石はあのクソ野郎の国の皇子様だな」

 

 声と共に横撃された衝撃に《緋》はゴライアスを放して吹き飛ばされる。

 

「っ――クロウッ! 来てくれたのか!?」

 

 その衝撃に一帯を覆っていた緋色の風が消え、息を吹き返したヴァルカンは自分を庇う様にたたずむ《蒼》の背中を見て叫ぶ。

 

「おう……随分と派手にやってるじゃねえかヴァルカン」

 

 噴火した山と崩落した山を一瞥し、クロウは喜悦を含んだ声で応える。

 

「ここは俺に任せて、お前はログナー侯爵を連れて撤退しな」

 

「……ああ、気を付けろよクロウ」

 

 クロウの指示にヴァルカンは一言残して撤退する。

 それを見送り、《蒼》は《緋》に向き直る。

 

「クク、久しぶりだな。偽物のセドリック皇子」

 

 揶揄うようなの呼び掛けにクリスは眉を潜めながら立ち上がり、《蒼の騎神オルディーネ》を睨む。

 

「帝国解放戦線リーダー《C》――いや、旧ジュライ市国出身、クロウ・アームブラスト……」

 

「そういえばアランドールがいるクロスベルに行っていたらしいな」

 

 告げられた肩書にクロウは肩を竦める。

 

「話は聞いたよ……

 ジュライが帝国に併合された時、先輩の祖父が起こしたテロ事件……その意思を継いで先輩はテロリストに――」

 

「ふざけんなっ!」

 

「なっ!?」

 

 突然の激昂と共にダブルセイバーで斬りかかって来る《蒼》にクリスは驚きながらもその一撃を手に剣を生み出し受け止める。

 

「じいさんじゃねえ! 全部、全部お前達、帝国が――オズボーンのクソ野郎がやったことだ!」

 

「っ――それを貴方が言うかっ!」

 

 クリスもまた激昂して、剣を振り抜き《蒼》を弾き返す。

 ゼムリア大陸北西に位置する、帝国に併合されたジュライ市国。

 その併合するきっかけとなった鉄道の爆破事件。

 犯人は見つからず、様々な憶測が当時のジュライでは飛び交った。

 その中でもっとも有力な説だったのが、大国である帝国の経済圏に呑み込まれ、乗っ取られることを危惧したアームブラスト市長が起こした犯行だったと話だった。

 それを全て鵜呑みにしたわけではないのだが、クリスは激昂してクロスベルで資料を読んだ時から考えていた指摘を叫ぶ。

 

「アームブラスト先輩はテロリストをしているじゃないか!」

 

「っ――」

 

「表の顔がどんなに善人だったとしても、裏の顔があるんだって証明しているのは誰だ!?」

 

「ぁ……」

 

 欺瞞を突き付けられ、クロウは直前までの余裕を忘れて怯む。

 それはクロウがずっと目を逸らして来た疑問。

 考えてしまえば決意を鈍らせてしまうと無意識に感じていた矛盾。

 

「アームブラスト市長の罪を誰より証明しているのは他の誰でもない、アームブラスト先輩じゃないか!」

 

「――れ」

 

「だいたい疑われる容疑者なら他にも――」

 

「黙れっ!」

 

 クリスの言葉を遮ってクロウは叫び、《蒼》は《緋》に斬りかかる。

 

「あいつさえいなければ全部うまく行っていたんだよ! あいつさえいなければっ!」

 

「それは――こっちのセリフだっ!」

 

 クロウの身勝手な言葉にクリスも言い返す。

 彼がオズボーンを狙撃しなければ、“彼”は単身で、即日にクロスベルを制圧をしようとは思わなかっただろう。

 

「オズボーンの味方をするならお前も敵だっ!」

 

「罪のない民を巻き込む外道が!」

 

 《蒼》と《緋》は黒い瘴気を纏い激突する。

 剣を交える度に大地は揺れ、大気が鳴動する。

 黒が混じった《蒼》の霊力が迸り、黒が混じった《緋》の霊力が迸る。

 クロウはクリスを、クリスはクロウを敵と見定め、それぞれ相手の命を狩るために刃を振るう。

 

「コロス――ホロビロッ! エレボニアッ!」

 

「オマエタチハ――イキテイテハイケナイイキモノダッ!」

 

 《蒼》は装甲を開き、全身に金の光を纏う。

 《緋》は装甲を開き、その背後に無数の武具を顕現させる。

 

「ガアアアアアアアッ!」

 

「シャアアアアアアッ!」

 

 《蒼》は最高の速度で《緋》に突撃し――

 《緋》は最高の手数を引き下げて《蒼》に突撃し――

 

「いい加減にしなさいっ!」

 

 次の瞬間、マクバーンから要請を受けて駆け付けた《銀》によって《蒼》と《緋》を空高く打ち上げられるのだった。

 

 

 

 

 

 







リザルト
《桃》灼熱砲の反動、狂竜リンドバウムのグランシュトロームの直撃を受けて大破
《灰》消滅の《零》の力の反動、狂竜に喰われて大破
《緋》《銀》の250年前の借りを含んだ一撃を受けて大破
《蒼》上のとばっちりで大破?




原作の設定を否定するつもりはないんですが、アームブラスト市長が本当に潔白だったのか自分は以下の根拠で怪しいと考えています。

1孫にギャンブルを教えた市長
 正確にはカードなどのゲームらしいですが、それらを楽しむ余裕がジュライにあり、帝国の資本で娯楽が活性化していたと考えると首を傾げます。
 まあこれは市長の忠告を聞き流し、クロウが遊び歩いてしまって祖父を追い詰めたという自責の念に繋がっているかもしれませんが。

 《空》では表向きでは善人だったダルモア市長が借金を理由に事件を起こしていたのも彼の印象を悪くしている一因ですね。


2黒の史書の性質
 預言があるため、起きる事件に備えているだけで良いのがオズボーン側のスタンスであること。


3鉄道網が繋がったことで不利益を被った人がいる事
 原作では帝国政府とジュライのことしか語られていませんでしたが、鉄道網が繋がったことで、それまでジュライと帝国間の関税を独り占めにしていたあの貴族様が一人だけ損をしています。
 オズボーンに利益を掠め取られた彼が果たして黙って見ているだけで終わるのでしょうか?


4作中でも述べた通りクロウの存在。
 意図的なんでしょうけど、原作で語ったアームブラスト市長の人物像はクロウとよく似ています。
 そんなクロウがテロリストになったのに祖父は本当に何もしていなかったのか?



他にも理由はありますが、以上の理由でアームブラスト市長を怪しんでいます。
もちろんオズボーンが働きかける理由があることも理解していますが、アームブラスト市長側にも実行するだけの理由や根拠は十分にあったと考えています。







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26話 セレンの園




今回の話は幕間の話となります。





 

 

 そこにはもうかつての風光明媚な光景などなかった。

 もっともダーナが知るその場所は季節外れの大雪が吹雪いていた時のものだったり、千年前の光景であったりと以前の光景を惜しむことはできなかった。

 

「私は……また守れなかった……約束したのに……」

 

 抉られた岩肌。

 大きなクレーターの中央に突き立つ鉄杭。

 半分砕けた石碑に灰が降り積もる大地。

 それらの光景はダーナにかつての故郷の最後を彷彿とさせる。

 

「っ――」

 

 感傷を振り切ってダーナは砕けた石碑に手をかざす。

 石碑はほのかな光を明滅させると幻の様に消え、洞窟が現れる。

 ダーナは一度振り返り、その洞窟へと踏み入る。

 氷の回廊を抜け、氷霊窟へと進み、祭壇へと登る。

 そこで石碑にしたように手をかざす。

 すると新たな通路が現れ、その先へと進む。

 

「あ……」

 

 覚悟を決めて踏み込んだ広間の光景にダーナは見上げる程に大きく育った“樹”に思わず安堵する。

 

「良かった……ここは無事だった……」

 

「ここが《セレンの園》って奴か?」

 

 ダーナの後について来た二人の内、壮年の男は巨大な“樹”に圧倒されながら尋ねる。

 

「はい……」

 

 その言葉にダーナは頷き、足元の石板に書き残された説明を読み上げる。

 

「《セレンの園》は各々の時代を生きし“人”の想念が辿り着く場所……

 想念を糧として彼の“樹”は育つ……

 想念とは闘争の“黄昏”から零れ落ちた、“人”の悲嘆、祈りと言った意志に他ならない」

 

「悲嘆や祈りね……」

 

 ダーナの言葉に男は頭を掻く。

 戦闘狂を自称する男にとって馴染むのは“闘争”の想念であり、場に満ちた神秘的な空気の元を知ってしまうと途端に居心地の悪さを感じてしまう。

 

「“黄昏”もまた“人”の意志、積み重なりし想念を利用した超越者の如き大いなる力……

 “涙の樹”が育ちし時、忌まわしき“黄昏の大樹”に諍うことが可能となろう」

 

 読み終えて、ダーナは改めて広間の中央に位置する“樹”を見上げる。

 《セレンの園》の目的は“闘争”とは逆の想念を積み上げることで“黄昏”に匹敵する因果を紡ぐこと。

 ダーナの時代では当時の過去の想念を合わせてもまだ“樹”は若く、“黄昏”の因果を払い除ける力はなかった。

 しかし、今はあの時よりも“樹”は大きく成長している。 

 触れて、調べてみなければまだ分からない。

 それでも一縷の希望を胸にダーナは一歩前に踏み出し――

 

「やはり、来ましたか」

 

 落ち着いた声が響き渡ると彼女たちの背後に彼らは現れる。

 

「あ……」

 

「お久しぶりです。ダーナさん」

 

 その内の一人、海洋生物のような外見の異形が丁寧な口調で話しかけた。

 

「ヒドゥンさん……」

 

 ダーナは彼の名を呟き、獣人の異形のミノス、翠の異形のネストール、そして黒装束の頭巾で顔を隠したウーラを順番に見据える。

 

「《セレンの園》か……懐かしいのう」

 

 ネストールは感慨深く《園》を見回す。

 

「ネストールさん?」

 

 その言葉にダーナは哀愁を感じ取り首を傾げる。

 嫌な予感を感じながら、ダーナはそれを口に出せずにいるとミノスがそれを見透かしたように口を開く。

 

「その様子なら気づいているみたいだな」

 

「ミノスさん……」

 

 ミノスは腕を組み、淡々と事実だけを告げる。

 

「ここの水道橋は各地の“人”に対応している」

 

 彼が言う水道橋とは“樹を取り囲むように六方に造られた橋。

 そこから少ない水が滴り落ちて、“樹”に水を与える造りとなっているが、その水量はあまりにも少なかった。

 

「人がこの地に打ち込んだ《機》によって霊脈は壊された……

 各地から集まるはずの想念は途切れ、蓄えたそれも噴火と言う形で発散させられた」

 

「っ……」

 

 流れが途切れ、枯れようとしている水道橋を見上げるミノスからダーナは視線を落として俯く。

 

「“黄昏”ほどの摂理に干渉するにはそれに匹敵する膨大な想念が必要だった……

 “想念の樹”を見れば自ずと分かる。あの“樹”は確かに成長したが、まだまだ若かった……」

 

 ウーラが“樹”を見上げて続ける。

 

「地上で生きた過去の“人”の想念を積み重ねても未だに足りていなかった……

 そして人の騒乱により、ユミルの霊脈は断たれ、想念の水は程なくして完全に途絶えるだろう」

 

「すでに“緋色の予知”とやらで視えているのじゃろう?」

 

 ウーラの言葉を引き継ぐようにネストールが諦観を滲ませて告げる。

 

「もはや我々に諍う術などありはせん」

 

「あなたは最後まで本当によく頑張りました」

 

 ダーナを労う様に、そして自分達に言い聞かせるようにヒドゥンは――《セレンの園》を造った者として告げる。

 

「だからこそ理解したと思います……

 “黄昏”を止めることが到底不可能であるということを」

 

 改めてダーナは振り返り、園を見回す。

 想念の流れが途切れた水道橋。

 散り始めた“樹”の葉。

 さらに目を凝らせば壁面などには無数の亀裂が走り、建物そのものが崩落しようとしている。

 その光景に否が応でなく理解させられる。

 

「…………ここが…………」

 

 ダーナは目を伏せ、張り詰めていた糸が切れたように膝を折る。

 

「この園が最後の頼みの綱だったのに……」

 

 その姿に異形たちは目を伏せる。

 彼女の無念はそれこそ自分達の無念。

 むしろ彼女よりも長い時間を掛けて《セレンの園》を維持し、一縷の希望に縋っていたからこそその絶望は深い。

 あまりに長い時間を掛けた悲願だったからこそ、それが潰えて憤りを感じるよりも“諦観”してしまう。

 彼らはかつて滅ぼされた“絶望”をようやくを受け入れ、“黄昏”に屈した。

 ダーナもそうなるだろうと言わんばかりに異形たちは彼女を見守り――

 

「……まだ……」

 

 小さく呟き、ダーナは立ち上がって顔を上げる。

 

「まだだよ」

 

 その顔に“絶望”はあっても“諦観”はなかった。

 

「…………やはり、貴女は諦めないんですね。ダーナさん」

 

 ウーラは予想通りだと言わんばかりに頷き、他の三人に視線を送る。

 

「どうやら貴女が言った通りになりましたね」

 

「で、あるならば手早く済ませるとしよう」

 

「ああ、こいつになら託せる」

 

 ウーラの言葉に応えるようにヒドゥン達は頷き合うと、その体に光が灯る。

 

「これは……?」

 

 ウーラの別の名を呼び、彼らの行動にダーナは困惑する。

 

「このままでは私たちは“黄昏”に呑み込まれるでしょう」

 

「千年掛けて集めた“涙の想念”……それをこのまま《黒》に奪われてしまうのは惜しい」

 

「“樹”に残った想念と儂ら自身の想念……

 《黒》を滅する“力”には及ばないだろうが、打ち合う“力”の足しくらいにはなるだろう」

 

 四人の身体は光に溶けるように薄れ、広間の四方へと散って行く。

 

「おそらく、この後私たちは“黄昏”を支える守護者として利用されるでしょう」

 

「それがどのような形で使われるかは分からんが、その時は躊躇わず妾達を倒すと良い」

 

「クク、せいぜい足掻いてみせるんだな」

 

 最後の言葉を残して異形たちは光となって消え、三つの水道橋へと吸い込まれた光は《想念の水》となって“樹”へと注がれる。

 

「…………ダーナさん。御武運を」

 

「待ってサライちゃん!」

 

 ウーラは黒装束のフードを脱ぎ、ダーナにそう言い残すとヒドゥン達と同じように光となって消える。

 そして他の者達と同じように水道橋の一つから水が溢れ、“樹”は一際大きく成長する。

 

「…………」

 

「…………で、どうするんだ嬢ちゃん?」

 

 立ち尽くすダーナにこれまで空気を読んで黙っていた男は尋ねる。

 

「……お願いします。ルトガーさん」

 

「良いのかい? “力”を受け取るって言うなら、嬢ちゃんが受け取るってのが筋だろ?」

 

「想念の力は摂理や理法とは相反するもの。私が扱う理力とは対極にあるものだと思う……

 それに私にはまだできることがあるかもしれない。だから“力”は戦う貴方達に受け取って欲しいかな」

 

「そうか……」

 

 男、ルトガーは一つ頷き、ならばと自分と同じように黙っていた少女に振り返り、促す。

 

「そういうことだ。頼めるかシオン?」

 

「はい」

 

 ルトガーの呼び掛けにシオンは頷き、手をかざして戦術殻を呼ぶ。

 

「それじゃあシオンちゃん。その戦術殻を“樹”に掲げてみて」

 

 ダーナの指示にシオンは頷き、戦術殻が光り輝く“樹”の前に差し出される。

 それを合図に“樹”は広間を満たす程の光を放ち、紫の戦術殻へと集束していく。

 戦術殻の姿は変わらなくても、その中に騎神を滅する《想念の剣》の力が宿る。

 

「《デュランダル》を《ミストルティン》として更新します」

 

 淡々とした口調でシオンは告げる。

 園を満たしていた想念の光は薄れ、それと共に“樹”は枯れ、“水”は干上がる。

 瞬く間に《セレンの園》は朽ちていく。

 先人たちが“黄昏”に対抗するために千年維持し、ダーナも希望にした存在の終わりに胸が締め付けられる。

 

「――行きましょう」

 

 後ろ髪を引かれる思いを振り払いダーナはルトガーとシオンにここの用は終わったと告げて踵を返し歩き出す。

 

「っ――」

 

 気付けばダーナは一人でそこに立っていた。

 

「これは《緋色の予知》? 何で今?」

 

 突然の予知の発動に思わずダーナは身構える。

 いつからだっただろうか。《緋色の予知》の“絶望”しか見えなくなったのは。

 こう言った事象の合間、ダーナの心が弱るその度に《緋色の予知》を見せさせられる。

 

「ここは……《セレンの園》?」

 

 緋色に染まった景色の場所は変わらない。

 既に役目を果たして終わってしまったこの場所にいったい何があるのだろうかとダーナは首を傾げて周囲を見回して振り返り――息を呑んだ。

 

「……うそ……」

 

 そこにはダーナが初めて見る《色》があった。

 《緋色》の景色を塗り潰すように広がって行く《灰色の樹》。

 枯れたはずの“涙の樹”の場所に、あの“樹”よりも小さな幻想的な結晶の“樹”。

 その根元には――

 予知から現世へと意識が戻るのもまた唐突だった。

 いつの間にか追い越されていたルトガーとシオンの二人の背中から振り返って《セレンの園》を見渡す。

 そこにあるのは役目を終えて朽ちた“樹”と荒れ果てた建築物だけ。

 

「私にも……まだ選べる未来があった……」

 

 予知を反芻してダーナは胸に込み上げてくるものを感じずにはいられなかった。

 《緋色》を侵す《灰色の予知》。

 それが何を示しているのか、数多くの予知を見て来たダーナも分からない。

 それでも――それでもダーナの瞳から涙が零れた。

 

「…………ありがとう……」

 

 誰にともなくダーナは礼を呟き、自分に望まれた役目を果たすために双剣を抜く。

 

「あの人も……私と同じ……」

 

 その存在が消されてもなお諍っている人がいる。

 自分は孤独ではないのだと、この時代に流れ着いたことをダーナは女神に感謝する。

 

「ここが……必要になる時が来る。だから――」

 

 ダーナは一呼吸で跳び、枯れた“樹”に間合いを詰めると双剣を――その根元に《焔》と《大地》の剣を突き立てた。

 

 

 

 

 

 

 



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27話 暗中

 

 

 オスギリアス盆地。

 ユミルとは山を挟んだラマ―ル州に存在する人の手が及んでいない荒野。

 そこに飛空艇に詰め込まれたユミルの郷の住人と、魔煌兵に先導されて山を踏破して辿り着いた者達は互いの無事を喜び合う。

 しかし、アルフィンはその喜びを分かち合うことはなく、艦長席に肩身を狭くして座っていた。

 

「――ですから、ここはノーザンブリアへと向かうべきかと思います」

 

 そう提案するのはユミルの警備隊として在住していたアプリリス。

 滅びるユミルから脱出できたものの、本格的な冬が始まろうとしている季節。

 ただでさえ着の身着のまま脱出した自分達には今日の食べ物にさえないのが現状である。

 例え火山の噴火や山崩れから逃れることができたとしても、このままでは寒さに凍え、飢えによって動けなくなる未来が待っている。

 その恐ろしさを誰よりも理解しているアプリリスは避難先にオスギリアス盆地から目と鼻の先にあるノーザンブリアを挙げる。

 

「だけど、ノーザンブリアに行くにはドニエプル門を超えないといけないんだろ?」

 

「いくら目と鼻の先でも、貴族連合の関所をこの人数で超えるのはちょっと難しいんじゃないかなぁ?」

 

 アプリリスの提案にスウィンとナーディアが反対意見を出す。

 

「この飛行艇にはステルス機能がついていると聞くが?」

 

「確かにそんな機能はあるけど、この人数を詰め込んで長時間の移動はお勧めしないぜ」

 

「今倒れている人の中には酸欠でとかで体調を崩している人達もいるもんねー」

 

 スウィンの答えにナーディアが付け加える。

 小さくても郷一つ分の人口を収容できる程、飛空艇は大きくない。

 

「それに今回はうまく行ったけど、操縦をミスったら詰め込んだ奴等が圧死していた可能性だってあるんだ。そう言う無茶は勘弁してくれ」

 

 そう言ってスウィンは肩を竦める。

 

「先程クラウ・ソラスに乗って外観を目視で検査しましたが、火山岩の飛沫を受けて各部に細かい損傷が多数ありました……

 航行に支障がなかったとしても一度、専門家に診てもらうことを進言します」

 

「そうなると飛行艇は導力車程度と考えた方が良いか」

 

 アルティナの報告にテオが地図に新たな情報を書き込む。

 アルフィンが何も意見を出せないまま、会議は進んでいく。

 

「《C》から連絡があったよ。《騎神》はティルフィングも含めて回収できたみたい。こっちに向かっているけど驚かないように、だって」

 

「驚かないように? どういう意味でしょう?」

 

 ナーディアの報告にアルティナが首を傾げる。

 

「こちらに向かっているのならすぐに分かるでしょう」

 

 会議室に浮かんだその疑問をテオがその一言でまとめる。

 

「私たちの現状は確認できたので、会議はひとまずここまでとしよう……

 具体的な方針はクリス君達と合流してから改めて考えよう」

 

「そうですね……《騎神》に頼れるのならできることの幅も広がりますし、別の良案も彼らにあるかもしれません」

 

 テオの提案にアプリリスも賛成し、それに異を唱える者はいなかった。

 会議はそこで終わり、テオとアプリリスは避難民の様子を見て来ると艦橋を出て行き、アルフィンはまだナーディア達がいるにも関わらず深い息を吐き出した。

 

「お疲れ様、お姫様」

 

「ナーディアさん」

 

 労いの言葉を掛けてくれるナ―ディアにアルフィンは自嘲を口にする。

 

「わたくしは本当に役立たずですね。これならエリゼと一緒に下に行っていた方が良かったのに……」

 

 意見の一つも上げられなかったことにアルフィンは自分がここにいる意味を振り返る。

 我儘を押し通して外国に避難せず弟たちと一緒に帝国に戻ったものの、アルフィンはみんなが戦い、頭を悩ませている時に何もできていなかった。

 

「これならクロスベルに残っていた方が良かったのでしょう」

 

「んーお姫様はもうギブアップだったりするの?

 この程度のこと、割とよくあることなんだけどなー」

 

「あんな事がよくあることって、信じられません」

 

「本当だよ。標的を一人殺すために大型旅客船を爆破する……

 なーちゃん達が所属していた組織だとそういうやり方をする人達もいたから」

 

 事もなげに、それこそ世間話のような気軽い口調で闇の深い話をするナ―ディアにアルフィンは息を呑み、スウィンに視線を移す。

 否定して欲しいと思った眼差しにスウィンは肩を竦めるだけで、ナーディアの言葉を否定しようとはしなかった。

 

「帝国でもこういった焼討は獅子戦役の頃に各地で起こったという記述があります」

 

 更に追い打ちを掛けるようにアルティナが歴史の話を持ち出す。

 

「そもそもあんたが下に行った所でできることなんてないし、あんたの役目は椅子に座っているのが仕事みたいなもんなんだから別に良いんだよ」

 

「スウィンさん……」

 

「それぞれが自分の役割を全うする。あんたがここにいるってだけで下の連中が暴動を起こさない一因になっているんだ。だからあんまり自分を卑下する必要はないんだ」

 

「…………ありがとうございます。スウィンさん」

 

 際限なく落ち込もうとしていたアルフィンの心は彼の言葉によって、少なからず軽くなる。

 

「むー……」

 

 成り行きで見つめ合うスウィンとアルフィンにナーディアは半眼になり、おもむろにスウィンの腕を抱き締めるように取って体を寄せる。

 

「おい、ナーディア?」

 

「残念だけど、すーちゃんは売約済みです」

 

「売約って……いきなり何言ってんだお前は?」

 

 突然のナーディアの主張にスウィンはたじろぐ。

 

「あらあら……」

 

 アルフィンはこんな状況だというのに普段と変わらない二人の様子に思わず笑みを浮かべ――艦橋にアラートの音が鳴り響いた。

 

「…………どうやら近付いて来る機影があるようです」

 

 いち早くその警報に反応したアルティナが端末を操作して報告する。

 

「っ――貴族連合の追手ですか?」

 

「……東から大型飛行艇。ですがこれは帝国で運用している飛行艇のどれともデータは一致しません」

 

「どれどれ……お? 向こうからメッセージが来ているね」

 

 アルティナに並んでナーディアも端末を操作し、相手から送られてきた伝聞をそのまま読み上げる。

 

「こちらは《C》。現在、《紅の方舟》グロリアスにてそちらに向かっている……だってさ」

 

「《C》が驚かないようにと言っていたのはこのことだったんですね」

 

 アルティナは思わず嘆息する。

 

「《紅の方舟》と言うのは分かりませんが、どうやら無事に合流できそうですね」

 

 《C》からの連絡に改めてアルフィンは安堵の息を吐き、またアラートが響く。

 

「今度は何だ?」

 

「…………西の方角から大型飛行船《ルシタニア号》……オーレリア・ルグィンの名で避難民の保護にやって来たと言っています」

 

「オーレリア・ルグィンって、たしか貴族連合の将軍だよな?」

 

「ユミルからの追手じゃなくてオルディスからの追撃かな? 避難民の保護なんて言っているけどちょっと怪しいねー」

 

 アルティナの報告にスウィンとナーディアは警戒心を強める。

 

「それから南側からもこちらに近付いてくる機影があります……これは《紅の翼》カレイジャスです」

 

「カレイジャス……まさかお兄様っ!」

 

 その報告にアルフィンは歓声を上げる。

 奇しくも詰んだ状況に陥っている彼らの下に新たな光明が示されるのだった。

 そして目立つ三つの飛行艇の接近に紛れ、一体の機甲兵が白旗を掲げてオスギリアス盆地に向かっているのに誰も気付かなかった。

 

 

 

 

 

「…………」

 

 《黄金の羅刹》は腕を組み、無言で彼女を睨む。

 

「…………」

 

 対するは顔を兜で隠した《鋼の聖女》。

 《羅刹》からの覇気を受け流し、事の成り行きを見守る様にたたずむ。

 

「セドリック! アルフィン! 二人とも無事で良かったっ!」

 

「あ、兄上……」

 

「お、お兄様……」

 

 感極まって双子の弟妹を抱き締めるオリヴァルト殿下にクリスとアルフィンは戸惑いながらも抱擁を拒むことはしなかった。

 そして――

 

「この度は私の父がとんでもないことをしでかしてしまい、申し訳ありませんでした」

 

 東方の最大の謝辞を述べる姿勢――土下座をする少女が一人。

 

「アンゼリカ殿。君が気に病むことではないだろう。顔を上げてくれたまえ」

 

「いいえ、本来なら護るべきノルティア州の一員であるユミル、あろうことかログナー家が率先して襲うなどあってはならないことですっ!

 ここは腹を切って詫びを――」

 

「アンちゃんダメーッ!」

 

「落ち着いてアンッ!」

 

 自刃しようとするアンゼリカをオリヴァルトと一緒にカレイジャスでやって来たトワとジョルジュが止める。

 

「早まらないでくださいアンゼリカ先輩」

 

 ガイウスはそれに加勢してアンゼリカを羽交い絞めにする。

 

「止めるな! 帝国貴族として、いや一人の人間として私はっ! 私はっ!」

 

 いつもの彼女ならトワに抱き着かれた時点で邪な思考に酔いしれているはずなのに、定着したイメージを振り払うアンゼリカの取り乱しように彼らはどう扱って良いか困る。

 

「しょうがないなぁ……」

 

 それを見兼ねてシャーリィが嘆息し、両腕をガイウスとジョルジュに押さえつけられるアンゼリカの背後に回る。

 

「よっと……」

 

 首に手を回して一捻り、それだけであっさりとアンゼリカの意識は落とされ静かになる。

 

「それじゃあ話し合いを始めようか」

 

 何事もなかったようにシャーリィはその場を仕切って“テスタ=ロッサ”の銃口を最初にオーレリアに向けた。

 

「貴族連合の将軍がいったい何の用? 事と次第によっては覚悟はできてるんだよね?」

 

 その場にいる者達の言葉を代弁するシャーリィの発言に緊張が高まる。

 オーレリアは銃口に気を止めず、周囲を見回す。

 遠巻きに事の成り行きを見守っているユミルからの避難民たちの手にはそれぞれ石が握られている。

 彼らが暴走していないのはテオが自制を促しているからであり、この状況下でも統制が行き届いている人望にオーレリアは感心しながら口を開く。

 

「今の私は貴族連合の将軍としてではなく、ただの個人としてこの場に来ている」

 

 そう言ってオーレリアは振り返り、ルシタニア号の入り口でオーレリアの指示を待つ私兵を顎で指す。

 

「彼らは確かにカイエン公爵家の一派だが、クロワールに従う者たちではない……

 それにこの《ルシタニア号》も所有者の名義は私だが、艦長は彼女だ」

 

 そう言ってオーレリアが指したのは《紅の方舟》の方から降りてその場にいるダーナだった。

 

「彼女のお願いに応えて、私は人員を貸し出したに過ぎん」

 

「へえ……《黄金の羅刹》が顎で使われているなんて意外だなぁ」

 

 挑発めいた言葉をオーレリアは鼻で笑う。

 

「信じる信じないは好きにすれば良い。この場で《ルシタニア号》への命令権を持っているのはダーナであり、部下も私の領地の私兵であり貴族連合とは別の扱いになっている」

 

「オーレリアさんの言っていることは本当です」

 

 オーレリアの主張を裏付けるようにダーナが付け加える。

 

「本当はゼファーさん達と私の三人で来るつもりだったんだけど、ユミルが崩落するならって《ルシタニア号》を貸してくれたんです」

 

 ダーナの言葉に一同はその飛行艇を見上げる。

 クリス達がクロスベルから乗って来た飛行艇よりも大きく、元は旅客船だったこともあり避難民を収容するのには十分な大きさを持っている。

 オーレリア・ルグィンは信じられなくても、火山の噴火の中助けに来てくれたダーナなら信じられると張り詰めた緊張の空気が弛緩する。

 もっともシャーリィは《ルシタニア号》よりもダーナの背後に控えるゼファーと呼ばれた男に意識が向いていた。

 

「ん? どうしたお嬢ちゃん?」

 

「………………」

 

 シャーリィの視線に“西の風”の意味を持つ男――ゼファーはわざとらしく笑みを浮かべる。

 

「クリス達から聞いてたけど本当に生きていたんだ《猟兵王》」

 

「おいおいさっき自己紹介しただろう。俺はゼファー・イーグレットだって、そこのダーナのパパだ」

 

「フィーに言い付けるよ?」

 

「それはやめてくださいって言いましたよね?」

 

「むぅ……」

 

 シャーリィの指摘とダーナの拒絶にゼファーもといルトガーは唸る。

 

「ま、シャーリィは別にどうでも良いんだけど、《西風》は貴族連合に雇われているんじゃないの?」

 

「一流の猟兵でも流石に死人まで駆り出すサービスは請け負っていなんでな……

 それにこっちのボスに言われて、一つ心残りができちまったんだよ」

 

「心残り?」

 

 シャーリィから見て最高の死闘を《闘神》と繰り広げた彼が何を心残りにしたのかシャーリィは興味を持つ。

 

「俺の事は今は重要じゃないだろ? ダーナの嬢ちゃんさっさと仕切ってくれよ」

 

 誤魔化してルトガーはダーナに話を振る。

 オーレリアとルトガーを経由し、改めて注目されてダーナは切り出した。

 

「私がユミルが崩壊する《緋色の予知》を見て、オーレリアさん達は御覧のように皆さんを受け入れてくれる準備を整えてくれていました……

 オルディスは貴族連合の主導者であるカイエン公爵家の領地ですが、皆さんの安全は私が必ず守ってみせます」

 

 ダーナの宣言には未だにオーレリアへの敵意は消せないものの、助かる道が見えて避難民たちの空気が軽くなる。

 

「で、羅刹の方は分かったけど聖女様は何をしにここに来たの?」

 

 シャーリィは次にアリアンロードに銃口を向ける。

 やはり彼女もまた動じることなく、理由を話し始めた。

 

「今回のユミルの崩壊は《黒の史書》の預言にあり、回避は不可能なものでした……

 しかしこれ程の規模の災害となった一因は《結社》の執行者の関与があったからに他なりません……

 その詫びと言うわけではありませんが、皆さんを安全なところへ移動する手助けのため《グロリアス》を借りて来ました」

 

 ユミルに最後まで残った騎神たちと土砂に埋もれていたティルフィングを回収したのはついでだとアリアンロードは付け加える。

 

「もっとも《ルシタニア号》があるのなら、無駄足だったようですが」

 

「連れて行く宛がないなら、そうだよね。ただノーザンブリアに避難するって言うならグロリアスの方が良いかもね?」

 

 オルディスが嫌ならば、ノーザンブリアへと避難する手はある。

 元々旅客船だった《ルシタニア号》では関所や国境警備の目を掻い潜ることはできないが、グロリアスならば問題なく避難民をノーザンブリアに届けることは可能だろう。

 

「それに――いえ、これは後で構いませんね」

 

 クリスとキーアに視線を向けて何かを言いかけてアリアンロードは首を振る。

 

「――それで……」

 

 最後にシャーリィはオリヴァルトに視線を向ける。

 

「僕は――」

 

「クリス達が心配で、貴族連合の偽物を引き摺り下ろす旗頭を引き込むことを理由に革新派を説得して押し通して来たってところかな?」

 

 シャーリィの推測にオリヴァルトは思わず言葉を止める。

 

「いや、その通りだが言い訳をさせてもらうと僕達がセントアークを発った時にはユミルはまだ知らなかったのだよ」

 

「移動距離を考えたらそんなものか……」

 

 オリヴァルトの言い訳にシャーリィは頷く。

 《緋色の予知》に《黒の預言》。この二つを理由に動いていたダーナとアリアンロードが特別であってオリヴァルトが情報で出遅れてしまうのはある意味仕方のないことでもある。

 

「ですが、テオ殿。帝国正規軍で貴方達を保護することは可能です」

 

 オリヴァルトはテオに向き直り提案する。

 現在、セントアークに集結した正規軍はオルディスとヘイムダル間の補給線を分断するために北上している。

 

「テオ殿、貴方には貴族連合――ゲルハルト・ログナーに弟のハイデル・ログナーを謀殺したという嫌疑が掛けられています」

 

「そんなっ! ハイデル卿はまだ生きているのに!」

 

 オリヴァルトがもたらした情報にクリスが憤る。

 

「ええ、僕もそれが濡れ衣だと分かっています……

 ですがオーレリア将軍の庇護下に入るにしても、ノーザンブリアへ避難するにしても貴族連合がどんな無茶をするか分からないので絶対の安全は保障できないでしょう」

 

「ほう、だが正規軍で保護したとしても平民たちが貴族であるシュバルツァー卿を受け入れるのかな?」

 

 オリヴァルトの主張に対してオーレリアが負けじと言い返す。

 

「ええ、僕達の目の届かない所で不当な私刑が行われる可能性は否定できないでしょう……

 なのでテオ殿、リベールに亡命する気はありませんか?」

 

「亡命……ですか?」

 

「ええ、幸いリベール王国には僕の伝手がありましてね、セントアークに残っていた貴族も安全のため同じ理由でリベールへ亡命しなくてもパルム方面まで避難してもらっています」

 

 加えて貴族連合がテオを確保しようとしてもセントアークで正規軍が盾となることができるため、追手から彼らを守ることができる。

 

「…………こんなにも早く駆け付けてくれた貴方達が本気で私たちを守ろうとしてくれていることに感謝します」

 

 降って湧いた三つの道に、詰んでいると思っていた状況が開けたことにテオは安堵を感じながら感謝を言葉にする。

 

「ですが、事はあまりに大きく重要です。話し合う時間を頂けないでしょうか?」

 

 本当なら少しでも早く安住の地へと移動しなければいけないのだが、即断するには重い選択だった。

 それに加えてユミルから脱出して今に至るまで動き続けていたテオも疲労が限界でもあり、正常な判断ができる自信はなかった。

 

「ああ、構わん。食事などはこちらが提供しよう。希望者がいるのなら《ルシタニア号》の客室を使うと良い」

 

「では、こちらは周辺の安全に尽力するとしましょう」

 

 オーレリアの提案に続いて、アリアンロードもまた提案する。

 

「デュバリィ、エンネア、アイネス」

 

「こちらに」

 

 アリアンロードが名を呼ぶと、いつの間にか彼女の背後に鉄機隊が膝を着いて彼女の命を待つ姿勢を取っていた。

 

「今から一昼夜、魔獣を一匹たりともこの場所に近づけないようにしてください」

 

「はっ」

 

 三人を代表してデュバリィが短く答えると、彼女たちはオスギリアス盆地の三方へと散って行く。

 

「ふむ……何も用意していない僕達は何もできないが……ならばっ!」

 

 オーレリアとアリアンロードがそれぞれ必要な支援をしているのに対抗しようとオリヴァルトは何処からともなくリュートを取り出し――

 

「傷付き、疲れた者達を癒すためにこのオリヴァルト・ライゼ・アルノールが一曲歌わせて――」

 

「やめて下さい、兄上」

 

「空気を読んでください、お兄様」

 

 オリヴァルトの善意の演奏は双子の弟妹の辛辣な言葉によって止められるのだった。

 

 

 

 

 

 夜が更ける。

 本格的な冬が始まった季節でもあり、肌寒さを感じる空気の中、クリスは難民キャンプから離れた場所に置いた《騎神》達を見上げた。

 

「はは……壮観だな」

 

 《緋の騎神》と《灰の騎神》に加えて《銀の騎神》。

 それ以外にも《桃色の機甲兵》に《翠の機神》。そして鳥の翼を持つ《魔煌兵》。

 その内の四機は見るからにボロボロだったが、巨人が立ち並ぶ光景に不思議な高揚を感じずにはいられない。

 だがそんな高揚からクリスは現実を見つめ直して拳を強く握り締める。

 

「また……僕は守れなかった……」

 

 ケルディックに続き、己の無力さを改めて意識せずにはいられなかった。

 予知や預言があったから、ユミルが滅ぶことは決定事項だった。

 そう言われてすぐに割り切れるはずもなく、クリスの中には黒い感情がくすぶる。

 

「結局、僕は無力なお飾りの皇子のままなのかな?」

 

 予知の範疇外のところではシャロンを助けることはできたはずだった。

 イリーナに続きシャロンを失い、ユミルを破壊したのが自分が開発した武器だったと知らされ、塞ぎ込んでいるアリサに慰めなければいけないと分かっていても、クリスにはそんな余裕はなかった。

 むしろ今、彼女と顔を合わせてしまえば黒い衝動に任せて心にもないことを口走ってしまいそうな気がしてならなかった。

 

「ダメだな。やっぱり僕はあの人みたいになれないか……」

 

 思わず自嘲する。

 分かり切っていたことだが、自分の何もかもが“彼”に劣っていると自覚する。

 “彼”ならば、例え預言があったとしてもユミルを守れただろう。

 “彼”ならば、憎しみに駆られることなく、クロウや帝国解放戦線を打倒していただろう。

 “彼”ならば、この内戦をもっと早く平定させることができただろう。

 考えれば考える程、ここにいるのが自分ではなく“彼”だったら良かったのに、と思ってします。

 

「あ……」

 

 思考に耽っていると背後で声が聞こえて来た。

 誰が、と思って振り返るとそこにはキーアがいた。

 

「何をしているんだい? 明日は早いんだからもう休まないと」

 

「うん……それは分かっているんだけど……」

 

 居心地が悪そうにキーアは頷く。

 しかし踵を返して寝床に戻ろうとはせず、クリスの横に立ってヴァリマールを見上げた。

 キーアに夜更かしをさせたと知られたら、ロイド達にどんな小言を言われるかと場違いなことを考えながらクリスも改めてテスタ=ロッサを見上げる。

 無言のまま、互いの乗騎を見上げて思案に耽る。

 そして長い沈黙を破ったのはキーアだった。

 

「キーアは……弱いね……」

 

「ああ……僕も弱い……」

 

 キーアの呟きにクリスは共感して頷く。

 

「《騎神》の力を十全に使いこなせれば預言の強制力だって跳ね除けることができるはずなんだ。あの人がそうして来たみたいに」

 

「そうなの?」

 

「ああ、帝都での暗黒竜から始まったエンド・オブ・ヴァーミリオンとの戦いやノーザンブリアでのデミウルゴスとの戦いとか……

 それこそ天変地異とも言える異変をあの人は何度も跳ねのけて見せたんだ」

 

「ノーザンブリア……デミウルゴス……え……?」

 

 クリスが悔し気にもらした言葉にキーアは自分の耳を疑う。

 

「ノーザンブリアでデミウルゴスと戦ったの?」

 

「え……ああ、情報統制されていたから君は知らないのも無理ないか」

 

 キーアの反応に苦笑をしてクリスは《彼》の偉業を語り出した。

 クリスは堰を切ったように饒舌に語り出し、ついでに《Rの軌跡》をキーアに布教する。

 キーアは戸惑いながらも、後で読んでみるとその本を受け取る。

 クリスはトールズ士官学院に一年早く入学した経緯を話しながら、帝都での騎神戦の激しさを熱く解説する。

 キーアはヴァリマールや“彼”の活躍に熱心に耳を傾けて、相槌を打つ。

 クリスは続けてノーザンブリアでの特別実習の武勇伝を誇らしげに語りつつ、《塩の杭》の錬成とそれを利用して顕現した《幻の至宝》の事を話す。

 キーアはその話を聞いて頭を抱えた。

 

「超帝国人、こわい……」

 

 自分が誰に喧嘩を売っていたのか、自分がどれだけ思い上がっていたのか理解してキーアは震える。

 

「そんな大げさな……そう言えばキーアってどことなくナユタちゃんに似ているような……」

 

「ナユタって誰!?」

 

「誰って……さっき言っていた二代目《幻の至宝》のことだよ」

 

「――――っ」

 

 事も無げに告げられた事実にキーアは言葉を失う。

 クリスはキーアのことを《零の至宝》としてしか認識していないが、《幻の至宝》とはそれこそ《零の至宝》の原形とも言える存在。

 いつの間にか存在していた自分の姉妹という存在にキーアは驚きながら、《零の至宝》の錬成が二番煎じになっていたことに超帝国人の偉大さを思い知らされる。

 

「超帝国人、こわい」

 

 キーアは繰り返す。

 そんなキーアにクリスは首を傾げつつ、空を見上げて別のことを呟く。

 

「そう言えば、兄上も覚えていなかったな……」

 

 キーアに渡した《Rの軌跡》の一巻のこともあり、もしかしたらと思って尋ねてみたが返って来た答えは予想通りのものだった。

 《Rの軌跡》はオリヴァルトがお忍びでリベールを旅した時の物語。

 主人公とオリヴァルトの違いについて、彼も首を傾げていたが物語を脚色する程度のアレンジと言う認識程度で違和感から不自然に気を逸らしているような言動をしていた。

 

「何だろう……この気持ちは……」

 

 “彼”と兄の間には特別な絆、信頼関係があったはずなのに脆くも崩れてしまったことに複雑な気持ちを抱く。

 それが因果を自在に紡ぐ《黒》の力だと分かっているのだが、特別だと思っていた兄が普通でしかなかったことに気付いてしまった。

 兄を尊敬する気持ちが消えたわけではないのだが、虚脱感のような失望を抱かずにはいられない。

 

「僕がしっかりしないと……」

 

 《黒》に対抗できるのは《騎神》に選ばれた起動者のみ。

 その事実を改めて認識したクリスは決意を新たにする。

 

「ここにいましたか」

 

 そんな二人の背中に清廉な声が掛けられた。

 

「っ――」

 

「あ……」

 

「お久しぶりです、御子殿。それにアルノールの子も」

 

 兜を脇に抱えたアリアンロードは静かに一礼して二人に歩み寄る。

 

「壮健そうで何よりです御子殿、いえキーアと呼ぶべきですかね」

 

「うん……ありがとう」

 

 アリアンロードの言葉にキーアは複雑な声で礼を返す。

 

「……どうやらヴァリマールの力を借りて半分《不死者》となっているようですね……

 それこそ《彼》と同じような状態というわけですか」

 

 キーアの状態を見て、アリアンロードは短命であったはずのキーアがまだ生きている理由を察する。

 《灰の騎神》の起動者がキーアにすり替わったことに思う所がないわけではないが、アリアンロードは不満の言葉を呑み込む。

 

「それにしても随分と派手に壊しましたね」

 

 傷付いた騎神達を見上げて、その惨状にアリアンロードは嘆息する。

 

「だから何だって言うんですか?」

 

 《テスタ=ロッサ》の損傷の大半は貴女のせいだという言葉を呑み込んでクリスは憮然とした言葉を返す。

 

「彼らを直す当てはあるのですか?」

 

「それは……」

 

「ないのならイストミア大森林に行くと良いでしょう」

 

「イストミア大森林……ってどこ?」

 

 アリアンロードから出て来た地名にキーアはクリスを振り返る。

 

「サザーランド州、セントアークの西にある森のことだよ……そこにいったい何があるって言うんですか?」

 

「イストミア大森林は魔女の隠れ里があります……

 傷付いた《騎神》を修復するならば帝国の中でももっとも適した霊場でしょう」

 

「魔女の隠れ里……それってエマの故郷ですよね? 貴女がそれを教えても良いんですか?」

 

「良いですかアルノールの子……

 魔女の自主性に任せてしまえば、彼女たちは事態が取り返しのつかない段階になるまでその重い口を開くことはありません」

 

 断言する言葉には有無を言わせない実感が籠っていた。

 その迫力にクリスとキーアは思わず唾を飲む。

 

「よ、用件はそれだけですか?」

 

 イストミア大森林のことは改めてエマに尋ねてから決めようと考え、クリスは話を切り上げようとする。

 

「いえ、これからが本題です。アルノールの子、どうやら武装デバイスの選択がまだのようですね」

 

「《テスタ=ロッサ》には“千の武具”があります。必要ないでしょう」」

 

 先程のクロウとの戦いでの横槍を入れられたことを思い出しながら、クリスは子供じみた反抗心からぞんざいな言葉を返す。

 

「それで《蒼》に勝てると考えているのなら甘い」

 

 クリスの答えにアリアンロードははっきりと断言する。

 

「詳しく語ることはできませんが、エンド・オブ・ヴァーミリオンを使いこなせない貴方では勝ち目はないでしょう」

 

「っ――」

 

 想定される《蒼の王》がどれだけの力を持っているか分からないが、合体パーツの一つに過ぎないゴライアスの絶対防御を抜くことに四苦八苦していただけにその指摘に反論できなかった。

 

「そんなのやってみなければ分からないだろ!」

 

 語気を荒くしてクリスは反発する。

 

「それとも敵である貴女が武装デバイスを恵んでくれるとでも言うんですか?」

 

「はい、そのために私はここに来ました」

 

 クリスの言葉にアリアンロードはあっさりと頷く。

 

「え……?」

 

「アルグレオン」

 

 アリアンロードの呼ぶ声に《銀》は立ち上がり、背負っていた布包みを手に取ると音もなく大地に突き立てた。

 

「これは……剣……?」

 

「剣だけど……」

 

 巻かれた布が取り払われ、露わになった中身にクリスとキーアは困惑する。

 それは鍔も柄もない、かろうじて“剣”の形を取っている鋼の棒。

 

「ええ、《鋼の剣》です」

 

 クリスとキーアの困惑を他所にアリアンロードは彼らが漏らした呟きを肯定する。

 

「これを貴方に譲りましょう。今の私よりも貴方が持つことの方が相応しいでしょう」

 

「…………」

 

 アリアンロードの施しにクリスは顔をしかめる。

 《鋼の聖女》にして《槍の聖女》だった彼女が差し出した《鋼の剣》。

 自分を象徴する《鋼》に、彼女の本領は《槍》なのに《剣》。

 これ見よがしな御下がりの施しはクリスの自尊心を逆撫でするには十分だった。

 

「っ――馬鹿にするなっ!」

 

 クリスの叫びに呼応して、《テスタ=ロッサ》が立ち上がって差し出された《鋼の剣》を払い除ける。

 

「クリスッ!? ヴァリマールッ!」

 

 クリスの突然の凶行にキーアは驚きながらも“彼”を呼ぶ。

 

「応っ!」

 

 ヴァリマールは返事をしながら、払い除けられた《鋼の剣》を空中で受け止め、夜の静寂を守る。

 ヴァリマールのファインプレイにほっと胸を撫で下ろしているキーアを他所にクリスはアリアンロードを睨んで叫ぶ。

 

「何が《鋼の剣》だっ!? お前の力なんているもんか!」

 

「ですが――」

 

「クロウなんて僕の力だけで倒してみせるっ!」

 

 一方的に叫んでクリスは踵を返し――

 

「クリスッ! この《剣》は――」

 

 駆け出そうとしたクリスの背をキーアが呼び止める。

 

「いらないって言っているだろっ!」

 

「でも――」

 

「っ――それなら君が使えば良いじゃないか! とにかく僕は《鋼の聖女》の施しなんて受け取らないからなっ!」

 

 そう言い捨てるとクリスは今度こそその場から駆け出した。

 

「えっと……」

 

 ヴァリマールの手の中にある《鋼の剣》と《鋼の聖女》を交互に見比べてキーアは困り果てる。

 

「あの……」

 

「…………そうですね。もし貴女が良ければその《剣》を受け取ってもらえますか?」

 

 何故とクリスがあれ程の反発したのか首を傾げつつ、アリアンロードはキーアに向き直り提案する。

 

「でも……この《剣》はあの時、貴女とあの人がぶつかり合ってできたものだよね?」

 

 それこそ自分が持って良いものではないとキーアはヴァリマールに《鋼の剣》を差し出させる。

 

「貴女が気に病む必要はありません。責められるは貴女の状況を利用した我々《結社》が負うべきもの」

 

「でも――」

 

「それでも納得できないのなら強くなりなさい」

 

 渋るキーアにアリアンロードは優しい口調で諭す。

 

「自分の弱さを認め、《剣》に相応しくないと思うのなら相応しいと思えるように強くなりなさい……

 そして貴女の手でその《剣》を“彼”に返して上げてください」

 

 それに“零の気”を《鋼の剣》に帯びさせることができたのなら、という思考をアリアンロードは胸に秘める。

 

「それじゃああなたはどうするの? これは《黒》との戦いに必要なんでしょ?」

 

「必要ありません」

 

「でも――」

 

「あの戦いで私は新たな境地を見出すことができました。それをモノにするためにもその《鋼の剣》は重荷でしかありません」

 

 そう言ってアリアンロードは踵を返し、《銀》は無言でその場に膝を着く。

 一人残されたキーアはヴァリマールの手に残された《鋼の剣》を見上げて途方に暮れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 








 後日譚その1
ダーナ
「キーアちゃん、その《剣》見せてもらえる?」

キーア
「え……? はい、どうぞ」

ダーナ
「ありがとう……《焔》と《大地》の器を錬成した《鋼の剣》。本当にできるなんて……」

クリス
「……………………」

キーア
「えっと……やっぱりクリスが使う?」

クリス
「て、帝国男児に二言はない……ぐぬぬ……」





 後日譚その2
アプリリス
「このような時に提案するのは皇子達に心苦しいのですが……」

オリヴァルト
「おや、どうしたんだいアプリリス君?」

アプリリス
「実はハリアスク広場にヴァリマールと《超帝国人》の像を造らせて頂きたいんです」

オリヴァルト
「《超帝国人》の像だって?」

アプリリス
「ええ、帝国にノーザンブリアを救って頂いた恩を忘れないために、形あるものを残そうと考えた次第です」

オリヴァルト
「それにしたってどうして《超帝国人》なんだい?
 あれは確かに帝国史に残る伝説的な存在だがそんなものを造ろうものなら貴族派がうるさくなると――」

クリス
「アプリリスさんっ! 是非造ってくださいっ!」

オリヴァルト
「セドリック?」

クリス
「例え兄上だろうとこれは譲れません。いえ、父上やオズボーン宰相が異議を唱えたとしても僕が必ず認めさせますっ!」

オリヴァルト
「セドリックが燃えている……くっ……こんなに成長したとは……」





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28話 サザーランド州攻防戦

 

 

 

「来たか……」

 

 ドレックノール要塞に近い防衛線でウォレスは《機甲兵》ヘクトルの中で思わず笑みを浮かべる。

 

「いかんな」

 

 誰にも見られていないにも関わらず、ウォレスは口元を手で隠し高揚を落ち着かせようと深呼吸をする。

 そもそもウォレスは今回の決起にはあまり乗り気ではなかった。

 既存の兵器とは根本的に異なる最新鋭の導力兵器。

 技術的なアドバンテージを持ち、クロスベルの暴挙が引き起こした国難を利用して革新派の総大将であるであるオズボーン宰相を討ち取り圧倒的なアドバンテージを貴族連合は得ることができた。

 公平な戦場などないことはウォレスも重々承知しているが、あまりにも有利過ぎる戦場に武人として不満を抱いている者はウォレスだけではない。

 もっとも貴族連合の中でもウォレスのような気概を持つ者は少数派でしかなく、その一方的な蹂躙を楽しんでいた者達の方が大多数だった。

 

「しかし、それで足元を掬われていては仕方がないな」

 

 呆れることにセントアークを奪われたのは気が早く祝杯を挙げたハイアームズ直下の貴族達が原因だった。

 当主がヘイムダルへ赴いていたこともあり、誰も止める者はおらず、市民と正規軍が結託してセントアークは陥落した。

 そして落ち延びたその貴族は恥知らずにも後方でふんぞり返ってセントアーク奪還をウォレスに指示した。

 自分も部下の兵も士気は低かった。

 しかし――

 

「――来たか」

 

 見えた敵軍の先頭を走る《琥珀の機神》にウォレスはもう一度笑みを浮かべる。

 二つの《騎神》を元に学生が作り出した《機甲兵》とは似て非なる機械人形。

 両肩の下に設置された大型の導力砲に近接武器としてビームザンバー。

 一見すれば《機甲兵》の中でも重装甲なヘクトルよりも鈍重な機体に見えるが、あらゆる面でヘクトルを凌駕している。

 

「まさか戦車相手に無双したことをやり返されるとはな」

 

 一度はセントアークを目前にした侵攻は突如現れた《琥珀の機神》によって撤退を余儀なくされた。

 強いて欠点を上げるなら操縦者が戦闘の達人ではないこと。

 しかし、それでも彼は一戦一戦、正規軍の助けも借りてついには防衛線を押し返すにまで至った。

 

「ふ……貫禄が出て来たじゃないか」

 

 《琥珀の機神》に随伴しているのは機甲兵の半分の大きさの機械人形、《紅の翼》の戦力であるトロイメライと言う無人機が二体。

 それに加えて鹵獲され、色を塗り替えられたドラッケンが数体と戦車。

 まさに一丸となって正規軍を従える姿は彼の父親を想起させる。

 

「これではオーレリア将軍のことをとやかく言えないか」

 

 自嘲しながらウォレスは部下を鼓舞する言葉を叫びながらヘクトルを発進させる。

 相手が先日のこちらの攻撃と同じならばドラッケンには《剛撃》のナイトハルトと《光の剣匠》のヴィクター・S・アルゼイドが乗っている。

 どちらも魅力的な敵だが、それよりも今のウォレスには《琥珀の機神》に意識を集中する。

 

「今日こそ、お前を倒すっ!」

 

「やってみろ! エリオット・クレイグッ!」

 

 全回線に向けて叫ばれた通信機からの少年の叫びにウォレスは望むところだと返す。

 完成された武人との緊張感のある読み合いも良いが、剥き出しの敵意をがむしゃらにぶつけて来る敵もまた違った意味で気持ちを高揚させてくれる。

 機甲兵《ヘクトル》の“黒旋風”の槍が、機神《ティルフィング》のビームザンバーがぶつかり合い、サザーランド州の何度目かになる攻防戦の火蓋が切られた。

 

 

 

 

 

「どういうことですか! 父さんっ!」

 

 セントアークの鉄道憲兵隊の詰め所。

 マキアスは執務机を叩いて抗議の声を父、カール・レーグニッツにぶつける。

 突然部屋に入って来て怒鳴り散らした息子にカールは肩を竦めて読んでいた書類を執務机に置く。

 

「それでは分からん。何が言いたいマキアス?」

 

 落ち着いたカールの物腰に激昂したマキアスは怯みながら先程渡された辞令書を突き付ける。

 

「僕に避難民を連れてパルム、リベールへ行けってどういうことだって聞いているんだ!?」

 

 ドレックノール要塞攻略侵攻作戦に出発するエリオットに同行するつもりだったマキアスに突然下された辞令。

 おかげで戦場に行く学友を見送ることしかできなかった。

 

「何を言うかと思えば、辞令はそのままの意味だ。お前には戻って来るオリヴァルト殿下が連れて来る避難民の誘導をしてもらう」

 

「だからどうして僕が!? ドレックノール要塞攻略を目前に控えた今、僕だけ後方に回されるなんて納得できない!」

 

「どうしても何も、これまでの作戦でもお前は後方支援ばかりだったじゃないか」

 

「それは僕が乗れる《ティルフィング》がないから……」

 

 士官学院でマキアスが搭乗していたのはエリオットと同じ《琥珀》のティルフィング。

 エリオットが使えば、必然的にマキアスは乗れなくなるのは自明の理だった。

 

「だが鹵獲した《機甲兵》に乗ろうともしていないのだろ?」

 

「それは……」

 

 カールの指摘にマキアスは口ごもる。

 鹵獲した《機甲兵》は少なく、ナイトハルトやヴィクターが乗ると言われてしまえばマキアスでなくても自分が乗りたいとは口にできるわけがない。

 もっともカールはマキアスの沈黙を別の意味で捉えて、ため息を吐く。

 

「今ではエリオット君は正規軍にとって貴族連合に対抗できる“希望の星”だ……

 彼の意志もそうだが、亡くなられたクレイグ中将の仇討ちを掲げる彼を支持する者は正規軍に多い」

 

 セントアークの街にまで侵攻され目の前でエリオットに命を救われたカールだからこそ、正規軍や今のセントアークの民がエリオットに掛ける期待の重さが理解できる。

 

「これまでは市民からの志願兵を募っていたが、分断された正規軍や憲兵隊が合流できている……

 人員不足が解消されたのなら、お前のような民間人の志願兵は随時後方に回ってもらうつもりだ」

 

 そこに親として息子の安全を考える気持ちがないとは言い切れないが、それでもカールの言葉には筋が通っていた。

 

「でも僕は士官学院生で……」

 

「例え士官候補生でもお前はまだ民間人だ」

 

 いくら言葉を重ねてもカールはマキアスの主張を全て正面から言い返す。

 自分よりも弁が立つ相手にトールズ士官学院では経験することのなかった――否、経験はあっても貴族の言葉だからと耳を塞いできたマキアスがカールに勝てる道理はない。

 

「どうして……あと少しで……あと少しで貴族を倒せるのに」

 

 言い負かされ俯いたマキアスが絞り出した言葉にカールはやはりと彼が抱える闇を感じ取る。

 

「それも理由だ。今のお前は降伏した貴族を撃ち殺しかねん」

 

「っ――父さんは奴等が憎くないのか!?」

 

 何処までも冷静に、それこそトールズ士官学院から脱出しセントアークで再会を果たしてからも変わらない父の態度にマキアスは激昂する。

 

「オズボーン宰相が暗殺されてっ! 

 貴族はあろうことか皇族を“保護”したと宣って、宰相閣下を狙撃した罪をオリヴァルト殿下に擦り付けて僕達を逆賊扱い!

 父さんだってあのセドリックが偽物だと言う事くらい分かっているはずだろっ!?」

 

 捲し立てるマキアスに対してカールは変わらない落ち着いた態度で言葉を返す。

 

「彼らがどれだけ罪深かったとしても、私たちが憎悪に任せて人を裁いてはいけないんだ」

 

「っ――」

 

 日和見な発言にマキアスはこれまで蓄積させていた父への感情を爆発させる。

 

「貴方はいつもそうだっ!」

 

「マキアス?」

 

「姉さんが自殺した時も……」

 

 あの頃から父は何も変わっていない。

 多くを語らず仕事に没頭することで貴族への恨みを誤魔化す。

 それともあれだけの事件だったのに、恨みを一欠けらも感じない冷淡な人間だったのか。

 もはや父がどんな人間なのかマキアスには分からない。

 

「マキアス。今ここで貴族連合と戦ってしまえば互いを滅ぼすまで止まれない戦争になる。それだけは避けなければいけないんだ」

 

「だからって貴族がしたことを許すって言うのか!?」

 

 盟友であるオズボーン宰相を暗殺されたにも関わらず、普段と変わらず自分の仕事に徹するカールの在り方にマキアスは失望する。

 

「ここにいるのがオズボーン宰相なら、この貴族の暴挙に毅然と言い返して、とっくに貴族を倒して帝国を平定していたでしょうね」

 

 それだけ吐き捨ててマキアスはカールに背を向ける。

 

「マキアスッ!」

 

 自分を呼ぶ声を無視してマキアスは執務室のドアを開け放つ。

 

「マキアスッ! 私は――私たちはオズボーン宰相になんてなれない!」

 

 父の叫びにマキアスはドアを開いた姿勢のまま固まる。

 

「私も、お前もオズボーン宰相やエリオット君達とは違うただの凡人だ」

 

「っ――」

 

 諭すような言葉。

 それが言い訳のように聞こえ、マキアスはただ歯を食いしばって部屋から出て、力任せにドアを閉めた。

 

 

 

 

 

「くそっ……」

 

 肩を怒らせてマキアスは歩く。

 その胸中には言葉では言い表せない激情が渦巻いていた。

 

「くそ……」

 

 思えばどこで差がついてしまったのだろうか。

 セントアークの街の中まで《機甲兵》に侵入され、接収した正規軍の重鎮が集まる拠点となっていたハイアームズ邸まで攻め込まれた時、マキアスとエリオットの前に《ティルフィング》を匣詰めされた戦術殻が現れた。

 街中にも関わらず行われた正規軍と貴族連合の戦闘の混乱の中、突如として現れた《機甲兵》に諍える力を前にしてマキアスは固まり、エリオットは躊躇することなく乗り込み、彼は“英雄”となった。

 

「あの時、僕がエリオットより早く踏み出せていたら……」

 

 矢面に立って戦うエリオットを支持する正規軍人は多い。

 今は亡きオーラフ・クレイグ中将の息子だと言う事もあり、文官でしかないカール・レーグニッツの息子なんかよりも軍人受けが良い。

 気付けば自分もテストパイロットだったはずの《ティルフィングY》はエリオットの専用機という認識が広まっていた。

 

「奴等は……倒して良い貴族なのに……」

 

 Ⅶ組の経験を経て、貴族の中にもちゃんと尊敬できる者がいることをマキアスは知った。

 現に正規軍には《光の剣匠》のアルゼイド子爵が協力してくれている。

 だがしかし、やはり帝国にはそうではない貴族の方が多かった。

 

「くそっ」

 

 毒づいてもマキアスには既に出陣してしまったエリオット達に追い付ける手段はない。

 大義名分を掲げて貴族を撃てる機会を目前にして取り上げられたマキアスは行き場のない衝動をぶつけるように壁を叩く。

 

「ふむ、荒れているな少年」

 

「っ――」

 

 誰もいないと思っていた所に掛けられた声にマキアスは驚き振り返る。

 

「なっ!?」

 

 そこにいた人物にマキアスは二重の意味で驚く。

 

「だ、誰だあんたは!?」

 

 そこにいたのは一言で表現するなら変質者だった。

 長袖のトレンチコートを着込み、顔には頭まで覆い隠す紅毛の鬣をつけた獅子のマスクを被り顔を隠した男が腕を組んで仁王立ちしていた。

 

「私の事は“紅獅子”もしくは“レオマスク”と呼ぶが良い」

 

「は……はぁ……」

 

 堂々とした名乗りにマキアスは返答に頭を悩ませる。

 そんなマキアスの戸惑いを見透かして“紅獅子”は挨拶を切り上げて本題に入る。

 

「マキアス・レーグニッツ。君に頼みがある」

 

「僕に頼み?」

 

 不審者の言葉にも関わらず、マキアスは誰かを呼ぶために叫ぶことを忘れ、彼の言葉に聞き入ってしまった。

 

 

 

 



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29話 束の間の葛藤

 

 

 

 

「それじゃあこれからの方針を話そうと思う」

 

 カレイジャスの作戦室においてクリスは仲間たちを見回して話し合いを始める。

 

「ひとまず僕はセントアークに着いたらイストミア大森林、エマの故郷である《魔女の里》に《騎神》の傷を癒すために行くつもりなんだけど良いよね」

 

「ちょっと待ってください」

 

 クリスの提案にさっそくエマは待ったを掛ける。

 

「どうしてクリスさんがエリンのことを知っているんですか?」

 

「それは……《鋼の聖女》が教えてくれた」

 

「っ――あの女は……」

 

 クリスの答えにセリーヌが顔をしかめてため息を吐く。

 

「まあ良いわ。エリンのことはエステルとヨシュアの二人にも話してあるから、もう黙っていてもあまり意味はないしね」

 

「え……セリーヌ!?」

 

 そんなこと聞いてないと使い魔から告げられた言葉にエマは自分の耳を疑う。

 自分よりも融通が利かないと思っていた使い魔の変化にエマは複雑な気持ちになる。

 とは言え、損傷が激しい《騎神》を直さなければいけないという案に異論を挟むこともできず、エマは口を噤む。

 

「それで大勢で《魔女の里》を訪ねるのはエマ達にとっても本意じゃないだろうから、僕とキーアの二人で――」

 

「三人よ」

 

 クリスの言葉を遮って、セリーヌが訂正する。

 

「三人?」

 

「ええ、大破した《騎神》は三体。そうよね?」

 

 そう言ってセリーヌはクリスでもキーアでもない人物に振り返った。

 その人物はセリーヌの視線に応えようとしなかった。

 

「アンタよアンタ、《金の起動者》ルーファス・アルバレア」

 

 カマかけだと思われたのか、誤魔化そうとする《C》にセリーヌは半眼になってその正体を口にする。

 

「え……ルーファスさん……?」

 

「《金の起動者》?」

 

 セリーヌの指摘にクリスとエマは揃って首を傾げる。

 ルーファスはクロスベルの総督として、自分達を送り出した。

 クリスに至ってはすぐに仮面の下の正体を確かめたのだが、髪の色も違えば、左腕が動かなくなっているルーファスとは違い五体満足の人物であり別人だと納得していた。

 エマは先の戦闘で《緋》と《灰》、それに桃色の機甲兵しか見ておらず、《金》の姿がなかったことに首を傾げる。

 

「……やれやれ、こうも早くバレてしまうとはね」

 

 《C》は肩を竦めて、頭を覆い隠した仮面に手を掛けて、脱ぐ。

 その下から出て来た顔はクリスが以前に見た者とは違っていた。

 

「なっ――!?」

 

「クロスベルにいるはずじゃ……」

 

 金色の髪に整った顔立ちの貴公子。

 セリーヌが言った通り、ルーファス・アルバレアがそこにはいた。

 

「参考までに教えてもらえるかな? どうして私だと分かったのかな?」

 

「犬程じゃないけど、あたしだっての鼻が利くのよ。それに……」

 

「それに?」

 

「ヴァリマールと一緒にあれだけの大立ち回りをしていたのよ。隠す気なんてなかったんじゃないかしら?」

 

「私としてもあそこで目立つことは不本意だったさ」

 

 セリーヌの指摘にルーファスは自嘲する笑みを浮かべる。

 

「ちょっと待ってください。どうしてルーファス教官が《C》になっているんですか?

 あの時確かめた人は? それにクロスベルにいるルーファスさんは? その左腕はだって動かないはずじゃなかったんですか?」

 

 我に返ってクリスはルーファスに質問を重ねる。

 

「順に応えよう……

 君に見せた顔は予め変装していたものだよ。髪の色は染め、照明を薄暗くしていたこともあってうまく誤魔化せたようで何よりだ」

 

「なっ……」

 

「クロスベルにいるルーファスは逆に私の変装をしてもらった影武者だ……

 クレア君とレクター君にはちょっとした取引をしてもらって協力してもらったのだよ」

 

「《鉄血の子供》の二人を丸め込むなんて、何をしたんですかね?」

 

「ふふ、それは御想像にお任せするよ」

 

 サラの疑問をルーファスは軽く流し、最後にルーファスは動かないはずの左腕に視線を落とす。

 左腕の負傷は彼がアルバレア公爵家から廃嫡された理由。

 いったいいつから完治していたのか、何故治っているのにクロスベルに左遷されたことを甘んじて受け入れていたのか。

 クリスは様々な可能性を考えながら答えを促す。

 

「その左腕はいつから完治していたんですか?」

 

「完治などしていないよ」

 

「え……でも……」

 

「そもそも最初から動かせなくなっていたのは嘘なのだから」

 

「…………うそ……?」

 

「おや、君は気付いていなかったのかな? 《彼》はすぐに気付いていたのに」

 

「っ……」

 

 揶揄う言葉にクリスは思わず言葉を呑み込む。

 

「やっぱり腹黒……」

 

「まっ……俺達を士官学院に雇い入れる理由作りになっていたから文句はないけどな」

 

 ナーディアとスウィンは《C》の正体も左腕のことも知っていたかのような態度にクリスは顔をしかめる。

 

「そのことでユーシスがどれだけ気をもんでいたのか、貴方は知っていたはずだ」

 

「それはアルバレア家の問題であって君が気にすることではない」

 

 クリスの指摘をあっさりと聞き流すルーファスにクリスはさらに顔をしかめる。

 

「いったいどうして貴方が僕達について来たんですか?

 左腕の負傷が嘘だと言うなら、まだ貴族連合と繋がっていると言う事なんですか?」

 

 クリスの言葉に艦橋の空気が張り詰める。

 

「安心したまえ、私がアルバレア家を廃嫡されたことは紛れもない事実……

 内戦に介入しようとしているのは極めて個人的な理由からだ」

 

「個人的な理由?」

 

「君も《彼》に起動者の本当の戦いの事がいつ起こるのか、教えてもらっただろう?」

 

「それは……」

 

「もはや槍さえ不要の境地に至っている《聖女》にこれ以上差を付けられないためにも、この内戦で私は《騎神》の力を試したいのだよ……

 そしてこれは君も他人事ではないはずだ」

 

「…………」

 

 ルーファスの指摘にクリスは押し黙る。

 思い出すのは今朝、オスギリアス盆地を出発する直前にキーアがアリアンロードに掛けた言葉が切っ掛けで起きた一騒動。

 

「だから安心したまえ、この内戦においては私は君を裏切ることはない」

 

 真っ直ぐとに見つめて来るルーファスの眼差しにクリスは肩を竦めて大きくため息を吐く。

 彼が本当の事を語っているのか、クリスには分からないがユミルでの正体を隠そうとしなかったことからひとまず信用することにする。

 

「さて、話を逸らしてしまったね……

 セリーヌ君の言う通り損傷した《騎神》達を直すためにも私も《魔女の里》へ行かせてもらおう」

 

「え……? あ……」

 

 《C》が使っていた桃色の機甲兵のことを思い出してクリスは首を傾げる。

 

「ちょっと待ってください! じゃああの機甲兵の正体はエル=プラドーなんですか!? あの派手な金ぴかがどうして桃色になっているんですか!?」

 

「ははは、そんなもの装甲を塗料で塗り潰せばどんな色にもできるさ」

 

 悪びれもせずに告げられた所業にクリスは顔を引きつらせる。

 帝国の伝説的な存在である“大いなる騎士”にそんな大それたことをできる胆力はある意味で尊敬に値する。

 

「……もう良いです」

 

 本題に入る前に疲れ切ってしまったクリスは息を大きく吐き、改めて切り替える。

 

「とにかくセントアークに着いたらひとまず二手に分かれて行動しよう」

 

 魔女の里へ赴くのは起動者三人と魔女であるエマとセリーヌ。

 そして最前線であるセントアークからひとまずユミルの民をパルム方面に避難させるのに同行するのをサラを筆頭にして残りの仲間達に任せる。

 

「アリサはどうするつもり?」

 

「アリサは……」

 

 サラの指摘にクリスは口ごもる。

 会議の呼び掛けはしたものの、アリサは宛がわれた個室から出てこようとしなかった。

 茫然自失となっていたアリサに無理もないとクリスは思う。

 ラインフォルト社爆発事件から始まり、イリーナは意識不明の重体。シャロンは生きているのが絶望的な行方不明。

 家族の不幸に加えて、機甲兵が使いユミルを滅ぼした兵器、《ダインスレイヴ》は基礎理論をアリサが作り上げた兵器だった。

 その事実にアリサは打ちのめされたのか、《結社》によって土砂に埋まっていた《ティルフィング》から救助された彼女は一言も話せていない。

 

「イリーナ会長にはアンゼリカ先輩が護衛をつけてくれたんですよね?」

 

「ああ」

 

 クリスの確認にアンゼリカが頷く。

 以前のザクソン鉄鉱山で解放戦線が起こした事件を切っ掛けにログナー侯爵の在り方に疑問を感じていた軍人は多かった。

 彼らによって燃えたログナー邸から別の場所に軟禁されるはずだったアンゼリカは解放され、足代わりに《機甲兵》まで用意してもらって送り出された。

 

「むしろ彼らによって私は送り出されたと言うべきでしょうね」

 

「そうですか……領邦軍の中にそういうまともな貴族がいてくれるのは朗報なのかもしれないですね」

 

 ユミルの惨状を思えば決して許せるものではないが、そう言う貴族がいてくれることにクリスは安堵する。

 

「ならアリサはテオさん達と一緒に難民として保護してもらう方が――」

 

「その必要はないわ」

 

 徐に扉が開き、クリスの言葉を遮ったのはアリサだった。

 

「アリサさん……もう大丈夫なのですか?」

 

 やつれた顔で入って来たアリサにエマが慌てて駆け寄る。

 

「ええ、ごめん。心配かけたわね」

 

 明らかにやせ我慢をしていると分かる顔でアリサはそれに答え、クリスに向き直る。

 

「私は大丈夫よ。だからこれから先の作戦にも参加するわ」

 

「アリサ……」

 

「病院でした約束はまだ有効よね? だから私はこんなところで立ち止まっているわけにはいかないのよ」

 

 ラインフォルト社を守るためにアリサがクリスと交わした二つの約束。

 皇族の後ろ盾と《大地の霊薬》。

 その二つのために挫けそうになっている心を無理やり奮い立たせているのが分かる。

 

「ふーん……でもアリサはハイデルのおじさんのことは良いの?」

 

 アリサの鬼気迫る様子に躊躇っていた質問をシャーリィが単刀直入で尋ねる。

 

「っ――」

 

「今ならあのおじさんに止めを刺すなんて簡単だけど、そこのところはどうするつもりなの?」

 

 息を呑むアリサにシャーリィは容赦なく質問を重ねる。

 今回、ログナー家がアリサにしたことはあまりにも多い。

 

「…………あの人のことはもう良いわ」

 

 拳をきつく握り締め、アリサは血を吐くように答えを絞り出す。

 

「この内戦を終わらせて、ハイデルもゲルハルト侯爵の罪も全部帝国政府の司法に任せるわ……

 その上でハイデル卿には減刑を取引材料にしてラインフォルトに尽くしてもらう……それが私が考えられる落し所よ」

 

「アリサ……」

 

「母様やシャロンを奪ったあいつらは許せないわ! でも私の手だってもう……」

 

 ティルフィングの中から見ていることしかできなかった光景をアリサは思い出して体を震わせる。

 次々とユミルの山に放たれていく“ダインスレイヴ”の鉄杭。

 それが引き起こした火山の噴火と山崩れ。

 この時アリサはようやく列車砲を生み出してしまったと嘆いていた祖父の嘆きの意味を理解した。

 

「…………分かった」

 

 深く追及することはせずクリスはアリサの同行を認める。

 最初に疑問を投げかけたシャーリィもアリサの答えに満足したのか、それ以上の追及はしなかった。

 

「アリサのことはこれで良いとして、肝心のあんたはどうするつもりなの?」

 

 サラの言葉にクリスは気持ちを切り替える。

 

「確かクリスはオリヴァルト殿下に自分に代わって正規軍の旗印になって立ち上がって欲しいと言っていたな」

 

 ガイウスがオスギリアス盆地でオリヴァルトが提案していたことを思い出す。

 

「今の貴族連合が正規軍を、ひいてはオリヴァルト殿下を攻撃する理由は、彼らがオズボーン宰相を狙撃した犯人だとセドリック殿下のお墨付きがあるから」

 

「だけど、あのセドリック殿下は……」

 

 トワの呟きにジョルジュがクリスに改めて視線を送る。

 

「……おそらく彼は貴族連合が用意した“僕”の替玉でしょう」

 

 貴族連合が“彼”を用意した理由は理解できるが、不条理を感じずにはいられない。

 

「今の内戦はセドリックと兄上の皇族の継承権争いに置き換わろうとしている……

 この戦いが続けば、どちらかの勢力が滅ぼされるまで争いは止まらないというのが兄上の見解だ」

 

「だが、ここでセドリックが名乗りを上げて自分こそが本物の“セドリック・ライゼ・アルノール”だと公言して立ち上がれば、貴族連合の大義名分を揺るがすことができる」

 

「貴族連合も一枚岩ではないので、生じた動揺の揺らぎからお兄様が《第三の風》となって、両陣営を仲介しようという話でしたね」

 

 クリスの言葉に続いて、エリゼ、アルフィンもまたオリヴァルトからされた提案を振り返る。

 

「…………それで本当に良いのかな?」

 

「セドリック?」

 

 クリスが漏らした呟きにアルフィンは首を傾げる。

 

「何を言っているの? 本物のセドリックは貴方で、帝都にいるセドリックは偽物なのよ! だったら私たちに正義があるはずよ」

 

「だけどそうやって貴族連合を倒したとして、その後はどうなるの?

 正規軍がケルディックでしたみたいに関わった貴族をみんな処刑するって言い出したらどうするんだ!?」

 

「それは……」

 

「御言葉ですが殿下」

 

 口ごもるアルフィンに代わってアンゼリカがクリスの疑問に答える。

 

「貴族連合は既に一線を超えてしまっています。温情は嬉しいですが、四大名門は私も含めここで滅びるべきでしょう」

 

「アンちゃん!?」

 

「アン!?」

 

 突然何を言い出すのだとトワとジョルジュはアンゼリカの言葉に驚く。

 

「クロウは……彼らはどんな理由があったとしてもオズボーン宰相を狙撃して暗殺した……

 仮にオリヴァルト殿下の仲裁が成功したところで、貴族連合の重鎮を生かしておけば、第二第三のオズボーン宰相が現れた時、彼らはまた暗殺と言う方法で自分達の都合を押し通すでしょう……

 いえ、セドリック殿下の偽物を用意しておくくらいです……

 次の暗殺の対象にされるのは、それこそクリス君やオリヴァルト殿下達になることも十分に考えられることでしょう……

 そう言う意味ではオリヴァルト殿下の考えは楽観的としか言えません」

 

「アンゼリカ先輩……」

 

「ですが、これだけは覚えておいてください……

 領邦軍には立場故に、間違っていると分かっていても従わなければならない者達や帝都のセドリック殿下が本物だからと純粋に信じている者もいるでしょう……

 責任は全て、この内戦を引き起こした私たち四大名門が負うべきことだと進言させていただきます」

 

 悪ふざけがないアンゼリカの態度に一同は呆気に取られる。

 貴族としての毅然とした態度のアンゼリカに、それこそ彼女こそ偽物ではないかと言いたくなるのをクリスは堪える。

 

「じゃあどうすれば良いと思いますか?」

 

「それは……」

 

 口ごもるアンゼリカを尻目に、クリスは我関せずと言う態度を取っているルーファスに視線を向ける。

 

「ふふ……」

 

 彼は優雅に微笑むだけで何かを提案しようとする素振りは見せない。

 どうしたものかとクリスは嘆息して――そこに新たな乱入者が現れた。

 

「セドリック殿下、御報告があります」

 

 会議室に入って来たミュラーが険しい顔で報告する。

 

「予定ではセントアークに着陸するはずでしたが、航路をパルムに変更させていただきます」

 

「パルム? たしかクルトの故郷だったよね?」

 

「ああ」

 

 キーアの呟きにクリスは頷きながらミュラーに聞き返す。

 

「何かあったんですか?」

 

 オーレリアの計らいにより、オスギリアス盆地から特別にオルディスを掠める形でセントアークに向かっていたはず。

 航路変更するような理由に考えを巡らせながらミュラーの答えを待つ。

 

「実は……我々が君達を迎えに行った後、正規軍はドレックノール要塞に強襲を掛けたらしい……

 その戦闘の余波でイストミア大森林に火の手が上がっているようだ」

 

「え……?」

 

 ミュラーの報告にエマは徐に席を立ち、次の瞬間駆け出した。

 そしてカレイジャスの甲板に出たエマは眼下を覆い尽くす大森林の先、カレイジャスが進路上に立ち昇る巨大な炎を見た。

 

 

 

 

 

 

 








槍さえ不要となった境地

キーア
「あ、あの! どうすればあなたみたいに強くなれますか!?」

クリス
「キーア、そんな帝国人にとって畏れ多い質問をするなんて……」

《C》
「だが彼が錬成した《剣》を不要と言い切った根拠は確かに知りたいものだね」

アリアンロード
「……良いでしょう。これが“彼”によって得られた私の新たな境地です。《金剛》――」

クリス
「うわ……えげつない量の闘気が聖女の右手に集まってる」

《C》
「これは凄まじいの一言では済まないな」

アリアンロード
「私のこの手が光って唸る! 貴方を――」

キーア
「それ以上はダメ―ッ!」



テイク2

アリアンロード
「こほん……《鬼の力》とはすなわち、《焔》と《大地》の至宝の力です」

キーア
「えっと……」

アリアンロード
「零の御子である貴女には縁のない話ではありますが、それぞれの“力”を汲み取った新たな技……
 左手に靭き大地の力を宿した《大地の盾》……
 右手には私の250年の研鑽の末に編み出した全てを貫く“天雷の右腕”……
 そしてここに猛き焔の一撃を加えた、その名も《天地魔――」

キーア
「だからダメだってばっ!」




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30話 獣たちの狂宴

 

 

 

 その声は戦場に唐突に響き渡った。

 

「愚かな逆賊へ告ぐ。我々の手の中にはフィオナ・クレイグの身柄がある。彼女の無事を望むなら今すぐに武装を解除して投降せよ」

 

 突然の降伏勧告に思わず手を止めたのは正規軍だけではない。

 

「何をしているっ!?」

 

 眼前の“ティルフィング”の存在を忘れウォレスは機甲兵を振り向かせながら叫ぶ。

 戦車の傍らに立ち、後ろに手を縛った女に剣を突き付ける将校の姿にウォレスは目を剥く。

 

「貴様っ! 護るべき民間人に刃を向けるなど! それが軍人の――帝国男児がすることかっ!」

 

「黙れっ!」

 

 ウォレスの声に負けじと将校が怒鳴る。

 

「貴様が帝国男児を語るなっ! たかが士官学生の一人も仕留めることのできない無能が!」

 

「っ――」

 

 思わずウォレスは無能はそちらの方だと叫び返したくなるのを堪える。

 

「ふんっ! 役立たずはそこで見ていろ」

 

 黙り込んだウォレスに気を良くして将校は改めて正規軍に向けて勧告する。

 

「繰り返す、この《紅毛のクレイグ》の娘の命が惜しくば直ちに武装を解除しろっ!」

 

「っ――エ、エリオット……」

 

 喉元に刃を突き付けられ、顔を蒼褪めさせているフィオナの声が拡声器を通して戦場に響く。

 その光景に正規軍は一様に眦を吊り上げ、怒りに染まる。

 しかし、それでも理性を持って戦闘を中断する。

 

「ふん、それで――」

 

「っ――」

 

 将校がその光景に満足した瞬間、ウォレスが乗るヘクトルがティルフィングの大剣によって吹き飛ばされた。

 

「何をしているエリオット・クレイグッ!?」

 

 十字槍を犠牲にしてその一撃から身を守ったウォレスは戦闘を止めようとしないティルフィング――エリオットに怒鳴る。

 

「あれが見えないのか!? 彼女はお前の姉、命が惜しくないのか!?」

 

「何を言っているの?」

 

 通信機から聞こえて来た冷たい少年の声にウォレスは背筋を凍らせる。

 

「ここで戦闘を止めたとして、貴族連合が姉さんを無事に返してくれる保証がどこにあるの?」

 

 返す刃がヘクトルの左腕を斬り飛ばす。

 

「くっ――」

 

 ウォレスは仰け反るヘクトルの姿勢を保つために必死に操縦桿を操作する。

 その間にもエリオットの声は続く。

 

「戦いをやめて、貴方達は僕達を皆殺しにするんだろ?」

 

 たたらを踏んで転倒を免れたヘクトルの頭を大剣が貫く。

 

「父さんは貴方達が支援していたテロリストに最後まで戦った……

 そんな父さんの娘である姉さんが、卑劣な脅しに屈して自分だけ生き残りたいなんて言うはずないっ!」

 

 倒れたヘクトルを踏みつけ、ティルフィングは大剣を掲げる。

 

「ええいっ! 何が《黒旋風》だっ! 良いだろうならば――」

 

「《黒旋風》討ち取ったり! 正規軍のみんなっ! この剣に続けっ!」

 

 領邦軍の将校が戦場に響かせた声をエリオットの声に搔き消される。

 

「うおおおおおおっ! クレイグ中将の息子が覚悟を示したぞっ!」

 

「我らの英雄に続けっ!」

 

「卑劣な貴族連合を許すなっ!」

 

 一度は降伏を考えた彼らは士気を今まで以上に燃やし、突撃する。

 

「くそっ!」

 

「何やってんだあの将校はっ!」

 

「ウォレス将軍をお助けしろっ!」

 

 士気を昂らせる正規軍に対し、領邦軍の士気は逆に落ちる。

 《黒旋風》を討ち取られたこと、その原因を作った人質を使っての降伏勧告。

 それに納得できる者は決して多くはなかった。

 

「うおおおおおおおおおっ!」

 

 止まっていた戦場が再び動き出す。

 拮抗状態だった戦場は鬼気迫る正規軍の猛攻によって崩れる。

 《機甲兵》に生身のまま集団で群がり、一機、また一機と《機甲兵》はその動きを止めていく。

 

「エリオット……」

 

 その光景を見せつけられたフィオナは呆然と彼らを扇動した弟の名を呟く。

 自分の命を軽んじる言葉を聞かされたが、オーラフ・クレイグの娘としてどんなことをされても命乞いをしない覚悟はフィオナもできていた。

 もしも父が生きていたのなら、エリオットと同じ事を言っていただろう。

 それを白状だとは感じない。

 むしろエリオットに亡き父の面影と軍人として成長したことを嬉しく思う。

 

「でもどうして……どうしてこんなに哀しいの……?」

 

 弟の成長を喜び切れないフィオナはただ呆然と戦争の光景の前に立ち尽くす。

 

「うわああああっ!」

 

「た、助けてくれ! 大人しく投降するから…………」

 

 ティルフィングの大剣によって機能を停止した《機甲兵》の中から命乞いの声が響く。

 その声と言葉の内容にエリオットは顔を不快に歪めて、追い打ちを掛ける。

 

「ぎゃあっ!」

 

「君達にそんなことを言う資格があると思っているの?」

 

「…………どうか……どうか命ばかりは……」

 

 必死の命乞いにエリオットは眉を潜める。

 

「そんなに死にたくないんだ……」

 

 ティルフィングは突き付けた大剣を下ろす。

 その様子に機甲兵のパイロットは安堵の息を吐き――

 

「だったら戦わなければ良いんだっ!」

 

 大剣に代わってティルフィングは両肩に設置されたダブルバスターキャノンを向ける。

 

「エリオットッ!?」

 

 命乞いをする相手に止めを刺そうとする光景にフィオナは悲鳴を上げる。

 

「そこまでだっ!」

 

 引き金が引かれる直前、背後からヴィクターが乗る《機甲兵》がティルフィングの肩を掴み引き倒す。

 野太い二条の光線が機甲兵から逸れて街道の横の木々を薙ぎ払う。

 

「アルゼイド子爵……邪魔をするなっ!」

 

 攻撃を逸らされ激昂したエリオットは振り返り様に大剣を薙ぐ。

 

「っ――落ち着くんだエリオット君っ! 敵は降伏している。命までを取る必要はないっ!」

 

「こいつらは父さんをテロリストを使って殺したんだっ!」

 

 諭す言葉にエリオットは声を張り上げて言い返す。

 

「こいつらが始めた戦争なのに! こいつらのせいで沢山の人が死んでいるのに! こいつらが姉さんを人質にしたのに! 何が死にたくないだ!」

 

「エリオット君……」

 

 叩きつけられる言葉の気迫にヴィクターは目を見張る。

 Ⅶ組の中でも大人しく、目立たない純朴な優しい少年が黒い瘴気を纏う程の憎悪を滾らせると誰が想像できただろうか。

 

「っ――何が《光の剣匠》だ」

 

 ヴィクターは己の二つ名と共に自分の未熟さを恥じる。

 彼が危険だという兆候は気付いていた。

 あえて彼を戦場に立たせたのは、彼の希望と正規軍の期待を背負わせ亡き父の責任を想像させることで彼の理性を繋ぎ止める腹積もりだったのだが、その思惑は裏目に出てしまった。

 父を殺されたこと。

 姉を人質にされたこと。

 軍人として、亡き父を想像し毅然として態度で姉を切り捨てる判断をしてしまったこと。

 そして好き放題していた敵が恥を忍ばずに命乞いをしたこと。

 それらが絡み合った結果、エリオットは憎しみが爆発した。

 

「聞けっ! エリオット・クレイグッ!」

 

 同じ帝国貴族として恥を感じながら、それでもとヴィクターはエリオットに呼び掛ける。

 

「憎しみで剣を振るうなっ! そんなことをすれば《修羅》に堕ちて戻れなくなるぞっ!」

 

「でもっ! あいつらはっ!」

 

 まだ聞く耳があるエリオットにヴィクターはまだ間に合うと言葉を重ね――

 

「きゃあっ!」

 

 その悲鳴が戦場に響いた。

 

「姉さんっ!?」

 

 振り返れば人質にされたフィオナがシュピーゲルに乱暴に掴まれ持ち上げられる所だった。

 

「ええい、この場は撤退だっ! この場を放棄する!」

 

 フィオナを掴んだシュピーゲルは、先程の将校の声で叫ぶ。

 

「各自、散開してドレックノール要塞に帰還せよっ!」

 

 そう言うと一目散にシュピーゲルは街道から東の森へと逃げ込んだ。

 

「フィオナッ!」

 

 その背中をその場にいる誰よりも早く一機の――正規軍側の《機甲兵》が追い駆けて森に入る。

 

「な……」

 

 ヴィクターはあまりのことに言葉を失ってしまう。

 

「くっ……撤退! 撤退だっ!」

 

 そして数秒遅れて我先に逃げ出した将校に代わって誰かが叫ぶと領邦軍は蜘蛛の子を散らすように

 

 

「ふ……ふざけるなっ!」

 

 そして今度こそ完全にエリオットの最後の一線が崩壊し、彼の纏う黒い気が伝播するように正規軍達に広がる。

 

「逃げるな卑怯者っ!」

 

「貴様らっ! どこまで恥知らずなのだっ!」

 

「エリオットの姉君を救い出せっ!」

 

 それは煉獄のような風景だった。

 飛び交う怒号。

 統率もなく撤退を始めた貴族連合軍は我先にと仲間を押し退けるように鬼のような形相の正規軍に背を向ける。

 

「鎮まれっ! 鎮まれっ!」

 

 ヴィクターの声はその煉獄の喧騒に空しく掻き消される。

 

「鎮まれっ! 皆の者!」

 

「ヴィクター・S・アルゼイド」

 

 誰も耳を貸さない中、背後から自分を呼ぶ声にヴィクターは一人でも己の声が届いたことに安堵して振り返り――

 

「言ったよね? 邪魔をしないでって」

 

 振り返った《機甲兵》の画面に映るのは光を湛えたダブルバスターキャノンの二つの砲門の輝き。

 最後の一線が切られ、箍が外れたエリオットは目の前の邪魔者を排除するために――引き金を引いた。

 

 

 

 

 

「何だ……これは……?」

 

 そこに辿り着いたマキアスは言葉を失ってしまう。

 破壊された街道。

 機甲兵や戦車の残骸。

 貴族連合軍と帝国正規軍のそれぞれの兵が入り混じり無造作に倒れて血の海を作り出している惨状。

 それだけならまだ耐えられた。

 

「何なんだこれはっ!?」

 

 堪らず叫ぶ。

 そうしなければ吐いてしまう程に凄惨な光景がそこにはあった。

 それは一方的な虐殺だった。

 戦う力を奪われ、降伏して白旗を上げる貴族連合を正規軍は一方的に嬲り殺しにしていく。

 悲鳴を上げ、命乞いをしてもそれを嘲笑い踏みつけているのが正規軍だと言う事にマキアスは目を疑ってしまう。

 

「何で……こんなことに……」

 

 戦争なのだから人が死ぬ。

 その光景を見る覚悟はできていた。これが貴族側の虐殺だったならやはり貴族は最低だと納得して憤ることができた。

 だがそこにあった光景はマキアスにとって同胞とも言える平民、革新派側の兵士による虐殺だった。

 

「何で……何で……」

 

 狭い《機甲兵》の操縦席でマキアスは何故と繰り返す。

 Ⅶ組として貴族も平民も人であることは変わらないと学んだ。

 だが、学んだだけだったのだと思い知らされる。

 同胞の獣じみた咆哮の数々にマキアスは人の本質がそれなのだと突き付けられる。

 

「むぅ……呪いとはこれ程のものだったとは」

 

「あ……」

 

 聞こえて来た言葉にマキアスは一欠けらの希望を見つけたと言わんばかりに顔を上げる。

 《機甲兵》の外、肩に仁王立ちするレオマスクもまたマキアスと同じように煉獄のような光景に覆面の下の顔をしかめていた。

 

「そ、そうだ……“呪い”だ……全部“呪い”のせいなんだ……」

 

「いや……“呪い”の後押しがあったとしてもこの光景は彼らの憎悪が作り出したものだ」

 

 マキアスの現実逃避の言葉をレオマスクは否定する。

 

「長年に渡る貴族への不満の爆発……

 この場が異界化する程にここには負の想念が満ちている」

 

「……確かに計器では上位三属性の力が強まっていますけど……」

 

「マキアス君、君はそこから出て来るな。出れば君もこの瘴気に中てられて正気を失うだろう」

 

「っ――それなら貴方は?」

 

 ドラッケンの頭を動かし、肩に乗るレオマスクをマキアスは見る。

 

「私は平気だ。なんと言っても鍛えているからな」

 

 ははは、と自信満々に笑うレオマスクにマキアスは場違いながら深い安堵を感じてしまう。

 もしも一人でこの場にいたら、《機甲兵》に乗っていても果たして正気を保てていたかマキアスは自身を持てなかった。

 

「それよりも二番コンテナのミサイルを上空に撃ってくれ」

 

「ミ、ミサイル!?」

 

 突然の物騒な指示にマキアスは驚く。

 

「安心するが良い。ミサイルの中身はこんなこともあろうかと用意された暴徒鎮圧用の催眠誘導弾だ……

 まだ《黄昏》が本格化していない今なら、彼らの“呪い”は意識を奪えばそこで途切れる」

 

「そ、それなら……」

 

 マキアスは言われた通り《機甲兵》を操作してミサイルを上空に撃つ。

 空高くで炸裂したミサイルは雨を降らせ、大地に降り注いだ液体は瞬く間に気化して辺り一帯に白い煙で包む。

 撃ち上げられたミサイルに見向きもせず貴族連合を嬲っていた正規軍も必死な命乞いをしていた貴族連合も等しく、眠りにいざなわれて獣の喧騒が鎮まりマキアスは安堵のため息を吐く。

 

「これでこの戦争も終わるのか?」

 

「いや、これはこの場の対処療法でしかない……

 この戦いにおける“呪い”の発生源は他にいる。その者を止めなければ再び彼らは“呪い”に呑み込まれるだろう」

 

「まるで病原菌だな……」

 

 人から人へ感染するような扱いにマキアスは言い得て妙だが納得する。

 

「時に少年、君もまた一度“呪い”に吞まれたことがあったらしいな?

 君はいったいどうやって正気に戻った?」

 

「僕の場合は……女神のようなシスターに出会って道を示してもらったんです」

 

「それだけか?」

 

「え……?」

 

 ドラッケンの目を通してレオマスクはマキアスの目を覗き込む。

 

「本当に君を“呪い”から救ってくれたのはそのシスターだったのか?」

 

「…………え、ええ……いや……」

 

 マキアスは首肯して、首を横に振って記憶を反芻する。

 

「僕はシスター・リースに救われて――いや違う。彼女に懺悔を聞いてもらったけど……僕は……僕は……そうだ■■■に……」

 

 ノイズが走った思考にマキアスは眉を顰める。

 

「■■■って誰だ?

 ■■■……■■■……■■■・オズボーン……そうだ!

 僕はオズボーン宰相に助けてもらったんだ!」

 

 思い出した記憶にマキアスは耳障りなノイズが消えたような晴れやかな気持ちになる。

 

「…………本当にそうなのかね?」

 

「ええ、僕が自分の中の“呪い”を払ってくれたのはオズボーン宰相です。オズボーン宰相のおかげで僕はⅦ組に居続けられたんです」

 

 先程まで記憶を絞り出そうとしていた苦悩がなかったかのようにマキアスは軽い調子で、深い感謝を思い出し――

 

「そうだ……全部オズボーン宰相のおかげなのに……貴族がまた奪った……」

 

「もう良いっ!」

 

「はっ――」

 

 レオマスクの一喝で暗い思考に堕ちかけたマキアスは我に返る。

 

「あれ……僕は何を……?」

 

「何を呆けている? 初めての戦場で怖気づいたか?」

 

「そ、そんなわけないっ!」

 

 困惑するマキアスを嘲笑うレオマスクの声にマキアスは精一杯の強がりを返す。

 

「それなら結構……本当の鉄火場はこの先なのだからな」

 

「え……?」

 

 レオマスクの物言いにマキアスは首を傾げ、遠くから鳴り響いた砲撃の音が大気を震わせた。

 

「な、何だっ!」

 

「森だっ! どうやら主戦場は森の中に移っていたようだ」

 

 レオマスクは木々が薙ぎ倒されて横道を指して叫ぶ。

 そしてそれを示すように森の向こうでまた砲音が響き、黒煙が立ち昇る。

 

「この音……もしかしてティルフィングのダブルバスターキャノン?」

 

 聞こえて来る砲撃の音に聞き覚えがあったマキアスはこの先でエリオットが戦っているのだと察する。

 

「怖いか少年?」

 

「ぐっ……」

 

 不意のレオマスクの指摘にマキアスは思わず怯む。

 ここの最前線だが大勢が決した終わった戦場に過ぎない。

 この先には戦場を狂わせた“呪い”の感染源がいる。

 直前に見た煉獄のような光景以上のものが待ち構えているのだと思うと、腰が引ける。

 

「この先で戦っているのは僕のクラスメイトなんです」

 

「ふむ…………」

 

 マキアスの突然の独白にレオマスクは静かに頷く。

 

「エリオットはⅦ組の中で一番優しくて、戦うよりも音楽が好きな奴で……

 本当ならティルフィングに乗って、矢面に立って戦うような人じゃないんだ」

 

「…………もしかすれば、そのエリオットが“呪い”に侵されているかもしれないのだぞ?」

 

「それなら、尚更行かないと……」

 

 あの時、どん底に堕ちた自分を救い上げてくれたシスターのように。

 あの時、“呪い”によって暴走する自分を止めてくれたオズボーン宰相のように。

 

「今度は僕が救う番なんだ!」

 

 マキアスは決意を叫び、左半身が熱線で抉られ黒焦げになって倒れた《機甲兵》を跳び越えて、木々が薙ぎ倒されてできた森の道に踏み込んだ。

 

「くっ……良い友達を持ったなエリオット」

 

 何故か感激しているレオマスクの声はマキアスの耳に届くことはなかった。

 

 

 

 

 








 ユミルが閃Ⅱで最大の山場で、その後は大人しめの話にするつもりだったのに何故かユミルに匹敵しそうな修羅場になっていた……

 初期プロットだと一進一退のサザーランド州の攻防戦のおりに、セントアークでエリオットと合流。
 英雄として扱われているエリオットは出撃時以外では避難民に音楽を奏でていた。
 しかしその音楽は人の戦意を煽るものであり、エリオット自身も戦う事に積極的になっていた。
 そんなものはエリオットの音楽ではないということから口論になり、ならばとオリヴァルトの一声で音楽対決が始まるのだった。

 と言うのが初期プロットだったのに気付けば黒エリオットが降臨してしまいました。
 いや、閃Ⅳで音楽で呪いを浄化するなら、これくらいのことを乗り越えて欲しいと思ってはいたんですけどね。




 ハイアームズ家についての考察
 この家は閃Ⅱでは内戦が始まった段階で民間人の保護に徹していたため、戦後処理の処罰を最小限にして免れていました。
 自分はこれまで貴族連合、革新派、どちらが勝っても良いような立ち回りをしてずる賢く立ち回ったという印象がありました。
 ですが、考察を深めたらハイアームズ家は違う見方が出て来たので、この場を借りてまとめさせていただきます。

 まず最初に百日戦役の戦後処理を行ったオズボーンはハーメルの悲劇と言うハイアームズ家にとって致命的な弱点を握られることになります。
 これがあるため、ハイアームズは四大名門でありながらオズボーンに強く意見をすることはできなくなります。

 またハーメルの秘密がいつ漏れるか分からない不安があり、万が一を考えそれまでの典型的な貴族の態度を改めることにします。
 平民を使う貴族から、平民を支える貴族という体制への切り替え、後に四大名門の良心、人格者と呼ばれるようになるのはこれが原因です。

 オズボーンに強く意見を言えないこと、平民に優しくするハイアームズは、他の四大名門から軽んじられ、下位の貴族はその空気を察してハイアームズ家を落ち目と見下し始めた。

 ハイアームズ家の当主はそう言った誹謗中傷を甘んじて受け止め、平民に寄り添う貴族のスタンスを貫いた。
 そう言った背景から、貴族史上主義を改めて十年の時を経て、振る舞いは板につき、当主自身も古い貴族制度と現代の発展した文化の折り合いを受け入れ、オズボーンの急激な変革の全てではないものの、変革自体には前向きに捉えていた。


 内戦においては、四大名門としては発言力はほぼなく冷遇され、下位の貴族はここで功績を上げてハイアームズ家を押し退けて新たな四大名門になろうと画策する者もおり、四大名門でありながら貴族連合の中では孤立していた。
 四大名門であることから貴族連合から離反することは許されず、民間人の保護を優先して戦火を抑えることに徹したのはハイアームズ家なりの抵抗だったのかもしれません。


 またパトリックの兄二人はハーメルの悲劇の事についての情報共有をして、平民に優しい貴族というスタンスに納得して振る舞いを改める。
 しかし、当時まだ幼かったパトリックにはハーメルの悲劇のことを知らされなかった。
 これによりパトリックの視点では父がオズボーンの下手に出て、平民にへりくだり、貴族社会では他の貴族から落ち目と見下されている背中を見て育ってしまう。
 彼の貴族然としようとする在り方は父や兄への反発であり、自分が落ち目のハイアームズを救ってやるという気持ちが逸ったしまったものである。


 ちなみに侯爵家でありながら、閃Ⅰで男爵家の主人公に自分から声を掛けたのは、社交界で冷遇されているシュバルツァー家に少しだけ共感を持ち、純粋に仲良くなりたいと思ったからであったからかもしれません。
 が、パトリック自身にその自覚は薄く、パトリックが想像する貴族然とした態度で接してしまったため原作のような空回りをする羽目になってしまったのではないでしょうか。


 閃Ⅱにおいてトールズに引き籠っていながらも、考えを改められたのは自分が考える理想の貴族の姿と現実の貴族の姿の乖離が激しかったから。
 父からハーメルの悲劇の事を伏せられたまま、ハイアームズ家の事情をある程度説明され現状に悩み抜いて、彼なりの折り合いを見つけた結果なのかもしれません。



 以上がハイアームズ家のバックボーンをパトリックの在り方を踏まえて想像してみた結果になります。
 閃や内戦だけで見るとオズボーンと対等にやり合える狡猾な人という印象でしたが、ハーメルの悲劇のことを踏まえて考えるとオズボーンと貴族連合の板挟みを喰らったかなりの苦労人という印象に変わりました。
 これが正解だとは言い切ることはしませんが、人格者と呼ばれるという意味では納得できる理由を付けられたと考えております。





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31話 二つの主張


どうにか今年中の投稿が間に合いました。
一年間、皆さまお付き合いいただきありがとうございます。
来年もよろしくお願いします。







 

 エレボニア帝国の中でも最大の規模を誇るイストミア大森林。

 周辺の街には様々な伝承や噂話が数多く存在している。

 曰く、森の最奥には吸血鬼が住んでいる。

 曰く、森の最奥にはとある冒険家が残した金銀財宝や最強の武器防具が存在している。

 曰く、森の中には異世界に通じる扉が存在している。

 眉唾な噂ばかりだが、中にはそれを証明する事実も存在している。

 迷いの森とも呼ばれ、森の奥に進んでもいつの間にか別の場所に出てしまう。

 とにかく不思議な森であり、去年の暮れには謎の光の爆発によって西側の一部が消滅している天災も起きていることもあって地元の住人にとっては積極的に関わろうとする者はいない。

 そんな迷いの森の中を巨大な機械の人形達が疾走する。

 

「しょ、将校殿……これ以上進めば……」

 

「ええい、うるさいっ!」

 

 追従する部下に将校は怒鳴り声を返す。

 

「愚かな平民どもめ」

 

 木々を躱しながら奥へ奥へと機甲兵を走らせる。

 左手に握った人質の事など配慮せず、その将校は自分にひれ伏せなかった正規軍への苛立ちを口にする。

 

「私は次の四大名門になる男だと言うのにっ!」

 

 自身の領地であるサザーランド州を戦って取り戻そうともしないハイアームズ侯爵家を押し退けて四大名門になる野望。

 そのための功績として逆賊であるオリヴァルトの首印を上げるはずだったのに、悉く《機神》が邪魔をしてくれた。

 

「どいつもこいつも人の話を聞こうとしない……これだから平民はっ!」

 

 自分が人質を使ったことを棚上げして、家族を悩まず切り捨てた冷血な少年を罵る。

 

「止まれっ! 逃げるなっ! 人質を解放しろっ!」

 

「うるさい黙れっ!」

 

 自分達の後方を走り追い駆けて来るドラッケンからの怒声に彼もまた怒鳴り声を返す。

 幸いなことに隊長機であるシュピーゲルと一般用のドラッケンの間には走行速度の差はほとんどなく、生い茂る木々を躱しながら進む彼らの間の距離は縮まることはない。

 

「くそっ……」

 

 単騎で突出してしまったこと。

 中々縮まらない距離にナイトハルトは表情を曇らせる。

 

「いっそう機体を捨てるか……いや、それはダメだ」

 

 不慣れな機甲兵での追跡を諦めて、己の足を使って追い駆けることをナイトハルトは考えるがその案をすぐに却下する。

 森の中で速度は落ちているとはいえ、導力車並みの速度で移動している。

 どちらかと言えばパワーファイターであるナイトハルトに導力車を生身で追い越す《紫電》のような真似はできない。

 仮に追い付けたとしてもフィオナが囚われている隊長機の他に二機の機甲兵がいる。

 隊長機ではないにしても生身で相手をするには手こずる。

 

「くそっ……」

 

 現状、地道な追いかけっこをするしかないことにナイトハルトは悪態を吐き――

 

『ナイトハルト教官、そのまま真っ直ぐ走って下さい』

 

「エリオット?」

 

 通信の直後、戦術リンクが結ばれる感覚を受けナイトハルトは何事かと首を傾げたその瞬間――

 

『ダブルバスターキャノン』

 

「っ!?」

 

 ナイトハルトが走らせる機甲兵のすぐ脇を野太い光線が貫く。

 森を一直線に焼き払った砲撃の一撃は更にナイトハルトから離れるように横に薙ぎ払われる。

 木々を、精霊信仰のものと思われる祭壇を、森に生きている魔獣や動植物を容赦なく薙ぎ払い、光の熱線は森を切り開き機甲兵が戦えるスペースを作り出す。

 

「な………なっ……悪魔めっ!」

 

 脇目も振らずに逃げていた貴族連合の将校は振り返って叫ぶ。

 

「悪魔で良いよ……あなた達を滅ぼせるなら……」

 

 炭化して倒れた木々を踏みつけ、砲撃の余波で森に着いた炎を背に琥珀色の《ティルフィング》がその道を戦車や装甲車を引き連れて現れる。

 

「…………クレイグ中将……」

 

 その堂々とした佇まいにナイトハルトは殉職したはずの彼の父の面影を見る。

 

「そ、それ以上近付くなっ! 近付けばこの女を殺すぞっ!」

 

「貴様っ、この後に及んで……」

 

 往生際の悪い将校の行いに憤慨しながらナイトハルトは彼女の姿を見て絶句した。

 機甲兵の手の中でぐったりと項垂れて動かないフィオナは果たして生きているのか、死んでいるのか一目で判断できなかった。

 機甲兵に握り締められた圧力か、剥き出しのまま森の中を走らされたからなのか、それとも先程の砲撃の余波か。

 ともかく、彼女にはもう意識がないことは確かだった。

 

「…………」

 

 そんな姉を前にして、エリオットは忠告を無視するように前へと踏み出した。

 

「き、聞こえないのかっ! それ以上近付くなっ!」

 

 機甲兵が動く度にフィオナの体が揺れる。

 

「だから何?」

 

「っ……」

 

 トールズでの彼を知っているだけに、ナイトハルトは黒い瘴気を感じさせる彼の声に耳を疑う。

 

「さっき言ったはずだよ? 例え姉さんを人質に取られたとしても僕はお前達を倒すって……」

 

「き、貴様っ! 肉親を見捨てると言うのか! それでも人間かっ!?」

 

「ふざけるなっ!」

 

「婦女子を盾にしている貴様が言えた言葉かっ!」

 

「何が貴族だっ! 恥を知れっ!」

 

 貴族の言い分にエリオットよりも彼の取り巻き達が激昂する。

 

「うるさいっ! うるさいっ! 私は次期四大名門だぞっ! ハイアームズ侯の上に立つ私に平民如きが指図をするなっ!」

 

 数多の怒号に怯むことなく言い返した将校は苛立ちのまま続ける。

 

「ええいっ! 役立たずが!」

 

 あろうことか、シュピーゲルはフィオナを投げ捨てる。

 

「フィオナッ!」

 

「姉さんっ!」

 

「今だっ! 撃てっ!」

 

 咄嗟にナイトハルトとエリオットが宙に投げ飛ばされたフィオナを追い駆ける。

 どれだけ強がってもやはり肉親は捨てられないと読んでいた将校は二機の機甲兵に命令を飛ばす。

 

「で、ですが……」

 

「あの《機神》と《機甲兵》がなければ正規軍など烏合の衆に過ぎんっ! 貴様はこんなところで死にたいのかっ!」

 

 将校の叱責に躊躇った機甲兵たちが空中のフィオナを追い駆ける二機の巨人に導力ライフルを向け――引き金が引かれる。

 

「がっ!?」

 

「ぐっ……」

 

 都合、三機の一斉掃射を浴びせられた二つの巨人は大きく仰け反り――

 

「この程度で――」

 

 しかし、ナイトハルトは腕に直撃を受けて爆散しようが構わず機甲兵を走らせ、剣を投げ捨てて手を伸ばす。

 

「フィオナッ!」

 

 必死に伸ばした手がフィオナの――眼前で空を切る。

 

「――――あ……」

 

 純粋にあと一歩足りなかったのか、それとも機甲兵越しの目算を誤ったのか。

 フィオナを捕まえることができなかったナイトハルトは絶望に染まり――

 

「この馬鹿者がっ!」

 

「なっ!」

 

 叱責の声と共に機甲兵の頭を蹴って、突然現れたその男はフィオナを空中で抱き締めると危なげなく大地に着地した。

 

「き、貴様は……」

 

「あなたは……」

 

 その男は奇抜な格好をした男だった。

 顔に紅の獅子のマスクにトレンチコートを身にまとった戦場には場違いな存在感を持つ男はナイトハルトとエリオットの動揺を無視してフィオナの容態を確かめる。

 命に別状はないことに彼は安堵の息を吐いて、振り返る。

 

「ええいっ! 二人揃って情けないっ! それでもオーラフ・クレイグの息子で、部下なのかっ!?」

 

「っ――」

 

「くっ……」

 

 男の叱責にエリオットとナイトハルトは悔し気に歯噛みする。

 

「特にナイトハルトッ!」

 

「は――はいっ!」

 

 突然名指しされ、ナイトハルトは思わず背筋を伸ばし、機甲兵の中で敬礼をしてしまう。

 

「その程度でフィオナを娶ろうなど十年早いっ! 猛省しろっ!」

 

「はっ――」

 

 勢いに任せて返事をしたところでナイトハルトは我に返る。

 

「待てっ! 私とフィオナ殿はそのような関係ではない。いや、そもそも貴様は何者だっ!?」

 

 言い訳を口にしながら、ナイトハルトはフィオナを横抱きに抱えた男を観察する。

 紅の獅子のマスクで顔を隠した不審者。

 フィオナを助けてくれたが、正規軍にこのような者はいなかったと警戒心を強める。

 

「ナイトハルト教官、彼は父さんの知人の紅獅子、レオマスクさんです」

 

「クレイグ中将の……?」

 

 エリオットの説明にナイトハルトは記憶を反芻するが、このような知り合いがいるなどとそれこそ聞いたこともない。

 

「ふんっ! この後に及んで日和りおって」

 

「む……」

 

 レオマスクの侮蔑の言葉にナイトハルトは顔をしかめる。

 

「何処のどなたか存じないが、フィオナ殿をこちらに渡してもらおう」

 

「それには及ばん。この娘は私が責任をもって安全な場所に運ぼう」

 

「貴様のような不審者にフィオナ殿を任せるわけにはいかん」

 

 レオマスクとナイトハルトは睨み合って、視線の火花を散らせる。

 

「えっと……」

 

 緊迫した空気が弛緩した雰囲気にエリオットは困った声をもらし――

 

「もらったっ!」

 

 姉を無事に取り返した安堵の隙を突き、撃たれてもなお健在だった《ティルフィング》にシュピーゲルが剣を一閃。

 

「がっ!?」

 

 思わぬ不意打ちを受けたティルフィングはその手から大剣を弾き飛ばされ、返す刃に吹き飛ばされる。

 

「くはははっ! この忌々しい騎神擬きがっ! 私の力を思い知るが良いっ!」

 

 仰向けに倒れた《ティルフィング》にシュピーゲルは剣を振り下ろす。

 

「っ――このっ!」

 

 振り下ろされる剣をティルフィングは腕を盾に立ち上がろうと試みるが、滅多切りに振り下ろされる剣戟に地面に縫い付けられる。

 

「ふはははっ! 所詮は子供! 貴様の武勇などその機体の性能によるものでしかないのだっ!」

 

 一方的に嬲れることに気を良くして将校は叫ぶ。

 そして、それは彼だけではなかった。

 

「思い知れ平民どもっ!」

 

「これで貴様たちも終わりだっ!」

 

 ナイトハルトの《機甲兵》とエリオットの《機神》が無力化されたことで、随伴していた二機のドラッケンもまた息を吹き返したように暴れ回る。

 取り囲むように展開していた歩兵の中を走り、戦車や装甲車を一方的に蹂躙して行く。

 それはまるであの日、オズボーン宰相が狙撃された日の帝都の時のように。

 

「っ――調子に乗るなっ!」

 

「それはこちらのセリフだっ!」

 

 せめてもの抵抗にエリオットが叫ぶと怒鳴り返される。

 

「平民が貴族に逆らうなっ! 貴様たちはそうやって這いつくばっているべきなのだっ!」

 

「ふざけるなっ! 人を何だと思っているんだっ!?」

 

「貴様ら平民など家畜に過ぎんわっ!」

 

「家畜だって……」

 

「ああ、そうだ……いや、家畜以下だ」

 

 将校は言葉を改めて続ける。

 

「貴様ら平民はいつだってそうだ……

 貴族の苦労も知らず、責任も果たせない場所から不平不満を撒き散らすだけの害悪な存在に過ぎん」

 

「そうやってお前達が僕達を見下すから――」

 

「見下しているのは貴様らの方だっ!

 我等がどれだけの時をこの地を、民を守って来たと思うっ!?

 それを貴様らはオーブメントの発展を理由にたった50年で掌を返して、我らを見下し蔑ろにし始めたっ!」

 

「っ――そんなこと僕が知るもんかっ!」

 

「それが貴様らの本性だっ!

 人の不足をただ賢し気に批難するだけ! 都合が悪くなれば耳を塞ぎ何も責任を負おうともしない!

 餌を求めて騒ぐだけの雛鳥でしかない貴様らを家畜以下と言って何が悪いっ!」

 

「それでも……それでもお前達は“悪”だっ!」

 

「そんな言葉など既に聞き飽きたわっ!」

 

 シュピーゲルは渾身の力を溜めるように構えを変える。

 

「エリオットッ!」

 

 動かないドラッケンを放棄したナイトハルトが剣を手にシュピーゲルに斬りかかる。

 

「邪魔だっ!」

 

「ぐっ――」

 

 しかし、《機甲兵》の一閃が生身の人間を容易く弾き飛ばす。

 

「父親と同じところに逝けることをせいぜい女神に祈るが良いっ!」

 

 シュピーゲルは溜めた剣を両手で《ティルフィング》に突き立てるように構え――

 

「そこまでだっ!」

 

「ぬおっ!?」

 

 横からの砲撃を受けてシュピーゲルは大きくよろめく。

 

「何者だっ!? 不敬であるぞっ!」

 

 倒れそうになるシュピーゲルが態勢を戻しながら叫ぶ。

 しかし、返答は砲声。

 撃ち込まれた散弾にシュピーゲルは崩れかけていた態勢を更に崩し、続く散弾が剣を持つ腕を、転倒を堪えていた足を砕く。

 その光景に戦場が止まる。

 そのタイミングを見計らって、両手に散弾銃を装備した深紅に塗られた《ドラッケン》が姿を現す。

 

「貴族連合の大将は僕が討ち取った」

 

「その声は……マキアス?」

 

 聞こえて来た声にエリオットは深紅のドラッケンの操縦者を察する。

 しかし、マキアスは何を思ったのか倒れた《シュピーゲル》と《ティルフィング》、両方に銃口を突き付けて叫ぶ。

 

「帝国正規軍、君達の《ティルフィング》は僕が押さえた……

 双方、武器を納めろ。これ以上の戦闘は認めない」

 

 マキアスは両軍に呼び掛け、戦闘の中止を求める。

 戦場は硬直したものの、誰もまだマキアスの言葉に従う素振りはない。

 

「…………驚いたな……こんなにも何も感じないなんて……」

 

 そんな緊張を孕んだ空気の中、マキアスは拡声器を切って独り言ちる。

 今、自分の目の前で貴族が倒れている。

 待望した貴族を土に付けていると言うのに、マキアスの心中には虚しさどころか罪悪感を覚えていた。

 直前の貴族の慟哭とも言える主張。

 その意味の全てを理解できたわけではないのだが、図星と感じる部分もあり、自分の中の何かが大きく揺れていた。

 

「貴様っ! 誰に銃を向けているのか分かっているのかっ! 所属を言えっ!」

 

「今はそう言うのはどうでも良いんだ……

 僕は貴族連合でも帝国正規軍でもない。とにかくこの戦闘を止めるために貴方からも部下に呼び掛けて下さい」

 

 ようやく銃撃された衝撃から立ち直った将校が不敬だと叫ぶが、マキアスは冷静に聞き流し、停戦を促す。

 

「エリオット。君もだ」

 

「マキアス……」

 

 マキアスに促されるものの、エリオットはただ《ティルフィング》の中から彼の機体を睨む。

 

「これ以上、戦火を広げることはどちらも望まないはずだ!

 森に火まで点けて……このままじゃ内戦所の話じゃなくなってしまうだろっ! 戦う場所を考えろっ!」

 

 イストミア大森林は帝国最大規模の森だ。

 戦闘にかまけて森に点いた火を消そうなどとは誰もしていない。

 もしもこの火が森全域に燃え広がりでもすれば、そこで起きる二次被害も含めてどれだけの災害になるか考えただけでも恐ろしい。

 

「ええいっ! 平民の分際で私に指図するなと言っているだろっ!」

 

「そんなこと、こいつらをみんな倒してからやればいい」

 

 マキアスの言葉に二人は取り付く島もなく憎悪を叫ぶ。

 

「マキアスッ! 君なら分かるだろっ!? 貴族がどれだけズルくて汚いのか……

 僕達は特別実習を通じて見て来たはずだっ!」

 

「それは……」

 

 Ⅶ組として帝国各地を回った特別実習。

 そこで起きた様々な事件には帝国解放戦線の影があった。

 帝国解放戦線の影は即ち貴族連合の工作だった。

 ケルディックの大市で盗難事件も、鉄道ジャックも、ノルドに戦争の火種を起こしたのも、夏至祭で暗黒竜を復活させたことも。

 どこに行っても帝国解放戦線の暗躍があった。

 

「クロウや貴族連合は帝国をただ自分達の好きなようにしたいだけだっ!

 そのためにオズボーン宰相を殺して、父さんを殺して、姉さんも殺そうとした!

 マキアスのお姉さんだってそうやって貴族に殺されたんでしょ!?」

 

「小僧、言わせておけば――」

 

「同じことを繰り返すしかしないんだったらお前達はもうここで滅びるべきなんだっ!」

 

「あれが……繰り返される……?」

 

 エリオットの叫びに感化されてマキアスの記憶が脳裏に蘇る。

 日曜学校のテストで100点を取ったあの日、それが嬉しくて褒めて欲しくて従姉の家に行った。

 そこでマキアスを出迎えたのは優しい笑顔ではなく、天上から吊るされたロープに首を括った変わり果てた従姉の姿だった。

 

「っ――」

 

 それを思い出すとマキアスの胸の内に黒い感情が湧き上がる。

 エリオットが纏う黒い焔がそんなマキアスの感情に燃え移る。

 

「お前達が……」

 

 右手の散弾銃を突き付けた貴族の《機甲兵》に視線を落としてマキアスは操縦桿を握る手に力を込める。

 

「ふん……」

 

 マキアスの殺気を感じて観念したのか、その将校は徐にハッチを開き巨大な銃口の前にその身をさらけ出す。

 

「ぐっ――」

 

 引きかけた引き金を寸でのところでマキアスは堪える。

 

「舐めるなよ平民ども」

 

 しかしマキアスの必死の制止に気付きもせず、将校は通信機を片手に声を張り上げる。

 

「我々は貴様らに屈したりしないっ!」

 

「――何を……?」

 

「サザーランド領邦軍、総員に最後の命令を告げるっ!」

 

 黒い焔を纏い将校は全周波数に通信を繋げて命じる。

 

「戦って死ねっ!」

 

「なっ――」

 

「投降することなど許さん! 上に立つ者を敬う事を忘れた愚民どもを根絶やしにするために戦い、その血をエレボニアの未来に捧げよっ!」

 

「ふざけるなっ!」

 

 ティルフィングが突きつけられた銃口を跳ね除けて、導力砲を将校に向ける。

 

「私は貴様らなどに媚びはせんっ! 投降などするものかっ! そしてこの命も貴様らになどくれてやるものかっ!」

 

 光が収束を始める砲門を前に将校は怯むことなく叫ぶと、通信機を握る手とは逆の手に持ったスイッチを押す。

 

「フハハハハハッ! エレボニアに栄光あれっ!」

 

 狂ったような哄笑を上げ、直後彼が乗っていた《機甲兵》から光が溢れ出し――

 

「なっ――」

 

「まずい」

 

 咄嗟にマキアスはエリオットのティルフィングを押し倒して伏せる。

 直後、《機甲兵》は焔と鉄を撒き散らして――自爆した。

 

 

 

 

 

 

 

「ウオオオオオオオオオッ!」

 

「エレボニアに栄光あれっ!」

 

 そこは煉獄のような光景だった。

 指揮官の最後の命令と自爆を皮切りに、敗走していた領邦軍が攻勢に転じた。

 その勢いはもはや死を厭わない死兵。

 最後の命令――呪いに突き動かされる形で一人でも多くの正規軍を道連れにしようと獣じみた声を上げて正規軍に襲い掛かる。

 

「滅びろ貴族共っ!」

 

「オズボーン閣下の仇っ!」

 

 そして正規軍もまた彼らの空気――呪いに中てられたように獣と化して貴族連合に襲い掛かる。

 血で血を洗う闘争が満ちた世界。

 

「…………」

 

 その光景を睥睨したエリオットは《ティルフィング》を発進させ――

 

「待つんだエリオット」

 

 その背にマキアスのドラッケンが再び銃口を突き付ける。

 

「ダメだ……これ以上戦ってはダメだ……みんな帰って来れなくなる」

 

「…………もう手遅れだよマキアス」

 

 自分でも驚くほどに穏やかな気持ちでエリオットはマキアスに言葉を返す。

 

「もう僕の中の憎しみは止められない。それこそ貴族を根絶やしにしないとこの憎しみは治まらないんだ」

 

 それは今戦っている正規軍も同じ。

 貴族への憎悪が自分ではどうしようもなく闘争を求める。

 

「どうしてっ!? 君は軍人になるより音楽家になりたいって言っていたじゃないか!」

 

「マキアス……僕はずっと父さんに守ってもらっていたんだ……

 僕が好きなことをできたのは父さん達、軍人が僕達を守ってくれていたからなんだ」

 

「だからってクレイグ中将が今の君を望んでいるはずないだろっ!?」

 

「僕はもう良いんだ」

 

 エリオットは諦観を滲ませて首を振る。

 

「今の帝国には音楽なんて無力な“弱さ”に過ぎない……

 今帝国に必要なのはオズボーン宰相のような“揺るぎない力”なんだ」

 

「エリオットッ!」

 

「誰かの“音楽”を守る……

 父さんが僕にしてくれたように、友達の……みんなの“弱さ”を守るための軍人になる」

 

「それで君は良いのかっ!?」

 

「マキアス……僕を止めたいなら撃ちなよ」

 

 エリオットから鳴りを潜めていた黒い瘴気が再び溢れ出す。

 

「できないよね? 戦術リンクを通して分かるよ。君には僕を撃てない」

 

 そう断言してエリオットはティルフィングの歩を進ませる。

 

「エリオットッ!」

 

 マキアスの叫びにエリオットは振り向かずに戦場へと突撃して行く。

 

「――――くそっ!」

 

 血に染まりに戦場へと向かって行った友を止められなかったことを悔やんでマキアスは叫ぶ。

 

「僕は何て無力なんだっ!」

 

 理を持って貴族を言い負かしてふんぞり返っていたくせに、エリオットを説得する言葉がまともに出て来なかった自分の底の浅さを呪いたくなる。

 

「オズボーン宰相……僕はどうすれば良いですか?」

 

 かつて修正の拳としてオズボーンが打った胸に手を当てて、マキアスは亡き彼に思いを馳せる。

 当然のことながら、思い出の中のオズボーンは何も語らない。

 しかし――

 

「――それは違う……エリオット」

 

 あの時感じた、拳の熱を思い出したマキアスは顔を上げた。

 あの拳には確かに人を変革させる“熱”があった。

 しかし、決してそれだけはない“温もり”もそこにはあった。

 その“温もり”が“弱さ”と言って切り捨てることなどできるはずが――してはいけないとマキアスは漠然と思う。

 

「エリオット、僕は――」

 

 その“温もり”に背中を少しだけ押されてマキアスは煉獄へと踏み込んだ。

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 

 煉獄に大音量の叫びが響き渡る。

 

「マキアス?」

 

 突然の音にエリオットは何事だと振り返り、正規軍も貴族連合も戦闘の手を止め、警戒心をそのままに音の発生源――深紅の《機甲兵》を振り返る。

 

「君達、いい加減にしろよっ!」

 

 マキアスの絶叫が戦場に木霊する。

 

「そんなに戦争が好きかっ!? 人殺しが楽しいか!?」

 

 狭い操縦席の中、マキアスは頭をかき乱し勢い任せに戦場に説教をする。

 この先、マキアスは自分は煉獄を味わうことになると分かっていながら、突き進む。

 

「貴族も平民も――それにエリオットッ!」

 

 深紅の《機甲兵》は両手の散弾銃を投げ捨て、高らかに叫ぶ。

 

「戦争なんて下らないっ! 僕の歌を聞けっ!!」

 

 エリオットが捨てると言ったものを拾い上げ、マキアスは戦場には場違いな歌を歌い始めた。

 

 

 

 







 閃Ⅰの学院祭でのバンドを生かしたくてやりました。後悔はしていません。



 ピコーン
 《黒》攻略ルート『歌による説得』




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32話 歌の力

明けましておめでとうございます。
今年もどうかよろしくお願いします。



軌跡シリーズの歌は楽曲コードがないようなので、歌詞の部分は頭の部分だけ書いて省略していますので、お手数ですが各自で補完してください。

これでもダメかもしれませんので警告が来たらこの話の話は書き直します。


追記
ファルコム様の楽曲は以下のコピーライトの貼り付けだけでよろしいみたいなので後日、この話は修正させていただきます。


1月11日の時点で修正しておきました。


使用楽曲

「 琥珀の愛 / 空を見上げて~英雄伝説 空の軌跡 ボーカルバージョン~ / Copyright © Nihon Falcom Corporation 」

「 明日への鼓動 / 英雄伝説 閃の軌跡I オリジナルサウンドトラック / Copyright © Nihon Falcom Corporation 」

「 閃光の行方 /英雄伝説 閃の軌跡II オリジナルサウンドトラック / Copyright © Nihon Falcom Corporation 」





 そこはまごう事なき戦場だった。

 煉獄があればそこがそうだと言われても疑えない程の血と硝煙が満ちた戦場。

 貴族は平民を。

 平民は貴族を。

 我が身を顧みず、一人でも多くの敵を殺すために人を捨て、獣となって敵に喰らいつく――はずだった。

 

「流れ行く、星の」

 

 深紅のドラッケンがヤケクソのように叫び戦場を駆ける。

 歌を聞けと言っておきながら、その言葉は歌として成り立っておらず、ただ歌詞を叫んでいるだけ。

 あまりにも場違いで、何事かと戦いの手を止め、罠を警戒して貴族連合も帝国正規軍も振り返ってしまう。

 

「いい加減にしてマキアスッ!」

 

 そんな戦場には不釣り合いな騒音を撒き散らし、混乱を誘うドラッケンをティルフィングが追い駆ける。

 

「みんな帝国の未来のために戦っているんだ。マキアスだってここで貴族を倒さないといけないことくらいわかるだろっ!」

 

「焦がれれば、想い」

 

 エリオットの呼び掛けを無視してマキアスは歌い――叫び続ける。

 

「君に手を汚せなんて言わない、せめて僕達の邪魔をしないでっ!」

 

 自分のことを棚に上げ、士官学生は民間人だと説得する。

 

「叶うことなどないっ! 儚い望みなら!」

 

 しかし、マキアスはどれだけの言葉を向けても堪えることはない。

 

「せめて――」

 

「っ……」

 

 音程もバラバラ、息継ぎも滅茶苦茶。

 学院祭の時に教え込んだはずの心を全て忘れた音痴ぶりにエリオットは苛つき――

 

「マキアス……」

 

「君の涙を、琥珀にして」

 

「――人の話を聞けっ!」

 

 無視し続けて音楽とは認めることはできない騒音を撒き散らすマキアスに業を煮やしてエリオットは激昂と共にダブルバスターキャノンを撃つ。

 

「ひぃ――」

 

 迫り来る野太い光線にマキアスは息を呑み、ドラッケンを跳ばす。

 地面に身を投げるように伏せたドラッケンのつま先を野太い光線が掠める。

 

「分かっただろマキアス? この戦場の中で音楽なんて何の役にも――」

 

「あなたには……何が聞こえているの」

 

 土煙の向こうから途切れたはずのマキアスの声が響き始める。

 

「…………マキアス……」

 

 外の音、そして戦術リンクから響かせて来る騒音にエリオットは更に苛立つ。

 

「もうどうなっても知らないからねっ!」

 

 大剣を振り被り、上段の構えからの剣の重量を利用した横薙ぎの一閃。

 戦技《サイクロンレイジ》。

 生身では未だに扱う事が出来ない技を、ティルフィングの性能に頼って繰り出す必殺の一撃。

 

「星空に誓い合った――」

 

「――え……?」

 

 十分な破壊力を持った一撃をあろうことかマキアスは歌いながら、ドラッケンを後ろに仰け反らせて振り抜かれた刃を躱した。

 

「――まぐれだっ!」

 

 更に一歩踏み込み、返す刃で切り返す。

 

「あの日の約束――」

 

 しかしその一撃もマキアスは分かっていたと言わんばかりに紙一重で避けた。

 

「なっ!?」

 

 自分もそうだが、マキアスの体術はⅦ組の中で下から数えた方が早い。

 とてもではないが攻撃を紙一重で躱すなどという武芸者みたいなことができるはずないのに、正確な見切りを立て続けにされエリオットは驚愕する。

 

「求める世界は!」

 

 そんなエリオットを他所にマキアスはヤケクソじみた歌を叫びながら、内心で悲鳴を上げていた。

 

 ――無理無理無理っ! って言うか何をしているんだ僕はっ!?

 

 今更ながら何をしているのか、自分の行動を振り返って正気を疑う。

 エリオットを説得しようと思い立ったものの、彼に掛けるべき言葉は情けないことに何一つ思いつかなかった。

 魔が差したとしか言えない暴挙。

 ただ今のエリオットに万の言葉を尽くしたとしても、説得することができるとは思えなかった。

 

 ――情けない。肝心な時に僕は役立たずだな……

 

 弁舌は得意だと自負していた。

 士官学院でも難癖をつけて来る貴族生徒を言葉で撃退したことも一度や二度ではない。

 だが、その自慢の弁舌はこの戦場を前にして言葉を作ることさえできなかった。

 

「とても大きくて――」

 

「このっ――」

 

 更に踏み込んできて振られた刃をマキアスはエリオットが動き出す前にドラッケンを操作して回避行動を取る。

 

 ――戦術リンクのおかげで攻撃のタイミングは分かる……

 

 これがラウラやフィーだったなら、例え分かっていたとしてもマキアスの腕では躱せなかっただろう。

 

「うるさいうるさいっ! 耳障りな音で騒ぐなっ!」

 

 エリオットはがむしゃらに大剣を振る。

 

 ――右、左……からの突き。そして導力砲……

 

「いつのまにか夢さえ忘れていた――」

 

「なっ!?」

 

 息を吐かせない連続攻撃をやはり歌いながら躱すマキアスにエリオットは絶句する。

 

「何で……何で……何でっ!?」

 

「過ぎ去ってく、季節の波に呑まれ――」

 

 エリオットは戦術リンクから思考を読まれていることに気付かずムキになって攻撃を続ける。

 

 ――憎い、貴族が憎い。父さんを奪った貴族やクロウが許せないっ!

 

 戦術リンクは次の攻撃だけではなくエリオットの思考も伝えて来る。

 

 ――その気持ちは分かる……

 

「溺れそうになる時だって――」

 

 マキアスも士官学院に入学したばかりの頃は貴族なんていなくなれば良いと思っていた。

 

 ――でも今は、何も知らず全ての貴族がいなくなれば良いとは思わない……

 

「めぐりめぐる、軌跡の息遣いを――」

 

 Ⅶ組で過ごした日々にマキアスは成長を感じている。

 それでもエリオットの気持ちが分からないわけではない。

 

 ――僕だってクロウや貴族連合は許せない……

 

 人を傷付けるための嘘を平然と吐き、貴族の先兵となり多くの人の命を奪い、果てはこの内戦の引き金を引いた平民の先輩は貴族連合に《蒼の騎士》と持て囃されている。

 オズボーン宰相を殺した暗殺者のくせに、貴族連合の《英雄》と祭り上げられている彼をマキアスは決して許すことはできないだろう。

 

 ――だからこそ、君があんな奴等のために全てを捨てて修羅の道を進むなんて間違っているっ!

 

「感じられるのなら――迷いなどないさっ!」

 

 剣よりも音楽が好きだと語った優しいエリオットに戻ってくれと願ってマキアスはⅦ組で過ごした日々を想いながら歌う。

 

「だから何だって言うんだっ!」

 

 マキアスがぶつけて来る想いを拒絶するようにエリオットが叫ぶ。 

 

「今更、どんな夢を見れば良いって言うんだっ!」

 

 在るはずの温もりが奪われ、胸は凍り、胸を打つ鼓動は憎悪を掻き立てる。

 血は真っ赤なマグマのように燃え上って、怒りの刃を握る力へと変わる。

 この気持ちを晴らすためには鬼となって戦わなければ、気が済まないと衝動に突き動かされる。

 

「空にこだまする――」

 

「もう良いっ!」

 

 纏わりつくマキアスの歌声をエリオットは振り払うように叫ぶ。

 

「みんなっ! あの邪魔者を排除して!」

 

 一人では埒が明かないと、エリオットは周囲の兵たちに声を掛ける。

 

「民間人風情が戦場に出て来るなっ!」

 

 エリオットの叫びに我に返った正規軍がそれぞれ導力ライフル、戦車、対戦車砲を深紅のドラッケンに向ける。

 

「戦場を汚す愚か者めっ!」

 

 それに加えて貴族連合の機甲兵達もまた深紅のドラッケンにその銃口を一斉に向ける。

 皮肉にもマキアスと言う共通の敵に貴族連合と正規軍は思いを一つにする。

 

「明日への――がっ!?」

 

 そしてマキアスは突然増したエリオットのどす黒い想念の圧力に歌を途切れさせてしまう。

 エリオットを通じて感じた戦場に渦巻く《呪い》。

 とても一人では受け止め切れない感情にマキアスの思考は黒く染まるのを通り越して、身体が硬直する。

 

 ――あ、僕は死ぬんだ……

 

 機甲兵を走らせることもできず、周囲を埋め尽くす銃口にマキアスは死を予感する。

 そして次の瞬間――

 空から降り注いだ無数の剣群がドラッケンの周囲に突き立ち、盾となって数多の凶弾からマキアスを守った。

 

「何だっ!?」

 

「この剣は……」

 

 エリオットが、マキアスが突然の剣の雨に驚き空を見上げ――《緋の騎神》が戦場に降り立った。

 

「《緋の騎神》テスタ=ロッサ」

 

「クリス……いや、セドリック殿下……」

 

 九死に一生を得たマキアスはそれまでの緊張を弛緩させて脱力する。

 エリオットを正気に戻すことはできなかったが、彼が到着する時間を稼げたのならよくやっただろうと自画自賛する。

 

「マキアス……」

 

「クリス……」

 

 通信が繋がり、目の前のモニターにクラスメイトの無事な姿が映りマキアスは安堵の息を吐く。

 

「クリス。エリオットを――」

 

「大丈夫だよマキアス」

 

 クリスはマキアスの言葉を遮り、全て分かっていると頷いて彼に背を向け、戦場に――エリオットのティルフィングに向き直る。

 

「クリス……君も僕の邪魔をするのかい?」

 

 エリオットは痛む頭を手で押さえながら現れたクリスが敵なのか確認する。

 

「エリオット……いや正規軍も領邦軍も……」

 

 《緋》は大地に突き立った無数の剣から二つを無造作に選んで両手で抜く。

 

「頼んだぞ……クリス……」

 

 その背にマキアスは願いを込めて祈り――

 

「今はとにかくマキアスの歌を聞けっ!!」

 

「クリス――――――ッ!?」

 

 歌を続行しろと叫ぶクリスにマキアスは絶叫する。

 

「ちょっと何とち狂ったこと言っているのよ」

 

 クリスの傍でセリーヌが呆れたツッコミを入れる。

 

「何を言っているんだいセリーヌッ!」

 

 呆れたセリーヌに対してクリスは鼻息を荒くして捲し立てる。

 

「これは原作再現なんだよっ!」

 

「原作再現?」

 

 興奮するクリスにセリーヌが胡乱な言葉を返す。

 

「あの人は――《超帝国人》はリベールで暴動寸前だった二つの勢力を歌で仲裁したんだよっ!」

 

「そういえば……クリスの好きな《Rの軌跡》にそんな話があったような……?」

 

 クリスの言葉にマキアスは強く勧められて読んだ小説の内容を思い出す。

 

「対立していた二つの陣営はその歌のあまりの美しさに涙し争い合うことの愚かしさに気付いて、手を取り合うことができた……

 マキアスがしようとしていることは、まさにそれなんだっ!」

 

「えっと……クリス……?」

 

 マキアスにはそんな意図はなかったのだが、クリスは彼の弁明を聞こうともせずに羨ましがる。

 

「僕としたことが初心を忘れてしまうなんて……悔しいけど、今はその役目はマキアスに譲るよ」

 

 本気で悔しそうにするクリスにマキアスは頭を抱える。

 

「さあっ! 歌うんだマキアスッ! 君の歌でエリオットを、みんなを正気に戻すんだっ!」

 

「頼むから僕の話を聞いてくれっ!」

 

 歌っていた時の自分を棚に上げ、明後日の方向に暴走するクリスにマキアスは叫ぶ。

 

「はぁ……もう良いわ。それより三人がかりの神気の解放で修復できたのは八割よ。あまり無茶をするんじゃないわよ」

 

「分かってる」

 

 他の《騎神》が霊力を絞り出して送り出してくれたことを指摘するセリーヌにクリスは頷いて、ティルフィングに向き直り――

 

「クリス。君も僕の邪魔をするの!?」

 

 言葉と共に振り下ろされたティルフィングの大剣を《緋》は両手の剣を交差して受け止める。

 

「エリオット……」

 

 まじかで見た黒い瘴気を纏うティルフィングの姿にクリスは顔をしかめる。

 

「エリオット、今すぐティルフィングから降りろっ! その機体は戦争をするためのものじゃないっ!」

 

「綺麗ごとを言うなっ!」

 

 二人は斬り結びながら、叫び合う。

 

「剣も銃も所詮は人殺しの道具だっ! 機甲兵も騎神も同じだ! だったらそれを正しく使って何が悪いっ!?」

 

「違うっ! ティルフィングは“あの人”が残してくれた《希望》だっ! それに《騎神》だって争うために造られたものじゃないっ!」

 

「そんなこと、誰が信じるって言うんだっ!」

 

 言葉と共に剣が火花を散らして弾け合う。

 

「――随分と様になっているじゃないかエリオット」

 

 Ⅶ組の中でアーツを主体にした戦闘スタイルだったエリオットの剣にクリスは目を見張る。

 

「余裕のつもりかっ!」

 

 誉め言葉を嘲笑と受け取ってエリオットは更に剣戟を激しく加速させる。

 

「っ……ふぅ……」

 

 クラスメイト達が激しく殺し合いをする光景を前にマキアスは大きく深呼吸をして息を整え――歌い始める。

 

「あなたは何かを信じているの――」

 

 再会された歌に伴って、戦場全域の導力通信が乗っ取られるて音楽が流れ始める。

 複数のギターの音に、キーボード、そしてドラム。

 その音にマキアスは思わず笑みを浮かべてしまう。

 

「目の前の闇はとても深くて、立ち向かう勇気を失くしていた――」

 

 心をあの学院祭の頃に戻してマキアスは歌う。

 

「語り合った時は嘘じゃないから――挫けそうになるときだって――」

 

 あの時の自分達は貴族や平民とは関係なく、一つの歌を歌う事ができた。

 通信の向こう――戦術リンクが遠く離れている彼らと繋げて、仲間達が自分と同じ気持ちでいてくれることを嬉しく感じる。

 

「ひとつになる、軌跡の息遣い――」

 

「ええいっ! 誰かこの耳障りな歌を止めろっ!」

 

 誰かが叫び、それに応じるように戦車が機甲兵が足を止めたドラッケンにその銃口を向け――空からの銃撃がそれを阻止する。

 

「今度こそ、役に立って見せる」

 

 空を舞う《翠の機神》が戦場を睥睨しながら氷の霊力を宿す魔銃を構える。

 歌うドラッケンを狙う者を牽制しつつ、燃える森林に氷の弾丸を撃ち込み鎮火させる。

 

「エリオット君、今援護を――」

 

「邪魔だっ!」

 

 《緋》の尾剣の一閃が颶風を巻き起こして群がる兵士たちを軽くいなす。

 

「クリスッ! 君は帝国の皇子だろっ! だったらどうして邪魔をする!? 君も貴族の横暴を許せって言うのかっ!?」

 

「それは――」

 

「こんなことになったのも君達皇族が情けないせいだ! だから僕達の邪魔をするなっ!」

 

 ぶつけられた不満にクリスは閉口する。

 権威はあっても権力はない。

 それが現在のアルノール家の現状であり、言うなれば外面を良く見せるための神輿でしかない。

 

「オリヴァルト殿下もアルゼイド子爵もそうだ!

 二言目には平和だ和睦……きれいごとで何が変えられるのさっ!」

 

「くっ――」

 

 ティルフィングの剣圧に《緋》は怯む。

 

「風が歌い出す、明日への鼓動――」

 

「音楽なんかで世界が救われないんだっ!」

 

 態勢が崩れた《緋》にティルフィングは至近距離から二つの導力砲を向ける。

 

「ダブルバスターキャノンッ!」

 

「防げっ! テスタ=ロッサッ!」

 

 野太い光線が撃たれ、《緋》の手に現れた盾がそれを受け止める。

 

「くぅ……」

 

 触れる物を焼き尽くし押し潰さんとする光線を盾で受け止めてクリスはその圧力に歯を食いしばる。

 

「アアアアアアアアアアアアッ!」

 

 エリオットが獣じみた咆哮を上げる。

 導力砲の光線に戦場の空気が混じるように黒く染まってその勢いが増す。

 

「これは……」

 

 スペックを超えた威力を発揮したダブルバスターキャノンに大地に踏んばっていた《緋》の足が浮く。

 

「雲間に閃く、虹のように――クリスッ!?」

 

 自分を庇う《緋》の劣勢にマキアスは思わず歌を止めてしまう。

 黒い奔流が《緋》を呑み込み、そのまま勢いを衰えさせることなくマキアスのドラッケンにも迫る。

 

「あ……」

 

 咄嗟にマキアスは逃げようと機甲兵を操作して――

 

 ――歌うんだマキアス――

 

 聞き覚えのない声が耳元で囁かれた。

 

「え……?」

 

 振り返ってもそこには誰もいない。それでも声は続く。

 

 ――痛みは俺が引き受ける。だから――

 

 声はノイズの呑み込まれるようにか細くなって消えてしまう。

 しかしその声に何かを感じ、マキアスは逃げようとした手を止めて前を向く。

 

「道を――」

 

 何かに促されるままに、マキアスは歌い続け――黒い光が押し込んだ《緋》と一緒に爆ぜて、マキアスの歌を掻き消す。

 

「はぁ…………はぁ……はぁ……」

 

 ダブルバスターキャノンに気力を根こそぎ奪われたような気だるさでエリオットは息を切らせる。

 

「ははは……」

 

 今、自分は友を二人殺した。

 

「どうして涙が出て来るんだろ? あの二人は僕の敵になったのに……」

 

 軟弱な自分は殺したはずなのに、友達を殺したという実感がエリオットの胸を締め付ける。

 しかし――

 

「だから、ほら……顔をあげて――」

 

 導力通信から流れ続ける歌にエリオットは耳を疑い、顔をあげてそれを見た。

 

「嘘だ……」

 

 立ち昇る黒煙を晴らすような勢いで白い風がドラッケンを中心に吹き荒れる。

 

「ダブルバスターキャノンを防ぐなんてドラッケンにできるはずない!」

 

 《機甲兵》には搭乗者の“闘気”を増幅させて戦技を拡大する機能が存在している。

 アースガードのような防御結界を作り出す戦技もあるが、マキアスやドラッケンの闘気量や性能ではダブルバスターキャノンを防ぐには至らないはずだった。

 しかし、ドラッケンからは目に見える程に濃密なオーラが立ち昇っている。

 

「過ぎ去っていく、季節の波に呑まれ――」

 

 マキアスの歌に呼応してその白い光は大きく脈動する。

 

「これはまさかっ!?」

 

「セリーヌ、これが何か分かるの!?」

 

「イストミア大森林は元は《焔の至宝》を祀っていた土地なのよ……

 つまりここには《魂》を司る力のカスが残っていて、あいつの歌に反応している……のかもしれない」

 

「そんなことあり得るの!?」

 

「それ以外にこんな現象の説明はできないわよ」

 

 異常なまでに昂るマキアスの気にはセリーヌを言葉を肯定する説得力があった。

 

「溺れそうになる時だって――」

 

 マキアスは深く集中する。

 学院祭でエリオットに教わった歌に心を込めることを思い出し、クリスが語ったノーザンブリアを救った歌を思い描く。

 

「めぐりめぐる――」

 

 そしてマキアスの叫びが歌としてなるにつれ彼が纏う白い光は大きく輝き波紋となって戦場に広がって行く。

 そして――

 

「私はアルフィン・ライゼ・アルノールです」

 

 気付けば戦場の空には《紅の翼》カレイジャスがいた。

 

「貴族連合並びに帝国正規軍に告げます……

 両陣営共に武器を置いて即刻戦闘をやめなさい……

 もはやこの戦いは戦争などではなく、血で血を洗う獣の殺し合いに過ぎません。そのような絶滅戦争など皇族は認めません」

 

 空から響く皇族の至宝とも呼ばれた少女の声。

 

「アルフィン皇女殿下……」

 

「姫様……」

 

 戦場を仲裁しようとする健気な声に熱が揺らぐ。

 しかし、それでも目の前の敵を信じることなどできるわけがないと固く握り締めた手を解くには足らない。

 

「歌えっ!」

 

 その迷いの中、少年が叫ぶ。

 

「セドリック・ライゼ・アルノールが命じるっ!」

 

 未だに立ち込める黒煙を振り払い、剣を掲げて《緋》が宣言する。

 

「未だに戦闘を続けようとする者、武装を放棄して歌う者に攻撃を仕掛けるような非道な輩は僕がこの《緋の騎神》で叩き切るっ! だから安心して降伏しろっ!」

 

 クリスの宣言が戦場に響き渡る。

 その言葉に最初に答え、動いたエリオットは《緋》に斬りかかる。

 

「いい加減にしてっ!」

 

「それはこっちのセリフだっ!」

 

 剣を交え、言葉を――意志をぶつけ合う。

 

「貴族は滅びなければいけないんだっ!」

 

「そうやって平民が貴族を、貴族が平民を殺し合った先に本当に平和になると思っているのか!?」

 

「平和になるさっ! 敵を全て殺し尽くせばそれで平和になるに決まってるっ!」

 

「そんな闘争の果てに誰も残らないことがどうして分からないっ!?」

 

「そんな綺麗事なんてもう聞き飽きたんだ!

 僕達が武器を捨てても貴族は戦いを止めないっ! だったら戦うしかないじゃないか!」

 

「そうさせないために僕達は戦っている!」

 

「何の力もない皇族に何が出来るって言うんだっ! 君達皇族が情けないから貴族はここまで増長したんだっ!」

 

 エリオットの言葉がクリスの痛い所を突いて行く。

 

「それに僕はもう選んだんだ! もう引き返すことは――」

 

「光になって、道を照らし出すよ――」

 

 それは歌うマキアスに重なって導力通信に流れたのは大人の声だった。

 

「え……?」

 

 マキアスではない歌声にエリオットは耳を疑う。

 

「そんなはずはない……あの人は僕が撃った……」

 

「アルゼイド子爵に続けっ! 正規軍よ! これ以上の戦闘は無意味だっ!」

 

 エリオットの思考を肯定するようにナイトハルトの声が響き渡り、彼もアルゼイド子爵にならって歌い始める。

 だが、正規軍は困惑するだけで貴族連合を前にして武器を下ろすことはなかった。

 

「風が歌い出す――」

 

 そこに新たな声が加わる。

 

「ウォレス・バルディアス准将の命令を伝える」

 

 彼の副官が最初の一人として歌うウォレスに代わって、命令を貴族連合に伝える。

 

「命を無駄に捨てるな! そして皇族の命を聞けっ!」

 

 貴族連合にもまた困惑の空気が広がる。

 

「くっ――」

 

「こんなことで――」

 

 しかし、それでも正規軍は、貴族連合は銃を向け合う。

 

「雲間に煌く――」

 

「虹のように――」

 

 しかし、《光の剣匠》でも《黒旋風》でもない歌声が重なり、銃口の一つが下へと降りる。

 歌を口ずさむ。

 それをすると、今まで腹の底に渦巻いていた黒い感情が薄れ、何故自分がこれほどまでに憤っていたのか首を傾げる。

 一人、また一人と。

 歌が呪いの熱病を癒す。

 訓練された兵士であっても、武装を解除した敵に油断しなくても、歌い出した敵に対応する訓練は行っていない。

 その困惑が隙間となって、マキアスの歌が彼らに響く。

 

「これ以上歌うなっ!」

 

 それを拒むようにエリオットが咆哮を上げて、マキアスに突撃する。

 

「エリオットッ! もうやめるんだっ!」

 

 クリスがそこに割って入り、振り上げられた腕を掴み、体当たりをするように体を張って止める。

 

「貴族と平民は分かり合えるっ! これがその証拠だっ!」

 

 学院祭の時のように貴族と平民が、隔てなく一つの歌を歌う光景がこの戦場の中で再現される。

 そこに希望があるのだとクリスが叫び、エリオットは頑なに否定する。

 

「そんなのはまやかしだっ! どうせすぐ人は過ちを繰り返すっ!

 どれだけ綺麗な音楽を奏でても、人は簡単に音楽を壊す。音楽なんて……音楽なんて……」

 

「だったら……何で戦術リンクで繋がっている!?」

 

 頑なに音楽を否定するエリオットにクリスは彼の欺瞞を突き付ける。

 

「エリオットが本当に音楽を拒んでいるなら、とっくにマキアスとの戦術リンクは切れているはずだっ!」

 

「違う――」

 

「違わないっ!」

 

「違うっ! 僕は――」

 

「エリオットッ! マキアスの歌を聞くんだ――いや、エリオット君も歌えっ!」

 

「――っ……やめて……もうやめて……」

 

 真っ直ぐに見つめて来るクリスを拒むようにエリオットは呻く。

 そこにはもう最初の強い拒絶はない。

 

「空にこだまする明日への鼓動――」

 

 空から響くアルフィン達の歌声。

 

「瞬き煌く、星のように――」

 

 正規軍の軍人たちがそれに続く。

 

「光になって、道を照らし出すよ――」

 

 アルゼイド子爵が歌う。

 

「だから行こう、僕らの未来へ――」

 

 森の消火作業をしながらアリサの歌声も響く。

 

「風が歌い出す、明日への鼓動――」

 

 ウォレス准将が歌う。

 

「雲間に煌く、虹のように――」

 

 貴族連合の軍人たちがそれに続く。

 

「架け橋になり、道を描き出すよ――」

 

 ――呪いなんかに負けるなっ! 君の音楽を取り戻せっ!

 

 エリオットの目の前でクリスが歌と共に思いを叩きつけるように歌う。

 

「もうやめてくれ……」

 

 弱々しい拒絶。

 胸の奥に封じたはずの衝動がそのまま涙になったように溢れて止められない。

 

「だからほら……顔を上げて」

 

 その言葉に父が死んでからずっと俯いていたエリオットは顔を上げる。

 

「まっすぐ前を向いて――」

 

 そしてマキアスの歌が響く。

 

「――行くよ。僕は――」

 

 そしてエリオットは――

 

「行こう――」

 

 

 

 

 戦場に場違いな歌が響く。

 帝国全土に発展する貴族と平民、互いを根絶やしにするための戦火の火は大きくなることなく、消え去った。

 

「おおおおおおおおおおっ!」

 

「マキアスッ! マキアスッ! マキアスッ!」

 

 戦場はそれまでとは異なる別の熱気に包まれていた。

 正規軍と貴族連合に囲まれた深紅のドラッケンは腕を掲げて、歌い切った余韻に浸るように静かに佇む。

 その堂々とした佇まいに両陣営は彼の勇気ある行動を称えるように賞賛の歓声を上げる。

 そしてまさしく歌で貴族連合と正規軍の血で血を洗う戦争を止めた張本人であるマキアスは――

 

「どうしてこうなったっ!?」

 

 衝動に任せて行った自分の行動を振り返り、ドラッケンの操縦席で人知れず頭を抱えるのだった。

 

 

 

 

 




NG 帝国の呪い
アルフィン
「原作再現ですか……お兄様が書いたお話は本当だったんですか?」

オリヴァルト
「ははは! 少しだけ誇張しているけど、概ね書いた通りだよ」

ミュラー
「殿下……」

オリヴァルト
「しかし懐かしいね。実を言うと歌で暴徒を止めようとしたのは本当だけどオズボーン宰相に止められてね……
 いやーいつもは拳なんだけど、あの時の足蹴にされた衝撃はなかなかで……ん……?」

 思い出に浸るオリヴァルトはその時の痛みの記憶から――存在しない記憶を振り返る。

「ふっ……お互い水も滴る良い男になったしまったね」

「お戯れが過ぎますぞ、オリヴァルト殿下」

「こらこら、ここではオリビエと呼んでくれって言っているじゃないか」

「そんな畏れ多い」

「ふっ……君はいつまで経っても頑なだね。まあそこが可愛い所なんだけど……
 どうだね? 二人の再会を祝して今夜は朝まで飲み明かそうじゃないか」

「お、皇子……」

「オリビエだよ。オズボーン宰相……いや、ギリアス」

「私は亡き妻を裏切ることはできませんっ!」

「そう言いながら体は正直じゃないか……」

「なりませんっ! なりませんぞ!」

「ふふふ、照れなくたって良いじゃないか。一緒に温泉に入って、狭い牢屋の中で身を温め合った仲じゃないか」

「皇子、やめてくださいっ! ああ……アアアアアアアッ!」

オリヴァルト
「アアアアアアアアアアアッ!!」

アルフィン
「お兄様っ!?」

ミュラー
「どうしたオリヴァルト!? 突然叫び出して!?」

オリヴァルト
「おのれっ! ギリアス・オズボーンッ! ボクの記憶に何したっ!?」

アルフィン
「あの温厚なお兄様が憎しみに染まってしまうなんて……これが帝国の“呪い”!?」

ミュラー
「気をしっかり持てオリビエッ!」

オリヴァルト
「うおおおおおおおっ! ■■■君、カムバアアアアアアック!」






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33話 繋ぐ手

 

 

 

 

 

 その日、四大名門の一角であるハイアームズ侯爵は四大名門からの脱退を表明した。

 切っ掛けは《カレイジャス》を中継してサザーランド州全土に放送された貴族連合と帝国正規軍の激しい戦闘。

 それまで小競り合いだったが、互いを滅ぼし合うまで止まらないという空気は何も戦場にいる兵士だけではなかった。

 遠く離れたセントアークの民間人、ドレックノール要塞に詰めていた予備兵力。

 戦場の熱がそこまで届いたのか、それとも焼けた森の煙に麻薬のような効能でもあったのか、サザーランド州全域が“闘争”の坩堝と化した。

 もはや軍人だけに留まらず、民間人さえも武器を取ろうとしたその時、彼の歌が響き渡った。

 カレイジャスを通じてサザーランド州の導力通信やラジオに放送された一人の少年の歌。

 

「あなたは何かを見つめているの――」

 

 決してその歌は上手いわけではなかった。

 練習した努力は感じられるが、素人臭さは丸出しだった。

 それでもその歌に込められた想いは放送を通してでも伝わてくる。

 

 ――君が本当にしたいことはそんなことなのか?

 

 真摯に、ひたむきに、そして純粋に。

 その場にいない人々には彼が誰に向かって歌い――訴えているのか分からない。

 それでも歌を通した呼び掛けに熱狂に狂った人々が己を省みるだけの正気を取り戻させた。

 

「こうして未曾有の暴動を未然に防いだ勇気ある少年を人々は讃えてこう呼んだ、《超帝国アイドル・マキアス》と……」

 

「ちょっと待てっ!」

 

 マキアスはしたり顔で宣ったクリスの胸倉を掴んだ。

 

「君という奴は……」

 

 クリスとの再会にマキアスは沢山言いたいことがあったにも関わらず、憤りを露わにする。

 謝罪したいことがあった。

 トールズ士官学院襲撃の際、力を合わせて戦えば《蒼の騎神》から彼を逃がすことくらいはできるだろうと自惚れて判断を誤ってしまった。

 空を飛ばれる。

 たったそれだけで《蒼の騎神》に対して何もできず、背中を見せた《緋の騎神》への追い打ちを指を加えて見ている事しかできなかった屈辱。

 クリスは果たして無事なのだろうか。

 この一ヶ月、それだけが気掛かりであり、本来なら元気な彼の姿に喜んだ再会になるはずだったのだが。

 

「いや、だって事実でしょ? それだけのことをマキアスはやったんだから胸を張れば良いのに」

 

「ええいっ! 君は相変わらずか!?」

 

 胸倉を掴まれ揺さぶられながらもクリスは心底羨ましそうにマキアスを賞賛する。

 初手で弄りに来るクリスにマキアスは眦を吊り上げ――ため息を吐いて肩を落として同じ言葉を繰り返す。

 

「全く……君は相変わらずか」

 

 戦争によって歪んで行ってしまったエリオットを見ていたこともあり、変わらないクリスの様子にどこか安心を覚える。

 

「でも、本心だよ……僕は何もできなかったから」

 

 ノルドやケルディック、そしてユミルのことを思い出してクリスは気落ちする。

 

「そっちも大変だったみたいだな」

 

 帝都でのセドリック殿下の宣言に合わせ、クリスは指名手配されたことはマキアスも知っている。

 

「でもどうして突然歌を歌うなんてことを?」

 

「エリオットが音楽なんてどうでも良いなんて言い出したからだ」

 

 クリスの疑問にマキアスはため息を吐いて答える。

 

「学院祭の時、散々僕達にダメ出しをしていたエリオットが突然そんな風に意見を翻したんだぞ! 許せないと思わないか!?」

 

「あー」

 

 クリスはあの時のエリオットの鬼教官振りを思い出して、触れるべきではないと話題を変える。

 

「ところでマキアスはこれからどうするつもり?」

 

「これから……」

 

 クリスに言われ、マキアスは俯く。

 

「どうしたの、マキアス?」

 

「いや、大したことじゃない」

 

 父の忠告を無視して戦場に突撃したことを思い出してマキアスは唸る。

 別にそこに強制力があったわけではなければ、カレイジャスの難民を出迎えるという与えられた仕事もある意味では行っているので文句を言われる筋合いはない。

 しかし、基本的に放任している父も今回ばかりは何を言って来るか分からない。

 

「僕のことよりも君の方はどうするんだい?」

 

「僕……?」

 

「ああ、皇宮に居座っている君の偽物のこともあるし……君が正規軍の旗頭になってくれるなら……」

 

 言いかけた言葉を思わずマキアスは止めてしまう。

 

「なあクリス……君はこのまま正規軍を率いるつもりなのか?」

 

「マキアス……?」

 

「いや、それが正しいことだと言うのは分かっている。ただ……」

 

 マキアスは戦場を思い出して続ける。

 

「正しいという事は時に人を狂わせる。僕はこの一ヶ月の間でそう感じたんだ」

 

「正しい事が人を狂わせる?」

 

「ああ、エリオットや正規軍を見ていて思ったんだ……

 オズボーン宰相の暗殺に、その罪をオリヴァルト皇子に擦り付けたこと、偽物の皇子を祭り上げたこと、貴族連合の方が間違っているのはどう見ても明らかだ……

 だけど、だからと言って何をしても許されるわけじゃない」

 

「うん……それは分かるよ。ケルディックでも捕えた貴族の子女を処刑するなんてことがあったから」

 

「貴族が間違っているとしても、僕達まで同じところに堕ちてはいけない……

 もしもそうやって争ってしまえば、それこそ最後の一人になるまで殺し合うだけの戦争になってしまう……

 だから、正規軍を率いる意志があるのなら、よく考えて欲しい」

 

「マキアス……」

 

「本物の次期皇帝。この手札を正規軍が手にした場合、正規軍の行いは君を免罪符にしてあらゆる行為が正当化されてしまう……

 君が正規軍の手綱を握れるのならそれで良いんだが、君もエリオットみたいになってしまうのかと思うとね……」

 

「マキアス……」

 

 照れくさそうにそっぽを向くマキアスにクリスは感慨深い気持ちになって涙を浮かべる。

 

「あのマキアスがこんなに立派になって……」

 

「い、いきなり君は何を言い出すんだ!?」

 

「あの貴族と言う言葉を聞くだけで周囲に噛みついていたマキアスがこんなことを言える人間になるとは思っていなかったよ」

 

「ぐ……あの時のことは言うな……」

 

 引き合いに出された黒歴史にマキアスは唸る。

 

「とにかくだ。正規軍に合流すると言うのなら、自分の影響力をちゃんと考えた上で判断してくれたまえ」

 

「うん、分かってる」

 

 マキアスの忠告にクリスは頷く。

 

「ところでマキアス。君は《超帝国人》って呼ばれている人の事を知っているかな?」

 

「《超帝国人》? それはいったい誰のことだい?」

 

「…………いや、何でもない」

 

 マキアスの分かり切っている答えにクリスは愛想笑いを浮かべて誤魔化した。

 

「クリス……君は――」

 

 そんな彼の様子にマキアスは首を傾げ――

 

「ああ、マキアス君。ここにいたか」

 

 そこに第三者――オリヴァルトが声を掛けて来た。

 

「兄上」

 

「セドリックも御苦労だったね」

 

「いえ、無理を言ったのは僕ですから」

 

 上空とは言え、本来なら迂回するつもりだったカレイジャスを戦場に近づけたのはクリスの判断だった。

 結果的にはカレイジャスに乗せたユミルの避難民に被害もなく、サザーランド州の戦場も最悪な悪化を免れたが避難民たちの暴動が起きてもおかしくはなかっただろう。

 

「ところで兄上、マキアスに何か用があったんですか?」

 

「うん……セドリックにも聞いて欲しいんだが、実はあれからドレックノール要塞に詰めていたハイアームズ侯爵から連絡があった」

 

「ハ、ハイアームズ侯爵から、ですか? いったいどんな無理難題を要求してきたんですか?」

 

 貴族からの連絡と聞き、マキアスは警戒心を強める。

 

「いやいや、ハイアームズ侯は今回の事を切っ掛けに貴族連合からの脱退の意志を示して、ハイアームズ家として正規軍との和解の話し合いがしたいと提案してくれたんだ」

 

「本当ですか?」

 

 思わぬ朗報にクリスは喜ぶ。

 

「元々ハイアームズ侯は貴族派の中では穏健派で通っていた人だったからね」

 

「…………それは信用できるんですか?」

 

 マキアスは朗報だと喜んでいるオリヴァルトに疑いの眼差しを送る。

 

「ハイアームズ家と言えば、Ⅰ組のパトリックの家だったはず……とてもではないですが……」

 

 彼にはⅦ組の授業に乱入したりとあまり良い記憶がない。

 親と子で同じとは限らないが、数度の謁見ですれ違った程度の面識しかないハイアームズの人柄は果たして信用できるものなのか警戒してしまう。

 

「どんな理由があっても内戦を扇動した貴族のトップであることは変わらないと思いますが?」

 

「まあまあ、そう目くじらを立てないでくれたまえ」

 

 そんなマキアスの警戒心にオリヴァルトは苦笑する。

 

「今までは四大名門として、サザーランド州の下の貴族達からの圧力があったから仕方がなく貴族連合に所属していたんだよ……

 だけど、君の歌によって心変わりをした貴族が多く現れたおかげで、ハイアームズ侯はサザーランド州の実権を取り戻すことができたということなのさ」

 

「そ、それは……」

 

 自分の歌が切っ掛けだと言われてマキアスはバツが悪そうに顔を背ける。

 

「まあ、ハイアームズ侯との交渉はこれからだが、平和的にサザーランド州の戦いを治められるのならそれに越したことはないだろう」

 

「そうですね……」

 

「突き当たっては、マキアス君にはセントアークで公開ライブを行ってもらいたいのだよ」

 

「へ……?」

 

 オリヴァルトの申し出にマキアスは間の抜けた返事をしてしまう。

 

「実は今、セントアークでは空前絶後のマキアスブームが起きているんだよ」

 

「マキアスブームって、本当ですか兄上?」

 

 呆けるマキアスに代わってクリスが聞き返す。

 

「うむ」

 

 鷹揚にオリヴァルトは頷いて説明を続ける。

 

「戦争の熱狂に囚われていたのは戦場の兵士だけではなかったようでね……

 セントアークの市民もまた決起寸前な空気だったのはマキアス君も知っていたはずだろ?」

 

「え、ええ……」

 

「しかし、マキアス君の歌を聞いて市民も冷静さを取り戻してくれたみたいでね……

 フフ、今市街では君の凱旋を待ちわびた市民で賑わっているそうだよ」

 

「なっ……」

 

 オリヴァルトの言葉にマキアスは絶句する。

 

「ど、どうして戦場の出来事が街にまで伝わっているんですか?」

 

「それはもちろんボクがカレイジャスを経由してサザーランド州全域に君の歌を放送したからさ」

 

「――――」

 

 マキアスは言葉にならない声をもらす。

 

「いやー申し訳ない。カレイジャスにもっと良い放送機器を搭載していればサザーランド州だけとは言わず、帝国全土に君の“愛”を送り届けることができただろうに」

 

「ちょ――」

 

「しかし、安心してくれたまえ!

 セントアークでのライブは導力ネットで配信を予定している!

 存分にマキアス君の歌をゼムリア大陸全土に響かせてくれたまえっ!」

 

「ちょっと待ってくださいっ!」

 

 乗り気が暴走するオリヴァルトにマキアスはようやく我に返って抗議の声を上げるのだった。

 

 

 

 

 

 

「おばあちゃんっ! それは本当なの!?」

 

 カレイジャスの一室でエマの悲鳴が響く。

 彼女以外猫二匹しかいない部屋で、エマは白猫のキリシャが持って来た手鏡に向かって話しかけていた。

 

『うむ……先の戦争のどさくさに転位石にどうやら細工をされてしまったようでのぅ……

 外からの侵入を防ぐはずの結界が吾らを閉じ込める結界へと作り替えられてしまったようなのじゃ』

 

 映っているのはエマではなく、幼い少女――ローゼリアは手鏡の中でやれやれと肩を竦める。

 

「そんな……あの戦闘の裏でそんなことが……」

 

 イストミア大森林を燃やしていた炎はアリサが乗るティルフィングの働きで鎮火された。

 一部は燃えてしまい、セントアークに近い転位石は破壊されてしまったものの、本来ならばエリンへの出入り口は森の中に複数存在している。

 しかし、その全てが機能不全を起こしているという事実にエマは犯人を思い浮かべる。

 

「やはり義姉さんが……?」

 

 転位石の位置を知っていて、それに干渉できる能力がある者として上がる容疑者にヴィータ・クロチルダの名前を上げる。

 

『どうじゃろうな? あやつは今、貴族連合や結社とは距離を置いていると聞くが……』

 

「そうかもしれないけど……違うならいったい誰が……?」

 

『…………犯人の特定は難しいじゃろ』

 

「おばあちゃん」

 

 含みのある言い方をエマは追究しようとして――

 

『それよりも今回の内戦についてはエマ。お主に全てを任せる』

 

「…………え?」

 

『説明した通り、此度の内戦には《魔女》はお主以外は関わることはできん……

 故に、起動者達のことはお主に一任する』

 

「ちょ――おばあちゃん、いきなりそんなこと言われて……」

 

『おおっと、念波の感度が悪くなって来たようじゃの……

 なに安心するが良い。今、エリンには二人の遊撃士が来ていたから結界を直す算段はついている』

 

「ゆ、遊撃士!? どうして今!?」

 

『ああ、それからアルノールの小僧に伝えておいてくれ。超帝国人の関係者はエリンで保護しておるのでお主は内戦に集中せよと、ではな』

 

 鏡の中でローゼリアが一方的に告げると、像が揺らいで交信が途切れる。

 

「おばあちゃん!? 超帝国人って何!? おばあちゃんっ!?」

 

 交信が切れ、自分の顔を映すだけの鏡にエマは一人叫び続ける。

 

「はぁ……」

 

「気が済んだかしら?」

 

 肩を落としたエマにセリーヌは懐いて来る白猫――キリシャを尻尾であしらいながら声を掛ける。

 

「うう……」

 

「いい加減、覚悟を決めなさいよ」

 

 《魔女の里》のバックアップがないことが決まり、何処かにあったいざとならば長を頼れば良いという甘い考えが取り上げられてエマは不安に駆られる。

 

「そんなことを言っても、私……どうすれば……」

 

「ロゼはあんたに任せるって言ったのよ。だったら好きにすれば良いじゃない」

 

「でも……」

 

「“導き手”なんて言っても、今代の起動者達はキーアを含めて、自分で道を決められる人間よ……

 今更、あたし達が何を言ったとしても、それは変えられないわよ」

 

「セリーヌ……」

 

 肩を竦ませる黒猫の発言にエマは耳を疑う。

 素体が猫であるからか、人の機微に疎かった使い魔の微妙な変化と口では憎まれ口を叩いているのにそれを寛容に受け止めている空気は以前の彼女にはなかったものだった。

 

「セリーヌは私の使い魔ですよね?」

 

「は? いきなり何を言っているのよ? そんなの当たり前でしょ」

 

「むぅ……」

 

 自分の半身でもある使い魔を取られたかのような感じがしてエマは唸る。

 そんなエマの嫉妬にセリーヌはため息を吐く。

 

「それともここで降りる?」

 

「それはダメ!」

 

 セリーヌの提案をエマは強く拒絶する。

 

「まだ義姉さんとちゃんと話ができていない。それに……」

 

 脳裏に蘇るのはオルディスでのやり取り。

 自分よりも幼い、それこそローゼリアと同じくらいの幼女――母と同じ名で呼ばれたイソラという少女が何なのかもまだ分かっていない。

 

「そんな理由で帝国の内戦に関わるつもり?」

 

「あの子はオルディーネの、クロウ先輩の武器となっていました……だから貴族連合と戦っていればきっと……」

 

「覚悟ができているならあたしは何も言わないわ――っていい加減にしなさい!」

 

 じゃれついて来るキリシャにセリーヌはふしゃーと威嚇する。

 

「にゃあー」

 

 しかし、本気の敵意がないことを察してかキリシャは人懐っこい鳴き声を上げるだけでセリーヌから離れようとしない。

 

「ああ、もう……」

 

 エマに頼まれ一匹でエリンの里へ赴き、ローゼリアが結界が閉じる前に送り出した白猫。

 それを労う気持ちがあるだけにセリーヌは諦めたようにキリシャの好きにさせる。

 

「セリーヌ……」

 

「何よ?」

 

「この一ヶ月で何があったのか、改めて教えてくれる?」

 

 ルーレで合流してから落ち着いて情報交換する暇がなかったこともあり、エマはそれを聞き出そうとセリーヌに向き直り――

 

「エマ君、ちょっと良いかな?」

 

 それを扉が叩かれて中断された。

 

「その声はオリヴァルト殿下?」

 

 何かあったのかと声に応えるようにエマは返事をして扉を開ける。

 そこにはにこやかな笑みを浮かべたオリヴァルトと、魂が抜けかけた様子のマキアスがいた。

 

「…………え?」

 

 嫌な予感がエマを襲う。

 

「実はエマ君にお願いがあるんだよ」

 

 固まるエマにオリヴァルトはそう言うのだった。

 

 

 

 

 

「――僕の歌を聞けっ!」

 

 カレイジャスの甲板をステージにして、マキアスは人の海を見下ろしながらヤケクソに叫んで歌い出す。

 彼の他には導力ギターを演奏するアンゼリカとガイウス、導力キーボードを演奏するジョルジュ。そしてドラムをアリサが叩く。

 彼らの演奏に集まったセントアークの市民たちは歓声を上げる。

 

「はぁ……」

 

 煌びやかな光景をエリオットはカレイジャスの艦橋から見下ろしてため息を吐く。

 民衆を前に演奏したことはエリオットも何度も経験した。

 それこそ今日の出撃前にも戦意を鼓舞させる意味で演奏した。

 歓声は負けていない。

 それでも活き活きとした笑顔の観衆の顔はエリオットの演奏では見られないものだった。

 

「やあ、エリオット。こんなところで何をしているんだい?」

 

 自分以外誰もいないと思っていた艦橋で声を掛けられたエリオットは振り返る。

 

「クリス……」

 

 クリスはエリオットの隣に並んで、眼下のステージを見下ろす。

 

「何だか学院祭でのステージがずっと昔のことみたいだ」

 

「うん……」

 

 同じものを見下ろしてエリオットは頷く。

 

「君は参加しないのかい? 兄上に声を掛けられたんだろ?」

 

「僕は……僕にはもうそんな資格はないから」

 

 クリスの問いにエリオットは力のない笑みを浮かべて答える。

 

「僕は音楽を戦争の道具にした……僕の演奏がみんなを戦場に煽っていた。音楽をそんな風に扱った僕にあのステージに立つ資格はないよ」

 

「エリオット。それは“呪い”のせいだって説明しただろ」

 

「うん。本来の僕だったら父さんの仇を討つよりも泣き寝入りしていただろうね」

 

「だったら……」

 

「でもクロウ達に復讐をしたいって言う気持ちだって嘘じゃないんだ」

 

「…………そっか……」

 

 クリスはエリオットの矛盾を否定も肯定もせずに頷く。

 

「…………今の僕の手は音楽をするにはもう……」

 

「エリオットは《超帝国人》のことを覚えている?」

 

「え……?」

 

 意味が分からないクリスの質問にエリオットは虚を突かれる。

 

「知らないなら。アネラスさんのことは覚えている?」

 

「うん……ラッセル博士の定期連絡を受け取りに来たリベールの遊撃士だよね」

 

 クリスの質問の意図が分からずエリオットは首を傾げる。

 

「ラウラが自慢していたよね……『一番大切なのは正しい道を進むことじゃないんだよ』」

 

「あ……」

 

「『間違えたって気付いたなら正して、踏み外したと思ったら戻って、堕ちてしまったのなら元の道に戻る方法を探す……

  そうやって、時には進んだ時以上の距離引き返して、進んでいくことが《剣の道》――ううん《人の道》なんだと私は思うの』」

 

 その言葉は道を違えそうになったラウラが自慢げに語ったアネラスからもらった言葉。

 続く言葉をクリスは呼ぶ名前を変えて彼女のように問いかける。

 

「エリオットにとって音楽はたった一回失敗しただけで捨てられる簡単なものだったの?」

 

「それは……」

 

 口ごもるエリオットにクリスは苦笑して背中を向けた。

 

「クリス?」

 

「ここから先は僕の役目じゃないよ」

 

 そう言って艦橋から出て行くクリスとすれ違って入って来たのは二人。

 

「あ……ナイトハルト教官……それに……姉さん……」

 

 ナイトハルトに支えられて現れたフィオナからエリオットは思わず顔を逸らす。

 

「エリオット……」

 

「っ――」

 

 ――無事で良かった……

 

 咄嗟に言いそうになった言葉をエリオットは寸前で呑み込む。

 実の姉を見捨てる選択をした弟にそんなことを言う資格はないとエリオットは自罰して俯く。

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 気まずい空気がそこに漂う。

 

「…………ごめん」

 

 エリオットは小さく何とかそれだけ絞り出し、顔を伏せたまま逃げるようにフィオナの脇をすり抜け――

 

「エリオット」

 

「っ――」

 

 すれ違う手を掴まれてエリオットは止まる。

 

「姉さん、僕は……」

 

 どんな理由があろうと、エリオットはフィオナを見捨てようとした。

 優しかった姉の責める言葉を想像してエリオットは体を震わせる。

 エリオットの手を掴む手はとても弱々しく、その気になれば簡単に振り払える。

 しかし、それをすることはできなかった。

 

「…………フィオナ姉さん。僕は――」

 

 呼吸を整え、罵倒される覚悟を固めたエリオットはようやく顔を上げてフィオナを見る。

 しかし、そこにはエリオットが想像した顔はなかった。

 

「エリオット、久々に貴方のバイオリンを聞かせて欲しいな」

 

「…………え?」

 

 そう言ってフィオナの代わりにナイトハルトがバイオリンケースを無言で差し出して来る。

 

「ね、姉さん……僕は――」

 

「だめ?」

 

 上目遣いでお願いして来るフィオナにエリオットは思わずたじろぐ。

 そこには見捨てられた怒りも、悲しみもない。

 いつもの、いつもよりも甘えた顔をしたフィオナがいた。

 

「姉さん……僕はもう音楽は――」

 

「お願い、エリオット」

 

「…………………」

 

 珍しい姉からのお願いにエリオットが諍う術などあるわけなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 急遽開かれることとなったカレイジャスの甲板をステージにしたコンサートは大いに盛り上がった。

 開幕は今日、その名をサザーランド州全域に轟かせたマキアス・レーグニッツが務め――

 

「トールズ士官学で生徒会長をしていますトワ・ハーシェルです……

 歌う曲は《Cry for me, cry for you》です、聞いてください」

 

 体力的にも持ち歌的にも一人では無理だと泣き言を言うマキアスを助ける形で、トワが――

 

「I swear……」

 

 巻き込まれたエマが――

 

「ふふ、カレイジャスを使ってコンサートを開くことは夢だったのだよ」

 

 オリヴァルトまでもリュートを掻き鳴らして歌い始める。

 余談だが、彼の護衛役は今回の事件の顛末が顛末なだけにオリヴァルトの暴走を止めることはできなかった。

 代わる代わる演者の中には貴族連合のウォレスや、正規軍の軍人までいる。

 もう争う必要はないと示すようなアピールに民衆は困惑しながらも、それを受け入れた。

 そして――クロスベル出身という幼い少女と入れ替わって彼が甲板に現れた。

 

「あ……」

 

 直前の盛り上がりが嘘であったかのように静まり返り、バツが悪そうに民衆は彼から視線を逸らす。

 

「ど、どうもエリオット・クレイグです」

 

 その名前は民衆は良く知っていた。

 この一ヶ月、セントアークを貴族連合から守り戦い続けた革新派の英雄。

 カレイジャスを使う事はなかったものの、彼は出撃の前と後ではバイオリンを演奏して聴衆を鼓舞していた。

 父を奪われ、誰よりも貴族連合を憎んでいた少年。

 散々頼り、祭り上げて来た少年を裏切るような和平をアピールするコンサートに民衆は水を掛けられたように静まり返る。

 

「えっと……」

 

 もっともバツが悪いのはエリオットも同じだった。

 オリヴァルトに頼まれた時には、散々民衆を扇動した過激派筆頭とも言える自分が立つべき舞台ではない。

 それでなくても一度捨てると覚悟した音楽を、姉のお願いに諍えず受け入れてしまった自分の意志の弱さを嘆く。

 

「…………聞いて下さい」

 

 いろいろ言わなければいけないと考えていたはずなのに、結局エリオットは迷いを振り切ってバイオリンを構える。

 

 ――ああ……

 

 今日も出撃前にバイオリンを演奏したはずなのに、エリオットは初めて発表会に出た時の高揚を思い出す。

 

 ――僕はこんなにも音楽が好きだったのか……

 

 音楽を戦争を煽る道具にしたこと後悔。

 意地を張って捨てると言っていたものへの執着。

 “呪い”が消えた今、その反動もあってなのか音楽が好きだと言う気持ちが溢れ出す。

 もはやエリオットの思考には万を超える聴衆も、姉への償いという意識も彼方に忘れ、バイオリンを愛しく愛でるように指で撫でる。

 

 ――♪――

 

「っ――」

 

 たった一音で聴衆は思わず息を呑む。

 これまで聞いて来たエリオット・クレイグの演奏とはまるで違う音に別の意味で静寂が生まれる。

 そんな聴衆の反応さえもエリオットは見向きもせず、自分の音楽を取り戻してくれた友人達を想い、エリオットはバイオリンを弾く。

 

 

 

 

 

「おおおっ!」

 

 その光景を家屋の屋上で一人鑑賞していたレオマスクは感激の声を彼の演奏の邪魔にならないように小声で器用に慟哭する。

 心を揺さぶられる美しい音。

 今まで凡庸と思っていた才能の開花にレオマスクはただ感動に打ち震える。

 

「エリオット……ぐすっ……立派になったなぁ」

 

 悔いるように見つめながら、レオマスクはこんなこともあろうこと用意していたラインフォルト社製の導力カメラを取り出し、エリオットの晴れ舞台を記録に残して行く。

 エリオットの単独演奏が終われば、逃がすまいと彼の先輩達やマキアスがエリオットが退場する前に次の曲を演奏し始める。

 戸惑い、困惑しながらもエリオットは久しぶりの笑顔を見せながら彼らと共に演奏を始め、エリオットの演奏に聞き惚れていて民衆もまた歓声を上げて盛り上がる。

 

「良い友を持ったなエリオット」

 

 ただその光景を嬉しく思うレオマスクは――

 

「両手を上げ、ゆっくりとこちらを振り返ってもらえるかな」

 

 背中に剣を突き付けられる気配。

 

「ほう……私の背後を取るとは中々やるようだな」

 

 言われた通り、レオマスクは両手を上げ、ゆっくりと振り返る。そして――

 

「怪しい奴」

 

「怪しい奴」

 

 《C》は紅の獅子の覆面をした者にそんな感想を抱き――

 《紅獅子》は黒いヘルメットのような仮面を被る男にそんな感想を抱く。

 

「いや、あんたらどっちも人のこと言えないから」

 

 そこにスウィンの鋭いツッコミが入った。

 

「貴方がマキアス君に機甲兵を提供し、戦場に駆り立てた元凶のようだが……

 《魔女の里》への道を閉ざしたのは貴方なのかな?」

 

 《C》はスウィンのツッコミを無視して尋問を始める。

 

「ふ……もしそうだと言ったらどうするかね?」

 

「ここで貴方を拘束させてもらうっ!」

 

 言うや否や、《C》は剣を一閃する。

 

「ふっ! 甘いっ!」

 

 レオマスクは後ろに跳び退き、その体を空中に晒す。

 しかし、彼の背後で空間が揺らぎ黒の戦術殻《クラウ・ソラス》が現れるとレオマスクを殴りつけ、無理矢理屋根の上に押し戻す。

 

「ぬおっ!?」

 

 思わぬ不意打ちにレオマスクは覆面の下で目を剥き、斬りかかって来るスウィンの斬撃をコートの下に装備していた篭手で受け止め――次の瞬間、鋼の糸に足を取られていた。

 

「捕まえた♪」

 

 四肢を空中に吊られるように拘束されたレオマスクにナーディアが無邪気な笑みを浮かべる。

 

「流石だ」

 

 《C》はそんな彼女を労い、剣を鞘に納めて尋ねる。

 

「さて、スウィン君にナーディア君、拷問の心得は?」

 

「……趣味じゃないが、一応のスキルはある」

 

「ん……こういうのは、むしろなーちゃんが得意かな?」

 

 そう言うとナーディアは宙吊りにしたレオマスクの前に立ち、徐に抱えたクマのぬいぐるみの頭に鍼を突き立てた。

 

「コツはね~最初は緩やかに苦痛を与えるの」

 

 一本、二本と楽し気にナーディアは突き立てる鍼を増やしていく。

 

「相手に『これなら耐えられそう』って思わせるんだよ」

 

 楽し気に喋るナーディアを止める者はいない。

 

「それから徐々に苦痛を上乗せして、徐々に徐々に相手の精神を摩耗させるの……

 それでも吐かないなら、次は体を切断するかな。これも一気にじゃなくて、少しずつね」

 

 見せつけるようにクマをハリクマにしながらも、ナーディアの口調はどこまでも無邪気だった。

 

「まずはつま先、次に足首、その次に膝、最後に太もも……

 腕も同じね~、指の一本一本、手首、肘、肩」

 

「むぅ……」

 

 子供の狂気に満ちた言葉にレオマスクは唸る。

 

「でも、そんなに切断したら血が流れ過ぎて死んじゃうかも。

 だからちゃんと縫い合わせてあげるね~」

 

 ナーディアはぬいぐるみに鍼を刺すのをやめて笑いかける。

 

「ぬいぐるみのように、針と糸で、綺麗に繋ぎ直してあげる……

 なーちゃん、こういうの得意だから、絶対死なないようにするよ、そこは心配しないで」

 

 おしゃべりするナ―ディアはそこで困った顔をする。

 

「でもでも、ちゃんとした手術じゃないから、縫い合わせても動かせないかも……

 繋がっているのに動かせない。痛いのに動かせない……

 左手も、右手も、左脚も、右脚も、どんなに頑張っても動かせない……

 お揃いにしたいなら、瞼も口も縫っちゃおうか?」

 

 まるで歌うようにリズムを使って問いかける。

 子供特有の残酷さなのか、無邪気な言葉であっても冗談では済まない本気が垣間見える。

 

「そうしたら意識だけがそこに残って、何をしても無駄になるの」

 

 拷問されるよりも少女の狂気を孕んだ言葉にレオマスクは圧倒される。

 

「でも大丈夫、身体に糸をたくさん繋いで、なーちゃんが動かしてあげる。お人形さんのようにね~」

 

 そこでナーディアはアルティナに振り返る。

 

「あっ! そしたら、クーちゃんのお友達にできるかな?」

 

「《クラウ=ソラス》を変な名前で呼ばないでください」

 

 その少女はナーディアの狂気を簡単に聞き流す。

 そんな素気ない対応にナーディアはただ笑顔を返してレオマスクに向き直る。

 

「でね、それでも吐かない人には、次はもっと楽しくしてあげるの……口をね――」

 

「――もう良いっ! ふんっ!」

 

 次の瞬間、レオマスクは体に闘気を漲らせ、四肢に絡まる鋼の糸を無理矢理引きちぎった。

 

「ええっ!? 大型魔獣も拘束できる糸なのに!?」

 

「下がってろナーディアッ!」

 

 すかさず、場所を入れ替わるようにスウィンがナーディアとレオマスクの間に割って入る。

 

「ふ、甘いな少年」

 

「それはオジサンの方だよ」

 

 正面から来たスウィンに拳を構えるレオマスクの背後からシャーリィが“テスタ=ロッサ”を一閃。

 レオマスクの身体は両断され――煙が噴出する。

 

「スモークグレネード!?」

 

「ふはははっ! また会おう諸君っ!」

 

 煙の中、レオマスクの声が響く。

 そして立ち込めた煙が晴れるとそこにはもう紅獅子の覆面を被った怪しい人影はどこにもなかった。

 

「ごめん、逃がしちゃった」

 

「構わないさ。ああ言う類の人物を拘束できるとは思っていないからね」

 

 謝るシャーリィに《C》は気にしなくて良いと首を振る。

 

「良いのですか? 今ならまだ索敵して追い駆ける事も可能ですが?」

 

「それをすれば大事になってしまうだろう。今宵の宴にそれは無粋と言うものだ」

 

 アルティナの提案も《C》は却下する。

 

「さて、後は君達も宴を楽しむと良い」

 

「わーいっ! すーちゃん、あーちゃん行こうっ!」

 

「お、おい……ナーディア」

 

「ですから人を変な呼び方で呼ばないでくださいと――」

 

 二人の手を取って歓声を上げるナ―ディアにスウィンとアルティナは肩を竦める。

 

「おいしいもの食べたいし、せっかくだからなーちゃんたちもステージに出てみる?

 あーちゃんはハーモニカを吹けるから――」

 

「やです」

 

「あーちゃん? えっと……」

 

「やです」

 

 ナーディアの思い付きをアルティナは食い気味で拒否するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 








NG
アリサ
「私の歌も聞けええええっ!」

シャロン
「きゃああああああ! アリサお嬢様ああああああっ!!」

アリサ
「シャシャシャ……シャロン! 貴女死んだはずじゃなかったの!?」

シャロン
「何を仰いますかアリサお嬢様……」
 このシャロン・クルーガー、アリサお嬢様のアイドルデビューという一大イベントのためならば、例え煉獄の底に堕とされたとしても這い上がってみせましょう」

クリス
「…………その理屈なら……」

アルフィン
「ねえエリゼ、それにアルティナちゃんもコンサートに出てみない?」

エリゼ
「姫様?」

アルティナ
「やです」





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34話 求める道

 

 

 Ⅶ組の仲間達や先輩、それにオリヴァルトが盛り上げるコンサートの喧騒から離れたセントアークの病院の一室にクリスはいた。

 

「そうか……エリオット君は持ち直したか」

 

 ベッドの上でクリスから改めてその報告を聞いたヴィクターは安堵の息を吐く。

 ある意味、ハイアームズ侯の動向よりも気掛かりだった懸念の解消はヴィクターにとって何よりの朗報だった。

 

「彼には悪いことをした……

 いくら《ティルフィング》を使えるからと言って頼り過ぎてしまったようだ」

 

「エリオットも貴方に謝らないといけないって自分を責めていました……

 コンサートが終わったらお見舞いに行くと言っていました」

 

 既に何度か訪れ、その度に顔を合わせることができずに引き返していたことをクリスはあえて黙っておく。

 

「謝られる筋合いはないのだがな……

 この負傷は彼を利用しようとした私たちが受ける当然の報いなのだから」

 

 暴走寸前だった正規軍をエリオットという英雄で制御しようと試みたのはヴィクター達なのだから。

 

「私たちはオズボーン宰相の仇討ちと意気込む彼らの怒りを抑え込むことはできなかった」

 

 オリヴァルトやヴィクターではどれだけ呼び掛けても正規軍の中には反発心ばかりが肥大して行った。

 彼らにとって必要なのは《オリヴァルト皇子》という大義名分だけ。

 《ティルフィング》を操り、《機甲兵》と戦える力を持っていたエリオットを正規軍は担ぎ上げた。

 エリオット自身も正規軍の思惑に同調するところがあり、それを受け入れた。

 そして自分達はエリオットとは面識があったことを利用して、彼を通じて正規軍の舵取りを行った。

 

「エリオット君自身も暴走する危険性をあえて見ぬふりをして、大を生かすために小の犠牲を容認してしまった」

 

 このまま戦いが続けば、内戦が終わる頃にはエリオットの心身はボロボロになっていただろう。

 ナイトハルトと共に、戦場でエリオットの隣に立って戦ったが、終ぞ復讐に燃える彼を鎮める事はできなかった。

 

「情けないものだ。《光の剣匠》などと仰々しい二つ名を授かっておいて、一人の子供に道を諭すこともできないとは」

 

「いえ、アルゼイド子爵達はよくやっていたと思います」

 

 今日は、貴族連合と正規軍の争いが最高潮に達した。

 しかし、オリヴァルト達がセントアークに残された貴族を保護していなかったら人質作戦を行っていたのは正規軍の方だったかもしれない。

 

「それを思えば、僕がやって来たことなんて……」

 

 今までの事を振り返ってクリスは陰鬱な気持ちになる。

 ユミルでは戦う事ばかりに気を取られ、守るべきものを間違えた。

 ケルディックでも怒りに我を忘れてしまった。

 ノルドでは起き抜けのせいで碌に動くこともできなかった。

 そして何より――

 

「僕があの日、クロウ先輩に負けていなければこんな事態になっていなかったのに」

 

 全てはそこからだったとクリスは後悔する。

 

「殿下、先程も言いましたがこれは殿下の責任ではありません……

 《機甲兵》なる兵器の開発を見逃し、オズボーン宰相暗殺を止められたなかった大人たちの――」

 

「エリオットにはそれで良いかもしれません。でも僕は大人や子供という前にエレボニアの皇子なんです。それに――」

 

「それに――?」

 

「…………いえ、何でもありません」

 

 クリスは言いかけた言葉を呑み込む。

 子供と言うのなら、いなくなってしまった“彼”もまたそうして守られるべき側にいるはずだった。

 だが、“彼”がここにいればエリオット以上に頼られ、“彼”はそれに応えようとしてしまうだろう。

 そして自分やオリヴァルトも男爵家の長男が背負う謂れのない重責を押し付けていたかもしれない。

 

「そう言えばアルゼイド子爵は……」

 

 言いかけてクリスは言葉を止める。

 ヴィクターは自分と共に何度か“箱庭”を訪れている。

 そういう意味での繋がりはⅦ組よりもあるかもしれないと考えたが、ここまでの話題で“彼”のことに一切触れて来ないことでクリスは質問をやめる。

 

「やはり不安ですか?」

 

「え……?」

 

 再三言葉を呑み込むクリスにヴィクターが話を振る。

 

「正規軍を率いる事、人の上に立つこと、まだお披露目も行っていない貴方には重たい責任だということは確かでしょう」

 

「それは……」

 

「ですが、貴族の中には帝都にいるセドリック皇子が偽物だと知らず、皇族への忠義によって戦っている者もいます……

 貴方が名乗りを上げて立ち上がってくれれば、それだけで貴族連合の足並みを乱すことができるでしょう」

 

「でもそれをするには僕が本物の《セドリック》だと証明しないといけないはず」

 

 《緋の騎神》がアルノールの血筋を起動者に選ぶということを民衆は知らない。

 それに加え、ハイアームズ侯を除く四大名門の支持に、現皇帝であるユーゲントが帝都のセドリックを否定していない以上、現状でクリスが本物であると証明することは難しい。

 

「それに僕には正規軍を率いて戦うなんて……」

 

 脳裏に浮かぶのはケルディックでの狂気。そしてユミルを守らずクロウと戦う事を優先した自分をクリスは思い出して首を振る。

 

「僕じゃダメです……」

 

「クリス君……」

 

「今回は大丈夫でしたが、僕はこの内戦で戦う度にお腹の奥に“憎悪”が溜まっているのを感じるんです」

 

「“憎悪”……ですか……」

 

「ケルディックで行われた処刑と焼討、ノルディア州ではログナー侯爵の身勝手な振る舞い。そして《蒼の騎神》……

 戦う度に僕の中で彼らへの“憎悪”が膨れ上がっている気がするんです」

 

 今回のサザーランド州の争いはクリスにとって他人事ではない。

 クロウ達を前にして自分が“獣”になってしまうのではないかという不安が浮かぶ。

 自分の暴走が正規軍を狂わせるのか、それとも正規軍の狂気が自分を狂わせるのか。

 

「それに僕という大義名分を正規軍に与えてしまえば……

 彼らは貴族連合を倒した後、新しい敵を求めて貴方やテオさん達のような善良な貴族にまでその刃を向けるかもしれない……

 そう考えると僕は……」

 

「…………そこまで至りましたか……」

 

 クリスが想像する一つの結末にヴィクターは感心する。

 

「秘密裏に貴方への武術指南を任され、貴方の成長を見守っておりましたがどうやら善き成長をなされたのですね」

 

「アルゼイド子爵……」

 

 誇らしげな言葉を掛けられるものの、ヴィクターの中での自分の関係がそういうことに補完されているのだとクリスは気付く。

 

「…………殿下、オリヴァルト皇子と共に行く道に不安を感じると言うのなら、これを受け取ってもらいたい」

 

 そう言ってヴィクターが差し出したのは大き目の鍵だった。

 

「……これは?」

 

「その鍵は《カレイジャス》を起動させる起動用の鍵になります……

 同じものをオリヴァルト殿下が持っていますが、それは今は良いでしょう」

 

「そんなものをどうして僕に?」

 

「貴方が望めば、オリヴァルト殿下は喜んで《カレイジャス》を貴方に使わせるでしょう……

 ですがセドリック殿下はそれを望んでいないのでしょう?」

 

「それは……」

 

「私たちは《第三の風》になることはできませんでした……

 ですが、セドリック殿下が“新たな路”を望むのでしたら、それが必要になるかもしれません……

 与えられた選択肢の中から選ぶのではなく、自分で選ぶこと……

 例え同じことだったとしても、そこには違う意味があるのだと私は思います……

 それに今の私が持っていても無用の長物に過ぎませんから」

 

 自嘲するようにヴィクターは笑う。

 

「お身体はそれほど悪いんですか?」

 

 機甲兵越しだったとはいえ、ティルフィングのダブルバスターキャノンを至近距離で受けたのだ。

 いくら導力魔法に治癒術があるからと言っても、治せる怪我には限度がある。

 

「全治までおよそ半年と診断されました……

 子供を戦争に利用した報いと考えれば安いものでしょう」

 

 砲撃を受け、五体満足であり半年で済むことを喜ぶべきか、それとも《光の剣匠》が内戦に関われなくなったことを嘆くべきなのかクリスは迷う。

 

「クリス君。君が感じている“憎悪”は決して間違ったものではありません」

 

「アルゼイド子爵……それでも僕は皇太子なんです……

 感情のまま誰かを憎むことは許されない、負の連鎖を断ち切るために我慢をしなければいけない立場なんです」

 

「それは違います」

 

 クリスの言葉をヴィクターは首を振って否定する。

 

「“憎悪”は人の中にある“怒り”の感情の一つに過ぎないのです……

 怒ることは決して間違いではありません、全てを許す必要もない……

 まずはその“怒り”を受け入れなければならない……と私は思っていますが、エリオット君を導けなかった私が言えたことではないですね」

 

「……いえ……」

 

 今度はクリスがヴィクターの言葉に首を振る。

 

「言いたいことは分かります」

 

 “怒り”を理由を付けて呑み込もうとしても、そこにあるものから目を背けた“欺瞞”でしかない

 しかし、頭で分かっていても自分の中に生まれた“憎悪”をどうすれば良いのかクリスには分からなかった。

 

 ――■■■さん、貴方はどうやってこの怒りを呑み込んだんですか?

 

 仇敵としか言えないワイスマンやレーヴェ。

 憎いはずの彼らと肩を並べることを選べた先人にクリスは胸中で問いかけた。

 当然、その問いに答えなど帰って来ることはなく、ヴィクターは思案に耽るクリスに話題を変えた言葉を投げかける。

 

「セドリック殿下、一つ頼みたいことがあります」

 

 そんなクリスにヴィクターは部屋の片隅に置かれた長大なトランクケースに視線を向けた。

 

 

 

 

 

 病院を後にしてクリスはセントアークの街を歩き、各所から聞こえて来るマキアス達のコンサートの歌や音楽に耳を傾ける。

 この内戦中に貴族と平民が入り混じったコンサートなど帝国史を取ってみても前代未聞の珍事。

 しかし、マキアスが繋げた貴族と平民の歩み寄りの一歩。

 それを無駄にさせないためのコンサートとなれば彼のお目付け役のミュラーも強く反対することはできず、混乱を極めていたレーグニッツ知事を押し切り、カレイジャスコンサートは実行された。

 

「…………はぁ」

 

 聞こえて来る音楽にクリスはため息を吐く。

 このコンサートのもう一つの目的はクリスが覚悟を固めるまでの時間稼ぎ。

 Ⅶ組の中で除け者にされた寂しさを感じつつも、オリヴァルトが自分に時間を作ってくれたことには感謝しかない。

 

「それでも……出たかったな……」

 

 今のクリスの立場は極めて難しいものだった。

 帝都の偽物のセドリックの宣言のせいで指名手配をされ、当たり前だがセドリックと同じ顔をしているため、コンサートに出ると事情を知らない市民を混乱させてしまう。

 しかし、それらの事情を考慮してもあの煌びやかなステージに後ろ髪を引かれてしまう。

 

「僕はどうすれば良いんだろう」

 

 ヴィクターから受け取った鍵を見下ろしてクリスは呟く。

 オリヴァルトと共に偽物と貴族連合を打倒するために立ち上がることが一番良い方法だと思うのだが、踏ん切りがつかない。

 

「そもそも僕は……本当にクロウ先輩を殺せるのかな?」

 

 目を瞑って思い出す学院生活。

 だが、学年の違いもあって同じ時間を過ごした記憶はほとんどない。

 むしろ彼を憎む理由ならいくらでも思い浮かぶ。

 

「僕は……」

 

「いささか、不用心ではありませんか?」

 

 迷うクリスの背中に声が掛けられた。

 聞き覚えのない声にクリスは振り返る。

 

「いくら今のセントアークで戦闘行為が禁じられているからと言って、皇太子である貴方が一人でいるのは危機感が足りないと言わざるを得ないでしょう」

 

「お前は……帝国解放戦線の《G》――ギデオンッ!?」

 

 敵の幹部の突然の出現にクリスはその場から跳び退き、ヴィクターから預かったトランクケースを落として剣を抜く。

 

「ふふ……」

 

 ギデオンはそんなクリスの反応に帝都の地下墓所で見せた時のような笑みを浮かべて腰に差した導力銃を抜く。

 

「っ――」

 

 目の前の男を警戒しつつ、クリスは伏兵を警戒する。

 そんなクリスを嘲笑う様にギデオンはクリスに一歩詰め寄り――

 

「くっ――」

 

 クリスは目の前の敵を見誤ったことに気付く。

 導力銃、学者の風貌、帝国解放戦線の幹部の中では劣っていたとしても油断して良い相手ではなかった。

 その証拠に体を前傾にして踏み込んで来る彼の動きには澱みはなく、確かな修練を感じさせる程に堂が入っていた。

 

「αっ!」

 

 咄嗟にクリスは叫ぶ。

 不可視状態で控えていた戦術殻はその声に反応してクリスの背後に現れると、彼を守るように障壁を展開して――

 

「お願いしますセドリック殿下、どうか私の話を聞いてくださいっ!」

 

 導力銃を地面に置いて、ギデオンはそのまま滑り込むようにクリスの足元で額を地面に擦り付けた土下座が――炸裂した。

 

「…………………………え?」

 

 剣を構えたまま固まったクリスは長い沈黙の末に、困惑の声をもらすのだった。

 

 

 

 

 

 

「父上、お考え直しください」

 

 ユーシス・アルバレアの胸中は失望に染まっていた。

 

「《金の騎神》は東の脅威に備えるために、正規軍と取り決めてこのクロスベルに配備すると決めたこと……

 それを一方的に破棄すると言うのですか?」

 

 狼狽えたように父、ヘルムートの要求にルーファスが反論する。

 ガレリア要塞どころか、ガレリア山脈が消滅した今、東からの侵略に帝国は脆弱になっていると言わざるを得ない。

 現在のカルバード共和国はクロスベルが行った金融凍結の混乱からまだ抜け切れておらず、当面の間は安全であってもいつ侵攻して来るか分からない。

 それを警戒し、また抑止力として《金の騎神》がクロスベルに配置されたのだが、ヘルムートは今日、突然現れてアルバレア公爵家の名前を使って引き取ると言い出したのだった。

 

「ユーシス、君からも父上に言ってくれ」

 

「…………俺は父上の命に従うだけです」

 

 向けられた兄の弱気な言葉にユーシスは不快感を感じながら無愛想に答える。

 父の我儘とも言える行動に弱腰なルーファス。

 ユーシスはこんな兄など見たくはなかったと目を伏せる。

 

 ――ここまで落ちぶれてしまったのか……

 

 オルディスでの騎神の選定を勝ち抜いた代償に左腕の自由を失ったルーファス。

 それが原因でアルバレア公爵家の次期当主候補から外され、トールズ士官学院の教官となった。

 そこまではユーシスも不満こそあれ、陰りを感じなかったルーファスに文句を言うつもりはなかった。

 しかし、内戦が始まり本来なら貴族連合の総指揮を取るはずだった彼がクロスベルに左遷されたように遠ざけられることになった。

 そのせいなのか、左腕が動かなくなっても衰えることがなかった気品が今は見る影もない。

 

「ユーシス……」

 

 弱々しく自分の名を呼ばれることにユーシスはルーファスの眼差しを無視する。

 

「ったく……随分と勝手なことを言ってくれるじゃねえか」

 

 父を説き伏せられないルーファスを見兼ねて彼の秘書官として後ろに立っていたレクターが肩を竦めて口を挟む。

 

「ふん! だからわざわざ《機甲兵》ゴライアスを持って来てやったと言っているのだ……

 拠点防衛という点では《騎神》よりも使えるはずだ」

 

「まあ、そうだけど……そもそも《金の騎神》だけ持って行ってどうするんだ? あれはルーファス以外には乗れないはずだぜ」

 

「そんなもの、我がアルバレア家に伝わる秘術を持ってすればどうとでもなる」

 

「秘術?」

 

 レクターは首を傾げ、ルーファスを振り返る。

 ルーファスは知らないと首を横に振る。

 

「む……」

 

 目と目で通じ合うレクターとルーファスにユーシスは顔をしかめる。

 亡くなったとは言え、元鉄血の子供であるレクターと元アルバレア公爵の貴公子にしては随分と近い距離だという事に不信を感じる。

 

「まあ良いか……そこまで言うなら是非、乗ってみて下さいよ……

 それで本当に乗れるって言うなら持って行けばいい」

 

「ちょっとレクターさんっ!?」

 

「どうせ断ってもこの公爵様が聞きやしないって、だったらやらせちまえ」

 

 口を挟もうとするクレアにレクターは小声で耳打ちをする。

 

「ふん! 分かれば良い。さっさと我が《騎神》の下に案内するが良い」

 

「へいへい」

 

 

 ………………

 …………

 ……

 

 そして、膝を着いて鎮座する《金の騎神》を前にヘルムートは古びた本を開いて呪文らしきものを唱える。

 すると、彼は光に包まれ《金の騎神》に吸い込まれるように消えた。

 

「そんな……」

 

「うそ……」

 

「あれ? 《金》ってあんなにゴツかったか?」

 

 その光景にルーファスとクレアは絶句し、レクターは違和感に首を傾げる。

 

「くくく……」

 

 笑いを押し殺した声が響くと、膝を着いていた《金》がゆっくりと立ち上がり、身体の調子を確かめるように腕を動かす。

 

「見たかカイエン公っ! 私にも乗れるぞ! 《大いなる騎士》エル=プラドーにっ!」

 

 ヘルムートはこれまで溜め込んでいた鬱憤を晴らすように虚空に向かって叫ぶ。

 《蒼の騎士》の後ろ盾となり貴族連合軍の主宰を気取るカイエン公。

 《蒼の騎神》を乗り回して英雄を気取って大きな顔をしているテロリスト崩れにもこれ以上好きにさせない。

 

「《黄金》を取り戻したアルバレア家の力見せてくれようぞっ!」

 

 帝国の内戦に《金の騎神》が――

 

 

 

 

 

 

 

「うむ、オルキスタワーに残された“霊子変換機能”は問題なく動いたようだな」

 

 その光景にG博士は満足そうに頷くのだった。

 

「うむ、三機のアイオーンのシステムを利用した《金の神機》メッキ=プラドー。どこまでやれるか見せてもらおう」

 

 Y人形師が博士の隣でしたり顔で頷いた。

 

「レン、しーらない」

 

 そして少女は何も関係ないとそっぽを向くのだった。

 

 

 帝国の内戦に《金の神機》が参戦するのだった。

 

 

 

 

 









《金の神機 メッキ=プラドー》
 オルキスタワーに残った神機のデータを元にG博士とY人形師が《金》の張りぼてを好き勝手に改造した機体。
 《零の至宝》のバックアップの代わりに主導力にフェンリルを使用。
 “霊子変換機能”により機体と融合することで操作を簡略化。
 追加武装としては《β》の翼と拡散光子砲と《γ》のディフレクションバリアを搭載。





NG もしも《金》にユーシスが乗ったとしたら

ユーシス
「俺にも乗れるぞっ! 《大いなる騎士》、金のエル=プラドーにっ!」

クリス
「ダメだユーシス!」

ユーシス
「これは“呪い”などではない、俺の意志でお前達と戦う事を決めたのだっ!」

クリス
「そんなことを言っている場合じゃない! その機体に乗り続けたら君は――」

ユーシス
「今更もう遅い。もはや俺とお前達の間には埋めようのない溝があるのだ」

《C》
「ふ……ならば君の相手は私がしようではないか」

ユーシス
「誰だか知らないが、そんな浮ついた色の《機甲兵》などにこの《エル=プラドー》が止められると思っているのか!? 身の程を知れっ!」


 ………………
 …………
 ……


ナーディア
「俺にも乗れるぞっ! 《大いなる騎士》、金のエル=プラドーにっ! どやっ!」

ユーシス
「……」

クリス
「これは“呪い”なのではない! 俺の意志でお前達と戦う事を決めたのだ――くわっ!」

ユーシス
「…………」

マキアス
「もはや俺とお前達の間には埋めようのない溝があるのだ……
 ああ、あったな……僕たちとの間に埋めようのない認識の溝が……くっ……」

ユーシス
「………………」

ルーファス
「寂しいものだね。どうやら私たちの間にあった絆は仮面で覆い隠せるものでしかなかったとは……
 ああ、浮ついた色の我が機甲兵殿は我が愚弟に何か言いたいことはあるかな?」

ピンクのシュピーゲル・アサルト
「ユーシス・アルバレア……強く生きろ」

ユーシス
「………………いろいろ言いたいことはありますが……とりあえず兄上、一発殴らせてください」

ルーファス
「はははっ! 思えばお前とこうやって戯れたことはなかったな」

ユーシス
「兄上っ!」





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35話 反理想郷への分岐点

 

 

 

 この混迷を極めるエレボニア帝国の貴族連合と革新派の戦争の中で、クリス・レンハイムという少年の立ち位置は極めて微妙な立ち位置にいる。

 皇族のみが乗ることを許された《緋の騎神》を盗み出した大罪人。

 戦争の元凶を作り出した一人。

 それが貴族連合の主張であるが、セントアークは革新派の勢力下にあるため、民衆でそれを信じている者は少ない。

 そもそもオリヴァルトの仲間が《緋》を貴族連合から逃がしたという認識ではあるのだが、クリス・レンハイムがどういう顔をしているかまでは認識していなかった。

 それに加えてセドリック・ライザ・アルノールも先の宣誓式から表舞台に立つことはなく、大々的なお披露目もまだだったことも合わせてその容姿は周知されていなかった。

 そのおかげでクリスは元々士官学院生としてのイメージチェンジをしていたこともあって、他人の空似として街を歩くことはできていた。

 しかし――

 

「お願いしますセドリック殿下、どうか私の話を聞いてくださいっ!」

 

 導力銃を差し出すように地面に置いて土下座するギデオンが大きな声で叫ぶ。

 

「…………………………え?」

 

「貴方様のお怒りはごもっともですが、どうか! どうか私の話を聞いてください! セドリック殿下っ!」

 

 頭を下げたまま叫ぶギデオンの声は周囲の放送に負けないくらいの声量で、その必死さが伝わって来る。

 そして彼の行動はとても良く目立った。

 

「何だあれ……?」

 

「今、セドリック殿下って聞こえなかった?」

 

「まさか、セドリック殿下は皇宮にいるはずだろ」

 

「でもあのオリヴァルト殿下はあのセドリック殿下は偽物だって言っていたけど……」

 

 往来で土下座する男に注目が集まり、彼が口走るセドリックの名に疑心暗鬼が生まれる。

 

「ちょ、ちょっと――」

 

 周囲の反応に気付いてクリスはギデオンに土下座をやめさせようと試みる。

 

「セドリック殿下っ!」

 

 しかし、了承を得るまで梃子でも動かないと言わんばかりの土下座の気迫がそこにはあった。

 

「まさか本当にセドリック皇子?」

 

 聞こえて来た呟きにクリスは息を呑む。

 オリヴァルトからは然るべき状況を作って民衆の前に名乗り出て欲しいと言われ、くれぐれも目立たないように言い含まれれている。

 

「セドリック――」

 

「うるさいっ!」

 

 こちらへの配慮などまるで考えもしないギデオンにクリスはこれ以上喋るなとヴィクターから預かったトランクケースをその後頭部に振り下ろした。

 

「ぐはっ――な、何故……?」

 

「あははっ! お酒でも飲んでいたのかな?」

 

 周囲に笑って誤魔化し、クリスは呼び出した戦術殻に短く命令をする。

 

「α、そいつを僕達の飛行艇に連行して」

 

「はーいっ!」

 

 少女の声で翠の戦術殻は応えると、気絶したギデオンを抱えて光学迷彩で姿を消す。

 それを見届け、クリスは民衆に愛想笑いを振り撒いて――

 

「失礼しましたっ!」

 

 脱兎の如く逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

「セ、セドリック殿下……? これはいったいどういうことでしょうか?」

 

 覚醒したギデオンは椅子に縛り上げられている状況に困惑して目の前でこちらを睨んで見下ろすセドリック皇子にギデオンは問いかける。

 顔をしかめたセドリックは大きくため息を吐く。

 

「あんな往来で僕の正体を叫んだりするからだ」

 

 その説明だけで理解したのか、ギデオンは相槌を打って謝罪する。

 

「なるほど……それは申し訳ないことをした」

 

 本当に理解しているのか怪しいふてぶてしい謝罪にクリスは顔をしかめる。

 

「ところで何故私は拘束されているのでしょう?」

 

「そんなの当たり前だろ? 君達が今まで何をしたか忘れたとは言わせない」

 

 ギデオンの疑問にクリスは何を言っているんだと返す。

 今でこそ、貴族連合の《蒼の騎神》の直属という公の立場を手に入れているが、元は帝国解放戦線の幹部の一人。

 いくら話し合いを望んでいるからと言っても、拘束しないで良い相手ではない。

 

「それは誤解です殿下」

 

「誤解……?」

 

 悪びれた様子もなく言うギデオンの態度にクリスは眉をひそめる。

 

「ええ、私は貴方の敵ではありません」

 

「…………何を今更……」

 

 ギデオン達、帝国解放戦線とⅦ組の間には多くの因縁が存在している。

 クリスにとって最初の特別実習においてケルディックで起きた盗難事件。

 その後も鉄道ジャックに、ノルドでの帝国と共和国の戦争を誘発させようとしていたこと。

 夏至祭の帝都で暗黒竜を復活させたこと。

 そしてクロスベル通商会議とガレリア要塞襲撃。

 彼らは様々な場面で己の勝手な大義名分を掲げて暴虐を尽くして来た。

 

「僕は貴方達が憎くてたまらない……

 貴方達は僕が尊敬していたオズボーン宰相を撃った」

 

「殿下、そもそもそれが間違いです。オズボーン宰相こそ、帝国を歪めていた――いや……」

 

 振りかざした主張を唐突に止めて、ギデオンは顔をしかめて視線を落とす。

 

「帝国の歪みは僕も気付いていたさっ!

 でもそれはオズボーン宰相が宰相になる前からあったものだっ!」

 

 クリスは知っている。

 多くの人達が貴族の横暴で苦しめられてきたことを。

 

「…………ええ、その通りです」

 

 てっきり反発して来ると思っていたギデオンはクリスの反論に静かに頷いた。

 椅子に縛られ項垂れているギデオンにクリスは強い違和感を覚えずにはいられなかった。

 

「……こんなはずじゃなかったんです……オズボーン宰相さえ打倒できれば帝国は正しい姿を取り戻せる……そう信じていたんです」

 

 訥々と語る言葉には帝都で感じた妄信や狂気はなく、そこにあるのは後悔と戸惑い。

 別人のように毒気が抜けたギデオンの様子にクリスは肩透かしをくらったように困惑する。

 

「オズボーン宰相が目指す未来が間違っているとしても、貴族連合が目指す未来が正しいとは限らない……

 そんな単純なことに私は今までどうして気付かなかったのか……」

 

「……どうやらちゃんと会話は成立するみたいだね」

 

 肩を竦め、クリスは憤りの感情をひとまず呑み込む。

 

「貴方に……貴族連合側の誰かとは一度ちゃんと話をしておきたかったんだ」

 

 本来なら四大名門の当主の誰か、ハイアームズ侯が適任だと考えていた。

 しかし、貴族連合の中でもハイアームズ家の地位はそこまで高くなく、クリスが求める情報はほとんどなかった。

 ギデオンも貴族連合の内情については詳しいとは思えないが、その代わり帝国解放戦線の内情に関しては精通しているはず。

 どちらかと言えば、自分よりも先輩達が欲している情報を持っているという意味でならギデオンの情報には価値がある。

 

「ええ、何でも聞いてください。拘束もこのままで結構です」

 

 殊勝にもギデオンは椅子に縛られている状況を受け入れる。

 

「もちろんタダでこちらの話を聞いてもらおうなどと虫の良いことを言うつもりはありません。それなりの交渉材料は持って来ています」

 

「交渉材料……?」

 

「ええ、例えば……通商会議の時、クロスベルから依頼された各国首脳陣の暗殺計画の証拠などです」

 

「…………え……?」

 

 ギデオンの言葉をクリスは一瞬、理解できなかった。

 

「これを使えば未だに反抗的なクロスベルの民衆を従わせる良い交渉材料になるのではありませんか?

 ルーファス・アルバレアに恩を売り、貴方の地盤固めを行うには丁度いいと具申します」

 

「通商会議の暗殺計画って……あれは帝国解放戦線と共和国のテロリストが……」

 

「わざわざ私たちが共和国のテロリストと足並みを揃える理由は本来ならありません……

 オルキスタワーの構造と会議のスケジュール、空路警備の穴、オルキスタワーの防衛機能の掌握コード……

 全て、クロスベル側から結社を通じて提供されたからこそ私たちは共和国のテロリストと手を組んだのです」

 

 確かに帝国側と共和国側からの二度に渡るハッキングにより、襲撃に必要なデータを奪ったと考えるよりもクロスベル側から提供されたという方が筋が通っている。

 一見すればオズボーンやロックスミスがテロリスト達が呼び込んだように見えていたが、彼らが確実に敵対する組織を動かせるわけがない。

 

「むしろクロスベルが呼び込んだとするなら、つじつまが合うけど……」

 

 ただでさえ、州全体に《D∴G教団》の団員だという疑いが向けられているクロスベル人にとってこの情報は致命的な威力を持つ。

 

「でも、それなら何で暗殺計画は失敗したんだ?」

 

「私も共和国のテロリストもクロスベルの言い分を全て信じたわけではありません……

 クロスベルにどんな思惑があって私たちを利用しようとしたか分かりませんが、提供されたデータも全てが正しかったわけではなかった」

 

 ギデオンはあの時、窓の外から機銃掃射が失敗になった予想外を思い出す。

 

「それ故の導力爆弾――フェンリルでしたが運悪く不発弾を掴まされてしまったようです」

 

「運悪く……貴方は自分が何をしたのか本当に分かっているのかっ!?」

 

 不発のくだりをひとまず置き、クリスは思わず激昂して胸倉を掴む。

 

「この際オズボーン宰相を殺したいというのは良い!

 だけど何の関係もない各国首脳やクロスベルの50万人を巻き込もうとした!

 ディストピアだかなんだか知らないが世界を巻き込んだ戦争を起こそうとしていたのは貴方の方だっ!」

 

「…………ええ、返す言葉もありません」

 

 以前の彼ならば、それでもオズボーンを殺すためなら必要な犠牲だと言い切っていただろう。

 しかし、ギデオンは本気で後悔しているようにクリスの罵倒を受け入れる。

 

「ちっ……」

 

 そんな豹変した態度にクリスは苛立ち、掴んだ胸倉を突き放す。

 

「クロスベルのことは後で良い! それよりも貴方が知っている事を洗いざらい吐いてもらう」

 

 そうクリスが宣言したところで、部屋に慌てた様子でトワ達が飛び込んで来る。

 

「クリス君っ!」

 

「黙秘権があると思わないことだ、こっちには拷問のプロだっているんだからね」

 

 駆け付けた仲間たちを背にクリスはギデオンとの話し合いに臨むのだった。

 

 

 

 

「まずは帝国解放戦線の成り立ちについて話そうか……」

 

 椅子に縛られたままの姿でギデオンは語り出す。

 

「その前に少し私の話をさせてもらおう」

 

 そう断ってギデオンは自分の切っ掛けを語り始める。

 

「私は帝都の学術員の政治哲学を専攻にした助教授をしていた」

 

 昔を懐かしむようにギデオンにクリス達はとてもそうは見えないという感想を抱く。

 

「三年前、オズボーン宰相の強硬的な領土拡張主義を批判したことが原因で私は学術員を罷免されてしまった」

 

「それは自業自得じゃないのかな?

 聞けば、許可なく公共の場で勝手にビラをまいて、その批判もかなり過激にエスカレートさせていたみたいじゃないか」

 

 被害者ぶっているギデオンにクリスはクレアから聞いていたギデオンの前科を指摘する。

 

「そうね……そんな過激な思想の持ち主をいつまでも助教授のまま在籍させていたら、そこの学院長の管理責任にもなるし生徒たちに与える影響も考えれば当然の判断ね」

 

 クリスの指摘にアリサも頷く。

 

「ようするに貴方って士官学院に入学したばかりの頃のマキアスなのよね」

 

「ぐはっ――」

 

 続けたアリサの言葉に当の本人は胸を押さえて蹲る。

 他の仲間達はギデオンとマキアスを見比べて、なるほどと頷く。

 

「矛先が貴族かオズボーン宰相かの違いと言うことですか…………

 ああ、バリアハートでユーシスさんやルーファス教官の悪口を言って捕まるんじゃないかってあの時はハラハラしていましたね」

 

「うぐぐ……」

 

 否定せず、具体的な例を出してエマにマキアスは唸る。

 

「あの頃のマキアスか……サラ教官、たしか特別実習で改善されなかったら退学の可能性があったんですよね?」

 

「ええ、ルーファス理事とイリーナ理事の二人が特にね。ええ、本当……」

 

「おおおお……」

 

 ガイウスとサラの会話にマキアスは体を震わせる。

 

「ユーシスやラウラと僕達が話しているだけでも嫌な顔していたもんね……

 それにクリスは仕方ないとしても、アリサにも突っかかっていたよね」

 

「やめて…………やめてくれ……」

 

 エリオットの呟きに黒歴史を暴かれる気持ちで懇願する。

 

「へえ、マキアスってば結構ヤンチャだったんだ」

 

「…………」

 

 Ⅶ組の中で当時を知らないシャーリィは揶揄う口振りで笑うが、もはやマキアスは唸る気力もなく、テーブルに突っ伏した。

 

「えっと、そんなにひどかったの?」

 

「それは……」

 

「うん、まあ詳しくは本人のためにも聞かないであげて」

 

「良くもまああの狂犬が、貴族と平民の架け橋になれたものだね」

 

 キーアの質問にトワとジョルジュ、アンゼリカは言葉を濁したりとそれぞれの反応を返す。

 

「トールズでもマキアスの貴族嫌いの思想が他の生徒に感染する可能性があったとすれば……

 貴方が学術院から罷免されるのは当然のことではないですか? まさかその恨みからテロリストに?」

 

「いいえ」

 

 マキアスいじりから話を戻したクリスの質問にギデオンは首を横に振る。

 

「学術院を退職させられたことに関しては私も納得しています。ただ……」

 

「ただ?」

 

「セドリック殿下達は革新派の内情を御存じですか?」

 

 ギデオンの問いにクリス達は顔を見合わせて首を捻る。

 面識がある革新派と言えば、マキアスの父であるカール・レーグニッツと鉄道憲兵隊のクレアだろう。

 

「その二人だけでも結構ですよ……

 私が言いたいことは、彼らは鉄血の部下ではなく狂信者と言うべき存在だと言うことです」

 

「狂信者……それはまた物騒な呼び方だね」

 

「あくまでも私が彼らに抱いた第一印象に過ぎません……ですが、私の危機感はここから来ていると言っても過言ではありません」

 

 ギデオンは何かを思い出して身震いをして続ける。

 

「私はギリアス・オズボーンが怖かった……

 あの圧倒的なカリスマとそれに目を焼かれ彼が為すことを全て肯定して、彼の言葉だけに盲目的に従うだけの革新派こそが私は帝国を脅かすテロリスト集団にしか見えなかった」

 

「それは被害妄想が過ぎるんじゃないかしら?」

 

「いや……その気持ちは今なら少し分かるかな」

 

 アリサの指摘にクリスが首を振る。

 

「僕も士官学院に進学するまで無邪気にオズボーン宰相の力強さに憧れていたから……」

 

 オズボーン宰相は良くも悪くも光だった。

 この人について行けば良いのだと思わせる自信に満ちた佇まい、そこから溢れるカリスマは皇族など霞むほどに力強かった。

 しかし今はギデオンの言う通り、オズボーンの力強さに憧れと同時に畏怖を感じてる自分をクリスは認める。

 

「学術院を退職した私には政治家となって正面からオズボーン宰相と対峙する道もあったでしょう……

 ですが、何の後ろ盾もない助教授でしかなかった私はオズボーン宰相と弁論を交わす前に、彼を取り巻く革新派によって亡き者にされていたでしょう」

 

「それは……」

 

「実際に私はオズボーン宰相を批難したという理由で平民に襲われているんですよ」

 

 ギデオンの告白にクリス達は押し黙る。

 

「彼らはオズボーン宰相が放った刺客ではないでしょう……

 ですが、おそらくオズボーン宰相は明るみに出ていない市民の暴行を見て見ぬふりをしている節があった……

 私はこれらのことから帝国がこのままでは狂ってしまうと危惧し、当時私を助けてくれたカイエン公の伝手で《帝国解放戦線》に参加することを決めました」

 

 締めくくられたギデオンの半生にクリス達は彼に向けていた敵愾心を忘れて押し黙る。

 単なら逆恨みのテロリストだと思っていたギデオンが語る革新派を外から見た視点。

 それは今の内戦の暴走ぶりを見た後では決して彼の作り話だと一笑することはできなかった。

 

「貴方の戦う理由は分かりました……」

 

 重苦しい空気を破って声を上げたのはガイウスだった。

 

「しかし、それでも貴方達が俺の故郷に戦争の火を点けようとしたことを許すことはできない」

 

 温厚なガイウスとは思えない憤りに満ちた目でギデオンを睨む。

 

「言い訳はしない……あの時の私は、どんなことをしても何を犠牲にしてもオズボーンを撃つためなら許されると思い込んでいた……

 いや、帝国の歪みを正せるのは自分達だけだと言う選ばれた存在になっていたのだと、酔っていたんだろう」

 

 ガイウスの憎悪を静かに受け止めるギデオンはやはり今までの彼とは根本から違って見えた。

 

「それで今は貴族連合が間違っていると気付いたから、裏切って革新派に着こうって言うのは虫が良過ぎるんじゃないの?」

 

「図々しいのは承知しています!

 ですが、今貴族連合を止めないと帝国どころかゼムリア大陸全土がとんでもないことになってしまうっ!」

 

「さっきもそんなことを言っていたけど、具体的に何があるって言うんだい?」

 

 ギデオンが何故焦っているのか理解できず、クリスは答えを促す。