かぐや様はブラコンのようです (エクソダス)
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1話

 私立秀知院学園────

 

 その学園は、かつて貴族や士族を教育する機関として設立された由緒正しい名門である。

 貴族制が廃止された昨今。今でなお富豪名家生まれ、将来国を背負うであろう人材が多く就学している。

 

 そしてそんな学園にも勿論、その学園を統括する生徒が存在する。それが今の生徒会だ。

 

 

 秀知院学園生徒会副会長 四宮かぐや

 

 総資産200兆円、千を超える子会社を抱え、四大財閥の一つに数えられる『四宮グループ』

 その本家本流、総帥・四宮雁庵の長女として生を受けた正真正銘の令嬢なのだ。

 芸事、音楽、武芸すべての分野で華々しい功績を残した『天才』それが四宮かぐやである。

 

そして、その四宮が支える男こそ────

 

 

 

 生徒会会長 白銀御行

 

 質実剛健 聡明英知

 

 学園模試は不動の一位。全国でも頂点を競い天才たちと互角以上に渡り合う猛者である。

 多才なかぐやとは対照的に勉学一本で畏怖と敬意を集めその模範的な立ち振舞いにより生徒会長に抜擢された『努力の天才』それが白銀御行である。

 この2人こそが秀知院学園の代表であり、顔なのだ。

 

しかし、それ故にこの2人にはとある噂が秀知院学園の生徒達に広まっていた。 それは──

 

 

 

「白銀御行と四宮かぐやはもしかして付き合っているのではないか?」

 

 

 

 そう、いわゆるコイバナだ。

 

 これは校内でかなりの頻度で行動を共にしている2人を見かけた女子が騒ぎ始めたのが発端である。

 年子の少年少女達は想像に心を躍らせるであろう。

 生徒会室で何をはなしているのか……と。

 

 

「会長、何やら姉様と会長……噂されているみたいですね?」

「そういう年頃なんだろう。聞き流せばいいさ」

「そういう物ですか……では、そうしますね」

 

 

 一見、この二人は噂の事に関して何もおもっていないように見える。

 しかし、実際は……

 

(ふん、くだらん色恋話に花を咲かせるとは愚かな連中だが…まぁ、四宮がどうしても付き合ってくれって言うなら考えてやらんこともないがな!!!)

 

(下世話な愚民共ね…この私を誰だと思っているのかしら。まぁ、会長にギリのギリギリ可能性があるのは確かだけど、向こうが跪き身も心も故郷すら捧げるというならばこの私に似合う男に鍛え上げてあげなくもないけれど…)

 

 

 

 などと考えており、考え自体は向こうに告白をさせると言ったものなのだが内容が特にかぐやの方は物騒である。

 

そして、この2人が向こうから告白をしてくるのを待っているうちに…

 

 

 

 

 

 

 

半年が過ぎた!

 

その間特に何も無かった!

 

 

 

「あほくさ……」

 

 

 その場にいた少年は心からそう思った。

 黒髪で目つきがするどいこの四宮かぐやに似ているこの少年は四宮駿(しゅん)

 四宮かぐやの弟にして、この学園で風紀委員を努めている正義感の強い少年だ。

 

 

「駿、どうかしたの?」

「いや、別に……なんでもありませんよお姉様」

 

 

 自身の駄姉(だねぇ)に向けて、駿は優しい微笑みを浮かべる。

 一か月間アタックなしとは、我が姉ながら愚かの極みだ。

 しかも会長のこと好きなの? と聞いても。『そんなわけない!』の一点張り。弟としては困ったものである。

 

 

「駿。不手際があったらいくらでも言ってくれ、そのための風紀委員だろう」

「はい、そのつもりですよ生徒会長」

 

 

 白銀御幸────

 正直駿としてはこの男は苦手で、できるだけ関わりたくない人物ではある、が。姉が副会長なのでそうも言ってられない。

 この御幸という男に会ってから……憤りか恋愛感情か……姉のかぐやはよくこの男の話をするようになった。

 

 弟の嫉妬、と一喝されたらそれまでだ。

 だが、どうにも駿はこの男は……苦手だ。

 

 

「ご心配なさらずとも、わたしの弟は風紀の乱れを見逃す事はしませんよ」

「姉様は僕を過大評価しすぎ」

「そう? わたしは適切に貴方をみて評価しているつもりよ」

 

 

 心なしか、自分の事のように胸を張るかぐやに対し、駿は小さくため息をつく。

 そして、多少心配なのが弟の自分への溺愛度だ。

 無意識に弟一筋でぶれることがない。

 姉に好きな人ができたのは大いに結構だが、かぐやはツン+ブラコンの素質があるので、二重の意味で恋愛が上手くいかないのが質が悪い。

 

 

「あ、そういえばですね~? 懸賞で映画のペアチケットが当たったんですけど、どなたか興味ある人はいませんか?」

「? 映画ですか」

「はい~。恋愛映画です」

 

 

 来た──

 姉のかぐやが仕掛けていた策の一つが見事に藤原の口か放たれた。

 

 

「ほう……確か、珍しく来週はオフだったな」

 

 

 御幸は自身の予定表を見ながら空いている日時を確認する。

 駄姉め。会長の日程まで考慮してこの作戦実行してたのか……。

 

 

「では四宮、今度一緒に……」

「なんでも~。この映画を男女で見に行くと、二人は結ばれるジンクスがあるとか言われてるんですよ~」

「んな……!」

「あら、会長、今私の事を誘いましたか?」

 

 

 かぐやは鋭い目で確認をとる。

 基本、御幸は駿の事は名前で呼ぶので、苗字で呼ぶのは必然的にかぐやを誘った事になる。

 

 

「ああ、誘った。俺はそういう噂は気にせんが、お前はそうではないみたいだな」

「……」

「どうする四宮。()()()俺とこの映画にいきたいのか?」

 

 

 上手い切り替えしだと、駿は素直に感心する。

 勧誘の意思を主張した上で、映画館に行くかの選択権をかぐやにゆだねている。

 

 そして、ここでかぐやは断れない事も駿はわかっている。

 なぜならば、ここで断ったら懸賞の偽造がすべて水の泡になるからだ。

 

 ……ていうか、そんなまどろっこしい事する暇あったら普通に誘えよ。

 

 

「そうですね。やはり、どうしても……こういった話は信じてしまうもので……」

 

 

 かぐやはまるで初心な少女のように顔を朱色にそめ、手を口元に当てて震えだす。

 

 

「──行くなら、せめてもっと情熱的にお誘いいただきたいです……」

 

 

 スキル【純真無垢(カマトト)

 四宮家で編み出した一子相伝の交渉話術で、この計算された表情声音の前では、神でさえもむねきゅん……。

 そして、それは御幸も例外ではなく、思考が混乱する。

 

 

「わたしだって……恋の一つもしてみたい……年頃なのです」

 

(なら早くこくれよ)

 

 

 駿は心底そう思ったが、流石に口には出さなかった。

 それにしても、我が四宮家は天才のはずなのにある意味バカだと思う。

 

 

「あ、もし恋愛映画が嫌でしたら、『とっとり鳥の助』のチケットもありますよ~」

「とっとり?」

「鳥の?」

「助……」

 

 

 まさかの藤原から第三の選択肢。

 しかし、悪くはない。実際一緒にいけるという作戦さえ達成できれば、姉は何も文句ないはずだ。

 

 

「姉様、会長。いいのでは? とっとりとりのすけ」

 

 

 駿はチケットを見ながらそうつぶやいた。

 もう面倒だからどっちでもいいから話し合いに決着付けてほしいだけだが。

 

 

「……」

 

 

 あ、姉様がオバヒした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────

 

──

 

 

「さて、結局会長を誘えなかったわね」

 

 

 送迎の長いリムジンの中で、駿の隣にいたかぐやがお茶を優雅に飲みながら呟いた。

 

 

「残念でしたね、姉様」

「ええ。本当に、あと一歩だったのにね」

 

 

 どこがあと一歩だったのだろう。

 

 

「まあ、そこまで言う程気にしてないわ」

「あそこまで厳重に計画練って、『会長と行きたい!』感丸出しだったのによくそれがほざけるね姉様」

「なっ!?」

 

 

 少し顔を赤くしたかぐやは咳ばらいをし、言葉をつづけた。

 

 

「別にそんな気持ちはないわよ。わたしはただ……」

「なんでもいいよ。計画に失敗した駄姉」

「……最近、駿……反抗期?」

「気のせい」

 

 

 少ししょぼくれたかぐやに駿はため息をつく。

 

 

「姉様。いい加減ブラコン直したら?」

「……何度も言わせないで。わたしは『姉として』貴方の面倒を見てるだけよ。言うほど肩入れしてないわ」

「あそ」

「言っておくけど。わたしは駿を四宮家の威厳を落とさないか見張ってるだけよ」

 

 

 かぐやの妙な説教を聞き流し、駿がその場で背伸びをすると、かぐやが右手になにかを持っていた。

 

 

「……」

「あれ。姉様。チケット……」

 

 

 かぐやの手には、恋愛のチケットが握られていた。

 どうやらかぐやが持って来ていた様だ。

 

 

「これ……どうしようかしら」

「あ~」

 

 

 そういえば。この映画の期限切れはかなりまじかに迫っている。

 この様子なら、もう会長を誘うのはあきらめた方が得策であろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「駿。これ一緒に見に行きましょうか」

「ナチュラルに弟を誘うなダメ姉、そういうとこやぞ」

 

 

 

 

 




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2話

 お昼の昼食時間。それは学生にとって待ち望んだ解放された時間であり、勉学から解放された生徒たちのわずかな癒しのひと時。

 

 

「はい、あ~んっ」

「あーん」

 

 

 そして、この秀才の集まりである秀知院学園でもそれは例外ではない。

 この午後の短い時間は青春を謳歌している者達には好きになった人と触れ合える絶好の機会。

 それ故に、目の前で行われているあーん……、異性同士が食べさせあう光景は珍しくもなく、寧ろほほえましいくらいだ。

 

 

「はしたないっっ!!!」

 

 

 しかし、生徒会にいる駿の姉は、どうやら別の感情を抱いているようだ。

 

 

「そこまで怒る必要ある? 姉様」

「そうだ、そこまで怒ることではないだろう」

「伝統ある秀知院の生徒としての自覚が足りません! 物乞いじゃないんですから!」「ひどい言いようだな……」

 

 

 どうやら駿は微笑ましいと思っていても、姉のかぐやの方ははしたない、と思っているようだった。

 

 

「そういえば会長、今日もお手製なのですね」

「ああ、まあな」

 

 

 駿は御幸のお弁当箱を見て素直な感想を述べる。

 ハンバーグにだし巻き卵、そしてふりかけの乗っている白米……実に弁当箱が目に鮮やかである。

 こういう時はこの人はモテるな。と実感する。

 

 

「さて、姉様。僕達も食べましょう」

「……」

「姉様?」

「えっ? ええ。そうね」

 

 

 一瞬、かぐやが駿の言葉を返せず言い淀んだ。

 まるで何かに目を奪われているかのように言葉が遅かった。

 

 

(……まさか)

 

 

 かぐやの視線の先には御幸の弁当箱があり、そこにはタコの形をしたウィンナーがあった。

 かぐやと駿の昼食は四宮家専属の料理人が休み時間に温かいできたてが届けられるように調整されている。

 栄養バランスは当たり前として旬の食材を基調とした調和、彩りが取られているお弁当。

 会長よりもはるかに豪勢のはずなのだが……。

 

 タコさんウィンナーを欲しがる姉はどうなのであろう……。

 

 

「みなさんこんにちわー!」

「あ、藤原先輩、どうも」

 

 

 

 と、そんな話をしていると……藤原がこの生徒会室に元気に入ってきた。

 

 

「会長お弁当ですか? おいしそー!」

「そうだろう?全て俺の手作りなんだ」

「いいなー、一口分けてくださいよー」

「ん?一口ぐらいなら別に構わんぞ」

 

 

 この人はある意味この生徒会のムードメーカーだ。

 過去の生徒会はかなり険悪だったと聞いている。その情報があったから駿は今ここにいるわけなのであるが。

 かぐやがいる時点で険悪になるのは必然であり、その点では本当にこの人に感謝している。

 

 

「ぁぁ……これ、旨いやつ~~」

 

 

 藤原は幸せそうに一口頬張った。

 その顔はとろけきっていて、まるでこの世の天国でも見たかのような顔だ。

 

 

「駿、オマエもどうだ?」

「結構です」

 

 

 しかし、どれだけこの男が優秀でも、駿はこの男が苦手だ。

 こんな事にほいほい乗っかって、親睦を深めてやる義理もないであろう。

 

 

「……」

 

 

 というか、かなりかぐやが駿から見て軽蔑した目で藤原を見ているのは気のせいであろうか。

 

 

「ハンバーグってアツアツの肉汁が出まくるのもおいしいですけど。常温だとおいしさぎゅ────っと全部閉じこめちゃった♡ って感じがしてまたいいですね」

「なんですかその変な食レポ……」

 

 

 そんなことを言っていると、御幸はおもむろに水筒取り出し、小さな器に注ぎだした。

 

 

「会長、それは……」

「ああ、これは味噌汁だ。弁当の米は硬くていかんだが。味噌汁と一緒にいただくと……最高の一品に化ける」

「……」

 

 

 駿は息をのむ。

 彼は知っているのだ。汁物と冷えた米のベストマッチを……否応に食欲をそそられ、食べたいという衝動が止まらない。

 

 

「ああ……お米が……! お米がおくちのなかでホロホロと……」

「……ごくりっ」

「駿、どうだ?」

「結構です!」

 

 

 妙にどや顔してくる会長に、駿は逆切れ気味に声を荒げた。

 

 

「……」

 

 

 それにしても、姉がずっと怖い顔をしている。

 

 

「……駿、やり返すわよ」

「……あ、うん」

 

 

 

────

──

 

翌日

 

「これまた、今日はずいぶん豪勢な……」

「はい、弟が作りすぎてしまいまして」

「……」

 

 

 駿は無言でどや顔をする。

 今回この弁当を作ったのは駿本人だ。彼は料理が大の得意分野で誰にも負けないことを自負している。

 それゆえ、昨日の会長が不快でならなかったのだ。

 キチンとした栄養バランスはもちろんのこと、かぐやの胃袋を把握し、味付けもそれにあったものにしているし、量だってむやみに少なくなく多くもない。

 まさに自信作だ。

 

 

(さぁ、同じ屈辱を味わえ。会長)

 

 

 駿自身が彼の弁当をおいしそうと思ってしまったのは屈辱の極み、それどころか姉であるかぐやの視線までも虜にしたのだ。

 駿にとって、到底容認できる怒りではなかった。

 

 

「……」

 

 

 現に、会長は何処か悔しそうな顔でこちらを見ている。

 

 

「あれ、藤原先輩。そのお弁当……」

「あ~、会長がつくってくれたんですよ~」

「食材を腐らすのももったいないし、一人分も二人分も対して変わらないからな」

 

 

 笑止───

 駿は心のそこからそう思った。自分への当てつけのつもりか。『これくらいなら余裕』と主張しているようだ。

 だが、残念だったな。僕が作るときはいつも姉の分込みだ。この勝負……俺のか……。

 

 

「……」

 

 

 ……しかしなぜ。

 なぜかぐやは恨めしそうな顔で藤原を見ている? 今回はこちらのほうが圧倒的に優勢なのは間違いないのに……何が不満だ?

 

 

「しまった! 今日は部活連の会合の日ではないか! 急いで食べないと……!」

 

 

 そういって、御幸は物の数秒で食べ終わる。

 

 

「……姉様。今回は勝ちだね」

「……私、何してるんだろう」

 

 

 駿は微笑みを浮かべるが、かぐやがうなだれている。

 

 

「姉様、僕の弁当じゃ不満ですか」

「あ……えと……そういう事じゃなくて……」

 

 

 駿は柄にもなく嫌味を口にする。

 先ほどからあちらの弁当ばかりを見ているかぐやに、多少の憤りを感じていた。

 かぐやが言い淀んでいると、藤原が一つのタコさんウィンナーをかぐやに渡す。

 

 

「はい。あーん」

 

 

 

 それをかぐやは目を丸くして食べた。

 

 

「おいしいでしょ? 一緒に食べましょう?」

「藤原さん……ごめんなさい。私は貴方のことを誤解してました……貴方はちゃんと人よ」

「今まで何だとおもってたんですか!?」

 

 

 

 

 

 

 

───

 

──

 

「もう、いい加減機嫌直してよ」

「別に機嫌なんて悪くねえよクソ姉貴が」

 

 

 お昼後に今現在進行形で、かぐやは自身の弟の機嫌直しに精一杯だった。

 彼が切れている理由はいたってシンプル。『自分がせっかく朝起きて作ったのに。タコ型のウィンナー食べていた時が一番嬉しそうだったから』だ。

 

 

「姉貴なんて一生タコウィンナー食って栄養失調で死ねばいい。控えめに言ってしね」

「だからごめんってば……」

 

 

 たこさんウィンナーが食べれたのがうれしかったばかりに、多少駿をないがしろにしてしなったので、かぐやはご機嫌取りに難儀していた。

 四宮家の長女であるかぐやが、弟の機嫌取りとは……ほかの者が知ったらいい笑い話だ。

 

 

「もう……、どうしたら許してくれる?」

「……むぅ」

「……駿の望むことならできるだけやるから」

 

 

 冷酷なかぐやでも、流石に大切な弟には頭が上がらない。

 一番近くでかぐやの事を見守り、一番かぐやが大切にしている弟分だから。

 

 

「……じゃあ、明日も作るから姉様食べてよ」

「はい?」

「タコウィンナーも付けるから」

 

 

 かぐやは目を丸くする。

 今回の一件はかぐやが無理言って駿に弁当を作ってもらってたので、かぐやの考えでは『せっかく早起きしたのに』と愚痴られると思っていたので少し意外だ。

 

 

「……姉様が、他の男が作った……弁当で笑顔になってるの……なんとなく嫌なだけ」

「……そう」

 

 

 相変わらず変な弟だ。

 気にくわない理由も理解不能、思考の理論もよくわからないし。

 本当にご機嫌取りも一苦労だ。

 

 しかし……どうしてであろうか───

 

「わっ……ねえ…さま?」

 

 

 こんなにも愛おしく思うのだろうか。

 どれだけつくろっても、どれだけ偽っても。この少年が愛おしく、愛でたいという気持ちは何年たってもかぐやの中では変わらない。

 

 

「姉様、苦しい」

「あ、ごめん」

 

 

 どうやらいつの間にか抱きしめてしまっていたようだ。

 我ながら不覚だ。こんな所を誰かに見られたら『あの姉弟は学園で抱き合う仲だ』と、恥になる所だ。

 

 

「と、取り合えず離して姉様」

「……」

 

 

 しかし、何故か手が離れない。

 困った弟である。

 

 

 

 

 

 

 

────

 

──

 

「早坂先輩、少しよろしいですか」

「はい。なんですか。駿様」

 

 

 駿が家に着くと、この四宮家の誇り高きメイドである……早坂愛に話しかけた。

 

 

「すこし、教えていただきたいことが」

「私で教えられる事があれば、何なりと」

 

 

 無表情で答える早坂は、駿にとって姉のかぐやと同じくらい頼れる姉貴分だ。

 メイドと主人という立場ではあるが、駿はこの早坂愛を心の底から尊敬している。

 それゆえに、駿はメイドを呼ぶには似つかわしくない『先輩』という言葉を使っている。

 

 

「たこさん」

「……はい?」

「タコさんウィンナーの作り方。教えてほしいです」

 

 

 

 突然の駿の言葉に、早坂は珍しく目を丸くして────

 

「ふっ」

 

 

 鼻で笑った。

 

 

「なっ!? 何がおかしいんですか!」

「いえ、相変わらず可愛い方だなと」

 



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3話

 生徒会長、それはいろんな人間に頼られる存在であり、いろんな生徒の悩みを聞くのも生徒会としての一環だ。

 

 

「恋愛相談、だと?」

「はい……! 恋愛において百戦錬磨の呼び声も高い会長ならば、なにか良いアドバイスをいただけるのではないかと!」

 

 

 とある日の生徒会室に来客が訪れた。

 その来客は田沼翼。御幸やかぐやと同じ二年生である。

 来客理由は恋愛相談らしい。

 

 

「……わかった。生徒の悩みを解決するのも生徒会長たる俺の勤めだからな。どうにかしてやる」

「あ、ありがとうございます」

 

 

 翼は生徒会室へと足を踏み入れる。

 生徒会長の恋愛話はかなり有名で、バレンタインの日は基本的にチョコレートが入っているのだとか。

 

 

「恋愛の事なら俺に任せろ! 何しろ俺は一度も振られた事がからな」

「い、一度もですか……流石会長!」

 

 

 そして、ソファに座って話はじめる二人。

 

 

「……こくった事あるのかな、あの人」

「? 駿、何?」

「いや何も」

 

 

 そんな二人を……生徒会室のドアからじっと観察するように見ている二人がいた。

 そう、駿とかぐやである。

 

 

「それにしても。恋愛相談ね……会長は信頼されてますね姉様」

「ええ、そうね。それにチャンスね。これは会長の恋愛観を知るいい機会だわ」

「姉様は恋愛なんてパッパラパーだもんね」

「おだまり」

 

 

 ぼそぼそと話しているかぐやと駿をよそに、相談者の相談が始まった。

 

 

「それで。相談というのは?」

「クラスメイトに柏木さんという方がいるのですが……、彼女に告白しようと思うんです!」

 

(ふむ)

 

 

 どうやら、今回の内容は『告白する勇気をください』といった所であろう。

 なかなか初心で、可愛らしい相談内容である。

 

 

「でも、断られたらって思うと……。もう少し関係を築いてからのほうが良いんじゃないかとか……」

「なるほどな。その子と接点はあるのか?」

 

 

 御幸はまず、その者と接点があるかを問いかけた。

 

 

「バレンタインにチョコを貰いました」

「お……どんなチョコだ?」

「チョコポール……三粒です」

 

((ええええ───……))

 

 駿とかぐやの心の声が見事なほどにシンクロした。

 駿は少し青ざめる。完全にその恋は成就しないと理解したからだ。

 

 

「ね、姉様……残念だけど」

「え、ええ……義理以外の何物でもないわね……」

「むしろ義理でもない哀れみなんじゃ……」

 

 

 どうやらその駿の考えはかぐやにも伝わっているようだ。

 かぐやはなんとも言えない表情をしていた。

 

 

「あ……うん。それはもう……」

 

 

 流石にこれには御幸も言葉を濁すしかないであろう。

 いくら百戦錬磨の恋愛経験があったとしても。これはあきらめてもらうほうが彼のためだ。

 

 

「間違いなく惚れてるな」

 

(っ!?!?!?!?)

 

 駿は全力で目を丸くした。

 ほとんど恋愛経験のない駿でも……明らかにおかしいとわかるのに。

 

 

「ど、どうして? チョコポールですよ?!」

「ち、血迷った?」

 

 

 かぐやと駿は、御幸の発想が理解できず、互いに顔を見合わせる。

 しかし、そんな陰で見ている二人など何のその、御幸は熱弁し始める。

 

 

「いいか! 女ってのは素直じゃない生き物なんだ! 常に真逆の行動をとるものと考えろ!」

 

(そこまで真逆な行動はとらねーよ! ツンデレの極か!)

 

 

 駿は心のそこからツッコんだ。

 

 

「つまり、一見義理に見えるチョコも────」

「……逆に本命っ!?」

 

 

 相談者はハッと気づいたように目を見開く。

 

 

「ね、姉様。逆に本命って何?」

「……さぁ」

 

 

 もう一度、駿とかぐやは互いに顔を見合わせる。

 

 

「……だけど。彼女にその気なんてないと思います」

 

 

 が、御幸の熱弁を聞いて理解してもなお、まだ勇気が出ない様子の相談者。

 

 

「このあいだも……」

 

 

 相談者は過去の話を話し出した。

 その内容は『彼女はいるか?』というありふれた会話の内容で、駿は多少小ばかにされている印象を受ける。

 

 

「っていうことがありまして……」

「……」

 

 

 ちらりと、駿がかぐやの方を見ると目が完全に死んでいる。

 あきれ果てている様子だ。

 

 

「……なんか。可哀想ね」

「……だね」

 

 

 これには駿は同情せざる負えない。

 明らかに異性として見られている以前の問題、いや人間として見られているか……そのレベルだ。

 

 

「……おまえ」

 

 

 しかし───

 

 

 

 

 

 

 

 

「モテ期。来てるな」

 

((ええええええええええええぇぇ!?))

 

 

 御幸はそう発言した。

 

 

「何故そんなに女を疑ってかかる! 女だってお前と同じ人間だ!」

 

 

 そして、御幸はまたもや熱弁し始めた。

 御幸の発言によると、そのからかってきた少女たちは取り合ってバチバチしてるんだとか……。

 もう何を言えばいいのか……。

 

 

「駿、見ないで」

「ぇ」

 

 

 これ以上は弟の教育にも関わると判断し、かぐやは駿の目をふさいだ。

 仕方がない事である。

 

 

「しかし、僕、告白なんて初めてで……どういう風にすればいいのか」

「良い考えがある」

 

 

 御幸はかぐや達がいる扉まで近づく。

 

 

「ここに、件の女がいるとするだろう。それをこうっ!!」

 

 

 その瞬間────

 御幸はその近くの壁を強く叩いた。

 

(びくっ!!)

 

 目をふさがれた駿はその大きな音に驚いてしまい、腰をぬかす。

 

 

「……俺と付き合え」

「っ!?」

 

 

 しかし、御幸の言葉にドキッとしているかぐやと、その場にしゃがみこんでいる駿を知る由もなく、御幸は言葉をつづけた。

 

 

「……と、突然壁に追い詰められた女は不安になるが、耳元で愛をささやいた途端トキメキへと変わり、告白の成功率が上がる」

 

(あ~……びっくりした)

 

「この技を、『壁ダァン』と名付けた」

 

(それもうすでにあるやつです!!!!)

 

 

 弟が腰をぬかしてしまった事への憤りと、耳元で愛を囁かれた事が同時に来て。かぐやは自分の感情を押さえつけるので精一杯だった。

 

 

「ありがとうございます! 会長のおかげで勇気が出ました!」

 

 

 何はともあれ、今回の件はこれで達成のようだ。

 御幸は内心安堵していた。

 

 

「流石。あの四宮さんを落としただけはあります!」

 

(((!?)))

 

 

 その突然の相談者の言葉に、三人は目を見開いた。

 

「いや、俺は四宮とは別に付き合ってないぞ」

「……え、うそ。姉様落とされたの?」

「なわけないでしょ! 落とされてなんかない!」

 

 

 現実はどうあれ。

 どうやら───もう校内ではこの二人は付き合っている。という説が濃厚らしい。

 

 

「そ、そうなんですか……? はたから見たらいい感じに見えますけど……」

「いやむしろ逆だ。最近、めっちゃ嫌われてるんじゃないかって思う」

 

 

 御幸のその自信なさげの発言に、かぐやは不安そうな目をむけた。

 

 

「え……私。会長になにかした?」

「多分、姉様は色々と怖いからそう感じられてるだけだと思う」

 

 

 駿は軽くフォローを入れるが、おそらく妙な心理戦をしているのが原因なのは何となく理解している。

 ある意味会長にも原因はあると思った。

 

 

「会長!大事なのは自分がどう思ってるかですよ!会長は四宮さんのことどう思ってるんですか?」

「俺が四宮のことをどう思ってる…?そうだな。まぁ、正直、金持ちで天才とか癪な部分はあるな……。それに、案外抜けてるし内面怖そうだし………あと胸も……」

 

 

 どんどんと、かぐやの機嫌が悪くなっていっているのがわかる。

 

 

「むむむ……」

「ね、姉様。どうどう」

 

 

 駿が怒りを我慢しているかぐやを宥めていると……。

 

 

「でもそこが良いっていうかな?! 可愛いよ実際! 美人だしな! お淑やかで気品もあるし! それでいて賢いとか完璧すぎるだろぉぉ! 四宮マジ最高の女!」

 

 

 

 直前で手のひらを返した様に褒め始めた。

 勿論、それには理由があり。

 

 

(あっぶね~~。本人めっちゃいるし! 気づいてよかった!)

 

 

 そう、その場にかぐやがいるのをようやく理解したのだ。

 それゆえに、御幸はまるでゴマをするかのようにほめちぎったのだ。

 

 

(よし、これならかぐやの機嫌も……)

 

 しかし……。

 

 

「へえ……会長……姉様をそういう目で見てたのかよ」

「しゅ、駿……どうどう」

 

 

 今度は駿が怒りを露わにし、かぐやがそれを宥め始めた。

 

(どうすりゃいいんだよ!?!?)

 

 その会長の心の叫びは、二人に届いているはずもなかった。

 

 

 

 

───

 

──

 

「早坂先輩、姉様」

「? なに」

「はい、駿様」

 

 

 駿は家に帰ると二人の信頼できる者たちに問いかける。

 

 

「恋愛って……色々あるんだね」

 

 

 駿は遠い目でそう呟いた。

 あの依頼者、何故か告白OKが出て付き合えたらしい。

 それが駿には不思議でならない。

 

 

「駿……今日のことは忘れなさい」

「……なにかあったのですか?」

 

 

 一部始終を知らない早坂は疑問に思い、そう問いかける。

 

 

「いや……恋愛ってむずかしいなって……」

「……ホントに何があったんですか」

「いや、別に……」

 

 

 そんな駿の顔を見て、早坂はクスッと笑った。

 

 

「ご心配なさらずとも、駿様はすぐに好きな人くらいできますよ」

「……そっか」

 

 

 生まれてこの方。

 駿は恋愛などしたことがなく、息苦しい人生を送ってきた。

 なので、少しくらい恋愛に恋焦がれてもいいかもしれない。

 

 

「そうね……必ず、駿ならできるわ」

「……ありがと姉様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まあ。それにはブラコンとシスコンを直すのが最重要になりそうですがね」

 

 

 誰に言うことなく、早坂は呆れた声で呟いた。

 

 

 



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4話

 とある日、生徒会室にて藤原がコーヒーを入れていた。

 

 

「皆さん、コーヒー入りましたよー」

「ありがとうございます。藤原さん」

「駿君もいかがですか?」

「はい、頂戴いたします」

 

 

 

 駿はありがたく藤原からコーヒーを受け取り。ゆっくりと飲む。

 

 

「どうですか?駿君、風紀委員として最近の生徒会の活動は?」

「及第点ですかね。ある程度は問題ないかと」

「辛口ですね~」

「会長、会長もコーヒーどうで……あれ?」

 

 

 駿が御幸の方を向くと、御幸がなにか板状のタブレットを持っていた。

 

 

「あ、会長。スマホかったんですね!」

「ふっ。まあな」

「頑固一徹……なんといっても『不要だ』『周りに合わせるつもりはない』と。買わないの一点張りだった会長が……」

 

 

 藤原が驚愕の声を上げる。

 世はIT時代。

 今まではスマホ不要論を唱えていた白銀御幸だが、ようやく重い腰をあげたらしい。

 もっとも、かぐやが裏で色々やっているのを知っている駿としては複雑な心境だが。

 

 

「ようこそ文明の世界に……」

「会長を原始人みたいに言いますね……。藤原先輩」

「見ろ、ラインだって入れてるぞ」

「わ~! じゃあ交換しましょう!」

 

 

 藤原と御幸がスマホ話で花を咲かせている中。駿はかぐやのほうへと近づいた。

 

 

「姉様、この事に何の意味が……」

「あら。わからない?」

「生憎。最近姉様の考えは理解しかねる」

「そう、だったら黙って見てなさいな」

 

 

 コーヒーを飲みながら言い放ったかぐやは何処かどや顔だ。

 勿論、かぐやが会長にスマホを買わせるように仕向けたのを理解しているし、連絡先を向こうから聞いてくる事を望んでいるのだろうが……。

 

 

「あれ?会長このプロフィール画像って…」

「あぁ、俺が子供の頃の写真だ」

「へぇ、今とそんなに変わんねえな」

「可愛いですねぇ!この頃から目つき悪いんだー」

「藤原書記、目つきに関しては結構なコンプレックだからあまり触れないでくれ」

 

 

 どうやら、御幸のホーム画面は幼いころの写真にしているらしい。

 

 

「……」

「姉様。これも作戦のうち?」

「おだまり」

 

 

 駿はかぐやの思考が何となくわかる。

 多分会長の幼い頃の写真はかぐやだって見たいはずだ。それを考えれば、御幸の有効な策と言える。

 

 

「だがこれはちょっと恥ずかしいな。やはり別の写真に変えるか…そうだなぁ、3分後に変えるか」

「!」

「上手いね……会長」

 

 

 わざわざ時間指定をして来た。

 それはつまりその時間までに聞きに行かなければ見られないぞ。という意思表示でしかない。

 なんともあほらしい。

 

 

「どうすんの姉様。素直に連絡先聞いてきたら

?」

 

 

 駿は多少呆れ気味にかぐやに問いかけるが。

 

 

「……こうなったら、奥の手しかないわ」

「……」

 

 どうやらまだ策はあるらしい。いい加減見てるのもバカらしくなってくる。

 駿が呆れてため息をついていると、かぐやはポケットから目薬を取り出し───

 

 

「っ…ぐすっ……ぐすっ…」

「ん?かぐや?」

「かぐやさん?」

「ね、姉様?」

「ぐすっ…会長は……ひどいひとです……」

 

 

 

 泣・き・落・と・し・か・よ

 

 と、駿は心の底から思ったが、そういえばそんなスキルが我が四宮家にあった気がする。

 

乙女の涙(インチキ)

 目薬で泣いているように見せかけ、相手をひるませる四宮家直伝の秘術だ。

 いや、ただのインチキ涙なのだが……。

 

 

「す、すまん!仲間外れにするつもりは…!ほ……ほら!四宮にも見せるから!泣くなって……」

 

 

 しかし、大分御幸としてはダメージを受けた様だ。

 御幸は慌ててスマホの画面をかぐやに見せる。

 

 

「! これは罠───

「おそい」

 

 

 その刹那、かぐやは瞬時に写真を記憶して海馬に保存する。

 その速度は常人では考えられない程の記憶処理で、まさに天才と呼ばれるにふさわしい処理速度だ。

 

 

「……」

 

 

 なんか駿は見ているのすら面倒になったので、ずっと思っていた事を口にした。

 

 

「申し訳ありません会長。姉はガラケーしか持っておりませんので……ラインはできないんですよ。なのでそういう話はやめていただけると」

「「……」」

 

 

 と、駿が愛想笑いで二人に告げると、かぐやと御幸は二人して目を丸くした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「できないの!?」」

「できねえよ! 今までどうやって生きてきたんだアンタら!?」

 

 

 

────

 

──

 

「なんでこの携帯でラインができないこと教えてくれなかったんのよっ!」

「ごめん姉様、そこまで世間知らずのバカだとは流石に知らなかったよ」

「バカにしてっ!!」

 

 

 授業がすべて終わり、生徒会室で駿とかぐやが二人っきりになると、理不尽な怒りが駿に向けられた。

 

 

「僕に八つ当たりされる筋合いはないよ。まさか会長まで知らないとは思わなかったけど」

「むぅ……」

「それにしても、ちゃんと忠告したよ姉様。姉様もスマホ買ったほうが良いって」

 

 

 そう、この計画を知った時点で、駿はスマホに買い変えた方が良いと忠告はしていた。

 かぐやが持っているのは幼いころから持っているガラケーで、いつ買い替えても不自然ではないのだから。

 

 

「……だから、それはいやなの」

「はぁ。なんで?」

「だって……これ、駿が初めて選んでくれた奴だから……」

「……」

 

 

 そういって、かぐやは自身のガラケーを見る。

 これはかぐやにとって思い出の品なのだ。もともと内気だった弟が、勇気を出して選んでくれた思い出深い携帯。

 どうしても──かぐやには、それを手放す勇気がなかったのだ。

 

 

「……くっだらな。それでも四宮家の人間かよ」

 

 

 本当に損をする姉だと心からそう思う。

 無駄な思い入れは時に心を惑わせる。

 一時の記憶なんて忘れて、すぐに買い替えば良いものを。

 

 

「駿だって、人のこと言えないじゃない」

「……」

 

 

 かぐやのその言葉を聞いて、駿は制服のポケットから自身の()()()()を見てため息をついた。

 わざわざ姉とお揃いにした携帯電話、彼もまたそれを、肌身放さず手に持っていたのだ。

 

 

「……何を使おうと、僕の勝手」

「……」

「これは、僕にとって何よりも大切なものだから」

「あっそ」

 

 

 二人は似たもの同士だ。

 大切な物は肌身見放さず持ち歩き、二人の思い出を捨てる事をかたくなに拒否する。

 

 

「かぐや様、駿様、帰る準備が整いました」

 

 

 生徒会室で話していると、そこに早坂がやってきて、深々と頭を下げる。

 

 

「ええ、今行く。駿、行きましょう」

「うん。それにしてもどうするの姉様。ガラケーのままだとライン使えない」

「そうね。確かに……このケータイももう替え時かもしれないわね」

 

 

 かぐやは自身の手に持っているガラケーを見て目を細める。

 その表情は、ほとんど変わらない姉の表情は……何処か儚く、悲しい印象を与えさせる。

 

 

「……」

「……はぁ」

 

 

 駿は小さくため息をつき、かぐやの前に手をさし伸ばした。

 

 

「……何よ」

「また一緒に買いに行こう。むかしみたいに」

「え……?」

 

 

 かぐやが駿を見て目を丸くした。

 思い入れが強いのなら、それ以上に思い入れを持てるようにすればいいだけの話。

 気恥ずかしい話ではあるが、なんだかんだでかぐやも、そして駿自身も自分の気持ちよりも弟の、そして姉の気持ちが優先だ。

 

 なので、もう一度一緒に買いに行けば、かぐやは何も文句は言わないであろう。

 

 

「いいでしょ。このガラケーはもう古いし、さ」

「……バッカじゃないの」

 

 

 小さく、うつむき気味にかぐやは呟いた。

 

 

「スマホくらい……、自分一人で買いなさいよ」

 

 

 かぐやの顔は、窓から入ってくる夕日のせいか。それともそれ以外が理由か。

 彼女の頬は朱色に染まり、小さく身体をふるわせた。

 

 

「全く……。仕方ない弟なんだから……」

「ああ、しってる」

 

 

 かぐやは、自分の顔を見られまいと目を背ける。

 しかし、きちんと駿がさし伸ばした手を取り、優しく……ぎゅっと握る。

 

────まるで、幼いころの二人の姉弟関係を思い出すように、早坂は優しい微笑みでその光景を黙って見届けていた。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ティロリンっ! ティロリンっ!

 

 

「ん?」

 

 

 その時、何処からか小さく、しかし大きく意思表示をするかのように、機械の高い着信音。

 そしてバイブレーションの小さな音が響く。

 

 

「誰の?」

 

 

 かぐやはあたりを見渡す。

 しかし、鳴っているのは手に持っている2つのガラケーの携帯ではない。

 

 早坂に目を向けるが、首を横に振るだけでどうやら違うらしい。

 

 

「……なんの音?」

「…………あ、僕だ」

 

 

 駿はそう言って、

 

 

「えっとなになに……」

 

 

 

 胸ポケットから()()()()()()()をとりだした。

 

「…………は?」

 

 

 なにか予想外だったのか。

 かぐやは目を見開いて、駿のスマホを見つめる。

 

 

「……」(ポチポチ)

 

 

 そんな実の姉には目もくれず、駿はメッセージを淡々と送信する。

 

 

「し、駿…………アンタ……」

「? なに?」

「スマホ……持ってたの?」

「うん」

「……かぐや様。知らなかったのですか?」

 

 

 早坂が少し意外そうに目を見開く。

 

 

「いや……だって……アンタが持ってるのはガラケーで……」

「いや、そんなわけ無いでしょ非効率な」

 

 

 合理的に考えれば当たり前のことだ。

 早坂の連絡を電話だけだと、早坂が不在のときわざわざ電話するのは、【いつでも出れるようにしろ!】と言っているようで、主従関係な間柄上良くない。

 

 

 それに、風紀委員の仲間がいるのに、ガラケーを使ってるからメールか電話で連絡、なんてジョークにもなりはしない。

 

 そう、だから不自然ではないのだ。

 

 そのはずなのに……

 

「……そう。アンタにとっては、このケータイより効率を取るのね。四宮家の人間として正しいわ、ええ」

 

 

 見事にかぐやの機嫌が悪くなってしまった。

 

 

「さあ、さっさと帰るわよ」

「ちょ、いたいっ! 姉様」

 

 

 かぐやは駿の腕を半ば強引に引っ張り、強制的に歩かせる。

 

 

(助けて……! 早坂先輩……っ!)

 

 

 助けを求めるべく、駿は早坂の方に視線をむけてSOSを求めるが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ」

 

 

 その光景に、早坂は意味もなくため息をついた。

 

 



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