パレードを終わらせない (スターク(元:はぎほぎ))
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キミに捧ぐエピローグ
GIRL'S LEGEND for U


まだロクにキャラも集まれてない分際で見切り投稿。1日おきの隔日投稿を心掛けるけど、ストック尽きた瞬間から不定期になります
現在20話まで出来てます


 無敵の帝王がいた。

 骨折を乗り越え、青薔薇の刺客の前に立ちはだかった。ターフの名優と幾度となく芝の舞台で舞い、鎬を削って日本競バを牽引した。

 白無垢の風と共に奔り、先達たる皇帝を超え、遙かフランスは凱旋門で覇すら勝ち獲った。

 

 そんな伝説が、今。

 

 

「記者の乙名史さんですね。今日はよろしくお願いします」

 

 

 私の目の前に、いる。

 

 トウカイテイオーは、「世界最強」で「史上最強」だった。現役時代に魅せつけた走りは今なお人々を魅了し、現代に至ってなお「最強を目指すとはテイオーを目指す事」として、競バ世界の到達点とされる程に。

 幾度の挫折を経てなお挫けぬ、不屈の精神。

 どれだけ離されても絶対に喰らい付き差し返す、無敵の執念。

 一度先頭に立てば他者総てを背後の風景に押し込める、絶対の神速。

 唯一抜きん出て並ぶ物無し。その言葉を確と体現するウマ娘の頂点として、今なお彼女はそこに座し続けていた。

 

「ぁっ…その、えっ……と」

 

 私が吃って記者の恥晒しになり続けているのは、一重に彼女への敬意と崇拝、畏怖の所為である。トウカイテイオーの名は競バを知らない子供でも聞いた事があるレベルで有名だが、私の場合は更に最盛期を追い続けた母から嫌と言うほど聞かされている。それ故、最早本能レベルの畏怖が体の根っこに染み付いてしまっていた。

…若干プライベート的にヤバそうなのも含まれていたが、そこは与太話として聞き流した。情報の取捨選択、重要。ゼッタイ。

 

と、そんな私の自己完結した緊張を察されてしまったのか。目の前の伝説は、クシャリと口角を上げて笑う。

 

「ははっ。君は悦子さんと違って上がり性なんだね……いや、単純に慣れてないだけかな?」

「母を知ってるんですか」

「勿論。彼女とはトゥインクルシリーズ時代からよく会ってたし、ドリームトロフィーリーグ時代は寧ろとてもお世話になった。感謝してもし切れない」

 

 敬語を解いた彼女の目は、私を通す形で母への親愛を湛えているのが分かった。きっと、忙しいのに私の取材を受諾してくれたのもそれが理由なのかも知れない。

 ふと、その視線が右の壁へ逸れる。それを追うと、壁に掛けられた一枚の額縁写真が目に入る。

 写っているのはどれも有名人。中心に幼いトウカイテイオー、その横と後ろにあのメジロマックイーンとハッピーミーク、ライスシャワー、更にシンボリルドルフにサイレンススズカ。また逆サイドには当時の日本トレセン学園の理事長や、後のウマ娘育成の定石を築いた東条トレーナー。そしてその後継者にしてミークとドリームトロフィーシリーズデビュー後のテイオーのトレーナーを勤め上げた、かの桐生院葵までいる。トレセン黄金時代、その筆頭一同による壮観な光景だった。

 ちなみに、若き日の母の姿もその中にあった。なるほど、テイオーさんが私に面影を見る訳だと分かるソックリ具合である。

 

「マックイーンはメジロ家を盛り立て、ライスシャワーは自分のトレーナーと共に表舞台から身を引いた。会長は今も自らの組織を率いて活躍中だし、桐生院さんとミークは最先端を直走っている。皆、それぞれの時間をそれぞれのパートナーと共に生きてる」

 

 懐かしそうに細められた目蓋が、しかし一瞬寂しげ光を灯した。しかし、未熟だった私はその事をみすみす見落としてしまう。

 

「頻繁に連絡を取り合ってるとは限らない。そもそも消息が疎らな人もいる…でも、あの輝きを忘れない限り、繋がりはずっとここにある」

「……」

「そう、信じてる」

 

 私が違和感を感じたのは、その時が初めてだった。

 

(おかしい。今、言葉の節に弱さが滲んだ)

 

 いや、分かっている。これは自然に出たのではなく、彼女がわざと不自然に出した取っ掛かりだ。タチの悪いゴシップ記事ならここぞとばかりに噛み付き、そして彼女からの反撃で痛い目を見るだろう

 しかしそれでも、いやだからこそ。絶対無敵の帝王が、今になってその綻びを曝け出した理由を知りたい。

 

「不安になっているんですか?」

「!」

 

 これは“試験”だ。私が主上に認められるか否か、その真意を語るに相応しいかを確かめる為の。

 

「繋がりに確信を持てない相手が、いらっしゃるんですね?」

「……どうしてそう思ったのか、教えてくれないか?」

「あの写真です」

 

指差したのは、中央に映る若き日のテイオー。

……の横。ポッカリと空いた1()()()のスペース。

 

「あそこに、入るべきだった人がいる。貴女の学生時代のトレーナーですね?」

「………」

 

 沈黙を是と受け取り、私は言葉を続けた。失礼なのを自覚し、その上でギリギリを攻め続けた。それが私に課せられたであろう試練だったから。

 

「この業界、トレーナーは主役たるウマ娘の“影”なのが常です。自ら進んで表に出る事は無く、裏から彼女らを支える事が仕事。それ故に、どれ程ウマ娘が有名になろうと学生時代のトレーナーまで表沙汰になる事は殆ど無いと言って良い」

「どうかな?桐生院さんや東條トレーナーは歴史に名を遺したじゃないか」

「東条さんは輩出したウマ娘の殆どがエリートですし、何より後世に伝えた学識がその存在感を確固たる物にしました。桐生院さんに至っては、貴女やミークのような世界制覇レベルのウマ娘を育てたとなればまるで話が違ってきます。彼女らの知名度は、その功績があってこそです」

「ああ、その通りだ。彼女はウマ娘達を善く観、善く育て、善く伝えた」

「しかし、そのような功績が無かったとしたら」

 

 再び、テイオーは黙する。しかし、目の色が違う。

 飽くまで受動的な肯定だった先ほどと違い、今回は積極的に続きを求めていた。

 緊張が背筋を奔る。これが正しいのかは分からない、そもそも1から10まで憶測に過ぎないのだ。ここで最後の一歩を間違えるかも知れないし、そもそも最初から間違いなのを親切心で付き合ってくれていた可能性もある。

 いずれにせよ、誤っていれば待つのは“失格”の烙印。彼女は私に、失望を抱いて終わるだろう。

 

 だが、もう止まれない。止まらない。最後までやってやる。

 

「…貴女のトゥインクルシリーズ時代のトレーナーは、3年目を前に身を引いてしまったのでは?」

 

 

 ああ、言ってしまった。

 言ってから後悔した。テイオーが明らかに執心している人間を「貴女から逃げた人ですよね?」と貶したも同然だ。

 怒りを買う。100%激怒される。

 …しかし同時に、私の中にはある確信があった。テイオーの最初の3年間を共に過ごしたトレーナーは未だ公式発表が無くベールに包まれており、世間の通説としては「テイオーの才能を前に折れてしまい、結果テイオーは数々のトレーナーをたらい回しにされた末に桐生院の元に落ち着いたのでは」とすら噂されている。

 “最初の3年間”というのは、トレーナーにとってもウマ娘にとっても前評判を決定するのにとても重要な要素だ。よりによってそれを捨ててしまったとすれば……

 

 

 と、ここで現実に思考が戻った。帝王の視線が、私の瞳を貫いたからだった。

 

「ひぃっ!」

「…あ、すまない。怖がらせるつもりは無かったんだよ」

 

 …あれ、怒ってない?

 呆気にとられる私を迎えたのは、拍手。他ならぬトウカイテイオーが発した物だ。

 

「流石はあの人の娘さん。母譲りの聡さだね」

「お、お褒めに預かり光栄です…?」

 

 紅茶と共に一息入れる偉人からは、改めて見ると怒気の兆候は見られない。

 …もしや。

 

「えっもしかして正解しちゃいました?」

「98点だ。当然、合格だよ」

 

 笑みと共に告げられたのは、本来なら喜ばしい数字。しかし、やはり残りが気になるもので。

 

「2点がとてもじゃないけど気掛かりなんですがそれは」

「うん。だから、それを今から伝えていこうと思うんだ。試すような真似をしてすまなかったね」

 

 きっと、この得点を出せなければそもそも残りの2点を話してもらえなかったのだろう。いや寧ろ、彼女が“話せなかった”の方が正しいかも知れない。これから話されるのは、トウカイテイオーにとって欠かす事の出来ない、そして語らねばならない重要な事なのだ。

 メモを手に目の前の伝説を見据える。元より、此方はトゥインクルシリーズ時代の来歴について彼女に取材しに来たのだ。その時代に関連する事なら、なんでも大歓迎だった。もしかすると、彼女が「帝王基金」に全財産を投じ、貧困の中にあるウマ娘への援助に全力を注いだ事へのルーツすら分かるかも知れない。

 

「ぜひお願いします。貴女に迫る、それだけで私達記者の冥利に尽きるので」

「…存外、つまらない話かも知れないよ?」

「それは聞いてから判断しましょう」

 

 目をキラキラさせていたであろう私を見て、“伝説”は微笑む。彼女は私に何を重ねたのか、今はまだ分からない。

 

 

 彼女が口を開く。歴史が、紐解かれる。

 

 

「……ボクはね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーー勝ちたいんだ。

 

 

勝ちたかったんだ。

 

 

 

 

君と、勝ちたかったんだよ。凱夏。




クソガキテイオーをすこれ
成長してルドルフっぽいカリスマに溢れた大人テイオーもすこれ(それルドルフと何が違うの)


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ボクが走り始めた日
悪いヤツだね


劇場版があったら主人公はゴルシにやって欲しい


「風船が?」

「うん。取れなくなっちゃった…」

 

 学校帰りの公園。友達と遊んでた時、近くで泣いてる子供を見つけた。

 あんまり大声で泣くものだから心配になっちゃって、話を聞いてみたんだ。そして見上げてみれば、近くの木に引っかかる赤くて丸い物が視界に入る。

 

「あれは取れないなぁ」

「ヒグッ……」

「ちょっと男子!変な事言わないでよ!!」

「あっゴメン!」

 

 同級生の皆は諦めムード。そりゃそうだ、普通の人間じゃどれだけ背伸びしたって届かない。

 でも、ボクは違う。

 

「皆、ちょっと離れてて」

「…へ?」

「テイオー、やるのか?」

「もちろん」

 

 驚きで涙を引っ込める子供、心配してくれる皆。でも大丈夫。ボクを誰だと思ってるのさ?

 

「ボクは天下無敵のウマ娘だぞよ?あの程度の高さ、ちょちょいと飛び越して掴み取ってあげる!」

「お…おーっ!」

「頑張れ、テイオーちゃん!!」

「という訳で、君も離れて待っててね。風船、絶対に取り戻してくるから!」

「…うん!」

 

 精一杯の笑顔を見せてくれた子供に、ボクもニシシと笑って返す。そう、ボクはあの“皇帝”シンボリルドルフを目指すんだ。この程度の試練、難なく乗り越えてみせないと!

 

「距離は…この位あれば充分かな、うん」

 

 木までの距離を目測で把握し、また周りに人や邪魔な物が無いかを確認。うん、大丈夫。公園内にはあの子供、ボクの友達が数人、そしてベンチの近くからこっちを見てる大人が1人。全員、ボクの進行方向にはいない。

 目指すは大木、その上の風船!

 

「よーい…ドンッ!」

 

 そうしてボクは駆け出した。何回やっても新鮮な、飽きる事の無いこの感覚。さっきまでの風景が一瞬で背後に流れるこの感覚が、ボクは大好きなんだ。

 微かに聞こえる歓声は、友達とあの子の物かな?これも聞いてて心地良くて、とても気分が良くなる。シンボリルドルフさんは、これよりもっと凄い渦の中にいるんだ。羨ましいな。ボクも同じ場所に立ちたいな。

 と、気付けば木はもう目の前。よし、頃合いだね。

 

「ーーほっ!」

 

 ダンッ!!という音と共に、両足が地面から離れる。横に流れていた風景が今度は縦に動き、重力がボクの体を捉えられなくなる。

 視界に迫る赤い丸。それ目指して、手を伸ばしーーー

 

 見事、掴み取って見せた。

 

「やったー!!」

 

 あの子の声が聞こえる。友達の驚き、ボクを褒め称える声も。

 そう、この瞬間。この瞬間が一番気持ちいいんだ、重力を振り切って褒められるこの瞬間が。

 さて、後やる事はただ一つ。応援してくれた皆に向けて応えないと。

 

「見たか!これがボクの実りょk」

 

 でも、出来なかった。皆の方向に向けなかった。

 視界がいつの間にか真っ青な空へ捉えてて、皆がいる地面を見れない。いつしか頭が下になって、目に映る物の上下が逆さまになる。

 

「「「ああっ!?」」」

 

 皆の歓声が、悲鳴に変わったのが分かった。でもボクにはどうする事も出来ない。だってそもそも、何が起こってるのか自体分からないんだから。

 何かを取り戻そうとして、空中でもがくボクの姿はカッコ悪かったかな?そう思った時には、既に地面は目の前だった。

 

 

 

「トウカイテイオーーッ!!!」

 

 

 

 誰かが、ボクの名前を呼んだ。それだけが分かった瞬間、視界が黒くて柔らかい物に遮られた。

 地面じゃない、人の温かみを持った何か。それに全身を包まれて、運動方向が縦から横に変わる。

 次に来た衝撃は、すぐに回転になってボクの頭を揺さぶった。何がなんだか分からないまま、僕はただ目の前の黒に縋った。必死で掴んで、頭を押し付けた。

 

 そして、回転が止まる。砂埃が舞う中で、漸くボクの視界は光を取り戻した。

 

「……ゲフッ。危なかったぁ」

「…えっ。えっ?」

 

 起き上がって最初に見えたのは、ボクの下で大の字に寝てる大人の男の人。その白い髪は土埃に汚れて、着ている真っ黒なスーツも砂塗れになって所々が破れている。

 

「おじさん、誰?」

「お兄さんって呼びなさい、まだ20代前後なんだから。しっかし、この服どうしよ……おハナさんに怒られる………」

 

 自分の服を見て情けない声を出すおじさん。僕は訳も分からないまま視線を上げて、そして漸く理解した。

 あの木の根本からここまで続く、地面が削れた後。風船があった位置、つまりボクが跳んだ高さを改めて見て、やっと何があったか分かったんだ。

 

「ボクを…助けてくれたの?」

「他に何がある。空中姿勢もロクに取れないまま考え無しに飛び跳ねやがって。こんな早い内から自分の身体を省みない無茶すんな」

「ぁう…ご、ゴメンって」

「…でも、風船は取れたな」

「え…?」

 

 言われて手元を見れば、そこには赤い風船。良かった、取れてたんだ。

 

「テイオー!大丈夫か?!」

「皆!」

 

 遅れて、続々と駆け付けてくれた友達たち。その中には当然、あの子もいて。

 

「だ、大丈夫?私の為に……」

「問題ないよ。それに…はい、どうぞ」

「わあ…!」

 

 風船を差し出すと、目を輝かせて受け取ってくれた。良かった、これだけでやった価値はある。

 でも、どうして……。

 

「ねぇおじさん。なんでボクの名前を知ってるの?初めて会うよね、ボク達」

「あ?ああ、そういやそうだな。でもホラ、お前有名だから」

「ふーん。そうかそうか、ボクの名前はもうそんなに知れ渡って…ってそんな訳無いでしょ小学生なのに!」

「おぅふ、無駄に聡いクソガキめ」

「なんだとぅ!?」

 

 まだボクにウマ乗りにされてる男の人と言い争いになる。クソガキとは何だよクソガキとは。ボクは無敵のテイオー様だぞ!崇め讃えよ!!

 その時、ふと気付いた。男の人の視線が、ボクの足に向けられている事に。

 

「……」

 

 舐めるような視線…とは少し違う気がするけど、なんだかずっと見られてて気恥ずかしい。ボクの膝から足首までをじっと交互に見てて、どうにも居た堪れなかった。そんな気分から、ボクは思わず叫んでしまう。

 

「ま、まさか!助けたのはボクの体がお目当て!?悪いヤツだねキミ!」

「ファッ!?いや待て、甚だしい誤解がある」

「知ってる!それって“痴漢”って言うんだって!ママから聞いた!!」

「パパは“ロリコン”って言ってた!」

「あーコレは不味いとても不味い」

 

 ボクの言葉に釣られるようにワイワイ言い出した友達を前に、眼下の人は顔を青ざめさせていく。

 違う。疑う気持ちはあったけど、そんな顔をさせたかった訳じゃない。ただ、ちょっとパニックになっちゃっただけなんだ。

 

「お、おじさん。あのね」

「こんな所にいられるか!俺は自分の職場に戻る!!」

「あっ」

 

 ボクの股からスルッと抜け出して、おじさんはみるみる内に遠ざかっていく。ウマ娘のボクが走れば追いつける、でも今は、何故か足を動かせなかった。

 「ありがとう」の一言を言いそびれて、その日は終わった。パパとママには無茶した事をしこたま怒られて、晩ご飯のニンジン料理を減らされたのは悲しかった。

 でも何より、あのおじさんに感謝を伝えられなかった事が、今後も伝える機会が無い事が、心の奥にしこりとして残った。

 

 

 でも、機会は思ったより早く、以外な所で訪れたんだ。

 それはあの日から1ヶ月後。シンボリルドルフさんの、日本ダービーの日。あの偉大な無敗二冠を達成した日。

 

「ボクは、シンボリルドルフさんみたいな強くてカッコ良いウマ娘になります!」

 

 気が付いたらあの場所にいた。記者さん達を掻き分けて、シンボリルドルフさん本人に思いの丈をぶつけていた。それだけ熱いレースで、ボクの心は燃えていたから。

 そんなボクの甘くて朧げな夢を、シンボリルドルフさんは笑わないで聞いてくれた。ボクの名前を聞いて、微笑んで、そして頭を撫でてくれた。

 

「よし、覚えておこう。トウカイテイオー」

「わぁっ…!」

 

 天下のシンボリルドルフさんが、ボクの名前を覚えていてくれる。一瞬で頭がその幸福でいっぱいになって、ボクは背後から近付く気配にまるで無頓着だった。

 瞬間、脇に通された腕が身体を持ち上げる。目の前にいたシンボリルドルフさんの顔が一気に下に下がり、足が宙を蹴る。

 

「えっ、あれ?」

「すまんなルドルフ。対応が遅れた」

「いや、良いよ凱夏君。その子を親御さんの元に無事返して来てくれたまえ」

「オーケーだ。ちなみにハナさんには…」

「伝えておくよ。それはそれは可愛い子ウマが紛れ込んだと」

「おぅふ…怒られる……」

 

 この1ヶ月間、ふと思い出した時に頭の中をよぎっていた声。それが、何故か真後ろから聞こえて来る。その声が、シンボリルドルフさんとどこか親しげに話している。

 抵抗なんてする間も無く、ボクはそのままシンボリルドルフさんから引き離された。記者の人混みの中からこちらへ手を振るあの人の姿は、やっぱりキリッとしていてカッコ良かった。

 

「……」

「……」

 

 担ぎ上げられながら、廊下を無言で進む。その沈黙に耐えられなくて、ボクは口を開く。

 

「おじさん、だよね?」

「おじさん言うな。お兄さんって呼びなさい」

 

 前と同じ会話。それを皮切りに、おじさんはボクを降ろして微笑んだ。やっぱり、あの時のおじさんだった。

 

「おじさん!シンボリルドルフさんのトレーナーだったの!?」

「まさか。アイツのトレーナーは別の人、俺はその補助役。俺じゃ、とてもじゃないがルドルフを支えられねぇよ」

「だよね、シンボリルドルフさん凄いもんね!」

「間違い無い。本当に凄いよ」

 

 意見が合致して、一頻り笑い合う。それが落ち着いた後、ボクはやっと伝えたかった事を捻り出す事が出来た。

 

「おじさん、その…前は、ありがと」

「ほぅ。感謝も言えないクソガキかと思いきや、何だ思いの外躾が行き届いてるじゃあないか」

「茶化さないでよもー!本当に感謝してるんだからね!!」

「たは、スマンスマン。俺も素直に感謝されるのに慣れてなくてな、どうしても冷やかしちまうんだ」

 

 そう言いながらもボクの頭を撫でるおじそんに、ボクも思わず笑い返す。全く、素直じゃないなぁこの人は。

 

「おじさんに言われてから、あんまり危ない事はしないようにしてるよ。ちゃんと大人の人に頼るようにしてる」

「当たり前だ。お前の身体、特に足は本当に一級品なんだから、あんな事故でオシャカになられちゃ困る。ルドルフを目指すんならな尚更な」

「…前にボクの足をジッと見てた理由って、それ?」

 

 ボクの問いかけに、おじさんは頷きで返す。なんだ、そういう事だったのか。あの時は怖かったけど、そういう理由なら寧ろ誇らしい。

 

「へへーんだ。やっぱり本職の人には、ボクのこの偉大さが分かるんだね」

「え?ああ、まぁな」

「でもそれはそれとして、こんな乙女の身体をジロジロ見るなんてやっぱりデリカシー無いよ?悪いヤツだね、キミ」

「アホ吐かせ、俺にツルペッタンな幼女に興奮する趣味は無ぇよ。お前みたいなクソガキなら尚の事だ」

「また言ったなー!?このこのこのこの!!」

「待っ!ウマ娘パワーで殴るなッ!!脛っ!!!折れッ!!!!」

 

 ポカポカと殴りつけながら、それでもボクとおじさんは笑う。なんだろう、この人となら上手くやっていけそう。この短時間で、そんな予感すら芽生えていた。

 その後、ボクはパパとママとじいやの所に引き渡されて、おじさんに駅まで送られた。車に乗って別れる直前、ボクはおじさんに向き直って叫ぶ。

 

「おじさん、名前は!?」

「え。どうした急に」

「だから、名前は!」

「牧路凱夏だが」

 

 牧路凱夏。そっか。そういう名前なんだ。

 口の中でその単語を噛み下し、飲み込む。よし、もう覚えたぞ。

 

「ボク、トレセン学園に絶対入るから!」

「!!」

「凱夏なら、その時ボクのトレーナーにしてあげても良いよ!」

 

 慌てるじいやとママに車へ押し込まれながら、それでもボクは凱夏の方を見続けた。その目が驚いたように見開かれたのを見て、してやったりと口角を上げる。

 パパがボクの言葉について凱夏に何かを謝って、その後車は急発進した。その後部座席から、ボクはずっと手を振り続けた。

 道路の向こうに消えていく凱夏は、一拍置いて手を振り返してくれた。今は、それだけで満足だった。

 

 

 

ーー

 

 

 

「トウカイテイオーのトレーナー、か」

 

 凱夏は呟く。その声音に、一欠片の諦念を滲ませながら。

 その意味を、その価値を、彼はよく知っていた。そして、その“責任”を()()()()()からこその諦念だった。

 

「俺じゃお前と釣り合えねぇよ。不屈の帝王さん」

 

 青年の背は、そのまま人混みの中へ溶けていく。その運命が、彼の意図せぬ方向へ動いていく事も知らぬまま。




ウマ娘の魂と運命は異世界から来る。
それ以外が来ないとは限らない。


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あこがれの地へ

本当は次の話も一緒に書きたかったけど、色々あって分割。ごめんね
あと1話をちょっとだけ改変しました。許してナマステ


 遂に迎えたトレセン学園入学式、ボクはワクワクしながら臨んだ。

 試験レースではブッチギリの1位!もう負ける気なんてしなくて、でも入学式で周りを見たらそれだけで「強い」と分かる子がいっぱいいて。初めての環境を前に、もうドキドキが止まらない。

 特に、入学生代表としてルドルフ会長に目を掛けられてたあの子、メジロマックイーン。もう本当に強情なウマ娘でさ、ボクに負けじとずーっと練習続けて来るんだ。お陰でボクも辞めるに辞められなくて、全身筋肉痛確定だよ。ホント、負けたくないなぁ。

 しかも帰りにまで出くわしちゃって、お互い憎まれ口を叩き合う羽目になっちゃった。汗拭いてたハンカチを誤魔化すくらい意地張ってて、本当に生意気。もぉーっ、絶対に勝つからねー!!

 

「ところでですけどテイオーさん。帰り道はそちらじゃない筈ですが」

「え?あー、一回リギルの部室を訪ねてみようかなって」

「もうかなり遅い時間ですわよ」

「うん。無理に入ろうだなんて思ってないよ、ただ一目覗くだけだから。会長(シンボリルドルフ)がいるチームだし、気になるトレーナーさんもいるしね」

「貴女程のウマ娘が気になっているトレーナーですか…」

 

 そう言うと、マックイーンは一頻り顎に手を当てて、そしてまた口を開いた。

 

「なら私もご一緒させて頂きますわ」

「えっ?マックイーンもリギルに興味あるの?」

「噂に聞こえる最強チームですから。それに、突飛なテイオーが変な事をしないよう見張っておきませんと」

「むっ!じゃあボクもマックイーンの事見張ろうっと」

「お好きにどうぞ」

 

 2人で夜の学校を進む。なんだか初めての体験で心臓を踊らせながら、ボク達は部室のある場所へと歩き続けた。

 そして。

 

「あっ会長!」

「テイオーにマックイーンじゃないか。こんな時間にどうしたんだ」

「失礼あそばせ、シンボリルドルフ生徒会長」

「えへへー。練習終わりにリギルの部室を見ておこうかなって」

 

 道中で、予想外にも期待通りの人物と邂逅した。その後ろに控える女性も見た事がある、きっと彼女こそがルドルフ会長のトレーナー。

 

「ルドルフ、この子達は?」

「トウカイテイオーにメジロマックイーンだよ、おハナさん。前者は前に話した可愛い子ウマ、後者は今年の新入生代表のウマ娘。2人とも新進気鋭、前途洋洋な期待の新人なんだ」

「ああ、この子達が……お前程のウマ娘がそう言うのなら、期待しても全く損は無いだろうな」

 

 ハナさん。あの時、彼と会長が話していた名前。やっぱりそうだ、彼女が会長を無敗の三冠に導いた人。

 でも、それより前に。

 

「会長。ボクの事、覚えてくれてたんだね」

「当たり前だろう。約束なんだから」

 

 あの約束を守ってくれた。ずっとボクを覚えてた。その事で胸の奥がキューッと熱くなり、情熱となってボクを突き動かす。

 

「会長!ボクも、あの日の誓いを忘れてないからね!!」

「ああ、そうでなくてはな。頑張ってくれよ、テイオー」

「うん!!!」

 

 

「……テイオー。貴女の目的となっている人は、この2人で合ってますの?」

「あっ、しまった忘れてた」

 

 マックイーンに言われて、ようやく夢現な気分から現実に舞い戻る。ハナさんも気になってたけど、僕にとってリギルの本命は会長以外にもう1人いるんだ。

 

「ねぇ会長、ハナさん。ボクね、凱夏って人に会いたいんだ!」

 

 

 

「えっ凱夏君に?」

「牧路君、ねぇ……」

 

 …あれ?ボク、なんか不味い事言っちゃった?

 唐突に醸し出された妙な雰囲気に、ボクとマックイーンは顔を見合わせるしか無かった。




テイマクは癌に効く
フラウンスも効く


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輝く未来を、キミと

 沖野トレーナーの本名って西崎リョウって言うらしいですね。没案というか裏設定というか微妙な所らしいけど
 あと最近、銀河旋風ブライガーのOPにハマりました。何が発端かは察してくれ


 凱夏は公園にいた。

 東京は府中、トレセン学園のすぐ近く。生徒も時折トレーニングに立ち寄るその公園で、彼は1人ベンチに座って空を仰ぐ。

 雲一つ無い快晴。そこに燦然と輝く太陽が、彼の網膜を焦がした。

 

「……あ゛ぁー」

 

 よだれを垂れ流すゾンビのような声を漏らしながら、脱力。その仕草には、年相応の男性ならではの活力はまるで見受けられない。

 一応、よだれは垂らしてないし別に肉が腐ってる訳でもないのだが、兎に角だらしが無かった。お前それで良いのか。

 

 と、そんな折。

 

「うわーん!帽子がー!!」

 

 子供の泣き声。顔を向けると、そこには木の枝に引っかかっている帽子とそれを指差す女の子。風の所為かそれとも帽子投げでもしていたのか、とにかく涙を流す少女を親と見られる2人が必死にあやしている。

 

「…うーん」

 

 なんか出来る事あるかなぁ。無いかぁ。無いなりに取り敢えず話を聞くかぁ。

 的な事を考えていた、その時だった。

 

 

 

 風が、通り抜けた。

 

 それが風だと認識し、そしてただの風ではないと判別出来たのは、一重にこれまでのサブトレーナー稼業が無駄ではなかった事を示していた。だが、今の凱夏にとってそんな事はさほど重要ではなかった。

 翻るトレセン(ウチ)の制服。

 たなびくポニーテール。

 すれ違いざまに瞳が捉えた、前髪に煌く一本筋の白。

 

「…待っ」

 

 止める暇などある訳が無く、そのまま彼女はダンッ、と跳躍。子供と両親の頭上を遥かに飛び越え、枝に引っかかった帽子を確かにその手に掴み取る。

 そのまま、体を上手に捻って足を下に。見事なまでに足のバネで衝撃を殺し、地面へと俊敏に着地する。

 そこに以前の危うさは無い。完成された、しかしまだ進化の可能性を秘める身のこなしだった。

 

(…ここまで成長したのか)

 

 “俺の言いつけを守ったのか”と不意によぎった考えを、凱夏は己の傲慢として切り捨てる。これは誰のお陰でもない、彼女自身の努力の結果だろうから。

 遠くの彼女は、少女に帽子を手渡し微笑んでいる。とんでもなく成長したものだ。それでこそルドルフを超えていく者だと、凱夏は内心で褒め称えるのだった。

 きっと彼女は、自分との一方的な約束なぞ忘れて、然るべき相棒と然るべき栄光へ突き進むのだろう。そう思って、彼は穏やかに目を伏せた。

 

「久しぶり、おじさん」

 

 伏せられなかった。波乱が、いつの間にか目の前に立っていた。

 

「…お兄さんと呼ぶつもりは、無いんだな」

「えへへ。こちとら無敵のテイオー様だからね。下々の事情に耳を傾ける暇など無いのだよ」

 

 誇らしげに鼻を擦ってこちらを見下すその姿は、まさしく前のクソガキそのままだった。変わった少女の変わらない内面に、思わず笑みが頬に溢れる。

 

「凱夏」

「何だ、テイオー」

「ボク、明日の選抜レースに出るから」

 

 一方的な通告。それは、最早単なる報告では無く“要請”、或いは“命令”にすら近い。

 

「ボクの走りを見て。それで、決めて」

「…何をだよ」

「ボクとの約束に、従うかどうかだよ」

 

 太陽を背にニシシと笑うテイオー。その唯我独尊な笑みに、凱夏は思わず見惚れてしまうのだった。

 

 

 

〜〜

 

 

時刻は昨日の夜に遡る。

 

 

〜Side:テイオー〜

 

 

 

「凱夏がトレーナーを辞めるのぉ!?」

「分からないわ。ただ、ここ最近の彼の態度からは前のような意欲が感じられないのよ」

「今まで辞めていったトレーナーと同じように、な」

 

 ハナさんと会長の言葉に、ボクの頭は真っ白になった。それってつまり、凱夏はボクのトレーナーになる気が無いって事?

 そんなの、あんまりじゃないか。

 

「おハナさん、あの事は話しても良いかい?」

「…私の負い目だから正直好ましくないけど、良いわよ。その必要がある」

「ああ、ありがとう」

「何の話ですの?負い目とは?」

「サイレンススズカ、という名は聞いた事があるだろう」

「勿論ですわ。チームスピカの切り札、稀代の逃げウマ娘。」

 

 マックイーンの問いに、会長が出したのは無関係な筈のウマ娘の話。いったい、どういう事なんだろう。

 

「彼女はね。元はリギル所属で、牧路君の仮専属だったのよ」

「「えっ…」」

「おハナさんが、彼のサブトレーナーとしての技量と経験値を見計って任せたんだ。私もその方針に賛成した」

 

 凱夏には、ボクの前に担当している子がいた。しかも、それがまさかあのサイレンススズカだっただなんて。

 でも凄いじゃんか、あんなウマ娘を育てるなんて。なのになんで、会長とハナさんを不安に思わせるぐらい意欲を失ってるの?

 

「でも、それは結果的に間違いだったのよ。私の落ち度ね」

「おハナさん、貴女だけの責任じゃない」

「逃げを貫きたいスズカに先行策を押し付けて、その役回りを牧路君に一任したのは私よ。私が責任を取らずに誰が取るのよ」

「……つまり、2人の関係が上手くいかなくて、サイレンススズカがスピカに行っちゃったから凱夏はやる気を失くしちゃったって事?」

「簡単に要約すれば、そういう事になるな」

 

 なんてこった、という言葉が口から思わず溢れ出た。このままじゃ、ボクの学園生活の計画が最初からオジャンじゃないか。

 ボクの才能を一目で見抜いた彼なら、一緒に頑張れると思ったのに。凱夏と一緒なら、どこまでも駆け上がれると思ったのに。

 

「…認めるもんか」

「テ、テイオー?」

「ボクが引き戻してやる!」

「テイオー!?お待ちなさい!」

 

 止めないでよマックイーン!今から腑抜けた凱夏を蹴り飛ばしに行くんだ!!

 

「そもそも牧路さんが何処にいらっしゃるか知らないでしょう貴女!」

「あっ」

 

 我に帰ったボクを見て、マックイーンは呆れたように額に手を当てた。な、なんだよ。そんな「この娘、私がいないとダメダメなのでは」みたいな目で見ないでよ……。

 そんなボク達の様子を見て、会長が口を開いた。

 

「…テイオー。遅れて気になったんだが、凱夏君とはどんな接点があるんだ」

「去年のダービーの前、公園で遊んでたら偶然会ったんだ。ボクの足を見て、一目で一級品だって見抜いてくれたんだよ」

「という事は、その後私とキミが出会った日本ダービーの記者会見で、君と凱夏が会うのは2度目だった訳だな」

「うん。あの後も会話して、ウマが合うなぁって思ったのに……」

「……ふむ」

「ルドルフ?」

 

 口に手を当てて思案する会長。何か思いついたのかな?物思いに耽ける姿もカッコ良い。

 

「テイオー。選抜レースは明後日だったな」

「そうだけど…」

「凱夏君は、毎日昼をトレセン直近の公園で過ごすんだ。そこでねーーー」

 

 

 

〜〜

 

 

 

 選抜レースの日。ボクは準備運動を済ませて、ターフの上に立っていた。

 周りには同じくレースに出るウマ娘、観客席にはスカウトに集まったトレーナー諸君。その中には、サイレンススズカを凱夏から奪ったあのチームスピカのトレーナーもいた。

 意外だったのは、トレーナー達に紛れてチラホラと観客席にいるウマ娘、その中にマックイーンがいた事。

 

(どうしたのマックイーン。君の選抜レースは?)

(私の出る距離部門は明日ですわ。今目の前の試合に集中なさい)

(でも、わざわざ来る必要無いじゃん。明日のレースに備えなよ)

(貴女が何かやらかさないか心配でそれどころじゃないんですの)

 

 やっぱりボクの事を手のかかる妹か何かだと思ってるよー。目に物見せてやる!

 そんな事をジェスチャーで会話しながら、もう一度観客席を見渡す。

 ……やっぱり、彼の姿は無い。

 どうしようか。マックイーンに探してもらえるよう頼もうか。でもそんな時間無いしな…

 

「これより、トレセン学園中等部、中距離選抜レースを行います。登録生徒は速やかにゲートに入って下さい」

 

 あぁ間に合わない。どうしよう。走る意味あるのかな。

 いや、もしかしたら凱夏が普通に部室に戻ってボクのレースの記録映像を見るかも知れないんだ。不甲斐無いレースなんて記録に残せない、そんなザマじゃ会長には到底追いつけない。

 そんな悶々とした気持ちを抱えてゲートイン。負ける気はしない、けれど勝ちへのモチベーションが思うように上がらない。そんな状態で、ボクはゲートが開くのを待った。

 

 

 

 

 バンッ、という音。反射的に足が前に出る。

 

『各馬一斉にスタート!皆一様に綺麗なスタートを切りました』

 

 実況の声が場内に響き渡る。頼り切るのはいけないけど、大まかな情報を知るには良いかもしれない。頭に留めておこうかな。

 スタートダッシュに失敗した子はいない。この学園に入れてる以上、皆なんだかんだでエリート揃いなんだ。これくらいは普通にこなしてくるだろう。

 

『先頭は3番スイートポリシー!バ群を引っ張り突き進む、大逃げの姿勢だ!!後ろの子達はついて来れるのか!?』

(いや、アレは焦り過ぎだよ。巻き込まれずに体力を温存しよう)

 

 第一コーナーに差し掛かり、回る、回る。ボクの位置は先頭から4番目、一番得意な場所だった。

 

 

ーSide:リギルー

 

 

「あの子、良い位置につけてるじゃない。勝てると思う?」

「勝つさ。テイオーには何か運命的な物を感じているからね」

「ふうん」

「それに…」

「?」

「凱夏君が、才能を見出している」

「なるほど、なら勝つでしょうね…おハナさん、凱夏さんは見てると思う?」

「彼が約束を破った事は無いわ」

「あらあら、2人とも随分と信頼してるわね。私妬いちゃいそう」

「君も大概だろう、マルゼンスキー」

「私は彼のアッシー君ならぬアッシーちゃんだもの、そりゃ頻繁に送り迎えしてれば仲もチョベリグよ」

「ごめん今なんて?」

「君と凱夏君がドライブを共にしたのはほんの数回だし、その度に彼は死にそうな顔になってたぞ?顔“付き”が“月”のように白く“憑き”物……フフッ」

(エアグルーヴたすけて、リョウ君たすけて)

 

 

ーSide:マックイーンー

 

 

「ぐぬぬぬ…先行策というのは、自分でやるならともかく傍から見てるとこんなにも擬かしいのですね」

「ヘーイ、ゴルシ焼きそばー。ゴルシ焼きそば安いよー」

「ああもう、そこにいたらバ群に呑まれてしまいますわ!垂れウマになってしまえば元も子も無いのですよ!?」

「今ならートッピングに辛子入りー。ハバネロも付いて激辛ですよー」

「不安ですわ、不安ですわ…どうか斜行だけはしませんように……」

「ヘイヘイそこのメジロお嬢様、焼きそば買ってかない?今ならマスタードにさらにトッピングゥ」

「凱夏さんとやらの姿も見えませんし、途中でメンタルが切れたりしなければ良いのですが」

「しゃあねぇ大盤振る舞いだ!カスタードホイップをプラス!これでどぉだぁ!?」

「えっ、カスタード?!……ってそうじゃありませんわ!さっきから耳元で騒がしいんですの!お黙りになって下さいます!?」

「ちなみに凱夏は来てるから安心しろよ、マックイーン」

「…え?」

「じゃあなー」

「ちょっ、お待ちなさ…ああもう、レースが佳境ですわ!かっとばせー!テイオー!!」

 

 

〜Side:テイオー〜

 

 

 何か大きな波乱があるでも無く、順調にレースは進んで最終コーナー。ボクは一切の調子を崩さないまま、万全の状態を保ってここまで来た。

 

(後は、良い頃合いで上がっていけばそれだけで勝てるかな)

 

 なんて事を考えながらコーナーを加速。1人、また1人と追い抜いて2位。後ろの子達はもう、ボクのスピードについて来れない。

 でも意外だったのは、前を走るスイートポリシーというウマ娘。明らかに掛かり気味だったのに、結局最後までペースを大きく落とす事は無かった。限界を超えているのは、後ろからでもハッキリ分かる程なのに。

 

(念の為、早めにスパート掛けようかな)

 

 そう考えた、その時だった。

 

「…あ」

 

 見えた。コーナー中間地点の正面、観客席の背後の土手。

 そこから此方を一直線に見つめる、一つの影。

 

(……ハハッ。何考えてたんだろ、ボク)

 

 “勝てるかな”?“念の為”?

 何を甘ったれている。

 

 

(凱夏に夢を見せに来たんだろ、トウカイテイオーッ!!)

 

 

 ボクは風になる。全力で上体を倒し、自重すら加速に変える。

 倒れそうになる。でも倒れない。ボクの関節はそんな柔じゃない。いや、柔か。柔だからこそ倒れないんだ。

 そこで見てて、凱夏。ボクが夢になる瞬間を。

 

(キミの夢がボクになる瞬間をっ!!)

 

 

『ッ!?テイオー急加速!なんだこの速度は、今までは歩いていたのかと思う程のスピードだぁ!!!』

 

 スタンドのどよめきが聞こえる。でも、ボクには関係無い。

 

「いいぞテイオーーーッ!!」

 

 ありがとう。でも君じゃない。

 

「そのまま差し切ってー!!」

 

 ごめんね。君でもないんだ。

 

『上がってきましたのはトウカイテイオー!しなやかな走りで先頭につけていきます!』

「無理〜!!」

 

 追い越した娘の悲鳴も、すぐに背景に溶けた。ここから先は、ボクだけの物だ。

 

「へへっ…1着は、ボクがもらうよ」

 

 それもただの1着じゃない。帝王の走りを見せてやる。

 目指すゴールはただ一つ。そこにさっきの影を重ねれば、足の回転が一層早まった。

 

『トウカイテイオー、伸びる伸びる!!悠々と駆け抜けるその背中に、誰も追いつく事が出来ないっ!』

 

 これがボクだ!ボクだけを見ろ!

 ボクこそが絶対の帝王だ!!

 

 

 

 

 

 その走りのまま、ゴール板を走り抜けた。自分でも予想外のスピードに、予想以上にブレーキが効かずに大分オーバーラン。最後の最後で締められなかったや。

 でも、今までで一番、渾身の力を出せたスパートだったと思う。

 

『2着に7バ身差をつけ、今ゴールインッ!選抜レース1着はトウカイテイオー、圧倒的な強さを見せつけました!!』

 

 興奮冷めやらぬ実況と観客席を尻目に、ボクはその向こうの土手を見据える。そこにある一つの影に、拳を突きつけて笑った。

 届くかな?届いたかな?ボクの熱意、想い、君に。

 

 

 ふと、息を吐くような笑みが見えた気がした。届いたという確信が、胸の奥に芽生えた。

 影が建物の向こうに消える。それを見届けて、ボクは確かな手応えと共に控え室に戻ったのだった。




 ウマ娘のトレーナーは基本的にベテランチームのサブトレーナーとして下積みする、と言うのはアプリからの設定ですが
 本作ではその他にも、業務に慣れて来たとメイントレーナーから判断された場合、サブトレーナーは「仮専属」という形でチームのウマ娘1人の重点的育成を任される場合がある……という独自設定を設けております
 凱夏の場合はスズカがそれでした。そしてやらかしました


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こんなレースは初めてで

 ご覧の小説は

pixivに溢れ返っている豊作なテイマク・マクテイ
Twitterで時折流れてくる濃厚なフラウンス

 の提供で(生命を繋いでいる筆者が)、お送りしています


 ちなみにセイウンスカイ来ませんでした。サクラ爆死ンオー


 期待していた。

 贔屓目も否定出来なかった。

 ……だというのに。

 

「全てを、超えていったわね」

 

 マルゼンスキーの言葉と、それに対する二者の沈黙が全てを物語っていた。

 

「…タイム、デビュー時の貴女に匹敵するわよ。ルドルフ」

「……」

「ルドルフ?」

 

 そこで、東條ハナとマルゼンスキーは気付く。

 ルドルフが秘めていた、その感情の存在に。

 

「…素晴らしい」

 

 思わず、マルゼンスキーは身震いした。戦友が漏らしたあまりの殺気に、全身の毛が逆立った。

 

「……素晴らしい…!」

 

 東条ハナは絶望した。自らが最初に手がけた最高傑作、しかしその実、自らがその次元にいない事を思い知ったから。

 

「駆け上がってこい、テイオー…!!」

 

 

 

 この皇帝の渇きを、癒してみせろ。

 

 

 

ーSide:スピカー

 

 

 

「いやぁ、参ったな」

「何がだ?」

「見ろよ、この記録」

「うへぇ」

 

 焼きそば販売から戻ってきたゴールドシップに、西崎リョウーースピカトレーナーはストップウォッチを見せる。それを見たゴルシはこれまた、とんでもない表情でそれに応じる。

 

「ヤバいのはこれでまだ本気100%じゃないって事だ。マジでやる気を見せたのは最後の400m、それ以外はそこまで本腰入ってないのにこの記録だぜ。なんで最後に急にやる気を出したのかは分からんが……」

「理由なら心当たりがあるぜ。凱夏が最終コーナーから見える位置に見に来てた」

「凱夏君が来てたのか!?」

「おう。テイオーはご執心のようでしたなぁ」

「って事はリギル志望かな…うーん、中距離って事はウチのメンバー全員と競合するだろうし、こりゃこっちからすれば前途多難だぞ」

 

 頭を抱えるトレーナーに、ゴルシはまるで他人事のように焼きそばをつまむ。が、唐突に思い出したように問い掛けた。

 

「そういやトレーナー、凱夏とはあれから話した?」

「話せてないんだよそれが。明らかに避けられてるし、おハナさんも何回か機会を設けてくれてるんだけどそれも空振りで……」

「早めになんとかした方が良いんじゃね?」

「だよなぁ」

 

 増え続ける頭痛の種に、トレーナーは瞑目。しかしそんな彼を他所に、ゴルシと時間は悠々自適に過ぎ去っていくのだった。

 

 

 

ーSide:マックイーンー

 

 

 

「…何ですの」

 

 情熱が、燃える。

 

「…何なんですの、あの走りは」

 

 情念が、燃え盛る。

 

 

 小生意気な娘だと思っていた。何故か入学式の時も席から睨み付けてきて、意地っ張りで、初日の練習でも勝手に喰らい付いてきて、挙げ句の果てに筋肉痛を無理やり隠して虚勢を張り、此方のハンカチにまで難癖をつけてくる。

 それでいて快活で、突拍子も無く無邪気で。妹がいたらこんな風なのでしょうか、とすら思っていた。

 

 変わった。変えられてしまった。

 あの走りは長距離でも通用する。油断すればきっと、私の領分も踏み荒らして勝利を掻っ攫っていくだろう。

 でも違う。そうじゃない。大事なのはそこじゃない。

 彼女に勝ちたい。あの走りに勝ちたい。自分の得意な距離では意味が無い、彼女の得意な距離で勝たなければ意味が無い。

 

 マックイーンは負けたのだ。あの走りに。今日のテイオーの情熱に。

 あの輝きをマックイーンは知らなかった。今の自分に出せる気がしなかった。最後の直線で、自分に無い力を持つテイオーに差される幻覚が見えてしまった。

 

 欲しい。私も、あの力が。

 どうすれば手に入るだろうか。彼女と一緒にいれば分かるのか?それとも、やはり自分自身と向き合いその内に答えを探すしか無いのか?

 

「おうマックイーン、どうだったよ今日のレース」

「…ゴールドシップ先輩、でしたか」

「覚えてくれて光栄にございますですぜぇぇぇ」

 

 舌出し変顔でダブルピースしてくる頭のおかしい先輩に辟易し、踵を返そうとするマックイーン。しかし、その歩みはゴルシの次の一言で止まる。

 

「テイオーに勝ちたいか?」

「…!」

 

 先程とは違い、巫山戯の無い真剣な声音。そこに眠る真実味に、彼女は惹かれてしまった。

 

「貴女に分かるんですの?私の求めている物が」

「分かるし、ウチが多分それに一番早く近付けると思うぜ」

 

 揺るぎない自信に裏打ちされた威風堂々。その態度に、マックイーンは揺らぐ。

 確か、ゴールドシップが所属していたのはあのチームスピカ。あのサイレンススズカを育てているあの西崎トレーナーの手腕は確かだ。

 しかし、そうすればリギルに入るであろうテイオーとは別のチームになるだろう。そうなれば、彼女から何かを盗み取るというのは難しくなる。

 だが……

 

「一つ聞きます」

「何だ?」

「そこに入れば、テイオーに勝てますのね?」

「そりゃそうだろ」

 

 当たり前の質問。だが、それに対するゴルシの態度で全ては決まった。

 チームスピカは“勝ちに行くチーム”なのだと、よく分かったから。

 

「良いでしょう。一先ず仮入部という形で、貴女の提案に乗って差し上げますわ」

「おっ良いねぇ!じゃあ、ハイこれ」

「なんですの?」

「ゴルシ風カルメ焼き。次の短距離レースで全部売り切るぞ!!」

「ちょっ、待ちなさい!私だって暇ではありませんのよ!?」

「これがゴールドシップ様直伝の、スピカ洗礼じゃーい!!!」

「何言ってますのぉぉぉ!?!!?」

 

 早速後悔するマックイーン。しかし、彼女の道はここから始まる。

 帝王と共にターフを舞う名優の歴史が、ここから。




 この物語を描く上で一番困ってるのはネイチャの年齢設定
 1期時系列の毎日王冠に出すと2期の菊花賞に出れねぇんだよ……


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ウマ娘とトレーナー

 ウマ娘の歌のフレーズからサブタイ探してくるのキッッッツ!(自業自得)
という訳で諦めた。ごめん。

 あと本作のスペはアニメと違い、トレセン学園には編入ではなく最初から入学してます。
 そして拙作、BNWの誓いには繋がりません。時系列整理が無理。ブライアンの三冠や諸々と辻褄合わせようとすると時空が壊れる


「おはようございま…エアグルーヴか」

「む、貴様か」

 

 凱夏がリギル部室に入ると、出迎えたのはジャージ姿の女帝。朝から何やらストレスが溜まっていたらしく、ただでさえ整頓されている部室を更に細かく掃除している。

 

「何かあったのか?」

「会長の調子が良過ぎて洒落が止まらんのだ。拾い切れない自分に腹が立つ」

「あちゃー…テイオーの影響かなぁ」

「それについてだが貴様、ちゃんと昨日のレースは見に行ったのか?」

「ああうん、なんだかんだでちゃんと見たよ」

 

 あの日、凱夏は行くかどうかを渋っていた。しかし一度告げられた約束である以上無碍にするわけにもいかず、進まぬ足を無理に動かして現場に赴いた。

 そして、あの走りを見た。

 

「…凄かったよ」

「ふん。あまりハナさんと会長の手を煩わせるな、お前はチームリギルのサブトレーナーなんだぞ」

「イエス・マーム」

 

 2人して、部室の埃を一片残らず駆逐していく。数分後には、部室のありとあらゆる物が金属光沢を放っていた。眩しさにエアグルーヴの目が眩んだ。凱夏はサングラスを差し出した。

 

「貴様は本当に変な所で気が利く…」

「お褒めに預かり光栄っす」

「…で、なんでこんな早くに部室に来た?」

「あんなの見せられちゃ、流石に腐ってる訳にもいかんからね」

「なら何よりだ」

 

 

「…仮とはいえ元専属がこのザマじゃ、アイツから奪った青春に申し訳が立たないし」

「……たわけ」

 

 

〜Side:スペ〜

 

 

 はい!スペシャルウィークです!トレセン学園中等部の2年生です!!

 今日は訳あって、1年生の教室の前でウロウロしてます!正直恥ずかしいです…。

 

「えーっと、テイオーさんとマックイーンさんは…あっいましたいました」

 

 それとなく、怪しまれないように各教室を覗いて漸く見つけた偵察対象。トレーナーさんとゴールドシップさん曰く、テイオーさんは選抜レースで物凄い記録を出したみたいですが、その力はどこから来るのか……などの謎を探るべく、ウオッカちゃんとスカーレットちゃんと相談して、独自に捜査する事にしました。

 マックイーンさんは仮入部を約束してくれたらしいのですが、その直後にゴールドシップさんが無茶振りしたせいで怒ってしまい有耶無耶になってしまったとか。なんとかして仲を取りもたないと…!

 

「はちみーはちみーはっちっみー♪はっちみーを舐めーるとぉー♫」

「いい加減、その変な歌をなんとかしてくれませんこと?脳がバグりそうですわ」

「えぇー、良いじゃんハチミー美味しいもん。一緒に歌わない?」

「ハチミーは美味しいですが、それはそれ。これはこれで別問題ですのよ」

「歌いながら飲むと一層美味しいよ?今度やろうよー」

 

 ふむ、ハチミーですか。いつ出発します?私も同行しましょう。

 …すみません。本来の目的を一瞬忘れてました。

 

「ねぇねぇ、そこの人も一緒にどう?」

「ハチミーですか?良いんですか?是非!!」

 

 おお!ご本人から誘われてしまえば、もう仕方ないですよね!?

 ……ハッ!

 

「い、いつから気付いてました…?」

「最初からかなー。ほらボク、これから無敗の予定だし観客からの視線には敏感でいようと思ってるから」

「理由になってませんわ……」

 

 ニシシと笑うテイオーさんとは対照的に、私はトホホ。ごめんねウォッカちゃんにスカーレットちゃん、お勤め果たせませんでした……。

 

「ところでですけど、スペシャルウィーク先輩ですよね?今後チームメイトとしてお世話になります、メジロマックイーンですわ。以後お見知り置きを」

「あっ、うん、私スペシャルウィーク。よろしくね、マックイーンさん」

 

 あれ、思ったよりスピカに対して悪感情は抱いてないのかな。それなら嬉しいけど……

 

「でもゴールドシップ先輩だけはなんとかして頂けません?正直、今後うまくやっていく自信がございませんの」

 

 ゴールドシップさん、あなた何やらかしたんですかぁ……!

 

「ふーん、マックイーンはスピカに入るんだ。ボクはリギルの入部試験を受けるつもりだし、これからはライバルだねっ」

「これから“は”ではなく、これから“も”でしょう。貴女にだけは負けませんわよ」

「当然っ!今日の先発レースも見てるから、勝って貰わなきゃ困るよ」

「なら指を咥えて見てて下さいまし」

 

 リギルという単語に耳が立つ。そうそう、テイオーさんがリギルに入りたいと思う理由を探るのもこの偵察の目的の一つでしたね。

 

「テイオーさんはリギルですか。失礼しますが、どうしてリギルを選んだんです?」

「気になってるトレーナーがいるんだよ。その人になら、ボクの才能を預けてみても良いかなーって」

「ふむふむ。やはりハナさんは人気ですね」

「ううん、凱夏って人の方」

 

「…凱夏さん?」

 

 その名前に、メモに走らせていたペンが止まった。

 

「あの…大丈夫なんですか?その人で……」

「どういう意味?」

「スズカさんを昔指導してた人ですよね?その…かなり強く方針を押してくる人だって聞いてるので、不安になって」

 

 スズカさんは先輩であり、チームの仲間であり、同室であり、憧れの偉大なウマ娘です。大逃げで最初から最後までレースを引っ張り、逃げてなお差す最速のウマ娘。あの走りに憧れて、私はこの道を進んでいる。

 でも、彼女にとってリギル時代、逃げをさせてもらえなかった頃はあまり語りたくないらしくて……特に、当時自分を担当していた凱夏という人に関しては殆ど口を噤んでしまう程だった。話題が出る度に複雑そうな、そしてどこか辛そうな表情を浮かべる彼女に、私も詮索する気にはとてもなれなかった。トレーナーもあんまり語らなくて、だから彼についてはグラスちゃんやエルちゃんから間接的に聞いた話でしか知らない。

 2人曰く、彼はサブトレーナーとしては優秀らしい。テキパキと仕事をこなし、メイントレーナーであるハナさんとウマ娘達の間を取り持ち、彼女たちの補助をしっかりとこなしてくれて助かるそうだ。でも、彼女たちもまた彼の仮専属時代、スズカさんを担当してた頃については口を閉じてしまう。

 彼本人に話を聞こうにも、どうやらスピカを徹底的に避けてるらしくて会えずじまい。

 だから、彼個人に専属トレーナーとしての期待を寄せるテイオーさんに、一抹の懸念を抱いてしまったんです。

 

「テイオーさんの走り、録画で見ました。凄く強くて、一緒に走りたいと思いました。だから……」

 

 リギル時代のスズカさんの走りを見た事があった。先行策を強いられ、とてもつまらなそうで、辛そうで、正直見てられなかった。

 スズカさんはそこから抜け出せたけど…テイオーさんが同じ道を歩むのは、やめて欲しかったんです。

 

 でも、ここで気付きました。

 今の言葉があまりに失礼で、不躾な言葉だった事に。

 

「あっ…!その、すみませっ……」

 

 流石に酷過ぎた。心配とかそんなの言い訳にならない。凱夏さんにも、彼に期待を寄せるテイオーさんにもあまりに無遠慮が過ぎる言い草だ。

 頭を下げようとしてーーーテイオーさんの言葉に遮られる。

 

「でも、ボクは彼を信じてるから」

 

 力強い眼で射抜かれる。予想を超えた反応に、体が一瞬硬直する。

 

「凱夏は、ウマ娘(ボク達)の為になる行動をするって、信じてるから。だって、トレーナーだもの」

「…そう、ですね。その通りです」

「じゃ、ボクはそろそろ席取りに行こうかな。マックイーン、応援してるからね〜!」

 

 そう言って走っていくテイオーさんの後ろ姿は本当に快活で、今の会話の何も気にしてないように見えた。だからこそ一層申し訳なくて、そして。

 

「…負けたくない」

 

 そう思えた。

 彼女と走る時こそ、悔いの無いよう、彼女の全力に応えられるよう頑張ろう。それが、同じウマ娘である私に出来る精一杯の償いだ。

 

「あの、スペシャルウィーク先輩」

「どうしました?マックイーンさん」

「凱夏さんの噂を聞いてて不安になったのですが…大丈夫でしょうか、テイオーは」

 

 どうやら、今の会話で不安を煽ってしまったらしい。ここは、その元凶である私が払拭しなければ。

 よーし、先輩としての腕の見せ所です!

 

「大丈夫ですよ。だって、トレーナーを信じているウマ娘は本当に手強いんでひゅから」

「噛みましたよ」

 

 ……うぐぐぐ。

 

 

 

 

(トレーナーを信じるウマ娘、ですか……)




 スペにヘイトが集まりそうなので先に言っておきますと、過去に凱夏はススズへ割と洒落にならないストレスを掛けてしまっています。普通に残当な結果です

 あと序盤のエアグルーヴとの絡みについては、今後勝手に改訂するかも知れません。もしそうなったら申し訳ないです


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キミと勝ちたい

 マックイーンの選抜レースが始まる時間が来た。

 ボクは早めに来て、既に前の方の席を確保済み。その後にも続々とスカウト目的のトレーナー達が集まってきて、なかなかの賑わいを見せてた。

 

「皆マックイーンに注目してるんだねぇ」

「そりゃそうだ。あのメジロ家の虎の子だぞ」

「ぴえっ」

 

 背後から聞こえてきた声に、心臓が飛び出しそうになる。それはとても待ち望んだ声で、そして待ち望んだ活力に満ちていたから。

 

「凱夏!」

「テイオー、昨日のレース凄かったな」

「やっぱり見ててくれてたんだね!!」

 

 嬉しい。あのレースが心に響いてくれたなら、何より届いていた事が嬉しい。ここに来ているという事は、トレーナーとしての意欲を取り戻してマックイーンをスカウトに来たのかな?まぁ、マックイーンはスピカに内定してるから無駄足になっちゃうだろうし、今言っといた方が良いかな?

 

「いや、マックイーンを観に来るであろうお前を見に来た」

「…え?」

 

 心臓がドキンと跳ねる。

 

「ライバルなんだろ?だったら最初のレースを見て、そこで何を掴めるかが本当に大事だ」

「えっ、えっえっ」

「だから近くでそのヒントの一つでも出せればトレーナー冥利…ってつもり」

 

 どうしよう。嬉しい。

 そりゃ昨日は「ボクだけを見ろ」って思って走ったけど、まさか本当にボクを見る為だけに、ボクの為だけに来てくれるだなんて思わなかった。信じて良かったと、これだけで報われた気持ちになっちゃう。

 

「ふ、ふんだ!マックイーンになんか負けないし、このレースでだってイメージだけで勝っちゃうもんね!残念だけど、凱夏の出番は無いよーだ」

「おk、じゃあ帰るわ」

「わぁ!冗談だって待ってよ」

「俺だって冗談だから首絞めんなグヘェ」

 

 必死で止めて隣に座らせる。そうしないと、知らない内にどこか変な場所に行っちゃいそうだ。全く、世話が焼けるトレーナーだよ。

 

「…凱夏はさ、リギルにいるんだよね」

「ああ、そうだよ」

「ボクね、リギルに入ろうと思ってるんだ」

 

 凱夏のいるリギルに、という意味を込めた。それはきっと、しっかり彼に伝わっただろう。ボクを見つめる瞳がそれを物語っている。

 

「俺の答えは三つある」

「三つ?」

「お前の選択次第、って感じだな」

「えー。ボク、君の意向を聞いてるんだけど」

「だからこそ、だ。……そら、始まるぞ」

 

 指差された方向を見れば、そこにはゲートに入ったマックイーン。その瞳が一瞬こちらを向き、そしてすぐにターフへと戻された。良かった、よく集中出来てるみたい。

 

「凱夏はさ、誰が勝つと思う?」

「お前と同じだ」

「へへん、やっぱりそうだよねー」

「今のお前とやり合っても、その娘が勝つだろう」

 

 その一言にカチンと来た。ふーん、ボクがマックイーンに負けるって?

 

「聞き捨てならないね。ボクは絶対無敵のテイオー様だぞ?前のレースみたいに走れれば…」

「その考えこそが敗因になるんだ」

「な、なにおう!?」

 

 ガルルと牙を剥いて反意を示すと、凱夏は観念したように肩を竦めた。でも意見を取り下げる気は無いみたいで、ボクにレースを見るよう促してくる。

 

「よく見とけ。それで理由は分かるだろうから」

「分かったよ。君の予想が外れたら、ハチミーを10日分奢ってね!!」

「おぅふ……」

 

 目を皿にして凝視するのは、芦毛の髪を靡かせるライバル。その一挙手一投足を逃さないよう、ボクは目蓋を開き続けた。

 

 

 

ーSide:マックイーンー

 

 

 

 私には、あのような熱意は無い。

 テイオーのような、激情を力に変える術を知らない。

 生まれた時からメジロの運命に沿って生きてきた。そこに不満は無い。そして背く意志も持たない。

 だからこそ、爆発力が無いと言われてしまえば、反論する事は出来ないでしょう。それが私の生き方、私の歩んできた道なのですから。

 

 そして、これから未来もそう。

 

 私はこの生き方に、メジロのウマ娘としての半生に誇りを持って生きている。これはすぐには変えられない、変えるつもりも無い。

 今はまだあの力の根源が分からなくとも、私は私の走りを貫く。貫いた先で必ず手に入れ、そして追い越してみせる。

 

 

 さぁ、刮目なさいテイオー。これが私、メジロマックイーンの疾走ですわ。

 “最強”は、貴女ではなくてよ。

 

 

〜Side:テイオー〜

 

 

「どうだった」

「凄かった」

 

 小学生みたいな感想。いや実際1ヶ月前までは小学生だったんだけど、他にこの感覚を表す言葉が見つからなかった。

 凄かった。本当に凄かったんだ、マックイーンは。

 

「最初から最後まで、マックイーンのレースだった」

「全てがアイツの掌の上だったな」

 

 ボクの漠然とした感想を、隣で凱夏が詳しく言語化してくれる。それを咀嚼しながら。ボクはなおも言葉を紡いだ。

 

「芝の緑が、あの娘の為だけのカーペットに見えた。決められた道を、決められたように、でも確かに踏み締めて進んでた」

「メジロの英才教育と、それを実行出来るマックイーン自身の力の賜物だ。努力で積み上げた基礎が無ければ成り立たない」

「ボクは、勝てなかった」

「……」

 

 立ち止まる。それに気付いた凱夏も数拍遅れて振り返り、ボクの顔を見つめてきた。

 

「凱夏、教えて。ボクに何が足りないの。どうすれば、マックイーンに勝てる?」

「やるべき事は沢山ある…が、その為にはまず自分を省みないとな」

「ボクを?」

「テイオーが絶対にマックイーンに勝ってると言える所。そこを突き詰めろ」

「……」

 

 一頻り黙り込んで考えるけど、正直よく分からない。ボクはまだレースの技術とかに関してはよく知らないし、そもそもマックイーンの事自体も把握できてない。

 …でも。確かな事が一つだけ、ある。

 

 

「負けたくない」

 

 

 この気持ちだけは、絶対にあの娘に負けてない。

 

 

「マックイーンに、勝ちたいっ!!」

 

 

 夕焼けの空に叫ぶ。その声を真正面から受け止めて、凱夏は頼もしげに微笑んでくれた。

 

「それだよ。その渇望が無ければ始まらない。俺がお前に希望を貰ったように、お前もマックイーンから上手い事熱を貰えたようだな」

「うん、見事に貰っちゃったよ。今すぐにでも走りたい」

「だが、その前にお前に選択肢を提示する必要がある。厳しい話もあるが、聞いてくれるな?」

「うん!」

 

 どんな話だろうか。身構えながらも、ボクに恐怖は無い。

 さぁ、どんと来い!

 

「まず、リギルがガッチガチの管理主義である事は知ってるな?そこに所属する俺も、戦法を担当ウマ娘に押し付けた経験がある」

「知ってるよ。サイレンススズカでしょ?」

「話が早くて何よりだ。だがその分、策がハマったウマ娘はとことん強い。ハナさんの最高傑作にしてお前の目標、シンボリルドルフのようにな」

 

 地面に木の枝で「リギル 厳しい 強い」と書く凱夏。それを見ながらボクは首を縦に振る。

 

「次にスピカ。ここはウマ娘本人の意向を尊重して練習メニューやレース日程を決める自由さが売りだな。代表ウマ娘はサイレンススズカにスペシャルウィーク、後続のウォッカ・ダスカも侮れない」

「マックイーンもここに入るしね」

「マジか。でも正直、お前の気質はリギルよりこっち向きだと思っている。型に収まるの苦手だろ」

「えー。でもそうすると凱夏いないじゃん」

「お前は俺抜きでも咲けると思うがなぁ…んで、ここから本題だ」

 

 地面に「スピカ 自由 テイオー向き」と書いてから、凱夏は一つ大きく息を吸う。そして、意を決したように此方を見据えて言い放った。

 

「テイオー。お前は多分、リギルだと三冠に挑ませて貰えない」

「…え゛っ」

 

 それは処刑宣告と言って良かった。それだけの衝撃をボクは受けた。

 だって、凱夏と一緒になると、ボクは会長に追いつけないって決定されてしまうって事だから。

 

「お前の足は柔らかくて強い…そして、柔らかさ故に脆いんだ。俺の見立てでは、三冠に挑む途中で、下手しその前に骨折が発生するだろう。そうなれば、ハナさんは安全を優先してお前をレースに出さない。“無事是名バ”の原則に従ってな」

「酷いよー!そんなのあんまりだよー!!」

「だがそれこそが普通で、本来の理想なんだよ。体の無理を承知でレースに臨んで、それで脚を一生失ったウマ娘が、それどころか命すら失ったウマ娘がどれだけいると思う?」

「でっ、でも!でも!!」

 

 子供のように駄々を捏ねる。だって諦められないんだ、認められないんだ。

 ボクは絶対に、会長みたいな強くてカッコ良いウマ娘になりたいんだ!!

 

「だが、スピカなら」

 

 でも、声音が変わったその一言で、ボクはみっともなく喚くのをやめた。そこに示された希望に、惹かれてしまったから。

 

「スピカは…自由」

「そうだ。西崎さんーースピカトレーナーは何よりもウマ娘本人の意思を尊重する。スピカなら、お前は三冠に挑めるし、負傷してもトレーナーが全力で支えて調整してくれるだろう」

 

 なるほど、さっき凱夏がボクに「スピカの方が合っている」と言ってくれた理由が分かった気がする。

 本当に自由なんだ。ボクの夢を、素直に押し出しても許されるんだ。

 そう言ったら、凱夏は苦笑まじりに答えてくれた。“その代わり、責任もお前に返ってくるけどな”って。

 

 ーーでも。

 

「でもさ。凱夏はリギルなんでしょ」

「テイオー」

「ボク、やっぱり凱夏と一緒に走りたいよ」

 

 これは最後の我儘だ。でも譲れない、ボクの最後の一線。

 きっと、リギルに入ったら彼の言う通りになる。怪我しない可能性も勿論あるけど……多分怪我をして、三冠を取り上げられて、会長には追いつけなくなる。でも、凱夏と一緒なら納得できる気がした。

 だけどさ、こうも思うんだ。

 

「スピカで、凱夏と一緒に」

 

 本当に、自分でも傲慢だと思った。中学生にもなって、大人の世界は子供なんて遥かに及ばないぐらい複雑な事も知ってた。その世界にいる凱夏に、ボクはとても残酷な要求をした。

 

 でも、彼は。

 

「ーー分かったよ」

 

 頭を、撫でてくれたんだよ。

 

「後は、俺に任せろ」

 

 そう言ってくれた凱夏の笑顔が、本当に、本当に頼もしくて。

 格好良くて。

 

 それが、ボクの初恋だったんだと思う。

 

 

 

 

 

 この日から、ボクと凱夏の“最初の3年間”が始まった。




 テイオーは激情。感情をそのまま力に変えて走る。だから爆発力があり、その時の加速が凄まじい。特に最終直線。不安定さが玉に瑕だが、しかし見る者に感情移入による熱狂を齎す走りと言えるだろう。
 マックイーンは理性。感情に囚われず己の走りを一貫し、故に安定して道を突き進む。何にも邪魔されずに突き進むその走りは頼もしいの一言で、実はルドルフの走りはこちらに近い。

 実は、テイオーに言った言葉は嘘だった。俺の目じゃ、今のテイオーとマックイーンのどちらが勝つかなんて分からない。マックイーンはテイオーのレースを見て屈辱を感じたかも知れないし、テイオーはマックイーンのレースを見て挫折を得た。俺はただ、本人たちの感じた事に従う他無い。
 だからこそ…その経験に、その先へ続く道に、どうか幸多かれと。そして幸を運ばんと。不幸を取り除かんと。
 俺はただ祈り、そして気張るしか無い。


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トレーナー事情

凱夏周りの話運びがどうしても雑気味になるので、そこは今後直していきたいです。


 それはそれは見事な土下座だった。

 部室にいるのは4人。リギルトレーナーである東条ハナ、リギル所属にして生徒会長であるシンボリルドルフ。そして彼女らから背を向け首を垂れるサブトレーナーの牧路凱夏。

 そして、最後の1人。

 

「えっ、これどういう状況?」

 

 遅れて来たスピカトレーナー。現在進行形で土下座を向けられる西崎リョウを加えて、役者は揃ったのだった。

 

 

〜10分前〜

 

 

「という訳で、リギルはお暇させて頂きスピカに行きとうございます」

「良いわよ」

「えっ」

「えっ」

「あっもしかして元からクビの予定でしたか」

「いや違うけど」

 

 凱夏からの転勤嘆願を二つ返事で受諾した東条ハナは、シンボリルドルフに目配せ。それを受けて彼女は凱夏へと向き直る。

 

「凱夏君。おハナさんはね、実は君と時を同じくして、君を別のチームに移籍させるか、または独立させるべきかと考えていたんだよ」

「やっぱりクビじゃないですかヤダー」

「幾ら何でも早とちりが過ぎるわよ、いい加減にしなさい……まぁそういう所が、この判断を下した一因でもあるのだけれど」

 

 困ったように額に手を当てる東条ハナだが、しかし凱夏への悪感情は全く無い。無責任に辞めようとする事を責められると思っていた凱夏としては、正直拍子抜けで呆気にとられる程だった。

 

「牧路君、貴方は優秀なサブトレーナーよ。私の方針によく従ってくれて、私とウマ娘達の間に発生する摩擦を解消するべく積極的にクッションになってくれて。ここまで大きくなったリギルを維持出来たのは、貴方のお陰と言っても過言ではないでしょう」

「は、はぁ」

「でも、貴方と私の相性は良過ぎた。あまりにも似通い過ぎなのよ、私達は」

 

 少し寂しげな目をしながら語るハナ。後の言葉をルドルフが引き継ぐ。

 

「おハナさんと君は、固定観念にどうしても囚われがちな節がある。そこに従って冷静な判断を下せるけれど、同時にアドリブが不得手。だから、君がこのチームに留まり過ぎる事で、お互いの意見が凝り固まってしまう事態を、おハナさんは恐れたんだ」

「で、別チームという新しい環境に俺を移そうと」

「そういう事よ。貴方はサブトレーナーとして、私から学べる事は殆ど学んだんじゃないかと私は考えてる」

「いや全然ですが。照れ抜きで」

「いいや事実よ。だからこそ、貴方は寧ろ今までと逆の環境ーーそれこそスピカのような、アドリブに秀でた環境に身を揉まれるべきなんじゃないかと思ってたのよ。独立しても充分にやっていけるとは思うけどね」

 

 しかし、と言葉を紡ぐハナ。その声音にあるのは、心配の感情。

 

「スピカが良いとは思っていた、でも私達は第一候補からは真っ先に外した……貴方、そこに行く事の意味が分かってるの?」

「………」

「サイレンススズカと、顔を合わせられるのかい?」

 

 痛い所を突かれ、凱夏の口角が苦しげに歪む。明確な苦笑を浮かべ、しかし彼は引き下がらない。

 

「取り敢えず初手土下座で許しを乞おうかなって」

「やめなさい。流石にみっともないわ」

「デスヨネー」

「そもそもの話だが、君がスピカに行こうと思った理由は何なんだ?」

「テイオーだ」

 

 その一言に、ハナとルドルフの動きが止まった。彼女らにとっても、この前の選抜レースは記憶に新しい。

 

「アイツはスピカで輝く。でも、アイツは俺と一緒が良いらしくてな」

「君がチームを立ち上げるという手は?」

「俺は仕切るよか補助向きだし、メイン張る自信は無いし、何よりテイオー以外のウマ娘が集まらないよ。担当ウマ娘が1人じゃチームとして受理されない、当たり前の事だろ?」

「む……」

 

 それっきりルドルフは黙してしまう。反論を探りながらも、しかし今この件についてはその材料が無くなってしまった形である。

 それを横目に、ハナもまた嘆息を吐いた。

 

「まずはスピカのトレーナーに連絡するわ。彼に話を通さないと何も進まないでしょ」

「オナシャス」

 

 

〜10分後〜

 

「初手土下座はやめなさいと言ったでしょ…」

「サーセン、体が勝手に……」

 

〜更に5分後〜

 

 

「で、俺が呼ばれたって訳」

「真面目に聞きなさい」

「スマン」

 

 咎められて襟を正す西崎リョウ。その視線の先にいるのは、勿論渦中の人物な彼である。

 

「あー、凱夏君。本気なんだな?」

「あなたさえ良ければ、是非ってところです。今まで避けといて、都合の良い事言って申し訳ありませんが」

「いや、良いんだ。俺は全く気にしてないし、寧ろ俺の方が謝りたい部分だってある……んだが、どこから始めるべきかなぁ」

 

 口に手を当てて思慮に耽けるリョウ。彼の脳裏にあるのは、あるウマ娘の走る姿。

 

「まず前提として、俺としては君がスピカのサブトレーナーになってくれるのはありがたい。おハナさんを支えた手腕はとても頼りになるし、俺自身も君から新しい影響を受けてみたいからね」

「ありがとうございます」

「でも、問題は彼女達がどう受け取るか、だ」

 

 そう言ってリョウが突き付けたのは6本の指。言うまでもなく、彼が担当するウマ娘達の人数である。

 

「まずゴルシ。に関しちゃ、確か交友があったから大丈夫だろう」

「そうですね。今も割と懇意にしてます」

 

 一本、指が折られる。

 

「次にスペ。コイツに関しては、本人が君に対して一方的に良くない印象を抱いてた事を謝りたいと言ってた。どうやらテイオーにもその事を零しちまったらしくてな、この事に関しちゃ俺からも謝る」

「あちゃー…事実だから気にしてないって伝えといて下さい」

「ありがとな。じゃあ、スペに関しても問題無しと」

 

 二本目が折られる。

 

「そしてダイワスカーレット、ウオッカ。コイツらに関しちゃ、スズカの件に憤慨こそしたが話せば普通に分かる。だから話そう。俺も一緒に説得するから」

「ご厚意に感謝します」

 

 三本目と四本目が折られる。

 

「メジロマックイーン…には、まぁテイオーの件について説明すればそれでオーケーかな」

 

 五本目が折られた。

 残り一本。

 

「……」

「……」

 

 ここに来て2人とも口を噤んでしまった。リョウはどう切り出せば良いかで悩み、凱夏は負い目から口を開けない。

 だから、ルドルフが場を拓く。

 

「サイレンススズカ、ですね」

「…そうだ」

 

 飴を舐めているにも関わらず苦い顔をしながら、リョウは漸く口を開いた。彼が両手を上げて凱夏移入を喜べない訳の全てが、そこにあった。

 

「スズカの心の傷はまだ癒え切ってない。もちろん生活や走りに支障をきたしてはいないし最近はちょっとずつ昔の事を打ち明けてくれるようになったが、君当人と話すのは…専属トレーナーとしては、避けた方が良いんじゃないかと思っている」

「…俺が貴方でも、そう判断するでしょう」

「でも同時に、ここら辺でお互いに過去に向き合った方が良いんじゃないかとも考えていた頃合いだったんだよ。だから、君の方から動いてくれたのは渡りに船だとも言える」

 

 トレーナー個人としては歓迎。しかしスズカの事が不安点。それが、リョウの挙げた現状である。

 ここで問題になるのは、他ならぬスズカへの影響の可否だろう。

 

「…スズカの調子はどうなんですか」

「至極順調。じゃなきゃこんな事言わないって。でもまぁ、一回スズカ本人に聞いては見るけどな」

「よろしくお願いします。最悪の場合、直に会うのはテイオーだけで部室には行かないようにしますから」

「それでどうやってサブトレーナーをこなすんだよ」

「ハナさんの所でこなしてきて、これに関しては割と自信がありますね。西崎さんから情報を貰った上で、練習風景を遠目に眺めれば最低限はしっかりこなせるかと」

「…まぁ、おハナさんが育てた人だ。信じるよ」

「配慮に感謝します」

 

 前向きに検討というのが、西崎リョウの最終見解となった。その寛大な判断に、凱夏は心の底から謝意を表す。

 と、ここで一つ思い出した事が。

 

「あっ、ハナさん。自分が抜ける際に不都合が発生するのは嫌なので、このノートに引き継ぎ要項と自分なりの留意点を纏めておきました。目を通して頂ければ幸いですし、不明な点があったらまた連絡して下さい」

「あら、感謝するわ。次の子に渡しておくわね」

「次の子…あっもう後任の方がいらっしゃいましたか」

「まだ後任“候補”だけどね。貴方、会ったらきっと驚くわよ」

「…へ?」

「君も良く知る人物さ、凱夏君」

 

 したり顔で笑うハナとルドルフ。そんな2人を前に、凱夏とリョウは顔を見合わせるしか無かったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「…あー、そうだ。凱夏君」

「何ですか?」

「スズカの移籍時の件だが、その……」

「良いですよ。っていうか俺から頼んだ事ですし、寧ろ感謝してます。その節はありがとうございました」

「……そうか」



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スピカ・エンカウント

 すみません。今更マックイーンをお迎えして育成したのですが、その結果、設定ミスで時系列がエライ事になる事が判明しました
 よって拙作の時空では辻褄合わせとして、天皇賞にはクラシック級から殴り込める設定になります。マックイーンほんとごめん、その余波でキミの菊花賞参加も消えるわ。天皇賞はしっかり抑えるから……
 いやホント、マックイーンとそのファンの方々ごめんなさい。凱夏が溶鉱炉に親指立てながら沈んでホースオルフェノク化する事でお詫びします


 ゴルシが麻袋を担いで部室にやってきた。

 マックイーンは頭を抱えた。

 

「テイオーにまで何やってるんですの!?」

「おっ、テイオーだって見てもないのに分かんのか。マックちゃんお熱いね〜」

「茶化さないでくださいまし!」

 

 自分が入部した時も同じように麻袋で拉致され、また前日にテイオーがスピカに入部する事をトレーナーから予め説明されていたマックイーンはゴルシを咎める。しかし、当の本人は完全にどこ吹く風なのがタチが悪い。

 

「テイオー、大丈夫ですか!?無事なら返事なさい!」

「……」

 

 無理やり降ろさせた麻袋を揺さぶるも、中から応答が無い。もしや気を失ってしまっているのか、と思ったその時。

 

「じゃじゃーん!ボクはこっちだよー!!」

 

 普通にドアから入ってきた。白い前髪を揺らして、それはそれはルンルンなテイオーステップで。

 ポカンとするマックイーン。何故か唖然とするゴルシ。呆れ顔で目を逸らすダスカとウオッカ、そして苦笑いするスペとスズカ。最後に、目も当てられないとばかりに顔を掌で覆う西崎リョウ。

 中々に混沌な状況の中、最初に動いたのはやはりというか、このウマ娘であった。

 

「テ、テイオーてめー!どうやってこのゴルシ様の完璧な捕縛術を欺きやがった!?」

「チッチッチッ。1人いるはずだよ、君の手の内をしっかり把握してる人がこの学園に。その人が、ボクのバックにいたとしたら?」

「ガッ…凱夏ッ」

「ガイアみたいに言うなよ」

 

 ゴルシの視線の先、ドヤ顔ピースするテイオーの後ろで壁に隠れる成人男性。そんな彼に向けて、ゴルシは尚も敵意を飛ばす。

 

「うぉおおおお、許さねぇ!よくも一世一代の大勝負をオジャンにしてくれたなァーッ!?イトカワまで吹っ飛ばしてスイングバイしてやる!!!」

「テイオーの代わりに発泡スチロール人形を麻袋に仕込んだら騙せたわ」

「フンガー!!」

 

 駆け出すゴルシ、逃げ出す凱夏。部室を飛び出し逃避行を繰り広げる彼らをさて置き、テイオーは部員の皆に向き直って笑い掛けた。

 

「これからよろしくね、先輩の皆!」

 

 

 

 

〜Side:テイオー〜

 

 

 

 

 という訳で、今日からボクは晴れてスピカ部員!頑張っていくぞー!!

 

「全く、貴女の世話から離れられると思ったのに。これじゃ元の木阿弥ですわ」

「へへっ、ごめんねー。でもライバル同士なのは変わんないし、良いじゃん良いじゃん」

「全く…フフッ」

 

 マックイーンは相変わらず片意地張ってるけど、なんだか嬉しそうで何より。まぁボクも嬉しいからこれはお相子かな。レースで馴れ合うつもりは無いけどね!

 …ところでだけどウオッカ先輩。何をジロジロ見ているんだね?

 

「いや、テイオーってさ…前屈すげーよな」

「ふふん。そうでしょ、なんだって学園の前屈記録も持ってるんですからねー」

「まるで軟体動物ですわ。骨はございまして?」

「当たり前でしょー!?」

「へぇ、確かによく伸びるわね」

 

 怒るボクを他所に、歩み寄ってくるツインテールの人影。同じスピカのダイワスカーレット先輩だ。

 

「…いや、だけど本当に凄いわ。アタシも負けてられない……ウオッカ、ちょっと付き合いなさい」

「前屈か?最初からあのレベルをするのは流石に無理じゃね?」

「何言ってんのよ、アタシは前屈でだって一番なのよ!譲る気なんて無いわ」

「……まぁ確かに、1発で出来たらカッコイイしな。よし、やってやるぜ!次俺な!!」

「ドンと来なさい!」

 

 ウオッカ先輩とスカーレット先輩はライバル同士みたいで、でもあんな風に仲良く切磋琢磨している。ボクとマックイーンも、あんな関係になるのかな?

 

「どうなんだろうねマックイーン」

「まずは柔軟に集中してくださいな」

 

 はいはーい。まぁ、集中しなくてももう伸びてるんだけど。

 ふと視線を向けると、練習場のラテの向こうにスピカトレーナーと凱夏の姿。良かった、なんだかんだでサブトレーナーとしての出だしは好調みたいだね。

 

「スズカ先輩から話聞いた時とは印象違ったんだよなぁ」

 

 ウオッカ先輩の呟きに意識が向く。先輩も凱夏の事をある程度意識してたらしい。

 

「いや、スズカ先輩の件が根も葉も無い噂だとは思わないんだけどさ、最初は『こっちの意見ガン無視で押し付けてくるとんでもないトレーナー』だと思ってたんだよ。でも前に話してみたら割と押し強くないし、引く時も結構素直に引いてこっちを尊重してくれるし」

「単純にスズカさんの件で反省して変わったんじゃないの?または隠してるだけか……手腕は認めるけど。私のデータを一通り見ただけで体調を把握して来たし、トレーナーを補助する分にはしっかりこなせるんじゃない?」

「スカーレットは捻くれてんなぁ」

「何よ。柔軟交代した時覚えてなさいよね」

 

 好印象気味なウオッカ先輩とは対照的に、スカーレット先輩はまだちょっと懐疑的みたい。でも感触事態は悪くないみたいだから、これから打ち解けてくれると嬉しいな。

 

 

「グギギ…もっと伸ばしなさい!」

「これ以上は流石に不味いって!!」

「やめといた方が良いと思うけどなぁ」

「いいや、まだよ!アタシが1番なんだかrニャアアアン!」

「スカーレットせんぱぁぁぁい!?」

 

 

〜〜

 

 

 早速やらかしたスカーレット先輩をウオッカ先輩と一緒にトレーナー達へ託して、ボク達は次にコースで待ってるゴールドシップ先輩の所に行った。

 …ダートに芝を植えていた。

 

「何やってんの…?」

「何やってますの…?」

「おうマックちゃんにテイオー。見て分かんねぇか?」

「分かりませんわ」

「芝コースから芝抜いて植え替えてんだ」

「何やってんのさ」

 

 信じられない物を見た。いやマジで何してんのこの人。

 

「日本全国のウララファンの皆が思ってんだよ…『有馬のコースがダートにならねぇかな』ってさ……だからソイツらの為に、こうやって手始めに練習場の芝を移し替えてんのさ」

「たづなさんに通報して来ますわ」

「ボクは会長に報告してくるね」

「わぁーっ!待て待て待て!戻すから戻すから!!」

 

 そう言うと超高速で芝を元の場所に植え直していくゴールドシップ先輩。なんだあの手際の良さ、しかも一度抜いたのが分からないくらい完璧に戻されてるし。というか芝って抜いても戻せる物だっけ?

 

「私、全てにおいてこの人を理解出来ませんわ…」

「君に分からなかったらボクはどうすれば良いのさぁ……」

「考えるな、ハジケろ」

 

 

 …そういえば、凱夏ってゴルシ先輩と割と仲良いんだっけ。どんな接点があったのかな?

 

 

〜〜

 

 

 ゴルシ先輩に軽く併走して貰った。そこは真面目だったのが逆に不気味だった。一目でボクの長所である関節の柔らかさについても見抜いてくるし、マジでなんなのこの人。気に入られちゃったマックイーンに心底同情した。

 で、次にボク達を出迎えたのは……

 

「ようこそテイオーさん!マックイーンさんも昨日ぶりです!」

「スペ先輩、よろしくね」

「今日もよろしくお願いしますわ」

 

 会うのは2度目になるスペシャルウィーク先輩。そして……

 

「トウカイテイオーさんね。私はサイレンススズカ、よろしくね。マックイーンさんも、スピカとして活動するのは初めてだったかしら」

 

 凱夏と因縁があるらしい、最速の機能美先輩だ。さっきの挨拶の時も凱夏の方へ強張った顔を向けてたし。そんなに噛み合わなかったのかなぁ?

 まぁ、凱夏が移籍出来たって事はつまり、スズカ先輩が許可してくれたって事なんだろうけど。

 

「今回はレース形式でタイムを計りましょう。スペちゃん、あなたはマックイーンさんの方をお願い」

「はーい!でも距離はどうします?」

「長距離で!!」

「いえここは中距離で」

「「むぅ……!」」

 

 “相手の得意な距離で叩き潰してやる”って魂胆が見え見えだよマックイーン。その手は食わないもんねー!え?ボクも同じ?何の事だか。

 そんなボク達の睨み合いを見てスペ先輩はアワアワ、スズカ先輩は一つにこやかに微笑む。え、何。妙に怖いんだけど。

 

「決めたわ。距離は中距離、そして私も走る」

「「えっ」」

「スペちゃん、申し訳ないけど記録を2人ともお願い」

「アッハイ」

 

 軽く準備運動を済ませていく先輩の意図を理解出来ず、ボクは唖然と佇む。そんなボクの注意は、隣のマックイーンが出した不機嫌オーラを受けて漸く機能を取り戻した。

 

「……」

「ど、どうしたの?マックイーン」

「分かりませんの、テイオー」

 

 自分を律するように深く息を吐いた彼女は、それでも抑え切れない苛立ちを吐き捨てる。

 

「『私の走りの前では、貴女達の争いなんて無意味』…と。そう言われたのですよ、私達」

「!」

「スピカ移籍以降において猛威を振るった“最速の機能美”と、たかがデビュー前の小娘2人。その差は勿論分かっているつもりでしたが、面と向かって突き付けられるとメジロに来ますわね」

 

 マックイーンに言われて初めて気付いた自分が恥ずかしく、そして腹が立った。そして、目の前の先輩に対して抱いていた微かな嫉妬が今、滾る執念に変わる。

 何だよ。先に凱夏と一緒にいといて、別れといて、そんな態度でボク達を舐め腐ってるのか。

 

「ぐぬぬ…後悔させてやるぅ……」

「一時停戦ですわ、テイオー。一先ずお互いよりも、目の前の壁を超える事を意識しましょう」

「うん!壁超えだ!!」

 

 目に物見せてやるぞ、サイレンススズカ!

 

 

「私のどこが壁って?」

「ぴぇっ」

「ひゃあっ」

「ニンジン美味しい」




クソガキテイオーの敬語は中途半端
あと最速の機能美は機能美ゆえに削ぎ落とされている。どことは言わないが


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限速の屈辱

 スタートは好調だった。スペ先輩が合図を出した瞬間、ボクことトウカイテイオーはスズカ先輩よりも一目散に前に出る。

 

『スズカ先輩は、貴女も知る通り生粋の逃げウマ娘ですわ。一度先頭を取ったが最後、一度足りとも譲らないままゴール板を駆け抜ける』

 

 レース前にマックイーンが言ってた事が脳裏に浮かぶ。作戦会議なんて大層な物じゃない、単に相手の特徴を確認し合うだけの作業。

 だからボクは前に出た。一度先頭を取らせたら捉えられない?なら、一瞬だって先頭を譲ってなんてあげるもんか!

 ペースを作るのはボクだ。ブロックし続けて勢いを削いであげる!!

 

「……」

 

 チラリと見えたスズカ先輩の表情からは何も読み取れない。何を考えているのかは分からない。

 けどーーー

 

 

〜Side:マックイーン〜

 

 

 レースは中盤に差し掛かりました。

 テイオーは逃げ策を選びましたね。スズカさんの逃げを、先手を打つ事で封じる作戦でしょうか?スズカ先輩がすんなり先頭を譲ったのが意外でしたが、まぁ此方としては都合が良いですわね。

 一方の私、メジロマックイーンは差し寄りの先行策。3人のレースでの3番目なので実質追い込みですしペースとしても逃げのそれですが、レースの流れ的には先行に該当するのでそう表現させて頂きます。

 

『常に前を走ってるにも関わらず、終盤の伸びも凄いよね。多分、中盤のどこかで悟られないように息を入れて回復してるんじゃないかな』

 

 レース前にテイオーが言っていた言葉。推測まじりの直感から齎されたその言葉はしかし、テイオーの才覚故に真実味を帯びていて。

 だからこそ、私がこの策を選ぶ理由となりました。

 途中で息なんて入れさせません。後ろから常に追い立てて、終盤の末脚を削り取って差し上げましょう!

 

「ふっ…っ……」

 

 その時、振り返ったスズカ先輩の、顔が見えました。それは、どうにもーーー

 

 

〜Side:スペ〜

 

 

「あの走りは……スズカさん…」

 

 私ことスペシャルウィークは、ゴール地点で3人を待っていました。そこから見えるあの人のフォームを見て、そして少し悲しくなります。

 だって、その走り方をするスズカさんはーーー

 

「…つまらなそう」

 

 

〜Side:テイオー〜

 

 

 どうして!どうして!どうして!?

 

(なんでですの?なんでこうなってますの!?)

 

 隣を走るマックイーンの思う事が手に取るように分かる。何故ならボク達は、同じくらい消耗して、同じくらい追い詰められてるから。

 

 一瞬も逃げさせなかったのに。

 

(一瞬も休ませなかったのに)

 

 なんで!?

 

(どうして?!)

 

 

「「なんで全然疲れてない(んです)のー!!?」」

 

 

 疲れ果てたボク達に対し、ペースを全く落とさないスズカさん。いつの間にかボクを抜いて、さらに差をつけていく。対するボク達に、もう追い縋る余力は無い。

 

(予想外ですわ!!スズカ先輩の逃げに付き合う以上は相応の疲弊も覚悟していましたが、相手を全く削れてないのは作戦失敗も甚だしいですの!)

(ボ、ボクも限界!ちょっとくらい調子崩してくれると思ったのにぃ!!)

 

 以心伝心で会話しながら、でも状況は全く解決しない。いつしかスズカ先輩は、ボク達を差し置いてゴールしてしまった。

 完敗だ。でも、最後に残った意地でなんとか走り切る。

 

「くっ、はっ、うぅ〜〜〜!!」

 

 悔しさで唸るけど、これはもうどうしようも無い。スズカ先輩は強かった、ボク達を舐め腐るのが当然な程に!

 マックイーンと2人で、疲れ果てた身体をターフに投げ出した。無駄に青い空が視界に広がって、なんだかもう何もかもが腹立たしく思えてくる。

 そんなボク達の視界に、ピョコッと入ってきた栗色の髪。キョトンとした表情で此方を見つめてくるその瞳に思わず動揺しちゃう。

 

「その、えっと、ごめんなさい。悪気は無かったの」

「「へ?」」

 

 悪気?何の事だろう。

 

「私、貴女達を刺激したかった訳じゃなくて…その、仲が悪くなるくらいなら、私が一緒に走ればクッションになるかなって…それで一緒に走るつもりだったんだけど、えっと……」

「「………」」

 

 マックイーンと顔を見合わせる。取り敢えず、スズカ先輩は此方を舐めたり侮ったり蔑んでたりしてた訳ではない事が分かったけど、それはそれとして屈辱感はより増えた。

 だってスズカ先輩は最初から勝負のつもりなんかじゃなくて、ボク達が勝手に挑んで負けたって事だったから。

 っていうか、アレだよアレ。スズカ先輩、不器用過ぎない?

 

「参りましたわ……」

 

 全てを観念したようにマックイーンは目を閉じる。でもきっと、目蓋の奥の瞳はリベンジへの執念に燃えてる筈だ。ボクもまたそうだし

 

「スズカ先輩、またいつかボクと走ってくれる?次は負けないから」

「ええ。その時は、今度こそ逃げで相手するわ」

 

 へへっ。そうでなくっちゃ。

 

 

 

…………あれ?

 

「スズカ先輩、今回のは逃げじゃなかったの?」

 

 ボクの問いかけを受けて、スズカ先輩の表情が強張った。

 

「…そういえば、今回は最後の伸びは思ったよりありませんでしたわね。疲労を感じさせず、常に一定に思えました」

 

 幾らか回復したマックイーンも続く。思い返せば、今日のスズカ先輩の走りは、ボク達が今まで記録映像で見たそれらとは相違点が多い気がした。

 何だろう?最近考えた新しい走法なのかな?

 

「スズカ先ぱ…」

「スペちゃん、記録の書き込みとあの子達のケアをお願い」

「アッハイ」

 

 質問を続けようとしたボクの口を、スズカ先輩は遮る。まるで、これ以上の詮索は許さないとばかりに。

 

「ごめんねテイオーさん、マックイーンさん。あの走りは、もう二度としないから」

 

 振り返って去る彼女の背中は、どことなく寂しそうで…でも、追いかける力はボク達には無かった。

 数瞬置いて、手渡されるタオルと水筒。スペ先輩だ。

 

「あの走りは、スズカさんのリギル時代の走法なんです」

「リギル時代…つまり」

 

 ボクとマックイーンは唾を飲んだ。つまりそれは、あの人から習った走り方だという事で。

 

 

 

「凱夏さんに教わった、ジュニア級でとうとう最後まで身につかなかった先行策なんですよ」

 

 

 

 身にならなかった先行策。

 それにすら勝てなかったボク達は、最初から最後まで本当に彼女の“敵”になれなかったのだと思い知らされ、打ちのめされるのだった。




テイオーはスズカの逃げを封じていたつもりが、最初から逃げじゃなかった。
マックイーンはスズカの逃げについて行ったつもりが、最初から先行策だった。

最速を封じた走りは、誰の心にも幸福を齎さなかった。


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残して来た思い

卑しか女杯、開催


「オイオイオイ……」

 

 遠目に見ていたスズカとテイオー・マックイーンの即席模擬レース。どうなる事かと見ていたが、ありゃあマジか。

 恐る恐る隣を見れば、凱夏君は苦虫を噛み潰したような、でも何故か無理やり笑みを浮かべた表情で、コースを去っていくスズカを見ている。その心中、どこまで推し量ったものやら。

 

「スズカは俺の先行策でも、手加減フォームとして走れるぐらい強くなったんですね。流石です、西崎さん」

 

 今の流れでどうしてそうなる。

 

「…飴、舐めるか?」

「いただきます」

 

 明らかに精神が磨耗していたので、せめてもの回復にと甘味を差し出す。差し出された袋を開けて、彼は粛々と口に含んだ。

 

「でもスズカ先輩、なんであの走法を今更したんですかね?」

 

 そう疑問を口にしたのはウオッカだ。無理なストレッチで身体を痛めたスカーレットを運んで来た後、マッサージする凱夏君を手伝っている。先ほどのレースも一緒に見ていた。

 ちなみにスカーレットは今地べたに寝転んで、凱夏君のマッサージに「あぁ^〜そこそこ〜」と唸っている。俺の時と反応違う……

 

「俺への当て付けじゃないか?やっぱ許してないんすよ……」

「待て待て待て!多分単純に新入生なマックイーン達の実力に合わせただけだ、スズカはそんな娘じゃない」

「それは分かってますけどさぁ……」

 

 駄目だこりゃ。スズカのダメージは想定内だったけど、凱夏君の方が結構参っているな。

 …別の事で紛らわせるか。

 

「凱夏、テイオーとマックイーンの所に行ってやってくれ。君なら的確なアドバイスをあげれるだろ」

「うい」

 

 やはりどれだけ消耗してようと指導に関して手を抜く気は無いようで、すぐさまスカーレットのマッサージを仕上げて立ち上がる。その様子を見て、俺は彼への評価を1段階上方修正した。

 最後までやってもらったとはいえ、マッサージを切り上げられたスカーレットは不服そうだったけどな。ホラ、お前らも自分のトレーニングに戻った戻った!

 そんな風にウオッカとスカーレットを追い立てた頃合いで、凱夏君も準備を終えたようだった。どうやら怪我とかが無いか、念の為に救急箱も持って行くつもりらしい。

 

「では後ほど」

「ああ」

 

 そして彼が土手を降り始めようとした、その時の事だった。

 

「チームスピカのトレーナーさんですね?」

 

 背後からの呼び声。それを受けて凱夏君の動きが止まり、俺は振り返る。

 そこにいたのは、おかっぱポニテの見目麗しいお嬢さん。胸につけてるバッジを見るに、今年就職した新人トレーナーさんかな?

 

「あー、どうもです。俺達に何か用で?」

「その前に…申し遅れました、私こういう者です」

 

 差し出された名刺を受け取り目を通す。ふむふむナルホド、桐生院葵さん。なるほど桐生院。へぇ。

 ……桐生院ンンンッ!?

 

「ちょっ、え!あの名家のお嬢様がどうしてここに?!」

「昨年度に養成学校を卒業と相成りまして、この中央トレセン学園に就職しました。光栄にもチームリギルのサブトレーナーとして登録して頂けたので、リギルに縁の深いお二方にもご挨拶をと」

「いえいえいえ!頭を上げてください!」

 

 桐生院家と言えば、数々の名トレーナーを輩出してきたガチ名家じゃないか!何を間違えても粗相だけは出来ない。ゴルシ辺りにはしっかりと言っとかなきゃ……!!

 にしても、前におハナさんとシンボリルドルフが言ってた凱夏君の後任って彼女の事だったのか。おハナさん、後進育成にも余念が無いなぁ。

 と、ここで桐生院さんがチラチラと俺の後ろに視線を投げる。そうだった、テンパってすっかり忘れちまってた!

 

「凱夏君!君も挨拶を!!」

「……」

「凱夏くーん!?」

 

 まさかの無視に心が悲鳴を上げた。早くしろー!桐生院家を怒らせても知らんぞーッ!!

 

「やっぱり、そうなんですね」

「えっ?」

「いえ、何でもありません」

 

 そう仰ると、桐生院の嬢さんは土手の中腹に立ち止まっている凱夏君の所へ。心なしか、その足跡はルンルンとしたステップを踏んでいるような……?

 そのまま背後に辿り着いた彼女は、目標の背中を指でトントンと叩く。すると、その背中はまるで油の切れた油圧機のように、軋みを上げて漸く旋回する。

 苦い顔。下手すると、さっきスズカの走りを見た時より苦いかも知れない。

 そんな彼を見て、桐生院のお嬢さんは、後ろからでも分かるほどに喜色を放ったのだった。

 

 

「お久しぶりです、先輩!」

「また会うとはなぁ、葵」




かーっ、見んねミーク!卑しか女杯(東京競馬場 芝2400m GⅠ 夏 重バ場)

凱夏のマッサージが普通にダスカに許されている理由はまたいつか



今回の話は短いし、区切りも悪いので明日も投稿しますね


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残されてきた想い

ところでですけど
 「馬」の魂と運命が「娘」の形となって受け継がれたのが「ウマ娘」な訳ですが

 我々ホモ・サピエンスが、本来のラテン語の意味とは別に
“「ホモ」という異世界生物の魂が「サピエンス」の形となったモノ”
である説
微レ存であり得るんじゃないんすかね?


「実の事を言うと、こんなに早く会えるとは思ってなかったんですよ」

 

 凱夏を中心に、3人で並ぶように土手に座る3人。その右端で、桐生院が思いの内を語り始める。

 

「凱夏先輩、急に音信不通になっちゃったじゃないですか。だからどこに行ったかも教えてもらえないままで、消息も知れなくて」

「そんなに逐一伝え合うほど深い仲でもなかったと思ったからなぁ」

「結構深い仲でしょう!一緒にカラオケ行ったり遊園地にも行ったりした日々、忘れたとは言わせませんからね!?」

「ぐっ…流石にそこまで行くと、やはり言い訳は出来なんだか」

 

 たじろく凱夏。しかしそれとは別に、左端の西崎は一層状況を掴めない。

 

「えっ、凱夏君って桐生院さんの何なの?まさか“コレ”?」

「「違います」」

 

 そう言って示したのは、小指を伸ばした握り拳。要するに「デキてるの?」という質問だった。それに対して2人が示したのは即答での否。

 

「私達は見習いとはいえトレーナーですので、恋愛にうつつを抜かしている暇などありません。日々精進、その成果の全てを担当のウマ娘へ注ぎ込む。それが責務ですから」

「いやまぁ、俺はそんな崇高な理由じゃなくてそもそも恋愛にあんま興味が無いタチというか」

 

 何にせよ、今西崎が把握したのは「今のは恋愛とか関係なく素で行われた痴話喧嘩」であるという事だった。その事が分かって納得するやら安心するやら呆れるやら、彼は眉間に手を当てて瞑目するしか無い。

 

「それは勿論です…っと、最後にもう一つだけ言っておくべき事がありました」

 

 そこで桐生院は立ち上がり、凱夏の方へ向き直る。その目には、中々に熱く燃える炎。

 

「先輩。私、寂しかったんですよ」

「お、おう」

「家族以外で初めて一緒の道を進んでくれた人が急にいなくなって、残りの年月がどれほど心細かったか。分かります?」

「それは割と分かる」

「だから、しっぺ返しを受けてもらおうかと思いまして」

「…おう?」

 

 ビシッ!と人差し指を突きつける桐生院ドヤい、もとい葵。その目には、並々ならぬ熱意の炎が燃えていた。

 

「貴方の育てるトウカイテイオーさんは、私と私の育てるウマ娘で絶対に倒しますから!女の怒り、どうぞ心ゆく迄ご堪能して下さい!!」

「マジか」

「マジです!覚悟の準備をしておいてください!!」

 

 では西崎さん、突然失礼しましたー!と最後に行って立ち去る桐生院。そんな彼女に会釈を返し、西崎はトレーニングを続ける担当の子達の方向へ向き直った。

 そして、横の凱夏へ再度質問。

 

「デキてないんだよな?」

「(デキて)ないです」

 

 返ってきたのは同じ答え。しかし、先ほどとは違いそこにはある種の決意が滲み出ていた。どうやら今の会話で、彼の中にも火が着いたらしかった。

 

「桐生院は強いですよ」

「やっぱりそうなのか」

「学年違いの俺と接点があるのは、アイツの勉学が進み過ぎて実質飛び級だったからです。その才覚を敵意として向けられる俺の身にもなって下さい」

「…勝てるか?」

「勝てる勝てないじゃない、“勝たせる”んですよ」

 

 凱夏が眺めるのは、先ほどのレースの反省会として、スペシャルウィークを巻き込んでマックイーンと激論を交わすテイオーの姿。ひたむきに勝利を求める彼女の汗に、彼の目がまた一層熱を帯びる。

 

「二度と、弱音はほざきません。テイオーを勝たせます、勝てるウマ娘に育ててみせます。絶対に」

「ああ。そうこなくっちゃ、スピカのサブリーダーの名折れだぜ」

「迷惑かけましたね」

「良いって事よ」

 

 それを境に、凱夏はテイオーの元へと駆け出す。それを見送って、西崎もまた己の仕事に精を出すのだった。

 

 

〜Side:葵〜

 

 

 さて、バレずに済みましたかね。

 すみません先輩。私、嘘つきました。

 好きです。凱夏先輩の事が、1人の異性として。

 本当に忘れられないんですよ。初めての生活に溶け込めない私を、桐生院家の狭い世界観に篭っていた私を、外の景色に導いてくれた貴方が。

 先輩としてずっと憧れて、バカみたいな事で笑い合って、そして切磋琢磨してきた日々が忘れられないんですよ。

 だから、音信が途絶えて傷付いたのも嘘じゃない。怒りも嘘じゃない。得た教訓を、専属のウマ娘に全力で注ぐのも本気だ。

 

「ミーク!」

 

 見つけた。私が探した才能、私を求めてくれた才能。この娘を、貴方に恥じないよう育て上げて、貴方のトウカイテイオーと競わせて、そして共に未来を掴んで見せます。

 同僚として。ライバルとして。ウマ娘が胸を張れるよう、彼女達へ共に栄光を届けましょう。

 それが叶ったらーーー叶ったら、その時こそ。

………なんて、ね。

 

「トレーナー。どうしたの?」

「ううん、何でもないです。今日のトレーニングも頑張っていきましょう!」

「うん…。おー」

 

 

 

 

〜Side:ウオダス〜

 

 

 

 

「そういえばだけどさ、ウオッカ」

「あ?何だよスカーレット」

「さっきはマッサージに気を取られて言えなかったんだけど、実はスズカ先輩ってあの走り方を時々やってるのよ。半月くらいに1度だけ、夜にスピカとは関係無い所で」

「えっ!?初耳だぜそんなの」

「私も偶然見かけたから知ってる程度よ。スペ先輩なら何か知ってるかもだけど」

「でも妙だな。スピカに入ってきた頃は、寧ろあの走り方を忘れる為の練習してたぐらいだろ?その甲斐あって今の逃げを取り戻せてるし、なんでわざわざそんな事……」

「そこが私も不思議なのよねぇ。実際レース本番では先行策なんて影も形も無い大逃げするから何か影響及ぼしてるとも思えないし、頻度からしても“ただ覚えておくだけ”ぐらいの効果しか無いと思うのよ」

「変だなぁ…」

「今からでもトレーナーに伝えた方が良いかしら?」

「…いや、やめとこうぜ。本筋の練習には特に問題無いみたいだし、本人の黙ってる意向を尊重しよう」

「それもそうね」




 ホモはせっかち
 ノンケな桐生院の詳細な過去話はまた別の機会で


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祝福か、呪縛か

 桐生院嬢とのイベントは学生時代にだいたい済ませてあるので、凱夏君は初期値も併せて現在300くらいのスキルPtを持ってます(使いこなせるとは言ってない)
 今回の時系列はテイオー視点で1期3話前半
 スペはクラシック級に入ったところ

 あと報告ですが、第3話「輝く未来を、君と」における凱夏のサブトレーナー経歴に言及している部分を修正しました


「「「「「ダンスレッスン?」」」」」

 

 ボクにマックイーン、スペ・ウオッカ・スカーレット先輩方の声が重なる。それに対して、スピカトレーナーは大仰に首を縦に振ってみせた。

 

「そうだ。というかスペ、ウオッカ、スカーレット。お前らよくとぼけてられるな?」

「「「ぅぐっ!」」」

 

 そう言って広げられたのは3枚の新聞1面。そこに書いてあった見出しは、こう。

 

『スペシャルウィーク、伝説の棒立ちライブ三度(みたび)!』

『ウオッカのダンスは千鳥足』

『ダイワ製のステージ、朱の足踏みでまたも悲鳴!!』

 

「「「はぐぁああッ!!!」」」

「まぁ、リギルサブトレーナー時代から見てたけどホント酷かったよ」

「「「ゴハアアァッ!!?」」」

 

 凱夏のトドメの一言で、先輩方は見事に血の海に沈んだ。新聞の日時はどれも新しく、そして『三度』『またも』という文面からも…もう、分かるよね?

 

「このスピカには!この一年で“新進気鋭のダンスド下手チーム”という二つ名が付いている!トレーナーである俺に責任が無いとは絶対に言わんが、正直これ以上どうしたら良いかサッパリだ!!」

「ところでですけど、ゴールドシップさんには何か言わないんですの?この前も木魚ライブとかやってましたが」

「アイツに何言っても響かんからなぁ」

「確かに……」

 

 トレーナーが見遣った先には、ルービックキューブで遊ぶゴルシ先輩の姿。なんか“1面の9ブロックを全部違う色にする”のにチャレンジしてるみたいで、今までの会話も頭に入ってなさそうだ。

 スズカ先輩はスズカ先輩で、このチームで唯一ダンスが出来るって事でなんとか間に合わせの指導をしてきたらしいけど…そりゃ無理があるよね。ちなみに今は落ち込んだスペ先輩を慰めてる。

 

「だが、ここに来て凱夏君が入って来た事で話が変わった。彼はダンスについて心得がある」

 

 ……ほほう?

 

「意外だねぇ、そんな事まで出来るんだ」

「出来るだけだぞ。そこから学べるかどうかはお前ら次第だが…まぁ、基本だけは押さえているし伝えられるさ」

 

 それなりの自負を持ってるみたいで、ボクもなんだか燃えて来た。こう見えても、ダンスには心得があるからね。

 

「じゃあ、ボクとダンス対決しようよ」

「お?出来るのかテイオー」

「昔から会長のライブをテレビに穴が開くほど見てたんだ、余裕余裕!」

 

 自信満々の旨を伝えると、凱夏はトレーナーに目配せ。トレーナーの方もボクの実力を見たいのか、頷きで返した。

 へへん、ボクの妙技をとうとう見せつける時が来たね!テイオーステップに目を剥くが良いさ!!

 

「じゃ、先に凱夏の方からどーぞ!先行は譲ってあげる」

「おk。西崎さん、良いですね?」

「皆に一度見せておくという意味でも丁度いい。頼むぜ」

「了解っす」

 

 

 

 

 

 

「これが俺のMake Debut!だ」

「……」

 

 …いや、確かにMake Debut!だったけどさぁ……。

 

「ト、トレーナー。アレで良いんですの?」

「ああ。これでこそだ」

 

 トレーナーはトレーナーで納得してるけど、他の娘達は皆微妙な顔してるよ?ホントにこれで良いの?

 

「先に言っただろ、『出来る“だけ”』って。これでも基本はしっかり抑えてる筈だが」

「いや、基本なのは間違い無いんだ、そうなんだけどさ……」

 

 ウオッカの苦笑いまじりの弁明に、ゴルシ以外のウマ娘全員が同意した。彼女の言う通り、凱夏のダンスはしっかり基本を抑えてたんだ。

 ただ、その……基本極振りというか……。

 

「華が無いのよね…」

 

 そう、素人が初見で踊ったとしても出る華やかさが皆無というか、もっと言うと人間の踊りというよりロボットダンスの延長線みたいな感じ。要するに“決められたタイミングで決められた位置に決められたように体を位置させる”って感じの作業感が半端じゃない。

 いや、なんだかんだでしっかりその位置に納めるからメリハリも含めてビシッと決めれてるんだけど、なんというか、こう……ウイニングライブで求められてるのはそういうのじゃない感がヤバイ。

 どれくらいヤバイかっていうと蜂蜜抜きのハチミーぐらいヤバイ。なのにちゃんとハチミーだからやっぱりヤバイ。

 

「お前らの言いたい事は分かった、それは俺も凱夏君自身も把握してる事だ…で。スペ以下3人、踊れないお前らはダンスに関してどうこう言える立場か?」

「「「ガフッッッ」」」

「せめて基本が出来てから言え」

 

 と、ここでトレーナーからまた厳しい一言。ああそうだった、彼女達はそもそも基本的な部分からアレだった。

 だって、途中で転んだりするウオッカやスカーレットはともかく、スペ先輩の方は振り付けの時点からもう覚えてない感じだからなぁ…うん、そんな彼女達に基本を教える見本としてはこれ以上無いかも。

 

「西崎さん、今はその辺で。実際問題、俺単体じゃダンス出来るようには指導出来ても人様に見せられる物にまでは仕上げられないですし」

「とは言ってもなぁ凱夏君、俺おハナさんとこの生徒会組に怒られてるんだよ。見栄えしなくともせめてまず踊らせない事にはどうにもならんし、頼むよ」

「ええ。ですからそこまでまず俺が引き上げますので、その後を彼女に任せましょう」

 

 そう言って凱夏が目線を寄越したのはボク。あっ、そういう流れね?

 

「おうおう、ようやくこのテイオー様の出番とな?」

「お前の踊りっぷりが、既に人様に教えられるレベルなら即採用。違ったらお前も大人しく練習。至極簡単なテストだろ?」

「当然!」

 

 Vサインで応じると、凱夏はさっきMake Debut!を流していたステレオに手を掛ける。指定したのはボクの十八番、いっつも歌ってるあの曲。

 

「皆刮目しろー!これがテイオー様のテイオーステップだぁ!!」

「あらあら、調子乗って恥を晒しても知りませんわよ?」

 

 言ったねマックイーン?吠え面かいても知ーらないっと!

 

 

 

ーーーーーーーーー

 

 

 

 軽快なステップだった。

 鮮やかな足踏みがリズムを刻み、見ている側の目を楽しませる。生まれ持った関節の柔らかさが、鍛えられた体幹を基に伸びを見せて、彼女の体に躍動感をもたらした。

 華だ、と凱夏は思った。今、飾りっ気も何も無いスピカ部室に華が咲いている。ホワイトボードの前は今、テイオーの独壇場になっていた。

 西崎トレーナーを始めとする他の面々も同じ感想を抱いたようで、皆一様にテイオーの虜だった。

 

「テイオーステップ、か」

 

 華が歌う。可憐な声が耳膜を叩く。

 

「変化♪気付けマイダーリ〜ン!!」

 

 パカラッパカラッ、と。そんな擬音が付きそうな、お手本通りみたいな足運び。

 これがテイオーの強さの秘訣。彼女の才能、咲くべき祝福(ギフト)。そして同時に、彼女を縛る呪いになる。

 だからこそーー

 

 

 凱夏は、覚悟を決めた。




 ずっとスピカのダンス問題に頭を悩まされて来たルドルフ達の心労に思いを馳せよう
 指南役のテイオーの入学が遅れた分、最低でも半年以上ずっと苦労してる…


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不屈である為に

 チェンゲの「Heats(1999)」のメロディーを口遊(くちずさ)んでたんすよね
 そしたら音楽に通じてる兄貴が「お前がアニソン以外の曲を歌うの珍しいな」って言って来たんすよ。バチバチのアニソンを歌ってた俺からすればチンプンカンプンですよ
 で、兄貴が挙げたのは氷室京介なるレジェンド歌手の「マリオネット(1987)」って曲。なんとルドルフとほぼ同期。
 だがしかし、こちとら天下の影山ヒロノブぞ。道を開けい!と思いながら聞いてみたんすよ


 あまりにもクリソツなメロディーで、ガチ目にショックで寝込みました


 時を遡って、テイオーとマックイーンがスズカとの簡易模擬レースを終えた後の事。

 

「必要なのはスピードとパワーだよ!スズカ先輩の先行でやっとなのに、逃げに対抗するにはまず初手で追い越せる速度、そして相手を押さえ込むだけのパワーを上げなきゃいけないんだ。今のままじゃブロックしても弾かれるし、そもそもそれ以前に追い越せないまま千切られて終わっちゃうよ」

「いえ、飽くまで同じように逃げを阻止する作戦で行くなら根性と賢さを伸ばすべきですわ。今回、貴女は得意距離、私は長距離より短い中距離であるにも関わらず疲弊しました。これは牽制に気を割き過ぎたが故の消耗であり、それを抑えられるだけの精神と知識が必要となるでしょう」

 

 激論を交わすテイオーとマックイーンの衝突は終わりを見せない。双方ともに、先刻の屈辱に真剣に向き合っているからこそである。

 

「でも、スピードもパワーも根性も賢さも、それを支えるスタミナが無いといけませんよね?」

「「………」」

 

 ここでスペシャルウィークの助言により、話は完全に煮詰まってしまった。結局の所、どれだけ話しても「根幹となる全てが足りてない」に帰結してしまうのである。

 テイオーもマックイーンもドン詰まりで頭を捻る中、スペはニンジンで栄養補給。マイペースであった。

 と、そこに。

 

「その様子だと、突き詰める部分はもう詰め切ったか?」

「凱夏!」

「よし、2人とも足見せろ。中々消耗する走り方したろ」

 

 待ってましたとばかりに足を投げ出すテイオー。そうやって目の前に並べられた二本を、凱夏は他意の無い真剣な表情で触診していく。マッサージも兼ねてるのか、絶妙にくすぐったい気持ち良さに少女の瞳が細められた。

 

「テ、テイオーさん!そんなはしたない…」

「大丈夫大丈夫、凱夏は変な事しないから」

「しかしですね…」

「まぁマックイーンの言う事も最もだろ、なんせ麗若い乙女の柔肌を成人男性がこねくり回りしてんだし。だから、この後ゴルシを呼んでくる」

「貴方でお願いします」

 

 変わり身の早さはメジロ家の極意なのか、と凱夏は失礼な事を考えた。

 そんな彼の横で、ソワソワし出したテイオーが嘯く。

 

「じゃ、マックイーンのマッサージが終わったら早く練習させてね。早くやりたいんだ」

「は?今日はまずは顔合わせがてらの軽い奴だけだぞ。もう終わりだから休みな」

「え〜!」

 

 幼子のように、というか実際幼子なのだが、口を尖らせて分かり易く不満を露わにするテイオー。内に有り余るエネルギーを持て余しているようだった。

 

「ヤダヤダ!ボクはもっと練習するもん!」

「つってもお前、割と後先考えず走ったから自分で思ってるよりも消耗してるしなぁ。野良とはいえ一回レース走ったようなモンだし、ちゃんとしたトレーニングは明日以降…」

「“ちゃんとした”程度じゃダメなんだよ!」

 

 テイオーの叫びに、周囲の目が見開かれる。

 

「…分かってるでしょ。会長がどういう存在なのか、そしてサイレンススズカがどういう存在なのか」

「……ああ」

 

 問いかけに答えた凱夏の答えには、深い実感が伴っていた。それも当然だろう、彼は2人をある意味最も近い所から見て来たのだから。

 

「会長の菊花賞、覚えてるでしょ。無敗の三冠」

「当たり前だ。彼女の走りが、おハナさんの知略が完成したレースだった」

 

 全てを制し、全てを御す皇帝の走り。それがシンボリルドルフ、それがこの学園の頂点。テイオーが憧れ、目指す玉座。

 

「スズカ先輩の、スピカ移籍直後のレースだって、知ってる筈だよ」

「…アイツの走りが、本来あるべき姿を取り戻した瞬間だった」

 

 支配を思わせるルドルフとは対極を成す自由な走り、それがサイレンススズカ。たった今テイオーが差を見せつけられ、超えたいと願う背中。

 

「並のトレーニングじゃ追いつけないんだよ。“超”、ううん“究極”ぐらいのつもりでやらなきゃ、“絶対”にも“異次元”にも届かない」

 

 だから、ボクはまだ走りたいんだ。今日できる事を突き詰めたいんだ。

 そう語って、テイオーはその口を閉じた。その瞳は、目の前の人物をじっと見据えて返答を待つ。

 それを真正面から受けて、凱夏はーー

 

「…そう言われても、すぐに対応出来るわけじゃない。でもな」

 

 テイオーの頭が撫でられる。乱暴に、しかしテイオーの鬱屈に応えるように。

 

「スピカはウマ娘本人の意向に沿うチーム。前にそう説明したように、お前のそのやる気に絶対に答えてやる。だから、まずその時間を俺にくれな」

「……うん!約束だよ!!」

 

 

 

 その日から数日間、凱夏の自室から光が消える事は無かった。

 

 

 

 

 

 そして時は今に戻る。

 

 

〜Side:テイオー〜

 

 

「あぁ〜!大変だった!!」

「お疲れ様だ、よく頑張ったぜホント」

「お互いにね」

 

 ボクのダンステクニックが認められた翌日、チームスピカはカラオケに行ってダンスレッスンをした。凱夏がスペ先輩達に教える基本部屋と、ボクがマックイーン達に教える応用部屋に分かれて。

 それがもう中々に難航して…主にゴルシ先輩が言う事を聞かなくて、マジでしっちゃかめっちゃかになった。ウッーウッーウマウマって何だよ。ウマ娘だけどワケ分かんないよー。

 で、僕たちの応用部屋だけじゃなくて、基本部屋の方でも主にスペ先輩がやらかしたらしくて、「あげません!」って怒声と同時に頭にニンジンが刺さった凱夏とトレーナーがドアごと吹っ飛ばされてた。どうやら疲れ果てたスペ先輩がニンジンフライの最後の一本を食べようとしたのを事故的に邪魔しちゃって、その結果、突発的に鬱憤が爆発しちゃったらしい。滅茶苦茶謝ってて本人も許したから良いんだけど、ドアの弁償はどうしたんだろ?

 

「ウマ娘の蹴りヤベーよ。西崎さんはよく複数回直撃しても鼻血で済むなぁ」

「キミも大概でしょ」

「昔、爺ちゃんちで洒落にならないイタズラやらかした時に半端ないゲンコツを喰らってな。それ以来ああいう衝撃には耐性出来たんだ」

「お爺ちゃんにお礼参りする?」

「サラッと怖い事言うなよ。普通の俺が悪い案件だったし、愛ある拳って奴だ」

 

 そうボヤく凱夏の頭には、今も刺さったニンジンが付いたまま。指摘した方が良いんだろうけど、面白いので放置してる。

 ちなみにだけど、今は解散後の帰路。レッスンが終わってから皆はそれぞれの道につき、ボクは途中まで凱夏に付き添う事を選んでみた。ちょっと聞いてみたい事があったから。

 

「ねぇ凱夏。何か考えついたの?」

「どうした急に」

「昨日からなんか雰囲気違うもん。ボクの方をチラチラ見てくるし、何か思いついたんだよね?」

 

 そう言われると、凱夏は眉間に手を当てて空を仰いだ。ふふーん、その反応は図星だね?

 

「聡いなぁ無駄に」

「無駄には余計でしょー!」

「照れまじりに褒めてんだよ」

 

 それでも「無駄に」は余計だよ!と脛を蹴ったら回避された。こ、この…!

 

「お前の今後のトレーニングの方針を決めた」

 

 そんな怒りも、次の一言で一気に引っ込んだ。

 ボクのトレーニングが…!?

 

「やったー!わーい!!」

「上機嫌の化身」

「そりゃそーでしょ?今までお試し期間みたいな感じでツイスターゲームとかやってきたけど、今度こそ本格的なのが始まるって事だし!」

「いやアレも西崎さんの方針としては本格的なトレーニングの一つなんだけどな」

 

 言われなくても分かってるよ、アレが大事な事なんだって。でも走り込みとか筋トレとか、そういうのをこれからしていくって思ったらやっぱりテンション上がるでしょ!

 そんな風にルンルンな気分を全身で表すボクに、凱夏は頭のニンジンを取りながら一つため息を吐いた。まるで何かを決心するように。

 

「テイオー」

「なになにー?」

「あのステップ、禁止な」

 

 …え。

 

「えぇ〜〜〜〜〜!?!!?」

「初手で自分の長所を封じられてビビり散らす気持ちは分かるけど、ここ公道だから少し抑えなさい」

「あっはい…じゃないよちょっと待ってよ!」

 

 あの足捌き、自分でも気に入ってたしレース前後やなんならレース中も似たような動作してたのに。全部禁止なの!?

 

「嫌なのは分かるさ。だが、まず俺なりの理由を聞いてくれるか」

「聞くよ。じゃなきゃ納得できないもん」

 

 凱夏が言うんだもん、ちゃんとした理由がある筈。でも、ちゃんとしてなかったら怒るからね!

 

「サンキュ……んで理由だが、前にも言った通り、お前の足は脆い。それは覚えてるな?」

「うん。その所為で骨折し易くて、リギルだとそれで三冠を回避させられちゃうんだっけ?」

「あぁ。そしてその脆さは、他ならない関節の可動域の広さに起因してるんだ。お前のとんでもない前傾姿勢を支えている、な」

 

 言われてみれば、ボクの走る時の体の角度って、他の娘よりもかなり前倒しだった気がしなくもない。そっか、アレってボクの関節が柔らかいからなのか。納得がいったよ。

 そんな内心を頷きで表すと、凱夏もそれに同じリアクションで応じてくれる。

 

「股や足首を大きく曲げれるのは大いに結構。だが、曲げれば曲げた分だけ骨に負担が掛かる。大きく足を動かす分、その速度によって受ける衝撃負荷も大きくなる。その結果」

「骨折……」

「そういう事だ」

 

 前に軽く説明された事が、今になって本当の理由で理解出来た。ボクの走りって諸刃の剣なんだね…。

 

「日常で使うのをやめろとは言わん、寧ろ日常では普通に継続して使ってて欲しいまである。柔軟さは間違いなくお前の利点で、覚えていて欲しい物でもあるからな」

「でも、練習やレースでは厳禁って事だね?」

「ああ。だからまず、関節と骨を酷使しない走法を定着させるぞ。骨折を防ぐ為に、そしてもし骨折したとしてもすぐ回復出来るようにな」

 

 つまり、長く走る為に持ち味を捨てろという事。ボクはきっと、この前の選抜レースみたいな走りは出来なくなる。

 凱夏も中々残酷だねぇ。ボクにそんな事を要求するなんて。

 ………でも。

 

「……っ」

 

 他ならない凱夏自身が、そう自分に思ってるんだろうね。無表情の奥から溢れ出る苦渋が、もう全然隠し切れてなかった。

 凱夏がスズカ先輩に先行策を強要した事も、そしてその事を後悔しているのも知ってる。なら、似たような状況である今、彼の心は自責の念でいっぱいの筈だ。

 なのに、同じ行為をするという事は……

 

 (この方策に、それだけの価値を確信しているんだ)

 

 そしてその事で、自分が傷付く事よりボクの夢を優先してくれたという事。

 

(卑怯だなぁ)

 

 そう思った。そんな覚悟を見せられたら、惚れ直すしかないじゃないか。どれだけ乙女の純情を弄べば気が済むの?

 

「もちろん、お前が嫌ならステップ続行で構わん。その為の行程をまた考え直す…で、どうする?」

 

 今更逃げ道を提示されたって変わんないよ。

 それに、前に言ったでしょ?“ちゃんとした”程度じゃダメだ、って。

 

 

「縛りプレイ、だね」

「は?」

 

 ボクの言葉に、凱夏が呆けた声を上げた。

 

「だってそうでしょ?ボクの最大の技であるステップ無しで、無敗の三冠を取る。うん、良いじゃん良いじゃん!」

「ポジティブだなオイ」

「難しいのは分かってるけど、そうじゃないと会長は超えられないよ。大歓迎さ!!」

 

 夕陽を浴びて、ボクの自慢のテイオーステップを舞う。これも、ターフの上じゃ暫くお別れ。またね。

 

「だから、責任とって普通の走りでボクに夢を見せてね?凱夏!」

「…本当に生意気なクソガキだなぁ」

「なにぃ〜?」

 

 もう!まぁたそうやって誤魔化すんだから〜!!

 

「…いや。これでこそ不屈の帝王、か」

「え?」

「なんでもねぇよ」

 

 聞き返すボクの背を叩き、寮への帰路を促す凱夏。夕陽を背に、彼はボクに語りかけた。

 

「そうと決まれば、明日から早速フォーム修正だ。気合入れろよ、未来の三冠ウマ娘!」

「……!うん!!」

 

 ホップスキップですぐに追いつき、その腕に纏わり付く。大丈夫、凱夏の考えなら信頼出来る。どこまでも一緒に行ける、行ってみせる。

 

「頑張るぞー、テイテイオー!」

「なんだそりゃ」

「バクシンオー先輩の真似だよ、知らない?」

「アレかぁ。あのノリはどうにも合わんくてな…」

「良いじゃん乗ろうよ〜。せーの、テイオー!テイオー?テイテイオー!!」

「……テイテイ、オー」

 

 

 夕焼けの空の下。僕たち2人の声は溶け合い、どこまでも響いていった。

 前途は多難。でも、何も怖くない。




 視点がコロコロ変わって分かりにくいのが自分でも難点だと思う。いやホント読みにくくてサーセン
 今後直していきたい所存です


 ちなみに前書きの件ですが、兄貴曰く「こういうメロディー被りは別にパクリでもなんでもなく、影響を与え合って進んでいくもの」だそうな。要は慣例らしいっすわ
 そんな中、時を経て更にリメイクされたHeatsがPVに用いられて発表されたゲッターロボアーク。楽しみです(ステマ)


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閑話:優駿三騎
U駿三騎


 この界隈じゃ、感想の事を「はちみー」って呼ぶらしいですね
 はちみー下さい(直球)


 今日は学園ぐるみで大集会!何が発表されるのかは知らないけど、なんだか今までにはあんまり無い事みたいでワクワクするなぁ。

 

「全く、テイオーははしゃぎ過ぎです。こういう時こそ清く正しく礼儀を守ってですね…」

「うぇ〜?マックイーンは堅過ぎるよぉ」

「貴方がお気楽なのですよ!」

 

 分かった、分かったから。そうやって何度か宥めて、仕方なくスキップを止める。

 

「ところでですけど、テイオー」

「なーに?」

「貴女、耳のリボンはどうしたんですの?」

「…あっ」

 

 しかしここで異常発生。指摘されてようやく、ボンヤリ感じていた耳の違和感に気付けた。

 

「多分教室に忘れちゃった!取ってくる!!」

「えぇ、今からですの!?あっちょっ待ちなさい!!」

 

 脇目も降らず、来た道を全力逆走。急いで教室まで突っ走る。まだ、まだこの時間なら間に合う!多分!!

 そして10秒も経たない内に教室に到着。扉を開いて見えた机に、御目当ての布切れを無事発見した。

 

「危なかった〜、なんか落ち着かないと思ってたんだぁ」

 

 手際良く耳に結び直し、安堵の吐息。後は、全速力で戻ってーーー

 

「あれ。どうして戻って来たんですか」

「へ?」

 

 横から聞こえて来た声に、思わず素っ頓狂な反応をしてしまう。

 見れば、そこには白毛のウマ娘。ボブカットの白髪で、どこを見てるか分からないようなボンヤリとした視線をこっちに投げかけていた。

 見たところ、ボクと同年代っぽいけど…

 

「大丈夫なんですか。集会始まっちゃいますよ」

「いや、キミもそれは同じじゃない?キミこそ何してるのさ」

「私ですか。私は……」

「ちょっとテイオー!早く戻らないと怒られますわよ!!」

 

 話を遮るように、追いついて来たマックイーンの怒声が響き渡る。って、なんで来たの!?キミも怒られちゃうじゃん!

 

「貴女はいちいち危なっかしいから、見てないとこっちの気が済まないんですの!…っと、ハッピーミークさんではありませんか」

「知ってるの、マックイーン」

「隣のクラスのウマ娘の方ですわ。リギルで最近記録を伸ばして来てて、私達にも匹敵し得る逸材ですわよ」

「あ…どうも」

 

 褒められたのが嬉しかったようで、ハッピーミークって娘は頬を赤らめてお辞儀して来た。なんだか照れ臭くなって、ボクとマックイーンも「此方こそ…」と同じくお辞儀で返す。

 ……って、それどころじゃない!

 

「ああー!不味いよマックイーン、もう間に合わない!!」

「リボンなんかに気を取られるからですわ!」

「言い出したのはキミの方じゃん!」

「まさかあのタイミングで逆方向に突っ走るなんて想像出来ますか!!」

 

 兎にも角にも、せめて大幅な遅れにはならないようにしなければ。そう思って出口に向かおうとした所だった。

 

「私、なんか思ってたんです」

 

 ミークの声が、ボク達を呼び止める。

 

「この校舎、窓から出たら面白そうだなって」

「な…何を言い出しますの?」

「それが、ここに残ってた理由なの」

 

 それだけ告げると、ミークさんは飛び出した。

 

 

 3階の窓から。

 

 

「「ゑぇーーー!?!!?」」

 

 

 2人して身を案じ、窓から下を見れば、そこには建物の突起を上手く伝いながら軽々と下の芝生に着地し、こっちを見上げるミークの姿。いや、確かにそのやり方なら足の負担も少ないけどさぁ!

 …でも。

 

「マックイーン。ボクもアレで行く」

「え゛」

「じゃないと間に合わない」

 

 いちいち校舎の通路を通ってたらもう無理だ。だったらいっそ、ここから外に出た方が早い。

 大丈夫、ウマ娘のパワーと今ミークが見せてくれた見本があればいける!

 

「大丈夫じゃありませんわぁぁぁ!!」

「とうっ!」

「テイオォォォォ!?!!?」

 

 まず配管、次に出っ張り。上手い事、足首から脛を通って腿全体、延いては身体中に衝撃を逃して足の負担を減らす。

 そのまま徐々に高度を下げて…っと!

 

「いけたー!」

「おぉー…やりますね」

「へへん、ボクは無敵のテイオー様だからね!」

 

 凱夏に言われて来た「関節を大事にするやり方」を意識したら上手くいったよ。やったね。

 そう思い、胸を張って見上げるのは頭上。まだそこに1人だけ残っている。

 

「マックイーン、後はキミだけだよ!」

「ふぁいとー」

「冗談じゃありませんわ!こんなのに付き合ってられません!」

 

 私は自分での足で真っ当に向かわせてもらいます!と半泣きで叫ぶ声。でも中々窓から離れないのを見るに、彼女自身も他に間に合う方法が無いと分かってるんだろう。

 まぁマックイーンが遅れたのはボクの所為だし、ここはボクが助けるべきだね。

 

「大丈夫!ボクが受け止めるから!!」

「受け止めるって…どうするつもりですの!?」

「良いから早く!!」

「〜〜〜!ええい、ままよ!」

 

 とうとう窓の外へ身を躍らしたマックイーンは、そのまま順調に足場を蹴って降りて来た。そうだよ、そもそもボクに出来てマックイーンに出来ない筈がないんだ。流石ライバルって所だね。

 

「…あっ」

 

 ……って!嘘でしょ!?

 2階下部辺りで足を滑らせたマックイーンが、バランスを崩して地面に落ちる。ボクは急いで落下地点に走り、そこで両手を広げた。ミークも、ボクを後ろから支えるような姿勢になる。

 

「マックイーン!!」

「きゃあああ!」

「あわわっ」

「へぶっ」

 

 落ちて来た人1人を抱き締めるように受け止め……切れず、ボク達は3人折り重なって地面に倒れた。でもミークのお陰で衝撃はだいぶ殺せたし、何よりマックイーンにはダメージは無いだろう。あぁ、良かった。

 …そんなボクの考えは、目の鼻の先にあるマックイーンの顔を見て断ち切られる事となる。

 

「テイオー」

「は、はい」

「二度とやりません。貴女もやらないように」

「はい」

「ミークさんも」

「……ごめんなさい」

 

 2人揃って謝罪。まぁ、改めて考えると本当に危ない事をしたし、ちょっと本気で反省しよう。これはダメだった、うん。

 そんなボクと、無表情ながら目に見えてションボリオーラを纏ったミークを見て、マックイーンは強張らせていた顔に微笑みを浮かべた。

 

「……でも。助けてくれてありがとうございますわ。お陰で助かりました」

「っ」

 

 花開くような感謝の微笑みに、それを至近距離で向けられたボクの心臓はドキリと跳ねた。

 何も返せなくて、ボクは黙りこくってしまう。そんなボクをマックイーンも疑問に感じたのか、彼女も首を傾げて黙ってしまった。

 

「…どうも。でも、もう走らないと」

「「!」」

 

 その沈黙を破ったのは、ミークの一言。そうだよ、まず何よりも先に体育館に行かなきゃ!

 

「そ、その通りですわね!すみませんテイオー、今どきますわ!!」

「あ、ありがとう!よーし走るぞー!!」

「……おー」

 

 なんとか立ち上がり、3人で駆け出す。桜も散り始めた春の半ば、新しい風が学園を駆け抜けていった。

 

 

 

 

 これが、ボクたち3人の初めての集い。

 後の世で優駿三騎と呼ばれる、新しい時代を呼んだ風。それが最初に吹いた、その瞬間だった。




 ちなみに集会には間に合ったけど、防犯カメラに写っていた映像からバレて怒られた
 テイオーはハチミーを奢る事で、巻き込まれたマックイーンを宥める事となった
 テイオーの体力が30下がった!
 スキルポイントが20上がった!
 「掟破り」のヒントレベルが2上がった!


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Re:邂逅

 1000文字級の短い話ですが、今回は連日投稿は無しです。次回はいつも通り明後日に
 だってキツいんだもん…ここ2日間執筆出来てないし……


 トレセン学園の総合体育館は無茶苦茶広い。そりゃ日本全国からエリートウマ娘を束ねて入学式を開く場所なんだから当然ではあるのだが、それでも市民体育館の5倍くらいあるのは些かやり過ぎではないのかと凱夏は思った。

 

「しかし、今日は何が発表されるんですかね。俺たちの未来に重大な関わりがあるそうですが」

「うーん…予算削減とか?」

「それは草が枯れた上で一周回って芝生えますわ」

「こら男子。縁起でも無い事言わないの」

「「さーせん」」

 

 東条トレーナーに遮られ、西崎と凱夏は口を慎む。今回の集会、妙なのは生徒だけでなくトレーナーまで招集されている事だろう。

 

「…で。おハナさんはどう考えてるの、理事長さんの思惑」

「さぁ?彼女も就任してから短いし、まだ予想出来る段階じゃないでしょう。下手に青写真掲げて見当違いの予防線張るくらいなら、黙って待つのが吉よ」

「そりゃ言えてますね」

 

 そんな彼らの思案は、ある一声に断ち切られた。

 

「東条先輩、西崎先輩、凱夏先輩!遅れてすみません!」

 

 ジャーン、ジャーン!

 

「ゲェーッ、桐生院!」

「何ですかその反応は!?」

「遅いわよ。何してたの」

「すみません。バンブーメモリーさんが他の娘を誘導してたら自分が迷ってしまったみたいで、ここまで案内してました」

「そりゃお疲れさん」

 

 桐生院がトレーナーの列、凱夏の後ろに並んだ段階で、生徒の最後の一団が入って来た。理事長の大発表まで、あともう少し。

 

 

 

ーー

 

 

「セーフ!なんとか間に合ったね」

「ん。2人ともありがと」

「全く、とんだ巻き込まれ事故でしたわ」

 

 体育館に入る最後の一団、それにギリギリ間に合ったボク達。ミークが予め想定してた道のりを行かなきゃ、確実に遅れて大目玉だった。

 

「何にせよ、早く自分のクラスの列に入りますわよ。ほら、テイオー」

「あわわっ、待って待って。じゃあミーク、また後で」

「では、ミークさんもまた後ほど」

 

 マックイーンに背を押されて人混みの向こうへ。でも、何故かミークから反応が無い。

 

「…ミーク?」

「ミークさん?」

 

 彼女はじっと見ていた。何かに驚いたように目を見開き、その瞳を震わせながら。

 その佇まいは、ボク達の声が届いてるとは到底思えなくて。心配になって思わず駆け寄る。

 トントンと肩を叩いても反応が無い。だからせめて、何を見ているのかと視線を重ねた。

 

「あっ、凱夏にスピカトレーナーだ」

 

 なんて事はない、見えたのはボクが今最も頼りにしてる大人2人だ。その後ろにはリギルのおハナさん、そして間に挟まってる小さい女性が…新しいリギルのサブトレーナーかな?

 あーなるほど、自分のチームのトレーナーを見つけて立ち止まってたんだ。

 

「…つけた」

「え?」

 

 でも、聞こえた声音から見えた感情はそんな軽いものには思えなくて。

 

「見つけた…こんな所に…」

「……誰をです?」

 

 マックイーンの質問にもまるで反応しない。2人してどうしたものかとか顔を見合わせたところで、周囲の人の流れが変わった事に気付く。

 ヤバイ。整列が始まった。

 

「ミーク!」

「!」

「すみません、私達は並んでます!貴女も自身のクラスの列へ!!」

 

 至近距離で大声で呼びかけて、やっと反応してもらえた。そのまま動いてくれる事を祈って、ボク達はしれっとクラスの列へ横入りする。

 なんとかギリギリ間に合った……のかな?

 

「いったいどんな発表があるんだろうね」

「始まってみてのお楽しみでしょう」

 

 壇上には既に背の低い人が立っている。確かこの学園の理事長さんだったかな?

 何にせよ、ここからは話を聞くターンだ。しっかり耳を向けておこう。

 

 

 

 

 この後発表されるレースは、ボクの今後の運命を決定づける重大な物になる。

 ボクはまだ、その事を全然分かってなかった。




改めて考えると、このサブタイ意味分からんし糞ダサいな


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Aを決める場所

 明日のA(エース)は君だ!って最終回でテイオーに言わせようかな(言わせない)

 あとなんか「手応え無く書いちまったな」って回に限って閲覧数が微妙に伸びるんだけど、もしかして短い方が読み易かったりするのか…?


「あのっ、理事長~!台に乗って頂かないと、お姿が……」

「むっ、そうであった!失念、失念ッ」

 

 そう聞こえて出て来たのは、猫。答弁台の向こうでゴロニャンと鳴く。

 

「理事長、背伸びを!まだ足りてません!!」

「謝罪ッ!これ以上伸ばせん!」

「ああもう、致し方ありません!」

 

 駆け付けたのは駿川たづな。理事長秘書が急ぎ持って来た新たな台を差し出されて、彼女は漸くその顔を見せる事に成功した。

 猫を頭上に乗せた、まだ幼い、しかし凛とした光を瞳に宿す女性。この学園を取り仕切る、秋川理事長その人である。

 

「…よし、これで良いな。では改めて!」

 

 吸った息は、次に紡ぐ言葉を歴史へと刻む為に。

 

「提言ッ!トレセン学園理事長の名において、ここに…」

 

全ては、地を駆け抜けるウマ娘達の青春の為に。

 

 

「新レース、“URAファイナルズ”の開催を宣言するッ!!!」

 

 

 

 

ーSide:Thirdー

 

 

 

 

 理事長の話を要約すれば、まぁ何て事はない。単純に新しいレースを設ける、複雑な事は無くただそれだけの事。

 ……なのだが。

 

「規模が大き過ぎる…」

 

 凱夏の耳に聞こえてきたのは、隣の列で呟いたトレーナーの声。

 そう、予想される参加人数が多過ぎるのだ。

 悔しい思いをした?ああ、その通りだ。

 ただの敗北ではなく、そもそも出る事が出来ないレースの屈辱。憧れの栄光、しかし適性などによる絶対的な壁。力を出し切れず、或いは出す事すら許されずに終わる夢。

 この界隈じゃよくある話。理事長は、どうやらその現実を破壊するつもりらしい。

 “全ての距離”と“全てのコース”を用意し、“全てのウマ娘”が輝け得るレースを、作るつもりなのだと。

 前を見れば、西崎リョウも東条ハナもポカンとしていた。それだけ突飛で、そして夢のような話だったのだ。

 

 が、その表情も一瞬後にはギラギラした笑みに取って代えられる。

 

「初代チャンピオン…スピカの皆なら…!」

「…面白いじゃない。予定を練り直さなきゃね」

 

 二人とも根っからのトレーナー気質だ。それ故に、担当ウマ娘を勝たせてやりたい気持ちは尋常ではない。

 そして、それは凱夏の後ろも同じ事。

 

「大丈夫です、ミークならやれる。寧ろミークの為にあるようなレース、絶対に勝たせてみせる…っ!」

 

 密かに両手を握り込んで気合を入れる桐生院。しかしそんな三者に挟まれた凱夏はと言えば、彼等に反して気乗りしていなかった。

 示された日時。それが本当に…

 

(本当に、都合が悪いんだよなぁ)

 

 3年後の1月下旬、それがこのレースの予選開催日。断言できる、自分はそのレースを見る事は出来ない。

 ……だが、同時に好機とも言えた。

 視線を向けたのは、生徒が並ぶ列。そこには、目を輝かせて壇上を見上げるポニーテールの少女。

 見るからにやる気満々のテイオーが、凱夏の視界に入る。

 

「…やる事、増えたな」

 

 諦念と覚悟を滲ませた言の葉が、吐息混じりに宙に消えた。喧騒に吞まれた周囲の人々は、終ぞそれを知る事は無かった。

 

 

〜Side:テイオー〜

 

 

「URA、ファイナルズ……!」

 

 興奮が冷めない。さっき体育館で聞いた理事長の話が、今も耳の中で木霊していた。

 理事長の話そのままとすると、間違いなくトゥインクルシリーズ最大のレース。もし本当に執り行われるなら、きっと三冠レースや有馬すら凌駕する盛り上がりを見せるだろう。

 そこで決まるんだ。この国で最も強い、現役最強のウマ娘が。

 

「貴女も存分に燃えてらっしゃるようですね」

「マックイーン」

「全ての距離というなら、勿論3000m級の部門も用意される筈。ステイヤーの面目躍如ですわ」

 

 教室への帰路で、隣のライバルも闘志を滾らせている。そっか、マックイーンは長距離かぁ。

 

「ボクは一番得意な中距離になるかなぁ。マックイーンとは噛み合わないかもね」

「ご不満があるようでしたら、貴女が此方に来れば良いのです。もしくは、私がそちらに行って叩き潰して差し上げましょうか?」

「なにおう!凱夏に3年間教えられたボクなら、長距離含めた全距離制覇しちゃうもんねー!」

 

 

 

「凱夏」

 

 ふと聞こえてきた声に振り向けば、そこには綺麗な白毛の同学年。

 

「ミークじゃん」

「凱夏を知ってるの?」

「え、あっうん」

「チームスピカのサブトレーナーで、このテイオー達の仮専属の方ですわ。私も時折指導してもらっています」

 

 要領を得ない質問に、ボクもマックイーンも素直に答える。えっ、何?知り合いなの??

 

「テイオーの…仮専属」

 

 鋭くなった目つきに、思わず寒気がした。ボク、ミークに何かしたっけ?

 そんなボクの思いを他所に、次にミークはこう告げた。

 

「決めた。私も中長距離中心でいく」

「えっ」

「うん、私のトレーナーもその方針だったし丁度良かったーーーそしてテイオー、あなたに勝つ」

 

 それは宣戦布告だった。理由は分からない、でも確かにそこにある熱意がボクへと向けられている。

 何これ。一体何?戸惑うしか無い。

 

 ーーでも。

 

「……面白いじゃん!」

 

 戸惑いを、魂の熱が掻き消した。

 今決めた!ボクのライバルは2人。長距離はマックイーン、中距離はミーク。

 面と向かって指差されたんだし、こっちだって相応の熱意を返す権利がある。

 

「ボク、勝つよ。絶対に最強のウマ娘になるんだから、2人ともそのつもりでね!」

「…負けない。立ちはだかるならマックイーンだって倒す」

「なんで私まで!?……と言いたいところですが、私も同じ気持ちですわ。御二方、共に鼻っ面をへし折って差し上げます」

 

 3人の間で火花が散る。そうだよ、こういうのが無きゃ何も始まらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 この3人でURAファイナルズを競う。この時のボクは、その事を全く疑ってなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 辛くて苦しい。でも掛け替えが無くて大切な、ボクらの青春(レース)が始まる。




 次回、スペ編突入!食べ過ぎには要注意…

 ちな初アンケートです。特に意図は無いけど、誰が注目されてるかの指標になるかなって
 気が向いたらどうぞ


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私がダービーを獲るまで
スペ、大一番へ!


 アンケート把握。皆スズカ先輩好きね。俺もそーなの♡

 ちな皆さんが気にしてるであろう確執の全貌が明かされるのは結構後になります。ご容赦を
 深掘りし始めるのは宝塚記念回(8月中旬に投稿予定)だけど、本格的に掘り返すのはその更に後に
●夏合宿(確定。3話ぐらい?)
●テイオーの芙蓉ステークス(無くなるor飛ばすかも)
●秋の感謝祭(短いけど確定)
●毎日王冠(確定。3〜5話?)
●菊花賞(確定。3話?)
●山合宿(確定。2話?)
 を経た後になるからね。仕方ないね。

 今は宝塚編の途中まで執筆してます


「フッ…フッ……」

「フンガー!!!」

「くぉおおお!」

「うぇええ〜!!」

 

 ターフをスズカさんが駆ける。その後に私が続く。更にその後ろにウオッカちゃんとテイオーちゃん。

 今、私は皐月賞に向けて絶賛トレーニング中だった。現在やってるのは、逃げウマであるセイちゃん対策の模擬走。

 セイちゃん役はもちろんスズカさんが、そして先行策で行く私を追ってくるであろう大勢の差しウマ役をウオッカちゃんとテイオーちゃんが請け負った。シニア級のスズカさんやクラシック級の私達に比べて、デビュー前のテイオーちゃんは苦しそう。だけど遅れながらもしっかりついて来てるし、何より彼女がこの練習に参加したのには別の意味もあるみたい。

 …って、他の娘の走りを気にしてる場合じゃないよね!今こそ腹にため込んだニンジンを消化して回復です!!目指せURAファイナルズ!

 

「ぬうううう!まだいけますよぉぉぉ!!」

「スペの胃袋はマジで何なんだよ!」

「どういう回復方法ですアレ?」

「アイツのスタミナ維持はおかしい」

 

 隣やラテの外から色々聞こえてるけど気にしません!目指すは目の前の背中、スズカさんの背中!!

 …って!?

 

「ーーーフッ!」

 

 速い!スズカさんが加速した、まだ全然力を使ってなかったんだ!

 でも負けません!!回復した分をスパートに注ぎます、フンガーー!

 

「うわっ、すげぇ」

「無理〜!!」

 

 ウオッカちゃんとテイオーちゃんの嘆きが遠くなる。このまま行きます!たとえ今は届かなくても、絶対にその背中に追いつきますから!

 だから待ってて下さい、スズカさん!!

 

「ーーースペちゃん、おいで」

「…っ、はい!うおおお!!」

 

 2人で走る、風になる。

 今この瞬間がとても楽しくて、熱くなって。だからこそ、同じレースで走れる日を私たちは夢見ました。

 

 

 

〜〜

 

 

「よーし休憩だ!足痛めた奴は自分から名乗り出ろよー!」

 

 ゴール後、皆さんが減速し終えたトレーナーさんの声が聞こえました。私もかなり疲れてるし、良いタイミングですね。

 

「スペちゃん、水よ」

「ありがとうございます!」

 

 スズカさんから手渡された水筒で喉を潤し、同じように喉がカラカラなウオッカちゃん達に手渡していく。そうしている内に、トレーナーさん達も私たちの所に辿り着いたみたいです。

 

「スペはスタミナに関しちゃもう良い具合だな。後はパワーとスピードか」

「えへへ。負ける気がしませんっ」

「その割にはスズカに結局追いつけなかったけどな。あの栄養補給は何度見てもおかしいし」

「ぐっ…し、仕方ないじゃないですか!実家のニンジン美味しいんですもん!」

 

 お母ちゃんのニンジンは本当に美味しいんです!食べたら止まりません!パクパクなんです!!

 …って旨を伝えたら、トレーナーさんも、納得したのか後退りながら引き下がってくれました。理解して頂けたようで何よりです。今度ニンジン差し入れしますね!

 

「テイオー、掴めたか」

「……なんとなくは」

 

 そんな私達のやりとりを眺めてた凱夏さんが声を掛けたのはテイオーちゃん。芝の上に寝っ転がった彼女は、息を荒げながらちゃんと返事してました。

 

「スズカ先輩とスペ先輩、ウオッカ先輩の走り。大体分かったよ」

「えっ!もう把握されちまったのか」

 

 驚くウオッカちゃんと私達。でも、それがテイオーちゃんにとっての目的だからまず何よりも喜ばしいですね。

 えーと、確かテイオーちゃんの走るフォームを制限するんでしたっけ?今までの凄い前傾姿勢を、常識的な範疇に止めるとかなんとか。で、その良い例として私達の走る後ろ姿を見させたのが今回のテイオーちゃんの練習目的だとか。

 

「なら何よりだ。今回も走り方に気を付けてるのが外から見てても分かったし、頑張ったな」

「ニシシ。ボクは天才テイオー様だからね、これぐらいすぐにマスターしてみせるさ」

「その意気だ」

 

 そう言って笑い合い、頭を撫でる2人がちょっと眩しく見えて目を細めた。でも、私とトレーナーさんだって負けてませんよ!

 

「でだ、スペ。さっき言ったようにスタミナは充分と言って良いレベルだろう。それを踏まえた上で、今お前が一番伸ばすべき部分はどこだと思う?」

 

 ふと投げかけられたトレーナーさんの問いかけに、私は少しの間黙り込んだ。伸ばすべき部分って事は、つまり足りない部分って事。次の皐月賞は弥生賞とほぼ同じ条件だから…

 

「パワー、だと思います」

「えっ」

「ふむ。その心は?」

 

 聞き返してくるトレーナーさんに、私はちょっとした確信を持って答えた。

 

「私、まだ先頭集団にブロックされた事が無いんです。前を塞がれた時の立ち回りに自信がありません…なので、パワーで壁を打ち抜こうかと」

「強硬策か。悪くはないと思うぞ」

「もっと言うと、スピードは弥生賞で充分な感触を得てるので、これと言って伸ばす事も無いかなって」

 

 前のレースで、スピードはちゃんと通用した。なら、ここから無理に鍛える必要は無いと思っています。

 それに、なんだか最近速さがあんまり伸びないですし…なら、この際パワーとかの別方面に努力した方が効率的かなって。

 

「…スペがそう思うんなら俺は協力するまでだ。ウオッカ、差しが基本のお前なら前塞がれた時の動き方とか分かってるだろ?一緒に練習して教えてやってくれ」

「んな大雑把な…でもりょーかい」

「テイオーも2人の走りの観察を継続。スズカはゴルシ達と合流して根性トレーニングだ」

「うん!凱夏、行ってくるね」

「おう、気張れよ」

「分かりました。じゃあスペちゃん、また後で」

「はい!スズカさんも頑張って下さい!!」

 

 トレーナーさんからの指示を経て、皆さんがそれぞれの場所に分かれていく。よーし、これからも頑張っぺ!

 

(見ててねお母ちゃん。私、きっと優勝してみせるから…!)

 

 

 

ーSide:Thirdー

 

 

「…で。本気ですか?」

「何がだ」

「スピード、伸ばさないんでしょう」

 

 凱夏からの質問に、西崎は苦悶するように頭を掻く。彼にとっても芳しくない選択だったのは、その様子を見るに明らかだった。

 

「スペシャルウィークの弥生賞ですが、セイウンスカイに坂の後の最終直線で勝ってますね」

「……ああ」

「その反省を生かして、向こうは最後で差されないよう十全に策を練ってくるでしょう。序盤から中盤にかけて飛ばす事で差せない距離まで突き放してくるか、または足を溜めてスパート精度を練り上げてくるか…は分かりませんが、いずれにせよスペは弥生賞時のスピードで満足して良い段階じゃない」

「………ああ」

「このままだと差せませんよ。一冠」

「その通りだ、凱夏君」

 

 口を開く西崎。しかしその口調は、反論というより諭しに近い。

 

「だが、スペの言うパワーの重要性も無視するべきじゃない。この段階で万が一囲まれる危険を考えるのは先見性があるし、今後にも充分活きる。スピカの方針としても、スペのこの意見は尊重されるべきだ」

「それで負けても、ですか?」

「勝ちだけが全てじゃない」

 

 その言葉に、メモを取っていた凱夏の手が止まる。記述をやめ、西崎の言う事をしっかりと脳に刻み込む為であった。

 

「スペはまだ負け無しだ。勿論喜ばしい事ではあるが、だが同時に挫折を知らないと言う事でもある。挫折を知らない競技者は脆い」

「皐月賞で得るであろう挫折は、西崎さんの判断では三冠の夢と引き換えにする価値があるんですね」

「もしテイオーで同じ状況になったら、一旦止めて話し合うさ。でもアイツはテイオーじゃなくてスペだぜ」

 

 2人揃って視線を向けた先には、トレーニング合間に励まし合う2人の姿。彼女達は同じターフの上で励まし合い、しかし見据える未来は別方向だ。

 

「スペは三冠にそこまで強いこだわりを抱いてはいない……」

「飽くまでテイオーと比べたら、の話だけどな。“日本一のウマ娘”ってのは随分と抽象的な夢だが、その分自由度が高くて融通が効く。あとは、その夢を叶えるのに必須なレースに、その時のスペを最高の状態に仕上げる……というのが俺の仕事なんでね」

「………」

 

 手の動作を再開し、記述が終わると同時にメモを閉じる凱夏。その後、西崎に対して一礼。

 

「勉強になりました。なるほど、リギルにいたらついぞ知らなかったであろう見解っすわ」

「いやいやどうも。でも、実は『ウマ娘を勝たせる気無いのか』って怒られるんじゃないかとヒヤヒヤしてたんだよねぇ。ほら、ウチはおハナさんとこのリギルとはまるで方針逆だしさ」

「現状の師に対してそんな大それた事するタチじゃないですし、寧ろそういう新しい環境を求めて来たんだから心配しないでくださいよ。何より“郷に入れば郷に従え”よろしく、ちゃんと今いる場に合わせていく主義なんで」

 

 そりゃ何よりだ、と成人男性同士で笑い合う。それが終わると、次に言葉を発したのは西崎。

 

「でも勘違いしないで欲しいのは、スペに皐月賞を獲らせるという気持ちは今も変わらないって事だ。スタミナはさっき言ったように充分だし、パワーが上手い事作用するのを願うばかりだな」

「そこまで導くのがスピカのトレーナー、って事ですよね?」

「そういうこと!」

「でもアドリブじゃ対応しきれない局面もやっぱりありますよね」

「ぐぐっ……」

 

 言葉に詰まった西崎に対し、凱夏は呆れたように、しかし親しげに苦笑。メモ中の数ページを千切り、目の前の相手に手渡した。

 

「どうぞ」

「これは?」

「スペに関してもそうですが、この一週間でチーム体制に関して思う所を列挙・ひとまずの改善案を草案として作りました。時間が空いたらで良いので、目を通して頂ければと」

「早っ!君よく有能って言われない?」

「凡才が足掻いただけで褒めないで下さいよ。注意すればガキでも見えてくるポイントです」

「子供でも分かる欠点を看過してたのか俺ェ……」

「ちょっ、誇張を含む比喩表現です!真に受けないで!!」

 

 凸凹ながら、スピカのトレーナーはその在り方を歩み寄せていく。凱夏が本当の意味でスピカのサブトレーナーとなったのは、この瞬間が皮切りなのかも知れない。

 

 

 

 そして、皐月賞が開幕する。




 「栄養補給」「食いしん坊」スキルは、本作ではこんな風に「腹に溜め込んだ物を消化してスタミナに回す」イメージ
 にしても、北海道の方言は「けっぱる」「っぺ」ぐらいしか分からねぇ…ウマ娘1期見直すか……


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スペ、大一番で…

 ゲッターロボアーク1話見た
 EDに泣いた


 おかしい。

 今日の調子は絶好調だった。

 スタートも抜群だった。

 コーナーの動きも問題無かった。

 何より、自分の走りに徹していた。

 想定外があったとしたら、バ群に控えていたセイちゃんが坂の前でスパートをかけてきた事ぐらい。

 

「いっくよーっ!」

 

 掛け声と共に目の前に躍り出てきた背中に面食らいはした。でもそれだけで、私自身の走りに特に影響は無かった筈。精々、変に離されたりしないよう私もギアを上げたくらいだ。

 狙い目通りに練習の成果が出て、これならいける!って思えた。

 その後の坂も全く問題無かった。トレーナーさんの指摘通り、スタミナは本当にもう万全だった。

 

 …なのに。

 

(なんでっ…!?)

 

 差が、縮まらない。

 前を走るセイちゃんと、先行していたキングちゃんの背中が遠い…!

 

(前は勝てたのに!坂の後の直線で差せたのに……!)

 

 そう思って足を一生懸命動かすけど、思うように前に行ってくれない。不調でも怪我でもない、何か根本的な物がこの足首を掴んで離さない感覚。でも、その正体が分からない。

 ふと、セイちゃんがチラリと後ろを見た。視線があった。

 

 

ーー前とは違うよ。私はねーー

 

「っ!!!」

 

 瞬間、突き放される。ついていけない。

 ダメなのに。まだスタミナも残ってる。使い切れてない。でも使い切る手段が無い。

 

 

 この日、私は、初めての敗北を味わった。

 

 

ーSide:西崎ー

 

 

 届かなかった。

 俺が、そして凱夏君が懸念した通りの事が起きてしまった。

 敗北の経験と、それを裏打ちする観客の歓声に打ちのめされるスペの姿が見える。トレーナーに過ぎない俺は、慰める為に駆け寄る事も出来ない。

 

「パワーは機能したんですけどね」

 

 凱夏君の声に、頷くだけでしか応じる事が出来ない。

 今日のスペは、いつもの差し作戦から先行作戦に切り替えていた。弥生賞の成績から、差し作戦は周りにマークされる事は想定出来てたし、もっと言うとあのスタミナ補給法がその方が発動しやすいからだった。

 予感は当たり、マークを受けて他の多くの出走ウマ娘は先行策。大方スペの前をブロックする事で封じようとしたんだろうが、スペもまた先行策だった事により、バ群を掻い潜られた時点で半ば不発に。

 ここで、スペ自身が選んだパワートレーニングが活きた。自らを取り巻くバ群の合間を、強引にこじ開けて前に出た。見てて惚れ惚れしたよ、あそこまでガッチリ嵌まる物なのかと。これで、スペの才能を心の底から確信した。

 だから、ここから先は俺のミスだ。

 伸びない。スピードが足りない。

 スペが遅い訳じゃない。ただ、前の2人がスペよりも速かった。

 

「凱夏君の言う通りになったな」

 

 セイウンスカイは、スピードを伸ばしてスパート精度を高めてきた。キングヘイローも同様だ。

 一方で、スペはスタミナを持て余してスピードに乗れないまま。

 思い出すのは、「スタミナは充分」と自分が言ったあの日とそれ以降に始めたパワーの特訓。パワートレーニングでは付随してスタミナも伸びる物だが、その余剰分が明らかに宝の持ち腐れになってしまっていた。

 パワーを伸ばさせるなら、余裕を持って早めにスタミナトレーニングを切り上げさせるべきだったんだ。そうすれば、パワーの他にもスピードに意識を割く猶予ができた筈だ。

 各々の特訓の特徴を正確に把握してるおハナさんなら、こんなミスは犯さないだろう。完全にトレーナーである俺の失策だった。

 

「後悔してませんよね?」

 

 問い掛ける声。その主に、俺は飽くまで毅然と応じる。

 

「当たり前だ。反省はしてもそこは譲らない」

 

 これは俺の指針だ。ウマ娘の意思を尊重し、それを支えるという俺の覚悟だ。

 改善点は勿論ある。だがそこを違える事だけは有り得てはならない。デビューから今まで、俺のやり方を信じてくれたスペ達の為にも。

 

「……俺は、大なり小なり動揺してる娘らを諌めに行きます。なので、スペは頼みますね」

「頼んだぜ」

 

 彼がいてくれて助かった。今まで1人でトレーナー稼業をやってきたが、近い立場で同じ事に気を揉んでくれる人の存在がこれほど頼もしいとは思わなかった。

 さて、まずスペと腹を割って話そう。俺達の覚悟を、また改めて決め直す為に。




次回、西崎(スピカトレーナー)に関して解釈違い描写があるかも


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スピカの変遷

 拙作のスピカトレーナー(西崎)はある理由でちょっぴり自分のやり方に限界を感じております


 それは、皐月賞が終わったその日の夜の事。タイミングとしては、スペと西崎が切り株に叫んでいた頃合い。

 

「ええ、はい。ご満足頂けたようで何よりです」

 

 学園の敷地、植樹区域の更に奥。そこでまるで隠れるように、凱夏はスマホを耳に当てていた。

 

「いや…語弊やすれ違いが発生するのは避けたいので言っておきますが、()()()()()は断じてやってませんよ。トレーナーとしての業務に関わりますし、貴方がたとの信頼を保つ為にもね」

『…ー………〜……』

「はい。なるほど、承知しました。またご贔屓にして頂ければ幸いです…では、また」

 

 そう言って切れる通話。凱夏はその瞬間、糸が切れたように嘆息しながら背を木に預け、

 

「相変わらず、上手くやっているようだな」

 

 ビクゥッ!とその声に身体を跳ねさせる。すぐに向き直れば、そこには夜遅くにも関わらずグラサンを掛けた強面の男。

 暗がりでそんな人物に会えば小便漏らしてもおかしくないのだが、凱夏は寧ろ安堵した。

 

「黒沼さんかぁ。驚かさないで下さいよ」

「それはこっちのセリフだ牧路。まさかお前、懲りもせずにまだ続けてたとは」

「あぁっ」

 

 即座に凱夏のスマホを奪い取り、そして目にした通話履歴に顔を顰める。そのスマホは次の瞬間には奪還され、所有者のポケットに仕舞われた。

 

「やだなぁ、この件についてはお互い看過って事で話終わってるでしょう?心配せずとも迷惑は掛けませんよ」

「掘り返さずとも、終わってない話が幾らでも溢れ返る。お前が首を突っ込んでいるのはそういう問題だ」

「……」

「最初に不幸になるのは確かにお前だけだろう。だが、後からそれに巻き込まれる人達、そして娘達の事を考えろ」

 

 黒沼の言葉が指しているのは、まず間違いなくトウカイテイオーの事だ。そうだと分かっていてなお、凱夏は揶揄うように笑う。

 

「考えてますよ。えぇ、考えてますとも」

「どうだか」

「本当です。俺には俺なりの算段があります。貴方が三冠を目指すプランがあるように、俺にも俺の魂胆とテイオーの幸せを両立させるプランがね」

 

 自らのこめかみを指で抉るようになぞりながら語る凱夏。そんな彼に怒るやら呆れるやら、黒沼はやるせない内心を吐き出すような大きく溜息をした。これ以上、お互いが譲歩し合う事は無い。

 

「…何かやらかすと分かった瞬間、俺はお前を告発する。だからーーー」

 

 ーーーやらかしてくれるなよ。

 途中で終えられたその言葉の続きを、凱夏は鮮明に悟った。そこに込められた想いに応えるように、深く頷いて返す。

 信頼は無くとも、それで通じるだけの信用は、お互いにあったのだった。

 

 

〜Side:スペ〜

 

 

 はい…スペシャルウィークです……皐月賞でセイちゃんとキングちゃんまんまとやられたウマ娘です…。

 

「スペちゃん元気出して」

 

 あぅ、スズカさんにまで心配されてしまいました。これはいけません。

 

「はい!スペシャルウィークでぅ……

「ああっ、尻すぼみ」

 

 ダメです、肝心な所で元気と勇気が出ません…それもこれも、私の目の前に鎮座する物体の所為。

 ……いや、厳密に言うとそれも含めて全部私の自己責任なんですけれども。

 

「大丈夫よスペちゃん。確かにあなたは食べ過ぎかなぁって思う事がちょくちょく…割と……結構頻繁にあるけど、そんな酷い事にはなってないと思うから」

「スズカさん、それフォローになってないです」

 

 特にちょっとずつ予防線を緩和してる所が。

 ……なんて駄々を捏ねても、始まる物はありません。今から始めるのは、私が皐月賞で負けた理由の検証。思い当たった事実の確認です。その為に用意された体重計が、とてつもない存在感で私の前に立ち塞がっています。

 

(………やっぱりやりたくない……)

 

 今からでも現実から目を逸らしたいと思った、その時だった。

 

「スペ、スズカ。ちょっと良いかぁ〜?」

「「ゴールドシップさん!?」」

 

 ヒョッコリ顔を覗かせてきたのは、チームスピカの(頼れる)先輩。ちょっと行動が予測出来n(奇想天外な発想で危機を救って来た、ダルルォ⁉︎)人で、でもなんで私達の部屋までd(この学園はアタシの庭だからな!)ちょっと!モノローグにまで入って来ないで下さい!!

 

「まぁ、アタシはチームスピカのリーダーみたいなもんだからさ。舎弟たるお前達の面倒も見てやろうってな!」

「私達、別にリーダーとかそういう役職は決めてないしそういう風潮も無かったような…」

「細けぇ事は気にすんな!で、ここにリーダーとして提案がある!」

 

 そう言って差し出された一枚の紙。スズカさんと顔を並べて目を走らせる。

 その内容とは……

 

「スピカ対抗・ウェイトバトル〜!」

 

 嫌な予感がした。

 

「アタシたちゃ麗若い乙女、しかし同時にアスリート!だったら体重管理、減らすも増やすもお手の物じゃなきゃ話になんねぇよなぁ!?」

「だとしてもどうしてこのタイミングで…?」

「こういうモンを手に入れちまったモンで」

 

 そう言ってゴールドシップさんが取り出したのは…駅前の有名スイーツ店!そこの限定パフェ食べ放題チケット!?

 

「メンバーそれぞれの現在体重と次のレースに向けての目標体重から、一定期間ごとの体重経過を算出!まぁこれはエアシャカールあたりに頼んで偏差基準とかまで数値化して貰うとして、一番目標値を達成できた奴にこのチケットをプレゼントだ!」

「矛盾してるような…体重調整したご褒美が体重増加に繋がらないかしら」

「まぁそこの所も含めての目標設定になるかな。参加は自由だし」

 

 ゆ、優勝景品が激アツ過ぎます……!これは頑張らなければ(使命感)。

 

「ちなみに参加した場合、目に余るレベルで怠慢した奴はアタシと時化(しけ)のバミューダトライアングルで蟹工船な」

 

 頑張らなければ(義務感)。

 

 

 

「という訳でスペ。目を輝かせるなら尻込みしてないで、まず現実を見ようぜ」

 

 突きつけられたその一言が、私を正気に引き戻した。まず見たのが体重計、そしてーー

 

「そのプニプニのお腹、なんとかしねぇとなぁ?」

「ヒェェェェーッ!!!」

「スペちゃん……」

 

 

 拝啓、お母ちゃん。

 私は頑張ってます。頑張ります。なんとか。

 

 

 

 

 

〜Side:西崎〜

 

 

 

 

 よく考えた物だ、と俺は感嘆していた。

 その対象は、今テーブルを挟んで向かい合っている青年と、彼から渡された一枚の紙。

 

「スピカメンバーの体重推移をこう把握するとはなぁ」

「思春期の娘達ですし、俺たち男が直接聞くのは倫理的にもスピカ的にもアウトですから」

 

 飽くまで“ゴールドシップ主催”という体で催される体重調整大会。定期的に行われるそれで集まった各々の体重推移を、主催者であるゴールドシップが俺達に知らせるという形式。

 これなら自主性を刺激する形で重じていると言えるし、此方も彼女達の現状について把握出来るから突然の事態にも対応し易くなる。

 ……ウマ娘達を騙しているようで申し訳無くなるが。

 

 

「今までは自分の目測だったんですよね」

「ああ」

「でもやっぱ限界ありますよね」

「……ああ」

 

 薄々感じていた事だ。スペの体重がどれだけ増えたかも0.5キロ単位で見当がつく程度には自分の目に自信はあったが、しかしやはり正確性には欠ける。

 またそういうデータを計画的に纏めて未来を見通すのは苦手も苦手で、俺がおハナさんに明確に劣っていると言える点だろう。こうやって自分を省みる度に、彼女の凄さを思い知らされた。

 だから、予想外の事や急な路線変更の際にはアドリブで対応するしか無い。これに関しても自信はある方で今までも成功してきたが、しかしこれからも同じとは言い切れないだろう。

 故にこそ。彼という新しい風の存在は、俺にとっても本当に助かる。今回の件も、俺から頼み込んで計画して貰った。

 

「俺はサブトレーナーです。メインは西崎さん、貴方だ」

 

 データ戦法はリギルでの知見、しかしそれをスピカに浸透させたのは他ならぬ彼自信の才覚だろう。

 

「貴方の柔軟性を、俺が支えます。俺が貴方に寄って、スピカのアドリブをデータで裏打ちする。それが前提だという事を忘れないように頼みます。今回の件でそのバランスが崩れると俺も貴方も困るので」

「そのつもりだ。よろしく頼むぜ」

 

 頼もしくもあり、恐ろしくもある。サブに甘んじているのが勿体ないと思えるくらい、しかし実際サブとしてメインを支え切るその才能が羨ましい。俺は弟子時代、師匠をこれ程助けられていただろうか?

 だが、そんな存在が支えてくれるのならば、応えなければトレーナーの名が廃る。ウマ娘が成長するように、その相棒である自分もまた変わる時なのだ。

 

「だからこそ、次は俺の番だ。アドリブにしっかりついて来てくれよ、後輩君?」

「了解です、先輩」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところでだけど、よくゴールドシップを協力させれたな。俺より付き合い短いのに、どうやって手綱を握ったんだ?」

「あー…ちょっとアイツとは取引してるんで。本人も『良いんじゃねーか?本人たちも痩せたがってるし、やり過ぎを止める事にも繋がるんなら』って言ってましたし」

「取引?」

「どこまで言って良いのか分かりませんけd「トレーナー、凱夏ぁ!!お前らも大会参加するよな!?!」やっべ噂をすれば本人だ!」

「逃げるぞ凱夏君!俺は窓かr…ああ!窓に!!」

「おぅふ……」




 ウマ娘の体重事情って、トレーナーはどこまで把握してるんですかね?アプリはともかく、アニメだとスペの体重を指摘したトレーナーが蹴り飛ばされてたし、拙作では「ウマ娘の体重を聞くのはトレーナーでも割とタブー的な風潮がある」って感じにしてます
 おハナさんみたいに同性同士かつ実績的な信頼を得てたら普通に自己申告してそうですけれども


 あと、ウルトラマントリガーを今から見ます(日記)


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青雲の渇望

前回が「出来がどうにも納得いかない」&「内容的にも実はそこまで重要じゃないから飛ばしても問題ない」ので、ちょっとこれに関して最後にアンケート置いてます


「えっ、タイキとスペで模擬レースを!?」

「ああ。いけるか?」

「出来らぁ!……おハナさんに頼むまでなら」

「いや、それは俺がやるよ。君は日程の方の擦り合わせを頼む」

「OKですけど、両者の距離適性が違い過ぎてですね…マイルを走らせるおつもりで?」

「短距離だ」

「おぅふ」

「何も無理に勝ちに行くわけじゃない。格上の走りを直に見せて、多くの物を盗ませるのが目的」

「とすると、おハナさんに借りができますな。恩返しするなら、療養中のグラスの復帰に向けて……勝負勘を取り戻させる為に先行ウマ娘、例えばスカーレットと模擬レース……ってのが落とし所になりそうです」

「そうそう、そういう先見眼を頼むわ。俺の得意分野はその場凌ぎだからな」

「グラスとスカーレットの調子にも依りますがね」

 

 

〜Side:セイ〜

 

 

「これまた盛況だぁ」

 

 スペちゃんとタイキシャトル先輩の模擬レースが開かれると聞いて、来てみれば客席には野次ウマの皆さんがわんさか。まぁ私も人の事言えないし、戦力視察としては上手い具合に紛れて好都合だけどね。

 下には準備運動をする話題の2人。今回は短距離レースらしいけど、どうやって中距離の中でも長めの日本ダービー2400mに繋げるつもりなのやら。お手並み拝見ですな。

 

「…セイウンスカイか」

 

 呑気に考えていた折、後ろから掛けられた声。おかしいな、そこそこ隠れてたつもりなのに。

 

「えっと……牧路さんだっけ。エルちゃんにグラスちゃん、今はスペちゃんがお世話になってます」

「こっちは皐月賞でスペが世話になったな。見事な走りだったよ」

「それはどーも」

 

 元リギルの、そして今はスピカのサブトレーナーさん。名前は友達越しにそこそこ聞いてたけど、面と向かって話すのは初めてかも。

 

「ここに来たのは明石さんの指示?」

「いや、ふと立ち寄ってみただけ。トレーナーさんはそういうのをする人じゃないでしょ」

「それもそうだな」

 

 私のトレーナーさんは、大らかで優しい人だ。私の自由気ままなペースに合わせてくれるし、その上でしっかり踏んでおくべきステップを用意してくれる。昔から敏腕らしいけど、彼と出会えて良かった。

 あの人が担当しているのは、私とキングちゃんと新入生。この3人が大成したら引退するつもりらしい。

 だから、彼が満足出来るよう、悔いを残さないような走りをしたい。その為に、私は三冠を目指している。

 

「で、キングヘイローは?別の所にいるのか」

「彼女なら今頃トレーニング中だよ」

「スタミナか」

「!」

 

 驚いた。何で分かったんだろう?

 

「…そう考えた理由は?」

「いや……キングヘイローってのは()()()()()()()だろう」

「ははぁ、教えるつもりは無いって事ね」

「…そういう事で良いや。お前だって、本当にスタミナかどうかを答え合わせしちゃくれないだろ」

「そりゃライバルチームだし」

『只今より、タイキシャトル対スペシャルウィークの模擬レースを始める!』

 

 エアグルーヴ先輩の号令が聞こえて、私たちは視線を再び前へ向ける。見れば、スタート地点にスペちゃんとタイキ先輩が既にスタンバイしていた。

 

「…ヘイローにとって得なレースだと思うんだがなぁ」

 

 そんな彼の呟きが聞こえた瞬間、レースがスタート。2人ともに良いスタート……いや、経験の差でタイキ先輩の方が好スタートを切った。

 タイキ先輩が先行して、その後ろをスペちゃんがついて行く感じ。見たところ、スペちゃんはやっぱりついて行くので精一杯って感じ。私もタイキ先輩の短距離ペース相手じゃ分が悪いだろうなー、先頭には立たせてもらえないだろうし…などと考えながら、なおもレースを注視する。

 

「はてさて。スペちゃんに何か秘策があるのかね?」

「さぁ?この話を持ち出したのは俺じゃなくて西崎さんだし」

「あれま」

 

 という事は無策の可能性大。学び全振りでこのレースを設けたらしいスピカトレーナーさんに、私は幾らかの猜疑心を抱く。

 学ぶのは良いけど、それで負け癖がついたらどうするつもりなのだろうか?スペちゃんが凹む姿はあんまり見たくないなぁ。

 

(…皐月賞でスペちゃんを負かした私が言っても説得力無いけど)

 

「……ん?」

「おっ」

 

 と、ここで気付く。スペちゃんが、想定してたより楽そうに走っている事に。

 

「スリップストリーム…だったっけ」

「知ってるのか」

「昔聞いた事がある程度にね」

 

 本当は夜に1人で勉強して知ったんだけど。ま、これは他人に見せびらかすような話ではない。

 タイキ先輩が掻き分けた風の合間を、その背後で縫うように走るスペちゃん。成る程、これを学ばせたかったのかな?スペちゃんが短距離苦手な以上、ほぼ確実に相手の背を追う形になる訳だし。

 ……でも。その教訓は結果に見合う物だろうか。

 

「っ…!」

 

 坂路に入ったその瞬間、スペちゃんの喘ぎがこっちまで聞こえてきたように感じた。

 ペースを落としたスペちゃんに対し、勾配なんて関係ないとばかりにスピードを緩めないタイキ先輩。その差で突き放され、スリップストリームの恩恵を受けられなくなる。ぶり返した風を受けて、フォームが一瞬乱れたのが見えた。

 

「坂路のペース保持はやっぱり課題だよなぁ。お前の方は解決してるか?」

「ボチボチかな、って言っときますよ」

「小癪なボカし方だぁ」

「褒め言葉として受け取るね〜」

「あぁ、そのつもりで言った」

 

 軽口を叩き合いながらも、しかし私の中に浮かんだのは懸念。ボチボチとは言ったけど、実は私も坂路のスピードダウンを解決出来てはいない。

 トレーナーさんとの話し合いで()()()()が良いんじゃないかって話はついてるんだけど、いまいち身につかないんだよね……。

 

「なんとかならんかねぇ」

 

 そう呟いた、その刹那だった。

 

 

 スペちゃんの走りが、()()()()

 

「「ッッ!?」」

 

 隣の牧路さんと、揃って柵から身を乗り出す。この瞬間を見逃してはならないと本能が告げている。

 相変わらずの坂路が続き、しかしスペちゃんのペースが上がっている。でも掛かってる訳じゃない。ならどうして?

 と、ここで気付いた。スペちゃんの足の回転率が高まっている事に。

 

「これは…」

 

 なんてこった。先を越された。

 “ピッチ走法”。歩幅を短く、その分足回しを早く。階段を駆け上がるように坂を蹴る、それによりペースを保つ。

 そういう理屈だとは分かっていた。でも体に思うように馴染まなかった。だというのに。

 

「スペちゃん…っ!」

 

 あのライバルは、ただの一回でそれを超えていった。今度は私が置いていかれたんだ!

 

「『一度の本番で学べる事はトレーニングの数倍』、か……」

 

 牧路さんが呟いたのは、スピカのトレーナーさんの言葉だろうか。完敗だ、さっきまでの猜疑心なんて吹き飛んでしまった。ここまで学び取られてしまっては認めるしか無い。

 スペちゃんのペースが上がる。スリップストリームの領域に再度入って、でもそこに収まらない。今度は並び始めた。

 タイキ先輩も、それに応じてテンポアップ。レースはいよいよ終盤を迎え、その熱気に触発された観客席から歓声が上がる。

 ……って、ゴール係の人寝てるじゃん!ヒシアマゾン先輩何やってるんですか!?

 

「ちょっ、これじゃレース終わっても結果が……」

「任せろ」

「えっ」

 

 私を制したのは牧路さん。そのまま息を吸ってーーー

 

 

「ア゛マ゛ゾ゛ン゛ッ゛ッ゛!!!」

「わっーー!?」

「ふぉおっ!!」

 

 凄い怒号。私を含む周囲の娘達までビックリしたけど、お陰でゴール係の人が飛び起きた。

 よし、これで心置きなくレースを見れる!

 

「ウマ娘は度胸だー!」

「「「「いけぇーっ!!!」」」」

 

 どこからか聞こえてきた声援を受けて、スペちゃんが更に加速。絶対に置いていかれない、タイキ先輩から離れない。

 そこで私は気付く。走ってるスペちゃんの顔が、とても明るい事に。

 

(楽しんでるんだ。この状況を、このレースを)

 

 好きこそものの上手なれとは言うが、もしかすると彼女の為の言葉なのかも知れない。

 私だってレースを求める気持ちでは負けてないつもりだけど、これに関しては一歩遅れていると言わざるを得ないだろう。

 そう、分かったんだ。

 

(彼女は、折れないんだ)

 

 楽しむ気持ち。負けてもへこたれない強さ。それが彼女の強さなんだと。

 きっと、スピカトレーナーもそれを信じてスペちゃんをこのレースに送り出したんだ。

 ……だからこそ。

 

(負けたくないなぁ)

 

 勝利への欲求が胸を満たす。あの娘に勝ちたい。私に無い物を持ってる彼女に、だからこそ勝ちたい。幸せそうにレースを走る彼女に対し、私は勝って幸せを手に入れたい。

 

 ゴールを2人が駆け抜ける。僅差だけど、勝ったのはタイキ先輩だった。流石はG1ウマ娘、といったところか。

 でも、私の相手は彼女じゃない。

 

「じゃね、スペちゃん」

 

 チーム仲間に群がられて笑みを零す彼女へ餞別の言葉を送る。さて、私も頑張らないと追いつけないや。

 私はああいう風に他のウマ娘を巻き込んで何かするのは性に合わないし、だからスペちゃんみたいに模擬レースで勘を掴むなんて器用な真似は難しい。それに私のメンタルの場合、負けたらそれで調子を落としそうなのが怖いし。

 ならば努力で上回るしか無いだろう。さぁ、お邪魔虫はとっとと帰って自主練だ。

 

「セイウンスカイ!」

 

 そうやって去ろうとする私に掛けられる声。その主である牧路さんに、私は何事かと向き直る。

 

「何だね?パクるの禁止、って感じの釘刺しかい?」

「いや、それは普通に自由だからオーケーだ。ただな……」

 

 一瞬の言い淀みを経て、彼はこちらへと瞳を向ける。その視線に並々ならぬ物を感じ、私は身構えた。

 なのに。

 

「…足、大事にしろよ」

「……えっ、うん」

 

 出て来たのはありきたりな言葉で、ちょっと拍子抜けした。まぁでも、善意はありがたく受け取っておきますか。

 

「スペちゃんによろしく言っといてね。負けないから、とも」

「あぁ。良いレースにしようぜ」

「どうも〜」

 

 さて、言うべき事は言い終わった。後は、私が私のやるべき事をやるだけだ。

 溢れ出さんばかりの熱意を胸に、私はチームの部室へと駆け戻るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………屈腱について、言っとくべきだったかな」




ヒシアマ姐さんを起こしたのは読モ特有のシャウト。あれをタイマンで受けてビビらない奴はいねぇ!俺だったら小便漏れ散らかして心停止する!!
さぁ、皆さんも一緒に!せーの、


\Σ/


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Soul to Winning

 前回アンケートで皆さんの温かさに泣いた。前々話はひとまずそのまま残す方向で行きます
 あと「二度とそのツラ見せるなバカたれ」に一人入れててフフッってなった。皮肉や強がり抜きで好きです
 今後はそう言われないように励むのでよろしく


 凱夏から言われた。いつもの練習と同じように、スペ先輩達の走りをよく見とけ。盗める物は盗んだけって。

 だからボクはしっかりと見たよ。スリップストリームも、ピッチ走法?って奴も。土壇場でそれを掴んだスペ先輩の、楽しそうな走りも。

 うん。

 ()()()()にしたよ。

 

 

〜Side:スペ〜

 

 

 はい!スペシャルウィークです!

 今日は、タイキシャトル先輩との模擬レースで得た感覚を身体に覚え込ませるために、神社の階段で根性ダッシュしてます!キツイです!!

 

「ハッ、ハッ、ハッ…!」

 

 えぇと、足幅を短くテンポを速く。一二っ、一二っ、一二、一二、一二一二一二……

 

(っとぉ!?)

 

 危うく(もつ)れそうになる足。一瞬のスピードの緩み、その瞬間に背後の気配が強まった。

 

「抜かしちゃうよ、先輩ーーー!」

 

 真横に並んでくるポニーテール。て、テイオーちゃん!?

 こんのぉ〜、私だってぇ!

 

「ふんぬぅぅぅぅ!!」

「うぉおおおお!!!」

 

 2人して同じピッチ走法で坂を駆け上がる。いつしかゴールの鳥居を潜り抜け、私達はそのまま地面に倒れ込んだ。

 

「ト、トレーナーさぁん!タイムは!!」

「42秒5。躓いたら台無しだぞ、もう一回!」

「はい!テイオーちゃんはどうしますか?」

「ボ、ボクはちょっと限界かな……ボクの分までお願い、先輩」

「任せて下さい!!」

 

 私と同じくピッチ走法を身に付けたテイオーちゃんはここでリタイアですか。まぁデビュー前で身体が未完成ですし、無理は禁物ですよね。

 ご心配なく!私が先輩として存分に見本を示して見せます!!

 

「あっ。そういえば質問なんですけど。根性トレーニングってどういう意味があるんですか?」

「そういえばそうだな。オレもあんまりよく知らねぇわ」

「言われてみればボクも…」

 

 ふと思いついた疑問にウオッカちゃんとテイオーちゃんが同調してくれた。そんな三者の質問に、トレーナーさんは目を瞬かせる。

 

「なんだお前ら。そんな事も分からないようじゃダービーどころか重賞なんて夢のまた夢だぞ」

「だから聞いてるんじゃないっすか。良いでしょ教えてくれたって」

「まぁそれでも良いんだが、なんだか捻りが欲しいな……」

 

 捻りって何ですか捻りって。それ要ります?

 

「という訳で凱夏君!説明してくれ給え」

「俺っすか!?じゃあマックイーン君、俺の代わりにメンバー代表として答えてくれ給え」

「何で私ですの!?というか貴方に割り振られた仕事では!?!!?」

「単に引き受けるだけじゃそれこそ捻りが無いかなって…でしょ、西崎さん?」

「むっ……その通りかも知れん」

「どこがですかー!!!」

 

 哀れマックイーンちゃん、トレーナーの御二方に見事にしてやられてしまいました。

 でも、ここは一度メジロの教育を存分に見せてもらいましょう。お願いします、マックイーン先生!

 

「なんで皆正座しますの?変にノリが良いのはおやめなさい!」

「なぁに、マックイーンもそのうち染まるさ」

「ふんっ」

「ピグッ」

 

 ああっ!他人事とばかりに笑ってたゴールドシップさんの腰が大変な事に!!

 私を含めた皆が顔を青冷め、先生には逆らうまいと決意しました。怖い。

 

「……仕方ありません、説明しますわ。根性トレーニングとは謂わば、“ゴールを目指す気持ちとその下地”を作るトレーニングですの」

 

 ふむふむ、ゴールですか。つまりスパートに関係するトレーニングって事ですね?

 

「その通りです、スペ先輩。ですから、根性トレーニングに規定されているメニューでは、根性に付随してスピードとパワーが伸びます。スピードは最高速度、パワーはそれに至るまでの加速時間に関係しますので、最後の競り合いにモロに影響しますわ」

「じゃあ、肝心の根性はどうなのよ?」

「根性自体は“スパートに耐える精神力”という形で作用します。それまでの疲労を振り切り、残りの体力を振り絞るには相応の精神を必要とする事、経験がございませんか?」

 

 言われてみれば確かに……。疲れ果てた体に鞭打つ訳ですから、ちゃんと心がついてこないと無理ですよね。

 そんな感じでスカーレットちゃんの疑問を退けたマックイーンちゃんに投げかけられたのは、今度はテイオーちゃんの声だ。

 

「でもさ、囲まれ続けてたりすると最後に思うように力が出なかったりするじゃん。アレも関係あるの?」

「無関係な訳がありません。集団に囲まれると、他者からの存在感によって無自覚に精神が圧迫され消耗していきます。その結果根性が枯渇し、ラストスパートで自分の力を出せなくなるのです」

「「「「おぉ〜……」」」」

 

 披露されたそれはそれは見事な学識に、私もウオッカちゃんもスカーレットちゃんもテイオーちゃんも思わず拍手。その中心で、マックイーンちゃんは誇らしげに胸を張っていました。可愛い。

 

「…という事だ!皆、勉強になったか?」

「テストに出るからなー」

「アンタらは話をタライ回しにしただけだろうが!」

「「ぐえぇ」」

 

 最後に、調子に乗ったトレーナーさん方が折檻されて終わり。うん、良いオチがつきましたしトレーニングに戻りましょう!

 しかし、ゴールを目指す気持ちですか…今回の場合は仲間の皆さんが待ってる鳥居を目指して駆け上がれば良いですけど、本番の時はどうしましょう?

 

(ゴール板は目安にはなるけど、コースと並行に立てられて薄っぺらいからしっくり来ないんですよねぇ)

「なんか腑に落ちない事でも?」

 

 うーむと頭を捻る。そんな私の様子を見かねてか、凱夏さんが声を掛けてくれた。

 

「えぇっと、本番の時にゴールをどう目指せば良いかなって迷っちゃいまして。ゴール板以外の目標が思いつかないっていうか」

「うーん…だったら、ゴールの向こうに“相手”が待ってるのを想像したらどうだ」

「相手、と言いますと?」

 

 どうなも曖昧な言葉に質問を返すと、特に隠す気はないようで凱夏さんは言葉を続けてくれる。

 

「誰でも良い。目標とする人、憧れの人、負けたくない人、はたまた好きな人。その人がゴールで待ってると考えれば、走る意欲が湧いてくるかも知れん」

「好きな人って、そんな……」

「飽くまで例だ。何にせよ、お近づきになりたい人物目掛けて走るってのは悪い気分じゃないだろ」

 

 それだけ言った凱夏さんは、トレーナーさんに呼ばれて行ってしまった。残された私は、所在なげにキョロキョロと周りを見渡すのみ。

 でも、そこで目に映ったのがスズカさんだった。階段上りで疲れ果てていた皆の為にドリンクを買いに行っててくれて、戻ってきた今はウオッカちゃんにすっ転ばされたトレーナーさんを介抱してる。

 

「スズカさん……」

 

 私の憧れの人。どこまでも速くて、そして気持ち良さそうに走る人。風を切るその姿が綺麗で、いつか一緒に走りたいと、そう思ってる私の目標。私のゴールの、その先を走るウマ娘。

 あぁそうか、そういう事なんだ。

 

「…よーし!」

 

 単純な話でした。凱夏さんの話をしっかり呑み込めた私は、意気揚々と立ち上がります。

 

「あっ、スペ先輩もう再開するの?」

「はい!良い事聞けたので、次はテイオーちゃんもウオッカちゃんもスカーレットちゃんもマックイーンちゃんもブッ千切れると思います!」

「ほほう、言うじゃねぇか」

「ここまで言われちゃ負けてらんないわ!」

「売られた喧嘩は返すのが礼儀。メジロ家のウマ娘を挑発した事、後悔なさらぬよう」

 

 次々に立ち上がる仲間達に頼もしさを覚えながら、私達は階段を降りていく。さぁ、ダービーウマ娘目指して、スズカさん目指して頑張るぞ〜!!

 

 

 

〜Side:西崎〜

 

 

 

 スペの調子は絶好調だ。前の模擬レースで上手い事()()()ようで、実にこの根性トレーニングをこなしている。しかも更に何か壁を超えたのか、休み明けの階段ダッシュでさっき並ばれたテイオーを今度は置き去りにしやがった。

 これはダービー、いけるぞ…!

 

 ……が。それと同じくらい、またはそれ以上に気になっている事が一つ。

 

「だりゃぁぁぁぁ!!」

「はぁぁあああ!!!」

 

 スペの背に追い縋るテイオー。忘れてはならないのが、彼女はまだデビュー前という事である。

 デビュー前の身で、スペの階段ダッシュについて行き、先刻に至ってはペースの乱れに乗じて詰めてみせたのである。

 ……やばくね?

 

(いつの間にかピッチ走法まで身につけてるし、今はスペに追いつけないのを良い事にちゃっかりスリップストリームまで利用してやがる……)

 

 一を聞いて十を知る天才、テイオーにはまさにこの言葉が当てはまるのだろう。普通のトレーニングで得る経験を2、実際のレースで得る経験を10、そして実際のレースを見て得る経験を1としよう。テイオーはその1を見て、10ーー今回の場合は先述の二つの技術を見事に獲得している。

 とんでもない逸材だ。これは成る程、本人が語る無敗の3冠ウマ娘も夢じゃない。テイオーステップ封印の影響と、凱夏君が懸念するような怪我が無ければ、の話だが。

 

「っーーー、トレーナーさん!タイムは!!」

「40秒2!あと0.2秒を意地で超えて見せろ!!」

「はいッ!!!」

「くっそー!次は負けないもん!!」

「お前はその前に休憩だ。ホラ、転がってるゴルシ達の仲間入りすんぞ」

「えぇーっ!?」

 

 また駆け下りていくスペの背と、凱夏君に引きずられていくテイオーを交互に見る。前途有望なその足に、期待は高まるばかりだった。

 

「トレーナーさん」

 

 そんな俺の意識を引いたのは、慎ましやかな声。どうした、スズカ?

 

「体重大会の件、聞いていますか?」

「あ、ああ。ゴールドシップの奴もよく考えたモンだよn」

「凱夏さんの案ですよね」

 

 背筋が冷えた。

 

「……分かっちまったか」

「ゴールドシップさんは無茶苦茶ですけど、考えなしに何かを始めるような人じゃありません。今回はその上で、何かゴルシさん以外の思惑が見え隠れしてて……スピカの気風を作ったトレーナーさんが考えたとは思えないやり方だし、こういう管理に関わるやり方はリギル時代に見てましたから」

 

 そう言ってスズカが目を向けたのは、疲労困憊のメンバーにマッサージを施す凱夏君の姿。その後ろ姿から、何かしらの激しい感情は見て取れない。

 

「あー……騙すような真似してすまん」

「いえ、スペちゃんは実際食べ過ぎのきらいがありましたし丁度良かったと思いますよ。凱夏さんのやり方は正しいでしょうから。それより…トレーナーさんが無理に変わろうとしてないか心配です」

「俺は全然大丈夫だし、元の方針を曲げるつもりは無ぇよ。何より、子供が大人の心配する暇あるのか?」

「ぁっ」

 

 スズカの頭を撫でながら言った言葉に嘘は無い。俺は俺の放任主義なやり方に悔いを持ってないし、これからも続けていくつもりだ。

 でも、努力して成長していく担当ウマ娘達に対して、トレーナーである俺が成長する努力もしないのは……不義理だと思ってる。良い所を残したまま悪い所を消していく、それぐらいの試行錯誤は続けていかなければ。

 凱夏君は、俺にとって“その為”の風だった。彼にとっての俺がそうであるように。

 

「スズカ、お前はお前の道を走り切れ。それが、俺が挫けそうになった時の支えになる」

「私が、トレーナーさんの…?」

「ああ。お前の走りを見ているのが好きなんだ」

 

 素直な感情を口にする。いつも飄々としてるつもりだが、こういう時に誠実さを忘れるつもりは毛頭無い。それがウマ娘達の後押しになるなら本望だから。

 

 …ってどうしたスズカ?急に俯いて所在なげにして。まさか俺、なんか変な事言っちまったか?

 

「ちっ、違います!トレーナーさんの所為じゃありません!」

「なら良いんだけど、体調悪いならちゃんと言えよ?」

「いえ、寧ろ良過ぎるくらいです……トレーナーさん」

 

 そう言って向けられた翡翠色の瞳に息を呑む。そうだ、先頭の景色を映すこの瞳にも惹かれたんだった。

 

「宝塚記念…私、頑張ります。ゴールで待ってて下さい」

「お、おう」

「では」

 

 それだけ告げて、スズカはスペの下に向かう。心臓に悪かった……今もバクバクが止まらん。

 

「もしかしてトレ×スズ来てます?」

「ぉあっ!?ちょ、凱夏君いつの間に」

「ついさっきですよ。一同のマッサージが一通り終わったので、俺もタイム計測を手伝おうか、と……」

 

 スペと合流したスズカを見た途端、微笑とともに口を閉じた凱夏君。そのまま彼は踵を返してしまう。

 

「やっぱゴルシに頼みますわ。スズカの邪魔したら悪いし、俺は足を冷やすための保冷剤調達してきますね」

「いや、別に問題無いと思うが。君もそろそろスズカの走りを直に見てみてくれないか」

「逃げのサイレンススズカは最強ですよ。見なくても分かる事を、わざわざ調子崩すリスク冒してまでやるのは悪手でしょう」

 

 これだ。凱夏君とスズカの和解が進まないのはこれが原因だ。凱夏君が盛大に内心を拗らせている。見もしないで最強確信ってどういう信頼だよ。盲信じゃん。

 その上で、自分はスズカに嫌われていると思い込んでいるのが尚更タチが悪かった。

 

 …まぁ、スズカに問題が無いかというとそうでもないのが更に話をややこしくしている。さっきの会話で「凱夏さんのやり方は正しい」という言葉が出たように、スズカは自分と凱夏の関係が上手くいかなかったのは自分の所為だと考えている節がある。こっちもまた難儀な拗らせ方だった。

 

 何とかしてやりたいのは山々だが…実際の所、チーム全体としては上手く回っている。本腰入れて解決に取り組むのはもう少し先、凱夏君がよりスピカに馴染んだ頃合いの方が良いかも知れない。

 

「トレーナーさぁん!よろしくお願いしまーす」

「…おう!スペ、限界を超えろぉー!!」

 

 まず目を向けるべきはスペのダービー。彼女を日本一のウマ娘へと導く事に、俺は全力を注ぐのだった。




 拙作のテイオー君は天才です。原作でもそう言ってるから盛りました
 多分「切れ者」を三重掛けぐらいされてる
 ちなみに拙作のスズカはダービー2着です


 唐突ですが、ここで読者諸君に速報
 今後の予定からテイオーの芙蓉ステークス編は消えましたが、代わりに夏合宿前に過去編(凱夏・葵・南坂のトレーナー養成校編)を挟む事が決定しました
 つまり!またスズカの掘り下げが遠のく!!


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眠れる王、空に抱かれて

 今日誕生日ですわ
 祝え!クソ雑魚物書きがまた一つ歳を重ねた瞬間である


 記録が、伸びない。

 何度走っても。

 何度繰り返しても。

 何度試行錯誤しても、時計の針は変わらぬまま。

 

「…ケホッ」

 

 勝ちから遠ざかって、どれくらい経つだろうか。たかが数ヶ月が、もう何年にもかんじられる。

 昔の勝ちすら、お母様は認めてくれかった。ならばこそより格の高いレースで勝たなければならなかった。

 繰り返される「恥を晒す前に帰って来い」という催促、それを黙らせたかった。

 

「……ケホッ」

 

 我が子に夢を、希望を見て欲しかった。

 なのに、この足は肝心な所で伸びてくれない。皐月賞を逃した今、日本ダービーは絶対に獲らなければいけないのに。

 前はスカイさんに逃げ切られた。それでやっと取った2着だって、スペさんがもっと早くスパートを掛けてきてたらどうなっていたか。

 ただでさえスタミナに難がある。さっきだって、もうこれでもかという程にプールでトレーニングしてきたのに一向にマシになる気配が無い。日本ダービーで走るコースは、皐月賞のコースより400mも長いというのに。

 

「ケホッ、ケホッ……」

 

 恥。無様。惨め。

 母から言われた言葉が脳内で反響する。

 別に、この言葉で傷付いた訳じゃない。ただ、母から失望されていく事、私の惨状で母の栄誉が汚されていくような感覚が煩わしかった。

 応えられるウマ娘でありたかった。

 ありたかったのに。

 

「うぷっ……!?」

 

 胃が痙攣する。喉元まで上ってきた液体の酸っぱい臭いに、私は思わず膝をついた。

 駄目だ。それだけは駄目だ。ただ無様なだけでなく、他人に迷惑をかけてしまう。練習コースを汚してしまう。

 そう思い必死に堪えた。そんな私は、目の前に立った気配に気付けない。

 頬に手が差し込まれたと感じた瞬間、顎を持ち上げられる形で視線が上がる。そうやって見えたのは、ビニール袋。

 

「大丈夫?間に合った?」

 

 いけすかない声だった。皐月賞で、私の道を阻んだ声だった。でもその声以外に頼れる物が無くて、私は恥も外聞も無く縋った。

 右手で袋を掻っ攫うように奪い取り口元へ。今にも倒れそうになる体を支えようと、彼女の腕を左手で握り締める。

 そのまま私は、我慢をやめた。据えた臭いに紛れて出てくる嗚咽を、抑えられなかった。

 

「キングは本当に真面目だよね」

 

 腕を全力で掴まれて痛いだろうに、彼女は私を慮っていた。その情けが有難いやら腹立たしいやらで、私の心はグチャグチャにされていく。背中を撫でるその手つきが、恨めしくて羨ましくて温かくて。

 

「私としては、もうちょっと気楽にやった方が良いと思うんだけどなぁ。少なくともこうなるよりは良いよ、うん」

 

 分かっている。けれど、私は貴女じゃない。貴女のような才能も、それを結果に結びつける器用さも無い。私は、貴女のような“正しい努力”は出来ない。

 ああ、でも分かる。やはり私と貴女は正反対で、だからこそ似ているのね。

 血筋で期待されて、でも強くない私。

 血筋で期待されず、でも強さで示す貴女。

 そこにある苦悩は近似していると思った。思いたかった。共通していれば、それは“共感”だから。“同情”ではあって欲しくなかった。

 これは、私の独りよがりな願望かしら?

 

「あとさ。私とキングって、割と似てない?」

 

 ……あぁ。やはり腹立たしい。

 理不尽な怒りが湧き出す。お望み通りの言葉を告げてもらったのに、酷い逆恨みだと自分でも思う。

 それでも、やはり苛立つものは苛立つ。だって、狡いもの。

 

 

「ーーー貴女って、人は、」

 

 

 どうして、私の欲しい言葉を、掛けて欲しい時に限ってくれるの?

 そう思ったが最後、私の意識は闇に落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

「変に意地張って、予防線張ったり弱み隠したりする所とかさ……って聞いてないか。はてさて、保健室に運んだらトレーナーさんにオーバーワークの事を伝えて、ウララちゃんにも言って、その後はどうしますかねぇ。キングを咎める手前、私も同じ事するのはやめといた方が良いか」

「セイさん!ヘイローさんは…見つけたんですね!」

「やぁフラワーちゃん、トレーナーさんに伝言頼める?私はキングを運んどくから…」

「そんな、私も手伝います!そこの袋とかもありますし」

「良い子だなぁホント…」

 

 

 

〜Side:西崎〜

 

 

 

『世界を狙う為にも、次は日本ダービーです』

「やっぱこうなるか」

 

 NHKマイルカップで見事圧勝を決めたエルコンドルパサー。スペの同期にしてライバルである彼女の活躍を、スピカの皆と一緒にテレビ越しに見ていた俺は嘆息する。

 彼女はとんでもない脅威だ。あの安定感に満ちた足を前に、どんな作戦を立てれば良いやら。

 …だが、それでも俺はスペの底力を信じている。コイツなら、あの怪鳥に勝ってくれると。

 

 

 ……が。

 メンバーを帰らせた後、凱夏君と一緒に部室の後片付けに取り掛かっていた時の事だった。

 

「西崎さん、ちょっとテレビ借りますね」

 

 そう言って彼が使ったのは録画機能。再生されるのは、エルコンドルパサーの圧巻のレース……

 ではなく。

 

『世界を狙う為にも、次は日本ダービーです』

『スペちゃん、ガチンコ勝負デェス!』

 

 

『世界を狙う為にも、次は日本ダービーです』

『スペちゃん、ガチンコ勝負デェス!』

 

 

『世界を狙う為にも、次は日本ダービーです』

『スペちゃん、ガチンコ勝負デェス!』

「オイオイオイ待て待て待て」

 

 何回インタビューを巻き戻すんだ、と止めてみれば。彼の顔には中々深刻な狼狽が浮き出ていて。

 

「やっぱ幻聴じゃないですよねぇ…」

「俺にもよく聞こえてるよ」

「おぅふ」

 

 なんでそんな憔悴した顔になってるのか、俺には見当もつかなかった。エルコンドルパサーがダービーを狙うだろうという予測なんて部外者の俺でも容易くついたのに、なんで元リギル所属で未来予想に長けた凱夏君が気付かなかったんだ?というかそもそも本当に分からなかったのか??

 

「エルコンドルパサーがスペシャルウィークとダービー…マジかぁ……マジでどうなるんだ………」

「???」

 

 頭を抱える凱夏君に掛ける言葉も見当たらないまま、その日の夜は更けていったのだった。




 某絵師さんの絵を見てから、俺の頭ん中はウンスハーレムだよ
 どーしよ


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翼は誰が為に

 エルとタイキの書き分けクソ難しくて芝枯れるわ
 タイキ、せめて俺の所に来てくれ…


 不退転。

 一意専心。

 達筆でそう書かれた2枚を前に、米国生まれの大和撫子は1人座禅を行う。

 共にその字を描いた人との記憶を、脳裏に浮かべながら。

 

 

 

Side:エル

 

 

 

「くっーーー!」

 

 タイキシャトル先輩の背中が遠いデス。でも、超えない事には何も始まりまセン。

 それに後ろからはエアグルーヴ先輩の気迫。これでは嫌が応にも掛かってしまう…!

 ……でも!!

 

「エルは…勝ちマァス!」

「むっ!」

「What!?」

 

 息を大きく吸い込んでから進出。好位置からのこのコンボ、上手いことハマればかの皇帝さんにだって負けまセェン!

 全力で走って走って、3人縺れ込むようにゴール!でも分かります、勝ったのはエルデース!!

 

 …勿論、併せウマでお2人がエルに合わせてくれた、という大前提がありますケド。

 

「エルコンドルパサー、良いタイムですよ!その感覚を忘れないで!!」

「ハイ!」

 

 最近入ってきた新しいサブトレーナーである桐生院さんは、牧路さんと違って小さくて可愛い人。でも手腕は全く負けてなくて、おハナさんと私達を的確にサポートしてくれてマース。

 次のタイムもお願いしますヨー!

 

「エ…エルコンドルパサー、so fast…!」

「何がお前をそう掻き立てるんだ…?」

 

 付き合ってくれた先輩方からの質問に、私は思わず口に手を当てて考え込みマス。ううん、これは言って良いのでしょうか。なんというか、面と向かって口に出すのもなんだか恥ずかしいというか……

 …うん、これにしましょう。嘘じゃないデスし。

 

「スペちゃんに、そしてスピカに負けたくないからデス!」

「……セイウンスカイ先輩は?」

「……ケッ!?あぁ、彼女もデス!忘れてませんよ?」

「何だ今の間は」

 

 ああああ!後輩のミークちゃんの鋭い質問にエル、たじたじデス!水持ってきてくれたのはありがとうデスけど!エアグルーヴ先輩も変な所に突っ込まないで!!

 いや、セイちゃんもスペちゃんと同じくらいライバルで、同じくらい強くて、同じくらい意識してるのは間違いじゃないんデスよ。彼女もダービーのライバルである事は疑いの余地もありまセン。

 ただ、ちょっと他の要素でスペちゃん、というかスピカを特に意識してるというか……

 

「と、とにかくデス!私のモチベーションは万全なので心配しないで下サイ!!」

「Oh, sorry!確かにプライベートな話だったかしらネ」

「すまなかったな」

「……ごめんなさい」

 

 ふう。皆を謝らせてしまったのは心苦しいですが、ひとまず一件落着デス。よし、練習に戻りまショウ。

 

「…ところでですが、前のサブトレーナーさんってリギルでどう動いてたんですか」

 

 ……その話、今終わりましたよね!?

 そう思って振り返ると、ミークちゃんはキョトンとした顔。なんて事でショウ、全く別の話題のつもりでいるようデス…!

 と言っても、難儀なのは「同じ話題」と思っているのがエルだけな事なんですけど。

 

「牧路か?彼はサブトレーナーとしてしっかり働いていたぞ、おハナさんも彼によく助けられていたそうだ」

「あの人のマッサージはvery goodでしたネー。やってもらう度に不調とか疲労がキレイに無くなったし、またやって貰えませんかネー」

「マ、マッサージって…!?ちょっと今から彼を問い詰めてきます」

「っと、安心して下さい桐生院さん。彼にやましい心は全く無かったし、私達にも不快感は無かったから。何なら、私達の不安に対して相談にも乗ってくれていた」

「And that、あの頃のリギルはルドルフの無敗三冠以来、入部希望者が増えましたからねぇ。おハナさんもテンテコマイでしたし、彼の助けが無かったら不味かったかもデース」

「…だからこそ、スズカとは何故ああなってしまったのか……」

「…エアグルーヴ?」

「あっ、いえ。なんでもないです」

 

 語られる前任サブトレーナー評。ええ、エルにも分かりますとも。私だって世話になったんデスから。

 だからこそーーー許せないんデス。

 

 そんなに人を支えられるのに、どうしてグラスを置き去りにしたんデスか。

 

「……ふぅーっ」

「…エルコンドルパサー?」

 

 どうにも収まらないモヤモヤを、息として吐き出しマシタ。

 だって、おかしいじゃないデスか。グラスをリギルに誘ったのは、他ならない彼なのに。

 

 …正確には、選抜レースで思うように結果が出せずにチーム所属を先延ばしにしようとした彼女を、おハナさんに推薦する形で入部へと促したのが彼なんデス。

 選抜レースで差し切れなかった彼女に対して、他のトレーナー達が口々に「彼女には闘争心が無い」と宣う中、一足先に入部していた私は、おハナさんと牧路さんの話をたまたま聞いてしまいました。

 

『おハナさん、グラスワンダーを推薦しても良いですか?』

『!…理由は?』

『あの娘、ちょっと克己心が強過ぎる。間違いなく磨けば光ると断言しますけど、放っとくと自分虐めで自壊しかねません』

 

 驚きました。彼はグラスと会った事が無く、初めて見たのも選抜レースだけの筈なのに。

 いや、もしかするとその後でグラスが夜まで自主練してたのを見かけたのかも知れませんけど、でもそれだけで彼女の内心を見抜いたなんて……と、慄く他ありませんでシタ。

 

『リギルで体調を管理しながらレースに臨めば、彼女は大成しますよ。例え一度故障したって、そこから復活するだけの根性も持ち合わせています。貴女に合ってるかと』

『随分と買ってるのね』

『エルと並んで、()()()()の一角を担うだろうウマ娘ですから。おハナさん以外には容易に預けられませんよ』

 

 黄金世代。その意味は分からなかったけど、多分私達の世代がこれからのトゥインクルシリーズを率いていくのだと、そういう意味に聞こえまシタ。

 私達をそれだけ高く買ってくれている事が嬉しくて、そして親友の本当の姿を見抜いてくれた事が嬉しくて、私はその場で小躍りした程デス。

 

 でも、おハナさんから許可を貰った牧路さんがスカウトに向かった先で待っていたのは、まさかの拒否。私も説得しましたが失敗し、そのまま次の選抜までグラスのリギル入部はお流れになってしまいまシタ。

 でもその間も、牧路さんは時折グラスの様子を見に行ってたみたいで……グラスも、次の選抜の時、そして入部の時にはすっかり彼と打ち解けてまシタ。

 その後も、グラスは彼が予想した通りの連戦連勝で。そして悲しい事に、自主トレの疲労蓄積が祟っての故障まで彼の予想通りで。

 

 でも、言ってたじゃないですか。「お前なら大丈夫」「絶対また羽ばたける」って。

 そう言ってグラスを励まして、一緒に頑張ろうって感じだったじゃないデスか。

 なのになんで、スピカに行ったんデスか。グラスを置いて去ったんデスか。

 

 無意識に拳を握り締めてしまう。

 彼がリギルを去る時、律儀にもメンバー1人1人に挨拶しに来ました。その時、グラスの事についても聞いたらデスよ。なんと言ったと思います?

 

 『もう本人と話はつけた。大丈夫』。

 『おハナさんが彼女の足を蘇らせてくれるさ』。

 

 これデスよ。納得出来ると思いマス?

 

 …グラスは。グラスは()()()信じてたんですよ!

 おハナさんと同じくらい!そして、おハナさんよりも前から!!

 分からなかったんデスか?グラスから貴方に向けられる視線の意味を!他のウマ娘との面談では、あんなに気軽に悩みを聞き出すクセに!

 

「〜〜〜〜っ!」

 

 やり切れない思いが爆発して頭が痒くなりマス。この気持ちは、レースでしか発散出来まセン。

 スペちゃん、ごめんなさい。私、アナタに八つ当たりしマス。

 牧路さん、首を洗って待ってて下サイ。キレた乙女の鉄槌を。

 

「……エル先輩」

 

 ん?どうしまシタ、ミークさん。

 正直、これ以上話をブリ返されると調子崩しそうなので控えたいんデスが。

 

「1年生の私も、併走、参加して良いですか?」

「…ケッ?」

「ミーク…?」

 

 予想外の申し出に、私も桐生院さんも狼狽デス。そんな私達を前に、マークさんはなおも語りまシタ。

 

「私、どんな走りでも出来ます。逃げでも、先行でも、差しでも、追い込みでもーー

 

ーースペシャルウィーク先輩の走りも、形だけなら出来ます。多分」

「「!!」」

 

 スペちゃんの走りは差しか先行。いずれにしても末脚に光る物がありマス。

 それに対してこのミークちゃん、幅広い距離・戦法への適性を買われてリギルに入部してきたウマ娘デス。彼女なら、スペちゃんをトレースする事も不可能ではないカモ。

 念の為に桐生院さんへ目を向けると、向こうも戸惑いながら首を縦に振ってくれました。

 

「た、確かにこの前スペシャルウィークさんの走りをビデオで見て、その後ミークと一緒に彼女の走りを再現しました。一応出来てました」

「うん。だから、私が併走すればより実戦に近いトレーニングになるかも知れない」

「いやでも…うーん」

 

 渋る桐生院さんの考えてる事は大体分かりマス。大方、大一番を控えた繊細な時期に、私の練習にデビュー前のミークちゃんを関わらせるデメリットを考えているのでしょう。

 でも。

 

「ミークちゃん、お願いできマスか?」

「…!はい」

「良いんですかエルさん!?」

「勿論デスとも!」

 

 後輩が気概を見せたのなら、応えるのが先輩の役目デスから!

 それに風の噂じゃ、スペちゃんの練習に新入生であるトウカイテイオーが普通に参加して良い影響を与え合ってるとも聞きマス。ならば、此方だって負けていられまセン!!

 

「ミークちゃん、やるからには全力デス!アナタがスペちゃんの走りを私に見せてくれるように、私は私の走りをアナタに見せマスから、お互い絶対にモノにしましょう!」

「うん…えい、えい、おー……!」

「…ウマ娘がその気なら応えるのが桐生院家の家訓。私も全力で事に当たりましょう!」

「Oh、皆バーニングですか?なら私も混ぜて欲しいデース!!」

 

 私とタイキ先輩とミーク、この3人で再びターフへ繰り出す。この心強さがある限り、ダービーはこのエルの物デェス!

 見てて下さいね、グラス!エルがアナタの分まで、東京競馬場で羽ばたいてみせまーす!!




 このバカ×2、またウマ娘を拗らせやがったよ。それしか能が無いんか

 ちなみに凱夏はマルゼンスキーに別れの挨拶をしに行った結果、餞別と称して助手席に縛り付けられてドライブに付き合わされました。死にました


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臨む勇姿

 えー、現在大学課題により執筆が滞っております。ストックがしっかり削れつつあります
 8/20に投稿予定の話までは完成しておりますが、それ以降は不透明です。ご容赦を


 地下バ道で、皆とスペ先輩を見送った。

 皆で作ったお守りを渡して、スズカ先輩からのエールを受けて、スペ先輩は駆けていった。その背中には、一欠片の不安も見当たらなくて。

 

「マックイーンの四葉のクローバー、効いたみたいで良かったね」

「そんな薬みたいな…所詮は(まじな)い、作用するとしても気分だけです」

「その気分について言ってるんだけど。マックイーンも強情だね」

 

 皆と観客席に向かう途上で、ライバルを揶揄うものすげなく跳ね除けられる。でもちょっぴり赤面してるのは隠せてなくて。

 

「カワイイなぁ」

「…!?か、カワッ……」

「えっ、口に出しちゃってた?!」

 

 えぇーっ!内心に留めたつもりだったのになんで!?

 

「そ、そういうのはお慕いする人にとっておいて下さいな!それにわわ私は、可愛いより“美しい・気高い・格好良い”の方を目指しておりますので」

「ご、ごめん…」

「いえ、謝って欲しい訳ではないのですが…」

 

 そっか、こういう言葉って好きな人にとっておくべきなのか。マックイーンには悪い事しちゃったなぁ。

 でも凱夏は可愛い系じゃないしなぁ…。

 

(……それに、マックイーンはもう既に充分綺麗だと思うけど。目指すまでもなく)

 

 思い出すのは、この前の学園集会の時に見た微笑み。あんなに綺麗なのは今まで見た事がないと、今になっても思う。

 その時の光景を目蓋に浮かべると、また心臓がトクンと震えた。

 …あれ?なんか顔が熱い。

 

「どうしました?もしや体調が…」

「ううん、なんでもない」

 

 嫌だ。なんだか分かんないけど、マックイーンにだけはこの顔を見られたくない。

 

「ヘイヘーイ!マックちゃん青春してるかー?」

「急に飛び込んで来ないでくださいまし!」

 

 いつも振り回されているゴルシ先輩の乱入に、今日ばかりは助けられた。先輩に気を取られたマックイーンからそれとなく距離を取り、1人深呼吸。

 うん、落ち着いた。戻ろう。

 

「うぇーん、マックイーンが釣れねぇよォ。今度すごいつりざお持ってこよっと」

「そういう話ではないでしょう…あらテイオー、もう大丈夫なのですか?」

「うん、心配かけてごめんね」

 

 ふう。何だったんだろ、今の。

 

 

 

 その後、ゴルシ先輩がどこからともなく取り出した釣竿でマックイーンを釣ろうとしたり、しかも先端にスイーツ無料券があった物だからマックイーンが本当に釣られそうになったりしてテンヤワンヤになりながら、ボク達は漸く観客席に辿り着いた。出迎えてくれたのは、勿論トレーナーの2人だ。

 

「おう、スペの邪魔とかはしなかったかー?」

「する訳ないでしょこんな時にィ!」

「大体、ああいう時は真っ先にアンタが励ますべきでしょうがトレーナー!」

 

 茶化したトレーナーに突っかかるウオッカ先輩にスカーレット先輩、それを遠巻きに眺めて囃し立てるゴルシ先輩に呆れるマックイーン。そんな彼女達の姿に、僕は思わず苦笑するしか無い。

 

「テイオー」

 

 そんな折に掛けられた声は、もちろん彼の物だった。

 

「何?凱夏」

「スペの見送りは無事に終わったっぽいから良いとして。次は観客としてやるべき事がある、ってのは分かってるな?」

 

 当たり前。僕を見縊らないでよ。

 スペ先輩の応援と、出走者の走りの観察。そして、僕が目指すクラシック三冠の“空気”を知っておく事。でしょ?

 

「あぁ。前の皐月賞では落日を味わった分、今回は栄光を見るぞ。気を引き締めろ」

 

 …栄光、かぁ。

 スペ先輩の皐月賞はとても残念な結果だった。あんなに頑張ったのに、彼女は1冠目を取れなかったんだ。

 努力は自分を裏切らないけど結果は裏切る。頭でそう分かっていても、目の前で、それも親しい人の身を以て見せられてしまえば話は別。レースで敗北するという事が、夢破れるというのがどういう事なのか、ボクは擬似的に味わった。

 所詮ボクは傍観者だから、実際に自分が同じ目に遭ったら比じゃないくらいの絶望に襲われると思う。でも、それに対する覚悟が出来たのは、自分でも大きいと感じるんだ。

 負けたくない。この喧騒を、他のウマ娘の物にして堪るか、と。

 

「…スペ先輩、勝てると思う?」

 

 その上で心配なのは、やはり今回もまた当事者である先輩の事。

 凱夏の言う通り、今回こそ彼女には栄光を掴んで欲しい。でも、前失敗したからって次の成功が約束されるだなんて、そんな理屈は通らない。

 相手は前負けたセイウンスカイ先輩だけでなく、あのエルコンドルパサーまでいるんだから。

 

「勝つさ」

 

 ボクの疑問に、凱夏の答えは飽くまで淡々としていた。

 

「俺の知るスペシャルウィークは、ダービーを獲る。絶対に」

 

 でも、続く言葉に滲んだ震え。それを聞いて、ボクは考えを改め直す。

 凱夏も不安なんだ。でもスペ先輩を信じているんだ。彼女の頑張りを、その夢への執念を。

 振り返れば、同じように真剣にコース上のウマ娘達へ視線を送るトレーナーや皆の姿。

 そうだよ、だからこそ信じてるんじゃないか。応援するんじゃないか。

 たかが応援する立場なのに、こんな所でへこたれてるんじゃないよ、トウカイテイオー…!

 

「スペせんぱーい!頑張れぇー!!」

 

 まだ始まってもないけど、準備運動をしてるスペ先輩への必死のエール。それが聞こえたのか、彼女は振り返ってピースサインを送ってくれたのだった。

 

 

 

〜Side:スペ〜

 

 

「気合入ってますねぇ」

 

 セイちゃんの言葉に、自分の事ながら私は苦笑した。その揶揄いに反論出来ないくらい、私の身体には気力が充実してる。それはもう、一つ間違えたらその瞬間に空回りしそうなぐらいに。

 胸ポケットが熱い。それはきっと幻覚なんかじゃなくて、心の熱が確かにそこに籠ってるから。

 ゴールドシップさんが提案して、マックイーンさんが見つけた四葉のクローバー。

 それを元にウオッカちゃんとスカーレットちゃんとテイオーちゃんが作った、押し葉のお守り。

 精一杯のエールと共にそのお守りを託してくれた、スズカさんの心。

 皆の想いが今、私の中で熱く燃えている。

 

「セイちゃん。私、負ける気がしないんだ」

「っ…へぇ、こりゃ恐ろしいや。かしこみこしこみ」

 

 

「私に対しても、デスか?」

 

 反対側から発せられた気迫は、その熱をも払ってしまいそうな重さ。でも、私だって一歩も引かない。引く訳にはいかない。

 

「うん。そうだよ、エルちゃん」

「……それは私も同じ事デス。スペちゃん、アナタに…スピカにだけは負けません」

 

 チャームポイントの不適な笑みも無く、真剣な表情で告げてゲートに入っていくエルちゃん。らしくもない彼女に戸惑いつつも、しかしその事情なんて私には関係無い。

 私は走ります。皆さんが待つゴールに向けて、全力で。

 

「スペせんぱーい!頑張れぇー!!」

 

 テイオーさんの声に振り向けば、手を振る皆の姿。来年の三冠を目指す彼女の為にも、先輩としてその背中を見せてあげましょう。

 そう思ってピースサインを返すと、その横で微笑むスズカ先輩の姿も見えました。

 憧れの先輩。私の遥か前を走るウマ娘(ひと)。ゴールのその先で待ってる光。

 

(スズカさん。私、けっぱるべ!!)

 

 取り繕いの無い素の感情で勝利を誓い、私は笑ってゲートに向かいました。

 見ててね、お母ちゃん。私が皆と走る姿を。




 ゲッターロボアークの主題歌「Bloodlines~運命の血統~」ですが、2番の歌詞好きなんすよ俺。特にサビに入った直後の部分
 ああいう風に「自分じゃない他者の心を託され、背負い、立ち上がる」っていうのにどうにも弱い。まぁゲッター線は星を泣かせる側なんですけどね

 後書きがストーリーと全く関係ない?すみませんが俺はフリースタイルなので…


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バーニングヒート

 デッドヒートって実は誤用なんですってね。本来は「無効レース」の意みたい
 という訳で今回のサブタイは造語


「クライマックスの時が近付いて参りました」

 

「ウマ娘の祭典、日本ダービー…!」

 

「今、スタートです!!」

 

 

 

ーSide:キングー

 

 

 

(逃げるっ!)

 

 ゲートが開いた瞬間に前へ。これは、私なり試行錯誤を経た末の策だった。

 スタミナは結局目標まで届いていない。ならばせめて先頭で、レースの流れを掴む。私が場を支配し、他の持久力を削いで、私と同じレベルまで引きずり落とす。

 幸運だったのは、そのお手本が近くにいた事。

 不運だったのは、彼女もまたこのレースに出ている事。

 

『私の走り?そりゃ見る分には減らないけど、見惚れちゃったりしないでよ〜?』

 

 同じチームであるセイウンスカイの走りは、良いモデルケースだった。そんな彼女は今、私を逃すまいとピッタリついて来ている。

 

(ありがとう、スカイさん。しかし支配するのはこのキング、王たる威厳を見せてあげる!)

 

 ライバルでありながら走りを教えてくれた彼女への感謝と、その恩返しとしての闘争心を発揮しながら、私は風を切り続けた。

 

(主導権は渡さないわ……!)

 

 

 

ーSide:セイウンスカイー

 

 

 

(ふうん、それでも良いけど…っ)

 

 キングが私と同じ戦法で私にマウントを取ってくるのは想定内だった。その上で、私はどうしても驚かざるを得なかった。

 スタミナが伸び悩んでるのは分かってたけど、だからって他を削る為に逃げを選ぶのは本来悪手だ。だって、逃げ自体が消耗の激しい戦法だからね。ペース配分を自分で決めないといけない分、駆け引きに割くべき余力も大きくなる。私がキングだったら選べない。

 でもキングはその道を行った。その思い切りの良さが、どうしようも無く羨ましい。

 

(だからって、譲ってあげるつもりなんて無い…!)

 

 それは元々私の走りだからね。返してもらうよ、キング!

 

 

 でも、敵はキングだけじゃない。後ろに絶大な存在感が二つ。見るまでも無くスペちゃんとエルちゃんだ。

 2人とも差しの位置で待機してて、周りのウマ娘が若干気圧されてる感じかな?特にエルちゃんの威圧は中々に凄いですなぁ。逆に掛かってるんじゃないかと心配になる。

 

 …いや。もしかすると…?

 

 

 

ーSide:エルー

 

 

 

 足が軽い!今の私は飛ぶ鳥、まさにコンドル!!

 そう思いながら足を回す。前にいるスペちゃんに圧力をかけ、周りにいる娘達にもしっかりと存在感を与えながら。

 スタートで微妙に出遅れたけど全くノープロブレム。前の方の鎬の削り合いもあるけど、それ以上に後ろのバ群が私に急かされる形で全体的にハイペースなレース展開になってマス。

 

(スペちゃん、どうですか?アナタは大抵追う立場デスが、追われる立場にどこまで耐えられマスかね?)

 

 こっちが追う立場である以上、前を走るスペちゃんの顔は見えまセン。しかし自分の走りに手応えを感じて、私は汗を拭いギアをアップ。

 レースももう中盤。もっと追い立てていきマァスっ!!

 

 

 

 

ーSide:スペー

 

 

 

 

 不思議と、周りが良く見えていた。

 掛かっちゃうんじゃないかと自分でも不安だったんだけど、何故か落ち着き払う心。皆の声が、後押しと同時にブレーキになってくれたのかな?

 先頭はキングちゃん。半分を過ぎた辺りで走りが苦しくなってる。多分最後の直線で伸びない。

 次にセイちゃんだけど、キングちゃんにピッタリ着いて行ってる。仕掛け時を見計らってる。

 そして、エルちゃん。彼女は後ろ。私を含む数人のウマ娘に囲まれる形だけど、全然堪えてる様子が無い。ただ私に向けてくる意識が本当に鋭くて、だからこそその位置が背中からでも良くわかる。

 

(あ、そっか。エルちゃんが強く意識してくるのが分かるから、私は頭を冷やせてるのかな)

 

 自信過剰になってる場合ではない強敵の存在。それが多分、私を浮かれさせない歯止めになってるんだ。

 そんな事を考えながら、でも私は自分の走りを崩さない。前の娘の背にピッタリとくっ付いて、スリップストリームで体力と速度を温存する。

 うん、状況は分かった。

 誰を()()にするかも見当がついた。

 勝負は最後の直線。そこでーーー

 

 

(限界を、超えるんだ)

 

 

 

ーSide:Thirdー

 

 

 

 そして、ダービーは最終局面を迎える。

 

 

「スペちゃん…」

 

 待つ者。

 

「スペ…!」

 

 見送る者。

 

「スペ先輩!」

 

 向かう者。

 

「スカイさん、キングさん……っ」

 

 迎える者。

 

「エル…?」

 

 訝しむ者。

 

「エルコンドルパサー…!」

 

 瞠目する者。

 

「…エル先輩」

 

 見届ける者。

 

 彼ら彼女らの夢を背負い、少女達が目指すはただ一つのゴール。

 その頂点の座は、誰の手に。




 (まだ“バーニング”って言うほど熾烈な1着争いしてねぇな…いやウンスとキングはやり合ってるけど)

 あっそうだ(唐突)
 明日も投稿します


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私がダービーを獲るまで

 一括でやれる所はやっちゃいたいので連日投稿
 前話は短かったですしおすし


 仕掛けたのはセイウンスカイだった。

 

(どうせ後ろから一気に来るんだから、仕掛けは早めにっ!)

「なッ、スカイさん…!」

『おおっと、4コーナーを回ってセイウンスカイがここで仕掛けた!キングヘイローを捉えられるか!?』

 

 競り合っていたキングの消耗と、控えているライバルの強襲を鑑みてのスパート。セイウンスカイにとって完璧なタイミングで、故にキングヘイローは追随出来ない。

 

「あぁぁぁああああっ!!!」

(そんなっ、これ程までに…)

 

 追い付かれる、追い越される、離される。

 逃げ戦法への適性が、ここで浮き彫りになった形だった。キングヘイローの足はもう機能しない。

 

(そ、れ…で、もっ……!)

 

 口を突いて出そうになる弱音を、しかしキングヘイローは噛み砕いた。下を向かなかった。

 出してしまえば、下を向いてしまえば、もう立ち直れないと思ったから。

 

(キング、私は先に向かうよ…!)

 

 待ってるから、という言葉をすんでで飲み込む。そんな事を言わずとも、思わずとも彼女は来るだろうから。

 代わりに渾身の雄叫びを上げて、セイウンスカイは聳え立つ坂へと向かう。ただ1人、先頭を独占して。

 

 

 何度でも言おう。それは最適なタイミングだった。

 セイウンスカイにとって最高の時勢でのスパートだった。

 

 だが、それは彼女()()の最高のタイミング()()()()()()のだ。

 

 

 激しい悪寒が、セイウンスカイの背筋を貫いた。

 

 

「…っ、ーー!」

 

 声にならない呻きを上げて後ろを見る。

 いた。

 

「フッーーーー!!」

 

 紫色の流星が、駆けてきた!

 

(やっぱり来た……のは分かってたけど、それでも速過ぎるよ!)

 

 焦りも隠さないまま、足に全神経を注ぐセイウンスカイ。

 彼女とスペシャルウィークのスパートタイミングはほぼ同じだった。そう、本当に同じだった。

 スペシャルウィークはセイウンスカイを基準にしていた。先頭でペースを握る2人の内、彼女が終盤で来ると予想していたから。

 当たった予想。そしてスパートを逃せば捕らえられないという経験則。

 だから合わせた。そして成功した。

 

 弥生賞でスペシャルウィークに負けたセイウンスカイが、皐月賞では彼女に対抗して勝ったように。

 皐月賞で負けたスペが、今度は日本ダービーでセイウンスカイを喰らわんと迫る!

 

(私は、前とは違うよ!)

(でも、坂は苦手でしょ!?)

 

 交錯した視線で送り合う言葉。前の意趣返しなスペシャルウィークに対し、セイウンスカイは虚勢を自覚した。

 そう。虚勢でしかないのだ。()()()()のだから。

 坂に入る。セイウンスカイはそのまま駆ける。最後まで物に出来なかったピッチ走法を諦めて。

 スペは、物にしていた。

 

「やああああああ!!!」

 

 駆け上がる星の光に、青雲が飲み込まれる。

 小刻みの明滅(ステップ)が、敗北へのカウントダウンとなって空を穿つ。

 

『スペシャルウィークがセイウンスカイにーーー並ばない!並ばないっ!!』

 

(嫌だ……)

 

 セイウンスカイは拒絶した。

 

(嫌だ…っ)

 

 同門のキングヘイローを打ちのめしてここに来たんだ。彼女の敗北を、せめて自分の勝利に繋げたかった。

 でも、背中が遠い。

 だけど、認められない。

 

(嫌だッ!!)

 

 一気呵成、吠えようとしたその瞬間。

 

 

「右から失礼しマース」

 

 

 青雲は、羽ばたきに蹴散らされた。

 

 

 

 

(エルちゃん!)

 

 スペは機敏に感じ取った。怪鳥が来たのだと。

 赤いローブを靡かせて、その翼を広げたのだと。

 

「逃しませんッッ!!!」

 

 星を追う怪鳥、その差し足は尋常でなく鋭い。海を割るモーセの如く、風に波立つ芝を斬り裂いて進撃する。

 

(ミークちゃん演じるスペちゃんムーヴは完璧でシタ!お陰でこの通り、彼女のスパートタイミングへの合わせもOKデェス!)

『やはり来た、やはり来た!飛ぶように走る怪鳥、その名は!!』

「エルコンドルパサー…!」

 

 凱夏の呻きは、観客のどよめきに消える。しかし思いを同じくする西崎にとって、そんな騒音など些事だった。

 

「どう見る凱夏君!」

「スパートの出鼻は互角、そしてこの詰め方を見るに能力としてはエルの方が上です!勝負は…」

「ああ、リードキープの顛末に依る!」

 

 先に稼いだ分の距離が無くなってしまえば、後はエルの独断場だ。残り200mを千切られておしまい。

 スペシャルウィークがこのまま、なら。

 

(そこで限界を、超えろ……!)

 

 限界とは、無意識に掛けているリミッター。

 “ここまで”として制限してしまう余力の底。

 それを突き破り、全てを振り絞る根性が必要だ。その為の特訓はしてきた。西崎はその努力を信じる。

 スペ自身も、信じている。

 

「ぐぅぅぅ…!!」

(いける!スペちゃんはもう伸びまセン!)

 

 だが、そう簡単に限界を超えられるのなら、世界陸上が開かれる度に世界記録が更新されるだろう。話はそう甘くない。限界は容易くは破れない。

 とことんまで自分を絞らんと足掻くスペシャルウィークに、エルコンドルパサーは悠々自適とばかりに迫った。残り半バ身。

 そして並ぶ。いや、追い抜かれる。

 

(そんなっ…)

 

 お母ちゃんに語った夢が潰えてしまう。

 スズカ先輩達の想いを無碍にしてしまう。

 

 ああっ、と言ったのは凱夏だったか。それとも懸命な応援をしていたスピカメンバーか。

 

(やった!やりました!見てマスかグラス、ミークちゃん!スペちゃんを、スピカのウマ娘を差しました!!)

 

 怪鳥がターフを舞う。先頭で風を裂く。

 

(このままエルの、勝ちデース!!!)

 

 己を誇る猛き翼が、東京競バ場に翻った。

 歓声が、ゴールに向かう勝者に向けて一段と大きくなった。観客席の殆ど誰もが、怪鳥の勝利を確信した。

 

「…ん?」

「…あっ」

 

 

 1人を除いて。

 

 

「スペちゃーんッ!!!」

 

 

 サイレンススズカの声が響いた。

 スペシャルウィークの中で、爆発が起きた。

 

(ーーーそうだ)

 

(ゴールで、皆が待ってるんだ!!)

 

 

「うああああああーーッ!!!」

 

 

 全身全霊の末脚。尽きたと思われた底力が、底無しとなって舞い戻る。

 流星が怪鳥の翼を追う、迫る、突き破る!

 

「なッーー!?」

 

 瞬く間に差し返されたエルは動揺を隠せない。開いた瞳孔が揺れ、隣を駆け抜けんとする星の光を目で追うしか無い。

 駄目だ。それだけは駄目だとエルの本能が叫ぶ。

 

(まだ、まだデス!まだエルの足は残っ…

 

…あれ?)

 

 しかし、エルの足は主の思いに応えなかった。

 

「エルの気持ちが切れた!」

(エルちゃんの気持ちが切れてる!!)

 

 凱夏の叫びとセイウンスカイの内心が一致する。

 

「1回差した時点で満足したんだ!その隙を食い破れェ!!!」

(牽制に気を割き過ぎて自分の消耗に気付けてなかったんだ!まだ諦める時じゃない!!)

「「「「「「「いけぇー!」」」」」」」

「ダァァ…ビィィイィ!!!」

 

 それぞれのエールと思惑を背に受けながら、スペは駆け抜ける。その背に伸ばされたエルの手はしかし、空を切って喘ぐのみ。

 

「私は…」

 

『スペちゃんに、スピカに負けたくないからデス!』

 

「私、は……」

 

『お互い絶対にモノにしましょう!』

『うん…えい、えい、おー……!』

 

「私、は…っ」

 

『お前はレースセンスがある。努力の成果が出せれば、負ける筈が無い』

『エルコンドルパサー。“絶対”を見せろ』

 

 

『エル、私は彼をーーー』

 

 

「私はァ…!!」

「左から失礼ッ!」

 

 指先が、散らした筈の暗雲に包まれた。ここで、エルの気持ちは完全に潰えたのだった。

 

 

 

 2回目の大舞台だった。

 前は、私の気の緩みで負けました。完敗でした。

 でも、皆がいたから。

 皆がゴールで待っててくれたから、私はここに来れました。

 

 ずっと見ててくれたトレーナーさん。

 

 走る目標を教えてくれた凱夏さん。

 

 辛い時に励ましてくれたゴールドシップさん。

 

 ダイエットで心を鬼にしてくれたウオッカちゃん、スカーレットちゃん。

 

 幸運なウマ娘が勝つダービーの為に、四葉のクローバーを見つけてくれたマックイーンちゃん。

 

 一緒に走って、ピッチ走法を練り上げてくれたテイオーちゃん。

 

 そして、スズカさん。憧れでいてくれたスズカさん。

 

 ありがとうございます。

 

 

 お母ちゃん。コレが、私の恩返しの一つ目だよ。

 

 

 

 

『夢を掴んだスペシャルウィーク!遂に、夢を掴みましたっ!!!』




 これは英国ダービーの話ですが、「ダービー馬のオーナーになるのは一国の宰相になるより難しい」という逸話がありますね。これ、あながち間違いでもないと思います
 武豊ですら日本ダービーを中々獲れなかったんですから


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次の番

 拙作のルドルフは

中等部入学

即デビュー

中二でクラシック無敗三冠

実績を見込まれて高校一年時点で生徒会長に当選

 という経歴を送っております。そして何かの間違いでジャパンCを勝ったまま無敗です
 っょぃ


「スペ先輩、日本ダービー大勝利おめでとう!乾杯!!」

「「「かんぱーい!!」」」

 

「……で。どうして貴女が仕切ってるんですよ?」

 

 え?だってボク未来のダービーウマ娘だし?

 という訳で、今夜はスペ先輩の祝勝会。いやぁ、凄いレースだった!本当に凄かった!!語彙力無くなっちゃうくらい凄かった!

 

「えへへ…皆が待っててくれたからですよ〜」

「特に最後の末脚、凄かったわね」

「アレは見事だった。見違えたぞスペ!」

「今度俺にも教えてくれよ〜!」

「ちょ、抜け駆けなんてズルいわよ!?」

「いやぁ…アレはただ教えてもらってなんとか出来る類じゃねぇだろ。なぁテイオー?」

 

 …うん。ゴルシ先輩の言う通り、あのスペ先輩の底力は、単純な技術とかコツとかの問題じゃないと思う。ただなぞっても、ごく一般的な末脚に留まっちゃうんじゃないかな。

 ボクもかなり注意してみてたつもりだったけど、真似できる気がしなかった。

 

「ていうか、そもそもスペ先輩本人だって、アレをもう一回やれって言われて出来る〜?」

「なっ!テイオーちゃん、先輩を舐めちゃいけません!スズカさんがゴールで待ってるのを想像すればいつでも出来ますとも!!」

「スペちゃんレース中にそんな事考えてたの…!?」

「いや無理だと思うぞ。ダービーという大一番の極限状態だからこそ出せた火事場のバ鹿力だろ、アレ」

「ギクゥ」

 

 トレーナーの言葉が図星だったみたいで、崩れ落ちるスペ先輩。あーあ、料理を沢山頬張ってたのも相まって夏場の雪見だいふくみたいになっちゃってるよ。

 

「ま、一回突入した“ゾーン”なんだ。練習でちょっとずつ定着させていけば良いさ」

「私達もその過程で盗ませてもらう、って形になるかしらね」

「よぉーし!やってやるぜェ!!」

「ゴールで待ってる人…やっぱり……うん、うん…」

 

〜〜

 

「あらあら。もう向こうは盛り上がってますわね」

「マックイーン」

 

 そんなこんなで盛り上がり始めた祝勝会。各々が料理を口に頬張りながら、やはり主役であるスペ先輩を取り巻いて主にゴルシ先輩とウオッカ先輩とスカーレット先輩が大騒ぎ。それに当てられてやはりテンションが上がり出したスペ先輩とそれを微笑ましげに眺めるスズカ先輩&トレーナー、って構図になった。

 で、ボク達はそれをさらに遠巻きから眺める図。何故かって?実は、そう浮かれてもいられない時期なんだよねボク達。

 

「マックイーンは混ざらなくても良いの?」

「貴女が混ざらない理由と同じですわよ。お互い、気を引き締めてかかるべき時でしょう」

「そりゃそうだ…って、え!?」

 

 ふとした瞬間に、頬に添えられた指がボクを驚かせた。え、何!?

 

「何って、ソースが口から溢れてましたので。もう少し綺麗に食べなさいな」

「食べ方ぐらい気にしなくて良いじゃんかぁ…」

「何が良いものですか。礼節というのは人の在り方を映す鑑であって、おざなりにして良い理由などありませんわよ」

 

 うわ〜!始まっちゃったよマックイーンのお嬢様モード。こうなるとボクにもう打つ手なんて無くて、一方的に説教されるがままだ。

 なんかもう、実家のじいやにソックリだもんマックイーン……。

 

「サーセン、遅れましたぁ」

「凱夏ァ!」

「ぐおぅふッッッ」

「あっ、テイオー!待ちなさい!!」

 

 説法の嵐から、これ幸いとばかりに逃げ場所に突っ込むボク。その場所とはもちろん、頼れるボクだけのサブトレーナー。

 

「どこ行ってたのさ、もう料理だって半分くらい食べ終わっちゃったよ!」

「待って……頭、鳩尾…入ッ………」

「おう凱夏君!ちょうど良かった、来てくれ」

「うい」

 

 ボクを引き剥がした凱夏はそのままトレーナーの隣へ。ああっ、置いてかないで。マックイーンが怖いんだ。

 

「ハイちゅーもぉく!これから大事な話をするぞォ」

 

 そんな時、トレーナーが喚起するように拍手。その瞬間、皆の空気が少し引き締まる。

 …“少し”な辺りが、スピカらしいというかなんというか。

 でもボクとマックイーンは別。きっとこれは僕たちに関わる話だから。

 

「スペは結果を出した。この勢いに乗って、今後のレースでもお前らに頑張ってもらう……その為に!テイオー、マックイーン!」

「「はい!」」

「お前ら来週デビュー戦な!」

 

 待っていた。やっと来た。

 マックイーンもそれは同じみたいで、目に見えない気炎がボク達の身体から立ち昇るみたい。

 トレーナーの言葉と時を同じくして、凱夏がPCを操作。ボク達のデビュー戦を含む、今後のスケジュールが壁に映し出される。

 

「…えー!?マジかよ!」

「いや、言われてみればそういう季節よ!もう6月だもの!!」

「懐かしいわねぇスペちゃん」

「あの時は『一週間後』とか急に言われて大変でしたよ…あっ今回もそうです!?」

「めでてぇなぁ!木魚ライブするわ」

「ここでか?!」

 

 驚愕、回顧、祝福。それぞれ違う、騒がしくも頼もしい反応に、ボクとマックイーンは思わず笑い合ったのだった。

 

 

 ボクがこの時期、入部から2ヶ月しか経ってない時期にデビューを決めたのは、ある理由があった。

 それが会長。ボクの尊敬するシンボリルドルフは、中等部で入学したその年からデビューして2年目で無敗の三冠を獲った。ボクはそれと同じ道を辿りたい、そうしなきゃあの人に近付くなんて出来やしない。

 それに、会長がトゥインクルシリーズに在籍できるのはあと3年だけ。今は生徒会長としての仕事があるからトゥインクルシリーズに留まってるけど、学園卒業と共にドリームトロフィーシリーズに移籍しないといけなくなる。そうなったら、ボクと会長が戦うのは先延ばしだ。いつになるか分からない。

 ボクは、会長と一緒に走りたいんだ。その為にも、1年だって無駄にしたくなかった。

 

 凱夏とトレーナーはボクのフォームの件で一瞬躊躇したけど、最終的にはボクの意見を通してくれた。彼等には感謝してもし切れないや。

 ちなみにだけど、マックイーンもデビューこの時期を選んだのはボクの影響もあるみたい。ヘヘッ、それでこそボクのライバルだよ。

 

「テイオー、マックイーン!たかが2ヶ月、されど2ヶ月!俺達はお前らに教えられるだけの事を教えたつもりだし、そしてお前らは俺達が教えてきた以上の物を得ている筈だ。その全てを、このレースで叩きつけてやれ!!」

「もちろん!ボクは最強のウマ娘、テイオー様だぞよ?」

「当然。メジロ家の悲願、お婆様の為、そして私自身の願いの為に。メジロの走りを見せつけて差し上げますわ」

 

 応えるように強い意志を込めて見返すと、トレーナーの側に控えていた凱夏の真剣な表情が見えた。その懸念を払拭してあげるつもりで、ボクはビシッとVサイン。

 

 さぁ、ここが本当のスタート。スペ先輩の走りで滾る心を、今全部燃やして臨む。

 無敵のテイオー伝説、いよいよスタートだぁ!




スペ「全身全霊はあげませんッ!」
テイ「よよよ…」

末脚のヒントレベルが1上がった▼



次はメイン世代2人のデビュー戦…ではなく閑話挟みます


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閑話:栄光の裏側で
火の鳥、燃ゆ


 前々話のアンケートをここで微妙に反映


「エル?」

「……」

「こっちを見て下さい、エル」

「………」

「何で私が怒っているか分かりますか、エル」

「…ダービーに負けたから、デス」

 

 貸し切られた体育館。その中心に、場違いに設けられた畳2枚。

 目に見えて意気消沈したエルの為に、グラスがおハナさんに頼み込んで作った説教空間であった。怪鳥は正座で縮こまるしか無かった。

 向かい合う2人の間に、静謐でありながら一触即発の空気が流れる。爆発しそうなのはグラスの方だけだが。エルの方は、手痛い敗北もあって落ち込んドルパサーである。

 

「間違ってはいませんが、厳密には違います……けれど、この際まずはそこを起点に話を進めますね」

「ハイ」

「エル」

「ハイ」

「最終直線50m。なんですか、あの体たらくは」

 

 日本ダービーでのスパートにおけるエルの突然の失速は、リギルメンバーの殆どにとって目を剥くような予想外の事態だった。序盤から中盤にかけて囲まれた事を危惧していたおハナさんですら驚愕したレベルで。

 スペに差し返される直前までは、問題無く最高速だったからこそ尚更だ。

 全てを分かっていたのは、グラスだけだった。

 

「ち、力が急に入らなくなって…」

「力?何も故障は無いのでしょう」

「だから、私自身も分かんなくて……」

「分からない筈がありません。エル、貴方は何を目指してましたか?」

 

 一刀両断されたその言葉に、エルはついカッとなる。本当に分からないのに、勝手に決めつけられても困ると。

 

「スペちゃんデスよ!あの娘に勝ちたいから、勝つ為に彼女を抜かそうと…!!」

 

 

「見据えるべきはゴールでしょう、エル」

 

 

 ハッとした。冷静になった頭で見返すと、グラスの鋭い視線がエルの背筋を貫いていた。

 

「スペちゃんを抜かした時点で満足しましたか?そこで貴女のレースは終わってしまったんですか?」

「あ、あ…っ」

「エル」

 

 もう何度目かも分からない呼びかけ。それを皮切りに、グラスもまた己の内心を吐き出した。

 

「私、嬉しかったんです。リハビリしか出来ない私を励ましてくれる事、私の為にダービー制覇を約束してくれた事。本当に、本当に嬉しかったんです。今もありがたいと、心から思っています……

 

……でもそれ以上に、由緒あるダービーにそんな態度で臨んだ事が許せないんです」

 

 共に研鑽する貴女だからこそ。という念を込めて告げられた言葉に、エルは反論出来ない。

 数瞬の沈黙を経てやっと、ポツリポツリと理由を零すのがやっとだった。

 

 凱夏がリギルを抜けた事。

 グラスを勧誘したのは彼にも関わらず、彼女を見放したようにエルの目には映った事。

 それ以来、グラスが寂しそうに見えた事。

 だから、ダービーでスペちゃんに勝って、その奥にいる凱夏に目に物を見せてやろうと思った事。

 

 全てをグラスは静かに聞いていた。打ち明けてくれたエルに、感謝の微笑みを向けながら……

 

「エル」

「ハイ…」

 

 

ブッピガァンッ!!

 

 

「ブエノーーー‼︎‼︎」

 

 

 関節を極めた。ご丁寧に、絶妙に畳を荒らさないまま体育館の床に移動して。

 

「エル?」

「ナンデスカー!?」

「貴女は私の為を思ってくれていたようですが、ハッキリ言って余計なお世話です。私の因縁は私が決着をつけますし、何より私と凱夏さんはお互い納得の上で離別しました。そんな事で気を惑わせるくらいなら、寧ろ私の事なんて気にも留めてくれない方が余程ありがたかった」

「ア°ア°ア°ア°!デ、デモ!寂シソウニ見エタノハ、ドウシヨウモ無カッタデェェェス!!」

「ええ、その事に関しては私の落ち度でしょう。知らず知らずの内にそんな甘さが滲み出ていた自分の至らなさに、腹ワタが煮え繰り返りそうです」

「な、なら…」

「でもそれはまた別の話。よりにもよって本番で、スペちゃんに八つ当たりをやらかした貴女の責とは何の関係も無い」

「アイエェェェ!!」

 

 いよいよ曲がってはいけない方向に曲がり始める関節に、エルの悲鳴はより鋭さを増していく。それ以上いけない。

 

「グラスちゃん、それ以上いけないわ」

 

 実際にそう言って止めたのは、お目付役として抜擢されたマルゼンスキーだった。流石に彼女に止められてしまっては、グラスも引き下がる他無い。

 解放されたエルは、寸前まで抜け出そうと藻掻いていたのもあって勢いよく倒れた。コンドル、地に墜つ。

 

「すみませんマルゼンスキー先輩。私、頭を冷やしてきますね」

「グラスちゃん」

 

 エルを畳の上に寝かせて去ろうとする背中に、マルゼンスキーは声を掛ける。

 

「自分の所為だなんて、間違っても思うんじゃないわよ」

「……心得ています」

 

 理屈で分かって他人に説いても、それを自分にも適用出来るとは限らない。

 今、グラスの中には「私の所為でエルが負けた」という思いが少なからず発生していた。怪我をしていなければ、ダービーに出ていれば、弱い自分を見せなければ、心配させなければ……と。

 目敏く咎めたは良いものの、どこまで払拭できたやら。グラスの背を見送りながら、マルゼンスキーは自分の言葉の薄っぺらさに心底辟易とするのだった。

 

 

 

〜Side:グラス〜

 

 

 

 

 

『リギルで鍛える気は無いか?』

 

 思い出す。

 

『えっマジかぁ…まぁ気が向いたらいつでも口利きするから』

 

 初めて会った日を思い出す。

 

『根詰め過ぎるなよ。後悔するのはお前だからな』

 

 2度目の邂逅を思い出す。

 

『待ってるよ。お前が這い上がってくるのを』

 

 幾度目かに交わした会話を思い出す。

 

『おめでとさん。これで晴れてリギル部員だな』

 

 待っててくれた貴方を、思い出す。

 

『俺は飽くまでサブだから、こんな重いのを受け取るなんて出来ん……が、重ねる事ぐらいなら』

 

 私の不退転に、あの4文字を添えてくれた事を思い出す。

 

『怪我からの復帰プランの草案、その後のレース日程に関する提案、全部しっかりおハナさんに伝えた。グラス、お前は彼女の下で輝ける。絶対に』

 

 

 嗚呼、遅かった。

 リギルに入るのが遅かった。

 彼を()るのが遅かった。

 気付くのが遅かった。。

 伝えるのが遅かった。

 嗚呼、遅かった。

 

 私が、スズカ先輩より早く生まれ、入学していれば……。

 

 

 全ては机上の空論、後の祭り。結局私は、彼が背負うスズカ先輩の影を払えなかった。一緒に歩む存在には選ばれなかったのだ。

 けれど、予想出来た話でもあった。最初から彼は“(グラスワンダー)善きトレーナー(おハナさん)と引き合わせ、自分はそのサポートに徹する”というスタンスだった。彼自身と歩みたい私とはすれ違っていた。薄々その事が分かっていたから、彼から切り出された移籍の話も素直に飲み込めた。

 

 でも、こう考えてしまう。

 私があと一歩踏み込んでいれば、何か変えられたんじゃないかと。

 

 言われた通りに、意地を張らずにすぐリギルに入部して律されたトレーニングをしていれば、蓄積疲労で怪我なんてせずに彼とレースの道を往く時間が増えたかも知れない。

 彼が私を理解してくれているのだと早期に信頼しておけば、その分心の距離を詰めれたかも知れない。

 彼に惹かれていく自分の心に早く気付いていれば、自分の行動を変えられたかも知れない。

 彼に自分の心をもっと素直に伝えていれば、彼に自分をより意識させる事が出来たかもしれない。スズカさんとの件で自分を責める彼を癒せたかも知れない。

 

 そうすれば、彼は私に寄り添ってくれただろうか。

 そんな傲慢な考えが、よぎってしまう。

 

「…“一意専心”」

 

 私の不退転に、彼が添えてくれた筆。

 ああ、変えられなかった。変わらなかった。この言葉の通りだ。

 凱夏さんがどこを目指しているかなど知らない。だがそれは少なくとも私の目指す道から逸れた位置にあって、そして彼は一意専心にその先を目指している。リギルを離れたのもその一環だと、直観が告げている。

 だから、どう足掻いてもこうなったのだ。彼は私のトレーナーにはならない運命だったのだ。

 

「不退転ーー」

 

 そう思って、私は自ら書いた『不退転』の和紙を取り出し。

 

 

 

「ーー何が、不退転か」

 

 

 

 引き裂いた。

 

 何もかもが烏滸がましい。こんな未練がましく醜くのたうち回る姿が、大和撫子だとほざくつもりかグラスワンダー?

 エルにどれだけ心労を掛けた?

 如何程の心配をおハナさんや先輩方に掛けさせた?

 そんな軟弱な不退転で、彼の一意専心に顔向け出来るか?

 

「…変わります」

 

 否。変わらなければならない。怒りの劫火で自らの身を焼き、その中で生まれ変わろう。

 誇れる自分である為に。

 皆に誇られる自分である為に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瞳に燃える青い炎の中で、不死鳥はその翼を伸ばし続ける。いずれ来たる“その時”を見据えて。




 ダービー直後の話はウンス&キングや桐生院&ミークも含めて1話に纏めたかったんだけど、グラスに設定盛り過ぎてこのザマです


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青雲再起/白閃開花

 ブライアンは持ってないので、府中空間を突っ走るJ9である事しか知りません
 キャラ違ったらごめんね!


「かんぱーい!!」

「か、かんぱーい!」

「「……」」

「あら、どうしたのかしら?フラワーさんを除いて、皆さんこのキングの杯を受け取れないっていうの?」

 

 少女が張り上げた声に、他の者達はどうしたものかと顔を見合わせるのみ。この場の主役たる者ですらそうだった。

 

「あの〜、キング」

「何よスカイさん。貴女のダービー2着への祝励会なのですから、もっと胸を張って欲しいものね」

「いやぁ、そう言われてもですねぇ」

 

 今回のレースは、セイウンスカイにとってかなり苦い結果だった。狙っていた三冠は二冠目を前に潰え、本来の実力的にもスペとエルの2人に完敗。漸く滑り込んだ2着だって、エルの奇跡的な逆噴射を前に希望を見出せなければ危うかっただろう。

 何より、トレーナーさんに栄光を贈る為に、目の前の友人を踏み台にしてまで臨んだレースでこのザマでは、喜べという方が無理だ。少なくともセイウンスカイはそう感じていた。

 だが、踏み台にされた当の本人はそうでもなかったようで。

 

「甘えた事を言わないの。私に気兼ねしてるんだったら、それこそ私への侮辱よ」

「!」

「後ろから見た貴女の背中は素晴らしかったわ。それに追いつけないのは私の責任、エルさんを追い抜いたのは貴女の努力の成果。その事実に何か偽りがあって?」

「キング……」

「だから!貴女がそんなしょぼくれた顔をしてると!追いかける甲斐が無くなってしまうのよ!!」

 

 バン!と叩かれた肩が痛い。でもその痛みは心地いい熱となって、心に染み渡っていく。

 

「悔しいんだったら次、菊花賞でスペさんを置き去りにしてみなさい!スペシャルウィークさんが3着、貴女が2着、そして私が貴女達の目の前で今度こそ1着を掻っ攫ってあげるわ!オーッホッホッホッ!!」

「そうですよスカイさん!今回悔しいならやり返せば良いんです、キングさんは励ましてくれてるんですよ!」

「んなっ!フラワーさん、ちょっとステイ!一旦お黙りなさい!!」

「えっ、もしかして違いました?すみません!」

「いや違うというか、謝って欲しい訳じゃないというか……」

 

 目の前で始まった漫才に、意図しない笑みが漏れる。ああキング、やっぱり君は私のーーー

 

「…どうやら、俺も歳とって日和っちまってたらしい」

 

 そんな私の肩に手を掛けたのはトレーナーさん。皺が増えたその顔、でもその瞳には先程までは消えかけていた筈の闘志が満ちている。

 多分きっと、それは私も同じだろう。

 

「年齢の所為、時期の所為、運の所為…それらで言い訳しそうになっていた。そうじゃねぇんだ。俺は俺の散り際をお前らの花道で飾るって決めてんだ」

「トレーナーさん」

「勝つぞセイ、キング!俺は俺の為に、お前はお前の為に、お嬢はお嬢の為に。映えある三冠目に輝くのはリョウん(とこ)のスピカでもハナん所のリギルでもねぇ、このチームアルデバランの超新星だと世間様に叩きつけてやれ!!」

「当然よ」

「…そうだね〜」

 

 スピカの祝勝会と同時に行われていた祝励会は、いよいよ盛り上がっていく。目指すは菊花、“最も強いウマ娘”の称号!

 

 

 

〜Side:ブライアン〜

 

 

 

 会長に併走を頼まれた。喜んで引き受けた。

 …いや、喜んでというのは少しだけ語弊がある。アイツは俺に“副会長”としての責務の一つを求めていた。私はそれに応じただけの事。

 会長は強いウマ娘だった。私の渇きを癒してくれ得るだろうウマ娘だった。

 だが、アイツは私と戦ってくれない。自分が決めた責務に縛られて、生徒会長の座に縛られて(しがみついて)いるからだ。

 下らないと思う。そう思いながらも私が副会長への誘いを断らなかったのは、彼女のその志が正しく、そして尊い物だと分かってしまっていたから。

 全てのウマ娘に幸福を。荒唐無稽だ。無謀だ。傲慢だ。だが、アイツはやり遂げるだろう。理想論を現実になった時、多くの人に幸せをもたらすだろう。

 そしてその理想論に、アイツ自身が呪われる事を是とした。

 

 だから、これはその代償。

 私は、アイツが“皇帝”シンボリルドルフで在る為の楔になった。

 

 

「ブライアン先輩」

 

 

 そんなアイツと入れ違いで来た後輩。黒混じりの鹿毛とは正反対の白毛が風に揺れているのが見える。

 

「…併せウマ、見てました」

 

 それがどうした。

 

「最後、なんで流したんですか」

 

 

「……目的は果たしたからだ」

 

 流したくなかったさ。流すまでは全力だったし、その後だって全力でやりたかったさ。

 例えただの併走でも、アイツと本気で競えれば乾きを癒せるんだ。その絶好のチャンスを何故みすみす逃さなきゃならない。

 

 だが、それはルドルフもまた()()()私を求めて初めて成立する前提だった。今回は、いやいつもそうじゃなかった。

 アイツは、“諦めなければいけないウマ娘”なのだから。

 

「ルドルフは、本気で走らない」

 

 走れないのではない。走ってはいけないのだ。

 本気をぶつけると、周りの才能が死ぬからだ。

 本気を曝け出すと、“理想”ではいられないからだ。

 

「アイツは“与える”為に、“求めちゃいけない”んだ」

 

 だから、諦める為に私と併走した。エルコンドルパサーが“絶対”を逃した事への隠し切れない落胆を、諦念で押し流す為に。

 この道を進むのは自分だけであるという事実を再確認する為に。

 

 併走ではルドルフが先行した。私はそれを差そうとした。

 最終コーナーで差した。その瞬間に膨れ上がった存在感。来る、と身構えた。

 だが、来なかった。振り返った時、既に奴はその気迫を自ら鎮めていた。その瞳に、絶望にも似た慈しみを秘めて。

 

 それが、いつもの併走。私とアイツが交わす茶番の、恒例の閉幕。

 アイツは私と向かい合う事で、自らの責務を思い出す。

 不躾な私と相対する事で、清廉な自分を思い出す。

 強い私と競り合う事で、強い自分の立場を思い出す。

 そして、己の身勝手を捨てる。

 偶像になる。なってしまう。

 

 アイツは一つ礼を言って、頭を下げて、私をターフに置き去りにした。

 ああ。こんな事になるんなら否定してやれば良かった。その使命を下らないと吐き捨てて、真っ向から喧嘩を売れば良かった。

 でも無理だった。数多の夢の火を消してきてしまった私は、その火を守ろうとするアイツの想いを尊い物だと捉えてしまった。守りたいと願ってしまった。

 この願いがある限り、どれ程の後悔があろうと、私は何度だってアイツの道を肯定してしまうだろう。アイツの呪いを黙認してしまうだろう。

 だからせめて、私も一緒に堕ちてやる。

 その渇きを共にしてやる。

 満たされない嘆きを、諸共に干からびるまで慰め合ってやる。

 それが私の、副会長としての責務だった。

 

「……難しい顔してます」

「子供には縁の無い話だからな」

 

 そうだ、一生縁の無いままでいろ。踏み込んでくれるな。これはアイツだけの戦いで、だからこそアイツだけの悲劇であるべきだ。それが他ならないアイツ自身の願いなんだから。

 

……だというのに、白毛の後輩はその場から離れようとしなかった。何だコイツ。

 

「私、エル先輩の力になれませんでした」

「自惚れるな。デビュー前の身でクラシック級のトレーニングに着いて行けた事をまず誇れ、合わせて貰えた事を感謝しろ。アイツの敗北はアイツの物だ」

「でも、私にとっての敗北でもあります」

 

 変わった声色に思わず目を剥く。コイツ……

 

「勝ちたいウマ娘がいるんです」

「…話の流れで想像はつく」

 

 ルドルフと重なる相手だ。同じ白束を鹿毛に煌めかせ、無敗三冠を目指す幼い影。

 

「私、あなたを超えたい。あの娘が夢に辿り着いたとしても、相見える度に全力を出さなきゃいけない相手に」

「当て付けか?ルドルフの全力を封じる為の、足枷への一助となっている私への」

「違います。あなたが私の目標に一番近いから言ってる」

「……っ」

「会長があなたを頼るのは、あなたがあの人に匹敵する程強いから。でしょ?」

 

 分からない。そうだろうと思っているし、そうであって欲しいとも願っている。

 だが、確かめる機会は無かった。あってはならなかった。

 

「…もう話す事は無い。帰れ」

 

 下手に聡い奴と話すのは嫌いだ。好き勝手に、一方的にこっちを掘り返して分かった気になってくる。

 せめて姉さんぐらい言葉を選べるようになってから出直して来て欲しい。

 

「嫌。帰らないし、帰さないです」

「……はぁ」

 

 顔を背けたその先に回り込まれてしまった。本当に面倒臭い。1人で腐る時間すらくれないのか。

 

「一回、一緒に走って欲しい。それが終わったら帰ります」

「併走か?」

「ううん。潰す気で」

 

 ……は?

 

「正気か?」

「私という才能を、磨り潰す気で来て欲しい」

 

 聞き返す私に、これでもかという闘気を込めて返される。それはつまり、私がこれまで数々の才能を潰してきた経歴を知った上で言い出したという事で。

 

「……後悔するぞ」

「もうした。エル先輩と一緒に負けました。次は勝ちたい」

「…フン」

 

 仕方ない。コイツはもう梃子でも折れちゃくれないだろう。

 ならば、お望み通り力尽くでやるしか無い。

 

「来い」

「はい」

 

 きっと私は頭が回っていなかった。ルドルフの事で鬱憤が溜まっていて、何でも良いからそれを発散したかったのかも知れない。

 だから私は、後にこの日の事を少しだけ後悔する事になる。

 

 

「……私、折れないから」

 

 

 この才能に、私の走り(生き方)を教えた事を。




 前にも言いましたが、マジで執筆が滞っちまっています
 流石にストック尽きるまでには供給を再開できそうですが、保証できる状況ではない事だけ把握して頂けるとありがたいっす


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それぞれのファンファーレ
覇道、壱歩を踏み締めて


 南坂君はいつ出そうかな


 トタトタと地下バ道を駆けていく背を見送った。それを見送った凱夏は、つい先ほどまで浮かべていた笑みとは裏腹に厳しい顔で嘆息を吐く。

 

「不安か?」

「そりゃメイクデビューですから」

 

 隣の西崎からの言葉に、若干の呆れを混ぜながら返す。メイントレーナーはそっちの方なのに、まるで緊張の色が無い事の方が凱夏にとっては不可思議だった。

 

「やれるだけやったんだし、後はドンと構えるしか無いだろう。そんなんじゃ、テイオーに不安を気取られちまうぞ」

「今回はギリ隠せてましたかね?」

「ギリギリな」

「……ちょっと頭冷やします」

 

 鈍い音が鳴った。西崎は目を見開いた。

 

「なに…や、って……」

「他の娘には、転んだと口裏合わせて頂ければ」

 

 鼻から滴る血。拳にこびり付いた赤。

 それにドン引きする先輩を他所に、凱夏はバ道の先の光を見据える。

 

「勝てよ、テイオー」

 

 その向こうに駆ける、華奢な双肩に希望を託して。

 

 

 

〜〜

 

 

 

 ゲートが開いた。

 テイオーのデビュー戦が始まった。

 

(コレがトウカイテイオー……)

(多分、私達の中で一番強いウマ娘…!)

 

 スタートは上出来、先頭集団に躍り出たテイオーに向けて各ウマ娘の意識が集中する。選抜レースから2ヶ月強、既に彼女の見せた強さは同世代には広まっていた。

 このウマ娘を超えない限り栄光は無い、と。

 

(みーんなボクの虜。ま、これも悪くないけど……っ)

 

 観客の視線を独占する事に一定の悦楽を感じていたテイオーだったが、レース中にライバルからの視線を集中されるとなると些か話は別だ。なんせ敵意も敵意、その切れ味はナイフのようにテイオーの精神を削ごうとしてくる。

 

 1人、2人と追い縋ってくる後続。外側に付けて様子を窺う姿勢。明確に、テイオーを内側に封じ込める気満々だった。

 現在1位のウマ娘に前を、2位のウマ娘に左を塞がれる。4位に斜め後ろも。

 テイオーを籠に閉じ込めるようにして、レースは中盤に差し掛かる。

 

(自由になんてさせないんだから!)

 

 1人のウマ娘がそう思うが、その思いは皆同じだ。勝たなければ先に進めない、未勝利で燻りたくない。なればこそ、初戦たるメイクデビューは絶対に落としたくない。

 ならば、その一番の障害を全力で封じるのは最早テンプレートだった。テイオー当人以外の全員がそう考えていた。

 最初にテイオーが飛び出したペースに、それに追い付いた時のペースのまま、進む。進む。絶対に逃したりしないよう、置いて行かれる事の無いよう。

 その中で、テイオーは甘んじて燻り続ける。

 

(抑え込めてる…?)

 

 先頭のウマ娘が訝しげに後ろを見た。

 

 

 目が合った。

 

「ッ……!!」

 

 

 

ーー

 

 

 

「ほう」

 

 展望席にて、ルドルフは感嘆の声を上げた。

 

「もうそんな技まで仕込んだか」

 

 

 

ーー

 

 

 

『お前の基礎能力は既に同世代の中でも飛び抜けてる。そんじょそこら相手じゃ、タイマンで負ける訳が無い』

 

 凱夏の言葉を反芻する。

 

『だがレースは集団戦、そして皆お前を警戒するだろう。多対一だ』

 

 うん。その通りになった。

 

『だがレースは個人戦の延長、所詮は団体戦じゃない。談合でもしない限り、そしてしたとしてもデビュー直後の身じゃ出来る連携なんて(タカ)が知れてる』

 

 うん。

 

『テイオー、逃げウマに着いて行け。余裕があれば、相手が後ろを見て来た時に軽く見つめ返せ。意識するのは精々それだけで良い』

 

 うん。

 

『そして、最後に』

 

 うん。

 

 

『テイオーステップ、()()()解禁な』

 

 

 

 

ーー

 

 

 

 

(こういう事だね、凱夏!)

 

 

 テイオーが跳んだ。

 横に。

 

「「「なっーーー?!」」」

 

 ウマ娘達の包囲網が前提から崩壊する。いや、最初から成立すらしていなかった事に今更気付かされる。

 最終コーナー、スパートが入ったその瞬間。あるウマ娘は加速で外にブレ、またあるウマ娘は疲労で失速した瞬間。

 その瞬間に出来た間隙を、テイオーがスルリと抜け出したのだ。

 

(テイオーステップか!?)

 

 後ろから追い立てて、標的の脱出の一部始終を目撃したウマ娘は勘付く。

 テイオーステップは、関節の柔らかさを基盤にした超前傾・超ストライド走法だと記憶していた。だが違ったのだ。

 前に向ける力を、横に向けれないと誰が言った。

 

 小柄な体を活かし、まるで直角に曲がり続けるかのようにライバル達の間を縫うように駆ける。包囲は無意味だと、お前達の頑張りは無価値だとでも嘲笑うように。

 自由自在にバ群を突き抜けるその軌跡は、まるで稲妻のようだった。

 

「ふざっ……けるなぁぁぁ!!」

 

 怒りと悔しさに吠えたウマ娘は、更なるスパートを掛けようとして愕然とした。

 末脚が、出ない。

 

 テイオーへの意識。プレッシャー。

 彼女を抑え込もうと、序盤のハイテンポに追随した事。

 抑え込み“続けよう”と、そのハイテンポを維持した事。

 その疲労が、この最終局面に入って足枷となる。

 

「むりぃ〜〜…!」

 

 同じ状況だったのだろう誰かが悲鳴を上げた。それを皮切りに、次々と脱落していった。

 そしてそれは、唯一テイオーへの意識が薄かった筈の先頭ウマ娘も何故か同様で。

 

「なんっ、で…!?」

 

 おかしい。なんで心がこんなに削れている。

 先頭で自由に走ってた筈なのに……。

 

「じゃあね…!」

 

 横を通り過ぎていくポニーテール。その瞳を見た瞬間、彼女は全てを悟る。

 

(ああ、“見られてた”んだ)

 

 深淵を覗く者は、また同じように深淵に覗かれる……とは誰の言葉だったか。

 彼女はレース中、チラリチラリとテイオーを見ていた。見てしまった。

 その度に見返されてしまった。

 

 その経験が、“一番の強敵に狙われている・捉えられている”という自覚を齎らした。

 蛇に睨まれた蛙になってしまったのだ。知らず知らずの内に萎縮していたのだ。

 

 

『トウカイテイオー、抜けて3馬身のリード!』

 

 

 根性の尽きた相手を置き去りにし、テイオーは最終直線を突っ走った。

 実況を含む観客の誰もが、テイオーの勝利を夢見る。確信する。

 しかし。

 

「〜〜〜……っ!!」

 

 当のテイオーの顔色は冴えない。

 だが、誰も追いつかない。だから、殆ど誰も気が付かない。

 

「それでも…ォォオオオ!!」

 

 それでもテイオーは、ゴール板を最初に駆け抜けてみせたのだった。

 

 

 

 3馬身差の《まま》で。

 

 

 

〜Side:テイオー〜

 

 

「テイオー!」

 

 初めての公式レースでもうクタクタ。そんな状態のボクを真っ先に出迎えてくれたのは、ボクの一番大事な人だった。何故か鼻にティッシュ突っ込んでるけど。

 倒れるようにその胸に飛び込むと、強く抱きしめ返されて頭を撫でられる。えへへ、なんだかとっても嬉しいや。

 

「よく頑張った。本当に、よく頑張ってくれた!!」

「も〜、苦しいよ凱夏ぁ」

「……あっ、スマン」

 

 って、急に離されちゃった。勿体無い。

 

「テイオーステップ、前方向はちゃんと我慢したよ。偉いでしょ〜」

「偉くない訳無いだろ。お前ホント凄いよ。流石テイオー。さすテイ」

「うむ!もっと褒め称えたまえ!!」

 

「その分、最後は少し詰められてましたけどね」

「……むぅ」

 

 何だよぅマックイーン。今良い所なのに。

 ………でも、彼女の言う通りだ。最後、ボクはテイオーステップを使わなかったから思うように加速出来なかった。

 ちょっと苦しい顔付きになっちゃったのも、今クタクタなのも大体その所為。

 

「ライバルとして、貴女にはあの程度で満足して欲しくないから言ってるのですよ」

「分かってるって。次はもっと上手くやるさ!!」

「そうでなくては」

 

 大丈夫、もう経験は積んだ。ボクはこの道で、無敗の三冠を目指す。その為の一歩目だ。

 だから、次は君の番だよ?

 

「それは良いけど、ボクの事を煽りに来てる暇なんてあるの?明日はキミのデビューでしょ、不甲斐無い走りして泣いちゃわないでよ〜?」

「んなっ…良いでしょう。そ・ん・な・に私が心配で仕方ないなら、半分の力で圧勝してあげますわ。それを見て絶望しても知りませんわよ!」

「なにおう!!それならボクだって今日は1/4ぐらいしか力出してないし!」

「そんなに汗ダラダラかいておいてですか?」

「凱夏に抱き付かれて暑いだけだもん!!!」

 

 売り言葉に買い言葉。でもこの瞬間が、レースの後の安心感も相まってなんだかとても気持ち良かった。

 

「まぁなんだ。とっとと西崎さん達と合流して身体休めるぞ。控え室で待っててくれてるんだろ、マックイーン?」

「っと、そうでしたわ。ほらテイオー、行きますわよ」

「うん!…ってなんで手を引っ張るのー?」

「貴女こうしてないとフラッとどこかに行きそうなんですもの」

「なんかやだ、離してよ。ボクはマックイーンの姉妹じゃないよ」

「いやぁ、テイオーはクソガキ妹って立場が似合い過ぎてなぁ」

「凱夏までぇ!」

 

 3人で来た道を戻る。こういう日々が、ずっと続くと良いなぁ。

 

 

 

ーSide:桐生院葵ー

 

 

 

「1分53秒2」

 

 記された数字は、今出された記録の物。

 

「想定値は1分52秒9」

 

 その上に記された値は、レース前に予想していた物。

 

「0.3秒の遅れ。主因は例の走法を使わなかった事」

 

 事実を暴き、理屈を赤裸々に綴る。

 それが出来るだけの能力が、彼女にはある。

 

「しかし、バ群に囲まれても削られない精神力は驚異的。一因として考えられるのは、度々目撃されていた根性トレーニングと、先頭ウマ娘に対しスリップストリームを取って体力を温存していた事。これらの事から同チームのスペシャルウィークの影響が大きいと見られる。ピッチ走法も会得している可能性大」

 

 なぞり、辿り、現実を識る。

 

「バ群から抜け出す際の足捌きを見るに、選抜で見せた例のステップは死んでない。なのにスパートで使わなかった事には、必ず理由がある筈。要考察」

 

 そこまで書き終えて、桐生院葵は漸く顔を上げた。競技場はもう観客もまばら、日も傾き始めていた。

 

「ミーク、イメージではどうでしたか」

「テイオーステップ。使わないテイオーとなら互角、使われると不味い」

 

 ターフを見据えて呟く相棒。ピョコピョコ動くのその耳を撫でて、桐生院は微笑んだ。

 

「なら、使われても勝てるようにしましょう。貴女と私なら出来ます」

「うん…勝つ」

「テイオーさんに宣戦布告しに行きますか?」

「ううん。まだ良い」

「分かりました。じゃあ帰りましょう」

「うん」

 

 白無垢は牙を砥ぐ。その刃先を、獲物へと突き立てる日の為に。




 キラキラしてますなぁ、と彼女は観客席で呟いた。
 その瞳に羨望と、消し切れない執念を燃やしながら。


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王道、弐の足を許さず

 じじまご好き


 ターフを前にした私は、一つ深呼吸した。

 調子は万全。努力も積んだ。後はそれを見せるだけ。

 

「芝2400m。いけるな?」

 

 勿論ですわ、と言う意味を込めて強く頷く。

 メジロのウマ娘として築き上げた基礎。チームスピカで積み上げた鍛錬。

 あと……いえ、これは思うだけでも少し恥ずかしいので一先ず置いておきましょう。

 

「そうか…凱夏君から言う事は?」

「ありません。仕上がりは完璧と言えるでしょう」

「当然ですわ。メジロ家のウマ娘たる者、摂生は徹底して自制しておりますもの」

「の割には、例の対抗ウェイトバトルの期日直前にスイーツ店前で葛藤してたようだけどな〜」

「なっーー!?」

 

 どこで知りましたの!?と顔を向けると、既にゴールドシップ先輩は素知らぬ顔で口笛を吹いておりました。何しに来ましたの…?

 

「お前なぁ…和ませたいなら他の言い方あるだろ」

「えぇ〜、ここまで一緒に練習したんだから良いじゃねぇかよぅ?マックちゃんは気負い過ぎる()()()があるし」

「リラックスしろと言うのなら、もっとやり方を考え欲しいものですわ」

「いーや、この言い方が1番だって私なら分かるんだ!テイオーの仮専属サブトレが凱夏だってんなら、マックイーンのそれはアタシだからな!!」

「ったくお前って奴は…」

 

 胸を張る先輩に対し、呆れ帰るトレーナーさんと凱夏さん。でもその中で、私は堪えきれずつい笑みを漏らしてしまう。

 まぁ実際、ゴールドシップ先輩はここまで結構な頻度で私の練習に付き合って下さいましたし、その分頼りにもさせて頂きました。この事に恩義を感じていないと言えば嘘になります。

 なので、ここは彼女の顔を立てて。

 

「では私だけのサブトレーナーさん。レース後の私の足の為に、冷やす氷を用意しておいて下さいな」

「……っ」

 

 あら?私、何か変な事を言ってしまいましたでしょうか。

 

「…おうおうおう!婆ちゃんの頼みってんなら苦労も何のその、ツンドラの永久凍土を持って来てやんよー!!待ってろー!」

「誰が貴女のお婆様ですの!?」

 

 硬直したかと思いきや、急に勢いを取り戻して爆走していく背中。全くもう、心配して損でしたわ!

 

「…さて。ではゴールドシップ先輩が変な物を持ち帰って来る前に、さっさとレースを終わらせて参りますわ」

「お、おう。いつの間にそんな手慣れた扱いを…」

「あら、これが最適解でしたの?覚えておきましょう」

「助かるよ…じゃあ凱夏君、俺たちはもう行こうか」

「婆ちゃん、ねぇ…」

「凱夏君?」

「アッハイ」

 

 その言葉を境に、トレーナーさん達は一歩後ろへ。そして私は一歩前へ。

 陽光の差す緑の海へ、踏み出した。

 

 

〜Side:スピカ〜

 

 

「凱夏急いで!もう始まっちゃうよ!!」

「わーってるわーってる。最前列抑えたな?」

「もちろん!マックイーン、勝てるよね?」

「お前が信じたい物を信じろ。俺はそうする」

「分かった!!」

 

「ところでだけどお前ら、ゴルシから何か聞いたりしたか?」

「ゴールドシップさんですか?」

「さっき来たけどなぁ…」

「なんかすぐ行っちゃったわよ」

「レース終わる頃には戻ってくる、って言ってましたよモグモグ」

「はぁ?レースが終わるまでの精々数分って事はツンドラ行きじゃないし、だとしたらどこ行ったんだ……」

 

 

〜Side:マックイーン〜

 

 

 レースは恙無(つつがな)くスタートしました。

 私の作戦は逃げ。しかしスズカ先輩のような大逃げではなく、飽くまでレース全体のペースと比例させての逃げです。

 

『先頭はメジロマックイーン。ハナを進むッ』

『2番手とは現在1バ身差』

 

 感じる気配を、聞こえてくる実況で答え合わせ。挑発や牽制に乗らないよう、得る情報はそれだけに限定します。

 トレーナーさん曰く、私のレベルは既に同年代の娘達とは段違いの域だそうで。崩れなければまず間違い無く勝てる、ならば崩さない事にのみ注意をすれば良い…という判断に至りました。逃げを選んだのもそれが理由です。

 その証拠に、ほら。

 

『ああっと、先頭からの距離がどんどん開いていくぞ!後ろの子達は追いつけるか?』

『メジロマックイーン、掛かってないか心配になりますね』

 

 ただ私のペースで走っているだけなのに、後ろの娘達が脱落していくのが分かる。ならば、と私も足を温存するべく若干ペースを落としました。

 ちなみにですが全く掛かっておりません。全ては想定通りです。

 

(いけるーーーっ!)

 

 私のペースダウンを見て、希望を見出した娘の内心が聞こえてくるよう。少々心苦しいですが、現実というものを教えて差し上げますわ。

 もう第4コーナー。私は先頭。

 つまり、いつもの勝ちパターン。私の王道に入った。

 

「貴顕の使命…その為にッ!」

 

 カチンと、私の中でギアが入った音がした。そんな気がしました。

 加速する足。耳を薙ぐ風がその強さを増す。

 

「うそっ…!?」

 

 2番手の娘が動揺したのが分かりました。きっと私のスパートに追いつくべく乗るべきか、まだ足を溜めるかで迷っている。

 その隙に、私は全力でスパートを掛けた。

 

「ああっーー!!!」

 

 躊躇いは命取り。相手が格上なら尚更。

 私の走りは、それを許しはしない。悲鳴を背にして尚駆ける。

 

『メジロマックイーン、強い!強過ぎる!!』

 

 もうセーフティリードも良いところだろう。充分に差をつけた、後は歩いたって勝てる。そんな距離が開きました。

 流せば良い。勝って当たり前のデビュー戦、無理して足を壊しでもしたらどうするのか。

 

(ーーーでも)

 

 

 

『マックイーンはさ、凄いウマ娘になるぞ』

『…お世辞ですの?』

『いんにゃ、分かるんだ。運命って奴?』

 

 ああ、いけすかない顔が脳裏に過ぎる。

 

『マックちゃんはな、強過ぎて周りが退屈すんだ。でも、その退屈も笑えちまうぐらい、そんぐらい皆に好かれるウマ娘になんだよ』

 

 …やめてくださいまし。

 

『…だからさマックイーン、折れんなよ。絶対報われっからさ』

 

 そんなに無条件に信じられてしまえば。

 

 

 

「応えざるを得なくなるじゃありませんのっ………!!」

 

 

 スパートに次ぐスパート。

 全身全霊で、余裕として残していた体力を己の火に焚べる。

 線になる風景のその先に、ゴール板が見えた。その反対側には、こちらを見て喜色の歓声を上げるテイオーの姿。

 なるほど。ライバルをも魅了する走り、という事ですか。

 この渾身の走りがそうならば、なるほど。少なくとも悪い気分ではない。

 

 

『今ゴール!…え?ジュ、ジュニア級のコースレコードです!!』

 

 

 実況と共に湧き上がる歓声を一心に浴びながら、私は思案する。

 

(最後の走り…恐らく、スペ先輩のと同じ)

 

 スズカ先輩を想って繰り出したというあの末脚。もしそれと等しい物だとすれば。

 

「嘆かわしい物ですわね。最初に思い浮かんだのが、メジロ家の皆でも誰でもなく」

 

 あの素っ頓狂な、でも美しい芦毛の笑顔だったなんて。

 その事実と自分に呆れながら、私は観客席に向けて手を振ったのでした。

 

 

 

 

 

 

 ……って、お待ちなさい。

 ゴールドシップさん、どこにもいらっしゃらないじゃありませんの!?!!?




 ちなみにゴルシはヒマラヤ山脈の氷を予め空輸してもらってました。席を外したのはその受け取りの為
 レース後に受け取りに行くつもりだったようですが、大好きなマックちゃん直々の指令にハッスルして秒の遅れも無いようにすぐ取りに行っちゃいました
 お陰でマックイーンの足はすぐ冷やせましたが、本人の機嫌は悪くなりました



〜〜



「トレーナーさん。私決めました。明日のレースに凱k…テイオーのサブトレーナーさんを呼んでください」
「とうとうやるんですねミーク!…って、あれ?テイオーさんじゃなくて良いんですか?あと凱夏さんと知り合ってたの?」
「あっ、うん、テイオー達は自分で呼びましたし。凱夏はちょっと昔に……トレーナーさんも知ってるの?」
「ええ!尊敬する先輩です」
「……そう。じゃあ、これ渡してくれませんか」
「果たし状ですか、風情があって良いと思います……が、あなたが直々に呼びに行っても良いんじゃないでしょうか?」
「ギリギリまで秘密にしたいの。お願い」
「そういう事なら、この桐生院にお任せあれです!!」
「ありがと」


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修羅道、参じ轍を喰らう【前編】

 1話に収めるつもりが糞長くなったので投稿します
 中編は明日

 あと、やっと執筆再開できそうです
 ストックがもうヤバイ


「来てくれたんですね、先輩」

「こんな代物使う間抜けさんの顔を一目見たいと思ってな。果たし状って何だよマルゼンでもやらんぞ」

「えー!格好良いじゃないですか!!グラスさんならワンチャンやりますよ!」

「…地味にあり得そうなポイント突いてくるのやめーや」

 

(え…誰あの女性(ひと))

 

 今日はミークのデビューレースで、本人から誘われたから、凱夏を誘って一緒に見に行こうとしてたボク。でも、学園の中で運良く彼とすれ違って。

 どこへ行くのかなぁと、コッソリ後を尾けてみれば。

 

(え?え??本当に誰なのあの人。知り合い?親しいの???)

「じゃ、行きましょうか」

「ん。お手並み拝見といきますかね」

(ちょっ!)

 

 慌てて追いかけようとしたその時、誰かに肩を掴まれて隠れていた茂みに引き戻された。その犯人は、薄紫の葦毛を束ねてボクを見下ろしている。

 

「何をしているかと思えば、探偵の真似事ですか?テイオー」

「ちょっ、マックイーン!あれ!あれ!!」

「あれ?一体何の事…あらまぁ」

 

 並んで歩く男女に今気付いたのか、マックイーンは口に手を当てて感嘆。って、それどころじゃないよォ!

 

「早く追いかけないと!」

「追いかけるって、それこそ思い留まりなさいな!人の恋路を邪魔する不埒者は、ウマ娘に蹴られて死んでしまうという逸話が古事記にも記載されておりましてよ」

「知るもんか!凱夏はボクだけの物だもん!!」

「貴女ってウマ娘は……ミークさんからのレース招待はどうするのですか!?」

「間に合うように打ち切るからそれまでは許してよォ!」

「あぁもう、これは仕方ありませんわね…」

 

 呆れたように呟く彼女に、ボクは懇願するように上目遣い。これで言う事を聞いてくれなかった人はいない!いけるーっ!!

 

 

 

 

「なんでこうなるのぉ……」

「じゃあどうなるのがお望みでしたの…」

 

 ハーネスを付けられた。どうして…どうして……。

 ボク聞き分けの利く良い子なのに。

 

「こうして着いて行って差し上げてるのですから、文句を言わないでくださいな。ほら、目標のタクシーが曲がりますわよ」

「うぅ……運転手さんそこ右ぃ」

 

 という訳で、ボク達は今一緒に凱夏達の乗ったタクシーを、同じくタクシーに乗って追跡してる訳なんだけど。

 

「ねぇマックイーン。これって…」

「ええ。ミークさんのデビュー戦の会場へのルートですわ」

 

 という事は、ボクに誘われずとも凱夏は見に行くつもりだったのかな。あの女の人も、ミークや同じレースに出る娘のトレーナーさんだったりして?

 

「何にせよ好都合ですわね。私としてもサブトレーナーさんが色恋に腑抜けられてしまっては困りますし、邪魔しない程度に監視を続けましょう」

「なんだかんだでマックイーンもノリノリじゃん。えーと、人の恋路を…何だっけ?」

「だから!邪魔しないようにと!!言ってるでしょう!!!」

 

「…まぁ、それはそれとして。ミーク、勝てるかな」

「私達は校舎でのミークさんは知っておりますが、練習やレースでの姿は見た事がありません。今回で真価を測る、という形になるでしょう」

「うぅむ……」

「何を弱気になってるんですの?ライバルとして堂々となさい」

「そう言われてもさぁ」

 

 あの集会以来、時折ミークと会話を交わして、彼女のレースに対する意欲は生半可な物ではないと分かってきていた。でもレースは単なる走りじゃなくて勝負だ。

 あの大人しそうなミークが、他人に対してそこまでバチバチに火花を滾らせるイメージがどうしても湧かない。集会直後に向けられたあの視線を、あと何回か見れてれば実感も違ってたんだろうけど……あれ以来見れてなくて印象が薄れてしまっていた。

 

「っと、凱夏さん達が案の定レース場前で降りましたわ。私たちも行きましょう」

「う、うん」

 

 ミークの未来と凱夏達の行方。その二つに気を揉みながら、ボクはマックイーンと共に地に足をつけた。

 

 

〜Side:桐生院〜

 

 

「そう言えば先輩。果たし状の中身は読みました?」

「あぁ、読んだが…なんつーか」

 

 あれ?何か変な内容だったんでしょうか。

 ミークがそんな事を書くとは思えませんが……。

 

「どっかで見た覚えがある文調なんだよ。誰が書いたんだ?」

 

 …おお!そういえばミークは凱夏先輩と昔会っていたと言ってましたが、先輩の方も覚えてらっしゃったという事ですか!

 いやはや、世界は狭いですねぇ。感動の再会に、部外者の私も思わず涙しそうです。

 

「おわぁ!急に泣くな!」

「あっ涙腺から漏れ出てました?すみません」

「お前って奴は……初めて会った時はこんなに感情暴走させる奴だと思わなかったぜ」

「先輩達の前だけですよ」

 

 他の人相手にこんな事するもんですか。そう思った頃合いで、タクシーが競技場前に到着しました。

 ここから私はミークの待つ控え室に。先輩は観客席にそれぞれ向かいます。

 

「そういや、お前の所のウマ娘……ハッピーミークだったか。勝てると良いな」

「あれ、知ってましたか」

「そりゃお前みたいな期待の新星が育てるライバルだからな、警戒すんなって方が無理だ。顔はまだ知らんが」

「ふふっ、嬉しい限りです……でも、勝ちますよ。貴方のテイオーが勝ったように、そしてそれ以上の圧倒で」

「そりゃ楽しみだ」

 

 そう言って正面入口に消える背中を見送り、私もまた自分の道を歩き出す。さて、レース前のトレーナー最後の一仕事です!

 

 

 

「よし、女の人の方を尾行だ!」

「普通逆では?」

「凱夏とはいつでも合流できるもん。それよりあっちの素性を確かめないと!!」

「いよいよストーカー地味てきましたわね……」

 

 

 

 

〜Side:ミーク〜

 

 

 

「自分のトレーナーに対して高飛車に振る舞うウマ娘は数見てきたが、小間使いのように扱う奴は初めてだ」

「えへへ」

「褒めてないが」

 

 おハナさんの言葉に、私は首を傾げた。何が悪かったのかな?

 

「桐生院さんが私に同じような事を頼んできたら、喜んでしますが」

「そういう話ではないだろう…全く、お互いへの信頼が昂じ過ぎるのも考え物だな」

 

 そう言って眉間に皺を寄せる彼女に、私は掛ける言葉も無い。えーと、この人がこういう表情になった時はどうすれば良いんだっけ。

 助けてトレーナーさん!

 

「呼ばれて飛び出てお待たせしました!桐生院葵です!!」

「トレーナーさん!おハナさんを慰めて」

「桐生院さん、この娘の手綱をちゃんと握りなさい」

「えーと、この場合どっちの指示に従えば良いんですかね?」

 

 待っていた人の到来に、表情がパァッと明るくなるのが自分でも分かった。

 桐生院さん。トレーナーさん。ボーッと生きてるだけだった私を導いてくれた人。これからを導いてくれる人。

 

「桐生院さん。デビュー戦は重要だけど全てじゃないわ。疎かにせず、だが囚われないように」

「勿論です。通過点としてしっかり踏み締めて参ります」

「それで良い……そしてミーク。お前の走り、楽しみにしているからな。出し切って来い」

「うん…!」

 

 そんなエールをくれて、おハナさんが控え室から出て行く。後に残されたのは私とトレーナーさん。

 

「ミーク、作戦は覚えてますね?」

「分かってる」

 

 リギルに入って得てきた経験。それを最大限効率的に、最大限効果的に発揮出来るように、トレーナーさんが入念に組んでくれた作戦だった。

 これで、勝つ。トレーナーさんが信じてくれた私自身の為に。

 

「では伝達・確認事項です。距離2200の右回りコースで本日の天気は曇り、バ場は雨上がりで不良。そして出走者の内訳予想は」

「逃げ3、先行6、差し2、追い込みは無し」

「上出来です。そして最後にですけど、凱夏さんはミークの名前を知ってましたよ」

「問題無いです」

「よし」

 

 全てが終わると同時に、私は立って顔を上げた。雲母色の瞳と視線が重なった。

 

「行きましょう、ミーク。私達の勝利街道を!」

「おー…!!」




「…で。控え室前で耳立ててまでライバルチームの偵察とは、粋な真似をするじゃないかスピカ新入生」
「申し訳のしようもございません……」
「何さー!凱夏が悪い人に騙されてないか見張ってただけなのにー!!」
「ルドルフに言うぞ」
「ゴメンナサイ」
「……しかし、ミークさんと彼女の間には、この時期にしてもう既に確固たる信頼関係を築いているのですね。素直に感心し、そして尊敬しますわ」
「流石はメジロ家の御令嬢、話が分かる。桐生院は本当に面白い新米でな、この写真を見てみろ」
「まぁ…!なんと可愛らしい。これを間近で拝めるミークさんが羨ましいですわ」
「ちょっ、おハナさん!マックイーン!ボクにも見せてよー!!」
「だろう!?凱夏君は頼りになるビジネスパートナーといった感じだったが、彼女はなんというか愛くるしい妹って感じなんだ。私自身も、こんな感情を抱く事になるなんて思わなかった」
スピカ(ウチ)のテイオーと取り替えて欲しいくらいですわ。苦労してますので」
「マックイーン?????」
「やらんぞ。あとトウカイテイオー、お前のような反省の色が見えん悪餓鬼には絶対に見せんからな」
「ワケワカンナイヨー‼︎」


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修羅道、参じ轍を喰らう【中編】

はよ話進めたいのに
詰め込み過ぎて進まない
そんなに重要な話でもないのに
地獄ゾ

あとごめんなさい、やっぱ全然執筆再開出来てません
就活きっつい


『3枠、ナイスネイチャ』

『まずまずの仕上がりですが気合は充分。好走を期待したい所です』

 

 パドックでウマ娘がジャージを脱ぎ捨て、その肢体を曝け出す……というと多大な語弊がある出走者紹介。その場に凱夏はいた。

 

「ナイスネイチャ、今日が出走日かぁ。って事はどこかに南坂もいんのか?」

 

 付近を見回すが、それらしい姿は見えない。それに桐生院のウマ娘も出るレースだというのにこのバッティング、2人は把握しているのだろうか。

 

(…いや、してない訳が無ぇわ。なんか考えがあるんだろ)

 

 そう思いながら見つめた先で、ナイスネイチャは脱ぎ捨てたジャージを拾いって奥に引っ込んでいった。そそくさ、という言葉がかなり似合いそうな所作だった。

 

「…やっぱ本人に拾い直させるのシュール過ぎるだろ。ジャージ回収係でも設けた方が良いってコレ」

「もうウマ娘達自身で拾うのが慣例よ。わざわざ人件費を消費してまでやる事は無いわ」

「ふぉおっ!?…あ、おハナさん」

「久しぶり。あなたの所のじゃじゃウマ娘を回収したから、しっかり面倒見なさい」

「えっ」

 

 そう言って両脇に渡されたのは、鹿毛と芦毛の少女達。それを見て、凱夏は目を丸くする。

 

「テイオーにマックイーン…?なんでお前らがここに」

「桐生院さんとハッピーミークの作戦会議を盗み聞きしてたわよ」

「おぅふ……」

「えへへ、つい」

「すみません…」

 

 2人を下ろし、自分の両隣に立たせる凱夏。ちなみにテイオーのハーネスはしっかり手に持った。

 

「でもなんでそんな事してたんだ?葵の奴とお前らに縁なんてあったか?」

「とぼけないでよー!凱夏が桐生院さんと仲良さそうだったから監視してただけだもん!!」

「えぇ…おハナさん、俺がアイツと仲良かったら何か問題ありましたっけ」

「……今度グラスワンダーの相談に乗ってやるとするか」

「なんで俺の方見て溜息つきながら言うんですかね???」

「これはテイオーも難儀しますわね……」

「???????」

 

 女性全員からのジト目を喰らい、凱夏はタジタジ。西崎がいれば彼の側についてくれたかも知れないが、今ここにいない以上は孤立無縁である。

 

「まぁそれはそれとして、私達は桐生院さんではなくミークさんの方と縁がありましてよ。URAファイナルズ開催が発表されたあの日、3人で優勝宣言を競いましたもの」

「ほう、そんな事が。ミークは私の前では中々内心を見せてくれないが、そんな熱さも秘めていたんだな」

「知らん間に交友が広がってるぅ」

「え、凱夏はミーク知らないの?ミークは知ってたみたいだけど」

「知らんなぁ」

 

 記憶をあらかた探ってはみるが、それらしい名前のウマ娘とかつて会った記憶は皆無。凱夏にとってハッピーミークとは、入学生一覧名簿の中の文字だけの存在である。

 なのに向こうは此方を知っている、というのは彼にとってどうにもむず痒い状況で。

 

「胸騒ぎがするなぁ」

「あっそうだ、今何番まで登場終わった?ミークは12番だった筈だけど」

「3番のネイチャまで終わったぞ?」

「えーっ、ネイチャも出てるの!?知ってる娘がいっぱいだぁ」

「そっちとも知り合ってんのか」

「クラスメートだし」

 

 そうやって客席で見守っている間にも、パドック紹介は進んでいく。

 そして今、11番の登場が終わった。

 

「いよいよ次だね」

「楽しみですわ!どんな仕上がりにしてきたのか」

「リギルの秘蔵っ娘、拝見させていただきますよ」

「ふっ。期待を裏切る事は無いだろう、とだけ言っておくわね」

『これが最後の出走ウマ娘です。12枠!』

 

 各々の待ちわびる声を受けて、いよいよ幕が開く。はためく布の向こうに、白毛が閃いた。

 

『ハッピーミーク!!』

 

 ジャージを脱ぎ、少女はその姿を大衆の前に見せた。

 その動作に荒々しさも勢いも無い。ただ脱ぐだけで、捨てると言うより置くといった方が近いジャージの放り方。顔も無表情で、覇気を感じ取れなかった他の出走ウマ娘は彼女を意識から外す。

 だが、テイオーとマックイーンには分かった。

 

「凄い……」

 

 呟いたのはテイオーである。

 

「何だろう、姿勢?それとも体幹?凄くしっかりしてる」

「それだけではありませんわ」

 

 次いで口を開いたのはマックイーン。

 

「足の筋肉、付き方のバランスが理想と言って良いレベルです。アレから放たれる加速を思うと身震いしますわ」

 

 天下の桐生院家と謳われるだけある、と彼女はミークに施された育成を褒め称えた。

 

「熱意の隠し方もここまで来ると天性の才だな。第一印象で、ほぼ完全に他のウマ娘は愚か観客のマークからすら外れてみせるとは」

 

 冷めた周囲の反応にほくそ笑むのは東条ハナ。そんな彼女が次に視線を向けたのは、隣の元愛弟子。

 

「で、あなたは彼女をどう見るかしら?凱夏君」

「凱夏!」

「凱夏さん」

 

 

 三者三様に呼びかけられた彼は、未だ口を閉じたままだった。

 その目は、壇上に立つウマ娘に向けられ見開かれている。

 

 

「……凱夏?」

 

 最初に異常に気づいたのはテイオーだった。

 凱夏の様子がおかしい。

 

「……しろ」

 

 一筋の汗。震える喉。

 それでも、刮目した視線を外せない。

 

()()()、なのか…?」

 

 震える声で紡がれたその名前、その真意を図れる者はこの場にはいなかった。

 やがて、ジャージを拾ったミークが振り向く。視線が合う。

 

「「!!」」

 

 お互いを再認識した2人。

 凱夏は尻餅をついた。

 ミークは初めて感情を見せた。

 

 笑ったのだ。口角を上げて、その瞳に炎を垣間見せて。

 しかしそれも一瞬、すぐさま無表情に戻り天幕の奥へと戻ってしまう。

 

「ど、どうしたのですか…?」

 

 腰の抜けた凱夏を見下ろす姿勢で、マックイーンが心配の声をかける。それに対し凱夏は、口に手を当て思案する様子。

 

「…いや。こう見えてお前達が思ってるような深刻なダメージは受けてない。ただ本当に予想外でビビった」

「あなた、まさかグラスワンダーだけでなくハッピーミークにまで粉かけてたの?いつの間に?」

「だから何でそこでグラスが出て来るんすかハナさん!?」

「凱夏はボクの物でしょーっ!!」

「お前は何と張り合ってんだテイオー!」

 

 仮専属同士で揉み合いになりながら、少しずつ衝撃から立ち直っていく凱夏。抵抗するテイオーをお米様抱っこし、2人でスタスタと歩き出してしまった。

 

「どこ行くのよ」

「観覧席です。4人分取っとくんで、ゆっくり来て下さい」

「そ、ありがと。気分悪くなったら言いなさいね、あとこっちも4人分の飲み物買っておくわ」

「あざます」

「あっお待ちなさい、私も一緒にテイオーの面倒を見ますわ!おハナさん失礼します」

 

 3人と1人に分かれ、凱夏はコース前へと続く道を行く。既に多くの人が流れ込んでいる観客席、しかしトレーナー業のサガで人混みを掻き分ける技術を身につけていた彼にとっては既に些事。

 

(…しかし、なぁ)

 

 そんな余裕の中で、彼は物思いに耽けた。

 

(あれから7年か。そりゃアイツもそういう歳になるわな、そういや)

 

 その時、湧き上がる歓声。どうやらウマ娘達が本バ場入場し始めたらしい。テイオーとマックイーン達と共に手頃な席を確保し、その様子を眺める。

 出て来た。曇り空の下でなお、明るく煌めく白毛。

 

 

『凱にぃ。私ね』

 

 

 帰り道、振り返って来た小さい背中を思い出した。それが、彼女の後ろ姿と重なった。

 

 

『私ね、凱にぃと一緒にーーー』

 

 

 

 

 ーーーポツ、ポツ。

 顔に付いた水滴。天蓋の横から吹き込んだ空からの水滴が、凱夏を現実に引き戻す。一度通り過ぎた雨雲が、未練がましく戻ってきたようだった。

 自らが後に“白”に塗り潰される事も知らぬまま、のうのうと。




 この話は早めに終わらせたいので明日も投稿します


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修羅道、参じ轍を喰らう【後編】

 やっとミークの話終了
 次話から隔日投稿に戻ります

 ところでだけど、やたら閲覧数伸びるなぁと思ってたら日刊ランキング入ってたんすね昨日。皆さんあざます!
 しかし最高順位は何位だったのか…俺が見た時には15位だったけど


 ミークは芝の感触に手応えを感じていた。

 全て桐生院葵の想定通り。抜かるんだ足場に、出走ウマ娘はパワーを必要とした走りを要求される。追い討ちをかけるように再び降ってきた雨も追い風になるだろう。

 

(皆の注目もだいたい外れてる…これも作戦成功)

 

 パドックでも、無表情を利用して無気力を装った。次のレース以降は効果は見込めないが、とにかく鮮烈な印象のある勝利をしたい今回に関してはこれ以上無く有効だ。

 

(…1人だけ、見通してきてる娘もいるけど)

 

 ゲートの隣のその向こう。パドックで唯一自分から視線を外してこなかった赤毛のウマ娘が、今も自分に視線を飛ばしている。隣だったら、意識を散らされてしまったかも知れない。

 

(何にせよ、全部上々。後はーーー)

 

 ()()()()だけ。

 

 ガチャン、という音。それを前に。

 

 

 

 ミークは()()()()

 

 

 

「「えっ!?」」

 

 観客席で叫んだのはテイオーとマックイーンである。至極当然、応援している相手がまるで呆けていたかのようなスタート失敗を露呈したのだから。

 

『今スタートです!ハッピーミーク大きく出遅れたが大丈夫か?現在先頭はアウタープロメテ、その後ろは団子となっている』

「うわぁ、ネイチャも囲まれちゃってるよ。抜け出せるかなぁ」

 

 進むレース展開にテイオーは渋い顔。その一方で、トレーナー2人はただ冷静に状況を俯瞰する。

 

「ハナさん。ましr…ハッピーミークの育成にはどの程度関わってるんですか?」

「8割がた桐生院さん主導、残り2割を私が担って微調整している形よ」

「俺にスズカを割り当てた時とは結構違いますね。やり方変えたんですか?」

「明らかに特化型だった彼女と違って、ミークの伸び代は全方位に等しく向いてるみたいから方針を決め辛いのよ。だから、当人達がまず興味の湧いた走法から試す形にしたの」

「なるほど…という事は」

 

 再び視線を向けると、ミークは今もなお最後方。息を潜め、その白毛が前方集団の影に紛れてしまうかのように存在感を鎮めていた。

 

「…アレも把握してましたか」

「……他言無用でお願いね。差しって聞いてたわ」

「えぇ…(呆れ)」

 

 差しだとしても遅れ過ぎている、最早追い込みだ。これでは先頭に追いつけるかどうか…

 …だが。

 

「少なくともマークで潰される事は無いでしょう」

「そうですね」

 

 最後方のウマ娘をマーク出来るような酔狂なウマ娘など、熟達したシニアでもほぼいない。最後方の更に後ろなど、元から追い込み作戦のウマ娘でもない限り、勝負を捨てるのとほぼ同義であるが故に。

 それをデビュー戦で出来るウマ娘?皆無に決まっている。

 

「葵の読みとしては、負け筋は多対一によるマーク潰しだけって訳か。大きく出たな」

 

 慣れない初レース、それも不良バ馬。それに喘ぎ苦しむ前方集団を眺めながら、ミークは走る。

 前方から跳ねた泥が、純白の髪を汚す。しかし、その瞳に依然一切の揺らぎは無い。

 

「む…むり〜!」

 

 1人の喘ぎが叫びに変わった。心より先に体、肺より足が先に参った合図。

 集団が縦に伸びていく。垂れていくウマ娘とそれでも足掻き続けるウマ娘で、バ群が分解し始める。

 それによって、出来てしまった。

 

 ミークの()が。

 

 

「ーーー来た」

 

 

 白無垢が翻った。

 ドン!と踏み締めた大地が、揺れた。

 少なくとも、後方2番手のウマ娘はそう感じた。

 

(…なに)

 

 何かが来る。来ている。

 急に膨れ上がった存在感が、重厚な音と共に自分を飲み込もうとしている!

 

(なに、なに、なに!?)

 

 逃げなければ。でももう足は無い。抜かるんだ芝に絡まれて回らない。

 そのまま少女は呑まれる。この時の事を、後に彼女はこう語った。

 ホワイトアウトした(何も見えなくなった)、と。

 

 

 

「…次」

 

 

 

(負けるもんか!負けるもんか!)

 

 中段で粘っていた娘は2戦目だった。デビュー戦を落とし、未勝利ウマ娘として挑んだ今回のレース。絶対に勝ちたい、次に進みたいという意欲に満ちて臨んでいた。

 だから、周りが垂れ始めていた中盤後半においても諦めない。絶対に先頭集団に食らいつく、その執念が彼女の体を支えている。

 だが。

 

「ーーーあれ?」

 

 おかしい。

 さっきまで隣で競っていた娘がいない。気迫に関してはほぼ互角で、スタミナに関しては自分よりも余裕がありそうだったのに。

 前じゃない。抜かれてたならもっと前に気付いてる。

 ならば、と後ろを見た。確かに後ろにいた。何かに疲れ果てたようにヘロヘロだった。

 

 

 気配が強まった瞬間と、足音が鳴り響いた瞬間と、振り向いた瞬間が重なってしまったのが彼女の不幸だった。

 

 

「ヒッーー!!」

 

 恐怖に縺れる足。立て直そうと減速した瞬間、白い顎門は牙を剥く。

 少女は争う事も出来ずに喰らい付かれ、そして引き裂かれたのだった。

 

 

 

「次…」

 

 

 

 赤毛のウマ娘は機敏だった。

 集団が分解されて活路が見えた瞬間、それを目敏く見極めた彼女は上手いこと抜け出し好位置を取った。ようやく差しの待機位置からスパートへの準備が整えられたのである。

 だからだろうか、異常にいち早く気付けたのは。

 

「…嘘ぉ」

 

 漏れたのは戦慄の呻き。

 一つ、また一つと消えていく視線。闘志。先ほどまで火花を散らし合っていたそれらが一つずつ、段階を踏むように消えていく。

 そしてそれと反比例するように、そして同様に段階的に増してくる存在感。威圧感。

 加えて、轟音。

 

 予め言っておくと、このウマ娘はなんとなく察していた。こうなるんじゃないか、という薄らとした予感を得てはいた。だからこそ、攪乱が得意なのにそれをせず、自分が動く時を見極め研ぎ澄ます事に徹していた。

 だが、それでも。

 

「これは予想の外ですって…ーーー!!」

 

 来る。来た。ウマ娘を1人ずつ喰らい、その意気の一つ一つを糧として肥大した獣の牙が。

 まるで塵芥のように他者を巻き上げ押し潰す。その白い姿は最早吹雪。

 不味い、不味い、不味い。

 避けなければ飲み込まれる。そして避けられない。

 飲み込まれれば磨り潰される。“白”に前途を埋め尽くされる。

 

 避けられないのならば。

 

 

 覚悟を決めた赤毛の少女は、甘んじてその風の中に身を投げた。

 

 

 

「次!!」

 

 

 

「何だありゃあ!?」

 

 どよめきが上がる観客席でなお、その喧騒すら吹き飛ばしかねない怒号が凱夏の口から飛び出した。無論、ハッピーミークのとんでもない差し足についての物だ。

 

「無茶苦茶だよぉ!何これ!?」

「ゴールドシップさんの追い込みは見た事ありますが、アレとは何か違いますわ!」

「グッイブニーング。呼んだ?」

「「出たァ!?」」

 

 理解不能な状況を前に悲鳴じみた声を上げる新入生2人の隣に、突如として出現したゴルシ。自らの顎を撫でながら、呑気に白毛の髪が靡く様を眺めている。

 

「途中から見てたけどヤベェな。アタシの走りが“南極の氷海を渡る砕氷船”だとしたら、アイツの走りは“タイタニックに扮した軍艦が逐一氷山にブチ当たってはフルバーストで粉砕していく”ようなモンだぜ。綺麗な顔してエゲツない奴」

「意味分かんないよー!」

「分かるのかゴールドシップ!?」

「今ので通じたのぉ!?」

 

 トレーナーとしての経験から、ゴルシ語を読み取れた東条がいち早く反応する。次いで口を発したのは凱夏。

 

「アイツ、追い込みじゃねえ。おハナさんが聞いた通りに差し作戦を遂行してるだけだ!」

「でもミークさんが誰かをマークしてるようには見えませんでしたわ」

「誰かじゃねぇ!()()マークしてたんだよ!」

 

 

 最後方から。

 一番レースの流れを見れる最後方から。

 《全ての相手を視界に捉えられる》最後方から。

 

 

「全員の作戦は既にシミュレート済みでした」

 

 バ道に佇んで、桐生院葵はウマ娘達が駆けてきた第四コーナーを見る。一番最初に貫いてきた教え子に微笑んで。

 

「どう動くか、万一に備えて第二・第三案まで考慮して筋を立てました。ミークもスムーズに覚えてくれたのは幸いでしたね」

 

 後は、不良バ場で伸びた集団を後ろから辿()()()()()。一人一人、予想した動きで予想した位置にいるウマ娘に対し、一つずつ差していけば良い。

 1人差したらそれを足場にその次。また次、足場にして更に次と。例えるとするなら、義経の八艘飛びか。

 それが道。ミークが駆け抜ける勝利への街道だ。

 

「貫いてください、ミーク…!」

 

 あとは、ナリタブライアンから学んだ差し足を用いてそこを辿るだけ。

 相棒への信頼と勝利への確信。それを胸に、桐生院は瞳にギラついた光を晒した。

 

 

 

『ハッピーミーク、ハッピーミークだ!最後方からのスタートから一転、全てを食い破り最終コーナーで先頭に躍り出たァ!!』

 

 あまりに凄絶な食い破りに、観客席はもうどよめきの渦。パドックでの元気の無い姿から彼女に投票しなかった者達に至っては、この時点で人気投票券を投げ出す者までいる始末。

 後方集団は追いつけない。白吹雪に等しく飲み込まれ、その中に身体も気力も生き埋めにされてしまっている。

 

 だがミークは油断しない。出来ない。その内心に、勝利への確証も安心も無い。

 

(1人、手応えが緩かった)

 

 追い越す時、食い切れなかった。牙を躱された。そんな感触があった。1人だけ。

 もしかしたら、という予感がミークの足を突き動かす。流すという選択肢は、彼女の中から消えていた。

 食べ切れてないかも知れない。トドメを刺せてないかも知れない。ならば、来るかも知れない。

 

(だったら…!)

 

 思い出したのはエルコンドルパサーの走り。ダービー前の併走で学んだ先頭の走りで、悠々と空を舞う鳥のように後続を突き放す。

 

 

 ゴールまで100m。まだ大丈夫。

 

 ゴールまで50m。まだ大丈夫。

 

 ゴールまで10m。流石に大丈夫か?

 

 

 いや。

 来た。

 

 

 そう思った瞬間には、ミークは既にゴールを割っていた。紛う事無き圧勝だった。

 

 

 

 

〜〜

 

 

 

 

「1着ですよ、ミーク!!」

 

 バ道に待っていた葵に抱きつかれた。嬉しいけど胸が硬くて少し痛い。どうしたものか。

 それに、今の自分はズブ濡れの泥だらけだ。そんな想いがミークを躊躇わせる。

 

「トレーナーさん、服が汚れちゃう」

「全ッ然気になりません!その姿は勲章ですよ、恥入る所なんてある訳無いです!寧ろ私にも是非分けてください!」

「ウザい…」

「ぇ」

「でも嫌いじゃないです」

「ミ〜クぅ〜!!」

 

 泣きながら頬擦りしてくる自らのトレーナーに、嬉しいやら困ったやら複雑な笑みで応じるミーク。こういう熱情のある所が大好きなのだが、しかしそろそろウザさが上回り始める頃合いだった。

 だから、彼が来たのは丁度良かったと言えた。

 

真白(ましろ)

 

 呼び掛ける声。懐かしいその音に、ミークは耳を向ける。

 

「…久し振り。凱にぃ」

 

 ミークにとっては7年ぶり。特に何か事件があったわけでもなく、ただ唐突に会えなくなった人が、己の仮専属ウマ娘(トウカイテイオー)を連れてそこにいた。

 彼女にとってこの7年は、彼を探す為の7年だったと言って良い。

 

「凱にぃを探すために、有名になるつもりだった」

「その為にトレセン学園に来たのか」

「うん。なんで急にいなくなったの」

「俺なりの人生設計としか言えん。ただ、お前を厭った訳じゃねぇ、それだけはあり得ねぇ」

 

 問い詰めるような姿勢のミークと、懺悔するように言葉を吐く凱夏。そんな空気に気圧されてか、桐生院は目を白黒させながらミークから離れる。

 

「えっ、お二人はどういう関係なんですか?」

「私、児童養護施設出身」

「俺、その隣住み」

「「…えぇ〜!?!!?」」

 

 要は、幼馴染みという事。今更判明した事実に、葵とテイオーは素っ頓狂な叫び声。

 

「もしかしてボクにライバル宣言したのって!」

「凱夏のウマ娘だからだよ」

「やっぱりー!」

「でもそれはただの“きっかけ”。テイオーは強いウマ娘だし、私は同じウマ娘としてあなたに勝ちたいと思ってる。そこに凱夏は関係無い」

「…ほんとぉ?」

「ホント。前のデビュー戦、凄かったよ」

「……ありがと。今日のミークも本当に強かった…でも最後に勝つのはボクだからね!」

「それでこそ。絶対に吠え面掻かせてみせるから」

 

 拗れたと思いきや即和解し、その上でバチバチ火花を散らすテイオーとミーク。一方でウマ娘じゃない普通の人間2人は気まずい表情のままだった。

 

「…先輩」

「何か言いたげだな」

「先輩って、別れ際の対応下手過ぎって言われません?」

「……今自覚した。どうやらド下手らしい」

「ミークが可哀想ですよ。何年寂しい思いさせたんですか」

「そもそも寂しい思いをしてると思わなかった…ってのは言い訳にしかならんな」

 

 自分と同じく、置いて行かれた境遇であるミークを想って頬を膨らませる葵。それを受けて、凱夏も流石に深刻に自らの所業を反省する。

 

(もしやグラスも俺との別れ惜しんでたりしたのか?いやそんなまさか。でもマジだったら……オイオイ死ぬわ俺。ごめんグラス)

「凱にぃ」

「アッハイ」

 

 思考を中断させたのはミークの声。透き通るような鋭さを秘めた声音に、凱夏の背筋は思わずピンと張り詰めた。

 

「私、怒ってるの。昔、私と一緒に天下取ろうって約束したのに、他のウマ娘にうつつを抜かして」

「待て!諸々に関しては謝るがその件だけは別だ!当時ちゃんとその時に否定しただろ無理だって!!」

「黙って」

「おぅふ……」

 

 一喝。もはや反論の余地は無い。

 

「でも、感謝してる。お陰で桐生院トレーナーと会えたから」

「ミーク…!」

「…つまり!」

 

 突きつけられた指。伸ばされたその先に標的(凱夏)を捉えて、ミークは叫んだ。

 

「凱にぃは、私という才能を、機会(チャンス)を逃したんだ!ザマー見ろっ!」

 

 その言葉に乗せられたのはどれほどの感情か。

 

 

「…って言ってやれって、施設長が教えてくれました」

「「施設長さんの言葉かーい!」」

「の割には堂に入った物言いだったけどな」

 

 ズコーッとずっこけるテイオーと葵を他所に、凱夏は真剣に見つめ返す。正面から言葉を叩きつけられた彼は、ミークが本気でそう思っている事を確信していたから。

 

「うん。私の嘘偽りない感情だから」

「…そっか。で、スッキリしたか?」

「凱にぃが悔しがったらスッキリする」

「じゃあまだまだお預けだぜ」

 

 フッ、と嘲るように笑みを漏らす。それが好意に基づいた挑発である事を把握した上で、ミークも口角を上げて応じた。

 

「勝って見せろよ、ミーク。俺がお前を選ばなかった事を、信じられなかった事を、俺を踏み躙る事で悔しがらせてみせろ」

「当然!」

「なーんか勝手に新しいライバル関係作っちゃってるけどさ、良いの?ボクと凱夏のコンビは無敵だからね?」

「それを言うなら私とミークのコンビだって最強ですから!」

 

 四者四様の(てい)で視線を交わす彼らの間に悪意は無い。またここに、再び交わった道が新たな青春を紡ぎ始めたのだった。

 

 

 

 

「…ところでだけど、マックイーンは?来てるんでしょ」

「メジロ家の秘蔵っ娘さんも呼んでたんですか!?いつの間にそんな交友関係を……って、そういえば東条先輩も見当たりませんが」

「あー、マックイーンとおハナさんはねぇ」

「ミークの追い込み戦法に触発されたゴルシに火が着いちまって追い回されて、疲れ果てて眠っちまったよ。おハナさんが面倒見てくれてる」

「「えぇ……」」




 追い込ミーク(言ってみたかっただけ)


 暴走したゴルシは、凱夏がどこからともなく取り出したピコハンで顎を揺らした30秒後に漸く止まりました。今おハナさんが西崎トレーナーを呼び出して回収を要請しています
 あとなんで凱夏がマックイーンの面倒見ずにバ道でマークを出迎えたかというと、おハナさんが「桐生院とミークは凱夏に感情をぶつけたがっている」と見抜いて彼を遣わしたからです……と、後書きで言い訳


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新しい風を受けて

拙作におけるあの人はこの時点で子持ちだったりする
じゃないと最初のエピローグに繋がらないからね、仕方ないね♂


〜Side:乙名史〜

 

「素晴らしいですっ!」

 

 チームスピカの部室で、私は心からの称賛を叫んだ。ああ駄目だ、一度こうなったらもう抑えられない。

 

「1番の持ち味を封じて臨む余裕、しかしその自信を支えるのは絶え間ない努力と模索、そして仲間との絆!これこそがトゥインクルシリーズの醍醐味、ウマ娘の華と言えるでしょう!しかもそれをデビュー戦の結果で証明してみせるという剛気は、書き記そうものならもはや辞書一冊にも収まりません!」

「長過ぎて誰も読めないでしょうけどね」

 

 言いましたね牧路さん?そこでこそ記者である私の本領発揮、読者が一日中読んでも飽きない分に仕立て上げて見せましょう!

 

「それは良いんですけど、いい加減落ち着いてくれません?テイオーと西崎さんがドン引きして喋れなくなってるんで」

 

 …おっと失礼。またもや悪い癖が出てしまいました。

 

 今日は校内選抜レースで素晴らしい成績を残し、そしてデビュー戦では切り札であるテイオーステップ無しという余裕の貫禄で勝ってみせたトウカイテイオーさんへのインタビュー。スピカの部室で設けさせてもらったその機会に、私は渾身の力を込めて臨まさせてもらっていたのです。

 テイオーさんの走りは、かの皇帝シンボリルドルフを彷彿とさせる物。それで更にこの前の圧勝ときているので、有識者の間では「皇帝再来」「2人目の無敗三冠候補」と早くも噂されています。勿論、それをいち早く掴んだベテラン記者達はテイオーさんに、そして同時期に同様に輝きを放ったマックイーンさんやミークさんにも取材を試みるわけで、水面下では既にその席の争奪戦が行われていました。

 そしてここで、リギル時代からシンボリルドルフさんと東条トレーナー、そして牧路トレーナーと縁のあった私が真っ先にテイオーさんへの取材許可を貰えたという訳で。

 

「ではテイオーさん!あなたの夢とはズバリ?」

「聞くまでもないでしょ、会長と同じ無敗三冠!皇帝に続く帝王、それがボクの夢なんだ!!」

「ふむふむ、夢は大きくそして強く!何よりあなたなら達成し得るその勢い、深く感動しました!」

「むふふー。もっと褒め称えるが良いぞよ〜」

 

 そう言ってちっちゃな胸を張るテイオーさんを微笑ましく思い、そしてその前途に輝きを幻視しながら、私は視線を隣の西崎トレーナーに向けた。

 

「次に西崎トレーナー。テイオーさんの今後の展望に関して一言!」

「え?ああ、えぇと、テイオーについてはですね……」

「西崎さん、ちょっと」

「ん?」

 

 おや、牧路さん耳打ちですか。はてさてどのような思惑があるのやら?

 

うん、それなら何も嘘は無いが…これが良いのか?まぁ君が言うなら……“帝王に菊花の栄冠を”、って所ですかね」

 

 ほう。菊花の栄冠。

 つまり……

 

「素晴らしいですっ!!」

「今度は何がですか!?」

「三冠を狙う身で、言及したのは菊花のみ。つまり皐月賞とダービーの勝利は揺るがないと!」

「えっ」

「テイオーさん勝利への確信と他陣営への挑発、確と承りました!その覇気にあらん限りの敬意を表し、一言一句違わず記載させて頂きます!!」

「えぇ!?!!?」

 

 いやぁ惚れ惚れするような宣言でした!実に簡潔、しかしそこに込められた意味の深さよ…!

 皐月とダービーを通過点扱いするトレーナーなんて前代未聞ですもの!

 

「なーんだ、トレーナーも中々煽るじゃん!いつもボクを“調子乗り過ぎ”って嗜めるクセにさー?」

「違っ…凱夏君、話が違うぞ!?経験則で、これが一番誇張されにくいって言ってたじゃないか!

「現実問題として、テイオーはダービーまでならほぼ確実に取れるポテンシャルがあります。ちゃんと嘘と誇張の無い返答に結果的になるのでご安心を」

「ぐぬぬ…こりゃ責任重大だ」

「安心して下さい。責任取って骨は拾いますし、何なら隣で一緒に骨になりますから」

「不安要素しか無いんだが?!」

「なに2人だけでコソコソしてるのさー?ボクも混ぜてよー!」

「お呼びじゃないんだよなぁ」

「何だとー!?」

 

 何やらゴチャゴチャしていますが、残念ながら今の私の耳にその騒ぎは届きません。今、どのような記事にするかで頭がいっぱいなので。

 よし!見出しは「帝王、早くも最速最運宣言!」にしましょうか!!

 

「では最後に牧路さん。あなt」

「あっ、俺に関する言及は“ステップ封印の発案者”の部分だけで頼みます。そうすればもしもの時の責任は俺に来ますし。あと3行以内で」

「そりゃ無いですよ〜」

「もしもなんて無い!ボクは会長と同じ“絶対”に至るんだから」

「至るまでの話をしてるんだよなぁ」

「も〜っ、ああ言えばこう言ってぇ!」

「痛っ!脛蹴るな!!また折れっ!!!」

 

 はい、予想出来てましたよその先手必勝牽制。引っ込み思案っぷりはリギルのサブトレーナーだった時から変わりませんね。

 

「西崎トレーナーが表に立つのなら、それを支えるのがサブトレーナーの役目では?」

「支える人が表に出しゃばったらイカンでしょう」

「いや、俺だけ矢面に立たせて自分は隠れようだなんて卑怯だぞ凱夏君!栄光も叱責も分け合うのがメインとサブの理想の関係じゃないか!」

「大丈夫です西崎さん、俺には隠れる事で手に入る栄光がありますし責めを受ける時はしっかり前に出るので!」

「言い訳は男らしくないよ凱夏!ボクが選んだトレーナーなんだから堂々としろー!!」

「頼むからおまいは一旦引っ込んでくれや!」

 

 ふっふっふ、良い感じに拗れて小馴れてきました。ここであと一押しすれば……

 

「牧路さん、インタビューに答えてくれれば5行に収めます」

「…答えなかったら?」

「憶測で7行プラスします」

「チクショォォォォ!!!」

 

 勝ちました!第4章完!!

 なんて冗談は置いときまして、やっと同じテーブルについてくれた凱夏さんに向き合いましょう。さて、最後の本題に移りましょうか。

 

「凱夏さん、単刀直入に聞きます。テイオーさんがスピカに入った理由はあなたですね?」

「…アンタ相手じゃ大体筒抜けかぁ」

 

 何の事は無い推察ですけどね。情報が漏れたとかスパイだとか、そういうのではありません。

 ただ、リギルから凱夏さんが抜けた事。ルドルフに憧れるウマ娘がルドルフのいるリギルに入らなかった事。2人が同じタイミングでスピカに入った事。

 この要素からの推察は、リギルに精通した私だからこそ行えるモノでした。他の記者はサブトレーナーの動向なんてほぼ気にしてませんからね。

 そんな風潮から、彼が影に徹しようとするのも分からなくはないんですけど、それでもやり過ぎなんじゃないかと勘繰っちゃうんです。記者ですから。

 

「ではそれを踏まえて。あなたがテイオーを見染めた理由、それは何ですか?」

 

 だからこそ、彼にしては大それた行動(チーム移籍)が気に留まったのです。

 同じ才能という点なら、グラスワンダーという前例があった筈。だが彼は、彼女をリギルに入る前から面倒を見ていたにも関わらず選ばなかった。

 怪我で愛想を尽かした?いや、それだけは無いでしょう。リギル時代、彼はウマ娘の故障に対し本当に真摯に向き合っていたのを知ってます。マルゼンスキーの膝関節の問題に対し、医者を巻き込み矯正プランを徹夜1週間掛けて練っていたのを追った事もあります。

 そんな彼なら、グラスワンダーに関しても綿密に復帰プランの草案を練って東条トレーナーに提出しているでしょう。その先にある栄光も見えていた筈。

 だから、テイオーを選んだ理由は他にある。

 

「…なんて言えば良いかなぁ」

 

 言葉を選び兼ねたような彼の物言いに、私は待ちの姿勢を選びました。彼自身の言葉を、彼自身が納得出来る形で聞きたかったから。それはテイオーさんと西崎トレーナーも同様に。

 そうして待って10秒ほどで、答えは出た。

 

 

「伝説、ですかね」

 

 

 栄光と何が違うのか、とは聞きませんでした。なんとなくですけど、その意味が分かったから。

 記憶が記録を凌駕する形で歴史に残るウマ娘。彼はテイオーを、そう評したんだと。

 

「テイオーは、主人公なんですよ。時代の中心になる器がある」

「それに惹かれた、という事ですか」

「そんな綺麗な物じゃないです」

 

 隣から視線の視線に苦笑しながら、彼は自嘲するように嘯いた。

 

 

「俺も伝説の一部になりたい、一枚でいいから噛ませて欲しい。そんな我欲に塗れた自己顕示なんですよ、要は」

 

 

 

〜Side:メジロ家〜

 

 

 

「マックイーン。デビュー戦、ご苦労でした」

「お褒めに預かり光栄です、御婆様」

 

 メジロ家の邸宅に呼ばれたマックイーンは、静謐な部屋の奥に座る影に丁寧にお辞儀をする。その正体は、メジロ家を興した始まりのウマ娘、アサマ。

 

「基本に忠実に、更に貴女の長所である持久力を伸ばし活かした圧巻の走り。正にメジロの名に相応しい見事な物でした」

 

 そんな偉大な祖母からの称賛を受けて、マックイーンは表にこそ出さないが内心は小躍りしてしまう。昔からこの人に褒められるのが嬉しくて、そしてもっと褒めてもらいたくて走ってきたからだ。

 

「しかし」

 

 だが次の瞬間には鋭い声。背筋に通る冷たい予感に、マックイーンはその表情を強張らせる。

 

「最終直線のスパート、アレは些か頂けません。そこまで力を入れずとも、既に勝利は決定的でした」

「…」

「メジロ家足る者、常に余裕と優雅を兼ね備えた走りを。これは気品の問題だけでなく、貴女の足の為でもある筈です。常に全力である事がベストとは限りません」

 

 教え諭すその言葉を聞き通したマックイーンは、一つ間を挟んで目を開く。意を決したその瞳に、アサマは目の色を変えて応じた。

 

「御婆様。あの走りは、私がただのメジロのウマ娘でいるだけでは知らなかった、得られなかった走りです」

「…我らが血統の訓示よりも価値がある、と?」

「いえ。メジロの訓示が無ければそもそも私はここにいません」

 

 しかし、と前置きしてマックイーンは更に続ける。

 

「ただ同じ事を繰り返しても、煮詰まるだけで時間の流れに取り残されてしまうでしょう。少なくとも私は、私が得た好敵手達の走りを見てそう思いました」

「…だから、新しい物を取り込むと」

「未だ若輩の身、メジロの使命を果たすに未熟である事は自覚の上です。訓示の全てを遂行出来ている、などという慢心をしているつもりもありません。ですが」

 

 

「古き使命と新たな風を両立した時。私はこの家に、春の盾を持ち帰ると約束しましょう」

 

 

「…良いでしょう」

 

 覚悟を宿した宣言を受けて、アサマの瞳はその鋭さを増した。マックイーンの心意気を試すように、そして同時に期待を託すように。

 

「メジロの当主にそこまでの大口を叩いたのです。示してみせなさい、その意志に懸けて」

「…はい!」

 

 

 

 

 

 マックイーンを帰し、アサマは独り庭を見る。庭園では帰っていく彼女より更に下の世代、小学校に通い始めたばかりのメジロのウマ娘が共に戯れている。

 

「新しい風…ですか」

 

 温故知新。そう宣うのは容易いが、実際に行うとそれがどれ程難しい事か。

 

「しかしマックイーンなら…と、そう思ってしまうのは私にもヤキが回ってきた証左かしらね。じいや」

「ご冗談を。アサマ様の威光は年を経るごとに輝きを増しております」

「気休めを聞きたいのではないのよ」

 

 口調が乱れる。そこに顕になったのは、どうしようも無い程の()()

 

「私はもう還暦をとうの昔に超えてしまったわ。その分走った、それで力を手に入れた、この地位を手に入れた。なのに、私はあの娘達を“私が生きている間”しか()()()()()()()()()

「アサマ様」

「この世界に憤った少女は頑張りました、力を付けて自らの血族を守りました。それで終わり?全然よ」

「卑下なさらないで下さい。貴女のお陰で救われた命の為にも」

「私が守りたかったのは“全てのウマ娘”です!」

 

 血を吐くような叫びが部屋に響いた。それを唯一聞き届けたじいやは、ただ黙し瞑目する事でしかアサマを慰められなかった。

 

「……私の理想は、私だけではどう足掻いても為せない。だが、こんな重い使命を、可愛い我が子達に押し付けるのなんて愚の骨頂。そんな事をすれば()()以下になる」

「……」

「ただ走り続けて欲しい。いつまでも幸せに風を感じて欲しい、それだけなのに……」

 

 もはや独白と化した嘆きに応えられる者は、この部屋にはいない。その苦悩を間近で見てきたじいやですら、いや見てきたからこそ彼は口を噤む。

 

 

 

 その沈黙を破ったのは、じいやにのみ届くよう抑えられた微かなノック音だった。

 

 

「…どうした」

「桐生院家当主の名義で、アサマ様との面会の申し出が内密に届いております」

「…桐生院巌から、だと?」

 

 桐生院家。名ウマ娘を輩出してきたメジロ家とは対照的に、名トレーナーを輩出する事でこの国の歴史にその名を刻んだ家だ。仲は悪いという訳ではないが特段親交が深い訳でもなく、事業によっては強力なライバルですらある。

 そんな桐生院家が、なぜ唐突に?それもこのように従者が緊急で伝える判断をしたという事は……。

 

「申し訳ありません執事長、緊急性はございません。にも関わらずこのような形で伝えたのは、私の独断にございます」

「その判断が正しいかどうかは私が判断する。早く言え」

 

 剣呑で緊張した雰囲気を感じ取ったのか、謝罪を含んだ言葉。それを一刀両断して、じいやは続きを促した。

 次の瞬間、彼の思考は一瞬停止する事となる。

 

 

 

 

「面会代表者の名が、チームスピカのサブトレーナーとなっておりました」




 こんな思わせぶりなラストですが、次回に直接的な続きのシーンはありません
 ちな巌さんは葵ちゃんのパパです。凱夏の事が大嫌いです


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光あらば影あり、影より出ずる光あり

ベターマン最近見たんだけど面白過ぎひん???
気持ち悪りッ、やだオメェ…な恐怖がワンサカで良い具合に鳥肌が立つ。謎の配分と解決もカタルシスがあって実に好み

あとセーメと《R-18》してチャンディーに《R-18G》されたい


「たはは。少しは意識して貰えましたかな?」

 

 レース直後に強さを増した雨。その中で、バ道に戻ろうとした私は後ろから声を掛けられた。

 振り返るとそこには、私が唯一()()()()()赤毛のウマ娘の姿。泥だらけの汗だらけ、雨に顔を濡らして息も荒い。

 きっと、最後に存在感を放ってきたのもこの娘だと思う。

 

「あなただけだよ。私を躱したの」

「躱した?冗談はやめてくださいな、それは君の方でしょ。凄い差し足だったじゃん」

 

 そういう意味じゃない、とは言えなかった。気付いてしまったから。

 彼女は泣いていた。きっと彼女自身も、雨で気付いていない。

 

「キラキラウマ娘ってのは、良いですなぁ」

 

 笑いながら言うのは何故か。きっと隠せているつもりなんだ。こちらを気遣わせないよう、無意識に強がっている。

 

「お互いに影響与え合って、もっと輝いてさ。それで光が強くなる程、私たちも追いかけ甲斐がある…的な?」

「……その」

「って、何ポエムってんのアタシ!恥っず!!」

 

 ああ、そうか。この娘も勝ちたかったんだ。

 私にとってのトレーナー(桐生院さん)と同じように、きっと勝利を捧げたい人がこの娘にもいたんだ。

 それを、私が阻んだ。

 

「と、とにかく!アタシもいつか、キラキラの仲間入りするから!」

 

 そうなんだ。これが勝つって事なんだ。

 勝者になるって事は、誰かを敗者にする事なんだ。

 なら、私に出来るのはーー

 

「うん。待ってる」

 

 その願いを背負う事。

 私だって負けたくない。だから負けてあげるなんてしない。

 でもその分、その想いに応えてみせる。

 その言葉を最後に、私は踵を返した。「ごめんね、トレーナーさん」という赤毛さんの呟きが背中越しに聞こえて、私の決意を一層強めた。

 

 バ道に向かう僅かな時間、少し見回すと見える。私が下した他の出走ウマ娘達。

 トボトボと顔を下げて歩く娘、地面に手を突き唖然とする娘。私をキッと睨み付ける娘までいる。

 今後、私達はこういう光景を何度も作りだすんだろう。そして時には、この光景の()()()()する事だってあるんだろう。

 

 でも私は臆さない。トレーナーに栄光をあげたい。テイオーに勝ちたい、マックイーンに勝ちたい、凱にぃを驚かせてやりたい。私は傲慢だから、他の娘達より自分の願いの方が大事。

 それでも、キラキラウマ娘という光が産み出すこの影の事を、忘れちゃいけないと思った。

 

 

 

 

「ミーク?ミーク!」

「え。あ、何?」

「もー、急に空見上げて動かなくなるからビックリしたよ」

 

 そうだった、今日はテイオーの友達と一緒に外で昼ご飯を食べてたんだった。

 

「なになに?ミークちゃん、もしかして好きな人の事でも考えてたのー?」

「分かるのマヤノ!?」

「もっちろーん!名探偵マヤノにお任せ⭐︎」

「えっ違うけど」

「「」」

 

 そうそう、マヤノトップガン。テイオーのルームメイトで私のクラスメイトなウマ娘。今日は彼女に「あなたテイオーのライバルなんだよねっ?マヤにもデビュー戦の感想聞かせてよ!」って誘われたんだった。

 きっとマヤノに連れられてテイオーと合流した時、そそくさと立ち去る赤毛のあの娘を見かけて思い出してしまったんだ。

 

「まぁ迷探偵マヤノは置いといて」

「テイオーだって乗ってきたクセにー!で、どうだったのミークちゃんデビュー戦は!テイオーは自慢ばっかりで聞き飽きちゃった!!」

「自慢ばかりって何さー!?」

 

 詰め寄る2人に対し、私の頭はどこか冷めている。さっきまで思い出していた記憶の所為だろうか。

 まだ未デビューらしいマヤノも、既にデビューを経験したテイオーも、レースを輝かしい物として見てる。それは間違ってないし、私だって今もそう思ってる。

 でも、それだけじゃない。

 

「楽しいだけじゃないよ」

 

 あの日、地に塗れた娘達を思い出しながら言えたのはそれだけだった。

 

 

 

 

 

〜Side:カノープス〜

 

 

 

 

 凱夏がそこを訪れたのは、昼過ぎの事だった。

 スピカと同じように建てられたプレハブ部室。そのドアをコンコンと叩き、返事を待つ。出てきたのは癖っ毛の優男。

 

「よお。繁盛してるか」

「はっ倒しますよ」

「ごめん」

 

 素直に謝罪すると、青年はその表情を緩めて応じた。往年の気安さがそこにあった。

 

「で、何の用です?サブの座にしがみつくトウカイテイオーの仮専属さん」

「辛辣ぅ!いやなに、先代からの引き継ぎに苦労してる同輩をいっちょ労おうかと思ってな」

 

 そう言って凱夏が掲げたのは土産袋。ビニール越しに見ると、それはそれは青年の好きな物ばかりだ。

 敵わないなぁ、と苦笑する青年ーーーチームカノープスのトレーナー、南坂カイ。それに釣られてかそれとも揶揄う為か、凱夏もまた満面の笑みで応じるのだった。

 

 

 

「お前も大変だよなぁ」

 

 学園内で酒類は飲めないので、代わりにジュースをお酌する凱夏は同情するように呟く。それを受けた南坂は深くため息。

 

「全くですよ。まさかサブ歴1年目で強制独立だなんて」

 

 チームカノープスは、元はと言えばベテラントレーナーの率いる上位チームだった。しかし同じくベテラントレーナーである赤石トレーナーが引退を検討しているように、彼と同年代だったカノープス前トレーナーも引退……

 ではなくまさかの急病を発症。サブトレーナーとして迎え入れた南坂にノウハウを伝えてから引退する筈が、療養の為に即辞めざるを得なくなったのだ。

 結果、半人前のままチームを引き継ぐ事となってしまった南坂。彼なりに頑張りはしたものの、その指導内容に不満を抱いた所属ウマ娘が1人また1人と離脱していき……

 

「誰もいなくなった時の気持ち分かります?」

「分かってるから他んとこに行けって言ったんじゃねぇか」

 

 カノープス、所属ウマ娘0。解散寸前の憂き目に。

 あの頃の南坂カイはヤバかった、と凱夏は記憶を思い起こす。愛するウマ娘達に見限られ、捨てられていく彼は日に日に窶れ、最後の1人が去った日には暗い部室に閉じこもって出て来なくなる始末。

 「悪い事は言わないから他のチームのサブで出直せ。おハナさんは俺がいるから無理だが、西崎さん(とこ)と黒沼さん所なら紹介出来るぞ」と必死で呼びかけたものだ。

 

「先輩から託されたチームですよ。捨てる訳無いでしょう」

 

 だが南坂は梃子でも動かなかった。彼が他のチームに行けば今度こそカノープスの名は消滅する、その事を厭うたのである。

 そんな事態になったのが先代の療養から半年後、つまり今から1年前の事だった。

 

「今思ったんですけど、理事長さんは10ヶ月も所属者0のチームをよく容認してくれましたね。彼女にはもう頭が上がりません」

「先代さんの事は俺はよくは知らんが、何か恩でもあったんじゃねぇの?知らんけど」

「相変わらず君ってヤツは……」

 

 だらけながら芋けんぴを齧る同輩に、南坂は思わず呆れるように笑みを漏らした。最も、本人には全く届いていない。

 そう、チーム解散寸前の憂き目から10カ月後、つまり今から2ヶ月前に事態は好転した。カノープスに新入生が入って来たのだ。

 照れ屋で恥ずかしがり屋な、でも勝利への執念をその内に燃やす少女。自分を信じてついて来てくれた彼女を、南坂は勝たせようと頑張っていた。

 

 …のだが。

 

「デビュー戦は、その…残念だったな」

「気を使わなくても良いですよ。勝負の世界ではよくある事ですし、なにより葵ちゃんの育てたミークが凄かった」

「いやまぁそれはそうなんだが、他ならともかくデビュー戦で潰し合いは避けたかったなって」

 

 ミークが圧勝したデビュー戦は、南坂を助けた娘のデビュー戦でもあった。南坂は、恩人に勝利を捧げられなかった。

 あの日彼と合流出来なかった凱夏は、その事で凹んでないか心配で今日訪ねたと言って良い。

 

「その様子だと、やっぱ葵から連絡来てなかったみたいだな。あんの桐生院家の箱入り世間知らずめ、俺には突撃して来といてなんで……」

「そりゃ葵ちゃんは君の事大好きウーマンだし。何なら僕が中央トレセンにいる事知らないと思いますよ?」

「意図的に連絡絶った俺はともかくお前もかよ!なんで!?」

「なんでってそりゃあ…」

 

 「そもそも君経由が前提の繋がりだったし、そりゃ君がいなくなったら疎遠になるよ」と南坂は言った。

 凱夏と南坂がトレーナー養成校を卒業した際、凱夏は葵・南坂との連絡手段を捨てた。携帯も変え住所も変えて行方を晦ました。

 葵と南坂は当初こそ自分たちの伝手を使って探したが、葵は学業、南坂は自分の就職活動もあって断念。そうして時を経る内に2人の連絡は途絶えてしまったのである。

 その後、カノープスのサブトレーナーとなった南坂が、リギルの同じくサブトレーナーとなっていた凱夏と再会したのは中央トレセン就職から半年後の事。メイントレーナー同士ならともかく、新人サブトレーナー同士が交流を交わす機会など滅多に無いのが片や幸運に、片や不幸に作用した形だった。

 その頃には葵の方も電話を変えていたのか、南坂からはコンタクトが取れなくなっており、凱夏の所在を伝える方法が無くなってしまっていたのである。

 

 それを今更聞いた凱夏は、動揺を隠さずに机に突っ伏した。

 

「なんかおかしいとは思ったんだ……凸して来た時、葵は俺の所在を今の今まで把握してなかった感じで……お前から伝わってしまってるモンだとてっきり………」

「良かったじゃないですか、感謝して下さいよ?再会したあの日に、桐生院家の邸宅の門を叩いて知らせる事だって出来たんですから」

「結局接触された時点で同じ事なんだよなぁ…いや感謝はするけど実際問題」

「まぁ、葵ちゃん抜きで君と過ごす時間を堪能出来たから良いんですけどね」

「俺にそっちの趣味は無ぇぞ?」

「安心して下さい、僕も男色の傾向は無いです」

 

 食む物が芋けんぴから炙ったジャーキーに変わり、しかし談笑は続く。まるで男子学生の同窓会のような、そして実際その通りな空気で2人だけの昼酌だった。

 やがてチャイムが鳴る。いい加減、仕事に戻らなければならない。

 

「葵にはまた伝えとくけどさ、めげるなよカイ」

 

立ち上がって、凱夏は言った。

 

「お前のウマ娘が見せた末脚は凄かったし、あのミークに呑まれなかった胆力は大したモンだった。次のステップ(1勝ウマ娘)に必ず進めるだろうさ」

「やっぱり励ましに来てくれたんですね」

「このぐらいの気遣いは出来るっての。人間だもの」

 

 南坂は笑う。沈んでいた闘志を再び迸らせて。

 

「勿論ですよ。彼女を未勝利で燻らせはしない、いつの日か君のトウカイテイオーだって地に塗れさせてみせます」

「…楽しみにしてるぜ」

 

 

 

「おいっすー!ナイスネイチャでーす!!」

 

 その日の放課後、練習の時間。部室に入って来た赤毛のウマ娘は、にこやかに声を大にしてそう言った。

 虚勢だ。初戦の敗退に傷付いた心を誤魔化し、自らのトレーナーに心配を掛けさせまいとしている。

 だから、カイは。

 

「…ふぇっ」

 

 強く抱き締めた。その不安をかき消すように、絞り出して流し去れるように。

 下心は無かった。ただ自分の気持ちに素直な、ネイチャを想う心からの行動だった。

 

「ト、トト、トレーナー-サン…?」

「ネイチャさん」

「はひっ」

「次こそ勝てます。あなたにはそれだけの力がある。努力がある」

 

 自分を選んでくれた才能を、影で終わらせて堪るものかと。カイは強く念じ、そして語り掛けた。

 

「キラキラウマ娘に、なりますよ」

 

 カノープス、夜天で2番目に眩い星。

 一度影に落ちた星は今、“1番”を目指して駆け上がる。

 

 

 

 

「は…はひ……」

 

 最も、茹で蛸になっているネイチャはそれどころでは無かったが。

 

 

 

 

 

〜〜

 

 

 

 

 

 さぁて。カイは持ち直したようだし、次は俺のやる事やっちゃわなきゃな。今日はスピカの練習は休みだし。

 確か、メジロ家の送迎リムジンが止まるのはだいたいこの辺の筈。俺の予想が正しければもう来ている筈だ。

 ……ビンゴ。黒塗りの高級車を無事発見、後は近付くだけで向こうが反応してくれるだろう。

 

「お待ちしておりました。スピカのサブトレーナー様」

 

 っと、これは予想以上に想定外だな。警戒どころか敵意混じりとは。

 

「じいやさん、マックイーンが実家に戻る日は今日じゃない筈ですが?」

「しらばっくれないで頂きたい。貴方にこそ用があるのです」

 

 冗句も通じない。まぁこれは、俺自身の緊張を解く為の物でしかないから残当もいい所だろう。

 

「アサマ女史に話は?」

「未だ。まず貴方が如何程の人物を見極めさせて頂きましょう」

「……そりゃ、此方としても好都合です」

 

 俺もアンタ達の在り方を識りたい頃合いだったからな。

 

 

 

 促されるままリムジンに乗って、俺達は学園から離れた。ああそうだ、これからの話を行うのは学園内じゃない方が良い。

 例え言葉だけだとしても、アイツらの青春の場所を汚したくない。




 南坂君と凱夏は飽くまでブロマンス止まりゾ┌(┌ ^o^)┐彡彡

 凱夏とテイオーが主人公のつもりで書いてるけど、前者はともかく最近後者の主人公味薄いな……


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私だけの景色を得るまで
あの日曜日


「なぁスズカ。ちょっと話があるんだが」
「何ですか、トレーナーさん」
「お前、ちょっと前まで時折先行の走りを自主練してたじゃん」
「え゛っ」
「……すまん、実は一回見かけてから心配でずっと影から見てた。でも本来の走りに影響は無かったから黙ってたんだ」
「いえ、その…謝るべきはこちらですし。ご迷惑をおかけしてすみません」
「いや、俺の方が悪かっ…ってコレじゃ収まりがつかんな。話を戻すけど、あの走りって今も出来るか?」
「出来るか出来ないかで言えば出来ますが…」
「じゃあさ」


「いっちょ、凱夏君を驚かせてやろうぜ?」


 あの日曜日、東京レース場は大歓声に包まれた。ある逃げウマ娘を、一度は置き去りにされた筈の同じ逃げウマ娘が渾身の末脚で差し返したレース。

 ハナ差で勝利を掴んだ彼女を、観衆は盛大な応援と拍手で讃えた。死闘を演じた2着の彼女も同様に褒められた。それだけ互角のレース展開だった。

 

 だが後日、民衆は思い知ったのだ。アレは互角の勝負などではなかったのだと。

 朝刊1面に彩られた“骨折”の2文字。1着の少女は、遥か先の背中を捉える為に己の()を生贄にしていた。犠牲にしなければ勝てなかったのだと。

 夢を叶えた代償として、1着の少女は二度とターフに立つ事は叶わなかった。少女が満足げだった事が、この騒ぎを平和に終わらせた一因だったと言える。

 

 2着の少女。皐月を獲った名ウマ娘ですら何かを捨てなければ至れない境地に、何も捨てずに辿り着いていたウマ娘。“豪運”すら捻じ伏せかけた、“最速”の更に先。“異次元”の存在。

 その名を、サイレンススズカといった。

 

 

 

 

「逃げのスズカは最強なんだ」

 

 暗い部屋で青年は呟く。その瞳に光は無い。

 

「おかしいと思った。そりゃそうだ、“普通の状態”であの差しが出来る訳無い。単独でやり合うなら、何かを捨てて始めて対等なんだ」

 

 投げ捨てた新聞を見遣り、嘲笑う。その対象は、生涯を棒に振って勝ちを選んだ1着のウマ娘。

 ……ではない。

 

「逃げを得たサイレンススズカは最強なんだよ」

 

 彼女から逃げを奪おうと()()()努力をし、足を引っ張った自分自身への蔑笑だった。

 

 

 牧路凱夏は嗤う。あの日、スズカに涙を流させた自分を憎むが故に。

 

 

 

 

〜Side:テイオー〜

 

 

 

 

 今日の練習は、宝塚記念を踏まえたスズカ先輩がメインの模擬レース。

 …なんだけど、ボクとマックイーンは外された。なんでさ?

 

「入部時に相手をしてくれただけありがたいくらいですわ。スズカさんは現在シニア級で活躍している先輩方の中でもトップクラスの実力者、その練習にデビューしたての私達が混ざって邪魔になってしまえば、それこそ本末転倒ですもの」

「何それつまんないー!ねぇ凱夏なんとかしてよー!!」

「俺はもうスズカに関連する事ではほぼ一切口出ししないって決めてるからなぁ」

「いくじなしー!」

「なんとでも言え」

 

 もうもう、やっとスズカ先輩の逃げを間近で見られるチャンスだってのに!惜しいよ、逃したくないよ!!

 …って、そういえば。

 

「凱夏、その頬の痣はどうしたの?」

「これか?ちょっとハメ外したしっぺ返しって所だな」

「いやそれだけじゃ意味分かんないけど」

「ムキムキ筋肉ゴリラ爺さんと接敵して殴打された、って言って納得出来るか?」

 

 それどこのジャングルに生息してる生物なの?

 

「ムキムキのお爺さんと言えば、いつも私を送迎してくれるじいやもあの年で鍛えていて、実は筋骨隆々なんですわよ」

「嘘だぁ!風吹いたら飛んじゃいそうじゃんあの人」

「ふふっ。実際目にしてひっくり返っても助け起こしませんからね」

(実際ヤバかったわあの拳…マックイーンが自慢するだけあるけど、メジロ家は戦闘民族か何かで?)

「何を頷いてますの?」

「あ…?いや、もう直ぐ始まるなって」

 

 そうだった、レースにちゃんと集中しないと。

 スタート地点には既にスズカ先輩、逃げで競り合う役のスカーレット先輩、先行で後ろから狙う役のスペ先輩、差しでついていく役のウオッカ先輩、追い込みで全体を追い立てる役のゴルシ先輩が並んでいる。一方、ゴール地点で待つのはストップウォッチを持ったトレーナーだ。

 参加できないボク達にできるのは、じっと注目して問題点を炙り出す事。そして、イメージの自分をレースに投影して勝ち筋を探す事。

 

「スズカから目を逸らすなよ」

 

 凱夏の言葉に、ボクとマックイーンは気を引き締めた。

 

「視線すら置き去りにされるからな」

 

 

 

 

 結果から言うと、凱夏の言う通りだった。

 スズカ先輩に追いつけるウマ娘はいない。少なくとも、まだ今は。

 心から、そう思わされた。

 

 

 

〜Side:エアグルーヴ〜

 

 

 

 あの日曜日。私がスズカに勝てたのはマグレ(フロック)だと、私は思っている。

 皐月賞後にリギルからスピカに移籍したスズカは、それまでの不調が嘘かのような本格化を見せた。特に日本ダービーや神戸新聞杯で見せた底知れなさに、当時多くの同期ウマ娘とそのトレーナーが一斉に戦慄。彼女を徹底的に警戒した結果、偶然にも彼女に対する包囲網が出来上がっていた。

 情けない話だが、結果的に私もその中に加わっていたと言える。スズカの才覚を信じ、リギルへと誘ったのは他ならぬ私なのだから。後方から圧力を掛けてマークし続けるつもりだった。

 そして本番、複数に先頭を塞がれそうになり後ろからも囲まれたスズカは失速。スズカの逃げに無理やり先んじて・付いて行って妨害したウマ娘達も疲弊で失速。全員が消耗した泥仕合で、なんとか底力が残っていた私が先頭になる事が出来た。昨年10月26日の日曜日、その時行われた天皇賞秋の真相がこれだ。スズカへの包囲網が無ければ私は勝てなかった。

 だが今回それは望めない。包囲網に拘りすぎて泥仕合と化した反省から、スズカへマークする作戦を取るウマ娘は激減している。スズカを負けさせても、自分が勝てないと意味が無いからである。

 そして、自由になったスズカはそんな思惑を千切って勝利してきた。

 

「エアグルーヴ、大丈夫?オーバーワークは体に毒よ」

「問題ありません…っ」

 

 仮想スズカとして、練習に付き合って下さっているマルゼンスキー先輩。その慮りを敢えて無碍にして、でも私は立ち上がる。

 スズカの逃げは他のウマ娘の破滅的逃げと等しく、しかし破滅には繋がらない。だからそれについて行く為には、これしきの疲労も飲み込んで進まねばならない。

 だから、せめて後もう一本…!

 

「エアグルーヴ」

 

 そんな私を呼び止めたのは、私の理想だった。

 思わず視線を向ければ、そこに夢が立っていた。凛とした視線が、私に向けられていた。

 

「会、長…」

「マルゼンスキーの言う通りだ、君は明らかに限界を超えている。その域に踏み込むのはレース中だけで良い、日常からそうするとまず保たない」

「しかし、これでは足りないのです!私はスズカが追いかける背中で無ければならない、それがリギルに彼女を巻き込んだ私の責ーーー!」

「マルゼンスキーを見ろ」

 

 鋭い声音に頭が覚める。そうして視界に捉えたのは、私と同じく汗まみれな先輩の姿。

 いつもの余裕綽綽な立ち姿は影も無く、荒い息で膝に手を突いていた。

 何故忘れていた。同じ逃げウマ娘だからって、歴戦の先輩だからと言って、型の違うスズカの想定を彼女に押し付ければどうなるか……

 

「…あーあ、バレちゃった。後輩の気概に応えられないなんて、これじゃ先輩失格ね。エルちゃんに顔向け出来ないわ」

「君の問題ではない。エアグルーヴ、自分だけでなく他人まで拘りに巻き込むのは、君の本懐に沿うのかい?」

「…申し訳ありません」

 

 完全に私の落ち度だった。それでも付き合ってくれた先輩への感謝と、そして申し訳なさで頭が一杯になる。自らの愚かさに頭が沸騰する。

 だが、それ以上に。

 

「2人とも今日は休んでくれ、おハナさんと桐生院さんへの報告も私がしておく。何より友人に、そして頼りになる右腕に倒れられようものなら今度は私が八方塞がり、重なる課題で四面楚歌になってしまうからな」

 

 頼りになる?

 本当に貴女はそう思っているのか?

 

「会長」

「どうした?エアグルーヴ」

「ブライアンが相手でも、同じ事を言いますか?」

 

 気付けば、口を突いて出ていた問い。こんな下らない問いかけをした自分を即座に後悔するものの、もう遅い。

 

「…?言うが、それがどうかしたか?」

 

 嘘だ。

 そう思ってしまった。その事で更に自己嫌悪が溢れ出した。

 満ちる苦い思いを噛み潰し、「何でもありません。ありがとうございます」と頭を下げる。分かっている、嘘じゃない。この人はブライアンが同じ愚行をしていても確かにそう言うのだろう。

 でも、違うんだ。

 だって貴女は。

 

 去って行く背中に伸ばす右手を、左手で必死に抑えた。唇を噛み締めて、そうするしか無かった。

 

「エアグルーヴ」

 

 マルゼン先輩の声で我に返る。同時に、感情が抑えきれなくなった。

 

「先輩。私は会長に頼られているでしょうか」

「勿論よ。さっき本人が言ってたじゃない」

「私はそうは思えません」

 

 失礼だと分かっていても、女帝を目指す身としてあまりにも無様だと分かっていても、もう歯止めが効かない。

 

「私は併走を頼まれた事がありません。ブライアンと違って」

「それは……」

「“皇帝”であるあの人と、釣り合いが取れてないと。そう思われているからです。違いますか?」

 

 相応しいと心の底から思っているなら、頼って欲しかった。でも彼女が自身を戒める時、助力を乞うのはいつも私ではなくもう1人の副会長の方だ。

 舐めるな、と叫びたかった。その胸ぐらを掴んで目に物見せてやりたかった。

 それをしないのは、出来ないのは、一重に私が()()()()の存在だと自覚してしまっているから。

 

「太陽でありたいのに」

 

 母との約束だった。私の夢だった。

 

「私は友の笑顔に影すら落とし、憧れの背中も照らせない」

 

 情けない。こんな自分を変えたい。

 だからまず、あの背中を追い越したい。どこまでも前を行く栗毛の髪の、その前へ。せめて、彼女が走る目標に。

 俯いていた視界が赤に包まれる。抱き締められたと分かったのは、一瞬遅れての事。

 

「納得は出来ないだろうけど、ルドルフにとって貴女は既に唯一無二で不可欠な存在よ。自信を持って」

「唯一無二?その他大勢の“被庇護者”とは違うと?」

「えぇ。実感は湧かないでしょうし、ルドルフ自身も分かってないと思うけど……とにかく、貴女の在り方は間違ってないわ。その先できっと、あの傍若無人な皇帝サマを見返すチャンスは来る」

「でも私は、たった今から変わりたい」

「その為に、まず貴女自身を大事にしなさい。スズカもそう思ってる筈よ」

 

 敵わないな、と私は目を閉じる。この人の包容力には昔から勝てた試しが無い。

 その証拠に、納得し切れてないのに彼女の言葉を受け入れている自分がいる。目の前の暖かさに惹かれ、私もまた彼女を強く抱き締め返したのだった。

 

 

 

 

〜〜

 

 

 

 夕日が沈む。また今日という1日が終わる。

 

「スズカさん、今日はありがとうございました!」

 

 隣を歩くスペちゃんはそう言った。本来なら、感謝をするべきなのはレースに向けた特訓に付き合って貰った私の方なのに。

 

「お陰で今日は充実したトレーニングが出来たわ。此方こそありがとうね」

「いえいえ!私も色んな事を学べましたし、いつか追いついてみせますから!!」

「ふふっ。楽しみよ」

 

 …でも、その機会はいつになるかしら。

 秋の天皇賞が終わったら、私は……

 

「牧路さんに相談してみようかしら」

「…へ?」

 

 あら、どうしたのスペちゃん。こんな所で立ち止まって。

 私、何か変な事言ったかしら?

 

「スズカさん、牧路さんとはもう大丈夫なんですか?」

「え?…あぁ、思ってたよりは大丈夫だったみたい。心配かけちゃったかしら?」

「はい……じゃなくて!それなら良かったです!!」

 

 スペちゃんは私が苦しんでた最後の時期の事を知っている。牧路さんとテイオーさんが入部する直前には、その事でテイオーさんと少しギクシャクしてしまった事もあるようで。

 私の悩みが招いたその事態に申し訳なさを抱きながらも、私の心は私が思っていたよりもどこか晴れやかだった。

 

「あの人は、私の人生を真剣に考えてくれてたんだと思うの」

「えっ…でも」

「うん、だから()()()に関しては…私と彼が、ちゃんと話し合えてなかったから起こった事なのよ、きっと」

 

 ルドルフ先輩から聞いていた人物評。

 エアグルーヴに聞いた指導内容。

 私自身が彼と過ごした日々。

 移籍した後から流れてきたリギルでの彼の動向。

 どれも彼なりに、私達ウマ娘への配慮があったように思える。だから、私に突き付けた()()()()も、彼の算段ではいつか回り回って私の為になってたんだと思う。

 ただ私は“今”走りたかった。そこの擦り合わせが、どうしようも無く足りてなかった。

 

 …って事を伝えたつもりだったけど、スペちゃんは納得しかねた様子だった。何か言い方が不味かったかしら?

 

「…それにしたって、()()()はやっぱり酷いですもん。今の彼にそんな側面は見当たりませんし、私もしっかりサポートして貰って助かってますけど…うーん、でも確かにテイオーちゃんが信頼するだけはあるし……いやでも()()は私からニンジンを奪うようなモノで………」

 

 複雑な表情を浮かべて頭を抱えるスペちゃん。ウンウン唸るその愛らしい姿に、思わずクスリと口角が上がってしまう。

 

「大丈夫よ。だって今はトレーナーさんがいるもの。 」

 

 私に走る楽しさを思い出させてくれて、今も牧路さんを導いてくれているトレーナーさんへの感謝を胸に秘めて私は歩き出す。あの人がいたから私はまた走り出せた。

 

 

『走って、確かめて来たらどうだ?』

 

 

 あの日、緑の風景の中で彼が言ってくれた言葉を思い出す。それだけで、胸の奥が爽やかな風に吹かれたように軽くなる。

 彼の期待に応えたい。きっとその事が、牧路さんの想いを叶える事にも繋がると思う。

 次のレースがその第一歩になれば良いなと思った。クラシック期は存在感こそ示せてたらしいけど、成績としてはあまりパッとしなかったから。

 

(宝塚記念。エアグルーヴに、勝つ)

 

 私を受け入れてくれた友人。私を送り出してくれた大切な親友。

 その瞳に、成長した私を見せつけたい。

 そして。

 

(()()()の分まで、走る)

 

 

 私の為に、私を想う人達の為に私は走る。

 

 

 

 

 

 

「そういえば、練習後にトレーナーさんと何話してたんですか?」

「うーん…内緒」

「えぇ~!」




他陣営「ファッ!?ダービーであの大逃げとかマジかよスズカ、よく1着の娘は差せたな…」
 ↓
他陣営「1着の娘、無理した結果引退かい!自由にさせたら怪我を覚悟せんと勝たれへんってマ?集中デバフして減速させよ…」
 ↓
ウマ娘「デバフしたらスズカを負けさせる事は出来ても自分が勝てないんですけお!というかそもそもが強過ぎてデバフに割く労力と消耗がエグいんですけお!!」
他陣営「ほなデバフやめるかー」
 ↓
スズカ「なんか走るの楽やわー(大差勝ち連発)」
他陣営「」←今ここ


 シニア期に移籍したアニメと違い、クラシック期に凱夏が手放したが故の事態ですね。マイルChSまでデバフ包囲陣が続いたので、成績こそ上がったけど実は勝ち数は殆ど増えてなかったりするんですが


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静寂の星、停滞を切り裂いて

新参「黒い真ゲッター!何アレ!?」
古参「何アレ…知らん……怖…」
原作者「何アレ…知らん……怖…」

ってなったゲッターアーク最新話。もしかしてもしかすると、分岐の果てに「虚無エンドのその先」が見れたりするんですかね…?



あと昨日の件ですが、誤投稿してすみませんでした。


 最初に声を掛けてくれたのはエアグルーヴだった。

 

「スズカ。お前、まだチーム決めてないのか」

 

 選抜レースが終わって、ただ好きに走った私を相手に代わる代わる話しかけてくる人、人、人。そこからどんな風に見極めれば、何を基準に選べば良いのか、そもそも選んで良い立場なのかすら分からなくて、結局誰の元にも行けずにいた私。

 一方エアグルーヴはといえば、新入生の頃から素晴らしい記録・成績とカリスマで同学年を率いる立場で、それを見込まれて既にチームに入っていた。あまりにも優秀な彼女を相手に、こんな私が友人として釣り合うのか疑問に思った事もあった。

 そんな彼女は、私を心配してかこんな提案をしてくれたのだ。

 

「ならスズカ。リギルに来ないか」

「えっ…」

 

 リギル。それがエアグルーヴが所属したチームの名前。かの無敗三冠ウマ娘、シンボリルドルフを輩出した東条ハナさん率いる名門。

 ただでさえ入部希望者がいっぱいいるのに、私が入れるのだろうか。入って良いのだろうか?

 そんな不安を抱えた私に、彼女はこう言ってくれた。

 

「同年代で私の道を阻むとするなら、それはお前だろうと私は思っている」

「…えっと、つまり?」

「言わせるな。その…ライバルという事だ」

 

 ライバル。()()を求めてこの学園に来る娘もいるぐらい、私達ウマ娘が走る上で大事な存在。

 あのエアグルーヴが、私なんかの事をそんな風に思っててくれていたなんて。

 

「お前は私の夢を阻むかも知れない、だがお前のような強敵のいない成功を掴んだ所で意味が無い。そんな事ではお母様に並ぶなど程遠い」

「…私で、良いの?」

「お前だからこそ、だよ」

 

 ああ。眩しい。

 あなたがいなければ、私は最初の一歩で躓いていた。

 あなたが照らしてくれたから、私は走る道を歩み出せた。

 

「どうか私の“壁”になってくれ、スズカ。お前の背を追わせてくれ。その度に何度でも、追い抜かし置き去りにしてみせる」

 

 あなたが私の、最初の走る理由になってくれたから…

 

 

 

 

 

 

 

「スズカ」

 

 私の、今がある。

 7月12日、阪神レース場。そこで私は今、ライバルと再び相見えた。

 鮮やかな黄を迸らせたような蒼炎、それを意匠に組み込まれた勝負服。その煌びやかさすら霞ませるような、鮮烈な輝きを宿す彼女が私の前に立っている。

 

「調子は良さそうだな。何よりだ」

「レースで競うのは260日ぶり、になるのかしら。エアグルーヴ」

「…数えていたのか」

「楽しみにしてたから」

「……!」

 

 鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をするエアグルーヴ。私、何か変な事言ったかしら?

 

「私と走るのは、その…嫌じゃないのか」

「どうして?ライバルじゃない」

「だが、私はお前を……」

 

 …ああ、そういう事か。

 

 

「ライバルなら、見くびらないで」

「!」

 

 その言葉に、エアグルーヴの目が見開かれる。

 私は、あなたに守られてきただけの私じゃない。

 

「エアグルーヴにはたくさん助けて貰ったわ。ボーッとしがちだった私を導いてくれたし、その事に感謝もしてる。リギルにだって入って良かった…でもターフの上での私は、あなたの夢を阻む壁よ」

「スズカ…」

「だからお願い。申し訳ないだなんて思わないで」

 

 そう言って笑ってみせる。心からの感謝と敬意を込めて。

 

「追いかけてきて。そして追い越してみせて。あなたが昔、そう言ったように」

 

 それを皮切りに背を向け、先にゲートに入る。背後で気配が大きくなったのを感じて、私は安堵した。

 良かった。口下手な私だけど、彼女の助けになれたなら。

 

 私は走る。私を待ってくれている人達の為に。私を信じてくれたトレーナーさんと、そしてあなたの為に。

 

 

〜〜

 

 

 かくして、スタートは切られた。

 あるウマ娘がゲートでプレッシャーに耐え切れずに卒倒し、仕切り直されるというアクシデントこそあったものの、それでも尚集中力に揺らぎの無かったスズカが先頭に躍り出る。エアグルーヴは中段からレース運びを窺う形。

 

(宝塚記念は2200m。スズカが全力を維持出来る距離よりやや長い)

 

 ダービーでのスズカの敗因には、長距離判定ギリギリの2400mを前にスタミナが切れて伸び切らなかった、という側面がある。本来ならそれでも充分セーフティリードだったのだが、1着のウマ娘が足を犠牲にした極限の走りを行った事によってその隙を突かれて敗北に至った。

 ならば、今回においても付け入る隙はそこにある。極度に離されさえしなければ、何かを引き換えにせずとも追いつける。追い越せる筈。

 それに最近のスズカは、レースで中盤から少しだけ抑え気味の傾向が散見されていた。彼女なりに長めの距離に適応しようと模索した結果なのだろうが、ならば付いていくのも難くはない。

 

(置いて行かれるな、だが同時に足を溜めろ。最終直線で、アイツの瞳に女帝の背中を焼き付けろ!)

 

 スズカに引っ張られてハイペースの様相を呈するレース、しかしエアグルーヴに焦りは無かった。

 レースは中盤の後半、第3コーナーに差し掛かっていく。

 

 

 

 

(この位かしら)

 

 

 

 

 スズカが()()()()()()()のは、その時の事。

 

(なっ…)

 

 他のウマ娘は気付かなかったが、エアグルーヴにはすぐ分かった。分からない筈が無かった。

 何故ならその走りは……

 

(リギル時代の走りだと…!?)

 

 身に付かなかった筈の先行策、そのペースと同じ。

 理由は分からないが、スズカはこのタイミングで()()()()()逃げを辞めたのだ。

 

(その走りで苦しんだのは他ならぬお前だろう!)

 

 足を溜める走りで、逆に自らを磨り減らしていたスズカを知っていた。

 タイムが伸びるどころか下がり、焦りに身を窶していくその惨状をエアグルーヴは覚えていた。

 

(私の目を覚まさせる為か?見くびられる屈辱を覚えさせる為か?)

 

 余計なお世話だ、とエアグルーヴは(いか)る。周りのウマ娘に気付かれないよう自らもペースを落とし、距離を詰めながらも足を温存していく。

 太陽を目指すこの身は、舐めた走りで勝たれる程安くはない。

 

(この女帝を挑発した事、必ず後悔させてみせる!!)

 

 第4コーナーを越えて最終直線へ。淀み無く進んだレース運びに、会場の歓声は一際大きくなった。

 ウマ娘達も、それに応えるようにスパートを掛けていった。

 

 

 

(なんでだろう)

 

 そんな中で、スズカの内心はただただ閑か。

 

(どうしてだろう)

 

 後ろからその存在感を増してくる足音を受けて尚、疑問だけが脳裏に過ぎる。

 

(抑えて走ったのに、どうして……)

 

 ただただ、己に問いかけた。

 

 

 

 

 

(私だけの景色が見えるの?)

 

 瞬間。

 静寂が会場に鳴り響く。

 

「えっーーー!?」

 

 そう嘆いたのは、2番手に()けていたウマ娘。徹底マークはせずとも彼女なりにスズカを研究し、プレッシャーを掛けていた少女だった。

 彼女は、自分の行いが無意味であった事を悟る。

 

 

 サイレンススズカ、急加速。

 

 

(何だと…!)

 

 バカな。あの走りをしたスズカは伸びなかった筈なのに。どうして。

 そんな狼狽を置き去りにするように、いや実際に置き去りにする形で距離が開いていく。

 スズカが、エアグルーヴを超えていく。

 

(…そうか)

 

 驚愕に苛まれる思念の中で、どこか穏やかな気分でエアグルーヴは理解した。

 

(スズカ、お前は本当に強くなったんだな)

 

 私のライバルとして。いや、もう私の方が相応しくないんじゃないかと思う程に。

 先頭に見える背中は、もう出会った頃に寂しさを湛えていた弱々しい物ではない。

 

(舐めた走りなんかじゃない。お前は息入れをモノにしてたんだ。ただただこのレースに真摯に、勝つ為に向き合ってたんだ)

 

 先行の時と同じ走りをしたのは、スパートに向けて余力を残す為。逃げを捨てた訳ではなく、さらに逃げを重ねる為の布石だった訳だ。

 その為に、悪しき過去も踏み台にしてみせた。

 

(それに比べて私はどうだ)

 

 過去に囚われ、今に悔いを残し、レース直前まで引きずっていた。レース中だって、自分の走りよりもスズカの走りを気にしていた。

 情けない。おハナさんにも、会長にも、母上にも顔向け出来たモノではない。

 

「すっげぇな。今回の主役はアイツか」

 

 そんな声が前を走る黒いウマ娘から聞こえて来て、頷くように俯いた。

 嗚呼そうだ、彼女こそがーーー

 

 

 

 

 それで良いのか?

 

 

 

「良い訳無いだろォ!!!」

 

 自問自答の末に、蒼炎が炸裂した。燃え盛るような末脚が火を吹き、外から馬群を撫で切っていく。

 

(スズカの事は喜ばしいさ!だがコレは誰のレースだ?他ならない私のレースだろうが!!)

 

 腑抜けるな。約束を忘れるな。

 女帝になりたいのなら。

 スズカのライバルでありたいのなら。

 皇帝と比肩するに相応しい、そんな存在でありたいのなら。

 

「スズカァァァァッ!!!」

 

 裂帛の気合いで吠える、叫ぶ、足掻く。それに応えた足が、開くばかりだった差を詰めていく。

 ーーーだが。

 

『サイレンススズカだ!』

「くっ…!」

 

 第三者視点である実況が現実を告げた。もう間に合わない。逃亡者を異次元のその先へ放してしまった。

 だが、それでも。

 

(待っていろ、スズカ)

 

 いつか私は、必ず。

 

(“女帝”足り得る私となって、追いついてみせる…!)

 

 この悔しさを踏み抜いて、走り出してみせる。

 エアグルーヴは、そう誓ったのだった。

 

 

 

〜〜

 

 

 

 初めてのGⅠ勝利。多くのウマ娘が目指して、でも掴み取れずに涙を飲む栄光。

 でも、ゴールした私を包んでいたのはそれじゃなかった。

 

「ーーー気持ち良かった」

 

 やっと分かった。私には逃げ策が合ってるんじゃない。1番()()のが逃げ、というだけだったんだ。

 

「…エアグルーヴに、やっと勝てた」

 

 こだわる必要なんて、無かった。そのお陰で、憧れのライバルになれた。

 ……やっと、活かせた。

 

「凱夏さん…」

 

 彼が教えてくれた先行策。ずっと付きっきりでペースを教えてくれて、抑え方を教えてくれて、だからこそ応えたかった。でも応えられなかった。その事につい最近までとらわれて、未練がましくも忘れないように練習してた。

 テイオーさんとマックイーンさんとの模擬走の時だってそうだ。そろそろ身に付いていて欲しくて、だから試した。でも案の定末脚が出なくて、本当に悲しかった。結果的にテイオーさん達にも失礼をしてしまって、自己嫌悪に陥ったりもした。

 

 

 でも、トレーナーさんが。

 西崎さんが、こんな私を活かしてくれた。

 

 

『最初はいつも通り自由に走れ。それで後続から突き放せたと思ったら、先行のペースを思い出すんだ』

 

 宝塚記念の2日前。私の秘密の自主練の事を知っていた西崎さんは、そんな提案で私を青天の霹靂に陥らせた。

 

『で、でも。あの走りをすると…私は……』

『分かってる。でも、大丈夫だと思うんだ俺は』

『大丈夫、とは?』

『スズカは先頭で風を切りたいんだろ』

 

 自覚すらしていなかった心の奥底を、意図も容易く切り裂かれて暴かれた気がした。

 

『スズカ。多分お前は、厳密には逃げが合ってるんじゃない。ただひたすらに“走る”事に特化してるんだよ』

『ただ、走る……』

『あぁ。勿論“最高速で”っていう注釈が付いてる感じはあるが…先陣を切ってれば、きっと短時間の先行ペース維持なら()()()()()。その時間で整えられれば、2200m級レースの最終直線で、それこそ“最高速で風を切る”走りが出来るだろう』

 

 精密な分析眼で、隅々まであけすけに暴かれる感覚。それに瞠目する私の方に手を置いて、彼は笑いかけてくれた。

 

『凱夏君はきっと、成功させたらビビると思うぜ』

『ビビる…ですか?』

『アイツは逃げのスズカに夢を見て、逃げを奪った自分を憎んでたよ。そして、スズカの先行策を完全に諦めてる』

 

 西崎さんから告げられた彼の現況に、私はとても悲しくなった。私の事で、彼を苛みたくなかった。

 そして同時に、ふつふつと湧き上がる“見返したい”という気持ち。

 見限らないで。見くびらないで。私はそんな所で終わるウマ娘じゃない。

 

『…やります。やらせて下さい』

『そうこなくっちゃ…と言い出しといてなんだけど、コレは無理だと思ったらやめて良いからな?お前が気持ちよく走れるのを優先してくれ』

 

 ここに来て、前言を撤回するような尻込みを見せる西崎さん。でも、その真意は分かっている。

 この提案は、私と凱夏さんの2人の為を想って為された物なんだと。

 

『ありがとうございます』

 

 だから、後は私の番だ。

 

 

 

 そう思って臨んだ今日。全てがあの人の言う通りで、だからこそ嬉しい。

 

「…トレーナーさん」

 

 呟く。

 

「……西崎さん」

 

 その度に、胸の奥が熱くなる。

 感極まって観客席を見れば、最前列に見慣れた仲間達の手を振る姿が見えた。その後ろに、見慣れた黄色い袖の影と白い髪を靡かせる影。

 私のトレーナーさん達。大好きな人と、応えたかった人。どんな表情を浮かべてるのか、ここからじゃ見えない。

 思いのままに近寄ろうとして、ある声を聞いて立ち止まった。

 

 

「サイレンススズカー!!」

 

 

 あぁ、この声は。

 私を最初に追いかけてくれた、あの娘の声だ。

 観客席のどこにいるかは分からない。でも確かにここにいる。ここに来て、私の走りを見てくれている。

 なら、まず私がやるべき事は。

 

「…!」

 

 ウィナーズサークルに立ち、観客席へ手を振った。その瞬間、膨大な歓声が溢れ返って私の耳を叩いた。

 この中に、あの娘の声もあるのかしら。あると良いな。私のこの走りが、()()()()()()()あの娘の励みになっているのなら。

 

 そう願って、私は手を振り続けたのだった。



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光を知らぬ者、忘れた者

おハナさんの人気が想像以上で、ワイト真面目に今後の展開を迷う


「よし…ッ!」

 

 スズカのG1初勝利。それを見届けた俺は、喜色を露わに拳を握り締める。

 全てが上手くハマった。スズカの最高速を維持する走りがここに完成した。諦めなかったスズカの努力が漸く身を結んだんだ、こんなに嬉しい事があるか。

 

「よくやったぞスズカ…!!」

 

 観客席へと手を振る彼女の姿に目頭が熱くなる。こんなんじゃ、まるでアイツの親みたいだな。

 移籍して1年目は、俺が包囲陣に適応出来なくて中々勝たせてやれなかった。スズカは自分の走りが出来る事で「楽しい」と言ってくれてたが、それでも勝たせてやれない自分の無力を呪ったものだ。だからこそ、今この瞬間に興奮が止まらない。

 

「スズカ先輩…カッコイイ……!」

「せんぱーい!こっち見てー!!」

「こらテイオー、はしたないですわよ…気持ちは分かりますけれども」

「すっげ…追いつけるかな俺」

「はぁ?アタシは追いつくつもりでいるけど、アンタがそのザマじゃ拍子抜けね」

「なんだとォ!?」

「すげぇよスズカは…フヘッ」

 

 スピカ(ウチ)のウマ娘達も嬉々として歓声をあげてやがる。連れて来た甲斐があったってもんだぜ。

 …で、だ。

 

(さて、凱夏君はどんな顔してるかね?)

 

 自分が教えた走りを、無駄に終わったと思っていた走りをスズカがモノにして勝利したんだ。トレーナー足る者、これで興奮しない訳がない。どれだけ心がドン底にあろうと奮起しない訳が無い。

 

(さぁ、どうだ…!?)

 

 

「スズカは万全ですね。次の毎日王冠も楽勝でしょう」

 

 

 は?と声が漏れた。

 

「は?じゃないですよ。西崎さんがスズカと決めた目標じゃないですか」

「えっ、いやぁその…他に無いの?」

「スズカが圧勝を決めてくれたのは素直に嬉しいですし、息を入れる手段を確立したのは今後にも活きるなぁと。でも他には特に……」

 

 …オイオイオイ。凱夏君、君って奴はまさか。

 

「気付いて、ないのか…?」

「…何にですか?」

 

 冗談でも隠し事をしてる訳でもない、至って真面目な真顔での問い掛け。それを目の当たりにした俺は思わず天を仰ぐ。

 

「あの走りは君が教えたヤツだろう…?」

 

 なんで分からない。前に練習場で見せられた時にはすぐに勘付いただろうに。

 俺だけじゃスズカを勝たせられなかったんだ。君のお陰なんだ。

 君が教えた走りが、スズカを勝利に導いたんだ。喜べよ。喜んでくれよ…!

 

 

「…!」

 

 その瞬間。スズカの走りを思い出したのか、凱夏君の顔色が変わった。

 

「あぁ、確かに!…ってマジですか!?どうして今になってあの走りを?!」

 

 すぐに驚きと複雑な喜ばしさを表情に浮かべて慌てふためく彼を前に、俺はやっとこさ説明に入る。

 よく聞けよ。君がスズカに残したのは、決して悪い影響だけじゃないって事を。

 

「スズカはな、ずっと先行ペースの走りを練習してたんだよ。君の教えを無碍にしたくなくて、1人でずっと。いつでも思い出せるように、忘れない為に」

「……そんな……」

「だから俺が提案したんだよ、スズカの逃げにその走りを組み込む事を。君が先行策を教えたからこそ、スズカは今回勝てたんだ」

 

 君がスズカに貢献したんだよ、凱夏君。

 その事を伝えられた彼は、暫くの間俯いて思案する様子を見せた。下に向けられたその表情を、こちらから窺い知る事は出来ない。

 やがて顔を上げた彼は、複雑な表情で空を仰ぎ見た。

 

「……俺は、俺が思ってるよりもスズカに想われてたんですね」

「そういう事だよ」

 

 これで、彼は自分の本当の過ちに気付くだろうか。

 無闇にスズカと距離を置こうとした事を。

 自分を貶め続け、結果自分を大切に想う人達に不義理を働いていた事を。

 この俺のお節介が、あわよくば彼の人生に光明をもたらすキッカケになればと。そう思って、俺は彼が次に口を開くのを待った。

 かくして、凱夏君は微笑む。

 

「……ありがとうございます、西崎さん。お陰でちょっと、自分の過去に収まりがつきました」

「なら良かった。スズカにも感謝しろよな」

「えぇ。これからは、自分からもうちょっと話しかけてみます」

 

 2人して笑い合い、そしてこちらに手を振ってくるスズカに応えた。

 

 

 この後、特に異変も無く事は進む。

 スペ達を引率し、スズカを迎えて、途中テイオーが迷子になったのを皆で探して見つけ出して。そしてそのまま、学園に帰って祝勝会。

 そこで凱夏君とスズカが朗らかに話してるのを見て、俺は心底安心したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アレから2年。もしこの時に戻れるなら、俺は過去の俺を殴りたい。

 本当に無思慮だった。彼の幸せを願うなら、こんな押し付けじゃなくて面と向かって話し合うべきだったんだ。

 俺は大馬鹿者だ。優しさを勘違いして、下手な先輩風吹かせて調子に乗った道化だ。

 その結果、どうなった。

 

 祝勝会が終わって解散した後、凱夏君が自室のトイレで吐いた事なんて俺は知らなかった。

 本当に寄り添えていたなら、そもそも最初に顔色が変わった瞬間に異常に気付けていた筈だった。

 何か一つでも、俺がアプローチを変えていれば……

 

 

 君がそんな有様(ナリ)で、集中治療室のベッドに横たわる事なんて無かっただろうな。

 

 そうだろう、凱夏君。

 

 

 

 

 

 

 

〜Side:テイオー〜

 

 

 

 それは、トレーナーと凱夏がボク達を引率しようと纏めていた時の事。

 

(あっカイチョー(シンボリルドルフ))

 

 人混みの中で、ふと見えたボクと同じ色の、でも黒が混じったカッコイイ色合いの髪。それが、僕らと同じ観客席の最前列にふと見えた。

 でも、リギルメンバーは関係者用席で見てる筈だよね?会長だって、ボクの選抜レースの時にはそこで見てたし。なんでわざわざ一般席に来てたのかな。

 まぁ良いや、これはチャンスだ。久しぶりに会長とお話しできる!

 

「ごめんマックイーン、すぐ戻るから」

「えっ…?」

 

 唖然としている間にスルリと抜け出す。目指すはさっき見つけた緑色の服。

 

 

「ちょっ、テイオ…!」

「あーマックちゃん、ストップ。ちょっとだけ自由にさせてやろうぜ」

「ゴールドシップさん…?いやしかし、このままでは迷子に…」

「無い無い。今のアイツは運命に惹かれてるからな、道を間違えたりはしねぇよ」

「運命…?要領を得ませんわね」

「うーんそうだな、身近な例で説明すると…毎月1回、マックちゃんが皆に秘密でスイーツ店行ってるのを、アタシが散歩してたら偶々毎回目撃しちゃうみたいな?」

「嘘でしょう…バレてたんですの……?」

 

 

 

 人混みをかき分けかき分け、摺り抜け摺り抜けて。

 捉えた。

 

「カイチョー!」

「……」

「あれ?カイチョー?」

「…おっと、テイオーか。元気だったか?」

「うん!帝王らしく王道の溌剌さだもん!」

 

 何だろう、いつもの会長らしく無い。なんかボーッとしてたみたい。時折生徒会室に遊びに行っては会長と遊んでるボクだけど、こんな感じは珍しい。

 いや逆か、一つの事に集中してたんだ。会長は色んな物を常に取り入れてて、まるで聖徳太子みたいなんだけど、今はなんかある一点に気を取られて他の事が見えてないみたいだった。

 えっと、さっき会長が見ていた方向には…あ、そういう事。

 

「エアグルーヴを見てたの?会長」

「あぁ。彼女のレースだからな」

「いやそうじゃなくて…いや、まぁそういう事でいっか」

 

 レースはとっくに終わってるんだけど、という言葉を飲み込む。会長の事だ、きっと何が深い考えがあるんだろうし。

 

「よく見ておくと良い、テイオー。エアグルーヴは正に威風凛然、女帝に相応しい立ち姿だ」

「へぇー。ボクの帝王らしい威厳も、エアグルーヴの真似をしたらもっと研ぎ澄まされたりするのかな?」

「間違いなくレベルが跳ね上がるだろうな。それだけ彼女は素晴らしい。どこを切り取っても威厳を(かも)し、生徒達の模範として己に厳しく在り続けている。彼女のような自律を、私もぜひ見習わねばと日々精進の最中だよ」

「えぇ〜、なんか窮屈そう…」

「テイオーも成長すれば分かるさ。だが特に今日のレースは凄まじかった、特に最後のスパートでの詰め寄り。今回のレース前は珍しく不安定な様を露呈していたがなんのその、まるで吹っ切れたように大地を踏み締め駆け抜けるその力強さのなんと頼もしい事か。どんな苦境にあろうと輝いてみせるその強さ、本当に見る度に惚れ惚れとする」

「か、かいちょー?」

 

 あれ?なんか風向きがおかしくなってきたぞ?

 

「それに見たまえ。結果こそ3着なものの、それに臆せず胸を張る彼女の勇姿を。しかしそうでありながら驕らず、勝者であるスズカを称える潔い魂。だがその瞳に燃える炎の熱がこちらにも伝わってくる、彼女はスズカ打倒に向けて熱く燃え盛っている。この向上心、ウマ娘の鑑と言って何の差し支えがあるだろうか?」

「か、かいty」

「嗚呼、本当に素晴らしい。理想でも使命でもない、そんな言い訳など用いずとも彼女は既に素の姿から女帝なんだ。生徒会室で業務に当たっている時だってそうだ、何か用件がある時には皆誰もが最初にエアグルーヴを頼る。私はそれをエアグルーヴ越しに聞くのが主で、これは彼女が生徒達に対し真に寄り添っている事の証左と言えるだろう。だから彼女の周りには善き友が集い、善きライバルが相対する。いやはや、私よりも彼女の方が生徒会長に相応しいのではないかと不安になる時すらある程だ」

「かi」

「それに聞いてくれ!彼女は自他に厳しいが同時に本当に愛らしい一面があってな、そのギャップがまた愛しいんだ。特にあの雷の日なんて…いや、よそう。聞いてくれと言ったが撤回する、これはエアグルーヴの沽券に関わる話だからな。くれぐれも他言無用で頼むぞ?まぁとにかく、エアグルーヴは凄い!素晴らしい!!頼もしい!!!可愛い!!!!太陽!!!!!女帝!!!!!!」

「ストーップ!!!」

 

 駄目、もう限界!なんか会長おかしいよぉ!!

 

「む…すまない。このままだと3日程喋り倒す所だった、止めてくれてありがとうテイオー」

 

 72時間も何を話し続けるつもりだったの?そしてボクは危うくそれに付き合わされる所だったの!?

 

「会長の話は好きだけどさぁ。このボクという天才ウマ娘が目の前にいるのに、他のウマ娘の話なんてしないでよー!」

「申し訳ないとは思っているが、最初にエアグルーヴの話題を切り出したのはテイオーじゃないか」

「ぐむっ…で、でもさ。会長は誰よりも強くて凄くて偉いウマ娘なんだから、誰かを見習う必要なんて無いんじゃなーい?」

 

 

「…凄くて、偉い?」

 

 

 苦し紛れにボクが叫んだ言葉に、僅かに会長の体が揺れた。ふと見ると、その目がなんか大きく見開かれてる。

 

「…テイオー。君から見て、私は凄いウマ娘か?偉いウマ娘か?」

「え?そりゃそうでしょ、会長はこの学園で1番強いウマ娘なんだし」

 

 今この学園にいるウマ娘で、会長に勝てるウマ娘なんていない。会長の前に三冠を獲ったミスターシービーってウマ娘だって、会長は難なく倒しちゃった。

 それぐらい強いんだから、つまり凄くて偉いんじゃないの?

 

「テイオー。私はただ強いだけだ。凄くも偉くもない」

 

 でも、会長自身はそう思ってないみたいで。

 

「強いから生徒会長になれた、強いから自分の理想を進めた、それは間違いない。だけど、ただそれに憧れてキミが私を目指すというのなら…やめておけ」

「なんで?皆会長を凄いって言うじゃん、偉いって言うじゃん。他ならないボクだってそう思ってるもん!」

「…そうか。至極恐悦、私に憧れてくれてありがとう、テイオー」

 

 だが、と続けられたその言葉に、ボクは思わず顔を引き締めた。

 

 

「もし君が私と同じ道に辿り着かんとした時…きっと、私が言った言葉の意味を知る事になるだろう。覚悟しておけ」

 

 

 紡がれたその文に、深い絶望を感じ取ったから。

 

 

「強さしか持たない走りは、ただ絶望を齎すのみという事を」




【牧路凱夏のヒミツ①】
 昼に食堂で食べるのはプリン一皿のみ


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私が“葵”を得てから
Holy shit Holidays


最近ガオガイガーの序盤だけ見た影響で、理事長に
「承認ッ!ファイナルフュージョンッ!!」
って言わせたい衝動に駆られつつある


尚そんな事をしている内にストックがとうとう残り3話、しかも中途半端な所で途切れてる。ヤバイ(ヤバイ)


 終業式が終わった。明日から夏休み。

 そして、ボクらみたいな競走ウマ娘にとっては掻き入れ時の季節でもある。

 

「明々後日からとうとう夏合宿かぁ〜!」

 

 同級生が帰り始めてまばらになりつつある教室、そこの自分の席で伸びをした。宝塚記念が上半期最後の大一番で、ここからウマ娘達の一年は怒涛の後半を迎える事になる。秋シニア三冠を目指す娘達なんて、目を血走らせる事もザラだ。

 …って、この前生徒会室に遊びに行った時にカイチョーに聞いた。

 

「ボクもウカウカしてられない…でもなぁ」

 

 勿論夏合宿では本腰入れて真剣に取り組むつもりだけど、今日明日は合宿に向けて設けられた数少ない休日。ボクも、そういう日にはちょっとぐらい羽目を外してみたいお年頃でして。

 最初は勿論、凱夏をデートに誘おうとした。

 

 …したんだけどなぁ。

 

 

〜〜

 

 

「凱夏!今度一緒に遊園地行こうよー!」

「悪いがその日は予定があんだ、また今度な」

「えぇー!?こーんな可愛いボクがお願いしてるのにそんな事言っちゃう?」

「色気出してるつもりなんだろうが、食い気の方が強いから全く惹かれねぇぞ(嘲笑)」

「なんだとォー!?」

「痛ッ!脛蹴るな、お前これ分かってやってるだrーーああもう分かったよ!分かったから!!夏合宿の合間に祭り連れてってやっから!」

「ほぇ!?良いの?約束だよ!!」

「はいはい約束約束」

 

 

〜〜

 

 

「もーっ!絶対振り向かせてやるんだから…!!」

 

 約束を取り付けたは良いものの、なんか適当にいなされた気がして不満。それに、明日の予定は未だ空いたままだし。

 はてさて、どうしたものか…

 

「マックイーンとミークを誘って自主練しようかな…」

 

 凱夏が来ないなら遊ぶ理由は無い。だったら、と考えて最初に思い浮かんだのは芦毛のあの娘。続いて白毛のあの娘。

 マックイーンは同じチームだから勿論の事、リギルも同じタイミングで休みらしいからミークも明日は空いてる筈だ。

 

(2人とも別の予定とか入ってるかもだけど…まぁ、聞くだけ聞きに行こう)

 

 思ったが吉日、と立ち上がったその時。

 上げた視界に青毛が映る。ボクを見据えて不適にギザ歯を輝かせるウマ娘。

 えっと…?

 

「デュアルロケット…だっけ?」

「ツインターボだ!テイオー、ターボと勝負しろぉ!!」

 

 そうそう、ツインターボ。ボクの同級生で、授業中によく寝てる子だ。

 なんか最近視線を感じるなぁと思う事が増えたけど、その下手人は大体この子だったりする。ところで勝負って…?

 

「ちょいちょいターボさんや。テイオーが何がなんだか分からなくて困ってるじゃん、ちゃんと説明しないと」

「「あっ、ネイチャ」」

 

 助け舟を出してくれたのは、同じくクラスメイトの赤毛ウマ娘。そのなもナイスネイチャ、ボクのライバルの1人。

 

「この前のレース、1着おめでと!見事な走りだったよ」

「いやはや、やっと未勝利から脱出できたって感じだし、テイオー達からは一歩遅れてるんだから褒められたモンじゃないですって」

「えー?もっと誇っても良いと思うんだけどなー」

 

 このトレセン学園は言ってしまえば蠱毒だ。トップレベルの才能が日本全国から集まって、鬩ぎ合う訳だからそりゃレースも熾烈になる。そしてレース1回につき勝者は1人だけ、残り17人はあぶれる訳だ。つまり、1勝出来るってだけでもう確固たる功績な訳で。

 なのに、ネイチャはその事を自慢出来ない程度に卑屈。単に自信が無いのか、それとも高みを目指すストイックさ故なのか。

 

「もー!今話しかけてるのはターボだよ!こっち向けー!!」

 

 そんなボクを現実に引き戻したのは、青髪が目の前でプンスカ跳ねたのが発端だった。

 

「あぁ、ごめんねツヴァイターボ。で、何だっけ」

「ツインターボ!ライバルであるテイオーに宣戦布告しに来たって訳」

「へぇ…?」

 

 ライバルとしての宣戦布告、これを受けて黙っているボクじゃない。皇帝を目指す身として、売られた喧嘩は堂々と返す!

 

「面白いじゃん。どのレースで?それとも模擬レースで今すぐ?」

「そうこなくっちゃ!ターボはね…」

「ストーップ!!ターボはまだトレーナーも見つかってないし、何より追試課題を提出するまで走るの禁止されてるでしょーが!」

「そうだったー!!」

 

 えぇー!こんな所で!?

 今更思い出したように頭を抱えて絶望するターボと、呆れ果てたように眉間へ指を当てるネイチャを、ボクは当てもなく交互に見比べた。あぁ、ネイチャは世話役として苦労してるんだなぁと思った。

 同時に、なんだか放って置けなくなった。

 

「じゃ、居残り勉強会しよっか。ボクこの後空いてるし」

「…!手伝ってくれるの!?」

「帝王たる者、民に恵みを分け与えてナンボだからね。崇め奉れぃ!」

「やったー!ありがとテイオー!!」

 

 感極まって抱きついてくるターボ。舞い上がった髪に顔を巻かれながら、でもなんだかんだで心地よく思ったボクは気を良くして一層笑う。

 この後、元から手伝うつもりだったネイチャも同席にして3人で勉強した。

 

 

 …正直に言うと、ボクは何の役にも立てなかった。感覚派である事は自覚してたけど、まさか他人に教えるのがこんなにも難しい事だなんて思わなかったよ……。

 

 

「ところでだけど、ネイチャも今日は練習無いの?」

「アタシの所も合宿あるからね〜。聞いて驚け、なんとハワイ行きだ!」

「えぇ〜!ズルイー!!」

「ターボも行きたい行きたい!!」

「カノープスは部員絶賛募集中だけど、もう時期が時期だし参加したければ来年以降に期待する事ですな。今回は私が独り占め〜♪」

 

 

ーー

 

 

(…あれ?よく考えたらトレーナーとハワイの海で2人きりって事??ヤバいんじゃないですかね???)

 

ネイチャが気付いたのは、本当に今更なタイミングでの事。

 

 

 

 

〜〜

 

 

 

 一方、その夜の事。件の南坂は、3人でバーの酒を嗜んでいた。

 どんな3人かというと…

 

「あの…」

 

 困惑する南坂本人は勿論のこと。

 

「これもうどうしたら良いか分かんねぇな」

 

 現状に匙を投げる凱夏と。

 

 

「ご゛べ゛ん゛な゛ざ゛い゛〜゛!゛」

 

 

 南坂に向かって床に這いつくばる桐生院葵だ。

 なんとかしてくれ、という視線をバーテンダーが凱夏と南坂へ向ける。2人は頭を下げた。

 

「オラッいい加減に立てや箱入り娘。巌のオッサンがこのザマ見たら、即ストレス性脳出血で墓に入っちまうぞ」

「で゛も゛私゛ば゛〜!゛南゛坂゛先゛輩゛に゛挨゛拶゛も゛行゛が゛ず゛、゛挙゛げ゛句゛の゛果゛で゛に゛デ゛ビ゛ュ゛ー゛戦゛ま゛で゛被゛ら゛ぜ゛で゛邪゛魔゛じ゛ぢ゛ゃ゛っ゛で゛〜゛!」

 

 申し訳なさを顔の穴という穴から垂れ流して土下座する葵。前に凱夏が東条トレーナーと西崎トレーナーに向けた不格好な物とは違い、所作と姿勢が(表情以外)完璧に構成されたそれは、

 

((そういえば腐っても名家の跡取り娘だったねこの娘))

 

 と男2人に思わせた。ちなみに(腐っても)と思ったのは凱夏だけである。人の出来た南方君はそんな事思わない。

 何にせよ、葵に南方の現状を伝えた上で今後の相談をする為に設けられたこの飲み会。彼女が持ち直さない事には話が進まなかった。

 

「とにかく、落ち着いてください葵ちゃん。私達はウマ娘を競い合わせるトレーナー、こんな競合なんてよくある話でしょう」

「デ゛ビ゛ュ゛ー゛戦゛だ゛げ゛ば゛話゛が゛違゛い゛ま゛ず゛よ゛ぉ゛!゛」

 

 どんなに高いポテンシャルを持ったウマ娘だろうと、まず一勝を上げないと次のレースに進めない。運悪くずっと未勝利で燻り続け、夢を叶えられずに中央から、延いてはレースの世界その物から去っていくウマ娘の何と多い事か。というか、そういうウマ娘が大半なのだ。

 だから、親交のあるトレーナー同士だとデビュー戦だけは競合しないよう避け合う事が暗黙の了解としてあったり無かったりする。無い場合?仲良く在りながらもバチバチのライバル関係を築いているリギル-スピカ間の関係が良い例だろう。

 今回の場合、葵の不注意によってミークとネイチャが競合した。結果、ネイチャが負けた。そして、葵と南坂の間で不文律を無視し合える程の対抗心はまだ無かった。

 この事が、ミークの勝利を喜ぶ心とは別枠での後悔を葵に齎している。

 

「ご゛べ゛ん゛な゛ざ゛い゛〜゛!゛私゛ば゛桐゛生゛院゛家゛の゛恥゛晒゛じ゛で゛ず゛ぅ゛〜゛!゛」

 

 いよいよ更に塞ぎ込みを極めていく葵に、南坂が掛けられる言葉は無い。彼も当事者で、そして人の弱みに寄り添ってあげてしまうタイプの人間だから強く出られない。

 だからここは、割と蚊帳の外な凱夏の出番だった。

 

「葵、恥晒しってんならこれ以上上塗りすんな。現在進行形で南坂を侮辱してんぞ」

「…へ?」

「1回躓かせた程度で、コイツが自分のウマ娘を未勝利のまま()()()()()()()だと思ってんのか?」

 

 舐めんじゃねぇ、と。

 この3人で付き合ってきて、そうじゃない事をお前も分かってる筈だろうと、そう凱夏は促す。その目論見通り、聡い葵はやっと本当の意味で南坂を仰ぎ見た。

 この状況でも困ったような優しい笑みを浮かべる彼は、決して怒らない。けれど細目の奥に隠された瞳が、リベンジを掲げて見上げていた葵の双眸を貫いた。

 背筋に薄寒い物と、同時に熱い(うね)りが走る。

 

「…えぇ。次は負けませんよ、ネイチャの手であの白無垢に泥を塗りたくってあげましょう」

「むっ……!」

「お、良い顔になりましたね。良かった良かった、あの時のいつもの葵ちゃんだ」

「あーもう、そこで緩めるからお前は舐められるんだよ」

「無闇矢鱈にイキリ倒し続ける方が消耗キツイし、慣れられて効果薄まりますよ。貴方がそうだったように」

「耳が痛ぇや」

 

 雑談に洒落込む男2人を他所に、葵は己を省みながら一呼吸。落ち着いてから、2人に並ぶように席へ座り直す。

 

「お陰で目が覚めました。それぞれが学校を出た以上、全員が等しくライバルでしたね」

「だな。全員社会人として独り立ちしてんだから、あの頃の仲良しこよしじゃ逆にやってやんねぇよ」

「卒業したての葵ちゃんはともかく、就職からそこそこ経ってるのに未だサブ残留で独り立ち出来てない凱夏がそれ言っちゃいますか?w」

「茶化すなやい!お前酒が入るとホント……」

「…フフッ」

 

 あの頃の、3人で学び舎にいた頃の空気。まるでそれが蘇ったみたいな会話に、葵の口から笑みが漏れた。

 その時、入口の鈴がなる。入って来たのは男女2人。

 

「あら、葵ちゃんに南坂君じゃない」

「凱夏君も一緒か。この際だし俺達も同席して良いかい?」

「「「東条さんに西崎さん!?」」」

 

 先輩×2の思わぬ乱入に動揺しながら、しかし特に断る理由も無いので招き入れた後輩×3。静かに座る東条とは対照的にドッカと腰を下ろした西崎は、遠慮もそこそこに凱夏へと肩を組む。

 

「しっかし、南坂君とも交友があったとは。凱夏君ってば俺の知らない所でいっぱい人を誑かしてるねぇ、お?」

「西崎さんも大概でしょうに。酒飲む前から酔っ払いテンションやめて下さいな」

「まぁ、意外な事は事実だししょうがないわよ。南坂君も、彼とは養成学校からの付き合いかしら?」

「えぇ。葵ちゃんと一緒に振り回されました」

 

 その言葉を聞いた瞬間、「ほう」と西崎が良い笑顔を浮かべる。

 

「こりゃ絶好の機会だ!凱夏君の恥ずかしい話とかを是非掘り出してみたいもんだね!!」

「ちょっ」

「賛成でぇす!先輩いっつも勝手なんですから仕返しでふ!!」

「葵おまっ、1杯目でもう酔って…」

「アハハハハ」

「笑上戸の南坂だって使い物にならねぇし…」

「まぁ良いじゃないか、えぇじゃないか!俺も昔の地獄の訓練の話とかすっからさ、それでおあいこって事で!」

 

 再び無理やり肩を組まれた事で、凱夏はようやく気付く。西崎から漂うアセトアルデヒド臭に。

 

「おハナさん、もしや…」

「当たり。さっき付き合いでどうしても外せない会食があって、ここには飲み直しに来たのよ」

「おぅふ」

 

 こりゃ止まらねぇな、と察した凱夏は諦める事にした。見切りは大事と古事記にも書いてある。多分。

 

「じゃあ私、桐生院葵が一番槍いきまーす!私の入学時の話からでーす!!」

「いよっ、天下の桐生院!」

「イェーイ!!」

 

 どこまでほじくり返され揶揄われるやら。覚悟を決めて、彼は実にクソ面倒(Holy shit)な休日深夜に臨むのだった。




もう1回ランキングに載って閲覧数爆上がりして感想ドバドバ来れば執筆の調子が戻るかも知れない…!(欲望丸出し)


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最優新星と底辺寸前

 申し遅れましたが、この過去編はウマ娘要素が極薄となります

 あと、そこそこ執筆ペース戻りました。ここからストックを溜め直していく所存


 幼い頃から「斯くあるべし」と育てられて来ました。

 当たり前です。私は桐生院なのですから。

 

 遊ぶ間を惜しんで勉学に費やし、常に成績はトップを納めて来ました。

 当たり前です。私は桐生院なのですから。

 

 昔からウマ娘について学び、レースを見、歴史を調べ、成り立ちを調べ、ひたすらに頭に叩き込んで生きて来ました。

 当たり前です。私は桐生院なのですから。

 

 決して不幸ではありませんでした。

 やり甲斐がありました。

 結果も裏切りませんでした。

 憧れの夢への最短ルートを直進出来ている自覚がありました。

 嬉しかった。

 

 

 …嗚呼、でも。

 知らなかった。

 “桐生院”が及ばない所で。

 “葵”は、こんなにも脆かったなんて。

 

 

 

〜〜

 

 

 

「じゃあ凱夏さん、僕はここら辺で」

「おう、サンキューな」

 

 南坂はそれを最後に階段を降りていった。時刻は午後7時、既に今日の講義は終わっている。

 なのに何故凱夏が未だ校舎をうろついているのかというと、一重に彼の成績が芳しくないからだった。

 

「追加課題ダリぃ〜…」

 

 独りごちながら、いつも通り伽藍堂の教室へ。自分が1番集中できる特等席に陣取るべく、彼はその扉を開けた。

 が、彼の目論見は即頓挫する事になる。

 

「…お?」

 

 彼の特等席に先客がいた。黒の長髪を後ろに束ね、一心不乱に目の前の紙へ何かを書き込んでいる。

 少し覗き込めば、それだけで視認可能な隈。恐らく2日は寝てない。

 

(…こんな奴、同級にいたっけな)

 

 顔つきもこんな必死さも初めて見る。少なくとも自分の同学年や先輩ではあるまい。

 …と、そこまで判断した凱夏は席を一つ空けて隣に座った。相手がこちらに用が無いのならこちらも用は無い。

 お互いがお互いの相手と向かい合い、時間が過ぎ去っていく。

 

(やっべぇ、ここの禁則事項を忘れてるわ俺。復習が足りなかったか?)

 

 ここで凱夏が躓いた、その時の事だった。完全下校のチャイムが教室に鳴り響いたのは。

 電子的な鐘の音に、凱夏は渋々席を立つ。課題は明日に回さなければならなそうだ。

 

(っと、鍵どうするかな)

 

 荷物を纏めながらそう思いつき、横を見れば未だ席から離れようとしない女学生。ルールでは最後に教室を出る生徒が鍵を閉める事になっているのだが。

 

「オイ。もう下校時間だぞ」

「…」

「……おーい?」

 

 おかしい。幾ら何でも、呼びかけて返事が無いのは些か異常事態だ。そう思って、凱夏は彼女の顔を覗き込んで驚愕する事になる。

 

 

 半分気絶していた。

 “半分”と言ったのは、それでもなおペンを動かす指が止まっていなかったからだ。俯き光を映さない瞳で、しかもその半分ほどを目蓋で閉ざされながらも文字の羅列を読み取り、それを反射的に己の学識へと反映した上で指先にインプットする機械的作業。

 まるで、工場のロボットのように無機的だった。だが明らかに限界を超えた極限状態だった。

 

「はぁ」

 

 人間にあるまじき挙動を続行する目の前の存在に対し、凱夏はドン引きするでも恐れるでもなく嘆息を吐く。そうして彼は、そっと彼女の肩を叩く事にした。

 トントン、という軽い衝撃。それで漸くロボットは止まる。

 

「…あれ…私、何を……」

「下校時間だよ。鍵閉めるから早よ出ろ」

「…あぁ…ありがとうございます」

 

 チャイムすら聞こえていなかったのか、という凱夏の内心に目も向けないまま、彼女は筆箱に手を伸ばしーーー誤って机から落とす。

 

「あっ…すみませ」

 

 掴み取ろうとして、しかしまたも損ねて散らばる鉛筆。彼女の目は、もう既に焦点が合っていなかった。

 

「あ、れ、」

 

 視界がグニャリと歪む。中途半端に立ち上がっていた膝が崩れて、尻餅をつくように倒れていく。

 そのまま、桐生院葵は意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 目覚めた時、網膜が映したのは医務室の天井。ベッドに寝かされた自分を自覚し、しかし起き上がる力が出ない。

 

「そっか、私倒れちゃって……」

 

 という事は、私をここに連れて来てくれたのは最後に見た白髪の彼だろうか。そんな事を考えながら、葵は再び目を瞑る。

 考える事は山積みだった。これからの勉強、恐らく間に合わない()()()()()()、運んでくれた青年への返礼。

 それらに頭を悩ませながら、しかし蓄積疲労の再襲撃によって再び彼女は気を失うのだった。

 

 

〜〜

 

 

「桐生院葵ぃ?」

「うん。知らなかったのかい?」

「名前だけは知ってたけど、まさか昨日の奴がソイツだとは毛程にも」

 

 騒がしい廊下を抜けて、凱夏と南坂が教室に入る。どの学生も同じ噂で持ちきりだった。

 “期待の新星”“桐生院の姫”“トレーナー史上最優の天才”……そんな二つ名を持つ生徒が倒れた、と。

 もちろん、それに明らかに該当する存在を凱夏は現場で目の当たりにしてる訳で、聞いた瞬間にだいたい察したのである。

 

「で、どんな風に期待の新星でどんな風に最優の天才だったんだっけか」

「五ヶ国語を自由自在、理系科目も万全で常にトップ成績。肝心のトレーナー知識だって試験でぶっちぎりのトップ成績を叩き出して満を辞して主席、一人で勉学が進み過ぎてるから飛び級予定。おまけに桐生院家の出と来た。噂の中心にならない方がおかしいし、どっちかと言うと僕は君が彼女を知らなかった事の方がビックリだよ」

「悪ぅござんしたね、他人に興味が無くて。こちとら成績を取り返すのに必死なんだ」

「……まぁ、倒れた桐生院さんを救ったのがそんな君で良かったのかもね」

 

 1時限目の支度を進めながらボヤき合う2人。やがてチャイムが鳴り、講師が教壇に上がる。

 

「さぁて、今日もチンプンカンプン座学の始まりだぁ」

「自分で言っちゃうのか……」

 

 自虐めいたその言葉に、そして平時と全く変わらない友人の態度に、南坂は呆れると同時に親しみを覚えるのだった。

 

 

 

 

 3時限目後の休憩時間に、桐生院葵が遅れて登校した。またプチ騒ぎになったが、抜き打ちテストで酷い点数を取った凱夏はそれどころじゃなかった。

 そしてその日の昼休憩に、凱夏はまた彼女と相見える事になる。




 当時、凱夏の成績は赤点寸前が常
 南坂君がいなかったら留年不可避です


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悪い人ですね

 スランプ中にやっとの思いで書き上げた1話。正直クオリティを保証出来ない
 許してくれ……代わりにストックは割と増えたから…(現状5話分)


「なぁなぁ葵ちゃん。ちょっと話あんだけどさ」

 

 快復して、登校して、4限目を受けて。そして同級生3人に呼び出されて、連れられたのは屋上。

 

「何で、しょうか」

「いやさ、頼んでた課題だけどさ。いつ出来んの?」

 

 しまった、という表情が顔に出たのだろう。目の前の()()は顔を顰めてしまう。

 

「提出明日でしょ?葵ちゃんだけが頼りなんだよ、分かるでしょ」

「…はい」

 

 私のその返答に満足して()()()のか、3人は柔らかく微笑んでくれた。笑みを掛けられたなら返さなくちゃ。今私は、上手に口角を上げられているだろうか。

 

「なら良かった!」

「じゃあよろしくね〜」

「サンキュー桐生院ちゃん!!」

 

 それだけ言って、後は3人で談笑しながら去っていく皆さん。その内容は聞き取れず、私は目で追うしか無い。

 この生活を続ければ、いつか私もあの輪に入れるのだろうか?

 

「…はあ」

 

 何にせよ、やる事は山積みだ。昨日書き損ねた、私自身の分を含む4人分のレポートを書き上げた上でプレゼン資料まで完成させなきゃいけない。今日中に。

 昨日倒れなければ、少なく見積もっても7割方は終わっていた算段だったのに……

 

「……はぁ」

 

 駄目だ。溜息が止まらない。本当ならこの時間も内容を考えなきゃいけないのに、空腹で頭が回ってくれない。

 そして、同時に食欲が湧かないのも難題だった。

 

「………」

 

 座り込み、持ち寄ってきた自分のPCを開く。昼食を取らないのなら、その時間もせめて有効活用したい。

 だからだろうか。課題に集中していたからこそ、私は彼の接近に気付けなかった。

 

「あっ先客いたか」

 

 どこかで聞いた声。それに目を開けば、階段の所から出てきた見覚えのある顔。

 あぁそうだ、この人は…

 

「昨日の人……」

「覚えてたのか?いや、邪魔したならすまなんだな」

「いえ…こちらこそ、昨日はありがとうございました」

 

 こんな状況でなんだが、まずは礼儀を弁えなければ。立ち眩みを起こしそうなので立ち上がれないが、座ったままで礼をする。

 しかし、彼は私のそんな所作がどうにも気に入らなかったようで。

 

「…ふぅん」

「あっ、すみません。座りながらは失礼でしたね」

「いや待て待て。別に他人の動作に一々ケチつけねぇよマナー講師じゃあるまいし」

 

 と思ったら違ったようだった。何やら時計と私を見比べ、そしてどこか納得したように手を打つ彼。

 

「昼飯は良いのか?」

「…ちょっと、食欲が無いので」

「じゃ、俺も同じだ」

「え?」

 

 そのまま、私から人2人分程スペースを空けて座り込む。

 

「いや、本当にそのままの意味で俺も昼飯サボったんだよ。仮眠すっから気にせず自分の事続けて」

「気にするなって言われましても」

「んじゃ同じくおやすみ」

「ちょっ」

 

 そのまま目を閉じてしまい、私はひたすらに狼狽するばかり。しかし今更立つ気力も湧かず、仕方なくそのまま作業を続行した。

 

 

 

 

 そして、10分が経過。

 レポートが進む。思ったより滞る事も無く、集中力も乱れぬまま。

 

(もっと気が散っちゃうかと思った)

 

 いや、実際そう考えている時点で散っているのかも知れないが、それを込みにしても殆ど気にならないまま作業を行えている。このレポートだって、もうノルマの4人分の内3人目だ。

 なんというか、隣から気配というか存在感が感じられない。チラリと一瞬目をやれば、そこには確かに目を閉じた彼が座しているというのに。

 

 そのまま、手を止めずに続けて更に後。

 

「おーい」

「ひゃいっ!?」

 

 沈黙したままだった筈の彼から発せられた声に体が過剰反応。名家の令嬢にあるまじき失態を晒して顔が熱くなる。

 

「な、なんでしょうか…」

「いや、もう昼休み終わる頃合いだからさ。俺は次の講義あるから戻るけど、お前はどうすんのかなって」

 

 その言葉に腕時計を見れば、もうすぐ予鈴がなる頃合い。驚いた、もうそんなに時間が経っていたなんて。

 

「教えてくれてありがとうございます。私も次の講義があるのでもう行きます」

「ん、それじゃお先に失礼。あと…」

 

 立ち上がっての去り際に、彼は何かを言おうと立ち止まる。が、そこから続く言葉は無い。

 

「…何でしょうか?」

「……まぁ、なんだ。良い友達見つけろよな」

 

 何か窮した様子で、彼はそう言い残して屋上を去っていったのだった。

 

 

 

 その日の放課後も、彼にまた会った。

 場所は太陽も沈んだ頃の空き教室。つまり最初に出会った場所で、最初に出会った時と同じように居残り同士。

 然りとて特に会話は無く、後から来た彼が私の又隣の席に座って黙々と勉強。お互いに邪魔をする事も干渉する事も無いまま、下校時間になって漸く

 

「鍵閉めるぞ」

「ありがとうございます」

 

と言葉を交わしただけ。

 その日、私はなんの邪魔も入らなかった事でレポートを完遂。友達3人に渡して事なきを得た。良かった、これで見捨てられずに済む。また任された次の課題についても頑張らなきゃ。

 

 彼とはその次の日、また昼に会ったらしい。また前と同じように昼休憩の屋上で。ここ数日の疲れを癒す仮眠の場所にそこを選ぶ辺り、私も無意識に彼と会う事を望んでいたのかも知れない。

 ちなみに“らしい”と付け加えたのは、予鈴で目覚めた私の膝に被った覚えの無い毛布が掛けられていたから。その上にあった置き手紙に「次の休みに取りに来るから置いといて」と、なんとなく彼の雰囲気がする文調で書いてあったから。同日の放課後にお礼を告げて、その後はまたお互い黙って自主勉強。

 そんな風に、昼休みと放課後に会うのが通例になって1ヶ月。学期末が控え、それに応じた最終課題を友人達から任された季節。

 彼と過ごす時間に対する心地よさを自覚し始め、そして恐らく「近くにいても問題無い」から「近くにいてもらった方が調子が良い」に感覚が変わってきた頃合いの事だった。

 

 

「なんでお前、他の奴の課題までやってんの?」

「へ?」

 

 踏み込んで来たのは、彼から。

 

「いやだって、お前成績良いだろ。居残りする必要なんて無い筈だし、自分以外の奴の分までこなしてるとしか思えん。さっきから同じ内容のプリント何枚も取り出しては(めく)ってるしさ」

「いや、だって…友達ですし」

「……友達、ねぇ」

 

 思った事を素直に口にすると、また彼は顔を顰める。何か不味い事を言ってしまっただろうか…と思案したその時、

 

「多分舐められてるんだぞ、それ」

「…え?」

 

 飛んできた思いもよらない言葉に、私の頭は真っ白になった。

 

「俺みたいな落ちこぼれならともかく、お前みたいな噂になるレベルの優等生がてんてこ舞いになるレベルの課題なんて出てねぇ。なのに明らかにオーバーワークになってるのは他の奴の分まで押し付けられてるからだ、違うか?」

「いや…だって、友達ですし」

 

 おかしい。友達は困った友達を助けるというものじゃないのか。そう聞いていた筈だ。

 

「複数人掛かりで仕事押し付ける友達とか聞いた事無ぇわ。パシリって言うんだぞそれ」

「で、でもいつか助け返してくれる……」

「いつかって、いつの話だ?いずれにせよ“今”対等じゃない以上はな」

「違う…違う……!」

 

 違うんです。あの人達はここに来て初めて話しかけてくれた人達なんです。外の世界を知らなかった私に、初めて外から近寄って来てくれた人達なんです。

 だから、恩を返さなきゃ。私が頑張って初めて対等なんだ。

 

「初めての友達なんです…!」

 

 嫌だ。初めて得た繋がりを壊したくない。都合の良い駒で良いから離さないで欲しい。

 その一心で私は耳を塞ぎ、机に突っ伏した。それで何が解決する訳でもないと、分かっておきながら。

 

 そんな私の醜態を見て、彼は。

 

 

「しょうがねぇなぁ」

 

 私と向かい合うように、前の席に座り直してきたのだった。

 

「…何ですか」

「手伝ってやるっつってんだよ。この部分は去年やったとこだし、俺程度の頭脳でも足しにはなるだろう」

 

 意図が分からない、と困惑する私。それに対して彼は呆れるように苦笑して嘯く。

 

「結局俺も、お前の友達と一緒って事さね。手伝う代わりに、俺の勉学にも一役買ってもらうぜ」

「でも私、まだ貴方が学んでる分野の域に進んでないかと…」

「一緒に問題文見てくれるだけで良いよ。ま、来年以降に向けての軽い予習だと考えてくれや」

 

 そう言うや否や、私の手元から引ったくるように資料を取って読み込んでいく彼。流されるまま私も作業を続けたのは、きっと課題進行に行き詰まって助けを求めていたから……だけでは、多分ない。

 きっと、1人で何かをする孤独に耐えきれなかったのだ。

 

「ここ、ちょっと仮定の詰め方が甘い。あの教授厳しいから穿り返されるぜ?」

「成る程。では三国志演義における呂布と赤兎の関係を引用して根拠を裏付けるという形で」

「すぐにそれが出てくるあたり流石というかなんというか。えーと、確かこの参考書に載ってたかな赤兎」

「ありがとうございます、お借りします」

 

 彼の的確なサポートのお陰で、一層スムーズにこなされていくレポート。その日の目標はすぐに達成され、久しぶりに早く帰って眠れた。快眠と胸を張って言えるのは、何ヶ月ぶりだろうか?

 その次の日も昼に屋上で彼と出会い、打ち合わせの後に放課後で合流し課題。丁寧な事に彼は自分のPCまで持参してくれて、その助力もあって本当に快適に事を為せた。昨日のお礼も兼ねて実家から送られていた茶菓子を渡したが、「高過ぎて草」と渋い表情で返されたのが少し心残りだった。

 この2日で予想以上に課題が進んだので、その次の日には今度は彼の勉強の手伝い。1年進んだ範囲で彼は躓いていたようだったが、私が入学前に家で学んでいた知識の応用で充分対応出来た。それを基に説明すれば、彼もまたすぐに理解してくれたので此方も滞りなく。

 期末テスト期間中までお互いを助け合い、迎えた課題締め切りの金曜日。私は、机に突っ伏した状態で目を覚ました。

 

「ぁぇ…?」

「おはようさん。久しぶりに睡眠不足らしい挙動をしたな」

 

 朦朧とする視界で声の出所を見上げると、そこには此方を見下ろす彼のニヤケ顔。その右手には十数枚の紙束が握られている。

 ああ、そうだ。確か私達はレポートを書き上げて、その安心感で私は……

 

「お疲れのようだったから、レポート印刷してきたよ。チェックしたけどミスも印刷漏れも無し、これを提出すれば(しま)いだ」

「えっ…あ、すすすみません!」

「良いよ別に。こっちだって助けてもらったお陰で留年免れたしな」

 

 朗らかに微笑みかけてくる彼へと、随分と助けてもらった恩を胸に、せめてもの思いで私は頭を下げる。確かに私もある程度は返せたつもりだが、受けた物に比べれば大した事はない。

 ずっと寂しかった。でも、この1ヶ月はそうじゃなかった。久しぶりに勉学へのモチベーションが上がり、快く机に臨めた。それもこれも彼のおかげだ。

 

「じゃあ、後はこのレポートを提出箱にブチ込んで終了だな。今学期もお疲れ様だぁ」

「えぇ、本当にありがとうございました」

「おう。それじゃまた月曜日にな」

「…えっ…」

 

 ふと彼の口から出た言葉に、一瞬呆気にとられてしまった。

 そうだ、彼との交流は別にこの学期までとかそういう縛りは無い。これからも続いていくんだ。

 その事を知覚すると、何故か無性に嬉しくなって笑みが溢れた。そんな私の有様は、彼の目にはどう映っていただろうか。

 

「……どした?」

「…あ、いえ!ではまた今度!」

 

 それでも、別れ際のこの笑いは心からの物だった筈だ。彼にも伝わっていると信じたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、待ちわびた月曜日に問題は起こる。

 

 

「葵ちゃんさ、何してんの?」

 

 いつかの日と同じように、屋上のフェンスを背に友人達に囲まれる。彼らの顔は、皆一様に顰められていて恐ろしい。

 

「何、って」

「俺らの分のレポート提出してないでしょ」

 

 そんな筈はない。確かにこの手で提出ボックスに入れたのを覚えている。

 にも関わらず、彼らに突きつけられたスマホの画面ーーー先生から彼らに送られたメール画面には。

 

「『君達のグループでは桐生院さん以外のメンバーからの提出がありません。未提出者は理由の説明を求めると同時に各自明日までに再提出をお願いします』だってさ」

「なに自分だけ課題済ませてんの?俺達、書いてって頼んだよね?」

「う、そ……」

 

 訳が分からない。考えられるとしたら先生が何かを取り違えた可能性しか無い。レポートにはちゃんとそれぞれのメンバーの名前を入力した覚えがあるし、他の可能性なんて……

 

 

 

 いや。

 まさか。

 

 

 

ピコンッ

 

 

 そんな微かな音に、私たち4人は音源に目を向けた。

 彼が、スマホを手に立っていた。

 

 

「撮っちゃっ…たぁ!」

『俺らの分のレポート提出してないでしょ』

『なに自分だけ課題済ませてんの?俺達、書いてって頼んだよね?』

 

 

 心底愉快そうに笑うその顔は、前に見せた優しい微笑みなんて欠片も思わせない好戦性に満ちていて。

 そして流された音声に、友人だった人が怒り狂う。

 

「てめっ…!」

「っと。暴力沙汰起こしたらそれこそ詰みだぜ?」

「るせぇ、携帯よこせ!!」

「データ消すんだよ!早く!」

「そうもいかんさ」

 

 3人掛かりで掴みかかってきた手を躱し、軽やかな身のこなしでするりとフェンスの上によじ登る彼。一歩間違えたら地面まで真っ逆さま、でも焦りは全く見えない。

 

「何も告発しようって訳じゃないんだ。そうカッカなさるなよ閣下一同」

「やかましいわ!そうか、お前が葵ちゃんとグルだな!?唆して裏切ったんだ!」

「ま、そんな所だ」

 

 違う、と叫びたかった。私は貴方達を裏切ってなんかない。

 でも声が出ない。あまりの衝撃に、体の至る所から力が抜けてへたり込む事しか出来ない。

 

 彼からスマホを奪おうとして、でもフェンスの上には手が届かず。かと言って登る勇気も無く、下で騒ぐ友人達は次第にその活力を無くしていく。それを見計らって、ようやく彼は議題を切り出したのだった。

 

「なんにせよ、お前らに時間なんてあるまい。こんな所で油売ってて、明日の再提出に間に合うのか?」

「だったらデータ消せ!早く!!」

「そのための取引だよ」

 

 そう言って彼が口にしたのは、私が最も嫌がる事。

 

「桐生院に二度と擦り寄んな。それを守ってる内はこのデータは表にゃ打さん」

 

 やめて、と言いたかった。私の居場所を奪わないで、と。

 でもまだ、力は喉に灯らない。

 

 その後も、彼と友人達の口論は続いたが……結局、友人達は彼を説き伏せる事は叶わなかったようだった。苦し紛れに柵を蹴って、渋々とばかりの姿勢で階段へ向かう。

 その背中越しに、振り向いた顔と視線があった。

 

「ぁ…」

「上級国民が偉そうに」

「っ!!」

 

 最後に聞こえたその声が、私を根底から揺るがす。絶望の底へと突き落とし、全身の力という力を失わせる。

 分かってしまった。今この瞬間に、私と友人達を繋ぐ物は瓦解したのだ。

 

「最初から友達なんかじゃなかったんだよ、お前ら」

 

 そんな私の最後の逃げ道すら断つように、いつの間にかフェンスから降りていた彼は言い放った。

 

「最初に俺とお前がここで会った時からそうだ。あの時アイツらと俺は階段ですれ違ったんだけど、その時もお前を見下す発言ばっかしてたぞ?『都合の良いお嬢様』ってな」

「…うそ」

「ホントさ。誠に残念な事に」

 

 信じたくない、と願う度に先程の言葉が脳内を木霊する。あの捨て去るように吐かれた怨嗟には、無視出来ない蔑みが込められていた。それが頭に焼き付いて、離れてくれない。

 でも。

 

「先輩」

 

 それ以前に、確かめなきゃいけない事がある。

 

「ん、どした?」

「先輩」

 

 えずきそうになる腹を抑えてでも、問わなきゃいけない事がある。

 

 

「レポートの記名欄、は……」

「ああ。全部お前の名前に書き直しといたよ」

 

 ああ、やっぱり。

 信じていた。彼なら変な事はしないと信じていた。だから、最後のチェックを疎かにした。

 いや。もしかすると、チェックをしないように誘導されてもいたのか?もうそれすらも分からない。心労からぶり返した寝不足も相まって、ボヤける思考が纏まってくれない。

 

「当たり前だろ。4種類全部、お前が書いたお前の功績(レポート)なんだから」

「でも、その所為で…!」

 

 私は。

 私はまた。

 

「一人ぼっちです……!!」

 

 居場所が消えた。

 家の外で、初めて“葵”が作った場所だったのに。

 作れた()()()で居られた、初めての関係だったのに。

 実際はどうだったかなんて、この際はもう関係無かった。友人達が私の桐生院としての威光を目的に集っていたとしても、私はそれを(私個人)の物だと信じていたかった。

 そうじゃないなんて、気付かされたくなかったのに。

 

「もう、友達はいない…っ」

 

 滲む視界を、幾ら手で拭っても水が溢れてくる。

 “葵”は無価値だと証明されてしまった今、私に出来る事なんてもう無いんだ。

 吐き捨てるように嘆いて、私は這いつくばる。そんな惨めな姿を見下ろして、彼は。

 

 

「じゃ、俺が今からお前の“友達”な」

「!」

 

 丁寧にも私のそばでしゃがみ込んで、そう言い放った。

 

「貴方、が…?」

「あーそうだ。傍にいても気分を害さない、お互いの役に立つ、今の所助け合えてる。うん、お前の友達条件にも適合してるだろ」

「でも、私なんて…」

「でももディモクラシーも無ぇよ。なんなら新しい友達が見つかるまでの間に合わせで良いさ」

 

 もっと言うと、と一言置いて彼はさらに言の葉を紡いだ。私を誘い引き摺り込む、麻薬のような甘い優しさで。

 

「もうそこそこ長い付き合いなんだ。既に俺たちは友達同士なんだと思うぜ、お前が勝手に設けてる条件なんて関係無く自然にな」

 

 だからさ、と彼は此方に手を差し出した。その手に対し、私は。

 

「……悪い人、ですね」

 

 苦し紛れな呟き。彼の目が、こちらを窺うように苦笑で歪む。

 

「私を孤立させて…その上で自分だけ寄ってきて。拒絶する選択肢なんて実質無いじゃないですか」

「何言ってんだ、成人もしてないクセに他の道全部絶たれたつもりか?そういうのはせめて三十路過ぎてから言え」

「だったらその“他の道”とやらを示して下さいよ、今ここで」

「まず俺の手を振り払って教員室に駆け込む。そこであった聞いた事を全部ブチ撒けて、天下の桐生院の娘を陥れようとした俺たち不埒者を全員退学にする。お前は周りから同情を買うだろうから、その中から気に入った奴に声をかけて親交を深める。簡単だろ?」

「…はぁ」

 

 それが出来たら苦労はしない、という言葉の代わりにため息が出た。それもこれも、私がコミュニケーション下手である事が発端だから何も反論する権利が無い。

 

 そして何より、私に彼を陥れ返す意思なんて最初から無いのだ。

 

「先輩、そういえばお名前は?」

 

 こんなに助けてもらっておいて、情が湧かない訳が無かったのに。

 

「牧路凱夏、だ」

 

 手を取り、立ち上がる。

 

「ではよろしくお願いします、牧路先輩」

「おう、楽しくやろうぜ。桐生院」

 

 

 

 

 疲れた頭で孤独を拒絶し、考え無しに結んだ絆。

 これが、私にとってかけがえの無い大切な物になるだなんて、この時は思ってもみなかった。




 この章が終わったら更新頻度を3日に1回、時刻を12:00から20:00頃に一回変えようと思います
 まだ厳密には決めてないし変わらないままで行く場合もあるけど


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君の愛○が!

 8/13に書いたんだけど、その日に一回誤投稿してガチ焦りした


「カラオケ行くぞ」

「えっ」

 

 そう牧路先輩から一方的に告げられて、寮から引き摺り出された夏季休暇の初日。気が付けば、私は実に煌びやかなカラオケ店の一室に座っていた。

 隣にはなにやらメニュー表を楽しげに捲っている牧路先輩。そしてその向かいには、呆れ果てた表情で溜息を吐く青年の姿が。

 

「えーと、桐生院さんで合ってますよね?」

「あっはい。貴方は…」

「南坂カイと言います。事情はまぁ…分かってるつもりです」

「そう邪険にするなって。同じトレーナーの道を目指す物同士、仲良くしようや」

 

 投げ掛けられた胡乱げな視線に不服を示して、牧路先輩は私の方に向き直った。

 

「今自分で紹介したけど、コイツは南坂カイ。俺の親友」

「腐れ縁ですけどね」

「誰がなんと言おうと親友なんだ。まぁ俺と違って優秀な奴だし、ガチで困った案件はコイツにぶん投げろ。桐生院家ほどじゃねぇけど実家が太いから最悪マニーパゥワーでなんとかしてくれる」

「は、はぁ…よろしくお願いします」

「考え得る限り最悪の紹介方法だって分かってますよね!?思いっ切り引かれてますけど!」

「良いじゃねぇか、下手に誤魔化すよかマシだマシ」

 

 どうしよう。この人と友達になって良かったんだろうか、と今更後悔し始めている自分がいる。

 いやまぁ、元の友人たちとの関係は今よりも不健全だったと最近分かり始めてはいるのだが…。

 

「とにかくだ。桐生院、お前“リラックス”の5文字って知ってる?」

「セロトニンが分泌されてる状態の事ですよね」

「ほら、この有様だ」

「あー…確かに重症ですねコレは」

 

 えっえっ、待って下さいなんで牧路先輩はともかく南坂先輩までそんな反応なんですか!?

 

「良いですか桐生院さん。僕が貴女の顔色から読み取った限りでは軽く3日は寝てないでしょう」

「2週間寝てません」

「……」

 

 そこで黙らないでくださいよ!私がおかしいみたいじゃないですか!!

 

「一応言っとくとな、普通におかしいんだなコレが」

「マジですか」

「大マジのマジ。擦り切れる寸前の気絶でしか休めなくなってんだよ、お前」

 

 その言葉で思い出されたのは、牧路先輩と初めて会った日の放課後の気絶。うん、確かに言われてみればその通りで、何一つ反論できない。

 

「それに加えて同級生からの課題の押し付けと圧迫によるストレス。今の貴女、多分結構危険な状態ですよ」

「だからこそのこのカラオケって訳だ」

 

 そう言って牧路先輩が投げて渡してきたのは、歌のコード表だった。

 

「全力で歌えばそれだけでストレス発散。しかもそれなりに体力使うから、程々な疲労をきっかけに休息を促せるはずだ。得意な曲を全力で熱唱しな、俺もそうする」

「で、私はそれに際するお目付役と送迎役って訳です。私たちは皆一様に未成年なので飲酒みたいな真似は出来ませんが、多少のハメ外しならフォロー出来るのでご安心を」

「えっ」

「えっ、って何ですか。まさか飲んで飲ませるつもりだったんですか」

「……」

「オイ」

 

 尋問が始まった先輩方の隣で、わたしはコード表に目を通して行った。確かに先輩方の言う事には一理あって、そして自分を見つめ返す為にもこのカラオケはいい機会だと言える。

 そして探し出した一曲。コレを歌うことにしよう。

 

「えぇと、曲が始まったらこのマイクに向かって歌えば良いんですよね。カラオケに来るのは随分久しぶりな物で」

「そうそう。マラカスとかで応援するから全力で歌えー!」

「は、はい!では予約します!!」

「1人だけノリが宴会なんですよねぇ……」

 

 声援を受けて、私は音楽機器に手を伸ばした。

 

 

 壁にかけてある電話へと。

 

「もしもし」

「なんでやねん」

 

 手に取った瞬間に奪われて壁に掛け直された。どうして?さっきまで応援してましたよね?

 

「さっきも皐月も弥生もあるか。音楽予約はこっちのタブレットだタブレット」

「ぐぅっ」

 

 な、なんたる失態。桐生院家の令嬢ともあろう者が、こんなザマでは父祖に申し訳ががが……

 

「牧路さん。ちょっとさっきから予想を超えて来てるんですが」

「違いない。桐生院家当主め、明らかに娘の育成バランスをミスってやがる」

 

 うわー!先輩方からの視線が痛い、ここは早く歌って挽回しなくては……!

 よし、予約完了!!

 

「桐生院葵、いきまーす!」

(やっと主題に入ったよ…)よーしやっちまえー!!」

(このまま気分良く熱唱してくれれば御の字ですね)頑張れー!」

 

 

 

「どんぐりころころ、どんぐりこ。小池にはまってさぁたいへん」

 

\\ズコー‼︎//

 

 今度は何ですか!?2人揃ってソファごとひっくり返って!

 

「い、いや、大丈夫だ。続けてくれ」

「すみません、どうやらソファの据え付けが悪かったようです。どうぞご自由に歌って下さい」

 

 

 

「いぬのおまわりさん、困ってしまって」

 

 

 

「シャボン玉飛んだ、屋根まで飛んだ」

 

 

「ぞうさんぞうさん、お鼻が長いのね」

 

 

 …あの。

 

「先輩方は何で膝を突き合わせて唸ってるんですか?」

(お前のレパートリーが疲れようの無い穏やかな童謡オンリーだからだよぉ!!)

(箱入りレベルを舐め過ぎました…この娘、本当に“外”に触れた事が無いんだ……!)

 

 聞いても苦悶し続ける2人を相手に、私はキョトンとするばかり。まぁ久しぶりに歌ったことで幾分リラックス出来たので調子良いんですけどね。ただ全く疲れてなくて、程よく休めそうかというと不安が残るというか……。

 

「…桐生院。次は俺が行く」

「え?あ、是非どうぞ」

 

 と思ってたら、今度は牧路先輩が歌うようで。彼の歌が聞ける事について、内心に思ったよりもワクワクが湧き出てきた事に自分でも驚いた。

 

「何する気です?牧路さん」

「外の世界を知らないんなら今ここで教えてやるまでだ」

 

 先輩が準備を進めている間に、私もタンバリンを準備。さっきまで先輩方が私の童謡に合わせて演奏してくれたように、私も見様見真似で頑張ろう……!

 

「桐生院。今までのお前の歌は“お遊び”に過ぎん」

 

 って、急に何ですか!?宣戦布告ですか?!

 というか童謡を舐めないで下さい!どんぐりころころは大正時代にまで歴史を遡り、国民に愛されてきた由緒正しい唱歌で……

 

「そういう事じゃねぇよ頭でっかち!良いかよく聴け、全てを出し尽くす魂の歌い方という物がどういうものかを。それが何たるかを理解しない限り、担当ウマ娘のダンス練習だってマトモにこなせやしねぇぞ!」

「…む!」

(牧路さんがマトモな事言うとか明日雨確定じゃないですか…)

 

 お父様は、ウマ娘のライブに対して否定派だったから、私はそういうのに触れさせて貰えず興味を抱く事も無かった。しかし時代の流れに従って生きる以上、避けられない事に対しては正面から向き合わなければ、自分だけでなく担当ウマ娘にも恥をかかせてしまう。それは絶対に避けなければならない。

 自分の場合は、歌こそがその壁…という事なのか。

 

「お願いします先輩!私に“本当の歌唱”を見せて下さい!!!」

「俺の歌を聞けぇぇぇぇ!」

 

 モニターに曲名が映し出される。その内容を頭に巻き付けようと、私は文字列へと注視した。

 牧路先輩が選んだ魂の曲、その名は。

 

 

 

 

『F -マキシマムザホルモン』

 

 

「劇薬に逃げるなァーッ!!!」

「ポァダラッ!?!!?」

 

 南坂先輩の左ストレートが牧路先輩の頬に突き刺さり、男性2人が揉み合うように転倒。やはり友達として選んだのは間違いだったんじゃないか、という後悔がブリ返した。

 でも胸中に去来したのは悪い感情だけではなくて。

 

「…フフッ」

 

 なんだかんだで騒がしく、愉快な光景。今までは外から眺めていたそれに、いつの間にか内側で参加できている事が嬉しくて、どこかおかしくて。

 間違いでも良い。この人達と楽しくやっていってみたいと、心の底からそう思ったのだった。

 

 

〜〜

 

 

 桐生院巌こと、私の朝は早い。それはいつ如何なる時も変わらず、夏も終わりが近付くこの季節も同様に。

 桐生院家は日本のウマ娘において数多くの名トレーナーを輩出してきたのは勿論のこと、それ以外にも数々の事業に手を伸ばし政財界の重鎮の座に与している。その当主ともなれば必然、負う責任も相応に絶大なものとなっていた。

 その重責に不満は無く、むしろ誇りですらある。そして其れに似つかわしい者として斯くあるべく、私は己を律するのだ。

 だが所詮私も人間。飯は食うし夜は眠る、起きがけはどうしても調子が冴えない。故にこそ、起爆剤として日課にしている事がある。今日も私は、その日課へと手を伸ばした。

 それは、計100ページにも及ぶ書類を纏めたファインダー。この中に秘められた物こそ、私の切り札にして根幹となる部分。

 開くと、そこから光が溢れ出た。

 

 

「あおい〜!!!お前はいつ見ても可愛いなぁ〜〜!!!1!」

 

 光だ。私の光だ。

 何だこの愛らしさは。幼い頃の写真なのに角度を変えると立体に見えてくるとか反則級の可愛さだろう。目に入れても痛くないしなんなら目の代わりに葵を入れたい。もう片方には妻を入れる。いやダメだ自分でも引く程度に猟奇的だ。落ち着け巌。深呼吸で息を整えろ。

 

「ふぅ〜っ……」

 

 しかし、お陰で活力が体に漲っている。やはり朝は愛しき我が娘に力を貰うに限るな、本当に。

 だが葵は今も元気だろうか?初めての寮生活に苦労してないだろうか?悪しき者に騙されて泣いていたりしないだろうか?この夏は帰省しなかったが、何か問題でも起こったのだろうか??

 家を出ると聞いた時は本当に心臓が止まるかと思った。情けない話だが、葵が無事にやっていけるかという不安と同じくらい、私の生き甲斐が失われてしまいそうで怖かった。妻が生前に纏めてくれていた、この『葵秘蔵コレクション〜揺り籠から現在まで〜』が無ければ本当に発狂して、家の内外の不穏分子に陥れられてしまっていたかも知れない。

 こんな私だが、外で奮起し頑張っているだろう葵に対し、責務を疎かにしていては父として申し訳が立たない。今日も()く、桐生院の威厳を身に纏うとしよう…

 

 

……とした、その時の事。

 

 

「巌様。葵様から便りがありm」

「早く言わんかぁ!!」

「第一声でお伝えしたのですが!?」

 

 ノックされたドアの前に瞬間移動しこじ開け、側近の手にあった書物をふんだくる。早急に読まねば鮮度が落ちてしまうだろう、(たわ)け!

 で、何だ葵?パパに頼み事か?何でも言ってくれ、その気になれば国だって買えるぞ。…と、そんなことを考えながら私は便箋を開いた。

 

 

 

 

 絶句した。

 

 

 

「………は?」

「どう致しましたか?」

「…………………」

「…申し訳ありません、私も少し拝見させていただきま…うわぁ」

 

 なんで。

 何故だ。

 どうして。

 

 便箋に入っていたのは写真。砂浜と、そこに広がる遠大な海を背景にポーズを決めた、これはこれでとても愛らしい(むすめ)の写真だ。これ単体ならコレクションに新規追加し毎日愛でる程度の反応で済んだだろう。

 だが。

 だがしかし、だ。

 

 何だ、この両脇の男2人は。

 どこのロバの骨だ。

 なに3人仲良くグラサンを掛けて気安くピースサインを掲げている。しかも2人の男の内の片方は、髪の毛を真っ白に染め上げた明らかな不良物件だ。

 は?は??は???

 

「巌様、裏に文面が……」

 

 言われて初めて気付いた文字列。恐る恐る裏返して見えた、それは。

 

 

 

 

『イェーイ!お父様見てますかー?この夏休みは私と友達3人で、トレセン学園の夏合宿にも使われる砂浜に遊びに行きましたー!楽しかったし、将来担当ウマ娘と一緒に来る時の為の下見にもなりましたので、非常に勉強になりました!

 こんな具合なので、私の学校生活については心配ご無用です!お父様もお身体に気を付けて下さーい!!』

 

 

 

「………お」

「お?」

「俺の…」

 

「俺の愛娘がぁ〜〜〜!!?」

 

 

 ズキュンバキュンと(はし)り出す心臓に、脳内の血流が一瞬にして沸騰。耐え切れなかった神経系は、速やかに卒倒を選択する。

 薄れゆく意識の中。私は、視界に浮かんだ妻の幻影にこう謝るしか無かったのだった。

 

 

(すまん…俺達の葵がワルになっちまっただ……)

「巌様ー!?」




 ギャグ回ってこういうので良いのかな…?


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初日の佃煮くれーの仕上がり

短いし雑だけど許して(何度目)


 始業の日、私は幾分艶々した肌を自覚しながら教室に入った。

 

「おはようございます。隣、失礼しますね」

「えっ、あっはi…ってえぇ!?」

 

 うぇっ!?私何かやっちゃいましたか?

 

「あ、いや、ごめんなさい。桐生院さん、なんか変わった…?」

 

 驚愕から立ち直った同級生さんからの質問に、私は思わず首を捻る。私は私のままで、特に何かを意識して変えたつもりは無かった。

 

「うーん、全然違いますよやっぱり。夏休み前の桐生院さんってそんな肌を日焼けさせるようなイメージの無い“深窓の令嬢”って感じだったし、言っちゃなんですけど結構コミュニケーション苦手でそんなハキハキと喋れなさそうだったし」

「……あー、それは仰る通りですね」

 

 言われてみれば確かにその通りだ。そしてそこが変わった要因には心当たりがある。

 この夏、私は先輩に色んな所に連れて行ってもらった。気が付いたら1人で勉強机に向かって閉じこもってしまい、そしてその事に何の疑問も持たなかった私をその度に部屋から引き摺り出して外に連れてくれたのだ。

 最初はカラオケ、次はハイキング、ゲームセンター、海…その度に疲れ果てるまで遊んで、そして心地いい気分で泥のように眠った。

 その際に先輩達からの荒波に揉まれ、時に人の波に揉まれ…を繰り返している内に、いつの間にか対人耐性がついていたのかも知れない。何より“ハメを外す”という事がどういう事かを身をもって知ったので、その分身の振り方が軽くなったというのもあるのでしょうか?

 

「男子三日会わざれば刮目して見よ、という言葉があります。なら女子も同じという事でしょう」

「お、おお…なんか凄いっすね……」

「ところでですけど、なんで敬語なんですか?口調軽くても全く気にしませんよ」

「マジ?じゃあよろしく桐生院さん」

 

 さっそく隣の人と打ち解けながら、それに惹かれたのか他の人達も集まって私の机の周りが賑やかになる。その喧騒に酔いそうになりながらも、私は私を鍛えてくれた先輩に感謝した。

 

 

〜〜

 

 

「死ゾ」

「1日目ですよ」

「蓄積疲労だ」

 

 食堂のテーブルで、本当に顔色を悪そうにしながら凱夏はプリンを口に含む。話を聞いている南坂はただただ溜息。

 

「桐生院さんの体力を舐めてたんですって?最初こそ自分がリードして連れ出してたけど、途中から興味津々になった彼女に引き摺り回されたとか」

「アイツお淑やか令嬢なんかじゃねぇ…とんでもねぇスタミナお化けだ……メジロよりも先に自分で春盾獲れるぞ………」

 

 南坂は時折参加しなかったりもしたが、凱夏は割と頻繁に桐生院を誘って外に繰り出していた。勿論度が過ぎていれば友人の立場として止めていただろうが、根を詰め過ぎる桐生院の様子から止めずにいたのだ。

 そして海ではっちゃけたのを境に、桐生院が変わった。具体的にいうと軽くハジケた。そこまでは凱夏の想定通りであり、南坂もまた好ましく思った。

 だがそこから、今度は桐生院の方が凱夏を巻き込んで爆走し始めたのである。今までのお返しとばかりにレース場、合宿所、ジム、その他諸々のウマ娘のトレーニングに関わる場所へ凱夏を誘いまくり引き摺り回した。それまでの大人しさが嘘のようなアクティブっぷりに、何度かついて行った南坂も割と引いたものだ。

 で、その結果が今目の前の白髪の腐れ縁である。心なしか、その髪色はまるで夏の日差しに燃え尽きた灰のよう。

 

「くそぅ…トレーナーになるにはフィジカルもあのレベルにならんといかんのか…くそぅ……」

 

 愚痴りながら最後の一口。毎度毎度、彼は「それで足りる訳ないだろいい加減にしろ」と言いたくなるような量しか食べないが、深く踏み込むタチではない南坂は敢えてスルーを決め込んだ。

 

(しかし、そんなに疲れ果てるぐらいなら一度くらい断れば良かったのに)

 

 把握している限りでは、凱夏は桐生院からの誘いを一度も断っていない。まるで最初に連れ回した分の借りを返すかのように。

 

(この人の事です。どうせ時間いっぱいに詰め込んだバイトの僅かな隙間時間、そのほぼ全てを桐生院さんからの誘いに費やしたんでしょうね)

 

 南坂の認識に()れば、目の前の青年は「苦学生」の部類に入る。ただでさえ多忙なのに、休みを返上して駆けずり回るその姿は当初の桐生院を笑えない。オーバーワークを自覚してやっている分、寧ろ一層酷いまである。

 だがそんな彼の律儀さが、南坂は嫌いになれなかったのである。

 

「全く…さっきの講義の復習しますよ、ノートは辛うじて取ってたようですが意識朦朧で殆ど覚えてないでしょう」

「助かるぜカイきゅん。俺らズッ友」

「卒業するまではそうですね」

「ひっでぇ!」

 

「あ、先輩方!こんにちわー!!」

 

 そこに飛んできた溌剌な声。オカッパとテールの黒髪を揺らして、小柄な影がこちらに飛び込んできた。

 

「どうしたんですか牧路先輩元気無いですね。カツ丼食べます奢りますよ?あっ南坂先輩もお久し振りです元気にしてましたか!?」

「落ち着けぇ…頼むからうるさくしないでくれぇ」

「はい」

「うわぁ!いきなり落ち着くな!!」

「ところで桐生院さん、何か良い事でもあったんですか?」

「あっ、そうなんです!先輩方のお陰で私、今日なんと友達10人増えたんですよ。ほらUMINEの友達欄見て下さい」

「逆に心配になる増加ペースで草」

 

 …なんともまぁ、混沌・凸凹とした3人組である。そこに自然と馴染んでいる自分も、また。

 そう自嘲しながら、南坂は自分の食事を咀嚼したのだった。

 

 

 

 

「あっ、先輩。ちょっと相談なんですけど」

「おうどうした」

「その、あまり大きな声では言えませんが…ちょっと先生の方針が……」

「梁暮先生の事?」

「なんで分かったんです!?」

「最近悪い意味で学生間で有名なんですよ。トレーナー時代の功績は素晴らしい方なんですけど、どうにも全時代の風習に囚われ過ぎな点が…」

「そう、そこなんです。ウマ娘に負担を掛けるだけだと最新研究で証明されているトレーニング論を推しに推してて、どうすれば良いのかなって」

「もう50代なんだ、他人の生き方なんて変えられねぇよ。それより他の良い所探して盗んでこうぜ」

「…そう、ですよね」




凱夏「桐生院は…行ったか。南坂、二日くらい遠出するからその間のノートとか頼むわ」
南坂「許可は取ってるんでしょうけど、なんか変な事する気じゃないでしょうね?」
凱夏「大それた事はしねぇよ、大それた事は」
南坂「…今回限りですよ」
凱夏「サンキュー!」


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意地っ張り

「お父様は、凄いトレーナーなんですよ」

 

 はっちゃける事を覚えたものの、気が付いたら休憩をほっぽり出してノートや参考書と向き合うクセはそのままな桐生院。そんなポンコツ娘の勉学へのモチベーションが気になったので質問したら、そんな返答が返ってきた。

 

「桐生院巌か?」

 

 担当した代表的なウマ娘は、確かかのメジロアサマを下した菊花ウマ娘、そして名高きTTG世代の天馬。またそれに限らず他のウマ娘達も軒並み優秀な成績を収め、当時のメジロ家とは天皇の盾を巡って熾烈な戦いを繰り広げた事は、他ならぬ記録が雄弁に語っている。

 …という自分の持っている知識を伝えると、目の前の箱入りお嬢様は「それも誇るべき点ですが」と前置きして無い胸を更に張った。

 

「お父様が育てたウマ娘の皆さんは、本当に楽しそうに走るんです。今も、昔も」

「今?」

「あっ、申し遅れましたがお父様と担当ウマ娘の方々は今でも交流があって、私も幼い頃によくあってはお世話になってたんですよ。その折に走りを見せていただいた事があるんですが、時を経てなお変わらない躍動感と自由さが目に焼き付いて…まるでお父様とウマ娘さんの絆が彼女の中に長く息づいているように感じられたなぁ」

「……」

「それで私も、そんな風にウマ娘を善き方向へ導いてあげれるような、そんな立派な人になれたら良いな…って」

 

 まぁまだまだなんですけどね、私なんて。と、そう自重する桐生院を前に俺は少し思案する。なんの事は無い、自分でも予想以上に()()の念が強くて抑えるのに手間取ったからだった。

 

「…まぁ、分かるぜ。俺も爺ちゃんとウマに憧れてこの道に入ったようなモンだからな」

「えっ、牧路先輩の祖父さんもトレーナーだったんですか?もしかしたら、父や当時のメジロ家のトレーナーさんとはライバル同士だったかも知れませんね」

「かもな」

 

 共通の原典(オリジン)を持つ者に会えたからか、嬉しそうに微笑む目の前の少女。その笑顔がどうしようも無く()()()()て、とっさに目を逸らすしか出来ない。

 そんな自分が、俺は心の底から大嫌いだ。

 

「なぁ桐生院」

「なんでしょうか?」

「尊敬してる人は、大事にしろよ」

「もちろんです!」

 

 

 

〜〜〜

 

 

 

『桐生院葵 70点』

「ぐぬぬぬぬぬ」

 

 返ってきた小テストの結果を繰り返し眺めて、自然と漏れ出た唸り声。手応えは十分というか抜群だったのに、()()この有様である。

 

「あーあ。桐生院ちゃん目を付けられちゃったね」

「あの先生、偏見キツイもんなぁ」

 

 周囲の友達から慰め主体の愚痴が飛び交う。基本こういう場合でもまず自分の非を最優先で見つめ直そうと心掛けているつもりだが、原点箇所を見て何も否定出来なかった。

 ウマ娘の心神耗弱時におけるトレーナーの対応、その個人個人の考察欄。そこを徹底的に突かれて一挙に3割の減点を喰らってしまっている。

 

「『参考書をしっかり読み直して下さい』って言われても…ちゃんと踏まえた上で自分の考えも入れてるんですけどね」

「だよねぇ。正直示された模範解答もおかしい所あるし、普通に桐生院さんの持論の方が正しいと思うわ」

「あの本って、結局先生の自著だからなぁ。なんだかんだでギリ及第点なんだし、無視でいいんじゃね?」

 

 周りの友人達はそう言ってくれるけど、家の矜持を示す為にも出来る限り高得点は取っておきたい。が、やはりあの先生が掲げる理論は桐生院家の教えと反してどうにも……

 …いやだって、『不調でも練習のゴリ押しでなんとかする、当人の調子はガン無視』って普通に考えて効率悪いですもん!

 

「そんなに悩むんなら、いっそ学生部あたりに問い合わせてみたら?」

「いや、そこまでの事ではないので…でもまた次の機会に、先輩とかに相談してみます」

「えぇー、先輩って牧路先輩の事?」

 

 難色を示す友人に、私は苦笑で返すしか無かった。なんでも牧路先輩、どうやらこの校舎内での評判があまりよろしくないそうだ。

 

「良い人なんですけどねぇ」

「南坂先輩はともかく、あんな不自然な白色に髪染めてるんだもの、こっちは引いちゃうよ」

「成績も控えめに言って良い方じゃないし、桐生院さんが彼と交友ある事自体が割と意外なレベルだよ?」

 

 …と、いう事だそうだ。

 でも実際に彼は頼りになるし良い人だし、何より私をここまで外の世界に適応させてくれた人なのだ。彼・彼女らも、面と向かって話し合えば分かってくれると思いたい。

 この人達だって、最初に私がつるんでた人達と違って真っ当に勉学に励む良い人達なんだ。そんな人達と一緒に机に向かうのは、牧路先輩や南坂先輩と行動を共にするのとはまた違った楽しさがあって、大切にしたい時間になっている。

 

 ……でも、躓きは進む道の各所で待ち構えている。楽しさにかまけて、私はその事を忘れていた。

 

 

 

 それは、数日後の同科目の講義中での事。

 

「このように、ウマ娘育成において重要なのは情に揺れて妥協をしない事だ。生活の中心にトレーニングを据え、外出などにかまけている暇は無い」

 

 先生が持論を展開し、板書に記していく。納得いかないながらも拾える部分を拾うべく、私はノートに書き込んでいった。

 …だが、どうにも無意識の内に疑問と懸念が限界ギリギリまで溜まっていたようで。

 

「好調不調は気に留めるな、ウマ娘側の甘えに過ぎない。いずれ練習メニューに適応すれば、それが普通となり好調になる。全ては基礎的な能力を高め、レースの勝利のみを目指す事こそが最善に帰結する」

 

 ここで、とうとう我慢が出来なかった。

 

「先生」

「…どうした、桐生院」

 

 気付いたら挙手していた自分に、自分自身でも驚く。でも言い出してしまった以上は止められない。

 

「申し訳ありませんが、その理論は生体力学者ロマノフ=ウマーマンの論文によって否定されていた筈です。絶好調時と絶不調時で最大40%の効率差が生じるのは流石に無視出来ないのでは」

「…つまり、何が言いたい」

「生活の中心にトレーニングを据えるのは特に否定しませんが、外出などでウマ娘側に配慮する事は必要だと思います」

 

 その一言を告げた瞬間、先生の表情が変わった。少なくとも、正面から見ていた私はそう捉えた。

 

「……君は、桐生院巌の息女だったな」

 

 

 

 

 その日、結局私の問いに先生は答えなかった。代わりに返答はまた別の形で来た。

 まず、課題の量が増えた。総量、そして解くのにかかる時間を踏まえると総計3割増し。この事に際し、私は他の受講者に謝って回った。

 そして私の提出した物だけが、必ずと言って良いほど再提出の烙印を押される。課題に関わる時間が加速度的に増え、生活を圧迫する。

 

「おかしいって。桐生院さんこれマジで訴えた方が良いよ。謝罪行脚した時だって、他の皆も桐生院さんに同情的なんだしさぁ」

「いえ。これは…私と彼の問題なので」

「でもアイツ、あれから葵ちゃんにだけ一言も口利いてくれてないじゃん」

 

 友人の言う通り、先生はあれから私と面と向かってくれない。教員室のドアを叩いても、応答は無かった。

 だから今は我慢の時だ。彼がお父様の名前を出した以上、そこにはお父様に帰結するなんらかの原因がある。桐生院の名を継ぐ者として、父祖の栄光を継ぐ者として、そしてお父様を尊敬する者として、その訳を彼自身からハッキリと聞き出したい。誰の手も介さない、“巌の娘”であり、かつ“一人前の個人である葵という女性”として。

 

 

 

 

 

 先生との駆け引きは3ヶ月にも及んだ。いつの間にか噂が校内に広まっていて私も、そして恐らく先生もお互いに居心地が悪くなってくる頃合い。牧路先輩や南坂先輩も心配されたが、大丈夫ですと断り続けている内に看過され始めた頃合い。

 事態が動いたのは、ある試験結果が返却された時の事だった。

 

「……嘘」

 

 前と同じように、理不尽な減点が為されている答案。

 前と違うのは、それが成績に直接影響する物だという事。

 

「えぇ……」

「乱心したのか先生」

「これは洒落にならないぞ」

 

 周囲の声が私に突き付ける。先生は、もう私との議論のテーブルに就くつもりは無いのだと。

 所詮一学生が対等の位置につこうと思う事自体が誤りだったのか。でも、だとしても、この仕打ちはあんまりではないか。今までこんな致命的な事をしなかったのは、最後の一線は弁えている事の証明だと思っていたのに。

 

「桐生院さん…これもう無理だと思う」

「…うん。ただ、少し1人にさせてください」

 

 周囲からの注目を背に浴びながら、1人教室を出る。先に出て行った先生の姿はもう廊下に無い。

 

「……はぁ」

 

 あまりにも滑稽な結果に、自嘲のため息が漏れた。友人が前に勧めてくれたように、これはもう学生部などに不服を訴えるしか無いだろう。もしそうしなくても、いずれ噂が駆け巡ってお父様の耳にも届いてしまう。

 もちろん、そうなれば隠しようの無い大事になる。私は結局ただの生徒ではなく桐生院家の娘であり、そんな生徒の待遇を意図的に疎かにしたとなれば、先生の処遇は厳しい物になるだろう。きっとお父様は彼を許さない。

 だから、一生徒の領分で済む内に一定の決着と和解を図りたかった。

 

「……身の程を弁えるべきでした」

 

 どう足掻いても、私は桐生院の権威の庇護に守られてしまう。これで独り立ちなど、あまりにも遠い夢物語だったという事か。

 こうなるならば、最初からあんな質問しなければ……

 

「…っ、」

 

 途端、目が眩む。動悸した鼓動が脳に伝わり、視界が黒に染まる。

 

(あぁ…ーーーそういえば、最近また眠ってなかったっけ)

 

 また先輩達に怒られてしまうな。そう思いながら、せめて怪我しないように手を前にして倒れ込んだ。

 

 

 

「相変わらずバカの極みだなぁ、お前は」

 

 あ、牧路先輩。

 ごめんなさい、私ーーー

 

「黙って寝てろ。後は、」

 

 

 

 俺が収めとくから。



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桜舞う冬、思い出は

短距離怪獣
サクラバクシンオー登場


 彼女は俺の愛バだった。

 凄い奴だった。本当に強くて誇り高いウマ娘だった。俺なんかいなくても強くなれるんじゃないかってぐらい研鑽を欠かさなくて、自分を苛め抜いて、デビュー3戦目でコースレコードを樹立した事すらあった。

 

 でも俺は。俺は彼女を勝たせてやれなかった。

 空を見上げる。そうだ。あの(そら)が彼女を阻み続けた。あまりにも高くて分厚い壁が、それはもう本当に楽しそうに駆けずり回って、俺達の夢を八つ裂きにした。

 どこに行っても、どこまで足掻いても、ずっとその空は俺達の前に居続けたんだ。

 

 何故だ。何故勝てない。

 彼女は一層足掻いた。俺もそれに応えたくて、考えうる限りの事を考え尽くしてトレーナーとして努力した。彼女の長所をひたすらに伸ばして、でも届かなかった。

 

 …いや、正確には一度だけ届いた。嗚呼、でもアレは。

 あの日は、俺の作戦のせいで。彼女の名前が。ああ、クソ。

 

 

 結局それ以降は一度も勝てない。彼女は、ライムはあんな汚名で終わって良いウマ娘じゃなかったのに。俺のせいだ。彼女が自分の名前に胸を張れなくなったのは俺の所為なんだ。俺じゃなければ彼女は輝けたのに。あんな無念の引退をせずに済んだのに。

 

 …でも。だからこそ。彼女と過ごした3年間は絶対に譲れない。あの必死のトレーニングの日々を、誰にも否定させない。天馬の自由な走りを一度は破った、己すら抑圧して爆発させたお前の走りは俺の誇りなんだよ。

 

 

 なのに、またか。またお前なのか桐生院巌。

 何が家訓だ。何がウマ娘を尊重だ。必死で積み上げてきた物を、横からお前達の舐めた走りでターフにグチャグチャに踏み潰される側の気持ちを考えた事があるか?

 現役時代だけじゃない。引退後だって、奴は名家の筆頭としてトレーナー業界を牽引しやがった。ウマ娘育成は奴の手法が認められて普及し、追従した研究でも肯定され、そしてつまりそれは俺とライムのやり方の否定に他ならなくて。

 

 そしてその娘も、毒気を抜いただけの同じ面構えで同じ事を嘯きながら、この養成校に来た。来やがった、俺の最後の領域に。壊しに来た。

 やめろ。俺の前でその論を掲げるな。口に出すな。やめろ。

 

 そんな一念で手を出した所業は、人間として失格にも程がある愚行だと自覚していた。だが、そんな事に構っている余裕なんて俺には無かった。もうこの職を追われても良い、俺の視界からアイツが消えるかアイツの視界から俺が消えるかの2択だ。どっちでも良かった。

 俺が譲れないのは、もうライムとの記憶だけだ。他の物はもう何も要らない。

 

 

 

 

 

 だから、ライムの名を出されては、俺に拒否する選択肢は無かったんだ。

 

『クライムカイザーの現況についてお話があります』

 

 何だ。彼女に何があった。

 引退後に連絡は取ってない、私の方が耐えられなくて逃げ出した。それでも、その名を引き合いにされると俺は黙っていられない。

 メールで指定された待ち合わせ場所は中山レース場。覚えている、ここは唯一良い思い出のまま終わった場所だ。ライムが勝ったまま終われた唯一のレース場。あの弥生賞を今でも覚えている。

 

 そのホールに立っていた待ち人に、俺は少なからず驚かされた。

 

「どーも、先生。正面から話すのは一年ぶりですな」

「…牧路、凱夏」

 

 前年度に俺の講義を受講した落ちこぼれ。どうしてコイツがここに。

 

「そりゃ俺がメール出したんですもの」

「なっ…!」

 

 思わず掴みかかる。何故だ、なぜ一生徒に過ぎないお前如きが彼女を知っている。彼女が俺の愛バだった事を知っている!?

 あの時からストレスで髪も抜けて、逃げるように改名までして、記録媒体で探れるような面影なんて残っていない筈なのに。そもそもそんな記録は公表されてすらいない筈なのに!

 

「何だ!お前は何なんだ!どこまで知っている?!」

「ぐぇっ…タダで教える訳が無いでしょう?」

 

 もしそうだったら呼び出さずにメールで伝えてますよ、と嘲笑する目の前の糞餓鬼。その無礼さに腹が立ち、拳を振り上げた所で思い出す。ここが、ウマ娘達の夢が集う場所である事を。

 

「…トレーナーの矜持が残っていたようで。そこは素直に尊敬しますわ」

 

 俺の手を振り払って牧路が地に足をつける。掴まれた喉の調子を確かめるように手を当てた後、此方を値踏みするような視線を向けてきた。

 

「ま、俺はアンタとゲームしたいんだ。そうカッカしないで下さいよ」

「ゲーム…?」

「この後ダート1200mで新人戦があるんですがね」

 

 掲示板に表示される、出走者一覧表。それを指差して、ソイツは嗤う。

 

「人気投票券で賭けましょうや。前から気に入らなかったその下らないプライド、擦り潰して差し上げますから」

「ハ…!?」

「ウイニングライブで前列に近かった方が勝ちって事で」

 

 何を言い出すんだコイツ…たかがヒヨッコの分際で、仮にもトレーナー経験がある俺を相手にウマ娘の見極めで勝つつもりでいるのか!?

 だが、こんなバカげた勝負に対して俺に引くという選択肢は無い。前述の理由から俺の方が経験の差で遥かに有利だし、そもそも相手が賭け金として出してくるのは…

 

「アンタが勝ったらクライムカイザーの情報をくれてやりますが。どうします?」

 

 …やはり、それか。

 

「やってやる。約束を違えるなよ」

「ちょっ、何『これで話は終わり』って雰囲気出してんすか。俺が勝った場合の話まだですよ?」

「舐めるなよ糞餓鬼。社会にもマトモに出てない青二才が、腐っても元ベテラン相手に勝てると思うな」

「……だと良いんですがねぇ」

 

 どの口がほざく、と叫びそうになる口を必死で抑える。これ以上煽り合っても仕方が無いと判断して、俺はパドックに向かった。奴は来なかった。

 そのままチケットを購入。よし、これで問題無い。吠え面を掻かせてやる。

 

「買い終えましたかー?」

「お前…出鱈目な情報を流したら許さんぞ」

「しょうがないなぁ…ほれ」

 

 そう思っていたのに、チラリと垣間見せるように懐に出された写真に、俺の心はいとも容易くグチャグチャにされた。それは。その黒鹿毛の後ろ髪は。

 

「っと、これ以上はアンタが勝ってからのお話だ」

「貴様…ッ!!」

「そうカッカなさんなって…お、キタサンヤマトですか。順当な選択ですな」

 

 思わずまた掴みかかりそうになった俺をヒラリと躱し、その際にチケットを見た牧路が呟く。そういう貴様はどうなんだ、と問えば、突きつけられたのは『サクラバクシンオー』の9文字。

 

「被らなくて良かったぁ。まぁその場合には2着・3着を賭け合う予定でしたが、これならすぐ決着がつく」

「キタサンヤマトはエリートの血筋だ。こんな所で燻る訳が無い」

「レースに“絶対”はありませんよ?ま、()()が近い内に出てくるでしょうが」

「少なくとも何もかもがチグハグなサクラ家の娘よりかは“絶対”に近いさ」

 

 俺のその言葉に牧路の目が細められる。

 

「チグハグ、とは?」

「当たり前だろう。ステイヤーの素質がある血筋なのにスピードの練磨を標榜としている家、という時点で既に矛盾している。しかもバクシンオーはその家の中でもスタミナが保たない落ちこぼれと評判だ。素質なんてある訳が無い。名家のお嬢様という事で人気だけは2番と高いようだがな」

「短距離ならスピードが重要ですし、スタミナはさほど気にしなくても良い筈ですが。2番人気ですし」

「中長距離の血統から出た持久力不足の身体だぞ?スピードのポテンシャルがあるとは思えん。何より、適性に合わない努力が報われる筈が無い」

「…勝った」

「何がおかしい」

「いえ、何も」

 

 そして鳴り響く、レース開始のアナウンス。もう時間だ、席に行かなければ。

 

「あっそうだ。後からフロック(マグレ)と言われちゃ敵わんので、アンタの携帯に俺の2・3着予想をメールで送っときますね」

「パドックも見ていない貴様が?笑わせるなよ」

 

 待っててくれ、ライム。もしお前が窮地に陥っているのなら、俺は……

 

 

 

 

 

 

 

 ……俺如きに、何ができる?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「バクシンバクシン、バクシィーンッ!!」




 本作では、「人気投票はライブの時の座席表になる説」を採用しています


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貴方は私の

アオハル杯キツイ…考える事多過ぎて頭擦り切れる……


「バカな!」

 

 サクラバクシンオーが1着でゴール板を駆け抜けた刹那、トレーナー養成校講師ーーー梁暮は叫んだ。苛立ちのあまり、握り締めていた人気投票券は床に叩きつけられる。

 

「バカなっ!!」

 

 もう一度、叫ぶ。この戦いだけは負けられなかったのに。

 

「それ以上はよしときなさいな。ウマ娘達が萎縮しかねない」

 

 上から目線で諫めるように声を掛けてきた青年に、梁暮はこれ以上ない程に鋭い視線を向けた。決定的な、己を負かした者に対する憎悪だった。

 それを受けた青年ーー凱夏は、特に堪える様子も無くバクシンオーへの投票券をチラつかせてほくそ笑む。

 

「じゃ、命令権いただきました。従ってくれますよね?」

「ふざけるな!こんなの…こんなのマグレに決まっている!!」

「案の定そうきましたかぁ。じゃ、メール開いて見て下さいよ」

 

 メール?と問い返したところでやっと思い出す。つい先刻、レース直前に凱夏が保険とばかりに送ってきた文字列を。

 先ほどは無視したそれを、梁暮は今漸く開き、そしてーーー

 

 

「なっ……」

 

 

 絶句した。

 メールが送信されたのはレース開始の5分前。だというのに、そこに記されていたのはレース結果そのものの順位だったからだ。

 

「バ身差も書いたのでちゃんと確認してくださいよ?ま、そんな事はもうこの段階じゃ関係無いか」

「あ…ぁぁあ………!!」

 

 声が震える。微かに残っていた矜持が音を立てて崩れ去る。

 

「俺の勝ちだぜ、先生。アンタのこれまでの人生価値は、俺の来歴以下だ」

 

 トドメとばかりの攻撃に、とうとう彼は膝をついた。クライムカイザーと一緒に必死に頑張ってきたトレーナーとしての記憶が、その後の講師としての経験が今、目の前の若造に容易くへし折られた。その事実を前に、心がもう耐えられなかったのだ。

 

「ぁっ、ガッ…ァ……!!」

 

 引き起こった過呼吸で意識が点滅。這い蹲る様子に周囲の人々は動揺したが、すぐそばの凱夏が手と視線で制して介抱する動きを見せた事ですぐに引き下がった。

 そして肩を貸すフリをしながら、彼は半死半生の相手の耳元で宣告を与える。

 

「絶望するのは勝手だけどさ。アンタにはやるべき事があるだろ」

「なに、が」

 

 もはやマトモな判断力すら失い朦朧とする梁暮に、凱夏は満面の笑みを向けた。

 

 

「桐生院葵だよ」

 

 

 

 

 

〜〜

 

 

 

 

「……これが、事の次第だ」

 

 

 あのテスト返却から、土日を挟んでの登校日。3ヶ月ぶりに先生に接触してもらえた私は、面談室に呼び出され、そこで……

 土下座された。

 

『桐生院君、すまなかった。俺が悪かった』

『ちょ!?』

『今まで君に対し行ってきた全ての不正な評価を撤回し、正当な評価に戻す。また告発するのならば抵抗しない。君には俺の生殺与奪を握る権利がある』

『ままま待って下さい!まず何があったのか説明して頂かない事にはなんとも!!』

 

 あまりに唐突な急展開に頭が追いつけず、経緯の説明を求めた。その結果、彼が語ったのが先述の賭博勝負だったのである。

 

 

「彼の要求とは、君に対し誠心誠意の謝罪をし、そして二度と逆らわない事だった」

「牧路先輩なにやってるんですかー!?」

「違うんだ桐生院君、彼の行動には正当性がある。何一つ間違っていない」

 

 いやいやいや、幾ら何でも度の過ぎた命令じゃありませんかそれ?私はそんなヤバイ権利持ちたくないですよ!?

 …でも、それ以上に違和感な事が一つ。 

 

「…先生は、なんで抵抗しないんですか」

 

 今までの先生の気風だったら、従わざるを得なくとも苦渋の表情を隠さなかったと思う。でも目の前の先生は、心の底からこの処遇に納得しているようだった。

 そう問われて、彼は節目がちになりながら答えてくれた。

 

「ーーー彼は、ね」

 

 

 

〜〜

 

 

 

「あっそうだ。クライムカイザーは普通に元気ですよ」

「…は?」

 

 謝罪命令を突きつけられて茫然自失となっていた所に、突如振り掛けられた情報。求めていたそれに、しかし敗北ゆえに手に入れる権利を失っていた筈のそれに、梁暮は目を白黒させる。

 

「な…なんで」

「そもそもがアンタを(おび)き寄せれればそれで良いんだから、なんなら最初から真っ赤な嘘でも良かったんだ。でもせめてそこの誠実さは保とうと思ってな、探すのに当時のトゥインクルシリーズの記者に逆取材交渉したりして苦労したんだぜ?感謝して欲しいぐらいだよ全く」

 

 そうボヤきながら差し出された写真には、成長したライムの姿。間違いない、見間違える筈が無い。あの美しい黒鹿毛をそのままに、子供を抱えて伴侶と思われる男性と談笑する姿に、梁暮の目から涙が溢れ出た。

 

「ライム…ライム、ああ……!!」

「ちなみに俺が勝ったから住所は流石に教えんよ。生殺しを我慢しながら桐生院に土下座してね。バイバイ」

 

 そう言って去ろうとする彼を、梁暮は滲んだ視界に捉える。駄目だ、まだ何も聞いてない。

 その一念で足首を掴んで止めれば、気怠げな視線が上から寄越された。

 

「んだよ、約束さえ守ってくれるなら俺もうアンタに用無いんだけど」

「なんで、俺に教えてくれたんだ」

「あ?」

「お前が俺に良くする理由なんて無い筈だっ」

 

 訳を聞きたい。此方のプライドを踏み(にじ)っておきながら、なぜ救いの余地を齎すのか。その矛盾した行動の理由を、どうしても聞きたかった。

 そんな問いかけに対して、返されたのはあくまで冷たい声音だった。

 

「目障りなんだよ」

「めざ、わり…?」

「過去の事でウジウジ悩んで他人に当たるその性根が、心の底からウザってぇんだよ」

 

 蹴るような動作で、足首から梁暮の手を振り払う凱夏。その瞳には、決して温情や慈悲とは違う暗い炎が(とも)っている。

 

「まだどっちも死んでないんだろ。まだ会えるんだろ。だったらとっとと2人で決着つけろよ煩わしい。なんなら今から本人に『お前の恩師、老害化してるぞ^〜』って代わりに伝えてやろうか?」

「や…!やめてくれ!!」

「だったら周りを巻き込むな!」

 

 怒号一喝。誰もいない路地裏に響いたそれは、反響音までもが梁暮の髄を揺らした。

 

「本当にさ…見てられねぇんだよ、そういうの」

「あっ…す、すまな……」

「せめてさぁ、ソイツ(クライムカイザー)胸張れるように生きろや…」

 

 そう吐き捨てて踵を返す青年の背に、梁暮は手を伸ばせなかった。代わりにただただ、己の勇気の無さを恥じるのみだった。

 

 

 

〜〜

 

 

 

「何も、言い返せなかった」

 

 桐生院と向かい合い、梁暮は懺悔する。

 

「叶う事なら、自らの汚職を全て告発して清算したかった。だが彼はそれを許してはくれなかったよ」

「どういう事です?」

「叶えてしまったら俺はライムの所に行ってしまうからだ。俺を嫌う彼としては、それは絶対に許可してくれないだろう。だから穏便な解決を望む君にしか決定権を渡さなかった」

 

 破れば今度こそ、実情を自分の口ではなく彼の口からライムに語られてしまうだろうな、と。そう彼は自嘲した。悲しいながらもどこか納得したようなその表情に、私は慰めの言葉すら掛けられない。

 けど、せめて言える事は。

 

「私は、貴方を許しますよ」

「…ありがとう」

「いえ。此方こそ生意気な態度を取ってすみませんでした」

 

 お互いに頭を下げる。これで少なくとも私と彼の間の関係、そして牧路先輩から彼に与えられた命令も決着だ。これ以上こじれる事も、縛られる事も無い。

 

「君は本当に誠実だな。しがらみに囚われてた自分が一層情けなくなるばかりだ」

「いえ、そんな事は…

「謙遜しないでくれ。これは私の中の蟠り(桐生院巌への怨念)を解すための独り言のようなものだから。それにしてもーー」

 

 君は本当に牧路君から大事にされてるんだな。

 そう先生から告げられて、私の中に新たな疑問が浮かんだ。

 

 

 

〜〜

 

 

 

「牧路先輩って、なんで私の為に動いてくれるんですか?」

 

 その疑問をぶつけたのは、その日の昼。いつもの屋上。

 そこでいつものように時間を潰していた牧路先輩へと、面と向かっての事だった。

 

「いや…主因は俺が腹立ったからだけど」

「嘘です。もう2回目、それもかなり手間暇かけてくれてるじゃないですか」

「うーん…友達だから?」

「だとしたら、私が助けられてばっかりで不公平です」

「いや勉強手伝ってもらったりしてかなり助かってるが」

「その程度じゃ恩を返せてる気になれません!」

「えぇいウゼェな逆に!」

 

 そんな事を言われても、到底引き下がる気にはなれなかった。だって悔しくて仕方がないから。

 

「私は、結局『桐生院家の娘』でしかないんです。まだ『葵』という個人になれてない」

「そうかぁ?」

「そうです。この学校に入って、私はまだ何一つ自分個人の手で成し遂げていない」

 

 最初の苦境は牧路先輩に救ってもらった。

 疲れ方と休み方も、牧路先輩と南坂先輩に教わった。

 友人作りだって彼ら2人の助力が無ければ為し得なかった。

 そしてまた、今回。

 

「私が今すぐ示せる功績は、桐生院家の威光を傘に着た七光の物だけです。先生方も、同学年の友人方も、おそらく南坂先輩でさえ、私を形容する際に“桐生院の”という注釈と色眼鏡をつけるでしょう」

 

 今回の件で、皆は外に訴える事を勧めてきた。それは私が桐生院家の娘で、その権力を使えば一瞬で事を解決できると判断しているからだ。

 なのに貴方は。貴方だけが、内密に済ませたいという私“個人”の願いを尊重し、動いてくれた。

 

「何故なんですか。なんで貴方は(わたし)を見てくれるんですか!?」

 

 言葉を紡ぐ内に激情混じりになった声で叫ぶ。それを受けて、牧路先輩は。

 

「まず前提が違う」

「え?」

「今回事を穏やかに済ませたのはお前個人の功績だろ?」

「はぇ?」

 

 意味が分からない。解決したのは貴方の手腕じゃないか。

 そんな疑問符が顔に浮き出てたのを見てか、牧路先輩は肩を竦めた。

 

「俺が動いたんじゃない、お前が俺を動かしたんだ。俺を絆したお前こそが、今回の件におけるMVPだろうが」

「…いや、だから私の何が貴方を絆したのかを聞いていて」

「じゃあどう言えば納得すんだよ、お前は」

 

 瞬間、急接近。ズイと歩み寄ってきた彼の気迫に、私は思わず息を飲む。

 

「顔が好みだとでも言えば良いか?性格が良いからとでも?それとも利用価値があるからと開き直ろうか?それでお前は満足かよ」

「…違い、ます」

「だろ。ハッキリ決める必要なんて無いんだよ、こんな事」

 

 それだけ言って、彼は引き下がってドッカと腰を下ろす。もたれたフェンスが軋みを上げた。

 

「人が人を好む理由なんて、曖昧で良いんだ。人間そのものが曖昧で矛盾だらけなんだから」

「…良いんですかね、それで」

 

 その様子になんだか拍子が抜けて、脱力しながら応じる事になった。もう駄目だ、彼のペーパーに飲まれるしか無い。

 でもやっぱり、その事に不快感を持てない。程よい諦念が、ストレスを流し去っていく気分だった。

 

「でもまだ不安そうだな」

「そうですかね」

「ああ、仕方ないから理由をちょっと定義してやるよ……うん、これだな」

「何ですか?」

「お前が好きだからだ。助けた理由」

 

 

 …。

 

 ……?

 

 

 

 !?!!!!?!??!?!!?!!!??

 

「友人としてな。俺性欲薄いからそっち方面はまず無いぞ」

「ビックリさせないでくださいよォ!」

 

 え、待って待って待って下さい!本当に心臓が破裂するかと思いました、急になんて事言い出すんですかこの人は!?折角スッキリしかけた心がもうテンヤワンヤじゃないですかぁ!!!

 

「アハハ!やっと本当の意味で素の自分を曝け出したな?うん、やっぱそっちの方が良いよお前」

「えぇそうですね!貴方のお陰でもう自分を客観的に見る自信無いです!!このオタンコニンジン先輩!」

「良いねぇ良いねぇ、そういうお前やっぱ好きだなぁ」

「赤点常習犯!」

「オ"ゥ"フッ"」

「同輩どころか後輩に教えてもらう勉学下手!!」

「お前言っていい事と悪い事があるだろうが無菌室育ちィ!」

 

 乙女の純情を弄ぶ貴方が悪いでしょう貴方が!という思いで始まった罵倒大会。思いつく限りの悪口をぶつけて、そしてぶつけられる真正面同士の衝突。

 暫く後には、慣れない事をして疲れ果てた私と、駆けずり回った蓄積疲労が今になって現れて溶けた牧路先輩だけが残された。いやこれ我ながらかなりの醜態なのでは…?

 

 …もう。

 

 

「…あ?何してんだ」

 

 彼の隣に蹲り、その膝に頭を乗せる。俗に言う膝枕…とは、多分この事だろう。

 

「先輩の所為で疲れました。ここで休みます」

「えぇ…」

 

 呆れ声が聞こえてきましたが、もう気にしません。こうなった責任は取ってもらいますから。

 そうやって少し経つと、途端に遅い来る眠気。どうやらここ最近のが一気に訪れたようです。

 閉じかけの瞳で見上げると、そこにはあの人の顔。

 

「……牧路先輩」

「おう、どした」

「下の名前で呼んで良いですか」

「じゃあ俺も下の名前で呼ぶけど良いのか?ん?」

「良いですよ」

「マジかよ…」

 

 何やら驚いている様子ですが私には関係ありません。なんだか無性に嬉しくなって、太ももに頬を擦り付ける。

 

 

「おやすみなさい、凱夏先輩」

「おやすみ、葵」

 

 

 先輩。凱夏先輩。

 お父様以外の、初めての私の憧れの人。

 私を守ってくれる人。

 私に教えてくれる人。

 私の目標であってくれる人。

 

 私のーーー何だろう?

 

 

(分かんないけど…こんなにあったかい)

 

 

 太陽のような温もりに包まれて、そのまま私は微睡みに身を委ねたのだった。

 それが恋だと気付くのは、まだ当分先のお話。




南坂「呼ばれて来てみれば、なんですかその状況は」
凱夏「助けろ南坂。休み時間がもう終わるのに起きる気配が無い。足も限界だ」
南坂「甘んじて受け入れて下さい。さもなくばウマ娘に蹴られて死んで下さい」
凱夏「辛辣ゥ!」


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クソ面倒な休日

アオハル杯編は主人公がテイオーだけになった頃合いに組み込もうかと思慮中

ちなみに樫本代理と梁暮先生をキャラ被りみたいに感じられた方もいるかも知れませんが、まったくの偶然ですし作者としては別種の悩みを抱えた完全な別キャラとして捉えております。樫本代理はデータに裏付けられた効率的な管理トレーニング方式で時代について行けますけど梁暮先生はおでかけ無考慮のトレーニング以外度外視な旧時代方式に囚われてますし


「“コレ”じゃん」

 

 話を聞いた西崎は小指を立てた。

 

「違います(即答)」

「いやいやいや、やっぱりデキてんじゃん凱夏くぅん!責任取ってあげなって、なぁぁぁ?」

「そうですよぉ!私のモノになってくだしゃいいいい!!」

「えぇいこの酔っ払いどもが!葵お前正気に戻れ!!せめて素面(シラフ)になってから考え直せ!!!」

 

 纏わり付く酒客×2を相手に凱夏は四苦八苦。そうしている間に、東条ハナは1人チビチビと酒を飲む南坂へと接触する。

 

「ねぇ南坂君。ちょっと質問なんだけど」

「アハハ、なんですかぁ」

「もしかしてだけど、葵ちゃんって牧路くん相手に何かやらかしたりした事ある?」

「自宅豪邸で開かれた自分の成人を祝う社交界に連れ込んで、無意識のまま外堀を埋めようとした事がありましたねぇ。巌氏も巻き込んで、アレは本当に面白かったですよアハハハ〜」

 

 ハナは眉間に手を当てた。なるほど、連絡網を捨てて逃げる訳である。葵の暴走時における対策も考えなくては、とハナは苦心の憂き目に陥った。

 

「ええい逃げだ!俺は逃げるぞ!全ての逃げウマよ、俺に力を貸してくれぇぇぇ!!」

「逃しませんよ、追えぇ!」

「ぉぇぇぇぇぇ」

「リョウ君んん!?」

「あーもう滅茶苦茶ですよ」

 

 思い出話もそこそこに盛り上がるトレーナー談義……談義?談義、うん。

 来る夏に向けて、彼らもまた英気を養うのだった。

 

 

 

 

〜〜

 

 

 

 

 気が付くと上級国民の空間にいた。

 何を言ってるか分からない?安心しろ、俺にも分からん。

 

「えーと…?」

「安心して下さい、凱夏先輩。私が大体済ませますから」

 

 隣から葵の声。見れば、それはそれは淑やかなドレスを着飾った見目麗しい姿で、俺の手を引き高貴な人混みをかき分けていく。。

 あっそうか。コレ、()()()()()か。

 

「俺、殺されたりしてな」

「なんでですか?私を祝う会に、個人的な友人を呼んだだけですよ。市井の人達だって、自分の誕生日パーティに友達を呼ぶと聞きますし大丈夫ですよダイジョーブ」

 

 記憶をなぞるように発言すれば、帰って来たのは想定通りの言葉。うん、やはり。

 そうして辿り着いたのは、ガードマンに囲まれた初老の男性。

 

「お父様!」

「おお、葵!おかえ…ぇ?」

 

 あぁ、この反応も何もかも懐かしい。こいつとの最初の顔合わせはこうだった。

 

「ただいま戻りました。お父様も元気そうで何よりです」

「いや、うん。葵も元気そうで本当に良かったんだが、うん。そこの男って、まさか」

「はい。前に写真も併せて説明した“友人”です」

「…そうか。君が牧路凱夏君か」

 

 あーあ。絶対そうは捉えられてないぞ。戸惑いが一瞬で殺意に切り替わったぞ。死ぞ。

 

「お見知りいただき光栄です、桐生院巌様。“天馬”に翼を授けたその手腕、同じ(トレーナー)を志す若輩として、その栄光の道がこれからも続く事を僭越ながら願っております」

「…ふむ」

 

 破れかぶれに付け焼き刃の儀礼を捧げると、好感触なのか失敗なのかよく分からない反応。はてさて、即死ルートは回避かな?

 

「中々見所のある青年じゃないか。どれ、少し二人で話をしないか?地下に丁度いい牢屋があるんだが」

 

 丁度いい牢屋って何だよ(哲学)。

 

「もうお父様!それ、昔私を叱った時のご冗談でしょう?」

「ははは、そうだったかな?この歳にもなるとかつて何を言ったか思い出せんくてな。ハハハ!」

 

 騙されんな葵。今のはマジだ。成人男性の煮詰められた殺意だ。俺には分かるんだ。

 ……なんて念じた所で通じる筈が無く。俺もその場のノリに合わせて苦しげな笑みを浮かべるしか無かった。これ長居したら行方不明者リスト入り確定だわー(諦念)。

 

「失礼します、巌氏」

「……火伽(ひとぎ)の小僧か」

「あっ、火伽さん」

 

 …そういや、そうだったな。

 唐突に割り込んできた男。少なくとも、急仕立ての俺よりは高貴然とした立ち姿と面構え。コイツと出会(でくわ)したのもこの時だったわ。

 

「紹介します。こちらが牧路凱夏さん、私が養成校でお世話になっている先輩です。良い機会なので、お父様や貴方にも彼の事を知って欲しいと思い招待しました」

「どうも。牧路凱夏です、葵さんにはお世話になっています」

「……そうですか、貴方が」

 

 予め葵から存在を聞かされていた俺は素直に頭を下げた。火伽旋理(せんり)、親が一山当てて隆盛した家の2代目。桐生院の傘下に入って以降も家はのし上がり、彼自身も数多のコネを持っている事から将来有望で巌から期待されているとか。

 

 そんな火伽は、頭を下げた俺へと値踏みするような視線を投げかけ…じゃなくて、実際値踏みしてたんだろうなこの時。しかも若干敵視に近い雰囲気を感じるのは……まぁ、()()()()を知った今では至極当然として受け入れられる。そりゃ俺を警戒するわ。

 

「いやはや、葵さんを支えてくれるとは頼もしい限りだ!これからも是非、()()()()()彼女をよろしく頼むよ」

 

 一転して親しげに肩を叩いてきたが、そこに込められた牽制に気付かない程バカじゃない。この時点で、過去の俺は火伽が“葵の許嫁、またはその候補”って所までは見抜いてたっけ。

 そして同時に、奴が葵へと向ける粘っこい視線にも。当の葵はその事に気付いてないが、それがコイツにとって幸なのか不幸なのかは判断しかねる話だ。

 

 

 俺にとっては、実に“幸”だった。

 

 

「…此方こそ。貴方がいれば桐生院家も安泰でしょうな」

「!」

 

 探りの一手。葵は相変わらずアホ面を晒し、巌氏は「貴様に桐生院家の何が分かる」とばかりに怒気を向けてきた。

 そして目の前の火伽は。

 

「…くふっ」

 

 安堵と、愉悦。

 見逃さない。だがここで何かする訳ではない。取っ掛かりを得た、ただそれだけで充分だ。

 

「…巌さん。先程丸時グループの代表者からこのような話を持ちかけられまして、当家にも関わる話なので話を聞きたく」

「…ふむ、ならば私が直接向かおう。葵、良い機会だ。よく見て学びなさい」

「えっ…でも凱夏先輩が」

「俺はここから離れすぎない程度にほっつき歩いとくから行け。勉強機会を逃すな」

「……分かりました。ではお父様、火伽さん、私もご同行させていただきます」

 

 それを皮切りに3人揃って俺から離れていく。ズンズン離れていくその距離が、低級国民と上級国民の間に隔たる壁なのかなぁと思ったり思わなかったり。

 …でも去り際の巌氏の視線。まさか葵に耳打ちした事にキレてたりしないだろうな。もしそうだったら目敏過ぎる…!

 

(……ま、それ以上の成果を得られたから善し…かな)

 

 布石は打った。後の事は、後の俺に任せるのみだ。

 そう考えた瞬間、急に視界が暗くなり……

 

 

 

〜〜

 

 

 

「お客さん、着きましたよ」

「ファッ!?」

 

 気付けばタクシーの後部座席だった。右隣には熟睡する西崎さん、左隣にはボーッとする南坂の姿が。

 あーそうだったわ。完全に潰れた葵をおハナさんが、そして男性陣を俺が引き受けてバーから撤収したんだったわ。前の車窓から見えるタクシーから、見慣れた二人の影が降りるのが見える。その更に向こうには、俺たちが住まうトレーナー寮が。

 運ちゃんに支払いを済ませて、なんとか成人男性の×2を抱えて外へ。

 

「うぅ〜っ…もうやめてくれ師匠〜……」

「ネイチャさん…うまぴょい…綺麗だぁ」

 

 そういや西崎さんの地獄の訓練の話聞きそびれたなとか、お前担当ウマ娘のどんな夢見てんだとか、そんな事を寝言を聞きながら思う。だが、正直今の所の俺はそれに構っている余裕はあまり無いのだ。

 

(どーしよ、9時までにはタキオンの研究室に向かう予定だったのに既に1時間オーバーしちまってるよ。絶対変な薬飲まされるって。明日は夏合宿の最終準備で死ぬ程忙しいってのに)

 

 はぁ、とため息をつくが何か事態が変わる訳でもない。良い訳でも悪い訳でもない半端な夢を見たせいで特に体力も回復してないし、今日は総じて疲れ果てるクソ面倒な1日だったな。

 と、そんな事を思いながら、俺はおハナさんと合流して帰路に着くのだった。明後日から夏合宿、勝負に向けての天王山だ。




 「全ての逃げウマよ」の部分は、原案だと他の人が描いている架空馬を指す異名を入れてました。ヤバそうだったので流石に辞めました
 うぅ…あの架空馬好き……可愛過ぎて牡馬になったわね(特定ヒント)


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ここいらで一息
トレーナー(を含む)キャラ紹介 ※ネタバレ有り


 自分で色々確認する為の1話であり、ストックを誤魔化す為の1話でもある
 本当に申し訳ない(メタルマンの博士並感)。というか多分これ込みでも近い内にストック尽きて休止期間に入ります


●牧路 凱夏

 中央トレセン所属のサブトレーナー。地毛は黒髪だが、個人の趣向で真っ白に染め上げている。

 面倒見は良いがいざ別れ際になると前振りとか無く唐突に放り出す悪癖があり、担当していたリギルのウマ娘達から好感度こそ高いものの「そういうとこやぞ」とも同時に思われている。しかし同時に懐かれてもいる。

 マッサージやらの何やらの整体方向に一定の心得があり、ウマ娘達からの評価は上々。ちなみに西崎と違ってトモをべたべた触られても気にされないのは、本人に全く下心が無いのを感じ取られているからである。

 現在リギルからスピカに移籍しテイオーの仮専属トレーナーを務め、また彼女から好意を寄せられているが、性欲が無いので応える事は無い(断言)。というか、トゥインクルシリーズ期に限定して言えば実はテイオーよりもルドルフの方が相性が良い。

 あと深夜、彼に似た背姿がタキオンの研究室に出入りする様子が確認されたとかされてないとか。

 「おぅふ」が口癖。被ダメージ量によって濁点が加わるなどのバリエーションがある。

 

 

●桐生院 葵

 名高い桐生院家のお嬢様。当主である巌が遅くに授かった唯一の子供であり、また妻の忘れ形見であるため外野がドン引きするほどの愛情と英才教育と無菌育成を注がれた。その結果、自ら望んでトレーナー養成校に入った際には初めての外の環境に呑まれて疲弊してしまう。

 そしてそこで凱夏と出会って助けられた結果、箱入り補正もあって惚れてしまった。不良に引っかかった愛娘を見て巌は泣いた。

 凱夏に連れ回された経験をきっかけに行動力の化身と化している。現在、リギルのサブトレーナーとして仮専属のミークと共に、打倒テイオー&凱夏へ邁進中。

 

 

●南坂カイ

 養成校での初めての講義の際、凱夏と同じ班に配属されてしまったのが運の尽きだった。世話焼きな性分が祟った結果、腐れ縁として卒業まで付き纏われてしまい、そして今ではその事に特に違和感を覚えなくなってしまっている。

 中央トレセン就職の折に凱夏と再会するも、サブとして入ったチームが即解散寸前の憂き目に陥った苦労人。現在、唯一の部員であるネイチャと一緒にGⅠ目指して奮闘中である。

 ちなみに凱夏は彼を葵に金ヅルっぽく紹介したが、実際に金銭の直接的なやり取りをした事は無い。奢り奢られは時折あったが。

 

 

●西崎リョウ

 スピカトレーナーな金欠ナイスガイ。金が無い事以外は本当にいい男。

 観察眼に優れるがアニメ本編よりも自信が無く、故にサポート役として凱夏をチームに迎え入れた。スズカに慕われおハナさんにも好ましく思われているが、全く気付いていない朴念仁。

 

 

●東条ハナ

 リギルトレーナー。西崎のケツを叩く良い女で、金もいっぱい稼いでる。っょぃ。

 マルゼンを代表とするクソ強ウマ娘を育ててきた厳格な超実力者だが、その功績が広まった結果入部者増大・チーム規模拡大によって多忙になり、新人である凱夏を補助人員としてサブトレーナーに迎え入れた。

 彼がルドルフを見事にサポートし切った事から高く評価し、2年目にスズカを割り当てたが破局。凱夏もスズカも病ませてしまい、今でもその事を後悔している。

 

 

●黒沼

 全盛期は虎をも捻じ伏せる極道だったが足を洗った。多分今でも体術習ってないウマ娘なら制圧出来るんじゃねぇかな。声が声だし……

 近い内に森永(ブルボン)をチームに迎え入れて三冠を目指す予定。

 

 

●明石

 チームアルデバランでスカイ・キング・ニシノフラワーを担当するベテラントレーナー。西崎やおハナさんの師匠と同期な凄腕。

 しかし最近寄る年波には勝てず耄碌してきた自覚があるために、現在担当する3人の面倒を見終わったら引退するつもりでいる。

 

 

●秋川やよい&駿川たづな

 理事長&秘書コンビ。現状まだURA開催宣言しか出番が無いけど待っててくれ!

 

 

●乙名史悦子

 ウマ娘専門誌の記者。ウマ娘・トレーナーに対して誠実であり、決してマスゴミではない。なお誇張癖ェ…

 一児を出産して以来育休で現場から離れていたが、テイオー達が入学するのと同じタイミングで職場復帰した。ちなみに凱夏がクライムカイザーの事でマスコミに探りを入れた際に応対したのは彼女。

 

 

●メジロアサマ

 メジロ家当主。若い頃はトレーナーだったじいやと共にブイブイ言わしてた(死語)。

 マルゼン「えっ」

 引退後にメジロ家を興し栄えたが、当初の目的を果たせないまま老いを迎えて焦っている。

 

 

●じいや

 メジロ家の執事長。若い頃はアサマのトレーナーでブイブイ言わしてた(死語)。桐生院巌とはライバル同士で、活力が漲ってた頃は苦渋を舐めたり舐めさせたり、ビールを飲み合ったりの繰り返し。今はもう無理。

 一見ヒョロヒョロだが、服を脱ぎ捨てると質量保存の法則を無視してブロリー化する。殴られた凱夏は首が折れた。

 

 

●桐生院巌

 桐生院家当主にして葵のパパ。妻コンであり娘コンにして担当ウマ娘コン、だがそれ以外の他人と自分自身には極端に厳しい。娘を誑かした凱夏とかいう餓鬼はいつか全身の骨ヘシ折って処す。

 まだ消えていないじいやへの対抗心で鍛えているが、こちらの筋肉は精々悟空止まり。

 

 

●梁暮先生

 現役時代の巌&トウショウボーイにクライムカイザー諸共ボコられた人。唯一勝ったダービーでさえ、自分が指示した戦法のせいでライムが酷い汚名を被ったのをきっかけに病み始めてライムの引退と共にトレーナーを辞めた。

 その後、ダービートレーナーとしての実績を買われて教職に被推薦。食い扶持を繋ぐ為に、そしてせめて自分とライムのやり方が間違ってなかった事を証明したいが為に引き受ける。

 ……が、巌が引退後に作った潮流のせいでその努力もオシャカに。そうやって追い詰められていた所に、まるで当て付けのように入学してきた憎っくき奴の()を見て完全に正気を失い、本編での凶行に及んだ。

 ちなみに改心したものの、現在も凱夏に首根っこ掴まれている。

 

火伽旋理

 葵を狙うわるいひと(小並感)。




 今度はウマ娘側の紹介もしようかな(反省皆無)
 まぁ公式設定とほぼ変わらないんだが……


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ボクの夏合宿
砂地に燃えろ!


 さぁて今話から試験的な投稿時間と投稿頻度の変更だ!
 芳しくなかったら正午に戻しますし、ストックが貯まったら2日に1話ペースへ戻します


 夏。それは友情を育む季節である。

 夏。それは努力を重ねる季節である。

 夏。それは勝利へと突き進む季節である。

 

 そんな夏の三冠をここに掴み取らんとする者達が一人……

 

 

 いや、いっぱい。

 

 

「海だー!」

 

 という訳で来たよ!夏の合宿所!!

 バスに乗って1万年と2000年…長かった。

 

「んな訳無ぇだろじゃじゃウマ娘。ずっと騒いでたのがバスの窓から見えてたぞ」

「あっ、バレてた?」

 

 テヘペロで応じると、凱夏も皮肉げな笑みを返してくる。そんなボク達2人と、そして一緒に来た娘達を迎えるように、潮の匂いを孕んだ風がその場を駆け抜けていった。

 

 

 

 ここで説明だけど、ここ、中央トレセン学園では夏休みはほぼ合宿。それも余程トレーナーが独自のプランを立てない限りは合同合宿になってるんだ。専用の施設が海を臨む高台あって、そこに宿泊したウマ娘は日夜トレーニングに集中的に励んで実力を伸ばすって訳。チームに所属してないウマ娘も希望すれば来れるし、あの日なんとか課題を終わらせたターボもその一人。でもネイチャはトレーナーと一緒にハワイに行ったからいないんだよねぇ。

 でもスピカの皆はもちろん来てるし、リギルや他のチームも一緒。会長だって来てるんだし、休みが重なったら一緒に海で遊ぼーっと!

 

「貴女、本分を忘れちゃいませんこと?」

「ワスレテナイヨ」

「嘘おっしゃい!そんな浮かれた顔して寝言を宣うのはこの口ですか、このこの」

ひはいひはい(痛い痛い)ふぁひいった(参った)よ〜」

 

 このやりとりも最早定番、ボクがとぼけてマックイーンが咎めるまでがテンプレになっていた。彼女に頬を程々に抓られるの、妙に気持ち良いんだよね。

 …あれ?ボク、結構ヤバイ癖付いてない?

 

「よーし皆集まったな…おいテイオー、マックイーン。イチャイチャしてないでこっち来い、スカーレットとウォッカじゃないんだから」

「「アタシ(俺)達はあんな関係じゃねぇよ!」」

「ヘブゥ」

「西崎さんが吹っ飛んだから俺が引き継ぐけど、全員部屋で荷物整理したら玄関前にジャージで集合な。ほな解散」

「「「はーい」」」

 

 そのままボク達はいそいそと部屋に移動。今回、ボクとマックイーンは相部屋だったっけ?

 

「そうですわ。下手に騒がれて寝不足になったら元も子もないですし、ちゃんと夜は静かにしてくださいね?」

「何言ってんのさ、流石にそこは弁えてるよ。枕投げとかはするかも知れないけどねー?」

「全く…程々にするんですのよ」

 

 りょうかーい!とボクは気安く返事をする。

 

 

 でも。まだこの時、ボクは知らなかった。

 この夏、夜に苦しめられるのはボクの方だという事を……!!

 

 

 

「ふむ、アレが牧路君が受け持ったトウカイテイオー君か。なるほどアレほどの逸材とは、ともすれば……」

 

 

 

 

 

ーー

 

 

 

 

「オラオラオラー!テイオー足止まってんぞ〜!?」

「ピェェエエエ!!」

 

 何これ何これ何これ?!全然走れないし周りについてけない!砂浜ってこんなに足取られるの!?

 

「そういえばテイオーちゃんは夏合宿初めてだったわね」

「アタシも大変でしたよ」

「北海道じゃ砂浜なんて縁無かったですし、慣れるまで時間が掛かりました」

「でも適応しねー事には何にもならねぇぞ?頑張れ」

「……」

 

 さ、先に走ってたのに次々に追い越されていく……ヤバイ、これはヤバイ。ボクの沽券が盛大に崩れそうになっている。

 でも、砂に巻かれた足には思うように力を込められない。いや待って、本当にどうしたら良いの!?

 

「アドバイスとかしなかったのかい?」

「言おうとしたんですけど『ラクショー‼︎』って聞かずに走り出しちまいました」

 

 言わないでぇぇ!現在進行形で反省してるからぁ!!調子乗ってごめんなさぁぁい!!!

 と、内心で泣き叫んでも何も変わらない。一層鈍くなっていく足は、ひたすらに仲間の背から突き放されていく。

 更に。

 

「ホラホラどうした?ゴルシちゃんに追い付かれたらペットボトルロケットに縛り付けて衛星軌道片道切符へご招待〜♡」

「誰か助けてぇぇぇ!?」

 

 後ろから迫るゴルシ先輩が怖過ぎるんだよ!

 あの目はマジだもん!やると決めたらやる目だもん!!ボク宇宙に飛ばされちゃうもん!

 

「クッソォォォォ!!」

 

 なんとか他の娘の走りを見て盗もうにも、最初にイキって飛び出したから前に誰もいなかったし、抜かされる頃には誰かに注視する余裕なんて無くなってた。つまり今のボクには何も無い。自分で何かを掴み、編み出すしか無い。

 それを掴もうとガムシャラに足掻いた。一歩ごとに力の込め方を変えてみて、最適解を探し始めた。

 

 けど、答えはすぐ目の前に現れたんだ。

 

「…マックイーン?」

 

 視界の隅に映り込んだ芦色の毛先。フワリフワリと舞うそれを目で追えば、次にはその足が視界に入る。

 なんでわざわざペースを落としてここまで下がって来たのか、なんて疑問は浮かばなかった。そこに()()()()()が見えたから。

 …屈辱だ。でもありがとう。

 目でそう伝えたら。

 

(では、行きましょうか)

 

 彼女もまた、視線でそう返して来た。

 砂の波を、2人で掻き分ける。

 

「…おっ?」

 

 後ろのゴルシ先輩の声なんて気にしない。足の裏で砂を掴み、掘り返すように進め!それが砂地の走り方なら!!

 マックイーンがそうしているなら、ボクに出来ない道理は無いんだ!

 

「ハッ…また学びやがった」

「マックイーンに助けられましたね」

「げっ、マジか!?」

「あそこから巻き返すの?!」

「ちょ、待ちなさ…」

「…フフッ」

 

「うおおおお!!」

「ふんっーーー!!」

 

 トレーナー達の声を振り切り、スペ先輩達を追い越し、目指すは更に先を行くスズカ先輩の背中。奇しくも入部初日の再現みたいな状況に、ボクもマックイーンも思わず笑みを溢したのだった。

 

 

 

 

 結果?砂浜にペットボトル担いで頭から突き刺さってるボクを見て察して。

 

「うーん…ゴルシたん号は要改良だな☆」

「大丈夫かテイオー?」

 

 凱夏が心配そうな顔で引き抜いてくれたけど、ヘルメットとかの耐衝撃機構?のお陰で思ったよりダメージは無かった。ただ疲労と精神的ショックががが……

 いや巻き返したのは良いんだけど、それまでの疲労と、あと所詮付け焼き刃なのが祟ってスタミナ尽きちゃってさ。スズカ先輩には突き放されてマックイーンには置いてかれて、追い抜かした筈の先輩方にも抜かし返されてとうとうゴルシ先輩に捕まっちゃった。

 て、帝王の無敗伝説が…いや公式ではないけど始まる前から終わった……あ、最初にスズカ先輩に惨敗した時点で終わってるのか。この理論だと。

 

「テイオー」

 

 と、そんな風に考えていたボクの眼前に差し出されるペットボトル。ライバルから齎されたそれを、引ったくるようにボクは受け取った。

 

「…ありがと。マックイーン」

「礼には及びません。メジロ家の矜持をこの身で示しただけの事」

 

 …優れた者程、弱きを助く(ノブレスオブリージュ)、的な事だろうか。その理屈だとマックイーンが優れた者で、そして今回“弱き者”だったのは……ボク。

 

「……負けたなぁ」

「あら、存外に素直ですのね。もう少し駄々を捏ねるかと思ってましたわ」

「悔しいけど認めざるを得ないもん。マックイーンの方がボクより強い」

「今は、でしょう」

「うん、今はn…って、え?」

 

 あ、あれ?先を読まれた?っていうか、それって今勝ってる本人が言う事じゃなくない?

 そんなボクを見下ろすようにマックイーンは立ち上がり、口を開いた。

 

「悔しいならここまで来なさい。私は貴女より先にいますので」

「先に……」

「ええ、先に。そこで貴女をお待ちしておりますわ」

 

 自分への自信と、ボクへの信頼。ボクならそこまで駆け上がってくると信じてくれて、そしてその上で叩き潰して見せると豪語している。

 

 

「そこで満足されては、困るのはこちらですので」

 

 

 それだけ言って、マックイーンは踵を返してトレーナーの所に向かって行った。夕陽を逆光に映えるその背は、否が応でもボクの網膜に焼き付いて離れない。

 あの背。あの背を眺めたままで終われるものか。

 

「良いライバルを持ったな」

 

 凱夏が隣で呟いた言葉に、首を縦に振る。僕には勿体無い、でも他の誰にも、ミークにも譲りたくない。そんな崇高で、高貴で。

綺麗で、強くて。

 

「誇らしいなぁ」

 

 並び立ちたい、追い越したい。そんなライバル。目標である会長とは似て非なる、対等でありたいという願望。

 

「だったらやる事は分かってるよな?」

「…もちろん!」

 

 砂塗れの頭を払ってもらうと、僕は勢いよく立ち上がった。きっと凱夏には見えている筈だ、僕の瞳と体から立ち上がる気炎が!

 

「よし、やるぞテイオー!この夏合宿で大幅レベルアップだ」

「オッケー!テイ、テイ、オーッッ!」

 

 まだ追い越せない。

 でも、きっといつかは、あの凛とした横顔に。

 

 

 

「その為にも今日は休んで明日に備えような」

「えぇーっ!?」

 

「なぁマックイーン。格好良くキメた所に悪いんだけどさ、ここにかき氷無料食べ放題券あるぜ。改良型ペットボトルロケットの試乗義務と引き換えな」

「引き受けますわ!」

「ウッソだろお前」




 折れないマックイーンはイケメン
 なおゴルシは貫通してくる


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速果達成案其弐

 ちなみにこの世界にモルモット君はいません


 朝起きたら、何やら廊下が騒がしい。

 何だ何だとマックイーンと一緒に出てみれば。

 

「うわーん!」

「トレーナーさん、泣かないで」

「でも、でも!私もう、ミークの顔を見れません!!」

「大丈夫。いつかまた見れるから」

「ミークゥ〜っ!!!」

 

 え。いや待って。何これ。

 勘違いしないで欲しいのは、ボクは別に一目も(はばか)らず泣きじゃぐる桐生院トレーナーに引いてるわけじゃなくて。

 どっちかと言うと、引いてる対象はむしろ平然としてるミークの方だったりする。

 

「いや、ミークさん」

「あ、マックイーンにテイオー。久し振り」

「そうではなくて。なんで七色に輝いてるんですの?」

 

 そう、これだ。正直眩しくて目も当てられない。桐生院さんが言ってるのは、本当にその言葉通りの事なのだ。普段は真っ白なミークが皮膚から髪に至るまで全身が虹色に発光し、廊下を照らすミラーボールみたいになっていた。

 そんな有様に当てられた桐生院さんが泣き、泣き声に呼ばれた他の娘達はその眩しさに目が眩んで更に騒ぎになる。騒ぎで人が集まる。その繰り返しで、廊下にざわめく喧騒が生まれていたらしい。

 

「朝ごはん食べたらこうなった。一緒に食べてたマヤノちゃんもこうなったから保健室にいる」

「マヤノもなの…っていうかなんで君は保健室行かないの……」

「トレーナーに伝えとこうと思って探してた」

「朝ごはんに何があったんですの!?」

「いや、多分朝ごはんじゃなくて」

「捕まえたぞたわけェーーッッッ!!」

 

 …エアグルーヴの声だ。滅多に出さない大音量で響いた怒声が、合宿所全体を揺るがした。

 え、いや…怖……。

 

「あっ、先輩が先輩に捕まった」

「先輩?片方はエアグルーヴ先輩の事ですわよね」

「うん。上級生の人が私達のご飯に薬を掛けて、それを食べたらこうなったの」

「薬…?」

 

 待って。さっきからヤバイ要素しか話に出てこないんだけど大丈夫?

 とミークに聞いたら、なんと「大丈夫」と返答が来たものだからボク達はビックリ仰天だよ。

 

「あの人、多分レースに対して本気で考えてる人な気がするから」

「本当〜?」

 

 虹色のサムズアップを掲げるミークに、ボクは心底呆れながらも……ふつふつと、恐怖に勝る好奇心が湧き上がるのをボクは自覚してしまっていた。

 どんな先輩なんだろうか。

 

 

 

 

 

「うん、あそこ。あそこに先輩が閉じ込められてる」

「ふふっ。潜入スパイみたいでなんだかワクワクしちゃうなー」

 

 という訳で、空き時間に作戦開始。目的は、件の先輩の姿を一目見る事。

 ミークにマヤノ、そして道中で会ったターボを連れて、生徒会が警備する一室の近くで息を潜めてる所だ。ミークはボクの頼みについてきてくれた形、マヤノは面白半分、ターボは本当に偶然…って感じの動機だったりする。

 

「警備の人、強面でカッコイイし。マヤのタイプかも」

「「ブライアン(先輩)が?」」

「テイオー、ミーク、知ってるの?なんか強そうだけど」

「リギルの先輩で三冠ウマ娘だし。厳しいけど面倒見の良い人だよ。あとターボが言う通り物凄く強い」

「三冠!?って事はものすごく強いのか。よーし、ターボも負けないぞ!!」

「ボクは生徒会室に遊びに行く時によく会うんだ。エアグルーヴの目を盗んで昼寝とかしてるから、上手くいけば出し抜けるかも」

 

「聞こえてるぞ」

「「「逃げろー!」」」

 

 雲の子を散らすように逃げるボク達。背後から迫る気配はあまりにも濃くて強くて、チビってしまう寸前だったと言っていい。三冠舐めてました、ごめんなさい。

 ちなみにターボが捕まってしまった。「ターボについてこーい!!」と挑発した所為で(まぁ本人は意図的なんだろうけど)ブライアンの闘志に火を付けてしまい、追いつかれて首根っこを分掴まれてしまったのだ。ツインターボの先頭はここで終わり!解散!!

 まぁターボもブライアンも楽しそうだったから良いけど……良いのか?良いか(思考停止)。

 

 そんなターボの犠牲もあって、ボク達はガラ空きになった監禁室前への再集合に成功したのだった。ありがとうターボ、今度ハチミー奢るね。

 

「マヤはブライアンさんが戻って来ないか外見張ってるねー。ターボちゃんの次はマヤがあの人と競争したいし☆」

「ありがとうマヤノ。さて、鬼が出るか蛇が出るか…」

「蛇みたいな目だったよ、確か」

「じゃあ蛇で」

 

 そう言いながら、そろりそろりと抜き足で中へ。丁寧にドアを閉めれば、後は目の前の牢屋に向き合うだけ。

 …いや、まぁ合宿所に牢屋がある事に色々ツッコミたいけど、そこは置いといてだ。

 

「おや、トウカイテイオー君にハッピーミーク君とは。これまた新進気鋭で豪華なお客様だ」

 

 こんな状況でなければ茶菓子でも出してもてなす所だがね、と苦笑する彼女。ああなるほど、これがミークの話してた…

 

「テイオー。これが私達に薬を盛った先輩」

「“これ”とは何だね“これ”とは。私にはアグネスタキオンという固有名詞があるんだよ」

「あーなるほど。ミークの言っていた通り蛇みたいな目をしてる」

 

 想像以上にネットリとした視線。でも同時にどこか鋭くて、レース中にこれを向けられたら中々揺さぶられそうだ。

 

「じゃ、帰ろうか。見たいもの見たし」

「分かった。帰ろう」

「ちょ、待ちたまえ!私に何か用があるんじゃないのかい!?」

 

 無いよー、と答えてドアへ。怖いもの見たさに来てみただけで、別にそこまで何か執着がある訳でも……

 

 

「ここから出してくれるなら、君達が一冠(皐月賞)を狙うに当たって必要不可欠な事を教えてあげようじゃないか!!」

 

 

 ボクの足が、止まる。

 

「皐月賞に、必要な事…?」

「そうだ。トウカイテイオー君、例えば君は最近ラストスパートの伸びきらなさに懸念を抱いているだろう。ハッピーミーク君はゲートに対し難を抱えている筈だ」

「「!!」」

 

 どうしてそれを、という表情が顔に漏れてしまった。慌てて隣を見れば、ミークも同じ顔をしてこっちに目を遣っている。どうやら彼女も見事に図星だったらしい。

 

「私が(おこな)っている研究は、ウマ娘の速さを極める為の物だ。私自身、今デビューさえすれば皐月を圧勝するヴィジョンがある程度には、速度に対する知見と自負を持っている!」

「それは言い過ぎじゃ……」

「数字は嘘をつかんさ。私の知り合いの言葉を借りれば“ロジカルな結論”という奴だね……と言っても、この有様ではその数字が書かれた資料を見せられないのが残念な話だよ」

 

 尊大かつ傲慢なその物言いに、ボクとミークは揃って目を見合わせた。口振りからしてデビュー前、年上とはいえそんな実戦も知らないウマ娘の妄言…と切り捨てるのは簡単だ。

 でも。

 

「ミーク。ボク、空けようと思う」

「…私も。ちょっと興味湧いちゃった」

 

 どうやら同じ考えに至ったようで、格子の扉に手を掛ける。そんなボク達を、先輩は濁った目で愉しそうに見つめていたのだった。

 

 

 

〜〜

 

 

 

「という訳で来てもらった訳だが、ひとまず全員足を見させて貰えないかね」

 

 現在生徒会に捕まってるマヤノとターボ(部屋から出たらマヤノはブライアンに追い詰められてるのが見えた)にも後日アドバイスしてもらうのを約束して、訪れたのは満月に照らされた夜の砂浜。そこでタキオン先輩はそんな事を言い出した。

 

「有望な君達のデータは揃えてあるし研究にも用いらせて貰っているが、やはり実地での触診に勝る所感は得られなくてね。君たちに対する考察を裏付ける為にも是非」

「うーん…西崎トレーナーがトモ触る感じかな」

「どちらかと言うと実験d…牧路君由来の物さ。彼から整体に関する手解きを少し受けている」

「凱にぃを知ってるの…?」

「ちょっとした()()という奴でね。さて、始めるぞ」

 

 それ以上答えるつもりは無い、と言外に告げて足を触り出す先輩。その手つきは妙に不器用で正直気持ち悪かったけど、それでも確かに薄ら凱夏の手捌きの名残を感じられるのが驚きだ。一体2人はどんな関係なんだろうか。

 と、思っていたら触診終了。ボク達に向き直って、タキオン先輩は興奮気味に腕を振る。

 

「ふむ、君たち2人ともやはり素晴らしい足を持っているな!記録映像を見ているだけでは決して計り知れない、他の世代と比較しても飛び抜けた才能・伸び代と言って良い」

「へへーん、そうでしょそうでしょ!」

「私、桐生院家に見初められたウマ娘ですから」

 

 こんな先輩でも、褒められて悪い気はしない。ボクとミークは揃って胸を張る。でも、そんな僕らの自信は次の一言で冷や水をぶっかけられる事となった。

 

「だからこそ惜しいな。このままでは2人とも、“速さの果て”には至れないだろう」

「「えっ!」」

「テイオー君、君は最初の模擬レースとデビュー戦で終盤の走り方を変えているね。まぁモr…牧路君の手引きだと想像はつくが、ストライドが極端に狭まっている。今はまだ地力で(まさ)っている分で稼いだリードで賄っているようだが、君が目指す皐月はクラシック最初の難関だ。そんな詰め切れていない状態で勝てるレースかどうかは、他ならない君が分かっている筈だろう」

「むぐぐ…」

「そしてミーク君、君に関しては器用さが祟ってしまっているね。模擬レースなどの記録や今日触った君の肉質を見るに、君はどんな作戦にも適応できる柔軟さを併せ持つが逆に極めるという事が不得手だ。極められないという事は集中しにくいという事、その点がモロにゲート待機時に現れている。出遅れ癖は差しや追い込みには問題無いが、対策されてしまえば危ういし、何より君の万能さはその二作戦に絞るにはあまりに惜しい」

「むぅ……」

 

 理論に裏打ちされた鋭い指摘は、確かにボクらの心に突き刺さった。痛いと思っていた所を容赦無く突かれた気分で、2人揃って顔を背ける。でも先輩はそんな僕らにはお構いなしだ。

 

「そこでだ、前々から君達のレース運びを見て考えていた、最高の現状打開策を紹介しよう」

「ホント!?」

「マジですか」

「ああ!それがーーー」

 

 ババンッ!という効果音付きで出された、試験管に満ちる液体。その正体とは…

 

「ゴルディオンクルーズXとコンセントレーションZZ!これらは服用者の脳に作用し、前者はロングスパートに関するセンス、後者はゲート内での感覚に影響する!テイオー君は急なスパートによる故障が怖いなら緩やかな加速で埋め合わせれば良いし、ミーク君は直接集中力を高めてしまえば何も問題は無いという訳さ」

 

 ドン引いた。

 

「……えっ、脳に作用するの!?」

「そうだ、脳だ!」

「いやNOだよ!!」

 

 絶対副作用とかヤバい奴じゃん!

 

「…それ、もしかしなくてもドーピングでは?」

「安心したまえ、筋力などには何の影響も無いから後ろ暗い事はあり得んよ!…ただまぁ、ゴールドシップ君などのリンパ液とか使ってるから人格は多少変わるかも知れんがね」

「「ヒェッ」」

 

 考えうる限り最悪の物質混ぜないでよぉー!!ミークの疑問を晴らしたつもりなんだろうけど、こっちとしては特大の懸念材料が山積みになっただけだし!

 そんな恐怖でお互いを抱き合い震えるボクとミーク。そんなボク達に、タキオン先輩は粘っこい笑みを浮かべてにじり寄る。ああ、不味いこれ。ボク達はどうやらパンドラの箱を開いてしまったようだった。

 

「さぁ君達!私の実験台になってくれたまえー!!!」

「「ぴぇああああ!!」」

 

 助けて凱夏!助けて葵トレーナー!!助けてマックイーン!!!

 そんなボク達の叫びを聞いて駆けつけたブライアンによって、タキオン先輩は再確保。トレセン合宿所の平和はすんでの所で守られたのだった。

 僕たち4人はしこたま怒られた。

 

 

「……でもまぁ、悪い人じゃなかったね」

 

 廊下で正座しながらそう呟く。ミークが最初に言った「レースに対して本気」という先輩に対する評価、その意味が何となく分かった気がしたから。

 

「私、言い出しっぺなのに途中で疑っちゃったけど」

「でも結局ドーピングとかじゃなかったでしょ」

 

 先輩は先輩なりに、ボク達の現状の不満・不安を祓う術を真剣に模索して提示してくれたんだ。ただ、それがあまりにも常識や良識から逸脱してただけで。

 

「マヤも色々アドバイスしてもらいたいなー。ターボちゃんもそうでしょ?」

「もちろん!でもターボは薬には頼らないもん、自分の力で全部乗り越えて見せる!!」

「おぉー、凄い気迫。ねぇテイオーちゃんミークちゃん、今度先輩を私たちにも紹介して頂戴ね」

「…後悔しないでね」

「「もちろん!!」」

 

 正座は中々キツいけど、和気藹々とした時間が流れる。その中で、ボクは今日の冒険に想いを馳せた。

 アグネスタキオン先輩。彼女とのこの出会いを、糧に出来たら良いなぁ。




 マウス君ならいます


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誰が為に君は走る

チクショー!掘り下げるべきキャラが多過ぎてテンヤワンヤだ!!
まぁオムニバス形式にした俺が悪いんだがな!


 カンカンに照りつける日差しが、私の背中を灼く。塩の匂いを孕んだ風がその熱気を取り去るけど、同時に更なる熱気を運んでくるから何もマシになんてならない。

 

「…ふぅーっ」

 

 仕切り直しに額を手で拭って…

 

 

 …やっと気付いた。

 こんな高温下なのに、拭った二の腕が全く濡れてない。

 汗が出てない。

 というか、出切った。

 

「あっ」

 

 一瞬の内に、視界の色彩が反転した。その次には上下も。

 

「…スカイ、さん?」

「スカイさんッ!!」

「セイ!」

 

 三者三様の呼び声が聞こえたけど、肝心の認識する頭が機能しないんじゃ意味が無い。私の意識は、そのまま呆気なく暗闇に落ちる。

 

 

 

 ……なんて事があったのが昨日で、保健室のベッドでトレーナーさんから強制休養を厳命されてしまったのが今の状況だ。

 

「スカイさん、もう大丈夫ですか?」

「にゃはは、だいじょぶだいじょぶ。強いて言うなら、フラワーから水を口移しで貰えたら元気百倍かな〜?」

「口移……っ!?!」

「なーんて、冗談ですよ。真に受けちゃうフラワーってばホント可愛いなぁ」

「も、もう!揶揄わないでくださいよー!!」

 

 そう言ってフラワーは、真剣な表情で私の手を握った。その掌の温かさに、そして真心に私は思わず動揺。口を噤むしか無くなってしまう。

 

「……心配、したんですからね」

「…うん。ごめんね」

「スカイさんってばただでさえサボりがちなのに。こんな調子じゃ貴重な練習時間が更に少なくなっちゃいます」

「……」

「スカイさん」

 

 ギュッと握られた。重なり合った皮膚越しに、お互いの鼓動が響き合うみたいだった。

 

「菊花賞、頑張ってくださいね。応援してますから」

「……もっちろん。セイちゃんの追い込みで縦横無尽に駆け回っちゃいますよ〜」

「追い込み!?スカイさんが?!」

「ホラ信じちゃった」

「も〜!!」

 

 ポカポカと叩いてくるその振動がどうにもむず痒くて、思わず笑ってしまう。その事で更に怒る君の情動を、甘んじて受け入れるセイちゃんなのでした。

 

 

 とはいえ、休むとなるとつまり手持ち無沙汰という訳で。

 

「うーん、釣果0。ままなりませんなぁ」

 

 なんとか時間を潰せるかと洒落込んだ釣りも芳しくない。昼寝はもう試したが、なんだか眠れる気がしなかった。

 ……こりゃいけませんな。私ともあろう者が、大一番を前にまたも掛かってしまっているらしい。

 

「……ダービーのスペちゃん、凄かったからなぁ」

 

 思い出される直近の敗戦。あの流星に、私の三冠の夢は見事に打ち砕かれてしまった訳だ。

 

「約束してたんだけどなぁ」

 

 傍に置いた鞄の中の()()()に祈りを馳せる。そこに託された祈りにも。

 しかし、それを理由に体を壊してしまっては元も子も無い。だからその為にも。

 

「…よーし!」

 

 釣りに見切りをつけ、見つめる先は練習に使われている砂浜。時間帯を見極めて、私はそちらへと足を向けた。

 

 

 

 

 で、そこで何が行われているかというと。

 

 

「息継ぎのタイミングを一定にしろー!!」

「「「はーい!!!」」」

 

 海で泳ぐスペちゃん、そして別クラスのウオッカちゃんにスカーレットちゃんの姿。そう、スピカがの練習風景だ。

 私の目の前でダービーウマ娘になったスペちゃんは、トレーナーの予想では次の菊花賞にも出て来ると見られてる。当然、私にとっては最大の障壁になるだろう。

 という訳で、茂みに隠れて高みの見物。練習出来ないなら、せめてライバルの偵察ぐらいはこなさないとね。

 

「ふむふむ、やはりスタミナを伸ばして来るつもりのようですなぁ」

 

 当然の事だが、ダービーから600mも伸びる訳だから持久力を伸ばすのは最早分かりきった話ではある。かくいう私だって昨日はスタミナ練習をやってたんだから。

 特にスペちゃんは、腹に貯めた栄養を一気に消化して体力を回復する隠し技がある。対する私は消耗の激しい逃げ、こりゃ上手いこと撹乱してあげないと同じ土俵まで引きずり下ろせないだろう。

 

「…っと?」

 

 ここで気になったのが、スピカの陸地残留組。スズカ先輩にゴルシ先輩、そして後輩のテイオーちゃんにマックイーンちゃん達だ。

 スピカのトレーナーさんから少し離れたところで、何やらシートを敷いてゴルシ先輩以外の3人で絡み合ってる…?その傍に見える人影は牧路サブトレーナーだろうか。

 

「次、テイオーちゃんね。グリーンの5番よ」

「あがぎぐぐぐ〜…!」

「ちょ、テイオー!?変な所触らないで下さいまし!!」

「そんな事言われたって〜!」

「お、羨ましいなぁ。なぁ凱夏、次アタシにしてくれよ。ドサクサに紛れてマックイーンのあんな所やこんな所触っからさ」

「何を言ってますの!?」

「ゴルシ、次。赤の1番」

「アタシの体勢的に不可能だろそこは?!背骨ポッキリルートじゃん」

「セクハラの罰則に決まってんだろ」

「チクショ〜!」

「ゴールドシップ、そこは無理しない方が…」

「ミギャッ」

「「「「あっ」」」」

 

 …楽しそうだ(小並感)。

 まぁ真剣に考えると、恐らくあのツイスターゲームは体幹を鍛える為の物だろう。新入りの二人はもちろんの事、先輩方も初心を思い出す為に参加している形だろうか。

 何にせよ面白そうだから、今度キングも誘って同期で一緒にやってみようかな。彼女なら酷い番号指示でも気合でこなしてくれそうだ。

 ……って、思考を逸らしてる場合じゃないや。集中集中、分析メモメモ。

 

 

 

 昼休みを挟んで、次に向かったのはリギルの練習場。私が目を付けようと考えているのはエルちゃんにグラスちゃん。

 エルちゃんにはダービーで負けかけた苦い思い出がある。アレは本当に凄かった、向こうの気持ちが切れてなければ逆にこっちが失速して見るも無惨な結果に終わっていたかも知れない。

 で、そのエルちゃんはどんなトレーニングをしているかと言うと…

 

「菊花向けって感じじゃないなぁ」

 

 やっていたのは、後輩のミークちゃんを乗せたタイヤを引いての根性トレーニング。もちろん長距離を走り切るには根性も重要なんだけど、それは長距離に限った話じゃないし何よりエルがスタミナに気を使っている様子は見られない。まぁマイル路線とかを突き進む感じだったし、何よりこれまで菊花に出るとかいう発表もされてないから一先ずは置いといて良いかな。

 で、グラスちゃんはと言えば…

 

「……いない」

 

 右を向いても左を向いても、トレーニング場に栗毛の姿は無い。私ならともかく彼女に限ってサボるなんて考え難いけど、はてさて?

 

「出るとしたら、スペちゃんと同じくらい脅威になると思うんだけどなぁ」

「まぁ、ライバルにそう思っていただけてるなんて光栄です」

「またまた謙遜しちゃっ……てェエ!?」

 

 き、気付かなかった!青雲の雲間に忍び寄る武士(もののふ)!!者ども出合え出合え!

 そんな感じで慌てふためく私を見て、グラスちゃんはふふっと微笑み側に座り込んできたのだった。その手は、()()()()()()()右足に添えられている。

 この怪我を考慮して、グラスちゃんは(いとま)を与えられた様子だった。

 

「……すみませんね。実戦から離れ過ぎてますし、菊花には出られなさそうです」

「謝ることじゃないよ。急かしてる感じになってたら、こっちこそごめん」

「いえいえ、立ち聞きしたのは此方ですから」

 

 グラスちゃんの骨折は、同期である私たちにとって当時本当に寝耳に水だった。特に彼女は、多分この5人の中で1番負けず嫌いで頑張り屋さんで、報われて欲しいなって個人的に薄々思ってた娘だから特に。

 彼女がクラシック戦線に参加してたらと考えたら、恐ろしいと共にワクワクが止まらない。それだけに、ここで燻っているのが本当に惜しい。

 

「スカイさんはどうです?菊花、獲れそうですか?」

「そういうグラスちゃんはどう思います〜?」

「彼を知り己を知れば百戦殆うからず…も大事ですが、貴女の場合はまず易者身の上知らず、を踏まえた方が良いかも知れませんね」

「…つまり?」

 

 要領を得ず問うた私を、グラス ちゃんの双眸が貫いた。

 

「己を見直すべし、という事です。貴女が今やっている事は代償行為に近い」

「……!」

「そのままではスペちゃんには敵わないでしょうね」

 

 そう言って彼女は立ち上がる。図星を突かれた私は、自重の笑みを浮かべて向き直るしか無かった。

 

「ありがとね、グラスちゃん。ちょっと甘えてたかも」

「貴女の事です、相応に思い詰めての行動だとは理解してますよ。なんだかんだで私たち、同期の中でも特に似た者同士でしょうから」

「言えてるね」

「じゃあ私はスペちゃんの方にも行ってみるとしましょうか。貴女だけにアドバイスというのも不公平ですから」

「え〜、それは困るって」

 

 そう笑い合って、会話は終わり。グラスちゃんは茂みの向こうへと消えていった。

 ちなみにエルちゃんを見ると、何故かタイヤの下敷きになっていた。何があったの?

 

 

 

「……で。貴女も練習はお休みでしたか?」

「トレーナー直々に監視を任されているのよ。スカイさんが迷惑かけたわね」

「それ程でも。彼女の吉報にはいつも勇気付けられますし、良い影響をお互いに与え合えたなら何よりですから、私も頑張らないと」

「…私も、そう在れたなら……」

「え?」

「なんでもないわよ」

 

 

 

 という訳で。1日がかりでトレーニング場を一周して、トレーニングに精を出すウマ娘達を観察した私は、一周回って釣りに戻ってきたのだけれど。

 

(自分を見つめ直すとは言っても、果たしてどうすれば良いのやら)

 

 心の中の迷いが集中力を鈍らせる。それが釣竿にも伝わってしまって、やはり釣果も芳しくない。

 今の私に何が足りないのか、何が噛み合わないのか。考えれば考えるほどにドツボに嵌っていく感覚で、一向に打開策を見いだせない。

 

「お魚さんや。何かヒントでもくれませんかね」

 

 ダメ元で聞いてみれば、返ってきたのは波の音。そりゃそうでしょと、苦笑して立ち上がったその時の事だった。

 

「素直になったら良いじゃない。自分にも、他人にも」

「へっ……!?」

 

 声を掛けられると思ってなくて、それゆえの驚愕に一瞬崩れたバランス。その拍子に鞄から放り出されたノートが、発声者の足元に着地する。

 それを拾い上げて、彼女は溜息と共に歩み寄ってきた。

 

「丸1日の自由時間、楽しめたかしら?」

「キング」

「珍しく昼寝とかもしなかったようだし」

「ずっと見てたの?」

 

 そうよ、とあっけらかんに返された言葉に、私はどうにも居心地が悪かった。なんというか、()け回すなんてキングらしくないもの。

 

「それを言うなら貴女だってそうじゃない。偵察するにしても、それに長時間を費やすような熱心な性質(タチ)じゃないでしょうに」

 

 しかしそんな考えを見透かして繰り出してきた反論に、私は口を閉じざるを得ない。な、なんだこれ。キングにしては察しが良過ぎない?

 

「トレーナーに指示されたのよ、私も」

「私をストーキングしろって?」

「有り体に言ってしまえばそうね。私が一番合ってるのは差しだから、マークする感覚を掴んでみろって言われたわ」

「はれま、トレーナーさんも意地が悪い」

 

 でも、これでまたトレーナーさんの腕に信頼を抱けた。さっきからキングが私の内心に慧眼を光らせてるのも、きっと1日掛けて私を観察したからだろうし、その観察眼をレース中に生かせれば状況把握と瞬時の判断に役立つ。差しウマ娘にとって、その能力の向上は非常に重要な課題だろう。

 これでキングはまた一つ強くなった。ライバルとして嬉しい限りで、でも同時に焦りと苛立ちで気分が沈んだ。私、何やってんだろ。

 

「気落ちしてる暇があるのかしら?」

 

 そんな私を、キングはまたも叱咤する。

 

「分からない?トレーナーが私にこんなトレーニングを指示したのも、貴女の力を信じているからよ」

「トレーナーが、私を?」

「だってそうじゃない。貴女へのマークを練習させるって事は、菊花賞で貴女が出走者達を牽引する、それが出来るだけの実力がある事を見越してるからこそだもの」

 

 そう言って、キングは私の前にしゃがみ込んでノートを差し出した。砂塗れのそれを受け取って、私はようやく彼女の瞳を見つめ返す。

 

「トレーナーさんから聞いたわよ、貴女が毎夜1人で自主練に励んでいる事。昨日倒れたのもその疲労が祟ったからでしょ」

「あちゃ、バレバレだったか」

「もう、自分を誤魔化さないでよく聞きなさい。フラワーさんも、トレーナーさんも、そして私も、貴女を信じてる。その実力も、勝利への情熱も。だから貴女も、私達の事を信じなさい。吐き出してみなさい」

 

 真っ直ぐな視線が、私の逃げ道を塞ぐ。その焦りの真意をひけらかせと唆す。

 その誘いを前に、私に逃げる選択肢は残されていなかった。勘弁だ、私の負け。

 

 

「…昔さ。実家の近所に、すっごく頭の良いお姉さんがいたんだ」

「……」

 

 紡いだ言葉を、キングは黙って受け入れてくれる。それに甘えて、ポロポロと口から溢れ出す思い出。

 

「小学校を卒業する頃には高校の範囲とかもコンプリートしちゃっててさ。当時はニュースとかにもなったんだよ?“東大級の頭脳ウマ娘”ってさ。実際に東大の教授さんからも勧誘されてたみたいで、でもそれ以上に足が速くて。結局一回も競争じゃ勝てなかったなぁ。いや、歳の差的に当たり前なんだけど」

「そんな凄い人がいたのね」

「うん、凄かった。彼女は頭脳を惜しまれながらも夢を追いかけ、地元の星になるべくレースの道に進んで、中央でなんと2勝!その報が入る度に、私は爺ちゃん達と一緒に喜んだもんだよ」

 

 お姉さんが芝の地平に躍動する姿を、テレビの画面越しに眺めて自分のように喜ぶ。いつか私もと、そしていつかお姉さんの隣でと、夢を重ね合わせた。

 そして。

 

「お姉さんはさ、クラシック路線を目指して皐月賞に挑んだんだよ」

「どうだったの?」

 

 

「帰って来なかった」

 

 

 キングの顔色が変わる。こんな話を聞かせてしまって申し訳無いけど、もう私は私を止められない。滲む視界で、さっき受け取ったノートを握り締めた。

 

「このノートは、お姉さんの夢なんだよ」

 

 弥生でスペちゃんに負けて、死に物狂いで頑張った。ノートに書いてあったお姉さんの記録を基にトレーナーさんに食事メニューやトレーニングを組んでもらって、皐月を獲り返す事で証明してみせた。お姉さんは正しかったんだと。

 

「私は、お姉さんの夢の続きを走るって、誓ったんだよ」

 

 でもダービーで負けて。スペちゃんにも、実力的にはエルちゃんにも完敗して、揺らいだ。

 その揺らぎを埋め直すように、寝る間も惜しんでトレーニングした。それをフラワー達にバレたくなくて、心配されたくなくて、昼のトレーニングをサボって。それを埋め合わせるように更に夜へ注ぎ込んだ。トレーナーさんに叱られたけど、自分でも止められなかった。

 そして昨日、あのザマだ。

 

「分かんなくなってきちゃった」

 

 何をすれば良いのか。

 どうすれば良いのか。

 そもそも、お姉さんは私の走りで喜んでくれるのか。

 何が正しいのか分かんなくなって、そして漸く気付く。こんな状態で走ったって、そりゃ身になる訳が無い。グラスちゃんが言ってたのはこういう事だったのか。

 

「……うん。ありがとうキング、自分の中でいろいろ整理がついた」

 

 ふやけた目蓋を擦って、心からの笑みを向ける。後は自分の中で決着を付けよう。

 

 

 …そう思ってたんだけど。

 

 

「……お」

「お?」

「おバカぁ!!」

 

 ズバーン!という音と共に視界が激しく揺さぶられた。っていうかチョップされた!?痛っ!!

 

「ななな何するんだよキング!」

「お黙りなさいこのヘッポコ!!最近楽しくなさそうに走ると思ってたらそういう訳だったのね!?」

 

 プンスカ怒るキングは可愛かったけど、頭頂部を打ち抜かれて今もグワングワン揺れる私としてはそれどころじゃない。そんな私に、彼女はなおも畳み掛けてきた。

 

「スカイさん!貴女の名前を言ってみなさい!」

「せ、セイウンスカイ」

「そうよセイウンスカイよ!決してその“お姉さん”じゃない!貴女は貴女で、貴女の走りは彼女の走りじゃないのよ!!」

 

 息を吸う。そして次に放たれる言葉に、私は強い衝撃を植え付けられる事になる。

 

「彼女を想うなら…()()()()()()()()()()()()()

「……!」

「貫きなさいよ、貴女自身の走りを!貴女がお姉さんと一緒に走りたかったように、お姉さんもきっと貴女と走りを共にしたかった筈よ。なら、彼女に誇れる自分の走りを取り戻してなさい!!天国の彼女に見せつけて差し上げなさい!」

 

 肩を掴んでぶつけられた言葉の羅列に、私はただただ目を見開くばかり。反省の言葉も反論の糸口も出せず、出す気も起こせず、粛々と受け入れる。

 

「もう一度言うわ。私達は貴女を信じてる。お姉さんではない、目の前にいる純粋な貴女(セイウンスカイ)を、よ」

「私を…」

「さぁどうするのスカイさん。ここで終わるなら、私は貴女を踏み台にするまでよ。それで良いのかしら?」

 

 ……違う。

 それで良い、訳が無い。

 

「私は……終わらないよ」

「じゃあどうすると言うのかしら」

「獲るさ」

 

 そうだ。私は皐月のウマ娘、その称号を手にしたのは紛れも無い私の実力なんだ。お姉さんに捧げる称号で、だけどその為に()()()()掴んだ栄光だ。

 その一冠だけで、満足して良い筈が無い…!

 

「菊花賞は私の物だよ!誰にも渡さない、キングにだって!!」

「ふふっ、そうこなくっちゃ。その情念すら踏み越えて進むのがキングの王道よ!」

 

 ありがとうキング。やっぱり君は本当に凄いや。

 ダービーの後、気落ちしてた私とトレーナーさんを元気付けた時だってそう。私が暗闇の中にいる時、君はいつだって輝いて(しるべ)になってくれる。

 …いやホント、負けてられない。その光に劣らない輝きを放っていたい。

 見下ろすように高笑いする彼女と相対するように、私は立ち上がって胸を張って笑い返した。夕日が沈んだ地平線に、少女2人の声がどこまでも木霊していた。

 

 

 

 

 

 

 

「グラス!スカイさんとキングさんがスペちゃんに模擬レースを申し込んだそうデス!一緒に見に行きまショォ!」

「エルぅ〜?今日も貴女は根性トレーニングの予定の筈ですが?」

「ケ!?で、でもこれは見逃せなくて…すぐ戻るから許してくだサイ……」

「……仕方ありませんね。今回だけですよ?」

「ありがとうございマァス!」

(…次は私の番ですね、スカイさん)




誰かの所為にしたいが自分の顔しか思い浮かばない定期


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終わる夏に残す懺悔

 くそぉぉぉっ!夏休み編の終わりで今度こそ定期投稿休止だクソッタレ!!
 ストックを積みながら投稿プランを練り直します。暫しのお待ちを


「それそれそれそれそれーっ!」

「負けませんっ!!」

 

 夏合宿も終盤。最後の追い込みの時期に入り、ウマ娘達も練習に一層精を出す。

 この2ヶ月間、俺のチームは海の近くであることを活かして走ったり、勉強したり、ツイスターゲームで体幹を鍛えたり、バーベキューしたり…してたら「海関係無いじゃん」ってキレられたり。まぁ基礎と息抜きは大事だからな、うん。

 

 で、今は最後の仕上げのダッシュ練習。今回目覚ましい成長を見せたのは、スペシャルウィークとテイオーだ。スペは北海道の長い内陸生活で海には不慣れな傾向があるし、テイオーは夏合宿そのものが初めてだから2人とも砂に悪戦苦闘。

 しかしそれも最初だけ。ダービーで勢いづき、更にスズカの宝塚記念に触発されたスペはすぐに持ち直した。テイオーも持ち前の適応力と、マックイーンへの対抗心で即座に砂上の走りを物にし、今ではチームの誰よりも激しく跳ね回っている。トラック5周目、余力としてはもう少しいけそうだな。

 

「2人とも、ペース配分把握しろ!余力残せよー!!」

「はい!」

「ラクショー!何本だっていけちゃうし大丈夫だよ!!」

「余力残せっつってんだろ!」

 

 そう2人に声をかけるのは、彼女達の隣を走る凱夏君だ。

 

 

 ……はい、そこの君。「ヒトオスがウマ娘と並走できる訳ねーだろJK」って思ったでしょ。

 もちろん本気のウマ娘に人間がついていける訳が無い。もし仮に出来たとして、ウマ娘以上に脆い人間の体で同じ出力を出したらそれだけでバラバラ死体になっちまう。

 けど、今やっているのは飽くまで練習だ。それもペース配分を考えて抑え気味にする主旨の。

 それなら、飽くまで一周ごとに目の前に来た一区間だけ、そこを全力で走れば人間だってウマ娘について行く事も不可能じゃない。何より止まったままの指示じゃ、走ってる側からすれば風切り音で聞こえ辛いから、並びながら指示するに越した事は無いんだよな。

 

 ちなみに抑えているとはいえ、今スペ達が出してる速度は目測で40km/時くらい。現状、凱夏君は5連続でそれに追随している。

 

 

 

 

「ごめんやっぱおかしいわ…」

「言えたじゃねぇか」

 

 現実逃避が難しくなって膝をつく。隣のゴルシに慰められるってもうどういう状況だよこれ。

 凱夏君!世界陸上、出よう!人間部門で頂点獲れるよ君!!

 

「スペちゃん達の走りを見てたら、私もウズウズしてきたわ。トレーナーさん、私も参加して良いですか」

「ダーメ。アイツらは体力が有り余ってたからやらせたけど、スズカはもう疲れてるだろ?走りたい気持ちは毎日王冠まで取っとけ」

「…むぅ」

 

 膨れっ面で頭を差し出してくるスズカ。ああなるほど、不満解消に()()を御所望ですかい。お安い御用だ。

 

「よっと」

「…!」

 

 頭に手を置いて、そのまま撫でてやる。そうするとスズカの笑顔がパァッと花開き、目に見えて機嫌を直して行った。

 

「……♪」

 

 これが、宝塚記念が終わってから俺とスズカの間に生まれた暗黙の了解にしてルーティーン。何か良い事があって褒めてもらいたい時、悪い事を紛らわしたい時、スズカは俺に撫でるのを要求するようになったんだ。こちらとしてはそれで気分を良くしてくれるならそれに越した事は無いし、何よりにこやかに微笑むスズカが可愛らしいから積極的にやるようにしている。

 

「トレーナーさん、()()の意味分かってますの…?」

「マックイーン、アレは言うだけ無駄よ。スズカさんには悪いけど本人が気付くまで放置が一番なんだから」

「あわわ…スズカ先輩とトレーナーが……やっべ鼻血」

 

 でも何故か分からんが、これをやると他のウマ娘からの目線がやけに痛い。「お前らもして欲しいのか?」と聞いたら蹴りが返ってきたし。

 凱夏君に聞いたら「うーん……俺もロクな回答は出来ませんが、少なくともおハナさんにだけはしないで下さいねその質問」と釘を刺された。何故。

 と、そんな事をしている内に周回が終わったようで3人揃って戻って来たみたいだ。

 

「もーっ!ボクまだやれるもん!!」

「この夏休み中ずっとそれだな」

「あはは……」

 

 …で、なんで凱夏君はテイオーにタワーブリッジを仕掛けてるのか。

 

「いやぁ西崎さん、これはですな」

「走るー!!」

「うぉぅふっ!?」

 

 テイオーが暴れた拍子に、2人揃って砂浜にもんどり打った。そんな彼らに代わって説明役を買って出てくれたのはスペだ。

 

「テイオーちゃんがまだまだ練習し足りないらしくて、伴走後に駄々こねちゃいまして。あんな風に凱夏さんが取り押さえたまでは良いんですけど…」

「抵抗を続けてる感じか……」

 

 仕方が無い、凱夏君に任せたいがこれは()()()()()()()()()()止め切れないんだろう。だから、先輩として助け舟を出しますかね。

 

「テイオー、もうやめてやれって」

「あっ西崎さん」

「トレーナー!でもボクはこの夏合宿で……」

「会長に追いつく、だったか?凱夏君はずっとそれに付き合ってたな」

「そうだけど?」

「彼は人間だ」

「……あっ」

 

 

 テイオーも、それでやっと凱夏君の額から滝のような汗が流れている事に気付いたようだった。

 この夏合宿、凱夏君は本当にテイオーに付きっきりだったと記憶している。坂路トレーニングに行きたいと言えばすぐに赴き、水泳したいと言えば共に海へ繰り出し、腹減ったと言えば食事を差し出すなど、それはもう彼女の召使いのように献身的に。

 それに加えて、毎日風呂上りにチーム全員のマッサージとかまでやり出して、助かるとは言え幾ら何でも彼自身がオーバーワークだ。このままじゃいつか倒れてしまう。

 

「意欲があるのは良いが、他人を巻き込んでまでやるのはいただけないな。少し落ち着け、な?」

「ぐぐぐ…ごめん凱夏」

「いや、俺の好きでやった事だから…でもありがとうございます、西崎さん」

 

 これで一件落着。テイオーも落ち着いたし、あとは頑張ってくれた全員に“ご褒美”をやらなきゃな。

 

「さて、この後は皆お楽しみの()()だぜ!」

「バーベキューですか!?」

「スペ、それはもうやっただろ」

「模擬レース…」

「スズカ、だからその気持ちは毎日王冠に…」

「近くにサーキット場があったんで行きたいです!!」

「ウオッカ、10kmの距離は人間感覚で“近く”とは言わん」

「泳ぎで一番を競うのね!?」

「もうほぼ毎日やったろスカーレット」

「そういえば風の噂でスイーツ店が最寄りの町で出来たとか…」

「ダイエット中だろマックイーン」

「ちなみにその店開いたのアタシな」

「ゴルシお前いつの間に」

 

 だ、駄目だ。どいつもこいつも欲望が暴走してやがる…ていうかマックイーンはともかく他の奴らは去年もめちゃくちゃ楽しんでたのにもう忘れたのか……。

 

「あーもう。トレーナーを困らせちゃ駄目でしょセンパーイ?」

「そういうお前は分かってんのかよテイオー」

「もちろん!会長に追いつく為に学校行事とか慣例とかは大体覚えて来たんだから!」

 

 その真面目さをもうちょっと日常生活で出してもらえないか、という思いで凱夏君の方を見ると、彼もまた為す術無いように首を振ったのだった。

 その間にも、テイオーは海とは逆側ーーー合宿所の後ろにそびえる山の中腹、神社がある辺りを指差す。

 

「トレセン夏合宿、その〆の定番!夏祭りだー!!」

 

 

 

〜〜

 

 

 

「わぁ、キラキラでピカピカだぁ!」

 

 時刻は18時を過ぎた頃、盛況を呈する祭りにテイオーは目を輝かせる。俺はと言えば、後ろでその微笑ましい背中がピョンピョン跳ねるのを見守っていた。

 西崎さんを含むスピカの他の皆は、それぞれが思い思いにペアやトリオを組んで出店巡りと洒落込んだ。誰が誰と組んだかは…まぁ、察しがつくだろう。

 

「ねぇねぇ凱夏、あそこのお面で被りっこしよ?どれがいい?」

「え?ああ、こん中だったら……」

 

 はしゃぐ声を耳にしながら、選んだのは狼の仮面。

 それを見せるとテイオーは、「ちょっと待っててね」という言葉と共に財布を取り出した。

 

 …財布?

 

「おい待て!こんな所で俺を幼女に奢らせるクソヒモに貶めるな!!」

「え?ちょっと待って本気で何言ってるか分かんないんだけど」

「こういう時は普通に俺が金出すって事だよ。大人の面目ぐらい立たせてくれ」

 

 こういう時にまで子供に金の心配させるほど落ちぶれちゃいない、と自らの財布を取り出そうとすると、今度はその手を掴まれた。え、いや、どういう意図?

 

「良いから良いから。今回はボクが、ね?」

「何を企んでんだ?」

「ちょっとー!普通に100%の善意だもん!!」

「だとしても急にお利口になり過ぎなんだよ!」

 

 くそっ、ここでテイオーに金を出させて、それをゴルシやら何やらのヤベーウマ娘に目撃されてみろ!俺の学園でのヒエラルキーは一気に最下層だぞ!?

 っていうか、コイツもコイツでなんで意固地に……

 ……あっ。

 

「お前、昼の事まだ気にしてんな?」

「うぐっ」

 

 案の定だ。テイオーはクソガキの癖に妙に繊細な所があるから、こういう異変は大体即浮き出る。

 

「俺は好きでお前のトレーニングに付き合ったんだ。反省する必要が無いとは言わんが、俺に対してそんなに気に病む必要は無いぞ」

「でも、ボクって凱夏にしてもらってばっかりで……」

「お前は“伝説”になるって言ったろ」

 

 コイツに必要なのは()()()()事、それに尽きる。その後押しが出来なければ、俺がここにいる意味が無い。

 

「俺はその近くにいるだけで充分“してもらってる”んだよ。伝説のそばにいられるだけでどれだけ光栄か」

「なんでそんなにボクを信じられるの?伝説どころかまだ1勝しただけじゃん」

 

 ギクリ、という擬音が身体の中で鳴ったようだった。

 ……でも、嘘は言わない。

 

 

「お前の才能と、夢を見たからだよ」

 

 

 あの日、幼いお前が風船を掴もうとしたその時。素晴らしい加速と跳躍を発揮した時。

 あの日、ルドルフの記者会見に乗り込んで夢を叫んだその時。人混みをかき分ける勇気と、爛々と輝く瞳を垣間見た時。

 …あの選抜レースで、激情の走りを見せつけられた時。

 

 本当に揺り動かされたんだ。その強い、強い意志の発露に。

 俺に無い物だったから。

 

「だから、俺がお前に尽くすのは当たり前なんだ。例えそうじゃなくたって、トレーナーは担当ウマ娘に全力を注いで当然だしな」

「あはは。責任重大だなぁ」

「なぁに、そう(かしこま)んなよ。先は長いんだ、今は目の前の事を楽しもうじゃんか」

「……うん!」

 

 多分伝わったと、そう信じて2人手を繋ぎ夜の喧騒へ歩く。その足取りは軽く、でもこの想いを忘れないように。

 

「凱夏」

「どした?」

「やっぱり助けてもらうだけじゃ我慢出来ないからさ。この夏祭り、ボクがいーっぱい楽しませてあげる!」

 

 ぼんじりに照らされニシシと笑うお前の顔を、俺は表情を引き攣らせずに見れただろうか。

 激痛に喘ぐ両足を理性で捻じ伏せながら、俺はただただ申し訳無かった。




 定期投稿は休止しますが、不定期投稿に切り替えるだけなので未完とかそういう設定変更はしません


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じゅるりらノイズ

ちょちょいっとリハビリ
ちなデジたんは未取得なのでニワカです


 アグネスデジタルは勇者である。デビューはまだしてない。

 どこでウマ娘好きになったか(とん)と見当がつかぬ。なんでも気が付いたらレース場で、そしてライブ会場でウヒョウヒョ鳴いていた事は記憶している。しかも後で聞くとそれは“限界オタク”という人間中でも結構奇異な種族であったそうだ。

 そして今、彼女は勇者として自身の限界へと果敢に挑んでいた。

 

「うひょ〜〜〜〜!!!」

 

 そして無事死んだ。

 魔王にやられた訳ではない。自分で即死判定に飛び込んだのだ。

 “海で戯れ合うウマ娘達”という分かりやすい激尊空間を直視するという愚行、その代償は大きかったようである。

 

(む、無理…弾ける笑顔、飛び散る汗、滴る海水、弾む肢体……網膜焼けちゃうよ〜…!!)

 

 デジタルは激怒した。必ず、この最弱耐性な己の精神を鍛えねばならぬと決意した。

 デジタルには我慢が分からぬ。デジタルはトレセン学園のウマ娘である。勉学に励み、己もレースに出る日の為に鍛錬を積んできた。

 けれども尊みに関しては人一倍、ウマ一倍敏感であった。なんなら感度3000倍。

 

 

「べらんめい!次はアタシらが決めるぜクリーク、気張れぃ!!」

「あらあら、これは頑張らないとですねぇ」

(ひゃぁぁあああ!イナリワン先輩の鬨の声に応えるべく静かに気力を漲らせるクリーク先輩カッコイイよぉ!!頼もしい……ママァ…!)

 

「ハッ、返り討ちにしたるわ!!いくでオグリィ!」

「……」

「オグリ?」

「…あ、タマ。このビーチボールって食べれるんだろうか」

「スイカ柄なのはペイントされてるだけじゃいっ!!」

(あわわぁぁぁオグタマコンビの生漫才ですとぉぉぉぉ!?凄い、示し合わさずとももはや阿吽の呼吸!二人の仲はそれほどまでに…!!)

 

 

 あぁ^〜デジタルが押し潰される!

 ウマ娘の尊み度が上がっていくぞ、ウォォこの指数はビッグバンを引き起こすだけの以下略

 ……というナレーションが、デジタルの脳内で響き渡る。走馬灯である。

 

「痴話喧嘩たぁ余裕だな!吠え面掻いても知らねぇぞ!?」

「誰が痴話喧嘩や!さぁ今度こそいくでぇ!」

「……スイカ……」グギュルルルル

「オグリちゃん、この後ニンジンご飯食べさせてあげますから我慢しましょうね〜」

「本当か?!」

 

「平成怪物世代……仲良し………しゅき♡」

 

 とうとう耐え切れなくなり、デジタルは隠れていた茂みの中で倒れ伏した。享年十……何歳かは分からない。とにかく、早過ぎる夭折には違いないだろう。

 合掌。

 

 

 

 

 

 

「まぁ、生きてるんですけどね」

「君は相変わらず謎の蘇生過程を経るね」

 

 フンス!と目を輝かせる目の前のルームメイトに対し、アグネスタキオンは呆れるやら好奇心やらで複雑な視線を向けた。心停止している所を発見した時にはどうしたものかと思った彼女だが、直後に「ハッ、近くにウンスキンの波動を感じる!」と飛び起きたのには心底驚かされたものである。少し前に解析してもその理屈を全く解明できなかったのだから、タキオン的にはどう捉えれば良いのか困り物だ。

 ちなみに今は二人に割り当てられた合宿部屋。蘇生したとはいえ消耗していたデジタルを、タキオンはここまで引きずって来たのであった。

 

「尊みを放つウマ娘が近くにいる限り、そのエネルギーを受けてデジたんは生き返ります。何度でも蘇りますさ!!」

「蘇る度にそのエネルギーを受けて死ぬのはなんとかならないのかい?」

「無理ですね」

「えぇ……この夏合宿でもう6回目だよ」

「タキオンさんが出くわさなかった時も含めれば20回ですね」

「もう毎秒ペースかな」

「えへへ」

「褒めてないが」

 

 夏合宿初日に2回。

 最初の1週間で7回。

 2週目で5回。

 3週目で10回。

 そしてこの最終週半ばで既に6回。ハッキリ言ってどうしようもない、何よりデジタルがその現状に満足しているから救いが無い。何しに合宿きたんだお前。

 

「特に4日目に見たグラエルは最高でした……グラス先輩あんなに気安く技()めるのってもう“そういう事”ですよね?お二人はそういう仲なんですよね???しかも私、お二人に運命的な何かをビンビン感じて大変です。百合の間に挟まる気はありませんが」

「さぁ?私は心理学には疎いからどうにも」

「あとは14日目のシャカファイ……いやファイシャカ?押せ押せファイン先輩にタジタジなシャカール先輩はやっぱり王道ですねぇ」

「シャカール君に関しては私も素直になった方が良いと思ってるよ」

「ですよねぇ!!」

「圧が強い」

 

 ベッドにデジタルを押し留め、タキオンは一つ嘆息。問題児である自覚のある彼女だが、そんな存在を振り回せるのはこのデジタルだけかも知れない。

 

「なんにせよ、君は重要なモルモットの1人なんだ。芝もダートも走れるその体は貴重なサンプルなんだからもっと大事にしてくれたまえ」

「はぅあ…光栄の極みアッー……」

「じゃ、私は失礼するよ。やる事があるからね」

 

 それだけ言い残して閉じられるドア。つかの間の静寂の後、デジタルはベッドから己の鞄に手を伸ばした。

 

「言われた通り休みますけど、その間でもウマ娘ちゃん摂取は欠かせませんから!」

 

 取り出したのは“秘!ウマ娘ちゃん栄光記録”と銘打たれた冊子。中身はこれまでに自身が撮影した、または過去のレースで公開された公式の写真集。中央から地方まで、己が命を削って撮り、雑誌から切り出し、今も新たな記録を綴っている宝物だ。

 というか、なんならレースだけでなく引退後の写真まであったりする。別に盗撮とかではなくそれこそ雑誌や新聞からの切り出しだから違法性こそ無いのだが、それはそれとして第三者が見ると顔を引きつらせる事間違い無しだろう。

 ちなみに昨夜、就寝前に同じようにベッドで横になりながら読んでそのまま一回死んだ。階下の部屋で同衾のウマ娘達が抱き合って寝てなかったら、そのまま還って来なかっただろう事は想像に難くない。休む気あるのかお前。

 

「うへへ〜。トゥインクル時代のバクシンオー先輩カッコ良過ぎィ!今もイケウマですけどやっぱ若い命が真っ赤に燃えてますわ、自分ファンになって良いすか?」

 

 パラパラとページを(めく)りながら、しかしその1枚1枚へと目を血走らせるデジタル。傍から見れば狂気だが、残念ながらそれを指摘出来る存在はここにはいない。

 栄光を叶えたウマ娘、叶えられず歯を食いしばるウマ娘、その全てがデジタルにとっては輝きだ。じゃけんこうやって永久保存しましょうね〜、となる辺りがやはり狂っているが。

 

 

 

 

 そんな天国写真集を眺めていた悦楽の瞳は、突如として無に染まった。

 その視線の先にあったのは、栗毛の少女の写真が貼られたページ。

 

 

「……テンポイントさん」

 

 流星の貴公子。かの桐生院の申し子たるトウショウボーイと鎬を削り、TTGの一時代を築いたアイドルウマ娘。

 ライバルとの激闘の末に勝利をもぎ取った彼女へ、世間はあらん限りの喝采を投げかけた。それだけ素晴らしいウマ娘で、デジタルも幼い頃にレースを見てそれは興奮したものだ。

 そんな彼女の写真を黙視したデジタルは、引退後のウマ娘達の画像を纏めたページを開く。そこに彼女の姿を探して。

 

 ……だと、いうのに。

 

「いない……」

 

 デジタルは、環境が悪ければストーカーに育っていた類のウマ娘である。環境が良かったから善良なオタクで済んだが、その情報捜索能力には天性の才があった。

 それを活かし、この写真集に現役時代の姿が載っているウマ娘の多くにおいて、現役を退いた後の姿も手に入れている。過酷なレースの果てに幸せを手に入れた少女らの姿に尊みを感じる為である。

 だが、その中にテンポイントの写真は無かった。

 

「怪我後の消息、不明なんですよね……」

 

 テンポイントはレース中の故障に見舞われた際、全国からのファンの要望を受けて復帰に向けた治療に専念した。この世に残っている彼女の記録は、それが最後であった。

 普通に考えて、治療が上手くいかずにそのまま立ち消えした…と見るのが常識だろう。いやまぁそれでも充分悲しい話だが、それならまぁ怪我を長引かせたまま下手に現役続行して最悪の事態になるよりかは引退して健康に暮らして欲しい、という思いでデジタルは我慢できた。

 だが、音沙汰が()()()()というのはやはりあり得ないのではないか、という考えが去来してしまう。仮にもGⅠ2勝で時代を率いたウマ娘が、引退後にマスコミに一切追われる事無く雲隠れ?というか、寧ろマスコミ側が()()()()()()()()()()かにも思えてしまうレベルで情報が出て来なかったのだ。

 それでも、テンポイントだけなら“ただの偶然”としてデジタルは飲み込めただろう。そもそも引退後に無理に追うなんて褒められた話ではないし、それを有難がっていたらとてもじゃないが善良オタクは名乗れない。推しの平穏と幸せを願うのが最低条件である事を、決して忘れてはならないのだ。

 

 …だが。

 

「他にも似たようなウマ娘ちゃん、多過ぎませんか……?」

 

 一度溢れ出た疑問は、もう留まる事を知らなかった。

 テンポイント程ではないが、GⅠを勝ったウマ娘達が複数。

 GⅡを獲ったウマ娘がそこそこ。

 GⅢも言わずもがな。

 それぞれ、そして全て併せても総数からすれば微々たるものではあるが……そこには確かに、闇に消えたウマ娘達がいた。

 いや、()()()()

 

 

「……って、何考えてるのデジたん!陰謀論は厄介ファンの始まり!自戒!!」

 

 変な方向に転がり始めた思考をセルフビンタ。ヒリヒリと痛む頬が、意識を現実へと引き戻す。

 気が付けば、外はもう暗くなり始めた時間帯。妙に淀んでしまった気分を変えるべく、そして幸せな夕飯タイムを楽しんでいるウマ娘達を堪能するべく、デジタルは食堂へと繰り出すのだった。

 

 

 

 

 

 で、その日の深夜の事。

 

 

「ぐへへ……悪いウマ娘ちゃんはいませんか〜…?」

 

 お前だよ。

 と言いたくなるぐらいのレベルでアカン顔をしたデジタル。相も変わらず茂みの中を滑るように匍匐前進している。

 目標はウマ娘。それも合宿所から抜け出すような、後ろ暗い行為に手を染めた者達。

 

(夏!夜!!二人きり!!!これはもう実質夜這いですよ、うまぴょいですよ!)

 

 密会に勤しむ少女達を煩悩MAXで探すピンク髪。誰か警察に突き出した方が良いよコレ。

 

「うひひ……あっでも見回ってる会長さんや副会長さん達には見つからないようにしないと。お手を煩わせたら流石に申し訳ない」

 

 変な良識だけは持っているのが余計ややこしい。だったらそもそも脱走するなと言いたい所だが、やはりそれを言える存在はここにはいなかった。

 そんな彼女の耳がピンと立つ。デジタルイヤーは地獄耳、集中すれば1キロ先でウマ娘カップルが成立した波動を感じ取れる高性能レーダーなのである。

 そんなデジタルイヤーが感知した魚影ならぬウマ娘影、総数2つ。場所、砂浜!!

 

(し、しかもこれは!よもやよもやのタキシャカじゃないですかヤダー!!)

 

 ただでさえ爆裂的に高かったテンションが一気に天井をブチ破った。その衝撃でデジタルは死んだが、やはり即蘇生した。

 

(メンバー的に間違いなくデータのやり取りを目的とした集い!いやまさかワンチャン修羅場!?いやでもシャカール先輩にはファイン先輩が、うわああもう何にせよ我慢出来ないよぉぉぉ!!)

 

 一心不乱に砂浜へ直進するデジタル、しかし一切物音を立てていないのはさすが変態と言ったところ。よだれを垂らしてヌルヌル挙動を放つその姿は間違っても勇者とは呼べず、どちらかというと洞窟とかで勇者と闘うキモい系モンスターの系譜だった。ギギネブラ的な。

 そうしてたどり着いた地平、開けた砂浜。海面に揺れる月の下に話し合う3()つの影を肉眼で捕捉し、デジタルは動きを止め息を潜めたのだった。

 

 と、その時に気付く。

 

(…あれ、3人?)

 

 レーダーで捉えたのはウマ娘3人のみの筈。という事は、残り1人はウマ娘ではない。

 隠れた茂みの隙間から、意を決して双眼鏡(50000円オーダーメイド。多機能高性能)でその集いを覗く。

 

 アグネスタキオン発見。月を背に浮かべた微笑が蠱惑的。デジタルは死んだ。

 エアシャカール発見。書類を手にニヒルに笑う姿が恐ろしく格好良い。デジタルは死んだ

 そして最後の1人。2人が見つめるその影は。

 

 

「……牧路トレーナー?」

 

 

 月光に燻んだ白髪を照らされた、人間の青年。

 なんでこの集まりにトレーナーが、とか、なんでスピカ所属の人が無関係のウマ娘と集まってるのかとか、そういう疑問はすぐに吹き飛んだ。

 ボンッ、と鳴った音によって。

 

「…!」

 

 彼が、走り出した。

 それだけの事なら驚く事は無い筈だった。所詮人間、ウマ娘の走る速度に比べたら蟻にも等しい。言っちゃ悪いが、身体能力に限れば取るに足らない。

 ならば、何故?

 

「速っ…?!」

 

 もちろん、全力のウマ娘に勝てる速度ではない。表情を見るに彼は全身全霊を注ぎ込んで走っているようだが、所詮手加減したりレース途中でペース調整をしているウマ娘に追随出来るかどうかが関の山だろう。

 

 ……つまり、そう。

 ()()()()()()()()()

 人間の足で、ウマ娘に。

 

「デジたんの体感的には、長距離OPの中盤ペースに匹敵しますよ…!?」

 

 驚愕する傍ら、再度双眼鏡を向ければ既に青年は走るのをやめていた。距離にして200mほど、それを走り抜いた先で荒い息を吐いている。

 そこへ駆け寄り、何か声を掛けて会話を始める2人のウマ娘達。内1人、タキオンが、何かを言い返した青年の足首を掴む。

 そして、そのジャージズボンの裾を膝までめくり上げた瞬間。

 

「…〜〜〜っ!?」

 

 目にしたデジタルは、声にならない悲鳴を上げた。

 

 

「おや?」

「あァ?」

「……見られたか」

 

 訂正。抑えたものの結構な悲鳴を上げていた。

 

(やばいやばいやばいバレたバレたバレた邪魔しちゃったぁー!!)

 

 半分は「推しの時間を邪魔してはならない」というオタクとしての最後の意地、もう半分は目の当たりにした光景に対する純粋な恐怖から、瞬時に逃走を選択したデジタル。何にせよ、“見てはならない物を見た”という一念が彼女を突き動かす。

 そして、終わる。

 

「オッスオッス」

 

 初動で振り返った瞬間、目の前に立ち塞がったのは銀の影。それが芦毛だと気付いたのは、()()()に視界を塞がれた直後の事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「という訳で捕まえてきたんだぜ!」

 

 芦毛の不沈艦が嗤い飛ばす。

 

「ったく、下手に所帯増やすと面倒だぞ」

 

 黒鹿毛の狂バが毒突く。

 

「まぁ良いじゃないか、彼女の知見も得たかった頃合いだし」

 

 栗毛の科学者が微笑む。

 

「何にせよ、バレちまったモンはしょうがない」

 

 そして、白髪の亡者は歩み寄った。

 

 

「ようこそアグネスデジタル。闇チーム“ブラックホール”へ」

「は…はひ……」

 

 

 かつて。深夜のテレビに奔るノイズを、人は「砂嵐」と表現したという。

 まさにこの夜、デジタルな変態はその渦中へ惑う事となったのだった。



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ちょっとした噺
ドッタンバッタン、リギルンルン


 キャラ大崩壊注意!特にたぬき(隠語)
 凱夏とスズカが移籍する前のお話です


「Oh Shit, Oh f ck. There're no hopes so I lost all of my power. American dream sank in the horizons of the Far East…」

「何があったんだい」

「会長さんかい。タイキがホームシックに(かか)っちまったんだと」

 

 タイキシャトルが動かなくなったのは、ある晴れた晩春の日の事だった。季節の変わり目が災いしたのか、エアコンの効いた部屋で丸くなってそれっきり…になってしまったのである。

 

「タイキシャトルが待機状t」

「それ以上いけない」

「……すまない。しかしホームシックならば、故郷からの土産による回復は見込めないのかい?」

 

 その問い掛けに、ヒシアマゾンは首を振る。方向は横。

 

「さっきから(くる)まってる毛布の中に、実家(アメリカ)からの贈り物を逐一投げ込んでるけど効果無しだ。暫く抱きしめたと思ったらそのままリリースされちまう」

「同室の娘は?」

「もう登校してるさ。その娘に迷惑が掛かる前になんとかしたい所だけど……」

 

「I am the bone of my Hamburger. Buns is my body, and patty is my blood. I have ate over a thousand potatoes. Unknown to Bilking. Nor known to Life. Have withstood pain to create many fast-foods. Yet, those hands will never hold anything. So as I pray, UNLIMITED HAMBURGER.」

 

「……厳しそうだな」

 

 ハンバーガーまみれの結界でも展開しそうな呪文を聞いて、ルドルフは事態の深刻さを一層深く理解する。全てのウマ娘の幸福を謳う彼女は、沽券に懸けてこの事態に取り組まねばならない。

 

「しかしヒシアマゾン、私も君も今日の授業とトレーニングがある。今日はタイキシャトルが休みだという旨を関係者に伝達し、一先ずはおハナさんや凱夏君の指示を仰ごう」

「まずはそれしか無さそうだねぇ。ほらタイキ、ステーキ作ったから置いとくよ!朝ご飯はちゃんと食べるこったね!」

「Thanks……」

「タイキシャトル、無理にとは言わない。だがアメリカのご家族は、君が日本で元気に過ごす事をこそ1番にお喜びになるだろう。その事を忘れないでいてくれ」

「Yes………」

 

 大盛りの皿を置いて、後ろ髪を引かれるような思いを抱えながらも部屋を後にする2人。残された布団の中からは、暫くすると啜り泣く声が漏れるのだった。

 

 

 

 

 

「という訳で、これから“タイキシャトル激励に向けた有識者討論会”を開催しまーす」

「どうしてこうなった……」

 

 その日の夕方。全員が練習を終えた頃合いで、部室でテーブルを囲んでいた。

 

「有識者1人目。故郷アメリカに精通してるヒシアマゾン君」

「文化面と糧食は任せな!」

「2人目。同学年の代表的存在であるエアグルーヴ君」

「女帝を目指す者として、同級の迷いを晴らせるよう尽力する所存です」

「3人目。所属こそ違うけど頼れる寮長なフジキセキ君」

「手品の出番は無さそうだけど、ポニーちゃんの心を救うにはそれだけが能じゃないって示したい所だね」

「4人目。我らが生徒会長ことシンボリルドルフ君」

「お、おう」

「5人目。俺と一緒にいたから取り敢えず参加させたサイレンススズカ君」

「嘘でしょ……いえタイキは心配ですけど………」

「ちなみにマルゼンスキー君は療養旅行中の為、ナリタブライアン君は『いやそこは放っといてやれよ…』と言ってそれぞれ欠席となりました。残念ですね」

 

 そんな風に全員の紹介を終えた司会者は、最後に佇まいを直してから言い放った。

 

「ではトレーナー業務で多忙なおハナさんに代わり、この俺こと牧路凱夏が司会・進行役として始めさせて頂きます。よろしくお願いします」

「「「よろしくお願いします」」」

「「待って待って待って」」

 

 止めたのはルドルフとスズカだ。

 

「どした?」

「いや凱夏君、なんで私達でこんな会議を?同じウマ娘とはいえ所詮未成年の身、こういう件は大人も交えて慎重に事を進めたいのだが」

「バッカお前、こういう時に力合わせなくていつチーム力発揮すんだ。というか大人じゃ子供の情緒を取り零すのが常なんだから、こういう時は同じ子供の方が救い易いんだよ」

「そうなのか」

「そーなの。ちなみに放っておいたら会長権限と自費で強硬策しそうなお前に対する牽制でもある」

「むむっ」

 

 実際、昨年度の三冠+αのレース賞金でなんとかする事も視野に入れていたルドルフはこれで沈黙せざるを得なくなった。続いてはスズカである。

 

「あの…私、本当に空気とか読めないので、役に立てないと思うんですが」

「一度乗った船なんだ、観念しなさいな。聞いちまった以上はお前も気になってるだろ」

「いやでも私」

「それにこのモヤモヤを抱えさせたまま放逐したら憂さ晴らしに勝手な走り込みをしそうなので、その意味でも自由にする選択肢は無い。却下」

「そんなぁ…!」

 

 逃げウマ娘から逃げ道を絶った所で、会議再開。先刻の2人はともかく、ヒシアマゾン・フジキセキ・エアグルーヴは仲間を救おうとやる気満々であった。特に新入生で新進気鋭なエアグルーヴ。

 

 会議は踊る。そして進むかどうかは、結果のみが教えてくれるだろう。

 

 

 

 

【作戦その1:病は気から、気は飯から!】

『腹一杯じゃ、消化するのに精一杯でネガティブなんて考えてる余裕無くなるさ。故郷の味で幸せになっちまえ!(発案者H.A.談)』

 

「ピザだッ!」

「ホットドッグだ!!」

「サンドイッチだ!!!」

「フライドチキンだッ!!!!」

「ロードロ……カルフォルニアロールだ!」

「食欲湧かないデース…MRYYY(ムリィィィ)……」

 

結果:失敗

 食べてもらえないのは流石にどうしようも無かったね。更によく考えると、太り気味になる危険性があったし寧ろ失敗して良かったかもしれない。ちょっと食べて貰えたとはいえ、ヒシアマゾンにとっては残念な結果になってしまったけれど。

 あっ、ちなみに残った食材はチームメンバーが美味しく頂いたよ。

 

 

【作戦その2:母さん譲りのデート術を見せてあげよう】

『迷っているなら導けば良い。私が彼女をエスコートしてみせるよ(H.K.談)』

 

「ポニーちゃん、君はどこに行きたい?」

「アメリカに帰りたいデース…他の場所なんて考えられないデース……」

「」

 

結果:失敗

 そもそも外に出られる状況じゃなかった。フジ先輩もそれを察したから即座に引き下がったんだろうな。

 しかし布団から出られないとなると、部屋の状況はどんどん悪化していく。その面も考慮しなければ……

 

 

【作戦その3:部屋改造計画】

『部屋の汚さは脳内の混沌と比例します。ここで部屋の空気を一転させる事で、タイキの内心に良い影響を及ぼしましょう(A.G.談)』

 

「タイキ、窓開けるぞ」

「良いデスよー…」

「タイキ、ここの本棚動かすぞ」

「良いデスよー…」

「タイキ、ここのゴミ捨てておくぞ」

「お願いしマース…」

「タイキ、この本は図書館に返しておくぞ」

「お願いしマース…」

「タイキ、洗濯物畳んどいたぞ」

「ありがとデース…」

「タイキ、彩りに花瓶を飾っておくからな」

「ありがとございマス…」

 

「ふう」

「スッキリしたようで何よりではあるんだが」

「タイキはどうしたの?」

「……あっ」

 

結果:失敗

 部屋はとても綺麗になってたわ。うん、とても綺麗に。

 問題は全部エアグルーヴがやっちゃって、タイキが関わらなかった事かしら……エアグルーヴもエアグルーヴで、途中から掃除に夢中で気付かなかったみたいだし。

 可愛らしいわね。え?会長さんもそう思います?意見が合って嬉しいです。

 

 

【作戦その4:先頭の景色】

『走る気持ち良さを思い出せばなんとかなると思うんです。だって私ならなんとかなりますから(S.S.談)』

 

「………」パタパタ

「………」コンモリ

「………」パタパタ

「………」コンモリ

「………」パタパタ

「…スズカ」

「なに、タイキ」

「寒いデス」

「……ごめんなさい」

 

結果:失敗

 走る=風を切る=風に当たる=団扇!

 ……という連想をしていたようだ。その発想は無かったし新鮮だったんだが、エアコン下という環境が大きな障害になったと見える。布団に籠るタイキを、更に縮こませる結果に終わってしまった。

 しかしここまで難敵とは……マルゼンスキーと編み出した奥の手を使う時が来た、という事か。

 

 

【作戦その5:ウマい!ナウい‼︎秘蔵ダジャレ100連発】

『チョベリグに一気呵成!(S.R.談)』

「「「「「ダメです(S.R.以外の全員談)」」」」」

 

結果:未遂

 なんつー事をしでかそうとするんだいこの皇帝サマは!タイキどころか三浦寮の全員が寒さで引き籠るところだったよ!?

 でも、これでアタシ達は万策尽きちまった。あとはアイツだけだ……

 

 

【作戦その6:放置】

『オイなんで結局私まで参加した事になってんだ。寂しさぐらい癒えるまで待ってやれよ(N.B.談)』

 

結果:継続中。経過観察続行

 1人きりの渇きが簡単に治る訳が無いだろ。しかも欠けてるのが“家族”と“故郷”だというのなら、私達じゃ埋め合わせようが無い。

 だったら自分で決着をつけれるまで待つのが、私達のやるべき事じゃないのか?

 ……だが、アイツらの言う事も分かる。同じチームメイトなんだから何とかしてやりたいし、今のタイキは自分でケジメをつけられるようなコンディションじゃない。私の手法は所詮逃避だ。

 チッ。アマさんでも手をこまねく現状、姉貴だったらどうするんだろうか……。

 

 

 

 

 

「何故だ…笑いは万病の薬の筈……」

「」

「恥ずかしい、恥ずかしい…」

「私ってほんとバカ…」

「ここまで手詰まりとはねぇ。でもゴメンなブライアン、巻き込んじまって」

「知るか。人事を尽くしたんなら天命を待てば良いだろ」

「……だね」

 

 上からションボリルドルフ、白目の沈黙(サイレンス)スズカ、顔から蒸気(エア)グルーヴ、フジ奇跡(キセキ)も魔法もあるんだよ、疲れでヒジついてるアマゾンの順である。要するに、リギル部室は現在死屍累々という事だ。マシなのは一歩引いていたナリタブライアン唯1人。

 彼女達なりの死力を振り絞っても、タイキを救うには至らなかった。その事が、全員に強い無力感と倦怠感を齎している。

 

「あと残ってるのは…凱夏君の策だったか」

「アニマルセラピーだっけ。動物園かな、それとも牧場かな」

「というかタイキがあの状態じゃそもそも連れ出せないだろ。フジのデート作戦もそれでダメだったんだし」

「確かタイキは牧場育ちの筈だ。あのレベルじゃなければ効果は見込めたんだろうが……」

「動物…昔スズメさんと一緒に追いかけっこしたっけ……ウフフ………」

「戻って来いスズカ」

 

 

「何してるんだ、お前達は」

「あっ、トレーナー!」

 

 そこに入って来たのは、我らがリギルのトレーナーである東条ハナ。厳格な彼女を前に、一同は一斉に姿勢を正す。

 そんな律儀な教え子達に苦笑の微笑みを送って、東条は扉の向こうから誰かを手招き。その誰かは、おずおずと入室し……

 

「「「「「タイキ!?!!?」」」」」

「…あはは、ハロー」

 

 その正体で、全員を驚かせる事となった。

 

「どうしてだい!?今朝だって出る気配無かったのに」

「もしかして私達が鬱陶しかった?そうだったら本当にごめんね!」

「髪がボサボサじゃないか!そこの椅子に座れ、すぐ直してやる」

「えっと…大丈、夫?」

(言いたい事は皆が言ってしまったし、取り敢えず踊っておこう)

「えっ、ちょ、ハワワ」

「落ち着けお前ら!タイキが困ってるだろう」

「「「「「はい」」」」」

「うわぁ!いきなり落ち着くな!」

 

 一頻りビックリしてから東条は仕切り直しとばかりに咳をして状況を説明し始めた。というかそうしないと場を収拾出来なかった。

 

「学園外での仕事の帰り、ふと三浦寮に寄ったら玄関先でモジモジしていてな。声を掛けたところ、お前達とどうしても話したかったらしい」

「なるほど、おハナさんも優しいなぁ。タイキが心配で寮を遠巻きに眺めてるだなんて」

「そっ、そういうのは今は良いだろうフジ!…さ、タイキシャトル。言いたい事は自分でちゃんと伝えろ」

「……ハイ」

 

 おずおずと前に出て来たタイキシャトルに、いつものような溌剌さは無い。今も寂しさに押し潰されそうな様子で、しかし彼女は勇気を振り絞ってここに来た。ここに来て、口を開いた。

 

「アマサン。あの時の料理、デリシャスでシタ」

「…!本当かい!?」

「フジサン。デートのお誘い、嬉しかったデス」

「いやいや。寧ろこっちが感謝したいぐらいだよ」

「エアグルーヴ。花瓶の花、綺麗で元気をくれマシたヨ」

「……丹精込めて育てた一輪なんだ。力になったなら何よりだよ」

「ルドルフサン。家族の事、ずっと考えてマシた。そのお陰で今、踏ん切りがついたんデス」

「一念発起。君の起爆剤になれたならそれ以上の事は無い」

「スズカ。風、もう一度浴びたくてここに来ました」

「タイキ……!」

「ブライアン、貴方がワタシを放っておいてくれたんデスよね?そのお陰で落ち着けマシた、ありがとうございマス」

「……フン。例なら併走で返してもらうからな」

 

 六者六様の試みへの謝意に、皆涙を零す。それは全員の努力が、想いがタイキシャトルに伝わっていた事への感謝だ。

 決して一つずつでは届かなかった、でも皆が諦めず模索した。その集った尽力が、今も寂寥に震えるタイキの背を押す。

 

「ワタシ、頑張りマス…これからも、よろしくデス!!」

「当たり前だ!」

「ああ、よろしくねタイキ!」

「私も負けんからな!」

「一緒に走ろうね、タイキ…!」

「あぁそうだ、この光景こそが……」

「…フッ……」

 

 リギルの輪が一つになり、ここに一つの絆となった。タイキシャトルは未だ全快とは言い難い、しかしこの仲間がいる限り挫ける事は無いだろう。

 

 これにて、めでたしめでたし!

 

 

 

 

 

「と言うとでも思ったか?牧路ィ!」

「アバーッ!?」

「「「「「「「!?!!?」」」」」」」

 

 一瞬前までの満面の笑みは何処へやら、東条ハナが鬼の形相で部室に引き摺り込んだのは、段ボールを抱えた白髪の青年。そう、牧路凱夏。

 

「サブトレーナーじゃないか。今までどこ行ってたんだい」

「いやぁ、お前らの策が全失敗した時の為の最終手段の準備に奔走しててな。さっき帰って来た所なんだ」

「1日業務をほったらかした言い訳がそれかしら?」

「ごめんなさい許してくださいマジでなんでもしますから!あと業務遅れは絶対に影響残さないよう調整出来ますから!!」

「調節出来るからサボっても良いだなんて、そんな訳が無いでしょう!いい、牧路君?これは貴方の管理能力が非常に高いからこそ……」

 

 土下座する凱夏、鬼の説教モードに入る東条、そしてドン引きするウマ娘一同。そんな混沌とした状況の中で、次の瞬間にその空気を変える程の動きが起こった。

 決して大きな動きではない。具体的に言うと、凱夏が横に置いた段ボールが少し動く程度。

 

 

 

 

ゴトッ

 

 

 

「…え?」

「あっ」

 

 そう。

 ()()()()()

 

「ゑ」

 

 誰かが口にした、間の抜けた感嘆符。それを()は、()()()()だと判断したのだろうか。

 

 

メェ

 

 

 鳴いた。今度は鳴いた。

 

「凱夏君」

「なんだルドルフ」

「校則的には」

「アウト。だから秘密で頼む」

 

 

 そしてソイツは、自分からその状態を見せた。

 突き破られるフタ。白い、白い、フワフワの毛玉。

 

「メェェ〜」

 

 子羊であった。それはそれは可愛らしい子羊であった。

 

 

「牧路君ンンンンッ!!」

「生産者許可取ってます!なんならここだけの話、理事長許可も取ってます!!違反したのは現行の校則だけですスミマセン!」

「それで申し開きのつもり!?学園内に動物を持ち込むってどういう了見よ!!!」

「タイキシャトルにはこれがベストだと思いました!」

「だからって貴方ねぇ……!」

 

 トレーナー陣営は阿鼻叫喚。対するウマ娘陣営はというと、

 

「愛玩動物…ってコト!?」

「フジの語彙力が死んでるの初めて見たよ」

「そもそも経済動物だしな。いや愛玩動物も経済動物ではあるのか」

「メェ!」

「ねぇねぇこの仔ルナ見て鳴いた!ルナを呼んだ!!」

「会長、お気を確かに!」

「メェメェ」

「スズカァーッ!そっちに行ってはダメだァー!!」

 

 此方も此方で地獄絵図。ツッコミが足りない。

 と、そんな二足歩行者達に呆れたのかそれとも興味が失せたのか。子羊は首の方向を、煩い者達から別の物へと変えたのだった。

 その向かう先には、未だ調子の戻らないタイキシャトル。

 

「…グメッ」

「は、ぇ?」

 

 そのまま前足でタイキの脛を引っ掻くように抱き着くと、頬擦りして動かなくなってしまう。一先ずの居場所として、子羊がタイキの傍を選んだ証左だ。

 

 戸惑いの瞳でチームメイト達の方を見る。乱心から自力復帰したルドルフ達が頷きで返す。

 乞う瞳でトレーナー達を見る。凱夏をKOした東条から諦念と許可の篭った頷きが返される。

 それらを受けて、タイキシャトルは子羊をーーーそっと抱き上げた。

 

(…ワ、オ)

 

 軽い。柔らかい。それでいて、その毛の向こうに力強い鼓動と命の重さ。

 懐かしい。

 

(…()()()()?)

 

 そんな疑問がふと(よぎ)り、でも即座に押し寄せた感覚に紛れて消える。

 嗚呼、そうだ。かつてこの楽園の中にいた。

 このモフモフの中に、私は生きていたのだと。

 

(ここにーーー答えがある)

 

 今目の前の、白い毛玉の中に。その向こうに。

 意を決して、タイキシャトルはその中へ顔を埋めた。猫吸いならぬ、羊吸い。

 

 

 

 そして、刻が満ちる。

 

 

 

 ピキン、と己の中の何かが張り詰めた。

 ビリッ、とした電流が流れた。

 プツン、とハチ切れた。

 

 タイキシャトルが、()()た音だった。

 

 

 

 

「ウォアアアアアアアーーーッッ!!!」

「えっ」

「「ええっ?」」

「ゑゑゑゑ!?」

 

 瞬間、爆裂!タイキシャトルの声にならない叫びが、音を伴わない心の雄叫びが、しかし夢か現か実際に周囲の人間や物体を押し飛ばした!!

 

「え、何だアレは!タイキがいつの間にか勝負服着て金色のオーラ出してるんだが!?」

「全身から稲妻も出てるわよ!」

「その至近距離で子羊が寝てるのおかしくない?まるで影響受けてないんだけど」

「牧路君、何よアレは?説明しなさい!」

「サーセン俺にももう訳が分からなDoor!」

 

 オーラに巻き込まれた凱夏が吹っ飛び、いよいよ以て事態は混迷を極める。その渦中にあって、中心にあって、しかしタイキの心は穏やかだった。

 

「今のワタシは…(スーパー)アメリカ人、タイキシャトルデース」

「えっ何それは」

「飽くなきフロンティアスピリットを持ちながら激しい安らぎによって目覚めたマル外のウマ娘…ちなみに1をすっ飛ばして2になってマス」

「…もしかして3もある感じかい?」

「もう少しでなれそうデス」

「なるなよ?絶対なるなよ!?」

 

 リギル全員で包囲網を構築するも、出来る事は果てしなく少ない。何をどうすれば目の前の伝説のウマ娘が鎮静化するのか、当の本人すらも分からない状況なのだから。

 そんな中で声を上げたのは、ルドルフ。

 

「そうか、領域(ゾーン)…!」

「えっコレが?」

「ああそうだ、間違いない!限られたウマ娘達がここ1番の勝負所で到達しそして得る境地、そこに今タイキシャトルは至っている!彼女の腰に装着されたホルダーと収まっているリボルバー拳銃を見ろ、あんな物はこれまでの彼女の勝負服には備わってなかった筈だ!今私達が見ているそれらは、領域(ゾーン)に入ったウマ娘が観客に見せる、己の心象(イメージ)に違い無いだろう!!一瞬で制服から勝負服に着替えたように見えるのも、彼女が現実に投影したイメージだ!」

「もしそうだとしたら色々酷過ぎます!この作品で最初に出た領域(ゾーン)がコレって正気ですか!?」

「あっ3になりマス」

「やめてタイキ!私達の余裕はもう0よ!」

「総員退避!この部室は放棄する!!」

「凱夏君はどうするんですか!?気絶してますよ!」

「構ってる暇無いだろ…!」

「もうダメだ!タイキはきっと爆発してしまうよ!」

「グメェ〜」

「ホァァアアアッ!!!」

 

 

 

「うーん、頭が痛て…何だコレはたまげたなぁ(白目)」

 

ドォンッ

 

 

 

 

 

 その日、リギル部室はそこそこ大変な事になった。成人男性1名が全身を強く打って保健室のお世話になったが、すぐに復帰して滅茶苦茶になった部室の掃除に追われていたそうな。

 ちなみに子羊は、尻尾の毛が異常に長くなりかつ悪人面になったタイキシャトルによって生産牧場に無事戻されたとの事。そのタイキの体の変化もじきに元通りになったという事で、今度こそめでたしめでたし。

 

 

〜〜

 

 

「って事が、リギル時代にあったのよ」

「ヤバ過ぎません?」

「ちなみにタイキは調子が爆上がりして、デビュー前なのに翌日の模擬レースで近く引退を控えていたバクシンオー先輩相手に本気の短距離勝負でハナ差決着に(もつ)れ込んだわ。非公式だけどレコードタイムだったそうよ」

「ヤバ過ぎィ!!」

「あの頃のおハナさん……部室を吹っ飛ばされた事で怒れば良いのか、タイキを絶不調から絶好調まで跳ね上げた事を褒めれば良いのかで悩んでたわね。ああ、懐かしい」

「でもどうして凱夏は羊を連れて来たのかしら」

「あとで本人に聞いたんだけど、タイキが牧場育ちで羊と戯れていたらしいから、その触れ合いに賭けたそうよ」

「はぇ〜すっごい」

 

 

 

 

〜〜

 

 

 

 

 時は戻って、リギル部室が吹っ飛んだ夜。

 

『ハァイ、パパ』

 

 英語で受話器に語りかけるのは、タイキシャトル。その相手は、遠く故郷の家族。

 

『うん、元気よ。それでね、ちょっとお願い事があるんだけど……私、好きな動物が増えたの』

 

 若干の緊張を溜めながら、意を決して吐き出した言葉は。

 

『来年以降のバースデープレゼントが無くて良いから、()()()羊を飼って。お願い!』




 タイキ覚醒シーンでは「運命の日〜魂vs魂」をBGMに流す事をオススメします


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to be new me
Regret


 15話「Re:邂逅」で、サクラバクシンオーが出た部分をバンブーメモリーに変えました
 名前を挿げ替えただけですが、キャラが違ったらすみません


 秋の感謝祭が終わった夕方、私は自主練に励んでいた。出し物の片付けも終わり、日が沈んだ直後の頃合いの事だった。

 おハナさんにはもう伝えて、許可を貰った上でやっている。その際、無理をさせない為の監視役と練習相手を兼ねて、桐生院サブトレーナーとミークさんが私へと割り当てられた。

 

「ふっーーー!」

「あっ…!」

 

 前を走る白い背中を外から差して、3回目の併走を終える。調子自体は良いが、果たしてどれ程の勝負勘を取り戻したと言えるか…。

 

「ミークさん、そっちはどうですか?」

「先輩のお陰で、仕掛け所とかはある程度分かりました」

「…そうですか」

 

 なら何より、と言いたい所だがそれ以上に自分の状況がもどかしい。全力で走りたい、練習したい、ジュニア級の時のような活躍を今すぐにしたい。

 でもその度に、何よりも先んじて頭が恐怖を訴える。視線を、私の右足へと誘導する。

 もう治ったと分かっていても、この恐れは如何ともし難かった。これではスカイさんに何かを言える立場ではない。

 

「2人とも、時間ですよ〜!」

 

 桐生院さんの声に我を取り戻すと、予め約束していた切り上げの時間だとやっと気付いた。駄目だ、無意識の内に頭に血がのぼせてしまうクセがついてしまったみたいだ。

 ミークさんを促してクールダウンに入るが、どうにか体だけでなく頭も冷やせないだろうか……と常々思う。そうしている内にコースを回り終え、集合場所に戻ってきた。

 

「お疲れ様でした。ストレッチと水分補給をしてからマッサージしましょうか」

「や、トレーナーさんのマッサージはまだ下手だから良いです」

「酷いッ!?」

 

 マッサージ。ああ、これもまた思い出だった。あの人がこのチームにいた時、練習が終わる度に皆にやっていた。

 エルもよく受けて、その度にフニャフニャになっていた。

 

「ミークちゃん、素直に受けましょう。疲労は取らなきゃいけませんし、何より桐生院さんも経験を積めなければ上達出来ませんから」

「むぐっ…それはその通りですね」

「下手である事は否定してくれないんですね…えぇい、上手くなって見返してやります!!」

 

 そう言ってむんっ!と気合を込める桐生院さんはどことなく愛らしい。なるほど、おハナさんが彼女を可愛がってしまう理由がなんとなく分かってきた。

 

「…上手くなるのはいつ頃ですかね」

「大丈夫ですよミーク!凱夏先輩から渡された“秘伝・揉み解しの書”がありますから!」

「酷いネーミングセンスはお揃いでしたか……」

「ミーク?今日なんか当たりキツくないですか???」

「冷蔵庫のプリン」

「はい。私が悪かったです」

 

 うん。本当にあの人とは違う。

 あの人とは違ってどこか抜けてて。

 あの人とは違って素直に感情を出して。

 あの人とは違って女性で。

 

 

 

 

 だから、それを目の当たりにする度に嫌が応にも思い出してしまうのだろう。

 その日の夜、夢に見てしまったのだろう。

 

 

 凱夏さんに惹かれていった、あの頃の記憶を。



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since 1999

 休日・祝日投稿を目標に頑張りますわい


「グラスワンダー?」

 

 茶道に用いる道具を買った帰り、その声に足を止められた。それは他ならない私の名前だったから。

 

「……どちら様ですか?」

「あ…いや、人違いだったらすまない」

「いえ、私はグラスワンダーで間違いありませんが」

 

 呼び声の主である、白髪な年上の青年。その胸元に燦然と輝くバッジを見て、腑に落ちる。

 

「もしかして、学園所属のトレーナーさんではありませんか?」

「え?ああ、うん、そうだけど」

「あっ、やっぱり。今年入学させていただいた者ですが、私みたいな新入生まで調べてくださっているとは光栄ですね」

「……まぁ、そういう事で良いや」

 

 歯切れが悪いが、それ以上に顔色が芳しくない彼。なんだか放って置けなくなり、私は問い掛ける事にした。

 

「何かお困りなんですか?」

「自分の存在意義が無かった事に気付いて困ってる」

 

 思ったより重かった。迂闊に踏み入った事を若干後悔した。

 しかし、尚の事見捨てる訳にはいかなくなって。

 

「貴方さえ良ければ、一緒に学園まで歩きましょうか」

「…へ?」

 

 そう提案したのは、本当に純粋な親切心から。

 

「いえ、ここから学園まで遠いですし、1人で帰るのも寂しいかなと思っていた頃合いですし。差し支えなければ道中、愚痴の聞き相手ぐらいにはなれますよ」

「…助かる。実は無意識に放浪して迷ってもいた」

「あら〜」

 

 これは相当な重症かも知れない。どのチームのトレーナーさんかは知らないけれど、学園に戻ったらたづなさんにカウンセリングを頼もうと私は思ったのでした。

 

 

 その後、急く事も無くゆったりと歩みを進めて学園近く。陽も暮れ始めたその頃合いに、お腹の虫が泣いたのを見計らって野点をした。茜色に染まった空の下、ほの甘い緑茶の風味が和菓子に映える。

 

「夕されば、ですね」

「野辺と門田のどっち?」

「ふふっ、私はまだ恋とその寂しさを語れるほど大した人間ではありませんよ」

「じゃあ門田か」

 

 ふと漏らした言葉に、彼が即座に該当する和歌で答えて来たのには少し驚き、そして同時に少し嬉しくもなりました。これでこそ、日本を勉強して来た甲斐があったというもの。

 

「謙虚なモンだ。将来の夢は大和撫子か何かで?」

「ご明察です。いずれは礼儀正しく教養に溢れる、凛とした佇まいで在れたら……と、日々修行中の身ですね」

「素人目にゃ、もう修行する必要も無いように見えるけどなぁ」

 

 いえいえ、と満更でもないながら否定しようとしたその時の事だった。

 

「こんなに透き通るような栗毛に綺麗な顔立ちなんだし、引く手数多で恋だってすぐに知れるだろ」

 

 スッ、と髪を梳かれる感触。同時に何気なく投げかけられた賛辞。

 あまりにも流暢に、そして優しい手つきで行われたそれに、私の頭は情けなくも一瞬でフリーズしてしまう。

 

Ah(あの)Huh(その)……well(えっと)………?」

「……あっ」

 

 思わず母国語のニュアンスで、しかしその実、言葉にもなってない意味不明な呻き声を上げてしまう。でも、それを受けて彼はその手を引っ込めた。

 

「す、すまん!なんかマジで無意識だった、通報してくれ」

「い、いえ!私も別に悪い気は……」

 

 2人揃って同時に顔を背けたのは不幸中の幸い、と言えるかどうか。この真っ赤に染まった顔を見られなかったのは、少なくとも幸運だったと言えるかもしれないけれど。

 

 

 この後、2人して気不味いまま学園で別れた。それが、私と凱夏さんの初めて出会いだった。




 化け物になってグラスに介錯されたい。


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for December 26th

 俺が有馬って言葉を初めて聞いたのは何がキッカケだったっけな
 割と幼い頃から何故かその単語だけは知ってたんだよなぁ


 翌日の選抜レース、見に来ているトレーナーさん達の中に彼の姿は見当たりませんでした。その事は少し残念だったけれど、目の前の勝負に対して全力を注ぐ事には何ら変わり無い。

 だというのに、2着。観覧席にいた人達や、レースを見ていたスペちゃん達は運が悪かったと慰めてくれるけれど、そんなことで自分は納得出来なかったし、したくなかった。

 故に私は、その日の夜にまた走り込み。

 

「君は逸材だ!想定外への対応力を磨けばもっと光れる!!」

「あなたは咄嗟の判断力に秀でているわ。後はそれを裏付ける学識と経験さえ積めば…」

「是非とも君を迎えたい。私のチームに入る気は無いかね?」

 

 そうやって差し伸べられるスカウトの手を、

 

「すみません」

 

 (ことごと)無碍(むげ)にする。

 失礼なのは分かっていた。でもそれ以上に、あの体たらくを晒した自分が許せなかったのだ。

 そして、彼もまた例外ではなく。

 

 

「グラス。リギルに来る気は無いか」

「…貴方は」

「牧路凱夏だ。先日は世話になったし、選抜レースも見てたよ」

 

 先日、気不味いまま別れてしまった人。そんな彼が、トレーナーとしての正装を纏って目の前に立っている。

 

「リギルって、確かエルちゃんが入部したっていう…」

「あぁ、トップトレーナーである東條ハナが率いる最強チームだ。俺はそこでサブをさせて貰ってる身なんでね」

「フフッ、やはり只者じゃない御仁でしたか」

「多分日本文化の勉強教材を間違ってるぞお前。撫子じゃなくて侍系のセリフじゃねぇか」

 

 一頻り笑い合った後、彼は顔を引き締めてこちらを見据えてきた。私も、それに応えるべく相応の視線で返す。

 

「……やはり、受けるつもりは無いのか」

「えぇ……申し訳ございませんが。勘違いしないで欲しいのは、トレーナーさんやチームに不満がある訳ではなくて」

「分かってるよ。けど……デビューが遅れるのも覚悟の上だな?」

「はい」

「さっき言ったようにリギルはトップチーム、あのルドルフの後輩としてレースの定石を学べる。その機会を逃しても?」

「後悔はしません」

「……俺の見立てでは、お前と東條さんの相性はこれ以上無い程良い。これを聞いても、ダメか?」

「………すみません」

「いや、此方こそスマン。無理にゴリ押したな」

 

 本当は嬉しい。そんなに私を高く買ってくれている事が有り難くて仕方ないが、それでも私は私自身の納得を優先させたい。その一心で頭を下げると、彼もまた同じように謝罪を返して来た。

 

「でも、空いてるリギルの席はどうすっかなー」

「いえ私は、」

「あっ、ごめん独り言だから気にしないで。まぁ埋まらなくても不都合は無いんだけど、いつでも対応できるよう準備だけはしとこっかなー」

 

 “気が変わったら受け入れる”という旨の言葉。それを受けて、私は去りゆく彼の背中に深々とお辞儀をしたのだった。

 

 

 

 

 

 

「グラスちゃん、知ってる?君がスカウトを受けないのって、穏やか過ぎて闘争心が欠けてるからだって思われてるよ〜。いやはや、無知は罪とはよく言ったもので!」

「セイちゃん」

「ナンデモナイデス」

 

 いつしか噂が流れ始め、しかしそういう勘違いをされても仕方ない自覚はある。甘んじて受けよう。真の己を発揮し見てもらうのは、それに相応しい実力を身に付けた後で良い。

 だから、一刻も早くその実力まで……

 

 

 

 そう思っていた頃合いの事。

 

「グラス、なんでリギルの勧誘を断ったんデスか?」

「エル」

 

 隙間時間に自主トレーニングを行なっていたエルに付き合い、併走をしていた時。合間の休憩で、突如そんな問いを投げ掛けられる。

 

「その話は何度もしたじゃないですか。そんなに忘れてしまうようなら、おでこにでも書いて差し上げましょうか?」

「違うんデスよグラス。牧路さんだけは他の人とは違いマス」

「……どういう事です?」

「あの人は、グラスの本当の性格を見抜いていマス!」

 

 エルが言ったのは、牧路さんだけは噂に流されずに真実の私を見てくれている、という事で。

 

「あの人、グラスが自主練で自分を追い込み過ぎるのを心配してマシた。それにアナタがアタシと一緒になんだか凄い世代になるとまで言ってて、おハナさn……東條トレーナーに激推ししてたんデス!彼は信じられマァス!!」

「……でも、私は……」

「グラスの言いたい事はよく分かってるつもりデス。でも牧路さんの言う通り、アタシもグラスが1人でやり過ぎてしまわないか心配デスし……」

 

 私を心配してくれる気持ちは分かるしありがたい。それにあの人が、噂に惑わず私を見抜いてくれていた事は素直に嬉しかった。

 ……でも。

 

「すみません、エル。私はこの意志を曲げるつもりは無いんです」

「グラァス……」

「だって、自分自身にも納得出来ないのに…人様に顔向けなんて出来ませんもの」

 

 妥協は出来ない。したくない。その穴を自分で埋められない者が、未熟な内に指導下に入った所でどれ程の結果を残せようか?

 せめて。そう、せめてーー

 

「次の選抜レースで、勝つまでは……」

 

 

 

「じゃ、勝ったら入ってくれるか?」

 

 聞き覚えのある声。ハッとして振り返ればそこにはラチにもたれ掛かって此方を見つめる彼の姿が。

 

「サブトレーナー!ケッいつのまに!?」

「ガキの頃から空気になって周りに気付かれないのは得意だったんでねぇ。いやまぁ影薄かったってだけの話だが」

「いや何歳からの得意技なのかを聞いた訳ではなくてデスね」

「それはそれとして」

「スルー?!」

 

 エルから此方へと向き直る牧路さん。その見通すような視線に、自然と私の背筋は引き締められる。

 

「次の選抜レース…8月後半あたりか。それまでに調整し切って臨むって事は、リギルとしても即戦力として歓迎出来る。上手くやりゃそのままデビューして、無敗のジュニア王者に君臨出来るかもな」

「えっ、ちょ」

「うん、おハナさんの調整力があればいけるいける。後は俺が……いや、これはまた後で考えるか」

 

 確かにその頃合いかな、と考えていたしジュニア王者も目指してはいた。しかし実際に目の前で勝手に予定を組み立てられては、いくら望み通りの物だったとしても困惑が先行してしまう。

 

「私はまだ入部すらしていないんですよ?そんな部外のウマ娘に、サブトレーナーである貴方が手を割くなんて……」

「おハナさんはああ(堅物に)見えてかなり話の分かる人でな。すぐに話せば分かってくれるだろ」

「いえしかし」

「しかしもお菓子も無ぇさ。素直に推させてくれよ、それが魅せつけた側の責任って奴だろ」

「「えぇ……」」

 

 エルと二人して呆れるが、それでも彼が本気である事はその目を見れば明らかだった。だからこそ疑問は大きくなるばかり。

 

「なんで、選抜程度で2位に収まった私にそこまでしてくれるんですか…?」

 

 思わず溢れでたその言葉に、我に返って後から口を塞ぐ。今の言い草ではまるで、いや実際あのレース自体を侮辱してしまった。あるまじき愚行だ。あまりの情けなさに顔が真っ赤になり、自分への怒りでその腹を切りたくなる。

 そんな私に、彼はラチを潜って歩み寄り…

 

 

 ポン、と頭に手が乗せられた。

 

「お前の()()()()所が好きだからだよ」

「……え」

「ふとした瞬間に目の奥に渦巻く勝利への欲求とかの事さね。お前、自分が思ってるよりも隠せてないし、何よりそんなに隠す必要自体が無いと思うわ」

 

 褒められた事が嬉しい反面、しかし望ましい事ではない為に私は膨れっ面になってしまう。そういう風に、感情を隠し切れない自分が好きになれないのに。

 

「私が大和撫子を目指してると知っててそんな事を言う辺り、意地悪ですね」

「底意地の腐れっぷりじゃ誰にも負ける気がしねぇな」

「褒めてません!…もう」

 

 素直に認めるのに時間が掛かったが、幾分か気が(ほぐ)れた。自覚出来る程度に微笑みを浮かべた私は、牧路さんへと問い返す。

 

「良いんですか?私が選抜レースで1着を取らない限り、貴方が空けてくれたメンバー枠は無駄になってしまいますよ?」

「でも次は逃す気無いだろ?」

「あらあら、そんな風に言われてしまうと……ふふっ」

 

 大きな期待を前に、思わず武者震い。そんな風に乗せられた私へと、彼は一本指を突きつけた。

 

「だが条件がある」

「何でしょうか?」

「指導させろとは言わん。だが次の選抜までの数ヶ月、練習風景は出来る限り見させてもらうし終わり際にマッサージ時間も設けてもらうからな。いざ入部ってタイミングで故障でもされたら、おハナさんと折り合いつかん」

 

 これまた破格の条件だ。エルの方を見れば「マッサージ」の所で目を輝かせてこっちを見てくるし、リギル内でも彼の評判は良いのだろう。

 だから、再び疑問がぶり返す。先程答えは貰ったというのに、未だ納得し切れない心が口を開いた。

 

「……なんで、」

「言うなよ」

 

 しかし、先んじて放たれたその言葉に私は制されてしまった。向けられたその瞳が、ただ真っ直ぐに此方を射抜く。

 

「お前はお前のために走って、俺はそれに勝手に期待した。それ以上の答えが必要か?」

「…!」

「だからさ…()()()()()()()()()()()()?」

 

 あからさまな挑発に、私の全身の毛が逆立つようだった。怒りではない、「望む所」という歓喜でだ。

 

「後悔させませんよ。だから、後悔しないで下さいね」

「そうこなくっちゃ、グラスワンダーは」

「えぇい、エルを無視するなデェス!入部内定が決まったんなら、そのお祝いに早速打ち負かして差し上げマァス!!」

「ふふっ、受けて立ちます。牧路さん、良いですね?」

「おう、早速模擬走ってんなら付き合うぜ」

 

 エルと二人でスタート地点に向かう。その背後から投げかけられる視線をひしひしと感じ、その頼もしさに私は頬を綻ばせたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…恩返しの真似事ぐらい、快くさせてくれよな」




 ちな、最強の2頭が競ったのは俺が生まれて間も無い頃でした。


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Chained

 それからのグラスと牧路さんデスか?そりゃあもう選抜レースまでべったりデシたよ。

 グラスは毎日自主練するし、牧路さんもかなりの頻度でそれに付き合うし、アレはもう専属と言っても特に遜色無かったデスねぇ。特に牧路さんの方は、リギルのサブトレーナーの仕事を前と同じようにこなしながらデシたから「いつ寝てんの」ってぐらいだったのを覚えてマス。うん、今考えても多分寝てなかったデスよあの人。

 取り沙汰するとしたそうデスね…一番印象深かったのは選抜レース前に二人だけで体育館に入った時の事デシた。エルは興味本位で覗いたんデスがねーーーー

 

 

〜〜

 

 

 その頃、グラスワンダーは無性に沸き立つフラストレーションを抑えるのに苦心していた。

 特段、嫌な事があった訳ではない。疲れが溜まっている訳でもない。ただただ単純に、己の内より湧き上がる「走りたい、勝ちたい」という欲求が我慢ならなくなっていたのだ。

 

(無様な話です。トレーナーの方々を跳ね除けてデビューを遅らせたのは、他ならない私自身の決断だというのに)

 

 待ち遠しい。次の選抜レースが待ち遠しくて仕方がない。その時は望み通り近付いているというのに、それ以上に気分が昂って爆発寸前だ。

 一歩間違えれば、空焚きされたヤカンの如く高熱に見舞われ、その熱で己を融かしてしまいそうな程に。

 幸か不幸か、トレーニング自体は実に好調なのが鬱憤をさらに加速させた。好タイムを叩き出すグラスをエル達同期組は褒め称えたものの、その内面はマグマのように煮えたぎって暴発寸前だったと言える。

 だから、彼が動いた。同期組と同じく、彼女を最も近い位置からずっと見ていた彼が。

 

「グラス、武道ってどれくらい習ってる?」

「…は?」

 

 

 

「あの…本気ですか?」

「知らんのか?人間の体って替えが利くんだよ、移植とかでな」

「狂気じゃないですか!」

「流石に冗談だっての」

 

 お互いに道着を着込み、マットを敷かれた静謐な体育館で向かい合うグラスと凱夏。戸惑う前者に対し、後者が引き下がる様子は無い。

 

「で、でも“本気の空手でブン殴れ”って言われましてもですね…」

「空手習ってるって言ってたじゃん」

「ウマ娘の力で殴られる、っていう行為の意味分かってます?柔術や合気なら折らない程度に加減出来ますけど、空手はまだ上手く力が抜けなくて…下手にミスしてしまえば、貴方の身体は……」

「仕方ねぇなぁ」

 

 そうボヤいて、凱夏は構えを変える。受けから攻めへ、柔から剛へ。

 

「じゃ、まずは立場交代だ。俺が殴り掛かるから、その合気やら柔術やらで制圧してみろ」

「えっ」

「安心しろ、俺は寸止めには定評がある…が、本当に殴られると思って貰わなきゃ困るからそこは頼むぜ」

 

 自信あんだろ?と挑発する青年に、グラスは釈然としないながらも受けの姿勢で構え直した。闘争心の強い彼女のこと、なんだかんだで挑発に乗ってしまった側面もある。

 

「じゃ、始めるぞー」

「…っ」

 

 如何に種族差があるとはいえど、相手は相手。そこに油断があってはならず、敬意と警戒を以て挑まんとグラスは気を引き締めた。

 そして踏み込んでくる凱夏の一歩。鍛えているとはいえ所詮成人男性の域、ウマ娘の動体視力からすれば止まっているようなもの。

 

(初手はフック…躊躇無しの顔狙いとは、流石です)

 

 宣言に違わず有言実行してきた相手を称えながら、しかしグラスは同時に手を伸ばした。相手の手首を掴み、後ろ手に回して鎮圧するべく。

 大丈夫だ、これぐらい故郷の道場で何度も練習した。いける。しくじる筈が無い。すぐに終わらせなければ。恥を晒すな。そう、今ーーー!

 

 

 

「えっ」

 

 

 気が付くと、鼻先に拳が突きつけられていた。

 

「思い出せるか?」

「…い、え」

「じゃあもう一回だな」

 

 そう言って彼はもう一度構えを取る。グラスもそれに応じて、やはり今度も彼が踏み込んできた。

 

(さっきと同じ…!)

 

 もう見逃すものか。ギリギリまでその拳を見定めて、今度こそ捕らえてみせる。

 そう強く意識した成果か、半身をズラす事で初撃を回避。隙だらけになった彼の姿勢を見て、ここだと経験が叫ぶ。

 

(決める!!)

 

 このまま慣性で流れてきた体を、受け取るように絡めとって終了だ。あとは寝技なりの極め技で抑えつけてしまえば良い。

 だから、逃すなグラスワンダー。

 今だ、やれ!!

 

「っ!」

 

 (はや)る気持ちのままに手を伸ばした、その一手が分水嶺だった。

 

「ふ…んっ!」

「な!?」

 

 凱夏、急停止。地面に残っていた足一本で、到底自重とその勢いを止められそうもないその一本だけで。

 その瞬間、グラスは思い出す。

 

(これ、さっきも同じ…!)

 

 先刻、鼻先に拳を突きつけられた時。その敗北に至るまでの一瞬を、ここに来て思い出す。あの時も、彼が明らかに無理のある急ブレーキを掛けた事で、此方の伸ばした手が空を切り、その隙を逆に突かれて……

 そして、今回も。

 

「2敗だな」

「っ…」

 

 首に当てられた手刀。逸した機は、逆に相手のチャンスとなってグラスへと牙を剥いたのだった。

 

「どうやって…止まったんですか」

「踏ん張っただけだが?」

「だけ、って……」

「単純な筋力のゴリ押しだから、そこを突き詰めたってしょうがねぇよ。だがグラス、本当に冷静なら俺の奇策なんて丸ごと捉えられた筈だぜ」

 

 そうは言われても、実際問題として捉えられなかった現実がある。そう不満を漏らすと、凱夏は呆れたように言い返した。

 

「よく考えろ。冷静なら捉えられたって事は、つまり捉えれなかった今のお前は冷静じゃねぇって事だよ」

「そんな事……ぁっ」

 

 無い、とは言えなかった。

 ずっと「早く」という言葉が頭から離れていなかった。

 とにかく焦りが先行し、()いていた自分を自覚した。

 

「とにかく手が早過ぎたんだよ。だから一回でも“間”を外されただけですぐ引っ掛かるし、俺の力任せな小細工で崩されちまった。これがレース中に出た場合…どうなるかは言うまでも無ぇだろうな」

「……返す言葉もありません」

「かしこまんなって。故にそれを()()しようって話なんだから」

 

 そう言って彼が取ったのは“受け”の構え。当初の予定通り、グラスからの攻撃を捌く気満々の姿勢である。

 

「自分を誤魔化すな、グラス。その攻撃性を一回で良いから発揮して、そして首輪をつけてみな」

「でも、どうやって…?」

「暴れ方を知れば、抑え方も分かる。型に拘っても拘らなくても良いから、とにかくこの自分自身と俺を服従させる為にキレてみるんだよ」

 

 さもなくば、と前置きして凱夏は言い放った。

 

「お前には、“力でヒトに負けたウマ娘”という汚名が一生付いて回る事になるぞ?」

 

 カチン、という音が頭の中で鳴った気がした。感謝の念と同時に湧き上がったそれは、闘志となってグラスの身体を迸る。

 

「……牧路さんは、私を焚き付けるのがお上手ですね」

「言ったろう、俺は底意地が腐ってるって。素直に出てきた言葉がそのまま挑発になるんだから楽な話だぜ」

「言わせておけば……と、怒れば良いのでしょうか」

「いっそのこと、我を失ってもらった方が話早いかもな」

 

 欲求発散って意味では、と注釈して彼の目線がこちらを見据えた。負けじとグラスも見つめ返し、そして空手の型を構える。

 不思議と、全力で打ち込んでも良い気がした。彼なら受け止めてくれるという、不思議な確信があった。

 この鬱憤を。この全力を。

 

「壊れたって…知りませんよッ!!」

「出来るものならやってみな!」

 

 次の瞬間、破裂音が体育館に響き渡ったのだった。

 

 

〜〜

 

 

 ケ?その後ですか?

 凄いですよ、グラスが撃ち込み牧路サンが捌く。それが止め処なくずっと流れるように続いて、「はぇーすっごい(小並感)」ってなったデェス。

 それで、最後にはなんと空手と柔術を融合させたグラスの技が完全に牧路サンを捉えてデスね……発散した末の究極の冷静、“メイキョーシスイ”って奴デスか?ともかくすんごい動きで牧路サンを投げ飛ばしちゃいマシた。怪我させないよう限界ギリギリに制御された神業で、動画に撮っとけば良かったと今でも後悔してるデェス。

 

 ……問題は、そこからデシて。

 「そこにいるんでしょう、エル?」って。いつから気付いてたんでしょうね、先ほどとは比べ物にならない後悔が私に襲いかかりマシたが手遅れデス。瞬く間に詰め寄られたかと思えば、次の瞬間には引き摺られてマシた。

 そのまま、暴れ足りないグラスの相手を牧路サンと揃って地獄行脚デェス!今思い出してもキツかったデェェェス!!()められた関節が今も疼いて、なんか腹立ってきたデェス!!!|

 ……ま、スッキリしたグラスの顔を見て、そんな怒りなんか収まっちゃいマシたけどネ。罪な女デス、全く。

 

 

 

 ただ……えぇ。そうデスね。

 

 

 

〜〜

 

 

 

「そういえばデスがグラス、神戸新聞杯って知ってますか?」

「バカにしてるんですか?」

「違いマス違いマス!今度そのレースで、ダービーで活躍したあのサイレンススズカ先輩が出るので、良ければ一緒に見に行きたいなって思いマシて。もしかしたらいつか戦う事になるかも知れマセンし!!」

「スズカ先輩が…私のデビュー戦がどうなるか分からないので確約は出来ませんが、良ければ行きたいですね」

「デショうデショう!どうですサブトレーナーさん、アナタも良ければ……」

 

 

「………俺は、良いよ」

 

 

 

〜〜

 

 

 

 苦い表情。彼の顔と、意味も分からず顔を見合わせた当時の私達。今も忘れられマセン。

 きっとあの時から……グラスと凱夏さんの道が逸れ始めたような、そんな気がしマス。



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空振った愛の中で

全部英語で行くつもりだったけど断念した


 凱夏ちゃんとグラスちゃんについて?

 んーと、どこから話せば良いかしら…あっ、エルちゃんから選抜レース直前辺りまでは聞いてる?じゃあそこからで良いわね。

 当時ね、グラスちゃんの事はリギルの中でも結構話題になってたのよ。スズカちゃんの脱退からずっと落ち込んでた凱夏ちゃんが、入部前から随分と入れ込んでるってんだから私達としても喜ばしかったし?新人に対する期待半分、凱夏ちゃんのメンタル回復への期待半分って感じだったわ。

 実際凄かったのよ、グラスちゃん。選抜レースで勝って入部した時には「こんな大人しい娘が他人とマトモに競えるのかしら」って思ったものだけどねぇ。瞬く間に「怪物二世」だなんて二つ名まで付けられて、先代怪物として誇らしいやら腹立たしいやらよ!それ以上に可愛いけど!!何より凱夏ちゃんがゾッコンってのもジェラシーだったし?

 

 でも、ね。

 なんで、終わっちゃったのかしらね……。

 

 

 

〜〜

 

 

 

「…勝った」

 

 全てを抜き去った感慨。それを背に、私は外ラチへと歩み寄る。

 そこで待つ、彼の元へと。

 

「牧路さん」

「改めて声を掛けに来たよ」

「……ええ。お待ちしておりました」

 

一拍置いた後、頭を下げる。これが新しい始まり。

 

「改めまして、グラスワンダーと申します。ご指導ご鞭撻をよろしくお願いいたします、()()さん」

「こちらこそ宜しくな、グラス」

 

 選抜レースに勝って、リギルに入って、そして今日のデビュー戦。満面の笑みを送り合う私達の前に、暗雲なんて無いと思っていた。道の果て、頂点まで一緒に行けると疑いもしなかった。

 デビュー戦だって、そうだった。

 

「凄いデスよグラァス!他をまるで歯牙にも掛けないなんて、私達以外じゃ相手にもなりマセンね!!」

「エルぅ〜?私を持ち上げるのはともかく、他の方を下げる必要はありますかぁ?」

「ヒグウッ」

「まぁまぁグラスちゃんもエルちゃんも落ち着いて。ほら、ここは凱夏ちゃんがバッチシ締めてあげなきゃ!」

「ここで俺かぁ!?……や、その通りだな。圧巻だったぜ、グラス」

「……はい!」

 

 エルを窘めて、マルゼン先輩に窘められて。そして凱夏さんに褒められるのが嬉しくて。

 …でも。

 

 

 

 

「凱夏さん?」

「あ…?グラスか、スマンな。スルーしてくれ」

 

 デビュー戦の次の日の凱夏さんの有り様は、到底見過ごせるものじゃなかった。たった1日で落ち込んだ目蓋と隈が、彼の精神状態の危うさを物語っていたから。

 原因は、神戸新聞杯。その2着ウマ娘にして、私たちの世代と入れ替わるようにリギルから抜けたというサイレンススズカ先輩。

 それが私、グラスワンダーの前に立ち塞がる強大な壁の名だと。その時になってようやく知ったのだ。

 

「私の責任なんだ」

 

 本人に聞くに聞けず、代わりに尋ねられた東條トレーナーはそう言った。

 

「私が押し付けて、彼はそれに従った。その結果、2人とも壊れかけた」

「おハナさん」

「何も出来なかった。彼が独断でスズカを西崎君に託した時、とうとう見限られたのかとすら考えたわ。にも関わらず今もサブトレーナーとして支えてくれるのは……」

 

 本人にも分からない、と言った表情で彼女は目を伏せる。己の罪を再度、忘れる事の無いよう咀嚼して。

 

 

 スズカ先輩の成績はパッとしないものだった。

 もちろんダービーで驚異的な潜在能力を見せつけたのは知っている。けれどそれ故に警戒され、秋天でもマイルチャンピオンシップでも沈んだ。その中でも光り輝く物は確かに見て取れたが、結果が出てない以上はそこまで執着する程の事でも無いと思っていた。

 

 ……いや、正直に言おう。私は彼女に嫉妬していたのだ。

 彼女のレースが近づく度に、彼はソワソワしていった。

 彼女が沈む度に、彼は強く深く、それに負けないくらい沈み込んだ。

 練習場でその栗毛が靡くのを見かける度、彼の視線がそれを追っては地に落ちるのを見た。

 

 その悉くが。

 醸し出される負の感情の悉くが、私の走りで彼が発する喜びを、明らかに上回っていたから。

 デビュー2戦目で勝っても。

 模擬戦で他を圧倒しても。

 自己ベストを更新しても。

 

「流石だ。蔓の王冠、似合ってるよ」

「撫で斬りかよ!ホント、見上げた勝利への執念だこと」

「見ろよグラス。また自分に勝ったな」

 

 いつしか、褒められると同時に頭を撫でてもらえるくらい距離が近くなっても。

 

 

「……スズカ」

 

 

 たったその3文字で、私たちの喜びが無に還されるから。

 

 

 

 なんで、私じゃないんですか。

 私じゃダメなんですか。

 私を見て欲しい。

 貴方のお陰で勝てたのだから、喜んで欲しい。

 もっと。もっと、もっと。

 なのに、なんで。

 

 

 

 

「君は、もしかすると希望なのかも知れない」

 

 そんな折、そう言ってきたのはルドルフ先輩だった。

 

「希望…ですか?」

「ああ。凱夏君が落ち込んでいる事は君にも分かっているだろう」

「……はい」

 

 要領を得なかった。そんな彼に対し、何も出来ない私が希望?そう考えるのは烏滸がましいのではないのだろうか。

 でも、ルドルフ先輩は違う捉え方をしていたようで。

 

「彼は己の才と努力を卑下し、意欲を失っている。だが考えてみて欲しい、そんな人が他者をスカウトするか?」

「えっ……」

「スカウトは己を、己の目を信じていなければ本来出来ない行動だ。それを鬱手前の彼が行ったという事は、それを上回る可能性の煌めきを君に見たからなんじゃないだろうか」

 

 肩に手を置かれ、その紫色の瞳に射抜かれる。そこに預けられた期待が、私の背を押した。

 

「君が彼を救うんだ、グラスワンダー。自縄自縛、己を苛む地獄から」

 

 

 

 それから、走った。

 走り続けた。

 朝も昼も夜も、校則を破るギリギリの時間帯まで切り詰めて。制止を受けないよう、知られる事の無いよう学園外で走り込んで。初めての重賞の感慨すら、それでも得られない彼の心からの笑顔を求めて投げ捨てた。

 それでもどこで知ったのか、彼は止めに来る。苦悶に顔を歪めて、スズカ先輩を見る時と同じくらい辛そうな表情で。

 

「グラス、なんで」

 

 貴方の為です、だなんて口が裂けても言えなかった。言ってしまえば、個人的なエゴに過ぎないと自覚してしまう気がしたから。

 ズキズキ痛む足が、彼の手で忘れた筈の疲労を思い出して悲鳴を上げていたから。その悲鳴を抑えるのに必死だったから。

 

 

 それでも、凱夏さん。

 私は、貴方に見て欲しかったんですよ。

 私を。

 私の走りを。

 貴方の光に、なりたかったんですよ。

 

 

 

 

 

 

 そんな自分勝手な私が朝日杯を勝てたのは、神様の最後の慈悲だったのでしょうか。

 そして、罰も。

 

 

 

 

 

「ごめんな、グラス」

 

 彼が右足を撫でる。車椅子に座った私の、ギプスに包まれたその足を撫でる。

 

「ごめんなぁ、グラスワンダー」

 

 壊れた宝物が、無事だった頃の思い出を仕舞い込むように。

 その瞳からは、最後に残っていた光も消えていた。

 

 

 声が出なかった。出す権利なんて無かった。謝り返す権利すら無かった。

 私はただ、無様に涙を流す事でしか応えられなかった。




 どちらかが途中で「No」を言えてれば、こうはならなかった。ならなかったんだよロック
 それが空振ったから、彼らの物語(コンビ)はここでお終いなんだ


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Do my best

 感想に飢える日々なんだよなぁ


「つまり、全部凱にぃが悪い….ってコト!?」

「まぁまぁ落ち着いて。ね?」

 

 先走りかけたミークを手で制し、改めて新人組2人(桐生院&ミーク)と向かい合う。これまでエルやマルゼンスキーにも事情を聞いてきた彼女達、その最後の相手がフジキセキだった。

 

「この件は誰か1人じゃなくて、皆揃って選択肢を間違えた事にこそ原因があるんだ。凱夏君とグラスちゃんだけじゃない、おハナさんもルドルフも間違えていた」

「……おハナさんはスズカさんの件を気にして、先輩にもグラスさんにも強く出られなかった。自主性をどこまで重んじるかで迷ってしまった」

「ルドルフ先輩は、勝つ事で示す希望を重んじてグラス先輩の背を押してしまった…?」

「2人とも大正解だ。ご褒美にバラを…なんて、茶化して良い話じゃなかったね」

 

 癖でマジックを披露しそうになった右手をしまい、フジは虚空を見上げた。寮長という管理者の視点では東条ハナ・牧路凱夏に、先輩としてはルドルフに、そして同じく故障で前途を失ったウマ娘としてグラスに、それぞれへの共感を彼女は持っている。

 その四者四様が絡まり拗れていく様を、見ている事しか出来なかった者として。

 

「……前年のスズカの時点で、私達が彼とスズカを支えられていれば…こうはならなかったのかもね」

「フジさん。スズカさんは、」

「大丈夫、彼女に関してはもう問題無いと分かってるから私も吹っ切れてるよ。問題はグラスちゃんだ」

「……今も、スズカ先輩の影に囚われてる」

 

 おハナさんは、グラスちゃんの故障から逆に自分の管理姿勢を取り戻した。ルドルフも危うい所こそあれど、生徒会長としての立場が彼女を持ち直させている。彼女らを支えるのは、同じくリギル古参である私たちの仕事。

 でも、凱夏君とグラスちゃん。2人の間にある因縁は複雑で、そして両方とも同時に救えるほど私達は不器用じゃない。

 

(だから…君達に託す)

 

 リギルに来た新しい風。目の前の2人の、決意を固めた表情に私は希望を重ねた。

 それに、グラスちゃんには友がいる。ライバルがいる。その事実が秘める可能性に、賭ける事にしたのだった。

 

 

 

〜〜

 

 

 

 また、やってしまった。

 あの感謝祭。そこで、スズカ先輩が海外遠征を予定しているのを聞いてからずっとこの調子だ。

 勝ちたい、勝ちたい。今度こそ、あの人(スズカ先輩)に負けたくない。そんな思いばかりが先行して、それを抑えるのに悪戦苦闘する日々だった。

 もう大丈夫。まだ大丈夫。己の足を確認し、希望的観測で過信し、同じ過ちを繰り返しかけた。

 

『それを決めるのは私だ!!』

 

 それをおハナさんに咎められたのはほんの数分前の事。故障してから10ヶ月、彼女は本当に私の事をよく見てくれている。凱夏さん、そして彼から引き継いだ桐生院さんがサポートしている事を踏まえて尚、チームを取り纏め導くべく試行錯誤と東奔西走を重ねているというのに、彼女には頭が上がらない。

 

『毎日王冠も大事だが、お前の目標はGⅠレースを獲る事だ』

 

 そう諭され、素直に受け入れる。最適解を示された以上、駄々を捏ねて心労を掛けさせる醜態など晒してはいけない。

 ……それでも、積もった患いは晴れなくて。

 

「ふ、ぅ」

 

 クールダウンを終え、まだ練習を続ける先輩達に挨拶し踵を返す。ノルマが終わった以上、私にする事は無いしあってはならない。

 だが。

 

(こんな有様で、私は)

 

 先輩と戦えるのだろうか。勝てるのだろうか。

 いや、勝敗は大事だが二の次だ。本来なら沽券を懸けてでも勝ちたいが、それ以上に必要な事がある。

 

(私の迷いに、決着をつけられるのでしょうか)

 

 しかし今、それすらも危うい。

 現状の私の力、持ち得る全てをスズカ先輩にぶつける。そうすれば、結果に関わらず心に区切りをつけられる気がしていた。スズカ先輩が海外遠征を目標にしている今、国内で戦えるのはこれが最後のチャンスなのに。

 

「……走りたい」

 

 やり切れない想いを紛らわせようと、言葉にして吐き出したその時の事。

 

 

 

「……」ドヤッ

「……」ドヤッ

「……」

 

 目の前を、見覚えのある2人が通せんぼしていた。何故か将棋盤の前に正座して。

 言っておくが屋外である。

 

「言って()()()屋外(おくがい)…そうか、これなら!」

「なぁエアグルーヴ、会長に並びたいのは分かるけどそういうのを真似する必要は無いと思うんだよ」

 

「…あの」

「賢さトレーニングです、グラスさん」

「です」

「はい?」

 

 似合わないメガネをクイッと上げて、通せんぼの犯人ーー桐生院さんはそう言った。その横で同じようにクイッとしたミークちゃんが可愛らしいのが、こちらの調子を絶妙に外してくるから困る。

 

「毎日王冠、勝ちたいんですよね?」

「っ……」

 

 でも、そんな抜けた空気感は一瞬で取り払われた。桐生院さんの視線が、私の中に渦巻いていた欲望を即座に露わにしたから。

 

「……でも。走れない今、出来る事なんて」

「足が使えないと速くなれない、なんてのは時代遅れですよ」

 

 コンコン、と己のこめかみを指で突く姿。その自信満々な様子は、いつも業務でテンヤワンヤする新人トレーナーとは思えない程頼もしくて思わず刮目してしまう。

 

「将棋は布石と仕掛けどころが肝。展開を読み、足掛かりを作り、ここぞという時に追い切り追い詰め王を差す…同じ事を言える勝負が、もう一つあるでしょう」

「レース…」

「それが、ウマ娘の賢さトレーニングに将棋が採用される理由です」

 

 パチン、という音。先手7六の歩、桐生院さんが初手を刻んだ音だ。

 次は、私。

 

「グラスさん。おハナさんの管理体制によって、貴女の足は故障休養後とは思えない程に力を保っています。ならば今、失った勝負勘を埋め合わせるには」

「賢さを伸ばす事…ですね」

 

 後手8四歩。それを経て漸く、本当の意味で私の視線と桐生院さんの視線が混じり合った。

 凱夏さんの目とは違う、爛々とした希望の光に満ちた瞳だった。その光の中に、私の姿も映っていた。

 

「勝ちに行きますよ、グラスさん」

「…!」

 

 ずっと、待っていた。

 この10ヶ月、その言葉がずっと欲しかった。

 私は勝てるのだと、誰かに言って欲しかったんです。

 

「はい!」

 

 きっと桐生院さん達は、私の過去を探ったんでしょう。けれどその事に不思議と不快感は無くて、それは恐らく彼女達が私を想って、私の為に尽くそうとしくれているからで。

 その想いに、応えたい。

 

 凱夏さん。私は貴方の(きぼう)にはなれませんでした。そして私自身も、まだ闇の中にいます。

 でも、もう少し、あと少しで抜け出せる気がします。

 だからどうか、貴方もまたそうでありますように。

 

 

 

「ところでですけど、何故ここで将棋を?」

「いやぁ、実はおハナさんには内緒なんでコレ……部室でやるとバレちゃいますから」

「大丈夫なんですかそれ!?」

「糖分補給による体力回復で埋め合わせるので大丈夫です!()って下さい私の財布、はちみー三倍増しだぁ!!」

「いやこんな屋外でやっても普通にバレるというか」

「そもそも体育館という手段を忘れてる」

「「……あっ」」

 

 

 

〜〜

 

 

 

「全く。牧路君の後輩という時点で察してはいたけれど」

 

 将棋盤を体育館へせっせと運ぶ三者の姿を、東条ハナは遠巻きに眺めていた。その瞳は優しく、咎める様子など微塵も無い。

 

「悔いの無いようにな、グラス」

 

 この10ヶ月間、ずっとグラスを見てきた。その苦悩を近くで見て、担当トレーナーとしてよく理解しているつもりだ。

 その上で、己が出来る事として管理を徹底した。二度と怪我しないよう、いつか必ず復活出来るよう。

 牧路凱夏が彼女(グラス)に残したスケジュールを元に、徹底的に。自他に甘えを許さず、綻びの無いように。

 だがそれでは、心を救えない。東条ハナのやり方は、寄り添う事に秀でない。

 

 

 その歯痒さを今、目の前で桐生院が晴らしてみせた。その事が、東条ハナは嬉しくて仕方がなかった。

 そして同時に。

 

「…悔しいな。お前はどうだ、エル」

「悔しいデスよぉそりゃ。出番無くなっちゃいましたから」

 

 拗ねてブー垂れる教え子に思わず破顔。そんな彼女にお構いなく、マスクを掻きながらエルはそっぽを向く。

 

「あーあ。あそこで桐生院サン達がいなければエルが『私を見ろ!』って文句の一つでも言ってあげたノニ。ま、グラスが立ち直れるなら何でも良いデスけどね」

「優しいな」

「友達デスから。でもそれ以上にライバルだからこそ強くなって欲しいんデス、叩き潰し甲斐があるノデ!!」

 

 もうスペちゃんにも負けません、スズカ先輩にだって!と溌剌な気炎を燃やすエル。その姿にこれ以上無い頼もしさを覚えて、東条はある方向を見定める。

 それは、スピカの部室がある方角。

 

(スズカ、牧路君。リギルはもう大丈夫よ)

 

 最後まで導けなかった、癒せなかった教え子達。彼・彼女の新天地(スピカ)での活躍と、その未来へ想いを馳せた。

 

(だから安心して待っていなさい。私達は今度こそ、貴方達の先を行ってみせるから)

 

 片やエアグルーヴを超え、GⅠ初勝利を捥ぎ取ったスズカ。片やテイオーを擁し、その才能を着々と成長させている凱夏。

 彼らとのかつての日々を胸に、リギルの女傑は力強い意志をその目に湛えたのだった。




【牧路凱夏のヒミツ①】
 実はスーパークリークの事が発作レベルで苦手。嫌いな訳ではない


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未来を見る

 約35分の遅刻!大変申し訳ない
 急造のため粗品ですが、お納め下せぇ

 しかし秋天、なんつーか“王道”なレース展開でしたね。三強カッコイイ


『GⅡとは思えませんね』

 

 そんな文字列が、パッと浮き上がった。

 

『グランプリホースにマル外の怪物達が挑む訳ですから』

 

 応じる文字列が、浮き上がった。

 

『これで日本最強が決まるのでは?』

『エルコンドルパサーが差し切るでしょう』

『サイレンススズカに追いつけるかどうか』

『他の娘が上がってきても美味しいですよ』

『グラスワンダーは休養明けが響きそう』

 

 ページ更新が加速する。急いで読まなければ追いつくのにも一苦労。

 それでも()は、1行1行を逃さず読み続けていく。それが彼の生命線であるが故に。

 だが次の瞬間、画面をスクロールしていた彼の指は止まった。

 

 

()()()ですねぇ、グラスワンダー』

 

 

 その一文が目に入った時の事だった。まるでウマ娘本人を欲するような、レース視聴者としては違和感のある言葉遣い。

 そんな文も即座に流れ、画面の上に消えていく。それを見届けて、彼はようやく指の動きを再開させる。

 

『御所様方はどう見ますかね』

『それもそうだけど、見所はもう一つあるでしょう』

『ああ、彼の記録がどこまで伸びるか』

『他の者達はもう出しておりますが、やはり目玉は彼ですな』

『自分の事じゃないのに背筋が冷えてしまいますよ』

 

 ここで時間を見る。期限は近い、潮時か。

 そう判断して、牧路凱夏は予め用意してあった文面を投じたのだった。

 

 

 

『1着はサイレンススズカ 、2着はエルコンドルパサー 。3着はサンライズフラッグで、それぞれ着差は2.55でタイムはーーー』

 

 

 

〜〜

 

 

 

「ぁ〜い、話題のスピカが通りますよっと」

 

 10月11日。ボク達は、スズカ先輩の毎日王冠を見る為に東京レース場に来ていた。

 距離1800m左回りの、まるで彼女のために用意されたようなレース。同チームの後輩としての色眼鏡もあるけど、正直負ける姿が思いつかない。

 

「ねぇねぇ凱夏。スズカ先輩は何バ身差つけて勝つと思う?」

「自分の事でも無いのに調子乗り過ぎだバカ」

「アイテッ」

 

 拳骨。痛みが無い程度に加減されてはいるものの、最低限の衝撃を保証されたそれがボクの頭頂に落とされた。

 

「浮かれているからそうなるんですのよ、全く」

「そういうマックイーンも、『先輩が勝ったらワンチャン祝勝会でスイーツを食せるのでは!?』って思ってたじゃねーか」

「んなっ!?ななな何故その事を」

「おっ、当たり?いやぁ、ソワソワしてたからそんな感じかなって山勘張ってみたんだぜ」

「 ゴ ー ル ド シ ッ プ さ ん ! ! 」

「またやってるわ…」

 

 最早恒例となったゴルシとマックイーンのワチャワチャを前に、スカーレット先輩と揃って溜息を吐く。はいはい、仲がよろしい事で。

 

「……まぁ、最終的にはいつも通りの所に収まるだろう。それよりテイオー、今日は」

「うん、スズカ先輩の走りをちゃんと見るよ」

 

 我らが今日の主役だもん、見逃す訳無いよ!彼女の大逃げとボクの先行で作戦は違うけど、宝塚記念で見せたあの走りをいつかボクも……

 

「いや。グラスワンダーを見ろ」

 

 ……あれー?

 

「なんで?作戦が違うから?」

「まぁそうだな」

「だったら同じ先行策のエル先輩の方が良いじゃん。なんで差しのグラス先輩なの?」

「お前のような勘の良いガキは好きだよ」

「もーまた誤魔化す!」

「いや、ちょっとマジでどう言えば良いか…」

 

 何やら口に出すのを憚るように、凱夏は言い淀む。え、何?そんなに不味い事なの?

 

「今日のグラスワンダーは、未来のお前の一つの形なんだよ」

 

 と思ってたら、ようやく口にしてくれた。でもどういう事かよく分かんなくて、続きを促すようにじっと見つめる。

 

「分かった分かった…グラスワンダーは今回が故障明け初の復帰戦だろ?そして前にも言ったように、お前の骨は…」

 

 …あー、そういう事ね完全に理解した!

 

「つまりボクの怪我の可能性を気にして、気を使ってくれちゃったんだ?繊細ですな牧路クンは」

「茶化してんじゃねぇ、普通にシャレになんねぇだろ」

「ダイジョーブダイジョーブ、故障なんか気にしてたら三冠なんて獲れないよ!そんな事で不安になったりもしないし調子崩したりもしないからさ」

 

 グラスワンダー先輩は朝日F(フューチュリティ)S(ステークス)後に故障して以来、長期休養でクラシック戦線をフイにしている。これをボクに照らし合わせるとすると、それはつまり『クラシック期中、下手しその前に骨折して三冠に挑めずに終わる』という事で。

 そんなネガティブな予想を告げて、不安にさせる事を厭うたんだろう凱夏は。でも残念、そんな事でボクが今更臆すと思う?

 全力でそれを避けようとしてくれてる人が近くにいる、このボクが?

 

「ボクは凱夏を信じてるよ」

「!!」

 

 最初に危険を提示したのはキミじゃんか。

 最初に対策(ステップ封印)を講じてくれたのはキミじゃんか。

 今も改良を求めて、ずっと考えてくれてるのはキミじゃんか。

 

「だからキミも、ボクが信じたキミを信じなよ」

 

 その結果なら、何だって受け入れられるから。例え努力叶わず怪我をしたって立ち上がれるし、そして怪我をギリギリまで回避してくれるって信じてるから。

 そんな思いを視線に込めて送ると、伝わったのか凱夏の瞳が揺れた。一拍置いて、観念したように一息。

 

「…とんでもねぇ胆力だ。図太さステークスならシニア級を押し退けて文句無しの一着だぜ」

「そういう所で話を逸らそうとするの、悪い癖だって自覚してよね」

「前世からしてるっての……あぁ、信じてみるさ。お前が信じた俺を、俺がお前に夢を見る限り」

「任せて!キミの予想なんてどこまでだって飛び越えてやるんだから!!」

 

 新たに交わした約束を胸に、ボク達は再び前を見る。その先に待つ激戦を目に焼き付けるべく。

 

 

「テイオー、故障が無かったとしてもトゥインクルシリーズは挫折という“落ち目”が付き物だ。そこから這い上がろうと足掻く姿を、しっかりと覚えておけよ」

「うん…!」

 

 

 甘くない現実を忘れずに、それでも僕らは夢を見る。




 この10分後に偉大な架空馬小説が最終回を迎えるので、お前ら全員読め(ステマ命令)


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Birds, fly to the Silence

 あの静寂へ、立ち向かえ


「今日は良いレースにしましょう」

 

 他意は無い。お互いがお互いに勝つべく全力を出し切れば、自ずとそのレースは美しき善き物となるだろう。

 

「ええ。此方こそ」

 

 対するスズカ先輩も同じ気持ちで、握手に応じてくれた。

 ……でも。分かってはいても、やはり現実は私に否応なく突き付けてくる。

 

(私は、敵として見られていない)

 

 スズカ先輩が、そういう風に相手に敵意を燃やすタイプのウマ娘ではないのは理解してるつもりだった。しかし今目の前の彼女は、私の事を意識しているのかすら怪しく思える。

 この疎外感が、私の色眼鏡である事を願いたい。その焦燥すら自分の視界を曇らせそうで、焦りが焦りを呼ぶ。

 と、ここで思い出されたのは桐生院さんの特別講座だった。

 

 

『サイレンススズカさんのレース運びはタイムアタック形式です。レースというより独走形式、自分の中で完結しています。これはレース前の態度などにも表れていて、その中における“他者”の介在する余地が極めて少ない』

 

 直近である宝塚記念、エアグルーヴ先輩が敗れたレース映像を背に語る桐生院さん。

 

『なので、レース前・最中での圧力や駆け引きは効果が薄いです。暖簾に腕押しなので、無闇に相手に関わってペースを崩さないようにしましょう』

 

 

 その言葉を今一度、脳内に反芻させて。私はようやく平静を取り戻せたのだった。そうだ、彼女が私を敵として見ていないのは今に始まった話じゃないんだ。だって私以外の誰にだってそうなんだから。

 …いや、それはそれで物申したくはなるが。少なくとも我慢出来る範疇にはギリギリ収まってくれる。

 

「2人でバタバタしてる所、申し訳無いのデスが」

 

 そんな所に割り込んできたのはエル。いつぞやのダービー敗戦での消沈など微塵も感じさせない、自信に満ちた瞳で私たちを見据えてくる。

 

「同世代でジュニアチャンピオンのグラス」

 

 私を指差して。

 

「既に世界級の実力を持ち、一足先に飛び立とうとしてるスズカ先輩」

 

 スズカ先輩を指差して。

 最後に、自分自身を。

 

「そして、世界最強を目指す私ことエルコンドルパサー!クラシックで暴れたスペちゃん達がいないのは残念ですが、これが暫定的な最強決定戦デス。全員撫で切って、エルこそが頂点だと示して差し上げマァス!!」

「嘘でしょ…いつの間にそんな大変なレースに」

「ふふっ。エルったら大袈裟な…っ!?」

 

 思わず微笑んでしまった私だが、次の瞬間に強い緊張にその顔を歪めてしまった。エルから放たれた視線に、強く射抜かれてしまったから。

 

「……ま。病み上がりで腑抜けたグラスには負ける気しないデスけどねー」

「むっ…!言いましたね、エル」

 

 次の瞬間にはお茶らけた調子ではぐらかされるが、先刻までの強い意識は誤魔化せない。同時に、それに応えねば、超えねばという思いが私の中で燃え上がる。それを見てどこか満ち足りたように、エルは笑みを浮かべて私の横を通り過ぎて行ってしまった。

 その、すれ違い様。

 

「It's hard to see what is under your nose. 」

「!」

 

 私にだけ聞こえるように、私にだけ分かるように告げられた言葉。その意味は、“灯台下暗し”。

 そこに込められた意味は、考えるまでも無い。

 

「……ありがとう、エル」

 

 彼女のおかげで、漸く本当の意味で頭が冷えた。これまでに無いほどの集中力で以て、レースに臨めそうだ。

 

「スズカ先輩」

「不肖グラスワンダー。このレースを勝たせていただきます」

「……私こそ」

 

 そう言い放ってから、次に目を向けたのは観客席。私たちを見守ってくれているおハナさんと桐生院さん達、そしてスズカ先輩を見守っているであろう凱夏さん。

 成果を見せて差し上げねば、と。私は彼らの姿を視界に入れて、より強く決意を固めたのだった。

 

 

 

 

ーーーー

 

 

 

 

「秘密の特訓、成果はあったかしら?」

「あばばばばばば」

「いやパニクり過ぎでしょう…」

 

 ふと突き付けられた問い、その意図を瞬時に汲み取った桐生院葵は頭が真っ白になった。間違いない、おハナさんはグラスさんとの賢さ集中講座の件を知っている。バレてた!……と。

 

「勘違いして欲しくないのは、別に責めたい訳じゃないって事。いえ出来れば体制的には予め伝えて欲しかったけれど」

「すみません…正直に申しますと、グラスちゃんのおハナさんへの反骨心を煽った形となります……」

「…貴女、見かけより(したた)かよね」

 

 普段はあんなにポワポワした雰囲気を漂わせながらも、自分のグラスへの叱責を起点として利用してみせる目敏さ。しかしその秘密特訓も体に負担を掛ける物ではなく、次のレースに向けたスケジュールに支障を来さないよう入念な回復措置が取られていた事もあり、東条は今回の事を不問にするつもりでいる。まぁ今度、桐生院が今までやってきたポカを面白おかしく可愛くまとめてリギルメンバー相手にプレゼンしてやろうかぐらいは考えているが。

 しかし、同時に疑問点もあった。

 

「…貴女も把握している筈だけれど、グラスの現時点での目標は有馬記念よ。どうして重賞かつスズカと戦うチャンスとはいえ、GⅡ止まりの毎日王冠にそこまで力を入れるのかしら」

「ケジメを付けさせる、ただそれだけの為です」

 

 その即答で、東条は彼女の論き一定の理がある事を察した。肯定沈黙で表し、続きを待つ。

 

「グラスちゃんは未だ、凱夏先輩の件を振り切れていません。だから、その遠因となったスズカさんとの戦いは良い好機だと考えました」

「スズカを通して牧路君と全力でぶつかり、後腐れを無くそう……という判断ね」

「はい。でもその為には、グラスちゃん本人の中に“言い訳”が残っていては効果を望めない。そんな状況では今後のトレーニング成果にも影響を及ぼしかねないでしょう」

 

 病み上がりだから。

 調整レースだから。

 万全じゃないから。

 ()()()()()

 

 …そんな“ダメだった理由”を用意出来る状況では、どんな結果でも尾を引いてしまう。故にこそ、現状で用意出来る100%を彼女に発揮させてあげるべきだと、桐生院家の娘は述べた。

 それに対し東条は、納得を示しながらも最後の疑問を突きつける。

 

「……貴女。グラスに“勝ちに行く”と言ったのよね?」

「ええ、そうですが」

「その言い草だと()()()()()()()()()ように聞こえるのだけど?」

 

 “言い訳”というのは敗者が使う言葉だ。それを前提にして行動するのは、グラスに言った事と矛盾するのでは?と東条。対する桐生院は、笑う。

 

「東条さん。コインが4枚あるとして、全部放り投げて表が上に来る確率はどれ程でしょうか」

「……1/2を4回。1/16ね」

()()を知った上で、掴み取りに行くのがトレーナーでしょう?」

 

 獰猛な笑みだ、と東条は思った。子猫を拾ったつもりが目覚めに向けて牙を砥ぐ獅子を拾っていたらしい、とも。

 

「負けを見越しても、その上で勝ちに行くのはまた別の話…か」

「そういう事です。何か問題ありましたか?」

「それはこの後のグラスが示してくれるだろう。見てきてやれ、一番近くで」

「……はい!」

 

 ペコリと頭を下げて、桐生院は定位置であろうバ道に向かった。どうやら彼女の父もかつてそこで担当ウマ娘を待っていたそうで、その習慣に(あやか)るとの事。

 

(やれやれ、従順な番犬(牧路)の次に抱えたサブがあれ程の傑物(じゃじゃウマ)だなんて。私は運命に恵まれているのか、それとも揶揄われているのか、どちらなのかしらね)

 

 何にせよ、良い風がチームに入った物だと。そう思う事にして、東条は空を仰いだ。

 

 

 

 

 

 

「…あら?」

 

 その人物に気が付いたのは、視線を水平に戻した時の事。

 視界の隅。斜め前方向に、半年前まで見慣れていた白髪の一纏め。

 

「牧路君…?」

 

 属するスピカの面々は最前席の定位置にいる筈なのに、その痩躯がポツンと座しているのは後方の席。どうして1人でそんな所に、と声を掛けようとする。

 だが、ファンファーレ。もう始まる、始まってしまう。見逃す訳にはいかない。

 

「グラス、エル…!」

 

 魅せつけてくれと、東条ハナは切に願うばかりだった。



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Secret Graduation

 これが最終更新話。皆さん、これまで読んで下さりありがとうございました
 後書きにまた詳しく書いておきますが、それはそれとして次作ではディープ×スズカの健全百合スポ根を予定しております


 ゲートが開いた。始まった。

 その時には、もう既に彼女が前にいた。

 

『グラスワンダーが()()()()()()()()()()か?先頭を行くのは当然、サイレンススズカ!』

 

 栗毛が靡く。その後塵に、私を含む全てのライバル達。

 

「速っ…!?」

 

 呟きは隣から。序盤という事を考慮して尚スズカ先輩のペースがあまりにも段違いで、まるでマイルか短距離走のような様相を呈している事から出た驚嘆だろう。

 これは不味い、初手から不味い。

 このままでは。

 

(足を、残せない…でも!)

 

 想定内だ。全て桐生院さんが予想してくれていた、だから焦りなんて無い。

 だから私は、今は伏して時を待つ。怪我してから今までで、もう機を窺うのは慣れっこだったから。それと同じだ。

 

(私自身の力が足りないなら…)

 

 スッ、と下がって後方集団。最も膨らんだ地点のすぐ背後に控えた、その場所こそが私の陣地。桐生院さんと一緒に考え出した、私の“城”。

 

(“他”を巻き込むまでの事!)

 

 引き摺り下ろして差し上げます、スズカ先輩…!!

 

 

ーーー

 

 

「ウェイッ!?(0w0;)」

 

 思わず変な声が出てしまったのは、後方から強烈なプレッシャーを受けての事デシた。成る程。それが桐生院さんとの特訓の成果デスか、グラス!!

 

「ひぃぃぃ!」

「ここにいるの無理ぃ〜!!」

「……!」

 

 オーバーペースなのが丸分かりなぐらい、余裕無げに後方から追い上げてくるウマ娘達。それも1人ではなく複数人、しかもスパートにはまだまだ遠い前半で。

 スズカ先輩も、自分を追い越しかねないレベルで迫ってきた背後からの気配に少し気を割いた様子。

 

「たかが勉強と見縊ってマシたよ…!」

「んっ……!」

 

 その犯人は他ならないグラス。後方に下がったかと思いきや、その場で強烈なプレッシャーを発揮して他のウマ娘達を威圧。前方へ強制的に押し出す事で、スズカ先輩の逃げを脅かそうという魂胆デスか!

 あわよくばエルもその軍団に巻き込もうとしたのでしょうが、でも残念!私は掛かりなんてせず、前に来た娘達の後方で()()()()()いただきマァス!

 

「よっと!」

 

 足同士が触れ合いそうな距離まで、前を走る娘の背後に尾けた瞬間、身を切る風が弱くなる。でもスピードはそのまま、そして体に掛かる負担は最小限に。

 何を隠そう、これは彼女がタイキ先輩と編み出しダービーで使ったスリップストリーム戦法!あの時は苦渋を舐めマシたが、いや舐めたからこそ今度は自分の物にした訳デス!コレを上手い事保てば、スズカ先輩のハイペースについて行っても問題なく足を残せマス。

 前方には、スズカ先輩の視界に入りそうなレベルで追い縋る先頭集団。このまま上手くいけば、先輩のペースを崩せるかも知れマセん。

 さぁスペちゃん、慄いて下サイ!アナタの走法が、回り回って憧れの先輩を追い詰めていく光景に!!

 

 

ーーー

 

 

「スペちゃん先輩、気付いた?エル先輩の走り」

「うぅ…怖くてスズカ先輩以外見てないです」

「あっそうかぁ……」

 

 

ーーー

 

 

 良い。想定以上に良い。

 バ道からターフを見て、私こと桐生院葵は昂った。

 

「ほぼ全てが好都合にハマってる…!」

 

 プレッシャー策で前方のウマ娘をスズカさんに(けしか)け、そのペースを崩す事で終盤での失速を誘発。自分は乱されずにそのまま足を溜め、最終直線で差し切る作戦。

 それに想定していたより多くのウマ娘が巻き込まれ、内数人はスズカから先頭を奪いかねない程に掛かった。エルコンドルパサーは引っ掛からなかったが、個人戦としては芳しくないその事態も、リギルというチーム視点としては喜ばしいとすら捉えられる。

 

「ここからも都合よく事が運ぶなら、ここで…」

 

 そして、自体が動く。とても嬉しい、あまりにも予想通りな状況に。

 

『スズカ加速、サイレンススズカ加速!周囲を振り切りたいのか!?』

「よしっ!」

 

 思わずガッツポーズが飛び出した。いける。この勝負、勝てる!

 

勝利(4コインの表)は貰いますよ、凱夏先輩!!」

 

 

ーーー

 

「無理ぃ〜!!」

(よし、ここでっ!)

 

 スズカにとって予定外のギアチェンジ。これはつまり、宝塚記念で見せた“息入れ”を頓挫させた事を意味している。グラスの策が、スズカの逃げの要素を一つ打ち砕いた証と言えるだろう。

 もうあの末脚は出ない。差し向けたウマ娘達も落ちて来ている。つまりトドメを刺す時だとグラスの直感が叫び、その通りに足が前に出た。

 

『グラスワンダー、(まく)って上がってくる!ここで捉えるか!?』

(グラスが仕掛けマシたか、なら私も!)

『今度はエルコンドルパサーも来たァ!!』

 

 怪鳥も勝負どころを間違えない。示し合わせた訳でもなく、二羽の鳥はその翼で静寂を切り裂かんと羽ばたいていく。

 目指すは逃亡者。その背中を捕らえんと。

 

(いけます…!)

(いけマァスッ!)

 

 

 そう思った、その瞬間だった。

 

 

 

「すぅーーっ……」

 

 息を吸って、

 

「はぁー……ッ!!」

 

 吐いた。

 それだけだったのに。ただそれだけで。

 

「「えっ…?」」

 

 グラス達とスズカの間に隔たる距離が、1()()()()()()

 

「ふっ…!」

 

 次の呼吸で、更に1。

 その次の呼吸で、もっと1。

 

 まるで一歩一歩でその差をつけていくように。

 息入れなんて必要無い。2000mならスタミナのゴリ押しで済む程度には、スズカは進化していたという事。

 

「ま、待つデェス!!」

 

 思わず声に出して、エルは加速を試みた。グラスも焦りを隠さず同様に。

 そこが2人の分岐点。

 

「なん、で」

 

 エルは伸びた。グラスの方は伸びない。

 ここに来てブランクが、彼女を地に縫い止める。

 

(こんな所で…?)

 

 遠ざかる背中に手を伸ばし、でも届かない。

 

(ダメ。こんなんじゃ、こんな有様では)

 

 バ道の入り口に目を向ける。動揺に目を見開き、必死に声援を送るも絶望を隠し切れない桐生院葵の姿。

 観客席に目を向ける。眉間にシワを寄せ、視線は逸らさず、しかし辛そうにこちらを見る東条ハナの姿。

 そしてスピカの面々を見つける。でも、その中に牧路凱夏の姿を見つけられない。

 

 グラスの心は、そこで砕けた。

 

 

 

 レースは続く。

 エルコンドルパサーはなおも足掻く。

 

(休憩を阻まれたくらいじゃ落ちない、これが世界レベル…でもエルだって!)

 

 挫けたグラスの分まで走る、そのつもりで更にスパート。ダービーの敗戦から、目を皿にして見返した東京競馬場の最終直線。

 その日のスペを再度自分に投影し、何度でもスパートを掛け直す。

 あの日に叱咤してくれた彼女に返すのだ、この走りで。この背中で、と。

 

「サイレンスまだ逃げる!坂を登るッーーー!!」

 

 それでも。

 

(どうして)

 

 何をやっても。

 

(どうして届かないの…ッ!?)

 

 

 後の世の人間はこう語る。サイレンススズカの走りは異次元だった、と。

 次元が違う。次元が違うのだから、追ったって届く筈が無いのだと。

 

「私だけの、景色…」

 

 逃亡者はその最果て目掛け、駆け続けた。誰の手も届かない場所へ。

 

 

「……スズカ、グラス……ッ」

 

 だから、観客席で消えるように呟かれたこの声も届かない。

 

 

 それでも諦めない者はいる。

 

「絶対に…勝ァァァつッッ!!!」

 

 裂帛の気合いが、競技場の歓声にも負けずに響き渡った。

 

 

 

ーーー

 

 

 

『結局無駄でしたね』

 

 闇の中で聞こえてきたのは、他ならない私の声。優しく、甘美で粘ついたその声は私をさらなる深みに誘う。

 

『もう良いじゃないですか。よく頑張ったと思いますよ、私は』

 

 そう告げながら頬に添えられた手は冷たく、でもオーバーヒートした身体はその冷たさを欲していて。もう、どうしようも無くて。

 

『終わってたんですよ、競争バのグラスワンダーは。凱夏さんから見捨てられたあの時点で』

「……」

『いつまでしがみ付くんです?いつまで周りを巻き込むんです?大和撫子たる者、潔さを見せる場面なのでは?』

 

 揺らぐ、揺らぐ。私の中の芯が、悲鳴を上げる事もなくゆっくりと曲がっていく感触だった。

 でも何故か、その手を取る事だけはどうしても出来なくて。

 

『未練がましいですよ、私』

「……っ、ぁっ……」

『これ以上失望される前に、やめなさいよ』

 

 声に苦味が混じる。今になっても粘る自分にも、楽な方へ流れようとする自分にも嫌気が差す。

 八方塞がりの、闇。

 

 

 切っ掛けになったのは、ある叫びだった。

 

「絶対に…勝ァァァつッッ!!!」

「!」

 

 目の前を阻んでいた自分の偶像が掻き消え、広がったのは真っ青なターフ。自分は現在6番手に後退、前には2人のウマ娘。その遥か先に、スズカ先輩とエルの姿。

 諦めていたのか、と今になって己の醜態を自覚する。同時に、先程の声はエルの物だった事も。

 

 懸命に走っている。もう差は決定的、それでも決して挫けずに。東京優駿で逆噴射した時からは見違えるように、誇りと強さを体現して。

 一瞬、視線が合った気がした。ここまで来てみろと、私に言っている気がした。

 

 どうした、グラスワンダー。

 応えずに終わる気か。

 

 

「くっ……そぉぉぉ!!」

 

 大和撫子にあるまじき罵声、でも今は拘ってなどいられない!彼女が頑張っているのに、私も醜態を(そそ)がず終われるものか。

 追いつけ!取り戻せ!!勝てなくとも勝つ事を諦めるな、私!!

 足の重さなんて関係ない。ブランクなんて関係無い。精一杯足掻いて、(もが)いて、先頭2人との差を詰めろ。追い越すつもりで、勝つつもりで!

 

 ふと聞こえて来た、“グランプリホースの貫禄”その言葉の指す意味は即ち、スズカ先輩の勝利。

 悔しいけど今はそれどころじゃない。今私が出せる全力で、1秒でも早いゴールを……

 

「はぁあああぁぁあっ!!」

「うおおおおおお!!!」

 

 

 最終直線100mはあっという間。周囲のウマ娘達と競って駆け抜けたゴール板はあまりに呆気なくて。

 

「グラス」

 

 立ち止まって見上げた掲示板の頂点に光るスズカさんの背番号と、上から4()()()に座す私の数字。それを交互に見返しながら息を整えていた時に、エルから声を掛けられた。

 

「……負けちゃいました、ね」

「でも清々しそうです」

「それはエルだって。……でも、ええ。その通りかも知れません」

 

 届かなかった。悔しいけれど、でもこれは終わりじゃない。

 私の道は私の道で、スズカさんの道じゃない。無理に対抗心を抱いて、変になぞろうとする必要なんて無い。

 そしてそれは、凱夏さんとの事でも同じなのだと。

 

「貴女達が、気付かせてくれたから」

「ケッ?」

 

 呆けるエルの顔と、観客席にいる東条トレーナーの顔、そしてバ道から泣きながら声援を送ってくれている桐生院さんの顔をそれぞれ見る。今の私を信じて、応援してくれる人達。

 この人達がいるから、今の私がある。そしてこれからの私がある。

 

 その時、一際強く上がる歓声。見れば、スズカ先輩が観客席へ手を振ったようだった。

 

「おめでとうございます、スズカ先輩」

 

 そして見つけた。観客席の最奥、通路の奥に消えていく白髪の背中。

 凱夏さん。

 

「ありがとうございました」

 

 私を受け入れてくれて。

 私の支えになってくれて。

 そして。

 

「さようなら」

 

 私の、初恋。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 危なかった。

 

『おめでとう牧路君!これで連勝記録更新ですよ』

 

 死ぬ所だった。

 

「ありがとうございます。今後もどうかご贔屓に」

『勿論!君の着順予想は驚異的の一言に尽きる、お陰で大儲けだ』

 

 今回のレース、賭けの対象になるのか3着までで良かった。グラスがあと一つ順位を上げていたら、俺の首は無かった。

 …だけど。

 

(アイツに殺されるなら、割と本望か)

「牧路君?どうしたのかね?」

「あぁ、すみません。歓声が凄くて反応が遅れてしまいました」

 

 脳裏に過った願望を振り払う。ダメだ、俺はまだ終われない。終わっちゃいけない。

 この()()が報われるまで、進まなければならない。

 

 ……ああ、でも。

 

(有馬、勝てよ。グラス)

 

 

 

 俺を救ってくれた、1999年のあのレース。

 その主役はお前なんだから。

 

 

 

 

 さようなら、俺のヒーロー。

 どうか邪魔者(牧路凱夏)のいない世界で、軽やかに風を切らん事を。




 はい。活動報告にも昨日書いた通り、「パレードを終わらせない」はこの話にて更新終了です。未完です。
 何がダメだったかというと、まぁこの話とかでも匂わされてるように“明確に反社が関わる展開”が今後起きる予定だったんですね。それがガイドラインにてダメだと言われた以上、そりゃやめるのが二次創作者側の通す筋って訳で。まぁハナからそんな危ない橋渡るなって話ではあるんですが(反省)。
 という訳で、こんな所で終わらせる事になって、読者の方々にもキャラクター達にも大変申し訳ないです。しかし創作自体をやめる気は毛頭無く、このハーメルン垢もそのまま続行し新しいウマ娘小説(今度は安全配慮徹底)などを投稿していく予定なので、今後とも応援して頂ければ幸いと存じ上げます。また、この物語の今後のネタバレなどを知りたい方がいらっしゃれば、作者欄からTwitterのDMの方に問い合わせて頂ければと考えております。

 では。お気に入り登録して下さった皆さん、評価して下さった皆さん、感想とここすきを下さった皆さん、何よりここまで読んでくださった皆さん。今まで本当にありがとうございました。
 テイオー達のレースと凱夏の戦いは続き、しかしその先にある光の中で交わります。皆様のこれからにも、どうか祝福と幸運が降り注ぎますよう……


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