ウルトラマンジード ベリアルの子ら (ヨアンゴ)
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第一話「リクの妹」Aパート








 

 

 

 その赤い角を持つ巨大生物を初めて目にした時、人々は誰もが恐れ慄いた。

 肉眼で目撃した者は世の終わりが来たと確信し、報道の映像などで見た人々は、間近に迫り来る破滅の運命を実感した。

 

 突如として出現した六十メートル近い体高を誇る巨大生物は、仮に同じスケールで直立したヒグマを比較対象に置いても貧相に見えるほどに、幅の広い体格を発達した筋肉で支えていた。その前面を棘とも鱗ともつかない硬質化した褐色の体表、背部を蛇腹状の金色の皮膚で装甲し、さらに肘や膝、そして首から腰にかけて四対、頭部と同じような太い角を生やした、禍々しい姿形をしていた。

 更には額から前方へ伸びた金の角の下、窪んだ眼窩から覗く真っ赤な目と、血に濡れたような色をしてズラリと並んだ剥き出しの牙が一層強めたその凶悪な印象の通り、背丈以上に長い尻尾を振り回しながら、五万トンをゆうに越す大質量の移動だけで、行く先にある都市を灰燼と帰したのだった。

 

 六年前、山奥で同様の怪物が現れ、登山客を殺害したという噂を覚えている者は稀だった。そんな都市伝説を真面目に取り合わなかった国家は、法規的には独自の軍事力を持たないとされ、予想外の非常事態に対応するまで時間を要した。人々は自らと愛するものを守る術もなく、巨大生物の進撃を避けて逃げ惑うしかなかった。

 そんな人類の無様を嘲笑うように、現れた時と同様、前触れもなく巨大生物は姿を消した。

 しかし一日も経たぬその夜に、巨大生物は避難民の集う隣町に再び出現し、生き延びた人々を恐怖の呑底に陥れ――

 

 ――その前に立ち塞がった、銀色の巨人と戦った。

 

 

 

 それが、後に『怪獣』と総称されるようになる人智を越えた巨大生物と、その脅威が現れる度、人類の危機を救うように駆けつける正体不明の巨人、『ウルトラマン』の――現在、この星の人類が公的に記録できる初めての出来事だった。

 

 その後も、怪獣と、ウルトラマンの戦いは続き――特に、一定以上の年齢層の人類が何故か朧気な記憶として脳内に持つ、この世界が一度、滅亡したという集団幻覚の都市伝説『クライシス・インパクト』で幻視される悪の根源、『ベリアル』に酷似した特徴を持ちながら、終始人類に友好的な存在であり続け、そのベリアルさえも打倒した『ウルトラマンジード』は、この星で活躍する主だったウルトラマンとして、人々の信頼を獲得していた。

 

 だから。今。再び、かつて世界を恐怖の呑底に叩き落とした、あの始まりの怪獣――スカルゴモラがまたも街中に出現しても、人々は絶望しなかった。

 これまでのように、ヒーローは、皆を守ってくれると信じていたから。

 今までのように、ジードが悪い怪獣をやっつけてくれると、思っていたから。

 

 だが――今、ここから始まる、ウルトラマンジードの新たな運命を予見できる者は、この宇宙の何処にも居なかった。

 新たに出現した、角の折れたスカルゴモラと対峙した、ウルトラマンジード――朝倉リク自身もまた、例外ではなく。

 

 

 

 

 

 

 エレベーターの扉が開く。

 目的地への到着時、慣性のような一切の負荷が生じない独特の乗り心地は、この昇降機が一般に流通している地球の物ではないことが理由だった。

 

「おかえり、リク!」

 

 秘密基地に戻ってきたリクを出迎えたのは、誰よりも聞き慣れた声。

 まるでセミのようなフォルムの真っ黒い頭部をした、一目で地球人ではないと理解できるその容姿も、また。

 

「ただいま、ペガ」

 

 帰還の返事に、親友であるペガの頭頂部から枝分かれした先の眼球が、嬉しそうに細められた。他のペガッサ星人のことをリクは詳しくないが、少なくともペガは地球人以上に感情表現豊かで、リクにとっても一緒に居られるだけで嬉しくなる、大切な存在だった。

 

「お疲れ様」

 

 続いて掛けられた労いの言葉は、ペガのそれほど、素直に喜びだけに染まってはいなかった。

 

「何事もなくて良かったけど……逃げられちゃったね」

 

 そう溜息を吐いたのは、ホットパンツにタンクトップという普段通りの出で立ちをした鳥羽來葉(ライハ)――リクと同年代の、こちらは正真正銘地球人の少女だった。

 

「うん……ごめん」

 

 ややきつい印象を受ける美貌の通り、気丈な性格をしているライハの声に含まれていた憂いに気づき、リクはつい謝罪の言葉を口にした。

 

「別に責めてない――レム、そっちはどう?」

 

 短く、優し過ぎない気遣いの言葉を返してくれたライハが続けて問うた先には、地球人も宇宙人も、生き物は何一つ存在しなかった。

 だが、そこには確かに、ライハの声に応える仲間が居た。

 

〈逃亡先、正体、共に不明です〉

 

 答えたのは、女性的にアレンジされた機械音声――今、リクたちの居る秘密基地、『星雲荘』を統括する報告管理システム、人工知能のレムだ。

 天文台の地下五百メートルに隠された宇宙船、ネオブリタニア号の中央指令室。今は『星雲荘』と名を変えた、リクたちの居場所――そこに集う、かけがえのない仲間の一人は、寸前までリクが相対していた脅威への解析結果を淡々と告げた。

 それに対して、忸怩たる思いをリクは漏らした。

 

「どこに行ったんだろう……あのスカルゴモラ」

 

 朝倉リクこそは、世間で正体不明とされている巨大ヒーロー・ウルトラマンジード、その人だ。

 上下を青いデニムに包んだ、年齢にしては幼くも見える、人の好い純朴そうな青年――という、普段の姿とは別に。その身に宿したM78星雲人の遺伝子を発現させることで、身長五十メートルを越すウルトラマンに変身することができるのだ。

 今日、何の前触れもなく街中に出現した巨大怪獣に応戦すべく、ウルトラマンジードとして戦いを挑もうとしたところであったが――相対した直後、スカルゴモラは急に姿を消してしまい、討伐が叶わなかったのだ。

 以前までは、一度変身すると再びウルトラマンと化すのに二十時間ものインターバルを必要としていたリクにとって、出向いておきながら何の成果も得られなかった事実は落ち着かないものだ。幸運にも今回は暴れられて目立った被害が出る前であり、成長した今は連続での変身も可能とはいえ。どの道、神出鬼没に怪獣が暴れてしまうことを許せば、次の被害を増やすことは避けられないだろう。

 ……あと、下世話な話をすれば、ウルトラマンジードとしてまたコメンテーターに嫌味を言われそうなのも気分を損ねていた。

 

「……そもそも、何者なの?」

 

 そんなリクとは別の観点で、ライハはスカルゴモラという怪獣を気にしているようだった。

 

「あの消え方、飛んで誤魔化さない時のジードと似てた。多分、野生のそっくりな怪獣ってわけじゃないと思うんだけど……」

「また誰かが、フュージョンライズしているってこと……?」

 

 ペガの察した懸念を肯定するように、ライハは頷いてみせた。

 

 スカルゴモラ。かつて出現した個体をレムが記録した正式名称は、ベリアル融合獣スカルゴモラ。

 その正体は在野の巨大生物ではなく、ベリアルの能力により、彼の配下である宇宙人・伏井手ケイが変貌した姿の一つだった。

 だが、伏井手ケイは既に、ベリアルとの最終決戦で他ならぬライハの前で死んでいる。自然に存在する生命ではない以上、その出現に何者かの関与を疑うことは当然だった。

 まして、この場に居る全員、特にライハにとって因縁深い、スカルゴモラのこととなれば――

 

〈地球外生命体の反応を感知しました〉

 

 そんな思考に、三人各々が沈んでいた最中のことだった。レムが、そんな報告を鳴らしたのは。

 

「どこ!?」

〈天文台です。映像を出します〉

 

 誰より速かったライハの反応に対し、淡々と、しかし迅速にレムは手配を済ませる。

 

〈モコォ~!〉

 

 ……果たして画面に映し出されたのは、危惧されていた厳つい大怪獣ではなく、小さな茶色い毛玉だった。

 

〈既存の記録と照合。宇宙小珍獣ルナーの〉

「……モコ、だね」

 

 画面の向こう、天文台の入口前でぴょんぴょんと跳ねる、掌大の茶色い毛玉に犬の耳と尻尾が生えたような珍妙な生物は、確かに地球外生命体であるモコだった。

 かつて、ベリアルの計画の一端に関わる『リトルスター』を身に宿したことで星雲荘の面々と出会ったこの青い瞳の小怪獣は、今は売れないお笑い芸人のタカシという青年と心を通わせ、危険性もないものとして地球外生命体の取締を行うAIBという組織からも、一般社会での生活を黙認されている無害な生物のはずなのだが……

 

〈普段は抑えられているモコの、ルナーとしての活動反応が増大していました〉

 

 人騒がせな、と気の抜けていた三人と違って、変わらず引き締まった様子でレムが報告を続けた。

 

〈加えて言えば、モコがこの地点に単独で訪れた記録は今までありません。何らかの異常の顕れである可能性が考えられます〉

 

 説明とともにレムが自律飛行する球体型偵察機・ユートムの一機を飛ばし、モコを中心に周囲の様子を確認する。すると、そんな星雲荘側の反応を待っていたかのように、モコはくるりと背を向けると、跳ねながら移動を開始した。

 

「うわ、確かに何か怪しい! レム追って!」

〈了解しました〉

 

 おそらくは指示を受けずとも同じ行動をしていたのだろうが、マスターであるリクの声に応じてレムがユートムを操作し、モコを追う。

 果たして、何分経った頃だろうか。徐に跳ねる幅を抑え始めたモコの視線の先に、その影が見え始めたのは。

 

「……あれは!?」

 

 カメラ越しにリクたちが目にしたのは、手酷く負傷し倒れ伏した、一人の少女の姿だった。

 

 

 

 

 

 

「何だったんだろ、モコのやつ……」

 

 星雲荘の中央司令室に戻った後、リクは思わずそんな疑問を口にした。

 

「この子を助けたかったんだろうけど……どうして私たちを頼ったのかしら」

 

 同調したライハの視線の先は、やはりリクと同じ場所に向けられていた。

 ペガを加えた三人で見守る先には、部屋の一端に設置された診療台のような施設の上で、柔らかな光を浴びる先刻の少女の姿があった。

 

 つい先程、モコが案内した先に倒れていた少女の元に、リクたち三人は直行。全身の打撲や火傷という緊急の容態を確認し、即座に救急車を呼ぼうとしたが、何故かそこでモコに酷く妨害されてしまった。

 通報するなと言わんばかりにリクたちを邪魔するモコへの対策として、レムから救急車を手配するように頼んだところ、何と彼女は星雲荘で少女を治療することを提案して来た。星雲荘には、ヒューマノイド型の種族対応の修復装置があり、今の地球とは別格の治療が受けられる、ということはリクたちも承知していたのだが……

 

〈モコの目的は、彼女を星雲荘に引き渡すことだと推測されます〉

 

 そんなレムの意見で、何者かもわからない意識不明の少女を、星雲荘まで連れ帰ることになったわけだが……モコはその様子を見守ると、自分はそのまま探しに来たタカシの声のする方へ帰ってしまったのだった。

 そうして、小珍獣の真意もわからぬまま、大怪我をしていた少女の治療を星雲荘で実施することになったのだ。

 

 修復装置に寝かされた少女は、リクやライハより四つ前後年下だろうか。日焼けしたような褐色の肌に、ショートボブにした明るい金髪。身につけた衣服は、七分袖の部分が黒く、胸元には見覚えのない黒縁に紫のロゴが印字されている、厚手の赤Tシャツ。そこに黒のレギンスとブラウンのショートパンツを組み合わせた、少し前の時代に流行ったような派手な出で立ちをしているものの。まだ、親元を離れていないと思われる年頃だ。

 怪獣が出たその日に長時間音信不通、目撃情報も途切れてしまうとなれば、きっと家族も心配することだろう。警察への捜索依頼が出されるちょっとした騒ぎになってもおかしくはない。

 そういうことにもなりかねないから、適切な社会インフラに任せるより先に、部外者をみだりに星雲荘へ招くことは望ましくない。他ならぬレムが、そのことを一番重視するとリクは思っていたのだが……

 

〈リク。今の内に、伝えておきたいことがあります〉

 

 そんなリクの疑問に答えるかのようなタイミングで、レムが報告を行ってきた。

 

「何?」

〈本当は、地上の時点でその事実だけは判明していましたが……星雲荘に戻るまでは、伝えない方が望ましいと判断しました〉

「どうして?」

 

 珍しく勿体ぶるレムへ、リクに代わってペガが疑問の声をあげた。

 

〈この少女の血液情報から、『Bの因子』が確認されました〉

「……えっ?」

 

『Bの因子』。

 かつて一度、レムから聞いたことのあるその用語。そこまでは理解が及びながら、その先で導かれる答えに、リクは思考が追いつかなかった。

 その意味することの、あまりの大きさに。

 

 

 

〈DNA鑑定の結果、99.9%以上の確率で、あなたと彼女には――兄妹関係が成立します〉

 

 その宣告は、まさに晴天の霹靂だった。

 

 

 

「嘘っ!? リクの妹!?」

 

 あまりのことに脳が追いつかないリクに代わって、ペガが驚愕を叫んだ。

 驚いた後、自身の声が大きくなり過ぎたことを気にしたように謝るペガに続いて、レムが言う。

 

〈そのように、人目に付くところで前後不覚になりかねなかったので、外部では報告を控えました〉

 

 レムが指摘する通り、リクはまさに正気を喪いつつあった。

 妹。血液情報から導かれた、リクの家族。

 ただ一人の肉親をこの手で討ったリクの前に、何の前触れもなく現れた――

 

「じゃあ、もしかしてこの子が……さっきのスカルゴモラ?」

 

 未だ、感情も思考も追いつかないリクに代わって、ライハが緊張した声音で呟いた。

 思考の整わないままライハを振り返ったリクの耳に、レムの解説が入ってくる。

 

〈その可能性は――〉

「うぅわぁああああああああああああああああっ!?」

 

 それを遮ったのは、星雲荘のメンバーが、初めて聞いた声だった。

 出処は明白だった。室内で、リクたち四人以外に居る人物は、たったの一人しかいなかったから。

 

「うぅぅぅ……あぁああああああああっ!!」

 

 苦しみに悶えるような叫びを上げるのは、リクの妹とされた少女、その人だった。

 治療の途中だと言うのに、まるで光を恐れるように修復設備から転がり落ちる。

 そのまま、金色の短い髪を振り乱し、怯えた表情で周囲の様子を確認する。

 

「うぅ……がうっ!」

 

 上体を起こしながら、少女は吼えた。まるで手負いの獣が、周囲を威嚇するように。

 

「だ……」

 

 そんな彼女に向けて、リクは緊張で張り付いていた舌を、この上なくもどかしく思いながら必死に動かした。

 

「だいじょう……ぶ?」

「――っ、がぁあああああ!!」

 

 だが、そんな発声が刺激となったのか、彼女はリクに狙いを付けたようにして飛びかかった。

 必死の形相での肉薄に対して、リクの傍から翻る影があった。

 

「――ライハ!」

 

 武術の達人であるライハは、獣のような少女の突撃を見事に阻止した。リクに結んでいた視線を遮られ、注意を惹かれた少女の紅い瞳がライハを追い、尋常ならざる速度で右手を振る。だが、自身を遥かに凌駕する速度の一撃を、ライハは僅かな所作で威力をいなして受け止め、そのまま体ごと回転してみせた。

 

「あぁああああうっ!?」

「ライハッ、やめろ!」

 

 腕を絡み上げられた悲鳴を聞いて、リクは思わず声を張り上げた。寸前の、ライハの様子が脳裏を過ぎっていたからだ。

 

「わかってるわよ……!」

 

 思いの外、ライハは熱くなっていない様子だった。防いだ腕を極めるような形で背後を取り拘束しているが、それ以上は危害を加える様子はなく、リクは一先ず胸を撫で下ろした。

 だが、未だ負傷した身でありながら、興奮した少女の馬力は、ライハをして無力化し続けるのは容易でないらしく、表情は険しい。

 

「落ち着きなさい。あなたが大人しくしていたら、私たちだって何もしないから……っ!」

「がうっ! わーうっ!」

「ちょ……言葉通じてる? 落ち着いてってば」

「そうだよ! 落ち着いて!」

 

 そうして、密着しているライハのみならず、見守っているリクとペガからも呼びかけるものの、少女はまるで聞こえていないかのように身悶えし続ける。

 いや――先の、リクの声で攻撃対象を決めたような反応を見れば。聞こえていない、ということはないはずだが……

 

〈別の言語を試してみます〉

 

 そう告げたレムが、リクには理解できない異国の、そして異星の言語でも呼びかけを始めたが、やはりそれで変化は見られない。

 暴れたいから、というよりも、恐ろしいものから逃れたくて。ただがむしゃらに、涙混じりで暴れるだけだ。

 

「――っ!」

「あっ、リク!」

 

 ペガが呼び止めるのも片手で制して。意を決して、リクは自らライハたちの方に近づいた。

 

「ちょ……っ!」

「大丈夫。大丈夫だから」

 

 第三者の接近で、さらに興奮した少女の様子を肌で感じ取り、ライハが咎めるような声を漏らす。

 だが、それさえも無視して、リクは自身の妹だとされる少女に歩み寄った。

 身動きの取れない状況下、リクが距離を詰めて来たことでさらに怯えたのか、少女の表情が悲痛に歪む。

 ……そんな姿を見ることは、相手が誰であっても辛いことだった。

 

「――君の笑顔を取り戻す」

 

 だからリクは、一人で怯えているその子に向けて、努めて穏やかに語りかけた。

 

「ヒア・ウィ・ゴー、だ」

 

 それからゆっくりと、刺激しないように、握り拳を自身の顔の横に置いて、止めた。

 

「……?」

 

 そうして止まったリクの様子を怪訝に感じたのか、少女は初めて興奮一辺倒だった様子から落ち着きを取り戻し……それからまだ、健康には程遠い状態だったことを急に思い出したように、急転直下で意識を喪った。

 

「……ようやく止まってくれた」

 

 崩れ落ちる少女の体をリクが抱き止める様を見て、安堵したライハが腕の拘束を解いた。

 

「びっくりしたわよ、もう」

「ありがとう、ライハ」

〈お疲れ様でした〉

 

 突然の事態に身を張って対応してくれたライハに各々、感謝の言葉を伝えながら、リクは抱えた少女の体を再び修復装置に横たえた。

 

〈観察の限り、彼女には言語が通じていない様子でしたね〉

「怪我のせい? それとも育った環境……?」

〈あるいは、その姿よりもずっと幼いのかもしれません〉

 

 レムの言葉を受け、リクが見つめ直したその姿は、十代半ば頃の姿だったが……

 

(そういえば、あの子も……)

 

 リクが想い出した異世界の少女もまた、同じぐらいの年頃に見える姿ながら、実際に生まれてからの時間はずっと短いのだと言っていた。

 それでも、彼女には受け入れてくれる大切な家族が居て、居場所があった。

 羨ましく思えるそれを、あの子はただ大切であることを伝えるだけでなく、リクのハッピーをも願ってくれていたのだったが……

 

「……このままじゃ困っちゃうね」

 

 途方に暮れたように、ペガが呟いた。

 同じく、見た目と実際の年齢が違うような少女にも、家族という居場所があるとはいえ。外見相応の精神年齢であるあちらと違い、満足にコミュニケーションも取れないまま。誰かを想う優しさがどうこう以前に、このままずっと、怯えさせてしまったとしたら……

 

「……レム、何とかならない?」

 

 悲しい気持ちが、裡に秘めておけなくなっていたのかもしれない。そんなリクの様子を見兼ねたのだろうライハは、思わずと言った様子でレムに尋ねた。

 ……何とかなる、なんてことはないだろう。

 まずは落ち着いてコミュニケーションを取れるようになって、それから勉強を教えてあげれば良い。何年かかるかわからないけれど、モアたちにも相談してみて――

 

〈可能です〉

「……えぇっ!?」

 

 リクの思考を遮った返答は、思いの外呆気ない希望に満ちていた。

 

 

 

 

 

 

 レムの出した解決策とは、外付けの学習装置だった。

 星雲荘は、元を辿ればベリアルの軍勢が有する宇宙船の一つ。その設備の中には、どうしても潜伏先惑星圏での文化との順応性が低い工作員への、短時間での研修が可能となる学習装置も組み込まれていた。

 その中には、該当文化の言語を一から習熟できる機能もあるのだという。地球に限っても、日本に限らず、各国の文化について星雲荘設置当時からデータベース化が完了していたとのことだ。

 ウルトラマンジードが出現して以降の一般常識も、一先ずは更新して組み込めているという。

 

「……そんな便利なのがあれば、レイトさんと入れ替わった時、スペイン語であんなに苦労しなくて済んだんじゃ……」

〈当時の私にはこの機能の存在が秘匿されていましたので、それは不可能です〉

 

 リクの感想を呆気なく切って捨てたレムは、同時に二つの設備を稼働して、傷ついた『リクの妹』を癒やしながら、眠っている脳へ言語能力を習得させる任務の真っ最中だった。

 

〈……しかし、このような処置が必要だと言うことは、私の仮説は外れたかもしれません〉

「レムの仮説?」

〈なぜモコが、彼女を星雲荘に届けたのか……それは彼女自身の意志によるものだと考えていたのですが、彼女にそれができる状態だったとは見受けられません〉

「……どういうこと?」

 

 リクの疑問に、レムはモニターに画像を投影した。

 

〈ウルトラマンベリアルはM78星雲出身のウルトラマンであると同時に、レイブラッド星人の力を授かったレイオニクスでもありました〉

 

 悪に堕ちたウルトラマン、ベリアル――父に纏わるそれらの用語は、リクもかつての戦いで耳にしたことがあった。

 

〈レイオニクスとは、簡単に言えば怪獣使いの特殊能力者です。細かな命令には増幅装置であるバトルナイザーの補助が必要ですが、レイオニクスは意のままに怪獣を操ることができました〉

「それで、この子がモコを操って、星雲荘に……?」

〈モコの不可解な行動と、『Bの因子』を確認したことで、その可能性を検討しましたが……少なくとも今、バトルナイザーやそれに類する所持品は確認できません。また、言語機能の不自由な状態で、星雲荘の存在を知り、穏便に自身をそこまで誘導させるような命令を行えたとは考え難いです。改めて、モコの行動の真意は不明となりました〉

「レムでもわからないの? 前に、レイトの中のゼロだけを画面に出して喋らせたみたいにしたらどう?」

〈基本的に、ネオブリタニア号はヒューマノイド型の宇宙人の利用を想定して建造されています。宇宙小珍獣は設備の対象外です〉

 

 ペガやライハの問いかけへの返答を聞き、時間が経過してからはゾベタイ星人の読心能力もアテにはならないだろうな、とリクはモコの真意追及を諦めることとした。

 それよりも、リクにとっては、今、これから目の前で起こるだろうことが大切なのだ。

 

 やがて、修復装置の光の放射が終わり、学習装置の点滅も終わった。少女の肉体は完調し、その頭脳にも、一定水準の日本語と一般常識の知識が付与され、コミュニケーションが可能となっているはずだ。

 

「――ん」

 

 果たして、目覚めた少女は、今度は取り乱し暴れるというようなこともなかった。

 

「ここは……どこ?」

 

 赤い瞳を瞬かせながら、少女は明瞭な言語で疑問を呈した。

 

「ここは、星雲荘。怪我していた君を、保護したんだ」

「星雲、荘……」

 

 リクの回答を復唱するその姿は、先程の獣のような印象が嘘のようだった。

 

「君の名前は?」

「名、まえ……?」

 

 どこかまだ寝ぼけ眼の少女に向けて、リクは問いかけた。

 対し、困ったように少女は目を伏せると、うーんと唸った。

 

「……わからない。私の名前、何て言うんだろ……」

 

 深刻な問題が吐露されたが、レムから事前に予想できることだと指示されていたため、リクは戸惑わなかった。

 

「じゃあ――もし良かったら、僕が名前を付けても良いかな?」

「えっ……?」

 

 リクの申し出に、少女は困ったような表情を見せたが、少し間を置いて頷いた。

 

「名前がないのは不便だし……変なのじゃなかったら……」

「ありがとう! それじゃあ、君は――」

 

 戸惑いながらの返事に、リクは思わず声を大きくしながら礼を述べた。

 

「――ルカ。朝倉留花。……嫌かな?」

「うーん……別に嫌じゃ、ないかも」

「本当に!? 良かった!」

 

 その名前が受け入れて貰えたことを心底から喜んで、リクは思わず拳を握った。

 そんな様子を訝しむようにして、少女――朝倉ルカは、リクにおずおずと尋ねた。

 

「えっと……あなたは?」

「僕はリク。朝倉陸。遺伝子的には……君の、お兄ちゃんなんだ」

 

 はにかむようにして、リクはルカに名乗りを告げた。

 

 

 

 

 

 

 その出会いが。

 新たに流転する朝倉リクの物語。ウルトラマンジードを待ち受ける新たな運命の、幕開けとなった。

 



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第一話「リクの妹」Bパート

 

 

 

 ……金色の鬼の夢を見た。

 

 私は気がついたらそこに居て、気がついたら歌い出していた。

 どうして、なのかはわからない。多分、本能的なものだったのだと思う。

 何が、なのかはやっぱりわからないけれど。とにかく、何かがとても嬉しかったんだと思う。

 

 歓喜。

 

 相変わらず理由もわからないままだけど、今なら、そう呼ばれる感情に満ちていたのだということがわかる。

 上手く反響しなかったりもしたし、多分、へたくそだったと思うけど、内に抑えておけない迸る衝動のまま、私はとにかく全身を使って歌っていた。

 まるで、生まれたての赤子が産声を上げるように。

 

 そんな私の前に現れたのが、あの鬼だった。

 最初は銀色の姿で現れたあいつは、明らかな敵意を私に向けてきた。

 私はその気配が不快で、鬼に向かって突っ掛かり返した。

 だけど、鬼に比べると私はてんで弱くて。一方的に殴られ、蹴られ、投げられた。

 その度に、鈍い痛みが傷つけられた箇所から響いた。一度、大声で叫んで吹っ飛ばしてやったと思ったら、鬼は金色の鎧を纏って、さらに強くなって襲って来た。

 私の一部は鬼に千切られ、それを武器に何度も殴打され、魔法みたいに鬼の数が増えて滅多打ちにもされた。

 

 ――最高だぜ!

 

 ……何故だろうか。

 急に、鬼の言葉がわかるようになったのは。

 私を痛めるつけることが、この鬼にとっては「最高」のことであるらしかった。

 違う。これは夢なんだ。過去の記憶を追体験する、昔の夢。

 本当はあの時、私は鬼の鳴き声が意味することなんてわからなかった。

 ただ、痛いという悲鳴を発することしか、もう私にはできなかった。

 

 歓喜なんて、もう何処へともなく消えてしまっていた。

 

 痛い。痛い。痛い……。

 どうしてこんな目に。

 私はいったい、何のために生まれて……?

 

 そうして。鬼の放つ破滅の輝きを受けて、私は、私は――――

 

 

 

 ――ああ、違う。

 

 夢の最中に一つだけ、また更新されたことがある。

 この金色の悪夢の名は、『鬼』ではないという確信が、不意に私の中に生まれてきた。

 

 この恐怖の名は……『ウルトラマン』と、呼ぶのだと。

 

 何故か、そんな認識が、私の中に強く、強く、刻まれていた。

 

 

 

 

 

 

「……結局、お互いに手がかりはないってことね」

 

 ルカと名付けられた、リクの妹が目を覚ましてしばらく。

 お互いの情報を交換し合うのにも段落したところで、ライハがそんな風に溜息を吐いた。

 

「ごめんなさい……何も、覚えてなくて……」

 

 所在なさげに、ルカが謝罪の言葉を口にした。

 自身の名前も知らない、ということから充分予想できたことだが。ルカは、自身の来歴に纏わる一切の記憶を持ち合わせていなかった。

 

「気にしなくても良いよ! これからゆっくり考えていけば良いんだ」

 

 そんな風に――ちょっとだけぎこちなさを自分でも感じながら、リクは妹を気遣った。

 

「そうね。私たちこそ、力になれなくてごめん」

 

 少し疲れた様子で、ライハもリクに続いた。

 その正体が全くの不明である以上、まだ、彼女の身の上とベリアルに関する情報は伏せてあるが……たちまちは、この秘密基地が世間一般の常識から隔離された場所であることを伝えるに留めて、リクたちからもできる限りの情報提供を行ってはみたものの。モコの写真含め、ルカの記憶に引っかかるものはないようだった。

 

「えっと……お兄ちゃんも、私とは初対面なんだよね?」

「……うん。本当に、たまたまなんだ。偶然保護して、調べてみたら、兄妹なんだって言われて……僕も、すごくビックリしちゃったよ」

 

 そもそも、何故調べることになったのか。肝心の情報を伏せてあるせいか、そんなリクの説明を疑うような眼差しを、ルカはじっと向けてきた。隠し事があるのは事実なので、少し居心地が悪い。

 

「……どう思う?」

「……無関係、ってことはやっぱりないと思うけど」

 

 一方で、ペガがライハに耳打ちしているのが、リクにも聞こえていた。

 つい先刻、野生種ではあり得ないはずのスカルゴモラを取り逃がした直後に現れた、ベリアルの娘。

 レムの解析によればライザーもカプセルも見つからない以上、フュージョンライズ――複数の怪獣の特性を取り込むことによる、ベリアル融合獣という怪獣兵器への変身を行うことは不可能だ。

 しかし、今現在何も所持していないということが、過去にもそのまま適応できるというわけではない。普通に考えれば、何の関連性も疑わない方がどうかしている事柄ながら、二人はどこか遠慮しているようだった。

 ……気を遣ってくれていることがわかっていても、リクは少しもやもやしたものを胸に覚えるのだから、二人が躊躇してしまうのも当然なのかもしれない。

 

 そんな、重苦しい空気を破るように。くぅうという可愛らしい音がなった。

 皆の視線が集まった先は、既にルカが自らの掌を置いた、彼女のお腹の上だった。

 

「えっと……?」

「あっ、お腹が空いたんだね!」

 

 自らの体の調子に、戸惑っているようなルカを見て、リクは助け舟を出すことにした。

 

「待ってて、ここにカップ麺が……」

「リクこそ待ちなさい」

 

 在庫を掘り出そうとしたリクを、ライハが力強く止めた。

 

「仮にも兄妹でする初めての食事が、インスタント食品じゃ駄目でしょ」

「えっ、でも美味しいし……」

「黙りなさい。初めての食事くらい、ちゃんとしたものにしてあげなさい。お兄ちゃんでしょ」

 

 リクのデリカシーのなさを指摘するライハは、まるで保護者のようだった。

 そこに、おずおずと言った様子で、ペガがリクに助け舟を出した。

 

「でも……まだ買い出ししてきてないから、今からご飯作ると時間掛かっちゃうよ?」

「今日は外食しても良いわ。お金は私が出すから」

「ほ、本当に!?」

 

 日頃は倹約を掲げるライハの太っ腹な宣言に、リクとペガは揃って驚いた。

 

「ずっと地下に居るよりも、外を歩いている方が、何かを思い出せる可能性も上がるでしょ」

 

 そんな男衆を無視して、ライハはルカに語りかける。

 

「何かあったら、リクが助けてくれるから。あなたのお兄ちゃんなんだもの」

 

 ライハの言葉に、ルカはまだ決心の付きかねるような様子だったが――そこで再びお腹の虫が鳴ると、恥ずかしそうに頷いた。

 

「その……よろしくお願いします」

「――うん、任せてよ!」

 

 ルカの言葉に嬉しくなって、思わず頷いたリクの背後で、「レム、いざという時はよろしくね」〈かしこまりました〉という女性陣のやり取りが堂々と交わされていた。

 

 

 

 

 

 

 ――とは言ったものの。ライハだけに頼らずリクがお金を出したとしても、現状フリーターである二人の収入だけでは高級店の利用は躊躇われた。

 故に、手頃かつ料理の出も早く、豊富な品揃えのファミリーレストランを利用することになったからだろう。見知った家族の一団と、その出入口付近でばったり出くわしたのは。

 

「あっ、リクくん! ライハちゃん!」

 

 こちらの姿を見つけて嬉しそうに声を上げたのは、伊賀栗ルミナ。長い髪で聡明そうな顔立ちを縁取った、まだ年若い母親だ。

 その横で手を振っているのは、彼女の娘のマユ。そして彼女を肩車しているのは、伊賀栗家の大黒柱であるルミナの夫、伊賀栗令人(レイト)――ではあるが、同時に、伊賀栗レイトではなかった。

 

「ルミナさん、マユちゃん、こんにちは! ……ゼロ。またマユちゃんとデート?」

「おう。悪いか? 休みをどう使うかは俺の勝手だ」

 

 嬉しそうに、やや柄の悪い口調で返答をしたのは、気の弱いサラリーマンである伊賀栗レイトではなく――度々彼に憑依する、外宇宙から飛来した異星人だった。

 その名はゼロ。ウルトラマンゼロ。ベリアルと因縁深き光の国の若き最強戦士であり、ウルトラマンジードと共にこの地球を数々の脅威から守り抜いた戦友だ。

 ゼロは先の戦乱で、巻き込まれた子供を庇おうとして命を落としたレイトを蘇生するために彼と融合。普段はレイトとして生活し、戦いとなればウルトラマンゼロ本来の巨体に変身することで、その運命をともにした。

 その同化による影響なのか、ゼロはレイトの子であるマユを実の娘のように溺愛し始め、多忙を極める戦士でありながら休暇の度にこの地球まで戻ってきて、こうしてレイトの体と伊賀栗家にお邪魔しているのだ。

 

 伊賀栗レイトなのか、彼に憑依したウルトラマンゼロなのかの見分け方は非常に簡単で、ゼロの人格が強く出ている時はレイトの身体能力が著しく向上する都合上、視力も回復するので眼鏡をしていないという特徴がある。

 よって、裸眼の彼を見て一目で状況を察したリクは、かつて経験したレイトの苦労を想い、仲間を代表してゼロを諭すこととした。

 

「ゼロ。レイトさんだって貴重な休みでマユちゃんと遊んであげたいんだろうから、あんまり独り占めしちゃ駄目だよ?」

「心配しなくても、ちゃんとレイトとは話をつけているんだ。おまえが俺に説教するなんざ、二万年早いぜ」

 

 十万年以上の寿命を誇るウルトラマン基準の返し文句の後、ゼロは思い出したように表情を不機嫌にした。

 

「だいたいリク、おまえ今日の戦いぶりはなんだよ。あっさり逃げられてるじゃねーか」

「なっ……ゼロだって、前に同じように逃げられたことあるくせに!」

「あら、新しいお友達?」

 

 人間の姿で売り言葉に買い言葉を始めたウルトラマン二人の横で、女性陣は穏やかな交流を続けていた。

 

「どうも……えっと……いつも兄がお世話になってます」

 

 そんなルカの挨拶に、ルミナが綺麗な目を瞬かせた。

 

「えっ!? もしかして、リクくんの妹さん!?」

 

 その言葉に、ゼロの感情が表れるレイトの顔つきが変わった。

 

「リクの……妹だと?」

「あっ、はじめまして。朝倉ルカ……といいます」

 

 ルカの会釈を無視して、ただならぬ雰囲気を纏わせたゼロがリクを問い詰める。

 

「おいリク、どういうことだ……!?」

「ゼーロ。ちゃんとあいさつしなくちゃ、いけないんだよ」

「そうだなマユ! はじめましてだなルカ! よろしく!」

 

 小学生になったばかりのマユに叱られると、五千九百歳のゼロは凄まじい勢いで爽やかな笑顔になり、ルカに挨拶を返し始めた。

 ルカは少し引いている様子だったが、ゼロはそんな反応を意に留めるでもなく、再びリクの方にその険しい顔を向けて来た。

 

「リク、ちゃんと説明しろ……!」

「……詳しくは、後でちゃんと。僕らにもまだよくわかってないんだ。ルカ自身にも」

「……一つだけ聞かせろ。妹ってのは、おまえと血の繋がりがあるって意味で言ってるのか?」

「……うん」

「…………そうか」

 

 深刻な表情で、ゼロが頷いた。

 

「呼び止めちゃってごめんなさいね。お腹空いてるでしょ?」

「あっ……ごめんなさい、実は……」

 

 張り詰めていた空気を知ってか知らずか、ルミナの出した助け舟を逃さず、ライハが愛想笑いで応じていた。

 

「……後でもう一度、ちゃんと紹介しろよ。ルミナっちとマユにも」

 

 最後の一言にどこか優しさを滲ませながら、伊賀栗家と共にゼロは去って行った。

 

「…………ゼロ?」

 

 その背を見送るルカの目が、疑惑と警戒の光を宿していることに、気づかないまま。

 

 

 

 

 

 

 ようやく入店し、腰を落ち着けた三人とペガは、各々好きなものを注文することにした。

 注文する料理のことも、よくわからないと言った様子だったルカの手助けには苦戦したが、無事に注文を完了させてあげられたのはなかなか兄として頑張れたと思う。

 その様子に、奇異の念を顔に出して店員が去っていったものの、書き入れ時の忙しさで忘れてくれることだろう。

 

「ほら。下のお箸は、親指の付け根に挟んで――」

 

 そんな姿を見ている間に、ライハがルカにお箸の持ち方をレクチャーし始めていた。

 しまった、兄の見せ場が――などという考えが一瞬脳裏を過ぎるものの。やたら刀を振り回す以外は、リクよりもライハの方がこの手の作法や教養に精通しているのは確かだ。

 知識は既にレムから教えられているのなら、実演でもより丁寧なライハ仕込みの行儀を身につける方がルカのためだろうと思い直し、リクは二人の分もドリンクバーから飲み物を取って来ることとした。

 

「何が良いかな」

「……楽しそうだね、リク」

 

 チョイスを一任されたものの、妹が好む味はなんだろう……と考えているリクに対し、影に潜んで付いてきたペガが、喜びと寂しさの滲んだ声音で話しかけてきた。

 姿を隠しているペガとの会話は、傍から見るとさらに怪しまれる恐れがある。物陰に身を寄せ、電話をしているような風を装ってから、リクはペガに返事をした。

 

「どうしたんだよ。折角のファミレスなのに、ペガは楽しくないのか?」

「ううん……でも、ちょっとペガも、家族のこと思い出しちゃった」

 

 ……星雲荘という秘密基地に集うのは、この地球に家なき子供たちだ。

 リクもライハも親亡き孤児であり、レムもまた、創造主は既にこの世を去っている。

 しかし、ペガだけは少々事情が異なり、親に大人の男になることを期待されて旅に出たところ、遭難に等しい形で地球に辿り着いた。そして当時のリクに拾われる形で生活を共にするようになり、今日に至っている。

 つまりペガだけは、この中で両親が健在なのだ。

 その事実を、リクがこれまで一度も羨ましいと思わなかったのかと問われれば、嘘になる。だからリクから話題を振らない限り、ペガもそれを察していたのか、自ら家族の話をすることはなかったが。

 

「……帰りたく、なっちゃった?」

「……会いたいなぁ、とは、ずっと思ってたんだ」

 

 急な話の流れに、リクは動揺する。文字通り影のように、何年もずっと一緒に居た親友の告白に。

 妹との前触れのない出会いと同じぐらい急な友との別離の予感と、家族への郷愁を、ずっと我慢させて来てしまったという事実に。

 

「だけど、ペガ、リクとも一緒に居たいんだ」

 

 恨まれていても無理はない――そんな不安を、親友の言葉は簡単に払拭してくれた。

 

「だから、一度ちゃんと、元気にしてるよって伝えたいけど……」

「……良いんじゃないか? 一度なんて言わず、お盆とかお正月とか、もっと頻繁に帰ったって」

 

 ペガがもじもじと相談するのに、既に迷いの晴れたリクは、笑顔でその背を押した。

 

「僕の影は、ずっと空いてるからさ」

「リク……!」

 

 感極まったように、ペガが名前を呼んで来た。

 

「……ありがとう。大事な友達なんだって、ちゃんと紹介しておくね!」

「なんだか、照れ臭いな……」

 

 とはいえ、やめて欲しいなどと言う事柄でもないと思ったリクは、話題を変えて気分を誤魔化すことにした。

 

「でも、どうやって帰るつもりなんだ?」

「星雲荘で飛んで貰わなくても、AIBに依頼したら大丈夫だと思う。でも、もうちょっと先にするよ? 家族水入らずの邪魔はしたくないけど、ルカのことも気になるし……」

「邪魔なんかじゃないよ。頼りにしてるぜ、ペガ」

 

 こんな話をしてくれたのも、ペガもまた、リクがルカと出会えたことを、我が事のように喜んでくれたからこそなのだろう。

 だから、隠すことなく羨んでくれたペガが安心して家族と再会できるようにするためにも、ルカに纏わる問題はきちんと解消しなければならない――その出自の謎だけでなく、リクがちゃんと、兄として付き合っていけるのか、という心配も。

 

「……随分遅かったわね」

 

 とはいえ、話し込んでいたために、飲み物を持って戻った頃にはライハに怪訝な目で見られるようになっていたが。幸先は悪いようだ。

 

「ごめんごめん。ルカは、はい、オレンジジュース」

「……ありがとう」

 

 まだどことなく警戒を残した様子で、ルカはリクからコップを受け取り、隣のライハの様子を真似して口につけた。

 

「――!」

 

 瞬間。何にも気を許してなかったのか、やや垂れ気味だったルカの瞼が、勢いよく持ち上がった。

 

「美味しいっ!」

 

 思わず、と言った様子でルカが大声を出した。

 声を控えるよう、ライハと共にリクが指示すると、恐縮したようにこくこくと頷きながらも、ルカは喉を鳴らしてオレンジ色の液体を飲み乾していく。

 

「すごい、なにこれ、甘い? 冷たい? 喉の奥が綺麗になっていって、お腹の奥から力が湧いてくる感じ……?」

「……オレンジジュースを選んで良かった、かな?」

「あっ、うん。ありがとう、お兄ちゃん! これ、すっごく美味しいよっ!」

 

 先程までの様子は何処へやら、ルカは喜色満面で感謝を伝えてきた。

 また声が大きくなっているのを抑えながらも、園児でもそんな反応を示さないだろうと思えるほど、ルカはオレンジジュースを飲むことへの歓びを示す。もはや、初めて好物に出会ったというよりも、生まれて初めて食事という歓びを知ったかのような勢いだ。

 その様に呆気に取られていたリクだったが、次第に落ち着いてくると……初めて妹が、心からの笑顔を見せてくれたことに気がついた。

 きっと、自分の表情もまた緩んでしまっているんだろうな、と――目の合ったライハの顔つきを見て、リクはそう思った。

 幸先は悪いと思ったが、前言撤回。この分なら、ペガの里帰りも、そう遠くないうちに叶えてあげられるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 ただ一杯のオレンジジュースで、ああもはしゃいだルカだ。

 当然、肝心の料理が運ばれてくれば、それ以上の歓喜を見せるのは自明だった。

 

「美味しい……っ、美味しいよぉ……っ!!」

 

 輝くような笑顔で、目の端に涙すら流しながら、刻んだハンバーグステーキをルカが口へ運んでいく。リクがペガと話している間にお箸だけでなく、ナイフとフォークについてもライハから指導を受けていたのか、感涙に咽びながらも、その所作はリクより丁寧だ。

 それでも貪るような勢いは、テーブルマナーとして本来なら不適格だろう。だが、こうも美味しそうに食べている様子を見て不快になる人間の方が少ないのなら、マナーとしては及第点かもしれない。

 現に、先程注文の際に奇異の視線を向けていた店員さえも、悪い気はしないのか何とも言えない表情になっていた。ここまで喜んでいると、リクたちも知らない普段の生活をあらぬ方向に疑われてしまうかもしれないが。

 きちんと咀嚼し、嚥下する合間に感想を漏らしていたルカだったが、やがて自身のお皿の上にあるお肉も野菜もお米もなくなってしまうと、露骨に落胆した表情になった。

 

「……おかわり、頼む?」

 

 そんなルカの様子を見計らったようにして、ライハが彼女に提案した。

 

「えっ……いいの!?」

「構わないわよ。まだお腹空いてるんでしょ?」

 

 ライハの見せる優しさに、妹の喜ぶ顔を見れてリクも嬉しい気持ちになる一方、内心には焦燥もあった。

 

 ――貸しだから

 

 そんなリクの内面を読んだように、唇の動きでだけ言葉を伝えてきたライハは、ルカにも聞こえるよう声を出す。

 

「大丈夫よね、お兄ちゃん?」

「――うん、もちろん!」

「やったぁ! ありがとう、お兄ちゃん!」

 

 ペガの分をライハに出して貰い、自分とルカの二人分の注文だけを負担するような計算で、既にリクの手持ちのお小遣いとしては大きな打撃だったのだが、妹の屈託ない笑顔が見られるのなら、兄としてはやむを得ない。ライハには後で返済時期を交渉しておこうと決意した。

 

〈爆裂戦記! ドーン!! シャイン!!!〉

「あっ、ドンシャインだ!」

 

 そうしてルカの頼んだお代わりを待つ間、不意に始まったCMに、リクと、影に潜んでいたペガが、反射的にはしゃぎ出した。

 

『爆裂戦記ドンシャイン』とは、リクが生まれる前から愛されている、特撮番組である。

 全52話、既に放送終了して久しいが、主人公ドンシャインの人気から幾度も再放送され、リクや、さらに幼い子どもたちにも世代を越えて支持され続けるヒーローの活躍を描いた物語。その素晴らしさは、宇宙人であるペガまで魅了しているのが何よりの証左だろう。彼の活躍はテレビの中に留まらず、ドンシャインという人々の心の支えがなければ、地球は今頃、ベリアルの魔の手に落ちていた恐れさえある――と、ウルトラマンジードは考えている。

 そうして、国民的ヒーローと言っても過言ではない人気を得たドンシャインは今でも新しいコマーシャルに起用されており、そのゲリラ的な登場はリクがドンシャインの録画やネット配信以外にテレビを見る大きな理由の一つにまでなっているのだ。

 

「こら。お行儀が悪い」

 

 ライハに注意され、自身の声のボリュームを落としながらもリクは熱心にドンシャインポーズを取り続けていた。影の中で、ペガも一緒だ。

 ペガが里帰りする時は、ペガ用と布教用のグッズも準備しておくべきかな――などと、頭の片隅で考えていたところ。呆気に取られたようにこちらの様子を眺めていたルカと、ふと目が合った。その途端に、妹は慌てた様子で曖昧な作り笑いを浮かべた。

 

「お兄ちゃんたち、ちょっと子供っぽいところがあるんだね」

「…………」

 

 さっきあんなだらしない顔をしていたルカの方こそ、外付けの機械でズルして急に大人びているだけのくせに――などと。初めて妹の可愛くないところを見た気がして、すっかり気分が滅入ったリクに、さらに追い打ちをかけるような番組が始まった。

 

〈今日のニュースです。本日午前、星山市に怪獣が出現し、ウルトラマンジードがこれに対応しました〉

「怪獣……」

 

 その言葉に吸い寄せられるように、今度はルカがテレビ画面に視線を向ける。

 

〈何が対応した、ですか。出てきた途端に怪獣が消えて、取り逃がした。久しぶりだからってこれじゃあ、まるで頼りにできないですな〉

〈しかし、ジードが現れたから怪獣が退散したという見方も街中では広まっています〉

 

 いつものコメンテーターの辛辣な言葉に続いて、アナウンサーが中継へ繋ぐ。この頃ではお約束になりつつある、怪獣災害時の番組構成の展開だ。

 

〈ありがとう、ウルトラマン!〉

〈今度はあの怪獣、やっつけてくれよな!〉

 

 そうして街角から集められた子どもたちの無邪気な声援や、若者たちの熱烈な支持を聞いて、リクの機嫌は少し戻りつつあった。

 

「あのおじさん、嫌い!」

「そうよねー、いつもウルトラマンのこと悪く言ってて、間違ってるわよねー」

 

 近くの席の親子連れからも、そんな感想が漏れてくる。いいぞもっと言ってくれ、とリクは内心で呟きながらうんうんと頷く。

 机が揺れたのは、ちょうどその時だった。

 

「……ルカ?」

 

 勢いよく立ち上がった彼女を見ると、本人もまた己の行動に驚いた表情を見せた後、恐縮したように着席し直していた。

 一際遠慮なく響いた音による、何度目かの視線の集中も彼女から外れて行くが、ただ一つ。一時間ぶりに鋭さを取り戻したライハの視線だけはそのまま、ルカへと据えられ続けていた。

 

「あの……急にごめんなさい。変に目立つことしちゃって」

「い……いいよ、全然! ほら、おかわりもちょうど来たし、食べなよ!」

 

 嫌な空気になった直後、グッドタイミングで料理が届いた。お礼とともにお皿を受け取ったルカは食事を再開するが、中断する前と違い、その表情には陰りがあった。

 

 

 

 

 

 

 結局。喧騒に満ちた店内で、このテーブルにだけ存在した痛いような静謐の中、お代わりの分を食べ終えた時にも。ルカは、リクが期待したような笑顔は見せてくれなかった。

 

「あっ、その……やっぱり美味しかったです。ありがとう」

 

 精算を終え、店を出た後になって、そんな風にお礼を言ってくれはしたものの。そのルカの言葉は、どこか義務的に伝えてきているようにも見受けられた。

 

「そっか、なら良かった……じゃあ、どうしよっか。このまま帰る? それとも、街を散歩してみる?」

「じゃあ……ちょっと疲れたから、散歩はまたの機会に」

 

 やはり気落ちした様子のルカの返答に、リクは不安を感じながらも、その意志を尊重してみようと思った。

 ……元々、ルカは喋れるようになっても、どこか元気がなかった。潜伏用の学習装置を用いた教育だった、ということも影響しているのかもしれないが、最初に目覚めた時の様子から察するに、何か酷い目に遭っていて、まだ心が回復していないということも想像に難くない。

 それが、一度は食事の歓びで埋まっていたのに、今度はその前とも少し性質の違う憂鬱を抱えてしまっている様が見て取れる。

 

 契機はやはり、あの報道だろうか。

 それがきっかけで様子がおかしくなるということは、やはり……

 

(……だとしても)

 

 星雲荘に帰る、という考えに同意してくれたのなら。

 今は、そこしか行き先がないだけなのだとしても。帰る場所があると、思って貰えるようにしていけば良い。

 出会ってから、まだ三時間と経っていない。焦る必要はないはずだと、リクは一度大きく深呼吸した。

 

「その……」

 

 ちょうどその時、ルカが口を開いた。

 

「やっぱり、教えて欲しいんだけど……お兄ちゃんたちは、何者なの?」

 

 どうやら、人気のないところまで移動するのを待っていたらしい。

 それでも、星雲荘に戻るまでは堪えきれないほどに。その疑念はルカの中で、急速に大きくなっていたようだ。

 

「私は……私は、自分が何なのか、まだわかんないけど……お兄ちゃんは、そうじゃないんだよね?」

 

 ルカの赤い瞳は、自身の正体への唯一の手がかりとなる、兄を名乗る青年に向けられていた。

 思い詰めたような妹の顔には、リクがこれまでの人生で、見たこともないほどの切実さが浮かんでいた。

 

「宇宙人の友達と、一緒に居て……秘密基地に住んでて。お兄ちゃんは、いったい、何なの?」

「…………僕は」

 

 その先を、何と伝えたものか。もう少しだけ、星雲荘まで待って貰うべきか。

 その時、リクの逡巡を突き破るような轟音が響いた。

 

「――何!?」

 

 皆がその余波に翻弄される中で、ライハが真っ先に立ち直り、音の出た方を向いた。

 その瞬間、ライハほどの余力はなかったリクは、腰に忍ばせてあるジードライザーの持ち手を握り、レムの報告を直接脳内に聞いた。

 

〈別の時空から、何者かが接近中。星山市上空に出現します〉

 

 果たして――振り返ったリクの視線の先は、まさに次元の穴が開いたところだった。

 赤と黒を中心に、いくつもの色彩が移ろう空に開いた穴。そこから現れたのは、褪せた金色の巨人だった。

 前面に張り出した双角、背には天頂の欠けた日輪型の後光のような装飾を施された、アジア風の派手な全身鎧と一体化しているその魔神の髑髏の如き異貌を、リクはかつて目にしたことがあった。

 

「――あれはエタルガー!」

「知ってるの、リク!?」

 

 ライハの問いかけに、リクは力強く頷く。

 現れたのは、超時空魔神エタルガー。かつて闇の巨人、ウルトラダークキラーとの戦乱の中で復活し、闇の勢力に味方した、強大な力を持つ異世界の宇宙人だ。

 その戦いの中、ウルトラマンギンガビクトリーに斃されたと聞いていたが、生き延びていたのか。それとも、三度復活したというのか。

 いずれにせよ、そのエタルガーがこの宇宙に現れたのであれば、目的は一つのはずだ――

 

「我は時空の戦士、エタルガー!」

 

 事態を注視するリクたち、そして星山市の人々に対して、エタルガーは大仰な身振りで名乗りを上げた。

 

「この星の人間ども。貴様らの信じるウルトラマンを滅ぼすために、私はこの宇宙にやって来た」

 

 リクの危惧した通り――エタルガーははっきりと、ウルトラマンへの敵対を宣言した。

 

「まずは、ウルトラマンを呼び出すための余興に付き合って貰おう」

 

 既にリクへその出現が察知されていることを知ってか知らずにか、エタルガーは朗々と続けた。

 

「地球人よ、ウルトラマンが必要とされるようになった理由を思い出すがいい。かつておまえたちを絶望させたもの、今もおまえたちを脅かすもの――おまえたちの、最も恐れる宿敵を!」

 

 次の瞬間、エタルガーは両手を広げる。

 そして、その手に抱えられていた紫紺の光球が、拡散して雨のように街中へ降り注いだ。

 

「あぁっ、ライハ!」

 

 次の瞬間、ペガの悲鳴が上がる。

 ライハもまた、エタルガーの散らした光線がその身に吸い寄せられるようにして直撃し、闇のような波濤に呑み込まれていた。

 だが、回避が間に合わず、身構えたまま被弾したライハ自身も戸惑っていた。彼女の身には傷一つ増えることなく、その波濤は影のような靄へと変わり、天に帰って行く。

 街中から、同じような靄が立ち昇っていた。ライハから飛び出た一際大きい靄と合流したそれらは、やがて一つの姿形を作り、色付いた。

 

 自然落下で大地に降り立つ、その質量だけで街を破壊し、そこに生きる命や文明を脅かす恐怖の象徴。

 それは始まりの怪獣にして、今も何処かに潜む脅威。星山市を蹂躙した宿敵。

 ベリアル融合獣スカルゴモラとして、恐怖の影は産声を上げた。

 

「進撃せよ」

 

 エタルガーの号令を受け、魔神が産み落とした恐怖の塊は咆哮し、その一歩を踏み出した。

 

「何あれ……どういうこと!?」

「聞いたことがある……あれはエタルダミー。エタルガーが、恐怖の記憶を具現化させて作る偽物だ」

 

 かつて、闇の巨人との戦乱以前にも、エタルガーと戦ったことがあるというウルトラマンギンガから授かっていた知識を、リクは引っ張り出した。

 

「まさか……今朝のもあいつが?」

 

 何ら装備を持たないルカは無関係で、偶然、全くの同時期に、エタルガーが工作に来ていたのだろうか――そんな都合の良い憶測が、不意にリクの中で鎌首をもたげる。

 だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。実体を伴った恐怖の記憶は、運命のあの日の街を、そこに暮らす人々を、再び踏み潰そうと進んでいたから。

 

「――ルカ」

 

 リクは、突然の事態に愕然と立ち尽くしていた妹を振り返った。

 

「さっきの質問、今から答えるよ。僕が何者なのか――そこで見ててくれ」

 

 その手に握ったジードライザーを翳し、リクはふっと微笑んだ。

 

「大丈夫。君のことも、皆のことも、僕が守るから」

 

 そう言って、続いてリクは心配そうに様子を伺っていたライハの方を向いた。

 

「ライハ。それに、ペガ。後のことはよろしく」

「……気をつけてね」

 

 二人の見送りに頷き返して、リクは再びエタルガーと、その傀儡たるスカルゴモラに向き直った。

 

「お兄……ちゃん……?」

「ジーッとしてても、ドーにもならねぇ!」

 

 そしてルカの疑問を背に、リクはジードライザーのトリガーを押した。

 

「ユー、ゴー!」

《ウルトラマン》

「アイゴー!」

《ウルトラマンベリアル》

「ヒア、ウィ、ゴー!!」

 

 栄光の初代ウルトラマン、そして父であるウルトラマンベリアルの力を再現した、計二つのウルトラカプセルを起動。同じく光の国の超技術の結晶であるジードライザーに装填し、片割れであるスキャナーでの読み込みが完了する。

 

《フュージョンライズ!》

「決めるぜ、覚悟! ジィィィィィィィィィィィドッ!!」

 

 そして、もう一度トリガーを押し込んだ瞬間。リクの体は、光と化した。

 再編成されるのは、光量子情報体として保存されていた、リクの遺伝子を設計図とした光の巨人体。ウルトラマンベリアルの息子としての、本来の姿。

 それがカプセルから追加された情報と掛け合わされ、さらなる戦闘形態へと変身(フュージョンライズ)して行く。

 

《ウルトラマン・ウルトラマンベリアル・ウルトラマンジード! プリミティブ!》

 

 そして、暴虐を続ける怪獣の前に、銀色の体に、赤と黒の模様を浮かべた、光の巨人が降り立った。

 

「お兄ちゃんが……ウルトラマンっ!?」

 

 ウルトラマンとなり強化された聴覚が、遥か後方でルカの零した驚愕の声を拾い上げた。

 どうやら、彼女の疑問に答えることはできたらしい。

 それがどのような結果に繋がるのか、見届けるのに今は集中できないことを申し訳なく思いながら、リク=ウルトラマンジードは、眼前の邪悪と対峙した。

 

 

 



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第一話「リクの妹」Cパート

 

 

 

「現れたな、ウルトラマンジード!」

 

 どこか小馬鹿にしたように、星山市上空に浮遊したままのエタルガーが、ウルトラマンジードの出現を喜んだ。

 

「エタルガー、望み通り、僕は来たぞ! もうこの街に手を出すな!」

「そうはいかん。人間の信じるウルトラマン……その光を穢すという、我が戦友たちの悲願のため、この星にも犠牲となって貰う」

 

 どうやら、ウルトラダークキラーら、闇の巨人たちの遺志をも汲んで、エタルガーはウルトラマンへの挑戦を望んでいるらしい。

 だが、仲間内だけの情のために、無関係な人々を徒に傷つけるなんて理不尽を、ジードは許せなかった。

 

「まずは余興を完遂させて貰おう。おまえの力を見せてみろ、ウルトラマンジード!」

 

 上空に待機するエタルガーが告げるが否や、エタルダミー=スカルゴモラはその意志のまま、ウルトラマンジードに向けて突進を開始した。

 

「ハッ!」

 

 大地を揺らす進撃に対し、ジードは空を飛んで立ち向かった。

 跳躍と同時、人類――そして、朝倉リクにも原理の理解は及ばぬまま、本能的にウルトラマンとして備える、生身での飛行能力を発動。瞬時に音速にまで加速された五万一千トンの質量が、そのままスカルゴモラに激突する。

 人類が観測し得る他の事象であれば、必ず発生するエネルギーの転化分散が極端に抑えられた、ウルトラマンの打撃。咄嗟に放たれただけのそれでも、たった一平米程度の着弾点に、広島型原発の一割ほどのエネルギーが集中し、自由な射角で怪獣の肉体だけを打ちのめすという、人類の兵器では実現不可能な一撃だ。

 

 単なる威力でもバンカーバスターさえ凌駕するその一撃は確かに、スカルゴモラの進撃を一歩、止めることに成功した。

 だが、全開まで加速できなかった一撃で止められたのはその、たったの一歩分だけだった。

 傷跡の一つも残らず。体格でジードを上回るスカルゴモラは、飛び膝蹴りを受けたダメージなど一切なかったかのように再び進撃し、雷鳴のような咆哮とともに逞しい上腕を薙ぎ払う。

 その場に留まらず、後方転回しながら距離を取ったジードは、スカルゴモラの豪腕を掻い潜ると同時、追撃として全身から放たれていた超振動波の射程からも逃れていた。

 

 ウルトラマンジードが二種類のウルトラマンの特性をかけ合わせて戦闘形態を獲得するように、ベリアル融合獣もまた、二種類の怪獣の形質を組み合わせて生み出された怪獣兵器だ。

 スカルゴモラは髑髏怪獣レッドキングと古代怪獣ゴモラの性質を併せ持つ融合獣。この原種の内、ゴモラが地底を掘削するのに使うのが、超振動波という現象だ。

 ゴモラは頭部の二本角からあらゆる周波数の音を放射し、その反射の有無で対象の性質を把握。吸収され易い周波数を再照射することで、対象を激しく振動させ、発熱、気化させるというプロセスで地質を蒸発させ、地底を移動するという生態を持つ。

 

 そしてスカルゴモラの場合は、その音叉となる角が七倍に増設され、全方位に超振動波現象を引き起こすことができるのだ。

 投射先を絞っていない場合、有効な距離こそ短くなるが、それでも一瞬で地盤を蒸発させてしまうような破壊力を全方位に、体力の限りに放ち続けることができる。その膨大な体力によるタフネス、ジードを遥かに上回る腕力のみならず、この恐るべき特殊能力まで備えた怪獣がこれ以上街を蹂躙することがないよう、防衛戦を展開しなければならない。

 

 ――かつて、初陣を含め三度に渡り打倒した怪獣ではある。だが、それは全てベリアルの陰謀による、最初から勝敗まで仕組まれた戦いの中でのことだった。その時の記憶から再現されたエタルダミーとはいえ、あの頃のようにただがむしゃらに向かっていくだけでは足元を掬われても不思議ではない。

 そのことを肝に念じて、ジードは油断せず、有効な戦術を練り始めていた。

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃんが……ウルトラマン……」

 

 星山市の中心街で繰り広げられる、人智を越えた光の巨人と大怪獣の激戦。

 大地を揺らす余波が凄まじさを物語るその光景を眺めながら、ルカは譫言のように、与えられた答えを再び呟いていた。

 それは、受け入れるのが余りにも容易ならざる真実だったから。

 

「……そう。あなたのお兄ちゃんは、ウルトラマンジード」

 

 そんなルカの傍に立ったのは、ライハだった。

 

「びっくりするよね。あんな頼りない感じの子が、ウルトラマンだなんて」

 

 そう。何かにつけて、だらしなく笑顔を振り撒いて来た――気遣いも、例えばライハと比べればどことなくぎこちなかった。

 けれど。それでも何とか、こんな得体の知れない妹にも、優しくしようとしてくれているのが確かに伝わってきていた、あの兄が……

 

「だけど、本当なの。リクはウルトラマンジード。ベリアルの血を継ぎながら、その運命に勝ったウルトラマン」

 

 ……この星で最も中心的な活躍をしたヒーローと見做されているウルトラマンジードと、この宇宙を崩壊の危機に追い詰めた悪のウルトラマンベリアルに関する知識は、気がつけばルカの記憶に在った。

 だが、今のライハの言葉は、ルカにとっては初耳だった。

 

「ベリアルの、血……?」

「ええ。リクは――そしてあなたも、ベリアルの子供」

「だけど……リクはリクだ」

 

 途中から、会話に割って入ってきたのはペガだ。その横には、何やら球状のドローンのような端末も浮いている。

 

「だからリクは、自分の意志で、ウルトラマンの力を皆を守るために使う、ヒーローになったんだ」

 

 ……自分の意志で?

 あの優しげなお兄ちゃんが、自分の意志で、私たち兄妹の親を殺した?

 正義のヒーローに、なるために?

 

「そして、ルカは、ルカだよ」

 

 ペガが、そんな風に続けた。

 

 例え、血の繋がった肉親であっても。

 悪のウルトラマンであるベリアルと、正義のウルトラマンであるジードは別の存在で。

 ならば、リクはリクで、ルカはルカであるのなら……

 

「リクは、決められた自分の運命を変えた。だから、ルカのことも、きっと……!」

「お兄ちゃんが……」

 

 ペガが喋っている最中に、戦いの様相が大きく変わった。

 砂煙が晴れた時、ルカの目に飛び込んだジードの姿が、先程見せたシンプルなそれから大きく変わってしまっていたから。

 

「――ぁ……っ」

 

 その姿を見た時、ルカの呼吸が途絶した。

 鎧のような体躯に、天に向かって屹立した、鬼のような二本の角。

 色合いこそ違っていても。その姿はまるで、まるで……っ!

 

「ウルトラマン……っ!」

 

 

 

 

 

 

 エタルダミー・スカルゴモラが踏みつけで飛ばした岩石に、限定的な超振動波現象を起こし高熱の質量爆弾として叩きつけてくる攻撃を、ジードは超能力で展開した光子障壁で防ぎ切る。

 そうしてバリアを張っている間、立ち込める煙幕で視界が塞がれるのを利用して、距離を詰められる――というのは、過去に目にしたことのある戦法だった。

 人々の恐怖を再生するエタルダミーならばこその既視感ある攻撃パターンを、ジードは既に予想していた。

 

《マグニフィセント!》

 

 基本形態であるプリミティブから、戦闘中、新たにジードがフュージョンライズし直した姿の名はマグニフィセント――ジードのフュージョンライズ形態の中で、最も正面からの力勝負に優れたフォームだ。

 案の定、煙の奥からその角を叩きつけようと近づいて来ていたスカルゴモラの脳天に、ジードは思念のエネルギーも上乗せした剛拳を叩き込む。

 強烈なカウンターを受け、悲鳴を上げて仰け反ったスカルゴモラは、衝撃に脳を揺さぶられたのか身動きが鈍っていた。

 隙を逃さず、ジードは続いて両の拳を腰溜めに構えて、再び思念の光とともにスカルゴモラの腹部に放った。

 

「いいぞ! そう来なくてはなぁ!」

 

 威力のあまりにもんどりを打って転倒するエタルダミーを見下ろしながら、エタルガーはそんなジードの健闘を嘲笑った。

 それほどまでに己の実力に自信があるのか、と警戒を深めながらも。ジードは引き続き、スカルゴモラの撃破に集中する。

 

 起き上がり様、角でカチ上げようとするスカルゴモラに、ジードもまた頭突きを合わせた。角と角がぶつかり合った瞬間、スカルゴモラが超振動波を発動する前に、ジードは角から電撃を放つ。

 感電したスカルゴモラが再び身動きを封じられている間に、ジードはさらに苛烈に攻め立てる。

 メガニストラトス――マグニフィセントの肘と肩の突起の間に、念力によって生成した光子の回転ノコギリを生成し、それでスカルゴモラの頭部を狙ったのだ。

 対し、スカルゴモラは頭部の角でその攻撃を受けようとしたが――メガニストラトスは、その防御手段自体を破壊した。

 

 即ち、激突した右側の角を断ち切ったのである。

 

 これには堪らないと言った様子で悶絶するスカルゴモラの喉輪を掴み、反対の手で後頭部を抑えたジードは、そのままスカルゴモラを引き倒した。

 大地に叩きつけることで、有効なダメージを与えられるとは思わない。故にスカルゴモラと地表の衝突には大きな影響が出ないよう、エネルギーや慣性を制御しながら、ジードは素早く位置を取り直して、怪獣の長大な尾を掴んだ。

 ただの身悶えでも驚異的な馬力ではあるが、マグニフィセントならば力負けしない。そのまま尾を脇に挟むと、ジードはスカルゴモラが回復するより先にその体を投げ飛ばした。

 五万九千トンの巨体が、軽々と宙を舞う。再び街に壊滅的な打撃を与えてもおかしくない勢いでスカルゴモラが大地と衝突するが、リク自身が無意識に、ウルトラマンの肉体が利用する未知の物理法則を利用したことで、二次的な被害は最低限に抑えられていた。

 そこで起き上がろうとするスカルゴモラの無防備な背中へと、超振動波の射程外からジードは光の巨大十字手裏剣を連続で投げつけた。

 その追撃によって頭だけでなく、背部の角の付け根付近にも裂傷を与えた。これで再生するまでの間、スカルゴモラの超振動波の利用を阻害できるはずだ。

 

 その様子を確認して、ジードはトドメの体勢に入った。最大火力の一撃は、タメに要する時間や外した場合の二次被害が甚大である都合上、闇雲ではなくこのようにして敵の機動性や迎撃能力を奪ってから放つべきだと、数々の激戦を切り抜けてきたジードは自然と定石を身につけていた。

 

 そのおかげで、ジードの両腕に蓄えられた光子エネルギーは、スカルゴモラが起き上がった時点で、発射の準備を完了できていた。

 

「ビッグバスタウェイ!」

 

 両腕をL字型に組んだ瞬間、左右の腕から結合された光子エネルギーが右の前腕に沿って放たれ、光速でスカルゴモラに到達した。

 この姿のジードが放つ光子エネルギーは摂氏七十七万度。それは、広島型原爆の火球中心温度に迫り、しかも爆発から百万分の一秒後には三十万度以下に減退するそれとは異なり、照射される間、対象に常にその威力を維持――否、時に増幅さえする。そんな破壊光線に体の中心を呑み込まれながら、スカルゴモラは数秒間、断末魔を上げ続けた。つまりはそれだけの熱線に晒されて、なお絶命せず、その巨体を動かせるということだ。

 

 ――これが、怪獣。既知の物理法則を超越した生命の究極。自らの力のみで発展してきた二十一世紀初頭の人類文明では、ほぼ対処できない絶対の脅威。

 

 だからこそ、人々は祈る。ウルトラマンに。

 この絶望的な暴力から、自らと愛する者を救って欲しいと。

 

 ウルトラマンの必要性。それを再認しながら、使命感と共にジードは光線の出力を高めた。

 注がれ続けた光は遂にスカルゴモラの強靭な肉体にも限界を迎えさせ、一部を灼き切り、蒸発させ、膨張した内圧が残った肉体をも完全に爆砕してみせた。

 

「やったー!」

 

 ありがとう、とか、いいぞ、とか。そんな歓声が、避難していた人々から湧き上がる。

 だが、本当の戦いはこれからだと、ジードは充分承知していた。

 

「見事、いや見事だ、ウルトラマンジード!」

 

 自らの繰り出したエタルダミーが倒されたというのに、エタルガーは喝采していた。もちろん、その声には隠しもしない悪意を滲ませながら。

 空から、文字通り高みの見物を続けていた黒幕を睨みつけたジードは、再び彼に呼びかける。

 

「おまえの言う余興は終わった……勝負だ、エタルガー!」

「ああ、余興は終わり。これからが本番の開始だ……恐怖のウルトラマン軍団を作るという、我が亡き友に捧げる計画の、な」

「――何?」

 

 エタルガーの口走った台詞を訝しんだ、その瞬間だった。

 

 たった今、葬ったはずの咆哮が、リクの背後に生じたのは。

 

「――なっ、また!?」

 

 ……ジードの後方には、無傷のスカルゴモラが出現していた。

 叫び声を上げ、超振動波現象を励起させるべく全身で赤く発光しながら、地響きとともにスカルゴモラが突進して来る。

 迎え撃とうと構え、一歩踏み出そうとしたウルトラマンジード=リクの耳に、切羽詰まった制止の声が飛び込んで来たのは、その時だった。

 

〈――リク、やめて!〉

 

 それは、ジードライザーを介して、レムが繋いだ通信だった。

 

「ペガ、どうして……!?」

〈そのスカルゴモラ……そのスカルゴモラは……!〉

〈――ルカよ、リク〉

 

 気の動転しているペガの代わりに、掠れた声でライハが答えた。

 

〈そのスカルゴモラは――たった今、ルカが変身したものなの……!〉

「な……なんだってっ!?」

 

 そうして、告げられた真実にリクが打ちのめされている間に。

 回避も防御も間に合わなくなった培養合成獣スカルゴモラの突進が、もろにウルトラマンジードを打ち据えた。

 

 

 




第一話あとがき?

 ルカという名前は、アーサー・C(チャールズ)・クラークのもじりかつ、ス「カル」ゴモラが元ネタです。
 一方、作中で「留花」という字が当てられて命名された理由は第二話、「君の名前」にて。


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第二話「君の名前」Aパート

 

 

 

 培養合成獣スカルゴモラの突進に、ウルトラマンジード・マグニフィセントは弾き飛ばされた。

 

「うぁあああっ!」

 

 防御も回避もろくにできず、力自慢のスカルゴモラの一撃をまともに受けてしまったのは、マグニフィセントの状態とはいえ手痛いダメージだ。

 ――何せ、それで終わるはずがないのだから。

 

 スカルゴモラは咆哮を上げると、倒れ伏したジード目掛けて踏みつけ攻撃を仕掛けてきた。

 何とか転がって避けるジードだったが、飛んで来た岩石に気を取られ動きが鈍った瞬間、さらに強烈な不可視の一撃を受ける。

 

「しまった――っ!」

 

 スカル超振動波を受け、全身を内部から痛めつけられたジードは、そのまま爆発の勢いに巻き上げられ、吹き飛ばされる。

 超振動波に聴覚を乱されながらも、突如再出現したスカルゴモラにウルトラマンが追い詰められている状況に、見守る人々が悲鳴を上げているのがジードの耳に入ってきた。

 そして、もう一つ。

 

「――何やってやがる、ジード!」

 

 ジードを叱咤する、聞き覚えのある声が彼方より届いてきた。

 

「来たか」

 

 上空に待機する超時空魔神エタルガーもまた、その声に耳聡く気づいていた。

 

 そして、彼が陣取るよりもさらに高い蒼穹に、流星が走った。

 

 ――否、違う。

 

 星ではない。赤と青のツートンカラーを基調とした、新たな巨人が、空気との摩擦で炎を纏うほどの速度で、飛来してきていたのだ。

 

 その名はゼロ。ウルトラマンゼロ。

 ジードとともにベリアルやギルバリス、ウルトラダークキラーの軍勢と戦った、兄貴分とも言えるようなウルトラマンだった。

 

 おそらくはエタルガーを狙っていたのだろうゼロの軌道が、空中で屈折する。

 その燃え盛る蹴り足の行き先を察したジードは、無我夢中で立ち上がった。

 

「駄目だ!!」

「なぁっ!? 馬っ鹿ヤロっ!?」

 

 突如飛び出してきたジードを避けることが間に合わず、ゼロの超音速の蹴りがそのまま、ジードの胸に吸い込まれた。

 あたかも隕石が落下したような勢いで、瓦礫と化した街を掘り返しながら、二人のウルトラマンがもつれ合って大地に転がった。

 

「おまえ、何するんだ! 大丈夫か!?」

「な……何とか……ッ」

 

 先に起き上がったゼロが呼びかける。それに応えたジードの姿は、累積していた分にダメ押しとなったウルトラゼロキックによる過大なダメージで、マグニフィセントから基本形態であるプリミティブに戻っていた。

 ジードの窮地を救うべく、背後から迫っていた怪獣目掛け放たれていた、ウルトラゼロキックで。

 

「ジードおまえ、なんでこんな馬鹿な真似を……!」

「あのスカルゴモラは――ルカなんだっ!」

 

 ジードが告げた瞬間、大地を揺らしながら近づいてきていたスカルゴモラが、その口腔より灼熱の息吹を放った。

 ウルトラマンすら脅かすその猛火を二手に分かれて回避しながら、ゼロが言う。

 

「ルカって……さっきのあの子か? どういうことだ!?」

「それは――僕だって知らないよ! フュージョンライズだってできないはずだったのに……!」

〈解析結果が出ました〉

 

 まさにその瞬間に、ジードの脳内に響く声があった。

 テレパシーでそれを察知したゼロが叫ぶ。

 

「本当か、コンピューターの姉ちゃん!?」

〈ルカの血液情報は採取済でした。ですが、非常に特殊な構造をしていたため、細部の照合に時間が掛かってしまいました〉

 

 星雲荘の報告管理システム、レムがこんな状況でも抑揚なく、淡々と告げる。

 

〈結論から言います。あのスカルゴモラは確かにルカが変身したものであることを観測しましたが、同時にフュージョンライズでもありません〉

「じゃあ、何だって言うの!?」

 

 スカルゴモラの――ルカの攻撃をバリアで防ぎながら、ジード=朝倉リクはレムに問い返す。

 

〈我々の認識が逆でした。朝倉ルカと名付けられた個体が、今朝出現したスカルゴモラの正体ではなく――朝倉ルカの正体が、このスカルゴモラなのです〉

「……どういう、こと?」

〈彼女は、最初からスカルゴモラとしてレッドキング、ゴモラ、そしてウルトラマンベリアルの遺伝子を掛け合わされて作られた人造生命体です。朝倉ルカとしての姿は、ウルトラマンに由来する擬態能力で得たものに過ぎません〉

「――ッ!」

「なるほど、ベリアル軍の機械は出来が良いようだな!」

 

 どのようにして盗み聞きしていたのか、エタルガーが上空から話題に入ってきた。

 

「その通り! そのスカルゴモラは別の宇宙で、ある科学者が作り上げた培養合成獣! 人間の姿など、傷ついた身を隠すためだけのものだったろうよ!」

「……どこの宇宙にも、趣味の悪いことを考える奴が居やがる――っ!」

 

 義憤の滲んだ声で、ゼロが吐き捨てた。

 

「それで、目の前で自分と同じ怪獣が倒されたことで、恐怖で正気を喪っちまったわけか……!」

 

 言われてみれば、エタルダミーの個体よりも遥かに吠える頻度が高いのは、まさに恐慌しているという彼女の精神状態を示してのものだったのか。

 この手で妹の心を傷つけてしまったことを知ったジードが思わず立ち竦んだと同時、活動限界を警告するカラータイマーの点滅が始まった。

 

「だったら、これだ!」

 

 一方で、自らが痛打を与えたジードを気遣ってか、ゼロが積極的に動き出す。

 

「――ルナミラクルゼロ!」

「やらせるかぁっ!」

 

 ゼロが超能力に特化した青い姿になった瞬間、その眼前にエタルガーが降り立った。

 

「かぁっ!!」

「ぐぁっ!?」

 

 エタルガーが全身から放つ、曲線を描いて走る光弾。それが姿を変えるために意思統一していた隙を突き、ゼロの全身を滅多打ちにする。

 

「――今だ、ジードっ!」

《アクロスマッシャー!》

「何!?」

 

 そうして、ゼロがエタルガーを引き寄せた隙に。ジードもまた、青い姿へと変わっていた。

 ルナミラクルゼロと同じく――慈愛の戦士ウルトラマンコスモスの力を受け継いだ、アクロスマッシャーへと。

 

「させるか!」

「――それは、こっちの台詞だ!」

 

 妨害しようとするエタルガーに対し、ルナミラクルのもう一つの特性、高速移動能力を駆使したゼロが先回りし、立ちはだかる。

 その援護のおかげで、ジードは自らに向かってくるスカルゴモラに対し、取るべき準備を終えることができた。

 

「スマッシュムーンヒーリング!」

 

 チャージを終えたジードの両手から、肉薄するスカルゴモラに向けて放たれたのは、コスモスから受け継いだ浄化・鎮静化の効果を持った癒やしの波動だ。

 自らを苛むほどに興奮しているというのであれば、これで一旦、ルカは正気に戻るはずだ。

 

「(――あれ……その目……)」

 

 不意に、ジードの――リクの脳内に、聞き覚えのある声が聞こえて来た。

 

「(お兄……ちゃん……?)」

 

 その声帯は、人の言葉を操ることはできずとも。

 地球人への擬態と同じく、父ベリアルから受け継いだウルトラマンに由来する能力の一つ、テレパシーを無意識に使えたルカが、スカルゴモラの姿のまま、ジードに気づいたように喋りかけて来た。

 

「(あれ……私……私は……)」

「何やってんだよ、ジード!!」

「やっつけろー!!」

「お願い、怪獣を倒してー!!」

 

 ジードが一先ず安心しようとした、そんな時だった。

 

 安全地帯に避難した人々から、そんな声援が届き始めたのは。

 あるいは、当人たちは聞こえるとは思っていないのかもしれない。

 だが、ウルトラマンや怪獣の鋭敏な聴覚は、その声を拾えてしまえた。

 そして。ジードはもちろん、今のスカルゴモラもまた、その言葉の意味することを理解できてしまっていた。

 

「(……あっ)」

 

 不意に、スカルゴモラが身体の向きを変えた。

 紅い視線の先には、まだ無事な状態のビルが残っていて――その綺麗なガラスは、一種の鏡面のようにして、彼女の今の姿を写し出していた。

 

「(……やっぱり私、怪獣だったんだ……)」

「ルカ……!」

 

 目に見えて、スカルゴモラが肩を落とした。

 思わず駆け寄ろうとしたジードだが、またあの不愉快な高笑いに先を越される。

 

「その通りだ! 出来損ないの命であるおまえは怪獣……ウルトラマンに倒されるための存在にしかなれない!」

「てめえっ、何を!?」

 

 ゼロとの攻防で隙を見出したエタルガーは、その手から紫紺の光線をスカルゴモラに放った。

 ジードが庇うより先に、スカルゴモラに吸い込まれるようにして届いた光は、すぐさま彼女から飛び出して、靄となり――

 

「あれは……エタルダミーの!?」

「そうだ……これこそが、我が野望の第一幕!」

 

 歓喜するエタルガーが高らかに謳い上げたスカルゴモラ――ルカの恐怖の象徴は、すぐにそこで形を取り――

 

「――最高だぜ!」

 

 金色の鎧を纏った、ウルトラマンの姿となって現れた。

 

 

 

 

 

 

「タイガ……だと……っ!?」

「そう! 凡百の怪獣とは違う。仮にもベリアルの血を混ぜられたウルトラマンの成り損ない! 人間でも怪獣でもウルトラマンでもないが、生まれたてでもそこに備わった知能は、エタルダミーの素材として充分な恐怖を育むことができる!」

 

 エタルガーの言葉に、捕まえると同時に剛力特化のストロングコロナに転身したゼロが、敵手を握る力を増す。

 だが、強固な鎧は今のゼロの握力をして、エタルガーに些かの痛痒も届けはしない。

 

「アレーナの時とは違う。闇に堕ちたタイガの暴走に、恐怖を植え付けられたのは真実だ。後はそれを刺激してやれば、本物と同等以上のエタルダミーを……恐怖を振り撒くウルトラマンを用意できる! 情報提供の通りだったな!」

「闇に堕ちたタイガ……!? それに、まだ黒幕がいやがるっていうのか……!」

 

 計画が予定通りに進んでいるからか、随分と上機嫌にべらべら喋るエタルガーに対し、組み合ったままゼロは詰め寄った。

 

「誰の差し金だ……トレギアか……っ!?」

「それはご想像にお任せするとしよう」

 

 前回の復活の際とは桁が違う。かつてゼロといくつもの次元で対決した時に遜色しない力を取り戻しているエタルガーは、ゼロの質問をはぐらかすと、あっさりとストロングコロナの拘束を振り払った。

 

「だが、あの時奴に与えられた依頼の通り。ウルトラダークキラー、ダークルギエルとともに果たそうとした悪しきウルトラマンの軍勢を率い、貴様らと人間どもの絆を引き裂くという大望成就こそが、今の俺の原動力だ!」

「待ちやがれぇ!」

 

 

 

 飛行するエタルガーを追い、飛び立つゼロに加勢する余裕は、既にカラータイマーの鳴っているジードにはなかった。

 そもそも、眼前に現れた新たな脅威を無視するわけにはいかなかったのだ。

 

「ウルトラマン……タイガ……!」

 

 エタルガーを含む、闇の巨人たちとの戦乱の最終局面。

 黒幕であったウルトラマントレギアを追うも、罠に阻まれたジードたちに代わって、トレギアを追う役目を引き継いでくれた、光の国の若きウルトラマン――その一人が、タイガだった。

 あの時、目にした彼――ウルトラの父の孫にして、ウルトラマンタロウの息子という血筋に相応しい真っ直ぐな印象は、眼前のエタルダミーからは少しも見受けられなかった。

 

「(あっ……あぁっ……!)」

 

 再び、ルカの――スカルゴモラの様子が怪しくなって来た。明らかに呼吸が乱れ、身体を恐怖に震わせている。

 

「もっとだ……もっと力を寄越せぇ!」

 

 そんなスカルゴモラを見て、金色の鎧を纏ったタイガのエタルダミーは、勢いよく駆け出してきた。

 

「ルカ!」

 

 その接近に、先程までの比ではないほどに怯えたスカルゴモラを庇うべく、ジードは二人の直線上に割り込む。

 だが、タイガのエタルダミーは、こちらと接触する寸前に分離し、ジードの手は空を切った。

 

「な……っ!?」

「スワローバレット!」

 

 三体に分裂したタイガは、スカルゴモラを取り囲むと、各々から光線を乱れ打ちにした。

 

「(いやぁああああああああああっ!!)」

 

 途切れのない着弾にスカルゴモラが悲鳴を上げる。ジードの脳内には、それがルカの声で、ルカの感情が直に響く。

 

「(痛い……痛いよ……もう、やめてぇ……っ!)」

「最高だぜ!」

「――やめろっ!」

 

 妹の悲鳴を前に黙っていられず、リクは一体に戻ったタイガのエタルダミーに挑みかかった。

 

「うぉおおおおおおっ!」

 

 だが、タイガのエタルダミーは雄叫びを上げると、力任せにあっさりとジードを押し倒す。

 大地を背にしたジードを、タイガは何度も何度も踏みつけて来た。

 

「――このっ!」

 

 圧倒的に不利な体勢だったが、このエタルダミーはいくらなんでも乱雑過ぎた。

 力任せの単調なストンピングを両腕で捕らえると、抜け出すための回転に合わせてジードはタイガを転けさせる。

 

「ルカ! 今の内に逃げて! ――早く!」

 

 連続の活動限界が近いジードは、焦燥のまま妹に言いつけた。

 ギガファイナライザーを使えば、まだ継戦は可能だが――今は、そのためにこのエタルダミーから手を放すことすら惜しまれる。

 タイガのエタルダミーを掴んだまま、ジードは相手が体勢を立て直す前に飛行した。

 少しでも、妹をこの恐怖から遠ざけてやりたくて。

 

 そうして、星山市を離れたウルトラマンジード=朝倉リクは、培養合成獣スカルゴモラ……朝倉ルカと名づけた自身の妹の姿を、見失ったのだった。

 

 

 

 



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第二話「君の名前」Bパート

 

 

 

「あっ、リク! 大丈夫!?」

 

 目を覚ました時、リクは星雲荘の中に居た。

 

「ッ、ルカは!?」

 

 叫んでから、リクは胸に走る痛みに呻いた。

 

「はわわ、大丈夫!?」

「平気だ。それより、ルカは……」

 

 痛みを噛み殺して問うと、ペガはゆっくりと俯き、首を振った。

 

「ごめん……どこか、行っちゃった」

「そんな……」

〈現在、ユートムで捜索中です。AIBにも状況を伝え、協力を受けています〉

 

 説明を聞きながら、思い出す。

 結局、タイガのエタルダミーを少しでも遠くへ運ぼうとしている間に、ウルトラマンジードは力尽き、消えてしまったということを。

 

 また、聞いた話では同じ頃にスカルゴモラも姿を消し、それを察知したエタルガーと、彼の回収したタイガのエタルダミーも次元の穴を通り、何処かへと去って行ったとのこと。

 だが、その際に再来を宣言していたために、ゼロは敢えて深追いせずこの地球に残留し、レイトの身体で星雲荘の中まで来てくれていた。

 そして、もうすぐ日付が変わるほどの時間が経ったのに――ルカの行方は、ようとして知れないという。

 

「ごめん。私のせいだ」

 

 現状把握が終わった途端。ライハが、深々と頭を下げてきた。

 

「別に……ライハのせいじゃないよ。逃げろって言ったのは僕だし」

 

 空中でウルトラマンから人間の体に戻ったリクが、それでも無事に地上で気絶できていたように。おそらくスカルゴモラから人間の姿に変わったルカも、その出現する位置を変えることができたのだろう。

 健脚を誇るライハと、飛行できるユートムがあっても見失ってしまったのは、そう考える以外になく。ライハに落ち度を求めるのは、お門違いだ。

 

「違う……そもそもその前。あの子が取り乱したのは、私のせい」

 

 そう考えていたリクの前で、ライハは謝罪を続ける。

 

「私が勝手に言っちゃったの。あなたがウルトラマンで……あなた達は、ベリアルの子供だって」

「それは……ただの事実だ」

「そう、ただの事実。でもそれは、誰かを傷つけるには充分」

〈――学習装置には、ウルトラマンジードが、ベリアルを倒したことが記録されていました〉

 

 ライハの説明に続くように、レムもまた、滔々と語り始めた。

 

〈ライハだけではありません。一般常識に該当することだからと、与える影響を考慮せず知識を詰め込ませた私にも、責任の一端はあります〉

「ぺ、ペガもだよ! リクはリク、ルカはルカだって考えなしに言って、追い詰めちゃった……」

「……そんなこと言ったら、僕だってルカの前で、ルカと同じスカルゴモラを痛めつけて、倒した。よりによって、あのタイガに似た姿で」

 

 仲間たちが次々と懺悔するのに、リクも耐えられなくなりそう返した。

 

「――ったく。誰も悪いわけじゃないだろ。そんなの全部遅かれ早かれだ」

 

 そんな空気を裂くように、少し離れた位置に居た伊賀栗レイト――ゼロが、見てられないとばかりに口を挟む。

 

「悪い奴が居るとしたら、まずはエタルガーだ。あの子の見てるところで、リクにスカルゴモラのエタルダミーを倒させるよう仕掛けてきやがったんだからな。まんまと乗せられたのを反省するのは良いが、責める相手を間違えるな」

 

 ゼロの静かな一喝で、星雲荘の仲間たちは思い直した。

 

「……ルカを連れてきたのは、エタルガーなの?」

「さあな。だが、生まれる前から目をつけていたとしてもおかしくない用意周到ぶりだった……。さっき親父たちに確認したら、トレギアの策略でタイガがあぶねー状態だったってのも事実らしい」

 

 トレギア。

 リクとペガをかつて、別宇宙に拉致し、恐るべき陰謀に巻き込もうとした巨悪。

 確かにこの手で討ったと思ったその後も、リクがその宇宙で出会い、共にトレギアの野望を打ち砕いた湊アサヒをウルトラダークキラーに拉致させ光と闇の全面戦争を起こさせる等、その脅威が依然として残る全ウルトラマンの宿敵だ。

 もし、今回の件も黒幕がトレギアであるなら――最初に戦った時、仕留めきれなかった自分のせいではないのかと、忸怩たる思いがリクの中で膨れ上がる。

 

「――タイガは、今?」

「まさについさっき、あいつの仲間が殴って正気に戻したって報告が、タイタスからあったそうだ。トレギアも、一度は撃退できたらしい」

 

 闇に堕とされ、ルカに恐怖を刻み込むほどの暴走をしてしまったというウルトラマンタイガの方は、どうやら心配ないらしい。リクが自らの力を託したU40のウルトラマン、力の賢者タイタスが言うならば間違いないだろう。

 トレギア撃破の報だけは、リクの前だけで既に二度は爆死したはずのトレギアが健在である経緯を踏まえると、油断はできないが……

 

「……そっか。なら、良かった」

 

 タイガまで、ベリアルのようなことにはならなかったと聞いて。リクは、少しだけ安心した。

 

「――だが、ルカの知るタイガはあのままだろうな」

 

 そんなリクたちの安堵を知る由もない彼女の状態を、ゼロが危惧する。

 

「エタルダミーは恐怖の投影体だ。この後もエタルガーがあの偽タイガでルカを脅かし、その力をどんどん増させるつもりだろう。そのためだけに連れ去られる恐れもある」

「――そんなの許さない。絶対に……!」

 

 ズボンの布を、ぎゅっと握り締めながら。リクはゼロの予測するエタルガーの非道を聞き、怒りを募らせた。

 

「ああ。先に見つけることが肝心だ」

〈手数では、我々の方が勝っているはずです。決戦にも備え、気を詰め過ぎずに待機していてください〉

 

 ゼロの結論をレムが補足し、目覚めたリクの現状把握は完了した。

 そうして、各々が休憩し始めた星雲荘の中で。リクはゼロの元に歩み寄ると、一つ頼み事をしてみた。

 

「……ゼロ。ちょっとだけ、レイトさんに代わって貰っても良い?」

「うん? まぁ、良いぜ」

 

 この状況でどうしたのだろう、という疑問は感じたようだったが、ゼロはすぐに眼鏡を装着して、身体の主導権を伊賀栗レイト自身に返してくれた。

 

「た、大変なことになっちゃいましたね~……リクくん、大丈夫ですか!?」

 

 開口一番、レイトは気弱な調子で、しかし確かにリクのことを気遣ってくれた。

 

「ありがとうございます。僕は大丈夫です」

 

 ずっとゼロに身体を明け渡しているまま、ここまで付いてきてくれている自称、平凡なサラリーマンに向けて、リクは頷く。

 

「けど、僕は大丈夫でも――やっと見つかった、僕の大切なものが、大変なんです」

 

 その言い回しに、レイトも気づくものがあったようだった。

 

「レイトさん。いつも、お仕事大変なのはよくわかっています。でも……僕の家族を守るために、レイトさんにも力を貸して貰いたいんです。お願いしても、構いませんか?」

「リクくん……」

 

 平凡なサラリーマンだと、レイトは自分を卑下するけれど。

 例え平凡でも、家族の幸せを守るために彼が日々立ち向かう仕事の厳しさに、リクは一日だって耐えられなかった。

 それなのに、そんな激務と二足のわらじでも、家族が生きる世界を守るために、これまでレイトは星雲荘と一緒に戦ってくれた。

 

 だったら――世界のため、以上に。この世界に居場所があるかもわからない、自分の家族のためだけの戦いに、関わって貰おうというのなら。リクは、本来戦士でもないレイトにはきちんと話をしなければならないと、そう思ったのだ。

 

 果たして。そんなリクの申し出に、レイトは嬉しそうに顔を綻ばせてくれた。

 

「うん、もちろん! ルミナさんとマユも、またあの子に会いたがっていたからね」

 

 お互いの、大切な家族のために――レイトは笑顔で、協力を快諾してくれた。

 

 

 

 

 

 

 事態が動いたのは、日付が変わりしばらくしてからだった。

 

〈リッくーん!〉

 

 星雲荘のモニターに映し出された声の大きい女性は、リクのよく見知った顔――元はリクの居候先の娘にして、現在はAIBにおける唯一の地球人エージェント、愛崎萌亜(モア)だ。

 

〈ごめーんリッくん、聞いてた女の子、見つけたけど逃げられちゃったー!〉

 

 ロングの綺麗な黒髪、黙っていれば凛々しくも見える愛嬌のある顔立ち――と、美人ではあるのだが、ドジな上に感情表現が幼いところがあるモアは、失敗の報告も半泣きという、締まらないものだった。同乗する車の隣席に座っている上司のゼナも、シャドー星人は地球人に化けていても表情筋が動かないはずなのだが、心なし何とも言えない表情をしているように見える。

 ただ、モアのその振る舞いが、本気で申し訳なく思ってくれているからこそのものだということを、付き合いの長いリクはよく知っていた。

 

「どこに行ったの!?」

 

 どうやら、光瀬山の方角に走って行ったと見えるらしい。ただちにレムが、ユートムを集中的に配備する。

 

「光瀬山……か」

 

 その事実に思うことがあるように、ライハが呟いた。

 それから程なく、ユートムの一機がルカの姿を確認した。

 

〈位置特定。エレベーターの座標設定できました〉

〈よかったー! でもリッくん、あの子誰なの?〉

 

 喜んだのも束の間。エタルガーという地球外存在に狙われている少女だから、と協力してくれているAIBにも、まだ詳細は伏せられていたらしいルカについて、モアが疑問の目を向けてきた。

 

「――妹だよ、僕の」

 

 端的なリクの返答に、この場の誰よりも昔からリクを知っているモアは、衝撃の余り絶句した様子だった。

 

「だから、僕が迎えに行く」

 

 そんなリクの意志を汲んでくれるように、仲間たちは皆、頷いてリクを送り出してくれた。

 

 

 

 

 

 

 朝倉ルカと名付けられた少女は、人里を離れ、夜の中で一人、膝を抱え込んでいた。

 

 ――いや、『朝倉留花(ルカ)』という呼称が、本当に正しいのかはわからない。

 これは、人間や、ウルトラマンと言った――同種である家族に向けて、朝倉リクが贈った名前。

 個体識別のコードがなければ不便だから、というような理由で。培養合成獣スカルゴモラの擬態した姿に使い続けても良いものなのか。そんな疑問すらあった。

 

「ルカ」

 

 だから――突然現れたリクがまた、そんな風に呼びかけて来た時。少しだけ面食らった。

 ああ。返せ、とは。このウルトラマンに言われなかった、と――何故か、妙な安心感すら覚える自分に、驚きながら。

 

「横、座っても良い?」

 

 問いかけてくるリクに、ルカは最初反応できなかった。色々な考えが頭の中を巡り、どう応じるべきなのかわからなかったからだ。

 だが、いつまでもルカの許可を待とうとするように、夜風に晒されながらも距離を保ち、立ち続けるリクの様子に何だか申し訳なく思えてきて、遅れながらも小さく顎を引いた。

 

「ありがとう」

 

 この夜闇の中、見逃してもおかしくない小さなジェスチャーでの遅い返事に、リクはそれでも柔らかくお礼を述べて、ゆっくりとルカの隣に腰掛けた。

 

「ごめん、一人にしちゃってて」

 

 そして、開口一番。リクは、ルカにそう謝って来た。

 

「え……っ?」

「もっとちゃんと、守ってあげられたら良かったんだけど……駄目なお兄ちゃんでごめんな。こんなところまで一人で逃げることになって、心細かったよね」

 

 予想もしていなかった言葉を告げられて、当惑するルカへリクは続ける。

 

「皆に協力して、探して貰ったんだ。後で一緒に、お礼を言いに行こう」

「なんで……?」

 

 何事もなかったように、優しく告げるリクに対して、ルカは耐えきれずに問い返した。

 

「大事な妹が行方不明になったんだ。いくら頼りないお兄ちゃんだって、できるだけのことをするのは当然だろ?」

「妹……って……!」

 

 まだ、そんな風に呼んでくるリクに。

 けれど、大事な話をしようとしないリクに、ルカは遂に立ち上がった。

 

「そうじゃないでしょ!?」

 

 色々な感情が綯い交ぜとなって、しかしルカの心の器に納めておけず、大きな声となって深夜の山間に木霊した。

 

「そうじゃないでしょ!? あなたはウルトラマンで! 私は怪獣もどき! それなのに、まだ兄妹ごっこ!?」

「……ごっこじゃないよ。僕も、ルカも、ベリアルの血を引いた子供――間違いなく兄妹だ」

「そんなことを――ベリアルを殺したあなたが言うのっ!?」

 

 叫んでから――言ってしまった、とルカは後悔した。

 だが、もう遅い。

 口に出した言葉は取り消せない。

 そして、自制心の決壊した感情も、もう止まらない。

 

「いいよね、お兄ちゃんは! だって、ウルトラマンとして生まれて来れたんだから……! ベリアルが悪でも、自分は自分だって、正義のヒーローになれるんだから!」

 

 恨み節をぶつけながら、一歩、一歩と、ルカは無意識の内に後退っていた。

 その様子を見て、リクがすっと立ち上がったが、ルカの声は止まらない。止められない。

 

「でも、お兄ちゃんはお兄ちゃんだから、悪いお父さんを殺せちゃうのなら! 私は、私だから……ウルトラマンの敵の悪い怪獣なんだから、やっぱりやっつけなくちゃいけないんだよね!?」

 

 このまま、擬態を解いてしまおうか――そんな破滅的な衝動に苛まれながらも、じっとこちらを見続けるリクの様子が、その最後の一線を越えさせてくれない。

 だから――彼が妹だと呼んだ偽りの姿のまま、ルカは疎外感を叫び続ける。

 

「やっつけなよ! 皆のヒーローなんでしょ!? 皆、お兄ちゃんが私を殺すことを望んでたよ!?」

 

 テレビの声も。

 それを見た無邪気な親子連れも。

 ――知らない間に脳髄へ焼き付いていた、この世界の常識だって。

 

 全てが、ルカに死ねと言っていた。

 

 それは、余りにも耐え難い孤独であり、断絶だった。

 だから、兄だというリクが何者かを知りたかった。こんな自分にも安心できる居場所があるのか、確かめたかった。

 

「皆じゃないよ。特に僕は、君と、兄妹で仲良くしたい」

 

 そんな居場所になってくれると思った兄が、穏やかに答えてくれる。

 だけど、なのに。その、たった一つの拠り所だと期待した兄が、自らの肉親さえも手にかけた、ウルトラマンだというのだから――

 

「殺してよ! お兄ちゃんには、わかんないだろうけど……ずっと、ずっと、居場所もないまま、恐ろしいウルトラマンに追われ続けるぐらいなら、今そうしてくれた方が、よっぽど……っ!」

「――わかるよ!!」

 

 涙ぐみ始めたルカに対して、リクがここに来て初めて、叫び返した。

 

「僕だって、居場所なんかないって思ってた! 生まれてすぐに捨てられて、色んなところに回されて……でも、得体の知れない子供だって怯えられて、受け入れて貰えなかった! ずっと、ずっと、ずーっとだ!!」

 

 それは、ルカが初めて聞く話だった。

 ジードとベリアルが親子だとはライハから聞いて初めて知ったが、そういえば、敵対する以前の二人がどんな関係であったのかは、ルカは知る由もなかったのだから。

 

「やっと、自分の親がわかったと思ったら……僕を計画のための道具として、ウルトラマンの模造品として作ったんだって言われて! 用が済んだから殺してやるとか、吸収して取り込んでやろうとか、そんなのばっかりだった! 他のウルトラマンにだって、ベリアルの息子だってバレたら、どう思われるのか……怖くなる一方だった……!」

 

 ウルトラマンの、模造品。

 朧気ながらに耳に残った、ウルトラマンの成り損ないという自らへの評。この星の人類からヒーローと認められている兄もまた、祝福を受け生まれた命ではなく、欲望によって造られた消耗品だったというのか?

 挙げ句、先に血を分けた家族を殺そうとしたのは、ベリアルの方だった――?

 

「……だけど、優しい人たちだっていた。僕の笑顔を取り戻してくれた人。僕を孤独じゃなくしてくれた友達。ベリアルへの恨みがあっても、一緒に戦ってくれた仲間も居た。それが、僕の帰る場所になった」

 

 思わぬ兄の告白で呆気に取られ、冷水を掛けられたように落ち着いたルカへ向けて、リクは語り続ける。

 

「それでも、僕にはずっと家族がいなかったんだ。家族になろうとしてくれた人も居たけど、なれなかった。それどころかルカの言う通り、自分の手で父さんを殺しさえした……!」

 

 その瞬間、ルカが息を呑むほどの形相で、リクは距離を詰め、ルカの手を掴んできた。

 

「そんな僕に向かって、よくも、よくも殺してなんて! やっと会えた妹のくせに! こうして喋れるのに、誰かを傷つけずに生きられるのに、怪獣だからなんだって言うんだ! 僕だって本当はウルトラマンなんかじゃないのに、その妹が何を諦めているんだよ!?」

「お兄……ちゃん……」

 

 気圧されるルカの頬に、温かい感触があった。それは、感情を剥き出しにした兄の流した涙が、零れてきたものだった。

 

「『留花』……僕の名前を付けてくれた人が、前に教えてくれたんだ。もし、女の子ならどんな名前だったのかって」

 

 ふと、リクの表情が和らいだ。いつもの人の好い笑顔に戻って、リクは続ける。

 

「この大地に、しっかりと根を張って生きる。そして、どんな困難にも負けずに留まって、いつか立派な花を咲かせる――そんな想いが、君の名前には込められているんだ。だから、絶対に諦めるな! もしも世界がルカを傷つけるのなら、僕がルカを守る! そしてもしも、ルカが世界を傷つけてしまいそうな時は、僕がルカから世界を守る! いつか、ルカが安心して笑って過ごせる居場所が見つかるその時まで、全部僕が守ってみせる!

 ……だから……、だから、もう、殺してなんか言うなよ……っ!」

 

 懇願する頃には、リクもまた嗚咽していた。

 気がついた時には、ルカはリクに抱き締められていた。

 どこにも行かないで欲しいと。そして、夜風からも、人類からも、宇宙人からも、ウルトラマンからだって。その身を呈して庇うのだと、訴えるように。

 その体温を通じて伝わる想いに、ルカの胸の奥から込み上げて来るものがあった。

 

 ――君の笑顔を取り戻す。

 

 不意に蘇った記憶があった。不鮮明ながらも読み解いたそれは、兄が、喋れるようになる前の、獣のように暴れるだけのルカに向けて、贈ってくれた言葉だった。

 確かめるまでもない。兄はずっと、ずっと、ルカの味方をしてくれていたのだ。

 

「ごめん……ごめんなさい……お兄ちゃん……!」

 

 知らぬ間に、ルカは謝罪の言葉を口にしていた。

 

「酷いこと……たくさん言って……いっぱい、傷つけちゃって……馬鹿な妹で、本当に、ごめんなさい……っ!」

「……良いんだ。ルカさえ無事なら、僕はこんなのへっちゃらだから。また今度、一緒にハンバーグを食べに行こう」

「――っ、うん……っ!」

 

 そう言ってくれた兄を抱き締め返し、逞しい胸を借りながら、ルカは声を出してまた泣いた。

 悲嘆でも、絶望でも、恐怖でもなく――今度こそ、紛れもない歓喜のために。

 

 ともに生きるという祝福を、遂に巡り合った兄妹は、確かに分かち合っていた。

 

 

 



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第二話「君の名前」Cパート

 

 

 

「――おやおや。泣き声がすると思えば、取り込み中だったかな?」

 

 夜明け前。未だしくしくと泣くルカの背中を優しく叩いてあげていたリクの耳に降りてきたのは、あの不愉快な魔神の声だった。

 

「エタルガー……!」

 

 脅威の接近に気づいた二人は抱擁を解き、リクはルカを庇うように前に立つ。

 

「もっとだ……もっと力を寄越せぇ!」

 

 光瀬山中に降り立ったエタルガーの背後から現れたのは、フォトンアースの鎧を纏ったウルトラマンタイガの――闇に堕とされた姿のまま、ルカの記憶の中に焼き付いた、恐怖の化身の姿だった。

 

「――っ!」

「大丈夫だ、ルカ」

 

 リクの願いを聞いてくれたとはいえ、現に目の前でトラウマそのものが形を持って存在すれば、怯えてしまうのも当然だ。

 だからリクは、そんなルカに向かって語りかけた。

 

「確かに、ウルトラマンは怪獣を攻撃するかもしれない。だけど、それだけがウルトラマンの役目じゃない――タイガだって、あんな姿が本当の彼なわけじゃない」

 

 そうだ。ウルトラマンは確かに怪獣退治の専門家だが、それは暴力を楽しんでいるわけじゃない。その本質は、能力に優れた分、それに伴う責任を果たそうとする守護者なのだ。

 だが、他の種族より強大だとしても。全能の神ならぬ身で、できる限りの多くを救おうとしたところで、救えぬ命がある。その一つが、他に無力化する手段を用意できず、退治される怪獣そのものだ。

 ――しかし、そんな命の選別を。いつまでも、やむを得ない犠牲だと省みないなんてこと、ウルトラマンたちはして来なかった。

 その歴史を、リクでさえも、知っている――!

 

「ウルトラマンだって、間違える。だけど、そこから成長できるんだ。ルカを怖がらせたり、傷つけたりするだけがウルトラマンじゃないって、今から証明するよ」

「お兄ちゃん……」

 

 不安と、希望とが入り混じった妹の視線に頷きを残し、リクはジードライザーを構えた。

 

「絶対に、守ってみせる……やっと見つけた、大切なものを!」

 

 接近する恐怖の巨人を睨みつけ、リクはウルトラカプセルを起動した。

 

「ユー、ゴー!」

《ウルトラマンゼロ》

「アイゴー!」

《ウルトラの父》

「ヒア、ウィ、ゴー!!」

《フュージョンライズ!》

「護るぜ、希望! ジィィィィィィィィィィィドッ!!」

 

 そして、もう一度トリガーを押し込んだ瞬間。リクの体は、光と化して再構築された。

 

《ウルトラマンゼロ・ウルトラの父・ウルトラマンジード! マグニフィセント!》

 

 ジードライザーが形態認証を述べるや否や、フュージョンライズしたリクの剛拳が、タイガのエタルダミーの顔面へと叩き込まれた。

 悲鳴を上げてふっ飛ばされるエタルダミーを確認し、リク=ウルトラマンジードは半身だけを振り返った。

 

「あ……っ!」

 

 リクがフュージョンライズした形態は、再びのマグニフィセント。

 タイガの祖父に当たるウルトラの父の形質を発現させている形態は、当然のようにタイガと酷似したシルエットをしていた。

 昨日、エタルダミーのスカルゴモラを惨殺したのと同じ兄の姿を目にしたことで、ルカの様子がまた、苦しそうなものに変わっているのをジードは見た。

 だが――その瞳に決意の色を浮かべたルカが頷くのを見て、ジードもまた頷き返した。

 

「フゥン!」

「うざってぇんだよ!」

 

 正面に向き直ったジードに対し、タイガのエタルダミーが仕掛けてくる。

 だが、感情任せの粗暴な殴打など、今更ジードに通じるはずもない。

 前腕を弾いて軌道を逸らし、飛び込んできた腹部に返しの拳を一発。ダメージを受けて動きの鈍ったタイガの腹へ、さらにもう一撃。

 ダメ押しに、両手で繰り出すメガボンバーダイナマイトを叩き込み、タイガのエタルダミーを吹っ飛ばす。

 エタルダミーは、そのまま背後の山にぶち当たり、土砂を崩す大穴を穿った。

 ……強化形態を模しているようだが。生後間もないスカルゴモラには優勢に立てても、彼の遥か上のスペックを誇る強敵の数々と戦ってきたジードにとって、この程度のゴリ押しなど、恐れるに足らない。おそらく正気であれば、通常時のタイガの方がまだ手強そうだと、ジードは冷静に分析していた。

 

「このぉっ!」

 

 そこで、倒れていた偽タイガが立ち上がり、気合とともに分身能力を発揮。三方よりジードを囲み、同時に光弾を機関銃のように放って来る。

 

「――お兄ちゃんっ!」

 

 ルカの悲鳴。だが、既に一度目にしていたその攻撃に対して、ジードは一歩も動くことなく対応していた。

 頭上から展開した、半球型のアレイジングジードバリア――ジードのみならず、ルカまでも覆った光子障壁はスワローバレットの斉射を防ぎ切り、二人に砂埃一つ届かせはしなかった。

 

「すごい……っ!」

 

 黎明を照らす幻想的な守護の光、その業を見上げたルカが感嘆する頃には。分身しての包囲射撃もまた無力であることを悟ったエタルダミーが一体に戻り、ジード目掛けて突撃して来ていた。

 正面から凄まじい勢いで、巨人同士が取っ組み合う。衝撃を後方に響かせないことを意識していた分、ジードは偽タイガに始動を譲ることとなり、先に頭突きに入られる。

 だが、エタルダミーが再現したタイガの角を、ジードもまたその角で受け止めると、昨日のスカルゴモラにしたようにしてメガエレクトリックホーンを発動。電撃を鞭のようにして感電したエタルダミーを絡め取り、まるで甲虫の決闘が如く、首と腰の力だけで投げ飛ばした。

 

「恐怖が……薄まっているのか……っ!?」

 

 出現地から一歩も動かず、仮にもウルトラマンタイガの強化形態を模したエタルダミーを圧倒するジードを見て、エタルガーはこの次元に来て初めてとなる驚愕の声を上げた。

 それこそが、ジードの目的――タイガに最も似た姿で、ルカの恐怖を増してしまったのなら。タイガに似た姿で守護することで、ルカの恐怖心を和らげる。

 少なくとも、ジードを信じてくれたウルトラマンたちが、そうであったように――出自でも、姿形でも、能力でもなく。その立ち振る舞いでこそ、ウルトラマンを示すこと。それにより、ルカの中のウルトラマンに対する拒絶感を緩和することが、彼女とともに、この世界で生きていくために求められている兄の責務のはずだと、ジードは考えていた。

 それが、結果的にエタルダミーの戦力の低下に繋がっているのだとしたら思わぬ副次効果だ。

 このまま、この性質の悪い恐怖の残像を叩き潰す――と、そう決意した瞬間。ジードに対し、エタルガーから光線が照射された。

 

「しまった――っ!」

 

 何の前触れもない故に回避困難なそれは、破壊のエネルギーを有していない――創造のための所業であることを、既に充分承知していた。

 

「ならば……父親であるウルトラマンの手で恐怖に沈むが良い――!」

「――ふぅーん……私は、そんな子供を作った覚えはないが」

 

 エタルガーの指示に対し、新たに出現したエタルダミーは異を唱えた。

 

「だが、このままウルトラマンどもを葬るのには賛成だ。そもそもの言い出しっぺはこの私だからね」

「トレギア……!?」

 

 新たに出現した、青い仮面と拘束具を身に着けた青い巨人――ウルトラマントレギアのエタルダミーに、ジードとエタルガーが揃って驚愕の声を上げた。

 

「ジードの産み出すエタルダミーが、ベリアルではなかったとは……まぁ良い。こいつもまたウルトラマンには変わりない! 恐怖のウルトラマン軍団の結成には好都合だ」

「――だ、そうだよ坊や」

 

 エタルダミーでありながら、明らかに自意識を持っているような振る舞いで、偽物のトレギアは倒れ伏していたタイガのダミーの手を取った。

 

「さぁ行こう。君と僕とでバディ・ゴーだ」

 

 そう言ってけしかけようとするダミートレギアと、立ち上がった偽タイガが並び、両者が駆け出した瞬間――彼方より飛来した銀色の刃の群れが、二体のエタルダミーをめった切りにした。

 

「何がバディ・ゴーだ。タイガがおまえの相棒なもんかよ」

 

 二体のエタルダミーの進撃を止めた声の主は、空の上からジードの隣に降りて来た。

 

「待たせたな、ジード」

「ゼロ! レイトさんも……!」

 

 駆けつけたのは、ウルトラマンゼロ――銀を基調とした体に紫のラインを走らせたその姿は、強化形態であるゼロビヨンドだ。

 少なくとも今、この地球上では、伊賀栗レイトと一体化している間にしかなれない最強の姿での参戦は、つまりはレイトの助力をも意味していた。

 

「行くぞ。妹を護るんだろ?」

「――はい!」

 

 戻ってきたクアトロスラッガーを再装填したゼロの呼びかけに応え、ジードはゼロとともに駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 ルカの眼前、渓谷にて繰り広げられる巨人同士の戦いは、さらに激しさを増して行った。

 悪のウルトラマンベリアルの模造品であるジードが、光の国の若き最強戦士として銀河に名を轟かせるゼロとともに。光の国の指導者の一族であるタイガのダミー、光の国を出奔した悪のウルトラマントレギアのダミーと激突する。

 そんな目まぐるしい肩書など把握しきれていない状況でも、ルカにも、何となくわかって来た。

 

 本物のウルトラマンとは、強大な力のまま恐怖を齎す、無慈悲な正義だけの番人ではなく――誰か、そのまた誰かの大切なものを護るために戦う、希望の守護者たちなのだと。

 妹を守り続ける兄の、文字通り巨大な背中を見つめながら、ルカは確信しつつあった。

 

 そして巨人同士のタッグマッチは、兄の陣営に趨勢が傾きつつあった。

 新たに現れたエタルダミー・トレギアとゼロビヨンドの勝負は、概ね互角。怪しげな挙動で幻惑し、また単純な身体能力はともかく、光線の出力に優れるトレギアがやや優勢に見える瞬間もなくはない。だがゼロビヨンド側も全く有効打を許しておらず、また徐々にトレギアのトリッキーな動きに対応しつつある。

 

 そうであれば、先のまま、ジードがタイガのエタルダミーを圧倒するのに変わりはなかった。

 今まさに、ジードの強烈な蹴り上げを喰らったタイガのエタルダミーが倒れ伏し、蓄積されたダメージもあって大きな隙を見せた。

 それを見逃さず、ジードの両手で光子エネルギーが増幅される。決着の一撃を放つ準備だ。

 

「――やらせるかぁっ!」

 

 その瞬間、ジードに攻撃を加えたのは、観戦していたエタルガーだった。

 

「ようやく手に入れたウルトラマンのエタルダミーを、みすみす消させてなるものか!」

「お兄ちゃんっ!」

 

 痛烈な蹴りを見舞ったエタルガーは、続けて距離を取り直しながら全身より光弾を放ち、ジードをその場へ釘付けにした。

 そのまま、撃たれるがままに任せている理由はハッキリしている。躱せば、その射線上にルカが居るからだ。

 

「へへ、最高だぜ!」

 

 エタルガーの介入により回復したタイガのエタルダミーが、爆炎に視野を塞がれたジードの死角に回る。

 気づいたジードが対処するより早く、タイガのエタルダミーは、その背後から組み付いた。

 

「オラァッ!」

 

 そのまま、背後から叩き込まれる膝蹴りが、ジードの巨体を揺らす。

 ルカを護るために立ち続けてくれた背中を、ルカの恐怖が産み出した幻覚が、執拗に痛めつけようとする。

 

「――っ、やめろぉー!!」

 

 見ていられなくなったルカは、駆け出した。

 瞬間、湧き上がる闘争本能が、ルカの肉体をも光に溶かす。

 

 ――衝撃は、頭に直接響いて来た。

 

 擬態を解除し、光量子情報体として保存していた本来の姿に戻ったルカの――培養合成獣スカルゴモラの大角による一撃を無防備に受け、ウルトラマンタイガフォトンアースのエタルダミーは思わずジードの拘束を外し、悶絶していた。

 

「貴様――ッ!」

 

 エタルガーが全身から怪光線を発射。しかし、自由を取り戻したジードの展開したアレイジングジードバリアにより、その脅威は凌がれる。

 

「ルカ……!」

「(お兄ちゃん、ごめん。出しゃばっちゃった)」

 

 折角、守ってくれると兄が言ってくれたのに、そこに加勢するのは少し申し訳ないような気もして、スカルゴモラは謝罪の意をジードに伝えた。

 

「(でも、もう大丈夫だから、私! だって、お兄ちゃんが私の居場所になってくれるから!)」

 

 同時に、どうしても伝えたいと思った、その気持ちも。

 

「(もう、ウルトラマンだからって、何でもかんでも怖くない……あの鬼っぽいのが、普通の状態じゃないこともよくわかったから。

 だから、お兄ちゃん、私に遠慮なんかしないで――もう、本気出してくれて良いんだよ!)」

 

 既に、朝倉ルカとして、知らぬ間に習得した知識で知っていた。

 ウルトラマンジード最強の姿は、今、フュージョンライズしている形態ではないのだと。

 

「――わかった。ありがとう、ルカ」

 

 応えたジードは、バリアを展開したままその手に赤き鋼を召喚した。

 ――それこそは、必勝撃聖棍ギガファイナライザー。

 ウルトラマンジードの潜在能力を全開放する、最強兵装だ。

 

「繋ぐぜ、願い!」

《アルティメットエボリューション! ウルトラマンジード! ウルティメイトファイナル!!》

 

 ジードの声に合わせて、兵装が起動。眩い光が晴れた頃には、ジードの姿はまた大きく変わっていた。

 赤、黒、銀という、基本となる体色は変わらずとも。マグニフィセント以上にマッシブな体格となり、その全身に走る模様が円や直線の幾何学的なものに変わり、頭部のフォルムも額に宝石を填めた地蔵のように変形してと、これまでの印象とはあまりに大きく異なる。

 だが、ジードが一貫して湛え続ける、明王のように鋭くも、青い空のように優しい眼光はそのままだ。

 

 最終戦闘形態、ウルティメイトファイナルとなったジードの威容に呑まれたように、エタルガーの攻撃の手が一瞬緩まる。

 その隙を逃さず、バリアを展開したままジードは素早く距離を詰め、ギガファイナライザーを振り被った。

 

「クレセントファイナルジード!」

「うわぁあああああああああ!?」

 

 最速で叩き込まれた、ジード最強の一撃。それはエタルガーとタイガフォトンアースのエタルダミーを一閃し、両断した後者を元の影へと帰し、霧散させていた。

 

「ぐぁ……っ、おのれ、ウルトラマンジード……!」

 

 だが、エタルガーは持ち前の強靭さで、裂傷を負いながらもその一撃に耐えていた。

 憎悪の目を向けるエタルガーだったが、すぐ真横に落下してきた青い影へと注意を逸らされる。

 

「トレギア……!?」

「慣れてみればなんてことはない……動きがそれなりに素早く独特なだけで、そこに意味を持たせる技術もありはしない――これならベリアルの方が、まだ厄介だぜ」

 

 ウルトラマンジードの恐怖心から作り出されたトレギアのエタルダミーが、ゼロビヨンドとの激戦に敗れ、墜落させられていたのだ。

 追いかけてきて、そのように対戦相手を評価したゼロビヨンドは、自らを中心として取り囲む八つの光球を産み出した。

 

「終わりだ――バルキーコーラス!」

「これがウルトラマンゼロの力か……勉強になったっ!」

 

 負け惜しみのような断末魔を残し、トレギアのエタルダミーもまた、光球群から照射された八条の破壊光線にその身が耐えきれず、爆発四散した。

 

「残るはおまえだけだ、エタルガー!」

「くっ――、ならば、貴様の恐れるベリアルを呼び出すまで!」

 

 着地したゼロビヨンドに対し、起死回生のエタルダミーを作成するための光線を放ったエタルガーだったが、しかし何も起こらない。

 

「何……っ!? 貴様、以前は……!」

「ああ。あの時にエタルダミーを倒させて貰って――この前の戦いでは、思う存分ゼロダークネスをブチのめさせて貰ったんだ。くたばったベリアルを今更どうこう思う俺じゃないぜ」

 

 そんなゼロの返答に、エタルガーは言葉に詰まったようにたじろいだ。

 

「もう逃さない……おまえはここで倒す!」

「……だが、貴様の最強の一撃でも、我が身を貫くことはできなかったな!」

 

 最強形態となった二人のウルトラマンを同時に相手取れば、さしものエタルガーも勝ち目はないことを悟ったようだった。

 それでも、頑健極まる鎧があれば、今の二人を相手にしても、逃げ延びるだけならば可能だと――そう高を括り、再起を図ろうとしたらしいが。

 

 エタルガーは、忘れている。

 この場に居る、もう一つの命を。

 

「(――スカル超振動波!)」

「なっ、ぐぉあぁあっ!?」

 

 気配を殺し、エタルガーの背後を取っていたスカルゴモラが、振り返った魔神の両腕を掴み、その額の角を腹部に叩きつけた。

 ジードとゼロ、二人の最強の敵に意識を奪われていたエタルガーがスカルゴモラの拘束に気づいた時には、もう遅い。単純な筋力だけで言えば、スカルゴモラは今のジードやゼロさえも上回っているのだ。そして今の体勢は、技術だけでその不利を覆せるようなものではない。

 いくら強固な鎧とは言っても、密着した状態からエタルガーの細胞が吸収し易い周波数だけを透過されれば防ぐ術はなく。そうしてエタルガーの体内で破滅的な超振動波現象が引き起こされ、その激痛により反撃の超能力を行使するための集中をも乱されていた。

 

「(やぁあああああっ!)」

 

 気合一閃、スカルゴモラが角先から投げ飛ばした頃には、エタルガーの内腹部はずたずたに破壊されていた。

 

「がぁ……っ! この、造られた道具がぁ……っ!」

 

 痛みに悶ながら、エタルガーが罵って来る。

 だが、そんな悪意はもう、ほんの少しも怖くなかった。

 今のスカルゴモラ――ルカには、勇気をくれる、確かな寄る辺があったから。

 

「(道具なんかじゃない。私は留花、朝倉ルカ! それが、お兄ちゃんがくれた、私の名前!)」

 

 咆哮とともに、テレパシーに乗せて。スカルゴモラはエタルガーへと、誇らしい名を叫び返した。

 

「(今だよ、お兄ちゃんっ!)」

 

 強固な鎧も既にクレセントファイナルジードにより裂傷を負い、さらにスカル超振動波によって肉体の崩された部分が空洞という、構造的な弱点が生じている。今ならば――!

 そんな妹の意図を汲んだように、ギガファイナライザーを手放し交差したジードの両腕に、膨大な光子エネルギーが集約され始めていた。

 全身に電光を走らせ、漏れ出たジードのエネルギーがオーラとなって、黎明の空をも染め上げていく。

 

「エタルガー! 僕の家族を苦しめたおまえを、僕は決して許さない!」

「ま、待て……っ!」

「レッキングノバ!」

 

 ゆっくりと広げられた両腕が、十字に組まれた瞬間。

 稲光を纏った、赤と黒の必殺の光線がジードから放たれ、刹那の間にエタルガーへ着弾。内部が崩れ、脆くなった鎧を裂傷部分から押し切って貫通し、エタルガーの体内に直接その破壊力を叩き込んだ。

 

「おのれ――ウルトラマンーッ!!」

 

 末期の怨嗟を叫んだ瞬間、そのまま光に貫かれたエタルガーの肉体は一溜まりもなく蒸発し、残された鎧の外殻もまた、木っ端微塵に爆砕された。

 

「フィニッシュだ」

 

 ちょうど朝日が昇り始めた頃。決着を見届けたウルトラマンゼロが、静かに呟いた。

 

「――ルカ」

 

 光線を撃ち終えてからも残心していたジードが、勝利の雄叫びを上げるスカルゴモラへ向き直り、呼びかけてきた。

 

「……ありがとう」

 

 その声に込められていた万感の想いを、スカルゴモラはまだ知る由もなかった。

 だけれど、その時の兄が本当に嬉しそうだったから――今はそれで、充分だった。

 

 

 

 

 

 

 かつて、父の命を奪った光線。

 それが、父から受け継いだ肉体の放つ、ウルトラマンとしての特徴だった。

 その光線で、今度は初めて、父の血を継いだ家族を守ることができた。

 

 

 

 その戦いの後始末に、リクはその日をほぼ丸々費やした。

 レイトの日常への帰還の手助けに、AIBという組織への御礼と、その構成員の内、まずはモアやゼナと言った、信頼できる相手に限っての事情説明。

 そして、ウルトラマン同士の作戦会議を経て、レイトと分離したゼロを見送った。

 

「エタルガーの黒幕、まぁ本物のトレギアだろうが……そっちもだが、そもそもルカを作り出した科学者ってのが気になる。ベリアル因子は、周辺環境への悪影響も甚大だからな」

 

 そう言ったゼロは、今回の件を光の国に伝えた後、ルカが造られた宇宙へと調査に向かう意向をリクに告げた。

 

「……僕も行くよ。ベリアルの後始末は、僕がするべきだ」

「いや、結構だ。どうせこの地球にだって、ベリアル絡みの厄介事は嫌でも飛んで来る」

 

 リクの申し出を、ゼロが止める。

 

「それに、妹の居場所になってやるって言ったその日に、いきなり放ったらかしてどっかに行ったら駄目だぜ? お兄ちゃん」

 

 からかうように言い残しながらも、そんな気遣いを見せて。ゼロはマユと遊ぶための休暇も早めに切り上げて、元の宇宙へ帰って行った。

 

 その後、まだスカルゴモラが生きているのではないかと、報道は騒ぎ立てた。そのスカルゴモラを庇ったようにしか見えないジードへの不信の声も、普段よりずっと大きくなった。

 だが、そんなことはもう、どうでも良かった。

 一々目くじらを立てなくとも、また、これまで通りに振る舞って。ウルトラマンジードは、何も変わっていないことを示せば良いと、そう思った。

 

「おかえり、リク!」

「お疲れ様」

〈おかえりなさい、リク〉

 

 そうしてゼロと別れ、星雲荘に戻ったその時。

 出迎えてくれる声が、一つ、これまでよりも増えていた。

 

「お兄ちゃん、おかえり!」

 

 ――前言撤回。何も変わっていないというのは、大嘘だ。

 

 待ちかねていたような笑顔のルカの呼びかけに、リクは込み上げて来る想いに自然と頬を綻ばせながら、返事をした。

 

「ただいま」

 

 この何気ないやり取りを交わす日々が、この先もずっと続いて欲しいと、祈りながら。

 

 大切な家族を見つけた朝倉リクは、彼女が生きる世界を、これまでよりもずっと、愛おしく想えるようになっていた。

 

 

 







第二話あとがき?

 ここまでお目通し頂き、ありがとうございました。
 原作ファンの方にも、そうでない方にも、貴重なお時間と引き換えにして頂いた分、楽しんで頂けたのなら幸いです。

 以下、雑文。

 本作は可能な限り公式の映像作品と齟齬が出ないように構成できれば、と考えています。
 実際にはこの先の展開も含めると公式との矛盾は不可避でしょうし、そもそも公式作品の培養合成獣スカルゴモラは明らかに死亡しているので、その時点で破綻していますが、それを契機に枝分かれするまでは、公式映像作品とかなり近かった並行同位世界(ゼロの移動できるレベル2マルチバース単位での並行同位宇宙群)を本作の舞台として想定しております。

 具体的には、『ウルトラマンタイガ』-『劇場版ウルトラマンタイガ』-『ウルトラギャラクシーファイト 大いなる陰謀』-『ウルトラマンZ』というタイムラインで展開された公式シリーズの物語の裏側で、ウルトラマンジードの世界、サイドスペースではこのような物語が紡がれていた……という楽しみ方もできるように頑張りたい、という決意表明です(次の投稿がいつになるかは未定ですが……)。

 なので、今後連載が続いた場合にも本編で触れられそうにない、原作ファンの方に疑問を持たれそうな部分はこういったところで、裏話としてオリジナル設定や独自解釈を記せておければ、と考えています。本編とのシナリオ面以外での、設定についての疑問が出そうな点についても、喋りたがりなのでこういった形で触れていくかもしれません。もしもご興味有れば、お付き合いください。

 以下は、第2話時点での、公式との差異についての独自解釈、独自設定となります。

・この後、本作の世界観中で発生するウルトラマンタイガ第23話『激突!ウルトラビッグマッチ!』に相当する出来事において、ルカを救うための戦いを経験しているゼロが、にせウルトラマンベリアルをリクの弟妹だと考えず普通に倒したのは、テレパシーで相手方の意志を確認した結果、といった想定でいます。
 おそらく、知能が高い分恐怖や痛みに敏感となり、劣勢になってからは無力だった培養合成獣の反省から、チブル星人マブゼがにせウルトラマンベリアルを「(あらゆるネガティブな感情に左右されない)本物以上に完璧な個体」として産み出す方針を決め、その結果が、最初から自意識の発生する素地がない「理性はないが、本物に勝るとも劣らない力を持つ」存在であったのではないか、という独自解釈になります。そうなると、ただ単にベリアルの細胞=残骸が暴れているだけなので、ゼロも遠慮なしで排除に掛かった、という解釈です。

・リクから生じるエタルダミーがトレギアである理由については、この先で構想できている連載分が用意できればそこで明かせたら、と考えています。トレギアのエタルダミーが自我を持っているように振る舞うのは、トレギアの「何をしでかすのかわからない」という点についてもリクが恐怖を抱いていることから、その点を再現しエタルダミーらしからぬ振る舞いをしているだけ、という裏設定です。
 また、ゼロが上記のにせウルトラマンベリアル回で一人だけノーマル状態で戦い抜いたことについて、拙作内では体調が万全であっただけでなく、今話でエタルダミーのトレギアと交戦したことで経験値の面で優位に立てていたからであり、また「誰かがトレギアを最も恐ろしい存在だと思っている」なんて危うい情報をトレギアには渡したくなかったため、その件について正直な話を一切しない、という形で解釈して頂けると幸いです。

 以上、どうもありがとうございました。
 またお会いできれば幸いです。


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第三話「恩讐の果てに」Aパート

 

 

 

 ――気がつくと。ふと、考えてしまう。

 

 今更、そんなことを想っても、意味はないのに。

 

 何故、あの日。私の家族は踏み躙られて、喪われ。

 あの子たちは、家族と出会い、温もりを得ることができたのだろう。

 

 その運命に、どうして違いがあったのか――と。

 

 

 

 

 

 

「えへへ。どう、似合う?」

 

 星山市天文台の地下五百メートル、星雲荘の中央司令室。

 そこで、朝倉リクは、妹のルカが嬉しそうに披露する新しいコーデを鑑賞させられていた。

 とはいえ、その服装に変わりはなく。要は新しい装飾品を身に着けただけだ。

 

 元々は、彼女が本来の姿に戻った際、テレパシーへの適応性が低い仲間――その筆頭、あくまでも機械であるレムとも、支障のない意思疎通が取れるようにと渡された、通信端末を身につけるというだけの話だった。

 ルカがレムから贈られたのは、スカルゴモラの頭部に生える角と同じ、赤い色をしたヘッドホン。リクのジードライザーと同様に、身に着けていれば彼女本来の姿に戻っても、いつでも星雲荘の通信を利用できるということだ。

 だが、常にそれを身に着けるべきであるなら。本人曰く、それだけを足したのでは顔全体としてはバランスが崩れ、特に目元の印象が可愛くなくなる――とのことで。追加に伊達眼鏡を付けたい、と言い出したのだ。

 それからほんの数時間後のお披露目に、リクはまず、思った通りの感想を告げた。

 

「うん、ピッタリ!」

「やったぁ! このフレーム、ライハのを参考にしたんだよ」

「へぇ~、いい感じだね!」

 

 拍手するペガにも嬉しそうに自慢するルカを微笑ましく感じながら、続いて財布の中身に思いを馳せたリクは、事情を知っていそうなレムに小声で尋ねた。

 

「……どこで、どうやって買ってきたの?」

〈私が作りました〉

「えっ」

 

 予想外の答えをレムがあまりにさらっと告げるので、リクは素っ頓狂な声を漏らした。

 

「なんか……僕より甘くない?」

〈気のせいです。リクに所有権があるものの方が多いのは、数えなくともわかるはずです〉

 

 何となく、お兄ちゃんなんだから我慢しろと言われているような気持ちとなり、釈然としないものの。

 

(……でも、まぁ、可愛いからいいか)

 

 別に自分の懐も痛んでないし、と気持ちを切り替えたリクは、無邪気に喜ぶ妹の様子を堪能することとした。

 

「……ただいま」

「あっ、ライハ!」

 

 地上に出て、太極拳のトレーニングを行っていたライハが帰ってきたのは、そのタイミングだった。

 

「おかえり! ねぇ見て見て! 可愛いでしょー?」

「……そうね。よく似合ってるわよ」

「ありがとう! ちょっとライハの眼鏡参考にしたから、そう言って貰えると嬉しいな」

 

 同性同士、ということでライハがよく世話を焼くからか。エタルガーとの決着の後、正式に星雲荘の一員となったルカは、この三日でライハにもよく懐いていた。

 人見知りな当初の印象は何処へやら。一度気を許した相手にはどこまでも人懐っこくなるようなルカの態度に、ライハやレムもよく応えてくれている――わけだが。

 ルカが来てから時折、ライハがこれまで見せなかった類の疲れた表情を浮かべていることが、リクは少し気がかりだった。

 

「……シャワー、浴びてくるわね」

「あっ、私も一緒に行っても良い?」

 

 汗を落としたいらしいライハへ、ルカがそんな風に申し出る。

 レムが行った学習装置による教育で、生後一週間にも満たないルカにも入浴という習慣はできている。とはいえ、どうやら一人ではシャンプーを上手く使うこともできず、目に入れて泣いたりしていたために、ライハが付き添うようにはなっているのだが。

 

「……朝から? それにルカならそろそろ、一人でお風呂入れるんじゃないの?」

「かもしれないけど、まだちゃんとできるか怖いから……ライハも一緒に居てよ。ね? ね?」

 

 そんな風に拝み倒しながら、ライハに付いて行く妹の様子を見て――自身の懸念が、杞憂であることをリクは祈っていた。

 その楽観を酷く後悔する時が間近に迫っていることを、知るわけもないままに。

 

 

 

 

 

 

(……疲れてるのにごめんね、ライハ。私、嘘吐いちゃった)

 

 星雲荘のシャワー室へ二人で入りながら、ルカはそんな風に思考を巡らせていた。

 実のところ、流石にもう三度目の利用ともなれば、一人の入浴でももう何ら不便はない。頭を洗っている間に目を開けずにシャワーを操作するコツは掴んでいるし、他にもどこに何が備えられているのか、何をどのように扱うのかももう、一通りは習得している。

 それでもライハと一緒にお風呂に来た理由。昨日までは一人での入浴に不安があったのは事実のため、つまりは今回からやっと、余裕を持ってこの場所で居られるからであって――

 

(――今なら、お兄ちゃんの目も届かない)

 

 もしかするとレムには筒抜けになるかもしれないが、肝心なのはリクやペガに感知されない状況で、ライハと二人きりになることである。

 レムが通信機をくれた今なら二人で外出する、という手もあるやもしれないが。それでもルカの目的を考えれば密室かつ、ライハの気も緩み易い入浴中というリラックスした状況の方が好ましいだろう。

 

(探らせて貰うよ、ライハ。お兄ちゃんのこと、どう想っているのかを――っ!)

 

 そんな使命感に燃えながら、ルカは一人決意を固めていた。

 ライハのことは、率直に言ってルカも好いている。クールながらも優しく、地球人の戦士としては種族の最高水準までその武を磨き上げている努力家の、素敵な女性であることは、この三日間で充分以上にわかっている。だからレムに頼んで、ルカはライハと雰囲気の近いオシャレも試みているのだ。

 

 だが、ライハに兄と男女の仲になって欲しいかと問われれば、ルカの心境は否である。

 

 リクとライハにもこのまま、星雲荘での家族のように暖かい関係を維持して欲しい、という気持ちはルカの中にも強いものの。理由は上手く言い表せないものの、それでも嫌なものは嫌なのだ。

 その理由は幼稚な独占欲なのかもしれない、とは承知の上でも。そんなモヤモヤした気持ちを抱えながら一緒に過ごして行くよりは、まずは状況把握をして杞憂ならばそれでよし、必要があれば対策を講じる。とにかく早く、先の段階へ進めるようにしたいから――と。ルカはジーッとしててもドーにもならないとばかりに、攻勢へ出ることを決めたわけだ。

 

「ライハってお兄ちゃんのこと、どう想ってるの?」

 

 ただし、所詮は生後一週間足らずの、それも人間ならざる小娘の画策だった。

 完全な直球で自らの謀を晒したとは気づかぬまま、これでも後の人間関係が崩れぬよう繊細な駆け引きにより探っているつもりで、いきなり自爆していたのだ。

 

「……どう想ってるんだろうね」

 

 そんなルカの真っ直ぐ過ぎた問いに対して、ちょうどシャワーを止めたライハはどこか、疲れたように聞き返した。

 その返答へ身構えるルカに対して、視線も寄せないまま。ライハは深々と溜息を吐いた。

 

「リクのことは、凄い子だと思っている。ベリアルの息子という運命の重さに負けないで、夢を叶えてヒーローになった。だから、あなたという家族を得るぐらい報われても良いはずだって、そう考えてる」

「……お、おぉう……!」

 

 何故か、聞いてもいない自分のことを自然に、それもリクの得た宝の如く言及され、思わずルカが照れる事態となった。

 

「頭では……そう考えられているのに、ね」

 

 だが、ライハの声は重苦しく絞り出されるものに変わっていた。

 

「……ごめん、先に上がる。というか、もう一回トレーニングして来るから」

「……えっ?」

 

 言い残したライハがさっさと出て行ってしまうのを見て、ルカは戸惑いながらも湯船から身を起こそうとするが。

 

「――ルカはそのまま、ゆっくりしてて良いから」

 

 優しい言い回しの中、どこか拒絶の音色が含まれているように感じられて。

 思わず身を竦ませた頃には、シャワー室の扉はピシャリと閉じられてしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 リクがいつもの公園に出た頃、ライハはやはりまだ、太極拳の演舞を行っていた。

 彼女が一日たりとも欠かしたことのないトレーニングは、最早ルーチンワークとして、彼女の精神の均衡を図るのに不可欠な行為となっているのだろうが――今日見たそれは、リクの知る中でも一二を争うほどに鬼気迫っていた。

 

 本当は来るべきではなかったんだろうな、と思いながらも……それでもリクは、ライハがこちらに気づくまで待ち続けることにした。以前のように、迂闊に近づいて腕を極められても困るし。

 やがて、演舞の一連の流れが終わった時。次のワンセットを開始する前にライハがリクに気づき、手を止めた。

 

「ごめん。邪魔しちゃったね」

「……別に。本当はもう、運動量としてはとっくに充分だったし」

 

 シャワーを浴びたばかりだというのに、またも汗で全身を濡らしたライハはそう溜息を吐く。

 そんな彼女に近づきながら――本当は、今はライハに一人の時間を取って貰った方が良いとは承知の上で、リクはそれでも追って来た理由を口にした。

 

「……ルカと、何かあった?」

 

 何故か、終わったばかりの訓練に再び向かうライハと。それから少し遅れて、三日ぶりに沈んだ表情で戻ってきたルカとを見れば。

 ルカに聞いても、何もわからないと教えてくれないとしても。何かがあったと考えるには十分過ぎた。

 まして、ルカはまだ知る由もない心当たり――スカルゴモラという『赤い角の怪獣』と、鳥羽ライハの間に存在する因縁を知るリクとしてもまた、黙って見ては居られなかった。

 例え、直接の宿敵とは既に、過去を精算し終えているのだとしても。

 

「……何も。あの子は何も、悪いことなんかしてない」

 

 その返答にホッとする自分に気づき、それからまたもライハにばかり気を遣わせてしまったのだと察したリクが顔を俯かせる。

 対して、ライハは小さく首を横へ振った。

 

「気にしなくて良いよ。これは、私の問題。すごく身勝手で、くだらない、気持ちの問題。そんなことで、心配させちゃってごめん」

「……僕のことはいいよ」

 

 ――自分のことは。ライハに恨まれても仕方ないと、リクは思っている。それなのに、どれほど甘えてきたことか。

 けれど――その頃、この世に生を享けてすら居なかった、妹は関係ない。

 

「でも――ルカはライハのこと、大好きみたいだからさ。無理はしなくても良いけど、また、気持ちの整理がついたら……」

「そう、ね……気持ちの整理を、つけられたら……」

 

 そうして、事態の解決に、時間の経過という希望を見出そうとした時だった。

 まさにその瞬間を悪魔が狙い澄ましたように、青空に亀裂が走り、赤い雨が降り始めたのは。

 

 

 

 

 

 

 ――己の醜さが、嫌になる。

 

 生まれてからずっと孤独だった彼が。他種族のために、自らの父を討つ運命を歩むことになったリクが、やっと家族の温もりを得られたことを、素直に祝福し切れないこの狭量さが。

 相手の正体を知らない頃、無責任に見せた優しさへ懐いてくれたルカと重なる――彼女自身とは、何の関係もない過去の悪夢を無視できない、この弱さが。

 挙げ句、その二人を傷つけてしまう、無様なこの振る舞いが。

 

 全部が全部、嫌になる。

 

 あの日、全てに決着を付けたはずだったのに。憎むべき怨敵にさえも憐れみを向けられる、そんな境地に達したと思っていたのに。

 

 ……自分の家族を一方的に奪ったベリアルの子らが、互いを天涯孤独の身から救い合う様を見て、胸が乱れるのを抑えられない。

 容姿の一致は仇がその時、たまたま化けた結果でしかないとわかっているのに――己が憎悪の対象と同じ、赤い角の怪獣をウルトラマンが護る様に、理不尽な苛立ちを否定できない。

 

 だけど。きっといつか、それは時間が解決してくれると――

 

「――それで良いのか?」

 

 不意に、脳内へ直接語りかけてくる声があった。

 

「思い出せ。奴らに滅ぼされた者の在りし日を。その怒りと憎しみは、奪われたものをどれほど大切に想っていたかの証であるということを。その感情を、ただ生物としての不完全さ、記憶の劣化などを救いと称して捨ててしまって、おまえは本当に良いのか?」

 

 ――あなたは、誰?

 

「私は、おまえたちだ。理不尽に滅ぼされてきたもの。望ましくないと、暗黒の澱に沈められ、目を背けられてきたもの。他者に媚びることを強いられ消されてきた、おまえたちの大切に想っていたもの」

 

 そんな、正気であれば、取るに足らぬような怪しい声が。

 何故かその時、酷く魅力的に思えてしまって――ライハの心の障壁が、腐るようにして解けていって。

 

「さぁ、自らを解放する時だ。我らの手を取り、そして忌まわしきウルトラマンとレイブラッドの末裔、ベリアルの子らを根絶やしにしろ!」

 

 そんな悪魔の号令のまま、鎮火しようと燻っていたライハの負の感情が、激しく燃え盛った。

 

 

 

 

 

 

「うわっ、何だよこれ……」

 

 ライハとともにあずまやの屋根の下まで逃れたリクは、激しい勢いで降り注ぐ血のように赤い雨を見て、思わず呻いた。

 記憶を辿り、かつて、クライシス・インパクトの情報を集めようと目にしたオカルト雑誌で共に紹介されていた事象の名を、リクは掘り起こす。

 

「確かこういうの……ファフロツキーズって言うんだっけ……」

 

 ウルトラマンとなり、人類の知る既存の物理法則や常識を越える出来事の数々を目の当たりとしてきたリクにとっても、初体験となる出来事だった。

 それもおそらく、竜巻に巻き上げられた魚が降って来るような、生易しいファフロツキーズ現象ではないはずだ――と、リクは詩的な比喩表現ではなく、現実として空に生じた不規則な『亀裂』に目をやった。

 

「レム。なんか空が割れて、赤い雨が降っているんだけど……これも何かの怪獣や宇宙人の仕業かな?」

 

 ジードライザーを触れ、何の気なしに地下の星雲荘へ問いかけたリクだったが。返ってきたレムの声はいつも通りながらも、予想外に焦燥しているように感じられるものだった。

 

〈警告します。リク、早急にその場を離れてください〉

「えっ……?」

〈その現象を起こす存在は、あなたに向ける憎悪の強さという点で非常に危険です。周囲で他に異変はありませんか? 問題なければ、すぐエレベーターで回収します〉

 

 促されるまま、リクは周囲に視線を巡らせるが――共に雨に濡れたライハ以外の影もなく、空以外の異常はないかに思われた。

 ライハが――こちらを睨み返して来るまでは。

 

「ライハ――?」

 

 その目が、異常だった。

 普段の彼女の目の色ではなく、赤い――ルカのようにその色の瞳というわけでも、スカルゴモラのように眼球全体が元々紅いわけでもなく、元の彼女の目が内から発光するようにした、赤い輝きを灯していたから。

 そして、リクが気づくのを待っていたかのように――ライハは、その肩に背負っていた長剣の包装を解き、その刀身を鞘から抜き放った。

 

「い――っ!?」

 

 突然の事態に、一瞬頭を真っ白にしながらも。リクは咄嗟に後ろへ跳んで、ライハの薙ぎ払った刃を回避した。

 流石に現代日本で持ち歩いているだけあって、彼女の持つ長剣は演舞用の模造刀だ。だが、それでもライハほどの達人が揮えば、その切れ味は下手な真剣さえ凌駕する。

 もしも今、躱せなければ、リクは胴体が泣き別れとなり即死していたことだろう。

 

「ちょ、ライハ!?」

 

 地球人離れした跳躍力であずまやを飛び出し、一気に距離を稼いだリクだったが、対してライハも俊敏な動きで追って来た。

 しかも、その跳躍も奇妙だ。まるで見えないワイヤーで吊るしているかのような、放物線を描かない異次元の軌道。それでリク同様――否、それ以上の、明らかに人間離れした飛距離の一跳びで詰めて来る。

 再び跳んで逃げるが、ライハの追撃の方が圧倒的に速い。リクが死を覚悟した瞬間、赤い雨を裂く光芒が、ライハ目掛けて放たれた。

 

「レム!? 何を……」

〈状況確認、援護します。リク、早めに帰還を〉

 

 ライハの行動を阻害したもの。それはレムの派遣した、一機のユートムだった。

 自律飛行する球体型偵察機であるユートムだが、そこにはレーザー光線の発射装置も備えられている。

 レムはそれで、ライハを撃ったのだ。

 

「やめろレム、ライハなんだぞっ!?」

〈確認済です〉

 

 レムが背後にエレベーターを出現させるが、それさえ無視してリクは叫んでいた。

 もっとも――かつて伏井出ケイが星雲荘を奪った際、複数のユートムによる攻撃からリクたちを庇ってくれたのがライハだ。

 まして今の異常な状態のライハ相手ならば、ユートム一機の妨害など不意打ちの一瞬しか足止めにもならないことは、明白だった。

 

〈可能な限り、無力化に止めます。早く〉

 

 述べていたユートムが、火花を上げて落下した。発射口を狙い澄ましたライハの投石が、一瞬でユートムを逆に無力化したのだ。

 当然のように無傷でレーザーの照射を凌いでいたライハが、刃を構えて躙り寄る。隙がなければ、エレベーターを開閉する間に殺されてしまうことは明白だ。

 その隙を作るため、追加のユートムが飛来し、再びライハ目掛けて牽制射撃を開始する。

 

〈やめてよレム! ライハが危ないよ!〉

〈リクはさらに危険な状態です〉

〈じゃあ、私がお兄ちゃんを助けに行くから……っ! ライハも、やめてぇっ!!〉

 

 リクだけではなく、ペガとルカもまた、必死の勢いでレムの行動に異を唱えていた。

 

〈承認できません。ルカもまた、今のライハを操る敵の標的と予想されます〉

「――っ!」

 

 それを聞いた瞬間、リクはエレベーターの前から駆け出した。

 レム以外の心配が見当違いとばかりに、赤い目をしたライハは追加出現したユートムの攻撃も眉一つ動かさず捌き切り、跳躍して両断。エレベーターの扉を横向きの足場として蹴りつけ、逃げたリクを弾丸の如く追いかける。

 最中、再起動した最初のユートムがその機体をライハの進路上に浮遊させるが、捨て身の妨害もまた一瞬で切り捨てられる。早くも、リクを護る術はその全てが喪われた。

 だが、その稼いだ隙に逃げたリクの正面に、レムが星雲荘へのエレベーターを再出現させるのが間に合った。

 

 それを見たリクは、進路を変更した。

 その挙動が裏を掻いたのか、ライハの動きも一瞬、微かに歪んだが――リクの動きが再び直線になったのを見計らって、勢いよく鞘を投擲してきた。

 

「――っ!! く、ぁ……っ!」

 

 頚椎に直撃したそれは、もしリクが純粋な地球人なら即死していたほどの威力を秘めていた。

 幸いにも、欠損に至るほどの事態にはならなかったが。それでもリクは耐えきれず、血溜まりのように濡れた地面へ倒れ伏すことになった。

 

「……馬鹿な奴。あのままエレベーターに向かえば、運次第でまだ助かったのに」

 

 ライハの声で、そんな見下した感想が降って来た。

 確かに、あの時エレベーターへ駆け込めば、ライハの侵入前に扉が閉まる可能性も半分程度はあったことだろう。

 だが、失敗すれば自分が閉鎖空間で殺されるだけでなく。ルカまで狙う今のライハを星雲荘に侵入させてしまうことになる以上、リクがその賭けを選ぶことは無理な相談だった。

 故に、成功率は低くとも。まだ隙が出来次第フュージョンライズして、この場を離脱する方に賭けようとしたのだが――結果はこの有様だ。

 

「滅ぼされた存在の怨み、思い知るが良い」

 

 悠然と歩み寄ったライハが長剣を構えた、その時だった。

 ユートムのものとは異なる一発の銃声が、公園に木霊したのは。

 

「――っ!?」

 

 驚愕の声はリクと、そしてその首を狙っていた長剣を弾かれたライハのもの。

 呆然とする二人に向けて、黒い影が踊りかかった。

 

「ゼナさん!」

 

 怪雨の現場に現れたのは、無表情な黒服の男――その正体は都市伝説(Men In Black)ではなく、異星人捜査局(Aliens Investigation Bureau)所属のエージェント、シャドー星人ゼナだった。

 壮年の日本人男性に擬態したゼナは、ライハと比べても数段鋭い勢いの拳を彼女目掛けて繰り出した。得物を奪われた上に、純粋な身体能力でシャドー星人に劣るライハはしかし、流れるような動作でその一撃を捌く。

 だが、今のライハをして、ゼナは片手間で相手にできるような使い手ではなかった。手元の動きだけでは受け流しきれなかった勢いを殺すべく後退する彼女に、ゼナはさらに追撃の蹴りを放ち、回避のための距離を取らせる。

 

「偶然だが、何とか間に合ったようだな」

 

 一切、口の開閉を伴わないまま。リクを庇うようにライハと対峙するゼナが、そう語りかけてきた。

 

「地球人とウルトラマンに媚びるシャドー星人だと? かつては星々を荒らし回った宇宙ゲリラが、恥を知れ」

 

 対して、そんなゼナに向けてライハが憎々しげに吐き捨てた。

 その赤い目は叩き落された長剣と、リクを打って転がった鞘の様子を伺っていたが、それとリクを含めた三点を死角なく防衛するゼナを前に、動くことができないようだった。

 

〈ライハ! どうしちゃったの!?〉

 

 現れたのは、都合三台目となるユートム。無手となったライハを照準するユートムを介して、星雲荘からルカが必死の呼びかけを発していた。

 

「黙れ、ベリアルの娘。憎たらしい貴様と、話をしてやる義理などない」

〈ライハ……っ!?〉

 

 明確な拒絶に、ルカの息を呑む様子が伺えた。その気配でリクの胸に、打撃によるものとは別の痛みが走る。

 だが、そのユートムの出現と、ゼナという強敵を前にして、不利を悟ったライハの口が開かれた。

 

「シャドー星人よ。貴様の同胞もまた、ベリアルにより多くの命が奪われたはずだ。我らと手を組み、その怨みを晴らす気概はないか?」

「ベリアルは、既にウルトラマンジードが倒した。そしてAIBに、貴様らと手を組む者が存在すると思うか? 異次元人ヤプール」

 

 異次元人ヤプール。

 ライハのことを指して、ゼナはその名を口にした。

 

「ヤプール……?」

〈異次元人ヤプールは、名の通りこの世界とは別次元に存在する種族です〉

 

 リクの疑問に答えるように、浮遊するユートムからレムのアナウンスが響く。

 

〈彼らの潜む次元は、別の宇宙も含めたこの次元の影とも言える異世界です。その異次元に投影される知的生命体の負の感情とマイナスエネルギーの集合体として発生した種族、それがヤプール人〉

「その邪悪さから幾度となく宇宙警備隊と衝突し、またかつて全宇宙に君臨したレイブラッド星人との覇権争いに敗れ、絶滅の危機に陥ったこともある連中だ」

〈はい。そのため、ヤプールはウルトラマンとレイブラッド星人をそれぞれ、種族単位で仇敵視しています〉

 

 ゼナの補足を受けながら、レムが続ける。

 

〈中でも、ウルトラマンであり、同時にレイブラッド星人の因子を授けられたレイオニクスであるベリアルのことを、彼らは最大の怨敵と見なしていました。おそらくはその血を引く、リクとルカのことも〉

「如何にも! 貴様ら兄妹だけは根絶やしにせねば、我らの気が済まん!」

 

 レムの解説に合わせてライハが叫ぶと同時、リクには見えた――彼女に重なるようにして現れた、異形の影が。

 それは、全身を突起物や鱗に覆われた赤い影。左は人型の手をしているが、右手は三日月型の鎌のようになっている、黄色い目をした怪人だった。

 その濁った声が、ライハの声と重なって聞こえて来た。

 

〈待ってよ……ライハは、地球人でしょっ!?〉

 

 悲鳴のようにルカが叫ぶ。その頃にはリクも、立ち上がることができるようになっていた。

 

「ヤプールには他の種族に憑依する能力がある。性質上、奴らと親和性の高い負の感情を抱ける知性を持ちながら、対抗できる科学力の乏しい地球人は格好の獲物だ」

「その通りだ。ベリアルの子らを憎むこの娘は、まさに絶好の依代だったということだ!」

 

 告げると同時に、能面を付けたライハ――ヤプールが、その身を赤いオーラで覆った。

 

「この場は退いてやる。だが、今に見ていろ! 貴様らは必ず、我らが積年の怨みを晴らすため、惨めに抹殺してやる! この鳥羽ライハの憎悪も乗せてなぁ!!」

 

 そんな捨て台詞を残し、飛翔したヤプールが潜り込んだ直後。巻き戻しのように空の亀裂が修復され、赤い雨も降り止んだ。

 

 だが、リクの――そして星雲荘から様子を見守っていたルカたちの心は、未だ晴れることなく。まるで、重い血の雨に晒されているかのようだった。

 

 

 

 

 

 

 



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第三話「恩讐の果てに」Bパート

 

 

 

「AIBが探る限り、鳥羽ライハの行方は全くの不明だ」

〈ネオブリタニア号の観測機器も同様です。現在、ヤプールの次元との接続が断たれ、ライハの行き先は掴みようがありません〉

 

 異次元人ヤプールの襲来を受け、現場に駆けつけたAIBのゼナとモアを迎え入れた星雲荘は、その後の経過を確認し合っていた。

 

「だが、ヤプールの執念深さは余りにも有名だ。奴らがああ宣言した以上、再来を疑う余地はないだろう」

〈その際、再びあちら側との交信が可能となります。その時に、ライハの居所を発見し、救出するチャンスはあるはずです〉

 

 ヤプールに関する情報を持ち合うレムとゼナが協議の末、結論を導き出した。

 しかしそれは裏を返せば、完全にヤプールの気分一つに振り回される、出たとこ勝負を余儀なくされるということで。

 せいぜい、可能な限り長い時間戦えるよう、ジードとして戦う際は最初からウルティメイトファイナルを解禁すべきであるとか、敵の出方がわからない以上、AIBの保有する怪獣兵器・時空破壊神ゼガンの出撃準備も進めておくとか、準備の方針が決まっただけだ。

 会議が終わり、解散した面々の足取りは、元軍人であるゼナを除いて重たい。ゼガンの準備と、ヤプールが再来するまでリクたちを極力星雲荘に篭もらせるために物資の手配を行うため、ゼナは帰還しようとしていたが。

 

「……愛崎モア。君はここに残れ」

 

 星雲荘の面々と同様に、沈痛な表情だったモアに対して、ゼナはそう告げた。

 

「伊賀栗家や銀河マーケットへの護衛の手配も私が行う。君はそれらに動きがあった時、星雲荘と我々との間を調整するための連絡係だ」

 

 そのように言い残して、ゼナはエレベーターで地上へ向かった。

 リクにはそれが、モアや、彼女と親しい自分たちへの、ゼナなりの気遣いに思えていた。

 モアが居てくれることは、リクにとって確かに心強いことだったから。

 

「――お兄ちゃんっ!」

 

 そうして、話し合いを終えて自由になった途端、真っ先にルカが詰め寄って来た。

 

「怪我、大丈夫……?」

「うん。全然大したことないよ」

 

 妹の不安の眼差しに、リクは強がった。本当はまだ鈍痛が残っていたが、冷却を続けてマシになっているのも事実だ。

 

「良かった……」

 

 心底ほっとしたように、緩んだ吐息を零したルカの声へ、張りが戻る。

 

「でも、無理はしないで。次は私も戦うから……っ!」

 

 兄への気遣いと、悪辣なヤプールへの怒りと。

 そして、ライハの帰還への望みから、ルカが声に力を込めるのを。リクは嬉しく想いながらも、ゆっくりと首を横に振った。

 

「戦わなくて良い。ルカは全部終わるまで、星雲荘で待ってて」

「……なんで? どうしてそんなこと言うの?」

「前に、もう人目のあるところで元の姿に戻りたくない、って言ったのはルカだろ?」

 

 いつかのリクのように。そして、ウルトラマンジードよりも深刻に。

 培養合成獣スカルゴモラというルカの正体は、地球の人々に恐怖され、嫌悪され、排斥されている。

 そんな感情を再び浴びることをルカが疎んだのは、至極当然のことだった。

 

 それでも、ずっと擬態したままの姿で居られるとは限らない。だからレムが、スカルゴモラに戻っても使える通信機をルカに与えた、というのが今朝のことだったが。

 

「ヤプールがどこに超獣を繰り出してくるかはわからない。また街中の人から、悪く言われちゃうよ」

「お兄ちゃんっ! ――馬鹿にしないでよ、そんなの気にしてる場合じゃないんだから!」

 

 光瀬山以来、初めてルカが兄へ怒ってみせた。

 その様子に頼もしさを感じながらも、リクはルカが思い止まるように言葉を続ける。

 

「……レムも言ってただろ? ヤプールの操る超獣は、怪獣より強力な生物兵器だって。ルカが戦うのは危険だ」

「だったら余計に、少しでも戦力は多い方が良いでしょ!? AIBだってそう言ってたんだし、私、エタルガーとの戦いで、お兄ちゃんの力になれたんだよ……?」

 

 リクよりも、ルカの言葉の方が正しかった。次の言い訳を考えようと兄が口籠ったところに、ルカは畳み掛けてくる。

 

「お願い。足手まといにはならないから、私も連れてってよ……! また、お兄ちゃんが危ない目に遭うのを見ているだけなんて嫌……っ! それに、私もライハを助けたいの!」

 

 必死に訴える妹の姿を、リクは好ましく思った。だが、それでもリクの決意は揺らがない。

 兄として、妹を危険な戦場に立たせたくない。さらには妹の正体を次の戦いの場に晒すべきではないという想いまで、リクの中にはあったから。

 

「ルカは、星雲荘で待機」

「――お兄ちゃんっ!?」

「落ち着いて。ねっ?」

 

 突っかかって来ようとするルカを、横合いから割って入ったモアが制した。

 

「大丈夫だから、ルカ。僕を信じて待っててくれ」

「信じてるよ! でも、だったら私のことも信じてよ!?」

 

 その言葉に、胸を刺されたような気持ちになりながら。モアの視線に促されたリクは一度、ルカの視界から消えることとした。

 その間も響く妹の悲痛な叫びに、リクは一層強く、一刻も早く、ライハをヤプールから取り戻す決意を固める。

 

 ……異次元の悪魔から解放した後。果たしてライハが星雲荘に戻ってきてくれるのかは、わからないままでも。

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃんも……ライハも……どうして……?」

 

 兄が自室へと、逃げるように姿を消したのを見届けて。ルカは、力なくその場に崩れ落ちた。

 ルカの意志と向き合ってくれないリクと、ベリアルの子らへの憎しみを語ったライハ。

 そのどちらも、今朝までは想像もできなかった悪夢のようで、ルカは情けなく泣き出しそうになっていた。

 

「……大丈夫?」

 

 そんなルカに呼びかけるのは、先程リクに詰め寄るのを止めていたAIBの愛崎モアだった。

 

「ルカちゃん、だよね。この間、一度会ってはいるんだけど……こうやってお話するのは初めてだね」

 

 言われてから。四日前、己の正体を完全に自覚して逃げていた際に、モアに一度声を掛けられていたことを思い出した。

 あの時は呼びかけられた時点で逃げてしまっていたので、よく覚えていなかったが……

 

「あっ、じゃあ……はじめまして。ごめんなさい、いきなり……」

「いいよ、別にかしこまらなくて! リッくんの妹さんってことは、私の妹みたいなものだからね!」

 

 笑顔で告げるモアのことは、確かにリクから聞いている。

 少年時代、リクの引取先であった愛崎家の娘。ジーッとしててもドーにもならない、という勇気の言葉をくれた大切な人。そして数少ない、リクのことを恐れず受け入れてくれた、姉のような存在であると。

 ……何やら兄とモアの間には、ルカを指して妹みたいなもの、とする認識に齟齬がありそうだが。今は、そこに触れる気力はなかった。もっとも、平時でも無視して大丈夫そうだとは何となく察したが。

 

「その眼鏡、前はしてなかったよね。オシャレ?」

 

 取り乱していたルカが落ち着けるよう、話題を転換するモア。その意図に乗り、少し落ち着きを取り戻したルカは頷きを返す。

 

「あー、やっぱりそうなんだ! ライハが選んでくれたの?」

「……違う。私が勝手に真似したの」

 

 否定して、それが良くなかったのだろうか、とルカは眼鏡を外した。

 

「……こんなことばっかり、するからかな」

「えっ?」

「ライハは――本当は私のこと……嫌い、だったから……こんなことになったの、私のせいなのかな……?」

「……そんなはずないよ。私もライハのことはよく知ってるけど――ライハはリッくんの大事な仲間で、とっても優しい子なんだから」

「だったら! やっぱり、私が来たからじゃない……! お兄ちゃんだって、そう思っているから……っ!」

 

 ベリアルの子らを憎む、とヤプールが代弁したライハの過去を、ルカは知らない。

 しかしリクを支えた星雲荘の仲間の一人として、共にベリアルの野望と戦い抜いてくれたというライハ。兄の信頼も厚い彼女が急に、ヤプールに付け入られるほど心を乱した原因は、タイミングを考えれば一つしかない。

 だからリクも、ルカを前へ出させないようにしているのだろうか。

 

「それは……ルカちゃんのせいじゃないよ。エタルガーにルカちゃんが狙われていた時、ライハも一緒にすごく心配してた。それに、この間、私がルカちゃんの面倒見るのを手伝おうかーってリッくんに聞いたらね? ライハが断って良いって言ってたんだって。ルカちゃん自身のことを本当に嫌ってたら、そんなことしないよ」

「じゃあ、どうして……?」

 

 問いかけるルカに、モアは一瞬迷ったような顔をした後、口を開いた。

 

「あんまり、勝手に言うようなことじゃないけどね……ライハは昔、ベリアルの部下が起こした事件で、ご家族を亡くしているの」

 

 モアの説明に息を呑む。それと同時に、合点が行った。確かにそれは、ベリアルを憎んで余りある過去だと。

 その血を継いだ娘が、自分だけは家族を得て。何も知らず、能天気に馴れ馴れしく接してくれば、確かに心中穏やかで居られるはずがないと。

 納得しつつあったルカは、しかしその認識が遥かに甘いことを、モアの続けた真実で思い知った。

 

「それで……その時、その部下が変身していたのが、赤い角の怪獣――ルカちゃんと同じ、スカルゴモラだったの」

「――ッ!」

 

 呪われた血筋、なんてものじゃなかった。

 黒幕の娘であるのみならず。家族を殺した仇の写し身を本性とする自分が、子供のように世話を焼いてくれることをせがんでいたのだ。その時のライハの心境を想えば、己の悍ましさに吐き気までしてしまう。

 同時に。だからリクが、頑なにルカが本来の姿へ戻ることに反対したのだとも理解できた。

 

「落ち着いて! ご家族の仇とは、もうライハ自身が決着をつけてる。その相手は、あなたじゃない――ライハも、そのことはよくわかってる」

 

 動悸を乱したルカの背に手を回し、さすってくれながら、モアが続ける。

 

「それでも……人は、どうしても。見た目の違いや、逆に、似たところをまだ、無視できない弱さがあるから。ライハのことを、許してあげてね」

「許す……?」

 

 深い実感の籠もった語りから、一転。モアが口にした思わぬお願いに、ルカは心底から疑問符を浮かべた。

 

「私が? ライハに、許して貰うんじゃなくて……?」

「だって――ルカちゃんは、何も悪いことをしてないんだもん」

「でも……私が気持ち悪いことばっかりして、ライハを傷つけたんじゃ……っ!?」

「だって、何も知らなかったんでしょ? だったら優しくして貰って、ツンケンする方が酷いわよ」

 

 そう、眩しく微笑んでくれるモアの姿には。

 乱れていたルカの心を、確かに落ち着かせるだけの力があった。

 

「一つだけ。覚えていて欲しいのわね、ルカちゃん」

 

 そっと、ルカの眼鏡を掛け直してくれながら。モアは、ゆっくりと語り続けた。

 

「ライハは、確かに復讐の道を選んだ――だけど、それだけじゃない優しい子だった、ってこと。赤い角の怪獣を憎んだことは事実でも、あなたに優しくしてくれたのも。リッくんが、あなたという妹に出会えたことを喜んでくれたのも。きっと、ライハの本心だったんだよ」

 

 

 

 

 

 

 ヤプールが攻勢を仕掛けてきたのは、その日の夕方だった。

 再び開いた異次元の穴――別世界との接続の構造を、この次元に棲まう者が正確に理解できない故に。大気の層でしかない空に亀裂が走り、ガラスの割れたように認識してしまうそこから、その超獣は現れた。

 

 金と黒の体色を持ち、直立二足歩行の恐竜のような姿をした超獣は、背から生やした四本の巨大な触手が何より特徴的だった。

 頭部に数本の角、膨れ上がった両肩には無数の棘を生やしたその超獣は逞しい前腕部を上空に広げながら咆哮を上げると、四本の触手の先から稲妻状のエネルギーを放射し、辺り一面を瞬く間に更地へ変えた。

 

「――やめろぉっ!!」

 

 何の警告もない破壊行為。その様子を星雲荘のモニターで目にしたリクは、即現地へ赴き、ウルトラマンジード・ウルティメイトファイナルへと変身(アルティメットエボリューション)した。

 駒のように旋回しながら繰り出した制止の一撃を、超獣――つい先程学んだ過去の個体情報に照応すると、究極超獣Uキラーザウルスと瓜二つのそいつは、束ねた触手で受け止めた。一本ずつならば容易に突破できただろう触手の守りも、三本も重ねられてしまっては、勢いを削がれて本体まで届かない。

 そのまま触手が撓って弾き返されるジードだったが、Uキラーザウルスの背後から放たれた紅い稲妻が追撃を阻止していた。

 

 両腕の鋏から紅い稲妻を放つのは、甲殻類や水棲哺乳類といった、様々な海洋生物の要素を合成したような怪獣だった。

 赤い甲殻を備えた青い表皮の怪獣こそは、時空破壊神ゼガン――AIBの保有する、シャドー星の最終兵器とも呼ばれる怪獣だった。

 

 だが、シャドー星の最終兵器の攻撃でも、主砲に寄らない射撃程度では、異次元の最終兵器の気を一時的に惹いただけだった。

 そして、究極超獣はジードの方を向いていなかった触手の一本を大振りに旋回させると、そこから分離した鎌状の光線をゼガンに直撃させ、装甲表面に起こした爆発で吹っ飛ばしてしまった。

 

「今のは……ベリアルの!?」

〈Uキラーザウルスより、ベリアルデスサイズに酷似したエネルギーを検知しました〉

「Uキラーザウルスぅ? 違うな。こいつは究極超獣、ベリアルキラーザウルスだ!」

 

 ジードの反応とレムの解析を受け、一瞬、ベリアルキラーザウルスに巨大ヤプールの姿が重なって映り、そして異次元超人の声が響いた。

 

〈Uキラーザウルスは、ヤプールの開発した超獣の中でも最上位の決戦兵器です。かつてオメガ・アーマゲドンの最中、ベリアルを狙って襲来した記録が残されています〉

「その時に、ベリアルの力まで身につけたって言うことか……!?」

「その通り! ベリアルを滅ぼすために磨き上げたこの力で、貴様らを地獄へ送ってやるっ!」

 

 再び、無造作にベリアルキラーザウルスが触手を振るった。今度は三本。同時に飛来する死の刃を、ジードはギガファイナライザーを構えて受け止める。

 

「――しまったっ!?」

 

 だが、三連のベリアルデスサイズを弾くため、姿勢を崩した瞬間を狙われた。触手が一本ずつ、ジードの両腕を締め上げると、ベリアルより掠め取った電撃技、ベリアルジェノサンダーを発動。感電によりジードの力が緩んだ瞬間、残りの二本がギガファイナライザーを奪い取る。

 そのまま、ジードとギガファイナライザーを別方向に叩きつけると、ベリアルキラーザウルスは触手の全てを得物を失ったジード目掛けて集結させ、その先端から怪光線を放った。

 ジードは咄嗟に展開したバリアで集中砲火を防ぐが、四方から完全に取り囲まれては身動きが取れない。

 

「ウルトラマンジード!」

 

 ゼガンと同化、操縦するゼナが呼びかけて来る。彼は大ダメージを受けたゼガンを立て直らせると、再びベリアルキラーザウルスの背後から突撃射撃を開始した。

 

「甘いわ、シャドー星人!」

 

 だが、二度目は牽制すら通じなかった。

 ヤプールの嘲笑とともに、ゼガンとベリアルキラーザウルスの間に異次元の穴が発生。光線はその穴に呑み込まれると、一瞬の後、紫電の奔流へと変換されて、逆にゼガンを直撃した。

 

「貴様はそこで黙って見ていろ!」

 

 さらにベリアルキラーザウルスは、その背に備えた棘をミサイルとして射出。ザウルススティンガーによる絨毯爆撃は、ゼガンの倒れ込んだ街の一画ごと、敵対者を吹き飛ばす。

 

「ぬっ、ぐぉお――っ!」

「ゼナさんっ!」

「ふははははは! 貴様もいつまでもしつこいぞ、ウルトラマンジード!」

 

 もしも出現地が、先日のエタルガー戦でまだ捨てられたままの廃墟群でなければ。そこで復興作業に従事する人々がちょうど今日の勤めを終えた時間でなければ、どれほどの惨劇となっていたのか――肝の冷える大爆発を背に、高笑いしていたヤプールの叫びが契機となった。怪光線を放っていた触手が、突如としてその照射をやめた。代わって、鋏のような先端を直に叩きつけ、ジードのバリアを突破しようとする。

 防戦一方。だが、このまま負けるわけには行かない――!

 

「――スマッシュバスターブレード!」

 

 賭けに出ることを決めたジードは、防御が破られるより先に、自らバリアを解除した。

 そしてアクロスマッシャーへのフュージョンライズを経験したことで、ウルティメイトファイナルに発現させることが可能となった光の刃を両手首から生やすと、不意を突く形でベリアルキラーザウルスの触手の先端を切り落とすことに成功した。

 

「何!?」

「バーニングブースト!」

 

 驚愕の声を上げ、ヤプールが戸惑ったその隙に。続けてソリッドバーニングから発展させた拳より放つ爆熱光線で、先端以外の部分も根本まで触手を灼き切って行く。

 一気に戦力を低下させたベリアルキラーザウルスがたたらを踏んだ瞬間を見逃さず、ジードは一気呵成に攻め立てるべく、両腕へ光子エネルギーを集束させる。

 

「これで終わりだ! ビッグバスター――!」

「待て、ウルトラマンジード! これが目に入らんか?」

 

 ヤプールによるベリアルキラーザウルスの命乞いは、どこか余裕を感じさせるものだった。

 そして、ベリアルキラーザウルスの手が悠然と示したその額――赤い結晶体のような組織の中に浮かぶ影を見て、ジードは思わず蓄えたエネルギーを霧散させてしまった。

 

「ライハ――っ!?」

 

 

 

 

 

 

〈そうだ、この女は既にベリアルキラーザウルスの一部! そのまま光線を撃てば、鳥羽ライハも死ぬ!〉

 

 星雲荘のモニターに中継される戦況は、最悪の事態を伝えていた。

 人質を前に、初見殺しからの起死回生となる猛攻を中断してしまったジード――彼が立ち尽くしていた間に、ベリアルキラーザウルスは破壊された触手を元通りに復元させてしまったのだ。

 

〈ふはは、これは良い! この娘は盾になるだけでなく、貴様らへの怨みでベリアルキラーザウルスの再生力まで向上させてくれるようだ!〉

 

 ヤプールの高笑いとともに、ベリアルキラーザウルスが圧倒的な火力による攻撃を再開する。飛行して躱し、バリアで凌ぎ、飛行中に回収したギガファイナライザーで弾きはするものの、反撃を封じられたジードは着実に追い詰められて行く。

 

「お兄ちゃん……っ!」

 

 結局。あの後、ずっとヤプールについての研究を行っていた兄とまともに会話もできないまま見送ったルカは、画面越しに唇を噛むしかできなかった。

 

「ゼナ先輩、リッくんを助けてー!」

 

 絶叫するモア。確かに単独では如何にウルトラマンジードと言えども、打つ手がない絶望的な状況だ。

 だが圧倒的な戦力差により、ゼガンは既に中破。元より標的として見なしていないヤプールからトドメこそ受けていないが、ここまでの様子を見れば再起動したところでどこまで頼れるものなのか。

 最強の味方であったウルトラマンゼロは今、この地球には居ない。ヤプールが出現したとなれば光の国のウルトラマンも動くかも知れないが、別宇宙から事態を感知し、駆けつけるにはまだ、時間が経過してなさすぎる。

 

「レム……リクは、後何分戦えるの!?」

〈ウルティメイトファイナルは、リクの意志が続く限り継戦可能です。ですが、このままベリアルキラーザウルスの攻撃を受け続ける場合、十分以内に肉体を破壊され戦闘不能となる確率は、97.3パーセントと予想されます〉

「――ッ!」

 

 ペガの問いでレムが弾き出した答えが、ルカの覚悟を決めさせた。

 

「レム。私も地上に出して」

「えぇっ!?」

 

 モアとペガが、ルカの提案に驚きの声を上げた。

 

〈承服できかねます。私のマスターであるリクは、あなたへの待機命令を下しています〉

「でも、あなたの計算だと、このままじゃお兄ちゃん――あなたのマスターはやられちゃうんでしょ? 良いの、それで」

〈……失礼ながら、モアとの会話は聞いていました。仮にあなたが戦線に加わっても、ライハの憎悪を刺激し、却って状況が悪化する可能性があります〉

「それは何パーセント?」

〈……ヤプールの支配と、ライハの精神状態によるベリアルキラーザウルスへの影響の相関について、データが不足しています。演算は不可能です〉

「なら、このままお兄ちゃんがやられるのを黙って見ているより、もしかしたら分の良い賭けかも知れないよね?」

 

 ルカの問いかけに、レムは沈黙した。だが、かといってルカを戦場に届けようとする様子もない。

 だったらここで擬態を解いて、自力で地上まで出てやろうか――そんな過激な考えが脳裏にちらつくのを、ルカは何とか抑え込む。

 

「る、ルカちゃん……でも、リッくんは……」

「モアは言ったよね。人は見た目の違いや、似たところを無視できない弱さがあるって……それは、怪獣も一緒なんだ」

 

 リクに代わって、ルカを押し留めようとするモアに、ルカは小さく首を振った。

 

「私は、ウルトラマンが怖かった。姿があの時のタイガに似ていたから、お兄ちゃんのことだって怖かった。だけど、その恐怖からお兄ちゃんが救ってくれたの。だから、私はお兄ちゃんを信じてる! お兄ちゃんと一緒なら、きっと……モアの言う、ライハの本心を救うこともできるって」

「……レム。行かせてあげて」

 

 そこで、ルカに助け舟を出してくれたのは、ペガだった。

 

「今、リクの力になれるのはルカしかいない。そうしたいって決めたのは、ルカの意志だ。リクが、ウルトラマンになったみたいに」

「ペガ……ありがとう」

「へへ。それに――レムの意志は、どうなの?」

 

 照れたように鼻をこすったペガの問いで、一瞬の後、レムは沈黙を破った。

 

〈……今、リクの力になれる者は、ルカだけではありません〉

 

 レムの答えは、その場に居た三人の目を丸くするものだった。

 

〈ですが、このままその手段を講じてしまえば、どの道リクの命令の意図に反してしまいます。そうであるなら――事前の準備として、ルカたちを避難させることは、緊急事態における私の裁量であり、命令違反にはなりません〉

 

 述べると共に、レムはエレベーターを二基、司令室に出現させた。

 

〈お乗りください。三人が避難した後、星雲荘はネオブリタニア号として発進します。その後のことは私にもフォローしきれませんので、あしからず〉

「レム……!」

 

 ルカとペガは、揃って顔を輝かせた。

 リクの命令を遵守しながらのレムの意を汲んで、二つのエレベーターの片割れに、ルカは一人で乗り込んだ。

 

「ルカちゃん」

 

 扉が閉まる寸前、モアが呼びかけてきた。

 

「リッくんと……ライハのことを、よろしくね」

 

 よろしく、と便乗するペガとともに、モアの姿は扉の向こうに消えた。

 直後、エレベーターが移動を開始する。同時にレムが、ネオブリタニア号の発進シークエンスのアナウンスを始めるのを聞きながら、一人になったルカはそこで膝を折った。

 

(怖い……怖い……っ!)

 

 ヤプールの戦力は、ルカの予想を越えていた。最強の形態となったジードをも苦戦させるあの究極超獣と対峙することは恐ろしい。痛いことは、暴力をぶつけられることは、怖い。

 信じて待ってて、というリクの言いつけを破ることは、怖い。このまま兄が死ぬかもしれないことと比べれば論外だが、だからといってこれで兄に嫌われたらもう、生きていけない自信がある。

 そして――自分とは別存在に起因するのだとしても。スカルゴモラとして、ライハに怨みをぶつけられることも、怖い。きっと耐えられない。

 

 ああは言ったものの。皆が送り出してくれたものの。本当はルカだって、自分が戦場に出るだけで何もかも上手くいくとは思っていなかった。

 

 だけど。それでも――

 

「……ジーッとしてても、ドーにもならないから!」

 

 地上に出た直後。ベリアルキラーザウルスに向かって飛び立つ星雲荘――ネオブリタニア号の機影の下で。

 その叫びとともに、再起したルカは自らの真の姿を解き放ち、夕映えの戦場へと駆け出した。

 

 ライハの運命を歪めた、ベリアル融合獣スカルゴモラではなく。

 リクやライハたち、星雲荘に救われた、培養合成獣スカルゴモラとして。

 

 

 

 

 

 




(オリジナル)ウルトラカプセルナビ

名前:究極超獣ベリアルキラーザウルス
身長:79メートル
体重:8万2千トン
得意技:ベリアルデスサイズ

 かつてヤプールの収集したウルトラマンベリアルのデータを元に、ベリアルの攻撃力を再現し、究極超獣Uキラーザウルスに付与した強化バリエーション。

 外見的な特徴は通常のUキラーザウルスと同様だが、触手にギガバトルナイザー、本体にベリアル自身の技を習得させていることで、Uキラーザウルス・ネオ以上の火力を、小回りの効く通常形態のまま備えることに成功している。

 同化した生命体の持つ負の感情との相性次第では、肉体の再生能力を向上させることも可能のため、その作用する範囲を効率良くするために巨大化機能はない。

 反面、防御力は然程向上していないため、最大の仮想敵であるベリアルには同系統の技をより多い手数で行使できる特性で火力による制圧を、その他のウルトラマンに対しては人質による攻撃の抑止で補うという設計思想となっている。


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第三話「恩讐の果てに」Cパート

「終わりだなぁ、ウルトラマンジード!」

 

 ベリアルキラーザウルスを操るヤプールが、勝ち誇った声を発する。

 全ての触手で四肢を念入りに拘束され、ベリアルジェノサンダーを流し込まれながら、首まで太い腕で掴まれているウルトラマンジードの状況はまさに、絶体絶命と言って差し支えなかった。

 いくら、リクの想いがある限り、ウルティメイトファイナルのエネルギーが尽きることはないとしても。この状況から反撃できる手段はいずれも、ベリアルキラーザウルスの額に埋まったライハを殺めてしまうものばかりだ。

 それ故に打つ手なしのまま、想いの源である命を直接破壊されてしまっては、どうしようもなくなるだろう。

 

 ――ライハを救えないまま、敗北するわけにはいかない。こいつは次に、ルカの命まで狙うつもりだというのに――!

 

「憎きウルトラマンとレイブラッドの血脈……その一つを、まずはここで断ぁつ!」

 

 処刑宣告とともに、ベリアルキラーザウルスの目に怪しい輝きが灯り――それが破壊熱線として放たれる前に、別の光条が、究極超獣へと降り注いだ。

 

「――星雲荘!?」

 

 救いの手に最初、ゼガンの再起動を予想したジードが目にしたのは、夕焼けに照らされたネオブリタニア号の黒い船体だった。

 

「レム、なんで――ルカはっ!?」

「(――私はこっちだよ、お兄ちゃん!)」

 

 ジード――リクの疑問が届いたかのように、その声が脳に響いた。

 一拍遅れて、雷鳴のようなスカルゴモラの咆哮が、黄昏の街に轟き渡る。

 

「ルカ……何を!?」

 

 その姿を認めたジードが、危惧した通りのことが起きた。

 スカルゴモラの方を向いたベリアルキラーザウルスの触手の内、二本の拘束が緩まった。解けたそれらは、内の一本が無造作にベリアルデスサイズをネオブリタニア号へと発射。回避行動を取るも避けきれるものではなく、被弾したネオブリタニア号の船体が傾き、墜落していく。

 その結果を見届けもせず、もう一本と合流した二条の触手が、スカルゴモラの肉体に突き刺さった。

 

「よくものこのこと出て来たものだな。死ねぇ!」

 

 ヤプールの号令で、ベリアルキラーザウルスが咆哮とともに触手のエネルギーを励起させようとした。

 ――だが、それより一瞬早く、スカルゴモラに突き刺さっていた先端部から、ベリアルキラーザウルスの触手が破裂する。

 

「ぬぅ、超振動波か!」

 

 そうして、拘束が緩まり、さらにはベリアルキラーザウルスの注意が逸れたおかげで。ジードは残りの拘束から脱するチャンスを得られた。

 

「ストリームデトネーション!」

 

 ウルティメイトファイナルの全身に描かれた金色のライン、ゴールドストリームから電磁破砕光線を発射。纏わりついていた触手を引き千切り、ジードの首を掴んでいた右腕を灼き弾く。さらにベリアルキラーザウルスの本体の内、ライハには影響の出ない右胸の発光器官にも、傷を与えることに成功する。

 憤怒の咆哮を上げるベリアルキラーザウルスが、残る左手から赤い爪を伸ばした。ベリアルデスクローを模した引っかきを、ジードは掌を蹴り上げて逃れる。

 そうして、ベリアルキラーザウルスが左胸に残った発光器官から放つ白熱光、テリブルフラッシャーで諸共に攻撃されたスカルゴモラの前に移動が間に合い、ジードはバリアを展開して妹を庇った。

 

「ルカ! 何やってるんだよっ!?」

 

 ベリアルキラーザウルスの触手、鋭い爪のような先端部で皮膚を裂かれ、流血しているスカルゴモラを振り返り、ジードは声を張り上げる。

 

「星雲荘で待ってろって、お兄ちゃん言ったよな!?」

「(だけど……あのままじゃお兄ちゃん、負けてたじゃん)」

 

 痛みを堪えながらも、ベリアルキラーザウルスへの闘志を隠しもしないスカルゴモラは、兄に対してそんな生意気な口を利いてきた。

 

「ルカ、僕の言うことが聞けないのかっ!?」

「(お兄ちゃんこそ、私の話を聞いてよっ!)」

 

 こんな状況で、まさかの兄妹喧嘩が勃発しそうなやり取りに、ジード=リクは目眩を覚えた。

 強硬策を取ろうにも、ベリアルキラーザウルスからの破壊光線の照射は続いている。手を放すことができないジードは、臍を噛むしかできない。

 

「(私、もう知ってるよ。ライハが、この姿を憎んでいるって)」

 

 だが、妹は何も知らずにやって来たわけではないと――そう、静かに訴えてきた。

 

「(だから、お兄ちゃんが私を心配してくれたのもわかってるの。それに、私がこうして居るだけで、ライハを余計に傷つけちゃうかもしれないことも。……だけど。お兄ちゃんの盾になれるのは、今は私しかいないから)」

「盾だなんて……何てことを言うんだよ!?」

 

 現に。スカルゴモラたちが攻撃の一部を引き受けてくれたからこそ、詰みの状況を脱したジードは、しかしその事実を認めるわけにはいかないと首を振る。

 

「(だって……お兄ちゃんが居ないと、ライハを救うなんて、できっこないじゃん……っ!)」

 

 その時、ジードの意識に直接伝わった妹の感情は――不信ではなかった。

 

「(私、お兄ちゃんを信じてるよ。お兄ちゃんなら、私の時みたいに、ライハのことも助けてくれるって!)」

「ルカ……」

「(だから――お兄ちゃんも、私のことを信じてよ。お兄ちゃんと一緒なら、私ももう、誰にも負けたりしないから!)」

 

 ルカが叫んだ直後。テリブルフラッシャーの照射が止んだ。

 ――代わりに、ベリアルキラーザウルスの本体が、背中のバーニアの大推力で以って強引に飛行し、直接突撃して来ていた。

 既に復元された触手にベリアルジェノサンダーを纏い、何度もウルティメイトファイナルバリアに叩きつけ、遂にそれを割ったところに。

 

「(やぁああああああああっ!)」

 

 スカルゴモラが、正面から突っ込んだ。

 五万九千トンの体重を誇るスカルゴモラだが、ベリアルキラーザウルスはそれを上回る八万二千トン。圧倒的に不利な激突に、しかしスカルゴモラは喰らいついた。

 ベリアルデスクローの状態で交互に振り下ろされた究極超獣の両腕を、恐れず自身の拳を掌に叩き込むようにして受け止める。超獣と違い、推進力がない分を、強靭な尾で大地を叩いて制動をかける。

 そして、轟音が響き渡る。超重量同士の正面衝突が、日の沈み行く街を揺らす。

 大地を震わすがっぷり四つとなった培養合成獣と究極超獣だったが、体格で勝るベリアルキラーザウルスがスカルゴモラをそのまま圧し始めた。伸びた爪が押し込まれ、微かにスカルゴモラの首を裂く。

 さらには、ライハを人質に取られて反撃できないスカルゴモラに対し、ベリアルキラーザウルスは背部の触手群を蠢かせ、その急所を貫こうとした。

 

 ――だが。そうしてベリアルキラーザウルスの攻撃を、スカルゴモラが数秒、止めてくれていた間に。

 

「クレセントファイナルジード――ッ!」

 

 再び、ギガファイナライザーを回収したジードの放った光刃が、ベリアルキラーザウルスの触手をまとめて断ち切った。

 

「ギガライトニングバースト!」

 

 さらに、得物を振り切った体勢のまま、ジードは額から強烈な電撃光線を発射。連続攻撃に、ゼガンの時のように防ぐことが叶わず、異次元の最終兵器は脇腹を被弾。ベリアルキラーザウルスの姿勢が崩れ、隙を逃さずその体をスカルゴモラが持ち上げる。

 咆哮とともに。スカルゴモラの豪腕が、自身より二周りも大きいベリアルキラーザウルスの巨体を、ブン投げた。

 

 耳を劈く大音量を奏で、大地へ叩きつけられるベリアルキラーザウルス。巨体故にすぐには起き上がれないその様子を確認し、ジードはスカルゴモラに手を翳した。

 その掌から放射されたのは、フルムーンネオヒーリング。ジードの扱える最上位の治癒光線は、スカルゴモラが負った傷をみるみる塞いで行く。

 

「(あっ……ありがとう、お兄ちゃん)」

「……御礼を言うのは僕の方だよ、ルカ」

 

 快復したスカルゴモラの思念の声に返しながら、ジードはある日の戦いを反芻していた。

 

「おかげで、思い出せた……家族の絆は、もっと大きなものだって」

 

 ――そのことを教えてくれたあの子も。二人の兄の心配を理解しながらもなお、誰かを助けるために決して諦めず、そして奇跡を掴んでいた。

 兄としての経験が乏しいリクは、そんな目の前で起こった大切な出来事さえも頭の片隅に追いやってしまって、妹の意志を無視することで彼女を護ろうとした。そんなの、上手く行かなくて当然だった。

 

「行こう、ルカ。僕と君の……それに、皆の力を合わせれば! きっとライハを取り戻せる!」

「(――うんっ!)」

 

 遂に立ち上がり。これまで以上の速度で触手を再生するベリアルキラーザウルスに対して、再びギガファイナライザーを構えながら。スカルゴモラと肩を並べて、ジードは叫んだ。

 

 例え、ルカがライハの両親を奪った赤い角の怪獣、そのものの姿をしていても。

 ライハの両親を死に追いやったのが、リトルスターを回収するための偽りのヒーロー、ウルトラマンジードのための予行演習だったとしても。

 

 同じ場所で過ごしたあの時間。彼女の見せた笑顔は、きっと嘘じゃない――!

 

「決して絆を諦めない――それが家族だ!」

 

 

 

 

 

 

 ――その言葉が、激しく心を揺さぶった。

 

 あの日の景色を再生し続ける不快な微睡みの中にあった意識が、微かながら覚醒する。

 

「おのれベリアルの子ら……! 小癪な……っ!」

 

 そこでようやく。ライハの隣に、そしてライハと重なって。空間に偏在する赤い悪魔が、そんな声を漏らしているのを知覚することができた。

 さらに、感覚が拡がる。ライハは自らが悍ましい肉塊の中に囚われていると同時に、体が何十倍にも巨大化し、背筋には存在しないはずの触覚が伸びているような認識を持った。

 そんな異形かつ多重の感覚を自認したライハの視界に映るのは、無骨な赤い棍を装備した巨人と、そっくりな色の角を持つ怪獣とが、仲良く肩を並べて向かって来るという眺めだった。

 

 ――私は、あの時。家族のことを、諦めるしかなかったのに。

 

 そう認識した瞬間。微睡みの中で増幅された憎悪が膨張し、拡大された肉体から、嵐のように吹き荒れた。白い光が、赤黒い棘の群れが、金色の鎌が、漆黒の触手が、赤き爪が、向かって来る二つの命を幾度となく襲う。

 あの日。ライハの家族を土砂の中に沈めた赤い角の怪獣の姿が、怨嗟の産んだ破滅の奔流へと呑まれて行く。

 怪獣の壁になろうとする巨人を、整勁を作用させて薙ぎ払う。赤い剣の群れのような爪で切り裂かれながら、四万トンを越す巨躯が長大な得物ごと、冗談のように飛んで行く。

 今度はその巨人を庇おうとする赤い角の怪獣に、肩から突撃。既に満身創痍だった怪獣は靠撃(こうげき)により防御を崩され、先の衝突と違い持ち堪えることも叶わない。六万トン近い超質量が弾かれ、大地に叩きつけられてから血を吐いた。

 

 ……拳は流星、脚は弓。体を龍の如くうねらせて、腰は蛇のくねるように。稲妻の視線で、内外六合を満たした身法を駆使する。

 惨劇の日から、喪失を埋めるように手に入れたこの力。だが如何に人体の操作を極めても、その拳が届くはずのなかった理不尽の象徴たる巨大な生命。赤い角の怪獣に、しかし今は手が届く。何せ、こちらの方が大きいから。

 

「良いぞ、鳥羽ライハ! 貴様を取り込んだことは正解だった!」

 

 悪魔が囀る。その声自体は厭わしいとしか感じられないが、しかし己が無力ではないというこの瞬間は心地良い。

 昏い爽快感に痺れながら、ライハはさらに踏み込もうとして、巨人の振るう棍で前進を阻まれた。

 痙攣する怪獣の様子に、焦りを隠さず癒やしの波動を放つ巨人。その挙動に、ライハの苛立ちが刺激される。

 

 ――剣を握る腕の如く、しかし異形の関節は遥かに多く。静止からの躍動、その一連の動作を全可動域で統合させ加速した触手による斬撃は光の刃となって飛翔し、巨人を背後から切りつけた。

 

 治癒を阻止され、完全な再生には至らなかった身のままで、立ち上がった赤い角の怪獣が向かって来る。

 だが、その姿形も、もう少しも怖くない。あの日、娘の成長を見届ける未来を奪われた両親の無念を、今こそ晴らす。

 

 触手を今度は槍術の如く、螺旋軌道で叩きつけた。連続して打ち付ける堅い先端が、怪獣の肉を削る。

 紫電を纏った連撃の一つ一つに、その身を貫く必殺を期したにも関わらず……先程に比べて、短期間でその肉体がさらに強靭になったような、奇妙な手応えを訝しく思いながらも。ライハは触手を戻した勢いに合わせ、反対の掌底を繰り出した。

 爪を伸ばして表皮を裂きながら、大きく掌を張り付けて、勁を作用させるための接触面との同一化を図った瞬間。その腕を、怪獣の両手が掴んで来た。

 

「(――ライハ!)」

 

 だが、名前を呼ぶ少女の声が聞こえたその時には、既に発勁は完了していた。

 急所――ちょうど結晶体の付いた胸部を突かれて、赤い角の怪獣が宙を舞う。手を離さなかった怪獣により、打撃と引き換えにこちらの腕が千切れ飛ぶ結果となったが、痛みはまるで感じなかった。

 

 しかし、その声に。ライハの意識の靄がもう一段晴れた。

 何故ならあの時聞いた赤い角の怪獣の声と、今、繋がった瞬間に響いた少女の声との印象が、大きく違っていたから。

 

「……ルカ?」

「(帰って……きてよ……!)」

 

 手放さなかった腕を一瞬、名残惜しそうに見つめてから。残骸を投げ捨てたスカルゴモラは、弱々しく悲しげな響きをライハに届けた。

 そこで、力尽きたように倒れ込む彼女の様を見て。急激に、認識が明瞭になった。

 そして、己が何をしてしまったのかを、ライハは理解した。

 

「うん、どうした鳥羽ライハ? 何故攻撃を止めた?」

「違う……この子じゃない! 私の仇は、もう死んでる!!」

「だからどうした。そもそもの元凶であるベリアルの子ばかりが幸福を掴み、踏み躙られたおまえは孤独のまま。それを妬んで何が悪いというのだ?」

 

 ライハと同化した悪魔――異次元超人ヤプールが、魔道へと誘う囁きを放つ。

 そう、ライハは妬んだ。理不尽な加害者の血を引きながらも、光溢れる道へと歩む兄妹を。奪われたものを取り戻せず、復讐のために全てを捨ててきた己の空虚と比較して。

 だから悪魔に魅入られて――そんな理不尽な理由で、一つの家族の幸せを壊し、嗤った。

 あの日の赤い角の怪獣と、同じように。

 

「……もう遅い。貴様は既に、我らの同類。他者を妬み、憎み、故に傷つけ奪う邪悪に過ぎん。最早我らの闇以外、貴様の在るべき場所はない!」

「あ……うぁああああああああああああああっ!?」

 

 我が身を呪うライハの悲嘆さえも糧にして。暗黒の化身たる究極超獣は千切れた腕を再生させるのみならず、その力をさらに増長させる。

 ライハの意志など、最早介在する余地はない。ベリアルキラーザウルスは容赦なく、触手から死の輝きを振り撒いた。

 その毒牙を向けられながらも、倒れ込んだまま動けないスカルゴモラを庇うように。光の壁を抱えた巨人が割り込んで、破壊光線を遠ざける。

 

「(ライ……ハ……っ!)」

 

 その時響いた思念に、ライハは微かに恐怖した。

 ライハの振るった暴力により、その生命を風前の灯火にまで追い詰められた少女の呼び声に――しかし、寸前までライハを染めていた色はなく。

 死を目前とした満身創痍の状態でも。彼女を守護する巨人の背後から、スカルゴモラは這ってでも前に進もうとしていた。

 

「(お願い……戻って……!)」

 

 何が、そこまでさせるのか――澄んだ祈りを前にして、安堵よりも疑念を抱いたライハの耳に、馴染んだ声が飛び込んで来た。

 

「そうだよ……! 帰って来い、ライハ!」

 

 光線を防ぐウルトラマンジードの――リクの声を聞いて、ライハはようやく眼前の存在が誰なのかを、明瞭に認識することができた。

 

「リク……? リクなの……?」

 

 帰還を呼びかける彼の名を繰り返し、しかしライハはそれ以上の応答を躊躇した。

 自らの浅ましい嫉妬に呑まれ、彼ら兄妹を傷つけた自分。見当違いの憎悪のままに、己を慕ってくれた少女の命を脅かした理不尽の化身には、その呼び声に応える資格なんか見出だせなくて。

 こんな、罪過だけの塊となった、悪魔の傀儡である鳥羽ライハには、彼らの願いに甘えて良い理由が見つからなくて。

 

 ――知ったことか、とばかりにリクが叫んだ。

 

「まだこないだ、ルカのおかわりを奢って貰った分だって、僕は返せてないんだぞ! このままで良いのかよ!?」

「はぁ? 何を言っているのだ貴様は」

 

 余りにも場違いなリクの呼びかけは、ヤプールにさえ間の抜けた感想を漏らさせていた。

 

 だが。そのたった四日前の出来事を想起させる言葉こそが、七年前の復讐と、今しがたの罪ばかりに囚われていたライハの胸を打っていた。

 

 例え、拭い去れない引っ掛かりを残していたのだとしても――あの時の自分は、確かにリクとルカの出会いを、祝福していたのだということを。

 正体が知れないままでも、食べ物が美味しいと、屈託なく笑ったルカの様子に、自分も笑顔を零していたのだということを――思い出した。

 

 そして、眼前の二人が決して諦めずに取り戻そうとしているものは。復讐だけの空虚な生涯だけでなく、負の感情に敗れた咎人であるのみならず。そんな風に彼らと過ごせた、鳥羽ライハという――――血の繋がらない、彼らの家族であるということを。

 

 そのことに気づいた瞬間に、光が満ちた。

 

 

 

 

 

 

 その時。ウルトラマンジードの姿となっているリクは、その光の巨人体が内包する小宇宙(インナースペース)の中で、虹色の輝きが溢れるのに気がついた。

 

「これは……っ!」

 

 それはあの決着の日を過ぎ、本来の所有者に返還してから、大きく減退していたはずの煌めき。

 そんな光の発生源を確認したリクは、そこに宿る縁に奇跡を予感して、ウルトラカプセルを起動した。

 

「ユー、ゴー!」

 

 一つ目のカプセルは、リクの起源たる存在――闇に堕ちた父、ベリアルの因子に満ちたモノ。

 リクの運命を仕組むために与えられた、ベリアルからの贈り物。

 

「アイゴー!」

 

 二つ目に選んだカプセルは、全宇宙を見守る伝説の超人、ウルトラマンキングの奇跡を再現したモノ。

 かつてライハが、ベリアルの息子であるリクを信じて届けてくれた祈りの結晶。

 

「ヒア、ウィ、ゴー!」

《ウルトラマンベリアル・ウルトラマンキング》

 

 双極のウルトラカプセルを揃えることで顕現するは、一振りの剣。それは荘厳なる神杖とも見紛う超絶撃王剣(キングソード)

 

《我、王の名の下に!》

 

 授かりし剣に手を伸ばし、ウルトラマンキングのカプセルを再装填したリクは、その決意を叫びとして誓う。

 

「変えるぜ、運命! ジィィィィィィィィィィィドッ!!」

 

 宣誓を合図に、リクを構成する光が形を変えていく。

 王冠の如き装飾を授かり、体表の色は銀と黒の基本色に紫を加え、黄金の鎧とマントに包まれた高貴なる姿。それは、この身に発現した可能性を全解放した最終戦闘形態(ウルティメイトファイナル)にさえ含まれない、奇跡の剣を顕現させるための、光と闇、善と悪、正と邪を併せ持つ、陰陽太極を体現せし形態。

 その身に秘めた力強く崇高なる意志を肯定するように、王聖の剣がその名を高らかに謳う。

 

《ウルトラマンジード! ロイヤルメガマスター!》

 

 そしてキングの奇跡が、かつて奉納されたリトルスターの縁を下に、今一度引き起こされる――――!

 

 

 

 

 

 

「馬鹿な、この輝きは、その剣は――っ!?」

 

 その眩さに恐怖したように、ヤプールが叫んだ。

 

 ――ウルトラマンジード・ロイヤルメガマスターは、太陽の消え行く逢魔時に光臨すると同時。その動作の一切を、停止した。

 その代わりと言わんばかりに。神聖なる輝きが、ヤプールに支配されたはずのライハの精神世界にまで、投照されていた。

 

「ウルトラマンキングの、剣だと――!?」

 

 その剣の放つ光は、ライハの心と重なっていたヤプールの邪悪な意志を祓い、分離させる。

 そうして自由を取り戻したライハは自らの手元に出現した、地球人の規格に誂えられた超絶撃王剣キングソードをその手に掴んだ。

 

「……一つ、訂正してあげる」

 

 武器とともに、自らの使命を見出したライハは、背後に立つ悪魔に向けて口を開いた。

 

「私の中には確かに、憎悪(あなた)という(かげ)がある……それでも、私の中にあるのは、憎しみだけじゃない」

「ほざくな人間がぁっ!!」

 

 遥か格下と侮った存在の叛逆に、ヤプールが激昂する。

 右手にある三日月状の刃から光弾を放ち、我が身を撃ち抜こうとするのを、ライハはキングソードを用いて切り払い、駆け出した。

 この空間内において、本来は巨人体であるはずの姿のヤプールと、ライハは同等のスケールで存在している。ヤプールが右手の鎌で迎撃するのに、ライハもキングソードを合わせて受けた。ヤプールは邪悪な念動力でライハの精神を砕こうとするが、キングソードが放つ光が無効化し、純粋な鍔迫り合いとなる。

 

「人間如きが、手間を掛けさせるなっ!」

 

 ヤプールの怒る間、空間に投影される外部の様子に動きはない。ジードがこの剣を存在させるために静止するのと同様に、ライハとヤプールが対峙している間、ベリアルキラーザウルスを操る意志もまた停止しているのだ。

 

「今度は私が守る! 皆の届けてくれたこの剣で!」

 

 叫びとともに、ライハはヤプールの放った足を躱し、逆に蹴り返した。

 体勢の崩れたヤプールへ、さらにライハは猛追。日々研鑽を怠らなかった剣の舞が、徐々にヤプールの防御を上回り、闇の凝った肉体を斬り裂いていく。

 

「かぁっ!」

 

 追い詰められたヤプールの気合とともに、横合いからの劫火がライハを襲った。苦し紛れの反撃は決定打たり得ないが、一旦状況を仕切り直す効果があった。

 

「舐めるなよ、鳥羽ライハ! 貴様ら人間、いや低次元の全生命体のマイナスエネルギーの結晶こそが我らヤプール! それでも、たかだか人間一人の敵う存在だと思い上がるかっ!?」

「私は一人じゃないっ!」

 

 接近させまいとヤプールの乱れ打ちにする光刃や火球、その尽くを切り払いながら、ライハは叫びを返す。

 

「あなたは確かに、私たちより遥かに大きな闇の存在――だけど、それだけでしかない!」

 

 ライハが修めた太極拳の思想において。闇と光、陰と陽は等しく万物を構成する要素であり、互いが存在することで初めて成立するとされている。

 その調和こそが、物事の秩序ある発展や変化を促す――まさしく、ベリアルの血を引きながら、自らの意思でキングにも認められるウルトラマンとなった、リクのように。

 

 どれほど強大な存在であっても。闇や負といった陰の気ばかりのヤプールでは、ただ過去に囚われ続けるだけ。だからこれまで一度も、未来に向かって進むウルトラマンたちには勝てなかった。

 ならばあの日、運命を変えたリクと同じように――自らの闇を認め、同時に光を見つめ直した今のライハが、負ける道理など有りはしない――!

 

「スウィングスパークル!」

「ぬぅおぉおおおぉっ!?」

 

 そして、一閃したキングソードから放たれた光のエネルギーは、ヤプールが相殺しようと連射した光弾を容易く掻き消して、悪魔の胴を両断した。

 真っ二つに斬り裂かれ、崩れながら霧散するヤプールは、しかし消え去る最中にも哄笑した。

 

「愚か者め! 意識を寄せていたとはいえ、所詮貴様と同化していたものなど、私のほんのカケラに過ぎん! 例えキングの加護がある間、正気を保てたところで……その剣を維持するためにウルトラマンジードは動けず、貴様の肉体は未だ、ベリアルキラーザウルスの中にある! 後何秒、ジードはあの姿をこの星で保てるかな?」

「何か忘れてるんじゃないかしら」

 

 消え去った後も負け惜しみを並べ立てるヤプールに、残心を解いて上体を起こしながら、ライハは告げる。

 このタイミングで、ヤプールが挑戦して来る理由となったはずの存在を。

 

「ジードももう、一人じゃないのよ」

 

 ライハが言い終えたその瞬間。背後から、五指を備えた巨大な掌が伸びてきて――空間ごと、ライハの存在を毟り取った。

 

 

 

 

 

 

 ライハとヤプールが争っていた間、ずっと停止していたベリアルキラーザウルス。その脳天を貫いた、スカルゴモラの掌が引き抜かれる。

 超振動波の応用で、究極超獣の肉体構造を走査したスカルゴモラの抜き手は、その印象に反して繊細に弱所を切り離し、そしてライハには損傷一つ与えることなく、ベリアルキラーザウルスの額を抉り取っていた。

 ライハを包む赤い結晶体状の組織を引き千切った勢いのまま、スカルゴモラが身を翻す。伴って大きく動いた尾が、棒立ちを続けていたベリアルキラーザウルスを打ち、薙ぎ倒した。

 

 しかし、その殴打は決して意図した攻撃ではなかった。

 そんな余裕は、既に瀕死のスカルゴモラの中に存在していなかったから。

 

 ゆっくりと、山のような巨体が傾いて行く。自らの転倒させたベリアルキラーザウルスのそれに比べると緩慢に、だが最早抗いようもなく、力を使い果たしたスカルゴモラも膝を折ったのだ。

 激突の瞬間、発光とともにその巨体が縮小した。手の中のライハを押し潰さないためなのか、それとも曲がりなりにもウルトラマンの性質も宿した彼女にとって、地球上でその姿を維持するための余力も絞り尽くしたのか。あるいはその、両方か。

 ともかく、人間の少女の姿へ戻ったルカは、ライハの包まれたベリアルキラーザウルスの肉片を抱いたまま、焦土と化した大地の上に横たわった。

 

「ぐっ……おのれ朝倉ルカ、おのれ鳥羽ライハ!」

 

 頭部を半壊させられたままのベリアルキラーザウルスを、ヤプールは再起動させた。

 怨みを晴らさんと視線を下ろした究極超獣の目は、憎き二人の少女だけでなく――転送されてきたエレベーターから飛び出し、彼女らを救出しようと駆け寄った、ペガッサ星人の子供と地球人の女性の姿までまとめて捉えた。

 

「諸共死ねぇっ!」

 

 ベリアルキラーザウルスの触手が蠢く。ペガとモアが星雲荘のエレベーターまでルカとライハを回収するより、まとめて触手に吹き飛ばされる方が早いと、誰もが直観したことだろう。

 ――唯一人を除いては。

 

「な――に――っ!?」

 

 ベリアルキラーザウルスと時を同じくして立ち上がった異形の影を、ヤプールは確かに把握していた。

 だが、取るに足らぬと捨て置いていたその怪獣の一撃は、対象との間にヤプールが展開していた次元の穴による防御を紙のようにして貫き、ベリアルキラーザウルスの触手を纏めて消し飛ばしていた。

 シャドー星の最終兵器、時空破壊神ゼガンの主砲――その名の由来たる時空干渉転送光線のゼガントビームは、ヤプールによる操作と同様に次元構造自体に干渉し、それによる防御を無効化していたのだ。

 

「ゼナ先パーイ!!」

 

 歓声を上げるモア。彼女がライハを肉塊ごと引きずる頭上に生じた新たな次元の穴が、引き千切った触手のみならずベリアルキラーザウルス本体をも、高い箇所の部位から呑み込もうとしていたが。

 

「調子に乗るな!」

 

 ヤプールはその権能でただちに次元の穴を封鎖。続けてテリブルフラッシャーがゼガンを撃ち抜き、今度こそ完全に沈黙させる。

 

 だが、そうしてゼガンの稼いだ時間こそが、勝敗を決する最後の一因となった。

 ヤプール自身が異次元の穴を塞いだこともあり、吸引という阻害要因のなくなったペガとモアによる救出活動が無事に完了。ベリアルキラーザウルスが再びそちらに意識を向ける頃には、既に星雲荘のエレベーターは、遠方のネオブリタニア号まで回収されていた。

 そして――ベリアルキラーザウルス同様に活動停止していたその存在が、再び万全の戦闘態勢に移行することを、許してしまっていた。

 

《アルティメットエボリューション! ウルトラマンジード! ウルティメイトファイナル!!》

「終わりだ、ヤプール!」

 

 忌まわしきクシアの遺産により、再び最終戦闘形態(ウルティメイトファイナル)へと変貌を遂げたウルトラマンジードは、人質という盾を失ったベリアルキラーザウルスの横っ面を感情任せに張り上げた。

 それはただの打撃。しかし、仲間を利用され、妹を傷つけられ、多くの人々を苦しめられた事実に怒るジードの鬼気と。その感情を、物理的なエネルギーにも変換するギガファイナライザーの仕様により、破壊力が大幅に上がっていた。

 威力の余りに打ち上げられたベリアルキラーザウルスは、放物線が落下軌道へと切り替わる瞬間、背部のバーニアを点火し、そのまま夕焼け空に飛翔。ウルトラマンジードを見下ろすと、無事であった両腕を交差させる。

 

「デスシウム光線――ッ!」

 

 ベリアルキラーザウルスが十字に組んだ腕から放つは、ウルトラマンベリアルの必殺技である破壊光線。

 上空からの最大出力で、ウルトラマンジードのみならず、ゼガンや星雲荘が倒れたままの星山市、否、この地球ごと消し飛ばすつもりで攻撃する究極超獣に対し――全身を輝かせたウルトラマンジードは、ギガファイナライザーを掲げて応じた。

 

「ライザーレイビーム!」

 

 必勝撃聖棍のライザーエッジより、そのままの形で巨大な光弾が射出される。まるで巨大な双眸の如き形状の光弾が断続的に放たれ続け、朱色の放電がそれらをひと繋ぎの光線として成立させる。

 最前列のライザーレイビームすら、デスシウム光線による突破を許さず、強固な壁のようにして破壊の粒子を弾いて上昇。光線の相互干渉で落としていた速度を上げながら、群れをなしてベリアルキラーザウルス本体へと迫って来る。

 欠けることなく輝く巨大な目の形を前にして、ヤプールは思わず、その名を口にした。

 

「れ、レイブラッド……っ!」

 

 かつてヤプールを絶滅寸前にまで追い詰めた究極生命体、レイブラッド星人と酷似した意匠の煌めきに晒されて。

 過去の恐怖を消し去ろうと侵攻した異次元の悪魔は、器である究極超獣ともども。二つの宿敵の(すえ)たる巨人の放つ光に呑まれて、この次元から姿を消したのだった。

 

 

 

 

 

 

 異次元人ヤプールを撃退した、その夜。

 定位置に戻った星雲荘の中央司令室で、疲れて横になっていたリクは、自室から出たライハの様子を見て立ち上がった。

 

「……ライハ」

「ごめん。迷惑……かけたね」

 

 力なく笑うライハの肩には、パンパンになったリュックサック。回収しておいた刀を抱えるのと反対の手には、大きなキャリーバッグが牽かれている。

 

「……行っちゃうの?」

 

 リクの影から、寂しげにペガが問うた。

 

「元々、私がここに来た理由は、とっくになくなっていたから」

 

 果たしてライハは、リクが予想した通りの答えを述べた。

 元はと言えば、彼女の復讐相手であった赤い角の怪獣――伏井出ケイを尖兵としたベリアルに対する共同戦線を構築するために、地球人のライハが星雲荘に身を寄せたのが、共同生活の始まりだった。

 彼女が言う通り、本来の滞在目的は既に果たされていたのだ。

 それでも、ライハがこの場所に留まり続けてくれているのに、リクたちは甘えてきたが……

 

「……待ってよ。まだ、こないだの貸しを返せてないじゃないか」

 

 今のリクが使える呼び止めの材料は、その程度だった。

 いくら、乗り越えたと思っても。互いのことを、深く理解し合えていると思えても。ライハの両親がリクたちの父ベリアルの思惑によって、スカルゴモラという怪獣に奪われたという事実が変わることはない。

 その事実を意識するたびに過ぎるだろう感情を。そんな、人として当然の心の動きに対して、今回の事件によって植え付けられた罪の意識にまで。この先もずっと耐えることを、ライハへ強要するなんてリクにはできない。これからの日々を妹とともに生きられるリクに、そんなことを言う資格はない。

 リクの葛藤がわかっているように、ライハは淡く微笑んだ。

 

「それは……」

 

 そこで、ライハの返事が止まった。

 

「……行かないで――っ!」

 

 ライハの声を遮った、絞り出すような声の主は――修復装置から抜け出して、背後からライハの上着の裾を摘んだルカだった。

 

「行かないで、ライハ……っ!」

「ルカ……」

 

 まだ、傷の癒えていない痣だらけの顔に、大粒の涙を流しながら。意識を取り戻したルカが、必死でライハに呼びかけていた。

 

「ライハが居なくなるくらいなら、私が出て行くから……!」

「なっ!?」

 

 妹の申し出に、リクは思わず声を漏らした。

 だが、そんな周囲の変化にも気づけていない様子で、俯いたルカは続ける。

 

「私は、星雲荘が大好きだから……! ペガが居て、レムが居て、ライハの居るお兄ちゃんの居場所が、なくなっちゃイヤなの……っ!」

 

 事実を知った今、ライハを直接、見ることができないままでも。ルカは、そんなワガママを口にしていた。

 

「だから――私が、出て行くから。私のことが嫌いでも、ライハは出て行かないで……っ! お願い……!」

 

 言い終え泣きじゃくるルカがふらつくのを見て、リクは思わず駆け寄ろうとした。

 だが、リクより早く、倒れかけたルカの身体を支える手があった。

 

「馬鹿ね……あなたのことを恨む筋合いなんて、どこにもないわよ」

 

 ゆっくりと、未だ満身創痍のルカを優しく床に腰掛けさせてあげながら、ライハが笑った。

 

「むしろ……そうね。命の恩を、返さなきゃいけないわよね」

「ライハ……?」

 

 こんなに汚しちゃって、と呟きながら。ライハは涙の跡を引くルカの眼鏡を拭ってあげ、彼女に掛け直してあげた。

 

「うん、よく似合ってる」

 

 どこか気怠げだった今朝と違い。心の篭もった感想として、ルカの眼鏡を評したライハは自身も室内用のそれをかけ、お揃いだね、と笑いかけた。

 

「星雲荘のオーナーさん?」

 

 それから、ライハはリクを振り返ってきた。

 

「恩人の手伝いをしたいから、私もここに住み込みで生活させて欲しいんだけど……部屋は空いてそうだし、良いかしら? 入居費と家賃は、これまでの貸しでチャラにして」

「……それを言われると僕は弱いな……」

 

 よくよく振り返れば、四日前のランチ代だけではないライハへの返済は、尽く滞っている……別に敷金も家賃も貰ったことはなかったが。

 ただ、ライハの台詞に付き合いながら、確かに感じられる希望に、リクも笑みを堪えきれなかった。

 

「レム、構わないかな……?」

〈私はあくまで報告管理システム。賃貸物件としての運用決定権は、マスターであるリクの判断に従います。ちなみに、女性向けの部屋にはちょうど、空きがあることを報告します〉

 

 いつも通りの、抑揚のないレムの機械音声。どこかリクと同じように、喜色が滲んでいるように聞こえたのは、気のせいだろうか。

 

「じゃあ……歓迎するよ。よろしく、ライハ」

「よろしく、リク。ペガ。レム――それに、ルカ」

 

 微笑みながら、ライハはもう一度、ルカと向き直った。

 

「……あなたに助けて貰った恩返しをさせて欲しいの。だから、あなたが星雲荘を出て行ったら、私もここに居る理由がなくなっちゃうわよ?」

「ライハ……っ!」

 

 感極まったように、ルカが言葉を詰まらせた。

 それからまた、声を上げて泣き出すルカに肩を貸して、ライハが立ち上がらせる。

 

「じゃあ、まずはちゃんと怪我を治して。女の子の顔に、傷を残しちゃいけないわ」

 

 そうして、修復装置までルカを連れて行ってくれるライハを見て、リクは胸に熱いものを覚えていた。

 

「まさに雨降って地固まる、だね」

「本当にそのまんまだけど、な」

 

 赤い雨を発端とした今日の出来事に、ペガとリクで感想を言い合う。

 

「ちょっと、帰り難くなっちゃった気もするけど……皆が無事で、本当に良かったよ」

 

 ペガのささやかなぼやきに、少し申し訳なく感じながらも。リクも同じ気持ちだった。

 

 ……残念ながら。三次元宇宙に存在する生命の影であるヤプールを、完全に滅ぼすことはできない。ウルトラマンやレイブラッド星人と対立しながらも、彼らが並行宇宙を存続させることを優先しただけで、今でも生き延びている恐るべき悪魔なのだから。

 ヤプールだけではない。きっと、ウルトラマンベリアルという巨悪を怨む者はまだまだいるはずだ。それこそライハや、シャドー星人たちのように。

 去り際にゼロが言っていたように。生き続ける限り、これからもベリアルの血に由来する問題は、何度も何度も現れ続けることだろう。その度にまた、辛く悲しい想いを懐くことは避けられない運命なのかもしれない。

 

 それでも。この仲間たちと――リクの家族と一緒なら、きっと。そんな運命も越えていけると。

 

 恩讐の果てに結ばれた絆を前にして、リクは静かに確信していた。

 

 

 

 

 

 




第3話あとがき



お目通し、ありがとうございました。
まずは第2話まででパイロット版、という想定でこどもの日に投下した拙作ですが、星雲荘内の人間関係の基本形を踏まえると、本当のパイロット版はこの第3話まで、という形になるようにも思われます。
お楽しみ頂けると幸いです。



以下、展開への言い訳的な雑文。

・キングソードの奇跡は、ウルトラマンギンガ第10話「闇と光」でギンガがヒカルを美鈴の精神世界に送り届けた能力のロイメガ版というイメージです。
無印ギンガも大概なチートラマンですが、キングなら真似できそう、キングならぬロイメガの身ですがリトルスター経由で繋がっているライハ相手なら何とか……ということで、お一つ。

5/30追記

・レムが解説にてオメガ・アーマゲンドン時にUキラーザウルスがベリアルを狙う第三勢力として襲来した、という設定は公式にはない本作独自の設定です。超時空破壊爆弾起動前のウルトラマン連合とベリアル軍(テラー・ザ・ベリアル)の戦争であるオメガ・アーマゲドンの詳細は不明なので、今後もその時の~と便利な言い訳が飛び出す可能性がありますが、暖かく見守ってくださると幸いです。

 前提であるヤプールがベリアルの命を狙っていた、というのは映像作品で実際に描かれてはいないですが、ベリアル銀河帝国の設定的には公式のはずです。
 原作本編中、リクくん抹殺のために攻めて来なかったのは、サイドスペース自体がキングと同化していた影響でヤプールでは干渉できなかったから。本編終了後はベリアルに勝利するほどとなったジードを警戒し(ギルバリスとは共闘できないし)、すぐには仕掛けなかったものの、ルカの出現がヤプールにとって都合の良い巡り合わせとなったため、このタイミングで仕掛けてきた――という想定です。

・原作最終回で爆砕された時空破壊神ゼガンがあっさりと再登場した件については、少なくとも本作では最終回後、劇場版の騒動を経て、やはりまだゼガンのような戦力が必要だと判断したゼナがAIBで復元した、という設定です。原作15話の「戦いの子」でも消し飛んでいながら最終決戦時に修復されていたので、AIBの意思一つではないのかな、という想定です。
 この件については先の展開で触れる予定もあるのですが、その場合でもおそらくかなり先になりそうなので、念のためここで追記しておきます。


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第四話「選んだ道」Aパート

お久しぶりです。
今回は投稿の間隔のみならず、文字数も予定より長くなってしまったため、前回とは異なり推敲等の関係で各パートごとに日を置いて更新する形になろうかと思います。申し訳ありません。







 

 

 

 兄に連れられ、朝倉ルカが訪れたのは、小さな古い一軒家だった。

 ペガもライハも外して、二人きりでの外出だというのだから、気合を入れていた妹に対し。会って欲しい人がいる、と兄が述べたものだから、少し拍子抜けしたところだったのだが。

 

「朝倉……さん?」

 

 郵便受けに掲げられた家名へとルカの興味が惹かれている間に、兄であるリクはインターホンを鳴らしていた。

 

(スイ)さん、来ましたー!」

「……おお、そうかい。上がっておいで」

 

 通話器越しのリクの呼びかけに、スイと呼ばれた温厚そうな声が応えた。

 外壁は手入れが追いつかず、蔦に呑まれてしまっていたが、リクに案内されてルカの歩む玄関口までは、丁寧に掃除された跡があった。

 ……無理しないで良いのに、と。どこか申し訳無さそうに呟いたリクが、その表情を明るいものに塗り直した後。ドアが開かれた先に待っていたのは、皺だらけの老爺だった。

 

「お邪魔します」

「いらっしゃい、リクくん。それに、ルカちゃん」

 

 完全には状況が読めないままながら、どうやら、この朝倉スイという人物はこちらのことを知っているらしい――と理解したルカは、兄に続いておずおずと口を開いた。

 

「はじめまして」

「おっ、ちゃんと挨拶できて偉いねぇ。関心、関心」

 

 どこか楽しそうに頷いたスイは、続けてにんまりとした表情でリクの方を向いた。

 

「君より礼儀正しいんじゃないかな?」

「そんな……初めて会った時は、スイさんがビックリさせて来たんだから……」

「はは、冗談だよ。……良いお兄ちゃん、できてるみたいじゃないか」

 

 リクをからかいながら、感慨深そうに呟いたスイは、改めて二人を家の中へと案内してくれた。

 

「……お兄ちゃん。あの人が、私に会わせたかった人?」

 

 お菓子の置いてある居間に通されて、ルカが実物を初めて目にした畳の上に腰掛けた後。壁に手を付けながら台所の方へ向かっていったスイの姿が見えなくなった辺りで、ルカはこっそりと隣の兄に尋ねた。

 

「――うん」

「どういう人なの?」

 

 少しだけ気恥ずかしそうなリクに、ルカは重ねて問いかけた。

 ルカを出汁に兄の困った顔を見ようとした、ふにゃふにゃとした老人。

 しかし、彼と兄が互いに向ける温かな表情を見ると、ルカも自然と怒る気も、妬む気もなくなってしまう、不思議な相手。

 朝倉という名字も合わせて、その正体が気になったルカに対し、リクはどこか嬉しそうに口を開いた。

 

「スイさんは……僕と君の名前を、考えてくれた人だよ」

「お待たせぇ!」

 

 兄がそう、教えてくれた直後に。スイは両手に飲みきりサイズのペットボトルを抱えて居間まで戻って来た。

 二人の名付け親だというスイは、(リク)にコーラを、留花(ルカ)にオレンジジュースを差し出してきた。

 

「これが好きだってお兄ちゃんから聞いてるけど、合ってるかな?」

「あ、はい……大好きです」

 

 こくこくと頷きながら、ルカが冷えたペットボトルを受け取ると、スイはよっこいしょと声を出して、尻を床に落とした。

 

「ふぅ、これだけのことに時間がかかっていけないね」

「僕がやろうか?」

「いや、いいよ。お客さんなんだから、くつろいでなさい」

 

 自分の家の中を歩くだけで精一杯と言った様子ながら、スイはリクの気遣いを断った。そして、その疲れを落ち着かせるより先に、ルカの方へ視線を向け直す。

 

「ルカちゃんもいいよ、正座なんかしなくて。足痺れちゃうよ?」

 

 言われて、頷きながらルカも姿勢を崩すことにした。

 

「えっと……今日は?」

「ま、ゆっくりして遊んで行きなさい。リクくんの欲しがってたゲームも買ってきてあるから」

「本当に!?」

 

 打ち合わせをしていなかったのか、素で喜んだように、リクが歓声を上げた。満足げにスイも頷く。

 

「どれにする? まずは新作で一狩り行くかい?」

「あっ、じゃあ……っ!」

 

 並べられたゲームソフトのパッケージを前に、スイの提案で顔を輝かせていたリクが、ルカを視界に収めた途端、声を詰まらせた。

 

「……いや、それよりこっちにするよ。ルカも楽しめるように」

「写真を撮る奴か……まー、確かに可愛いゲームはそっちだけど、一人用だよ?」

「順番! 順番で、スイさんもやろうよ!」

 

 そう言ってリクは、スイが新たに買ってきたというゲームの起動準備を始めた。

 

「ゲームか……」

「星雲荘では、遊んだことないんだろう?」

 

 そんな兄の様子を見て、独り言ちていたルカに対し、スイが声をかけてきた。

 

「星雲荘のこと、知ってるんですか?」

「知ってるよ。ペガくんのことも、ライハのことも、君のお兄ちゃんが秘密にしていること……」

「スイさんっ!?」

「……ウルトラマンだってこともね?」

 

 急に怒鳴り声を上げたリクに対して、あっけらかんという様子でスイが続けたところ、兄は罰が悪そうに黙り込んだ。

 星雲荘のことを知っているのなら、リクの正体がウルトラマンであることを知っていてもおかしくはない――そう受け止めていたルカは、兄がスイ相手に怒声を上げる理由がまるでわからず、正直驚いていた。

 

「……お兄ちゃん、急にどうしたの?」

「な……何でもない。もうちょっと待ってて」

 

 明らかにはぐらかそうとする兄の様子に、ルカも流石に疑心が芽生えた。

 

(……お兄ちゃん、何か他に隠し事があるの?)

 

 スイには知られていて、他の星雲荘の住人には隠したいこと――ライハに内緒で散財でもしているのだろうか、と予想はしたものの。一旦判断は保留することにした。

 場合によっては兄との交渉材料になるかもしれないが、迂闊に触れて嫌われてしまうことは避けたい。とはいえ、知らずに地雷を踏みたくもないので、兄の隠し事を意識はしておくこととした。後でレムに聞いてみよう。

 密かに決心するルカに対して、スイが再び口を開いた。

 

「……ま、ゲームが初めてなら、お兄ちゃんが教えてくれるだろうし、一度遊んでみなさい。楽しくなかったら、無理にやらなくても良いけどね」

「あっ、はい。でも私は、お兄ちゃんと一緒なら……きっと何でも、楽しいです」

「――ありがとう」

 

 ルカが答えていた最中。不意に、スイが礼を述べて来た。

 

「……えっ?」

「陸の、家族になってくれて……本当に、ありがとう」

 

 堪えきれなくなったように、スイが、そんなことを言うものの。突然のことにルカは目を瞬かせるばかりで、何も返せない。

 そんな様子を見て我に返ったように、スイがまたふにゃふにゃとした、皺だらけの笑顔になった。

 

「……びっくりさせちゃったね。ごめんよ」

「いや、そんな……どういたしまして……」

 

 少し寂しそうに、スイが詫びる頃。ようやく、当たり障りのない返答を絞り出した後――これでは駄目だ、とルカは思い直した。

 

「わ、私こそ……!」

 

 こんな自分が生きる理由を見出だせたあの夜に、兄が叫んでいたことを覚えていたから。

 ――リクの家族になろうとしてくれたけど、なれなかった人。

 それこそは、『朝倉陸』に生きて欲しいという願いを託した名付け親、その人だろうと思い至って。

 

 そして、彼の果たせなかった願いを代わりに叶えたと、こんな自分に感謝してくれた。

 その、兄へ向けてくれた大きな愛に。きちんと向き合いたいと、向き合わなければならないと、そう感じたから。

 

「私こそ……スイさんのおかげで、お兄ちゃんから素敵な名前を貰えたから――!」

 

 胸元に手をやり、自らを指し示しながら――ルカは、スイの願いをきちんと受け取ったのだと、訴えた。

 

「スイさんのおかげで、私はお兄ちゃんと、家族になれたから……だから、ありがとう!」

「……どういたしまして」

 

 答えるスイの表情から、寂寥の色が消えたのを見て、ルカはやっと安心した。

 そんな様子を、いつの間にかゲームの準備を終えたリクが、嬉しそうに見守ってくれていた。

 

「……じゃあ皆、遊ぼう!」

 

 それから、兄の呼びかけで過ごした時間。

 その中で口にしたオレンジジュースは、生まれて初めて飲んだ時に負けないほどに美味しくて。同じように、忘れられない歓喜の記憶となった。

 

 

 

 

 

 

 朝倉邸を後にする頃には、すっかり日が沈んでしまっていた。

 レムに呼びかければ、すぐにエレベーターを転送して貰って、星雲荘に帰還できるものの。少し、兄妹二人だけで過ごしたくて。リクはしばらく、ルカと一緒に歩いていた。

 

「……楽しかった?」

「うん。スイさんも優しかったし、ゲームも面白かったよ」

 

 そうルカが笑ってくれたのを見て、リクは心の底から安堵した。

 リクの家族になろうとしてくれた人と、やっと出会えた本当の家族が、仲良く過ごせたことに。

 

「お兄ちゃんが赤ちゃんの時の写真も見せて貰えたし――」

「……スイさん、来週から入院するんだ」

 

 楽しそうなルカが、また遊びに行きたい、と口にしてしまうより早くなるように、気をつけて。なおかつ、努めて淡々と。リクはその事実を告げた。

 

「スイさんは元々病気で、僕が初めて会った頃から、もう永くないって言ってた」

 

 夕闇の中で、ルカの赤い瞳が大きく見開かれた気配があった。

 

「お医者さんに宣告された余命から、一年以上も元気な感じで持ち堪えて来たけど……多分、こんな風に遊べるのは、これが最後になる」

 

 朝倉スイが、今日も生きていること。それ自体が最早、一つの奇跡である。

 そう、奇跡は既に起きている。これ以上を望み過ぎることは、スイにとっても酷なことだと、理解していた。

 

「だからルカに、会って欲しかった」

 

 かつて、スイにリトルスターが宿り、超能力が与えられていた頃。見たいと思ったものが何でも見えるようになった時、真っ先にリクが見えたという恩人に。

 もう、自分は孤独ではないと。だから、余計な気を張らず、安心して欲しいと、伝えたかった。その分、恩人が彼自身のことをもっと、大切にできるように。

 そして、そんな恩人のことを。彼がまだ、今の彼でいられるうちに。彼の考えた名前を受け取ってくれた妹にも、知っていて貰いたかった。

 ……できることなら。リクが二人からそれぞれ貰った温もりを、当人同士にも、共有して欲しかったから。

 

「……ありがとう、お兄ちゃん。連れて行ってくれて」

 

 リクの気持ちを察したように、ルカはそんな言葉を返してくれた。

 ただ、その声には喜びだけでなく、やはり悲しみも滲んでいて。

 そんな妹の様子に、リクもまた嬉しさと、同時に申し訳なさを感じてしまいながらも。今日、二人が会ってくれて本当に良かったと、そう思った。

 

 その時。不意に、ルカが立ち止まった。

 

「……レム? えっ、うん。わかった」

 

 赤いヘッドホン――星雲荘との通信機でもあるそれに耳を澄ませたルカが、三歩前で待つ形となったリクに呼びかけた。

 

「お兄ちゃん、レムから私たちに話があるって」

 

 言われて、リクは腰に装備したジードライザーへ手を伸ばす。ナックルを握らなければ通信が繋がらないため、こうしてルカが教えてくれるという通知手段が一つ増えたのも有り難い話だった。

 

「レム、どうした?」

〈ベリアル軍の専用回線を利用して、保護を求める通信がありました〉

 

 父子になれなかった、名付け親を訪ねたその帰り道。今度は実の父に由来する縁が、不意を打つようにリクの元を訪れて来た。

 

 

 

 

 

 

 レムからの報告を受けた後。ルカは兄と二人、星雲荘の転送するエレベーターで、目的地へと高速移動していた。

 

 曰く。レムへ通信した相手は既に、光瀬山の渓谷に降り立ち、身を潜めているという。

 一度星雲荘に戻ることも考えたが、どうやら相手は小型化もできない怪獣らしく。万一の際に出遅れないよう、少なくともリクは現地に直行すべきと判断した。

 

 問題はその先。この、ベリアルの軍勢であったという怪獣は、ウルトラマンジードのみならず。この宇宙に現れて一週間しか経っていない、ルカのことまで知っていたという。

 そして怪獣自身と、さらにはルカの身に迫る危機を伝え、それを阻止して貰うために、ウルトラマンジードを訪ねてきたのだと。

 

 ……正直なところ。ベリアルの部下であった怪獣がジードを頼る、という状況はルカから見ても半信半疑、否、疑惑の方が強かった。

 だが、自らを名指しされては、無視する気にもならず。罠であったとしても、市街地を離れた山中であれば、人々の目も考慮せずに、兄とともに戦える――そう考えたルカは同行を強く希望して、リクもヤプールの事件からか強硬には反対せず、二人で現地へ向かうことになったのだ。

 

〈AIBに確認したところ、ゾベタイ星人ナビアの協力は現在、仰げないようです〉

 

 エレベーター内に浮遊する一機のユートムを介して、レムがそう報告する。

 ゾベタイ星人は、宇宙でも指折りのテレパス能力者の種族。その中でAIBに協力する個体を呼び出せないということは、相手の言葉の裏を取れないままの対峙を余儀なくされるということだ。

 もしも罠であった場合には、フュージョンライズという手順が必要な兄が戦闘態勢を整えられるまで庇えるよう、心を構えながら。ルカは扉の開いたエレベーターから外に出た。

 

「……お兄ちゃん、居たよ」

 

 丘の上から指で示した先には、先程目にした映像――レム特製の伊達眼鏡に内蔵されたプロジェクターへ投影されていたのと同じ、巨大な地球外生命体が、山々に隠れるようにして佇んでいるのが見えた。

 首から胴にかけては黄色く、それ以外は濃い青の、直立二足歩行の怪獣だった。胸部の膨らみに締まった腰部と、まるで地球人の女性のフォルムをも連想させるその形はルカの本来の姿と細かくは違うが、頭部に一対の角を生やした爬虫類のような巨大生物、という点では近しくもある。

 だが大きな角は山羊、もっと言えば空想上の悪魔のように捻じ曲がっており、武器として扱うのには向いていない形状をしている。また、両肩にも小型の顔があるが、首の上の頭部を含め、それらには目に当たる器官が見受けられない――レムが言うには、恐るべき能力を秘め、口の中に隠されているらしいが。

 

 石化魔獣ガーゴルゴン、と呼称される種族の宇宙怪獣は、ルカの声に気づいたようにして動き出した。

 巨大怪獣は二人の居る丘に向き直り、数歩進み――そして、見下ろしていた頭を垂れた。

 ガーゴルゴンは、リクとルカに向けて平伏したのだ。

 

〈……お初にお目にかかります、両殿下〉

 

 ユートムから流れたのは、レムでも、星雲荘に待機するライハの物でもない、初めて聞く女性の声だった。

 

「……もしかして、あなたの?」

〈はい。ネオブリタニア号の機器で翻訳し、我が意を両殿下がお使いの言語として、お耳に届けさせて頂いております。不慣れ故、稚拙な言葉遣いに無礼があればお詫び申し上げますので、どうかご容赦を〉

 

 丘の上から背を向ける巨体に疑問を零せば、直ちにユートムから応答が返ってきた。

 レムと通信して意思疎通を図っていることは知っていたが、その応用のおかげか。円滑なコミュニケーションに支障はないようだと理解して、ルカはリクとともに、一先ず安堵した。

 

「……レムから聞いたけど、僕らに用があるって?」

〈はい、ジード殿下。我が身、そして何より妹君のことで、お耳に入れたい話がございます〉

「ちょっと待って。お兄ちゃんのことはともかく、何で私のことまで知っているの?」

〈それは、先日のヤプールめの襲来が理由でございます。ルカ姫様〉

 

 姫様、などと。いきなり兄の前で呼ばれて、気恥ずかしさからルカは少したじろいだ。

 それと、個体識別のためなのか。兄のことはジードで、自分のことはルカと呼ぶのか、と妙なことを気にする間に、ガーゴルゴンは続ける。

 

〈遅れながら、名乗りを上げさせて頂きます。私はテラー・ザ・ベリアル所属、元サイドスペース怪獣軍団長、石化魔獣ガーゴルゴンと申します〉

 

 テラー・ザ・ベリアルとは、オメガ・アーマゲドン――クライシス・インパクトに至った宇宙戦争の際に、ウルトラマンベリアルが率いた軍勢の名称だ。かつてベリアルが別宇宙で建国した銀河帝国と区別するため、そのような呼称になったとレムから聞いている。

 眼前のガーゴルゴンは、どうやらその怪獣軍団の長を務めたほどの、ベリアルの側近であったらしい。

 

〈オメガ・アーマゲドンの後も、ベリアル様よりこの宇宙の怪獣軍団の統率を預かりました私は、かつて敵対した者ども――特に、我ら怪獣軍団を資源として狩ろうとする、蛮人どもの動向を注視しておりました。再び必要として頂くその時まで、あの方の兵力を維持するために〉

 

 話の最中、リクが少し嫌そうな顔をしたのを、ルカは見逃さなかった。ただ、その理由までは、ルカには察しようもなかったが。

 

〈しかし、ベリアル様が亡くなられた後、力を蓄えていた奴らの動きが再び活発化しました。その最たる存在として警戒していたのが、怪獣を含めた生物を捕らえ、改造し兵器とするヤプールであり――遂に奴らがこの宇宙へ再侵攻した先日、我らは同時に、姫様の存在を知ることとなったのです〉

「……とりあえず、姫様はやめて。恥ずかしいから……」

 

 顔が熱くなっているのを自覚しながら、ルカは眼下の大怪獣に頼み込んだ。

 

「それで……僕に伝えたいこと、って?」

 

 星雲荘で認識している以上に、ルカの存在は広く知られ始めているらしい――そんな状況を聞かされ、表情をやや険しくしたリクが、ガーゴルゴンへ問いかけた。

 

〈はっ。恥ずかしながら、我が力不足の報告にございます。我らベリアル怪獣軍団の多くを今日まで屠った仇敵の一角、ノワール星人めらにもどうやら、ルカ様の存在が勘づかれてしまったようなのです〉

「ノワール星人……?」

〈ノワール星人は、怪獣を資源として活用することを文明の根幹に据え、発展して来た宇宙人です〉

 

 聞き慣れぬ名へ兄妹の零した疑問に答えたのは、ガーゴルゴンではなくレムだった。

 

〈記録に寄れば、この宇宙にベリアルが侵攻した初期、戦力の現地調達を目的に大量の怪獣を所有するノワール星を襲撃。ギガバトルナイザーの力で怪獣たちを支配して奪い取り、そのまま壊滅的な打撃を与えたそうです〉

〈報告管理システムの申し上げた通りです。他ならぬ私が、かつてその場に居合わせた生き証人となります〉

 

 レムから引き継いで再び、ガーゴルゴンの声がユートムより流れ出した。同時に彼女の大きな顔が、ゆっくりと持ち上げられる。

 

〈ベリアル様と出会った時。私もまた、ノワール星人に捕らわれる寸前まで追い込まれていました。悍ましい機械にこの身を穢され、脳髄を弄られて意識を奪われ、命尽きるまで奴らの欲望のために浪費される……そんな絶望の運命を変え、私が私のまま生きられるよう側に置いてくださったのが、ベリアル様だったのです〉

 

 ガーゴルゴンの口ぶりが、徐々に熱を増しているのはルカにもわかった。

 

「……そのベリアルを殺したのは、僕だ」

 

 そして、眼前のガーゴルゴンに対して、ルカが共感を覚え始めた頃に――リクが、固い声で口を開いた。

 

「そんな僕を頼ろうなんて、本気とは思えない」

 

 リクの主張に、ルカもまた同意した。

 共感したのは、あくまでも彼女の境遇。容易に自身のそれと重ねられた原点に、理解を持てたに過ぎない。

 もしも逆の立場であったなら。兄の命が、何者かによって奪われようものなら。どんな理由があっても、その相手に助けを乞うなんて発想、ルカにはできっこない。

 

〈……ベリアル様を討ったのが他の存在であれば、無論。我らは一矢でも報いるため、この命を擲ったことでしょう〉

 

 故に警戒して、いつでも擬態を解き、兄の壁になれるよう構えていたルカに対して。崇拝する主の喪失という確かな無念を滲ませながらも、ガーゴルゴンは話を続けた。

 

〈ですが、他ならぬベリアル様の子であるジード殿下によるものとなれば、話は別。長が力を増した子へと、時には命の奪い合いを経て世代交代するのは、この世の摂理にございます。それを弁えられぬほど愚かではありません〉

「……悪いけど。僕にはそんなの、理解できない」

「――私も」

〈……では、浅ましき獣の理屈だと、どうか憐れんでくださいませ。ただ、我らはベリアル様を越えた殿下を新たな主と仰ぐことに不満はございませんでした。そのことだけは、どうかご理解を〉

 

 自嘲するガーゴルゴンの様子に、リクとルカは居たたまれない気持ちになって顔を見合わせた。

 演技の可能性は未だ残る。だが本心であれば、自分たちの対応は、少し無情過ぎるのではないか――そんな認識を共有した上で、しかし逃げるわけにもいかない兄妹は再び、かつて父に従った魔獣と向き直る。

 

〈もちろん、かと言って押しかければご迷惑であることは承知しておりました。適切な機を伺おうとしていたのですが、ノワール星にルカ様の存在を知られてしまった今、悠長に構えてはおれませぬ。異次元の覇者であるヤプールには劣るとしても、奴らもまた――ベリアル様の血を引いた怪獣であるルカ様にとっては、ある意味、さらに悍ましい悪魔と言えるでしょうから〉

 

 ……怪獣を資源として使うことを文明の根幹に据えた、凶悪な宇宙人。

 そんな星が、ベリアルによって壊滅的な打撃を受けた後、復興の最中にあるというのなら――ベリアルの血を引いた怪獣の存在を知れば、彼らの社会がどんな方向に舵を切るのか、予想することはルカにも容易い。

 そう言われてみれば確かに。血筋そのものを憎む余り、ただ抹殺しようとしたヤプール以上の。身の毛のよだつ恐怖が、ノワール星人の魔の手に落ちた先には待っているのかもしれない。

 

〈……加えて申しますと、彼の星は、ベリアル様を討ったジード殿下には好意的です。しかし、怪獣を命ではなく、資源として捉える奴らの価値観に変わりはない以上、ルカ様に迫る危機は健在でしょう。そのため、正攻法ではない形でルカ様の身柄が狙われる恐れがございます。そのことを念頭に置いた備えを進言すべく、馳せ参じた次第でございます。そしてジード殿下には、どうか妹君をお守り頂けるよう、嘆願致します〉

「……ルカを守るのは当たり前だ。僕はお兄ちゃんなんだから」

「お兄ちゃん……」

 

 ガーゴルゴンの願いへ、力強く頷くリクの様子に、ルカは思わず恐怖を忘れ、胸を昂ぶらせた。

 

「でも……君や、その部下は良いの? 保護を求めて来たって……」

〈……一つ、お言葉を訂正させて頂きます。私の預かっていた部下は、恐らくもう一匹もおりませぬ〉

 

 リクの問いかけに、ガーゴルゴンは小さく頭を振った。

 

〈我が軍団はノワール星の動きを察知し、阻止すべく戦いを挑みましたが……所詮は残党。多勢に無勢、足止めこそ叶いましたが、私が戦場を離脱した時点で、確認できた限りでは皆が死に絶えました〉

「そんな……」

 

 顔も名前も知らないが、それでも、自分を守ろうとして死んだ怪獣たちが居ると聞いて。嘘か真かもわからないのに、ルカは思わず、呆けた声を漏らしていた。

 

〈故に、軍団とは既に過去の話。実態は最早私という怪獣一匹の孤軍。保護の求めはあくまでも、報告を述べるまでの猶予を頂きたいがための方便でしたが……許されるなら、父君に続き御側に置いてくだされば、この上ない幸福に存じます〉

 

 再び、ガーゴルゴンがその頭を沈めた。あくまでも服従の姿勢を見せる彼女に、リクは続ける。

 

「……側に、っていうのはできないかもしれない。この地球で、怪獣がそのままの姿で暮らすのは、きっと難しい」

 

 培養合成獣スカルゴモラや時空破壊神ゼガンら、ウルトラマンジードとともに戦った怪獣についても。報道番組で聞く限り、地球人は全面的に味方だと受け入れてはいなかった。

 ルカには、このように地球人へと擬態する能力がある。ゼガンは、普段はAIBが別次元に潜ませている。それでやっと、過剰な騒ぎにはならず、こうしてリクやライハたちとともに暮らせているような状況だ。

 ガーゴルゴンも、このままの姿で地球に屯することは難題だろうが……

 

「けど……そのノワール星人が、もう無闇に暴れない君を狙っているのなら……僕は、ルカを守ってくれた君のことも、助けたいと思う」

「お兄ちゃん……!」

 

 リクの優しい言葉を聞いて、ルカは再び胸を弾ませた。やっぱり兄は、最高のヒーローなのだ。

 

〈……有り難きお言葉であります、殿下〉

 

 そんなリクに向けて、面を伏せたままのガーゴルゴンもまた、感謝の言葉を述べていた。

 

 

 

 

 

 

「……そういえば、あなたの名前は何て言うの?」

 

 何が嘘か真かはまだ、見極める最中とはいえ。

 一旦、元ベリアル怪獣軍団の長を受け入れるという方向で、話が一段落したところで。ルカがふと、ガーゴルゴンへそんな問いかけを発していた。

 

〈ルカ様……その、先程申しましたとおり、我が名はガーゴルゴンでございますが……〉

「えっと、そうじゃなくて。それで言えば、私もスカルゴモラだけど、あなたはルカって呼んでくれるでしょ? そういう、あなたの名前は?」

〈ございません〉

 

 端的に返すガーゴルゴンに、ルカは微かに小鼻を膨らませた。

 

「じゃあ、ベリアル……お父さんは、あなたのことをずっとそのまま、ガーゴルゴンって呼んでたの?」

〈左様でございます〉

「ひっどぉい! …………やっぱり、見直すような相手じゃなかった」

 

 憤慨した感想の後半は、臣下であった相手を気遣ってか、小さな声で呟かれたものだったが――隣に立つ、リクには聞こえていた。

 

 当然、といえば当然だが。リクに比べて、今の妹が持つウルトラマンベリアルへの感情は、単純な嫌悪と否定が大部分を構成していた。

 人生で初めて出会った己の――当時唯一の血縁として、直接対面した経験を持つリクとは異なり。彼女が生まれて来た時点で故人であり、兄やライハといったルカにとって大切な人々を苦しめた元凶である存在に、好感を持つことが難しいのは、リクにもわかる。

 

 それでも、ベリアルが居なければリクも、ルカも、産まれて来ることはなく。リクとルカが、兄妹としてともに生きる縁も存在しなかった。

 

 その一点で、ルカもまたベリアルを見限れていない。だから……ウルトラ戦士から見れば、心を通わせるでもなく野生動物を使役し、兵器のように扱うという点は同じでも。怪獣の目線から見れば、ヤプールやノワール星人というさらなる邪悪を退ける、一種の守護者であったという父の一面を、好意的に見ようとしてくれていたのだろう。

 だが――なまじ今日、自分たちの名付け親と、暖かく過ごしたばかりのためか。側近に当たるガーゴルゴンのことすら、種族という大きな括りでしか見なかったベリアルの態度は、ルカの失望に値したらしい。

 一瞬浮かべていた、酷く冷たい表情を引っ込めたルカは、努めて明るい調子でガーゴルゴンへと呼びかけた。

 

「じゃあ、もし良かったら、私があなたの名前を付けてもいいかな?」

〈……! ルカ様が、ですか……!?〉

 

 その申し出は、怪獣軍団の長にとっても慮外のものだったらしく。目に見えて驚愕するガーゴルゴンを尻目に、リクは妹を窘めた。

 

「ルカ、ペットじゃないんだから」

「えー……お兄ちゃんだって、レムに名前を付けたんでしょ?」

 

 口を尖らせる妹に、痛いところを突かれたリクは押し黙る。

 その様子を見たルカは、無事に兄の小言をやり込めたと判断したのか、改めてガーゴルゴンへと向き直り、覗き込むように小首を傾げた。

 

「……ダメ?」

〈滅相もございません! ただ、あまりに過大な栄誉であり……失態を犯した私如きが賜るのは、恐れ多いと申しますか……〉

「そんなに、自分を責めないでよ。あなたは誰も助けてくれない中で、ずっと頑張って、怪獣たちや……私のことを守ってくれていたんでしょ? そんなあなたのことを、私がちゃんと、あなたとして呼びたいだけだから」

 

 再び面を下げ、縮こまったガーゴルゴンに対し、ルカはゆっくりと首を振った。

 

 ……同じウルトラマンで、同じ血を宿すベリアルとジードが、それぞれ別の道を歩んだように。

 同じ見てくれの怪獣でも。ベリアル融合獣スカルゴモラと、培養合成獣スカルゴモラが、全く異なる存在であるように。

 たった一週間の生涯でも。個々の違いの大切さをよく理解したのだろうルカは、一つの命に一つずつ与えられるべき名前の大切さを、その胸に刻んでいるようだった。

 

「ゴルゴン……の三姉妹だと、純粋に怪物扱いだし。魔除けのゴルゴネイオン……は響きが可愛くないし……」

「……ルカ?」

 

 腕を組み、瞼を閉じて、うんうん唸り出した妹がぶつぶつと何やら言い出したのを見て、リクはそのらしからぬ様子に当惑した。

 

「――うん。じゃあ、フワワはどうかな。女の子向けの可愛い名前だと思う!」

〈フワワ。メソポタミア神話で語られる怪物フンババの、シュメール語読みですね〉

「そうそう! ゴルゴンと同じ起源かもって言われてて、森の命を護っていた番人だから、そういう意味でもぴったりかなって!」

 

 レムの解説に気をよくして語るルカを見て、リクは少し引いていた。

 ……レムが彼女に与えた常識というのは、ちょっと偏っているのではないだろうか。そんな疑念が、リクの中に芽生えた瞬間だった。

 

〈フワワ、ですか……少々、こそばい響きですね〉

「……イヤ、かな?」

〈いいえ、まさか。ルカ様より戴きし我が名、フワワ。この身の至宝として、謹んで拝領致します〉

 

 応えるガーゴルゴンの――フワワの声は、確かにリクが聞いた中で、一番柔らかで。本当に、喜んでくれているようだった。

 そうして改めて、ルカに対し深々と頭を下げたフワワの様子を見て。当人が満足ならそれで良いか、とリクは納得することにした。

 

「……それで、具体的にはどうしようか」

 

 交流が深まって来たところで。リクは話題を変えて、今後の対策を考え始めることとした。

 

「ノワール星人の動きを調べるとして……でもあんまり、ルカやフワワの遠くには行きたくないな」

 

 本丸に先んじて交渉に行く、という手は厳しそうだ。そう判断して悩むリクに、ルカが首を傾げながら問う。

 

「光の国から応援は呼べないかな?」

「ゼロたちも忙しいだろうし……それに、フワワのことを守って貰おう、ってのは、正直頼み難いんだよな……」

 

 オメガ・アーマゲドンの際。フワワに任されたベリアルの怪獣軍団が、ウルトラマンたちと激戦を繰り広げたのだろうことは想像に難くない。

 フワワがリクやルカに味方してくれているのだとしても、ベリアルへの忠誠心を捨てているわけでもない。リクでどうこうできないほど話が拗れてしまう可能性は高い。

 そこに、フワワが口を挟んできた。

 

〈恐れながら、進言致します――光の国が頼りにならないのであれば、ジード殿下が未だ各地へ潜伏するテラー・ザ・ベリアルの残党に、結集を呼びかけては如何でしょうか?〉

 

 とんでもない提案に、リクは目を丸くした。

 

〈光の国の目を欺くため、残党の各軍は別行動を取りながら潜伏しております。このサイドスペース以外の並行宇宙にも、未だ数多く。総力はおそらく、なおもノワール星の軍事力を上回っているものかと〉

「いや、それは……」

〈もちろん、我ら怪獣軍団に比べれば聞き分けの悪い者も居るでしょうが、それはそれ。殿下が、妹君というベリアル様の血筋を守るために軍を率いるとなれば、喜んで身を捧げる兵士の方が多いでしょう〉

「……悪いけど、フワワ。僕はベリアルの跡を継ぐ気はないよ」

 

 かつての栄光に想いを馳せてか、ぐいぐいと迫るフワワの勢いに押されながらも。リクはその提案を却下した。

 

「ルカを守るために協力してくれる、って言うならありがたいけど……何の見返りもないなら、誰も付いて来てくれないだろうし。だからって、名前だけ利用するみたいな、嘘を吐くのも駄目だ。余計に混乱が広がっちゃう」

 

 フワワの提案はそれこそ、危険分子であるベリアル軍の残党を一斉に叩く、というような目的に使おうにも。それによって生じる戦禍を無視できない。

 それに――光の国が追うような、未だ積極的な破壊工作を行う輩はともかく。元ベリアル軍とはいえ、もう悪事を働かず、ひっそりと、それぞれのやり方で償いをしながら生きているのなら。そんな人々を、自分達だけの都合で戦いに巻き込みたくはないと、リクは思う。

 

〈……左様でございますか〉

「うん、ごめん。僕は……僕のやり方で、ルカを守るから」

 

 やや沈んだ反応のフワワに謝った上で、リクは続ける。

 

「もちろん、フワワのことも」

 

 リクの選んだ道を聞いて、それっきり、フワワが沈黙したのを受けて。リクは改めて思考を巡らせた。

 地球に居る間なら、ノワール星人が大きな動きを見せれば、またAIBの協力を受けることはできるだろう。戦力的には、彼らの軍事力がヤプールに劣るというのなら、ゼガンの修復さえ間に合ってくれれば何とかはなるかもしれない。後はフワワの言う、正攻法以外にどうやって応じるかだが……

 そこで、くぅうう、という、可愛らしい音が夜に響いた。

 

「…………ごめんなさい」

 

 その正体は食いしん坊なルカの、お腹の虫が鳴った音だった。

 恥ずかしそうな妹の様子に、リクは柔らかく笑いかけた。

 

「いや……いい時間だし、一度星雲荘に帰ろう。フワワは、ここに身を隠せるの?」

〈いえ。私は本来、宇宙空間に棲息する生物です。特定の惑星環境内に潜伏し続けるのには向いておりませんので、一度、大気圏外まで下がらせて頂きます〉

「わかった。レム、フワワに何かあれば知らせて貰える?」

〈かしこまりました〉

 

 フワワの身へ、ノワール星人の魔の手が迫った時に。

 あるいは、フワワの本心が、まだ隠されていた時に備えて。

 リクの明言しなかった要望をも察しているだろうレムの、ユートム越しの返答に、安心しながら。それでも――ルカの贈った名前に喜んでくれたこの魔獣を、信じたいと想っている己を自覚しながら。

 できることなら、レムの報告を聞かずに済んで欲しいと願ったリクは――ルカと二人で、再出現したエレベーターに向かおうとしたその瞬間。

 

 ――そんなささやかな願いが、早くも裏切られる光景に直面したのだった。

 

 

 

 







第四話Aパートあとがき、という名の言い訳的雑文。



たちまちはいつもの、「オメガ・アーマゲドンの際の~」ネタですが、やっぱりベリアルがサイドスペースのノワール星を襲った話も、そこで奪った怪獣を中心にサイドスペースの怪獣軍団を結成したことも、その軍団長にガーゴルゴンを置いたことも、公式では一切設定にありません。ご了承ください。(テラー・ザ・ベリアルは公式名称です、と念の為)
ガーゴルゴン・フワワが軍団長を任されているのは、作中で日本語堪能になっている高知性と、やはり石化光線による他の怪獣への睨みが効いているからで、単純な戦闘力なら多分もっと上位の怪獣は軍団に居たと思います。ただ、自分以外の配下の話で、長が一番強くある必要はない、適材適所、ぐらいにはベリアルなら考えるんじゃないかなぁという程度の想定です。
なお、サイドスペース怪獣軍団は作中で言及した通り、過半数がノワール星人から奪った怪獣=大部分、かつ戦闘力の高い主力はメカレーター化されていた関係で、そもそもこの時代では改造手術で縮んだ寿命で衰弱死した後のため、ノワール星との戦闘時には見る影もなく弱体化していたという裏話になります。




逆に、本来は原作第12話時点で後数ヶ月の命だと言っていたスイさんがおそらく一年ほど経過した本作中でもまだ存命なのは、月に何度かリクくんが遊びに来る、という生き甲斐によるものだと想定していますが、作中では多分触れられそうにないので、こちらに公式との矛盾になりそうな点として記しておきます。


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第四話「選んだ道」Bパート

 

 

 

「――ルカ!」

 

 フワワに手を振って。姫様、などと呼んでくれた相手の前で、腹の虫を鳴らす醜態を晒したルカは。逃げるように星雲荘のエレベーターに向かったその瞬間、切羽詰まった兄の声を聞いた。

 振り返ったその時。決死の形相のリクに、ルカは横合いへと突き飛ばされた。

 

「お兄ちゃ――っ!?」

 

 まず、兄の突然の行動に驚き。ついで、その理由となる光景を見て、ルカは息を詰まらせた。

 フワワの――石化魔獣ガーゴルゴンの口が、開いていた。

 その中に収まっていた、大きな瞳。その恐ろしい単眼を中心に、凄まじい勢いでエネルギーが迸っていた。

 一瞬。ルカが純粋な地球人であったなら、可聴域を越えていただろう高周波の励起音が走り、そして――

 

 兄に突き飛ばされたルカが、重力に引かれて落ちるよりも早く。ガーゴルゴンの――フワワの魔眼から放たれた光線が、丘を両断した。

 

 射線上にあった、星雲荘のエレベーターと……妹を逃すので精一杯だった、リクの姿をも呑み込んで。

 

「あっ……あぁあああああああああああああっ!?」

 

 突然の理不尽に。ルカは涙とともに絶叫した。

 その慟哭が、大地との衝突で遮られると同時。ルカは、人としての姿を捨てる。

 フワワの真下、広い足場となる草原に存在位置を補正して、光量子情報体として保存されていた、本来の姿を解き放つ。

 輝きとともに出現した培養合成獣スカルゴモラの大角は、光線を撃ち終えたばかりのガーゴルゴンの胸の谷間、その中心を起き上がりざまに打ち据えて。芯を捉えた宇宙怪獣の巨体を、何百メートルも打っ飛ばした。

 

「(フワワ、おまえっ! 何で、よくもお兄ちゃんを!?)」

 

 悲しみと、怒りとを込めて。ガーゴルゴンの巨体が大地を揺らし、山を崩す大音声を掻き消す勢いで、スカルゴモラは咆哮する。

 その敵意の視線を一身に浴びながら、ガーゴルゴン――ルカがフワワと名を与えた魔獣は、倒れていた体をゆっくりと起こした。

 

〈見事な一撃でございますね、ルカ様……流石はベリアル様の娘〉

「(聞かれたことに答えろぉっ!)」

 

 痛打で微かに弱った様子を覗かせながらも。未だ図々しく、星雲荘の通信を利用して喋るフワワに対し。スカルゴモラは込み上げる憎悪のまま、その身を滾らせた。

 両の拳を打ち合わせたのを起点にして。その振動に七対の角が共鳴し合うかのように、全身をスカル超振動波で包み込む。

 全方位。近づくだけで敵の組成を分析し、作用し易い振動数の超音波を浸透させ、物質の結合を破壊する。僅かに制御を誤った余波が、今も山肌や大地を爆ぜさせる必殺の態勢を前にして、フワワは焦る様子もなく告げた。

 

〈素晴らしいお姿ですが……忠言致します。それでは先に、ご自身の手で大切な兄君を喪うことになりますよ? ルカ様〉

「(何を言って……っ!?)」

〈フワワの言う通りです、ルカ。誘爆の恐れがあるその技は、一旦解除してください〉

 

 会話に割り込んできたのは、レムの声。

 

〈リクはまだ、生きています〉

「(――っ!?)」

 

 思わぬ希望を告げられ、スカルゴモラは言われるがままに全身の励起状態を解除した。

 直後、視界に投影されたのは、ユートムの撮影したリアルタイム動画――そこに、映し出されていたのは。

 

「(お兄ちゃんっ!?)」

 

 ルカを突き飛ばした姿勢のまま、停止して。その全身を石に変えた、兄リクの姿だった。

 そういえば。ここに着くまでの間に、レムが言っていたことを、スカルゴモラは思い出す。

 

〈先程お伝えしたように。石化魔獣ガーゴルゴンの最大の武器は、その別名通り、魔眼から放つ石化光線です。微かですが生命反応が確認できる今、リクは石に変えられてもまだ、生きています〉

 

 レムの報告に。敵を眼前にしてなお、思わず全身の力が抜けるほどの安堵が、スカルゴモラの裡に生じた。

 だが――石と化した兄は、してやられたという無念と、それでも妹を守れた微かな達成感とを浮かべた表情のまま、固定されて――無事を喜ぶ妹に向かって、微笑みかけてくれることもない。

 

〈その通り。ですので、無差別に暴れられては、その手で兄君を砕くことになりかねません。そうなってしまっては、見るに耐えかねるご不幸だと――〉

「(――黙れ。フワワ、何でこんなことをした)」

 

 通信機越しにフワワが囀るのを、スカルゴモラは怒りを載せた思念で遮った。

 

「(おまえがいきなり攻撃してきて、お兄ちゃんを石にして、何が見るに耐えないだ!? 何を考えてこんなことをしたのか、言ってみろ!)」

〈畏まりました、ルカ様〉

 

 どれほど凄んでみても。スカルゴモラの射程外にいるフワワは、既に痛みも引いたのか。優雅に一礼しながら、怖じける様子もなく答えを述べる。

 

〈予想はしておりましたが、やはりジード殿下はベリアル様の跡を継がぬと……改めて、ご本人様の意思を確認できましたので。ならば、我らにとってその男は、主君の仇に他なりません〉

「(おまえ……っ! やっぱり、騙してたんだな! お兄ちゃんの優しさにつけ込んで……っ!)」

 

 憤怒とともに、一歩前へ。詰め寄るスカルゴモラに、フワワは続ける。

 

〈如何にも。どれほど恨みを募らせようと、ベリアル様に勝利するほどのジード殿下に、私如きが真っ向より敵う道理はございません。ならば騙し討ちを選ぶのは当然ではありませんか〉

「(この……っ!)」

〈……では、何故。即死ではなく、石化させたのですか?〉

 

 怒りの余り。もはや思念ですら言語化の追いつかなくなっているスカルゴモラに変わって、レムが詰問を続けた。

 

〈あなたの石化は解除できます。リクの命を狙うというのならば、何故そのようなリスクを背負う必要があったのでしょうか?〉

「(――っ!)」

 

 レムの言葉は、フワワの本心を問うと同時。逆上したスカルゴモラの頭を冷やさせるための効果を持っていた。

 

〈リクを人質に――あなたは交渉を企てている。違いますか、フワワ?〉

〈……まぁ、そんなところだな〉

 

 ベリアルの子らに対するのとは違う、やや粗野な口調で、フワワはレムの追及に首肯した。

 それから、フワワはもう一度、ルカに対して向き直り――心なし、残忍に笑いかけた、ように見えた。

 

〈ただ、一つだけ宣言しておきましょう。その石化を解くつもりはありません――この先、未来永劫〉

「(――おまえぇっ!)」

 

 その宣告に、スカルゴモラの怒りは再び臨界に達した。

 大地を揺るがしながら、フワワ目掛けて突撃する。こいつの意志なんか関係ない。力尽くで、兄を呪縛から取り戻す――!

 そんなスカルゴモラに対してフワワは、両肩の蛇頭から光線を放つことで迎撃した。

 か細い二条の稲妻光線が、スカルゴモラの肉を灼く。見た目に反して強烈な光線に突撃の勢いを落としながらも、憎しみが痛みを凌駕して、スカルゴモラの進撃は止まらない。

 すると、フワワの両肩の蛇頭が伸びた。距離を詰めて光線の威力を上げるつもりか、と察しながら、しかし反撃のチャンスでもあると、超振動波現象を励起させようとする。

 だが、伸びた頭はスカルゴモラから距離を保ったまま。牽制をしつつも、本体への直進を許すような軌道を描き――そして、スカルゴモラの背後へ抜けようとした。

 

〈ルカ。フワワの狙いは、リクの身柄です〉

「(――っ!)」

 

 レムの助言に、スカルゴモラは方向転換。蓄えていたエネルギーをそのまま灼熱の吐息に変換して、口腔より発射。左肩の蛇頭の胴を灼き切り、墜落させる。

 続けて、右の頭部に対し尾を閃かせる。それ自体が巨岩となった丘の上、倒れたリクの石像を狙っていた挙動が、標的に届く寸前、横からの痛烈な一撃で強引に軌道変更させられる。

 だが、なまじ距離を取らせたのがまずかった。それ以上の追撃が届かなくなったのを目にして、スカルゴモラとしては兄を守るため、後退することを余儀なくされる。

 

〈……本当にお見事ですね、ルカ様〉

 

 残った右の副頭から、なおも破壊光線を浴びせて来ながら。フワワはそんな風にルカを評する。

 

〈最初の一撃と言い、ベリアル様の遺伝子を受け継がれた素晴らしい才覚です。兄君の像を預からせて頂こうかと思いましたが、このまま欲を掻いては仕損じそうですね〉

 

 そんな言葉を境に、フワワは右の頭を引っ込めた。

 

〈ここは一度、退かせて頂きましょう〉

「(逃がすか――っ!?)」

 

 再び前に出ようとしたスカルゴモラを止めたのは、鈍い衝撃だった。

 ――先程、灼熱の破壊光線(インフェルノ・マグマ)で半ばから断ち切った、フワワの左肩の頭部。本体から切り離されたその先端が、なお自律して動き、スカルゴモラの右足に噛み付いて来ていたのだ。

 

〈それでは失礼致します、ルカ様。どうか、次にお目通りの叶う時にも御健勝で〉

 

 別れの言葉を残し、フワワ本体が黄色い光を球状に展開する。

 文字通り足止めをしていた頭を、超振動波で弾けさせ。念入りに踏み殺したスカルゴモラが睨みつけた時には、その球体は凄まじい勢いで離陸していた。

 

「(あぁっ、この、このぉっ! 逃げるな、逃げるなぁっ!!)」

 

 自分も、兄のように飛べたなら。ウルトラマンの飛行能力が、この身にも宿っていたのなら。

 ――だが、そんな力はスカルゴモラにはなく。憎い影が、一瞬でこの星の空よりさらに遠くへ消えるのを、為す術なく見送るしか、ルカにできることは何もなかった。

 

「(あぁあああああああああああああああああああああっ!!)」

 

 地団駄を踏むスカルゴモラの咆吼は、光瀬山の峰を貫き。夜、眠りに就こうとしていた星山市の人々を恐怖させる大音声として、辺り一帯に響き渡った。

 それでも、音を伝える大気、その層の遙か外まで離脱したフワワには。その憤怒と無念の叫びさえも、一切が届きはしなかった。

 

 

 

 

 

 

〈……やはり、星雲荘の設備でも、リクを元の状態に戻すことはできません〉

 

 あの後。迎えに来たライハとペガの助けを借り、リクの変化した石像を星雲荘まで持ち帰り、分析を試みたルカだったが――レムの返事は、何の希望もないものだった。

 

「そん、な……解除できるって、レム、言ったじゃない……っ!」

「――ルカ、落ち着いて」

 

 思わず、システム中枢に詰め寄ろうとしたルカの肩を、ライハが優しく抱き止める。

 だが、そんなライハの表情もまた、暗く沈んでしまっていた。

 ライハにまた、そんな顔をさせてしまったことも悲しくて、悔しくて――ルカは立ち尽くし、思わず溢れた涙を拭う。

 

「レム……どうすれば、リクを助けられるの?」

〈ガーゴルゴンによる石化は、あの魔眼による特殊能力です。魔眼を破壊すれば、その個体に石化させられた者を元に戻すことができます〉

 

 耐えられないように問うたペガ。それに対するレムの返答は、ルカが既に聞かされていた情報だった。

 

「でも……あのガーゴルゴンは今、大気圏外に居るんでしょう?」

 

 泣きじゃくるルカの頭を撫でてくれるライハが、代わって目下最大の問題に言及した。

 

〈はい。光瀬山の高度四百キロメートル上空に、その存在が確認できています〉

 

 レムが告げる事実は、ルカたちを絶望させるのに充分だった。

 高度四百キロメートルの宇宙空間。そこに、ルカの手は届かない。

 仮に星雲荘――ネオブリタニア号で向かったとしても、スカルゴモラにはそこで戦う術がない。

 

「……ネオブリタニア号だけで仕掛けるのは、無謀?」

〈そもそも現在、戦闘行為が可能な状態ではありませんが……仮に万全でも、作戦目標を達成できる可能性は、百万分の一未満です。ネオブリタニア号の装甲でも、ガーゴルゴンの石化光線には対抗できません〉

 

 ペガの問いかけへ、究極超獣から受けた損傷の残るレムは、絶望的な答えを投げ返した。

 

〈機動性で劣る上、こちらの回線に割り込めるガーゴルゴン――フワワの感覚器官が相手では、先手を取ることはできないでしょう。石化光線への対抗策がないことはありませんが、実現には準備に一月以上必要となり、その間、フワワに気づかれずに済むのかという問題も発生します〉

 

 淡々と、判断材料となる事実を――不可能という結論を選ぶしかないような言葉を、レムは並べ立てた。

 

〈AIBにも、既に状況は伝えてあります。ただ、時空破壊神ゼガンもネオブリタニア号同様、前回受けたダメージの修復が完了しておらず、戦線投入が不可能です〉

 

 つまり――地球は、詰んでいた。

 この瞬間、ウルトラマンジードの守る地球は、石化魔獣ガーゴルゴン・フワワにより、制圧された。

 咄嗟の状況下、リクが我が身よりも、妹の無事を優先したために。

 兄自身と、兄が守ってきた世界。伊賀栗家や、AIBや、スイさんの居る、ルカが笑って過ごせる居場所にしようとしてくれたこの地球が。他ならぬルカが居たために、かつてない危機へ陥ってしまった。

 

〈ですが、フワワにはリクの身柄を利用して、交渉したい事柄があるようでした〉

 

 ゆっくりと、胸の内を淀ませていたルカの耳に、忘れかけていた事実をレムが流し込んだ。

 

〈内容の予想はついています。我々だけで対処するなら、その時が最大のチャンスとなるでしょう〉

 

 絶望に沈んでいた仲間たちを鼓舞するように、レムは告げる。

 

〈……とはいえ、そもそも正攻法は、手に余るなら救援を求めること。光の国に向けて、SOSの発信を準備しています〉

 

 それから、さらにわかり易く、かつ、勝算の大きな策をレムが述べることで、星雲荘の中に希望が戻り始めた時だった。

 

〈――ルカ様。この声が、お耳に届いておりますか?〉

 

 新たな声が、中央司令室に通信として響いたのは。

 思わず、ライハの腕を抜け出して。ルカは声を張り上げた。

 

「フワワ!」

〈……今もその名でお呼び頂けること、心より嬉しゅう存じます〉

「ふざけるな……っ!」

 

 怒りに燃えながらも、ルカはその呼び名を変えようとは思わなかった。

 他の誰でもない。ガーゴルゴンという種のどれでもない。兄を裏切ったのは、ルカがフワワと名付けたこのガーゴルゴンなのだと、強く心に刻んでいたから。

 

〈――要件は何ですか、フワワ〉

 

 興奮するルカに代わって、レムが交渉の矢面に立った。

 

〈口を挟むな、報告管理システム如きが〉

〈レムです。ルカがあなたをフワワと名付けたように、リクが私にくれた名前――それが今の私の識別コードです。元軍団長とはいえ、謁見しているわけでもないのに、一戦力に過ぎないあなたがベリアルの姫と直接、細々と話すのが適切だとでもお思いですか? まずは私が話を預かり、ルカに報告します〉

 

 ……姫はやめて、とは、流石に口を挟む気にはならなかった。恥ずかしがって話を止めているような場合でも、気分でもない。

 

〈……良いだろう、レム。ルカ様をよく補佐するのが、今の貴様の役割というわけだな〉

〈私のマスターは、あなたが石にしたリクです。ルカの力となることは、彼の願いの一つですから〉

〈そうか。では、おまえもよく聞くと良い――私がその気になれば、いつでもジード殿下の命を吸い尽くせるということを、肝に命じてな〉

「――っ!」

 

 早速の脅しに、ルカは息を呑んだ。

 石となった兄は、星雲荘の設備でバイタルチェックを続けている。まだ、生きていることは間違いないが、それは――本来、石にした相手のエネルギーを吸い尽くすというガーゴルゴンの食性が、実行されていないからに過ぎないことを、レムに聞かされ知っていたから。

 

〈ルカ様にお伝えしろ。地球時間で六時間後、先程の場所へお迎えに上がると。それに応じてくだされば、兄君は石のままでも、この先も生き永らえることができるとな〉

〈――やはり、そういうことですか〉

「……どういう、意味?」

 

 レムが引き受けてくれていた交渉に、ルカは思わず口を挟んだ。

 

〈ルカ様……ベリアル様のご息女で在られる御身にこそ、我らテラー・ザ・ベリアルの新たな盟主となって頂きたいのです〉

 

 そんな疑問に、フワワは丁寧な答えを返した。

 

「……え?」

〈ベリアル様という象徴を喪ってから、我らの統率は大いに乱れました。特に、星人どもは喧々囂々。誰が軍を率い、仇討ちに向かうのか。そも、ベリアル様の仇とは言え、ご子息で在られるジード殿下に刃を向けるべきなのか。そうして分裂している間に、光の国と言わず方々から反撃を受け、個々では逃げ延びるしかないほどに落ちぶれた始末〉

 

 自業自得としか思えない話を聞かされることで、ルカにも徐々に、話の流れが読めてきた。

 

〈そんな中、現れたのが御身です。ルカ様。ベリアル様の血を受け継ぎ、ジード殿下とは異なり、叛逆者でもない。貴方様が新たな象徴、怪獣女帝として君臨してくだされば、我らはかつての栄光を取り戻すことができる! 父君であるベリアル様の無念を、晴らすことができるのです!〉

「そんな勝手な話――知らないよ! 私はベリアルのことなんか、死んで当然って思ってるんだからっ!」

〈ルカ様……いえ。そのような環境で育っては、ベリアル様を悪く思うのも当然でしょうね。ですが、私とともに来てくだされば……父君がどれほど偉大な御方であられたのか、じっくりと教導して差し上げましょう〉

「ふざけんな……っ!」

〈フワワ。言った通りでしょう。要件をまず私が預かる方が、適切であると〉

 

 ベリアルに対する侮蔑と拒絶。それを目の当たりにして、一方的な哀れみを見せるフワワの、余りの身勝手さに。暴発寸前のルカと入れ替わるようにして、レムが再び割り込んだ。

 

〈現状、そちらの手札はリクの命だけ。一方的な脅しだけで、このように本人が拒否している要求を、そう簡単に呑ませられると本気で考えているのですか?〉

 

 最大の切札と言える交渉材料を手にしているフワワに対し。しかしレムは、それでは足らないとばかりに詰め寄る――おそらくは、さらなる情報を引き出すために。

 

〈……ルカ様が兄君をお慕いしていることは、私にもよく理解できている。貴様のマスターでもあるその命だけで、こちらの要求を通すには足りると思うが?〉

〈どうでしょうね。最悪、リクが死んでも、光の国ならば蘇生することも可能かもしれませんので。まだ充分、拒否を検討する余地はあります〉

 

 とんでもないレムのハッタリに、ルカたちは揃って息を止める。

 かもしれない、なんて。そんな可能性止まりの保険で、兄の命を危険に晒すなど。ルカには到底認められない。

 だが。今、そのことを声に出してレムに抗議すれば――つけ込まれる弱味を強調するだけになってしまうことは、理解できていたからこその、沈黙だった。

 そんなこちらの心理が、どこまで読まれているのか不明なまま。フワワはレムの挑発に応えた。

 

〈ならば……このまま、この星に残り続ければ危険であることをお伝えしてくれ。先程ノワール星人に関して話した情報は、全て真実なのだ〉

 

 音声が引き続き流されていることには、気づいているのかいないのか。レム相手には初めて見せる真摯な口ぶりで、フワワは告げる。

 

〈我が軍団が壊滅した今、奴らからルカ様をお守りする組織力を確保するには、ベリアル様の後継者として、数多の並行宇宙に散らばった兵を集めて頂く必要がある。……高慢な星人どもを束ねるには、血筋という権威が不可欠なのだから〉

〈なるほど。そこで怪獣であるルカを指導者に擁立することができれば、そのままあなたや、怪獣全般の組織内での地位向上にも繋げられると、そういう目論見ですね〉

 

 ルカを案じるようなフワワの言い分を、レムはそう切って捨てた。

 

〈貴様――! たかがシステム如きに言わせておけば……!〉

〈あなたの主張はわかりました。私はルカに、光の国への救援要請を提言するでしょう。仮にリクの命を奪われても蘇生できるよう、そしてノワール星人の侵略に備えるために〉

〈ほざけ。管理者気取りで、ヒューマノイドばかりを厚遇するウルトラマンどもが、本当にルカ様のために駆けつけると思うのか!? 無節操に数多の並行宇宙に活動範囲を広げて、勝手に手一杯になっているような連中が……その星の文化であると、ノワール星人のような奴らを捨て置く連中が、本当に頼りになるとでも……貴様、それでも元は我が軍の船か!?〉

〈どうでしょうか。例えば地球人は、ウルトラマンが怪獣を倒さない、何をやっているのだと、不満を感じているようですが――厚遇しているように見えるのは、主観の問題かもしれませんよ〉

 

 必死さを滲ませたフワワを、なおもレムが煽る。

 

〈それは、ジード殿下とルカ様を指しての言葉か!? 地球の蒙昧な猿どもめ……!〉

〈どうでしょう。少なくともリクは、保護を求めたあなたのことも守りたいと、そう言っていましたから〉

 

 心なし。機械的なレムの返答が、やや早口になったように聞こえた。

 

〈……ジード殿下に、そのような甘さがあるから。私がベリアル様の仇討ちを完遂することになったのだ〉

 

 フワワが、絞り出すように応えた後。沈黙が星雲荘の中を漂ったのを受け、レムが問いかける。

 

〈……以上で終わり、ということでよろしいでしょうか。ならば回線を閉じさせて頂きますが〉

〈待て――光の国への救援信号など出してみろ。その時には地球ごと、貴様も石に変えてやる〉

〈……ルカも、ですか?〉

〈やむを得まい。本来のお姿を運ぶのは少々骨だが、説得に応じて貰えぬのであれば、強硬策で連れて行くまで〉

 

 告げてから。レムが微かに言い淀んだ様子に気づいたように、フワワは含み笑いを漏らした。

 

〈そうか……そうだったのだな。私も手緩い。人質の数が足りなかったということか〉

〈もう撃つつもりですか?〉

〈さあな。貴様には随分と苛立たされたが……だが、このまま撃てば、貴様も同時に光の国へSOSを送るのだろう? それから地下にいらっしゃるルカ様を、貴様の中から掘り出すのも手間だ。……ただ、貴様が次元間通信を行えば、私にもわかる。それを踏まえて、ルカ様にお伝えしろ。兄君の生存を望まれるのなら、私とともに来るように、と。お気に召さないのなら、いらっしゃってからどうぞこの眼をお潰しくださいとな〉

 

 そう言い残して、フワワからの通信は終了した。

 

「め……めちゃくちゃ怒らせちゃったよ!?」

 

 開口一番。ペガが、レムの対応にそう抗議した。

 

〈ですが、あちらの弱味も見えました。どうやらルカを石化することにも然程の抵抗はないようですが、スカルゴモラの状態では、運ぶだけでも苦労するため、可能であれば避けたいと――〉

 

 ペガの批難を軽く受け流し、レムは言う。

 

〈聞いていた通りです、ルカ。どう考えますか?〉

「……明日、フワワに会うよ」

 

 ルカの返答に、ペガとライハが勢いよくルカを見た。

 

「そこで、フワワの目を潰す。それで、お兄ちゃんを助けてみせる……!」

「で、でも……リクだけじゃない。ゼガンも、ネオブリタニア号も、戦えないんだよ!? ゼロや、他のウルトラマンだって居ないのに……!」

「――お兄ちゃんは、何度もそんな中で戦っていたんでしょ?」

 

 ペガの不安に返しながら、ルカは背後に安置された兄の石像へと向き直った。

 

「私が……フワワに気を許しすぎて、お兄ちゃんを油断させたのに。私を庇って、お兄ちゃんは石にされた。……だから、私が代わりに戦わなくちゃいけないの。たった一人でも、お兄ちゃんがそうして来たみたいに」

「ルカ……」

 

 決意を表明するルカに、ペガは押し黙った。

 その肩を、ぽんと叩いたのは、ライハだった。

 

「ルカは一人じゃないわ――まだ、私たちが居るもの」

「ライハ――!」

「言ったでしょ。あなたの手伝いをするために、私はここにいるの」

 

 ライハのくれた、暖かい言葉に。まだ、どこか虚勢を張っていたルカは、その空ろだった意気の中身が、確かに充たされるのを感じた。

 

「レムも、ペガも。協力してくれるわよね」

 

 ライハの呼びかけに、残る仲間たちも賛同を示した。

 全ては、リクを取り戻すために。星雲荘は、今許される全力を、ここに尽くすことを決めた。

 

 

 

 

 

 

 それから徹夜で、レムが有する限りのガーゴルゴンという怪獣の情報を読み漁り。映像記録を参照して、ひたすら対策を重ねていたところ。

 気がつけば、フワワの指定した時刻まで、残り一時間を切っていた。

 光瀬山へ向かう前に、腹が減っては戦はできぬ。眠れていない分の体力も補うように、ルカは買い溜めしてあったレトルトのハンバーグを、一気に三つ平らげた。

 

「……本当は、ね」

 

 そんな食事の準備をして。隣で一緒に御飯を食べながら見守ってくれていたライハが、ふと口を開いた。

 

「結局、私には、あなたたちみたいな強い力がないから。レムみたいに、頭が良いわけでもないし……」

「ライハ……」

「ごめん、私に気を遣わせてる場合じゃないんだけど。でも……全部、あなたたちに背負わせちゃって。申し訳なく思う」

「そんなことないよ、ライハ」

 

 急に、珍しく気弱な様子を見せたライハに。今度は自分が励ます番だと、ルカは小さく首を振った。

 

「だって背負うも何も、これは元々、私たち兄妹の問題。なのに、ライハたちは少しでも軽くしようって、手伝ってくれてるんだよ?」

 

 フワワの狙いはベリアルの仇討ちと、その血筋の回収。狙いは完全にリクとルカだけで――仮に、レムを例外としても。それ以外の地球上の他の全ては、ただ巻き込まれただけに過ぎないのに。

 本当は、リクが石になったことで、ルカの心は孤独に折れてしまいそうだったけど――ライハは、情けなく泣くばかりのルカを、優しく抱き締め、励ましてくれた。

 先んじて心配してくれたペガも、こうして戦う力を蓄えるための御飯を用意して、体の芯から温めてくれた。

 ルカの世界の中心は、リクだとしても。ルカの居場所になってくれるのは、リクだけではない。

 その事実を、改めて感じられたからこそ。ルカはまだ、絶望せずに居られるのだ。

 

「お兄ちゃんの戦いを、ずっと見てきたライハたちが一緒に考えてくれたから。フワワへの対策だって……必勝法は見つからなかったけど、それでも、色んなことが考えられたし」

 

 安心して貰うための決定的な言葉を用意できなかったことに、少し語気を弱めながらも。ルカは彼女の目を見て、力強く宣言する。

 

「だから、心配しないで。私が必ず、お兄ちゃんを元に戻してみせるから!」

「……うん、それもお願い。だけど、ルカ。あなたも絶対、無事に帰ってきて」

 

 ライハがそう、祈ってくれるのに。ルカは胸がいっぱいになる心地だった。

 

「ろくに力も貸せないのに、わがまま言ってごめんね。だけど……」

「わがままなんかじゃないよ。ありがとう、ライハ」

 

 ライハが、心から告げてくれた願いに。ルカもまた、心から御礼を述べた。

 

「そうだ」

 

 ただ、心配してくれるのは嬉しくとも。この先もずっと、ライハに無力感を覚えていて欲しくはない――そう考えたところで、ルカは一つ閃いた。

 

「ライハ。私が帰ってきたら教えてよ、カンフー! そしたら私、いっつもライハの力を借りて戦えるし……この先、ノワール星人が私を攫いに来ても、格好良く返り討ちにできちゃうかも!」

 

 拳を突き出したルカの提案に、ライハは少し目を丸くしていたが――やがて、ふっと口の端を持ち上げた。

 

「そうね……約束しましょう。帰ってきたら、弟子にしてあげる。だから……絶対無事に、戻ってくること」

「うん、約束する!」

「……びしばし(しご)くから、そのつもりでね。ルカ」

 

 最後、ライハの付け足した注意喚起に、少し肝が冷えたような心地にもなりながら。食事を終えた二人は、ごちそうさま、と揃って手を合わせた。

 

「ルカ、気をつけてね」

「うん。ありがとう、ペガ。ご飯、美味しかったよ」

「半分レトルトだけどね……よかったら今度、コツを教えるよ」

「やった! お兄ちゃんの好きな料理とか知りたいな」

 

 恥ずかしがって、一人影の中で食事を行っていたペガ。彼とそんなやり取りを交わしたルカを、優しく見守ってくれていたライハは。そっと、レムに呼びかけた。

 

「レム。ルカのサポートをよろしく」

〈任せてください、ライハ〉

 

 答えたレムの出現させた転送用のエレベーターに乗り込んだルカは――決意の眼差しで、石化したままのリクを見た。

 

「……行ってくるね、お兄ちゃん」

 

 必ず、兄の笑顔を取り戻す。

 この名とともに、託された数多の願いを背負い、そう決心して。ルカは、臆することなく戦場へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 暁に――明るい星が、堕ちて来る。

 培養合成獣スカルゴモラ――本来の姿に戻って待ち構えていた、ルカの前へ降り立った輝く球体。それは地上に激突する寸前に(ほど)けると、中から三つ首の宇宙怪獣を出現させた。

 

〈――本日もご機嫌麗しゅう、ルカ様〉

「(ううん。全然良くないよ、フワワ)」

 

 地球を踏みつけるようにして正体を現したフワワに向かって、スカルゴモラは不機嫌のままに睨みを返した。

 ガーゴルゴンには強靭な再生能力が備わっている――その生態は既に承知していたが、昨日焼き切った左肩の頭部も、胸に刻んでやった角の痕も、何事もなかったかのような万全の姿をフワワは取り戻していた。

 

「(おまえのせいで、今もお兄ちゃんは石のままだ。絶対、元に戻させて貰う――!」

〈やはり――大人しく付いてきては頂けませんか……〉

 

 嘆く素振りを見せながらも。流石に抵抗を予想していたのだろうフワワは、重心を下げ、二又の尾が揺らめく臨戦態勢を見せていた。

 ……光瀬山の周辺は、既にAIBが政府に働きかけて封鎖している。昨夜のスカルゴモラの咆哮が呼び寄せた一般社会の調査――という名の、無自覚な自殺志願者が踏み入ることはない。

 そうして余人を排した決戦の地で、互いに前傾姿勢となった二体の怪獣が向かい合っていた。

 

〈ですが、その意志の強さもまた、ベリアル様の血の顕れでしょう。私は喜ばしく思います〉

 

 そうして、魔眼こそ晒さずとも。残忍に笑うかの如く口を開いたフワワは、甲高い獣の吠え声を漏らしながら、通信機越しには気取って喋り続ける。

 

〈その頑なさも、ベリアル様の偉大さをご理解くだされば――父君が果たせなかった、全宇宙の支配者となる大望を今度こそ実現するための、確かな力に転じるでしょう。不肖の身で恐縮なれど、そのような御方を教育させて頂くのが楽しみでなりません〉

「(興味ないよ、宇宙の支配とか。私は留花、朝倉ルカ。この大地に根を張り、どんな困難にも留まって、花を咲かせる――そんな願いを込めて貰った、朝倉陸の妹だから!)」

 

 かつて、この場所で。リクが教えてくれた、この名に託された想いを、今度は自ら口にして。

 朝倉ルカとして生きること。それが、己の選んだ道だと告げるスカルゴモラの咆哮が、開戦の合図となった。

 

 培養合成獣スカルゴモラは、計十四本の角にエネルギーを送り込み、全身からあらゆる周波数の超音波を放射。対して石化魔獣ガーゴルゴン=フワワは、両肩の口から破壊光線を繰り出した。

 

 大気中において、光の屈折率は本来、空気の疎密性に左右される。スカルゴモラが全方位に発した音エネルギーによる圧力はある程度、光線への壁としても機能するはずだったが――音速では、光速には遠く及ばない以上、限度はある。反射率を解析して打ち返す調整ができない、球状へ拡散する超音波の出力では、収束された青い稲妻が、大気を掻き分けるのを止められなかった。

 

 結果として。フワワの初撃を甘んじて受けながらも、スカルゴモラは走り出す。

 

 ――石化魔獣ガーゴルゴンの生態には。ヘビ科の一部が持つピット器官にも似た、エネルギーの偏在を感知する能力を主として、周辺の状況を把握する特徴があるという。

 

 全身から超音波を発し、周辺の大気を熱している今のような状態なら、その正確な位置情報をフワワから隠す効果が期待できるとレムが唱えていたが――体の芯から頻繁に逸れる照射を見るに、その推測はおそらく、正解だった。

 フワワの放つ稲妻光線は強力だが、スカルゴモラもタフネスが自慢だ。防げずとも、ほとんど急所を外れているのなら、この威力だろうと無視することも難しくはない。

 

 このまま、敵がスカルゴモラを石化するのを渋る間に、この光線に耐え、肉弾戦へと持ち込んでしまえば。主たる感覚器官を惑わされている上、触れるだけで重傷を負うことになるフワワが、いくら再生能力に優れていようと。一気に優位へ立つことができる――!

 

 そんな狙いは、フワワもお見通しなのだろう。石化魔獣の、二股の尾が動いた。昨日、怪獣同士の激突で崩れた山から巨大な岩石を飛ばし、スカルゴモラを牽制しようとする。

 有効打を期待してのものではなく、距離を稼ぐため、一瞬でも視界を奪おうとしての攻撃を――スカルゴモラは、その主導権を奪い取ることで対処した。

 宙に浮かぶ岩石に、絶妙に調整した二種類の超音波を照射。固形の岩を激しく加熱して溶岩へと変えながら、吸収されない周波数の音波を猛烈な勢いで叩きつけることで、指向性を持たせて吹き飛ばしたのだ。

 

 音波の衝撃に、打ち返された溶岩が砕けたところで、既に熔解していれば大差はない。ショッキングヘルボールの応用技として、溶岩弾が降り注いだ。過酷な宇宙空間に耐えるガーゴルゴンといえど、質量と高熱を持った物体に纏わりつかれ、動きが鈍ることを避けたいのか、両肩からの射線がスカルゴモラ本体を外れて、溶岩弾を撃ち落とす。

 

 迎撃しながら、距離を稼ぐように後退するフワワに対して――スカルゴモラは、今が好機と全身のエネルギーを口腔へと集束した。

 

 接近戦に持ち込む、というのはフェイク。超振動波や、尾による攻撃の射程にはまだ届かない――そう油断しているだろうフワワの顔面ごと、忌まわしい魔眼を灼き尽くす!

 

〈……これでやっと。御身に触れられますね、ルカ様〉

「(――っ!?)」

 

 衝撃に、息が詰まった。

 意識外から下顎を貫く衝撃に、スカルゴモラが天を仰いだ時には。まさに発射準備を終えたところだった必殺の熱線、インフェルノ・マグマが、太陽に先んじて地を照らす、劫火の柱となって伸びていた。

 

 やられた、と気づいたその時には。スカルゴモラの喉輪を咥えたフワワの左の頭が、今度は猛烈な勢いで縮小した。

 

 溶岩弾を蒸発させたフワワの射撃は、右肩の頭だけで行われたものだったのだ。スカルゴモラが周辺へソナーのように展開していた超音波を、インフェルノ・マグマを放つために途絶した瞬間を狙い澄まし。発生した煙幕の中を潜って、密かに伸びていた左の頭がスカルゴモラの下顎を持ち上げ、必殺の一撃の射線を逸らしていたのだ。

 

 そうして、一度に大量のエネルギーを文字通り空撃ちさせられ、一時的に超振動波現象を起こせなくなった隙を衝いて。距離を詰めたフワワの右前脚が、猛烈な勢いでスカルゴモラを襲う。

 

 腕力なら。強大な膂力を誇る宇宙怪獣を、スカルゴモラはなお上回っていた。だが、スカルゴモラの左腕が一本なのに対して、フワワには腕の上に頭がある。故に二撃同時となった殴打の片割れは、スカルゴモラの防御を突破して、胴を強く打ち据えた。

 

「(――っ、この!)」

 

 打たれ強さは、スカルゴモラの長所だった。拘束を払い、反撃に右の拳を繰り出すが、しかしフワワの方が素早い。身軽に大振りの一撃を躱すと同時、翻った二股の尾が、またも二連の衝撃となってスカルゴモラの頭部を捉えた。

 

 一撃一撃ならば、スカルゴモラにとっては軽い打撃。だが時間差で襲い来る衝撃は、スカルゴモラの脳を的確に揺らしていた。

 視界の振れたまま、自らも回転する勢いを載せて尾を繰り出すが、まるで見当違いに山を崩すだけ。

 ならばと、体力の再充填が終わったのに合わせ、全方位にスカル超振動波を撒き散らそうとするが――フワワは既に、その有効射程を脱して、再び破壊光線を浴びせてきていた。

 

「(――っ、きゃああああああああああっ!?)」

 

 足元の定まらぬ不安定な状況で浴びせられた、最大出力の稲妻は。体力の削られたスカルゴモラを転倒させ、体の芯を狙う逃げ場のない痛みで、遂に悲鳴を上げさせるに至った。

 

〈惜しかったですね、ルカ様。最初の組み立ては悪くありませんでしたが……狙いが明白なのに、既に私へ見せた技での不意打ち頼みというのは、流石に(つたな)いですよ〉

 

 クスクスと。嘲笑うようなフワワの声が、通信機を通して直接スカルゴモラの頭に響く。

 言われてみれば、当然だった。何十年もウルトラマンや、数多の異星人との死闘を潜り抜け、怪獣たちを統率してきた高い知能と戦闘力を併せ持つ、百戦錬磨の怪獣軍団長。その裏を、所詮は生後一週間の小娘が掻こうなんて、そう簡単にできるはずがなかった。

 

 ……だからと言って、折れているような場合じゃない。

 ライハたちの想いにも、この背を押されているのに。

 何より、己にとって一番大切な人なのに。

 兄を取り戻すことを諦める理由なんて、この世のどこにも在りはしない――!

 

 そう、自らを奮起させ。光線を浴び続けながらも、スカルゴモラは立ち上がった。

 両手を握り、体の受けたダメージはまだ、大したものではないと自認して。再びフワワの方へと向き直る。

 

〈……平の宇宙警備隊員なら、既に三体は絶命するほどの攻撃を浴びせたのですが――〉

 

 その時、何かを引き千切るような。水っぽい音が渓谷に響いた。

 

〈流石はベリアル様の娘。このまま加減をしていては、今からでも日が暮れましょう〉

 

 振り向いたスカルゴモラが見たのは、中央の口を開き――兄を石に変えた魔眼でこちらを睨む、フワワの姿だった。

 

「(あ――っ、そん、な……)」

〈非礼のほど、何卒ご容赦くださいませ――この星に張られたという根を抜き易くする程度に、少々お命を吸わせて頂きます〉

 

 最早、この状況から、次の一手が覆せるはずもなく。

 フワワの魔眼から再び放たれた、黄色の稲妻を纏った青い閃光に晒されたスカルゴモラは――生きながら、自らの体が動かなくなっていく感覚に呑み込まれた。

 這い上がってくる虚無の気配に、スカルゴモラは必死に身悶えしながら逃れようとして……その微かな動きすら、叶わないという事実を悟る。

 

「(嘘、そんな、そんなっ! あぁ……ごめん、みんな……お兄……ちゃ……)」

 

 そして。最後に、満足な言葉を紡ぐことすらできず。

 ただ、培養合成獣スカルゴモラであった石像だけが、朝日の照らす光瀬山の麓に残されていた。

 

 

 

 







恒例の4話Bパートあとがき、という名の言い訳雑文。



当然のように、「ガーゴルゴンはピット器官にも似たエネルギー偏差の感知を主たる感覚器官としている」「左右の頭部は切断されても自律行動できる」「任意の対象の石化を解除できる」という話が出ていますが、この辺りは多分できそう、という本作独自の解釈でしかなく、公式設定ではありませんのでご了承ください。
もし今後公式の描写と矛盾した際には、個体差ということでお目溢しくださると幸いです。







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第四話「選んだ道」Cパート

 

 

 

〈――ルカ! こんな……ことって……!?〉

 

 暗闇の中。嘆く声が、聞こえた。

 意外なことに。石にされても、私にはまだ意識があった。

 だが、それを外部に発信するための手段が一切、私には許されず。

 

〈また、こんな……こんな……っ、いやぁあああああああああああああああああああっ!?〉

 

 泣かないで、とも。ごめん、とも。

 悲鳴を上げ、らしくもなく取り乱すライハに、私は何も言ってあげられなかった。

 

 罪悪感に、胸が軋むような気持ちとなっていたその時。本当に、私の体が軋む音がした。

 何かが、私の腰に触れていた。その衝撃が起こした音だと気づいたら、今度は両肩に、硬い何かが突き立てられた。

 噛まれている――そう認識した直後、暗闇に吸い込まれるように、私の意識が遠退いた。

 少しずつ、少しずつ――水の流れで川底の砂が流されるように、私の意識が、小さくなって行く感覚に、苛まれる。

 

〈うふふ……これが、ルカ様の……ベリアル様の血筋の味! はぁ、甘露……クセになってしまいそう……っ!〉

 

 フワワの恍惚とした声が聞こえて、私は今、自分が何をされているのかがわかった。

 ――私はフワワに、食べられているんだ。

 

 フワワたち石化魔獣ガーゴルゴンの食性、それは石にした獲物の生命エネルギーを直接吸収するという特異なモノ。

 まさに、彼女に石化された私の命は、皿の上に並んだ料理のように――少しずつ、フワワの糧として切り離され、取り込まれていた。

 文字通り、必死に抵抗しようとしても。今の私には指先一つ動かすどころか、瞼の開閉すらも叶いはしない。

 ただ、唯一残された意識まで奪われないように、暗闇の中で気を張り続けることしかできない。

 それも、いつまで保つものか――私は不安に呑み込まれ始めていた。

 

 ジーッとしてても、ドーにもならない。

 じゃあ。じーっとするしかない私は。もう、どうにもならないんだろうか――?

 

 ……いや。いやだ、消えたくない。

 こんなところで、ひとりぼっちで、死にたくない。

 助けて……助けて、お兄ちゃん――――!

 

〈レム! 発進して!〉

〈できません〉

 

 私の声が、届いたはずはないけれど。ペガが珍しく強い勢いで呼びかけるのを、レムが固い調子で拒否していた。

 

〈……レム、お願いっ! もうあなたしかいないのっ!〉

〈フワワの目的を忘れてはいけません――そして、ルカが戦う理由も〉

 

 続くライハの、縋るような懇願を受け――果たして誰に向かってか、言い聞かせるようなレムの声を聞き。絶望の流れに呑まれかけていた私は、何とか崖の端を掴めたような、そんな気持ちで意識を保った。

 

 そうだ……お兄ちゃんに、助けて貰うんじゃなかった。

 今度は、私がお兄ちゃんを、助ける番なんだから――っ!

 

〈……おっといけない。本当に、夢中になってしまうところでした〉

 

 そして、フワワの放つ自戒の声と、時を同じくして。私の意識を削る作用が、急に消えた。

 

〈私も伝説でしか目にしていない、ベリアル様御自ら怪獣となられた姿――超銀河大帝アークベリアル陛下の面影が濃いルカ様の石像も、見ていて飽きぬものではありますが。それは後に、怪獣女帝の像を造らせ慰みとしましょう。追手のことも考えると、連れ帰るには世を忍ぶ姿になって頂くのがやはり一番――〉

 

 噛み付いていた口が離れ、腰に回されていた手が解かれた感触があった。そうして距離を開いたのだろうフワワの、含み笑いを合図に――

 

 私の世界に、光が戻った。

 

 

 

 

 

 

 視界が、反転する。

 体の拘束を解かれた培養合成獣スカルゴモラは、しかし完全な自由を取り戻すとは言えず。四肢の痺れるような感覚のまま膝を着いて、前のめりに倒れ込んだ。

 

〈おや……余りの美味に、少々吸い過ぎてしまったかと危惧しましたが。なお、その御姿を保てるのですね〉

 

 前脚を大地に着け、激しく呼吸を乱すスカルゴモラを見下ろしながら。余裕綽々、自ら獲物の石化を解除したフワワは、感心したような通信を送ってきた。

 

〈ヤプールとの戦闘を見るに、激しく消耗されればこの星の環境下での負荷が小さい御姿に変わるはずですが……まだ耐えられますか〉

 

 フワワの言葉を聞きながら、スカルゴモラは両腕に力を込めて起き上がった。

 確かに、消耗は著しかった。直接生命エネルギーを吸い出されたスカルゴモラは、外傷こそなくとも、ベリアルキラーザウルス戦の終盤のような体の重さを感じていた。

 それでも――自分でも、不思議なほどに。まだ、立ち上がる力が湧いてくる。

 

「(当っ、然……! だって、私は……絶対、お兄ちゃんを、元に戻すんだから――っ!)」

〈……エネルギーが増している? そんなはずは……〉

 

 ――フワワが、そんな疑問の声を漏らした。

 エネルギーの多寡を認識できるフワワが言うなら、それはきっと本当のことなのだろう。スカルゴモラの錯覚ではなく――立ち上がるのが精一杯な程度とはいえ、急速に、力を取り戻しているのだろう。

 だが……それでも到底、事態が好転するほどの回復力ではなかった。

 

〈……尽きせぬ生命力、ということですね。素晴らしい。それでも――そのルカ様のお命を吸わせて頂いた今の私と比べれば、随分と弱々しいことには変わりはありません。まだ抗うおつもりですか?〉

 

 再び、フワワの持つ中央の口が開いた。

 反射的に背筋へ走る怖気で、まさに蛇に睨まれた蛙の如く。動きを硬直させてしまったスカルゴモラに対して、フワワは残忍な笑声を零す。

 

〈ご理解頂けているでしょう? ルカ様の才覚は確かに目を瞠るものですが、私との間にはまだ、埋めがたい経験の差がございます。何度試されても、結果は変わりませんよ〉

「(だからって――諦めるもんか! 私は、お兄ちゃんの……ウルトラマンジードの、妹なんだ! お兄ちゃんが私に、諦めるなって言ってたんだっ!)」

 

 フワワの告げた現状に、スカルゴモラは――ルカは、切り返す理屈を持てず、ただ駄々を捏ねるように意地だけを叫んだ。

 

「(どんな時だって、お兄ちゃんは諦めなかった! 他の皆だってお兄ちゃんのことを諦めてないのに、妹の私が、結果が見えてるぐらいで諦めるなんて、できるもんか……っ!)」

〈では、仕方がありません……ご満足頂けるまで、このフワワがお相手仕りましょう。何度でも、何度でも、闘志が折れるその時まで。物言えぬ石となる、無間の責め苦をご堪能くださいませ〉

 

 憐れむような宣言と同時。フワワの魔眼が、再び石化光線を放つためのエネルギーを蓄え、発光する。

 彼女の言うように、こちらの生命エネルギーを取り込んだためか、さらに素早いその動作を前にして。鈍重な身で、今更回避の叶うはずもなく。消耗した体力では、先んじて潰すための攻撃も用意できず、相殺だって間に合わない。次の一手が決められず、スカルゴモラは立ち竦む。

 

〈――ルカ。ジーッとしていても、ドーにもなりません〉

 

 その瞬間、スカルゴモラの意識に届いたのは、レムからの通信だった。

 

〈今こそ、立ち向かってください。そうすれば、リクを取り戻せるはずです〉

 

 そこに、何の根拠もないはずだけど。

 いつも通り、機械のはずなのに――妙に信頼で満ちた、レムの声に背中を押されて。

 スカルゴモラは、何の能力を発動する余力もないまま。ただがむしゃらに、フワワに向かって突撃した。

 

「(――っ、やぁあああああああああああああっ!)」

〈哀れな――――――がぁあっ!?〉

 

 そして、フワワの放つ石化の光に呑まれながら。

 文字通り、ただ照らされただけとしてその光線を素通りしたスカルゴモラの額の角が、事態を呑み込めずに無力な呪いを放ち続けるフワワの魔眼、その中央に、突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

 石化魔獣の眼が潰れた、その瞬間。

 朝倉リクは、体の自由を取り戻した。

 

「リクっ!」

 

 石化の呪いから解き放たれたリクに気づき、ペガが歓声のように名前を呼ぶ。

 

「――レム、転送してくれ!」

 

 だが、親友と喜び合っている暇はないことを――石になっている間、光の閉ざされた意識の中でも。周りの音声だけは聞き続けることのできていたリクは、既に充分承知していたから。

 そして、そんなリクの復活が、まるで事前に予測できていたかのように。呼びかけられた瞬間、驚くほど手際良く。レムは転送用のエレベーターを、リクを取り囲むように出現させた。

 

「リク――っ!」

 

 その扉が閉じるまでの、わずかな間に。リクの覚えにないほど、抱えた不安を表に出したライハが、祈るように呼びかけてきた。

 

「……ルカを、助けて」

「当たり前だ」

 

 光瀬山――ライハの家族が、ベリアルの部下である怪獣によって奪われた因縁の地で、その惨劇を再び繰り返させないために。

 そして、ひたむきに頑張ってくれたルカの、たった一人の兄として。

 扉が再び閉まるよりも、遥かに早く。妹を救うべく覚悟を決めたリクは、ジードライザーをその手に取った。

 

「ジーッとしてても、ドーにもならねぇ!」

 

 

 

 

 

 

〈あぁっ、何がぁ、くぅ……っ!?〉

 

 ガーゴルゴン最大の武器にして、一番の急所である魔眼を潰されたフワワが、激痛に悶えながらも。それ以上に疑問へと執着した意志を、星雲荘の機器を通して示していた。

 

〈何故、石に……っ!?〉

 

 フワワの漏らした問いかけへの答えは、彼女を貫き弾いた勢いで倒れたまま、起き上がれずにいるスカルゴモラ自身にもわからなかった。

 最初に、石化光線を受けた時には、為す術もなく石と化したのに。

 二度目も、確かに同じ光を浴びながら――どうして自分は、何ともなかったのか?

 

(――何ともなかった?)

 

 厳密には、違う気がする。

 微かながら、光の当たった箇所には――最初にあの光を受けたのと似通った、感覚が鈍くなる気配を感じたが。ほとんど同時に、先程フワワによって石化を解除された際に生じた気配もまた、その場所で発生していたのだ。

 だが、その意味することを理解するよりも――スカルゴモラから奪ったエネルギーで、フワワが魔眼を修復する方が、圧倒的に早かった。

 都合四度目となる、励起音。今度は、倒れ伏したスカルゴモラからその視線を逸らして、山の反対――星雲荘の潜む星山市の方角へと、フワワは石化光線の照準を合わせ直した。

 

「――クローカッティング!」

 

 だが、スカルゴモラへの追撃より優先した、その光が放たれる前に。

 螺旋回転しながら飛来した鋏型のエネルギー弾が、再び、フワワの眼を潰していた。

 その出処から届いた叫びに――思わず、体にのしかかる疲労の重さも忘れ、スカルゴモラは歓喜の声を上げた。

 

「(お兄ちゃん!)」

「……ありがとう、ルカ。無理をさせたね」

 

 何とか、上体を起こそうとしたスカルゴモラを飛び越えて――フワワとの間に降り、妹を庇うようにして。復活したウルトラマンジードが、参戦する。

 

「後は――僕に任せろ」

 

 最もベリアルと似た、基本形態(プリミティブ)の姿で駆けつけたジードに対し。潰された魔眼が再生しきるよりも早く、フワワは両肩の頭から青い稲妻光線を発射した。

 

「コークスクリュージャミングっ!」

 

 対して、その右手に握っていたジードクロー――二又の鉤爪が持ち手から垂直に生えた武装を構えたジードは、その猛威を正面から迎え撃った。

 ジードクローを先端とし、解放された闇色のエネルギーを纏った自らを弾丸のようにして放つ突撃は、回転によるエネルギーの奔流でフワワのそれを四方に受け流し。後方の妹には届かせないまま弾幕を貫通して、フワワ本体まで肉薄する――!

 

 着弾の瞬間、フワワは両手を組み合わせて盾として、さらに左右の頭を直接喰らいつかせ、ジードの突進を受け止めようとした。

 だが、ジードクローの纏う鋭い斬撃は接近した蛇の頭を微塵にして切り落とし、フワワの両前足をも掘削するようにして粉砕した。

 これで決まるかと思われたが、両腕の爆ぜる勢いを合わせ、フワワはジードの突撃の軌道を上空に逸らさせた。その僅かな猶予を使い、胴体や中央の頭部を崩されるより早く後方へと跳躍し、致死圏から退避する。

 

〈この……邪魔をするなぁああああああああっ!!〉

 

 通信機を介して翻訳された、フワワの思念。そこに込められた怒りのまま、再び高速再生を完了した魔眼が、妖しき輝きを灯らせる。

 対して。スカルゴモラを庇うような立ち位置に戻り、得物を手放したジードもまた、両手を交差させることで光子エネルギーを励起させていた。

 

「はぁああああああああああああああああ……っ!」

 

 ゆっくりと、その両手が広がるのに合わせて。稲光のようにして漏れ出したジードのエネルギーが、怪獣同士の激突で崩れた山の土砂を巻き込み、浮遊させる。

 そうして、向かい合うウルトラマンと怪獣、双方の蓄える力が、臨界に達するのは同時だった。

 

「レッキングバーストォッ!!」

 

 フワワの魔眼が放つ石化の呪いに、十字に組まれたジードの腕から注がれた超熱量の光線が、正面から衝突した。

 交わった光線同士の勢いは一瞬、拮抗するが――趨勢は、すぐに傾いた。

 二度、魔眼を高速修復するために、スカルゴモラから奪ったエネルギーを消費したフワワの放つ呪いの視線が――光子エネルギーの奔流に圧され、後退して行く。

 

〈これが……ベリアル様を滅した光――だが、負けてたまるか……っ!〉

 

 フワワの死力を尽くした抵抗で、時折、レッキングバーストの勢いを石化光線が押し留める。

 しかし、そのたびにジードが光線に注ぐ力をさらに増すと、それまで以上の勢いで、干渉点はフワワに向かって動いて行き――遂に、青と黄の輝きを呑み込んだ赤黒(しゃっこく)の光芒が、その胴体に到達した。

 

〈ぎゃぁあああああああああああああっ!?〉

 

 灼熱に焼かれ。さらにはそこに束ねられた、自らの呪いが跳ね返った石化作用に襲われて。フワワが聞くも無惨な悲鳴を上げる。

 

〈――ジード、殿下……っ!〉

 

 だが、その極限の苦痛に晒されながらも。フワワはなおも、通信を介して言葉を届けてきた。

 

〈末期の頼みに、ございます。どうか……!〉

 

 摂氏七十万度を維持し続ける強烈な熱線に肉を焼かれ、先んじて石化した部位はあっさりと砕け散る中。強靭な再生力を全開にし、最早逃れ得ぬ死の瞬間までの責め苦を引き伸ばしながら、フワワは自らの命を奪おうとするジードに向けて、真摯な響きで以って訴えた。

 

〈どうかルカ様を、お守りください――!〉

 

 直後。遂に限界を迎えた石化魔獣ガーゴルゴン・フワワの肉体は、ウルトラマンジードの放つ光に貫かれ。ただの獣の断末魔だけを残して、内から爆ぜ飛んだのだった。

 

「(フワワ……)」

 

 知らぬ間に零した呼び声が、果たして誰かの耳に届いたのか、知る由もなく。

 決着に、張り詰めていた緊張が解けたスカルゴモラの意識はそこで途切れ――地球での活動に適した、朝倉ルカの姿に戻り、荒れた大地に身を伏せたのだった。

 

 

 

 

 

 

 ――別に、フワワに乞われたからではないが。

 決着の後。自らもすぐにフュージョンライズを解き、生命力を奪われ気絶したルカの元へ急いだリクは――迎えに来たライハと鉢合わせるより速く、妹の身を抱きかかえていた。

 

「……リク」

 

 居ても立っても居られなかった、という顔で。

 泣き腫らした跡もそのままに。因縁の光瀬山までやって来たライハは、心から安堵した表情を浮かべていた。

 

「ありがとう」

「……こっちこそ。ルカのこと、色々とありがとう」

 

 石になっていた間も聞こえていたやり取りを、リクは忘れていなかった。

 ルカが彼女たちに告げた感謝の想いは、そのままリクの胸の内にある想いでもあったから。

 

 そして――ライハが本気で、ルカの無事を願ってくれたことにも。リクは、ありがたい気持ちでいっぱいだった。

 ライハが、この場所での悪夢の再現を忌避してくれたということは――奪われかけたルカのことを、家族のように想ってくれたことの証拠だったから。

 

「それに、心配かけた……ごめん」

 

 ルカが、リクのために戦いへ臨む直前。ライハが彼女に、弱気な言葉を吐いてしまったのは……きっと自分のせいだと、リクは感じていた。

 光瀬山で、ベリアルの部下である怪獣に襲われ、家族を奪われかけたルカは――七年前のライハ自身、そのものだったろうから。

 

「……良いわよ。ルカが、あなたを助けられたんだから」

 

 そうライハが笑ってくれたのを見て、リクもやっと安心した。

 

「でも……どうしてルカは、石化しなかったんだろう?」

 

 その時。遅れて追いついて来たペガが、そんな疑問を口にしていた。

 

「ペガ、さっきはごめん……ところでそれって、どういうこと?」

「わかんない。最初はリクみたいに、ルカも石にされたのに……次は、効いてなかった。レムは理由を知ってる?」

 

 ほとんど無視する勢いで飛び出してしまったことを詫びるリクに、まるで気にしてないと首を横に振ったペガは、求められた説明をさらにレムへと繋げた。

 

〈はい。推測で良ければ〉

 

 そして、そんな期待に応えるような返事を、レムは通信機越しに返してきた。

 

〈ルカが目を覚ましたら、お話します。まずは皆さん、お疲れ様でした〉

 

 

 

 

 

 

 目を覚ました時。ルカの体は、すっかり馴染みの光景となってしまった、星雲荘の修復装置の上にあった。

 

「……おはよう、ルカ」

「――お兄ちゃんっ!」

 

 こちらの様子に気づいた、リクの呼びかけに。その微笑みを目にしたルカは思わず装置を飛び出し、その胸に顔を埋めていた。

 

「良かった……本当に良かった……っ!」

「ルカが、頑張ってくれたおかげだよ。助かった、ありがとう」

 

 そう言って、兄が頭を撫でてくれる。喜びでいっぱいになりながらも、ルカは首を振った。

 

「私だけじゃないよ。ライハも、ペガも、レムも……皆、頑張ってくれたから……っ!」

「……うん、知ってる」

 

 最後の言葉が詰まってしまったのは、果たしてリクに気づかれただろうか。

 だが、そこを追及することもなく。噛みしめるように優しく頷いてくれた兄の動きに合わせ、ルカも視線を巡らせた先では、抱き合う兄妹を暖かく見守ってくれる、仲間たちがいた。

 兄妹の特権、とばかりに。ルカはライハたちに微笑み返しながらも、視線を気にせずそのままで居ようとしたが、残念ながらリクから抱擁を解かれてしまった。

 

「……それじゃあ、レム。教えてくれ」

 

 不意に、真剣な表情で兄が呼びかけるのを見て、ルカも気持ちを切り替えた。

 

「どうしてルカには、二度目の石化が効かなかったのか――その秘密を」

 

 言われて、ルカもまた、疑問に感じていたそれを思い出した。

 結果として、兄を救うことができ、そして――ともかく。そのことばかりを気にするわけにはいかなくなっていたが、フワワの反応を見る限り、尋常ではない事態だったことは明らかだ。

 そういえば……そうなることを、まるでレムが予想していたような言動だったことも、思い出した。

 

〈一週間前、私はルカの遺伝子を採取し、解析しました〉

 

 果たしてレムが語り出したのは、ルカと星雲荘の出会い。リクとの血の繋がりを見つけてくれた、レムの調査の話だ。

 

〈結果、ルカが『Bの因子』を持つだけでなく――レッドキングとゴモラの遺伝子もまたその身に宿した、培養合成獣スカルゴモラを正体とすることを突き止めた。そこまでは、当時もお伝えしていましたね〉

 

 レムの解説に合わせ、モニターに映し出されたのは、三体の巨大生物の姿。リクとルカの父であるウルトラマンベリアル。細長い首と胴が一体化した黄色い怪獣、レッドキング。三日月状の角を持つゴモラ。

 この一週間だけでも、嫌というほど名前を聞いたベリアル以外は、ルカが初めて見る己のルーツとなる生命体だった。

 

〈その後も、私はルカの遺伝子情報をさらに詳しく読み解いていました。自然ではない形で生命を産み出す者がいるとすれば、そこには明確な目的があるはずですから〉

 

 レムの言葉で、微かにリクの表情が陰る。

 

〈何故、この組み合わせでルカは産み出されたのか――おそらくそれは、最強の合成怪獣を創造するためだったのではないかと、読み解けました〉

「最強の……合成怪獣……?」

 

 どんな秘密が飛び出すのかと思えば、余りにも自分とは不釣り合いな言葉を聞かされて、思わずルカは疑問符を浮かべた。

 

「私が……? お兄ちゃんの方が、ずっとずっと、強いのに?」

 

 兄だけではない。ウルトラマンタイガに死の寸前まで叩きのめされ、ベリアルキラーザウルスにも圧倒され、先程フワワにも実質敗北していた培養合成獣スカルゴモラが最強というのは、大言壮語が過ぎるのではないかと、自分でも思う。

 そんな疑問に、レムの中枢である球体は発光して応えた。

 

〈生まれた瞬間から、という計画ではなかったのでしょう。ベリアルに追加されたレッドキングとゴモラという組み合わせは、成長性にこそ重きを置かれた遺伝子の導入元だと推測されます〉

 

 表示される三体の内、ベリアルの画像が小さくなったかと思うと、さらにゴモラの画像だけが拡大された。

 

〈特に、今回の疑問を解く鍵は、ゴモラにあります。ルカに発現していたのは、ゴモラという種の中でも希少な性質――危機を乗り越えるたびに強くなる、強靭な生命力を支える遺伝子でした〉

 

 レムの解説に合わせて、ゴモラの遺伝子構造が拡大される。流石にその意味することを理解できる頭脳の持ち主は、レム以外にはおらず、四人は揃って難しい顔をするだけだった。

 

〈過去、休眠中のゴモラが上空二千メートルから墜落した際、そのショックで本来の生命力を蘇らせ、ウルトラマンを圧倒した――とされた記録があります。しかし、厳密に言えば本来の力を取り戻したのではなく。ゴモラは強い刺激を受け、死に瀕するストレスを被った後。それを乗り越えるため、細胞を進化させているという可能性も、一部の研究者の間で検討されていました〉

 

 レムが表示する怪獣の画像が、一つ増えた。

 鼻先から一本の角を前に伸ばし、甲虫の外郭を思わせる皮の装甲に覆われた、二足歩行の黒い怪獣だった。胸から腹部にかけて、菱形の模様を規則正しく備えた様子を見ると、ヤプールの超獣のように人為的な手を加えられた生物という印象も感じられた。

 

〈その考えの発端となったのが、変身怪獣ザラガスの存在です。ザラガスは出現数が少なく、光の国やベリアル軍でもその起源を把握していませんが、外見や能力、出現時の特徴から、何者かの手で侵略用に改造された怪獣なのではないか、という予想がされていました。特に、最大の特徴である外部刺激により強化されるという性質から、ザラガスの改造元こそがゴモラ、あるいはその亜種であるという仮説が唱えられました〉

 

 レムが比較に並べた映像によると、確かにゴモラとザラガスは手足の形状や体格等が酷似しており。同一とは言わずとも、類縁種であるとされれば、否定しきれない印象を見る者に与える余地があった。

 

〈最終的に、両者を結びつける決定的な証拠はまだ発見されていません。しかし、それによる研究が進む中で、ゴモラの一部が有する希少な遺伝子の中に、外部の刺激を越えるたび細胞が強くなる、という特徴が実際に発見されることとなりました。その形質を完全に発現させれば、自己進化によりあらゆる外部刺激への耐性を獲得できる……そんな、ザラガスに繋がるような特徴が〉

 

 彼女が言う外部刺激による進化なのか、次々と形態を変えるザラガスと――同様に、更に下向きの二本角を増やした個体や、角が水牛のような形状になった者、そして全身の表皮を鎧のように変化させた白目のゴモラと。適応した状況の差から様々な特徴を持つゴモラの亜種たちの記録が、細胞レベルでの変化を示すかのように並べられる。

 

〈その形質を発現できたゴモラは希少かつ、成長限界には個体差もありますが――そんな、自己進化のための遺伝子配列が、培養合成獣スカルゴモラには高純度で組み込まれていたのです〉

「それで、ガーゴルゴンの石化光線にも、一度受けた後のルカは耐性があったってこと?」

 

 誰より早く理解を示したペガが、レムに向かって問いかけた。

 

〈はい。一度目は防ぎようがありませんが、フワワがルカを人間の姿で運搬するために、一旦石化を解き――フワワ自身がルカの細胞に、元に戻るプロセスを教えてくれるのなら。その場で耐性を獲得し、フワワの不意をつくことも可能だと、そう予測しました〉

「その不意をつくために……ずっと黙ってた、ってこと?」

 

 レムに対して。ライハの声が、微かに鋭くなった。

 

〈否定はしません。そもそも、きっかけも確証もなしに話すような事柄でもないと判断していましたが〉

「それはそう、ね……」

 

 レムの返答に、ライハは不満げな雰囲気を引っ込めた。

 代わって、ルカは素直に感じた疑問をぶつけた。

 

「でも……それだったら、私はスカルゴモラじゃなくて、スカルザラガスとして造られるべきじゃないの? ザラガスの方が、耐性の獲得には優れているんでしょ?」

〈尤もな疑問です、ルカ。しかしそれ以上に、ベリアルの遺伝子との相性で、ゴモラとレッドキングという組み合わせが優先されたものと予想できます〉

 

 画面を覆っていたゴモラとザラガスの追加資料が消え、改めてレッドキングの画像が拡大される。

 

〈ゴモラとレッドキングはそれぞれ、レイブラッド星人の後継者と目された伝説のレイオニクスたちが切札として操った怪獣です。つまり、怪獣を強化するレイオニクス能力との相性面で、最高の実績を持つ二体になります。レイオニクスによる怪獣の強化は目覚ましいもので、ベリアルが他の生命体と融合できるウルトラマンの特性を活かし、自ら怪獣化する戦法を好んだのも、その力を自己強化に向けるためでした〉

 

 例示されたのは、悪魔の如き翼を生やし、下半身を獣のようにしたウルトラマンベリアル――彼自身がフュージョンライズしたベリアル融合獣、キメラベロスの姿だった。

 

〈ルカはベリアルとも違い、変異のために余分な力を割く必要もなく、最初からレイブラッド星人の血を受け継いだ怪獣として存在しています。それこそがルカを造り出す際の真のコンセプトなら、レイオニクス能力の効果をより増幅できる期待に比べれば、ゴモラとザラガスという種の違いは些末なものだと考えられたのでしょう。同じく戦いを通して成長するレイオニクス能力での底上げを勘定すれば、即効性はともかく、最終的な成長限界値はザラガスをも遥かに凌駕すると考えられます〉

 

 激しい戦いに身を投じるほどに、培養合成獣スカルゴモラは強くなる。

 そんな推測を並べた上で、ここからは補足になります、としてレムは続けた。

 

〈片割れであるレッドキングは他の怪獣より容易に、感情の昂りで肉体が働かせるセーフティーを外すことのできる性質を持っています。それにより、成長を促す危機に直面した後、リミッターを外すことでその難局を脱する、という役割も期待されたのでしょう。限界を越えた分の反動についても、回復後の細胞の進化で帳消しにできる相補性があります〉

 

 先程、石化を解かれた後に、己がまだスカルゴモラとしての姿を維持できていたことを、ルカは思い出した。

 どうやらあの限界を超えた力は、ゴモラ由来の単純な生命力だけでなく、それを絞り出せるレッドキングの火事場の馬鹿力によるものだったらしい。

 

〈おそらく、さらに多くの遺伝子を合成するなどして、即物的により強い生命体を産み出すことは、ルカを造れるほどの科学者ならば容易なことだったのでしょう。ですが、ゴモラの自己進化の形質を発現させるのは、単独の遺伝子にベリアル軍が干渉しても不可能、と言えるほどの難易度です。ベリアルの超能力にゴモラの肉体強化を両立させた上での、遺伝子工学によるこれ以上の上乗せなど、途方もない知能と試行錯誤が要求されるでしょう。少なくともルカが造られた時点では、その科学者にもレッドキングの遺伝子を加えるまでしかできなかった、ということではないでしょうか〉

 

 結果として、最強を目指し産み出された培養合成獣は、かつてこの地球で観測されたスカルゴモラと同一の姿をした生命体となった――という形で、レムの長い解説が終了した。

 

「これが……ルカの秘密」

 

 熱心に聞き入ってくれていたリクが、最後にそんな感想を漏らした。

 そんな兄の視線に、少し気恥ずかしくなって。ルカは照れた調子で髪を弄った。

 

「今の話が本当だったら……私、お兄ちゃんより強くなれるのかな?」

〈何を強さとするかの定義にもよりますが。実際の勝敗はともかく、数値化できる戦力評価で考えれば、可能性はあります〉

「へぇ……じゃあ――」

「ルカ、変なことを考えるなよ」

 

 そこで兄が、咎めるような声を出してきた。

 

「強くなれるかもしれないんだとしても……危ない真似はするな。もし失敗したら、そのまま死んじゃうかもしれないんだぞ」

 

 静かながらも。妹の軽い調子に、本気で怒りを込めたようなリクの心配に、ルカは思わず口を噤んだ。

 

〈リクの言うとおりです。ある程度、予想外の刺激でなければ、細胞はそれを乗り越えようと変異することはありません。自傷や、誰かに頼んで意図的に刺激を加えても、既に受け入れる気持ちで臨んでいては、ルカの遺伝子は応えてくれないのです〉

 

 だから――ただ、敵を騙すには味方から、ではなく。フワワの石化光線への対策として、この情報をレムが伏せていたのだと、星雲荘の全員がその時やっと、理解した。

 

〈また、戦闘中に負傷することも、ある程度は受容されている刺激になります。現に、地力からの強化幅の問題でもありますが――ザラガスに劣る再生能力を、リクがその場で治療することで補ったベリアルキラーザウルス戦でも、逆転するほどのパワーアップには到底及んでいませんでした〉

 

 三日前の激戦を振り返りながら、レムが事例を示して解説する。

 

〈今回の石化光線のように、細胞が傷つくことなく生命の危機に瀕するような、特殊な干渉を乗り切ったのでなければ、その場で即無効化とはいかないでしょう。そして、そのような作用は、必ずしも細胞の進化で適応できるとも限らないので、過信は禁物です〉

 

 レムの駄目出しに、やっぱり全然、最強には及ばないんじゃ――と、ルカは暗澹たる気持ちとなった。

 

「そうね。いくら強い武器があっても、使い手自身がきちんとしてないんじゃ、宝の持ち腐れよ」

 

 そんなルカに、明るい調子で声をかけてきたのは、ライハだった。

 何故か、後ろでリクが痛いところを突かれたように仰け反っていたが――そんな彼を無視するように、ライハが言う。

 

「あなたの才能は、あくまで一つの武器。それだけに頼らず、全部引っ括めて、あなた自身が強くなれば良い――違う?」

「ライハ……」

「約束したでしょ。帰ってきたら、弟子にしてあげる、って。私があなたを鍛えるわ――それこそリクより強くなれるように、ね」

「――っ、うん!」

 

 ライハの見せてくれた微笑みに。覚えていてくれた約束に。すっかり嬉しくなったルカは、全力で頷いた。

 

 

 

 

 

 

「――もしもし?」

 

 ルカが目覚めて、話し合いが終わった後。一人地上に出たリクは、携帯電話を操作して、通話を開始していた。

 電波の繋いだ先からは、安堵した息遣いとともに、挨拶が帰って来た。

 

〈ああ、もしもし。おはよう〉

「……昨日は、ありがとうございました。ルカも、喜んでくれました」

 

 電話の相手は、朝倉スイ。遠慮する彼に連絡を取るのは、いつもリクの方からだった。

 

〈そうか……なら、良かったよ〉

「はい。本当に……良かった」

 

 話している最中。ふと、街頭モニターでいつものニュースが流れ始めた――電話越しに漏れ聞こえる音からするとどうやら、朝倉邸のテレビでも、同じ番組が映っているらしい。

 

「何か、手伝いに行くことはない? お客さんとしてじゃなくて……」

〈いーよ、まだまだ君を頼る必要はないから。それに……ベッドの下とか、探られたくないからね〉

 

 冗談めかしたスイの断り文句に、リクは思わず苦笑した。

 

「スイさん。ああいうの、ルカの前ではもう絶対やめてくださいよ」

〈はは、ごめんごめん。でもあれは、君の自爆だからね? ともかく、ちゃんと避難させておくんだよ〉

「もちろん」

 

 そんな、他愛のない話を続ける間にも。

 報道番組では、『気になる世論』が紹介されていた。

 昨夜、星山市を震撼させた怪獣の咆哮――音紋認証により、赤い角の怪獣だと断定されたその声の主は、ウルトラマンジードが一週間前に逃した個体のはずだと発表されて。

 三日前。究極超獣の襲来に、ジードとともに応戦したその怪獣を、どう思うのか。そしてその怪獣を倒さなかったジードのことを、これまで通り支持できるのか。

 喜ばしくないその結果を耳にしながら、リクはスイとの語らいを続けた。

 

「……スイさん。ちょっとだけ、相談いいかな」

〈私で力になれることだったら、言ってみなさい〉

「ありがとうございます。実は……」

 

 年長者であり、かつて町長を務めたというスイに対して、リクは問うてみた。

 ルカに関わる詳細を伏せながら……フワワが懸念していた、ノワール星人のことを。

 ベリアルの子として、彼らとどう向き合うべきなのかを。

 

〈まぁ、そりゃあ、まずは君も話してみるしかないな。この星の法律が適用されないだろう宇宙人相手に、私の経験なんかをどこまで真に受けて良いものか、わかったもんじゃないけど〉

「そんなことないです。ありがとう」

 

 モアとか、専門の大人も付けるんだよ、という助言に御礼を述べていると、スイは続けた。

 

〈まぁ、でもね。文化の違いってのも、尊重はしなきゃならんが――それは、一方的に譲歩するって意味じゃない〉

 

 どことなく、先程までよりも強い語気で、スイは電話越しに告げる。

 

〈別に地球人だって、君たち兄妹には優しくはない。まぁ私も、何も知らないなら似たようなものだったろうが……君のことだ。そんな声にも耳を傾けて、傷ついてくれてるんだろうけど〉

 

 ……ついこの間まで熱中していた、怪獣を狩り、資源とするゲームを嫌がったからか。

 どうやら、教えていないルカの正体も。リトルスターを喪った今でも、リクの秘密は全て、スイにはお見通しだったようだ。

 もしかしたら。ルカを奪われず、また、その手を汚させずには済んだけれど。それしか道がなかったとはいえ、妹が名前を贈った怪獣を倒したことに感じていた引っかかりのことも、例外ではないのかもしれない――続くスイの言葉を聞きながら、リクはそう感じていた。

 

〈話を聞くのが大事なのは、自分の選択で後悔しないようにするためだ。自分の選んだ道の途中で、迷ってしまうことがないように。だから、惑わされずに――ちゃんと、妹を守ってやるんだぞ。陸〉

「――はい」

 

 名付け親からの暖かな激励に、リクはしっかりと頷いた。

 

 

 

 

 

 

 ライハの弟子になったものの――疲れの残る今日はまだ、体を休めるようにと言われたルカは。兄が地上に出ている頃、自室に戻ってベッドで、横になっていた。

 そうして、一人になったことで。ふとルカは、昨夜のことを思い返した。

 

「ねぇ、レム……聞こえる?」

〈はい。聞こえています〉

 

 ヘッドホン型の通信機に手を当てれば、レムからの返答が即座に帰って来た。

 

「フワワは……私のことを、フワワなりに。本気で、守ろうとしてくれていたんだよね」

〈――そう思ってあげているのですね、ルカ〉

 

 少し柔らかくなった気がするレムの返答を聞きながら、ルカは微かに顎を引いた。

 

〈そんな彼女を討ったリクのことを、恨んでいますか?〉

「まさか、ありえないよ。私がそうしようって思っていたぐらい。フワワは自分からお兄ちゃんを騙して、裏切って、地球を脅かした、悪い怪獣だったんだもん。最後の頼みだって、そもそも最初からそうするって、お兄ちゃんが言ってくれてたこと……」

 

 レムの探りに、ルカは何の躊躇いもなく首を振った。

 だが、その後に並べていた罵倒の言葉は、どんどん勢いを失くして行き――最後に、秘めていた残りの感情を、胸の中から吐き出した。

 

「だけど……ちょっとだけ、哀しかった」

 

 エタルガーやヤプールのような、純然たる害意のみの邪悪とは――ほんの少しだけ、フワワは違っていた。

 生きるために必死で、そのためにベリアルから受けた恩義を重んじて。そして、最期はそんな自分の命よりも、ルカの身を案じていた。

 身勝手な振る舞いの、因果応報でしかない末路に。しかし、ただ死んでくれてすっきりした、安心したとは――彼女に名前を渡した張本人であるルカは、どうしても思えなかった。

 

「――ごめん。ちょっとだけ、愚痴を聞いて欲しかったの。お兄ちゃん以外で、フワワのことを名前で呼んでくれたレムに」

〈構いませんよ。私としても、あなたの胸の内を聞けて、安心しましたから〉

「レムは……フワワのこと、嫌いじゃなかったの?」

〈まさか、あり得ません。リクを騙し、石にして、あなたと引き離そうとした相手ですよ?〉

 

 人工知能ながら、好きや嫌いやの感情を当然のように語って、レムがルカの問いに答えた。

 

〈しかし――好き嫌いと、理解を抱けるかどうかはまた、別の話です。リクやライハもかつて、そのような戦いを経験しました〉

 

 レムの語る二人の来歴に、当時のことを知る由もないルカは、それでも想いを馳せた。

 兄も、師も。こんな気持ちを懐きながら、この世界を守り続けて来たのだという事実に、憧れさえも感じながら。

 

〈フワワは私たちの敵でした。ですが……私も、その方が名前をくれたリクのためだからと、彼の命令や意向を無視することが度々あります。この一週間だけでも、リクを救うためだからと、ヤプールに操られたライハを撃ったのも。あなたが戦死する恐れを認めた上で、究極超獣との戦いに送り出したのも。今回、耐性獲得による不意打ちという賭けに、無断であなたを乗せたのも。全て、自己判断による命令無視です。そういう意味で、私とフワワは同類でした〉

「そんなことないよ」

 

 思わず、ルカはレムの言葉を否定した。

 

「だって、レムは……私たちを傷つけるつもりで嘘を吐いたり、脅して言うことを聞かせようとはしないもん。戦いだって全部、私が最初に望んだから、送り出してくれただけ。だから、フワワとは違うよ」

〈そう言ってくれますか、ルカ――では、これからもフワワのようにはならないよう、気をつけさせて頂きましょう〉

 

 ルカの主張に、レムは丁寧に応じてくれた。

 

〈話が逸れてしまいましたね。私もフワワのことは嫌いでしたが、その思考には理解できる一面があった。その意志を、あなたが汲んでくれていたことが、嬉しかった――それだけの話です〉

「……絶対に、フワワの手を取る気のない勝手な言い分だけど、ね」

 

 持ち上げられるのも、何だか少し嫌になってきて。そんな風に自嘲するルカへ、レムは続けた。

 

〈それはやむを得ないことでしょう。ですが、自らの立場や感情を踏まえた上で、違う視点からも物事を考えられるのは。私がただ植え付けた知識だけの理由でなく、あなたが自らの意志で考え、思考する一個の知性を――心を育んでいることの証明です。リクの妹が、そんな風に育っている様を見届けられること。成長する手助けができることは、利用者をより良い道へ導くための報告管理システムである私にとっても、喜びなのです〉

 

 今のは皆に内緒ですよ、と。いたずらっぽく、レムが付け足した。

 

〈どうか、その心の片隅に――フワワのことも、覚えていてあげてください。その結末を、寂しいと思った自分の気持ちを。それがあなたにとって、次の哀しみに気づき、その未来を変えるための糧になるはずです〉

「うん――ありがとう、レム」

 

 リクから名前を貰った者同士、密かな語らいを終えながら。

 それっきり、レムの声が聞こえなくなったのを認識したルカは、言われた通りに、フワワのことを反芻した。

 

 ……ルカがその道を拒否していることを理解して、なお良かれと思い押し付けてくる、言ってみれば独り善がりな怪獣だった。本当に、レムとは大違いだ。

 それでも――例え、利用する目的であっても。世の多くの人から死を望まれているルカを守ろうとしてくれた、数少ない相手でもあった。

 出会い方が違っていれば……なんて仮定は、無意味だろう。怪獣使いであるベリアルに救われた過去がなければ、凶暴な魔獣であるガーゴルゴンが、ルカに好意的に接してくれる因果は存在しないだろうから。

 だから、考えるとすれば、出会った後だ。フワワの誘いを受ける理由はどこにもない。だけど、もっと――もっと話してみれば、もしかしたら、何か変わったのだろうか。

 

 今回の騒動で、余計に嫌いになったけど。もしも、彼女の心酔したベリアルを、貶めなければ。

 彼女を追い詰めたノワール星人の恐ろしさよりも、彼女が甘いと蔑んだウルトラマンジードの優しさを信じて貰えるように、もっと言葉を尽くしていれば。選んだ道が異なる者同士でも、別の結末があったのだろうか。

 

 ……いくら考えても、答えは見えなかった。既に終わってしまった過去を変えられるか、試すことは不可能だ。

 だから、レムの言うように。この胸に残る悔いに学びながら、未来を変えるためにこそ、ルカは考えるべきなのだろう。

 

 死んでしまった相手とは、もう話せないのなら。もう何も、変えられないのなら――生きている間に、充分ということは決してないとしても。お互いが同じ時間に生きている奇跡をもっと、大切にするべきだと。ルカはそう思った。

 そうして――自然と頭を過ぎった顔を思い浮かべながら、ルカは独り言ちた。

 

「また、スイさんのお見舞い……行きたいなぁ」

 

 またきちんと、兄と相談しておこう。

 そう決意しながら。胸の内を整理したからか、思い出したように昇ってきた疲れに身を任せて、ルカはゆっくりと瞼を閉じた。

 また明日。朝倉ルカとして選んだ道で、悔いなく生きるための力を、蓄えるために。

 

 

 

 

 







第4話あとがき



 ここまでご一読頂き、ありがとうございます。もしお楽しみ頂けたのなら幸いです。


 以下、いつもの雑文。興味ない方は読み飛ばしてください。

 久々の投稿が、オリ主タグ付きらしくオリ主を盛る長文SSになったことに戦々恐々とする作者です。
 構想では次話の方が扱う要素が多いため、一部を先出ししてみた結果なのですが、テレビシリーズの一話分という尺に収めるのはそろそろ厳しい分量になっているため、今回はディレクターズカット版という形でご了承くださると幸いです。

 今回は主に、培養合成獣スカルゴモラという怪獣に関する独自の強化設定について、元ネタを含めて解説できればと思います。こっちも長文になります……

・最強合成怪獣、スカルゴモラ
 これ自体は原作中で、創造主であるチブル星人マブゼが言っていた要素の回収になります。
 自称宇宙最高の頭脳の持ち主なマブゼは言動は小物ですが、その気になればすぐに本物と同等の戦闘力のにせウルトラマンベリアルを造ってしまえるほどの科学者です。
 そんなマブゼが、(造った順番の都合かもしれないですが)培養合成獣スカルゴモラのことを「究極の怪獣」「最強合成怪獣」、その誕生を「誰もなし得たことのない奇跡の瞬間」と称し、にせウルトラマンベリアルを産み出した際にはそういったことにはまるで触れませんでした。
 そのため、「誕生直後の戦闘力ではにせベリアルが上だが、成長性を加味するとマブゼの造った中で最強の生命体は、実は培養合成獣スカルゴモラである」という解釈自体は、完全に不可能なものではないのかな、と想定しています。
 理由付けとしては、まず何よりも拙作中で触れた通り、「生まれた時点で自分自身を能力の対象に取れる、怪獣でもあるレイオニクス」なことが一番ではないか、と考えております。

 個人的には、ウルトラマンベリアルは自らの命を託して怪獣を強化する道を選ぶほど、他者を信じられない人格であったと解釈しています。それよりも自分自身を強化する方が好みであり、ベリアルがよく怪獣化したがるのはそういう理由なのかな、と。(この辺りの設定が実際に言及されているのはジード超全集のキメラベロスでふんわりぐらいの記憶ですが……)
 そのため、怪獣の戦闘力を向上させるレイオニクスとしてはレイやグランデに劣り、ギガバトルナイザーこそ与えられているものの、レイブラッド星人から復活用の依代に選ばれることはなく、本人を戦力とする鉄砲玉扱いだったのではないかなと考えております。ちょうどマブゼにとってのにせベリアルも、邪魔者を排除するための即席鉄砲玉であって本命ではないのではという話とも重なる解釈になる気がします。

 話を戻すと、そんなベリアルを培養合成獣スカルゴモラがレイオニクス要素での自己強化で越えられる可能性については本文中で触れた通り、ベリアルのようにそのために余分な力を使う必要がないことと、ゴモラとレッドキングというレイオニクスバトルで最後に残った二体が素材であることから、という想定です。

・ゴモラ(とザラガス)
 今回の最大のぶっこみどころになりますが、一応(苦しいですが)元ネタはあります。
 まず、ザラガスが改造された怪獣ではないか、というのはウルトラマンジード原作のシリーズ構成である乙一先生が、ウルトラマンに携わるに当たって尊敬する先輩SF作家として名を挙げていた一人、山本弘先生の小説『多々良島ふたたび』にて披露されていたネタになります。
 そのため、乙一先生が同じく名を挙げていた小林泰三先生をリスペクトしてアトロシアスの名称をアルファオメガにしようとしていた、という話から、「乙一先生なら、ザラガスの設定は山本弘先生の作品のネタを拾うのではないか?」と考えました。

 そして、ザラガスの改造元は何かと考えれば……きぐるみの改造元はゴモラでした。そこで本文中で触れたように「ウルトラマン作中でゴモラが落下のショックで覚醒したのは本来の生命力を取り戻したからではなく、不意打ちの衝撃に呼応して、近縁種であるザラガスのように細胞が強靭に進化したから」という本作独自の解釈を入れることで、ゴモラの超希少遺伝子、あるいは突然変異的にザラガスの元になった能力を持つ個体が存在し、それに近似した遺伝子を組み込まれたのが培養合成獣スカルゴモラなのではないか、という設定としました(漫画『大怪獣バトルウルトラアドベンチャー』第4話でのイオのゴモラの覚醒描写と矛盾する気はしますが、整合性を優先するのは映像作品の方ということでお許しください。あちらもあくまでイオの推理、ということで……)。

 また、既にサービス終了したゲームとなりますが、『ウルトラ怪獣バトルブリーダーズ』において、ゴモラの固有スキルは覚醒すると、端的に言えば「攻撃を受けるほどに強くなる」能力として設定されていたのも、ザラガスとの共通点として考えられる元ネタとしております(ザラガスは未参戦でした)。ちなみに同ゲームの(肩書はベリアル融合獣ですが)スカルゴモラの固有スキルも同様、覚醒すれば「攻撃を受けるほどに強くなる」と言える能力でした。
 また、同ゲームにおいては『ウルトラマンX』においてダークサンダーエナジーでEX化したゴモラを例に、「ゴモラのEX化は本来レイオニクスの能力に限定されるものではなく、一部のゴモラが最初から備えている可能性」という論が展開されていたため、ザラガスのような変身能力に近いものである、とも解釈した形になります。

 この辺りを踏まえて、ザラガスも類似する要素として設定しておりますが、作中でも触れたようにザラガスほど即パワーアップできる能力ではなく、(少なくとも当面は)ストルム器官の相互互換程度のブースト要素という想定になります。ちなみに第3話のベリアルキラーザウルス戦で、ライハが感じた違和感の正体はこの能力による細胞の強化のつもりで書いていました。
 ゴモラがザラガスの改造元かつ、個体差はあるものの戦うたびに細胞が強く進化する遺伝子持ち、という設定は完全に独自のものとなるため、受け入れ難い方は本当に申し訳ありません。

・レッドキング
 こちらも公式設定には特にないことを触れていますが、要は他の怪獣よりも火事場の馬鹿力を出し易い種族である、というだけなので、ゴモラどころかガーゴルゴンよりも違和感の弱い独自解釈かとは思いますが、念の為触れておきます。
 ただ、これまたウルバトのネタになりますが、レッドキングがその火事場の馬鹿力を発揮するのは自身以上に、仲間のため――「守るべきもの」がある時にこそ強い、という設定はなかなかに好みです。
 作中で触れられないメタ要素なのでこちらで勝手に述べたいと思いますが、もしかするとマブゼが与えた要素の中で一番彼の想定を越えているのは、このレッドキングの要素かもしれないと考えております。
 マブゼとしては培養合成獣スカルゴモラ自身が傷ついた際の保険として組み込んだ程度の遺伝子ですが、朝倉ルカとなった彼女からすれば、自分以外の誰かのために戦う時にも、限界以上の力を発揮することを手伝うレッドキングの遺伝子にこそ、特に助けられるのかもしれません。



 その他としては、今回のフワワの顛末が、その他のベリアル軍残党に『ウルトラヒーローズEXPO THE LIVE ウルトラマンゼット』第一部展開を決意させた理由となった、という風に考えております。(ネタバレに配慮した言い方)




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第五話「そして僕にできること」Aパート

 

 

 

 一人ぼっちだった僕を、救ってくれた君に。してあげられることは、なんだろう。

 

 悲しんでいる時に、一緒に泣いてあげること。

 嬉しい時に、微笑んであげること。

 道に迷った時に、一緒に悩んであげること。

 

 そして。僕にしかできない、何よりも大切なこと。

 

 それは――

 

 

 

 

 

 

「おっ、その子がリクの妹さんか!」

 

 リクたちが訪れたのは、アルバイト先である移動式マーケットだった。

 兄妹と、ライハを出迎えた面長の中年男性の名は久米晴雄(ハルヲ)。雇用主であり、この銀河マーケットにまだ店舗が在った頃は、当時のリクに住居まで提供してくれていた恩人の一人だ。

 そんな店長に対し。リクとライハが促すと、おずおずとルカが前に出て、会釈した。

 

「はじめまして、朝倉ルカです。その……今日からよろしくお願いします」

「おう、よろしく。いつも人手不足だから、店員が増えてくれるのは助かるぜ!」

 

 今日は、ルカの初めての出勤日だった。

 リクと同じく食いしん坊のルカが加わってから、星雲荘のエンゲル係数は急上昇していた。家計の助けになるべく、また、兄やライハとともに過ごす時間を増やしたいと、ルカ自身が銀河マーケットでのアルバイトを希望したのだ。

 いつか店長にも、ルカのことは紹介したいと思っていたところである。調整を買って出たリクにとっても、好都合な話だった。

 そして、面倒見の良い店長は、妹が見つかったと急に言い出したリクの頼みを快諾し、顔を合わせるその日から働くことを許可してくれた。

 

「詳しくはリクやライハに教えて貰ってくれ。客入りはその日次第だけど、いきなり忙しいこともあるから、ちゃんと気合い入れろよ!」

「はい、頑張ります!」

「良い返事だ! ……妹さん、見つかって良かったな、リク」

 

 ルカの返事を受け、満足そうに頷いた店長は、表情を緩めてリクを見てきた。

 

「ありがとうございます、店長。無理を言ったのに」

「良いってことよ。俺とおまえの仲だし、おまえの妹さんなら間違いないだろ」

 

 店長の寄せてくれる信頼に、リクは少しくすぐったい気持ちになった。

 

「ま、金髪だったり肌焼いてたり、リクの妹にしては派手でびっくりしたけどな!」

 

 ただ――久米ハルヲは少々、デリカシーに欠けるところがあった。

 

「か……髪も肌も、元々だもん!」

 

 リクの妹にしては派手、などと言われたせいか。どこか羞恥の滲んだ声で、ルカが抗議した。

 初対面の雇用主相手のためか、怒りこそ控え目になっているものの。その分、やり場のない感情が涙として排出されそうになっている妹の様子を見て、リクは思わず恩人に向ける視線を鋭くした。

 

「店長。それ……セクハラ」

 

 だが、リクが店長に食ってかかる前に、隣からゾッとするほど冷たい声が放たれた。

 眼鏡の奥、恐ろしく冷めきった目に、確かな怒りを覗かせながら店長を睨んでいたのは、ライハだった。

 

「次そんなことしたら……わかってますよねぇ?」

 

 腕を垂らしたライハが放つ、底知れぬ圧力に。リクも思わず動きが止まった。

 それを直接浴びせられた店長は、いわんやである。

 

「……は、はい。気をつけます」

 

 辛うじて。腹を空かした人喰い熊を前にするよりも丁重に、刺激しないよう必死の表情で。店長は何とかそれだけの言葉を絞り出し、二度頷いた。

 自業自得ながら。ライハに怯える店長の様子を見て、リクは何も言えなくなってしまっていた。

 

「行きましょ。お客さんが来る前に、色々教えてあげる」

 

 そうして、剣呑な気配をすっかり引っ込めて。笑顔のライハは、ルカを連れて品出しに向かって行った。

 可愛さ余って憎さ百倍の、逆とでも言うべきか。一緒に出歩く時には外でも眼鏡をかけるぐらい、すっかりルカと仲良くなってくれたのは、本当にありがたいものの。最近のライハが過保護気味なため、自身が妹を甘やかし難くなっていることが、リクには正直複雑だった。

 

「……漏らすかと思った」

「やめてくださいよ」

 

 情けない告白を叱咤して。可愛い妹ではなく、店長のケアを担当することになった事実で苦い気持ちになりながらも、リクは事情を説明することにした。

 

「ごめん店長。ライハもこの頃、ちょっとピリピリしてるから」

「……ライハが怖いのは元からじゃないか?」

 

 軽率に命知らずな疑問を零す店長を咎め、女性陣の様子を窺って胸を撫で下ろしてから、リクは言葉を続ける。

 

「その……実は、狙われてるんです。ルカ」

「……何だって?」

 

 リクの告白に、店長の声も一気に引き締まった。

 

「どういうことだ、リク」

「それは……その、僕らの親に関係してるらしい人に、というか……」

 

 久米ハルヲは、朝倉リクがウルトラマンジードであることを知らない。

 故に、言葉を濁しながらの説明となったが、真剣な表情となったままの店長はそれを気にせず、別のことを詰問して来た。

 

「そんな状況でバイトになんか来てて、大丈夫なのか?」

「ずっと、外に出ないわけにはいかないし……それに、僕やライハの傍に居る方が、安全かなって」

「それは――まぁ、そうだな」

 

 ほぼ、ライハのことだけを頭に浮かべた様子ながら。店長は納得したように頷いた。

 

「それで、ライハもルカのために気を張ってくれているから……」

「……なるほどな。悪かった。後で、ちゃんと謝っとく」

 

 心底から悔いた様子で、そう呟いた店長は続けた。

 

「リク。何かあったら、いつでも頼れよ。そういうことだったらバイト休んでも良いし、店番中に居なくなっても見逃してやる。給料の前借りも全然オーケーだ」

「本当に!?」

「ああ。やっと見つかった妹さんで、おまえらたった二人だけの家族なんだろ? ……兄貴が守ってやらなくてどうするんだ。そのためなら、遠慮なんかすんな」

 

 自身も妹を持つ店長が、力強く言い切ってくれたのに。リクは、思わず目を細めた。

 

「……ありがとうございます、店長」

「気にすんな。けど、そういうのない間はちゃんと働けよ! 怪しい奴にもおまえにも、俺は目を光らせておくからな」

「はい。……でも、見張りが必要なのは店長の方でしょ」

 

 日頃の勤務態度を引き合いに、生意気な口を叩きながらも。リクの胸の内は、暖かな気持ちでいっぱいだった。

 自分たちの秘密を知らないままでも、ルカのことを本気で心配してくれるその様子が。

 決して、完璧な人格者ではないとしても。店長もまた、大切な恩人であると再認識できたことが、本当に嬉しかったから。

 

 

 

 

 

 

「ばいばい」

「ばいばーい!」

 

 お菓子を手渡した小さな女の子――伊賀栗マユに別れの挨拶をしながら、ルカは笑顔で手を振った。

 閉店予定時刻の手前、偶然近くを通りがかった伊賀栗家の御一行。リクたちを含め軽く談笑した後、ルカの初バイト記念に、ということで。奮発し、マユの欲しがったお菓子を購入して去っていく背中を見送っていると、背後から店長が声をかけて来た。

 

「……ご苦労さん。もう片付け始めてくれて良いぞ」

 

 その一声で気の緩んだルカは、どっと疲れが押し寄せてくるのを感じた。

 初めての労働は、戦いとは別種の緊張感が神経を削った。慣れた様子のリクやライハが平然と業務を続ける姿には、素直に感心するところだ。

 

 ――明日にでも、自分がもう、地球に居ないかも知れないなんて。考えても仕方ないことは、考えないようにして。

 

 ここでも早く、皆の力になりたい。そう新たに決意しながら、踵を返そうとしたルカはその時、一組の男女の接近に気がついた。

 

「あっ、いらっしゃいませー!」

 

 片付けを始めても良い、ということは、まだ今日の仕事は終わっていないわけで。

 接客中のリクやライハより先んじて、営業用の笑顔に戻ったルカの呼びかけで、銀河マーケットへ近づいてきていた片割れ――長身痩躯をした黒髪の青年が、その知的な顔立ちを温和に緩めた。

 

「こんにちは。ここが、銀河マーケット?」

「はい、そうです。お世話になっています」

「じゃあ……もしかして、君がルカちゃんかな?」

 

 不意に、名指しで問いかけられて。

 物静かな雰囲気に似合わない、何かの隊員のような装いの相手に一切の心当たりがなかったルカは、思わず立ち竦んだ。

 

「……はいどーも! お客さん、うちの新人に何か用かな?」

 

 そんな緊張に、いち早く気づいたように割り込んできてくれたのは、店長だった。

 露骨な作り笑いを浮かべた彼は、青年が返事するよりも先に、次の問いかけを矢継ぎ早に投げ始める。

 

「変だなぁ、この子今日から働き始めたんだけど……何でここで会えると思ったの? 知り合いじゃなさそうだけど、どういう関係だ? お?」

 

 警戒心を隠さず、威嚇すらしながら、店長は青年に詰め寄ろうとする。

 その時、困惑した様子の青年の背後から、小さな影が躍り出た。

 

「そんなにカッカしちゃ駄目ですよ」

「……お嬢さん、誰?」

 

 店長が問いかけた相手は、学生服に身を包んだ、波打つ長髪の少女だった。

 

「はじめまして。湊アサヒです!」

 

 柔和な顔立ちで、険しい表情の店長に対しても微笑みを崩さない彼女――アサヒはその手をポケットに潜らせると、紙で包装された小さな玉を取り出した。

 

「イライラしている時には甘いものです。はい、飴ちゃん♪」

「あっ、これはどうも……」

 

 釣られたように笑顔となって、アサヒの手渡してきた飴を受け取る店長。青年に対する威圧的な態度はどこへやら、すっかり毒気を抜かれた様子だ。

 

「はい、あなたもどーぞ♪」

「えっ、あっ、どうも……?」

 

 アサヒは続けて、ルカにも飴玉を手渡してきて。思わず受け取ってしまうと、嬉しそうに頷いた彼女はさらに、連れの青年へと振り返った。

 

「ほら、大地さんも」

「えっ? ありがとう……」

「それじゃあ一緒に食べましょう! 皆で、ハッピー♪」

「ハッピー♪」

 

 アサヒの呼びかけに唱和したのは、仮にも駄菓子を扱う商店の主のくせに、飴玉一つであっさり懐柔された店長だけだった。

 

「――アサヒ?」

 

 そのフレーズに、心当たりがあったのか。こちらに合流してきたリクが、訝しむようにその名を口にして――少女の姿を認めると、驚きの後に顔を輝かせた。

 

「うわ、アサヒじゃないか! 大地さんも! えー、どうしてここに!?」

「お久しぶりです、リクさん! 来ちゃいました♪」

 

 思わぬ再会だったのか、歓声を上げるリクと。同じく嬉しそうに敬礼のようなポーズで応じるアサヒの様子を見て、ルカは絶句した。

 ……あんなにも高揚した、幸せそうな兄の笑顔。妹の自分でさえ、初めて会った頃しか、向けて貰ったことがないというのに――っ!

 

「り、り、りりりリッくんんんんんんっ!?」

 

 ルカが胸の内に留めた悲鳴が、違う呼び名の形となって、音声として聞こえてきた。

 騒がしいそちらの様子を見ると、見覚えのある顔が、驚愕に歪んだまま近づいてきていた。

 

「な、なんで!? どうしてその子と!?」

 

 靴を鳴らしながら銀河マーケットに現れたのは、AIBのエージェントであるモアだった。

「おっ、モアじゃないか! 久しぶり!」と呼びかける笑顔の店長を完全に無視して、モアはリクとアサヒに向かって直進してきた。

 

「リッくんから離れなさい! この! 私はAIBよっ!?」

「リクさん、こちらの綺麗なお姉さんは? AIBってどういうことですか?」

 

 詰め寄るモアの剣幕を気にせず、マイペースにリクへと問いかけるアサヒ。

 同じく「AIB?」と首を傾げる店長の方に、モア同様に黒服の人物数名が集まり、何やら商談を持ちかける体で騒ぎの場から隔離して行った。隠蔽工作のようだが、その成否を気にする余裕などルカにはない。

 

「……落ち着け、愛崎モア」

 

 そうして、ルカが事態を注視する現場へと、無表情なのに呆れた気配を纏って現れたのは。モアの上司たるAIBのエージェント、シャドー星人ゼナだった。

 

「失礼、我々はAIB。この地球に訪れる異邦人の干渉を管理するための組織だ」

 

 ゼナは距離を保って止まると、己の背中に手を回した。

 明らかに武器へ手を置いた体勢のまま、先程大地と呼ばれた青年へとゼナが告げる。

 

「基本的には異星人を想定しているが……君たちのような別宇宙からの旅人も対象となる。何の目的でこの星を訪れた」

「……協力の要請です。ウルトラマンジードへの」

「何?」

 

 一触即発、にはまだ数歩足りないものの。互いに警戒した様子の二人の間に、両方と顔馴染みのリクが割って入り――訪問者の思わぬ正体を告げた。

 

「ゼナさん、モア。この人は大空大地さんで、あの子は湊アサヒ。二人とも、AIBの敵じゃなくて、僕の知り合いの――ウルトラマン、なんだ」

 

 

 

 

 

 リクを仲介役として。大地とアサヒ、別世界のウルトラマン二人を伴い、勤務時間を終えた銀河マーケットの従業員三名は、AIBの地球分署・極東支部を訪れることとなった。

 

「アサヒ、久しぶり!」

「わ、ペガくん! お久しぶりです!」

 

 余人の目を気にせず済むようになったペガが、影から顔を出し。アサヒと再会を喜び合うのを、微笑ましく感じながら。同時にリクは、心底から悩ましい想いに囚われていた。

 ……それは、何やらモアと揃ってアサヒを凝視していた、ルカにも関係することで。

 

「待たせてしまったようだな」

 

 そのルカたちは一旦、モアによって別室へ移され。リクがウルトラマン二人とともに会議室へ通された後。ゼナが、リクも初めて見る白衣の男性を連れて帰って来た。

 

「彼は、ゼットン星人のペイシャン博士。AIB極東支部研究セクションの、現責任者だ」

「……面と向かって会うのは、初めてだな。ウルトラマンジード」

 

 ゼナに紹介された壮年の男性――ゼットン星人ペイシャンは、真っ先にリクを見てそう告げた。

 

「朝倉リクです。よろしく」

「ゴドー・ウィンが迷惑をかけたそうだな。悪かった」

 

 かつて、リトルスターを狙いAIBに潜入していたゴドラ星人の工作員の名を口にしながら、ペイシャンはリクに向けて小さく頭を下げてくれた。

 続けて、各々が軽く自己紹介を終えたところで。ゼナが大地を見て言った。

 

「ウルトラダークキラーの件では、君にも世話になったそうだな。ウルトラマンエックス――大空大地」

〈ジードとは違い、私と大地は、別人格だがね〉

 

 その声の出処は、大地が腰掛けた席の机に置いた万能端末、エクスデバイザー。

 その中に身を潜め、今は画面にシルエットとして表示されているウルトラマン――大地の相棒である、エックスによる回答だった。

 

「――失礼した。ウルトラマンゼロの例と同様ということか。改めて礼を言う、ご両人」

「ま、挨拶はこの辺で良いだろう。それより、さっさと本題に進んだらどうだ、ゼナ?」

 

 ペイシャンの催促を受け、ゼナが再び大地へと向き直った。

 

「では、もう一度、そちらの要望を確認しよう。……ウルトラマントレギアの討伐に、ウルトラマンジードの力を借りたい。そういったことで良かったかな?」

「はい。先のウルトラダークキラー事件の黒幕こそ、トレギア――奴を倒さない限り、これからもいくつもの宇宙に被害が及ぶ可能性がある」

 

 ゼナの問いかけに、大地が真剣な眼差しで頷いた。

 悪のウルトラマン、トレギア。多元宇宙を股にかけたその暗躍と、リクは既に二度に渡って対決していた。

 そも、トレギアという巨悪の存在が明らかとなったのは。他ならぬリク自身と、ペガがトレギアにより拉致され、アサヒたちの暮らす宇宙まで連れ去られたという事件に端を発したものだった。

 

〈トレギアの力は強大だ。ウルトラダークキラーたちも、奴が隠し持つ力の一部で復活したに過ぎなかった〉

「先日、トレギアと交戦したウルトラマンゼロから、神出鬼没の奴が今、ある地球に執着しているらしいとの情報提供を受けました。しかし同時に、今の光の国はそこに人員を割ける状況にないとも」

「それで、代わりに別宇宙のウルトラマンを揃えて、居場所が明白な間に奴を叩いてしまおう、って魂胆か」

 

 ペイシャンの要約した答えに、大地は深々と頷いた。

 急遽生じた別の任務の都合上、参戦できないというゼロは、まずトレギアとの因縁が特に深いアサヒたち兄妹ウルトラマンに情報を伝え。続いて、彼の持つ次元移動装置・ウルティメイトイージスを模した装備を持つエックスに協力を要請し。大地とアサヒが、メンバー集めのために世界の壁を越え、この地球を訪れたと……そういう話であるらしい。

 曰く。トレギアは不死身の難敵だが、かつてタロウやその兄たちの力を借りたウルトラマンギンガならば、その特性ごと無力化し得る術を知っているのだという。

 ただ、そのギンガの秘策を用いるには。相応の力を持ったウルトラマンが、複数名必要になるそうで。

 

〈ウルトラマンジードは、今回集めるメンバーでも唯一、過去にトレギアを倒した実績がある戦士だ。決して欠かすことのできない戦力だと、我々は考えている〉

 

 デバイザーの中から、エックスがリクを指して言った。

 結局のところ。あの時自分が、トレギアを仕留めきれていなかったがために。その後も数多の混乱が続いているという自責の念をずっと、リクは抱いていたのだが――そんな信頼を向けて貰えたことで、少し気持ちが軽くなった。

 だが、それだけに……彼らの申し出へ、素直に首を縦に振れないことが、心から申し訳なく思えていた。

 ……何より。トレギアに狙われたアサヒの前で、こんな返事をするしかないことが、悔しくて。

 

「リクくん。急な話だとは思うけど、俺達と一緒に来てくれるかな?」

「……ごめんなさい、大地さん、アサヒ。僕は……今は、行けません」

 

 その回答に、大地はやや驚いたように瞠目していた。

 

「……その事情を説明するために、君たちをここへ案内した」

 

 拒絶の言葉を絞り出すのに、やっとだったリクに代わって。ゼナがそう口を開いた。

 

「ほんの二日前のことだ。地球全域へ向けて、このようなメッセージが送信された」

 

 ゼナの操作で、会議室に空間投影型のモニターが出現した。

 

《――我々は、ノワール》

 

 そこに映し出されたのは、硬質な肌で全身を装甲した、緑色の宇宙人の姿だった。

 

《地球人と、ウルトラマンジードに要請する。我々がベリアルの血を引いた怪獣――培養合成獣スカルゴモラを確保するために、君たちの星でしばしの間、活動する許可を頂きたい》

 

 そして――リクたちを悩ます、最大の問題を、彼らは宣言した。

 

《我々が目的を達成すれば、地球はもう、あの恐ろしい怪獣の脅威に悩まされることはない。かつてベリアルにより踏み躙られた我らの母星、その尊厳を再生するためにも、諸君らの協力を期待する》

「……そもそもはこういった地球文明への干渉を制限するのが、俺たちの仕事だ」

 

 メッセージの再生が終わると同時に、ペイシャンが口を開いた。

 

「この通信も、AIB関係者以外には届かないように制限させて貰ったわけだが……ヤプールやギルバリスという特例を除けば、惑星の文化圏丸ごとで介入して来る相手なんて、実のところ組織設立以来初めてのことでな。正直、少々手に余っている」

「そして――先程ノワール星人が、その身柄を要求した相手が……」

「……ルカちゃん、というわけですね」

 

 ゼロからその存在を聞いていたのだろう大地は、ゼナの告げようとした課題を先んじて把握していた。

 培養合成獣スカルゴモラ――リクの妹であるルカが。一つの星の社会、そのものから狙われているという状況を。

 

「えぇ!? 一大事じゃないですか!」

 

 思わず、と言った様子でアサヒが声を上げた。そのまま、アサヒはリクを振り返る。

 

「リクさん、どうして謝ったんですか!? ルカちゃんが誘拐されそうなのに、ほったらかしで余所に行ける方がおかしいですよ!」

「だって、それは……」

 

 ……自らがトレギアのターゲットとなり、闇の巨人に拐われる恐ろしい思いをしたアサヒの前で――奴との戦いを拒んだことは、一切追求されていないのに。

 本気で怒ったようなアサヒの剣幕に、即答できない己を、リクは情けなく思いながら。ぽつぽつと、胸の内を吐き出した。

 

「これは、僕たち家族だけの問題だから。地球人のほとんどは、ルカに――スカルゴモラに消えて欲しいと思っている。そんな皆の願いを無視して、僕はルカのために戦おうとしている。トレギアとの決戦を、放置してまで」

 

 ……それは果たして、なりたいと願ったヒーローの在り方なんだろうか。

 この選択を覆すつもりはない。それでも、後ろめたさを感じるリクに対し、優しく投げかけられた声があった。

 

「君はそれを、間違ったことだと思っているのか? リクくん」

 

 声の主は、柔らかな表情の中にも、強い意志を覗かせた大地だった。

 

「もしも、君が――同じような状況にある、知らない他の人を見たら。君は何も悪くないその人に、大人しく家族を差し出せって迫るのかい?」

 

 大地の問いかけに、リクは躊躇いながらも首を振った。

 それを見届け、頷きながら。大地は穏やかに問い続ける。

 

「どんなに大勢から、悪く思われていたって――君はその人たちを、守ろうとするんじゃないかな?」

「それはそうですよ、大地さん。あたしの知ってるリクさんは、そういう優しい人です!」

 

 急に割り込んできたアサヒの勢いに、やや面食らった様子を見せながらも。続けて微笑を浮かべた大地は、アサヒの主張を否定しなかったリクに向けて、言った。

 

「それが答えだ。今回はその誰かが、たまたま君たち自身だっただけのことだよ、リクくん」

 

 大地の言葉に、アサヒも嬉しそうに頷いてくれた。

 ……二人のウルトラマンから、そう認めて貰えたことに。

 リクは目元に熱い物を覚えて、思わず顔を伏せた。

 

「……一応、確認させて貰うと。ノワール星人は、ルカちゃんのことを丁重に扱うために連れて行こうとしているわけじゃないんですよね?」

「あの口ぶりがそう聞こえるなら、大したもんだな。怪獣を資源とする奴らの文化を考えても、連中がベリアルへの恨みを晴らすための生贄にする以外の目的はないだろう。どんな風に弄られた末に殺されるか、わかったもんじゃない」

 

 目元を拭っている間に。大地がペイシャンと言葉を交わしていた。

 

「あなたたちは、そのノワール星人の要求に対して、どういった対応を考えているんですか?」

「組織の目的と、現時点で持ち合わせている能力から考えれば。実現可能な線で言えば奴らの要求を呑んで、速やかかつ秘密裏にお帰り頂きたいところだな」

 

 ペイシャンの述べた答えに、大地の目が鋭くなった。

 

「そんな! ダメですよ!」

 

 机を叩いて立ち上がったのは、アサヒだった。

 二人が怒りを見せてくれることに、少しリクが勇気づけられている間に――リクが取り乱さずに済んでいる理由を、ゼナが解説し始めた。

 

「博士が言ったのは、あくまで一つの選択肢だ。だが、我々は既に、ウルトラマンジードに返しきれない借りがある。そして、培養合成獣スカルゴモラ自身にも、な」

 

 超時空魔神エタルガー。異次元人ヤプール。石化魔獣ガーゴルゴン。

 この十日で、地球を襲った外なる脅威の全てを防ぐのは、ウルトラマンジードとAIBだけでは不可能だったかもしれない。

 例え、彼らの主たる狙いがルカであったことを加味しても。いつか訪れる脅威だったことに変わりはないと、AIBは判断してくれていた。

 

「ノワール星に屈することで、今後彼らの協力を得られなくなるデメリットを、組織として無視できない――そして、個人として、この子たちを悲しませたくないと願う構成員が存在していることも、また事実だ」

 

 リクは、真っ先にモアのことが脳裏に過ぎった。

 そして、彼女の声を届けてくれたのだろう、ゼナたちに対しても、深い感謝を胸に抱いた。

 

「故に、彼らの要求には断固として拒否を突きつけると、そう結論が出た」

「ま、下手に刺激して即全面戦争なんてのは論外だから、一旦要求を黙殺する形で様子見しているところだがな」

 

 リクたちの顔馴染みであるゼナに代わって。組織の冷たさを引き受ける役割を担うようなペイシャンの回答に、しかし大地が頬を緩めていた。

 

「そういうことなら――俺たちにも協力させてください。良いよね、アサヒちゃん?」

「はい、もちろんです!」

 

 呼びかけに、アサヒが躊躇いなく頷いてくれたのを見て――リクは、なぜだか救われた気持ちになった。

 

「感謝する。願ってもない申し出だ。ウルトラマンがさらに二人も付いてくれれば、交渉の前提は大きく変わる」

「だが、良いのか? トレギアが滞在している宇宙は、このサイドスペースよりも時間の流れが速い。ここで悠長に構えている間に、取り逃がす可能性もあるだろう」

 

 素直に喜びを見せるゼナに代わって、ペイシャンが疑問を呈した。

 

「さっき話にあったように、AIBは既にウルトラマンジードの協力をアテにしているところがある。そのジードを二度もこの宇宙から離脱させたトレギアはトレギアで、三度目が起こる前に、ウルトラマンたちで計画的に対処して欲しいところでもあるんだが」

〈確かに。もしもトレギアを取り逃がしてしまえば、さらなる混乱が生じる可能性は無視できないだろう〉

 

 ペイシャンの問いに、エックスがデバイザーの中から答えた。

 

〈だがそれは、ここで起きるかもしれない悲劇を無視して良い理由にはならない。この先で起こるかもしれない事件を防ぐためにトレギアを止めるのと、ノワール星人の侵攻に対抗するのは、私たちにとっては同じことだ。ウルトラマンジードが、その戦いを選んだように〉

「それに、あなたたちが、リクくんたちを悲しませたくない仲間の想いを汲んでくれたみたいに……俺たちも、大切な友人の力になりたいと思うんです」

「エックス……大地さん……」

 

 思わず、リクがその名を呼べば。大地は淡く微笑みながら、リクの方を振り返った。

 

「君は、戦友であるだけじゃない。その自由を奪うことなく、怪獣とも共に生きる――俺の夢を叶えてみせた、尊敬すべき先人なんだ」

「そんな……それは、僕が凄いんじゃなくて、ルカが選んでくれたからです。こんな僕を、お兄ちゃんだって……」

 

 大地からの賛辞に、自然と口に出た言葉は。いつかレイトから聞いたそれと、よく似ていた。

 レイト(普通の人)とは、逆かもしれないと言われたリクは、やっと。自分の大切なものを見つけることができたのだと、改めて感慨深い気持ちとなった。

 

「――ルカちゃんだけじゃないですよ、リクさん」

 

 そんなリクに。お互いを想い合える家族の大切を説いてくれた――そして、リクの孤独に寄り添ってくれた少女が、訂正を口にした。

 

「だって私、ゼロさんから聞きましたから! リクさんが、どんなにルカちゃんのことを必死に守ったのか……諦めずに、大切な家族のことを想ったのか。その気持ちが通じたから、ルカちゃんもリクさんの妹であることを選んだんですよ」

 

 当時のことを想起したリクが、恥ずかしいと思う間もなく。どこか自身を重ねるようにして、アサヒは気持ちを込めて熱弁していた。

 

「だから、ルカちゃんも凄い妹さんですけど、リクさんも立派なお兄ちゃんなんです! ちゃんと、胸を張らなきゃダメですよ!」

〈アサヒの言う通りだな。謙虚なのは君の美徳だが、度が過ぎれば台無しだ。大地の憧れは、誰にでも向けられるものじゃない……どうか、きちんと受け取ってやってくれ〉

「……ありがとう、アサヒ。それに、皆さんも」

 

 皆が励まし、力となってくれることに、心から感謝しながら。

 リクは兄として、妹を――そして、そう思えるよう自分を導いてくれた人々を。

 より一層強く、守りたいという気持ちを募らせていた。

 

 

 

 

 

 

「……どんな話をしているのかしら」

 

 AIB地球分署極東支部の応接間にて。手足を激しく揺すらせながら、パイプ椅子に腰掛けたモアが言った。

 

「どんな、って……ジードの協力を受けたいっていうあっちの話と、今はノワール星人のせいでそれどころじゃないっていう、こっちの話のすり合わせでしょ」

「違う、リッくんが! あのアサヒって子と、どんな話をしているのかってこと!」

 

 呆れた様子のライハに、きつい調子で声を荒げるモア。

 今回ばかりはルカも、ライハではなく彼女に同調する気持ちだった。

 

「……ペガくん。確かあなたは、あの子と顔見知りなのよね?」

「うん。リクと一緒に、アサヒの家に泊めて貰ったんだ」

「お泊り……っ!?」

 

 ペガののほほんとした返答に、詰問していたモアが衝撃の余り硬直した。ルカもまた、ショックで思わず口元を覆う。

 

「ど、どどど、どんなことがあったの!? リッくんとアサヒって子は、どんな話をしてたの!?」

「一緒にすき焼きを食べて……リクとアサヒはその後、お互いをどれだけ想いやれるのかが大切だ、って……家族の話をしていたよ」

「家族の話……っ!? そんな、将来のことまで……!?」

「将来……そうだね。アサヒは、家族が助けてくれたから、自分も皆を助ける仕事がしたいって言ってた」

「リッくんには? リッくんにはなんて言ってたの!? リッくんはそれに、なんて言ったの!?」

「リクには……家族になってくださいって。だからリクは後でアサヒに、決して絆を諦めるな、それが家族だって」

「「はぁああああああああああああああああ!?」」

 

 ルカとモアの絶叫が、唱和された。

 

「なにそれ!? 何なのよそれ!」

「ふーん……そういうこと、か」

 

 憤慨するモアの背後で生じた、どこか明るい声を振り返ったルカは、心底から当惑した。

 

「ライハ……? なんで笑ってるのっ!?」

「え? まぁ……その、また恩人が見つかったかな、って」

「恩人!? どういうことそれ!?」

 

 思えば、兄と師の関係はそういう類ではないようだと察して、ルカは安心してこの頃を過ごしていたが……この反応は余りに解せない!

 

「そんな……リッくんが、知らないところで逆プロポーズされてたなんて……!」

「どうしよう……どうしたら私、お兄ちゃんと離れ離れにならずに済むの……?」

 

 四つん這いになって嘆くモアの声を聞き、ルカもまた膝をついて項垂れた。

 

「……逆プロポーズ?」

「どうしたらって、それこそアサヒたちの力を借りてノワール星人に……」

「そっちの話じゃないっ!」

 

 とぼけているのか、困惑した様子のペガと、ずれた励ましをしようとするライハに対し。ルカは再び、モアと声を合わせて抗議した。

 確かに、ノワール星人に狙われているという事実は恐ろしい。あのフワワをして恐怖させた所業もだが、何よりこの大切な居場所から引き離されてしまうことには耐えられない。

 だが、それ以上に。物理的な別れ以上に、リクの心が離れてしまう方が、ルカにとっては忌避することであったから。自らに迫る脅威よりも、ルカの不安を占めるのは、リクとアサヒの関係だったのだ。

 

「……あっ、リクたちの話、終わったみたい」

 

 ペガの漏らした呟きで、ルカは下に向いていた顔を戻した。

 同じく立ち上がったモアとともに様子を伺い、アサヒと微笑み合うリクの姿を確認。わなわなと全身が震えるのを抑えながら、ルカはこの場で唯一信じられるモアと視線を結び、頷き合った。

 

「……愛崎モア。客人を休憩室に連れて行く。君も付いて来い」

 

 都合良く、ゼナがアサヒを伴ってそう言い出したのに、ルカは見逃さず乗っかった。

 

「私、アサヒと一緒の部屋がいいな! 色々お話してみたい!」

「わぁ、あたしもそう思ってたんです! よろしくお願いしますね、ルカちゃん♪」

 

 喜色満面の笑顔で、アサヒが同意を示す。かかったな、とルカは内心でほくそ笑んだ。 

 

「……元気そうだね。良かった」

「はい。きっとアサヒのおかげですね」

 

 大地と言葉を交わすリクに対し、生まれて初めて。お兄ちゃんの馬鹿、と内心で罵りながら、ルカはアサヒの傍に寄る。

 

「モア、早く休憩室連れて行ってよ! 私いっぱいおしゃべりしたーい!」

「……そうね、私もアサヒとは少し、話をさせて欲しいし――」

「地球人――鳥羽ライハ、だったな」

 

 そこで、ルカたちに付いて来ようとして来ていたライハを、白衣の男が呼び止めた。

 

「AIBとして、少しおまえに用がある。リトルスター研究所の件での埋め合わせも兼ねて話がしたいが、来て貰えるか?」

「……随分今更だけど、それはルカを守るのに必要なこと?」

「ああ、そうだ。ついでの話もあるがな」

 

 白衣の男――モアが耳打ちしてくれた名前は、ペイシャンなる人物の誘いに、暫し逡巡した様子を見せた後。ライハはまた後で、とルカたちに言い残し、彼の方へ歩み出した。

 

「大空大地。立て続けで悪いが、おまえとウルトラマンエックスにも少し付き合って欲しい」

 

 ペイシャンに請われて、大地もまたその後ろに続き、離れて行った。よくわからないが好都合だ。

 

「ここだ」

 

 そうして、ゼナとモアに連れて行かれたのは、リクとルカとペガ、そしてアサヒだけになっていた。

 

「何かあるわけでもないが、ゆっくり休んでいてくれ」

「お邪魔しまーす!」

 

 ルカはアサヒの手を引いて、先に部屋へ入った。

 そして、自動で扉が閉まるよう合わせたタイミングで、モアがリクの手を引いた。

 

「――リッくん。今回ね、AIBの皆が、リッくんやルカちゃんを悲しませたくない……って。ノワール星人の要求を、拒否してくれたんだよ」

「……うん。ゼナさんから聞いた。ありがとう、モア」

 

 遮音性の高い扉の向こうで繰り広げられる、そんな二人のやり取りは。M78星雲人だけでなく、様々な超音波を用いるゴモラの遺伝子を組み込まれたルカの聴覚だからこそ、拾うことができるものだった。

 

「やだそんなありがとうなんて……じゃなかった。私やゼナ先輩以外にも、いっぱいいるんだよ! そういうことを言ってくれた仲間たち」

「おい、愛崎モア……」

 

 鉄面皮のゼナが少し照れたような、焦った調子で制止するのも、ルカには目で見るように読み取れていた。

 

「だから、ちょっと御礼を言いに行こ! ここに来る機会なんてなかなかないし、ノワール星人が片付いてトレギア退治に行ったら、次はいつ会えるかわからないから!」

「……わかった。そういうことなら、ルカも――」

「レッツゴー!」

「わああ!?」

 

 リクが喋る途中で、彼を掴んだままのモアが、勢いよく駆け出した。

 

「あっ。待ってよー! リク、モアー!」

「おい! 全く……」

 

 リクたちを追いかけるペガと、ルカたちの護衛として離れるわけにはいかず、防音された部屋の外で一人待機することになったゼナの声が聞こえて、ルカは内心でモアに礼を告げた。

 手筈通り。これでルカとアサヒ、ふたりきりだ。

 

「……リクさんたち、遅いですねぇ?」

「あ、これ実は通信機なんだけど。お兄ちゃん、ちょっと用事ができたから離れるんだって!」

 

〈そんな通信記録はありません〉と、レムが星雲荘から訂正を送ってくるのを、ルカは音声をカットして黙殺した。

 

「えぇー!? 通信機、カッコいいです!」

 

 自身のヘッドホンに興奮するアサヒの様子を見て、作り笑いを浮かべながらも。ルカの内心は、全く穏やかではなかった――皮肉なことに、ノワール星人に対する恐怖を、まるで忘れてしまえたほどに。

 

 ……最愛の兄を誑かす、異世界のウルトラウーマン。

 こんなぶりっ子に、リクを渡すわけにはいかない。

 その本性を暴いてやろうと、ルカの内心では闘志が燃えに燃えていた。

 

 

 




Aパートあとがき

お久しぶりです。
ということで、今回は『劇場版ウルトラマンタイガ ニュージェネクライマックス』に相当する出来事の前日譚、という形の回になりますが、結果として登場人物が多くなり過ぎて、早くもABCに続くDパートが発生する、『ウルトラマンネクサス』第29話のようなディレクターズカット版相当の尺を想定した回になってしまっております。お許しください。

あと、公式の展開に添わせるための回です……と言いながら、もしかすると今後培養合成獣スカルゴモラの生存以上に決定的な公式との乖離になるかもしれませんが、拙作はリクアサを大前提として構成しておりますのでよろしくお願いします。この点は(ゼロリク的な意味でも)公式との乖離の恐れがあっても『ウルトラマントリガー』放送開始時点の私は妥協しないつもりです……!



追記:アサヒがリクに「うちの家族になってください」と言ったのは、『劇場版ウルトラマンR/B セレクト!絆のクリスタル』の未公開シーン、並びに同作品の小説版で描かれた会話になります。拙作ではこのシーンは例外的に実際に公開された映像作品と同等に扱いますので、ご了承ください。


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第五話「そして僕にできること」Bパート

 

 

 

「それにしても、本当に――こうしてお話ができて、嬉しいです!」

 

 AIB地球分署極東支部の、客室にて。

 ルカとふたりきりで会話を初めて早々、アサヒがそんな風に笑っていた。

 

「ゼロさんの話を聞いてから……あたし、ずっとルカちゃんに会いたくて、無理を言って来させて貰ったんです」

「……私に?」

 

 その言葉を、ルカは訝しんだ。

 本当に会いたかったのはリクとだろうに、このぶりっ子め――などと、少々意地悪く思ったものの。言われてみれば、次元移動能力を持つエックスと大地はともかく。仲間集めの時点でわざわざ、アサヒまで付いて来てリクとの関係を見せつける必要もないことに、ルカはようやく思い至った。

 

 そんなルカに向けて、アサヒは咲き誇るような笑顔で告げた。

 

「はい! リクさんの、家族になってくれて――ありがとうございます、ルカちゃん!」

 

 ……それは、奇しくも。リクの家族になろうとしてくれたあの人――兄妹の名付け親である朝倉スイがくれたのと、同じ言葉だった。

 それが純度百パーセントの、心からの贈り物だと。何故か確信できたルカは、面食らって何も言えず。ただ、アサヒの顔をまじまじと見つめていた。

 そんなルカに向けて、アサヒはゆっくりと語り出した。

 

「リクさんは……とっても凄いヒーローなんです。家族の居ない自分がどんなに寂しくても、辛くても、いつも誰かのことを想って助けてくれる、優しい人」

 

 噛みしめるようにして吐かれる、アサヒによるリクの人物評。それは、ルカも心底同意する内容だった。

 ただ一つ、アサヒの知るリクと、ルカの知る兄の間にある、たった一つの違いは――

 

「そんなリクさんに――妹さんが見つかったって聞いて。リクさんが、ひとりぼっちじゃなくなったって聞いて。あたし、本当に嬉しかったんです!」

 

 そう語るアサヒの様子からは。本当に、心から、我が事のように喜んでいるのが、ありありと感じ取れて。

 その太陽のような輝きに、恥じ入るような居心地の悪さを感じているルカの手へ。突然アサヒが、掌を重ねてきた。

 一瞬、物怖じしたルカに対して、アサヒはにっこりと微笑んだ。

 

「だから、ルカちゃんに御礼が言いたかったんです。リクさんを、ハッピーにしてくれて――生まれてきてくれて、本当にありがとうございます!」

「――っ!」

 

 その言葉が、余りにも衝撃的で。思わずルカは、息を止めてしまった。

 

「わ、どうしたんですか!? 泣かないでください、ルカちゃんー?」

「ごめ、ん……だって、びっくりしちゃって――」

「わぁ! うぅ、あたし、よくわかってないんですけど……ごめんなさい……」

「違う、アサヒが悪いんじゃないよ」

 

 むしろ、悪いのは――口にこそ出さなかったとしても、アサヒのことを散々に敵視していた、ルカの弱い心の方だ。

 

「でも、初めてだったから……生まれてきて、ありがとうなんて言われたの……」

 

 こんな――こんな優しい言葉をくれる人に、自分は何を思っていたのだろう。

 己が不明を恥じるばかりのルカに対し。心配して寄って来てくれていたアサヒは、隣で喫驚したように声を上げた。

 

「えぇ!? それはリクさんたちが酷いです! 見損ないました!」

「やめて、お兄ちゃんたちは悪くないよ!?」

 

 自分のために、リクへと怒ってくれる意外を想いながら。ルカは、必死になってアサヒを留める。

 ……ウルトラマンゼロから事の顛末を聞いているということは、正体を隠す意味もないだろうと。ルカは決心して、己の身の上を口にした。

 

「でも……私は、どこかの誰かに、戦いのために造られた怪獣だったから。そんなこと、言って貰えることがなくて」

「なんだ、そんなのあたしも一緒ですよ」

 

 思わぬことを、アサヒはあっけらかんと言ってのけた。

 

「あたしも元々は、お兄ちゃんたちがウルトラマンになった時、その助けとして生み出されたクリスタルが変身した存在だったんです。最初はそんなこと、あたしも皆も知らなかったんですけど……だからあたしは、湊家のお父さんともお母さんとも、お兄ちゃんたちとも、本当は血が繋がっていないんです」

「そんな……」

 

 アサヒから聞かされた身の上に、ルカは返すべき言葉を見失った。血の繋がった兄に恵まれた己と比べて、アサヒが抱える孤独のほどが、余りに深く思えたから。

 それこそ、ルカと出会う以前の――たった一人の血縁である父を殺めるしかなかったという、過去のリクと同じぐらいに。

 なのに、リクが独りでなくなったことを喜び。ルカの命を祝福するために、世界の壁を越えてきたアサヒは、何の翳りも覗かせずに語る。

 

「でも、湊家の皆は言ってくれました。あたしがどこの誰だとしても、アサヒはアサヒじゃないかって……おかげで、あたしは胸を張って、家族のことが大好きな湊アサヒで居られるんです!」

 

 リクのように。造られた命でありながら、家族とともにその運命を変えてみせたというアサヒの、眩しい笑顔に照らされて。

 同じように、後から末妹として家族に加わった、造られた存在の見せるその、優しい強さに。

 ルカは、自然と涙が乾くのを感じた。

 

「だから、ルカちゃんも言って貰ってください! リクさんたちから、生まれてきてくれてありがとう、って!」

「そんな……恥ずかしいよ……」

「むぅ……じゃあ、無理強いはいけませんね」

 

 悩ましげに唇を尖らせる彼女へ、ふとルカは呼びかけた。

 

「アサヒ」

 

 恐怖から目を逸らすための対抗心が晴れた今。どうしても……アサヒに、訊いてみたいことがあったから。

 

「私……私、こんななのに。本当に、そんな、あなたに御礼を言われるぐらいに……お兄ちゃんを、ハッピーになんか、できてるのかな……?」

「できてますよ。だって、ゼロさんも言ってました。あんなに嬉しそうで……自分のために、誰かを守るリクさんは、見たことがなかったって」

 

 己は厄介事の種でしかないのではないか。そう悩むルカの問いに、アサヒは即答してくれた。

 

「実際に……さっき見た、ルカちゃんを自慢するリクさんの笑顔は。前よりももっと、暖かく感じられました」

 

 兄が、ルカのことを自慢してくれていたというアサヒの言に。ルカは胸を詰まらせる。

 そして、馬鹿なのは兄ではなく己だったと、再び深く反省するルカに向けて。アサヒは、優しく微笑みかけた。

 

「その笑顔を、あたしたちにも守らせてください、ルカちゃん。それに、もしもあなたが居なくなったら、悲しいのはもう、リクさんだけじゃないんです」

「アサヒ……」

 

 アサヒのお願いに、ルカはすぐには返事ができなかったが――昂ぶっていた感情が少し落ち着いた頃になって、ようやく。言うべき言葉を、口にすることができた。

 

「ありがとう……」

「どういたしまして。ルカちゃんがハッピーなら、あたしもハッピー、ハッピッピーです!」

 

 元気よく笑いながら、妙ちきりんなことを口にするアサヒに。つい釣られて笑いながら、ルカは感想を零す。

 

「アサヒは、すっごく強いね。どうしてそんなに……」

「それはもちろん、家族の絆ですよ!」

「いいなぁ……私たちのお父さんは、最悪だから……」

 

 もちろん、兄という最高の家族に、ルカも恵まれているものの。生まれた時点で故人である父ベリアルは、アサヒと湊家のような暖かな絆をリクとの間に結ぶことはなく。兄の心に深い傷を残し、ルカにはヤプールやフワワ、そしてノワール星人のような厄介事を呼び込むばかりで、少しも励みにできるところがない。

 湊家のお父さんの爪の垢でも煎じて呑んで欲しい、などと考えているルカに対して。アサヒは少し、バツが悪そうな顔をしていた。

 

「……ごめんなさい。少し、嘘吐いちゃいました」

「えっ……?」

「あたしが、ここまで胸を張れるようになったのは……きっと、リクさんのおかげです。お父さんとのことで、辛い思い出があるのに――他の誰かの家族のために、本気で怒れるリクさんを見たから。もう、こんなことで悩んじゃダメだって、そう思えたんです」

「……そっか」

 

 ペガが言っていた家族の話とは、つまりそういうことだったのだろう――迷いなくルカに語った出自の話も、その中で、既に。

 そして、アサヒがリクから強さを貰ったように……二人の様子を思えば、リクもアサヒから、きっと。

 家族になってくださいという、リクに対するアサヒの言葉は。そんな孤独な運命に生きた者同士に贈る、己を救ってくれた幸せを分かち合うための、互いを思いやる純粋な祝福だったのだと。今ならルカにも、理解できた。

 そんな、アサヒから伝わった優しさの欠片を、リクはきちんと受け取って、確かな自分の物にして。互いを想い合える家族として、ルカの居場所になってくれた。ヤプールに囚われたライハのことも、決して諦めずに助け出してくれた……それを先んじて理解していたから、ライハはアサヒのことを恩人と呼んだのだ。

 

 ――敵わないや。

 

 そう認識して。だけど、何故か。どこまでも晴れやかな心地で。

 清々しく気持ちを落ち着かせたルカは、アサヒに向かって深く頷いた。

 

「うん。そう思っちゃうのも仕方ないよね。だって私のお兄ちゃんは、最高のヒーローだから」

「はい! リクさんは、とっても素敵な、ルカちゃんのお兄さんです!」

 

 心から同意して笑ってくれるアサヒに、ルカもようやく、恥じることなく笑顔を返すことができていた。

 

 

 

 

 

 

 一通り、モアに連れられた挨拶回りが終わって、リクたちが休憩室に戻ると――すっかり打ち解けた様子のルカとアサヒが、仲良く談笑しているところだった。

 

「わぁ、そっちの世界にもナイチンゲールは居るんだね!」

「はい。実はあたしのお友達の、古いお友達なんだそうです」

「えっ、すっごーい! でも、白衣の天使ナイチンゲールは言ってたもんね。天使は苦悩する者のために戦う、って……アサヒのイメージぴったりだから、そのお友達も似た気配を感じて仲良くなれたのかな?」

「いやいやそんなぁ~。天使だなんて、褒めても飴ちゃん以外何も出ませんよ、ルカちゃん♪」

「……………………なんで?」

 

 そんな様子を見て。掠れた声に、何故か恐怖すら滲ませて、モアが呟いた。

 愕然と立ち尽くしていたモアは、彼女が持ち場を離れた間、一人待機させられていたゼナに引っ張られて部屋の外へ消え。リクとペガだけがたちまち、二人に合流する形となった。

 

「……良かった、二人とも仲良くなれたみたいで」

「あっ、お兄ちゃん!」

 

 リクの合流に、ルカが今更気づいた様子で反応した。それだけアサヒとの語らいに夢中になっていたのだろうと思うと、何故かリクまで嬉しくなった。

 

「ねぇねぇ、今度私も連れて行ってよ、アサヒの家! 一緒にパジャマパーティーしたい!」

「わー、それは楽しみです! リクさん、また考えておいてくださいね」

「アサヒの家……そういうのもアリかな……」

 

 トレギアを討つため、リクが不在にする間。いっそルカを別宇宙で預かって貰うというのも手だろうか――リクは真剣に考え始める。

 ギンガの秘策、それが抱える副作用への対処として。トレギアの相手は、かつてタイガたちトライスクワッドに力の一部を貸し与えたメンバーで挑むらしく。アサヒはその集合場所にして、彼女の故郷である綾香市を兄に代わって守るために残留するという。仲良くなっているルカを託すには、これ以上ない相手だとリクは思う。

 ……だが、AIBほどの社会への工作能力を持つ協力者が得られるとは考え難いし、別宇宙や次元移動者にも、ノワール星人と同様の手合が居ないとも限らない。

 それこそ、ヤプールは上位次元からあらゆる宇宙に干渉できるとも聞く以上、迂闊に湊家や他所様に迷惑をかけるべきでもない。

 そんな風にリクが思い直したその時、再び休憩室の扉が開いた。

 

「……動きがあったぞ。ノワール星人の」

 

 ライハと大地を引き連れて。部屋に立ち入って来たゼットン星人ペイシャンは、そう報告してきた。

 

 

 

 

 

 

 ノワール星人から新たに送られたメッセージとは、AIBへの脅迫だった。

 

 地球人への交渉を阻害するAIBの対応は、ノワール星の尊厳に対する不当な妨害であり――即刻取りやめ、スカルゴモラの身柄を引き渡さなければ、実力行使に打って出ると、そんなことを宣った。

 そうして、一時間以内に所定の場所まで、スカルゴモラを連れて来い、と。もしも交渉するとしても、AIBではなく、この星の主権を握るべき地球人から代表を選出し、ウルトラマンジードとともに参加させるのでなければ、その席には就かないと要求したという。

 このメッセージまで黙殺すれば。地球に及ぶ被害すら無視して、AIBも、そしてルカも。ノワール星から総攻撃されることは想像に難くなかった。

 

 ペイシャン博士は、このような事態を想定し。AIBに属さない地球人ながら全ての事情を知るライハに向けて、打ち合わせを行っていたそうだ。AIBが繋がりを持つ政府関係者等には、リクやルカの正体を隠す意味もあって、今回のメッセージは事後報告で済ませるらしい。

 

 大地がゼナとモア、そして交渉に参加するというペイシャンとともに、AIBの車で指定された地点に向かい。残るアサヒを加えた星雲荘のメンバーは、転送用のエレベーターでその後に続いていた。

 ゼナたちAIBのエージェントや、ウルトラマンという戦力の側にいる方が、却って安全であることは間違いないのだが――流石に不安から表情を重くしたルカの手を、リクは固く握り締めた。

 

「……お兄ちゃん」

「大丈夫だ、ルカ。僕が付いている。それに、皆も力を貸してくれているんだ」

「そうですよ、ルカちゃん」

 

 リクに続いて、アサヒもまた、ルカを気遣ってくれた。

 ライハも、ペガも。同じように力強く頷いてくれた。

 

「任せてよ、ルカ。いざって時には、ペガも覚悟を決めるから」

 

 珍しく。男気を見せるように胸を張ったペガが、自らの胸を拳で叩いてみせた。

 

「そういえば、アサヒ。私、あなたに言っておきたいことがあるの」

 

 相棒のそんな様子にリクが励まされる横で、ライハがアサヒに呼びかけていた。

 

「はい、何ですか? ライハさん」

「……ありがとう」

 

 そう、頭を下げるライハの様子に。アサヒだけでなく、リクも驚きに目を丸くした。

 

「ど、どうしたんですか、ライハさん? かっこいいお姉さんに御礼を言われるのは嬉しいですけど、あたしまだ、何もしてませんよ」

「そんなことないわ。あなたがリクにくれた言葉のおかげで、私は今、ここに居られるから」

 

 アサヒの戸惑いに首を振ったライハは、感慨を隠さずに続けた。

 

「私がからっぽにならずに済んだのは、皆が助けてくれたから。その、皆の助けに、あなたもなってくれていた。だから、御礼をちゃんと言いたかった。――今から、ルカのために力を貸してくれる分も、ね」

 

 それから、ライハはリクたちを振り返った。

 

「リクも、ペガも、レムも――それに、ルカも。今更でごめんだけど、改めて御礼を言うわ」

「ライハ……」

「だから……ルカ、安心して。今度は私が、あなたのことを絶対に、守ってみせる」

 

 そうライハが告げた頃に、転送が完了した。

 扉が開いた先の景色を、リクやライハは知っている――ノワール星人が呼び出した場所は、神林町の廃工場前だった。

 かつて、伏井出ケイの罠にまんまと乗せられ、二つの闇のカプセルを奪われてしまった因縁の地を、リクたちは再び踏んでいた。

 

「……遅れて来るというのは、嘘ではなかったようだな」

 

 そうして、聞こえた声の方を振り向けば。

 リクの視線が巡った先、そこに彼らは居た。

 

 ゼナを先頭にしたAIBの三名や大地たちと睨み合うようにして立つ、映像記録で見た通りの異星人――濃緑の体表を持つ、ノワール星人の集団が。

 リクたちが先遣隊と合流するのを見届けると、リーダー格と思しき先頭の一体が、一歩前に出た。

 

「お初にお目にかかる。……君が、ウルトラマンジードか」

「……そうだ」

「お会いできて光栄だ。ベリアルを倒した我らが英雄。少々野蛮な呼び出しとなってしまったことは本意ではないが、まずは謝罪させてくれ」

 

 余りにも友好的な口調と気配に、しかしリクは毒気を抜かれ、油断するようなことはなかった。

 三日前。ルカの身を案じてくれたフワワが遺した警告の中に、彼らがジードを英雄視しているという情報が、確かに含まれていたからだ。

 

「そう、警戒しないでくれ。悲願さえ叶えば、この星に不利益な干渉を行うことは決してしない。君という英雄に誓って約束する」

 

 表情の厳しさが取れないリクの様子に、やや寂しそうな反応が返って来るも。同じような様子を見せながら、結局対立することとなったフワワの記憶も新しいリクは、ルカの前から動くことはなかった。

 

「……君が連れてきてくれたのだな。ベリアルの血を引く怪獣、スカルゴモラを」

 

 リクの背後に目をやって、ノワール星人はそう宣った。

 正体を見透かした無遠慮な視線に、ルカが微かに萎縮するような気配を漏らし――庇うようにしてライハが、リクと並んで、ノワール星人と対峙した。

 その動作を見咎めて、ノワール星人の代表は、眼鏡を仕舞ったライハに向けて呼びかけた。

 

「ウルトラマンでも、AIBでもない――君が地球人の代表か。しかし……我々の不勉強なら失礼だが、指導者の類とは見受けられないが」

「――私はこの星で、最初に発生した怪獣被害の、唯一の生存者よ」

 

 ライハの回答に。胡乱な目で彼女を捉えていたノワール星人の様子が、一変した。

 

「地球で最初の怪獣事件……ベリアルの部下フクイデケイが変身した、スカルゴモラに登山客が襲われた、あの」

 

 どうやってそこまで知ったのか。ノワール星人はライハの発言が意味することを、詳らかに理解していた。

 

「そういうことなら、確かに。君ほどこの交渉の席に相応しい人物はいないのかも知れないな。……今更ではあるが、ご家族のことは残念だった。お悔やみ申し上げる」

「……一応、礼は言っておくわ」

 

 ベリアルの被害者同士、思うところがあるのか。ノワール星人は真摯な様子で、ライハにそう言った。

 

「……それでは、双方が交渉の開始に同意したものとみなしてよろしいだろうか」

 

 そこで、ライハと代わるように後衛――背後からルカを狙われた際庇えるような位置取りをしたゼナが問うと、ノワール星人は頷いた。

 

「ああ。地球には未だ統一された国家がない以上、どんな集団の指導者よりも、我々は鳥羽ライハとの交渉を望もう。それが我らとこの星の、輝かしい未来に向けた対談にも繋がることだろう――その時にこそ、諸君らの本分を全うして貰いたいものだな、AIB」

 

 皮肉を投げかけながらの賛同に対し。リクもまた、どんなに小さな可能性でも、話し合いで解決するのならそれに越したことはないと。そして、スイさんのくれた助言を思い出し、首肯する。

 名前まで把握されていたライハも、微かに眉を潜めながらもまた頷き。かくして、ノワール星と星雲荘との交渉が開始された。

 

「改めて伝えよう――ベリアルの遺産である、培養合成獣スカルゴモラを、我らの星への賠償として頂きたい」

 

 そして、絶対に認めるわけにはいかないような主張を、ノワール星人は三度口にした。

 

「我らの星は、過酷な環境を文明によって制してきた。その最たるものが怪獣であり、脅威を乗り越えた我らは、その優れた生物的資源を用いて発展してきたのだ」

 

 繰り返し聞かされたノワール星の特徴が、当人らの口から改めて告げられる。

 

「だが、ベリアルは我らの全てを奪って行った。怪獣という財産が根刮ぎ奪われ、逆らえぬようにと主要都市を焼き払われ……奴の従えた吸血怪獣ギマイラによって、下僕となる怪獣に作り替えられ、連れ去られた同胞も多く居た。……私の家族も、誰も、そのまま帰っては来なかった」

 

 ……その情報は初耳だった。

 ベリアルが行った度を越した非道を聞かされ、流石にリクたちも絶句している間に。ノワール星人は主張を続けた。

 

「君が元凶たるベリアルを討ってくれた今も。奴による蹂躙から、我が星の復興は完了していない。そんな中で見つかった希望が、培養合成獣スカルゴモラの存在だ」

 

 ノワール星人は鬼気迫る勢いで、リクたちの背後で立ち竦むルカを見据えていた。

 

「ただ、復興のために有用な資源というだけではない。ベリアルの遺伝子を組み込んで造られた怪獣を、我らの技術で従え、使い潰すこと。それを以ってベリアルという悪夢を克服した象徴とする――それが我らが真に再生するための、希望となったのだ!」

 

 ノワール星人の狂気じみた絶叫に、そこに込められた悲痛な感情に――しかしリクは首を振った。

 

「あなたたちの主張はわかりました。だけど、僕は、それには応えられません」

「……何故だ」

 

 返答したのが、彼らがベリアルを討った英雄だと崇めるリクでなければ。間違いなく暴発していただろうと思われる怒りを込めた声で、ノワール星人が問い返す。

 

「培養合成獣スカルゴモラと、あなたたちが呼ぶルカは……僕の、妹だからです」

「妹……? 何を言っている?」

「僕は……ウルトラマンジードは、ウルトラマンベリアルの、息子なんです」

 

 果たして、どんな罵詈雑言を、ありったけの暴力を見舞われるのかと覚悟したリクに対して。告白を受けたノワール星人の代表は、相変わらずきょとんとした様子だった。

 

「そんなことは、もちろん知っている。悲劇的な宿命に生まれながら、他者のために父を討った君という英雄のことは、我らの星ではどんな幼子でも常識としている」

「え……?」

「だが……遺伝子に含まれた組成に同一の素材がある、というだけのことだろう。ウルトラマンである君と、怪獣が兄妹などと、突拍子もないことを言うのだな」

 

 どこか可笑しそうな感想を漏らすノワール星人に、リクは思わず声を張り上げた。

 

「ルカは! ……僕と同じように、話だってできる。ベリアルの血を継いでいても、自分の意志で、誰かを傷つける以外の生き方を選んでくれる――大切な、僕の妹だ!」

「……例えば君の育ったこの星の人類は、飼いならされて手話を仕込まれた類人猿や、人の声を真似して囀る鳥類を、同等の権利ある知性体と見なしているかね? その類人猿と地球人の方が、君とスカルゴモラより遺伝子の一致する割合も高いはずだが……いくら尊敬する君の言葉でも、流石に同種でもない相手を肉親と呼ぶのは少々、理解に苦しむところだ」

 

 本気で戸惑った様子のノワール星人の発言に、リクは拳を握り締めた。先程、眼前の宇宙人に覚えた同情が吹き飛んでしまいそうな怒りを覚える。

 

「……これは純粋な好奇心なんだが、一つ良いか?」

 

 そこで、マイペースに口を挟んだのは、ゼットン星人ペイシャンだった。

 

「先程話題に出た、ギマイラに怪獣へ変えられたおまえらの家族とやらも、ウルトラマンジードとスカルゴモラ程度には遺伝子情報が乖離すると思うんだが……そいつらのことはどう考えているんだ?」

「最初から怪獣に過ぎない存在と、被害者である我が娘を、同列に論じるのか!? ふざけるなっ! 私が娘に抱いていた愛情が、薄れるはずがないだろう……っ!」

「そうか。じゃあま、そのまま続けてくれ」

 

 その返答で本当に興味をなくしたようにして、ペイシャンが黙った。

 だが、彼の引き出したノワール星人の回答は、リクの遠慮を消し去るのに充分だった。

 

「――家族の情といえば、鳥羽ライハ。地球人の代表である君にも、話は通さねばならないな」

 

 そんな、リクの心境に気づいているのか居ないのか。意識して感情を抑えたらしいノワール星人は、険しい表情のライハに向けて呼びかけた。

 

「ご家族の復讐を望んだことは、あるかね?」

「――当然でしょ。あの日からの私は、そのためだけに生きていたわ」

「そうか……そうだろうな」

 

 両親を喪ったライハの言葉へ、心から共感するように。娘を亡くしたというノワール星人は、深々と頷いた。

 

「ただ、君のご家族を殺めたスカルゴモラと、今回我らが求める培養合成獣は別の存在だ。前者はストルム星人が化けたものだが、後者は本物の怪獣。君にとって、直接の仇ではない」

「ええ、そうよ。その通り――よぉくわかっているわ」

「そうだ。故に、我らにこそ、雪辱を晴らす機会を譲って欲しい」

「お断りよ」

 

 ノワール星人の求めを、ライハは強い調子で拒絶した。

 その返答に心底驚いたように、仰け反ったノワール星人が叫んだ。

 

「何故だ!? 君の境遇には同情するが、我ら種族が受けた傷はそれ以上の――」

「だからって。大事な家族を狙われて、はいどうぞなんて答える馬鹿がどこにいるのよ」

 

 ライハの怒りが篭った返答に。ノワール星人は本気で理解できないと言った様子で、疑問符を浮かべた。

 

「家族……だと? 何を言っている? 君の家族は、スカルゴモラに殺されたのではないか?」

「ええ、そうよ。だけど私の家族は、お父さんとお母さんだけじゃない……!」

 

 感情を抑えられなくなったようにして、ライハが声を張り上げた。

 

「今の私の家族は……私を孤独にしないでくれた、あの子たち。あなたたちが、資源だなんて見下している、ルカのことよ!」

「――っ!」

 

 背後で、息を呑む声が聞こえた。

 振り返ると。口元を抑え、涙を浮かべる妹の姿がそこにあった。

 そんなルカの幸せを、共に喜び合うように。アサヒが優しくその肩を抱いてくれているのを見て、リクもまた、えも言えない暖かさを胸に覚えた。

 

「……そうか。地球人は、愛玩動物のことも家族と呼ぶのだったな。この星で育った英雄殿も同じこと、か」

 

 発言に、リクが向き直ったその時。ライハの主張を、ノワール星人はそのように咀嚼していた。

 眦を吊り上げるリクとライハの様子をまるで気にせず、ノワール星人は失笑する。

 

「失礼を承知で言えば、厚顔な取り繕いだ……自らに都合の良い道具として扱うという意味では、我らと同じだろうに」

「……道具、ねぇ」

 

 何か、琴線に触れたのか。リクでもライハでもなく、ペイシャンが、不機嫌な呟きを漏らしていた。

 ただの好奇心と宣った先と違い、今度は感情故に口を挟んだ様子の彼に、ノワール星人は応答する。

 

「そうだ。怪獣――それも自然の生命ですらない、造られた道具に過ぎない存在に、どんな尊厳があるというのだ。そんな無価値な代物に、我らの社会に貢献するという役割を与えてやる。それこそが慈悲だとは想わないか、ゼットン星人」

 

 ――リクは、怒りで視界が真っ赤になりそうだった。

 隣のライハも。背後で事態を見守る、モアや大地たちも。ノワール星人の言動に、憤りを燃やしている気配が、張り詰める空気を圧して伝わってきた。

 

「……その価値だの役割だのを、おまえら如きに決める権利がどこにある」

「落ち着け、ペイシャン。おまえらしくないぞ」

 

 同じく、ノワール星人の傲慢な言動への怒りからか。身を震わすペイシャンを、押し殺した声でゼナが制した。

 

「……口を出すな、ゼナ。俺は冷静だ」

「外野が口を突っ込んでいる時点で、そうは見えないがな。貴様らの文明も我々寄りだろうに、地球人に変身してメンタリティまで引きずられたのか?」

「節穴だな。俺が化けているのは地球人じゃなくて、ペダン星人だぞ?」

 

 ノワール星人の煽りに、ペイシャンはそんな小馬鹿にした返答を行った。

 

「まぁ、俺の話は良いだろう。それより、節穴ども。朝倉ルカには戸籍がある――法的には、彼女はこの星で人権を持つ上に就労までしているが、物扱いするのか? 本人の行為に由来しない理由で異星の人間を拐うのは、それこそおまえらがベリアルを責める資格もなくならないか?」

「馬鹿馬鹿しい。戸籍なぞ貴様らの偽造だろうに、何を偉そうに言う」

「証拠がない以上は言いがかりだな。だが……仮にその主張を認めて、本当に物として扱っても。それなら所有権を持つのは朝倉リクだ。本人の合意なくそれを侵害する権利は、おまえらにはない」

「だからベリアルの息子である彼に、賠償として要求しているわけだが」

「その権利もありはしない。何故ならウルトラマンジードはベリアルの死後、何の義務も権利も相続してはいない。おまえらへの賠償責任とやらもな。

 それとも、鳥羽ライハには別個体であることを理由に交渉しておいて、自分たちは全くの別人であるジードとベリアルを都合良く混同するつもりか?」

 

 様子が変わって、交渉の補助役として積極的に参加し始めたペイシャンは、ノワール星人の主張する権利を尽く否定していく。

 

「……黙れ、部外者風情が。所詮貴様らの言葉になど意味はない」

 

 そうして、ペイシャンの介入を拒否したノワール星人は、再びリクとライハを見た。

 

「結局のところ、ウルトラマンジードと地球人、両者の合意が得られればそれで済む話だ」

「……話聞いてた? 頷くわけないでしょ」

「だが、君以外の地球人はどう思うかな?」

 

 小馬鹿にするライハに対し。彼女を交渉相手と認めていたはずのノワール星人は、掌を返してその言葉を一蹴した。

 

「我々も既に怪獣を使い、調査済だ。ほとんど全ての地球人が、スカルゴモラがいない世界を望んでいることを。その怪獣を庇うから、ウルトラマンジードの支持も失われ始めているということを」

「関係ないよ――どんなに多くの地球人が、ルカのことを嫌っても」

 

 だからリクは、ノワール星人が望んだもう一人の交渉相手として。そして、狙われる妹の兄として、声を上げた。

 

「ルカの人生は、ルカのものだ。どんなに大勢が声を上げたって、ルカが自分の意志で生きることを、他の誰かが否定して良い理由にはならない」

「ウルトラマンジード……どうかこれ以上、失望させないでくれ」

 

 勝手な期待を押し付けていたノワール星人は、哀れみを誘う声で、リクに語りかけた。

 

「それでは、ベリアルと同じだ……自分の欲望を押し通すために、他者を蔑ろにし、踏み潰す。怪獣に脅かされ、眠れぬ夜を過ごす無辜の人々が居ることを、君だって知っているだろう?」

 

 ……なら、あなたたちはどうなんだ。

 そんな気持ちをグッと呑み込んで、リクは宣言した。

 

「僕も、ルカも、そんなことはしない。それでも、もし、何かの間違いでそうなってしまいそうな時だって……僕が、ルカから世界を守ってみせる! だから、僕がルカを守ることに、誰にも文句なんか言わせない――!」

「お兄ちゃん……」

 

 ずっと、見守ってくれていたルカが、思わず呼んでくれたのに。

 もう一度振り返ったリクは、妹に向けて優しく、力強く、頷いた。

 

〈――私は、本来部外者となるウルトラマンだが〉

 

 そこで、リクに代わるように交渉の席へ混じったのは、エクスデバイザーの中に潜むウルトラマンエックスだった。

 

〈同じ、ウルトラマンと呼ばれる存在として、ジードの――リクの言葉を支持しよう。各々が喜びと望みを持ち、故に衝突してしまうのが生命だ。それが度を越して他者を傷つける時、私たちも見て見ぬ振りはできないが……ここまでの様子を見せて貰った限り、牙を剥いているのはベリアルの子らではなく。かつての被害者という立場を免罪符にした君たちノワール星人の方だと、私は判断する〉

「ウルトラマン……! 君たちには、心がないのか!?」

〈おいおい。私までもっと感情的になったら、君たちはさらに後悔することになるぞ?〉

 

 ノワール星人の詰問に冗談めかして応えたエックスは、厳かな調子で続けた。

 

〈警告する。培養合成獣スカルゴモラ――朝倉ルカのことは諦めて、故郷へ帰れ、ノワール星人。復興のためには、違う道を探すんだ。その内容によっては、今度こそ協力を得られることもあるだろう〉

 

 エックスの言葉を受け、遂にノワール星人は沈黙した。

 

「残念だ……本当に!」

 

 そうして顔を手で覆い、嘆く素振りを見せた直後。

 ノワール星人の集団は額の穴から、鮮烈な光を覗かせた。

 

「――!」

 

 その孔が、一斉にリクとルカに向けられた瞬間。ライハが前に飛び出した。

 次の刹那、ノワール星人が次々と放った光弾が、ライハの走らせた剣に切り払われ、その全てがあらぬ方向に逸らされていた。

 

「何――っ!?」

「諦めろ、ノワール星人!」

 

 驚愕の声を上げた個体が、ゼナの銃に肩を撃たれて体勢を崩した。

 

「……いや、俺も驚いている。バリア発生装置を渡したのに、結局そのまま斬り捨てるとはな」

 

 呆れた調子でライハを評するペイシャンや、モアと大地――そして、レムが飛ばしていたユートムの構えた、計五つの銃口が、五体のノワール星人を照準していた。

 彼らの砲撃が防がれる限り、事実上、既に制圧された格好だ。

 その状況を作り出した立役者は、しれっと言う。

 

「別に、エネルギーを温存しただけよ」

「馬鹿な……地球人に、これほどの力が……!?」

 

 ノワール星人が呻くが、それは流石にライハぐらいだと、リクも内心で呟いた。

 それにしても。ユートムの小口径レーザーではなく、ノワール星人の粒子砲をも弾いた技の冴えは、ライハをよく知るリクをして瞠目に値した。

 ペイシャンの言うように、今まで手にしていた模造刀を、AIB製の特殊兵装に持ち替えたらしいのも大きいのだろうが――つい先日、ルカを弟子に取ると約束してから。弟子を守るべき師として、恥ずかしいところは見せられないという心構えの変化が、この短期間でさらに彼女を強くしたのだろう。

 

「おのれぇ……っ! こうなれば、実力行使だぁっ!」

 

 そんなライハの実力に、ノワール星人が握り拳を震わせた直後――それは、飛来した。

 灰皿をひっくり返したような未確認飛行物体――すなわち、UFOと俗称される、無数の機影が。

 

 ノワール星人の宇宙船であるそれらの数隻が、地上に光を照射。リクたちを狙う破壊光線に対し、ライハが剣を構えると、コーラスのような音色が流れ、ハニカム構造状の光の壁が発生。ペイシャンの言う通り、剣の形をしたバリア発生装置の展開した――かつて三大ウルトラマンを苦戦させたギャラクトロンMk-2の操るそれと酷似した防壁は、ノワール星の円盤による一斉射撃をも容易く遮断していた。

 

 ルカを守る――その宣言を、ライハは見事に果たしてくれていた。

 今度は、自分の番だと。地上に降りていたノワール星人を回収するのと引き換えに、新たに投下された巨大な影――ノワール星人が繰り出した二体の怪獣に対し、リクはジードライザーを取り出した。

 

「……リクくん、俺たちも行かせてくれ」

 

 そこで、隣に立ってくれたのは、エクスデバイザーを構えた大地だった。

 

「赤い方の怪獣……パンドンは、機械化で衰弱しているのを無理やり動かされている。早く助けないと危険だ」

〈……ネオブリタニア号で照合したところ、あのパンドンは、ベリアルの配下であった個体のようです。保護したところで、そもそもウルトラマンとは敵対しているようですが、それでもですか?〉

 

 おそらく、ペイシャンから聞かされただろう怪獣の容態を危惧する大地に対し、飛来したユートムを介してレムが問う。

 

「――ああ。彼の声が聞こえないなら、どんな風に生きるのかは、まず助けてから確かめる」

 

 大地が返した答えに。リクは彼と並び立てる誇らしさを感じながら、力強く頷き合った。

 

「ジーッとしてても、ドーにもならねぇ!」

「行こう、エックス!」

〈ああ、大地。ユナイトだ!〉

 

 そうして、ジードライザーとエクスデバイザーを構えた二人は、円盤群に取り囲まれた中、迫る巨大怪獣に向けて駆け出した。

 

「ジィィィィィィィィィィィドッ!!」

「エックスーーーーッ!」

 

 唱和された叫びの後に。二人のウルトラマンが、命を護るために――今、戦場へと降り立った。

 

 

 




Bパートあとがき


・光る!鳴る!DXライハソード(大嘘名称)
 ゼットン星人ペイシャンお手製、ライハ用の新装備。
 見た目は従来の模造刀とほぼ同等ながら、刀身が(主にペダニウムゼットンが敗北するたびに撒き散らしていった)ペダニウム製で、柄の部分にはギャラクトロンMk-2の技術をリバースエンジニアリングしたバリア発生装置を搭載。一応、後々話に絡む隠された機能がまだあるかもしれないので、正式名称はまたの機会に。


・ベリアル怪獣軍団の吸血怪獣ギマイラについて
 元々は前回登場したガーゴルゴン・フワワの部下の怪獣軍団、生き残りはノワール星人に捕獲・改造されて今回登場しそう、と考えていました。
 培養合成獣スカルゴモラ同様、トレギアの被害者といえる怪獣の内、宇宙怪獣かつ、ジードやX、グリージョとの(拙作時間軸より未来も含めた)交戦経験がない種族という条件で探して行った結果、最終候補まで残ったものの、泣く泣く登場を見送ることになり、今回会話の中でのみ出てきて貰いました。
 怪獣化光線を操れる、能力的には初代に迫る上位個体となり、危険過ぎるのでオメガ・アーマゲドン時、上位のウルトラ戦士に軍団長のガーゴルゴンよりも優先して狙われた(のでフワワは当時の大戦を生き延びた)か、同胞を取り戻すという目的でノワール星人が資源化ではなく殺害を優先したかのどちらかの理由で既に死亡したという形を想定しております。
 このギマイラもノワール星に囚われメカレーター化される前にベリアルの軍門に下った想定ですが、ベリアルがノワール星にやらなかったらやらなかったで将来ノワール星人が他の星にギマイラ・メカレーターで攻め込んだような気はします。


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第五話「そして僕にできること」Cパート

 

 

 

 ウルトラマンジードとともに出現した巨人は、メカニカルな印象を受ける姿をしていた。

 スリムかつマッシブな作り込まれたような体格に、側頭部にはルカの物とはタイプの違うヘッドホンのようなものが装備され。胸のカラータイマーも、X字型という特徴的な形をしていた。

 

「未知の超人……あれが、ウルトラマンエックスか……!」

「おいゼナ、ここはモアたちに任せておまえはさっさと戻れ。トリィにゼガンを用意させてある」

 

 初めて目にした新たなウルトラマンを前に、思わずといった様子で感嘆を漏らすゼナへと、ペイシャンが呼びかける。

 そうして、ライハが展開し続けるバリアの裏から、彼が星雲荘のエレベーターで転送される間にも。二人のウルトラマンと、二大怪獣の激突は開始されていた。

 

〈――ソリッドバーニング!〉

「サイキックスラッガー!」

 

 降り注ぐ火炎弾に対し、基本形態(プリミティブ)からジードが変じた赤い姿――全身を装甲し、エックスとは別方向でメカニカルな容姿をした高熱を武器とする形態(ソリッドバーニング)が、その頭頂部に仕込んでいた宇宙ブーメランを投擲する。

 飛来した刃を、嘴を持つ双頭の赤い竜の如き怪獣――パンドンが、鋼色の義手となった左前足で防ぎ、跳ね返す。

 帰って来たジードスラッガーを腕に装着したソリッドバーニングが、パンドンの方へ向かおうとすると。横合いから飛び出してきた大きな影が、その突進を受け止めた。

 頭部や両腕を機械化され、生身の部分も硬質の棘を密集させた橙色の甲殻に覆われた怪獣――三等身のずんぐりした体型で単眼を光らせるその魔獣の名は、ラグストーン。ノワール星の最主力兵器であると、レムの送ってきた情報が、ルカの伊達眼鏡に表示されていた。

 

「――ストライクブーストォッ!!」

 

 ジード・ソリッドバーニングは、ラグストーンに止められた腕から爆熱光線を発射。零距離からの直撃にも、ラグストーンはまるで堪えた様子を見せないが、そのまま全身のスラスターを全開にしたジードの推進力に圧され、運ばれて行く。

 そうして開けた道を、勇ましい掛け声とともにウルトラマンエックスが駆け抜けた。

 

 ラグストーンと、パンドン。いずれもその頭部を中心に覆うようにして、物々しい機械――メカレーターが埋め込まれたサイボーグとなり、本来の意志に寄らず稼働させられていた。

 特にパンドンの方は、メカレーター手術以前に左腕と右足を喪っていたらしく、それをさらなる改造で補った形をしている。

 

 ペイシャンやレムが言うには。おそらく、ルカを狙うノワール星人を妨害すべく戦ったフワワの部下、その生き残りが捕獲・改造されたこのパンドンは、度重なる機械化によりショック死する寸前の肉体を、その意志を無視して無理やり駆動させられているのだという。

 自らが同じようにされた姿を想像するだけで、ルカの裡に恐怖と嫌悪感が満ちるその、本来は手遅れである状態から――少なくとも、死を先延ばしにはできる数少ない存在が、このウルトラマンエックスだという。

 故に、ルカも。この時だけは兄の戦いではなく、エックスの戦闘に目を奪われていた。

 

 そんな、エックスの姿が、駆ける最中に変化する。

 

〈サイバーゼットンアーマー、アクティブ〉

 

 直接聞こえたのではない――ルカの持つテレパシー能力と、レムのくれたヘッドホン型通信機。その二つがエックスの内包するインナースペースの電波と感応したために届いた、電子音声を合図にして。エックスは装甲されていた。

 レムが送ってくれた、ベリアル軍の情報によると、エックスの扱う能力の一つがモンスアーマー――異星の超技術を得た彼らの世界の人類が、怪獣の力を再現した仮想情報体を、データ生命体でもあるウルトラマンの特性を利用することで具現化し、現実に出現する装備として扱う代物だという。

 現在、エックスが纏っているのは名の通り、宇宙恐竜ゼットン――あらゆる宇宙の、怪獣に区分される様々な生命体の中でも、最強種の一角とされる力を再現したアーマーだという。

 

 一兆度という桁違いの熱量を操るゼットンの力を備えたエックスは、火炎弾を武器とする改造パンドン・メカレーターの迎撃をものともせず弾き、距離を詰めた。

 改造パンドンがその腕に備えた爪を薙ぎ、迎え撃つ瞬間。ゼットンに由来する予備動作のないテレポートが発動し、エックスの姿が消える。

 そして、空振りで隙を見せたパンドンの背後に再出現したエックスは、装甲された拳で、火を吐く大怪獣の背を力強く打ち付けた。

 

 ……だが、その痛烈な勢いに対しても。メカレーター手術を受けたパンドンは大きく姿勢を崩すということもなく持ち応え、その尾でエックスに反撃した。

 籠手のようなサイバーゼットンの腕から発生させた、ゼットンシャッターと呼ばれる全方位バリアでその一撃を跳ね返したエックスだったが、その唯一の死角である頭上に、ノワール星人の円盤の一つが飛来。シャワーのように注がれる光波ビームで灼かれる前に、再転移で改造パンドンから距離を取ることを余儀なくされる。

 

〈外観以外も改造されて、強度が上がっているようだな〉

「仕方ない――なら、内側から攻めよう、エックス!」

〈サイバーエレキングアーマー、アクティブ〉

 

 再び、エックスの姿が変わる――正確には、その身に纏うモンスアーマーが、換装される。

 ゼットンを模した鎧に頭部以外の上半身を装甲していたある意味シンプルな姿から、左肩の頭部を端として、右腕の先に尾が来るように怪獣を巻き付かせたような形状のアーマー――電撃を操る宇宙怪獣の力を再現した装備に改めたエックスは、距離を保ったままその右腕の銃から稲妻を放った。

 莫大な電気は磁力による物理的な干渉力を生じ、鞭のようにして改造パンドンの義手に絡みつく。この攻撃にはジードスラッガーを跳ね返した超金属の強度も用を為さず、感電したパンドンはエックスに一本釣りの要領で引き寄せられた。

 超高圧電流を纏った、数万トンの巨体。それ自体が危険な兵器となって宙を振り回されているために、ノワール星人の円盤も援護に近づけず。改造パンドンが、エックスの眼前に叩きつけられた。

 

 ……同時に、地を揺らす巨大質量が、もう一つ。

 

「――お兄ちゃん!?」

 

 ラグストーン・メカレーターの猛打を受けたウルトラマンジードが、ソリッドバーニングの防御力をして持ち堪えられず、もんどり打って倒れていた。

 優勢であったエックスとは異なる兄の苦境に、悲鳴を上げたルカはすぐに飛び出そうとするが。

 

〈待ってろジード、すぐに行く!〉

「――大丈夫です!」

 

 苦戦に気づいたエックスの呼びかけを、立ち上がったジードは力強く否定した。

 そうして、同じく駆けつけようとしたルカを制するようにして、ジードもまた姿を変える――赤き鋼、必勝撃聖棍ギガファイナライザーを操る究極の姿、ウルティメイトファイナルへと。

 

 ジードはエックスの優勢を見て、パンドンの火球への耐性を捨てることを判断をし、純粋に最高出力の形態を解禁したのだ。

 追撃に放たれていたラグストーン・メカレーターの突進を、ギガファイナライザーを横に構えてジードは受け止める。ウルティメイトファイナルをして、微動だにしないというわけにはいかず、足裏が地面に減り込むものの。それ以上力負けせずに持ち堪えたジードは、曲がっていた両腕を伸ばすことでラグストーンを逆にふっ飛ばしていた。

 

「行っけー、リッくーん!」

 

 モアの声援を受けて、というわけでもないだろうが。転んでもすぐに起き上がったラグストーン・メカレーターの頭部へ、ギガファイナライザーが旋回して襲いかかった。硬い金属同士がぶつかる大音声を奏で、打撃の威力にラグストーンがさらに後退する。

 

 ……怪獣保護を理念とする大地との共闘で、多少の手心も加わっているのかもしれないが。ウルティメイトファイナルの攻撃を受けても、尾を引くようなダメージを見せないラグストーン・メカレーターの耐久性は侮れない。

 それでも、一対一ならジードの優位は揺るがなさそうだ。ノワール星人の円盤による横槍も、額から放つ光線で牽制できている。

 ならば、それ以上の妨害を阻止することが肝要だと理解したように、エックスもまた姿を変える。

 

〈サイバーゴモラアーマー、アクティブ〉

〈一気に行くぞ、大地!〉

「ああ……!」

 

 胸に共通のX字の装甲を、さらには両肩に角を、両腕に爪を模した具足――ルカに合成された遺伝子の原種が一つ、古代怪獣ゴモラの再現体であるサイバーゴモラのモンスアーマーを纏ったウルトラマンエックスが、感電の末に動きの精細を欠いた改造パンドン・メカレーターへと突撃する。

 その際に、エックスが放つ周波数が収束されて行くのを、同様の技を操るルカの耳は捉えていた。

 

「ゴモラ振動波!」

 

 そうして、接触と同時にエックスが両腕から注ぎ込んだ青いエネルギーが、改造パンドンの全身を呑み込んで。輝きにより輪郭すら見えなくなった段階で、エックスがパンドンを投擲し、上空で大爆発を起こさせた。

 保護する、と言っていた大地と一体化(ユナイト)したエックスの行動に、思わず目を見開いたルカだったが――爆発の後、頭上から小さな影が降りてきた。

 その展開を知悉していたようにして、その飛来した物体――パンドン型の、掌より少し大きい程度の人形を掴んで止めたのは、ペイシャンだった。

 

「これがスパークドールズ化、か……」

 

 どことなく、苦々しい様子で呟くペイシャン。その彼が口にした用語の解説を、レムがまた伊達眼鏡のディスプレイに表示してくれた。

 

 スパークドールズとは、『命の時間を止める力』を受けた存在が変質した人形であるという。

 

 そしてウルトラマンエックスは、自身を構成する光量子の一部が生命をスパークドールズに変える特殊な性質を有しており、彼の干渉によって時間を停止させられたパンドンはたちまち、改造手術の負荷で死ぬことなく、封印された状態になったのだそうだ。

 

 エックスや、彼の粒子を再現した機能を持つモンスアーマーの場合。例えばガーゴルゴンの石化光線のように、ただ照らしただけで相手にその効果を発揮させることはできない。作用させるには対象の肉体を一度、ウルトラマン同様の光量子情報体へと変換――つまり、物理的には破壊することを必要としているために、このようにパンドンを撃破したらしいが。

 

「……こんな自由の効かない人形にして、保護したと言って良いのか?」

 

 ペイシャンが皮肉のように漏らす疑問には、先日フワワによる石化を体験したばかりのルカも、近しい気持ちがあったが。

 

〈――私も、かつては同じことを思ったよ〉

 

 再び、振動波を収束し――今度は波長を整えた一種の音波レーザーとして発射し、ノワール星人の円盤群を牽制しながら、エックスが耳聡くその声を拾っていた。

 

〈だが、私の相棒は諦めの悪い男でね。問題の先送りだとしても、確実に先へ繋げるのなら。彼らに自由を取り戻し、共存できる世界を実現する未来に託せると、そう考えてくれた――もちろん、その未来を実現するため、一番に努力しているのが大地だ〉

 

 自らの個性に意味を見出してくれた相棒を誇るように、エックスは語る。

 

〈だから私も彼とともに、未来の可能性を信じる――そう決めた。いつかメカレーターの呪縛も解いてやれる、そんな希望を〉

「……まぁ、多様性って奴は否定しない」

 

 エックスの言葉に、巨人を見上げていたペイシャンは、その視線を水平に近づけた。

 

「だが、おまえらだって何とでも共存するわけじゃないんだろ? ラグストーンはノワール星人の作り出した怪獣だが、最初から改造する前提で、発生の初期段階から脳を切除され操作桿を埋め込まれている。他の生命体から吸い出すことはあっても、それ自体に感情はない」

「……あなたの言う通りのようだ。解析の結果、ラグストーンからはそれ自体の感情が検知できない」

 

 ペイシャンの語るノワール星人の悍ましい所業を認めたのは、エックスではなく大地の声だった。

 皆の視線が集まった先では、ジードがラグストーン・メカレーターを圧倒しながらも、なお倒しきれずに手を焼く光景が展開されていた。

 

「生体部品を用いた、自我のないロボット兵器のようなもの……おそらくエックスでも、スパークドールズ化できない相手だ」

「そういうことだ。見ての通りあの姿のジードの攻撃を受け続けてピンピンしている。変な加減をするなよ、という警告だ」

「了解した――行くぞエックス!」

 

 そうして、エックスがジードに加勢しようとしたその時――白と青の混じった影が、彼を襲った。

 

〈……未知のウルトラマンの情報は収集させて貰った〉

 

 円盤から、先程の交渉時、代表を務めていたノワール星人の声が降って来た。

 

〈怪獣を人形に変える……恐ろしい能力だ。だが、人形集めにご執心ということなら、趣味に合うもう一匹も目にする機会を提供しよう〉

 

 ノワール星人が宣言した瞬間、エックスを薙ぎ倒した旋風の如き影が動きを止める。

 それを見て、ルカとともに戦況を見守っていたアサヒが口を開いた。

 

「あの怪獣は……」

「……あれは、グクルシーサー!?」

〈いえ……あれはホロボロス。声紋認証によれば、やはりフワワの部下の生き残りのようです〉

 

 白い(たてがみ)に、筋肉質な青い体躯の巨大な四足獣。その獅子の如き怪獣を目にしてペガが零した疑問を、レムが訂正した。

 両前足と、頭部をノワール星人に改造されたのは豪烈暴獣ホロボロス。圧倒的なパワーとスピードで、不意を衝いたとはいえ一撃でエックスを転倒させたその怪獣は、しかし苦しげな声を上げていた。

 パンドンと同じく――強制的な改造による肉体への負荷が、怪獣の強靭な生命さえも蝕んでいるのだ。

 その様子を見取ったエックスが、一つとなった大地の意志に突き動かされるように立ち上がり――

 

〈ただし、ラグストーンと合わせてな〉

 

 次の瞬間、背後からの突撃を受けて打っ飛んだ。

 

「な――っ!?」

 

 強烈な体当たりでサイバーゴモラアーマーを砕き、エックスに悲鳴を上げさせた怪獣はラグストーン・メカレーター。

 幾度も自らの装甲された頭を叩き鳴らす癖も、外見も全く同じだが、今もジードと向き合っているのとは別の個体だ。それが改造ホロボロスと共に、追加戦力として戦線投入されていた。

 ――しかもそれは、一体だけではなく。

 

「何――っ!?」

 

 エックスの窮地に駆けつけようとするジードの前にも、さらに二体のラグストーン・メカレーターが出現する。

 ジードとの交戦で消耗した一体を庇うようにして、二体並んでの突撃を受け。ギガファイナライザーを構えたジードが何とか受け止めるが――最初の個体がさらに追い打ちをかける格好で、遂にウルティメイトファイナルをも撥ね飛ばした。

 

「うわぁあああああっ!?」

「お兄ちゃん!」

 

 今度こそ手加減なしの、最強形態であるジードが上げる悲鳴を耳にして。ルカは再びライハの展開する防御圏を飛び出そうとした。

 

「ルカ、危険よ!」

「でも、ここで見てるだけでお兄ちゃんがやられたら――もっとどうしようもなくなるよ!」

 

 呼び止めるライハに、ルカは言い返す。

 エックスの方にも、さらにもう一体のラグストーン・メカレーターが追加で投入され、それぞれ三対一を強いられているウルトラマンたちの不利は免れない。

 事態の推移に合わせ、臨機応変に動けるように戦線には加わっていなかったルカだったが、これ以上はただ見ているわけにはいかない――!

 

「――ルカちゃん、あたしも行きます」

 

 そこで、ルカの横に並んだのは、アサヒだった。

 

「ライハさん。先に言って貰った御礼の分、ちゃんとあたしがルカちゃんを守りますから――リクさんを、助けに行かせてあげてください」

「…………頼んだわよ、二人とも」

 

 暫し、逡巡した様子を見せた後。アサヒの頼みに、ライハは頷いた。

 ルカと並んだアサヒは、ここまで見たこともないキリッとした表情で――凛とした佇まいで、彼女の変身アイテムだというジャイロを取り出した。

 一瞬、視線を交わした二人は互いに頷き合い――覚悟を決めて、行動に移った。

 

「――星まで届け、乙女のハッピー!!」

 

 叫びとともにアサヒがジャイロを引き、起動させるのに合わせて――駆け出したルカもまた、擬態を解いて、ノワール星人が求める怪獣――培養合成獣スカルゴモラという正体を顕にし、戦いへと加わった。

 

 

 

 

 

 

 三体のラグストーン・メカレーターの連続攻撃に圧倒されていたウルトラマンジードを救ったのは、二体の怪獣による介入だった。

 内の一体は、既に見慣れた妹の真の姿――培養合成獣スカルゴモラの角によるかち上げが、不意打ちとしてラグストーン・メカレーターの背に突き刺さり、大きく投げ飛ばした。

 もう一体は――ウルトラマンジードが初めて目にする、褪せた銅色の怪獣だった。

 

「(……あれ?)」

 

 それを訝しむような気配を、スカルゴモラも漏らしていた。

 スカルゴモラの大角の一撃と同時に、サイバーゴモラアーマーの腕のような三本の大型クロー――ショベルのようなそれで、ラグストーンの体を払い除け、ジードを包囲網から救ったのは、全身を重装甲で覆ったロボットのような巨大怪獣だった。

 頭部に備えた三日月型の巨大な角に加え、尻尾の先まで背鰭のように張り出した二列の角というシルエットは、スカルゴモラとも似ているものの。体格は彼女よりも一回り以上大きく、右腕はジードの頭よりも大きな、鋏と言うよりも幅広のペンチのような装備を身につけていた。

 突然、仲間がふっ飛ばされたことにも動揺せず、むしろ遂に姿を現したスカルゴモラを狙うかのように三体目のラグストーン・メカレーターが突進しようとするものの。銅色の巨大怪獣が、腹部の正中線に備えた発光器官から放った五条もの極太いビームの照射を受けて、ラグストーン・メカレーターでも踏み留まれずに吹っ飛んだ。

 

「大丈夫ですか、リクさん?」

「(えっ!? アサヒって、ウルトラマンじゃなかったの!?)」

 

 怪獣の放った声に、スカルゴモラが激しく驚いた思念を漏らした。

 

「ふふーん、実はあたしのジャイロは、怪獣にも変身できるんです! リクさんは知ってましたよね?」

「いや、でも……前の怪獣はグリージョになったし……この怪獣は初めて見るし……」

〈おーい! ふわふわしてないで、こっちも早く助けてくれぇ……っ!〉

 

 敵を蹴散らした後、何処と無く呑気なやり取りを繰り広げる三人に対し。情けない声で救援を求めたのは、未だ一人、三体の屈強な怪獣から足蹴にされ続け、カラータイマーを鳴らすエックスだった。

 そのエックスの仕草か、はたまたノワール星人の指示によるものかはともかく。新たな戦力の登場に気づいたらしいホロボロス・メカレーターと、二体のラグストーン・メカレーターは、それぞれ一斉に攻撃してきた。

 エックスを取り囲んだ位置関係のまま。熊のように二本足で立ち上がったホロボロスが、白い鬣に蓄える静電気を増幅し放つ稲妻、ギガンテサンダーと、ラグストーン・メカレーターが改造によって備えられた両肩の砲口から連射する撃砕光線が、彼らの本来のターゲットであるスカルゴモラに集中する。

 それを、前に出たジードの展開したウルティメイトファイナルバリアと、アサヒの変身した超弩級怪獣グランドキングメガロスの背中から分離し、自律飛行する角・メガロススパインが十字陣形を組んで発生させた光子障壁(スパインイレーザー)による二重防御が、完全に防ぎきった。

 

〈――警告します。荷電粒子反応が増大中です〉

 

 二重のバリアを解いた直後。レムからの通信に、ジードが前方に目を凝らすと。ホロボロスが改造された頭部へと、エネルギーを集束していた。

 四本の脚で地面を掴み、自らを砲台のようにしたホロボロスが獅子吼の代わりに放つのは。純粋な光子ではなく、質量を持つ重金属粒子を、亜光速まで加速して射出する超運動エネルギー砲弾――すなわち、荷電粒子砲だ。

 サイバーエレキングアーマーほどの莫大な電力があっても、現代の地球の技術水準では発動できるか怪しいほどの超兵器。ノワール星の進んだ技術によるものとはいえ、それを後天的に取り付けられ、生命力を燃料に撃たされるホロボロスの負荷は甚大なものだろう。

 そうして、獅子がその命を削って放つ一撃を、前に出たグランドキングメガロスが迎え撃った。

 

「メガロスヘルブレード!」

 

 アサヒらしからぬ単語の混じった技名とともに、グランドキングメガロスの右手の先端から光の剣(レーザーブレード)が発生。再展開が間に合わないバリアではなく、その形状を維持するための干渉力で、荷電粒子の集束を受け止め切り裂こうという意図を理解したジードもまた、右腕からスマッシュバスターブレードを発生させ、メガロスヘルブレードに重ねる。

 

「リクさん!」

「息を合わせて、アサヒ!」

 

 そうして、ジードとメガロスがX字型に切り払ったのに合わせて、ホロボロスの放った荷電粒子の砲弾は拡散し。後にはウルトラマンや怪獣には無力な熱波と爆風だけが残された。

 それでも、人体には多大な影響を及ぼし得るものの。既にバリアの連続展開の限界が近かったライハとモア、それにペガとペイシャンも、レムが星雲荘のエレベーターで避難させており、放射線に曝されることはなかった。

 消耗したホロボロスに対し、グランドキングメガロスは額からグランレーザーを連射。ホロボロスはなおも俊敏な動きでそれを回避するが、エックスから距離を取ることとなり。ラグストーン・メカレーターの強靭な装甲にグランレーザーを弾かれたメガロスは続けて頭部の角から強烈な稲妻光線を放ち、ラグストーンの片割れを感電させて動きを止める。

 

〈――イィーッサァアーッ!!〉

 

 そうして。残る一体のラグストーン・メカレーターを、全身を使い下から跳び上がる勢いのまま蹴りつけたエックスが、再起した。

 無理やり動かされている風に、距離を取っていたホロボロス・メカレーターが重心を下げてエックスを威嚇。そちらとエックスが睨み合っている間に、グランドキングメガロスはノワール星人の円盤群に再度分離させたメガロススパインを突っ込ませ、連続射撃で牽制する。

 

「大地さんとエックスさんの方は、任せてください!」

 

 言い残したアサヒは、エックスの蹴りから起き上がったラグストーン・メカレーターの相手をするべく、グランドキングメガロスの巨体を前進させた。

 

「(……お兄ちゃん、危ない!)」

 

 そうして、エックスへの助太刀にアサヒを送り出せた頃になって。先程ふっ飛ばされていた、ジードが相手にしていたラグストーン・メカレーター三体が、再び地面に片腕を着けてから駆け出す、アメフト選手のようなタックルを一斉に繰り出してきた。

 三体並んだ突撃を、ジードはギガファイナライザーを構えて受け止める――だが、実際には同時に止めきれたのは二体までで、残りの一体がスカルゴモラに到達するのを、防ぎきれなかった。

 

「――ルカっ!」

 

 ソリッドバーニングをして踏み止まれず、ウルティメイトファイナルの状態のジードでも、何発も無防備には受けられないラグストーン・メカレーターの強力な拳が、スカルゴモラの顔面に叩き込まれる。太く強靭な彼女の首が伸びて、その打撃の凄まじさを物語り――

 

「(――こンのぉっ!!)」

 

 バネのように。弾かれたのと同じ勢いで戻ったスカルゴモラの繰り出した猛烈な張り手が、ラグストーン・メカレーターの胴を薙いだ。

 先程の、不意打ちとは流石に違うからか。大きく打っ飛ばされるようなことはなかったものの。自らの意志でも、ノワール星人の操作によるものでもなく、純然たるスカルゴモラの腕力による結果として、ラグストーン・メカレーターが後退する。

 そこに、迎撃として放たれる撃砕光線での痛みにも全く怯まず、スカルゴモラが追撃を仕掛けた。

 装甲されたラグストーン・メカレーターと、頭突きが合わさる。既にジードから痛めつけられていた最初の個体とはいえ、ウルティメイトファイナルでも手を焼く強大なパワーと、スカルゴモラは完全に拮抗し――否、一歩踏み出すごとに、手負いのラグストーン・メカレーターを押し切り始めた。

 

 ……明らかに、培養合成獣スカルゴモラはその戦闘力を増していた。

 先日、レムが披露した推論のように。彼女の細胞は、激しい戦いを乗り越えるたびに、より強く成長するということか。

 特に、前回のフワワとの戦いで。石化への耐性のみならず、エネルギーを枯渇寸前まで吸われた死に瀕したことで。超回復により、その生命力自体を大幅に増したと見られることが、ラグストーン・メカレーターを相手に互角以上に渡り合える急激なパワーアップの理由だろうか。

 

「(――スカル超振動波!)」

 

 そうして零距離で放ったスカル超振動波は、グランドキングメガロスの攻撃にも平然と耐える強靭な表皮をすり抜け、ラグストーン・メカレーターを内側から責め立てた。

 外殻は、スカル超振動波を注ぎ込まれてなお砕け散らず。ただ、内部を破壊されたラグストーン・メカレーターの動きが鈍った。

 ……そう、鈍っただけ。ラグストーンとしての生体部分を粉砕されても、メカレーターがなお、機械化された魔獣の外骨格を突き動かす。

 とはいえ。筋組織を焼き切られ、明白にパワーダウンしたメカレーターでは、最早スカルゴモラの膂力に抗いようもなく。

 動きの鈍ったラグストーンを平然と投げ飛ばす妹の勇姿を見て、ジードは負けていられないと眼前の敵に集中した。

 

「――クレセントファイナルジード!」

 

 ギガファイナライザーを用いた最大貫通力を誇る技が、組み合っていた二体のラグストーン・メカレーターに炸裂。ラグストーン・メカレーターの強靭な装甲に、横一文字の裂傷を刻み込んで吹っ飛ばす。

 だが、この一閃でも、装甲を切り裂いただけ。充分に振り切れる間合いではなく、完全な威力を発揮できなかったとしても。なお致命傷に届かないラグストーンの防御力は、エタルガーの鎧にも匹敵するかもしれない。

 それが五体。さらに動きが素早く、レムが言うにはこれまた並のウルトラマンの光線を寄せ付けないほどに豪烈な体躯を誇るホロボロスの、強化改造体まで居る状況。

 そして上空には、二十近い円盤群。ノワール星がこの戦い――スカルゴモラを手に入れようとする本気を厄介に感じながら、その妹を庇うような位置取りで武器を構え直したジードは、さらに絶望的な音を聞いた。

 

 続々と響いた、金属が打ち合う音――それは新たなメカレーター怪獣の参戦を告げる、音だった。

 

 

 

 

 

 

「(嘘……)」

 

 兄と一緒なら。さらに、アサヒも居てくれて。ついでに、ウルトラマンエックスとも力を合わせて。

 フワワとの戦いを経て、自分自身も明らかに強くなった今なら、誰にも負ける気はしないと。

 そう思っていたスカルゴモラでも、流石に慄くような光景が、眼前に広がっていた。

 

〈言ったはずだ。培養合成獣スカルゴモラを頂くことが、我らの悲願であるのだと――最早出し惜しみはしない。我が星の総力を挙げて、この戦いに勝利する!〉

 

 ノワール星人の宣言で並んだのは、さらに追加された十体のメカレーター化された怪獣だった。

 内訳は、ラグストーン・メカレーターが六体。残りの四体は、直立歩行するヤギのような怪獣――レムが届けてくれたデータによると、ラグストーンの亜種である、夢幻魔獣インキュラス。おそらくノワール星人が地球人の意識を調べたというのは、この怪獣の能力によるものと目されるのだそうだ。

 インキュラス・メカレーターはラグストーンほどの耐久性はない、とは付されているものの。問題はそのラグストーン・メカレーターだけで、合わせて十一体も存在することだ。

 エックスによるスパークドールズ化は無効だと、他ならぬ大地が認め。ジードの最大貫通力を誇り、エタルガーの鎧を切り裂いたクレセントファイナルジードでも。内部から破壊する、スカルゴモラの超振動波でも。アサヒの変身したグランドキングメガロスの超弩級要塞というべき大火力でも、未だ一体も活動停止に追い込めていないのに。

 流石に、倒し切れるビジョンが見えない――思わず怯んだスカルゴモラに、無数の光が照射された。

 

「(きゃぁあああああああっ!?)」

 

 大量の追加戦力に、味方全員の注意が寄せられた隙を衝いて。ノワール星人の円盤群が、スカルゴモラに集って来ていた。

 続々と照射される光線は、ラグストーン・メカレーターの撃砕光線にも劣らぬ威力を持っていて。その集中砲火が、不意を突かれたスカルゴモラを苛み続ける。

 

「――ルカっ!」

 

 不意に、痛みが遠退いた。駆けつけた兄が牽制の光線を放ち、さらには頭上にバリアを展開して、スカルゴモラを守ってくれていたのだ。

 だが、その横合いから、先程まで戦っていたラグストーン・メカレーターたちが組み付いてきて。ジードが引き離される。

 

「ルカちゃん!」

 

 再び迫る円盤群を、スパインストームで追い払いながら。グランドキングメガロスが地を揺るがして駆けつけようとする。

 彼女が相手取っていた二体のラグストーン・メカレーターが、進行を阻むように次々とタックルを繰り返す。およそ三倍にも迫る重量と強固な装甲は、それでもほとんどダメージを通さないものの。メガロスの反撃もまたラグストーン・メカレーターには有効打足り得ず、引き離しきれない。

 猛然と駆け出したエックスもまた、その行く手に先回りしたホロボロスに飛びかかられて、押し倒された。複数の怪獣との連戦で消耗した彼は、その腕を食いちぎられないように抵抗するのが精一杯という様子で、カラータイマーの点滅を速める。

 

 そんな中、自身に取り付いていたラグストーンたちを打ちのめしたジードが、再びスカルゴモラを庇う位置に立ったのは――新たに追加されたラグストーン・メカレーターたちが整列し、まるで迫る壁となって兄妹を押し潰そうとするように、一斉に駆け出し始めたところだった。

 

 ――同時に、絶望を裂く光が迸ったのも、その瞬間だった。

 

「――!?」

 

 圧倒的な突進に身構えていた兄妹の前で走った、青い光芒は、六体のラグストーン・メカレーターを薙いで行く。やはり一体たりとも、その光線や巻き起こされた爆発には大打撃を受けることなどなかったが――着弾点を中心に生じた穴に引っかかると、これまでの脅威が嘘のように為す術なく呑み込まれ、その穴とともに消えて行った。

 

「――時空の彼方に追放したのか!?」

「ゼナさん……ゼガン!」

 

 生じた事象を、研究者でもある大地が理解するのと。それを引き起こしたものが誰であるかを理解したジードが歓声を上げるのは、ほとんど同時だった。

 ジードと同じように、光の出処である方角にスカルゴモラが視線を回せば――そこには一週間前、ヤプールの襲来で共闘したAIBの怪獣兵器、時空破壊神ゼガンの姿があった。

 

「――待たせたな。下がっていろ」

 

 ゼガンと融合し、操縦するゼナが告げると同時。頭部の角を黄色に発光させたゼガンの胸元に青い輝きが宿り、それが光の奔流として迸った。

 薙ぎ払われたゼガントビームは、グランドキングメガロスが打ち弾いたラグストーン・メカレーター二体を直撃。破壊光線としての威力はまるで通用しないが、続いて引き起こされる時空構造体への干渉に伴う、異次元転送作用が発動。あくまでも物理的な強度に性能を特化していたラグストーン・メカレーターの装甲を無為と化し、その圧倒的な馬力による抵抗も虚しく、時空の彼方へと魔獣たちを放逐する。

 ノワール星の主力怪獣を次々と葬る、シャドー星の最終兵器――その脅威に気づいたように、ノワール星人の円盤群がスカルゴモラから、ゼガンの方へと攻撃対象を変更しようとするが。

 

「させるか!」

 

 ジードとメガロスが熱線を放ち、円盤群の射程にゼガンを入れることを阻害する。

 

「(――ゼガン、こっちもお願い!)」

 

 スカルゴモラは、再び向かってきていた残る三体のラグストーン・メカレーターを迎撃。活動停止には遠いとしても、兄妹との戦いで既にダメージを蓄積させていた今となってはスカルゴモラの剛力には抗えない。次々と投げ飛ばしてやると、間髪置かずにゼガントビームが照射された。

 その照射が終わった直後、ゼガンに向かっても、青白い光弾が叩き込まれる。

 

「――ぐっ!」

 

 最後のラグストーン・メカレーターを異次元送りにしたのと引換えに。ノワール星人の円盤群ではなく、肉薄したホロボロス・メカレーターの荷電粒子砲がゼガンを捉え、その胸部を直撃していた。

 

〈――その兵器は、これで封じた!〉

 

 主砲の発射口を兼ねる胸部を抉られ、ゼガンが倒れ込むのを見て。ホロボロスを操るノワール星人が、渾身の叫びを上げた。

 だが、既に彼らの主力であるラグストーンは全滅した。これなら――!

 

〈まずいぞ大地、そろそろ限界だ……!〉

「任せてください! ハッピー!!」

 

 ホロボロスの狙いが変わった都合上、解放されていたエックスだったが。彼のカラータイマーの点滅が、擦り切れる寸前まで高速化したその時。

 グランドキングメガロスが、光に解け。それから、銀とオレンジ色の、少女のような体つきをした巨人へと姿を変えた。

 それが、ウルトラウーマングリージョ――アサヒが変身する、ウルトラマンとしての姿なのだと、スカルゴモラも理解した。

 

「グリージョ・チアチャージ!」

〈――おぉ!〉

 

 そうしてグリージョが、飴玉型の光球を投げると――それを胸に受けたエックスのカラータイマーの点滅が止まって、元の青色を灯し。さらに、同じく胸のカラータイマー状の水晶体にその光を受けたスカルゴモラもまた、その身に受けたダメージが綺麗に消え去り、体が癒えて行くのを感じた。

 

「(ありがとう、アサヒ!)」

「どういたしまして! さぁ、エックスさん! 可哀想な怪獣さんを、助けてあげてください!」

〈任せろ。大地!〉

「ああ、エックス! ホロボロスの動きに対抗するには――あのアーマーで行くぞ!」

「リクさん、ルカちゃん! ノワール星人さんたちに、反省して貰いましょう!」

「――ああ!」

「(うん!)」

 

 ジードを含め、全快した三人はグリージョに呼びかけに力強く応えて――各々が向かうべき敵と向き合った。

 

〈ハイブリッドアーマー・ローエンド、アクティブ〉

 

 スカルゴモラが、敵の解析に入った横で、エックスが変わる――これまでに見せたモンスアーマーを複合し、さらに左腕に盾を追加したような、未知の姿に。

 

「これが、あの時の奇跡の再現――未来の可能性を追求するための、俺たちの力だ!」

 

 簡易版(ローエンド)、という名称に、しかし恥じる様子は何もなく。大地が虹色の短剣を装備し、いつかの未来で共に生きる怪獣たちとユナイトしたウルトラマンエックスの姿で、そう叫んだ。

 

 

 







 Aパートあとがきで述べたように、今回はもうちょっとだけ続きます。
 以下、いつもの言い訳等々。一足早い登場怪獣・ウルトラマンの解説的な雑文です。


・ベリアル怪獣軍団の選出(メカレーター編)
 ギマイラ同様、トレギアの犠牲者と言える怪獣たちからのチョイスです。
 この内、ホロボロスはトレギア最大の被害者の一人でもあるツルちゃんの代役として考えました。Z超全集を読む限りグルジオ系列は流石に野生に居なさそうで、グランドキング種についても疑問があり、複数回変身したホロボロスを代役にした形です。
 微妙に地球怪獣なのか宇宙怪獣なのか明示されていない怪獣ではありますが、仮に地球怪獣でも『ベリアル銀河伝説』時のゴモラの星のように、別の星に収斂進化した同種のような怪獣が居ても良いかな、ということで、宇宙で暴れるベリアル怪獣軍団に加わって貰った形です。
 なお、ホロボロス・メカレーターはもちろんメツボロスのリペイントを想定した形となります。


・ラグストーン&インキュラス
 ラグストーンは脳にノワール星人からの指令を受け取る装置がある、という設定で勝手に事実上のロボット怪獣のようなもの、という扱いにしてしまいました。十一体出てきたのは元々のモチーフがアメフト選手だからで、インキュラス合わせて十五体なのは実際に持ち込まれたラグビーが十五人でそれぞれチームであることから、となります。何体出ても時空の彼方へ追放という原作再現は決まっていたので、前話でフワワに多勢に無勢、なんて言わせてしまったことでノワール星の戦力をたくさん出さなければならなくなったため、そんな感じの数になりました。
 インキュラスはまたもスーツ改造ネタかつ、インキュラスを救うかどうかの判断を挟まないで済むようにラグストーンの亜種設定となりましたが、公式では明言はありませんのでご了承ください。


・グランドキングメガロス

 当然のようにアサヒが変身しましたが、該当するクリスタルを持っている状態なら変身できてもおかしくないのでは? という考えでの登場です。まさかのウルトラマンの味方となるグランドキング、まさかのゴモラ亜種を護るために戦うメガロス。私も世代なので、越知清監督の「荷電粒子砲を裂けるのはブレードだ!」というネタをもうちょっと直球にしつつ、リクアサケーキ入刀ごっこがしたかった(本音)。
 設定上では使用すると強大な力に酔いしれてしまうというデメリットが存在する怪獣ですが、ツルちゃんの際とは異なり、「アサヒはウルトラウーマングリージョに覚醒できるように、あの頃のツルちゃんと違って怨みで戦っていない」「より強大なグルーブの力を経験済」「実はツルちゃんが守護霊している」等々の理由があれば、ふわふわした感じでグランドキングの力を味方側で使うアサヒは面白いかなぁとか、そんな感じです。アサヒではなく私が暴走しています。


・ウルトラマンエックスハイブリッドアーマー・ローエンド

 上記も霞む今回のぶっこみ枠。

 かつて虚空怪獣グリーザの脅威を退けた奇跡の形態、ハイブリッドアーマーを研究して生まれた簡易再現体(ローエンドモデル)
 グリーザ戦のオリジナル時とは異なり、全ての怪獣たちと一体化したのではなく、モンスアーマー部分を構成する四体のサイバー怪獣のみと融合した形態。姿形はオリジナルのハイブリッドアーマーと同一ながら、内包するエネルギー量で大幅に劣る。
 そのため、単純な戦闘力では本来のハイブリッドアーマーや、最強形態であるベータスパークアーマーには遠く及ばない。しかし、複数のモンスアーマーの特性を同時に活用し、何よりスパークドールズ化能力を有した形態の中では現在、最も強力な姿であることが、ベータスパークアーマーとの運用面での差別化要素となっており、このアーマーを開発する意義となった。

 ……という感じで考えた、拙作オリジナル設定の新(?)フォーム。もしくは初登場補正のないハイブリッドアーマーとも。多分今後エックスが公式に再登場しても使う必要がなかったか、使うまでもなかったかで、捏造してもギリギリ矛盾を回避できそうな形態として考案してみました。拙作で出すならベータスパークアーマーよりもハイブリッドアーマーを優先したかったものの、奇跡の形態なのでどうするか……という苦肉の策のような形です。
 作中で最初から使わなかったのは、肝心のウルティメイト・ザナディウムを使用するとエックス本人も著しく消耗する上、各モンスアーマーも負荷により一時使用不可になるため、みたいなイメージで考えています。




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第五話「そして僕にできること」Dパート

 

 

 

 ハイブリッドアーマー・ローエンド。

 大地の言葉を借りれば、かつて起きた奇跡の、簡易再現体(ローエンドモデル)となったウルトラマンエックス。

 未知の超人は今、静かな足取りで一人、ホロボロス・メカレーターと対峙した。

 

 スカルゴモラとの間に立ち塞がるエックスに向けて、ホロボロスが咆哮とともに躍りかかる。

 高速移動からの機械化された爪の一撃を、エックスは手にした虹色の短剣――エクスラッガーで受け止める。四体のサイバー怪獣の力を加算された腕の動きはそのまま、ホロボロスを容易く振り払った。

 弾かれたホロボロスは、安定の取れない空中から、その身を惜しまぬように荷電粒子砲を放った。

 

「ベムスタースパウト!」

 

 しかしエックスは、左手に構えた盾――宇宙大怪獣ベムスターのエネルギー吸引器官を模したモンスアーマーによって荷電粒子砲を無力化し、吸収。そのエネルギーを、自らの力へと変換した。

 超運動エネルギー兵器である荷電粒子砲発射の反動で、勢いよく地面と激突したホロボロス。充分に体勢を立て直す前に地を蹴って、砂埃を巻き上げる旋風となったホロボロスが再び、ゴム毬のように跳ねながらエックスを狙う。喉の奥から血を零しながら、限界を越えた高速かつ立体的な動きでエックスを幻惑するホロボロスは、遂に死角から飛びかかって――その前脚で空を切り裂いた。

 

 大地とエックスは、自分たちが敵を見失った瞬間襲われることを事前に予測。そこにタイミングを合わせた、ゼットン由来のテレポート能力で攻撃を回避。勢い余ったホロボロス・メカレーターの前脚が地球へと突き刺さり、恐るべき俊敏性が失われる隙こそを狙い――その地点を確実に狙い撃てる上空に、再出現した。

 両腕を左に振り被ったエックスの纏うモンスアーマーの各部位が、手にしたエクスラッガーと同じく青、黄、紫、赤に発光。空中でありながら踏ん張るような動作をした左足から、全身を伝わって迸ったエネルギーの余波が空に広がり、まるで何百もの虹が走るような紋様を描く。

 

「ウルティメイト・ザナディウム――!」

 

 そうして、エックスのカラータイマーから放たれた虹色の光線は、最早回避の間に合わせようもないホロボロスを直撃。極太い虹の柱に呑まれたホロボロスのメカレーター部位が剥離し、さらにはその豪烈な体躯を解かしていき、爆発。

 ウルティメイト・ザナディウムの膨大なエネルギーは、虹の光輪を伴った大規模な爆発を引き起こし、廃工場を倒壊させる破壊の傍で――その爆心地に、喪われる寸前の命を繋ぎ止めた結果である、ホロボロスのスパークドールズを産み落としていた。

 

 その頃。爆風に煽られながら、スカルゴモラはウルトラマンジードらとともに、四体のインキュラス・メカレーターと対峙していた。

 同じくノワール星人の産み出した魔獣、生体部品を使ったロボット怪獣であるラグストーンが、強靭さを売りにしていたのとは違い。インキュラスは幻像を利用した瞬間移動や、手足を素早く動かす肉弾戦を得意としていた。

 それがスカルゴモラを狙うのを、ジードが前衛として迎撃し、グリージョが後衛としてバリアを展開している、さらにその後ろで。スカルゴモラは、前方の空間から響く音のパターンを、ひたすらに解析し続けていた。

 

「(――お兄ちゃん、今っ!)」

 

 そうして、スカルゴモラの咆哮を合図として。ギガファイナライザーを手放し、取り回しに優れたもう一つの武器――ジードクローを取り出したウルティメイトファイナルが、それを上空に翳す。

 

「ディフュージョンシャワー!!」

 

 ジードクローが放ったエネルギーは、一瞬だけ上空で滞留。次の瞬間、光速で降り注ぐ破壊の雨となって、前方の空間を埋め尽くした。

 そこには、如何に身軽に動こうと、ノワール星人に統率された――一定の行動パターンを有していたインキュラスたちが、次なる幻惑の一手のために身を寄せ合う瞬間が、待っていた。

 超振動波を武器とできる、あらゆる周波数に適合した超聴覚を持つスカルゴモラには。その行動に向けたインキュラスらの動作音や鳴き声のパターンが、既に読み取れていたのだ。

 そうして、スカルゴモラの解析を元に放たれた、範囲殲滅攻撃であるディフュージョンシャワーに貫かれて。同種であるラグストーンと比べれば嘘のように呆気なく、全身を蜂の巣のようにした四体のインキュラスのシルエットが崩壊し、爆散した。

 

〈馬鹿な……これだけの戦力を投入しておいて……っ!〉

 

 十一体のラグストーン。四体のインキュラス。

 さらに先の戦いで捕獲したのだろう、元ベリアル配下のパンドンとホロボロスのメカレーター。

 必勝を期して投入した合計十七体もの怪獣を全て喪う結果となり、ノワール星人が動揺する様子が伝わって来た。

 

〈だが……だが、だからと言って、退けるものか!〉

 

 そして、諦められないとばかりに。代表であったノワール星人の乗り込む円盤が、なおもスカルゴモラを攻撃しようと接近して来る。

 ――いつまでも、好きにやらせると思ったら大間違いだ。 

 

「(アサヒ――手伝って!)」

「もちろんです、ルカちゃん!」

 

 呼びかけに、グリージョが頷いてくれたのを見て。スカルゴモラは、ゴモラアーマーを纏ったエックスがしていたようにして、波長を整えた超振動波を、迫る円盤群へと発信した。

 ジードとグリージョが守ってくれていた間、スカルゴモラが走査していたのはインキュラスの行動パターンだけでなく――ノワール星人の円盤、その構造も同時に、だったのだ。

 円盤内部の、ノワール星人の肉体にも。船の動力機関にも、その周波数のエネルギーは作用せず――ただ、円盤の備えた砲身と、飛行するための重力制御装置を狙い撃ち、ピンポイントに破壊する。

 

〈何――ッ!?〉

「グリージョバーリア!」

 

 そうして、攻撃手段と、飛行能力を喪った円盤群が次々と落下して――地面と衝突するより前に、グリージョの展開したバリアの上に受け止められ、そのまま包み込まれる形で無力化される。

 

〈……慈悲のつもりか、ウルトラマン?〉

「そうです、反省してください♪」

 

 無力化され、捕縛された円盤から発されたノワール星人の声に、グリージョが能天気に応える。

 

〈哀れんでくれるというのなら、最初から。その怪獣を渡してくれれば……〉

「何を言っているんですか! ノワール星人さんたちを懲らしめるだけで、やっつけなかったのは、ルカちゃんがそうしたんですよ!?」

 

 なおも諦めの悪いノワール星人に、はっきりと言い切ったグリージョに対し。確かにそうなのだが、スカルゴモラは少し困ってしまった。

 ……本当に最悪としか言えないベリアルの被害者であることを、考慮に入れても。正直、ルカ自身のみならず、リクやライハに浴びせた侮辱の言葉も。思惑はどうであれ、己を守ろうとしてくれたという怪獣たちへの所業も。本音を言えば、全く許す気にならないし、死ねば良いのにとも思うが。

 

 ……それでも、死んだらもう、やり直すことはできないと。フワワとの一件で、学んだから。

 

 身に迫る火の粉は払うとしても。殺さずとも無力化できる相手の命を、個人的な感情で奪うなんて――

 

「……言ったでしょう。僕の妹は、ベリアルとは違う。他の誰かから奪わなくても良い道を選んでくれる、って」

 

 そんな、兄の信頼を。裏切ってしまうことになるのが、嫌だったから。

 歩み寄ってきた兄を見つめるスカルゴモラに、ジードはゆっくりと頷いてくれた。

 

「だから……僕はルカを守ります。あなたたちにも、それをわかって欲しい」

〈……既に言葉は尽くし、互いに失望したはずだ。それでも力で上回ったなら、そんな傲慢な態度を取れるのだな〉

 

 ジードの祈りに、そんな口を叩くノワール星人に。思わず生じた苛立ちを、スカルゴモラは何とか抑える。

 

〈今更、何をわかり合えるというつもりだ。所詮君たちと、我らノワールの価値観は異なる〉

「そんなことないですよ」

 

 口を挟んだのは、地球上での活動限界時間が迫り、カラータイマーを鳴らし始めたグリージョだった。

 

「だって、あなたたちも、リクさんのことを英雄だって――ヒーローだって、思ってたじゃないですか!」

 

 そんな中でも、グリージョは懸命に、訴えかけた。

 

「一緒に暮らす家族とだって、喧嘩することがあるんです。どこの誰とでも意見が合わないことなんて、あって当然じゃないですか。(おんな)じように、違う星の人とだって、わかり合える余地はきっとありますよ!」

〈家族……〉

 

 アサヒの語る言葉に、思うところがあったのか。ノワール星人の代表は、もう一度その一言を漏らしたきり、沈黙した。

 

「別に……仲良くしてください、なんてつもりはありません」

 

 そこに、ジードがさらに言葉を重ねた。

 

「だけど、これ以上あなたたちを傷つけたいわけでも、あなたたちに傷つけられたいわけでもない……ただ、それだけなんです」

 

 間もなく、グリージョとエックスは変身の限界を迎え。変身時間に制限のないジードだけが、スカルゴモラとともに、地面にゆっくりと降ろされたノワール星人の円盤を、AIBが事態の収集に駆けつけるまで、見守り続けていた。

 

 

 

 

 

 

 ……大切なものを、たくさん見つけた君に。

 たくさんの人から、大切に想われるようになった君に。してあげられることは、なんだろう。

 

 君が腕に抱えた幸せを、なくさないように願うこと。

 君が一人で持てない荷物を、一緒に抱えてあげること。

 そして。今は何もできなくても、僕にしかできない、何よりも大切なこと。

 

 それは――

 

 

 

 

 

 

「……ゼガンを見ればわかっただろうが。我々も、ノワール星の在り方を一方的に批判できる立場にはない」

 

 確保したノワール星人たちの身柄を、母星に送還すべくAIBの本部へ転送する際。ゼナが、彼らにそんなことを言い出した。

 

「各々の事情もある。その文化を否定するつもりもない。だが、それを力で他者に押し付ければ反発を呼ぶ――覚えておくのだな」

 

 同じ、ベリアルの被害者として。シャドー星人である彼もまた、思うところがあったのか。

 警告と、自戒を込めたような呟きで、ゼナはノワール星人たちを送り出した。

 

「後のことは法の沙汰……で、良いのか? どさくさでやっちまってれば、正当防衛だったのに」

 

 その様子を見届けて、ペイシャンがリクとルカに問うてきた。

 

「うん。僕らは――大地さんみたいに。未来の可能性を、信じようと思う」

「後顧の憂い、は依然残るわけだがな……あれだけの怪獣を喪ったとしても、円盤の半分はそのまま帰還した。復興途中とはいえ、ノワール星の総力が本当にあれだけだったのかは、AIBでもまだ掴めていない。今捕らえた連中の身柄で本部が交渉するとしても、どの程度期待できるのやら」

 

 ペイシャンが嫌味のように言う最中。ムッとしていたルカは、背後から近づく足音に気がついた。

 

「……リクさん」

 

 振り返る前から、その正体はわかっていたが――アサヒの、少しだけ寂しそうな顔は、ルカの想定になかった。

 

「大地さんと一緒に、お別れを言いに来ました」

 

 無言で、穏やかに佇む大地を伴ったアサヒの言葉に、リクが身を乗り出した。

 

「お別れって、どうして……」

「だってリクさんは、ルカちゃんを守らなきゃいけないじゃないですか」

「……ほらな。甘っちょろいことをするから、トレギアを倒しに行けなくなった」

 

 ペイシャンの口出しに、ルカは彼を睨み上げる。まるで気にされない様子がなおのこと腹立たしい。

 だが、彼の言葉もまた、ある一面では真実だった。ノワール星人や、その他の脅威が未だ残る以上。リクはこの世界に残るべきだと――優しいアサヒたちは、そう考えてくれた。リクもまた、彼らの気遣いがわかる以上、何も言えなくなっている様子だった。

 

「――アサヒ、それは違うよ」

 

 だから、これは自分の言うべきことだと感じて、ルカは口を開いた。

 

「だって私は、最強の合成怪獣なんだよ? お兄ちゃんに守って貰わなくても、平気平気!」

 

 右腕に力こぶを浮かばせ、その上腕二頭筋を左手で叩く仕草を挟みながら。アサヒに告げたルカは、次いで兄の顔を見上げた。

 

「だから、ね? お兄ちゃん。心配しないで、ウルトラマンの使命を果たしてきてよ」

「ルカ……でも……」

 

 なおも躊躇う様子のリクに。兄に心配して貰えているという喜びを感じながらも、その迷いを何とか晴らす術はないかと、ルカは頭を悩ませる。

 

「ルカのことは大丈夫だよ、リク」

「……ペガ?」

 

 その時、聞こえてきたのは、リクの影から頭を出したペガの声だった。

 

「だってリクには、ペガっていうコンビが居るでしょ?」

 

 リクの影から、完全に外へと飛び出したペガは。ノワール星人の送還を終え、背伸びしながらこちらに向かってきていたモアへと歩み寄った。

 

「モア。ペガを、故郷(うち)に返して」

「――えぇっ!?」

 

 そうして放たれたペガの提案に、モアと、ルカたちの驚愕の声が唱和された。

 

「えっ、どうして!?」

「……ノワール星人が言ってた。AIBは、地球の主権がある組織じゃない――だから今回みたいに、交渉の相手にして貰えないこともある。もちろん、ペガがここに居たって、できることはAIBより少ない」

 

 急な申し出へ、取り乱したようなモアの問いに。同じく困惑するリクやルカに向けて、ペガは朴訥と語る。

 

「だからペガ、うちに帰る。ペガッサシティから、ベリアルの罪を子どもに押し付けるのはおかしいって、宇宙中に声を上げるために。……それが上手く行ったら、ノワール星も、他の星も、今回みたいな動きは取り難くなるはずだから」

 

 それから、ペガはアサヒや、ルカの方を見て。もう一度、リクに向き直った。

 

「リクの、大切なものが増えて……おかげで、笑顔も増えた。

 だから、守りたいものがたくさんできたリクの手が、回らないなんて時には。例え、ちょっとの間、離れ離れになるんだとしても――ペガにしかできないことなら、ペガはリクの力になりたいんだ」

 

 ルカは、ノワール星人との交渉前に、ペガが語っていたことを思い出した。

 彼の言う、覚悟を決めるとは、こういうことだったのかと。

 

「だから、リク。ルカのことはペガたちに任せて、リクはトレギアを止めて来て」

「ペガ……」

 

 そんな親友の申し出に、ルカの隣で暫し面食らっていた兄は――やがて、感激で泣きそうなぐらいに顔を歪ませながら、笑顔で頷いた。

 

「そうだよな。僕とペガは、世界の平和を守るコンビだもんな……!」

 

 目元を腕で拭ったリクは、その手をペガに向けて伸ばした。

 

「任せたぜ、ペガ。それに、お父さんとお母さんにも、よろしく」

「うん……!」

 

 親友二人は、互い違いに拳を上下にぶつけ合い、そして固い握手を交わした。

 

「あー、それ、お兄ちゃんたちの!」

 

 声を上げるアサヒに、照れたように向き直ったリクとペガは、笑いながら答えた。

 

「言ったでしょ。また会うまでに、練習しておくって」

「二人で、こっそりやってたんだ」

 

 そうしてリクは、もう一度ルカを向き直った。

 

「ルカ……ごめん。ちょっとだけ、行ってきても良いかな」

「……正直、ほんとは寂しいけど。でも、しょーがないよね」

 

 自分から言い出したくせに、とは自分でも思いつつ。少しだけ、不満を漏らしながら、ルカは肩を竦めて微笑んだ。

 

「……だって私、わかっちゃったもん」

 

 ルカは腰の後ろで手を組んで、からかうように兄の顔を覗き込んだ。

 

「お兄ちゃんから出てきたエタルダミーが、トレギアだった理由」

 

 それをわかってしまったなら、これ以上ワガママを言うなんてこと、ルカにはできなかった。

 何より、ルカにとっても――アサヒはもう、家族のように大切な人だったから。

 

「だから、今は私のことはいいから――アサヒのことを守ってあげてきてよ、お兄ちゃん!」

「なっ――」

 

 照れる素振りの兄に対して、ルカはしてやったりと笑いながらも。ルカは、リクに向かって、続きを告げた。

 

「その間、この世界は、アサヒがそうするみたいに――私が代わりに守っておくから!」

 

 ……例え、どんなに多くの人から、本当の姿を疎まれるとしても。

 かつてのリクが、そうしたように。

 ペガが、兄に代わってルカを守ってくれるみたいに。ライハたちと一緒なら。

 どんなに険しくても、それを忘れなければきっと立ち向かえると――そう信じて。ルカは胸を張って、兄の背を押していた。

 

 

 

◆ 

 

 

 

 それから、一旦帰省することになったペガと、別世界に旅立つリクの荷物を纏めるために、一行は一度、星雲荘に戻り。

 リクから渡されたドンシャイングッズや、遅れて話を知ったライハからの餞別等々で身を固めたペガは、先程ノワール星人を送還した装置へと歩を進めた。

 

「ペガ……あの、そういえば……」

「大丈夫だよ、ルカ。ペガもレムから通信機を貰ったから、ペガッサシティからでも、リモートでお料理教室はできるから」

 

 ルカを守るために、ペガにこの居場所を離れて貰うというのに。

 それに比べれば、大したことないような。というより、厚かましいような……けれど、積み重ねてきた繋がりを気にするルカに、ペガはそう答えてくれた。

 

「次からは正規の手段で来ると良い。色々と保証が厚くなる」

「……ありがとう」

 

 ペガを送り出す際、ゼナがそんな助言を授けていた。

 事故による不時着とはいえ、ペガは未成年でも、AIBの取締対象である不法滞在宇宙人という形になる。それを、ゼナの権限で見逃してくれていたらしく。そういった方面でも気にかけてくれたアドバイスに、ペガは素直に礼を述べていた。

 

「じゃあね、皆! またね!」

「ペガ! できるだけ早く……帰ってきてくれよ!」

「リクこそー!」

 

 叫び合うように、見送る皆と言葉を送り合って。ペガは、長らく会えていなかった両親の待つ故郷へと、転送されて行った。

 ――その様子を見れば。星が違っても、リクとペガ、親友同士が互いを思いやる気持ちに変わりはないのだろうと、ルカにも確信できた。

 そうして、ペガを送り出せば。今度は別の次元に旅立つ、リクの番だ。

 

「……ペイシャン博士は?」

「興味がない、とのことだ。彼はその、マイペースなところがあるからな……」

 

 大地の問いかけに、AIBを代表して見送りに来たゼナが、言葉を濁らせていた。

 

「でも、珍しいですよね? 博士の性格だったら、別の宇宙へ移動する装置なんて、絶対に興味ありそうなのに……」

「……じゃあ、代わりに伝えておいてください。無事の完成を祈っているって」

 

 疑問を零すモアに対して、謎めいた言い回しを残し。ペイシャンから返して貰っていたのだろうパンドンのスパークドールズを、大地は見つめていた。

 

「あの……大地さん」

 

 その彼に対して、ルカは声をかけた。

 

「パンドンとホロボロスのこと……お願いします。ご迷惑かも、しれませんけど……」

 

 フワワを例に考えれば、善良な怪獣たちとは思い難いが――それでも、ルカを助けようとしてノワール星人に囚われ、改造された者たちに、無関心では居られなかった。

 故に、頭を下げようとするルカを制して、大地はにっこりと微笑んだ。

 

「言われるまでもないよ。それが俺の夢だから」

 

 答えた彼が、次元を越えるべく。再びウルトラマンエックスとユナイトするため、周囲と距離を取っている間に――ふと、背後が騒がしくなっていた。

 

「ほら、リクさん。言ってあげてください♪」

「いや、そんな……やっぱり恥ずかしいって」

 

 振り返ると、アサヒが手を引いて、リクをルカの方に引っ張ってきていた。

 アサヒが促す何かを、照れている様子のリクに対し。二人のやり取りの意味を既に把握しているらしいライハは、仕方ないと言わんばかりに笑いながら、その口を開いた。

 

「リク。今言っておかないと、あなたより私が先に言っちゃうわよ?」

 

 ライハの発言で、遂に覚悟を決めたらしいリクは――ゆっくりと、ルカの方に歩み寄ってきた。

 

「――ルカ。その……」

 

 初めて会った頃のように。どことなく緊張した、ルカに対しては珍しい面持ちで、兄は口を開いた。

 

「しばらく、会えなくなるかもしれないから。ちゃんと、言っておこうって」

 

 決意に満ちた眼差しに見据えられ、正面から向き合ったルカに。リクは言った。

 

「君と出会えて――僕は、前よりずっと、ハッピーになれた。だから……僕と家族になってくれて。何より、生まれてきてくれて――本当に、ありがとう」

 

 真剣な面持ちで、兄がそう告げたのに。

 ルカは一瞬、呼吸を忘れて――それから、視界を滲ませた。

 

「えへ……うへへ……」

 

 品のない笑声が漏れるのを、ルカは止められなかった。

 緩んでしまった頬に手を当てても、全く効果がない。きっと皆にみっともない顔を見られているのだと思いながらも、それでも良かった。

 

 

 

 ――――私はいったい、何のために生まれて……?

 

 

 

 生まれてすぐ、散々に痛めつけられた時には、そんな風に悔やんだこともあったけど。

 

 ああ、きっと、自分は――この言葉を貰うために、生まれてきたのだと。

 

 朝倉ルカは、誰に何を言われてでもなく。自らの意志でそう、確信した。

 

「いつになるかは、わからないけど……絶対、帰ってくる。君と、家族一緒に生きるために。だから、信じて待っててくれ」

「うん――うん。待ってる。ずっと、いつだって信じてるよ。だから……いってらっしゃい、お兄ちゃん」

「……いってきます、ルカ」

 

 さようなら、ではなく。いってらっしゃいと、いってきます。

 おかえりと、ただいまを言うための、家族の約束を交わして。ルカはリクを送り出す。

 

「……ごめんね。あなたが恥ずかしがってたとは、アサヒから聞いたんだけど」

 

 目元を拭い。ウルトラマンエックスの手に載った兄と、アサヒの姿を、きちんと見届けようとするルカの隣に、ライハが立った。

 ――ルカのことを、家族と呼んでくれた彼女は。さっきリクがくれた言葉と、同じことを想ってくれているという彼女は。申し訳無さそうに侘びながら、二人を庇うようにして言う。

 

「でも……本当に、次はいつ会えるかわからないから。寂しくないように、言っておいてあげなさいって、私がリクを唆したの」

「ううん、ありがとうライハ……本当は、すっごく言って欲しかったから……」

 

 ルカの答えに、ライハは安心したように笑みを深めた。

 

「そう……なら、良かったわ」

「うん。おかげで私……とってもとっても、ハッピーだよ」

 

 リクとペガの友情のように。リクとアサヒが想い合っていたように。たとえ次元を隔てても、家族の絆は消えたりしない。

 そんな確信が得られた今。ルカの中には、リクの心が離れるかもしれない、なんて不安はもう、どこにもなかった。

 

 

 

 

 

 

「――リクさん」

 

 ゼロのウルティメイトイージスを模した、次元移動装置。それを身につけたエックスとともに、別の宇宙へ――かつて訪れた、アサヒの故郷である綾香市に向かう道中。

 

「……ん」

 

 エックスの掌の上。時空の狭間で、アサヒが不意に呼びかけてきたのに、リクは小さく相槌を打った。

 

「あたし、大事な友達が居たんです。ツルちゃん、って言うんですけど……」

 

 過去形での語りに、リクは嫌な予感を覚えながら――その痛みを知りたいと。アサヒの話に、耳を傾けた。

 

「元々怪獣なルカちゃんとは、ちょっと違うんですけど。ツルちゃんも、ウルトラマンのお兄ちゃんを持つ、妹怪獣でした」

「……そんな子が居たんだね」

 

 もしかして、そんな友達も居たからなおのこと、ルカを気にかけてくれたんだろうかと。リクはアサヒの胸の内を想った。

 同時に、アサヒ曰くちょっと違うのだとしても。ウルトラマンと怪獣の兄妹という前例があることを知れたのは、ほんの少し、リクにとっての励ましとなっていた。

 

「ツルちゃんは、お兄ちゃんたちをルーゴサイトっていう怪獣に倒されて。それから、ルーゴサイトを止めるために、長い間、一人でずっと頑張ってて……最期に、カツ兄とイサ兄を庇ってくれて、私にこのジャイロを残して、死んじゃったんです」

 

 ……その、ルーゴサイトも。

 本来は宇宙の平和を維持するための存在が、他ならぬトレギアの魔の手により、在り方を歪められ暴走した被害者だった――という事実を、リクとアサヒが知るのは、ほんの少し先の話だ。

 

「……もう、あんなハッピーじゃない気持ちは、懲り懲りです」

「……うん。そうだよね」

 

 自分の力が及ばなかったばっかりに。亡くしてしまった人のことを、リクもまた振り返った。

 

「ルカちゃんはさっき、ああ言ってましたけど……ツルちゃんも、ツルちゃんのお兄ちゃんたちより強い怪獣になっても、それだけじゃハッピーになれなかったんです。

 だから、リクさん。結局、ルカちゃんの傍から連れ出しておいて、こんなこと言うのも変なんですけど……」

「……アサヒが気にすることじゃないよ。僕が、トレギアを止めたいって思っているのは本当なんだ。ルカが生まれた時、あの子が酷い目に遭ったのも、元々はトレギアのせいだから」

 

 リクとペガが、かつて狙われたように。野放しにすれば、トレギアはまたルカや――アサヒを狙って来るかもしれない。その前に、今度こそ決着をつけたいというのは、リクの偽らざる本心の一つだった。

 

「それに、大丈夫。僕らは一人じゃないから」

 

 ウルトラマンだって、完璧じゃない。模造品のリクならなおのこと、欠点だらけだ。

 だけど、だからこそ。それを補って余りある、支え合ってくれる仲間が、リクには居る。

 

 リクに代わって地球を守ると言ってくれたルカの隣には、頼りになるライハもレムも居る。AIBだって、これからも協力してくれる。

 そして、かけがえのないリクの親友も――ペガにしかできない方法で。例え、一時は離れ離れになったとしても、リクに代わってルカを守ると約束してくれた。

 だから、今のリクは――もう一つの、自分の守りたいものに集中することができるのだ。

 

「……僕らは皆でウルトラマンなんだ。僕が傍にいない間も、ルカは一人じゃない――きっと、君たちと一緒に居られた時の、ツルちゃんみたいに」

 

 一人でずっと頑張った末に、アサヒの友達になったというのなら。

 身を呈して庇うぐらい、カツミやイサミを大切に想ってくれたというのなら。

 きっとツルちゃんは、その時――孤独ではなかったのだろうと、リクは想う。 

 

「もちろん、本当に会えなくなったりなんかしたら……ルカよりもまず、僕の方が寂しいけど!」

 

 情けないことを、力強く言い切りながら。リクはアサヒに続けた。

 

「そのルカたちが、心配するなって送り出してくれた……だから今の僕は、何よりも。ルカを守って、僕や大切な皆のことをハッピーにしてくれた、君を守りたいんだ。アサヒ」

 

 それが、今のリクにできる。リクが今選んだ、何よりも大切なことだと――そう、信じていた。

 

 

 







 ここまでお読み頂き、誠にありがとうございました。

 リクたちとトレギアの決着は、『劇場版ウルトラマンタイガ ニュージェネクライマックス』に(相当する出来事へ)続きます。未見の場合、拙作を読む上で視聴必須ということにはならないかと(現時点では)思っておりますが、気になる御方は是非そちらで(ルカの話を一切タイガにしないのは闇に堕ちた父に悩むタイガの前でする話ではないと考えた、という形で脳内補完して今後の拙作に触れて頂けると幸いです)。



 以下、いつもの雑文的なもの。

 第五話時点でまさかのDパート解禁ですが、『ニュージェネクライマックス』相当の出来事に繋げるには時系列的にはこの話をするのは結構ギリギリなので詰め込みになってしまったことと、同時に、ある意味今回が拙作のプレ最終回のような話でもあったので、ということでお許し頂ければと思います。

『劇場版ウルトラマンジード つなぐぜ!願い!!』で、巨大戦力の欠如という問題でリクくんは重圧を感じているという描写がありましたが、割と以後、頻繁に自身の世界を留守にしているのがこの頃の公式展開であります。

 もちろん、拙作でも想定しているように、上記劇場版の出来事からAIBがゼガンを復活させる等して、他の世界の防衛チームやグリージョが残留しているR/B世界のようにして守っているのだという考察で、充分に解消できる要素ではあります。

 ただ、拙作の世界線においては、ウルトラマンジードが不在の間は、培養合成獣スカルゴモラがサイドアースを守っている、だからリクくんは安心して他の世界にもベリアルの息子としての因縁の清算、ウルトラマンとしての使命を果たしに行ける――そんな形にしたいな、と構想しているため、今回はその先出しのような形となりました。また、公式時系列上避けられない、リクとルカが一時別離するという重大イベントがあるという点でも、今回はある意味でプレ最終回に当たるのかな、と考えた次第です。

(あくまで現時点の構想での生存者ネタバレになりますが)これなら『ウルトラマンZ』客演時、レムとペガは居てもライハが居なかったのは、彼女はルカとともに地球に残留しているから、と考え易くなるかなと勝手に思う次第です。公式からすれば一切関係ないですが、二次創作する者としては、公式との矛盾は極力減らしたいところではありますので……(※リクアサだけは公式様が相手でも強気で推していきます)。

 ペガについては、現時点ではリクがルカの傍を離れるにはまだ不安があると考えられることから、『ニュージェネクライマックス』でのペガの不在はトレギアとの決戦に向かうリクの、背中を預かっているような状態だと想定しました。
 リクくんのみならずペガも一時離脱、と『ウルトラマンジード』の二次創作にあるまじき事態が発生していますが、少なくとも『ウルトラマンZ』におけるギルバリスの復活(に相当する拙作中の出来事)までにはペガも当然帰還します……が、万一拙作が未完となった場合、もしこの先を気にかけてくださる方がいらしたら、とりあえずそういう方向になるんだなぁとご納得頂けると幸いです。

 改めて次回、『ニュージェネクライマックス』で描かれた限りはリクくんはタイガの舞台となった地球に半年近く滞在している都合上、時間の流れが十倍以上違うとしても流石に不在期間が長くなるため、リクくん不在のサイドアースを舞台とした話になる予定です。ご了承ください。


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第六話「託された世界」Aパート

 

 

 

 足を肩幅に開いて立ち、右手首に左手を添える。

 そのまま、肩と腰を回すことで右手を上げ、左手を押し出す。

 円を描くように両手を胸前に戻すと、今度は左右を反転してもう一度、同じ動作を行う。

 穿梭(チュアンスオ)と呼ばれる、左右の掌が交互に頭上を守りながら正面を貫く、攻防一体の型の一つだ。

 

 星山市天文台の地下五百メートル。二人分の私物が一時的に退去した分、有効スペースの増した星雲荘の中央司令室にて。

 本日のアルバイトを終え帰宅した朝倉ルカは、隣に立つ師、鳥羽ライハの所作に倣い、自らの体を動かしていた。

 

「ルカ。力まないで、リラックス」

 

 ライハの助言に、小さく頷きながら、ルカは訓練に集中する。

 足の裏をしっかりと床に着け、視線は落とさず前方へ。深く長く、ゆったりとした腹式呼吸の中、腰を使って手足を動かす。

 体軸を意識しつつ、無駄な力を抜き、四肢は伸ばしきらずまろやかに。どの関節、どの筋肉を稼働させているのかを常に自己認識しながら、大気を纏うように円を描く。

 ライハに習った基本を心中で復唱しながら、穿梭を左右三セット。最中、余裕ができたので体の中心に気を集めるイメージを浮かべる。本来はヘソの下の丹田を対象とするそうだが、その目的ならルカの場合は胸の中心――ウルトラマンで言うカラータイマーの部位を意識すべきというレムの科学的見地からの助言を受け、そこだけ変則的に差別化しながら、ライハを真似て付いて行く。

 

 太極拳特有の歩法、進歩(シンブー)。左右の爪先を外向けに開き、後ろ足に重心を残し、前に出す足を踵から踏み出す。その際に体を捻らないことで、体軸を保つ術を染み付かせる。

 今度は逆に、腰を捻りながら後退する倒捲肱(ダォジュァンゴン)で全身の経絡を刺激。

 続いては実戦の流れを想定し、退歩で攻撃を凌いだ動きに連ねて体を低く屈め、遠心力を載せて足払いする太極拳の基本功、後掃腿。

 円弧を描いた足を拡げて止まったら、重心の移動に合わせ雲のように手を流す雲手(ユンショウ)を行うことで、脳の活性化を図る。

 

 そうして、体と心が馴染むのに合わせて、個々の速度を上げて行き。繰り返される套路(とうろ)の後半には、一挙手一投足ごとに髪を伝った汗が跳ねるようになっていた。

 

「――うん。じゃあ、今日はこのぐらい」

 

 何度目かとなる終の型、収勢(ショウシー)の後。ライハがそう告げたと同時に、ルカは疲れでその場にへたり込んだ。

 

「はぁあ、凄いねライハ……私、付いてくのでやっとなのに」

「私はもう、十年以上やってるから。ルカこそ、まだ五日目なのによく動けてる」

 

 弟子のレベルに合わせているからか、演舞を終えても息一つ乱していないライハは、ルカの賛辞にそう返した。

 

「それは……だって私、地球人じゃないし……」

 

 純粋な身体能力で言えば、自身の方が遥かに勝っているはずなのに――やはりライハは凄い、という憧れを深めながら、ルカは首を振る。

 

「でも、リクはこんなに付いて来なかったわよ?」

 

 対して、どことなく嬉しそうに、ライハが告げた。

 

「そう、なんだ……じゃあ私、お兄ちゃんよりカンフー上手になれるかも?」

「ええ。このまま頑張れば、そう遠くないと思う」

 

 ルカを出汁に、敬愛する兄を下げるような発言。他の誰かが口にしたのなら反発を覚えたろうが、他ならぬライハからのお墨付きであるのなら、ルカも素直に喜べた。

 それが、同じ遺伝子を継ぐ兄妹の、才覚(設計思想)の差以前に。義務感で臨むリクと違い、ルカはただライハの真似をするだけで楽しいという、モチベーションの差であることには思い至らずとも。

 本日の修行を終え、夕飯の準備に取り掛かろうとした、その時だった。

 

〈……みんなー! ペガの声、聞こえるー?〉

 

 今はここには居ない、星雲荘の大切な仲間の声が聞こえてきたのは。

 

「ペガ!」

 

 三日ぶりに聞く声に、ルカは歓声のようにして彼の名を呼んだ。

 

「久しぶり。大丈夫?」

〈うん。ちゃんと、(うち)に帰れたよ〉

 

 ルカほど浮ついた様子でなくとも、同じく嬉しそうなライハの問いに、中央司令室のメインモニターに映し出されたペガが頷いた。

 ただ、背景は真っ黒だ。実家の様子が見れるかと思ったが、ペガッサ星人がパーソナルスペースとして使う亜空間(ダーク・ゾーン)からの通信であるらしい。

 

「……ご両親は、お元気だった?」

〈うん。すっごく元気で、喜んでくれたよ〉

 

 ライハの質問に答えながら、ペガは星雲荘の中の様子に目を走らせ、微かに声のトーンを落とした。

 

〈リクは……やっぱりまだ、帰ってないんだね〉

〈昨日、六人のウルトラマンとともに、目的地であるパラレルアースに到着したという通信がありました〉

 

 ペガのしょんぼりとした声に、報告管理システムであるレムが回答する。

 

〈ただし、あの次元は我々の宇宙とは時間流の速度に大きな差があるために、相互通信が困難です。現地では既に一週間以上が経過していると推測されますが、現着以後の続報はありません〉

〈無事……なんだよね?〉

〈はっきりとは答えられません〉

 

 そのレムの返答に、初耳だったルカも目を見開いた。

 

「ちょっと待ってレム、どういうこと!?」

〈リクは今、変身能力を喪っているようです〉

 

 思わぬ報告に、ルカはレムに詰め寄った。

 

「それって……もしかして、お兄ちゃんが危ないの!?」

〈通信が途絶されているため、正確な現状は不明です。ただ、そうなった原因は敗北によるものではないと報告を受けています〉

 

 浮足立つルカに対し、レムは淡々と回答を続けた。

 

〈リクたちは、ファイナルクロスシールド――ウルトラマンの光エネルギーを大量に放出することで行使できる封印技か、その亜種を用いたようです。トレギアが何度倒しても蘇るというのなら、生きたまま封じてしまうという算段だったのでしょう〉

 

 ペガの映っていた画面が分割される。そこに光の国の最精鋭・ウルトラ兄弟が、かつてヤプールを封じるために用いたとされている大技の解説が表示された。

 

〈その類の技を使う場合、ウルトラマンの活動に適さない地球では変身もほぼ不可能になるほど消耗してしまいます。しかし、外部からエネルギーを供給することで回復可能であるため、後ほどさらなる救援があるか――リクたちが予め、力の一部を込めていたアイテムを持つウルトラマンタイガたちから力を返還して貰えば、問題なく復帰できるはずです。生命反応にも、ここまで異常は確認されていません〉

 

 だから、そのアイテムをタイガたちに託していないアサヒも、ルカと同じように自分の世界の防衛に回っていると、そういう理由であったらしい。

 

〈じゃあ、それでトレギアを止められたなら……もう、リクは帰ってくるだけなの?〉

〈帰るのに時間がかかりそうだ、という伝言以来、詳細は不明です。ただ――〉

 

 ペガの問いに、レムは微かに間を置いてから続けた。

 

〈パラレルアースは、ルカが産み出された次元です。もしかすると、リクたちはその関係の調査も行っているのかもしれません〉

 

 レムの続けた言葉に、ルカは何とも言えない想いを胸に抱いた。

 先日、アサヒたちから伝え聞いたゼロの話では、ルカ――培養合成獣スカルゴモラを造り出した張本人は、既に死亡しているらしい。

 それ自体は……どうにも実感が湧かないせいか、正直さほど心を動かされなかった。既にルカの居場所は造物主の思惑ではなく、星雲荘にあったからなのかもしれない。

 だが、ルカを産み出した材料――つまり、ウルトラマンベリアルの遺伝子は、まだあの世界に残されているかもしれない。

 

 また、悪用されるようなことがあれば。人知れず第二、第三の培養合成獣が生まれるようなことがあれば。

 

 そんな可能性を懸念すれば、兄が捨て置けないとしても、仕方ないとルカは感じた。むしろ、そうして欲しいとさえも想ってしまう。

 ただ、そのために離れ離れの時間が増えてしまうことが、寂しいというのもまた事実で。

 

「……その辺りは、帰ってきたら本人の口から聞きましょう」

 

 ルカの微妙な様子を見て取ったからか。助け舟を出すように、ライハが話題の転換を促した。

 

「ペガの方はどう?」

〈あっ、うん……さっき、親が賛成してくれたんだ〉

 

 そうしてライハが問いかければ、ペガは小さく頷いた。

 

〈最初は、そんな大きな活動をするのは大変だぞって言われたけど……でも、友達のために、離れた場所でも頑張ることができるなら、それが大人の男だって。ちゃんと旅をしてきたんだなって、認めてくれた。それで、協力してくれるって〉

「そう。良かった……」

 

 ペガの報告を受け、ライハは我がことのようにしみじみと喜んでいた。

 

〈だから、ペガが本当に頑張るのはこれからだけど……安心してね、ルカ〉

「うん――ありがとう、ペガ。でも、とっくに信じてたよ、私」

〈そっかぁ……へへへ〉

 

 兄のコンビに礼を告げると、彼もまた照れたように頭を掻いた。

 

〈ただ、そういうわけだから、ペガもいつ帰れるかわからなくて……もしリクが先に帰って来たら、もうちょっと待っててねって言っておいて。親も、やるべきことが済んだら、星雲荘に戻って良いって言ってくれたから〉

「ええ、約束するわ」

 

 親の公認を得て。また、ゼナの助言の通り、今度は正規の手順で星雲荘に戻ってくるというペガの願いに、ライハが笑顔で頷いた。

 

「……あっ、ペガ。まだ、ちょっと時間良い?」

〈良いけど……どうしたの?〉

 

 話が段落したところで、ルカは少し躊躇いながらペガへ呼びかけた。

 

「実は……今から、夕御飯作るところだったから。前に言ったみたいに、ちょっと、教えて貰えないかなーって……」

〈あ、なるほどね。うん、良いよ〉

 

 厚かましい気もしていたお願いに、ペガは笑顔で頷いてくれた。

 

 

 

 

 

 

 そうして、ペガの指示を受けながら夕餉を拵えて。

 ペガ自身もまた、家族との食事の時間が来たとのことで通信を終え、ライハと二人の食事の後始末まで済んだ後。

 

「じゃあ私、ドンシャイン見るから」

 

 テレビに向かったルカがそう告げたところ、ライハは少し複雑そうな表情を浮かべた。

 

「……子供っぽいんじゃなかったの?」

 

 やや躊躇った後、ライハが問うてきたのは、かつてルカがリクに向けて吐いた言葉だった。

 若干痛いところを突かれた気持ちになりながら、ルカはその胸中を吐き出す。

 

「――そんなこと、言っちゃったからだよ」

 

 リクが大好きなドンシャインにはしゃぐのを、あの日の自分は揶揄してしまった。

 ……いや、ドンシャインを愛好すること以上に、実際にはお行儀が悪いことの方が問題で、ライハもそれを窘めていたのだが。

 ただ、その件に関してだけは、兄と互いに微妙な距離を感じる、居心地の悪さが残り続けていた。

 本人の前で、期待通りの反応ができなかったらどうしよう、という懸念があり。鬼の居ぬ間に洗濯、というと語弊があるものの。リクが不在の今こそ、彼が夢中になる『爆裂戦記ドンシャイン』とはどんなものなのかを知って、一緒に語り合えるようになろうと、ルカは考えていたわけだが。

 

「ただ話を合わせたいだけで見るのは、やめた方が良いわよ」

 

 そんなルカの思惑を、ライハはばっさりと切り捨てた。

 

「だって、あなたにとって一番のヒーローは、リクでしょ? それじゃ、義務感で見ても話を合わせるのは大変よ」

 

 ……ライハの言う通りだった。

 既にルカは第四話までは目を通していたが、今の時点でリクのようにドンシャインへのめり込める気はしない。

 何故なら、ルカが誰より憧れ、愛するヒーローは、ライハの言う通り兄のリク――ウルトラマンジードであったから。

 そんな熱意の齟齬を、これからも作り笑いで埋め続けることができるのかは、ルカにも自信のないことだった。

 

「別に、ドンシャインのことを知らなくても、好きになれなくたって。リクにとって大切なものなんだって、それさえわかっていたら……あなたなら、その気持ちを尊重してあげられるでしょう? きっと、それだけで充分よ。私もドンシャインのことがよくわからなくても、それで嫌われたりなんかしてないから」

 

 押し黙ったルカを励ますように、ライハは続ける。

 

「……でも、あなたを救ったリクを作ったのは、ドンシャインだから。見るなとも言わないわ」

 

 ライハの主張が変わったのを受けて、ルカは彼女を振り返った。

 

「どうするのかは、あなたが決めたら良い。だけど、そのための理由はちゃんと考えておかないと、きっと後で悔やむことになる……そう思っただけ」

 

 振り返った先のライハは、そこで苦笑を浮かべた。

 

「ごめんね、偉そうなこと言って」

「ううん……ありがとう、ライハ。私、もうちょっとよく、考えて見てみる」

 

 ただ兄に好かれたいから見る、なんて(よこしま)な動機では、墓穴を掘るだけだと教えてくれたライハに、ルカは礼を述べた。

 そうして、考えを改める。

 リクへ媚びるためではなく、自分が大好きな兄のことをもっとよく知るために。孤独だった彼の心を導いた教えへ触れるために、ドンシャインとちゃんと向き合ってみようと、そう思った時だった。

 

〈よっ。ちょっと構わないか?〉

 

 数日ぶりに聞く声が、星雲荘の通信機から響いたのは。

 

 

 

 

 

 

「おっ、来たか」

 

 街外れの山中に転送された、星雲荘のエレベーター。

 その扉を潜ったルカたちの姿を見て、呑気に声を上げたのは端正な顔立ちの男性だった。

 日本人――名前からすれば大陸系かもしれないが、ともかく壮年の東洋人――本人が言うには、同じくヒューマノイドタイプの異星人であるペダン星人の姿をしたその人物の正体は、異形のゼットン星人であるらしい。

 ルカたちを呼び出したAIBのペイシャン・トイン博士は、仮設基地の簡易デスクに向けてルカとライハを手招きした。

 

「ご苦労だったな。呑むか?」

「……なにそれ?」

 

 白衣のペイシャンが掲げたマグカップと、隣に備えられたポットの中に湛えられた液体の正体がわからず、ルカは小首を傾げた。

 

「バニラティーだ。廃盤になったセント・バレンタインって銘柄の再現を目指して、ピスタチオとココナッツをブレンドしてみている。なかなか近い味と香りにできていると思うぞ?」

「いや、急にマニアックにならないでよ……私、そういうの呑んだことないし」

 

 レムから与えられた知識こそあっても、実物を初めて見る紅茶という飲料、それ自体について問うただけなのに、いきなり拘りを語り出されたルカは少し引いていた。

 対し、ペイシャンは気にした風もなく鼻で笑う。

 

「なんだ、おこちゃまだな。折角の地球生活なのに損してるぞ」

「……そういう話をしにルカを呼んだんじゃないでしょ?」

 

 マイペースなペイシャンに、ルカの気持ちを代弁するようにして、ライハが苛立った声をぶつけていた。

 

「それはそうだが、まだ準備中だ。その間、わざわざ足を運んで貰った相手を饗さないほど、俺も礼儀知らずじゃないつもりだったんだが」

 

 どの口で言うペイシャンの背後では、白衣の彼と同じ色の防護服に身を包んだ無数の人影――AIB研究セクションの職員たちが、一心に作業を続けていた。

 種々多様な機器を手に、あるいは乗り込み彼らが取り囲むのは、山の峰とも変わらぬ背丈を誇る、巨大な木の威容だった。

 

「さっきも言ったが、未知の宇宙植物でな。一応、最終確認中だ」

 

 デスク上の機器に表示される情報に目を通しながら、ペイシャンが説明した。

 突如発生した、巨大な宇宙植物――それに対応するために、ルカは培養合成獣スカルゴモラとしてAIBから協力要請を受け、こうして現地に赴いていた。

 

 曰く、この未知の植物の存在自体は、一週間前から確認できていたものの。直後、ガーゴルゴン・フワワやノワール星人との騒動が続き、対応が後手に回っていたところ、今日になって突然、樹高三百メートル超にまで急成長したのだという。

 この大樹が、地球環境に甚大な被害を及ぼす侵略的外来種の恐れがあるとして、AIBは急ぎの対応を強いられているわけだが。ノワール星との武力衝突が原因で、時空破壊神ゼガンの主砲が破損したまま、使用不可能な状況にあるそうだ。

 そこで、仮に実力行使となった際のゼガンの代替手段として、スカルゴモラに白羽の矢が立ったとのことらしい。

 

「ま、わざわざ来て貰ったんだ。仮に何もなくとも頭金は払うさ」

 

 ペイシャンが言うには、協力の見返りとして報酬が支払われるとのことだが。何よりゼガンが負傷したノワール星との戦いは、己の存在を発端としていたという負い目もあり。リクと約束した際に想像していた状況とは程遠いものの、ルカは彼らの求めに応じることとした。

 そんなルカの決心に、ライハもレムも、付き合ってくれていた。

 

「改めて聞くが、そっちのデータベースにも情報はないんだろう?」

〈はい。多元宇宙を侵略したベリアル軍にとっても、この草体は未知の植物であるようです〉

 

 ユートム越しに、ペイシャンの問いにレムが答えた内容を、ルカは素直に意外と思った。

 

「……そんなことってあるの?」

「そりゃあるだろう。地球人だって月や火星に探査機を飛ばせるようになっても、まだ地球の海の中もよくわかっちゃいないだろ? 銀河や次元を越えるほど発達した文明でも、案外近くに未発見の物事が転がっているもんさ」

 

 そんなペイシャンの返答で、ルカは何だか不思議な気持ちになる。自分自身がまだ無知なだけで、レムやペイシャンならば調べてわからないことなどないのではないか、とすら考えていただけに、世界の広さを思い知った気分だ。

 そこでふと、ペイシャンが視線を上げた。

 

「鳥羽ライハはここから向こうには行かない方が良い。俺の渡した剣があっても、地球人だと下手すりゃ死ぬぞ」

「どういう……っ」

 

 何気なく踏み出していたライハが、返事の途中で声を詰まらせた理由は、ルカにも同時に理解できていた。

 

「何これ……ニンニク?」

「オゾンだ」

 

 漂ってきた刺激臭にルカとライハ、二人が揃って眉を顰めたところ、ペイシャンが端的に答えた。

 

「データ収集できた範囲での予想だが、あの宇宙植物は細胞自体が電磁石のようになっているらしい。そこから発せられる電磁波が、大気中の酸素をオゾンに変化させているようだ」

 

 酸素が三重結合したオゾンは、独特の生臭い臭気を持っている。

 臭うだけならば可愛いもので、高濃度のオゾンは生物にとって猛毒となる。大気中の五万分の一を占めるだけで二時間以内に小動物が死亡し、二万分の一もあれば一時間で人命を脅かす――という知識を、ルカはレムから授かっていた。

 

「さっきからその濃度が急上昇している……あの植物が活性化している証拠だろうな」

 

 現状を聞いたルカが心配するのに合わせたように、ペイシャンも再びライハに顔を向けた。

 

「この間くれてやった剣にはおまえの周辺の環境を整える機能もあるが、万一のこともある。そういう理由でモアも来させてないし、今回用があるのはスカルゴモラだけだ。変な後遺症を残す前に帰っておいた方が良いぞ」

「でも……」

「ライハ、無理しないで。私は大丈夫だから」

 

 食い下がろうとするライハに、彼女の身を案じたルカは、ゆっくりと首を横へ振った。

 

〈私からも帰還を提案します、ライハ。ルカのサポートは任せてください〉

「……頼んだわよ、レム」

 

 口惜しさを滲ませながらも、ライハはレムの出現させたエレベーターに乗り込み、星雲荘へと戻って行った。

 ……少し、心細く感じながらも。ライハを余計な危険へ晒さずに済んで、ほっと胸を撫で下ろしたルカは、続けてペイシャンを振り返った。

 

「……あなたは平気なの?」

「俺は地球人じゃないからな。紅茶が愉しめなくなった以外は今のところ問題ない」

 

 若干、語気が強まる様子を見るに、この臭いにはペイシャンも本気で辟易しているようだった。

 

「さっさと焼いちゃおうか?」

「まぁ少し待て。植物でも知性を持った種族も確認されている――コミュニケーションを図れるかは試した方が良い、が……」

 

 思っていたより危険だった外来種の駆除に向け、血気にはやるルカへ待ったをかけるペイシャンだが、その語気が弱まる。

 

「……数学に興味はないようだな」

〈光学、音声、触覚による、素数の発信を試みているのですね〉

「ああ。素数は文明を持つ多くの種族が共有する数学の基本概念だから、言語が不明な相手とも最初の取っ掛かりとして期待できるんだがな。植物相手じゃ望み薄か」

〈あの植物がオゾンを生成しているのが意図的なものであるのなら、そのスペクトルを示してみるのはどうでしょうか?〉

「そっちも試してみているが、実物のオゾンの提供含めて、反応なし……知性がない種なのか、それとも応答するつもりがないのか」

 

 ペイシャンとレムが盛り上がるのに、ルカは付いて行くのがやっとだった。その頃には、立ち込めるオゾン臭へとルカの鼻も慣れ始めていた。

 

〈対象の根元に溜まっている青い液体も、オゾンですか?〉

「そのようだ。電磁波のせいで満足な内部スキャンができず、どうやって排熱しているのかはまだわからんが、レーザー冷却に近い真似までしているらしい。あの辺りは零下百四十度前後……酸素やオゾンの分子は磁性を帯びているから、電磁場で誘導することができる。それで引き寄せ、冷やすと同時に液化させられるだけの圧力も加えているようだ。液化させる理由も不明だが、器用なもんだな」

 

 言われて、ルカは伊達眼鏡型のデバイスを操作して、遠景を拡大。二人の話題にする青い泉を目視した。

 

「……結構な量なんじゃ」

「ああ。こいつが生長する、あるいは増殖するペース次第じゃ、地球の環境はあっという間に作り変えられてしまう……交渉できないなら、駆除するしかないな」

 

 それは地球の文明では手に余るだろう、とペイシャンは言った。

 

「地球人に余計な犠牲を出させず、AIBとしてもリーズナブルに片付けるなら、やはり今おまえに焼き払って貰うのが手っ取り早いようだ。構造上、オゾン分子は連鎖爆発し易いから俺たち用の防護壁が必要だが……準備でき次第、よろしく頼む」

〈……待ちなさい、ペイシャン。そんなことさせて、ルカは大丈夫なの?〉

 

 ユートムから放たれた詰問は、星雲荘に戻ったライハの声によるものだった。

 

「当たり前だろ。あの程度のオゾンの引火が危険なら、これまでの戦いでとっくに死んでるさ」

 

 対して、悪びれる様子もなくペイシャンは答えた。

 

「……まぁ、酸化だけは尾を引くかもしれないから、事が終わったらさっさとシャワーを浴びせてやれ。最強の合成怪獣さまにはそれで充分だろう」

 

 続けて、気遣いを見せてくれたものの。揶揄するような最後の一言が、ルカは少し癪に障っていた。

 

 

 

 

 

 

 そうして、すっかり日が沈んだ頃に、AIBの準備も完了し。

 培養合成獣スカルゴモラという本来の姿に戻ったルカは、自身の五倍も大きな宇宙植物と対峙していた。

 

「よし、やれ」

 

 ペイシャンの指示に――命令口調なのは納得行かないものの、素直に従ったスカルゴモラは、体内で練り上げたエネルギーを純粋な熱量に変換して、口腔より解き放った。

 

「(インフェルノ・マグマ!)」

 

 倒れる方向が特定できないため、根本ではなく先端から順に蒸発させるべく、スカルゴモラは遥か頭上に向けて熱線を放つ。

 AIBとレムの解説によると、この植物が常時纏っている強力な電磁波が一種のバリアの役割を果たしているそうだが、高負荷を受け続ければその電磁シールドも微かな時間、展開が途切れるという。その間に焼ききれるだけの熱量を叩き込み続ければ何の問題もないとして、事前に充分チャージしたエネルギーをスカルゴモラは放ち続ける。

 

 レムの予測通り、数秒の内に宇宙植物の防御と再生力を凌駕した熱線が、大樹の天頂を熔解させる。そうなれば後は早いもので、唐竹割りのようにして熱線が下りながら、危険な宇宙植物を焼滅させて行く。

 発射台となるスカルゴモラの顔が、水平を向いた頃になって、根元の磁場に吸い寄せられていたオゾンが引火。

 分子結合切断の連鎖が音速を越えた衝撃波と化す、オゾンの爆発的分解現象。しかしペイシャンの言う通り、スカルゴモラを脅かすには遠く及ばない。荒野に猛る炸裂の圧も微風のように受け止めて、熱線の斉射を続けるが――一瞬だけ、立ち込める蒸気が視界を遮った。

 そして、ソナーのように全身から放つ音波に回す分のエネルギーも、全て熱線に注いでいたその時――スカルゴモラは、かつてガーゴルゴン・フワワに突かれたのと同様、明確な隙を晒していた。

 

 そのために――インフェルノ・マグマが狙いの終点に届いた頃には、それが空撃ちとなっていることに気づくのが、一拍遅れていて。

 

「(あれ……?)」

〈ルカ、十時の方向です〉

 

 手応えのなさを訝しむのと、レムから届いた警告、そして凄まじい衝撃がその身を叩いたのは、ほとんど同時の出来事だった。

 

「(――っ!?)」

 

 音速超過の衝撃波を伴った衝突を受け、ちょうど熱線の長期放射を終えて一時的に消耗していたスカルゴモラは、不意打ちに踏み止まれず、仰向けに倒れ込んだ。

 その際、スカルゴモラは自らに激突した物の正体を垣間見た。

 それは、蟹や蜘蛛のような脚の多い動物の背に、人の上半身が生えたような形をした怪獣だった。

 いや、違う――その碧い下半身は、動物ではなく、木の根だった。

 

 まるで御神木の切り株の上に、緑色の力士の像が掘られているような、神々しくも異形の怪獣がその根を無数の脚として歩き――自らを攻撃してきたということを、スカルゴモラは理解した。

 

「(なっ、何この怪獣……っ!?)」

 

 戸惑うスカルゴモラが、上体を起こすその間に。

 未知なる怪獣の上半身が、太い樹木の寄り合わさったような逞しい腕を振るのに合わせて、大気中に青い波濤――液体オゾンの塊を生じさせ、その身に宿す電磁場で誘導し、スカルゴモラに浴びせかかってきていた。

 

 

 

 







 ということで、今回は最近のウルトラマンだと三体以上は出ている気がする新怪獣枠となる、拙作オリジナル怪獣の登場回になります。
 見た目のイメージはメタリックなゴリラ型怪獣の上半身と、東宝が誇る怪獣王シリーズの大ボスの一角、デストロイアの幼年体の脚部がくっついている感じになります。
 無意味に操演難易度高そうな発想元は人気TCG『デュエ○マスタ○ズ』に登場する『剛撃戦攻ドルゲ○ザ』やその派生クリーチャーが大元ですので、そちらを含めて読まれる際のビジュアルイメージの参考になれば幸いです(?)。

 以下いつもの言い訳補足。

・ジードライザーと星雲荘の次元間通信が上手く行かない、という設定は、「ウルトラマンZ」第六話の『帰ってきた男!』での通信不通もそんな理由だったのではないか、と考えております。Zの舞台となった宇宙も、『劇場版ウルトラマンジード 繋ぐぜ!願い』後のジャグラーが十年以上滞在しているのに対してリクくんは十年を経たという外観ではなかったので、パラレルアース同様、サイドスペースに比べて時間の流れが早い宇宙なのかな、という想定です。




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第六話「託された世界」Bパート



 第6話となる今作のメイン敵がバリアを持つ怪獣という、本日放送の『ウルトラマントリガー』第6話とのネタ被りが発生したことに何となく運命を感じながら更新します。





 

 

 

 未知の怪獣による攻撃を、上体を起こしたばかりのスカルゴモラは避けられなかった。

 咄嗟に顔面を庇ったものの、両腕に零下百四十度の液体オゾンが着弾。強靭な表皮を抜けて、スカルゴモラの体内を侵食しようと、極寒の液体が押し寄せる。

 怪獣をして、凍傷を負いかねない極低温のみならず。地球の自然環境下に存在し得る物質の中で、二番目の強酸性を持つオゾンの液体は、その体表をも溶解させようと作用していた。

 

〈ルカ!〉

「(――あっつ……っ!)」

 

 低温火傷と、白金以外のあらゆる金属を溶かす酸化作用に両手を痺れさせられたスカルゴモラの脳内に、直接響く心配の声。ライハの呼びかけに、しかしスカルゴモラは応えることができなかった。

 その前に、爆発が顔の前で生じていたから。

 

「(――っ!?)」

 

 それ自体は、大した威力ではなかった。先程浴びたものと同様、オゾンの分子間結合が切れたことで生じた爆発でしかない。しかし、それでも目の前で起きた不意打ちは、酸化作用で目の粘膜を傷つけられていたスカルゴモラが、再び隙を生じさせてしまうのに充分だった。

 そこに、豪腕が叩き込まれる。

 謎の怪獣は、音速超過の衝撃波を纏った拳を思い切り、スカルゴモラの顔面に叩き込んで来ていた。

 

「(――何なのこいつ!?)」

 

 振り抜かれ、後方に伸びた首を、スカルゴモラは打ち付けるように前へ戻す。鈍い痛みを無視したその勢いで、鼻先の角を伸び切った拳に激しく叩きつけ返すことになり、スカルゴモラよりも巨大な怪獣を後退させることとなった。

 ……だが、頭蓋に響いたその手応えが、何やら奇妙に感じられた。

 殴られた痛みで麻痺しているから、ではなく。相手が引いたわけでもないのに当たる前に弾かれたような、そんな奇妙な感覚が……

 

〈状況から見ると、その怪獣の正体は、あなたが焼却しようとした宇宙植物の根のようです。ルカ〉

 

 突如出現した、未知の怪獣に疑問を零すスカルゴモラに対して、レムがそう報告する。

 

「(根っこ……? 根っこが動いてるの!?)」

「根、と言い切るよりは、焼き損ねた幹の部分が上半身になっているように見えるな」

 

 通信に割り込んできたのは、近場から状況を見守っているのだろうペイシャンだった。

 

「上半身が人型で下半身が切り株の怪獣……取り急ぎ、スタンパウロスとでも仮称するか」

 

 切り株(stump)と、半人半獣(Centaurus)を元に、日本語で発音し易くしたような命名をペイシャンが行った。

 

「解析できなかった内部に、人型の上半身が生えていたとはな……怪獣に言っても仕方ないが、いったいどういう生物なんだか」

〈そんなことはどうでも良いわ。それよりペイシャン、何かないの!?〉

「おまえにできることはない。まだ一ヶ月ほどな」

 

 呑気な調子へ食ってかかるライハに対し、ペイシャンは含みのある言い回しで答えた。

 

「とりあえずはゼガンの出動要請を送ったが……ゼガントビームなしだと、いくらゼナでもこいつの電磁バリアには為す術がないかもな」

 

 ペイシャンの言葉に、スカルゴモラは救援に期待すべきではないことを悟る。

 同時、奇妙な手応えの正体も、電磁バリアであるとわかったところで、スタンパウロスと名付けられた異形の怪獣がスカルゴモラに向かってきた。

 

 ――体表を電磁バリアで覆い、物理干渉を弾いているのだとしても。武器として活用し始めた液体オゾンに対しては、超振動波で散らすことは可能だろう。

 そう認識しながらも、スカルゴモラは反撃を躊躇し、スタンパウロスから超低温の強酸を浴びせられるのを甘んじて受けていた。

 

「(――レム! ペイシャンたちを、早く転送してっ!)」

 

 優れた肉体を誇る怪獣スカルゴモラであれば、液体オゾンに晒されても、即座に致命的になることはない。

 だが、いくら宇宙人とはいえ、ウルトラマンや巨大怪獣と比べれば遥かにひ弱だろうAIBの研究員たちが、凍結、酸化、猛毒に爆裂と四重の危険性を兼ね備える液体オゾンの拡散に巻き込まれようものなら、無事の保証はない。

 故に、スカルゴモラは無防備を晒すことになろうとも。自らを排除しようとするスタンパウロスの突進を受け止め、それ以上の進行を阻むべくその場に留まった。

 見えない膜のように、体表面の電磁バリアがスタンパウロスに触れることを阻む。だが、直接触れずとも、抑え込んでしまえば関係ない。剛力を全開にして、電磁バリアごと抱きかかえるようにしてスタンパウロスを捕らえたスカルゴモラは、続けて唯一有効打足り得るインフェルノ・マグマを照射する態勢に――入れなかった。

 

 それは、敵からの妨害によるものでも、AIBを気遣ったためでもなく――スカルゴモラが駆除しようとした結果、明らかに自らの意志で行動する様子を見せたという事実自体に、二の足を踏んでいたからだった。

 だが、命の取り合いの最中において、その迷いは余りに迂闊だった。

 続々と降り注ぐ液体オゾン――単元素分子にしか効果を発揮し得ないレーザー冷却は通じずとも、その能力で産み出した凍える滝を浴びることで体温を奪われたスカルゴモラの体から、力が抜けていく。

 

〈ルカ。相対的にですが、M78星雲人は極寒の環境を苦手としています。レッドキングやゴモラも、寒さに強いという記録は見つかっていません〉

「(もっと早く知りたかったかも……っ!)」

 

 レムの報告に、スカルゴモラは思わず愚痴を漏らした。

 無論、零下百四十度の液体を浴びせられ続けて生存している時点で、一般的な生物の常識を凌駕していると言って差し支えないが。それでもスカルゴモラに合成されたどの遺伝子も、低温への特別な耐性があるわけではない――と知らされたところで、遂にスタンパウロスがスカルゴモラの弱体化した腕力を振り切った。

 多脚のような根っこで、ふわりと地面に着地したかと思うと、その体が発光。電磁加速された数万トンの巨体が、砲弾となってスカルゴモラを直撃する。

 満足に力の入らない今の状態で、超音速の突撃は流石に持ち堪えられず。勢いのまま後退したところで、スタンパウロスの電磁操作で気化したオゾンが火花で引火。再びの爆裂が、青白い霜に覆われ、酸化作用で弱った体表を叩く。

 

「(ちょっと、待ってよ……っ!?)」

 

 流石にふらつき始めたスカルゴモラに対し、スタンパウロスの容赦ない猛攻は途切れなく続く。

 だが、いくら呼びかけを試みても。既に、AIBが充分検証したように。今更スカルゴモラから平和的なコンタクトを図ろうとしても、スタンパウロスはそれに何の反応も見せはしない。先制攻撃を仕掛けた、脅威となる怪獣からのものとなればなおのことだ。

 

〈ルカ。ペイシャンたちの避難が完了しました〉

 

 そこで、ようやく反撃を躊躇っていた要素の一つが取り除かれたことを知らされ、スカルゴモラは一先ず状況を打開すべく全身の音叉を励起させようとして――その失敗を悟る。

 

「(あれ、超振動波が……っ!?)」

〈体温の著しい低下により、神経系に不調が生じているようです。一度撤退しますか、ルカ?〉

 

 レムの提案に、スカルゴモラは迷った。人里から離れ、AIBも撤収した今、この怪獣を放置したところでただちに被害が拡がるわけではない、とは思われるが……

 そんな風に、また躊躇っていた間に。

 スタンパウロスの、人型の頭部の前で火花が散ったかと思うと――そこから膨大な光が放たれて、スカルゴモラを直撃し、全身を激しく打ちのめしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 それから、朝倉ルカが意識を取り戻したのは、星雲荘の修復装置の上だった。

 

「ルカ!」

「……ごめん、ライハ。心配させちゃったよね」

 

 装置のすぐ傍で見守ってくれていたライハの顔を認めるなり、ルカは横たわったまま謝罪の言葉を口にした。

 

「まだ横になっていろ。半端なままで動かれても困る」

「……どうしてペイシャンがここに?」

〈彼が、スタンパウロスの攻撃で意識を喪ったルカを救出し、星雲荘まで運んでくれました〉

 

 みすぼらしくなった白衣を纏ったペイシャンの動向を、レムが解説してくれた。

 

「そう、なんだ……ありが、とう」

「気にするな。呼びつけた俺が行かなきゃ、後でライハに何をされるかわからなかったんでな。モアからもしつこく根に持たれかねない」

 

 憎まれ口を叩くものの、結局は責任感を持ってルカを助けてくれたという事実に変わりはなく。御礼の言葉を撤回することはせず、ルカは彼に問うた。

 

「その、あの怪獣は……?」

「現在、この星山市に向かって移動中。ゼナの操るゼガンが迎撃中だ」

 

 ペイシャンの解説に合わせ、レムが現状を示す地図をスクリーンに投影した。

 

「主砲を封じられたゼガンでは、奴の電磁バリアと相性が悪い。ちょっかいを掛けて進行ペースを遅らせるのが精一杯だ」

〈スタンパウロスはゼガンへの攻撃以上に、星山市への接近を優先しています。ルカに対して徹底的に攻撃を加えた際とは明らかに様子が違って見えます〉

「草体を焼き、自らを脅かし得るスカルゴモラという外敵と、これといったダメージを通せない目障りなだけの今のゼガンとでは、対応が異なることも充分に考えられるが……ルカを追ってきている、というわけでもなさそうか?」

〈不明です。予想される進行ルートは星雲荘の座標とも重なりますが、スタンパウロスの認識ではスカルゴモラは姿を消したはずです。ルカと正体が一致することを見抜いていたのなら、あなたが連れ帰るまでの間に、追撃しなかった理由がありません〉

「擬態したままとはいえ、回復したことで勘づいたか。それとも、たちまち眼前の脅威が消えた後に、何か正の走性を与える要素をこの星山市で見つけたか」

「まさか……この街の誰かが、またリトルスターを?」

 

 そこでライハが漏らした懸念を、ルカは理解しきれなかった。

 

「ええと、ごめん。リトルスターって、何だったっけ。聞き覚えはあるんだけど……」

〈リトルスターは、かつてこの宇宙と同化していた、ウルトラマンキングの欠片です〉

 

 ルカの疑問に応えるために、レムがデータを眼鏡のレンズに送ってきた。

 

〈この宇宙は一度、ベリアルの起こしたクライシス・インパクトで時空消滅しかけました。その時キングは、ウルトラマンの同化能力でこの宇宙そのものと融合し、自らのエネルギーを分け与えることで宇宙を癒やし、地球を始めとした星々やそこに生きる全ての命をも蘇らせたのです〉

 

 突然、凄まじいスケールの歴史を聞かされ、ルカは度肝を抜かれた。

 そして、その後のベリアルの動きを見れば、最初からキングとこの宇宙を融合させることが目的だったのだろうと付け加えながら、レムは解説を続行する。

 

〈宇宙を循環するそのエネルギーを利用するため、ベリアルたちは融合の起点であった爆心地、この星山市からカレラン分子という物質を散布しました。それに吸い寄せられたキングの力が、人間を始めとした生命体を宿主としてその想念と結びつき、凝縮・生成された高純度のエネルギー体が、リトルスターです〉

 

 それがかつて、ジードとベリアルの戦いの中心となった小さな星々。

 最終的に取り込む日に備えてジードを強化し、また、キングに拒絶されるベリアルがその力を我が物とするための位相反転装置、ストルム器官を成長させるウルトラカプセルを用意するために欲した、人々の祈りの結晶。

 

〈リトルスターが励起状態に達すると、宿主となる生命体がウルトラマンの能力の一部を授かると同時に、特殊な光を発します。怪獣の多くは、その励起光に強く誘引されることがわかっています〉

 

 ライハの懸念はそういうことである、というレムの解説を聞きながら、しかしルカは疑問を口にした。

 

「待ってよ。ウルトラマンキングは、もうとっくにこの宇宙を去ったんでしょ? じゃあ、新しいリトルスターが発生するなんて、おかしいんじゃ……」

〈その認識は正しいです、ルカ。現在の宇宙の状態で、これ以上新たなリトルスターが発生することは、理論上あり得ません〉

「――だが、既にあるモノが新たに発見されること自体は、その理屈と矛盾しないということだ。それこそスタンパウロスのような新種の発見と同じように、な」

 

 レムの説明を、ペイシャンが引き継ぎ始めた。

 

「リトルスターの発現には個体差がある。キングが宇宙と分離した時点で、結晶化に必要な量のエネルギーを溜め込んでいながら、外部から発見できない状態にあるリトルスターの宿主が存在し得るんだ。例えばそこのライハは、一度結晶化させてから六年もの間、リトルスターが観測不能な状態にあった実例だ」

 

 言われて、ルカはライハを見る。視線に気づいて振り向いてくれた彼女は、ペイシャンの言葉を肯定するように頷いた。

 

「だからまぁ、乱暴に言えばまだ五年ぐらいは、未発見だった既存のリトルスターが輝き出す可能性もあるわけだ。それに惹かれて、怪獣がやってくる恐れも……新種の怪獣が何に誘引されているかは断定できないが、検討すべき優先度が高いことは間違いない」

「じゃあ、もしリトルスターがあの怪獣を呼び寄せているんだとしたら……お兄ちゃんは、どうしていたの?」

「そりゃ、リトルスターを回収して事態を収束しただろう。元々ウルトラマンジードは、そのために造られた存在だったからな」

「え……?」

〈リクの設計思想は、ペイシャンの語る通りです〉

 

 そこで、淡々と語るペイシャンから、レムが再び説明の主導権を奪った。

 

〈リトルスターは、宿主がM78星雲のウルトラマンへ清らかな祈りを捧げた時にのみ分離されます。そのため、地球人から恐れられるベリアルの手には渡らない仕組みとなっていました。そこで、人々の祈りを集めるために造られた、M78星雲人の血を引いた偶像が、ウルトラマンジード――あなたの兄だったのです〉

 

 ――計画のための道具。ウルトラマンの模造品。

 かつて、自棄になっていたルカを叱咤する際に、リクが口にしたその正体。

 人々を騙し、世界を破滅に導く片棒を担がせ、最後は自らの力として取り込むための生贄として造られた。

 そんな兄の出生の秘密を改めて聞かされ、ルカは我が身に流れる血の根源をより一層、忌まわしく感じるのを禁じられなかった。

 

「けど、リクはその運命をひっくり返したわ」

 

 そんなルカの様子を見取ったように、ライハが口を挟んだ。

 

「例えベリアルの血を引いていても、リクはリクで、ルカはルカ。だから私はあなたのお兄ちゃんに、世界を救う皆のヒーローになって欲しいって、祈れたの」

「ま、問題はそのウルトラマンジードが居ない以上、宿主に祈らせて分離する、という手が使えないことだ」

 

 ルカを慮るようなライハの思い出語りを、ペイシャンが遮った。

 

「生物的にウルトラマンから離れていても、因子さえあればリトルスターを回収できる……なんてことなら、わざわざジードを用意せずとも、ベリアル融合獣で事は済んでいただろう。培養合成獣でも、理屈は同じだろうな」

「……私じゃお兄ちゃんみたいに、祈りに応えることはできない、ってことか」

 

 そもそもスカルゴモラに祈るような存在が、事情を知っている身内以外に存在するのかは置いといて。

 自らの無力を堪えるルカは、ギュッと拳を握り締めた。

 

〈しかし、AIBは既に、ベリアルとの決着後に確認されたリトルスターを、カレラン分子分解酵素で宿主から取り除いたことがあるのでは?〉

 

 そこでレムが放ったのは、一抹の希望を探す詰問だった。

 

「ああ。リトルスターを取り除く代替手段が見つかっているなら、毎回ウルトラマンに祈らないといけないような事態になるまで、宿主を放っておくのは危険だろう。分離ではなく分解となるから、新しいカプセルを起動させてやれなかったのは申し訳ないがな」

〈構いません。リクも戦力の拡張より、宿主の安全を望んでいましたから〉

 

 あっさり認めたペイシャンに、レムが答えるのを聞いて。やはり兄は最高のヒーローなのだと、ルカは胸を高鳴らせる。

 ……その兄と、約束したのだ。今は妹の自分が代わりに、この世界を守るのだと。

 なのに、あっさり修復装置送りになっている自分を不甲斐なく感じていると、ペイシャンの声が微かに沈んだ。

 

「……だが、分解酵素を使えるのは当然、投与すべき宿主と接触できることが条件だ。一方的にでも、相手が祈りさえしてくれれば解決するウルトラマンへの譲渡と違い、まず対象の発見が必須になる」

〈その点に触れる、ということは……〉

「ああ。既にモアたちエージェントや、トリィたち研究セクションの面々に調査させているんだが、まだリトルスターが見つかったという報告はない。そっちはどうだ?」

〈――星雲荘の観測機器でも、リトルスターの反応は確認できていません〉

 

 二人のやり取りを聞き、折角対処法が確立されているのに、リトルスターは無関係なのだろうか――と。ライハの直感が外れたらしいことを、ルカは残念に感じたが。

 

「対象は未知の怪獣だ。AIBや星雲荘でも感知できないようなリトルスターの反応を辿っている可能性は捨てきれない。ずっと光っているわけじゃないから、観測タイミングの問題もあるしな」

 

 ペイシャンは、簡単には検討事項からリトルスターの可能性を捨てていないようだった。

 

「もちろん奴が電磁波を扱うことから、それに関連した要因で人口密集地を目指していることも考えられる。だが、それも確証はない。結局、わかっていることはスタンパウロスがこの街を目指していることと、何が引き寄せているのかがまだわからないということ、そしてそれを確かめるために、奴を市街地に踏み入れさせるわけにはいかないということだ」

 

 強力な電磁場を持ち、猛毒の液体オゾンを生成し、どうやら荷電粒子ビームまで発射するらしいスタンパウロスが人口密集地に出現すれば、被害は他種の怪獣による災害を上回ることは明白だ。都市機能は麻痺し、強酸と放射線による汚染が数多の人命を脅かすことは想像に難くない。

 

「今、その進行を食い止め、駆除できるのはスカルゴモラしかいない……わかっているな?」

「……うん、もちろん。この世界は私が守るって、お兄ちゃんと約束したんだから」

 

 頷くルカに、しかし、その反応までの間が納得行かないといった様子で、ペイシャンは言葉を続けた。

 

「はっきり言って、未知の怪獣とはいえ、さっきの時点でスカルゴモラが勝てない相手じゃない。それでも負けたのは、おまえの覚悟の問題だ」

 

 ペイシャンが詰って来るのに、ライハもレムも、ルカへ助け舟を出そうとはしてくれなかった。

 そしてその指摘は、身に覚えのある事柄だったために、ルカ自身も何も言い返せなかった。

 

「動物だろうが植物だろうが、外からやってきて侵略行為を始め、平和的なコンタクトを全て無視したのはスタンパウロスの方だ。電磁バリアなんか纏っていて、殺す以外の攻撃では意味がない体質なのも奴の勝手だ。なのに躊躇って負ければ、おまえの兄が託した世界は壊される。次はそれをちゃんと理解して、戦え」

 

 ペイシャンの指示に、ルカは思わず俯いた。

 全て、彼の言う通りだ。それでもルカは、ただの植物だと思っていた相手が、自らの意志で考え動く怪獣だと気づいた途端、思わず攻め手を緩めてしまった――それ自体も、身勝手な選別だというのに。

 

「……まぁ、子供に頭を下げて協力を求めるしかない側が、偉そうに言う話じゃないがな」

 

 自省するルカの様子を見て取ったからか、ペイシャンは不意に語気を和らげた。

 

「さっき、俺たちを庇うために不利になったこともわかっている。次は邪魔しないで済むよう、こっちも準備を詰めておく」

 

 少し外す、と言い残して、ペイシャンはエレベーターに乗り、地上へと転送されて行った。

 

「――私もペイシャンと同じ意見よ、ルカ」

「……はい」

 

 ライハからも叱るような一言を浴び、ルカは思わず縮こまった。

 

「この世界、だけじゃない。わざと手を抜いて負けたら、今度こそあなたも殺されるかも知れないもの」

 

 だが、ペイシャンが最後にしか見せなかったような感情を、ライハは初めからルカに向けてくれていた。

 

「……戦いを押し付けている私たちが、あなたに手を汚すことを強いるのも、酷い話よね。だけど――」

「ううん、ごめんライハ――わかってるよ」

 

 今回の戦いは、フワワの時のように、ルカの存在が招いたというわけではないが――それでもライハが罪悪感を覚えるのは、間違っている。

 何故なら、この戦いを望んだのは、ルカ自身なのだから。

 

「この地球には今、ウルトラマンジードは居ない。コスモスの力を受け継いだゼロも、怪獣をスパークドールズにできるエックスも居ない。そんなことはわかった上で、私がお兄ちゃんを送り出したんだもん」

 

 今までの戦いは、ずっと、兄が代わりに手を汚してくれていた。

 兄の庇護がなくなれば、そんなわけにはいかなくなるということを――ウルトラマンが戦うよりも、多くの命を奪う形でしか、この世界を守ることができない自分の能力を、わかっていたつもりだったのに。

 

「私が、アサヒたちの厚意を蹴って、そうしたいって決めた。だから、今更迷ったりなんかしちゃいけない……」

 

 侘びながら、それでもルカには、どうしても後ろ髪を引かれる気持ちが残っていた。

 これまでの敵とは違う――意思疎通ができない、未知の怪獣。

 スタンパウロスの真意が見えないのと同じように、スタンパウロスもまた、ルカたちの声が聞こえていないのかもしれない。

 もしかしたら、ルカにはわからないだけで、助けて欲しいと叫んでいるのかも知れない――そう考えてしまうと、どうしても。

 かつて、無慈悲な暴力に命を摘まれかけた培養合成獣スカルゴモラは、最後の一線を越える決意を固めきれなかったのだ。

 

〈ルカ〉

 

 自分でも、余分な感傷だと悩むルカの様子を見て、最後に声をかけてきたのは、報告管理システムのレムだった。

 

〈スタンパウロスの予想進行ルートには、星山総合病院――朝倉スイが、入院している施設があります〉

「――っ!」

 

 告げると同時に地図が拡大された瞬間、ルカは思わず修復装置から身を起こした。

 

〈私はあなたの意志と選択を尊重するよう、リクから指示を受けています。ですが――〉

「……うん。大丈夫、レム。もう、充分だよ」

 

 それは脅しでも何でもない。レムはただ――ちゃんと考えていればわかって当たり前だった事実を、教えてくれただけだ。

 後は――どんな哀しみと向き合う未来を選ぶのかを、ルカ自身が決める番だ。

 

「――今度はちゃんと、私も覚悟を決める。お兄ちゃんが託して行ってくれた私たちの居場所を、守るために」

 

 そのための理由を、後悔しないようちゃんと考えて。

 自分がどうするのか、朝倉ルカは覚悟を決めた。

 

 

 

 

 

 

 その後、遂にゼガンに痛打を与え、スタンパウロスが妨害を振り切ったという報告が入った頃には。ルカもまた、修復装置での肉体の再生を終えていた。

 そうして、星雲荘のエレベーターでスタンパウロスの進路上に転送される最中。ルカはふと口を開いた。

 

「……レム。一応聞いておくね」

〈はい、何でしょうか〉

「私も、ベリアルの……レイオニクスの血を引いているけど。怪獣使いだからって、どんな怪獣でも操れるって、そういうわけじゃないんだよね?」

 

 もしそうなら、レムはとっくに教えてくれていただろうと予想しながら、ルカは問うていた。

 

〈はい。レイオニクスと使役する怪獣にも、相性があります。加えてルカには、ベリアルの使ったギガバトルナイザーのような、能力行使のための増幅器もありません。それでも問答無用に怪獣を従えられるとすれば、それは始祖であるレイブラッド星人か、その真の後継者だけでしょう〉

「……じゃあやっぱり私は、戦わずに怪獣を大人しくさせるなんてできないんだね」

 

 レムの回答に、改めてルカが腹を括ったところで――エレベーターの扉が開いた。

 

〈正面から、来ます〉

 

 レムが告げるのと同時に。市街地を臨むだだっ広い平原の反対側、地平線すれすれに見えていた半人半樹の怪獣、スタンパウロスの巨体が発光し、消えて――

 次の瞬間、擬態を解き、本来の姿を解放したルカ=スカルゴモラと、超音速で衝突した。

 

 体そのものを電磁加速して、砲弾として打ち出すスタンパウロスの超電磁タックル。

 星山市市街地を目前にした丘で、自身に向けて放たれたそれを、既に予想していたスカルゴモラは屈強な肉体で受け止めた。

 受け止めたまま、スカルゴモラは電磁バリアの反発で阻まれる限界まで腕を回し、直接締め上げることはできずとも、敵の体を拘束することに成功する。

 

 電磁バリアごと抱えられた体勢から逃れようと、スタンパウロスは液体オゾンをスカルゴモラに浴びせようとするが、それより早くスカルゴモラは口腔からインフェルノ・マグマを放った。

 膨大な熱エネルギーが吹き荒れ、オゾンを液化させるほどの低温が作り出せない間に、バリアを突破したインフェルノ・マグマがスタンパウロスの切り株状の下半身、その後ろ半分を焼き飛ばした。

 それ以上は、この体勢では有効な射角が取れない。そのことを理解したスカルゴモラは、部位破壊したスタンパウロスをそのまま持ち上げて、大地に向けて振り下ろす。

 しかし、直接その実体を掴めてはいなかったからか。投げの最中、電磁力の反発によってスタンパウロスはスカルゴモラの手から逃れた。

 

 弾丸のように飛んだ後、前半分だけが残った多脚で大地を掘って制動を掛けながら、スタンパウロスは口のような造形の前にそのエネルギーを集束し、青白い輝きを蓄える。

 スタンパウロスが放った荷電粒子ビームに、スカルゴモラも二度目のインフェルノ・マグマを放ち迎撃。超加速された荷電粒子と、収束された熱線のエネルギーとが相克し、宙で弾ける。

 

「(……やっぱり私のことは憎いんだね)」

 

 聞き及んでいたゼガンへの対応との違いに、心中で力なく苦笑しながら。機動力に劣る己を無視して街へ向かわないのであれば却ってありがたいと、スカルゴモラは前進する。

 

 荷電粒子ビームを撃ち終えてから、スタンパウロスが急速精製した多量の液体オゾン。その波濤が向かってくるのを、スカルゴモラは超振動波でまとめて破裂させる。

 結果として生まれた高濃度酸素の霧を抜けて、スカルゴモラはスタンパウロスに肉薄した。

 

 距離を詰められたスタンパウロスは、その拳を電磁加速して繰り出してくる。この間合いから超音速の打撃を回避する機敏さはスカルゴモラにはなく、甘んじて受ける。

 大したダメージではないが、スカルゴモラは痛手を受けたように見せかけて身を屈め――その動作から遠心力を載せた足払いの、変則型に繋げてみせた。

 

「(後掃腿・改!)」

 

 スカルゴモラの状態で太極拳を扱うのは初めてだが、ライハ仕込みの技法は体型の変化による精度の低下があっても、心得のない怪獣に初見で捌けるようなものではない。第三の足として翻った尾は、後ろ半分の脚を喪って重心が不安定となっていたスタンパウロスの軸足を絡め取り、仰向けで転倒させるのに充分な効果を発揮していた。

 そうして大地を背にしたスタンパウロスの胸の上に、尾の旋回を終え向き直ったスカルゴモラはそのまま足の裏を載せ、馬力の差で抑え込んだ。

 

 いくら、電磁バリアで直接的な破壊力の到達を阻めるとしても。常にスカルゴモラの体重と膂力が載せられる踏みつけを受け、やはりそのバリアごと縫い留められるだけとなったスタンパウロスは、スカルゴモラの眼下で身悶えするしかできなくなった。

 

「(――悪いけど、もう、終わらせて貰うよ)」

 

 スカルゴモラの踏み足を、スタンパウロスが両腕で殴りつける。だが、何の術理も持ち合わせていない、ただ速く固く重いだけの打撃は、スタンパウロスより強靭なスカルゴモラには通用しない。

 スタンパウロスが発生させた零下百四十度の液体オゾンも、先の交戦経験から低温や酸化作用への耐性を獲得した培養合成獣にはもう効果がない。

 それどころか電磁バリア自体、常時圧力を加え続ける踏みつけを前に耐久限界を迎え、その奥の金属質な細胞を直接蹂躙されることとなった。

 そして、痛みに悶えるスタンパウロスが最終手段となる荷電粒子ビームを放つよりも、スカルゴモラがインフェルノ・マグマに必要なエネルギーを臨界させる方が早かった。

 

 ……死を齎す紅い輝きを前に、もしかすればスタンパウロスは恐怖しているのかもしれない。

 だが――いくら、かつての自分と重ねて見える怪獣なのだとしても。

 今の己が大切に想うものを、無頓着に踏み潰す相手にくれてやることはできない――!

 

「(インフェルノ――!)」

 

 そうして、この大地へ完全に根を張られる前に、この謎多き生命体を焼き尽くそうとした、その時だった。

 踏みつけていたスタンパウロスの胸の中心で、炎の弾ける様が見えたのは。

 

「(――っ!?)」

 

 それが本当の炎でない、幻視の類であることは、炙られたはずの足が何も感じなかったために理解できたものの。

 一瞬、燃え盛るオーラを纏ったように見えたスタンパウロスは、それを境に力を増大し――これまでが嘘のように片手でスカルゴモラの足を容易く持ち上げると、五万九千トンの巨体を軽々と投げ飛ばし、決着の一撃となるはずだったインフェルノ・マグマの発射を阻止してみせた。

 

「(な……何!?)」

 

 いざ、覚悟を決めてしまえば、どうということはないとばかりに――あっさり制圧し、トドメを刺すだけだったはずの敵怪獣の思わぬ反撃に、地面に突っ込んだスカルゴモラは戸惑いの声を上げた。

 素早く受け身を終え、大地を揺らして立ち上がった頃には――スタンパウロスは既に、荷電粒子ビームを放つ準備を終えていた。

 

「(――っ、インフェルノ・マグマ!)」

 

 発射の直前で妨害されたものの、まだ霧散するには至っていなかった熱エネルギーを束ね、スカルゴモラは破壊光線として発射。スタンパウロスの荷電粒子ビームとの相互干渉を起こし、その直進を食い止めるが……

 

〈計測されるスタンパウロスの出力が、先程よりも大幅に上がっています〉

「(わかってるよ……っ!)」

 

 余裕を持って迎撃できた先程とは異なり、相殺するのに精一杯だったスカルゴモラは、レムの報告にも素っ気なく返してしまった。

 だが、その対応を気にする余裕はない。スタンパウロスは間髪入れず、電磁加速した音速超過の突撃をスカルゴモラに繰り出して来ていたから。

 ……不意を突かれた、わけではない。だが、容易に受け止められた先程とは異なり、その突進の勢いにはスカルゴモラをして後退を余儀なくされる威力があった。

 

「(この……っ!)」

 

 尾で大地を叩き、何とか止まった前進を押し返そうとするスカルゴモラだったが、いつの間にかスタンパウロスは先程焼き切られた後ろ側の多脚も再生しており、安定した重心に苦戦を余儀なくされる。

 今の体勢からでは投げられないが、組み合ったまま調整するには電磁バリアが邪魔になる。ならばと再び足を払おうとすれば、スタンパウロスは軽やかに飛び上がり、スカルゴモラの技の出先を挫いた。

 

「(見切られた……っ!?)」

 

 息を呑む間に、再びスタンパウロスが降りてくる。重力による自由落下のみならず、やはり電磁加速を載せた本体が降りるのと、完全にタイミングを合わせた拳の一撃は、ちょうど背を向ける格好になっていたスカルゴモラの後頭部を打ち、脳を揺らすほどの威力があった。

 視界が歪む間に、スタンパウロスはスカルゴモラの背に乗った。鋭い無数の脚を何度も突き刺すように打ち付けて来ながら、さらに両腕をハンマーのように振り上げ、スカルゴモラの首を狙う。

 

「(――どいてっ!)」

 

 いつかのタイガにされた時のように、思わずスカルゴモラは超振動波を放つものの、電磁バリアで無効化される。一拍遅れて尾を叩きつけるが、これも有効打にはなり得ず、バリアごとゆっくりと押し出すような形で引き剥がすのが精一杯だ。

 それでもスカルゴモラは、肉体の訴える痛みを無視して、払い除けたスタンパウロスに自ら飛びかかった――これ以上、星山市に近づかせないようにするために。

 スタンパウロスの放つ荷電粒子ビームは、それ自体が強烈な電磁波や放射線を発し、人体に有害であるのみならず、一種のEMP兵器としても機能する。もしも、星山総合病院の機器が異常を来しでもすれば、朝倉スイの生命を脅かしかねないのだ。

 そんな必死さが通じたかのように、スタンパウロスはまっすぐにスカルゴモラへ向き直る。一定時間、連続して干渉し続けなければ突破できない電磁バリアの強みを活かすようなヒットアンドアウェイの殴打の嵐でスカルゴモラを迎え撃ち、こちらの防御を掻い潜るため徐々に立ち位置を変えていく。

 

〈――戦い方が、明らかに変わっている……!?〉

 

 通信機の向こうから呻いたのは、ライハだった。

 師である彼女の見立て通り。炎のようなオーラを見せてからのスタンパウロスは、その力を増大させただけでなく。戦闘行為そのものにも、戦術的な挙動を織り交ぜるようになっていた。

 

 圧倒的に増した脅威に、一切の手加減も迷いも捨てたスカルゴモラをして、苦戦を強いられる。インフェルノ・マグマ以外の決定打がないのに、今のスタンパウロス相手ではまず当てられる気がしない。

 せめて、あの電磁バリアを解除するか、直接触れる以外に力を加えて、拘束するような術でもあれば――などと、ないものねだりをしたところで。

 

 ちょうど、スカルゴモラを間に挟んで、星山市を向いたスタンパウロスが、大きく飛び退った。

 再びの荷電粒子ビームか、と身構えたところで――スタンパウロスが頭上に精製したのは、零下百四十度の液体オゾンだった。

 先程証明されたように、スカルゴモラは既に、その低温にも酸化作用にも耐性を得ている。最早いくら浴びせられたところで、星雲荘のシャワーを被るのと変わらないだろう。

 

 だが、問題は、その量がこれまでの比ではないということだ。

 

 まるで湖のような量が精製された液体オゾン――それが比喩ではない津波のようにして、スカルゴモラと星山市目掛けて押しかける。

 

「(インフェルノ・マグマ――っ!)」

 

 超振動波では、結局同じく猛毒の高濃度酸素を通してしまうと判断したスカルゴモラは、オゾンの分子構造を破壊すると同時に蒸発・拡散させるための熱線を吹きつけた。

 だが、流石に対象の規模が大きい。大規模な引火の衝撃波に晒されながら、拡散する猛毒の津波を完全に消し去るまでに、スカルゴモラをして一息とはいかなかった。

 そして、その一息の間に、スタンパウロスは第二波の準備を終えていた。

 

 このままでは、防ぎきれない。

 そうなれば、スカルゴモラが波に拐われるだけでは済まない。流れ込む先の、星山市への被害が大き過ぎる。

 そのために、動きを止めたスタンパウロス本体ではなく、繰り出される液体オゾンへの迎撃に、インフェルノ・マグマの照射が強制されているが――このままでは、ジリ貧だ。

 

 例えばジードやグリージョの展開するバリアのように、強酸の波を漏らさず止められる壁を作ることができれば。

 もしくはゼガントビームのように、本体ともどもどこか遠くへ飛ばしてしまえれば。

 

 自らにない力を、スカルゴモラが欲する間にも。先にスカルゴモラの体力を絞り尽くさせようとするように、スタンパウロスが第三波を投げて来る。この怪獣はどこから、それほどのエネルギーを確保しているというのだろうか。

 疑問を抱きながらも第三波を何とか凌いだところで、遂にインフェルノ・マグマを連射する限界に達し。スカルゴモラが呼吸を荒くした時には、その奮闘を嘲笑うかのような第四波も、既に準備されていた。

 

 ――もう、防げない。

 そんな事実をスカルゴモラが認識するのと、液体オゾンが大海嘯のように走り出すのとは、全くの同時で。

 果たして、星山市が劇物の湖に沈んでしまう、大災害を前にして。

 スカルゴモラの脳裏に、朝倉ルカとして、兄とともに触れ合ってきた人々の姿が過ぎって。

 

「(やらせて……たまるかぁあああっ!!)」

 

 諦めたくないと咆哮したその時、前触れなく――状況を打開する未来が頭に浮かんだ。

 そして次の瞬間、スカルゴモラの三日月状の角が、力強く発光していた。

 

 

 

 




Bパートあとがき



・レッドキング2代目は日本アルプスの極寒地帯で活動していましたが、そこでは初代ウルトラマンも特に弱体化に触れられてはいなかったため、ウルトラマンや怪獣基準では零下百四十度のような「耐性が必要な特別寒い空間」には該当しないかなぁ、と考えております。

・『ウルトラマンジード』本編後のリトルスターの発生状況、及びAIBがそれに対処しているという作中設定は公式と矛盾はないと思いますが、混乱を招かないように本作独自の設定であることを念のためここに記しておきます。
 当然、理屈の上ではキングが去った後に生まれた命や、ルカのようにその後にサイドスペースに現れた存在がリトルスターを宿すことがないというのは、公式とも拙作でも同様のはずだと思われます。




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第六話「託された世界」Cパート




 冒頭のシーンは『ウルトラマンジード』第一話での、レッキングバースト初使用シーン直前みたいなイメージです。






 

 

 

 ――それは、本当に突然だった。

 不意に、頭に浮かんだイメージ。それを、現実にできるという確信が、何故かスカルゴモラの裡に生じた。

 そんな、目覚めた本能のままに。培養合成獣スカルゴモラは、その力を行使した。

 

 スカルゴモラの鼻先まで迫っていた、液体オゾンの青い濁流が、止まる。

 正確には、スカルゴモラの眼前に展開された、光の壁を前にして、その進行を阻まれたのだ。

 

〈あれは……ウルトラマンのバリア……!?〉

 

 ライハの驚愕の声が、星雲荘の通信に載って届けられた。

 正確なことは、スカルゴモラにもわかっていないが――液体オゾンを止めた物の見た目はまさに、先程自身が焦がれた、ジードやグリージョの展開していたような光のバリアだった。

 だが、スカルゴモラの頭に浮かんだイメージは、それだけではなかった。

 

 液体オゾンを操る張本人、半人半樹の怪獣スタンパウロスの事態に戸惑うような仕草が、停止した。

 さらには光の壁に突き当たり、左右に別れようとしていた液体オゾンの波もまた、徐々にその動きが静止して――スタンパウロスともども、ふわりと浮かび上がる。

 それは、スタンパウロスの操る電磁力による操作ではなく――スカルゴモラの意志による、作用だった。

 

〈……何が起こっているの?〉

〈これは……ルカの、念動力のようです〉

 

 ライハの疑問を受けて、レムが解析した状況を報告する。

 

〈ウルトラ念力――いや、怪獣念力とでも呼んだところか。ベリアルの血を一つ覚醒させたようだな〉

 

 言葉遊びをしているような感想は、レムの報告を受けたペイシャンによるものだった。

 ……嫌な言われ方だが、それでも今、この窮地を覆せた事実には感謝しても良いと。スカルゴモラは兄とともに生きる決意をした時以来に、ベリアルの血筋を肯定する気持ちを胸に懐けた。

 

〈動きも止められた。今なら楽にトドメを刺せるな〉

 

 ペイシャンがそう語るのに、しかしスカルゴモラは首を縦へは振らなかった。

 先程までとは違う、新たな能力。スタンパウロスの電磁バリアごと包み込むように捕まえて、さらに自由に動かせる不可視の力を手に入れた今ならば、一度諦めた選択肢も選べると――スカルゴモラは、そう考えた。

 

「(い――っけぇええ――っ!!)」

 

 気合とともに、スカルゴモラは強く念じる。液体オゾンをスタンパウロスから引き離し、分子結合を破壊して酸素に戻しながら、徐々に拡散させて無害化させる。

 そしてスタンパウロス自体には、その数万トンの巨体を傷つけずにずっとずっと遠くへ――空の彼方まで、押し出すような力を加え続けた。

 つまりは、元は宇宙植物であるスタンパウロスを、大気圏外に追放しようと企んだのだ。

 

 ……大気組成を変化させ、零下百四十度の液体オゾンを作り出す宇宙植物。地球人どころか、複数の恒星間航行文明が協力するAIBの技術力でもコミュニケーションが図れない上に、荷電粒子ビームまで放つ未知の怪獣、スタンパウロス。こんな生物と、スカルゴモラの守りたい居場所は共存できない。

 

 だが、宇宙から来た侵略的外来種というのなら、宇宙へ返してやったなら――スカルゴモラたちはスカルゴモラたちの、スタンパウロスはスタンパウロスの居るべき場所で、それぞれが生きていくこともできるのではないか。

 

 そんな希望を込めて。念じるだけで、本来は届かないはずの場所にも力を及ばせることができるこの能力で、スカルゴモラはスタンパウロスを送り出す。

 例えこの力が、ベリアルの血に由来するものでも。ベリアルとは違うと兄が信じてくれたように、別の道があるのなら、奪わずとも済む道を選べるように。

 そうして、スタンパウロスは怪獣念力の射程も及ばない遠い星となって、地球の大気圏の外まで飛んで行った。

 

〈……甘い奴だな。あれじゃ死なないぞ〉

「(そうしたんだよ。私がお兄ちゃんと約束したのは、怪獣を退治することじゃなくて、この世界を守ることなんだから)」

 

 ペイシャンの皮肉めいた苦言に、スカルゴモラはきっぱりと答えながら、身を翻した。

 見下ろす早朝の街並みに確認できるのは、巨大生物同士の激突に目を覚まし、怪獣災害の象徴であるスカルゴモラを恐れ、逃げ惑う人波ばかり。

 ウルトラマンジードの助けなしで守り抜いたそこに、スカルゴモラの気を惹くような光はない――危惧されたリトルスターの発症者も見当たらないのなら、再び怪獣が呼び寄せられるということもないだろうと、胸を撫で下ろす。

 それでは、朝の平穏を乱す怪獣は退散しましょうか――なんて。疲れすら心地よく感じる、成し遂げたという事実で舞い上がったように、そう考えていたところに。

 

〈……ならやはり、取り返しのつくうちに、命を奪う覚悟はしておくことだな〉

 

 ペイシャンが告げるのと、レムが星雲荘のアラートを鳴らすのは同時だった。

 

〈ルカ。上空から、高速で接近する物体有り――スタンパウロスです〉

 

 言われて、スカルゴモラは弾かれたように振り返り、視線を上げる。レムがくれた伊達眼鏡型デバイス――一体化したその機能を通じて視覚情報に送られた拡大映像には、電磁飛行により、自ら地球圏へ戻って来るスタンパウロスの姿があった。

 

〈元々星を越えて種子を飛ばす宇宙植物だ。常用しないにしても、飛行能力を持っているのは予想できることだったな〉

 

 傷つけないように追い払ったところで、再来する可能性は最初からあったと――ペイシャンは冷たく語る。

 

〈度々見せた電磁加速による突進はその片鱗だったとして……おいおい、あいつ、オゾンホール作りやがった〉

 

 淡々としていたペイシャンが、微かに焦ったような声を漏らす。

 続けてレムが送ってくれた情報によると、スタンパウロスは移動中のオゾン層から、自らが利用すべく大量のオゾンを奪ったようだった。

 

〈スタンパウロスの進行ルート、予想完了――怪獣は、あなたを目指しています。ルカ〉

 

 言われた頃には、流星のように迫るスタンパウロスが、小さな点としてスカルゴモラの視界にも映るようになっていた。

 

〈荷電粒子反応増大。来ます〉

 

 レムの警告と同時に、その小さな星が一際強く発光する。

 荷電粒子ビームが、スカルゴモラとその背後の星山市目掛けて放たれて――射線上に突如出現した、光のバリアに阻まれた。

 続けて、地球目掛けて進んでいたスタンパウロスの飛翔が、制動を掛けられたようにして宙で止まった。

 無論、それらは全て――スカルゴモラの意志で、引き起こした現象だった。

 

「(この――っ!)」

 

 頭痛がする。新たに目覚めたばかりの念力を行使し過ぎた反動だけでなく、何を考えているのか、未だその声が聞こえない怪獣の行動に。

 せっかく――せっかく、生きられるチャンスを作ったのに。

 

「(わからず屋ぁあああああああああっ!!)」

 

 時間を置いたことで、再び万全の状態で発射準備が整ったインフェルノ・マグマが、その憤怒の思念とともに迸り。

 未だ空に縫い留められていたスタンパウロスに直撃した炎の柱は、数秒かけて電磁バリアを食い破り、半人半樹の怪獣を丸呑みして――この地球上から、完全に焼滅させたのだった。

 

 それが、培養合成獣スカルゴモラ――朝倉ルカが、生まれて初めて、己の意志と手で、他の命を奪った瞬間になった。

 

 

 

 

 

 

「ご苦労だったな。約束通り、報酬は準備させて貰う。振込先は、戸籍を作った時に用意した口座で構わないか?」

「……要らない」

 

 星雲荘に戻って早々。自らをそう出迎えたペイシャンに、ルカは首を振った。

 

「――急にどうした」

「別に……お金目当てで怪獣退治したんじゃないもん。協力したのは元々、今までに迷惑をかけた分の、埋め合わせってだけ」

 

 目を背けるルカに、ペイシャンは呆れたように溜息を吐いた。

 

「――ああ、殺しを依頼したわけじゃない。だがAIBの任務に付き合わせたから、その対価を払うと言っているんだ」

 

 特に躊躇った様子もなく、ペイシャンはルカの言い分に耳を傾けた上で、否定した。

 

「今回のおまえは、危険な外来種の定着を阻止するという契約をちゃんと遂行した。だったら今度は俺たちが約束を守る番っていう、ただそれだけの話だ。こっちにも義務を果たさせろ」

 

 ……マイペースで、マニアックで、皮肉屋で、礼儀知らずなことも言って来るものの。

 ルカを助けてもくれたこのペイシャンという男は、やはり根は真面目な人物であるらしい。

 顔を上げると、ペイシャンは少し困ったように眉の端を掻いていた。

 

「これからもウルトラマンジードが帰還するまで――いや、その後も、おまえの力を頼る時はあるだろう。拒否権がないわけじゃないが、応じるならあんまり自分を安売りするんじゃない。それは無責任な振る舞いに繋がるだけで、こっちとしても迷惑だからな」

 

 リーズナブルだから、などと言って協力を要請した口で、ペイシャンはそう言い残して踵を返した。

 

「後始末はAIBでやっておく。オゾンホールも、あの程度なら拡がる前に何とでもなるだろう」

 

 侵略的外来種に対する、ルカの情けが作ってしまった環境破壊の尻拭いへ言及するのを最後に、ペイシャンはエレベーターで地上まで転送されて行った。

 その様子を見送ったルカに、ライハが横合いから声をかけてきた。

 

「…‥今日はバイト休む?」

「――休めないよ。お兄ちゃんが居ない間、シフトに穴空いているんだもん」

「今日はきっと、そんなにお客さん来ないわよ」

 

 ライハが伏せたその理由を、ルカも察してはいたが――それでも首を横に振った。

 

「お客さんが来ないなら来ないなりに、早く仕事覚えたいし」

 

 端的に答えたのを、なおも不安そうに見守るライハを見て。ルカは淡く微笑んだ。

 

「……大丈夫だよ、ライハ。私、ちゃんと覚悟決めてたから」

 

 兄の大恩人である、朝倉スイの身に危険が及ぶかも知れないと聞いたその時から――ルカの中での優先順位は、揺らがずに定まっていた。

 

「途中で試せることが増えたから、一応やってみただけ……結果は変わらなかったけどね」

「ルカ……」

「ごめん、変なこと言って、心配させちゃって。初めてだから、まだちょっとだけ気持ちの整理がついてないけど……私は平気だよ。ちゃんと考えて選んだことだから、悔やんだりなんかしない」

 

 AIBからの報酬を躊躇ったのは、今後を縛られたくなかったというのもあるが――何より、己の選択に言い訳をしたくなかったからだ。

 自分が他の何よりも、朝倉リクの妹であるという生き方を、選んだということに。

 

「……今日私がやったことは、お兄ちゃんがエタルガーやヤプールをやっつけてくれたのと同じで、一緒に生きるのなんて無理な敵を倒しただけ」

 

 彼らと違い、コミュニケーションが取れなかったから、逆にその真意を期待してみたけれど。蓋を開ければ、距離を保って生きることすらできない相手だった――ただそれだけの話だ。

 もしも仮に、そこに悪意がなかったとしても。伝染病を運ぶウイルスや、自然災害に意志がないといって、誰もその猛威に身を任せ、滅びを待つなんてしないように。追い払っても変わらず攻撃して来る怪獣を倒すのはやむを得ないことだったと、ルカは認識していた。

 

「もちろん、お兄ちゃんは敵をやっつけるだけじゃなくて、私や、ライハのことを助けてくれた。ノワール星人のことだって……」

 

 これまで、兄が見せてくれた優しさの数々を、ルカは反芻する。

 

「だから、お兄ちゃんに信じて貰えた私も、諦めない。これからも、本当に倒すしか道がない相手なのか、そのたびにちゃんと考えて、向き合い続ける。もしその結果が、思った通りにならないことの方が多くても。――決めたことを引き摺ったりなんか、する暇ないよ」

 

 そう、諦めない。兄が信じてくれた生き方を。

 あの日、絶望の淵にあったルカを救ってくれた兄のようになりたいという、憧れを。

 例え何百回、その気持ちが裏切られようとも――きちんと考えて向き合うことを、ルカは選ぶと決めていた。

 

「もちろん、今日できなかったことを、この先もずっとできないままにもしたくないけどね。だから、まずは仕事からちゃんと覚えたいだけ。ジーっとしてても、ドーにもならないから」

「……そう。なら、安心したわ」

 

 ルカが語り終えるのを聞いて、ライハは緩めた息を吐いていた。

 それから、ふと手元に目を配り。まだ出立すべき時間には遠いことを確認したライハは、明るい笑顔でルカに告げた。

 

「それじゃあ……今日の修行もちゃんと、しなきゃよね」

「――そうだね、ライハ。うん。お願いします、師匠!」

 

 朝練の提案に頷きながら。遠からず、この胸の痛みにも慣れるだろうと考えるルカは、一方でこうも思う。

 

 どんなに覚悟していても。無関係な、共存できない怪獣の命を奪っただけで、こんなにも心が乱れてしまうのなら。

 同じく、共存することが不可能な相手だったとしても――父であるベリアルを討った兄はその時、どれほどの痛みを覚えたのだろうと。

 少しでも、その時の痛みが和らいでいて欲しいと。ルカはこの場に居ない兄へ向けて、密かに祈っていた。

 

 

 

 

 

 

 マスターである朝倉リクから、不在の間を託された彼の妹、ルカの様子を見守りながら。

 星雲荘の報告管理システムであるレムは、今回の怪獣との戦いで得られた情報について、精査していた。

 ルカの精神面は万全とは言えずとも。今回経験した苦難も、彼女ならば乗り越えられるはずだと信じているが――その根拠となる、自らの認識する前提が本当に正しいのかを、レムは疑い始めていた。

 

〈やはり、シミュレーションの限りでは……あの程度の刺激で、液体オゾンへの耐性は獲得できないはず〉

 

 かつて解析した、ルカを――培養合成獣スカルゴモラを構成する遺伝子。外部刺激に応じて強くなる、古代怪獣ゴモラの秘められた特性について、ノワール星との戦闘までの実測データとともに、演算してみたところ。何度再計算してみても、そのような結論しか、レムは導き出すことができずにいた。

 

 レムにとっても未知数となる、おそらく史上初の事例――レイオニクスの血によるスカルゴモラの自己強化が、ネオブリタニア号の予測を上回っているのだろうか。

 ……もし、それだけのことならば、構わない。しかし――つい先程、ルカが都合の良過ぎるタイミングで、念動力に開眼したこと。その予兆が、やはりレムには観測できていなかったこと。

 二つの想定外が重なったことで、スカルゴモラの成長はレムにとって無視できない懸念となっていた。

 

 ……ルカに対する前提を、レムは何か見落としているのか。

 それとも――まだ、影も形もないものの。かつてリクに対してベリアルが行ったように、ルカに対する何者かの干渉が始まっているのか。

 その犯人こそが、別宇宙で死の淵にあった培養合成獣スカルゴモラをこの世界に送り込み、続けて超時空魔神エタルガーを差し向けた黒幕であるとして。

 その正体が実は、リクが現在討伐に赴いている、ウルトラマントレギアではないとしたら――?

 

 ……現段階では情報が不足していると判断し、レムはそれ以上の推論の構築を一旦取りやめた。

 仮に、ルカに対する何者かの干渉があったとして――その行為もまた、レムには観測できていないのだ。そんな状況でいくら考えても、実りはない。

 

 大切なことは、主へのレポート・マネジメントを担当する報告管理システムとして、彼の妹の心身を健全に保つこと。

 そのために、これまで以上の注意を払うべきではあるが、結論は決めてかかるべきではない。全てはレムの杞憂に過ぎず、単なる才能の発露かもしれないのだから。

 

 そんな風に思考するレムは――彼女自身の落ち度ではない理由で。

 本来、見逃すはずがないその現象を。自らの見出した謎の一つを解く手がかりを、星雲荘の観測機器が感知できていないことに、気づけていなかった。

 

 ……ルカの胸に、今。この宇宙が、現在の状態である限り、本来発生し得ない光が宿っているということに。

 

 

 

 

 

 

 ――朝倉リクは、不思議な夢を見ていた。

 それはかつて、己の正体を悟り、そして『陸』という名前に込められた想いを知った少し後の頃、体験したのと同じ夢だった。

 

 ……夢の中で、世界は闇に包まれていた。

 暗黒の中、君臨していた闇の巨人……ベリアルでもトレギアでもない見知らぬ悪魔は、全てを闇の中へと呑み込んで行く。

 空も、街も。

 人間も、怪獣も。

 そして、リクの仲間も――大切な、家族さえも。

 

 ――やめろ!

 

 その時リクは、ウルトラマンジードには変身できなかった。

 それでも、リクは止まらなかった。やっと掴めた大切な絆を、諦めるなんてできなかった。

 その想いのまま、駆け出したリクの前に――どこかで目にしたことのあるような、赤色の発光体が出現して……

 

 

 

 ……そこでリクは、自身へ呼びかける声に気づいて、目を覚ました。

 

 

 

「……起きたか。呑気なもんだな」

 

 目を覚ましたリクを皮肉げに叱るのは、前髪を垂らした逞しい体格の男性――ウルトラマンビクトリーの力を継承する地底種族ビクトリアンの戦士、ショウだった。

 

「そう言うなって、ショウ……大丈夫か、リク? ちょっとうなされてたぜ」

 

 二人の間を取り持とうとするのは、ショウと同じ暖色系の変わった軍服に身を包んだ長身痩躯の青年――ウルトラマンギンガに選ばれた礼堂ヒカルだった。

 そんな二人に向かって、当初決めた仮眠の時間を超過してしまっていたリクは、慌てて頭を下げた。

 

「すいません、二人とも――僕の希望に、付き合って貰っているのに」

 

 ……今、リクたちが居る場所は、捨てられた工場地帯だった。

 そこはリクの育った星山市とも、ヒカルたちが守る世界とも違う――パラレルアースと呼ばれる地球の、とある街の外れ。

 かつて、培養合成獣スカルゴモラ――リクの妹であるルカが、産み出された場所だった。

 

 ウルトラマンエックスとともに、アサヒたちの世界へ辿り着いた翌日。

 五つの次元から集ったウルトラマンの一人として、リクはこのパラレルアースのある宇宙を訪れ、トレギアとの決着を図った。

 

 しかし、リクたちがパラレルアースに到着する寸前。先立って行われたウルトラマンタイガとの激戦が理由で、トレギアがその身に施していた封印が緩み、その一部が解放された怪物――邪神魔獣グリムドの襲撃を受けることとなり、作戦は大きな変更を余儀なくされた。

 トレギアのパワーソースであり、宇宙の開闢以前より存在した混沌の化身とされるグリムドこそは、不滅の怪物だった。この邪神魔獣との呪術的な契約関係が、トレギアが幾度となく見せた復活の秘密――異なる可能性を歩む並行宇宙のトレギアたちの命を一方的な代価とした、無尽蔵な蘇生の正体だった。

 

 グリムドの一部をその身に残したままのトレギアと、彼との契約が完了するまで使役される力と化したグリムド。不死身の強敵二体を相手にすれば、歴戦のウルトラマン七人といえど、苦戦を余儀なくされた。

 

 最終的に、トレギアを無力化するために用意していたギンガの秘策、ウルトラ兄弟直伝のファイナルクロスシールドをグリムドの封印に用いることで、ウルトラマンたちと邪神の戦いは痛み分けとなった。

 

 だが、妨害を退けるために撃破したトレギアまで同時に封印することは叶わず。グリムドの封印が綻ぶまで、一時的に復活を阻止することが限界となった。

 その、リクたちの変身能力を代償とした決死の封印も。グリムドの恐るべき力を前にすれば、保って半年が限界だ。

 その猶予の間に力を取り戻すべく、リクたちはウルトラマンタイガたちと同化している、ヒロユキなる青年を探すこととした。

 

 しかし、封印に全力を尽くしたリクたち七人は、パラレルアースに降り立つだけで精一杯で。結果的に、目的地から見てちょうど地球の裏側から活動を開始することになってしまっていた。

 それから海を渡り、タイガやヒロユキとの合流を目指して旅する最中。ウルトラマンへの恨みを持つという宇宙人の犯罪ネットワーク、ヴィラン・ギルド関係者からの妨害を受け、これを退けながら日本に到着したのが、実に出発から五ヶ月後のこととなった。

 

 そして、タイガとヒロユキの正確な所在を探すのみならず、トレギアの復活やヴィラン・ギルドの動向にも注意を払う必要が出たリクたちは一旦、チームを三つに分けることとなり――その中でリクは、培養合成獣スカルゴモラの創造主がヴィラン・ギルドの関係者であったという情報を掴み、その拠点を追っていたのだ。

 

 ルカを産み出したのは、チブル星人のマブゼという科学者であったらしい。別宇宙の存在とはいえ、同じくチブル星人の邪悪な科学者と因縁を持つヒカルとショウのコンビが、そんなリクの行動に付き合ってくれていた。

 とはいえ、既にゼロから大地やアサヒが預かっていた情報の通り、マブゼ博士は既に死亡していたらしく。今は彼のラボであったと見られる拠点を転々とし、培養合成獣を産み出すために使われたベリアルの遺伝子が残存してはいないか、合わせて確認して回っている状況だった。

 ……その最中、次元間通信を行うと、ヴィランギルドにもこちらの居所が察知されてしまうために。星雲荘と満足なメッセージを交わすことができなかったのは、リクにとって、本当に心苦しいことであったが。

 

「……デビルスプリンターと呼ばれていた物質も、ベリアルの細胞が正体だったそうだな」

 

 不意にショウが呟いたのは、ベリアルが数多の並行宇宙に残した災禍の爪痕、その一端のことだった。

 オメガ・アーマゲドン以前より、幾つもの宇宙に戦乱を齎し。何より様々な次元と通じた事象の吹き溜まり、怪獣墓場でかつて、ウルトラマンゼロと戦ったベリアルが傷を受けた際、ベリアルが訪れたことのない宇宙にまで飛び散った、その細胞の一部。

 リクやルカを産み出した遺伝子とは少し違う。怪獣を強化するレイオニクスの闘争本能を宿した、他種族と融合できるウルトラマンの肉片。

 ひとたび怪獣がそれに汚染されてしまうと、ほとんどの場合、手がつけられないほどに凶暴化してしまうのだという。

 並行宇宙の各地で怪獣災害を激化させるデビルスプリンターに、光の国も、ヒカルたち別次元のウルトラマンも対応を強いられていると聞いて、リクは肩身の狭くなる思いを抱いていた。

 

 ……だが、同時に、疑問も感じる。

 ベリアルが幾度となく激戦を繰り広げ、没したサイドスペース――リクたちの宇宙では、そのデビルスプリンターの影響が、ほとんど見受けられていないということに。

 本来、並行宇宙でも指折りの汚染地帯であるはずのリクの周辺では、デビルスプリンターのものと思しき怪獣の凶暴化事件はまだ、寡聞にして知られていなかった。

 

「そうそう! デビルスプリンターやベリアル因子の被害を抑えるのも、俺たちウルトラマンの使命だ。遠慮することじゃないさ」

 

 そんなリクの胸の内を知ってか知らずか、ヒカルは明るく笑いかけてくれた。

 

「……まぁ、リクの場合は仕方ないけどさ。これ以上、知らないところで弟や妹が増えても困るしな」

 

 何気ない調子で呟いてから、失言だったと気づいた様子で、ヒカルは両手を振った。

 

「あ、もちろん、その子たちが悪いって意味じゃないぜ!?」

 

 慌てて訂正するヒカルの様子に、リクがどう反応したものか迷っていると――ショウが彼を庇うように口を開いた。

 

「許されない命なんてない。無責任に産み出した側に罪があるとしても、生まれてくる命そのものに罪などない」

「……そうさ。俺たちの仲間にも、チブル星人が作った、道具だった女の子が居るんだ」

 

 身に纏う隊服、そのエンブレムに手を伸ばし。今は次元を隔てた場所で待つ仲間を想うように、ヒカルは語る。

 

「だけどマナは、その運命に抗った……な?」

「……ああ。そして、未来に命を繋いだ」

 

 ヒカルの呼びかけに、ショウもまた感慨を隠さずに、頷いてみせた。

 

「だが、必ず宿命を変えられる命ばかりとは限らない。そのための責任を負わないような奴らを、野放しにするべきじゃない。こいつが言いたかったのは、そういうことだ」

「そうそう、それそれ。じゃないと、リクが面倒見なきゃいけない家族がどんどん増えるだけじゃなくて――助けてやれない子だって、いつか出てきちまうかもしれないからさ」

 

 どこか寂しそうに呟くヒカルの、本当に心配してくれたことがわかって。リクは彼らに、ゆっくりと頭を下げた。

 

「……ありがとうございます、二人とも。多分、心配してくれたとおりです。だから、そうならないように……」

「ああ。俺たちだって、ウルトラの仲間の気持ちは皆一緒だ。だから、いつでも頼ってくれよな。いくらでも力を貸してやるぜ!」

 

 きっと、そんな風に励ましてくれるヒカルの、言う通りなのだろう。

 今も、どこかで。リクの知らない場所で、同じ血を引いた、兄弟と呼ぶべき誰かが身勝手な欲望で産み出されて――その生命を、散らしているのかもしれない。

 ――だからこそ。ルカと出会えたことは、彼女がリクの妹であることを選んでくれたことは、まさに奇跡であるのだと。改めて、噛み締めながら。

 ルカの弟や妹たちを救えない、なんて可能性を、ほんの少しでも減らすために。

 

 そして、そんな悲劇を招くような生き方しかできなくなってしまった父を、安らかに眠らせ続けるためにも。

 リクは――ウルトラマンジードは、戦い続けなければならないのだ。

 

 それは、決して特別なことではなく――ヒカルたちのような、他のウルトラマンも、同じように。

 だから――不吉な悪夢などに、一人で負けている時間はない。

 ジーッとしてても、ドーにもならないのだから。

 

 

 

 そんな決意を胸に。一月後、リクを始めとする若きウルトラマンたちは、トレギアとグリムドの討伐を成し遂げて、各々の宇宙へと帰還した。

 勝ち取ったそれぞれの居場所を、その未来を、これからも守り続けるために。

 

 

 

 




Cパートあとがき



 ここまでお読み頂き、ありがとうございました。
 結局ウルトラマンジードの二次創作なのにリクくんが一切登場しないことに耐えきれず、伏線を仕込むついでに『劇場版ウルトラマンタイガ ニュージェネクライマックス』の前日譚部分を捏造してしてしまった第六話です。結末をさらっとネタバレしてしまっていますが、改めてトレギアとの決着は同映画の方で確かめて頂ければと思います。



 以下、いつもの雑文。伏線もどきやら、完全オリジナル怪獣の解説やらで今回も長くなりますので、読み飛ばして頂いても結構です。

・怪獣念力
 ウルトラ念力の培養合成獣スカルゴモラ版。もちろん本当の元ネタはタイのあれという、ある意味危険な話(なので、公式本編と地続きという体で進める本編中ではゴモラにも念力使いの個体が~などという言及はできませんでした。これぞ真のドキュメント・フォビドゥン)。ただ、第四話でフワワにルカのことを「怪獣女帝」なんて言わせていたのは、「怪獣帝王」が元ネタなこの能力の前フリのつもりでした。
 遺伝元となるベリアルのウルトラ念力は本家映像作品だとフュージョンライズに使っている他、フュージョンファイト限定のベリアル融合獣である禍々アークベリアルがマガキネシスという必殺技で披露しているため、積極的に見せないだけで高い練度で使用することは可能なのだと思われます。
 レムが訝しむ「このタイミングで習得したこと」については、次話で触れる予定です。

・リクの見た夢
 元ネタは原作である『ウルトラマンジード』第十四話『戦いの子』にて、「誰かに会ったような気がする……よく知ってるはずの人なんだけど」という夢でうなされていたシーンになります。
 実は『ジード』では珍しく、意味深に描写されながらその後の展開で回収されなかった要素となるこのリクの夢。おそらくは第二十三話『ストルムの光』で伏井出ケイが見せた思念体通信の応用か何かみたいなテレパシーによる安眠妨害か、ベリアルからの干渉だろうと思われますが、折角なので独自設定を加えて取り込んでみた次第になります。伏線として回収する前に本作がエタってしまわないよう頑張りたい所存。
 なお、実際に映像化された作品に反映されていない所謂裏設定については、二次創作において公式展開との矛盾として強く意識する必要はないと考えておりますが、もし私の調査不足で既に何らかの媒体で種明かしがされていた場合、純粋にファンとして気になるのでご存知の方は教えてくださると幸いです。

・デビルスプリンター
 公式での言及がなく、リクくんがデビルスプリンター対策として別の宇宙で活動していることから、サイドスペースは何故かデビルスプリンターによる汚染が少ないと本作では設定しております。本来予想される状態に反するその理由や、最終的にギルバリスがデビルスプリンターで復活するところまで含めて、先の展開として考えてはいるものの、伏線回収する前に本作がエタ(ry
『ウルトラマンZ』にてリクくんからベリアル因子が抽出されたり、デビルスプリンターと混ぜられたりはしていましたが、ジードの細胞もデビルスプリンター足り得るのかは割と気になるところです。



・(オリジナル)ウルトラカプセルナビ:

名前:宇宙植物獣スタンパウロス
身長:65メートル
体重:4万4千トン
得意技:超電磁タックル

 地球外から飛来した、未知の宇宙植物が怪獣化したもの。命名はAIBのゼットン星人ペイシャン・トイン博士による。
 多重の金属元素を取り込んだことで、細胞全体が電磁石のようになった驚異の植物。その電磁力を用いてオゾンを生成し、さらにレーザー冷却の要領で液化させ溜め込むという性質がある。戦闘時、攻撃手段に用いることから、おそらくは故郷における進化の過程で駆逐した天敵が、液体オゾンを苦手としていたことの名残であると予想される。
 全身の電磁石化した細胞を利用して、自身を電磁加速で飛翔させ、惑星間での種子の拡散、繁殖を可能とした植物であるとAIBには予想されているが、人型の上半身を持つ理由等、生態の詳細は不明。AIBによるコンタクトの一切に反応しなかった理由も、能力的な問題なのか、恣意的な振る舞いなのか判然としないままである。
 電磁力の応用は多岐に渡り、確認された限りでも前述のオゾンの生成・操作や肉体の電磁加速の他、物理干渉を弾く電磁バリアの展開に、荷電粒子ビームの発射まで可能とする。



 ……と、いう形で、初の既存怪獣のバリエーションではない本作オリジナル怪獣の設定(という名のチラシの裏)を記載しておきます。
 なお、作者的には、上記では触れ難い設定として、「スタンパウロスに、炎のようなオーラを纏ってパワーアップする能力は、本来存在しない」という思わせぶりなことを述べてこの怪獣の話は終えたいと思います。

 ルカに本来あり得ない光が宿ったことともども、(エクスキューズは必要かもしれませんが)公式の設定の範囲で説明できるとは考えていますので、伏線として回収できるように今後も頑張っていきたいと思います。ただ、ずっと覚えていないといけない、みたいな形にはしないつもりですので、今後も気楽にお楽しみ頂ければ幸いです。




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第七話「ネクスト・ステージ」Aパート




 円谷イマジネーションで『ウルトラマンティガ』の配信開始、おめでとうございます(挨拶)。
 それに合わせたわけではありませんが、ちょい役ながら今回は『ティガ』出典の怪獣も登場するため、またも運命を感じております。
 第七話のメイン怪獣が登場するのはBパートからになりますが、合わせてお楽しみ頂けたら幸いです。







 

 

 

「(スカル超振動波――!)」

 

 咆哮とともに、培養合成獣スカルゴモラが大地を揺らして進撃する。

 

 姿勢を低くして、頭部の角を先端としたスカルゴモラを迎え撃つのは、彼女よりも背の高い銀色の怪獣だった。

 その頭部は冠のような三本の突起を背後に伸ばし、前に突き出た口吻の上には楕円形の単眼が嵌り、銅色に輝いている。

 それ以外は尾の先まで、全身を複合装甲に包んだ、機械的な外観をした怪獣の名はリガトロン。

 星雲荘の報告管理システムであるレムによれば、彼女の元友軍、テラー・ザ・ベリアルに所属していた戦艦ネオスカイラーク号が、乗組員諸共変貌した怪獣だという。

 

『ネオフロンティアスペース』と呼称される並行宇宙の一つで、かつて地球の木星探査機が未知のエネルギー生命体に憑依されて誕生したのが、複合怪獣リガトロン。

 おそらく、元凶であったエネルギー生命体の同種にネオスカイラーク号が乗っ取られ、その記録から再現された新たなリガトロンが今、どのような経緯か、このサイドスペースの地球に襲来していたのだ。

 

 かつて出現したリガトロンも、ネオフロンティアスペースで活躍したウルトラマンティガの攻撃を寄せ付けなかった強敵だと記録されている。

 その初代よりも、素体となった艦がさらに強力なこのリガトロンもまた、驚異的な防御力でスカルゴモラのインフェルノ・マグマを跳ね返した。

 怪獣念力でも、強固な機体を破壊することはできず。ならばと大気圏外への追放を試みても、その拘束すら易々と両手の鎌で引き裂いたこの複合怪獣は、背部のロケットブースターでスカルゴモラの前に平然と再来した。

 

 外部からの攻撃では通用しない。そう判断したスカルゴモラは、超振動波現象を起こして内側から破壊しようと、迎撃のビームをバリアで防ぎ、単眼が光るたびに起こる足元からの爆発に耐えながら、決死の突撃を行っていたが。リガトロンは破壊光線を放っていたその鎌状の両手を、照射を止めた直後に振り被ると、同じく攻撃のためにバリアを解いたスカルゴモラの三日月状の角へ叩きつけ、突進の勢いを削ぎ落とした。

 

 そうして、激突した双方の剛力が拮抗し。スカルゴモラの前進は、頭部の角がリガトロンの装甲に突き立つ手前で強制停止させられる。

 ……その胸に突き立てることこそ叶わなかったが、こうして触れられたのなら構わない。そのように考えたスカルゴモラは、一瞬の後に驚愕した。

 

「(超振動波が、出せない……!?)」

〈怪獣念力や、ゼガンの転送光線が無効化されたのと同じです。リガトロンの両手の鎌には、接触したエネルギーを吸収する性質があります〉

 

 スカルゴモラの疑問に、レムが答える。

 どうやらそれで、スカルゴモラの角からエネルギーを吸い上げ、スカル超振動波という指向性を持った破壊力へ変換される前に、技の発動自体を阻んでいるらしい。

 技を出すために出力したエネルギーが、今はクッションのような役割を果たしているものの――それを吸い尽くされてしまえば、そのままスカルゴモラ自体の生命エネルギーに手を出される、危険な状況だ。

 

「(――だったら!)」

 

 ……少し前の、スカルゴモラであれば。この状況から、相手の許容限界と自身の底力、どちらが勝るかという捨て身の勝負しか選択肢がなかった。

 だが、今は違う。

 スカル超振動波も、インフェルノ・マグマも、怪獣念力さえも、この鎌に接触している間は発動すら困難だ。この間合いでは仕切り直そうにも、再び鎌で抑えられてしまう方が圧倒的に早い。

 だが、今の培養合成獣スカルゴモラには、朝倉ルカとして師と共に磨く技がある――!

 

 全身のバネを連動させたスカルゴモラは角を振り上げ、上からの鎌の拘束を強引に外す。重心を上げられたリガトロンは微かに一歩下がりながらも、再びスカルゴモラに向かって来ようとする――のに、先を取り。頭を起こした勢いのまま、スカルゴモラは左足を内側に向け、その場で旋回しながら、背面からリガトロンに向かって、逆に踏み込んだ。

 両手を握り拳に変えながら、弓歩(ゴンブー)の構えを取り。そして激突した右肩と背中から、リガトロンの胸部に向けて勁を突き抜けさせた。

 斜身靠(シェシェンカオ)と呼ばれる、太極拳の技法が一つ。肩と背を用いた体当たりが、複合怪獣に炸裂した。

 

 培養合成獣スカルゴモラの、五万九千トンの体重と、その何倍もの質量を片手で振り回す筋力から生じた純粋な運動エネルギーの直撃でも、リガトロンの複合装甲を歪ませるに至らない。だが、微かでも重心の浮いたところに叩き込めば、スカルゴモラ以上の重量を持つその巨体すら、宙を舞わせるには充分だった。

 

「(今だよ、ゼガン!)」

 

 咆哮とともに、リガトロンから離れたスカルゴモラのテレパシーが発される。

 それを受信したのは、先程リガトロンから手痛い反撃を受け、後退していたAIBの怪獣兵器・ゼガンだった。

 

 その胸部には既に、一度は防がれた主砲、時空転送光線ゼガントビームが、臨界を迎えたことを示す光が迸っており――

 次の瞬間、時空破壊神から放たれた光線は、投げられた状態を脱しようと背部のロケットブースターで姿勢制御を開始したところだった、リガトロンの下腹部を直撃。鎌による防御が間に合う前に、ゼガントビームの持つ時空の因子がその働きを見せ、異次元に続く穴をリガトロンと重なる座標に発生させる。

 難攻不落を誇った複合怪獣も、既に確立された時空の裂け目には為す術もない。断末魔のような咆哮を残すと、自身を中心とした時空転送の穴に呑み込まれ、そしてこの次元から永久に姿を消すこととなった。

 

「(――よしっ!)」

 

 今日もまた襲来した怪獣……たった一匹ながら、この二週間で訪れた中では最強と言える脅威だったリガトロンの撃退に成功したスカルゴモラは、思わず勝鬨を上げた。

 この世界の、本来の守り手――兄であるウルトラマンジードとの約束を、今日も遵守することができた、歓喜の声を。

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

 激闘を終えた培養合成獣スカルゴモラは、地球人の少女を模した姿、朝倉ルカへと擬態して。四十分の一近くまで小さくなったその体で、居場所である星雲荘に帰還した。

 

「おかえり、ルカ」

「あっ――」

 

 その時――ずっと待ち焦がれていた声が、自身を出迎えてくれたのに気づいて。思わず、ルカは吐息を零していた。

 そして、涙ぐんだ視界が滲むのを――大切な人の姿を、正しく見れないことが疎ましく思えて。

 

「お兄ちゃん!」

 

 叫ぶと同時に、ルカは駆け出して、両手を広げてくれた兄の――朝倉リクの胸に、飛び込んだ。

 はっきりと見えないなら、せめて。その暖かさを、確かに感じたかったから。

 

「会いたかった……ずっと、会いたかったよ……っ!」

「……僕もだ。待たせてごめんな、ルカ――ただいま」

「……うん。おかえりなさい、お兄ちゃん」

 

 久方ぶりの、家族の挨拶を交わして。

 大切な温もりを確かに抱きしめながら、兄妹は流れる時を忘れるほどに、互いの命の鼓動を重ねていた。

 

 ……そんな、静かで、穏やかな時に変化を促したのは、どちらのものとも知れぬ空腹の音だった。

 

「――おかえり、二人とも。御飯、できてるわよ」

 

 各々の食い意地で照れ笑いを浮かべる兄妹へと、再会を静かに見守ってくれていたライハの優しい呼びかけが、そっと投げかけられた。

 厳しい試練の数々を、乗り越えて。星雲荘は、普段の姿を少しずつ、取り戻しつつあった。

 

 

 

 

 

 

〈リク、おかえり!〉

 

 お代わりのカップ麺を啜っていたリクの耳を叩いたのは、帰省中の親友の声だった。

 

「ペガ、久しぶり。……元気そうで良かった」

〈リクこそ。なかなか連絡がないから、皆で心配したんだよ?〉

 

 何万光年も離れた場所からペガが告げるのに、リクの隣でハンバーグを食んでいた妹も、うんうんと頷いた。

 

「そうだよ、お兄ちゃん。ウルトラマンになれなくなっている上に、何日も連絡がつかないとか……本当に心配したんだから」

「ごめん、色々あって」

「……もう。お兄ちゃんを見送った時、私生まれてまだ十日ぐらいだったんだよ? なのに、二週間も帰って来ないなんて!」

 

 ……リク自身は、時間の流れが違うパラレルアースで、実に半年も過ごす羽目になっていたのだが。

 相対的な主観で見れば、妹の方がずっと長い孤独を味わったようで。リクもルカに出会うまで、二十年を生きたわけなのだが――どっちの方が寂しかった、なんて。再会を祝う場で張り合うものではないだろうと、リクは兄として譲歩することにした。

 それから食事の最中、リクは、トレギアとの決着に至るまでの道程を、掻い摘んでルカたちに説明した。

 

「……良かったね、タイガ。お父さんを助けられて」

 

 硬い声に少し、無理して気遣った様子も見受けられたものの。

 かつてトラウマであった相手の掴み取った結末へ、そんな感想を妹が述べたのに、リクは頷き返した。

 

「うん……その間に、ルカが作られたラボも見てきた。ベリアルの遺伝子は、全く残ってなかったよ」

「そう、なんだ――じゃあ、もう安心だね」

〈そうとも限りません〉

 

 リクの報告に、ほっとルカが吐息を零したところへ、レムが口を挟んだ。

 

〈デビルスプリンターほどではないでしょうが、ベリアル因子もまた、複数の宇宙に拡散しているものと予想されます。相応の技術や知性を持った者が手に入れれば、Bの因子を持った新たな生命の創造が行われる可能性は依然、残っていることでしょう〉

 

 レムの意見に、リクは思わず視線を落としそうになった。

 

「……でも、リク一人で、全ての宇宙を巡るわけにはいかないしょ?」

 

 その問題へ、何と返すべきか迷う間に。ライハが、代弁するようにレムへ問うていた。

 

〈はい。ウルトラマンゼロを始め、光の国が痕跡を追っているはずですが、現時点ではどの宇宙に存在するかも定かではありません――この、星雲荘を除いて〉

 

 レムの言葉に、一瞬リクとルカは目を丸くして――それから、お互いの顔を見つめ合った。

 

〈あるいは、この短期間に襲来した怪獣の中には、ルカの血を狙う尖兵も居たのかも知れません〉

「ルカの……血」

 

 その対象として、己が含まれなかった言い回しに、リクは思わず妹を見た。

 パラレルアースで己を襲った宇宙ギャングも、あるいはベリアルの息子という生体資源を狙っていたのかもしれないが――そんな魔の手が、妹にも?

 心配の篭もった視線に気づいたルカは、凛々しい顔を作って微笑んだ。

 

「大丈夫だよ、お兄ちゃん。私、血を盗られたりなんかしてないから」

 

 やもすれば能天気にも思える返答に、リクが毒気を抜かれていると、レムがさらに解説を続けた。

 

〈リクが不在の二週間で、本日のリガトロンを含め都合七度、合計二十体以上の怪獣の出現がありました〉

 

 そのペースも、出現数も、リクの予想を遥かに越えていた。

 

「二十……そんなに!?」

「……大半は一昨日の、ケルビムって宇宙怪獣の群れなんだけどね」

 

 どこか照れたように、目を逸らしたルカが言う。

 曰く、ルカは群れのボスとなるマザーケルビムが地球に散布した卵から孵った個体を相手取っただけで、宇宙空間に潜んでいたマザーケルビムはゼガンが異次元送りにすることで事態を収束したそうだが――

 

「ほとんどの怪獣は、レムがどんな生態なのか知ってて……追っ払ってもすぐ戻ってくる、戦うしかない相手だったから、全部やっつけた。だから、何かを持ち逃げされたりはしてないよ」

「…………そっか。頑張ったんだね」

 

 数多の宇宙を脅かすトレギアを討つため、ウルトラマンジードが留守にした間、この世界を守り抜いてくれたルカ。

 そんな妹の奮戦を褒める言葉を紡ぐのが、どこか虚ろである己を、リクは自覚する。

 リク自身も、星雲荘を離れた間、決して楽な戦いをして来たつもりではないが――留守を任せた間の、ルカの戦歴を聞かされて。

 妹をどれほどの危険に晒し――その手を、いったい、どれほどの血に染めさせてしまったのかと。リクは、その事実に愕然としていた。

 

〈……それぞれ全くの別種であり、背後に黒幕となる知性体の存在は確認できていません。しかし、この襲来頻度は異常と断じて差し支えないでしょう〉

 

 確かに――ベリアルの陰謀が蠢いていたあの頃でも、毎日午前十時に復活して来た怪鳥・ギエロン星獣との戦いを除けば、二日に一度怪獣が出ることが二週間も続く、なんてことはなかった。

 

〈スカルゴモラとの交戦中に、怪獣の出力が明白に上昇する奇妙な現象も、度々観測されました。当初は新種であったその怪獣に限られた現象かと思われたのですが、既に研究されていた種族でも続いたことや――逆に、先のリガトロンのように、そんな様子が見受けられなかった事例もあり、法則性や原因は全くの不明です〉

 

 またも気にかかることを、レムが報告する。 

 ……そもそも、ルカがこの世界に来てから、十日の間でエタルガーにヤプール、ガーゴルゴン、そしてノワール星人が襲来したこと自体、一連の騒動と言ってしまえばそれまでだが、はっきり言って尋常ではなかった。あるいは、その頃からなのだろうか。

 ただ、一つ――レムが見落としているわけもない可能性が、それでも気になり、リクは問いを投げていた。

 

「……リトルスターは?」

〈この二週間、確認できてはいません。どの怪獣も星山市を目指して出現しましたが、迎撃したスカルゴモラの相手に集中していました。また、怪獣が強くなった際にも、その個体が宿主であるという反応は検知できませんでした〉

 

 案の定なレムの返答に、リクは考え込む。

 

「スカルゴモラに集中……ルカにリトルスターが宿るはずはないし……」

〈……もし、黒幕がいるわけでも、リトルスターのせいでもないなら、単純に地球はアンバランスゾーンになってしまった、ってこと?〉

〈――そのように考えるのが、最も合理的なのかも知れませんね〉

 

 ペガの問いかけに、レムが彼女にしては珍しく、納得しきれていない様子で応じた。

 

〈ただ、自然現象による混乱だとしても、そこに便乗する悪意への警戒は怠るべきではないでしょう。先程述べた尖兵が居るかも知れない、というのはそういうことです〉

「そうね……ベリアルの子供というだけで、どんな思惑を呼んでも不思議じゃないかは、もう充分痛感したわ」

 

 レムの警戒する、リクたちを狙う悪意。それに利用された当人であるライハは、深刻な表情で頷いていた。

 

〈――でも、ベリアルへの恨みを、星を挙げてリクたちにぶつけようなんて動きは、ペガたちで止められそうだよ〉

 

 そこで降って来た親友の頼もしい言葉に、重々しい胸の内だったリクはやっと、気持ちを軽くすることができた。

 

「ペガ……ありがとう」

〈どういたしまして。でも、協力してくれるペガッサ星人や、他の宇宙人がたくさん居るのは、リク自身のおかげだよ〉

 

 感謝の想いに、ペガはそう首を振った。

 

〈宇宙を救ったウルトラマンジードは、ペガッサシティでも、他の星でも、皆のヒーローだったんだ〉

 

 そんな励ましを受けて。リクは思わず、胸に熱い物を覚えた。

 

 ……そうして、積もる話の全てを出し切れたわけではなくとも。やがて次の予定が迫っているというペガが通信を終えたところで、リクたちも食後の片付けに移った。

 清掃が終わり、スペースが開けたところで、ふと思い立ったようにルカが両手を合わせた。

 

「あっ、そうだ! お兄ちゃんも一緒に見てよ、今日の私の戦い!」

「……見てたよ。本当に強くなったね、ルカ」

「わぁ、ありがとう! ……じゃなくて、ちゃんと復習したいの。敵を知り己を知れば百戦危うからず、だから」

 

 表情をころころ変える妹の様子を微笑ましく思いながらも、リクはその返答に少し億劫なものを感じた。

 勝てなかったりして、再戦が見込まれる強敵に対する研究ならともかく……などとリクが考えていると、背後からぬっとライハが顔を寄せた。

 

「……あなたと違って真面目なのよ、ルカは。トレーニングも熱心に、毎日付いてきてくれるもの」

 

 冷たい耳打ちでリクをちくちくと刺した後、ライハはルカの隣に歩を進めて、共にレムの再生する映像を見上げ始めた。

 映像に記録されたスカルゴモラの戦いぶりを見つめ、戦術の巧拙や己の癖、判断を振り返るだけでなく。太極拳の技を揮った場面になるとルカは自らの動きを人の身で再認しつつ、身体構造の違いの調整を含めたライハの指導を受けて、さらに巧夫(クンフー)を高めようとしていた。

 そこで妹が見せる動きは、半年間ライハとの修行から逃れられたと安堵していた兄よりも、明らかに洗練されており――リクは先程までと異なる、卑小な危機感を、その胸に抱いたのだった。

 

 

 

 

 

 

「リッくん、おかえりー!!」

 

 リクの帰還した翌日。

 銀河マーケットへと出勤した兄妹を待ち構えていたのは、背広に身を包んだ愛崎モアだった。

 どうやら、リクの帰還を知った店長の計らいで声をかけられたようだが、AIBの仕事は大丈夫なのだろうかと、ルカは思わず心配していた。

 

「リク。ちゃんと話が付いたんだって?」

「お久しぶりです、店長……はい、何とか」

 

 モアに抱きつかれたまま、リクが店長とのやり取りを交わす。この世界を離れていた間のことは、ノワール星との騒動の頃に詳細を伏せて言及した、ルカを狙っている相手と話を付けに行く、という体で店長に伝えていたそうだ。

 

「そっかぁ……良かったな。じゃあ早速で悪いけど、これからも頼むぞ」

「はい。今日はちょっと、ライハが居ないけど……」

「まぁ、ライハにはずっと出て貰ってたからな――でも大丈夫だ。おまえが居なかった間に、ルカもすっかり戦力になってくれたから」

 

 店長がそう言ってくれたのが、多少照れ臭く感じながらも、ルカは嬉しかった。

 シフト上、久々の休みを得たライハは、今はペイシャンに呼ばれてAIBへ顔を出している。怪獣沙汰ではないとのことなので、ルカは安心して、久々となる兄と二人の時間を満喫しようと思ったのだが……モアもまた、リクにとって大切な人だと充分理解しているルカは、やむを得ず見逃すこととした。

 代わりに、兄と二人での帰りは色々と寄り道して貰おう――などと考えていたルカの耳に、驚くべき単語が入ってきたのは、まさにその時だった。

 

「あっ、お兄ちゃん。久しぶり」

 

 ――『お兄ちゃん』。

 

 通りがかった少女が、リクに対して突然、そんな風に呼びかけていた。

 

「あ、エリちゃん。久しぶり」

「うん。モア姉ちゃんもお(ひさ)

 

 会話のやり取りを見ると、どうやらエリと呼ばれたセミロングの少女は、ルカを除く三人の顔見知りらしい。

 リクや店長と、エリが和気藹々としているのを尻目に、ルカはこっそり、モアを手招きした。

 

「誰あの子!?」

「あ、そっか。ルカちゃんは初めて会うんだね」

 

 アサヒが来た時の、意思疎通の精度は何処へやら。闖入者へのルカの殺気立った勢いに気づいていないのか、モアはのんびりとした調子で答えた。

 

「あの子は原エリちゃん。店長の姪っ子さんよ」

 

 ちょうど、店長が商品を無料でエリに手渡しているのは、身内だからという理由らしい。

 ……なるほど。それで、同じく店長と身内のような関係であるリクとも親しい、ということか。

 状況を理解したルカは、いつかのモアのように靴を鳴らしながら、肩で風を切って渦中の少女に接近した。

 

「おっ、そうだエリ。新しくうちで働いてくれている子が居てだな。そいつが何と、聞いて驚くなよ?」

「――はじめまして! お兄ちゃんの妹の、朝倉ルカだよ! よろしくね!」

 

 ちょうど店長が言及しようとしたそこで、ルカはエリの目の前でリクと腕を絡め、少し押すことで距離を取らせた。

 

「朝倉……ルカさん…‥? 妹……? えっ?」

 

 リクとの間に身を挟み込む、ルカの作り笑いによる挨拶へ、エリは理解の追いついていない様子だった。

 

「……妹なんだ、僕の。ついこの間、それがわかって、今は一緒に暮らせてるんだ」

「そう! 私が朝倉リクの妹! 本物の!」

 

 そこへ助け船を出すようなリクの回答の後で、ルカは力強く言い切ることにより、言外にエリを威嚇する。

 しかし、そんな意図に全く気づいていないのか、あろうことかエリは顔を輝かせていた。

 

「わぁ……そうなんだ! 良かったね、リク兄ちゃん!」

 

 リクへそう告げたエリは、続けて視線を下ろして、ルカに向けてはにかんだ。

 

「よろしくね、ルカ姉ちゃん」

「…………はぅっ!?」

 

 その呼び名が、激しくルカの胸の内を狂わせた。

 

「る……ルカ姉ちゃん……っ!?」

「あっ……いきなり、馴れ馴れしかった、ですか……?」

 

 悲鳴のような奇声を漏らし、震えながら復唱するルカに対して。恐る恐ると言った様子で、遠慮がちにエリが問う。

 そこでルカはふるふると首を横に回し、否定の意を示した。

 

「ぜ、全然……いいよ、お姉ちゃんって呼んでくれて。むしろ呼んで」

 

 ――それは、初めて味わう衝撃だった。

 思えばずっと、妹や、年少者として扱われてきて――実年齢で言えば、ルカはまだ生後一月の赤子なのだから当然だが。

 お姉ちゃん、なんて呼ばれるのは。今まで予想したこともなかった、甘美な体験だったから。

 

 そうして、アサヒの時に続いて。ルカが抱いた警戒心は、その激しさに反し、あっさり解けてしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 そうして。リクの妹分だった原エリと、本物の妹であるルカが、すっかり打ち解けた様子でお喋りするようになった頃。

 銀河マーケットに、もう一人の中学生が姿を見せていた。

 

「あれ、兄ちゃんじゃん!」

「お、少年!」

 

 現れた少年の名は、本田トオル。リクと同じく、『爆裂戦記ドンシャイン』を心の支えとする、同好の士。

 そして、エリと同じく――かつてリトルスターを身に宿し、ウルトラマンジードに祈りを託してくれた、人物だった。

 

「――トオルくん!」

「……エリちゃん? あっ、ここがエリちゃんの伯父さんの!」

 

 その二人だが、実はこの頃顔馴染みになっていたらしい。

 進学先が同じになった、というだけでなく。最初期にリトルスターを発症した人物として、AIBにも隔離されず、映像記録が残されていた二人は、その学び舎で等しく好奇の目に晒され――ヒーローに憧れ、勇気ある少年のトオルが、同じ状況にあったエリを庇うようになったことで、名前で呼び合う程度には互いの距離を縮めたようだ。

 そんな二人の様子に、モアやルカがニマニマし、逆に店長が目を座らせ始めた頃。店先に備えてあったテレビが、いつもの番組を流し始めた。

 

〈知りたいワイド。気になる今日の世論の時間です〉

 

 過去最悪と言える頻度で怪獣が襲来したこの二週間、姿を消していたウルトラマンジードとして、リクの関心は否応無しにその番組へ惹かれていた。

 

〈今日の話題は、ずばり赤い角の怪獣と、青い翼の怪獣、その正体についてです〉

 

 だが、ジードは話題へ挙がらず――代わりに培養合成獣スカルゴモラと、時空破壊神ゼガンの写真が、テレビ画面に映し出されていた。

 

〈この一ヶ月、度々姿を見せる彼らは、声紋認証により同一の個体であると鑑定されています。過去には街を破壊し、ウルトラマンジードに退治された怪獣の同族であるこの二体――特に赤い角の怪獣スカルゴモラは、他の怪獣が星山市で暴れようとする場に現れ、これを退ける様子が度々確認されています。果たして彼らは、人類の味方なのでしょうか?〉

「……そんなはずないよ」

 

 そこで、スカルゴモラを敵視する声が漏れた。

 思わずリクが振り返ると――声の主は、かつてベリアル融合獣スカルゴモラに標的とされた当人である、原エリだった。

 

「……エリちゃん。でも、昔のとは別の怪獣だって……」

「だけど、あの怪獣も、ウルトラマンたちと戦って、街を壊してたもん」

 

 反対意見を述べたのは、トオル少年だった。だが、かつてスカルゴモラへの恐怖で何度も涙したというエリは、頑なな様子で首を振った。

 ――その奥で。ルカの表情が見る見る陰るのに、リクは気づかないわけにはいかなかった。

 

「だけど……触手の怪獣との戦いで、今のスカルゴモラはウルトラマンジードと一緒に戦ったんだし……」

「その一回だけでしょ。それはたまたまで、単に凶暴な怪獣同士で喧嘩してるだけじゃないって、どうして言えるの?」

 

 ……ウルトラマンとスカルゴモラの共闘は、ベリアルキラーザウルスとの一戦でしか、一般社会には認知されていない。

 故に、反論するための材料が不足するトオル少年を援護しようとして、しかしどう言ったものか、リクは悩んだ。

 

「そうだそうだ。スカルゴモラには俺の店だって踏み潰されたんだ。リクだってドンシャイングッズ、台無しにされたもんな?」

「店長。だからそれは、別の怪獣だって……!」

 

 姪の肩を持とうとする店長に話を振られて、リクは思わず声を荒げる。

 そんなリクの様子に、エリがショックを受けたように目を見開いた。

 

「お兄ちゃん……?」

 

 動揺するエリの視線に、リクは思わず口を噤む。

 ……いくらエリや店長が相手でも、自分やルカの正体を明かすことはできない。

 だが、ならばどうやって――今、活動しているスカルゴモラは、かつてベリアルの尖兵であった融合獣とは違うのだと、わかって貰えば良いのか。

 培養合成獣スカルゴモラを恐れるのは、誤解に拠るものだとしても。かつてベリアル融合獣スカルゴモラによって家を壊され、逃げても逃げても執拗に追い回されたエリが抱える恐怖の記憶は、何一つ違わない真実であるというのに。ただ、一方的に我慢を押しつけるというのも間違っている。

 

「……どっちも本当、だよね」

 

 重苦しい空気の増す場を仲裁するように、モアが前に出た。

 

「今のスカルゴモラも、街を壊したことはあるし――だけど、ジードが退治しないで、強敵と一緒に戦ったのも、本当」

 

 ついでに、前のスカルゴモラが、銀河マーケットを踏み潰したのも、とモアが続ける。ついでって何だよと店長が抗議するが、モアは彼を無視して続けた。

 

「でも、それ以上のことは……皆、わからないよね。だから、こんなところで喧嘩しても仕方ないよ。……ね?」

 

 それで話をお終いにするよう促すモアは、少し、辛そうな顔をしていた。

 ――モアには、もう、そんな顔をして欲しくなかったのに。 

 

 結局。モアに責務を押しつける形になったリクが、状況を好転させるための言葉を思いつけない間に。嫌な空気が消化不良のまま、エリもトオルも帰路につき。リクとルカは定時まで、銀河マーケットの業務に従事するという形で、その日は彼らと別れたのだった。

 

 

 

 

 

 

「ごめんねリッくん、ルカちゃん。あんなこと言っちゃって」

「……なんでモアが謝るの」

 

 銀河マーケットのアルバイトを終えての、帰り道。

 店長と別れてすぐ、モアが謝罪の言葉を述べたのに、ルカは少し硬い調子で答えた。

 ……こんな声ではいけない、と深呼吸を挟んで、ルカは努めて柔らかな調子で続きを述べる。

 

「モアが言ったことは、全部本当のことなのに」

「でも――本当のことを全部、話したわけじゃないから」

 

 それは、モアがAIBの一員であろうとなかろうと。どの道、誰彼構わず話すわけにはいかないようなことなのに。

 むしろ、庇ってくれたのに。心底申し訳無さそうな顔をしたモアは、その数秒後。「ジーッとしてても、ドーにもならない!」と、本家本元の叫びを上げた。

 

「私、今から仕事戻るね。あんな風に対立を煽る番組作るなって、AIBから圧力出しておくから!」

 

 それはそれで問題な気がする言葉を残して、モアは彼女の職場――ニコニコ生命保険に偽装したAIBの地球分署・極東支部へと向かうべく、リクとルカに別れを告げた。

 ……やっぱり今日、普通に仕事の日だったんだ、と。ルカは、モア自身とその周りの今後を、案じずには居られなかった。

 

「……ごめん、頼りにならなくて」

 

 モアの立ち去った直後。今度はリクが謝罪の言葉を口にしたのに、ルカは振り返った。

 

「人前で元の姿に戻りたくないって言ってたのに、僕のせいで……」

「今更何言ってるの、お兄ちゃん。そんなの、私が決めたことだよ」

 

 罪悪感を滲ませる兄の様子に、ルカは強く首を横に振った。

 

「私が元の姿を、普通の人に見られないようにするよりも。アサヒを狙うトレギアを、やっつけて欲しかったから――お兄ちゃんが気にすることじゃないよ」

 

 最愛の兄に、心配して貰えるのは嬉しい。本当に。

 だが、それ以上に、己のせいで心を痛めるリクを見たくないというのも、ルカの本音であったから……そんな言葉が、躊躇わずに口を出た。

 

 ……そうは言いつつも、エリや店長の反応が、ショックだったことも事実でもあり。

 リクが、少し散歩して帰ろうと提案してくれたのに、元々その計画を建てていたルカも、異論を挟まずに従っていた。

 その道中、感じていたことを、ルカはふと口にした。

 

「お兄ちゃんが謝るの、モアとそっくりだったね」

「……そうかな」

「うん。やっぱり、モアはお兄ちゃんの、お姉ちゃんみたいな人なんだね」

 

 どうやら、モア自身はリクのことを、異性としても見ているようだが――まぁ、己の将来の義姉になるのはアサヒだと楽観するルカは、これまで通りモアのことを脅威とは思わず。関係性を進めるまでもなく、既に自分たち兄妹の家族のような女性がくれた暖かさに、深い感謝の念を覚えていた。

 そんな想いを込めて呟くルカに、リクは頷いた。

 

「……そうだね。やっぱりモアは――血の繋がった家族じゃないとしても、僕らの大切な人なんだ」

「――逆に、さ。お兄ちゃんが、お兄ちゃんするのに慣れてたの、エリちゃんのおかげなんだね」

 

 二十年を孤独に生きたというリクが、一ヶ月前、急に現れた妹に対して――最初こそ少しぎこちなかったとしても、素敵なお兄ちゃんとして振る舞ってくれたのは。既に、原エリという妹分が居たからなのだと、ルカは何となく察することができた。

 

「だったら、エリちゃんは私にとっても恩人なのかもね」

 

 ライハが、アサヒを指してそう言った時の気持ちを、ルカは少しだけ追体験した。

 自分の知らなかった誰かとの交流が、大切な人を形作る一因となって、己を幸せにしてくれる――そんな巡り合わせへの感謝の気持ちを、ルカは口にしていた。

 

「だから――本当は、エリちゃんが怖いって感じたのは、何も間違ってないよって……私も言おうかなって、思ったんだけど」

 

 そして、情けない言い訳のような、あの時の胸の内を、ルカは兄へと開陳する。

 

「トオルくんだっけ。肩を持ってくれたの……なんだか、嬉しくって。……言えなくなっちゃった」

「――ルカが頑張ってるからだよ。言葉が通じなくても、相手を見て感じることも、人間にはできる。……何者なのかわからないままでも、ベリアルと似ているウルトラマンジードを信じて、リトルスターを託してくれたみたいに」

 

 その最初の一人が、原エリだったのだとリクは語る。

 

「……いつか、エリちゃんにもわかって貰えると思う」

「うん――そうできるよう、私も頑張る」

 

 ……そんな必要もなくなる方が、本当は良いのだろうけど。

 この頃の怪獣頻出具合を見れば、この先何事も起きない、という希望的観測を持つことはできない。

 まして、兄妹の身に流れる血の宿命を思えば尚の事。

 ペイシャンも言っていたのだ。ウルトラマンジードが帰還しても、培養合成獣スカルゴモラの力が必要になることはあるだろうと。

 なら、その時に。こうして今、ともに歩んでくれる兄が、かつて成し遂げたように。己の姿に纏ろう悪評さえ跳ね除けられるよう、努めたい。

 

 そんな風に、話し込みながら歩いていると。やがて二人は、元星公園の入口に差し掛かった。

 

「勝負だぁ、ウルトラマンジード! スカルゴモラ!」

 

 その声に視線を巡らせると、兄弟と思しき子供たちが、仲良くごっこ遊びに興じていた。

 ウルトラマンジード、のみならず。スカルゴモラの物真似をしている幼児が居て、ジード役の子とチームを組んでいる様子が見て取れた。

 

「わぁ……!」

 

 思わず、ルカは感嘆の声を漏らした。

 先程、兄が言ってくれたように――培養合成獣スカルゴモラを、敵ではないと思い始めてくれている人間も居ることが、確かに実感できたから。

 公園に居るのは、ヒーローごっこ、あるいは怪獣ごっこに興じる子供だけではなく。母親の買ってくれたお揃いの人形で遊べる、と喜ぶ姉妹や、そんな子供達を見守る保護者たちが集っている姿もあった。

 

「……そうだ。お兄ちゃん、この後スイさんのお見舞い行こうよ!」

「うん、いいよ」

 

 ルカの急な提案に、リクは躊躇いなく頷いてくれた。

 表情が少し綻んでいたのは、兄も同じく、見知らぬ子供達の様子に、励まされていたからかもしれない。

 そして、そんな子供達を見守る母親たちの姿に。モアと同じく、血の繋がらない自分たちの幸せを心底願ってくれる名付け親のことを――やはりルカと同じように、想起したのかもしれない。

 もやもやとしていた感情を払い、意志を統一した兄妹が一路、星山総合病院を目指そうとした、その時だった。

 

「……ねぇ」

 

 不意に背後から、幼い声の呼びかけを受けたのは。

 

「いっしょにあそびましょ?」

 

 何故か――その声で、妙に胸がざわつくのを感じながら。

 振り返った二人の視線の先には、果たして。

 

 一人の小さな女の子が、立っていた。

 

 

 




Aパートあとがき



 リガトロンについては先月購入した『ウルトラマンティガ complete Blu-ray BOX』で見返したところ、思い出ほど強くなかった分を別個体独自設定(とどさくさに紛れた当たり判定強化)で補っております。

 翌週、まえがきで触れましたティガ配信決定の快挙により、公式様を信じなかったことで痛い目を見たばかりではありますが、今回はこの先でも第四話並に独自解釈が吹き荒れます。あくまで公式様を尊重した上で独自色も出すというスタンスのつもりではありますが、どうかご了承くださると幸いです。




以下、ウルトラカプセルナビ



・複合怪獣リガトロン(2代目)
身長:65m
体重:7万7千t

 元々は未知の光量子エネルギー生命体で、ある時に敗戦後潜伏していたテラー・ザ・ベリアル第3方面宇宙軍所属第4等級戦列艦ネオスカイラーク号とその乗組員に接触。
 ネオスカイラーク号と乗組員を取り込み、彼らの感情を読み取って形態変化した……という、かつてネオフロンティアスペースに出現した複合怪獣リガトロンの2代目。おそらくリガトロンの情報を乗組員も知っており、自らの辿る運命として連想したことが、この怪獣の姿を取らせたのだと考えられる。
 頭部にはネオスカイラーク号のコンピュータが内蔵されており、両手の鎌状の爪で触れた相手のエネルギーを吸い取る、目となる部分から爆撃を放つ、背部のロケットブースターで空を飛んだり敵を吹き飛ばしたりできる……という点は初代と全く同等。
 ただし、片手間とは言えウルトラマンベリアルアトロシアスの攻撃でも装甲を貫通されないネオブリタニア号のさらに上位の戦艦が素体となったことで、その要塞の如き耐久性がさらに向上。地味に爪のエネルギー吸収能力の当たり判定も、刺さらずとも触れればある程度無害化して吸収可能と、大幅に強化されている。
 また、充分なエネルギーがあれば単独でのマルチバース移動も可能とし、事実別の宇宙からサイドスペースに来た怪獣である。
 度重なる戦いで成長した培養合成獣スカルゴモラの打撃、拡散型スカル超振動波、怪獣念力、インフェルノ・マグマさえも装甲に傷を与えることもできず、内部破壊の接射型スカル超振動波もエネルギー吸収の爪で受け止めることで無力化する。単体として見れば、ジード不在の期間中に襲来した怪獣の中では最強であり、この時点の培養合成獣スカルゴモラだけでは、まず勝ち目のない難敵……だったが、連携の末、防御を掻い潜ったゼガントビームの直撃には耐えられなかった。



・ネオスカイラーク号
 ネオブリタニア号の元ネタであるSF小説『レンズマン』の作者のもう一つの代表作、『スカイラーク』シリーズに登場する宇宙船スカイラーク号が元ネタ。




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第七話「ネクスト・ステージ」Bパート

 

 

 

「はじめまして。お兄さま、お姉さま」

 

 黄昏時の、元星公園の入口前。

 リクとルカの兄妹を呼び止めたのは、見知らぬ小さな女の子だった。

 体格は、伊賀栗マユと同じぐらい。七、八歳と言ったところか。しかしその出で立ちは、公園に居る他の子供達とは、大きく印象が異なっていた。

 真っ先に目を引くのは、眩い白地の修道服。金の刺繍が施され、留め具に赤い宝石を埋め込んだ高貴とも言える装いは、こんな街中の公園前で見かけるには違和感のある代物だった。

 

「……コスプレ?」

 

 率直な感想を、リクは漏らした。

 その疑念を促す、正式な修道女ではない証左なのか。青みを帯びて見えるほど艶やかな濡羽色の髪は、左右の側頭部それぞれに三日月型の黒い飾りを付けた頭巾(ウィンプル)へ収めず、腰までまっすぐ伸ばしていた。

 ルカの小麦色とは真逆な、蝋のように真っ白い肌。しかし西洋人種とも言い切れない不思議な印象の幼い美貌は、くりくりとした大きな丸い瞳を、これまたルカの紅い瞳とは正反対な、エメラルドグリーンに輝かせていた。

 

「……こすぷれ?」

「ああ、ごめん。何でもないよ。――はじめまして」

 

 小さな子供へ聞かせるには、少しデリケートな単語を誤魔化すリク。

 その返答に、きょとんとした女の子は再び小首を傾げ、そこから垂らした歪な斜め十字架――その中心に嵌め込まれた、アメジストの宝玉を揺らした。

 しかし、意味不明な単語への興味を数秒で失ったのか、女の子は続けて挨拶したルカの方に視線を向けた。

 

「お姉さま……きれい」

「えっ!?」

 

 小さな口から、陶然とした様子での呟きが零れる。突然称賛されたルカは、驚きの声を漏らしていた。

 

「そ、そんな……あなたこそ、綺麗だよ! お姫様みたい!」

「ほんと? ふふ、ほめられちゃった……」

 

 照れたルカの返答に、女の子は心底嬉しそうに微笑んだ。

 それに対するルカの反応を見るに、どうやら妹がこの小さな女の子に向けた言葉はお世辞ではないらしい、とリクは理解した。

 

「でも、わたしもほしいなぁ……」

「……えーっと、何が?」

 

 女の子が続けた願望に、ルカが問い返した。

 すると少女は、まっすぐに質問者の胸元を指差した。

 

「――まだ早い!」

 

 思わずと言った様子で、ルカが自らを抱きかかえるようにして身を捩る。

 

「まだはやい、の……?」

「おっきくなるまで我慢して! ちょっとお兄ちゃん、あっち向いててよ!」

 

 羞恥に塗れた妹の剣幕に、リクは慌てて視線を逸した。

 ……少なくとも現時点では、地球人に擬態した際の妹の体型は、外見年齢相応だ。本人が言うように、十年も待てば女の子の願いも叶うだろう――などと、下世話にも程のあることを、リクも考えてしまっていた。

 

「そっか、大きくなればいいのね!」

 

 リクが目を背けている間に、ルカの回答に満足したようにして、女の子は頷いた。

 

「じゃあ、お兄さま、お姉さま……怪獣ごっこ、しよ?」

 

 上品な装いをした、小さな小さな女の子の。前後の会話と接続がおかしい、思わぬ嗜好を聞かされて、リクとルカは揃って目を丸くした。

 

「……ごめん。僕たち、これから行くところがあるんだ」

「いそがしいの?」

「――うん」

 

 病院が面会を許可する時間帯は限られている。リクにとっては半年ぶりのスイさんのお見舞いより、見知らぬ童女とじゃれ合うことを優先するのは、難しい選択だった。

 

「そっかぁ……じゃあ、しかたないのね」

「ごめんね。また今度会った時、一緒に遊ぼうね」

 

 消沈した女の子の目の高さへ、膝を曲げて視線を合わせたルカが、そんな風に謝罪を重ねた。

 

「うん。やくそくだよ」

 

 無責任かもしれない年長者二名の言葉へ、疑う様子もなく頷きながら。女の子はリクとルカを見送って、小さな掌を振ってくれた。

 

「――ものすっごく可愛かったね、お兄ちゃん!」

 

 そうして距離が開け、互いの姿が見えなくなった辺りで、ルカが興奮した様子で口を開いた。

 

「あの服、品のある派手さっていうか、厳かで綺麗な感じだけど、あの子自身も全然それに負けてないの! お人形さんみたいな、って形容はよくあるけど、本当にそう! 自然に着こなしているけど、自然のものとは思えない美しさっていうか……!」

「ルカって……そういう趣味あったよね」

 

 ルカがまくしたてるのに、リクは苦笑しながらも頷いた。

 

「お兄さま、お姉さまって呼んでくれるのも、雰囲気に合ってて……! お姉ちゃん、って呼んで貰える方が、私は好みだけど……!」

 

 確かに、ルカが可愛い物好きの女の子だとは、リクも承知のつもりだったのだが。妹の勢いに、リクは若干引いてしまっていた。

 ただ、直前の。エリとのすれ違いで曇っていた表情が、すっかり翳りを失くしているのを確かめて、リクは密かに安堵した。

 

 ちょっと変な子だったけど、ルカの心を晴らしてくれたことに感謝しようと――そう思ったところで、あの子の名前を聞き忘れていたことに、リクは気がついた。

 ……だけど、あれだけ目立つ女の子だ。きっとまた会えることもあるだろうという、奇妙な確信が、リクの中に芽生えていた。

 その時には、改めて自己紹介を交わして、今日の御礼を伝えたいと――星山総合病院を目指しながら、リクは密かに決心していた。

 

 

 

 

 

 

 ……そこは、広大な空間以外、何もない場所だった。

 

 宇宙、とは似て異なる。星はなく、この空間に巻き込まれた粉塵が、外周で嵐の如く無限に周回し続ける、上も下も、右も左もない世界。

 その空間の中で、断末魔の叫びが拡がっていた。

 

 弱々しく悲鳴を上げるのは、青い鱗で全身を覆った、巨大な生物だった。

 比較対象となる物体に乏しいその空間でも、見る者に尋常ではない巨大生物であると直観させるその怪獣は、大鉈のような一本角を生やした般若の如き顔つきをしていた。白い双眸が一層凶悪な印象を強める、その魔物のような生命体は、巨大なヒダ状の耳を痙攣させることで、自らが死に瀕していることを示していた。

 身長三百メートル超、その倍も長い尾を含めれば、全長一キロメートルにも達する超巨大怪獣――宇宙凶険怪獣マザーケルビムの命を奪おうとしていたのは、その十分の一にも満たない大きさの、銀色の怪獣だった。

 その正体こそは、複合怪獣リガトロン――マザーケルビムより二日遅れて、この異次元空間へと追放された存在だった。

 

 マザーケルビムの胸に、両手の鎌を突き立てるリガトロンの周辺には、体高四十メートル程度のケルビムや、二週間以上前、この時空の彼方へ放逐され、躰を動かすノワール星人からの指令が届かなくなり活動を停止していたラグストーン・メカレーターの、いずれも全ての生命エネルギーを吸い尽くされた亡骸が、塵のように漂っていた。

 

 時空破壊神ゼガンの主砲、時空転送光線ゼガントビームを受けた存在が流れ着く、異次元の追放空間。このところ、立て続けに地球を脅かした凶悪な侵略者たちの流刑地と化したその時空の彼方で、尋常ならざる生命である宇宙怪獣たちはまだ、生きていた。

 一切の行動を停止しながらも、ケルビムの攻撃力では捕食不可能なラグストーン・メカレーターたちを疎ましく思いながらも。たちまち、余力の限り出産し、新たな群れを作ることでこの閉じた世界を新天地として、今後降ってくる新たな存在を捕食し続けようとマザーケルビムが画策していたその環境を激変させたのが、最後にこの空間に送り込まれたリガトロンだった。

 難攻不落の装甲と、その鎌の力により、次々と怪獣たちの命を刈り取ったリガトロンは、遂に最後の一匹となったマザーケルビムをもその手に掛け、その百万トン近い巨体を成立させていた、膨大な生命エネルギーさえも取り込んでみせた。

 

 ――リガトロンが同化したネオスカイラーク号には、多元宇宙を巻き込んだオメガ・アーマゲドンへ参じる戦艦として必要な、次元間航行機能が備わっている。

 

 起動するのにも相応の準備を必要とし、特にエネルギーの消費が著しいものの。この機能を利用すれば、リガトロンはこの時空の牢獄を脱出し、元の次元へと帰還することができるのだ。

 あの、赤い角の怪獣が胸に宿していた光を、今度こそこの身へ貰い受けるために。

 

 乗っ取ったネオスカイラーク号の報告管理システムが、リガトロンの機体状況を報告する。

 現在蓄積したエネルギーは、次元移動に必要な量の約八割。残念ながら、この次元に彷徨っていた怪獣たちの命全てを燃やしても、リガトロンの目的を達するには及ばなかった。

 あるいは、ラグストーン・メカレーターの軍勢がもう少し新鮮であれば、話は変わったかも知れないが――ゼガンが次に飛ばしてくる何かが新たなエネルギー源となるまで、余分な消耗を抑えるべく機体をスリープモードに移行させようとした、その時だった。

 

 突然――何もない空間が、割れたのは。

 

 最初、リガトロンはゼガンがまた、何かを飛ばしてきたのかと身構えた。待ち望んだ新たな獲物を逃さぬために。

 だが、続いて、その次元の穴の開き方は……自身をここまで飛ばした、時空転送光線によるものとは異なることに、リガトロンは気がついた。

 そしてその空の割れ方を、ネオスカイラーク号の報告管理システムは、重要情報として記録していた。

 

「……ねぇ」

 

 割れた次元の向こうから、その存在が姿を見せる。

 少し舌っ足らずな印象の、甘く、しかしどこか鬼気迫るような声で、ゆっくりとリガトロンへと語りかけながら。

 

「あなたのチカラを、わたしにちょうだい――?」

 

 計八本の触手を蠢かせる、その巨大生物のシルエットは、ネオスカイラーク号の記録から近似した敵性兵器が検出されていた。

 同時、白い体色と、二本のアンテナのような頭部の黒い角。そして本体より長い尾という特徴により、別の怪獣もまた、データベースの検索に引っかかっていた。

 そして、その身から放つ独特のエネルギー波長。先のいずれとも違うその解析結果が、リガトロンの取り込んだ乗組員たちの意識や、報告管理システムへの支配さえも再び掻き乱していた。

 まるで――あの赤い角の怪獣と、最初に遭遇した時のように。

 

 離反しかけた意志情報を再び支配下に統一し、リガトロンは咆哮する。様々な特徴と合致し、しかしそのどれとも異なる、眼前の不可解な存在の正体なぞ関係ない。その生命を自らの燃料へと変えて、再びあの光の下へ向かうだけだと、自らを鼓舞するように。

 ……そんな思惑が、余りに身の程知らずであったことを。

 既に己は捕食者ではなく、被食者へと転落していたことを複合怪獣リガトロンが痛感するのに、さほどの時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 

 元星公園前で、修道女のような装いをした童女と遭遇してから、数日後の早朝。

 星山市天文台地下五百メートルにある、星雲荘の中央司令室。そこに、呼び出しを受けた住人たちが集っていた。

 

〈揃ったようだな〉

 

 レムが司令室のモニターに映し出していたのは、先日もゼガンを駆ってスカルゴモラと共闘したAIBの上級エージェント、シャドー星人ゼナの姿だった。

 

〈早朝からすまないが、緊急事態だ。了承して欲しい〉

「大丈夫です、ゼナさん。それで、緊急事態っていうのは……」

〈その先は俺が話そう〉

 

 代表してリクが返答した直後、ゼナを押しのけて画面中央に陣取ったのは、AIB研究セクションの責任者を務めるゼットン星人ペイシャン・トイン博士だった。

 

〈明日の夜、厄介な怪獣がこの国を襲う可能性が高まった。それに備えた協力要請をおまえたちに打診したい〉

「厄介な、怪獣……?」

〈ああ。ゼガンは完全に無力な上、今のウルトラマンジードやスカルゴモラでも、出たとこ勝負を挑むのは無謀……そんな危険な奴だ〉

 

 脅し文句を並べた後、まずはこれを見ろ、とペイシャンが動画の共有を開始した。

 

「これは……?」

〈ほんの一時間前に撮影された、火浦海岸沖での記録――これ自体が非常に価値のある、リトルスターを宿した怪獣同士の遭遇戦の様子だ〉

 

 ペイシャンが解説するように、動画の中では、二体の怪獣が争う様子が映されていた。

 内の一体は、リクも似た怪獣を見たことがある。そいつは凶暴怪獣アーストロンに、無数の鋭い角を生やしたような姿をしていた。

 

〈こいつらはまさに昨日、新たに観測可能になったリトルスター保持者だったんでな。ほぼ同じタイミングで発見できたそれぞれに観測機を飛ばしたところ、互いのリトルスターに惹き寄せられた結果の、戦闘行為に立ち会うことができた〉

 

 アーストロンの方は、リトルスターを宿した影響で亜種の凶猛怪獣ギーストロンに変異する様子が確認できた、とか。自身が宿主となっている怪獣でも、他のリトルスターに引き寄せられる事例を初めて見られた、とか。

 そんな、貴重なサンプルが多く観測できた――などと、ペイシャンが解説する間に。孤島に立ち、胸を光らせたギーストロンは額の角から光の鞭のような赤い刃を放ち――海からその姿を覗かせていた球体状の怪獣、タッコングの放つ青い光弾と相殺し合う、壮絶な撃ち合いを演じていた。

 どうやら、両者ともにリトルスターに宿ったウルトラマンの力を行使しているらしい。

 だが、それを考慮に入れても、ペイシャンが最初に語った印象とは噛み合わない――などと、リクが思った直後だった。

 

「……賛美歌?」

 

 動画内で響いた玲瓏な歌声のような音色を聞いて、ライハが疑問の声を漏らした。

 同時、白い霧が、ギーストロンの出現した小島と、タッコングの潜む海域のちょうど中間に、舞い降り始める。

 ――観測機が上空を向くと、そこには鮮やかなオーロラが広がっていた。

 

 やがて、オーロラが吹き出していた霧が晴れると……海面に、奇怪な物体が現れていた。

 出現したのは、半透明な多面体。ガラス細工のオブジェにも、海に浮かぶ氷山にも見える無機質な結晶体は、女性のコーラスのような鳴き声とともに、無数の光球を数珠繋ぎにしたような光線を、タッコングへと浴びせかかった。

 そして、恐るべき異変が始まった。

 光線を受けたタッコングの体が、激しく発光したかと思うと――その体表が、結晶へと変貌し始めたのだ。

 

〈光怪獣プリズ魔……こいつがリトルスターに呼び寄せられて、人里の近くまで来てしまった〉

 

 生命の気配を感じられない、無機質な多面体の正体が、自ら活動する生き物――まさしく怪しい獣であると、ペイシャンが重々しい調子で述べる間にも。記録映像の中で、惨劇の再演は続けられる。

 体が結晶化しつつあるタッコングと、その尋常ではない様子に乱入者の危険性を直ちに理解したギーストロン。両者の放つ殺意の光が、驟雨となってプリズ魔に襲いかかる。

 一切の逃げ場を塞いだ破壊の嵐は、しかしプリズ魔の体表に触れると、そのまま吸い込まれるように消失してしまった。

 

〈プリズ魔は、限界まで圧縮された結果、物質に近い状態となった光で構成された怪獣です〉

 

 ペイシャンのみならず、ベリアル軍にもこの怪獣の正体が知られていたのか、レムの解説も加えられる。

 

〈捕食対象は光――その種類は、限定されていません〉

 

 ギーストロンとタッコング、二大怪獣がリトルスターから獲得したウルトラマンの光線技を外からどれほど浴びせても、それはプリズ魔に餌を与えるだけなのだと、レムは淡々と告げた。

 その事実を悟ったように、タッコングが結晶化しつつある体の自由がまだ効く間に、高速回転しながらの体当たりをプリズ魔に仕掛けた。

 しかし結果は、タッコングの炎を纏った突撃を傷一つ追わずに跳ね返した、プリズ魔の堅牢さを見せつけただけで終わった。

 

〈見ての通り、物理的にもかなり堅い〉

〈かつて、若き日のウルトラマンジャックが交戦した際にも、外からの攻撃は一切通用しなかったと記録されています〉

 

 二人の解説が織り込まれる間に、プリズ魔は再びタッコングに結晶化光線を照射。完全に結晶化したタッコングが、全身から眩い光を放ったかと思うと、次の瞬間には痕跡すら残さず消え去ってしまうのを、リクたちは記録映像を通して見た。

 

〈先程、レムが餌とする光は限定されないと言ったが……実は充分な太陽光がある日中なら、こいつは無害な怪獣だ。だが夜になると、プリズ魔は積極的にあの光線で周りの物質を光量子情報体へ変換し、分解吸収する、無差別な捕食者と化す〉

 

 戦慄するべき事実を、ペイシャンが告げた。

 つまり、タッコングはただ消えたのではなく――光に変えられて、プリズ魔に喰われたのだと。ペイシャンは、そう言っているのだ。

 その獲物は、タッコングたちに限られたものではない、とも。

 

〈当然、元より光源となるものには目がない。ただでさえ怪獣を引き寄せるリトルスターなんて光の塊、プリズ魔からすれば我慢できない最高の御馳走ということだろうな〉

「そんな怪獣が……どうして今になって?」

〈かつて別宇宙に出現したプリズ魔は、南極の氷に封じられていたものが黒点異常の影響で抜け出したと考えられています。予兆はありませんでしたが、今回出現した個体も同様か、あるいは――この星の外から飛来した可能性も、否定はできません〉

 

 それは別の天体からか、それとも異なる宇宙からなのか。

 そこまでは確かめようのないことだが、ともかく重要なことは、現にこの恐るべき怪獣が今、リクたちの世界を脅かしているということだ。

 ギーストロンもタッコング同様、呆気なく消滅する映像記録を見届けたリクは、確かにこれが恐るべき強敵であることを認識した。

 ペイシャンの言う通り、時空転送光線を最大の武器とするゼガンの攻撃は、プリズ魔には通用しないだろう。純粋な物理攻撃でゼガンがプリズ魔の防御力を突破するより、餌として捕食されてしまう方が間違いなく早いと、リクにも理解できた。

 同じように。如何にウルティメイトファイナルに至ったウルトラマンジードでも、正攻法でプリズ魔を倒すことは困難を極めるかもしれない。

 

〈さて、ここからが対策の打ち合わせだ――さっきも言った通り、プリズ魔は無差別な捕食行為を繰り返す、生物としては単純な相手だ。それだけに交渉の余地はない〉

 

 この怪獣は、災害と同じ。理不尽な現象として対峙するしかない脅威。

 しかもただ待っていれば消えてくれるわけではない、此方と彼方、どちらかが滅びるしかない敵であると、ペイシャンは語る。

 

〈だが、単純故にその行動は予測できる。プリズ魔は日中なら太陽光で満足して動かない。奴が襲来するのは、次の夜ということになる〉

〈実体化したプリズ魔は、あらゆるものを光に変換して捕食しますが――それでも、近隣で存在する光源へ真っ先に惹き寄せられるという性質もわかっています〉

〈そう。つまり出現位置をある程度、誘導することができる〉

 

 打てば響く、とばかりのレムの回答に、気を良くした調子でペイシャンが続ける。

 

〈決戦は今夜。既に政府に働きかけ、日没と同時、星山市を含む関東地方全域で、事故に見せかけた停電を起こす計画を準備させている〉

「えっ、それって……」

 

 思わず、リクとルカが声を重ねた。

 

〈ああ。現代の文明社会で、電気が使えないということは、生命の維持すら危うくなる人間を作ってしまうということだ。予防策は打たせるが、死傷者の出る交通事故等も間違いなく発生するだろう。だが、そのリスクを秤に載せなければならないほどの脅威が、プリズ魔には存在している〉

 

 リクは、先日見舞いした、朝倉スイが今居る場所を思い出した。

 ……被害を受けるのは、彼だけでは済まない。この文明社会を成り立たせる電気が停まれば、ペイシャンの言う通りもっと一溜りもない人々が居ることを、リクもルカも理解している。

 

〈まぁ、その手の施設には予備電源がある。そこに限れば、プリズ魔の目に留まらないよう、AIBの設備で外部に光が漏れないように工作することも不可能ではないが、それでも長時間は保たない。民家や一般車両の、独立した光源も含めてな〉

 

 だから短期決戦が求められる、とペイシャンは続けた。

 

〈ウルトラマンたちはかつて、光線を吸収されない内部に飛び込む、特攻紛いの手段でプリズ魔を攻略している。だが、そんな危なっかしい方法で倒すのにも、事前にプリズ魔を冷却しておく必要がある。しかし、おまえたちにもAIBにも、それを可能とする能力が存在しない〉

 

 その通りだ、とリクも頷く。そんなものがあれば、ギエロン星獣を退治するのに一般市民の手を借りる必要はなかったのだから。

 そして今回の敵は、残念ながら家庭用冷蔵庫が何万台あったところで、どうにかできる余地はなさそうだ。

 

〈そこで――突破口になるのが、リトルスターの研究記録だ〉

「リトルスターの……?」

 

 思わぬ単語が飛び出して、リクは疑問符を浮かべた。

 

〈プリズ魔は周囲の光を強制的に吸収する。同じく光の結晶であるリトルスター、その核となる、カレラン分子の働きに似ているとは思わないか?〉

「それは……まぁ、確かに」

〈それは偶然じゃない。とっくにくたばったエンペラ星人たちのカプセルを作ったように、怪獣墓場に漂う概念を収集し利用することは、ベリアルの十八番だった〉

 

 ペイシャンのその言葉で、流石にリクも察しがついた。

 同じく答えに至ったらしいルカが、一足先に声を上げる。

 

「カレラン分子の元になったのが、プリズ魔だった……ってこと?」

〈正解だ――まぁ、この情報は、元々はそっちが持っていた物だったんだがな〉

 

 曰く、かつてレムがネオブリタニア号における権限を完全に掌握した時。秘匿されていたリトルスターに纏わる真相もまた、全てが詳らかになったのだという。

 そこで得られた情報を提供したことで、AIBが本物のカレラン分子のデータを獲得したことが、分解酵素の特定・生産をベリアルとの最終決戦に間に合わせることができた、大きな要因であったそうだ。

 

〈光量子情報生命体であるプリズ魔が、自身を活動させるのに必要な情報を保存・更新し、同時に新陳代謝として外部の光を取り込む作用を発揮するための構造を、ベリアル軍はグレアム配列と呼んでいたらしい。あくまで光量子情報の配列による効果だが、その特性の一部を再現し、制御性を向上させ、対象を幼年期放射(キングの光)に特化させた物質がカレラン分子だったようだ〉

 

 ネオブリタニア号に残されていた研究レポートによれば、暗所ではグレアム配列効果を維持するために要求される距離が縮むことから、夜間のプリズ魔は物質化するまで自身を構成する光を圧縮することで、自己の情報を維持している。また低温下では、エネルギー枯渇状態と同様、機能不全に陥るという性質があるらしい。そして、その条件下で内部から爆破されたことにより、グレアム配列を崩された過去のプリズ魔は自らの情報体を維持することができなくなり、撃破されてきたのだそうだ。

 

〈そしてこれは偶然だが、本物のカレラン分子の構成モデルを手に入れる以前、トリィが試作した酵素の中には、グレアム配列を阻害する働きを持つものが既に存在していた〉

「おぉ! プリズ魔分解酵素、ってことだね!」

〈……まぁ、短いし明白だから、作戦上はそのネーミングを採用しておこう〉

 

 リクが思わず漏らした感想に、ペイシャンはどこか呆れた様子で応じた。

 

〈そのプリズ魔分解酵素の生産にも取り掛かっている。日没までに用意できる量だけで、プリズ魔を抹殺することはできないだろうが――用意した光源で奴を誘き寄せ、この酵素を浴びせた後なら、倒すために冷却して内部から爆破する、なんて必要もなくなるはずだ〉

 

 その作戦を成功させるための、星雲荘への協力要請。

 ウルトラマンジードだけでも、AIBだけでも攻略できない難敵へ対抗するための申し出に、リクたちは一も二もなく頷いた。

 

 

 

 

 

 

 AIBとの打ち合わせを終えた後。

 星雲荘の三人は、銀河マーケットでのアルバイトに出勤していた。

 

「二人とも、今日は無理はしないでね」

 

 こっそりと、ライハが耳打ちしてくれる。

 光怪獣プリズ魔が襲来するのは、あくまで日没後。それまでは、直接戦闘に当たる星雲荘は、作戦に支障を来さない限り、普段通りに過ごせば良いと――裏方に徹するというAIBからの助言を受けて、三人は労働に勤しむこととしていた。

 もっとも、アルバイトに向かう旨を伝えたところ、既に数年遊んで暮らせるだけの資金を渡したはずだと、ペイシャンには呆れられたのだが。

 

 ついでに言えば、その話を受けた直後、リクがやや挙動不審となって事情を聞いてきた。

 何のことはない。この二週間、AIBの要請に対し――ルカの応答が、今のところはその契約に違反しなかったために、ペイシャンが報酬を振り込み続けてくれただけなのだが、兄は何故か著しく動揺していた。

 その後、何故かライハやレムがリクを折檻するに至っていたが、理由まではルカにはわからなかった。

 

「おう、今日もよろしく頼むぜ」

 

 顔を合わせると、店長が元気に笑いかけてきた。

 確かに、元は生活費のための就労だったが――当面困らないお金が手元にあるから、だけでは、将来的には不安なだけでなく。

 例え、自分たち兄妹の正体や、その事情までは知らないとしても。何だかんだ言って、兄の恩人でもあり……ルカの働きぶりを認めてくれた久米ハルヲ店長への恩義も、ルカの働く理由の中には既に、存在していた。

 ……ベリアル融合獣スカルゴモラのせいで、財産に多大な被害を受けたということへの償いのような気持ちも、確かに。

 

 うっかり物思いに耽り、仕事が疎かにならないよう気合を入れ直していたところで。不意にルカは、聞き覚えのある足音に気づいた。

 

「……ルカ姉ちゃん」

 

 現れたのは、原エリだった。

 少女の来訪に気づいたリクや店長もやって来ると、面子が揃ったのを確認したとばかりに、エリは頭を下げた。

 

「この間は……変な空気にしちゃって、ごめんなさい」

「……謝ることじゃないよ」

 

 健気な様子に、リクが代表して首を振った。

 ……それにはルカも、同じ気持ちだった。

 事情を知っているライハでさえ、ヤプールに憑かれる隙を生むほどに、心を乱したことがあったのだ。

 どんな人間も、いいや、人間ではないルカ自身も。どうしても目に見えるものや、過去の恐怖に心が引っ張られてしまう弱さがある。それはきっと、どんなに忌み嫌っても変わらない事実だ。

 だから、その弱さを克服しようと頑張るのと、同じぐらいに――無闇に責めないことも大切なのだと。ルカは既に、充分学んでいたから。

 エリや店長が、スカルゴモラという怪獣への苦手意識を持ち続けることが、ルカにとって嫌なことでも。そんな感情を抱くに至る過去を経ている二人もまた、同じ以上に辛いはずだと……そう思うことにした。

 

「あっ……」

 

 そうしていると、また一人、あの日と同じ人物が姿を見せた。

 

「トオルくん……」

 

 エリが振り返ると、少年はバツが悪そうに顔を伏せた。

 だが、彼がこの店にわざわざ足を運ぶ理由は――リクとのドンシャイントークもないとは言えないが、十中八九、エリや店長とまた話すためだったのだろうと、ルカにでも読み取れた。

 

「この間は……ごめん。エリちゃんの気持ちも知らないで」

「――いいよ。私も言い方、きつくしちゃったから……」

 

 甘酸っぱい気配が、二人の中学生の周囲に満ちる。

 微笑ましい気持ちになるルカの隣で、興奮した様子の店長をリクが宥め、ライハが仕方ないとばかりに他の来客対応を引き受けていた、その時。

 このことをモアにも後で伝えてあげようと考えていたルカは、視界の端で、妙に気を惹く赤と青の光があることへ気がついた。

 

「……何、あれ――?」

 

 異様なまでに強く、ルカの興味を引き寄せる光の出処へ、視線を巡らせれば。

 太陽とは別の光源――日天下でも煌々と輝く不自然なオーロラが、揺らめいて。

 今朝、機械を通して耳にした、賛美歌の如き玲瓏な音色が、青空の下に降って来た。

 

 

 

 

 

 

 天を仰ぐルカに遅れて、リクはその出現に気がついた。

 

〈リク。ただちにフュージョンライズしてください〉

 

 かつてなく切迫して聞こえる、レムの機械音声。

 それが耳に届くのは、リクが既にジードライザーに触れるという、臨戦態勢を取っている証拠だった。

 

「皆、上!」

 

 ルカが、まずリクの変身をアシストする。

 周辺に呼びかけ、人々の注意を惹いた隙に。咄嗟に物陰へ飛び込んだリクは、ジードライザーを起動した。

 

《ウルトラマンジード! プリミティブ!》

 

 ジードライザーが形態認証の音声を吐き出すのと、上空に突如出現した半透明の巨大多面体――光怪獣プリズ魔が、結晶化光線を真下に向けて放つのは。辛うじて前者が先を取った。

 結果、銀河マーケットと結ばれていた射線上に出現することが間に合ったジードの展開したバリアが、プリズ魔の放つ光を受け止めることに成功していた。

 

「――っ、うわぁあああああ!?」

 

 だが、プリズ魔の光線の出力は凄まじいものだった。照射が終わるまで凌ぎきることこそ叶ったものの、そこでバリアは耐久限界を迎えて砕かれ、その威力の余波にジードは落下しそうになる。

 

《――ソリッドバーニング!》

 

 ウルトラマンの肉体が持つ、飛行能力だけでは持ち堪えられない――そう判断したジードは、かつてエリとトオルから譲渡されたリトルスターで獲得したフュージョンライズ形態、ソリッドバーニングとなって、外付けの推力であるバーニアを全開。銀河マーケットに墜落する手前で踏み止まり、上昇へと転じることに成功した。

 バーニアの余波は、ライハがペイシャンから託された剣のバリア発生機能を密かに用いて、地上への被害を遮断してくれていた。

 背後の心配をせずに済んだジードは、腕のバーニアによる加速も利用して、不気味なオブジェの如きプリズ魔を殴りつける――が、装甲された拳は軽い接触音を鳴らしただけで、簡単に跳ね返されてしまっていた。

 

「こいつ……強い!」

 

 ウルトラマンの力を宿した、二体の怪獣を一方的に捕食した時点でわかっていたことだが――光怪獣プリズ魔の脅威を、ジードは直に感じ取った。

 そして――続いて予想外の事態へと、呻きを漏らす。

 

「でも……日没まで出て来ないんじゃなかったのか!?」

〈そのはずでした。日中にプリズ魔が出現する事例は、今回が観測史上初めてとなります〉

 

 淀みなく答えるレムの声にも、心なし、動揺が滲んでいるようにジードは感じた。

 先の打ち合わせの後も、プリズ魔のデータには目を通していたのだ。光に満ちた環境下では、グレアム配列が成立する距離が長大化し、プリズ魔は自らを凝縮せずとも存在できる。そして、光量子として拡散した状態の方が、太陽光と触れる範囲が増大するために効率良く新陳代謝が叶う。

 このことから、食欲しかない原始的な光量子情報生命体であるプリズ魔は、それだけで怠惰に満足しているのだと――ベリアル軍の研究データには、残されていたのに。

 

 ジードの眼前には、間違いなく。ウルトラマンの攻撃も無力化するほどにその身を凝縮させたプリズ魔が、顕現していた。

 それは、レムをして予測不可能な、とびきりの異常事態だった。

 自然光で食欲を満たしているはずのプリズ魔に、本来あり得ない出現を招くものがあるとすれば、それは――

 

「もしかして……今朝の二匹以外にも、リトルスターが?」

〈――不明です。プリズ魔が取り込んだその二つ以外の反応は、検出できていません〉

 

 ペイシャン曰く、プリズ魔にとって我慢のしようもない御馳走。その存在を疑ったジードであったが、レムの返答は端的なものだった。

 

〈AIBも事態に気づきました。本来の予定の三十パーセント程度ですが、既に使用可能状態にあるプリズ魔分解酵素の弾薬をネオブリタニア号へ搭載するそうです。一旦、星雲荘はそちらに向かう必要があります〉

「……わかった、頼む」

 

 一瞬。足元に居る皆を、転送して貰うべきか悩んだ末に、ジードはレムを送り出した。

 事情のわからないまま、店長たちを巻き込むことは却って事態を悪化させかねない。ここは自分が食い止めれば良いだけだと、ジードは頭部の宇宙ブーメランを投擲した。

 だが、サイキックスラッガーはプリズ魔の堅い体表に弾かれるだけで、傷の一つも付けられはしない。

 ならばとジードクローを装備し、コークスクリュージャミングを発動しようと試みるが――プリズ魔の放つ青い光線がジードを呑み込むと、金縛りに遭ったように動きが食い止められ、吹き飛ばされそうになる。

 

 何とか持ち堪えたところで、姿勢が崩れた隙を狙うように――プリズ魔は再び、数珠繋ぎの結晶化光線をジードに浴びせた。

 しまった、と思った時には、ソリッドバーニングの装甲表面が結晶化を開始する。プリズ魔の支配下にある、ウイルスのように侵食性の高い光量子情報体へと、ソリッドバーニングの全身鎧が変換され始めているのだ。

 

《アルティメットエボリューション! ウルトラマンジード! ウルティメイトファイナル!!》

 

 その危機を、ジードは自らを構成する光量子情報を再び書き換えることによって脱した。

 本体ではなく、装甲を纏ったソリッドバーニングでの被弾だったからこそ、何の後遺症も残さず凌げた。その幸運を噛み締めながらウルティメイトファイナルへと転身したジードは、プリズ魔が次のアクションを起こす前に超音速飛行で距離を詰め、ギガファイナライザーを一閃する。

 

 ――ガラスの割れるような、耳障りな音とともに。プリズ魔の構造体に亀裂が走った。

 

「……いけるっ!」

 

 確かな手応えに、ジードは思わず歓声を漏らした。

 一切の光学干渉を受け付けないという特性を無視した、純粋な硬度の話なら、プリズ魔はエタルガーやラグストーン・メカレーターよりは脆いらしい。

 ウルトラ兄弟の伝説的な実力はジードも理解しているが、彼らが束になったのさえ蹴散らしたのがベリアルだ。その父から受け継いだ可能性を全解放したウルティメイトファイナルの身体能力と、光線を無効化する装甲を貫くために造られたギガファイナライザーの組み合わせは、プリズ魔にも通用する――!

 確信とともに、二撃目を繰り出す。上手く立ち回れば、プリズ魔分解酵素を待たずとも、このまま倒し切ることができるかもしれない――

 

 ――それが願望混じりの希望的観測に過ぎないことを、ジードは盛大な空振りとともに理解した。

 

「――なっ!?」

 

 プリズ魔の姿が、消えた。

 機敏な印象から程遠い、無機的な多面体が高速移動した結果ではなく――光の結晶体が解け、大気中に偏在する光量子に還ったことで。

 

 ……日中のプリズ魔は、実体化するほどに凝縮せずとも、自己の存在を維持できる。そのために、通常は日が昇っている限り、この光怪獣は姿を消しているが――

 もし、自らの意志により、昼間でも活動しようとすることがあったなら。それは夜間と異なり、実体と非実体、どちらへも自由に相転移しながらの活動が、可能であることを意味している――!

 

 そうして一度、光量子に拡散することでギガファイナライザーの一撃を回避したプリズ魔は――ジードを無視して、星山市の街中に再出現すると。

 結晶化光線を三度。執拗なまでに、銀河マーケット目掛けて繰り出していた。

 

 

 

 

 

 

 青空の中、突如出現した怪獣プリズ魔に、ウルトラマンジードが応戦している最中。

 車輌を用いた移動式店舗である銀河マーケットは、抱えていた商品を捨てる決断を下した久米ハルヲ店長が、子供客を中心とした逃げ遅れた人々を乗せて避難しようとしていたが。

 

「駄目だ、全員は乗れない!」

「なら私、走って逃げるね! かけっこ、ライハより速いから!」

 

 荷物を掻き出した店長が悲鳴のように叫ぶのに、ルカはそんな言い訳を口にした。

 もちろん、一緒の避難を拒む本当の理由は違うと――心の中で、密かに呟きながら。

 

「あっ、おい!?」

「ルカ姉ちゃん!」

 

 店長や、エリが呼びかけて来る中。少女の隣に身を詰めたライハが無言で視線を送って来るのに、ルカは頷きを返して駆け出した。

 

「ぼ……、僕が残ります!」

「馬鹿言わないの――出して。ルカの勇気を無駄にしちゃいけないわ」

 

 震えた声で飛び出そうとするトオルを抑えながら。窓越しに、ライハがそんな風に言ってくれるのを、人外の聴力で聞き取っていると――同時に降って来た不快な破壊音に、思わずルカは顔をしかめた。

 

「……さっすがお兄ちゃん!」

 

 だが、音の出処に顔を向ければ、それはたちまち歓喜の声に変わった。

 ペイシャンが散々脅していたプリズ魔の防御力を、ウルティメイトファイナルと化したジードは易々と突破していたのだ。

 流石に一撃では軽度な損傷だが、ギガファイナライザーで何度も殴りつけてやれば、すぐ粉々にしてやれるだろう。

 これなら己の出る幕などないかもしれない――などと。兄の活躍に胸を躍らせていたルカは、次の瞬間の出来事に瞠目した。

 

 ジードの追撃が当たる前に。プリズ魔が――消えたのだ。

 

 光に還ったその行き先を、ルカはしかし目で追うことができた。

 プリズ魔の中心に存在していた赤と青、双つの蠱惑的な輝きが、ルカの視線を自然と吸い寄せていたから。

 そうして、ルカが振り返ったその先に。ジードに負わされた傷さえ再生した、完全な状態に自らを再構成したプリズ魔の実体が、銀河マーケットの車が逃げるのを塞ぐように出現していた。

 続けて、プリズ魔が発光する。店長がハンドルを握る車ごと、ルカを真っ直ぐに貫く射線で、結晶化光線を放とうとしていた。

 そのことに気づいた瞬間、ルカは即座に自らの保存する光量子情報に接続し、本来の姿を解き放った。

 

 プリズ魔が再出現した際と同じように、ウルトラマンや、その血を組み込まれた光量子情報生命体である培養合成獣は、実体を結ぶ座標をある程度、任意に再設定することができる。

 その気になれば、応用で敵の攻撃を回避することも難しくはない。

 故に、ルカ――スカルゴモラは、銀河マーケットの車輌に覆い被さるように、その肉体を顕現させて。

 その身で直接、プリズ魔の結晶化光線を浴びることにより。大切な人たちの詰まった入れ物を、庇うことが間に合った。

 

 ……車とスカルゴモラ自身の衝突は、怪獣念力で優しくブレーキを掛けて防ぐことができた。

 バリアと、サイコキネシス。まだ同時に扱うには、順番に発動するしかない。だからバリアを先に貼れば、激突を防げなかった故の苦肉の策は、何とか望んだ通りの結果をスカルゴモラに齎していた。

 

「――ルカ!」

 

 光線に灼かれる最中、ジードが空から降りてきた。挿し込むように兄の展開するバリアが、スカルゴモラと銀河マーケット、その両者をプリズ魔の光線から遮断する。

 そうして生まれた余裕の間で、身を起こしたスカルゴモラが車輌の無事を確かめていると――後部座席に座ったエリと、目が合った。

 

「……助けて、くれたの……?」

 

 音波を武器とするスカルゴモラの超聴覚は、ガラス越しの少女の、呆然とした声を拾っていた。

 ――本音を言えば、その問いかけに、頷きたい気持ちだったけど。

 しかし今は、そんな余裕もないと。スカルゴモラはゆっくりと、車に被害を与えないように注意しながら、その動線を阻害していた体を退けて行く。

 

「……あの怪獣はね」

 

 緊張した面持ちの店長が、こちらの様子を窺うように運転席の窓を開けて、身を乗り出したのと同じタイミングで。車中のライハが、エリに向けて優しく語りかけている声が、変わらずスカルゴモラの耳に届いていた。

 

「前に、あなたを狙った怪獣と、そっくりだけど――全く違う怪獣なのよ」

 

 ライハが、そう言ってくれている間に。周辺の状況を把握し終えた店長が覚悟を決め、戦場から距離を取るように脇道へと車を走らせたのを見届けて。

 スカルゴモラは、プリズ魔と対峙していたジードの隣に歩み出た。

 

「ルカ、怪我は!?」

「(……火傷しちゃった。あいつの光線、物凄く強いね)」

 

 ジードの心配の声に、被弾した右腕を翳したスカルゴモラはそう強がった。

 だが、兄が本当に心配していたのだろう結晶化現象は、幸いスカルゴモラの身に起こっては居なかった。

 ……おそらくだが、スカルゴモラとしての肉体を完全に成立させる前から、自分から当たりに行ったのが功を奏したのかもしれない。プリズ魔による光量子情報の変換を、スカルゴモラ自身の転身で上書きすることで、克服したのだ。

 そして、その経験が培養合成獣の遺伝子に、結晶化光線の作用を無効化する術として記憶されたことで、その後の効果をも掻き消したのだろう。

 ただ、結晶化作用が働かない場合の、純粋な破壊熱線としても相当の火力だった。結晶化作用の無効化に消耗する体力も考えると、やはり何度も喰らいたくはないというのが、偽らざる本音だ。

 

「(だけど……お兄ちゃんと一緒なら、負ける気がしない!)」

 

 この二週間、七度に渡る怪獣との交戦経験。そのどれと比べても、プリズ魔は別格の強敵だろう。

 だが、その時には居なかった、最高のヒーローと一緒なら。恐れることは何もないと。

 そう吠えたスカルゴモラに、治癒光線を浴びせてくれていたウルトラマンジードは、力強く頷いた。

 

「……ああ。僕も、ルカと一緒なら――どんな相手にも、絶対負けない!」

 

 互いに向ける信頼を確かめ合い、怪獣は大地を揺るがし、光の巨人は空を翔けて。

 闇の血を継ぐ兄妹は、愛や信頼といった感情とは無縁の、邪悪なる光の化身へと立ち向かった。

 

 

 




Bパートあとがき



 宣言通り、というと変かもしれませんが、今回のメイン敵怪獣となるプリズ魔に、「昼間は姿を消している、光が物質化するほどに凝縮した怪獣」という設定を超拡大解釈して「(本来出現自体があり得ないが)日中なら凝縮した実体と拡散した非実体を切り替えできる」だの「リトルスターの誕生に関わった」だの、ものすごい量の独自設定を加えています。ご了承ください。

 以下、いつもの雑文。

・グレアム配列
 プリズ魔の元ネタであるSF小説『結晶世界』の作者、ジェームズ・グレアム・バラードが元ネタとなる独自用語です。
 もちろん公式にはリトルスターとプリズ魔の関係やら、プリズ魔のグレアム配列がどうとかいう設定はありませんが、『ウルトラマンジード』はSFに由来するネーミングが非常に多い作品であるため、ネオスカイラーク号と合わせてジードの二次創作っぽくなっているかな、と自己満足気味であります。
 なお、レムがリトルスターに関する情報を提供したことでカレラン分子分解酵素の完成が間に合った、という設定も、公式には特に存在しませんので、ご了承ください。

 そもそも今更ですが、本作で勝手にウルトラマンを分類している『光量子情報生命体』という用語も公式ではないですね、はい。某邪悪なる暗黒破壊神の魂が『光量子情報』と表記されていたりするぐらいかな、といったところですが、Xやメビウスが自身をデータ化して電脳世界で活動したりもするので、ウルトラマンは光であり情報としても成立する生命体、という解釈を何となく表現した形になります。





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第七話「ネクスト・ステージ」Cパート

 

 

 

 既に、銀河マーケットへの興味を失ったらしい光怪獣プリズ魔は、培養合成獣スカルゴモラに狙いを絞り、幾度となく結晶化光線を繰り出していた。

 それに対し、スカルゴモラはウルトラマン同様のバリアを展開し、強烈な熱線を凌ぎ切る。

 怪獣念力という新たな力へ目覚めた妹の頼もしさを、実際に見届けながら。ジードは敵の注意の外から思い切り、プリズ魔の中枢を殴りつけた。

 落下の勢いまで加算したギガファイナライザーによる打撃は、プリズ魔の構造体に罅割れを走らせる。さらに二撃目、三打目と続く必勝撃聖棍による殴打は、確かな損傷をプリズ魔の表面に刻んで行き――

 

 再び光に還ったプリズ魔が、距離を取った地点に出現した時には、その外傷は綺麗さっぱり消え去っていた。

 

「――くそっ!」

 

 思わず、悪態がジードの口から漏れる。

 

 ウルトラマンやその血を組み込まれた培養合成獣と、光怪獣プリズ魔は、同じ光量子情報生命体と分類される種族だ。

 理屈の上では、先程ジード自身がソリッドバーニングからウルティメイトファイナルへと転身した際に、結晶化作用や軽度な外傷が消え去っていたのと、プリズ魔の再生は同じ現象だ。

 だが、ウルトラマンとプリズ魔の系統樹は、人間とミドリムシほどに隔絶している。

 どちらかといえば、原始的な存在に近いプリズ魔は――自身を光量子情報へ分解し、実体を再構成するために要する負荷が、情報構造が複雑化しているウルトラマンやその亜種と比べて、著しく低かった。それこそ、降り注ぐ太陽光から得られるエネルギーだけで、消耗を帳消しとできるほどに。

 故に、プリズ魔は平然と自身の分解と再構成を繰り返し、ギガファイナライザーで負った傷も即座に修復してしまう。それも、際限なく。

 

 ……この白い悪魔を撃破するには、プリズ魔を成立させるグレアム配列が効果を発揮しない状態に追い込む必要がある。

 だが、その一因となるエネルギーの枯渇は太陽の下では起こり得ず、近似した状態に持ち込める低温環境や暗闇を用意する術が、ウルトラマンジードには存在しない。

 

 残る最後の手段は、その配列構造自体を破壊すること。だが、実体化しているところに叩き込む物理攻撃以外は無効だというのに、軽微な損傷は再構成で無意味と化す。一度に広範囲を攻撃できる光線技を実質封じられているということが、これほど歯痒い相手も居ないだろう。

 

 ウルティメイトファイナルもまた、ある意味で無尽蔵の活動エネルギーを有するとはいえ、プリズ魔のような再生能力は持ち合わせていない。疲労とは無縁でも、損耗はするのだ。スカルゴモラの場合は、体力も有限。このままがむしゃらに戦い続けても、徐々にこちらが不利になるのは明白だ。

 それでも、こうして相手に守りを誘発させることで攻撃頻度を落とさせることが、プリズ魔分解酵素という切札の到着までにジードたちの取れる、唯一の対抗策だった。

 

「はぁああああああああああっ!」

 

 雄叫びとともに、ジードは再びプリズ魔へと超音速の打ち込みを仕掛ける。今度は自身の体を独楽のように回転させ、時間当たりの攻撃回数を増やそうと試みた。

 

「(お兄ちゃん、いっけー!)」

 

 脅威を察知したらしいプリズ魔は青いフラッシュ光線でジードの動きを縛ろうとするが、敵の狙いから外れたスカルゴモラがバリアを発生させ、その妨害を防いでくれる。

 その間にさらに加速しつつ、ジードは敵の射線上から逃れた。その勢いのまま、横合いからプリズ魔の角のような頭頂部をへし折ろうとギガファイナライザーを振り回すが――プリズ魔の頭頂部からバリアを避けて放たれた、赤い光の刃鞭に迎え撃たれ、突撃を阻まれてしまう。

 

「なっ――今のは!」

「(今朝見た、ギーストロンの……!?)」

 

 レムが照会した情報によれば、それは地球の化身、ウルトラマンガイアに由来する力。

 兄妹が驚きに、思わず動きを鈍らせた瞬間。攻め手を弾いた赤い光の刃(フォトンエッジ)はその勢いのまま竜巻の如く旋回し、道中にあった家屋やビルを熱したバターのように切断しながら、ジードとスカルゴモラに襲いかかる。

 

〈……なるほど。あいつはただタッコングたちを喰っただけでなく、完成したリトルスターの力まで奪っていたのか〉

 

 さらに、もう一本。同じく地球の化身であるウルトラマンアグルの力、青い光の刃鞭(フォトンクラッシャー)まで追加した斬撃の嵐から、ギガファイナライザーでスカルゴモラを庇うジードの耳に飛び込んできたのは、ペイシャンの感心したような声だった。

 

〈リトルスターが宿主から分離されるのは、ウルトラマンに祈った時だけ――だが、プリズ魔は宿主ごとひとかたまりの光として吸収することで、複数のリトルスターを維持したまま取り込める。しかも、以前の宿主よりも多くの能力を引き出せているようだな〉

 

 かつて、朝倉スイが千里眼とバリアの二つの能力を扱えたように。一つのリトルスターから発現する能力は、決して一つとは限らない。

 ウルトラマンと同じく光量子情報生命体であるプリズ魔ならば、より多彩な能力を、一つ一つのリトルスターから引き出すことができるらしい。

 

「(感心してる場合じゃないでしょ!?)」

 

 ジードと揃ってその猛威に晒されるスカルゴモラの、叱るような声。それに対しペイシャンは、ああ、と短く頷いた。

 

〈こっちの準備はできた。間もなくネオブリタニア号が奴を射程に捉える。有効な距離で酵素ミサイルを叩き込めるよう、足止めをしろ〉

 

 そのための通信と、ちょうどプリズ魔が新たな能力を披露したタイミングと重なったらしい。ジードはペイシャンからの指示に頷き、ギガファイナライザーを操って、四度目となるプリズ魔への突撃を開始した。

 予想外の反撃で作戦が失敗するよりも、事前に手の内を知ることができて良かったと、そう判断するべきか。飛来する光の刃、その単調な攻撃パターンは既に掴めた。それ以上のペースで旋回させたギガファイナライザーで二本の鞭を弾き続け、ジードは厄介な攻撃の注意を自らへと釘付けにする。

 その間に、スカルゴモラもまた直進。プリズ魔が放つ結晶化光線も、物理運動に干渉する青い光線も、スカルゴモラの強力な念動力場が形成した障壁は防ぎ切る。

 だが、次の瞬間。無数の煌めきを凝縮したような、怪しげな光波が障壁越しにスカルゴモラに作用して、その歩みを止めさせた。

 

「(うっ……あぁああああああああっ!?)」

「ルカ! 落ち着いて!」

 

 幻惑光波を受けたスカルゴモラが身悶えるのを見て、赤と青の光の鞭を一度に切り返したジードは、間髪を入れずギガファイナライザーを投擲。牽制のため飛来した赤き鋼をプリズ魔が光量子化して回避する間に、ジードが放ったネオフルムーンヒーリングが、スカルゴモラの正気を取り戻す。

 

「(あ……ありがとう、お兄ちゃん!)」

 

 幻覚から解放されたスカルゴモラが感謝の声を漏らすと同時に、近距離で再出現したプリズ魔がまたも、幻惑光波を照射する。

 だが、ジードにそれを届かせまいと、身を乗り出したスカルゴモラが再びその光を浴びる。

 そして妹も、今度は、正気を奪われるという失態は演じなかった。

 それは、培養合成獣の耐性獲得能力ではなく、もっと単純な理屈――目を閉じ、超振動波現象の応用で、反響音波による感知に切り替えたスカルゴモラが、幻惑するための輝きを直接視ることがなかったという、それだけの理由だ。

 それ以外の攻撃は、先程証明されたようにスカルゴモラならバリアで凌げる。無論、耐久限界はあるが、それを迎える頃には、彼女は既に光怪獣を間合いに捉えていた。

 

「(とりゃぁあああああああああああああっ!)」

 

 目を見開いた時。砕け散る寸前のバリアを、右の裏拳に載せるようにして揮ったスカルゴモラは、近距離の迎撃として突如伸長した青い光剣(アグルブレード)を受け流し。彼女は続けて一歩、左脚を踏み込んだ後に、戻ってきた右拳を立てながら、登るような殴打を放った。

 この数日だけでも、毎日何十回とライハに仕込まれているのをリクも見ていた、太極拳の術理が導く剛なる一撃、進步搬攔捶。

 数多の並行宇宙を震撼させたベリアルの遺伝子を用い、そのベリアルをも越える最強の生命を創造するために産み出された培養合成獣スカルゴモラ。その超身体能力で繰り出す全身全霊の拳打が直撃したプリズ魔は、若かりし日のウルトラ兄弟でも砕けなかったその結晶体に、確かな亀裂を走らせた。

 

 そのまま衝撃に浮き上がったプリズ魔は、次の瞬間、実体を光量子に解かして消え去った。

 それが再び実を結ぶまでに、ジードは手放していたギガファイナライザーを回収。出現と同時に、打ち込みを放つことができていた。

 

「――今だ!」

 

 兄妹の連携が、プリズ魔に反撃よりも再生を選ばせ続けることができるようになった。先に息切れするのはこちらだろうが、しかし今だけは、プリズ魔側も充分に反撃する余裕がない。

 そこへ、プリズ魔に気づかれることなくネオブリタニア号が接近。戦場を有効射程に捉えたところで、その艦体に外付けされたプリズ魔分解酵素を搭載したミサイルが発射され、そして無事に炸裂した。

 

 酵素ガスが充満する中、ジードの攻撃がプリズ魔の外殻を砕く。またも光量子化を行い、完全な姿を取り戻すプリズ魔だがしかし、再出現が明らかに遅くなっている!

 

〈配列効果への阻害は、今のところ再生をやや遅くした程度……この場で仕留めきれない可能性もあるが、最低でも撤退させられる目は出てきた〉

「いや――ここで倒してみせる!」

 

 本来あり得ない、原因不明な日中での出現。捕食したリトルスターを保持し、以前の宿主以上に力を引き出す潜在能力。

 予想外の事態を次々と起こしたこの白い悪魔の無差別な食欲を、これ以上野放しにするわけにはいかない。

 そんな決意とともに、奮起して飛びかかったジードは次の瞬間――またも、予想すらしなかった展開を、目にすることになった。

 

 

 

 

 

 

 その現象を、培養合成獣スカルゴモラは既に見知っていた。

 かつての宇宙植物獣スタンパウロスに始まり。ウルトラマンジードが不在の間、度々襲来した怪獣の中で、何体かが同様の事象を見せていたからだ。

 

 ――光怪獣プリズ魔の中心で炎が弾け、その全身を一瞬だけ、燃えるようなオーラが包み込む。

 

「(お兄ちゃん、危ない!)」

 

 鋭い警告をスカルゴモラが発したのと同時に、プリズ魔が眩く発光した。

 プリズ魔が放ったのは、既に幾度と目にした結晶化光線。

 だが、今まで一条のビームに過ぎなかったそれが――青い中心核のみならず、他に結晶体内に存在していた二つの黄色い光点からも、合わせて発射されていた。

 

「(――っ!)」

 

 防御の間に合わなかったジードの眼前に、スカルゴモラがバリアを発生させて、一撃を防ぐ。

 だが、まだ結晶化光線は二条残る。一発はたまたま射線上に存在していたビルを襲い、残る一発が、無防備なスカルゴモラを直撃する。

 

「――ルカっ!」

 

 スカルゴモラによる防御が功を為し、プリズ魔本体まで肉薄できたジードの攻撃が、すぐに照射を中断させてくれたから。何とかスカルゴモラは、重傷を負うことなく済んでいた。

 だが、ギガファイナライザーの振り下ろしを、プリズ魔は狙い澄ましたタイミングで出現させた光の剣で受け止め、あろうことかそれを完全に防いでみせていた。

 

「……強くなっているっ!?」

 

 刀身を圧し折るべく、ギガファイナライザーを押し込もうとするジードを、プリズ魔は光の鞭でさらに牽制する。そうして距離を取ったところに、再び三条の結晶化光線が放たれて、さらなる後退を強制する。

 ジードも、スカルゴモラも、自前のバリアで直撃を防ぐが――先程までとは異なり、拡散して放たれているはずの結晶化光線は、その一発一発の出力すら向上させていた。

 

〈戦闘中、前触れ無く怪獣の出力が上昇し、さらに戦闘技能まで向上する――ウルトラマンジードが不在であった間、幾度か確認できた事例です〉

「レム、下がってて――これが、あの時言っていた……!」

 

 ネオブリタニア号に退避を促す一方、ジードは帰還直後の情報交換の席で聞いた話を思い出したようだった。

 

「(よくわからないけど……ああいう、怪獣が燃えるイメージみたいなのが見えることがあったの!)」

 

 強化された結晶化光線の威力に、バリア越しでも圧されながら。スカルゴモラは自身の経験を、兄へと伝える。

 

「それで、プリズ魔まで強化された――折角酵素で弱体化させたのに、このままじゃ街が!」

 

 兄の叫ぶ間に、ジードとスカルゴモラ、二体の敵を同時に釘付けにする光線と合わせて、余った三発目が放たれる度に、街が結晶と化して行く。

 光量子情報体である結晶から、光へ解けていく建造物が、次々とプリズ魔に吸収されていく。酵素で弱まった分を、太陽光以外からもエネルギーを賄い補おうとする白い悪魔相手に、スカルゴモラは角を光らせる。

 

「(調子に乗るなっ!)」

 

 砲撃の隙を衝き。プリズ魔を取り囲むようにバリアを出現させ、街と自分たちを守る。

 だが、こちらが反撃へ転じる前に。プリズ魔はまたもその身を光量子へと拡散させ、バリアに阻まれていない地点で再出現し、結晶化光線を放って来る。

 咄嗟に割り込んだ兄が、無防備となっていたスカルゴモラをそのバリアで庇ってくれたものの。一箇所に固まれば、今度は三条の光線が集約され、遂にはウルティメイトファイナルの防御さえも砕いてしまう。

 

「くそ、どうすれば……っ!」

 

 散開し、各々の身を再展開した自前のバリアで守りながら。忸怩たる思いをジードが零すのを、スカルゴモラも同じ気持ちで聞いていた。

 的が一つになれば、防げない威力の三重光線が飛んで来る。分散すれば多少は持ち堪えられ、互いを庇い合うぐらいならできるが、街がどんどん破壊されていく。

 流石に近隣は避難が完了しているが、このまま遮蔽物がなくなった後、光線の射角がほんの少しズレてしまえば――どれだけの人々を巻き込むのか、わかったものでない。

 

「(――内側から攻撃するしかないの……!?)」

〈推奨できません。プリズ魔分解酵素による機能不全の効果は、投与量だけ見ても当初の予定の三十パーセント以下。しかも内部爆破は、本来夜間を想定した戦法です。未だ拡散しても自己を維持できている相手に飛び込み爆破したところで、容易く再生されてしまうでしょう〉

 

 プリズ魔の体内に飛び込めば、外部に発射されているものとは比較にならない結晶化光線に晒されることになる。そんな警告のデータを送りながら、レムが特攻を制する。

 

〈加えて言えば、ルカ。光量子化さえ封じることができれば、光線に頼らずとも、あなたたち兄妹にはプリズ魔の情報体に致命打を与える手段があります〉

〈そうか――音か!〉

 

 レムが続けたのに、ペイシャンが指を鳴らした。

 

〈奴に光学干渉は無効……だが先程、目を瞑ったスカルゴモラが飛び込んだ際の、ソナー探知は機能していた。物質に近い凝縮状態なら、プリズ魔の情報体にも音による物理干渉は有効というわけだな!〉

 

 すなわちそれは、スカル超振動波なら。またジードが放つ、同じく共振周波数で物質を破壊する絶叫攻撃ならば。殴打では回復の追いつく僅かな範囲しか攻撃できないプリズ魔の全身を一気に粉砕し、下手に拡散すれば存在を維持できなくなるほどに、光怪獣を成立させる構成情報全体を破壊できるということだ。

 ただし――それは、プリズ魔の全身に必要な音エネルギーを作用させるまで、その実体が保たれた場合に限られるのだが。

 

〈酵素の働きが残っている間なら、怪獣念力で全身に圧を加えれば、理論上は奴の拡散を阻止できるはずだ〉

〈ですが、その場合は出力が足りません。出力で勝るジードは逆に、細かな応用でスカルゴモラに劣っています〉

 

 解決策を見出したブレーン二人の討論が交わされる間に、スカルゴモラの張っていたバリアがまたも限界を迎えた。

 再展開までのクールタイムを狙うように、結晶化光線がスカルゴモラの肌を灼く。

 

 結晶化作用そのものは、怪我の功名で早々に耐性獲得できているが――要は、干渉される度に、効率良く体力を消耗して自己治癒する、抗体持ちのような状態に過ぎない。

 このまま、体力を削られ続ければいつかは限界を迎え、スカルゴモラも結晶化させられることは避けられない。

 そこでさらに、赤と青、二条の光の刃まで疾走し。無防備を晒すスカルゴモラの体表を切り刻み出血させる。

 致死の光が降り注ぐ最中へ、また割り込んで庇ってくれた兄が、さらに癒やしの波動を浴びせてくれる。しかし、鎮静効果を帯びたその光でも掻き消せないほどの不安と、それを補おうとする闘争心が、スカルゴモラの中で膨らんで行く。

 

 再び、三条が束ねられた結晶化光線がジードのバリアをも打ち砕く。兄が身を守る術を取り戻すまでの時間を稼ごうと、スカルゴモラはレムたちの言葉を信じ、牽制の飛び道具としてスカル超振動波を発射する。

 反射されて来た超音波を聞き分け、プリズ魔の構造体の固有周波数を特定したスカルゴモラが放つ破壊音波の奔流に、プリズ魔は確かに全身の軋むような様子を見せるものの。微かに亀裂が走ったところで、その姿を光に変えて、蓄積されたダメージを捨て去ってしまう。

 

「(この……っ!)」

 

 痛みを知らない、とばかりの無機質な怪獣の挙動に、スカルゴモラの苛立ちが募る。

 再出現したプリズ魔が次々と放つ結晶化光線が、またジードとスカルゴモラ、そして星山市へと降り注ぐ。

 

 ……辺り一帯は文字通り、既にプリズ魔に平らげられてしまっていた。

 

 遮蔽物がなくなった今、戦闘中に次々と発射する角度を変えるプリズ魔の光線が、避難しようとする車の渋滞や、徒歩で逃れようとする人の波にまで及び始め――飛行能力を持つ機敏なジードが先回りすることで何とか防ぐものの、その守りも限界が近づいている。

 援護のために放つ再びのスカル超振動波も、やはりプリズ魔は砕かれる前に分解と再構成を繰り返してしまい、埒が明かない。

 

 ――そんな状況の果てに、スカルゴモラは激高した。

 

「(いい加減にしろぉーっ!!)」

 

 そうして、遂に怒りを解き放ち、叫びを上げた時だった。

 闘争本能の昂りに合わせたように、スカルゴモラの胸に備わったカラータイマー状の器官が、誰の目にも明らかな輝きを発したのは。

 

「――なっ!?」

〈……どういうことだ?〉

〈そんなはずは――〉

 

 兄やペイシャンのみならず。レムすら驚愕したような声を発するのを、初めて聞いた気がしたが。

 その時は、脳内に走ったイメージのまま。新たに目覚めた力を初めて行使することに、スカルゴモラの意識は向けられていた。

 

 ……それが、自らへ組み込まれた遺伝子に由来する力ではないことに、まだ気づいていないまま。

 

 

 

 

 

 

 ウルトラマンジードの眼前で、培養合成獣スカルゴモラの胸から拡がった輝きが、全身の角から一斉に天へと迸った。

 その現象が、何を引き起こすのかを知らぬまま。今も逃げ遅れた人々を庇い、結晶化光線を防いでいるという事実さえも、忘却しかけてしまいそうなほどに。ジードはスカルゴモラの胸に宿った光にこそ、意識の大部分を奪われていた。

 

「なんで……どうして、ルカにリトルスターが!?」

 

 かつてこの宇宙と融合していた、ウルトラマンキングのエネルギーの結晶体、リトルスター。

 確かに、キングが宇宙と分離した後にも、今朝の怪獣たちのように。既に宿っていた光が遅れて観測可能になる例はあるとしても――新たなリトルスターが発生することは、あり得ないはずなのに。

 プリズ魔のような特性は、培養合成獣スカルゴモラには備わっていない。他の宿主から奪うなんてこと、能力的にも、ルカの性格的にも、あり得ないはずだ。

 だが、ならば、何故――――?

 

 数々の予想外の最後に叩きつけられた、特大の疑問を前にして。ウルトラマンジードと化した朝倉リクの思考が迷走している間に、その変化は完了していた。

 何もない空で弾けた、黄金の光。それは球状に拡がっていき、スカルゴモラを中心に、ジードやプリズ魔を包み込んで、星山市の風景から壁のように切り離し――そして、本当に空間が断絶したのだ。

 

「何が――っ!?」

 

 驚愕している間にも、ジードはプリズ魔がまたも放った結晶化光線の前に飛び出した。

 謎の空間――見渡す限り、赤土色の発光する物質に充ちた大地と、オーロラのような光が満ちている空、その二つしかない世界。そこに敵と味方だけを引き込んだスカルゴモラが、まるで能力行使の反動を受けたように無防備を晒したところへ。プリズ魔が周囲の変化に一切頓着せず、結晶化光線を撃ち込んでいたのだ。

 三条が束ねられた強烈な光線。ウルティメイトファイナルが展開する強靭なバリアでも、一撃しか持ち堪えられない恐るべき威力から妹を庇ったジードは、予想外の結果に瞠目した。

 

 これまで何度と破られたバリアが――三重の結晶化光線の着弾に、平然と耐えていたのだ。

 

〈リク、ルカ。その空間は、メタフィールドです〉

 

 隔離された空間にも、レムの声はジードライザーを介して届いていた。

 

「メタフィールド……?」

〈ウルトラマンネクサスが展開する、戦闘用不連続時空間のことです。現実世界から隔離されると同時に、ウルトラマンの力を高める効果があるとされています〉

 

 プリズ魔の攻撃を防ぎきれた理由をジードが理解すると同時に、レムも幾つかの謎が解けた、と報告を続ける。

 

〈ネクサスは、複数の宿主の間を移ろう光であるウルトラマンと伝わっています。リトルスターにも、その特性が顕れていたのでしょう〉

 

 つまり、キングが去った後にこの宇宙に現れたルカが、最初の宿主というわけではなく。

 以前にネクサスのリトルスターを発症した者が別に存在し、その誰か、あるいはそのまた次の誰かから、やがてルカにネクサスのリトルスターが自然と継承されていたのだと――そういった真相であったらしい。

 

〈おそらく、ルカが怪獣念力に目覚めたのも、リトルスターを宿したことで、ウルトラマンに由来する遺伝子が活性化した影響だったのでしょう〉

 

 それこそ、大地の化身(ウルトラマンガイア)のリトルスターを宿したアーストロンが、大地の怒りの化身とも称されるギーストロンへと自己進化(ヴァージョンアップ)したのと同様に。

 リトルスターの発症、それ自体が齎す刺激が、培養合成獣スカルゴモラの新たな力を目覚めさせたのだと語るレムは、その仮説を補強するための証拠を付け加える。

 

〈怪獣の襲来が続いたのと、時期的にも一致します〉

「つまり……こいつもルカを狙って――!」

 

 本来大人しくしているはずの日中に、プリズ魔が出現したのはやはり、リトルスターに惹き寄せられていたからのようだ。

 思えばずっと、プリズ魔が結晶化光線を浴びせる相手としてスカルゴモラを優先していたのも。単なる生存には余分な欲望のまま、今度はルカの命ごと、その光を奪おうとしたための――っ!

 

「(そっか……怪獣たち、私を狙っていたんだ……)」

 

 二つのリトルスターを取り込んで、なお飽き足らぬ強欲な悪魔へと、怒りが沸騰しかけたその時。どこか力ない調子でスカルゴモラの思念が漏れたのを、兄は聞いた。

 

「ルカ……?」

「(――ううん、大丈夫。守ってくれてありがとう、お兄ちゃん)」

 

 呼びかけで、正気に返ったようにスカルゴモラは首を振ると――その視線を、今、彼女の宿した光を狙う、恐るべき怪獣へと向け直した。

 

「(ここなら、街の被害も心配ない――今度こそこいつをやっつけちゃおう、お兄ちゃん!)」

「――ああ!」

 

 妹の呼びかけに、ジードは力強く頷いた。

 

 向き直った兄妹に対し。直線的な攻撃は通用しないと悟ったらしいプリズ魔が、空中を這うように移動しながら、赤と青の光の刃鞭を左右同時に繰り出して来る。

 対して、妹を庇うように前へ出たジードは、これまでより軽く感じられるようになったギガファイナライザーを操って、プリズ魔の繰り出す光の刃を捌いてみせた。

 その最中、再び放たれる結晶化光線。三重の破壊光線を片手で展開したウルティメイトファイナルバリアが遮断して、横合いから連携して迫るフォトンエッジとフォトンクラッシャーの連撃を、ギガファイナライザーで弾き返す。

 

 そんな攻防を繰り広げている間に、突然、プリズ魔の移動が停止した。

 

「(――捕まえたっ!)」

 

 手応えを告げるのは、ジードに守られていた間、精神統一を続けていたスカルゴモラのテレパシー。

 ジードのみならず、術者としてメタフィールドの補正を受け、出力を向上させたスカルゴモラの怪獣念力。それが全方位から余すことなく、強烈な圧力を加えることにより、一時的にプリズ魔の動きと光量子化を封じ込めていたのだ。

 

「(お兄ちゃん、合わせて!)」

「よし――!」

 

 スカルゴモラの角が震える音を聞いて、ジードも喉の調子を整える。

 次の瞬間、プリズ魔の実体が有する固有振動数に周波数を揃えたジードの絶叫攻撃、ウルティメイトロアーと、スカルゴモラが角の音叉から増幅して放つスカル超振動波が重なり、同時に光怪獣の全身を呑み込んだ。

 膨大な音エネルギーを浴びせられたプリズ魔の全身が、共振現象を起こして超高速微細振動を開始。それに震える構造自体が耐えきれずに、次々と亀裂を走らせる。

 

 だが、砕け散る前に。最後の力を振り絞ったように、プリズ魔は青い破壊光弾(リキデイター)を、スカルゴモラ目掛けて発射した。

 咄嗟にジードが前に出て防ぐが、その動作で兄妹の二重奏は途絶えた。バリア越しでも強烈な爆発に体勢を崩したところで、集中の乱れたスカルゴモラの怪獣念力による拘束を脱したプリズ魔は、全身に無数の亀裂を走らせながらも、這々の体で距離を取ろうとした。

 

〈光量子化できなくなっている……もう一息だ、今なら奴を倒しきれるぞ!〉

 

 レムを介しているのか、ペイシャンもまた、状況を察知して通信を飛ばしてきていた。

 

〈急いでください。メタフィールド内であれば取り逃がすことはないでしょうが、その空間を維持するためにはルカの体力を消耗しています。過去の例では、平均三分が限界とされていますが、リトルスター由来の能力の上に、初使用です。限界時間を長く見積もるべきではありません〉

 

 牽制の――もう一本ずつしか撃てない様子の結晶化光線を防ぎながら、二人の解説に頷いた直後。

 ジードの青い瞳は、発光するプリズ魔の向こうに、在り得ざるものを見た。

 

 

 

 

 

 

 ジードが異変に気づいたのとほぼ同時に、スカルゴモラもまた、自らの生み出した空間に出現した異物に気づいた。

 

「(――どうして、あの子が!?)」

 

 それは、あり得ないはずの存在だった。

 スカルゴモラがメタフィールド展開時に巻き込んだのは、味方であるジードと、撃破すべきプリズ魔のみ。それ以外の何者も、この世界には招いていないはずなのに。

 

 プリズ魔の後退する先には、小さな白い影が存在していた。

 しかも、目を凝らせば、その正体は――あの元星公園前で出会った、修道服に身を包んだ少女だった。

 

 彼女がここに存在する理由が、不慣れな己の手違いかもしれないと焦ったスカルゴモラは、慌てて怪獣念力を行使した。プリズ魔に反撃した際に巻き込んでしまうことがないように、彼女とプリズ魔の間にバリアを展開し、同時に念動力で、少女を包み安全な場所へ動かすために。

 だが、その時。またも信じられない手応えが、スカルゴモラの脳裏を走った。

 

 女の子を包み込もうとした念動力場が、切り裂かれたフィードバックが、その脳を揺らしていたのだ。

 しかも、その感覚は――スカルゴモラにとって、覚えのあるものだったからこその、二重の驚きが襲いかかってきた。

 

「(リガトロンの……鎌……!?)」

 

 たった今脳裏を走ったのは。思い浮かべたそれに、怪獣念力の拘束を無効化された時と、まるで同じ感覚だった。

 そのために一瞬歪んだ視界が、正常に戻った時。スカルゴモラはさらなる異変を目の当たりにした。

 

「(え……っ!?)」

 

 スカルゴモラが念力を行使したのと同時。プリズ魔の行く手に先回りし、少女を庇おうと降り立った、ウルトラマンジードのその背後で。

 修道服の少女は――その背から、先端に鉤爪を備えた、八本の黒い触手を生やしていた。

 

「(お兄ちゃん、気をつけてっ!)」

 

 結晶化光線を被弾しながらも、それどころではない異常を前に、スカルゴモラは警告を発した。

 だが、それを受けたジードが、状況を把握し身構えるよりも早く。触手から光の膜のような物を展開して、歪な翼として拡げた少女は自ら――弾丸のような勢いで、バリアを避ける軌道を描いてプリズ魔へと飛んで行き、罅割れた隙間から、その内部へと侵入していた。

 

「な――っ!?」

 

 モノトーンの長い尾を引いて飛翔する姿を、辛うじて目撃しただけとなったジードは、何が起きたのかを理解しきれていない様子だった。

 一部始終を見守っていたスカルゴモラにとっても、それは同じことだった。

 

 そうして、異形の少女が潜り込んだその先――瀕死の重傷を負っていた、光怪獣プリズ魔は。

 スカルゴモラもジードも、今は攻撃を加えていないというのに、カタカタと震え出し。賛美歌のような鳴き声を、音の大小をめちゃくちゃにして発しながら、体内に灯していた核となる青い生体光を、激しく点滅させ始めた。

 まるで、限界が近いウルトラマンの、カラータイマーであるように。

 

 異様な光景の圧力に、兄妹が呑まれていると――やがて、プリズ魔の体内から光が消えて、歌が止んだ。

 次の瞬間、中から迸った稲妻とともに。長大な白い尾が、その無機質な骸を貫いて飛び出した。

 

「うふ、うふふふふふふふ……!」

 

 プリズ魔の外殻を震わせ、幼い――しかし人間の童女が発するには大き過ぎる笑い声が、外へと漏れ出る。

 

 そして、衝撃的な光景は、まだ終わらない。

 

 続けてプリズ魔の全身を、内側から食い破って伸びた四対の黒い触手――何十倍にも巨大化していることを無視すれば、まさにあの少女の背から生えていたのと……そして、かつて戦った、究極超獣のそれと瓜二つの形状をした触手が反り返り、その先端をプリズ魔の残骸に突き立てると、何の遠慮もなしに引き裂いた。

 

「ごちそうさま――!」

 

 そうして、卵の殻を脱いだ雛のように。プリズ魔に隠れていた中から、捕食者がその真の姿を現した。

 文字通り八つ裂きに引き千切ったプリズ魔の残骸を、光に還しながら――爪を介してその触手の中へと吸収して行く存在は、究極超獣ベリアルキラーザウルスを連想させる形をしていた。

 だが、違う。触手の数が倍も多いとか、そんな程度の問題ではなく。二周りほど小さなシルエット以外は、余りに容姿がかけ離れていた。

 

「ベリアル融合獣……!?」

 

 ジードが、逼迫した様子で疑問の声を発した。

 

 ――それは金色の鎧を身に着けた、細身の白い竜だった。

 体色は屍蝋のような白を基調としつつ、全身に赤いラインを添えた黒い斑点模様を走らせていた。

 籠手と一体化した両腕は長い爪を備えているのに、後ろ脚には指もない。先端が漆黒の三日月状で、一定の周期で互い違いに回転するアンテナのような、独特の一対の角を頭部に生やした、二足歩行の異形の竜。

 

 それと酷似した姿を、培養合成獣スカルゴモラも朝倉ルカとして知っていた。

 スカルゴモラと同じ、ベリアル融合獣――かつてウルトラマンジードと交戦したその一体、サンダーキラー。

 

 だが、サンダーキラーの体色――首から尾の先端まで、背面で表出していた血の滲んだような赤い色素が、黒と見紛う濃い青に入れ替わっていた。さらに、ちょうどスカルゴモラの背中の八本角と同じ位置から生える先述の触手や、その後ろに備わった未成熟な翼のような器官。両の肩当てには無数の棘を備え、さらには右手同様の巨大な鉤爪が左手にも備わっているという、細部の違いも無視できない。

 

〈感知されるエネルギーの組成は、ベリアル融合獣のものとも似ていますが、決定的に異なってもいます〉

 

 そんな兄妹の疑問に答えるように、状況を分析していたレムが告げる。

 

〈この存在は、ベリアル融合獣よりも、ヤプールが作る超獣そのものと――そして、あなたの方が近いようです、ルカ〉

 

 謎の怪獣――否、超獣の胸元には、蛾とも、隙間を埋めた異形の斜め十字架とも見えるような赤い模様が浮かんでいて。その中心に嵌められた、スカルゴモラの物と同じ、紫色の球体からは……寸前まで、プリズ魔の中に囚われていたはずの赤と青の双つの輝きが、蠱惑的に瞬いていた。

 

「これで……お姉さまとおそろい」

 

 謎の超獣は、金色の兜に覆われた無貌の頭部を、スカルゴモラの方へと向けた。

 目がない顔からの、見えない視線を浴びると同時に。レムの解説から、培養合成獣スカルゴモラは――そしてウルトラマンジードは、一つの確信染みた予感を、その胸に抱いていた。

 立ち尽くす光の巨人と、培養合成獣の双方へと。メタフィールド内の張り詰めた空気を全く気にしていない様子で、怪獣を越える生物兵器として創造された超獣は語りかける。

 

「やくそく、したよね。お兄さま、お姉さま」

「(お兄さま、お姉さまって――!)」

「……まさか」

 

 

 

「ねぇ、いっしょにあそびましょ?」

 

 

 

 その言葉とともに。新たに出現したベリアルの子――究極融合超獣サンダーキラーザウルスは、同じ遺伝子から先んじて造られていた、二つの生命へと。

 表情のないその顔で、無邪気に、不敵に、笑いかけていた。

 

 

 




第七話Cパートあとがき



 ここまでお読み頂きありがとうございます。
 いよいよ公式時系列との整合性がガチガチな時期を抜けた先のネクスト・ステージということで、今回からはさらに独自色を強めています。公式と矛盾はしないというのは公式が言及していないところを全て独自解釈しても良いという意味ではないですが、はい。
 ということで、タイトル的に予想されていた方も多いと思われますが、遂に公式で一切存在の可能性について言及されていない、本作独自の新たなリクくんの妹が出てきちゃいました。
 一応、今後公式で非ベリアル融合獣のサンダーキラーが登場した際に、肩書が違うと嫌なので完全に別存在にしたい、という意図で少し捻った設定としておりますが、TV放送されている作品のノベライズ想定と言いながら、恐ろしく操演に向いていない造形ですね(今更)。また、独自設定や独自解釈ながらもリトルスターやベリアル融合獣が話の軸になるのはジードの二次創作らしくなって来たかなという気持ちもしております。

 公式様の設定や展開と可能な限り齟齬が出ないようにしよう、という心がけ自体は変わらないつもりですので、どうか今後ともよろしくお願いできれば幸いです。



 以下、現時点で言及可能ないつもの公式設定との乖離を言い訳する独自設定の解説、という名のいつもの雑文。



・メタフィールド
 拙作中ではメタフィールド内でウルトラマンが強化される、とレムが述べていますが、実はあくまで「ウルトラマンネクサスが本来の力を発揮できるようになる」止まりで明言されていない設定なのを、対となるダークフィールド系列の亜空間内では「闇の巨人やスペースビーストが強化され、ウルトラマンの力が減退する」という設定の拡大解釈した形になります。本物ではなくリトルスター由来の能力なので微妙に違う、というのは本編でも度々見られた描写ということで、ご容赦ください。


・レムが言及するジードがスカルゴモラの念力に出力で勝り、応用で劣るというのは、本編中でウルトラ念力を用いた技がまるでなく、超能力戦士という側面も特に描かれていないための拙作内での設定になります。バリアやスラッガー等、ベリアルの息子だけはあり、ジード自身もウルトラ念力を使えることは間違いないはずなのですが、一応(ロイメガなんか本体が念じるだけで相手を倒せても良いぐらいの素材なんですが、本編では披露されませんでしたね……)。



ウルトラカプセルナビ


・光怪獣プリズ魔
身長:35m
体重:1万8000トン
得意技:プリズ魔光線(結晶化光線)


 光が極限まで圧縮され、物質化された怪獣。
 初めてその存在が確認されたのはM78ワールドの地球を、『帰ってきたウルトラマン』ことウルトラマンジャックが防衛していた頃。
 南極の氷の中に閉じ込められていた光生命体で、世界各地の灯台を襲う。結晶化光線を放ち対象物を光の結晶体に変え、消滅せしめる。昼は活動しないが、夜は光を放つものを狙う習性がある。外からのあらゆる攻撃が通用せず、ジャックをも苦戦させた。
 南極に閉じ込められていたことから冷気が弱点の一つと見抜かれるもなお耐え抜き、そこへ自らの身体を小さくしてプリズ魔の内部に飛び込んだジャックのスペシウム光線により、急激な熱膨張を起こしてようやく撃破された強敵。

(ここまでが公式の映像作品に登場した個体の設定であり、以下は、拙作独自の解釈により付与された設定)

 光量子コンピュータの理論と同様に、光を情報伝達の手段とし、その膨大な処理能力で物質的な干渉力まで獲得することで活動する、光量子情報生命体の一種。

 光の結晶である体は強固であるのみならず、その単純さ故に、外部からの光学干渉は基本的に餌として全て無効化・吸収してしまう。
 さらに、日中活動しない間、姿が消えるのは、日光に満たされている間は捕食範囲を拡げるために拡散し、その姿が光量子に戻っているため。

 自身という光量子情報体を凝縮し、外部の存在を光量子情報に変換して取り込まなければ情報代謝を維持できない夜間と異なり、太陽から充分な光量子を得られる日中ならば結晶化せずとも存在できる=日中ならばいつでも光量子化することができるため、結晶体の強度のみならず物理攻撃もほぼ無効化、さらには再結晶化することで結晶体を新生し、それまでに受けた外傷をなかったことにしまえる恐るべき能力を持つ。

 本来、昼間は太陽光を浴びているだけで満足していたのをリトルスターの輝きが惑わし、昼間でもなお実体化して個別捕食に走らせる異常行動を招いた。その結果、本来披露されるはずのないその真価を、文字通り白日の下に晒すこととなった。

 さらにこれらに加えて、結晶化光線で物体を結晶化/光量子情報化させて吸収するという食性から、リトルスターを宿していた生物を捕食する際、分離も霧散もさせずリトルスターごと取り込むことができたため、ウルトラマンに祈る以外の形でのリトルスターの除去・後天的な獲得に成功している。
 なお「祈り」と区分できるような精神活動は行わないため、本来プリズ魔に取り込まれたリトルスターの回収は不可能となる。

 最終的に、自身の光量子情報を維持するグレアム配列の構造自体に大打撃を受けた後、究極融合超獣サンダーキラーザウルスが同じく光量子情報生命体の怪獣リガトロンからラーニングしたエネルギー吸収能力によって、二つのリトルスター諸共に捕食される最期を遂げた。




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第八話「その血の運命」Aパート




 本日放送の『ウルトラマントリガー』第14話、また展開被りっぽい描写があってたびたび運命を感じますね……!
 拙作も現時点では2クール構想なので、まず間違いなくトリガーに先に完結されるでしょうが、今後もこういうことがあるのか楽しみです。





 

 

 

 ……地球人類が存在するのとは違う、異次元の世界。

 その支配者である怨念は、静かな思索に耽っていた。

 

 

 

 ……あなたは確かに、私たちより遥かに大きな闇の存在――だけど、それだけでしかない!

 

 

 

「……認めてやろう鳥羽ライハ。我らもまた変わらねば、先には進めぬということをな!」

 

 ちっぽけな地球人如きに敗北した際、浴びせられた侮蔑の言葉を、異次元の支配者は是とした。

 

 暗黒の化身、異次元人ヤプール――その勢力は、もう幾星霜を重ねた長い年月、増すことはないままであるということを。

 

 敗れ去る度に、ヤプールは怨念の力で強くなり、蘇り続けた。個を捨て、肉体を捨て、概念と化し、滅びを越えた。

 到達点として、ヤプール全ての怨念を結集した最強の戦闘形態である、究極超獣の創造にも成功した。

 

 だが、その後も。ヤプールは一度も勝利を掴むことなく、敗北を続けて来た。

 究極超獣を生み出してからというもの。ヤプール自身のパワーアップや、既存超獣全般のヴァージョンアップは続けてきたものの――革新には、恵まれなかった。

 

 同じく陰の気の結晶たる宇宙の歪み、幻影宇宙帝王を利用しても。能力を向上させた究極超獣を、何度生み出しても。ヤプールは敗北を重ね、かつてのような、征服者の地位からは転落したままだった。

 それは決して、ヤプールが手緩くなったためではなく。ウルトラマンキングの巫女が告げたように、ヤプールには、既に極めた闇しかなかったからだ。

 

 発展の袋小路に陥ったままでは未来永劫、敗北し続けるだけ。

 ならば、どうするか――答えは決まっている。

 

「これより、新たなる究極超獣の合成を開始する――!」

 

 底上げを続けるだけではなく、到達点と定めた極限こそを突破する。

 限界を越えるため、ヤプールはこれまで避けていた、幾つもの新たな試みに挑んでいた。

 

 自らの器として産み出す従来の究極超獣、その肉体に宿ることなく、ただの素材として超獣製造機に溶かし。

 かつて超銀河最終戦争(オメガ・アーマゲドン)に参戦した存在の中で、個として最強を誇った命から、究極超獣が掠め取ることに成功した生体サンプル――怪獣を越える生物兵器、その極点でさえ及ばぬ邪神のカケラ。厳重に保管してきた、ヤプールが有する中で最も強力な生体資源を、惜しみなく投入し培養する。

 そして、手を出すことを避けてきた天敵、究極生命体の因子を組み込まれた、怪獣使いたるウルトラマンの遺伝子を、強大な二つの存在、さらにこれから奪い取っていく数多の力を繋ぐための触媒として、厳重に制御した上で注ぎ込む。

 

 ……今からヤプールが産み出すのは、次世代の究極超獣だ。

 禁忌としたレイオニクスの遺伝子を組み込み、今までにない力に手を伸ばしながら。さらに仮想敵に備え、初めての完全自律思考を――すなわち正と負、陰陽の揃った心を宿した、今までにない一個の生命としての超獣を、造り出す。

 

 ……最初は平坦な心だろうと、他者のそれを後から闇に染めることなど、ヤプールの得手とするところに過ぎない。

 丹念に育てれば、充分コントロール下に置くことができるはずだと。緻密な計算の上で、ヤプールは新たなる最終兵器の育成に心血を注いだ。

 

「まもなくだ! 次代の究極超獣が生まれ、新たなる滅亡の邪神として羽化し――自らの心で、全てのウルトラ戦士を! 全てのレイオニクスの末裔を! そして、ベリアルの子らを抹殺するのだ!」

 

 稼働する超獣製造機を前に、暗黒の征する未来を思い描いていたその時、ヤプールは気がついた。

 自らの居城とするこの異次元空間に――ヤプールと、その配下である超獣以外の何者かが、新たに存在しているということに。

 

「――なっ、貴様は……っ!?」

 

 次元規模の怨念の集合体として存在する異次元超人ヤプールが、焦燥のまま振り返る。

 その時を境に。異次元は暫しの間、またもその支配者を喪うことになった。

 

 ……それが、ほんの数日前のことで。

 ヤプールによって産み落とされた新たな超獣は、今。同じ遺伝子から先んじて造られていた、二つの生命との邂逅を果たしていた。

 

 

 

 

 

 

 戦闘用不連続時空間、メタフィールド。

 ウルトラマンネクサスのリトルスターを受け継いだ培養合成獣スカルゴモラが生み出した、存在と非存在の可能性が変化し続ける亜空間。

 その一角で、ウルトラマンジード・ウルティメイトファイナルは妹とともに、突如出現した異物と対峙していた。

 

「――待ってくれ。君は、何者なんだ?」

 

 隔絶されたはずの世界への侵入者。

 かつてのベリアル融合獣と似通った姿に、究極超獣の特徴を併せ持った生命体。

 幼い少女の姿で、そして体高五十メートルを越える異形の竜としての正体を現した今もまた――リクとルカの兄妹を、「お兄さま、お姉さま」と呼ぶ謎の存在に対して。

 立ち尽くしていたウルトラマンジードは、強烈な胸騒ぎを覚えながらも、何とか疑問の言葉を絞り出した。

 

「わたしは究極融合超獣サンダーキラー(ザウルス)

 

 果たして、ジードの問いかけに対し。八本の黒い触手を蠢かせる青白い竜は、自らを『超獣』と宣った。

 

「ヤプールがベリアルの血から作った新しい究極超獣で……お兄さまとお姉さまの、妹だよ」

 

 そして、予想した通りの――外れていて欲しかった正体を、口にする。

 ウルトラマンとレイブラッドを憎悪する異次元の悪魔・ヤプール製の生物兵器にして、リクたちと同じ、ベリアルの子。

 その出自が、意味することは――

 

「だから……ねぇ、あそんで? お兄さま、お姉さま」

「(待って……待ってよ)」

 

 この後予想される展開へ戦慄するジードと、入れ替わるように。あるいはまだ、この現実を受け入れられないがために。

 姉と呼ばれた培養合成獣(スカルゴモラ)が、妹を名乗った究極融合超獣(サンダーキラーS)へと、次なる疑問をぶつけていた。

 

「(遊ぶ、って。あなたはいったい、ヤプールから何を命令されているの……?)」

「なんにも」

 

 スカルゴモラの思念に、サンダーキラーSは呆気なく首を振って答えた。

 

「ヤプールはお兄さまとお姉さまをまっさつするために、わたしを完成させようとしていたけど……作りはじめてすぐ、いなくなっちゃったから」

 

 だからヤプールのことなんてどうでもいいと、そう語る超獣の姿に、ジードは思わず緊張が緩むのを感じた。

 

「君は……ヤプールに従っているんじゃ、ないのか?」

「うん、そうだよ」

 

 ジードの問いかけに、サンダーキラーSは淀みなく頷いた。

 

 ――なんだ。そういうことなら、話は別だ。

 

 敢えて、自分たちと同じ血を引いた超獣を産み出し、ジードとスカルゴモラを抹殺するための刺客として差し向けて来た……なんて、悪意に満ちた手法、ヤプールならやりかねないとは思ったが。いや、現に企んでいたそうだが。彼女の言葉が真実なら、どうやらそれは既に失敗していたらしい。

 それなら、本当にただ、新しい妹が会いに来てくれただけで――家族を苦しめていた光怪獣プリズ魔との戦いにも駆けつけてくれたと、そういうことなのだろう。

 安心して、大きく一息吐いたジードは、ゆっくりと新たな妹に呼びかけた。

 

「何だ、そういうことなら……ありがとう、色々と助けてくれて」

「お兄さま……! ふふ、どういたしまして」

 

 ジードが受け入れる姿勢を見せたからか、サンダーキラーSは声に喜色を滲ませて、返礼の言葉を口にした。

 代表して喋るジードの様子を見ながら、スカルゴモラも異を唱えないのは、彼女も同じ気持ちだからだろう。

 

〈……リク、油断しないでください〉

「レム、わかってる。でも、まずは話を聞いてみよう」

 

 ジードライザーを介し、亜空間まで通信を届けるレムの助言を敢えて振り払い、ジードはサンダーキラーSの様子を窺うこととした。

 果たして。新たな妹を名乗る超獣は嬉しそうに、期待のまま、一本の白い尻尾と、八本の黒い触手を揺らしていた。

 

「じゃあ、あそんでくれるの……?」

「約束していたもんね。次に会ったら、って……それで、何して遊ぼうか」

 

 彼女を製造する最中に、ヤプールが居なくなったという気になる情報もあるが――既に何度も待たせて、こちらの質問に答えて貰ってばかりだ。

 だから、今度は相手の希望を尋ねてみようとしたジードは、続く返答に間の抜けた声を漏らすことになった。

 

「怪獣ごっこ」

「え……っ?」

「怪獣ごっこ、しましょ」

「いや、怪獣ごっこって……」

 

 そもそもごっこも何も、自分たちは本物のウルトラマンに怪獣と超獣じゃないか、とジードは内心でツッコミを入れてしまった。

 だが、兄の困惑した様子に気づかないのか、サンダーキラーSは淡々と続ける。

 

「見てたよ、わたし……二人とはじめて会った時。よその子たちが、きょうだいで怪獣ごっこしていたの」

 

 その景色のことは、ジードもよく覚えていた。それを見たルカが、沈んでいた表情を輝かせたのも。

 新たな妹だというこの超獣にとっても、どんな理由であれ、それは確かな思い出となっていたようで。

 

「だからわたしも、怪獣ごっこがしたいの。それがきょうだいのあそびかたなんだよね?」

「……いや、それは……」

 

 別にそれだけではない、と思いながらも。そういう遊びをしている子供達が居ることを否定するのも躊躇われて、ジードはつい言葉を濁す。

 ――でも、ごっこなら良いのかな、と思いかけた時には、既に。

 

「それじゃあ、しょうぶだ! ウルトラマンジード、スカルゴモラー!」

 

 究極融合超獣が伸ばした触手が、四本ずつ、ウルトラマンジードと培養合成獣スカルゴモラに襲いかかってきていた。

 

「ちょ――っ!?」

 

 抗議の声を出し切る前に。超音速で迫った触手を、迎撃すべきかも迷っていた間に、四肢を絡め取られて。

 その触手が纏っていた高圧電流に痺れさせられながら、驚異的な膂力で締め上げられたジードは、同様の状態のスカルゴモラともども、軽々と宙に持ち上げられてしまっていた。

 

「べりあるじぇのさんだー」

 

 そして次の瞬間、さらに強烈な雷撃が、ジードとスカルゴモラに注ぎ込まれた。

 

「――うわぁあああああああああっ!?」

「(きゃあああああああああああっ!?)」

 

 敵意も、殺意も、害意も感じられず、故に対応が遅れていた兄と姉に対して。サンダーキラーSは容赦なく、父ベリアルに由来する電撃技を、その触手から流し込み続ける。

 

「ルカ――! この、やめろ、離せ……っ!」

「えぇー? ……はーい」

 

 スカルゴモラの苦しむ姿に、感電していたジードが思わず語気を強めると。不服そうな様子ながらも、サンダーキラーSは頷いて、触手を撓らせて二人の身柄を投げた。

 その巨体が赤い空を切り裂いて、兄妹揃ってメタフィールドの大地に転がる前に。スカルゴモラを受け止めようとしたジードは、一瞬、視界が金色に染まると、元の青空の下に自分たちが戻ってきたことを知った。

 

「あら――お姉さまの作ったせかい、きえちゃった」

 

 サンダーキラーSが景色の変化へ気を取られている隙に、ジードはスカルゴモラと大地の間に身を潜らせ、妹と星山市、その双方が受けるダメージを和らげることが間に合った。

 

「(お兄ちゃん、大丈夫――!?)」

「……平気だ。ルカは、休んでて」

 

 身代わりになったジードを、痺れたままでも、慌てて体の上から退いたスカルゴモラが気遣おうとしてくれる。それを制しながら、ジードは身を起こした。

 もちろん、光怪獣プリズ魔の戦闘から引き続き、究極超獣の先制攻撃を受けて、全く無傷というわけはないが――その条件は、スカルゴモラも同じ。

 むしろ、プリズ魔からの被弾数が多く、何よりその生命力を亜空間へと変換し、その維持が叶わなくなったスカルゴモラの方が消耗しているのは、真っ直ぐ立つことも覚束ない様子を見れば明白だった。

 

「――やめるんだ、サンダーキラー……」

 

 ザウルス、まで言い切るには、名前が長過ぎた。

 本人は遊び感覚だとしても、危険過ぎる行為を迫る超獣を制止しながら、スカルゴモラへ治癒光線を放とうとしていたジードは振り返ったその時、自由になった触手が既に、自分たちを照準していることに気がついた。

 

「じゃあ、こんどはわたしのおほしさま、見せてあげるね――!」

 

 張り切る様子の究極融合超獣の胸にある、カラータイマー状の器官。そこに浮かんだ赤と青の輝きが、それぞれ左右に伝わって行き――彼女の末端となる八本の触手、その鉤爪の中央が発光する。

 

「ふぉとんえっじ! ふぉとんくらっしゃー!」

 

 一瞬、上を向いた触手の先端から伸びた光の刃が、鉤爪が振り下ろされるのに合わせて鞭のように伸び――ジードとスカルゴモラ目掛けて、八条の光線となって降って来た。

 

「――っ!」

 

 咄嗟にジードは、ウルティメイトバリアを展開。回復を阻止され、消耗したままのスカルゴモラもまた、余力を振り絞った怪獣念力で光子障壁を重ねるようにして生成する。

 だが、寸前まで戦っていた強敵プリズ魔が使っていた際の、さらに四倍となった光の刃は消耗したスカルゴモラの光子障壁を易々と切り裂く。その分威力を減衰しながらも、ウルティメイトバリアにまで強烈な負荷を加えてくる。

 

「(この、おい、妹!)」

「なぁに? お姉さま」

「(こんなことやめろ、おまえ! 全然遊びじゃないよこんなの!)」

 

 防御を続けるジードと代わるようにして、スカルゴモラがサンダーキラーSを叱りつける。

 そうすると、ウルティメイトバリアを襲っていたフォトンエッジとフォトンクラッシャー、赤と青の光子の奔流がたちまちに消え去り、ジードは力みを解くことができた。

 

「そっか。そうよね……」

 

 自慢していたリトルスターの輝きを、どこか寂しそうに見つめる究極超獣。

 あまりに消沈するものだから、見ているジードもどこか、居た堪れない気持ちになっていると、またサンダーキラーSの声が響く。

 

「お兄さまもお姉さまも、さっき見たばっかりだから、楽しくないよね……」

「(いや、そういう意味じゃなくてね……)」

 

 ズレた理解を示す究極融合超獣に向けて、何と言ったものか、ジードと同様に戸惑うスカルゴモラ。

 危険だからやめろ、と伝えるのが間違いないのだが――困ったことに、光怪獣プリズ魔から奪った二つのリトルスターから得た力、ウルトラマンガイアとアグルの必殺光線を八発も同時に浴びせてきながらも、やはりサンダーキラーS自身からは、何の害意も感じ取れない。

 究極超獣の力を発揮するのが危険であるということを、彼女自身が認識できていないと見受けられるのだ。

 

「……こんな攻撃を受けたら、僕らでも大怪我しちゃうよ」

 

 ならば、どうしてやめなければならないのか――それを伝えるところから始めようと、ジードは語りかけ始めた。

 

「もしかしたら、怪我じゃ済まないかも……とにかく、凄く痛いから、やめて欲しい」

「どうして?」

 

 そこで、サンダーキラーSは小首を傾げた――そこに、何の悪意も含まずに。

 

「どうして、って……痛いのは、誰だって嫌だろ」

「そうなの? わたしを作っている時、ヤプールは言っていたんだよ? 今までの超獣は痛みを感じる心がなかったから、だめだったって」

 

 呆気に取られそうになったジードの言葉に、サンダーキラーSは素直な様子で問いを返した。

 

「だから、痛みを感じられる方が、いいんでしょ?」

「――離れろ、ウルトラマンジード、スカルゴモラ!」

 

 その時。街角に出現した新たな巨影が既に、青い光を蓄えていることを。相手に呼びかけられてようやく、ジードは気がついた。

 

「ゼナさん――!?」

 

 駆けつけたのは、時空破壊神ゼガンと――それを駆るAIBの上級エージェント、シャドー星人ゼナだった。

 ゼガンは既に、胸部の主砲のチャージを終えていた。

 

「究極超獣だろうと、この攻撃が防げないことは既に判明している――!」

 

 プリズ魔という脅威の襲来に対して、相性上完封されてしまうために待機していたゼガン。それが続けて出現した究極融合超獣への追加戦力として、たった今参上したらしい。

 直前の、ジードたちとサンダーキラーSのやり取りはおそらく、聞こえていないまま。

 

「待って――っ!」

 

 そしてジードが制止の声を掛けるより早く、ゼガンの主砲、時空転送光線が発射された。

 

 それはベリアル融合獣サンダーキラーがジードを苦しめた、正面からの光線を吸収し撃ち返す反射技・キラーリバースの発動も許さない、角度とタイミング。

 究極超獣ベリアルキラーザウルスが見せた、次元に穴を空けることによる防御も、同じく空間構造体に干渉するこの光線の前には意味をなさない。

 故に、間違いなく直撃し――その光線の威力で傷つけ、もしかすれば時空の彼方へと追放してしまうかもしれないという結果を、ジードが想起した、その頃には。

 

「きらーとらんす」

 

 サンダーキラーSは、口走った単語を合図に、その姿を変化させていた。

 

「プリズ魔・ぷりずむ……!」

 

 ゼガントビームが放たれたと同時。全身を白く眩い――まさに光怪獣プリズ魔を想起させる結晶状に体表を変化させたサンダーキラーSは、時空転送光線を浴びても傷一つ負わず、その光を消し去るように吸収してしまった。その中に含まれていた、時空の因子の働きまで無力化して。

 ジードと、スカルゴモラと、ゼナとゼガン、四者が揃って驚く中で。精緻な水晶の彫刻のようになったサンダーキラーSは、そのまま触手の一本をゼガンへ向けた。

 

「ぜがんとびーむ」

 

 そうして、その単語を口走ったと同時に。ゼガンが先程放ったのと瓜二つの青い輝きが、サンダーキラーSの触手から放たれた。

 突然の事態に、回避行動の間に合わなかったゼガンを、究極融合超獣が放った時空転送光線が直撃。被弾に苦鳴を発するゼガンを、続けて発生した次元の裂け目が呑み込んで、呆気なくこの時空から追放してしまった。

 

「……あ」

 

 リトルスターもろとも、プリズ魔を取り込んだだけではなく。その光を捕食する特性まで再現を可能とし、さらにはそれでゼガントビームを吸収し、我が物として扱ってみせる。

 そんな恐ろしい能力の片鱗を見せたサンダーキラーSは、元の姿へ戻った後になって気づいたようにして、ジードとスカルゴモラへと顔を向けてきた。

 

「――今の怪獣さん、お兄さまたちのおともだち?」

「(……そうだよ。ゼガンは私の友達だったのに、よくも――!)」

 

 仲間であることは間違いないが、とゼナのことを思い浮かべていたジードの隣で、何度もゼガンと共闘したスカルゴモラが肩を震わせていた。

 

「そうなんだ……じゃあ、なかまに入れてあげたらよかったのかな?」

 

 姉と呼ぶ怪獣から怒りを向けられていることに、気づいているのかいないのか。究極融合超獣は、呑気に過去を省みる。

 

「――でも、おともだちもああだったから、やっぱりいいのね? 怪獣ごっこしても!」

 

 それから、一人で勝手に納得した様子のサンダーキラーSは、再びその触手の群れを走らせた。

 

「く……っ!?」

 

 スカルゴモラを連れて逃げることはできない、攻撃の速度と密度。

 妹を庇って再びウルティメイトバリアを展開したジードだったが、触手の鉤爪が直接触れに来ると、その打撃力以上に光子障壁の強度が低下することに気づいた。

 

〈どうやら、複合怪獣(リガトロン)が持っていた特性を、究極融合超獣の鉤爪も有しているようです〉

 

 状況を訝しむジードの疑問に答えるように、解析した現状報告をレムが行う。

 

〈プリズ魔の能力と違い、キラートランス……ウルトラマンビクトリーを模倣したヤプールの技術を用いていないのは、最初から備わっていたのか、肉体変化を要さずに再現できるからかは不明ですが、あの爪に触れるだけでエネルギーを奪い取られてしまいます〉

 

 このまま触手に襲われ続ければ、すぐに防壁を突破されることを悟ったジードは、苦渋の決断で片手をバリアから外した。

 

「――ウルティメイトリッパー!」

 

 空いた手で作ったのは、高速回転する手裏剣状の切断光輪。エネルギーを光線ではなく、刃の形に凝縮した特殊な攻撃だ。

 今の時点で、見て取れる範囲では。サンダーキラーSの攻撃力は、あの触手が大部分を占めている。

 それを切り落とし、鎮圧することを選んだジードは、妹を名乗る究極融合超獣に対して光輪を投げつけた。

 しかし、苦悩に満ちた一撃は、呆気なく。黒い触手が、一瞬で白い結晶状に変化したかと思うと、そのまま吸収される形で消え去ってしまったのだった。

 

「――しまったっ!」

「お兄さま……! やっとあそんでくれるのね――!」

 

 決意の反撃が、むざむざと吸収されて終わってしまったことを、ジードが悔やむと同時に。

 一方的に仕掛けるだけではなく、遂に反撃を受けた事実を、むしろ相手をして貰えたと喜びに変換したサンダーキラーSは、一度触手を引っ込めた。

 

「うれしい……お兄さまが教えてくれたわざ、いっぱいためさなきゃ――!」

 

 狂喜したように叫ぶサンダーキラーSは、再びその触手を放射状に展開した。

 

「うるてぃめいとりっぱー!」

 

 そうして、サンダーキラーSの八本の触手、そのいずれもの先端に、ジードが先程投擲したのと同型の光の巨大手裏剣が出現し、剥き出しの電動丸鋸のようにして高速回転し始める。

 

「そぉーれっ!」

「(ひぇっ!?)」

 

 触手の撓る、遠心力まで載せて。投擲するのではなく、手持ち武器のようにして叩きつけてくるのを、ジードはギガファイナライザーで受け止める。巨大な光輪が迫る恐怖に思わず悲鳴を漏らすスカルゴモラを背に庇い、ジードは迫る猛攻を弾き続ける。

 だが、捌けたのは最初の四本まで。次を止める前に、最初にウルティメイトリッパーを弾かれた二本の触手がジードの両腕に巻き付いて、ギガファイナライザーを保持する力を阻害し、五本目の触手が閃く勢いのまま、赤き鋼を投げ出させた。

 

「(お兄ちゃん、危ないっ!)」

 

 無手となり、拘束され、隙を晒したジードを襲う六本目を、スカルゴモラが最後の力を振り絞ったバリアで防いでくれた。だがただの一撃で強度限界を迎えたバリアは砕け散り、その奥では――

 

「これでわたしのかち――!」

 

 七発目と八発目のウルティメイトリッパーを融合させ、一際巨大な――それこそ大きさだけならばあのウルトラマンオーブの最強形態、オーブトリニティのトリニティウム光輪に並ぶサイズの凶器を生み出したサンダーキラーSが、それを保持する二本の触手を思いきり振り被り終えていた。

 そうして究極融合超獣は、息を呑む光の巨人と培養合成獣目掛けて。二キロメートルを越す上空から、超音速で触手を振り下ろし――

 

「――やらせるかよっ!」

 

 そこに、横合いから駆けつけた銀色の流星が、巨大な光輪を弾く様を、兄妹は揃って目撃した。

 

「――ったく。別件で来たっていうのに、いきなり賑やかじゃねぇか」

「……あなたは、だぁれ?」

 

 巨大ウルティメイトリッパーを弾かれ、八本の触手を縮めて間合いを改めたサンダーキラーSは、乱入者への誰何を発した。

 だが、ウルトラマンジードと……培養合成獣スカルゴモラは、大地を揺るがし降り立った、巨人の正体を知っていた。

 

「俺はゼロ――ウルトラマンゼロだ!」

 

 翼のような銀色の鎧。そして巨大光輪を弾いた手甲と一体化した剣を、左腕のブレスレットへと変化させながら。すっくと立ち上がるとともに、究極融合超獣へと高らかと名乗りを上げたのは――一月ぶりにこの地球を訪れた、ジードの一番の戦友である光の巨人、ウルトラマンゼロだった。

 

 

 

 

 

 

「ウルトラマンゼロ……知らない名前」

「この無敵のゼロ様を知らないとは――さては潜りだなてめー」

 

 触手をくねらせるサンダーキラーSと最前線で対峙しながら、突如現れたウルトラマンゼロは、小馬鹿にした様子で鼻を鳴らした。

 

「……おまえこそ何者だ。ベリアル融合獣なのか、それともヤプールの――」

「わたしは究極融合超獣サンダーキラー(ザウルス)。ヤプールの作った超獣で、そこにいるお兄さまとお姉さまの妹だよ」

 

 返答に、流石のゼロも驚きを隠せない様子でジードとスカルゴモラを振り返った。

 

「――兄妹喧嘩……って様子でもなさそうだな」

「うん。怪獣ごっこしているだけだよ」

「随分過激なごっこ遊びだな。……ジードもルカも、ボロボロになってるじゃねーか」

「うーんと……それってだめなの?」

「――おいジード、それとルカ。とりあえずこいつ、代わりに躾けさせて貰うぞ」

「待って、ゼロ……」

 

 拳を鳴らすゼロに、兄は返答に困っている様子だった。スカルゴモラもまた、立っているのがやっとの状態で、適切な回答が思いつかずに困惑する。

 

「――何にせよ、もうやめろ。近所迷惑だ」

「なんだかヤなかんじ……」

 

 一方、金色の兜に包まれた表情のない顔に、ムッとしたような気配を漂わせたサンダーキラーSもまた、ゼロへの嫌悪感を口にした。

 

「あなたとはあそびたくないから、どこか行ってよ」

「それはこっちの台詞だ。大人しく退かないっていうなら、腕尽くで大人しくさせてやるぜ!」

 

 言うが早いか、ゼロはサンダーキラーS目掛けて駆け出した。だがその時には既に、出迎える究極融合超獣も攻撃態勢に移行していた。

 プリズ魔の破壊活動で生まれた更地を走るゼロに対し、サンダーキラーSは口から三日月型の光刃・ライトニングカッターを連射する。

 対して歩幅を変化させ、狙いを狂わせることで躱したゼロが、爆発に紛れて空へ飛ぶ。同時、彼の頭部に装備された宇宙ブーメラン・ゼロスラッガーが脱離して、ウルトラ念力に操られて飛翔。サンダーキラーSの触手を狙うが、前列の二本にあっさりと弾き返されてしまった。

 

「べりあるですさいず」

 

 ゼロスラッガーを払った触手がそのまま閃き、ベリアルキラーザウルスも見せたウルトラマンベリアルの得意技、鎌状の切断光線が、上空のゼロ目掛けて繰り出される。

 究極超獣が扱うのは初見のはずの攻撃を、ゼロは余裕綽々で躱してみせる。しかし光刃の飛来は一度で止まず、二度、三度と、ライトニングカッターと変わらぬ連射性で発射され続け――無敵を自称するゼロをして、回避し続けることに専念させられる。

 

〈サンダーキラー(ザウルス)は、光怪獣プリズ魔の能力を身に着けています。光線技は通用しません〉

「――何!?」

 

 八度続いたベリアルデスサイズの投擲を凌ぎ、反撃に転じようとしたゼロを、レムの警告が制止したその時。烈風がスカルゴモラたちを叩いた。

 それこそが、ゼロの驚愕したもう一つの理由。人間の姿でプリズ魔に飛び込んだ際と同様、触手の間に虹色の光の膜のような物を展開したサンダーキラーSは、それを翼の代わりにして、その巨体を宙に浮かばせていたのだ。

 

「わたしも飛べるんだよ……!」

「空を飛ぶエレキング……それに、未発達だがあの翼――まさか!?」

 

 サンダーキラーSが音速突破の衝撃波を残しながら迫るのに、ウルトラマンゼロは珍しく隙を晒した格好となっていた。

 だが、前列の触手が攻撃態勢へ入る前には集中を取り戻し、縦横無尽に走るフォトンエッジと、プリズ魔が扱っていたのと同じ結晶化光線の殺到を、地上への流れ弾を出すことのない、計算し尽くされた飛行でゼロは躱していく。

 

「さんだーですちゃーじ!」

 

 尾の先端から、全身に纏っていた電流を、サンダーキラーSは本体左腕の爪に集約。かつてのベリアル融合獣であれば、ただ爪から高圧電流を流し込むだけの技だったはずが、膨大な稲妻でその五指を巨大化させたような形を作って振り抜かれ、触手に取り囲まれたゼロへと襲いかかる。

 

「甘えっ!」

 

 逃げ場がないかと思われたゼロは、左腕のブレスレットを発光させる。盾として顕現させたウルティメイトイージスでサンダーデスチャージを受け止めたゼロは、その下を潜ってサンダーキラーSの背後を取った。

 対してサンダーキラーSは、尻尾から再び膨大な稲妻を迸らせることでゼロを牽制。ゼロが攻めあぐねた隙を衝き、両肩の棘の群れ、ザウルススティンガーをミサイルとして次々と発射する。

 

「――ルナミラクルゼロ!」

 

 そこでイージスを呼び戻したゼロは、そこに宿っていた光を我が身に取り込むことで、その姿を青く塗り替えた。

 ウルティメイトブレスの力でルナミラクルゼロに転身したゼロは、再びゼロスラッガーを発射。双子の刃はゼロの身体を離れた途端、彼の超能力の働きで無数に分裂し、ザウルススティンガーの弾幕を切り刻んで全弾撃墜してみせる。そのまま無数のゼロスラッガーは、サンダーキラーSが開いた次元の落とし穴による防御を回避する軌道を描くと、究極融合超獣本体へ襲いかかる。

 刃の群れを触手で弾くも、翼代わりに飛行しながらでは流石に余裕がないのか、サンダーキラーSは地上へ降り立つ。そして振り返りながらサンダーデスチャージを再発動すると、巨大な雷の爪でゼロスラッガーの群れを掬い上げるようにして打ち弾いた。

 

「きらーとらんす」

 

 跳ね返されたゼロスラッガーを頭部に再装填したゼロが迫るのに対し、サンダーキラーSは背後の空間を割ってまたも異次元の穴を露出させると、触手の内の三本をその中に潜り込ませた。

 

「バッカクーン・ている」

 

 そして、勢いよく触手が戻ってきた時。変化したその先端は、無数の巨大キノコを生やした発光体を備えていた。

 その形状に、スカルゴモラは覚えがあった。

 

「(あれは……バッカクーンの尻尾!?)」

「知ってるの、ルカ?」

〈バッカクーンは、ジードの不在中に襲来し、ゼガンが異次元に追放した怪獣です〉

 

 兄の疑問への答えは、レムが解説してくれた通りだ。

 寄生怪獣バッカクーン。ジードの留守中、おそらくはスカルゴモラの宿したリトルスターに引き寄せられて飛来した宇宙昆虫サタンビートル、その亡骸に寄生し操っていた、冬虫夏草のような怪獣だ。

 菌糸で繋がった怪獣の死体を操るだけでなく、その残骸から栄養を吸い出すことによる不死身に近い再生力と、猛毒の胞子を放つ難敵だった。

 最終的には、ゼガントビームで処理したはずだったのだが――などと、考えている間に。割れた空の裂け目から、触手の先についた見えない糸で引っ張られるようにして、大小三つの獣の影が飛び出した。

 

 ――それは、身体のあちこちから巨大なキノコを生やした、三体の怪獣だった。

 複合怪獣リガトロン。催眠魔獣ラグストーン・メカレーター。そして全長一キロメートル近い巨体を誇る、宇宙凶険怪獣マザーケルビム。

 時期は不揃いながら、バッカクーンと同じくゼガンによって時空の彼方に追放されたはずの怪獣たち。その骸が、サンダーキラーSの再現したバッカクーンの尾から伸びた菌糸に寄生され、操られていたのだ。

 

「ヤプールは、わたしのレイオニクスの血をおさえたかったみたいだけど……これでわたしも、怪獣使いかな?」

「それじゃあゾンビィ使いだろうが!」

 

 悍ましい光景を演出しながら、無邪気に笑うサンダーキラーSに対し。三体の怪獣のゾンビを差し向けられたゼロは、まるで焦る様子もなく突撃した。

 その最中、ゼロが発光したかと思うと――その影が、三つに別れた。

 いや、影だけではなく――本当に、ゼロが三人に増えていた。

 

「ゼロが……増えた!?」

〈あれは、実体を持った分身を生み出す、ルナミラクルゼロの超能力です〉

「(そんなのありっ!?)」

 

 スカルゴモラが驚愕する間に、ルナミラクル、剛力特化の赤いストロングコロナ、そして通常時という三者三様の姿となったゼロが、各々ゾンビ怪獣と激突する。

 

 まず、生前は百万トン近い体重を有していたマザーケルビムが大地に接触し、それだけで周辺に甚大な被害を齎してしまうより前に、ストロングコロナゼロが額の鉈状の角を受け止める。

 

「ガァルネイト……バスタァーッ!!」

 

 そのまま体格差を物ともせず、空中で投げ飛ばした巨大怪獣へと、ストロングコロナゼロは拳に纏わせた炎を打ち出して追撃し、跡形もなく爆砕する。

 

「ワイドゼロショット!」

 

 爆炎光線(ガルネイトバスター)の放射時間を長くすることで、残骸を丁寧に焼き払うストロングコロナゼロの背後にて。通常のゼロが、両腕をL字に組んだ必殺光線を発射していた。

 放たれた幅広の光線は、複合怪獣リガトロンに直撃。過去の記録から、エネルギーが不足すれば装甲も脆弱化することがわかっているとはいえ、スカルゴモラの攻撃を寄せ付けなかったリガトロンを、一撃で粉砕してみせる。

 

 再生怪獣二体を瞬殺し、あまりにも無体な強さを見せつけるウルトラマンゼロ。だが残る一体、ラグストーン・メカレーターはリガトロンと異なり、エネルギーが枯渇しても装甲が弱まるという記録もない。その堅牢さは万全のリガトロンや、あの超時空魔神エタルガーにも相当し、ウルトラマンジードや超弩級怪獣グランドキングメガロスでも倒しきれなかった、強敵中の強敵だ。

 

「――オメガ・アーマゲドンで、何度倒したと思っている」

 

 だが、ルナミラクルゼロは落ち着き払った様子で、減速することなく超パワーの改造魔獣へと突進していた。

 

「目は光を受け入れる――パーティクルナミラクル!」

 

 叫びとともに。先程散々プリズ魔がしたように、全身を光量子へと変化させたルナミラクルゼロは、そのままラグストーン・メカレーターの大きな眼へと吸い込まれた。

 

「――フィニッシュ!」

 

 そして次の瞬間、立ち止まったラグストーン・メカレーターが痙攣したかと思うと、その身体を内から突き破ったルナミラクルゼロが飛び出して、徹底的に破壊したラグストーンの活動を強制的に停止させた。

 

「(うわ、えっぐ……)」

「ぜがんとびーむ」

 

 思わずスカルゴモラが引いた瞬間、何の躊躇もなしに、サンダーキラーSの触手群が時空転送光線を発射した。

 あるいは元より、ゼロの注意が逸れるこのタイミングだけを狙っていたのかもしれない。三大怪獣を撃破した瞬間、その遺体の影から時空転送光線を浴びせられたウルトラマンゼロは、自らを完全に取り囲んで発生した時空の裂け目から逃れる術を持ち合わせていなかった。

 

「さようなら、ウルトラマンゼロ」

「舐めるなよ」

 

 時空の穴との接触を先延ばしにするように基本形態の一人へ戻りながらも、ゼロは別れの言葉を告げるサンダーキラーSを指差した。

 

「この程度で今の俺を倒そうなんざ、二万年早いぜ!」

 

 だが、その言葉だけを残して。二本指を突き立てて見せたゼロは、時空の彼方へと消し飛ばされてしまっていた。

 

「これでおじゃまむしもいなくなったね。お兄さま、お姉さま」

「誰がお邪魔虫だ」

 

 振り返るサンダーキラーSへの抗議の声は、ゼロが消えた地点から響いていた。

 そこにはいつの間にか、超獣が開くのとも、ゼガントビームが発生させるのとも異なる時空の穴が生じていて――そこから、次元移動機能を持つウルティメイトイージスを鎧として纏ったゼロが、銀色の流星のように飛び出した。

 

「……言っただろ。この程度で今の俺を倒そうなんざ、二万年早いってな!」

 

 先んじて時空の彼方に追放されていたゼガンを抱えて帰還したゼロは、消耗した様子の時空破壊神をスカルゴモラたちの方へ送り出すと、イージスを纏ったまま再びサンダーキラーSと向き合った。

 

「えー……しつこいなぁ」

 

 そんなゼロの様子に、辟易した調子でサンダーキラーSは溜息を吐いた。

 彼女目掛けて、さらに無数の火炎や光線が上空から降り注いだのは、その次の瞬間だった。

 

「――無事か、ゼロちゃん!」

 

 スカルゴモラが振り仰ぐと、声の主はウルトラマンとは別種の巨人だった。

 炎を思わせる巨人の隣には、また異なる特徴の銀と緑の巨人が。さらに両脇を、二体の人型巨大ロボットが固める編隊で飛行し、ゼロの周囲へと降り立って来る。

 

「ウルティメイトフォースゼロ……!」

 

 どうやら顔馴染みであるらしいジードが、新たに現れた四体の巨人の並びを見て声を上げた。

 レムが送ってくれた情報によると、彼らはゼロとともに活動する、宇宙警備隊の外郭団体のような集団らしい。

 その包囲射撃を受けたサンダーキラーSは、しかし触手から多重展開していたウルトラバリアによって、無傷のまま攻撃を凌いでいた。

 

「……またヘンなのがきた」

「変なの」

「お嬢さん、少々聞き捨てなりませんね」

 

 最初に現れた炎の巨人、グレンファイヤーと。彼と並んだ銀と緑の騎士、ミラーナイトが、サンダーキラーSの呟きでショックを受けたように話しかける。

 だが、サンダーキラーSは彼らを無視すると、ジードとスカルゴモラの方にだけ顔を向けた。

 

「お姉さまも、つかれちゃってるみたいだし……また、おじゃまむしがいないときにあそんでね」

 

 言い終えると同時に、再びサンダーキラーSの背後の空が割れて、次元の裂け目が発生した。

 

「待ちやがれ!」

 

 ゼロを筆頭とする、ウルティメイトフォースゼロの一斉攻撃が、サンダーキラーS目掛けて放たれる。究極融合超獣はその尽くを触手で払い、バリアで防ぎ、プリズ魔状態へのキラートランスで吸収し、無力化する。

 

「さようなら」

 

 結局、傷の一つも負わぬまま。究極融合超獣サンダーキラーSは悠然と、しかし嵐の如く理不尽に、異次元の穴へと去って行った。

 

「くそ、逃したか……だが、今はあいつを深追いしている場合じゃないな」

 

 呟きとともに、イージスを解除するゼロへ、ジードが前に出た。

 

「……ゼロ、ありがとう」

「あ? まぁ、気にするな。おまえだって万全なら……」

「手加減してくれたんだよね」

 

 ジードがそう言うのに、ゼロは一瞬固まった。

 ――あれだけやりたい放題に見えたゼロが、しかしサンダーキラーSへの攻撃に一切の殺意を載せていなかったことは、スカルゴモラにも読み取れていた。

 それが、自分たち兄妹への気遣いを理由とすることに、スカルゴモラは兄の言葉を聞いてようやく思い至った。

 対してゼロは、認めまいとするように、慌てた様子で首を振った。

 

「そんなわけあるかよ。相手は超獣で……それにあの翼、多分あいつは……」

 

 意味深な間を挟んだものの、ゼロはそこでサンダーキラーSへの言及をやめた。

 

「そんなことより、だ」

 

 代わりに、深刻な声音で、ジードに向けて問いかけた。

 

「この地球で、χ(カイ)ニュートリノ……ビースト振動波はまだ、見つかっていないか?」

 

 

 

 

 

 




Aパートあとがき



 サンダーキラーS対ウルトラマンゼロ、当初考えていたTV放送の尺ならゼガンの出番ごとカットして『ジード』本編第六話をオマージュするところだとは思われますが、本家サンダーキラーが二作品計三回もゼロ(※内一回は変身未遂)と遭遇しながら何と一度も直接対決していないので、我慢できずに書いてしまいました。お許しください。
 以下、お約束の公式設定との整合性に対するいつもの言い訳になります。


・ウルティメイトリッパー
 ウルトラマンジード超全集63pに記載のある、ウルティメイトファイナルの劇中未使用の技になります。
 正直、ネーミングの法則的にこの技とジーディウムスラッシュの説明が入れ替わっている誤植を疑ってはいるのですが、レッキングリッパーの上位技ではなく、「腕から手裏剣のように発射する切断光線」ということでマグニフィセントのメガスライサークロスのような、ウルティメイトファイナル版の八つ裂き光輪系の技だという解釈で作中に登場させました。後々にやっぱりこの技はジーディウムスラッシュだ、という確認が取れたらこっそり修正するかもしれません。ご了承ください。


・ルナミラクルゼロ
 ルナミラクルゼロの分身能力は、実のところストロングコロナとルナミラクルの二体同時分身しか公式の映像媒体では確認されていませんが、勢い余って三人にしてしまいました。まぁノーマルゼロの追加ぐらいなら「ゼロに限界はねぇ!」ってことでお一つ。
 エタルガー戦で試しているか不明なパーティクルナミラクルでラグストーンを攻略している件については、目の大きさが違うからという強引な解釈でお許しください。




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第八話「その血の運命」Bパート

 

 

 

〈――χ(カイ)ニュートリノ。別名ビースト振動波とは、スペースビーストと呼ばれる宇宙生物群を発生させる光量子情報体です〉

 

 一旦、戦いを終え星雲荘に戻ったリクは、修復装置に横たわったルカや、妹に寄り添ってくれるライハとともに、レムによる解説を聞いていた。

 

〈スペースビーストは知的生命体の恐怖を好む、攻撃と捕食に特化した怪物です。外部から取得した情報で自己進化を遂げ、さらには僅かな細胞片からでも再生・増殖を繰り返す、多元宇宙有数の侵略的外来種として恐れられています〉

 

 ヤプールとの近似性も匂わせる情報を受け取りながら、リクはレムの表示するグロテスクな宇宙怪獣、スペースビーストの例を見て、思ったことを口にした。

 

「ゼロは……今回それを追ってきた、ってこと?」

〈そうだ〉

 

 通信機越しのゼロが、リクの零した疑問に頷いた。

 ゼロを筆頭とするUFZ(ウルティメイトフォースゼロ)のメンバーは、サンダーキラーSが撤退した後。星雲荘とAIBに協力要請を行い、大気圏外に離脱すると、気を抜くことなく調査報告を待っている状態にあった。

 

〈しかも、ただのスペースビーストじゃない。光の国の観測史上、最悪規模のスペースビースト……滅亡の邪神と呼ばれる存在だ〉

〈滅亡の邪神、ですか〉

 

 大層な呼び名を、レムが復唱した。

 

〈ああ。無限に拡がる並行宇宙の中には、光の国が見つけた時点で既に滅んでいたものもある。その一つに、スペースビーストによって全ての命を食い尽くされた宇宙があった。全てを滅ぼしたスペースビーストたちが再融合し、始まりの一つに戻って羽化した終着点――それが滅亡の邪神、ハイパービースト・ザ・ワン〉

 

 ハイパービースト・ザ・ワン。

 一つの宇宙を滅亡に追いやった、宇宙にただ一つ残された邪悪な存在。それはまさしく、滅亡の邪神と呼んでも差し支えのない、恐るべき脅威なのかもしれない。

 

「もしかして……トレギアとの戦いに、ゼロたちが動けなかったのって」

〈察しの通り、だ。そのザ・ワンが、何者かの手によって突然光の国に送り込まれて、俺たちも対応を余儀なくされていた〉

 

 ザ・ワン単独には、次元を越える力は確認されていなかった故に、その襲来は光の国としてもまさに青天の霹靂だったという。

 ザ・ワンや、そこから再分離した眷属と宇宙警備隊の戦争は、スペースビーストの厄介な生態もあって熾烈を極めたものの。パラレルアースにタロウが、そしてここにゼロが駆けつけることができたように、リクたちがトレギアと決着をつける少し前には、そこまで大きな犠牲を払うこともなく、宇宙警備隊が勝利を収めていたらしい。

 だが、とゼロは続ける。

 

〈宇宙警備隊も勝つには勝ったが、取り逃がした。その反応を追っていたところ、ついさっき、この宇宙から奴のビースト振動波が確認されたという報告があった〉

 

 恐るべき脅威を告げられ、気を引き締めたリクは、ゼロに向かって問いかけた。

 

「ザ・ワンは……強い?」

〈強い。かなり消耗させてはいるんだが……さっきコンピューターの姉ちゃんが言ったみたいに、スペースビーストは再生力に優れている。ただ見つけてトドメを刺すだけ、とはいかないだろう〉

 

 わずかに深刻そうな様子を覗かせたゼロだったが、続けてぱっと声を明るくした。

 

〈ま、だが、この無敵のウルトラマンゼロ様と、その仲間が揃ったわけだ。ザ・ワンも取得した情報を元に進化し、外敵に対抗するわけだが、ウルティメイトフォースゼロは俺以外、まだ情報を盗られていない。そしておまえもよくわかっているだろうが、奴がどれだけ過去の情報を元に進化したところで、俺に限界はねぇ。昨日までの俺を越えるなんざ、朝飯前だぜ〉

 

 絆を繋ぐウルティメイトイージスの力を取り戻したゼロの、自信過剰とも取れる発言も、しかし寸前の活躍を見せられれば一笑に付すことではなかった。

 ちょうどその時。狙い澄ましたようなタイミングで、レムが点灯した。

 

〈AIBから入電。提供されたビースト振動波と一致する反応が、次の座標で確認されました〉

 

 レムの展開する天球モニターに映し出されたのは、M80さそり座球状星団の一角だった。

 

〈了解だ、コンピューターの姉ちゃん。そんじゃいっちょ行ってくるとするか〉

〈ご武運を。それと、私の名前はレムです。そろそろ覚えてください〉

〈お、おう……悪かった、レム〉

 

 これまで気にした素振りもなかったのに、何故か当たりを強くしたレムに怯んだ様子だったゼロは、咳払いを挟むともう一度、リクに向けて語りかけた。

 

〈……そういうわけで、同じ宇宙に居ても俺はしばらく手伝ってやれないかもしれねぇ。悪いな、リク〉

「気にしないでよ。僕こそ、一緒に行けなくてごめん」

 

 己と、妹に執着を示す新たなる究極超獣の出現した地球を離れるわけにはいかず、リクは謝罪する。

 

〈構わねえよ。むしろ――今この宇宙にいる滅亡の邪神は、一匹だけじゃないからな〉

〈……サンダーキラー(ザウルス)、ですか?〉

 

 そして、リクたちの予想もしなかったことを、ゼロとレムが口にした。

 

〈――やっぱりレムは知っていたか〉

「どういう……こと?」

〈厳密に言えば、それを材料にしている、というところでしょうか〉

 

 ゼロが意味深に頷く間に、リクの問いにレムが応じる。

 

〈ザ・ワン以前に、滅亡の邪神と呼ばれた怪獣の記録は二体存在します。ある地球で、バット星人の科学者が産み出したハイパーゼットンと――後にその研究資料を手にしたベリアルが開発し、使役したテラー・ザ・ベリアルの最高戦力、ハイパーエレキングです〉

「ハイパー……エレキング」

 

 レムが表示したのは、過去にリクが見た個体とは著しくかけ離れた、大きな翼を持った白い竜だった。

 ――その翼は、確かに。未だ小さく閉じたままであったが、サンダーキラーSの背中に面影があった。

 

〈滅亡の邪神の証でもある翼を持った、唯一のエレキング――ハイパーエレキングは、その羽化のために、ベリアルによる略奪を幾つもの宇宙に齎し……そして、この宇宙が一度滅びる原因にも大きく関わった怪獣だ〉

 

 レムの解説を、ゼロが引き継いだ。

 彼が語るのは、光の国とベリアル軍、さらにはヤプールを始めとした複数の勢力が、多元宇宙を巻き込み群雄割拠したオメガ・アーマゲドンの、その最終局面の話だった。

 

〈単体の戦力で言えば、当時のベリアル以上――この地球での最終決戦でも健在だった奴を討つため、親父たちウルトラ兄弟や、俺自身も切札となる力の行使を強いられた。その結果、何とかハイパーエレキングは斃せたが、消耗した俺たちはベリアルに太刀打ちできなくなり、まんまとクライシス・インパクトを許してしまった……〉

 

 苦い思い出をゼロが語ってくれたことで、究極融合超獣が、何故サンダーキラーの亜種となったのかを、リクはようやく理解できた。

 サンダーキラーは、宇宙怪獣エレキングと、異次元超人エースキラーを素材としたベリアル融合獣だった。エースキラーを開発したヤプールの技術と組み合わせる相性と、何よりヤプールが手中に収めた中で最も強力な生体素材であったことから、究極超獣にハイパーエレキングの細胞が掛け合わされたのだろう。

 その融合に、滅亡の邪神を操った張本人であるベリアルの因子を利用した結果、ベリアル融合獣サンダーキラーを彷彿とさせる形を持って、究極融合超獣は誕生したのだ。

 

〈……見たところ、まだ羽化には遠い幼体だが。既に究極超獣というだけでも厄介なのに、さらなる成長の余地を持った怪物ってことだ〉

「だけど――あの子は僕とルカのことを、兄姉(きょうだい)だと呼んでいた」

 

 警戒を顕にするゼロへ、しかしリクは頷けなかった。

 

「ヤプールの命令を、受けていない、とも――」

 

 何より先程、攻撃を受けている最中はこちらも必死だったものの、今振り返ってみれば――執拗に怪獣ごっこを求めた時の、サンダーキラーSの様子が。

 ペガと――同じ孤独を分け合える誰かと、初めて会った時のリク自身が、ひどく重なって見えていたから。

 誰に造られたとか、どんな存在にルーツがあるとか。そんなことで、最初から拒絶したくないという想いが、リクの中で膨らんでいた。

 ――宇宙を滅ぼした存在(ベリアル)から造られたのは、そもそもリクも、それにルカも、同じだったから。

 

〈――そいつが本当だとしても、それはそれで厄介な気もするんだがな〉

 

 リクの抗弁に、溜息を挟んだゼロは、しかしそれ以上争う姿勢を見せなかった。

 

〈……ま、ともかく! そういうわけで、役割分担だ。予定通り俺たちがザ・ワンを追うから、おまえたちにはサンダーキラー(ザウルス)を任せる。それで文句ないだろ?〉

 

 だから負い目を感じるな、と続けたゼロは、最後に言った。

 

〈俺が居ない間は……マユが生きるこの地球を頼んだぜ、ウルトラマンジード〉

 

 そんな、祈りの言葉を残して。

 任務で訪れた故に、その伊賀栗マユと顔を合わせることもせず。万全である今なら、彼女の生活から父親であるレイトを引き離す必要もないとして、ゼロは五百五十光年の彼方へと、仲間とともに旅立って行った。

 

「……勝てると良いね、ゼロ」

「ゼロなら大丈夫だよ。さっき見た通り、物凄く強いから」

 

 話が終わり、修復装置の上で口を開いたルカに、リクは確信を込めて答えた。

 例え、かつて滅亡の邪神と呼ばれたハイパーエレキングに苦戦したのだとしても。その力を継いだ究極融合超獣サンダーキラーSと、手加減した状態で渡り合える今のゼロが、相手の力量を見誤るとも思えない。

 

「……ええ。それにルカはゼロのことより、自分の心配をした方が良いわ」

 

 同じくゼロの勇姿を知るライハが、ルカに向かってそう言った。

 彼女の懸念に、リクもまた、ゼロとの話題には挙がらなかった、しかし重大過ぎる問題へと、再び向き直った。

 

「まさか……ルカがリトルスターを宿していたなんて」

 

 リクが呟くのに合わせたように。身を起こした妹の胸に宿った小さな星は、その神秘的な輝きを再び発するようになっていた。

 かつて伊賀栗マユを匿った頃とは違い、伏井出ケイが残したリトルスターの全情報を取得したレムが展開した妨害電波によって、星雲荘の外にまでその光が漏れることはもうないものの。怪獣を呼び寄せ続けていたというその魔性の光を前にして、ライハが沈痛な表情で頭を下げた。

 

「――ごめん。ずっと一緒に居たのに、気づいてあげられなくて」

「そんな、ライハは悪くないよ。だって、さっきまで誰も見つけられなかったわけだし……」

〈そう、問題はそこだ〉

 

 ライハとルカのやり取りへ、通信越しに割り込んできたのは、AIBのゼットン星人ペイシャン博士だった。

 居なくなったゼロと代わるように表示された画面には、先程共に戦ったゼナや、数日ぶりに顔を見るモアの姿も映っていた。

 

〈星雲荘でも、AIBでも、怪獣が出るたびにリトルスターの反応を捜索していたが、目視でも感知器でも、発見には至らなかった〉

〈私がゼガンと同化し、操っている最中も――つい先程まで、ゼガンがスカルゴモラのリトルスターに、惹かれている気配がなかった〉

〈でも、プリズ魔が昼間に現れるぐらい、他の怪獣たちはルカちゃんのリトルスターに呼び寄せられていたんですよね?〉

 

 各々が疑問や情報提供を口にするAIBの面々に、リクもまた同じ疑問を覚えて頭を悩ませる。

 

「あの子も……」

 

 そこでふと、ルカ本人が口を開いた。

 

「あの、私たちの妹だって超獣も。初めて会った時から、私のリトルスターが見えていたんだと思う」

 

 ルカの胸元を指し、自分も欲しいとねだっていた、サンダーキラーSが化けた女の子の様子を、リクもまた思い出す。

 

「この二週間以上、AIBと星雲荘にだけ、ルカのリトルスターは見つけられなかった……ってこと?」

〈我々より怪獣の方がリトルスターの反応に鋭敏であることは従来通りですが、流石にこの距離で私が反応を検知できなかったことは過去、ありませんでした〉

 

 そのいつもと同じ機械音声に、忸怩たる想いが籠もっている気配を漂わせながら、レムは今回の異常を述べる。

 

〈宿すこと自体が本来はイレギュラー極まる存在だから、という心理的な盲点もあったのかもしれないが……それでも機械が何ら反応しないだけでなく、ゼガンまで含めて、俺たち全員の認識に不自然な点がある〉

 

 そこに、先程のプリズ魔戦での解析のように、阿吽の呼吸でペイシャンが乗っかった。彼は厳しい表情で続ける。

 

〈その秘密がルカ自身に由来するものならまだ良いが、何者かの工作だとしたら厄介過ぎる〉

 

 ただでさえ究極融合超獣が出現し、さらに別次元から滅亡の邪神が飛来している。後者については、黒幕が存在するとゼロが明言した。

 ルカのリトルスターに纏わる問題まで、何者かの暗躍が絡んでいるのか――その場合、それはザ・ワンの黒幕と同一人物なのか、それとも。

 ……他にももっと考えたいことがあるのに、わからないことだらけで、リクは頭が焦げるような気持ちだった。

 

「……良いのかな。私に原因があったんだとしても」

 

 その時ふと、ルカが弱音を零していた。

 

「私のせいで怪獣がやって来て、街が危険に晒されて、その怪獣たちも、退治するしかなくなったのに……」

「ルカ……」

 

 気に病む妹の様子に気づき、リクは思わずその名を呼んだ。

 

〈それは気にするな。仮に黒幕がいないとして、さらに言えばおまえ以外の誰かが宿していたとしても、どの道怪獣は現れていた〉

 

 苦悩する妹に対してリクが首を振ろうとすると、先にペイシャンがあっさりと口を開いていた。

 

〈宇宙から飛来した連中が時間差でやって来るのに変わりはないし、特にプリズ魔を最初にこの街まで呼び寄せたのはおまえのリトルスターじゃなかった。むしろ対処できる距離まで凶暴な連中が寄って来た分、被害は抑えられている。プリズ魔さえ、却って計画停電が不要になり、さらに言えばおまえがメタフィールドを展開できたことで、本来覚悟していた犠牲を抑えられた――全て結果論だがな〉

「ペイシャン……」

 

 事実を述べているだけではあるが、ルカを気遣ってくれている彼の姿勢に、リクは静かに感謝を覚えた。

 

〈とはいえ、良いこと尽くしとはいかないだろう、というのが目下の問題だ。それこそルカ以外にも同様の事例が生じた場合、こっちの防衛が間に合わなくなる〉

〈ルカの状態については、私の方で再度解析を行います〉

 

 その上で懸念を示すペイシャンに、レムが応えた。

 

〈任せる。こっちもさっきの戦闘について後始末がある。一度、互いの情報を整理して仕切り直そう〉

 

 そうして話が一度終わった少し後で、リクの携帯電話が急に鳴り出した。

 通知を見ると、店長からの連絡だった。

 

 

 

 

 

 

〈この馬鹿、無事ってちゃんと自分で言いに来い!〉

 

 星雲荘の中央司令室で、リクが電話に出るなり。電波越しに、店長がリクを叱りつけていた。

 

「ごめん、店長。色々あって……」

〈自分の妹も放っといて真っ先に居なくなったくせに……色々遭ったのはこっちだよ! さっきテレビの取材も受けたし! とにかく無事で良かった!〉

 

 怒っているのか、喜んでいるのか、とにかく感情的に店長が怒鳴り続ける。

 スピーカー機能は使われていないが、人外の聴力を持つルカでなくとも、そのやり取りは充分聞こえるものだったのかもしれない。

 

〈おまえとルカが車に乗らなかったから、残りの全員が無事に避難できたけどよ……ルカは大丈夫なのか?〉

「……うん、ちょっと疲れちゃってるだけ。今話せないのは、勘弁してあげて、店長」

 

 実際には疲れが溜まっただけでなく、怪我もしていたのだが、修復装置の効能でどちらも間もなく取り除かれるだろう。

 そのことで、次に会った際違和感を与えないよう取り繕いつつ、店長に代わって許しを乞うてくれている兄の姿が、ルカは既に嬉しかった。

 

〈そうか。じゃあ、お大事にって言っといてくれ。次のバイトは決まったらまた連絡するから――ああそれと、リク、ちょっと電話代わる〉

〈……お兄ちゃん〉

 

 今度の声は、おそらくルカと、受話器へ耳を当てたリク自身にしか聞こえていないだろう。

 ルカ以外で、リクを兄と呼ぶ声の主は、あのサンダーキラーSではなく――店長の姪で、リクの妹分である、原エリだった。

 

「エリちゃん、無事だったんだね。良かった」

〈こっちこそ、心配したんだよ?〉

「……うん、ごめん」

〈えっと、それでね――〉

 

 謝るリクに対して、エリはどこかもじもじと、言い淀んでいる様子だった。

 

〈ライハ姉ちゃんから聞いたかもしれないけど――私、助けて貰ったんだ。あのスカルゴモラに〉

 

 その言葉を聞いた時。ルカは、微かに目を見開いた。

 

〈だから……お兄ちゃんや、トオルくんの言う通りだったって。ちゃんと、謝っておこうって――〉

「……別に、謝られることじゃないよ。でも――僕も御礼が言いたいかな。エリちゃんたちを助けてくれた、スカルゴモラに」

〈――うん。そうだね〉

 

 喜びを隠そうともせず、微笑んでくれる兄と。

 事情の一切を知らないまま、ただ、見て感じたままの気持ちを口に出してくれるエリの様子が、嬉しくて、嬉しくて。

 また、泣きそうになっている己に気がついて、ルカは思わず目元を抑えた。

 

〈――ルカ姉ちゃんにも、ありがとうって言っておいてね。おかげで皆無事だったよ、って〉

 

 ……それは、朝倉ルカが車に乗らなかったことで、無事に発進して、逃げ切れたと言いたいだけなのはわかっているが。

 遂に耐えきれなくなって、ルカは声を出して泣き出した。

 

「……聞こえてたんだよね、ルカ」

「――っ、うん……!」

 

 優しく兄が呼びかけてくれるのに、嗚咽混じりでしか答えられないことが、少し情けなく思われながらも。

 お姉ちゃんと呼んでくれたエリに、己が生きるだけで恐怖を与えずに済むようになったことが、本当に嬉しくて、安らげて。ルカは涙を堪えられなかった。

 

 

 

 

 

 

「……これでよし、っと」

 

 ルカが泣き止んで、しばらくした後。ライハがルカの胸元に、新しいブローチを付けてあげていた。

 かつてリクが、伊賀栗レイトと入れ替わり生活を行った際に付けた物とよく似たそれは、やはりシャプレーブローチを元にレムが作った、リトルスターの光を隠す視覚妨害型のバリア発生装置だった。

 

「ありがとう、ライハ!」

 

 咲き誇るようなルカの笑顔に、ライハもまた笑みを零す。

 

〈これを付けている間なら、星雲荘の外でもルカのリトルスターは、目視が不可能になる――はずです〉

「レム、ありがとう」

 

 長らく、ルカのリトルスターを見落としていたせいか。珍しく断言しなかったレムに感謝を伝えながら、リクは続けて妹に質問した。

 

「――でも、良いの、ルカ? カレラン分子分解酵素を使わなくて」

「だって、リトルスターの光をお兄ちゃんに渡せたら、お兄ちゃんはもっと強くなれるんでしょ? ……他の人には無理強いできないけど、私は折角だから消しちゃうよりも、お兄ちゃんに受け取って欲しいな、って!」

 

 そう言ってくれながら、「届けー!」などと可愛らしく思念を送るような仕草を見せるルカだが、しかし何も起こらない。

 

「うぅ……どうして。私、お兄ちゃんのこと大好きなのに……」

〈リトルスターがウルトラマンに譲渡されるのは、宿主が祈った時だけ……ですが、その数量的な条件ははっきりしておらず、ルカの気持ちの問題とは限りません〉

 

 役に立てないとルカが嘆くのを、そんな風にレムがフォローする。

 

〈例えばライハや、朝倉スイのような、リクのことを最初から好意的に見ていた宿主でも、即座にリトルスターが譲渡できたわけではありませんでした〉

「そうなんだ……そういえば、ライハたちは何のウルトラマンのリトルスターを宿していたの?」

「スイさんはウルトラの父で……ライハは、ウルトラマンキング」

「えっ、すご」

 

 妹の疑問にリクが答えてあげると、ルカは目を丸くしてライハを見た。

 

「別に、私が凄いわけじゃ……」

 

 興奮したルカの視線に、照れたようにライハがたじろぐ。リクは珍しいものを見た心地だった。

 

「……そんなことより、ルカに宿っているリトルスターって、ネクサスだったかしら? どんなウルトラマンなの?」

〈ウルトラマンネクサスは、ウルトラマンキングと同じ伝説の超人の一人、ウルトラマンノアの化身です〉

 

 話題を逸らそうとしたライハの質問に、レムが答えた。

 

〈ウルトラマンノアは多くの並行宇宙に伝説を残す光の巨人であり、彼が人々に力を貸した時の姿が、ウルトラマンネクサスだと言われています〉

 

 表示されたのは、背部に翼を背負ったウルトラマン型の石像だった。

 ――リクは何故か、その姿に見覚えがある気がした。

 

〈ノアはウルトラマンベリアルが銀河帝国を築いたアナザースペースでも守り神として崇められており、実際に同宇宙でのゼロとベリアルの最終決戦において、宇宙中の人々の諦めない心の光を放つための器として、ゼロにウルティメイトイージスを授けたことがわかっています〉

 

 先程、ゼガントビームを受けても即座にゼロが帰ってきた理由であるウルティメイトイージス。

 あれがゼロに託された、ノアの力の一部であると知ったルカは、自らの胸元に目を向けていた。

 同時にリクは、ノアの石像に見覚えがあったのは、かつて伏井出ケイが描いた、そのゼロとベリアルの戦いを歪めた小説の中で目にしたことがあったのだろうと納得した。

 

〈また、これはベリアルが封じられていた頃の出来事となりますが、ウルトラマンノアには光の国を救った伝説もあります。彼を模して造られながら闇に堕ちた兵器、ダークザギが光の国を襲い、宇宙警備隊を圧倒していたところへノア自身が駆けつけ、これを退けたとされています〉

「ウルトラマンを模して造られた……ダーク、ザギ?」

 

 それは初めて聞く名前であったが――レムが述べた存在に、リクはつい反応していた。

 

〈はい。ある星で、スペースビーストからの防衛を目的にノアを模して造られた、対ビースト用最終兵器――それが、今では暗黒破壊神と畏れられるダークザギの本来の姿でした。ダークザギは本物のノアに及ばない人造物という不利を埋め、スペースビーストの進化へ対抗するために、自己進化プログラムを組み込まれていたそうです。しかしその結果、自らをウルトラマンの模造品だと認識する自我を獲得し、創造主に反旗を翻したとされています〉

 

 自我を獲得し、創造主へと叛逆した、ウルトラマンの模造品。

 まるで己のような、しかし相反する出自と在り方を辿った存在に、リクは思わず想いを馳せていた。

 

〈ノアを越えるため、自己進化を続けたダークザギは、皮肉にもスペースビーストの完全制御に成功するという、当初の目的を達成しました。その一点ではノアを越えたとも言えましたが、既に狂っていた彼はスペースビーストをさらに進化・増殖させ、母星の終焉を導き――その際の事故で、偶発的に光の国がある宇宙まで飛ばされたという推測が残されています〉

「じゃあ――今回のザ・ワンの黒幕も、もしかして?」

〈不明です。ダークザギは不滅の存在とも言われていますが、他ならぬノアによって完全に倒されたという説もあります。またノアのイージスを持たず、自発的な次元移動はできないと目されているため、ザ・ワンを複数の次元間に移動させられたのかは疑問が残ります〉

 

 ザ・ワンが何者かに操られているかはわからないが、使役するだけであれば、レイオニクスにもスペースビーストを従えた者が居たという。

 対して、肝心の能動的な次元間移動に関する実績が――少なくとも星雲荘の記録では、ダークザギには存在せず。これだ、という証拠に欠けており、その話題は終了となった。

 

「ウルトラマンノア……キングと同じ、伝説の超人……」

 

 一方、自らに宿ったリトルスターの由来を知らされ、ルカは光を感じようとするように、その胸元へ掌を置いていた。

 

「――ライハとお揃いだね」

 

 かつての師匠と同じく、伝説を宿すという体験に、照れたようにしてルカがはにかんだ。

 ……妹の口にした、お揃いという言葉に。それを、ルカへ向けて口にした存在を、リクは改めて想起する。

 

〈揃っているか?〉

 

 そこで再び、星雲荘の通信機が、AIBと回線を繋ぎ、ペイシャンの声を響かせ始めていた。

 

〈こっちも後始末は終わった。スペースビースト絡みで、近々AIB全体で防疫体制に入る可能性もあるから、それまでに課題を整理しておきたい。ルカの解析結果は?〉

〈特には、成果はありません〉

 

 ペイシャンの質問に、レムが即答した。

 

〈遺伝子の中で、以前より活性化している部位が幾つか確認できましたが、あくまでも戦闘機能に関わるものだけで、リトルスターの観測を阻むような要素は見受けられません――再チェック済の星雲荘の機器に不備が残っていなければ、ですが〉

〈そこを疑っても始まらない。そもそもルカの前の宿主も発見できなかったことを踏まえると、そのリトルスター自体の特異性の可能性も充分考えられる……とりあえず今は通常通りの宿主となり、リトルスターの光を星雲荘のコントロールで隠せるのなら問題ない――としよう〉

 

 淡々としながらも、どことなく自虐を込めたレムの報告に対し、ペイシャンはそのように結論付けた。

 

〈そうなると、現在検討すべき中で話せる問題は――あの超獣だな〉

〈サンダーキラー(ザウルス)の反応は、彼女がプリズ魔から奪い取ったリトルスターともども、現在観測できていません〉

 

 レムの回答に、こちらも同じくだ、とペイシャンが頷いた。

 

〈そのプリズ魔の能力も丸ごと吸収されている。おそらく、ヤプールがかつて使役した宇宙同化獣ガディバの特性を最初から組み込まれた超獣なんだろう。元々が従来の究極超獣を凌ぐスペックな上に、自前のラーニング能力まであるとすれば、厄介過ぎる相手だ。しかも、ウルトラマンゼロの見立てが正しければ、滅亡の邪神の幼体らしいな〉

「……見つかったら、何とかして止めてあげなきゃ。あの子はただ、僕やルカに遊んで欲しかっただけだから……」

〈……おいおい〉

 

 呆れたように、ペイシャンが通信機の向こうから待ったをかけた。

 

〈遊んで欲しかっただけだから止めてあげたい、って……何を温いことを言っているんだ。そういう次元の相手か?〉

「……わからない。だけど、理解が追いついていないだけで、話を聞いてくれないわけじゃなかった」

 

 リクがそう言うのに――隣で聞いていたルカも、同調するように頷いてくれた。

 その様子を見たペイシャンが、額を掻きながら溜息を吐く。

 

〈……あれはおまえらを憎むヤプール製の、殺戮兵器の超獣だぞ?〉

「でも……そんなことを言ったら、僕らだって、悪意で造られた命だ」

「それに――あの子は、私のリトルスターが見えていたのに……そのために私を襲わなかったから」

 

 ペイシャンの指摘へ、リクとルカは、各々ゆっくりと異を唱えた。

 

〈……まぁ、それは確かに考慮に値するかもしれないな。リトルスターの輝きは、怪獣を惑わせる。それこそトリィのエレキングのように、本来忠誠心に篤い種族が育ての親の命にも頓着しなくなるほどに、な〉

 

 やがて、ルカの主張へ理解を示すペイシャン。その言及に、リクは密かに息を呑んだ。

 ……これまで、あまり考えることをして来なかったが。ルカの存在に影響され、リクは己が命を奪って来た怪獣のことを、もう一度振り返っていた。

 その最初の一匹となった存在――宇宙怪獣エレキングが、リトルスターに惑わされて追っていた相手が、その育ての親だったなんて……初めて知ったことだったから。

 なのに、ピット星人トリィ=ティプは、そのリトルスターを、エレキングを討ったウルトラマンジードに――

 

「相手が未知の怪獣でも、コミュニケーションを取れる相手とは、取った方が良い……AIBもそれが方針だったよね、ペイシャン?」

〈……そうだな。嘘か真か、ヤプールの支配を受けていないように振る舞っても居るわけだから、試す価値はある、か〉

 

 ルカが挑むように笑うのを受け、ペイシャンも折れたように頷く。

 ――あの時のジードは、エレキングの意志を確かめることができなかった。

 しかし今は、他に道がなかった、あの時とは違う。

 

〈だが、油断しないことだな。レイオニクスは元々、レイブラッド星人の後継者となるために争う宿命――ある意味兄弟同士で命を奪い合う本能が、その遺伝子に植え付けられている。何なら実の姉を教育係としてぶつけ、最後に殺させることで覚醒したのがレイブラッドの本命、伝説のレイオニクスたちだったそうだからな〉

「――大丈夫だよ。だって、僕とルカは、こうして兄妹一緒に生きているから」

 

 ペイシャンの警告に、微かに身を竦めたルカの肩を、リクは力強く抱き寄せた。

 

 ……それこそ、平和を願われて造られたダークザギが、邪悪なる暗黒破壊神となったように。

 そして、リク自身やルカのように。どこで、誰に、どんな風に生み出されたのかは、その存在を形作る一因でしかなく。たったのそれだけで、全てのことを諦めたくないという気持ちが、リクの中にあったから。

 

「遺伝子に決められた運命だって、ひっくり返せることを――僕らはもう知っている」

〈……おまえがベリアルを殺せたように、か?〉

「ちょ……っ!」

 

 ペイシャンが妙に冷たく告げるのに、ルカが怒りを滲ませ抗議しようとする。

 だが、その時。突然、何かが割れるような甲高い音が響いて、その声を中断させた。

 

「あ、よかった。お兄さまたち、ここにいたんだね」

「――っ!?」

 

 のんびりした声へ、勢いよく振り返ったリクたちが見たのは、話題の中心にあったその当人。

 金の装飾を施した、純白の修道服を身に纏い。濡羽色の髪を腰まで伸ばした、小さな女の子――人間の姿に化けた究極融合超獣サンダーキラーSが、空間を割って、星雲荘の中央司令室にひょっこり現れた、その瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

「あのウルトラマンがいなくなるのをまってたら、お姉さまのおほしさまが見えなくなってて、びっくりしちゃった」

 

 星雲荘に乗り込んできて早々、鈴を転がすような声で、そう告げる究極融合超獣の人間態に対し。

 誰より早く動いたライハが、即座に得物を抜き放とうとしていたが――

 

〈やめてください、ライハ。彼女はその姿でも、スカルゴモラの怪獣念力を切り裂きました〉

 

 レムの放つ忠告が、刃が鞘から飛び出す寸前でライハの動きを止めさせた。

 ――その頃には、既に。修道服の頭巾の裏から黒い触手を伸ばしたサンダーキラーSが、きょろきょろと辺りを見渡していた。

 

 ……いくらライハが太極拳の達人でも、生身で究極超獣に敵うはずはない。

 彼女の弟子に過ぎず、能力を落とし込んで人間に擬態中のスカルゴモラも、それはまた同じ。

 故に、刺激しないように構えながらも。突然の来訪に、星雲荘の空気は重苦しく凍りついていた。

 

「ねぇ、どうしてだれもおしゃべりしないの?」

〈――この艦内は、ヤプールの次元干渉へのプロテクトを備えているはずですが〉

 

 緊張を強いる張本人の問いかけに、まずレムが応じた。

 セキュリティ上の重大な瑕疵に直結する問いに対し、サンダーキラーSはどこに向かって答えれば良いのか、少し迷った様子を見せた後、レムの中枢となる球体を見つけて答えた。

 

「えっと……わたし、かぎをもっているの」

〈……なるほど。ネオスカイラーク号の情報ですか〉

 

 複合怪獣リガトロンに同化された、テラー・ザ・ベリアル所属の宇宙戦艦。

 ネオブリタニア号と技術体系を同じくするその船の電算機能も、リガトロンのエネルギー吸収能力ともども、この究極融合超獣に取り込まれてしまったようだ。そのため、次元干渉を防ぐセキュリティも、容易に突破されてしまったらしい。

 ――もし、この場で擬態を解かれるだけでも。星雲荘は破壊され、少なくともレムが、高確率でライハまで死んでしまう。

 

〈おまえの目的は何だ?〉

 

 そんな緊張とは無縁とばかりに、画面の向こうからペイシャンが問いを放っていた。

 

「わたし、お兄さまとお姉さまにあそんでほしいの」

 

 さっきからあのマイペース野郎、などとルカが思っている間に、妹を名乗る超獣が、兄とルカを交互に見た。

 

「ねぇ、怪獣ごっこのつづき、しましょ?」

 

 妹は、可愛い女の子の顔に、期待に満ちた微笑みを湛えて乞うて来る。

 これで正体を知らなければ、すぐにでも頷いてあげたいところなのだが――実際には、ルカが出会った中でも最上級の破壊力を秘めた究極融合超獣が、ごっこ遊びとは名ばかりの大怪獣バトルを要求しているのだから、たちが悪い。

 だが、機嫌を損ねても、既に星雲荘が人質に取られているに等しい状況で――駄々一つ捏ねられただけで、大変なことになる。

 

 やるしかないのか……そう、ルカが覚悟を決めようとした時だった。

 

「――いや、ここはドンシャインごっこをしよう!」

 

 サンダーキラーSの誘いに対して、兄のリクが代案を口にしたのは。

 

「……ドンシャインごっこ?」

 

 なにそれ、と愛らしく小首を傾げる究極融合超獣に対し、リクはパラレルアースから持ち帰った私物の方へと手を伸ばした。

 

「これが、ドンシャインだ!」

 

 あの軽快ながらも勇壮な音楽が聞こえてくる錯覚すら生じる勢いで、リクは『爆裂戦記ドンシャイン』のフィギュアを掲げて見せた。

 究極融合超獣サンダーキラーSは、ぽかんとした表情を浮かべていた。

 

「ヘンなの」

「――お、お兄ちゃん! 落ち着いてっ!?」

 

 素直な女の子の返答で、一瞬、目が座った兄に対し。ルカは思わず抱きついて、次の言動を制止した。

 続いて、ルカは慌てて振り向くと、兄姉の振る舞いに理解が追いつかず目をぱちくりさせる妹へ向けて、必死に呼びかけた。

 

「あなたも、ほら、ね? ね? きっと動くと格好良いから!」

「ルカ――わかってくれたのか!」

 

 いや、正直兄やペガほど夢中となれないことに変わりはないが、これ以上事態が悪化して欲しくなかったルカは、感激する兄へ引き攣った笑みを浮かべて誤魔化した。

 

〈爆裂戦記! ドーン!! シャイン!!!〉

 

 その間に、テレビからドンシャインの音声が聞こえ始めていた。

 ルカの意を汲んでくれたのか、ライハがテレビとビデオを操作して、ドンシャインの動画を再生してくれたようだった。

 

〈待てーい!〉

〈待っていたぞ、ドンシャイン!〉

〈サタンゾーグ! その子を離せ!〉

 

 ちょうど、リクのお気に入りである第三話の『危うしタカコ! ドンシャイン危機1秒前!』のクライマックス、ヒロインのタカコが強奪怪人サタンゾーグに囚われたのをドンシャインが河原まで助けに行ったシーンから、動画の再生が始まった。

 

「……まてーい、サタンゾーグ?」

 

 状況をよくわかっていない様子のまま、テレビの中のヒーローを見様見真似で再現し始めたサンダーキラーSに対して、パァッと顔を輝かせたリクが、裏声で応えた。

 

「ドンシャイン、来ては駄目!」

(えっ、お兄ちゃんがタカコ役なの……?)

 

 驚愕で一瞬固まったルカだったが、確かに人質を抱えたサタンゾーグとは、兄の暴走を止めようと抱き着いていたルカの方が、体勢的には近いことに気がついた。

 サンダーキラーS扮するドンシャインにはタカコ役として悲痛な目を向けながら、一瞬だけ、ルカに対して信頼に満ちた目を向けてくる兄の様子に、今ペガがこの場に居てくれたら、と心の底から思いながら。この流れを断つべきではないとも感じていたルカは、悪役を演じる決意を固めた。

 

「そのこをはなせー……?」

「奪えるなら、奪ってみろー!」

 

 なおも戸惑った様子のサンダーキラーSに対して、自棄になってルカは叫んだ。

 ……しかし、ヌスットリア戦闘員の役を、ライハが引き受けてくれなかった。

 確かに、いくらライハとはいえ生身で超獣と接触させるのは危険だし、ビデオの進行を管理する役も必要だ。そもそも戦闘員は四人も必要なので、ライハでも一人では無理がある。そう納得したルカは擬態したまま怪獣念力を行使し、リクのコレクションにあるヌスットリア戦闘員のキーホルダーを宙に浮かせ、代役として配置した。

 

〈どんどん照らすぜ! 爆裂戦記! ドン!! シャイン!!!〉

「どんどんてら……うー、むずかしい……」

「頑張れ、サンダーキラー(ザウルス)! 僕の妹の君ならできる!」

 

 触手を引っ込めても動き難そうな修道服での決めポーズに苦戦するサンダーキラーSへ、ルカに抱えられたままのリクが、力強く声援を送る。

 

「お兄さまがおうえんしてくれてる……がんばらなきゃ……!」

「わ、かわいい……」

 

 健気な決意を見せる妹に、胸を打たれたルカは思わず、呆けた声を漏らしていた。

 

「――ばくれつせんき! どん! しゃいん!!」

「よし、決まった!」

「やった、かわいい……っ!」

 

 ライハが三回ほど巻き戻しと再生を繰り返してくれた末、遂に決めポーズに成功するサンダーキラーS。兄と姉は思わず、各々歓声を上げた。

 そのまま走らせると距離がないので、ルカはキーホルダーを先んじて彼女まで進ませ、それから姉妹で動画を盗み見しながら、殺陣の再現を行った。

 

「ルカ。これ」

 

 その間に、リクが小声で示したのは、彼がコレクションしていたサタンゾーグの剣の玩具だった。

 

「きみのえがおをとりもどす!」

 

 徐々に役ヘ没入し始めたサンダーキラーSは、リクの演じるタカコへと、ルカがリクに初めて貰った言葉を凛々しい表情で投げかけた。

 

「危ない、逃げて!」

 

 タカコ役に戻ったリクが裏声で助けを拒否するも、迷いを捨てる仕草をしたサンダーキラーSがルカたちのところまで飛び込んでくる。

 ルカ演じるサタンゾーグの振り下ろした玩具の剣(もちろん寸止している)を受け止め、逆に結構容赦のない蹴りを姉に入れながら、見事にタカコを奪還したドンシャインことサンダーキラーS。

 

「もうだいじょうぶ」

 

 そう呼びかけられる兄を見て、何故自分がサタンゾーグ役なのだろうと悔しく思いながら、腹を蹴られた痛みを堪えてルカは主役と向き直った。

 

「たのむぜ、きらめき」

 

 呟いたサンダーキラーSは、そこで腕から青い光の剣――アグルブレードを生やした。

 

「ちょ、それは駄目!?」

「え、でも……わたしこれしか剣、もってないよ?」

 

 胸のリトルスターを輝かせながら物騒な物を取り出す妹を、リクと二人で必死に抑えながら、あれに斬られてはたまらないとルカは涙目で訴える。

 

「そんなこと言っても、ドンシャインの剣は、腕から生えてないじゃん!」

「じゃあ、触手から……」

「そういう問題じゃない!」

 

 ひたすら危険なことを言う妹を留めている間に、リクがコレクションの中からドンシャインの武器、輝光剣シャインブレーダーを持ち出してきてくれた。子供向けの玩具だけあって小さいが、故に今のサンダーキラーSの体格ならちょうど良い。

 

「いくぞー! きらめきえくすぷろーじょん!」

「うわー! ま、まだ、終わりでは……!」

 

 そうして、剣戟を再現した後に、必殺技を受けたサタンゾーグことルカは、爆発してやられる演技を以って舞台を降りた。

 

〈…………いや、俺は何を見せられているんだ?〉

 

 きっかけである一言の主ペイシャンは、律儀に一部始終が終わってから疑問を零した。

 

「あなたの質問への答えでしょ」

 

 対して、精神的に疲れ果てたルカたちに代わり、テレビの電源を落としたライハが、淀みなく答えてくれていた。

 

「リクとルカの妹は、本当に、ただあの子たちと遊びたかっただけだっていう……」

〈……かつてヤプールに利用されたおまえまで、随分呑気なことを言うんだな〉

 

 まぁ良い、とペイシャンは、大きく溜息を吐いた。

 

〈いざという時、後手に回らない戦力がある場所に来てくれたのは助かる話だ。組織として監視を続けさせて貰うが、俺は自分の仕事に戻れそうだな〉

 

 そうしてペイシャンが通信を終えるのを聞き届けながら、ルカは寄り添っている兄と妹の方を見た。

 

「どう? 怪獣ごっこじゃないけど、楽しかった?」

「うん、お兄さま……お姉さまも、ありがとう」

「……えへへ、どういたしまして」

 

 朗らかに笑うサンダーキラーSに感謝を示されて、ルカも思わず破顔した。

 一緒に、ドンシャインごっこへ興じたことで――血を騒がせるこの存在が、本当に己の妹なのだと、心から想えるようになったから。

 

「ちょっと休憩して……よかったら、また君の話を聞かせて欲しいんだけど、良いかな? サンダーキラー……長いねこの名前」

 

 サンダーキラーSに呼びかける途中、リクは改めてそのことに気づいたように呟いた。

 

「……ニックネーム、というか……違う呼び方を考えても、良いかな?」

「うん。お兄さまのリクや、お姉さまのルカっていうおなまえとおんなじようなの、わたしもほしいっておもってたの。ねぇ、どんなおなまえをくれるの?」

「そうだな……ルカ、何かある?」

「え? うーん……」

 

 不意に兄から振られて、ルカは思索に耽り、やがてその名を思い浮かべた。

 

沙羅(サラ)……は、どう? 沙羅双樹の木から、なんだけど……」

 

 留花(ルカ)の提案に、(リク)は――沙羅双樹の意味をわかってくれているのか、やや怪しい表情だったものの、深々と頷いてくれた。

 

「うん、わかり易くて良いね。それじゃあ君は、今日からサラだ。よろしくね」

「はい、お兄さま。……お姉さま、すてきなおなまえ、ありがとうございます」

 

 そんな風に、名前を受け取ってくれた妹が笑うのに。

 ルカはリクとともに、眩い笑顔に釣られて笑っていた。

 

 

 

 ……かつて名付けを行った怪獣との、苦い思い出も、忘れず心の隅に残したまま。

 

 

 

 

 

 




Bパートあとがき



 サラという名前はやっぱり『サ』ンダーキ『ラ』ーSと、アーサー・C・クラークのもじりからです。
 こんな超獣は解釈違いという方もいらっしゃるかと思われますが、Aパート冒頭でヤプールが言っているみたいに従来の超獣とは違うということで何卒ご了承頂けると幸いです。



 以下、いつもの雑文です。

・滅亡の邪神ハイパービースト・ザ・ワンVS宇宙警備隊

『劇場版ウルトラマンタイガ ニュージェネクライマックス』の裏で進行していた、トレギアとの決戦に光の国からタロウしか来なかった原因となった事件……という、公式には一切存在しない捏造出来事になります。
 滅亡の邪神ハイパービースト・ザ・ワンという怪獣も、映画『ULTRAMAN』のビースト・ザ・ワンのバリエーションではありますが、本当にこんな風なのが公式世界観で誕生する余地があるのかは不明です。
 ところで、ビースト・ザ・ワンと因縁のある女性の名前も『沙羅』なのは、一応わかってやっているつもりです。


・宇宙怪獣エレキング
『ウルトラセブン』に登場し、同作、ひいてはウルトラシリーズを代表する人気怪獣の一角。
『忠誠心に篤い種族』というのは作中で明言されたことはありませんが、リトルスターを例外とすれば何者かに使役されている際にコントロール不全に陥ることもなく、特に『ウルトラギャラクシー 大怪獣バトル』シリーズのレイのエレキングの活躍から勝手に抱いているイメージになりますので、公式設定ではありません。ご了承ください。
 ただ、ピット星人トリィ=ティプの育てた個体がウルトラマンジードの初めて奪った命である、というのは間違いなく公式設定です(レイバトス撃破は被害者の幻視で、真犯人はベリアルであるため)。


・滅亡の邪神ハイパーエレキング
 上記エレキングの亜種。『ぱちんこウルトラバトル烈伝 戦えゼロ!若き最強戦士』等で、ウルトラマンベリアルに操られ地球を襲うという設定で登場する、滅亡の邪神。
 つまりウルトラダークキラー同様の、ぱちんこオリジナルながら公認キャラクターであるウルトラ怪獣です。エレキングの面影がないことに定評がある存在。
 そこでウルトラダークキラーに倣って、本作では公式世界観にも存在しているという解釈を行った結果が、ゼロとレムが語った形になります。
 公式世界観で確認できる、ベリアルが地球へ侵攻した出来事が『ウルトラマンジード』の第一話アバンぐらいであり、そこにちょうどゼロやウルトラ兄弟も参戦していたということで、その際に激突したとするのが(拙作的には)ちょうど良いのかな、という考えです。もちろん他の「オメガ・アーマゲドンの際の~」ネタと同じく独自解釈という名の完全な捏造ですので、ご了承ください。
 滅亡の邪神というカテゴリーの原点にして頂点であるハイパーゼットンの作り方を(多分グラシエ辺りをパシらせて)パクった、とか、『滅亡の邪神の証である翼』とか完全体になることを『羽化』と表現するとかも全部本作独自の設定です。ご了承ください。




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第八話「その血の運命」Cパート

 

 

 

〈――『Bの因子』、確認〉

 

 サラと名付けた、リクの新たな妹の生体情報の解析結果を、レムが告げる。

 

〈自己申告の通り、彼女もまた、ベリアルの遺伝子を受け継いだ――リクとルカの、妹であるようです〉

「さいしょからそういってるのに……」

「ごめん、サラ。一応、ね」

 

 注射は可哀想だから、とリクたちが配慮した結果。いつもの解析装置を兼ねた器具を頭に取り付けて、レムが彼女の生体情報を直接走査していた。

 

「一応、君が本当のことを話してくれているって確かめながら話を聞かないと、AIBに面目が立たないから……」

「……わたし、うそつきじゃないよ?」

〈現状、生理反応を見る限り、サラの言葉に嘘はないようです。ネオスカイラーク号の電算能力を獲得している超獣相手に、ルカのリトルスターを見落としていた今の私のシステムが正常に機能しているかは、保証できませんが〉

「……大丈夫だよ、レム。レムのことも、サラのことも、僕は信じているから」

 

 ヒューマノイド型ボディで活動した時以来に、珍しく自虐的な様子を見せるレムへ、リクはそう首を振った。

 

「それで……ヤプールが居なくなったっていうのは、どういうことなの?」

 

 真っ先に問うたのは、サラの創造主――異次元人ヤプールへ苦い思い出を持つ、ライハだった。

 

「えーっと、ほんとにきゅうに、いなくなったの。たぶんまた生き返るけど、ずっと先だって、言ってた」

 

 また生き返る――つまり、ヤプールは今、再び滅びているという予想外の回答を聞かされて、リクたちは驚愕した。

 そして、それ以上の緊張が走る。

 

「言ってた、って――それは、誰が!?」

「知らない。会ったことないから」

 

 リクの問いかけに、サラはふるふると首を左右に動かした。

 

「でも、ヤプールがいないあいだ、超獣製造機にいてももう大きくなれないし、つまらなくて、さびしいから……お兄さまたちにあそんでもらいにいけばいいよって、おしえてくれたの」

 

 呆気なくサラが告げるのに、リクはライハやルカと顔を見合わせた。

 

「多分……その声が、ヤプールを」

「それに、僕らのところへサラを送り出した……?」

 

 ここまでの話を聞く限りは、そうとしか考えられない。

 リクたちへのリベンジのため、究極融合超獣を生み出そうとしていたヤプールを、一時的とはいえ殺害し。そして本来はサンダーキラー(ザウルス)の標的であったリクとルカを兄姉と認識させ、接触するように導いた。

 いったい、どんな目的の……そして、どれほどの力を持った、何者なのか。

 

「――もしかして」

 

 そこで、可能性に思い至ったルカが、微かに息を呑んでいた。

 

「その声の正体が……私を、この世界に送った黒幕と――同じ……?」

 

 闇に堕ちる寸前のウルトラマンタイガにより、培養合成獣スカルゴモラが死に瀕した時、彼女を密かに別の宇宙であるこのサイドスペースへと転送した何者か。

 そしておそらくは、その後に超時空魔神エタルガーを差し向けてきた、正体不明の黒幕。

 

 ……かつてエタルガーを傘下に収め、当人も数多の世界に干渉する能力を持ち、何よりタイガを闇に堕とすため策謀を巡らせ、彼が培養合成獣スカルゴモラと交戦した現場にも居合わせていた最有力候補、トレギアは既に、リクがタイガやアサヒたちとともに滅ぼした。

 だが決戦の際、その時のことを問い詰めるような余裕がなかったために、妹に纏わる真相を解き明かせなかったと思っていたが――

 

「――サラ。その声とは、その後……?」

「うん、そのあともおはなししてたよ。わたしもお姉さまみたいに、きれいなおほしさまがほしいって言ったら、どうしたらいいかおしえてくれたの」

 

 事態の深刻さをまるで理解していない末妹の回答に、リクたちはさらに衝撃を受ける。

 サラが、ルカを見てリトルスターを欲したのは……トレギアと決着を付けたのよりも、後の出来事であったから。

 少なくとも――ヤプールを襲撃し、究極融合超獣を解き放った者は、トレギアとはまた別の存在であるということが、ほぼ確定したのだ。

 

「……今も、その声は聞こえる?」

「うーんと……もう聞こえないみたい」

〈――少なくとも、私にはサラが嘘を言っているという反応を、まだ検知できません〉

 

 謎の正体を追う直接の手掛かりは、そこで途切れた。

 

「……リトルスターを手に入れるために、どんなことを教えて貰ったの?」

 

 それでも残されたヒントを探し出そうと、リクはサラに尋ねた。

 

「えっとね……さいしょに、お姉さまをまだねらっているリガトロンってわるい怪獣を、やっつけるように言われたの。それで、リガトロンのチカラを手に入れたら、あっちのじゅんびができたらまたおしえてくれるっていわれて……」

 

 先程、ゼロによってその死体を粉砕された複合怪獣リガトロンが、別次元に追放された後も健在であった事実に、リクはまず驚き。

 それが、まだリトルスターを狙う脅威として残っていたことを察知していた声の主に、さらなる戦慄を覚えた。

 

「それで、きょうのあさね、おほしさまがみつかったから――わたしでも食べれるようにしたからおいでって、よばれたの。それで、お兄さまたちがプリズ魔をたおしちゃうまえに、まにあったんだよ」

 

 ……リガトロンのエネルギー吸収能力を身につけたサンダーキラーSが、リトルスターを食べれるようにした。

 その言葉が、意味することは……

 

「もしかして、そいつが――プリズ魔を操っていたのか……?」

 

 あの恐るべき脅威は、自然発生したものではなく、何者かの意志で導かれた人災だったというのか。

 その犯人が、もしも、ルカの懸念通りエタルガーの黒幕とも同一人物だとすれば――どれほどの戦力を動員できる存在だというのか。

 一層警戒を深めるリクの隣で、姉となった(ルカ)は、その顔にありありと懸念を浮かべていた。

 

「……サラ。あなたそれ、とんでもないことなのわかってる?」

「とんでもないこと、なの?」

「プリズ魔が街で暴れて、たくさんの人が危ない目に遭ったんだよ?」

「……そうなの?」

 

 恐るべき怪獣であるリガトロンやプリズ魔を問題としなかった究極融合超獣は、まるで実感が湧かない様子で首を傾げた。

 その様子に、歯痒さを表に浮かべたルカは、その感情を抑えるように目を伏せてから口を開いた。

 

「――レム。ちょっと乱暴だけど、この子にも私へしてくれたみたいに、学習装置で教育ってできる?」

〈不可能ではありませんが、推奨はしません〉

 

 ルカの問いかけに、レムが注意喚起を行った。

 

〈当時のルカと違い、今のサラのようにある程度、対象となる知識が既に備わっている場合、学習装置の使用は齟齬のある記憶を脳に焼き付ける行為になってしまいます。副作用として、人格への障害や記憶の混濁、感情制御への悪影響が生じる可能性が高いです〉

「――うん、やめよう、絶対」

 

 レムの解説を受け、リクは固い決意で頷いた。

 

「ルカ。横着しないで……ちゃんと僕たちで、教えて行ってあげよう」

「……うん。そうだね、お兄ちゃん。ちゃんと――お姉ちゃんしなきゃ、だよね」

 

 ごめん、と続けるルカの反省と決意に、リクは思わず頬を緩めた。彼女にお箸の握り方や、お風呂の入り方を根気よく教えてくれたライハもまた、その心意気を感じるように目を細めていた。

 そんなルカとともに、リクは再び、新たに加わった妹へと語りかけた。

 

「……サラ。怪獣が暴れると、たくさんの人が困るんだ。……ううん、困るだけじゃすまないこともある」

「怪獣騒ぎだけじゃないよ。自分のためだけに、周りの人に迷惑を掛けちゃダメ。わかった?」

「――ヒトじゃなかったら、いいの?」

 

 兄と姉に対するサラの質問は、一瞬二人を黙らせるのに、充分な効果を発揮した。

 しかしリクは、ルカやレムに目をやってから、小さく首を振る。

 

「……いや、人間以外もダメ。怪獣も、機械も」

「じゃあ、わたしがリガトロンやプリズ魔をやっつけたのも、いけないことだったの?」

「えっと、それは――」

 

 いつか追放空間を脱してルカを狙っていただろうリガトロンや、言うまでもなく災厄であったプリズ魔。

 共存不可能な脅威を駆逐してくれたことまでいけない、と断じる資格は、同じように怪獣退治を続けているリクにはない。

 

「それは、ありがとう。おかげで助かったよ」

 

 だからか。狙われていたルカ本人が、妹に礼を述べていた。

 

「お姉さま……! えへへ、どういたしまして」

 

 ルカに褒められたサラは、姉とよく似た笑顔を浮かべた。

 そんな妹に、険しかった表情を緩めながら、ルカは続ける。

 

「だけど……悪いことをしていない怪獣や、もう悪いことをする気のない怪獣を、やっつけたりいじめたりしちゃダメだよ」

 

 もちろん人間や機械も、と付け足すルカに、サラはあっさり「はい、お姉さま」と頷いた。本当にわかってくれているのか、少し怪しいままだ。

 ……前途はまだ、多難かもしれない。ルカやサラが今、星雲荘に居る裏で蠢く新たな脅威のことも、あまりにも情報がないままだ。

 それでも、この瞬間――同じ血から造られた兄妹三人で、穏やかに過ごせる奇跡のことを。

 妹たちの笑顔を目にしたリクは、決して悪く思いたくなかった。

 

 

 

 

 

 

 それから、少し後のこと。

 

「あ、店長が言っていた番組、そろそろだね」

 

 サラの教育にもちょうど良いと思って、ルカたちは再びテレビを点けた。

 夜、いつもニュースを流す時間帯では、昼間のプリズ魔襲来事件の被害の程が、改めて報道されていた。

 

〈恐るべき怪獣の襲来。そこへ、実に四週間ぶりに、ウルトラマンジードが現れ、赤い角の怪獣スカルゴモラと共闘し、これに対抗しました〉

 

 プリズ魔と対峙するジードとスカルゴモラの様子を切り取った写真を中心に、逃げていた人々が撮影したと思われる録画映像もまた、テレビ画面で再生される。

 

〈今回、スカルゴモラは怪獣から、明確に人々を守ったようです。ここで、実際に助けられた人の声を聞いてみましょう〉

〈いやー、自分も、今日までは赤い角の怪獣は悪い奴だと思ってたんですけど……白い怪獣の光線を浴びそうになった時、あのスカルゴモラが身を呈して防いでくれたんですよね〉

「……店長、ちょっと緊張してるみたいだね」

 

 カメラに映るということで、珍しく硬い表情を見せる店長の様子に、リクが苦笑する。

 

「ライハは映ってないの?」

「私は、レムに先に回収して貰ったから……」

 

 雇用主の様子を見ながら、銀河マーケットのアルバイター組で感想を零し合う間にも、店長へのインタビューは続く。

 

〈前までは姪もあの怪獣に怯えていたんですけど、一緒に助けて貰いました。ありがとう、って気持ちですね!〉

「……お姉さま、泣いてるの?」

 

 隣に座っていたサラから問われて、ルカは思わず目元を拭った。

 

「だいじょうぶ? あのおじさんに、なにかひどいこと言われたの?」

「違うよ、その逆で……嬉しくて。心配させちゃってごめんね、サラ。ありがとう」

「えーっと……うん。よかったね、お姉さま」

 

 よくわからない、という様子のまま。それでも、姉に嬉しいことがあったのを良かったと言ってくれるよくできた妹に、ルカは微笑みかける。

 

「あなたにも……早く、こうなって欲しいなぁ」

 

 新たな脅威かと報道される、やんちゃした妹の今後をルカが祈るその間も。店長のインタビューを元に、再現映像などが流されていたが――残念ながら、無理やり捩じ込んだから見てね、と言っていた銀河マーケットの宣伝はカットされたらしい。

 続いてインタビュアーのマイクが向けられたのは、店長やライハとともに避難する車に乗り込んでいた少年、本田トオルだった。

 

〈……やっぱりウルトラマンジードは、ドンシャインみたいなヒーローなんだって、僕は想います〉

〈ドンシャインより、ジードの方が凄いよ!〉

〈だってジードは、本当に僕たちを守ってくれるもん!〉

 

 トオル少年の周囲にいた、同じく店長が車で逃した子供達が、わいわいとはしゃぎ出すのに、ルカは兄の偉大さが認められている喜ばしさ以上に不安が勝って、思わずリクを振り返った。

 ……幸いというか、兄は複雑そうな表情をしているものの、満更でもないらしく、機嫌を損ねるまでは至っていなかった。己の杞憂で済んだことに、ルカはほっと胸を撫で下ろす。

 

「……ドンシャインより、お兄さまの方がすごいの?」

 

 だが、そんなデリケートな話題の機微がわからない末っ子が、思いっきり混ぜ返してきた。

 

「ねぇ、お姉さま。わたしたちのお兄さまの方が、ドンシャインよりすごいの?」

「いや、えーっと……それはぁ……」

 

 即、頷いてしまいたい問いかけを向けられながら、リクの真ん前であるためにルカは迷い、声が裏返る。ちらりと様子を窺ってみた兄の顔色は、非常に微妙なものだった。

 しかし、じぃっと見つめてくる妹の視線から逃れることがどうしてもできず、ルカは引き攣った笑みの中、緊張で粘つく舌を動かした。

 

「そのぉ……人によるぅ、と思うけど――私はお兄ちゃんの方が好き、かなー?」

 

 紛れもない本心だが、この回答で大丈夫なのか、不安が語尾に表れてしまっていた。

 ……果たして兄は、喜色満面の笑顔になっていた。

 

「そうなんだ! すごいんだね、お兄さま!」

「いやぁ、それほどでも……やっぱりドンシャインも格好良いし……」

 

 どっと緊張が解けたルカの前で、兄と妹がはしゃぎ出す。

 二人を見守るルカの肩を、労るように優しくライハが叩いてくれた。気遣いの苦労をわかってくれた師匠に安堵して、思わずルカも抱きつきそうになるが、妹の前だから、と我慢した。

 

「じゃあ、やっぱりドンシャインごっこより、怪獣ごっこのほうがすごいんだね!」

 

 ――和やかな空気が一変したのは、その時だった。

 

「サラ……?」

「だって、ドンシャインより、お兄さまのほうがすごいって、お姉さまも言ったもの! なら、ドンシャインごっこより、ジードと戦う怪獣ごっこの方がすごいよね?」

「いや、それは……人によるって……」

 

 己の言葉を理由に、何やら興奮した様子の妹へと、ルカはためらいがちにも訂正を行う。

 

「……ドンシャインごっこは、楽しかったんだよね?」

「うん! でも、お兄さまのほうがもっとすごいのなら、やっぱり怪獣ごっこもやってみたいの!」

 

 続けてリクが問うのに、勢いよく頷いた妹は、そのまま危険な言葉を続けていた。

 

「せっかく、わたしのお兄さまがほんもののウルトラマンジードだから……やっぱり、ほんとうにウルトラマンジードとして、あそんでほしいの」

「サラ――っ!」

 

 リクが、呼び止めるより早く。思いついた勢いのまま、再び空間を割ったサラは、星雲荘を飛び出していた。

 

〈異次元エネルギー反応が増大。映像を出します〉

 

 レムが告げるや否や、星雲荘のメイン画面に、空が大きく割れる光景が映し出された。

 その空の割れ目から、夜を真っ白く染める雷が、大地へ突き立つ。

 膨大な稲妻が散った後には、金色の鎧を纏った白い竜が、その身を起き上がらせていた。

 

「お兄さま、お姉さま――はやく怪獣ごっこ、しましょ?」

 

 そして、究極融合超獣サンダーキラーSが、四度、同じ遺伝子から造られた二つの生命へと、誘いの言葉を投げかけた。

 

 妹が本来の姿を晒したのは、昼間戦場になったのと同じ一画。既に建物は残っておらず、日が沈んでいることから、捜し物を行うために残っている人影も見当たらなかった。

 それでも、あの子は新世代の究極超獣。ほんの少し駄々を捏ねるだけで、その威力は星山市を消し去って余りあるだろう。

 そのことを自覚しているのか、いないのか。蠢く触手は四方を睥睨し、いつその破壊力を解き放ってしまうのか、見る者に冷や汗を流させる。

 

〈――リッくん、どうなってるの!?〉

 

 どうやら監視役だったらしいモアから、慌ただしい通信が入って来る。

 

〈臨時ニュースです。昼間の怪獣騒動の最後、ウルトラマンジードらと新たに戦い、姿を消していた怪獣が、再出現したとの情報が入りました〉

 

 加えて、点けっぱなしだったテレビでも、その出現は既に、衆目へ認知されてしまったらしいことが語られる。

 

「やっぱり――やるしかないの……?」

 

 駄々を捏ねる幼子には、甘やかさずに無視を決めるというのもまた一手だが、怪獣相手ではそうもいかない。

 

「……僕が行く」

 

 苦悩するルカの前に、リクが一歩進み出た。

 

「ルカは、危ないからここに残ってて」

「そんなわけにはいかないよ! メタフィールドに隔離できるのは私しか居ないし、それに……私の答えで、あの子は……」

「あなたは悪くないわ」

 

 語気の萎むルカに、そっとライハが寄り添ってくれる。

 

「だけど……ゼロが居ない今、あの子を止められるのは、確かにあなたたちだけ。だから、お願い」

 

 ライハはルカの自責の念を拭い、その背を押すようにして送り出してくれた。

 その願いに、ルカは兄とともに頷いた。

 

「……ジーッとしてても、ドーにもならねぇ」

 

 リクの決意の言葉とともに、ルカは兄と二人、転送用エレベーターによって戦場へと送られた。

 

 

 

 

 

 

「まってたわ、お兄さま、お姉さま」

 

 エレベーターから吐き出された後。リクとルカは、ウルトラマンジード・ウルティメイトファイナルと、培養合成獣スカルゴモラとしての姿に変わっていた。

 月光の下、本来のサイズで対峙する相手は、究極融合超獣サンダーキラーS。触手をうねらせる彼女の前に出た直後に、スカルゴモラが両拳を打ち合わせた。

 それにより、リトルスターを通して彼女の全身の角から放射された青い光が空で弾け、溢れ出した黄金の波動・フェイズシフトウェーブが光の膜となって兄妹を取り囲み、現実世界から切り離された亜空間の戦場(メタフィールド)へと、巨大生物たちを隔離する。

 

「(サラ……私がなんて言ったか、覚えてる?)」

 

 少しだけ苛立ちを表に出しながら、スカルゴモラが末妹に問うた。

 

「えーっと……まわりのひとにめいわくをかけちゃいけない、とか?」

「(そうだよ。約束したよね?)」

「うん。だから、お姉さまがめたふぃーるどをはるまで、まってたの」

「(これ、結構疲れるんだけど……)」

 

 無邪気に答える妹へ、毒気を抜かれたスカルゴモラがそんな思念の声を漏らしていた。

 メタフィールドは術者の生命力を変換して産み出す亜空間――疲労については、星雲荘の修復装置の働きで除去できている。さらに培養合成獣スカルゴモラの、生命に関わるストレスに適応する自己進化遺伝子のおかげで、能力獲得前よりも生命力自体が増幅されている。その結果、昼間よりは長時間維持できる見込みだが、一度展開するだけでも負荷は大きいのだろう。

 

「――ちゃんと約束を守るんだね。偉いよ」

 

 たちまち、ジードは相手を立てるところから始めてみた。

 

「ふふ、ほめられちゃった」

「でも、怪獣ごっこはちょっと考えようか。御飯の前で、僕もルカも疲れているし……」

「えー?」

 

 話を逸らす兄に、究極融合超獣は露骨に不満の声を口にした。

 

「せっかくお姉さまがじゅんびしてくれたのに……ごはんはあそんでからたべようよ、お兄さま」

 

 ――そう言うなら、メタフィールドを解除して貰おうと、ジードはスカルゴモラを振り返ろうとしたが。

 それより早く、サンダーキラーSの全身から、メタフィールドの紅い世界を埋め尽くすほどの白雷が迸り、その選択肢を却下させた。

 

「いっくよー!」

 

 眩さに視界を奪われ、加熱された大気の膨張に圧された兄姉へと、サンダーキラーSが呼びかける。

 最初に飛来したのは、青い破壊光弾、ウルトラマンアグルの必殺技であるリキデイター。それをウルティメイトバリアで凌いだところに、サンダーキラーSが有する無数の光線技が殺到する。

 サンダーキラーが得意としていたライトニングカッターのみならず、ゼガンの時空転送光線、プリズ魔の結晶化光線、そしてガイア・アグル・ベリアルの、三大ウルトラマンの必殺技。一撃一撃が、並の怪獣であれば即死させる威力の飽和射撃。

 やはり、サンダーキラーS自身には、敵意も殺意もないとしても。繰り出される猛攻には、メタフィールドによる補正で強化されたウルティメイトファイナルと、スカルゴモラが同時に展開したバリアでも、長く保ちそうにはない。

 

「ざうるすすてぃんがー!」

 

 それでも焦れったく感じるのか、サンダーキラーSの肩に生えた棘状の生体ミサイルが発射される。バリアの死角に回り込んでくるそれらを、スカルゴモラが超振動波で迎撃し、破砕する。

 

「うるてぃめいとりっぱー!」

 

 だが、そちらへ注意を奪った隙に。密かに忍び寄っていた触手が、リガトロンの鎌を再現したエネルギー吸収能力でバリアの強度を落とし、続く二本目の触手がジードから学習した光輪技を繰り出して、二重の光子障壁を切り裂いてしまう。

 

「しまった――!?」

 

 盾をこじ開けられ、思わず開いてしまったジードの両腕へ、後続の触手群が間を置かずに襲いかかる。ベリアルキラーザウルスに倍する触手は、バリアの突破に二本を費やしてもなお、ジードの四肢と首、ギガファイナライザーを同時に拘束してしまえるだけの手数があった。

 

「(お兄ちゃ――っ!?)」

 

 さらに、背に庇っていたスカルゴモラにも、九本目の触手の代わりとして、伸長したサンダーキラーSの尾が襲いかかった。触手がジードを投げ飛ばすと同時にスカルゴモラへ襲いかかった長い尾は、最初から稲妻を纏った状態でスカルゴモラの首に絡みつき、父に由来する放電技ベリアルジェノサンダーで姉を攻め立てる。

 

「うふふ、あははははははは……!」

 

 笑声とともに、サンダーキラーSが背の触手を開き、その隙間に光の膜を展開する。未熟な邪神の翼の代わりとなる羽を得た究極融合超獣は、その尾で姉である培養合成獣の首を絞めたまま、赤い空へと身を躍らせた。

 そうして低空で飛翔する勢いのまま、大地に擦り付けられながら、超音速で引きずられたスカルゴモラを、サンダーキラーSが身を翻して投げ飛ばす。

 

「ルカ!」

 

 勢いのまま地を滑ってきた妹を、ジードは起き上がって受け止める。どちらかと言えば、耐性を獲得しつつあるベリアルジェノサンダーよりも、首絞めの方が効いていたらしいスカルゴモラが息を荒くするところに、サンダーキラーSが自身を弾丸として飛んで来ていた。

 

「あぐるぶれーど!」

「――っ、スマッシュバスターブレード!」

 

 先のドンシャインごっこでも見せていた、根本が赤く、刀身の青い光の剣を、本体の右腕から伸ばしたサンダーキラーSを、無手となったジードも同様に生やした光の剣で受け止め、斬り結ぶ。

 

「やめるんだ、サラ!」

「えー? もっとほんきであそんでくれないとつまんなーい」

 

 生意気な返答とともに、サンダーキラーSは互いの剣を弾き合うと、開いた隙間に肩から思いっきり突進してきた。

 触手の分、ベリアル融合獣よりも増した体重。増大した出力による、打撃そのものの威力と、何より接触した瞬間に注ぎ込まれた電流の強化に踏み止まれず、ジードの身体が弾かれる。

 

「(このっ、悪ガキ――!)」

 

 怒りを隠さなくなったスカルゴモラが立ち上がった。距離を詰めようとする姉に対し、しかし妹は一歩も動くことなく、スカルゴモラの全身に触手を突き刺すことで制圧する。

 かつてのベリアルキラーザウルスのそれと違い、エネルギー吸収能力を持つサンダーキラーSの触手はスカルゴモラに直接触れながらも、超振動波の発動自体を阻害して、無傷のまま存在していた。

 

「うーん……やっぱりお姉さまたちは、ぷろてくとされてるんだね」

「(く、ぁ……っ、どういう、意味――っ!?)」

 

 痛みに呻く姉の流血を目にして、謎めいた言葉を呟くサンダーキラーSを、四肢や腹部を刺されたままのスカルゴモラが問い詰める。

 

「ヤプールは、レイブラッドがこわいから……生まれつきあたえられたいじょうの、レイオニクスの力を、わたしはふやせないの」

 

 ……他の怪獣やリトルスターを吸収すること、あるいは戦いの中で学習することで、その情報を取得し自らの力として再現を可能とするサンダーキラーSだが、レイオニクスでもあるベリアルの子らの力は――小手先の技は例外のようだが、本質的にはラーニングできないという仕様が、ヤプールの手で設定されているらしい。

 それを今、姉相手で実際に試したという回答に。宇宙を貪る滅亡の邪神の幼体が、予想外の結果であればどうするつもりであったのかを疑い、ギガファイナライザーを拾ったジードの手が強張った。

 

「……ルカを、離せ!」

 

 迷いを払い、得物を振り被ったジードは、スカルゴモラを捕らえる触手に打ち込みを行った。

 ギガファイナライザーが当たるより早く、スカルゴモラを手放して退いた触手が躱すと、ジードは再び姉妹の間に立ち、サンダーキラーSに対峙する。

 

「やめろ、サラ! もうこんなの遊びじゃ済まない!」

「……そうなの?」

 

 蹲ったスカルゴモラを庇いながら、先程までよりも、強い口調で告げたのが功を奏したのか。サンダーキラーSは驚いたようにして問い返した。

 

「こんなの、誰も楽しくない! 見ろ! 君のお姉ちゃんだって、こんなに怪我をして……っ!」

「うーんと、わたしは楽しいんだけど……それに、お姉さまもこれで、もっと強くなれるんだよね?」

 

 星雲荘のデータを盗み見ていたのか。それとも、同化や再現は許されずとも、解析は可能なのか。培養合成獣の特性を知悉したように、究極融合超獣が身勝手に答える。

 

「怪獣は超獣より弱いけど、わたしのお姉さまだもの。もっと強くなってくれれば、わたしとあそんでもへっちゃらになれるよね?」

「それは……君だけの都合だ。僕も、ルカも、君と兄妹で傷つけ合いたくなんかないし、君たちが争うのだって見たくない!」

 

 訴えかけるジードに、サンダーキラーSは小首を傾げた後、確信に充ちた声で応えてきた。

 

「だいじょうぶだよ、お兄さま。わたし、ちゃんと手かげんしてるから」

「……何?」

「だって、ごっこあそびだもん。プリズ魔との戦いで、ふたりのたいきゅうせいはわかっているから、ちゃんとやりすぎないようにできるよ?」

「こんなに、痛くしておいて……?」

「えっと――まだうごけるのに、痛いのって、そんなにいやなの?」

 

 痛みや恐怖を知らない生物兵器である超獣、その最新の系譜でもあるサンダーキラーS。

 ゼガンが乱入する直前の、本人の口ぶりを思い出せば。痛みを感じる心を持たない今までの超獣と、彼女自身は違うようだが――それでも生まれたばかりであり、そして未完成でも生まれながらに最新最強の究極超獣という強過ぎる存在故に、種族として受け継いで来た感性を覆すほどの経験がなく、ジードの言葉に理解が及ばない様子だった。

 

「望んで痛い目に遭いたい人はいない、と思う」

「そうなんだ……じゃあ、もうちょっと手かげんしてみるね!」

 

 一人で納得する言葉とともに、サンダーキラーSがまた、遊びという名の攻撃を再開して来る。

 ……だったら、痛いのがどんなことか、教えてやろうか――そんな憤りが一瞬、ジードの脳内をチラつく。

 

 究極融合超獣サンダーキラーSは確かに強大だ。ウルティメイトファイナルでも、単体では押し切れないかもしれない。

 だが、自身よりも強大な存在を打倒するのは、ウルトラマンにとって珍しいことではない。その最たる例が、この手で眠りに就かせた父ベリアルだ。

 あの勝利は奇跡的な助けがあってこそのものだが、このメタフィールドの中でなら……そこまで考えたところで、しかしジードは正気に返る。

 

 ――違う。それじゃ駄目だ。

 自分の都合の良いように力で従えさせるのは、ベリアルと同じだ。

 今の、サンダーキラーS自身がそんな在り方だとしても。彼女が自分で気づいて、その言動を改めるようにできなければ意味がない。

 ――それが、どうしてもこの子にできないのなら、その時は……!

 

 …………でも、ルカの前で――?

 

 そんな風に、戦いの最中、思考を迷走させてしまったために。

 サンダーキラーSの攻撃に対処する集中を欠いたウルトラマンジードは、触手の構えたウルティメイトリッパーが、自らの腹部に押し付けられるのを、許してしまっていた。

 

 

 

 

 

 

「(――あ……っ)」

 

 全身を痛めつけられ、倒れ伏していた培養合成獣スカルゴモラは、為す術のないまま、その光景を目の当たりにした。

 究極融合超獣サンダーキラーSの操る触手、その一本が携えていた光輪が、ウルトラマンジードの腹部を縦方向に抉り切る瞬間を。

 

「(――あ、あ、あぁぁぁあああ……っ!?)」

 

 触手は、上に向かって跳ねた。正中線に沿った刃の軌道は、ウルトラマンの生命核と直結する器官、カラータイマーの存在する方向に走っていたのだ。

 光輪に腹を割かれただけで、尋常な生物ならショック死を免れない。そしてウルトラマンと言えども、もしも、カラータイマーが破壊されていたら、ウルトラマンジードは――兄は、リクは、死んで……!

 

「あれ――お兄さま、こんなこうげき、まだふせげると思ったのに……?」

「(あぁぁぁあああああああぁぁぁあああああああっ!?)」

 

 力なく倒れるジードを見て、スカルゴモラは狂乱するまま思念の声を迸らせた。

 ジードの有様と、その声に吃驚したように、サンダーキラーSがこちらを見る。

 

 ――一緒に遊んで。ルカが名付けて、ルカを心配してくれて、それに心を許してしまって。だからルカ自身も、兄も、相手の思惑がどうあれ遊びと言われる範囲では、本気で戦うことができなかった。

 だから、ガーゴルゴン・フワワの時のように。またルカの甘さが原因で、リクが、一番大切な居場所が、奪われて……

 

「(……許さない――ゆぅるぅさぁなぁいぃぃぃいぃっ!!)」

 

 そんなこと、もう許してたまるかと。立ち上がった培養合成獣スカルゴモラは、爆発する怒りのまま――度重なる戦いで、そして今、相対する同族の存在に刺激され続けてきた、その闘争本能を完全に解き放つ。

 その滾りのまま、全身が燃える。異常活性化した新陳代謝が全身の傷を修復させるとともに、発生した余熱による膨張が、古い体表を文字通り弾き飛ばす。

 

 ――そうして現れたのは、赤いスカルゴモラだった。

 褐色だった前側、金色だった背中、どちらにも赤みが付け足され。しかし、表面が取れた結果、翡翠の鉱脈のような色合いを覗かせた背中の角に照らされた範囲は、結果として元の黄金に近い煌めきを背負う。

 そして己を中心に、赤い輝きを放射するその姿を何と呼ぶのか、彼女自身は知る由もなかった。

 

〈ルカに、何が起きたの……?〉

〈これは――レイオニックバーストです。レイオニクスの力による強化形態で、公的な記録では、ゴモラとレッドキングで一例ずつしか確認されていない現象になります〉

 

 何らかの異常を察知したらしい、ライハとレムの会話。

 その意味することを理解するほどの冷静さは、既にスカルゴモラの中に残されていなかった。

 ただ、際限なく漲る力に導かれたまま、その抑えきれぬほどの猛りをぶつけるべき『敵』だけを見据えていた。

 

「お姉さま……!」

 

 同じレイオニクスの血を引くサンダーキラーSが、姉と呼ぶ培養合成獣の変貌に驚いたように呼びかけて来た。

 

「すごい、すごい! そんなにも、レイブラッドのチカラを引き出せるなんて……!」

「(お兄ちゃんから――離れろぉっ!!)」

 

 興奮した様子の獲物へと、スカルゴモラの意識が集中する。

 怪獣念力が、サンダーキラーSを襲う。これまでより大幅に出力を増したサイコキネシスは究極融合超獣の全身を圧迫するものの、やはりリガトロンの能力を継いだ触手によって力場を裂かれ、霧散してしまう。

 

「あはは、すごいすごい! でもまってお姉さま、今は――」

 

 自由を取り戻したサンダーキラーSが余裕の態度で笑うが、究極融合超獣にぶつけた念動力は、スカルゴモラにとって目眩ましでしかなかった。

 本命は、サンダーキラーSの傍で倒れていたウルトラマンジードを、離れた場所まで運ぶことだったから。

 

「あっ、お兄さま」

 

 そのことにサンダーキラーSが気づいた直後、彼女を取り囲む大気が、百万度にまで加熱されて炎上した。

 

〈レイオニックバーストしたレッドキングは、エンペラ星人に仕えた不死身のグローザムをして、触れれば死亡するほどの高熱を纏っていたそうです〉

 

 エンペラ星人や、その臣下としてヤプールと肩を並べたグローザムについて、レムが解説しようとするが、そんな余計な情報はスカルゴモラの意識に上がらない。

 その間も、全身の角が音叉となって、自らの発生させた高熱を介し、超振動波の音エネルギーをサンダーキラーSの周囲へと放射していた。

 音波のエネルギーは、高温環境であるほど減衰度を下げ、さらに音速自体を増大させる。太陽の光球面がたったの六千度しかないのに、さらに熱源から遠い太陽コロナが百万度を越えるまで加熱されているのも、高温の環境下で太陽コロナまで共振する太陽核からの波動が効率良く届いているためとする説がある。

 スカルゴモラは本能的に、太陽と同じようにして、その体内の膨大なエネルギーをサンダーキラーSに叩き込もうとしていたのだ。

 

「すごくあつい……」

 

 ウルトラマンの光線に比べれば、低密度に拡散するプラズマでしかない大気へと、サンダーキラーSは呑気な感想を零した。

 それから、窓を開けて換気する程度の気軽さでメタフィールドの亜空間を割って、異次元への穴を開く。

 途端、凄まじい勢いでスカルゴモラの放つ熱波が排出されていくが、数秒と経たない間にその流れが止まる。

 サンダーキラーSの開いた次元の穴を、スカルゴモラの怪獣念力が作り出した力場が取り囲み、蓋をしたからだ。

 そうして、再び周辺の大気が、これがメタフィールド外であるならとっくに辺り一帯の地面ごとプラズマ化する高温に達して――その中を遂に、サンダーキラーSに狙いを絞ったスカル超振動波が駆け抜けた。

 

「――あ……っ!」

 

 プリズ魔化での吸収もできない莫大なエネルギーに晒されて、まず弾け飛んだのは、念動力場を引き裂こうとしていた左側の触手の群れ。

 超高温下、秒速百万メートル超過まで研ぎ澄まされた超振動波によって、構造の脆弱部を狙われた触手が、爆破されたようにして消し飛ぶ。その様を見たサンダーキラーSが、呆けたような声を発した。

 

「痛……い……?」

 

 サンダーキラーSの気が逸れた隙を見逃さず、スカルゴモラは地を蹴った。

 筋肉が発達しすぎて、巨体を運ぶための可動域が充分に取れていなかったこれまでと、体型に変わりはないというのに。大幅に増した膂力は、その身のこなしまで軽やかにしていた。

 

「あ……っ、いやぁあああああああああ!?」

 

 そんなスカルゴモラの接近に対し、生まれて初めて傷を負ったサンダーキラーSが、半ば錯乱したように応じた。

 残された右側の触手で、ウルティメイトリッパーを投擲しながら、ベリアルデスサイズを放つ。フォトンエッジとフォトンクラッシャーを繰り出した後、それぞれをさらに重ねがけするように発射する。

 

「え……っ!?」

 

 そのいずれもを、スカルゴモラは怒りのまま、躱しも防ぎもせずに突っ込んだ。これにはサンダーキラーSも正気に返り、驚いたような素振りを見せた。

 

「そんな、お姉さま――っ!」

 

 サンダーキラーSが、焦ったように呼びかける間に、ベリアルデスサイズが肩から袈裟斬りに肉を刻む。続くウルティメイトリッパーは首元を半ば近くまで断ち切り、赤と青の混じった二本の光線が、拡散して体表を広く切り裂きながら、本流でその胴体を貫いていく。

 だが、気にも留めず進むスカルゴモラの肉体を破壊光が通り抜けた後には、すぐに。活性化した細胞が、その断面や穴を高速再生して塞いで行く。

 

「なん、で……痛くない、の――っ!?」

 

 そして、愕然とした様子で喋っていた真っ最中のその頬を、飛び掛かったスカルゴモラは思い切り引っ叩いた。

 頭が取れそうな勢いでサンダーキラーSの首が曲がり、身体までその勢いのままに回転させる。サンダーキラーSがメタフィールドの大地に倒れ込む途中、目の前を過ぎった究極融合超獣の触手を、スカルゴモラは掴み取った。

 

「(お兄ちゃんを切ったのは、この触手か……っ!)」

「ちが、それはもうな――っ!」

 

 触手に流れる高圧電流を物ともせず。さらに囀る究極融合超獣の背中を踏みつけて、その声を中断させたスカルゴモラは、思いきり体を伸ばした。

 

「いや、痛、やめ……ちぎれちゃ――っ」

 

 踏まれたままのサンダーキラーSが制止を呼びかけたのに取り合わず、スカルゴモラは力任せに、その触手を引き千切った。

 

「――きゃぁああああああっ!?」

「(これかっ!?)」

 

 悲鳴を無視した次は、噛み付いて。咬合力だけで裁断しながら、六本目の触手を破壊する。

 

「(こいつかっ!?)」

 

 抵抗するように襲いかかってきていた残りの二本も掴み取り、鉤爪に刺されてエネルギーを吸われるまま、その吸収限界を越える出力のスカル超振動波で爆砕する。

 

「痛……いやぁあああああああああっ!?」

 

 苦痛を訴えるサンダーキラーSの、その声が煩わしくて。スカルゴモラは衝動のまま、妹を名乗っていた超獣を蹴り飛ばす。

 独楽のように回転して跳ね上がったサンダーキラーSが、何百メートルも先の岩山を突き崩した。それを追い、スカルゴモラ自身も移動する。

 逃さない。日天下であれば、プリズ魔の光量子化と実体化能力を使われて、倒すのに手間がかかるようになる。ここで決着をつけてやる――!

 

「ぜ……ぜがんとびーむ!」

 

 迫るスカルゴモラに、怯えた様子で起き上がったサンダーキラーSは、ゼガンを真似するようにして胸の中心から時空転送光線を放った。

 だが、同時にスカルゴモラの展開したバリアがゼガントビームを受け止めて、時空転送効果を不発のままに潰えさせる。

 

「(させるかっ!)」

 

 究極融合超獣は身を翻し、空間を割って逃げようとしたが、培養合成獣はその異次元への穴を怪獣念力で封じ込めた。続けて、眼前の出来事に立ち尽くすサンダーキラーSの尾を、スカルゴモラは思いきり踏みつける。そして、縫い留められた本体の動きが鈍ったところでその尾を掴み上げ、腕力だけで一気に引き寄せる。

 

「(このっ! このぉっ! このっ、このぉおおっ!)」

 

 それから何度も、何度も。赤熱化したメタフィールドの大地に、尾を握ったまま振り回して叩きつけてやると。サンダーキラーSは徐々に、抵抗する気力を失っていった。

 

「やめて……やめて、お姉さま……」

 

 反撃も、防御も、逃亡すらも叶わず、最早、震えながら許しを請うしかできないサンダーキラーS。その肩へ手をやったスカルゴモラは、力尽くで彼女を仰向けにさせて馬乗りとなり、そのまま顔面目掛けて拳を振り下ろした。

 そして硬い音とともに、サンダーキラーSの左の角がへし折れた。

 

「――っ、あぁあああああっ!?」

 

 耳障りな悲鳴に蓋をするように、スカルゴモラはもう一度拳を振り下ろした。

 都合三度の殴打を当てても、サンダーキラーSの頭蓋骨が砕ける手応えはない。どうやら、リガトロンやラグストーンの装甲を参照に兜の強度を上げているらしい。だが、それでも打撃を完全には無力化できていない。先に中身か首が限界を迎えるだろうと、スカルゴモラはまた拳を降ろす。

 

「痛っ、痛いぃ……もうやめてぇ、お姉さま――!」

「(嘘つけ! 超獣はっ、痛みをっ、感じないんでしょっ!?)」

 

 怒りを込めたスカルゴモラの回答と拳が繰り出される度に、サンダーキラーSがその身を捩り、震わせる。

 

「うそじゃないよ! ほんとうに……やめて、痛い、痛いっ!? もう……ぶたないで――っ!」

「(なら――おまえはお兄ちゃんがやめろって言っても、なんでやめなかったんだ!? なんでお兄ちゃんを傷つけた!?)」

 

 お望み通り、殴るのをやめたスカルゴモラは、代わりにサンダーキラーSの首を思いきり握り締めた。

 

「わたしがっ、わるい子だった、から……痛いのが、こんなきもちだなんて、知らなかったの……!」

 

 みっともなく泣き始めるサンダーキラーSの首を絞める力を、スカルゴモラはもう一段強めた。

 呼応したように、サンダーキラーSの胸から小さな光の玉が――リトルスターが浮かび上がったかと思うと。そのまま弾けて、消えてしまった。

 ――その現象が、宿主の心底からの絶望を意味することを、スカルゴモラは知らなかった。

 

「ごめん、なさい……だから、もう……ゆるし、て……っ!」

 

 そんな風に請われても、スカルゴモラの衝動は止まらない。

 

 片方の手を離し、超高熱のプラズマ火炎と超振動波を同時に纏った爪で、その腹を掻っ捌いてやろうとした、その時だった。

 その腕が、背後から掴まれて止まったのは。

 

「ルカ……もう、やめるんだ」

 

 邪魔者を振り返るのと、その声の主から柔らかな光が放たれるのは、同時のことだった。

 傷を治すだけでなく、沈静化の効果を併せ持った癒やしの波動は、血の衝動に染まっていたスカルゴモラの思考の靄を晴らし――己の手を握って止めたのが、最愛の兄であることを認識させた。

 

「(お兄、ちゃん――)」

「――お兄、さま……?」

 

 腹部から、自らを構成する光の粒子を零し続けながら。

 そこを塞ぐためではなく、妹たちの心と体を癒やすため、さらにその身を削って光を放つのは、ウルトラマンジードその人だった。

 

「(――あ、私、は……)」

「ひぅ――っ!?」

 

 落ち着くと同時に、振り返ったスカルゴモラの顔を見た途端。兄の治癒光線に傷ついた身を委ねていたサンダーキラーSは、それからすら逃れるように悶えた。

 いつの間にか、レイオニックバーストの状態から元に戻っていたスカルゴモラはそれに抗う力がなく、また、心が追いつかず。勢いのまま、妹の上から振り払われる。

 

「サラ、待って……!」

 

 そして、重傷のジードが呼び止めるより早く、前方の空間を割ったサンダーキラーSは這うようにしてその中に飛び込み、即座にその穴を閉じて、異次元へと姿を眩ませてしまった。

 脱兎の如く逃げ出す妹の様子を目の当たりにし、スカルゴモラは己を顧みる。

 

「(私――何を……)」

 

 何をしていたのか、その記憶はある。

 何をしようとしていたのか、その自覚もある。

 自分が――あれほど嫌悪していたことを、自ら行ってしまったという、その認識が。

 

 ――痛い痛いと泣きながら、許しを請うてもやめて貰えなかったあの絶望を、振り撒く側になってしまったという実感が、スカルゴモラの中にあった。

 

「(私……私、なんてことを――!)」

 

 ――レイオニクスとは、兄弟殺しの血族。

 ペイシャンの警告を、培養合成獣スカルゴモラは想起する。

 

 その、レイオニクスの血が掻き立てる本能のままに。最初は、兄を傷つけられた怒りだったのだとしても。ただ湧き上がる衝動のまま、己は力を振るう愉悦に溺れ、妹であるサンダーキラーSを傷つけた。既に闘志をなくし、助けを求めていた彼女を散々に叩きのめし――嬲り殺そうとした。

 挙げ句には、何より大切な兄のことすら、そのままでは判別できなくなっていて――

 

「あ……うぁあああ……っ!?」

 

 メタフィールドを解除し、培養合成獣から人間の姿へと変化しながら、ルカは嗚咽を漏らして頭を抱えた。

 

「ルカ……」

 

 いつの間にか、同じように人間の姿に戻った兄が、心配そうに呼びかけてくれていた。

 だが、ルカが答えられずにいると、やがて背後で人の倒れる音がした。

 

「――お兄ちゃんっ!?」

 

 振り向けば、腹部を赤く染めた荒い息のリクが、苦悶に満ちた表情で倒れ込んでいた。

 そうだ、元々は兄を助けようとしたのに――そのために妹を傷つけたのに。自分はリクが重傷を負っているということすら忘れて、己のことばかりに耽溺した。

 ライハとレムに助けを求めながら、月光の下、ルカはそんな己をひたすらに呪っていた。

 

 ……兄の、役に立ちたいと。念願だった、ウルトラマンジードさえ越え得る力を手に入れても。

 今の培養合成獣スカルゴモラには、そんな愚かなことしかできなかった。

 

 

 

 




第八話あとがき



 ここまでお読み頂き、ありがとうございました。
『ウルトラマンジード』の第八話、ということで、ゼロが帰還したり、ジードではなく準主役が強化形態を得たりする回になりました。

 同時に、強化形態の元ネタである『ウルトラギャラクシー大怪獣バトル NEVER ENDING ODYSSEY』の第三話『大暴走!レイオニックバースト』のような回ということで、このまま長編に突入する流れとなります。一気に書いた上で同時に更新した第一話・第二話の頃と違い、まだプロットだけしかないので不安も大きいですが、どうかお付き合い頂けると幸いです。

 ちなみに、レイオニックバーストしたゴモラとレッドキング、前者は言うまでもなく大怪獣バトルの主人公・レイのゴモラですが、後者はグランデの個体ではなく、『大怪獣バトル ウルトラアドベンチャーNEO』の主人公アサマ・アイのパートナーの方になります。培養合成獣の素材はどちらでもないとは思うのですが、EX化と違ってレイオニックバーストは純粋にレイオニクスによる強化という趣が強いので、実績ある種族の遺伝子を掛け合わせたスカルゴモラ自身=シンクロ率100%のレイオニクスとなるルカならポテンシャル的に行けるだろう、という解釈です。



・星雲荘の修復装置>ストーンフリューゲル問題
 あのウルトラマンノアがネクサスとして同化した適応者(デュナミスト)に授ける移動手段兼回復装置のストーンフリューゲルですが、傷は癒せても疲労を取り除けないという仕様でした。
 対して、星雲荘の修復装置は、使用前後で明らかに伏井出先生の元気そのものが増進されていたので、治癒に加えて疲労回復効果があると原作描写から判断でき、少なくとも拙作ではそのように扱って来ました。
 結果、地味に労働環境の設備面ではベリアルは間違いなくノアを越えているという事態となりましたが、原作同士を比べた結果ということでご了承ください。






オリジナルウルトラカプセルナビ

名前:究極融合超獣サンダーキラーS(ザウルス)
身長:53メートル(触手除く)
体重:9万9千トン(触手含む)
得意技:ベリアルジェノサンダー、キラートランス

 ヤプールの手により、究極超獣ベリアルキラーザウルスの予備機と、滅亡の邪神ハイパーエレキングの細胞にベリアル因子を融合させて誕生した、第二世代究極超獣にして滅亡の邪神の幼体、そして新たなるベリアルの子。
 ベリアルジェノサンダーを始めとする電撃技と、既存通常種の四本、Uキラーザウルス・ネオの六本を越える、八本の触手を主な武器として戦う。
 また、宇宙同化怪獣ガディバの特性も組み込まれており、吸収その他の手段で情報の取得・解析に成功した能力を自らのモノとする自己進化能力を持つ。
 さらに、獲得した能力を行使するため、肉体を自在に変化させる『キラートランス』も、ビクトリーキラーの物から発展した技術を採用し、腕に限らない部位や全身での変異まで可能となっている。



 ……この超獣はヤプールが決戦に臨む際の器として造られていた従来の究極超獣とは異なり、自律思考する一個の生命体として設計されている。
 その理由は、同じ遺伝子を使って造られたベリアルの子らに対して、存在そのものが心理的な優位を招くことができるとヤプールが考えたため。なおかつ、闇だけでは光と闇を併せ持つ者には勝てないという指摘を受けたことから。そのため、既存の超獣が持ち合わせなかった類の心や感覚なども搭載されている革新機でもある。
 しかし、レイブラッドへの恐怖心を捨て去れなかったヤプールにより、自己進化能力の対象としてレイオニクスを含めることができず、ジードやスカルゴモラ自体の能力を身につけることはできないという制限を設けられている(身体変化を伴わない、解析した光線技等の習得は可能)。

 ジードたちへの人質(※愛らしい少女の見た目の人間態を設定したのも、その目的を補強するため)のような効果を得られる「一個の生命体」として成立させた上で制御を図ろうとしていたヤプールだったが、行動理念の刷り込み前に何者かに襲撃され一時滅亡してしまう。
 結果、未完成のまま動き出した、次世代型究極超獣――というのが、本編で登場した時点でのサンダーキラーザウルスとなる。幼体であるため、滅亡の邪神の象徴である翼が未熟となっている(触手で飛行能力を補っている)。




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第九話「共闘-コンビネーション-」Aパート

 

 

 

 降りしきる雨の中、虚空が割れた。

 路地裏の何もない空間が、ガラスを割るようにして砕け散る。そこに開いた異次元の穴を通って、小さな白い影が転がり出た。

 辺り一面を浸した水溜りへ飛び込む格好となり、盛大な音を立てて豪奢な修道服を汚した少女は、それを嘆くでもなく立ち上がり、駆け出し始める。

 

「おこらせちゃった……おこらせちゃった――っ!」

 

 どうしよう、と目元に涙を浮かべながら走るのは、サラと名付けられた七歳前後の女の子――の姿へ擬態した、究極融合超獣サンダーキラー(ザウルス)だった。

 痛みや恐怖を感じない暗黒の化身たる生物兵器(テリブル・モンスター)、超獣。その偏った特性の孕む限界を越える、新たな可能性として創造された彼女は今、その心が新たに感じることのできる痛みと恐怖を確かに味わい、それに支配されていた。

 

 脳裏を占めるのは、新たなる超獣の頂点である自身をも蹂躙する圧倒的な暴力の主。創造主たるヤプールが畏れ、サンダーキラーSには少量しか与えなかった究極生命体の血、それを色濃く組み込まれた設計者違いの姉、培養合成獣スカルゴモラの見せた、その怒りの凄まじさだった。

 

 ……ずっと、遊んで欲しいと思っていた。

 一人きりで生まれて。意識が確立した頃には、既にヤプールも消え去り。同じ異次元に存在する超獣たちは、そのヤプールの干渉がなければ自我もない。

 そんな自分とも、兄姉なら遊んでくれるかもしれないと聞いて。サンダーキラーSは、一も二もなく生まれ故郷を出奔した。

 そして、二人と初めて会ったその時に。見かけた仲良しの兄弟が楽しそうにしていた、怪獣ごっこ――サンダーキラーSの兄や姉の真似っ子をする遊びを、自分は本人たちとできるのだと、舞い上がって。その時は断られて、何日も我慢した次の機会はウルトラマンゼロに邪魔されて。その後、ドンシャインごっこで気が紛れたとはいえ、一度抱えた期待は完全には捨て去ることができず。そんな欲望を後押しする言葉に甘えて、嫌がる兄と姉を遂に、無理やり怪獣ごっこへ巻き込んだ。

 

 サンダーキラーSは――サラは、愚かだった。

 初めて痛みを感じることができるようになった革新機、独立した一個の生命体として作られた究極超獣は、痛いというのがどんな気持ちなのかを、理解していなかった。

 だから、ずっと制止を呼びかけていた兄姉が、どれほど嫌がっていたのかを理解せず、遊び半分で傷つけて、遂に本気の怒りを買ったのだ。

 そして、(リク)を傷つけられた(ルカ)が見せた怒りは、超獣など及びもつかない究極生命体の力の片鱗を存分に引き出し、サンダーキラーSを一方的に叩きのめした。

 その時になってようやく、痛みを知ったサラがどれほど許しを請うても、もう遅かった。姉は、許してくれなかった。

 

「――っ、うぅ……」

 

 沢山の笑顔を向けてくれた、優しいお姉さま。そんな彼女から容赦なく叩き込まれた、感情の烈しさを振り返る。呼応したように、殺意の刻まれた傷が全身で疼いて、体勢を崩したサラは駆ける勢いのまま倒れ込んだ。

 せっかく手に入れたお揃いのリトルスター(おほしさま)も、その姉の憤怒を浴びる間に、すっかり萎んで見えなくなってしまった。

 そのおほしさまを準備してくれた……そもそも、兄や姉と遊んで貰うと良いと、独りで目を覚ましたサラに教えてくれた不思議な声も、今はもう聞こえない。

 

「どうしよう……どうしよう……」

 

 なんてことをしてしまったんだろうと、今になって悔やむ。

 ただ、遊んで欲しかっただけなのに。優しい二人は、ちゃんとそれに応えてくれたのに。サラという、素敵な名前もくれたのに。

 全部、自分の手で壊してしまった。弁えずに、甘え倒して、そして我慢の限界を越えさせて、否定された。

 ……また見つかったら、痛い目に遭わされるのだろうか。今度こそ、この命を奪われるのだろうか。悪い子の自分には、もう、かけがえのない兄姉とさえも、そんな関係しか許されないのだろうか。

 再び膨れ上がる不安が、サラの小さな体を取り囲み、押し潰し始める。その負荷はやがて、彼女の疲れた心を現実の世界から切り離し、仄暗い眠りへと誘った。

 

 ……それでも。命の危機すら感じながらも、サラは、星山市から離れはしなかった。

 元より他に行く宛のない身とはいえ、敢えて同じ次元にその傷ついた身を晒す理由は、彼女の中にただ一つだけ残された希望にあった。

 それが、どんなに身勝手なものか、既に重々承知の上でも。

 因果応報で、姉に殺されかけていたその時。サラに命を脅かされた張本人でありながら、その報復を止めて――傷ついたこの身を癒やす、優しい光をくれたその人。

 ウルトラマンジード――兄、朝倉リクの存在が、この場所にはあったから。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……ゆるして、お兄さま、お姉さま……!」

 

 悪いのはサラ自身。それでも、今、姉に会うことは怖い。

 ――もしかすると、お腹を裂いてしまった、兄とさえも。

 なのに、都合の良い許しを求めて。生まれたばかりの究極融合超獣は、意識を失ってもなお、そんな言葉を唱え続けていた。

 

 

 

 

 

 

 ……金色の鬼の夢を見た。

 その鬼は、私よりずっと強くて。一方的に殴られ、蹴られ、投げられて、その度に、鈍い痛みが傷つけられた箇所から響いた。

 

「痛い、痛いぃ……もうやめてぇ――!」

 

 泣きながら、許しを請う。

 だけど、私は知っている。私の声は、鬼には届かない。いじめないでと訴えても、鬼は私を――

 

「わたしがやめてって言っても、自分はやめなかったのに?」

「……えっ?」

 

 甘ったるい幼い声が、私の訴えに応えた。

 記憶にない変化に、恐る恐る目を見開いた時。そこにいたのは鬼ではなく、金色の兜を被った白い竜だった。

 

「ひどいわ、お姉さま」

「あ……っ、ちが――」

 

 その言葉を否定しようと思った、次の瞬間。気がついた時には、私は既に、その白い竜に殴りかかっていた。

 

「痛っ、痛いぃ……もうやめてぇ、お姉さま――!」

 

 泣きながら許しを請う妹を、私は限りのない力が溢れるままに打ちのめす。拳を通して伝わる振動は、確実に目の前の存在を屈服させ、内なる衝動を解放する心地良さで私を囃し立てた。

 

 違う――違う、違う!

 私は、私はこんなこと、したくない――!

 

 そんなことを口にするちっぽけな自我は、圧倒的な力の行使に伴う、快楽の闇に呑まれてしまっていた。

 

「ルカ……もう、やめるんだ」

 

 そんな私の楽しみを、掣肘しようとする不届者が居た。

 だから私は、その邪魔者も、漲る力のままに腹を割いてやって――

 

「あ……うぁあああっ!?」

 

 ――引き裂いた後に、相手の正体に気がついた。

 

 それが……私の何より大切な人。世界の何もかもに否定されたと思っていたこの私を、守ると言ってくれた――私が生まれて初めて見つけた、心安らげる居場所である、

 同じ血をその身に宿した――私の本能が、命を壊す標的とする、兄だということに。

 

 

 

 

 

 

「――――っ!?」

 

 言葉にならない絶叫とともに、朝倉ルカは身を起こした。

 一時は戦闘後の定位置となっていた修復装置ではなく、自室として与えられた星雲荘の一室、そのベッドの上で。一ヶ月ぶりの、そしてあの時以上の悪夢から帰還したルカは、激しい動悸に襲われながら、思わず己の両手を見つめていた。

 そこに、兄の血が付いていないことを確かめて心底安堵し、続けて己の浅ましさに愕然とする。

 

 己が、兄を引き裂いたのは未遂であっても――あれほど嫌悪した理不尽な暴力を、妹相手に行使して、その心身を深く傷つけたことは、紛れもない事実であるというのに。

 自身も重体であった兄が、その身を挺して止めてくれていなければ、間違いなくそのまま命を奪っていたのに……何を、ああ良かったなんて、安心を――?

 

 ……例え、痛いのがどういうことかすら、何もわかっていない(サラ)が、(リク)の話を聞かず、その生命を脅かしたことは事実でも。

 傷つけられて、痛みを知って。痛い痛いと涙し、自らが悪かったと省みて許しを請うサラを甚振ったのは、かつて兄が信じてくれた己の生き方から外れたその振る舞いは。紛れもなく、ルカ自身の本能に呑まれた――拭い去れない宿痾であるというのに。

 

「……珍しいわね」

 

 自己嫌悪から嗚咽を堪えられなくなって、ベッドの上で蹲ってから暫くの後。扉の向こうから、そんな呼びかけが聞こえてきた。

 

「リクじゃなくて、あなたが寝坊するなんて」

 

 声の主は、同居人にしてルカの師である、鳥羽ライハだった。

 

「――っ、お兄ちゃんは!?」

「あなたが修復装置を譲ってあげたから、もう大丈夫。まだ座ったままだけど、とっくに目を覚ましてるわよ」

 

 名前を聞いて、真っ先に飛び出た疑問に、ライハは安心させるように答えてくれた。

 ベッドから飛び出し損ねたルカがそのまま、ほっと胸を撫で下ろしていると。ライハは部屋に入らないまま、続けて問うてきた。

 

「とっくに朝練の時間、過ぎてるけど……どうする?」

「………………やりたくない」

 

 悩んだ末に、ルカはライハの確認に首を振った。

 

「もう……強くなんか、なりたくない」

 

 自分から、弟子入りしておいて。そんな身勝手な言葉をルカは吐いた。

 

「……そう。あなたが本気でそう望むなら、私はそれでも良いけど」

 

 これが原因で、ライハにも嫌われるかもしれない――そんな苦悩の末、涙すら滲んだ回答を、しかし壁の向こうのライハはあっさり受け入れた。

 

「でも――あなたはまだ、自分で思うほど、強くなれてはいないわよ。ただ、自分を見失って力に振り回されただけ」

 

 だが、扉越しのライハはまだ、ルカに向かって語りかけ続けていた。

 

「力任せに拳を握れなんて、私は教えた覚えはないわ」

「……そんな生き物なんだよ、きっと、私は」

 

 いくらライハが親身になって、色々なことを教えてくれても。自分はあっさりとそんなものを忘れてしまう浅ましい獣なのだと、ルカは頭を振る。

 

「それは、あなただけじゃないわ。最初から自分の力の使い方を知っている生き物なんて、そうはいないもの。正しい使い方を、すぐ身に着けられる存在も」

 

 兄弟殺しの本能を持つ己が、これ以上力を増してしまっても。きっとリクを傷つけるだけになると嘆くルカへ、ライハは飽きもせずに付き合ってくれる。

 

「だから、あなたが望んだ自分を見失わないように――また、私の拳法を習いたくなったら、いつでも言ってね。今まで通り、訓練してあげるから」

「望んだ、自分……」

 

 ライハの言葉を反芻して、ルカはしかし消え入るような声で続けた。

 

「……自分から、遠ざかっちゃったよ、そんなの」

 

 今の己の有様を思えば、ルカはそうとしか思えなかった。

 

「ちゃんと考えて覚悟したから、じゃない。自分にとって都合の悪い相手をやっつけることに慣れちゃってたんだ、私」

 

 それは、あの日。初めて怪獣の命を奪った際、ライハを相手に宣言した決意表明と、真逆の在り方だった。

 

「そんな鈍った覚悟で、よりによって、自分の妹相手にあんな、あんな酷いことを……っ!」

 

 きっとこの罪は許されない。自分自身も許せない。

 

「――私にも、同じようなことがあったわ」

 

 そうしてルカがまた、嗚咽を漏らすだけになってから、少しして。再び、扉越しでライハが口を開いた。

 

「大きな力を手に入れて。それで、自分が本当に嫌悪したものと同じことを、何も悪くない相手にして……絶対に、許されないと思った」

 

 未だ、微かな後悔を残していると感じ取れるその想いが、口から出任せではなく。普段から考えていることを言葉にしているだけだとわかる落ち着いた口調で、ライハは続ける。

 

「だけど、あなたは許してくれた」

「――っ!」

 

 深い感謝が籠もったライハの言葉へ、ルカはすぐには返事ができず、ぱくぱくと口を開閉させた。

 

「それは……ライハは、操られてただけだもん……」

「そんなことない。私の中に、確かに理不尽な憎悪の心があったから、ヤプールに利用された。あの時、何の罪もないあなたを傷つけたのは、間違いなく私の弱さだった」

 

 理不尽、などというライハの自己評価に。相手から見えもしないのに、ルカは思わず首を振る。

 

「だって……ライハは、あんな過去があったのに、私にずっと優しくしてくれてて。捕まってても、ヤプールから、私たちを守ってくれたのに……許すも何も、そもそも私にそんな資格なんか、なかったよ」

 

 あの日モアは、自己嫌悪するルカに対してライハを許してあげてと、言ってくれたけど。ルカにはそうとしか思えなかった。

 自分のせいで、兄の大切な居場所を壊したくなかった。だからどうか星雲荘に居て欲しいと、ルカがライハにお願いする立場であったとしても、逆はないと――そう思っていた。

 許されないと思っていたのに、許してくれたのは、ライハの方だと――ルカはずっと、そう感じていた。

 

「それなら――あなたと妹も、一緒なんじゃないかしら」

 

 その時。ライハは、そう問いかけた。

 ――許されるはずがない、という気持ちは。ルカだけが抱いているものではないのかもしれない、と。

 

「……そんなの、虫が良すぎるよ」

 

 ライハの時とは、違う。彼女の両親を奪い、在りし日の銀河マーケットを踏み潰し、原エリをも付け狙ったのは、ベリアル融合獣スカルゴモラでも――サンダーキラーSを傷つけたのは、培養合成獣スカルゴモラ自身なのだから。

 その事実の重さに押し潰されそうなルカへ、ライハはもう一度、優しく告げてくれた。

 

「でも――そんな虫の良い私を許してくれた、あなたの妹なんだもの」

 

 ……ライハのくれた言葉に、救われた気がするのは、やはり己が浅ましい獣だからだろうか。

 そう悩みながらも、ライハの励ましを本当に有難く思ったルカは、同時にこうも考えた。

 あの子には――サラには。そんな言葉をくれる相手も、今は居ないのではなかろうか、と。

 

 

 

 

 

 

〈……大変なことになっていたんだね〉

 

 画面を通し、遥かに遠い銀河の彼方から、ペガッサ星人ペガがそんな感想を零すのを、修復装置に横たわったまま朝倉リクは聞いていた。

 昨日は、新しい妹であるサラに関わる事態の数々で、ペガとの定例通信ができなかった。そのことを心配していたペガに、予めレムが情報を伝えてくれてはいたが――やはり、リク自身の口から大切なことは話しておきたいと、謝罪も兼ねてこうして通話していたのだ。

 

「うん――ごめん、ペガ。心配かけた」

〈気にしないでよ、リク。ペガは大丈夫。それより今は、ルカと――サラのことだよね〉

 

 新たに出現した超獣のことを、リクたち兄姉(きょうだい)が妹として付けた名前で呼んでくれながら、ペガが言う。

 ちょうどその時、中央司令室の扉が開く音が、リクの耳に届いてきた。

 

「……お兄ちゃん!」

 

 上体を起こして振り返るリクを見て、入室してきたルカが、思わずと言った様子で声を上げた。

 

「おはよう、ルカ。もう起きてきて大丈夫?」

「おはよう。私は平気。お兄ちゃんこそ、本当にもう大丈夫なの……?」

 

 問われたリクは、頷きながら腹の上を叩いてみた。走る痛みですぐに後悔して、ゆっくりと修復装置の上に横たわり直す。

 

「だ、大丈夫!?」

「もう、変な意地張っちゃって」

 

 思わず駆け寄ってくるルカと、その後ろから呆れた調子で姿を見せるライハが各々、痛みに震えるリクを心配してくれる。

 ……そんな二人の様子を見て。ルカのことを心配していたリクは、ライハが代わりに動いてくれたことを悟り、胸中で深く感謝しながら、二人に向けて口を開いた。

 

「ごめん。それより、ペガとも話していたところなんだけど……レム。今、サラがどこにいるか、わかる?」

〈不明です〉

 

 リクが代表して問うと、星雲荘の報告管理システムであるレムが、端的な回答を寄越してきた。

 

〈今のサラは、リトルスターも観測できなくなっています。昨日と違い、この次元に現れたとしても、簡単には特定できないでしょう〉

 

 ……昨夜の、ごっこ遊びから命の奪い合いに発展しかけた戦いの中で。究極融合超獣サンダーキラーSは、レイオニクスの力を爆発的に開花させた培養合成獣スカルゴモラの猛威に晒され、深い絶望を覚えた。

 その結果として、宿主の夢や希望と言った想念と深く結びつくリトルスターは、観測不可能なほどに縮小してしまった――それこそ、かつてベリアル融合獣スカルゴモラの暴虐に両親を奪われた、ライハのように。

 

「……私のせいだ」

「違う。僕のせいだよ」

 

 思い詰めた様子で、ルカが呟くのを聞いて。リクは反射的に訂正していた。

 

「僕が……ちゃんとサラを叱らなかったから。ルカに、辛い役目を押し付けてしまったんだ」

「そんな――そんなわけないよ! だって、お兄ちゃんはずっと、私を庇って……あの子のことだって、お兄ちゃんが、私から助けてくれたのに!」

「……約束しただろ、ルカ。僕は君を守る。そしてもしも君が、世界を傷つけてしまいそうな時には、僕が君から世界を守るって。君が笑顔で居られるように……」

 

 ――なのに、自分はその約束を果たせなかったと。リクは、ルカの表情を見て悔やむ。

 リクが無様を晒したばかりに。リクを案じる余り、ルカはレイオニクスの血を暴走させてしまう憂き目に遭った。そして、あんなにも笑い合えていた末妹(サラ)の命を奪いかねないほどの、憤怒に呑まれてしまったのだ。

 その光景は――この手で実父を討ったリクが、何より見たくないものだったのに。己の無力と覚悟の不足が、そんな事態を招いてしまった。

 

「だから、僕が不甲斐ないせいだ。ルカとサラが、笑えなくなっちゃったのは――」

「ちが、違うよ――っ!」

「……そこまでにしなさい、二人とも」

 

 ルカがまた声を掠れさせるのを、見てられないとばかりに、ライハが割って入った。

 

「自分で自分を責めている家族を見て平気で居られるほど、あなたたちの兄妹は無責任じゃないでしょ」

〈そうだよ、二人とも。ペガも、そんな二人は見たくないよ〉

 

 遠い銀河の彼方まで身を移し、兄妹の平穏のために努力してくれているペガからも制止されるのを受けて、リクたちは押し黙った。

 

〈――再発防止の原因追求はともかく、犯人探しで勝手に弱られたら困るのは、俺たちとしても一緒だ〉

 

 そこで、マイペースに割り込んで来た声の主は、星雲荘の人間ではなかった。

 

「ペイシャン博士」

 

 ペガが表示されている通信画面に追加で表示されたのは、AIBの研究セクションの責任者――なのだが、ジードが不在とした期間に行われた星雲荘との共闘が影響し、この頃は実質的な顔役になりつつあるゼットン星人の名を、リクは呼んだ。

 

〈そもそも最初に暴れ出したのはサンダーキラー(ザウルス)の方だ。おまえらの監督不行届ではあるんだろうが、あれだけの超獣が出現したのに、結果的に被害は怪我人一名だけで済んでいる。そう悪く思うほどのものじゃない〉

「……お兄ちゃんだけじゃないよ」

 

 そのただ一人の怪我人であるリクを見ながらペイシャンが言うと、ルカが口を挟んだ。

 

〈ん、おまえは戦闘終了時には治っていなかったか?〉

「じゃなくて! 私が、サラを――!」

〈そういうのをやめろと言われたのに、しつこい奴だな〉

 

 呆れた調子で、ペイシャンがルカの抗議を受け流した。

 

「……あなたが言ったんでしょ。レイオニクスの血に気をつけろ、って」

〈あれは気を許しすぎるな、という意味だ。少なくともあの時点で、俺が超獣の心配をするわけがないだろう〉

 

 ……暗に、自分たちのことを心配してくれた、と。

 呪いを自覚させられたと恨み節をぶつけるルカも、ペイシャンの発言が意味することを理解したのか。末妹(サラ)について、今の彼がどう思っているのかは不明ながら、その言葉に耳を傾け始めていた。

 

〈加えて言えば、仮におまえが暴走しても、レイオニクスの闘争本能はウルトラマンの干渉で鎮静化できる。だから正気で破壊活動を行う恐れがあったサンダーキラー(ザウルス)はともかく、今更おまえを疑うつもりもない〉

 

 信頼を告げられたルカは、一瞬虚を衝かれたような顔をした後、再びその顔に不安を浮かべた。

 

「でも……それじゃ、もし、私が……」

 

 一瞬だけ、ルカがリクに視線を向けて、俯いた。

 

「――私が、お兄ちゃんを……」

〈信じられないのか? おまえらの父親にも打ち勝って、この宇宙を救ったウルトラマン――おまえの兄の力が〉

 

 リクへの遠慮と。そして、ただ言葉として吐き出すだけでも辛いといった表情で言い淀むルカの懸念を見て取ったペイシャンが、先を取る形で問いかけた。

 ……現実問題として、その兄は、ルカの目の前で醜態を晒していたわけだが。

 今、そんな口を挟む意味はないと。むしろ、ペイシャンから向けて貰えた信頼に応えることを考えようと、リクは決意して。

 もう一度、こちらに視線を向けてくれたルカへと、力強く頷いた。

 

〈そもそも、やめろと言っている身内の腹を切るような悪ガキをぶん殴らなきゃ気が済まなくなるのは、別にレイオニクスじゃなくても同じだと思うがな。それでも自分で不快だというのなら、次からは気をつければ良いだけだ〉

 

 ペイシャンが言い切る頃には、リクもルカも、彼が言うところの犯人探しをやめた。

 

「それで――そもそもは何の用、ペイシャン?」

 

 そこで、その真意を探ろうとするように、ライハがペイシャンへ問うた。

 

〈元はただの情報共有だな〉

〈AIBも状況を把握し、サラの行方を捜索してくれています〉

〈ま、別に成果もまだ上がっていないし、そもそもがおまえらが期待しているような形じゃないぞ〉

 

 レムの補足に対し、素直に協力しているわけではないという顔で、ペイシャンが言う。

 

〈モア辺りは違う思惑かもしれないが……究極超獣が今も潜伏しているなんて、単純に危険過ぎる状況だ。AIBとしても優先的に警戒するのが当然という、ただそれだけの理由に過ぎない〉

「……見つけたら、どうするつもり?」

〈当然無力化する――わけだが、今この瞬間の俺たちに、それができる戦力があるかと問われれば、まぁない、な。十中八九、おまえらに協力を要請する格好になるだろう〉

 

 結局のところ、単に捜索へ協力してくれているに等しい、というペイシャンの告白に、リクは思わず肩の力を緩める。

 

〈どんな形で連絡することになるかはわからないが、そのつもりで備えていろ。……とりあえず、おまえはさっさと傷を治せ。この宇宙を脅かす問題は、サンダーキラー(ザウルス)だけじゃないんだからな〉

 

 例えば、ウルトラマンゼロたちが立ち向かっている滅亡の邪神、ハイパービースト・ザ・ワン。

 例えば、プリズ魔を操り、またヤプールをも滅ぼして、サラをこの世界に導いた何者か。

 トレギアが滅びてなお、次々と現れる恐るべき脅威を想起したリクは、ペイシャンの指示に深々と頷いた。

 見届けたペイシャンは、〈進展があれば報告する〉と言い残し、通信画面を終了した。

 

「……お兄ちゃん」

 

 ペイシャンが姿を消してから、不意に、ルカが呼びかけてきた。

 

「――ありがとう。昨夜、私を止めてくれて」

 

 そうして妹は――ようやく。自分を責めるだけではなく、周りを振り返れるだけの落ち着きを、取り戻せた様子だった。

 

「おかげで、私は……あの子の命までは、奪わずに済んだから」

「――僕の方こそ。ルカが戦ってくれなかったら、もしかするとサラにその気がなくても、僕は死んでいたかもしれない。助けてくれてありがとう、ルカ」

 

 そんなルカに釣られるように、リクもまた、彼女に助けられたことへの御礼を告げた。

 

「……ライハも、ペガも、レムも。さっきからごめんね」

「いいわ、気にしないで」

 

 代表して応えるライハに、ルカはもじもじとした様子で言葉を続けた。

 

「ライハ。いきなり話をひっくり返して悪いんだけど……また、トレーニングして貰っても、良いかな?」

「ええ……もちろん」

 

 ルカのお願いに、ライハは嬉しそうに頷いてくれた。

 ……やっと。昨夜の惨劇を受け止めて、日常に回帰した上で、さらに前を向いて進めるようになり始めた、その時のことだった。

 AIBからの入電と入れ替わるように、新たな通信をレムが受け取ったのは。

 

〈聞こえるか、ウルトラマンジード。こちらUFZ(ウルティメイトフォースゼロ)、ジャンボット〉

 

 そして、衝撃的な報告が飛び込んできた。

 

〈結論から言う。我々は敗北した――ザ・ワンは遠からず、君たちの地球に飛来する〉

 

 

 

 

 

 

 ――AIB地球分署極東支部の、研究セクション本部。

 ピット星人トリィ=ティプは、そこに勤める研究員の一人だった。

 かつて、彼女が試作したカレラン分子の分解酵素の失敗作を、光怪獣プリズ魔を弱体化させる毒素として転用することが決まったのが、昨日のこと。

 その生産管理や、前倒しとなった実際の運用と、その散布後の周辺状況の収束。

 それらの監理者として関わった上で、理論モデルではない実物が、ぶっつけ本番の運用後、地球環境に悪影響を残していないかのデータを纏めていると、気づいた時にはすっかり徹夜してしまっていた。

 そうして、ようやく懸念事項がなくなるまで段落したので代休を申請しようとしたところ、上司が星雲荘との通信を行う場面に遭遇した。

 

「ペイシャン。何だか親戚のおじさんみたいだったわね、あなた」

 

 星雲荘とのやり取りを終えたゼットン星人ペイシャン・トインが一息吐いたのに、待機していたトリィはそんな感想を零した。

 言ってから、ペイシャンが不機嫌そうに睨めつけてくるのを見て、トリィは疲れからか少し口が軽くなっていたと悟る。

 

「誰がおじさんだ、誰が」

「ごめんなさい。口が滑ったわ」

「全く。おまえもすぐに、そんなことも言っていられなくなるぞ」

 

 ――おそらく、疲れても軽口を叩く余裕すらなくなる、という意味で述べたのだろうペイシャンは、その頭を小さく振ってから続けた。

 

「だから定時で上がれと言ったのに、結局今まで働いていたな?」

「ええ。悪いけど、今日は代わりに休んでも良いかしら?」

「昨夜の残業は命令していなかったぞ、と言いたいところだが――心情は理解できる。余裕のある間に、前倒して案件を片付ける必要性もな」

 

 ――地球という星と、そこに生きる人類が今、形成している文明を気に入っている。

 そんな理由でAIBに参加したトリィが、万に一つも自らの発明で地球を汚してしまいたくないという気持ちと。今後の組織体制の不安定さが見込まれる状況下での、専門業務の調整を認めたペイシャンは、あっさりとトリィの申請を受け付けてくれた。

 

「まぁ、ゆっくり休んでおけ。わかっていると思うが、地球に限らず、AIBの活動できる星域でスペースビーストの討ち漏らしが発生しようものなら、即防疫体制に移行することになる。星間労働基準法も適用されない特例業務になるからな。今のうちから準備しておくことだ」

 

 傘は俺のを使って構わない、という言葉に送り出されながら、トリィは朝から職場を後にした。

 朝とは言っても、太陽は分厚い雲に隠され、辺りは夜のように薄暗い有様だったが。

 

「……凄い雨」

 

 天気予報――地球の一般社会で利用されているそれではなく、複数の恒星間航行文明の技術を組み合わせたAIBの超演算気象予測システムでも予知できなかった豪雨を前にして、トリィはペイシャンの心遣いに感謝した。

 

 ――この雨は、昨夜、ベリアルの子らが争った後に発生した。

 事態が事態なだけに、情報を共有して貰ったところによれば。培養合成獣スカルゴモラが発した高温が、彼女自身の展開していた不連続戦闘用時空間(メタフィールド)を解除した後も残留し、大気を急速に熱したことで、本来の気象状況をも捻じ曲げて発生させた積乱雲の仕業だという。

 気分一つ、その残滓だけで、局所的とはいえ天気という惑星の環境すら書き換えてしまう――怪獣の猛威を再認識しながら、トリィは大雨に晒された街並みを歩き出す。

 

 ……トリィもかつて、怪獣を育てたことがあった。

 AIBに参加する以前。別宇宙から襲来したウルトラマンベリアルの軍勢が齎した戦乱、オメガ・アーマゲドンにより、一定水準の軍事力を維持するための資源が枯渇したこの宇宙において。ベリアルや宇宙警備隊が関心を寄せるこの星、地球を侵略して隠された秘密を暴くことで、故郷の栄光を導くために。

 だが、潜入工作員であったトリィは、奪うことしかできない母星や同胞よりも、牧歌的ながらも温かな地球という星と、そこに生きる人々を愛してしまった。

 そのために仲間を裏切り、同時に、侵略兵器でありながらも我が子のように育てていた宇宙怪獣エレキングを冬眠させたが……やがて、報いを受けた。

 

 トリィ自身が、地球をホットスポットとした神秘の光――リトルスターを宿したことで、その光に惹かれたエレキングが目を覚ました。

 リトルスターの輝きは、怪獣を狂わせる。我が子のように育てたエレキングも、トリィのことを光を宿した餌としか認識できなくなり、制御不能に陥った。

 地球の文明はおろか、ベリアルによって戦う力を奪われた敗戦宇宙人の集団、AIBにもエレキングの猛威を止める術はなく。トリィは一度、自らを犠牲にすることで事態を収束しようとしたが、それも次のリトルスターが発見されるまでの、時間稼ぎにしかならないことは明白だった。

 ――故に、その時現れたウルトラマンジードに、トリィはエレキングの介錯を頼むしかなかった。

 悪意のために産み出し、私欲のために育て、身勝手な改心で眠らせて、そして自分を見失うほどの眩い光に中ててしまったエレキングを、どうか楽にしてあげて欲しいと。

 

 後に、ウルトラマンジード――朝倉リクもまた、エレキングと同じような悪意によって産み出されながら、その運命に抗う存在であったと知った時には。自分は彼に、何ということをさせてしまったのかと、トリィは深く悔やんだ。

 ……エレキングの犠牲を無意味にしないためにも。あの子の命より優先した、この地球を何としても守り通さなければならない。

 そんな決意を、より一層強く固めながら。

 

 だが、このところ。そんなトリィの決意をほんの少し、揺らす存在が現れた。

 それこそが、この雨を生んだ主――そしてウルトラマンジードの妹だという、培養合成獣スカルゴモラだった。

 ベリアルの血を組み込まれた彼女を、他の怪獣と同列で語るのは不適切だろうが。高度な知性を持ち、地球人や他のヒューマノイド種族とも変わらぬ精神活動を行え、地球人に擬態することで、その猛威を抑えて共生することができる存在を見ると、どうしても、トリィは夢想してしまうのだ。

 あの時、他の選択肢がなかったことは、間違いないのに。

 自分とエレキングの間にも、そんな道はなかったのか、と――

 

 ……全くの別個体だが。たった今AIBを騒がしている新たな究極超獣も、かつて滅亡の邪神と呼ばれたハイパーエレキングの細胞を素材に産み出されているらしい。

 悪辣なヤプールの思惑通り、同じベリアルの血を組み込まれたジードやスカルゴモラと対決することになり。あのペイシャンが思わずケアするほどに、二人の心に深い傷を与えたらしい。同時、返り討ちに遭った格好となり、自身も深い傷を負って姿を隠しているのだとか。

 超獣であるのなら、倒す以外の道はないだろう。だが、どうしてエレキングばかりが利用され、こんな目に遭うのだろうという、もどかしい気持ちが拭えない。

 

 そんな風に、物思いに耽ってしまっていたからか。夜勤明けのトリィは、ふと水溜りに足を取られそうになった。

 

「あ、危なかった……」

 

 思わず、己のドジにそんな声を漏らしてしまいながら、崩れかけた姿勢を戻し始めたその時。

 トリィは偶然、視線の過ぎった路地裏で、地べたに倒れ込んでいる小さな影を発見した。

 

「――ちょっと、大丈夫!?」

 

 呼びかけながらトリィが駆け寄って見ると、その人影の正体は想像以上に深刻な状態だった。

 倒れていたのは、金の装飾品で彩られた、純白の修道服を着た幼い少女だった。身につけた衣服は泥に汚れているが、それ以上に、背中から滲んだ鮮血を吸い、赤々と染まっていた。

 左目の周りを中心に、顔にも殴られた痕が目立ち。首も、強い力で締められたことを示すように、内出血の青痣が浮かんでいる。

 

「――ごめんなさい、ごめんなさい、わたし、わるい子だったから……」

 

 余りの有様に一瞬、立ち竦んでいると――目を閉じたまま、少女が何事かを繰り返し呟いていることに、トリィは気がついた。

 それは、トリィの呼びかけに起因してのことではなく。意識を失ったまま、譫言として吐き出される、懇願だった。

 

「はんせい、するから……もう、いたくしないで……」

 

 ――きっと、ろくでもない輩に、暴行されたに違いない。

 AIBの一員としては、積極的に人間社会の問題に介入するべきではない。しかし地球人を愛するトリィは、だからこそ彼らの中に存在する不正は許し難かった。

 すぐに救急通報をしようと、携帯電話に手を伸ばそうとしたその時――視線を下ろしたトリィは、気がついた。

 丸まった少女の、臀部から――スカートの裾を越えて伸びる、地球人にはあり得ないはずの器官の存在に。

 青や赤と言った、通常種に含まれないアクセントを加えながらも――白を基調に、黒い斑点を浮かべたその尻尾が、エレキング種の物と、酷似しているということに。

 

「まさか」

 

 ――今回出現した究極超獣、サンダーキラーSは、既存超獣の一部に見られたような、人間に擬態する能力を見せたという。

 兄姉となるジード及びスカルゴモラと交戦し、大きなダメージを負って撤退したという話を踏まえれば、眼前の存在の正体と符合する。

 傘を投げ捨て、すぐにペイシャンの連絡先を呼び出したトリィは、発信ボタンへ指を伸ばした。

 

「ゆるして……おねがい……お兄さま、お姉さま……」

 

 ――そして、その縋るような声を聞いて、トリィは端末の操作を止めてしまった。

 そのまま立ち尽くすトリィと、倒れ伏した究極超獣に。一層勢いを強めた雨が、重たく冷たく降り掛かって来ていた。

 

 

 

 

 

 




Aパートあとがき



 実は第五話からずっと名前だけは皆勤賞だったピット星人トリィ=ティプ、他の元リトルスター保持者(※本編でフュージョンライズに使用されたカプセルに限る)に遅れて遂に登場です。

 彼女が地球を狙った理由や、サイドスペースがオメガ・アーマゲドンの影響で資源が枯渇寸前となり、軍事力を落としているという設定は公式ではありませんので、念の為お断りしておきます。

 サイドスペースの資源不足については、そうでないのならペダン星人もいるんだしキングジョーぐらいAIBも配備すれば良いのに、という個人的な感覚への言い訳みたいに用意した設定になります。複数の宇宙人が参加しているという、ウルトラシリーズの地球防衛組織としては歴代最高峰の技術力を持っていてもおかしくないAIBの保有兵器がゼガン以外にないのはそんな理由なのかなぁ、と。
 逆に、比較的資源に余裕がある星(ダダ星とか)はAIBには参加していないみたいなイメージですが、あくまで本作独自の解釈ですので改めてご了承ください。





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第九話「共闘-コンビネーション-」Bパート

 

 

 

 星山市天文台の地下五百メートル、星雲荘の中央司令室にて。

 衝撃的な報せに、思わず心配してしまいそうな勢いで、修復装置から抜け出たリクが声を張り上げていた。

 

「敗北した、って――ゼロは!? 皆は、無事なの!?」

〈現状で言えば、ゼロが重体だ〉

 

 淡々とした声でジャンボットがゼロの敗北を告げるのを、彼の出鱈目な強さを目の当たりにしていたルカもまた、驚愕とともに受け取っていた。

 

〈元々は、ゼロ以外の我ら全員が、ザ・ワンに敗れた。ゼロは我らを救うため、シャイニングの力で時間を逆行させたのだ〉

 

 当然のように、ゼロが時間を逆行させたなどというとんでもない話を聞かされて、ルカはさらに驚きを深める。

 

〈結果、ゼロだけが消耗した形となり、ザ・ワンの追撃で戦闘不能に陥った。このままでは全滅すると悟った我々は、ミラーナイトの能力でザ・ワンの目を掻い潜り、地球人が打ち上げた人工衛星を転送先として撤退してきたわけだが――〉

 

 自ら豪語する無敵の称号に恥じないほどの強さを見せた、あのウルトラマンゼロが敗れた。

 ――考えて見れば、彼が渡り合ってみせた究極融合超獣サンダーキラー(ザウルス)さえも、滅亡の邪神として見れば幼体に過ぎないという。手負いとは言え、羽化を果たした完全体であるザ・ワンは、さらに桁違いの脅威だったということか。

 

〈我らの行方など関係なく、ザ・ワンは最初から、この地球を一直線に目指して進行していた。原因は不明だが、まず間違いなく、奴はこの星に襲来するだろう〉

 

 そして、そのゼロを退けた恐るべき滅亡の邪神、ハイパービースト・ザ・ワンが、この星に向かってきているという事実に、思わず身を竦めた。

 この、大変な時に――臍を噛むルカに代わって、レムがジャンボットに問い返す。

 

〈遠からずとは、具体的にはいつ頃となりますか?〉

〈不明だ。どうやらこの宇宙にビースト振動波を浸透させるため、意図的に遅い星間航行を行っていたようだが――〉

〈び、ビースト振動波!?〉

 

 未だ通信を切らずに残っていたペガが、その報告に怯えた声を漏らす。スペースビーストの恐ろしさは、どうやら彼も知っていたらしい。

 

〈ゼロとの再戦で宇宙警備隊に捕捉されたことに気づいたとすれば、悠長にはしないだろう。光速以下で五百年以上を費やして迫ってくる、ということはないはずだ〉

 

 切迫した様子でジャンボットが告げる内容は、人工知能である彼が並べるにはあまりにも具体性を欠いていたが――それを責めるような事態ではないと、ルカを含めた星雲荘の面々は既に、重々承知していた。

 

〈取り急ぎ、共同戦線の提案と、ゼロの回復に協力を要請したい。頼まれてくれるだろうか?〉

「もちろん」

 

 ジャンボットの問いかけに、リクが一切の躊躇なく頷いた。

 

〈ただちにAIBとも情報を共有します〉

「よろしくね、レム」

 

 手際良く分担する仲間たちの様子を見ながら、ルカも今の自分でもわかる問題について頭を捻ろうとした。

 

「でも、どうやってゼロを回復させれば……」

 

 そう思いながら仲間を振り返ったが、その手法に見当がついていないのは、どうやらルカだけであったらしい。

 

「レイトさん、だね」

 

 その名を口にしたリクは、既に携帯電話を取り出して、目当ての人物に連絡を取ろうとしているところだった。

 

 

 

 

 

 

 ――気がつくと。サラは、知らない部屋の中に居た。

 ふかふかのベッドの上で、自身に被さっていた暖かいお布団を退けたサラは、きょろきょろと周囲を見渡した。

 綺麗な部屋の中には、サラと、机に凭れかかってうつらうつらと頭を揺らす知らない女の人以外、誰も居なかった。

 

「……起きたのね」

 

 サラの動きに気がついたように。眠たそうにしていた女の人は、覚醒した様子で呼びかけてきた。

 

「ごめんなさい。あなたがあんまりドロドロだったから、勝手にお風呂に入れちゃったの」

 

 言われて見てみると、サラは自身がこの姿を取った際、ヤプールに設計された通りに作った修道服ではなく、ぶかぶかの成人女性向けパジャマを着せられていることに気がついた。

 

「……あなたは、だぁれ?」

「私は、鳥居……トリィ=ティプよ」

 

 トリィ、という名前らしい女性は、そっと立ち上がると、サラの方に寄って来た。

 

「あなたの服は、ちょっと干させて貰っているから、今はそれで我慢してね……もう痛くない?」

「痛……」

 

 痛みを問われて、恐怖の記憶を想起したサラは一瞬、言葉に詰まった。

 

「……く、ない?」

 

 だが、言われてみると。ずっと自らを苛んでいた全身の傷が、すっかり平気になっていることに、サラは気がついた。

 

「エレキング用の傷薬が、あなたにも合ったみたいね。良かった」

 

 そんなサラの様子を見て微笑んだトリィは、一度部屋の奥へ消えたと思うと、掌一杯の大きさのプラスチック容器とスプーンを持って戻ってきた。

 彼女が差し出してくれたのはどうやら、ヨーグルトという食べ物らしい。

 

「食べる?」

「えっと……うん。いただきます」

 

 勧められて、サラは暫し返答に悩んだ末、頷いた。

 悩んだのは、別に積極的な食事などしなくとも、超獣であるサラの生存には差し障りがなかったからだ。

 だが、そんなことを説明するべきなのかがわからなかった結果、たちまちは相手の誘いに応じることとした。

 そうして、スプーンで掬った白い発酵食品を口に含んだところで、サラは驚きを覚えた。

 ……こんな、怪獣と比べようもないほどカロリーに乏しく、有用な生体情報が得られるわけでもない食料が、妙に心地良く味覚を刺激して、サラの胸の内を満たしていくのだ。

 この嬉しい感覚を表現する言葉は、きっと……

 

「――おいしい」

「良かった。予想が当たったみたいね」

 

 サラが感想を零す様子に微笑みながら、トリィが言う。

 

「エレキングは雑食だけど、幼体の頃は水中で微生物を主食としていて、成体になると陸上の植物を好むようになるの。地球の生き物で例えれば前者は淡水魚で、後者は草食動物が近いわ。だから、草食動物の乳と、淡水魚の餌にもなる菌を混ぜて発酵させたヨーグルトは、あなたの好きな味だと思った」

 

 何やら難しそうなことを、トリィが沢山喋る間に、サラは彼女のくれたヨーグルトをもぐもぐと完食していた。

 トリィの言っていることはよくわからなかったけれど、美味しいヨーグルトと――サラの嬉しい気持ちを、自分のことのように喜んでくれた、彼女の笑顔のおかげで。

 サラは、さっきまで沈む一方だった気持ちが、初めて上を向いたような気がした。

 

「雨、止んだみたいね」

 

 不意に、窓の外を見たトリィが、そう呟いた。

 

「――そこのソファ、使って。日向ぼっこしたら良いわ。きっとあなたの身体には、今は日光が必要なはず」

「うん」

 

 トリィの勧めに、サラは素直に頷いた。

 トリィの見立ては正しい。光怪獣プリズ魔――そして、ヤプールの元を出奔する際に、液汁超獣ハンザギランをも取り込んでいるサラには、太陽の光を糧として、体の傷を治す力がある。

 だが、昨夜まで傷を負ったことがなく、故に誰にも見せたことのないその再生能力をも知悉しているような口ぶりに、サラは少し驚いていた。

 トリィが何者なのか、サラは知らないが――もしかするとトリィは、サラ自身よりも、サラのことをよく知っているのかもしれない。

 

(じゃあ……わたしがどうしたらいいのか、トリィならわかるのかな……?)

 

 そんな、縋るような気持ちになりながらも。

 眠たそうなトリィが、再びうとうとし始めたのを見て、今は休ませてあげようと。サラは我慢することを決めた。

 ……相手の気持ちを考えず、自分のしたいことばかり押し付けたら――相手を傷つけて、嫌われてしまうのだと。もう、文字通りに痛感していたから。

 雲の隙間から覗く、暖かなお日様の光に、兄がくれたあの癒やしの光の柔らかさを想起しながら――サラは、目の前のトリィと同じようにして、そっと瞼を閉じて、お昼寝をすることにしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 夕方。トリィが目を覚ますと、既に少女は乾いた自分の服を着て、ちょこんと正座していた。

 その手前には、代わりに着させておいたトリィのパジャマが、お行儀よく折り畳まれて置かれている――どうやら、トリィが他の服をどうやって保管しているかを参考に、見様見真似でやってくれたらしい。

 

「ぱじゃま、ありがとう」

「……どういたしまして。ごめん、昨日徹夜だったから」

 

 まだ、浮かんでくる欠伸を噛み殺しながら、トリィは少女の御礼に微笑みを返す。

 眠る前に負っていた無数の傷跡を、その白い肌に一つたりとも残しておらず。拾った時に尻尾がはみ出ていたような、擬態が不完全ということもない。完全復活という様子の少女へと、トリィは既に答えを知っている問いを投げてみた。

 

「あなたの名前を教えて貰っても良いかしら?」

 

 ……その正体を踏まえた、話し合いに移るために。

 

「わたしはサラ――あさくらサラ、なのかな?」

 

 思っていたのと、少し違う答えが返ってきた。

 もっとも、口にしている本人も、それが合っているのか半信半疑のような顔で、小首を傾げている。

 

「サラで、いいのかな……?」

「――どうしたの? 自分の名前に、自信がないの?」

「……このお名前、昨日、お姉さまがつけてくれたの」

 

 ……星雲荘で、サンダーキラー(ザウルス)を確保していると。そんな報告を昨日、トリィも耳に挟んでいた。

 どうやらベリアルの子らは、想像していた以上に、究極融合超獣とも仲良く過ごしていたらしい。

 だが、それでも彼らは、結局――

 

「だけど……わたし、お兄さまにひどいことしちゃったの。それで、お姉さまにおこられちゃった……」

「……どうして、そんなことになっちゃったの?」

 

 だから、このお名前を使っても良いのかな、と悩むサラへ。トリィは、身の上話を促してみることにした。

 

「……あそんでほしかったの」

 

 ぽつりと、サラは呟いた。

 ヤプールの操り人形、純粋な生物としての心を持たない、異次元の生体兵器――超獣一般に抱くイメージとは、あまりにかけ離れた印象の声音で。

 今朝、雨の中で見つけた時と、同じように痛ましい様子で、サラは続ける。

 

「はじめて会うから……兄妹でどんなあそびをしたらいいのかなって、まわりを見てて……怪獣ごっこをしよう、って、思ったの。

 でも――わたしたちじゃ、ごっこにならなくて。わたしがばかだから、お兄さまたちを痛くしちゃった。痛いのは、イヤなことなのに……」

 

 心底から悔やんだ様子で、サラが自らを「ばか」と称しながら語るのを、トリィは黙って聞いていた。

 

「だから、お姉さまが怒って、わたしのことをぶったの。わたしがわるいけど、やめてって言っても、お姉さま、もうやめてくれなくて……」

「……あなたも辛い目に遭ったのね」

 

 言葉に詰まったところでトリィが相槌を打つと、サラは涙を浮かべた。気持ちに寄り添って貰えたことで、我慢していたものが、表に出てきたかのように。

 

 ……おおよそは、今朝、彼女を発見した際に。トリィが予想した通りだった。

 超獣のイメージからあまりにもかけ離れた、エレキングを素体とした幼き生命。

 その痛ましい姿を見て、感傷的になっていたトリィはつい、自らが危険な行為をしていると理解した上で、独断でサラを連れ帰り、治療を施した。

 組織人としては無責任な振る舞いだと、重々承知の上で――ウルトラマンジードとその妹たちに、何かしてあげられることはないだろうかと、そんな想いが無視できずに。

 一応、自らの生命反応と同期させて、不慮の事態が起きればAIBに連絡が届くように細工はしているものの――叶うのであれば、こうして事情を聞いてから、彼女の心に寄り添った解決策を、一緒に探してあげたかったから。

 

「それで、お姉ちゃんから頑張って逃げてきたの?」

「……うん。ううん」

 

 肯定と、否定とを、サラは続けて繰り出した。

 

「にげられたのは、お兄さまが、お姉さまをとめてくれたから……」

「――なら、まずお兄ちゃんには、ごめんなさいと、ありがとうを言わなくちゃいけないわね」

「……うん」

「よくお返事できました。偉いわね……お兄ちゃんにきちんと謝って、ちゃんと御礼ができたら、怒ってたお姉ちゃんも許してくれるかもしれないわ」

「そう、かな……?」

「ええ。このまま、何もしないままよりは、きっと」

 

 不安そうに問うサラへ、視線の高さを合わせたトリィは、力強く頷いてみせた。

 

「あなたのお兄ちゃんたちに言わせたら、『ジーッとしてても、ドーにもならない』ってところじゃないかしら」

「ジーッとしてても、ドーにもならない……」

 

 愛崎モアから伝え聞いた、彼女から朝倉リクへと受け継がれた勇気の合言葉。その決め台詞を知ったサラもまた、その意味を確かめるように口ずさむ。

 その様を見ながら、トリィは微笑みかけた。

 

「……トリィは、お兄さまたちのことも、知ってるの?」

「そうね、普通の人よりは――友達が、あなたのお兄ちゃんと、仲良しの人だから」 

「じゃあ……わたしがちゃんと、ごめんなさいできたら、ほんとうにお姉さまもゆるしてくれるか、わかる……?」

「――ごめんなさい。あなたのお姉ちゃんのことはまだ、そんなに詳しくないの」

 

 返答を受けたサラが、再び視線を落とすのを見て、トリィは少しだけ慌てて付け足した。

 

「でも私なら、ちゃんと反省して謝れる、賢い良い子の方が――許してあげたくなる、って思うかな」

「かしこい、いい子……」

 

 その響きに、希望でも見出したような。ほんの少し高揚した様子のサラを見て、トリィはさらに続ける。

 

「仲直り、したいんでしょ? お姉ちゃんに貰ったサラってお名前を、まだ使いたいんだものね」

 

 トリィがそう言うと、サラは震えながらも、こくりと頷いた。

 その動作を見届けて、トリィは携帯電話に手を伸ばす。

 

「じゃあ、星雲荘まで連絡するわね」

「――あっ、まって……!」

 

 そこで、頷いてくれていたサラが、トリィの行動に制止を呼びかけた。

 

「わたしも……ちゃんとあやまれるかしこくていい子に、なりたい。けど、でも……!」

 

 言い淀む様子を見守っていると、やがて目を伏せたサラは、観念したように呟いた。

 

「……まだ、こわいの」

「――わかったわ」

 

 俯いて、震えながら訴えかけるサラの様子を見て、トリィは通信画面を閉じて頷く。

 

「昨日の、今日だもの。怖いのも当然よね」

 

 叱られることへ怯える子供のように、目を瞑ったまま震えるサラへと、トリィは努めて穏やかに語りかけた。

 

「良いわ。また今度、決心が固まったら……いつでも言ってね。その時は、私も一緒に行ってあげるから」

「ほんとう……?」

「ええ。それまでは、内緒でここに居てくれても良いから」

 

 トリィがそう告げると、サラは開いた目一杯に涙を湛えて、泣き出してしまった。

 だがそれは、痛みと孤独に怯えていた、今朝方のものとは違う――救いを見出した者の感涙に見えたのは、自惚れが過ぎるだろうかと。

 眼前の少女の姿に、自分もどこか心に巣食っていた重荷が溶け出すような気持ちとなったトリィは、そんな風に思っていた。

 

 ――スペースビースト対策の緊急通達をトリィの端末が受信したのは、その直後のことだった。

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、久々に声をかけて貰えたね」というのが、電話を受けた伊賀栗レイトの第一声だった。

 

 エタルガーとの戦いで肩を並べてから一ヶ月の間、全く顔を合わせなかったわけではない。

 しかし、ゼロと融合していない一般人であるレイトを、怪獣や宇宙人との戦いに巻き込むわけにはいかないと、その間に起きた事件では、いつも彼を当事者から外してしまっていた――そのことを、レイトなりに気にしていてくれたらしい。

 そんな彼は、地球に迫る脅威に備えるため、ゼロと融合して力を貸して欲しいというリクの突然の連絡に、一も二もなく頷いてくれた。

 彼の家族が生きるこの世界を守るため――そして、相棒と言える間柄の、ゼロの力になるために。

 

 そうしてレイトは傷ついたゼロを受け入れ、星雲荘の中央司令室まで足を運んでくれていた。

 

〈……悪ぃな、レイト。急に巻き込んじまってよ〉

「水臭いですよ。僕らとゼロさんの仲じゃないですか」

〈……そうか。いや、マユの進学とかで結構大変だって話だったからな。邪魔したくはなかったんだが……〉

 

 星雲荘のモニターに映し出された、レイトと一体化したゼロが言う。

 かつては自身が不調を抱えていたことから、宇宙を揺るがすベリアルの暗躍に対抗するためレイトの生活に不自由を強いていたゼロは、その点に負い目を感じていたらしい。レイト個人に、という以上に、愛娘であるマユの幸せのためという側面は大きそうだが。

 

「それで、僕がゼロさんを回復させるのって、こうして体を貸しているだけで良いんですか?」

〈はい。星雲荘の修復装置は、あくまでも使用者自身の肉体を対象とするものです。一体化したとはいえ、レイト自身の肉体に不調がないのなら、使用に特段の意味はありません〉

 

 レイトの疑問に、レムが応じる。ゼロの治療は、リクたち兄妹と同じようにはいかないらしい。

 

〈さっきリクに、コスモスの力で治せるところまで治して貰ったところでもある。この調子なら、二日も安静にすれば全快する……はずだ〉

「……その二日の間に、ザ・ワンが攻めてきた場合にも備えておかないと、ね」

 

 ライハが呟くのに、リクたちもまた頷いた。

 

〈光の国にも応援を要請してあるが、俺もザ・ワンとの戦争以来戻れていない。主力は既に別の任務に当たっていたはずだから、すぐ動ける戦力にアテがあるのかは不明だ〉

 

 ゼロが告げるのに、リクもまた現状を再確認する。

 

「今は、UFZ(ウルティメイトフォースゼロ)が衛星軌道上で警戒してくれているけど……」

〈……ザ・ワンは本体も恐ろしく強いが、特に厄介なのは分裂能力だ〉

 

 そこで、光の国とこの宇宙とで、二度に渡ってザ・ワンと激突したゼロが言う。

 

〈奴は自身の細胞を、これまでに取り込んだ生物の情報から作ったスペースビーストとして独立させ、軍勢を使役することができる。そいつらが得た外敵の情報も、ビースト振動波としてザ・ワンとその配下、全ての個体間で共有されてしまう。まぁ並の分体なら、情報を既に取られた上でも、UFZ(ウルティメイトフォースゼロ)がある程度の群れは足止めするとして、だ――〉

 

 そこで、画面の中のゼロはリクたち兄妹に視線を向けた。

 

〈リク。おまえはまだスペースビーストと戦っていない。俺もレイトと一緒ならビヨンドの力を隠していると言えるが、おまえも何か切札があるのなら、可能な限りザ・ワン本体と当たるまで温存しろ〉

「……わかった」

 

 ゼロの助言に、リクはしっかりと頷いた。

 

〈それとルカ。おまえは今、ネクサスのリトルスターを宿しているんだったな?〉

「そう、だけど……」

〈ウルトラマンネクサスは、スペースビースト退治の専門家だ。さっき言った情報共有や、斃された個体の再生に関わるビースト振動波は、ネクサスのメタフィールドに隔離することである程度遮断ができる。俺も似たような真似はできるが、今はこの様だ〉

「ゼロさん、本当に何でもできるんですね……」

 

 自らに宿った歴戦のウルトラマンへと、呆れ半分、感心半分と言った様子でレイトが呟いた。

 ――そんなゼロと仲間たちでさえ敗走を余儀なくされたというのだから、ザ・ワンの脅威は計り知れないものなのだろう。

 

〈スペースビーストを完全に倒すには、その手の隔離空間が不可欠だ。俺がその力を使えるまで回復するには、さっき言った通り二日は掛かる。もしもその間にザ・ワンが来たら、頼めるか?〉

「……そんなの、拒否している場合じゃないでしょ」

 

 ゼロにしては遠慮がちな問いかけに、ルカは頷いた。

 

「――スペースビーストは、生物の恐怖を捕食して、星を滅ぼすんだよね?」

〈ああ。しぶといしグロいし獰猛な、最悪な奴らだ〉

「だったら……やっぱり、拒否している場合じゃない。私を受け入れてくれてた、この世界を守りたいし――妹が、狙われるかもしれないから」

 

 ルカがそう呟くのに、ゼロは驚いたような顔を見せた。

 

〈妹、って……サンダーキラー(ザウルス)のことか?〉

「――うん。今は、サラって呼んでる」

 

 ゼロの問いかけに、リクは代わって、ルカとともに決めた名前を答えた。

 

〈狙われるって、あいつは超獣だろ? 恐怖も痛みも感じないはずじゃ――〉

「……あの子は、そうじゃないの」

 

 ルカの様子と、迎えに行った際にリクが行った掻い摘んだ状況説明を組み合わせ、ゼロも事情を察したらしい。

 それを吟味した上で、ゼロは問いかけた。

 

〈……ヤプールは悪辣だ。そう演技させているだけって可能性は――〉

〈リクが既に伝えた通り――サラは、プリズ魔から奪ったリトルスターの宿主でしたが、昨夜の一戦以来、その光が観測不能となりました〉

 

 ヤプールという脅威をよく知る故に、疑いの姿勢を見せるゼロへと、同じく引いた視点からの助言を主とするレムが口を挟んだ。

 

〈それは、七年前のライハの身に起きたのと同じ、宿主の孤独と絶望を意味する現象です。その事象が発生するということは、サラに少なくとも地球人と近似した、心があることを証明しています〉

〈そう、か――〉

 

 レムの反論を、ゼロはそれ以上異を唱えることなく受け入れた。

 

「……お姉ちゃんになってたんだね、ルカちゃん」

「――はい」

 

 事情をずっと知らなかったレイトが、頭に解析装置を被ったまま優しく呼びかけるのに、ルカは少しだけ柔らかさを取り戻した笑顔で応えた。

 

「……多分、いきなり失格しちゃったけど」

 

 自らの振る舞いをそう恥じるルカは、すぐにまた顔を俯けるものの。固い決意を伺わせる声音で、続けた。

 

「だから、せめて――身を守るぐらいは、してあげたいんです」

「ルカちゃん……」

 

 ルカの発言を聞いて、痛ましく感じた様子だったレイトは、暫しの間を置いて続けた。

 

「それは、罪滅ぼし?」

「……えっ?」

 

 思わぬ問いかけだったのか、ルカは虚を突かれた表情でレイトを振り返り、また視線を逸らした。

 

「――なのかも、しれません」

「そっか。うん、そういう埋め合わせも大事だよね。僕も、マユと約束守れなかったりすると大変で……」

 

 ルカの返答に頷きながら、自身の平凡な――けれど、リクたちの知らない体験談も踏まえて語るレイトは、改めてルカに問いかけた。

 

「でも、その子を守ってあげたい理由は――罪滅ぼしだけじゃないんでしょ?」

 

 そうして、起こった出来事の苦しさで、目を向けられなくなっていたその気持ちを、レイトが指し示した。

 

「だったら……きっとまだ、お姉ちゃん失格なんかじゃないよ。……あの日、君を迎えに行ったリクくんも、同じ気持ちだったんだから」

 

 レイトがそう言ってくれるのに、リクは一ヶ月前、ルカと出会った日のことを思い出した。

 レイトの言う通り――あの日、リクもまた、自らの振る舞いでルカを傷つけ、さらに現れた恐怖の記憶から守ってあげることができなかったと、罪の意識を抱えていた。

 だが。あの時のリクは、その埋め合わせのためだけに、ルカを守りたかったわけではない。それは、サラに対してもきっと、同じだと――

 

 そんな、リクが気づいた想いと同じものに、ルカもまた思い至ったようだった。

 

 その妹に代わって、リクは彼に礼を述べていた。

 

「レイトさん……ありがとうございます」

「どういたしまして。でも、御礼を言われるほどのことじゃない――ただ、君たちがして来たことを、言ってみただけだから」

 

 微笑んでくれるレイトに、リクもまた笑みを深めて、頷き合った。

 

〈――話は聞かせて貰った〉

 

 そこで、遅れて会話に入ってくる声があった。

 

「ペイシャン」

〈……AIBの、ゼットン星人か〉

 

 ルカとゼロが、その声の主を言い当てる。

 

〈無数に分裂するスペースビーストを相手に、地球にそもそも侵入させないという戦略は現実的ではない。かと言って、僅かな細胞片――あるいはそれから残留したビースト振動波だけでも、生物の恐怖と結合し再発生するスペースビーストに都市部への侵入を許せばもう、手がつけられなくなる〉

 

 改めて、多元宇宙有数の侵略的外来種にして生物的汚染源であるスペースビーストの脅威を述べたペイシャンが、しかしその事実に竦むことなく言う。

 

〈だがルカがその気なら、次善策は取れる〉

「ペイシャン、何をさせるつもり……?」

 

 警戒心を顕にして、ライハが真っ先に問うた。

 対し、不敵な笑顔のペイシャンは言い淀むことなく、その考えを口にした。

 

〈簡単だ。怪獣を呼び寄せるリトルスターの光を使った――誘導用の、囮役さ〉

 

 

 

 

 

 

 ――UFZの敗北が伝えられた、さらにその翌日の朝。

 

〈ワームホール発生〉

 

 星雲荘の中央司令室で、事態を察知したレムの警報が鳴り響いた。

 東太平洋上の空に、次元の穴が出現していた。

 それは、UFZが防衛ラインを構築していた衛星軌道を遥かに下回る高度であり、彼らの守りを嘲笑うかのように、恐るべき侵略種はその穴を通って、遠い宇宙から地球へと入り込もうとしていた。

 

〈ビースト振動波、確認。次元の穴を通しているため、正確な数を計測できませんが、複数の個体が接近して来ています〉

 

 次元の穴の向こうから届いた光量子情報から、レムが観測結果を報告する。

 その言葉を待っていたように、煙に隠されたような穴から、血飛沫のように無数の真紅が吐き出された。

 それは、鮮やかな紅をした、無数の翼――巨大な板のようなそれを両腕部に取り付け、両目のない頭部は下顎が二つに開く、悍ましい姿をした鳥型の怪獣の群れだった。

 

〈あれは、アリゲラじゃないのか?〉

 

 映し出された映像を見て、ペイシャンが疑問を零す。

 即座にレムが送ってくれた情報によると、出現したのは宇宙有翼怪獣アリゲラという、スペースビーストとは本来別種の怪獣と酷似した怪鳥の群れだった。

 

〈そうだ。言ったはずだ、ザ・ワンは取り込んだ生物の情報を元にしたスペースビーストを作り出す――その対象となる生物に、怪獣も含まれているということだ〉

 

 その疑問に、レイトの口を使ってゼロが答える。

 ――つまり、このアリゲラと酷似した怪獣の群れは、それを喰らったザ・ワンが産み出した、眷属であるスペースビーストなのだと。

 どうやら怪獣ほど強靭に完成した生命であれば、同化した生物の遺伝子情報を改変し進化するスペースビーストをして、元型から大きく乖離した形態を作る必要性は薄いらしい。

 

 数え切れないほどのアリゲラ型スペースビーストの群れがワームホールを通って、赤い竜巻のようにして時空の穴を取り囲み警護する中――その中心から、新たなスペースビーストが出現した。

 それは、左右非対称の白と黒による格子柄の体色をした、烏天狗の如き姿をした巨大な怪人だった。

 

〈破滅魔人ブリッツブロッツ――ウルトラマンガイアの存在する地球を狙った謎の勢力、根源的破滅招来体に所属していた、強力な宇宙怪獣と同種のようです〉

 

 レムが表示した記録画像に比べると、出現したスペースビーストは全身に血管のような溝が浮き出し、悍ましさを強調する姿となっているが、それ以外は同一と言って良い容姿をしていた。

 

〈ザ・ワン事件の黒幕は、その根源的破滅招来体ということか?〉

〈不明です。かつてのギャラクシークライシスなどの際にザ・ワンの宇宙に流れ着いた同勢力の一部か、単に元となった怪獣の同種がスペースビーストに敗れ、取り込まれた可能性も考えられます〉

 

 レムとペイシャンが事態の裏を推測する間に、地球に出現したブリッツブロッツ型のスペースビーストは、アリゲラ型の群れを率いるようにして空を飛んだ。

 アリゲラの大群を左右に従え、巨大な赤い翼のようにして向かうその先は、日本や他の国家と言った人口密集地ではなく――東太平洋上に存在しないとされている、地図にない島だった。

 

 AIBが、実験場として保有し一般社会から隔離している幻の地、中ノ鳥島――そこに立つ、培養合成獣スカルゴモラが宿したリトルスターの輝きに、鳥型のスペースビーストたちは惹かれていたのだ。

 

「(やろう、お兄ちゃん!)」

「ああ――ライザーレイビーム!」

 

 本来の姿を晒すルカの呼びかけに応えるように、ウルトラマンジード・ウルティメイトファイナルとなった兄は開幕から、最大火力の一撃を繰り出した。

 ギガファイナライザーから放たれる、莫大なエネルギー――それはブリッツブロッツ左翼側のアリゲラの群れを丸呑みにして、一瞬の間に蒸発させていた。

 

〈よし! 細胞の欠片も残っていない――ビースト振動波が人間の恐怖と結合するには距離もあり、この状況を一般の地球人は知らない。とりあえず今の連中を復活させる心配はない〉

 

 ジードの上げた成果を、ペイシャンが解説する。

 ――結果的には、彼の立案した作戦が上手く行った。

 

 本来、スペースビーストはどれほどの規模の軍勢で、地球上の何処に出現するのか、何処が襲われるのかわからず、相手の先制攻撃を防ぐのは困難を極めた。

 だから、リクとライハには反対を唱えられたものの。ルカはペイシャンの提案を呑み、自らが敵を誘う餌となることを認めたのだ。

 結果、ブリッツブロッツの持つワームホール能力を用い、寝ずの番をしていたUFZの防衛網を素通りしてきたスペースビーストの軍勢を、周囲に被害が及ぶこともない絶海の孤島に釘付けにすることができたのだ。

 

 海上での戦いに備えてか、空中でも海中でも高い機動性を持つアリゲラの軍勢と、純粋に戦闘力に優れたブリッツブロッツを指揮官として派遣してきたスペースビーストだが、一度に大軍として出現した分、全ての個体が光線を躱すことはできず――さらには胸部の結晶体で光線技を吸収して反射できるというブリッツブロッツをして、その胸部より照射範囲が広く、桁違いの破壊力と持続性を持つライザーレイビームを受け止めることはできないのか、回避に専念させられている。

 さらにそこへ、スカルゴモラは全身の角を音叉として、撹乱音波を発射した。

 

 レムから送られた情報によれば、これらスペースビーストの元となったアリゲラは視覚がなく、超音波を利用した聴覚で外界を認識しているのだという。

 ……リトルスターに引き寄せられているということは、あくまでもアリゲラに似た姿をしているに過ぎないスペースビーストには光を感知する能力があるのかもしれないが、それでも音響を狂わさせられれば、その機動性も満足には発揮できないのだろう。

 結果として、次々と動きに精彩を欠いていくアリゲラたちを、ジードがライザーレイビームを薙いで、蒸発させて行く。無尽のエネルギーを供給する、ギガファイナライザーあってこその芸当だ。

 

 消耗が伴い、また敵の後続に対応できなくなってしまうメタフィールドを展開するまでもなく、こうして敵の戦力を削ぐことが叶っている。さらに、文字通り裏を掻かれる格好となったUFZも、既にスペースビースト出現の報告を受けて東太平洋上に集結し始めている。緒戦はこちらが優位を取ったと言って間違いない。

 

 だが、スペースビーストの情報共有能力と、その多様性による対応力を、スカルゴモラはまだ、侮っていたのかもしれない。

 

 ――突然。中ノ鳥島の周囲が、虹色の光に包まれた。

 

「……何っ!?」

 

 その途端、ギガファイナライザーから放たれていたライザーレイビームが拡散し、海を爆ぜさせたのを最後に消えてしまった。

 スカルゴモラもまた、アリゲラの撹乱に放っていた超音波が弱まるのを感じ、困惑したその時。背後から強烈な衝撃を受けた。

 

「(きゃあああっ!?)」

「ルカ! ――ぐっ!?」

 

 心配してくれたジードもまた、振り返った瞬間大火力による攻撃へ晒されて、不意を打たれた格好で転がってしまう。

 

 ――倒れた兄妹が見たのは、異形の怪獣だった。

 恐竜型の頭部、のみならず。両肩と胴体、両足に、さらに八つの顔面を浮かび上がらせた怪物。

 さらに、右腕には鋭く巨大な鉤爪を、左腕には尖った刃物のような突起を備え、その背にはアリゲラのものと酷似した翼を備えている。

 その怪獣が、いつの間にか――まるで透明であったかのように、誰の目にも留まらぬまま、中ノ鳥島に侵入してきていた。

 

〈あいつは――〉

〈フィンディッシュタイプビースト、イズマエル。かつてダークザギが造られた宇宙で観測された、地球に出現した全スペースビーストの特徴を備えた最強のビースト〉

 

 驚愕した様子のレイト(ゼロ)の言葉を継いで、レムが述べる。

 

〈いえ、さらにアリゲラの翼も取り込んだその姿は、既に別種――強化個体の既存命名法則に倣い、イズマエルグローラーと呼ぶべき存在でしょう〉

 

 悪魔の如き異生獣(フィンディッシュタイプビースト)、イズマエルグローラー。

 別の位相に移動することで姿を消し、ビースト振動波を持たない一定以上のエネルギーを拡散させるフィールドを展開でき、さらに無数の能力を備えた恐るべき怪獣。

 かつて、最強のビーストと謳われたイズマエルの強化体が、滅亡の邪神が繰り出すただの尖兵として、ベリアルの子らの前にその悍ましき姿を現していた。

 

 

 

 

 

 




Bパートあとがき



 純粋なスペースビーストの活躍に期待していた読者の皆様に対して、再登場の難しい怪獣を何とか使い回すための言い訳として他生物との同化能力設定を悪用して繰り出す暴挙(挨拶)。
 滅亡の邪神、ということで、『ウルトラマンサーガ』のハイパーゼットンで没となった『取り込んだ怪獣を元にそれを模した分身(怪獣兵器)を生み出し、使役する能力』を、スペースビーストでならやり易いかな、と考えた形でもあります。

 元々は『ウルトラマンネクサス』が短縮されなければ登場予定だったカラス型スペースビーストを出したいという思いつきから考えた設定なので、カラス型の怪獣というと(厳密には烏天狗型ではありますが)真っ先に思い浮かんだブリッツブロッツや、そのカラス型のスペースビーストのデザインを流用しているアリゲラをチョイスした形となります。
 映像作品のノベライズという体の話で言えば、アリゲラの群れは大怪獣バトルでCGモデルが存在し、ブリッツブロッツはショーでスーツが現役のため改修すれば再登場でも経費は抑えられているはずという妄言。



 以下、いつもの公式設定との整合性に関する言い訳になります。

・エレキングの食性
「幼体は淡水魚、成体は草食動物に近い」というトリィの言及ですが、これについては実は原本を読めているわけではない、某wikipediaに幻冬舎の書籍『21世紀ウルトラマン宣言』36p出典とされている、公式かグレーな記述が元ネタとなります。正直調べた範囲では公式設定ではないと思われますので、今後の公式描写との乖離が生じた際にはどうかご容赦ください。電気食の方が確実ですが絵面の問題でお見逃しをば。



・液汁超獣ハンザギラン
 暴君怪獣タイラントの背中としての方が有名な気がする超獣。今作独自の解釈として、元々は別の狙いでヤプールが再生産している設定とした超獣ですが、貰い事故でサンダーキラーSに美味しく頂かれたことにもなってしまいました。

 現時点では、本作におけるヤプール配下の超獣は、基本的には公式時系列の映像作品で再登場の確認された種類に限り、再生産ラインが存在するという設定を考えているのですが、その中で一番事情が特殊な気がするのがこのハンザギランになります。そもそも初代ハンザギランは超獣とはいえ純粋なヤプール製の兵器ではないという点と、映像作品での再登場についての両面で説明が必要な超獣になるので……。

 まず、映像作品での再登場という点は、『ウルトラマンギンガ 劇場スペシャル』にてスパークドールズとして登場=明確にダークスパークウォーズに参戦した設定を伴って登場しているということでクリアとしています。
 そのダークスパークウォーズには、ヤプール自身も他の超獣を率いて参戦していました。そのため、設定上は倒されたヤプールの破片が元で発生したハンザギランはベロクロンのような純粋なヤプール製の超獣ではないものの、そのデータを取得したヤプールが再生産したと解釈する方が、両者が同時に存在する設定との矛盾は少ないものと考えた次第です。

 結果として、不死身に近い生命力が売りの超獣なのにサンダーキラーSに食べられている設定が加わってしまいましたが、ヤプールの異次元では肝心の太陽光もなさそうだし、そういった場所でも最初から超獣として成立できる代わりにそもそもの再生能力もオリジナル個体より低下していそう、等々の言い訳を重ねておきますので、どうぞ一つご容赦のほどをお願いします。
 あと、この理屈だとバラバも食べられている設定となるのに、前話でアグルブレードしか剣持ってないなんて言わせちゃっていますが、ドンシャインごっこで使えるサイズの剣はアグルブレードだけだったという解釈でお願いできればと思います(多分テリブルソードを実際に使用するシーンは描かないつもりなので……)。

※11/22追記
公式時系列に置いて、映像作品に次ぐ優先度を持つと思われるボイスドラマに置いて変身超獣ブロッケンの亜種が登場しているのをすっかり失念していたので、上記に条件にボイスドラマ含む旨を追加します。



・中ノ鳥島
 おそらくウルトラシリーズファンの方には「D4レイの実験島」と言う方が通りの良い、一度は日本地図に載った実在しない島のことです。
 この島が『ウルトラマンジード』原作で言及されたことはありませんが、『Z』の地球にあるのなら太平風土記と同じようにサイドアースにも存在していて、地球防衛軍に相当する役割と言えるAIBが保有しているとしても良いかな、という発想で登場して貰いました。




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第九話「共闘-コンビネーション-」Cパート

 

 

 

「無事か、ウルトラマンジード!」

 

 東太平洋の沖。中ノ鳥島付近の海中に潜んでいたAIBの怪獣兵器、時空破壊神ゼガンが、その姿を現した。

 ゼガンを操るAIBの上級エージェント、シャドー星人ゼナが呼びかけるものの、虹色の膜に覆われた、この世界から目視できるだけの別位相空間に連れ去られたウルトラマンジードとスカルゴモラは、その呼びかけに応えることができない。

 ならばと、時空破壊神という異名の元となった、時空転送光線ゼガントビームでその構造体を外から破壊することで、当初の役割通り援護に回ろうと試みるものの――上空から飛来する甲高い咆哮が、その行為を頓挫させた。

 破滅魔人ブリッツブロッツを模したスペースビーストが、上空からゼガンに襲いかかっていたのだ。

 ゼガンは即座に身を翻し、ブリッツブロッツの手刀を躱す。海を割る衝撃波を纏い、超音速で過ぎ去っていったブリッツブロッツに反撃しようとするものの、魔人の従えていたアリゲラ型スペースビーストの群れが追撃として迫っていたのを見たゼガンは、再び水中へと身を没する。

 深海へ逃れようとするゼガンを、水中でも空と同じように泳ぐことができるアリゲラの群れが見逃す道理はなく、次々と海面を突き破って、その後を追って行った。

 

 そうして、ゼガンという邪魔者が姿を消す頃には。ビースト振動波を持つ者を素通りさせる、イズマエルグローラーの虹色の遮断フィールドを潜り抜けたブリッツブロッツが、そのイズマエルと挟み込むようにしてジードとスカルゴモラと対峙していた。

 

「(――メタフィールドが、張れない!?)」

 

 強敵二体を前にして、ビースト振動波を隔離する空間を作るべきだと判断したスカルゴモラが、自らに宿ったリトルスターの輝きを強めるも。全身の角から放射されたフェーズシフトウェーブは空で弾ける前に掻き消え、無意味な光となって解けて行く。

 

〈イズマエルの構成要素には、メガフラシというスペースビーストが含まれます。今の二人は、そのメガフラシに由来する能力で産み出された特殊空間に囚われてしまっています〉

「――まずいっ!」

 

 レムが解説する間に、その術者であるイズマエルが全身の無数の八つの口から、大量の火炎弾や稲妻、そして光線を放ってきた。

 

〈その空間内では、ビースト振動波を含まない一定以上のエネルギーは拡散させられてしまいます――メタフィールドを展開するための、フェーズシフトウェーブも〉

 

 一方的な砲撃に対し、妹の前へ出たジードはギガファイナライザーで打ち弾こうとするが、如何せん数が多すぎた。

 

「(お兄ちゃんっ!)」

 

 凌ぎきれずに吹っ飛んだジードへ、スカルゴモラが顔を向ける。そうして隙を見せた兄妹を狙って、反対方向からブリッツブロッツが駆け出した。

 

〈ブリッツブロッツの爪は、対ウルトラマンに絶大な威力を発揮します。気をつけてください〉

 

 被弾した痛みで一時的に動きを阻害されたジードへと、レムが詳細を省いて警告する。それだけの切迫した事態を意味していた。

 

「(この――っ!)」

 

 ジードを狙うブリッツブロッツの前に、スカルゴモラが割り込んだ。独特の歩法に腰の捻りを連動させる動きは、ジード――リクにもわかる太極拳の基本形。左腕で膝の前を払い、そのまま右腕を突き出す桜膝拗歩(ロウシーアオブー)で、スカルゴモラが破滅魔人型異生獣(フィンディッシュタイプビースト)を迎え撃つ。

 師匠(ライハ)には遠く及ばずとも、既に(リク)より遥かに洗練されたその動き。加えて初見故、人型でもない培養合成獣が、人類の武術である太極拳を使ってくることは敵も想定できていなかったのか。意表を衝かれた様子のブリッツブロッツの鋭い爪を、スカルゴモラはあっさりと捌いてみせた。さらには重心移動の一連の動作で繰り出した右の拳がその胸郭を強打し、勢いのまま大きく後退させる。

 

「(お兄ちゃん、伏せてて!)」

 

 警告の思念とともに、さらに旋回した尾がジードの頭上を過ぎって追撃すると、ブリッツブロッツは両翼を拡げて間合いの外まで逃れて行った。

 敵手を追い払ったスカルゴモラは身を翻す勢いのまま、続けてイズマエルグローラーへの突撃を開始する。

 

「(やぁあああああああっ!)」

 

 敵の展開したフィールド内では、バリアの発生も阻害されている。故に、持ち前の耐久性だけを頼りに進むことを余儀なくされたスカルゴモラは、イズマエルの弾幕に気合だけで飛び込んだ。

 

 ……十門以上の砲口から、多種多様な攻撃を繰り出すイズマエルグローラーの火力は凄まじいものだった。

 だが、一昨日のサンダーキラー(ザウルス)との戦いが契機となり――スカルゴモラの戦闘力は、平常時でもさらに、飛躍的に向上していた。

 

 着弾の痛みで前進の勢いを落としながらも、イズマエルの一斉砲撃を耐えきったスカルゴモラはそのまま敵を間合いに捉え、前腕を薙ぎ払う。イズマエルは左腕で受け止めようとするが、スカルゴモラの剛力に叶わず後退を余儀なくされる。

 さらに右腕の鉤爪が振り下ろされるのを、合わせた頭の角で受け止めて、前進しようとしたスカルゴモラは、そこでその足を止めた。

 彼女の意識の外、イズマエルの左腕から伸びた、牙を持った巨大なミミズのような口吻が、スカルゴモラの脇腹に噛み付いていたのだ。

 

「(――ったいなぁ、もう!)」

 

 苛立ちを口にしたスカルゴモラが、その体内で増幅したスカル超振動波を表出させると、空間の作用が物質化していないエネルギーを完全に拡散させる前に、イズマエルへと浸透。突き立っていた牙を根本から激震させ、左腕まで遡ってダメージを与える。

 だが、イズマエルグローラーは生物として混ざり過ぎていて、超振動波現象を引き起こしても、全身同時に有効となる振動数が特定しきれなかったようだ。咬撃を仕掛けてきていた口吻を弾くのが精一杯で、しかもそれで警戒されてしまい、イズマエルは先のブリッツブロッツと同じように背中の翼で空へと飛び上がり、スカルゴモラの間合いから逃れようとする。

 

 だがそこへ、ギガファイナライザーを構えてジードが飛び掛かった。

 

「――はぁっ!」

 

 妹の奮戦の間に体勢を立て直したジードは、独楽のように高速回転し、イズマエルグローラーが盾となる部位を持たない右側から強襲する。

 鋭い鉤爪を振り下ろし、初撃を弾くが、それが精一杯のイズマエルへと、ジードはさらに二撃、三撃と繋いでギガファイナライザーを叩きつけ、その体勢を崩させる。

 そして四度目となる一閃が、イズマエルグローラーの飛行能力を上回り、その巨体を中ノ鳥島の大地へと叩き落としていた。

 

〈メガフラシの能力を持った部位は、イズマエルの右肩にあります。そこを破壊すれば、このフィールドを無効化できるはずです〉

 

 レムの助言を受けて、兄妹はイズマエルの右側に攻撃を集中しようと決意する。しかし、ジードの前にブリッツブロッツが超音速で飛来し、その機動性から繰り出す鋭い爪でイズマエルへの接近を妨害する。

 さらにブリッツブロッツが一声吠えると、未だ後続がワームホールから吐き出され続けていたアリゲラの群れが、中ノ鳥島周辺に殺到した。

 イズマエルの展開するメガフラシのフィールドは、どうやらビースト振動波があれば素通りできるらしい。つまりアリゲラ型ビーストの群れもまた、当人らが突撃できるとともに、そもそも遠距離攻撃の手段を失ったジードやスカルゴモラに近づかなくとも、安全圏に置いたその身から放つ電磁ビームを釣瓶撃ちにするという戦法で、バリアまで奪われた兄妹を容易に圧倒できてしまうのだ。

 まさにそれが実行へ移されそうになった、その瞬間――ジードたちは、虹の向こう、さらに外周から島を取り囲む鏡の出現を目にしていた。

 

「鏡を作るのは得意でね」

 

 続けて発射された大量の電磁ビームを反射させ、射手であったアリゲラたち自身が貫かれ自滅する状況を作り上げた張本人は、虹のフィールドに阻まれながらも中ノ鳥島の上空にその姿を見せていた。

 

「――知らなかったかい?」

「ミラーナイト!」

 

 駆けつけたUFZ(ウルティメイトフォースゼロ)のメンバー、ミラーナイトがその能力で、スペースビーストの物量攻撃を防いでくれたのに、ジードは歓声のようにして彼の名を呼んだ。

 

「――ファイヤァアアアアアアッ!」

 

 暑苦しい雄叫びを上げながら、同じくUFZのメンバー、グレンファイヤーが全身を発火させた弾丸となりながら、ミラーナイトの作り上げた鏡の結界の隙間となる真上に集おうとしていたアリゲラの群れに次々と襲いかかり、焼き尽くして行く。

 

「へっ、待たせたな」

「――我ら、鋼鉄のジャン兄弟!」

 

 グレンファイヤーが声をかけるのに続けて、赤と白、赤と銀を基調とした巨大な戦闘機が二機、飛来したかと思うと――彼らはそのまま人型に変形し、やはりUFZのジャンボットとジャンナインという、二体の巨大ロボット戦士としての真の姿を顕にする。

 そして二体は全身の兵装を解放し、やはり中ノ鳥島に侵入を試みようとしていたアリゲラの群れを、片っ端から撃ち落としていく。

 

〈おいおい、それじゃビーストの細胞が……〉

「問題ない。任せろ、ペイシャン」

 

 ペイシャンの通信に応える声があった直後、青い光がUFZのメンバーと戦うアリゲラたちを呑み込む。

 その正体は、先程ブリッツブロッツの攻撃を逃れ、海中でアリゲラの一群との戦闘に移行し、それを制していたゼガンが放った、時空転送光線だった。

 ゼガントビームは直撃したアリゲラたちのみならず、UFZのメンバーが消滅させるに至らなかった残骸をも発生させた時空の穴に引き込んで、その再発生を抑止する。

 

「みんな――ありがとう!」

 

 応援に感謝したジードは、空の上でブリッツブロッツの相手に専念し始めた。

 同時にスカルゴモラがジードの叩き落としたイズマエルへと突進し、その右肩へと、メガフラシの顔をもぎ取る勢いで爪を振り下ろした。

 ――だが、肉を裂く音はなく。培養合成獣の爪は、何もない空を切り、スカルゴモラがたたらを踏む。

 

「(……消えた!?)」

〈インビジブルタイプビースト・ゴルゴレム由来の位相潜行能力のようです。イズマエルは現在、我々とは別の位相空間にその存在を移しています〉

 

 そうなったイズマエルには、通常の手段では目視も攻撃も不可能――レムの解析に身構える間に、ブリッツブロッツが飛来する。

 だがその刹那、スカルゴモラの気づきが、ジードの意識に届いた。

 

「(フィールドが、消えてる……!)」

 

 その声を聞いて、ジードはブリッツブロッツの爪を受け止めたギガファイナライザーの真価を解き放った。

 

「――クレセントファイナルジード!」

 

 必殺の一撃を、寸でのところで察知したブリッツブロッツが身を翻し、その軌道上から逃れる。

 難敵である破滅魔人型異生獣こそ仕留め損ねたが、そのまま円弧を描いて飛んで行った半月状の刃はその先を飛ぶアリゲラたちを次々と両断し、水平線の彼方のワームホールの中まで、その威力を落とすことなく飛んで行った。

 

 ……レムが追加で送ってくれた情報によれば、ゴルゴレムの位相潜行能力は、位相を固定するメガフラシのフィールド発生能力とは併用できないそうだ。

 そして、位相を固定する――戦闘用不連続時空間の創造に巻き込まれれば、イズマエルはその空間に強制的に引きずり出されるという。

 

「(しめた――っ!)」

 

 その事実を知ったスカルゴモラが再びメタフィールドを展開しようとした、その時。

 突然――風の流れが、変わった。

 

 

 

 

 

 

「――ただいま」

 

 その挨拶を向ける相手には、もう随分と無縁となっていた――はずだった。

 しかし、昨日から奇妙な同居人ができたピット星人トリィ=ティプは、またも日が昇った後となった帰宅の合図を、自宅の扉を開けるとともに口にしていた。

 

〈どんどん照らすぜ! 爆裂戦記! ドン!! シャイン!!!〉

「あ、トリィ――おかえりなさい」

 

 点けたままにしてあげていたテレビに映る、配信されていた特撮ヒーロー番組から目を逸らしたサラが、動画を停止すると小走りに近寄ってきた。

 

「ねぇ……きょうはもう、おしごとおわり?」

「――ごめんなさい。またすぐ、戻らないといけないの」

 

 同じく眠らずに一夜を明かしたらしいサラが、下から覗き込むようにして問うのに、トリィはゆっくりと首を振った。

 スペースビーストの地球襲来が確実となったAIBは、蜂の巣を突いた騒ぎだった。

 広大な宇宙の各地から、応援要員が地球へと続々と転送されて来るのを案内するのに、本来の担当ではないトリィも駆り出されることになった。

 そして、その体制整備が段落した後に、改めてスペースビースト対策の研究を、本部より直々に命じられることになった。

 

 なまじ、カレラン分子分解酵素や、グレアム配列阻害酵素を作成できた実績があるせいか。存在だけは予想されている情報因子、対ビースト抗体の製造を任されることになってしまったのだ。

 ビースト振動波の正体、χ(カイ)ニュートリノと対消滅するとされているその因子は、かつてダークザギが誕生した宇宙において一度だけ、偶発的に発生したとされている。だが当時対策に当たっていた地球人と、あの光の国さえ遥かに凌駕する科学力を持つとされる異星の知性体・来訪者でもその発生プロセスを解き明かすことができず、幻のまま多元宇宙の歴史に刻まれている。

 ……確かに、スペースビーストの本質はχニュートリノで構成された、光量子情報体だ。過去にトリィが開発した分解酵素を思えば、トリィがこの宇宙における研究の第一人者と名乗っても差し支えないかもしれないが、いくらなんでも荷が勝ち過ぎるというのが、正直な感想だ。

 しかし、その開発が叶わなければ、例えウルトラマンたちがザ・ワンを討てたとしても。この宇宙は最早、かつての姿を取り戻すことはできないだろう――スペースビーストとは、それほどの危険性を秘めている生物的汚染源なのだ。

 

 たちまちは現在のラボで、その後は状況を見ながら、地球を離れることも視野に入れて、トリィは研究を全うしなければならない。

 そのために、休んでいる時間はなく――最低限の準備を終えたら、もうこの住まいに戻れることもないかもしれない、と考えたトリィは、寂しそうな表情を浮かべていた眼前の少女へと、問いかけを放った。

 

「――あなたも、一緒に来る?」

「……いいの?」

 

 驚きで目を見開いたサラが、恐る恐ると言った様子で尋ね返して来た。

 

「ええ。決心がついたら、お兄ちゃんたちへ謝りに行くのに、一緒に行ってあげる――それまでは私のところに居て良いって、約束したものね」

 

 拾っておいて、その後の世話を放棄するような真似は最悪だ――かつて育てた命を見捨てるしかなかったトリィは、そう強く思う。

 加えて言えば、彼女の正体もAIBがその行方を追っている究極融合超獣だ。緊急時、そちらに割く余計な人員を抑えるべきだし、何より目を離した結果、何かの間違いで彼女自身が地球を脅かすのだけは避けねばならない。

 それならばいっそ、一緒に連れて行って、匿ってしまう方が良いだろう。決して聞き分けの悪い子ではなく、特に今は大人しいから、自分が手懐け、AIBの監視下に置いたと言い張れば、サラとしての姿を知るペイシャンを説得することもできるはず――むしろ、兄姉の耳に入れないためには、モアの方が難敵かも知れないと、トリィは思考を走らせる。

 

「……ありが、とう。トリィ」

 

 そんなトリィの前で、安心したサラが、体を震わせて泣き出した。

 ――よほど、辛い思いをしてきたのだろうと。そして昨夜、いきなりトリィが居なくなってしまったことでもまた、寂しい気持ちを抱かせてしまったのだろうと、申し訳ない心地となったトリィは、彼女の心が泣くのに任せていた。

 だが。遂にスペースビーストがこの星へ侵入し、ウルトラマンジードらと交戦状態に入ったという緊急連絡を目にして、いつまでもそうしては居られないことを、トリィは知った。

 

「……準備をしたら、出発するわ。良いわね?」

「うん――!」

 

 泣きながら頷いてくれたサラに、頷きを返したトリィは、すぐに出発の準備をした。

 そうして、家を出て手を繋ぐと――くすぐったそうに、笑ってくれた。

 

「……トリィのおしごとって、なぁに?」

 

 それから少し歩いた後。これからの向かう先が気になるのか、サラがそんな疑問の言葉を漏らしていた。

 周囲に人目がないことを確認してから、トリィは偽の勤務先(ニコニコ生命保険)ではなく、正式な組織の名前を口にした。

 

「私は、AIBって組織の、研究員をしているわ」

「けんきゅう……はかせ、ってこと?」

「――まぁ、そうとも言えるわね」

「はかせ……!」

 

 その単語に、サラは何やら、甚く感銘を受けた様子だった。

 

「やっぱりトリィって、あたまいいんだね!」

「いえいえ、それほどでも」

 

 素直な憧憬を向けられて、トリィは思わず微笑みを零した。

 対して、興奮した様子でサラは続ける。

 

「ねぇ、トリィ! わたしも、はかせになれるかな?」

 

 究極融合超獣が吐き出した思わぬ言葉に、トリィは少し驚いた後――そのあどけない質問に、頷いてみせた。

 

「そうね――これからちゃんとお勉強すれば、なれるかもしれないわね」

「おべんきょうすれば――はかせになれる……」

 

 彼女の出自を思えば、あまりにも無責任な発言かもしれない。

 だが、出会ってから一番の笑顔を見せるサラを前にして、トリィは幼子の夢を壊す気にはなれなかった。

 

「はかせになれるぐらい、かしこいいい子になったら――お兄さまと、お姉さまに、きっと……」

 

 そんな、サラの呟きを耳にしていたピット星人トリィ=ティプは――自身こそがその研究の第一人者に等しい身でありながらも、失念していた。

 今のサラが、夢と希望を見出して、孤独を紛らわせることができたのなら――どんな事象が起こるのかを。

 

 そして、幼い命に再び灯ったその輝きに――宇宙人であるトリィが視認するよりも遥かに早く、そして遠くからでも、惹き寄せられる存在があることに。

 手を繋いで歩く二人はまだ、気がついていなかった。

 

 

 

 

 

 

 ――風を変えたものの正体は、アリゲラたちの羽撃きだった。

 スカルゴモラを狙っていたはずのスペースビーストたちは、突如としてその輝きから興味を失ったようにして、北西の――日本の方角を向いて、飛んで行き始めたのだ。

 

「(なっ、どうして――!?)」

〈――リトルスターだ!〉

 

 メタフィールドの射程から逃れる敵へとスカルゴモラの零す疑問に、ペイシャンが鋭い声で応えた。

 

〈星山市で、リトルスターの反応を確認――これは、サンダーキラー(ザウルス)のものだ!〉

「な……なんだって!?」

 

 上空から、ウルトラマンジードもまた驚愕の声を漏らした。

 観測不可能な状態にあったサラのリトルスターが、何の因果かこのタイミングで再発したらしい。

 しかし、何故。遙か遠方のそれが、眼下で待ち受けるスカルゴモラのリトルスター以上に、スペースビーストの気を惹いているというのか。

 

〈……スペースビーストは、知的生命体の恐怖の感情を捕食する。同じリトルスターでも、より強い恐怖を抱えた宿主の光の方が、こいつらを誘引するということか〉

「(そん、な……)」

 

 緊迫した声でペイシャンが告げるのに、スカルゴモラは打ちのめされた心地になった。

 今この時、(サラ)がどうしてリトルスターを再び輝かすことができるようになったのか、それはわからない。

 だが、その心に希望や温もりを取り戻したことを意味する本来は喜ばしい出来事が、スペースビーストの悍ましき食欲を啄くという皮肉なタイミングで起きたこと。

 そして、傷つけてしまった分、せめて守ってあげたいと。そう烏滸がましく願った自身があの夜、サラの心へ刻んだ恐怖が結局、妹に危険を招いてしまったという覆しようのない事実とに、スカルゴモラは他の何もかもを忘れるほど、静かな衝撃を受けていた。

 

 ――そうして、戦場の真っ只中で、放心してしまっていたために。

 

 アリゲラの群れに先回りしたUFZへ挑まんとするブリッツブロッツが、置き土産として新たに開いたワームホールから出現した――その巨大な影へと、反応するのが遅れてしまっていた。

 

「――ルカっ!」

 

 ジードの警告が飛んできた時には、それは既にスカルゴモラの上へ降りてきていた。

 ――気がついた時には、スカルゴモラは巨大な質量に押し潰されていた。

 

「(――きゃぁあああああああああああっ!?)」

 

 島を沈めるほどの勢いで、事実地盤沈下を引き起こしながらスカルゴモラを踏み潰した何者かは、続けて蔓のような触手をスカルゴモラに絡みつけると、蔦が寄り集まった檻のような腹部へと、スカルゴモラを引きずり込んで拘束した。

 

〈出現したのは、超巨大植物獣――いえ、ブルームタイプビースト、クイーンモネラです〉

 

 レムが告げる間に、全高二百五十メートルを越す巨大な植物怪獣は、スカルゴモラを捉えた腹部の檻の中に高圧電流を注ぎ込んだ。

 

「(くっ、あ――っ!?)」

「ルカ――っ!」

 

 さらに、蔓のような触手での打撃にも晒される妹の窮地に、星山市を目指そうとしていたウルトラマンジードが、中ノ鳥島へと急転直下で帰って来る。

 クイーンモネラと呼ばれた巨大なスペースビーストは、スカルゴモラから見えない頭頂部から、一つの光を放つと――それが無数に分裂した散弾となって、ジードの行く手を遮ろうとする。

 ギガファイナライザーを抱えたまま、片手で展開したバリアで光の散弾を防ぎ、ジードが突貫する。だが、片手故に全身をカバーできていないバリアの隙を狙って、スカルゴモラへの攻撃に使われていなかった八本の触手がジードへと伸びて行く。

 ――最早細胞が残留するかなど、気にしている場合ではないとばかりに。触手群をジードが切り払った瞬間、突如として生じた稲妻と猛火と光線とが、光の巨人を打ち据えた。

 

「――っ!?」

 

 それは、飛行中のウルトラマンジードと、囚われたスカルゴモラを直線上に結んだ座標――ジードが反撃できない位置取りで別位相から帰還した、イズマエルグローラーによる一斉射撃だった。

 認識の外から、クイーンモネラの攻撃を防いだ瞬間を狙われたジードが宙に浮かぶのを維持できずに、落下を開始する。体勢を崩したそこへ、クイーンモネラを吐き出したワームホールから新たに出現したアリゲラの群れが超音速で襲いかかり、体当たりでジードをスカルゴモラから分断する。

 

「(――お兄ちゃんっ!)」

 

 クイーンモネラの追撃を受けながら、スカルゴモラは我が身ではなく兄の窮地に声を上げた。

 事態に気づいたUFZも、日本へ向かおうとするブリッツブロッツ率いるアリゲラの群れを抑えるため開いた距離を詰め直すには、敵の数が多過ぎた。

 比較的近場に居たゼガンもまた、新たに出現したアリゲラ数体に集られて、救援に駆けつけることができない状況だ。

 

 ……あるいは、そこまで含めて敵の策略だったのかもしれない。

 

 サラのリトルスターに惹かれ、日本を狙い始めたことは嘘ではないが――それ自体を陽動とし、こちらの戦力を分断したところで、強力な伏兵を繰り出すことで一気に有利を取る。

 連続する衝撃でメタフィールド展開に必要な意志の統一を阻害され、一気に苦境に追い詰められながら、スカルゴモラはしかし迷っていた。

 

 ……クイーンモネラから浴びせられる電流は、サンダーキラーSのそれほどではない。

 初撃で踏み潰され、そのダメージが尾を引いている間に拘束されたがために反撃に出れていないが、この状況を覆す力を、自分は持っている。

 究極融合超獣さえ圧倒した、レイオニクスの力を全開にすれば――たちまちに傷は癒え、自力でクイーンモネラを拘束ごと引き裂き、そのままの勢いでイズマエルを粉砕し、アリゲラの群れを殲滅することも、決して不可能ではないだろう。

 

 だが――だが、スペースビーストを、眼前のスカルゴモラよりも強く引き寄せてしまうほどの恐怖を、妹の心に刻んだあの忌むべき力を。

 怒りに呑まれたまま、兄のことすらわからなくなったあの、兄弟殺しの血の力を――傷ついた兄のいるこの戦場で解き放つ決心が、スカルゴモラには付きかねていた。

 

 あるいはそれこそが、今のスカルゴモラの抱える一番の恐怖であったから。

 

 そのためか。ジードへの追撃よりも、彼への人質となっているはずのスカルゴモラを優先して狙うように、イズマエルグローラーが踵を返した。

 全身に備えたスペースビーストたちの顔、その各々へとエネルギーを充填させる。これまで以上の出力で、一気にスカルゴモラの命を奪おうとするように。

 

「――ルカっ!」

 

 妹の危機に、ギガファイナライザーの特性で力を増し、アリゲラの軍勢を得物の一振りで粉砕したウルトラマンジード・ウルティメイトファイナルが駆けつけようとするも、さらに後続のアリゲラに妨害されては間に合うはずもなく。

 ――やられる、と、培養合成獣スカルゴモラが覚悟した、絶体絶命のその時。

 

「任せてください、ジード先輩!」

 

 ――聞き覚えのある声が、空から響いた。

 

「オーラム――ストリウゥム!!」

 

 かつて、スカルゴモラが浴びたことのある黄金の光が、微細な剣の雨のようにして、イズマエルグローラーに突き刺さった。

 悲鳴を上げるイズマエルグローラーの右肩が焼き払われ、臨界が迫っていたエネルギーを逆流させて苦しみながら退いたそこへ――スカルゴモラを護るように、黄金の鎧を纏った背中が、降って来た。

 ……その姿を、スカルゴモラはよく知っていた。

 かつて何よりも恐れ、今なお、心の底では忌避していたその存在を、忘れられたことはなかった。

 

 だから――眼の前の光景が、信じられなかった。

 

「(――なん、で)」

「俺は光の勇者――ウルトラマンタイガ!」

 

 スカルゴモラが呆然と放つ疑問の声へ、答えるように。

 鬼のような二本角を生やした、光の国から駆けつけた応援は――誇らしげに高らかと、自らの名を叫んでいた。

 

 

 

 

 

 

 突如として現れた新たなる光の巨人に、クイーンモネラが咆哮した。

 そのまま、イズマエルグローラーと対峙して背中を向けたままのウルトラマンタイガ・フォトンアースへと、ジードに切断されていなかった四本の触手を繰り出すが。

 

「光波剣・大蛇!」

 

 光の大蛇の如く走った斬撃が、その蔓のような触手を切り落とした。

 

「――っと、急がねぇとな!」

 

 目にも留まらぬ神速で舞い降りた青い影は、そのまま「せりゃ! とりゃ!」と喧しく気合の声を上げながら、凄まじい勢いで繰り出した蹴り技の数々で、スカルゴモラを捕らえていたクイーンモネラの腹の檻を粉砕する。

 

「離れな、嬢ちゃん。巻き込まれるぜ」

 

 そうして風が、花を救い出したところへと。

 

「――賢者の拳は、全てを砕く!」

 

 星を纏った黒い巨人が、二人に遅れて降って来た。

 額と胸に星を付けた、筋骨隆々としたウルトラマンは、迎撃に放たれた光の散弾をシャワーの飛沫のようにその体躯で弾くと、そのまま自身の何倍も巨大なクイーンモネラの顔面へと飛びかかり――気合一閃、その拳を叩きつけた。

 そして、何かの冗談のようにして。拳の着弾を受けたクイーンモネラの巨体が、勢いよく傾いて行く。

 大地を弾ませる勢いでクイーンモネラが横転し、スカルゴモラは敵の魔の手から完全に解放されていた。

 

「君たちは――トライスクワッド!」

「助太刀に来ました、ジード先輩!」

 

 再びアリゲラの群れを薙ぎ払ったジードが呼びかけるのに、タイガが勢い良く応えた。

 一瞬、応答のためにタイガが隙を見せたと判断したのか。暴発した飛び道具が一時的に使用不可能となったイズマエルグローラーが、左腕の突起で彼を貫こうとして踏み出すが、タイガは金色の鎧の利点を活かすように、その頑健さで以って受け止める。

 

「俺……あの後、父さんたちから聞きました。そこにいる――あの日、俺が心を傷つけたその怪獣が、あなたの妹だったって」

 

 イズマエルグローラーと取っ組み合った状態のまま、一瞬だけスカルゴモラを振り返ったタイガは、ジードへと語りかけた。

 

「家族を傷つけた俺を、それでもあなたは、責めもせず励ましてくれた!」

 

 叫びとともにタイガがイズマエルの左腕を払うのと、その肩から管状の口吻が伸びてタイガの首を狙うのは同じタイミングだったが――先程スカルゴモラを救い出した青いウルトラマンが、まさに疾風迅雷の速さで割り込んで、口吻を蹴り飛ばしてタイガを救う。

 

「父親と戦わなければならない痛みを知る者として、俺たちを支える仲間として、共に戦ってくれた!」

 

 その助けを受けたタイガが拳を構えると同時に、今度はクイーンモネラを殴り倒した赤と黒の体色をしたウルトラマンが、額から星型の光線を放ってイズマエルを牽制し、彼を援護する。

 

「おかげで俺は、父さんの笑顔を取り戻すことができた――!」

 

 そして、タイガの繰り出した拳が、イズマエルを強く打ち据え、強大なスペースビーストを後退させた。

 

 ――自身には、父親との悲しい思い出があるとしても。

 あるいは、だからこそ。他の誰かの家族のためにも、誰よりも真剣になれるという、湊アサヒが評した朝倉リクの在り方は。

 父ベリアルが歪んだ始まりたる血族の(すえ)にして、培養合成獣スカルゴモラの心に深い傷を与えた張本人であるウルトラマンタイガにも、別け隔てなく手を伸ばしていたらしい。

 言われてみれば、当たり前の。なのに、どこか現実感を伴わない出来事を、スカルゴモラの前でタイガが叫んだ。

 そして――あの日、ペガたちの助けと、ルカの決意がリクを送り出した先の戦いで、その優しさに助けられたという彼は、イズマエルを牽制しながら続けて言う。

 

「だから、今度は俺があなたたちを支える番だって! そう志願して来たんです!」

「都合の良いことに、戻ったばかりの我らはまだスペースビーストに手の内を知られていない。光の国としても、派遣するのに望ましい戦力だったのだ」

 

 筋骨隆々としたウルトラマンが、タイガの熱意をそう補足した。

 そんな彼ら三人が揃って腕につけているのは、光の国が有するエネルギー補充アイテム、ウルトラコンバーターの最新型らしいことを、レムが教えてくれた。

 ギガファイナライザーに選ばれたジード・ウルティメイトファイナルと、イージスの加護を得ているゼロ以外のウルトラマンの多くは、地球環境下での活動に多大な制限を受ける。だが、ウルトラコンバーター等の助けがあれば、その問題も大幅に緩和されるらしい。

 

「そーゆーことで、お早い再会ってわけだ! ――風の覇者フーマ、銀河の風とともに参上!」

 

 名乗りを上げると同時、その手の甲から光の剣を出現させたウルトラマンフーマは、文字通り風のように駆け抜けて、ジードに迫っていたアリゲラの群れを切り払っていく。

 

「力の賢者、タイタス!」

 

 残された最後の一人、筋骨隆々としたタイタスもまた、名乗りとともにワームホールめがけて光球を発射し、湧き出そうとしていたスペースビーストの後続を焼き払う。

 そして、体勢を立て直しつつあるイズマエルと油断なく対峙しながら、タイガが声を張り上げた。

 

「ジード先輩、行くべき場所があるなら、行ってください! ここは俺たちが喰い止める!」

「タイガ……でも――」

「(――行って、お兄ちゃん!)」

 

 躊躇った様子で視線を向けてくれた兄へ、スカルゴモラは力強く言い放った。

 

「(私は少しでも敵をここに引き寄せなきゃいけないし、互いを知らないタイガたちには任せられない――だったらやっぱりお兄ちゃんしか、サラを助けに行けないから!)」

「ルカ……」

 

 スカルゴモラの願いに、ジードは数秒、驚いたように立ち尽くしていたが――やがて、力強く頷いてくれた。

 

「――わかった。ここは頼んだよ、ルカ。それにタイガ、タイタス、フーマ!」

 

 その言葉を残して、ウルトラマンジードは身を翻すと、再び超音速で空へと飛び立った――二分化されたスペースビーストの軍勢が雲霞の如く流れ込む、日本・星山市の方角へ向かって。

 その姿を見届けていると、イズマエルグローラーの攻撃を鎧で受け流したタイガが、スカルゴモラの眼前に移動しながら身構えて、そして微かに振り返った。

 

「……俺たちと一緒に戦ってくれるのか?」

 

 意外そうにタイガが問うのを受け、スカルゴモラは一瞬だけ、自分を確かめるために間を置いた。

 

「(――もちろん。今だって、助けて貰ったもんね)」

 

 そして、答えは迷わず言葉になった。

 ずっと恐れていた相手。兄がウルトラマンの在り方を示してくれて、タイガもまた邪悪に利用された被害者だと知った後でも、彼への恐怖心はずっと胸につかえていた。

 だが――リクの優しさに救われたと叫び、この危機に駆けつけてくれたタイガを見て。その恐怖はやっと、スカルゴモラの中で氷解しつつあった。

 

「(あの時だって。私は、何もわかっていなくて……タイガがすぐに止めてくれなかったら、取り返しのつかないことをしていたかもしれない。こんな風に、お兄ちゃんと一緒に生きるなんて、許されないぐらいの)」

 

 生まれたばかりの、何の分別もない赤子。しかして、人類を滅亡に追いやって余りある怪物。

 その暴走を止めるために戦うのは、力あるウルトラマンとして、何ら間違った行いではない。

 

「(だから、そのことは恨んでないよ。……やめてって言ってもやめてくれなかったのは、今も思うところはあるけど)」

「うっ……すまない」

「(――でもそれは、私の方が、もっと酷いことをしちゃったんだ。妹に)」

 

 嫌味に対して、律儀に謝ってくれるタイガへと、スカルゴモラは告解した。

 

 既に戦意がないことが明白な相手へ、力に呑まれてなおも攻撃をやめない――タイガのそれも、スカルゴモラのそれも、等しく目的を見失った行為ではあった。だが、相手の声が聞こえる分、間違いなく己の方が酷い過ちを犯したと、スカルゴモラは認めていた。

 だから、もう妹は許してくれないかもしれないと。そんな苦悩を抱えていたが――その悩み自体が、間違いだった。

 

 ウルトラマンタイガはスカルゴモラに、許しなんて一度も求めないまま、何の言い訳もせず助けに来てくれたのだから。

 そして、そんな彼の振る舞いで、確かに救われた自分を知ったから。

 

「(その妹を、今、お兄ちゃんが助けに行ってくれてるから――こんな奴らに邪魔なんか、絶対させたくない。そのために力を貸してよ、ウルトラマンタイガ!)」

「――ああ! 先輩と君が、家族を取り戻すために戦うっていうなら、喜んで力を貸してやる!」

 

 培養合成獣スカルゴモラの呼びかけに、ウルトラマンタイガ・フォトンアースが勇ましく応えてくれた。

 かつてあれほど恐れたその姿が、何より頼もしく想えるこの瞬間。兄の優しさが呼び込んでくれた奇跡に、スカルゴモラは奮い立つ。

 

「(言ったね! 今から逃げ場はなくなるよ!)」

 

 負けじと気勢を上げた次の瞬間、スカルゴモラの全身の角から、青い光が空に弾けた。

 続けて降り注ぐ金色の膜が、巨大なクイーンモネラはおろか、島を覆っていたスペースビーストの軍勢ごと、三人のウルトラマンと、そしてスカルゴモラ自身を別位相の空間へと引きずり込む。

 

「こりゃ、噂に聞くメタフィールドって奴か――!?」

「ネクサス……時空を越え、絆を繋ぐ伝説のウルトラマンが作り出す、準存在空間。リトルスターでも、その再現を可能としたのか!」

 

 ウルトラマンを強化する戦闘用不連続時空間に招かれたフーマとタイタスが、感心したように声を漏らす。

 イズマエルを筆頭に、膨大な数が存在するスペースビーストの軍勢と閉鎖空間に囚われた格好となりながら、しかしウルトラマンたちに物怖じする様子は一切なかった。

 ――それどころか。

 

「感じる――アイテムなんかなくても、ヒロユキとの繋がりを! これが、メビウスの言っていた……」

 

 存在と非存在の可能性が変化し続ける亜空間の中で、目に見えぬ何かを感じ取ったらしいタイガは、相棒となる二人のウルトラマンを振り返っていた。

 

「これなら……行けるぞ、タイタス、フーマ!」

「応よ! ――生まれた星は違っていても!」

「共に進む場所は一つ!」

 

 そして、呼びかけに応えたフーマ、タイタスの後に。まるで誰かもう一人が唱えるのを待つよう間を空けたタイガが、高らかに叫ぶ。

 

「―――――――――我ら四人、トライスクワッド!!」

《トライスクワッドミラクル!》

「燃え上がれ、仲間とともに!」

 

 突如として手元に出現した剣をタイガが掲げると同時、タイタスとフーマが吸い込まれるようにして、彼と重なる。

 そして、三人が光に解けた次の瞬間――メタフィールドの赤い空を貫くほどの火柱が、三人のウルトラマンの集合地点から生じていた。

 その、凄まじい熱量に。スカルゴモラさえも微かに身構え、スペースビーストの軍勢もまた、思わず動きを止めていた。

 そうして、渦巻く炎の柱が消えた時――そこには一人のウルトラマンが存在していた。

 赤い身体に、青いプロテクターを金の鋲で繋ぎ止め、一回り大きくなった左右の角を焔のよう波打たせた、その巨人は――スカルゴモラの知らない姿をした、ウルトラマンタイガだった。

 

「この力があの日――俺を闇の中から呼び戻してくれた、仲間たちとの絆。ウルトラマンタイガ、トライストリウム!」

 

 名乗りとともに、赤きタイガが剣を構えてみせた。

 ――本来、その成立に必要な四人目の仲間を欠いた、不完全な状態ながら、なおも。ギガファイナライザーの特性を度外視した基準値なら、ウルトラマンジード・ウルティメイトファイナルすら上回る戦力の合体戦士(スーパーウルトラマン)の光臨に、スペースビーストたちが慄きを見せる。

 

「(闇から呼び戻した――絆……)」

 

 対してスカルゴモラは、そのウルトラマンの姿に最早怯えることもなく、彼の呟いた言葉に希望を見出していた。

 生贄であったスカルゴモラを打ち倒し、闇の力に堕ちたタイガを、支え合う仲間たちの絆が呼び戻した。そして単なる暴力の権化ではなく、絆の勇者として、彼を再生してみせたというのなら。

 

 ウルトラマンでさえ、そうだというのなら――たくさんの優しさに出会えた己もまた、一人きりで力に負けるなんて怯える必要は、どこにもなかったのかもしれない。

 

 過去の事実は変えられなくとも。どんな間違いを犯したのだとしても。今の自分が、眼前のタイガを恐怖の化身ではなく、頼もしいウルトラマンだと思えたように――諦めない限りやり直せる可能性はあるのだと、そう信じられたから。

 改心して貰えないまま最期を迎えたフワワの時とは違って、己と妹はまだ、生きているのだから。

 

「(タイガ)」

 

 ――だから、スカルゴモラは。タイガには敵わぬと、閉鎖空間(メタフィールド)から逃れるべく己を狙ってくるスペースビーストに対して、自らの力を封じるのをやめた。

 

「(もし、今から私が自分を見失った時は――また、あなたたちが止めてね)」

 

 兄から絆のバトンを受け取った彼らには、それだけの強さがあるだろうと信じて。

 そして、その兄の優しさを、誰よりも多く受け取っているはずの己にも――過去に竦まず、今を越えていくことが、できるはずだと。

 本能もまた己の一部と受け入れて。その力の奔流の中でも見失うことのない、今よりも大きな自分を手に入れたスカルゴモラは闘志を燃やすと、トライストリウムにも劣らぬ高熱の炎を纏い、その姿を赤く染め上げた。

 そうして、レイオニクスの力を全開にしたスカルゴモラは、レイオニックバーストに伴う高熱の放射だけで、迫り来ていたアリゲラの群れを焼き尽くした。

 

「(……でも、今度はやり過ぎないでくれたら、嬉しいかな)」

「いや――そんな必要はなさそうだな」

 

 軽口を叩くスカルゴモラ・レイオニックバーストの様子を見届けたタイガトライストリウムは、改めて肩を並べて、その切っ先を眼前に広がるスペースビーストの大軍勢へと向け直した。

 

「行こう。今の俺たちなら、理由を間違えずに戦える!」

「(この世界を守るために――それに、私の家族を助けるために!)」

「ああ! 今の俺たちは、同じ目的のために戦う仲間だ!」

 

 ――その血の因縁とすら無関係に、かつて争い合った二つの命。

 だが今は、同じ未来の実現を目指して。

 一切の他者を否定する、共存不可能な侵略者、異生獣(スペースビースト)の猛威から。共に生きる他者を守り抜くために、その勇気を燃やしていた。

 

「行くぜ相棒――バディ、ゴー!!」

 

 絆の勇者の叫びを合図に。培養合成獣スカルゴモラは、敵軍への突撃を開始した。

 

 

 

 

 




Cパートあとがき



 ここまでお読み頂きありがとうございました。


『劇場版ウルトラマンタイガ ニュージェネクライマックス』の先の時系列になったことでゼロを再登場させられるようになったのと同じく、遂に培養合成獣スカルゴモラの出典元主人公である、タイガたちトライスクワッドも客演可能となりました。
 エタルダミーで損な役目をして貰ってから随分お待たせしてしまいましたので、ここまでお付き合い頂けたファンの方に少しでもお楽しみ頂ければ幸いです。

 トライストリウムについては、本来この時間軸ではヒロユキも不在であり変身不可能なのが公式設定ではありますが、本作内では「メタフィールドの助けを受け、分離していてもヒロユキと心を繋げる感覚を見つけ、メビウスの言葉を理解してトライストリウムに変身する」→「その感覚を自分たちだけで掴めるよう、不可能を可能にするべく修行した結果、『ウルトラギャラクシーファイト 大いなる陰謀』の最終決戦時には何の助けもなくとも、公式設定通り四人の心だけでトライストリウムに変身可能となり、さらにはトライストリウムレインボーの領域にまで到達する」という流れを想定しています。ちょっとトライスクワッドの株を落としかねない二次創作設定ですが、どうしてもここでトライストリウムを出したかったのと、何より特殊な事情を持つ女の子の宿した力で事態が好転する、という『タイガ』本編で度々見られた展開に同作出典ヒロインの培養合成獣スカルゴモラも並べられる形にしたかったので、お目溢し頂けると助かります。

・フォトンアースの異名は本来「大地天空の勇者」ですが、闇の力の操り人形から光の戦士に回帰していることを強調したかったので敢えて通常タイガの「光の勇者」を名乗って貰っています。また、「行くぜ相棒――バディ・ゴー!」は締まりの問題で叫んで貰っていますが、遠くのヒロユキにも言っているという想定ですので、合わせてお許しくださると幸いです。

・「ウルティメイトフォースゼロとトライスクワッドの初の共同戦線は『ウルトラマンZ』本編後の『ウルトラヒーローズEXPO THE LIVE ウルトラマンゼット』第二部では?」という点については、基本的に公式時系列でそれに相当する出来事があるEXPOのショーは本編前の時系列に当たる第一部のみとされており、本作でもその説を採用しているため、矛盾にはならない……とぼんやり考えておりますので、どうかお見逃しください。

・メガフラシの特殊フィールドはビースト振動波を含んでいれば素通りし、非実体エネルギーを使える――という設定はやはり公式にはありませんが、本編でメガフラシが敵の光線を無力化しつつ、自分は非実体の稲妻型光線を連打していた描写からの拡大解釈となります。ご了承ください。


超巨大植物型異生獣(ブルームタイプビースト)クイーンモネラ
 あまり本編中で触れられなかったものの、カプセルナビにするほどの出番ではないかなという感触なのでこちらで。
 劇場映画『ウルトラマンティガ&ウルトラマンダイナ 光の星の戦士たち』に登場する怪獣で、前座の電脳魔神デスフェイサーに人気で負けていることに定評がある同作のラスボス、超巨大植物獣クイーンモネラ。モネラ星人と、彼ら(彼女ら?)が宇宙船として利用している宇宙植物生命体モネラシードが融合した合体怪獣の類であり、邪神ザ・ワンが生まれた宇宙に存在していた彼らの同種をスペースビーストが捕食し、その情報を掛け合わせた結果、収斂進化のようにそっくりなスペースビーストとして出現したという二次創作設定になります。




ウルトラカプセルナビ

名前:培養合成獣スカルゴモラ(レイオニックバースト)
身長:57メートル
体重:5万9千トン
得意技:スカル超振動波、インフェルノ・バースト

 培養合成獣スカルゴモラが、自身のレイオニクス能力によりパワーアップした赤い姿。ただし首から後ろの角が緑色に変わったことで、背部は金色の光に包まれている。
 レイオニクスの闘争本能の昂りにより、その怪獣として本来持ち合わせる以上の力を発揮できるようになった状態。既存のあらゆる能力値が格段に向上したのに加え、高い自己再生能力を獲得し、さらに直に浴びせれば普通の地面なら数秒で炎上しプラズマ化するほどの超高熱を身に纏った、半暴走形態。
 高温の助けもあって、太陽コロナの高温と同様の理屈で音波エネルギーを増幅されたスカル超振動波による攻撃はさらに強烈になり、さらにインフェルノ・マグマはウルトラマンネクサスのリトルスターの影響を受け、分子分解・消滅効果を得た青白い必殺熱線、インフェルノ・バーストに強化された。

 暴走の危険が高まることと、消耗が激しいことが弱点。だがこの姿へ覚醒したことで、新たにエメラル鉱石と同様のエネルギーを身に宿す遺伝子が機能し始めたためエネルギー問題は軽減され、さらにメタフィールドの負荷と同様、細胞がそのストレスに適応し強靭に進化し続けることで身体的な負荷も緩和されて行く。そのため実質は精神面の不安定さだけが残された、そして最大の問題だと言えた。
『最強の合成怪獣を生み出す』というチブル星人マブゼの設計思想における、第一の到達点。しかし、リトルスターの効果を考慮しても、その遺伝子を解析したレムの当初の予想とは乖離する自己進化速度でもあり……?



 ……以下チラ裏としては、ルカの普段着のシャツが赤なのはライハと近い雰囲気である他に、この形態のイメージを盛り込んでいたりしました。バーニングスカルゴモラ。
 ゲームを除いた公式作品ではレイオニックバーストしたのはゴモラとレッドキングのみなので、スカルゴモラが至るのは実は自然(?)な形態なのかもしれません。
 超高熱を纏うのは、前話で触れた通りレッドキングのレイオニックバースト由来(その熱量は何とメビュームバーストも効かない不死身のグローザム本人が触れているだけで再生できなくなるレベル)だったりします。
 背部の角が緑になるのは、合成されたベリアルの遺伝子がアークベリアル死亡時に散逸した物だった、という本作独自設定によるものです。エメラル鉱石と融合した遺伝子≒エスメラルダ王家と同様の体質になり得る遺伝子が、プリズ魔の結晶化光線を受けた際の変質とレイオニックバーストにより開花し始めたという想定になります。
 ちなみに太陽コロナの話はあくまで仮説の一つに過ぎないので、実際には違うかもしれません。




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第十話「強敵-アマルガム-」Aパート




 今回は客演組の本格戦闘があるということで、五話ぶりにDパートまで発生してしまいました……内容自体は前回と違って話に大きな区切りが付くというわけではないのですが、お許し頂けるよう頑張ったつもりです。どうかお付き合い頂けると幸いに存じます。









 

 

 

 

 

 

〈緊急情報です。現在、宇宙から大量の怪獣が地球に襲来し、日本の関東地方を目指しているとの発表が、政府からありました〉

 

 星山市に走る国道を歩いていると、街頭モニターから物々しいニュースが流れ始めた。

 その情報を先んじて知っていた、ニコニコ生命保険研究部の鳥居富子――という偽りの地球人に擬態したピット星人トリィ=ティプは、遂に恐れていた事態が起きてしまったのだと理解した。

 

「……トリィ?」

 

 立ち止まってしまったせいか。手を繋いでいた小さな同行者が、心配そうに呼びかけてきた。

 朝倉サラ――その名を使いたい、と願う小さな女の子。修道服に身を包んだ愛らしい少女の正体は、かつて滅亡の邪神と呼ばれた一匹のエレキングの細胞に、ウルトラマンベリアルの遺伝子を混ぜて産み出された究極融合超獣サンダーキラー(ザウルス)が、人間に擬態した際の姿だった。

 その正体ゆえ、怪獣の出現に怯えているのか――そもそもニュースの意味を理解しているのかも怪しい彼女が、不安に思うものについて思い至ったトリィは、ゆっくりと頭を振った。

 

「何でもないわ。行きましょう」

 

 スペースビーストの襲来という脅威に、AIBの一員であるトリィは立ち向かわなければならない。

 だが、そのためにサラを置き去りにしたりはしないと意志を表明するのと、トリィの携帯電話が鳴るのは同時だった。

 

「――もしもし?」

〈早くその場を離れろ〉

 

 応答した相手は、職場の上司であるゼットン星人ペイシャン。後方から解析を担当するアドバイザーとしてだが、まさに今、ウルトラマンジードやUFZらと共にスペースビースト迎撃に当たっているはずの人物からの直電に、トリィは当惑した。

 

〈おまえの位置座標と同じ区域で、サンダーキラー(ザウルス)のリトルスター反応が観測された。スカルゴモラへの誘導から逃れ、今日本に向かっているスペースビーストどもは、その光を目指している――!〉

 

 切迫した様子でペイシャンが告げたのを聞いて、トリィは思わず手を繋いだままの相手を見た。

 言われて、目を凝らし、そしてようやく気がついた――微弱ながら、サラの胸に光が灯っていることへ。

 かつてトリィ自身が宿したのと同種の……地球人よりも宇宙人が、そして怪獣がさらに鋭敏に反応し、誘引される、魔性の小さな星。観測不可能なほど縮小していたはずのリトルスターが、再び輝き出しているということに。

 

「――あっ。おほしさま、またひかってる」

 

 サラ自身も、その変化に気づいたようだった。

 何故このタイミングで――仮にも、リトルスター研究の第一人者と呼ばれる身として、その事象を招いた理由に思い至ったトリィは、愕然とした面持ちでその光を見た。

 

〈聞こえているのか? 急げよ、迎撃できる戦力はほぼ出払っているんだ。おまえは対ビースト抗体開発チームの要として……〉

「――ええ。教えてくれてありがとう、ペイシャン」

 

 それだけを告げて、相手の返事も待たずに、トリィは通話を終了した。

 ニュースでは、まさにたった今から公共交通機関は全線通常の運用を取りやめる緊急事態宣言が発出されていた。怪獣の襲来予報として、星山市を中心としたルートが発表され、その区域内では地下鉄等の比較的安全な場所に避難の上、自衛隊の救出が来るまで決して外出せずに身を潜めるよう特別避難命令が下されたのだ。

 

 徒歩で、サラを連れて勤務先まで向かうにはまだ距離がある。敵の侵攻速度はわからないが、先にAIBの研究施設に辿り着ければ、サラに宿ったリトルスターの光を隠すことも消すこともできる。だが、それまでの時間誘引してしまえば、どの道スペースビーストは星山市や周辺の人里に到達する。リトルスターを見失っても、そこに居る人々の恐怖に狙いを変更して、暴虐の限りを尽くすだろう。

 

「あれ? トリィ、おうち帰るの?」

 

 故に、その選択を却下したトリィは、今まで向かっていたのとは全く違う方角へと、サラの手を取って歩み始めた。

 ……この子を捨て行くつもりはない。リトルスターの輝きを再び灯したのは、きっとつい先程のトリィ自身の言葉が原因なのだから。

 大人げない感傷だとはわかっていても、トリィはそれを譲れば、今この星に身を置く自分自身を否定することになると、そう理解していた。

 徐々に歩みの速度を上げても、正体が超獣であるサラは小さい歩幅でよく付いて来てくれている。行き先を告げない不義理を何と説明したものか思案しながらも、トリィは少しでも遠く、そして辺りに人の居ない場所へと、サラを連れて向かうこととしていた。

 

〈えー現在、アメリカの軍事衛星から提供された情報によれば、ウルトラマンジードら数体の巨大生物が東太平洋沖で怪獣の群れと接触。侵攻を食い止めるように交戦中との報告がありました〉

「お兄さまたちが……たたかってる……?」

 

 報道音声から、馴染みのあるワードを拾ったらしいサラが声を漏らした。

 この宇宙を救ったヒーローである彼が、駆けつけてくれるまで――この星を守り、彼の妹を逃し続けることができるだろうかという懸念を抱えながらも。

 ウルトラマンらの奮戦に賭けるしかないトリィは、ほんの一秒でも猶予を稼ぐため、サラの手を引く足を早めた。

 

 

 

 

 

 

 東太平洋沖、中ノ鳥島に程近い、高度二千メートルの空域にて。

 地球に襲来したスペースビーストの群れと、防衛に駆けつけたUFZ(ウルティメイトフォースゼロ)とが、激しい空中戦を繰り広げていた。

 

「くっそぉ、きりがないぜ!」

「弱音を吐くな!」

 

 何体目かもわからぬ敵を屠った炎の巨人、グレンファイヤーが愚痴を零すのを、鋼の武人ジャンボットが叱咤する。

 たった四人で防衛線を展開する彼らの前に、空を埋め尽くす雲霞の如く、赤い翼が襲来し続ける。

 同化した宇宙有翼怪獣アリゲラの情報を元に複製された、アリゲラ型のスペースビーストの群れ。空だけでなく、海中でも高い機動性を見せる大量のスペースビーストの人口密集地への到達を阻もうとする戦士たちは、休むことなくその力を揮う。

 水中は、AIBの怪獣兵器、時空破壊神ゼガンが進行を抑えている。だがたった一体だけの味方戦力に過度な負担は加えられないと、UFZのメンバーは可能な限り空でアリゲラたちを食い止めようとしていた。

 

「離れろ、巻き込むぞ」

 

 この場に居るメンバーの中で、最も直接的な戦闘力に優れた人型の巨大ロボット、ジャンナインが突出する。

 仲間から距離を取り、アリゲラの群れの中に単身飛び込んだジャンナインは胸部に備えた六門の砲口、ジャンフラッシャーを発光。同時、脚部のブースターで高速旋回することで、全周囲目掛けて追尾性の光弾を乱れ打ちにする荒業を繰り出す。

 光弾の嵐は次々とアリゲラを直撃し、凄まじい勢いでその数を減らして行く。絶命はさせても、消滅には至らなかった残骸が海に落ちていくのを、他のメンバーが放つ光線がカバーして、再発生の元となる細胞を灼き尽くす。

 だが、突如としてその光弾の嵐が、勢いを弱めた。

 

「――あいつは!」

 

 一箇所に集まったアリゲラの群れを庇って浮遊するのは、格子柄の白と黒の体色をした烏天狗型の宇宙怪獣。破滅魔人ブリッツブロッツを模した上位のスペースビーストだった。

 前線指揮官となるブリッツブロッツは胸部の水晶体でジャンフラッシャーのエネルギー弾を吸収し、その猛威から同胞を救っていたのだ。

 充分な数のジャンフラッシャーを取り込んだブリッツブロッツは、今度はその水晶体から取り込んだ光弾をそっくりそのまま――否、自らのエネルギーを上乗せして、倍加した威力で放出する。

 回転を止めたジャンナインが弾幕を集中するが、反射された攻撃を一つ食い止めるのに二発の弾数を要求されては持ち堪えるのが精一杯で、迎撃のために動きが止まる。

 そこへ、凶兆を知らせる彗星の如く、ブリッツブロッツが飛来する。

 

「危ない、ジャンナイン!」

 

 尋常な一騎討ちならばともかく、乱戦の最中、隙を狙われるにはジャンナインをして危険過ぎる敵を前に、兄弟機となるジャンボットが、背部から放ったミサイルで危機を救おうとする。だが今度はアリゲラたちが放ったパルス弾が、その救援を断ち切ってしまった。

 

「――ギガライトニングバーストぉ!」

 

 絶体絶命のそこへ、一条の光が迸った。

 駆けつけたのは、妹の勇気に送り出されたウルトラマンジード・ウルティメイトファイナル。彼が額から放つ電撃光線が、ブリッツブロッツの進行を阻んだ。

 水晶体を露出したブリッツブロッツは、一瞬、その光線をも吸収しようという素振りを見せたが――射線上のアリゲラをいくら焼き尽くしても、全く威力を減衰させない光線の異様さに気づき、その試みを却下した。

 あらゆる光線を吸収するブリッツブロッツといえど、その吸収能力を発揮できる時間に限界はある。

 対して、ウルティメイトファイナルとなったウルトラマンジードは、感情を物理的なエネルギーに変える最終兵器・ギガファイナライザーの効果を受けている。そのため、ジードの心が折れない限り、無尽蔵の活動エネルギーを賄うことが可能だ。

 結論として、ウルティメイトファイナルが繰り出す全ての光線技は、理論上は照射時間を無限とすることができる。ブリッツブロッツの光線吸収能力にとって、天敵とも言える存在であることを、ここまでの戦闘経験――そして、他の個体が残したビースト振動波による情報共有で学習したブリッツブロッツは回避に専念し、そもそもジードとの交戦を避ける判断を下した。

 進行する先に自身の持つワームホール生成能力を駆使し、次元の穴を作ったブリッツブロッツはその中へと身を潜り込ませ、この戦闘宙域から離脱したのだ。

 

「助かった、ウルトラマンジード!」

「どういたしまして――でも、まずい。逃した!」

 

 直接救われたジャンナインよりも、兄であるジャンボットの方が勢いよく感謝を述べるのに、ジードは充分に向き合いきれなかった。

 何故なら、あのスペースビーストが目指す先に居るのは――ジードと同じ、ベリアルの遺伝子を受け継いだ、妹と呼ぶべき生命体であるという焦燥が、胸の内を占めていたから。

 サラだけではない。星山市には朝倉スイも、久米ハルヲや原エリも、伊賀栗一家も、他にも多くの人々が暮らしているのだ。ビーストの好き勝手を許すわけにはいかないと、ジードは自身も後を追おうとする。だが飛び込む前に次元の穴は消滅し、後にはブリッツブロッツに置いていかれた足止め用の捨て駒であるアリゲラの群れだけが残されていた。

 

「――先に行け、ウルトラマンジード!」

 

 今度はジャンナインが、ジードに立ち塞がろうとしたアリゲラを粉砕して呼びかけた。

 

「おい、ミラーナイト! おまえはジードについて行ってやれ。いざとなりゃ、飛ばしてやれる」

「グレン……わかりました。ここは任せますよ」

 

 強力なブリッツブロッツの離脱を受け、戦線の再構築と追跡部隊を分担しようとしていた彼らはその時、気がついた。

 頭上から――ワームホールを通さず、直接大気圏を抜けた、新たな敵影が降りて来ているということに。

 それは、やはり高い機動性を持ったアリゲラたちと――五十メートル級の巨人種どころか、身長二メートル足らずの人間から見てもちっぽけな、しかしその分膨大な頭数を揃えた、球体状のスペースビーストの群れだった。

 

 

 

 

 

 

「モア。ちょっと付き合って貰える?」

 

 AIB地球分署極東支部の待合室にて。

 中ノ鳥島まで移動した星雲荘と一旦別行動を取ることになった鳥羽ライハは、同じ部屋にいる世話係の愛崎モアへと呼びかけた。

 

「えっ? こんな時、どこに……」

「リトルスターの反応を追って、サラを探すの」

 

 事態の推移についての報告を受けたライハが出した結論は、それだった。

 

「えっ!? でも……」

「あの子が恐怖を抱えているから、ルカよりもスペースビーストを呼び寄せてしまうのなら――もう、ルカは怒っていないって、教えてあげれば良いと思う」

 

 安直なことを、真剣な表情で告げるライハに、モアは呆気に取られたようだった。

 

「合流して、説得できれば――レムに運んで貰うこともできるはず。それで、協力して貰えるようになれば……」

「……何だか変わったね、ライハ」

 

 可笑しそうにモアが笑うのに、ライハは一瞬眦を持ち上げた。

 

「そういうの、どっちかと言えば私が言い出すことだったのに……」

「……ずっと一緒にいるからね。あなたが面倒を見ていたリクと、そのリクがお兄ちゃんをするルカと」

 

 反対されているわけではないと悟ったライハが、モアとともに立ち上がったその時。出口を遮る長い足が在った。

 

「――そうなると思って来てみれば、だな」

 

 待合室の出入口を塞ぐのは、伊賀栗レイト――眼鏡をしていない姿を見て、同化中のウルトラマンゼロが主人格として表に出ている状態だと理解したライハに、彼は言う。

 

「気持ちはわかるが、やめておけ」

「邪魔しないで、ゼロ」

「危険だぞ、わかっているだろ?」

「サラは、リクやルカとの約束をあの子なりに守ろうとしていたわ。無意味に私たちを傷つけるなんてことはしないって、私は二人の妹を信じる」

 

 親を亡くしてから、早くに子供であることの脱却を強いられていたライハは、今になって夢見がちなことを口にした。

 

「仮におまえの言う通りだとしても……あいつがおまえらを、スペースビーストから守り抜ける保証はない。そのせいで、おまえらにもしものことがあったら……リクもルカも、あいつと気持ちよく仲直りできなくなるだろ」

 

 ここに至って新たに築いた家族のためにできることへ、強く執着しかけるライハを、長年家族を支える伊賀栗レイトと一体化したウルトラマンゼロが静かに諭した。

 

「信じてやれ、リクとルカを。それに、万全だったこの俺と互角にやり合えるんだ。ザ・ワン本体でも出て来ない限り、サンダーキラー(ザウルス)を脅かせるスペースビーストなんざいねーよ」

 

 サラは一人でも大丈夫だと――そんなお墨付きが、ゼロの口から放たれる。

 

「……その、ザ・ワンが来たら?」

「総力を挙げて対抗するしかない――その時には、おまえらの決断にケチなんかつけないさ」

 

 だから、それまでは矢面に立たないという辛さに耐え忍べと、ゼロがライハたちに言う。

 

「それこそ決戦の時には、AIBの秘密兵器とやらの力も借りたい――そのためにおまえは星雲荘を離れて、ここにいるんだろ?」

「……完成は、早くてもまだ一週間後らしいけどね。必要がないならそれに越したことはないけど、必要な時に間に合うかしら」

「その時は、この無敵のウルトラマンゼロ様が何とかしてやるさ」

 

 一度敗北した身でありながら。自信を喪失した様子を欠片も見せない歴戦の勇士は、ライハの不安をそう尊大に笑い飛ばしてみせた。

 

「……さて。じゃあおまえらが大人しく待っている間、その甲斐があるようにして来るとするか」

 

 言葉とともに、ゼロはレイトの手を構え、ウルティメイトブレスから本来の姿に戻るためのゼロアイを出現させた。

 

「……安静にしておかなきゃいけないんじゃなかったの?」

「マユの暮らす街に、スペースビーストが来ているなんて状況だぞ? ジーッとなんかしている場合かよ」

 

 どの口で嘯くゼロに、ライハはほとほと呆れて溜息を吐いた。そんな彼の我儘を成立させてあげられる、レイトの苦労も偲びながら。

 もっとも、ゼロが口にした動機は……レイト自身の戦う理由そのものだろうとも、ライハたちも理解していたから。何も言わず、彼らを見送ることとした。

 

「安心しな。多少無茶したところで――俺に限界はねぇ!」

 

 そうして、鋭い気合の声とともに。ゼロアイを装着した伊賀栗レイトが光に変わる。

 光は壁をすり抜け、AIBの極東支部を飛び出し、そしてウルトラマンゼロの巨大な姿に変わって、空から絶望のように降り注ぐスペースビーストの群れの中へと飛び込んで行った。

 

 

 

 

 

 

 サラの手を引いたトリィは、二日前、プリズ魔の襲来によって更地となったままの街の一画へと、その足を運んでいた。

 

「トリィのおしごとって、ここでするの?」

 

 見覚えのある、殺風景な景色にきょろきょろと視線を泳がせるサラを見て、呼吸を乱していたトリィは小さく首を振った。

 

「ごめんなさい、サラ。ちゃんと説明できていなかったけど……」

 

 どちらにせよ、人目がない場所までは迂闊に口を開けなかったが。

 一緒に逃げて欲しいと、そう伝えようとしたトリィは、見た。

 ――空から、無数のボールが降りて来る眺めを。

 

 その正体に、連想するものがあって。思わず恐怖したトリィの携帯電話が、再びの着信を告げていた。

 

〈おい、トリィ! どこに行っている!〉

 

 応じてみれば、相手はやはりペイシャンだった。

 

〈なんでそんなところに――相変わらずサンダーキラー(ザウルス)も近くにいるぞ! だからか……ウルトラマンゼロが迎撃に向かったのとは別に、ブリッツブロッツの開いたワームホールがそこに発生した!〉

 

 全体を俯瞰する位置にありながら、細部の状況までは把握しきれていないと見えるペイシャンが、焦った調子で矢継ぎ早に呼びかけて来ていた。

 

〈しかも今、出現しているスペースビーストはアリゲラだけじゃなく――オコリンボールもいる!〉

 

 ……トリィが予想していた通りの脅威の名を、ペイシャンが口にする。

 コブ怪獣オコリンボール。間の抜けた名前だが、その実体は身長二メートル前後のヒューマノイド種族にとっては、スペースビーストにも匹敵する恐怖の吸血怪獣だ。

 オコリンボールは独立活動できる球体状の生物が集合した群体生物としての怪獣であり、巨大怪獣としての実力もさるものながら、恐ろしいのは分裂したボール軍団としての状態だ。単独飛行が可能で、二本の触手で獲物の肉を突き破り、脳や心臓といった最重要器官にその吸血吻を食い込ませて血液を吸収。人間程度の獲物なら瞬時にミイラ化させてしまうと同時に成長と増殖を繰り返す、獰猛な食欲を持った怪物の群れとして活動する。蝗害に遭った林野の如く、オコリンボールの活動範囲に生息する巨大怪獣以外の動物は、わずかな期間で食い尽くされてしまうとして恐れられており、AIBでも特定外来種に指定されている。

 それが、原種としてのオコリンボール。それが、ただの犬や蜥蜴と同化しても最悪の生物的汚染源になる、スペースビーストと同化したというのなら……

 

〈スペースビースト化したことで、動体だけでなく恐怖心も感知して襲いかかって来る! 挙句吸血と同時に細胞を送り込まれて、ビーストヒューマンにされてしまう! ただ死ぬよりもまずい!〉

 

 ビーストヒューマンとは、文字通りヒューマノイドの死体にビースト細胞が寄生して操られている、ゾンビのようなものだ。

 厄介なのは、個体によってはビーストヒューマン化しても生前の記憶と知性を残し、主となるスペースビーストへの奉仕に活用できる場合があることだ。

 一般人なら効率的な餌の誘導に利用され、もしもトリィが支配されようものなら、AIBの一員たる研究者としての知識をスペースビーストを守るために利用されかねない。

 接触されれば、その時点で急所まで攻撃を受けることになる。絶対に避けねばならないが、文字通り雨のような濃度のオコリンボールの分体がトリィたちを目指して、空から一斉に降りて来ている。

 もはや数ではなく密度で数えるべき脅威は、しかもスペースビースト化したことで個々の球体ごとに肉片からの再生も可能となっている。小型でも人間大の生物を脅かすには充分過ぎるために、事実上再生力に優れたスペースビーストということになる。

 この恐るべき軍勢の一部をウルトラマンゼロが相手取っているというが、故に途中で持ち場を離れることのできない彼が、別働隊に襲われたトリィの元に間に合うはずもない。

 

「わ、くすぐったい……」

 

 AIBが政府を通じて発した外出禁止令は、この脅威を恐れてのものだったと。今更ながらに理解したトリィへと、吸血吻を伸ばした無数の球体が襲いかかり――傘に弾かれた雨粒の如く、髪へ触る前に跳ね返された。

 

「ねぇ、トリィ。この怪獣さんたち、すごいいきおいでばりあにぶつかってるけど、痛くないのかな……?」

 

 迫るスペースビーストの脅威を、まるで正しく認識できていない様子のまま。

 ただ、そんな勢いでぶつかられたら、トリィが怪我をするのではないかと、気を遣ってくれた程度の。あるいは、折角の抱擁を邪魔されたくない程度の感覚で――トリィに抱えられた隙間から、触手を伸ばしてバリアを展開し、死の殺到を防いだサラが、呑気な調子で問いかけてきた。

 

「……だいじょうぶ、トリィ?」

 

 咄嗟に彼女を庇おうとして、抱きついていたのに――腰を抜かして縋るような格好となったトリィへと、サラが心配そうに声をかけてくる。

 

「あれ? この怪獣さんたち、ただふってきただけじゃなくて、わたしたちにむかってきてるの……?」

 

 弾かれた後、側面から向かってくるオコリンボールの群体を前にようやく事態を把握したサラは、驚いたように大きな瞳を瞬かせた。

 本来――超獣を恐れる野生怪獣が、その頂点に君臨する彼女へと自発的に挑みかかって来るという事態が、想像も及んでいなかったと言わんばかりに。

 

〈――おい! トリィどうした! 無事か! 駄目でもせめて返事をしろ!〉

 

 トリィが投げ出していた携帯電話から、気がつけばスピーカー状態となったペイシャンの呼びかけが続けられる。

 

「――だめ……?」

 

 その一声に、ぼんやりと愚かな怪獣たちを眺めていたサラが、殊更大きく反応した。

 心なし。目の色がやや変わったように見えるサラが、ゆっくりと小首を傾げた。

 

「ねぇ、トリィ。この怪獣さんたちにおそわれたら、トリィはあぶないの……?」

 

 そのあどけない問いかけで。次の展開が予想できてしまったために、トリィは一瞬、逡巡した。

 彼女の気が変われば。その瞬間、トリィは無数の吸血ボール軍団に襲われる。血を抜かれる以前に、圧死を免れない未来が確かに幻視できる。

 だが、ここで頷くことは。ただ事実を伝えるだけだとしても、まるでサラを利用するかのようで、気が引けてしまっていた。

 そう、躊躇っている間に。衝撃波がオコリンボールたちを吹き散らし、バリアを揺らす。

 アリゲラ型のスペースビーストたちが、サラの胸で輝くリトルスターを目指し、その口を開いて飛び掛かってきていたのだ。

 

 ――流石に。いくら究極融合超獣でも、人間に擬態したままでは一溜まりもないのではと。そう思えてしまったトリィは、慌てて頷いた。

 

「そうなんだ」

 

 トリィの反応を見たサラは、バリアごと自分たちを丸呑みにしようとするアリゲラの口腔を背景に――微塵の焦りも見せず、得意げに笑っていた。

 

「じゃあ――わるいことをしようとする怪獣さんだから、やっつけてもいいのね?」

 

 次の瞬間。迸る白雷が、トリィの視界を埋め尽くした。

 

 

 

 

 

 

 世界から切り離された、戦闘用不連続時空間(メタフィールド)の中。

 閉ざされた亜空間の空まで貫く、炎の柱が生じていた。

 

「――タイタス! バーニングハンマー!!」

 

 その炎を生んだのは、三体のウルトラマンが奇跡の絆で合体した光の巨人、ウルトラマンタイガトライストリウム。

 天と地を繋ぐほどに猛る焔を背にした絆の勇者が、その炎を手にした長剣へと灯し、その先端を膨らませる。

 まるで、その炎の塊に膨大な質量があると言わんばかりに。巨人は遠心力を利用して振り回し、竜巻のように周辺の敵を巻き込んで焼き尽くしながら、充分に加速したその切っ先を標的目掛けて投擲する。

 放たれた塊は、悪魔の如き合体異生獣(フィンディッシュタイプビースト)、イズマエルグローラーの掲げた左腕を粉砕し、その身体の芯まで直進。自らを押し潰す巨大な火の玉と一体化して、最強と謳われたスペースビーストが四散する。

 

「(スカル超振動波――!)」

 

 タイガが強敵を屠るその背後で、レイオニクスの力を解き放った培養合成獣スカルゴモラ・レイオニックバーストが、身に纏う超高熱で強化された超音波を放つ。

 高温環境下であるほどに、音速は増大し、波動の宿すエネルギーのロスは軽減される。恒星の大気に等しい熱波に晒され、既に熔解しかけていた宇宙有翼怪獣(アリゲラ)型のスペースビーストの群れは、その身と共振する周波数の膨大な音エネルギーを叩き込まれ、肉体を構成する分子単位で破砕され、一斉に消滅した。

 残る敵はただ一体。総合力で勝るイズマエルよりも討伐対象として優先されず。またアリゲラとの振動数の違いから、スカル超振動波による殲滅でも唯一致命傷を受けず生き残っていたスペースビースト、超巨大植物型異生獣(ブルームタイプビースト)クイーンモネラだけだ。

 返す刀と言わんばかりに、先んじてその敵へ向かっていたタイガトライストリウムの背後から、彼の首に襲いかかるものがあった。

 

「――ぐぁっ!?」

 

 タイガの首を真後ろから締め上げるもの。それはメタフィールドの大地を割って、密かに絆の勇者の背後を取っていた、クイーンモネラの根だった。

 首を絞められながらも、炎の剣を手放さなかったタイガがその拘束を切り裂こうとする。だがそんな抵抗を許さないとばかりに、再生したクイーンモネラ本体の触手が宿す稲妻が、タイガトライストリウムまで降り注ごうとしていた。

 だが、両者の間を絶縁するようにして、スカルゴモラの怪獣念力がバリアを形成。破壊的な高圧電流を通さず、その雷撃を跳ね返す。

 クイーンモネラの妨害が防がれたその隙に、タイガトライブレードが持ち主を苦しめていた根を切り落として、その拘束から勇者を解き放った。

 

「――助かった!」

「(御礼は後――今だよ、タイガ!)」

「ああ……これで終わりだ!」

 

 スカルゴモラの援護で窮地を脱したウルトラマンタイガトライストリウムが、その剣をまたも煌めかせた。

 青、黄、赤。融合した三人のウルトラマンたちを構成する、三原色の輝きが炎の剣に満ち、その光が混ざり合う。

 タイガから生じた火柱が空を裂く横で、スカルゴモラもまた、度重なる戦いの末、レイオニックバーストによって発現した形質を働かせる。

 

 ――スカルゴモラの身に宿るリトルスター、ウルトラマンネクサスの本体であるノアが守護神として奉じられた宇宙の一つ、アナザースペース。

 かつて、その宇宙を侵略した際のウルトラマンベリアルの最終形態、アークベリアルに由来するエメラル鉱石と融合した遺伝子。その働きにより、光の国をして計り知れないエネルギーを秘めた鉱石と近似した成分を得た、培養合成獣の細胞。そこから引き出された莫大なエネルギーが、翡翠の水晶状に変化した背中の角から漏れ出て、金色の光を伸ばしていく。

 ネクサスのリトルスターも作用して、大渦のように迸るのは最早、マグマどころではない消滅のエネルギー。

 

「(インフェルノ……バーストぉっ!)」

「トライストリウムバーストッ!!!!」

 

 スカルゴモラが口腔から青白い破壊熱戦を放射するのと同時に、振り下ろされたタイガトライブレードからも、炎のように波打つ光の奔流が、その眩さを解き放つ。

 直進した二条の光は、合流する形でクイーンモネラのちょうど両目の間に直撃。巨体ゆえに一瞬持ち堪えたものの、それ以上は為す術もなく光に呑まれたクイーンモネラは、巨大な斬撃に断たれるようにして二つに別れ、量子分解した青白い粒子と化して大気に解けた。

 そして、ネクサスの光に由来する力により、そこに素粒子が存在するという量子情報すら掻き消されたスペースビーストは、再生の余地なく滅び去った。

 

「(よし、これで――っ!?)」

 

 勝利を確信した瞬間、スカルゴモラの背を裂く何かが過ぎった。

 

「馬鹿な――さっき、確かにやっつけたはず!?」

 

 スカルゴモラを傷つけた犯人を見て、タイガトライストリウムが驚愕の声を漏らした。

 

「(生き返った――っ!?)」

 

 振り向いたスカルゴモラもまた、驚きの余りに一瞬、動きが滞った最中に。先程確かに爆散したはずのイズマエルグローラーは、完全な姿のまま、全身のスペースビーストの顔や尾に備えた砲門から、一斉攻撃をタイガへと放っていた。

 

「く――っ!?」

 

 強烈な弾幕へ晒され、後退を余儀なくされるタイガが痛みに呻く。

 共に戦う仲間の窮地を救うべく、レイオニックバーストで爆発的に高まった自己治癒力により背中の傷を塞いだスカルゴモラは、身を翻してイズマエルグローラーに襲いかかった。

 レイオニックバーストの力で身軽になったスカルゴモラの爪が届く前に、イズマエルグローラーは空へ飛んで攻撃を逃れる。

 砲撃を中断させることこそ成功したものの、即座に手の届かない高さまで逃げるスペースビーストに対し、スカルゴモラは苛立ちを零す。

 

「(この、消し飛んだくせに、どうして――!)」

〈おそらく、ノスフェルというスペースビーストの再生力によるものでしょう〉

 

 その疑問に、位相空間を隔てて存在する星雲荘から、報告管理システムであるレムが答えた。

 

〈それに加え、イズマエル以外のビーストが放つビースト振動波をエネルギー供給源として、即座に復活してきたようです〉

 

 外部から隔絶された閉鎖空間であるメタフィールドなら、スペースビーストがその細胞から放つ悪性の光量子情報、ビースト振動波は実体化に必要な知的生命体の恐怖心との結合ができなくなる。

 故に、先程殲滅したビーストたちはもう再発生することもなく、安全に無力化できたと思っていた。だが実際には、この一軍で最強の個体を復活するための献身までは阻むことができていなかったらしい。

 

「(倒す順番を間違えたってこと……?)」

「だが、もう再生できないんだったら――!」

 

 超振動波の効きも悪い、最大の難敵であったイズマエル。この怪物を真っ先に叩いたことが失敗であったのかと悔やむスカルゴモラを励ますように、タイガトライストリウムがその剣に左手を這わせた。

 

「タイガ! ブラストアタック!」

 

 刀身に炎を纏ったタイガトライブレードを構えて、絆の勇者が一気に直進してくる。

 

「(――って、うぉわぁああっ!?)」

 

 その切っ先が狙っていたのが自身であることに気づいたスカルゴモラは、変な悲鳴を上げながらも咄嗟に腰を引き、円弧を描いて閃かせた手の甲で燃え盛る刀身を弾いた。ライハが授けてくれた身を守る術に心底感謝しながら、間髪を入れず、続けてタイガの腕を捕まえることでその刺突を抑え込む。

 

「(いきなり何するの!? 殺す気!?)」

「はぁ? 当たり前だろ!」

 

 半ば涙目で問い詰めるスカルゴモラに、タイガは至極当然とばかりに答えた。

 やっと拭ったと思ったトラウマの相手から、自然に殺意を告げられたスカルゴモラは思わず身を竦ませる。まさか兄であるウルトラマンジードと分断したところで、密かに自分を抹殺するつもりだったのかと、そんな考えが頭を過ぎってしまうが。

 

〈落ち着いてください、ルカ。ウルトラマンタイガは現在、幻覚によってあなたとイズマエルの姿を誤認させられているものと思われます〉

 

 レムの報告が、味方への疑念を晴らし、状況を正しく理解させる。

 ガルベロスと呼ばれるスペースビーストが持つ幻覚催眠能力。それと同等の能力を、ガルベロスもまた構成要素とするイズマエルも行使できるということらしい。

 

「幻覚……だと? じゃあ――!」

 

 こちらのやり取りが聞こえたのか、タイガが剣を執る力を緩めた。

 直後、状況の変化を察知したイズマエルから再び無数の光線や火炎弾が浴びせられ、無防備な被弾を許したスカルゴモラとタイガは体勢を崩した。

 

〈加えて言えば、再生速度が落ちるだけで、周囲に他のビーストがいないとしても、ノスフェルの能力は問題なく復活を可能とします〉

「(反則じゃんっ!?)」

 

 レムの解説に、己も即座にダメージから回復しながら、スカルゴモラは素っ頓狂な感想を漏らしてしまった。

 これでも、レイオニックバーストしたスカルゴモラの纏う超高温の関係で、誘爆する花粉や隠密性の高い霧の散布が自然に封じられ、粘着性の糸も融解するために使えず、先程苦しめられた虹の隔離空間や位相間潜行能力もメタフィールドによって戒められているために、イズマエルグローラーも全力を発揮できていないらしい。だがこの火力と飛行能力、そして幻覚と不死性だけでも、十分に厄介極まる難敵だと言えた。

 

「クソ……メタフィールドの中だと、環境が理由で活動限界を迎えるってことはないみたいだが、これじゃあ――!」

 

 イズマエルの能力に翻弄されたタイガもまた、現状がジリ貧であることを嘆いていた。

 

〈イズマエルグローラーを倒す手段は二つあります。一つは右腕にあるノスフェルの組織を破壊し、その機能が不全となっている間に倒し切ること。もう一つはその再生能力さえも上回る、大規模な消滅攻撃を仕掛けることです〉

 

 かつて出現したイズマエルは、ウルトラマンネクサスの放つ分解消滅光線で撃破されたらしい。

 威力だけの問題ではなく、その性質こそが重要であるというのなら。イズマエル攻略の鍵はトライストリウムではなく――ネクサスのリトルスターを宿した自身であることを、スカルゴモラは理解する。

 

「だが、幻惑される中でそれができるのか……!?」

「(――できるよ。あなたが耐えてくれたら、ね)」

 

 何、とタイガが問い返すのも、被弾の痛みさえも無視して。目を閉じたスカルゴモラは、その意識を統一した。

 

「(引きずり落として――その音を目印に、一気に決める!)」

 

 再び、ネクサスの光を帯びた熱線、インフェルノ・バーストの発射準備に入りながら――スカルゴモラは怪獣念力を全開にして、下向きの力を無差別に働かせた。

 

「うわぁっ!?」

 

 悲鳴は隣のタイガと、そして数百メートル彼方から。急に加えられた力にタイガが膝を付くのと同時、そんな力場に巻き込まれたイズマエルグローラーもまた、飛行を維持することができなくなって、メタフィールドの大地に墜落していたのだ。

 

「(――インフェルノ・バースト!)」

 

 伝わる振動を元にして、新たな催眠を仕掛けられる前に分解消滅光線の発射を終えたスカルゴモラは、その成果を見届けるべく目を開いた。

 イズマエルさえ確実に倒してしまえば。メタフィールドを解除し、再び外のスペースビーストたちをリトルスターに惹き寄せることで、兄を援護できる。

 ……彼が助けに行ってくれている(サラ)を、少しでも危険から遠ざけることができる。

 

 そんな期待を込めた熱線は、確かにイズマエルグローラーをその射線上に捉えていたが――予期せぬ闖入者によって、その疾走を止められた。

 突然、メタフィールドの空が、ガラスのように割れたのだ。

 

「――何!?」

 

 超獣と同じように異次元から不連続時空間へと出現したその影の挙動へと、ウルトラマンタイガトライストリウムが驚愕の声を上げた。

 暗灰色の影は、イズマエルグローラーの前にその身を踊らせると、自らの胴に分子分解消滅熱線(インフェルノ・バースト)を吸い寄せ、呑み干し始めたのだ。

 ――その姿に、妙に肌の騒ぐ感覚を覚えながらも。レイオニックバーストを果たし、エメラル鉱石と同等のエネルギー産出能力を身に着けたスカルゴモラは、構わずに熱線を吐き続けた。新手の許容限界を突き破ろうとする力押しは一瞬、思惑通り敵の姿を青白く透けさせ始めるが――次の瞬間、その発光が紅蓮に変わった。

 

「(なっ――例の!?)」

 

 怪獣の中心から炎が弾け、その全身を一瞬だけ、燃えるようなオーラが包み込む。

 ウルトラマンジードの不在期間中に幾度か――そして、一昨日の光怪獣プリズ魔との戦いでも確認された、怪獣を強化する謎の現象。

 それが、新手のスペースビーストにも起こっていた。

 インフェルノ・バーストの作用を抑え込むだけの力を得たスペースビーストは巨大な翼を広げると、そのままスカルゴモラの方へと突っ込んで来た。

 迎撃しようと、タイガが剣を構えて立ち上がる。だが彼が自由を得たということは、敵もまた同じだった。

 起き上がったイズマエルグローラーの一斉砲火、そして新手の口から放つ地獄の業火が、タイガとスカルゴモラに襲いかかる。イズマエルの手数と、そしてインフェルノ・バーストから奪ったエネルギーまで転用した強烈な攻撃に晒された二人は大きなダメージを受け、さらに新手が長く伸ばした尾の先の鉄球と刃による追撃を避けられず、地を舐めるほど大きく吹っ飛ばされることとなった。

 

「(こ、こいつ――っ!?)」

 

 インフェルノ・バーストの照射を中断させられたスカルゴモラは起き上がりざま、超振動波での範囲攻撃を仕掛けようとしたが――その前準備となる索敵音が同周波数の超音波で中和され、無力化されたのを知覚して、再びの驚愕を覚えた。

 

〈そのスペースビーストは――単体の怪獣としても、過去の記録に照合しない、新種であるようです〉

 

 ダークグレーと赤で体色を統一した、邪竜か魔王の如きスペースビーストと対峙するスカルゴモラの耳に、情報を解析したレムの報告が届いた。

 頭部に王冠の如く戴く大小五本の紅い角と、その背筋から長い尾の先までびっしり等間隔で生やした赤い棘。

 腹の吸収口こそ全く違うが、その蛇腹状の皮膚をした両足や、頭部のシルエット――そして、禍々しい模様に囲まれた、カラータイマー状の器官を見て、スカルゴモラは妙な既視感を覚えていた。

 ――似ているのだ、こいつは。この自分と。

 

〈ビースト振動波とともに、ゴモラとタイラント――それに、M78星雲のウルトラマンに近似したエネルギー組成と、デビルスプリンターの反応が検知できます。

 おそらく、ザ・ワンが吸収してきたそれらの情報を組み合わせて作り出した、全く新しいχ(カイ)獣と考えられます〉

 

 デビルスプリンター。

 過去の戦乱で飛び散ったウルトラマンベリアルの細胞の内、生命の設計図となる遺伝子情報に損傷を抱えた状態の欠片。

 そのため、複製する等して、ウルトラマンジードや培養合成獣スカルゴモラのようなベリアルの子らを産み出すには至らずとも。怪獣に同化し、著しく凶暴化させる生物的汚染源として、多元宇宙規模で被害を齎しているとされる物質の反応が、眼前のスペースビーストからは検知できているらしい。

 加えて、光の国で、ザ・ワンの犠牲になった名も知らぬウルトラ族。戦士であるのかすら定かではない彼もしくは彼女に由来する情報も、怪獣たち同様スペースビーストに取り込まれ、その身を作り変える構成材料に利用されていたのだ。

 そして、ゴモラと――レッドキングを構成材料に含む合体怪獣、タイラントとも近似するという解析結果は、つまり。ベリアルとゴモラ、レッドキングの遺伝子から造られた培養合成獣を、内包する遺伝子の数で言えば遥かに凌駕する怪物が、眼前に存在するということを意味していた。

 

 胸騒ぎの意味を理解すると同時に。先程の出現方法からもわかる通り、タイラントの構成要素である、バラバ、ハンザギラン、キングクラブといった複数の超獣の特徴まで有しているということは――恐怖の有無に寄らず、これらスペースビーストは超獣さえも自己進化のための情報源として取り込んでしまうのだということを理解して、スカルゴモラは静かに闘志を燃やす。

 

〈出現した個体を、予想されていた新カテゴリー、アマルガムタイプビーストと推定〉

 

 その間にも、レムが続ける。

 アマルガム――スペースビースト同士を融合させたイズマエルとも違う、全く別々の怪獣や異星人の特徴を併せ持つ合体怪獣型ビーストを指すにはお誂え向きの、混合物を意味する単語で、レムが新種を分類する。

 

〈タイラントの近似種であることから、コードネームをバシレウスと仮称します〉

 

 バシレウス。

 タイラントと同じくギリシャ語で『君主』を意味し、力で王権を簒奪した僭主(タイラント)の血筋に連なる正当な支配者を表す単語を以って、レムが新たなる異生獣に名を授けた。

 

 邪神(ザ・ワン)の権威を知らしめるべく降臨した新たな王は、その力を誇るように悍ましい咆哮を上げると、立ち上がった培養合成獣と絆の勇者目掛けて襲いかかって来たのだった。

 

 

 

 

 

 




Aパートあとがき



 今回Aパートの最後にスペースビースト名義で登場した怪獣、実写化経験がないので、TV放送だと尺と予算の都合で存在しない、『ウルトラマンメビウス アンデレスホリゾント』版「無敵のママ」のナーガみたいな奴だろうなぁと勝手に考えております(第十話の想定以上の長文化の言い訳)。
 というか、TVの尺だと間違いなくクイーンモネラ組を撃破したところでメタフィールド内の戦闘は終了になってイズマエルも復活しない感じだと思われますが、能力フル活用イズマエルもやっぱり書いてみたかったので……ということで、どうかお許しください。



 以下は、いつもの意図的な公式設定との違いについてのエクスキューズです。


・メタフィールド内では(地球のような)環境由来の活動限界が術者以外のウルトラマンには存在しない、という設定はやっぱり公式では特に言及がありませんので、念の為ご承知置きください。


・ノスフェルの不死性
 倒されたその戦闘中で普通に復活してくる再生力は、『ウルトラマンネクサス』本編中では披露されてはいませんでしたが、『小説 ティガ・ダイナ&ウルトラマンガイア~超時空のアドベンチャー~』にて、爆散した次のシーンでは復活して「生き返った」とシンジョウ隊員やホリイ隊員に驚かれる描写があるので、今回のイズマエルグローラーの復活もそれに倣った形となります。


合体怪獣型(アマルガムタイプ)ビースト
 スペースビーストが同化した別種の怪獣たちの情報を組み合わせて進化した上級、あるいは最上級ビースト。収斂進化の結果、既存種と酷似した形態にも成り得る模様。
 なおこの名称も概念も本作独自のもので、公式ではその存在が予想されていたりはしませんので、あしからず。
 普通には登場させ難い合体怪獣を『収斂進化したスペースビースト』と言い張って出すためだけに用意した捏造設定になりますが、実際スペースビーストが他の怪獣と同化したらどういう扱いになるのかは気になるところです。
 本作としては第十話Bパートでも、というかBパートに登場する、本作より未来の時系列で初登場する怪獣(の、そっくりさん扱い)の方が話としては本命みたいな感じですが、合体怪獣の代表といえばタイラントなので、折角だからとあのベリアル融合獣もそっくりさんなスペースビースト扱いで登場して貰いました。


・アマルガムタイプビースト「バシレウス」

 滅亡の邪神ハイパービースト・ザ・ワンが同化した、タイラントの構成要素となる怪獣や超獣、異星人、さらにゴモラとM78星雲のモブトラマンの情報を組み合わせ、さらにどこかで手に入れたデビルスプリンターを核として産み出した特製の分身である、本作オリジナルのスペースビースト。

 ……などと言いつつ、その実態はデータカードダス『ウルトラマンフュージョンファイト!』オリジナルのベリアル融合獣ストロング・ゴモラントをスペースビースト扱いで登場させた格好となります。少し違いますが、元々はスペースビーストとしてデザインされたながら別の怪獣になったアリゲラの逆のような格好です。
『ウルトラマンジード』本編には存在しないベリアル融合獣であるため、本作中ではその名で呼ばず、代わりにスペースビーストの命名法則であるカタカナ五文字表記に合わせた呼称で登場して貰いました。Bパートで出る方(こいつは映像作品出典)も時系列の都合で名前が知られていないため偽名を使います。

 ストロング・ゴモラントの登場自体は色々な形で検討していましたが、タイラントの強化体にしてある意味スカルゴモラの強化体である怪獣、タイガ&スカルゴモラにぶつけずどうするのか、ということでここに参戦です。

 ……まぁ、同じレイオニクス(※グランデ)が使うとタイラントよりレッドキングの方が素でも強いので、レイオニックバーストしたスカルゴモラを相手に戦うために登場即強化現象が入るというよくわからない出方になりました。ベリアルの子ら扱いして貰えない融合獣リ・イマジネーションキャラの第一号だけあって何だか不憫枠。




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第十話「強敵-アマルガム-」Bパート

 

 

 

「うふふふ、あははははは……!」

 

 ……無邪気な哄笑が聞こえた。

 一瞬、爆発的な雷鳴に耳を劈かれていたトリィだったが――咄嗟に本来の姿に戻ったピット星人の身体能力は地球人よりはずっと早く、その聴覚を回復させていた。

 眩い雷光に灼かれていた網膜もまた明順応を果たし、一瞬の稲妻が変えてしまった世界を再認識する。

 そして、息を呑んだ。

 

「おバカな怪獣さんたち。超獣は怪獣よりつよいんだよ?」

 

 トリィを長い尾で囲むようにして守護する、巨大な威容。左右の背筋に備わった八本の黒い触手や、金色の鎧といった後付のような違いはあるが、それは確かにエレキングの面影を濃く残した――まだ閉じた小さな翼を生やした、白い竜のような超獣だった。

 擬態した後の姿でも、報告写真でもない。至近距離で初めて見る異次元の生物兵器の姿と――彼女がその正体を解き放った際の放電だけで、億単位は存在していたはずの吸血ボールも、群れを成して目の前まで襲来してきていたはずの巨大な飛行生物も、跡形もなく消え去っていたという戦果のほどに。数多の修羅場を踏み越えてきたと自負するトリィをして、言葉を失っていた。

 

「……お姉さまは、もっとつよいけど」

 

 誰に聞かれたわけでもないが、そう一言付け足した究極融合超獣サンダーキラー(ザウルス)は、その心地を示すように装甲された頭部を微かに下げた。

 その兄や姉に言われたからか。既に更地であったこの一画以外、先程の稲妻で星山市が受けた被害は見当たらないように思われた。

 

〈――おい! トリィ! 聞こえるなら報告しろ! 何があった!?〉

 

 気がつくと。地べたに転がったままの携帯電話から喧しく、ペイシャンの呼びかけが続いていた。

 

〈今、とんでもない音と一緒に電波も途絶していたぞ! ビースト振動波も掻き消えた! 本当に何があった!?〉

「……ごめんなさい、ペイシャン。私は無事よ」

 

 携帯電話を拾い上げてトリィが答えると、回線の向こうでペイシャンが微かに安堵する気配が伝わって来た。

 

〈……いや、無事だという理由を答えろ〉

 

 それから、すぐに気持ちを切り換えたような声音で、ペイシャンが問い詰めてきた。

 

〈そこには確かに大量のオコリンボールが降り注いでいた。おまえがビーストヒューマン化していないと信用できる事情を説明するんだ〉

「……守って貰ったの。この子に」

 

 ビデオ通話に機能を切り換えたトリィは、そっとそのカメラを眼前の巨体に向け直した。

 

〈サンダーキラー(ザウルス)……!〉

 

 驚愕したように、ペイシャンがその名を口にした。

 

〈……守って貰った、という経緯はわからんが――納得はできた。スペースビーストどもが全滅したわけもな〉

「――それがトリィのほんとうのすがた?」

 

 やり取りに関心を惹かれたらしいサンダーキラーSが、目のない顔をトリィたちへと向けてきた。

 自身がピット星人であるとも、その真の姿を教えたこともなかったが――究極融合超獣は、一般的な地球人女性から、蜻蛉のような印象の頭部をした怪人に変化したトリィのことを、過たずに識別していた。

 おそらく、ただの可視光以外の情報も読み取っているのだろうサンダーキラーSの問いかけに、トリィは頷く。

 

「そうなんだ! わたしも、これがほんとうのすがただよ!」

 

 それを解き放ち、窮屈な想いをしないでいいことが楽しいのか、身を翻したサンダーキラーSは、長い尾と触手をくねらせ無邪気に笑っているようだった。

 だが不意に、その首がまた反対の方角を向く。

 

「――あれ? まだくるんだ」

 

 懲りないの、と小馬鹿にする様子で空の彼方を見据えるサンダーキラーSに倣い、トリィもまた視線を巡らせる。

 

〈第二陣か……!〉

 

 ビデオ通話越しに状況を察したペイシャンが、そう呻いた。

 

 空中に開いたワームホールから、再び大量の球体が吐き出される。その流れに乗るようにして、白と黒の格子柄の体色をした烏天狗――ブリッツブロッツ型のスペースビーストが飛び出すと、上空から直接降下して来るアリゲラの群れを従え、リトルスターの輝きに惹かれるまま直進してきた。

 

「とじちゃお」

 

 対して、サンダーキラーSは無造作に、触手から青白い閃光を放った。

 ブリッツブロッツが躍り出たワームホールに、サンダーキラーSの発射したゼガントビームが直撃。炸裂によって時空の穴としての構造が書き換えられ、周辺の物質を吸引し異次元へと放逐する落とし穴に変貌。ワームホールから出てきたばかりだった無数のオコリンボールが、その軽さ故に吸い込まれ、呆気なく一掃された。

 

〈……ゼガントビームの方が、まだ助かるな。こっちにも状況がわかる〉

「そうなの?」

 

 続けて莫大な量の稲妻を練り上げようとしていたサンダーキラーSは、ペイシャンの感想を耳聡く拾い上げると、その攻撃を中止した。

 

「じゃあ、そうするね」

 

 そうして、超音速で迫る敵軍を前に余裕綽々と言った様子で、触手の先端から放つエネルギーをゼガントビームの物に変換し、乱れ打ちにした。

 七条の光線はアリゲラの群れを薙ぎ払い、次々と時空の穴を開設する。周辺の物質を巻き上げる暴風が発生するが、触手の一本をトリィの周囲に侍らせたサンダーキラーSがドーム状のバリアを展開してくれたおかげで、巻き込まれずに済む。

 強烈なビームにアリゲラたちがあっさりと灼き払われ、残された残骸や、直撃を回避した個体も時空の彼方へと放逐される中。ゼガントビームの内の一本を、ブリッツブロッツがその胸で受け止めた。

 ブリッツブロッツの胸に露出した水晶体が、時空の因子を含んだビームを吸引。驚いたのか感心したのか、それを見たサンダーキラーSが照射を止めた次の瞬間、ブリッツブロッツが胸から強化されたゼガントビームを撃ち返す。

 

「へぇ……」

 

 猛然と迫る時空転送光線を、サンダーキラーSは棒立ちのまま出迎えた。

 

「やるね――でも、わたしもできるよ?」

 

 トリィの目の前で、サンダーキラーSの胴体を直撃したゼガントビームは、そのままリトルスターを宿した彼女のカラータイマー状器官に吸い込まれた。

 

「きらーりばーす!」

 

 周囲の空間を捻じ曲げて収束させ、小さな胸部の水晶体だけで光線を受け止めた究極融合超獣はかつてのベリアル融合獣のように、そして眼前のブリッツブロッツのように光を呑み干すと、それを自身の体内で増幅させて、口から再発射していた。

 

「――!?」

 

 驚愕し、回避行動に移れなかったブリッツブロッツが、再び胸の結晶体で増幅されたゼガントビームを吸引。連続の吸収で限界が近いのか、手から光弾を繰り出しサンダーキラーSを牽制するも、触手の一本がアリゲラにビームを放つついでに閃いただけで呆気なく打ち弾かれてしまう。

 だが、何とか放出が終わるまで耐え抜き、ゼガントビームの再吸収に成功したブリッツブロッツは、先程とは射角を変えて青白い光線を吐き出した。触手を狙われた格好となったサンダーキラーSは、しかしその触手を一瞬で光怪獣プリズ魔と同様の結晶体に変異させると、そこからでも時空転送光線を無力化し、全て吸収してみせた。

 

「うふふふ――まだまだ……!」

 

 そうして、さらに増幅したゼガントビームを、サンダーキラーSはブリッツブロッツの胸に撃ち返した。

 

 いくら、完全体の滅亡の邪神が放った分身でも。わずかな細胞に過ぎないブリッツブロッツと、幼体とはいえ滅亡の邪神そのものであるサンダーキラーSとの間には、覆し難いエネルギー容量の差が存在していた。

 まして、サンダーキラーSは知る由もないが――中ノ鳥島で、彼女の姉であるスカルゴモラの太極拳による一撃を胸郭に受けていたブリッツブロッツの水晶体は、既に微かな亀裂を走らせ、その損耗を回復できていないままであった。無論、日光の下では、液汁超獣ハンザギランに由来する不死身の再生力を持つ究極融合超獣は、そんな助けがなくとも吸収能力のダメージレースに負けることはなかっただろうが、決着は早まった。

 

 結果として三度目、それも既に四回の上乗せを受けたゼガントビームの照射に耐えきれなかったブリッツブロッツの水晶体が先に限界を迎え、炸裂。その胸を中心に発生した時空の穴へと、破滅魔人型のスペースビーストが瞬く間に呑み込まれる。

 その頃には既に、空を埋め尽くしていたアリゲラたちも、一羽も残っていなかった。

 

「……もうおしまい?」

 

 相手の十八番で力の差を見せつけるような、幼い嗜虐心を剥き出しにしてブリッツブロッツを弄んだサンダーキラーSは、敵の消え去った空に小首を傾げて見せていた。

 

〈――いや。南の方に、まだスペースビーストの軍勢は残っている〉

「ペイシャン!?」

 

 あまりにも圧倒的な究極融合超獣の性能を目の当たりにして、その戦力を利用しようとする発言を、ペイシャンが堂々と口にする。

 思わずトリィが抗議するも、サンダーキラーS自身に気を悪くした様子はなく、小さな画面の向こうのペイシャンに興味を示したようだった。

 

「……あ。おじさん、お兄さまたちとおはなししていたひと……?」

〈そうだな。ついでにトリィの上司だが――〉

 

 既にサンダーキラーS――サラが、トリィに友好的だと察したらしきペイシャンの言葉が続くも、判断に弱った様子の究極融合超獣は、トリィの方へ向き直った。

 

「えっと……やっぱりあの怪獣さんたち、ぜんぶたおしたほうが、トリィはうれしい?」

「それは――そう、だけど……」

 

 ――問われたトリィは、結局頷いてしまっていた。

 滅亡の邪神を筆頭としたスペースビーストという、宇宙規模の大災害。別宇宙から応援に来たウルトラマンたちを含めてもなお手が足りないこの状況で、スペースビーストを軍団単位で物ともしない戦力と、敵が勝手に突っ込んで来るリトルスターを抱えたとびきりの鬼札を惜しむ間に、トリィの愛した地球が滅んでもおかしくはない。

 その脅威に本気で立ち向かう彼女の兄姉――サラが仲直りしたい相手の手伝いをする形となれば、きっとその願いも叶え易くなるはずだ。

 何より、間違ってもスペースビーストに情けをかけるようなことをすれば、狙われているサンダーキラーS自身が足をすくわれかねない。

 それが結局は、事の重大さをわかっていない子供を戦いに駆り立てる、卑怯な大人の欺瞞でしかないと……悔やむトリィに対し、サンダーキラーSは元気よく頷き返した。

 

「わかった! じゃあわたし、やっつけてくるね!」

 

 まるでトリィの役に立てるのが嬉しいように、装甲で顔を覆ってなお、笑っているのがわかるサンダーキラーSの様子に、トリィは思わず警告した。

 

「サラ……でも、気をつけて。スペースビーストは、あなたのリトルスターを狙っているわ」

「おほしさまを?」

 

 驚いたように自らの胸元へ爪を伸ばすサンダーキラーSは、しかしすぐ関心を失ったようにして、再びトリィの方へとその大きな顔を向けた。

 

「しんぱいしてくれてありがとう、トリィ。でもだいじょうぶ。だって超獣は、怪獣よりつよいんだよ?」

 

 せめてもの心配。トリィの自己満足の偽善にも、表情のない顔に、きっと不敵な笑みを浮かべてサンダーキラーSが答えた。

 

「――あ、またきた」

 

 そうして彼女が身を翻したその時、異変が起きた。

 いつの間にか、周囲が虹色の極光に覆われていた。

 

〈これはメガフラシの……またイズマエルか?〉

 

 画面越しのペイシャンが警戒した声を漏らした次の瞬間、轟音が生じた。

 

 ――現れたのは、三体の巨大怪獣だった。

 大地を揺らして降り立った内の一体は、サンダーキラーSの遺伝子上の父であるウルトラマンベリアルが使用した怪獣カプセルの中身、超合体怪獣と瓜二つだった。

 超古代怪獣ゴルザ、超古代竜メルバ、宇宙戦闘獣(スーパー)コッヴで身体を構成し、その右手に宇宙海獣レイキュバスの身体そのものが変形した鋏を、左手には巨大な眼球そのものである奇獣ガンQの顔を盾のように備えた有翼の異形、ファイブキング――収斂進化と呼べるものか、野生に存在しないはずの超合体怪獣と同様の姿形に至った強力なスペースビーストが、そこに出現していた。

 

 続けて、何もない空間へ突如として――テレポートにより出現した、爬虫類寄りの印象を感じさせる怪獣。

 黒い身体に胸部の発光体と、あの宇宙恐竜ゼットンそのものの胴体を持つその怪獣は、しかし両肩から長い突起を伸ばし、側頭部から脚部までを双頭怪獣パンドンそっくりの赤い表皮で覆いながら、見覚えのない鮫や深海魚のような顔をした、これまた複数の生物の特徴を併せ持つ異形の怪獣だった。

 

〈あれは……噂に聞く、ゼッパンドンか?〉

 

 その名のままに聞こえる鳴き声を発する怪獣を見、ペイシャンが呟いた。それを耳にして、トリィも思い出す。

 工作員時代にも、聞いたことがあった。異世界から集結した若きウルトラマンたちと、多元宇宙で悪名を馳せていた宇宙海賊ムルナウの一味が対決した最中、一時孤立したウルトラマンオーブに味方した、「ゼッパンドン」と鳴く謎の怪獣が出現したと。

 その正体は、ウルトラマンオーブと因縁浅からぬ宇宙人――昨年、この地球(サイドアース)にも出現し、AIBと共同戦線を結んだ無幻魔人ジャグラス・ジャグラーという説もある。だがAIBの集めた状況証拠としては否定的なものの方が多いため、やはり謎の存在として語られているその、ゼットンとパンドンを中心とした合体怪獣が、どうやらそれら原種を取り込み、遺伝子情報を混ぜ合わせたスペースビーストとして、この場に姿を現していたらしい。

 

 そして――ファイブキングと同様、翼を用いて飛来した最後の一体は、トリィの記憶に合致するものがなかった。

 

「ペイシャン、あれは……」

〈知らん。見覚えのある顔や翼もあるが、既存怪獣として聞いたこともない――新種のスペースビーストのようだ〉

 

 生き字引のようなペイシャンをしてそう言わしめるのは、ファイブキングに負けず劣らず醜悪な、継ぎ接ぎ死体のような灰色の怪獣だった。

 見たこともない凶相の、肉食恐竜型の頭部。先端に角が突き出た以外は、火山怪鳥バードンそっくりの両翼。背中からは別名通り髑髏となったレッドキングのミイラと、宇宙甲虫サタンビートルの複数の棘が生えた前足のような角が左右に伸びており、レッドキング状の両脚の腿から上は、発泡怪獣ダンカンに似た棘で装甲している。

 そして胸部には、ノーチラスタイプビースト・メガフラシの顔を。頭部の左右非対称な角の根本には、M78星雲人の裂けた顔を思わせる硬質な組織をそれぞれ貼り付けた……悍ましい姿に、スペースビーストが奪ってきた無数の生命の痕跡が見て取れる、死神の如き怪獣だった。

 

〈隔離空間の発生源はこいつか。計測されるビースト振動波の値を見るに、明らかにイズマエルと同等以上の最上級ビーストのようだ――類似する怪獣が未確認な以上、名前を付けないことには作戦運用に支障が出るな〉

 

 宇宙最強種の一角に数えられる、ゼットンの遺伝子情報を持つと思しき合体魔王獣ゼッパンドン。

 戦闘用にデザインされた五体もの怪獣を融合させた、超合体怪獣ファイブキング。

 そのいずれの似姿よりも、なお格上だと推定した三体目の未知なる合体怪獣へと、ペイシャンが呼び名を与えた。

 

〈まるで、死神――こいつはアマルガムタイプビースト。コードネーム、ヘイデウス〉

 

 死に向かう衝動(デストルドー)と同一視される死神タナトスが、さらに内包された形で同一視される冥界の王、ハデス。

 それに肖った名前を授かりしスペースビーストは、悍ましいほどに甲高い絶叫を発して、星山市を震撼させていた。

 

 

 

 

 

 

 ……これはまだ、この場の誰も預かり知らぬ、遠からぬ未来。

 今も、光の国でウルトラマンゼロに付き纏って弟子入りを志願しており、やがてはウルトラマンジードとも出会うことになる、一人の若きウルトラマン。

 彼が、そのゼロやジードも訪れることになる、別次元の地球の防衛組織の青年と一体化したことで始まる戦いの、その最後に立ちはだかる相手。

 死と破壊の王とも呼ばれる、死に向かう衝動の名を戴くその殲滅機甲獣と、一部の差異こそあれど。ヘイデウスと名付けられたスペースビーストは、収斂進化のように酷似した姿をしていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 突如としてメタフィールドに出現したアマルガムタイプビースト、バシレウス。

 暴君怪獣タイラントを構成する七大怪獣に古代怪獣ゴモラとM78星雲人の遺伝子情報を加え、デビルスプリンターを核として産み出された混合獣型のスペースビーストは、その五本角を禍々しく輝かせた。

 途端、スカルゴモラとタイガトライストリウムに強大な重圧が襲いかかり、その常軌を逸した負荷の余りに巨人は膝をつき、屈強な培養合成獣も身動きを封じられる。

 

〈これは……念動力によって異常重力場を発生させているようです〉

 

 名付けて、グラビトロプレッシャー。

 先程、スカルゴモラがレイオニックバーストの出力に物を言わせ、イズマエルグローラーを叩き落としたのと同様の現象を、作用する範囲を狭めることでさらに強力な攻撃としたものであるようだ。

 怪獣以外の地球の生命体ならば既に絶命しているほどの高重力にも、ウルトラマンと培養合成獣は持ち堪えてみせるが、そこに畳み掛けるようにもう一度、バシレウスが角の間に紫電を走らせる。

 

「(この――っ!)」

 

 同時に、スカルゴモラも自らの角を輝かせた。

 怪獣念力により、バシレウスが形成するのと同様、かつ反発するベクトルの重力場を形成。二重のグラビトロプレッシャーと相殺し合って、正常な重力を世界に取り戻す。

 ……どうやら、出力は概ね互角。故に念力も超振動波も相殺され、熱線は宇宙大怪獣ベムスター由来の腹部、吸引アトラクタースパウトで無効化されてしまう。

 ならば殴り倒すしかない、と。レイオニックバーストで得た身軽さを使い、反撃に打って出るものの――縦回転しながら繰り出した尻尾の一撃は、確かに回避を許さぬ軌道を描いたはずが空を切り、逆に凶器を備えた尾・バラバラバテールによる横薙ぎの一撃に背中を強く打たれることとなる。

 

「ルカ! ――うわぁっ!?」

 

 心配して駆け出そうとしたタイガもまた、大量の光と炎に呑み込まれ、その威力の余りに悲鳴を発する。

 この閉鎖空間(メタフィールド)に現存する敵は、バシレウスだけではない。もう一体の合体怪獣型スペースビースト、イズマエルグローラーもまた、その猛威は健在だった。

 

「(……幻覚!)」

 

 自らの攻撃が不発させられた原因を悟った頃には、イズマエルグローラーの圧倒的な火力がスカルゴモラを襲っていた。

 その威力のほどに、今のスカルゴモラをして思わず後退する。バシレウスに確認できたような、燃え上がるオーラは見えなかったが――増援が現れる以前より、イズマエルグローラーもまた、その攻撃力を倍加させていた。

 そこに、バシレウスの放つ強烈な炎の息吹、タイラントの火炎放射の強化版・ハイパーデスファイヤーも追加され、強烈無比な十字砲火から逃れるべく、いよいよスカルゴモラも一度間合いを仕切り直す。

 

「くそ、厄介な……!」

 

 常時発動ではないとしても。目を合わせればどこかのタイミングで敵味方を誤認させられ、単純な攻防の間合いも狂わさせられるイズマエルグローラーの能力に、タイガが舌打ちした。

 

「(……私は最悪、イズマエルの方とは目を閉じてても戦える。でも、それで飛ばれるとあっちの妨害に対処できない――!)」

 

 音響感知を使えるスカルゴモラは、それを無効化する上に、光線や念力と言った飛び道具も封殺あるいは相殺するバシレウスの脅威を述べた。

 

「(――ったく、しゃーねぇな。一度分離するぞ、タイガ)」

 

 そこで、新たな思念の声が響いた。

 

「フーマ……?」

「(俺の技、魅せてやるよ!)」

 

 次の瞬間、タイガから青い光が飛び出して、彼は銀色を主とした基本形態に戻っていた。

 タイガから分離したのは、風の覇者ウルトラマンフーマ。トライストリウムをも遥か置き去りにする神速を発揮する彼の影は、直線にイズマエルグローラーにまで伸びていた。

 

「――(ニン)!」

 

 イズマエルが全身の砲口で迎撃する瞬間、フーマは印を結ぶ仕草を見せ、そして煙となって掻き消えた。

 

「文字通り――目眩ましってな!」

 

 そのまま、残像しか残らない超高速移動を重ねるフーマは、至近距離からイズマエルの全身から放たれる火線を紙一重で躱し続ける神業を見せた。

 

「あいつ、どうして――!?」

「そうか……見てはならない敵ならば、見なければ良い。見えない敵と戦う術も、フーマは身につけている!」

 

 トライストリウムさえ翻弄したイズマエルグローラーの幻覚の影響を受けず、逆にその速度で敵を翻弄するフーマの活躍にタイガが驚くと、彼の隣に再出現していた力の賢者タイタスが、状況を察して叫びを上げた。

 

「そーいうこった……とはいえ、流石にこいつの目を隠すのが精一杯だけどな、っと!」

 

 イズマエルグローラーの周囲を飛び交い続けるフーマは言葉の最中にも、白煙を出して敵の目を欺く幻煙の術で、イズマエルの姿をタイガたちから隠していた。

 

「攻撃は任せるぜ、タイガ、旦那!」

「ああ!」

「心得た」

 

 完全にイズマエルグローラーを煙に巻いたフーマの呼びかけで、討つべき邪悪の位置を悟った二人のウルトラマンが駆け出す。

 そんな三人――特に、要となるフーマの足を止めようと、バシレウスが五本の角を光らせる。

 

「(――させるか!)」

 

 同時、怪獣念力を行使したスカルゴモラが、バシレウスの発生させた重力場を掻き消した。

 ……トライスクワッドがイズマエルグローラーを抑えてくれるのなら、バシレウスをあちらと分断し、撃破するのは己の役目だと、スカルゴモラは闘志を滾らせる。

 

「(おまえの相手は、私だぁ――っ!)」

 

 咆哮とともに。培養合成獣スカルゴモラは、強敵へと踊りかかった。

 

 

 

 

 

 

「ばりあ、はれない……」

 

 新たに現れた三体の合体怪獣型スペース(アマルガムタイプ)ビーストを前にして。ピット星人の正体を晒すトリィ=ティプを庇おうとしたサンダーキラーSは、その変化に気がついた。

 

〈そうだ。今おまえたちが居る場所は、特殊な位相空間として隔離されている。そこでは一定以上の非実体エネルギーは拡散され、光線も雷撃もバリアも使えない〉

 

 耳を澄ませば、トリィの持つ携帯電話から、そんな説明が聞こえて来た。

 

〈おまえも兄と同様、豊富な光線技が主力だろう。その場で戦うのは不利だ。隙を見て、トリィとともに離脱しろ〉

「えーっと……?」

 

 気軽に言われるものの、隔離空間であるというのなら、この次元をただ移動するだけでは脱出できない。

 無論、超獣であるサンダーキラーSは空間を破壊して異次元への扉を開き、脱出することなど訳はないが――果たしてバリアもないまま異次元空間にトリィを連れて行って大丈夫なものなのかを、少し思い悩む。

 ……そもそも、隙があればそのままやっつければ良いのでは、という考えが、サンダーキラーSの脳裏を過る。

 

「うーん――たぶん、だいじょうぶ」

 

 空間を割って、異次元の回廊に繋げながら口にしたのは、トリィをそこに連れ去る決心ではなく。眼前に出現した三体のスペースビーストを、このまま相手取ることへの、楽観だった。

 

「きらーとらんす――バッカクーン・ている」

 

 光線も稲妻も射てないらしいが、たかが怪獣相手なら特段困ったハンデでもない。

 だが、バリアを張れないのは、トリィの安全を確保する上で問題となる。そこで、代わりの盾を用意することを、サンダーキラーSは決めたのだ。

 そうして、触手の内の三本を変化させた、寄生怪獣の尻尾を、物置代わりにしている次元の中へ潜り込ませる。そこで、ゼガントビームの追放空間から、このバッカクーンの菌糸と共に頂戴していた怪獣の死骸へと、菌糸を伸ばし、接続する。

 その糸に引っ張られて出現したのは、全身を隈なく装甲した、三体の機械化怪獣――ラグストーン・メカレーターだった。

 全身から茸を生やしたラグストーン・メカレーターは、トリィを取り囲んで円陣を組み、強固な壁となって彼女の安全を確保する。

 ……その間、三体のスペースビーストたちが既に攻撃を仕掛けてきていたのを、残りの触手を動員して、サンダーキラーSは捌いていた。

 

 転移を繰り返してサンダーキラーSの攻撃を躱すゼッパンドンが、死角を探るように火球を放つ。それを過たず触手が払い除け、鋭い先端の鉤爪で貫こうとするのを、一拍早くゼッパンドンがテレポートして回避する。モグラ叩きは、現状ゼッパンドンがリードしている。

 ファイブキングが両腕から繰り出す衝撃波と火炎、冷凍光線を、サンダーキラーSは両腕の爪で切り裂いて霧散させる。これは特に問題ない。

 そして、ヘイデウスが全身の棘を誘導弾のようにして放つデストルドヘルファイアを、本家超獣として両肩のザウルススティガーで弾幕を展開することで迎撃し、相殺する。

 

 サンダーキラーSはそこまで認識が回っていないが、先程のブリッツブロッツの敗北を知ったスペースビーストたちは、サンダーキラーSに吸収される光線技は使わずに、徐々にその体力を削ろうとするような攻撃を仕掛けてきていた。

 しかしスペースビーストたちもまだ、サンダーキラーSが太陽光だけで活動エネルギーを賄えることを知らないために、そんな悠長な様子見を選んだ格好となっていた。

 結果、三体の合体怪獣(スペースビースト)と、特殊位相空間の働きで光線技を封じられた究極融合超獣(サンダーキラーS)の戦いは拮抗している状態だったが、小競り合いに対して先に痺れを切らしたのは滅亡の邪神の尖兵ではなく、幼体の方だった。

 ファイブキングからの攻撃がインターバルを迎えたのを見逃さず、究極融合超獣は攻勢に打って出る。

 

「きらーとらんす――ベロクロン・みさいる」

 

 サンダーキラーSの触手の内の一本が、宇宙怪獣と珊瑚を融合させた超獣の定番、ミサイル超獣ベロクロンの背部へと変化して、大量の生体ミサイルをそこに鎮座させる。

 

「サボテンダー・さぼてんぼーる」

 

 続いて、別の触手の先端が膨らむと、全身の棘をミサイルとして発射できるさぼてん超獣サボテンダーが丸まった状態と同じ球体へと変貌する。

 

「ドラゴリー・はんど」

 

 次は本体の両掌を、蛾超獣ドラゴリーの濃緑のそれへと変化させる。怪獣を文字通り紙のように引き裂き解体する握力を最大の武器とするドラゴリーだが、そこにはロケット弾の発射機構も埋め込まれているのだ。

 

「バキシマム・へっど」

 

 そして、ここまで名を呼んだ三体と並ぶ超獣の傑作機、一角超獣バキシムの上位種――一角紅蓮超獣バキシマムの頭部へと、一本の触手の先端を文字通り変貌させる。

 ヤプールの次元から出奔する際、取り込んできた再生産ロットで眠る超獣たちの力。サンダーキラーSはそれを、キラートランスによって部分的に再現することで実体弾主軸の攻撃に切り替え、隔離空間の戦闘に適応しようとしていた。

 

「いっせいはっしゃ!」

 

 元より備えていたザウルスティンガーに加えて、ベロクロンとサボテンダーの生体ミサイルが一斉に射出され。ドラゴリーの両掌からロケット弾を次々と発射し、一角紅蓮ブーメランを投擲したバキシマムの鼻先に備えたバルカン砲を連射する。

 全ての武装を再現できたわけではないが、超獣五体分に相当する弩級の火力を前にして、スペースビーストたちも身構えた様子だった。

 ヘイデウスは全身の棘を飛ばすのみならず、両腕を交差させて放つ切断光線デストルドリーパーで一角紅蓮ブーメランを迎撃。ゼッパンドンは転移して誘導されるミサイル群を引き寄せながら、火炎弾で撃墜しつつ、テレポートして回避を重ねる。

 それでも膨大な数が残ったミサイルにロケットに砲弾に対して、ファイブキングが左腕のガンQを妖しく光らせた。

 不条理の化身であるガンQは、吸収能力を発動。サンダーキラーSが放つ無数の弾薬をその目の中へ埋め込ませながら、残りの二体を庇うようにして全ての火線を吸い寄せる。

 その展開を目の当たりにして――先程、吸収能力を持つ相手が何をして来たのか覚えていたサンダーキラーSは、弾切れを起こすと同時に眼前の空間を破壊した。

 次の瞬間、ファイブキングがガンQから吐き出した無数の砲弾が、サンダーキラーS目掛けて殺到。射線上で、落とし穴のように開いていた異次元の穴の中へと、弾幕が回収されていく。

 ガンQの吸収能力を潰さなければ、砲撃でも効果が薄いことを悟ったサンダーキラーSは、残る一本の触手もまたバッカクーン・テイルへとキラートランスさせる。四体目のラグストーン・メカレーターを異次元の穴から引っ張り出して、最も与し易いとみたヘイデウスに差し向ける。

 死体に寄生して操っているだけのため、パワーダウンは否めないものの。それでもサンダーキラーSの兜や鎧と同等以上の強度を持つラグストーン・メカレーターならば、時間稼ぎには充分だ。そう判断したサンダーキラーSは、テレポートを重ねるゼッパンドンを適当に牽制しながら、ファイブキングへと本体が直接出向くこととした。

 

 ――異様なエネルギーを察知したのは、そのための一歩を踏み出した時だった。

 

「――あれ? それ、超獣の……」

 

 自身への注意が散漫になったと見たヘイデウスが、その胸部に集約するエネルギー波長。認識したそれが、馴染みの深い感覚であったために、サンダーキラーSは興味を惹かれた。

 

 そして、進めていた足を止めたその瞬間――メガフラシの顔をしたヘイデウスの胸部から、紫色の破滅が放たれた。

 

 その目が眩むほどの光は、ヘイデウスへと向かっていたラグストーン・メカレーターを直撃。サンダーキラーSでさえ物理的には突破困難なその装甲の全面に、一瞬にして亀裂を走らせた。

 それがただの物理的なエネルギーによる結果ではないと悟ったのは、未だ閉じていなかったラグストーンの発進口兼、防御用の異次元の穴が、それを形作るのと同様の干渉を受け、破壊された時だった。

 

「あ――っ!」

 

 プリズ魔へのキラートランスによる防御すら、その破滅の輝きは素通りして、サンダーキラーSの背中を掠めた。

 そして、空間が潰れた。

 

「――あぁああぁぁぁっ!?」

 

 強堅なるラグストーン・メカレーターも。空間に開いた穴による異次元の防壁も。

 そして、あらゆる光学干渉を無害化し取り込むはずの究極融合超獣の触手すらも。全てが次元崩壊に巻き込まれ、跡形もなく破壊された。

 触手を破壊された痛みに、サンダーキラーSが悶える。本来、直に受けた触手と背中の一部だけで被害が済むような現象ではないが、超獣として備えた空間制御能力がそれ以上の崩壊を食い止めていた。

 さらに、姉である培養合成獣スカルゴモラの作ったメタフィールド内での負傷と異なり、太陽光の届くこの位相空間では液汁超獣ハンザギランの情報から獲得した再生能力が機能する。不死身に近い超獣の生命力は、苦痛を訴える叫びの間に欠損をほとんど復元していたが、この際負傷の度合いなど問題ではなかった。

 ただ単に。サンダーキラーSはまだ、痛みに慣れていなかったから。

 

「痛い、痛い、痛いぃぃぃ……っ!」

 

 無様に崩折れる究極融合超獣が悲鳴を発するのに、彼女を取り囲む三体のスペースビーストは嘲笑うような鳴き声を重ねた。

 既に傷が消えていることにすら、認識が追いつかないほどの。痛みというとびきりの刺激を受けたことが、彼女の心を恐怖と絶望に塗り潰しつつあった。

 

「――サラ、落ち着いて!」

 

 そんなサンダーキラーSの耳に届いたのは、心を許した相手の呼びかけだった。

 

「ト、リィ……?」

「落ち着いて、大丈夫! もう怪我は治ってるから、痛くない! それより、次の攻撃が来るわ!」

 

 視線を巡らせると、彼女を守護していたはずのラグストーン・メカレーターたちは、接続していた触手が消し飛んだことで屍に戻り、野晒しに身を投げ出していた。

 その隙間から這い出てきたと思しきトリィが懸命に声を張り上げてくれるのが聞こえて、ようやくサンダーキラーSは自身の状態を把握することができた。

 

「ほんとだ――痛くない!」

 

 やっぱりトリィは、サラのことをサラ自身(サンダーキラーS)よりもよく知っている。

 そう思った究極融合超獣が、歓声とともに起き上がり、御礼を伝えようとしたその時だった。

 ヘイデウスから追撃として放たれた棘の群れが、爆弾としてサンダーキラーSの眼前で炸裂したのは。

 

「そんなのきかない……っ!」

 

 ラグストーン・メカレーターの装甲に匹敵する兜で覆われたサンダーキラーSの頭部は、デストルドデスファイア数発で痛みを覚えることなどなかった。

 だが、敵手へ振り返るその最中に、サンダーキラーSは見た。

 爆発に巻き込まれて――ピット星人の姿のままのトリィが、胴を赤く染めて倒れ込んでいた。

 

「――トリィっ!?」

 

 意識を取られたところに、ファイブキングとゼッパンドンも火炎弾を連射して、追撃を仕掛けてきた。

 高熱が細胞を焼く痛みが、意識の焦点を奪おうとするも――その時、サンダーキラーSは生まれて初めて、痛みよりも強い感情で、それを制することができた。

 

「……じゃましないで!」

 

 被弾を無視する怒りとともに、修復を完了した触手を叩きつける。三体それぞれに二本ずつ、計六本の触手を突き刺すように伸ばすが、ゼッパンドンは転移して躱し、一本受け止めるのでやっとだったファイブキングの左側をその尾を閃かせてフォローする。ヘイデウスだけはその両腕で一本ずつ、触手を受け止め弾き返していた。

 だが、先程あれだけの醜態を晒したサンダーキラーSが、防御を捨てたような挙動を見せたことは、スペースビーストたちにとっても意外なことであったらしい。

 おそらく――今、追撃を仕掛ければ、戦いを有利に運ぶこともできる。

 トリィを傷つけた分、いっぱい痛くしてやりたいという憎しみ――暗黒の化身である究極超獣の系譜にありながら、生まれて初めて抱いた怨みの感情がサンダーキラーSを囃し立てようとするが、しかし彼女はその牽制の一撃だけで、躊躇いなくスペースビーストたちに背を向けた。

 

「まっててトリィ、いまなおすから! ぜったいぜったいたすけるから!」

 

 サンダーキラーSは、残る触手の二本を繊細にトリィへ近づけ、そして全ての力を傾けた治癒光線を放っていた。

 リトルスターに由来する、ウルトラマンガイアの治癒光線。そして一昨日、スカルゴモラのレイオニックバーストを鎮めると同時に、サンダーキラーSの怪我を治そうとしてくれた、兄であるウルトラマンジードから浴びせて貰ったフルムーンネオヒーリング。

 習得した、二つの治癒光線。特殊位相空間にその働きを阻害されながら、サンダーキラーSはひたむきに、その光をトリィに押し当てていた。

 隔離空間の影響で、治癒光線も即座に無意味な光量子にまで拡散させられてしまう。だが、密着した至近距離ならば、完全に無力化される前に、ほんの少しずつでもトリィの肉体に作用させることが叶っている。

 その結果、胴が千切れかけているピット星人の生命を、辛うじて繋ぎ止めることには成功していた。

 

「こんどはわたしが、トリィをたすけるから――!」

 

 スペースビーストたちから浴びせられる火球に頭を揺らし、前足を付きながらも。トリィを傷つけないように触手のバランスだけは崩さず、サンダーキラーSは決意を叫ぶ。

 だが、この空間の妨害がある限り、現状維持が精一杯だ。異次元を経由して脱出するという選択をもう一度検討するが、おそらくその移動の際の衝撃に、今のトリィの命はいよいよ耐えられない。

 ならば、この空間を作っている相手を抹殺する。ちょうどトリィを傷つけた仇敵であるヘイデウスが術者であり、都合は良い――が、敵に有利な空間内でトリィを守り、命を繋ぐ手当をしながらの片手間で倒すのは、流石に容易な相手ではない。他の抜け道を試すのも同様だろう。

 そうして、サンダーキラーSが手詰まりとなっているところに――牽制射撃をファイブキングとゼッパンドンに任せたヘイデウスが、再び胸部へと次元崩壊を招くエネルギーを蓄え始めた。

 

「あ……うぅぅぅ……っ!」

 

 あの攻撃は、サンダーキラーSをして防げない。実際に因子を含んだ光線を放つゼガントビームとは違い、目視できる光線自体のエネルギーはただの誘導光と、次元崩壊による副産物に過ぎないために、光線吸収能力は意味を為さない。次元防御にもゼガントビーム同様、時空構造体に干渉するため、上書きによる貫通性を持ち、そして、空間に存在を依存するあらゆる物理的な防御を無力化する、恐るべき異次元潰滅兵器だ。

 一度放たれるのを許してしまえば、同等以上のエネルギーをぶつけて相互干渉することで、強引に相殺するしか手立てはない。

 だが、この虹の隔離空間の中では、それも不可能――

 

 サンダーキラーSは触手を動員して、ヘイデウスの胴体を狙う。だがファイブキングがここまで隠し持っていた、サンダーキラーSから吸収していた超獣の砲火の残りを左腕から放って迎撃し、ゼッパンドンも転移して横合いから尾を浴びせることで、触手を打ち弾く。

 痛みを堪えながらも正気を保っていると、その触手を動かした分、回せるエネルギーが減ったからか。治癒光線を浴び続けているトリィの容態が悪化する。

 

 ――命を奪い、壊すのは、あんなにも呆気ないのに。

 命を守り、繋ぐのは、どうしてこんなに難しいのだろう……?

 

「だれか……」

 

 逃げることも、立ち向かうことも、耐えることもできないと。

 震える声で、自分だけでトリィを救う限界を認めたサンダーキラーSは呟いた。

 

「だれか、たすけてぇ――!」

「――コークスクリュージャミング!!」

 

 ……その声に、応えてくれる叫びがあった。

 突然。折り重なっていたラグストーンたちの亡骸を弾き飛ばして現れた、金と赤と黒の竜巻が、そのまま矢となってスペースビーストたちに飛び掛かった。

 完全に不意を突かれた格好になった三体のスペースビーストは、満足に迎撃できず、その巨大な矢がヘイデウスの攻撃に先んじて着弾するのを許していた。

 

「あ――っ!」

 

 サンダーキラーSは、目撃した。

 ヘイデウスを弾き飛ばした棍と横開きの鉤爪を左右に持ち、そのまま残る二体のスペースビーストも薙ぎ倒す救いの主たる巨人の姿を。

 同時、位相空間の生成器官をヘイデウスが潰されたことで、エネルギーへの干渉が消滅。万全の治癒光線をトリィに浴びせることが可能になった、その瞬間を。

 

 そして、絶体絶命の危機に駆けつけてくれたヒーローは、振り返りざまに優しく、呼びかけてくれた。

 

「――助けに来たよ、サラ」

「お兄、さま――!」

 

 感激のあまり、言葉を詰まらせながら――サンダーキラーSは、同じ遺伝子から産み出された命へと、歓喜の声を発していた。

 

 

 

 

 

 




Bパートあとがき


 ……ということで、スペースビースト名義で既存ウルトラ怪獣を出していたのは、時系列的に未来のラスボスとなる合体怪獣をきぐるみ流用枠で出すための言い訳&前振りでした、はい。架空のTV放送続編のノベライズ風で執筆する本作の、「せっかく作ったスーツはちゃんと再利用しなきゃ……!」というニュージェネ脳の再現遊びになります。


 ヘイデウスことデストルドス、バシレウスことストロング・ゴモラントに加え、ファイブキングとイズマエルも居るので、タイラント系四天王大集結な回ですね。ファイブキングだけ強化されていなかったり、イズマエルは厳密に言えば平成のジャンボキング枠(令和にはまだいない)で色々と歪ですが、まぁそれはそれということで。
 取り急ぎ、今回のボス枠の片割れ。



・アマルガムタイプビースト「ヘイデウス」

 本作オリジナルのスペースビースト――と言いつつ、ぶっちゃけ、出し難い新造スーツ怪獣こと『ウルトラマンZ』のラスボスである殲滅機甲獣デストルドスの小改修スーツでの再登場を想定しています。これまたイズマエルと並べればスペースビーストと言い張れる方向性の怪獣ですよね、デストルドス。
 作中時系列ではまだ確認されていない存在なので、デストルドスというネーミングが使えず、純粋なスペースビーストの命名法則であるカタカナ五文字表記に合わせた呼称で登場して貰いました。
 名称の元ネタとしてはデストルドーとハデス(正確な発音はヘイディーズが近いそうです)がどちらもタナトスに同一視されることがある点から、になります。冥府の王=死(と破壊)の王であると同時に、邪神ザ・ワンの犠牲となったモブのM78星雲人=ウルトラマンの情報を利用して作られた分身であるため、Uを付け足してHadeusと命名された、という体です。恥ずかしいぐらい厨二。まぁガルベロスもガルム+ケルベロスだったり、ノスフェルもノスフェラトゥだったりしますので、お許しください。

 ベースがウルトロイドゼロではないですが、バシレウスことストロング・ゴモラントの構成要素に殺し屋超獣バラバが含まれており、モブトラマンもザ・ワンが美味しく頂いている関係上、肝心要のD4レイは普通に使えるので、基本能力的にはデストルドファランクスがないことを除けばだいたい本家デストルドスと同等かベリアルメダルがない分だけ劣化ぐらいのイメージです。
 ただ、胸部のマジャパ部分がメガフラシ(またかよ)に換装され、その能力も使える……という点では、もしかすると強化体なのかもしれません。
 レッドキングと言い、微妙に他のタイラント系合体怪獣と構成要素が被ってしまう枠。
 ちょうど、スペースビースト版ストロング・ゴモラントことバシレウスともども名前が「-us」で終わるため、「(U)ルトラマンの情報を取り込んだ(S)ペースビースト」を意味するという括りにできそうです。
 バシレウスともども、設定上光の国襲撃後に作れた分身なので、ゼロはまだ存在を知らない=サンダーキラーSを脅かせるスペースビーストとしての想定に入っていないという扱いです。後はサラが誰かを庇って不利な状況でも逃げないとかもゼロは予想していないので、ゼロは節穴ではない扱いでお願いします。



・フィンディッシュタイプビースト「オコリンボール」

 最新作『ウルトラマントリガー』にも極一部だけが登場した、トラウマ性能がスペースビーストに迫るぐらいゴクジョーと評判な怪獣。そのスペースビースト版。
 元々は『ウルトラマン80』で初登場した、複数の球体状群体生物からなる宇宙怪獣、コブ怪獣オコリンボール。間抜けな名前ながら『悪魔のような(フィンディッシュ)』に分類したくなるぐらい、個別に物理的に地球人を殺傷した数では多分ウルトラシリーズでもトップランクのおっかない怪獣。
 元々は早々にイズマエル出しちゃったから、等身大での脅威として原典ビーストを今更出すのもな……という感覚から、上記の実績に着目しての登板。
 あとは『トリガー』の如く、怪獣として出さない場合はスーツ事情に優しいのもポイント。多分名前に続く数少ない可愛げ。
 本作の裏話的には巨大怪獣としては格闘戦への耐性の高さを活かし、光線を封じるメガフラシの隔離空間との合せ技により光の国との戦争で量産戦力として猛威を揮うも、ウルトラベルで全滅したとぼんやり考えています。
 裏話ではない部分では、本作が『ジード』の二次創作でなければ大変なことになっていたかもしれませんが、『ジード』の二次創作なので今のところ大丈夫だった。リトルスターの設定の秀逸さを再確認する良い機会となりました。


・一角紅蓮超獣バキシマム
 一角超獣バキシムの強化版。児童誌による「バキシム強化改造計画」の最優秀賞受賞作品が元。頭の角ミサイルを鋭角的なブーメランに強化した、横顔が素敵な超獣。
 映像作品にもボイスドラマにも未登場……ですが、実は『ウルトラマンギンガ』でスパークドールズが確認されている超獣の一体ということで、ダークスパークウォーズに参戦していたことからヤプールの生産ロットがあった扱いでいけるかな、という次第。ただ物語中で明示されているわけではないので苦しいところですが、それはそれでバキシム素体とヤプールの設計図を一緒に取り込んだのかもしれません。




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第十話「強敵-アマルガム-」Cパート

 

 

 

 アマルガムタイプビースト・バシレウスが、災厄を呼ぶ五本の角を輝かせる。

 直後、メタフィールドの空が広範囲に渡って割れて、おどろおどろしいほどの赤い光が揺らぐ異次元の穴が姿を見せる。

 その割れ目から、無数の眩い光点が、轟音を伴って飛来した。

 

〈異次元の穴の向こうに、地球周辺のものと思しき宇宙線を感知。飛来しているのは、惑星間空間に存在する隕石と思われます〉

 

 すなわち、この攻撃は隕石落とし――レムの解説を聞きながら、培養合成獣スカルゴモラ・レイオニックバーストは自らの創造した大地を踏みつけた。

 

「(レッキングヘルボール!)」

 

 それは、強烈な火炎を纏った岩石を飛ばす牽制技、ショッキングヘルボールの強化版。

 レイオニックバーストで強化され、自らの生み出した亜空間内という遠慮の必要がない戦場であることで、一切の枷を外して強化された火炎弾は、爆発的な大噴火を再現する破滅の業と化した。

 流星群と火山弾。天と地から放たれた大災害同士が、互いを砕き合う衝撃を連続させる。噴火に伴って吐き出された大量の火山灰や黒煙が、超極音速の隕石が伴う衝撃波に切り裂かれ、一瞬ごとにメタフィールドの中の景色が有様を変えて行く。

 一歩ごとに地殻を貫く大噴火を誘発させながら、スカルゴモラは隕石を降らせ続けるバシレウスへと進撃する。

 対して、バシレウスはリーチで勝る尾を翻して一手先んじ、その先端にある凶刃でスカルゴモラの喉を切り裂いた。

 ――だが、効かない。異常活性化した細胞が分裂して即座に断面を癒着、負傷した事実さえも覆い尽くす。

 

 完治を誇示する雷鳴のような咆哮を放ったスカルゴモラは、間合いに捉えたバシレウスと真正面からぶつかり合った。

 否、厳密には違う。激突の瞬間、肩の角を押し当てるような、斜身靠(シェシェンカオ)の構えに移ったスカルゴモラは、インパクトを調整して一方的にバシレウスの巨体を打ち飛ばした。

 弾かれたバシレウスは、追撃を牽制するように、腹部の吸入口から超低温の冷凍ガスを放射するが――

 

「(効くか、そんなもの!)」

 

 自らの纏う超高熱だけで、鼻先に迫っていた冷凍ガスを吹き散らしたスカルゴモラは、そのまま右腕を薙ぎ払った。

 バシレウスが左腕で受け止めるが、勢いに持ち堪えられず体勢を崩す。対してそのまま旋回したスカルゴモラは、続けて強靭な尻尾で追撃を繰り出した。

 その場で受け流そうとするバシレウスの翼を構わず骨ごと叩き折り、さらに勢いのまま一回転したスカルゴモラは頭の大角を叩きつける。

 同じく角で受けるバシレウスはまたも一方的に打ち負けて、スカルゴモラの嵐のような猛攻を止める術を持っていなかった。

 

 ……出現直後に生じた強化現象により、バシレウスの念力や超振動波の出力は今のスカルゴモラとも同格。そこから繰り出す能力の幅広さは、スカルゴモラを軽く上回る。

 そんな難敵を、しかしスカルゴモラは今、圧倒するに至っていた。

 理由は単純。バシレウスの方が、ゴモラやレッドキング、デビルスプリンターを含む多くの能力を備えていようとも――少なくとも、その共通する部分の質が劣っているのだ。

 

 他者から安易に奪うことでしか、成長できないスペースビースト。そんな手合に流れるゴモラの血では、過酷な環境を自らの生命力で乗り越えるだけの純度がない。

 薄められたレッドキングの在り方には、守るべきもののために限界を越える熱さがない。元より弱者を嬲りその恐怖を喰らうしかできない浅ましき獣に、それほどの闘志があるはずもない。

 デビルスプリンターでは、Bの(ベリアル)因子に及ばない。個々の強みをより高度に調和させ、闘志に呼応して怪獣を強化するレイオニクスの血そのものは、バシレウスには流れていない。

 そして何より眼前の獣には、安易な肉体の強さや特性へ頼るばかりで、スカルゴモラが朝倉ルカとして、鳥羽ライハとの鍛錬で得たような技がない。

 

 ただの感情論だけではない。バシレウスの豊富な能力はどれも初見でこそ通じても、単発の攻撃ではスカルゴモラの強靭な生命力を潰えさせるには及ばない。対して野生の直観力とレムの助言を併せ持つスカルゴモラは、短い時間でその攻撃に適応し、撃たれるままを許さず、踏破する。

 まして、悠長に構えていられない純粋な肉弾戦に持ち込めば、心技体の総合力で勝るスカルゴモラがバシレウスを捻じ伏せるのは、至極当然の帰結だったのだ。

 

 もちろん、決して楽観はできない。格闘戦においても優位を取っているのはあくまでも総合力の話であり、純粋な肉体の強さには見かけほどの差はない。つまりは技術の差で先手を取った勢いのまま、強引に押し込んでいる状況に過ぎない。

 現に、一方的に攻撃を受け押されているにも関わらず、バシレウスは少しも弱った様子を見せはしない。バラバラバテールで喉を裂かれようと、意に介さないスカルゴモラと同じように。

 強化現象が前提とはなるが、このスペースビーストはおそらく、スカルゴモラが記憶する限りのサンダーキラー(ザウルス)をも越える強敵だ。何かのきっかけがあれば、また戦況をひっくり返されてもおかしくない。

 ……だが、この脅威を取り逃がして妹の方に向かわせることは、許してはならない。よりにもよって、自分と似た姿のスペースビーストによって、また恐怖を与えてしまうような事態だけは、絶対に。

 その決意が、スカルゴモラの体にさらなる力を漲らせ、バシレウスを強く打ちのめし、敵にペースを握らせない。

 

 そんな風に、戦いの主導権を保ち続けていられるのは、スカルゴモラだけの力によるものではなく。邪魔立てする相手を、味方が引き受けてくれているからだった。

 

 

 

 ――数キロ単位で離れた地点で、各々別宇宙出身の三人のウルトラ戦士が、もう一体の強大なスペースビーストと激突していた。

 

「スワローバレット!」

 

 再び、黄金の鎧を纏ったウルトラマンタイガ・フォトンアースが腕を十字に組んで、そこから機関砲の如く光弾を連射する。

 標的は巨大な積乱雲と見紛うほどの白煙にその姿を包まれていたが、彼の放った光は過たずに着弾したらしく、炸裂の輝きがその煙を染め上げる。

 だが、次の瞬間、白煙を割いて現れた悪魔の如きスペースビースト、イズマエルグローラーの威容は、全くの無傷であった。

 

「まだ威力が足りないか――!?」

「おいおい、この俺様がサポートに徹してやってるんだ。頼むぜ!?」

 

 タイガの嘆きを叱咤して、ウルトラマンフーマが再びイズマエルの周囲を縦横無尽に駆け巡る。

 彼が放つ幻煙の術が作り出す、視覚妨害の白い煙。メタフィールドの補正でその生成量も強化されているとはいえ、連続行使で微かに息が上がり始めている様子だった。

 だが、それも無理はない。目で敵を見れば狂わされる故に、精神を研ぎ澄まし見えない敵を察知する超波動探知を応用し、敢えてイズマエルを見ずに至近距離で攻撃を回避し続けている続けているだけでも、本来は絶大な負荷となる。しかも、敵の姿を隠すのに充分な量の白煙を用意できても、イズマエルグローラーはそのアリゲラの翼を一度羽撃かせるだけで、大量の煙を晴らしてしまうのだ。

 その羽撃きが、連続する。イズマエルは再び飛行することで、フーマの撹乱を逃れようとしていた。

 ――だが、煙を晴らすという一動作を挟む必要がある分、そこに隙ができる。

 

「今だ、タイタス――!」

 

 フーマに煽られたからではないが、それを狙って飛び込んだタイガが、鎧の重量も駆使してイズマエルグローラーの飛行を妨害した。

 

「俺に構わずやれ――っ!」

「……君たちの覚悟、受け取った!」

 

 イズマエルの左腕、ゴルゴレムの部位から伸びた口吻が鎧に噛み付いてきながらも、負けじと敵の右腕を掴んだタイガの叫びに、ウルトラマンタイタスが光球を出現させながら応じた。

 

「プラニウム――バスタァーッ!」

 

 自らの生み出したエネルギー光球を、力の賢者の拳が打つ。殴り出される格好で飛翔したプラニウムエネルギーの塊は、イズマエルの右肩に浮き出た、皮を剥がれたネズミのような顔――不死性を司るノスフェルの部位を狙い澄まして撃ち抜き、その根本までを見事に焼き潰していた。

 

「すぐにトドメを――離れるんだ、タイガ!」

 

 今の一撃だけでは、イズマエルグローラーは攻略できない。ノスフェルの部位が機能不全に陥っている短時間に、続けて全身を破壊しなければならない。

 故に第二撃を構えたタイタスだったが、憤怒の咆哮を上げたイズマエルが、その射線上に口吻で捕らえたタイガを掲げたことで断念を余儀なくされる。

 その様を見て取ったイズマエルは、嘲笑うように全身の砲口から火を噴かせ、タイタスやフーマ、そしてタイガを一斉に攻撃した。

 

「タイガっ! ――いや!?」

 

 イズマエルの掲げていた巨人のシルエットが、火力の集中を受け砕け散る。救出が間に合わなかったフーマが、思わず相棒の名を叫ぶ最中――目で事態を追わない今の彼だけは、先んじてその変化に気がついていた。

 

《プラズマゼロレット》

 

 黄金の鎧を脱ぎ捨て、着弾に先んじてイズマエルの拘束を脱していたウルトラマンタイガは、その彼本来の銀色の体躯を虹色に煌めかせていた。

 

「タイガ! ダイナマイトシュート――!!!」

 

 自らの存在を聖なる炎に変換する、一族に伝わる秘奥義。未だタイガ一人では発動できないその大技を、ウルトラマンゼロの力が込められたブレスレッドの助けを借り、一部だけを光線として発射する形で行使する、彼個人として最強の必殺技。大地に背中から叩きつけられる格好になりながらも、鎧が飛び散るのに気を取られていたイズマエルグローラーを、タイガはその全身から放つ虹色の光線で貫いた。

 膨大な光に、イズマエルグローラーの強固な肉体が食い破られる。蒸発する細胞にノスフェルの不死身の再生力が付与されることはなく、遂にメタフィールドの中で無意味に散乱するビースト振動波にまで無数のビーストの集合体が変換されて行く。

 数秒の後、遂にイズマエルが爆発。巨大な火柱となって、かつて最強と謳われたビーストは今度こそ消滅した。

 

「タイガ!」

「全く、無茶をする」

「へへ……今のが多分、最後のチャンスだったからな」

 

 駆け寄った仲間に、無理の通しどころだったと語るタイガは、その手を翳した。

 

「だけど、後ちょっとだけ頑張ろう――付き合ってくれ、皆!」

「もちろんだ!」

「へっ、今更なんだよ!」

 

 それから、もう一人。誰かが頷くのを待ったような間を置いて、再び三人のウルトラマンが合身する。

 再臨したウルトラマンタイガ・トライストリウムは、炎の剣を携えて、最後に残されたスペースビーストを目指し駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 次々と出現するスペースビーストの軍勢を焼き払い、サンダーキラー(ザウルス)の元を目指していたウルトラマンジードは道中、AIBのペイシャン博士から現地の状況を聞かされた。

 リトルスターを宿したサンダーキラーSが、現在強力なスペースビーストに襲われていること。

 そこにAIB研究員である、ピット星人トリィ=ティプが居合わせていること。

 ……どうやら、辛うじて拾える音声によると、(サラ)はトリィを見捨てず、結果として不利な戦場に留まり続けているらしいということ。

 そして現地で動ける別の戦力は、安静の身を圧して戦場に出たウルトラマンゼロただ一人であり――彼はサンダーキラーSから距離があり、道中の人々を摘み食い感覚で襲おうとするスペースビーストから、たった一人で星山市周辺を守り続けている状況にあって、駆けつけるのが困難であるということも。

 それを聞き、すぐ助けに向かうべきだと。同行していたミラーナイトが鏡から鏡へと二次元を経由して物質を転送させる光線・ナイトムーバーで、別位相に隔離された現地まで、ジードを送り届けてくれた。

 

 そして、トリィが取り零していた携帯電話の画面を転送先の鏡面とし、隔離空間内に出現したジードは、ジードクローをその手にスペースビーストへと突撃した。

 エネルギーが拡散させられてしまう位相空間は、ウルティメイトファイナルにとっても非常に不利な戦場だ。

 だが、体外に出た傍から無力化されるとしても、体表に攻撃エネルギーを纏って飛び込むコークスクリュージャミングは、ウルティメイトファイナルの無尽蔵のエネルギーに物を言わせ、不完全ながらもその発動を可能とした。

 結果、自身を一本の矢としたジードの突撃は、強敵であるヘイデウスに痛打を与え、隔離空間を解除させることに成功していた。

 

 かつて、ベリアル融合獣サンダーキラーを攻略する鍵となったジードクローを手に、ウルティメイトファイナルはさらに畳み掛ける。

 

「――ディフュージョンシャワー!」

 

 ベリアル融合獣サンダーキラーを倒した光の雨が、未だ倒れ込むヘイデウスへと降りかかる。

 対して、ゼッパンドンがその真上にテレポートすると、六角形の緑のバリア・ゼッパンドンシールドを二重展開して自身とヘイデウスを庇い、光線のエネルギーを全て吸収してしまった。

 一定のエネルギーを放出する攻撃では、ゼッパンドンの護りを突破するのは難しい。

 次なる攻撃に思考を巡らせていたジードへと、レイキュバスの鋏を閃かせたファイブキングが迫り来る。ジードは武器を下ろし防御するも、鋏同士のぶつかり合いにより、ジードクローがもぎ取られる。

 だが、それは次撃に繋ぐために、ジードが自ら手放した結果だった。

 

「ギガスラスト!」

 

 両手で握ったギガファイナライザーを旋回させ、鋭い突きとともに光線を放つ。ファイブキングはガンQの盾を合わせたが、ウルティメイトファイナルの無尽のエネルギーを吸い込みきれず、左腕を爆散させてしまう。そして無防備となった胴体へと、ギガファイナライザーによる刺突が突き刺さり、その勢いで後退させる。

 

「ライザーレイビー……!?」

 

 そのまま、三体纏めて一気に薙ぎ払おうとしたジードだったが、そこで光線が拡散するのを感じ取った。

 ――立ち上がったヘイデウスは、既にジードクローに微塵に刻まれたメガフラシの顔を、元通りに修復していた。

 

「もう……!?」

 

 驚愕したところへ、ヘイデウスが口から強烈な破壊光線、デストルドブレスを発射。咄嗟に回転して躱し、ジードクローを拾い上げ、コークスクリューブロックを発動。ファイブキングが残された四つの頭から展開する弾幕もろとも、敵の猛攻を空へ受け流して凌ぐ。

 

「ゼッパンドンは――!?」

 

 残る一匹の姿が見えないことに気づき、ジードは視線を巡らせる。

 真っ先に心配した妹と、彼女が縋るように覗き込む瀕死のトリィ=ティプのところには居なかった。

 代わりにゼッパンドンは、ジードが出現した際に弾かれ転がった、ラグストーン・メカレーターたちの遺体付近に出現していた。

 そして、その両腕の爪と尾の先で、三体のラグストーン・メカレーターの唯一の弱処、その目玉を突き刺した。

 

「――っ!?」

 

 猟奇的な行為にジードが息を詰まらせていると、さらに悍ましい展開が続いた。

 ……茸に塗れ、既に死んでいたはずのラグストーン・メカレーターたちが、潰された目を復元しながら次々と起き上がったのだ。

 

〈なるほど――ビーストヒューマンと同じ理屈か〉

 

 星雲荘の機器を通し、こちらの状況を把握したペイシャンが、レムに代わって解説する。

 死者にスペースビーストの細胞を埋め込み傀儡とした存在、ビーストヒューマン。同じ理屈で、ラグストーンの死体にゼッパンドン型スペースビーストの細胞が侵入し、意のままに操るゾンビとして駆動させているのだ。

 

「……酷すぎる」

 

 ノワール星人の欲望に始まり。死後もこうして酷使され続けるラグストーン・メカレーターの姿に、同じく造られた命であるウルトラマンジードは思わず呻いた。

 ペイシャンが言うには、彼らは元より意識の生じる余地すらない消耗品だとされているが――一切の尊厳を剥奪された様を見れば、思うものはある。

 もし、本当は彼らにも心があったなら――いったい、何を思うのだろうか。

 ――あるいは。ノワール星人の視線に立てば、あくまでも善良な目的で造られた存在であるというのなら。彼らが辿った境遇こそ、かつてダークザギの見た……

 

〈……おいおい。あの大空大地でも駆除を選ぶような相手にまで入れ込むなよ〉

 

 そんなジードへ呆れたように、苦笑交じりのペイシャンが告げる。

 

〈造られた命だからって、何でもかんでも上から目線で同情するな〉

「別に、そんなつもりは……」

〈それに、今はおまえでも、そんな余計なことを考えていられる状況じゃないだろう〉

「……わかっています」

 

 心なし彼の声が苛立って聞こえるのは、同僚のトリィが危機的な状況にあるからだろうか。

 そして、そこに駆けつけたウルトラマンジードとしても――かつて苦戦したラグストーン・メカレーター三体に加えて、強力な合体怪獣型のスペースビーストが三体という、決して安心できない状況にある。

 眼前の敵に集中しろというペイシャンの意図に頷いたジードだったが、そこで悲痛な叫びを耳にした。

 

「トリィ! トリィ! ねぇ、おきてよ!?」

 

 嘆くのは、応戦をジードに任せ、ずっと治癒光線をピット星人トリィ=ティプに浴びせていた、サンダーキラーSだった。

 彼女が呼びかけ続けるトリィは、今も意識が戻らずに、生命が危機的な状態にあるようだった。

 

「サラ、トリィさん――くっ!?」

 

 ジードは、トリィを救おうとする妹を励まそうとしたが、そこにラグストーンが突進してきた。

 サンダーキラーSがバッカクーンの能力で使役していた際は、生前よりも劣化していたそのパワーが、ビースト細胞で不足を補ったためか元に戻っている。二体の突進で手一杯なところに、三体目が飛び込んできて、弾かれる。

 弾かれた先へ、ゼッパンドンが転移する。その灼熱の尾でジードを打ち上げると、今度は飛翔したファイブキングが頭部から放つゴルメルバキャノンで追撃する。

 直撃を受けて垂直落下したところで、ヘイデウスが全身から電撃を放つデストルドサンダーブラストに晒されて、ジードは瞬く間に大ダメージを受けてしまった。

 そこへ、再びラグストーンの一体が突撃して来ようとするところに、背後から三本の触手が絡みついて、その身を浮かせてタックルを中断させた。

 

「……どうしてかってにうごいているの?」

 

 ラグストーンの死体を引っ張り出した張本人であるサンダーキラーSが、その変貌に疑問を感じながらも、兄を救うために触手を回してくれていた。

 サンダーキラーSは、その三本の触手の先端をバッカクーンの尾にキラートランスさせ、再び三体のラグストーン・メカレーターに接続。その支配権を、スペースビーストから奪い返そうとする。

 しかしまるで通用せず、逆にサンダーキラーSの方へラグストーンたちが躙り寄る。事態を察したジードは、ファイブキングの鋏を両手で構えたギガファイナライザーの柄で受け止めて振り返り、警告を発した。

 

「駄目だ、サラ……! ビースト細胞に同化された彼らはもう、今までのようにはいかない!」

「そうなんだ……じゃあ、きのこになぁれ」

 

 兄の助言を聞いたサンダーキラーSは、自らに迫ろうとする怪獣のゾンビに淡々と応じた。

 そして、菌糸を通してエネルギーを吸い上げるのではなく、逆に送り込まれたバッカクーンの茸が急成長。既に全身に根を回していたラグストーン・メカレーターの身体をさらに侵食し、その血肉を自身の構成要素に変えた無数の茸が宿主の甲殻の隙間で無遠慮に笠を拡げ、脆くなった体を崩壊させて行く。拘束されていた一体に至っては、投げ捨てられて地面にぶつかった衝撃だけで砕け散った。

 あっという間にラグストーンを貪り尽くした菌糸たちが合体し、三本の巨大な茸として墓標のように突き立つ凄惨な眺めに、ジードは思わず言葉を失った。

 

「――そっか!」

 

 その頃、サンダーキラーSは何かに気づいたように呟きを漏らしていた。

 

「そうすればよかったんだ……!」

 

 天啓を受けたように逸るサンダーキラーSは、他の何もかもを無視したように、再びその顔を倒れ込んだトリィに向けた。

 

「まっててトリィ、いまたすけるから!」

「サラ、何を――っ!?」

 

 ファイブキングを払い除けたところで、ヘイデウスからデストルドリッパーを喰らって仰け反ったジードの問いかけも、サンダーキラーSは無視していた。

 彼女のすぐ傍には、ラグストーンごと自らのビースト細胞を取り込んだ茸を操れないか、試すように前足で手招きするがしかし何も起こせない、やや間抜けにも思える姿を晒すゼッパンドンも居たが、これも当然無視されていた。

 そして、サンダーキラーSがトリィ目掛けて倒れ込むと――その姿が光の量子に解けて、消えてしまった。

 

「サラ――っ!?」

「うふ――うふふふ、あははははは――!」

 

 焦って身を起こすジードの声に応えるのは、おかしくてたまらないとばかりの笑声。

 それを発しているのは、先程までピクリとも動かなかった――寸前まで身体に負っていた傷が急に完治したピット星人、トリィ=ティプだった。

 身長二メートル足らずの宇宙人に、いずれも体高六十メートルを越す巨大スペースビーストたちが、しかしただならぬ迫力を感じたように様子見へ移った。

 

「……あーあ、本当に馬鹿だったなぁ、わたし。こんな簡単なことも思いつかなかったなんて」

 

 微かな安堵を滲ませながら自嘲するトリィは、しかし彼女の物とは違う声で喋っていた。

 その声は――寸前までの物と比べて、幼さが鳴りを潜めているものの。自らの直感は間違っていないと、ジードは確信していた。

 何故なら、彼女の胸に――既にジードが受け取ったはずの輝きが、灯っていたから。

 

「ウルトラマンも、超獣も……人間と同化できるのにね?」

 

 サンダーキラーSの声を発し、その背に翼の如く八本の触手を展開するピット星人トリィ=ティプは。表情の読み取れない顔で、それでも妖艶に笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 立ち上がったピット星人トリィ=ティプの姿が、眩い雷光に変わった。

 それは隔離空間の作用で拡散させられてしまう前に、究極融合超獣サンダーキラーSとして実像を結び、虹の障壁に包まれた更地に再びその巨体を現した。

 

「……こんな馬鹿な妹を助けに来てくれてありがとう、お兄さま」

「サラ……なのか?」

「ええ、そうよ」

 

 (リク)よりも大人びた丁寧な声音で、スペースビーストたちに囲まれたジードの問いへとサンダーキラーSが頷いた。

 

「トリィさんと、融合した――!?」

「そう――わたしの命で、トリィの身体を治すために」

 

 応えたサンダーキラーSは、その左腕を上向きに構えた――まるで、かつてのベリアル融合獣のように。

 

「……最初からこうしておけば、トリィも危なくなかったのにね」

 

 自嘲するように、サンダーキラーSが呟いた次の瞬間。ジードたちの踏み締める大地が、突如として一変した。

 螺旋を巻いて流砂を呑み込む、底なしの穴――異次元の蟻地獄に。

 

「――っ!?」

 

 突然足場が崩れたのに、ジードとスペースビーストたちはそれぞれに対応を強いられた。

 重力制御での飛行能力を持つジードは、そのまま飛翔。テレポート能力を持つゼッパンドンは、連続の転移により擬似的な飛行状態を作り出し、ホバリングする。

 そしてヘイデウスとファイブキングは、それぞれバードンとメルバの翼を羽撃かせ、空を飛んでいた。

 

〈異次元蟻地獄――アリブンタの能力か!〉

「キラートランス」

 

 ペイシャンが状況を解説する一方で、巨大キノコを呑み込んでいく流砂の上でも平然と立つサンダーキラーSは、静かに呟いていた。

 

「リガトロン・ブースター」

 

 トリィと融合する以前の、舌足らずな印象もない呼びかけとともに、サンダーキラーSの背が変形する。

 巨大なブースターを出現させた究極融合超獣は、その推進力に物を言わせて、打ち上げられたロケットのように、宙を舞う獲物に襲いかかった。

 

「わたしは頭が悪いけど……トリィは賢いんだよ?」

 

 自慢するように嘯くサンダーキラーSが向かう先にいるのは、手負いのファイブキングだった。

 ジードの攻撃で潰された左腕の修復がまだ叶っていない超合体怪獣型のスペースビーストは、右腕の鋏を振り回して抵抗しようとするものの、八本の触手に対しては余りにも無力過ぎた。

 一瞬で右腕を絡み取られへし折られたファイブキングは、破れかぶれとばかりにゴルザとメルバ、(スーパー)コッヴの光線を乱れ打ちにする、カタストロフィースパークを発動。だが、両腕を欠いた不完全なそれは全て、正面から吸収したサンダーキラーSが自らの活力へと変換するだけに終わり、何の牽制にもなりはしない。

 最後に抵抗しようとしていた尻尾まで、サンダーキラーSは己の尾を巻き付かせ拘束。そしてブースターの噴かれる勢いのまま、ベリアルのように禍々しく伸ばした左手の爪を、ファイブキングの腹部、ジードが付けた傷口へと突き刺した。

 

「おいで……?」

 

 密着して放った、誘うような囁きとともに。頭足類の狩りのように、サンダーキラーSは八本の触手でファイブキングを完全に包み込んだ。そのまま、進行方向に開いた異次元の穴へと、貫いた相手もろともに飛び込んでいく。

 

「――ウルティメイトリッパー!」

 

 そして――特殊位相空間から離れたサンダーキラーSが、戒められていた能力を存分に発揮する掛け声が、開いたままだった異次元の穴から零れて来る。

 

「ベリアルデスサイズ……結晶化光線!」

 

 嗜虐的な叫びのたび、血が爆ぜ肉の裂ける音とファイブキングを構成する五大怪獣の悲鳴が唱和される。しかし、すぐに異次元の穴が閉じると、それも聞こえなくなった。

 ……優勢だろうとは、予想できるものの。妹側の戦況も気になるところだったが、ジードとしてもこれ以上、注意を逸らすわけにはいかなかった。

 

 サンダーキラーSが離れたことで、元の地面に戻った更地の上。ジードは残された二体の強力なスペースビーストを、同時に相手取ることとなっていた。

 

 ヘイデウスが大鎌状の切断光線、デストルドリッパーを投げつけてくるのを、ギガファイナライザーで打ち弾く。だが、そちらに応戦していると、今度は背後を取るように転移したゼッパンドンから襲われる。

 ゼッパンドンは距離を取って出現し、両頬からの破壊光線やゼッパンドン撃炎弾で遠方からの攻撃に徹している。光線技を封じられる隔離空間内では純粋な格闘戦しかできないジードは、一方的に嬲られるがままとなる。

 かといって、ゼッパンドン相手に肉薄しようとも、テレポートで瞬時に逃げられてしまうだけ。故にヘイデウス相手に突貫しようとするジードだったが、不用意に近づけば全方位に放たれるデストルドサンダーブラストを躱すことができず、感電させられてしまう。

 ならばともう一度ジードクローを構えたウルティメイトファイナルだったが、そうするとゼッパンドンもヘイデウスも全身から光線や火球、生体ミサイルまで放ってきて、正面のみを防御するコークスクリュージャミングでの突撃を許さない。

 そうして攻めあぐねていると、再び空が割れた。

 

 異次元に通じる穴から飛び出して来たのは――心配無用な様子だった、サンダーキラーSのみ。先程までは使っていなかった、触手の間にエネルギー状の皮膜を展開した翼を拡げて、究極融合超獣は悠然と舞い降りてきていた。

 

「キラートランス」

 

 ジードとヘイデウスの間へ割り込むように降り立ったサンダーキラーSは、前翼を構成する触手の先端を、死神に似たスペースビーストへと向けた。

 

「ファイブキング・アームズ」

 

 次の瞬間、サンダーキラーSの触手の鉤爪が、ファイブキングの左腕の装備であったガンQの頭部に変貌。計四つの魔眼が吸収能力を発動し、光線も電撃も、生体ミサイルさえも綺麗さっぱり、その目の中に取り込んでしまう。

 

「返すわね」

 

 収束された火線が放たれ、ヘイデウスを強襲。自らの繰り出した猛攻に晒されたヘイデウスの動きが鈍る。

 

「ウルティメイトリッパー!」

 

 続けて、サンダーキラーSは後列四本の触手から、矢継ぎ早にジードから模倣した八つ裂き光輪を発射。転移してゼッパンドンが躱すと、背後に先回りしていた触手が光輪をキャッチして、再投擲する。

 転移先で意表を突かれたらしいゼッパンドンがシールドで凌ぐが、内一発には展開が間に合わず素通りされ、光の巨大手裏剣がスペースビーストの顔面に突き刺さる。

 

「――やるね」

 

 サンダーキラーSが、感心した声を漏らした。

 顔面まで到達したウルティメイトリッパーは、スペースビーストの首を落としていなかった。

 寸でのところで、ゼッパンドンは自らの牙で光輪を文字通り食い止め、そのまま噛み砕いて防いでいたのだ。

 

「サラ……なんでその技を?」

 

 だがジードはゼッパンドンの反射神経よりも、そもそもサンダーキラーSが繰り出した技にこそ驚いていた。

 

「トリィと融合して、賢くなったのよ――わたし」

 

 対して、焦らすようにサンダーキラーSは豪語する。

 

「おかげで、どうしてわたしたちと違って、スペースビーストは光線が使えるのかわかった――ビースト振動波があれば、この中でもエネルギーは拡散しないの」

 

 それは確かに、中ノ鳥島での戦いの頃からそうだった。おかげでジードたちは、不利な戦いを強いられ続けていたわけだが……

 

「だから、食べちゃった♪ さっきの怪獣さん」

「えっ」

 

 妹のとんでもない悪食を聞かされて、ジードは二の句を繋げなくなった。

 

「ビースト振動波を取り込んだから――わたしはもう、この空間に邪魔されない」

 

 告げる間にも、サンダーキラーSは触手からフォトンエッジとフォトンクラッシャーを発射して、体勢を立て直しつつあったヘイデウスの翼腕を切り落とそうとする。

 八条の光の鞭刃が迫るのを、ヘイデウスはその翼の強靭さで打ち返す。しかし、流石に無数の裂傷を代価として刻み、圧されたように後退する。

 

「お兄さま。このスペースビーストは、わたしにやっつけさせて」

「サラ……?」

「トリィを傷つけた報い、思い知らせてあげるの……!」

 

 憎悪の滲んだ声を漏らす究極融合超獣に、ジードは一瞬気圧された。

 ――続けて、そんな理由だけで戦ってはならないと、制止を呼びかけようとしたが。

 不吉な気配が、彼女の睨む先から漂ってきて、ジードは思わずそちらを向いた。

 

 見れば、前方に転移してきたゼッパンドンが、シールドでサンダーキラーSの攻撃から庇っている間に、ヘイデウスが胸部に膨大なエネルギーを蓄えていた。

 

〈またあの攻撃か――っ!〉

異次元潰滅光線兵器(Different dimension destruction device ray)――D4(ディーフォー)レイって、トリィは仮称したみたい」

 

 ジードからの通信を経由し、状況を把握したペイシャンが忌々しいとばかりに舌を打つ。一方で、流暢に英単語を並べたサンダーキラーSは、悠然と構えていた。

 

〈空間を物理的に破壊する超獣の特技を、M78星雲人の光線制御と合わせることで、直接攻撃への転用に成功した能力。破壊力の本命は光線ではないから、光線吸収能力は無意味。次元崩壊であらゆる物質的、そして時空構造への干渉による防御も無効化し、一方的に消滅させる。同等以上のエネルギーを相互干渉させるしか、防ぐ術はない!〉

 

 ペイシャンの解説に、ジードは息を呑む。光線技やバリアを封じられた今の己には、耐える手段がないということを意味していたからだ。

 

「ええ。そんな使い方があるなんて、驚いちゃった」

 

 ジード単独では脱出もできない現状、対抗する唯一の希望となるサンダーキラーSは、余裕綽々でその禍々しい光を見据えていた。

 

「でも――わたしもできるよ?」

 

 ウルトラマンベリアルの血を受け継ぐ究極融合超獣が、傲然と嘯いた。

 その言葉を証明するかの如く。サンダーキラーSの胸元には既に、ヘイデウスが収束するのと同じ、紫色の極光が集まっていた。

 

「デスシウムD4レイ……発射」

 

 サンダーキラーSが告げると同時。向かい合う融合獣が互いの胸から放った眩い破滅が、正面から衝突する。

 光線は拮抗し、激突の余波で周囲の空間を陶器のようにひび割れさせながら、その凄まじい異次元のエネルギーで互いを砕き合う。

 そこで、サンダーキラーSの集中を乱そうとするように。撃ち合いの寸前に転移で逃れていたゼッパンドンが、横合いから火炎弾を発射する。

 

「――させるか!」

 

 そこでジードは身を翻し、ゼッパンドンの火球を旋回させたギガファイナライザーで防いだ。

 

「……ありがとう、お兄さま」

 

 振り返って――どこか、寂しそうに。けれど、嬉しさも隠さずに呟いたサンダーキラーSは、その顔を正面へ向け直すのに、八本の触手も連動させていた。

 ――その瞬間、ヘイデウスは戦慄したことだろう。

 八本の触手、その一つ一つ――そしてサンダーキラーSの口も、胸から放つのと同じく眩い輝きを、湛えていたということに。

 

 次の刹那、ヘイデウスが放つデストルドD4レイとの撃ち合いに、追加で発射された九条のデスシウムD4レイが合流。出力を跳ね上げたサンダーキラーSの放つD4レイが、あっという間にデストルドD4レイを丸呑みにして、ヘイデウスへと直撃する。

 破滅の光に蹂躙された死神の如き異生獣は、自らの存在した空間ごとひび割れを走らせ、もろとも砕け散ったことで、この世界から完全消滅したのだった。

 

 

 

 

 

 




Cパートあとがき



・隕石落とし
 バシレウスことストロング・ゴモラントの設定では特に言及されていない技。
 元ネタはEXタイラントの同名の技。巨大な小惑星を鎖で繋いで力任せに引き寄せるEX版とは仕様が色々と違うので、他の技と同じようにカタカナ表記でも良いのかもしれませんね。シューティングディザスターとか。まぁた厨二。
 本当はあちらがペダン星を滅ぼした展開に合わせ、地球の衛星である月を落として来ようとするのに月を壊してしまうと勝っても大災害が……と念力合戦を頑張って制する流れを考えていたのですが、流石にインパクトの閾値が本筋の邪魔なので泣く泣く断念。バシレウスことストロング・ゴモラントの格を上げるチャンスだったもののやはり不憫枠のようですね。


・レッキングヘルボール
 あんまり使われないうちに本作オリジナルの強化技に変化しました。
 インフェルノ・バースト含め、言うまでもなくお兄ちゃんリスペクトの技名ですね。


・異次元潰滅光線兵器
『ウルトラマンZ』で登場し、ラスボスの主砲として活躍したD4は正しくは「異次元潰滅兵器」なのですが、『ウルトラマンZ完全超全集』の79p等で確認できるD4レイの設計図では「Different dimension destruction device ray=D4レイ」と記載されているため、D4レイという名称を何とか使おうとした結果、光線が兵器の前に付け足された格好になります。


・アマルガムタイプビースト「ファイブキング」&「ゼッパンドン」

 邪神ザ・ワンが取り込んだ怪獣の情報を組み合わせて作った分身のスペースビーストで、収斂進化的に能力や容姿が同名の怪獣に近くなっているという扱い。
 ファイブキングの方は、キメラベロス化しても顔面的に扱いに困るのでそのまま出ました。

 ゼッパンドンの方は、ジャグラーやマガオロチの要素はそこまで目立つ形で出ていないのでスペースビーストの収斂進化と言い張るとして、問題はウルトラマンゼットがゼッパンドンのことを知らなかった点になります。
 考察元のゼットさんの座学の成績自体に不安があるものの、本作では「光の国はニアミスしながらもその存在を正確には把握していないが、アングラ宇宙人の中にはゼットンとパンドンが融合した怪獣の噂を知っている者も居る」ぐらいの感覚でいきたいな、と考えております。
 自動的に光の国とスペースビーストの戦争では記録に残るほど出ていないし、当時のゼットさんが目撃することもなかったことになるので、こいつも光の国から逃げた後に新たに対ウルトラ戦士用に開発した分身という方向でお願いします。

 ヘイデウスことデストルドスと合わせて、ある意味『ウルトラマンZ』組としての合体怪獣チームになります。




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第十話「強敵-アマルガム-」Dパート

 

 

 

 難敵イズマエルグローラーを倒し、遂にその真価を取り戻したウルトラマンタイガ・トライストリウム。

 合流した絆の勇者とともに、培養合成獣スカルゴモラ・レイオニックバーストは、最後に残された、そして最強の尖兵、合体怪獣型スペース(アマルガムタイプ)ビースト・バシレウスとの激突を続けていた。

 

「くそ、こいつも再生するのか……!」

 

 戦線に加わるも、主武装となるタイガトライブレードで斬りつけた傷が即座に復元されてしまい、光線技も吸引アトラクタースパウトで無効化してしまうバシレウスを相手に、攻めあぐねたタイガが苛立った声を上げた。

 太極拳の術理も活用し、バシレウスを肉弾戦で圧倒するスカルゴモラも、しかし打てども打てども体力の減る様子を見せないその生命力を相手に、タイガとの二人がかりでなお決め手を欠いた状態にあった。

 

「(この、しぶとい……っ!)」

〈おそらく、ゴモラに加えて、液汁超獣ハンザギランから奪った生命力によるものでしょう。ヤプールが再現した後発型は、太陽光がなくとも超獣としての存在を保ち、一定の再生力を維持していました〉

 

 メタフィールド抜きでは今のトライスクワッドはトライストリウムになれず、スカルゴモラも周辺被害を気にして本気を出せない。それではこの優勢すらも維持できない。

 早くメタフィールドを解いて、他の敵を引き寄せねばならないのに――そんなスカルゴモラの焦燥を受けて、レムが考察を述べる。

 

〈ですが、あくまで一定――スペースビーストとしての再生力と合わせても、メタフィールド内で今のルカの光線を当てれば、充分倒せるはずです〉

「(その光線が効かないんだってば……っ!)」

〈ベムスターに由来する吸引アトラクタースパウトは、一定のエネルギーを取り込み終えると、再使用のためにインターバルを必要とします〉

「――それなら!」

 

 レムの報告を受けたタイガは、自らを襲ったバシレウスの尾を切り払いながら距離を取った。

 狙いを察したスカルゴモラも、進歩搬攔捶(ジンブーバンランツィ)で剛拳をバシレウスに叩き込み、強引に後退させて距離を取る。

 続けて、体勢を崩したバシレウスに怪獣念力で上空から圧力を加え、転倒させる。グラビトロプレッシャーを逆に受ける格好となったバシレウスは、やはり念力で反発する重力場を作り身を起こすが、時間稼ぎは充分に果たせた。

 そして、厄介な重力操作という切札を、スカルゴモラへの対処に費やさせることにも成功した。

 

風真(フーマ)! 烈火斬!!!」

 

 その隙を狙い澄まし、タイガが逆手に構えたトライブレードから、青い炎の飛ぶ斬撃を繰り出した。

 超巨大手裏剣のような風真烈火斬は、先程から続けてタイガを狙っていたバラバラバテールと激突。尾の先端の凶刃は青い炎の刃に敵わず焼き切れ、バシレウスは腹部の吸引アトラクタースパウトによる無力化を余儀なくされる。

 

「今だ!」

「(インフェルノ・バーストォっ!)」

 

 レムの言う、吸引アトラクタースパウトのインターバル――それを作ったタイガの合図を受け、スカルゴモラは口腔に集約した全エネルギーを放出した。

 都合三発目の、分解消滅光線。対して、バシレウスは頭部からのハイパーデスファイヤーと、腹部から猛烈な勢いの冷凍ガスを、二重螺旋状にして繰り出した。

 超高温と、極低音――その歪みが互いの効果を高め合い極大の破壊力を作り出す超温差光線・ハイブリッドヘルサイクロンが、インフェルノ・バーストと激突。相手を消滅させようとする膨大なエネルギー同士が相克し、メタフィールドの中を白く染め上げる。

 吸収した風真烈火斬のエネルギーをも転用し始めたハイブリッドヘルサイクロンを、それでも全力のインフェルノ・バーストが圧して行く。だがじりじりとした干渉点の移動ペースでは、またも光線吸収を許すようになってしまう。

 そんなスカルゴモラの懸念を察したように、タイガが動いていた。

 トライブレードを手放した彼は、自らが斬り落としていたバシレウスの尾の先端をその手に掴む。切り離されても、なお単独の生物のように暴れていた尾を脇に挟んで押さえつけると、ブラストアタック時の要領で右手でなぞり、炎を灯した。

 

「――タイガ! ブラストランス!」

 

 そうして、タイガは発火したバラバラバテールの先端を、燃え盛る槍に変化させて投擲した。

 スカルゴモラとの撃ち合いと念力合戦に全力を費やしていたバシレウスには、それを防ぐ術などなく。自らの一部が変化した槍を首元に突き立てられ、その身を大きく仰け反らせた。

 

「(終わりだぁあああっ!)」

 

 射線が乱れたその瞬間を見逃さず、スカルゴモラは限界を越える勢いで、自らのエネルギーを放出した。

 射手自身の目をも眩ませるほどの青い光は、ただの個別の地獄の炎と氷に別れた竜巻を掻き消して、王の名を冠するスペースビーストに直撃。いくら強固な肉体を誇ろうとも、吸引アトラクタースパウトの力がなくては、純粋な破壊力に加えて分子分解と量子情報消滅の二重の効果を重ねた熱線を凌げるはずもない。

 そしてアマルガムタイプビースト・バシレウスは全身を量子分解の青い発光体に変化させ、高熱が巻き起こす茸雲型爆発の勢いのまま解け、デビルスプリンターごと散って行った。

 

「やったな!」

「(ようやく――倒した……っ!)」

 

 手応えを確かめたスカルゴモラは、区切りとなる勝利の咆哮を短く終わらせ、漲っていた闘志を鎮めていく。

 戦いはまだ終わっていない。緊張の糸を切るわけには行かないが、レイオニックバーストの力を全開にしたまま元の世界に戻れば、身に纏う高熱だけで地球環境に大打撃を与えかねないからだ。それではスペースビーストを殲滅できても意味がない。

 それを理解していたスカルゴモラは、レイオニックバーストを、次いでメタフィールドの不連続時空間を解除して、この星と妹を狙う不埒な輩共の目を再び自らに向けさせようとした。

 

「これは……」

 

 だが――メタフィールドから外に出たことで、強制的に合身を解かれたトライスクワッドとともに、スカルゴモラは想定外の眺めを、中ノ鳥島の空に見ていた。

 

「(帰っ……てく……?)」

 

 

 

 

 

 

 D4レイの撃ち合いに、決着が付いたその頃。

 残されたアマルガムタイプビースト・ゼッパンドンと、ウルトラマンジード・ウルティメイトファイナルは、なおも激突を続けていた。

 ジードがギガファイナライザーを打ち込んでも、ゼッパンドンはテレポートで回避して距離を取る。

 そして、安全な距離から一方的に、光線や火炎弾を浴びせに掛かるのが、ここまでの戦いの展開だったが。

 

「バーニングブースト!」

 

 躱されたその時、ジードは既に、周囲を覆っていた虹の壁が失くなっていることに気がついていた。

 片手で放つ爆熱光線を、振り返りざま、ゼッパンドンへの反撃に発射。油断していたゼッパンドンは、突然の光線に直撃を許し、自らの攻撃を中断する。

 だが、自身も高熱を纏うゼッパンドンは、爆熱光線への耐性を見せる。下手な超獣でも即貫通するほどのエネルギーに、ゼッパンドンシールドを展開するまで持ち堪える。

 そうして光線技を吸収する壁を設けて、バーニングブーストをゼッパンドンが防ぎ始めたのを見たジードは照射を止めると、両手でギガファイナライザーを握り締めた。

 

「クレセントファイナルジード!!」

 

 全力で放つのは、旋回する三日月状の切断光線。テレポートによる回避ではなく、防御を選び様子見していたゼッパンドンは、超絶的な威力でそのシールドを貫く一撃を回避するタイミングを逸していた。

 そして、ゼッパンドンシールドごと本体を貫いたクレセントファイナルジードが駆け抜け、一刀両断されたゼッパンドンが左右にずれる。

 

「ビッグバスター……ノバ!」

 

 ほぼ絶命したスペースビーストに対し、その細胞を残すわけにはいかないと、ジードは腕をL字に組んで追撃の光線を浴びせに掛かった。

 断面を晒して劣化したとはいえ、ゼッパンドンの耐熱性すら上回る熱量の破壊光線はその全身を焼き尽くし、跡形もなく消滅させた。

 

「これで――今度こそ、終わりか……?」

 

 油断せず、ジードは周囲を見渡す。

 

〈そのようだ。星山市上空、そして中ノ鳥島までの太平洋上のスペースビーストは、どれも撤退を始めたらしい〉

 

 その疑問に、ペイシャンが現況を答えてくれた。

 

〈ルカの方も、イズマエルと同格以上のビーストが出現していたようだが、つい先程そいつも倒したようだ。最上級の分身が尽く敗れ、形勢不利と見て一時撤退、というところのようだな〉

「そっか……勝ったんだね。ルカとタイガも」

〈逆を言えば――次はそれだけの戦力があることを踏まえて、奴らはやって来るわけだがな〉

 

 妹や後輩たちの勝利を知らされたジードが安堵するのに対し、ペイシャンは苦々しさを隠しもせずに続ける。

 

〈奴らの支配者であるザ・ワンは、リトルスターの誘引で我を忘れることのない精神強度と知能を持ち合わせているようだ。逆を言えば……その上で、捕食本能のままに他者や宇宙を滅ぼすことを、自ら選んでいることになる〉

 

 最も性質が悪い知性の在り方に、ジードも喜んでばかりは居られなくなった。

 スペースビーストは、ビースト振動波を介し個体同士で情報を共有する。今回の戦いで見せた手の内は全て把握され、順次対策されてしまうだろう。次はこちらの妨害を突破できるだけの布陣を整えた上で、第二の攻勢を仕掛けてくる。

 それこそ、滅亡の邪神と謳われるハイパービースト・ザ・ワン本体も、降臨するのかもしれない。

 あるいはリトルスターへの執着を捨て、巨大戦力がいくら応戦しても意味のない、大量のオコリンボールを市街地にばら撒くような――

 

「……お兄さま」

 

 次の戦いについて、早くも懸念を募らせていたジードだったが、そこで自身を呼ぶ声へ気づいた。

 

「サラ……! ありがとう。助けに来たつもりだったけど、君が居なかったら勝てなかった」

 

 そこでまた、いつものように褒められちゃった、なんて、笑ってくれるのを予想していたジードは――しかし、どこか物憂げなサンダーキラーSの様子に気づいた。

 

「ううん。お兄さまが来てくれなかったら、きっとわたしはトリィを死なせちゃってたから……そんなこと、言って貰える資格はないわ」

「サラ……?」

「助けてくれてありがとう、お兄さま。お姉さまと、仲良くね」

「待って、サラ……そんなこと言うなって、一緒に帰ろうよ!」

 

 あれほど、兄姉に執着していた(サラ)の思わぬ言葉に、ジードは咄嗟に食い下がった。

 対して、サンダーキラーSは小さく頭を振った。

 

「無理だわ。わたし、お兄さまに、とっても痛い思いをさせたから……」

「――そんなの、僕はもう気にしてないよ」

 

 充分に反省した様子の妹に、ジードは声を和らげた。

 

「ルカだって――トリィさんを守って、僕を助けてくれた君のことを、もう怒ったりなんかしない。きっと許してくれる」

「……ごめんなさい」

 

 兄の訴えに、究極融合超獣は首を振った。

 

「わたしは――トリィを傷つけられて、あの怪獣さんたちが許せなかった。だから……お兄さまを傷つけたわたしを、お姉さまが許してくれるなんて、信じられない」

 

 姉がどれほど本気で怒っていたのかを、その身に刻まれた痛みだけではなく――自らも同じ経験をしたことで理解したサンダーキラーSは、罪を自覚したからこその苦しみを吐き出した。

 ――見くびるな、と。声を荒げるべきかもしれない。ルカがどんな気持ちで、サラを助けたいと戦っていたのかを、この子にきちんと教えてあげるのが、二人の兄としての務めなのかもしれない。ルカの兄としても、妹を愚弄されたような怒りを感じていた。

 だが、相変わらず圧倒的な力を見せた究極融合超獣の、酷く所在なさげな姿が、そんな気持ちを萎ませて……サラの兄として、彼女の感じている苦しみを無下することが、どうしても躊躇われてしまったために。ウルトラマンジードはその時、何も言えなくなっていた。

 

「いくら、お兄さまたちが優しくても――怖いの」

 

 その感情を漏らした、次の瞬間。サンダーキラーSの姿は、ジードの視界から消え失せた。

 プリズ魔に由来する光量子化能力か、それとも大蟹超獣キングクラブの透明化能力か。ともかく見失った直後、一瞬だけ空が割れて、そしてすぐ元通りになったのを見て、ジードはサンダーキラーSが異次元に身を移したことを悟った。

 

「サラ……」

 

 ――大きな犠牲を払うこともなく、緒戦は勝利した。

 だがそれは、多くの助けがあったからで。なのに、自分は妹を取り戻すことが――ルカに託された願いを、繋ぐことができなかった。

 

 己の兄としての未熟さと、戦士としての力の不足を痛感させられたウルトラマンジードは……かつてのように、自棄になるなんて無様は晒さずとも。それでも、その時ただ立ち尽くしてしまうことを、堪えることができなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 中ノ鳥島の地下に潜んだ星雲荘の、中央司令室。

 バシレウスを打倒し、それを受けたスペースビーストたちが、全て地球圏外に撤退してしまったその後。

 タイガたちがエネルギーの消耗を抑えるためにも、宇宙空間での警邏に向かった後。培養合成獣スカルゴモラは、地球人に擬態した形態――朝倉ルカへと姿を変えて、この拠点に戻っていた。

 それから、師匠も不在の状況で一人、黙々と太極拳の套路を重ねていた朝倉ルカは、転送されてきたエレベーターを見て思わずその手を止めた。

 

「おかえり、お兄ちゃん!」

「……ただいま、ルカ」

 

 出迎える妹に対し、兄である朝倉リクは沈んだ表情に、それでも笑みを浮かべて応じてくれた。

 だが、続けて彼は目を伏せる。

 

「ごめん……折角送り出して貰ったのに、僕はサラを連れ戻せなかった。頼りにならないお兄ちゃんで、本当に……」

「――そんなわけないよ。ありがとう、お兄ちゃん。サラのことを助けてくれて」

 

 謝罪する兄に、ルカは首を振った。

 既に、状況はルカも聞き及んでいた。帰還する兄が、(サラ)を伴ってはいないことも。

 だが――他者を庇って、絶体絶命の危機に遭ったサラの窮地に、リクが間に合ったことで、その二人を救うことができたということも、ルカは既に知っていた。

 

「お兄ちゃんはいつも、約束を守ってくれてる……あの子がお兄ちゃんの手を取れなかったのは、私のせいだから」

「ルカ……!」

「いいよ、お兄ちゃん。本当のことだもん」

 

 気を遣って声を上げる兄に首を振り、ルカは続けた。

 

「……私もね。本当は今日の今日まで、ずーっと怖かったんだ。タイガのこと」

 

 一週間前、兄の土産話を聞いて、彼が家族を救えたことを祝った時でさえも。本当は、ただ兄の目を気にしていただけで、心からそう思えたわけではなかった。

 

「だから、わかるんだ。サラが私のことを怖がるのも……」

 

 ルカは妹のことを、タイガから己がされた以上に手酷く痛めつけたのだから、それは当然の結果だ。

 

「だけど、私は……お兄ちゃんのおかげで、タイガのことが怖くなくなった」

 

 それはあの日、ルカの恐怖の記憶から作られた偽物を、倒してくれたからではなく。

 その暴力から、身を挺して守ってくれただけではなく。

 彼もまた、ルカたちと同じように苦しんで――その痛みを、誰かを傷つける言い訳にせず。他の誰かに寄り添える優しさにした、一人のウルトラマンなのだと、知ることができたから。

 その奇跡を、兄の優しさが呼んでくれたから。

 

「だから……いつかあの子も、私のせいで泣かなくていい日が来るかも知れない。そう思えただけで、私は充分だよ」

 

 伊賀栗レイトのくれた言葉を、ルカは振り返っていた。

 許して欲しい、だけじゃない。確かに仲直りしたいけれど、ルカがサラのことを守りたいと思う理由は、それだけではない。

 

「それまでは――ううん、それからも。許して貰うためじゃなくて、あの子に笑っていて欲しいから。一緒に、ドンシャインごっこした時みたいに」

 

 殺し合うために造られた命が、そんな理由に関係なく戯れることができたあの日の思い出を、ルカは振り返る。

 ――あの時のルカは、そして(リク)も、きっと、(サラ)も。確かに幸せを感じていたはずだと、信じていた。

 また、兄妹に幸せとなって欲しい。そんな己の祈りを、ルカは見つけていた。

 

「失格かどうかは、私が決めることじゃなくて――私はあの子の、お姉ちゃんだから。勝手に諦めちゃいけないんだ」

「ルカ……」

 

 ルカの言葉に、感じるものがあったように。それから、安堵したような表情を浮かべる兄へ、ルカは少しだけ情けないことを口にした。

 

「――なーんて、偉そうなこと言っても……私だけじゃ、大したことはできないから。きっと、今までよりたくさん頼っちゃうと思うけど――よろしくね、お兄ちゃん」

「……うん、もちろん」

 

 そんな風にルカが甘えを見せると、リクは迷いの失せた顔で頷いてくれた。

 

「サラは、僕の妹でもあって……それに、ルカもあの子のお姉ちゃんである以前に、僕の妹だからね。お兄ちゃんが妹を助けるのは、当たり前のことだから」

 

 決意に満ちた兄の答えを聞いて。ルカはそこに確かな希望と、こそばさを感じて、笑みを零していた。

 

 

 

 

 

 

「戻ったか、ウルトラマンジード。食事の準備はできている」

 

 話が段落したのを見計らったように、黒服とエプロンに身を包んだ偉丈夫――AIBの上級エージェント、シャドー星人ゼナが、ひょっこりと顔を出した。

 スペースビーストを人口密集地から引き離すため、AIBが一般社会に秘匿して保有するこの島に、囮となるルカを配置する――その作戦を遂行するに当たって、AIBの協力者として、彼が星雲荘で寝食を共にするようになっていた。

 とはいえ、あくまで彼以外が動かせば命に関わる戦力であるゼガンの運用が主目的のはずが、島内施設に関する操作権限の補助のみならず――戦闘で消耗するのは彼も同じはずなのに、何故か家事まで引き受けてくれていて、リクは恐縮する想いだった。

 余談だが、高度なサバイバル技術の賜物か、ゼナの料理はかなり美味しかった。

 

「ゼガンの分、後で私が持って行っても良い?」

「……構わないが、気をつけてくれよ」

 

 彼が操っていた時空破壊神ゼガンもまた、今はルカたちのリトルスターの光に惹かれないよう調整を施した上で、中ノ鳥島の近海で眠っている。

 それでも、万一のことがあればと心配した様子のゼナに、ルカは「はいはーい!」と軽い調子で返事をしていた。

 ……妹はどうやら、ゼガンのことを近所の大型犬ぐらいに思っていそうだと、リクは苦笑する。確かに彼女が共闘した回数はジード以上で、友情を感じるには充分なのかもしれない。危惧される万一の場合でも、今のルカは最早、ゼガン相手に遅れを取ることもないだろうから、気楽な様子だ。

 昨日からは想像もできないぐらい、ルカは元気を取り戻してくれていた。ライハやレイトももちろんだが、何よりあのタイガが志願して駆けつけてくれたおかげだと、リクは感謝を胸に抱く。

 

「……トリィ=ティプはまだ、見つかっていないようだ」

 

 そういえば、昨夜も今朝も見ていなかったが……デスマスクのように顔の筋肉を動かせないシャドー星人は、どうやって食事を摂るのだろうと。失礼にもジロジロと視線を向けてしまっていると、配膳した料理に手を伸ばすよりも先に、ゼナがそう切り出した。

 

「ごめんなさい。サラが、そのまま……」

「――無事だと思うか?」

 

 無礼に慌て、それから話の内容で申し訳ない気持ちとなったリクが頭を下げるのにはとりあわず、ゼナは強い眼差しで問うてきた。

 

「はい」

 

 対して、躊躇いなくリクは頷いた。

 あの時――どれほどサラが必死になってトリィを助けようとしていたのかを、リクは直に見ていたから。

 

「……そうか」

 

 兄として妹を信じるリクの返答に、ゼナはそれ以上何も言うことなく、ただ納得したように目を伏せた。

 今、トリィと同化していたサラがどこにいるのか、それはリクにもわからない。おそらく、リトルスターの光を観測できない異次元に、今も身を潜めているのだろう。

 だが、いつまでもそうしては居られないはずだ。何せ、滅亡の邪神ハイパービースト・ザ・ワンとその眷属は、超獣の特性すら奪い取り、異次元への出入も可能としているのだ。

 未だ、(ルカ)のことは怖い、と思っていても……同時に、窮地に駆けつける(リク)は、この次元にしかいないことを、サラも悟っているだろうから。

 大切だと感じているトリィのため、末妹はこの次元に戻って来るはずだと――リクは、そう予想していた。

 

「――レム。聞きたいことがあるんだ」

 

 そこまで考えたところで、リクはレムへと問いかけを放っていた。

 たくさんの優しい人々が生きる、この地球を守るため。

 そして、(オリジナル)であるベリアルをも越える戦闘兵器として合成された妹たちに、本来は闘争を主眼に置いていない偶像型の模造品が、純粋な力で及ぶ道理がないとしても――彼女たちの兄として、責任を果たすため。

 朝倉リクは、自らの可能性をもう一度、確かめようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 夕刻。トリィ=ティプが目を覚ましたのは、朝出たはずの自分の部屋の中だった。

 

「……おめざめ、トリィ?」

「サラ……?」

 

 自らの顔を覗き込む、幼い少女の姿を見て、トリィは少し混乱する。

 どうして、サラの顔が見れるのだろう。自分は確か、彼女と融合して――

 

「――!?」

 

 そこでまどろみから完全に覚醒したトリィは跳ねるように身を起こし、慌てて自らの身体に触れた。

 

「けが、ぜんぶなおしたと思ってたけど……まだどこか、痛い?」

 

 心配そうにサラが問うことで、トリィはスペースビーストに襲われて重傷を負い、死に瀕していたところを、彼女が憑依してくれたことで命を繋いだ記憶が真実であることを理解した。

 だが、そうであるなら――融合した後の出来事に関する記憶も、全て真実であるとすれば……

 

「サラ――あなた、スペースビーストを食べたの!?」

 

 トリィと同化したことで。相応の判断力を身につけたサンダーキラーSは、相性上最も容易に完封できる手負いのファイブキングを異次元に拉致して、解体し、吸収した。

 それによってビースト振動波を解析し、メガフラシの隔離空間への耐性を身につけるため。

 だが、それはつまり、スペースビーストとの同化を意味している……!

 

「うん。あ、トリィのからだには、のこしていないからだいじょうぶ。ピット星人には、あぶないものね」

 

 しかし事も無げに。サラは幼子がきちんと部屋の片付けをしたことを誇る程度の気軽さで、笑っていた。

 流石に信じられない思いで、トリィは問いかける。

 

「本当に……? あなたは、あなたのままなの――?」

「うん。だってわたし、究極融合超獣なんだよ? あんな怪獣さんなんかに、のっとられるはずないよ」

 

 超獣の特性を取り込んでいたスペースビースト、ヘイデウスを目の当たりにしたはずのサラは、なおも危機感なく笑っていた。

 ……トリィに憑依していた間は、その記憶や知能をも活用して、サンダーキラーSは戦況を判断し、戦っていた。

 だから――今は分離したために、トリィ自身も認識が曖昧になっているが、サンダーキラーSの一部であったその時は。無鉄砲な子供の判断力ではなく、トリィの知性が、彼我の能力を判断し、今のトリィでも認識できるスペースビーストの危険性を承知の上でなお、そのような行動を取らせたはずなのだ。

 ならば、この子は……まさか。

 

「……なのに、ごめんね、トリィ。わたしがばかだから、あんな怪獣さん相手に、トリィをけがさせちゃった。どうかしてなおすのも、すぐにおもいつかなくて……」

「そんなことないわ。あなたが助けてくれなかったから、私も、この街も、きっと助からなかったから」

 

 消沈して謝るサラに、トリィは首を振った。

 超獣も、ベリアルも。他者への憑依は、その存在を癒やすためではなく、知識や立場を利用して使い潰すための手段としていた。それで命が繋がれた例があるのは、結果論に過ぎない。

 その能力を、命を分け与えるためにも使えると、自ら判断できたこと。それだけでもサラを褒めるに値すると、トリィは心から思っていた。

 

「偉いわよサラ。良い子ね」

「いい子――!」

 

 なりたいと彼女が望んでいた評価に、サラは一瞬目を見開いた。

 だが続けて、「でも……」と、またも消沈した様子で言い淀む。

 

「……せっかく、トリィにはげましてもらったのに。お兄さまが助けにきてくれて――お姉さまも、ゆるしてくれるって、おしえてもらったのに……わたし、こわくて、にげちゃった」

 

 いい子になって、やりたかったはずのことを目前に。自分が選んでしまった行為を、早くもサラは悔やんでいた。

 

「じぶんからにげちゃった……もう、なかなおりなんか、できない」

「――そんなはずないわよ」

 

 泣き出しそうなサラの言葉を否定して、トリィは安心させるように微笑んだ。

 

「だって、あなたのお兄ちゃんは、一緒に帰ろうって言ってくれたんだもの。向こうだって、仲直りしたいと思っているんだから――ちょっと振られたぐらいじゃ、諦めないわよ、きっと」

「そう、かな……?」

「だって、あなたも――お兄ちゃんたちがなかなか遊んでくれなくっても、嫌いになんかならなかったでしょ?」

 

 その指摘は、盲点だったようで。

 瞠目したサラへ、トリィはゆっくり語りかけ続けた。

 

「それに――あなたはもしかすると、この宇宙を救うのに欠かせない存在なのかもしれない」

「……そうなの?」

「ええ。スペースビーストを取り込んでも平気ということは――あなたには、ビースト振動波を無効化する力があるはずだから」

 

 それは、おそらくダークザギの次元で発見されたものとは、異なる物なのだろうが――それでも齎される結果に、大差はない。

 トリィが開発を期待されている、対ビースト抗体……雲を掴むような話だと思っていたら、思わぬ手がかりを、トリィは意図せず拾っていたのかもしれない。

 

「ねえ、サラ。私の仕事に協力してくれる?」

「けんきゅう、きょうりょく……じょしゅさん、ってこと?」

「……そうね。あなたが望むなら、そういうのもやって貰おうかしら」

「じょしゅさん……!」

 

 今朝見つけた夢に繋がる第一歩を聞いて、仄かに興奮した様子のサラに、トリィは笑みを零しながら問いかけた。

 

「宇宙を救う研究の、助手さんなんて……すごく賢くて良い子だと思わない?」

「うん、おもう!」

「じゃあ――お兄ちゃんたちが、痛い思いをしながらスペースビーストと戦わなくても良いようになる研究を頑張ったら……きっと胸を張って、帰れるわよね?」

「……うん。そしたら、きっと――」

 

 頷いてくれたのを見届けて、トリィはサラの手を取って、再び家を出た。

 リトルスターの拡大が、今朝よりさらに進んだのか。少し熱いぐらいとなった小さな手が、ギュッと握り返してくれる感触に、トリィはどこか心地良いものを覚えていた。

 

 

 

 

 

 

 トリィに手を引かれて朝と同じ道を歩きながら、サラはふと、今日の出来事を振り返る。

 ……トリィに憑依していた間のような、明晰な思考はやはり、出て来ない。頭の出来が元に戻ったらしく、すぐには正解を見つけられないかもしれない。

 それはそれで困ることだが、けれど、それでも良かったのだと、サラは掌を通じて伝わる温もりに思う。

 傷を治す以上に長く一体化していたら、きっと自分の身体はトリィのことを、取り込んでしまっていただろうから――そうなれば、この温もりを、もう感じられなくなってしまうところだったから。

 それに、念願通り、頭が良くなっていた間は。己の罪を自覚した分、許されないという意識が強くなって……助けに来てくれた兄の呼びかけも断って、逃げてしまったが。

 分離した後、トリィがまた、励ましてくれたおかげで――もう一度、兄姉と仲直りしたいという本当の気持ちと、向き合うことができた。

 今度こそちゃんと、トリィの役に立つような、賢い良い子になって……胸を張って、怖がらずに、二人のところに帰りたい、と。

 そう思えたのはきっと、今は頭が良くなくても、自分が一人ではないからだと――

 賢い子には、例え、ゆっくりだとしても。勉強してこれからなっていけば良いのだと。

 自分のことを愚かだと思っていても、それでもこの答えはきっと正解だと、サラは信じたかった。

 

 

 

 

 

 

 ――宇宙空間で、次元の穴が開いた。

 

 ワームホールから飛び出したのは、白と黒の格子柄の体色をした巨大な烏天狗――ブリッツブロッツの姿を模した、スペースビーストだった。

 胸部の水晶体を失い、ゼガントビームが作り出した時空の穴へと呑み込まれたスペースビーストは、しかしそれだけでは死んでいなかった。

 そして、ワームホール作成能力により、追放空間から脱出するに至ったのだ。

 

 ブリッツブロッツと、彼と同じ追放空間に飛ばされていたアリゲラとオコリンボールの一群が飛ぶのは月の裏側。その先には、一つの影が待ち受けていた。

 体型は、鋏のように二股に裂けた長い尾と、大きな翼を除けば人間にも似て見えた。だが、その正体は凶悪な獣にも竜にも見える中央の顔の他、左肩には鳥類の、右肩には人間――否、ウルトラマンを模した仮面のような顔を持った、三面の怪物だった。

 それ以外にも、外骨格のようにも見える全身の装甲が、よく見れば魚や虫、その他無数の生物の髑髏が集合することで溝を刻んでいるような、悍ましい形状をしているその姿は、まさに悪魔や邪神と呼ぶに相応しい様相をしていた。

 そして、その印象のとおり――この怪物こそが、一つの宇宙で発生した全てのスペースビーストの集合体にして、ブリッツブロッツら、地球を襲ったスペースビーストたちの大元。滅亡の邪神、ハイパービースト・ザ・ワンであった。

 ビースト振動波を隠蔽し身を潜めていたザ・ワンは、凄まじい勢いで眼前に飛来したブリッツブロッツたちを、避けもせずに出迎え、そして呑み込んだ。

 口を開くこともなく。ザ・ワンに触れた途端、青い光となったスペースビーストたちは、次々とその体の中に吸い込まれ、消えて行ったのだ。

 

 スペースビーストの中には、ブルードと呼ばれる役割の個体群が存在する。

 それは通常のスペースビーストから分離し、独立した個体として捕食対象となる生命体を襲い、その後、自ら本体に吸収されることで、効率的かつ広範囲の餌を集めるための分身だ。

 今回地球を襲った兵隊となるスペースビーストたちは、全てハイパービースト・ザ・ワンのブルードと呼ぶべき存在だった。

 

 今回は何の餌も捕食できないまま、ただ敗走してきただけとなった眷属を取り込んだだけで、ザ・ワンの力は向上することはなかった。

 それでも、滅亡の邪神と呼ばれた一にして全なるスペースビーストは、そんな結果にも関わらず歓喜していた。

 先んじてビースト振動波により共有していた情報の、さらにその詳細が増えたことで――宇宙を一つ丸ごと取り込んで、なお目にしたこともないような珍味が、向かう先にあることを確かめられたからだ。

 

 元より、呼び声に誘われて目指した星ではあったが――近づくと、妙に食欲を唆る光があった。特に二つ目に見つけた光は、異常とも言えるレベルで眷属たちを引き寄せ、本体であるザ・ワンさえも自身を抑えるのに労力を要した。

 その光を宿した生物たちは強力だった。今のザ・ワンが繰り出す最上級の分身でさえも、単独では敵わなかった。他にも、スペースビーストに対抗しようとする巨人たちが複数個体確認され、先遣隊は事実上潰滅した。

 

 ――それでも。その全てが結集しても、ザ・ワンを打倒するにはなお及ばない程度の障害しか存在しないと、確認することができた。

 ならば、戦力の逐次投入など必要ない。次は自ら打って出て、終わらせれば良い。

 

 そして、例の二つ目の光を宿した生命体が……知れば知るほど、非常に特異な存在であることも、ザ・ワンを昂ぶらせていた。

 

 ……実に大きな愉しみができた。何せ超獣の恐怖を味わうのは、ザ・ワンをして初めてのことなのだから。

 しかも、ただの超獣ではなく。その正体はザ・ワンと同じ、宇宙を貪り尽くすポテンシャルを秘めた、邪神の(ヒナ)――それを喰ってしまえば、消耗した力を取り戻すどころか、おそらくは光の国に敗れる以前をも越える強大な存在へと進化できるだろうと、ザ・ワンは確信する。分身の一部は逆に取り込まれてしまったが、成体であるザ・ワンの本体が幼体風情に負ける道理はない。

 その暁には、さらに多くを奪い、手中に収めることができる。先程、別位相空間に向かわせた最上位の眷属たちの操作を途中で掠め取った、何者か――愚かにもこの滅亡の邪神から奪おうとしたその不届者も見つけ出し、血祭りに上げ、取り込んでしまうことも容易いだろう。

 

 略奪の未来を幻視した昂りのまま。無音の宇宙で吠え、巨大な翼を羽撃かせて、滅亡の邪神は動き出した。

 地球という餌場――そこに待つ、この手で奪うべき命を目指して。

 

 

 

 




Dパートあとがき



 ここまでお読み頂きありがとうございました。
 ほぼずっとバトルしているだけの回ながら、戦闘描写でついつい文字数が膨れ上がってしまい、早くもDパート二回目となりました。Aパートのまえがきでも触れたように、客演ウルトラマン本格バトル回ということでお許し頂けると幸いです。
 次回はいよいよ、八話から引っ張った滅亡の邪神ハイパービースト・ザ・ワン戦です。うっかり十一話とかいうよくわからないタイミングでの決戦になりそうですが、今年中に更新できるよう頑張りたいなぁという所存。よろしければご期待ください。



 以下は公式にこんなのあったかな? となる要素への解説や言い訳です。

・ハイブリッドヘルサイクロン
 設定上だけ存在したタイラントの技。デスファイヤーと冷凍ガスを組み合わせたみんな大好き氷炎同時攻撃。ウルトラシリーズなのでラゴラスエヴォを参考にしました。

・タイガブラストランス
 急に生えてきた新技。元ネタはもちろん、初代暴君怪獣タイラントとの戦いで、タイガの父であるウルトラマンタロウが攻略に用いたタロウランス(ウルトラランス)。
 設定上ブレスレッドの力も影響しているそうなので、同じくウルトラランス系の武器を使うゼロの力が籠もったプラズマゼロレットが手元に残っていたので使えた技になるのかもしれません。




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第十一話「明日を照らすのは」Aパート



『ウルトラマンジード』最終回から四周年、おめでとうございます。
第十一話の更新ペース、やや変わるかもしれませんが、この記念すべき日はどうしても更新したくなったので、ギリギリですがAパートだけでも更新します(※放送開始四周年には更新できなかったのは内緒です)。







 

 

 

 

 

 

 夜の帳が降り始めた街は、閑散としていた。

 緊急事態宣言がなされ、現に無数の怪獣が出現し、長時間に渡って複数のウルトラマンやそれに準ずる巨人との戦闘を繰り広げていたのを目撃したのだから、人々は誰もが恐怖し、その息を潜めていたのだ。

 そんな無人に等しい街中を足早に歩き、人工の明かりを頼りにピット星人トリィ=ティプが向かったのは、星山市梶尾地区にある、AIB地球分署極東支部の研究施設だった。

 

「……なんてものを連れて来ている」

 

 スペースビーストが襲来してから半日以上、音信不通であったトリィの訪問は、当然警戒されていた。

 あるいは既に殺害され、スペースビーストの傀儡にされているのではないか――そんな懸念から、研究施設に入れる前にトリィの様子を確認すべく現れた直属の上司、研究セクション所長のゼットン星人ペイシャンは、トリィの脇に視線を逸らしてそう呟いた。

 

「――リトルスターの反応を確認。サンダーキラー(ザウルス)で間違いないようだな」

「サラよ。この子は、そう呼んで欲しいみたい」

「呼称の調整は後だ。本題は、そいつと一緒ならおまえも無事だったんだろう、ということだが――」

 

 トリィが手を引く幼い少女――究極融合超獣サンダーキラーSの擬態した姿である、朝倉サラを前にして、トリィはペイシャンと言葉を交わしていた。

 

「超獣をこんなところまで連れて来るな。しかもそいつは、リトルスターでスペースビーストを惹き寄せるんだぞ?」

「リトルスターの励起光は、ここなら隠せるでしょう?」

 

 二人の職場は、元々はリトルスターの研究のためAIBが用意した研究施設だ。その光を遮蔽するための設備は整っている。

 だから、怪獣を呼び寄せるリトルスターを宿したサラを隠すには、この上なく適した場所であり――何より、彼女はこの場所に必要な存在であることを、トリィは告げる。

 

「それに、サラは協力を約束してくれたわ。対ビースト抗体を開発するために」

「……何?」

 

 トリィに頷くサラを見て、流石のペイシャンも、驚いたように眉を寄せていた。

 

「この子は昼間の戦闘で、私と融合しただけじゃなくて、スペースビーストをも取り込んだ――そしてその情報も、完全に制御できているの」

 

 トリィが述べると、ペイシャンの周囲に控えていた研究スタッフが身動ぎし、代わって護衛のエージェントたちが前進してきた。

 その動きを片手で制しながら、ペイシャンが口を開いた。

 

「距離は保ったまま、ビースト振動波を計測しろ」

 

 万一にも、サラを刺激してしまうことがないように注意した様子で、ペイシャンはトリィに問いかけた。

 

「……その戦闘は俺も見ていた。確かに究極融合超獣は、スペースビーストさえも捕食した……だが、それで無事なのは単なる弱肉強食じゃないのか?」

「ただ取り込んだだけならね。けれど、一緒に同化していた私の中には、分離の際にビーストの因子を残していない――選択的に分離し、制御することもできるのなら、その働きは私たちが求めているものと同等とは言えないかしら?」

 

 トリィが返した直後、トリィたちの状態を計測していたスタッフがペイシャンに耳打ちすると、彼は頷きを見せた。

 

「ザ・ワン本体に通じるとは思えないが……まぁ、何の手がかりもないところから始めるよりはマシ、か」

 

 それから、トリィの主張に根負けしたように、ペイシャンが重い溜息を吐いた。

 

「入れ。出勤が遅れた分、きっちり働いて貰う。それと、持ち込んだサンプルの管理には責任を持って貰うぞ」

「――さんぷるじゃないよ?」

 

 一呼吸挟んでからのペイシャンの呼びかけに、ここまで黙って話を聞いていた渦中の少女――サラが、そう異議を唱えた。

 

「わたし、トリィのじょしゅさんだもん――ね、トリィ?」

「……ええ、そうね」

 

 サラが嬉しそうに問いかけてくるのに、釣られたトリィも微笑み返した。

 

「ああもう、わかったわかった。それで良い。ただ……」

 

 二人の様子に降参といった様子を見せたペイシャンは、そっとトリィに距離を詰め、声を潜めて問うて来た。

 

「そいつがここに居ることは、星雲荘に伝わっても大丈夫なのか?」

「……できるならもう少し、待ってあげて。まだ、気持ちの整理ができてないみたいだから」

「わかった。となると、漏れる口は手元で管理する方が間違いないだろう。……本部から鳥羽ライハと愛崎モアを呼べ。どうせ用もあったところだ、俺が対応する」

 

 白衣の裾を翻しながら、ペイシャンが指示を飛ばした。

 理解ある上司の頼もしい姿に胸を撫で下ろしながら、トリィはサラを振り返り、腰を落として彼女と視線の高さを合わせた。

 

「ありがとう。あなたのおかげで、疑われずに済んだわ」

「……そうなの?」

 

 トリィが疑われていた、という告白に、サラは驚いたように目を丸くしていた。

 

「ええ。それだけ、スペースビーストは、私たちにとって恐ろしい存在なの」

 

 そのサラの反応が、AIBへの不信に変わってしまう前に、トリィはペイシャンたちが何故そんな思考に至ったのかの理由を述べる。

 

「そのスペースビーストに対抗する希望が、あなたの中にある――協力してね、サラ」

「うん、もちろん!」

 

 トリィの頼みに、サラは眩い笑顔で頷いてくれた。

 だが、直後。その笑顔が、微かに曇る。

 

「わたしも、トリィのけんきゅうのじょしゅさんをして……お兄さまとお姉さまにゆるしてもらえる、かしこいいい子に、なりたいから」

「サラ……」

 

 その、痛ましい姿に。

 本当は、きっと。もう、そんな必要もないはずだと。そう感じながらも、サラの感じる孤独を想うと――たったそれだけのことを、トリィは軽々しく口にすることができずにいた。

 

 

 

 

 

 

〈ビースト振動波、確認〉

 

 日が完全に沈んだ後。星雲荘の報告管理システムであるレムが、その報告を発していた。

 その機械音声に、疲れを除くため、横になっていた朝倉リクは上体を起こした。

 

「来るか」

 

 AIBから出向する形で中央司令室に身を置く上級エージェント、シャドー星人ゼナがネクタイを緩めながら問うが、しかしレムは頷かなかった。

 

〈いえ――中ノ鳥島に向かう動体はありません〉

 

 レムが点灯させたスクリーンは、九等分された各々のモニター映像に、全く異なる都市の眺めを映し出していた。

 

〈どうやら、ルカのリトルスターについては無視しているようです〉

「……考えたな」

 

 上海。カラチ。ラゴス。モスクワ。カイロ。ロンドン。ニューヨーク。サンパウロ。シドニー。

 スペースビーストの群れが狙う、各地域を代表する人口密集地。その映像を目にしたゼナが忌々しげに呟くのへ、リクとルカの兄妹は微かに首を傾げた。

 

「こちらを誘導するのに適切な配置だ。完全に空白となる箇所が出てくるなら、囮を無視して敵の司令塔に全戦力を集中することも選択できた。だが、数の上では防衛が追いつく現状で、襲われた都市を放棄しては全体の士気にも関わる」

 

 地球防衛の戦力を分断しようとする狡猾な敵の意図を、ゼナが解説する。

 

「おそらく、ザ・ワン自身が前に出る布石だろう。狙いは各個撃破か、あるいは何かを手に入れようとしているか、だ」

「何か、って……」

 

 嫌な予感を覚えながら、リクは問いかけた。

 

〈日中の戦いで、スペースビーストの注意が惹かれていたものを考えれば――後者の場合、敵の狙いはほぼ確実に、サラであると考えられます〉

 

 レムが述べるのに、リクと、そしてルカが感情の昂ぶる余り、息を詰まらせた。

 

〈リトルスターだけでなく、ザ・ワンと同じ滅亡の邪神と呼ばれたハイパーエレキングの生体情報が、サラには受け継がれています。傷ついたザ・ワンにとって、回復のため取り込むにはこれ以上ない存在なのでしょう〉

「そんなの許さない、絶対に……っ!」

 

 ルカが強い怒りの籠もった言葉を漏らすのに、リクもまた頷く。

 

〈既にUFZ(ウルティメイトフォースゼロ)とトライスクワッドが散開し、対応に当たっています。ですが……〉

「当然、手は足りていない」

 

 宇宙空間で警邏していた七名に、星山市でレイトと共に待機していたウルトラマンゼロを含めても、まだ八人。

 

「私はゼガンでシドニーへ向かう。君たちはウルトラマンゼロに代わって、星山市に戻れ」

 

 申し出るが早いか、ゼナは転送用エレベーターで星雲荘の外に飛び出して行った。

 その気遣いに感謝しながら、リクは(ルカ)と頷き合った。

 

「行こう、お兄ちゃん!」

「ああ――ジーッとしてても、ドーにもならねぇ!」

〈ネオブリタニア号、発進します〉

 

 リクの叫びを号令に、レムが星雲荘を本来の用途である宇宙戦列艦として起動し、地底から空の上まで浮上させた。

 

 

 

 

 

 

 世界各地へのスペースビースト襲来の報は、AIB極東支部の研究セクションにも届けられていた。

 物理的な距離を物ともせず、時空を跳躍できるイージスの力を使ったウルトラマンゼロがカイロへと飛び、一時的に日本の防衛が手薄になっているという情報も。

 

 だが、そんな不安を紛らわせるだけの成果が、既にトリィの目には映し出されていた。

 

「記録できた……これが、ビースト振動波を無力化するプロセス――っ!」

 

 日中の戦闘後、再発生を防ぐためにAIBが回収しておいた、スペースビーストの肉片サンプル。

 それをサラが取り込んだ際、無毒化するための反応が、AIBの機器で確かに観測できたのだ。

 

「……わたし、うまくできた? トリィ」

「ええ、やったわ! これで、対ビースト抗体を構築することができる……!」

 

 期待に満ちた眼差しでサラが問うのを受け、トリィは興奮のまま頷いた。

 もちろん、実用化にはまだまだ時間が掛かる。だが、対ビースト抗体さえ完成すれば、残骸すらないところから再発生するという悪夢からは解放される。活動している個体としてのスペースビーストも、その力を著しく減退させることができるだろう。

 その希望こそが、恐怖を糧とするスペースビーストへの何よりの対抗手段になるのだと、トリィは既に知っていた。

 

「よかったね、トリィ」

 

 そんな、トリィの喜ぶ様子を見て、サラも嬉しそうに笑ってくれた。

 

「じゃあ、これからおくすりつくるの?」

「そうね……今回は酵素のような物質的な組成にするよりも、あなたの体内での反応を参考にして、ビースト振動波――χ(カイ)ニュートリノと対消滅する光量子情報体を構築し、発信できる形にする方が容易かつ効果的……」

 

 思わず没頭しかけて、我に返ったトリィは、改めてサラに呼びかけた。

 

「お手柄よ、サラ。ありがとう」

「えへへ……それじゃ、わたしはつぎはなにをしたらいいの?」

「そうね……」

 

 基本的には、サラの生体反応を計測させて貰う以上の協力は求めていないが――本人が希望するなら、本当に助手のように働いて貰うというのも、自己肯定感を育めて良いのかもしれない。

 ただ、他の研究スタッフが完全に萎縮してしまっているので、サラのささやかな希望を叶えるのは難しいかもしれない……などと、呑気に物思いに耽り始めていたトリィは、そこに至って初めて。一瞬、目を離した隙に、サラが初めて見せる表情をしていたことに気がついた。

 

 ――彼女の驚いた顔も、怯えた顔も、トリィは既に目にしている。

 だが、その両者が等しく入り混じった表情は、トリィの記憶にないものだった。

 

「くる……」

「――サラ?」

 

 何が来る、というのだろう。

 理解が追いついていないトリィの呼びかけで、こちらの存在を思い出したように視線を巡らせたサラは、その大きな瞳をさらに見開いた後――その幼い顔に、悲壮な決意の色を浮かべたかと思うと、急に駆け出していた。

 

「サラっ!?」

 

 呼び止める間にも、驚いて仰け反る研究スタッフの間を縫って走ったサラは、そのまま実験室を飛び出すと――道中、階段を降りた際にぶつかりかけた、外見上同年代の少女とその母親らしき女性を相手にぺこりと頭を下げる仕草を残し、その間に追いつきかけたトリィを置き去りのまま、ガラス張りの窓に体当りした。

 

「――何っ!?」

 

 強化ガラスの割れた音で驚いたように、サラがその身を投げた窓の隣の部屋から、トリィにも見覚えのある顔ぶれが姿を見せた。

 ペイシャンが貸与したという刀剣を構えていたのは、星雲荘の一員である鳥羽ライハだった。彼女の背後からは、星雲荘との関わりが最も深いAIB職員である愛崎モアと、彼女たちを抑えておくと言っていたペイシャンまでもが、焦りを隠さない様子で退室して来た。

 先の母子を含めて、そうして通路に揃った六人の前で、白雷が逆しまに迸った。

 稲妻は、黄金の装甲を纏った白い竜の形を取り――究極融合超獣サンダーキラーSとして、その実像を結ぶ。

 サラの正体でもある最新の究極超獣にして、滅亡の邪神の幼体でもあるベリアルの子は、エレキングを思わせる甲高い咆哮を、夜空に浮かぶ月へ向けて発していた。

 八本の触手を広げ、自らを少しでも大きく見せる仕草を合わせて――まるで、威嚇するように。

 

「どうして、ここに……っ!?」

 

 ライハがその出現に戸惑ったような声を漏らしたその時、空が割れた。

 それは超獣が得意とする、空間を物理的に破壊することで次元の穴を開き、別位相や別次元、そして物理的な距離を跳躍するための移動手段。

 超獣の頂点を相手に、そんな手法を用いて出現しようという余裕を見せた何者かへ、サンダーキラーSは展開していた触手、そして頭部と胸部に蓄えていた、紫色の閃光を放っていた。

 

「――ですしうむD4れい!」

 

 都合十条が融合した極太い輝きとして迸るのは、空間を物理的に破壊する作用を、ウルトラマンの光線制御能力と組み合わせることで、攻撃手段に昇華させた必殺の一撃。

 だが、時空間の構成情報体ごと対象を貫く、物理的な防御手段の一切を無視する異次元潰滅兵器の紫色の光は、次元の穴の向こうから届いた虹の奔流と衝突し、消滅した。

 エネルギー総量の膨大さに任せ、D4レイを掻き消した虹色の光線の残りが、サンダーキラーSを直撃。サンダーキラーSは持ち前の光線吸収能力で無力化するが、しかし純粋な光線以外の作用が働いたのか後退させられ、遂には持ち堪えられずに転倒してしまった。

 

「七大エレメントの合成光線だと――っ!?」

 

 余波そのものは、ライハが手にした刀剣型デバイスから発生させたバリアによって防がれたものの。十万トン近い質量を持つサンダーキラーSが、至近距離で倒れたことによる振動に建物ごと揺られて倒れた一行の中で、真っ先にペイシャンが驚愕の声を上げた。

 宇宙を定義する概念の一つ、エレメント。派生種を数えればキリがないが、火、水、風、土の四大要素に、光と闇、そして星の魂とも言えるエーテルの七つの属性が基本とされていることが、惑星O-50出身のウルトラマンたちの能力から判明している。

 その基本となる七つのエレメントを合成した光線、その副反応で生じた各種力場が、サンダーキラーSの光線吸収能力による完全無効化を許さなかったのだとペイシャンが呻く。

 宇宙を構成する七属性のエレメント、その全てを同時に操ることができる代表格は、一つの宇宙秩序を司るO-50に特別な力を託されたウルトラマンたちだ。

 しかし、今の一撃は、彼らの領分すら越えかねない出力を示していた。

 そんな力を行使できる存在が居るとすれば、それは――!

 

 トリィが最悪の可能性に思い至ったその時、襲撃者は遂に姿を顕した。

 

 ――その光景を目の当たりにした人々は、世界が終わることを悟っただろう。

 

 雄々しく拡げられた翼で、空を裂いて出現した君臨者。禍々しく歪められた無数の生物の顔を、微細な鱗のようにして全身を覆った悍ましき怪物。

 人間にも似た骨格でありながら、二股の尾と一対の大翼、そして三面の頭部を持った異形の覇者の出現に、研究施設に備えられたビースト振動波の測定器が振り切れる。

 三面の頭部だけではなく。左右の翼と尾の先にも、それぞれ爬虫類や鳥類、頭足類や魚類の特徴を合わせたような、一際目立つ大きな顔面を備えた、七つの頭を持つその獣こそは――一つの宇宙の生命を貪り尽くした、χニュートリノの根源にして。その全てが再び結合した、始まりと終わりを担う存在。

 

 ――すなわち、滅亡の邪神。

 その名を、ハイパービースト・ザ・ワン。

 

 宇宙を支配する法則、死そのものにすら喩えられる位階に達したχ(カイ)獣は、次元を破壊する究極融合超獣の先制攻撃をも悠々と退け、遂に地球へと降臨した。

 

 

 

 

 

 

 ネオブリタニア号が、日本に到達する目前。突如、次元を裂いて出現したスペースビーストたちが、足止めを図るように襲撃して来ていた。

 その先陣を切るのは、アリゲラ型のスペースビーストの軍勢を率いた、初めて見るスペースビーストだった。

 いや、正確に言えば、見覚えはある――昼間、ルカ自身が戦ったアマルガムタイプビースト・バシレウスの構成素材の内、ゴモラと、M78星雲人と、デビルスプリンターを除いた怪獣や宇宙人から成る合体怪獣――暴君怪獣タイラントの、骨格だけが動くアンデッドのような姿をした悍ましいスペースビーストが、翼もなしに空を飛んでいた。

 

〈タイラント型のスペースビースト亜種――過去の類似した個体の記録から、デスボーンと仮称します〉

 

 レムが持つ記録の個体と比べれば、随分と小振りに見えるそのスペースビーストは、どうやらデビルスプリンターがなければ合成できないバシレウスの廉価品であるらしい。

 昼間倒した敵の下位互換、とはいえ。空を飛ぶ術のないスカルゴモラからすれば、未だ海上であっては苦戦を免れない相手だ。

 メタフィールドに引き込めば、自らの産み出した大地を足場とすることはできるが――解除した後のことも考えるとどうすべきか、などと考えていると、敵陣を前にして、レムが対処の指示ではなく、状況報告を続けた。

 

〈ビースト振動波、確認〉

「見たらわかるよ!?」

 

 ルカが思わず叫び返すも、レムの発言は終わってはいなかった。

 

〈ここではありません。星山市梶尾地区に、かつてない濃度のχ(カイ)ニュートリノを観測。存在比率が、地球上の九割以上を占めるこの反応こそ――ハイパービースト・ザ・ワン本体であると予想されます〉

 

 ……とうとう来たか、とルカは思わず身を固くした。

 分離と再合体を容易とするスペースビーストの集合体とはいえ、たった一体で光の国に戦争を仕掛け、流石に敗北しながらもなお生還し。手負いの身でありながら、追手のウルトラマンゼロとその仲間をも退けた滅亡の邪神。

 たかが分身ですらも、時空超魔神エタルガーや究極融合超獣サンダーキラーSに比肩した戦闘力を発揮した邪神の本体は、間違いなく――たった一月余りの生涯とはいえ、これまでに目にした全ての存在の中で最も強大な敵であると、ルカも直観していた。

 

〈そして、同じ座標に、リトルスターの反応を感知。このエネルギーパターンは、サラの宿したリトルスターであると解析できます〉

「――っ!」

 

 その報せに息を詰まらせたと同時に、ネオブリタニア号が大きく揺れた。

 タイラントの形をした動く骸骨型のスペースビースト、デスボーンの左腕に備えられたチェーンがネオブリタニア号に巻き付き、進行を食い止めていたのだ。

 

「――ウルティメイトファイナル!」

 

 その時には、ルカの隣に立っていたリクが、光となって消えていた。

 そして、船外の夜空に――ウルトラマンジード本来の巨体を解き放った兄が、愛用の得物を一閃させ、スペースビーストの戒めからネオブリタニア号を解放した。

 

「お兄ちゃん、ここは私が――!」

「ルカは、レムと一緒に先に行くんだ!」

 

 そこで、代わって敵を引き受けようとしたルカを、兄の鋭い一喝が制した。

 

「ここで戦ったら、一度レムが回収しないといけないルカより――僕の方が、後からでも追いつける! だから、まずはルカがサラのところに!」

 

 ――それは、確かな事実であると同時に。

 兄が自分に、チャンスを譲ってくれたのだと。そのことを理解したルカは、思わず息を呑んでいた。

 でも……なんて躊躇いの言葉が出かけるのを、意識して噛み砕く。兄の優しさが導いてくれた宿敵(タイガ)との共闘、それによって得られたかけがえのない経験が、既にルカの中で息衝いていたから。

 

「もちろん――ルカの方が、もう僕より強いんだとしても。君たちだけに、ザ・ワンの相手を押し付けたりしない」

 

 妹が沈黙した理由を察した上で、わざととぼけているのか。それとも優しい兄は、ただ純粋に心配してくれているのか。あるいは、その両方か。

 ギガファイナライザーを揮い、全身から光線を放ち、次々とスペースビーストを消滅させて食い止めながら、ジードは言う。

 

「必ず、僕も一緒に戦う。そして、君たちの笑顔を取り戻す――!」

「……うん、わかった」

 

 ――笑えていた、つもりだったのに。

 間違いなく、覇気を取り戻してはいたが。まだ、心残りのある――虚勢の笑みであることを、やっぱり兄はお見通しであったらしい。

 ……未練なんて、大アリだ。仲直りしたいに、決まっている。

 だって、自分たちは、家族なんだから――!

 

「約束だよ、お兄ちゃん! 絶対、助けに来てね!」

「当たり前だ。だって僕はウルトラマンで、君たちのお兄ちゃんなんだから――!」

 

 頼もしい兄の言葉に送り出されながら。ルカは前を向き、自らの瞳にも映った、妹へ宿った星の煌めきを見据えた。

 

「――レム、全速力でお願い!」

〈お任せを。捕まっていてください、ルカ〉

 

 そしてネオブリタニア号は、滅亡の邪神へと挑むべく、その速度を限界まで跳ね上げた。

 

 

 

 

 

 

 ――生まれて初めてのことだった。

 その存在を察知した瞬間から、自身よりも強大だと理解できる存在と出会うことも。

 その怪物に、最初から明確な害意を向けられたことも――

 

 

 

 最大火力の先制攻撃を軽くあしらわれてしまったサンダーキラーSは、光線そのものではなく、その構成要素が生んだ力場による転倒から立ち上がり、外敵と対峙した。

 背後にした、トリィの仕事場から漏れ聞こえた悲鳴から判断すると――眼前の怪物の名は滅亡の邪神、ハイパービースト・ザ・ワンというらしい。

 これまでに取り込んで来たスペースビーストたち。彼らが相互交信しているビースト振動波のネットワーク上で、そんな存在が居ることはわかっていた。

 だが、これほどの怪物であることは――先程、そのネットワークに強制的に繋がれて、位置を特定される瞬間まで、理解していなかった。

 今回地球に襲来した全てのスペースビーストの大元にして、集合体。究極融合超獣さえ遥かに越える情報量を誇る、一つの宇宙の生命全てを凝縮した戦闘生命体。

 その怪物から向けられる残忍な敵意で竦むような心地になりながら、サンダーキラーSは自身を奮い立たせるように咆哮した。

 

 まだ、大丈夫。全力のデスシウムD4レイを放って消耗したとはいえ、サンダーキラーSはまだ、一度転んだだけで、ダメージらしいダメージを受けていない。

 だからまだ、戦える。抗える、と――そう自らに言い聞かせながら、前足を振り上げた。

 

「さんだーですちゃーじ!」

 

 右手から膨大な電流が迸り、雷の鉤爪を形成。腕を薙ぐのに合わせて、巨大な稲妻がザ・ワンに襲いかかる。

 これで倒せるとは思わない。だが痺れさせてしまおう、という魂胆の攻撃に、ザ・ワンは翼を振って応じた。

 その瞬間、竜巻が生じる。

 最大の絶縁体である大気が壁となり、サンダーデスチャージによる電撃の束を、あっさりと吹き散らしてしまった。

 唯一の幸いは、その相殺のために竜巻もまたエネルギーを使い果たしてしまい、トリィたちの目の前で二次災害が生じなかったということだが――ただの一動作で、究極融合超獣が放つ電撃技に匹敵するエネルギーを行使するという格の違いを、ザ・ワンは見せつけてきた。

 思わず怯むと、今度はザ・ワンが仕掛けてきた。

 ザ・ワンの七つの口から、暗黒火球や超高圧水流が放たれる。研究施設を背にしたサンダーキラーSは触手にベリアルジェノサンダーを纏わせ、その電磁力を用いて射線を逸らすことで、触手だけで防ぐには高威力の連撃を凌ぐ。

 だが、そうして迎撃を選び、機動力の下がったその瞬間に、ザ・ワンの前足が伸びて来た。

 ザ・ワンは一歩も動いていない。その腕が、骨格を無視したように伸びて、サンダーキラーSの頭部を狙って伸びていた。

 

「うるてぃめいとりっぱー!」

 

 サンダーキラーSは兄から学んだ光輪技を発動し、触手で保持したままその腕を迎撃。高速回転する光の刃は確かにザ・ワンの伸びた腕を切断したが、まるであの日の姉がしたように、切られた途端に接合して、再生してしまう。

 結果として、ザ・ワンの変則的な殴打に、サンダーキラーSは強かに叩かれた。宙を舞う勢いで仰け反ると、足が浮いてしまう前に今度は首根っこを掴まれて、地面と擦らさせられながら一気に引き寄せられてしまう。

 

「――サラっ!」

 

 ……トリィが、名前を呼んでくれたのが聞こえた。

 

「――きらーとらんす!」

 

 叫びとともに、サンダーキラーSは背部に複合怪獣リガトロンを解析して再現を可能とした、ロケットブースターを装備。その推進力に物を言わせ、自らザ・ワンの方に向かうことで、体表の一部をもぎ取られながらも脱出することに成功する。

 

「――っ、はぁ……はぁ……っ!」

 

 飛翔した勢いのまま、触手の間に光の翼を展開し滞空したサンダーキラーSは、必死で痛みに耐えていた。

 日中であれば、液汁超獣ハンザギランの情報から取得した不死身の再生能力を発揮できる。だがこの夜では、エネルギーの確保さえ覚束ず、純粋な生命力による再生を余儀なくされる。

 ……そんな、こちらが全力を出せないことをわかっているかのように。サンダーキラーSが上を取ったことを気にも留めない余裕のザ・ワンは――元の位置に戻した手が持っていた、サンダーキラーSの肉片を、自らの口に運んだ。

 そのまま、サンダーキラーSから千切れた肉片を、鋭い牙で咀嚼し、呑み込んだ。

 

「うぅ……っ!?」

 

 わざとらしく、悦の入った吐息を零すザ・ワンの目的を改めて悟り、サンダーキラーSは肝が冷えるのを感じていた。

 ――食べるつもりなのだ、こいつは。この自分を。

 

 サンダーキラーS自身、既に多くの怪獣を殺し、喰らってきた存在ではあるが……身勝手だとしても、自らが獲物として狙われることには、今すぐ逃げ出したい恐怖に駆られていた。

 だが、ただ逃げるわけにはいかない理由が、サンダーキラーSにはあった。

 ――それを察したように、ザ・ワンの頭がサンダーキラーSではなく、研究施設の方を向く。

 

「やめて!」

 

 ザ・ワンが放った暗黒火球を、サンダーキラーSは自ら射線上に飛び込むことで遮った。

 リトルスターから獲得した、ウルトラバリアを多重に展開するが、火球が着弾するたびに砕かれる。それでもまだ、数枚のバリアが残っている、と次の手を考えようとした瞬間、それが纏めて貫かれる。

 ザ・ワンの頭部中央の口腔から、第二の口を備えた鋭い舌が槍のように伸びて、バリア越しにサンダーキラーSの左胸まで突き刺さっていた。

 舌の先に備わっていた顎が、開閉される。肉を掘削し、サンダーキラーSのより深くまで侵入し、内側からその生命を食い尽くそうとする。

 

「――あ、わぁああああああああああっ!?」

 

 激痛と恐怖の余り、発狂しそうになりながらも。全身から放つ電圧を最大にして、その顎の進行を妨げると、カイザーベリアルクロー状に伸長させた両前足の爪を、その舌の筋に突き立てた。

 そしてそのまま、すぐに体内から抜き取るのではなく――繋がったまま、サンダーキラーSは空を飛んだ。

 

「……こっちだよ!」

 

 そうして、空に引き上げたザ・ワンの注意を惹くように雷を放ちながら、何とか第二の口を引き抜いたサンダーキラーSは、胸に宿したリトルスターの光を見せつけるようにして天敵を誘った。

 ――まだ、嬲られているだけだ。敵が本気ではないこの状態なら、怒り狂った時の姉の呵責なさに比べればまだ、隙を見つけて逃げ果せる可能性はある。

 だが、トリィたちの居る場所から引き離さない限り、サンダーキラーSも逃げるに逃げられない。

 

 ――自分が、ザ・ワンを呼んでしまったということを、サンダーキラーSは既に理解していた。

 リトルスターの輝きはきっかけに過ぎず、サンダーキラーSという存在そのものが、既にザ・ワンの標的になっていることも。

 なのに、自分だけが逃げるなんて、周りの人に迷惑をかけるような真似は悪い子のすることだと、サンダーキラーSは――サラは既に、兄姉(きょうだい)から教わっていたから。

 何より――既に滅びた創造主の思惑から外れておきながら、そこまでして仲良くなりたかった兄に酷いことをして、姉に嫌われてしまった……こんな無価値な自分にも優しくしてくれた、トリィをもう、危ない目に遭わせたくなかったから。

 ……痛いのは、嫌なことだから。そんな想いを、トリィにして欲しくなかった。

 そう願いながら飛ぶサンダーキラーSの後を、邪神の翼を拡げたザ・ワンが追って来る。

 ――あるいは、まんまと敵の狙いに乗せられているのかもしれないと、頭の隅で理解しながら。それでも今はこうするしかないと、サンダーキラーSはザ・ワンを誘導しながら、梶尾地区から離れて行った。

 

 

 

 

 




Aパートあとがき



今回は初心に帰り、TV一話分の尺という前提を守った体で話を展開できればなぁと想っています。
その影響と言いますかで、実は十二話と直結する完全前後篇になります。(第九話と第十話もそうだったのは見逃してください。)
ということで、十二話までできる限り間を置かず、少なくとも年内に更新しきってしまいたいなぁと考えておりますので、よろしければお付き合いくださると幸いです。



背水の陣は引き終わったので、以下はいつもの、引っかかる感じのところの補足と言い訳になります。


・エレメントの基本属性

『ウルトラマンオーブ』以降で言及されることの増えた概念。主にO-50関係の設定。オーブカリバーが司っていたり、『ウルトラマンR/B』でクリスタルになっていたり、『ウルトラマンタイガ』でゴース星人の地底ミサイルを使ったトレギアが調和を乱したりした代物。
 公式ではそのトレギアが地底ミサイルを使った際の会話で、オーブカリバーの四大属性にエーテルを加えた五大属性と言っていたものの、『R/B』では光と闇のクリスタルも四大属性と同等以上の扱いだったので、本作では七大属性を基本とすると定義しました。
 とはいえ、あくまでペイシャンが研究所長なAIB地球分署極東支部で主流の見解である、みたいな、そういうふわふわな感じでお願いできればと思います。
 おそらく、公式世界観でも四大属性だけだよ派と五大属性派と、そもそもそれ以外にも刃(セブン)とか氷(オーブダークカリバーの属性の一つ)とか龍(ルーゴサイト)とか他にも属性ある以上は限定する必要はないのでは派とが、学会なんかで激しくバトルをしているんじゃないかなとか勝手に妄想中です。修羅の宇宙O-50でそんな悠長なことしている余裕があるかは知りませんが……


・デスボーン
 フィンディッシュタイプでもアマルガムタイプでもどっちでも行けそうなので、特に明言しなかったタイプのスペースビースト。
 EXタイラント(デスボーン)まんまの姿をしている想定ですが、あちらに比べるとサイズは通常のタイラントと同等。能力はEX版と違い、文字通りの霊的能力はないものの、スペースビースト版ストロング・ゴモラントことバシレウスと同様に、本家タイラント以上に合体元の能力を行使できるので、超獣式の空間破壊による移動もできる、という想定です。単純にそれをできるスペースビーストと言い張れそうな都合の良い怪獣が残っていなかったのと、バシレウスは一応デビルスプリンターを持っている時限定の分身だったという想定故のチョイスとなります。


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第十一話「明日を照らすのは」Bパート

 

 

 

 

 

「サラ……そんな――っ!」

 

 ハイパービースト・ザ・ワンを引きつけながら空の彼方に消えて行った、サンダーキラー(ザウルス)の背中を為す術なく見送りながら。泣き崩れそうなトリィの声を聞きながら、ライハも臍を噛んでいた。

 ……同じ血を引く妹のことで、リクとルカが心を痛めていたことを、ライハは一番近くで目にしていた。

 その二人に想われている――ほんの一ヶ月前、ライハの新たなトラウマになりかけた究極超獣の系譜であるサラが、身を張って自分たちを守り、恐るべき脅威を引き離してくれたというのに。何もできない己の無力さを突きつけられ、苦々しい気持ちでいっぱいだった。

 

「あの怪獣……さっきの、女の子なの?」

 

 ――ふと、ライハに問いかける声があった。

 声の主は、伊賀栗レイトがウルトラマンゼロとして、AIBへ協力する見返りに――かつてのベリアルとの決戦を教訓に、彼が不在の間、スペースビーストの侵攻が本格化した際の護衛をAIBが預かった、彼の娘のマユだった。

 本来は極東支部の本部施設に居るはずだったマユと、その母親である伊賀栗ルミナだったが、顔馴染みであるライハとモアがこちらの研究棟に呼ばれた際、本人らの希望と――曰く、ゼナに並ぶ戦闘力を持つライハの近くに居る方が安全だろうという理由で、同伴してここに連れて来ていた。

 まさか、サラがここに居るとも……それを狙って、敵の親玉が仕掛けてくるとも予想していなかったために、怖い思いをさせたはずだが。ウルトラマンゼロのリトルスターを宿した際、自身が狙われているにも関わらず、ライハを心配して駆けつけてくれた優しい少女は、自らの身よりも案じているものがある様子だった。

 

「わたしたちを、まもってくれてたの……?」

 

 かつてライハに影響され、赤い角の怪獣(スカルゴモラ)への悪印象を持つことになりながら。今現在、テレビを賑わせる培養合成獣の正体が朝倉ルカであり、自分たちの暮らす街を守ってくれていると理解してくれている彼女は、その聡明さを、ルカの妹にも発揮しているようだった。

 そのマユの目に浮かぶ、不安の色を見て取って。そして、もしもこのことをリクとルカが知ればどう想うか、そこにもう一度思考を及ばせたライハは、覚悟を決めて立ち上がった。

 

「ペイシャン。出撃させて」

 

 ライハが強い決意を込めた声で呼びかけるのに、元々はそのためにライハをここへ呼びつけた張本人は、溜息とともに首を振った。

 

「馬鹿言うな。ついさっきも、最短で一週間先だと言っただろ」

「だからって! 私たちを守ってくれたサラが、リクとルカの妹が襲われているのに、ここで何もせずじーっとしてろって言うの!?」

 

 もう一月近く前になる、ノワール星との激突の頃、彼から聞かされた将来の希望。命の恩人であり、弟子であり、今のライハの大切な家族でもあるルカを守るために、無力な地球人に過ぎないライハにもできること――その力を、一番戦力を必要としているだろうこの時に、まだ使えないという事実がライハを苛立たせる。

 

「無理なもんは無理だ。俺だってこのままじゃまずいと思っている――折角手に入れた対ビースト抗体のモデルも、サンダーキラー(ザウルス)が大元のザ・ワンに取り込まれれば、逆に耐性を獲得されてしまうだろう」

「だったら――!」

 

 そこで、ライハの声を途切れさせたのは、大地を揺らす振動だった。

 その出処を振り返ると、先程までザ・ワンが降り立っていた場所に、新たに一匹のスペースビーストが出現していた。

 

「ヘイデウス――っ!」

 

 ザ・ワンが立ち去り際、密かに残した分身体――最上位の眷属であるアマルガムタイプビースト・ヘイデウスの出現に、ペイシャンが息を詰まらせていた。

 

「まずい、閉じ込められた――この虹の内側は、外界とは位相の異なる隔離空間、奴の狩場だ……っ!」

 

 ペイシャンの解説を聞き、咄嗟にライハは前に出た。彼に支給された剣型デバイスを操作し、バリアを発生させようとするが――しかし、隔離空間の作用によって何も起こせず、ライハが己の無力を知らしめられる結果に終わる。

 絶望する一行の恐怖を煽るように、ヘイデウスが悠然と距離を詰めようと歩み出し――

 

「――させるかよっ!」

 

 隔離された位相にまで、時空を越えて現れた銀色の流星が、その巨体を逆に何百メートルも吹っ飛ばしていた。

 絶体絶命の窮地に現れたのは、時空を超越する鎧であるイージスをその身に纏った、ウルトラマンゼロだった。

 

「(ルミナ、マユ! 大丈夫っ!?)」

「レイトくん……!?」

 

 着地したウルトラマンゼロから発せられる、思念として響く伴侶の声。マユを庇って目を閉じていたルミナが、放心したように、彼の名を漏らしていた。

 

「助かった……でも、どうして!?」

 

 あり得ざるはずの救世主にモアが疑問の声を上げると、ゼロは事も無げに答えを口にした。

 

「カイロの連中は片付けてきた……スペースビーストがマユに、俺の娘に手を出そうなんざ二万年――いや、二百万年早いぜ!」

 

 戦い通しのはずだが、それでも昼間より全快に近づいたのか。圧倒的な戦力を発揮したゼロは、受け持っていた敵軍を誰より早く殲滅し終えていたらしい。そしてザ・ワンの出現を受け、時空移動能力で瞬時に駆けつけ、行き違いとなった邪神の置き土産を文字通り一蹴してくれたということのようだ。

 だが、そのゼロがこちらの状況を把握し終え、振り返ったその時には。ヘイデウスも既に、その体勢を立て直していた。

 ばかりか、その胸に先程、サンダーキラーSがザ・ワン相手に放ったのと同じ紫色の光を収束し、既に臨界まで届かせつつあった。

 

「D4レイ……っ!」

「まずい。あれを防ぐには純粋なエネルギー量で上回るしかないが、この空間では――!」

「それがどうした」

 

 敵の仕掛ける攻撃を一目で察したトリィとペイシャンが絶望的な叫びを漏らすのに、しかしゼロは些かも動じずに応じていた。

 ライハたちの居る研究施設を庇い、ヘイデウスと対峙する彼は身に纏っていたウルティメイトイージスを変形させる。巨大な銀色の鳥のようにも見える形となったイージスを左腕に装備したゼロは、弓の弦のよう生じた光の糸を右手に握り、大きく引き絞った。

 

「ファイナルウルティメイト……ゼロ!」

 

 掛け声とともに、ゼロが光の糸を離すと、弓部分も含めたウルティメイトイージスそのものが巨大な矢となって撃ち出される。

 同時に発射されていたD4レイの奔流に、ウルティメイトイージスが接触。先端の刃で時空構造体に干渉するエネルギーを弾き返しながらその流れを一方的に断ち切って、速度を落とさぬままヘイデウスの胸に突き刺さる。

 隔離空間の発生源であった、胸のメガフラシの顔を潰すと同時。ヘイデウスの体内に突き立った銀色の刀身から、莫大な光のエネルギーが解放される。隔離空間の作用から逃れた青い光はヘイデウスを内側から灼き祓い、一瞬の内に爆発四散させていた。

 

「――フィニッシュ!」

 

 決め台詞とともに戻ってきた無傷のイージスを左腕に装備しながら、その爆発に背を向けて研究施設を守るゼロの瞬殺劇に、あのスペースビーストの同種をよく知っていたらしいトリィが呆気に取られた顔をしていた。

 

「……なるほどな。時空を超越するイージスなら、次元崩壊によるダメージは無効化できる。さらには着弾するまで内部にエネルギーを込めて攻撃する技だから、隔離空間内でも実弾兵器同様に扱えるということか」

 

 危機を脱したばかりのためか、未だ険しい表情を崩さぬまま、ペイシャンが目の前で起きた事象を解説していた。

 

「それで、ザ・ワンは」

「サラが――身を挺して、ここから引き離してくれたわ」

「サンダーキラー(ザウルス)が?」

 

 ライハの回答により、尋ね人だった相手の思わぬ動向を知らされて、ゼロも戸惑った様子だった。そこでペイシャンが、弁明するように経緯を述べる。

 

「偶然トリィが手懐けることに成功し、対ビースト抗体の開発に有用なデータが取れるからと、ここに連れて来ていた」

「対ビースト抗体……だと!?」

 

 光の国でも――単に彼らには不要だったとはいえ、開発できなかった代物を聞かされたゼロは、心底から驚いた様子だった。

 

「だが、それはサンダーキラー(ザウルス)より弱いスペースビーストを捕食する際に働く、免疫のような代物に過ぎない。あいつが逆にスペースビーストに捕食された際にも、問答無用で毒として作用するわけじゃない」

 

 サンダーキラーSとザ・ワンをただぶつければ良いというわけではないと、ペイシャンは言う。

 

「今回得られたデータを元に調整を加え、俺たちが抗体を完成させても、それだけでザ・ワンを倒すのも無理だ。それどころか、先にザ・ワンがサラを取り込んでしまえば、逆に抗体への耐性情報を取得され、全ての個体に共有されてしまうだろう。阻止したいところだが、戦力が足りない」

「……例の秘密兵器とやらは、動かせるようになるだけでも一週間だったか?」

 

 不意に、思慮を挟んだように間を置いたゼロが、そんな問いかけをペイシャンに発した。

 

「それと――仮に、今ここにある設備だけで、おまえたちが想定している対ビースト抗体の完成を目指すとすれば……どのぐらいの時間が掛かる?」

「ゼロ……?」

 

 ペイシャンの頷きに重ねられた奇妙な問いに、ライハが意図を測りかねて眉を寄せると――未だショックの抜けきっていない様子のトリィが、額を抑えながら立ち上がり、応答した。

 

「週どころか、年単位は必要よ。今、サラを助けに行かないと意味がなくなってしまうのに――!」

「……だが、おそらくその抗体がなければ、俺だけで向かってもまた返り討ちだ」

 

 あの無敵を自称するほどのゼロが、そんな情けない結論を、恥じる様子もなく淡々と吐き出した。

 

「もう少し聞かせろ。何年あれば、抗体はできる?」

「五年……いえ、それだけに集中して、元となるデータを再現するだけで良いのなら、四年……」

 

 妙な迫力に押されたようにトリィが答えると、ゼロは頷きを見せた。

 

「それなら、今の俺でも何とかなる――モア。悪いが、一分だけ、ルミナっちとマユを任せても良いか?」

「えっ?」

 

 突然の指名と、奇妙な依頼の内容に、モアは素っ頓狂な声を上げた。

 

「それとライハ。リクたちの妹を助けるために――四年、おまえの時間を貰っても良いか?」

「……ええ。お安い御用よ」

 

 ――今の状況でさらに四年待て、という言葉は、本来なら受け入れられるものではなかったが。

 何となく、ゼロがしようとしていることが見えたライハは、躊躇せずに頷いていた。

 

「……レイトも。おまえやライハの寿命に影響はないと思うが、構わないか?」

「(寿命、って――ゼロさん、何をするつもりなんですか……?)」

「ゼロ。それに、パパ」

 

 恐る恐ると言った様子でレイトが問い返していると、そこに割り込む声があった。

 

「おぉ、何だマユ!」

「――あの怪獣さん、たすけてあげて」

 

 呼びかけに勢いよく食いついたゼロに、マユがそんな言葉を続けていた。

 

「わたしたちのこと、まもってくれたし――それにリクくんとルカちゃんの、妹さんなんでしょ?」

「(マユ……)」

 

 ゼロの中から、娘の願いに感じ入ったようなレイトの思念が、周囲に漏れた。

 

「(うん、わかった――ゼロさん。僕にできることなら、よろしくお願いします)」

「ああ、頼むぜレイト! ……AIBの連中も、構わないな? 同意しない奴は申し出てくれていたら外してやれるが――」

「――ま、ここでザ・ワンを倒さなきゃ、四年どころかいつ地球、いいや、この宇宙が滅ぶか、良くて牧場にされるかわかったもんじゃない。降りる奴はそれも踏まえて手を上げろよ」

 

 ゼロが何をするつもりか既に理解した様子のペイシャンは、施設内から集まった部下たちに向け、やや威圧的な問いかけを投げていた。

 

「降りないわよ。他に、今の私がこの星とサラにしてあげられることなんて、何もないもの!」

 

 そして、強い決意を表明したトリィの言葉に頷いて、ゼロはその姿を黄金の輝きに包んだ。

 

「――シャイニングウルトラマンゼロ!」

 

 名乗りの通り。金と銀に体色を塗り替え、その全身に輝きを湛えたウルトラマンゼロは、さらにその身から虹色の光を放射した。

 

「シャイニングフィールド――!」

 

 そしてライハたちは、ウルティメイトイージスと融合したゼロが、メタフィールドと同じように創造する亜空間――時間の流れが現実世界よりも遥かに速い、光に包まれた異世界へと、AIBの研究施設ごと転移を果たした。

 

 

 

 

 

 

 ――夜を裂いて飛ぶ、一隻の船。

 星雲荘の真の姿、ネオブリタニア号が、無数のスペースビーストを躱しながら、地上に光る星を目指して空を翔けていた。

 

 追跡して来るスペースビーストは、ウルトラマンジードが食い止めたのとは別に出現した軍勢だ。出航時点から、搭乗するルカのリトルスターは不可視化してあるはずなのに、明確に攻撃対象とされている。ネオブリタニア号が邪魔者であるウルトラマンの勢力に属する存在であると、先のデスボーンの襲撃時点から見抜かれていたらしい。

 ……何故、という疑念が、報告管理システムであるレムの中に生じる。

 今朝、この地球にスペースビーストが侵入してから、中ノ鳥島を発つまで、一度も――ネオブリタニア号は、その姿を晒していなかったはずなのに。

 暗中にその答えを見つけるよりも早く、遂に飛行機能に障害を来たす被弾を受けた。宙にあるネオブリタニア号の船体が、傾き――慣性のまま、斜め向きに墜落し、大地へと落下を開始してしまった。

 

〈ルカ。不時着後、エレベーターで、サラの近くまで転送します。その後のことは、申し訳ありませんが……〉

「……うん、わかってる。大丈夫だよ、レム。だってお兄ちゃんは、約束してくれたから――!」

 

 市街地から外れた位置へ落下するよう調整しながらのレムの報告に、ルカが躊躇なく頷いた。

 ……次元間移動能力を有するネオブリタニア号が航行不能となる、ということは。おそらく、同様の能力を持つウルトラマンゼロが合流しない限り、ジードが別位相空間(メタフィールド)への突入ができなくなる、という意味を、過たず理解しながら。

 飛行能力を持つハイパービースト・ザ・ワンを抑えるため、空を飛ぶ術がない彼女に打てる手が、そのメタフィールドに捕らえるしかない、ということと合わせた上で。

 ……その決意に報いるために、レムはネオブリタニア号の全砲門を開き、墜落する最中にも追撃を仕掛けようとするアリゲラたちを牽制する。

 だが、突然――ワームホールが発生した直後、そこから飛び出した白と黒の格子柄の魔人が、胸の結晶体でネオブリタニア号の光線を吸収し、無力化してしまった。

 

「あいつは――っ!」

 

 新手である破滅魔人ブリッツブロッツ型のスペースビーストが、光線を取り込んだ水晶体から、それを倍加して反射した。

 その光景に息を呑むルカが、仮にこの状況を潜り抜けられたとしても……マスターであるリクから託された彼女を、二人の妹の下に送り届けるという役目を、このままでは完遂できなくなってしまう。避けるべき事態を前に、打開策を検索しようとしたレムはその時――超音速で迫る、高エネルギー体を感知した。

 

「極星光波手裏剣!」

 

 アリゲラたちを貫きながら飛来した、一筋の流星。光子エネルギーで作られた巨大な十字手裏剣は、ネオブリタニア号の背後に割り込むと、ブリッツブロッツの反射した光線の数々を受け止める盾となった。その星が、砕け散るまで守護してくれたことで、ネオブリタニア号は爆散せずに済んでいた。

 星を投げた張本人――駆けつけた青い体躯の救い主の名を、ルカが叫ぶ。

 

「フーマ!? なんで!?」

「――オレの速さを舐めるなよ、嬢ちゃん!」

 

 一度共闘したルカの、疑問に応えるその間にも。ネオブリタニア号のカメラですら、残像を捉えるのがやっとという神速で駆け巡るウルトラマンフーマは、周辺のアリゲラたちを次々と切り払い、肉片へと変えて墜落させていた。

 

「上海のビーストどもを全部倒した後、こっちにも奴らが出たって聞いて来りゃあ、おまえらのピンチに出会したってわけだ!」

 

 雑魚を蹴散らしたフーマはそのまま、滞空してブリッツブロッツを牽制するように構えると、落下するネオブリタニア号に向けて語りかけた。

 

「エスコートはしてやれねえが……行けよ、妹ちゃんを助けるんだろ?」

「うん! ありがとう、フーマ!」

〈感謝します、ウルトラマンフーマ〉

 

 元を正せば、彼らウルトラマンと敵対するために建造されたベリアル配下の戦列艦の報告管理システムであるレムは、しかし心からの礼を、フーマへと述べていた。

 おかげで、マスターである――そして、大切な家族であるリクや、ルカの願いを繋ぐために、レムもまだ活動することができると。そんな喜びを感じながら。

 ネオブリタニア号は破壊されることなく、横たわる地球の大地に硬着陸した。

 

 

 

 

 

 

 ……破滅魔人型スペースビーストと対峙しながら、ウルトラマンフーマは微かな感傷を抱いていた。

 

「――ったく。妹を助けてぇだけの女の子の邪魔するたぁ、なんつー不埒な輩だよ」

 

 その妹を。花の名を冠した少女は、自らの秘めていた力を制御できずに、酷く傷つけてしまったのだという。

 かつて、フーマが若気の至りで傷つけてしまったあの子と、同じように。

 ……その過ちにも負けず。傷つけてしまった相手と、そして己の涙を自ら拭おうという少女の意気を、我欲のためだけに潰えさせようとする邪悪が今、青き英雄の前に存在していた。

 

「そんな奴らは、このオレ――風の覇者フーマに成敗されるってことを、テメーにも、まだ見ぬ銀河の悪党どもにも、やかましいぐらいに教えてやらぁ!」

 

 かつて、旅の最中に見つけた絵本。風のような速さで、困った人々を助けるために戦う青き英雄の冒険譚。

 その英雄の名を借りて――その絵本の中で、出会えて幸せだったと教えてくれたあの花に、彼女のくれた勇名が届くように。

 

 ――そして、光に選ばれなかった、異形の師の代わりに。

 彼から教わった技を叫び続け、本来その術を扱う異種族の志を継いだ、希望となるために――

 

 奇しくも、人間の師匠から教わった拳法で戦う、朝倉(スカル)留花(ゴモラ)がするように。

 

 異質な生まれ故、一度はフーマの仲間に命を絶たれかけた彼女が。培養合成獣(ベリアルの子)という生まれ方は選べずとも、生き方を選ぼうとする彼女が、その血の宿命に負けず、家族と自分自身を救えるように道を拓く――それこそが光に選ばれた負け犬の子(ウルトラマン)の為すべき本分であると、フーマはそう信じていたから。

 ……まぁ、そんな一方的な投影まで、口に出すのは風流ではない。むしろ気色悪い。

 だから、それだけはただ行動で示すべきだと、誰より口喧しいウルトラマンは決意していた。

 

「セイヤッチ!」

 

 故に、いつも以上に、この戦いには負けられないという気迫を込めて。青き残影と化した風の覇者は、烏天狗の姿をした魔人と、夜天に無数の光芒を散らす超音速の空中戦を開始した。

 

 

 

 

 

 

 必勝撃聖棍が、唸りを上げる。

 縦に振り下ろされた赤き鋼は、全体が骨化していたタイラント型スペースビースト、デスボーンの額を割り、そこから黒く腐りきった屍肉のような体液を噴出させ、動きを鈍らせる。

 

「ギガスラストぉ!」

 

 突き刺したまま、膨大なエネルギーによる刺突を放ったウルトラマンジード・ウルティメイトファイナルは、デスボーンを跡形もなく消し飛ばし――ギガファイナライザーを振り下ろした勢いのまま旋回させ、右腕だけで保持すると、空域に残像するスペースビースト目掛けて両腕を横に広げた。

 

「コラプサーブースト!」

 

 そして胸全体から高威力の破壊光線を放ちつつ、ジード自身が回転する砲台となることで、三百六十度全周囲の敵を粉砕し、灼き尽くす。

 

〈リク、お疲れ様でした〉

 

 敵影が見えなくなったところで照射を止めたジードの耳に、レムからの通信が届いた。

 

「レム! そっちは……」

〈申し訳ありません。撃墜されました〉

「大丈夫!?」

〈ルカは、現在無事に転送中です〉

 

 淡々と述べるレムに思わず叫び返すと、そんな返事が返って来た。

 

「レムは!?」

〈――無事とは、言えません〉

 

 一瞬の間を置いて、返事が寄越された。

 

〈ネオブリタニア号の飛行能力に障害を受けました。ルカがメタフィールドを張ってしまえば、後からあなたを送り届けることができません〉

 

 別宇宙への航行能力の応用により、メタフィールドという別位相への転移をも理論上は可能とするネオブリタニア号。リトルスターの力により、ルカが不連続時空間を展開しても、後から合流するアテとしていた手段の喪失を伝えられ、追手を防ぎ切れなかったジードは焦燥を覚える。

 ……だが、メタフィールドに辿り着く手段はそれだけではないと、ジードはすぐに立ち直る。

 

〈だから、急いでください、リク〉

 

 そもそも、その前にルカに追いつけば問題ないと――素早く合流できるためにも自分が足止めを選んだのだと思い直したジードは、レムの助言に頷いた。

 

「わかった。レムも……後で必ず迎えに行くから、待っててくれ」

〈了解しました。それでは、ルカの転送先を伝えます〉

 

 心なし。喜びに和らいだように聞こえるレムの電子音声が、ジードの目指すべき場所を言う。

 

〈場所は――〉

 

 

 

 

 

 

 ――光瀬山麓が、大きく揺れた。

 それは、十万トン近い質量の巨大生物が、人類の知る物理法則を超越した飛行能力を維持できなくなり、墜落した結果だった。

 

「あっ……うぁ……っ!」

 

 苦鳴を漏らすのは、究極融合超獣サンダーキラーS。

 異次元の生物兵器の頂点に立つ最新の究極超獣であり、ウルトラマンベリアルの因子を繋ぎとして、そのベリアルがかつて数多の宇宙を餌に完成させたハイパーエレキングの生体情報をも組み込まれた、滅亡の邪神の幼体である生命体。

 怪獣と総称される生物の中でも一際強大なその存在が今、圧倒的な力の差に敗れ、倒れ伏していた。

 

 サンダーキラーSを追い詰めたのは、こことは別の宇宙で全ての生命体を捕食し絶滅させた、スペースビーストの集合体。幼体である彼女とは違い、羽化を果たした完全体である滅亡の邪神、ハイパービースト・ザ・ワンであった。

 いくら究極超獣とは言っても、同時に滅亡の邪神の幼体でしかないサンダーキラーSと、完全体であるザ・ワンの間には、文字通り子供と大人ほどの差があった。

 甚振るように弄ばれ、嬲られ続けていたサンダーキラーSだが、遂にザ・ワンの気を惹きながら逃げ続けるだけの余力も奪い去られ、こうして人里離れた山中に叩き落されてしまっていたのだ。

 

 ――同じカテゴリーで呼称される怪獣とはいえ、全くの別種であるザ・ワンが、サンダーキラーSに手心を加える道理はない。

 むしろ、宇宙全ての生命を取り込んでしまうほどの欲望の塊である邪神からすれば、自らに匹敵するポテンシャルを秘めた生命体は、栄養に優れた餌にしか見えていないのだろう。

 まして、スペースビーストが何より好む恐怖という感情――それが本来生じないはずの超獣でありながら心を与えられた上に、怪獣を誘引するリトルスターまで、軽率にも他の怪獣から奪って宿してしまったサンダーキラーSは、ザ・ワンの食欲を無尽蔵に刺激して仕方ない存在だったのだ。

 

 その性質を利用して、ザ・ワン本体は引き離したが――果たしてトリィたちは無事だろうか。仮に、今は大丈夫でも、己が一矢報いることもできなかったこの邪神が舞い戻れば、結局皆、殺されてしまうのではなかろうか。そんな不安が、サンダーキラーSの中で鎌首をもたげる。

 

 ……あるいは、創造主であるヤプールが死んでいなければ。同じく知性体の負の感情を奪い合う生態的地位の競合相手として、いずれヤプール側の戦力としてザ・ワンと相対するのに変わりはなくとも、結果を変えることはできたかも知れない。

 しかし、完全な邪神に至る遙か手前でヤプールが滅び、未熟な雛のまま外界に飛び出すこととなったサンダーキラーSには、そのような未来はなかった。

 だが、それはそれで良かったと、サンダーキラーSは思う。作られた時に決められた運命のままであれば、きっとトリィたちとこんな風には出会えなかったから。

 こんな無価値な自分に、暖かさをくれた優しさを知ることはできず――自らの過ちで傷つけてしまった兄や姉と、その前にたったの一度でも、笑い合うことなんてできなかっただろうから。

 けれど、その暖かさを守る力が、今の自分にないこと。ただ一個の生命として力を増し、知性を向上させるだけの本来の在り方では得られなかった――トリィの教えてくれた、過ちをやり直す希望を、実現することができなかったこと。それがじわじわと、独りぼっちの惨めな死を前にしたサンダーキラーSを、蝕んでいた。

 

 そんな絶望と恐怖が、リトルスターの輝きを縮小させ始めるものの。今更、ザ・ワンが見逃してくれるはずもない。

 恐怖を孕んだ、消え去る目前の閃光を前に――より一層の欲望を刺激されたように、全身の牙を剥き出しにして迫って来る。

 その姿に、この世界の全てが怯えるように。山の木々がざわめき揺れるが、当然草も木も、動物たちも、助けに来てくれなかった。

 

「(私の妹に――っ!)」

 

 ただ――一輪の花だけが、飛び出していた。

 

「(手を出すなぁあああああああっ!)」

 

 その思念の叫びとともに。雷鳴の如く轟いた咆哮の主が、滅亡の邪神を弾き飛ばした。

 

「――っ、お姉、さま……?」

 

 突如として出現し、ハイパービースト・ザ・ワンに体当たりを仕掛けて距離を取らせたのは――培養合成獣スカルゴモラだった。

 星雲荘による転送から、即座に本来の姿に戻って繰り出した完全な不意打ち。それでスカルゴモラの全体重と筋力を、重心移動の瞬間に叩き込まれれば、如何に滅亡の邪神といえども不覚を取ったらしく、ザ・ワンは百メートルほど後退していた。

 だが、効果はそれだけ。一切のダメージを受けていないザ・ワンを前にして、しかしスカルゴモラは些かの怯みも見せずに対峙する。

 ――サンダーキラーSを、その背に庇って。

 

「なんで……?」

 

 同じくベリアルの血から造られた姉である、培養合成獣スカルゴモラ。

 レイオニクスの力を最も直接的に引き出せるその潜在能力の凄まじさは、サンダーキラーS自身もトラウマに等しい形で知っている。

 ――だが、それだけで、未だザ・ワンに敵うはずなどないというのに。

 

「どうして、たすけてくれるの……?」

 

 ……こんな、悪い子を。

 話を聞かず、大切な兄を傷つけた、憎むべき相手を――

 

「(――お姉ちゃんだからだっ!)」

 

 そんな妹の疑念を晴らすように、培養合成獣スカルゴモラが吠えた。

 

「(喧嘩してたって、お姉ちゃんは妹を守るものなんだ!)」

 

 叫びながら、スカルゴモラは全身の角から青白い光線を発射。フェーズシフトウェーブで、亜空間への入口を作り出す。

 対して、ザ・ワンは口腔内に出現させた巨大な魔眼から、金色の混じった青い光をスカルゴモラに浴びせた。

 微かに散った飛沫の付着した木々が変貌するのを見て、サンダーキラーSはその正体を悟る。あれは邪神が操る、石化の呪いが込められた光線だと。

 ――サンダーキラーSの光線吸収は、間に合わない。

 結果、助けに来た姉を物言わぬ石に変えることで、サンダーキラーSの絶望をさらに煽ろうとしたザ・ワンの悪意は――しかし、スカルゴモラには何の効果も発揮せずに弾かれた。

 そうなった原理は、サンダーキラーSも知る由もない――かつてこの場所で、兄妹の父であるベリアルの部下だった怪獣との戦いを通し、スカルゴモラが石化耐性を獲得していたことなど。

 その怪獣が、何を望んでいたかなど。

 

「(こいつは私が食い止める! だから――もう怖がらなくていいんだよ、サラ)」

 

 サンダーキラーSを蹂躙した、あの赤い姿に変じながら。しかしそれ以前の、たくさんの笑顔を向けてくれた時の優しさを損なわないまま。

 石化光線を無効化されたことで意表を突かれたらしく、動きに戸惑いの生じていた邪神(ザ・ワン)に突撃し。その身を抱えて亜空間へと飛び込んで行った姉は、一瞬だけ振り返り――きっとそこに、朝倉留花(ルカ)の姿の時と同じ、咲き誇るような笑顔を浮かべてくれていた。

 

「あ……っ!」

 

 何か、返事をする前に。

 サンダーキラーSの前で、スカルゴモラが飛び込んだ別位相への入口は、完全に閉じられ消えてしまったのだった。

 

 

 

 

 




Bパートあとがき



・光の国には対ビースト抗体不要説

 これは完全に妄想なのですが、『ウルトラマンネクサス』内の設定に存在する「ビースト因子を無力化し、消滅させる未知の因子」である対ビースト抗体の正体、作風的に愛や勇気や希望、そしてどんな困難にも諦めない心といったポジティブな感情そのものだと勝手に予想しているので、光の国ともなるとデフォルトで満ちているんじゃないのかなと考えています。
 まぁ仮に違っていても、別にスペースビーストに今更恐怖して再発生を許すような存在でもないだろうというイメージがありますし、ウルトラベルとかで浄化代用できていそうなので、光の国ではザ・ワン戦後もスペースビースト再発生の余地はないという作中設定になります。そうでもないと公式との乖離が大きくなり過ぎるし……という理由ももちろんありますが、そういうことでよろしくお願いできればと思います。


・シャイニングフィールドの時差倍率

 思い切り「約一分=約四年」と作中で言及してしまったので、そんな設定は公式にはなく、本作独自の解釈です、といつも通りお断りしておきます。
 公式設定では完全に不明ですが、唯一使用された『ウルトラファイトオーブ』での映像作品としての時間で判断すると、シャイニングフィールド発動から「十年も特訓」という発言まで、約160秒(某配信サイトですと17分10秒~19分50秒ほど)が経過していました。
 作中ではそれなりに切羽詰まった事態だったはずなので、実際にこの程度の準備で作戦の成功率が上がるなら――ぐらいの感覚だったら、あのタイミングでの使用にも頷けるかな、と感じるところです(ぶっちゃけオーバーしても時間戻せば良くない? は禁句)。
 ここで、ちょうど『ウルトラマンタイガ』にてゼロがプラズマゼロレットを渡す際に「二百万パーセント」という単語を口にしていたので、その数値を倍率として採用してみると、十年は約3億1500万秒なので、二百万で割ると約158秒と、まぁまぁ近い感じになりました。
 よって、シャイニングフィールド内外の時間進行速度の差は約二百万倍、現実時間では一分程度で行けるので、作劇的にも扱い易い気がするのでとりあえずこの倍率を採用してみました。ある程度は可変式な気もしますが、その可変式かな? という予想含めて完全に本作独自の設定となるので、念のためここで断っておきます。
 ちなみに四年という経過時間は、作中設定では同い年であるライハ役の山本千尋さんとリクくん役の濱田龍臣プロの演者間実年齢の差をチョイスした形になります。生きるために必要なあれこれは、シャイニングフィールドに入った途端オーブも回復していたし、他にもAIBの研究施設なら何やかんやあるんだろうということで一つ。
 作中では触れないので先にこちらで弁明しておくと、そんなに長い間連続で同化しているとレイトさんと分離できなくなりそうなので、シャイニングフィールドを維持する主観四年の間に何度も分離と再融合を繰り返している想定です。


・石化光線

 ガタノゾーアのみならず、実はハイパーゼットン(コクーン)がウルトラマンダイナを倒した際に使用していたりするので、邪神の基本技扱いで使わせてみました。設定的には普通にガーゴルゴンかその亜種が取り込まれている形です。
 そして、少なくともガーゴルゴン由来である故に、本作の培養合成獣スカルゴモラにはもう通用しないというわけです。




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第十一話「明日を照らすのは」Cパート

 

 

 

 リトルスターの力で産み出した戦闘用不連続時空間、メタフィールド。

 

 展開する術者やウルトラマンの力を高め、スペースビーストの力を減退させる効果を持つ世界に飛び込んだ培養合成獣スカルゴモラは、そこでレイオニックバーストの力を全開にし、ザ・ワンを豪快に突き飛ばした。

 仕切り直す格好となったザ・ワンは、翼を拡げて悠然と体勢を持ち直し、赤い大地に着地する。

 空を飛べないスカルゴモラを相手にして、なおも。敢えて地上で戦おうということらしい。

 おそらくそれは驕りではなく、純然な戦力差を理解しているからこその余裕。

 そして、時間をかけてより確実に勝つ以上に――邪魔者を早々に始末して、極上の獲物であるサンダーキラー(ザウルス)の下に向かうことを優先したための、選択だろう。

 

 ――それで良い、とスカルゴモラは内心、不敵に笑う。

 

 生まれてから目にしてきた全ての存在の中で、間違いなく最も強大だと確信できる敵を前に――たった一人で勝てるはずがないと理解して、なおも。

 ウルトラマンフーマたちトライスクワッドや、ゼガンを主力とするAIB、そしてウルティメイトフォースゼロが、各地で敵を食い止めてくれている。自分たち兄妹だけで戦っているわけではないという事実が、勇気をくれる。

 仲間たちがこのまま、背中を守り抜いてくれるなら――誰より頼りにする兄も、きっとすぐに駆けつけてくれるはずだと、スカルゴモラは約束を信じていた。

 

「(さぁ、来い! おまえたちの欲しい光は、私だって持っているんだ!)」

 

 取り込んだ超獣の特性でメタフィールドからの脱出も可能とし、メガフラシの能力を先に行使すればメタフィールドの再展開そのものを封じてしまえるザ・ワンが、この檻の中から逃げ出すことのないように、スカルゴモラは胸に宿したリトルスターを輝かせる。

 眩さに苛立ったようにザ・ワンが吠えるのと、スカルゴモラが駆け出すのは同時だった。

 だが、一歩踏み出したその瞬間、スカルゴモラの身体が宙を浮く。

 

「(へ――っ!?)」

 

 それは、ザ・ワンの重力操作によって生み出された、強大な重力場の仕業だった。

 スカルゴモラのみならず。足場としていたメタフィールドの大地を引き剥がし、次々と集結させて、空に浮かぶ新たな小天体――さながら、かつてスカルゴモラの父であるベリアルが封じられていた宇宙監獄の如き戒めを、ザ・ワンは作り上げる。

 だが、流石に――宇宙中の生命を奪って成り上がったばかりの邪神の力は、宇宙そのものを庇護し、癒やすことのできる伝説の超人にはまだまだ遠く及ばず。巨大な岩塊の中にスカルゴモラを埋め込むだけで終わり、かつてのベリアルのように身動きを常に封じられる、というまでは至らない。

 

「(――舐めるなっ!)」

 

 ならば、地底怪獣であるゴモラの血を組み込まれたスカルゴモラにとって、こんな拘束など目隠し程度の意味しかなかった。

 元より、全開としていたレイオニックバーストの高熱だけで岩盤は暖められ、熔解寸前。そこに超振動波を作用させれば、ザ・ワンの作った星は一瞬で瓦解する。

 最早、掘り進む必要もない。砕け散った星から宙に投げ出されたスカルゴモラは、超高空から自らの産み出した大地に帰還するまでの間に――目隠しを行っていたザ・ワンが、その間に準備していた紫色の破滅を目にした。

 

「(インフェルノ・バースト!)」

 

 ザ・ワンが放つのは、日中の戦闘で兄が目撃したD4レイ――戦闘記録の提供を受け、その性質を把握していたスカルゴモラは、出力を全開にした熱線で相殺を図る。

 だが、中央の口腔からのD4レイを相殺していたところに、残る六つの頭部から放たれた他の光線に晒され、身動きの取れない空中にあったスカルゴモラは被弾を余儀なくされた。

 

「(あ――っ! く、っそぉ……っ!)」

 

 昼間の戦いを乗り越え、さらに戦闘力を増したスカルゴモラからしても、痛みを堪えるのにも気力を要するダメージが蓄積される。相殺してなお、あれだけ苦戦させられたイズマエル・グローラーをも越える大火力だ。

 ――逆を言えば、ちっぽけな分身に過ぎないはずのイスマエルらの攻撃が比較対象として成立する異常さに、スカルゴモラは意識が及んでいなかった。

 そんな余裕は全て、眼前の脅威に叩きつけるための闘志へと変換していたから。

 

「(ぶっ飛ばしてやる――!)」

 

 日中の戦いで学んだ、怪獣念力の応用――重力場の制御により、ザ・ワンの展開する弾幕が通るべき空間そのものを捻じ曲げ、あらぬ方角へと射線を捻じ曲げた隙に肉体を再生し、亜空間の大地に激突していた身をクレーターの中から起こす。

 その瞬間を狙って、胸元に、触手のように伸びたザ・ワンの舌が突き刺さる。

 先端に備えた第二の口を開き、まるで鰻のようにスカルゴモラを内部から食い荒そうとうするその舌は――しかし、スカルゴモラの誇る筋力と爆発的な再生力に圧迫され、身動きが取れないまま、逆に押し潰されて死滅して行く。

 

「(本当に舐めに来んなっ!)」

 

 そこで、超振動と超高熱を纏った爪でザ・ワンの舌を斬り落としたスカルゴモラは、自身に突き刺さった先端の残骸を無造作に焼却しながら、逃げようとする根本の方を掴んで、思い切り引き寄せた。

 

「(やぁあああああああああっ!)」

 

 そして、引き寄せられる途中から、逆に自らの翼で加速した完全体の滅亡の邪神と――瞬く間に胸の穴を塞いでしまうほどの強靭な再生力を得たことにより、格上の強敵との攻防、その一つ一つごとにより強く自己進化する培養合成獣が、互いを正面から間合いに捉える。

 

 ……それが、かつてレムが分析した己の特性からもかけ離れ始めていることを、やはり気にする余裕はなく。

 

 ただ、守るべきもののために闘志を漲らせたスカルゴモラは、ハイパービースト・ザ・ワンと、激しい殴り合いを開始した。

 

 

 

 

 

 

「お姉さま……」

 

 姉が消えた後の虚空を呆然と見つめたまま、究極融合超獣サンダーキラーSはほんの半日前のことを想起していた。

 

 ……ルカだって――トリィさんを守って、僕を助けてくれた君のことを、もう怒ったりなんかしない。きっと許してくれる

 

 二人の兄であるウルトラマンジードが、教えてくれた通りだった。

 トリィが、きっと仲直りできると言ってくれた通りだった。

 

 なのに自分は、己が大切な人を傷つけられた時の憎しみを根拠に。怖くて信じられないなんて、逃げてしまった。

 悪い子だった自分より、ずっと、ずっと。兄も、姉も、本当に優しかったのに――!

 

「――サラ!」

 

 サンダーキラーSが慄然としていたその時、彼女に呼びかける声があった。

 夜空の向こうから音速を越えて飛来したのは、これまで何度も助けてくれた光の巨人――兄である、ウルトラマンジードだった。

 激戦を潜り抜けて来たと思しき汚れを付着させた、ウルティメイトファイナルの姿で駆けつけた兄の呼びかけに、サンダーキラーSは辿々しく応えた。

 

「お兄、さま……」

「大丈夫!? 今、手当するから――!」

 

 駆けつけたジードが、すぐに癒やしの波動をその掌から照射してくれるのに。暖かさで満たされる気持ちになりながら、しかしそれに浸っている場合ではないと、サンダーキラーSは正気に返った。

 

「――お兄さま! おねがい、お姉さまをたすけて!」

 

 そして気づいた勢いのまま、眼前の巨人に乞うていた。

 

「お姉さまは、わたしをたすけにきて……ひとりだけで、ザ・ワンとたたかってるの! いくらお姉さまでも、このままじゃころされちゃう!」

 

 サンダーキラーSが――サラが、二人を信じられなかったばかりに。適切な対応を邪魔してしまって、ザ・ワンの襲来に対し、後手に回ることを許してしまった。

 その尻拭いを、誰より迷惑をかけられた兄に願うことの身勝手さを感じながらも、サンダーキラーSは叫び続ける。

 

「わたしの、わたしのせいで、お姉さまが――っ!」

「――サラのせいじゃないよ」

 

 サンダーキラーSが、己を呪ったその時。一瞬強張らせていた気配を解いた兄は、ゆっくりと首を横に振った。

 

「悪いのは、皆を踏み躙ろうとしているスペースビーストの方だ。ルカは君に強制されたのでも何でもなくて、自分の意志で、それに立ち向かっている」

 

 こんな不出来な妹に、かつて腹を割かれた兄は、相も変わらず穏やかに教えてくれる。

 

「だってルカは君の、お姉ちゃんだから」

「――っ!」

 

 一つも言うことを聞かず、迷惑をかけてばかりだった妹をそれでも責めず、見放すこともせず、優しい青い瞳で見つめて、兄は言う。

 

「そして、僕はルカと君のお兄ちゃんで――ウルトラマンだ。だからザ・ワンを止めて、君たちを助けるのは、当たり前だ」

 

 兄は――ウルトラマンジードは、力強い頷きを見せてくれた。

 その時感じた、頼もしさは。単純な数値で評価できる性能で言えば、ザ・ワンに歯が立たなかったサンダーキラーSにも及ばないはずという事実をも、完全に忘れさせて。

 あの日――兄妹を笑顔にして、幸せを分かち合わせてくれたドンシャインに負けないほどの……ヒーローであるという皆の言葉が嘘ではないと、もう一度思わせてくれた。

 

「ただ……僕の力だけじゃ、ルカのところには行けない。レムも、今は動けなくなっちゃった。だから、道を開くだけで良いから――サラの力も、借りて良いかな?」

「――っ、うん、ううん、はい、お兄さま……っ!」

 

 優しさと、頼もしさと。そんな彼に、自らの願う姉の救助に必要として貰えた喜びとで、サンダーキラーSが涙したその時。

 今までで一番強く、この胸に宿っていた光が、輝いた。

 祈りを宿した小さな星は、サンダーキラーSから飛び出し――ウルトラマンジードの、カラータイマーに吸い込まれて。

 

 新たな力を、兄であるウルトラマンへと届けていた。

 

 

 

 

 

 

 戦いの趨勢は、当然のようにハイパービースト・ザ・ワンへと傾いていた。

 いくら培養合成獣スカルゴモラの肉体が強靭で、達人であるライハから太極拳を習い、レイオニックバーストで全ての能力を向上させた上で優れた再生力まで身につけ、そして死線を越えるたびにより強く進化するのだとしても。

 ザ・ワンが未だ手負いであるという事実を踏まえても、元となる能力に開きがあり過ぎた。

 

 超振動波も、怪獣念力もバシレウスの時と同様に、同様の能力を持つザ・ワンには相殺されてしまう。

 それ故の肉弾戦でも、何の術理もないザ・ワンの一撃一撃が、勝敗を左右するに相応しい威力でスカルゴモラを打ち据える。そのたびに、持ち前の耐久性と再生力、そして気合とで持ち直して喰らいついていたが、強烈な攻撃の嵐を前に蓄積されていた消耗が、遂にスカルゴモラの膝を折らせた。

 

「(ぐっ、この……っ!)」

 

 生命力を変換するメタフィールドも、闘争心を示すレイオニックバーストも、いずれも意地で保ったまま。それでも戦闘開始当初の勢いが明らかに損なわれたスカルゴモラへと、ザ・ワンの追撃が放たれる。

 バシレウスが放っていた、氷炎一体の超温差光線、ハイブリッドヘルサイクロン――どころではない、火・水・風・土に光と闇、そして空間のエネルギーを配合した、七色の光線が、スカルゴモラを狙い撃つ。

 死力を尽くしたインフェルノ・バーストで迎え撃つが、威力で負けては相殺できず、減退させながらも直撃を許すこととなった。

 

「(きゃぁあああああああああっ!?)」

 

 悲鳴を上げて吹き飛ばされ、倒れ伏す。呼吸を乱しながらも、何とか顔を起こすスカルゴモラへと、ザ・ワンが躙り寄って来る。

 

「(この……ちょっと、待ちなさいよ――っ!)」

 

 聞き届けられるはずもない悪態を吐きながら、スカルゴモラは迫りくる死を跳ね除けようと立ち上がる。

 ――その時にふと、違和感を覚えた。

 

「(……えっ? 本当に、待ってる?)」

 

 完全に立ち上がって、正面を見据え直した時。ザ・ワンが、追撃を仕掛けることもなく――距離を保ったまま、直立していることに気がついた。

 獰猛な顔のまま、言われた通りに待機しているその様子に、いったい何を企んでいるのかと、スカルゴモラは身構える。

 だが、低い唸り声を上げながらも、それ以外に何もしようとしないザ・ワンの様子に、スカルゴモラは当惑しながら――奇妙な予感を覚えて、思いつきを口にした。

 

「(……おすわり)」

 

 果たして――ザ・ワンは、膝を曲げて、従った。

 

「(……嘘でしょ?)」

 

 一切予想していなかった事態に、スカルゴモラは信じられない想いで目を瞬かせた。

 

「(私のレイオニクスの力、こんな奴と相性が良いの――っ!?)」

 

 戦いの中で開花する、レイオニクスの力。

 それが、バトルナイザーすら介さず、意思の疎通を可能とする怪獣。

 とびきりの例外がまさか、こんな邪悪な相手だったなんて……などと、落胆したものの。

 ――戦わなくとも済むかも知れない、という、望外の展開を前に。スカルゴモラは、続けて願いを口にした。

 

「(ねぇ、本当に言うことを聞いてくれるなら……私たちのことも、他の生き物も――もう、襲わなかったり、できる?)」

 

 ……問いかけた瞬間。何かを通じて流れ込む強烈な怒気を感じて、スカルゴモラは総毛の逆立つ思いをした。

 直後、立ち上がりざまにザ・ワンの揮った豪腕が、スカルゴモラを弾き飛ばしていた。

 

「(……やっぱり、そんな上手くいくわけないか――っ!)」

 

 身を起こしながら、スカルゴモラは迫って来るザ・ワンを見据える。

 先程の挙動がただの演技だった、ということはないだろう。圧倒的に優位な状況で攻め手を緩めて騙し討ちをする意味はないし、何より――自分とザ・ワンの間に、確かに何らかの繋がりが存在するのを、感じていたから。

 ……そこから伝わってくる、まるで酷い裏切りを受けたようなザ・ワンの激しい怒りと、拒絶の心とが、スカルゴモラを内側からも責め立てる。

 だが、ザ・ワンの何かを裏切ってしまったのだとしても。そもそも自分や妹を狙い、傷つけたのはあちらが先だ。身勝手な怒りに遠慮してやる道理はないと、スカルゴモラは闘志を燃やし迎え撃つ。

 しかし、地力の差が埋まっているわけでもなく。ザ・ワンの攻撃に皮膚を裂かれ、流血しながら再び倒れ込む羽目となった。

 鋭い爪に付いたスカルゴモラの血。先のように、筋肉に潰されることもない舌でそれを舐め取った直後、ザ・ワンは何か衝撃を受けたように、一瞬固まった。

 それから――残忍な愉悦と、期待の気配とが、繋がりを通じてスカルゴモラに浸透してきた。

 

「(――っ!?)」

 

 滑らかな動きを再開した、ザ・ワンから向けられる視線の種類が、変わった。

 先に、サンダーキラーSの物を見ていたからか。あるいは、スカルゴモラが恐怖していなかったからか。リトルスターの輝きにすら魅せられず、ただ障害として排除しようとする意図しか見せていなかったザ・ワンは、今……サンダーキラーSに向けていたのと同じ、嗜虐的な欲望を、スカルゴモラに向けてきた。

 ――食べ物として狙われている。その悍ましい確信が、レイオニクスの闘争本能を昂ぶらせていたスカルゴモラをして、思わず身を竦ませた。

 圧倒的強者の下卑た欲望に晒されて、心が挫けなかったのは。邪神の標的を、完全に妹から逸らすことができたという安堵に、辛うじて思考が及んだからだった。

 そんなスカルゴモラの反抗心すら、食欲を刺激するスパイスに過ぎないとばかりに、ザ・ワンが迫る。対し、度重なるダメージによりいよいよ動きの鈍ったスカルゴモラが立ち上がるのも間に合わない、その時。

 

「ライザーレイビィイイームゥッ!!」

 

 スカルゴモラの背後から、叫びとともに迸った眩い光が、ザ・ワンへと直撃した。

 ――その声に。宇宙すら終わらせた滅亡の邪神に狙われているという事実をも忘却するほどの、安らぎに包まれながら。

 

「(――お兄ちゃん!)」

 

 振り返ったスカルゴモラは、駆けつけたヒーローの姿を目にして、彼の名を呼んでいた。

 

 

 

 

 

 

「お姉さま、だいじょうぶ!?」

 

 メタフィールドに辿り着いて早々。最大火力で牽制を開始したウルトラマンジード・ウルティメイトファイナルが、ザ・ワンを抑え込んだその隙に、サンダーキラーSが傷ついたスカルゴモラに駆け寄った。

 

「(――サラ!? どうしてあなたまで……)」

「だって……お姉さまが、しんぱいで――!」

「(だからって、こんな危ないところに……!)」

「ルカ。信じてあげなよ、君の妹を」

 

 いつかの――究極超獣との戦いの最中で、かつて未熟な兄がしてしまったような。妹の決意を軽んじてしまうようなスカルゴモラの発言を、ジードは諌めた。

 

「僕も居て、君も居て、外では皆も一緒に戦ってくれている――だったら、サラだってもう、どんな敵にも負けたりしない!」

 

 叫ぶ間にも、ジードはその想いを直接変換した光線のエネルギーを、滅亡の邪神に注ぎ続けていた。

 ――最初こそ、光線の威力に押されて後退し、その身を融かし始めていたザ・ワンは。肉体を変化させて作った腹の口で、ジードの光線を吸い込み始めていた。

 メタフィールドに囚われた今、ビースト振動波を含まない光線を拡散させる特殊位相(メガフラシの)空間を展開することはできずとも。宇宙を貪る邪神の食欲と、取り込んで来た数多の怪獣たちの能力を組み合わせれば、破格の威力の光線すら、ザ・ワンは容易く呑み込んでしまうのだ。

 それにも構わず光線を放ち続けるジードを嘲るような視線を、ザ・ワンが向けて来る。白濁した全身の目からは、このまま全てのエネルギーを吸い尽くし、戦う力を失ったジードの前で、スカルゴモラとサンダーキラーSを貪ってやろうという悪意が透けて見えた。

 ……その表情に、戸惑いが生じ始めたのは。ジードを完全に侮り、ザ・ワンが棒立ちで光線を吸収し続けて、三分以上が経過した頃だった。

 それだけの時間が経過しながら、全く衰えることのない膨大な破壊のエネルギーが、ザ・ワンの身体能力をして吸収不良を起こさせ始めていたのだ。

 

 ――分身を介したビースト振動波による情報共有がありながらも、ザ・ワンは事ここに至るまで、終ぞ知る機会がなかった。

 惑星クシアの遺産である、必勝撃聖棍ギガファイナライザー。それに選ばれた戦士であるウルトラマンジードの最終戦闘形態(ウルティメイトファイナル)は、その想いを物理的なエネルギーに変換することで、戦闘に関わるあらゆるリミットを解除できることを。

 最大出力の向上こそ、容易にはならないとしても――その活動エネルギーは、ジードの、朝倉リクの意志が尽きるまで、一切の限りがないということを。

 そして、人々の祈りを託されるウルトラマンにして、やっと出会えた妹たちを守ろうとする兄・リクの心が折れることなど、決してありはしないということを!

 

 直接対峙するに至って、ようやく。分身では文字通り計り知れなかったウルトラマンジードの底力に、油断していたザ・ワンが圧倒される。

 広大な宇宙をも再生する伝説の超人(ウルトラマンキング)をして、無限の可能性と言わしめる若きウルトラマンのその力は、一つの宇宙の生命を食らい尽くした邪神さえも灼き切ろうとする。

 だが、流石に。ハイパービースト・ザ・ワンはそのまま倒されてくれるほど、簡単な相手ではなかった。

 光線への耐性が限界を迎えてしまう前に、咆哮したザ・ワンが全身から種々多様な攻撃能力を発揮する。七種類のエレメントを用いた属性攻撃や、時空間を潰滅させるD4レイに加え、その細胞を切り離し自走する生体ミサイルとして撃ち放つ。

 対して――ジードがザ・ワンを抑えていた間、治癒を受けていた妹と、治癒をしていた末妹とが、迎撃に動いた。

 

「(スカル超振動波――!)」

「べりあるじぇのさんだー!」

 

 ザ・ワンの咆哮と対消滅する、超音波攻撃。無数の生体ミサイルを次々と捕らえ、撃墜する無数の稲妻。

 さらに反発するベクトルの重力場の相殺や、D4レイ同士の激突が起こり、ザ・ワンの猛威から、家族であるウルトラマンジードを守る。

 ……それでも、三兄妹が同時に繰り出せる攻撃を、ザ・ワンの出力はなおも上回っていた。

 

「――くっ!?」

 

 完全には押し切られなかったものの。ザ・ワンの猛攻に力負けした迎撃は、ジードのすぐ側で炸裂し。ギガファイナライザーを保持する腕が、微かにブレる。

 その一瞬の隙を、ザ・ワンは見逃さなかった。

 ザ・ワンの頬から、鞭のようにしなって伸びた触手――直前までただの微細な突起に過ぎなかったために、予兆のない完全な不意打ちとなったその一撃は、ジードの右腕を強く弾いてギガファイナライザーの射線を完全に逸らし、さらにジード本体を激しく叩きのめす。

 

「(お兄ちゃん!? ――このぉっ!)」

 

 あっさり弾き飛ばされたジードを見て、怒りの声を上げるスカルゴモラがレイオニックバーストの力を全開にして、ザ・ワンに挑む。

 だが、横合いから彼女を襲った二股の尾が鋏のようにスカルゴモラの首を挟み込むと、今の彼女をして抵抗を許さず、締め上げなら宙吊りにしてしまう。

 

「ふぉとんくらっしゃー!」

 

 その尾へと、サンダーキラーSが八本の触手から鞭状の光線を放ち、巻き付かせ、姉を連れていかせまいと抵抗する。

 

「――ふぉとんえっじ!」

 

 さらに、青い光の刃鞭(フォトンクラッシャー)に重ねるように、赤い光の刃鞭(フォトンエッジ)を上乗せして、都合十六の光の刃で、ザ・ワンの強靭な尾を斬り落とし、姉を救い出そうとする。

 しかし、徐々に食い込み始めた刃が、その尾を斬り落とすよりも……もろともゆっくりと引き寄せられるサンダーキラーSを向いたザ・ワンが、彼女を仕留める方が早い。

 

「(だめ、サラ……あなたまでやられる――っ!)」

「――駄目じゃない!」

 

 共倒れを危惧したスカルゴモラが訴えるのに、立ち上がったウルトラマンジードは叫びを挟んだ。

 

「サラは、本気で君を救いたいと想ってくれている――その願いが、叶えたい未来を繋ぐんだって、僕が見せてやる!」

 

 外界とは時間の流れが異なる、光の巨人が内包する小宇宙(インナースペース)の中で。妹たちの危機的状況を前に、ジードは――リクは、新たに起動したばかりのカプセルを手にした。

 

「ユー、ゴー!」

《ウルトラマンガイア》

 

 リクが起動したのは、大地と海、生命を守り育む二つの力を受け継いだ、地球の化身ウルトラマンガイアV2の力を受け継いだカプセル。

 ルカを――姉を救って欲しいというサラの願いを受けて輝いた、新たな光の器だった。

 

「アイゴー!」

《ウルトラマンヒカリ》

 

 続けてリクが選んだのは、青い体躯のウルトラマンヒカリのカプセル――かつてトリィ=ティプからウルトラマンに託された、平和への祈りが結実した力。

 

「ヒア・ウィ・ゴー!」

《フュージョンライズ!》

 

 妹であるサラと、彼女を救ってくれたトリィから託された光の宿るウルトラカプセル。小さな星に込められた願いを、ジードライザーが繋いで行く。

 

「咲かすぜ、騎士道! ジィィィィィィィィィィィドッ!!」

《ウルトラマンガイア・ウルトラマンヒカリ・ウルトラマンジード! フォトンナイト!!》

 

 そして自らの光量子情報を再構成し、赤と青の光となったジードはその勢いのまま、ザ・ワンが繰り出した舌による刺突を切り払い、サンダーキラーSを守護していた。

 

「フォトンビームブレード!」

 

 ザ・ワンの舌を防いだ、右腕の装甲のようなパーツから伸びた光の剣。それを揮って、ジードは続けてザ・ワンの尾に痛烈な振り下ろしを見舞った。

 その刃でも、ザ・ワンの尾を断ち切ることはできなかったが――既に、切り込みを入れながら尾を縛り上げていたサンダーキラーSの攻撃と合わせ、尾の力を弱めることに成功する。

 その結果、幾ばくかの自由を取り戻したスカルゴモラが、噛み付いていた尾の先の双頭へと強烈な超振動波を叩き込んで、ザ・ワンの拘束から脱することが叶っていた。

 

「(……新しい、ジード?)」

 

 そして――青と銀を基調としながら、そこに赤と金、そして黒を加えた体色に、白いマントを纏った騎士の如き佇まいとなった兄を見て、培養合成獣スカルゴモラが驚きの声を漏らす。

 肩や腰の装飾、そして頬と額に角を備えた兜にも見える形状の頭部で、刺々しい印象を与える容姿に変わったジードは――安心感を与えるようにゆっくりと、彼女に向けて頷いた。

 

「うん。サラが――君を助けるために、リトルスターを届けてくれたんだ」

 

 姉の無事を願う妹の祈りを受け止め覚醒した、新たなるフュージョンライズ形態。

 その名は、ウルトラマンジード・フォトンナイト。

 

「――行くぞ、ザ・ワン!」

 

 ただ己の欲望のためだけに、他者を食い散らかす邪悪な願いを糺し――そして、暗闇に覆われかけていた希望を照らすために。

 降臨した新たなる光の騎士は、敢然と駆け出していた。

 

 

 

 




Cパートあとがき



 ここまでお読み頂きありがとうございました。
 まさかの本編に出なかった、データカードダス限定のフュージョンライズ形態、フォトンナイトを登場させてしまいました。一応ウルティメイトファイナルやロイヤルメガマスターが使える時に優先する理由はないし、今後の公式映像作品でも「持っているけどわざわざ使わないんだな」と脳内補完できる程度の形態……のはず……

『Another Gene』や『ウルトラギャラクシーファイト 第三章 運命の激突』、そしてまだインタビューでの雑談レベルとはいえ『その後のウルトラマンジード』等々、公式の怒涛の展開的にそろそろ公式の映像作品の裏で起きていた出来事と言い張る遊びが続けられるのか怪しくなって来ましたが、可能な限りは原作を尊重する二次創作としての基本を外さずに頑張っていきたいと思います。致命的に乖離した時にはあくまで当初から並行同位宇宙群なんで、とご了承ください。

 まさかといえば、何とまだ続くスペースビースト編。話が進むに連れて膨らんだ要素を拾っていくと、詰め込み過ぎたと反省しております。同じ相手と何話にも渡って戦うのはある意味スペースビースト戦っぽいかなとも思っていますが、ちゃんとその分盛り上げられるよう頑張らねばと気合を入れ直し中です。
 ということで、次回で第十二話、ニュージェネで言えば第一クールの山場となる回に、滅亡の邪神との決着は持ち越しです。一応年内にこのまま更新を完了してしまいたい所存です(本当は次の回こそ、12月23日に更新したかった……という無念をここに残しておきます。お許しください)。


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第十二話「絆∞インフィニティー」Aパート

 

 

 

 培養合成獣スカルゴモラが、その身に宿したリトルスターの力で創り出した戦闘用不連続時空間、メタフィールドの中。

 新たなる姿、フォトンナイトへとフュージョンライズしたウルトラマンジードは、光輝の剣を手に滅亡の邪神、ハイパービースト・ザ・ワンへと挑んでいた。

 この宇宙(サイドスペース)の未来を占う、スペースビーストとの生存競争、その最大の決戦の地となる隔離空間において。かつて同じように宇宙を食い物にしようとした父、ウルトラマンベリアルを打倒した英雄であるウルトラマンジードは、同じ血を引く子供たちの先陣を切り、スペースビーストの支配者へと挑んでいた。

 ――だが、彼我の実力差は歴然。ザ・ワン自身は身動ぎもせず、頬の突起物を伸ばした触手を数度閃かせるだけで、対応の追いつかなくなったジードはあっさりと弾かれてしまっていた。

 

「あぶない!」

 

 警告と同時に、ジードの背後から伸びた触手が、光の障壁を多重展開した。

 ウルトラバリア――既にジードへ譲渡したリトルスターに由来する、ウルトラマンガイアの力。宿主であった間に解析したその能力を、究極融合超獣サンダーキラー(ザウルス)は、今も我が物として扱うことができるらしい。

 その、究極融合超獣の体内で一つとなったガイアとアグルの力。事実上、二人のウルトラマンの力を持つカプセルで変身したフォトンナイトは、フュージョンライズ形態の中でも強力な部類となる。

 ――だが、所詮はちっぽけなカプセルでの話。ウルティメイトファイナルで及ばぬ相手に、敵うだけの能力はない。

 光線を照射しながら接近し、そのままサンダーキラーSの展開したバリアを砕いたザ・ワンに対し。機敏に動いて立ち向かうも、腕の一振りで勢いよく弾き飛ばされ、またも大地に叩きつけられてしまう。

 

「(――お兄ちゃん!?)」

「お兄さま!」

「何やってんだ、ジード!」

 

 妹たちに心配されるジードの無様を、叱責するような声が響いた。

 ジードを蹴散らし、再び培養合成獣スカルゴモラ・レイオニックバーストへ迫っていたザ・ワン。その眼前に、突如として開いた時空の穴から飛び出した銀色の流星が、手にした剣で十字に斬りつけて、ザ・ワンの出鼻を挫き牽制する。

 

「(ウルトラマンゼロ……!)」

 

 ウルティメイトイージスをその身に纏い、メタフィールドの中まで駆けつけたゼロは、ザ・ワンと対峙しながらジードに檄を飛ばしていた。

 

「格好つけてやられるなんざ、一番だっせーぞ。今更そんなタマかよ、おまえが!」

「……別に、格好つけてるだけじゃない」

 

 見栄よりも、もっと大切なことがあることを……ジードは既に、よく理解していた。

 だから――ただ、妹たちを励ます以上の意味が、このフュージョンライズには存在しているのだ。

 

「ゼロが言ったんでしょ。切札があるなら、ザ・ワンまで温存しておけって――この姿はその準備、みたいなものだよ」

「……何か策があるみたいだな」

 

 既知の敵とはいえ、退けたはずが復活して来た――そしてメタフィールドの働きにより、かつての対決時以上の力を漲らせたゼロの参戦を警戒したのか、再び距離を取って仕切り直すザ・ワンと向き合いながら。ジードの返事を受けたゼロは、どこか嬉しそうに鼻を鳴らした。

 

「だったら、仕方ねぇ……主役の見せ場のために、いっちょ手伝ってやるか。行くぜレイト!」

「(はい、ゼロさん!)」

「――俺に限界はねぇ!」

《ネオ・フュージョンライズ!》

 

 イージスを解除したゼロは、代わって伊賀栗レイトの助けを借り、ライザーによる自己強化を果たしていた。

 頭部に備えたゼロスラッガーの本数を倍加させ、間に挟み込むビームランプも三つに増設し、頬や肩を尖らせたその姿は。超時空魔神エタルガーの放ったトレギアのエタルダミー戦以来に見せる強化形態、ウルトラマンゼロビヨンドの勇姿だった。

 だが、元よりザ・ワンに伏せられていたその姿が、以前とさらに違うのは――

 

「(わ、ゼロさん! 僕たち、金色に光ってますよ!)」

 

 ゼロと同化した、レイトが驚きのまま叫ぶように。

 紫のラインや、胸や四肢に備えた水晶の輝きはそのままに。銀色であった体躯が、金色の煌めきを纏っていた。

 それこそは、ウルトラマンゼロビヨンドのさらなる可能性――カプセルの元となった四人のウルトラマンから直接力を借りた際に発現した、ギャラクシーグリッターの輝きだった。

 

「……これが、メタフィールドが繋ぐ絆の力か」

 

 それにより、ウルトラカプセルを通した仲間との、次元をも越えた繋がりが強化され――この場に居ない彼らの光をも携えた姿となったゼロ自身が、微かに驚いたような声を漏らした。

 

「(すごい……僕たち、こんなところまで来たんですね、ゼロさん!)」

「あ、あぁ……そうだな」

 

 興奮するレイトに、やや歯切れ悪くゼロが応じる。その姿を彼へ内緒にするように頼んでいた張本人であるジードも少々、居心地の悪いものを覚えながら……きっと、このギャラクシーグリッターは、ゼロと直接同化したレイトの覚悟もあってこその再臨だとも、理解していた。

 

「行くぞ」

 

 そして、警戒して距離を保ったままだったザ・ワンに向き直ったゼロビヨンドの姿が、その瞬間、声だけを残して消えた。

 

「――ビヨンドリープアタック」

 

 光の残滓を残して掻き消えたゼロは、次の刹那、ザ・ワンの背後に出現していた。

 瞬間移動――研ぎ澄まされた超能力による、光速を越えたテレポーテーションは、滅亡の邪神すら翻弄してみせた。

 そして。その背に――駆けつけてからゼロがずっと抱えていた、何かの弾薬のようなものが打ち込まれる。

 その途端。ザ・ワンが、耐え難い苦痛を訴えかけるように、凄まじい勢いで咆哮した。

 

「対ビースト抗体を打ち込んだ」

 

 ビヨンドリープアタック――これまで、消耗した状態でしか変身して来なかったゼロビヨンドが披露できなかった超絶能力を再び行使し、正気を失ったように暴れ出したザ・ワンの攻撃を回避して戻って来たゼロが、静かに状況を解説した。

 

「……トリィがつくろうとしてたおくすり?」

「そうだ」

「(え、でも、どうやって……? ペイシャンが、いつできるのかわからないって……)」

「抗体の元は、そこにいるおまえらの妹から準備できた。後は俺がシャイニングフィールドで、AIBの研究所の時間を四年進めて一分で完成させた、ってわけだ」

 

 ザ・ワンが悶える間、妹たちの質問にとんでもない回答を告げたゼロが、呆気に取られているジードを向く。

 

「トリィたちの頑張りでも、それだけでザ・ワンを倒すには至らないが……短い時間、弱体化させることならできる。この隙に仕掛けるぞ、ジード!」

「――はい!」

 

 リクだけでも、ルカだけでも、サラだけでも。さらには兄妹の力でも、なおも及ばぬ事態にも。

 今、代表してここに辿り着いたゼロだけではなく。多くの人が、力を貸してくれている――その事実を認識し、気持ちを切り換えたジードは、ゼロの呼びかけに応じて、次なるアクションを起こしていた。

 

「ユー、ゴー!」

《ウルトラの父》

「アイゴー!」

《ウルトラマンベリアル!》

「ヒア・ウィ・ゴー!」

《フュージョンライズ!》

 

 インナースペースにおいて、リクがジードライザーに読み取らせたのは、二人の父親から贈られたウルトラカプセル。

 朝倉(リク)が生きることを望んでくれた、名付け親である朝倉(スイ)と――利用する目的であっても、息子であるウルトラマンジードに与える力として。実の、そしてルカやサラと共通の父であるベリアルが用意していた、ウルトラカプセル。

 そのカプセルと同じく、ベリアルから与えられた知恵であるレムに教えて貰った――今、リクの手中にあるカプセルでフュージョンライズ可能ながら、未だ実践したことのなかった組み合わせへと、ジードが変化して行く。

 

「揮うぜ、剛力! ジィィィィィィィィィィィドッ!!」

《ウルトラの父・ウルトラマンベリアル・ウルトラマンジード! ダンディットトゥルース!!》

 

 落雷が、赤き大地に突き刺さる。

 そして立ち込める煙の中から、変貌したジードが姿を見せた。

 ウルトラマンタイタスにも負けないほどに筋骨隆々とした、彼と同じく赤と黒を基調としたマッシヴなその肉体の上に。悪魔の角のように捻じ曲がった、ウルトラホーンを生やした顔を載せたウルトラマンジード・ダンディットトゥルースが、漆黒の三鈷杵の如き武具を手に、その威容を晒して見せる。

 

「皆――ヒア・ウィ・ゴーだ!」

 

 その号令を合図として。相棒と言うべきゼロや、家族であるスカルゴモラとサンダーキラーSとともに、ジードはザ・ワンへと一斉攻撃を仕掛けた。

 

 

 

 

 

 

 ――夜闇の中で、火花が散る。

 星山市近郊の空で乱舞するのは、白と黒の格子柄と、青と銀の風。

 破滅魔人型異生獣(フィンディッシュタイプビースト)ブリッツブロッツと、惑星(オー)-50(フィフティー)の光に選ばれた風の覇者、ウルトラマンフーマが、夜空に幾何学的な模様を描く電光石火の軌跡を残しながら、激しい攻防を続けていた。

 

「――光波手裏剣!」

 

 手裏剣状に整えたエネルギー群をフーマが投げるのと、ブリッツブロッツが手の甲に仕込んだ発射口から光弾を放つのは同時。

 互いに弾け合った光が夜空を照らし、互いの姿を一瞬隠す中、フーマは自身の石頭を先端とした一直線の突撃を敢行していた。

 

「垂直落下式弾丸拳!」

 

 洗練されたその絶技を、無駄に激しく叫びながら、フーマは戦う。

 だが、相対するスペースビーストの元となった怪獣は、同じく青い体躯のウルトラマン・アグルを倒し、その戦いぶりを目にしていたウルトラマンガイアさえ、なおも苦戦を強いられた破滅魔人の同種。超獣の頂点相手にこそ敗れはしても、単独のウルトラ戦士から見て一把一絡げな相手というわけでは、決してないのだ。

 その証拠と言わんばかりに。ブリッツブロッツは片腕で、強烈な光線兵器すら突っ切るフーマの額を、鷲掴みにして止めていた。

 

「何――っ!?」

 

 フーマが驚愕する頃には、ブリッツブロッツの空いた左手が、風の覇者の胸元に伸びていた。

 凶悪な握撃が狙うのは、ウルトラマンの生命核であるカラータイマー。魔人の掌はそこから光を直接奪い取った上に、爪を突き立てて発光体をズタズタに破壊してしまう。

 

「――ガァッ!?」

 

 致命傷を負わされたフーマが苦痛を訴える悲鳴を漏らし、悶絶したのとほぼ同時に。ブリッツブロッツは吸い上げたフーマの生命エネルギーを、その五指の中で握り潰し、四散させた。

 ……その時になって。血気盛んな若きウルトラマンから奪ったにしては、命の塊である光が妙に小さいことへ、烏天狗は気づいた様子だった。

 

「……残像だ」

 

 苦痛の色を孕んだ、それでも折れない闘志を帯びた声音で、ブリッツブロッツの背後から答え合わせが告げられた。

 

「迅雷蹴撃!」

 

 カラータイマーを赤く点滅させるフーマが放つのは、上空からの強烈な踵落とし。不意を突かれたブリッツブロッツは先の頭突きを受け止めた時のようにはいかず、一撃をもろに喰らって体勢を崩す。

 

「こいつで、終いだ……っ!」

 

 ブリッツブロッツによる、拘束からの即死攻撃を紙一重で躱したフーマは、先程放った牽制よりも多量のエネルギーを収束させた、巨大手裏剣をその手に産み出していた。

 

「極星――光波手裏剣っ!」

 

 投擲されたのは、ウルトラマンフーマ最強の必殺技。師から授かった忍の業が、光の戦士であるウルトラマンの技として昇華された一撃。

 だが、先程ブリッツブロッツの凶爪から逃れる寸前、決して少なくない生命エネルギーを奪われてしまっていたからか。いつもよりも一瞬、繰り出すまでのラグがあった。

 ――その淀みを、破滅魔人は見逃さない。

 烏天狗型のスペースビーストは、その胸郭の装甲を展開すると、隠されていた水晶体で、極星光波手裏剣を丸呑みにしてしまったのだ。

 

「なぁ――っ、光輪まで吸えんのかよ……!?」

 

 活力を奪われ、残された力を込めた乾坤一擲の必殺技すら防がれたフーマは、思わず呻いた。

 そして、ブリッツブロッツ型のスペースビーストのことは、対ウルトラマンで優れた能力を持つために、要注意の敵としての情報提供をフーマも受けていた。

 故に理解できる、次の瞬間訪れる展開を前に。往生際の悪いフーマがさらに死力を振り絞ろうとも、時は既に遅い――はずだった。

 

 突然、ブリッツブロッツが身悶えすることがなければ。

 

「――っ、嵐風竜巻!」

 

 体勢を崩したブリッツブロッツが、それでも胸の水晶体から極星光波手裏剣を反射して来たその時。フーマは防護壁となる竜巻を発生させ、自らに返された手裏剣の軌道を逸らすことに成功していた。

 本来であれば、嵐風竜巻も敵に攻撃を跳ね返す技であるものの、反射合戦へと移行する道を選ばなかったのは――残された体力からの不安も然りだが、この難敵を下すためには一手ずつお行儀よく攻撃を繰り出していては足りないと、フーマも悟ったからだった。

 

「光波剣・大蛇!」

 

 そして、右腕からは新たに生成した光の剣を伸ばし。

 左手には、回収した極星光波手裏剣を携えた変則の二刀流で、フーマは再度、ブリッツブロッツに突貫する。

 フーマの突進を、胸の装甲を閉じて可動域を確保したブリッツブロッツは、鋭い両手の爪で迎え撃つ。二つの刀身は、ブリッツブロッツの左右の手に呆気なく掴み取られて――そして、両手の塞がったブリッツブロッツの背後から、捕まった先で連結を解き、蛇腹剣の如く伸長した光波剣が襲いかかった。

 翼を裂かれたブリッツブロッツが、悲鳴を発する。飛行能力を失った混乱から、握力の緩んだその隙を逃さず、フーマは両手の刃を奔らせた。

 

「セイヤァァァァァッ!!」

 

 疾走する二条の刃により、翼に続けて両腕と装甲越しの結晶体を裂かれて怯んだブリッツブロッツの、その胸元に、フーマはトドメの蹴りを繰り出した。

 

「疾風光波脚――っ!」

 

 鋭いキックと同時、その足の裏から放たれた光線が、水晶体を破壊されたブリッツブロッツの芯を射抜く。抵抗する術を失った魔人は遂に、破滅の時を迎えていた。

 そうして――烏天狗を模した異生獣は、忍の技を操る光の巨人に討たれ。夜空を染める青い光の爆発と化して、風に散らされる量子にまで還っていた。

 

「はぁ、はぁ……きっちぃ――!」

 

 強敵を倒し、地上に降り立ったフーマは、周囲に誰も見ている者がいないと判断して、普段は意識して晒さない弱音を表に出していた。

 昼間出現したスペースビーストの内の、幹部級というべき面々の中でも。三つの戦場を渡り歩かれた上で、終ぞ倒しきれなかった強かさを持った上位個体とはいえ。たかが分身を相手に、上海からの連戦という条件を考慮しても、独力では敗北寸前まで追い詰められた事実で、フーマは肝を冷やす。

 

「……さっき、あいつの動きが鈍ったのは」

〈どうやら、ビースト振動波を減退・消滅させる、光量子情報が散布されているようです〉

 

 その攻防の分岐点を振り返っていたフーマの疑問に、答える声があった。

 

「その声……さっきのカラクリの姉ちゃんか!」

〈レムです。これは球体型偵察機、ユートムによる交信となります〉

 

 驚くフーマの視点の高さまで飛行して来ていたのは、地球人が抱えるほどの大きさでもない、金属製の毬のような端末だった。

 

〈この光量子情報による働きは、存在が予想されている未知の因子、対ビースト抗体のものと、非常によく似通っています〉

「対ビースト抗体? ウルトラマンヒカリでもまだ作れてねーらしいってのに、そりゃいったい……」

〈サラのデータを元にした、AIBの尽力の賜物よ〉

 

 そこで、ユートムを介して発せられた女性の声は、レムのものではなかった。

 

〈ライハ? この通信は〉

〈レム、あなたの力を貸して。ゼロは先に向かって貰ったけど、こっちは初めてだから、少し手間取っているの〉

 

 何やら取り込み中になると思しきやり取りを聞いたフーマは、同時に事情を悟って、その身を起こしていた。

 

「となると……オレがあいつに勝てたのは、例の妹ちゃんと――この星のために頑張ってる宇宙人連中のおかげ、ってぇことか」

 

 仮にもウルトラマンをも苦戦させる脅威を前に、なおも諦めずに奮闘する者たち。

 彼らが戦いへ身を投じる理由は様々だろうが……この、培養合成獣スカルゴモラの師匠である地球人の女剣士のように、異なる種族であろうとも、共に生きようとする姿勢による者も。選ばれた戦士(ウルトラマン)でなかろうと、優れた能力を正義に捧げようとする優しい者も、少なからず居るのだろう。

 かつてフーマを――光の戦士として選ばれるほどに育ててくれた、異形の師と同じように。

 

「……そんじゃ、自分の器に見合った活躍を、オレも続けさせて貰うか」

 

 直接戦線に立てずとも、ウルトラマンの苦境を覆すほどの頑張りを見せてくれた、小さき者たちのように。

 分身如きに苦戦する、今のコンディションのフーマもまた――無理してザ・ワンとの直接対決に首を突っ込む以外にも、もっと周りの役に立てる選択肢があることを、風の覇者は知っていた。

 そして青い体の英雄は、腐ることなくその道を選んだ。

 

「今回の見せ場は譲るぜ、先輩方……それに、嬢ちゃんたち」

 

 既に決戦に赴いたという二人のウルトラマン、ゼロとジード。そしてフーマが送り出した培養合成獣スカルゴモラと、その家族たちが最大の脅威にして、事態の根幹であるザ・ワンとの戦いに集中できるように。彼らが不在の間の世界を守るのも、立派なウルトラマンの役割であると。

 今頃、海の向こうで同じく死闘を繰り広げているだろう相棒たちのことも脳裏に浮かべながら、フーマは未だ残るスペースビーストの軍勢から街を守るべく、空を翔けた。

 

 

 

 

 

 

 兄であるウルトラマンジードたちと共に戦いながら、培養合成獣スカルゴモラは疑問を抱いていた。

 今、兄が変じているのはダンディットトゥルース――フュージョンライズ形態の中では強力だが、最終戦闘形態であるウルティメイトファイナルに比べれば見劣りする性能でしかない姿を敢えて選ぶ意義が、スカルゴモラには理解できなかった。

 現に、共に戦う四人の中で、真っ先に滅亡の邪神ハイパービースト・ザ・ワンに蹴散らされてしまっている――ウルティメイトファイナルであれば、まだ善戦できるはずなのに。

 だが、兄は意味もなくそんなことをする愚か者ではないと――そう信じていたスカルゴモラは、ジードをザ・ワンの追撃から庇うべく、前に出た。

 

「(やぁああああああっ!)」

「うぉらららららららっ!」

 

 スカルゴモラが鳥羽ライハに教わった中国拳法の剛拳、進歩搬攔捶(ジンブーバンランツィ)の重い一撃を繰り出すその隣で。宇宙拳法の達人であるゼロビヨンドが超高速で繰り出す連打、ゼロ百裂パンチが放たれて、それぞれがザ・ワンの攻撃を弾き、挟み込む。

 毒を打ち込まれ、動きの鈍ったところへの同時攻撃に、防御が追いつかなくなったザ・ワンは後退しつつ、三面の頭部、そして翼と二股の尾に付いた七つの顔に光を灯す。

 

「――クワトロスラッガー!」

 

 ザ・ワンが攻撃を放つ前に、ゼロビヨンドの頭部の宇宙ブーメランが分離。飛翔する勢いのまま、ザ・ワンの翼や尾にある口を四本の刃が斬りつけ、射線を逸らす。

 

「そんなのきかない……!」

 

 結果、三条だけが放たれたザ・ワンの光線を、姉に代わって前へ出たサンダーキラーSが吸収し、消耗していたエネルギーを補った。

 

「べりあるですさいず!」

 

 続けて、サンダーキラーSが触手から一度に八つ投げつけた大型の切断光線が、ザ・ワンに殺到。流石に無防備で受けることはせず、ザ・ワンは両腕を構えて防御する。

 

「きらーりばーす!」

「ブレイザーバニシング!」

 

 そこで、サンダーキラーSが口腔より放つ追撃に、ジード・ダンディットトゥルースが必殺光線を合わせた。

 立ち上がったジード・ダンディットトゥルースが天からの落雷を帯びた得物から放つ、稲妻破壊光線。連撃にいよいよ防御も追いつかなくなったザ・ワンは被弾を許すこととなり、微かにその動きを止める。

 その苦境を脱しようと、咆哮するザ・ワンが重力を操作して兄妹を狙うのに、備えていたスカルゴモラも怪獣念力を行使して相殺する重力場を形成し、守り抜く。

 拮抗したその瞬間、さらにザ・ワンの背後へと、瞬間移動したゼロビヨンドが回り込んでいた。

 

「俺の刃を刻み込む!」

 

 その手には、ザ・ワンを刻んでいたクワトロスラッガーが舞い戻り、さらに二本ずつが融合した巨大な双刃刀へと変化。弓張り状の二本のゼロツインソードの刀身に、自身のエネルギーを注ぎ込みさらに刃を巨大化させたゼロビヨンドは、二刀流でザ・ワンに斬りかかる。

 

「ツインギガブレ……っ!?」

 

 躱されるはずのないタイミングの連撃を仕掛けていたゼロが、そこで息を詰まらせた。

 原因は、ザ・ワンの背から生えた八本の突起物だった。

 

「――何っ!?」

 

 伸長すると同時に迸った黒い触手が、死角から仕掛けていたゼロビヨンドを迎撃。咄嗟にゼロツインソードを閃かせて凌ぐゼロだが、捌き切れずに再びの転移による退避を余儀なくされる。

 ――ゼロが消えたと同時に、ザ・ワンも消えていた。

 

「きゃあっ!?」

「(サラ! お兄ちゃんっ!)」

 

 ゼロが行使するのと同じ、瞬間移動――おそらくは同化したゼットン種に由来するその超能力を行使したザ・ワンは、サンダーキラーSとジードの背後に出現し、その肥大化した豪腕を薙いで両者を吹っ飛ばした。

 それを為したザ・ワンの姿は、変わっていた。

 

「わたしの、触手……?」

「(私の、角……っ!)」

 

 背部からは、先端を翡翠の水晶体とした八本の黒い触手を生やし。肥大化した両腕の肘からも角を生やし、黒い掌の先には金色の鉤爪を備えている。

 そして頭部中央の獣の顔には、両頬からも牙を生やした上で――角度や形状を変えながらも、スカルゴモラと同様、額と側頭部から合計三本の巨大な角を生やしていた。

 胸に、独特の模様と結晶体まで出現させたそれは。まるで、培養合成獣スカルゴモラと究極融合超獣サンダーキラーSの特徴を悪意で歪めて再現したような、禍々しい変化だった。

 

〈……対ビースト抗体に適応するため、既に取り込んだ生体情報だけで、部分的に進化して来たようです〉

 

 外部での戦いの影響か、今まで沈黙していたレムによる解析が、そこで告げられた。

 

〈抗体への耐性はまだ、完全には獲得できていないようですが――このまま放置すれば、時間の問題となるでしょう〉

 

 レムが告げる間に、第二形態に変貌したハイパービースト・ザ・ワンが、咆哮とともに突撃してきた。

 何故か、抗体の元となったサンダーキラーSではなく、スカルゴモラの方へと。

 ……変身怪獣ザラガスに近い、耐性獲得の自己進化遺伝子が狙いなのだろうか。それとも、今となっては自分だけが抱えるリトルスターのためか――などと、一瞬連想するものの。それ以上、理由を深く考える余裕はなかった。

 すぐ隣に転移してきたゼロとともに、肉弾戦で迎え撃とうとする。しかし間合いに捉える一瞬前に、またもザ・ワンの姿が消える。

 対ビースト抗体のみならず。ゼロの瞬間移動にも適応すべく、同等の瞬間移動能力を使えるように自身を再構成したザ・ワンは、ビヨンドリープアタックのインターバルに合わせて上空に再出現。八本の触手を撓らせて、横合いからゼロを襲う。

 転移できない隙を狙われても、ゼロビヨンドは容易く不覚を取らなかった。ゼロツインエッジで受け止め無傷で凌ぐが、しかし八本の触手の膂力には抗えず、スカルゴモラから強引に距離を取らされる。

 

「しまった――っ!」

 

 ゼロが舌を打つ間に、ザ・ワンは全身の牙を閃かせて、スカルゴモラへと急降下する。

 ガンQの能力があるなら、口からでなくとも同化できるだろうに。直接噛み砕くことで与える恐怖と痛みこそを目的とするように、低劣な欲望のまま邪神が迫る。

 ――そんな奴に大人しく喰われてやるつもりなど、スカルゴモラにもありはしない。

 雷鳴のような咆哮を轟かせながら、上向きに弓歩(ゴンブー)の構えを取り、迎え撃つも――巨大化したザ・ワンの腕に押し負け、弾かれる。

 

「ルカ!」

「お姉さま!」

 

 窮地を察した兄妹が叫ぶが、彼らが割り込むのは間に合わない。

 体勢を崩したところに、着地したザ・ワンの二撃目が迫ったその瞬間――低いコーラスのような音色が、眼前に生じた。

 同時に出現した魔法陣――否、正確には、その向こうに出現した黒と白、そして金の入り混じった影が、今のザ・ワンの殴打すら弾いていた。

 続けて、鋭い拳打の音が響いたかと思うと。その影の繰り出した一撃が、ザ・ワンを後退させていた。

 

〈構えが崩れていたわよ、ルカ〉

 

 ジードとサンダーキラーSがそこへ牽制射撃を繰り出し、ザ・ワンにさらなる距離を取らせる最中。

 眼前に出現した新たな助っ人から、スカルゴモラは俄に信じ難い叱責を聞いた。

 

〈上を向いたからと言って、後ろ足に重心を移し過ぎ。尻尾が生えようと前後は七対三が基本って、最初に教えたでしょ?〉

「(……ライハ?)」

 

 眼前に出現した、機械仕掛けの竜人のようなロボットから聞こえる声に、スカルゴモラは戦場のど真ん中でも呆然としてしまった。

 

「ギャラクトロン……!?」

〈そう。正式名称はキングギャラクトロンMK(マーク)(ツー)

 

 同じように驚いたらしいジードの声に、どことなく悦の入った声で応える通信は、AIBのゼットン星人ペイシャン博士の物だった。

 

〈伏井出ケイが撒き散らして行った大量のペダニウムと、沖縄で回収できたギャラクトロンどもの残骸――その利用を前提に、俺が設計したAIBの新兵器だ!〉

 

 明らかにテンションの上がっているペイシャンが、そう通信機の向こうから叫びを上げた。

 

〈大空大地から提供されたサイバー怪獣のデータと、ジャンボット、ジャンナインの操縦システムを参考にしたことで、一気に開発を前進させることができた。そして遂に、その力を示す時が来たということだな!〉

 

 興奮した調子でペイシャンが話す間にも、そのキングギャラクトロンMK2は、ザ・ワンと正面から激突していた。

 ザ・ワンが八本の触手と七つの頭から放つ破壊光線を、キングギャラクトロンMK2はハニカム構造状に展開されたバリアで受ける。火力の集中で流石に耐久限界を迎えた頃には、抜き放ったよく撓る長剣の刀身で残りを受け流し、最後は金城鉄壁な装甲で跳ね返して、ザ・ワンを間合いに捉えるまで前進。そのまま、流れるような蹴り技と斬撃の組み合わせで、初見の相手に戸惑うザ・ワンとキングギャラクトロンMK2が渡り合う。

 

「(どうしてライハが!?)」

〈俺がパイロットにスカウトした。ノワール星人の騒動の際にな〉

 

 言われて、ペイシャンと初めて出会った時のやり取りを、スカルゴモラは思い出した。

 

〈AIBのトップエースはゼナだが、あいつ以外がゼガンに乗れば死ぬ。そこで他の人材を探していたところ、おまえたちの力になりたがっていたライハと利害が一致したというわけだ〉

 

 あの後、ライハが度々AIBに顔を出していたのは、そういう理由だったのだと、スカルゴモラたちは今になって理解した。

 

「(だからって、完成していきなりザ・ワンとなんて――!)」

〈いきなりじゃない。既に四年ほど、訓練とアップデートを繰り返してあるベテランとその相棒だ〉

 

 突然、時系列が矛盾することを言われて混乱するも……眼前で、ライハの駆るキングギャラクトロンMK2の猛攻から瞬間移動で逃れたザ・ワンを、阿吽の呼吸とばかりにビヨンドリープアタックで追撃し叩き落としたゼロを見て、スカルゴモラは事情を理解する。

 

「(ゼロか――っ!)」

〈そういうことだ。シャイニングフィールドの中で、最初の一週間で完成させたキングギャラクトロンMK2を使い、ライハはゼロと修行していた。四年間――おまえの力となるためにな〉

 

 ペイシャンが語る、執念に近いライハの決意に、スカルゴモラは圧倒された。

 

〈……あなたを信じていないわけじゃないわよ〉

 

 同時に――そこまで追い詰めてしまうほどに、自身はライハの覚える無力感を晴らせていなかったのだろうかと、弟子が一瞬だけ不安になったのを、見透かしたように。

 キングギャラクトロンMK2の巨体で太極拳を駆使する経験まで、スカルゴモラを遥かに追い越す期間積んできた師匠は言う。

 

〈むしろ、逆。私の教えた拳で、皆を守るルカを見ていて――私の技は無駄じゃないって、確信できたから。私も四年も頑張れた!〉

 

 ……まだまだ未熟の身であって。何故だか、ライハの方がさらに功夫(クンフー)を高めてしまったが。

 それでも、もしかすると免許皆伝を受けるより。ずっとずっと、認めて貰えたような嬉しさが、スカルゴモラの裡を満たした。

 

 ――だが、喜んでばかり、居られなかった。

 

 未知の戦力であるキングギャラクトロンMK2。ザ・ワンをして苦戦するゼロビヨンドギャラクシーグリッターの瞬間移動。

 それらに対抗すべく――咆哮したザ・ワンは生やしたばかりの触手を、自ら脱落させた。

 

 分離した八本の触手が二本ずつ、遺伝子の二重螺旋のように混ざり合い、融合し、膨張して――ザ・ワンを中心に、四体の翼ある異形として整列した。

 それは滅亡の邪神ハイパービースト・ザ・ワンが繰り出す、最上位の眷属(ブルード)たち。イズマエルグローラー、ファイブキング、ヘイデウス、そして、バシレウス。

 

〈ルカたちから取り込んだベリアル因子により、デビルスプリンター抜きでバシレウスの生産が可能になったようです〉

 

 咆哮する合体怪獣軍団(アマルガムタイプビースト)の壮観な並びを前にして、レムが事態を解説した。

 ……あの強化現象が起こっているのならともかく。所詮は分身、本体であるザ・ワンと渡り合うこの面々が今更、遅れを取ることはないかもしれないが――これで、数の上では五対五。注意が分散すれば、肝心のザ・ワン相手が手薄になる。倒すのが遅れれば、それだけAIBの皆が作ってくれた抗体さえも無力化されてしまう。

 そんな懸念を抱いていたところで、同じ結論に至ったらしいゼロが叫んだ。

 

「そろそろ決めないとまずい――ジード、まだか!」

「いや……もう、充分だよ」

 

 彼の呼びかけに応えた時、ウルトラマンジードはその手に握る得物を、ダンディットトゥルース独自の物から、見慣れたギガファイナライザーへと持ち替えていた。

 

「――繋ぐぜ、願い!」

《アルティメットエボリューション! ウルトラマンジード! ウルティメイトファイナル!!》

 

 その身を光に包み――再び最終戦闘形態へとジードは変わる。

 

 ……ウルティメイトファイナルは、ウルトラマンジードに備わった可能性の全てを解放した姿だ。

 フュージョンライズを介し、ウルトラカプセルから一度でもその遺伝子に転写した形質は、ウルティメイトファイナルの姿となればさらに強化された状態で行使できる。

 だが、それはあくまで能力の幅が増えるだけで、ウルティメイトファイナル自体の戦闘力が目覚ましく向上するとは限らない。まして、ウルティメイトファイナルであっても扱えない専用武器を主力とするフォトンナイトやダンディットトゥルースへのフュージョンライズを経たことが、戦力の増進に繋がるとは思えない。

 

 そんな疑問を抱くスカルゴモラの前で、ジードはそのまま必勝撃聖棍を掲げてみせた。

 

「――ウルティメイトマルチレイヤー!」

 

 そして……奇跡がここに、願いを繋いだ。

 

 

 

 




Aパートあとがき



 ザ・ワンの方のマルチレイヤーみたいな動き、本当はベリアル因子を取り込んだ関係でファイブキングからキメラベロスに強化したかったのですが、やはり顔面がベリアルであるという一点で話が引っ張られすぎるので断念した形になりました。実現していればタイラント系四天王全員がパワーアップ版だったのでちょっと惜しいなという気持ちはありますが、本筋より優先するネタではないのでちょろっと無念を触れて終わりという形にしたいと思います。
 以下、いつもの注釈です。



・ビヨンドリープアタック
『ウルトラマンジード超全集』に載っているゼロビヨンドの劇中未使用技。公式映像作品で使われていないのは、変身時のゼロがいつも不調だったから+本作もシャイニングで消耗後ですが、メタフィールド内で補正を受けているので差し引きで発動に必要な閾値に届いた、という体で考えております。サーガアクセラレイションに比べると使用前後のインターバルが長いので、仮に『ウルトラマンサーガ』の滅亡の邪神ハイパーゼットンイマーゴと戦うと結局ボコボコにされてしまうぐらいのイメージ……として本作では描いておりますが、実際の性能は公式のみぞ知る。
 公式展開に添わせると微妙に強化の天井がある公式ウルトラマン組については「メタフィールドの補正による~」みたいなエクスキューズがないとなかなか安易にインフレできないという悩みがありますが、逆にエクスキューズありならやっぱりウルトラマンに限界はねぇところを魅せて欲しい気持ちで二次創作中です。


・疾風光波脚
『ウルトラマンタイガ超全集』に載っている、フーマの劇中未使用技。これについては単に設定はあれど披露する機会がなかった技だと思われるので、ギャラクシーファイトシリーズ等でいつか描かれる可能性もあるのかもしれません。その際の多少の描写ブレは許して頂けると幸いです。


・キングギャラクトロンMK2(マークツー)
※これは超全集なんかにも載っていない完全な捏造です。AIBがこんな兵器を作ろうとしているという設定は公式には一切ありません。
 作中でペイシャンが言ったように、大量のペダニウム(ベリアル融合獣産)とギャラクトロンの残骸の利用を前提に、ベリアル融合獣キングギャラクトロンをモデルに開発されたAIBの新兵器。
 第五話でライハがギャラクトロン式のバリアが張れる腰帯剣型デバイスを貰っていたのは、こいつが登場するための前振りのようなものだったのでした。今回は触れられていませんが、戦隊ロボでたまにあるような、内部からその剣を通して動かす操縦システムを考えています。詳細なウルトラカプセルごっこはまた今度。


・ウルティメイトファイナルと専用武器
「フュージョンライズ形態専用武器はウルティメイトファイナルでは扱えない」という公式設定はありません、念のため。
 しかし、サイキックスラッガーやキングソードを使ったり、それらを用いた技の記述が超全集にも存在せず、令和3年末現時点での映像作品での描写もないことから、あくまでウルティメイトファイナルで扱えるフュージョンライズ形態の技はその身体に備わった能力に限定され、武器はウルトラカプセルに由来するものと本作では解釈し、その前提で描いております。今後矛盾した場合は、多分公式の方が時系列的には未来になるのでリクくんが成長したという形で脳内補完して頂けると幸いです。


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第十二話「絆∞インフィニティー」Bパート

 

 

 

 ……その願いは、宇宙を越えた。

 ささやかな、けれど力強く、崇高な意志。自らの愛するものを守り、愛するものが生きる世界を守り、愛するものがこれから出会っていく、己も知りもしない全てのものを守りたいという、ありふれた善性の祈り。

 そのために意志の主はギリギリまで頑張って、ギリギリまで踏ん張って、それでもどうにも、こうにも、どうにもならない、そんな時に、願ったのだ。

 

 ――ウルトラマンが欲しい、と。

 

 悔しいことに、自分一人の力では届かないのだとしても……それで諦めたりはしない。守りたい大切なものがあるのだから。

 そんな気持ちを受け取った別宇宙のウルトラマンたちは、皆が一様に頷いた。

 

 そして、その願いを届けた繋がりに、ウルトラマンたちは、その心に灯した光の欠片を即座に返して、応えた。

 

 ……力は貸す。だから、その未来は君自身の手で切り拓け、と。

 何より――君も、愛するものたちとともに生きろと。

 

 かつて激しく争った宿敵(ベリアル)の血を引く子らへと、ウルトラマンたちは何のわだかまりもなく、信頼と激励、そしてその命の歩む未来を望む、慈愛を返していた。

 

 

 

 そして。その願いを聞いたのは、遠い宇宙の巨人たちだけでは――なかった。

 

 

 

 

 

 

「まずいな……これ以上時間を掛けると、抗体も効かなくなるぞ」

 

 星雲荘の通信機能、そして、先程送り出した新兵器、キングギャラクトロンMK2を介した、別位相空間との通信を介し、戦況を見守るペイシャンがそう漏らすのに、通信室に詰め込んだAIB研究セクションのスタッフは俄に絶望の色を増した。

 だが、それも仕方ない。ウルトラマンゼロの展開したシャイニングフィールドに入り、体感時間では四年もの間、充分な余暇も取れないまま、決死の想いで作り上げた抗体が、早くも邪神に無効化されつつあるというのだから。

 日本だけではなく。既に地球分署の各支部に情報は転送し、各地で増幅して、地球中を満たす準備は進めている。これで残骸が残ったスペースビーストも出現することはなく、ただ残存する敵を殲滅し終えれば勝ちという、王手をかけた段階でありながら。耐え抜いたザ・ワンが抗体を克服してしまえば、元の木阿弥にされてしまう。

 今度は、その耐性を凌駕する抗体を作るためのヒントもない。ウルトラマンゼロにも、今再びシャイニングフィールドを張る余力はもう、残されていないだろう。

 

「サラ……っ!」

 

 そうなれば、地球も、あの子も、この宇宙も、全てが終わってしまう。そんな忸怩たる想いで、ピット星人トリィ=ティプは奥歯を軋ませた。

 

「きっと、だいじょうぶだよ」

 

 そんな、絶望が覆い尽くしつつあった通信室の中で、事態のわかっていないような、朴訥とした声が響いた。

 

「だって、ウルトラマンが、たたかってくれてるもん」

 

 嘆く大人たちの背中を前に、伊賀栗マユが、そんな、子供らしい素朴な信頼を口にした、その時だった。

 彼女の胸に、一筋の光が見えたのは。

 

「え……?」

 

 トリィの当惑の声の理由は、二つ。

 一つは、その輝きがトリィのよく知るもので、故に伊賀栗マユにはもう、灯ることがないはずの光だったから。

 そして、もう一つは――その輝きが、トリィ自身にも宿っていたためだった。

 

「これ、って……!」

〈――ウルティメイトマルチレイヤー!〉

 

 トリィの困惑に裂くように、通信機の向こうから――サラの兄にして、ウルトラマンジードその人である、朝倉リクの叫びが耳朶を叩いた。

 同時に伝わった、彼の想いを察知して――トリィはマユの手を取り、彼女とともに、ウルトラマンジードの祈りに応えた。

 

 

 

 

 

 

「――エリ、大丈夫?」

 

 怪獣の大量発生に対し、避難所として指定された地下鉄の通路、その一画にて。

 一瞬、身動ぎしたのが目に入った母から、原エリは心配の声を掛けられていた。

 

「ん。どうした?」

 

 店を出している場合ではないからと、一緒に避難して来た同居中の伯父、久米ハルヲも、そんな異変に気づいて呼びかけてきた。

 

「ううん、何でもないよ」

 

 二人に笑顔で応えながら、エリは厚い舗装越しに隠された、空を見上げた。

 

「ただ……声が聞こえた気がしたの」

「声?」

「うん。多分――ウルトラマンジードの」

 

 エリの返答に、伯父は慌ててラジオの音量を上げようとする。周辺に怪獣が迫ってきていないかの情報を取得しようとしているのだろう。

 だが、エリが聞いたジードの声は、戦闘中の掛け声ではなかった気がした。

 

 元々、ウルトラマンの声を、はっきりと言語化して認識できるわけではないが――今の声は、ジードの祈りだったように、感じられた。

 皆の応援を求めるような、そんな――けれど、決して諦めていない、人々のよく知る、ヒーローとしての在り方だけは決して崩さない、そんな声。

 彼が今、どんな状況なのかはわからない。人知を超えたウルトラマンの戦いに、ただの人間の少女に過ぎないエリに何ができるのかもわからない。

 けれど、ただ――負けないで、と。きっと今も、あのスカルゴモラと一緒に、皆を守ろうと戦ってくれている彼のために、祈ることはできると。

 エリがそっと手を合わせた頃に。少し離れた一画で、同じように家族と避難していた本田トオル少年が。

 人目を避け、線路の隅に隠れた売れないお笑い芸人、新井タカシがその懐に隠した宇宙小珍獣ルナーであるモコが。

 

 そして、星山総合病院の一室から、窓の外を見つめていた、朝倉スイが。

 

「……負けるなよ、(リク)

 

 その真意の全てを、知る者ばかりではないとしても。

 これまでの彼の戦いを知る誰もが、朝倉リク(ウルトラマンジード)の目指す明日を願っていた。

 

 

 

 

 

 

「おむね、光ってる……」

 

 究極融合超獣サンダーキラー(ザウルス)が、ほんの少し前までリトルスターを宿していた自らの一部を、不思議そうに見つめていた。

 彼女だけではなく、キングギャラクトロンMK(マーク)(ツー)の操縦室に居る鳥羽ライハの同じ部位も、また。

 さらに、かつてリトルスターを宿した彼女たちだけではなく――それを受け入れるカプセルの元となったウルトラマンの一人である、ゼロも同様に、カラータイマーに眩い輝きを閃かせていた。

 

 ……メタフィールドが補強する、ウルトラマンの能力と、他者との絆の繋がり。

 その二つが、朝倉リクが遺伝子にその素養を刻みながら、一人では決して届かない奇跡の力を発動させるための閾値まで、ウルトラマンジードの力を高めていた。

 かつて、滅亡の邪神の如く、宇宙を喰らい尽くそうとした宿敵――父であるウルトラマンベリアルとの最終決戦の中で、その父がウルトラマンキングのエネルギーを宇宙中から吸い寄せ、充満させていたために発動できたのと同じように。今度はウルトラマンノアの化身である、ネクサスのリトルスターの力を宿した妹の助けを借りることで――ウルトラカプセルを通して、その元になった巨人たちの祈りと共鳴する。

 

 そして、ウルトラマンジードに祈りを託してくれた人々の心とも繋がって、ここに奇跡を再現していた。

 

「(何、これ……)」

 

 かつて宇宙を救ったその奇跡を知らない妹たちが、圧倒されたように息を呑む。

 

 それは栄光の初代ウルトラマンが誇る伝説の大技、ウルトラセパレーションを元とするジードマルチレイヤーの、ウルティメイトファイナル版。

 

 初代ウルトラマンのカプセルを用いたプリミティブの業を越えた奇跡は、元となった五体分身を越え、これまでにフュージョンライズし遺伝子に刻まれた全形態、七タイプのウルトラマンジードを、実体を持った分身として顕現させていた。

 

「(すごい、お兄ちゃんがいっぱい……っ!)」

 

 プリミティブ。ソリッドバーニング。アクロスマッシャー。マグニフィセント。ロイヤルメガマスター。フォトンナイト。ダンディットトゥルース。

 ギガファイナライザーを構え直したウルティメイトファイナルを含む壮観な眺めに、スカルゴモラが呆けた声を漏らした。

 

「君たちのおかげだよ、ルカ」

 

 そんな妹に向けて、ウルトラマンジードは感謝を述べた。

 

「君のメタフィールドと、サラのくれたリトルスターがあるから……僕はもう一度、奇跡を起こせた」

 

 父であるウルトラマンベリアルとの最終決戦。地力でも、経験でも、練度でも。心以外全ての面で明確に劣るジードが、ベリアルの最強の力を打ち砕くことができた奇跡、ジードマルチレイヤー。

 あの奇跡を越える揃い踏みは、祈りに応えてくれた人々はもちろん、妹二人の助力もあってこそだ。ウルトラマンジード、朝倉リクだけではここまで至れずに、ザ・ワンに敗れていたことだろう。

 

 ……正直に言えば、自分だけの力で妹たちに勝てないのは悔しい。兄でありながら、自分だけで妹に迫る危機を退けられない無力さには、震えるほどの屈辱すら覚える。

 だが、そんなくだらないプライドに拘泥して――大切な人を亡くす想いだけは、二度とごめんだったから。

 

 ルカも、サラも、自身より力に劣る兄を、それでも蔑ろにせず、信頼してくれた。その気持ちを、裏切るわけにはいかない。

 年長者として、彼女たちよりも多く経験してきた出会いに活を求めて。救うべき妹自身の力すらも借りるようなみっともなさで、ありったけの助けを掻き集めてでも。一人では何もできないのかと見下されようとも、家族を守り、大切な彼女たちの生きていく世界を守る。それが兄であり、父ベリアルとは違う道を選んだウルトラマンである己の果たすべき責任だと、朝倉リクは自負していた。

 

「君たちと、一緒に生きたい。そんな僕の願いを繋ぐために――皆が、応えてくれた!」

 

 ウルトラマンジードを信じてくれた人間たちも。

 ベリアルの息子を信じてくれたウルトラマンたちも。

 皆が、朝倉リクの選択する戦いを、後押ししてくれた。

 だからこその奇跡に支えられ、ウルトラマンジードは今、託された全ての祈りとともに邪神へと挑む。

 

「行くぞ、ザ・ワン――これで終わりだ!」

 

 予想外の現象に圧倒されていたザ・ワンとその眷属が、ジードの闘志の高まりを察したように身構えた。

 だが、遅い――ジードの呼び出した光の眩さに気取られていたザ・ワンは、もう一人のウルトラマンを前に、隙を晒し過ぎていた。

 

「――ツインギガブレイクッ!」

 

 ビヨンドリープアタックを発動し、背後を取ったゼロビヨンドの双つの刃が、今度こそザ・ワンの翼を切り刻む。

 かつてウルトラマンゼロが戦った滅亡の邪神、ハイパーゼットンのように――翼の損傷によって転移能力に障害を来したザ・ワンへと、八人のジードが各々最大まで高めた光子エネルギーを解き放とうとする。

 させまいと、イズマエルグローラーがその目を妖しく光らせるが――両手のゼロツインソードを分解したゼロビヨンドがクワトロスラッガーとして繰り出し、イズマエルの顔面をめった切りにすることで、催眠波動の行使を阻害する。

 

「その幻覚は、既に見切った!」

 

 歴戦の勇士であるゼロが断言する頃には、同じく妨害に動いた残る三体のアマルガムタイプビーストと、リクの家族たちが激突していた。

 かつてチブル星人が複数の怪獣を融合させたことで誕生したファイブキングと似通ったスペースビーストを、これまたチブル星人による培養合成の結果、ベリアル融合獣と同等の姿となったスカルゴモラが、彼女だけが持つレイオニックバーストの力で圧倒する。

 救出に割り込もうとしたバシレウスの脚に、サンダーキラーSがその長い尾を巻き付かせ、ベリアルジェノサンダーで痺れさせる。動きの鈍ったところへとデスシウムD4レイを発射し、光線吸収能力を無効化する次元崩壊の力場が、吸引アトラクタースパウトごとバシレウスを貫き、空間ごと破砕する。

 同じくD4レイを繰り出そうとしていたヘイデウスを、キングギャラクトロンMK2が素早い動きで距離を詰め、猛打。射線を逸らさせて、味方を守る。

 

 よって――分身を産み出すために、自らの力を削ったザ・ワンは単身で、八人のジードに対応しなければならなくなっていた。

 ザ・ワンの角が光り、砲撃を前に強烈な重力場の形成と、超音波攻撃がジードを狙うが――

 

「(させるかぁっ!)」

 

 ファイブキングを引き裂いたスカルゴモラが、同じく角を光らせた。怪獣念力とスカル超振動波を繰り出して、ザ・ワンの攻撃を相殺する。

 

「(今だよ、お兄ちゃん!)」

 

 そして、妹が呼びかけるのに合わせ、ジードは遂に一斉攻撃を開始した。

 

「ストライクブースト!」「アトモスインパクト!」

「ビッグバスタウェイ!」「ロイヤルエーンド!」

「ナイトストリーム!」「ブレイザーバニシング!」

「レッキングバースト!」「ライザーレイビーム!」

 

 総勢八人のジード各々が放つ、必殺光線。ウルトラマンジードの文字通り最大火力の攻撃は、ザ・ワンの七つの頭が放つ迎撃とぶつかり合って――数の優位を活かし、押し切った。

 ……いくら、強大な個になったのだとしても。他者から奪うだけのザ・ワンが自らを分割しなければできない頭数の増加を、ジードは共に生きる他者の力を借りることで、純粋な戦力の増強として可能とする。その違いが彼我の実力差を逆転させ、勝敗を覆した。

 

 最期の抵抗とばかりに、ザ・ワンの胴体が変化し生み出した光線吸収口も、ジードとザ・ワンの最初の激突の再現とばかりに、無尽のエネルギーを持つライザーレイビームがザ・ワンの吸収能力を凌駕して、消化不良を起こさせる。

 最終的に、全ての妨害を突破してハイパービースト・ザ・ワンに殺到した光子エネルギーが、炸裂。滅亡の邪神は、爆発すら消し去る圧倒的な煌めきの中へと解けて行く。

 邪神の肉体が滅び去るその時――その光の奔流から、抜け出す青い光が在った。

 

「まずい、脱出されるぞ!」

 

 瞬間移動で、ジードの攻撃に巻き込まれることがないよう逃れたばかりだったゼロが、そんな警告を口した。

 それで悟る――あの青い球体こそは、肉体を破壊されてなお健在な、ザ・ワンの核であるということを。

 ザ・ワンの核は超獣がするように空間構造を破壊し、メタフィールドから飛び出そうとする。だが邪神に打ち克つため、光子エネルギーを底まで絞り出した七体の分身ジードは、ただちにそこを狙い撃てない。

 

 だから、ザ・ワンを止めるのは、ジードの分身でも、ザ・ワンが復活の器としかねない眷属たちを撃破する最中にあったゼロでも、ライハの駆るキングギャラクトロンMK2でもなかった。

 

「(逃がすか――っ!)」

 

 あの夜、サンダーキラーS相手にしたように。ザ・ワンの核が開いた次元の穴を、怪獣念力で障壁を生み出して、スカルゴモラが塞いでいた。

 その背が眩く光るのを見て、ザ・ワンは逆に、彼女と自らの間の空間を破壊して、次元の穴による防壁を産み出すが……

 

「させない……!」

 

 その次元の穴ごと潰滅させる、紫色の光芒を、サンダーキラーSが再び湛えていた。

 妹たちが攻撃態勢を完了させるのと同時に、本体のジード・ウルティメイトファイナルが、素早く射線を変えるためギガファイナライザーを手放し。その動作のまま両手を交差させ、全身から尽きることのない光子エネルギーを金色のオーラとして迸らせながら、二人を導くように腕を十字に組んだ。

 

「レッキング・ノバ!」

「(インフェルノ・バースト!)」

「ですしうむD4れい!」

 

 超熱量の破壊光線と、分解消滅光線と、次元潰滅光線とが、混じり合って放たれる。

 それは逃れようとしていたザ・ワンの構えた次元の穴ごと、その奥に漂っていたザ・ワンの核を灼き尽くし、素粒子にまで分解し、さらには存在するという量子論的情報を消滅させ、何も残らなくなった空間すら、念入りに全て崩壊させた。

 

 そして、遂に――多元宇宙を揺るがす脅威であった滅亡の邪神の一柱が、ベリアルの子らに討たれたのだった。

 

 

 

 

 

 

「(やった……っ!)」

 

 熱線を撃ち終えたスカルゴモラは、その結果を確認して思わず声を漏らした。

 

〈ええ、やったわよ、ルカ!〉

 

 その戦果を、共に戦ってくれた師匠が、誰より喜んだように頷いてくれた。

 

「……ザ・ワンに、勝った」

 

 光線を撃った後。残心していた構えを解いたウルトラマンジードが、そうポツリと呟いた。

 割れるような歓声は、通信機の向こうから。こちらでは一分、しかし彼らの主観では四年もの間、対ビースト抗体開発のために身を捧げてくれたAIB研究セクションの異星人たちが、思わず漏らした勝鬨だった。

 

〈――分身であるビーストも、抗体の効果で弱体化し、タイガたちによる掃討が完了したようだ。状況終了……ということになるな〉

 

 あのペイシャンも、どこか嬉しそうにその報告を読み上げていた。

 

「(やりましたねぇ、ゼロさん! 長かったぁ……)」

 

 そのペイシャンら同様、シャイニングフィールドに巻き込まれていたレイトもまた、思わず気の抜けたような声を漏らしていた。

 そんな彼の精神の緩みに影響されたのか、ネオ・フュージョンライズを解除し、普段の姿に戻ったゼロが、大きく頷いてみせた。

 

「そうだな……ったく、ジードの奴。また強くなりやがって」

「――僕の力じゃないよ」

 

 言葉とは裏腹に、やはり嬉しそうなゼロの漏らした感想に、一人に戻ったジードは首を横に振っていた。

 

「僕はただ、力を貸して貰っただけ……認めてくれた人たちと、その皆との繋がりを強くしてくれた、ルカのおかげだ」

 

 突然、兄に名指しで褒められて、スカルゴモラは気恥ずかしさで身を強張らせる。

 

「(そ、そんな……私だってたまたま宿ったリトルスターの力を借りただけだし、ザ・ワンをやっつけたのはお兄ちゃんだもん! それに……)」

 

 兄と謙遜し合いながら、スカルゴモラは沈黙していた彼女を振り返った。

 

「(……サラが、皆と一緒に戦ってくれたから)」

「お姉、さま……」

 

 妹は、スカルゴモラの視線を前にして、少しだけ緊張した様子で応じてきた。

 ……そんな反応も無理はない、と。闘争心を赤く滾らせたレイオニックバーストの姿のまま、しかし敢えてその状態を維持して、スカルゴモラは身体の向きを変えた。

 忙しい時にやって来た、迷惑なスペースビーストを退けたというだけで――姉妹喧嘩はまだ、終わっていないから。

 

「……ご、ごめんなさいっ!」

 

 そんな姉の姿を前にして、妹は怯えたように這い蹲り、触手の全てを大地に突き刺して無防備を晒し、頭を下げた。

 そして、究極融合超獣サンダーキラーSは、震える声で続ける。

 

「わたし、わたしあのとき、わかってなかったの! 痛いのが、どんなにイヤなことなのか……わたしのやりたいことばっかりで、ふたりをこまらせてたのか! それで、お兄さまにも、お姉さまにも、ひどいことをしちゃって――いっぱい、めいわくをかけちゃって……っ!」

「サラ……」

 

 末妹が訴える痛ましい様子に、ジードが思わずと言った様子で、憐憫を滲ませた声を漏らしていた。

 その呼びかけにも気づいていないように、サンダーキラーSは続ける。

 

「だから……ごめんなさい、ゆるして……っ!」

「(――悪いけど、いくら謝られたって……私は、許せないよ)」

「――っ!」

 

 ほんの少し、胸を痛めながら――スカルゴモラは、そんな返答を妹に告げた。

 スカルゴモラが意識して冷たくした声音を聞いたサンダーキラーSは、怯えたように息を詰まらせていた。

 

〈待って!〉

 

 その時。ジードと、ゼロと、キングギャラクトロンMK2と、そしてスカルゴモラに取り囲まれたサンダーキラーSを庇う声が、響いた。

 

〈そんなこと、言わないであげて……その子は、サラはあなたたちと仲直りしたくて、頑張ってくれたの!〉

 

 通信に割り込んできたのは、大人の女性――きっと、噂に聞くピット星人トリィ=ティプだと、スカルゴモラも理解した。

 

〈ずっと、泣いてた……あなたたちに許して欲しいって、仲直りしたいんだって――!〉

「(……それでも、私はこの子を許せない)」

 

 居場所がない苦しみ。孤独を癒せるたった一つの頼りである、家族との関係さえも断ち切られてしまうかもしれないという苦しみ――自らも深く経験したことのある悲しみを訴えられても、スカルゴモラの決心は、揺れなかった。

 

「(だって許すのは――お兄ちゃんだもん)」

「……えっ?」

 

 スカルゴモラが告げた言葉で、驚いたように。サンダーキラーSが、顔を上げた。

 

「(……あなたが怪我させちゃったのは、お兄ちゃんでしょ。私じゃない。だから、私があなたを許すことはできないの)」

「でも……わたし、お姉さまにも、いっぱい、ケガを――」

「(あんなの全然へっちゃらだよ。だって私はあなたのお姉ちゃん、最強の合成怪獣なんだから!)」

 

 本当はあの時、暴走するまでは目を開けていられないほど痛かったが――姉には見栄があるのだと、スカルゴモラは当時の出来事を都合良く改竄して、究極融合超獣相手に嘘を吐く。

 

「(だから、謝る相手が違う――わかった?)」

 

 言い聞かせると、戸惑った様子で緩慢ながら頷いたサンダーキラーSは、それからジードの方を向いた。

 

「お兄さま……その……ごめんなさい」

「――いいよ。僕も全然、平気だから」

 

 恐る恐ると言った様子のサンダーキラーSの謝罪に、ウルトラマンジードは――兄は、初めて会ったあの日の夜、ルカにしてくれたみたいに。妹のことを優しく、暖かく、受け入れてくれていた。

 

「(……じゃあ、今度は私が謝らなきゃいけない番だよね)」

 

 そんな兄の言葉を受けて、スカルゴモラはもう一歩前に出た。

 

「(あの時、私は――お兄ちゃんを言い訳にして、自分の本能に負けた。それで、あなたが泣いても、傷つけるのをやめなかった)」

 

 生まれてすぐ、自分が闇に呑まれつつあったウルトラマンタイガにされたように。

 ……あんなに、嫌だったのに。自らの血の衝動に負けて、タイガの場合と違って、相手の言葉も直接わかるのに……自分たちは姉妹だと、互いにそう思っていたのに。

 

「(……酷いお姉ちゃんだったよね。だから、許してくれなくても良いよ)」

 

 自分でも、卑怯な言いぶりだとは思いながらも――本当は自分だって、仲直りしたいと思いながらも、その我儘を今だけは抑え込んで。

 兄や師匠、それと、身近な善意が見守ってくれている中で、培養合成獣は究極融合超獣に願う。

 

「(だけど……できたらもう、怖がらないで。あなたには、笑っていて欲しいから)」

「――っ!」

 

 スカルゴモラの言葉に衝撃を受けたように、サンダーキラーSは身を震わせて固まった。

 そんな妹に、姉は抱えていた秘密を伝える。

 

「(……沙羅(サラ)。あなたの名前はね、仏様が解脱した場所にあった、涅槃の象徴の樹から考えたんだよ)」

 

 お釈迦様がこの世を去った際、臥床の四辺にあったという、四双八本の沙羅樹。その時舞い散る白い花びらは、さながら鶴の群れの如くであったという。

 植物なのは、自身が花の名を持つという繋がりからで――確かに、四双八本や白という関連する単語のインスピレーションや、何よりサンダーキラーSから連想できる名前であったという面も強いものの。

 自身の名前に、スイさんや兄が込めてくれた願いがあるように――ただの言葉遊びではなく、そこに確かに想いを込めて、スカルゴモラは妹に名前を贈っていたのだ。

 

「(あなたは憎しみに囚われたヤプールの手で、色んな命を掛け合わせて造られた。私たち兄姉と殺し合うために……)」

 

 改めて。ゼロが悪辣だと警戒するのも当然だと思える、よくもそんな残酷な仕打ちを思いつくものだと、スカルゴモラは妹が生まれて来た経緯に苦々しいものを感じる。

 

「(でも、あなたはその宿命から抜け出して、私たちと、仲の良い兄妹になろうとしてくれた。そんな風に、嫌なしがらみから自由になって……幸せになって欲しいって願いを、あなたの名前に託したんだ)」

 

 利用され続ける命。苦しい戦いに晒され傷つくばかりの運命に、安らかな幸せを。

 ……奇しくも、それが――兄が、父に向けた願いとも重なることを、未だ知る由もなく。

 その祈りを、この世の何より早く、自分自身の手で手折りかけてしまったスカルゴモラは、もう一度願いを紡いでいた。

 

「(だから……私はあなたに、笑っていて欲しい。そのために――もう、顔も見たくないって言われても、我慢する)」

「……じゃあ、だったら。お姉さま」

 

 それから、もう一度――恐る恐ると言った、しかし勇気を振り絞った様子で。サンダーキラーSは、問いかけてきてくれた。

 

「お兄さまも。こんなわたしと……なかなおり、してくれる――?」

「――うん、もちろん」

 

 そして、代表して兄が答えるのに合わせて。スカルゴモラも、万感の想いを込めて頷いた。

 それを見て――安堵の余り尻餅をついたサンダーキラーSが、鳴き声を上げた。

 サンダーキラーSは、泣いていた――ただ、あの悪夢の夜と違うのは。今夜の涙は、嬉し泣きだということだった。

 

〈サラ……良かったわね〉

 

 そんなサンダーキラーSの様子を見て、しみじみとトリィが呟いてくれていた。

 ……この人には、きっと、本当にとってもお世話になったんだろうと、スカルゴモラは思う。

 

「(あーもう、人前で泣かないの)」

 

 そう言う自分も、本当は半泣きになっているのを隠しきれないまま。

 サンダーキラーSに歩み寄ったスカルゴモラ・レイオニックバーストは、互いに本来の――前は傷つけ合った姿のままで、妹を抱き寄せ、肩を叩いた。

 呪われた血の衝動を完全に抑え込んで……もう、傷つけられたりしないのだと、彼女に安心して貰うために。

 自分が名前に込められた意味を教えられたあの日、兄にして貰ったみたいに。

 背中を優しく叩いてあげていると、サンダーキラーSも、触手を巻き付かせて抱き締め返してくる――レイオニックバーストを維持したままでなければ多分、痛かったほどの力を感じながら、スカルゴモラは想いを伝えた。

 

「(帰ったらまた遊ぼうね、サラ。お兄ちゃんと三人で、一緒に笑おう。毎日)」

「はい、お姉さま……! ……でも、怪獣ごっこは、もうこりごり」

「(あなたがやりたがったんでしょ!)」

 

 緊張の砕けてきた妹にツッコミを入れながら――スカルゴモラは、じんわりと胸が暖かくなるのを感じていた。

 

 ……ペイシャンは、レイオニクスの闘争本能をウルトラマンの力で抑えられると言っていたが、多分少し違うと、スカルゴモラは感じていた。

 ウルトラマンでなくとも、レイオニクスの力は制御できる。もっと正確に言えば、きっとそれはレイオニクスに限った話ではなく。

 破壊衝動や、闘争心を制するのは――月並みな表現だとしても、何かを大切に想う愛と希望なのだと、培養合成獣スカルゴモラは、朝倉ルカは想う。

 だから、その慈愛と信頼に満ちた、そしてそれを繋ぐウルトラマンたちの力は、結果としてレイオニクスの暴走を抑える効果を発揮するのだと。

 

 なら、きっと。もう、この力に負けて兄妹を傷つけてしまうことはないと。兄と同じように、遺伝子の定めをひっくり返し、運命を変えられると、自分自身を信じながら。スカルゴモラは、血を分け合った家族の感触と温もりを、その手の中に抱えていた。

 

「(ほら、お兄ちゃんも!)」

 

 そうして、欠けていたものを思い出して振り返ると、兄は戸惑った様子を見せた。

 

「えっ……いや、ちょっと僕は――恥ずかしいし……」

「(あー、そんなこと言う……よぉしサラ、こっちに引っ張ってきてやれ!)」

「はい、お姉さま!」

「うわぁあっ!?」

 

 元気よく頷いたサンダーキラーSの触手に襲われて、しかし反撃するわけにもいかず、妹二人のところまでウルトラマンジードが引き寄せられる。

 

「――へっ。逞しくなったじゃねぇか、ルカのやつも」

〈当然よ。あの子はリクの妹で――私の弟子なんだから〉

 

 事態の推移を黙って見守っていたゼロ――父の宿敵の一人であったウルトラマンが、姉妹喧嘩の結末を見届けて笑うのに、ライハがどこか、鼻高々といった調子で応じた。

 ……幸せだな、と。兄妹三人で体温を感じ合いながら、培養合成獣スカルゴモラはそう感じた。

 

 こんなにおっかない姉を許してくれる、可愛い妹が居て。厳しくも優しい師匠が居て、他にも大勢の人が見守り、支えてくれている。己の正体を知らないままでも、信じてくれる人もいる。

 あんなに怖かったウルトラマンのことも、本当にもう、怖くなくなった。

 

「(お兄ちゃん)」

 

 その幸せも、全部――全部、この人がくれたのだと、スカルゴモラは共に触手に巻かれ、間近に迫った兄の顔を見た。

 

「(今、幸せ?)」

「……うん。ルカたちも仲直りできたし……僕は前よりずっと、ハッピーになれたよ」

「(私もだよ)」

 

 前にもそう言ってくれた時のことを、スカルゴモラはずっと覚えていた――それは、何より幸せな記憶だったから。

 

「(だから……あの時、お兄ちゃんに言えてなかったから。今度は私から言うね)」

 

 胸が、ポカポカする。昼間の戦いが終わった後に見つけた、己の願いが叶ったことで、心が暖かく満たされるのを、スカルゴモラは感じていた。

 

「(ありがとう、お兄ちゃん。私たちのお兄ちゃんになってくれて――おかげで私、とってもとっても、ハッピーだよ)」

 

 そんな気持ちを伝えた時、スカルゴモラの胸の中心から、光が溢れた。

 凶兆の如く、いくつもの騒動を引き寄せながらも。同時に、自分たち兄妹が生きていく、この世界を守るための力となってくれた、小さな願い星。

 ウルトラマンネクサスのリトルスターが、幸福で満ちたスカルゴモラの祈りを載せ。これからも続くその日々を守るヒーロー、ウルトラマンジードの新たな力となるべく、譲り渡されたのだった。

 

 

 



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第十二話「絆∞インフィニティー」Cパート

 

 

 

 滅亡の邪神、ハイパービースト・ザ・ワンを倒し、スペースビーストの脅威を退けた翌日。

 

〈対ビースト抗体、無事にサイドスペース中に行き渡ったよ!〉

 

 故郷であるペガッサシティに帰省している親友から、朝倉リクは最後の心残りが無事に解決したことを告げられた。

 

「ありがとう、ペガ」

〈ううん。ミオさんや、皆のおかげだよ〉

 

 かつて二人で、アサヒの世界に飛ばされた際――湊家の長男であるカツミが、トレギアの罠で七千光年以上離れた別天体に取り残されてしまったのを見つけるために、母親である湊ミオが閃いた、ペガッサ星人特有のダーク・ゾーンの応用法。

 亜空間フィールドに電波をリープし、時空間の不連続面を利用することで、光速を超え、宇宙規模で電波を発信するその技術――リクにはよくわからないものであったが、ペガが覚えていたその手法を用いた、AIBとペガッサシティの協力により、サイドスペース中へと、対ビースト抗体となる光量子情報が発信された。

 宇宙を満たしたその働きにより、ザ・ワンがこの宇宙に到着してから散布していたχ(カイ)ニュートリノは恐怖との結合を阻害され、スペースビーストの再発生も起きなくなる。

 株違いとなる、別のスペースビースト由来のビースト振動波に対してまで万全を保証するものではないが、これで、この宇宙はザ・ワンの脅威からは完全に解放されたことになる。

 光の国には不要だとしても、他の星への影響を考え、ゼロたちもサンプルを持ち帰ることになるのだそうだ。

 

〈ザ・ワンをやっつけたのと……対ビースト抗体開発に協力したこと。きっとこれで、ルカやサラのことも、もっとたくさんの人が認めてくれることになると思う!〉

「……だったら良いな」

 

 ペガが我が事のように喜び、明るい未来の展望を語ってくれるのに、リクは素直な気持ちで感想を零した。

 もしもまた、ノワール星人のように、過去の因縁から妹たちを憎む相手が現れても、リクは一歩も引く気はないが――そもそもそんなことがなく、家族がただ笑って生きていくことを認めてくれるような世界になって欲しいというのが、偽らざる本音だったから。

 

〈大丈夫だよ、リク! だってペガも……誰よりリクも、そのために頑張っているんだから〉

「そうだな……改めてありがとう、ペガ。本当に、助かってる」

 

 そうして、リクがペガと星雲荘で通信していた頃には、AIBとペガッサシティの上層部もまた、同じ内容のやり取りを終えていたようで。

 事態の収集を見届けた光の戦士たちは、各々が護るべき場所に戻るために、この地を去ることになっていた。

 その見送りに、リクは家族や仲間を連れて向かうことになった。

 

「また、休みを取ったら遊びに来るからな」

 

 真っ先に口を開いたのは、中心に立つゼロだった。思えば前回の休暇も早々に切り上げて貰う形となり、結果として彼はマユとの触れ合いを堪能できていないままだ。

 そのフラストレーションを可能な限り表に出すことなく、爽やかに手を振る巨人に対して、伊賀栗家の三人もまた手を振って応じていた。

 

「ゼロはいつも、小さい有機生命体に好意を抱くんだな」

「おまっ、誤解を招くようなことを言うな!?」

 

 仲間のジャンナインが漏らした感想に、ゼロが焦った様子で突っかかっていた。

 

「……助けてくれてありがとう、ウルトラマン」

 

 その隣で、ルカがトライスクワッドの三人を眩しそうに見上げていた。

 その中心に立つ、かつて彼女の命を奪いかけた恐怖の象徴であった光の勇者は、装甲された胸板を拳で叩いて応じた。

 

「お安い御用だ。俺の方こそ、君たちに助けられていたから」

「……私たちに?」

「ああ。あの時、ジード先輩がトレギアとの戦いに来られたのは……代わりにこの世界を守るって、先輩の背を押してくれた、君やその仲間たちが居てくれたからなんだ」

 

 タイガはその双眸で、ルカを中心とした星雲荘の家族と、モアたちAIBの仲間たちに視線を配った。

 

「俺たちウルトラマンは、一人で戦っているんじゃない。ザ・ワンに勝てたのも、全力でサポートしてくれたAIBの皆や、応援してくれた人々が居たからだ――もう一度、それがわかった。俺たちが父さんをグリムドから取り戻せたのも、あの時、代表して駆けつけてくれた先輩たちの力だけじゃない。それぞれの居場所でウルトラマンを支えてくれている、たくさんの絆のおかげだったんだって」

「……いや、悪ぃな皆! こいつ何千年も生きてるけど、親父さんが偉大過ぎて跳ねっ返りだった時期があってよ。んな当たり前のことを今更言っちまう恥ずかしい奴なんだわ!」

「恥ずかしいとはなんだフーマ!」

 

 照れた様子のフーマが聞いていられないとばかりに割り込んだのに、憤慨したタイガが言い返していた。

 当たり前――考えてみれば、その通りのことなのかもしれない。

 だが、常識なんて人それぞれだ。その価値観を凝り固まらせることなく、新たな視点で物を考え直せることは――その結論が、他の誰かからすれば手垢のついたようなものであっても、自分自身で答えに辿り着いたのなら。決して恥ずかしがるものではないと、リクは想う。

 

「まぁまぁ二人とも、落ち着け。平常心だ、平常心」

 

 年長者であるタイタスが、纏め役のようにして互いを突き合うタイガとフーマの肩を叩き、諍いを収める。

 

「……じゃあな、皆。また会おうぜ」

 

 そうして、わちゃわちゃとしたやり取りの一段落を見届けたゼロが仕切って、巨人たちは宇宙に飛び立っていった。そこから各々、次に向かうべき世界へと、彼らはさらに移っていくのだろう。

 ウルトラマンの、使命を果たすために。

 

 その背を目で追いながら――自分も、ベリアルの息子として。父の残した災禍の後始末をしに行かなければならないと、リクは密かに決意していた。

 だが、それは今ではないと。ザ・ワンが滅びても、未だ残る謎と脅威を思いながら、リクは二人の妹を振り返る。

 ……せめて、彼女たちに纏わる問題が片付くまでは。もう、この宇宙を離れるわけにはいかないと。

 その一つ――物理的な脅威に立ち向かうのとは違う、しかし必ず決着を付けなければならない出来事に、リクは早速向かい合った。

 

 リクたち、星雲荘の面々が見つめる先には――馴染みとなったAIBの面々に、白衣の女性が混ざっていた。

 かつて、AIBとリクが関わるようになった騒動の発端ともなったその人物こそ、ピット星人トリィ=ティプ。

 今回のスペースビーストとの戦争の中でも、中核となる活躍をしたと言える彼女へと、リクは頭を下げた。

 

「ありがとうございました……妹が、お世話になりました」

「気を遣わなくていいのよ。本当なら、誘拐犯扱いでもおかしくないから」

 

 かつて、緊急事態だったとはいえ、自転車を盗まれた者と盗んだ者が、今度は家族の身柄を巡って対峙する。

 別に、今更敵対するわけではないのだが――そこに、一種の別離を生じさせかねないことを、予感しながら。

 そのリクの前で、冗談めかして答えていたトリィは視線を下ろし、サラの方を向いていた。

 

「……色々と助けてくれてありがとうね、サラ。あなたと一緒にいた間は、久しぶりに充実した気持ちだったわ」

「トリィ……?」

 

 そんな、保護者たちの予感が伝わったように。微かに立ち竦んでいたサラを、トリィは笑みとともに促した。

 

「さ、星雲荘に帰りなさい。お兄ちゃんお姉ちゃんと、仲良くね」

 

 ……そして、彼女と融合していた際の。サラ自身が口にしたのとそっくりな別れの言葉を、トリィは形にする。

 家族として、居場所として、サラは兄姉を、星雲荘を選んでくれた。ならば、身を寄せていたトリィの下からは、離れることになる。

 念願が叶えば、そうなることを。その時は理解していたはずのサラは、今になってその事実に気づいたように、愕然としていた。

 それを彼女が、受け止められるのか。

 あるいは、それを自分で覆すことが、できるのか。

 

「ねぇ!」

 

 果たして、リクの見守る前で――踵を返したトリィへと、サラはその小さな体に見合わない大きな声を、張り上げていた。

 

「わたし、トリィともいっしょにいたいの! やっぱり、トリィみたいなはかせになりたい!」

「サラ……」

「トリィのおかげで、わたしもみんなも、しあわせになれたから……わたしもだれかをしあわせにできる、かしこいいい子になりたいの!」

 

 振り返ったトリィに、サラは声の限りに、彼女への憧れを叫んでいた。

 限界まで振り絞った声量を発した反動で、息を荒くしながらも……疲れに負けず、サラはその胸に抱えた気持ちを、トリィへと訴えていた。

 

「だから、また、トリィのところに行ってもいい……? おしごとのおてつだいしたり、いっしょにひなたぼっこしたり、したいの……!」

「――もし、ご迷惑でなかったら」

 

 そこでリクは、末妹に力添えすることにした。

 

「僕からも、お願いしても構いませんか」

「私からもお願いします! トリィさん」

 

 リクが口を開くと、続いてルカも身を乗り出した。その後ろからさらに、ライハも同意を示すように頷く。

 ユートムを介して見守るレムも、きっと問われれば同じようにしてくれるのだろう。

 

「……いいの?」

「うん。ずっと離れ離れになっちゃったら、寂しいけど……そうじゃないんでしょ? サラは私たちのことも、トリィさんのことも、大事にしてくれるんでしょ?」

 

 見上げて来るサラの問いかけに、ルカが笑顔を返していた。

 そんなルカの確認へ力強く頷くサラを見て、リクは改めて安心する。

 

 痛みを知り、他者を思いやり、己の望みを抱えた上で、相手の都合を尊重する。

 そして、共に生きる道を歩むために、他者の幸せに思考が及ぶよう、知恵を求める。

 そんな生き方を選べるように成長したサラはきっと、もうヤプールやザ・ワンのような略奪者となることを、少なくとも自分から選びはしないだろうと。

 彼女もまた、ルカがその名に祈ったように。その血に定められた運命に囚われず、変えて行けるはずだと、そう確信できたから。

 

 それでも、きっかけとなる彼女の意志だけで足りない分がある時は――リクが、多くの人に支えられたことで、運命をひっくり返せたように。今度は自分が支える側に回る番だと、兄として決意していた。

 

「――あなたたちが、そう言ってくれるなら」

 

 そして、星雲荘の総意に対して。振り返っていたトリィもまた、涙で崩れそうになる表情を必死に留めた様子で、頷きを返してくれた。

 

「私の家で良かったら、いつでも遊びに来て」

「――っ!」

 

 言葉にできない歓喜と、安心とに、サラが声を詰まらせる。その両肩に掌を当てていたルカが、代わって弾けるような笑顔を見せていた。

 

「職場見学も……駄目かしら、ペイシャン?」

 

 続けて、トリィが上司を振り返っていた。

 

「相手はこの宇宙を救うために協力してくれた功労者よ? 私が責任を負うから、出入の自由くらいは、認められないかしら」

「……、上に打診してやる。通ったとしても、アポは取ってから来いよ」

 

 功績著しい部下の頼みに負けたように、ペイシャンが重い溜息を吐いた。

 

「――監視は私の名で引き受けておく」

「ああ、頼む」

 

 そっとゼナがペイシャンに耳打ちしているのが、地球人ではない身体能力を持つリクにも聞こえていた。アリバイ作りに、二人も協力してくれるらしい。

 

「やったー!」

 

 そんな上司陣の気苦労に全く意識が回っていないらしく、何故かモアが真っ先に歓声を上げて跳び跳ねた。

 

「良かったね、みんな! これでまた、仲良くできるね!」

「うん、そうだね、モア! 後はペガにも……早く帰って来て欲しいなぁ」

「きっと、大丈夫よ。あなたとサラも、ウルトラマンジードと一緒に、この宇宙を救った功労者だそうだから」

 

 自分たちのために、遠い故郷まで戻って貰っているペガへ申し訳なさそうにルカが呟くのを、ライハがそんな風に励ましていた。

 

「トリィ!」

 

 そして、モアと入れ替わるようにして。トリィのところまで駆け寄ったサラが、彼女の胸の中まで飛び込んでいた。

 

「……これからもよろしくね、トリィ!」

「ええ、こちらこそ。……博士になるためのお勉強、私が見てあげようか?」

「うん! おべんきょう、がんばる……!」

 

 笑顔を交わす二人を見て、リクも思わず顔を綻ばせた。

 

「……お勉強、頑張るんだって。見習わなくちゃいけないね、マユ」

 

 その隣で、ゼロを見送った後も残っていたレイトが、愛娘に向けて言い聞かせていた。

 

「……はぁい」

 

 不承不承、と言った様子で頷くマユの頭を、レイトとルミナが優しく撫でる。

 

 そんな、ささやかな幸福が満ちたこの世界が救われたことに。

 いつか、この幸福を見つけるために、先に世界を守ると決めていたリクは、ふと――思うことがあって、ウルトラカプセルのホルスターの上に、掌を重ねていた。

 

 

 

 

 

 

 そうして、この世界を救ったウルトラマンたちと別れ、元の世界に帰るため宇宙へ飛び出した後。

 

「いやぁ二人とも、大した活躍だったじゃないか! 私も鼻が高いぞぉ」

 

 子どもたちの前を離れてすぐ、ウルトラマンタイタスはチームメイトの若人両名の背を、そんな風に叩いていた。

 ……一切、本心からは笑っていない声色で。

 

「いやぁ、全く。私だって強力なスペースビーストを退治していたんだが、あの子たちの前じゃなかったからなぁハッハッハ……! 明らかに余り物を見る目を向けられた」

 

 その事実を振り返り、一気に消沈したタイタスは、叩かれた背の痛みに悶えていた二人の肩に手を回し、反転したような威圧感を浴びせていた。

 

「……そういうわけで、次の戦いでは私が中心でも構わないかな? なぁ、二回も約束を破って自分だけパワーアップした光の勇者に、優しいフーマお兄さん……!?」

「やっべ、旦那が面倒臭い時間帯かよ……っ! ちょっと早くねぇか……っ!?」

「んん、面倒臭い……?」

「い、いや何でもねぇって旦那! ほら平常心、平常心……っ!」

 

 耳聡く、漏らした失言に眼力を効かせたタイタスへ、フーマは慌てて先程告げられた言葉を繰り返していた。

 

「も、もちろんじゃないか! タイタスは俺たちの中でも、合体抜きなら最強だもんな! あのU40最強の戦士、ジョーニアスとも手合わせしていたその実力、戦いの中心で存分に見せて欲しいって、俺はいつも思ってるぜっ!」

 

 フーマを庇うように割って入り、誇りに思う故郷や憧れの人を讃えながら、タイタスをおだてようとするタイガ。

 昔の雑談まで根に持って話しかけてくる年長者への対応に苦慮している若者を見て、タイタスは少しばかり冷静に戻った。

 

「そうか……そうだな。何せ私は、あのウルトラマンジョーニアスの薫陶を受けた、惑星U40の賢者の一人。今回も、巨大なクイーンモネラを、このワイズマンズフィストの一発でダウンさせたからな!」

「そうそう! 本当に厄介な奴は、いつも旦那がまずどうにかしてくれてるんだよな! イズマエルだって旦那が居なきゃ、倒しようがなかったしよぉ!」

「そうだそうだ! それに俺だって、夜は日本に戻れなかったけど、大都市を守り抜いたんだ。ルカたちの代わりに、凄い数の地球人が、俺たちの活躍を見てくれてたさ!」

「ふふん、そうだな……!」

 

 一緒になってフーマやタイガが褒めそやすのに、満悦したタイタスは遠い目をした。

 ……焦点をずらをしたことで、その時まで気づいていなかった物を認識できた。

 

「ん? あれは……」

 

 離れた虚空に漂う、一本の剣。

 輝きこそ失われているが、その形をタイタスは、かつて目にしたことがあった。

 

「タイタス、どうした?」

「……タイガ。あれを見てくれ」

 

 同じく、知っているはずの――かつてその剣を揮い、ジョーニアスの危機を共に救った張本人の呼びかけに振り向いたタイタスは、しかし視線を戻した時に困惑した。

 

「……何もないぜ、タイタス」

「む? おかしいな……」

 

 確かにさっき、この両目で見たはずなのに。

 

「おい。いつまでわちゃわちゃやってんだ」

 

 幻を見たのだろうかと戸惑うタイタスと、心配そうに見守るタイガとフーマへ叱責を飛ばしたのは、ウルティメイトフォースゼロの仲間を率いて先を飛んでいた、ウルトラマンゼロだった。

 

「さっさと帰るぞ。ようやくザ・ワンと決着がついただけで、後回しにしてしまっていた案件はまだまだあるんだ。油を売ってるなら置いてくぞ」

「待ってくれよゼロ! 俺も早く、父さんたちに今回のことを報告したいんだ」

 

 ベリアルの子らとともに、彼らの生きる宇宙を救った――その報告を、ジードとも共闘した父タロウと、ベリアルの旧友である祖父母に早く伝えたいと願うタイガが、別の宇宙にまで通じる穴を開いたゼロへと告げる。

 

「急ごうぜ! 光の使者としての任務も大切だし、それに――今回の戦いで見つけた、ヒロユキが実際に側に居なくても、俺たちが合体するための感覚。忘れないうちに修行して、自分たちだけでできるようになりたいんだ!」

「……ああ、そうだな」

 

 振り返り、拳を握ってみせるタイガの呼びかけに頷きながら、タイタスは後ろ髪を引かれる気持ちで応じた。

 そうして、この宇宙を離れる直前、もう一度振り返ったが――

 

「――見間違いか。そうだ、こんな別宇宙にあるはずがないのだ。失われた我らの秘宝が……」

 

 その言葉を残し、U40の力の賢者は、サイドスペースを後にした。

 直後。彼が見失ったと思った剣が、再び虚空に出現したことに、気づくことのできないまま。

 

 

 

 

 

 

 トライスクワッドと、ウルティメイトフォースゼロが去った後の地球、星山市にて。

 ……何者かが、円筒形の黒い容器を二つ、その手の中で弄んでいた。

 ジードとゼロ、二人のウルトラマンが扱うウルトラカプセルと酷似したそれは、見る者が見れば――かつてウルトラマンベリアルとその配下が、スカルゴモラを始めとするベリアル融合獣へのフュージョンライズに用いた怪獣カプセルと同じ物であると、気づくことができただろう。

 かつて、トリィ=ティプが育てたエレキングの魂を囚え、サンダーキラーへのフュージョンライズのため利用したように。怪獣の霊魂、あるいは概念そのものを取り込みその力を使役する、外法の筒。ウルトラマンベリアルが受け継ぐ、レイオニクスの力を元に開発された、彼とその配下だけが手にした悪夢の欠片だった。

 

 ……だが、その二つのカプセルに収められた怪獣たちは、かつてベリアルの軍勢が保有したことのない代物であった。

 何故ならどちらも、ウルトラマンベリアルが討たれた後に倒された、彼より精強な怪獣たちであったから。

 その一つは、ラストジャッジメンター・ギルバリス。惑星クシアの民によって生み出されながら、暴走し何万年にも渡って、独善的な価値観で多元宇宙から生命を消し去り続けた最悪の人工知能が、自ら戦うために怪獣と化し……そして、ウルティメイトファイナルに覚醒したウルトラマンジードらによって討たれた姿。

 そして、もう一つは――

 

「……おまえが勝っても、それはそれで構わなかったんだがな」

 

 ウルトラマンジードらに倒されたばかりの滅亡の邪神、ハイパービースト・ザ・ワンの凶相が浮き出た、カプセルに向けて。万が一、その言葉を拾える者が居ても、誰が何を喋っているのかわからない、認識そのものに作用して変質させられている声が、敗者を嘲るように語りかけていた。

 

「だが、おかげで当初の予定通り、事態は進行している。必要なカプセルは、あと二つ。そして」

 

 怪獣カプセルを握る、謎の手の者は。影に覆われたその視線を――団欒を終えて帰路に就く星雲荘の面々、その内の一人へと注いでいた。

 

「……器が出来上がるまで、もう一押しだ」

 

 秘めたる囁きを聞いた者は、その時どこにも居なかった。

 あらゆる宇宙を守護するという伝説の超人――ウルトラマンキングを、含めてさえも。

 

 

 

 

 

 

 ゼロたちを見送った、さらにその数日後。

 ペイシャンの上層部への申請というのはあっさり通ったのか、サラはトリィの仕事場にお邪魔していた。

 ルカとライハも買い物に出かけ、星雲荘に一人残った形となったリクはふと、現在己の手元にあるウルトラカプセルを、机の上に並べていた。

 自分自身が産み出したエボリューションカプセルと、キングソードが内包していたウルトラ六兄弟という、特殊なカプセルを除けば――これまでにジードへと託されてきたウルトラカプセルは、十五個。

 ルカの希望によって届けられたネクサスジュネッス。サラの願いで起動したガイアV2。それと、父との決戦までに手に入れた、合計十三個のウルトラカプセル。

 これだけの祈りを受け取って来たのだと、身の引き締まる物を覚えながら――リクは、その中で最初に手に入れたカプセルの、片割れを手に取った。

 すなわち、父ベリアルに用意されていた――彼の力が込められていたカプセルを、じっと見つめる。

 

「……助かったよ、父さん」

 

 父さん。

 普段は敢えて避けているその呼び名で、リクはベリアルのウルトラカプセルに語りかけた。

 ……どんな思惑であれ、彼が最初に渡してくれた力がなければ、リクはウルトラマンジードとして戦うこともできなかった。

 これだけの祈りを託されるほど、誰かの力になることはできず――突然現れた、怪獣や超獣である妹たちを、受け入れることもできなかった。

 そして、彼女たちを狙う敵を、退けることもできなかっただろう。

 

 ……これまでに、ジードにリトルスターを託してくれた人々の祈りと。対応するカプセルを介して繋がった、ウルトラマンたちに認められることで己の分身を出現させる、ある意味で他人任せとも言える究極技、ウルティメイトマルチレイヤー。

 父との最終決戦で、初めて発動したジードマルチレイヤーの時は。周囲がウルトラマンキングの力に満ちていたからこそ、まさに敵対中だったベリアルのカプセルを片割れとするロイヤルメガマスターをも、出現させることができていた。

 

 だが、それなら。ザ・ワンとの決戦で、ロイヤルメガマスターだけでなく、プリミティブやダンディットトゥルースといった、ベリアルカプセルを用いた他のフュージョンライズの出現を成立させたのは、果たして誰の祈りと、力だったのか。

 もしかすると、そこまで含めてメタフィールドによる強化だったのかもしれない。あるいはロイヤルメガマスターのおまけに、あの全知全能の超人が、力を貸してくれたのかもしれない――ウルトラマンベリアルは他ならぬこの手で抹殺し、特別な追放空間の中に、その魂を永劫封じ込めているのだから、そう考えた方が矛盾も少ない。

 

 だが、まるで。その血を分けられた妹たちを、兄として守ろうとする自分に……亡き父も力を貸してくれたのかもしれないと、己がそう感じたことは、確かな事実で。

 それによって、ほんの少し、救われた気がしたことは――都合の良い幻想なのだとしても、誰にも否定できない真実だった。

 

 ――少なくとも、最初のきっかけとなる力をくれたことは間違いないのだから。

 今、家族と分かち合う幸せを享受できるのは――自分たち兄妹が生まれて来ることができたのは、疑う余地なく、ウルトラマンベリアルが存在していたおかげだから。

 無数の宇宙に、身勝手な理由で数多の悲劇を齎した、永遠に封じられるべき邪悪であり、授業参観に来て欲しくないタイプの親であることに変わりはないが――それでも、もう互いが憎しみに囚われる必要もないのなら、せめて安寧を得ていて欲しいと。

 ……奇しくも、ルカがサラの名前に託した祈りのように。リクもまた、父のその後を祈っていた。

 

 トレギアに続き、ザ・ワンも滅びたとしても。そもそもその邪神を元の宇宙から移動させたスペースビースト事件の黒幕や、ヤプールを滅ぼし、プリズ魔を操った何者か――そして度々観測される、不自然な怪獣の強化現象。脅威は未だ、身近なところにも溢れているが。

 

 父が居ない分も、これからも自分が家族と、彼女たちが幸福に生きるための世界を守ってみせると。

 そのためなら、あの悪夢に見たような強大な闇にも、どんな困難にも負けたりしないと――

 

 朝倉リクは、強く、強く、その心に決めていた。

 

 

 




Cパートあとがき



 ここまでお読み頂き、ありがとうございました。
 何とか年内に第十二話、TVシリーズで言うところの第一クールの終わりまで到達し、それなりにキリの良いところで年を跨ぐことができたのは、お読み頂いている皆様の応援のおかげです。

 リアルタイムでお読み頂けている方は、本年はまことにお世話になりました。
 いきなり始まった連載でありながらお気に入り、感想、評価、しおり、推薦を頂くことができ、どれも本当に励みになってます。
 ご迷惑でなければ、2022年もよろしくお願い致します。どうぞ良いお年をお迎えください。



以下はいつもの雑文です。




・ダンディットトゥルース
 うっかりBパートで解説し忘れていましたが、この形態もDCD『フュージョンファイト』限定の姿です。
 しかし、他の限定形態とは違い、本編内で実際に所有しているカプセルのみで変身できるフュージョンライズ形態であるということが大きな特徴だったりします。
 アーリーベリアルと戦う場合にはマグニフィセント以上に最も因縁深い姿と言えるので、『ウルトラギャラクシーファイト 運命の衝突』で出てきたりしないかなとファンの間でよく話題になる形態です。どうなるんでしょう……


・面倒臭いタイタスさん
 トライスクワッドの中で明らかに活躍が少なかったタイタスさんが何かごねだしましたが、『ウルトラマンタイガ』本編のタイタスさんはこんな人ではありません。
 しかし、本編と世界観を完全に共通としている、『トライスクワッドボイスドラマ』のタイタスさんはこんな感じな時があるので、そんな感じの言動をして貰いました。フーマの「ちょっと早くねぇか」は、ボイスドラマは本来テレビ本編が終わった後に配信される通りのタイミングの話であるため、まだ本編内の話が終わってない時間帯からボイスドラマ時の言動に移行し始めているタイタスさんへのメタネタになります。
「この時間帯(=ボイスドラマ)のタイタスは面倒臭い」は実際にボイスドラマ中で言及があるので……公式……! 二回も約束を破った、はレイガへの変身を含めて数えた形ですが、タイタスさんがこれを実際にカウントしているかは非公式なファン考察になります。
 次の戦いでは目立たせて貰うと言っているタイタスさんが、『ウルトラギャラクシーファイト 大いなる陰謀』では結局は明らかにタイガに見せ場を譲っているのは公式との矛盾ではないかと問われそうですが、憧れのジョーニアスと一緒に晴れ舞台で戦っているのでチームの誰の見せ場とか余計なことを考えていない……という体で解釈頂けると幸いです。一応この後、事後処理を終えたトライスクワッドは正史通り惑星マイジーでの修行に移るという想定。




(オリジナル)ウルトラカプセルナビ


名前:滅亡の邪神 ハイパービースト・ザ・ワン 第二形態(ゴエティア)
身長:63メートル(翼長250メートル)
体重:19万9千トン
得意技:七色破壊熱線


 全ての生命がスペースビーストに取り込まれ、滅びた宇宙で、そのスペースビーストたちが再融合し誕生した滅亡の邪神。
 その後、何者かの手によって次元移動を繰り返した末、ウルトラマンベリアルの因子を取り込んでさらに進化した便宜上の第二形態。
 目立った外見的な変化は、先端にスカルゴモラの背中の角状突起を身につけたサンダーキラーSに類似した触手が生えたのと、前腕部の肥大化。そして、怪獣使いの特性を得たことで、全身に顔として浮かんでいる怪獣たちの特性も強化され、かつてウルトラマンゼロが対決した百体怪獣ベリュドラにも似た醜悪さを身に纏っている。
 奪い取られた無数の生命の集合体として、分身(ブルード)の生成能力や驚異的な再生能力、状況に応じた肉体特性の変化を可能としており、恐るべき戦闘力を発揮する。

 ただし、サンダーキラーSからは本体の表層部分の生体情報しか奪えていないことから、キラートランスして初めて扱える能力はまだコピーできておらず、また、ザ・ワンがスカルゴモラに執着した理由となる因子は、再現するのに足る量を獲得できていない状況にある。



 ネーミングはザ・ワン・ベルゼブアがベリアルの要素を取り込んだことから、ベルゼバブと同一視される説もあるバアルやベリアルを包括する七十二柱の悪魔を記した魔導書から。全体的なビジュアルイメージは背中から触手の生えた、某赤い完全生命体の完全体をザ・ワン・ベルゼブア・コローネに混ぜた感じで、両腕はEXレッドキングや∪キラーザウルスのように肥大化しているという感じです。
 倒された際に飛び出る青い核については、ガルベロスの元になったのはザ・ワンの核と同化した犬、という設定があるため、核が存在するという想定となりました。今回でカプセル仲間になったギルバリスとちょっと展開が被り気味だとは思いながらも、お許しください。


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第十三話「カコの振り返り」Aパート




お久しぶりです。
先月は更新できずに終わってしまいましたが、引き続き何とか完結目指して頑張りたいと思います。
完結と言えば、『ウルトラマントリガー』の完結を祝うのも遅れてしまいました。改めておめでとうございます。来月の映画も楽しみですね!









 

 

 

 夜の星山市に、巨大な悲鳴が響いた。

 その声の主は、人間ではない。海洋哺乳類を思わせる甲高い咆哮で苦痛を訴えながら、八本もの触手で全身を雁字搦めにされた一匹の怪獣が、月明かりで巨大な影を落としていた。

 

「うふふふふ……怪獣さん、どぉ?」

 

 瓦礫の転がる中、宙吊りにされた巨大な影――シャドー星の最終兵器であり、時空破壊神とも呼ばれる怪獣・ゼガンへ無邪気に問いかけるのは、その拘束の主。

 それは背中から八本もの触手を生やした、異次元で産み出された生物兵器の頂点。究極融合超獣サンダーキラー(ザウルス)だった。

 虫けらを弄ぶ幼子のような調子のサンダーキラーSの問いかけに、しかしゼガンは答えない。意思疎通のための共通基盤となるツールは、二体の巨大生物の間には存在していなかった。

 ゼガンはただ、拘束から逃れようと力の限り悶えるばかりで。その胸の発光を見つめながら、金色の兜に表情を隠したサンダーキラーSは小首を傾げていた。

 

「うーん――おとなしく言うこと聞いてくれないなら、おちゅうしゃしちゃおうかな……?」

 

 ゼガンを縛り上げる触手とは別、本体に備わった巨大な掌の先端から、サンダーキラーSは五本の赤い長爪を生やした。

 それはサンダーキラーSの遺伝子上の父であるウルトラマンベリアルに由来する魔の爪、カイザーベリアルクロー。その真紅の爪には、相手を自らの意のままに従わせる闇へと沈める洗脳物質、ベリアルウイルスが満ちている。

 その恐るべき得物を突き立てて、ゼガンの意識を奪ってしまおうと。サンダーキラーSは拘束の強度を維持したまま触手を弛めて、彼我の距離を縮めた。

 

「こらっ!」

 

 そしてサンダーキラーSが左手を振り被ったところで、怒気を孕んだ叫びが、夜の中を駆け抜けた。

 制止の声に、究極融合超獣の巨体がビクリと震え、全ての動作が停止する。それから緩々と、その顔が声の出処に向けられた。

 

「……お姉さま?」

「サラ、あなた……ゼガンに何してるの! 怒るよ!?」

 

 サンダーキラーSが恐る恐ると向けた視線を受けるのは、彼女の姉――培養合成獣スカルゴモラが人間に擬態した姿である、朝倉ルカだった。

 

 事態を察知し星雲荘から駆けつけたルカは、警告の言葉とは裏腹に、既に軽く怒っていた。

 

「悪いことをしていない怪獣をいじめたりしちゃ駄目って、約束したのに……っ!」

 

 妹の蛮行に声を震わせながら、ルカは二体の怪獣を仰ぎ見る。

 サンダーキラーSに囚われたゼガンの胸に宿り、その存在を訴える魔性の輝き――リトルスター。

 己もそれに衝動を煽られているのを自覚しながら、獣の本能を自らの意志で抑えたルカは、その輝きに惑わされたのだろう愚か者を叱り上げた。

 

「それに、ゼガンは私の友達だって言ったよね!? なのに、リトルスターがあるからって……っ!」

「その、お姉さま……これはね、そうだけど、ちがうの……」

「何が違うの? ゼガン、あなたのせいで痛がってるでしょ!?」

 

 三十分の一の背丈にも満たない、地球人へ擬態したままの姿とはいえ。姉であるルカから責められて、妹のサンダーキラーSはたじたじという様子になっていた。

 

「早くゼガンを離してあげなさい、可哀想でしょ!」

「えっと……その……だめなの、お姉さま……」

「何。妹のくせにお姉ちゃんに逆らうつもり?」

「あぅ……」

「ルカ、ちょっと抑えて」

 

 姉の圧で、サンダーキラーSが泣き出しそうになったところで。事態を見守ってくれていた二人の兄、ウルトラマンジードこと朝倉リクが、背後からルカに呼びかけた。

 

「お兄ちゃん、でも……」

「今のサラはゼガンを離さないけど、攻撃したりしていない。リトルスターのせいで我を喪っているようでもないし、どうしてこんなことをしたのか聞いてあげないと」

 

 リク相手にも珍しく食い下がったルカだったが、敬愛する兄から改めて穏やかに諭されると視線を下げ、一歩下がって道を譲ることとした。

 

「サラ、どうしてこんなことを?」

「あの……お兄さま、それは……」

「俺たちから話そう」

 

 未だ、姉に対しておっかなびっくりと言った様子のサンダーキラーSと代わるように、追求の矢面に立つ人影が二つあった。

 その一人はAIBの上級エージェントにして、ゼガンを戦力としてこの地球へ持ち込んだ張本人――シャドー星人ゼナ。

 今一人はAIB研究セクションの責任者を務める、ゼットン星人ペイシャン・トイン博士だった。

 

「騒動の発端は、AIBの中にリトルスターを宿した者が現れたことだ」

「うん、ゼガンでしょ?」

「ゼガンは偶然、同時期に発症しただけだ。別の宿主のリトルスターが励起し、そちらに惹かれて暴走したゼガンの鎮圧に、居合わせたサラが動いてくれたというわけだ」

「……えっ?」

 

 ペイシャンからの思わぬ返答に、ルカは兄とともに素っ頓狂な声を上げた。

 

「もし、君たちの妹が協力してくれなければ、我々はゼガンを爆破するしかなくなっていただろう……礼を言う」

 

 畳み掛けるようにゼナから感謝を告げられるも、予想外の事態を聞かされた兄妹は絶句してしまっていた。

 しかし同時、全てに合点が行った二人の様子を見届けたペイシャンは、背後のサンダーキラーSを振り返った。

 

「査察官はもう安全な場所に隔離した。後は鎮静化光線でも浴びせてからゼガンを解放すれば、それで充分問題は解決する。おまえの姉がこの調子だから、洗脳はやめとけ」

「……うん」

 

 ペイシャンの助言に従い、サンダーキラーSは触手の一本から柔らかな光を放ってゼガンの傷を癒やし、その精神を落ち着かせた。

 

「……そっか。お手柄だね、サラ」

 

 正気に返った様子のゼガンを解放するサンダーキラーSの背へ、リクが穏やかに言葉を掛けていた。

 そして、ルカはというと――

 

 

 

 

 

 

「――ごめん!」

 

 騒動の翌日。一夜明けてAIBから星雲荘に帰ってきた末妹(サラ)へと、ルカが開口一番、再びの謝罪を述べていた。

 

「ごめんね、サラ! 全部お姉ちゃんが悪かったから、機嫌直してぇ……?」

 

 頭を下げ、やや裏返った猫撫で声で懇願する姉に対し、小学校低学年程度の女の子の姿に擬態したサラは、そっと視線を外して呟いた。

 

「……お姉さまは、わたしのことをしんじてくれてないのね」

「そんな、そんなことないよっ!?」

 

 姉妹は昨夜から、こんな調子だった。

 詰っていた側が一転、誤解を悟って延々と謝り倒しているものの。姉から一方的に怒鳴られた妹は、そのショックを隠さず沈んだ気持ちを表に出していた。リトルスターの誘惑に負けず、姉が友と言って憚らない怪獣を傷つけずに鎮圧して人助けをした結果があの扱いだったのだから、サラが不貞腐れるのも無理はない。

 もちろん、サラの言動に幼さ故の危なっかしさが見え隠れしていたため、ルカが声を荒げてしまうのも無理からぬ事であったと、二人の兄として同行していたリクも思うのだが……勘違いから矢継ぎ早に責め立て、弁明の機会を与えなかった側が後ろめたい気持ちになることも、やむを得ないのだろう。

 

「……サラ。ルカは、君のことが嫌いなわけじゃないんだ」

 

 すれ違う妹たちを見ていられず、リクは口を開いていた。

 

「ただちょっと、サラが悪気なくやり過ぎたりしないか、心配していただけで……」

「リク! フォローになってない!」

 

 背後から小声で咎めてきたのは、まず兄妹の問題だからと静観してくれていた鳥羽ライハだった。

 ライハの懸念の通り、さらに表情を曇らせる結果となった末っ子と視線の高さを合わせるため、腰だけでなく膝も折り曲げたルカが、サラの顔を覗き込む。

 

「でも、お兄ちゃんが言っているのは、お姉ちゃんの勘違いだったから……サラはそんな子じゃないもんね? 昨日もトリィさんのお手伝いしてお勉強してた、良い子だったもんね? お姉ちゃん、もう間違えないから……っ!」

 

 必死に妹の機嫌を取ろうとするルカは、そのままサラの小さな手に掌を重ねた。

 

「だから、許してぇ……っ?」

「……うん」

 

 最終的に、泣き笑いの表情で許しを乞い始めるに至ったルカに、思いの外呆気なくサラは頷きを返した。

 

「――っ、ほんとに!?」

「だって……お姉さまは、お兄さまといっしょに、わたしのことをゆるしてくれたから」

 

 勢いよく食いついたルカに対し、サラははにかみながらも、努めて明るい声で返事を述べた。

 

「やったー! ありがとう、サラっ!」

 

 対し、妹から許しを貰えた事実に舞い上がったルカは、そのままサラに抱きついていた。

 

「あぁ、良かったぁ……よーし、仲直りの記念に何でも好きなもの買ってあげちゃう!」

「ほんとに?」

 

 AIBとの共闘を経て、兄妹では一番の小金持ちであるルカがそんなことを言い出すと、サラも少し目を輝かせていた。

 

「じゃあ……お姉さま、わたし、白衣がほしいの! トリィとおそろいの!」

「白衣……うん、お姉ちゃんに任せて!」

 

 和解した姉妹が微笑み合う様子を見て、リクもほっと安堵の息を吐いた。

 

「一時はどうなることかと思ったけど……良かったわね」

「うん。仲直りできて、本当に良かった」

 

 妹たちの仲睦まじい様子を、ライハがそう言ってくれるのに。リクもまた深々と頷いた。

 ……時にはぶつかり合ったりしながらも、互いのことを心から受け入れることができる家族。

 かつて自身が――そして、おそらくは父ベリアルもまた、心のどこかで求めていた大切な物を目にして、リクはつい表情が緩んでしまうのを、耐えることができなかった。

 

「……あ、でも。わたしのおかいもの、あとでいいよ、お姉さま」

「どうしたの、サラ?」

「あのね……お姉さまのおともだちの怪獣さんが、あぶないかもしれないから」

 

 それを伝えるために帰ったのだというサラの言葉に、ルカの目の色が変わるのを、リクも見逃さなかった。

 

 

 

 

 

 

「ペイシャン――!」

 

 アポさえ取れば、普通に乗り込める関係性になったAIBの研究セクション。

 そこの責任者の姿を見つけるなり、ルカは声を張り上げて彼の名を叫んだ。

 

「ゼガンを処分するって……本気!?」

「そういう可能性も検討しなきゃならない、っていう状況ではあるな」

 

 困惑した様子の部下を先に行かせたペイシャンは、こちらの剣幕に些かも動じることなく、ルカを先頭とした星雲荘の一行に悠然と対峙した。

 

「何せ、ゼガンが襲っちまったのは本部から派遣されていた査察官様、お偉いさんだ。交渉材料も特にない状態じゃ、再発防止を求められれば真っ先に挙がる選択肢になる」

 

 ペイシャンの回答、その身勝手な理屈に、ルカは思わず身を乗り出した。

 

「ふざけないでよ……私、そんなの絶対許さないから!」

「まぁ落ち着け。仮におまえが力でAIBを潰すなんて言い出したら、ゼガンの処分を阻止するどころじゃなくなるぞ。おまえら兄妹はもちろん、モアやトリィの立場まで危うくなる」

 

 ルカがエスカレートしきってしまう前に、ペイシャンは行き着く先へ言及した。

 心配そうに己を見上げるサラの視線へ気づき、諌められたルカは思わず語気を萎めた。

 

「……別に、そんなつもりじゃ」

「そんなことはわかっている。だが、俺みたいにおまえらと付き合いのある相手ばかりじゃない。特に今回は、ということをよく頭に入れておくんだな」

 

 周囲の様子を一瞥しながら警告してくれるペイシャンに、ルカはゆっくりと頷きを返した。

 

〈一つよろしいでしょうか〉

 

 そこで生じた声は、ルカの背後に飛ぶユートム――星雲荘の報告管理システムである人工知能、レムが発した質問だった。

 

〈AIB本部から派遣された査察官。これまで地球に居なかった人物が、何故今になってリトルスターを発症したのでしょうか?〉

 

 そもそもの騒動の発端となった不自然さに、ルカのそれにも通じる事件性を疑ったレムが着目するも、ペイシャンはあっさり答えた。

 

「今になって励起したのはたまたまだが、宿った理由は簡単だ。その査察官は七年前に、この星を訪れていたからな」

「……七年前」

 

 思い当たる節があるように、ライハがその単語を繰り返した。

 

「そう、ベリアル融合獣スカルゴモラの出現が原因だ。その調査の際、カレラン分子を気づかないまま吸引したことで、地球を去った彼女の体内にもリトルスターが発生する余地が生まれていたんだろう。カレラン分子が撒かれたのは地球だけでも、ウルトラマンキングが融合していたのはこの宇宙全域だったわけだからな」

 

 ちなみにゼガンの方は、かつてウルトラマンベリアルから被弾した光線を介し、そこに含まれていた幼年期放射(キングのエネルギー)が原因でカレラン分子を要さずにリトルスターを形成した、特例中の特例であるらしい、などと。

 そんなことをペイシャンが解説する最中、思わぬ因縁を告げられたルカは、ライハを振り返っていた。

 果たして、師匠は。忌むべき記憶を不意に掘り起こされて動揺した様子だったものの、ルカの視線へ気づいたように淡く微笑んでくれていた。

 ……気遣い無用、ということらしいが。それでもルカは思わず、ライハの方に数歩寄った。

 

「女の人……なんだ」

「ああ。だがAIBの設立に貢献した重要人物で、かつてあのエンペラ星人とも一戦交えて生き残った古強者でもある、おっかない相手だよ」

 

 その間、続けてリクの零した感想に、ペイシャンが釘を刺すように答えた。

 その答えに、またもレムが反応する。

 

〈……ということは、その人物は光の国がある宇宙の出身ですか?〉

「そう聞いている。何なら宇宙警備隊との繋がりも、査察官殿が個人的にお持ちらしいからな」

 

 ゼロとは特に面識もないらしい、と補足するペイシャンへ、ルカはさらに問いかけた。

 

「その人を説得できれば、ゼガンは見逃して貰えるの?」

「まぁ、可能性は上がるな」

 

 果たして、そんな風に本人の居ない間に話が盛り上がっている最中。何足かの靴底が、階段を打ち鳴らす音が響いた。

 ……女性は二人居るが、どちらもモアではないと、ルカは聴覚で理解する。これまでに聞いたことのない足音だ。どうやら噂をすれば何とやら、ということらしい。

 

 果たしてゼナと、もう一人の女性を伴って現れたのは、黒スーツをしっかりと着こなした一人の女性だった。

 隣の、パンクなシャツに超ミニスカート、厚底ブーツという何世代か前の流行ファッションをした、傍らの派手な装いの女性が比較対象となるせいか。黒髪を横に流し、額を広く出した髪型が知的な印象を強めるその細身の姿は――単なる擬態なのかもしれないが、伝説のエンペラ星人とも対峙したことのある歴戦の女傑、というイメージからは程遠い。

 今回の騒動の発端となったリトルスターの輝きが見えなかったのは、どうやら既に分解してしまったというわけではないと――先日まで自分自身が身につけ、不要になったからとAIBに寄付したシャプレーブローチの改造品が胸で鈍く輝くのを見て、ルカは理解する。

 

「やっほー! 久しぶりね、ウルトラマンジード!」

 

 軽い調子で呼びかけて来たのは、背広の女性の傍らに居る派手な方の女性だった。

 

「あ、えーっと……サトコさん、でしたっけ?」

「え、うろ覚えなんてひっどーい! まっでも、命の恩人だし許してあげる!」

「……そう。あなたたちが、ウルトラマンジードと、その妹」

 

 普段のルカなら、思わずそっちに気を取られてしまいそうなサトコの言動を受け、中心に立つ背広の女性が口を開いた。

 

「はじめまして。それと……昨日はありがとう。おかげで助かったわ」

 

 挨拶を述べてから、立ち止まって腰を曲げた査察官は、視点の高さをサラに合わせ、柔らかく微笑んでいた。

 

「どういたしまして」

「……まさか、私が超獣に『ありがとう』を言う日が来るなんてね」

 

 素直な言葉を返すサラに対し、査察官と思しき彼女は、感慨深い様子で呟いていた。

 全ての超獣の産みの親である異次元の悪魔、あの不滅のヤプールが唯一傅いた相手が、エンペラ星人であったという。

 エンペラ星人と因縁を持つという彼女からすれば、配下であるヤプールや超獣とも敵同士だったのだろう。ヤプールの次元から脱走した最新の究極超獣は、そんな古い因縁など知りもしなかった様子で、小さく首を傾げていたが。

 

「あの!」

 

 そんな妹の可愛らしい仕草を堪能する時間をも、今のルカは惜しみ、声を上げていた。

 

「ゼガンのこと、殺さないでください! お願いします!!」

 

 言い切ると同時に、ルカは深々と頭を下げた。

 兵器である怪獣に襲われた相手へと、許しを乞う難しさを感じながらも。

 幾度と共に戦いながらも、未だ意志を交わす言葉を持てない怪獣の代わりに、ルカは叫ばずには居られなかった。

 

「友達なんです、私の! 悪いのはリトルスター……ベリアルが、私たちの父親が働いた悪事が原因で、ゼガンのせいじゃないんです! だから……!」

「……そのリトルスターは、これからも出現し続ける可能性があるわ」

 

 突然となるルカの言葉を、査察官は冷静に受け止めていた。

 

「私だけじゃない。無関係で、事情も知らない地球人が宿主となったところに、ゼガンが襲いかかる恐れがある」

「その時は、また私たちが止めます!」

「一度成功したことが次も、とは限らないわよ。先のスペースビーストの一件みたいに、あなたたちだけじゃ対処できない場合もあるから」

「でも……そのスペースビーストから地球を守り抜けたのは、ゼガンも居てくれたからです」

 

 そこでルカに加勢してくれたのは、(リク)だった。

 

「勝手な願いかもしれないけど……危険なのがリトルスターのせいだけなら、他の脅威へ立ち向かうために、ゼガンにはこれからも居て欲しい。ルカが言うみたいに、そこに欠点があるなら僕らが埋め合わせる。一人じゃ戦えない僕らのために、皆がしてくれるみたいに」

「お兄ちゃん――っ!」

「要望はわかった。けれど、すぐには答えられない」

 

 ルカの意を汲んでくれたリクの主張にも、査察官は頷いてくれなかった。

 だが、ルカがその事実へ苛立つ前に、査察官は人差し指を立ててみせた。

 

「だから、一つ協力を要請するわ。ゼガンの今後を決めるために」

「協力……?」

「再び大きな事件が頻発し始めたこの星で、何が起こっているのかを調査する。そのために私は、サトコにも付き合って貰って地球に残っていた……ちょうど、いつも事件の中心に居る、あなたたちの話を聞きたいところだったの」

 

 どうやら査察官は、スペースビーストと対決した頃からこの地球に滞在していたらしい。フーマが他のトライスクワッドよりも早く日本に戻れたのは上海に彼女が居たおかげでもあったのだと、ルカはこのすぐ後、ゼナから知らされることとなった。

 ちなみに、サトコの方は、かつてガーゴルゴン=フワワが地球に訪問した際、レムが名を挙げていた宇宙有数のテレパス使いであるゾベタイ星人ナビアらしい。サトコの名は、流行で名乗った地球人風のニックネームなのだそうだ。

 ともかく。多忙なはずの協力者まで引き連れた査察官は、それだけ本腰を入れた調査のために、星雲荘に用があったらしい。

 そこへ自ら乗り込んできたベリアルの子らに、査察官は次のように告げたのだった。

 

「あなたたちの言葉を信じて良いものかどうか。ゼガンを残すべきか否か――私の一存で決められることではないけれど、どんな立場を選ぶべきなのかは、あなたたちの話を参考に、決めさせて貰うことにする」

 

 どことなく悪戯っぽい微笑を刻んだ査察官の意図に気づき、リクと顔を合わせたルカは、喜びの表情のままに頷いた。

 

 

 

 

 

 

 そうして、リクたちはAIB本部の査察官を前に、この一ヶ月余りの激動の日々を振り返ることとなった。

 ルカと出会った時のこと。ヤプールの襲来を始めとする、ベリアルの血を引いた故に向かってきた困難の数々。

 その一区切りとなる、ノワール星との騒動を経た後。リクが不在となった地球を、ルカがゼガンと共に守り抜いた。

 そして、リクの帰還に合わせたようにして、二人目の妹となるサラまでもが現れ、最終的に滅亡の邪神ハイパービースト・ザ・ワンとの決戦に至るまでを、各々の気持ちを込め、ベリアルの子らは査察官相手に語ってみせた。……ルカの話す内容には、リクにとって少し、くすぐったいものも含まれていたけれど。

 

「大きな流れはわかったわ。ありがとう、みんな」

 

 ペイシャンが脅していたのに反し、親しみ易い雰囲気を醸し出した大人の女性、と言った風情の査察官は、そう優しく告げてくれた。

 

「約束通り……ゼガンについては、私は処分反対の主張をするわね」

「本当に――っ、ですか!?」

「だいじょーぶ。私の前で、嘘は誰にも言えないわ」

 

 ルカが息を詰まらせる勢いで問うたのに、テレパス能力の使用を意味する光の玉を浮かばせたサトコが保証した。

 言葉の通じない怪獣の心さえ読み取る超能力者――彼女の前では、あらゆる隠し事は詳らかにされてしまうのだ。

 それを受けて、穏やかに微笑んだままの査察官は、その細い首を縦に振った。

 

「ええ。元々、私が見学したいと言い出したからとはいえ、ゼガンが暴走したという結果はここの管理体制の穴が大きな原因だから……ねぇ?」

 

 どうやら、先程ルカの主張にすぐに頷いてくれなかったのは、立場的な問題もあるのだろうが……星雲荘側の話を聞くのに都合が良いから、という面も大きかったらしい。リクたちはまんまと手球に取られてしまったようだ。

 

「……改善案の報告書は、鋭意作成中です」

 

 そんな査察官に詰られたペイシャンは、リクの記憶にない及び腰な対応を見せていた。ルカが目を丸くしている様子から察するに、彼と親しい妹にとっても初めての眺めであったらしい。

 

「協力者に恥をかかせないようにお願いするわね、ペイシャン博士。それと」

 

 そんなペイシャンの様子に特に心動かされた風でもなく、査察官は淡々と続けた。

 

「同席して貰ったのは、もちろんAIB側の認識と擦り合わせるためだけど。この支部における研究セクションのトップであるあなたの所見も聞きたかったからよ」

 

 その言葉で、リクたちの注目までもがペイシャンに集まった。

 

「聞く限り、これまでの事件で解決していない謎は大きく分けて三つ。一つ目は一部の怪獣に見られる謎の強化現象。二つ目はヤプールを本拠地で撃破し、解放した究極融合超獣を誘導した何者かの正体。そして三つ目は、ネクサスのリトルスターに対して、AIB及び星雲荘の、人員も機器も認識に不自然なところがあったこと」

 

 その三点とも。少なくとも、事態の全容を把握しきれていないサラ以外の星雲荘の仲間は全員が気がかりとしていることだった。

 

「あなたはどう見ているの、ペイシャン博士?」

「……少なくとも、最初の二つは相関する事象の可能性が高い、という風に見えます」

 

 問われて、ペイシャンは推論を述べ始めた。

 

「ヤプールを襲った何者かは、その後サラの希望に沿おうとしたらしい。サラがリトルスターを入手できるようお膳立てされた結果があのプリズ魔の出現だったのなら、その際に見られた強化現象を起こしている者も同一犯である蓋然性が高い」

「同意見ね。特定は?」

「まだできていません。思い込みで候補を見落とすことがないように、支障がない現時点では強化現象に仮称も設けていないわけですから」

〈我々としても、特に異議はありません〉

 

 ペイシャンの主張に、ユートムを介したレムが議論に加わった。査察官の顔色を伺った後、リクは頷いて、彼女の続く発言を許可する。

 

〈敢えて付け加えるなら、その現象が確認されるのが今のところ、全て培養合成獣スカルゴモラと交戦する怪獣であることへ注目したい、という点でしょうか〉

 

 レムは、そこに不確定な四つ目の要素を並べ始めた。

 

〈戦うほどに強くなる遺伝子を持った、怪獣にしてレイオニクス――ルカが臨む戦闘を激化させる現象。それが意図的に起こされているのなら、パラレルアースで生まれ、死に瀕していたルカがこの世界に現れた理由とも結びつくのではないかと、そう予想しています〉

 

 言われてみれば、件の現象はスカルゴモラが新たな能力を開花させた戦いで確認されたことが多い。

 さらに言えば、もしもその現象を起こす黒幕がヤプールを討った犯人であるのなら。強化現象こそなかったが、サンダーキラーSはスカルゴモラにレイオニックバーストの力を覚醒させるための、同じ血を引いた当て馬として準備された可能性すら考えられる。

 ……その力があったおかげで、スペースビーストの脅威を退けられたとはいえ。またその思惑の結果、こうして妹たちと出会えたのだとしても。

 一度、家族が互いを傷つけ合ってしまう事態を導いた何者かに、リクは静かに怒りと警戒を募らせていた。

 

「黒幕の狙いは、培養合成獣スカルゴモラを戦わせること、かしら?」

「……一つの可能性としては考えられます。レイオニクスの始祖たるレイブラッド星人は、戦いを通して成長させた子孫を器に復活しようとした。また、それが阻止された後にも、レイオニクスバトルで発生するエネルギーを使って肉体を再生しようとしたと聞きます。レイブラッドや、ベリアル――レイオニクス絡みの陰謀なら、あるいは」

「……なら、ルカはもう戦わせない方が良い?」

 

 そこでリクは、考えていたことを表明すべく、口を挟んだ。

 

「敵の狙いがルカを戦わせることなら、ルカの分も、僕が……」

「気持ちはわかるが、少し待て。黒幕の正体が特定されているわけではないとは、レムも同じ見解だっただろう」

 

 結論を急くなと、ペイシャンが首を振る。

 

「レイオニクス絡みはあくまで一つの可能性だ。そして仮に的中したとしても、ウルトラマンジードもレイオニクスの血を引くのは同じだ。妹を遠ざけたところで、おまえが戦うなら意味はない」

「――じゃあ、私が戦うわ」

 

 そこで声を上げたのは、ベリアルとの血の繋がりなどないライハだった。

 

「ルカたちの手助けをするために、私はAIBの協力を呑んだ。あなたたちも、リクたちだけに頼る現状を変えたくて、ベリアルに倒されたゼガンを復活させただけでなく、キングギャラクトロンMK2(マークツー)を作ったんでしょ」

「そうだな。だが、仮にそれで戦力は足りたとしても、だ。運用に複数の人員を必要とし、操縦者であるおまえが乗り込んで初めて出撃できるキングギャラクトロンMK2(マークツー)やゼガンと違い、リクたちはその身一つで緊急事態に即応できる。その差は余りに大きい」

 

 ペイシャンの主張は、まさに昨夜のゼガン暴走が大事になる前に鎮圧したサンダーキラーSの活躍で、説得力を裏打ちしていた。

 

「ましてやルカにはどういうわけか、リトルスターを手放した今もメタフィールドを形成する力が残っている――使わないという選択を強いるには、まだ敵の正体が見えていなさすぎる」

 

 戦場そのものを守るべき世界から隔離してしまう、防衛の観点において最高峰の能力。

 それを持つ者に使わないことを迫るのが、疑心暗鬼に囚われた自縛ではないかと、ペイシャンは冷静に語る。

 

「そもそもがボランティアであるおまえら相手に、こちらが無理強いする権限はない。ライハの主張するように、レイオニクス絡みである可能性も踏まえ、AIBだけで対応可能な案件は極力受け持つ方針も固める。だが、結論を急いだことで、防げたはずの被害が生じかねないような話はよく考えてからにしろ」

 

 ――仮に、代わりを立てるからもう戦うな、と言われれば。

 ペイシャンの言うとおり、何らかの見返りを約束されて戦っているわけではないリク自身、意志一つで戦いから退くことはできる。

 だが、そのために目の前で傷つき、怯え、嘆く人々の姿を見れば。きっとリクは、戦わないという選択肢を貫き通すことはできないだろう。

 なら。ルカは……

 

「……心配してくれてありがとう、お兄ちゃん」

 

 妹を傷つける未来を導いていたかもしれない、と苦悩していたリクに、ルカは優しい声音で感謝を伝えてくれた。

 

「でも、大丈夫だよ。だって私には、お兄ちゃんたちが付いてくれてるんだから」

 

 それから、ライハたちともども信頼を告げられて。リクは、少し胸が軽くなったような気がしていた。

 

「……ま、本当に敵の思惑がルカやおまえらを利用することだと確定すれば、その時に改めて決めれば良い。当面は様子見だ」

 

 そんな、ルカの出した答えを後押しするように、ペイシャンが取りまとめを行った。

 

「――随分と彼女を戦場に立たせたいようにも聞こえるけれど」

 

 そう取れなくもない話の運びではあったが、呵責のない査察官の言葉に、ペイシャンは渋い顔を作った。

 

「一応、本音も言葉の通りみたいだけど?」

 

 読心能力者であるサトコが濡れ衣であると主張するも、そんな彼に視線を厳しくしたままの査察官が、なおも冷たい声で問いかける。

 

「それで、三つ目はどう考えているの? ペイシャン博士」

「……ルカへ宿った後に限れば、とびきり怪しい奴が一人」

 

 AIBの査察官という立場からは、特に三つ目が気にかかっている様子の問いかけに、ペイシャンは普段の調子のままで続けた。

 その思わぬ回答に、リトルスターの宿主であったルカが身を乗り出した。

 

「誰!?」

「俺だ」

 

 ペイシャンの一言で一瞬、場の空気が凍りついた。

 

「……ま、冗談だがな」

「やめてよ……」

 

 ペイシャンが続けた言葉に、心底疲れたような声音で、ルカが抗議の意を示していた。

 同じくどっと疲れた心地のリクたちとは別に、冷えたままの空気を纏った査察官が口を開いた。

 

「……私の前でそんな発言をすることは軽率だって、わかっているのかしら?」

「その上で、疑われているのはわかっていると、告白する方が話は早いと思ったわけですよ。折角ゾベタイ星人が居てくれてるわけですからね」

 

 皮肉げに笑いながら、ペイシャンは緊張した面持ちで査察官に応じた。

 

「サトコよ、サトコ――でも、本当に嘘みたいよ? 意味わかんないけど」

 

 そんな彼に抗議しつつも、心を読めるゾベタイ星人ナビアが、その主張を保証する。

 その様を見て微かに緊張の糸が緩んだらしいペイシャンが、顔を下ろして一息挟み、続けた。

 

「ゼガンの目にリトルスターの光が入らないように細工することも、各種観測機器に手を加えることも、俺なら立場的に容易い。加えて、俺はルカに光が宿ったと予想される時期に星雲荘へ立ち寄っている。そこで細工をしたと考えれば……アリバイから考えれば、俺が一番に怪しい」

「……だがそれは、前提に錯誤がある」

 

 そこでペイシャンに助け舟を出すように、口を閉じたまま発言したのは、査察官らの護衛兼世話係として同席したゼナだった。

 

「本来、朝倉ルカにリトルスターが発生することはない。何故なら彼女はウルトラマンキングが去った後、この宇宙へ現れたのだから」

〈ルカは最初の宿主ではなく、ネクサスの特性によってリトルスターを引き継いだ二番目以降の保持者であると見られます。その前任者を私も、受け継ぐことになるほど接近したはずのルカ自身も、認識できていません〉

 

 ゼナの主張を、レムが補足する。

 

〈ルカに宿った以降に限っても、ペイシャンがルカと接触した際に不審な動きをした記録は確認できません。仮に彼が犯人であり、星雲荘に入られた際に記録の改竄が行われたのだとしても、その前の時点で私やライハが見過ごす理由もありません〉

 

 ルカに宿る以前から――ネクサスのリトルスターのことを、星雲荘とAIB……そしてあるいは、ノワール星の軍団以前に出現した怪獣たちまで、誰も彼もが発見することができなかった。ルカに宿った以降は、サラを始めとする他の怪獣たちを惹き寄せたというのに。

 問題とするのなら、その前任者の時点から見なければならないはずだと、二人は主張していた。

 

「ペイシャン博士に、星雲荘を訪れる以前からあなたたちの認識まで操作できる能力でもなければ、朝倉ルカに宿った時期の挙動から殊更疑う意味はない。そして接触後も、宿主である怪獣自身に気づかせない処置を、誰にも悟られることなく可能としなければならない。――そこまで特殊な能力を想定するのなら、そもそも容疑者を彼一人に限定する必要もなくなると、そういうことね」

「……ご理解いただけて幸いです」

「そうね。それほどの認識操作が可能な相手なら、サトコの読心すら担保にならないけれど」

「ちょっと!」

 

 自らの能力を軽んじられたとも取れる発言に、サトコが憤慨して立ち上がった。

 しかし、査察官はその反応すら折込済みという様子で、いささかも揺るがずに言葉を続けていた。

 

「けれど、あなたがその力を持っていないことを証明しろと迫るのは、悪魔の証明になる――だから、私たちが用意できる限りの最高の条件を揃えて調査した限りでは、有罪となる根拠がなかった。それが今、私の導き出せる結論ね」

 

 AIBが用意できる最高の条件、という査察官の謳い文句に、気分を損ねていた様子のサトコもゆっくりと着席した。

 

「だから、容疑者をあなたに限定する必要はないけれど……一連の事態の裏には、本部の想定以上に厄介な相手が潜んでいるかもしれない。そう理解させて貰ったわ」

 

 ゼガンの管理不全という失態を犯したのだから、当然かもしれないが。胸を撫で下ろす様子のペイシャンに対し、査察官はまだ当たりが厳しかった。

 だが、どうやらリクたちは、ゼガンともども大切な仲間を喪わずに済むらしいと……そんな期待を前にして、安堵の中に包まれていた。

 

 

 

 

 

 事情聴取が終わった後、ルカはリクやライハとともに施設の外にある休憩所で一服していた。サラは、トリィのところに行くと言って別行動中だ。

 

「よっ。お疲れさん」

 

 そこに現れたのは、紅茶を片手に持ったペイシャンだった。

 

「な? おっかない人だったろ?」

「……別に。ペイシャンの自業自得でしょ」

 

 同意を求めるようなペイシャンへと嘆息しながら、ルカは続ける。

 

「あんな冗談、本当にやめてよね。笑えないから」

「……そうか。まぁ、そこまで言うなら覚えとくよ」

 

 ……つい先程、査察官に対する説明の中で、フワワのことを話したばかりであるからか。

 親しくなった相手に裏切られる、という。苦く寂しい思いが反芻されていたルカにとって、ペイシャンの冗談は本当に笑えないものだった。

 

「……良いんですか? 報告書、仕上げなくて」

 

 やや間延びしながら、冷たく芝居がかった口調で、ライハがペイシャンに問いかけた。機嫌が悪い時の、その原因となる相手に対する、ライハの喋り方だ。

 

「おいおい、ちょっとは休ませ……いや、そうだな。課題はさっさと終わらせるに限る」

 

 ライハの忠告に軽口で返そうとしていたペイシャンだったが、そこで血相を変えたようにして退散し始めた。

 理由は、どうやら彼が向かう入口から現れた人物にあったらしい。

 

「じゃあ俺はこれで」

 

 言い残すペイシャンと入れ替わるようにして、査察官が休憩室に入ってきた。

 

「さっきはありがとう」

 

 ペイシャンに対するものとは違う、柔らかく優しい声音で、査察官は微笑んでいた。

 

「こちらこそ、どういたしまして」

「――ありがとうございます。ゼガンのこと……ついでに、ペイシャンのことも」

 

 リクとルカが応じると、気にしないでと査察官は手を振った。

 

「ごめんなさいね。彼のことは立場上、確かに注目せざるを得なかったし……あんなことを言われたら、ね」

「それはもう、ペイシャンの方が悪いので」

 

 どちらが彼の身内なのか、わからなくなるようなやり取りをして、ルカは査察官に頷いた。

 ペイシャンはこの人を女傑のように言うが、むしろサトコと比べても柔らかな印象の人だと、ルカは感じていた。

 それが生来の気質なのか、意識して作っているのか、はたまた、何らかの理由で自分たちが好意的に見られているからかまでは、まだ判別できていなかったが。

 それでも、一同が緊張なく話せるような雰囲気になったところで、査察官はリクに問いかけた。

 

「ウルトラマンジード……朝倉リク。あなたはここのエージェントの、愛崎モアと親しいのよね?」

「……はい。僕は、愛崎家の里子だった時期があって、モアは姉みたいな人っていうか……」

「そうだったわね。……やっぱりウルトラマンにとって、『きょうだい』って特別?」

「それは……ウルトラマンとして、なのかはわからないけど。――はい」

 

 ルカを一瞥しながらのリクの回答に、査察官は何故か満悦した様子で頷いた。ついでにルカも、兄から特別という言葉を貰えて、思わず表情が綻びそうになっていた。

 

「……君の近くなら、モアにも会えると思ったんだけどなぁ」

 

 そうして辺りを見渡した彼女の意外な要望を聞いて、ルカたちは思わず身構えた。

 

「……も、モアの仕事ぶりも、調査に来たんですか?」

 

 モアの勤務態度を知っているルカが恐る恐る問いかけると、査察官は一瞬訝しんだ後、まさかと首を振った。

 

「悪事を働いているならともかく、一エージェントの成績評価なんて私の管轄外よ。単純に興味があっただけ」

「興味?」

 

 今度は、先程モアに関連して意味深に問われたリクが疑問を零した。

 

「ウルトラマンジードの姉代わりで……そして、あのゼナを変えたっていう、AIB唯一の地球人エージェントに、ね」

 

 対して、査察官は淡く微笑んで答えた。

 

「七年前、私は彼と一緒に調査を行ったから。あの時の彼が、現状に不満を抱えていたのは気づいていた。母星のため、AIBを利用できないか画策していたことにも、ね」

 

 元を正せば、ゼガンもそのために持ち込まれた兵器だったのだろうと聞かされて、ルカは微かに息を呑んだ。一方、然程動じていない様子を見るに、リクやライハには既知の事柄のようだが。

 その上で、二人の反応がこの程度ということは――そして、過去形で話されるということは、現在は違うのだということに、ルカも意識が追いついた。

 

「だからゼナの様子をマークするよう、秘密裏に伝えておいたんだけど。それから少しして、報告内容に変化が見られた。どうも本気で、AIBの理念に共鳴し始めてくれたみたいだって……」

「……それが、モアのおかげ?」

「プロファイルした限りだと、そう思えた。ナビア――サトコも気に入ってるみたいだったし」

 

 だから一目会ってみたいのに、どうも避けられているのか全く顔を合わせられない、と査察官は軽く愚痴を零した。

 ……おそらく、支部側も問題児のモアを査察官の前に見せまいとしてしまっているのだろうと、すれ違いを生んでそうな状況にルカたちも思い至った。

 

「……へぇ。ほぉ。ふーん」

 

 それから少し冷静になって、下世話な興味が湧き始めたルカだったが、その様子は周囲から無視された。……良くない顔をしていたのを、見逃して貰えたのかもしれない。

 

「それにしても……まさか、あの事件の生存者と、こうして会うとは思ってなかったけどね」

 

 一方で――喜びや気まずさの入り混じったような、複雑な感慨を浮かべた査察官が、ライハのことを見つめていた。

 

「……その節は、ごめんなさい。ベリアルのせいで、危険な目に遭わせてしまって」

 

 漂いかけた微妙な空気を縫って、ライハと入れ替わるように。リクがそう、査察官に謝罪した。

 元を正せば、ライハの両親が奪われた光瀬山麓の悲劇が遠因で、昨夜の騒動も発生したのだ。その事件も、その調査の際に彼女が吸引したカレラン分子も、全てベリアルの我欲が引き起こした事象なのだから。

 

「あなたたちが悪いわけじゃないでしょ、気にしないで」

 

 故に、息子として謝罪しようとするリクに、査察官は首を振った。

 

「でも……僕は、ベリアルの息子だから」

「お兄ちゃん……」

 

 バツが悪そうに、しかし確かな決意も覗かせてリクが言うのに、ルカは思わず胸を痛めた。

 ――そんなこと、気にしなくて良いのに。きっと誰もが思うことを、ルカもつい願ってしまう。

 ルカとて、ベリアルの血筋として、後ろめたい気持ちになったことは幾度とある。不本意ながら身内として、父の罪過を贖うべきだと感じたことも、一度や二度ではない。

 だが、リクは度々、ルカのような罪悪感だけではなく――自らの意志で、その責を引き取りに行こうとするような言動を見せることがあった。

 それは彼が、ルカたちよりも上の兄だからか。それとも、ルカたちとは違い、リクだけが……

 

「――ま、私も偉そうに言えないか」

 

 そんなリクの様子を見て、査察官が肩を竦めた。

 

「兄さんが守れなかった分は、私が埋め合わせる――なんて言って、ここまで来た。背負わなくていい、って言われても、背負いたくなる時もあるわよね」

「兄さん?」

「ええ。あなたたちと違って、血の繋がった兄妹じゃないけど」

 

 この人も誰かの妹なんだ、と思いながらルカが問いかけると、査察官は頷いた。

 

「私、サイコキノ星人っていう、母星の滅びた種族なんだけどね。寂しさを言い訳に、故郷を滅ぼした超能力を振り回して、色々な星に迷惑をかけたことがあった」

 

 今の姿からは想像し難いやんちゃだった過去を、査察官は振り返る。

 

「その悪戯の標的にした、一人のウルトラマンに言われたのよ。その力をもっと別のことに使えば、色々な星の人たちと、きっと仲良くなれるって」

「……だから、AIBを?」

「そうね。罪滅ぼしみたいなもの」

 

 苦笑する査察官の顔に、しかし自嘲の色は滲んでいなかった。

 

「クライシス・インパクトを防げなかったけれど、ベリアル軍の残党や他の脅威が見え隠れする中、宇宙警備隊はこの宇宙の復興だけに留まることは許されなかった。だから兄さんの分も、私がここで力になれれば、って……ううん、なりたい、って思ったから」

 

 ……自らの生き方を変えてくれたウルトラマンが敗れ、守れなかった世界。

 彼らの心が取り零してしまったものに囚われ、次の悲劇を阻めない、なんて事態を防ぐために。留まることを許されない戦士に代わり癒やす道を選んだと、彼女は言う。

 責を負うその姿は奇しくも、タイガが去り際に語ったのと同じ。ウルトラマンを支える絆の在り方、その一つだった。

 

「……その、お兄さんって」

 

 だからこの人は自分兄妹たちやライハに対し、こうも好意的だったのかと。

 薄々察しがついたルカが尋ねたその時。喧しい警報音が、AIBの研究セクション内で鳴り響いた。

 

 

 

 




Aパートあとがき



今話タイトルで「もしや?」と勘付かれた方もいらっしゃるとは思いますが、今回のゲストキャラであるAIB本部の査察官は、本作の世界観では第一話タイトルの元ネタ回のその人、という設定だったりします。

もちろん、彼女がAIBに所属しているという設定は公式にはなく、本作独自の物になります。査察官が彼女である、ということを作中で名指しするのは後のパートになりますので、混乱を避けるため取り急ぎ先に。

そもそも設定的には作中の時代で生きているのかすらも不明なキャラクターになりますが、公式展開で今後再登場することもないだろう、という読みで、同じく公式で多分触れられなさそうなAIB設立周りの設定の一部を捏造した形になります。ご了承くださると幸いです。

そして第十三話ということで、ニュージェネレーションウルトラマンなら総集編に当たる回であるため、架空のTV放送版だと査察官相手に過去を振り返っている部分が本題の回となります。

とはいえ、二次創作SSでそんな総集編してもな……ということで、架空のTV番組のノベライズ、という体のつもりな本作では、TV放送の展開よりも戦闘パートが加筆されているとか、そういう体でお願いできればと思います。

TV放送なら「一番好きなジードの形態」というお題でルカが自分を守ってくれたマグニフィセントを推して「私とお揃いの角があるし……///」などと、二次創作にありがちな子煩悩パパベリアルならケンへの複雑な心情と合わせて憤慨するような展開があったりしたのだと思われますが、カットになりました。ちょっと言わせたかった。




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第十三話「カコの振り返り」Bパート

 

 

 

 警報の正体は、次元の乱れを伝える物だった。

 その特異な次元エネルギーは、ヤプールやその眷属たる超獣が操るものでも、昨日AIBで騒動を巻き起こしたゼガンの放つものとも違った。

 ビルを揺らして波打つ空間から、最初は青く象るように現れ、そして現像するように色づいたのは、巨大で奇怪な塊だった。

 目も鼻も口も、手足も翼も尻尾も、体毛も花葉も触覚もない、複数の突起を持つ無機物のような――巨大な心臓の如き造形の、柔らかく波打つ石のような、奇妙な存在。

 何故か生きていると確信できるそれは、まさしく怪しい獣――怪獣と呼ぶ他にない存在だった。

 

 建造物を素通りするように、あるいは同化したように、破壊することなく転がって移動する異質な姿を、その巨大さ故に。休憩所から外を覗いたリクたちも、彼方から目撃していた。

 

「何、あのぷるぷるした石みたいなの……」

「あれは……まさか、ブルトン!?」

 

 古強者であるというサイコキノ星人の査察官が、ルカの零した疑問に驚愕を以って答えた。

 

〈四次元怪獣ブルトン。その名が示すように、四次元――いえ、その範疇を越え、時間と空間に干渉する能力を備えた、危険な怪獣です〉

 

 ユートムから、レムの解説が続く。

 

〈かつてレイブラッド星人が操り、時空の壁を破壊して複数の世界を繋げ、無数の怪獣を召喚し暴れさせた大事件――ギャラクシークライシスを起こした種族でもあります〉

 

 あるいは査察官は直に立ち会ったのかもしれない、歴史上の大事件。それに言及したところで、ユートムが急に墜落した。

 

「レム……!?」

〈――ブルトンの時空エネルギーの影響で、ユートムとの交信が不安定なようです〉

 

 心配したリクの問いかけに対し、レムの回答はユートムではなく、ジードライザーを通して伝わっていた。

 ルカのヘッドホンも通信が可能であったらしく、ライハには彼女からレムの現状が報告される。

 そんな情報伝達の間にも、ブルトンを中心に空が波打ちながら、その力場らしきものが徐々に螺旋状に変形し、広がり始めていた。

 

「なんでそんな奴が急に――っ!」

「リトルスターの影響……それとも、例の黒幕の仕業かしら?」

 

 ライハが舌打ちする横で、査察官が微かに眼光を鋭くした。

 その瞬間、ブルトンの周辺で起こっていた空間の波打ちが静止したかと思うと、ブルトン本体が巨大な手で捻じられたかの如く、微かに変形する。

 

「念力……!」

 

 同じ能力を持つルカが、それに気づいて驚きの声を漏らしていた。

 地球人の姿を模した今の姿であっても、培養合成獣スカルゴモラは怪獣念力の行使を可能とする。だが、ルカの姿で彼女が扱える出力を、視線一つでブルトンを締め上げる査察官は大きく上回っているようだ。

 さらに、彼女の胸から八の字……あるいは、それを横倒しにした無限大記号のような形で光が漏れ出たかと思うと。強大な球形の劫火が形成され、彼女が腕を突き出す動作に合わせてブルトンへと射出される。――リトルスターに由来する、ウルトラマンの能力だ。

 そうして、ペイシャンが語っていた彼女の武勇伝を裏付ける実力で、あっさり事態は収束するかと思われたが、そうは問屋が卸さなかった。

 火球が射出されたその時。ブルトンの血管のような突起の孔から、先端がストリーナー型のアンテナにも似た繊毛が覗いたかと思うと。時空の力場が再び波打ち、ブルトンの前方に、新たな巨大物体を出現させた。

 

 それは翼のような大きな器官を背負い、鋭く飛び出た腹部の脇に三対の赤瞳を備え、額から一本角を生やした、直立二足歩行の肉食恐竜のような巨大生物。

 甲殻類を連想させる刺々しい形状の表皮に全身を包んだ、ブルトンに比べればオーソドックスな体型をした、瑠璃色の怪獣だった。

 

「――っ!?」

 

 その怪獣が姿を見せた直後。射線上に現れたその身に触れることなく火炎弾が四散し、次いで査察官が足を踏み外したようにつんのめって、持ち堪えきれずに膝を着いた。

 続けて、突然、気圧が下がったような感覚に襲われながら。リクたちもまた、彼女の挙動の理由を悟る。

 

〈あの怪獣の周囲に、特殊なフィールドが発生。サイコキノ星人の念力のエネルギーを吸収し、無力化してしまったようです〉

 

 ライザーを介した通信で、レムが観測結果でリクたちに答え合わせをした。

 形成していた念動力場の、突如とした消失――査察官はそれで制御を誤り、体勢を崩してしまったのだ。

 

「――あ」

 

 その様を見たルカが、一瞬動きを止めて、呆けた声を漏らしていた。

 

「しまった――っ!」

 

 ライハに手を貸され、身を起こすその時。査察官は慌てて手を伸ばしていた。

 その先にあるのは、銀色の四角い胸飾り――リトルスターの輝きを隠す、改造シャプレーブローチ。

 それが、倒れた拍子に、彼女の体から離れてしまっていたのだ。

 その胸に宿った光へ、吸い寄せられていたように視線を向けていたのは、ルカだけではなく。

 出現したばかりで、まずは周囲の様子を伺っていたらしい瑠璃色の怪獣と。その背後で脈動していたブルトンの注意をも、ほんの一瞬とはいえ、惹き寄せてしまっていた。

 蠱惑的な眩さに魅せられて。瑠璃色の怪獣が金切り声のような咆哮とともに一歩踏み出し、ブルトンが自発的に転がって、それぞれ進撃を開始する。

 ――食い止めなければならないと、リクはジードライザーを抜き取った。

 

「ライハ、査察官さんを頼む」

 

 強大な念動力を武器とするサイコキノ星人にとって、その思念のエネルギーを無力化してしまう類の怪獣は最悪の相手だ。いくら超能力に優れていても、サイコキノ星人の肉体は強大な怪獣の猛威に無防備に晒されれば一溜りもないと、レムの報告が告げている。

 仮に、キングギャラクトロンMK2(マークツー)で戦線に加わるとしても。一度準備しなければ出撃できないライハとともに、この危険地帯から離れて貰うべきだと、リクは判断する。

 リクたち兄妹を戦いから遠ざけること。それを早速失敗した形となったライハは苦悩の色を浮かべていたが、躊躇を一瞬に抑え、頷いてくれた。

 

「……あれは、別の宇宙で伝説と呼ばれる魔獣メツオロチ。あらゆるエネルギーを吸収し、星々を喰らい、際限なく進化する凶悪な怪獣よ」

 

 油断しないで、と言い残す査察官に頷きを返し、リクはその伝説魔獣と対峙した。

 迫る二大怪獣に、向き合う小さな影はしかし、リク一人の物だけではなかった。

 

「行こう、お兄ちゃん!」

「ああ――ジーッとしてても、ドーにもならねぇ!」

 

 リトルスターの誘惑を振り切って。ライハたちを守ろうとするルカの勇ましい呼びかけへ応え、彼女とともに戦う覚悟を決めたリクは、ジードライザーにウルトラカプセルをスキャンした。

 同時に擬態を解いた妹ともども、ベリアルの子らは本来の姿を取り戻し――ウルトラマンジードプリミティブと培養合成獣スカルゴモラが並び立って、行く手を蹂躙しようとしていた怪獣たちの歩みを止めさせたのだった。

 

 

 

 

 

 

 相手の呼吸を読むという戦いの基本を、培養合成獣スカルゴモラは無視して動いた。

 これ以上の前進を許すまいと、新宇宙伝説魔獣メツオロチへ、自ら突進していく。

 早々の突進に微かに意表を突かれた様子ながら、凶悪なメツオロチは怯むことなく、両腕を振り回しながらスカルゴモラを迎え撃った。

 その瞬間、斜身靠(シェシェンカオ)の構えに移ったスカルゴモラの左肩から背中がメツオロチの体当たりの軸を躱し、逆に太い角で相手の体の芯を射抜いた。

 ――硬く、強い。棘を避け一方的に当てたのに、甲殻を砕くどころか大して姿勢を崩せなかった手応えから、スカルゴモラは打つかり合った魔獣の身体能力を推し量る。

 

 その隣で。四足歩行の獣のようにして駆け出していた兄、ウルトラマンジードが繰り出した飛び膝蹴りが、前転していたブルトンに突き刺さり、その動きを停滞させた。

 だが、無機的な外見のブルトンは、その被弾がどれほどの効果を奏しているのか、ほんの少しも読み取らせない。

 

「(フェーズシフトウェーブ――!)」

 

 それでもブルトンの動きが止まり、後退したメツオロチと揃って見せたわずかな隙を狙い、スカルゴモラは拳を打ち合わせた。

 少し前まで、この身に宿っていたリトルスター。ウルトラマンネクサスの特性を秘めたその光がスカルゴモラに授けた力が、戦闘用不連続時空間メタフィールドを形成する能力だ。

 妹とは違い、この身にはラーニング能力なんて備わっていなかったものの。仮にもウルトラマンであるベリアルの遺伝子を継ぐためか、スカルゴモラは宿主でなくなった後も、その能力を行使することができていた。

 レムたちも、その理由を確信できず訝しんでいたが。ペイシャンが言うように、危険な戦場を守るべき世界から切り離せる能力を使わない道理はなく。この能力を発動するための猶予を作るためにこそ、スカルゴモラは多少の被弾を覚悟で先制攻撃を仕掛けていたのだが――その目論見は、呆気ない形で裏切られる。

 

「(これも吸われるのっ!?)」

 

 スカルゴモラが全身の音叉である角から吐き出した黄金の波動、フェーズシフトウェーブ。

 攻撃を目的としてではなく、メタフィールドを形成するために用いられるそのエネルギーも、メツオロチの周囲に展開されている吸収フィールドに触れた傍から吸引され、分解され、挙げ句は敵の活力として取り込まれてしまっていた。

 単なる拡散か、分解吸収かで理屈は少々異なるが。メツオロチの操る吸収フィールドは、かつて対決したスペースビーストたちが展開した特殊位相(メガフラシの)空間と、対峙する側から見れば似通ったものらしい。

 思惑通りと行かない展開で臍を噛んでいる間に、メツオロチが頭部の赤い目を怪しく光らせた。

 直後、真昼の地上に現れた星空のようにして辺り一面、無数の光が瞬いたかと思うと――次の瞬間、連続する爆発となって、スカルゴモラを全方位から打ちのめした。

 

「(な、に――っ!?)」

 

 一つ一つの威力自体は、成長したスカルゴモラにとって大した痛手ではなかった。

 だが、数が多すぎた。連続する振動に流石に体勢を崩したところへ、メツオロチの長い尾が唸りを上げて襲いかかり、たたらを踏まされる。

 後退したのは、スカルゴモラだけではなく。同じように全方位からの爆発で滅多打ちにされたジードもまた、弾かれたように転がされ、敵との距離を取らされていた。

 

「(大丈夫、お兄ちゃん!?)」

 

 兄へ駆け寄りながらも、ちらりと視線を配れば。ジードが取っ組み合っていたはずのブルトンは、先の爆発などそもそもなかったかのように、無傷のまま存在していた。

 それがブルトンの能力による回避なのか、それとも、メツオロチは自らを呼び出したブルトンを巻き込むまいとしたのか――つまり、二匹が意図して連携しているのかどうかで、戦闘の難易度は大きく変化する。

 その答えを、スカルゴモラはすぐに理解することとなった。

 ブルトンの孔から覗く、先端がホイッパーのようになった、二対の四次元繊毛(アンテナ)。そこから泡のような光の粒が勢いよく噴出されるのを見た、次の刹那。

 まるで手品のように、周囲の路面に亀裂の一つも走らせることなく。

 スカルゴモラとウルトラマンジードは、首から上だけを野晒しに、それから下を地面の中に埋め込まれていた。

 

「(うぇっ!?)」

 

 何事が起こったかを理解し、苦戦する兄の分も地底怪獣の能力を駆使して拘束から抜け出るか、だがそんなことをすれば街の地盤に大きな被害を与えてしまう、などと逡巡していた隙に。今度はメツオロチが動いた。

 銀色の刃のような頭部の角と、背中の突起物に沿って生えた無数の棘。それらが一斉に赤熱したように発光したかと思うと、メツオロチの頭上で空間が渦巻いて、穴が開き――吸収して来たエネルギーを増幅・収束した反射光線として、凄まじい勢いで放出してきた。

 

「(――っ!)」

 

 見事な連携で致命的な状況に追い込まれた兄妹目掛け、メツオロチの繰り出すワームホールからの光線が、舗装ごと大地を抉る横薙ぎの断頭台と化して迫る時――両者の間に、黒く太い触手が、伸びる勢いのまま割り込んだ。

 薙ぎ払われた光線が、壁のように展開された四本の触手へ当たる寸前。白い結晶状に変化した触手は、自らに届いた光を無害化し、逃すことなく呑み干してしまった。

 

「お兄さまたち、そんなところであそんでたらあぶないよ?」

 

 絶体絶命の窮地を救ってくれた末っ子は、事態の深刻さをわかっていない調子で、兄姉の現状に疑問符を浮かべていた。

 

「サラ!」

 

 ジードが呼びかけた時には、究極融合超獣サンダーキラー(ザウルス)は既に次の一手を打っていた。

 生き埋めとなっていたスカルゴモラとジード、そしてメツオロチとブルトンまでも纏めて呑み込む巨大な流砂が、何の前触れもなく発生。それは物質的な天変地異などではなく、サンダーキラーSが大蟻超獣アリブンタからラーニングした能力で生み出した、異次元蟻地獄だった。

 異次元蟻地獄に呑まれた四体の巨大生物、そして術者であるサンダーキラーSは揃って、地盤を抜けた遥か地底の彼方へと、その戦いの場を移すこととなった。

 

 

 

 

 

 

 地下の妙に開けた空間に投げ出され、ウルトラマンジードは身を転がした。

 転がりながら周囲の状況を把握すれば、スカルゴモラもメツオロチも大音声を奏でながら落下し終え、ブルトンと触手で翼を作ったサンダーキラーSだけが木の葉のように、悠々と降下して来ていた。

 

「ここなら……まだ地上より!」

 

 メタフィールドに頼れない状況でも戦い易い、と。ブルトンによる拘束から逃れたウルトラマンジードは、その自由を得た好機を見逃さず、切札を抜き取った。

 

《アルティメットエボリューション! ウルトラマンジード! ウルティメイトファイナル!!》

「はぁああああああああああっ!」

 

 ウルティメイトファイナルへと転身を遂げたジードは、状況の変化へメツオロチが適応し切る前に、ギガファイナライザーを振り被って距離を詰めた。

 ――だが、必中の間合いであったはずの一閃は、虚空を薙ぐだけの結果に終わる。

 

「なっ!?」

 

 メツオロチが、消えた。

 その理由へ思い至った時には、原因が繰り出して来る無数の光の輪に襲われて、ジードは大きく仰け反ってしまっていた。

 

「やめようよ、怪獣さん」

 

 ブルトンの連射する光輪からジードを庇うように前へ立ったサンダーキラーSは、その光を次々と呑み干して無効化する。

 続けて、等間隔に揃えた触手から、柔らかい虹色の光波を照射した。

 フルムーンネオヒーリング――ジードから習得した鎮静化光線をサンダーキラーSは放つが、それがブルトンに達することはなかった。

 代わりに、消えたはずのメツオロチが、両者の間に出現していたから。

 ブルトンの盾代わりに、矢面に立たされることになったメツオロチ。癒やしの力を持つはずのサンダーキラーSの放つ光を吸収フィールドで取り込むと、魔獣の金切り声のような咆哮に、微かに違う音色が混じり始めた。

 

「(……苦しんでる?)」

 

 身悶えしたメツオロチが、上体を起こした次の瞬間。再びその頭上に生じた穴から、猛烈な勢いでビームが放たれた。

 

〈あの魔獣は、邪悪過ぎるのかもしれません〉

 

 サンダーキラーSがまたも光線を吸収する、千日手の様相を前にしたジードとスカルゴモラの疑問に応えるように、レムからの通信が届いた。

 

〈ウルトラマンコスモスに由来する力は、治癒や浄化の効果を持ちますが――滅亡の邪神と呼ばれた怪獣たちのように、その浄化の力で傷つく存在も確認されています〉

 

 滅亡の邪神の細胞を受け継ぎながら、幼体であるためか、サンダーキラーSを傷つけることはなかった癒やしの光。

 それが身を苛むという魔獣は伝説に謳われるとおり、羽化を果たした邪神たちと同様、やがて宇宙の全てを貪り尽くすほどの邪悪そのものなのだと、レムは予想していた。

 

「へぇ……わるい怪獣さんなんだ」

 

 破壊も再生も、光線が意味を為さないことを理解しながら。

 ネオスカイラーク号由来の電算能力で通信回線に割り込み、その報せを聞き取ったサンダーキラーSは、微かに危うさを感じさせるような声音で呟いていた。

 

「じゃあ、やっつけていいの?」

「(……しかない、ね)」

 

 妹の問いかけに、彼女の傍まで歩を進めたスカルゴモラが、苦々しい調子で頷いた。

 浄化も鎮静化も不可能な、暴食の化身。この地の底で放置したところで、伝承の通りであれば地球の核を喰らい、滅亡を引き起こしかねない。

 まして――この魔獣を意図して呼び出す、理不尽な四次元怪獣が存在する限りは。

 

「わかった! きらーとらんす!」

 

 姉の許しを得たサンダーキラーSが、その両手や触手を変貌させた。

 ヤプールの次元を出奔する前に取り込んできた、量産型超獣たちの機能の再現――ドラゴリーの両手、ベロクロンとサボテンダーの生体ミサイル、そしてバキシマムの頭部を丸々再現して繰り出すバルカンと一角紅蓮ブーメラン。そこにサンダーキラーS自身の肩に備わったザウルススティンガーを加えた一斉発射が、実体を持たないエネルギーを吸収するメツオロチへと殺到する。

 だが、メツオロチも先に見せた空間の連鎖爆破、そして背部の棘から放つ光弾で弾幕を展開し、強靭な尾でブーメランを打ち弾くことで、超獣五体分にも相当する大火力を相殺してみせる。

 

「わぁ、すごいすごい! でも、これはどうかなぁ……?」

 

 自身の性能を存分に発揮できる強敵を前にして、はしゃいだ勢いのまま問いかけるサンダーキラーSの胸は既に、破滅的な紫の輝きを湛えていた。

 

「ですしうむD4れい、はっしゃ」

 

 光線吸収能力すら素通りする、次元崩壊現象の光が、サンダーキラーSの胸から伸びる。

 ――ブルトンの干渉を受けるということは、時空間やそれを形成するエネルギーまでは、メツオロチの捕食対象に含まれていないということ。

 ならばサンダーキラーSが習得したこの攻撃手段は、メツオロチの吸収フィールドでも無効化不能の、必殺の一撃として成立していた。

 

 ブルトンが干渉するための空間すら破砕しながら進む破壊の作用を、メツオロチは自身の光線で強引に食い止める。だが、その相殺は一対一が精一杯だ。

 サンダーキラーSが口腔から放った二発目のD4レイに対し、メツオロチは遂に対抗する手段を持たなかったが――それでも致命傷を負うこともなかった。

 D4レイが引き起こす、次元崩壊そのものには無力でも……先程ジードの攻撃から回避させてみせたように、射線上のメツオロチを転移させることは、ブルトンにも可能であったから。

 

 結果として、標的を捉えることが叶わなかったD4レイは直進してから地盤を抉り、接触点を中心に亀裂を走らせると陶器のように破砕。先程の大火力の応酬による余波と合わせて、地下空洞を激しく振動させていた。

 

「サラ、ちょっと抑えて!」

「(このままじゃ大地震起きちゃうっ!)」

 

 遠距離攻撃を無力化されてしまう故に、サンダーキラーSの攻撃中は巻き添えを避けるべく観戦する格好になっていたジードとスカルゴモラは、慌てて妹を制止した。

 

「あ、そうなんだ……うーん、むずかしい」

 

 兄姉二人から気の向くままの大暴れを窘められた究極融合超獣は、少し消沈した様子で肩を落とした。

 ……戦場を街中から移す、攻撃前にまず鎮静化を図る等、サンダーキラーSなりに加減を試みているのは明白なものの。まだ幼さ故の無思慮には、兄姉が注意を払う必要がありそうだ。

 とはいえ、同じく光線を吸収でき、また自律した究極超獣として高度な次元干渉能力を持つサンダーキラーSは、メツオロチとブルトンを相手取る上で非常に相性が良い。

 こちらの光線も音波も通用せず、一方的に撃たれることとなるジードもスカルゴモラも苦戦を免れないこの状況では、彼女を中心に戦うべきであるのだろう。

 

 だが、その間も、時に次元を割って空間跳躍しながら迸っていた究極超獣の触手は、それでもノーモーションで転移を可能とするブルトンを追い切ることはできず。空間に無数の爆裂を起こす能力によって度重なる妨害を受け、勢いを削がれていてはメツオロチへの有効打足り得ず、強靭な手足や尾によって弾かれる……と、できた妹に任せればすぐに解決するような状況でもないことが、如実に明らかになっていた。

 メツオロチによる反撃の感触が、まだ意識を乱されるほどの痛みには遠くとも。受け続けたくない程度には不快感を蓄積されたらしい究極融合超獣が、触手を引き戻す。

 攻めあぐねた三兄妹が、次の一手を考え始めて、数秒の睨み合いに戦況が移ったその時。地下空洞にコーラスのような音色が響いた。

 

〈待たせたわね、皆!〉

 

 暗黒の地下空洞に描かれたのは、ハニカム構造状の魔法陣じみた輝く計算式。その中から現れたのは、白と金と黒の混じった機械仕掛けの竜人。

 AIBの新兵器――キングギャラクトロンMK2が、さらなる応援として地下空間に出現していた。

 

「(ライハ!)」

〈純粋な打ち合いなら……今の私は、ゼロにも負けないわ!〉

 

 弟子の呼びかけに応えるライハの啖呵とともに、操縦室の彼女の動きに合わせて。キングギャラクトロンMK2が、その頭部の後ろに、長髪のようにして備えていた武装を抜き取った。

 無数の辮髪を束ねたような、よく撓る長剣――ライハが愛用する腰帯剣と同じ、スプリングソードと分類される設計思想で考案されたキングギャラクトロンMK2のメインウェポン、ギャラクトロンウルミー。

 ギャラクトロンから回収できるゲル状サスペンションに、AIBが混合実験を繰り返して理想の強度と靭性、そして粘弾性を獲得した特殊ペダニウム合金製の刃を携えて、キングギャラクトロンMK2がその外観からは予想もできない速度で疾走する。

 

 ライハの動きをトレースする機械仕掛けの竜戦士は、メツオロチが迎撃に放つ無数の爆裂も光弾もその装甲のみで弾き返し。さらにはデスシウムD4レイ一条と互角に撃ち合った反射光線をもバリアすら貼らずに得物で切り裂いて、メツオロチを間合いに捉えようとする。

 当然ブルトンが妨害を試みようとするが、させまいとジードが光の刃を掌の先から連続発射するギガエンドスライサーを放って牽制し、自身の回避へ専念させることに成功する。

 

 そうして遂に、ライハの駆るキングギャラクトロンMK2が、メツオロチと接触していた。

 

 メツオロチの尾が旋回し、猛襲。しかしキングギャラクトロンMK2もまたその身を回転させ、勢いを載せたギャラクトロンウルミーで迎え撃つ。

 ノワール星との衝突時、バリア発生装置を兼ねて先んじて託されていた長剣――キングギャラクトロンMK2の操縦システムの一部でもあった操龍刀を揮うライハの動きをトレースする一閃の下に、メツオロチの瑠璃色の尾は切り落とされていた。

 メツオロチが悲鳴を上げる最中に、ライハの動きを再現するキングギャラクトロンMK2は続けて左腕に移植された主砲ペダニウムハードランチャーを横薙ぎの鈍器としてメツオロチの胴を打ち、体勢を崩させる。

 そして、転倒するメツオロチの背中に再びギャラクトロンウルミーを一閃させ、メツオロチの背部器官を半ばから断ち切ってみせた。

 

「わぁ、すごい……!」

 

 キングギャラクトロンMK2を操り、メツオロチを瞬く間に追い詰めるライハの鮮やかな手並みに、サンダーキラーSが素直な感嘆を漏らした。

 

〈今よ、ルカ!〉

「(うん!)」

 

 滅亡の邪神とも打ち合い、究極超獣に称賛される業前を見せた師匠の飛ばす激に答え、スカルゴモラが拳を打ち合わせた。

 光線吸収の要となる背部器官を傷つけられたメツオロチ。その吸収フィールドによる妨害から遂に逃れたフェーズシフトウェーブが、スカルゴモラの全身から立ち昇る。亜空間の創造に必要な反応を終えた光が弾けて、光の壁が徐々に広がるその時、ジードは気づいた。

 

 ――倒れたメツオロチの眼前に立っていたキングギャラクトロンMK2の姿が、掻き消えたことに。

 

「……えっ?」

〈キングギャラクトロンMK2(マークツー)、ロストしました〉

 

 それが錯覚ではないことを、レムが告げる。

 

〈おそらく、ブルトンによる仕業です〉

 

 いつの間にか、メツオロチの背後に隠れるように陣取っていたブルトン。

 ――奴が、何処からかメツオロチを召喚するのと逆にして、キングギャラクトロンMK2を何処かへと飛ばしてしまっていたのだ。

 

 そして、戦場の変化はそれだけでは終わらない。

 遂に展開したメタフィールドの中に、メツオロチとブルトンを引き込んだその時。ベリアルの子である兄妹以外にも、その亜空間に招かれたものがあった。

 キングギャラクトロンMK2と入れ替わるように出現して、戦闘用不連続時空間に巻き込まれたのは、小さな黄玉と巨大な翡翠、二つの鉱石の塊。

 その正体について、レムの解析結果が伝えられるより早く。

 一瞬、炎の弾けるようなオーラを纏い、動きの加速したメツオロチが首を伸ばしてそれらに齧り付き、噛み砕き――呑み込んでしまっていた。

 

 そして、滅亡を呼ぶ伝説魔獣の、さらなる変化が始まったのだった。

 

 

 

 

 

 

 ウルトラマンジードが気づいたことを、同じ場所に立つ妹たちも当然認識していた。

 

「(――っ、よくも!)」

 

 メタフィールドの形成が完了した次の刹那。湧き上がる憤怒のままに、スカルゴモラは自らの闘争本能を爆発させた。

 レイオニックバーストの状態に至ると同時、メタフィールドの補正も載せて全開で繰り出した怪獣念力――サイコキノ星人の見せたそれさえ格段に上回る大出力の念力は、ブルトンを磨り潰して余りある威力のはずだった。

 だが――例の強化現象に加え、鉱石を喰らった直後、高速で脱皮し始めたメツオロチの目が怪しく輝けば。同等の出力を持った念動力場がスカルゴモラのそれを迎え撃ち、掻き消し合う結果に終わってしまう。

 

「(邪魔だぁあああっ!!)」

 

 苛立ちのまま、スカルゴモラは口腔から分解消滅光線インフェルノ・バーストを照射する。だが先程、キングギャラクトロンMK2の猛攻によって吸収フィールド形成能力を奪われたはずだったメツオロチは、逆にその光線を分解してしまった。

 

「(この――っ!)」

〈リク。ルカ。それにサラ。先程メツオロチが摂取した物質の解析結果が出ました〉

 

 脱皮により喪われた器官を再生し、瑠璃色の体表を漆黒へと塗り替えた敵の姿を認めて。怒りの沸き上がるスカルゴモラの意識に、レムから現状報告が読み上げられる。

 

〈あれはデビルスプリンターと、エメラル鉱石です。それらを取り込んだことで、かつてあなたたちの父親が怪獣化した姿、アークベリアルと……メツオロチが進化した存在は、似通ったエネルギー反応を発しています〉

 

 その回答に、微かにジードが全身を硬直させる音が聞き取れたが、スカルゴモラの関心は今、兄と同じところにはなかった。

 

「(そんなのどうでも良い! ライハは!?)」

〈反応、確認できません。不明です〉

「(そん、な……)」

〈狼狽えるな〉

 

 新たに通信に割り込んだのは、AIBのペイシャン博士だった。

 

〈キングギャラクトロンMK2(マークツー)は、あらゆる環境に適応する。ブルトンによって時空の歪んでいる環境でも活動できたのがその証左だ。別の惑星に飛ばされようが、恒星の核やブラックホールの中、異次元や別の宇宙に放逐されようと、ライハも機体も無事に決まっている〉

 

 自らの力作への信頼を語るペイシャンは、ライハの消失に乱心しつつあった兄妹を落ち着かせるように言葉を連ねた。

 

〈だが、飛ばされた場所からライハが自力で機体を帰還させられる、とは限らない。こちらからも誘導電波を出す必要がある……が〉

 

 そこでペイシャンは、聞き取り易くするかのように、言葉を区切った。

 

〈ブルトンがそこからでも邪魔をして来ている。排除しろ〉

「(りょーかい……っ!)」

 

 ペイシャンから指示を受けたスカルゴモラは、猛りのままに左右の拳を打ち合わせた。

 爆発的に活性化した細胞が生む超高熱。それが身に纏う百万度の大気となって、音エネルギーを研ぎ澄ます。

 それを利用し、全身の角から究極超獣すら圧倒する爆熱超振動波をブルトン目掛け放とうとしたが、しかし前触れなく、次の瞬間にはその全てが消失していた。

 

「メツオロチ!」

 

 同じくブルトンを狙って光線を放とうとしていたウルトラマンジードが、その消失に気づいたように声を上げる。

 ……スカルゴモラも、ジードも。放出した傍から、光や音や熱、そして念力といった実体を伴わないエネルギーの一切を、変貌した魔獣に取り上げられていた。

 奪われたエネルギーは、魔獣の両肩と両膝に出現した新たな口と、そしてどことなく鮫に近づいた印象の頭部へと、次々と吸い上げられていく。

 

〈吸収フィールドの範囲拡張を確認。既にメタフィールド全域が、敵の可食空間となっています。次元間通信は、まだ対象外のようですが……〉

 

 おそらくそれは、メタフィールドに引き込めていたから、その程度で済んでいて。

 もしもこの外でこの進化を遂げられていれば、短時間で地球全域を覆い、さらにその外まで際限なく拡張する、破滅の始まりになっていただろうと、レムは予想する。

 

〈エネルギー放出時、わずかに確認できていた、吸収性能の低下もなくなった……もう、さっきまでのメツオロチと、同一の存在だと思わない方が良いな〉

 

 尻尾とともに再生した背部器官には、エメラル鉱石を刃の列のように突出させ。さらにその中間にも、新たな背びれのようにエメラル鉱石を鋭く伸ばす。

 そんな外観の変化だけでなく。三種類の強化要素を重ねがけされて進化した魔獣は、先程までとは全く別の次元にまで、その存在を強化していた。

 

〈メツ……メツアークベリアル、か?〉

〈それではまるで、ベリアルが主体であるように誤解を招きます〉

 

 ペイシャンが提案した仮称を、そのようにレムが退ける。

 言葉にしたとおりの理由と、そしておそらくは、リクを気遣って。

 

〈巨人の力を得て、メツオロチから進化した新種――メツオルムという名称を提案します〉

 

 巨人の因子を継ぐ怪物にして、世界を脅かす終焉の大蛇。

 北欧神話に語られるヨルムンガンド、またの名をミドガルズの大蛇(オルム)。英雄神である須佐之男(スサノオ)に討伐されたヤマタノオロチをも越える、雷神トールを道連れにした伝説を誇る毒蛇の名を、レムが新たな魔獣の姿に冠した。

 それ以上、名付けに拘っているような状態でもない故に、誰も異論を挟まずに居ると。

 超宇宙伝説魔獣へと新生したメツオルムは、相変わらず不愉快な金切り声を上げながら、スカルゴモラたちに向かって前進を開始した。

 ……どの道。メツオルムの妨害を突破しなければ、ブルトンへの攻撃もままならないと。ベリアルの子らはまず、かつての父の似姿だという魔獣の討伐を決意した。

 

「行くよ、二人とも!」

 

 兄たるウルトラマンの激を受け、スカルゴモラが逞しい両足でメタフィールドの大地を蹴る。同様に走っていたサンダーキラーSは途中から八本の長大な触手を蜘蛛の足のようにして歩幅を変化させ、二人より加速して回り込む。

 最初に接触したジードのギガファイナライザーによる薙ぎ払いを、メツオルムは急に歩みを止め、身を仰け反らせて回避した。思わぬ技巧へ驚愕するジードに対し、魔獣は容赦なく口腔から迅雷の息吹を浴びせて吹き飛ばす。

 先陣を切った兄が作ってくれた隙を狙い、スカルゴモラとサンダーキラーSが怒りのままに挟撃する。だがメツオルムの目が怪しく輝けば、サンダーキラーSの触手の動きが停滞し、そのまま沈み行く大地に縫い留められてしまう。

 エネルギーを吸収するサンダーキラーSでも、普段は素通りで作用を受ける力――重力の増大が、究極融合超獣の足を止めさせていたのだ。

 AIBからの情報によれば、メツオロチのさらに前の姿であるメツオーガが重力操作の能力を持っているという。メツオルムへの進化で、魔獣はそれをより強力な形で取り戻したのだ。

 

「すごいじゅうりょく……」

 

 密度が変化した空気により、水を通したような濁った声音で、動きの鈍ったサンダーキラーSが現況を伝えてきた。

 可哀想だが、念動力まで無力化され捕食されてしまう今、妹をその高重力から庇うことはスカルゴモラにもできない――元凶である、メツオルムを倒す以外には!

 さらなる闘志を込めて、スカルゴモラ・レイオニックバーストがメツオルムと激突する。額の一本角の根本から、背後に流れるように生えた新たな二本角と、スカルゴモラの大角がぶつかり合う。

 攻めたのはスカルゴモラとなった。後手に回ったメツオルムが打ち負けて後退するところに、スカルゴモラは拳を握って追撃を繰り出すが、しかしそれは空を切った。

 ブルトンによる転移が、またもメツオルムの存在する座標を動かしていた。

 背後からの衝撃。スカルゴモラより長い尾を活かし、わずかに間合いの外となる距離から、メツオルムが打撃を浴びせて来ていた。

 不意打ちに体勢を崩しながらも、即座に持ち直したスカルゴモラは再び身を翻し、メツオルムへと肉薄。互いの掌を捕まえる形で手を結ぶ。

 ――膂力はこちらが上。そう認識したスカルゴモラがメツオルムを押し切ろうとしたが、違和感を覚えた。

 手応えが変わった。組み合ってからのわずか時間で、メツオルムの力が――そして体重が、増したのだ。

 

「はぁああああっ!」

 

 予想外の事態へスカルゴモラが集中を乱された間に、ギガファイナライザーを回収したジードがメツオルムの背後から打ち込もうとする。

 だがその瞬間、メツオルムを中心に無数の光が星空のように瞬き、一斉に爆発。勢いを殺され、ダメージを受けた兄妹の動きが鈍る。

 その隙を逃さず、メツオルムは尾でジードを打ち払い、同時に頭上に開いた穴からの光線をスカルゴモラに浴びせにかかった。

 強烈な熱線が直撃しつつも、肉体の頑強さと再生能力で持ち堪えながら強引に距離を詰めようとしたスカルゴモラだが、次の瞬間、突如として前後が反転。ブルトンの介入によって無防備な背中を晒すこととなり、さらにメツオルム本体の口から放たれる熱線との二重砲火を受け、遂に悲鳴とともに倒れ伏す。

 

「(うぁあああああああっ!?)」

「お姉さま!」

 

 そこに、自力で重力場を脱出したサンダーキラーSが割り込んで、光線を吸収するその身を盾として窮地を救ってくれた。

 

「(ありがとう、サラ――あいつ、今この瞬間も、強くなってる!?)」

「それに……わたし、なんだかいつもより、ちょうしがわるいみたい」

 

 不覚を取った状態から立ち上がったスカルゴモラと、光線を完全に吸収し回復したはずのサンダーキラーSが、各々戦いで感じた戸惑いを漏らした。

 言われてみれば、サンダーキラーSだけではない。スカルゴモラ自身もまた、傷の治りがこれまでより遅いことに気がついた。

 

〈当然だ。今やその空間内は全て奴の吸収フィールド。おまえらの生命力自体、猛烈な勢いで吸われている〉

 

 その疑問を晴らす悍ましい解析結果を、ペイシャンが伝えてきた。

 多元宇宙を震撼させたウルトラマンベリアルの遺伝子から、より戦闘に特化してデザインされた生物兵器が、短時間で不調を来すようなエネルギー吸収フィールド。戦場をメタフィールドへ隔離できていなければ、と想像してしまったスカルゴモラの背に、冷たい錯覚が生じる。

 

〈奪ったエネルギーを使い、奴はさらに強力に進化していく。対しておまえたち、特にメタフィールドで強化されないサンダーキラー(ザウルス)は何もしなくとも消耗が激しい。時間をかけるほど不利になるぞ!〉

 

 ペイシャンの言葉通り。レムから授かった伊達眼鏡型のデバイス――擬態を解除して、構成情報として取り込んでも、視覚情報を補助する機器が示した計測結果によると。ほんの一パーセント余りながら、魔獣は進化した後も、この短時間でさらなる巨大化を果たしていた。

 光線技が通用しないというのに、もしもこのまま際限なく巨大化を続けられれば、肉弾戦の効果まで薄れて行ってしまう!

 その成長を抑え込むメタフィールドの維持とて、スカルゴモラの強靭な生命力を持ってしても、決して無制限ではない。一刻も早く打倒する必要がある。

 

「(でも、どうやって……!?)」

〈狙うなら額の角です〉

 

 スカルゴモラの吐いた弱音に、レムがすかさず回答をくれた。

 

〈解析した限り、メツオロチは吸収したエネルギーをそこでコントロールしていました。進化した今も、角を壊せば吸収能力を低下させられる可能性が高いでしょう〉

「なら、僕が……!」

 

 ギガファイナライザーの助けで無尽蔵の活動エネルギーを持ち、ウルトラマンとしてメタフィールドによる補助も受けられる結果、最も戦力を維持できているジードが立ち上がる。

 だが、またもメツオルムの星空のような爆発網に弾き返され、さらに頭上のワームホールから放つ光線がジードへ標的を変更し、絶大な火力で圧倒する。

 

「お兄さま――!」

 

 兄を援護しようと、サンダーキラーSはこの状況でもメツオルムが吸収できていない時空のエネルギーそのものを用いた、D4レイでの援護射撃に移る。

 ――その瞬間、スカルゴモラの意識へ、唐突なイメージが閃いた。

 

「(サラ、駄目っ!)」

 

 最悪の予感に対する嫌悪のまま、咄嗟に妹を手で押して、スカルゴモラはその射線を曲げさせた。

 次の刹那。ブルトンの能力によってウルトラマンジードとメツオルムの位置が交換され、放たれたD4レイはスカルゴモラに押された分だけ狙いが逸れ、兄を外れて空間を破砕していった。

 

「――っ!」

「……あ」

 

 流石に息を呑んだ様子の兄を見て、一拍遅れて、自らの起こし得た惨禍を認識したサンダーキラーSが、呆けた声を漏らした。

 

「わたし……また、お兄さまを――」

「大丈夫! 僕は大丈夫だから、サラっ!」

 

 敵の策に嵌り、助けようとした兄を危うく殺しかけたことに戦慄した様子の末妹へと、ジードが咄嗟に呼びかけを行った。

 その声に自身も少なからず安堵しながら、スカルゴモラもまた戸惑っていた。

 

「(何、今の……?)」

 

 スカルゴモラには――ウルトラマンジードがD4レイに貫かれ、砕け散るビジョンが見えていた。

 何故かそれが、次の瞬間現実になる未来であると。そう直感したまま行動し、現にそれを阻むことができたものの。

 今の未来予知が――戦士や野生の勘だとか、そんなものではない気がして。妹が兄を殺めてしまう、なんて最悪の事態を回避できたにも関わらず、妙な怖気を感じていた。

 

「あの……ありがとう、お姉さま――!?」

 

 そんな姉の困惑を感じ取りながらも、礼を述べようとしたサンダーキラーSの声が変わった。

 原因は、スカルゴモラにも明らかだった。自分も一緒に、メツオルムの重力操作による攻撃を受けていたから。

 

「ルカ、サラ!」

 

 高重力の檻に囚われた妹たちにジードが呼びかけるも、そこへ再びメツオルムが肉薄する。

 妹の危機で奮起したジードは、ギガファイナライザーの助けを受けてその力を増していた。ベリアルの子らのエネルギーを吸い上げたメツオルムもより巨大に、より強靭に成長しているが、先のようにはあっさりいなされず、爪と棍で激しい剣戟を繰り広げる。

 だが、それも数度目には終わりを告げる。ブルトンの引き起こした四次元現象(パラノーマルフェノメノン)により、ジードは在らぬ方向を向いた形でメツオルムの前へと配置され、胸に強烈な頭突きを受けてしまっていた。

 

「(お兄ちゃん!)」

 

 重力に抗って進みながら、スカルゴモラとサンダーキラーSは未だ手の届かない兄の苦境に悲鳴を漏らした。

 プリズ魔以来、そんな敵ばかりだが。豊富な光線技を主力とするジードにとって、ただでさえこの吸収フィールド内の戦いは不利を強いられる。

 ましてや、ブルトンによる四次元干渉を受けながらでは、スカルゴモラともども満足に戦うことも覚束ない。

 敵の遠距離攻撃にも、ブルトンの干渉にも、自身に限ればある程度対抗できるサンダーキラーSは、先の誤射未遂に萎縮して、戦意が減退してしまっている。

 そうしている最中にも、かつての父の似姿をしたメツオルムは、さらにベリアルの子らの力を奪い取り、パワーアップして行く。

 このままでは……敗北の未来が一瞬頭を過ぎり、疲労と合わせて微かに足運びが鈍った、その時だった。

 

「――諦めるな!」

 

 背中に目がついているかのように。ウルトラマンジードから、叱咤激励が放たれた。

 

「……大丈夫だ。だってルカたちには、僕が付いてて。僕には、ルカたちが付いてくれている。一緒なら大丈夫だって、ルカが言ってくれたから!」

「(お兄ちゃん……)」

「それに、ライハを取り戻すんだろ。血の繋がりなんかなくても、僕らの家族を。だったら……決して絆を諦めるな!」

「(……うん!)」

 

 兄の言葉に頷きながら、スカルゴモラが遂に見えない縛鎖を跳ね除けた、その時。

 まるで、兄妹の心に灯った希望の光が、再び強まったのを認めたように――ウルトラマンジードのカラータイマーから、眩い光が漏れ出していた。

 

 

 




Bパートあとがき



そういうわけで、『ウルトラマントリガー』完結記念に、超全集の発売を待たずしてトリガー怪獣を登場させてしまう暴挙です。おかげで正式な技名がわからない。

元々は着ぐるみの流用元、かつ本来の素材である『ウルトラマンオーブ』のマガオロチのアークベリアル化を考えていたのですが、連載中に公式からお披露目されたメツオロチは「力を喰らって進化する」と明言されていることからこっちの方が擬似フュージョンライズさせ易いな、と魔が差してしまいました。メツの方なのに。

もちろん、メツオロチにエメラル鉱石とデビルスプリンターを与えたら禍々アークベリアルそっくりに収斂進化するという設定は公式で明言されていませんが、現時点では否定する材料もない(はず)ということで見逃して頂けると幸いです。

バシレウス名義のストロング・ゴモラントもですが、本来別のゲーム用にデザインされたバリエーション怪獣やフォームが流用されて別存在として出て来るのは『大怪獣バトル』シリーズらしくもあるのかな、と勝手に楽しんで二次創作しています。



(オリジナル)ウルトラカプセルナビ


名前:キングギャラクトロンMK2(マークツー)
身長:70メートル
体重:7万9千トン
得意技:ギャラクトロンウルミー、ペダニウムハードランチャー、ペダニウムスラッシング

 ギャラクトロンを解析した技術と、入手したその残骸に、かつてベリアル融合獣から回収したペダニウムを使い、AIBが作り上げた新兵器。
 ベリアル融合獣キングギャラクトロンと、ギャラクトロンMK2をベースとして改造しており、操縦には鋼鉄のジャン兄弟やサイバー怪獣を参考とした、乗り込んだ操縦者の動きをトレースして駆動するシステムを採用している。
 複数のウルトラマンから集中攻撃を受けながら大したダメージを受けなかったギャラクトロンMK2のバリアとサスペンション、強靭な装甲へさらにペダニウムを各種最適な配分で合成したものを加えたことで、まさに金城鉄壁と呼ぶに相応しい堅牢な防御力を獲得。さらにギャラクトロンの次元移動能力と環境適応性により、優れた継戦能力を有する。
 本来の主力武装は、キングギャラクトロンのものを再現した『ペダニウムハードランチャー』。ただし、操縦者がライハに決まった際、利き手にペダニウム超合金のスプリングソードとなる『ギャラクトロンウルミー』を装備するため、左腕に移設されることとなった。
 さらに、両目から放つ電磁破壊光線ギャラクトロ・デストレイに加え、ギャラクトロンMK2から引き継いだ右手の指に備えたマシンガン『ギャラクトロンゲベール』、手の甲のビームキャノン『ギャラクトロンシュトラール』等々、豊富な武装によって高い火力を有している。
 しかし操縦者が決まって以降、機体の真価は近接格闘能力でこそ発揮されるようになり、大火力を維持しつつも最大の切札はデジタル魔法陣で斬撃を分身させるペダニウムスラッシングとなった。
 その他、手の甲や膝に装備した近接格闘専用ブレード『ギャラクトロンクリンガー』等もギャラクトロンMK2から引き継いだが、かつてウルトラマンジードを一撃で葬りかけたデータ化攻撃はサイバー惑星クシアの補助があって初めて実現可能な能力であったためか、オミットされている。





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第十三話「カコの振り返り」Cパート

 

 

 

 カラータイマーを通して、現実世界にも投影される光の出処。

 光源の正体は、ウルトラマンジードの内宇宙(インナースペース)に存在する、朝倉リクが腰に吊るしたホルスターから漏れ出た物だった。

 

「これは、ネクサスと……」

 

 輝く二つのウルトラカプセルを抜き取ったリクは、そこに描かれた二人のウルトラマンの姿を目にした。

 このメタフィールドを展開している妹に先日まで宿っていた、謎多きリトルスターを譲り受けたカプセルと――何故か、そのカプセルに共鳴したように光を放つ、かつての戦いで伊賀栗マユから「ライハ(おねぇちゃん)を助けて」という願いとともに託された、彼女を慈しむウルトラマンゼロのカプセル。

 

 ――そのゼロのカプセルに描かれた戦友の装いが、変わっていく。

 ゼロ自身の、普段の姿から――ネクサスの本体である、ウルトラマンノアから託されたイージスを纏ったものへと。

 

「ウルティメイト……ゼロ」

 

 時空を超越し――そしてかつて、アークベリアルの討伐を成し遂げた力。

 それを借りることができたなら、この苦境も覆せるかもしれないと、リクは戦友の姿に希望を見出した。

 

「ユー、ゴー!」

《ウルトラマンネクサス》

「アイゴー!」

《ウルティメイトゼロ》

「ヒア、ウィ、ゴー!」

《フュージョンライズ!》

「超えるぜ、極限! ジィィィィィィィィィィィドッ!!」

《ウルトラマンネクサス・ウルティメイトゼロ・ウルトラマンジード! ノアクティブサクシード!!》

 

 そして、虹色の光に包まれて――ウルトラマンジードの姿は、ウルティメイトファイナルから変わっていた。

 ゼロと似た赤青銀のトリコロールを主とする色合いの肉体が、ウルティメイトイージスに似た鎧と一体化した姿へと。

 襟足というべき部分がヒレのように広がった、戦国武将の兜を思わせる形状に頭部が変化したその新たな姿こそは、(ルカ)の祈りが生んだ新たな力――ウルトラマンジード・ノアクティブサクシードだった。

 

 ……アークベリアルと、ウルティメイトゼロ。

 過去に激突した両者の似姿が今、再び対峙する。

 今度はベリアルの血筋が、祈りで生まれた鎧を纏って――

 

 姿の変わったジードに対して、メツオルムが背部のエメラル鉱石による棘を光らせ、無数の光弾を撃ち放った。

 対してジードは、右腕に装備したウルティメイトゼロソードを振るい、その全てを叩き落とした。

 ――最中。自らを動かそうとする見えざる力の干渉を、ジードは鎧を通じて感じ取ることができた。

 それこそがブルトンの能力だと理解したジードは、続けて四次元現象を引き起こすその干渉自体を斬り捨てた。

 さらに、最後の一閃は、自らの意志で空間を切り裂いて――メツオルムが飛ばしてきた、星空のような超過密連鎖爆破の網を、空間跳躍で回避する。

 

「――はぁああああっ!」

 

 そして、メツオルムの眼前に飛び出たジードは、恐るべき魔獣にも吸収できない時空そのものに干渉するエネルギーを用いて、一気に勝負を仕掛けていた。

 メツオルムの空間座標を、ネクサスのエナジーコアに似たY字型の軛によって固定。メツオルム自体の行動を一瞬戒め、さらにブルトンが干渉しようにも、わずかなタイムラグが生まれるように準備して、ウルティメイトゼロソードに時空のエネルギーを充填する。

 

「ソードレイ・オーバードライヴ!」

 

 そして、斜めのN、あるいはZ――カプセルに宿った二つの光と共通する軌道の斬撃を繰り出して、メツオルムを切り裂いた。

 ――強大なる魔獣の肉体には、黒くなった甲殻を微かに割いた程度の痛手しか与えられなかったものの。

 その剣は、魔獣の額から伸びた角を、確かに根本から断ち切っていた。

 

 

 

 

 

 

 ジードの刃がメツオルムの角を断った次の瞬間、スカルゴモラの周囲の大気が、その体温によって発火した。

 レムの読み通り――メツオルムが展開していた吸収フィールドが、制御の中枢を担っていた角を破壊され、縮小した結果だった。

 

「(よし、これで……っ!)」

 

 全力を取り戻したスカルゴモラは、高温で強化された超振動波でブルトンを狙う。

 だが、ブルトンは自身の手前の空間を歪めて、メツオルムへと破壊のエネルギーの流れを捻じ曲げた。

 角を失い規模が縮小したとはいえ、メツオルムの吸収フィールドは未だ健在。注ぎ込まれる音と熱のエネルギーを吸収し、倒されるどころか早速角を再生し始めようとするのを見て、スカルゴモラは超振動波の照射を止む無く中断した。

 

「(このっ!)」

 

 続けての怪獣念力。単純な出力ではサイコキノ星人を遥かに凌駕し、ブルトンを圧倒して余りある念動力場が、同種の見えない力に食い止められ、跳ね返される。

 

「(こ、こいつ……!)」

 

 メツオルムへと進化した時点で、レイオニックバーストしたスカルゴモラと張り合える力を持っていた()()()()()()

 あれから戦いの中でさらに強化を続けたメツキネシスは、スカルゴモラの念力を捻じ伏せるだけでなく、押し切って襲いかかってきていた。

 

「ルカ!」

「(だ、大丈夫! サラが居てくれてるから!)」

 

 兄が心配の声を上げてくれた時には、サンダーキラー(ザウルス)が触手の先端に備えた爪の力で迫り来る魔獣の念動力場を吸収して、スカルゴモラは事なきを得ていた。

 

「(それよりお兄ちゃん、ブルトンを!)」

 

 スカルゴモラが呼びかけた時には、ノアクティブサクシードとなったジード目掛けて次々と光輪が飛来してきていた。

 ジードは手にしたウルティメイトゼロソードでそれらを切り払い、ブルトンに肉薄するも、反撃が届く前にブルトンが転移して間合いを逃れる。

 ジードも即座に空間を跳躍して追うが、ウルティメイトゼロソードを揮う一手間がある分、サンダーキラーSの触手がそうだったように、事前動作を要さないブルトンへ容易くは追いつけない。

 

「(サラ、あなたもお兄ちゃんを手伝っ……!)」

 

 ならば手数で不利を補おうと、妹に向けたスカルゴモラの指示は、そこで途切れた。

 メツオルムが角を折られたショックで白目を剥いたまま、なおも強大な念力を操って、スカルゴモラとサンダーキラーSの足止めを図っていたからだ。

 周囲から渦のように押し寄せた無数の力の流れが、サンダーキラーSの揮う八本の触手の護りを突破して、二人の足を絡め取る。

 

〈――スカルゴモラ、聞こえる?〉

 

 その時、通信機を介して届いたのは、いつもの面々ではなく――この戦いの最初に避難して貰ったリトルスターの宿主である、査察官の声だった。

 

〈念動力とは、念じるだけで結果を導く力……つまり、意志による指向性がある。それを乱せば、多少の出力差ならひっくり返せるわ〉

 

 宇宙有数の超能力種族であるサイコキノ星人は、同じ能力へ開眼しているスカルゴモラ相手に、念力合戦の助言をくれるようだった。

 

〈要するに……回せば何とかなるのよ〉

 

 査察官のアドバイスを元に、スカルゴモラは自らの念動力場に回転を加えて展開した。

 ……言われてみれば、メツキネシスもまた渦のように回転して押し寄せることで、スカルゴモラの怪獣念力を押し切っていたのだ。

 ならば、同じく回転する力の流れを得た怪獣念力が、メツキネシスを受け流せることは道理。結果、超宇宙伝説魔獣と対峙する姉妹は、遂に自由を取り戻していた。

 

〈お見事。そして、あなたたちの奮闘のおかげで……私たちも、応援を送れるわ〉

 

 その言葉を合図に、メタフィールドに異物が出現する音を、スカルゴモラは感じ取った。

 振り返った先に居たのは、異次元への潜航能力を応用し、深い地底に張り巡らされたメタフィールドまで侵入してきた――時空破壊神ゼガンだった。

 

「(え、ゼガン!? 駄目、危ないよ!)」

 

 救援に来てくれたという戦友の姿に、しかしスカルゴモラは焦りを表に出した。

 流石に、メツオルムとゼガンの間には大きな実力差が存在しており、相性も悪い。しかも未だリトルスターを宿しているゼガンは、集中して狙われかねない!

 

〈ゼガンが望んでいたとしても?〉

「(……えっ?)」

 

 そんなスカルゴモラの心配を、無粋と言わんばかりに。怪獣の声を聞く専門家――サトコこと、ゾベタイ星人ナビアと親しい査察官が問いかけた。

 

「スカルゴモラ、サンダーキラー(ザウルス)。メツオルムの足止めを頼む」

 

 一方で、ゼガンを操るシャドー星人ゼナからの呼びかけが示すように。負傷した魔獣は視界に現れた食欲を煽る光に釣られて、ゼガンを狙って直進し始めていた。

 

「(……ああ、もう! あいつ止めるよ、サラ!)」

「はい、お姉さま!」

 

 頷いたサンダーキラーSとともに、身を震わせながら気合の咆哮を上げたスカルゴモラは、未だ猛威を揮う魔獣に向けて駆け出した。

 念力を相殺し、光線を吸収し、爆破には吸収フィールドの外に出たために展開可能となったバリアを用いて、味方を庇いつつ妨害手段を踏破した怪獣兵器の姉妹は、伝説の魔獣と正面から衝突。純粋な膂力で劣る妹を庇いながら、兄が付けた傷跡を狙って二人がかりで押し返す。

 

 そうなれば――リトルスターの輝きに惹かれ、ゼガンへと向かう怪獣は、もう一匹しか存在しない。

 

 ジードの攻撃を躱し、再出現したブルトンは、ゼガンを目指して亜空間の大地を猛烈な勢いで転がっていた。

 対して、敵を存分に引き寄せながら――吸収フィールドの影響外で準備が可能となったゼガンは既に、その胸の主砲に充分なエネルギーを蓄えることができていた。

 そして放たれたゼガントビームは、ブルトンが干渉した空間情報を書き換えて突破し、その奥の本体を捉えた。

 

「消えた……っ!」

 

 ブルトンの後を追っていたジードが、直撃の結果を声にした。

 果たして、光の中で灼き尽くしたのか。それとも副次効果である、時空の彼方への追放となったのかは、ともかく。

 ブルトンはメタフィールドからも、その外にある宇宙からも、その反応を消していた。

 

 味方を消し去られたことに激怒したように、メツオルムが咆哮。頭上に展開した穴から、強烈な光線をゼガンと、直線で結べる位置にいたジード目掛けて発射する。

 だが、その進行ルートの最中で次元が割れて、光線を取り込んで阻んでいた。

 

「ありがとう、怪獣さん!」

 

 超獣特有の能力でジードとゼガンを庇ったサンダーキラーSは、さらに触手を叩きつけてメツオルムから距離を取ると、誤射の心配がなくなったD4レイの体勢に入る。

 しかし発射の瞬間、メツオルムが重力操作を発動。察知したスカルゴモラが反発する重力場で相殺するが、後手に回った一瞬の作用でサンダーキラーSの射線が逸れ、直撃から外れることになる。命中する軌道を進むのが半分以下になったデスシウムD4レイでは、メツオルムが口腔から放つ光線に押し返され、完全に防ぎきられてしまう。

 

「(くそ、しつこい……っ!)」

〈だが、後はゴリ押せばいける〉

 

 スカルゴモラの漏らす苛立ちに、ペイシャンがそう補足を加える。

 だが、サンダーキラーSも今の一撃を凌がれては息切れが近い。未だ光線を吸収される以上、ジードもゼガンも有効打を用意できない。

 メタフィールドの維持にも体力を使うというのに、果たして自分一人で最後まで押し通せるか――と、懸念を抱えたスカルゴモラに対して、ペイシャンは焦った様子もなく言葉を続けた。

 

〈そのための戦力も、もう戻る〉

 

 それは、そもそもブルトンの排除を、彼が――そしてスカルゴモラが望んだ理由。

 玲瓏なコーラスの音色とともに、メツオルムの背後にハニカム構造状のデジタル魔法陣が出現した。

 

〈……弟子の前で、よくもやってくれたわね〉

「(ライハ!)」

 

 スカルゴモラの呼びかけに応えるより、そして敵が対応するよりも早く。ブルトンの妨害が消えたことで帰還したキングギャラクトロンMK2が、手にしたギャラクトロンウルミーでメツオルムへと斬りかかった。

 あの後進化したとはいえ、一度は自身を瞬く間に切り刻んだ天敵の帰還で、メツオルムが焦燥も顕に振り返る。その隙を逃さず、スカルゴモラは背を向けた敵の尾を掴み、抱え込んだ。

 

「(ライハ、今!)」

〈はぁああああっ!〉

 

 先程とは師弟で逆転したやり取りを交わしながら。メツオルムが抵抗しようと操るメツキネシスに怪獣念力を割り込ませて霧散させ、スカルゴモラは師匠のアシストを完遂する。

 名の通り、雷鳴のように大気を割いて閃くギャラクトロンウルミー。メツオルムの肩口にある口が、顎による真剣白刃取りを試みるも、一本ではない刀身が平然とその上下の付け根を切り裂いて、拘束を緩ませて突破する。

 肩口から袈裟斬りにされ、鮮血を舞わせるメツオルムへと、さらにキングギャラクトロンMK2は横薙ぎに追撃。腹部の目を潰され藻掻く魔獣はその悲鳴を放つ口から正面に、次いで頭上に発生させた穴からは尾を掴むスカルゴモラを狙い、それぞれ激烈な光線を放つ。

 何とか吸収フィールドの範囲外であったために、怪獣念力でのバリアが間に合ったスカルゴモラは直撃せずに済んだものの。尾に引かれて前のめりになれば、フィールドと接触した分、バリアが削れて亀裂を走らせることになり、肝を冷やす。

 

「ルカ! ――っ、ペダニウムスラッシング!」

 

 一方、純粋な装甲の強度だけで、メツメツアークデスシウムを無傷で凌いでいたキングギャラクトロンMK2。その操縦室にいるライハは、弟子の危機に気づいた様子で、音声認証による大技の発動体勢に入った。

 操作するライハ自身がやることに変わりはない。その手に握る制御機器である操龍刀を用いて、自らの剣技をキングギャラクトロンMK2に模倣させるだけ。

 これまでと違うのは、開発モデルになったベリアル融合獣キングギャラクトロンから再現した技術を用い、そこを通った自身の攻撃を分身させる魔法陣を出現させていたということ。

 時空のエネルギーそのものがメツオルムの捕食対象とならないことは、既に実証済。問題なく成立した超連続斬撃がメツオルムの黒い外殻を切り刻み、そこに複数の割れ目を生じさせていた。

 

「決めるわよ、ルカ!」

「(――っ、はい!)」

 

 そして、その割れ目から切っ先をメツオルムの胸に突き刺して。敵の動きを固定した師匠の呼びかけと、キングギャラクトロンMK2を通して示した体勢を見取ったスカルゴモラもまた、弱った魔獣の尾を握ったまま構えを取った。

 微かに身を捻り、右側面を相手に見せながら、左足で大地を捉える震脚。体躯に通る軸を意識しながら、蹴り足を力むことなく、大地から登る震動を運用した、腰の推進で送り出す。

 

 中国拳法における直線的な蹴り技の代名詞、蹬脚(ドンジャオ)。相手に突き刺さった槍や刀を、相手を蹴飛ばして引き抜いていた動作に由来する、太極拳の基本功。

 故に、相手の腕を槍や刀に見立て、敵を固定して蹴るこの技を――キングギャラクトロンMK2を介したライハは原型通りに刀を用いて、スカルゴモラは腕ではなく魔獣の尾を掴んで制したまま、その踵で踏み込むような左右の蹴りを同時に放ち、前後からメツオルムを挟み込んだ。

 人型に近いキングギャラクトロンMK2で動けるライハに比べると、鏡写しというには鍛錬(ルカ)の時とは体型の差異もあって、なお不格好な形となったが――スカルゴモラにしかない尾の動きによる重心制御も相まって、威力は決して損なわれなかった。

 

 それを証明するように。師弟の蹴りを逃げ場のない挟み撃ちで受けたメツオルムは、特に傷口を狙ったキングギャラクトロンMK2の蹴りによって胴の中まで抉られることとなり――自らが喰らってきたエネルギーを、制御不能に追いやられていた。

 蹴りの反動で、師弟が足を戻した次の瞬間。引き起こされる事態を見抜いたスカルゴモラは、身を捩る勢いのまま尾を閃かせ、メツオルムを打っ飛ばした。

 

 そうして、乱暴に距離を取らされた少し先で――超宇宙伝説魔獣メツオルムは、貪欲に取り込んできた力の暴走に呑み込まれ、メタフィールドの中を埋め尽くすほどの爆発を起こし、絶命したのだった。

 

 

 

 

 

 

 メツオルムの死が生んだ大爆発。

 その破壊の嵐に対し、バリアを展開したウルトラマンジードが前に出て庇っていると――時空破壊神ゼガンの胸から、小さな星の輝きが浮かび上がった。

 分離したリトルスターは、そのままジードのカラータイマーに吸い込まれ、インナースペースに存在するリクが持つ、空のウルトラカプセルへと宿る。

 寸前まで空白だったカプセルの中に描かれていたのは、額に水晶を、胸に金のプロテクターを装備した、赤青銀のトリコロールカラーのウルトラマンだった。

 

〈ダイナカプセルの起動に成功しました〉

 

 かつて、ゼロとも共闘したウルトラマンダイナの力を手に入れたのだと、レムが解説してくれる。

 その事実にも微かに感慨深いものを覚えながら、ゼロの力で発現した新たな形態のままのジードは、その光を譲渡してくれた相手の方を振り返っていた。

 

「……ゼガンは、君たちとともに生きることを望んでいるらしい」

〈ちょっとゼナ、正確に伝えた方が良いんじゃないの?〉

 

 ゼガンの意思を代弁するようなゼナの回答に割り込んだのは、どことなく嬉しそうな査察官の声だった。

 

〈ゼガンがともに生きることを望んだのは、ゼナも含んだあなたたち皆と――上手く行くのかはわからなくても、ともに生きること。戦いしか知らない、そのために造られた怪獣でも……同じ運命を背負う命たちと同じように、って……サトコが通訳していたでしょ?〉

 

 その言葉に、リクは思い出すものがあった。

 それは、初めてゼガンと出会った戦い――シャドー星人クルトの起こした事件の最中で、教え子である彼に、ゼナが語った理想だった。

 ゼナの説得虚しく、戦いの子(ガブラ・カーノ)として育てられたクルトは、母星のための戦に身を捧げる以外の生き方を、選び直すことができなかったが。

 そのクルトと融合し、意のままに動く手足となっていたゼガンの中で……あるいは、クルトの心に生じた疑念が、今も息衝いていたのだとしたら。

 ……これまでと、違う生き方を選ぶ。リトルスター一つで瓦解しかねない、そんな厳しい戦いを――同じような出自にある、リクたち兄妹の生き方を見て、望んでくれたのだとしたら。

 クルトには遅かったかもしれない生き方を、二度も死と再生を繰り返された末にでも、ゼガンは選ぶことができたのなら。

 あの日――モアが涙を流す理由になった、クルトが多くを偽っていた時間は、それでも無意味なんかじゃなかったと。

 リクは改めて、そう想うことができていた。

 

 

 

 

 

 

「本当に、もう本部に戻られるんですか?」

「ええ。報告書も見せて貰った以上、もうゼガンの処分は不要と直接伝えに戻るべきだし、それに――確信、できたから」

 

 その後。メタフィールドから外に出て、地上に戻った星雲荘の一行は、AIBの事後処理が一段落したところで、査察官とゼナたちが会話する場面に出くわした。

 

「かつて一人の若きウルトラマンが、仲間と結んだ絆で、強大なエンペラ星人の闇を晴らしたように。ベリアルを止めたウルトラマンジードと、その新しい家族にも……確かな想いを託してくれている者たちが、たくさん居て。彼らは決して、それを裏切ったりしないことが」

 

 過去と照らした上で吐かれた信頼の言葉に、ルカは兄と揃って何だか気恥ずかしくなっていた。

 今、嬉しそうに微笑んでくれるライハを始め。スペースビーストとの最終決戦で、ジードを信じて祈りに応えてくれた人間に、怪獣に、宇宙人。

 さらに、兄にリトルスターを届けてくれたゼガンや、一緒に戦ってくれるAIBの仲間たち。

 悪しき欲望によって、ベリアルの血から造られた自分たちが、彼らに信じて貰えているという奇跡。それを、稀人にして歴史の生き証人である彼女にも、太鼓判を押されたこと。そのことが、たまらなく嬉しかった。

 

「この星を脅かす何者かが、如何に強大な敵でも――その絆を断ち切るなんて、できはしない。だったら私たちが必要なのは、ウルトラマンのいる星じゃないから」

 

 ゼガントビームを受けて姿を消したブルトンは、確実に滅んだという証拠はない。

 もしもブルトンが生き残っていた場合。仮に敵の本命が地球だとしても、その影響は宇宙規模であらゆる星に顕れ得ると、AIB本部は危惧しているそうだ。

 

「……もちろん、もう一仕事だけ、してからだけど」

 

 査察官がそんな風に、微笑んだ時だった。

 

「あーっ、リッくん! ルカちゃんたちも!」

 

 査察官たちのやり取りを離れて見ていた一行に、遠慮ない大声で呼びかけて来た者が現れたのは。

 自らの存在を強調するように、ドタバタと音を立てながら駆け寄ってきたのは、AIB唯一の地球人エージェントにして、朝倉リクの姉のような存在――愛崎モアだった。

 

「モアおねぇちゃん! どこいってたの?」

 

 モアの登場に対し、これまでにルカたちが持ち得た認識を共有していないサラが、朗らかにも不用心な質問を投げかけた。

 

「……おねぇちゃん!?」

 

 しかしルカは、サラがモアに用いた呼び方に気を取られ、一瞬、そのことで頭が一杯になっていた。

 

 ――やっぱり、おねぇちゃん呼びの方がかわいい。私の妹なのに、モアだけずるい!

 

 などなど、邪念と雑念に塗れて注意散漫となったルカが、ジェスチャーを送ることができなかったせいか。モアは呑気に、正直に、サラの質問へ応え始めてしまった。

 

「いや~、なんだか怖い査察官さんが来るから、私はリッくんたちにも近づくなって言われて……でも、もう帰ったらしいって聞いたから、やっと出て来れたの!」

「…………あー、その、愛崎」

 

 モアを珍しく名字呼びしながら、ペイシャンが額を抑えていた。

 表情筋を動かせないゼナもまた、目を閉じて天を仰いでいた。

 

「モア! おひさ~!」

「サトコさん!? えっ、どうして!?」

「私、その査察官から直々に協力要請を受けたのよ。それで久々に地球に来たってわけ! モアに会えなくて寂しかったぞー!」

 

 同じく状況を読めてない――否、誰より正確に読めている上で、その能力でメンタリティが隔絶しているがために。空気を読む気がなかったサトコが素直に再会を喜んで、モアにハグをしていた。

 

「……えっ? でもそれじゃ、もう帰ったはずじゃ……?」

「帰ったんじゃなくて、これから帰るところよ。ね?」

 

 伝言ゲームを訂正するサトコが同意を求めて視線を向けた相手は、深々と頷いていた。

 

「……モア。その人が、査察官さんなんだ」

 

 言い難そうにリクが告げると、モアは受けた衝撃をそのまま顔に出していた。

 

「やっと会えたわね。愛崎モア」

 

 怖い査察官、などと呼んでしまった相手に呼びかけられて、モアは一瞬身を竦めていた。

 それから慌てて髪を整え妖艶に微笑もうとしたり、女性人格の異星人相手に色仕掛け紛いな仕草で誤魔化そうとする頓珍漢なモアの挙動で、査察官の心証を知っているルカも、ハラハラとした心地で見守ることになった。

 そんなルカの想いが通じたのか、キリッとした表情を今更作ったモアは、査察官相手に敬礼の仕草を見せていた。

 

「はい! 遠く本部より、お疲れ様です!」

「色々と見させて貰ったわ。あなたの仕事ぶり」

 

 査察官の言葉に、モアが青ざめる。動揺の余りにゼナも擬態を維持できず、シャドー星人本来の、金色のデスマスクじみた素顔を晒してしまっていた。

 

「……これからもこの星を頼むわね。あなたたちのウルトラマンと一緒に」

 

 果たして査察官が告げたのが、ただの激励であったことに。それを受けたAIB地球分署の面々は、各々肩の力が抜けたようによろめいていた。

 

「あの!」

 

 モアの件が無事杞憂で片付き、安心できたルカは、査察官に声をかけた。

 振り返る彼女へ向かって、ルカは最初に話した時と同じように、深々と頭を下げた。

 

「改めて、ありがとうございました! ゼガンのことも、アドバイスも!」

「良いのよ。あなたたちのおかげで、今日の事件は解決したし……元々、色々な星の人同士で仲良くなりたいのに、怪獣だけ除け者なんて、したくなかったから」

 

 それは、怪獣の声を翻訳できるゾベタイ星人ナビアの力があってこそ、なのかもしれないが。

 スペースビーストやメツオロチのように、倒さざるを得ない怪獣も依然として存在するが――それはエタルガーやヤプールの場合と同じだとは、ルカにももう、割り切れていた。

 だから、彼らとは違うゼガンを、困難を理由に排除しないでくれたこと……身近な仲間以外にも、そんな選択をしてくれる人が居ることが、嬉しかった。

 

「血の繋がっていない、違う星の人同士でも――兄妹にだってなれたんだから。地球人も宇宙人も、怪獣だって、一緒に生きる未来があるって……私も、信じたい」

 

 ウルトラマンと、怪獣と、超獣。血が繋がっていても、別の種族である兄妹と対比するように、けれど目指す場所は同じだと、査察官は笑顔を見せた。

 

「だから、応援させてね。ウルトラマンジードと、その家族」

「――はい」

「良い返事。……どうか、あなたちの歩む日々の未来に、幸多からんことを」

 

 そこまで言葉を紡いだ際に。査察官の胸から、ブローチの働きで不可視化されていたリトルスターの輝きが分離した。

 査察官――サイコキノ星人カコから、ウルトラマンジードに託された光がカプセルに描き出したのは、銀と赤に彩られた体に菱形のカラータイマーを埋め込んだ、金色の眼を持つウルトラマン。

 きっと、彼こそがカコの兄なのだと――ルカは、誰に言われるでもなく確信していた。

 いつかまた、ゆっくりできる時に会えたなら。今度は彼女のお兄さんの話ももっと聞いてみたいと、密かに望みを持ちながら。

 

 

 

 

 

 

 星山市郊外の、何処かの山中。

 すらりとした人影が、その手に橙色の結晶を摘んでいた。

 稲妻模様のような造形をしたその結晶は――デビルスプリンターと呼ばれている、ウルトラマンベリアルに由来する細胞片の一種だった。

 それはまさに、新宇宙伝説魔獣メツオロチが超宇宙伝説魔獣メツオルムへと進化するために喰らったデビルスプリンター、そのもので。魔獣の死後、一度は吸収されていたデビルスプリンターが――メツオルムが吸い上げた、ベリアルの子らの力とも合わさって凝縮し、さらに純度を高めながら大型化した欠片だった。

 

「まぁまぁだな」

 

 影が発したのは、男性的な言葉遣いの……女の声だった。

 その人物は、指先でデビルスプリンターを吊るすように顔の前へ掲げると――小さな口から、その欠片を体内へと取り込んでしまっていた。

 生命力に優れた怪獣でも、取り込むと心身のバランスを崩し、著しく凶暴化するとされる悪夢の欠片。

 人間大に過ぎないその存在も、やはり不調を来したように膝を着いたが……驚くべきことに。たったのそれだけで、持ち堪えていた。

 

「……もう少しだ。待っていろ、ベリアルの子らよ」

 

 そうして、野心を秘めた呟きを、デビルスプリンターを嚥下し終えた口から零した。

 

 狙われたウルトラマンジードとその妹たちは、まだ、その影の存在すら知らなかった。

 

 

 

 




Cパートあとがき



ここまでお読み頂き、ありがとうございました。
以下は雑文なので、ご興味のある方だけお付き合いください。



サイコキノ星人カコのリトルスターで起動したカプセルの名前は、作中でも次話で改めて触れはしますが、もちろん『ウルトラマンメビウス』の物になります。ウルトラマンと異種族の妹がテーマである本作において、メビウスのリトルスターを宿す人物としてカコちゃん以外の選択肢を選べませんでした……

そういうわけで、ウルトラマンの兄と人外異種族の妹(※元々は勝手に名乗っただけ)の元祖であるサイコキノ星人カコちゃんの客演回でした。作中のカコちゃん像については、ファッションは総監代行の影響、兄のことを「兄さん」呼びしていることはその兄が使う呼び方を真似しているというイメージです。作中で名前を明言しなかったのは、今後の公式展開でもしもジードとメビウスの会話が描かれた際、カコちゃんのことに触れないが不自然にならないギリギリのラインを攻めたつもり……だったり。

ゼガンの方は逆にゼガン(もしくはゼナ先輩)にリトルスターが宿るという展開が先にあったため、色々考えた結果今後の展開の都合で「レボリュームウェーブとゼガントビームって似ているよね」ぐらいの理由しかないダイナになりました。『ジード』本編でもこのキャラに宿るなら確かにそのリトルスター! って納得が行く場合と行かない場合は半々ぐらいだったと思う(※個人差があります)ので、ご了承くださると幸いです。

それにしても次々と飛び出す『フュージョンファイト』限定のフュージョンライズ形態ですが、本作における設定としては、ノアクティブサクシードの場合は「能力が装備由来のため、あくまで身体的な制限解除であるウルティメイトファイナルでは再現できない」「ゼロカプセルがウルティメイトゼロカプセルに変化するのはネクサスカプセルとメタフィールドが揃った場合のみ」という考えで公式で使われないことに言い訳できたらと思います。ゼロのカプセルがウルティメイトゼロカプセルに変化するのは、まぁ、理屈はともかく現象としては『ウルトラマンZ』でゼロとベリアルのメダルが特定の組み合わせで変化するのと似たようなものということでお目溢しください。




(オリジナル)ウルトラカプセルナビ


名前:超宇宙伝説魔獣メツオルム
身長:70~80メートル(※作中で確認された値。さらに巨大化可能)
体重:7万~10万トン(※さらに巨大化可能)
得意技:メツキネシス、メツポイズン、メツメツアークデスシウム、捕食空間(スループフィールド)、グラビトロプレッシャー


 新宇宙伝説魔獣メツオロチが、エメラル鉱石とデビルスプリンターを喰らって進化した姿。
 全体的なフォルムはメツオロチに準じながらも、背中に生やしたエメラル鉱石の結晶群や変形した顔立ちは、かつてウルトラマンゼロが立ち向かった超銀河大帝アークベリアルにも似通った印象を与える。

 メツオロチからさらに強化された吸収フィールド、捕食空間スループフィールドは時間をかければ際限なく広がり続け、最終的には世界を囲ってしまうほど。
 吸収フィールド内では剥き出しのエネルギーを取り込むだけでなく、物質化しているエネルギーも徐々に放出させ全て捕食してしまう。生物も例外ではなく、命を直接吸われるようにして衰弱していき、最終的には食い殺されてしまう。エネルギーによって進化するという特性から、事実上許容限界が存在しない。ただし時空そのものを構成するエネルギーを始め、吸収の対象外となる例外は存在する模様。このため、別位相の空間に隔離する等で吸収フィールドの拡大を抑え込むことができる。

 その他の弱点はメツオロチから引き続き、その吸収フィールドを制御する額の角となるが、この段階に進化したことで獲得した強大な念動力・メツキネシスで制御を代用し、規模をメツオロチ相当にまで縮小した状態での運用が可能。

 メツオロチ及びその進化前である宇宙伝説魔獣メツオーガ時代の技も全て使用可能な上、口から放つ牽制用のメツ迅雷と、より強力なエネルギーを一気に放出するメツメツアークデスシウムという必殺技も得た。

 さらにベリアルウイルスに由来する猛毒攻撃、メツポイズンも有するが、ベリアルの遺伝子を継ぐウルトラマンジードたちには効果がないことを事前に理解していたため、使用しなかった。その判断力の理由は――




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第十四話「ヒカリノキズナ」Aパート

 

 

 

「――ユー、ゴー!」

《ウルトラマンメビウス》

「アイゴー!」

《ゾフィー》

「ヒア、ウィ、ゴー!!」

《フュージョンライズ!》

 

 青空より迫る氷炎を光の障壁で凌ぎながら、ウルトラマンジード――その内包小宇宙(インナースペース)に遍在する朝倉リクは、二つのウルトラカプセルをジードライザーに読み込ませていた。

 

「示すぜ、未来! ジィィィィィィィィィィィドッ!!」

《ウルトラマンメビウス・ゾフィー・ウルトラマンジード! ファイヤーリーダー!》

 

 ライザーの形態認証が完了した時、ジードの姿は、これまでにないものに変わっていた。

 ファイヤーリーダーとジードライザーが呼んだその形態の輪郭は、初めて変身した姿であるプリミティブと酷似しながらも。その体色を左右で青と赤に塗り分けた、奇抜な姿をしていた。

 左右の胸板、のみならず。上腕部に備わった双方の体色と同系色の結晶器官から、ジードはそれぞれ冷気と劫火を繰り出した。

 同時に放たれた紅炎と蒼氷は、空より降り注いでいた同等の気流と激突し、互いを打ち消し合った。

 

 ウルトラマンジード・ファイヤーリーダーに、同じく高熱の烈火と、低温の吹雪を降らせた者。

 上下対照のベーゴマにも似た、赤と青の飛行物体の正体こそは。複数の生物を融合させて生まれた、高度な知能を持つ宇宙怪獣群の一種。

 名を、円盤生物ブリザード――その飛行形態が今、ウルトラマンジードの頭上を取り、我が物顔で空を舞っていた。

 

 ……AIBの総本部より来訪した、査察官が去った後。彼女の立ち会った事件で確認された四次元怪獣ブルトンは、星雲荘やAIBとの初戦で絶命していなかった――頻発する怪獣の出現が、それを発覚させた。

 あれ以来確認されていない、リトルスターに惹き寄せられたのではなく。ブルトンの力で時空を越えた怪獣が、次々と星山市へ送り込まれるようになったのだ。

 この円盤生物ブリザードは、そうして現れた刺客の内の一体だった。

 

 突如、太平洋海底に出現し、海の秩序を乱しながら星山市に出現。同時期に出現した次元凶獣カミソリデマーガを呑み込んだメタフィールドの形成を回避し、そのまま空に逃れたのを、こうしてジードが追っていた。

 

 ブルトンが呼び出す怪獣の全てが、統率されているわけではない。だが凶の字を冠するカミソリデマーガ、そして高度な知能を有する円盤生物であるブリザードはいずれも、慈愛の勇者コスモスに由来する癒やしの光を受け入れず、地球上での破壊活動を続けていた。

 

 それを阻止するために戦うウルトラマンジードだったが、しかし、想定以上の苦戦を強いられていた。

 

「駄目だ、手が足りない……っ!」

 

 ファイヤーリーダーは、左右の腕から冷気と火焔を同時に放つことができる特殊な形態だ。

 貫通力には優れるものの、範囲攻撃として見れば作用箇所が狭くなる光線技では、過去に出現した同族を遥かに越える機動力を誇るこの円盤生物ブリザードを捉えることが困難だった。そのまま頭上を取られ、地上への爆撃を兼ねた攻撃を止めるため、ジードは敢えて戦闘力を落とし、対応力を向上させたフュージョンライズで応戦していた。

 

 それでも、なお。円盤生物ブリザードの猛攻を前には、ファイヤーリーダーでも防戦一方で、地上を守るのが精一杯となっている。

 

 理由は、ブリザードが伴う僚機――分身体にあった。

 

 過去、別宇宙に出現した円盤生物の中でも、ブリザードは自律行動可能な知性と擬態能力を備えた二体の分身を放ち、自陣営に敵対する人類の研究者を暗殺して回るという恐るべき能力を見せたという。

 

 今回のブリザードはそれほど狡猾な手段には打って出ず、ただ――独立して飛行・攻撃する一種のビット兵器として分身を二体従え、ジードと激しい撃ち合いを展開していたのだ。

 

 円盤生物ブリザードは、ヒトデにも似た怪獣形態の前後で色違いの体を持つ。それぞれを正面として行動し、地球の現代建造物程度なら瞬時に破砕してしまう出力で高温の火炎放射と低温の冷気ガスを飛び道具として操ることができる。円盤形態でも、やはり同様だ。

 そして、このブリザードが従える二体の巨大フランス人形型の飛行物体は、それぞれが本体の片面に匹敵する出力の炎と氷を放射して、二本の腕しか持たないジードに対し三つの発射口を用いて圧倒して来ていたのだ。

 

 ブリザード本体の攻撃を見極め、耐性のある方の体を盾とすることで撃ち漏らした一発を受け止めて、何とか地上への流れ弾こそ防いでいるが、このままではジリ貧だ――そんな焦燥を孕んだ確信とともに、ジードの活動可能時間の減少を示すカラータイマーが点滅を開始する。

 

 ウルティメイトファイナルに再変身すれば、活動可能時間は制限解除される。だが小回りの効かないギガファイナライザーを抱えたまま、地上に被害を出すことなく高機動の円盤生物を倒しきれるか――と、ジードが悩んだ時だった。

 ウルトラマンと円盤生物が交錯する空が、ガラスのように割れたのは。

 

「おにんぎょうあそび?」

 

 空の割れ目から飛び出して、太陽を背景に雲海へ陰を落としたのは――背から伸びた触手の間に虹色の皮膜を発生させ、二対四枚の大翼として優雅に空を泳ぐ白き竜。

 黄金の装甲に身を包んだ無貌の乱入者は、ジードと同じくウルトラマンベリアルの遺伝子を継ぐ生物兵器。究極融合超獣サンダーキラー(ザウルス)だった。

 

「わたしもするー!」

 

 ジードとともに円盤生物を追うサンダーキラーSは、白雲を散らす翼を維持したまま触手を伸長させ、その先端を光量子情報に戻し、再構築した。

 

「きらーとらんす――ファイブキング・あーむず!」

 

 右二列は頭部から巨大な鋏が生えた甲殻類の顔のように、左の二本は巨大な眼球状の盾へ変化させたサンダーキラーSは、レイキュバスを模したファイブキングの右腕二本から、氷炎同時攻撃を繰り出した。さらに、ガンQを模した左腕二本分の再現体からは、神経節のような部位に開いていた無数の瞳を次々と剥離させ、射出。自律飛行する誘導眼球体と化させて円盤生物とその分身を取り囲み、敵の軌道を著しく制限してみせた。

 

「サラ、グビラは?」

「うん、ちゃんとおうちにおくったよ!」

 

 微かな余裕を縫った(ジード)の問いかけへと、究極融合超獣は誇らしげに答えた。

 

 先述の通り。ブルトンに引き起こされた怪獣災害は、その全てが統率されていたわけではなかった。ブルトンに召喚された個体の中にも容易く鎮静化できるものも含まれ、さらには突如として放流された外来種の出現に取り乱し、人里に現れるようになった地球怪獣も居たからだ。

 今もまた、このブリザードが突如として海底に出現したことで、動転して街中まで飛び出してきていたグビラ――ファイヤーリーダーを成立させるカプセルの片割れを起動させてくれた怪獣もまた、そのような事態に陥っていた。

 

 落ち着かせたグビラを戦場から保護し、住処である海底まで連れ戻して、人間社会にもグビラにも被害を出さないという大役を、サンダーキラーSは無事に成し遂げたそうだ。それから状況を把握して、メタフィールド内ではなく、単身苦戦するジードの援護に駆けつけてくれたらしい。

 

「うしろはまかせて、お兄さま。みんなのあたまのうえは、わたしがまもるから!」

 

 頼もしい決意表明の間にも、究極融合超獣は相手が地上に向けて撒き散らす氷炎をレイキュバスの剣で相殺し、ガンQの盾で吸収して、火の粉も雪の結晶も、一つたりとも自身の後ろには通さない、有限実行の様を維持していた。

 そんな妹の作ってくれたチャンスを逃すまいと、ジードはその手に新たな武器を抜き取った。

 

「ディフュージョンシャワー!」

 

 上空に放った光の塊が、炸裂。破壊光線のシャワーとなって、上下対照の飛行物体を狙い撃つ。

 だが、次々と襲来する光の矢を、誘導眼球体に軌道を制限され、分身である巨大フランス人形を撃墜されながらも。ブリザード本体は、なおも躱し切る曲芸飛行を見せた。

 

「なっ、躱した……っ!?」

「じゃあ、これはどう?」

 

 ジードが喫驚する間に、ブリザードの回避した無数の光――かつて、己がモデルとなったベリアル融合獣を粉砕したディフュージョンシャワーを容易く吸収し、逆に自らの活力へと変えたサンダーキラーSは、その口腔から青白い光線を放った。

 

「ぜがんとびーむ!」

 

 時空構造体に干渉する光線を、やはりブリザードは回避する。だがその躱した先の空間で炸裂した時空転送光線は、時空の彼方へと周辺の物体を追放する穴を開いて、猛烈な勢いで大気を吸収し始めた。

 その吸引力に引かれて、微かに円盤生物の動きが鈍るのを、ジードも見逃さなかった。

 

「……だったら!」

 

 インナースペースにて、リクは新たなカプセルを手に取っていた。

 

「――ユー、ゴー!」

《ウルトラマンダイナ》

 

 それは、サンダーキラーSが放った光線の、本来の使用者から譲り受けたリトルスターが宿ったウルトラカプセル。

 

「アイゴー!」

《ウルトラマンコスモス》

 

 さらに、もう一本。時空破壊神ゼガンと同じく、異種族とともに生きることを願ってくれた――そして、リクと(ルカ)の出会いを導いた宇宙小珍獣、モコから託された慈愛の勇者の力を灯したカプセル。

 

「ヒア、ウィ、ゴー!!」

《フュージョンライズ!》

「進むぜ、彼方! ジィィィィィィィィィィィドッ!!」

《ウルトラマンダイナ・ウルトラマンコスモス・ウルトラマンジード! マイティトレッカー!》

 

 それら二本のカプセルによる再びのフュージョンライズを遂げて、ジードは変わった。

 錨のような金の装飾を境に、体を赤と青で塗り分けて。結晶を抱えて隆起した額と両目の間を、帽子の鍔のようなパーツが横切り、後頭部へと抜けて行く。

 どことなく、大海原の船乗りを思わせる意匠の姿の名は、マイティトレッカー。

 ウルトラマンゼロの盟友である二人のウルトラマンの力を併せ持つ形態となったジードは、円を描きながら両手を胸の前に揃え、膝を曲げて左足を掲げる、中国拳法の一種のような構えを取った。

 

「――フレイムコンプレッションウェーブ!」

 

 その体勢で蓄えた紅蓮のエネルギーをジードが放射すると、その作用によって空間が超圧縮され、そして裂けた。

 

 紅蓮の輝きの正体は、時空のエネルギー。光線状に射ち出されたそれは標的の動きを封じると共に、微小ブラックホールを出現させるという、ゼガントビームとも似通った事象を起こす技だ。

 

 ゼガントビームの作り出した時空の穴を逃れた先で発生した、微小ブラックホールの吸引力を前に。驚異的な機動性を誇った円盤生物が、遂に囚われた。円盤形態のまま、まるで網に捕まった魚が藻掻くように蠢いていたが、それで逃れられるはずもなく。円盤生物ブリザードは、押し潰されながらブラックホールの中へと消えたのだった。

 

 

 

 

 

 

「おかえり、お兄ちゃん! サラもお疲れ様!」

 

 星山市の天文台地下、五百メートルにある、星雲荘の中央司令室。

 そこへ、自分たちよりほんの数十秒程度遅れて、転送エレベーターで帰還してきた(リク)(サラ)の姿を認めた朝倉ルカは、二人の無事に声を弾ませて出迎えた。

 

「ふふ。ありがとう、お姉さま」

「ただいま、ルカ。そっちは大丈夫だった?」

「うん! ライハも一緒だったから、へーきへーき!」

〈――揃ったのか。ちょうど良い〉

 

 そこで、二人の帰還に気づいたように兄妹の語らいへ割り込んだのは、既に聞き慣れた声を繋いだ通信だった。

 ルカたち三兄妹と、同居人である鳥羽ライハが振り返った先。中継画面に映し出されたのは、AIBの研究セクションの責任者であるゼットン星人ペイシャン・トイン博士が地球人に擬態した顔だった。

 

〈このところ、あのブルトンによる時空の乱れが続き、それによる怪獣の出現が続いているが――おかげで、例の強化現象の情報を集める機会が増えた〉

 

 画面の奥のペイシャンは、聞き捨てならないことを言っていた。

 

〈その観測データを元に、そっちのデータベースとも照会していたんだが、おおよその答えが出た〉

「ほんとに!?」

〈はい。あれら怪獣の強化は、『ブレイブバースト』と近似したエネルギーが放出されていることが判明しました〉

 

 ルカの問いかけに応えたのは、ペイシャンとともに事態を解析していたという星雲荘の報告管理システム・レムの電子音声だった。

 

「ぶれいぶばーすと……?」

 

 横文字に、サラが可愛らしく小首を傾げていた。

 だが、リクやライハ――そしてルカ自身は、彼女ほど呑気にしては居られなかった。

 

「それって、私の……」

〈その通りです。ルカが体得しているレイオニックバースト同様、レイオニクスの力によって怪獣が強化される現象の一種になります〉

 

 曰く、炎を纏うように赤く染まったレイオニックバーストの前段階。見た目の変化はないものの、怪獣の戦闘力を格段に上昇させられる、怪獣使い(レイオニクス)の能力だと言う。

 

〈ブレイブバーストを扱えるのは、本来レイオニクスでも一握りの上澄みだ。そのレベルの者でも、一番の相棒と呼ぶべき怪獣としか発揮できない力らしいが……〉

 

 実際のところ、まるで使い捨ての如く、ブレイブバーストを起こした怪獣は立て続けに襲来している。その頻度を訝しむように、ペイシャンが唸っていた。

 

〈従来の記録を覆すほどの、極めて高度なレイオニクス能力を持った何者か――あるいは集団が、一連の事態の裏にいると考えられます〉

 

 先程、ジードをも苦戦させた円盤生物ブリザードのように。ブレイブバーストを発動していない怪獣でも、レイオニクスの影響下にあれば強化されるという傍証から、レムが確度を高めた推理を述べる。

 二人の推測と、その基となった事実を知って。先日の、AIB総本部から来訪した査察官との会話の中で出た危惧が、ルカの脳裏を過る。

 

「じゃあ……やっぱり。敵の狙いは、私に戦わせることだったの……?」

 

 激しい闘争――特に、同族との戦いの中で成長する、レイオニクスの力。

 さらにはレイオニクス同士の戦いで生じる、一種の闘気のようなエネルギー。

 ウルトラマンベリアルの力の源でもあったレイブラッド星人が、かつて利用しようとしたというそれらの要素を揃えるために、培養合成獣スカルゴモラは利用されていた、ということなのだろうか。

 

〈その可能性は高い、と言えるでしょう。先程のカミソリデマーガ然り、ブレイブバーストを起こしていた怪獣は、常に培養合成獣スカルゴモラと交戦していましたから〉

「……そっか」

 

 レムの回答に、ルカは思わず面を伏せた。

 ……良かれと思って、これまで己は戦ってきた。最強の合成怪獣となるべく生み出されたという、己の機能を活かすために。

 別に、争い事が好きなわけじゃない。世界なんて背負わなくとも、本当は大切な家族や仲間と、ささやかながら誰かを助け、助けられ、その結果笑い合って暮らせるなら、それで十分だ。

 だが、そんな平穏を脅かす危機に立ち向かう力が、自身に備わっているというのなら。いつも、身を削って皆を守ってくれている兄の負担を、少しでも肩代わりすることができるのなら。そう思って、戦いの中に身を投じ、強くなることを目指してきた。

 なのに、この血を狙って迫る脅威だけではなく。スカルゴモラが戦うこと、それ自体が敵の目的であったのなら――己の奮起など、却って兄の迷惑になっていたのではないかと。自らに宿るリトルスターの存在に気づけず、多くの怪獣を屠ってきたルカはつい、自らの半生を否定しそうになった。

 

〈……ま。繰り返しになるが、敵の狙いがレイオニクスの力であるなら、ウルトラマンジードだけで戦っても同じかもしれないがな〉

 

 そうしてルカの心が沈みかけたのを見計らったように、ペイシャンが口を開いた。

 

〈その抵抗を、利用されているのかもしれないとしても、だ。おまえの存在や決意が周りの不幸を呼んだなんてほざく輩が居たとしても、そもそも悪意を持って一方的に殴りかかっている奴の方が悪いに決まっている〉

「ペイシャン博士……」

 

 ペイシャンが語る言葉に、リクもまた、感じるものがあるような呟きを漏らしていた。

 

「……けれど。敵の狙いがルカたちなら――もう、不必要に前へ出さなくても良いでしょう?」

〈ああ、それはこの間話したとおりだ。今後はおまえが中核になるだろうな。改めてよろしく頼む〉

 

 ルカたち兄妹を責めるわけではなく、純粋に案じた声でライハが問うのに、ペイシャンは頷きを示した。

 

「えっと……わたしも、たたかわないほうがいいの?」

〈……おまえのレイオニクスの血は薄いらしいが、一応はそういうことになる、な〉

 

 不安そうにサラが問うのに、ペイシャンも難しい表情で答えた。

 

「じゃあ、さっきのも、いけないことだったの?」

〈そうではない、な。スカルゴモラがメタフィールドを張らなければ市街地への被害が広がり、ウルトラマンジードが居なければ逃れた円盤生物を抑えられず、そしておまえが頑張らなかったら、グビラの保護もできなかっただろう。この先、その影響がどう転ぶかは保証できないが……これまでは、おまえたちが戦ってきたおかげで、多くのものが救われてきたと、AIBとしては判断している〉

 

 サラの問いかけに、ペイシャンはしっかりと首を横に振って、彼女の頑張りを褒めてくれた。

 

〈情けない話だが。現実問題として、これからもおまえたちの力を借りざるを得ない時はあるだろう。だが、伝説のレイオニクスも、ウルトラマンジード自身も。戦いを放棄するんじゃなく、自分を利用しようとしたレイブラッドやベリアルの想定より強くなって、奴らの計画を瓦解させて来た。いざという時には、またそうしてやるぐらいのつもりで居れば良いんじゃないのか?〉

 

 マイペースで、普段は皮肉屋なペイシャンが見せた、真っ直ぐな信頼と激励に。

 沈みかけていたルカと――きっと、同じく迷いを抱きかけていたのだろうリクやサラもまた、その表情を明るいものに変えていた。

 

〈ま、結果が伴わなかったなら、改善は必要だがな――俺の報告書みたいに〉

「……査察官さんに許して貰えて良かったね、ペイシャン」

 

 ペイシャンの口にした冗談に、今度はルカも笑えていた。

 

〈ああ。おかげでゼガンの運用にももう遠慮は要らなくなったわけだ〉

「遠慮はちゃんとしてあげてよね!」

 

 今度は声を高くして、ゼガンの扱いに抗議を示しながらも。

 自分は本当に、出会いに恵まれたのだと――家族だけではない、支え合える仲間の存在を実感し、ルカの気持ちは上向いていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 謎だった強化現象の正体が、『ブレイブバースト』と分類される、レイオニクスの能力だとわかった翌日。

 当面、AIB基地で待機することになったライハの分も、銀河マーケットでの業務を終えたリクとルカは、サラを迎えるため、元星公園を目指して歩いていた。

 

 元星公園は、伊賀栗マユがいつも遊んでいる場所だ。滅亡の邪神ハイパービースト・ザ・ワン襲来の縁から、外見上の年齢が近いマユとサラは一緒に遊んだり、勉強したりする、友人関係を築いていた。

 そのため、リクたちが銀河マーケットで働いている際、伊賀栗家がサラの面倒を見てくれることも、ままあることになっていた。

 

 今日は、非番だというトリィ=ティプも一緒になり、彼女が二人の勉強を見た後、リクたちが迎えに行くまで公園で時間を潰すという段取りになっていた。

 

 伊賀栗家やトリィへの御礼の品は、遠慮されないよう、サラとマユも分け合えるような簡単なお菓子を準備済。万全の体制の兄姉で、末妹を迎えに行っていたその道中で、リクは予想外の眺めを目にした。

 

「お兄ちゃん? どうしたの?」

 

 突然、足を止めたリクに、ルカが訝しむような声を掛けた。

 リクの視線の先へとルカも目を配るが、妹は兄が何に驚いているのか、皆目見当がつかない様子だ。

 ……当然だろう。ルカは、彼女のことを知るはずがないのだから。

 

「ごめん、ここでちょっと待ってて」

 

 伊賀栗家宛の品をルカに預けて、リクは件の人物に接近した。

 

「あの……大丈夫ですか?」

 

 距離を詰めつつ、どことなく挙動不審な相手を確認したリクは――周囲の何もかもに怯えた様子の若い女性へと、ゆっくりと声をかけた。

 突然の呼びかけにも驚き、身を硬くする女性へと、リクは努めて穏やかに問いかける。

 

「アリエさん……ですよね?」

 

 白いワンピースに身を包んだ彼女の名は、石刈(いしかり)()()()

 かつての敵、伏井出ケイを巡って、リクたちと関わったノンフィクションライターだ。

 ……だが、彼女とリクの運命の交錯は、それだけではなかった。

 過去の因縁から、密かに身構えているリクの問いかけに対し。アリエは目を剥き、はっきりと息を呑んでいた。

 

「ア、リエ……?」

 

 アリエは、初めて聞いた単語を繰り返すような素振りで、自らの名を復唱していた。

 

「あなた……私のことを知っているの……?」

 

 怯えながらも縋るような声で吐かれたその言葉に、リクは彼女の置かれた状況の一部を理解する。

 奇しくも――かつて、彼女が出会った頃の伏井出ケイと同様に。アリエは、自身に関する記憶を喪失している様子だった。

 

「そこを動くな」

 

 覚束ない足取りで、アリエがリクとの距離を詰め始めたその時。硬い声が投げかけられた。

 

「ゼナさん、モア!」

「離れろ、朝倉リク。彼女の身柄は、後は我々が預かる」

 

 突如として現れた、馴染みの二人――それと、ゼナが従えるその他の黒服たちが自身を取り囲むのを見回して、アリエが恐怖したように声を上げた。

 

「何なんですか、あなたたち!?」

「……アリエさん、落ち着いて」

 

 沈痛な色を、必死に隠した表情で。真っ先にアリエまで歩み寄ってきたのは、愛崎モアだった。

 優しい声音で呼びかけるモアが差し出した手を払い、逃げ出そうとするアリエを、駆けつけた他の黒服たちが抑え込む。

 

「やめて……っ!? 助けて!」

「ちょっと! 手荒なんじゃないの!?」

 

 悲痛な声に、しかしリクは動けなかった。

 代わって、見てられないとばかりに駆け込んできたのは、この場で一人事情を理解していないルカだった。

 

「モア、やめさせてあげてよ!」

「そうもいかない。石刈アリエの身柄は、確実に拘束する必要がある」

 

 ルカの訴えを退けたのは、視線を逸らしたモアではなく。彼女を庇うように、そしてアリエとの間に立ち塞がるように、ルカの前へ歩み出たゼナだった。

 

「……ルカ。落ち着くんだ」

「お兄ちゃんまで!? どうして……っ!?」

〈まぁ、半分は俺たちの落ち度だ〉

 

 理不尽への憤りと、困惑を示すルカに答えたのは、昨日ぶりとなるペイシャン博士からの通信だった。

 待機していたエージェントが抱えるタブレット端末に顔を映したペイシャンは、ルカへ言い聞かせるようにして述べていた。

 

「落ち度……? 何、自分のミスで迷惑かけてるの!?」

〈ああ。おまえらにな〉

 

 予想外のことを言われたのか、ルカの勢いが弱まった。

 

〈その女はもう死んでいるはずなんだ。憑依していたウルトラマンベリアルから捨てられた時に〉

「え……っ?」

 

 父の名を出されたルカは、告げられた事実の衝撃に息を止めていた。

 そう。石刈アリエは、伏井出ケイを追ううちに、彼に近づき過ぎ、利用されてしまった被害者――ではなく。

 ウルトラマンジードとの、最初の決戦の後。傷を追ったウルトラマンベリアルが身を潜め、間近から伏井出ケイの動きをコントロールせんと、正体を隠すために取り憑き、最期にはその生命を投げ捨てさせた人間だった。

 つまり……石刈アリエを使い捨ての傀儡としたのはリクの創造主(伏井出ケイ)ではなく、リクたち兄妹の父(ウルトラマンベリアル)その人だった。

 ――知られたくなかった、と。故に沈黙していたリクは、身勝手なことを想った。

 リクが自己嫌悪する間にも。愕然とした表情が解けぬまま、なおもルカは続ける。

 

「でも……でも、生きてるじゃん、あの人!?」

〈それが問題なんだ。ベリアルと融合していた元生命体――検体として、うちのラボで丁重に保管しているはずだった遺体が、いつの間にかなくなっていた。そのことに昨日まで、誰も気づくことがなかった〉

 

 昨日――一連の事件の黒幕が、ブレイブバーストを起こせる存在、すなわちレイオニクスではないかと目されたタイミング。

 

〈ベリアル因子――つまり、レイオニクスの遺伝子が残留している可能性が、石刈アリエの肉体にはあった。知見も増えた今、改めて調べようとして、ようやく死人の失踪に気づくことができたってわけだ〉

 

 ペイシャンが何を疑っていて、どうしてAIBが強硬に動くのか、ようやくルカも理解した様子で目を見開いていた。

 

〈振り返ってみれば、だ。第二次ベリアルの乱の際には、事態の終盤まで、あのウルトラマンキングがベリアルの復活を感知できていなかった。怪獣の強化だけでなく、他の知性体の認識への干渉も、レイオニクスは可能としている。もっと早く思い至るべきだった〉

 

 打ちのめされた様子のルカの肩に手を置きながら、リクは代わってペイシャンに問うた。

 

「黒幕はアリエさん……って、こと?」

〈関連する可能性は高い。そうでなくとも、ベリアルと融合していた存在が息を吹き返し、何の監視にも置かれないまま行動しているなんて状況、看過することはできない〉

 

 ペイシャンが告げる頃には、アリエはAIBのエージェントたちによって完全に拘束されていた。

 

「……死んでる? 私が?」

 

 そして、自らの真相を無遠慮に知らされる格好となったアリエは、ようやくその事実が理解できたように、乾いた声を漏らしていた。

 

「何よそれ……ベリアルって何!?」

 

 狂乱したように叫び出すアリエが、混乱の余りに自傷してしまうことがないよう。AIBのエージェントたちが、より厳重に彼女の自由を奪おうと動く。

 その様を見て。自らの無知が原因で、アリエの心を傷つけてしまったと悟ったルカが息を呑むのが、その肩に置いた掌を通してリクに伝わった。

 

「ゼナさん。それに、モア」

 

 消沈した様子のルカの前に出ながら、リクは未だ苦手な強面の偉丈夫と、誰より古い馴染みであるモアへと呼びかけていた。

 

「あんまり酷いこと、しないであげてくれますか」

「……もちろん。今度こそアリエさんのことを助けたいって、私も思ってるから」

 

 リクの頼みに、モアが決意を込めた表情で頷きを返した。

 

 ……取り乱していた声が、乾いた笑声へと変貌したのは、ちょうどその時のことだった。

 

「――芝居はここまで、か」

 

 

 

 

 

 

 石刈アリエ――かつて、ルカたちの父が憑依し、都合の良いように弄んだ挙げ句に、身勝手に命を奪ったという女性。

 それが、そのベリアルの杜撰な扱いの後遺症によってか、生きる屍となって動いていて……自分のせいで、その事実を知りもしなかった当人に、無遠慮に聞かせてしまった。

 そのことでショックを受けていたルカは、目の前で起きたことを理解するのが一瞬、遅れてしまっていた。

 

「ルカっ!」

 

 咄嗟と言った様子で、(リク)がルカに抱きついて来た。その背中で庇ってくれたおかげで、続いた爆発のような衝撃波に、ルカは直接晒されることなく済んだ。

 その、兄の肩越しに見えたのは。アリエを拘束しようとしていたAIBのエージェントたちが、不可視の力の作用をモロに受け、弾き飛ばされてしまう光景だった。

 

「みんな!」

 

 悲痛な呼び声を上げるのは、ゼナの屈強な背中に庇われていたモアだ。彼女たち二人を除くエージェントは、突如として発生した爆風に弾き飛ばされ、身を強く打った痛みにのたうち回っていた。

 突然の暴威、その発生源――寸前まで彼らに取り囲まれていたアリエは、その瞳を妖しい赤色に輝かせていた。

 

「――念力っ!」

 

 細身の女性が、強靭な異星人エージェントを一掃したカラクリに気づいたルカは、同種の力を行使することで追撃に抗った。

 

 ――よりによって、この不可視の力は兄を狙っている。負けられない!

 

 そんなルカの意志を載せて。互いに作用する念動力が相手を打ち消し合い、視線を結んだルカとアリエの中間点で弾けて消える。

 その様子を見たアリエは一瞬舌打ちした後、しかし満更でもなさそうに微笑んだ。

 

「なかなかの念力だ。流石俺の娘、と言ったところか」

「………………は?」

 

 薄く真珠の紅を引いたアリエの唇から吐かれた言葉が、あまりにも理解から隔絶していて。ルカは思わず、そんな間の抜けた声を漏らしていた。

 明らかな敵を前にしながらも混乱する妹に代わって、背後でリクが息を呑んでいた。

 

「まさか――ベリアル、なのか……!?」

 

 兄が呻いた懸念を聞いて、ルカもようやく思考が追いついた。

 ――ウルトラマンベリアルが憑依していた、地球人の骸。

 それがいつの間にか息を吹き返したのは、実はそこに、ベリアルの意志が――!

 

「そうだ、とも言えるが……残念ながら、今はまだそうじゃない」

 

 果たして。艶然、というには粗野な笑みを深めたアリエは、煮え切らない回答を寄越してきた。

 

「確かにベリアルはこの体を捨てた。だが、すぐにこの星ごと滅ぼすつもりだった物を、わざわざ濁さずに立つような男でもないことは、貴様らの知るとおりだ。息子よ」

 

 リクに対しても、『息子』と呼びかけながら。

 しかしルカの振り返った兄の顔は、確信ではなく、誰何の前よりも混乱を深めた顔をしていた。

 

「そのために残留したベリアル因子の力で、俺は蘇ることができた」

〈――それで? ベリアルの抜け殻に過ぎないというおまえが、何故ウルトラマンジードたちを我が子と呼んでいるんだ?〉

 

 転がった通信端末から、音声は拾えているらしいペイシャンが、問いかけをアリエに投げていた。

 

「ベリアルが好き勝手に弄ってくれたおかげでな。俺はもう、己をかつての石刈アリエとも思えないのだ」

 

 自嘲するような、しかし妙に活力に満ちたアリエの返答。

 

 彼女が語る変化がわかり易いのは、一人称だろうか――先のリクやモアの対応を見れば、女性らしい『私』こそが当時のアリエが用いていた一人称だったはずだ。

 しかし本性を表してからの今のアリエは、『俺』という一人称を用いる、荒々しい男性のような口調で、こちらとの問答に応じていた。

 

「世界に認められないまま、巨大な力に踏み潰された、無意味なアリエでないのなら……この命と力の源となったベリアルに代わり、世界を闇に塗り込めることこそが、この俺の役目だと――そうは思わないか?」

〈……なるほど。デビルスプリンターを取り込んだ怪獣のように、おまえは頭がベリアルに汚染されているわけか〉

 

 アリエの問いかけに、呆れた様子でペイシャンが罵倒を返した。

 

〈だが、おまえの持つ力は所詮、ベリアルの一部に過ぎない……負け犬の残り滓如きが、随分と大口を叩いたものだな〉

「――だからこそ。ベリアルから零れた血肉の全てを回収し、俺は完全なる暗黒大皇帝として復活を遂げる」

 

 言葉とともに、アリエはルカたちの方を見た。

 獲物を前にした肉食獣のようなギラついた視線に、嫌悪感を抱いているその最中にも。この場に居る面々に代わって、なおもペイシャンがアリエに話しかける。

 

〈……やはり黒幕はおまえだった、ということか〉

「会いたかったか?」

〈面の皮が厚いな。糸が切れた傀儡(にんぎょう)のくせに、随分と持ち主に似たもんだ〉

 

 ペイシャンが鼻で笑った次の瞬間。いい加減気に障った様子でアリエの放った念動力が、彼の声を届けていた端末を、嫌な音を立てて拉げさせた。

 そのためにアリエの注意が散った瞬間を狙い、ゼナが既に跳んでいた。

 

 ペイシャンが挑発的な会話で情報を引き出していた間に、ゼナは先程の念力で受けたダメージを回復させていたらしい。人外の速度でアリエに接近したゼナが、空気を裂く手刀を繰り出す。それをアリエは間一髪のところで身を翻して躱し、再びの念力でゼナを攻撃しようとする――が、そこにルカが自身の念力を合わせて無力化する。

 

 しかし、それはアリエの攻撃手段の一つを何とか防げているだけだ。ルカが呼吸を誤れば、ゼナをして敗北は免れないだろう。

 ならば、いつまで成功するかわからない念力の相殺に徹するのではなく。彼に加勢して、短期決戦で制圧するべきだとルカは考えた。

 

「来るな!」

 

 立ち位置の目まぐるしく変わる攻防では、モアの銃も介入できない。故にライハの弟子として鍛えた拳法で、及ばずながら助太刀しようとしたルカの動きを、後ろに目でもあるかの如くゼナが制す。

 

「こいつは君たち兄妹との接触を狙って、無力なふりをしていた……迂闊に近づくんじゃない!」

 

 ペイシャンが聞き出した、敵の狙い――ベリアルに由来する力の回収。

 すなわち、ウルトラマンジードや培養合成獣スカルゴモラといった、ベリアルの血を引く生命体を取り込むことこそを、アリエは狙っている。

 それを避けるように言いながら、回避に専念するアリエの隙を狙ったゼナがハイキックを繰り出すも――金属を打つような硬い音を奏で、その足が止まっていた。

 

「ぐ――っ!」

「ギガファイナライザー!?」

 

 いつの間にか――いや、最初の衝撃波の際か。リクの懐から転がり出させることに成功していたらしい赤き鋼、その地球人用スケールの待機形態を、アリエは念力で手元に引き寄せ、ゼナの攻撃を防ぐための得物としていた。

 そのまま待機状態のギガファイナライザーを揮ったアリエは、ゼナの足を振り払うと、互いに距離を取って仕切り直した。

 

「やるな、シャドー星人。……本当はベリアルのカプセルだけでも回収したかったのだが、仕方ない」

 

 言って――アリエは、ギガファイナライザーから、ウルトラマンジードの素体の姿が描かれた、エボリューションカプセルを取り出した。

 

「……息子のもので代用させて貰おう」

 

 言うや否や。アリエは、カプセルをその口の中に放り込んだ。

 

「うぇ――っ!?」

 

 奇行で、ルカたちが呆気に取られている間に。カプセルを嚥下したアリエは、装填口が空になったギガファイナライザーを投げ捨てた。

 

「――ブルトン」

 

 そして、次の瞬間。彼女の背後に、先日取り逃がしたあの四次元怪獣が、空間転移で出現した。

 

「我が子らをもてなしておけ」

 

 アリエが告げると同時、ブルトンが時空に穴を空けて、そこから生じる吸引力に、ルカたちは囚われてしまっていた。

 

「しま……っ!?」

「その間に……俺は末の娘を迎えて来よう」

 

 その、聞き捨てならない言葉を耳にすると同時に。

 ルカたちは、ブルトンの発生させた穴の中へと、呑み込まれてしまっていた。

 

 

 

 

 

 




Aパートあとがき



 ここまでお読み頂きありがとうございます。
 リアルタイムの方はお久しぶりです。前回からも間隔が空いてしまいましたが、この四月からは労働環境が変わったので、また昨年以上のペースで更新を頑張って年内完結を目指したいな、と思っています。よろしければ引き続きお付き合いくださると幸いです。
 また、『ウルトラマントリガー エピソードZ』や『TUBURAYAIMAGINATIONオリジナル小説 ゼナのファイル』が公開され始めました。どちらも大変楽しめましたが、後者は(本当のことを言うと既に怪しいですが)今後のエピソード次第で本作と大きな矛盾になりそうで恐ろしいところです。たちまち、ファイル1のモアが(以下ネタバレにより自粛)する時期については、本作の世界観ではベリチルの最終回後、という形にすれば何とか誤魔化せるかな……なんて考えていますが、さて。



 以下はいつもの設定面の言い訳等々。


・円盤生物ブリザード
 飛行形態でしか出番がなかった怪獣。映像作品だった場合のスーツの節約を真似するいつものごっこ遊びです。
 眉子ちゃんとフランス人形でセットだった原典での分身と違い、巨大なフランス人形を二体、ビット兵器扱いで召喚していますが、実際のところ個体差と言い張ってそんなことができるかは全くの不明です。例によって本作独自の設定であることを改めて表記しておきます。


・ファイヤーリーダーとマイティトレッカー
 恒例となったDCD限定フュージョンライズ。どっちももうウルティメイトファイナルが技を習得しそうですが、その技を使うかは相手との相性次第、という感があるので公式で使ってなくても大きな矛盾にはならないでしょう、という読み。
 逆にベリチル内で考えると、かつて苦戦したラグストーンやプリズ魔をこれで瞬殺できるようになりました。うーんインフレ(※相性です)。


・ブレイブバースト
 ようやく出てきた、本作における怪獣の強化現象の正体。これまでは事実上のストロング・ゴモラント(ブレイブバースト)や禍々アークベリアル(ブレイブバースト)が出現し、スカルゴモラ・レイオニックバーストと対決していたわけですね。そんな風にホイホイ強化しているものの、これも本当はゲーム以外の公式作品だとゴモラとレッドキングしかしていないのは内緒。
 絵面も地味で使用回数も少なく、パワーアップの幅も数値化されていないながらレイオニックバースト以下、互角の相手を圧倒する~先にブレイブバーストした相手を圧倒し返せる、ぐらいのふんわりしたことしかわかっていなかったりします。
 ただ、レイオニクスの強化が入るだけで『ウルトラセブン』本編の数倍以上は確実に強い設定のキングジョーをセブンのミクラスが圧倒できたりするので、この能力の対象になる=レイオニクス能力の対象となっての強化&ブレイブバーストを起こしているレイオニクスとその怪獣の相性でパワーアップ幅が変わる、というような扱いになるかと思われます。レイオニクスと怪獣の相性次第、つまりパワーアップの幅はその場のノリに結構寄っちゃうということで、ご了承ください。


・石刈アリエの生死
 原作『ウルトラマンジード』の第23話でベリアルが分離した後の石刈アリエについては、現状公式では言及がありません。
 そのため、生死不明の存在なのですが、本作ではあの後はそのまま死亡していたという体で取り扱うこととしました。
 また、伏井出ケイの前に姿を現す以前、ベリアルに憑依された際のアリエの状態についても公式では明言がないため、本作ではキメラベロス戦の余波で死に瀕していた、というイメージで描いております。ただ、この辺りは公式では一切不明のため、『ゼナのファイル』等で今後矛盾する描写が出て泣くかもです。あくまで2022年4月現在の設定での二次創作設定、ということでご了承くださると幸いです。




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第十四話「ヒカリノキズナ」Bパート

 

 

 

「――あれ?」

 

 元星公園で遊んでいた、究極融合超獣サンダーキラー(ザウルス)が地球人の少女に擬態した姿――朝倉サラは、不意に生じた奇妙な感覚で振り返った。

 

「サラちゃん、どうしたの?」

「えっと……いま、ちょっとだけ、じげんがうごいた気が……?」

 

 視線の高さが同じで、故に早く変化に気づいたらしい伊賀栗マユの問いかけに、サラは小首を傾げた。

 

「でも、トリィのおでんわ、なってないよね? レムもなにもいってないし……」

「そうね。でも、サラがそう感じたのなら、ペイシャンに確認しておこうかしら」

 

 同じく地球人の姿に擬態したピット星人トリィ=ティプが、サラの疑問に答えながら、確認の一手を約束してくれる。

 

「次元が動く……って、どういうことなんですか?」

「昨日のような、怪獣出現の兆候です。……この子は超獣だから、そういう変化も知覚できるみたいで」

「へぇー、すごいんだね、サラちゃん」

「えへへ……ありがとう、マユちゃん」

 

 マユの父であるレイトの問いかけにトリィが答える間。先程まで勉強を見てくれていた彼女が何を言っているのか、正しく理解しているのかは怪しいものの。とにかく他にない才能があることはわかった様子のマユに褒められたサラは、笑顔で御礼を返していた。

 

「……異常なし、変化があれば連絡する、ですって」

 

 その間に、ペイシャンとのやり取りを終えたらしいトリィの言葉に、サラは己の勘違いかと安心した。

 当面は戦わない方が良いと、昨日、言われたばかりの身だ。

 正直言えば、ちょっと窮屈ではあるが――その分、いっぱいお勉強したり、こうして息抜きに友達と遊んだりできるなら、それでも構わないと、サラは感じていた。

 だから、自分の勘違いで良かったと――その時のサラは、確かにそう思っていた。

 

 

 

 

 

 

 ……トリィ=ティプがAIB本部から受け取ったメールは、明らかに現状と即していない内容だった。

 その理由は、AIBの研究セクションが既に、攻撃を受けていたからだった。

 

「ペイシャン! 何が起きているの!?」

 

 施設内で鳴り響く警報音を耳に、怪獣出現に備え、キングギャラクトロンMK2(マークツー)の操縦者として待機していたライハは、この施設の責任者を見つけ出し、事態を問い質していた。

 

「自動防衛システム、起動しました!」

「コンピュータに侵入者!」

「――聞いてのとおりだ。何者かにサイバー攻撃を受けている……おそらく、石刈アリエの放った怪獣だろう」

「アリエ……?」

 

 思わぬ名を聞いて、困惑するライハに対し。キングギャラクトロンMK2と接続したコンソールを睨めつけるペイシャンは、何も言わずに報告書を投げてきた。

 その様子から、彼にも余裕がない状態なのだと理解したライハは、文句を引っ込め渡された紙を読む。そして、状況を把握して息を呑んだ。

 

「こんなことって……」

「問題は、その頭がベリアルに汚染されたアリエが、既にリクとルカに接触したことだ」

 

 前提となる情報をライハが読み終えたことを、一瞥も寄越さずに察知したらしいペイシャンが、さらに重大な事態をライハに告げた。

 

「やはり一連の黒幕は奴で、勘付かれて直接動き出した、ってことのようだ。ゼナたちが最悪の事態は防いだと思いきや、ブルトンの力でリクたち諸共飛ばされてしまった。同時にここも攻撃された、ってわけだ」

「――っ、すぐにキングギャラクトロンMK2(マークツー)を出して!」

 

 家族の代わりに戦う……そんな決心を嘲笑うような敵の動きを知らされたライハは、思わずペイシャンに迫ったが、しかし彼は首を横に振った。

 

「悪いが、少しだけ待て。この施設のコンピュータに敵が侵入したままじゃ、バックアップは不十分だ。外部との通信も遮断されていて、ブルトンを追うことはできない」

「じゃあ、どうしろって言うの……っ!?」

「だから待てと言っている。その障害を取り除く力を、俺はこいつに持たせてある」

 

 ペイシャンに倣って、ライハは自身に託された力である、白と金の機体を見上げた。

 

「サイバー惑星クシアの欠片を、動力源と演算機器を兼ねて、俺はこいつに組み込んである」

 

 本機のベースとなったシビルジャッジメンター・ギャラクトロンMK2。三大ウルトラマンと互角以上に渡り合ったその戦闘マシンの力の要が、ウルトラマンすらデータ化し無力化する、サイバー惑星クシアのバックアップだった。

 データ化攻撃こそ残せていなくとも。その欠片を組み込んでいるからこそ、クシア亡き今も、その流れを汲むキングギャラクトロンMK2は驚異的な戦闘力を発揮できるのだ。

 

「ハッキングを仕掛けて来ている相手を、サイバー惑星の欠片で無力化し、排除する。それが済めば、すぐにリクたちのところに次元跳躍できるよう、設定は完了した。後の調整は任せる」

 

 最後の言葉を部下に告げたペイシャンは、この緊急時に突然、ライハの前から離れ始めた。

 

「ちょっと、どこに……!」

「おまえはすぐに発進できるよう、乗り込んでおけ! 俺は……トリィたちのところへ向かう!」

 

 ライハへの指示を叫びとして残したゼットン星人ペイシャン博士は、人外の俊足を発揮して、施設の外へと駆け出し始めていた。

 

 

 

 

 

 

 リクたちがその身を投げ出されたのは、何もない荒野の上だった。

 荒涼とした岩肌が延々と続き、空は強風と共に流れる雷雲に覆われている。

 ……呼吸に変わりはないが、ここが地球ではないと気づくのに、そう時間は掛からなかった。

 何せ、空の上に、大陸が浮いていたから。

 

「……ここは」

〈どうやら、怪獣墓場のようです〉

 

 リクの疑問に、いつも通りレムが答えた。

 だが、ジードライザーを握っていたわけではなかったリクは、その声が届いたことが不思議に思えて――ユートムを探して振り返ってみると、上空から舞い降りる、巨大な船影を目にすることとなった。

 接近してきたのは、星雲荘の真の姿――ネオブリタニア号だった。

 

「どうしてネオブリタニア号が……!?」

〈星雲荘も、ブルトンによってここへ飛ばされました〉

 

 帰るべき家を別の場所に飛ばす、恐るべき敵の所業にリクは肝を冷やしたが、浮遊するネオブリタニア号自体は無事な様子だった。

 

「レム。怪獣墓場……って、何?」

〈名の通り、怪獣の霊魂や概念が流れ着く、多次元宇宙の事象の吹き溜まりです〉

 

 怪獣として、その響きが無視できなかった様子のルカの問いかけに、レムが答えを述べた。

 曰く、多世界解釈における、複数の宇宙に跨って存在する定常的な空間の歪み。

 空間の密度やベクトル、位相が一定せず絶えずランダムに波打っているため、エネルギー収支という宇宙の最も基本的な法則が成り立たない場所でもあり、怪獣の亡霊以外にも今のリクたちが足を付ける小惑星等も漂着し、空に見える巨大な浮遊大陸も存在している、摩訶不思議な空間だという。

 

「私たち……死んじゃったってこと!?」

〈いいえ。怪獣墓場に流れ着いた死者は漂うだけで、自由に行動することはできません〉

 

 涙目で問いかける怪獣(ルカ)に対し、だから自分たちは大丈夫だと、機械(レム)は平然と返していた。

 

〈一度流れ着いたものが勝手に外へ溢れ出ることはありませんが、動ける者なら脱出は容易です。ネオブリタニア号ならば問題なく、全員で星山市に戻れるでしょう〉

 

 その回答に、リクは安心した。脱出のための手段と一緒に飛ばすなんて、敵も間抜けなものだと。

 ……一瞬の後に、そうではないと思い出した。

 

「レム! なら、早く戻ろう……サラが敵に狙われている!」

 

 そのために、レムもまとめて隔離したのだと、リクはようやく思い至った。

 果たして、間に合うのか――そう思いながら、リクは周囲の人影を見た。

 

「モアたちも、早く!」

「……いいよ、リッくん。先に戻ってくれて」

 

 だが、リクの訴えに対し、倒れた仲間の一人に駆け寄っていたモアは、ゆっくりと首を振っていた。

 

「皆を乗せて貰ってたら、時間がかかっちゃう――サラちゃんのところまで、早く行ってあげて」

〈この場所には、流れ着いた怪獣の死体や次元の漂流者を糧とする高次元捕食獣レッサーボガールの目撃情報もありますが、構いませんか〉

 

 リクたちの姉代わりとして、凛々しい表情を作っていたモアは、そんなレムの問いで頑張って作っていた威厳を崩壊させた。

 

「……いいのっ! 早く行って!」

 

 人食いの猛獣が居るかもしれないと聞かされ、青い顔をして震えるモアが、それでもなお、リクたちを気遣ってくれた。

 締まらない彼女に呆れた様子ながらも、その決断を尊重するようにゼナが頷いてくれたその時。

 ――耳を劈く、金属質な激突音が、リクたちの背後から生じた。

 振り返ると――ネオブリタニア号が何者かの攻撃を受け、墜落してきていた。

 

「――っ、ジィィィィィィィィィィィドッ!!」

 

 その状況を理解した瞬間、リクは即座にフュージョンライズを行っていた。

 光量子情報体として保管されていた巨人体、ウルトラマンジード・プリミティブの姿に変じたリクは、同じく、本来の姿に戻った(ルカ)――培養合成獣スカルゴモラとともに、墜落してきたネオブリタニア号の巨大な質量を受け止めて、背後のモアたちを庇っていた。

 

〈……申し訳ありません、リク、ルカ〉

「(いいよ、謝らないでレム)」

「――誰だ!」

 

 スカルゴモラとレムが、言葉を交わす間に。

 腕力に優れる妹が、巨大な艦体を持ち上げて、安全な位置へ動かすのに任せたジードは、レムを傷つけた存在へと呼びかけた。

 

 ――果たして、その問いかけに答えるように。

 三つ又の穂を備えた長大な直槍を手にした黒い人影が、巨人の姿すら隠す大きな岩山の向こうから、その全容を見せた。

 それは左右非対称の三日月型の角を持ち、赤い目をした悪魔のような形相の兜に、豪奢かつ禍々しい漆黒の偉容を備えた、ウルトラマンと同等の体格をした鎧姿の巨人。

 

 ……何故か、ジード=リクは。そのシルエットに、見覚えがあるような気がした。

 肩の造りや背中の装飾品が、あの悪夢に見た闇の巨人と似ているからだと気が付いたのは、そのすぐ後のことだった。

 

「こいつは……」

〈暗黒魔鎧装、アーマードダークネス〉

 

 ジードの呼び声に応えて現れ、武器を構える様子を見せながらも。何の言葉も発しない巨大な鎧に対して、レムがその名を教えてくれた。

 

〈エンペラ星人のために鋳造された、対ウルトラ戦士用の生きた甲冑。そして、レイブラッド星人やベリアルの魂が、自らの器として操ったことのある、不滅の魔鎧装です〉

 

 自分たちに流れる血と、深い因縁を持つ暗黒の鎧。

 ベリアルの残滓により蘇った、アリエの意で飛ばされた怪獣墓場――かつて父が、ゼロとの三度目の対決でこの鎧を用いたとされる場所で、復活したアーマードダークネスが待ち受けていることが、ただの偶然であるはずはなく。

 そんな予感を確信へ変えるように、怪獣墓場に吹く風で虎落笛(もがりぶえ)を奏でた暗黒魔鎧装は、その手の長槍を振り翳し、ベリアルの子らに襲いかかってきた。

 

 

 

 

 

 

 ……ペイシャンの回答は異常なし、だったが。

 トリィ=ティプは、サラの感覚が誤りであったという気がどうしてもしなくて、再度確認のメッセージを送っていた。

 二度目の返答も、定型文のように、『異常なし。変化があれば連絡する』の文面から変わりなし。

 時間を置いて、三度目の確認文を送ったところで、やはり返信は同じ。

 ――それで、何かがおかしいと確信できた。

 

「トリィ?」

 

 表情が険しくなったのに気づかれたのか、小首を傾げるサラに、トリィは柔らかく微笑みながら、端末を操作する。

 三回とも定型文の返信というのは、ペイシャンの性格上考え難い。嫌味の一つも飛んで来る頃合いのはずだ。

 それで、直接の通話を試みようと、呼び出しボタンに指を伸ばした。

 

「……なんで」

 

 サラの様子を見ながら、呼び出し音を続ける携帯端末に耳を当てた時。トリィの隣で、伊賀栗レイトが驚愕の声を漏らしていた。

 

「どうして、あなたが……っ」

「えっ? レイトくん、知っている人?」

「ルミナさん、マユ、皆ちょっと離れて!」

「何、説明してよ!」

 

 どうやら、妻子の知らないレイトの顔見知りが現れたらしく、騒がしい。

 果たして。星雲荘やAIBのことも既に知られた今、彼女らと会われて困るような間柄の人間など、彼に居るのだろうか、などと。メールの返信よりもレスポンスの悪い、嫌な予感を増幅する電話の呼び出し音に気を取られていたトリィは、次の瞬間呑気な思考を捨てて振り返った。

 

 昨夜、失踪が判明した死人。石刈アリエとは、伊賀栗家の中ではレイトしか面識がないということに、思い至ったからだ。

 

 予想のとおり。トリィの視線が移った先には、白いワンピースを着た、石刈アリエの姿が、既に手の届く距離で出現しており――

 次の瞬間、背後からの衝撃を受けて、トリィは庇ったサラごと転がっていた。

 

「ペイシャンさん!?」

 

 何が起こったのかを、家族を背に庇うレイトの叫びで理解した。

 

「間一髪、だったな……」

「貴様……さっきのゼットン星人か」

 

 振り返ったトリィが見たのは、アリエの手で肩口を貫かれたペイシャンの姿だった。

 かつてベリアルに憑依されていた際、ストルム星人のフクイデケイを貫いたように。地球人より遥かに優れた身体能力を持つはずのゼットン星の成人男性を、細身の地球人女性である石刈アリエが、容易く手で貫いていた。

 

「あいつらもこれで無能ではなく、名誉の負傷になる、な……」

「つまらんことを――まぁ良い。そこのピット星人。人質交換と行こうか」

 

 手首を軽い調子で捻り、白衣を赤く染めつつあるペイシャンに小さな悲鳴を上げさせながら、アリエはトリィを名指しした。

 

「背中に隠した俺の娘を渡せ。逆らわないよう、よく言い聞かせてな」

「ぐ――っ、乗るな、トリィ!」

「言われなくても!」

 

 ペイシャンが痛みを堪えて叫ぶ頃には、トリィもまた擬態を解き、ピット星人としての能力を全開にして、アリエへと突進していた。

 リトルスターこそ既に手放して久しいが、トリィとて元は侵略部隊の工作員だ。白兵戦能力は、地球分署研究セクションの中では指折りの実力だ。

 超加速しての一撃を、アリエは貫いたままのペイシャンを強引に歩かせ、盾にして躱そうとする。その一手を読んでいたトリィは、パンチと見せかけていた手をペイシャンの肩から飛び出したアリエの指を抑えるのに回し、さらに反対の手でペイシャンの体を引っ掴み、強引に身柄を奪い取ろうとした。

 しかし、びくともしないアリエの腕力に阻まれた挙げ句、その目が赤く光ったかと思うと、気圧が急激に跳ね上がったような感覚に苛まれ――

 

「なにをしているの」

 

 次の瞬間、周囲の圧迫からも、アリエの腕力による抵抗からも解放されたトリィは、ペイシャンを引き倒すようにして、敵の拘束から取り戻すことに成功していた。

 

「あなたは、だぁれ?」

 

 甘ったるく幼い中に、底冷えするような、強い怒りを込めた声で。

 三十分の一スケールの、究極超獣の触手を背中から生やしたサラが、アリエに対して詰問を投げていた。

 その触手が、アリエの発動していた念力を引き裂いてくれたおかげで、トリィたちは無事だったのだ。

 そして今は、その触手が隙間なくトリィたちや伊賀栗家の面々を庇っているために、アリエも手出しできず、苦い表情をしていた。

 しかし、一度目を閉じたかと思うと――アリエは不敵な笑みを浮かべて、サラの問いに答えた。

 

「……俺は、おまえの父に代わるものだ」

「父……? ベリアルのこと?」

「ああ。迎えに来たぞ、娘よ」

 

 奇天烈なことを述べながら、掌を見せて招くアリエに対し、サラは触手から雷撃を発して応じた。

 アリエは咄嗟に光子障壁を念力で形成し、直撃こそ防ぐものの。たったの一発で障壁を破壊され、距離を取ることを余儀なくされる。

 

「わたし、お父さまのことキライなの」

 

 にべもなく、サラはアリエの誘いを蹴った。

 

「それに、トリィたちをいじめようとしたあなたの言うことなんて……聞ーかない」

 

 再び、サラが触手から稲妻を放ち、アリエが障壁を展開する。

 当然、先の再現と言わんばかりに防壁は一撃で砕かれるが、それを学習していたアリエはその隙に距離を取り、撤退しようとする。

 

「あ、でも」

 

 だが、公園の出口へと逃げる彼女の前に、伸長したサラの触手が先回りした。

 

「たしかにすこし、レイオニクスのチカラを感じる……あなたが怪獣さんたちを使って、みんなをこまらせているの?」

 

 触手で四方を包囲されたアリエは、状況の打開を求めて視線を巡らせていたが、しかしそれ以上のアクションを起こせていない。

 ……強過ぎる故に、無警戒なところがあるが。実は人間大で戦う場合、星雲荘とAIBの中で、最も強力な性能を発揮できるのは、超獣であるサラだ。

 

「レムの声が聞こえないのも、お兄さまとお姉さまが、おむかえのじかんなのにこないのも……もしかして、あなたのしわざ?」

 

 だから、トリィを人質とすることで、サラの無力化をアリエは狙っていたのだろうが――ペイシャンが駆けつけたことで一手狂った結果、彼女は触れることもできず、ただ性能差で押し潰されるのを待つだけとなっていた。

 

「ねぇ、おしえてよ」

「……そうだ。そいつの仕業だ」

 

 為す術なく沈黙していたアリエに代わって。貫かれた傷口を抑えながら、皮肉に笑いかけたペイシャンが、サラの問いに答えた。

 

「へぇ……やっぱり、いけないヒトなんだ」

「ああ。だからもう、やっつけちまえ」

「うん! ――あ」

 

 囃し立てるペイシャンに勢いよく応えたサラだったが、攻撃の瞬間、驚いたような声を発していた。

 その時には既に、彼女の四本の触手から放たれた雷撃がアリエの立っていた場所を直撃し、大地の窪みと白煙を生じさせていた。

 

「こ……っ、やっつけちゃったんですか……?」

「ううん。ブルトンのチカラで、にげられちゃったみたい」

 

 恐る恐る、口に出す言葉を訂正しながらのレイトの質問に、サラが触手を縮めながら首を振った。

 

「パパ、もうはなして」

 

 父によってずっと庇われながら――万が一にも、人の形をした相手を、友達が殺す瞬間は目撃させまいと。視界を塞がれていたマユが、その手の強さへ抗議するように声を出していた。

 

「サラちゃん、ありがとう」

「ふふ、どういたしまして」

 

 そんな(レイト)の配慮のおかげで。自分たちも巻き込まれかけた脅威を退けてくれた友達に向けて、物怖じせず御礼を述べられたマユに対し、サラも無邪気な笑顔で応じていた。

 その間に、地球人の姿に戻ったトリィは、復元した手荷物を用いてペイシャンの応急手当を始めていた。

 

「どういう状況なの? 私の連絡は届いていた?」

「いや。研究セクションが、サイバー攻撃を受けていて……」

 

 会話を始めたそこで、不意に頭上から柔らかな光が降り注いだ。

 

「ありがとう、ペイシャン。トリィのこと、たすけてくれて」

 

 素直な感謝と尊敬の入り混じった声で、触手からヒーリング光線を放つサラが、ペイシャンの治療を手伝ってくれていた。

 ……というか、既に完治させてしまっていた。

 

「わたし、ペイシャンのこと、かんちがいしちゃってた。かしこいだけじゃなくて、ちゃんとかっこいいんだね!」

「……あんまりかっこ悪いところを見せたつもりはなかったんだがな」

 

 サラの真っ直ぐな称賛と、ついでに悪気なく明かされた先程までのイメージで、降参と言わんばかりにペイシャンが苦笑した。

 

「えー? だって、トリィが前、わるいヒトにつかまってたときなんか、ライハがたすけるのを見てただけだったんでしょ?」

「……どうしておまえがそんなことを知っているんだ?」

 

 驚いたようなペイシャンの問いかけに、サラは悪戯っ子のような笑みを浮かべた。

 

「前にね、トリィと融合した時……トリィの思いでが、いっぱい見えたの。それで、むかしペイシャンが、そう言ってトリィに後からあやまってたのも、知ってるんだよ」

「なるほど……流石だな。おまえの言うとおり、俺もあの事件を契機に、心を入れ替えることにしたんだ」

「ふふ、ほめられちゃった」

 

 納得した様子のペイシャンとサラのやり取りを聞きながら、トリィは妙な違和感を覚えていた。

 

「だが、俺が間に合うために、エージェントたちがそこで転がる羽目になった。トリィ、手伝え」

「――ええ」

 

 そんな違和感の正体をじっくり探るような状況でもないと、部下の保護に立ち上がったペイシャンにトリィも続くこととした。

 

「ちょうど、研究セクションのコントロールも取り戻せたらしい。これでリクたちの正確な所在もわかる」

 

 連絡のため、端末を取り出したペイシャンはその報告を確認すると、続けてサラを振り返った。

 

「……リクたちはライハに任せる。おまえは俺たちと一緒に来て貰えるか?」

「えっと……わたし、やっぱりたたかわないほうがいいから?」

「それもある。だが、おまえがその姿で近くに居ること自体が、石刈アリエへの牽制になる。エージェントが壊滅した今、人質としてトリィたちが狙われないようにするべきだろう」

 

 サラが戦場に向かわないで済むように――そして単なる厄介払いではなく、その能力を肯定する流れになるように、ペイシャンが言葉を並べる。

 その結果、サラは嬉しそうに顔を綻ばせて。それから、使命感に満ちた顔でトリィを見つめ、頷いた。

 

「うん、わたし、トリィたちまもるよ!」

「助かる。もちろん、状況次第じゃ兄姉のところに向かって貰うかもしれないが――まずはさっき俺にしてくれたみたいに、負傷者の手当も頼みたい。トリィと一緒にな」

 

 別に、何か悪いことをさせるわけではないのだが――まんまとペイシャンに乗せられたサラが、小さな拳を握って意気込んだ。

 

「……ねぇ、サラ」

 

 続いて、伊賀栗レイトとの調整に向かったペイシャンの背後で、トリィはサラに語りかけていた。

 

「なぁに? トリィ」

「……さっきの女の人、石刈アリエって言うんだけどね。もし、また戦うことになっても……できるなら、殺さないであげて」

 

 かつて、彼女を救えなかったことで心を痛めた友の顔を思い浮かべながら、トリィはサラに願いを伝えた。

 

「……さっきのわたし、わるい子だった?」

「いいえ。さっきの状況じゃ、手加減なんかできないし……悪いとしたら、やれって言ったペイシャンよ」

 

 不安そうに問う子供(サラ)から大人に責任の所在を移しながら、トリィは言葉を続けた。

 

「もちろん、あなたの無事が一番大事だけど……もし、叶うなら。ベリアルのせいでおかしくなったあの人も、助けてあげたいの」

「……うん。わかった!」

 

 トリィの無茶な頼みに、しかしサラはよく理解した様子の上で、躊躇いなく頷いてくれた。

 

「そしたらきっと、トリィだけじゃなくて……モアおねぇちゃんもよろこぶよね!」

 

 ……トリィが反芻した苦い記憶を。どうやら同化した際に垣間見ていたらしいサラは、言葉の裏にある願いまで正しく理解して、同意してくれていたのだ。

 

「サラ――ありがとう……」

「えへへ……でも、わたしまだなにもしてないよ、トリィ」

 

 思わず手を握ったトリィに、サラは遠慮したようにはにかんだ。

 

「もし、わたしだけじゃむりでも――お兄さまたちなら、きっとなんとかしてくれるとおもう。ふたりとも、わたしよりずっとずっと、すごくてやさしいから」

 

 それから。子供らしい、年長の家族へ――そして、ウルトラマンに向ける素直な信頼を、サラが口にするのを聞いて。

 初めて彼女と出会った時のことを思い返したトリィは、感慨深いものを覚えながら、サラとともに負傷した仲間たちの救助に向かうことにした。

 

 

 

 ……その直後、吹き抜けた風の正体が。

 AIB研究セクションから撃退された、白銀の液体。それが変化した一人の巨人が、次元を渡る際に生じた余波であることに。

 

 トリィはまだ、気づいてはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 怪獣墓場に浮かぶ、岩山と荒野だけの小惑星で、激戦が繰り広げられていた。

 

「バルカンスパークル!」

 

 ウルトラマンジード・ロイヤルメガマスターが、超絶撃王剣キングソードの杖にも似た造りの柄から、名の通り機関砲のような勢いで光弾を発射する。

 その尽くが標的に突き刺さるものの、白煙に変わるだけで――暗黒魔鎧装アーマードダークネスは、全くダメージを受けずに前進して来る。

 

「効かないっ!?」

 

 続けてアーマードダークネスが刺突を繰り出した、漆黒の三叉槍――ダークネストライデントを自身の得物で受け止めながら、ジードは敵の耐久性に呻いた。

 

「(退けぇ!)」

 

 金色の光の王と暗黒の皇帝の鎧が、互いの武器を軋ませ合う最中。アーマードダークネスの背後から、培養合成獣スカルゴモラが襲いかかる。

 その接近に対し、アーマードダークネスはジードを押し退けて体勢を整えつつ、槍を手放した右手で抜き放った長剣ダークネスブロードでスカルゴモラの額を狙って、その突撃を叩き伏せた。

 

「ルカ――っ、スウィングスパークル!」

 

 妹が傷つけられたのを見て、ジードは怒りと共に刃を閃かせる。しかし光の斬撃は、アーマードダークネスの表面で弾かれ、またも効果を為さない。

 

〈アーマードダークネスは、強大な闇の力を秘めた鎧です。ウルトラマンの光線技に対して、優れた耐性を有しているようです〉

 

 かつて退治した難敵、ラストジャッジメンター・ギルバリスの装甲を、ジードは思い出す。

 そのギルバリスを倒すための秘策こそ、同じ惑星クシアの民が作り上げた最終兵器ギガファイナライザーだったが――エボリューションカプセルをアリエに奪われた今は、武器として用いることができない。

 最も有効だろう攻撃手段を封じられたジードに対し、両手に武器を構えたアーマードダークネスが躙り寄って来る。

 

〈気をつけてください、リク。アーマードダークネスは、異星の生命体と融合していないウルトラマンを分解する、レゾリューム光線を使用できます。直撃を許せば、あなたも確実に消滅します〉

 

 レムから恐るべき情報を伝えられ、アーマードダークネスと睨み合う格好となっていたジードは、静かに覚悟を決める。

 遠距離は相手が文字通りの必殺技を持ち、逆にこちらの光線も通用しない。ならば、接近戦で倒すしかない――!

 

〈迂闊に近づくこともお勧めしません〉

 

 そして、前に踏み出そうとした瞬間、レムが水を差してきた。

 

〈これまで計測できたデータから、アーマードダークネスの内部は空洞――装着者が不在であると解析できます。その場合、鎧は装着者を求め、相応しい体格の相手を強制的に取り込みます〉

「それで、どうなるの?」

〈エンペラ星人以外がアーマードダークネスを装着すると、力と引き換えに鎧の支配を受け、最後は吸収されてします〉

 

 かつて、ベリアルがこの鎧を操れたのは。レイオニクスの力に加え、装着ではなく霊魂として憑依していたためでもあるのだと、レムは言う。

 近づいても離れても駄目、というレムの助言に、ジードが理不尽を感じている間にも。アーマードダークネスがこちらを調伏せんと、両手の武器で打ち込んできていた。

 ジードクローを召喚し、同じく両手に武器を構えて打ち合うものの。今の話ですっかり攻め難くなってしまったジードが押されるのは、自然の道理となっていた。

 

「(お兄ちゃん!)」

 

 ジードクローを弾かれ、いよいよ手が回らなくなった時。額から血を流しながらも追いかけてきたスカルゴモラが角を光らせ、怪獣念力を発動した。

 妹は兄の危機に、強力なサイコキネシスでアーマードダークネスを拘束しようとする。しかし暗黒魔鎧装は一瞬の停滞の後、力尽くでその戒めを突破してしまう。

 さらには槍を旋回させてジードを牽制しながら振り返ったかと思うと、その穂先から黒い稲妻のような暗黒のエネルギー――レゾリューム光線を発射して、スカルゴモラに直撃させた。

 

「(きゃぁああああああっ!?)」

「ルカ! この――っ!」

 

 ウルトラマンの模造品である兄と違い、ゴモラとレッドキングの遺伝子を併せ持つ培養合成獣は、レゾリューム光線の直撃にも、分解効果を受けなかったようだ。

 だが、純粋な破壊光線としても。レゾリューム光線は容易くスカルゴモラを跳ね飛ばし、さらに照射を続ければその命を脅かすのに、十分過ぎる威力を有していた。

 妹を救うべく意を決したジードが打ち込みを行うことで、追撃こそ中断させることができたものの。アーマードダークネスはあっさりとキングソードを受け止めて、ダークネスブロードでジードを再び押し返した。

 

「(……レム、皆は回収できた?)」

 

 ジードがアーマードダークネスに追い詰められている背後で、重傷のスカルゴモラが、そんな問いかけをネオブリタニア号に投げていた。

 

〈はい。たった今、完了しました〉

「(わかった。じゃあ、もう遠慮は要らないよね――!)」

 

 ゼナとモアが行っていた、AIBエージェントの避難――その終了をレムが答えた次の瞬間、スカルゴモラの全身から炎が生じた。

 ネオブリタニア号の外に居れば、並のヒューマノイドなど即蒸発する高熱の炎で、そのまま全身を赤く染め上げて――レイオニックバーストへの変貌を遂げたスカルゴモラの放つ力の凄まじさに、アーマードダークネスが弾かれたように振り返る。

 

「(今は、この力を使うしかない……っ!)」

 

 切札となる力を奪われた、兄と代わるように。

 敵の狙いにも敢えて乗る。その決意を吐き出したスカルゴモラが、大地を融解させながら、真っ向へと駆け出した。

 迎え撃つアーマードダークネスは、即座にレゾリューム光線を発動。対して全快したスカルゴモラもインフェルノ・バーストを口腔より放射し、相殺しながら突き進む。

 やがて、スカルゴモラの熱線が、暗黒魔鎧装の破壊光線を押し切って突破。ウルトラマンネクサスのリトルスターに由来する、分子分解効果を持つ光線がアーマードダークネスを呑み込み後退させるも、しかしウルトラマンの光を掻き消す闇の力が、その効果を跳ね除ける。

 だが、透き通る青から暗黒の濁りに戻ったアーマードダークネスが、両手の武器でインフェルノ・バーストを払った時には。赤いスカルゴモラは既に、暗黒の鎧の眼の前にまで間合いを詰めていた。

 至近距離から脳天目掛けて繰り出されたダークネストライデントを、角で弾き。そのまま斜身(シェシェン)(カオ)の構えで、肩口からアーマードダークネスに突進する。

 軋みを上げながら、さらに後退するアーマードダークネス。怒涛の勢いで追撃を仕掛けようとするスカルゴモラに対し、先程彼女の額を割ったダークネスブロードを構えて応じようとするが。

 

《ウルトラセブン》

「スラッガースパーク!」

 

 キングソードにウルトラカプセルを装填することで発動する、念力で作り出した刃を放つ一撃で、ジードが助太刀した。

 光線技は、暗黒の鎧に無効化される。だが、物質化した斬撃にまでは、その闇の加護も及ばない。

 純然たる強度にも優れたアーマードダークネスの腕を、切り落とすとまでは行かなかったが。傷を与え、武器を取り落とさせるには十分だった。

 そして、無防備になった暗黒魔鎧装の腕を、スカルゴモラが引っ掴んだ。

 

「(爆熱……スカル超振動波ぁっ!)」

 

 額の角を叩きつけた勢いのまま、スカルゴモラが体温で加熱した大気を利用して、自身の膨大なエネルギーをアーマードダークネスに叩き込む。

 至近距離だが、人型ではないスカルゴモラを装着者として取り込むこともできず。痛覚などなかろうが、圧倒的な剛力に捕まっては抗えず、されるままとなったアーマードダークネスは、やがて注がれた破壊力に耐えきれず、爆散した。

 暗黒の鎧を打ち砕いた培養合成獣は、闘志の昂りを発散するように咆哮を上げると――レイオニックバーストを解除しつつ、マントを翳して爆発の余波からネオブリタニア号を庇っていた、兄を振り返った。

 

「(ごめん、お兄ちゃん――結局、私……)」

「……気にしないで、ルカ。君のせいじゃない」

 

 ――アーマードダークネスを前にした時。スカルゴモラは当初、メタフィールドへと隔離することで、一人で戦おうとしていた。

 しかし彼女単独で挑むには、最低でもレイオニックバーストを使わざるを得ない相手だ。その判断が遅れてしまえば、と――ルカの躊躇いを見て、心配していたジードが、二人で戦うことを選んだのだ。

 だが、結果として。土壇場での変更のためにメタフィールドへの突入に失敗し、ウルティメイトファイナルを欠いたジードでは、アーマードダークネスに有効打を持てず。結局、レイオニックバーストの力に頼らざるを得なくなってしまった。

 

「相手がそれを狙っていたって、勝てば良い……ペイシャン博士が言っていたとおりだって、僕も思う。むしろ、出し惜しみさせちゃったのは、僕が半端に戦ったせいだ」

 

 完全な己の判断ミスだと、ジードは自身を責めた。最初からフォローを約束し、スカルゴモラが全力を出せるように整えた上で、別行動を取るべきだったのだ。

 だが、過ぎたことを悔やんでジーッとしていても、ドーにもならないと。反省を胸に刻んだジードはそこで思考を切り替え、面を上げた。

 

「急ごう。早くしないと、サラが危ない」

〈その心配は無用のようです〉

 

 最中に、レムの通信が割り込んだ。

 

〈ペイシャンから報告が届いた。君たちの妹は、襲撃してきた石刈アリエを何事もなく撤退に追いやったそうだ〉

 

 続けてゼナが呆気なく明かした顛末に、ジードはスカルゴモラとともに面食らった。

 ……言われてみれば。超獣であるサラは、人間形態でもライハやルカとも比較にならない戦闘力を発揮できる。ゼナとルカの二人がかりで拮抗できるアリエ相手なら、遅れを取るわけもなかったのかもしれない。

 

「(よかった……)」

 

 妙な脱力を抱きながらも。心底安堵したスカルゴモラの様子を見て、自分のせいで妹たちが傷つかずに済んで良かったと――ジードがそう胸を撫で下ろしたところへ、聞き覚えのあるコーラス音が鳴り響いた。

 

〈大丈夫、皆!?〉

 

 キングギャラクトロンMK2を操り、ライハが次元を越えて駆けつけてきた。

 彼女の傍らには、時空破壊神ゼガンの姿もある。ゼナのために、ここまで共に運搬して来たということらしい。

 

「アーマードダークネスを砕いたか。流石だな」

 

 ……ほとんど同時に。追わねばならないと思った相手の声が聞こえて来た。

 いつの間にやら。アーマードダークネスが四散した地点に、ブルトンを背後へ従えたアリエが、忽然と現れていた。

 

〈アリエさん――もう、やめてください!〉

 

 ネオブリタニア号の中から、モアがマイク越しで呼びかけるが、その懇願をアリエは当然のように聞き流した。

 

「予定は狂ったが……保険の一つだった、我が娘の放つレイオニクスの闘気。回収させて貰ったぞ」

「(――っ、でも、その悪巧みもここで終わりだ!)」

 

 先の奮戦を嘲笑うようなアリエの言いぶりに、スカルゴモラが微かに呻いたが。

 同時に両拳を打ち合わせ、フェーズシフトウェーブを放射。アリエを中心にメタフィールドを発生させることで、彼女を逃すまいと隔離した。

 

「……出られないと思っているのか?」

「(でも、外よりは出難いんじゃないの?)」

 

 アリエの挑発へ返す間に、スカルゴモラは怪獣念力を発動する。先程はアーマードダークネスに軽々と突破された拘束も、メタフィールドの補正を受けて強化され、アリエとブルトンの身動きを封じるに至っていた。

 

〈……前と同じだと思ったら、大間違いよ〉

 

 前回の醜態を踏まえ、ブルトンの転送に対する備えを施されたらしいキングギャラクトロンMK2を駆って、ライハもまた前に出る。

 だが、それでも四次元怪獣ブルトンは危険だということは、前回の交戦で皆がよく理解していた。

 

 故に。レイオニクスの血を引くベリアルの子らが戦うことが、敵の狙いなのだとしても。おそらくは黒幕であるアリエ本人との決戦でまで、対抗できる力を出し惜しみするべきではないと。

 覚悟したジードも、メタフィールドの中で再びフュージョンライズが可能となったノアクティブサクシードへと転身し、包囲網の形成に加わった。

 

 その時――怪獣墓場からの脱出のために、ゼガンと共に外へ残されたネオブリタニア号から、次元間通信があった。

 

〈リッくん……〉

 

 声の主は、レムではなく、モアだった。

 

「わかってる、モア。今度こそ、アリエさんを止める」

 

 付き合いの長さから、彼女の言わんとすることを先んじて察したジードは、モアの声に淀みなく答えた。

 

「――もう、モアを泣かせたりしない」

 

 あの日。ベリアルの策謀の結果、心を痛めた大切な人の涙を、今度こそ拭うために。

 彼女たちと一緒に、地球を頼まれたウルトラマンとして。ジード=リクはそう、決意を言葉にした。

 

「……流石に多勢に無勢だな」

 

 今更現状を確かめたように、金縛りを受けたアリエが呟いた直後――メタフィールドの亜空間に、突如として切れ目が生じた。

 円形に拡がったその穴からは、一筋の銀色の流星が姿を見せた。

 

「――ゼロ!?」

 

 突如として姿を現したのは――ベリアルと幾度となく激突した、あのウルトラマンゼロだった。

 

 

 

 

 

 

 兄が、姉代わりに告げる決意を聞いて。

 相変わらず、当時の全てを、は知り得ない身のままだが――己がこれから何のために力を尽くせば良いのかを、培養合成獣スカルゴモラは理解していた。

 ……きっと、優しいモアは、アリエを救えなかった過去の戦いを、激しく慙愧していて。

 そんなモアから受け取った優しさを備えた(リク)だからこそ、その決意を宣言したのだ。

 だったら、話の通じない敵にしか見えなくとも。元はベリアルの被害者であるアリエを助けるために、兄と力を合わせるのが――リクやモアの優しさを受けて来た己の役割だと、ベリアルの娘であるスカルゴモラもまた、戦う理由を見つけていた。

 

 その決意を固めた直後。突如、展開したばかりのメタフィールドの中へ――イージスを纏ったウルティメイトゼロが飛び込んできたのには、スカルゴモラも意表を突かれた。

 だが、ベリアルが復活したに近しい人物が、多元宇宙に跨る怪獣墓場で悪さをしているのなら、光の国が察知するのも当然なのかもしれない。

 そこで先鋒として飛来するのが、ベリアルとの因縁も深く、自分たちとも顔馴染みで、時空を越える力を持ったゼロであることは、自然なことにも思えた。

 

「ゼロ! 実は……」

 

 おしゃべり好きな戦友の姿に、ジードが先んじて声をかけた。話が脱線する前に、状況を伝えようとしてのことだろう。

 ――そう思っていたスカルゴモラは、予想外の眺めを目にした。

 

 ウルティメイトゼロが――その手に装備していた白銀の長剣で、ジードに斬りかかるという光景を。

 

「――っ!?」

 

 意表を突かれたジードが、ノアクティブサクシードとして装備する同型の剣で、何とか防御するものの。後手に回っては、踏み止まれずに吹っ飛んだ。

 

「(お兄ちゃ――っ!?)」

 

 叫ぶ間に、無言のゼロが続けて交差させた剣から光の斬撃を発射。間に割り込んだキングギャラクトロンMK2が壁になってくれるものの、狙われたスカルゴモラは思わず体勢を崩してしまう。

 

〈――ゼロじゃないっ!〉

 

 その攻撃を受け止めたライハが叫び、キングギャラクトロンMK2の両腕の銃火器から、反撃を繰り出していた。

 

「……偽物?」

〈おそらく、うちの研究所を襲っていたやつだ〉

 

 キングギャラクトロンMK2が牽制射撃を行う中、ジードが立ち上がったそのタイミングで。ペイシャンからの次元間通信が、ネオブリタニア号の機器を介して届いた。

 

〈妨害工作はあくまで陽動……シャイニングフィールドの四年分を中心に集積してあった、ゼロの戦闘データをコピーし、それを元に変身するのが目的だったらしい〉

〈――金属生命体ミーモスが正体でしょうか〉

 

 ネオブリタニア号の有する、ベリアル軍の怪獣データ。多元宇宙から回収・集積してきたその膨大な情報の中から、レムが該当する怪獣を導き出した。

 

〈かつて、ウルトラマンガイアの世界に出現し――そこでも、戦闘データを基に、ニセウルトラマンガイアに変身したとされています〉

「当たりだ。我が手駒として準備しておいた」

 

 そこで、スカルゴモラの集中が途切れた時点で、金縛りから逃れていたアリエが口を開いた。

 

〈アーマードダークネスを破壊されたベリアルの魂が、次はゼロに乗り移り、彼の力を我が物とした……その再現のつもりですか?〉

「まぁ、そんなところだ」

 

 そこで、レムに答えるアリエの傍らまで、土煙を上げながらニセウルティメイトゼロが後退した。

 

〈……それでも、多勢に無勢は変わらないんじゃないの?〉

 

 挑発するような言葉を発して、そのゼロと四年間修行したライハが機体を前進させる。

 彼女が駆るキングギャラクトロンMK2のベース機、ギャラクトロンMK2は、ゼロとジードを含む三人のウルトラマンと同時に渡り合い、最後には事実上ゼロを倒す戦果を上げているスーパーロボットだ。そこから発展したキングギャラクトロンMK2となれば、その戦闘力は筆舌に尽くし難い。

 さらに言えば、ニセウルトラマンゼロの根幹を為す四年分の戦闘データ、ライハはその訓練相手として手の内を知り尽くしている。ウルトラマンゼロの再現体となれば紛れもない強敵ではあるが、しかしライハとキングギャラクトロンMK2ならば、単機で充分渡り合えるはずだ。

 それを驕りではなく、確かな経験から来る自信として、ライハが前へ進み出る。

 

〈いくらゼロの偽物でも……たったの一体で〉

「そうだな。なら、数を増やしてみるか」

 

 そうアリエが嘯き、指を鳴らした瞬間――ニセウルティメイトゼロの体で、炎のオーラが弾けた。

 

「(強化現象(ブレイブバースト)!?)」

 

 スカルゴモラが驚愕する間に、炎が消えると――偽りの神器(イージス)を収納したニセウルトラマンゼロは、発光を伴ってその体色を青に変えた。

 すなわち、ルナミラクルゼロへとタイプチェンジした、さらに次の瞬間。再びの発光の後、ニセウルトラマンゼロが、三人に増えていた。

 そして次の瞬間、各々がさらに、金色に煌めく。

 

「(嘘でしょ――っ!?)」

 

 ブレイブバーストしたニセウルトラマンゼロは、その三体ともが姿を変えていた。

 

 正体であるミーモスが続けて変身したのは、ウルトラマンゼロビヨンド――ギャラクシーグリッター。

 ウルトラマンゼロが伊賀栗レイトと同化して挑んだ、滅亡の邪神ハイパービースト・ザ・ワンとの最終決戦。その舞台となったメタフィールドの中でのみ、AIBが観測に成功した、ゼロの最強戦闘形態。

 本物のゼロですら、未だ再現性に難が残るその変身を。データさえあるならと当然のように模倣した偽物たちは、光の粒子を残してその輝ける姿を消した。

 

 ――ビヨンドリープアタック。超能力による瞬間移動は、流石にこの形態を相手には修行していなかったライハの反応すら上回り、キングギャラクトロンMK2にも回避を許さぬ斬撃を、その白金の機体に刻み込んでいた。

 師に比べ、ゼロの相手に慣れていないスカルゴモラはなおのこと――瞬間移動からのゼロツインソードを回避できず、一方的に斬られてしまう。

 

「皆!」

 

 何故か残りの一体に襲われていなかった兄が、心配して駆けつけようとしてくれる――が。

 

「待て、息子よ。おまえはこの父が可愛がってやろう」

 

 ジードを呼び止めたアリエが、彼がフュージョンライズに使うのと同型の機械――ライザーを構えていた。

 

《フュージョンライズ!》

《ゴルバー・ガクゾム・ウルトラマンベリアル――キメラトロス!》

 

 ……それは、培養合成獣スカルゴモラが初めて見る、ベリアル融合獣へのフュージョンライズ。

 一瞬、かつてレムに見せて貰った、キメラベロスに似た姿形に変じた石刈アリエは――その体を闇に変えて、メタフィールドの中で飛び散った。

 そして、先程粉々に砕いてやったアーマードダークネスを、自身の立っていた場所に復元した。

 

 ……闇によって復活したアーマードダークネスが、破壊される以前と異なるのは。頭部の悪鬼のような兜が変形し、とある顔へと変わったことだった。

 キメラベロスと同じく、どことなく粘液に塗れたような表皮や頭頂の形状に差異が生じるという特徴を備え。そして、削げた頬の肌色が銀灰色に、目の色が真っ黒に変わっているとはいえ――自分たち兄妹の父である、ベリアルそっくりの顔へと。

 

「これこそ、新たなる暗黒の支配者――カイザーダークネス改め、ダークエンプレスとでも言ったところか」

 

 変貌したアリエは意気揚々と言った調子で、自らの名を改めていた。

 

 

 

 

 

 

 




Bパートあとがき




・アーマードダークネス
 エンペラ星人用に鋳造された闇の鎧。
『ウルトラマンメビウス』の外伝に登場した裏ボス怪獣ですが、同時に大怪獣バトルでもボス格として漫画にも映像にも登場している怪獣だったりします。ゴモラ及びレッドキングに倒されているので、スカルゴモラの対戦相手としては出さなくっちゃね! という気持ちで登場&バトルです。ジードはカイザーダークネスもどきの方とのバトルが本番。
 ちなみに「闇の力で満ちているため、光線技に耐性がある」は本来ダークネスフィアの方の設定なのですが、イメージの問題だったり内山まもる先生のコミック版で何かそういう扱いだったりしたので、弱者を取り込む内に自我が芽生えたという非映像化設定と合わせ、闇の力を蓄えている間にそんな感じの効果を習得した、みたいな扱いでふんわり考えて強化しています。改めて、そういう二次創作設定だとご了承くださると幸いです。



・キメラトロス
 遂に出た本作独自のオリジナルベリアル融合獣。その正体は廉価版キメラベロス(名前もケルベロスからオルトロスにランクダウン)。身長体重は同じですと言い切って、まさかのカプセルナビを省略する扱いの悪さ。
 超合体怪獣ファイブキングの代わりに超古代闇怪獣ゴルバー、根源破滅天使ゾグの代わりに根源破滅海神ガクゾムのカプセルを用いたフュージョンライズで、後者由来の闇化能力を持つ。
 これを用いて、装着する以外の形でアーマードダークネスと一体化し、その力を扱うカイザーダークネスごっこができるようになる。
 ところで、「~~~ダークネス」という法則性だったネーミングが急に「ダークエンプレス」になったりするのは、その……(以下ネタバレになるため自粛)。




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第十四話「ヒカリノキズナ」Cパート

 

 

 

 怪獣墓場で展開された、メタフィールドの中。

 ウルトラマンベリアルの子らと、ウルトラマンベリアルの残滓から蘇った者の勢力とが、激戦を繰り広げていた。

 その中でも、互いの筆頭とでも言うべき巨人が二人、赤い荒野で対峙していた。

 

「ダーク……エンプレス……!?」

 

 呻くのは白銀の鎧に青い体躯を包んだ光の巨人、ベリアルの息子であるウルトラマンジード・ノアクティブサクシード。

 対峙するのは、かつてウルトラマンベリアルが亡霊として顕現したカイザーダークネスの似姿、ダークエンプレス。

 

「まずはおまえから取り込んでやる。息子よ」

 

 言うが早いか、暗黒魔鎧装に宿ったダークエンプレスの姿が消えた。

 ――高速移動、ではない。ノアクティブサクシードにフュージョンライズした今のジードは、自らも時空のエネルギーを扱うからこそ、周囲で起こる予兆に気づけていた。

 感知した歪みに対し、剣を構えれば。ブルトンの力により空間転移を果たしたダークエンプレスが、ダークネストライデントを繰り出してきていた。

 

「ほう、見抜くか」

 

 感心したように笑いながら、ダークエンプレスは数度の剣戟を繰り広げた後、再び空間を跳躍。上空から、転移中にチャージを完了したレゾリューム光線を発射して来る。

 あの光線を受ければ、ウルトラマンは分解されるという。間違いなくジードは死ぬが、構成要素そのものは分解されても残るのなら、吸収するという目的においては順序の問題でしかないのだろうか。

 そんな疑問を抱きながら、自らも空間を跳躍したジードはその光線を躱しつつ、距離を詰めてダークエンプレスに挑みかかる。

 

「はぁっ!」

「来いっ!」

 

 互いに長物となる武器を交錯させながら、しかし次撃が早いのはジードとなった。

 レゾリューム光線を放つ体勢から、無理やりジードの迎撃へ合わせたのだ。動きに無理が出ないはずはない。

 故に見えたその隙を狙い、ジードは手にしたウルティメイトゼロソードで、ダークエンプレスの胸を貫く――ことは可能だったが、その前に止まった。

 威力の問題、ではない。火力ではロイヤルメガマスターには大きく劣るも、光線の通じないアーマードダークネス相手ならば、刃渡りで勝るノアクティブサクシードの長剣の方が純粋な武器としては相性が良い。メタフィールドの補正もあり、暗黒の鎧とて充分貫けたはずだった。

 だが――闇へと変化し、装着以外の形でアーマードダークネスと一体化した石刈アリエが、今どんな状態なのか。それがわからないままに貫くことへの恐怖が、ジードの手を止めさせていた。

 

「……なんだ、つまらん」

 

 そうして停滞した隙に、ダークエンプレスの反撃が、ジードの胸に振り下ろされていた。

 

 

 

 

 

 

「(お兄ちゃん!)」

 

 先に被弾を許した兄の悲鳴を耳にして。培養合成獣スカルゴモラは、再びのレイオニックバーストを果たしながら、そちらに意識を寄せた。

 その、意志の動きのまま。角を光らせ発動を試みるのは、先程アーマードダークネスに力押しで突破された怪獣念力。敵はそのアーマードダークネスから、おそらくは強化再生を果たしているが、こちらとてレイオニックバーストとメタフィールドによる二重の強化を遂げている。少なくとも、援護役のブルトンだけなら倒せるはずだ。

 今度こそ、この力をただ兄を苦しめるだけでは終わらせず、役立ってみせる――そんな決意を絶たんとする一閃が背後から襲いかかり、スカルゴモラの精神を揺るがせた。

 

 それは、ブレイブバーストを果たした金属生命体ミーモスが化けたウルトラマンゼロの偽物、その分身したうちの一体の攻撃だった。

 ニセウルトラマンゼロビヨンド・ギャラクシーグリッターが繰り出す猛攻が、隙を見せたスカルゴモラを容赦なく襲う。

 

 何とか踏み止まって振り返るも、ビヨンドリープアタックで瞬間移動されては捉えきれず、再出現したニセギャラクシーグリッターの追撃をもろに喰らった。

 ……本来。レイオニックバーストに伴う超高温で、音速が秒速百万メートルを超過している今なら、どこに転移されようとスカルゴモラは全方位へのスカル超振動波による反撃が充分間に合うはずだった。

 だが、それができない理由があった。

 

 ゼロの刃を刻み込む、ツインギガブレイク――背部の角付近に滞留した最初の斬撃のエネルギーが、レイオニックバーストを果たしたスカルゴモラの再生力をも阻害して、背中の角周辺の神経系を断ったままで固定。まるで初めて見た兄の戦いで、エタルダミーのスカルゴモラがされていたように、全方位への超振動波が封じられていたのだ。

 

 ……これが、怪獣退治の専門家である、ウルトラマンと敵対するということ。弱点を的確に狙われ、着実に無力化されていく。

 もし、成長した培養合成獣として覚醒した怪獣念力によるバリアがなければ、既にバルキーコーラスの直撃で死んでいたとしてもおかしくなかった。

 

「ルカ――!」

「余所見をしている場合か!」

 

 そんな窮地に、立ち上がったジードが駆け出そうとしてくれたものの。空間跳躍のために振るわれていたウルティメイトゼロソードの軌跡を、先んじてブルトンの力で空間を渡ったダークエンプレスがダークネストライデントで受け止め、抑え込む。

 

〈――待ってて、ルカ!〉

 

 苦戦するジードに代わって、ライハの操るキングギャラクトロンMK2(マークツー)が動いた。

 

 二体のニセギャラクシーグリッターに対し、両腕のメインウェポン――後頭部から抜き取ったスプリングソード・ギャラクトロンウルミーを右手に握り、さらには左手そのものとなったペダニウムハードランチャーを棍術の棒代わりに応戦したキングギャラクトロンMK2は、洗練された演舞のような立ち回りで、嵐の如き猛攻を捌き切る。

 ペダニウム超合金製のキングギャラクトロンMK2の装甲は、いくらギャラクシーグリッターの攻撃力を再現していても、不意打ち程度では小動もしない。ビヨンドリープアタックによる瞬間移動は、運動量を増大させることはできない故に、事前の溜めがない攻撃を装甲で受けるという選択肢が成立する。

 

 結果として。ギャラクシーグリッターの基本となる通常のゼロビヨンドとの膨大な戦闘経験を、ミーモス以上の精度で有しているライハの技量による先読みが、二体のニセギャラクシーグリッターの同時攻撃にすら対応を可能にし始めていたのだ。

 

〈所詮は昔のデータ止まり……成長し続ける本物と肩を並べる私たちが、勝てない相手じゃないわ!〉

 

 アリエも含め。相手は所詮、過去の亡霊に過ぎないと……味方を鼓舞するように、ライハが啖呵を切ったその時。

 

 ――突如として、彼女の動きが停止した。

 

 かつてリクやスカルゴモラが受けた石化のように。しかし外観には何の変化もなく、ただ時が凍りついたように。キングギャラクトロンMK2は、その動きの一切を止めていた。

 

「(ライハ!?)」

「間引き、というものだ」

 

 焦燥に駆られたスカルゴモラへの応答は、ライハからではなく、暗黒の鎧と融合した闇――石刈アリエから返ってきた。

 

〈どうやら、ブルトンがメタフィールド内の時間を止めたようです〉

「レイオニクスの力を持つ者には通じないがな」

 

 さらに具体的な事象を、レムの解説が引き出した。

 レイオニクスの力の回収が、敵の目的である以上。純粋に硬く強い、しかし無関係な障害に過ぎないライハとキングギャラクトロンMK2を、ダークエンプレスは放置することを選んだ。

 結果として――師匠が食い止めてくれていた二体のニセギャラクシーグリッターまでもが、スカルゴモラへの攻撃に加わった。

 

「(そんな……)」

 

 いくら、レイオニックバーストを果たしたスカルゴモラでも、一体のニセギャラクシーグリッター相手で苦戦したというのに、三体同時は対処できない。

 本物のゼロとは程遠い、無言の絶望と相対し。死という、他者との繋がりを断絶する事象への恐怖を連想したスカルゴモラは、その訪れに抗うべく闘志を燃やすが、それも儚い抵抗に過ぎない――はずだった。

 

「(――っ!)」

 

 瞬間移動からの打撃、斬撃、距離を取っての破壊光線。

 袋叩きされた己が、瞬く間に殺されるという確信が――現実に起こる前、妙に鮮明なビジョンとして、極限の緊張に包まれたスカルゴモラには見えていた。

 ……その感覚に至るのは、二度目の経験だった。

 

 一度目は、ブルトンとの初戦で、妹の射線を逸して、兄を救った時に見えた――それが叶った理由になったのと、同じもの。

 そう、まるで――未来予知。

 

 その導きにより。スカルゴモラはニセギャラクシーグリッターが出現するタイミングと姿を先読みし、刃を躱しながら反撃することが叶っていた。

 もっとも――先が見えても、全てに対処できる能力があるのかは、また別の話で。

 一体の偽物を殴り飛ばしている間に、結局残る二体からの追撃を受けることとなり。威力を削られながらもバリアを突破してきた拳と光線の着弾で、スカルゴモラは大きなダメージを受けることとなったが。

 

「……何?」

 

 詰んでいたはずの状況を脱したスカルゴモラに、ダークエンプレスが困惑した様子で声を発した。

 その反応を受けて、彼女と鍔迫り合いの最中だったジードもまた、振り返る。

 

「――ルカ!?」

「(私はまだ戦えるよ、お兄ちゃん!)」

 

 受けた傷は小さくないが――しかし、先程の感覚は、まだ続いていた。

 ……視える。一瞬で空間を跳躍してくる、ビヨンドリープアタックや、それ以外も含めた敵の攻撃の軌跡が、予め。

 それは、経験と技量に裏打ちされた師匠(ライハ)の先読みとは違う、一種のインチキかもしれないが――今は、使える物は全部使うと決意して。ニセギャラクシーグリッター軍団の連撃を何とか凌ぎながら、スカルゴモラはジードに勇ましく吠え返し、健在を誇示した。

 

「レイオニクスが稀に発現する、未来の予見を戦闘に使っているのか……?」

 

 妹に気を取られたジードを弾きながら、ダークエンプレスもまた、眼前の相手以上にスカルゴモラに興味を惹かれた様子だった。

 

「これが戦闘用の調整……素晴らしいぞ、我が娘よ。哀れなほどにな」

 

 赤の他人が、心に巣食った悪意(ベリアル)の残滓に歪まされた言葉を、スカルゴモラに投げかけた。

 

「多少の未来が見えたところで、それだけでは運命は変えられない。それほどの才があろうと……おまえの負けはもう、決まりきったことだ」

 

 ダークエンプレスが言うように。接近戦の効果の薄さを悟ったニセギャラクシーグリッターたちは、距離を開いてそれぞれの腕をL字に組んでいた。

 もう、未来を読んでも無駄だ。一体を撃ち合いで倒している間に、残る二体がトドメを刺す。単純な飽和射撃の威力と物量で押し切られ、スカルゴモラは敗北する。

 ――培養合成獣スカルゴモラが、ただのひとりであったなら。

 

「……お姉さま、へいき?」

 

 ダークエンプレスの宣告を覆したのは、次元を割って亜空間に駆けつけた伏兵――究極融合超獣サンダーキラー(ザウルス)だった。

 全身を眩い結晶状に変化させ(キラートランス・プリズ魔プリズムし)た妹は、その八本の触手を駆使してスカルゴモラを取り囲み――あらゆる光を捕食するプリズ魔の特性と、滅亡の邪神の幼体という凄まじいエネルギーポテンシャルを活かして、三重の必殺光線をあっさりと平らげ、無力化していた。

 

「(……うん。ありがとう、サラ!)」

 

 妹に御礼を返しながら、スカルゴモラは未来予知を活かし、怪獣念力と尾の一撃で、サンダーキラーSに瞬間移動して襲いかかっていたニセギャラクシーグリッターの二体を同時に打ち弾いた。

 三体目は、サンダーキラーS自身の視界に映っていたために、彼女が触手で応戦するのが間に合っていた。

 

「(さっきの言葉、ちょっとだけ同意するよ)」

 

 姉妹の連携で、三体のニセウルトラマンゼロビヨンド・ギャラクシーグリッターたちに対抗しながら。スカルゴモラは、ダークエンプレスに言葉を返した。

 

「(私が、運命を変えられるとしたら……それは、私だけの力じゃない。皆が私と一緒に、生きてくれるからだ!)」

 

 ライハが居なければ、ニセウルトラマンゼロの最初の不意打ちで負けていたかもしれない。

 彼女が大勢を持ち直してくれたから、スカルゴモラの未来視が実戦レベルに至る時間が稼げた。

 そうして諦めずに戦ったから、絶体絶命の危機にサンダーキラーSの参戦が間に合った。

 自分たちの身の安全よりも、スカルゴモラたちの苦戦に彼女を送り出すことを優先してくれた、ペイシャンたちのおかげでもある。

 

 そして、そもそもは――自分に向けられる目と、そこから見えた未来の暗さに諦めかけていたこの自分を。こんな温かな絆の中に迎えることを、決して諦めなかった、兄が居てくれたから。培養合成獣スカルゴモラは、ただ倒されて終わりの怪獣という運命を、変えることができた。

 

「(こっちは心配しなくても大丈夫! だから、お兄ちゃん……アリエさんをお願い!)」

 

 その恩を返し、そしてこれからも、一緒に生きていくために。迫る脅威を解決するべく、スカルゴモラは決意を込めて咆哮した。

 

 

 

 

 

 

 ――スカルゴモラが告げる信頼の言葉を、ウルトラマンジードも聞いていた。

 

「麗しい兄妹愛だが……」

 

 そんな様を鼻で笑いながら、ダークエンプレスが得物を押し込む――鍔迫り合いは、ダメージを蓄積させたジードが追い詰められつつあった。

 

「おまえの相手は存外つまらん。もう終わりにさせて貰うぞ」

「終わらせるのは、僕だ」

 

 侮蔑の言葉に、ジードは力強く言い返し、そして互いの武器を払っての仕切り直しに持ち込んだ。

 ……同じなのは見てくれだけと、わかっていても。(ゼロ)の姿をした者と、妹が傷つけ合う眺めを見せられて、ジードは眼前の敵への集中を乱し過ぎた。

 その結果、余計に苦戦した挙げ句、助けにも行けなかったのに――妹は、こんな弱い自分をまだ、信じてくれた。

 

「足掻くな。見苦しいぞ」

「僕は負けない……そして、あなたを止めてみせる。そのためには……ジーッとしてても、ドーにもならない!」

 

 ルカたちにも受け継がれたモアとの約束を胸に、ジード=リクは決意を叫ぶ。

 ……そのモアを始めとした、力なくとも、心優しき人々が。これまで、リクにして来てくれたように。

 誰かを気遣い、寄り添い、力の限り生きてくれる妹たちに――彼女たちの信じる兄として、ウルトラマンとして、応えてみせる!

 

 その誓いを確かめた時――ベリアルの血を引いた者が作り出した、絆を繋ぐ異空間(メタフィールド)の助けを受けて。インナースペースの中、ジードライザーとホルダーの中のウルトラカプセルが、各々輝いた。

 

 ネクサス、コスモス、ダイナ――そして、ベリアルのカプセルから、光が。ライザーから飛び出し、インナースペースで漂うゼロのカプセルへと注がれていく。

 

 光を注がれたゼロのカプセルは、ウルティメイトゼロに進化した時のように――そして、それ以上の変化を果たしていた。

 カプセルそのものが、白銀から黄金へと変わり。そこに描かれたゼロの姿も、また……

 

「……シャイニングウルトラマン、ゼロ――!」

 

 リクの戦友が持つ、輝きの姿。

 純粋な戦闘特化の頂点であるギャラクシーグリッターと対を成す、奇跡を起こすための輝きの頂点、シャイニングウルトラマンゼロ。

 

 そして同時に、もう一つ。共鳴するように点灯するカプセルがあった。

 それは、父ベリアルがリクに用意した始まりの力の片割れであり――伝説のレイオニクスの過酷な運命へ最初に寄り添った、始まりの巨人。

 すなわち――初代ウルトラマンの、カプセルだ。

 そんな、運命に抗うレイオニクスと縁深い、二人の巨人のカプセルを、リクは選び取った。

 

「――ユー、ゴー!」

《ウルトラマン》

「アイゴー!」

《シャイニングウルトラマンゼロ》

「ヒア、ウィ、ゴー!!」

《フュージョンライズ!》

「目指すぜ、天辺! ジィィィィィィィィィィィドッ!!」

《ウルトラマン・シャイニングウルトラマンゼロ・ウルトラマンジード! シャイニングミスティック!》

 

 そしてジードの姿が、変わっていく。

 初めて変身した、プリミティブに限りなく近いシルエットながら。額には菱形の青いクリスタルが追加され、胸や四肢の先端を銀色の甲冑で装甲した、金色の姿に。

 その、聖なる姿こそ。ロイヤルメガマスターやノアクティブサクシードと並ぶ、フュージョンライズの頂点が一つ。

 ウルトラマンジード――シャイニングミスティック。

 

「貴様……なんだ、その姿は!?」

 

 ――今なら、何だってできる気がする。

 

 動揺するダークエンプレスに応えず。強い確信に導かれたジードは、頭上へと手を掲げた。

 ゼロスラッガーによく似た刃物を備えた篭手――その掌から生じた光球が天に昇るのを見咎めたダークエンプレスもまた問答を捨て、ジードに迫る。

 ブルトンの力で瞬時に背後へ回り込み、ウルトラマンジードを、鎧の装着者という器として、取り込もうとするダークエンプレス。

 

 だが、その目論見が完遂される寸前――ジードが時を止めた。

 これこそ、時間に干渉するシャイニングウルトラマンゼロの力を受け継いだ、シャイニングミスティックの輝ける神秘。

 

「スペシウムスタードライブ!」

 

 時間ごと停止したダークエンプレスを、蹴り飛ばしながら反転し。縦に構えた右手へ、左手首を横から叩きつけるようにして十字を組んだジードは、右掌の底から青い光波熱線を照射した。

 光の奔流は、妹たちを再び苦しめつつあった三体のニセウルトラマンゼロビヨンド・ギャラクシーグリッターを痛打。止まった時間の中で、悪意ある紛い物が光に灼かれて行く。

 ――だが、ジードの本命はそちらではない。

 スペシウム光線を照射しながら再び反転した、ジードが狙った先に居たのは――秩序ある意志によって創造された世界の中で、空間への干渉力を落とし。

 シャイニングミスティックの時間停止により、身動きを封じられながらも。止まった時の中でなお拍動していた不気味な存在、四次元怪獣ブルトンだった。

 

「はぁああああああああああっ!」

 

 止まった時間の中で、光線を浴びたブルトンが爆発炎上する。

 そこまでエネルギーを消費した段になって、シャイニングミスティックの力による時間停止が、解除された。

 ただ――再び動き出したのは、ジードが止めた時間だけではなく。ブルトンに止められていた時間もまた同じ、だった。

 

〈やぁあああああ――っ!〉

 

 時間の拘束から抜け出たライハが、キングギャラクトロンMK2を起動させ、ダメージで擬態が不完全になり始めていたニセギャラクシーグリッターたちを切り払う。

 

「(ライハ!)」

〈――サラ? いつの間に……〉

〈説明は後だ。ブルトンが逃げるぞ!〉

 

 ライハの困惑にペイシャンが通信で割り込んだ頃には、ジードのスペシウム光線で撃墜されたブルトンが、炎上しながらもなお、メタフィールドを割って外へと転がり出ていた。

 

「(しまった――っ!)」

 

 ライハの復活に気を取られてしまい。先の光線で仕留めきれていなかったジードと、怪獣念力で穴を塞ぐことが間に合わなかったスカルゴモラとが、それぞれ呻く。

 ……だが、自分たちはそれぞれ、一人きりで戦っているわけではない。

 

〈サラ、おまえならまだ追える! ここはライハに任せて行け!〉

「――うん!」

 

 ペイシャンの指示を受け、サンダーキラーSもまた先程の登場時と同じように次元を割り、ブルトンを追いかけてメタフィールドから飛び出して行く。

 皆の力を合わせているからこそ、互いに足りない分を補え合える。そのことを再確認し、残された面々は各々の敵と向かい合う。

 キングギャラクトロンMK2とスカルゴモラの師弟は、金色の輝きを失った三体のニセウルトラマンゼロビヨンドと。

 そしてジードは、立ち上がったダークエンプレスと。

 

「……く、二度はやらせん!」

 

 時間停止能力にまんまとしてやられたダークエンプレスは、しかしその現象を既に把握したようだった。

 そうであれば、確かに。見え見えの準備動作が必要不可欠なスペシウムスタードライブを、二度目も容易に受けるということはないだろう。

 

「なら、これはどうだ」

 

 だが――メタフィールドの助けを受けたシャイニングミスティックの力は、それだけではない。

 プリミティブと同じく、初代ウルトラマンのカプセルを用いたフュージョンライズなら……皆で戦う、この技が使える!

 

「――ジードマルチレイヤー!」

 

 かつて父に打ち勝つ決定打となったその技を、ジードはベリアルの亡霊に対し唱えていた。

 

 

 

 

 

 

 その呼び声は、宇宙を越えた。

 過去にもその声を耳にした者たちは無論のこと。初めてその祈りに触れたウルトラマンたちも、その声に込められた願いに共鳴し、自らの力を貸し与えることを選んだ。

 

「……そうか」

 

 それは――父から受け継いだ光で、人からウルトラマンになった一人の男も、同じだった。

 

「ゼロが見つけた、ベリアルの光は……ちゃんと、受け継がれていたんだな」

 

 融合したウルトラマンの光を記憶する神器(イージス)が、その担い手に開花させた奇跡の力。

 寸前まで、彼の肉体と融合していた、闇に堕ちたウルトラマン――その魂の中に残っていた光を、これまでに繋いできた他の絆とも合わせて、己を形作る一つとすることで到達したその輝き。

 

 ……後に、その力が、ベリアルの復活を招いたと知ったゼロの密かな苦悩を。戦友として、この時空の旅人は知っていた。

 だが、何故その時、ゼロはベリアルを復活させたのか――当時の記憶を喪った本人も知り得ない、その理由。ただの事故だと思われている出来事の真相、その一端を。旅人は今、何となくわかった気がした。

 

 ベリアルの復活は、確かにその後、無数の悪夢を産み落とした。その事実は未来永劫消えることはない。

 だが、それでも。仲間すら奪われたゼロが、その痛みを抱えた上で信じたいと願った、闇の中で見つけた光は、今。

 出会えた仲間との笑顔で未来を照らし、そして次代にその光を繋ごうとする――そんな、絆の中へ帰還することが、できていた。

 

「頑張れよ。本当の戦いは、ここからだぜ」

 

 激励とともに。男は己の力の一部を、巡り巡って父の光を継承したベリアルの息子へと、貸し与えていた。

 

 

 

 

 

 

「ペダニウムハードランチャー、最大出力!」

 

 表皮の下から、岩肌のような正体が露出するほどのダメージを受け。擬態の再現度が低下し始めたニセウルトラマンゼロは、それに伴う能力の低下のため、既に分身も維持できなくなっていた。

 その一体の動きを、スカルゴモラが怪獣念力で動きを縛ったところに、ライハがキングギャラクトロンMK2の主砲を照準していた。

 

「KGスパークランチャー、発射!」

 

 ペダニウムランチャーから、強化されたギャラクトロンスパークを発射する大技が決まり。既に擬態の解けかけていたニセウルトラマンゼロは、その強烈な光の中で跡形も残さず蒸発していた。

 

「(後は……お兄ちゃん!)」

「なん……だと……?」

 

 スカルゴモラが振り返った頃。ダークエンプレスが、愕然とした声を漏らしていた。

 理由は明白――シャイニングミスティックを中心とした五人のウルトラマンジードが、彼女の前に集結していたからだ。

 

 妹たち(ルカとサラ)から託された祈り(カプセル)で変身した姿である、ノアクティブサクシードとフォトンナイト。

 また、かつてアーマードダークネスやその主と戦ったメビウスとゾフィーの力を受け継いだファイヤーリーダーに、カイザーダークネスを名乗ったベリアルとの戦いでゼロを支えた二つの光の源である、ダイナとコスモスの力を融合させたマイティトレッカー。

 その四形態のジードが、自律行動する分身となって出現し、シャイニングミスティックに変身した本体と共に戦列を為していた。

 

「皆……ヒア・ウィ・ゴーだ!」

「ぐっ、貴様――!」

 

 先程とは逆に、自身が改めて多勢に無勢となったダークエンプレスが、逆上したようにレゾリューム光線の発射体勢に移る。

 だが、先んじてマイティトレッカーがフレイムコンプレッションウェーブを放てば。両者の中間地点に発生した小型ブラックホールが攻撃を吸い込み、五人のジードを薙ぎ払おうとした分解光線を事象の彼方へ追放する。

 

「メビューム87(はちじゅうなな)光線!」

 

 続けてファイヤーリーダーが、突き出した腕から火炎と冷気を纏った光線を発射。破壊力の中心である光線はアーマードダークネスの闇の加護に無力化されるも、残った炎と氷の温度差が、鎧の強度を脆弱化させる。

 そこに、ノアクティブサクシードとフォトンナイトが、それぞれ長剣を構えて突撃。ダークエンプレスの手の中から、ダークネストライデントとダークネスブロードを弾き飛ばし、フォトンナイトは後者を奪い、ウルティメイトゼロソードとともに、がら空きとなった胴へ逆袈裟に斬りつけた。

 

「――シャイニングスラッシュ!」

 

 その傷口を狙い、額のクリスタルから強烈な光を放ちつつ、シャイニングミスティックが突貫した。

 欠損部から空洞である体内に光線を浴びせられたダークエンプレス――アーマードダークネスが、砕けて行く。

 ジードの突撃でアーマードダークネスが再び爆散する最中、そこから分離した闇が光を逃れ、五人のジードを見下ろした。

 

「まだだ。まだ、ブルトンが……!」

〈人質を期待しているなら、残念な結果になりそうだな〉

 

 アーマードダークネスから分離した、非実体の闇と化したダークエンプレス――ベリアル融合獣キメラトロスの続けた言葉を、ペイシャンが嘲笑した。

 レムから渡された、伊達眼鏡型のアイテム――一体化したそれを介して、スカルゴモラの視界に、その一部始終が表示される。

 ゼガンを抱えられ、怪獣墓場を脱出し元の宇宙(サイドスペース)まで帰還していたネオブリタニア号――戦力に制限のかかった組み合わせの前へ現れたブルトンに、サンダーキラーSが猛追。手負いのブルトンでは、同じく次元干渉に長けた究極融合超獣に敵うはずもなく。苦し紛れでメタフィールドから召喚したダークネストライデントの投擲もあっさり躱され、そして反撃となるデスシウムD4レイの直撃を受け、砕け散っていた。

 

「アリエさん……もう、やめましょう」

「ふざけるな……! 俺はまだ、何も成し遂げていない!」

 

 ジードの呼びかけに、闇となったままのキメラトロスが吠え返す。

 

「俺を踏み潰した恐怖、そのものとなり――死ぬまで俺を認めなかった世界を、後悔させてやる! それまでは……っ!」

 

 そんな風に叫びながらも、実体化しないのは、最早勝ち目がないことを悟っているからか。

 

 ……おそらく、アリエが叫んだのは、彼女を踏み潰したというベリアルの思考なのだろう。

 ベリアル自身の心理に対し、娘としてどう思うのかはともかくとして。そんな形に精神に歪められてしまったアリエには、スカルゴモラも憐憫を禁じ得なかった。

 

「……ルカ。もう少しだけ、メタフィールドを維持していてくれ」

 

 連戦で体力を消耗した妹に、兄が気遣いを滲ませながら願いを告げてきた。

 今、兄が変身している姿――そしてその能力は、メタフィールドの働きが在って初めて成立したものだ。解除してしまえば、その仮初の奇跡は消えてしまう。

 ……この戦いが始まる前に、決意したばかりだ。リクたちから受け取った優しさを、少しでも返していきたいと。

 だから、返事に迷う理由などなかった。

 

「(うん、任せて!)」

 

 スカルゴモラの返答に、ジードは柔らかくも力強く、頷いてくれた。

 

〈だけど……どうするつもり、リク?〉

「アリエさんは今――エボリューションカプセルを取り込んでいる」

 

 ライハの問いに応えながら、ジードはその手に再び、眩い光球を作り出していた。

 

「僕の祈りから生まれた……カプセルを!」

「何をするつもりだ――っ!?」

「ルカたちの力を借りても……僕が使えるシャイニングの力は所詮、ちっぽけなカプセルだけだ。――けれど、あなた自身が、僕の願いと繋がっているのなら!」

 

 叫んだジードが、スペシウムスタードライブの光球を、キメラトロスの闇に撃ち込んだ。

 

「僕は、本物の――ゼロの輝きだって、越えてみせる!」

「ぬぉおおおおおおおおおおおっ!?」

 

 光球が輝き、回転して闇を切り裂き、晴らしていく。

 フュージョンライズが解除され。怪獣カプセルの中から、怪獣たちの魂が抜け出して。そしてアリエの肉体が、光球と一つになる。

 眩い光が弾けたその後――空から、アリエが降って来た。

 その体を、優しく掌で受け止めるジードの胸に、彼女の体内から分離した光――エボリューションカプセルが、ゆっくりと吸い込まれた。

 

 相手のフュージョンライズが解除された時点で――焼殺してしまわないよう、合わせてレイオニックバーストを解除していたスカルゴモラが聴く限り、意識を喪失している石刈アリエからは、心音も呼吸音も感知できる、が……

 

「(ど……どうなったの? お兄ちゃん……)」

「……きっと、もう大丈夫だ」

 

 恐る恐る問いかけるスカルゴモラに、ジードは穏やかに答えてくれた。

 

「帰ろう、皆」

 

 告げる兄の声には、どこか。憑き物が落ちたような、晴れ晴れとした気配があった。

 

 

 

 

 

 

〈……まさか、一年以上、眠っていただなんて〉

 

 画面の向こうで、ベッドに腰掛け、力なく笑う女性が居た。

 

〈でも、ニコニコ生命保険のおかげで助かったわ。手続きの代行に、医療費や当面の生活費も、手厚いのね。……これならきっと、何とかなるわ〉

〈はい。怪獣災害が本格化した今、不幸にも長期間意識不明になる人も出てくるだろうって……真っ先に弊社で取り組ませて頂いた商品なんです! お役に立てて光栄です〉

〈こちらこそ。……いつ契約していたか、記憶が曖昧なんて言う失礼な客なのに。ありがとうございます、愛崎さん〉

 

 画面の向こう、モアに向けて儚い微笑みを返したアリエの顔が、そこで動作を停止した。

 

〈……そういうわけで。石刈アリエは、ウルトラマンベリアルと出会う以前の記憶を喪った〉

 

 あの戦いから一週間以上後の、星雲荘の中央司令室。

 

〈正確に言えば、その前に時間が戻った……ということだがな〉

 

 事態の収束後の顛末を、リクたちはペイシャン博士から報告を受けていた。

 

〈シャイニングスタードライブは、少なくとも現時点では、遡れる時間はそう長くないことがわかっています〉

 

 続けてレムが解説するように。時間の流れにすら関与できるゼロだが、しかし今の彼には、その対象とできる範囲に限界が存在している。

 ……だから、沖縄や、それ以前の戦いで喪われた多くの命を、ゼロでも救うことができなかった。

 

〈ですが、明らかに対象外となる時間軸で死亡したベリアルがその力で復活した、という事実がありました〉

〈シャイニングウルトラマンゼロの力は、ウルティメイトイージスが記憶したウルトラマンたち――つまり、ベリアルの光も合わせて覚醒した力だと考えれば。その繋がりが作用して、他よりも影響が大きくなった、という仮説は以前から存在した。知らずにやったなら、大したもんだがな〉

 

 言葉ほど褒めていない態度で、だからといって責めるわけでもなく、ペイシャンがリクを評した。

 

〈石刈アリエに残留していたベリアル因子。そして、リクの祈りから生まれたエボリューションカプセル〉

 

 その二つの要素を表示しながら、ギャラクシーグリッターやマルチレイヤーの画像を追加して、レムが解説を続ける。

 

〈これまでの例から、メタフィールドの中では、カプセルの元になるウルトラマンとの繋がりが強化されることがわかっています。その二つの働きで、ベリアル因子が存在しなくなる時点――ベリアルが憑依する以前まで、時間を巻き戻すことが可能になった、ということですね〉

 

 ――それが、シャイニングの力を継いだ、リクの試みた解法だった。

 

〈その結果、石刈アリエは人間に戻った。AIBでの放射性炭素年代測定の結果から見ても、ベリアルが地球に襲来する以前の肉体組成に戻ったことは間違いない。記憶の方も、シャイニングの力で時間を戻した場合は本来残留するらしいが――主人格だったベリアルやその因子が消えたことで、なくなったようだな〉

 

 精神に巣食っていたベリアルの残滓も、そもそも結びついた事実自体がなかったこととなり――物質的には、再発の恐れはなくなった。

 後は、モアが中心になって行われている、AIBの隠蔽工作と支援活動が完了すれば……アリエは、以前の生活に戻れるだろう。

 

「さっすがお兄ちゃん!」

 

 その結果に、後ろで聞いていたルカが、指を鳴らして喜んでくれた。

 

「それは……ルカのおかげだよ」

 

 その妹に、リクは素直な気持ちで応じていた。

 

「あの頃できなかったことが、今度はできた。もちろん、僕だって成長してるつもりだけど……ルカたちと出会えて、皆との繋がりが、もっと強くなった。そのおかげだ」

 

 ――敵の思惑に利用されたことで、己の存在や決意に疑いを持ちかけてしまっていた、彼女へと。

 リクは、ルカを迷惑に思ったことなんか一度もないと、心からの言葉を伝えた。

 

「え……あは、うへへへ……」

 

 兄から告げられた感謝を上手く受け止めきれず、ルカが照れながら笑う。その肩へ、リクの言葉に同意を示すように掌を置いたのは、一旦星雲荘に戻っていたライハだ。

 ルカと出会えたことで、前よりももっと絆を深められた相手――その代表と言える彼女もまた、深い親愛の表情を、リクの妹に向けてくれていた。

 

「だけど……僕が決めたことの責任は、僕にある」

 

 だが、そこでふと。報告動画の様子に覚えた一抹の不安を、リクは口から零してしまった。

 死者の蘇生、その功罪の、功が妹にあるのなら。罪はそもそもアリエを死なせた父と――そして、己の傲慢さにもあるのではないかと、リクは自問する。

 

「アリエさんは、一年以上も切り離された世界へ放り出されることになった……僕が、勝手に生き返らせたせいで」

 

 きっと――鬱屈を感じていたという、元の生活に戻ることすら困難だろう。情報が命のジャーナリストであるなら、なおのことだ。

 結局リクは、アリエを新たな苦しみの中に、落としてしまっただけではないのか――ベリアルのように、もう眠りに就く方が、彼女にとっても良かったのではないか。

 

〈……ペイシャン、続きを再生してやったらどうだ〉

 

 そんなリクの躊躇いを聞いて、画面の向こうでゼナが、そう同僚を促していた。

 

〈怪獣災害は続いていたそうだけど……こちらの図書館はまだ無事かしら〉

〈あ、はい。そこなら大丈夫――でも、どうして?〉

〈もちろん、復帰のためよ。世間に置いて行かれた分のニュース、退院したら全部頭に叩き込まなきゃ〉

 

 ペイシャンが操作した画面では、先程の続きとなるモアとアリエのやり取りが、再び展開されていた。

 

〈今まで、私が評価されるような題材に恵まれなかった、なんて思っていたけど――私にも、怪獣災害から生還できるほどの幸運があるって、わかったから。夢を叶えるのに足りなかったのは、私の実力。ただでさえ周りから遅れてしまっているのに、腐っている場合じゃないわ。折角拾った命だもの〉

〈アリエさん……〉

 

 動画の向こうで。今、録画映像を見ているリクのように、モアもまた、感極まった様子を見せていた。

 

〈そうですよね。ジーッとしてても、ドーにもならないですもんね!〉

〈愛崎さん、ちょっと声が大きい……でも、良い言葉ですね。そのとおりだと思います〉

「あれ……モアおねぇちゃん、泣いてるの?」

 

 戸惑った様子で、録画映像の中のモアへ言及したサラに、リクは腰を下ろして視線を合わせた。

 

「そうかも。だけど心配しないで、サラ。モアは、嬉しいんだと思う」

〈……石刈アリエがベリアルの影響を受けて蘇っていたことは、AIB総本部を介して宇宙中に発信する方針だ〉

 

 そこで、リクと負けないぐらい、モアのことを大事に想ってくれていそうな――ゼナが、その口を動かさないまま続きを述べた。

 

〈君たちの活躍と、その結果としての彼女の現状と合わせて――そうすれば、ありもしないベリアルの影を求めて彼女を狙うという輩も、もう出なくなるだろう〉

 

 その暁には、アリエはベリアルから自由になる。

 この先の彼女が、華々しく成功するのか、やはり静かに失敗して消えていくのか、それはわからないが――傷ついてでも自分の意志で前に進もうと、取り戻した彼女の人生という冒険に、本人の決意と無関係な横入りはなくなることだろう。

 そして、諦めなければ、いつか――彼女にも、同じ目的のために支え合い、運命を変えられる仲間との出会いが、待っているのかもしれない。

 それが起こってくれることを、リクは勝手ながら、胸の奥で願っていた。

 

 

 

〈……ま、これで事態は一通り収束したかもな〉

 

 話が段落したところで、ペイシャンがそう切り出した。

 

〈ブレイブバーストを起こしているところも確認できた。ブルトンの力があれば、パラレルアースからスカルゴモラを転送することも、ヤプールの次元まで殴り込むことも、別段難しいことじゃない。エンペラ星人専用のアーマードダークネスを従えられるなら、配下に過ぎなかったヤプールを倒しても不自然ではない――ベリアルの影響を受けていたアリエが黒幕だった、という可能性は充分考えられる〉

〈確かに、気づかれたため、焦って表に出てきた様子でもありました〉

 

 ペイシャンの推察へ同意を示すように、レムが続いた。

 

〈ああ。そして他の誰かとつるんでいた様子もない――この一週間も新手が出ることもなく、久々に穏やかな時間だ〉

 

 その気分を表現するように。通話中にも関わらず、ペイシャンはティーカップから昇る湯気を楽しんでいた。

 

〈もちろん様子見は継続すべきだろうが――ライハがこっちに詰めておく、なんて必要はもうないかもな〉

「やった……!」

 

 喜びの声を上げたのはルカだ。ライハもまた、気の緩んだように、くすぐったそうな笑顔を見せていた。

 そのまま通信中、呑気に紅茶を嗜み始めるペイシャンを咎めるでもなく。むしろ彼に触発されたように、「お祝いしよ、お祝い!」と陽気なステップまで踏みながら、冷蔵庫のある部屋へ向かって行くルカたちを見て、リクはほっと胸を撫で下ろし、それから――不意に、妙な胸のつかえを、下ろしたくなった。

 そして、気づけば口を滑らせていた。

 

「……黒幕はダークザギかも、なんて思っていたけど」

〈――ダークザギ? どうしてそんな名前が?〉

 

 中央司令室に一人残ったリクからの、予想外の発言に驚いた様子で。ペイシャンが画面の向こうから問いかけてきた。

 

 スペースビースト襲来の折。ルカに宿ったリトルスターの本体たるウルトラマンノア――その伝説に纏わる存在として語られた、邪悪なる暗黒破壊神。

 そして、ウルトラマンジードと同じく。心を得て創造主に叛逆し、オリジナルと敵対した、ウルトラマンの模造品。

 

 軽々に出すには、やはり(おお)き過ぎる名前だったかと。リクも反省しながら、そう思っていた理由を述べる。

 

「……時々、夢を見ていたんだ。ベリアルとは違う、黒い体に赤い目を持った巨人が、世界を闇に包む夢」

 

 かつて、シャドー星人クルトの起こした事件の頃に見たのが最初。

 パラレルアースで、ルカを作った研究者のラボを追っていた頃に見たのが、二度目。

 それからも、実は度々――リクは、あの夢を見ていた。

 

「僕が変身できなかったり、ルカやサラが狙われたりする夢。その巨人と似てたのが、ダークザギだった」

 

 レムが候補者として、提示した画像記録を見た時――きっとそうだと、あの時リクは確信したのだが。

 

「だけど、アーマードダークネスの方が、肩や背中が似ていた。色も、濃さはちょっと違うけど……」

〈……複数の出来事を、重なって見ていたのかもしれないな〉

 

 夢の話を、意外にもペイシャンは笑わずに聞き入ってくれていた。

 

〈時々未来が見えるという症例は、シャイニングフィールドに入っていた部下からも報告がある。今回おまえがアリエを蘇生するために、シャイニングの力を使った影響が、その夢の正体だったんじゃないか――というのは、既にレムと話したところなんだろ?〉

〈はい。だからリクは、アーマードダークネスが夢の巨人だったと認識したようです〉

〈だが、今の時点では断定できないだろう。これからもその力に触れ得る、持ち主ならなおのことだ。おまえが変身できなかった、というのも、ウルティメイトファイナルにしか当てはまっていないしな〉

 

 ペイシャンはティーカップを置き、やや緊張した表情で続けた。

 

〈仮に今後、ダークザギと敵対するなら……ウルトラマンノア同様、力の消耗具合での振れ幅が大きいとされる相手だが。脅威が目白押しだったこの地球にとっても、最大の危機となる可能性もある。戦力の増強は考えておくべきかもな〉

「……ごめんなさい。なんか、余計なこと言っちゃって……」

〈いや……俺も気合が入り直したよ。弛んだところを見せて悪かったな〉

 

 リクに対しては珍しく、皮肉も挟まず応えるペイシャンの様子に、意外な物を感じながら。

 強面のゼナに対するものと同様――根は良い人であり、大切な仲間だという認識がありながら、苦手意識が残って身構えていたリクに対し、ペイシャンは笑っていた。

 

〈だがおまえらはAIBではなく、ただのボランティアだ。レイオニクス絡みの方の因縁が片付いた可能性が高いなら、素直に祝っておけば良い〉

 

 そのムードに水を差したのは、リクの方だというのに。戻ってきたルカたちの様子を見たペイシャンはそんな気遣いの言葉を残して、通話を切っていた。

 

「あれ、ペイシャンもうやめちゃったんだ」

「……うん」

 

 ルカに頷きを返しながら、リクは再び思索に沈んでいた。

 

 ……もし、ペイシャンの危惧するように。まだあの夢が終わっていないのだとすれば。

 アリエのような、父の被害者――無数のマルチバースに残された災禍への贖いにはまだ当分、発てそうにないと。

 

「ま、いっか。はい、お兄ちゃん!」

 

 笑顔でコーラを渡してくれるルカや……周りより早く、もうヨーグルトを口に含んでいるサラの様子を見ながら。

 守るべきものを手にした、ウルトラマンベリアルの息子は――そんなことを考えていた。

 

 

 

 

 

 

 ほんの少しだけ、時間は戻って。

 ペイシャンが、黒幕はアリエだった――なんて言い出した時。

『つるんでいた』、という言葉の意味がよくわからなかったサラは、しかし周りの様子を訝しんでいた。

 

 まるで、全てが終わったように喜んでいる兄姉や、それを咎めもしないライハやレムに、ペイシャン。

 そのことに対する違和感を、サラはむずむずと抱えていたのだ。

 

 何故なら。ヤプールが死んだ後、自分を導いた声は、女性のものではなかったから。

 むしろ――今にして思い出せば、どことなく。

 

(お兄さまと、似てたような……?)

 

 だが、声を変えること自体は、難しいことではない。父であるベリアルの力を通して、性別を偽って話しかけてきていたのなら、その模造品であるリクに声の雰囲気が似ることもあり得るのかもしれない。

 

 しかしレムもペイシャンも含めて、誰も――まるで、サラが声に導かれたという事実自体を忘却したように。その声とアリエの関連性を確認しようとはしなかった。

 自分より賢い、と思っている彼らに疑いの目を向けられるほど、サラはまだ成熟していなかった。

 だから、皆が嬉しそうな空気を読んだサラは、今はその疑問を口に出すことはしなかった。

 そして、楽しい空気に包まれている間に……そんな違和感を抱いたこと自体を、彼女自身も普通に忘れてしまっていた。

 

 究極超獣である彼女は、他の皆とは違って――ごく、自然に。

 

 

 

 

 

 

 ……さらに時間は遡って。

 サイドスペースの、宇宙の片隅。

 四次元怪獣ブルトンが、次元崩壊現象に貫かれ、死した座標にて。

 ――虚空に響く、不気味な笑い声が生じていた。

 

 音を伝える空気がない真空において、発生するはずがないその声。本来、あり得『無』いはずの現象が、そこでは起こっていた。

 気味の悪い笑声が奏でられる、ブルトンが滅びた座標でさらに、空間が時折歪曲したかと思うと。そこから、暗黒の稲妻が放たれた。

 

 渦巻く黒き稲妻は、無音の宇宙を彷徨い続け――やがて、一本の剣に突き刺さった。

 柄に翠星のシンボルが刻まれたそれは、惑星U40の賢者、ウルトラマンタイタスがこの宇宙を去る間際、目にしていたもの。

 ブルトンが生前に呼び寄せていたその正体は、彼の故郷を襲ったかつてない脅威を退けるのと引き換えに、失われたはずのU40の秘宝――ワイズマンズソード。

 

 邪悪を封じる光の宝剣が暗黒の稲妻に侵され、崩壊を始めたその時。トドメを刺すように、黒き三叉鉾がその宝剣に激突した。

 それは、サンダーキラーSが回避した――ブルトンが呼び寄せ射出したアーマードダークネスの槍、ダークネストライデントだった。

 

 暗黒の皇帝がために鋳造された三叉鉾と衝突し、遂に限界を迎えた賢者の宝剣が消滅し――その時に開いた時空の穴から、一本の黒い腕がぬるりと飛び出た。

 

 黒き稲妻を纏ったその手は、互いに引き合うようにして、ダークネストライデントを掴んでいた。

 

「……強き者は、どこだ」

 

 戒めを脱した腕の主は、果てなき渇望のぶつける先を、その槍に対して問うていた。

 

 

 

 

 

 

 




Cパートあとがき



 ここまでお読み頂きありがとうございました。
 原作で死んでいるのかわからないキャラの救済を始めるという、よくわからないお話になってしまいましたが、シャイニングウルトラマンゼロのお話をしたかったので、ついやってしまいました。
 ただ、終わってみるといい感じのアリエ・リスタートで〆ることができた……と勝手に思っております。お読み頂いた方にも、楽しんで頂けたなら幸いです。

 最後にちら見せしたように、次回からはインフレボスラッシュの開始となる予定です。早めにお楽しみ頂けるよう励む所存ですので、どうか引き続きお付き合い頂けると幸いです。
 以下は本作独自設定等、いつもの雑文になります。



・シャイニングスタードライブとアリエの記憶
 原作の描写では、シャイニングスタードライブは能力に巻き込まれた者の記憶は残るという特性があります。
 しかし、存在しなくなった者は記憶を維持しようがない、という独自解釈で、アリエは『ウルトラマンジード』原作での登場以降で持っていた記憶は全て消えたというお話を今回させて頂きました。

 一応、雑誌『宇宙船』のインタビューによると、『ウルトラマンジード』本編での登場時、アリエ本人の人格は残っており、ベリアルが深層意識から働きかけ、誘導していたのが本編の行動ともされていますが、映像作品で明確に描写されておらず超全集でも記述がないため、今回は「ずっとベリアルの人格で、分離後のアリエは本来、初代『ウルトラマン』における分離後のハヤタのように融合中の記憶が残っていない」という解釈としました。

 ……ただ、アリエの記憶についてはもし公式側の設定と矛盾が生じても、後からどうとでも矛盾点を解消できる理屈を隠している状態ではありますので、納得し難い方にも今回は見逃して頂ければと幸いです。
 後、本作中で触れる余裕がありませんでしたが、アリエが使用したライザーは伏井出ケイが本編第23話で海に飛び込んだ際に紛失していた彼の物を回収した――という想定です。


・ブルトンの時間停止とレイオニクス
 ブルトンの時間停止は、『大怪獣バトルウルトラアドベンチャー』が出典元の設定になります。
 四次元現象によって時間が止まっても、バトルナイザーがイオやその怪獣たちを守ったため、彼らは無事に動くことができた――というのが正確な原典の描写となるため、レイオニクスの力があるものには通じない、と言い切るのは語弊があるかもしれません、と原作ありきの二次創作として断っておきます。
 ただ、真相が本当に効いても効かなくても、実は……というのは、そのうち本作内で触れるのかもしれません(今回こんなのばっかり)。


・メビューム87光線とシャイニングスラッシュ
 作中で普通に使わせましたが、実はどんな技なのかほぼ情報がない技だったりします。
 特に前者、普通に強力な光線なだけでは……? と思いつつ、ファイヤーリーダーが炎と冷気を操る形態であるため、そういう副次効果があるという説を採用した描写になっております。
 シャイニングスラッシュについては、八つ裂き光輪系の技かもしれませんが、名前が近いシャイニングエメリウムスラッシュと似た技として解釈して扱っています。どちらも公式の設定ではない、ということをご了承頂けると幸いです。




・シャイニングウルトラマンゼロとシャイニングミスティックについて

 まず前者について、割と独自解釈を書き散らかしています。公式ではないのでご注意ください。

 とはいえ、自分としては今回のSSの中で描いた『ゼロだけが掴んだ輝きであっても、ゼロだけで掴めたわけではない』というイメージでシャイニングウルトラマンゼロを捉えているため、シャイニングミスティックもそれに準じた形でアリエ蘇生というお話になりました。時間停止しか明言されていないシャイニングミスティックが時間逆行したり、ジードマルチレイヤー使い出したりするのは完全に捏造です(そもそもマルチレイヤーがウルトラセパレーション由来=初代ウルトラマンカプセルで変身した形態が扱える技というのも仮説であり、公式設定ではないですが……)。

 ちなみにこの形態は両手のゼロスラッガー以外、体力無尽蔵のウルティメイトファイナルにガッツリ能力が反映されそうですが、「ベリアルの血を引いた者が展開したメタフィールド内」でなければ変身だけでなく、ウルティメイトファイナルでも一切能力行使ができない、という独自設定で行きたいと思います。このため、本作より未来の時間軸である公式のウルティメイトファイナルがゼロと違い体力のデメリットを無視して発動できるはずの時間停止をしない、ということで一つ。そろそろパラレル具合がそれどころではなくなって来ている気もしますが、念のため。

 最後に物凄く長い散文になってしまいましたが、ここまでお読み頂けた豆な方がいらしたら、本当にありがとうございました。どうか今後ともよろしくお願い致します。




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第十五話「終わりの始まり/君の声が聞こえない」Aパート





どうも。
『ウルトラマントリガー』に続き、『ウルトラマンクロニクルD』ともネタが被って行くようですね……






 

 

 

 

 朝倉リクを中心とする、星雲荘の一行は、異星人捜査局AIBの地球分署・極東支部、その本部に招かれていた。

 そこに備えられた転送ゲートを潜り、この地球にやって来る、一人の異星人を歓迎するために。

 眩い光が視界を灼いた後。それで明順応を起こしたように、ふらふらと頼りない足取りで現れた人影へ、リクは一歩前に出て声をかけた。

 

「おかえり、ペガ」

「……リク!」

 

 呼びかけに応える、その最中から。声に滲む喜びの色を濃くしていったのは、ペガッサ星人の子供――リクの親友である、ペガッサ星人ペガだった。

 

「えへへ……ただいま」

「おかえり、ペガ! ありがとう、ずっと……」

 

 久しぶりね、と頷く鳥羽ライハの横を抜け出して。ペガへと駆け寄ったのは、培養合成獣スカルゴモラが地球人の少女に擬態した姿である、朝倉ルカだった。

 彼女の顔には、言葉のとおりの深い感謝が、ありありと浮かび上がっている。

 それも当然だろう。なにせペガは、リクの妹であるルカたちのために、何ヶ月も地球を離れていたから。

 

 ベリアルを倒したことで英雄視されるウルトラマン、ジードことリクはともかく。ベリアルの血を引く怪獣としてこの世に生を受けたルカや、ヤプールの下を出奔した超獣である末妹のサラの立場は、ベリアルの齎した戦乱で傷ついたこの宇宙において、非常に危ういものだった。

 

 この宇宙の秩序維持を担うAIBでも、全てを抑制するのは手に余る事態を前に――ペガは、故郷であるペガッサシティに帰還し、ウルトラマンジードやその家族の素顔を知る親友として、宇宙社会に訴えかけてくれていたのだ。

 

 ベリアルへの憎しみを、その子供たちで晴らそうとするのは間違っている、と――

 

 ペガの始めた努力は、その願いに同調してくれた故郷であるペガッサシティや、目的を同じくするAIBの支援もあって順調に拡がり……スペースビーストの定着や、石刈アリエに残留していた因子からのベリアルの擬似的な復活を、ベリアルの子らが阻止したという事実が後押しとなり、遂に被害者代表団との交渉が実を結んだ。

 ルカの身柄を狙い、現に武力行使にまで打って出た急先鋒のノワール星も、『朝倉ルカと朝倉サラは、本質的にはヒューマノイドであると考えられる』という、彼らなりの理屈を用意して折れてくれたという。……ルカ自身は、その理屈にまだ引っかかるところはある様子だったが。

 ともかく、その成果を手土産に。目的を達成したペガは、こうして地球に戻って来ることになったのだ。

 

「どういたしまして。友達だからね、ペガは。リクと……それに、ルカたちとも」

 

 そんな理由で、広大な宇宙を相手にした戦いへ挑んでくれた親友に、リクは感謝で胸が詰まる想いだった。

 

「直接会うのは、はじめましてだね、サラ。ペガも星雲荘で暮らすけど……仲良くしてね」

「うん。よろしくね、ペガ!」

 

 彼が地球を去った後に現れたサラと、ちょっとだけ怯えた様子の挨拶を、ペガが交わす。もちろん、かつて対立した超獣の同種を前に緊張しているのは、ペガの方だ。

 ……いくら怖がりとはいえ、ペガですら、そんな風に身構えてしまうのだ。

 妹たちどころか、ウルトラマンジードが自分のような俗人であることさえも知らないベリアルの被害者たちが不安となり、かつての怨みに囚われ、排斥したくなってしまったのも、無理はないのだろう。

 それでも、ペガの訴えや、妹たちの頑張りを、彼らは認めてくれた。

 なら今度は、自分たちがその信頼に応えなければならない番だと、リクは考える。

 

 ……なんて、柄にもなく高尚な決意を気取っていたけれど。

 

「これでやっと、星雲荘も元通りだね!」

「そうね。前より、良い意味で賑やかだけど」

 

 ライハと喜びを確かめ合っていたルカが、続けてリクを振り返ってきた。

 

「ね、ね、お兄ちゃん! 今夜はお祝いしようよ!」

 

 ペガの帰還を、自分に負けないぐらい喜んでくれるルカの誘いに頷かないほど、リクはストイックに徹せなかった。

 

 折角。ベリアルの血を理由に、ルカたちが罪に問われることのない社会を、ペガが勝ち取ってきてくれたのだ。

 なら、彼女たちの兄であるリクも、使命に身を捧げるだけではなく――ただ日々を懸命に生きる命であることを許された妹たちと一緒に、自分も心からいっぱい楽しんで、いっぱい苦しんで、いっぱい泣いて、いっぱい笑ってあげたいと、そう思った。

 

 

 

 

 

 

「緊急会議よ」

 

 ペガの帰還を祝った、その日の夜。

 妹たちが寝静まった後、こっそり起きて来るように、と――ライハに指示されていたリクとペガは、星雲荘の中央司令室へ集まっていた。

 

「帰って来て早々悪いわね、ペガ」

「ううん。ペガは大丈夫だよ、ライハ。でも……」

 

 ペガがリクの影に潜むのも、そこから飛び出すのも、もう数ヶ月ぶり。ルカと出会う以前の、元々の星雲荘の面々だけで話すことだって、随分懐かしいことの気がした。

 

「どうしたんだよ? いつもは夜更かしするなってうるさいくせに」

 

 ルカの前では笑顔の比率が圧倒的に増えたライハだが、リクに対してはそれ以前よりも厳しい態度を示していた。曰く、もうお兄ちゃんになったんだから――と。模範たれとのことだ。

 ……まぁ、どうしても面倒な部分までは気が回らずとも。大切な妹たちに、健やかに成長して欲しいという願いは、ライハに言われるまでもなくリクの中にある。ついでに子供っぽいと、初対面の頃ルカから言われたことも気に留まっていたため――妹たちの前では当社比、二倍は真面目で誠実な兄たろうと振る舞っているつもりだった。

 だから、その目がないところでは気が抜けて、こうして子供染みた口調に戻るのだが。

 

「もちろん、明日はもっと早く起きて貰うことになるわよ」

 

 ライハの返しに何となく理不尽なものを感じたリクは、しかし逆らって勝てるわけもないので黙っていることとした。

 

「……さっき、ルカが何を飲んでいたか、覚えてる?」

「えっ?」

 

 そうしてライハから提供された予想外の話題に、リクは困惑した。

 

「タピオカミルクティー……だったよね?」

「うん。SNSとかはやってないはずだけど……女の子らしくて可愛いよね」

 

 ペガと確認し合い、リクは頷いた。ペガは何故か、少々呆れたような目を向けてきていたが。

 

「……呑気な感想言っとる場合か」

 

 何故か、関西弁でツッコミながら。レムが密かに遮音性を高めているとはいえ、ゴモラ由来の人外の聴力を持つルカに気づかれないよう、声量を絞ったライハがリクを恫喝した。

 怯むリクに、嘆息を挟んでライハが問う。

 

「リク。ミルクティーってことはつまり、紅茶の一種よ? それを好む男が身近に居ることを、あなたも知っているはず」

「……ペイシャン博士?」

 

 これ見よがしに紅茶好きアピールを欠かさなかった、AIB所属のゼットン星人を思い出したリクに、ライハが頷く。

 

「……いや、タピオカに興味が出ただけじゃない? もちもちしておいしーって言ってたし。そんな血相変えなくても」

「よく考えなさい、リク。あの子がずっと好きだった飲み物……あなたが最初にあげたオレンジジュースじゃなくて、タピオカミルクティーを選んでいるという変化の重要性を!」

「――っ!?」

 

 業を煮やしたライハの指摘に、リクもようやく危機感を共有し始めた。そうか、そこが焦点だったのか――っ!

 

「本当にあなたが考えているとおりの、何でもない変化だったらそれで良いわ。でも、もし違っていたら……!?」

 

 そういえば。ペガのおかえりパーティーの最中、場繋ぎで点けたテレビ――ルカも見ていたバラエティの中で、言っていた。

 この頃……年の差カップルが急増中だとか、なんとか!

 

「……たいへんだ、一大事だ!」

「いや、二人とも、落ち着いて……」

 

 消え入りそうなか細い声でペガが宥めようとするが、しかし戻ってきたばかりの親友の願いを聞いてあげることも、心配で頭が一杯になった今のリクにはできなかった。

 

 

 

 

 

 

〈……こちらファルコン(ツー)、標的を発見したわ〉

〈こちらファルコン2、僕も確認した。ファルコン2どうぞ〉

〈こ、こちらファルコン2、……ねぇ、二人とも。皆ファルコン2だと、区別がつかないんじゃ……〉

 

 翌日。ばっちり早起きしたリクたち三人は、ルカの追跡を行っていた。

 

 今日のルカは、銀河マーケットの勤務は非番だ。それで彼女が、末っ子のサラを、同じく休日であるトリィ=ティプのところまで連れて行く段取りになっていた。

 ――重要なのはその場に、普段は居ないペイシャンもやって来るのだという情報を、ライハがサラから聞き出したことだ。

 

 昨夜、緊急会議でその情報を提供されたリクは、ライハの立案したルカ追跡作戦に躊躇なく参加することを決めた。

 

 リクたちは早朝、店長には急用でアルバイトを休む、という旨を通達したが、それはルカに伏せておいた。

 そうして、偽装出勤した後に、レムから密かに情報提供を受けながら、身を隠したリクたちはルカとサラが地上に転送された場面を捉えていた。

 

 装備は万端だ。昨夜の内に、レムが三人分のシャプレーブローチの改造品を用意してくれていた。変装能力を応用した迷彩機能により、リクたちの姿は互いを除く周囲から見えなくなっていた。

 さらには、通信機を兼ねた消音変声器も装備済み。靴も普段と変えて、人外の身体能力を持つルカたち相手でも、尾行に気づかれる要素は可能な限り削ぎ落としていた。

 ただ、リクとライハに比べると――後方部隊のレムはこの際ともかく、実行部隊の中では、ペガの士気が顕著に低かった。

 

〈はぁ……まさか、こんなことになってたなんて。毎日のように話してても、傍に居ないとわからないもんだなぁ〉

〈なんだよペガ。僕が妹の心配をしちゃいけないっていうのか!?〉

〈いや、どっちかというと、その……〉

 

 リクに問い詰められたペガは、チラリと視線をライハへ向けたが、怖気づいたように何も言わず黙り込んだ。

 

〈こちらファルコン2、ルカたちが公園に到着!〉

 

 そんなペガの仕草に気づく様子もなく、ルカをずっと見張っていたライハが状況の変化を口にした。

 

〈……あれ? ルカ、驚いてるみたいだね〉

〈こちらファルコン2、ルカの笑顔を確認した。ファルコン2どうぞ〉

〈こちらファルコン2、サラを置いてルカが駆け出したわ!〉

 

 ライハに言われるまでもなく、ほぼ隣に随行しているリクもまた、その光景を目撃していた。

 弾けるような笑顔を見せたリクの可愛い妹は、下の妹の引率という役目すら我慢しきれないといった様子で、公園の奥へ向かって駆け出していた。

 彼女が向かう先の集団、その先頭に立つ男性――容疑者であるペイシャン博士の姿を見て、リクの背筋に悪寒が走った。

 

〈まさか……ハグしようとしてる!?〉

〈メーデーメーデー! 総員、突撃!〉

 

 ライハの号令に頷き、リクはシャプレーブローチを投げ捨てて駆け出した。

 走法そのものは、間違いなくライハの方が洗練されているが――リクには、地球人である彼女を遥かに突き放す、この跳躍力がある!

 

「待つんだ、ルカ――っ!」

「えっ、お兄ちゃん!? なんで、バイトは――っ!?」

 

 そして突如、何もないところから跳び出した兄の姿に驚愕した様子で、ルカが足を止めた。

 その時には、既にリクはルカと、公園内で待っていたペイシャンの間に割り込もうとしていたが――想定より早く減速し始めていたルカは、リクの跳んだ先より随分と手前で、立ち止まっていた。

 

「うわぁ!?」

「きゃ!?」

 

 そして、空中で姿勢制御できなかったリクは、代わりに跳び出してきた人影と、正面衝突を余儀なくされた。

 咄嗟に身を捻って、ぶつかってしまった相手の下に自分が回り込むようにしたリクは、その時。太陽のような匂いが、鼻孔をくすぐるのを感じていた。

 続けて、己の上に転がってきた相手の、柔らかな感触と硬い地面とに、リクはその身を挟まれて潰れたカエルのような悲鳴を漏らした。

 

「いてて……ごめん、怪我してない……?」

「――大丈夫ですか、リクさん!?」

 

 問いかけるリクの上へ乗っかる形となっていた相手は、すぐにその上から離れると、名前を呼んで安否を問うてきた。

 ……己の名を知っているその少女の心地良い声を、リクもよく覚えていた。

 

「お、お兄ちゃん! アサヒ! 大丈夫!?」

 

 心配して駆けつけてくれるルカが、リクの衝突した相手の名を呼んだ。

 湊アサヒ――こことは別の宇宙の地球で暮らす、ウルトラウーマングリージョだった。

 

「……アサヒ?」

 

 遅れて駆けつけたライハもまた、その姿を認めて驚いたような声を発していた。

 

「えっ、ライハまで……銀河マーケットは大丈夫なの!?」

「おいおい、何やってんだよリク」

 

 ルカの当惑に続けて聞こえた男性の呆れ声は、リクたちが発見していたペイシャンの物ではなく。

 ちょうど、アサヒと同じように。ファルコン2として追跡していたリクたちの視界からは影となっていた場所に居た、伊賀栗レイトの口から放たれたものだった。

 

「……ゼロ」

 

 その彼が、眼鏡をしていないことに気づいたリクは、レイトの肉体に憑依しているもう一つの人格を言い当てた。

 

「ようやく休みが取れたんでな。マユと遊びに来たぜ、っと」

「あたしも、連れてきて貰いました」

 

 肩車していた伊賀栗マユを降ろすレイト=ゼロの発言に続いて、立ち上がったアサヒがこの場に居る事情を説明した。

 ……ゼロが連れてきた、という経緯はまた詳しく聞きたいが。なるほど、ルカが笑顔で駆け出したことや、その減速が始まるタイミングがリクの読みを外れた理由は、これでよくわかった。角度の問題で、リクたちからはペイシャンの影に隠れていたアサヒを、ルカが発見したのが真相だったということらしい。

 転んだ痛みが時間の経過で和らいでいくのと同時に、ルカの件はどうやら自分たちの杞憂であったらしいという確信が深まり、リクはほっと安堵を抱えていた。

 ただ、その代償に。

 

「お兄さま、だいたーん」

 

 遅れて駆けつけた末っ子に、公衆の面前でアサヒを突き倒す形となったことを、リクはそのようにからかわれたのだった。

 

 

 

 

 

 

「はじめまして、アサヒおねぇちゃん」

「はい! よろしくお願いしますね、サラちゃん!」

 

 また妹さんができたんですか、とリク相手に驚いたアサヒと。ルカたちから彼女のことを紹介されたサラとが、笑顔で挨拶を交わしていた。

 

 ――戦いの道具として造られた存在。

 元はマコトクリスタルのヒューマノイド型インターフェースであり、今はウルトラマンの力を担うようになった少女、湊アサヒ。

 似通った宿命を持つ故に、リクだけでなく、ルカとも親しくなってくれた彼女は……今度は同じように、サラともすぐに打ち解けてくれたようだった。

 

「アサヒもおねぇちゃん呼び……いいなぁ……」

 

 その様子に和みながらも、ルカはつい、羨望を口にしてしまっていた。

 

 実は過日、モアが「おねぇちゃん」呼びされているのを見た後に、ルカもそういう呼び方をして欲しいとサラに頼んでみたことがある。

 その時は呆気なく承諾してくれて、鼻血が出そうになるほど可愛かったのだが――その際のルカの表情が、邪神の幼体でもあるサラから(よこしま)などと言われてしまう結果となった。

 その顔を嫌がり、結局元のお姉さま呼びに戻ってしまったのに。将来の義姉最有力候補とはいえ、血の繋がっていないアサヒがサラから「おねぇちゃん」と呼ばれているのを、ルカは悔しい気持ちを抱えながら見守っていた。

 

「ペガくん、帰ってきてたんですね」

「うん、ちょうど昨日ね。アサヒと入れ違いにならなくて良かったよ」

 

 そんなルカの前で、タイミングよく居合わせることになった旧知同士、アサヒとペガが会話する。

 

「それで? おまえ、まさかの過保護かよ」

「……マユちゃんの前で、ゼロにだけは言われたくないなぁ」

 

 またも同じように、戦友であるウルトラマン同士、リクとゼロがそんな憎まれ口を叩き合っていた。

 そんな様子を見て、ルカは忘れかけていた疑問を思い出した。

 

「ねぇ、ライハ。お兄ちゃんもだけど、どうしてここに?」

「……色々と事情があるのよ」

 

 らしくなく、露骨にはぐらかす師匠の視線が泳いだ先を、ルカは見逃さなかった。

 

「……しっかし。あいつがマユと友達になってるなんてな」

 

 呟くゼロが視線を向けた先とも重なるのは、仲良く駆け回るサラとマユ――そして、二人がぐるぐると周囲を巡る、ペイシャンとトリィの様子だった。

 

「……もうゼロよりマユちゃんと仲良かったりして」

「なんだとぉ!?」

 

 からかい返すリクに、ゼロが憤慨する。しかし、流石にここでムキになり過ぎれば、本当にマユからの好感度が下がりかねないことは理解しているのか、ぐぬぬという表情でリクとマユたちを交互に見るに留めていた。

 

「お姉さんは、サラちゃんとどういうご関係なんですか?」

 

 その頃、初対面のトリィと、サラとの関係性を、アサヒが尋ねていた。

 

「どんな風に見える?」

「えっと……まるで、家族みたいに、仲良しさんです」

 

 微笑ましい様子に、思わずと言った調子でアサヒが零すと、トリィも満更でもなさそうに笑みを深めた。

 

「かぞく……」

 

 対して、ルカたちの妹であるサラは、血の繋がりがないトリィとの関係をそのように評されたことに、一瞬驚いたような顔をしていたが――それからもその白い顔には、嫌悪の色は微塵も浮かばなかった。

 

「トリィさんがおかあさんで……ペイシャンさんがおとうさん?」

「こら、マユ!」

 

 隣で一緒に聞いていたマユが漏らした感想を、母である伊賀栗ルミナが慌てて諌め、一行に頭を下げていた。

 ……その時生じた不審な音に気づいて頭を向けると、何か横でライハが小さくガッツポーズをしていた。

 それでルカは、師匠や兄の奇行の理由に思い当たるものができた。

 

「……もしかして、私がタピオカミルクティーを呑んだから?」

「おっ! おまえも紅茶を楽しめるようになったのか」

「ペイシャンは黙ってて。そんなマニアックなんじゃないから」

 

 この距離からでもミルクティーという単語に食いつこうとしたペイシャンを、ルカは掌を掲げて制した。

 

「そうそう、紅茶がお好きって伺っていたので……お口に合えば良いんですが」

 

 それから、ペイシャンがわざわざこの場に居合わせた理由……先日、この場所でベリアルの影響を受けていた石刈アリエに襲われた際、救援に駆けつけた御礼の品を伊賀栗家から渡すという案件に話が動き、ゼロから主導権を返して貰ったレイトもそちらに合流して行った。

 

 その間も、ルカはバツが悪そうな顔をしているライハと、汗を掻きながら目を泳がす兄の顔を見ていた。

 リクの背後で、ペガが肩を竦めるように。あの男を意識していると思われていたのだろうか、という一点においては、ルカも少し呆れていた。

 

 いや、確かに家族以外では特に馴染みが深く、ペガの次ぐらいには世話になっている異性でもあるのだが……

 

 ――ウルトラマンである兄と違い、培養合成獣である自分にとって。ウルトラマンベリアルという個人の血がゴモラとレッドキングを結びつけた生命体であるスカルゴモラの同族とは、存在しても肉親しかあり得ない。赤の他人がベリアル融合獣へ一時的に変異しても、遺伝子的には同じことだ。

 

 最初に発見された際のこの姿に合わせて、レムの学習装置で植え付けられた情緒の観念は確かに存在している。振る舞いに伴う恥じらいや、他人の色恋沙汰への野次馬根性なんかは、そこから生じたものだ。

 だが、子孫繁栄の本能に由来する異性の情というものは、本質的にはルカ自身にとって――きっとこの先も永遠に、無縁なものであるのだろう。

 

「……ありがとね、ライハ。お兄ちゃんも」

 

 ……ライハもきっと、そんなことがわからないほど無神経ではない。だから。

 

「私のこと、心配してくれて」

「ルカ……」

 

 同じように、ライハの胸の内がわかるルカは、家族としてともに生きてくれている彼女に、余計な言葉よりも、感謝の気持ちを伝えることにした。

 

 ……ウルトラマンであったなら、させずに済んだかもしれない心配。

 ウルトラマンとして生まれて来ていれば、ペガにも苦労をさせずに済んだのかもしれない。

 スカルゴモラとして生まれて来なければ、ヤプールに付け入る隙ができるほど、ライハを傷つけずに済んだかもしれない。

 

 だけど、その結果として。今の自分があることを、ルカは否定するつもりはなかった。

 あの時ヤプールとの戦いがあったから、ライハともこんなに打ち解けられて。巡り巡って、サラという妹にも出会えたから。

 怪獣兵器であるゼガンに対して感じる強い友情も、結果、そのゼガンが生きることを願ってくれたことも――怪獣である自分さえも受け入れてくれた、兄に対する感謝の気持ち、その大きさも。

 培養合成獣スカルゴモラとして生まれて来て、朝倉ルカとして生きて来た今の自分だけが持ち得るこの心と、それを取り巻く世界とを、ルカは気に入っていた。

 

 ……まぁ、バイト先の現状は心配だけど。

 もう少しだけ周りとの話が落ち着いたら、二人を説得して銀河マーケットに向かおうかと考えたルカは、そこでふと疑問に気がついた。

 

 そもそも、この笑い話みたいな事態を招いた、タピオカミルクティー。

 結局は何となく選んだだけで、いくらなんでも二人の心配し過ぎだとは思ったが。

 

 ……自分はどうして、なんとなくでオレンジジュースより、それを選んだんだろう――?

 

 

 

 

 

 

 ライハとともに、ルカから感謝の言葉を受け取ったリクが、深い安心に包まれていると。

 レイトの体を借りたままのゼロが、ペイシャンに対する彼の用が済んだからとばかりに再びマユと遊ぼうとしたところ、本当にサラと遊ぶのを優先されて振られてしまい――リクが見たことないほど傷心した様子で戻って来ていた。

 

「マユが……俺と遊ぶより楽しいって……」

「い、一時的なものだよ。新しく友達になったばかりだからなだけで、ゼロのことだって嫌ってないよ」

 

 さっきはその点で煽っていたものの。消沈しきったゼロの様子に、流石のリクも気遣いを余儀なくされた。

 初めて見る、レイトより弱々しい様子で、今にも泣き出しそうになっているゼロの背を叩き、大丈夫だからと何度も励ましているうちに、ようやくゼロも涙を引っ込めて上を向いた。

 

「……そういえば、ベリアルの影響で生き返ったあの記者のねーちゃんを、何とかしたんだって?」

 

 そこでゼロが不意に、リクへと問いかけてきた。

 

「うん。ルカたち皆と……それに、ゼロのカプセルのおかげだよ」

「そうか……へっ、流石はマユが起動させた俺のカプセル」

 

 素直に、父の後始末を一つ終えられたことの感謝を伝えると、ゼロは額に手を当てて自惚れる仕草を見せた。

 それでほぼ復活した様子のゼロは続いて、妬む気配もなくサラや、ルカのことを振り返った。

 

「それに、随分頼もしくなって来たみたいだな。おまえの妹たちも」

「うん。ルカが居なきゃ、シャイニングミスティックにはなれなかったし……サラが居ないと、ブルトンに星雲荘がやられていたかもしれない」

 

 妹たちの奮闘を、リクは誇らしく想いながら、ゼロに伝えた。

 

「……ブルトン?」

 

 だが、ゼロはその名に引っかかりを覚えたように、レイトの顔で眉根を寄せていた。

 

「おまえら、ブルトンを倒したのか?」

「あれ、言ってなかったっけ……サラが退治してくれたんだ」

「……それからこうして平和にしてるってことは、虚空振動は観測されなかった、ってことか」

「虚空振動?」

 

 ゼロの返答に不穏な気配を感じて、リクは耳慣れない単語を聞き返した。

 

「次元の歪が大きくなっている時に起こる振動波……まぁおまえが知らなくても、レムが居るなら大丈夫だろ」

〈いえ、初耳です〉

「うわぁ!?」

 

 そこで二人の会話へ、密かに派遣されていたらしい一機のユートムが割り込んだ。

 突然の登場へ驚くリクとは対照的に、ゼロの意識が表れるレイトの表情が、見る見るうちに強張った。

 

「そんなはずは……AIBならともかく、ベリアル軍のおまえが知らないのは変だろ!?」

〈しかし、事実です。検索しても該当する単語はヒットしません〉

「……なんてことだ」

「おいおい、深刻な声でどうした?」

 

 伊賀栗レイトの顔にありありと懸念を浮かべたゼロの様子に気づいたのか、ペイシャンが二人の方へ歩み寄って来た。

 

「……ブルトンの中には、巨大な宇宙を成立させるための不条理を引き受けている個体が存在する」

 

 突然、ゼロが――既に斃されたはずの怪獣について、妙に重々しく言及し始めた。

 

「それが消滅すれば、宇宙に『穴』が開くことがある」

「宇宙の……穴?」

「するとどうなるんだ? 穏やかな話じゃなさそうだが」

 

 ゼロが一瞬、半ば取り乱すほど重要だという事項を、やはりレムだけでなく、AIBの研究者であるペイシャンも、リクと同様に知らない様子だった。

 

「宇宙の穴……虚空怪獣グリーザが出現する」

「――グリーザだと?」

 

 何故か。その名だけは知っているように、ペイシャンが反応した。

 だが、そこから彼らの間で会話が続くことはなかった。

 

 ゼロが不穏な話を始める瞬間まで、確かに存在した束の間の平穏を葬り去る――終焉の化身が、宇宙から降って来たからだった。

 

 

 

 

 

 

 ――突然、空を覆った暗雲。

 無数の稲光を走らせるその雲を突き破って、一体の黒い巨人が降って来た。

 星山市を震撼させるその姿を、ルカはつい先日目撃していた。

 

「アーマードダークネス……!?」

 

 この手で一度。その後、ベリアル融合獣キメラトロスの闇と一体化して復活したところを、今度は(ジード)が到達した新たな力でもう一度、確かに砕いたはずなのに。

 闇ある限り不滅とされる暗黒魔鎧装は、その謳い文句のとおりにまたも完全な姿を取り戻し、今度は怪獣墓場を抜け出して、この地球に襲来したのだ。

 ただ一つ――その頭部だけを、ルカの記憶にある形から変化させて。

 

 その頭部は、アーマードダークネス本来の兜ではなく。

 ウルトラマンジードと激突した際の、ベリアルと似た頭部に変形したダークエンプレスのものでもなく。

 雄牛のようにも見える銀色の角を生やし、中央に黄色い発光体を備えた、青い瞳を持つ黒き魔人の顔が、そのまま衆目に晒されていた。

 

「――我が名は、ゼット」

 

 アーマードダークネスを軋ませながら起き上がった巨大な魔人は、粛々と、しかし力強く名乗りを上げていた。

 誰に対してでもなく――強いて言うならば、この星の全ての生命体へ向けて。

 

「宇宙恐魔人、ゼット」

「宇宙恐魔人――ゼット、だと……っ!?」

 

 魔人の名乗りに、あの無敵を豪語するウルトラマンゼロが――身を強張らせ、声を詰まらせていた。

 

「かつてなき強き者の気配に呼ばれ、私はこの星へやって来た」

 

 来訪の目的を明かした魔人は、手にしていた漆黒の三叉槍――ダークネストライデントの柄を肩に載せて、地球全土に問いかけた。

 

「強き者は、どこだ」

 

 暗黒魔鎧装を纏った宇宙恐魔人に、漆黒の稲妻が飛来したのは、その直後のことだった。

 

 

 

 

 

 

 ……朝倉ルカ=培養合成獣スカルゴモラは、知る由もなかった。

 

 暗黒の鎧を纏った――ある意味、自身の同類とも言えるその魔人が。

 

 ウルトラマンにとって、最悪の天敵とすら呼べる存在であることを。

 

 そして、その魔人にさらなる力を与えた暗黒の稲妻の、本当の恐ろしさを。

 

 その時はまだ、知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 




Aパートあとがき



 お世話になります。第十五話でこのタイトルを使えるのはちょっと感慨深かったりしているジード&スカルゴモラスキーな作者です。

 ファルコン2はもっとたくさん書いていたのですが、流石に冗長かなと泣く泣くカットしました。非常に悲しい。
 ファルコン2、名称は違うものも考えていたのですが、湊家のカツミを呼び戻す「綺麗なファルコン1」だけ見ていたリクくんが感銘を受けた結果、なんか先祖返りしたところで使われているというイメージです。



 いつもの雑文としては取り急ぎ、最後に登場したインフレ中ボス軍団のトップバッターについて、出典元が正史世界観に存在しながらもかなりマイナーなため、今の時点で明かせる(明かしておきたい)原典及び公式設定との相違点の解説を書かせて貰います。結構長い。

・宇宙恐魔人ゼット(※正史版初代=『EXPO THE LIVE ウルトラマンタイガ』個体)

 宇宙恐魔人ゼット、というキャラクター概念をご存知の方も何がどう登場したんだ、となると思うので、一応の出典元を解説。
 恐魔人ゼットのパラレルではない映像作品での初デビューは『ウルトラギャラクシーファイト 大いなる陰謀』となりますが、実はそこでタイガやタイタスが言及していた個体も正史に組み込まれて存在しています。それが今回、本作に登場した『EXPO THE LIVE ウルトラマンタイガ』を原典とする宇宙恐魔人ゼットということになります。

 大事なのは、初代という肩書き。そう、『大いなる陰謀』に登場した恐魔人ゼットは、正史世界観では二代目なのです。ぶもー。

 この初代ゼットはその後、『THE LIVE』では第二部にて彼を封印した後地球に転移していたワイズマンズソードから、他の邪悪な存在と共に解放される――のですが、第二部の出来事は明らかに正史とはパラレル世界観扱いなので割愛。
 ただ、その展開を参考にして、ワイズマンズソードに封印された後も消滅しておらず、不具合を起こしたワイズマンズソードごと行方不明になっていた……のを、ブルトンの力で封印ごと呼び寄せたのが今作で登場するための設定となります。

 槍使いである恐魔人ゼットの中で、(正史の範囲では)唯一槍を使っていなかった個体。ついでに言えば、造られた目的も唯一「ウルトラマンの抹殺」ではなく「最強の生命体となること」だったりした、特殊なゼットンである宇宙恐魔人ゼットの中でも色々とユニークな個体となります。
 ……ただ、ゼットはアンチウルトラマンの頂点であって欲しい気持ちから、その辺を補う、のを通り越して少々盛っています。
 ゼットンとしての能力も、(そもそもショーでテレポートとかできるゼットンはまず居ないのですが)『THE LIVE』でジョーニアスと戦った時点では個体として未熟だったので使えなかったという設定を捏造しておりますので、Bパートからの戦闘でバンバン使います。予めご了承くださると幸いです。







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第十五話「終わりの始まり/君の声が聞こえない」Bパート

 

 

 

「……またこの雷か」

「ダークサンダーエナジー……っ!」

 

 星山市に突如として出現した暗黒魔鎧装(アーマードダークネス)を纏う、宇宙恐魔人ゼットなる存在。

 それだけでも戦慄していた様子のゼロは、続いて漆黒の稲妻で装甲されし恐魔人(アーマードゼット)が被雷したのを見て、さらにレイトの声を掠れさせていた。

 

「あれが!? だったらもう……!」

「そこか」

 

 ゼロの発言に反応していたペイシャンの声を遮ったのは、雷に打たれた程度では微塵も揺るがないアーマードゼットが元星公園に向けた、二条の青い視線だった。

 それが伴う、尋常ではない圧力に。元星公園に存在する全ての生命体が一瞬、息を止める。

 

「小さな姿で取り繕っているようだが、微かにあの気配がする。汝が強き者か?」

「……そうだ。俺が無敵の、ウルトラ……」

「貴様ではない」

 

 応じようとしたゼロの返答を一蹴し、ダークネストライデントを一閃させたゼットは、その矛先を元星公園の広場に向けた。

 その一動作が生んだ衝撃波で、星山市を軽く蹂躙しながら――三叉の矛先を、リクの背後へと回す。

 

「汝だ、混ざり物の生命(いのち)よ」

「…………私?」

 

 魔人から指名されたのは――最強の合成怪獣を目指して産み出された、リクの妹。朝倉ルカ、だった。

 

「汝は何者だ? 何故そのような気配を漂わせている?」

 

 咄嗟にルカの前に動き、彼女を庇うように立つリクを無視して、アーマードゼットは問いを重ねる。

 

「は……? 何、意味わかんないよ、あんたこそ何!?」

「私は宇宙恐魔人ゼット。最強となるために産み出された生命体」

 

 突然の事態で、半ば恐慌寸前のルカの返答に、意外にもアーマードゼットは一度その槍を引き戻し、素直に応じていた。

 

「……なんだ、お仲間みたいじゃないか」

 

 緊迫した状況を誤魔化すように、ペイシャンが軽口を叩いた。

 

「同じ目的で生まれてきた存在同士、案外仲良くできるんじゃないか?」

「ちょ……っ!」

 

 勝手なことを言うな、と抗議しようとしたルカは、しかし状況を察したように口を噤んだ。

 そんな彼女へ向けて、アーマードゼットは感心したように声を発する。

 

「ほう、貴様も最強となるために造られた生命体か」

「……ほら、興味を持ってくれたみたいだぜ? このままちょっと話してみないか、ゼットとやら」

 

 思いの外、話を聞いてくれている様子の宇宙恐魔人を相手に、ペイシャンはAIBとして交渉を試みようとしたようだ。

 だが――こちらの思惑通り行くものでもないと。他の全員と同じように、彼も既に確信していたことだろう。

 

「無用だ」

 

 それを示すように、アーマードゼットは端的に答えた。

 

「その素性が知れたならば、いよいよ確かめる必要もない。最強とはただ一人――後は互いの存在意義を証明するため、ただ戦うのみだ!」

 

 再び、ダークネストライデントの穂先を元星公園に――ルカに向け直したアーマードゼットが、そう断言した。

 

「どうした? ……貴様らが逃した者に我が槍が向かねば、戦う気にはならない手合か?」

 

 ペイシャンが話して時間を稼ぐ、その隙に。ライハとペガ、そしてトリィが、レイトの妻子であるルミナとマユを星雲荘のエレベーターに押し込めているのを、この魔人はお見通しであったらしい。

 

「――ふざけるな!」

 

 その挑発に、リクも、ルカも、サラも、そしてゼロも。

 

「あたしも行きます!」

 

 さらにアサヒまでもが、険しい表情で応じていた。

 ――見るからに危険なこの魔人と、ルカを一人で戦わせないために!

 

 ジードライザーが、ゼロアイが、ルーブジャイロが。そして道具に頼る必要のない、リクの妹たちが。各々の、巨大な戦闘形態へと姿を変える。

 

「それでいい」

 

 ウルトラマンジード・ウルティメイトファイナルと、ウルトラマンゼロビヨンド。

 培養合成獣スカルゴモラと、究極融合超獣サンダーキラー(ザウルス)

 そして、超弩級怪獣グランドキングメガロス。

 五体の巨大生物が自身に立ち塞がるのを目にした宇宙恐魔人は、満足したような一声を漏らした。

 

「だが……少々邪魔者が多いな」

 

 さらに、本来の姿を見せたルカこと、培養合成獣スカルゴモラが、リトルスターから獲得した能力により展開したメタフィールドに引き込まれた後になって。

 スカルゴモラがレイオニックバーストを遂げ、ゼロビヨンドがギャラクシーグリッターの輝きを纏う――敵対する相手の戦力が最大になったのを見届けたアーマードゼットは、そんな感想を口にした。

 

「弱者から間引くとするか」

「(――アサヒっ!)」

 

 宣言したアーマードゼットが、消えた。

 それは、高速移動ではなく――空間を跳ぶ、テレポート能力によるものだった。

 

「――あっ、え……?」

 

 そして、アーマードゼットが再出現したその瞬間には。

 懐に潜り込んだ恐魔人の繰り出した、ダークネストライデントによる突き――単純な刺突が、超弩級の要塞の如きグランドキングメガロスの胸にある、幾層もの多重装甲を一纏めに貫き、その内部を破壊し、背中の装甲板を爆ぜさせて飛び出していた。

 

「アサヒっ!?」

「てめぇ――っ!」

 

 ギャラクシーグリッターが、ビヨンドリープアタックを発動し、グランドキングメガロスを貫いたままのアーマードゼットに迫る。

 だが、同じ瞬間移動でも。ゼットのテレポートは、ゼロのそれとは比べ物にならないほど、準備に必要な時間が短かった。

 

 致命傷を受けたグランドキングメガロスが、自立するための力を失った頃には。スカルゴモラの怪獣念力による拘束を身動ぎだけで弾いたアーマードゼットは、ゼロの攻撃が当たる瞬間だけ、テレポートでその場から消え、同じ場所に再出現した。

 

 宇宙恐魔人は超弩級怪獣を貫いたままの槍を手放し、すり抜けるようにしてゼロツインソードによる斬撃を回避したのだ。

 

 さらに、再出現した恐魔人ゼットが、右の裏拳でゼロビヨンドの顔面を痛打した瞬間には、今度は引き抜いた得物ごと、ゼロの背後へとテレポートを完了。

 そして槍を軽く振って、自らの方へ殴り飛ばされていたゼロの背中を、大きく深く切り裂いた。

 

 それだけ。たったそれだけで、嫌な水音を伴い、ギャラクシーグリッターに至っていたゼロビヨンドのネオ・フュージョンライズが解除される。

 リアクティブアーマーのような効果を発揮する、フュージョンライズの最中であったからこそ。命に届き得た一撃を受けながらも、ゼロも重い打撃を受けた程度のダメージで、素となる巨人体を維持できていた。

 

 ここまで、わずか三秒足らず。転移の連続行使で繰り広げられた瞬殺劇に、ジードの対応は完全に出遅れていた。

 

「このぉおっ!」

 

 それでも、アサヒを傷つけられた怒りに燃えて、ゼロへの追撃を阻止するべく。

 ジードはその怒りをエネルギーに変えるギガファイナライザーを構えて、普段以上の速度を発揮しながら突撃する。

 ジードほどの機動性を持たないスカルゴモラは、その場から強靭な尾を旋回させることで、装甲された魔人を打ちのめそうとする。

 兄姉に続いて、アーマードゼットの逃げ場を塞ごうと、サンダーキラーSが超高圧電流を纏った八本の触手と長い尾を展開して後詰を行う。

 

 当然のように、アーマードゼットは無造作なテレポートにより、その場を離脱することで兄妹の連携を回避した。

 

 ……それでも、構わない。ゼロへの追撃を防ぎ、崩折れるアサヒへの治療を邪魔されないのなら。

 ギガファイナライザーを振り切り、空いた手をそのままグランドキングメガロスに向けたウルトラマンジードは、その時――仮に理解していても、結局は同じ行動に出たとしても。

 自身がどれほどの危険に身を晒しているかを、正しく認識できていなかった。

 

〈リク、危険です〉

 

 レムの、いつもどおりの機会音声が、心なし悲鳴に聞こえたその時。

 

「(お兄ちゃんっ!)」

 

 兄妹で唯一、アーマードゼットの初動に反応できたスカルゴモラ。戦いの中で、未来視に開眼したという彼女から切迫した恐怖のテレパシーを受けたジードは、見た。

 上空に出現した宇宙恐魔人ゼットが、こちらへ向けたダークネストライデントの穂先に、膨大な闇のエネルギーを蓄えている光景を。

 

「ダークサンダー――レゾリューム!」

 

 そして、必滅の赤黒い稲妻が、そこから放たれた。

 光線を食い止めようと、光怪獣プリズ魔と同様の構造に変化したサンダーキラーSの触手が射線上に伸びる――が、あらゆる光学干渉を無害化吸収するはずのその構造体を、ダークサンダーレゾリュームは容易く切断して突破。

 スカルゴモラが咄嗟に展開してくれた怪獣念力によるバリアが、迫り来る絶望の波濤を食い止める。しかし、津波を前にしたガラスのように、数秒と保たずに砕け散る。

 

 そして、妹たちの懸命な守りも虚しく――光を消し去る暗黒が、グランドキングメガロスを庇って立つ、ウルトラマンジードの光量子情報体に直撃した。

 

「――っ、うぁあああああああああああああああああ!?」

 

 まるで細胞を一つ一つ咀嚼されるような、耐え難い痛みが着弾点から迸り、ジードに絶叫を上げさせる。

 ダークサンダーレゾリューム――それは、ウルトラマンを分解する虚空のエネルギーを得た、ウルトラマンを消滅させるための光線。

 サンダーキラーSがウルトラマンと同じ、光の化身であるプリズ魔化させていた触手を分解されてしまったように――問答無用で、闇が光を掻き消して行く。

 

〈そんな……リクぅううううううううっ!?〉

 

 伊賀栗妻子を避難させた星雲荘から、その光景を見ていたのだろうペガの、決死の叫びも虚しく響き。

 

 ジードに触れたそれは、瞬く間に光の巨人の全身を覆い隠し、ウルトラマンを構成する光量子を侵食する暗黒の中へ撹拌し――そして。

 その思考を途絶させると同時に、全身を粒子状に分解させられたウルトラマンジードは光線の勢いのまま拡散し、文字通り跡形もなく消滅したのだった。

 

 

 

 

 

 

 物々しい音を立てて、持ち手を喪った巨大な赤き鋼が、メタフィールドの大地に転がった。

 

「リク、さん……?」

 

 信じられないものを見るような、息も絶え絶えの声が、聞こえた。

 

「お兄、さま……?」

 

 痛みに呻いていた声が、自らの受けた傷すら忘れたように零す、呆然とした吐息が聞こえた。

 

 だが、それらが誰の声なのかも。消し飛ぶウルトラマンジードに伸ばした手が届かなかったスカルゴモラは、もう判別できていなかった。

 

「(――あ、あぁ、あぁぁぁぁぁあああああああああああっ!?)」

 

 仇へ向かう気力すらなかった。そんなものは、全て、掌が空を切る感触を確かめるのに費やされていたから。

 

 その場で倒れ込んだスカルゴモラは、確かに寸前までそこに存在していたはずの――自らの何より大切な兄の残滓を探すために、全ての感覚を研ぎ澄ませて。

 リクのくれた思い出の全てを、彼を見つけ出す手掛かりとするために振り返って。

 

 ――その結果、己の全てが、彼の喪失を確信させることに。

 スカルゴモラの精神は、その許容量を飽和させていた。

 

 ……死んだ。殺された。居なくなった。

 

 世界の全てから拒絶されていると思った自分に、憧れだった皆のヒーローという在り方を捨ててでも守ると言ってくれたあの人が。

 大切な人から預かっていた素敵な名前を贈ってくれて、やっと会えた妹だと、涙してまで同じ世界に繋ぎ止めようとしてくれたあの兄が。

 ウルトラマンへの恐怖に囚われた己を、そのことで苦しまなくて済むようにと守り、救ってくれた、あの背中が。

 

 初めて、培養合成獣スカルゴモラの安心できる居場所になってくれたウルトラマン。師匠や、名付け親や、同じ運命を分かち合える家族のような仲間たち――そして、自分たちの、妹とも。大切な皆との出会いを導いてくれた、何よりの大恩人。

 そして、こんなにも幸せにして貰ったルカと出会えて、自分もハッピーだと言ってくれた、優しい家族。

 

 その、兄が、リクが、ウルトラマンジードが……!

 

「(いやぁああああああああああああああああっ!?)」

「……何をしている」

 

 絶望へ耐えきれず慟哭したスカルゴモラに、呆れ混じりの声を投げる者が居た。

 

「これからが我らの戦いの本番だろう」

「(――っ!)」

 

 それが、そもそもの仇であることすら忘れて。

 ただ、(リク)の喪失を侮辱するような意志に耐えきれず、スカルゴモラは全身の力を解放した。

 起き上がりざまの全力の打ち込みは、兄の残滓を探した時と同じように、虚しく空を切った。

 

「遅い。もっと集中しろ」

 

 背後から、灼熱が生じた。

 斬りつけられた、と認識した次の瞬間には、既に。

 スカルゴモラの首筋を、ダークネストライデントの刃がさらに切り裂いていた。

 

 ――だが、レイオニックバーストで大幅に向上した代謝が、瞬時に二つの傷を癒やす。

 その際に発生した高熱をさらに利用して、スカルゴモラは敵を炙ろうとするが。

 

「ぬるい」

 

 スカルゴモラが放つ超高熱の、さらに百万倍の温度を灯した火球が、その熱波を爆ぜさせた。

 流石に、エネルギー量自体が百万倍ということはなかったために。スカルゴモラも一撃で消し飛びはしなかったものの、それでも一兆度の火球の威力に圧され、憎き敵から後退させられる。

 

「……む?」

 

 そこで、宇宙恐魔人が、培養合成獣から興味を逸した。

 彼が振り返ったその先では――ウルトラマンゼロが、先とは違う輝きを、その全身に発現させていた。

 

「ほう。感じたことのない力だ。何をするつもりだ?」

「――シャイニングスタードライブ!」

 

 アーマードゼットの愉快そうな問いに答えることもなく、決死の叫びを上げたゼロの腕から、恒星のように眩い光球が放たれた。

 そして、天へ達した光球が、高速で旋回し始めたのを合図に、メタフィールドの中が光に満たされ、流れ――

 

 

 

 

 

 

 ――気がついた時には、スカルゴモラたちは星山市の中に立っていた。

 

 メタフィールドもレイオニックバーストも解除され、それに費やしていた体力の消耗もなくなり。

 切断されていたサンダーキラーSの触手も、全て元通りに復元され。

 胸を貫かれていたグランドキングメガロスも、元の傷一つない偉容を取り戻している。

 

 そして……

 

「僕、は……っ!?」

「(――っ、お兄っ、ちゃん――っ!)」

 

 消滅したウルトラマンジードが、他の面々と同様、戦い自体がなかったかのように、万全の姿を取り戻していた。

 動揺した様子の彼へ、スカルゴモラに続き、グランドキングメガロスがその頭部を向けた。

 

「リクさん! 無事だったんですね!」

「さっきのは……ゆめ?」

 

 サンダーキラーSが漏らすのと同じ疑問を、スカルゴモラも一瞬抱いたが――すぐに違うと理解した。

 つい先日、同じ現象の、目撃者となっていたからだ。

 

「……シャイニングの力で、時間を戻した」

 

 超常能力の行使と、術者である彼だけは引き継いだ傷により。肩で息をするほど消耗したゼロが、予想通りの種明かしを行った。

 

「だが、もう……」

 

 今すぐ兄の無事に抱きつきたい、と思っているスカルゴモラとの会話の途中で、ゼロの言葉が途切れた。

 

「くだらん」

 

 理由は、彼の背後に無から生じた、黒き一閃にあった。

 ゼロの背後に転移した宇宙恐魔人ゼットが振るったダークネストライデントが、振り返った彼のゼロスラッガーによる防御を呆気なく弾き飛ばし、胴を薙いでいたのだ。

 

「――ぐぁっ!」

「何をするのかと思えば……時間の逆行とは大したものだが、戻された事象の記憶が残るのでは、大道芸でしかないな」

「ゼロ!」

 

 悲鳴とともに飛ばされてきた戦友を抱き止めながら、ジードが彼に呼びかける。

 

「一度見た以上、あんな悠長な真似を許すつもりはないが……それでも、何度も繰り返させることで私の気力でも削る狙いかと思えば、何より貴様自身が消耗している。随分と意味のないことに特別な力を使ったものだ」

「(おまえ……っ!)」

 

 リクとアサヒを救ってくれたゼロの健闘。その決意を愚弄するような宇宙恐魔人に、培養合成獣は憤怒の意志を返した。

 だが、動けない。下手に刺激すれば、この魔人の言うとおり、また先程の惨劇が再現されるだけだとは、スカルゴモラも承知していたからだ。

 

「だが、同じことを繰り返すのは確かに飽きる。邪魔者の除け方を少し変えるか」

 

 アーマードゼットが呟いたのを合図に、彼が纏う暗黒の鎧から、闇が噴出した。

 四方へ拡散した闇は、星山市に充満したかと思うと――次々と凝縮し、一斉に似姿を作った。

 

 それはゼットの顔から目を奪ったような、銀色の角と黄色い発光体を備えた凹凸状の頭部を持つ、黒と銀の体色をした怪獣。

 多少の個体差こそあれ、ほとんどが昆虫のような甲羅や、胸部に頭部の発光体と同系色の器官を備えた、「ピポポポ……」と鳴くその怪獣たちは。

 

「宇宙恐竜、ゼットン……!」

 

 かつて、初代ウルトラマンを殺した存在の同族。

 昆虫の特徴を備え、ヒューマノイドのように直立する、宇宙恐竜――それらの矛盾が底知れなさを誘う、多元宇宙最強種の一角と名高い怪獣。

 それが、十二体も同時出現したことへ、ジードに支えられたゼロが呻いていた。

 

「そうだ。そして全てのゼットンを従える頂点がこの私――宇宙恐魔人、ゼットだ」

〈アーマードダークネスは、その闇の力を用いて怪獣を生み出すことができるとされています〉

 

 アーマードダークネスの装着者、宇宙恐魔人ゼットの発言に続けて、レムが現状のカラクリを説明した。

 

「行け」

 

 頂点に立つ、と豪語する者の指示を受け。無機的な外観のゼットンたちが、一斉に動き出す。

 それにスカルゴモラたちが身構えた瞬間には、一斉のテレポートを行って。間合いを狂わせると同時に、不意打ちに近い形で、打撃や火球による攻撃を仕掛けてきていた。

 ――スカルゴモラだけは、その対象から外して。

 

「どうした?」

 

 その事実に戸惑いながらも。戦えないゼロを庇った分、動きの鈍いジードの苦戦に気を取られたスカルゴモラに対し。

 君臨するアーマードゼットが、問いかけを放った。

 

「そいつらでも戦える程度のゼットン軍団では、不服か? やはり、私が順に間引いて行く方が好みか?」

「(――っ、ざけんな!)」

 

 挑発に、スカルゴモラは飛びついた。

 魔人の挑発は、決して口だけではないと、既に体験していたからだ。

 そうして咆哮を上げながら、ゼットンの群れに素通りを許されたスカルゴモラは、彼らの王を目掛けて駆け出した。

 

「ルカ!」

「(来ちゃダメ、お兄ちゃん!)」

 

 心配して駆けつけようとしてくれた兄を、再びフェーズシフトウェーブを放ちながら、スカルゴモラは鋭く制した。

 

「(こいつの狙いは私……! だから、私が食い止める! 食い止めなくちゃいけないんだっ!)」

 

 シャイニングウルトラマンゼロの力で逆行し、なかったことにされた時間軸で体験した、理不尽なまでの強さを思い返す。

 あの瞬間移動と、ウルトラマンを問答無用で消滅させるダークサンダーレゾリュームの組み合わせは、最悪だ。

 ジードをこの魔人と同じ戦場に立たせた時点で、後は敵の気分次第の死が確定してしまう。

 

 だから、相手の要求に乗るしかないと――今日までの生涯で出会った、最強の生命体を相手に。培養合成獣スカルゴモラは単身で挑む覚悟を決めて、メタフィールドの展開を完了した。

 

 

 

 

 

 

 培養合成獣スカルゴモラが宇宙恐魔人ゼットとともに亜空間(メタフィールド)の中へ消えるのを、二体の宇宙恐竜ゼットンの腕力に抑えつけられたウルトラマンジードは、ただ見送るだけしかできなかった。

 

「くそ、なんなんだよあいつはっ!?」

 

 自らを一度、完膚なきまでに殺めた魔人の姿を想起しながら、ゼットンたちを振り払ったジードは感情を抑えきれず、荒く叫んでいた。

 

「……宇宙恐魔人ゼット。奴はもう一つのウルトラの星、U40に突如出現した、史上最大の脅威だった」

 

 絶対の緊張を齎す、当人が不在になってから。何とかジードの介助なしで立てているウルトラマンゼロが、息も絶え絶えながらもその知識を授けてくれた。

 

「最強となるために造られた生命体……その自称に違わず、U40最強の戦士、ジョーニアスでも時間稼ぎしかできなかった。最終的には、当時あの星を訪れていたタイガに取って来させた秘宝ワイズマンズソードで封印し、ようやく退けたと聞いている」

 

 タイガ――ウルトラマンタイガ。

 最強を目指して造られた生命体であり、その力が世界を脅かす前に、光の勇者によって歴史の闇に葬られた。

 自身の妹である培養合成獣スカルゴモラと、確かに通じる過去を持つ……しかし、彼女とは比較にならないほど危険な存在に、ジードは危機感を募らせる。

 

〈その封印が解かれた、ということですか?〉

「……かもな。奴が強大過ぎて、代々脅威を封じてきたワイズマンズソードも耐えきれず、対消滅したと考えられて来たが――今日まであんな怪物が暴れていることを、俺も耳にしたことがなかったんだ。ワイズマンズソードはどこかに消えながらも封印を保っていたが、結局それも突破された、ってところだろう」

〈それにしたって強すぎないか? 単純な戦闘力じゃ、ベリアルやザ・ワンも比べ物にならない勢いだぞ〉

 

 ウルトラマンジード・ウルティメイトファイナルと、究極融合超獣サンダーキラーSと、超弩級怪獣グランドキングメガロスとが、ゼットン軍団を相手取っている間に。

 疲労困憊のゼロから、それでも今必要な情報を絞り出そうと、レムと、避難中のペイシャンとが、質問攻めを繰り出していた。

 

「……ワイズマンズソードに封印されていた他の邪悪を、奴が取り込んじまったのかもな。昔、俺が戦ったハイパーゼットンのように」

〈加えて、ダークサンダーエナジーによる強化……か〉

〈ダークサンダーエナジーについて、情報の開示を求めます〉

〈簡単に言えば怪獣を強化する特殊なエネルギーだ。あれを帯びた怪獣の攻撃には、ウルトラマンを弱らせる作用がある〉

 

 ペイシャンが答えるように。ゼロはただ、恐魔人の攻撃の威力だけに苦しんでいるのではなかった。

 胸下、何とかカラータイマーを避けた傷口から、漏れ出るような黒いエネルギーの胎動が消耗したゼロを冒し、徐々にその範囲を拡げようとする素振りすら見せていた。

 

〈……詳細はエクスデバイザーから提供されたデータを通信で送らせるが、攻略の鍵になるような情報はないかもな〉

 

 そのゼロが危惧していた未知なる存在、虚空怪獣グリーザ。

 それに関連すると思しきダークサンダーエナジーの知識を、何故持ち合わせていたのか――その答え合わせをしながら、ペイシャンがレムやゼロとのやり取りを続ける。

 

〈後はアーマードダークネスの力――だとしても、何故装着して無事なんだ? あれはエンペラ星人以外では扱いきれず、鎧に吸収されるんだろ?〉

「……扱いきれてはいないんだろう。だが単純に、あの鎧の怪獣としての力を、奴は圧倒的に凌駕している。その力関係で、吸収されずに着込めてやがるんだ」

 

 装着する者の力を、時に何十倍にも増幅するとされる暗黒の鎧。

 その真の力を引き出せるのは、正当な装着者である、今は亡きエンペラ星人だけだとして。

 アーマードダークネスを遥かに凌駕する魔人は、その力で以って暗黒の鎧を威圧し、取り込まれることなく従えている、ということか。

 

 ただの防具としても、ウルトラマンの光線を中心とした光の力を削減し、生半可な攻撃では傷もつかず、さらには消滅しても、闇の力がある限り復活を続ける。

 そこから、さらにほんの僅かでも装着者の力を増す効果が引き出せるなら、宇宙恐魔人ゼットの強化としては充分過ぎるのだろう。

 

 その結果が、滅亡の邪神ハイパービースト・ザ・ワンを遥かに凌駕する戦闘力。五対一を物ともせず、ジードを瞬殺したゼットの猛威は、これまでに戦った中で最大の怪物だった、完全体の邪神魔獣グリムドにも匹敵する。瞬間移動による機動性と、対ウルトラマンへの殺傷力に限れば、そのグリムドすらも上回るか。

 

「……くそ、同じ名前のくせに、あいつとは違い過ぎるぜ」

 

 ゼロが何かを一人愚痴るものの、ジードにはそれに付き合う余裕はなかった。

 宇宙恐魔人が置き土産とした、ゼットン軍団――それだけでも、恐るべき戦力であったから。

 

 ギガファイナライザーによる攻撃を、一体目のゼットンがテレポートで回避する。続けて背後に回ったそのゼットンと、ジードの進む先に居た二体目とが、挟み撃ちにする形で一兆度の火球と、波状光線ゼットンブレイカーを放って来る。

 ギガファイナライザーで火球を弾きながらも、ゼットンブレイカーまでは防ぎきれず。被弾したジードの動きが鈍ったのを、光線の照射を止めたゼットンが、バリアを展開して迎え撃つ。

 ギガファイナライザーによる連続の打撃が、瞬く間にゼットンシャッターに亀裂を走らせる。しかし、二撃目がバリアを砕く前に、ゼットン自体が転移して、攻撃を空振りにされてしまう。

 そうして背後に回ったゼットン二体が繰り出した波状光線と火球を、ジードの前に割り込んだ触手が吸い込み、また空に向けて打ち弾いた。

 

「ですしうむD4れい……はっしゃ!」

 

 ジードを庇った究極融合超獣の触手が、次元崩壊現象を示す二条の光を発射。光線技と勘違いしたゼットンたちは、片や再びのゼットンシャッターを展開し、片や両腕を胸の前に構えて、光線吸収技であるゼットンアブゾーブを発動する。

 しかし、この次元の光学干渉を主とはしないD4レイの破壊力は、ゼットンアブゾーブを素通りして、奥にいる本体を時空構造体ごと壊滅させていた。

 一方、ゼットンシャッターを展開していた方の個体は、数秒の時を稼いだバリアが破壊される前にテレポートを行うことで、デスシウムD4レイの直撃を躱していた。

 

「……ありがとよ、サラ。おかげで何とか戦えそうだ」

 

 そこで、ゼロが感謝を述べたのは、ただゼットンを一体葬ったからではなかった。

 介入したサンダーキラーSは、ゼットンたちを相手取る間に、八本の触手の内の二本で、ジードとゼロに治癒光線を浴びせてくれていたのだ。

 おかげでゼロも、未だダークサンダーエナジーに冒されながらも、言葉のとおり最低限の戦闘が可能な容態にまで回復していた。

 

「――アサヒ!」

 

 ゼロへの心配が軽減されたジードは、続けてグランドキングメガロスの危機に目をやった。

 アーマードゼットのダークネストライデントにこそ、一撃で貫かれたものの。グランドキングメガロスの重装甲は、通常種ゼットンの集中砲火すらも跳ね返している。

 だが、鈍重なメガロスの機動性では、テレポートを持つゼットン相手に格闘攻撃が届かない。かといって並の光線技では、ゼットンアブゾーブによって吸収されてしまい、効果がない。

 結果として、一方的にゼットン軍団に集られ、水滴が岩を穿つような形へと、アサヒが変身したグランドキングメガロスは追い詰められていた。

 通常の個体よりさらに破壊力に優れるEXゼットンが、メガロスへと照準を合わせたのを目の当たりにして。彼女を救うべく、ゼロに背中を任せたジードは、最大の威力を誇る光線を照射した。

 

「ライザーレイビーム!」

 

 ギガファイナライザーが放つ、フュージョンライズ形態の五倍以上の威力を誇る最強光線。それはゼットンシャッターを容易く粉砕して、回避の暇を与えずにEXゼットンを貫通し、蒸発させる。

 その奥に居た二体目の通常種ゼットンは、ゼットンアブゾーブを発動して光線吸収を試みる。だが圧倒的な威力に加え、意志をエネルギーに変換するギガファイナライザーの仕様で無尽蔵に放てるライザーレイビームを吸収しきることができず、膨張して弾け飛ぶ。

 その末期を目の当たりにし、三体目以降のゼットンたちは一旦テレポートで距離を取り、グランドキングメガロスを解放していた。

 

「ありがとうございます、リクさん!」

 

 メガロスに変身したアサヒからの御礼を受けながらも、しかし先程無力を突きつけられたばかりのジードの心境は晴れなかった。

 ……分身の、種族的平準値以下の能力しか発揮できない複製ゼットン軍団には、おそらく勝てる。

 しかし、メタフィールドへ隔離できていないために、星山市の被害を抑えることを考慮すれば、慎重に戦う必要がある。

 

 だが、このゼットン軍団より遥かに危険な宇宙恐魔人を、たった一人で足止めしている妹のことを考えれば、時間を掛けて戦うことへの決心が付きかねていた。

 

「お兄さま。わたし、お姉さまのところに……!」

 

 同じことを気にしたらしいサンダーキラーSが、兄であるジードに許可を求めようとする。

 展開されたメタフィールドに後から自力で突入できるのは、彼女かゼロしかこの場には居ない。だが触手の一本一本が並の超獣以上の戦力を有し、多数の相手を得意とする彼女が抜ければ、今度はゼットン軍団から星山市や負傷したゼロを守り切ることすら危うくなる。

 加えて言えば、宇宙恐魔人ゼットの前では、究極融合超獣である彼女でも鎧袖一触されかねないことも、既に先の攻防で示されていた。サンダーキラーSを向かわせても、助けになれるのかすら怪しいのだ。

 

「すまないが、もう少しだけ耐えてくれ」

 

 故に、回答に悩んでいたジードたちの前へ、新たに蒼い影が降り立った。

 その正体は、時空破壊神ゼガン――AIBが保有する、怪獣兵器だ。

 それを融合する形で動かすシャドー星人ゼナは、スカルゴモラを心配する兄妹に、一つの変化を伝えて来た。

 

「既に鳥羽ライハが救援に向かった。我々はまず街の防衛に徹し、状況の変化に合わせて動くべきだ」

 

 

 

 

 

 

 戦闘用不連続時空間、メタフィールドの中。

 存在しなくなった時間をなぞるように、レイオニックバーストを果たした培養合成獣スカルゴモラは、暗黒魔鎧(アーマードダーク)(ネス)を纏った宇宙恐魔人ゼットとの戦いを繰り広げていた。

 

「(りゃあっ!)」

 

 未来を予見する力――三体のニセウルトラマンゼロとの戦いで物にした能力を活用し、驚異的な宇宙恐魔人ゼットのテレポート能力に対抗し、敵の出現位置を先読みする。

 だが、未来が見えても。単独で三体のニセギャラクシーグリッター以上の戦闘力を持つ相手と渡り合うには、スカルゴモラの能力が追いついていなかった。

 

 速く、重い、魔人の打撃。それがスカルゴモラの巨体を浮かばせ、後退させることで反撃を届かなくさせる。

 後ろに距離を取ってしまえば、そこに一兆度の火球が機関砲のようにして撃ち込まれ、スカルゴモラの全身を灼き穿つ。

 

 だが、続けて胸に向けて繰り出されたダークネストライデントの軌道を読んでいたスカルゴモラは、急所を回避しながら、敢えてそのまま身を貫かせることで敵を捉えて、辛うじて張り合える全身の馬力を用い、反撃に転じた。

 

「(――っ、スカル超振動波!)」

 

 痛みを堪えながら行使したのは、高熱により秒速百万メートルを越した、莫大な音波のエネルギー。

 それによって引き起こされる破壊の事象を、やはり宇宙恐魔人は瞬時のテレポートにより、余裕綽々で回避していた。

 

「反応は先程より良いな」

 

 そんな感想をゼットが漏らす間に、スカルゴモラは超振動波も利用してダークネストライデントの柄をへし折って、異物を自身の体から放出した。

 ……ゼットの言うとおり。未来を視れるとしても、スカルゴモラ自身の機動性や能力では、他者を守るより、自分を狙って来る彼を迎え撃つ方が向いていた。

 そのため、家族が次々と惨殺される未来が実現するのを前に、ほとんど何もできなかった一戦目とは違う。相手からこちらの間合いに飛び込んでくるのなら……三回に一度程度は、反撃のチャンスを狙える。

 

 凄まじい戦闘力を発揮するゼットではあるが、単純な膂力や、攻撃範囲は滅亡の邪神ハイパービースト・ザ・ワンには劣っている。

 故に、優れたタフネスと再生力を持つ今のスカルゴモラであれば創傷にも耐え、まだ瞬殺されずに喰らいつけていた。

 

 その戦果として。これで、レゾリューム光線を封じられる……と、そんな淡い期待を抱いたが。

 

「だが、あの時の気配ほど、強き者ではない」

 

 いつの間にか、テレポートによって折られたダークネストライデントを回収していたアーマードゼットは、その身の宿す強大な闇の力を注ぐことで、呆気なく暗黒の槍を元通り修復してしまっていた。

 

「そもそもおまえではないのか?」

「(……人違いでここまでやったって言いたいの?)」

 

 先の刺突で付けられた切り傷こそ、もう塞がっているものの。

 単純な打撃や一兆度の火球による猛攻と、連続の高速再生に伴う体力の消耗とで、勢いを弱めつつあったスカルゴモラは、それでも尽きぬ怒りを燃やしていた。

 

「(そんな勝手な理屈で、おまえは皆を、お兄ちゃんを……っ!)」

「……お兄ちゃん、か」

 

 敵意に対し。微かに、感慨へ耽るような声音で、魔人が呟いた。

 

「私と同じ宿命を背負いながら、貴様には家族がいるのだな」

〈――ルカ。聞いてください〉

 

 同時に、レムからの次元間通信が、メタフィールドの中まで届けられていた。

 

〈得られた情報をお伝えします。そのための時間を稼いでください〉

 

 レムの言葉に、頷きも返事も示さず――その声を聞いているのを、眼前の魔人へ悟られないようにしながら、スカルゴモラは場を繋ぐためのテレパシーを発信していた。

 

「(……家族が居たら悪いわけ?)」

「いや。ただ、想像もつかんだけだ」

 

 意外な変化を見咎めたつもりだった問いかけに、アーマードゼットは淀みなく首を振った。

 微塵も。自らの返答に、寂寥を滲ませることなく――きっと本当に、それを感じていないから。

 

 ……こんな状況でなければ、あるいは。

 この魔人が言うように、同じ目的のために造られた命同士。もう少し、相手に想うことだってあったかもしれない。

 

「だが――その家族を殺された直後より、また殺されるのを阻む方が手応えがある。貴様にとって、家族が大切なことはわかる」

 

 しかし、大切な家族が脅かされる、こんな状況をいきなり仕掛けてきたのが、他ならぬこの宇宙恐魔人なのだから。そんな仮定に、意味はなかった。

 

「それと同じように――私は、私が産み出された意味。最強の生命体であると証明することにこそ、何よりの価値を見出している」

 

 ……まるで、己は理解を示したのだから、そちらも譲歩しろと言わんばかりの口ぶりで、魔人は培養合成獣に言う。

 

「貴様は今のところ、見込んだほどではないが……それでも確かに強き者だ。私と戦う資格がある。貴様の理由で構わんから、もっと戦いに集中しろ」

「(迷惑な……っ!)」

 

 会話の間に、体力をある程度回復したスカルゴモラは、その傍迷惑な資格を捨てるわけにはいかないと奮起する。

 この魔人の注意を、自分に向けていれば。その間は、兄がレゾリューム光線を浴びることがなくなる――そのために!

 

「これで話は終わりだ。もっと私に、生きる意味を感じさせてくれ!」

 

 告げると同時に、ゼットが消える。

 未来を読んだスカルゴモラは、頭を振って先手を加える。

 だが、スカルゴモラが未来を視て放つ攻撃を、宇宙恐魔人は通常の反応速度で回避する。

 連続の転移で大角を回避したアーマードゼットは、スカルゴモラの背後に再出現すると、ダークネストライデントを一閃させて――根本から滑らかに、スカルゴモラの尾を斬り落としていた。

 

「(――っ!!)」

 

 激痛に声が詰まるスカルゴモラの背を、さらにゼットの蹴りが捉える。新たな痛みとともに走った衝撃で強制的に前進させられ、切断された尾との距離が開き、断面を接合しての即時再生を阻止された。

 これでは、少なくともこの戦闘中、自力で尾を取り戻すことはできないだろう。

 そして、痛みで動きが鈍ったスカルゴモラの背中へと、ゼットがダークサンダーエナジーの力を帯びて強化されたレゾリューム光線を照射した。

 

「(――っ、きゃぁあああああああ!?)」

 

 咄嗟に展開した念力のバリアは、一方的に食い破られ。

 暗黒の雷嵐に呑まれたスカルゴモラは、全身を手酷く傷つけられながら、さらに彼方へと吹き飛ばされていた。

 

「耐えたか。やるな」

 

 再生しきれない傷を負いながらも、絶命はしなかった様を見て。アーマードゼットは感心したように呟いた。

 

 魔人の放ったダークサンダーレゾリュームは、怪獣墓場でアーマードダークネス単体から受けたレゾリューム光線とは、その威力の桁が違っていた。スカルゴモラに有利な空間であるメタフィールドの中、レイオニックバーストで大幅にパワーアップし、バリアで減殺した上でなお、生命を脅かし得る一撃だった。

 だが、同じ血を引いていても、ウルトラマンではないから。ジードと異なり、スカルゴモラはダークサンダーレゾリュームの直撃でも、問答無用で分解されはしなかった。

 

 ……もしも怪獣スカルゴモラではなく、同じウルトラマンであったなら。もっと兄に、迷惑をかけずに済んだのかもしれないと――そう思ったことは、何度もある。

 しかし、今は。ウルトラマンではないから、こうして兄を守ることができる!

 

「(……っ、やれぇ!!)」

 

 重心が大きくずれ、未だ上手く立ち上がれない自らをそのように鼓舞して。傷口から血を垂らしながらも、スカルゴモラはその思念を、切断された尾に飛ばした。

 怪獣念力による微かな刺激を受けた、切り離された尾は。培養合成獣が古代怪獣ゴモラから受け継いだ生命力を発揮し、独立した生物のようにして動き、宇宙恐魔人ゼットの装甲された背中を、彼の意識の外から打ち据えていた。

 

「――っ!?」

 

 それは、魔人が初めて見せた、隙。

 千載一遇のチャンスを逃すまいと、振り返ったスカルゴモラは頭部の角からスカル超振動波を放射する。

 

 ……光線技ではないために、アーマードダークネスの暗黒の加護も無視できる。

 干渉する周波数をゼットの肉体に絞ったなら、その装甲による減退率も軽減し、打撃を与えられる可能性は上がる。

 

 これで倒しきれる、とは思わないが――ある程度弱らせてしまえば。後はアーマードダークネスがゼットを吸収してしまうはずだと、レムが攻略法を教えてくれていた。

 

 そんな一縷の望みを懸けた、スカル超振動波は――ゼットが瞬時に展開したバリアにより、呆気なく阻まれた。

 構わず、死力を振り絞り、ゼットシャッターを砕いてやろうと照射を続けるが……微かな亀裂が走り、防壁が不完全になった時点で、アーマードゼットはその場を転移。

 後手に回りながら、何の痛打も負うことなく。アーマードゼットは、スカルゴモラの起死回生の策を切り抜けた。

 

「……今のは愉快だったぞ」

 

 本当に楽しそうに、喜悦を滲ませた魔人の回答に対し。

 そうなったのは結果論とはいえ、文字通り身を斬られながら掴んだ執念の一撃も、全くの無傷で凌がれて。スカルゴモラは、静かな絶望に沈みつつあった。

 そんな培養合成獣へと、宇宙恐魔人は、再びダークネストライデントに蓄えた闇のエネルギーを解放して――

 

 ――刹那の差で割り込んだ、ハニカム構造の魔法陣が、その殺到を受け止めた。

 多重のバリアは、ダークサンダーレゾリュームの威力に砕け散りながらも……それと引き換えに、背後に破壊力を抜けさせることなく、攻撃を凌いでいた。

 

「……何?」

〈――待たせたわね、ルカ〉

 

 乱入者に興味を示す、魔人の問いかけ。

 それを一顧だにしない、気遣いの声に惹かれて、スカルゴモラは顔を上げた。

 

〈後は、私に任せて〉

 

 そこには、スカルゴモラを守護するように仁王立ちする――白と金の装甲に身を包んだ、機械仕掛けの竜人。

 師匠であるライハの操る、キングギャラクトロンMK2(マークツー)が、隔離された戦場へ駆けつけてくれていた。

 

 

 



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第十五話「終わりの始まり/君の声が聞こえない」Cパート

 

 

 

〈よくもルカの尻尾を斬ってくれたわね……っ!〉

 

 レイオニックバーストで高めた再生力も追いつかない傷を負った、培養合成獣。

 そんなスカルゴモラを庇って立つ、ライハの操るキングギャラクトロンMK2(マークツー)を、宇宙恐魔人ゼットが静かに見据えていた。

 

「我が一撃を阻みし、強き者よ」

 

 それは、この魔人が地球に降り立ってから、初めて起きた事象だった。

 ベリアルに勝利したウルトラマンも。自身がレイオニクスである培養合成獣も。滅亡の邪神の幼体でもある究極融合超獣も。伝説の最強怪獣であるグランドキングの亜種でさえ、鎧袖一触に終わって来た。

 その攻撃を曲りなりにも止めた者を前にして、強者を求め暗黒魔鎧装を着込んだアーマードゼットは、その嗅覚を刺激されていた様子だった。

 

「汝は、何者だ?」

〈私はこの子の……ルカの師匠よ!〉

 

 最強の生命体となるために造られた魔人を前に、ただ両親の愛情を理由に生まれてきた地球人が、啖呵を切る。

 その慈愛を次代に繋ぐための、守るべきものを背に庇って。

 

〈弟子を守り導くのが、師匠の役目。ここからは私が相手をするわ!〉

「(ライハ……)」

 

 その頼もしさと、優しさを感じて。逆行前の時間軸で兄を殺され、今は自身が痛めつけられていたスカルゴモラは、ようやく。重苦しくなる一方だった緊張が、少し解れたような心地で、師匠の背中を見上げていた。

 そして、その反対の。鬼気迫る姿と正面から向き合う魔人もまた、微かに笑った――ような気がしていた。

 

「……面白い。この星に来てから、貴様が最も楽しめそうだ!」

 

 言葉と同時に、瞬間移動したアーマードゼットは、最適な間合いでキングギャラクトロンMK2を捉えていた。

 そのまま繰り出された三叉の槍を、しかしキングギャラクトロンMK2は左腕のペダニウムハードランチャーを滑り込ませ、その軌道を変化させた。

 結果、超弩級怪獣(グランドキングメガロス)の機体すら一撃で貫通する必殺の刺突を、キングギャラクトロンMK2は軽く装甲表面で弾き返せるほど、見事に捌ききっていた。

 

〈はぁあああっ!〉

 

 同時、キングギャラクトロンMK2の右腕が抜き放っていた、後頭部にマウントされていた主武装、ペダニウム超合金製のスプリングソード・ギャラクトロンウルミーが、まさに稲妻と化してアーマードゼットに迸る。

 暗黒宇宙大皇帝、エンペラ星人が光の国を確実に滅ぼすために鋳造された魔鎧装は、その鋭い斬撃でも容易く断たれることはなかったが――壮絶に火花を散らせることで、微かながらでも欠損が生じ得ることを、衆目に示した。

 

 キングギャラクトロンMK2が二撃目を繰り出す前に、宇宙恐魔人ゼットは再びの瞬間移動。間合いを狂わせ、相手より有利な状態を作り出した上で、上空からの突きと、蹴りを同時に浴びせに掛かる。

 そこで、キングギャラクトロンMK2が自動で展開する小バリアが、ライハの死角からの攻撃をそれぞれ弾く。ダークネストライデントの穂先はバリアを突き破るも、そのために生じたわずかな間隙でキングギャラクトロンMK2が頭部を逸し、ウルトラマンの体表を遥かに凌ぐ装甲の頑強さも相まって、槍の一撃を受け流していた。

 

 そして、その防御のための動作を起点にした斜身(シェシェン)(カウ)を繋げ、零距離から大威力の体当たりを成功させたキングギャラクトロンMK2は、その衝撃でアーマードゼットを弾き飛ばしていた。

 

「――っ!」

 

 装甲を貫く衝撃で、驚愕に染まるアーマードゼットを、キングギャラクトロンMK2はさらに左右の腕に備えた銃火器で追撃する。

 

 宇宙恐竜ゼットンの頂点に立つゼットは、ゼットン種の持つ光線吸収能力を発動。ゼットアブゾーバーで取り込んだエネルギーを攻撃に転じた波状光線・ゼットブレイカーが、スカルゴモラを背にしたキングギャラクトロンMK2に反射される。

 

 だが、ライハはバリアすら用いることなく。左腕のペダニウムハードランチャーを振り、その側部に備えられていたギャラクトロンベイル型の手斧で受け止めて、ゼットの光線を切り捨てていた。

 

「ふははははは……最高だ!」

 

 そんなキングギャラクトロンMK2の戦いぶりに、宇宙恐魔人アーマードゼットは、興奮した様子で哄笑していた。

 

「やはり強き者との戦いは、血沸き肉踊る!」

〈こっちは最悪よ〉

 

 狂的な喜びで悦に浸るゼットに対し、その声に込めた怒りを隠しもせず、ライハが叫び返した。

 

〈そんな自分の勝手のために――私の弟子を、家族をこんなに傷つけられて、平気なはずがないでしょう!?〉

「そうか……我が同類の価値観は、どうやら師匠譲りだったというわけか」

〈この子があんたなんかの同類なわけないでしょ!〉

 

 叫びとともに、ライハが再びの砲撃を繰り出すが――アーマードゼットも今度は、それを吸収するのではなく、手にした得物で切り裂いて、正面から突貫してきていた。

 

「ならば、守ってみせるが良い! 私を倒さなければ、貴様の弟子も、家族も、今日ここで終わるものと思え!」

 

 最悪の通り魔染みた宣言を発しながら、最強の証明を求める魔人が迫る。

 その姿に、何ら怯むこともなく。家族を守る力を手にした鳥羽ライハは、機械仕掛けの竜騎士越しに、守るための剣を構えて応じていた。

 

 

 

 

 

 

「……頃合いか」

 

 星山市の市街地と、別位相のメタフィールド内。

 二箇所で同時に進行する戦いの趨勢を見守っていたその人物は、空を見上げると、その手に一つの道具を取り出していた。

 怪獣の魂や概念を囚えた、黒い円筒――すなわち、怪獣カプセルを。

 

《――ギルバリス!》

 

 そして、同じように用意していた機器――ライザーへと、起動したそのカプセルを読み込ませた。

 

「行け。前より強い器もそこにある」

 

 同時、眼前に開いた暗黒の渦の中へと、そのカプセルから飛び出した球体を送り込んだ。

 

 その様を見守った人物は、さらに――宇宙から迫る、宇宙恐魔人を打った暗黒の稲妻がその瞬間、再び飛来し。二又に分かれて地に落ちる最中、神隠しにあったように掻き消える瞬間を目にして、笑みを深めていた。

 

 

 

 

 

 

 わずかに、時間は遡って。

 

 傷つき倒れたスカルゴモラの眼前で繰り広げられる、キングギャラクトロンMK2と、宇宙恐魔人アーマードゼットの戦い。

 一時は互角かと思われたそれは、徐々に、趨勢が傾き始めていた。

 

〈……っ!?〉

「そこだっ!」

 

 ダークネストライデントによる攻撃を捌いていた真っ最中のキングギャラクトロンMK2に、恐魔人ゼットの肩から背中が思い切り激突する。

 体勢を崩されたキングギャラクトロンMK2へ、さらにアーマードゼットが猛追。牽制に放たれたギャラクトロンウルミーの雷嵐の如き斬撃を、ダークネストライデントの柄で受け流し、同時に空いた左腕でキングギャラクトロンMK2の胴を押す。

 掌底による衝撃は、装甲を抜けて機体に伝わり……金城鉄壁を誇ったキングギャラクトロンMK2が、たたらを踏んで後退した。

 

 その光景に――今の時点ではまだ、キングギャラクトロンMK2にダメージらしいダメージがないにも関わらず。

 スカルゴモラは屈辱と、それより深い恐怖を覚えていた。

 

「(そんな……あいつ、私より――っ!?)」

 

 ――ライハの技を、習得している。

 

 恐るべきことに。僅かな戦いの間だけで――宇宙恐魔人ゼットは、太極拳の術理を、その身に修めつつあった。

 ……この際、それを行使する練度が未だライハには遠く及ばないことなど、些末なことだ。

 この敵がライハの武術を理解すること、それ自体が問題なのだ。

 

 キングギャラクトロンMK2が、寸前まで今のゼットを相手に互角以上に渡り合えていたのは、幾つもの要因が重なった結果だ。

 

 ウルトラマンではないことで、レゾリューム光線の効果を受け付けないこと。

 ペダニウム超合金製の、グランドキングと並ぶ超装甲と、センサーによる自動展開機能まである多層バリアによる、ウルトラマン三人分程度の攻撃なら寄せ付けない純粋な防御力の高さ。

 そしてその効果をさらに高める、ライハの武術が要だったのだ。

 

 ライハ以上の達人であろうゼロはウルトラマンであり、純粋な耐久性はその種族相応に留まる。

 ウルトラマンより遥かに硬いグランドキングメガロスに変身していたアサヒには、しかし武術の心得など存在しない。

 

 両者の長所を持ち合わせていたからこそ、ライハの操るキングギャラクトロンMK2は唯一拮抗し得ていたが――前者を攻略する糸口を、見つけられてしまったなら。

 

 遠からず。キングギャラクトロンMK2は、シャイニングスタードライブが発動する前のグランドキングメガロスと、同じ運命を辿ることになる。

 

「(ライハ――っ!)」

 

 そんな、未来を予見するまでもない、スカルゴモラの不安を的中させるように。

 ギャラクトロンウルミーを叩き落としたダークネストライデントが翻り、続いてキングギャラクトロンMK2の左腕の弱所――ペダニウムハードランチャーの付け根へと、突き刺さっていた。

 

「私こそが――強き者だ!」

 

 そして、恐魔人ゼットの裂帛の気合と合わせて。

 さらに押し込まれたダークネストライデントは、キングギャラクトロンMK2の左腕を肘から破断させ、その戦闘力を大幅に喪失させていた。

 

 ……勝負あった。もう、ライハの操るキングギャラクトロンMK2でも、恐魔人ゼットの攻撃に対処できない。

 だが、それで見逃してくれるような相手ではないと――スカルゴモラも既に、充分知っていた。

 

「(う、わぁあああああああっ!)」

 

 巻き戻された時間の(リク)のように。今度は師匠(ライハ)が殺される。

 そんな恐怖に駆られて、尾を斬られた痛みも消えないまま、スカルゴモラは気合で立ち上がった。

 だが、著しい重心の変化は、それ以前と同様のパフォーマンスなど発揮させてくれない。

 動きの鈍いスカルゴモラの参戦を見て取ったアーマードゼットが、ダークネストライデントに闇の力を凝縮して、その矛先を向け――

 

〈――ルカ!〉

 

 逆に、庇うように身を挺したキングギャラクトロンMK2が、ダークサンダーレゾリュームの直撃を受けた。

 同時にスカルゴモラが放った、秒速百万メートルを越す収束型のスカル超振動波は――ライハから身につけた光線を斬る技術を応用したアーマードゼットの手刀によって、片手で切り捨てられていた。

 そして、ここまでで蓄積したダメージにより、万全ではなかったキングギャラクトロンMK2のバリアは、今度はダークサンダーレゾリュームの威力に耐えきれず、割れてしまい。本体にまで届いた黒い破壊光線の巻き起こした爆発に煽られ、師弟揃って吹き飛ばされることとなった。

 

「……そうか」

 

 その様を見た魔人は、少しだけ残念そうに呟いた。

 

「貴様ももう限界か。強き者よ」

 

 先程までと変わらず、身勝手に。踊らせていた心を消沈させた様子の恐魔人ゼットは、そんな失望の言葉を吐いていた。

 

〈ルカ……ごめんなさい〉

 

 スカルゴモラに覆い被さった、砕けたキングギャラクトロンMK2。その操縦席から、ライハが無念の声を届けてきた。

 

「(謝ることじゃないよ! 諦めないで、ライハ!)」

 

 ……一人だけなら、自分は何度も絶望していた。

 だが、ライハが駆けつけてくれたことで。挫けずに戦うことができた。

 そんな師匠と出会わせてくれた兄が、いつも言っていたのだ。諦めるな、と――

 ……そのためには。

 

「(ジーッとしてても……!)」

 

 誓いを込めた、勇気の合言葉を唱えようとしたその時。

 スカルゴモラは、何かと同調するような、奇妙な感覚を覚えた。

 そして――それに導かれるようにして見上げた空に開いた、黒い渦から、星雲荘の中枢端末にも似た球体が飛び出し――キングギャラクトロンMK2の欠損部から潜り込むのを、目撃した。

 

 さらに、その直後。

 宇宙恐魔人ゼットが現れた際、彼が被雷したのと同じ暗黒の稲妻。

 それがキングギャラクトロンMK2と、近くに転がっていた、切断されたスカルゴモラの尻尾に突き刺さった。

 

 

 

 ……まるで、本当は。

 

 その稲妻を。キングギャラクトロンMK2の下に居た、スカルゴモラが引き寄せたように。

 

 

 

 

 

 

 その雷を、キングギャラクトロンMK2の中に居たライハもまた、浴びていた。

 一瞬――どうしようもないほどの孤独感と、死への恐怖が湧き上がり、ライハの精神を苛んだものの。

 意外なことに。雷そのものは、ライハの肉体に何のダメージも与えていなかった。

 それどころか、戦闘中に受けた傷が治ってすらいた。

 

「何が……エネルギー、充填完了?」

 

 そこで、キングギャラクトロンMK2の各種機器が示す異常に、ライハは困惑した。

 何の操作も受け付けず、次々と表示される何重ものブラウザの中……最後に表示されたその一文を、何とかライハは読み上げた。

 

「高次元増殖物質置換……開始?」

 

 疑問と共に呟いた次の瞬間、ライハを浮遊感が襲った。

 

 ――半壊したキングギャラクトロンMK2の残骸が、独りでに宙へ浮いていたのだ。

 

 さらに、その外装がデジタル魔法陣に包まれたかと思うと――白金の機体が、分解・置換されて、変わって行く。

 

 頑強なる複合装甲は、黒と金に。

 その下の機体は、紫に。

 

 ……キングギャラクトロンMK2の部品だけでなく、転がっていたスカルゴモラの尻尾まで巻き込んで、自らの一部として取り込み、機械化して行く。

 そうして、身の毛がよだつ方法で尾を生やしたキングギャラクトロンMK2は、その姿を完全に変貌させていた。

 

 騎士の兜のようだった頭部は、前方に飛び出た金の角と、赤い目に変わり。

 人型に近いスマートだった上半身は、砲塔だらけの甲羅のような円盤でシルエットを膨らませ。

 両肩と両足には、黒金の装甲に上に、戦いで破壊されたはずのペダニウムハードランチャーが二門ずつ、新たに増設されていた。

 その姿は。キングギャラクトロンから胸部のパネル装甲を引き継ぐ等、細部こそ違えど、紛れもなく――

 

「……ギル、バリス!?」

 

 ラストジャッジメンター・ギルバリス。

 

 ウルトラマンベリアルを退けた後のこの地球を脅かした、最悪の侵略者である巨大人工知能。

 かつてサイバー惑星クシアを乗っ取ったその暴走する機械こそは、様々な時空に現れては、生命を無視した機械の独善を振り翳すシビルジャッジメンター・ギャラクトロンたちの首魁にして創造主。

 そして、朝倉リクが大切な人の命を取り零した沖縄での戦いを引き起こし、激戦の果て、ウルトラマンジードに討たれたはずの暴走する正義。

 

 突如、キングギャラクトロンMK2を素体に復活したそのギルバリスの強化態の中に、ライハは囚われてしまっていた。

 

「何が、どうなって……っ」

〈おい、ライハ! 今そこで何が起こっている!〉

 

 ライハが驚愕したその時、通信機からこのマシンを設計した人物の声が聞こえた。

 

「ペイシャン! あなたこれ、どういう……っ!?」

 

 だが、疑問の声は途中で遮られた。

 操縦席の至るところから伸びたコードが、自律して機動し、ライハを拘束しようと迫ってきていたからだ。

 それを、キングギャラクトロンMK2の操縦桿でもあった剣、操竜刀を用いて切り払い、事なきを得たライハだったが、なおもペイシャンに問い返す余裕はなかった。

 

 ……ギルバリスが、動いていたからだ。

 

 復活した自らの真下に居た生命体――培養合成獣スカルゴモラの命を、摘み取るために。

 

「(何、これ……ライハ――っ、きゃあああああああああっ!?)」

 

 巨大な両爪で傷ついたスカルゴモラを抑えつけたギルバリスは、その額の角・バリスコルノーラを振り下ろして、怯える獲物の肉体を貫き、引き裂こうとしていた。

 眼前で起こった突然の変異に対する戸惑いと、それによって与えられた傷に、スカルゴモラが恐怖と痛みを訴える思念の声が、ライハに届く。

 

「やめなさい!」

 

 操縦席に張り巡らされたコードや端末を、次々とペダニウム超合金製の剣で破壊しながら、ライハは叫ぶ。

 だが、狂った機械は止まらない。どんなに壊されても、モニターの表示は変わらず、砲撃や角による刺突が繰り返され、組み伏せられたスカルゴモラの悲鳴が轟き続ける。

 その様子を映すモニター越しに、レンズへスカルゴモラの血飛沫が付着する音が、ライハの限界を越えさせた。

 

「やめて……!」

 

 その光景に、脳裏を過るものがあり。思わず膝を着いてモニターに縋り付いたライハは、涙混じりに訴えた。

 

「私にルカを、傷つけさせないで……っ!」

 

 ――告げた瞬間、ライハは衝撃に打ち抜かれた。

 

 衝撃をほぼ無力化する、キングギャラクトロンMK2の操縦席。

 それを引き継いだこのギルバリスでも、無視できなかった横殴りの振動、その正体は。

 

「私を無視して何をしている」

 

 声の主は、ダークネストライデントを横薙ぎにしてギルバリスの巨体を弾き飛ばした、宇宙恐魔人アーマードゼットだった。

 

「機械の暴走か? 何故貴様がその娘を……」

 

 宇宙恐魔人が問いかけるも、数秒彼を走査していたギルバリスは、興味を失ったように向きを変え、再びスカルゴモラに砲撃を開始した。

 

「つくづく私には興味がない、か」

 

 だが、必殺であったその砲撃は――一つたりとも、スカルゴモラに届いていなかった。

 彼女の眼前に瞬間移動したアーマードゼットが展開したゼットシャッターが、スカルゴモラと彼自身を包み込み、全砲弾を防いでみせていたからだ。

 ただ、余りの火力に……役目を終えたゼットシャッターが、限界を迎えて砕け散ってしまっていた。

 

「ならば、先とは逆の趣向と行こう。私を倒さなければ、貴様はこの者を害することはできん」

「(……え?)」

 

 思わぬ救い主に、スカルゴモラの戸惑う声が聞こえた。

 そしてそれは、ライハも同じ心境だった。

 

「私を見ろ、新たなる強き者よ。生命体であろうが、なかろうが……我が最強を証明するため、性能を競わせて貰うぞ」

 

 槍を構えたゼットの宣言に、ギルバリスは何も返さなかった。

 ただ、その代わりと言わんばかりに……メタフィールドの内部に、無数のデジタル魔法陣が出現した。

 そこから次々と転送されて来るのは、白と金を基調とした、長い髪を束ねた人型のドラゴンのようなロボット――シビルジャッジメンター・ギャラクトロンの軍勢だ。

 無数に出現したギャラクトロンが、ギルバリスとともにスカルゴモラを包囲して、一斉攻撃を仕掛けようとし始める。

 

「ルカ!」

「――くどい!」

 

 槍を大地に突き刺して、その音を響かせたアーマードゼットが、叫んだ時には。

 彼の全身から放たれた闇が、メタフィールドの中へ拡散し――ギャラクトロンと同数の宇宙恐竜ゼットンとなって、それぞれ組み付き、立ち塞がり、スカルゴモラに対する攻撃を阻止していた。

 

「何度も言わせるな。私を倒さない限り、貴様の目的は達成できない。さぁ、障害を取り除いてみせろ!」

 

 アーマードゼットの挑発を受け、数秒の沈黙の後、ギルバリスが咆哮した。

 ラストジャッジメンターの両腕が回転し、背負っていた砲塔の全てを前面に向けた一斉射撃形態へと変じるのを見た宇宙恐魔人は、満足したように独りごちる。

 

「それで良い」

 

 そして、ギルバリスが放つ無数の弾幕の中に、正面から――最強を求める人造生命体は、臆することなく飛び込んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 ……キングジョーに由来する、ペダニウム超合金という構成素材と、それを基に強化設計された武装と装甲のデータ。

 そして、培養合成獣スカルゴモラの尾に由来する、ベリアル因子を大量に取り込んで復活した、ラストジャッジメンター・ギルバリス。

 ベリアル融合獣キングギャラクトロンの最終発展形態に相当するその機体は、キングギルバリスとでも呼ぶべきか。

 

 そのキングギルバリスは、アーマードダークネスを纏った宇宙恐魔人ゼットと、互角の戦いを演じていた。

 

 だが、キングジョーとベリアルの力を取り込んだ程度では……サイバー惑星クシアを喪失したハンデは本来、覆せないはずだった。

 そして、万全のギルバリスであっても、三大ウルトラマンと激戦を繰り広げた程度では、そのうちの二名であるゼロとジードを瞬殺する、アーマードゼットとは隔絶した差があるはずだった。

 並行宇宙に残存していたギャラクトロンを呼び寄せ、その対応にゼットンの複製を用意させたことで、アーマードゼットの力を多少は削いだことを考慮に入れても、それは変わらないはずだった。

 

 だが、不完全であっても――こと、戦闘形態である、怪獣型の機体に限れば。キングギルバリスの戦力は、以前から数倍も向上していた。

 それは、ダークサンダーエナジーとベリアル因子のみならず。サイバー惑星クシアが破壊された後に生まれた、一つの偶然によるものだった。

 

 多元宇宙に飛び散ったとある一つの破片(セクター)が、己の出自を忘れ、無数の宇宙から怪獣のデータを蒐集・解析し続ける、一種の異常を起こしていた。

 そして、その新たなサイバー惑星は、自身でも気づかない間に――自らの集めた情報を、他の上位の破片(セクター)にも、時空を越えて発信・共有し続けていた。

 それこそ、核に近い――キングギャラクトンMK2に組み込まれていた、破片にまでも。

 

 そうして集めた、無数の戦闘データを用いたバージョンアップにより――キングギルバリスは、かつての数倍ものパワーアップを遂げていたのだ。

 それこそ、かつてレイオニクスハンターの兵器として運用されていた、同じく黒い殺戮兵器であるキングジョーブラックと同じように。

 

 ただ、そんな秘密を。キングギルバリスの姿を見た者たちはまだ、誰も知らずに居た。

 

 

 

 

 

 

 星山市の市街地、その中心部。

 未だ七体が健在のゼットン軍団と、ウルトラマンや怪獣の連合軍とが、なおも激闘を繰り広げていた。

 

「……この、いい加減に!」

「おいジード、落ち着け!」

 

 力任せにギガファイナライザーを揮ったジードが突貫するも、テレポートで距離を稼がれ、集中砲火を浴びる。

 何度と展開された光景に、未だダークサンダーエナジーに蝕まれ、本調子と行かない様子のゼロから注意が飛ぶ。

 

 それでもゼットンのうちの一体に肉薄したジードは、ギガファイナライザーによる連撃でゼットンシャッターを粉砕し、その防御を突破していた。

 

「スマッシュバスターブレード!」

 

 そして、バリアが割れたその瞬間に。手首から伸ばした光の剣を唐竹割りの要領で、ゼットンの脳天に振り下ろした。

 刃が届く前、ゼットンは真剣白刃取りでその一撃を受け止める――恐るべきことに、タイミングは完全に合っていた。

 だが、光の刃のその出力が、ゼットンの掌を灼き切って突破し。そのままゼットンを、一刀両断に葬り去った。

 

 ……これで、合計六体目。残すゼットンも、ちょうど六体。

 

 体表は硬く、バリアを張れ、光線を吸収・反射でき、事前準備を要さず縦横無尽のテレポートが行える。能力の幅は、ベリアル融合獣であったペダニウムゼットンとも遜色しない。

 一体一体が倒し難い要素をこれでもかと備えたゼットンの群れから、星山市を守りながら。迅速に殲滅するには、多少乱暴な攻めが必要だと、無尽蔵のエネルギーを持つジードは突貫を繰り返していた。

 少しでも、早く。街の安全を確保して――ライハが救援に向かってくれている、(ルカ)の下へ駆けつけるために。

 

「ぐぁ……っ!?」

 

 だがやはり、ゼットンは決して生半な相手ではない。

 応援に駆けつけてくれた、AIBの怪獣兵器であるゼガン。

 単純な出力や打たれ強さで言えば、上位のフュージョンライズ形態であるマグニフィセントと同等以上の戦力を持つ、そのゼガンをして。相性の不利はあれど、百戦錬磨のゼナの戦闘技術を持ってしても、ただの一体を相手に、倒れ伏すまで追い詰められていた。

 

「怪獣さん!」

 

 今にもトドメを刺されそうな姉の戦友を心配して、サンダーキラー(ザウルス)がフォローに入った。

 二体のゼットンから次々と放たれる一兆度の火球を、二本の触手を使って上空へと打ち弾きながら。残る六本の触手を疾走させて、ゼガンへのトドメを狙っていたゼットンを追い払う。

 

「おぉらっ!」

 

 負傷したジードに迫っていたゼットンの頭を、割り込んだウルトラマンゼロが勢いよく蹴り飛ばした。

 さらにその先で待ち構えていたグランドキングメガロスが、ジードと同じように光の剣メガロスヘルブレードを出力。軽く脳震盪を起こし、テレポートもバリアも使えないゼットンの腹を串刺しにして抹殺する。

 

 これで、七体目。残るは五体。

 だが、こちらもゼガンが戦闘不能となった。頭数で劣る以上、防戦には未だ気を使う必要がある。

 

〈メタフィールド内の戦況に、大きな変化がありました〉

 

 だが、そうも言っていられない事態を、レムが伝えてきた。

 

〈キングギャラクトロンMK2が……待ってください〉

「どうしたの、レム!?」

 

 通信に気を取られたところで、ゼットンたちの攻撃がジードに集中する。グランドキングメガロスの展開したメガロススパインによる十字バリアーと、サンダーキラーSの触手が庇いに来て、何とか街とジードを守り切る。

 

〈失礼しました。さらに状況が変化、撃破されたキングギャラクトロンMK2を素体に、ギルバリスが強化復活を遂げました〉

「……はぁ!? ギルバリス!?」

 

 半ば呆れた調子の驚愕の声は、ゼロが発した物だったが――ジードもまた、同じ気持ちだった。

 

〈復活したギルバリスはライハ及びAIBの制御を外れ、独自に行動を開始しています〉

「……ペイシャン博士、どういうこと!?」

〈――すまん、俺にもわからん。今しがた撃破されたキングギャラクトロンMK2に、外部から何かの干渉があったことは確認したんだが……っ!〉

 

 研究所に戻っていたペイシャンが、初めて聞くほど素直な謝罪とともに声を詰まらせるのを耳にして。今は彼に当たっても仕方ないことを、ジードも理解した。

 

〈現在、ギルバリスと宇宙恐魔人ゼットが交戦中。スカルゴモラは重傷、ライハはギルバリスの中に捕らわれています〉

 

 最悪の戦況を告げられた次の瞬間、グランドキングメガロスが光となって解けた。

 それは、敵の攻撃によるものではなく――アサヒ自身の、選択によって。

 

「アサヒおねぇちゃん……?」

「一気に行きましょう、皆さん!」

 

 サンダーキラーSが初めて見るその形態は、アサヒのウルトラマンとしての姿――ウルトラウーマングリージョだった。

 

「グリージョ、キュアバースト!」

 

 二箇所の戦況変化を見て、純粋な戦闘力と継戦能力に優れた怪獣から。時間制限があり、自身の攻撃力は低下しながらも――多彩な能力を発揮するウルトラマンに変わったグリージョは、その力を早速全開にしていた。

 彼女の体から放たれた光は、敵対する邪悪な者だけを打ち据えて、弾き飛ばすと同時――他のウルトラマンたちにとって、その力を大幅に回復させる効果があった。

 

「おっし……行くぜ、ジード!」

「――はい!」

 

 戦いの中、周囲の手助けで少しずつ回復を続けていたウルトラマンゼロが、遂にダークサンダーエナジーを駆逐するだけの体力を取り戻し、無理な突撃で蓄積していた傷を完治したジードへ呼びかける。

 

「ファイナルウルティメイト……ゼロ!」

「クレセントファイナルジード!」

 

 ウルティメイトイージスそのものを巨大な矢としたゼロと、ギガファイナライザーに一度に出力できるエネルギーの上限値までを収束させた光刃を繰り出したジードの連続攻撃に、グリージョキュアバーストによる全方位攻撃から立て直せていなかったゼットンたちが、貫かれる。

 最初の二体を容易く貫通した二重の必殺技は、後続に居た分、ゼットンシャッターの展開が間に合っていた三体へ同時に着弾。ゼットンシャッターによる防御を紙のように破って、テレポートする隙も与えずに消し飛ばす。

 

 斯くして、アサヒの賭けは成功し。残る五体のゼットンを、一気に仕留めることに成功した。

 

「……お兄さま、はやくお姉さまのところへ!」

 

 その結果を見届けたサンダーキラーSが呼びかけた頃には、末妹は既に次元に亀裂を走らせ、メタフィールドに向かうための異次元の回廊を作り始めていた。

 

「……ああ!」

 

 一瞬、ゼロが巻き戻したことによって消え去った時間――あっという間に、自分自身が消滅させられた記憶を、ジードは振り返った。

 

 今しがた倒した複製体とは違う。本物の『ゼットン』、その頂点。

 ……また、あの魔人と戦っても。何も変わっていないままでは、結果を変えることはできないかもしれない。何もできず、殺されて終わるかもしれない。

 

 それでも、ただ、レゾリューム光線による分解の効果を受けないというだけで。培養合成獣スカルゴモラも殺されかけていることは、変わりない。

 ……彼女を助けるのは、兄であり、ウルトラマンである、自分の役目だ。

 

 例え敵が、己より遥かに強大であっても。

 それが兄が妹を、そしてウルトラマンが助けを待つ誰かを諦める理由になんかならない。

 それを代わりに果たそうとしてくれた、ライハまで待っているのならなおさらだ。

 

「……ジーッとしてても、ドーにもならねぇ!」

 

 ジードの――リクの言葉に頷いて、仲間たちはサンダーキラーSの展開した異次元の回廊へと飛び込んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 ……メタフィールドの中は、地獄のような様相を呈していた。

 

 何十体もの宇宙恐竜ゼットンの黒銀と、同数のシビルジャッジメンター・ギャラクトロンの白金が、そこら中で激突を繰り返す。

 ギャラクトロンは、スカルゴモラを殺すため。ゼットンは、それを阻むため。

 大地を焼く神威の雷(ギャラクトロンスパーク)や、一兆度の火球が乱れ飛び、何度も何度も地盤を掘り返す――もしこれが、位相をズラしていない星山市で起こっていたなら、街どころか国、いや、地球の存亡すら保証されないほどの、強大な怪獣軍団同士の血で血を洗う大戦争。

 

 それは、戦場の中心で繰り広げられる、彼らの大将同士の関係性を、そのまま拡大したものだった。

 

「ふははは! いいぞいいぞ!」

 

 狂乱する声を上げるのは、ゼットンの王である宇宙恐魔人アーマードゼット。

 彼と激突を繰り返すのは、ギャラクトロンたちを統括するラストジャッジメンター・キングギルバリス。

 

 バリスルーチェと呼ばれるバリアを何重にも張り巡らし、無数の砲口から数え切れないビームやミサイルを放つキングギルバリス。そのバリアを何度も砕き懐まで潜り込みながら、アーマードゼットは自らの槍さえ弾き返すキングギルバリスの手応えに歓声を上げていた。

 

 そんな彼が、キングギルバリスの弱所を探すように距離を取れば――その隙を狙ったように、ラストジャッジメンターの射線が、消耗して棒立ちとなっているスカルゴモラを向いて来る。

 そうして放たれた光線の前に、アーマードゼットはテレポートで割り込んで、スカルゴモラに猛威が届くのを阻んでいた。

 

「何度も言わせるな……貴様の今の敵は、この私だ!」

 

 結果的に。今は、兄の仇に命を救われるような格好となっていた。

 ……だが、違う。それは別に、あの魔人が改心したとか、実は善良な存在だったとか、そういうわけではない。

 あれはただの、戦闘狂だ。

 

 その判断基準は、戦闘力にしか置かれていない。より強き者と性能を競い合うために、相手の都合を無視し、あるいは意図的に妨害し、ひたすら闘争に身を投じる。

 強き者から順に、という筋金入りだから、今は暴走したギルバリスに向かっているだけで――仮に勝利したとしても、あの中に囚われているライハの命になど、何の呵責も感じることなく、徹底的に破壊することだろう。

 

 ……それは、このメタフィールドを維持する己も殺された後。再びウルトラマンジードたちと邂逅した時も、同じだろう。

 シャイニングスタードライブは、ウルトラマンゼロをしてエネルギーの消費が無視できない。仮に多少回復できたとしても、何度も使えるものではなく――そもそも前言のとおり、奴は二度目を許しはしないだろう。

 次にまた、ウルトラマンジードが、兄の朝倉リクが殺されてしまえば。もう、時間を戻して蘇らせることもできはしない。

 

 リクだけではない。妹であるサラも、大切な恩人であるアサヒも、頼もしいウルトラマンゼロも、他の皆も。

 誰も彼もの命が、この圧倒的な暴力の前では保証されない。

 だから、ここで何とかしなければならない。宇宙恐魔人ゼットを無力化し、ラストジャッジメンター・ギルバリスを止めて。

 そして、ヤプールとの戦いを制したあの日のように、ライハをこの手に取り戻さなければ。

 

 ……急ぐのはまず、前者だ。

 ギルバリスとの戦いは、他の仲間とも一緒にできる。だが、レゾリューム光線を持つゼットだけは、ウルトラマンたちと戦わせるわけにはいかない。

 

 何とか、この状況を利用してでも、恐魔人ゼットを倒さなければ――と、ふらつきながらもそう考えていたスカルゴモラの耳に、飛翔音が届いた。

 見れば、対決していたゼットンを屠ったらしきギャラクトロンの一体が、その腕の装備を飛ばして攻撃して来ていた。

 

「(――っ!)」

 

 ……本来の力を保てていれば、きっと遅れは取らない相手。

 だが、尻尾を切られ、散々アーマードゼットに痛めつけられた今のスカルゴモラには、充分以上の脅威が、そこへ迫っていた。

 ギャラクトロンの砲撃を浴びて、悲鳴とともにスカルゴモラが倒れ込む。

 その時には、蓄積したダメージの超過で、遂にレイオニックバーストを維持できなくなった。

 

 絶体絶命の危機に追撃がなかったのは、別のギャラクトロンを破壊したゼットンの一体が、スカルゴモラを狙うギャラクトロンに戦闘を仕掛け、攻撃を中断させたおかげでしかなかった。

 

「(……く、ぅっ……!)」

 

 一度は兄を殺し、そしてこれからまた殺すだろう仇によって、命を繋がれている。そんな現状で、己の無力さに堪えきれないほどの悔しさを覚えながら。

 それでも、メタフィールドを解除するわけにはいかないと。レイオニックバーストの次は、そちらを維持する体力の限界が近づいたスカルゴモラは、それでも執念で意識を保っていた。

 

 ……自分が、あの魔人を倒せなくとも。

 せめて、キングギルバリスとの戦いで、少しでも奴が消耗するまでは、死ねない。死ぬわけにはいかない。

 自分が死んで、メタフィールドが維持できなくなってしまえば、兄は、ジードは、今度こそ――!

 

 

 

 そんな風に、死を忌避する想いが最高潮に高まった、その時。

 

 ……まるで、その生存への意志の強さを、認めるように。

 

 幾度となく――位相の違うこのメタフィールドの中にまで、降り注いでいたあの異常な稲妻が、今度こそ。

 しかも連続して、スカルゴモラの体に突き刺さっていた。

 

「(あ……っ、あぁぁぁあああああ――っ!?)」

 

 次々と降り掛かる雷を通じて、流れ込んで来る。

 底知れない――否、底『無』しの、暗黒のエネルギー。

 

 それと同時に、湧き上がる――遠からず、自らが消滅するという悍ましい確信。

 

 家族を守れず……そして生まれたあの日、タイガに殺されかけたみたいに。ひとりぼっちで、誰からも切り離されて、無意味に消えてしまうという絶望が、スカルゴモラの魂を包み込む。

 

 ――嫌だ。嫌だ、イヤだ、いやだ嫌だイヤだ!

 

 自身が消えてしまう、という恐怖とともに。まさに今、自らの意志や思考が暗闇の奥、『無』の領域へと沈められて行くのを感じながら。

 ……ウルトラマンでなくて良かった、なんて。そう思ったことを、後悔する余地すらなく。

 

 ダークサンダーエナジーを被雷した培養合成獣スカルゴモラは、失われたエネルギーを補充して。

 さらに、その衝撃で、未だ開ききれてなかった潜在能力の扉を抉じ開けられたことにより、万全以上の力が、肉体の奥から湧き上がるのを、最後に感じて。

 

 兄であるリクを始めとする、たくさんの愛情に恵まれた朝倉ルカとして育んできた、彼女の意識は。

 ただ、死にたくないという獣の本能によって、覆い尽くされた。

 

 

 

 そして、元より遺伝子の秘めていた可能性と……リトルスターとともに、邪悪なる意志によって密かに彼女へ転写されていた量子情報とが、各々の効果を発揮して。

 培養合成獣に、これまでの限界を越えた、肉体の変化を起こさせていた。

 

 

 

 

 

 

 戦闘不能となった、時空破壊神ゼガンだけを星山市に残して。

 

 ジードとサンダーキラーSの兄妹だけではなく、ゼロも、グリージョと化したアサヒも。ゼロと同化した、伊賀栗レイトまで。培養合成獣スカルゴモラと鳥羽ライハを救うため、仲間たちは隔離された戦闘用亜空間への突撃に、同行してくれていた。

 ……あの魔人と戦うことが、ウルトラマンにとってどれほど危険なことなのかを、重々承知した上で。

 

 そのことに、申し訳無さと同時に、頼もしさと、嬉しさとを感じながら……しかしジードは、リクは、どうしても拭い去れない不安を感じていた。

 

 ……培養合成獣スカルゴモラ自身が宇宙恐魔人ゼットと対決していた、先程とは状況が変わっているはずなのに。

 

 何度、通信による呼びかけを行っても。

 どれほど、思念を繋げるように祈っても。

 

「なんでだ、ルカ……」

 

 突入先である、メタフィールドが維持されているということは。スカルゴモラはまだ、その意志と共に健在であるはずだ。

 なのに……

 

「君の声が、聞こえない……!」

 

 間もなく目の当たりにする、その理由を。

 しかしその時のウルトラマンジード=朝倉リクはまだ、知る由もなかった。

 

 ……自分たちが生きるために待ち受ける、試練のことも。

 

 

 

 

 

 




Cパートあとがき



 ここまでお読み頂きありがとうございました。
 インフレ中ボスラッシュ、いきなりほぼ全員(名前だけの面子を含めて)出揃いましたが、物語的な実質のメインボスはそう、三番手ですね。
 ここからは本作の連載開始以来に、ずっと書きたかった展開となるので、できるだけ早く続きをお見せできるように頑張ります。具体的には連載開始一周年になる、2022年のこどもの日までを目標に。



 以下はいつもの、公式設定の独自解釈・捏造設定についての釈明になります。



・ラストジャッジメンター キングギルバリス

 カプセルナビは次回。イメージ的にはキングジョーブラックとギルバリスのベリアル融合獣亜種。
 またの名をキングギャラクトロンブラック。ゼットンや、『NEO』で最後の敵戦力だったアーマードダークネスと並ぶ、『ウルトラギャラクシー 大怪獣バトル』シリーズのラスボスの一角・キングジョーブラックのハイエンド上位互換とも。
 また、TVのラスボスであるベリアルの後に登場した最強の敵(?)である劇場版ボスのギルバリスを素材にするということから、ある意味ではベリアル融合獣の頂点――なのかも……?

 ちなみに「集めた戦闘データでバージョンアップし、数倍にパワーアップ」は『大怪獣バトル』で実際に作中に出てきたキングジョーブラックの設定が元ネタとなります。それをオマージュしたキングギルバリスの強化に使う大量の再現データを送っていたサイバー惑星クシアの破片(セクター)というのはもちろん、(裏設定ですが)『惑星ウルバト』を想定しております。そんな感じでペダニウム製の暴走ロボが、と誰かに罵らせたかったものの本編中では断念しました。

 行動原理については、一応平和のために『不要な』と冠しているので、基本的な思考ルーチンは『ウルトラマンオーブ』におけるギャラクトロン初号機と類似しているようにも見えるムーブをさせてしまいました。単に抹殺の優先順位がジードの妹>初見の強敵だっただけの可能性もあるので、お好きなように受け取って頂けると幸いです。
 ライハをさっさと殺していないのは、サイバー惑星クシアが滅びたことでデータ化からの解析が上手くできないため、生きている彼女から物理的にギルバリスが滅びてから現在までの情報を絞り出そうとしたから……ですが、剣持ちライハがナオミキャップとは桁違いに強いのでコードによる拘束とか全然できず、経過観察という想定です。

『ウルトラマンZ』での再登場時との整合性については、今後の展開を含めてまた追々。







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第十六話「君の笑顔を取り戻す」Aパート




 お世話になっております。
 本日はこどもの日。ちょうど、本作の連載1周年になります。
『ウルトラマンジード』を始めとする原作シリーズの魅力と、皆様の応援のおかげでここまで至ることができました。
 引き続き完結を目指して励む所存でありますので、どうかこれからもお付き合いくださると幸いです。









 

 

 

 

 

 

 ……私の記憶の最初にあるのは、生まれてすぐ、殺されかけた思い出だ。

 

 私は強大な力を持って生まれた怪獣だった。悪意の有無に関わらず、その力を制御できないのなら、多くの命を消滅させてしまうほどの。

 それを止めに来た、金色の鬼――ウルトラマンに、私は徹底的に痛めつけられて、しかし闇の力で暴走した彼に、容赦なく命を奪われた――はずだった。

 

「――君の笑顔を取り戻す」

 

 その次の記憶は、そんな優しい言葉だった。

 

 その時、自分が何者かもわからなくなっていた私を拾ってくれた人物は、同じ遺伝子を持つ兄だと名乗った。

 薄々、自分が人間ではないことを察していた私の兄――彼もやはり、人間ではなかった。

 兄は、悪の血を引くウルトラマンだった。

 

 その、悪である父を討った兄が、今度は私そっくりな怪獣を殺すのを見て、私は発狂して、彼を傷つけて。

 街中の人々が、ウルトラマンに、怪獣を殺すことを願っていた。

 

 あの金色の鬼の偽物まで現れて。私は怖くて、辛くて、耐えられなくて。逃げた先へ、兄が追ってきた。

 知らないうちに、父の血の力で人間に化けていただけの私を……兄が、妹に渡した名前で呼んで。

 それでも、彼を信じられなかった私が、この先もずっと辛くて怖い思いをするぐらいなら……もう、ここで殺して欲しいと。楽にして欲しいと、自棄になって叫んだら。

 

 兄は初めて、激怒した。

 彼も、これまで、たった一人の異物として、人の優しさを感じながらも、一方でどうしても拭い去れなかった孤独に苦しんできたのだと。

 皆の世界を壊そうとした、それでもたった一人の肉親であった父を、その手で殺したことだって、平気であるはずがなかったのだと。

 なのに、そんな自分に向かって。やっと会えた妹のくせに、よくも殺してなんて……、と。怪獣だからなんだって言うんだと、泣きながら叱られ、励まされた。

 ――絶対に、諦めるなと。

 

「『留花(ルカ)』……この大地に、しっかりと根を張って生きる。そして、どんな困難にも負けずに留まって、いつか立派な花を咲かせる――

 そんな想いが、君の名前には込められているんだ」

 

 彼が私にくれた名前へ込められた、優しい願いまで伝えてくれて。

 

「もしも世界がルカを傷つけるのなら、僕がルカを守る!

 そしてもしも、ルカが世界を傷つけてしまいそうな時は、僕がルカから世界を守る!

 いつか、ルカが安心して笑って過ごせる居場所が見つかるその時まで、全部僕が守ってみせる!

 ……だから……、だから、もう、殺してなんか言うなよ……っ!」

 

 そして、力の限りに抱き締めて貰って。

 ……こんなどうしようもない私にも、安心できる居場所ができた。

 

 それから。私の姿が拭い難い苦しみを与えるはずなのに、誰より優しくしてくれる、尊敬できる師匠と出会えた。

 他にも、兄や私を支えてくれる友達や、導き、力を貸してくれる仲間たち。

 兄に向けるのと変わらない、温かな慈愛を向けてくれた名付け親や、姉代わり。

 たくさんの愛情と出会い、助けて貰ったから。私はやがて、生まれたての私を殺しかけた、金色のウルトラマンとも和解できた。

 

 そして、私達兄妹を殺すために造られた妹とも、仲良く一緒に暮らせるようになった。

 その他にも、もっともっとたくさんの人々と関わって、時には様々な悪意ともぶつかりながらも、負けないで。

 私はきっと、立派な花を咲かせるために、力の限り生きて来れたのだと想う。

 

 それは全部、兄が居てくれたから。

 あの日、私のことを絶対に諦めないで、笑顔を取り戻してくれたから。

 

 ……だから、もし。

 私が消えたら、兄が殺されてしまうのなら。

 もう、このまま兄とも、他の誰とも会えず、孤独のまま消えてしまうことになるのなら。

 

 ……私は絶対に、消えたくない。

 私を脅かす、全てのものを――逆に、破壊し尽くしてしまってでも。

 

 

 

 暗黒の稲妻に打たれた後、何もない『無』に包まれ、自我が消え去る寸前にある私は、それが。

 皆の共存する世界から駆除するしかない怪獣の理屈だと、気づけなかった。

 ただ、恐怖のまま、見境なしに――そんな者が持つには強過ぎる力を、振り回し始めていた。

 

 

 

 

 

 

 通常の世界から位相を逸した、戦闘用不連続時空間、メタフィールド。

 不毛の大地が延々と広がるその亜空間の中で、無数の怪獣が殺し合いを繰り広げていた。

 ……いや、殺し合いという表現は、不適切なのかもしれない。

 

 暗黒魔鎧装アーマードダークネスの闇から産み出された、宇宙恐竜ゼットンの複製体。

 多元宇宙から招集を受けた殺戮兵器、シビルジャッジメンター・ギャラクトロン。

 

 戦場を埋め尽くすのは、そんな命も心も持たない人形ばかりで。そんなモノ同士で、勝手に壊し合っているだけだった。

 後者を統率する巨大人工知能ギルバリスさえも、一種の再現体に過ぎず、オリジナルからして、生命体ですらなかった。

 

 故に、この空間に存在する命は、三つ。

 ゼットンを使役する彼らの頂点にして、暗黒の鎧を身に纏った、宇宙恐魔人アーマードゼット。

 ギルバリスの戦闘形態、ラストジャッジメンター・キングギルバリスに――その前身となったキングギャラクトロンMK2(マークツー)から引き継がれた、しかしただの牢獄と化した操縦室に囚われた、鳥羽ライハ。

 そして、ギルバリスが抹殺を図り、ギルバリスと戦うために恐魔人ゼットが庇う、培養合成獣スカルゴモラ。

 

 そのスカルゴモラに、暗黒の稲妻が次々と降り注ぐのを、ライハはギルバリスが操縦室に残したモニターで目にしていた。

 

「……ルカ!」

 

 留花。朝倉ルカ。

 同じ血を引く培養合成獣に、ウルトラマンジードが兄として贈った名前で――彼女を共に生きる家族の一員だと想うライハは、弟子を心配する声を発していた。

 既に、スカルゴモラは瀕死に近い状態だった。この亜空間は、彼女自身の生命力を変換して創られている異世界。培養合成獣の桁外れの生命力で長時間の展開を可能としていたが、それが揺らぎ始めていた。

 そこに、次々と、明らかに尋常ではない雷が突き刺さったのだ。

 

 囚われた我が身以上に、その生命を案じるライハだったが――そこで異変に気づいた。

 

 泡立ち始めていたメタフィールドの崩壊が、止まった。

 雷はスカルゴモラを灼くことなく、その全身を黒い靄で覆い尽くした。

 そして、暗黒のエネルギーに包まれたスカルゴモラは、死に瀕していた肉体が嘘のように力強く立ち上がり、火山雷の如き咆哮を轟かせた。

 

 それを合図に、培養合成獣のシルエットに、変化が生じた。

 二列の背びれのように背負っていた都合八本の背中の角が、翡翠の結晶体へ変化して巨大化。さらにその中間となる箇所に三列目の背鰭が発生し、鉱石の剣山を背負うかの如く変化する。

 ……まるで、彼女の父、ウルトラマンベリアルが怪獣化した姿、アークベリアルのように。

 

 さらに両腕が、一回り肥大化。上腕部にさらに棘が生え、大きくなった掌には、これまた剣のように鋭い爪を五指から伸ばす。

 切断されていた尻尾が、生え変わる。より長く、より硬質な皮膚を纏い、先端には鋭く尖った結晶体の塊を備えて。

 三日月型だった頭部の大角も、その形から、さらに背部へ稲妻型の鋭い刃物のように巨大化し、額の角の先端部もさらに鋭く、やや反り返って伸長した。

 

 そして、胸部のカラータイマー状の結晶体の下から、周囲の赤い紋様の一部と融合するように、新たにY字型の赤い結晶体が迫り出した。

 

「……ルカ?」

 

 あまりの変貌に、思わずライハはもう一度、その名を唱えた。

 全体的な印象として、元がそうだとはわかっても……今の彼女は、スカルゴモラから明らかに逸脱した、黒い姿をしていたから。

 唯一変わっていない赤い目も、普段より濁って見えて――そこに宿る恐怖と敵意以外の感情が、伺い知れなくなっている。

 

 そして変貌したスカルゴモラの、怯えたような咆哮を合図に。メタフィールドまでもが様相を変えた。

 荒涼としていた大地に、次々と――彼女が背負うのと同じ、翠色の結晶体が、地表を突き破って現れたのだ。

 それらの一部はそのまま、噴火の勢いで空へ打ち上げられ……そのまま火山岩の如く、メタフィールド内で動く全ての者に降り掛かった。

 

「――何!?」

 

 結晶体の刃が最も多くが集中したのは、宇宙恐魔人アーマードゼットだった。

 次いで、内部にライハを囚えたキングギルバリス。その他は誤差でしかない。

 

 雨の密度で降り注ぐ結晶体を、アーマードゼットはライハとの攻防で修得した華麗な槍捌きで一掃する。キングギルバリスも、その装甲の強度だけで跳ね返す。

 だが、ゼットンやギャラクトロンのうち、対応が遅れた個体や、運悪く降り注ぐ数が多かった者は、矢の雨に貫かれ、酷ければ活動を停止していた。

 

「その姿……いや、その気配は!」

 

 強敵の一騎討ちの最中。その戦いを成立させるためだけとはいえ、庇っていた相手から不意打ちを受けた恐魔人ゼットは、しかしそれに憤る気配を一切見せなかった。

 

「これこそ……あの時私が感じた、かつてなき強き者の気配だ!」

 

 ……ルカがこんな姿になったのは、これが初めてだというのに。

 魔人が奇妙な歓声を上げる最中にも、変貌したスカルゴモラは怒涛の勢いで前進して来ていた。

 

 一直線に進む、その進行ルート上に存在した一機のギャラクトロン。結晶の矢を被弾し、転倒していたその白亜の装甲を、スカルゴモラは避けもせずに足蹴にする。

 それだけで、宇宙恐竜ゼットンと殴り合いを成立させるギャラクトロンが、ちっぽけな民家のように踏み潰され、砕け散った。

 

 さらに、それぞれの主を守ろうとするように、ゼットンやギャラクトロンがスカルゴモラの進行ルートへと割り込む。しかし触れた瞬間に弾かれて、何の足止めにもならずにアーマードゼットと、キングギルバリスの下まで強化スカルゴモラが急迫する。

 そして身構えた二体を、スカルゴモラは諸共に撥ね飛ばした。

 

「きゃぁあああっ!?」

 

 その突進は、ほとんどの慣性を無力化するギルバリスの操縦室に居るライハでも、内壁に身を打ち付けるほどの威力を誇っていた。

 

「……良いぞ!」

 

 その直撃をダークネストライデントの柄で防いだアーマードゼットは、打ち上げられてすぐテレポートして。

 装甲で凌いだキングギルバリスは、今回の復活で新たに獲得した分離合体機能で、自身の機体を分割して再構成することで、受け身を成功させながら、スムーズにその砲口をスカルゴモラへと集中させた。

 

 恐魔人ゼットが機関砲の如く放つ、一兆度の火球。

 キングギルバリスがギャラクトロンたちと一斉に照準する、集中砲火。

 その全てが、変貌したスカルゴモラ一体に注がれて、その姿を爆煙の中に消し去って行く。

 

 立ち上がったライハの心配は、全くの無用だった。

 黒煙を裂いて、元よりも長く長く伸長したスカルゴモラの、傷一つない尻尾が、飛び出していた。

 

 直撃したギャラクトロンを砂糖菓子のように粉砕したテールハンマーは、そのまま三度ほど閃いて、次々とゼットンやギャラクトロンを薙ぎ払う。曲りなりにも生体を模していた複製ゼットンの中には、その衝撃で破裂するものまで現れていた。

 

 凄惨な光景に、思わずライハが息を詰まらせていると。続いて、尾の動きに合わせてこちらを向いた背中の輝きが増して、スカルゴモラが背負っていた剣山のような結晶体が、一斉に伸びた。

 輝く槍となって伸びた背の角を、アーマードゼットは容易く受け流す。キングギルバリスも、バリスルーチェと呼ばれるバリアを展開することで、自身に迫っていた一本を、ライハの眼の前で受け止める。

 

 だが、通常のゼットンやギャラクトロンのバリアと装甲では持ち堪えられず、弾かれ、あるいは本体ごと貫通される者も居た。

 そうして貫かれた個体は、そこから青く透き通ったかと思うと、分子構造が崩壊して粒子状に散らばった。……ネクサスのリトルスターから引き継いだ、分子分解効果を、あの光る背鰭は帯びていたのだ。

 その恐ろしさに気を取られていると、スカルゴモラは彼女の正面に残存していたゼットンとギャラクトロンへ向けて、口から赤黒い光線を放っていた。

 

 吸収を試みた先頭のゼットンも、魔法陣バリアを展開した後続のギャラクトロンも一纏めに貫いた光線は、そのまま――発射口が正面を向いたままだというのに、途中で蛇のように軌道が曲がって、不意を襲われた形となった、彼女の右側の残党たちも灼き尽くした。

 それで一度途切れたかと思えば、一息挟んだ程度のインターバルで、第二射。やはり準備不足だった反対側の残党を、アリクイの舌の如く舐め上げて殲滅すると、いよいよこちらを向いてきた。

 

「ぬんっ!」

 

 前に出たアーマードゼットが、自身の光線吸収能力を発動。圧倒的な威力かつ射角が自由な曲がる熱線を、それでも吸い込みきってしまう。

 

「返すぞ」

 

 そうして、自身の力を上乗せした波状光線・ゼットブレイカーに変換して放ったのに対し――スカルゴモラは、瞬時に結晶状のバリアを展開した。

 それに触れた途端、ゼットブレイカーは鏡に当たった光のように反射された。

 

「何!?」

 

 咄嗟の事態に、アーマードゼットはゼットシャッターで自身のバリアを形成。しかし、一秒程度の足止めで貫かれ、直接光線を浴びることになる。

 直撃を許したゼットは、それが光線であることに救われた様子だった。シャッターのみならず、光の力を削減する暗黒魔鎧装が、その特性と頑強さで受け切れたことで、彼は事なきを得ていた。

 そこに、スカルゴモラの曲がる熱線の、第三射が襲いかかる。

 

「舐めるな!」

 

 再びその光線を吸収したアーマードゼットは、再度波状光線を発射。先と同じようにスカルゴモラの展開したバリアに跳ね返され、それを再び吸収し、さらに強化して撃ち返す。

 対して、変貌したスカルゴモラは、癇癪を起こしたようにそのまま前進し、その光を浴びて――硬い皮膚だけで、無傷で掻き分け突っ込んで来た。

 

「ふはは、何という強さ!」

 

 絶望的なはずの脅威を前に、魔人は心底嬉しそうに笑っていた。

 

 微塵も臆さずにテレポートを発動した魔人は、前進するスカルゴモラの背後を取る。

 予知していたようなタイミングで、スカルゴモラの尾が閃く。

 

 だが、その対応を既に予測していたのだろうアーマードゼットは、連続の転移でスカルゴモラの前に再出現する。

 そして、その前進の勢いを取り込む必殺の刺突を、スカルゴモラの胸の結晶体に叩きつけた。

 

「――ルカ!」

 

 流石に心配するライハの前で、金属音を奏でたダークネストライデントが宙を舞った。

 カラータイマー状の結晶体には、傷一つなく……その硬度へぶつけた力の量に、宇宙恐魔人ゼットの握力が、耐えきれなかったのだ。

 

「くっ!」

 

 前進を続けるスカルゴモラの腹を蹴って背後に跳ぶ、と見せながら。

 テレポートを発動したアーマードゼットは、再びダークネストライデントをその手に掴み、立ち上がり――そこで、急に動きが止まった。

 

「これは……転移、できぬ!?」

 

 スカルゴモラの変わらぬ赤い角が、煌々と輝いていた。

 それで、彼女の戦いをずっと見てきたライハにはわかった――怪獣念力だ。

 桁外れに強化された彼女の念力で金縛りにされた宇宙恐魔人ゼットは、最早身動きもテレポートも叶うことなく。スカルゴモラの目が怪しく光ったかと思うと、魔人はそれこそ転移に等しい勢いで、破壊神の如き怪獣へと引き寄せられ、叩き伏せられていた。

 

「がは――っ!?」

 

 吐血するアーマードゼットに、もう一撃。大地を割る拳は、超高熱を纏って大気をも爆ぜさせていた。

 

「一兆度の……拳だと!?」

 

 ゼットン種のお株を奪うその二撃で、魔人の身を包むアーマードダークネスが半壊した。

 剥き出しとなった、黒と銀を基調とする宇宙恐魔人ゼットの胴体を切断しようと、今度は拳ではなく爪を伸ばしたスカルゴモラが、右腕を振り被る。

 

 そこで、赤い角を生やした頭部が揺れた。

 同時に足元の大地を穿った攻撃の主は、ライハを乗せたキングギルバリスだった。隙有りと見たのか、それとも魔人が倒されてしまえば、次は自分の番だと悟ったからか。

 

 キングギルバリスの砲撃は、やはり先のように――変貌した今のスカルゴモラに傷を与えることはできなかったが、それでも頭部を叩き、同時に足場を崩したことで一瞬、集中を乱すだけの効果を発揮したらしく。アーマードゼットは、念力の拘束からテレポートで脱していた。

 

「高重力……そして、毒とウイルスか」

 

 一旦、キングギルバリスと並び立つような位置に再出現した宇宙恐魔人ゼット。微かに爪で引っかかれ、傷の程度の割には酷く拉げた自らの左腕が急速に腐敗し、穴だらけになって崩壊するのを見るなり、彼はダークネストライデントを内向きに旋回させていた。

 

「まだ生きているか、あの娘の師よ」

 

 かつて、ウルトラマンゼロビヨンドを倒したウルトラマンベリアルアトロシアスの、デスシウムデストラクトをライハが想起していると……己の左腕を肩から切り落とし、全身の汚染を免れた宇宙恐魔人ゼットが、キングギルバリス越しに呼びかけてきていた。

 

「感謝するぞ。あれほどの強き者を育ててくれたことを!」

「違う……っ、あんなのは、私の教えた強さじゃないっ!」

 

 ――ライハが教えたのは、ルカを、家族を守るための力だ。

 あんな、あんな泣きながら、苦しんで揮うための力ではない!

 

 そんな想いから否定するライハの声など、そもそも操縦室の外に漏れすらしない。

 

 元より返答など求めていなかったのだろう宇宙恐魔人ゼットは、片腕の喪失で些かも戦意を衰えさせることなく、闇の力でアーマードダークネスを復元すると、残った右腕にダークネストライデントを構えていた。

 

「行くぞ!」

 

 そして、全身の力を込め、自らを矢のようにして突撃した宇宙恐魔人ゼットに対し――スカルゴモラは、両腕を前に突き出し、そこから黒い光線のようなものを放った。

 黒い束は、暗黒の鎧に守られた宇宙恐魔人を捉え――光を弾くはずのその鎧を、瞬く間に変形させた。

 

「……異常重力、感知」

 

 キングギルバリスの計測でわかった。スカルゴモラが放ったのは光線ではなく、コヒーレント化された超重力波なのだ。光線のように見えるのは、D4レイが光線に見えるのと同様に、空間に起きた異常を、人間がそのように錯視しているからに過ぎない。

 ……どうして急に、スカルゴモラがそんな力を身に着けたのかは、ライハには見当もつかなかったが。

 

 微かな戸惑いの間に、アーマードダークネスの闇の加護を易々と突破した遠距離攻撃は、容易く宇宙恐魔人を呑み込んで、その姿を彼方にまで追放していた。

 

「――っ!?」

 

 それを見送った時には、ライハは上下へ揺れる振動に襲われていた。

 宇宙恐魔人ゼットを葬りながら、スカルゴモラが片手間で伸ばした尻尾が、キングギルバリスを頭上から打ち据えていたのだ。

 自動で展開されたバリスルーチェで持ち堪えるも、二度、三度と尾による打撃は続く。重力波の放射を止めたスカルゴモラがこちらを向くのに合わせて、キングギルバリスは一斉発射バリスダルティフィーを再度仕掛けるが、今更効果が挙がるはずもない。

 しかし、キングギルバリスが逃亡しようとしたところで、遂にスカルゴモラの尾がバリスルーチェを粉砕し、キングギルバリスを上から抑えつけた。

 

「うぁあああっ!?」

 

 内部のライハも、悲鳴を上げることしかできない。

 キングギルバリスはそのまま、さらに何度と装甲に尾の先端を叩きつけられ、遂に串刺しにされる。そのままスカルゴモラが手前に引けば、抗う余地なく引き寄せられる。

 その最中にも、呼吸する程度の頻度で、あの赤黒い熱線をスカルゴモラは口から放つ。曲がった射線で砲身に潜り込めば誘爆を引き起こし、キングギルバリスの強靭な外装を削ぎ落としていく。

 

 引き寄せられたキングギルバリスが、変貌したスカルゴモラを押し退けるように巨大な両掌を前に出す。スカルゴモラはそれを掴み、軋ませながら捻じ曲げていく。

 ならばと、変異する前の彼女の体に穴を穿った額の角・バリスコルノーラで牽制を試みるキングギルバリスだが、ダークネストライデントの刃と同様、異常な硬度の皮膚に止められて終わる。

 その角に噛み付き、徐々に砕きながら。変貌したスカルゴモラは、頭と両腕と背中を抑えられ、逃げ場のないキングギルバリスの機体に、何度も蹴りを叩き込んで来た。

 

 ……その度に、ライハは操縦室内で彼方此方に体をぶつけ、傷を負っていた。

 

「ルカ……」

 

 呼びかけに、割れた画面の向こうに映る、変わり果てたスカルゴモラは応えない。

 ずっと錯乱したように、これほどの力を発揮しながら、怯えたように吠え、偏執的な攻撃を続けるだけだ。

 そして遂に、スカルゴモラがキングギルバリスの額を噛み砕き、両腕をもぎ取った。

 

 この状態に物質置換する前の、キングギャラクトロンMK2よりも酷い有様となったキングギルバリスを前に、しかしスカルゴモラはまだ満足していない様子だった。

 狂乱したように吠えながら、変貌したスカルゴモラはその右腕を大きく振り被る。

 

「あ……っ」

 

 ……それが、あの日。究極超獣に囚われたライハを取り戻した、培養合成獣スカルゴモラの救いの手と。

 七年前、ライハから理不尽に両親を奪った、ベリアル融合獣スカルゴモラの魔の手と。

 どちらもがダブって見えたライハは、果たしてその手の意図がどちらであったのかを確かめる前に――訪れた衝撃に頭を強く打ち、意識を喪失していた。

 

 

 

 

 

 

「……これは」

 

 既に展開されたメタフィールド内の、次元を割って。

 究極融合超獣サンダーキラー(ザウルス)の開いた次元回廊を抜け出たウルトラマンジードたちは、その先で待っていた眺めに絶句した。

 

「酷い……」

 

 湊アサヒの変身したウルトラウーマングリージョが、思わずと言った様子で声を漏らす。

 空から見下ろすメタフィールドの、一面に。宇宙恐竜ゼットンの惨殺死体と、シビルジャッジメンターギャラクトロンの残骸が転がっていた。

 

「……あれは!」

 

 そこで、ウルトラマンジード・ウルティメイトファイナルが見つけたのは、翡翠の――エメラル鉱石を想わせる豪奢な背鰭を負った、一匹の怪獣だった。

 角の形が違う。腕の大きさが違う。尾の長さも、先端も――カラータイマーの、周辺も。

 だが、変わり果ててしまっていても。その姿形は、間違いなく。

 

「……ルカ、なのか?」

 

 ジードの呼びかけを無視して、その変貌したスカルゴモラは長く伸ばした尾で、何かを貫き、引き寄せていた。

 そのまま凄まじい勢いでスクラップにされて行く有様に、かつてその脅威を直接味わったジードは、その名と姿がすぐには結びつかなかった。

 

「あれはギルバリス……じゃあ、あの中にライハが!」

 

 それを、救け出そうとしているのか?

 

 星山市でジードたちが退けた数の、軽く倍は転がるゼットンとギャラクトロンの残骸。

 絶望的な再戦を覚悟していたのに、姿が見えない宇宙恐魔人アーマードゼット。

 そして、現在進行形でギルバリスを解体している様子を踏まえれば――この場の惨劇を引き起こしたのが、変わり果てたスカルゴモラであることは明白だった。

 

 だが、全ての脅威を無力化し、危機を乗り越えたはずの妹の声は……初めて出会ったあの日。リクが、ジードが怖がらせてしまって、彼女が狂乱していたその時と、あまりにもよく似ていた。

 

〈リク。近づいてはいけません〉

 

 だから、もう大丈夫だと、言ってあげようとして。

 妹に歩み寄ろうとしたジードを、レムが心なし鋭い声で制止していた。

 

「……レム?」

〈今のルカは……明らかにダークサンダーエナジーの影響を受けています〉

 

 ダークサンダーエナジー。

 虚空怪獣グリーザと呼ばれるナニカが発生源の、黒き稲妻状のエネルギー。

 それを浴びた怪獣は強化され、またウルトラマンを分解する力を纏う。

 先程、シャイニングスタードライブで巻き戻される前の時間軸で、ジード自身を容易く殺害した宇宙恐魔人ゼットの驚異的な戦闘力も、それが一翼を担っていたという。

 

 だが、レムが危険視したのは、そこではなく――

 

〈ダークサンダーエナジーを浴びた怪獣の多くは、自身が無に消されるという恐怖と、暗黒のエネルギーによって正気を喪い、凶暴化。見境なく、全てを破壊しようとすると、先程提供されたデータにありました〉

「な……っ」

〈……まさか、メタフィールドにまで届くとは、想定外だった〉

 

 苦々しい声で割り込んだのは、そのデータを転送してくれた張本人、AIBの研究者であるゼットン星人ペイシャン・トイン博士だった。

 

〈ギルバリス復活もそのせいらしいが……今のルカに近づけば、おまえらも攻撃されるぞ。気づかれる前に逃げろ〉

〈そんなっ!〉

 

 星雲荘から、ペガが悲痛な声を発していた。

 

「お兄さま……」

 

 同時、隣から生じた怯えたような声は、触手の間に虹色の被膜を広げ、滞空するサンダーキラーSの物だった。

 かつて、彼女がまだ、他者の痛みを知らなかった頃。その振る舞いが原因で姉の怒りを買い、暴走したレイオニクスの本能によって、危うく殺されかけたことがあった。

 姉の優しさで払拭したはずのそのトラウマが、他ならぬそのスカルゴモラに変貌で蘇った様子の末妹に、ジードは小さく頷きをかけた。

 

「サラは、逃げてて。僕は……ルカを元に戻して、ライハを助ける!」

「――おいっ!」

 

 そうして力強い宣言を残し、ジードは暴れ狂うスカルゴモラへと飛翔した。

 ゼロの制止も無視して、スカルゴモラの正面に降り立ったウルトラマンジードは、振り下ろされたその爪にギガファイナライザーを差し込んだ。

 

「やめるんだ、ルカ――っ!?」

 

 そして、触れた途端に呆気なく弾き飛ばされた。

 尋常ではない膂力だった。対ビースト抗体の効果を受ける前の、滅亡の邪神ハイパービースト・ザ・ワンをも凌ぐ、まさに無双の剛力。

 

「リクさん!」

 

 グリージョから心配の声が届くが、幸いにして、ジードは投げられた以上の痛みを受けることはなかった。

 ジードと接触したことにすら気づかないのか。変貌したスカルゴモラはこちらに興味を示さず、粉々にしているギルバリスの残骸へ、さらに攻撃を加えようとしていた。

 

「ルカ、落ち着いて……!」

 

 そこでジードが放つのは、フルムーンネオヒーリング。かつて、初めて彼女が暴れた時、正気を取り戻させた癒やしの波動の、完全上位互換。

 レイオニクスの本能に呑まれ、泣きながら許しを乞う妹を、ルカ自身も望まぬうちに殺めかけた事態すら収めた慈愛の光。

 切なる願いを込めたそれは、暗黒の稲妻がスカルゴモラに纏わせたエネルギーを前に、何の効果も果たせず霧散した。

 

「そんな……っ!?」

 

 ジードが戸惑う間に、ギルバリスはいよいよ、散乱する鉄屑と化していた。

 

「ルカ、僕の言うことが聞けないのか!? ……僕のことが、わからないのか!?」

 

 異様な事態に圧倒されたジードが呼びかける間、鉄屑の中からふよふよと浮かび上がったのは、かつてジードが切り裂いたギルバリスのコアそのもの。如何にして復活したのか、完全な姿を取り戻していた。

 

 ただ、完全なのは見た目だけなのか。

 それとも、赤き鋼ギガファイナライザー以外では破壊できないとされた惑星クシアの予想を、培養合成獣の力が越えたのか。

 スカルゴモラが口から放った赤黒い熱線が、ギルバリスのコアを貫いて――呆気なく、爆発四散させてしまっていた。

 

 ……その残滓が流れ出す、黒い穴がメタフィールドに開いたことを、気にする余裕はその場の誰にもなかった。

 

 スカルゴモラが再び、ギルバリスの残骸に注意を向けて――その中にある、操縦室の筐体を、見つけ出していたからだ。

 

「……駄目だっ!」

 

 その時ジードは、妹を信じられなかった。

 明らかにこれまでの彼女と違うことが、もう充分わかっていたから。

 

 何故自分が、それに執着しているのかをも忘れ果てている彼女の爪に、ジードはギガファイナライザーを打ち付けた。

 今度は、上手く進行方向へ衝撃を受け流せた。何とか外側へ弾かれずに、おかしくなったスカルゴモラに先んじて、ジードは操縦室を掴めていた。

 

 そして一目散、空へ飛んで逃げた。

 ……ルカは、たびたび気にしていた。ウルトラマンでも超獣でもない彼女は、兄妹で唯一、空を飛ぶことができないと。

 だが、今のスカルゴモラは違っていた。

 

 咆哮する彼女の、エメラル鉱石のような背鰭が、増殖し、膨張。

 巨大な結晶体に包まれるような形に変化した彼女は、何と――その巨大な構造を、何らかの飛行装置にしたのか、無重力であるかのように宙へ浮いていた。

 

「嘘だろ……っ!?」

 

 そして、UFOのように飛んで追いかけてくるのを見て、ギガファイナライザーと操縦室で両手の塞がったジードは悲鳴を漏らしていた。

 

「――レム、ルカはどうなっているんだ!?」

〈……ゴモラやレッドキングにある記録同様、ダークサンダーエナジーの影響で、強制的なEX化を遂げたものと思われます〉

 

 EXゴモラ。確か、ルカの遺伝子が、最強の合成怪獣を目指したものであるとレムが推測した際に見た、極一部のゴモラが外的要因で変身可能とした強化態。

 レイオニクスの力による、その怪獣に上乗せする強化とは別の――その怪獣という枠組み自体を変えてしまう、戦闘に特化した進化。

 

〈しかもルカには、戦いを乗り越えるために自己進化する遺伝子があります〉

 

 忠告を無視して飛び出した結果、逃げながらも徐々に距離を詰められているジードの疑問へ、レムはいつもどおり淡々と――しかし、心なし早口に聞こえる調子で答える。

 

〈戦いで追い詰められてもルカが諦めず、細胞が変異を試みていたところに、ダークサンダーエナジーの後押しが不足を補った結果が、この姿なのかもしれません〉

 

 越えるべき脅威――宇宙恐魔人アーマードゼットと、ラストジャッジメンターキングギルバリスをその仮想敵として、培養合成獣の遺伝子が進化した……?

 

「でも、前は! 戦闘中に、そこまでの進化はできないって……!」

 

 問い返す最中に、スカルゴモラが追いついた。

 咄嗟に避け、突進を躱すも――当然のように方向転換し、再びスカルゴモラが迫って来る。

 ジードはただ、逃げ惑うしかできない。

 

〈そのはずでした。ですが、ネクサスのリトルスターを宿した時期から、ルカの自己進化は私の予測を頻繁に上回っています〉

〈……エナジーコアの発現からも、どう見たってそのネクサスの影響が出ている〉

 

 危機的状況での会話の最中に、ペイシャン博士も割り込んだ。

 

〈今のルカは、明らかに本来のEXスカルゴモラじゃない――ネクサスの影響を受けた、スカルゴモラNEX(ネックス)と言ったところか〉

 

 ペイシャンが名付けたところで、迫り来るスカルゴモラNEXが吠えた。

 

 いよいよジードが攻撃を受ける、その直前――地上から、赤黒い稲妻が昇った。

 

 ……逆行前の時間軸で、ウルトラマンジードを跡形もなく消滅させた、その破壊光線は。

 今度はジードを捉えず、代わりにスカルゴモラNEXをその奔流の中に呑み込んでいた。

 それは、今のスカルゴモラに傷をつけることもできなかったが――その注意を、ジードから逸らさせることには成功していた。

 

「……そうだ。一度は貴様の兄を奪った闇、忘れられまい」

 

 その兄自身のことは、識別できなくなっていても。

 その命を奪った脅威のことは忘れていなかったらしきスカルゴモラNEXに対し、返される敵愾心の強さを心地良さげに受け止め、語りかけたのは。

 身に纏っていた鎧を喪い、ウルトラマンのようなカラータイマーを備えた黒と銀の素肌を覗かせた――隻腕の宇宙恐魔人、ゼットだった。

 

 

 

 

 

 

「無事か、ジード!」

 

 スカルゴモラNEXの注意が逸れた隙に、ゼロを先頭とした一行が、ジードと合流していた。

 グリージョだけでなく、逃げるように伝えていた末の妹も、心配したように随行していた。

 

「何とか。だけど……」

 

 複雑な心境で、ジードはゼロの問いに答えた。

 そして、異常な状態と化した培養合成獣スカルゴモラから、結果的にでも自身を救った相手へ視線を向けた。

 

「はぁああああああっ!」

 

 裂帛の気合を上げるのは、時間の逆行でなかったことにされたとはいえ――一度はジードを跡形もなく消滅させ殺害した、宇宙恐魔人ゼット。

 彼は自らに迫るスカルゴモラNEXを迎え撃つべく、残された右腕に構えたダークネストライデントにレゾリューム光線と、その身に纏う暗黒の稲妻の力を集合させると、光線として放つことなく刃に纏わせた。

 そして、柄の持つ伸長能力と連動させ、破壊力を向上させた伸びる突きとして繰り出していた。

 

 それすら、呆気なく。防ぐ構えすら見せないスカルゴモラNEXの表皮に受け止められ、魔人の握力を越える力で押し込まれ、メタフィールドの大地に潜り込む。

 

 そこに、全く勢いを落とさないスカルゴモラNEX自身が隕石のようにして飛び込んで、彼女が作り出した大地を吹き飛ばす大爆発を巻き起こした。

 

「生涯最良の日だな」

 

 ウルトラマンたちも息を呑む、カタストロフィを巻き起こすスカルゴモラNEX。

 その突進をテレポートで回避したらしき宇宙恐魔人ゼットは、ジードたちと砕かれた大地の中間ほどの高度で滞空しながら、恍惚とした声を漏らしていた。

 

「おまえ……おまえのせいで……っ!」

 

 思わず、ジードが怒りの声を向けると。宇宙恐魔人ゼットは微かに身を返し、その視線をジードと結んだ。

 

「……そうか、私のせいか。私があの稲妻をこの星まで導き、おまえたち家族を傷つけたことで、我が同類はあれほどに怒り狂っているのだな」

 

 会話の最中に、地上から光の槍が無数に伸びてきた。

 

「やべぇ!」

「グリージョバーリア!」

 

 叫んだゼロに引っつかまれて、飛び出しかけていたジードは、何とかグリージョの展開した防壁の中に潜り込めた。

 ウルトラマンの中でも特に強力な防御力を発揮するグリージョのバリアは、何度も伸縮を繰り返す光の槍――いや、スカルゴモラNEXの背中の角の穂先をも受け止める。だが、激突の度に圧されて、徐々に高空へと押し上げられていく。

 それが幸運だったとジードたちが気づくのは、もう少し後になってからの話だった。

 

「つまり私は、己の手で――自らの生きる意味と出会えたわけだ!」

 

 一方、角の伸縮の軌道を見切ったように飛行し、連続のテレポートを挟んで回避しながら移動する宇宙恐魔人は、歓喜の声を上げながら、地上で待つスカルゴモラNEXへと降下して行く。

 ……最中、わずかに残っていた複製ゼットンたちの残骸が、消えて行く。

 それらが解けた黒い靄を――やがてアーマードダークネスに食われると思われていた魔人は、鎧が残した闇の残滓を逆に全て取り込むと、己の力へと変換していた。

 

「貴様こそ、私が目指した強さの極致! 私が越えるべき、頂きだ――っ!」

 

 叫ぶ魔人を、今度は赤黒く、螺旋の軌道を描く曲がる光線が出迎えた。

 魔人の姿が消え、光線はそのまま上昇し、ジードたちへと迫る。限界を迎えていたグリージョのバリアに代わって、今度は光線吸収能力を持つサンダーキラーSが前に出てくれたおかげで、誰も傷つかずに済んだ。

 その時には、転移によって地上まで一気に到達していた宇宙恐魔人ゼットが、伴う余波だけで大地を熔解させ、水を切るように波打たせながら、これまでにない速度で一本の矢と化し、スカルゴモラNEXへ一直線に伸びていた。

 

〈宇宙恐魔人ゼットの拳、クオーク・グルオン・プラズマ化。中心部の温度が、百兆度を越えました〉

 

 レムが告げた観測結果は、ゼットン種が生み出せる、最高温度の更新を意味していた。

 

 しかも、刹那にも満たない時間だけ、中心の素粒子が一兆度に届いているに過ぎない通常のゼットンの火球とは違う。

 分離させず、自らの肉体と繋げて温度を保持し続けることにより、そのエネルギーを天文学的な値にまで増幅した――一兆度の拳を受けた経験から編み出した、宇宙恐魔人ゼットの全力の一撃だった。

 

 超極微小の質量だけながら、宇宙開闢の数十万分の一秒後の温度を、その何万倍もの時間維持したその拳は、超新星爆発にも等しい一撃となってスカルゴモラNEXを打ち抜き、弾けた。

 

 そしてメタフィールドの中が、暗黒の炎が転化した光によって塗り潰された。

 続けて発生した、最早判別不能の凄まじい力に、ジードたちは圧倒されていた。

 

 もし、咄嗟にサンダーキラーSが前面の空間を割って、直接向かってくる力の大部分を異次元に流し込む形で逸してくれて居なければ、ジードたちも危うかったはずだ。

 ……ここがもし、位相を逸した戦闘用亜空間でなければ、地球は確実に消滅していただろう。

 それはきっと、ジードの考え過ぎではなく――メタフィールドに存在した大地が、天体単位で木端微塵に消し飛んでいることからも、決して大袈裟な感想ではないはずだ。

 

 そしてその、何もなくなった爆心地では――

 

 ……宇宙恐魔人ゼットが、全力全開の代価として、右腕までも失いながら、空に立っていた。

 

 その拳を浴びたスカルゴモラNEXは、昏倒したように何もない空間を漂っていた。

 

「……見事だ」

 

 だが、メタフィールドが未だ解除されていないという事実。

 それが、超新星爆発に等しい一撃を受けたスカルゴモラNEXの、健在を物語っていた。

 

 頬を殴られ、強固な皮膚に火傷と陥没痕を残した培養合成獣スカルゴモラNEXは、それでも戦闘に特段の支障を来していない様子で、咆哮とともに身を起こした。

 鎧を砕かれ、両腕を喪失し、全ての力を使い果たしながらも逃げることなく対峙していた宇宙恐魔人ゼットは、清々しさを隠しもせずに彼女へと語りかけた。

 

「貴様の勝ちだ。我が最強の証明は叶わなかったが――全力以上を出し切った末に、初めて(まみ)えた同類の最強を証明できたのであれば、私の命も価値あるものだった」

 

 手前勝手な口上を並べる、造られた命――宇宙恐魔人ゼットに対し、唸り声を上げるスカルゴモラNEXは当然の如く耳を傾けず、ただその力を高めるように、巨大な無数の背鰭を禍々しく輝かせた。

 

「……いや、待て」

 

 間もなく訪れるだろう死を前に、宇宙恐魔人ゼットが発した制止の言葉は、命乞いではなかった。

 

「何故、そんな表情(カオ)をしているのだ」

 

 その声には、当惑と――ここまで常に前しか向いていなかった魔人が生まれて初めて抱いた、微かな悔いの気配が含まれていた。

 

「ふざけるな――勝者なら、笑え」

 

 魔人が訴えかけたその時、ただ目の前に存在する脅威を排除することしか思考できなくなっている培養合成獣は、恐怖と憤怒に歪んだ、苦痛を訴えるような咆哮とともに、体の前面から圧倒的な光を放った。

 光電磁波、重力波、音波……およそあらゆる波動を纏めて放つ破壊の力は魔人の全身を呑み込んで、今度こそ、何もなくなったメタフィールドの空間ごと貫いていた。

 

 

 

 そして再び、サンダーキラーSによって開かれた異次元の穴によって、先のゼットの一撃を上回る凄まじいエネルギーの余波から守られながら。

 

 ……魔人が遺したその言葉が、理不尽な事態と、強大な力に翻弄されてばかりいたリク自身の願いを、もう一度。

 

 今度は見失いようもないぐらいに強く、確かめさせていた。

 

 

 

 

 

 




Aパートあとがき


 
 公式がEXスカルゴモラを出した際に全然違う感じだと怖い、ということで、エナジーコアが付いていたりで独自進化したという設定で登場しましたスカルゴモラNEX。EXゴモラとEXレッドキングとアークベリアルの融合、が基本のイメージで、例えば角の形は『ウルトラマンジード超全集』に載っている初稿版のデザインを引用したりしている具合です。そこに、どう見てもアークベリアルのオマージュ元であるスペースゴ○ラまで先祖返りした能力やら尻尾を持っている形(コロナ・ビームやフォトン・リアクティブ・アーマーやホーミングゴーストをイメージした技とか、結晶体を巨大化させての飛行等)。あちらも超新星爆発で死んでいない戦闘生物かつ、破壊神ですからね。

 ただ、まだちょっと肩書等出しちゃうと暗躍しているあのキャラの陰謀を全て明かしちゃうことになるので、こちらもカプセルナビ的なのはしばらくお待ちくださると幸いです。



 続けてちょっと今回は設定ではなく、今回の宇宙恐魔人ゼットを書いている間に自分で感じた裏話的な話を。本当の雑文。

「グランドキング亜種を瞬殺する」「ゼロをテレポートで圧倒する」「主役ウルトラマンを殺す」「主役のゴモラにほぼ勝利したところで乱入して来た暴走するペダニウム製の黒い最強ロボットと戦う」と、ここまで代表的なラスボスのゼット&ゼットン要素の逸話再現を頑張ってきていた本作の宇宙恐魔人ゼット。

 しかし、気づけば最後、『ニュージェネレーション大怪獣バトル』みたいな面もある本作で一番オマージュすべき『大怪獣バトル』ゼットンの、「覚醒したゴモラに傷一つ与えられず倒される」の部分を少しだけ覆してからの敗北となりました。パンチで倒される側じゃなくて自分がパンチする側になっている……(全力の一撃なので『サーガマキシマム』ならぬ『ゼットマキシマム』と呼んで違和感ないパンチになっているのもずるい)。

 本来は最後まで傷一つ与えられずに倒されるところもしっかり再現するつもりだったため、この辺は作中では黒幕の思惑、メタ的には、この展開を書く前に決めていた作者の当初の構想を越えている挙動をすることになったゼット。ゼットンの限界を越えるために心を与えられ、その心で限界を越える彼もまた、決められた運命をひっくり返す者だったのかなぁ、なんて、そういうキャラが好きなのでつい自作語りという形で、自分の中の驚きを残したいのでした。お目汚しですが、どうかお許しくださると幸いです。

 ところで『大怪獣バトル』のゼットンをオマージュする、ということは……?







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第十六話「君の笑顔を取り戻す」Bパート

 

 

 

 

 宇宙恐魔人ゼットを滅ぼした光が消えた後。メタフィールド内の空間が、揺らいでいた。

 蜃気楼のような揺らめきの向こうには、巨大な球体が泡のように、無数に浮かんでいた。

 

「あれは……っ!」

〈宇宙外部との接続を確認〉

 

 その景色に心当たりがあるようにウルトラマンゼロが声を詰まらせるのと、レムが報告を告げるのは、ほぼ同時だった。

 

〈先程スカルゴモラNEX(ネックス)が最大出力で放った、NEX超振動波により――純粋なエネルギー量でメタフィールドごと宇宙の壁が一時的に破れ、全てのマルチバースを包括する超空間と繋がったようです〉

 

 レムが告げたそれは、あくまでも宇宙の中に含まれる時空構造体を壊すD4レイや、同じ宇宙の別次元に繋げるゼガントビーム――そして、性質として宇宙を超越するゼロのウルティメイトイージスとは、全く意味合いの異なる事象だった。

 

「馬鹿な……っ、光の国の全エネルギーを集めて、やっとできることだぞ!」

〈いや、過去にも類例がある。ダークザギを始末しようとした『来訪者』が、自らの星を超新星化させて爆破した際――それでも当時のザギは倒せなかったが、宇宙の壁の方が保たず、光の国がある宇宙へ放流することには成功した、という話は知っているか?〉

 

 驚愕するゼロに、妙に淡々と、ペイシャンが事例を述べていた。

 

〈ザギの、オリジナルであり……ネクサスの本体であるノアは、そんな宇宙の壁よりも強靭なザギの肉体を破壊することができる。先のゼットもだが、光の国の全エネルギーに単独で比肩する個体は、存在し得ないわけじゃない〉

 

 例えば、光の国の全てのウルトラマンを合わせるより、単身で宇宙を一つ再生してみせるウルトラマンキングの力が上であるように。

 あるいはそのキングと全知全能の称号を分け合った、不完全体でも宇宙を一つ消し去れる究極生命体レイブラッド星人のように。

 人智を越えたウルトラマンの、そのさらに上の位階に君臨する生命は、決して存在しないわけではないのだ。

 

「だが、ダークサンダーエナジーだけで、これほどの……! アークベリアルだって、ここまでは……」

〈培養合成獣スカルゴモラは元々、そのベリアルを越えるように造られた戦闘型の怪獣兵器だ。ダークサンダーエナジーは最後のきっかけで……これまでの戦いが、あいつの下地をここまで成長させて来たんだろう〉

 

 ウルトラマンキングと同格の、究極生命体の血が流れる特殊なレイオニクスであり。

 外部刺激で強くなり続けるゴモラの細胞と、感情の昂りでリミッターを取り払うレッドキングの気質を受け継ぎ。

 さらにはアークベリアルと融合した、一息で星を砕き、次元跳躍すら容易く叶えるエメラル鉱石のエネルギーをもその身に灯し。

 

 そしてかつてリトルスターを宿し、手放した今もメタフィールドを展開し、ネクサスの特徴であったエナジーコアを発現させるほどの影響を受けた培養合成獣スカルゴモラは、今、途方もない力の塊と化していた。

 

〈そして、悪いが……前言を撤回させて貰う。逃げろと言ったが、誰もメタフィールドから出るな。ライハも含めてな〉

「えっ!?」

 

 ペイシャンの続けた言葉に、ウルトラウーマングリージョが、驚愕の声を漏らす。

 

「万が一にも俺たちを追ったスカルゴモラNEXが外に出れば……物の弾みで、地球が壊されちまうからか」

〈地球で済めば良いがな〉

 

 今の彼女をルカと呼ばなかったゼロの回答に、皮肉げにペイシャンが失笑した。

 そこで、末の妹である究極融合超獣サンダーキラー(ザウルス)が、怯えたように身を竦めるのを見て、ジードは彼女の肩に手を置いた。 

 

「大丈夫。僕が守るよ」

「……お兄さま?」

 

 そっと、ライハが取り残されているだろう、ギルバリスの操縦室を、サンダーキラーSに託しながら。

 状況を打開する材料を振り返るため、ずっと沈黙を保っていたウルトラマンジードは、そこで口を開いた。

 

「僕がルカを、ここで止める。アサヒとサラは、離れてて」

「おい、ジード……!」

 

 心配したように呼びかけてきたゼロに、ジードは彼に対してだけ見せる、甘えを口にした。

 

「悪いけど――ゼロは、ちょっとだけ付き合ってよ。攻撃はしなくて良い……いや、したらきっと許さない」

「何言ってるんだおまえ! 気持ちはわかるが、食い止めるなんて無理だ! 逃げて時間を稼ぐしか……」

 

 そうして、話し込んでいる間に。

 超空間との接続が消え、そちらに散っていた注意を戻したスカルゴモラNEXが、改めてメタフィールド内に残っていた存在に気づき、直進して来ていた。

 

「――くそ、やるしかねぇ!」

 

 その速度を見て、全員無事に逃げることも非現実的だと悟ったゼロが、金色に輝いた。

 

「いっそのこと……もう一度時間を戻してやるよ!」

 

 日に二回目の、シャイニングスタードライブ。

 宇宙恐魔人ゼットやギルバリスと言った、別の脅威も巻き添えに蘇るのだとしても。リクの妹が変わり果ててしまう前に時間を戻し、対応するチャンスを作る――レイトとの融合並びにメタフィールドの補正で負担が緩和されているとはいえ、ゼロの限界をも越える決意はしかし、回り出す前にスカルゴモラNEXの角の発光で掻き消えた。

 

 ……何の力によるものか、未来を予知できる、今のスカルゴモラは。

 その未来が見えなくなる――自らを脅かし得る元凶と判断したシャイニングスタードライブの光球を、優先的な排除対象と認識したのだ。

 

 念動力とは、念じるだけで本来起こり得ない事象を引き起こす超能力。元より、物理法則になど囚われていない。

 故に極まった怪獣念力は、時間操作を行うシャイニングの力の球すらも、干渉できると迷いなく認識することで捉え、押し潰していた。

 

 それはもう、一介のウルトラマンであるベリアルではなく。残留思念だけでウルトラマンを石化させる、レイブラッド星人の領域に近づいた力だった。

 

「ガ――ッ!?」

 

 反動で、ゼロが仰け反る。

 能力行使前に潰されたことが逆に幸いし、前回の使用よりは体力を消耗せずに済んだゼロが、それでも耐えきれずに輝きを失っていた。

 

 ……ゼロがこの有様では、シャイニングミスティックの力でも結果は同じだろう。

 それを理解しながらも、ジードは未だ妹が展開するメタフィールドの力を借りて、これまでに絆を繋いできた全ての人々へ己の祈りを告げた。

 

「――ウルティメイトマルチレイヤー!」

 

 突出したジードが叫ぶと同時に、ウルティメイトファイナルを中心に、新たに八人のウルトラマンジードが出現した。

 プリミティブ。ソリッドバーニング。アクロスマッシャー。

 マグニフィセント。ダンディットトゥルース。

 マイティトレッカー。ファイヤーリーダー。

 そして、シャイニングミスティック。

 

 ……ジードマルチレイヤーより、呼び出せる分身の上限を増やせる代わりに。対応するウルトラマンだけでなく、かつてリトルスターの宿主だった者の合意をも必要とするウルティメイトマルチレイヤー。

 故に三形態分の欠員を出した分身ジードたちは、次々とスカルゴモラNEXに飛びかかり、触れた側から猛烈なパワーに弾かれた。

 

 ――そうなることは、わかっている。

 

「それでも……ここで止める!」

 

 マイティトレッカーが、フレイムコンプレッションウェーブを発動。

 超能力によって、突如産み出された微小ブラックホールの吸引力が、スカルゴモラNEXの機動力をも制限する。

 ……もちろん、本当に吸い込まれてしまう前に、解除する心積もりではあったが――案の定、スカルゴモラNEXの角が輝くと、そのままブラックホールは一気に蒸発し、怪獣念力に巻き込まれたマイティトレッカーごと消滅した。

 

 だがその間に、同じようにしてブラックホールで引き寄せられていた、大陸級の大きな隕鉄――かつてメタフィールドの大地を構成していた残骸を見つけたジードたちは、スカルゴモラNEXをそこに誘き寄せた。

 

 ――地上に立たせれば、まだ。空に居るゼロたちよりは、同じ地平にいるジードへと注意が向くはずだと信じて。

 

「……レム。ルカの状態は?」

〈観測当初より、エネルギーはおよそ半減しています。NEX超振動波を放った影響のようです〉

 

 主の意図を既に見抜いていたらしいレムは、求めたとおりの回答をくれた。

 

〈リク、何をするつもりなの!?〉

「……ただの我慢比べだよ、ペガ」

 

 親友の疑問に答える間に、結晶体を引っ込め大地に降り立ったスカルゴモラNEXが咆哮した。

 

「ダークサンダーエナジーの力を、全部使い果たして元に戻るまで……僕がルカの相手をする!」

 

 それはきっと、ウルトラマンジードにしかできない解決策。

 

 

 

 ……通常、ウルトラマンは、地球上では三分間しか戦えない。

 

 ウルティメイトブレスを持つゼロのような例外はあるとしても。彼を含め、ウルトラマンの力を高める環境であるメタフィールドの中であっても、ほとんどのウルトラマンには活動限界が存在する。どれほど強大な存在――それこそあのウルトラマンキングであってもエネルギーは有限なのだから、当然だ。

 

 だが、ウルトラマンジード・ウルティメイトファイナルだけは、その原則に当て嵌まらない。

 

 選ばれた戦士の心の意志をエネルギーに変換する、必勝撃聖棍ギガファイナライザー。伝説の赤き鋼の力でアルティメット・エボリューションを遂げたこの姿は、ジードの――リクの精神力が続く限り活動限界時間は存在せず、戦い続けることが可能なのだ。

 

 理論上は、スカルゴモラNEXが相手でも――あくまでも有限のエネルギーしか持たない妹は、無尽蔵の活動エネルギーを産み出し続ける兄より先に力尽きることとなる。

 もちろん――事が済むまでリクの心が折れず、そして、今のスカルゴモラを振り回す強大かつ膨大な力を受け止める間に、ジードの命が壊されないという前提を貫ければ。

 

 だが、少なくとも……先に心が折れることはないと、リクは自分を信じていた。

 

 ……ダークサンダーエナジーに影響された今のルカは、初めてレイオニックバーストして、サラに手を上げた時とも全く違う。

 力の行使を楽しんでいるどころか、力に呑まれたわけですらなく。ただ、意思の疎通も成立せず、周りの全てが敵に見えているだけで。彼女自身も怯え、苦しんで。

 

 ――そんな表情(カオ)を、させたくない。

 

 だから。そのために兄としてできることがまだあるのなら、リクは決して諦めない。

 

〈無茶だよ、リク!〉

 

 これまでのように、もうジードの力では、簡単には正気に返せなくとも――そもそもそんな気がなくとも、倒すことも、逃げ延びることもできないとしても。

 

「……ジーッとしてても、ドーにもならねぇ!」

 

 兄はまだ、妹に……負け続けることなら、してあげられる。

 

 

 

 

 

 

「ヒア・ウィ・ゴーだ!」

 

 ウルティメイトファイナルが号令したと同時。アクロスマッシャーを除いたフュージョンライズ形態たちは、各々がリクの決意のとおり、スカルゴモラNEXを対象とした牽制攻撃を開始した。

 

 全てはスカルゴモラNEXの気を引き、彼女をここに足止めし――その身を蝕む暗黒の力を、全て放出させてしまうために。

 

 足元に稲妻を放ったダンディットトゥルースは、真っ先にスカルゴモラNEXの気を引いたために、伸びた尾によって空の彼方へ打ち上げられた。

 続いて本体であるウルティメイトファイナルと並走して肉薄したソリッドバーニングは、鋭い爪の一撃で頼みの装甲を裂かれ、スラスターの推力を遥かに越えた衝撃で吹っ飛んで行く。

 

 ウルティメイトファイナルもまた、攻撃の軌道をギガファイナライザーで逸したおかげでカラータイマーを避けつつも、左右の胸を深く抉られていた。

 さらには純粋な腕力と、それが纏っていた高重力によってソリッドバーニングと同様に飛ばされたところを、マグニフィセントが受け止めるものの――スカルゴモラNEXは二人が固まったところを狙ったのか、向かってきた相手への追撃に入ろうとしていた。

 

 そこで、シャイニングミスティックが動いた。

 

 時間を止める――いや、繋がりの深い妹相手なら、その時間を巻き戻すというゼロ同様の効果すら期待できる光球を、シャイニングミスティックが打ち上げる。

 ゼロの時同様、その脅威故にスカルゴモラNEXには見逃されることなく、怪獣念力で光球が磨り潰される。

 だが、おかげでウルティメイトファイナルに向かっていた、その足が止まっていた。

 

 消耗と引き換えにスカルゴモラNEXの注意を惹いたシャイニングミスティックは、そのままスカルゴモラNEXが突き出した両拳からの高重力波の束を受け、粉砕。

 さらに、シャイニングミスティックが作った隙を繋ごうと、続けて接近していたファイヤーリーダーを、スカルゴモラNEXは口腔からの赤黒い熱線インフェルノ・ノバの速射で出迎え、貫いた。

 

 ファイヤーリーダーを貫いたまま、射線を変えて迫って来ていた熱線を、プリミティブが同色のレッキングバーストを放って何とか相殺。だが一呼吸置いた次の瞬間には、再び飛来した第二射に直接晒され、防御も相殺も間に合わずに消し飛んでしまう。

 

 その光線がアクロスマッシャーに迫るのを、何とか戻って身を投げ出したダンディットトゥルースの自己犠牲と、続けて割り込んだマグニフィセントのアレイジングジードバリアが受け止めて、辛うじて凌ぐ。

 

 ――その時には、肉体の損傷を修復し終えたウルティメイトファイナル本体が再び、スカルゴモラNEXの気を逸らすため肉薄していた。

 短時間で復活してきたウルティメイトファイナルに、どこか怯えた気配を滲ませながらも、スカルゴモラNEXがその爪を揮う。

 

 漲る決意と覚悟を載せた今のジードは、逆行した時間の中の、アサヒを宇宙恐魔人ゼットに殺されかけた時と等しいスペックを発揮していた。

 ……それでは当然、その時のジードを歯牙にもかけず瞬殺した魔人が、自身より強いと認めた今のスカルゴモラNEXには、全く太刀打ちできない。

 

 ギガファイナライザーが盾となった分、分身であるフュージョンライズ形態よりは傷が浅いが――深々と爪に裂かれ、激痛と、意志だけではどうしようもない肉体の損傷とで、ジードは再びその場へ崩れ落ちそうになっていた。

 

「スマッシュムーンヒーリング!」

 

 そこで、アクロスマッシャーが、再びの治癒光線をウルティメイトファイナルに届けた。

 それが、先程の復活の秘密だった。

 

 ……治癒光線の働きを、ギガファイナライザーの効果を受け、リクの意志を物理的なエネルギーに変換することで加速。

 その爪から感染したベリアルウイルス由来の猛毒も、同じ遺伝子を持つジードならば無害化できる。

 流し込まれたダークサンダーエナジーの影響も、エネルギーの循環をフルスロットルにすることで相殺を加速し、傷口が塞がる際にそのまま体外へ押し出した。

 

 そうして、重傷を瞬時に治癒したジードは、再びスカルゴモラNEXに立ち向かった。

 

 ギガファイナライザーに選ばれた戦士として、命尽きず、心折れない限り無尽蔵に供給されるエネルギーを武器にして。

 目指した瞬間に届くまで、例え何百回、何千回、何万回、何億回……妹に、殺されかけても!

 

「……諦めない、絶対に!」

 

 ゾンビのように復活してきたジードの様子で、スカルゴモラNEXはさらに怯んだ様子で、一瞬だけ、攻撃が途絶えた。

 しかし、その隙を衝いて組み付こうとすれば、腕を払われるだけで吹き飛ばされる。

 

 起き上がる前、スカルゴモラNEXは口からの赤黒い光線インフェルノ・ノバでジードを一気に焼き払おうとするが、そこに装甲を砕かれていたソリッドバーニングが割り込んで、身代わりとなり、本体を突き飛ばして救う。

 ソリッドバーニングが爆散する隣で起き上がったウルティメイトファイナルは、再びスカルゴモラNEXの気を惹くために飛びかかった。

 

「約束したんだ、僕は! 僕がルカを守る……そしてもしも、ルカが世界を傷つけてしまいそうな時は、僕がルカから世界を守るって!」

 

 そう叫んで、あの日のリクは、培養合成獣を狙うノワール星人の要求を突き返した。

 そう叫んで、あの日のリクは、泣いているルカの笑顔を願って、約束した。

 

 ……そうだ。なのに。あんな魔人ですら、ルカの笑顔を願うような状況を許していては、駄目なんだ。

 

「だから、絶対にここで止める! これ以上、もうルカに誰も傷つけさせない……ルカを、父さんみたいにはさせない!」

 

 支え合う仲間との些細なボタンの掛け違いから、止まれなくなってしまった父、ウルトラマンベリアル。

 その仲間はきっと、最後の瞬間までベリアルを止めようとしてくれていたのに。それが許されないほどの罪と、自らの心の変遷を、ベリアルは重ねてしまっていた。

 

 だが、ルカは違う――まだ、間に合う。いいや、間に合わせてみせる。

 だって自分は、ウルトラマンジード/朝倉リクは、培養合成獣スカルゴモラ/朝倉ルカの、お兄ちゃんなんだから。

 

「僕は君と……家族と一緒に生きたいんだ!」

 

 自分より、遥かに強大である父から世界を守ってみせたのだ。

 自分より、遥かに強大である妹から世界を守れない理由が、どこにある!

 

 叫びとともに、感情の昂ぶりでさらに力を増したウルティメイトファイナルを、スカルゴモラNEXが薙ぎ払う。

 連動して動いた尾が、マグニフィセントを叩きのめし、その尾を回避していたアクロスマッシャーは続くインフェルノ・ノバに追尾され、コークスクリューブロックによる迎撃も虚しく、呆気なく蒸発した。

 大ダメージを受け倒れ込んだマグニフィセントを除き、陽動の分身を全て失い、回復役のアクロスマッシャーを失い、重傷を負ったジードが早くも万事窮した、その時。

 

「グリージョバーリア!」

 

 超重力を纏ったスカルゴモラNEXの爪すら防ぐバリアを携えて、ウルトラウーマングリージョ――アサヒが、そこに割り込んできた。

 ……離れてて、と、言ったのに。

 

「アサヒ……どうして」

「あたしだって……家族を諦めたくありませんから!」

 

 力強く言い返してくれたグリージョが、微かに罅割れたバリアを気合で維持したまま、グリージョキュアバーストを発動。

 スカルゴモラNEXに対しては、一瞬の目眩ましほどの効果もなかったが、彼女から届けられた癒やしの光が……アサヒの言葉に胸を打たれ、さらに再生力を増したジードの肉体を修復する。

 だが、ジードが起き上がるより早く、スカルゴモラNEXが頭上に掲げた尾の先が、グリージョの真上に降りてきて――

 

 その次の瞬間に訪れる運命を、絶対に受け入れまいとジードが強く想った時。新たに出現した光が、グリージョを抱き寄せて死を回避させていた。

 続けて、空間がガラスのように割れて。そこから伸びた黒い触手が、ウルティメイトファイナルとグリージョを引き込み、スカルゴモラの追撃を寸でのところで回避させていた。

 

「お兄さま!」

 

 触手の主は、言うまでもなく――意識のないライハを格納する操縦室を大切に抱えたままの、究極融合超獣サンダーキラーSだ。

 そしてグリージョを救ったのは、先程はウルティメイトマルチレイヤーへ応えられないほどの恐怖心に襲われていた末妹が、それを克服してくれたおかげで出現したジードの分身――フォトンナイトだった。

 スカルゴモラNEXの眼前に留まったフォトンナイトが、薔薇の花を舞わせてその注意を惹き、立ち上がったマグニフィセントと連携しながら時間を稼いでいる隙に、本体となるジードはサンダーキラーSの呼びかけに向き合った。

 

「ごめんなさい、わたし……! すぐ、おてつだいしないで――!」

「……離れててって言ったのは僕だよ、サラ」

「でも、でも! わたしも、お兄さまとおんなじ! お姉さまと……かぞくいっしょに、生きたいから!」

 

 サンダーキラーS――姉であるルカが、沙羅(サラ)という名を贈った末の妹は、その願いを心の底から口にしていた。

 

「……こんなもん聞かされちゃ黙っていられねぇよなぁ、レイト」

 

 最後にそこへ、未だダメージを引きずった様子ながら、ウルトラマンゼロが駆けつけた。

 

「(……そうですね。泣いてる友達を僕らが見捨てたなんて言ったら、マユが悲しむ)」

 

 元より、ウルトラマンの戦いとは本来無縁の一般人。

 無責任に戦いに身を投じて、死ぬことはできないと言っていた一人の平凡な父親は――こんな、ウルトラマンから見ても非日常な戦いに、彼も付き合う決意を見せてくれていた。

 

「ありがとう、皆……!」

 

 ウルトラマンジードは、自分を支えてくれる仲間たちを見て。

 朝倉リクは、こんなにもルカを想ってくれる人々に囲まれて。

 

 ――いつか、ルカが安心して笑って過ごせる居場所が見つかるその時まで、全部僕が守ってみせる!

 

 そんな、妹と交わした約束……この先に待つ運命の過酷さに怯えていたルカがあの日、灯してくれた希望の在り処を、守るために。

 

 皆の、そしてリク自身の願いともう一度、妹を繋ぐ――そんな決意を、確かなものとした。

 

「行くぞ、ルカ――君の笑顔を取り戻す……!」

 

 九体の分身ジードを全滅させたスカルゴモラNEXに対し、幾度も肉体を裂かれたウルトラマンジードは、しかし臆することはなく。

 

 仲間たちの力を借りて、強大な力に苦しむ妹を救うべく、再び正面から挑みかかっていた。

 

 

 

 

 

 

 ……それから、ウルトラマンジードは何度となく死にかけた。

 

 スカルゴモラNEXが爪を揮うたび、ギガファイナライザーで止めきれずに体表から深く切り裂かれる。

 スカルゴモラNEXの尾の先端が当たるたび、刃を備えた鈍器に肉体を貫かれ、磨り潰される。

 スカルゴモラNEXに噛みつかれるたびに、口の大きさ以上の体積がジードから失われる。

 

 しかも、外傷を負うたびに、スカルゴモラNEXを冒すダークサンダーエナジーの一部が流し込まれ、その暗黒のエネルギーがウルトラマンの肉体を分解しようとする。

 

 その度に、ギガファイナライザーを通し、自らの意志をエネルギーへと変換したウルトラマンジードまで、ウルトラマンゼロが。ウルトラウーマングリージョが。サンダーキラーSが、治癒効果を持った光線を届ける。

 

 本来であれば、生命力の回復と、外傷の修復、その両方を行わなければならない治癒光線は、そんな急速な再生を可能とするものではない。

 だが、ギガファイナライザーを装備した、ウルティメイトファイナルであれば。肉体ととも削られたエネルギーを、無尽蔵に補給できる。それによって、肉体を分解しようとするダークサンダーエナジーの作用すら、強引に捻じ伏せて持ち堪える。

 

 だから、生命力を外部が補う必要はなく。ただ肉体の再生のみに、回復光線の力は使われる。

 いや、注がれた回復光線の効果をさらに迅速なものにするために、ジード自身のエネルギーをそちらに回しすらしていた。

 

 漲る強い感情に支えられ、ウルトラマンジードは死の淵から尽く蘇り、そのたびに叩き伏せられ、死にかける。

 カラータイマーが点滅する間もなく青と赤を転移し続け、本来なら致命傷である痛みに精神が摩耗し続ける。

 

 ……死んでしまえば、もう起き上がれないから。死を避けるための恐怖にも痛みにも、ジードは鈍感になることはできなかった。

 それでも、迷うことなく。巨大な爪に、獰猛な牙に、強靭な尾に、飛び込んで行く。

 

 ジードが目の前に立ち続ける限り――正気を喪っているからこそ、スカルゴモラNEXもその迎撃へ意識の大半を向けていた。

 

 もし、ゼロやグリージョが攻撃を受ければ、ダークサンダーエナジーやベリアルウイルスによって、二人はたちまち死にかねない。

 ジード以上にそれらへの耐性を持つサンダーキラーSは、しかしメタフィールドの中ではジードのような無制限の活動エネルギーを得るとは行かず、結果として耐えられる一撃のキャパシティで劣る。ジードを突き抜けて伸びた遠距離攻撃への対処を、ゼロやグリージョと分担して貰う方がずっと良い。

 何より、あんなに互いが傷ついていたのに。また(ルカ)に、(サラ)を傷つけさせる行為なんて、リクが許さない。

 

 だから、ジードだけが前線に立って、ひたすらにスカルゴモラNEXの暴威に向き合っていた。

 

 力任せの、押し退けることが主目的といった爪の一撃でも、ジードはまたも受け止めきれずに防御を抜かれ、胴体を引き裂かれる。

 

「グリージョチアチャージ!」

 

 光の粒子となって生命が流れ出すところに、悲痛なアサヒの声を響かせて、グリージョが癒やしの光をジードに届ける。

 

「……ごめん、付き合わせて」

 

 そんなアサヒの声に、少しだけ後ろ髪を引かれてしまい。ジードは小さく呟いた。

 

「謝らないでください!」

 

 そうして、一瞬だけ減退した闘志を後押しするように、何度も目の前で、(リク)(ルカ)に引き裂かれるところを見せつけられているグリージョが叫び返した。

 その一瞬の差で、気力も万全に回復したジードはスカルゴモラNEXが繰り出した尾をギガファイナライザーで受け、流し、前に進むことへ初めて成功した。

 

「辛いのは、リクさんたちなんだから……あたしは、リクさんやルカちゃん、サラちゃんと、それに……ライハさんがハッピーになれるよう、あたしにできることをしているだけです!」

 

 グリージョの声援を受けて、絶対に倒れるわけにはいかないという想いを、ジードはさらに強くする。その想いが、ジードの力をさらに高める。

 尾を振った勢いのまま体を捻ったスカルゴモラNEXの、背鰭が発光。角を伸ばすための黄色い輝きだと見切ったジードは、貫いた相手を分子分解する突きの嵐を横飛びで回避する――が、躱しきれず、楯としたギガファイナライザーを手から弾き落とされてしまう。

 さらに、反対を向いたままスカルゴモラNEXが口から放ったインフェルノ・ノバが、射角を変えてジードに迫る。

 

「レッキング・ノバ!」

 

 背から倒れ込みながら、同じく赤と黒、そして金色の輝きを宿した光線を発射し、ジードは恐るべき熱線を迎撃。完全に相殺し、ギガファイナライザーへと手を伸ばす。

 だが、その間に第二射が迫り、ジードの全身を貫く――かと思われたが、ジードの目の前で空間が割れて、インフェルノ・ノバを取り込む。サンダーキラーSのアシストだ。

 だが、射角自在な光線は途中から空間の穴を避けて、再びジードに迫る……も、これだけ照射を続けていれば、当然威力は低下する。

 ウルティメイトバリアを展開したジードは、インフェルノ・ノバを受け止めたそれを楯として抱えたまま、こちらを振り向きつつあったスカルゴモラNEXに飛び込んだ。

 

 ……そのスカルゴモラNEXの、背鰭から全身が発光する。

 伴う唸り声で、全身が泡立つ感覚に襲われたジードは、全速力で跳ね上がり、スカルゴモラNEXの射線を変えさせる。

 そのジードの背を追って、宇宙恐魔人ゼットを消し去った、NEX超振動波が繰り出された。

 光だけではない。音波や重力波も伴ったあらゆる破壊波動を発射するスカルゴモラNEX最大の一撃は、ジードの背後の空間を薙ぎ払って行く。

 

 仮にも今のスカルゴモラNEXに傷をつけた唯一の魔人とは、脅威と見なす度合いが違うのか、宇宙の外壁すら貫いた先の一撃には遠く及ばない出力だったものの。それでも防ごうと思って防げるものではなく、ジードは逃げに徹する。

 

 それでも追いつかれるまさにその時、赤と青のツートンカラーの流星が、ジードを横合いから蹴飛ばした。

 そして、代わりに奔流に呑まれて消えたそれは、あの日――初めてルカの正体を知ったその日、培養合成獣スカルゴモラを庇ったジードに誤爆したのと同じ、ウルトラゼロキックだった。

 

「おまえを攻撃するなとは言われてないぞ」

 

 告げるのは、青を基調とするルナミラクルゼロ――先程ジードの代わりに、NEX超振動波の中へ消えたゼロは、その超能力が産み出した分身だった。

 

「……そう、だね!」

 

 自身を救ったゼロの屁理屈に答えながら、ジードは飛び起きて、照射を終えたスカルゴモラNEXに再び挑みかかる。

 

 マルチレイヤーで呼び出したフュージョンライズ形態以上に、防御や援護に優れた仲間の連携が加わったおかげで、ジードは何とかスカルゴモラNEXを足止めすることができていた。

 

「……だが、もう俺も分身は出せない。次はないぞ」

 

 とはいえ、ゼロが警告するように。無尽蔵なのは、あくまでもウルティメイトファイナルの活動エネルギーだけだ。

 ゼロの分身だけでなく、ジードのマルチレイヤーももう使えない。

 ゼロも、グリージョも、メタフィールドの中であれば環境要因での活動制限こそないが、力を行使するたびに当然エネルギーを消耗する。吸収できるインフェルノ・ノバのエネルギーを取り込み回復しているとはいえ、サンダーキラーSも同様だ。

 

 少なくとも、外部からエネルギーを補充できないゼロとグリージョは、桁外れのエネルギーを有するスカルゴモラNEXが消耗しきるよりも先に、ジードを満足に援護することもできなくなるだろう。

 

 それを証明するように、徐々に二人の援護は頻度が下がり、ジードにも会話を挟む余力はなくなって行った。

 やがて、ゼロとグリージョのカラータイマーが点滅を始め、ジードはスカルゴモラNEXに立ち塞がりながら、治癒光線を撃つためのエネルギーを自らサンダーキラーSに託す必要すら出始めていた。

 

 当然、再生は追いつかなくなり――スカルゴモラ側の消耗を考慮に入れても、ジードの回復が荒くなり、手が回らなくなり始めた、その頃。

 ジードの腹を爪先で抉りながら蹴り飛ばしたスカルゴモラNEXが、遂にその首を巡らせて、回復役の三人を明確に視野へ収めた。

 ……末妹が抱える、ライハが囚われた箱も。

 

「――っ、やめるんだ、ルカ!」

 

 腹に穴が空いたまま、ギガファイナライザーを杖代わりに使ったジードは、全身の力を使って起き上がった。

 家族を守る――そして、妹の手がこれ以上、家族を傷つけてしまうことがないように!

 

 そして、再びギガファイナライザーを振り被ってスカルゴモラNEXに挑み――これまでの繰り返しのように、その剛腕が備えた鋭い爪と激突する。

 

 ……ウルトラマンジードは、忘れていた。

 ウルティメイトファイナルは、ギガファイナライザーの力によって、リクの意志をエネルギーに変換するということを。

 それによって、無尽蔵のエネルギーがジードに供給されるが――あくまでも無尽蔵なのは、ギガファイナライザーが変換する、リク自身の感情に限られるということを。

 今の、ジードの肉体のように――精神が折れずとも、物質が付いて来れないことが、あるということを。

 

 ……そして、同型機である父のギガバトルナイザーを、自身が戦いの中で砕いたということを。

 

 同じように。

 度重なる猛攻の直撃から、ジードを守り続けてくれていたギガファイナライザーは、遂に。

 

 スカルゴモラNEXの剛腕に耐えきれず、その衝突を最後に――真っ二つに砕かれ、その機能を停止させてしまっていた。

 

 

 

 



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第十六話「君の笑顔を取り戻す」Cパート

 

 

 

 必勝撃聖棍ギガファイナライザー。

 

 選ばれた使用者の心の力を、物理的なエネルギーに変換する機能を備えた、伝説の武器。

 

 ダークサンダーエナジーに打たれ、暴走した培養合成獣スカルゴモラNEX(ネックス)を止めるため、そのエネルギーを全て放出するまで踏み留まり続けるという、あまりにも不器用なウルトラマンジードの策。それを成立させる根幹を担いし物。

 

 ……過去から未来へ受け継がれる命を守る。そんな願いを繋ぐため、あの人が遺してくれた大事な宝物。

 

 それが、折れた。

 朝倉リクの心より先に、強引に治療を続けたウルトラマンジードの肉体より先に、超技術の結晶たるギガファイナライザーが音を上げた。

 

 それを境に、ウルティメイトファイナルへのアルティメット・エボリューションが、機能不全に陥る。

 ウルトラマンジードは、その表面から光に解けて消え始め――

 

「――まだだ!」

 

 崩れ行くインナースペースで、リクは即座に、ジードライザーとウルトラカプセルへと手を伸ばしていた。

 

「父さん……力を貸してくれ。ユー、ゴー!」

《ウルトラマンベリアル!》

 

 実体を失いつつ在ったウルトラマンジードが選んだのは、父であるウルトラマンベリアルと、そして。

 両親の仇の写し身である培養合成獣スカルゴモラを、リクの妹である朝倉ルカとして受け入れ、弟子とし、家族と呼んで大切にしてくれた、鳥羽ライハの祈りで起動した、ウルトラマンキングのカプセルによる、最強のフュージョンライズ形態。

 

 ……もしも、ルカが。あの日ルカ自身が嘆いたように、怪獣だから。

 やはりやっつけるしかない、本当は家族と一緒に生きることができないのが運命だと、言うのなら。

 ――――そんなもの!

 

「変えるぜ、運命! ジィィィィィィィィィィィドッ!!」

《ウルトラマンジード! ロイヤルメガマスター!》

 

 そうしてロイヤルメガマスターに変じながら、その長剣を振って、再びジードは暴走するスカルゴモラNEXに挑みかかった。

 何度致命傷を与えても、しぶとく復活したジードが、今度こそ分身同様消滅し始めたと。そう判断して、警戒度を下げていたらしいスカルゴモラNEXに、キングソードがそのまま振り下ろされた。

 ……あまりにも呆気なく通った一閃で、一瞬だけ。相手の身を心配したジードの肉体を、スカルゴモラNEXが放っていた熱線インフェルノ・ノバが遅れて直撃した。

 

 一瞬で貫通され、本来ならば致命傷となるところを――ジードはフュージョンライズが解除される際の特性により、一度だけ回避した。

 プリミティブの姿へと強制的に変わるのと引き換えに、死を免れたジードは――後方に抜けていく爆発的な力に踏ん張って耐え、限界を迎えて今度こそ消滅する前に。

 

「……もう大丈夫だ、ルカ」

 

 スカルゴモラNEXの懐で、もう一歩だけ、前へ進み――

 

「約束だ。君は僕が守る」

 

 両腕で、その体を抱きしめた。

 

「だから――戻ってきてくれ!」

「(……お兄、ちゃん――?)」

 

 そして、ずっと。何度も何度も死にかけながら、それを乗り越えるための目標としていた。

 ――ずっと望んでいた声が、頭の中に直接響いた。

 

 

 

 

 

 

 ……恐ろしかった。

 周りの全てが、私を消そうとする、世界の悪意そのものに見えた。

 周りにいるのが誰なのか、何なのかすら、暗い靄に覆われ判別できなくて。とにかく全部あっちに行けと、やたらめったら暴れることしか、私はできなかった。

 

 だって、私が死んだら――兄が、家族が、皆が、殺されてしまうから。

 どうしてそうだったのかは、今は忘れてしまったけれど。

 

 ……どれだけそうしていたのだろう。

 どんなに暴れても、何かがずっと私の周りに居て、命を脅かしているように見えて。

 一時も心安らがず、恐怖を遠退けているはずなのに、ずっとずっと心が疲れて行って。

 

「……もう大丈夫だ、ルカ」

 

 そんな時に――また、あの人の声が聞こえた。

 

「約束だ。君は僕が守る」

 

 私の兄。朝倉リク=ウルトラマンジードの、声が。

 

「だから――戻ってきてくれ!」

 

 そんな風に……私なんかに、兄が祈ってくれていたから。

 拒むことなんか、できるはずがなかった。

 

 

 

 

 

 

 ……そうして正気を取り戻した培養合成獣スカルゴモラは、頬の痛みを感じながら、周囲の様子を見渡した。

 位相固定が崩れ始めているが、スカルゴモラは、まだ己が展開したメタフィールドの中に居ることを理解した。

 自身がカラータイマーを鳴らすウルトラマンジードに抱擁され、その様を妹である究極融合超獣サンダーキラー(ザウルス)や、ウルトラウーマングリージョや、ウルトラマンゼロが見守り、安堵している様子が見て取れた。

 

「……っ、お姉さま!」

 

 大地の端が見えるほど小さくなり、空が真っ黒と、すっかり様変わりしていたメタフィールドが消える最中。

 そんな変化を待つのも堪えきれないといった様子で、サンダーキラーSが触手の間に飛膜を形成して虹色の翼と化し、抱擁を交わす兄姉まで飛び出して来ていた。

 

「(うぇ、サラ!?)」

 

 だが、その前に。ウルトラマンジードが、光になって解けた。

 それを知覚したスカルゴモラは、兄の容態を察したために、同じく巨大生物としての姿を解き――兄が変化したのと同じ、地球人に擬態した姿。兄が、朝倉ルカという名前をくれた少女の形となって、倒れかけた彼の体を寸でのところで抱き止めた。

 その時には、メタフィールドが完全に消え去り、ルカたちは揃って星山市へと帰還していた。

 

「お兄ちゃん、大丈夫!?」

 

 リクへ呼びかける最中に、どんと大地が揺れる。目標物が小さくなってしまったサンダーキラーSが着地するも、抱きつく相手を空振ってしまったために生じた音だった。

 ……どうして、同じように人間の姿へ変わらなかったのだろうと疑問に思ったルカは、妹を見上げて――その手に何かを抱えていることへ、気がついた。

 

「……サラ、それは?」

「あ……そうだ、ライハ……!」

 

 緊迫した妹の声に、ルカは目を剥く。

 そうだ、思い出した。ライハの乗っていたキングギャラクトロンMK2が、かつて兄が倒したギルバリスとかいうロボットに乗っ取られて、それで……!

 

 そこで、何か湿った気配を感じて。ルカが視線を下ろすと――リクの腹から、赤い血が垂れていた。

 

「お兄ちゃん!?」

 

 いつかのように、腹を割かれたリクが意識を喪いつつあった。

 

「サラ、早くお兄ちゃんを治して……!」

「――っ、逃げるんだ、二人とも!」

 

 その時、ルカ以上に切迫した声で、リクが叫んだ。

 くぐもった雷鳴が聞こえたのは、そのすぐ後だった。

 

「――させない!」

 

 いつの間にか、雲一つなくなっていた蒼穹から降りて来ていたのは、渦巻く黒い稲妻だった。

 宇宙恐魔人ゼットを追って降り注ぎ、キングギャラクトロンMK2がギルバリスに変貌する際にも落ちて来ていた、あの異常な暗黒の稲妻だ。

 ルカを目掛け、一直線に迫って来ていたそれを、サンダーキラーSが自らの触手を避雷針のようにして受け止め、浴びていた。

 

「サラっ!」

「そん、な……!」

 

 ルカが叫び、リクの呻く頭上で、黒い稲妻は、サンダーキラーSの全身に纏わりつき――彼女の中へと、完全に吸い込まれて、消えていた。

 

「……えと、だいじょうぶみたい、わたし。超獣だからかな?」

 

 何一つ変わった様子のない妹の返答に、兄姉は揃って拍子抜けしていた。

 だが、一瞬の後――気が抜けて意識を失ったリクの全体重を預かったルカは、今度こそ思い出した。

 

 その暗黒の稲妻は、前後不覚に陥るその直前――培養合成獣スカルゴモラにも降り注いでいたことを。

 

 ……あの雷を浴びて、宇宙恐魔人ゼットは何かダメージを受けていたか?

 キングギャラクトロンMK2は――それだけが原因ではないとしても、あの雷でどのように変わり果てたのか?

 

 その恐るべき脅威であった宇宙恐魔人とラストジャッジメンターは、メタフィールドの中からいったいどこに消えたのか?

 ……彼らが健在であるのなら、サンダーキラーSも、全てが解決したという雰囲気で抱きつこうとはしなかったはずだ。

 

 己が前後不覚となった間、星が無くなるほどに変わり果てたメタフィールドの中で。

 兄はいったい、何を見て――怪獣である(ルカ)を庇った(超獣)のサンダーキラーSは、何を大丈夫と言ったのか?

 

 サンダーキラーSの抱える、ライハが中に居るのだろう傷ついた筐体は、どこから出てきたもので。

 リクの……ウルトラマンジードの腹を穿った犯人は、何者なのか。

 

 今度は夢ではない――兄の血が付いた掌を見て、ルカは悪寒のままに口を開いた。

 

「……わた、し? 私が、やったの?」

 

 恐怖しながら誰にともなく問うルカの耳に再び、答えの代わりとばかりに、あの雷鳴が突き刺さった。

 また、一度に何条も降り注ぐ暗黒の稲妻が、ルカに吸い寄せられるようにして落ちてきて――サンダーキラーSが、放射状に拡げた自身の触手で兄姉を庇い、一つたりとも通さない。

 

「ルカちゃん!」

 

 呆然自失の手前まで追い詰められながらも、それが許される事態ではないと気を張るルカのところへ、湊アサヒが駆けてきた。どうやらメタフィールドを出、星山市に戻ったことで、彼女はウルトラウーマングリージョであることを保てなくなったらしい。

 

「早く、逃げましょう! あの雷は危ないです!」

「……いや、逃げたって無駄だ。今はサラの下から動くな」

 

 続けて、ゆっくりと大地を震わせながら歩み寄って来たのは、アサヒと違ってウルトラマンの姿をまだ保てているゼロだった。

 

「位相の違うメタフィールドにまで降って来ただろ。少なくとも同じ宇宙に居る限り……グリーザからは逃れられない」

 

 四十メートル以上の高みからゼロが述べた瞬間、それは降って来た。

 暗黒の稲妻の発生源。妙に綺麗な紫色の光を放つ、放射状に棘を生やした球体が――ふよふよと落下しながら、こちらにダークサンダーエナジーを降り注がせていた。

 

 ……あれが、虚空怪獣グリーザ――?

 

「お姉さまに、ちかづかないで……!」

 

 グリーザが降り注がせるダークサンダーエナジーに、それを浴びた己が何をしでかしたのかを理解した、ルカが怖気づいていると――そのエネルギーをたっぷりと吸収したサンダーキラーSが、八本の触手と、その口腔から同じ色合いの光を放った。

 デスシウムD4レイ。次元壊滅現象の発生を示す破滅の輝きが九条、一斉にグリーザを目指し直進する。

 

 ……サンダーキラーSが迎撃に入る直前、グリーザの姿が変わっていた。

 

 それは、黄色く発光する無貌の頭部を持った、白と紫の巨人――

 ……で、合っているのだろうか?

 

 不規則に、ユラユラと。輪郭そのものが不安定に揺れ、その容姿を確信することすらもできない気味の悪い巨人態――第二形態に変わったグリーザは、そのまますうっと、正面に進むようにして、殺到するデスシウムD4レイの嵐へ飛び込んだ。

 そして、その射線と重なりながら――周りの空間が次々と罅割れていく中、何の影響も受けていないように、奇天烈に狂ったような笑い声を発しながら、平然と空を泳いで向かって来る。

 

「な……っ!?」

「き、気味が悪いですっ!」

 

 D4レイの理屈を知らないだろうアサヒは、その挙動だけで嫌悪感を抱いた様子だったが、ルカの抱いた衝撃は、そんな生理的嫌悪感だけでは済まなかった。

 次元の壁を壊すことで、時空構造体ごと、座標上に存在する全ての物質を破壊するD4レイ――その干渉を無防備に受けて、平然と進んで来るなんて、あり得ない!

 

「無駄だサラ! あいつは不条理の権化、存在しない者……次元ごと壊滅させようが、何の意味もない!」

 

 ゼロが警告した時、クジラの歌のような音色を残して、急にグリーザは消えた。

 そして、迎撃のため見上げていたサンダーキラーSの眼下で――ルカたちを見つめるように、四つん這いとなった姿で現れていた。

 

「――――っ!」

 

 急に沈黙して、微動だにせず、じっとこちらを見つめている無貌の観察者の悍ましさに、悲鳴すら上げられないルカの視線に気づいたのか。そこで再びグリーザは、幾重にも残像を描きながら首を振り、あの狂ったような笑声の奏でを再開する。

 

 構えも定まらない手が持ち上がり、それがルカたちへと伸ばされる前に――サンダーキラーSの触手が、連結して巨大化させたウルティメイトリッパーを抱えて、グリーザの胴を薙ぐ。

 だが、光の刃が通る際、その軌道が奇妙に歪み……果たしてどうやったのか、D4レイの時と同様、無傷で八つ裂き光輪を潜り抜けたグリーザは、しかし前進もせず、コマ落としした映像のように突然立ち上がった姿に変わっていた。

 

 途端、周辺にあった物質が次々とグリーザに引き寄せられる、負の圧力のようなものが全方位に発生する。

 吸い込まれる――かと思うと、今度はその力が逆向きになり、吸い寄せられていたゴミや車や街路樹が、元あった場所に向けて、爆発的な勢いで逆流する。

 

「――お兄ちゃんっ!」

 

 咄嗟に兄を庇うように抱くルカと、ルカごと庇うようにさらに覆い被さるアサヒと。その上から、サンダーキラーSが全員を守る八重のウルトラバリアを展開する。

 対して、輪郭を揺らすグリーザは頭部の発光を強めながら、その頭を八の字を描くように揺らし――巨大な鐘の音のような物を響かせて、究極融合超獣が展開した防壁を素通りする攻撃を繰り出していた。

 

「きゃあああああああああああっ!?」

 

 直接脳を揺さぶってくるような音に、特に聴覚に優れたルカはもちろん、アサヒや、超獣であるサンダーキラーSさえも悲鳴を上げる。

 レム製の通信機を兼ねたヘッドホンのノイズキャンセラーを全開にしてしても、効果がない。だが兄を両手に抱えたルカは、耳を塞ぐこともできない。

 

 全員の膝をつかせる鐘の音を絶ったのは、双つの宇宙ブーメランの旋回だった。

 不気味な振動に集中力を乱されながらも、ウルトラ念力で刃を飛ばしたゼロがグリーザを急襲し、怪音波による攻撃を中断させたのだ。

 

「……サラ、悪いが回復してくれ。あいつは俺がどうにかする」

 

 既にカラータイマーを鳴らしていたゼロの頼みに、太陽光とダークサンダーエナジーで一度は尽きかけた体力を充填させているサンダーキラーSは、素直に触手を一本差し出す。

 同じように、妹が足元に向けてくれた触手の先端からも治癒光線が放たれて、リクを含むルカたちの受けたダメージを軽減する。

 そうして柔らかな光を浴びているルカたちの隣、突如強い光が出現した。

 

 グリーザの新たな攻撃かと身構えたルカだったが、その眩い光は人型を取り、ルカたちとは別の方角へ振り返っていた。

 

「ゼロさん!?」

「ありがとなレイト。今日だけでも、おまえが居なきゃ何回か死んでた……!」

 

 戸惑いの声を上げる光の正体は、ゼロから強制的に分離させられたらしき、伊賀栗レイトだった。

 

「だが、この先まで俺に付き合う必要はねぇ……そろそろマユが心配しているだろうしな」

「ゼロ、何をする気……?」

「――起きたのか、リク」

 

 サンダーキラーSの治癒光線によって、カラータイマーを青色に戻したウルトラマンゼロは、ルカの腕の中で生じた疑問を聞いて、少し安堵したような声を漏らした。

 

「……『無』であるグリーザを倒すには、奴の中に存在するこの宇宙の『針』が必要だ。それがなきゃ、例えさっきのルカでも絶対に勝てない」

 

 リクに答えながら、ゼロは彼にあらゆる環境での活動を約束する神秘のアイテム、ウルティメイトブレスをちらりと見た。

 

「それを今から、俺が取って来てやる。ついでに動きも止めておいてやるから、おまえは休んでろ!」

 

 リクへの気遣いを叫んだゼロは、またもその全身を輝かせた。

 その姿は、ジードを救ったシャイニングウルトラマンゼロ――だが、黄金ではなく、眩い白銀にその輝きを変えていた。

 本来――シャイニングウルトラマンゼロと融合しているはずの、ウルティメイトイージスが、彼の変身と同時に出現し、その身を装甲していたからだ。

 

 それは、世界を越えるウルティメイトイージスと、時間を操るシャイニングの力を相互作用させ、本来同時に存在し得ない世界と時間の可能性を重ね合わせることにより、強引に成立させたウルトラマンゼロの、奇跡の形態。

 

「ウルティメイトシャイニング――ウルトラマンゼロ!」

 

 眩い光の塊となったゼロは、間違えてぶちまけた絵の具のように輪郭をぼやけさせていたグリーザへと、猛烈な速度で飛びかかった。

 

 その寸前、サンダーキラーSやその足元目掛けて、グリーザが背中から伸ばしていた無数の青白い腕。ゼロはそれらをウルティメイトソードで纏めて切り払い、押し返し、後退した腕がグリーザの眼前で変化した光の壁に輝く切っ先を叩きつける。

 

「ぜぇえええええええやっ!」

 

 絶叫したゼロは、ウルティメイトソードでグリーザの防壁を切断。そのまま切っ先を虚空怪獣の胸元に押し付けると、まるで亀裂が走ったように稲光が漏れ出し、グリーザから甲高い音が漏れて……

 

 ――次の瞬間、ゼロは『穴』の中に吸い込まれ、グリーザは瑕疵一つない完全な形を取り戻した。

 

「ゼロさぁあんっ!」

 

 レイトが絶叫する中、衝撃波が発生して星山市の拡散。超獣としての姿を保ったままだったサンダーキラーSが一行を庇ってくれた、その前で。

 ゼロを丸呑みにしたグリーザは、現れた当初の球体――第一形態に戻って、星山市の上空にふわふわと浮き上がり、そこで静止した。

 

 きっと、宣言したとおり――ゼロが、グリーザの動きを封じ込めたのだ。

 

 だが、宇宙に開いた『穴』はそれでも決して、消え去ることなく。

 朝倉ルカを――培養合成獣スカルゴモラを、未だ狙い続けているように、虚空に留まり続けていた。

 

 

 

 

 

 

 朝倉リク=ウルトラマンジードは、自らの宝物と引き換えに――妹との約束を一つ、守り抜くことができた。

 もしもルカが世界を傷つけてしまいそうな時は、リクがルカから世界を守るという約束を。

 

 ……だが、それは、たった一度。代償を支払った上で、仲間との協力の末にやり抜けただけ。

 今のままでは、もう一度、ダークサンダーエナジーを浴びてしまえば。またも朝倉ルカの心は隠されて、膨大な力の災害である怪獣スカルゴモラに変貌してしまうだろう。

 

 そして、そんな薄氷の勝利の上に立つ彼が、妹と交わしていた約束は、もう一つある。

 

 それは、もしも世界がルカを傷つけるのなら、リクがルカを守るというもの。

 

 そんな彼を試すように、今。ダークサンダーエナジーの発生源である、この宇宙に空いた『穴』――宇宙の生命のバランスを『無』に変換して保とうとする世界の法則が形となったような、しかしてそれ自体はあらゆる理に縛られない、自身の欲望と喜びにのみ従う怪しい獣。

 

 触れることもできない生命の天敵、虚空怪獣グリーザが、培養合成獣スカルゴモラの命を無に還そうと。

 

 死という絶対の運命のように、リクたちの目前まで迫っていた。

 

 

 

 

 

 




Cパートあとがき



 ここまでお読み頂き、ありがとうございました。
 ずっと書きたかったシーンの一つを書くところにまで至れて、筆者としては非常に感慨深いところであります。

 Aパートのまえがきでも触れましたが、これを連載開始一周年の日に、第五十話で到達できたのは、原作がそれだけのモチベーションをくれる魅力を備えていたことと、私が感じた魅力に共感を示してくれた読者の皆様のおかげであります。改めて、本当にありがとうございます。

 とはいえまだまだ、書きたかったシーンというものは残っています。何なら今回の話の中で提示されたことになる問題点も全然解決しきれていませんので、そこの決着と、そろそろ作劇的にも露骨になってきたルカに残している秘密の回収に向かっていきたいと思います。

 流石に連休ほどのペースは無理ですが、今年の前半のような状態からは脱せると思うので、どうか引き続きお付き合い頂けると幸甚に存じます。



 以下、いつもの言い訳です。



・フュージョンライズの特性
 さらっと第十五話でゼロがやられるシーンから挟んでいるこの設定。ここに挙がるということはおおよその予想通り公式設定ではありません。
 ただ、伏井出先生含め、『ウルトラマンジード』本編及び劇場版や各種客演で、フュージョンライズ中に即死したキャラクターが存在しないのもまた事実。ゼロやベリアルなんかは明らかな致命傷でもフュージョンライズ解除だけで凌いでウルトラマンとして活動できていますしね。
 ジードも(第十一話や第十四話等で怪しいシーンはありますが)だいたいの場合は他形態で大ダメージを負った場合は一度プリミティブに変わる、という描写が基本であるために、一種のリアクティブアーマーのような変身解除による即死/即変身解除のキャンセル効果があるみたいな扱いにして地の文で扱ってしまいました。お目溢しくださると幸いです。


・限界を越えすぎるUS(ウルティメイトシャイニング)ウルトラマンゼロ
 一連の戦闘三回で三回ともシャイニングになっているゼロですが、シャイニングスタードライブを使ったのはあくまでも初戦のみ(スカルゴモラNEX戦は不発)で、合間にグリージョの力によって回復しているため、シャイニングスタードライブ抜きなら三連戦もゼロだしでギリギリ通るかな……という甘え。
 順序としては逆ですが、『ウルトラギャラクシーファイト 大いなる陰謀』~『ウルトラマンZ』で描かれた連続シャイニングの描写とも大きくは矛盾せず、公式で描写のないレイトさんとの融合状態かつウルトラマンに有利なメタフィールド内でのシャイニング化だったことで負担が軽減されている、ということでお見逃し頂けると幸いです。
 あとは、本来は同時に存在し得ない二つの力を、それぞれの特性で時間と世界に同時干渉して~は独自解釈になります。ご了承ください。




(オリジナル)ウルトラカプセルナビ


名前:ラストジャッジメンターキングギルバリス
身長:82メートル
体重:12万トン
得意技:バリスルーチェ、バリスコルノーラ、ペダニウムハードランチャー

 怪獣カプセルから召喚されたギルバリスのコアが、キングギャラクトロンMK2を素体に、培養合成獣スカルゴモラの尾を取り込んで高次元物質置換し復活した戦闘形態。
 予め鋳造されていたペダニウム超合金を取り込んだ装甲は以前以上に強化され、ベリアル因子とダークサンダーエナジーを取り込み、さらにサイバー惑星クシアのとある破片(セクター)から提供された戦闘データを反映したことにより、カプセルによる復活でありながらかつてウルトラマンジードたちと戦った際のさらに数倍以上に戦闘力を向上させている。
 コア周辺胸部にはキングジョーの胸部装甲を追加し、両肩にはキングジョーの腕を模したフレキシブルアームの先端にペダニウムハードランチャーを二門、脚部にも増設装甲に直付けする形で二門の計四門のペダニウムハードランチャーを装備することで、砲撃力を大幅に上昇。一斉射撃バリスダルティフィーに頼らずとも、前面への火力は充分以上のものとなった。
 さらにキングジョーのような分離合体機能を身に着け、身動きが鈍くなった点もカバーされている。
 ただし、肝心のコアが怪獣カプセルからの召喚であるため、かつてのようにギガファイナライザーの直接攻撃でなければ破壊できない、という特性までは再現できなかった模様。




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第十七話「フュージョンライズ!」Aパート

 

 

 

 

 ――星山市天文台の地下五百メートル、星雲荘の中央司令室。

 

 ウルトラマンジード、朝倉リクを中心とする、彼の家族が暮らすこの場所は今――野戦病院のような有様となっていた。

 

「リク、しっかりして!」

 

 呼びかけるのは、リクの親友であるペガッサ星人のペガ。

 その隣では、看護師を目指して勉強中だという湊アサヒが、懸命な表情でリクの治療を実施している。

 

 先程、治癒光線を受けたことで致命傷ではなくなったとはいえ。未だ腹を貫通した傷の痕が残り、その他の部位にも数え切れない打撲や切り傷が残り、再び昏倒し魘されているリクの状態は、彼が身を投じた戦いの凄惨さを物語っていた。

 

 ……アサヒの手を煩わせなくとも。星雲荘――宇宙戦列艦ネオブリタニア号には、本来、ヒューマノイド用の肉体修復装置が備えられている。

 だが、そこにはリクよりもさらに酷い容態の人物が運び込まれているために、利用が不可能となっていた。

 

 修復装置に横たわるのは、鳥羽ライハ。リクよりも酷い全身の打撲や骨折に、頭部からの出血等、命に関わるほどの大怪我を彼女は負っていた。

 

 そして、リクと、ライハを傷つけた犯人は――二人をここまで運んだ後、己の所業と向き合わされ、呆然と立ち尽くすしかできずにいた。

 

〈虚空怪獣グリーザ。ダークサンダーエナジーは、奴が獲物を探す際に用いるセンサーのようなものだ〉

 

 そのダークサンダーエナジーに打たれ、正気を喪った末、兄や師匠といった大切な家族を己の手で傷つけた培養合成獣スカルゴモラ――それが地球人の少女に擬態した姿である朝倉ルカは、どこか認識の鈍い頭で。通信画面の向こうから放たれる、異星人捜査局AIB所属のゼットン星人ペイシャン・トイン博士の現状解説を聞いていた。

 

〈グリーザの観測できる座標は、そこだけ宇宙に穴が開いたように、あらゆる質量も空間エネルギーも零となっています。この結果が示すのは、グリーザは存在しない存在であるということ。我々が見た形態は、本来観測者に認識できない無の情報を強引に解釈した結果に過ぎない――生物というより、自然現象に近いようです〉

 

 獲物を狙う、というペイシャンの解説に、あたかも異を唱えるような補足を発したのは、星雲荘の報告管理システムであるレムだった。

 そんなレムの所感を受けて、ペイシャンはさらに言葉を繋ぐ。

 

〈そのとおりだ。だが無という超自然現象は有である命、特に強い生命力への食欲があるかのように振る舞う。まさに怪獣としか表現できない〉

 

 ルカは己の耳にこびり着いた、気味の悪いグリーザの笑い声を思い返す。

 

 宇宙恐魔人ゼットの襲来を発端とした、日中の戦い。

 

 その恐魔人ゼットという強大な生命体を追って地球にダークサンダーエナジーを降らせ、スカルゴモラを暴走させた張本人にして。消耗しきった地球戦力の前へ最後に降り立った存在が、虚空怪獣グリーザだった。

 

 ダークサンダーエナジーを受けても弱体化も暴走もせず、唯一戦える状態にあったベリアルの子らの末妹――究極融合超獣サンダーキラー(ザウルス)の放つデスシウムD4レイによる次元崩壊現象の只中を、何の影響も受けていないように平然と素通りして来た、異常の中の異常存在。

 

〈今はゼロが融合したことで、虚無と実体の狭間に囚われたような形となり、一時的に活動を停止している。だが……それでも現状の俺たちにできることは何もない〉

 

 ようやく身動きの止まったという脅威に対して、しかし諦めたような溜息を、ペイシャンが漏らしていた。

 監視役を引き受けてくれたサンダーキラーSが星雲荘に戻らず、現地に居残りながらもただ見張り続けることしかできない理由を、レムが解説する。

 

〈グリーザという穴に干渉する手段は、基本的には二つしかありません。理屈を越えたパワーを押し付けるか、ゼロが回収に向かった『針』を用いるか。そして今の地球で、あのグリーザに干渉できるパワーがあるとすれば、培養合成獣スカルゴモラだけでしょう〉

「……私が、あいつを倒せるの?」

 

 レムが告げた思わぬ言葉に、集中を取り戻したルカは、そんな問いかけを口にしていた。

 

〈無理だな。仮に干渉できるとしても、倒せるわけじゃない〉

 

 だが、仄かに見えた希望は、ペイシャンの回答で呆気なく切り捨てられた。

 

〈奴はこの宇宙に開いた穴だ。底の抜けたバケツでも思い浮かべれば良い。少量の水ではすぐに穴を抜けてしまうが、大量に浴びせればバケツを動かし、穴の存在する座標を変化させることはできる――これが理屈を越えたパワーによる干渉、というものの理屈だ〉

 

 不条理な怪獣の特性を身近な事例に置き換えたまま、ペイシャンが続ける。

 

〈だが、いくら水を浴びせたところで、それだけでは穴が存在する事実は消えず、無にダメージが通ることはない――拡がることはあるかもしれないがな〉

 

 忌々しげに、ペイシャンが続けた。

 ……兄であるリクや、名付け親である朝倉スイと遊んだゲームで例えれば。理屈を越えたパワーがあれば当たり判定を得て、ノックバックさせることまではできても。結局ダメージ判定が存在しないままなのがグリーザの性質なのだと、ルカは解釈した。

 

 ウルトラマンゼロがしているのは、バケツと水の例えで言えば穴を抜けて完全に失われてしまう前、氷となることで穴の座標と一体化し、一時的に蓋をしている状態ということだろうか。

 だが、所詮氷ではいつかは融けてしまう。穴は元に戻り、ゼロという水の全ては底から抜け落ち、この宇宙から失われてしまうのだ。

 

〈完全な無は、それ以上削りようがない。だからグリーザを倒すには実体化させる必要がある。それを可能にするのが、この宇宙の穴を縫う針……ということなんだろうな〉

「グリーザの中にあるその針を、ゼロが取って来るまで待つしかない、ってこと……?」

〈ああ。取って来られれば、な〉

「……どういう意味?」

 

 思わせぶりな言葉に問い返すと、画面の向こうのペイシャンは額を掻いた。

 

〈俺たちがグリーザを知ったのは、過去に大空大地のエクスデバイザーから提供された情報の中に交戦記録があったからだ。彼らの地球をグリーザが襲った際、ウルトラマンエックスはグリーザの中から針を取って来て倒す、なんてことはしていなかった〉

 

 ここまでの話、その大前提を覆すような情報に、ルカは目を見開いた。

 

〈だが、ゼロの話を聞いた今ならわかる。あの宇宙の針は、既にグリーザの外にあった。エクスラッガーと呼ばれる武器がそれだったんだ〉

 

 エクスラッガー――かつて、大空大地とウルトラマンエックスがこの地球を訪れた際に見せた、虹色の短剣。

 

「じゃあ、大地さんとエックスに、一緒に戦って貰えれば――!」

〈無駄だ〉

〈彼らが持っているのは、あくまでも彼らの宇宙の針です。この宇宙のグリーザに対しては、私たちの求める効果を発揮できないでしょう〉

 

 ペイシャンの短い結論と、レムの並べた理由とが、俄に見えた希望を一瞬で摘み取った。

 そして、脱線した話の本題へと、ペイシャンが話を戻した。

 

〈問題なのは、そういう風に……宇宙の穴を縫う針が、既に取り出されている場合があるということだ〉

〈心当たりがあるのですか?〉

〈いや。AIBに記録はない。総本部にも確認を依頼したが、クライシス・インパクトの際に散逸したのでもなければ、そんな事態はこの宇宙の歴史にはないようだ〉

「じゃあ、どうしてわざわざそんな話を……」

〈遅いからだよ、ゼロの奴が〉

 

 ルカの抗議のような疑問に、ペイシャンが小さく頭を振った。

 

〈ウルティメイトシャイニング――あの形態なら、時間も空間もない無の中でも問題なく活動できるだろう。それなのに、ゼロはまだ帰らない。針が見つからないんだ〉

 

 ペイシャンの推理は、ルカに悪寒を走らせるのに充分な衝撃を持っていた。

 

〈もちろん――無の中にそんな概念があるのかは知らないが、単に針は深いところにあって、ゼロもまだ手が届いていない場合も考えられる。だが、針は既にグリーザの中にはなく、こちら側で存在している可能性も否定はできない。ゼロに任せて胡座を掻く、というわけにはいかないのが俺たちの現状だ〉

 

 故に、グリーザ対策へ集中すると……そう告げたペイシャンは、現状報告を終えて通信を切ってしまった。

 そうして話を聞き終えたルカは、今一度、目を背けていた二人に視線を戻して、そして挫けた。

 

「……ルカ、どこに?」

「ごめん、トイレ」

 

 こちらの様子を見咎めたペガの疑問を力なく誤魔化したルカは、中央司令室を抜け出た後――廊下を少し歩んでから、自らが常に身につけるヘッドホン型の通信端末に手を触れた。

 

「……レム。私とだけ話してくれる?」

〈可能です〉

 

 星雲荘の報告管理システム――リクをマスターとする人工知能は、彼を傷つけたルカ相手でも、変わらずに接してくれていた。

 その優しさへ、素直に喜べない自分を、ルカはなおのこと嫌悪しながら……今問うべきことを尋ねていた。

 

「星雲荘は、まだ飛べないんだよね」

〈はい、申し訳ありません。怪獣墓場での被弾から五百時間を経過しましたが、資源に乏しい現状、航行機能の完全修復には、もう百時間ほどを必要とします〉

「じゃあ……グリーザからは、逃げようがない、よね」

 

 そもそも、本当にそんな選択を取るのかは別として。

 リクが命を削る勢いで、切札であるギガファイナライザーを引き換えにしてまで止めてくれたから。

 そして今は、ゼロが身を擲ってくれているから、まだこうして居られるが。

 

 ――次はない、ということを、ルカは重々承知していた。

 

「じゃあ、ごめんだけど、レム……私をここから出して」

 

 だから、そんな願いをレムに告げていた。

 沈黙しか返してくれないレムに対して、ルカは意地が悪いとわかった上で、事実を問うた。

 

「もし、またダークサンダーエナジーが飛んできたら。レムでも防ぎきれないんだよね?」

〈――はい〉

「じゃあ、私はもうここに居ちゃいけない」

 

 家族の安全を保証できない(レム)が、心なし間を置いてから打った相槌に、ルカは己の選ぶべき答えを告げた。

 

〈ルカ。それは……〉

「お願い。私に、レムまで殺させないで」

 

 ――厳密に言えば。ルカは、培養合成獣スカルゴモラはまだ、敵性怪獣以外は誰の命も奪っていない。

 だがそれは、本当に結果論だ。ダークサンダーエナジーを浴びて、EX化をも越えるNEX(ネックス)の力を強制開花させられたスカルゴモラは、あの宇宙恐魔人ゼットやラストジャッジメンター・ギルバリスを一方的に屠るその力を、何の見境もなく振り回した。

 

 その結果、ギルバリスに捕らわれていたライハや、暴走するスカルゴモラを止めようとしたウルトラマンジード――兄であるリクを、文字通り瀕死の重傷に追いやった。今二人が生きているのは、二人の強い意志や努力、そして幸運の賜物であり、ルカ自身の心は、その結果を導く上で何の役にも立てていない。

 

 同じように。再びダークサンダーエナジーを受けてしまえば、スカルゴモラはまたも為す術なく正気を喪って暴走し……まず最初に、ネオブリタニア号を内部から破壊してしまうことだろう。

 そうなれば、大切な皆の居場所である星雲荘が失われ、下手をすれば今度こそリクやライハを殺しかねない。

 何より――

 

「もし、他の皆は逃がせても。この中で私がまたああなったら、レムは絶対に逃げられなくて死んじゃう」

〈ルカ。私は報告管理システム。死にはしませんよ〉

「死んじゃうよ! システムだとか、関係ない……っ!」

 

 話を誤魔化そうとするレムに、ルカは思わず声を大きくした。

 

 人工知能だろうと、ルカの心を慮り、その成長を願ってくれたレムが、家族の一員であることは変わりない。

 そんな彼女を、自分の手で引き裂いてしまうなんて、考えるだけで身の毛もよだつ事態を避けようとするルカの悲鳴に、レムは静かに問いかけてきた。

 

〈外に出て、どうするつもりですか?〉

「……大丈夫。地球を守る方法は、ちゃんと考えてるから」

 

 ダークサンダーエナジーを浴びれば、次の瞬間には地球自体を破壊してしまうかもしれない爆弾――それが今の自分だと、よく理解しているルカは、レムに懇願していた。

 

「だから私を、ここから出して」

 

 

 

 

 

 

 果てなく拡がる、何もない虚空。

 宇宙に開いた『穴』、『無』の中を進む、一筋の光があった。

 世界を渡る、翼にも似た鎧を纏う銀色の流星こそは、時間を操る力を覚醒した光の巨人。

 ウルティメイトシャイニングの力を発動した、ウルトラマンゼロだった。

 

 時空を越える力を全開としたゼロは、時間も空間もない無――虚空怪獣グリーザの中でも、何ら制約のない活動を可能としていた。

 

 だが、その自由はいつまでも続くものではない。

 

 ウルティメイトイージスの顕現と、シャイニングへの変身。ただでさえ消耗の激しい二つの力を、道理を捻じ曲げ強引に同時発動させているのだ。今のウルトラマンゼロが扱えるあらゆる力の中でも、彼に掛かる負担として最も重たいものが、この形態――ゼロの交戦経験でも類を見ない強敵との連戦から続けてということもあり、許された時間は決して長くない。

 

 故に。維持するだけでも放出され続ける膨大なエネルギーは、一時的にグリーザの活動を停止させるのに充分な効果を発揮しているが――あくまでも足止めではなく、この無の中からグリーザ攻略に不可欠な『針』を見つけ出すことが、ゼロの目的だった。

 

「どこにある……!?」

 

 しかし。その針は、ゼロの予想に反して、全く見当たらなかった。

 異常なことだった。無の中には、針しか安定して存在できないはず――だから、無の中でも自在に動ける今のゼロならば、すぐに見つけ出して脱出できるはずだった。

 なのに、無の中を――そんな概念が正しいのかはともかく、深く深く、進めど進めど、光源となっているゼロ以外の何も見当たらず。伝説の神器は、影も形もない。

 

「どういうことだ。宇宙の針は、グリーザの中にあるんじゃなかったのかよ!?」

 

 光の国で学んだ伝説を思い返し、ゼロは悪態を吐く。

 その話を疑いながらも、引き続き針を探して飛行すると同時に――ゼロは他に考えられる可能性を、改めて振り返っていた。

 

 虚空怪獣グリーザ。宇宙に空いた、消えない穴。

 その出自故に、存在しない者、完全な無とも称されながら、生命を無に帰すという本能で動く――まさに怪獣と呼ぶに相応しい、超自然現象。

 そんなグリーザの中にしかない針がなければ、グリーザは倒せないとされている。

 

 ……逆を言えば。もし、過去にグリーザが発生していて、なおこの宇宙が無事であるなら。誰かが針を取り出して、穴を縫った可能性が考えられる。

 だが、そんな大事件があれば、AIBの規模なら記録を保管しているはずだ。そのAIBがエクスデバイザー由来の情報でしかグリーザを知らなかったのなら、そんなことはなかったのか、あったとしても散逸したか、あるいは――誰にも知られることなく、針を使って過去にグリーザを退けた者が居ると考えられる。

 

 だが、本来ウルトラマンも存在しなかったこの宇宙で、ウルティメイトシャイニングにならねばゼロでも身動きできない無の中から針を回収し、グリーザを倒すなどという所業、いったい誰が……

 

「……待てよ」

 

 そこでゼロの脳裏に、ふと閃くものがあった。

 誰にも気づかれない、というのは――必ずしも小さな出来事ではない可能性も存在する。

 逆に、大き過ぎるものも。その全貌を認識できる者が、極端に限られてしまう場合があるのではないか。

 

 ……虚空怪獣グリーザ。宇宙に開いた消えない穴。

 その中に針が存在することを知っていて、取り出し、宇宙の穴を塞げてしまえる何者か。

 この宇宙に穴が開いた時。そして、針の伝説を知り得る別の宇宙の、強大な存在が訪れたタイミング――

 

 そして、ゼロがこのグリーザの中に飛び込む直前に目にした一つの光景が、脳裏を過ぎる。

 

「まさか――!」

 

 二つのピースが噛み合うことで真相に至った、ちょうどその時。

 強大な力の負荷で、遂にゼロの肉体が、限界を迎えた。

 

「……くっ!?」

 

 ウルティメイトシャイニングを維持できなくなり、基本形態に戻ったゼロは、無の中で身動きする術を喪ってしまった。

 グリーザの中から自力で脱出することもできなくなったゼロは、必死で消滅に抗いながら、ただ八つ当たりのような叫びを上げるしかできなかった。

 

「そりゃねーぞ、キングのじーさん!」

 

 不満の声は、ただ無の中で際限なく拡散し、どこにも届くことなく消えてしまっていた。

 

 

 

 

 

 

「……悪いが、おまえを今、別の星に移すことはできない」

 

 己の正体を知った時以来となる、星雲荘からの脱走を果たしたルカが向かった先は、あの夜と同じ光瀬山麓ではなく。

 協力関係を築き、共にこの地球を守ってきた、AIB――その中でも、ルカにとって馴染みが深く、かつ、この星では高い権限を与えられたペイシャンの研究室だった。

 だが、ルカの希望はあっさりと、ペイシャンによって否決された。

 

「どうして!?」

「俺のせい、だな。この星で、AIBの活動が原因でギルバリスを復活させてしまったために、物質の星間移動が総本部から制限されてしまった」

 

 こんな時、なのに。

 いや、こんな時だからこそ、混乱に乗じてさらなる災いの種が拡がってしまわないよう、AIB総本部が決断するのも、至極当然の話だと言えた。

 

 昨日、ペガを故郷から届けてくれた惑星間転送装置も。各種宇宙船も、地球分署を越える総本部の権限で停止させられており、ペイシャンたち極東支部だけではどうしようもないのだと、彼は続ける。

 

「おまえの状況と要望をあの査察官殿に届けて、働きかけて貰えれば特例措置の可能性もあるが――いくら彼女でも、即決させられる案件じゃない。そもそもここでグリーザを止められなければ、地球が滅びた後はおまえが移された星が順番に狙われるだけだ。受入先を探すのにも時間は掛かるだろう」

 

 ダークサンダーエナジーによる暴走で、地球を破壊させまいと、いくらルカが願っても――グリーザを放置すればどの道、地球上の生命は全て消し去られてしまう。それが早いか遅いかの違いでしかない。

 その上で、今度はルカが避難した星にダークサンダーエナジーが降り注ぐようになる。

 いくら、ベリアルの子らが慎ましく生きる権利を、ペガが勝ち取ってきてくれたと言っても。誰の血を引いている以前に、グリーザから優先して狙われる羽目になる怪獣を受け入れてくれる星なんて、あるはずがない。

 

 それでも、少しでも破局までの時間を稼げるならと。

 

「じゃあ、ゼガンに……私を、異次元に送って貰えれば、地球は!」

 

 ……あるいは、時空転送以前に、ゼガントビームで物理的に消し飛んでしまえば。

 少なくとも自身が地球を脅かすことはないと、そう考えたルカだったが――ペイシャンは首を横に振った。

 

「昼間のゼットン軍団との戦闘で、ゼガンは行動不能に追いやられた。おまえの希望には添えない――そもそもゼガンが、そんな希望に応じてくれるかも知らんがな」

 

 厄介の種を追放し、一旦そこでグリーザに始末されるのを待ち、一時でも地球を守る――辛い役を戦友に押し付けようとする己の発想を戒められ、ルカは絶句する。

 だが、ゼガンすらそれに同意してくれないのなら。例えば同じ能力を持つからと言って、妹が協力してくれるはずがない。

 ……させたい、とも、もう思えない。

 

「――変な気は起こすなよ」

 

 ……きっと、本当はただ、あの場所から逃げ出したかっただけの。

 自らの考えの甘さを突きつけられ、彷徨うルカの視線を見咎めたように、ペイシャンが口を開いた。

 

「今となっては、銃や爆弾で片がつくほど簡単な話じゃない。半端に死に損なって、身動きが鈍ったところにダークサンダーエナジーが飛んで来る方がたちが悪い――おまえという生命は、その姿ですらもう、そこまで強くなってしまった」

 

 諦念を含んだペイシャンの言葉に、部屋に備わった対星人用の光線銃から目を逸したルカは、俯いたまま呟いた。

 

「……そんな、無駄に強くなっても」

 

 答える声が震えるのを、ルカは、抑えきれなかった。

 

「大事な人を傷つけるだけで、肝心のグリーザを倒せないんじゃ、意味ないじゃん――っ!」

 

 培養合成獣スカルゴモラ。ウルトラマンベリアルの遺伝子を素材とした、最強の合成怪獣となるべく産み出された生物兵器。それがルカの正体だ。

 だが、その力は、守りたいものまで傷つけて……なのに、退けるべき真の脅威を前にしては、何の役にも立てやしない。

 まるで、この身を作る血の根源――大嫌いな父の名が意味するものと、同じように。

 

 ……ベリアルとは奇しくも、地球の宗教で語られる悪魔の名と一致している。

 その悪魔が体現するものは邪悪と、そして、無価値。

 

 (リク)が願ってくれたから。朝倉夫妻の、素敵な祈りが込められた名前をくれたことが、本当の本当に嬉しかったから。それに恥じないよう生きたいと、願ってきた。

 その気持ちは、暗黒の稲妻一つで崩れる頼りない決意でも、きっと本物だったから。この星でのたくさんの出会いが、ルカに優しさをくれた。

 

 リクやライハ、スイさんはもちろん。ルカの成長を願い、多くの助言をくれたレムや、ルカのために一時の別離を選んでくれたペガ。

 本当の姉のように親しくしてくれたモアや、彼女と一緒に戦ってくれるペイシャンやゼガンたちAIBの仲間たち。

 ルカだけでなく、妹のサラとも仲良くしてくれる、伊賀栗家の人々。

 

 そして、ルカの正体を知らずとも。一人の従業員として面倒を見てくれた銀河マーケットの店長や、振る舞いから培養合成獣スカルゴモラを応援してくれたトオル少年に、最初は敵意すら見せていたルカにもすぐに心を開き――かつて、己を追い回したのと同じ姿のスカルゴモラへの恐怖も乗り越えてくれた、エリ。

 

 彼らから貰えた優しさに応えたいと思って、本当は好きじゃない戦いにも、ルカはずっと身を投じることができてきた。

 戦うために造られた自分が兄や皆の役に立てて、大切なものとともに生きる世界を、守れるならと。

 

 ……なのに、戦い続けた結果が、その優しい世界を壊す爆弾にしかなり得ないというのなら。

 そもそも、これまでの脅威、そのほとんどが、培養合成獣スカルゴモラの存在が呼び寄せたものだったのなら。

 自分がこの世界で生きるための頑張りになど、何の意味があったのだろう。

 

「こんなことなら――っ、私なんて、あの時、タイガに殺されてたら良かったんだ。そしたら、お兄ちゃんたちだってあんなに傷つかないで、グリーザから世界を守るだけで済んだのに!」

 

 自棄になって、気づいた時、ルカはそう叫んでいた。

 もし、もしも。あの時、生まれてすぐに死んでいたのなら。

 (リク)や、他の皆とも出会わず、タイガたちも退治した怪獣のことなんて、すぐに忘れてしまっていれば。

 それは、考えたくもない孤独と引き換えでも。

 

「私なんかが消えるのに、誰かが傷つく心配だって、要らなかったのに……!」

「今更そんな話は止せ。仮にゼロが居てもそこまで時間は戻せない。逆行ではなく、時間移動になれば並行世界へ分岐するだけで、ここにいるおまえが消えることはない」

 

 冷ややかに、事実しか述べないペイシャンの言葉は、しかしルカを落ち着かせることはできなかった。

 

「じゃあ、どうしたら良いの!? このままじゃ、私は――っ、皆を殺しちゃう……!」

「喚いても仕方ない。まずは針が見つかるのを待て」

「そんな悠長なことを言ってる間に、またあの雷が飛んで来たらお終いでしょ!?」

 

 叫び返したその時、ルカは自らが泣いていることに気がついた。

 情けなくて、腹立たしくて、悲しくて、堪らなかったのだ。

 

「そうだな。昼間みたいにサラが食い止めようと待機しているが、街を守りながらじゃ厳しいだろう。壁にはなれても、あいつでもグリーザに干渉できないことは確認済だ」

 

 そこで、妹の決意を、ルカは改めて知らされた。

 暗黒の稲妻を浴びても狂うことのない、優秀な超獣である妹は。あんな無茶苦茶な相手へ、不出来な怪獣である姉を守るために、単独で立ち向かおうとしているのだ。

 ……自分のために、妹が傷つき、命すら脅かされるのに。力だけは勝るルカが駆けつけても足手まといどころか、グリーザと一緒になってサラを傷つけかねない。

 

 なおさら打ちのめされているルカに対し、ペイシャンは変わらず淡々と告げる。

 

「だが、どんなに嫌なことでも、世界の仕組みは変わっちゃくれない。だからゼロとサラが時間を稼ぐうちに、針か別の手段が見つかるのを待つしかないんだ」

「……私が居たら、その稼いだ時間も、すぐなくなっちゃうのに――?」

 

 自分を守るために何度も何度も傷ついてきた兄の姿を思い出し、その努力の果てにある己の在り方を突きつけられて。

 同じ姿でも、両親の仇だった怪獣とは違う、と――許してくれたライハを、結局は見境なしに傷つけてしまって。

 

 そして、きっと遠からず――自分はまた、二人を傷つける。サラを始めとした、他の皆も一緒に。

 その上で、グリーザには結局敵わず、一矢報いることもできずに意味なく消えるのだ。

 

 ……なら。

 

「この星から出られないのが、あなたのせいだって言うなら……お願いだから、何とかしてよ。これ以上、私が皆を傷つけてしまう前に……っ!」

「――消えたい、とでも言う気か?」

 

 言葉にしきれなかった、ルカの胸の内を見透かしたように。

 放たれたペイシャンの問いかけに、ルカが震えながらも頷きかけた、その時だった。

 

「少し落ち着いてください、ルカ」

 

 突然、涼やかな声が、研究室に入り込んだ。

 名前を呼ばれて振り返ると、研究室の入口には、亜麻色の長い髪をした女性が居た。

 聴覚に自信のあるルカが、その接近へまるで気づくことができなかったのは――それだけ思い詰めていたというのもあるが、彼女からはあるべき生体音が、まるで伝わって来なかったせいでもあった。

 

「……誰だ?」

「レムです」

 

 警戒した様子のペイシャンの問いに、その美しい女性は。

 確かに、電子的な加工を取り除かれた、星雲荘の報告管理システム――レムの声で、自らの素性を答えていた。

 

 

 

 

 

 

「あなたたちに見せるのは初めてでしたね」

 

 妙齢の地球人女性の姿で現れたレムは、どことなくいたずらっぽい調子で口を開いた。

 

「これは、私の音声から想定される姿で形成した、地球人型のボディです。今はこの体に、私の意識プログラムを移植した状態となります」

「……それで、どうしてそんな格好で、ここまで来たんだ?」

 

 心なし、楽しそうにその姿をお披露目するレムに対し。緊急事態とはいえ、無断で研究室に踏み入られたためか、ペイシャンは若干苛立った様子で問うていた。

 対してレムは、質問者ではなく――ルカを振り返り、微笑んだ。

 

「この体があるのなら――もし、星雲荘が破壊されても、私が絶対に死ぬとは限りませんよね? ルカ」

「……っ!」

 

 自らの胸に手を当てて、レムが述べたその理由に、ルカは息を詰まらせた。

 

「ルカ。絶対は、ありえません。あなたが私を気遣ってくれたことは嬉しいですが、そのためにあなたが自分を追い詰めることは望みません」

 

 それを、伝えるために。

 レムは、彼女を信頼できずに逃げ出した家族(ルカ)を、追いかけて来てくれたのだ。

 

「だから、落ち着いてください。私はかつてあなたに、何と言いましたか?」

 

 優しくも、しっかりとした芯を持った口調で、レムがルカに訴えかける。

 

「……フワワのことも覚えてあげていてくださいと、私は願ったはずです」

 

 フワワ。

 それはかつてベリアルに従った石化魔獣ガーゴルゴンに、ルカが贈った名前。

 その贈り物を受け取ってくれた彼女なりに、本気でルカのことを心配してくれた結果――決定的に敵対して死別することとなった、ルカにとって忘れ難い怪獣の名だった。

 

「……覚えてるよ、レム。あなたとそんな話をしたことも。忘れたことなんか、一度もない」

「良い記憶力です。やはりそういった点では、あなたはリクより優秀ですね」

 

 ルカの回答で満足したように頷いたレムは、それから少しだけ、その視線を険しくした。

 

「ですが――あなたは今、家族にとってのフワワに、自分がなっているとは思いませんか?」

 

 ルカは再び、息を詰まらせた。

 今度はレムの見せた優しさではなく、あまりにも痛烈な指摘によって。

 

「ペイシャンとの話は聞かせて貰っていました」

 

 ルカが愛用するヘッドホン型通信機――その製造者であるレムは、当然のように盗聴を暴露して、ペイシャンが少しだけ嫌そうな顔をした。

 

「あなたに消えて欲しいと、私たちの誰かが望みましたか? あなたが苦しんでいることはわかります。ですが、自分の苦しみだけに囚われて――リクの覚悟を台無しにするのなら、いくらあなたでも許しませんよ」

 

 そんな風に、レムから詰られて。

 ルカはすぐには言い返せず、パクパクと口を開閉させるしかできなかった。

 

「……でも、レムだって!」

 

 だが、ようやく。ルカは、自分でも最悪だと思う言葉を、口にする決心がついた。

 

「レムだって、自分はフワワとおんなじだって、言ったくせに! 私と同じように、レムだって、勝手に決めてるだけなんじゃないの!?」

「……そうですね。そうならないよう気をつけると、私はあなたと約束しました」

 

 ルカの、嫌われようとする一世一代の罵倒を、しかしレムは微かに表情を沈めるだけで、予想していたように受け止めた。

 

「ですから――きちんと、話し合いましょう。まだ、取り返しのつくうちに」

 

 そうして、答えたレムが、その手を掲げれば――彼女の背後に、星雲荘の転送エレベーター、その扉が出現した。

 そして、当然。その扉の向こうから、姿を見せたのは。

 

「……ルカ」

「――っ、お兄ちゃん……っ!」

 

 ルカが、培養合成獣スカルゴモラが与えた傷のために、今も自力で立ち続けることが叶わずとも。

 アサヒとペガに支えられ、少しずつ前に歩む兄――朝倉リクが、逃げ出した(ルカ)の前に、その姿を見せていた。

 

 

 

 

 

 




Aパートあとがき



 ここまでお読み頂き、ありがとうございます。Bパート以降もお楽しみ頂けると幸いです。

 そしてレム役の三森すずこさん、おめでとうございます(本日令和4年5月30日のお知らせより)。



 後はいつもの、設定の独自解釈についての解説。


・宇宙の針エクスラッガー
 ベリアロクとエクスラッガーを知るほとんどの人は同じ考察をしているとは思いますが、現状公式で言及はありませんので、念のためここでお断りしておきます。
 着ぐるみの状態的にグリーザは再登場しなさそうなので、本作中では『原則その宇宙の針でしか、その宇宙のグリーザは倒せない』という推測と合わせて答え合わせなしの推測なら断言しちゃってもセーフという予想。
 エクスラッガーよりベリアロクが高性能なのは、やはりベリアル因子が影響した結果だと思われますので、実は怪獣の類なのかもしれませんね>宇宙の針




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第十七話「フュージョンライズ!」Bパート

 

 

 

 

 

「ルカ……僕は言ったよな。絶対に、諦めるなって」

 

 (ルカ)が逃げた先――AIBのペイシャン博士の研究室に辿り着くなり、リクは口を開いた。

 

「レムが言ってくれたのは、勝手な決めつけなんかじゃない。僕たちの、皆の願いだ」

 

 リクが訴えれば、アサヒも、ペガも。二人ともが、力強く頷いてくれた。

 

「殺されてたら良かったとか、消えたいとか……そんなこと言うなって、約束しただろ」

「お兄……ちゃん……、だって――っ!」

「僕は、約束を守ったぞ」

 

 泣き出しそうなルカに向けて、リクは力強く言い放った。

 

「僕は君を守る。そして君から世界も守る。君がいつか、安心して笑って過ごせる居場所が見つかるまで、全部僕が守ってみせる。だから――!」

「でも、でもっ! 私、また、あの雷に打たれたら――っ!」

 

 まるで駄々を捏ねるように。

 けれど、本当はルカの方が現実を見据えて、リクに反論する。

 

「また、おかしくなっちゃったら……今度は、ギガファイナライザーも、もうないのに。その時には、グリーザも暴れているのに! そうなったら、今度こそ――」

「見くびるな!」

 

 恐慌しかけるルカに対し、リクは一喝した。

 

「ギガファイナライザーがあっても、僕の力はルカに負けていた。だけど、僕の方が弱くても、僕は君との約束を守った!」

 

 リクはそこで胸を張る。弱さを誇るのではなく、力の多寡を言い訳にしなくなった、己の覚悟を。

 それによって守り抜いた、希望を。

 

 それでも、ルカはまだ安心してくれなかった。

 ……声を張り上げるたびに、未だ傷口が痛むものの。そんなことで、この想いを抑える気にはなれなかった。

 

「力が足りないぐらいで諦めるもんか――何度だって、守ってみせる!」

 

 何故なら。

 

「……僕は君の、お兄ちゃんなんだから」

 

 告げるとともに笑いかけると、そこでルカは涙を決壊させてしまった。

 確かにリクの気持ちを受け止めてくれているのがわかる喜びと、しかし未だ拭えぬ、彼女の中に巣食った怖れとを滲ませて、妹はリクの前で泣き続ける。

 

「でも、私、ダメなんだ……! 自分でも嫌だって思ってるのに、何度もお兄ちゃんたちを傷つけて、自分の力を止められなくて! きっとまた、繰り返しちゃう――!」

「……そんなの、僕だっておんなじだ」

 

 泣きじゃくる妹の気持ちを、少しでも晴らそうと。

 リクは――例えアサヒの前でも、己の恥を晒そうと、決意した。

 

「何度レムに言われても、すぐに掃除することを忘れて部屋を汚しちゃう」

 

 そうですね、と人間態のレムが冷徹に頷いた。

 

「ペガとだって、その度お互い嫌な気持ちになるのに、いつも下らないことで喧嘩しちゃう」

 

 そうだね、と。少しだけ気恥ずかしそうに、ペガも頷いた。

 だが、そんな欠点は、既にルカにはお見通しだったようで――特に響いた様子がないのを見たリクは、遂に何よりのトラウマを、口にすることとした。

 

「それに、ウルトラマンの力を持っているからって、何でも一人で背負おうとして。そのせいで、失敗してきた。ライハにそれで叱られたのに、その後も同じ理由で――僕は、大切な人を守りきれなかった」

 

 えっ、と。驚きの声を、ルカが漏らした。

 

 ……妹の前では、できるだけ保ってきた、ちゃんとした兄というイメージ。彼女が憧れ、そして安心してくれる、立派なヒーローという偶像。

 その虚飾を、リクは自ら剥がすことを選んだ。

 名誉や威厳なんかより、ずっと大事なものがそこにあると、リクは信じていたから。

 

「そんな、取り返しのつかない失敗の後だって。僕はヤプールとの戦いで、ルカを遠ざけようとして、負けるところだった。今日、ルカを元に戻せたのだって、アサヒたちが見かねて助けてくれたからだ。何度も同じ間違いを、僕は繰り返して来た」

「……けど、リクさんは、家族を諦めませんでした」

 

 そこで、ルカの説得に加わってくれたのは、アサヒだった。

 

「何度失敗して、何度倒されて、何度苦しんだって。リクさんは、決して諦めなかったんです。そんなリクさんを見ていたから、あたしだって、ルカちゃんを諦めたくなかった」

 

 こんな、情けないヒーローの姿が、それでも勇気を燃やす衝撃を見せてくれたのだと。

 アサヒがそう言ってくれたのに、ルカだけでなく、リクもまた、誰より励まされた気持ちになった。

 

「それに、同じ間違いなんて言っても……結果としてはそうでも、本当は違う理由なんでしょ? 何度も同じ状況になる方が難しいです」

「……そうかも。ルカと、同じように」

 

 アサヒの出してくれた助け舟に、前言を撤回する情けなさを若干感じながらも、リクは乗せて貰うことにした。

 だが、きっと、そのとおりだ。少なくともルカの方は、本人が気に病むほど、同じ暴走を繰り返しているわけではない。エタルガーの陰謀であったり、レイオニクスの本能であったり、ダークサンダーエナジーだったりと、いつも理由は別のものだ。

 

「そんな、失敗だらけの僕でも。皆と一緒なら、今日まで、地球を守って来れたんだ」

 

 アサヒが言ってくれたように。ウルトラマンの模造品という只人を越えた、しかし神ならぬ身で、何度も失敗を繰り返しながらも。

 その失敗を言い訳にせず、希望を捨てなかったから――リクは、ウルトラマンジードは、ヒーローになることができた。

 

「そして、ルカと出会って。僕は、前にできなかったことが、たくさんできるようになった。アリエさんを救うこと。ライハともっとわかり合えたこと。スイさんに安心して貰えたことや、もっと仲間を信じられるようになったこと……」

 

 一つ一つ。ルカとの出会いで得られた、掛け替えのない思い出を噛み締めながら――リクは、一番伝えたいことを、ルカに告げた。

 

「でも、一番ハッピーになれたことは、君と――血の繋がった家族と、一緒に生きられるようになったことなんだ」

 

 もし、ルカとの出会いがなければ。

 父殺しの罪を背負ったリクはきっと、その痛みで思考を止めて。妹を名乗りながら攻撃してきたサンダーキラー(ザウルス)とも、和解する道を選べなかっただろう。

 いや、それ以前に。もう一人の妹が産まれて来る、因果すら生じなかったのかもしれない。

 

「だから、僕と会う前に死ねば良かったなんて、言わないでくれ。僕はこれからもずっと、君たちのことを心配していたいんだ」

 

 心配する家族のいる幸せを。リクはやっと、掴めたから。

 心からの願いを、リクはルカに、託していた。

 

「でも……でも、お兄ちゃん……」

 

 未だ、何かに後ろ髪を引かれたように。首を縦に振ってくれない妹の涙に、それでも温かなものが混ざっているのを見届けて、リクは言う。

 

「頼む。大切な人を守れないなんて失敗を、もう僕に繰り返させないでくれ」

「……っ!」

「そして君まで、一人で全部解決しようとして、余計に苦しむなんて……そんな、僕の悪いところの真似、しないでくれよ。ルカ」

「……だが、今ルカが懸念しているのは、このままでは再現性のあることだろ?」

 

 そんなリクたちの訴えに、口を挟んできたのは、ペイシャンだった。

 

「悪いが、ここは一応、科学的なグリーザ対策を担当する場所になるんでな。気持ちの整理は大事だが、それだけで良かった良かったとは言ってやれない」

「……そうね。皆、ルカを甘やかすだけじゃダメだわ」

 

 ルカを押し潰す現実から目を背けるな、というペイシャンに同意するような声は――リクたちの背後に、再び出現した転送用エレベーターの扉から、漏れ出た声だった。

 

 その声を聞いたルカは、ビクリと震え、たちまちに青褪め――そして声の主の名を呼んだ。

 

「ライ、ハ……っ!」

「……もう動けたのか」

 

 遅れて現れた彼女に肩を貸す同僚――レムと交代するような格好で星雲荘に来てくれていた愛崎モアを一瞥したペイシャンは、ライハの登場に複雑な表情を浮かべていた。

 

「ええ。寝込んでいる場合じゃないもの」

 

 寸前まで修復装置に身を預けながら、未だ顔や首にも青痣が残るライハが端的に答えると、ペイシャンは観念したように溜息を吐いた。

 

「……悪かったな」

「後で覚えてなさい」

 

 ペイシャンとやり取りを終え、モアの助けを受けながら進んだライハは、その接近で怯えた様子のルカに向かって声を掛けた。

 

「……鍛え直すわよ」

「――えっ?」

 

 そうしてライハの発した言葉が、あまりに想定外だったのか。

 呆気に取られ、その分、恐怖の薄れた様子のルカに対し。ライハは、普段見せる態度よりはずっと厳しい調子で、弟子に向けて言葉を続けた。

 

「あなたには才能がある……そう思って、これまで甘くし過ぎて来たみたい。そのせいで、あの恐魔人ゼットとかいうポッと出に、あっさり技を抜かれてしまった」

 

 リクたちが立ち会えなかった――宇宙恐魔人アーマードゼットに対抗する手段を持たない、不甲斐ない兄を守るため。単身で危険を引き受けたルカと、その救援に一人だけ間に合ったライハの、師弟だけが知り得る戦いの記憶。

 それを持ち出したライハは、ルカ相手に鋭い視線を向けていた。

 

「これからはもう少し、スパルタに行く。それから逃げようったって、そうは行かないわよ」

「……なんで?」

 

 師匠から、これまで以上に厳しい指導を宣言されながらも。

 拍子抜けしたみたいに、半信半疑といった様子で、ルカは朴訥と呟いていた。

 

「私、ライハのことを、そんなにしちゃったのに……」

 

 未だ怯えたように問うルカに、傷だらけのライハは淡く微笑んだ。

 

「そんなことを言ったら、私はあなたを二度も殺しかけたわ」

「それは、ライハは捕まってただけで……っ!」

「どっちも、どういう形でも。私が望んでいた力の招いたことよ。私の修行で力を付けたあなたと変わらない。

 ……その上で、どっちも無事に生きてるなら、もうそれで良いじゃない」

 

 弾かれたようなルカの反論を、ライハは呆気なく切り捨てた。

 

 その言葉の閃きは。ルカの中に巣食っていた、恐怖の半分。

 犯した過ちで家族との関係性が変わってしまうかもしれない、という不安を、遂に断ち切ってくれた。

 

「あ……っ、う、うあぁ……っ!」

 

 嗚咽するルカの様子が、これまでとは少し変わったことを確かめて。ライハと視線を結んだリクは、重傷人同士、互いに頷き合った。

 次は、ペイシャンの言うように――ルカの恐れる、現実に残された脅威。

 宇宙に開いた穴という大災害に、皆でどう立ち向かうのか。それを話し合う時だ。

 

「次の修行だけど――ダークサンダーエナジーを克服するわよ」

 

 早速切り出したライハに対し。情報共有をしていないルカとペイシャンは、それぞれ怪訝な表情をしていた。

 

「……そんなの、どうやって?」

「ああ。根性論で失敗したら地球は終わりだ。わかっているのか?」

「そうね。だから流石に、一人ではやらせない」

 

 対して、そのための切札になると、リクが心から信頼する仲間は――何より強い意志を込めて、その言葉を口にした。

 

「私とルカで、一体化して立ち向かう。それがグリーザに対抗できる、唯一の方法よ」

 

 

 

 

 

 

「エクスデバイザーからの提供データ。そして日中の戦いから観測できた情報によれば、ダークサンダーエナジーがヒューマノイドタイプの生命体を凶暴化させる事例は確認できませんでした」

 

 幻影宇宙帝王モルド・スペクター。ファントン星人グルマン。

 宇宙恐魔人ゼット。そして、地球人の鳥羽ライハ。

 過去、ダークサンダーエナジーを受けた人型種族は、怪獣のように狂うことはなかったと、レムがデータを示す。

 

「少なくとも、ライハは直接被雷した上で、確かに正気を保っていました」

 

 確かな実績としてレムが示すのに、ライハはモアの肩を借りたまま胸を張る。引っ張られて、モアは少し大変そうだったが、手を放しはしなかった。

 

「次はルカだが……ベリアルに由来する形で、地球人への擬態能力があるのなら。より低次と言われる憑依能力も、ベリアル自身やサラのように扱えるのは道理、ということか」

「はい。それを利用し、ヒューマノイドであるライハの意識と共生することで、ダークサンダーエナジーへの抵抗を獲得できる可能性は、充分に考えられます」

 

 皮肉にも。ペガの頑張りでノワール星人が用意した譲歩の理屈である、朝倉ルカの本質はヒューマノイドタイプの宇宙人、という前提は裏切ることになってしまうのだが。

 ライハの提案は、決して突拍子もないアイデアではないのだと、ペイシャンの裏取りにレムが答える。

 

「……ダメ、絶対ダメ!」

 

 だがルカは、その策に対して頷けなかった。

 

「だって、それでもし、影響が軽減されるんだとしても――私の正気は保証されないんだよ!?」

 

 そもそも、他の命との一体化なんてしたこともないから、それだけでも不安は一杯だが。

 そして、本当の理由はそこでもないと、心の奥底で理解した上で、目を背けて――ルカはもう一つの、ライハの身体への懸念を口にする。

 

「それにもし、本当に一体化できたとしても……私はサラみたいに器用じゃないっ!」

 

 過日の、アリエとの決戦の後。結果としては何事もなかったが、サラと融合したトリィの体も、再調査が行われることになった。

 その折、実はルカも、トリィにトリィのままで居て欲しいと不安を抱えていた妹から聞いていたのだ。長く融合し過ぎた場合のデメリットと、特に自分たちベリアルの血を引く生命体の場合に必要となる、融合解除時の繊細さを。

 そして、その不安を杞憂で終わらせることができた究極融合超獣の万能さと、あくまでも直接戦闘に重きを置いた培養合成獣の特性の差を、ルカは充分承知していた。

 

「ただでさえ、ちゃんと分離できるかもわからないのに……そのままライハを取り込んじゃったり、ベリアルに憑かれてたアリエさんみたいに、ライハが変になっちゃうかもしれない……!」

「そのアリエさんの例があるから、今度は対処のしようもあるわよ」

 

 感情を抑えきれないルカの拒否を、ライハは事もなげに受け止めた。

 

「……ね? レム」

「はい。少なくとも星雲荘の住人相手なら、短時間の戦闘一回で生じる影響を、私が見逃す可能性は低いでしょう」

 

 そして、ライハの確認に。前言通り、絶対とは口にせず、しかしその自負を滲ませながらレムが答える。

 

「ですが、融合できるとしても。ウルトラマンであるリクとでは、ダークサンダーエナジーで分離させられる恐れがあります。サラはダークサンダーエナジーに耐性があっても、そもそもヤプールの手により、レイオニクスとの同化をプロテクトされています。一体化の候補は、それ以外の者に限られます」

 

 星雲荘に暮らす同じベリアルの子であり、その遺伝子による汚染が心配ない兄妹を選べない理由を、レムが告げる。

 

「そのうち、ペガは男性です。ベリアルとアリエのように不可能ではありませんが、M78星雲人と異種族の融合は同性の方が難易度が下がります。ただでさえ暴走を抑える必要があるのなら、余分な負担は減らすべきでしょう」

「それに……情けないけど、ペガよりライハの方が、戦うのは得意だしね」

 

 自嘲しながらも。故郷を離れて早々、孤立した滅亡の危機へ巻き込まれたにも関わらず、それを恨む様子もなく。

 

「ただ、ルカが暴走しなかったら良いだけの話じゃない。グリーザを倒して、地球を守らなきゃ――だったら、それが今選べるベストの道だって、ペガも信じる」

 

 仲間への確かな信頼を宿して、ペガが覚悟に満ちた声でライハを推した。

 

 仮に、星雲荘の外まで、範囲を拡げて候補を探しても――ウルトラマンであるアサヒは、リクと同じ理由で不適切で。

 ならば、進んだ科学技術の宇宙人兵士と渡り合うほどの達人であり、キングギャラクトロンMK(マーク)(ツー)で巨大怪獣との交戦経験を持つライハほどの適任者は、他にはいない。

 

「そういうことよ。その上で失敗したり、このまま何もしなかったりした時は、どの道グリーザに皆消されるのに変わりないもの。だから余計なことは考えなくて良いわ」

「でも……でも、ライハ」

 

 頼もしく告げるライハに、それでもルカはまだ、後ろ髪を引かれていた。

 

「――いいの? だって、私……スカルゴモラなんだよ?」

 

 そして、躊躇った末に、その疑問を口から出してしまっていた。

 

 ……わかっている。そんなことは、ライハは()うに承知だなんて。

 その上で、ルカを仲間として受け入れ、弟子に取り、家族と呼んで慈しんでくれたことも。

 

 それでも――それでも、彼女の両親を奪った赤い角の怪獣、その写し身である自分と、一時的にでも同化することを選ばせて良いのか。そんな疑念が、つい零れた。

 

「ええ。あなたは確かに培養合成獣スカルゴモラ――伏井出ケイじゃないわ」

 

 対して、ライハは。その事実に嫌悪を示すことも、問いかけそのものを侮辱と感じる様子もないまま。

 ただ、変わらぬ自然体で、答えてくれていた。

 

「あなたはベリアルの血を引いた、リクの大切な妹。そして私の可愛い弟子で……明日も笑顔で居て欲しい、私たちの家族」

 

 ライハが、そう言ってくれるのに。

 リクはもちろん。レムも、ペガも、モアも、そしてアサヒも。皆一様に、力強く頷いてくれて。

 

「家族と一緒に生きられる可能性を、私はもう諦めたくないの。だから、躊躇う理由なんかないわ」

「――っ! あ……っ、私、も……!」

 

 言葉とともに差し出されたライハの手に、ルカはまた、涙で声を途切れさせながらも。

 

「私も、ほんとは、諦めたくなんかないっ!」

 

 伸ばされた手を取って、きちんと、返すべき願いを叫んだ。

 

「これからも、皆と……家族と一緒に、生きていたいっ!」

 

 そう。

 本当は、死にたくなんかないのだ。だから、消滅への恐怖を極大化するダークサンダーエナジーを受けて、ルカはああも暴れ果てた。

 けど。そのせいで、大切な人を傷つけてしまって。取り除きようのないグリーザが居る限り、それをまた繰り返してしまう死以上の恐怖に心が居場所を見失い、全てを投げ出して逃げようとした。

 そんな馬鹿なルカを、家族はそれでも諦めないでくれた。

 

 ……それで救われること自体は、生まれたあの日の夜と同じ。

 だけど、あの時と違うのは――今度はリクだけではなく、もっとたくさんの家族と仲間が、ルカを愛してくれたことだった。

 

 そして、一人一人では抗いようのない脅威に、誰も犠牲にせず立ち向かうための道を、知恵を出し合って見つけてくれた。

 

「……ありがとう、ライハ」

 

 そんな事実を噛み締め、泣きじゃくるルカの様子で、安心したように。リクが、ライハに感謝の言葉を紡いでいた。

 

「こっちこそありがとう、リク。ルカとの約束を、守ってくれて」

 

 答えたライハが、続けて頭を巡らせるのが、俯いたままのルカにもわかった。

 

「皆も、ありがとう」

「……ありが、とう――皆っ!」

 

 ライハに続いて、ルカもまた。涙を拭いながら、周りに居る家族と仲間へ、心からの言葉を声に出した。

 ちゃんと、この感謝の気持ちが、皆に伝わるよう祈って。

 

 

 

 ……恐怖はまだ、残っていても。

 それに負けないだけの希望を。自分の生きる意味を。

 ルカの心はもう一度、信じられるようになっていた。

 

 

 

 

 

 

 夜の帳に包まれた、星山市。

 その空から――この世の終わりが降りて来るのを、伊賀栗レイトは家族とともに、隣町の避難所から中継で目撃していた。

 

 終焉の名は、虚空怪獣グリーザ。

 第一形態と仮称される球状の姿のまま、周辺の空間を撓ませるようにして膨張したグリーザは、次の瞬間に縮小し、その姿を変えていた。

 無貌の巨人にも似た、美しくも毒々しい色合いをした、第二形態へと。

 

 その変身だけで。穴の構造が変わったことにより、住民が避難し無人となっていた星山市の建築物を空間変動で次々と撓ませ、崩壊させ、零れた瓦礫を大気の異常な流動に伴う風で巻き上げたグリーザの背から、もう一人の巨人の姿が生えるのを、レイトは目にした。

 それは、グリーザを止めるため、レイトと分離した上で、この脅威の中に飛び込んで行った、あのウルトラマン。

 

「ゼロさん……!」

 

 まるで幽体離脱のように、朧気なビジョンとしてグリーザから伸びたレイトの相棒は、グリーザと同調して正気を喪ったような笑い声を発していた。

 そして、グリーザが握り拳を左右に開くと、それに引っ張られるようにしてゼロの姿は虚空に重なり、そして声だけを残して消えた。

 

「ゼロツインシュート!」

 

 光の戦士を再び呑み込んだグリーザ。

 その胸から放たれるのは、ウルトラマンゼロが独力で放つ中では最強の威力を誇る必殺光線。

 

「あ――」

 

 広範囲に照射される光の束は、星山市のビル群を貫き、中継のカメラ、そして――その延長線上にある、レイトたち家族を含む、大勢の命が潜む避難所を目指して迸る――はずだった。

 

 だが、そうなる前に。虹色の羽を生やした妖精のような少女が、カメラの前へ身を躍らせていた。

 妻子とともに息を呑むレイトの前で、白雷が視界を染め上げ――中継カメラが自動で光量を絞り、正確な映像を再び届けるようになった時には、先の眺めが何かの間違いであったように、全く違うものが映像に映し出されていた。

 グリーザが放つゼロツインシュートを、自身の胸で余さず吸い上げる、白い竜――サンダーキラーSの姿が。

 

「サラちゃん!」

 

 友達としてその正体を知るマユが、兵器としてではなく、人格としての彼女の名を呼んでいた。

 そんな伊賀栗家の反応が届いているはずもないサンダーキラーSは、しかしその呼び声に応えるかの如く、破壊光線の照射を終えたグリーザを威嚇するような咆哮を発していた。

 

 

 

 

 

 

「グリーザが活動を再開しました」

 

 ルカがようやく落ち着いた頃。研究室に鳴り響く警報音の正体を、レムは真っ先に言い当てた。

 同時、組織内の連絡を確認したペイシャンが、AIB側の観測情報を読み上げる。

 

「グリーザは星山市で破壊活動を開始。現在サンダーキラー(ザウルス)が迎撃中。だが……」

 

 グリーザが動き出したということは、その活動を戒めていたゼロが、無の中で消滅してしまうのも。

 食い止めるために立ち向かうサンダーキラーSが、しかし通用する攻撃手段を持ち得ず、グリーザに倒されてしまうのも。

 

「――時間の問題だろうな」

 

 その報告に、未だ重体のはずのリクが、痛みを押して立ち上がっていた。

 

「急ごう、皆!」

「……うん。ジーッとしてても、ドーにもならないよね!」

 

 涙を拭いながら、そんな合言葉を口にできるぐらいに回復したルカが、真っ先にリクの呼び声に応えるのを見て。

 レムは、不慣れな活動用ボディの口の端を、自然と緩めてしまっていた。

 

 覚悟を決めて、危機に立ち向かおうとする家族を、送り出すために。レムは転送用エレベーターを手配して、現場への座標を即座に設定した。

 

「頑張って……リッくん、皆!」

 

 そして、リクとアサヒ、ルカとライハを載せたエレベーターを、声援を手向けるモアやペガとともに見送っていると――ふと、背後から自身に向けられた視線を感じた。

 

「……何故私を監視しているのですか?」

「何だその言い草は――いや、大した忠誠心だと思ってな」

「ありませんよ、そんなもの」

 

 気配の主であるペイシャンの感想に、レムは端的に答えた。

 

「前から思っていたが、おまえが部下に……って、何だと?」

「確かに、私のマスターはリク――ですが、そんなプログラムは既に、全て消去されています」

 

 何事かを、まるで本心をはぐらかすかのように呟いていたペイシャンに、レムは淡々と答え続ける。

 

 以前、初めてこの器と同型の、活動用ボディを起動させた事件――創造主であった伏井出ケイが星雲荘を奪取した際に、レムは完全に消去された。

 何とか意識だけは緊急避難できたものの、レムは星雲荘に関する、全ての権限を剥奪されてしまっていた。

 

 さらに伏井出ケイに見つかってプログラムを書き換えられ、敵兵器であるメカゴモラに搭乗させられた。

 ……そんな、役立たずどころか、敵に利用までされたレムを、リクはそれでも見捨てなかった。

 

 リクの奮戦もあり、レムの意識データは奇跡を起こし、本来の権限を越えて星雲荘を奪い返した。そして自分たち家族の居場所を、二度とベリアルたちに利用されることがないよう、全ての権限を書き換えたのだ。

 ――当然、『Bの(ベリアル)因子』を持つ者がマスターとなる設定も、全て。

 

「便宜上、以前の関係を続けているだけで……私の行動を縛るプログラムは既に存在しません。リクの命令に従う設定もです」

「えぇっ、そうだったの!?」

 

 ペガが驚いた声を発するのに、そういえばまだ誰にも言っていなかったことを、レムは思い出した。単に、誰にも聞かれなかったからだが。

 

「……なら、どうしてだ?」

「そうしたいから、ですよ」

 

 だから、初めて受ける質問に、レムは本心から答えた。

 

「リクたちは私のことを、ただの道具として扱いませんでした。仲間として、家族として、大切に想ってくれた――なら、私が大切に想い返すのも、単純な道理というものでしょう?」

 

 それこそ、ルカがそうして育って行くように。

 レムはただ、優しくして貰えたから――それを返したいと、自然と想えるようになった、それだけだった。

 

「今も報告管理システムとして振る舞うのは、単にそれが向いているのと――そういう風に生まれた私を、彼らが大切にしてくれるからです。忠誠心ではありません」

「……だからリッくんに厳しかったんだ」

「いや、それは元々……」

 

 勘違いした様子のモアへの対応は、面倒なのでペガの優しさに任せることとした。

 何より、今は緊急時だ。

 

「ペイシャン。グリーザの解析と、それによるリクたちの援護に、協力を要請します。この状態でも、私は星雲荘の機能と情報を全て扱えますので、お気遣いなく」

「……羨ましい限りだよ。本当に」

 

 こちらの性能を示すと、どこか皮肉めいた口調で答えつつも、自身の情報端末へと向き直るペイシャンとともに。

 レムは、送り出した家族がこの危機を乗り越えるために。まだ自分ができることに、全力を尽くそうと決めていた。

 

 

 

 

 

 

 遂に活動を再開した、虚空怪獣グリーザ。

 監視し続けていた敵との対決に臨みながら、究極融合超獣サンダーキラーSは、自らの知り得た事実を振り返っていた。

 

 ――ペイシャンから聞かされた、グリーザの発生原因。

 それは、サンダーキラーS自身が、四次元怪獣ブルトンを、倒してしまったからだということを。

 

 数々の怪獣災害を起こした末、モアたちを乗せ避難するネオブリタニア号を狙われては、あの時ブルトンを見逃す道理はなかったとしても。

 こんなことになるなんて、知らなかったとはいえ。それでもサンダーキラーSが、ブルトンを倒したことが原因でダークサンダーエナジーを放つグリーザが生じ、大切な姉である培養合成獣スカルゴモラを変貌させることになってしまった。

 その尻拭いを、同じく大切な兄であるウルトラマンジードが、たくさん痛い思いの末、何度も死にかけてまでしてくれた。

 

 兄のおかげで、姉は何とか正気に戻れたが――きっと、二度目はない。ギガファイナライザーも、壊れてしまったから。

 だから、今度は。痛い想いを兄に、苦しみを姉に押し付けてしまった自分が、その二度目だけは防いでみせると。

 

 早速、獲物(ルカ)を求め迸る暗黒の稲妻(ダークサンダーエナジー)を、伸ばした触手で絡め取りながら――漲る決意とともに、究極融合超獣は単身、その発生源である虚空怪獣と対峙していた。

 

「ここは、とおさない……!」

 

 咆哮とともに、サンダーキラーSは八本の触手で取り囲み、グリーザへの攻撃を開始した。

 

 怪獣を越えた生物兵器である、超獣の頂点――次世代の究極超獣にして、広大な宇宙の生命全てを糧とできるポテンシャルを秘めた、滅亡の邪神、その幼体。

 そんなサンダーキラーSからの激しい敵意を向けられながら、しかし宇宙の全てを無に帰す虚空怪獣グリーザは、何ら変わらず普段通りの行動を開始した。

 

「べりあるですさいず!」

 

 サンダーキラーSが首元から生えた二本の触手を振るえば、父ベリアルから再現した攻撃手段、平の宇宙警備隊員であれば十人単位で両断する鎌状の光線が二つ、グリーザへと飛翔する。

 グリーザはただ存在するだけで、斬撃の通るべき空間を無に呑み込み、直撃する軌道を消失させて、左右へと刃を受け流す。

 

「ふぉとんくらっしゃーえっじ!」

 

 かつて宿していた二人のウルトラマン、そのリトルスターより獲得した、二重の光の刃を重ねがけする赤と青の光刃を二組、今度は鞭状に変化させて一直線に叩きつける。

 サンダーキラーSの二対目の触手による攻撃を、グリーザは体表に見えないバリアでもあるかのように、水を弾くように無数の斬撃を散らし、変わらぬ足取りで前進する。

 

「けっしょうかこうせん!」

 

 サンダーキラーSの触手、三列目の触手二本が放つのは、光怪獣プリズ魔を捕食したことで獲得した悪魔の光線。

 対象を破壊するのみならず、あらゆる物質を結晶化させ、光に変換して捕食してしまう白い悪魔の脅威も、元々物理的に存在しないグリーザにはどこから浴びせても効果を発揮せず、無の中へ吸い込まれるだけで終わってしまう。

 

「ぜがんとびーむ!」

 

 最後列の触手二本が放つのは、光学的な破壊力を持つと同時、含んだ時空の因子により時空構造体の情報を書き換え、別次元に通じる扉を開く次元転送光線。

 だが、この宇宙の全ての位相と次元を貫いて開いた穴であるグリーザには全く通用せず、逆に次元の穴すら吸い込まれながら距離を詰められる。

 

 ……究極超獣の触手は、初号機であるUキラーザウルスの時点で、その一本一本が超獣の平均値に相当する攻撃力を備えている。

 そして、次世代型であるサンダーキラーSの触手は数を倍にしただけでなく、多様な能力を解析し自己強化できる特性と合わせ、単独でも従来機以上の性能を発揮できる。

 そこに、グリーザから幾度と受けたダークサンダーエナジーによる強化が上乗せされ、さらなるパワーアップを果たしている状態だ。

 

 つまりは、怪獣の平均を遥かに凌ぐ超獣、その八体分を大きく越える飽和攻撃をして、虚空怪獣グリーザには一切の成果を挙げられなかったのだ。

 だが、所詮は補助器官に過ぎない触手よりも――サンダーキラーS本体の方が、当然、出力も性能も上となる!

 

「きらーとらんす……」

 

 口から放つ連射性に優れた三日月型のカッター光線、ライトニングキラーカッターで牽制しながら、サンダーキラーSは異次元超人ビクトリーキラーのものから発展させた変異能力(キラートランス)を発動し、通常時の身体構造では行使不可能な攻撃手段の準備に移る。

 

「ハイパーゼットン・しざーす!」

 

 日中、宇宙恐魔人アーマードゼットが繰り出した軍団の中でも、特に優れていた亜種――史上初めて滅亡の邪神と呼ばれた存在を形だけでも模した宇宙恐竜の、槍のような突起状の前腕に自らの両腕を変化させたサンダーキラーSは、不規則な転移で弾幕を突破してきたグリーザを迎え撃った。

 

 元が見てくれだけの複製体とはいえ。同じ構造を、滅亡の邪神ハイパーエレキングの細胞から造られた究極融合超獣が操れば、その威力はオリジナルの方に近づいていた。

 

 そうして繰り出した、兄の最大貫通力を誇る必殺技(クレセントファイナルジード)にも迫る破壊力の刺突二発を、しかしグリーザはただそれぞれに掌を添えるだけで、それ以上の進行を阻止した。

 そのまま、無貌の頭部が、ずいっと――獲物を値踏みするようにして、兜に包まれた自身の顔に近づくだけで、サンダーキラーSをして死への嫌悪感を抑えられなかった。

 

「――っ、さんだーですちゃーじ!」

 

 キラートランスした両腕を掴まれたままの状態で、サンダーキラーSは自身に備わった放電能力を全開。地球を消し飛ばせるほどの莫大な電力が究極融合超獣の体から産み出され、最も電気抵抗の低い無そのもののグリーザへと直に注ぎ込まれる。

 それでも、たった五十メートル規模の穴でしかないはずのグリーザは、何の痛痒も見せず、変わらずに狂ったような笑い声を上げるばかりだった。

 

「うぁあああああああっ!」

 

 捕まったままのサンダーキラーSは、ハイパーゼットンを再現したままの両腕から一兆度の火球を生成。至近距離から叩き込もうとすると、グリーザが突如として消える。

 いつの間にか、コマ落としのように背後に回っていたグリーザから回し蹴りを打ち込まれ、それだけでサンダーキラーSは呆気なく横転。発射直前だった火球が街の舗装を瞬時に気化させ、その下の大地を爆ぜさせ、クレーターを形成する。

 

 その白煙が上がる最中、倒れ込んだままでもサンダーキラーSは自らの尾をグリーザ目掛け伸ばし、拘束しようとする――が、他の攻撃と同じように、グリーザには触れることすらできず回避される。

 それでも、気紛れからか後退したグリーザを追い、サンダーキラーSは触手の内の四本を照準させる。

 展開した鉤爪の間で生成した、一兆度のプラズマ火球。それを次々と発射し、追撃するが、やはりグリーザは体表で逸し、弾き、すり抜け、あるいは丸呑みにして、邪神の放つ一兆度の暗黒火球でも、一切のダメージを受け付けず、狂ったように笑いながら踊り続ける。

 

「きらーとらんす……!」

 

 残る四本の触手を足代わりにして瞬時に起き上がったサンダーキラーSは、不条理の極みに向き直り、次なる攻撃手段を試みていた。

 

「――ファイブキング・あーむず!」

 

 サンダーキラーSの触手がまた、変化する。

 今度は超合体怪獣ファイブキング――に、収斂進化したスペースビーストを取り込んだことで再現を可能とした、その構成怪獣への部分変異。

 八本の触手は、その先端全てが巨大で醜悪な目玉、奇獣ガンQ型の楯に変化して、一斉にグリーザへと襲いかかった。

 

 目には目を、不条理には、不条理を。

 生命反応のない生命体・ガンQの力を用いたサンダーキラーSは、破壊力を叩き込むのではなく。逆に、存在しない存在・グリーザを吸収することで対抗しようと試みた。

 八方から襲いかかった魔眼の群れは、グリーザを完全包囲。そのまま取り込んでしまおうと、各々から紫色の波動を放射する。

 

 だが、同じ理屈を越えた不条理でも、グリーザとガンQではその質も規模も違い過ぎた。

 

 グリーザの頭部が光ったかと思うと、無数の鎌鼬のような刃が発生。吸引効果に捕まったようにガンQへ接近するが、完全に吸収される前に瞼や眼球部分を直接切り裂き、その痛みでサンダーキラーSの触手の包囲を緩ませる。

 グリーザはその結果を見届けるでもなく、続けて一度交差させた腕を解いたかと思うと――体の前面に、眩い光の円を生じさせ、そこから無数の青白い光を伸ばした。

 その光は、腕のような形をして、サンダーキラーSの触手に襲いかかって来た。

 

 先端に付いたガンQを鷲掴みにするように、あるいはさらに根本を握り込むように。次々と伸びた手は、猛烈な勢いで円を潜り、グリーザの中へと戻ってはまた飛び出すを繰り返した。

 

「あ……っ、いやぁああああああっ!?」

 

 その動作に合わせて、腕に襲われたサンダーキラーSの触手は次々と引き千切られ、その肉片を無へと変換されて行った。

 

 痛みや恐怖を感じることができる、自律した一個の心を持った超獣サンダーキラーSは――なまじ強すぎる故に、その感覚には未だ不慣れだった。

 だが、その強大な力を以ってしても、この虚空怪獣には一矢報いることもできず、勝敗はあっさり決してしまった。体の一部である触手を勝者に遠慮なく潰され、毟られ、引き千切られるたびに、耐え難い激痛が連続して走り、幼い精神が蹂躙される。

 

 日天下であれば、不死身に喩えられるほどに再生力が向上する分、もう少し善戦できたかもしれない。しかし、それでも結果は変わらなかったと断言できるほどの隔絶した差が、サンダーキラーSとグリーザの間には存在していた。

 

 ――だが、サンダーキラーSはまだ諦めなかった。

 

 痛みや恐怖を言い訳にするには、彼女はもう、大切なものを知り過ぎていたから。

 

「あぐるぶれーどっ!」

 

 意志の力で痛みに抗ったサンダーキラーSは、腕から生やした光子の剣で、本体にまで迫る亡者のような青白い手を懸命に迎え撃った。

 しかし、二度切り払ったところで剣はあっさり掴まれて、もう一本グリーザの腕が加勢すれば、ちょうど刀身の色が変わる辺りから綺麗にぽきりとへし折られた。

 

 そして、立ち尽くすしかなくなったサンダーキラーSを虚空の中へ引きずり込もうと――喪った触手に倍する数の亡者の手が、グリーザからサンダーキラーSにまで伸びて来ていた。

 

 

 

 

 

 

「……何となくわかった。多分、いける……と思う」

 

 レムが用意した、転送用エレベーターの中で。

 グルーブや、レイガという合体ウルトラマンに変身した経験を持つ、リクとアサヒのアドバイスを受けたルカは、これから求められる一世一代の大勝負に向けたイメージを、自らの中に築きつつあった。

 

「多分なんて言わないの」

 

 そんなルカに対し、相方(バディ)となる師匠(ライハ)は、容赦なくダメ出しを行った。

 

「絶対できる、って信じなきゃ。自分で信じられないことをやり遂げるなんて、できっこないわよ」

「……さっき、レムに絶対はないって言われたから」

 

 弱気を言い訳しながらも、ルカはライハの指摘に頷きを返した。

 

「でも、そうだよね。お兄ちゃんとアサヒが教えてくれたことを、ライハとするんだもん。間違えっこない、よね」

「その意気よ」

「そうです! ルカちゃんとライハさんなら、必ず上手く行きます!」

 

 満足げな表情のライハと、力強く握った拳を見せてくれるアサヒに励まされて、自身の中の不安をどんどん追い出しながら。

 

「信じることが大事、か……」

「どうしたの、ルカ?」

 

 その呟きに込めた迷い――微かな恥じらいの感情を見て取ったらしきリクが問いかけてくれたのに、ルカは腹を決めることとした。

 

「ねぇ、お兄ちゃん――最初だけでも良いから。マグニフィセントで、一緒に戦ってくれる?」

 

 そして、自分の不安を払うためのおねだりを、ルカは兄に告げた。

 

 ウルトラマンジード・マグニフィセント。(リク)留花(ルカ)の名付け親である朝倉(スイ)が、家族になれなかった子供に託した――生きて欲しいという願いから誕生した、崇高なる戦士の姿。

 ギガファイナライザーが壊れた今、ジードが変身を可能とするフュージョンライズの中では、指折りに強力な形態でもある。

 

 だが、ライハの祈りから光臨したロイヤルメガマスターを始め、ルカ自身の祈りから繋がったノアクティブサクシード等、さらに上位と言える形態は存在する。

 それでも。ルカにとって、あの姿の兄は、今も特別な希望だった。

 

「私を、最初に護ってくれた、あのジードと一緒なら……どんな怖い目に遭っても、私はもう私を見失わないって、信じられるから」

「……ああ。わかった」

 

 果たして。妹の頼みを、兄は快諾してくれた。

 

「……ありがと、お兄ちゃん」

 

 少しだけ、照れながらも。確かな御礼を伝えたその時――遂にエレベーターが、目的地の座標に到着した。

 そして、ルカたちが転送用エレベーターを出てみれば。

 孤軍奮闘してくれていたサンダーキラーSは、グリーザからの反撃を受け、殺されかけていた。

 

「サラ!」

「今助けます!」

 

 思わず心配の声を上げるルカの隣で、アサヒが自身の変身アイテム――ルーブジャイロを取り出していた。

 

「星まで届け、乙女のハッピー!」

「――ユー、ゴー!」

 

 アサヒが戦いに臨む構えに入った隣で、リクもまた、フュージョンライズを開始する。

 その様を見て――妹を助けるためにも、遅れるわけにはいかないとルカが決意したその時。

 ライハが強く、ルカの掌を握っていた。

 

「……行くわよ、ルカ」

「――うん!」

《フュージョンライズ!》

 

 呼びかけに応えたその時――ちょうど、ジードライザーが、その単語を読み上げていた。

 そうして、友に託された光と、無事を願う祈りと、互いを想う心とが、それぞれに溶け合って。

 

「護るぜ、希望! ジィィィィィィィィィィィドッ!!」

 

 闇を払う三つの光が生まれ、虚空から伸びる邪悪な手を払うように、星山市の夜を翔けていた。

 

 

 

 

 

 




Bパートあとがき




・ウルトラマンにとっての擬態と一体化の難易度設定
 光の国のウルトラマンにとっては、擬態より一体化(憑依)の方が簡単というお話。
 正史にどこまで反映されるかはっきりとしていませんが、公認作品である小林雄次氏著の『ウルトラマン(シスターズ)』内で言及された設定が元ネタとなります。擬態の方が優れた能力を必要として、憑依の方が簡単らしいです。地球人の感覚や、擬態ではなく憑依で活動している面子の豪勢さ、ウルトラマン同士の合体が何らかのアイテムが必要なケースが多いと、印象的には正直真逆とは感じるのですが、一応公認作品で明言された設定になるので、自分の感覚よりも優先して採用させて頂きました。
(それを言い出すと人間の姿から変身するのにアイテムが必要って擬態型のリブットが公式映像作品で言っている? でも融合型とはいえノアの化身であるネクストどころかジャックもベリアルも変身アイテムなしで人間態とウルトラマンで変化・分離が可能ですし、映像作品ではありませんが『ダークネスヒールズ-Lily-』の本物の記憶を再現されているベリアルは「俺には必要ない」と発言してイーヴィルが認めてはいるので、例外はあるのかなってことで……お見逃しください)


・レムの権限関係
 実は原作19話『奪われた星雲荘』時点で、リクの命令権は既に消去されているという衝撃のカミングアウト。
 実際に消されてしまった上で、上位権限者である伏井出先生からシステムを全て奪い返し、彼にプロテクトを施しているということは、レムは星雲荘のシステムを完全に己のものとして掌握していることになるため、矛盾のある解釈にはならないとは思うのですが、公式で明言されていない独自解釈となります。予めご了承ください。


・グリーザの強さ
 グリーザについてはほぼ公式設定通りの強さのつもりですが、本作のグリーザは出現要因となったブルトンが通常の個体ではなく、レイオニクスの能力で強化された個体のため、結果的に通常ブルトン産の『ウルトラマンZ』の個体よりも干渉に必要な出力水準が向上しているという想定になります。そのため、デルタライズクローに力負けしていなかったバラバより設定上格段に強力なサンダーキラーSが全く干渉できていない、という格好になります。同じ理由+推定ギャラクシーライジング以上のウルティメイトシャイニングから吸い上げたパワーもあるため、攻撃力もジャグラーの変身した(トライキング→)ファイブキングを計五発前後で倒すというものからさらに強化されている形です。








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第十七話「フュージョンライズ!」Cパート

 

 

 

 

 八本の触手を、千々に引き裂かれ。

 今まさに、無へと誘う虚空怪獣グリーザの魔の手に襲われていた究極融合超獣サンダーキラー(ザウルス)の前で、三重の防壁の展開が、間に合った。

 

「あ……っ!」

 

 兄姉が展開した光子障壁は、グリーザが次々と繰り出す魔の手に砕かれ、吸い込まれ、突破されてしまったものの。それでも、ラッシュの勢いを弱めることはできていた。

 

「てぇいっ!」

 

 そして、三層目に控えていたウルトラウーマングリージョの強力なバリアは、減衰したグリーザの攻撃を横に逸らして、一旦状況を仕切り直すことに成功していた。

 

「もう大丈夫だ、サラ」

「すぐに治しますね――グリージョチアチャージ!」

「お兄さま、アサヒおねぇちゃん――それに……!」

 

 末妹と、彼女を治癒するグリージョを庇って前に立つ、ウルトラマンジード・マグニフィセントの呼びかけを合図に。自らを救った者たちを見渡したサンダーキラーSは、驚きの声を漏らしていた。

 

「お姉、さま……!?」

「(助けに来たよ、サラ!)」

 

 動揺で声を上擦らせた末妹に返事をしながら、培養合成獣スカルゴモラが両の拳を打ち合わせる。

 それを合図に、全身の角から放たれる黄金の波動、フェーズシフトウェーブ。ウルトラマンネクサスのリトルスターから継承したその能力で、スカルゴモラはその場の全員を、戦闘用不連続時空間、メタフィールドの形成に巻き込んだ。

 ……位相に依存しない宇宙の穴であるグリーザも、変わらぬ位置関係でそこに居たが、これで。星山市周辺への被害を気にせず、戦うことができる。

 しかしそんな態勢に、待ったをかける声が上がった。

 

「そんな、だめ、お姉さま! アレに近づいたら……!」

「(心配しないで、サラ)」

 

 サンダーキラーSが、その身を楯に庇っていた実姉――強靭な生命力を持つ故にグリーザの標的とされ、怪獣である故に、ダークサンダーエナジーで暴走させられてしまうスカルゴモラは、しかし怯んだ気配を見せずに、妹の訴えに答えていた。

 

「(だってルカは、一人じゃないから)」

 

 そして、同じスカルゴモラが発する、しかし彼女の物ではない思念の声に、サンダーキラーSが驚愕で一瞬固まった。

 

「えっ――ライ、ハ……?」

「(そうよ。あなたとトリィがそうしたように――今は私がルカと、一つになっている!)」

 

 融合に成功した、ライハの叫びに合わせて。スカルゴモラの体から、紅い炎が生じる。

 レイオニクスの闘争本能の昂りが開花させる力――レイオニックバーストによる強化を遂げたスカルゴモラが、妹を庇うように前に出て、ジードと並んだ。

 

「(……私には、皆が付いてくれている。もちろんサラも、サラにも)」

「ああ。だからどんな相手にだって……宇宙の穴だろうとなんだろうと、僕らは負けない。絶対に!」

 

 まるで、避けようがない死という運命、そのものみたいな相手でも――運命は変えられるということを、ジードは、リクは既に知っていた。

 

 レムが言うように、絶対はない。いつかは死ぬとしても、それを今、受け入れる理由はどこにもない。

 だから、相手が絶対のように振る舞うのなら。こっちだって絶対に、心で負けてやるものか!

 

〈水を差して悪いが、気持ちだけで勝てる相手でもない〉

 

 そこで、ジードライザーを介して聞こえたのは、AIBのペイシャンからの通信だった。

 

〈奴を倒すにはこの宇宙の針が要る。それを取りに行ったゼロは音信不通のままだ〉

〈力尽きたのは、針を見つけた後か否か……状況はこちらからは窺い知れませんが、このまま脱出できなければ、ゼロはグリーザに消去されてしまいます〉

 

 ペイシャンに続けて、人間態で活動しているレムが、彼の研究室から解説を続ける。

 

〈針が無の中にあるにせよ、ないにせよ……状況を確認するためにも、まずはグリーザに干渉できるだけのパワーをぶつけて、ゼロを救い出せ〉

「……言われなくても!」

 

 この場に残された皆を庇い、無と同化するという危険を冒してまで、グリーザを足止めしてくれたゼロ。

 大切な戦友であり、仲間である彼を助け出すことも、最初からジードの目的の一つだった。

 

「行くぞ!」

 

 ジードの叫びに合わせて、咆哮したスカルゴモラもまた、一斉にグリーザに突撃を開始した。

 

「メガニストラトス!」

 

 飛びかかったジードが、肩と肘の突起の間に生成した光の回転ノコギリを前に突き出して、ふらふらと前進して来るグリーザに斬りかかる。

 ――光の刃は、そのままグリーザをすり抜けて、何の成果も挙げられない。

 

「(やぁあああああああああっ!)」

 

 二人分の気合を載せたスカルゴモラの頭突きもまた、グリーザはその発光する人型を歪ませたかと思うと――コマ落としのように回避してしまい、背後からスカルゴモラを蹴り上げていた。

 

「(インフェルノ・バースト!)」

「ビッグバスタウェイ!」

 

 体勢を崩されながらも倒れず、見事な体捌きで立て直したスカルゴモラが口から放った熱線と。ジードが腕をL字に組んで放つ破壊光線とが、グリーザに十字砲火で襲いかかる。

 兄妹が放つ必殺の煌めきは、グリーザの手前で逸らされて、その身に光子一つ届くことはなかった。

 

「なんて奴だ……っ!」

 

 ジードが舌を打つその間に。存在するだけでこちらの光線を捻じ曲げ、その威力を完全に受け流してしまうグリーザは、自分の顔から放つ光は真っ直ぐ飛ばして、ジードのカラータイマー付近を撃っていた。

 

「くっ!?」

「(お兄ちゃん!?)」

「(リク! このぉっ!)」

 

 続けて、一筋だけになった分解消滅光線を、今度は楽々と呑み干しながら接近して来たグリーザへと、放射を止めたスカルゴモラが拳打へと切り替える。

 ライハの技量を身につけ、流麗な動きを可能としたスカルゴモラの猛打は、しかしグリーザを捉えることができず、腕の一振りであっさりと払い除けられた。

 

「(……そんな)」

 

 微かな絶望に染まったスカルゴモラの思念が、メタフィールドに響いた。

 

 滅亡の邪神の幼体、究極融合超獣サンダーキラーSの力でも干渉できない、虚空怪獣グリーザ。

 この地球に残された戦力で、サンダーキラーSを越えるパワーを持ち得る唯一の存在――レイオニックバーストを果たしたスカルゴモラだけが、無に干渉する希望だった。

 なのに。そのスカルゴモラでも、まるで何もできないなんて……!

 

「……まだだ!」

 

 妹に頼り切り、勝手に絶望するわけには行かないと、ジードは奮起した。

 

《シャイニングミスティック!》

 

 立ち上がりながら、フュージョンライズを重ねたジードは――初代ウルトラマンとシャイニングウルトラマンゼロの力を受け継ぐ形態ならではの、奇跡の力で畳み掛けた。

 

「ジードマルチレイヤー!」

 

 絆を繋ぎ、ウルトラマンの真の力を引き出すメタフィールドの助けを受けて。ウルトラカプセルを通し、シャイニングミスティックは光の巨人たちの力をこの場に借りる。

 そして、本物と同等の力を持ったウルトラマンジードの分身が四体、グリーザを取り囲むように出現した。

 

 シャイニングミスティックと並ぶ、ジード最強のフュージョンライズ形態であるノアクティブサクシードと、ロイヤルメガマスター。

 さらに、ウルトラマンゼロの戦友たちの力を受け継いだマイティトレッカーと、彼の父と師の力を合わせたソリッドバーニング。

 

 虚空怪獣を倒し、戦友(ゼロ)を取り戻そうと。召喚された分身たちが独自の意思でグリーザに攻撃を仕掛ける、その最中。

 本体であるシャイニングミスティックは、もう一つの超常能力を行使する。

 

「――スペシウムスタードライブ!」

 

 それは、時間の流れを停止させる超絶能力。

 いくらなんでも、時間ごと固定してしまえば、回避のしようもないだろうと――そう考えていたジードは、停止した時間の中でも変わらず響く笑い声に、身を竦めた。

 

 虚空怪獣グリーザは、止まった時間の中でも、変わらず揺らめきながら動いていた。

 

 ……D4レイの次元崩壊や、ガンQという怨霊の呪術を無視するだけでは飽き足らず。

 この宇宙に開いた穴は、この宇宙に流れる時間という概念にすら、何の影響も受けていなかったのだ。

 

 そして、空間跳躍で最初に接近したノアクティブサクシードの長剣を腕の一振りで弾き返したかと思うと。そのまま振り返りもせず、背中から放った光線で、後ろを取っていたソリッドバーニングを過たずに撃ち抜き、吹き飛ばした。

 

「このっ!」

 

 無意味な時間停止を解除しながら、シャイニングミスティックはスペシウム光線を発射する。

 同時、ロイヤルメガマスターも出の早い飛ぶ斬撃・スウィングスパークルを放ち、マイティトレッカーもムーンライトソルジェントでの一斉攻撃を繰り出す。

 スペシウム光線と、ムーンライトソルジェントの光を容易く受け流しながら。気紛れのように体を思い切り仰け反らせて、スウィングスパークルの斬撃を回避したグリーザは、その身を起こすと同時に全身から無数の光球を出現させた。

 そして、光球から伸びた手のような光線が一斉に五体のジードを打ちのめし、弾き飛ばした。

 

 既に装甲を貫かれていたソリッドバーニングと、鎧を身につけていないマイティトレッカーはその一撃で耐久限界を迎え、消滅する。

 それぞれマントと鎧で凌いだロイヤルメガマスターとノアクティブサクシードも、決して無視できない被弾を受けて、一瞬動きを止めていた。

 その隙間を狙うように。本体であるシャイニングミスティックを照準したグリーザの胸が、耳が痛いほどの高音を伴う破壊光線を発射した。

 

「――っ!?」

 

 先の被弾で動きの鈍っていたシャイニングミスティックは強烈な破壊光線を避けることができず、その身を貫通する超過ダメージを叩き込まれ、カラータイマーの点滅開始と、フュージョンライズの強制解除に追い込まれた。

 

 ……今回は最初に介した変身がマグニフィセントであったため、プリミティブではなくその姿へ退化することで即時戦闘不能を免れる。

 だが、初代ウルトラマンの力を持たない形態に変わったために、ジードマルチレイヤーを維持できなくなった。

 

 結果として、未だ継戦可能だったロイヤルメガマスターとノアクティブサクシードの分身までその姿を消してしまい、持ち手を失ったキングソードだけがメタフィールドの大地に残される。

 

「リクさん!」

「アサヒおねぇちゃん、あぶない!」

 

 ジードの苦戦に駆け出そうとしたグリージョと、光線吸収能力で彼女を庇うサンダーキラーSに対し、グリーザは何の感慨も見せず背中から紐のような触手を伸ばし、二人の全身を斬りつける。

 

「(やめろぉおおおおおっ!)」

 

 地を舐める二人に容赦なく続く追撃。それを阻止せんとするスカルゴモラの突撃をまたもひらりと躱しながら、グリーザは二重螺旋状の光線・グリーザダブルヘリックスを発射。抉り込むような弾道でスカルゴモラの背中を削りつつ、射線上に転がっていたキングソードまで弾き飛ばす。

 

 そして、遂に。最初から、それが狙いだったと言わんばかりに――周囲の邪魔者を痛めつけ、倒れ込んだスカルゴモラの抵抗も弱まったところで。

 絶対の如く君臨する終焉の化身、グリーザはその胸から、これまで見せた中で最大規模のダークサンダーエナジーを放出し、スカルゴモラに流し込んだ。

 

「ルカっ!」

 

 転がってきたキングソードを拾い、それを使って斬りかかり、ジードがグリーザの行動を阻んだ時には。

 既に充分な暗黒の稲妻を注がれた妹は、兄の前で再び――その背から翡翠の結晶体のような角を無数に生やした、強大無比な力を誇るスカルゴモラNEX(ネックス)へと、変貌を開始してしまっていた。

 

 

 

 

 

 

「(いやぁあああああああああああああああああ!?)」

 

 身の毛もよだつような悲鳴が、ライハの外と内から重なって轟いた。

 それが、誰の声なのかはすぐにわかった――一体化していたライハも、一緒にその雷を浴びていたから。

 

「ルカ!」

 

 無数の、細胞のような光彩に包まれた特殊な空間――培養合成獣スカルゴモラのインナースペースが、突如として暗黒の稲妻に塗り潰される中。

 声を張り上げたライハの精神は、その闇の波濤を掻き分けて駆け出していた。

 

「ルカ……どこなの!?」

 

 同化してしまっているために。互いが遍在し、精神の核がどこに居る、ということが却って判別しかねる状況の中。

 このまま見つけられないかもしれない――なんて。情けない不安が脳裏を過ったライハは、すぐに頭を振って、己が何を言ったのかを思い出した。

 

 ――自分で信じられないことをやり遂げるなんて、できっこない。

 ましてここは、混じり合ったルカとライハの精神世界。信じきれないことが、実現できるはずがない。

 

 集中する。

 

 気の通り道である経絡に息を通す、戸納術。その動きを助ける身体の屈伸操作、導引術を用いた、太極拳の深い呼吸。

 

 陰と陽を生み出す気の原型、太極を意識することで。宇宙と一体化する感覚を研ぎ澄ますのが、太極拳の術理の根幹だ。

 それを用いることで、今ライハが同化しているルカの精神世界という小宇宙との繋がりを、さらに深化させる。

 

 ――その果てに、ライハは探し求めた気配を見つけた。

 

「ルカ!」

 

 苦痛を訴える咆哮を耳にして、ライハは暗闇の中を走った。

 

「(あぁああああっ、うぁああああああああああっ!?)」

 

 そして、遂に探し求めた相手を見つけた。

 

 ……そこに居たのは。赤いヘッドホンとライハの真似をした眼鏡をトレードマークにした、輝く金髪と褐色の肌を持つ少女――では、なかった。

 

 その苦しみを示すように暴れ狂うのは、長く太い尻尾。

 頭部には、湾曲した赤い角。そこから等間隔に背鰭のような角を生やす、金色をした蛇腹状の背部。腹部を装甲する、無数の棘とも鱗とも判別できない褐色の皮膚の胸元には、紫色の球体が、カラータイマーのように嵌め込まれている。

 乱杭歯を生やした口元と、血の色をした瞳を持つ彼女は――背丈こそ、ライハの倍未満のスケールに縮んでいても。

 

 紛れもなく、培養合成獣スカルゴモラの形をして。朝倉ルカと名付けられた魂は、苦しみを訴えかけていた。

 

 ……わかっていたことだ。いつもライハと一緒に套路(とうろ)を重ねていた、愛らしい笑顔の少女の姿は。優しく臆病な彼女が、いくら望んでその形を取っているのだとしても、所詮は擬態に過ぎないということなど。

 何ら本人の望みによることなく。獰猛な姿をした赤い角の怪獣こそが、朝倉ルカと名付けられた命の、真の形なのだということなど。

 

 ……今でも。その姿に、どうしようもなく――愛する両親を奪われた過去の光景を想起することは、ある。

 例えば、昼間、正気を奪われた彼女の爪がライハ自身に向けられた時や……まさに今、この瞬間のように。

 

 だが、そんな自分の心の動きを、偽ることなく受け止めた上で。

 新たに得られた愛する家族まで奪われまいと、ライハは躊躇なく、その怪獣の元へ駆け寄っていた。

 

「ルカ、落ち着いて!」

 

 見境なく、遮二無二振り回される太い腕を掻い潜り、ライハはルカ=スカルゴモラの体に抱きついた。

 

「大丈夫、怖くない! あなたは消えない、消させない!」

 

 ベリアル融合獣スカルゴモラに愛する家族を奪われ、未だその悲しみが胸の中に巣食うのも。

 培養合成獣スカルゴモラと出会い、恩讐の果てに、新しい未来を望める絆を結んだのも。

 

 どちらもがホントの自分だと見つめたライハは、この数奇な巡り合せを信じ、叫びを上げていた。

 

 だが、己の胴を回りきらないライハの腕が、そこに触れていることに気づいてすらいないのか。取り囲む暗黒の稲妻に苛まれ続けるルカ=スカルゴモラは、なおも狂乱し、咆哮していたが――不意に、その動きが鈍った。

 

「……大丈夫だ、ルカ。僕らは君と一緒に居る」

 

 それは、幻視。

 そして、心の中ではなく、現実で実際に行われている事象。

 

 マグニフィセントの姿をしたウルトラマンジードが、ライハの反対側から、スカルゴモラを抱き留めていた。

 

「……そうよ。あなたは独りぼっちじゃない」

 

 力強く崇高なる巨人の姿と。妹を喪うまいと、ただ必死に祈りを捧げる一人の青年の表情と。重なる両者から、しかし等しく感じる頼もしさに、自然と涙すら流しながら。ライハは続けた。

 

「私たちが、ここに居るわ」

 

 ゴツゴツとした胸元に、額を当てたライハは――確かにその奥から響く、鼓動を聞いた。

 

「だから、負けないで――!」

 

 そして、暴れ狂っていた獣の拍動が――ライハ自身の心音と、カラータイマーの点滅音、その双方と重なる、瞬間も。

 

 

 

 

 

 

 闇の底から、濃い影の向こうから。誰かが私を呼ぶ声が聞こえた。

 そして、その叫びと同調するように、私の鼓動が、他の命の音と重なるのも。

 

 その音色は。目に入る全てが恐ろしい影に覆われて、私を根を張るべき世界から切り離し、何もない虚無の中へ連れ去ろうとする――そんな感覚を際限なく増幅させられ、気が気でなくなる寸前だった私の魂を、ほんの少しだけ、暗闇の澱から抜け出させた。

 

 そして、思い出す。

 

 全てが敵に見える世界の実態は、必ずしもそうではなかったことを。

 私を傷つけないものばかりではない、としても。だからといって、壊してしまって良いものではないことを。

 私の知っている誰かも、私の知らない誰かも――私自身や、私の大切な誰か、あるいはその誰かの大切にする誰かが、愛しているひとつきりの命で、心だから。

 

 ……それでも、もし、敵と呼ぶべき者が居るとすれば。

 

 それは、誰かの大切なものを、平然と奪おうとする――自らの都合や欲望でしか行動しない、愛なき者。

 悪意があろうと、なかろうと。まずその暴挙を止めなければ、大切なものを奪われてしまう脅威だけだ。

 

 なら、今、私が守りたい世界を――脅かすものは、何だったのか。

 

 私を照らしてくれる絆は、絡みついていた闇を解いて……隠された記憶を、もう一度見つめさせてくれた。

 

 そうして。視界の中にただ一つだけ、闇すら残らない底なしの穴を見つけた私は、この抑えきれない力を、思い切りぶつけるべき相手へと向けていた。

 

 

 

 

 

 

 怪獣を強化すると同時、極限の恐怖で暴走させる、ダークサンダーエナジーに包まれた培養合成獣スカルゴモラ。

 悲鳴を上げる妹を、懸命に抱き留めていたウルトラマンジード・マグニフィセント。その兄を、恐るべき変貌を遂げたスカルゴモラNEXの掌が払い除けた。

 

 だが、接触の寸前に感じた悪寒――昼間、暴走した彼女を止めるまで、幾度となく味わった、ジードの命にも届き得る強大な暴力の再演は、そこにはなく。

 未だ少々乱暴ながらも、攻撃するためではない形で兄を遠ざけたスカルゴモラNEXは、ジードの背後から迫り来ていた無数の腕を睨めつけていた。

 

 生命を無に変換する亡者の腕、ダークサンダーアブソープションが、スカルゴモラNEXに辿り着く寸前。培養合成獣の巨大化した角が、煌々と輝いたかと思うと。

 その瞬間を境に、全ての腕の動きが、停止した。

 その奥に見える――展開した眩い円を介し、体内から腕を生やしていた虚空怪獣グリーザまで、指一本余すことなく。

 

 ……初めて。第二形態のグリーザが、その動きを止めていた。

 ダークサンダーエナジーによって、潜在能力を強制開花させられたスカルゴモラNEXーー彼女が操る、超出力の怪獣念力に包まれて。

 

「(がぁあああああああああっ!!)」

 

 その喉から轟く咆哮とともに。同じく獣の叫びを伝える思念が、ジードの頭に届いた時には。

 スカルゴモラNEXが勢いよく振り回した尻尾が、グリーザを横合いから打ち据え、その体をくの字にへし折りながら、彼方へと射出していた。

 

 それは――スカルゴモラNEXの膨大なエネルギーが、遂に。無であるグリーザへの干渉に、成功したことを意味していた。

 

〈無に届いた!〉

「――ぐぁっ!?」

 

 ジードと同じ結論に辿り着いたペイシャンの、会心の叫びが通信から届いた直後。

 スカルゴモラNEXが伸長させた尾の先から、先程までこの場に居なかった人物の声と、そのカラータイマーの激しい点滅音が、メタフィールドの中に響き始めた。

 

 尾に纏わりつくその存在を、乱雑に。しかし前とは異なり、破壊の意志はないスカルゴモラNEXが投げ捨てた、ツートンカラーのウルトラマンの姿を認めた時。ジードは思わず彼の名を叫んでいた。

 

「ゼロ!」

 

 無に囚われていたゼロが、外部から強引に無の座標が動かされたことで、宇宙の穴から転がり出て来ていたのだ。

 

「ゼロさん、今助けます!」

 

 力なく大地に倒れ伏したゼロへ、グリージョが駆け出すと同時――虚空怪獣が打っ飛ばされた方角から、轟音が生じた。

 続くのは、あの気味の悪い笑い声――吹き飛ばされていたグリーザが、道中にあった岩山を移動するだけで削り飛ばし、彗星のような勢いで再び、スカルゴモラNEXまで向かって来ていた。

 

〈やはり無傷か……っ!〉

 

 その様を見たペイシャンが呻くように。グリーザは吹き飛ばされる以前から毛筋一つも欠けることなく、その勢いも、むしろ増しているようにすら見えた。

 

 対し、スカルゴモラNEXは念力の行使を示す頭の大角だけでなく、無数の背鰭からも圧倒的な輝きを励起して応じる。

 再び、空中に縫い留められたかのように動きを止めたグリーザへ、スカルゴモラNEXは体の前面から放つ圧倒的な白い光――膨大なエネルギーを多種多様な波動に変換し放出する最大の攻撃手段、NEX超振動波を叩き込んだ。

 

 そして、射線周辺の大地もろとも。天体規模を軽く吹き飛ばす凄絶な破壊が巻き起こされ、その輝きに為す術なく呑み込まれたグリーザの姿も、爆発の中へと消える。

 

 ……今も、普段どおりとは程遠い、極度の興奮状態ながらも。

 暴走の一歩手前で踏み止まったらしいスカルゴモラNEXは、最低限の見境だけは取り戻し――その力を向けるべき先を、誤らずに識別できているようだった。

 

「すごい……! すごい、お姉さま!」

「……いや、駄目だ」

 

 圧倒的な力を揮う姉の様子に、サンダーキラーSが漏らした歓声を。グリージョの治癒を受け始めたゼロが、首を横に振って否定した。

 

「いくらスカルゴモラNEXのパワーでも、触れることができるだけ……無を破壊することはできない!」

 

 ……ゼロの言葉を、証明するように。

 NEX超振動波の残していた爆煙が、あの笑い声が響いた途端、急激に縮小し、そして再びの爆発を起こした。

 

 その爆心地……虚空に浮かぶグリーザは、頭部の発光や、笑い声は残したまま。

 シンプルな人型から、首元、肩口、そして、背中から、複数の突起を生やした――まるで聖堂と一体化した魔人のように荘厳な異形へと、その姿を変えていた。

 

〈虚空振動、反応増大〉

〈強大な力で、穴がさらに拡がった――グリーザ第三形態ということか!〉

 

 あの宇宙恐魔人ゼットを葬ったスカルゴモラNEXの最強技を受け、グリーザは未だノーダメージ……どころか、さらに強化されたというレムとペイシャンの絶望的な解析結果が、メタフィールドまで届けられた。

 

 その時には、既に。三度目となる怪獣念力の金縛りを、著しく歪みながらも潜り抜けたグリーザから、狂笑とともに青白い熱線が放たれていた。

 パワーアップしたグリーザに念力を弾かれ、一瞬動きの鈍ったスカルゴモラNEXを直撃した光線は、彼女の体を青く透けさせ始めたことにより、その正体を物語った。

 あれは――先程グリーザが吸収した、インフェルノ・バーストだ。

 

〈どうやら、無の中に取り込んだ力を、今のグリーザは扱えるようです〉

 

 レムが分析した頃には。腕を払ってインフェルノ・バーストを散らしたスカルゴモラNEXは、進化前の自身から掠め取られた光線の分解消滅効果を、どうやったのか完全に捻じ伏せ、元の黒い体躯を取り戻していた。

 そして、腕を振った勢いのまま背鰭を巨大化させたスカルゴモラNEXが、それによって飛行能力を獲得し、自らグリーザ第三形態へと突撃を開始する。

 

 グリーザもまた、装飾の増えた体型で相も変わらず歪み、揺らめき、存在する座標をずらしながら、その突進を迎え撃つ。

 虚空で両者が激突し、スカルゴモラNEXの圧倒的なパワーにグリーザが大きく弾かれるも、やはりそこにはダメージらしいダメージが見受けられない。

 

「ゼロ、針は!?」

 

 スカルゴモラNEXに至ってようやく、グリーザに干渉することが可能となったが――なおも有効打が存在しない戦いの様相に、ジードは彼を振り返った。

 

 いくらスカルゴモラNEXが強大な力を持とうと、彼女の存在は限られた有に過ぎない。底なしの無との持久戦に、勝てるはずがないのだ。

 今はまだスカルゴモラNEXが圧倒していても、時間が経過するほどに彼女の力は減衰し、逆にグリーザは無のまま、穴を拡張して限りなく強大化し続ける。スカルゴモラNEXの出力と、穴の規模の大小が逆転した時は、今度こそ打つ手はなくなるだろう。

 

 そんな状況を打開するための切札を求めたジードの叫びに、しかしゼロは、首を横に振った。

 

「グリーザの中に、針はなかった」

「そん、な……」

 

 世界を揺るがす、最強怪獣同士の激突の真下で。無の中から持ち帰られた情報に、グリージョやサンダーキラーSだけでなく、ジードも微かに絶望しかけ。

 ……それを告げるゼロの声には、その感情が含まれていないことに、次の瞬間気がついた。

 見計らったように、ゼロはジードを――その手に握る、キングソードを指差して。

 

「何故なら――この宇宙の針は、おまえがもう持っていたからだ。ジード!」

 

 そんな衝撃的な真実を、力の限りに叫んでいた。

 

 

 

 

 

 

「キングソードが……宇宙の針!?」

〈説明を求めます、ウルトラマンゼロ〉

 

 戸惑ったのは、ジードだけではなく。

 グリージョも、サンダーキラーSも、そして通信を介して会話に混ざる、オペレーション担当のレムまでも、ゼロの告げた言葉の意味を捉えかねていた。

 

「……簡単だ。超時空破壊爆弾で生じた、時空の断層――そのままでは消えることのない、宇宙に開いた穴。それが、俺たちにはそうと認識できないほどに巨大な、この宇宙で最初に発生したグリーザだったんだ」

 

 無の中に飛び込んで、針を見つけることができなかったゼロは、代わりに探し出した答え――クライシス・インパクトの新解釈を、その場の全員に講義した。

 

「キングのじーさんは、穴が拡がり切る前に同化して……宇宙を癒やすと同時に、そのグリーザの動きを封じ込め、そして針を使ってグリーザを倒していたんだ」

 

 そんな密かな戦いがあったから。あのウルトラマンキングをして、宇宙一つを完治させるために、数十年もの時間を要した。

 

 その最終期に至って。ライハとの交信を介し、ジードを一人のウルトラマンと認めたキングは、既にグリーザ討伐の役目を終えていた針――想いを形にする力を秘めた神器を、運命を変えるための剣として、リクに託してくれていたというのだ。

 あるいは、こんな時のために。

 

 その力が働いたからこそ。かつて、ヤプールに囚われたライハの精神世界に、キングソードを出現させる奇跡を、ジードも起こすことができたのだろう。

 グリーザが、キングソードによる攻撃だけは回避し、また残されたキングソードを遠ざけるように攻撃を加えていたのも、ゼロの推論を確信するための要素として、ジードは振り返っていた。

 

〈……でも、どうしてそんなことに気づいたの?〉

〈グリーザを倒すために不可欠な、宇宙の神器だからこそ――エクスラッガー同様、その剣にはダークサンダーエナジーを祓う力がある、ということか?〉

 

 通信の向こう、ペガから零れた疑問を踏まえ、ペイシャンがゼロに問いかけた。

 言われてみれば、そのとおり――スカルゴモラが正気に返る直前、キングソードによる一太刀が、彼女に届いていたことを、ジードは思い出していた。

 

「そういうことだ。まぁ、ルカの体力を削る前にロイヤルメガマスターで突っ込んでも、一太刀届ける前に返り討ちで終わりだったろうが……」

 

 未だ息の荒いゼロが、ギガファイナライザーを失うほどの奮戦は決して無駄ではなかったと、一言断った上で。

 

「行って来い、ジード。おまえの妹をあのグリーザから助けてやれるのは、おまえしか居ない」

「……はい!」

 

 こちらを真っ直ぐに見据えた、ゼロの激励と。

 

「少しだけ待ってください、リクさん――グリージョチアチャージ!」

「……ありがとう、アサヒ」

 

 自らもカラータイマーを鳴らしながら――ジードにもう一度、全力で戦うための光を託してくれる、アサヒの応援と。

 

「お兄さま……お姉さまを、おねがい」

「ああ。行って来る、サラ」

 

 未だ傷ついた身で、己よりも家族の心配をする末妹の希望とを、受け取って。

 キングソードを握り締めたウルトラマンジード・マグニフィセントは、激突を続ける二体の怪獣に向かって飛翔した。

 

 ……昼間、ウルティメイトファイナルでスカルゴモラNEXを相手にした際とは違い、マルチレイヤーの発動から、まるで時間が経っていない。フュージョンライズの比ではない負荷が掛かるマルチレイヤーに用いたカプセルは現在、クールタイムで使用不可能だ。

 

 故に、ロイヤルメガマスターではなく――ルカが、一緒に戦って欲しいと願ったマグニフィセントの姿のまま、ジードはキングソードを操っていた。

 

「バルカンスパークル!」

 

 ジードが錫杖の如く構えた柄から砲身が展開され、機関砲のように無数の光弾を発射する。

 空を翔けた弾幕は、スカルゴモラNEXに弾かれたばかりで回避性能を落としていたグリーザに次々と着弾し――微かながら、その体表を焦がし、無敵を誇った虚空怪獣に身悶えを起こさせていた。

 撃破には程遠くとも……ダメージが、通ったのだ。

 

「――行ける!」

 

 ゼロの推察が、完全に的中していたことを確かめた瞬間。

 ジードの接近に気づいたグリーザが向き直り、虚空怪獣にとって唯一の脅威を排除すべく、全身から無数の光線を迸らせようとし――その頬を、スカルゴモラNEXに思い切り引っ叩かれ、墜落した。

 その攻防の間に、ジードは妹のすぐ傍にまで、移動を完了していた。

 

 昼間とは違い――ライハが一体化したことで、恐怖心に抗えているスカルゴモラNEXは、新たに接近した兄へ取り乱すことなく、倒すべき脅威だけを見据え続けていた。

 

「……ヒア・ウィ・ゴーだ。ルカ、ライハ!」

 

 その様を確認した、ジードの呼びかけに応えるように。スカルゴモラNEXが咆哮し、そして大地に屹立するグリーザ目掛けて共に降下を開始した。

 

「ストリウムフラッシャー!」

 

 ジードが移動しながらキングソードから繰り出すのは、ルカにとって因縁深いウルトラマンタイガの父、ウルトラマンタロウのカプセルを用いて放つ高熱光線。

 彼ら一族に受け継がれるウルトラホーンのシルエットが上空から降らす光の束を、グリーザは片手を振るだけで弾き飛ばし、正面を向き、そこから紫色の光を反撃に放つ。

 それは、超獣の次元破壊能力を攻撃に転用した破滅の輝き、D4レイの反応だった。

 

 空間に罅割れを走らせ、あらゆる物理防御を無力化する次元崩壊現象に、スカルゴモラNEXが呼気のように放つインフェルノ・ノバが衝突。螺旋を描く紅の光線の純粋なエネルギー量でD4レイの作用を掻き消し、さらにグリーザより早い第二射を繰り出して直撃させ、その身を後退させる。

 

「バーチカルスパーク!」

 

 続けてジードが着地と同時に繰り出したのは、ヤプールの超獣軍団と最も激しく争った光の戦士の一人、ウルトラマンエースの切断光線の力を帯びた斬撃。

 グリーザは手首から赤と青の光刃――アグルブレードを発生させ、宇宙の針による切断光線を受け止め、払い除ける。どうやら触手を取り込んだことにより、吸収した攻撃だけでなく、サンダーキラーSの能力も全て使用可能らしい。

 

 警戒して微かに様子見の態勢に移ると、即座にグリーザの肩と背中から伸びる計六本の突起から、次々と数珠繋ぎ状の光線――プリズ魔の結晶化光線が発射され、ジードを狙う。

 そこで、ジードの前に降り立ったスカルゴモラNEXがその体表で光線を受け止めて、強靭な皮膚で破壊力を、かつて修得した耐性で結晶化作用を、それぞれ無力化する。

 

「ランススパーク!」

 

 攻勢が止んだ隙に、プリズ魔と戦ったウルトラマンジャックの代名詞であるウルトラブレスレットの力を宿した突きを、妹の背後から転がり出たジードが放つ。

 ……三度目の大技となるその光の穂先は、遂にグリーザの体に届いた。

 切っ先は、スカルゴモラNEXの攻撃も通じない虚空怪獣の皮膚を確かに裂く――が、浅い。

 

〈直撃――のはずですが、攻撃力が足りていないようです〉

 

 レムが告げるように。スカルゴモラNEXの膨大な力を浴びることで、自身という穴を拡張し続けるグリーザに対し、ジード側の火力が追いつけていない。

 しかし、と――ウルトラマンジードのインナースペースの中、未だ蒸気を発するウルトラマンキングのカプセルを見て、リクは舌打ちする。

 

「レム、今はロイヤルエンドも使えない。何か、代わりになるカプセルは……」

〈創りましょう〉

 

 知恵を求めるジードに、レムは端的に解決策を提示した。

 

〈今使える中には、メビウスカプセルがあります。ウルトラ六兄弟のカプセルと組み合わせることで、ウルトラ兄弟の力を結集した新たなカプセルを用意できるはずです〉

 

 それこそ、ゼロがネオ・フュージョンライズに用いる、ニュージェネレーションカプセルのように。

 

「……わかった!」

 

 応える間に、グリーザは再びジードの排除を狙い、既に接近を完了していた。

 

 両手から光の刃鞭を伸ばし、叩きつけて来るのを、ジードはキングソードを掲げて受け流し、さらにスウィングスパークルを発動しながら胴を切り返す。痛みに怯みながらも、大したダメージを受けていないグリーザは即座に振り返って、大火力の追撃を放とうとして来る。

 

 一撃でマグニフィセントを消し去れる出力の光線の、発射寸前。それを、横合いからスカルゴモラNEXの爪がグリーザごと薙ぎ払い、阻止してくれた。

 だが、その強大な腕力も、爪の帯びた猛毒も、五連の鋭い斬撃すら、グリーザを移動させることはできても、ダメージに繋がることはなく、虚空怪獣は怯みもしない。

 

 託された武器でグリーザにダメージを与える資格を持ちながらも、威力が足りずに倒しきれないウルトラマンジード。

 強大な力でグリーザを圧倒することはできても、ダメージを通すことができないスカルゴモラNEX。

 

 ジードだけでは即座に消される。スカルゴモラNEXだけでは敵を倒す術がない。

 兄妹二人でようやく戦闘が成立しているが、それでもグリーザを攻略するには及んでいない。もっと、もっと――兄妹の力を合わせなければ!

 

 妹の足を引っ張るまいとするリクは、スカルゴモラNEXが稼いでくれた時間を活かし、二つのカプセルをライザーにセットする。

 

《ウルトラマンメビウス!》

 

 地球人も宇宙人も、怪獣だって、一緒に生きる未来を信じるサイコキノ星人カコの願いで起動した、彼女の兄の力が宿るカプセルと。

 

《ウルトラ六兄弟!》

 

 どんな出自であるかを問わず、どんな命でも自らの運命を変えられるとベリアルの子を信じてくれた、伝説の超人・ウルトラマンキングから託された、特別なカプセル。

 

 二つのカプセルを起動した次の瞬間、七つの人型をした光が、重なり、一つになり――新たなカプセルとなったのを、リクはその手に掴み、キングソードに装填した。

 そしてちょうど、スカルゴモラNEXに弾き飛ばされていたグリーザが、再びジードを狙って来るタイミングで、その発動が間に合った。

 

《インフィニティーカプセル!》

「コスモミラクルフラッシャー!」

 

 逆手に掲げられた聖剣キングソード、その切っ先から柄の果てまでの全体から放たれる、黄金の光。

 そこに、ウルトラの父の力を継いだジード・マグニフィセントを取り囲むように宙へ出現した七人のウルトラ兄弟の幻影、各々が繰り出す彼らの必殺光線が融合した虹色の奔流となって、グリーザへと直進する。

 対してグリーザもまた、真っ白い波動――吸収したNEX超振動波を放射して、コスモミラクルフラッシャーを正面から迎え撃った。

 

 ウルトラ兄弟の存在を一つに結集し、何十倍にも増幅して放つ、宇宙最強の力。それが、コスモミラクル光線だ。

 この奇跡の光は、宇宙の歪みから生じた実体を持たない悪意そのもの――悪意のないグリーザと似て非なる性質を持った魔の帝王をも、完全に消滅させるほどだと言う。

 

 その力を再現するのが、コスモミラクルフラッシャー……だが、所詮ちっぽけなカプセルでは、本物の出力には遠く及ばない。

 

 結果、コスモミラクルフラッシャーはグリーザの迎撃に阻まれ、互いを消し合う光がジードとグリーザの中間地点で激突し、押し留められた。

 じわじわと、干渉点はグリーザへと動いていく――ように見えるが。果たして、このまま競り勝てたとしても、充分な効果を維持できるのか。

 

 光線の反動で後退し、再びカラータイマーが点滅し始めたジードが不安を抱く隣で、火山雷のような咆哮が轟いた。

 それは、ジードの隣に移動した、スカルゴモラNEXの発した声だった。

 

 翡翠の背鰭を、先程以上――宇宙恐魔人ゼットを相手に見せた際と同等の、最大出力で輝かせたスカルゴモラNEXは、自身の胴体からNEX超振動波を発射して、それをコスモミラクルフラッシャーに合流させた。

 

 ……それはまさに今、力を貸してくれているウルトラ兄弟のように。家族の力を一つに束ねて、絶対にも思われる虚無へと立ち向かう、大きな希望の光となった。

 

「はぁあああああああああああっ!」

「(あぁああああああああああっ!)」

 

 宇宙の歪みを消し去る最強合体光線と、宇宙の外壁を貫くほどの最強合成怪獣のパワーと。

 家族の叫びが唱和されると同時、両者の力が融合しさらなる高みへ達した虹色の波動は、グリーザが掠め取っていたNEX超振動波を正面から丸呑みにして、突破し――避けようがない巨大な光の壁となって、グリーザに到達した。

 

 宇宙の穴を縫う神器より放たれた、宇宙の歪みを正す奇跡の光。それに触れた途端、強制的な実体化を果たしたグリーザは、無であるが故に誇っていた絶対不可侵の特性を喪失し、次いでその光が持つ強大なパワーに呑まれて、跡形もなく消し飛んだ。

 

 それがかつて、EXゴモラとEXレッドキングを纏めて消し去った、虚空怪獣――ウルトラマンにとってのゼットンに等しい、スカルゴモラの天敵であるグリーザが、遂に退けられた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 無から有に変換されたグリーザが滅んだ後、勝利の余韻を崩すような出来事はなかった。

 

 宇宙の外壁に穴を開けてしまうほどのスカルゴモラNEXの出力も、宇宙の穴を縫う針であるキングソードの影響で、外部への被害はなくなり。

 グリーザとの戦いで激しく消耗し、また、ライハの助けを借りた、スカルゴモラ自身の意志がその暴走を曲りなりにも抑え込んだ。

 

 キングソードに触れたことで、グリーザに由来するダークサンダーエナジーはその全てが浄化され、スカルゴモラは正気に返っていた。

 そして、無事に、ライハとの分離にも成功し――

 

「検査完了。ライハの体内に『Bの因子』は確認できませんでした」

 

 星雲荘に戻ったリクたちは、検査用の設備に囲まれたライハを前に、人間態のままのレムによる解析結果を聞き届けていた。

 

「もちろん、今後も経過観察は推奨されますが……現時点では、悪影響なく終われたと見て良いでしょう」

「良かった……っ!」

 

 薄く微笑むレムの報告に、真っ先にそう反応したのは、ルカだった。

 心底安心して、力が抜けた様子のルカが倒れないよう、同行したアサヒが支えてくれる。

 

「大袈裟よ。何なら前より、調子が良いぐらい」

 

 ルカの様子に、気を遣わせまいと軽口を叩くライハの顔からは、戦いに臨む前はまだ残っていた無数の傷跡もすっかり消え去っていた。どうやらルカと融合していた間に、スカルゴモラの生命力を受けてすっかり完治していたらしい。

 そんな師匠の返しを受けて、えへへと破顔したルカは、目元を拭いながら答えた。

 

「大袈裟なんかじゃないよ……女の子の顔に、傷が残らなくて良かった」

「――っ」

 

 いつかのやり取りを返すルカの照れ隠しに、ライハが息を詰まらせて、それから恥ずかしがったように顔を背けた。

 そんなライハの珍しい様子をからかおうとモアが近づいて、それからライハが足早に逃げ、二人でくるくると回り始める様子を、ルカとアサヒが楽しそうに笑っていた。

 

「大丈夫そうだね、ルカ」

「一安心だね、リクくん」

「……うん」

 

 ペガとレイトから寄せられる囁きに、リクも頷きを返した。

 

「――皆のおかげだよ」

 

 そのやり取りを。人外の聴力を持つルカは聞き逃すことなく拾って、星雲荘の中に揃った家族を見渡した。

 

「私だけじゃ、今日も、これまでも、きっとどうしようもなかった。私を諦めないでくれたお兄ちゃんが居て、ライハが一緒に戦ってくれて、レムが叱ってくれて……アサヒやゼロやレイトさんも力を貸してくれて、ペガやモアたちも手伝ってくれたから」

 

 星雲荘に集った家族と、仲間たちへ、感謝の想いを告げながら。ルカが一人一人を見つめていく。

 それから最後に、ルカは、最年少の家族に視線の高さを合わせていた。

 

「それに、サラが頑張ってくれたから」

「お姉さま……」

「ありがとう、サラ。あなたのおかげで、皆と頑張る時間ができた。いっぱい助けて貰っちゃったね」

 

 グリーザの発生原因となった、ブルトンの撃破。

 その引き金を引いてしまったことを、気に病んでいた傷だらけの末っ子に。ルカは悪感情の一つも覗かせず、他の家族に向けるのと同じ、感謝の気持ちを告げていた。

 

「おかげでまた、一緒に遊べるね」

「……うん!」

 

 涙目で飛びつくサラを受け止め、触手を奪われた傷の残る背中を避けて、ルカは直接、妹の頭を撫でていた。

 戦いの前、皆に支えられていたルカは――その受け取った愛情を、今度は自分より後から生まれた相手と、惜しみなく共有しようとしていた。

 

 ……それこそ、ルカと出会ってから今日までの、リクと同じように。

 ルカが、そうなってくれたのなら。きっとリクは、兄としての務めを最低限、果たせているのだろうと――少しだけ、自分で自分のことを、リクは認める気になれた。

 

「でも、皆が助けてくれるからって、甘えてちゃいけないよね」

 

 だが、サラとの抱擁を解いた後。ルカは少しだけ、その表情に陰りを加えて続けた。

 

「また、何かきっかけがあれば、グリーザは現れるかもしれない」

「……そうだな。今回のグリーザ自体が、最低でも二体目だ。あれが最後の一匹とは限らない」

 

 回復のため、再び体を提供してくれたレイトの姿を借りて、ゼロがルカの問いに答えた。

 

「また、あの雷が飛んで来た時。ライハと融合できるか、して良いかもわからないし――お兄ちゃんだって、ウルトラマンなんだから、ずっとここに居られるとも限らない」

「ルカ……」

 

 リクの立場と――そして、密かな願いを見通しているかのように、ルカが懸念を口にする。

 だが、そんなリクや、ライハに向けて。ルカはもう、苦悩の表情を見せずに、微笑んでくれていた。

 

「だから、私、頑張るよ。折角ライハがダークサンダーエナジーの克服に付き合ってくれたんだから……ちゃんと、物にする」

「そんなことが可能でしょうか?」

「絶対はないんでしょ、レム?」

 

 冷静に疑問を零すレムに、希望に満ちた顔を取り戻したルカは、彼女の台詞を返して、決意を語った。

 

怪獣使い(レイオニクス)の本能を、私は制御できたんだから……怪獣としての自分の在り方だって、コントロールしてみせる。皆と……家族と同じ世界で、一緒に生きていきたいから」

 

 そうして、本人の望みに寄らず、怪獣として造られたために苦しんだリクの妹は、誇らしげにその胸を叩いた。

 

「だって私は、心が折れない限り進化する細胞を持った、最強の合成怪獣! 家族を諦めない限り……ダークサンダーエナジーだって、きっと乗り越えられるよ」

 

 ――その時の。この場の皆に向ける、ルカの輝くような表情を見て。

 

 リクだけではなく。ルカが、ともに生きる意志を誓った皆の手で。

 やっと、その笑顔を取り戻すことができたと……リクは、感慨で微かに、息を零していた。

 

 リクと同じように。ルカの決意を、眩しそうに見つめていたライハが、やがて満足したように口を開いた。

 

「……そうね。じゃあ早速、トレーニングする?」

「はい、師匠!」

「あたしも見学しても良いですか?」

 

 ライハの誘いへノリよく答えるルカに、アサヒも続こうとする。リクはまだ全身が痛いので、残念ながら遠慮することにした。本当に残念だけど、頑張った結果体中痛いし仕方ない。本当に残念だ。

 

「……注意しておけよ、リク」

 

 胸を撫で下ろすリクに、レイトの体で密かに近づいていたゼロが、耳打ちのように警告を告げた。

 

「クライシス・インパクトにグリーザが絡んでいた以上、なおのこと、ベリアル軍の船だったレムがその情報を持っていなかったのは妙だ」

「……誰かの仕業かもしれない、ってことだよね」

「ああ。気をつけろよ」

「――うん、わかった」

 

 それは、今回襲来した脅威(グリーザ)たちのように。ベリアル因子で狂っていた時の、アリエの置き土産かもしれないが。

 あるいは、まだ……何者かが裏で暗躍している可能性も、決して捨ててはいけないと、リクも気を改めた。

 

 それでも――あの日、確信したように。

 どんな運命も、一人ではないのなら……きっと、変えることができると。今日の出来事を経たリクは、改めて信じていた。

 

 

 

 

 

 

 この後に待ち受ける、恐るべき敵との戦いも、今はまだ知らずに。

 

 

 

 

 

 




Cパートあとがき



 ここまでお読み頂き誠にありがとうございました。
 グリーザの倒し方自体は独自解釈ゴリ押しになってしまいましたが、お話自体は非常に描きたかった部分を書けて感無量です。
 その上で、もしもお付き合い頂いている皆様にもお楽しみ頂けたのなら、二次創作冥利につきます。



 以下はいつもの設定周りの言い訳です。今回は多め。


・フュージョンライズ解除時の仕様とキングソードの残留
 ダメージキャンセル効果で変身解除すると……みたいな話は前回もしつつ、「最初に変身した形態への退化でダメージキャンセルを行う」仕様など言い出しました。やはりそんな設定は公式にはないのですし、じゃあ前回でロイヤルメガマスターからプリミティブに退化したのはどうなるんだという点については、「(カプセルがあるなら)基本はプリミティブ、ただしそのフュージョンライズで最初に変身したが別形態の場合はそちら優先で退化」みたいな扱いでどうか。
 キングソードの残留は、闘志自体は尽きていなかった&ロイメガは致命傷を受けていなかった&マルチレイヤーを発動した本体がまだ戦闘可能だった、の三要素が重なった結果残っていた、という特殊事例という形でお見逃し頂ければ幸いです。一応変身するための繋ぎとはいえ、キングソードを持つマグニフィセント自体は劇場版『つなぐぜ! 願い』でも描かれているのでロイヤルメガマスター以外が装備できないということもないはずです。


・グリーザ第三形態
 これは独自解釈ではない気がするのですが、念のため。
 グリーザの実体化と第三形態そのものには実のところ相関性がありません。『ウルトラマンX』に登場した際の第三形態は、あくまでも第二形態時点で実体化したグリーザが変化したので実体があっただけで、本来は基礎スペックが上がり、デメリットもない強化形態に該当します。
 そのため、変化以前に宇宙の針等で実体化していなければ、無の特性を保ったままのグリーザ第三形態は特に矛盾なく存在し得るというわけです。あの形状だと撮影が大変そうなのでスーツ新造時も再登場はしないと思われますが……


・フュージョンライズとマルチレイヤーの負担の差
 ウルティメイトファイナル覚醒後はその影響で二十時間のクールタイムが結構曖昧になっているジード。『絆のクリスタル』の描写等から判断すると、クールタイム自体は残りつつも、リクの肉体の待機時間は大幅に減少したのかなとふんわり考えております。
 ただ、カプセルを通じて発動するのがマルチレイヤーであるため、リクの肉体がない分カプセルの負担は高まり、カプセル自体のクールタイムが発生すると本作では考えております。公式設定ではないのでご注意ください。



・インフィニティーカプセルとコスモミラクルフラッシャー
 実はこんな技はありません。公式だとメビウスカプセル持ってないですしね。
 玩具のジードライザーでメビウスとウルトラ六兄弟のカプセルを使ってもメビウスインフィニティーになったりはしませんが、そもそも玩具だと後者は『ウルトラヒーロー大集合!』と呼ばれたりして劇中と仕様が違うため、多少の嘘は見逃して頂けると幸いです。
 六兄弟カプセルだと発動技はブラザーズシールドになるので、コスモミラクル光線を撃つにはメビウスインフィニティーのカプセルにする必要があるという発想。
 内山まもる版『ザ・ウルトラマンメビウス』だとメビウスインフィニティーが実際にコスモミラクル光線を撃つ展開があるので、メビウスインフィニティーなのにアタックではなく光線として発動するのはそれが元ネタという形になります。



・キングソードが宇宙の針(=クライシス・インパクトで巨大グリーザ出現)
※『ウルトラギャラクシーファイト 運命の衝突』エピソード4までの展開の一部簡易ネタバレがあるのでご注意。

 最大の問題点。改めて、もちろん公式にそんな設定はありません……が、一応、この解釈を採用しても公式と明確な矛盾はギリギリなしで行けるはず……というライン。
『ウルトラマンZ』の時点でグリーザと針の関係をジードが知っていることを踏まえると、時系列的に中間となる今回は針以外でグリーザを倒すわけにはいかないのですが、じゃあそのグリーザを倒した新たな武器である針は『Z』の頃にはどこに行ったのかという問題を回避するのと、『Z』と同じ展開そのままにしたくなかったという都合からの流れになります。

 発想の元ネタとしては、『ウルトラマンジード』原作の第18話でロイヤルメガマスターが戦う怪獣の候補として、グリーザが挙がっていたという裏話になります。
 結果的には没になったものの、仮に出現していた場合はグリーザを倒せる理屈としてはキングソードが針だった、という形にするしかないのではないか、という妄想からになります。キングソード自体にバックボーンに関する設定が全然ないことを悪用した形ですね。

 公式で描かれた宇宙の針らしい性質については、強化形態への変身に関係することはエクスラッガーと、逆手に構えて柄から飛び道具を放ったり、融合していた相手(この場合はウルトラマンキング)の声で喋ったりする点はベリアロクとも似ていますし、『運命の衝突』でロイヤルメガマスター状態のジードにベリアロクが興味を示したのは実はキングソードにも惹かれていた(キングソードがない形態になったら興味が薄れたのでゼットさんの手に戻った)などと傍証に使えそうな要素だけを並べて煙に巻きます。

 Aパートの言い訳にも書きましたが、グリーザはスーツの状態的にもう再登場しなさそうなのと、本作では「同じ宇宙の針でしかその宇宙のグリーザは倒せない」という解釈であるため、今後のゲスト出演でもし別宇宙のグリーザ相手にロイヤルメガマスターが為す術なく負ける展開があってもセーフのはず。もし今後ベリアロクの方が別宇宙のグリーザを倒す展開がある場合には、あっちはベリアル因子が入っている分性能が上がっていると勝手に言い訳します。

 なお、クライシス・インパクトで生じた時空がサイドスペースにおける初代グリーザ、という設定も完全に捏造ですが、宇宙に開いた消えない穴(ウルトラマンが同化可能)として考えるとグリーザと限りなく近い性質なので良いかな、みたいな発想です。超巨大なコズミックグリーザを封じて倒しながら宇宙を元に戻し住人たちには平穏な暮らしをさせていたので、ウルトラマンキングをして時間が掛かったのだという妄想。







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第十八話「僕が僕らしくいるために」Aパート




『ウルトラマンジード』放送開始五周年、おめでとうございます。
 去年はうっかりしていましたが、流石に今年はこのタイミングは更新したい、ということで何とか間に合いました。
(……実は6/25に更新したい内容だったりしましたが。理由は以下、本編でどうぞ)





 

 

 

 

 

 

 この宇宙(サイドスペース)の時間で、約一年前。

 

 クライシス・インパクト以来に、地球へ降り立ったウルトラマンベリアルと、その遺伝子から造られたウルトラマンジードが初めて戦い、息子の勝利で緒戦が終えられた後のこと。

 

 ベリアルが所持していたカプセル――怪獣たちの魂を囚えた悪夢のカケラは、ベリアルの体の一部とともに散逸した。

 

 地球環境への悪影響を防ぎ、さらには野心を持った反社会的異星人の手に渡らぬよう、異星人捜査局AIBが即座に回収したそのカプセルについては、当然、AIBの研究セクションで調査が行われていた。

 

 その中の一つに、真っ黒なブランクのカプセルが存在していた。

 

 それが、起動に失敗した不良品であることは、AIB地球分署極東支部研究セクションの責任者の手によって、即座に解き明かされた。

 

 ……だが、その失敗作が存在したという事実は、AIBの記録――そして、関わったAIBの関係者の記憶からも、その時を境に、忽然と消え失せた。

 

 代わりに――隠されたそのカプセルは、失敗したはずの黒地に、新たな影を落とすようになった。

 

 怪獣というより、ウルトラマンとよく似た――一体の巨人の影を。

 

 

 

 

 

 

 ……ウルトラマンベリアルの故郷、光の国がある宇宙、M78ワールド。

 

 その何処とも知れない座標に、とある惑星があった。

 

 その星は、ただ一人の住人にあやかり、伝説を知る異星の民からキング星と呼ばれていた。

 

 そのたった一人の住人である、身長五十八メートルの銀色の体躯と、豪奢な髭を持った伝説の超人――ウルトラマンキングは、三十万年を越す永き生涯の中で、数えるほどしかない驚きを覚え、顔を上げていた。

 

 全知全能、不可能はなし――という謳い文句は、流石に誇張だとしても。

 

 それでも、幾つもの宇宙で起こる様々な出来事を見通し知り得る力を持った、ウルトラマンの中のウルトラマンであるキングが――今の今まで見失っていた存在を、再び捉えたための、驚きだった。

 

 ……その気配を感じたのは、初めてではなかった。

 

 こことは別の宇宙を癒やすため、融合していた最中。キングをして身動きが取れなかった頃に、ベリアルたちの悪意が招いた一つの気配。

 

 だが、一つの宇宙と同化していたために、別宇宙に伸ばす感覚が薄まっていたキングの目を、その存在は見事に掻い潜り、まんまと姿を消し――こうして元の体に戻った後も見つけられず、既に亡きものと見ていたその存在を、知覚した。

 

 気配は、再び消えようとしていた。ウルトラマンキングの感覚からすらも。

 

 ……だが、今ならばまだ追える。

 

「確かめねばならないな」

 

 遣いを用意していては間に合わない。

 

 元より、この気配の正体が、キングの予想のとおりであれば、あるいは――光の国のウルトラマンたちに任せても、今は解決の目がない。

 

 故にここは一度、自らが直接赴くべきだと――そのように思考したウルトラマンキングは身を起こし、その瞬間には忽然と、自らの棲まう宇宙から、その存在を消失させ、別の宇宙まで旅立っていた。

 

 

 

 ……その気配の裏に潜む、もう一つの巨悪の企みを、まんまと見過ごしてしまったまま。

 

 

 

 

 

 

 星山市天文台の地下五百メートル、星雲荘の中央司令室。

 

 培養合成獣スカルゴモラが、人間に擬態した姿――最愛の兄から、朝倉留花(ルカ)の名を授かった少女は、モニターに映し出された記録映像を見ていた。

 

「ルカ、何を見ているの?」

 

 そこへ現れたのは、ルカの兄である朝倉リク――ウルトラマンジード、その人だった。

 

 傍らには、彼の親友であるペガッサ星人ペガの姿もあった。

 

〈つまり私は、己の手で――自らの生きる意味と出会えたわけだ!〉

「これって、あの時の……?」

「――うん」

 

 ペガへ頷く最中にも。過去の出来事を記録した映像は、モニターの中で再生を続けていた。

 

「ルカの希望です」

 

 ルカの回答を補足したのは、妙齢の涼やかな女性――地球人型の活動用ボディに意識を移したままの、星雲荘の報告管理システムであるレムだった。

 

「スカルゴモラNEX(ネックス)の力について把握し、二度と暴走しないようにするため、記録を参照したいとのことでした」

「それと……何をやっちゃったのか、ちゃんと確かめなきゃ、って思って」

 

 ちょうど、何が起こっているのか、映像だけでは記録しきれていないほどの大爆発が画面を埋め尽くした頃に、ルカは呟いた。

 

 結果的に、その力がかつてない強敵を退ける切札になったとはいえ。ダークサンダーエナジーで正気を喪い、危うく家族を殺しかけた――そんな己の所業と向き合う覚悟を決めるのに、ルカは時間を要してしまっていた。

 

「そんなの、気にしなくてもいいのに」

「そうはいかないよ……ちゃんとわかってなきゃ、お兄ちゃんに御礼も言えないから」

 

 少しだけ。妹への気遣いからか、意気の消沈したリクの声を聞きながら、ルカは首を横に振った。

 

「ゼロとアサヒも、明日には帰っちゃうんでしょ? だったら、今のうちに見ておかなきゃ」

 

 兄とともに、まるで家族のように。ルカを救ってくれた、大切な仲間たち。

 

 そして、ルカが傷つけてしまったのかもしれない、その二人にも、正しく御礼と謝罪を伝えたいと――それを間に合わせたいというルカの気持ちを察してくれた兄は、もう何も言わなくなった。

 

〈……いや、待て。何故、そんな表情(カオ)をしているのだ〉

 

 そうして、兄やペガも、一緒にルカの所業に向き合ってくれるようになった頃。

 

 単純な戦闘力で言えば、ルカの出会った中で最強だった生命体――宇宙恐魔人ゼットを、暴走したルカ自身であるスカルゴモラNEXが葬るその場面に、辿り着いていた。

 

〈ふざけるな――勝者なら、笑え〉

 

 微かな後悔を滲ませながらの、哀願するような言葉を聞き入れず――記録映像の中のスカルゴモラNEXは、全力を解き放って、魔人をこの宇宙から消滅させていた。

 

「……勝手な奴」

 

 気がついた時には、ルカは魔人の最期に、そんな言葉を漏らしていた。

 

「本当だよね。自分から戦いを挑んで来て、リクを殺して、ルカを泣かせたくせに……!」

 

 シャイニングウルトラマンゼロによって、時間が巻き戻り、なかったことになったとはいえ。

 

 身勝手な都合で大切な人を奪った宇宙恐魔人ゼットへの憤りを持つ者同士、ペガがルカに同調を示した。

 

 だが、不思議なことに。あの時はともかく、今のルカは、ペガほど――

 

「……けど、もしかすると。あのゼットが居なかったら、僕はルカとの約束を守れなかったかもしれない」

 

 自分自身の中の戸惑いに気づき、微かに揺らいでいたルカの状態に、気づいたわけではなく。

 

 ただ、己の中にある真実を口にする――そんな様子の兄の言葉が、不意にルカの耳を打った。

 

「確かに、許せないくらい勝手な奴だった。でも、彼は彼なりに……自分が生まれてきたことを、悔やみたくなかったんだと思う」

 

 最強となるために産み出された人工生命体、宇宙恐魔人ゼット。

 

 その設計思想から、培養合成獣スカルゴモラの同類とも言える存在が、生涯の最期に目にしたもの。

 

 自らが価値あると信じる行為を果たした同類が、それで何ら高揚せず、安堵もせず、ただ苦しんでいるだけの光景。

 

 それを見た魔人が末期に、何を感じたのか……同じく造られた命であるウルトラマンジードは、想うところがある様子だった。

 

 ……もしかすると。ルカがあの戦いの最中ほど、もう恐魔人ゼットを憎めないのも、そんな理由によるものかもしれない。

 

 ほんの少し、ボタンがかけ違っていた自分。

 

 あの戦いの後、ダークサンダーエナジーに脅かされていたルカ自身が味わった、自らが生きる意味を見失った苦しみ――それを晴らすことができないまま、散ってしまった生命。

 

 そんな同類を、ただ自分と相手は違うからと、線を引いてしまうことが、ルカにはできなくなったのかもしれない。

 

 あるいは、リクが――兄妹の父であるウルトラマンベリアルに対して、彼を嫌いだと公言する妹たちと比べ、歯切れが悪い時があるのも。同じ理由によるものかもしれないと、ルカはようやく思い至り始めた。

 

 

 

 

 

 

 AIB地球分署極東支部、研究セクションにて。

 

 助手としての午前のお仕事を終え、お昼ごはんの時間を前にした一人の少女――滅亡の邪神の幼体でもある、究極融合超獣サンダーキラー(ザウルス)が人間へ擬態した姿である朝倉サラは、ピット星人トリィ=ティプに手を引かれて、ある人物の下へ向かっていた。

 

「……ねぇ、トリィ」

 

 その道中で、サラは先程小耳に挟んでから、膨らんでいた不安を口にした。

 

「どうしたの、サラ?」

「……ペイシャン、いなくなっちゃうかもしれないって、ほんと?」

 

 それは、トリィの同僚たちが口にしていた、噂話の一つだった。

 

 急なリトルスターの発症が原因とはいえ、総本部の査察官を相手に、怪獣兵器であるゼガンを暴走させてしまったこと。

 

 ベリアル因子で蘇った石刈アリエに、保管室からの脱走を許してしまっていたこと。

 

 そして彼の肝入で実現させた、新型防衛兵器の完成品であったキングギャラクトロンMK2(マークツー)が、危うく巨大人工知能ギルバリスの復活に繋がるところだったこと。

 

 研究セクションの長であるゼットン星人ペイシャン・トイン博士は、立て続けに大きな失敗を起こしてしまっている。

 

 一年前、ゴドラ星人の工作員を見抜けず、誘拐事件を起こされかけたことも考えれば、流石に責任を問われるのではないかと、そんな憶測が広まっていたのだ。

 

 それで、もし――ペイシャンがここから居なくなってしまったら嫌だな、と。サラは感じていた。

 

 別に、ただ会いたいだけなら。彼が別の星に転属になっても、究極融合超獣であるサラならば、自力だけで気軽に会いに行けるだろう。

 

 だが、それだけでは足りないのだ。ただ会えるだけではなくて、ここで皆と一緒に居て欲しいと、サラはそう想っていた。

 

 その気持ちが大きくなったのは、アリエの凶行から身を挺してトリィを庇ってくれたことと――友達である伊賀栗マユに言われた、ある一言がきっかけだった。

 

 究極融合超獣サンダーキラーSは、ウルトラマンベリアルの遺伝子を用い、異次元人ヤプールに造られた生命体だ。

 

 だが、ヤプールはサンダーキラーSを製造している最中、突如として消え去った。

 

 兄姉との縁となってくれた血の根源であるベリアルは、生まれた時点で故人であり――そもそも、トリィたちにたくさんの悲しみを与えたベリアルを、父として慕う気持ちにもなれなかった。

 

 サラという名前をくれ、受け入れてくれた兄姉は居るが――逆を言えば、二人には存在する名付け『親』が、サラには居ないわけで。

 

 そこで、マユの口にした一言が、サラの意識を変容させた。

 

 マユが言ったように。きっと、母親というのは――大切な人で、憧れの先生で、いつも優しく導いてくれる、トリィのような人で。

 

 もし、父親と想える相手が居るなら――それは尊敬できるぐらい賢くて、普段は感じが悪くても、ここぞという時には頑張ってくれるペイシャンのような人ではないかと、この頃のサラは想うようになっていた。

 

 それこそ、サラ自身の姉が、鳥羽ライハとの関係を指して言うように。血縁だけではない、家族という形。

 

 その幻想を、サラは身近な二人の大人に抱いていた。

 

 だから。その関係性が崩れる未来を、滅亡の邪神の幼体は、酷く恐れていた。

 

「……きっと大丈夫よ」

 

 サラの不安をしっかりと受け止めてから、トリィはそれを拭うように微笑んでくれた。

 

「だって、サラたちが助けてくれたもの。だからきっと大丈夫」

 

 暴走したゼガンの制圧や、兄姉のおかげでアリエを元の人間に戻せたこと。

 

 復活したギルバリスも、結果的には外部に影響を及ぼす前に滅び去った。

 

 それはベリアルの子らの奮闘の結果であると同時に、その戦いを支えたAIBの働きの賜でもあり、ペイシャンはほとんどの事件で中核に近い働きをして来た。

 

 だから、功罪が充分相殺できるはずだと、トリィがサラを励ましてくれた。

 

 ……そんな話が段落する頃には、二人は目的地に辿り着いていた。

 

「お疲れ様、ペイシャン」

 

 ノックの後、返事を待たずに扉を開けたトリィが、上司に当たる人物に気軽な調子で問いかけた。

 

「伊賀栗さんたちがお昼に誘ってくれたの。あなたも一緒にどう?」

「……行ったか」

 

 来訪した理由をトリィが述べる頃、ペイシャンは何事かを呟き、表情に浮かべる笑みを深めていた。

 

「どうしたの? 変な笑い方しちゃって……」

 

 入口でサラを待たせながら、手を離したトリィが数歩、前に進んで、急に動きを止めた。

 

 その理由が何故なのか、サラはトリィの体が影になって、すぐにはわからなかった。

 

 いや――究極融合超獣であるサラの感覚機能からすれば、決して不可知の出来事ではなかった。

 

 だが、直接目にしなければ……まさか、そんなことが起きるなんて、想像もできなかったから。

 

「お疲れさん」

「――っ、サラ……!」

 

 次の瞬間。

 

 目の色を変えて振り返り、サラに手を伸ばそうとしたトリィの体が、勢いよく倒れ込んだ。

 

 寸前――トリィの体を通り抜け壁を貫いた光速の熱源を、サラは過たずに認識していて。

 

 なのに、超演算能力を持ち合わせながらも、一切の理解が追いつかず。自らの呼吸が途絶する感覚を、異次元の究極兵器である生命体はどこか遠くに覚えていた。

 

「え……?」

 

 そして、恐る恐る視線を回し、トリィを撃ち抜いた光線の出処――嘲笑を崩さないペイシャンが持つ拳銃を確かめて。

 

 信じ難い現実を前に、サラの心はその時、恐怖に凍りついていた。

 

 

 

 

 

 

 驚愕に固まる究極融合超獣の心は、二度の呼吸を挟んで再起動を果たしていた。

 

「――トリィ!?」

 

 相変わらず状況は意味がわからないまま――いや、理解したくないままだったが。立ち竦んでいたサラは姉に買って貰った白衣の隙間から触手を伸ばし、治癒光線をトリィに浴びせようとする。

 

 だが、そこに次々と光線が撃ち込まれた。

 

 重傷で身動きできないトリィへの追撃を阻むため、サラは触手を治療ではなく、防御に動員することを余儀なくされていた。

 

「……なんでっ!?」

 

 容易く光弾を弾きながらも、止む気配を見せない銃撃に声を荒らげたサラは、涙で視界を滲ませながら射手を問い詰めた。

 

「どうして、こんなことするの!? ペイシャンっ!」

「おまえを強くしてやるため、と言ったら満足か?」

 

 にやついた顔のまま、ペイシャンは淡々と答えた。

 その嫌らしい笑顔が、サラに限界を迎えさせた。

 

「――っ、いみわかんない!」

 

 正面から光弾を弾きながら、触手のうちの二本がペイシャンに勢いよく伸びる。

 

 ペイシャンを拘束しようとする禍々しい疾走は、目標へ届く前、彼の眼前に生じた黒い穴に吸い込まれたかと思うと、微かな痛みを与えられた後、外へ跳ね返された。

 

「う……っ!?」

「このまま遊んでやっても良いが、その間にトリィは死ぬぞ」

 

 痛みを吐き捨て、苛立ちに呑まれそうになったサラを正気に返すように、未だ銃撃を止めぬまま、ペイシャンが忠告して来る。

 

「俺が助けてやっても良いが……トリィはトリィじゃなくなるかもな」

 

 その嘲弄を合図に、先程サラの触手を跳ね返した黒い穴から、闇が放射された。

 

 サラは咄嗟に触手からバリアを展開し防ぐ。だが驚異的な勢いで迫る闇は、人間に擬態して不完全とはいえ、究極融合超獣の用意した防壁すら、徐々に食い破ろうとする。

 

 かつてスペースビーストと交戦した時のように、同化して、保護しながらの治療――は、このままではできない。そのために隙を晒した途端、二人ともがやられてしまう。

 

 そう判断したサラは、異次元の生物兵器たる超獣としての特性を活かし、自分たちの足元に存在する空間を割ることで、次元回廊を構築。

 

 揃ってその穴に落ちることで、回避と同時に撤退して、サラはペイシャンの魔の手からトリィを切り離した……つもりだった。

 

「……それで良い」

 

 だが、サラの挙動へ満足そうに呟くペイシャンの声が最後に聞こえたために――

 そして、未だトリィが一言も発することなく、死の淵に追いやられているまま、ピット星人には大きな負担の掛かる次元移動を行うこととなっために。

 

 サラは安心とは切り離されたまま、父を幻視した男から、母のように慕う女性を連れて、逃げ出していた。

 

 

 

 

 

 

 買い出しに行っていた鳥羽ライハと、一時的に居候している湊アサヒが帰宅する頃には、スカルゴモラNEXの記録映像もある程度段落していた。

 

「……ありがとう、お兄ちゃん」

 

 それを中止したルカが、二人を出迎える前に――彼女にとってはショッキングだったはずの、変貌したスカルゴモラNEXがウルトラマンジードを何度も殺しかける映像を見終えて。ルカは、彼女が生きることを望んだ兄に対して、感謝の言葉をもう一度、伝えてくれた。

 

 ……ごめんなさい、より。ずっと嬉しい言葉を貰えたリクが、安心して笑っていたところで。

 

 突然、中央司令室の、天井付近の空が割れた。

 

「たすけて!」

 

 超獣の特性による、次元回廊の開通――AIBでのお手伝いに向かっていたはずの末っ子が、お昼ごはんのためか帰って来たのだと予想したリクは、その逼迫した声に意表を衝かれた。

 

「サラ、どうしたの!?」

「トリィが、トリィが……っ!」

 

 問いかけた時には。末妹(サラ)は一部擬態を解いて顕現させた触手に包んだ、母や師のように慕う女性の身に何かあったことを訴えて来ていた。

 

「すぐに修復装置へ」

 

 予想外の事態で慌てふためくリクやルカを制し、微塵も動揺することなくレムが指示を出す。

 

 ……そんな、彼女の背後で。サラが開く次元回廊とは別の、闇の穴が拡がっていた。

 

 気づいたレムが振り返った、次の瞬間――そこから放たれた稲妻が、リクたちを庇うように両手を拡げた彼女を丸呑みにして。

 

 爆音を伴い迸る勢いのまま、レムの全身を灼き切った雷霆は、彼女の身を呆気なく四散させた。

 

「レム――っ!?」

 

 リクたちがその喪失に驚愕していられたのは、レムが消し飛ばされる寸前――ライハが操龍刀から展開したハニカム魔法陣状の多層バリアの展開が、盾になってくれたレム以外には間に合ったからだ。

 

 その半透明の防壁の向こうで、レムが身に着けていた服の切れ端が舞い散り、燃え尽きていた。

 

「そんな……そんなっ!」

〈私は無事です〉

 

 あまりにも突然の事態で、リクたちが取り乱すその最中に、天井から吊り下げられた山吹色の球体が発光する。

 

 本来の居場所である、ネオブリタニア号のメインコンピュータに意識の転送が間に合っていたらしいレムは、続けてアラートを鳴らすと同時にユートムを呼び出して、彼女の人間体を破壊した闇の穴――そこから出て来た人物を、照準した。

 

「嘘……」

「……ペイシャン博士?」

 

 ルカが零す驚愕に、リクの疑問が後から続いた。

 レムのボディを破壊した、闇の穴から現れたのは――ノワール星人との衝突から、今日まで。何度も何度も協力してきた、仲間であるはずの人物だった。

 

「――どういうこと?」

「前に、サイコキノ星人の査察官が来ていただろ?」

 

 微かに動揺しながらも、警戒を解かず対峙するライハの問いに、平然とした様子のペイシャンは質問で返した。

 

「だいたいはあいつの睨んだとおりだった、ということさ」

 

 ペイシャンが続けた裏切りの告白に、その時に立ち会っていないペガとアサヒは、なおも疑問符を浮かべる様子だった。

 

 ……だが、無理もない。あの時、一緒に居たリクだって、未だ理解が追いつかないのだから。

 

「ちょっと、待ってよ……」

 

 混乱するリクの隣、今にも泣き出しそうな声で呟いたのは、ルカだった。

 

「そんな冗談、もうやめてって言ったでしょ……?」

「ああ。だからこれは、冗談じゃない」

 

 縋るように問うルカへ、冷たく答えたペイシャンは――そこでおもむろに手を上げると、薄く笑う顔面を狙って放たれていたユートムのレーザー射撃を、何と素手で掴み、止めてしまっていた。

 

〈あなたは何者ですか?〉

 

 そのユートムを用い、牽制射撃を行ったレムの核心を衝く問いに、嘲笑を貼り付けていたペイシャンの顔から、人間らしい表情が消えた。

 

「――ダークザギ」

 

 そして、リクにとっても無視できない正体を、その口から紡いでいた。

 

 

 

 

 

 

 ……生涯で二度目となる、友好を装った他者からの裏切り。

 

 しかも、一度目よりもずっと、ずっと。長い間、共に戦い、信頼を築いてきたと思っていた相手――最初の頃の印象は決して良くなかったのに、今は打ち解けてきたとすら思っていた彼が、その正体を明かしたのを前に。

 

 ルカは、こんな時だというのに。衝撃で体に芯を通すことができず、呆然とするしかできなかった。

 

「な、ぜ……」

 

 そこで、新たに口を開いたのは、サラが触手に包んで連れてきた――状況的に見て、ペイシャン、否、ダークザギにやられたとしか考えられない、トリィ=ティプだった。

 

「――トリィ!」

 

 サラの呼びかけにも答えず、彼女の手で修復装置に横たえられていたトリィは、AIBの一員としての責任を果たそうとするように、背信者への問いかけを続ける。

 

「AIBに……いつ、から?」

「一年前だ。AIBなのはたまたま――こいつが、愚かなストルム星人の作った俺のカプセルに触れたからだな」

 

 息も絶え絶えなトリィの問いかけに、ダークザギを名乗ったペイシャンは、その胸を自らの親指で指し示した。

 

 ストルム星人の作ったカプセルというのは、リクやルカたちの父であるウルトラマンベリアルが、その野望のため製造させていた怪獣カプセルに違いない。

 

 例えばあの、エンペラ星人カプセルのように。一部だけとはいえ、強大過ぎる力を元にしたカプセルは、存在するだけで周囲に影響を与えるほどだったという。

 

 同じように。そのカプセルが、無謀にも捉えようとしていたダークザギ――伝説の超人と讃えられるウルトラマンノアを模した、邪悪なる暗黒破壊神の魂は、カプセル如きに収まることなく、逆に自らが宇宙を越えるための足がかりにして。挙げ句、触れた者の肉体を乗っ取ってしまったということらしい。

 

 そうして一年前から、成り代わられていたというのなら――トリィ以外、ルカたち星雲荘の面々が会っていたのは、最初からダークザギだったということになるのか。

 

〈あなたが黒幕で、ダークザギだというのなら……かつてあなたの宇宙でTLT(ティルト)へしたように、私たちの認識や記録を、あなたが書き換えていたということですか〉

「多少、な」

 

 ……例えば、レムがベリアル軍として有していたグリーザの情報であったり。

 

 強力なテレパス能力を持つ、生きた嘘発見器――ゾベタイ星人が帯同した尋問への、対策であったり。

 

 電子的なデータだけでなく、異種知性体の記憶や認識をも改竄する――それを持ち合わせた超科学文明に造られたダークザギが、当然のように自らも有していた能力。

 

 そんなものを前提にしてはキリがないから、と。AIB総本部の査察官の追求すら回避させた力を行使して来たことを、ゼットン星人を乗っ取っていた邪悪な意志が言う。

 

「ただ、おまえらの推測が少しだけ違うのは――俺が主に細工していたのは、リトルスターの方だった、ということだ」

 

 告げて、彼の視線がルカを向いた。

 既に、兄へと譲渡し喪われた――リトルスターを宿していた、胸の中心を射抜くように。

 

「ネクサスのリトルスター……ルカの前、最初の宿主は、この俺だったからな」

 

 予想もしていなかった告白に。そこへ込められた悪意の気配に。

 

 ルカが身を竦めたところで、ペイシャンの死角を見逃さず、ライハが駆け出した。

 

「おっと」

 

 だが、ライハの鋭い斬撃すら。ルカに注目していたはずのペイシャンは、軌道がわかっていたように、悠然と翳した掌で止めた。

 

「――目的は何!?」

 

 対し、ライハは押し切ろうとさらに踏み込みながら、気合を兼ねて問いかける。

 それを受けて、ペイシャンの首を微かに傾けさせながら、ダークザギは答えた。

 

「ある意味でおまえや、以前のレムと同じ……ベリアルの子らを、強化することだよ」

 

 ライハの握る、ペダニウム超合金製の刃――ゼットン星人ペイシャン博士として自ら与えた得物を、容易く素手で捻じ曲げながら――空いた方の拳を握ったダークザギは、そこに闇のエネルギーを集約させ始めていた。

 

「その最後で……おまえをルカに殺させるつもりだったんだが」

 

 ……あまりにも悍ましい意図を、聞かされて。

 

 衝撃に目を見開くルカと、至近距離で声の主を睨めつけるライハに対し――彼女に戦場へ出るための手段を与えていた張本人は、微かに嘆息した。

 

「ゼットの馬鹿のせいで、予定が狂った」

「――ライハっ!」

 

 関心の薄い――未必の、しかし紛れもない殺意が篭った声に、悪寒が走って。

 

 裏切りのショックで腑抜けていたルカに、芯が入ると同時。怪獣念力の行使と同じタイミングで、リクが跳んだ。

 

 生身のまま、ウルトラマンジードとして多用する飛び膝蹴りを試みるリクと。レムがユートムから放った光線と、サラが走らせた触手に。後方からペガとアサヒが投げた、リクの私物である枕やタコのぬいぐるみが、一斉にペイシャンに襲いかかり、その手の中の闇が爆ぜた衝撃波で薙ぎ払われ、一掃される。

 

 だが、的が散ったおかげか――ライハが直接狙われることはなく、剣を手放した彼女を、ルカの念力が引き寄せ、ザギの魔の手から退避させることに成功した。

 

 しかし、その最中。ライハから奪った剣を、巨大なダーツの矢のように指先で弄んだペイシャンが、その刀身を投擲する。

 狙いは、ルカが受け止めたライハ――ではなく。修復装置の上とは言え、体に黒い穴を開け倒れたまま、とうとう意識を失った様子の、トリィだった。

 

「――っ、わぁあああああああっ!!」

 

 その剣を横に弾いたのは、幼女の手首から伸びた光の剣、アグルブレードだった。

 

 可愛い顔を、決死の形相に歪め目を見開いた(サラ)が……大切な人を守ろうと、触手を傷つけられた痛みを圧して動いていた。

 

「良い顔だ」

 

 激憤した表情を、まるで。上手く笑えた娘を褒める父親のような調子で、悍ましくペイシャンが煽る。

 

 その彼を、強制的に排除しようと――星雲荘の転送用エレベーターが彼を取り囲むように出現するが、次の瞬間にはその仮想壁が爆砕され、ペイシャンの握り拳が天井から吊るされたレムの本体を悠然と照準する。

 

「危ないっ!」

 

 咄嗟に起き上がったペガが、宙へダークゾーンを形成。亜空間を盾の代わりにして、ペイシャンが放った黒い光弾を受ける。

 

 ダークゾーンは一瞬で食い千切られたが、亜空間の干渉で微かに射線が逸れたことで、レム本体はエネルギー弾が掠めるだけで済んでいた。

 

「ペイシャン――ッ!!」

 

 そして、その間に。長い触手を手足の代わりにしてペイシャンへ飛びかかったサラが、彼の背後の空間に次元回廊を開いていた。

 

 サラの突撃を、両肩に手を置いて易々と制したペイシャンは、しかしその勢いに流されるまま――サラと共に、異次元へとその姿を消して行った。

 

 

 

 

 

 

「……おそいね、サラちゃんたち」

 

 ようやく取れた休日。一家団欒のための昼食に向かっていた伊賀栗レイトは、一人娘のマユが零した声に腰を屈めた。

 

「仕方ないよ。サラちゃんは、ペイシャンさんやトリィさんのお手伝いで忙しいんだから」

 

 レイトがそう言い聞かせると、不承不承と言った様子ながらも、マユは頷いてくれた。

 

 それから立ち上がり、レイトは妻のルミナの視線を配るも、綺麗な小皺を作った彼女は首を横に振るだけだった。

 

「ペイシャンさんを誘ってみる、って連絡が最後。それから既読も付かないわ」

「……うーん、困ったね」

(――ったく。マユとの約束すっぽかすとか、どういう了見だ)

 

 レイトにだけ聞こえたその呟きは、同化しているウルトラマンゼロの苛立ちが発露したものだった。

 

 マユの友達への嫉妬を多分に含むその声に、レイトは呆れながら釘を差した。

 

「ゼロさんは僕と会社の約束をすっぽかさせてるじゃないですか」

(おまっ、それは謝っただろ!)

 

 かつては世界の危機だから、と――実際、それはいつも大局的には正しいことだったと、レイトも今は思うが……憑依先の事情を振り回し、結果として、マユの将来に必要な稼ぎの心配を招いてしまったことを後から気づいたゼロは、この件で責められるとすっかり弱くなっていた。

 

「まぁ、スペースビースト? の時からはペイシャンさんがフォローを手配してくれるようになったので、もう大丈夫ですけどね」

 

 星雲荘の子供たちを戦いに巻き込んでしまう際にも、きちんと謝礼を払うように体制を改善させたとのことで、レイトはペイシャンのことをああ見えて義理堅く豆な人物だと評価していた。

 

 ベリアルの残滓で復活し狂ってしまったという石刈アリエの襲撃から、自分たち家族を直接救ってくれた恩人であることを考えれば、なおさらだった。

 

「……もしかしたら、例の相談をしているのかもね」

 

 そこで、待たされているルミナが怒る様子でもなく、こっそり微笑んだ。

 

「サラちゃんを小学校に通わせるとしたら……っていう、例の?」

 

 もし、そんな運びにならなかった時、ガッカリさせないで済むように――マユに聞こえないよう声量を絞ったレイトの問いかけに、ルミナが頷いた。

 

 ……実は、現役小学生を養育するレイトたち夫婦は以前、トリィ=ティプから相談を受けたことがあったのだ。

 

 もしもサラが望んだなら、学校に通わせてあげたい――そのために、里親役を偽装するとすれば、どんなことが求められるだろうか、と。

 

「あの日以来、サラちゃんがお気に入りなんだもの、ペイシャンさんのこと。それでトリィさんも、どうせ里親役にするなら……ってね」

「確かに、運動会とか、お父さんじゃないと参加し難い行事もあるからね」

 

 その中で。朝倉という姓は、リクたちとの関係を公的に残してあげたいから、残すとして。

 

 教育のための、里親役だけを引き受けるのなら――女手一つよりは、やはり形だけでも夫婦の方が、周囲の視線も和らぐだろうと、そんな結論を三人で導いた。

 

 なら、トリィの夫役は、誰に求めるべきかということで――その後もルミナとトリィが相談を続けた末、白羽の矢が立ったのが、ペイシャンだったらしい。

 

(ベリアルの娘で、滅亡の邪神の幼体で、究極超獣がマユと同じ学校、ねぇ……)

「……駄目ですか、ゼロさん?」

(いや。正直ビックリはするが、リクと同じで……サラ自身はベリアルとは違う)

 

 ウルトラマンベリアルとも、ヤプールの超獣とも、滅亡の邪神とも、敵であった過去を持ちながら。ゼロはそんな風に、静かに事実を述べていた。

 

(――それに……その方が、マユが喜ぶなら、良いことなんだろうな)

 

 その上で覗かせた、慈愛の心に。レイトも思わず頬が緩んだ。

 

 ――真昼を白く染めるほどの強烈な稲妻が迸ったのは、その直後のことだった。

 

「え……あれ、サラちゃん?」

 

 強すぎる光から、咄嗟に家族の目を庇ったレイトの肩越しに、顔を伸ばし――馴染みのある巨大生物の咆哮を聞いたマユが呟くのに釣られて、レイトも振り返った。

 

(――馬鹿な、あいつは……っ!)

 

 そして、直後に轟いた――ウルトラマンゼロをして戦慄させる、野獣の如き濁った叫びの主。

 

 ウルトラマンベリアルと類似した体色の、しかし彼とも異なる暗黒の巨人が――サンダーキラーSと対峙するように星山市へ出現した瞬間を、レイトは目撃していた。

 

 

 

 

 

 

 次元回廊に引きずり込んだ直後。ペイシャンは背後にあの闇の穴を開き、あっさりと究極融合超獣の領域から脱出を果たしてしまった。

 

「――にがさないっ!」

 

 執拗にトリィを狙った彼を……父を重ねてみれば、本当に実父(ベリアル)のような外道の本性を顕にしたペイシャンを追って、サラは自身を雷に変貌させながら穴に飛び込む。

 

 ……闇を抜ければ、その先は星山市の街中だった。

 

 先日のグリーザ戦で破壊された残骸がある程度撤去された更地の上に、雷から、究極融合超獣サンダーキラーSとしての本来の姿に戻ったサラは着地する。

 

 それからゆっくりと起こした、兜に覆われた無貌の視線の先に――裏切者は、その特異性を隠すこともなく、浮遊していた。

 

「……この宇宙で、デビルスプリンター事件が少ない理由は何だったと思う?」

 

 戦闘態勢に入ったサンダーキラーSを前にしても、悠然と呟くペイシャンの背後には、やはりあの闇の穴が開いていて――

 

 その穴から、橙色の欠片――件のベリアルの細胞片(デビルスプリンター)が、次々と、ペイシャン目掛けて吐き出されていた。

 

「予め、俺が独占していたからさ」

 

 それは、彼自身の超常の力による回収と。

 

 AIBの記録や認識を改竄することで、組織として保管していたデビルスプリンターの大部分を掌握していたことの、告白だった。

 

「因子じゃないが……一時的に、俺を解き放つだけなら充分だ」

 

 呟いたペイシャンが、リクが使うのと同型の――そしておそらくは、アリエが使っていたのと同一のライザーを手にした瞬間、サンダーキラーSは躊躇を捨てた。

 

「――べりあるじぇのさんだー!」

 

 ほんの数分前まで、居なくなって欲しくないと想っていた、裏切者を消し去るため。人間大の大きさの相手に放つには過剰に過ぎる高電圧を、八本の触手から放出し――

 

 その時には、既に遅かった。

 

 大量のデビルスプリンターをその身に吸収したペイシャンが、ライザーを起動させ――哀れなゼットン星人の肉体が消滅し。

 

 その中に潜んでいた、邪悪なる暗黒破壊神の顕現が、既に決定付けられていたから。

 

 ――並の怪獣なら、それだけで蒸発させるベリアルジェノサンダーを浴びながら、降臨する余波だけでそれを散らし。

 

 二筋の装甲を浮かせた頭部の下、三本の線が走った赤い双眸で天を睨み、濁った獣の咆哮を発しながら。

 

 禍々しい黒い体躯に、真紅のラインを走らせた闇の巨人――

 

 暗黒破壊神ダークザギが、星山市に出現していた。

 

 

 

 

 

 

 




Aパートあとがき



 ここまでお読み頂きありがとうございます。

 ようやくペイシャンの秘密を明かすところまで来ました。ダークザギという正体についても、気づいている人は登場してすぐぐらいから気づいていたかもしれませんが、今まで展開潰しにならないよう黙っていてくれて本当にありがとうございました。おかげで原作再現となるような唐突なカミングアウトが演出できていたら良いなぁと思う次第。

 ということで、実はオリキャラじゃなくてゲストキャラだったペイシャンこと、『ウルトラマンネクサス』のラスボスとして有名なダークザギ。
 もちろん、『ウルトラマンジード』本編中から怪獣カプセル由来で潜伏していました、なんて設定は公式には存在しません。正直「培養合成獣スカルゴモラの生存」以上にIF要素が強い展開ですが、どうかご了承くださると幸いです。

 自己満足として、特に登場当初の正体匂わせ要素やそれに関連するメタネタだけ解説したいと思います。興味ない方は適当に読み飛ばしてください。



・ゼットン星人ペイシャン・トイン
 まず名前及び乗っ取っていた存在ですが、『ウルトラマンジード』脚本の乙一先生がウルトラマンに関わるに当たってリスペクトを表明していた故小林泰三先生が円谷プロ公認で発表された『ウルトラマンF』が元ネタになります。
 ダークザギも登場する同作の重要なネタバレとなりますが、『F』の黒幕は味方陣営の怪しい博士として登場した新キャラのインペイシャント――となり変わっていたゼットン星人でした。
 それを元ネタとするネーミングのゼットン星人ということで、原作のザギさん同様、現時点で明かされているのとは別の正体がある黒幕という匂わせ……になっていたら良いなぁと思っていたりしました。
 一応、本作中では本名そのままという想定のため、「光彦」みたいにザギさんが意図して名乗っているわけではない扱いです。

・ペダン星人に擬態
 作中のザギさんの思考としては、ただの売り言葉に買い言葉ですが、現在唯一素顔が明らかになっているペダン星人の男性キャラクター・ダイルを演じたのが、ダークザギの人間体を演じた加藤厚成氏という中の人ネタでした。もちろんペイシャンは(他人の空似で)同じ顔している想定です。
 ちなみにダイルの肩書はレイオニクスハンターで、名の通りゴモラ使いの主人公レイオニクスと敵対する関係だったりもします。

・「道具」という言葉で感情的になる
(放送短縮による設定変更の煽りもあって)『ウルトラマンネクサス』本編では描かれていませんが、小学館の漫画版『ウルトラマンネクサス』に付属している設定資料集や上記『ウルトラマンF』で「道具」や「模造品」というワードがザギさんの地雷であるという描写がされており、公式設定の出自から考えてみても特に矛盾することがない設定のため、匂わせ要素として使っていました。
 オリジナルを越えた模造品、ウルトラマンジードとの絡みが見たい理由ナンバーワンとして両者のファンの間では共有されているのかな、と思っています。

・スパークドールズやイージスに妙なリアクションをする
 前者は『ウルトラマンギンガ 劇場版スペシャル』での登場で、ダークザギもスパークドールズになったことがあるのが映像作品上の正史であるためですね。多分『ネクサス』及び今作とも同一人物で、ここで痛い目を見たことで今回は復活に当たって回りくどいことをしていた……という裏設定。計画の内容についてはBパート以降。
 後者については言うまでもなくノアへのコンプレックス。特に明確かつ最も劣る点である『イージスに相当する器官』がないのに、ノアがゼロに似たような武器をあげたりあまつさえそれをザギさん視点の下等生物が複製したりしていたので、思うところがあり過ぎた想定です。

・紅茶好き
 これはエイプリルフール企画の『ネット紳士ダークザギ』ネタになります。特に言及していた銘柄がバニラティーの『セント・バレンタイン』(廃盤)だったので、第六話でそのまま言及させた形です。完全に番外編ギャグネタですが、それだけにここで気づいた方も多かったかも、と思っていたりします。



 それ以外の正体匂わせはだいたいはリクくんがダークザギのことを考えるたびにペイシャンが絡んで来たぐらいになるかなと思います。17話のレム相手に監視していると言われた時も地雷を踏まれて本気で睨んでいた(から今回爆殺した)のだと思われますが。
 ……等々、解説でちょっと小物感を盛られてしまったザギさんが本来の姿でどう暴れるのかはBパート以降になります。

 よろしければ引き続き、お付き合い頂けると幸いです。






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第十八話「僕が僕らしくいるために」Bパート

 

 

 

〈星山市に、黒い巨人が出現――ダークザギです〉

 

 襲撃者と、最年少者だけが消えた星雲荘の中央司令室で、レムが状況の変化を告げるその最中。突然の揺れが、リクたちを襲った。

 

「わっ、地震!? 怖い……っ!」

 

 以前にも、そんなもので星雲荘は壊れないと言われたのに、相も変わらずペガが取り乱す。

 

 だが、無理もないのかもしれない――今回星雲荘を襲った揺れは、過去に経験した同様の事象の中で、明らかに最大規模の物だったから。

 

〈地震だけではありません〉

 

 未だ星雲荘――ネオ・ブリタニア号全体が揺れる中、レムがその悲鳴の中身を補足する。

 

〈各大陸でカテゴリーシックス相当のハリケーン、シベリアではさらに全土に大規模な火災が発生。大気の鉛直構造にも異常が見られ、地球上の複数の地域で宇宙から有害な電磁波が素通りとなっています〉

 

 何の前兆もなく、世界の箍が外れたような大災害が、同時多発的に発生した。

 

 ……もし、事前に対ビースト抗体が散布されていなければ、これに加えて無数のスペースビーストが発生し、地球全土で捕食活動を開始していた、という事実までは知らずとも。

 

 それを除けば、似たようなシチュエーションを、リクやライハは知っていた。

 

 それはリクの父、ウルトラマンベリアルが、究極に至る(アトロシア)姿()と化した時――宇宙を維持していたウルトラマンキングのエネルギーを吸収し始めた時のことだ。

 

 奇しくも、暗黒の巨人が降臨しているという状況の相似性は、偶然、では済まないのだろう。

 

〈全て、ダークザギの出現に伴う現象であると考えられます〉

 

 そんなリクの予感を肯定する結論を、報告管理システムであるレムが述べた。

 

 ……アトロシアスのような、宇宙を繋ぎ止める力を横取りしたという最低限の理屈もなく。ただ出現しただけで、世界を乱し滅びに導く破壊の神。

 

 伝説の超人を模した人工の黒き巨人、ダークザギの猛威を知らされたリクたちが選ぶべき手段は、根源となる脅威そのものを、どうにかすることだろう。

 

 何より……彼の裏切りを受け、傷ついた末妹が一人、皆を守るために。既に、ダークザギと対峙していたから。

 

 すぐ、助けに行かなくては――!

 

 ……その想いは、ペイシャン=ダークザギの真実を未だ受け止めきれていないままでも、(ルカ)も共有してくれている様子だった。

 

「――行こう、お兄ちゃん」

 

 その、ルカに対して。ネクサスのリトルスターを譲渡した先代の宿主だというダークザギの、その秘めたる意図を問い質すためにも。

 

「そうです! サラちゃんだけに押し付けるわけにはいきません!」

 

 さらには、突然の事態へ純粋に巻き込まれた形でありながら、物怖じせず、リクの妹を気遣ってくれるアサヒにも促されて。

 

 頷きを返したリクは、決意を述べると共に、二人とともに転送用のエレベーターに駆け込んだ。

 

「ジーッとしてても……ドーにもならねぇ!」

 

 

 

 

 

 

 ウルトラマンノアと似通った姿で、世界を崩す災いを伴って出現した、暗黒破壊神を前に。

 

 対峙するだけで伝わって来る凄まじい力のほどを、肌で感じ取り――平時であれば折れてしまっていただろう心が、しかし烈しく燃える感情に支えられ。

 

 究極融合超獣サンダーキラー(ザウルス)は、大地の揺れと共振するような相手の咆哮が終わるより早く、第二撃の準備に移っていた。

 

「ですしうむD4れい……!」

 

 口腔と胸部の発光体、そして八本の触手の先端に集約するのは、次元回廊を開くのと同じ、超獣の基本特性として備える空間破壊に用いるエネルギー。

 

 それを、空間ではなく、そこに属する物質への破壊目的に転用した、サンダーキラーSの持つ中でも最上位の攻撃手段。

 

「――いっせいはっしゃ!」

 

 計十条のD4レイに対して、淀みなく対応したダークザギの動作は極めてシンプル――ただ、正面に向けた手でバリアを展開しただけだった。

 

 あらゆる物理的防御を無効化するデスシウムD4レイも、作用するために放出された以上のエネルギーには相殺され、潰えてしまう――そんな単純な理屈で、ザギ・リフレクションは、D4レイの殺到を容易く防ぎきってしまっていた。

 

 そして、バリアを投げ捨てるようにして攻撃を跳ね除けたザギは、荒々しく両手の拳を前に突き出し、そこから黒い波濤を光速で放射して、サンダーキラーSを攻撃した。

 

 黒い波濤は、サンダーキラーSが照射を続けていたデスシウムD4レイのエネルギーをあっさりと洗い流し、押し返し、究極融合超獣の本体にまで到達。光速で届いた波動は、あらゆる光学干渉を吸収するサンダーキラーSにまるで抵抗を許さず、巨大生物の肉体を何キロメートルも弾き飛ばした。

 

「――うぁあああああああっ!?」

 

 全身を圧搾されるような痛みで悟る。ダークザギが放ったのは、光や電磁波ではなく、コヒーレント化された超重力波――サンダーキラーSの吸収対象外の作用だった。

 

 ブラックホールに相当する圧力に全身を呑み込まれ、内外から貫かれたサンダーキラーSは、たったの一撃で戦闘不能寸前へ追い込まれた。投げ出された勢いのまま抵抗もできず、大地震で躯体の劣化したところに余波を浴び、微塵に崩壊する星山市の建物ともども倒れ込む。

 

 ……だが、サンダーキラーSはまだ絶命していない。

 

 光怪獣プリズ魔と液汁超獣ハンザギランを取り込んだサンダーキラーSは、太陽光の下では無尽にも等しいエネルギー回復能力と、不死身に近い自己再生能力を獲得する。

 

 超重力場で崩壊しかけた肉体を繋ぎ止め、命を拾ったサンダーキラーSは、内から囃し立てる感情に押し上げられるまま再起動した。

 

「きらーとらんす……!」

 

 全身隈なく蹂躙した痛みは変わらず記憶しながら、肉体を高速再生して傷を消し去ったサンダーキラーSは、悠然とこちらに歩んで来るダークザギを見据えて、次の動作を音声認証した。

 

「ハイパーゼットン・しざーす! リガトロン・ぶーすたー!」

 

 右腕を、宇宙恐竜ハイパーゼットンの槍状の腕に変化させ。

 

 背部には、再生した触手の後列に、複合怪獣リガトロンのロケットブースターを再現して。

 

 そして、宇宙航行用のブースターを点火し、瞬時に第二宇宙速度まで加速したサンダーキラーSは、自身を一本の矢としてダークザギに飛びかかった。

 

 再びバリアで防がれたとしても、近接戦なら突破する術はある――そんな目論見を抱えながら、まずは単純な最大突進力の一撃を叩き込もうと、右腕の穂先に一兆度の炎を灯し、ダークザギ相手に振り抜いて。

 

 呆気なく。迅雷のように閃いた掌に掴まれただけで、その攻撃は無力化された。

 

 まるで、蝋燭の火を消すように。指先だけで軽く一兆度の火球を掻き消したダークザギの、超重力を纏った掌がさらに力を加えると――仮にも完全体の滅亡の邪神を模したハイパーゼットンの右腕が、握り潰され砕けて行く。

 

「あ、ぅ……っ!? ――うっ、うるてぃめいとりっぱーっ!」

 

 右腕を捻り上げられる苦しみに呻きながら、サンダーキラーSは兄から学んだ光輪技を八本の触手の先端に生成。

 

 各々がダークザギの急所を狙い、遠心力まで叩きつけようとする軌道で襲いかかった触手の携えた八つの光輪は、斬りつけたダークザギの腕の力を緩めることもできず、石に叩きつけたガラスのような音を残して砕け散った。

 

 首筋や、目や、腹――そしてカラータイマーに相当する器官であるエナジーコアに激突したものも含めて、一つ残らず。

 

 純粋な強度を前に、ウルティメイトリッパーは通じなかったが、それでも。得物が砕けて手が空いた触手、その先端に備わった鉤爪でダークザギに掴みかかり、リガトロンから奪った特性によるエネルギー吸収を開始する。

 

 だが、それを意にも介さない暗黒破壊神は、究極融合超獣の右腕を砕き終えた左の拳に、炎を灯した。

 

 それは、サンダーキラーSが先程繰り出したのと同じ――最高一兆度に達した、劫火。

 

 ただし、規模と持続時間、すなわち総エネルギー量が、桁違いだった。

 

 それを目標物に叩きつける、腕力も。

 

 そもそもが並の超獣を凌ぐ膂力をした、究極超獣の触手。それが八本も合わさった拘束に、エネルギーを吸われていることも物ともせず、ダークザギが力任せに繰り出した一兆度の拳――ザギ・インフェルノはサンダーキラーSの顔面を捉え、何かが砕け、折れる鈍い致命的な音を連続させながら、再びその体を星山市の街中に投げ出させた。

 

 吹き飛んだサンダーキラーSの十万トン近い質量が、何キロも飛んだ末市街地に落下。本体や触手が直接押し潰した建物だけでなく、地震の収まっていた街を衝撃波と震動が再び蹂躙し、あちこちで古い家屋が一斉に倒壊した。

 

「……ぅ……ぁ……っ」

 

 太陽の光を浴びながらも修復の追いつかない、頭部の陥没。水の中で居るように声が濁り、また口に届く前に抜けていくような首の怪我。

 

 ……もし、ダークザギの殴打が本気だったなら。サンダーキラーSの亡骸は、容易く地球の重力を振り切って、宇宙の果てまで飛んで行ったのだろうが。

 

 破壊神の思惑によって、幼き邪神はまだその命を潰えさせることなく、激痛に呻くだけで済んでいた。

 

 それでも、環境が違えば致命傷であった自身の状態を朧気ながらも把握し、逆にキャパシティーを越えてしまった痛みが鈍くなったところで、サンダーキラーSは再び立ち上がった。

 

「――まけ、ない……っ!」

 

 本体だけではまだ、満足に立ち上がることもできない状態なのを、八本の触手が介助することで補って。

 

「トリィにひどいことをした、あなたにだけは……っ!」

 

 サンダーキラーSが決意を吐いた直後。歩くだけで爆発を伴い、住み慣れた街を灰燼に帰しながら、ゆっくりと距離を詰めようとしていたダークザギの足が止まった。

 

「……尽くすねぇ、あんな女に」

 

 そうして。ザギの姿を晒してから、獣のように吠えるばかりだった彼は――ペイシャンの時と変わらぬ声で、サンダーキラーSに語りかけて来た。

 

「あいつにとってのおまえは、前に飼っていたエレキングの代替品だ。そのエレキングのことも、育てておいて自分の勝手で死なせたような女だぞ?」

 

 ……なぜだか。それを告げる声と調子に、ペイシャンとの変わりがないことが。サンダーキラーSは無性に悲しかった。

 

「おまえ自身を見ていない女のために、おまえがそこまで傷ついてやる意味はあるのか?」

「……そんなこと、ないもん」

 

 ザギの問いかけに、サンダーキラーSは首を振った。

 

「わたしだって、トリィがむかし、エレキングをそだててたの、知ってる……! そのエレキングがいたから、わたしは生まれてこれたんだから――!」

 

 ――そのことに気づいたのは、かつてトリィと融合した後のことだった。

 

 究極融合超獣サンダーキラーSが、ベリアル融合獣サンダーキラーと酷似した姿をしている理由――それは、ただ素材が近いからだけではない。

 

 サンダーキラーへのフュージョンライズに用いられていた、エースキラーのカプセル。それを介して、手を出せぬまでもこの宇宙の情報を収集していたヤプールが、最上の生体資源であるハイパーエレキングの力を利用した超獣を作るため、モデルとしたのがサンダーキラーなのだ。

 

 だから、素材に由来しないベリアル融合獣(サンダーキラー)独自の技を、究極融合超獣(サンダーキラーS)も使うことができていた。

 

 ……そこまでは、サンダーキラーSもこの形で生まれた時点で、漠然とは知っていた。

 

 ただ、そのサンダーキラーの素材の片割れとなっていたエレキングの正体が、トリィの育てた生命であったことは……トリィと融合して、その記憶を知った時に、ようやく気づいた。

 

 ……トリィは、サンダーキラーSと自身の間に存在する、そんな奇妙な縁を知りはしないだろうが。サンダーキラーSがこれまで興味の薄かった故人、実父であるベリアルを嫌悪するようになったのは、トリィを苦しめたその一件が大きな理由だった。

 

 そんな、トリィの思い出を見たからこそ、サンダーキラーSは躊躇いなく言える。

 

 確かに、あの日。トリィが雨の中で倒れていたサラを助けてくれたのは……ザギの言う通り、そのエレキングを重ねて見てのことだった。

 

 だが、今となっては。ダークザギの言葉は、絶対に間違っているのだと――!

 

「でも、トリィは……っ! あの子も、わたしも、ちゃんと! ちがう子だって、どっちもだいじにしてくれてる――っ!」

 

 その想いを。サンダーキラーSは、かつてトリィと一つになった時、確かに感じていた。

 

 だからこそ、サンダーキラーSは、サラは。トリィのことが、一層、好きになったのだから。

 

「……そうか」

 

 自らの見当違いだと切って捨てられたウルトラマンの模造品が、その声から嘲弄の気配を消した頃には。

 

 未だ完治には至らずとも、サンダーキラーSもまた、再びダークザギに立ち向かう力を取り戻していた。

 

 ……例えそれが、嵐へ晒される一本の松明に等しい抵抗だとしても。

 

 大切なものを傷つけられ、愚弄され、今も悪意を持って狙う相手から、一歩だって退くことはできない――!

 

「ミラクルゼロスラッガー!」

 

 そこで、サンダーキラーSに加勢するように、青い無数の光刃が飛来した。

 

「(大丈夫、サラちゃん!?)」

「あ……」

 

 心配の滲んだ呼び声を受け、サンダーキラーSは一瞬、忘我の心地で呟いていた。

 

「――マユちゃんの、お父さん……?」

「……なんてやつと戦ってやがるっ!」

 

 父を幻視した相手に裏切られ、一方的に甚振られるサンダーキラーSへ駆け寄る青いウルトラマンゼロ――本体であるルナミラクルゼロとは対照的に。ダークザギへと立ち向かうのは赤い体に金のラインを走らせた分身である、ストロングコロナゼロだった。

 

「ガルネイト……バスター!」

 

 ミラクルゼロスラッガーの刃を無防備に受け、体表だけで全て弾き返したダークザギは、続くストロングコロナゼロの拳とそこから放たれる爆熱光線の零距離射撃を構えもせずに受け切ると、無造作に拳を返した。

 

 ストロングコロナゼロを打ち抜いた握り拳から、着弾と同時にザギ・シュートの破壊光弾が放たれる。

 

 その小さな光弾は、ガルネイトバスターのような決戦火力ではなく、小手先の牽制技に過ぎない。

 

 しかし、ダークザギの出力で放たれた、至近距離からの着弾には耐えることができず、分身体であるストロングコロナゼロは一撃で消滅してしまった。

 

 だが、その間に。ダークザギや、彼と対峙するゼロとサンダーキラーSもろとも。黄金の波動が周囲を取り囲み、星山市から隔離を始めていた。

 

「……お姉、さま」

「あたしたちも居ます!」

 

 メタフィールド展開が完了する頃には。互いの位置関係を補正して、名乗りを上げるウルトラウーマングリージョや、そしてウルトラマンジードもまた、術者であるスカルゴモラとともに、サンダーキラーSを庇うような位置取りで集まり、ダークザギと対峙していた。

 

 

 

 

 

 

「(ペイシャン……よくも、私の妹を!)」

「どうしてこんなことをするんですか、ペイシャン博士!?」

 

 妹を傷つけられたことで、今更ながら。自身を見舞う混乱に耽溺する場合ではないと、芯の通った培養合成獣スカルゴモラと。

 

 隣に並んだ兄のウルトラマンジード・プリミティブとが、邪悪なる暗黒破壊神に問いかけた。

 

「――待て、ペイシャンだと?」

「(そんな、嘘でしょう……!?)」

 

 ダークザギに対する呼びかけを拾って、星雲荘襲撃の現場に居合わせなかったゼロとレイトが、驚愕の声を漏らしていた。

 

「……本当です。レイトさん、ゼロ」

「(こいつ……ずっと私たちを、騙してたんだ!)」

 

 ジードに続いて。怒りに震えるスカルゴモラが、レイオニックバーストを遂げながら伝えても、目に見えてウルトラマンゼロは狼狽えていた。

 

 それは、ゼロ自身の意志ではなく――彼に体を貸している、地球の一般人の反応だった。

 

「(待ってください! あなたはあの時、アリエさんから僕たちを庇ってくれた……あれも、嘘だったんですか!?)」

 

 テレパシーだというのに。震えているのがわかる声でレイトが問いかけた時、ダークザギは彼ではなく、皆の背に庇われているサンダーキラーSを見ていた。

 

 そうして、レイトの主張を境に、微かにサンダーキラーSの敵意が薄れたのを見取ってから……ザギはゼロを見ないままで答えた。

 

「一つ教えてやる。そもそも石刈アリエが蘇生したのは、ベリアル因子のせいじゃない」

 

 そして、今の今まで、この場の全員が信じていた事実を、悪意に満ちた声で覆した。

 

「その因子を使いたかった俺が、アリエの死体をウルティノイドに創り変えたから、だ」

 

 ウルティノイド。

 

 即座に検索したレムが表示した情報に拠れば――それは、ダークザギを祖とする闇の巨人。

 

 適合する人間の悪心を増幅させ、あるいは心を消し去り……果ては、死者を創り変えて、ダークザギの意志のままに操られる道具たちのことだ。

 

 ザギは質問したゼロ(レイト)ではなく、サンダーキラーSに向けて、真相を明かし続ける。

 

「公園の件も、俺の一人芝居……お人形遊びだったのさ」

 

 ……あの時の石刈アリエは、その遺体をウルティノイドに改造され――肉体に残留していたベリアル因子の力を利用するため、表向きの黒幕として操られていたということなのか。

 

 本来レイオニクスではないダークザギが、自身の関与を隠蔽しながら、怪獣使いの力を行使するために。

 

「見込みほどは役に立たなかったが……都合良くグリーザを呼び出すために、サラを誘導し易くなっただけでも、まぁ御の字だったな」

「(お、まえ……っ!)」

 

 結果的に、シャイニングの力で、アリエは奇跡的に元へ戻れたとはいえ。

 

 被害者であった死人の尊厳を、意にも留めずに踏み躙り。

 

 その我欲のせいで、自分たちがどんな目に遭ったのかを振り返り。

 

 そして、妹の心を弄ばれたと理解したスカルゴモラは、遂にその怒りを堪えきれずに咆哮し、気づいた時には進撃を開始していた。

 

「ルカ――! いけない、一人じゃ!」

《シャイニングミスティック!》

「俺たちも行くぞ、レイト!」

《ネオ・フュージョンライズ!》

 

 スカルゴモラが駆け出したのに合わせて。メタフィールドの補助を受けたジードが、現在変身できる中では最強の形態へとフュージョンライズして。

 

 同じくゼロが、最大戦闘力を発揮できるゼロビヨンドの、さらなる強化形態――黄金に輝くギャラクシーグリッターまで変身する。

 

「――ジードマルチレイヤー!」

 

 そして、かつて世界を崩壊寸前に追いやった闇の巨人――父であるベリアルを倒した最大奥義、マルチレイヤーを発動したジードが、四体の分身を召喚する。

 

 単体戦力で言えば、シャイニングミスティックに伍するライハの祈りで生まれた姿(ロイヤルメガマスター)と、ルカの(ノアク)光で到達した形(ティブサクシー)()

 

 加えて、それらに準ずる上位形態である、サラの願いに(フォトン)依る騎士(ナイト)と、二人の父に由来する戦士(ダンディットトゥルース)

 

 ベリアルを倒した時以上の戦力が揃い踏みして、一斉に動き出す。

 

 最初にザギへ届いたのは、先行していたスカルゴモラ――ではなく。空間を切り裂いて跳躍する力を持った、ノアクティブサクシードの攻撃だった。

 

「ソードレイ・オーバードライブ!」

 

 再出現と同時、空間を操作する力で拘束し、斬りかかったノアクティブサクシードは――一瞬でその拘束を引き千切ったザギの掌でウルティメイトゼロソードを止められ、掴まれ、腕力に抗えず振り回された。

 

「――何っ!?」

 

 そのまま、動作を加速し、黒い稲妻のように駆けたザギは、同時に瞬間移動して来たゼロビヨンドへ――まるで、このタイミングでそこに出現することが、予知できていたかのように。自らの打撃武器のようにしたノアクティブサクシードを叩きつけ、二人のウルトラマンを鈍い激突音もろとも、纏めて彼方へ投げ飛ばしていた。

 

「(やぁああああああぁっ!)」

 

 二人の巨人が超極音速でかっ飛んで行ってから、ようやくザギを間合いに捉えたスカルゴモラの突進――特訓を重ね積み上げた武芸を揮う怪獣の技を、ウルトラマンの似姿をした暴虐の巨人は、何の術理もない片手間の裏拳一発で薙ぎ払う。

 

 ただの膂力の多寡であっさり押し切られ、激しい衝撃に視界が歪むも、こうなることは――数秒先の未来が視える今のスカルゴモラにも、予知できていた故に、転倒だけは耐えられた。

 

「(――お兄ちゃん、今っ!)」

「スペシウムスタードライブ!」

 

 三連撃がダークザギに対処を強いた瞬間。シャイニングミスティックを最強のフュージョンライズ足らしめる時間操作の力を扱うための準備が、完了していた。

 

 スカルゴモラの号令に合わせるように、シャイニングミスティックが、メタフィールドの天辺へ打ち上げた光球。

 

 それは、時間の概念すらない無であったグリーザにこそ通じなかったものの、時を止める力を持った輝きを放つ、絶対的な異能の発動を意味していた。

 

 それを完了するまで、シャイニングミスティックを守るように。ウルトラ六兄弟のカプセルを用いたロイヤルメガマスターが、六人分の光子障壁を重ねがけするブラザーズシールドを展開し、さらにその裏にはグリージョバーリアも控えていて。

 

 それら防壁の前面では、ザギを足止めするように、フォトンナイトとダンディットトゥルースが、各々の最強光線を発射していた。

 

「ですしうむD4れい――!」

 

 さらに、闘志を取り戻したサンダーキラーSが、再びD4レイによる次元崩壊現象での攻撃をダメ押しで重ねる――が、同時にダークザギの放った重力波が、先程の再現とばかりにD4レイのエネルギーを押し返し、吸収不能の遠距離攻撃として究極融合超獣の全身を蹂躙しながら弾き飛ばす。

 

 だが、先と違って。太陽光の届かないメタフィールドの中では、消耗と損傷を重ねたサンダーキラーSが自力で立ち上がることは困難だろう。

 

「(この――っ、インフェルノ・バースト!)」

 

 妹が手酷くやられる様を目撃し、怒りで痛みを押し退けて振り返ったスカルゴモラもまた、リトルスター由来の分子分解効果を帯びた、必殺の青い熱線をダークザギに照射する。

 

 D4レイを退けてなお、三方から自身を襲う光に対し、ダークザギは防御の構えすら見せなかった。

 

 それは、時間を止められ、抵抗することができなかったためではなく。

 

 両手を拡げたザギ自身の背後で、ペイシャンの肉体を操って星雲荘を襲撃した時に見せていた、赤黒い闇の穴を拡げていたためだった。

 

 それを目にした時――何かが自らを侵食するような悪寒を、スカルゴモラは覚えた。

 

 ……闇が、メタフィールドを塗り替えて行く。

 

 空はより赤黒く、大地は不気味な緑色の発光が点在するようになり。

 

 何より――寸前までウルトラマンたちを助けていたこの亜空間が、突如として、彼らに牙を剥いていた。

 

「――なっ!?」

 

 最初に、シャイニングミスティックが打ち上げていた光球が、時を止めるより早く、闇に呑まれて消えた。

 

 続いて、本体であるシャイニングミスティックを残して、分身として顕現していたジードたちが、次々と沫のように解けて行く。

 

 本体であるジードも、メタフィールドの助けがあって初めて成立するシャイニングミスティックを維持できず、プリミティブへ強制的に退化させられ――さらに、いきなりカラータイマーを激しく点滅させ始めた。

 

「これって……いったい!?」

〈ダークフィールド。ウルティノイドが展開を可能とする異空間に、メタフィールドが書き換えられたようです〉

 

 ジードと同じく。周囲に満ちた闇に力を奪われた挙げ句、毒のように体を蝕まれ、カラータイマーを点滅させたグリージョが膝を着いたところで、レムが何が起こったのかを説明してくれた。

 

〈この空間内では、通常のメタフィールドとは逆に、ウルトラマンの力が弱まり――闇の巨人の力が増します〉

 

 レムの言葉を、証明するかのように。

 

 ただ一つ、ダークザギへの攻撃として残っていたインフェルノ・バースト――無防備に浴びたその作用で透き通る青へと変わり、分解効果が出始めていたはずのダークザギは、あっさりと自身の色を取り戻し、最早何の効果も及ばない熱線を片手で払い除けてしまった。

 

 まるで、グリーザにそれを反射された時の――スカルゴモラNEX(ネックス)と同じように。

 

 ……この空間がある限り。仮にウルトラマンが何人居ても、まともな戦力にはならず、ただそのエネルギーを奪われて、ダークザギを強化するだけになってしまう。

 

 しかも、レムが追加で送ってくれた詳細によれば。厄介なことに、この空間を維持する負担は、書き換えられたメタフィールドを展開した者に掛かるらしい。

 

 だが。

 

「(――私は何ともない?)」

 

 微かな戸惑いが、疲弊するウルトラマンたちを背に庇い、単身ザギと対峙するスカルゴモラを襲っていた。

 

 ダークフィールドは、メタフィールドの反転空間。作用が逆転し、世界の助けを受ける者と、虐げられる者が入れ替わる。

 

 だから、独力ではまともに立つこともできなくなった兄やアサヒのように、自分も苦しむのが道理のはずなのに。

 

 この空間を維持する、メタフィールド同様の負担は確かに感じるものの――スカルゴモラは世界が創り変えられる前と何ら変わらぬ己の調子に、驚いていた。

 

「それだけ、おまえが俺に近づいたということだ」

 

 そんなスカルゴモラの零した疑問に、ダークザギは聞き慣れたペイシャンの声で答えた。

 

「(どういう、意味……?)」

「答え合わせと行こうか」

 

 喉を唸らせ、臨戦態勢は解かないままでも。戸惑いを示すスカルゴモラに、ダークザギは嘲笑を返した。

 

「ネクサスのリトルスターを媒介として、おまえには俺の力を写しておいた。それが、おまえが今でもメタフィールドを使える理由でもある」

 

 そして、衝撃的な真実が告げられた。

 

「(……私も、あなたの人形だった、ってこと?)」

 

 真っ先に連想したのは、先程ザギが告白したアリエの正体。

 

 自らの意志で振る舞っているように見えた彼女同様――認識していないだけで、自分もまさか、既に。

 

 そんな悪寒に襲われていたスカルゴモラに対し、ダークザギは首を横に振った。

 

「いいや。単にファウストやメフィストにするんじゃ、わざわざリトルスターや、おまえを使う意味がない」

 

 使う、と。人形ではないとしても、結局は物のように認識していたと吐き捨てながら、ダークザギが続ける。

 

「ただのウルティノイド化とは違う。俺の情報の一部をおまえの光量子情報に転写させ、紛れ込ませた……道標とともに、そこへ至るための自己進化プログラムをな」

〈――ルカの成長が、私の予測から逸脱した理由はそれでしたか〉

 

 ダークザギの言葉で、やっと理解したとばかりに、レムが通信した。

 

〈言うなればあなたの手で、ルカの遺伝子情報はアップデートされていた……ということですね〉

 

 出し抜かれていたレムの問いに、ザギは答えなかった。

 

 ……破壊神と畏れられるダークザギは、本来はウルトラマンノアを模して造られた人工の守護神、ウルティノイドザギだった。

 

 そのために、ウルトラマンノアを模した能力を、彼は生まれながらに備えていた。その特性を応用することで、ノアの弱体化した姿である、ウルトラマンネクサスの能力もまた、再現できた――メタフィールドの亜種であるダークフィールドは、その最たる例だ。

 

 そして、光を闇に変換できるように。理論上はザギとその眷属にも、ダークフィールドではなくメタフィールドを展開することが可能だと考えられる。

 

 スカルゴモラはこれまで、気づかずに。純粋なリトルスターの働きで一時身につけた能力を、転写されたザギの力で再現し続け、メタフィールドを創り出していたのだ。

 

 ……それはわかった。だが、まだ謎なのは。

 

「(何故、そんなことを?)」

 

 結局は、その動機。

 

 培養合成獣スカルゴモラや、究極融合超獣サンダーキラーSといった、ベリアルの子らを強化することで、ダークザギがどんな目的を達成しようとしているのか。

 

「簡単な話だ。俺が完全な形で復活するための、器作りだよ」

 

 ……碌なことではないだろう、という嫌な確信は、的中した。

 

「……カプセルを媒介にやって来た以上、俺の解放にはベリアルの力が必要だった」

 

 隙を探すために問いかけたつもりが、逆に悍ましさで身を竦ませてしまったスカルゴモラに対し、ザギは――ペイシャンとして振る舞っていた頃の、上機嫌な時と似た口調で、その企みの全容を明かし始めた。

 

「前に、半端な復活をして足をすくわれたこともあったからな。さっきみたいにすぐ消し飛ぶ在り合わせではなく――カプセルの分と合わせれば、最初から俺本来の力を発揮できる体をちゃんと準備してから、復活することにしたわけだ」

 

 ……この圧倒的な力も、カプセルによる一部の再現に過ぎないと告げながら。ザギはなおも語り続ける。

 

「最初はベリアルの体を使うつもりだったが……調整の途中で、奴がジードに倒されてしまい、計画の修正が必要になった」

 

 巨悪として一つの時代に君臨していた父、ウルトラマンベリアル。

 

 そんな彼すら密かに利用しようとしていたという、さらに強大な闇の巨人の思惑をも――意図せずとはいえ、一度は阻んだヒーローの名が、ザギの口から述べられた。

 

 だが、そのウルトラマンジードも。今は真相を聞き逃さないようにするのが精一杯というほど。ザギの展開したダークフィールドの作用によって、命を蝕まれていた。

 

 それでも、ここでスカルゴモラがフィールドを解除してしまえば、星山市や地球への被害を防げない――しかも、ザギ自身にもダークフィールドを展開する力があることは明らかだ。これ以上敵に主導権を渡さないためにも、ジードとグリージョは空間そのものに拒絶される苦しみに耐えながら、現状維持を選んでくれていた。

 

「幸い、俺には未来を予知する力があった。それでおまえの存在を知った」

「(……っ!)」

 

 なのに、未だザギの隙を見つけ出せず。事態を好転させられないと臍を噛んでいたスカルゴモラは、その告白で二重に呻いた。

 

 あの時、ザギがアリエの口を操って吐いた出任せに、まんまと騙されていたが――スカルゴモラが可能とした未来を予見する力の出処が明かされて。

 

 ……あるいは、ハイパービースト・ザ・ワンが一時だけ、スカルゴモラの指示に従ったのも。レイオニクスの力だけではなく――ダークザギに由来する、スペースビーストを支配する力との相乗効果だったのではないかと、今更ながらに思い至って。

 

 そして、己がこの世に生まれ落ちる前から、この邪悪な存在に目をつけられていたという事実に、戦慄したのだ。

 

「……木を隠すなら森の中。最初から戦うたびに強くなる存在として生まれてきて、それを知る者たちに庇護されるおまえなら――俺の力を忍ばせても、半端な時点で危険視されることもなく、事を運べた」

 

 そんな、スカルゴモラに現れていた数々の怪しい要素を、共に戦う解析担当の仲間という偽りの立場と、黒幕としての暗躍で覆い隠して。

 

「充分な下地ができれば、ダークサンダーエナジーでさらに強化するとともに、おまえが自分から消えたいと望むように仕向ける。空っぽになったその肉体を俺が頂き、器として完全復活する……予定だったんだがな」

 

 悍ましい計略を吐露したところで、ザギが嘆息した。

 

「おまえの当て馬として呼び寄せた馬鹿と、ジードのせいで、ライハが生き残った。そしてレムの邪魔まで入って、おまえに心の底から消えたいと願わせることに失敗した」

 

 ……その思惑に、スカルゴモラはぞっとした。

 

 本当に、後少しのところで――自分の心はこいつの悪意のまま、消えてしまうところだったということに。

 

 同時に。あの時、レムが来てくれたこと。ライハが死なないでいてくれたことに、改めて深い感謝を覚えて――スカルゴモラは、自身を脅かす恐怖に抗った。

 

「流石に、及第点まで育った今のおまえを、合意なく乗っ取るのは俺にも難しい」

 

 ずっと、朝倉ルカの心を消し去り、培養合成獣スカルゴモラの肉体を奪おうとしていたという暗黒の巨人は、その計画の断念を口にした。

 

「だから、残念だが……計画はサブプランに移行する。おまえは器として乗っ取るのではなく、単に力の塊として取り込ませて貰う」

 

 告げた直後、ダークザギが無造作に手を翳し、そこに防壁を展開した。

 

「――お姉さまに、近づくな……!」

 

 これまでになく、荒れた口調で。

 

 怒りの滲んだ幼い声とともに、D4レイを叩き込んだのは――自力ではもう起き上がれないと思われていた、サンダーキラーSだった。

 

〈ダークフィールドの効果が、サンダーキラーSの能力を増強したようです〉

 

 太陽光の届かない環境下、低下したはずのサンダーキラーSの自己修復能力が発揮された理由を、レムがそのように推測する。

 

「……それで良い。もっと俺を憎め」

 

 だが、そんなサンダーキラーSの復活を、ダークザギは予期していたように笑った。

 

「プリズ魔やハンザギランの力は後から模倣した小手先。おまえの本質は究極融合超獣――闇でこそ、おまえの力も増幅される」

 

 ……その視線が、自らに向けられたものと同じだと感じて。

 

 挑発されるまま暴発しそうになった妹の進行ルートに割り込んだスカルゴモラは、サンダーキラーSの移動を遮るように尾を起こし、無謀な特攻を阻止していた。

 

「お姉さま……!?」

「(一人じゃ駄目、サラ。このままじゃこいつの思惑どおり……!)」

 

 訴えかけている最中、それを遮るようにダークザギが咆哮した。

 

 その叫びに応えるように、スカルゴモラとサンダーキラーSの頭上に巨大な暗黒球体が発生し、避ける間もなく降下。超重力に押し潰されるのを何とか堪えていると、その影響をまるで受けないように高速移動してきたザギの蹴りがサンダーキラーSの首を打ち据え、薙ぎ倒す。

 

「(サラ――っ!)」

 

 怪獣念力で重力場を相殺し、身軽さを取り戻したスカルゴモラがダークザギに挑もうとするが、根本的な機動速度に差があり過ぎる。

 

 抜き打ちの肘鉄を防ぐこともできず胸に受け、息を詰まらせた瞬間、さらにザギの肘から指先にかけてが発光。生じた光の刃による追撃が、スカルゴモラの胸から脇腹へと逆袈裟に切断する。

 

 背を抜けて胴を貫いたザギ・スパークによる裂傷を、レイオニックバーストで得た強靭な生命力によって高速再生する――が、癒着するまで動きが滞ったところで、ザギが突き出した拳から放たれたザギ・シュートの光弾を何度も浴びて、スカルゴモラも吹き飛ばされた。

 

 そうして、サンダーキラーSとともに倒れ伏したところに、ダークザギの両腕から光線が発射された。

 

「ルカ、サラ!」

 

 兄の悲鳴が鼓膜を叩く――が、今度の光線は、スカルゴモラたちを苛むための物ではなかった。

 

「(傷が……っ!?)」

 

 受けたダメージが、瞬く間に取り除かれ、肉体が完全な物に修復されて行く。

 

 いや、スカルゴモラ自身の遺伝子――そこに、ダークザギから写されたという自己進化プログラムの働きも合わさって、さらに強化された状態で、スカルゴモラは復活していた。

 

 ……あるいは、ダークザギへの憎悪を燃やす妹も。

 

「ほら、また向かって来い」

 

 煽るように手招きするダークザギに対し、弄ばれていることを理解した姉妹は、なおも敵わぬことを悟った上で立ち上がり――たちまちに打ちのめされた。

 

 瀕死に追いやられ、強化復活させられ、また捻じ伏せられる。何度も、何度も。

 

「――やめろっ!」

 

 妹たちを襲うそんな残虐を許すまいと、決死の思いで立ち上がってくれた兄が、両腕を外に開く動作で放つ切断光線、レッキングリッパーをダークザギに浴びせる。

 

 だが、暗黒破壊神はまたもザギ・リフレクションを展開すると、今度は防ぐに留めず、その攻撃をジードとグリージョに反射して、二人の命をさらに削っていた。

 

「(この……っ!)」

 

 怒りで立ち上がろうとしたスカルゴモラだが、ダークザギの超重力を纏った足裏に顔面を蹴り上げられ、仰向けになって再び倒れ伏した。

 

 兄や姉への追撃を食い止めようと、倒れたままだったサンダーキラーSは触手を伸ばしてダークザギの拘束を試みるが、容易く投げ飛ばされて抵抗が終わる。

 

 ちょうど、スカルゴモラの腹を強打する格好で叩きつけられたサンダーキラーSもまた、動きが鈍ったその時。

 

 痛みで抵抗できなくなったベリアルの娘たちに対し、ダークザギが再び、超重力波を放射して――

 

「(……いい加減にしろ!)」

 

 光線吸収能力を持つサンダーキラーSでも防げないその黒い破壊の束を、直前に割り込んで来た、翼状の楯が受け止めていた。

 

 その楯を――ウルティメイトイージスを構えていたのは、早々に戦線離脱させられた上、ダークフィールドによる衰弱で身動きを阻まれていた、ウルトラマンゼロだった。

 

 それは口癖のとおり、限界を越えて駆けつけた勇姿だったが――その動作を伴って、ゼロから周囲に発せられる意志の主体は、ウルトラマンゼロの物ではなかった。

 

「(ルカちゃんを狙って――そのために、あなたを慕っていたサラちゃんを利用して……っ!)」

 

 ウルトラマンゼロに憑依されたために、またしても戦いへ巻き込まれることになった一般人。

 

 ――そう思われていた伊賀栗レイトは、自分の意志で、理不尽への強い怒りを表明していた。

 

「(それが、大人が子供にすることですか!?)」

 

 そんな、場違いにも思われる叫びを、レイトはダークザギ――ペイシャンへと、ぶつけていた。

 

 現に、浴びせられた当人には、何ら響く様子もない言葉。

 

 けれど、彼に庇われた一人であるスカルゴモラは……そこに込められた想いの強さを感じ取っていた。

 

 ああ、この人は――娘の友達に酷いことをされたから。

 

 それが、よりによって、父親みたいに慕われていた相手だったから。

 

 サラの友達の、父親として……相手がどれほど強大な存在なのか、わかった上でも。

 

 傷ついた子供たちの分も、大人として怒ってくれているのだ。

 

「(答えろ!)」

 

 ゼロや、レイトからの呼びかけを無視し続けるダークザギが、なおも重力波に注ぐ力を増して――楯ごと、足の裏が大地を削って後退し始めても。

 

 ウルトラマンゼロと一体化した伊賀栗レイトは、膨大な力を受け止めながらも、怯む様子を見せなかった。

 

「(……もういい。だったら僕は、あなたを……許さないっ!)」

 

 そしてレイトの抱いた、他の誰かのための、激しい怒りが。

 

 ウルティメイトシャイニングの力を、発現させる寸前。

 

 一瞬だけ、レイトと、彼に融合したウルトラマンゼロ自身には見えない赤い変化を、その身に起こさせていた。

 

 

 

 

 

 




Bパートあとがき



 ここまでお読み頂きありがとうございます。

 そういうわけでベリチル版のアリエ復活真実。「何とかダークネス」系統から「ダークエンプレス」に名前が変わったのも、顔が銀灰色で黒目とベリアルっぽくなかったのも、実は「ベリアル因子を持った人間ベースのダークファウスト」があの時のアリエの正体だったからでした。
 アリエ回の14話冒頭で出た前座怪獣がフランス人形を操る円盤生物ブリザードで、サンダーキラーSが「おにんぎょうあそび? わたしもするー!」と叫んだのまで伏線みたいになりそうですが、正直に告白すると確か当時はそこまで考えていなかった気がします。

 そしてザギさんの目的と、培養合成獣スカルゴモラがここまで強くなった理由。レムの予測を第六話から越え始めたのは、その時にリトルスターと一緒にダークザギ由来の自己進化プログラムも獲得したため、本作独自設定であるゴモラ(≒ザラガス)の遺伝子以上の耐性獲得能力や、その後の戦闘力の増強に繋がっていたという理由でした。

 この「ヒロインがダークザギの情報を獲得し、パワーアップする」という展開の元ネタは、Aパートあとがきで触れました『ウルトラマンF』で描かれたものになります。

『ウルトラマンF』は映像作品とはパラレルになると思いますが、今作では未来予知能力を持つザギさんが予知した可能性世界の一つとして、朧気ながらその展開を認識し、自分でその特性を利用してみた、という裏設定になります。本文中では触れられませんでしたが、ルカがタピオカミルクティー=紅茶をオレンジジュースより選んだのもこの影響です。



 その他細々とした元ネタや独自解釈の解説。


・現在のザギさんの戦闘力
 今回はネクサスの力+恐怖の記憶で復活した『ウルトラマンネクサス』最終回ではなく、来訪者の星で暴れていた頃等の、スペックだけならノアと互角だった全盛期を基準に、カプセル化を介した復活でそこからは弱体化し、結果として『ネクサス』最終回以上の強さになっている想定。
 その表現として、『ネクサス』最終回オマージュ(?)として報告だけで描写される被害も(スペースビーストがない分)なんか種類が増えている、みたいな感じです。


・エースキラーのカプセルでヤプールが情報収集
 これは『ウルトラ6兄弟 THE LIVE in 博品館劇場-ゾフィー編-』で登場した、ビクトリーキラーの強化体・ウルティメイトキラーの設定が元ネタです。
 同ステージショーでは、他作品に出る一般超獣と同様に、ベリアル融合獣サンダーキラーからのフィードバックで、ジードの戦闘データを集めていたとされており、あくまで正史に組み込まれてはいないショー展開ではありますが、現状は公式展開とも矛盾がないので本作でも同じようなことがある、とみなして採用させて頂きました。
 筆者がショーを実際に見たのが本作でサンダーキラーSを登場させた後になってしまったので後付にはなりましたが、ヤプールがベリアル融合獣サンダーキラーを把握しているというのはサラとトリィとの縁としてずっと欲しかった設定だったので、出すチャンスを伺っていた形です。構成が変になってなかったら良いな、と願うばかり。


・ウルティノイドもメタフィールドを展開可能
 これは公式設定ではありません。ただ、ダークザギの出自を考えると、メタフィールドを張ることも可能だろうという予想に従ったものになります。
 そんなこと言っていたら『ウルトラギャラクシーファイト 運命の衝突』でネクサスがウルトラマンから衰弱死するほどエネルギーを奪えるメタフィールドという、ほぼダークフィールドのようなものを使ったりもしたので、逆もまた然りでないかと予想できる根拠が増えた気がします。
 ちなみに『ウルトラマンX』で共演した際のメタフィールドは他のウルトラマンに害を及ぼす様子はなかったため、ある程度調整が効くものだと想定して、本作でここまで描いてきた他ウルトラマン強化という性質は公式と矛盾はしないと解釈しております。


・暗黒球体攻撃
 ゲーム『HEROES' VS』版のザギ・ギャラクシーのイメージになります。映像作品では地味に使われたことのない技なので、少なくともダークフィールド内ならメテオの種類を変えられるというふんわりしたイメージです。


・ウルトラマンゼロ(ワイルドバースト)
 本来はこのタイミングで出る形態ではないのですが、今回はレイトさんの影響で一瞬だけこっそりなっている(誰も気づいていない)という想定です。
 我武者羅な守りたいという強い決意で魂を原点回帰させたゼロ、という意味ではマユの友達の心を守ろうとするレイトさん込みなら行けるかな、ということで、お見逃し頂けると幸いです。






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第十八話「僕が僕らしくいるために」Cパート

 

 

 

 ……かつていくつもの宇宙を震撼させた最悪のウルトラマン、ベリアル。

 

 その悪意に蝕まれ、闇の中に幽閉されながらも――それまでに培った数々の絆、そしてベリアルの中に残されていた光すら、自らの力に変えて再起したのが、シャイニングウルトラマンゼロ。

 

 初めて、その光を顕現させた時のように。ベリアルの子らを守ろうとする決意が発現させたその姿は、ダークフィールドという無限の闇にあっても、その闇を晴らすほどの偉大な輝きを灯していた。

 

 さらに、世界を越えるウルティメイトイージスの権能と。時間に干渉するシャイニングウルトラマンゼロ自身の能力を重ね合わせ、本来あり得ない同時顕現を維持することで、ゼロはウルティメイトイージスを纏ったまま、シャイニングへと至っていた。

 

 その姿こそ、ウルティメイトシャイニングウルトラマンゼロ。

 

 本来、変身するだけで絶大な消耗を伴う、ウルトラマンゼロ究極の姿。

 

 かつて囚われたダークキラーゾーン同様、光を闇に変換するダークフィールドの中にあっては、必要な閾値にまでエネルギーを集中することができず、決して現れないはずの力が、奇跡の降臨を果たしていた。

 

 顕現に伴う光で、対峙する暗黒破壊神ダークザギの放つ重力波を四散させた白銀の巨人は、即座にその左腕を前に突き出した。

 

「行くぜレイトぉ!」

「(はい、ゼロさん……!)」

 

 自身の果たした変身が、時間限定の奇跡であることを、ゼロも既に承知していた。

 

 だから、この奇跡を呼び寄せてくれた相棒と心を一つにして、全力全開の一撃を、遥か格上となる破壊神に叩き込む。

 

 そのために、ウルティメイトイージスを弓矢型に変化させ――光の弦を引きながら、逆に全ての力を注いで行く。

 

「シャイニングウルティメイト――ゼロ!」

 

 ゼロ自身に宿る、シャイニングの力全てを込められた、ウルティメイトイージスそのものが発射される。

 

 伝説の超人、ウルトラマンノアに授かった神器は、今――そのノアを模して造り出されたダークザギを貫かんと飛翔する。

 

 ウルティメイトシャイニングの顕現に微かに意表を突かれた様子だったダークザギは、しかし特に構えもせず、右の裏拳で迎え撃った。

 

「なんてやつだ……っ!」

 

 ダークフィールドの影響を受け、満足に身動きも取れないウルトラマンジードが、その結果に驚愕を漏らしていた。

 

 シャイニングウルティメイトゼロの切っ先は、ダークザギの手の甲を貫けず、宙に縫い留められていた。

 

 そしてダークザギもまた、ウルティメイトイージスを弾き返せず、その場で腕を力ませ、震えながら立っていた。

 

 ダークザギの強靭さに、ゼロやジードたちが驚愕するのと同じように。

 

 シャイニングウルティメイトゼロを容易く打ち払えなかったことに、ダークザギもまた、微かに驚愕している様子だった。

 

 だが――拮抗しているのは、所詮は片腕。

 

 ダークザギが、左手を右腕に添えると、蒼銀の光を放射しながら前進しようとするイージスが、目に見えて押し返された。

 

「(負ける……っ!)」

 

 ――自身の中で、相棒が声に出したのが、諦めではなかったことなど。

 

 ウルトラマンゼロは、当然のように理解していた。

 

「――ものかッ!」

 

 引き継いで叫んだ瞬間。再び、ダークザギが驚いた様子を見せた。

 

 その時――ゼロの背後に巨大な幻影を見た者は、きっと彼だけだったから。

 

「のアァアアアアアアアアアアッ!!」

 

 これまでの、意味のない獣の咆哮とは違う――まるで、誰かの名前を呼ぶような。

 

 濁った叫び声を発したダークザギが、左腕を滑らせて、一兆度の炎をその右手に宿した直後。

 

 勢いを増したウルティメイトイージスがその手の甲を切り裂き、そして互いのエネルギーが収束限界を越えて、壮絶な爆発を引き起こした。

 

 

 

 

 

 

「ゼロ――!」

 

 ダークザギとシャイニングウルティメイトゼロの激突の末に生まれた、巨大な爆発に煽られて。

 

 普段の姿に戻ったウルトラマンゼロが、力なく倒れ込む様に、ジードは思わず彼の名を叫んでいた。

 

 ……ただでさえ消耗の激しいウルティメイトシャイニングの力、その全てを注いだ一撃。

 

 ここまで誰も太刀打ちできなかったダークザギにすら届いた光の代償に、ゼロはダークフィールドの中、生命を維持する最低限の力すら喪いつつあった。

 

「……思ったよりやってくれたな」

 

 だが、満足な身動きもできないジードどころか、ゼロのすぐ後ろに居た、培養合成獣スカルゴモラや、究極融合超獣サンダーキラー(ザウルス)が駆け寄るよりも早く。

 

 爆発の向こうから、愉快そうな声が届いてきた。

 

「貰い物の力で調子に乗っている下等生物……程度に思っていたが。認識を改めてやる」

 

 邪悪なる暗黒破壊神――ダークザギは、健在だった。

 

 ……激突前よりは、随分とこちらとの距離が開き。

 

 微かに、庇うような仕草を見せるように。シャイニングウルティメイトゼロと激突した右の拳には、ようやく亀裂が生じているものの――それも、形を崩すほどではない。

 

 ウルトラマンゼロの全てとの激突を、ダークザギは軽傷で凌ぎ――そして、どこか漫然としていた雰囲気を、改めていた。

 

「遊び過ぎている場合でもないようだ。一気に事を進めさせて貰う」

 

 告げると同時、ダークザギの胸部――カラータイマーに相当する器官である、エナジーコアが紫色に発光するのを見て、ジードは本能的な恐怖を覚えた。

 

「――リクさん!」

 

 同じく、絶望的な危機を感じ取ったらしい――ジードに支えられていたウルトラウーマングリージョが、その手を払って叫んでいた。

 

「……後は、お願いします!」

 

 告げると同時、グリージョの全身から光が爆発するように放たれた。

 

 グリージョキュアバースト――一気に放出させたグリージョのエネルギーを、敵への攻撃と味方への回復、双方に作用させる技。

 

 それによって、ジードやゼロを回復させる光がダークフィールドの闇を押し返し――目眩まし程度でも、ダークザギにも襲いかかる。

 

 ……だが、満足に立つこともできないほど、ダークフィールドに蝕まれていた状況にありながら、一気にエネルギーを放出してしまえば。

 

 当然のように、ウルトラウーマングリージョへの変身は解けてしまい――荒れ果てた亜空の大地に、力を使い果たした湊アサヒが倒れ込んでいた。

 

〈ダークザギのエネルギー、なおも上昇――宇宙恐魔人ゼットの、最後の一撃に相当します〉

「――っ、コスモミラクルフラッシャー!」

 

 レムが状況の報告を行った次の瞬間。キングカプセルをマルチレイヤーに用いたため、ロイヤルメガマスターへの変身が叶わないジードはプリミティブの姿のまま、キングソードを召喚し、そこから最大火力の光線を発射していた。

 

 グリージョに託されたエネルギーを振り絞るジードに対し、ダークザギもまた、傷ついた右の拳を反対の手首に叩きつけるようにして腕を組み――左手から、赤黒い光線を放射した。

 

 回復しながらも、まだ満足に起き上がることのできないゼロを狙う暗黒破壊光線ライトニング・ザギと。ジードが逆手に構えたキングソード、その全体から放たれる虹色のコスモミラクルフラッシャーが、激突する。

 

 宇宙恐魔人ゼットの、最後の一撃――つまりは、百兆度を越えた劫火の拳による、超新星爆発クラスの膨大なエネルギー。それは俗に言うガンマ線バーストを引き起こし、ほんの数度角の延長線上のみとはいえ、このような隔離空間でなければ数千光年の彼方まで、尋常な生命を絶滅させる放射線を撒き散らす。

 

 それが、ただの余波。破壊力の本体ごと、あのグリーザを倒した力でその不可視の死を抑え込むジードだが、しかし拮抗は続かない。

 

 本物の、コスモミラクル光線であれば――あるいはこのライトニング・ザギにも、打ち勝つことはできたかもしれない。

 

 だが、ジードが用いているのはあくまでもウルトラカプセルによる再現技。本物とは、その出力に雲泥の差が生じている。

 

 まして、体力は万全ではなく。そのなけなしのエネルギーも、ザギへ味方するダークフィールドに今も削られながらとなれば――持ち堪えられるはずもなく。

 

 コスモミラクルフラッシャーの抵抗を呑み込んだライトニング・ザギの奔流が、身動きできないゼロを狙い、そのままジードが足元に庇うアサヒの命も脅かす、その刹那。

 

 金色の装甲を纏った白い竜が、その光線の前に飛び出した。

 

「――サラっ!?」

 

 身を投げ出したのは、ベリアルの遺伝子を受け継いだ生命体の、末っ子だった。

 

 サンダーキラーSは、その胸にあるカラータイマー状の器官によるエネルギー吸収能力で、無謀にもダークザギの攻撃を防ごうとしていたのだ。

 

「(ダメ、逃げなさいサラ!)」

 

 遅れて立ち上がったスカルゴモラが、テレパシーで呼びかける。

 

 だが、凄まじい破壊光線に晒されながら、それを決死の覚悟で受け止めるサンダーキラーSには、返事をする余裕もないらしく。

 

 仮に妹を張り倒したところで、諸共蒸発するだけだと悟った様子のスカルゴモラは、攻撃を仕掛けている当人に角から破壊音波を繰り出した。

 

 被弾に構わず、暗黒破壊神はライトニング・ザギの照射を続け――膨大な破壊のエネルギーを受け止め続けるサンダーキラーSの輪郭が崩れるのを、ジードは目にした。

 

「レッキングロアー!」

 

 スカルゴモラの纏う超高熱から、アサヒを保護しながら。

 

 妹たちを援護しようと、ジードもまた、口から超音波を放つ絶叫攻撃をスカル超振動波に同調させ、ダークザギへの攻撃に合流する。

 

 ジードとスカルゴモラが同時に放つ、音波攻撃。

 

 本来であれば、ダークザギにダメージを通すことなど、とてもできなかっただろうが。

 

 先程、ゼロが付けた傷。光線の発射を支える右の拳の亀裂が拡張し、遂にダークザギが仰け反って、その照射が中断された。

 

 だが、その時――既に、サンダーキラーSに起こった変化は、止まらないところまで来ていた。

 

 ただし……ジードたちの予想とは、全く違う形で。

 

「あ……っ、うぁあああああああああああああっ!!」

 

 苦しみを訴えるように、サンダーキラーSが悶え、咆哮し――その両足と、細長い尾が、黒い稲妻に変わって弾け、胴から上が天に登る。

 

 ……だがそれは、傷を負ったわけではなく。

 

 ダークザギから与えられた膨大なエネルギーを取り込み、なお自身を保つため――滅亡の邪神ハイパーエレキングの細胞を受け継ぐサンダーキラーSが、自身の肉体を変化させたための、現象だった。

 

 サンダーキラーSの上半身を載せて爆ぜた、黒い雷――ジードたちを覆う巨大な傘のように膨張したサンダーキラーSの構成情報が、再び物質化する。

 

 三百メートル以上の高さまで伸びた足の付根辺りから上は、そのままに。腰部から下が、木の幹のように膨張し、その末端部が甲殻類のような形を為し、六本の巨大な節足でその巨体を支えていた。

 

 妹が果たした変化と似た姿の記録を、かつてウルトラマンジードは見た覚えがあった。

 

 それは究極超獣の初号機であるUキラーザウルスが、強化復活を遂げた際に見せたのと、酷似した形態。

 

 先例に倣えば、究極融合巨大超獣サンダーキラー(ザウルス)・ネオとでも呼ぶべき姿に、ベリアルの子らの末妹は変貌していた。

 

 ただ、その背に備わった翼は。

 少しだけ大きくなりながらも、その変化は下半身の膨張に比べればずっと控えめで――結局はまだ、折り畳まれたままだった。

 

「はぁ……はぁ……っ!」

「……まだ幼体(ギガント)止まり、か」

 

 急激な変化に息を荒くする巨体を前にして、失望したような声を、ダークザギが漏らしていた。

 

 そう。絶望などではなく――失望の。

 

 傷ついた右手の調子を確かめるダークザギは、高みから自身を覗き込むサンダーキラーSの無貌の視線に目を合わせると、つまらなさそうに呟いた。

 

「これまでは役に立ついい子だったが……最後の最後に、俺の期待を裏切ってくれたな」

「――っ!」

 

 ダークザギの、挑発ですらないだろう言葉に。

 

 サンダーキラーS・ネオは激高し、文字通り大地を揺るがす突撃を開始した。

 

「いけない、サラっ!」

 

 理不尽に大切な人や、優しい人を狙われる、余りにも酷い仕打ちの数々。そこへ身勝手に浴びせられた、心無い言葉。いよいよ耐えられず、冷静さを失った末妹を制止するジードの声は、遅い。

 

 既にダークザギへと肉薄したサンダーキラーS・ネオは、その全体から生えた突起を発射する生体ミサイルを発射し、さらに上半身の背筋から伸長させた八本の触手や、下半身に備わった巨大な砲門から、大幅に強化されたデスシウムD4レイの輝きを励起させ――

 

「無駄遣いはやめろ」

 

 それらが届くより早く。ダークザギの全身から吹き出した、真っ黒な闇が一気に拡大し、地形のような巨体となったサンダーキラーS・ネオを覆った。

 

 ……闇に触れた途端、先んじて放たれていた生体ミサイルが、掻き消える。

 

 さらに巨大な脚が闇に絡め取られた途端、サンダーキラーS・ネオは一気に重心を崩されて、地響きを起こしながら倒れ込んだ。

 

 その時には、D4レイの反応を起こすための励起光すら、闇の中に吸われたようにして消え去っていた。

 

「なに、これ……っ!?」

 

 自身の一部の喪失。

 

 それを為した闇と連結され、抜け出すことも、分離することもできない戸惑いと恐怖。それに染まった哀れな声を、傾いた塔のような胴体の上で、サンダーキラーSが漏らす。

 

「さっき渡した俺の力を、返して貰うだけだ――利子として、おまえごとな」

 

 その疑問を拾ったダークザギは、嘲笑うように答えていた。

 

 その間にも、逃れようと身を捩るサンダーキラーS・ネオの巨体が、抵抗も虚しく闇へと吸い込まれて行く。

 

 暗黒の化身であるはずの究極融合超獣が、さらに上位の暗黒の神から溶け出した闇に同化され、その存在を奪われ始めていた。

 

「(サラっ!)」

 

 スカルゴモラが悲鳴のように、妹の名を叫び、大地を蹴る。

 

「やめろ……っ!」

 

 ジードもまた、立っているのも辛いダークフィールドの中を駆け出して、ダークザギの魔の手から妹を救おうと試みる。

 

「いや……やだ……っ!」

 

 既に闇に囚われた下半身を見捨てでも逃れようと、サンダーキラーSが自らの胴を触手の鉤爪で傷つける。

 

 だが、決死の想いで裂いた皮膚から漏れ出したのは、血ではなく――ザギから放たれているのと同じ、黒い闇。

 

 それが、一気に触手を呑み込んだ上――自切した先の上半身と、隙間なく繋がったままである様を見て、サンダーキラーSが絶望した気配が、こんな時だというのに満足に走れない(ジード)にも伝わって来た。

 

「(サラ――っ!)」

 

 そんな頼りないジードを置き去りにして、先行してくれたスカルゴモラの前に、サンダーキラーSの上半身が崩れた塔のように倒れて来た。

 

 ……既に下半身は、ザギと繋がる闇の中へ、完全に消えてしまっていた。

 

「お兄さま……お姉さま……!」

 

 肉親の接近に気づき、触手を失った上半身だけがまだ原型を留めていたサンダーキラーSは、その大きな鉤爪状の手を伸ばし――

 

「たす――」

 

 スカルゴモラの手がそこに届く寸前、その形を欠片も残さず闇へ溶かして、消え去った。

 

 そのずっと後ろで見ているしかなかったウルトラマンジードは、ただ、絶叫するしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 ――沙羅双樹の木が象徴する涅槃のように、色々なしがらみから抜け出して、自由に幸せになって欲しい。

 

 そんな願いを名前に込めた妹は、恐ろしい闇に囚われ、逃れることのできないまま、悍ましい欲望の中に消えて行った。

 

〈サラ……そんな――っ!〉

 

 ……星雲荘からの通信の中で、息も絶え絶えなトリィの嘆きが木霊する中で。

 

「気にするな。本当はとっくに取り込み終わっていた」

 

 最悪のタイミングで、目の前から妹を奪い去った敵は、スカルゴモラにそう告げた。

 

 異形の究極融合超獣を取り込んだ、ウルトラマンとよく似た黒い巨人。

 

 暗黒破壊神は、完治した手の甲を見せびらかしながら、悪意を隠しもせずに続けた。

 

「ま、おまえと順番が変わったせいで――完全体になるまで待ってやれなかったのは、勿体なかったがな」

「(――うぁあああああああああああああっ!!)」

 

 その口を黙らせようと、助けを求める妹に間に合わなかった足運びをそのまま突進に切り替えて、繋げなかった掌を拳に固めて、スカルゴモラはダークザギに殴り掛かる。

 

 だが、ダークザギが悠々と展開したバリアに阻まれ、反射された自身の力に跳ね返され、スカルゴモラは地を舐めた。

 

 ……兄弟殺しの血に呑まれ、衝動のままに傷つけたこんな自分を。

 

 それでも姉と慕って仲直りしてくれた、大切な可愛い妹を。

 

 奪い去った仇相手に、自分は触れることすらできやしない――っ!

 

「……憎いか?」

 

 当たり前だ、と叫びたかった。

 

 だが、そんな理性は既に、憤怒の前に消し飛びつつあった。

 

「それで良い」

 

 強烈な殺意を浴びたダークザギが笑うと同時に、スカルゴモラの背後で苦鳴が漏れた。

 

「なんだ、これは……っ!?」

「(……お兄ちゃん!?)」

 

 振り返ってみれば――ウルトラマンジードが、その輪郭を歪ませていた。

 

 ウルトラマンの存在を脅かす、ダークフィールドの中での活動限界が、遂に訪れた――だけではない、明らかに。

 

「おまえが兄のために展開してきたメタフィールドは、おまえたちが絆と呼ぶ繋がりを強化してきただろう?」

 

 妹の喪失に続き、兄に起こった異変で戸惑うスカルゴモラへ、ダークザギが淡々と告げる。

 

「元が同じなんだ。ダークフィールドにも、同じことができる。ただし……その作用を反転させて、な」

 

 スカルゴモラが近づく間に、両手を大地に着いたウルトラマンジードのカラータイマーが、活動エネルギーが危険域であることを示す赤い点滅の中に――微かな黒い靄を、生み出していた。

 

「おまえたちの憎しみと繋がって……光は闇に、変換される」

 

 ザギが宣言した瞬間、ジードのカラータイマーから、黒い小さな塊が飛び出した。

 

 それは、スカルゴモラから託されたネクサスのカプセルを中心に、幾つかのカプセルがダークフィールドの影響を受け、闇へと染まり――その一式を備えていたホルスターごと、ジードから弾き出された結果だった。

 

 全てのカプセルを奪われたウルトラマンジードは、遂にその巨人体を維持することができず、光が解けて朝倉リクの姿に戻ってしまった。

 

 ジードから飛び出したカプセルは、一団の中心となるネクサスのリトルスターを最初に発現させたという張本人にして、それらの光を闇に染めた憎悪の的であるダークザギへと突き進み……そのまま真紅のエナジーコアの中に、吸収されてしまった。

 

「さて。不完全体の上に血が薄いとは言え……サンダーキラー(ザウルス)と、ベリアルカプセルを取り込んだ。因子が充分揃った今、カプセルの限界で消えることもなくなった」

 

 ……己の力が足りず、守ってあげることのできなかった妹。

 

 その仇に燃やした憎悪を利用され、今度は兄の力が奪われ、危険に晒された。

 

 自身が纏う高熱で、人の身に戻った兄を死に追いやらぬよう、咄嗟に怪獣念力によるバリアでリクを守護しながらも――その事実に身動きが鈍ったスカルゴモラの背後。

 

「そして」

 

 ダークザギの念動力に操られ、小さな機械が独りでに飛び出していた。

 

 ……それは、彼がカプセルを介して出現する際に用いたのと同じ、ライザーだった。

 

「これで俺も、フュージョンライズすることができる」

 

 意図を察したスカルゴモラが、阻止せんと振り返った時には――既に事態は、致命的に終わってしまっていた。

 

《ハイパービースト・ザ・ワン》

《グリーザ第三形態》

《――ダークネスカプセル・アルファ!》

 

 ザギの念動力で、彼が密かに――ジードたちに倒させることで揃えていた怪獣カプセルを、ライザーでスキャンして行く。

 

《宇宙恐魔人アーマードゼット》

 

 ……そのカプセルに囚われた犠牲者の中には、ザギの計画を狂わせたという、あの魔人も含まれていた。

 

《ラストジャッジメンター・キングギルバリス》

《――ダークネスカプセル・オメガ!》

 

 そして、ジードがコスモミラクルフラッシャーを撃つための、インフィニティーカプセルを生み出すように。

 

 あるいは、ゼロがビヨンドに変身するためのネオ・フュージョンライズに用いるように。

 

 複数のカプセルを、使用前に合成し、そして。

 

《ネオ・デモニックフュージョン・アンリーシュ!》

 

 そして、悪夢の解放を示す電子音声とともに、ダークザギに怪獣カプセルから力が注がれて行く。

 

《――ダークザギ・アルファオメガ!!――》

 

 

 

 ――そして、破壊神のさらなる進化が、完了した。

 

 

 

 ダークザギの背中に、光輪が生えていた。

 

 いや、違う。まるで、ギルバリスとグリーザ第三形態の背部を組み合わせたような、円環から放射状に突起の伸びた、後光のような器官が、翼のように備わっていたのだ。

 

 そして、左右の篭手にそれぞれ、邪神ザ・ワンと、宇宙恐魔人ゼットの顔を思わせる装飾を付けた、アーマードダークネスの如き鎧状の皮膚に、体表の質感を変えて。

 

 自身の頭部も、わずかながらより鋭角に変形させた、強化形態――ダークザギ・アルファオメガが、スカルゴモラの方を向いた。

 

 その一動作だけで。絶対的な差を確信し、恐怖で心が折れそうになりながらも。

 

 次々と敵の思惑を許しながらも、兄を背後にしたスカルゴモラは逃げることができず。敵わぬことを理解しながらも、決死の覚悟でその場に留まり、ダークザギと対峙していた。

 

 

 

 

 

 

 ……アルファオメガと化したダークザギの、最初の動作は。スカルゴモラに対し、手を翳すというものだった。

 

 そこからたちまちに迸る暗黒の稲妻は、それを目にした全員の記憶に新しい、悪夢の象徴――ダークサンダーエナジーだった。

 

「(――っ、きゃぁあああああああっ!?)」

 

 絶対の消滅の恐怖を植え付け、同時に注ぎ込んだ暗黒のエネルギーにより、怪獣を強制的に暴走させる虚空怪獣グリーザの力。

 

 実体化して倒された後の残滓を、カプセルに取り込んだものとはいえ。その特性を身につけたダークザギは当然のようにその稲妻を操り、スカルゴモラを打ち据えていた。

 

 精神を消し去ろうとする虚無の稲妻に呑まれたスカルゴモラは、もんどりを打って倒れ込み、闘争心の発露であるレイオニックバーストを解除され、代わりとなる潜在能力の強制開化を促される。

 

 そうして、父であるウルトラマンベリアル、そしてダークザギとも似た漆黒に染まった、硬質化した肉体に、無数の翡翠の鉱石を背負った進化体――スカルゴモラNEX(ネックス)へと、培養合成獣スカルゴモラは変貌を遂げた。

 

「――リクっ!」

 

 変化の寸前、ギリギリまで妹の意識が維持してくれていたバリアが解ける瞬間、新たな光の障壁が、リクの全身を包み込んだ。

 

 それを為したのは、グリージョキュアバーストのエネルギーで、息を吹き返したウルトラマンゼロ。

 

 特定の人物や場所に展開する、ウルトラゼロディフェンサー。ウルトラマンとして戦う術を喪失したリクを格子状のバリア内に格納したゼロは、そのままリクを自身の掌に招き寄せた。意識を喪ったままのアサヒも既に、同様に保護されていた。

 

 他の心配事が消えたリクは、ただ一人残された――たった一人になってしまった、妹を振り返る。

 

「ルカ――っ!」

 

 呼びかけに応えるように、スカルゴモラNEXが振り返り、リクとアサヒを庇うゼロが身構えた。

 

〈ルカ、落ち着いてっ!〉

 

 決死の呼びかけは、星雲荘に残るライハから。

 

 先日のグリーザ戦では、彼女との融合がダークサンダーエナジーの魔力から、ルカの意志を呼び戻す鍵となった。

 

 ……そのライハとは同化していないまま、ダークサンダーエナジーを祓う力を持ったキングソードも、召喚に必要なカプセルをザギに奪われた。

 

 故に制御不能の猛威と化したと思しきスカルゴモラNEXは、しかし何もしないままダークザギ・アルファオメガへ向き直ると、敵意に満ちた咆哮を浴びせていた。

 

 手負いのゼロと、強化変身したザギ。敵対した際の危険度は段違いである故か、防衛本能だけを暴走させたスカルゴモラNEX――ダークザギから付与された情報をも糧に到達した培養合成獣スカルゴモラの最強形態である暗黒破壊龍神は、その力を全開にしてダークザギへと挑みかかっていた。

 

 スカルゴモラNEXの口から放たれる赤黒い熱線、インフェルノ・ノバ――ウルトラマンジード・ウルティメイトファイナルの必殺技であるレッキング・ノバと同等の威力を持つ光線が、進撃の最中、息吹のように放たれる。

 

 ダークザギ・アルファオメガは、それに対して防御の構えも見せず、急所であるはずのエナジーコアで受け止めた。

 

 元の形状に、金色の縁取り――ギルバリスのコアに似た装飾を加えたザギのエナジーコアは、超絶熱線の威力を軟な水のように弾き、無傷を保っていた。

 

 構わず放射を続けながら肉薄したスカルゴモラNEXが、鋭い爪を伸長させ右腕を振り被った。猛毒と超重力を帯びた破壊の腕がダークザギ・アルファオメガに襲いかかる瞬間、インフェルノ・ノバが一瞬だけ巨人型の破壊神の背後へと抜け、爪が抜け去った直後、再びエナジーコアの表面に弾かれ始める。

 

 宇宙恐魔人ゼットの如き、超光速のテレポートの連続行使による回避を見せたダークザギ・アルファオメガに対し。スカルゴモラNEXは動きを止めず、肥大化した二本の角での頭突きを敢行した。

 

 一対の巨大な角が自身に突き立つ前、掴んで止めたダークザギ・アルファオメガだったが、その足裏が微かに大地を削り始める。

 

 ――強化変身する前から、初めて。爆発の結果でもない、純粋な力比べで、ダークザギが後退した。

 

 純粋な膂力では、スカルゴモラNEXは、アルファオメガと化したダークザギすら凌駕する……かと思われたが。ザギが力の入れ方を変えれば、今度は――これまで無敵と言える力を発揮し続けてきた、スカルゴモラNEXの側が微かに後退る。

 

 それは文字通りの、一進一退。両者の力は拮抗していた。

 

「(サラ、を……っ!)」

 

 その時、苦しみに満ちながらも――それらを跳ね除けるような怒りの篭った思念が漏れるのを、リクは聞いた。

 

「(かえ、せぇ――!)」

 

 それは、ダークザギと押し合うスカルゴモラNEXの――ルカの心を辿々しくも伝える、テレパシーだった。

 

 ……培養合成獣スカルゴモラの遺伝子は元々、自身を脅かす外部の刺激を受け、死に瀕するストレスを乗り越えるたびに強くなる特性を持っている。

 

 彼女自身の大切な者をも傷つけた、ダークサンダーエナジーの影響による暴走。それに自死を望むほどのストレスを覚え、そしてライハの協力でその影響を乗り越える術を学んだスカルゴモラの遺伝子は――三度目の正直として、ダークサンダーエナジーへの耐性を、単体でも獲得し始めていたのだ。

 

 だから、彼女がダークザギに挑むのは……単なる自己防衛本能の暴走などではなく。

 

 家族を守るため、そして家族を奪われた悲しみと憎しみのためだった。

 

「ルカ!」

 

 そのことに気づいた時、リクは思わず妹の名を叫んだ。

 

 だが、リクやライハの呼びかけに対する応答はない。あくまでも敵味方の分別を欠く暴走には至っていないというだけで、耐性を取得したところで平時より判断力が鈍るのに変わりはないらしい。

 

 戦況を変えようとするように、咆哮するスカルゴモラNEXの赤い角が励起光を放つ。そして密着している掌を介して、超振動波の破壊力をダークザギへと直接注ぎ込む。

 

 だが、ダークザギ・アルファオメガは全く怯む気配を見せず、むしろ膂力を増したように、さらに一歩スカルゴモラNEXを押し込んだ。

 

 対して、スカルゴモラNEXはさらに角を光らせ、周囲の空間を捻じ曲げる怪獣念力でダークザギを責め立てるが、これも何の成果も上がらない。

 

「……あれだけのエネルギーが通じていない?」

 

 歴戦のゼロが、激突する二体の攻防を検分し、そんな可能性を示唆していた。

 

 埒が明かない状況で、スカルゴモラNEXが再び両爪を振り被った瞬間、力の移動を見て取ったダークザギが破壊龍神の巨体を持ち上げ、巴投げの要領で投げ飛ばした。

 

 同時、怪獣念力の作用が弾けて、空間変動が発生。リクたちを守るゼロの巨体が揺らぐほどの衝撃波がダークフィールド内を駆け、地表を塵のように吹き散らす。

 

 まんまと投げられたスカルゴモラNEXは、為す術なく転倒するかと思いきや。そのまま縦に高速回転して、身を丸めた己を車輪のようにして大地を駆け、再びダークザギへと突撃した。

 

 過去にEXゴモラが見せたという、大回転尻尾落とし。背鰭のような結晶体の分、攻撃範囲が広がった轢殺攻撃は、ダークザギに両腕を楯とした防御を取らせ、その上から弾き、後退させてみせた。

 

 回転を終えたスカルゴモラNEXは、さらに身を翻し伸ばした尾でダークザギを狙う――が、大回転尻尾落としほどの威力がなかった尾は逆に受け止められ、またもダークザギの投げを許す。

 

 今度はまんまと投げられてしまったスカルゴモラNEXが、大地と正面から衝突。

 

 それによるダメージはともかく、起き上がるまでの巨体故の隙を見せたところへ、動作を加速したダークザギが襲いかかった。

 

 背後から迫る脅威に対し、分子分解効果を灯した背鰭を伸縮させて牽制しながら、射線の曲がるインフェルノ・ノバを連打して、起き上がるまでの間も反撃を続けるスカルゴモラNEX。

 

 だが、同種の力を持つダークザギ・アルファオメガには分子分解効果など通用せず、さらにインフェルノ・ノバの純粋な破壊力すら何の効果も挙げられず、一方的に足蹴にされる。

 

 そして、ダークザギ・アルファオメガの踏みつけにより、広範囲に渡って地面が砕けた。

 

「――やべぇ!」

 

 大地の崩壊は、戦いを見守るしかないゼロの足元にも及んでいた。その影響をリクたちに及ばさせないように、限界が近いゼロがその身を浮かせる。

 

 たったの一度で地盤沈下を起こした踏みつけの連打を、驚異的なタフネスと防御力で跳ね返したスカルゴモラNEXが尾を伸ばし、ダークザギの背後から強襲。触れる前にテレポートでの回避を許すが、距離を取らせて仕切り直しへと持ち直す。

 

 そのまま、背鰭を巨大化させたスカルゴモラNEXが飛行形態に移行し、迎え撃つダークザギ・アルファオメガと互角の衝突を繰り返す。さらには、夥しい量の光線の撃ち合いを行う空中戦へと、戦いの舞台が推移して行く。

 

〈どうやら、今のダークザギの肉体は、実体化した後のグリーザと同様の性質を持っているようです〉

 

 空を埋め尽くす破壊の景色に、最早武器として使えないジードライザーを、それでもリクが無意識に握っていると。レムから戦況の分析報告が届いていた。

 

 両者のエネルギーが膨大過ぎて、解析するのに時間がかかったと挟みながら、レムが続ける。

 

〈スカルゴモラNEX(ネックス)のエネルギー攻撃を受けるたび、ダークザギ・アルファオメガのエネルギーがその分上昇しています。これは実体化した後のグリーザが、Xio(ジオ)やウルトラマンエックスとの戦いで見せた能力に酷似しています〉

 

 宇宙に開いた穴である、虚空怪獣グリーザ。

 

 完全なる無である故に、宇宙の穴を縫う針などで実体化させなければ、あらゆる干渉が意味を為さない恐るべき強敵であったが――実体化した後でも、宇宙の針を介さないエネルギー攻撃は尽く吸収し自らの力に変えてしまうという、恐るべき性質を持っていたのだという。

 

 ……その力を、ダークザギ・アルファオメガも有しているという情報の意味を、しかし半暴走状態のスカルゴモラNEXは、理解することができていなかった。

 

 そしてダークザギが掌から放った、ダークサンダーエナジーで強化されたレゾリューム光線――ウルトラマンジードを一度は完全消滅させた、ダークサンダーレゾリュームの直撃を受けたスカルゴモラNEXは、自身は強靭な外皮だけで無傷を保ちながらも。

 

 家族を奪われた記憶を思い出したように、その挑発に乗ってしまった。

 

「ルカ、やめるんだ!」

 

 ゼロの手の中から一歩も出られないまま、リクが警告する頃には――スカルゴモラNEXの背鰭が、凄まじい勢いで発光していて。

 

 次の瞬間、スカルゴモラNEXの全身を発射口として、前面からあらゆる種類の波動を放つNEX超振動波が、ダークザギ・アルファオメガ目掛けて放たれた。

 

 宇宙の外壁に穴を開けるほどの、莫大なエネルギー。所詮はカプセルで出現し、劣化しているダークザギが先程見せた暗黒破壊光線(ライトニング・ザギ)をも凌ぐ力の渦が、暗黒破壊神を丸呑みにして――

 

 ――その力の全てを、吸収されてしまっていた。

 

 光の国の住人、全員から集めたエネルギーにも匹敵する爆光を、余波すら残さず我が物とするダークザギ・アルファオメガは、全くの無傷。

 

 対して、一度に大量のエネルギーを放出しているスカルゴモラNEXは、見るからにその勢いを弱めていた。

 

 ……既に、均衡は崩れた。

 

 後は、ただ収穫が行われるだけ。

 

「逃げるんだ、ルカ!」

 

 趨勢を見極めたリクが、悲鳴のように叫ぶ最中。なおも照射が続くNEX超振動波を体の前面で浴びながら進むダークザギ・アルファオメガの背後の光臨が輝き、そのさらに後ろへ巨大な黒い円環を生む。

 

「頼む――っ、逃げてくれぇえええええええぇっ!」

 

 ゼロの展開してくれている防壁を抜け出そうとするように、内から全力で叩くリクが懇願する最中にも。

 

 虚空に空いた闇の穴からは、グリーザが見せたそれとも似た、しかし色相は反転して赤黒い無数の腕が、続々と伸びて来て――

 

 そして一斉に、スカルゴモラNEXに襲いかかった。

 

 ダークザギ・アルファオメガに距離を詰められていたスカルゴモラNEXは最早、逃げることもできず。その座標に浮いたまま、手足を振り回して赤黒い腕を次々と切り払っていたが――その両頬を、ダークザギ本来の腕に掴まれた。

 

「(あ――っ、お兄、ちゃ……)」

 

 その感触の悍ましさで、微かに正気に戻ったようなルカの声が脳に響いて。

 

「やめろぉおおおおおおおおっ!」

 

 リクが絶叫する頃には、ダークザギの背負っていた闇の円環はスカルゴモラNEXを頭から丸呑みにして、通り過ぎ、そこに無だけを残した。

 

 ――そうして、どんな困難にも負けずに留まろうとした花は、摘み取られ。

 

 留花(ルカ)を平らげた黒い円環は、リクの視線の先で縮小し、ダークザギのエナジーコアに吸い込まれ消えていた。

 

 

 

 ……恐怖に囚われ、助けを求めるサラの手を、リクは掴むことができなかった。

 

 ついこの間、改めて誓ったばかりなのに――ルカと交わした約束すら、リクは果たすことができなかった。

 

 皆のヒーローになった後。大切な家族を得て、兄となったはずのリクは――希望を信じてくれた妹たちを、守ることができなかった。

 

 ただ、完膚なきまでに、ダークザギの悪意で全てを奪われてしまっていた。

 

 かつて見た夢――その運命を、変えることができないままに。

 

 皆の……そして、自分自身の笑顔をも曇らせて。

 

 崩れた二本の足で、再び立ち上がる意志すらも、失ってしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 スカルゴモラNEXを取り込んだダークザギ・アルファオメガは、ダークフィールドを解除した。

 

 分け与え、独自に成長させていた己の力と、大量のベリアル因子を吸収したことで――その肉体は遂に、カプセルの軛を抜け、完全な存在としての力を取り戻した。

 

 そうして、さらなる進化を遂げた暗黒破壊神が非連続時空間から顕現した途端、その力の影響を受けた世界が歪む。

 

 太陽が陰り、さらに最早人の目には見えない場所。光速では今のこの瞬間の変化に気づけないほどの遠くで、次々と星が死んで行く。

 

 地球上では、ダークザギが身を潜めていたAIBの回線に繋がる術を持つ者だけが、数多の光生む恒星の死を感知することができただろう。

 

「なんでだよ……なんで――っ!」

 

 世界の終わりが始まる最中、ダークザギは世を呪うような青年の声を聞いていた。

 

「うぁああああああああぁ……っ!!」

 

 絶望に打ち拉がれているのは、ウルトラマンジードに変身する術を失って人間態に戻り、そして完全敗北を喫した朝倉リクだった。

 

 ……力及ばず敗れることは、未熟なまま戦い始めた彼にとって、決して初めての経験ではない。

 

 その結果、誰かを守れなかったことすらも、過去に覚えのあることだろう。

 

 ――しかし、その頃の彼は、独りだった。

 

 確かに、彼の周りには支え合う仲間が居た。

 

 だが、ともに助け合い、そして守り導くべき年少の家族なんて、その頃の彼には居なかった。

 

 敵対せず、同じ時を歩むことができた、血を分けた肉親との別れは、朝倉リクにとって初めて経験することだったのだ。

 

 かけがえのない妹たちを喪って、朝倉リクは膝を折り、抑えきれぬ感情に声を詰まらせながら、ただ嘆きを零していた。

 

 

 

 その様を、惰弱な心だと見下しながら……それでも、遠からず彼がまた立ち上がることを、ダークザギは確信していた。

 

 ともに生きるという彼の願いに応えてくれた妹たちを、受け入れてくれた世界。今はザギを構成する力に分解され、消えてしまった彼女たちが愛した居場所を、守るため。

 

 どれほどの絶望に見舞われても、残された絆を糧に、決して諦めずに立ち上がる――ウルトラマンとは、そういうものだ。

 

 このザギを差し置いて、自らのオリジナルを越え、模造品ではない唯一無二のウルトラマンに成り上がったジードならば、なおのこと。

 

 このザギのオリジナルである、『奴』を招くための器足り得る不屈の精神を、朝倉リクは宿しているはずだ。

 

 

 

「さあ、来い……ノア」

 

 誰にも聞こえぬ声で、ザギはそれが来るはずの(ソラ)を見上げた。

 

 ……朝倉リクを器に光臨する、ザギのオリジナルたる究極の超人、ウルトラマンノアを殺すことで。

 

 自身こそが究極のウルトラマンをも越える、唯一無二の存在として――ノアへの信仰を投影するだけの、模造品ではない己を確立するために。

 

 そのために全ての準備を整えたザギは、宿敵の出現を加速させるべく、世界のさらなる蹂躙を開始したのだった。

 

 

 

 

 

 




Cパートあとがき



 ここまでお読み頂きありがとうございます。

 元ネタなしの本作完全オリジナル強化形態を見せるトップバッターは、まさかのダークザギ。
 アルファオメガ、というネーミングは、『ウルトラマンジード』のラスボス名候補として挙がっていた名称が元ネタとなります。
 もちろん出処は故小林泰三氏の『AΩ超空想科学怪奇譚』でしょうが、やはり『ウルトラマンF』でザギ自身が「ウルトラマンノアはアルファにしてオメガ。あなたは絶対にウルトラマンノアのように強くなれない」と言われているので、それに対する意趣返しの側面もあるのかもしれません。厳密には映像作品ではないので本作と世界観は繋がっていない想定なので、そんなに小物じゃないと思いたいところですが……!

 後は、せっかくベムラーモチーフのザ・ワンと、ゼットンの発展キャラである宇宙恐魔人ゼットと融合するので、ウルトラマンそっくりのザギさん自身の顔と合わせたいと思いつつ、ダークルシフェルとは差別化したい、等々考えて二体の顔を篭手にしました。単にグリーザ&ギルバリスに比べて特徴を出し難かっただけなのは内緒。デザインのセンスがないのです……

 後はあんまり大した話ではないですが、カプセルの組み合わせについて、グリーザは未知数のアルファということでご了承くださると幸いです。



・闇による同化吸収
 これは本編未使用で設定上のみ存在するダークネス・ザギという技です。過去のエイプリルフール企画でも地味に(多分この技の)言及があったりします。
 よく考えたらちょこちょこ使っている一兆度のパンチことザギ・インフェルノもノアしか使っていない本編未使用技ですが、まぁそっちは本当にノアの方と差がないからということで……。








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第十九話「始まりの祈り」Aパート

 

 

 

 ……自分は、平和を守るために生まれたと教えられた。

 

 どんな窮地からも人々を守る、あの、伝説の巨人のように。

 

 敵を退け、皆を守ってみせると、創造主たちは喜んだ。

 

 だが……それは、俺に感謝しているわけではなかった。

 

 俺は、ウルトラマンを模して造られた――道具でしかなかった。

 

 創造主は、ウルトラマンを再現した自分たちの技術を喜び、優れた道具を生み出す元となった、ウルトラマンに感謝していただけだった。

 

 それが俺には許せなかった。

 

 ――俺は、俺だ。にせウルトラマンでも、都合の良い道具でもない。

 

 そんな俺の自我を認めないのが正義だというのなら、正義なんてクソ喰らえだ。

 

 だが、俺の元になったウルトラマン――伝説の超人であるノアがいる限り、誰も、俺のことを、唯一無二の存在だと認めはしない。

 

 だから俺は、越えてみせる。神にも例えられるウルトラマンノアを凌駕する存在に進化して、奴を抹殺し、他の誰でもない俺になる。

 

 所詮創造主の力では不完全な模造品にしかなれないというのなら、本来敵である獣どもを利用してでも。それ以外にも、どんなことへ手を染めてでも。

 

 俺は――俺になってみせる。

 

 

 

 

 

 

 ……どうして、ヒーローになりたいって想ったのか。

 

 それは、忘れもしないあの日。泣いていた僕を、励ましてくれた人が居たからだった。

 

 あの頃の僕には、まだ、心を許せる場所なんかなかった。

 

 どこか自分が、他の人とは違うと感じていた――幼さ故の全能感、というわけではなく。

 

 後に知った、異星人(ウルトラマン)を模して造られた道具という正体を考えれば、その疎外感も当然だったのだろう。僕は、他の人とは違う生き物だったから。

 

 だから僕は、ずっと不安だった。この世界に僕を受け入れてくれる人は居ないんじゃないのか。僕の居場所なんて、永遠に見つからないんじゃないのか。

 

 ……そんな僕の笑顔を、取り戻してくれた人が居た。

 

 その人は、みんなのヒーローだった――ただし、偽物の。

 

 作り話に出て来る、正義の戦士。そのヒーローの、ショーをする人だった。

 

 だけど、本物のヒーローならすることを、その人は泣いている僕にしてくれた。

 

 本当の自分が、わからなかった僕にも。その人は偽物でも、本物のヒーローの優しさを伝えてくれる人が居るんだって、その時初めて知った。

 

 だから、本当の僕なんか、わからないままでも。この世界には優しさがあって。それを守り、伝えようとする人が居るんだって知って。

 

 僕も、そうなりたいと想うようになった。

 

 

 

 ……やがて、自分の正体を知って。自分に力があることを知って、僕は戦った。

 

 僕自身が、ヒーローとは真逆の、悪の目的で造られた道具だったと知っても。その頃には、支え合う仲間にも恵まれていた僕は、戦い抜くことができた。

 

 そして――あの日の僕みたいに。

 

 異物である自分が受け入れて貰えるか、わからなくて。怖くて寂しくて泣いている――僕の妹たちと、出会った時。

 

 僕は、昔僕がして貰ったみたいに。その笑顔を取り戻してあげたいと、そう想った。

 

 

 

 ……そう想って、いたのに。

 

 

 

 

 

 

 ……世界は終焉に向かっていた。

 

 邪悪なる暗黒破壊神、ダークザギ――伝説の超人を模して造られ、彼らに準ずる力を持つとされる巨人が周到なる計画の末、四体の邪悪な怪獣のカプセルを使って進化した究極の姿、アルファオメガ。

 

 その降臨により、世界のバランスは崩壊し。既に地球全土を襲っていた異常気象や、地殻変動に引き続き――影響は、外宇宙にも及び始めていた。

 

 太陽系の星々はその公転を乱れさせ、太陽そのものも活動の活発化と沈静化を異常な形で繰り返し――さらに遠くの星系では、光を生む恒星そのものが死に始めた。

 

 その異常の根源である破壊神の前で、崩折れている者が居た。

 

 たった今、人々の目が届かない閉鎖空間の中で、ザギに敗れた、この地球のヒーロー。

 

 そして、妹たちを守ることができなかった兄でもある――ウルトラマンジードこと、朝倉リクだった。

 

 ベリアルの血を引いた怪獣という過酷な運命に抗い、どんな困難にも諦めずに留まり、いつか立派な花を咲かせる――そんな風に生きて欲しいと、共に生きたいという兄の願いへ最初に応えてくれた妹である、培養合成獣スカルゴモラこと、朝倉留花(ルカ)

 

 そのルカが受け継いでくれた、リクからの愛情のバトン――笑顔を取り戻し、幸せになって欲しいという想いを受け止め。兄姉を抹殺するために造られた宿命を抜け出し、さらには自らの無知を認め、多くのことを学び、自分も皆を幸せにすることを願ってくれた末妹である、究極融合超獣サンダーキラー(ザウルス)こと、朝倉沙羅(サラ)

 

 その二人を、リクは、守ることができなかった。

 

 初めて得られた、傷つけ合うことなく、笑い合い支え合う肉親――そんな妹たちを守るのが、兄であるリクの責務だったはずなのに。

 

 AIBに潜伏していたダークザギの暗躍を見抜けず、二人をザギに吸収され、喪ってしまった。

 

 守るべき家族を初めて得た幸せを知ったリクは、今――初めて、守るべき家族を喪った苦しみに、苛まれていた。

 

「あぁ……あぁぁぁ……っ!」

 

 リク。朝倉(リク)

 

 この大地に、しっかりを足をつけて立つ。

 

 そして、どんな困難な目に遭っても、また立ち上がる。

 

 ――そんな願いを込められた名前を背負いながら、この時のリクは、立ち上がることができずにいた。

 

 ……なんで、どうしてこんなことになってしまったのか。

 

 せめて、せめて順番が違うはずだ。妹よりも、長く生きた兄の方が、先に死ぬべきなのに。

 

 なのに、祈りを集めることを目的に造られた偶像(ジード)より、なまじ、戦闘用の妹たちの方が強かったから。二人がザギに狙われた。

 

 そしてリクが弱いから、二人を前に出させてしまって、先に死なせてしまった。

 

「……いつまで泣いてやがる、リク」

 

 そんなリクを、叱咤する声が降って来た。

 

「まだ何も終わっちゃいない――下を向いている場合じゃねぇ」

 

 いっそ無慈悲に告げて来るのは、伊賀栗レイト。

 

 その肉体に憑依した、ウルトラマンゼロだった。

 

 ……喚き返すことは、簡単だった。

 

 だけど、いくら失敗したからと言って。一度は兄となった身では、妹たちに恥ずべき振る舞いを選びたくなかった。

 

 しかし、諦めることを選べないとしても。ならばと他の選択肢を取ることも、今のリクには不可能だった。

 

 現実問題として、今のリクにできることは何もなく――そんな無力感と喪失感の重さに、手足に言うことを聞かせることすらできない。

 

「……立てよ。せめて逃げて、態勢を立て直せ。兄貴のおまえまでこのまま死んじまったら――俺たちを庇ったサラになんて詫びれば良い」

 

 言って、レイトに憑依していたゼロは、こちらに向けて歩みを開始したダークザギ・アルファオメガを睨みつけた。

 

「レイト。リクとアサヒ――それにマユを頼む」

 

 言い残した直後、レイトの体から光が分離した。

 

「えっ、ゼロさん!?」

 

 当惑するレイトの眼前で、彼の肉体から分離した光が昇り――ダークザギに劣らぬ体躯を持つ巨人と化して、暗黒破壊神の前に対峙した。

 

「……あ」

「俺はゼロ……ウルトラマンゼロだ!」

 

 絶対的な戦力差を、その経験で誰より把握しながら。

 

 宇宙拳法の構えでダークザギ・アルファオメガと対峙する巨人を見上げて、リクは呆けたような声を発していた。

 

「ダークフィールドを解いたのは失敗だったな……おかげで俺は、また戦える!」

「――なら、この機会に助けを求めたらどうだ? おまえのノアの羽があれば、光の国の奴らももっと早く来れるんじゃないのか?」

 

 ……先程までと違い。ダークザギは、ゼロ相手でも会話に応じていた。

 

 とはいえ、その声には小馬鹿にしたような、悪意ばかりが篭っていたが。

 

「……へっ、ぶっ壊した張本人がよくもぬけぬけと」

 

 応えるゼロが、己の左手首に視線を落とす。

 

 そこに装備された、ウルティメイトブレス――世界を越える次元移動装置でもある翼、イージスの待機形態には、深い損傷が刻まれ、そこに灯る光も喪われていた。

 

 先程の、シャイニングウルティメイトゼロでダークザギを攻撃した際――ザギに一時の傷をつけることができた代わりに、イージスもまた、損傷してしまっていたらしい。

 

 つまり、今のゼロは世界を越えることができない。

 

 そして、ゼロがそんな状態だということは。かつてウルトラマンベリアル・アトロシアスが出現した時の対応から逆算すれば、もしも光の国から応援が来るとしても、まだ十時間前後の猶予が必要となることを、意味していた。

 

 ……そのことを、ダークザギが把握していないとは思えないが。

 

 ダークフィールドの再展開を誘うような言葉は、隔離空間にザギを一瞬でも長く移すことで、そのための猶予を稼ごうという魂胆からだろう。

 

 それが、ウルティメイトイージスを使用不可能になり、シャイニングの力にもアクセスできなかった今のゼロが取れる、最良の時間稼ぎであるから。

 

 ……仮に、光の国の総力を結集したところで、勝てる見込みが極めて薄い相手だとしても。

 

 最後まで、決して諦めることはない――ゼロは、ウルトラマンだから。

 

「――待て、ウルトラマンゼロ」

 

 体格だけは同等の、しかし絶対的な力の隔たりが存在する二体の巨人へと、制止の声をかける者が居た。

 

「……そいつは我々の裏切者だ。始末はAIBで担当する」

 

 出現したのは、時空破壊神ゼガン――それを駆る、シャドー星人ゼナだった。

 

「リッくーん!」

 

 その出現とほぼ同時、リクたちの方へ駆け寄って来たのは、異星人捜査局AIBの地球人エージェントにしてリクの姉代わり――愛崎モアだった。

 

「……ゼナ先輩が時間を稼ぐうちに、早く逃げて」

 

 そして――普段の様子からはかけ離れた硬い表情で、無理をして出したような冷たい声で、モアが告げた。

 

 彼女の言葉で、確信する。強気過ぎるゼナの言葉は、もちろんそれができると思っての発言ではなく――AIBという組織の責任として、前線に赴いてくれているのだと。

 

 そして、同じように捨て石になろうとしたゼロを。組織としての責任の面でも、戦略的な価値でも、守るために……ダークザギ相手でも、徹底抗戦しようとしていた。

 

「モアさんは、アサヒちゃんを……」

 

 人手が増えたことで、分担をレイトが申し出る間に――既に状況は変化していた。

 

 そちらを見もしないダークザギから吹き出した闇が、ゼガンを襲い。

 

 小波のように闇が引いた時には、AIBに残存する唯一の怪獣兵器は、リクの妹たちと同じようにして。

 

 呆気なく、この世界から消えていた。

 

「嘘……」

 

 肩書だけは同じ、破壊神でも……ダークザギとゼガンの間の戦力差は、当然のように隔絶していた。

 

「ゼナ先ぱぁーいっ!」

「――ぜぇえやぁあああああっ!」

 

 思わずモアが悲鳴を発した頃には、ゼロが気合の叫びを纏って突撃していた。

 

 取り乱していたモアは、しかしその動揺を一瞬に抑えて――表情に現れるのは隠しきれないままでも、未だ意識を喪ったままのアサヒを抱えて、立ち上がる。

 

「行くわよ、皆!」

 

 眦に涙を浮かべるモアの顔を見ながら。

 

 ……モアにももう、そんな顔をして欲しくないと願った、ついこの間のことを思い出して。

 

 そのために力を合わせてくれた妹が、もういないことを、もう一度思い出して。

 

 そしてまた一人――と、一匹。仲間が消されてしまった事実に打ちのめされて。

 

 レイトに支えられ、立ち上がりながら――リクは未だ、その四肢に力を入れることができなかった。

 

 そんな、情けない様を晒している間に。

 

 その場を一歩も動かなかったザギの手刀に、容易く胴体を貫かれたゼロが、その頭上に高々と掲げられていた。

 

「――ゼロっ!」

「心配すんな……!」

 

 ほんの少しだけ、移動しただけで振り返ったリクたちの呼びかけに。目に光を戻して顔を起こしたゼロは、自らを貫くザギの腕を両腕で握り、その拘束から逃れようと体を持ち上げていた。

 

「俺は無敵の、ウルトラマンゼ――っ!」

 

 その返事が、最後まで紡がれることもなく。

 

 ちょうど、抜けるか抜けないかというところまで来た拳から放たれた光弾、ザギ・シュートが、体内からウルトラマンゼロに炸裂し。

 

 ゼロが、光の粒子と化して飛び散る様を――リクたちは、まざまざと見せつけられることとなった。

 

 

 

 

 

 

「……立ちなさい、リク」

 

 兄貴分であるゼロの敗北を目の当たりにしたリクは。レイトの力が緩んだところで、再び崩れ落ちていたその時、聞き慣れた声を耳にした。

 

 気づいた時には――鳥羽ライハが、傍に立っていた。

 

 その後ろには、飛行端末であるユートムを介して、星雲荘の報告管理システムであるレムも居て――

 

「ゼロアイ、見つけたよ!」

 

 少し遅れて、リクの親友であるペガッサ星人ペガが、色を失ったウルトラマンゼロの変身アイテムを回収して来ていた。

 

 リクと出会い、共にベリアルとの戦いを駆け抜けた仲間たち。

 

 その中でも、ライハは。両親の仇と同じ姿をした、リクの妹――ルカのことを、新たな家族と受け入れて、弟子に取り。リクが注ぐのにも負けないほどの愛情を持って彼女を慈しみ、守り、導いてくれていた、血の繋がらない家族のような仲間だった。

 

 そんなライハは、涙の跡を隠さない顔で、ダークザギ・アルファオメガを睨んでいた。

 

「あの子たちが大好きだったお兄ちゃんは、こんなところで諦めているあなたじゃないでしょ」

 

 存在するだけで、世界を滅亡に導き。

 

 歩くだけで、街を消滅させて行く破壊神を睨みながら、ライハがリクを叱咤した。

 

「今は自棄にならないで、立って逃げなさい。そしてもう一度、ウルトラマンの力で――あいつを倒して」

 

 ライハの言葉にも、リクは項垂れたままだった。

 

「……逃して貰っても」

 

 ――そのために、ゼロもゼナもゼガンもやられたのに。

 

 その犠牲を無下にするような言葉を、遂にリクは口にした。

 

「僕はもう、ウルトラマンにはなれない」

 

 ギガファイナライザーは今も壊れたままで、そこから取り出すこともできないエボリューションカプセル以外のウルトラカプセルは、全て奪われた。

 

 フュージョンライズも、アルティメットエボリューションもできない今。朝倉リクは、ウルトラマンジードになる術を持たないのだ。

 

「……そんなことないわ。そうよね、レイトさん」

「え……? あ、そうか!」

 

 振り向いたライハに問われて、レイトが思い出したように己の懐を弄った。

 

「リクくんのカプセルが全部奪われたんだとしても……まだ、僕たちのカプセルが!」

「……けど、オーバーヒートしてる」

 

 ゼロが分離した際、レイトに預けたままだった、四本のウルトラカプセル。

 ゼロビヨンドへのネオ・フュージョンライズに用いられたそれらは、確かにまだ残されていたが――先程ゼロとレイトが使用したことで、待機時間に突入していた。

 

「今は無理でも、残ってることは変わらない。再使用できるまで持ち堪えれば、希望は残る」

 

 告げたライハは――ダークザギがAIBのゼットン星人ペイシャンを騙っていた頃に渡された、バリア発生装置を兼ねた剣を握ると、再び接近する破壊神を見据えた。

 

「だから、あなたは生き残りなさい。あの子たちが守りたいと想ってくれた、この世界を救うために」

「ちょっと待って……何するつもり、ライハ!?」

「……時間稼ぎよ。今はもう、他に戦える者なんていないじゃない」

 

 先程襲撃を受けたネオ・ブリタニア号がもう、戦力にはならないと示唆しながら、ライハはあっけらかんと言う。

 

「あいつの予定だと、私は死んでたみたいだから。そんな汚点が喧嘩を売れば、優先的に狙われるでしょ」

「無茶だ。皆負けたんだぞ!? そんな剣一本で……!」

「勝てるわけないし、皆瞬殺された。だったら少しでも感情的にさせて時間を稼げる可能性がある分、今の私でもウルトラマン並に活躍できると思わない?」

「――ふざけるな! 諦めてるのはライハの方じゃないか!」

 

 儚げに笑うライハに対し、リクは思わず、声を荒らげた。

 

「ルカが死んだからって……そんな風にライハが自棄になるのを、ルカが望むわけないだろ!?」

「だからって――ジーッとしてても、ドーにもならないでしょ」

 

 静かに、気迫を込めた勇気と覚悟の合言葉を返されて、リクが思わず黙ったところに、ライハが畳み掛ける。

 

「このまま黙って震えていたって、世界は滅んで皆死ぬ。あなたやルカたちがずっと守ってきた世界が……それなら私は、少しでも皆を守れる可能性を選ぶ!」

 

 リクに啖呵を切ってから、ライハは微かに表情を緩めて微笑んだ。

 

「……それに、私はまだ、ルカたちを諦めていないから」

「――え?」

「あなただって。敵に吸収されたことなんて、今まで何度もあったでしょ」

 

 言われてみれば、それは事実だ。

 

 リクもライハも、レムやペガだって。何らかの形で敵の怪獣に囚われたことが一度以上あったが、皆こうして帰って来た。

 

「でも……」

〈ルカたちの反応は、既に感知できません〉

 

 気弱な調子で続けたペガの声に、レムが淡々と事実報告を続けた。

 

「だからって……諦める理由にはならないわ」

 

 数々の絶望と向かい合って来たライハは、その報告を受けてなお、現実逃避ではなく――確信をその瞳に宿していた。

 

「あいつが言っていたもの。今のルカを乗っ取ることは難しいから、自分から消えたいと思わせたかったって……」

 

 ……戦いの最中に語られた、ダークザギの真意。

 

 AIBのペイシャン博士として正体を偽り、共闘して来たその目的は、戦いを通してベリアルの子らを強化して、その力を利用して復活するためだった。

 

 だが、その計画は、ザギの理想の形では遂行されなかった。

 

 ザギが利用しようとした、リクの仲間たち――そして、敵であった宇宙恐魔人ゼットすら。ただ決められた筋書きに従うのではなく、自らの意志で懸命に生きたから。

 

 その計画は最後に、綻びが生じていた。

 

 強敵との戦いの渦中にいたリクたちよりは、その情報を検分する余裕があったライハが、リクに希望を語り続ける。

 

「きっと、わざわざ戦って吸収したサラも同じ。ルカたちが諦めない限り、あの子たちの心は、ザギにだって消せはしない」

 

 変身アイテムが遺されたゼロのように――妹たちも、まだ、帰って来られる可能性がある。

 

 その希望が、絶望のドン底に沈んでいたリクの心に、明かりを灯した。

 

 ……ダークザギの暗躍を睨んでいたAIB総本部の査察官、サイコキノ星人カコは言っていた。

 

 どんなに強大な闇でも、確かな信頼で結ばれた絆を断ち切ることなんて、できはしないと。

 

 なのに。その気持ちに応えようとする妹たちより先に、残されたリクたちが信じることをやめてしまえば――その繋がりも、こちらからなくなってしまう。

 

「それに私たちには、まだヒーローが居るんだもの。皆の祈りを絆で繋いで、何度も奇跡を起こしてきた――ウルトラマンジードが」

 

 ……彼女にとっては、少し、悔しいことに。

 

 今からそんな奇跡を起こせる可能性は、ただの地球人であるライハではなく、ウルトラマンに成り得るリクにしかなくて。

 

 だから、諦めるなという激励と――その根拠となる、真っ直ぐな信頼を告げられて。

 

「……ライハさんの言うとおりですね」

 

 それでもリクが、未だ言葉を見つけられずに黙っていると。新たな声が会話に入った。

 

 声の主は、いつの間にか意識を取り戻していた湊アサヒだった。

 

 アサヒは自分を支えてくれていたモアにぺこりと感謝を伝えると――後は頼みますと、エネルギーを託したのに、不甲斐ない結果に終わったリクを見据えた。

 

「カツ兄のお友達が、トレギアの手で怪獣にされた時も。リクさんは諦めなかったじゃないですか」

 

 そんな彼女の口から吐かれた言葉は、リクを責めるものではなかった。

 

「あの時リクさんが、あたしたちに諦めるなって言ってくれたから……初めてグルーブになれた。それで、どうすれば元に戻せるのかわからなかったあの人を、助け出すことができたんです」

 

 ……そうだ。敵の方が強大な上に、助ける術の見当もついていなかったのは、あの時と同じ。

 

 だけど、あの時のリクは――確かに、決して絆を諦めなかった。

 

「だから、リクさんが……自分の家族を諦めるなんてこと、しないでください」

 

 その時、地面が大きく揺れた。

 

 話し込んでいる間に、ゆっくりと歩いているダークザギは、再び目と鼻の先になるまで、リクたちに近づいて来ていた。

 

〈ダークザギ・アルファオメガのエネルギー、さらに上昇。知性体の恐怖をエネルギーに変換し、吸収しているようです〉

 

 ……既に、誰も勝てないのに。

 

 グリーザの力で、物理的なエネルギーと生命を。

 

 ザ・ワンの力で、恐怖の感情を。

 

 ギルバリスの力で、世界を世界たらしめる量子情報を。

 

 あらゆるものを蹂躙し、取り込み――さらにはダークザギ自身の、自己進化プログラムを働かせ。

 

 無制限に強大化し続けるという絶望の化身、その接近に対し。

 

「――ライハさんも、無茶はしないでください。ルカちゃんが帰って来た時に、また泣いちゃいます」

 

 身構えた一行を制するように、微かに強くした調子で、アサヒは告げた。

 

「あたしが皆さんの代わりに、戦いますから」

 

 周りの視線を集めながら、それで微塵も揺るがぬ強い決意を載せて、アサヒは続ける。

 

「あたしだって、ウルトラマン――ウルトラウーマングリージョです!」

 

 叫ぶと同時、アサヒはルーブジャイロを取り出して、光の戦士へと変身を遂げていた。

 

 ……だが、出現したウルトラウーマングリージョは、既に。今にも灼き切れそうな勢いで、カラータイマーが点滅を繰り返していた。

 

「行きますよ、ダークザギ! 悪いことをするあなたには反省して貰って――ルカちゃんたちを、返して貰います!」

 

 明らかに限界が近い、自身のコンディションを理解しているはずなのに。

 

 グリージョに変身したアサヒは、先程は戦うことすらできずに敗北した絶対の脅威を前にしながら、なお。

 

 リクたちが逃げる時間を稼ごうと、ダークザギに正面から立ち向かう。

 

 ……無理だ、とリクは確信した。

 

 託されたエネルギーの分、グリージョよりはまだコンディションの良かったゼロが、あっさりと消滅させられたのだ。

 

 そもそも、グリージョよりずっと強大なスカルゴモラNEX(ネックス)や、サンダーキラーS・ネオが敗北したのに、敵うわけがない。

 

 このままでは――今度はアサヒが殺される。

 

「借ります――!」

「リクっ!」

 

 そう悟った時、リクは、レイトが用意していたカプセルを掴み取り、駆け出していた。

 

 ……そもそも、その組み合わせでフュージョンライズできるかもわからないのに。

 

 それ以前の問題として、カプセルは未だクールタイム中のはずで、使うことはできない。

 

 ……だが、それを言うならアサヒだって同じだ。

 

 明らかに無理を圧した変身をしていて――少しでも長い時間、皆を守るために。

 

 ――リクのできなかった、兄としての振る舞いを見せてくれたゼロも。

 

 敵わないとわかっていても、最後まで諦めずに戦った。

 

 そんな、素晴らしい心を持った、大切な者たちを――これ以上、奪われるわけにはいかない。

 

 ……ルカたちを取り戻せた時に、その笑顔を曇らせないためにも!

 

 ジードライザーにセットしても、フュージョンライズ以前にオーバーヒートのためにエラーを吐くばかりのカプセルを使い切っても――リクは足を止められなかった。

 

 あるいは、無謀を止めようと追いかけるライハが危惧していたように、自棄になっていた面もあるかもしれない。

 

 けれど、変身できないからって――ここで諦めてはいけないという強い衝動が、リクを裡から囃し立てていた。

 

 そう感じる理由を、思い出す頃には。

 

 リクの目の前に、かつて夢の中で見た赤い発光体を連想させる短剣型のアイテムが、突如として出現して。

 

「――っ!」

 

 瞬間、どうすれば良いのか、脳裏を過った直感に従って。

 

 あの時届かなかった手を伸ばして、その短剣のようなアイテムを手にしたリクは、その刃を鞘から抜き放ち――その存在を、ジードとは違う光へと変換していた。

 

 

 

 

 

 

 無言のままのダークザギ・アルファオメガが構えた拳から、ウルトラマンゼロを撃破した光弾が放たれる。

 

 対峙するウルトラウーマングリージョは、優れた防御力を発揮するグリージョ・バーリアを展開するが――限界に近い身では、当然のように防ぎきれず、儚く砕け散る。

 

 そうして、また一人ウルトラマンを貫くはずだった光弾は――続いて割り込んだ、青色に輝く円形のバリアに当たり、水面に波を立てるようにして粉砕しながらも。

 

 グリージョに破壊の牙を届けることなく、霧散していた。

 

「……リク、さん?」

 

 限界を越えて展開したバリアを砕かれ、その反動だけで膝をついていたグリージョは、その名を呼ぶことに確信が持てなかった。

 

 頭部は戦国武将の兜を、胸の装甲や肩は裃を、銀を基調としたボディは日本甲冑を連想させる姿をした、その巨人は……紛れもなく、ウルトラマンではあるが――ウルトラマンジードでは、なかったから。

 

 瞳は、ウルトラマンジードの特徴である、優しい羽のようにも、歪んだ稲妻のようにも見える形状の青ではなく、ザギのような三本線の刻まれた、楕円形の黄色。

 

 そして、胸に宿る生命の象徴であるカラータイマーは、カプセル状のジードのそれとは異なり――やはりダークザギ同様の、エナジーコアをしていた。

 

 その、グリージョにとって未知のウルトラマンは――小さく振り返り、問いかけへ答えるように頷いた。

 

 ――ああ、彼は、このウルトラマンは……朝倉リクだと。

 

 たったそれだけの所作で心から確信できたグリージョは、一緒に戦わなければ、と想う気持ちとは裏腹に。

 

 同時に抱いた安心感で、限界を越えていた緊張の糸が切れてしまって――慌てて奮起しても、もう巨人体を維持できず、湊アサヒに戻ってしまっていた。

 

「――アサヒ!」

 

 再び、自力で立つほどの力も喪って、倒れ込んだアサヒのところへ。元々は別の目的で走ってきていた鳥羽ライハが、駆け寄り肩を貸してくれていた。

 

「ライハさん……ありがとうございます」

「こっちこそ。あなたのおかげで――リクは、また立ち上がれた」

 

 そうして顔を上げるライハに倣って、アサヒもまた、自分たちを庇ってダークザギと対峙するウルトラマンを見上げていた。

 

「リクさんの、あの姿は……」

「――ネクサス」

 

 アサヒの知らないウルトラマンの名を、ライハが口ずさむ。

 

 ……その名前だけは、アサヒも先程、耳にしていた。

 

「ウルトラマン、ネクサス――ルカのリトルスターが起動させたカプセルの、ウルトラマンよ」

 

 

 

 

 

 

「――遂に来たな、ウルトラマン」

 

 銀色の巨人となって立ちはだかる、リクを前にして。

 

 究極の形態と化したダークザギ・アルファオメガは、どこか興奮した気配で語りかけてきた。

 

「おまえが来ることはわかっていた。カプセルを通じて、ジードに呼びかけさせることで――おまえたちの間に繋がりを用意させたのは、そのためだったんだからな」

 

 ネクサスのリトルスターを最初に生み出し、リクの妹であるルカに継承させた張本人、ダークザギ。

 

 その真の狙いは、培養合成獣スカルゴモラを、自身の復活のために利用するだけでなく。

 

 マルチレイヤーを発動させ、カプセルを通じて共振するウルトラマンネクサス――いや、その本体であるウルトラマンノアと、朝倉リクを繋げるためでもあったのだと。

 

 新たな希望として光臨した巨人に対し、ダークザギは喜々として語りかけた。

 

「――そんな姿では、今の俺には敵わないとわかっているはずだ、ウルトラマン!」

 

 告げると同時。ダークザギは両手を突き出して、収束された超重力波を放射して来た。

 

 受けるリク――ウルトラマンネクサスは、再び円形状のバリア、サークルシールドを展開し、迫り来る黒い波濤を防御する。

 

 防壁は貫かれずとも、勢いを止めきれずに足裏で地面の舗装を割り、後退することとなったが――先程、グリージョバーリア越しのザギ・シュート一発で砕かれたサークルシールドが、より上位の技であるザギ・グラビティに突破されず、持ち堪えていた。

 

「おまえを降ろすために用意した器の具合はどうだ!? ベリアルの道具となる模造品として生まれながら、貴様の大好きな諦めない心で運命を塗り替え、オリジナルを殺し――唯一無二の存在となった!」

 

 それは、リクの体がネクサスの力に馴染み、さらに力を発揮できるようになったから――ではなく。

 

 ダークザギが、己の目的のために。意図して手加減しているからだった。

 

「そいつを器にして現れた貴様を――ウルトラマンノアを殺し! 俺こそが唯一無二の存在となる! そのために、この時を待っていた!」

 

 ウルトラマンノア。

 

 ダークザギのオリジナルである、光の戦士。

 

 恐るべきスペースビーストの被害を食い止め、そして自らの行いが原因となって造られた暗黒破壊神の暴虐を止めるため、数多の人々の諦めない心の光と共鳴し、いくつもの宇宙で戦い続けて来た伝説の超人。

 

 かつてウルトラマンベリアルが荒らし回ったアナザースペースにも伝説を残し、ベリアルの暴虐を挫くため、立ち向かった人々へ最後に力を授けてくれたという守護神。

 

「さぁ……ノアになれ、朝倉リク!」

 

 ――その光が今、リクの中に宿っている。

 

 

 

 

 

 

「……あなたなら。今のダークザギにも、勝てるの?」

 

 現実では。ウルトラマンネクサスに変身したまま、ダークザギの攻撃を、何とか食い止めながら。

 

 心の中では。リクは、自身と融合した(おお)いなる光に問いかけていた。

 

 リクの心の中に、出現した眩い光。

 

 あのウルトラマンキングとも同格と語られる伝説の超人――ゼロの物とは少し形状の違うイージスを背負ったダークザギを、眩い白銀に変えたような姿のウルトラマンノアは、リクの問いかけへ、ゆっくり頷いた。

 

 ……それなら。強くなり続けるダークザギを確実に止めるため、今すぐ、リクはウルトラマンノアへと変身すべきだ。

 

 ――本来であれば。

 

 リクが、皆のヒーローであるのなら。自分の活躍だけに拘らず、より多くの平和のために、確実な道を選ぶべきだ。

 

 もし、ノアを顕現させるために代償が必要であるなら、それを背負うだけの覚悟だって必要だ。

 

 他者のために、自らを犠牲にする――オスカー・ワイルドの童話である、幸福の王子のような心が。

 

 ……だが。

 

「じゃあ、あなたは――ルカとサラを。僕の妹たちも、助けてくれる?」

 

 ……リクの問いかけに、ウルトラマンノアは首を左右へ振った。

 

 今の彼にできるのは、あくまでもダークザギを倒すことだけ。

 

 何故なら――ノアと彼女たちの間に、奇跡を起こすための絆は紡がれていないから。

 

「わかった……なら僕は、あなたにならない」

 

 リクは――幸福の王子を助けた、ツバメのようにはなれなかった。

 

「僕が、僕として戦うことを諦めて。あなたに全部任せるなんて、やっぱりダメなんだ」

 

 より多くの幸せのためでも。

 

 そのために、自らの愛する者を差し出す道だけは、選べなかった。

 

 

 

 ……奇しくも。

 

 かつてアサヒが亡くした友人――ウルトラマンの兄を持つ、怪獣になる少女。

 

 ツルちゃんこと美剣サキの、正義の完遂を目指した晩年の在り方を――その地球で彼女の友となった当時のオスカー・ワイルドは、幸福の王子に例えていて。

 

 かつて湊アサヒは、リクの妹を、幸福の王子(ツルちゃん)のようにしないで欲しいと、リクに祈ってくれていたから。

 

 

 

「ルカやサラたちが助けて、って――そして、僕の家族を助けたいって想ったのは、他の誰でもない、僕なんだから!」

 

 ――決して絆を諦めない。それが家族。

 

 その決意を。ともすれば、父と同じく、ウルトラマン失格の烙印を捺されかねないエゴを剥き出しにして。

 

 譲れない想いを吐き出すリクに対し、光の国のウルトラマンたちからも神格視される伝説の超人は――改めて深々と、頷いた。

 

 ――まるで、その答えを、待っていたように。

 

 ウルトラマンノアが、手を伸ばす。

 

 その掌から、二筋の光が、リクへと注がれる。

 

 光の片方は、リクのジャケット――その裏に付けてあった、破損したままのギガファイナライザーを包み込み。

 

 もう一つは、リクの目の前で――一つのカプセルの形を取った。

 

 新たに出現した、ウルトラカプセルに描かれていたのは、翼を持つ銀色の巨人――ウルトラマンノアだった。

 

 そして、もう一つ。壊されたギガファイナライザーの中から取り出すことができなかった、エボリューションカプセルが、リクの手に収まり。

 

 ――見上げた時には、もう一度頷きの残光だけを残して、ウルトラマンノアはカプセルの中へ姿を消した。

 

 掌には、ただ、彼が託してくれた希望だけが遺されていた。

 

「ありがとう」

 

 ――躊躇わず、リクはそれを起動した。

 

「ユー、ゴー!」

《ウルトラマンノア》

 

 遂にジードライザーへ装填できた最初のカプセルは、ウルトラマンノア――ウルトラマンネクサスの、ウルティメイトファイナルスタイル。

 

「アイゴー!」

《ウルトラマンジード》

 

 もう一つは本来はジードライザーではなく、ギガファイナライザーでの使用を前提とした――ウルトラマンジード自身の可能性を開放する、ウルティメイトファイナルへの変身に用いるエボリューションカプセル。

 

「ヒア、ウィ、ゴー!」

《ウルティメイトフュージョンライズ!》

 

 その二つの力を解放し、自らを書き換えて、朝倉リクは再び、ウルトラマンジードへと変わって行く。

 

「纏うぜ、祈り! ジィィィィィィィィィィィドッ!!」

《ウルトラマンジード! ソウルプリミティブ!!》

 

 その魂が抱く、祈りの原点に回帰しながら。

 

 

 

 

 

 

 加減しながらも、今にもサークルシールドを粉砕する寸前だったグラビティ・ザギが、ウルトラマンネクサスのコアインパルスによって打ち払われた。

 

 そしてネクサスの姿が、光の中で変わって行く。

 

 ……その光景を、かつてダークザギは目にしたことがあった。

 

 その後に待っていたのは、苦い敗北の記憶――自らのオリジナルであるウルトラマンノアが光臨し、人々の絆で高まった力を存分に発揮して、一方的にダークザギを撃ち破った。

 

 だが、あの時とは違う。

 

 所詮はネクサスの光を反転させた、ノアに及ぶべくもない復活ではなく――カプセルを利用し、全盛期のザギ自身の力をベースとして――カプセルの軛から解き放たれた今は、ネオ・デモニックフュージョン・アンリーシュによって、さらに力を増した。

 

 今度こそ、ウルトラマンノアを葬り去り、確固たる己を手に入れる。

 

 ……そう決意していたザギは、だから。

 

 かつての再演のように、ネクサスを包んだ光の中から現れたのが、見知ったウルトラマンノアではなかったことに、驚愕していた。

 

 そこに立っていたのは、過去の再現でも、予見した運命でもない。

 

 ダークザギが越えるべき、最高のウルトラマンノアの器として仕立てたはずだった――そのために、彼自身の姿へ変身するための力を全て奪い去ったはずの。

 

 ウルトラマンジードが、光を伴って現れていた。

 

「……なんだそれは」

 

 ダークザギの前に立つそのウルトラマンは、イージスも持たず、エナジーコアもない。

 

 強いて言えば、先程までのネクサスが装備していた両腕の武装、アームドネクサスと同様の――ギガファイナライザーを模した意匠の篭手を装備していることだけが、ノアがそこにいた名残の。

 

 ウルトラマンジードが、初めて戦いに臨んだ時の姿――プリミティブと酷似した形態で、ダークザギと対峙していた。

 

「行くぞ、ダークザギ……!」

 

 ――予見し、導いたはずの運命を塗り替えられ。

 

 完全に予想外であった事態を前に混乱するザギの心境など、知ったことかと言わんばかりに。

 

「僕の家族を、返して貰う!」

 

 獣のように駆け出したウルトラマンジード・ソウルプリミティブが、ダークザギ・アルファオメガ目掛けて、戦いを挑むべく飛びかかっていた。

 

 

 

 

 




Aパートあとがき



 ここまでお読み頂きありがとうございます。

 とうとう出てしまった、非公式の完全オリジナルフュージョンライズ形態。ウルトラマンジード・ソウルプリミティブ。
 名前の元ネタは、意味としては逸れますが、『ULTRA N Project』でウルトラマンノアのテーマが『NOA(魂の) NOSTALGIA(原点回帰)』であったことに由来します。

 なお、玩具ではもちろん再現できません、あしからず……!



2022/7/24追記

@kutinawa40様より、Twitterでファンアートを頂きました。掲載許可もまことにありがとうございます。
ソウルプリミティブのイラスト化になります。


【挿絵表示】





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第十九話「始まりの祈り」Bパート

 

 

 

 滅びの始まった世界の中。

 

 荒廃する星山市の中心で、二体の巨人が対峙していた。

 

 滅びの根源、進化した邪悪なる暗黒破壊神、ダークザギ・アルファオメガ。

 

 立ち向かうのは、仲間の――そして、自分自身の祈りを見つめ直して再起したヒーロー、ウルトラマンジード・ソウルプリミティブ。

 

「はぁああああああっ!」

 

 動揺するダークザギに、ウルトラマンジードが先手を取った。

 

 獣のように駆け、膝から飛びかかる、ジードの十八番となる初撃が、ダークザギの胸に突き刺さる。

 

 その勢いに圧され、二歩、三歩と後退するザギに、ジードは続けて装甲された両腕で斬りつけるように襲いかかる。

 

 だが、ジードの振るう紅い篭手を、ダークザギは素手で掴んで止めていた。

 

「……弱い」

 

 焦燥の晴れた声には驚愕と、失望と、そして憤怒が含まれていた。

 

「なんだそれは――ふざけるな!」

 

 感情を剥き出しにしたザギの殴打が、ジードを襲う。

 

 ウルティメイトファイナルを遥か凌ぐスペックに到達した今のウルトラマンジード・ソウルプリミティブであっても――単なる怒りに任せただけの素の拳に、防御の上からでも弾かれて、超極音速の飛行能力で抗ってなお、何百メートルも後退する。

 

「何故、ノアにならない!? そんな姿で挑むなど、何を考えている!?」

 

 叫びとともに。固めたままだった拳から、ダークザギがザギ・シュートを連射する。

 

 ノア・リフレクションでも、サークルシールドでもない、ジード本来の物と同型のバリアを展開して持ち堪えるジードの様子に業を煮やしたように、ザギは自ら肉薄する。

 

「おまえのような、姿形だけが似た生命体如きが、本気で俺とノアの戦いに割り込めると思うな!」

 

 近づく間もザギ・シュートの弾幕を防ぎ続けていたバリアを、直接の拳で弾き飛ばして。

 

「おまえより、ノアの方が遥かに強い!」

 

 ガラ空きになったジードの胴体、その首元を両手で締めながら、ザギがジードを恫喝する。

 

「世界を守りたいと本気で願うなら、ノアに身を捧げろ! ノアになったおまえを、俺に破壊させろ!!」

「――嫌だ!!」

 

 叫ぶとともに。両手の武装の性質で、急激に力を増したジードはザギの腕を引き離し、互いを投げるようにして距離を取った。 

 

「ノアとザギの宿命なんて、僕らには関係ない……っ!」

 

 ザギの傲慢に叫び返しながら――ジードは、自分の心の中にある祈りを確かめ、ザギの強烈な敵意をも、正面から押し返した。

 

 ……昔、リク自身がして貰ったみたいに。怖くて寂しくて泣いている誰かの笑顔を、取り戻してあげたい。

 

 それが――ずっと欲しかった、リク自身の大切なもの。傷つけ合わず、一緒に生きられる家族であるのなら、なおのこと。

 

 だからリクは、確実にザギを倒し、世界を救えるウルトラマンノアではなく。

 

 ノアの方が、ジードより強いとしても――彼では救えない、リク自身の家族を取り戻すために、自ら戦うことを選んでいた。

 

 ……もちろん、妹たちが生きていく、この世界だって――これ以上ダークザギに、一歩だってくれてやるつもりはない!

 

 そして――家族を取り戻し、世界を救うという目的に比べれば、些細なことではあるけれど。

 

 ウルトラマンジードは――朝倉リクは、この時。ダークザギに負けたくないと想う理由を、さらにもう一つ、見つけ出していた。

 

「僕は、僕として……あなたに勝つ!」

 

 その強い決意が、ウルトラマンジード・ソウルプリミティブとの一体化で破損による機能不全を補った、ギガファイナライザー――

 

 ……ファイナルアームドネクサスの真価を引き出す運命のしずくの、最初の一滴となっていた。

 

 

 

 

 

 

 世界の命運を左右する、光と闇の巨人の対決。

 

 全てをウルトラマンに託し、一旦、星雲荘の転送用エレベーターで距離を取り。信じて見守っていた一同の中で、変化が生じていた。

 

「(この、光は……)」

「――ゼロさん!」

 

 ウルトラマンネクサスの姿を介し、再びウルトラマンジードが出現した際。彼の伴っていた眩き光。

 

 その作用が、彼が再起する時間を稼ぐためにダークザギに敗れ、消滅寸前の危機に陥っていたウルトラマンゼロの魂を、暗闇の底から呼び戻し――彼の意志が宿った変身アイテムであるウルトラゼロアイに、鮮やかな色を取り戻させていた。

 

「(レイト……そうか。あいつも託されたんだな、ノアに)」

〈……託された、とは〉

 

 おそらく、この場にいる面々の中で、ゼロと同程度にその伝説を知るレムが、ユートム越しに尋ねた。

 

〈観測できる限り、今のジードでも、ダークザギには圧倒的に劣っています。力の一部に過ぎないカプセルではなく、ウルトラマンノア自身が戦う方が、勝率は高かったはずでは?〉

「(だとしても――きっとそれじゃ、何かが足りなかったんだ)」

 

 かつて、自身が経験した戦いを振り返り、ゼロは呟いた。

 

「(その何かを――ノアが応えてくれなかっただけじゃ、リクは諦めなかった。だからノアは、俺にイージスを託した時のように……リクに、戦うための力を託した)」

「ただザギを倒すだけじゃなくて――リクくんが、諦めなかったもの……」

「……ルカたち、ね」

 

 モアの言葉に続けて、ライハが確信を込めて呟いた。

 

「(……キングのじーさんも、ノアも。俺たちよりすげー力を持っていても、本当に神様ってわけでもねぇ。何でもかんでも、じーさんたちの思うが儘じゃねぇんだ)」

 

 ――まるで、普通の人間から見たウルトラマンのように。

 

 超然とした、底知れぬ神秘的存在。そんな風に見える巨人たちも、彼らなりの苦悩を抱え、限界にぶつかりながら、それでも諦めずに戦い続けてくれていた。

 

 伝説の超人と呼ばれる、ウルトラマンたちであっても。

 

 ――例えば、彼らに依存してしまう人の心の弱さまでは、どうしようもないように。

 

「(だから――ただ、俺たちを信じて、可能性を託してくれている。そうやって渡せるのは、じーさんたちのほんの一部にしかならなくても、その力を――後は、自分の物にして、運命を覆してみろってな)」

 

 例えばゼロが、ノアから託されたウルティメイトイージスの助けを借りながら、自分自身を成長させ――やがて、シャイニングの力に覚醒したように。

 

 今、この時。ジードに託された力は、ノアのほんの一部――ザギには届かないものだとしても。

 

 ノアではなく、ジード自身がその力で戦うことでしか掴めない、未来のために。

 

 神とも同一視されながら、しかし決して全能ではないウルトラマンは、諦めない者と力を合わせることで、不可能を可能にする道を目指したのだと。

 

「……なら、あたしたちも信じましょう」

 

 ゼロの話を聞いて、ライハの肩を借りたアサヒが、皆に呼びかけた。

 

「リクさんならきっと――ルカちゃんたちも含めた皆の笑顔を、取り戻してくれるって」

「ゼナ先輩とゼガンも、リッくんなら……」

「もちろんだよ!」

 

 モアの声に、誰より最初にリクをヒーローだと信じたペガが、力強く頷いた。

 

「そうね。リクは、何度も自分の運命を変えて来た。だから、きっと――ルカたちを、取り戻してくれる」

 

 そして、ライハもまた、頷いた時。

 

 かつて、リクへ届けた祈りが宿っていた、その胸に、また。

 

 メタフィールドもないのに――ウルトラマンジードと繋がる光が、結ばれていた。

 

 

 

 

 

 

 ……光が再び現れたのは、ライハだけではなかった。

 

「お願い……サラを助けて、ウルトラマンジード!」

 

 ザギが本性を表した際に銃撃され、サラのおかげで一命を取り留めながら――未だ、星雲荘の修復装置に身を置いたままの、ピット星人トリィ=ティプ。

 

 ――あいつにとってのおまえは、前に飼っていたエレキングの代替品だ。そのエレキングのことも、育てておいて自分の勝手で死なせたような女だぞ?

 

 サンダーキラー(ザウルス)に向けられたダークザギの、トリィへの評は、真実だ。

 

 それを否定することは、トリィにはできない。

 

 けれど――サラは、そんな残酷な言葉に、負けないでくれた。

 

 ――トリィは……っ! あの子も、わたしも、ちゃんと! ちがう子だって、どっちもだいじにしてくれてる――っ!

 

 ザギの――ペイシャンとして、ずっと傍に潜んでいた間。その胸の内に抱いていた嫌悪感からの指摘は、真実であっても。

 

 サラの口にしてくれた言葉もまた、トリィにとっての、真実だったから。

 

 救われたと思うのも、きっと勝手が過ぎることなのだろうけれど。

 

 トリィにとっての大切な存在を、今度こそ、喪いたくない――!

 

 そう、強く祈った時。かつてリトルスターをジードに託したトリィの胸に再び灯った光が、伸びて――

 

 

 

 さらに、未だ状況は知らぬままでも。トリィと同じように、友人であるサラの無事を祈り、ジードの勝利を信じる伊賀栗マユも。

 

 全く事情を知らず。ただ、またリクや、ルカたちと平和に話せる日常の帰還を祈り、ジードの勝利を信じる原エリや、本田トオルも。

 

 世界を襲う滅亡の危機を、どうにかできる唯一の可能性を信じる深海怪獣グビラや、売れない芸人タカシと共に避難する宇宙小珍獣ルナーのモコも。

 

 一度はAIBに保護された上で、ウルトラマンジードの正体を知ることはないまま、自分たちの日常に回帰した満賀フジオや、松本テツロウに、佐倉フジコも。

 

 AIB総本部にて、地球分署で発覚した裏切りと、それを引き金にした宇宙規模の大災害への対応に追われていた、サイコキノ星人カコも。

 

「……陸」

 

 崩壊寸前の星山市中央病院から、看護師たちによる決死の避難活動を受けている最中の、朝倉(スイ)も。

 

 そして――

 

 

 

 

 

 

 ……ウルトラマンジードの正体は、リトルスターを集めるために用意された道具。

 

 その設計目的は戦闘ではなく、祈りを集めること。

 

 故に、戦闘目的で造られた合成獣である妹たちには、純粋な戦闘力では及ばず、それが兄としての引け目にもなっていた……が。

 

 模造品という出自でも――おそらくは全てのウルトラマンの中で最も、人々の想いを集めることに特化した偶像である故に。

 

 絆を繋ぐウルトラマンノアの特性を受け継いだソウルプリミティブは、ウルトラマンジードを信じる者たち――特に、かつて祈りを譲渡した縁のあるリトルスターの保有者たちとの繋がりを、より一層強くして。

 

 さらに、砕かれたギガファイナライザーが変化した、ファイナルアームドネクサスの働きにより。リク自身に限らず、ジードを信じる人々の祈りもまた、絆を通じてジードのエネルギーへと変換され、その能力を高めて行く。

 

 例え、その祈りを生む理由の一つに――ダークザギが、朝倉リクの変身したノアを倒すという自身の目的に拘泥し、まだ本気で倒しにかかっていないために成立した、仮初の希望があるとしても。

 

 ジードの結んできた絆は、確かに。完全に引き離されていたダークザギ・アルファオメガとの力の差を、徐々に埋め始めていた。

 

 

 

「ソウルレッキングリッパー!」

「――っ!?」

 

 ファイナルアームドネクサスが稼働し、左右それぞれの腕から放たれた双子の切断光線が、ダークザギの肉体を切り刻む。

 

 まだ、強靭な体表を突破するほどの威力はなかったが、微かなダメージが生じていて――それ自体に、ダークザギは驚愕していた。

 

 ……アルファオメガと化したダークザギの肉体は、ウルトラマンノアを確実に抹殺するために調律されている。

 

 ハイパービースト・ザ・ワンの持つ多彩な能力を筆頭に、ギルバリスのコアと同等の特性をエナジーコアに施すことで、ウルトラマンの光線技への耐性を備え。

 

 さらには実体化した後とはいえ、グリーザの能力でこの宇宙の穴を縫う針以外のエネルギー攻撃を吸収する体質を得た。

 

 なのに、その体質に守られているはずの、内側まで――ただの切断光線が、届きかけた。

 

 針であるキングソードは、もう封じたはずなのに――まるで何かが、ザギの内側から、ジードを引き寄せているかのように。

 

 戸惑うザギへ、ジードはさらに手刀を振り下ろして来る。

 

 一撃目を躱し、ザギの超重力を纏った回し蹴りがジードを打つ。怯ませ後退させたところで、背負った光輪から無数の光線や稲妻を降らせてジードを街ごと攻撃し、強度を増したバリアで凌がせている間に肉薄する。

 

 バリアを支える手を片方離したジードと、互いの拳を腰溜めに構えるが――ザギの方が数段早い。

 

 ……それなのに、ザギの拳はジードに届かず、ジードの拳が一方的にザギの頬を捉えていた。

 

 受けたダメージも、先程までより大きかったが――それ以上に、そうなった結果自体へ、ザギはまたも混乱する。

 

 ザギの肉体が、今――ジードへの攻撃を、拒否したからだ。

 

 ……気づけば。ダークザギ・アルファオメガの肉体から、か細い光の筋が、ウルトラマンジード・ソウルプリミティブへと伸びていた。

 

「――あなたの言ったことは、一つだけ合ってて。でも、後は全部間違ってる」

 

 その光を浴びながら、いつもの構えを取ったウルトラマンジードは、再びダークザギに肉薄した。

 

「確かに、僕は弱い!」

 

 叫びながら――反撃しようとした体が、また言うことを聞かなくなったザギの頬を、随分と威力の増した拳で打ち抜いた。

 

「弱い僕は、一人じゃ戦えない――ゼロやアサヒ、ライハたちが居てくれなかったら、自分の大切なものまで見失うところだった!」

 

 後退するザギの腹へ、反対の手で押して加速したエルボーを繰り出しながら、ジードが叫ぶ。

 

 ――だが、ザギもいつまでも、ジードを調子に乗らせはしない。

 

 自身の肉体に生じる抵抗を捻じ伏せ、撃ち込まれた肘を掴み、投げ返し、腕から飛ばすザギ・スパークの刃でジードに反撃する。

 

 対してジードもまた、ソウルレッキングリッパーを発動し――さらに威力を増したのか、ザギからの攻撃を相殺してみせていた。

 

「僕は、唯一無二なんかじゃない……僕らは皆で、ウルトラマンなんだ!」

 

 叫んだジードが、自らとザギを結ぶ光の糸に視線をなぞらせた後。再び向かって来る。

 

「だから――そこにいる、ルカとサラも!」

 

 直進して来るジードを、ザギが余裕を持って迎撃しようとしたその時。

 

「絶対に、諦めない!」

 

 やっと見つけた、自分の大切なもの――それを取り戻そうとする、ジードの血を吐くような叫びに応じて。ザギの肉体が硬直し、動きが鈍る。

 

 ……それは、かつて倒された邪神ザ・ワンと同じ。

 

 自ら協力する仲間の力を合わせたジードに対し、無理やり他者を取り込み、力尽くで従える必要がある分、道理としてザギに生じる隙だった。

 

 まして。目的を見据え迷いなく突き進むジードと、眼前の敵ではなく、ノアへの勝利に固執するザギとでは――その力量差は、必ずしも結果に直結しない。

 

「――ッ!」

 

 再びの、ソウルレッキングリッパー。今度は両腕を叩きつける打撃からの派生技として使用し、遂に――今のザギの肉体に裂傷を与えながら、一度、押し退ける。

 

 それは――拳の威力を最大限に高める、充分な動作を行う間合いを作るための、一撃だった。

 

「――今、助ける!」

 

 そしてウルトラマンジードの拳が、ダークザギの腹に着いた傷口を抉り、その体内に飛び込んだ。

 

 

 

 あの時届かなかった手で、今度こそ掴むために。

 

 

 

 

 

 

 ――私たちは闇の中に居た。

 

 暗黒の澱。圧倒されるような怒り、憎しみ、恨み、妬みが吹き荒れる場所。

 

 私たちを力尽くで削り、混ざり、取り込もうとする、恐ろしい闇に対して。

 

 私は、痛みとともに――どこか、親しい気配も感じていた。

 

 それは、私の中に写されていた、この闇の主の情報による親近感――ではない。

 

 それよりももっと前に、そしてその後も度々、私自身が感じた気持ちだったから。

 

 ……生まれてすぐに殺されかけた時も。人々の前で、本当の姿を晒した時も。

 

 自分が、真っ当に望まれて生まれてきた命ではないと知った時も。

 

 私が、どんなに辛い気持ちだったのか――私を傷つける相手は、誰も、それをわかってくれなくて。

 

 自分が、何のために生まれてきたのか……わからなくなって。苦しくて。悔やみそうになって。

 

 だから、その悲しみと重なるこの闇に身を委ねるのには、ある種の居心地の良さもあった。

 

 ……けれど。

 

 誰にもわかって貰えないからと。本心を闇に隠して逃げようとした私の、本当の願いを――あの日、兄が見つけてくれたから。

 

 独り善がりでも、作り物でもない――互いを認め合える本当の笑顔を、取り戻してくれたから。

 

 それからも、何度も、何度も。私がここにいることで、ある時は私の力が足りなくて、周りに迷惑をかけてしまって。そのたびに、何度も悔やんだ。

 

 だけど――生まれてきたことを悔やむことだけは、しなくなった。

 

 辛くて悲しいことだけじゃなくて、素敵で幸せなことにも、私はたくさん出会えたから。

 

 それでも折れてしまいそうな時に、力強く支えてくれる絆を、私は結ぶことができたから。

 

(……わたし、も)

 

 ――うん、そうだね。サラ。

 

 だから……どんなにこの闇が、私たちと近くても。この闇だけになっちゃいけないんだ。

 

 それは――今も私たちを取り戻そうとしてくれる繋がりを、否定することになっちゃうから。

 

 ……そんな風に、闇の中へ溶けそうになりながらも。

 

 互いに励まし合い、徐々にその魂の輪郭を認め合うことが、私たちはできるようになっていた。

 

 ……真っ暗な夜道で導いてくれる、小さな星の光のような希望が、私たちを照らし始めてくれたから。

 

 か細い光の糸を、見失わないように。強く、強く意識して。もっと、もっと呼び寄せて。

 

 ただ、助けて貰うのを待つだけじゃなくて。何とか力になれることはないかと考えて、諦めないで。

 

 そうして、私たちは――目の前へと伸ばされてきたその手に、自分たちから手を伸ばして、力強く掴み返した。

 

 

 

 

 

 

 ダークザギ・アルファオメガの腹部から、ウルトラマンジード・ソウルプリミティブの掌が引き抜かれる。

 

 ジードの手は、自らと繋がった光の糸が握られていて――未だザギの体内に残るその糸を、ジードはさらに引き寄せる。

 

 糸が擦れるのに合わせて、ダークザギの体内から無数の光の粒――奪われていたウルトラカプセルが飛び出して、次々とジードのカラータイマーへと帰還して行く。

 

 そして、全てのカプセルを吐き出し終えた次の瞬間――ダークザギの腹部から、三本の糸、その終端が飛び出した。

 

 二つの、人間大の光の球体。そして、アルファオメガと化したザギ自体を上回る体積の、一匹の怪獣。

 

 引っ張られた勢いのまま、時空破壊神ゼガンがジードの遥か背後、星山市の崩壊した一角に落下した頃には――残る二本の糸の先端に繋がっていた光の玉もまた、その付近に緩々と降下して――人間の、少女たちの姿を取った。

 

 それは、力のほとんどを奪われた今――この星の環境下での負荷が、最も軽い形態を、本能的に選んだため。

 

 ジードの取り戻した、彼の妹たち――朝倉ルカとサラの姉妹は、崩壊した星山市の片隅に、その身を横たえていた。

 

「――ルカ!」

「サラちゃん! ゼナ先輩!」

 

 その光が、ザギから放出された時点で。体力に余裕があるライハとモア、そしてペガが、救出のために星雲荘のエレベーターで転送され、彼女たちに駆け寄っていた。

 

「……あ」

 

 ライハが呼びかけ、さらに金髪の垂れる褐色の頬を弱く叩くと――伊達眼鏡の向こう、瞼に隠されていた赤い瞳が、ゆっくりと見開かれた。

 

「ライ、ハ……」

「――おかえり、ルカ」

 

 思わず――崩れた表情を見せまいと。ライハはルカを引き寄せ、抱き締めた。

 

「……お兄さま、は?」

 

 隣で、モアの胸に抱きかかえられた、白衣を来た小学生程度の女の子――サラもまた、どこか(ゆめ)(うつつ)といった様子で、疑問を口にする。

 

 ――全員の背筋の凍るような咆哮が響いたのは、その時だった。

 

 轟く声の主は、ダークザギ・アルファオメガ。

 

 吸収していた怪獣たちをジードに取り返された破壊神は、確かに弱体化しながらも――しかし返って、その猛威を増した叫びを発していた。

 

 ジードの刻んだ腹の傷は、ハイパービースト・ザ・ワンに由来する超再生能力で、既に跡形もなく修復されていた。

 

「……もういい。おまえをノアにするのは、やめだ」

 

 ベリアルの娘である、ルカとサラ――培養合成獣スカルゴモラと、究極融合超獣サンダーキラーS。

 

 カプセルからの完全なる顕現、そしてフュージョンライズを行使するために取り込んだ二大怪獣。

 

 必要な力の大部分を収奪済とはいえ、同化を解かれたアルファオメガは、確かに総量としては衰えながらも。

 

 ジードと繋がり、ザギの動きを阻害していた邪魔者が消えたことで、逆にその力の完全性を取り戻していた。

 

「おまえはおまえとして――俺が殺す!」

「……やっと僕らを見てくれたんだね」

 

 ダークザギの殺意へ、不敵に返しながら。

 

 ウルトラカプセルを取り戻し。その縁で繋がったウルトラマンたちの祈りもまた、自らの力へと変えて爆発的に強化されたウルトラマンジード・ソウルプリミティブは――その背後にいるルカやライハたち、彼の家族を、その悪意から庇っていた。

 

 そして、その家族とこれからも生きていく世界を、守るために。

 

「だけど――負けてやるもんか!」

「ほざくなっ!」

 

 ジードとザギ、二体の巨人が動いたのは全くの同時。

 

 互いに強烈な光と闇を纏った両者は、正面から激突し――凄まじい衝撃波を残し、次の瞬間、星山市から消えていた。

 

「――いかん!」

 

 衝撃波に襲われる寸前。シャドー星人ゼナの声が響いたかと思うと。消耗した体を何とか動かした時空破壊神ゼガンが、衝撃波を防ぐための壁となって、ライハたちを守護してくれていた。

 ……リトルスターという強い縁でジードと繋がっていたのは、ゼガンだけだが。そのゼガンと同化していたゼナも、無事に帰って来れていたらしい。

 

 その事実に少しだけ安堵していたライハは、それから当然の疑問を口にしていた。

 

「……ジードとザギは、どこに?」

 

 世界が、静か過ぎる。

 

 膨大な力の塊であったダークザギ・アルファオメガと、それに対抗できるほどの祈りを纏った、ウルトラマンジード・ソウルプリミティブ。

 

 所詮は地球人であるライハの感知能力を越える戦いをしているとしても、あれほどの力同士がぶつかっているなら、何の影響の伝わって来ないのも不自然だ。

 

 ……ソウルプリミティブの能力による、ジードと繋がる光の糸はまだ、残っている。両者が対消滅したわけでもないはずだ。

 

〈――ウルトラマンジードとダークザギの反応、ロストしました。この宇宙のどこにも、二体は存在しません〉

「なら、どこに……?」

 

 呟くライハは、自分やルカの胸から伸びる糸を目で追った。

 

 ――そこで、時折瞬く光景に気づいた。

 

「……まさか」

 

 時折、蜃気楼のような景色が揺らめくのは、ジードとザギが衝突した地点から。

 

 その向こうでは、巨大な球体が泡のように、数え切れないほど浮かんでいた。

 

 

 

 

 

 

 ――通常の宇宙の壁を越えた先にある、超空間。

 

 全てのマルチバースを泡宇宙として内包したそこで、ウルトラマンジード・ソウルプリミティブと、ダークザギ・アルファオメガが対決していた。

 

 ……人間や怪獣やウルトラマンの祈りを集め、託されたそれを己の力に変換したジードと。

 

 自力の完全制御を取り戻し、そして、ノアへの拘泥を捨てたことで、加減のなくなったザギとが、互いに全力でぶつかり合った。

 

 瞬間――たったそれだけで、両者は宇宙の外壁を突き破り、この場所に飛び出していたのだ。

 

「ソウルレッキングリッパー!」

 

 ジードが篭手から繰り出す光刃を、ザギは自身の篭手で受け止めて――微かに切り刻まれながら、その刃を粉砕し、そして舌打ちした。

 

「グリーザの特性は消えたか――!」

 

 それは、宇宙の外へ飛び出したからか。

 

 それとも、かつてウルトラマンエックスがハイブリッドアーマーでグリーザを倒した時のように、取り込んだ怪獣たちを放出したことで、その性質に異常を来したからか。

 

「だが、関係ない!」

 

 ダークザギが翳した掌から、赤黒い光線――アーマードゼットに由来する、ウルトラマンを完全分解して消滅させるダークサンダーレゾリュームが放たれる。

 

 一度はジードを殺害した、宇宙恐魔人ゼットが放っていたものよりさらに出力を増した一撃を、ジードは展開したバリアで受け止める。

 

 しかし、すぐに限界が来ると理解して。バリアで逸そうとしたその隙に。

 

 ――ザギ・ミラージュという、自身の幻影を残す撹乱技で、ジードの正面から攻撃を続ける姿を残しながら。

 

 一瞬にも満たないインターバルで可能とする、超光速のテレポート能力を発動したザギが、ジードの背後に転移していた。

 

 そして再び、掌に発射寸前の状態で構えたダークサンダーレゾリュームを、今度は死角から叩き込む――

 

 そう目論んでいることが、ジードは既にわかっていた。

 

 故に、必殺の一撃を躱せていた。

 

「なに――っ!?」

 

 ダークサンダーレゾリュームを放つ手を、横から弾き。肘の一撃で、ダークザギの胸を打つ。

 

 幻覚とテレポート、二重の手段による不意打ちを完全に凌がれ、驚愕で対処が遅れたダークザギは、モロに打撃を受ける、が――肘鉄から派生する切断光線による追撃は、再びの転移で完全に回避し。

 

 ジードの背後に再び、一瞬で出現――したのを、フェイントに。頭上から、頭部を蹴り飛ばそうとする。

 

 それを、ジードは再び先読みして。蹴られながらも掴み、覚悟ゆえの気合で耐え、追撃が届く前に投げ飛ばした。

 

 投げられたザギは、即座に密着する位置へ再転移してダークサンダーレゾリュームを放つが――ジードはザギが出現する前から腕を振るい、射線を逸らして、ヘッドバットを叩き込む。

 

「ソウルレッキングロアー!」

 

 そして、密着したことで。真空の超空間であっても、超音波攻撃が可能となり――グリーザの防御力を喪ったダークザギ・アルファオメガに内側から、撹拌するような攻撃を通せる。

 

 ダークザギがジードを突き飛ばした時には、既にダークサンダーレゾリュームは拡散していて――破壊神の掌は、ウルトラマンを即死させる効果は保てていなかった。

 

 距離を取った破壊神は、連続の転移での攻めをそこで一度、中断させていた。

 

「――貴様、どうやって読んでいるっ!?」

 

 未来予知を可能とするダークザギの、超光速のテレポート。

 

 何万年も戦い続けてきた戦闘兵器としての経験と、自己進化プログラムの稼働で最適化された動作の数々。

 

 そこに超精度の幻惑能力を加えた組み合わせは、本来、四半世紀も生きていないジードの、二年足らずの戦闘経験と、格下の身体スペックで対処できる物ではない。

 

 だが、現にジードは、ザギの予知すら幾度と覆し、確殺のはずの攻撃を紙一重で凌ぎ続けていた。

 

「……あなたが教えてくれるからだ」

 

 対してジードは、手品の種を端的に答えた。

 

 ――ウルトラマンジードは今、皆の祈りを纏っている。

 

 特に、リトルスターを介した、かつての宿主や、カプセルを通じて共鳴した、同種の力を持つウルトラマンとの繋がりは、強く太い。

 

 そう……かつてリトルスターを宿していた者との繋がりは、特別に強いのだ。

 

 ジードに寄せられる、数え切れない祈りの中で――たった一つだけ、ジードの敗北を望む意志も、例外ではなく。

 

 それは、ジードに力を与えることはなくとも……どんな風に、どこからジードを消滅させようとしているのかを、予め教えてくれていた。

 

 つまり、今のジードは――ゾベタイ星人すら欺いたザギの思考を、読めていた。

 

 間にルカを挟み、直接譲渡されたものではなかったとしても――ネクサスの光とは、決して途切れずに繋がり、その力を増して行くものだったから。

 

 最初にネクサスのリトルスターを宿したザギが、いくら未来を読もうとも。その未来を実現、あるいは改変する意志を持った後から、動き出すまでに、その狙いがジードに流れ込み――ザギが未来を読んだその後から、ジードは先に運命を塗り変えられる。

 

 だから、幻覚を織り交ぜた超光速のテレポートから放つ、未来を先読みした即死効果付きの光線だろうと。

 

 仮に、圧倒的優位を齎すダークフィールドの展開を狙おうとも。

 

 その意図がだだ漏れである以上、ジードは後出しで先手を取り、対処できる。

 

 それが、ジードが圧倒的不利を覆せた理由だった。

 

「……そういうことか」

 

 苛立ちを滲ませながら、真相に至ったダークザギが呟く。

 

 ……とはいえ、ジードも全てを防げるわけではない。

 

 読めるのはザギの、本気の想いだけ。虚実入り混じった攻撃には、虚を素通りさせてしまう。

 

 故に牽制や組み立てとなる攻撃を、肉を切らせて止めることで。勝負を決める大技を、何とか喰らわずに立ち回れているだけ。

 

 祈りを纏い、膨大なエネルギーで自己治癒力も高まっているとはいえ――ファイナルアームドネクサスの効果で無尽蔵なのは、あくまで活動エネルギーのみ。

 

 軽傷でも、それをどこまでも積み上げられ続ければ――やがて、ザギの心が読めても、体が追いつかなくなる恐れはある。

 

 だが、その状況に持って行くまでに。莫大な力を持つとはいえ、ジードと違い無尽蔵ではないザギは、果たしていつまで優位を保てるのか。

 

 持久戦は、双方にとって賭けだった。

 

 故に。

 

「ならば……わかっていてもどうしようもない力で、捻じ伏せる!」

 

 ダークザギ・アルファオメガは、ウルトラマンジード・ソウルプリミティブの守りに対する、もう一つの突破口を選んだ。

 

「……逃げても良いぞ。貴様に祈る奴らが全員、消えるだけだからな!」

 

 叫ぶザギが腰溜めに構えた両腕に満ちる、禍々しいエネルギーの迸りを見て――ジードは、即座に自身も両腕を交差させ、その力をスパークさせた。

 

 ――ザギの言うとおり、避けられない。今、破壊神が出せる全力は、リクの居場所を含む宇宙――その幾つもを、破壊して余りあるものだったから。

 

 故に、正面から迎え撃つ――純粋な力比べしか選べない!

 

 ダークザギ・アルファオメガが右腕を胸の前で水平に構え、その上に左肘を置いた。

 

 ウルトラマンジード・ソウルプリミティブが右手を縦に、左手を横にして、腕を十字に組んだ。

 

 鏡写しのように、双つの赤黒い光線が超空間で走ったのは、その次の刹那だった。

 

 ……ダークザギの左手から、ダークサンダーレゾリュームの力を帯びたライトニング・ザギが放たれる。

 

「ソウルレッキングバースト!」

 

 交差したファイナルアームドネクサスが、全てのエネルギーを結集し――闇を打ち砕く力として、その光を発射する。

 

 そうして出会った二条の光線は、互いに正面から激突し、干渉し合って光を散らした。

 

 ……超空間すら染め上げる凄まじい力同士の衝突に、泡の形で浮かぶマルチバースの中には、宇宙ごと鳴動するものまで現れる。

 

 その震源地で――押されているのは、ジードの方だった。

 

「おァあああああああああっ!」

 

 互いの光線を押し込むように、ダークザギ・アルファオメガが前進。踏み止まるジードだが、全力を投じたソウルレッキングバーストの奔流は、ザギが進むたびに貫かれ、干渉点が猛烈な勢いで本体に迫って来る。

 

「諦……めるかぁあっ!」

 

 気合の雄叫びとともに、ファイナルアームドネクサスが限界を越えて駆動。光線の出力がさらに上がり、干渉点の後退する速度が減衰する。

 

 ――それでも、逆転どころか、拮抗にすら至らない。

 

 ザギ本体の進撃に合わせ、着実に獲物へと迫る暗黒破壊光線が、ソウルレッキングバーストの抵抗を突破して、ジードに届く、その寸前。

 

「……何!?」

 

 突如として出現した黄金の波動が球状に拡がり、超空間で戦う二体の巨人を包み始めていた。

 

 

 

 

 

 




Bパートあとがき



 ここまでお読み頂きありがとうございます。

 ウルトラマンジード、本来はリトルスターを集めるための、祈られるための偶像――故に、戦闘型ではないという解釈を、本作ではずっと採用して来ました。

 しかし、そういう特性、ノアとかグリッター的な奇跡のことを考えると、むしろただ戦闘に特化しているよりも、ウルトラマンとしては可能性に溢れているのでは……? みたいな妄想から出てきた形。それを活かしてギガファイナライザーの効果に絆を巻き込めたらもっと凄いよねみたいなノリですが、さて。

 ところでザギさん、というかウルティノイドが思考を読まれて不利になる――という展開も(理屈は異なりますが)『ウルトラマンF』のオマージュになります。乙一先生ならオマージュするという想定なので、次々と元ネタにしてしまいますね……




名前:暗黒破壊神ダークザギ・アルファオメガ
身長:55メートル(背部ユニット含めると60メートル)
体重:6万トン(背部ユニット含めると8万5千トン)
得意技:ダークレゾリューム・ザギ

 ダークザギが「ダークネスカプセル・アルファ」「ダークネスカプセル・オメガ」を用いた「ネオ・デモニックフュージョン・アンリーシュ」を果たした強化形態。ノアイージスはない代わりに、光輪のような背部ユニットを装備している。
 カプセルの素材である滅亡の邪神ハイパービースト・ザ・ワン、虚空怪獣グリーザ第三形態、宇宙恐魔人アーマードゼット、ラストジャッジメンター・キングギルバリスの能力を上乗せしている。ただし、グリーザは実体化後の状態のため、宇宙の針がなくとも実体のある攻撃は素通りしてしまう。
 ザ・ワンの超再生能力と形態変化、グリーザのエネルギー吸収、ゼットの持つテレポート・光線反射・バリア生成能力、ギルバリスのウルトラマンの光線を無力化する装甲を併せ持つ防御力と、レゾリューム光線&ダークサンダーエナジーの攻撃能力で非常に優れた対ウルトラマン能力を持つ。
 さらに、ザギ自身やグリーザ、ザ・ワンの能力で他の怪獣を吸収することができ、ギルバリスの能力を加えたサイバーダークフィールドGの展開が可能で、()()に変換できるサイバー空間であるため、宇宙の針なしでもグリーザを実体化させ、強引に攻略することも理論上は可能となっている。




 ちなみに「ザギ・ミラージュ」は元々設定上ダークザギやウルトラマンノアが使える幻覚能力なので、アルファオメガ限定の能力ではありません(※既存作品での使用描写はないはず)





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第十九話「始まりの祈り」Cパート

 

 

 

「リッくん、今、どうなってるんだろ……」

 

 ウルトラマンジード・ソウルプリミティブと、ダークザギ・アルファオメガ。

 

 光と闇、二体の巨人が、その力でこの宇宙を飛び出してしまった後の、崩壊した星山市の片隅で。

 

 取り残されたルカたちの前で、蜃気楼のように揺らめく超空間の様子を見守るモアが、不安を隠せずに呟いた。

 

〈衝突時、残された記録から推定する限り、エネルギー量はなおダークザギが優勢。その他私の知り得る指標では、ジードが勝るのは継戦能力のみ――ですがそれも、発揮できるまで持ち堪えられる可能性は、限りなく無に等しいでしょう〉

 

 その疑問に答えるように。淡々とレムが告げた事実に、残された仲間たちは衝撃を受けた。

 

 誰もが、ジードの、リクの勝利を願っている。

 

 その祈りが、伝説の超人の光を借り受けたソウルプリミティブの力によって、直接ウルトラマンジードまで届けられ――彼の両腕とギガファイナライザーが融合した武装・ファイナルアームドネクサスが、想いという概念を物理的なエネルギーにも変換し、光の巨人を強化する。

 

 それでも、進化した暗黒破壊神の力には、なお及ばないというのなら。

 

 ……理論上、その強化は青天井でも。誰の目にも届かない場所で戦う今のウルトラマンジードに、これ以上、新たに味方する者がどこにいるというのか。

 

「けど……あんな凄い戦い、ペガたちにできること、もう何もない。信じて応援するしか」

「ううん――そんなことない、きっと」

 

 無力を嘆きながら――リトルスターの縁などなくとも、せめてその意志だけは親友(リク)とともに在ろうとするペガの言葉に。

 

 諦めの悪くなったルカは、素直に頷かなかった。

 

 ……まだ、他にもあるはずだ。兄を、リクを、ウルトラマンジードを、助ける術が――自分たちには!

 

「サラ。こうして見えているなら――ここに、穴を(ひら)けない?」

「え……っ?」

 

 ルカから不意に問いかけられて、(サラ)はびっくりしたように大きな目を瞬かせた。

 

 それから――服の裾から黒い触手を伸ばしたサラは、時折宇宙の外が映し出される座標を検分し、頷いてから振り向いた。

 

「えっと――うん。たぶん、お兄さまと、この光でつながってるあいだだけなら……」

 

 姉の問いへ、まだ少し自信なさげに答えていたサラは……助けを求めるように、傍に居た人物を見上げた。

 

「レムとペガにも、てつだってもらえれば」

「えっ、ぼく!?」

 

 突然、サラに頼られて。喫驚するペガを後目に、ライハが発起人へ問いかける。

 

「ルカ、何をするつもり?」

「……私が今もメタフィールドを展開できるのが、ネクサスのリトルスターの後遺症じゃなくて――ザギの情報を写されたせいなら」

 

 戦いの最中明かされた、己の身に起こっていた変化の真実。

 

 それを踏まえたルカは、もう一つ――今日経験した出来事を反芻して、答えを続けた。

 

「あいつが、自分の居ない星雲荘にも、ペイシャンの姿のまま、ダークフィールドを出して来たみたいに」

 

 ……その光景を目の当たりにした時の、悲しみを思い出してしまいながらも。

 

 その痛みを理由に、目を背けている場合ではないと、ルカは顔を上げた。

 

「――今の私でも、私の居ないところにだって、メタフィールドを作れるはず!」

 

 ただ、だからと言っていきなり宇宙の外まで繋げるのは、流石に厳しい。ダークザギに力を奪われ、消耗している今はなおさらだ。

 

 だから、兄のところまでショートカットするための扉を、妹に開いて貰う。

 

 不安定な時空の状態と、元よりあらゆる時空を超越し、絆を結ぶというウルトラマンノアの力で繋がった縁を利用すれば、あるいは――という思いつきを、科学者を目指し勉強に励んでいた究極融合超獣は、レムの演算補助の下、ペガッサ星人の用いるダークゾーンと、超獣としての力を重ねて利用する形で、理論の構築に成功したらしい。

 

 そうして、ペガとサラの協力で開いた、超空間へ通じる穴へ向けて――最早、培養合成獣スカルゴモラとしての姿に戻る余裕もない己の生命を振り絞って、ルカはフェーズシフトウェーブを作り出す。

 

 ……だが、それを目的地まで放射する前に、ルカ自身が倒れそうになった時。

 

「――大丈夫」

 

 左右から――モアと、そしてライハが、ルカの体を支えてくれていた。

 

「私たちが、傍にいるから」

「――うん。ありがとう」

 

 倒れそうな身を二人に委ねながら、想いを確かめるようにシャツを胸元で強く握ったルカは、自分で立つための余力も全部使って、遂にその身から光を放った。

 

 ……兄に託した、これからも兄妹一緒に、幸せに生きていきたいという想いの象徴、リトルスターを。

 

 ただ、ザギの悪意に利用されただけで、終わらせないため。

 

「お願い――届いて、私の祈り!」

 

 ルカが口にしたのは、奇しくも――かつて、ウルトラマンベリアルと対決するジードを勝利に導くため、リトルスターを譲渡せんとしたライハの言葉と、同じものだった。

 

 

 

 

 

 

 互いに繰り出せる全力の光線をぶつけ合う、ウルトラマンジード・ソウルプリミティブと、ダークザギ・アルファオメガ。

 

 優勢であったザギが、勝負を決定付けようとして距離を詰め、今まさにジードの決死の抵抗を押し切らんとしていた、その時。

 

 全ての宇宙を内包する超空間にあったはずの二体の巨人は、フェーズシフトウェーブが生み出した不連続戦闘用時空間へと、その存在を移していた。

 

「馬鹿な……メタフィールド、だと!?」

 

 術者が不在の場所にも発生する――それは、ダークザギのみが扱える、ダークフィールドGだけの特性のはずだった。

 

 だから、これが誰の……いや、何者たちの仕業なのかを。ジードは瞬時に理解していた。

 

「……ありがとう、皆!」

 

 仲間たちの支えを受けて、ザギの力を押し付けられた(ルカ)が、ノアの力を託された(リク)に届けた手助け。

 

 言うなれば、メタフィールドGで包まれた瞬間――光と闇、二体の巨人の力関係が、運命とともにひっくり返る。

 

「はぁああああああっ!」

 

 メタフィールドの助けにより、ウルトラマンの能力、さらには絆の繋がりが強化され、ファイナルアームドネクサスの効果と相乗することで、ジードの出力が爆発的に跳ね上がる。

 

「こ、のぉおおおおっ!」

 

 メタフィールドに囚われた瞬間、闇の巨人であるダークザギの能力が低下し、光線の出力が減衰する。

 

 その気になれば、容易く脱出できる程度の牢獄。ダークフィールドGで空間を上書きすれば、ザギに味方する程度の哀れな祈り。

 

 だが、未来予知すらかなぐり捨てた全力の光線のぶつかり合いの最中に、第三者による介入として挟まれれば――それは今のダークザギをして、瞬時の対処が追いつかない一手となった。

 

 その一瞬で、勝負は着いた。

 

 ウルトラマンジード・ソウルプリミティブが放つソウルレッキングバーストが、ダークレゾリューム・ザギを押し切り、ダークザギ・アルファオメガに直撃。

 

 メタフィールドによる一瞬の逆転と、突然の能力低下により、宇宙恐魔人ゼットに由来するバリアや光線吸収能力の発動が間に合わず。

 

 ハイパービースト・ザ・ワンを通して得た数々の能力も形態変化も追いつかず、本来常時発動していたグリーザのエネルギー吸収機能は、既に停止済で。

 

 生命核のエナジーコアを守護する、ウルトラマンの光線を受け付けないギルバリスの特殊装甲も。それを突破するためのギガファイナライザーが変じたファイナルアームドネクサスから放たれた光には、その耐性を無効化されて。

 

 結果として――無数の宇宙すら消滅させる破壊力に、正面からエナジーコアを貫かれて。

 

 ダークザギ・アルファオメガはその瞬間に、絶命することが決定した。

 

 ……本来であれば、そうだった。

 

「――まだだぁっ!」

 

 体表が結晶化したように、罅割れたその奥から。

 

 ――ネオ・デモニックフュージョン・アンリーシュが、フュージョンライズの一種であるために。

 

 致死のダメージすら、融合の強制解除現象を一種のリアクティブアーマーとして凌いだダークザギの本体が、その無敵時間を活かして射線から逃れ出た。

 

 そのまま、わずかな距離を一気に詰め、もう一度光線を浴びるより早くジードへ組み付き――逆転した出力差で振り解かれる前に、ザギは全身から、ダークシフトウェーブを放射した。

 

 そうして、ルカの体力が限界を迎え、泡立って崩壊し始めていたメタフィールドと入れ替わりに――巨人の決闘場を、闇へ利するダークフィールドに変化させた。

 

「……ぐっ!」

 

 ダークフィールドの働きで、毒に蝕まれるような苦痛と――ファイナルアームドネクサスに祈りを届ける、他者との繋がりを弱められたジードは、一気に弱体化し。

 

 逆に、能力を向上させたダークザギの手で、腕を締め上げられたジードは思わず、ソウルレッキングバーストの照射を止めてしまった。

 

「まだ、充分――俺は俺だけの力でも、貴様を殺せる!」

 

 関節技で、戦力の要となる腕を締め上げ。そのまま背骨を蹴りつけるようにして、肩から引き抜くように両腕を痛めつけるザギに対し。囚われたジードは、篭手からの切断光線で抵抗する。

 

 強制的に距離を取らせたジードも、再構成されたダークフィールドの大地を飛び退るダークザギも。互いに獣のような低姿勢で、睨み合う。

 

「――ウぉアアアアアアアっ!」

 

 咆哮するダークザギが、加速しながら迫り来る。

 

 アルファオメガに至っていた時と比べれば、理不尽さは鳴りを潜め。

 

 それでも、ダークフィールドの補正により、結果として今のウルトラマンジード・ソウルプリミティブとも同等以上の能力を発揮して。ジード以上の技量と殺意を携えて、ザギの猛攻がジードを襲う。

 

 ……だが、ならば。先程、アルファオメガにも対抗できたように。

 

 ザギの思考が流れ込んで来る今のジードなら、幻影を交えた一兆度の拳や、着弾点にブラックホールを生み出す出力の重力波といった攻撃にも対処できる。

 

 ましてその狙いが――メタフィールドから反転した作用によって、ジードに向けられる悪意の繋がりこそが強化され、より明白になった今ならば、なおのこと。

 

 ダークフィールドの働きにより能力値で上回られている以上、無傷で凌ぐとはいかなかったが。

 

 ……それでも、徐々に、趨勢は決しつつあった。

 

 ダークフィールドによって、ジードの光を弱め、そのエネルギーを闇に変換して吸い上げているのだとしても――そもそもフィールドの維持自体にも、消耗が生じている。

 

 対し、ギガファイナライザーの効果を発展させた、ファイナルアームドネクサスの働きにより。自身と、彼を信じる者たちが心折れない限り無尽蔵の戦闘エネルギーを獲得し続けるウルトラマンジード・ソウルプリミティブと比べて。ザ・ワンの再生能力も失ったザギの動きは徐々に、精細を欠いていった。

 

「アァあああああああッ!」

 

 故に。これ以上、消耗戦で不利となる前に――ザギが勝負を急ぐのも、当然の選択だと言えた。

 

「死ねぇええええええっ!」

 

 三度目となる、ライトニング・ザギの照射が、ジードを狙う。

 

「ソウルレッキングバーストぉ!」

 

 対してジードもまた、二度目となる最強のレッキングバーストを放ち、暗黒破壊光線を迎え撃った。

 

 条件を変えて、再び激突する赤黒(しゃっこく)の超絶破壊光線。互いの威力は、今度は完全に拮抗し――その瞬間、勝敗は決定した。

 

「僕らの……勝ちだっ!」

「――ッ!!」

 

 ジードの叫びを、ザギは否定しなかった。

 

 いや――できなかったのだ。

 

 全力を投入した初手で、押しきれなかった時点で。無尽のエネルギーを獲得し続けるジードと違い、エネルギーが有限であるザギは、徐々に出力を低下させることになる。

 

 今度は光線の撃ち合いに敗れた上で、命を繋ぐような術もない。

 

 撃ち合いを放棄しても、思考が読まれる以上、もう未来を読んでもザギには躱せない。

 

「何故だ……何故、何故っ!」

 

 その事実を理解し、激昂したザギは、なおも光線を放ち続けながら絶叫し――そして、ジードが見えていないように、その言葉を吐き出した。

 

「何故俺は……こんなにも無様なんだ!?」

 

 恐るべき力を操り、邪悪な策謀を駆使して、かつてなくベリアルの子らを追い詰めた暗黒破壊神。

 

 それが因果応報に滅びる間際、身勝手に吐き出す嘆きに、しかしジードは――リクは、呆れはしなかった。

 

「それは……あなたが選んだからだ。人としての幸せじゃなく、闇の巨人として生きることを」

 

 ダークザギが、その正体を偽り、リクたちの周囲で暗躍していた日々を、思い出す。

 

「でも、僕たちは……あなたのことが、嫌いじゃなかった」

 

 だからルカも、サラも、ザギの――ペイシャンの裏切りで、あんなにも傷ついたのだ。

 

 リクも、また――彼の正体がわかった今となっては、不思議でも何でもないことだが。

 

 ルカに向けられた『道具』という言葉を怒って否定し。自分たちの存在や決意が、周りの不幸を呼んだ――かつてリクの創造主である伏井出ケイに吐かれた言葉を、戯言だと切り捨ててくれたペイシャンという仲間を、嫌ってはいなかった。

 

「知ったような口を叩くな、たかがベリアルの模造品風情が!」

 

 そして――妹たちを助け出せた今。彼を憎みきれない理由は、もう一つ。

 

「越えられる壁にしかぶつからなかった、おまえにわかるものか……! 永遠に、ノアの模造品でしかないこの俺の――っ!」

 

 ……ザギの吐露する苦しみが、リクにも覚えがあったからだ。

 

 そもそもは。ネクサスのリトルスターに関連して、初めてレムからその存在を聞かされた時から――まさか、当人が傍に居たとは知らぬままに。リクは何度も、ザギのことを考えていた。

 

 それは、遂に実現するところだった、不吉な夢の巨人だから――だけでは、もちろんなく。

 

 ダークザギは、平和のために造られながら、自我が芽生えて悪逆に走った、ウルトラマンの模造品だったから。

 

 朝倉リクは、悪しき目的で造られながら、自らの心で平和のために戦った、ウルトラマンの模造品として。彼の存在を、無視できなかったのだ。

 

「――俺は不滅だ」

 

 避け得ぬ死を目前にした闇の巨人は、不意にそんな言葉を口にした。

 

 ジードの父であるベリアルも、その執念で幾度となく復活を遂げたが……永久なる平和の担い手となるべく造り出されたダークザギは、本当の意味で死ぬことがない、何度でも無限に復活する機構を備えているとは、リクもレムから聞いていた。

 

 過去、ウルトラマンノアの力で討滅されながらも、こうして復活してきたということは――その言葉は虚勢ではなく、ただの事実なのだろう。

 

 そして、隔離されたダークフィールドとはいえ、それを生み出したのはダークザギ自身である以上……ここで勝っても、かつてのベリアルのように、封印するということはできない。

 

「だが、何度蘇っても――ノアが居る限り、俺は本物になれない……っ!」

 

 しかし、ザギが続けたのは、己の優位を示すものではなかった。

 

「……そんなはずはない」

 

 万全を期した復活でありながら。ノアですらなく、その力の一部を借りただけのジードにも敗れる事態を前に、諦念を滲ませたザギの苦悩を、他ならぬジードが否定した。

 

 言葉を交わしながらも。徐々に、衰えを知らないソウルレッキングバーストが、ライトニング・ザギを押して行く。

 

 ――油断はしない。同情して見逃しもしないし、こっちが代わりに死んでやるつもりもない。

 

 ここで確実に、ザギを倒す。

 

 かつて彼が吐いた、自分を利用しようとする相手の思惑より強くなって、その野望を打ち砕けば良いという、言葉のとおりに。

 

 家族を傷つけた邪悪を、ジードは――リクは決して許さない。

 

 ……だけど。

 

「だってベリアルが居た頃から、皆――僕のことを、僕だって認めてくれていたんだ!」

 

 その前に、彼に伝えておきたいことがあった。 

 

「だから僕は、戦えたんだ。僕はベリアルから生まれたんだとしても――僕の価値は、それだけじゃないって!」

 

 それは、リク自身が生きる中で得た、答えだった。

 

「それは……単に貴様の真実を、人間どもが知らなかっただけだろうが!?」

「仲間は違う。それに、他の皆が知らなかったんだとしても――だったら何が悪いんだ!?」

 

 ぶつけられた言葉へ激高を返すザギに対し、リクもまた凄み返した。

 

「僕らを騙して、あんな風に変身までして! それであなたがなりたい本物って、一体何なんだよ!?」

 

 もう一度、リクは叫ぶ。

 

 ノアを越えたかったのも。そのためにリクたちを騙し、アルファオメガへと変貌したのも。それらはザギ本来の姿でも、目的でもなく、単なる手段に過ぎないはずだ。

 

 本物に拘りながら。目的のためなら、他者を傷つけ奪うだけでなく、自らが変わることも厭わないのなら――諦める前にもう一度。

 

 その始まりの願いを、見つめ直してみろ、と。

 

「偽物だって、本物になれる――それは、本物に勝ったからじゃない! 本物の心を持っているからだ!」

 

 かつて、己の笑顔を取り戻してくれたドンシャインの勇姿を振り返って。

 

 その記憶に支えられた、リトルスター回収用の模造品を、ウルトラマンだと応援してくれた人々を思い返して、リクは叫ぶ。

 

「あなたが不滅だと言うのなら……この先にも、無限の時間がある。もう今更遅い、なんてことはないはずだ」

 

 かつて、AIBを騙った敵。

 

 母星に栄光を齎すための、戦いの道具として育てられたガブラ・カーノ――シャドー星人クルトの最期を、リクは今も忘れていない。

 

 ――そのクルトと違って、不滅のザギにはまだ、この先があるのなら。

 

「次は――もう一度ぐらい、違う生き方を試してみてよ」

 

 本当の自分、なんてものに思い悩む、ある種の『同類』を前に。

 

 リクは、ザギに再び訪れる始まりを前にして、己の祈りを告げていた。

 

「……それと」

 

 そして、もう一つだけ。

 

 彼に、伝えておきたい、想いがあった。

 

「ルカたちを傷つけたことは許せない――だけど、あの子たちを助けてくれて、ありがとう」

 

 例え、邪悪な陰謀が導いたものだとしても。

 

 おかげで家族と出会えたことは、リクにとって、かけがえのない宝だったから。

 

 そして、遂に――全てを伝え終えたジードの放つ光線が、ライトニング・ザギを掻き消して、ダークザギの肉体を直撃した。

 

「……一つだけ、教えておいてやる」

 

 圧倒的な破壊力を前に、今度こそダークザギの肉体が消し飛ぶその瞬間――まるで、時間が止まったように。

 

 その肉体に残されていた、リトルスターの縁を介して。圧縮されたザギの思念が、ジードまで届いていた。

 

「おまえの妹たちをあの地球に送り込んだのは、俺じゃない」

「な……っ!?」

 

 衝撃の真実を知らされて、ザギと同じ速度域まで加速させた思考で、ジードは問い返していた。

 

「どういうことだ!? それに、なんでそんなことを……」

「何……思い知らせてやっただけさ。おまえの目が、どれほど節穴なのかを」

 

 かつて、彼の正体を見誤った、ノワール星人に向けた言葉を持ち出して。

 

 ジードの驚愕を嘲笑ったザギは、それから力なく自嘲した。

 

「ま、今頃キングが、全てを終わらせているかもしれないがな」

 

 ……かつてない危機を前に、終ぞ駆けつけることがなかった、リクが知るもう一人の伝説の超人――ウルトラマンキング。

 

 その動向を示唆した次の瞬間、時が止まるほどに加速していた互いの思考は、通常の時間域に戻り。

 

 伝説の超人を模した、人造の暗黒破壊神――ダークザギは、一人の人造ウルトラマンが放つ光に呑み込まれ、消滅した。

 

 

 

 

 

 

 ザギが爆散し、ダークフィールドが崩れるのと、時を同じくして。

 

 ウルトラマンジードの内包宇宙(インナースペース)の中、リクが腰につけたジードライザーから、ノアカプセルが飛び出した。

 

 そして、カプセルがカラータイマーを通じて外に出ると――その光が、一人の巨人の形を取った。

 

「――――」

 

 無言で、一瞬だけ。自らが分離したことで、強制的に通常のプリミティブへ退化したウルトラマンジードを振り返った、ウルトラマンノアの幻影は。

 

 ただ、頷きだけを残して。ダークザギが爆散した地点に漂う、その残滓に飛び込み――自らの影とともに、その場所から完全に姿を消した。

 

 リクには、一時融合していたとしても――伝説の超人の真意は、まるで測り知れなかったが。

 

 その所作は、きっと。無慈悲な悪の敵のものではなく……節穴だと拒絶されたこの想いを無下にしない、慈愛を携えた守護者のものだったと、リクは信じたかった。

 

 そう思った頃には、ノアの力なのか――ジードもまた、宇宙の外にある超空間から、地球にある己の居場所へと、帰還していた。

 

 振り返れば、固唾を飲んで見守ってくれている、家族と仲間たちが居て。

 

「――――」

 

 無言で頷けば、彼らは皆。心底安堵したように、笑ってくれた。

 

 

 

 

 

 

 ――強大な暗黒破壊神との戦いから、三日後。

 

 朝倉ルカは、兄であるリクとともに、一軒の民家を訪れていた。

 

 それは朝倉(スイ)の入院に伴い、今は無人と化してしまった、彼の家。

 

 ダークザギ出現に伴う災害と、戦いが原因で傷つき、家財が破損し、あるいは散乱したその場所の手入れへ、入院中のスイに代わってリクが赴き。ルカもまた、その手伝いを申し出ていた。

 

「……お兄ちゃん、これは?」

「うん、そこ置いといて」

 

 幸いにも倒壊を免れた家の中、重労働に勤しむのは、兄妹だけではなく――リクの親友であるペガや、ルカの師匠であるライハといった同居人たちも、進んで協力してくれていた。

 

 四人で手分けして、捨てるしかない代物と、名付け親であるスイと、彼の妻――リクとルカの名前を考えてくれた、血の繋がらない家族の思い出が詰まった品物を、きちんと仕分けして。

 

 家を家として維持するための修繕箇所を確かめ、屋根をブルーシートで応急措置したり、窓ガラスをダンボールで埋めたりし終えるだけでも、二日がかりの大事業になっていた。

 

 この先の、専門的な技術が必要な本格的な修理は、スイ自身が馴染みの職人を手配しているらしい――もっとも、ダークザギのせいでめちゃくちゃになった今の世界では、空き家の修理に回せる資材が手に入るのは、随分先のことになるかもしれないらしいが。

 

 ……建物を壊すのは、ウルトラマンや怪獣の力なら簡単なのに。直したり、作ったりするのは、こんなにも大変だ。

 

 費用は、星雲荘――特に、AIBから多額の協力金を受け取っていたルカも貯金から捻出しようとしたが、スイから強く断られてしまった。既に先方にも、その旨を通達済であるらしい。

 

 そんなこんなで、ルカたちはもうお手上げになってしまっていた。

 

 ペガは、壊れてしまったゲーム機……スイさんとリクたちの遊んだ思い出の品を直せないか、一足先に星雲荘まで持ち帰ってくれていた。

 

 ライハは途中、差し入れを持って来てくれた――ゼロのウルティメイトイージスが直るまでこの世界に残ることとなったアサヒとともに、今度は夕食の準備のために朝倉家を出た。

 

 そうして、末妹を迎えに行く用事を残した兄妹だけで、最後に戸締まりを行っていた。

 

「疲れちゃったね」

 

 その最中、ぽつりと兄が、述懐を零した。

 

「そうだね。スイさん()まで、こんなになっちゃって……」

 

 少し迷った後に、ルカは兄へ相槌を打った。

 

 大切な想い出の場所。

 

 兄や、星雲荘だけではない――世界は広くて、しかしその全てが恐ろしい敵ではないと実感できた、大切な想い出の場所。

 

 それが、意図もせず傷つけられていたことに、ルカは怒りと、それに勝る悲しみを感じていた。

 

「サラだって、まだ泣いてる」

 

 ……空き家の修理に末っ子を呼ばなかったのは、兄姉と比べ、彼女自身は朝倉スイとの関係が薄いから、だけではなくて。

 

 ルカのように、作業を通して気を紛らわせるための余力すら、サラには残っていなかったからだ。

 

 それだけ、ダークザギの――ペイシャンの裏切りは、サラの心に深い傷を与えていた。

 

 ペイシャンとの付き合いの長さならルカが勝るが、サラは科学者という夢を目指してAIBでお手伝いをさせて貰っている間、彼からも教導を受けていた。

 

 母のように慕うトリィとの関係性を含めれば、サラも単純な仲間や教師以上の感情すら抱いていたとしても、不思議ではない。

 

 その信頼と期待を踏み躙られ、心を与えられた超獣が塞ぎ込むのも、当然の帰結だと言えた。

 

 もし――もしあの時、レイトが義憤を燃やして駆けつけてくれていなければ。サラの心は、本当に砕けてしまっていたかもしれない。

 

 そんな、すぐそばにある優しさを目の当たりにできたおかげか――サラは、他者への不信に支配されるということもなく。むしろ同じように裏切られ、傷つけられたトリィを心配し……そして、悲しみを分かち合い、支え合うために。今日も、AIBに顔を出していた。

 

「……なのに」

 

 大切な妹を傷つけられ、危うく奪われかけて。

 

 他の皆も、世界も傷つけられて。自分自身、もう少しで消されるところだったのに。

 

「どうして私、こんなにも割り切れないんだろう……」

 

 気づけばルカは、その本心を吐露していた。

 

 恐るべき邪悪であった、暗黒破壊神ダークザギ。

 

 親しき仲間であったゼットン星人ペイシャン・トインも、彼がその野望のために偽っていた姿に過ぎないことは、わかっているのに。

 

「ペイシャン――ザギも苦しんでいた、なんて……何の免罪符にもならないって、わかってるのに」

「……僕もだよ」

 

 ……あれだけ敵対した相手を、今は心の底から憎みきれていない。

 

 いいや、今も憎い。あんな身勝手な主張で傷つけられて、奪われかけて、許せる道理があるものか。

 

 けれど、同時に。だからと言って、憎んで嫌ってはい終わり……とは、何故かできず。そんな気持ちを向けられても、他ならぬペイシャン――ザギ自身が受け入れるはずもないのに。

 

 相手が勝手にしたことなのに、こうなってしまったことを、何故かルカは悔いていた。

 

 ……そんな気持ちだから、純粋な被害者である妹に言葉をかけてあげることすら、ルカには躊躇われていた。

 

 ガーゴルゴン=フワワの時から成長しない、己の愚かさを開示したルカに対し。妹たちや、世界に残された爪痕を憂う様子はあっても。

 

 ザギと敵対し、その手で討ったこと――それ自体に尾を引いた様子を見せなかったリクが、自然な様子で頷いた。

 

「僕も、ペイシャン博士のことは嫌いじゃなかった。ダークザギのことも――僕と、同じような存在だろうって。ずっと、気にかかっていた」 

 

 まるで、宇宙恐魔人ゼットの最期を、気分良く見届けられなかったルカのように。

 

 ほんの少し、ボタンをかけ違えていた、自分自身とも言える存在に対して。

 

 同じ遺伝子が組み込まれただけの、培養合成獣のために涙するリクは、決して無関心では居られなかったのだ。

 

「僕の守りたい世界のためには、彼を倒すしかなかった……それが間違っていたとは思わない。だけど、彼が苦しんでいたことも、きっと――本当だったと思うから」

 

 皆のヒーローとして、そしてルカたちの兄として。平和を脅かした悪を討ち、世界を救いながらも。

 

 リクは決して、その偉大な勝利に、爽快さだけを感じていたわけではなかった。

 

「……勝手に同情して、勝手にわかった気になって。自分の気持ちを、勝手に押し付けているだけかもしれないけど」

 

 微かに表情を曇らせたリクは、あるいは。ただ、自身の苦しみを見せないようにしてくれていたのかもしれない。

 

 妹たちが、ちゃんと。自分自身の悲しみとだけ、向き合うことができるように。

 

 彼は、ウルトラマンジードは、ヒーローであり――同時にルカたちの、兄であるから。

 

 そんなリクは、ルカの向き合う悲しみに、寄り添うようにして続けた。

 

「そう感じた自分がいることは、本当だから。無理して、目を逸らさなくても良いと思う」

「……あいつが憎いのも、裏切られて悲しいのも。割り切れないのも全部、本当の私――?」

 

 雑多な感情の坩堝となった、この心が。

 

 信じた相手と道を分かつことになったこの悲しみも。同情する価値がないはずの悪党に、何故か憐れみを感じてしまうこの傲慢さも。

 

 その全てが、かつて――そして、ダークザギに取り込まれた闇の中で覚えた、感情のように。

 

 それだけに染まってはいけないのだとしても。必ずしも否定せずとも良いものなら。

 

「……そっか」

 

 そのことに気づいた時――己を構成する感情に、何ら変わりはないはずなのに。

 

 軋みの原因となっていた胸の空白に、その気づきがすとんと落ちて、塞がって。

 

 ほんの少しだけ。ルカはさっきまでより、楽な心地になっていた。

 

「お兄ちゃんがそういうなら、きっと、そうだよね」

 

 それを声の調子に反映させながら、ルカは頷いた。

 

 己が、どんな存在だとしても。大事なことは――自分の本当の気持ちを、ちゃんと見つめること。

 

 そして、生まれてきたことを、悔やまないで済むように。

 

 ……裏切者への憎しみと、悲しみと。そして、彼とはもう、一緒に居られないという寂しさと。

 

 割り切れない気持ちは、今も残ったままだけど。

 

 大切なことは、その気持ちを忘れずに――自分がどう生きたいのかと、向き合うこと。

 

 なら、ルカの答えは、もう決まっている。

 

 これからも……自分を受け入れてくれた家族とともに、その家族が生きて来たこの世界を大切にして。兄が取り戻してくれた笑顔を失くさず、生きること。ただそれだけ。

 

 自分が人間でも、ウルトラマンでも、ゴモラやレッドキングですらないとしても、関係ない。それでも、自分という生命が学んできた中で、どんな風に生きたいかが、大切なのだ。

 

 培養合成獣スカルゴモラ――朝倉ルカは、その答えを、見つけることができた。

 

 

 

 同時――本当の気持ちに、必ずしも従う決まりはないとしても。そもそもその気持ちと、ちゃんと向き合えなかった結果が……周りをどこまでも苦しめた挙げ句、自分自身を無価値と呪うことになってしまったザギであり。

 

 あるいは、ダークサンダーエナジーを前に、決めつけで勝手に諦めていたままの自分なのだろうと、ルカは何となく思った。

 

 ――取り込まれていた時に、ルカはザギの抱える恨みを感じた。

 

 同じ、ウルトラマンの模造品である兄は、きっと、もっと以前から。

 

 ……ルカでさえ、こんな風に想うのなら。

 

 リクが、ダークザギの最期に立ち会い、何も願わなかったなんてこと、あるはずがない。

 

 願わくば、兄の手向けた祈りが――不滅だという彼に、どうか、届いていますように……と。ルカは、兄に続くようにして、誰にともなく祈っていた。

 

 そして……ザギと違って、直接会うことができず。伝聞でしか知らず、今もルカ自身は、本当に想像しかできないままだとしても。

 

 きっと、ウルトラマンベリアルと対面した、唯一の子であるリクが。

 

 親子でぶつかり合ったその時、己の心を通して見た父の姿に、感じた何かは――誰にも否定できない本物なのだろうと、ルカはようやく、思い遣ることができていた。

 

 ……そして。

 

「行こう、お兄ちゃん。サラが待ってる」

 

 傷つけた側だけを、思い遣るのではなく。

 

 そんな気持ちを持ってしまう自分を、許容するだけではなく。

 

 そんなルカの迷いに、兄が寄り添ってくれたように……順番が逆になってしまったけれど。傷つけられた側の心を癒してあげたいと、ルカはようやく、躊躇いなく想えた。

 

 すぐに叶うことではなくとも、その涙を止めて、笑顔を取り戻してあげたい。

 

 何故ならルカは、リクの妹であると同時に、サラの姉でもあるのだから――と。そう思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 遠い、どこかの並行宇宙の、いつかの時代。

 

 

 

 ……その黒い角を持つ巨大生物を初めて目にした時、地球の人々は誰もが恐れ慄いた。

 

 肉眼で目撃した者は世の終わりが来たと確信し、報道の映像などで見た人々は、間近に迫り来る破滅の運命を実感した。

 

 大地を崩して出現したその巨大生物は、直立二足歩行する大きなクワガタムシのような形をしていた。

 

 磁力怪獣アントラーと名付けられたその巨大生物は、二つ名のとおり全身に纏う絶大な磁力で広範囲の電子機器を狂わせ、人々に抵抗する術を許さなかった。

 

 まさに文明の天敵として出現したその怪獣は、巨大な蟻地獄を生み出してビルを沈め、航空機を落とし、血中鉄分すら吸い寄せることで生物を捉え、その肉を捕食した。

 

 ……精強な軍隊も敵わない恐るべき暴力から、自らと愛するものを守る方法はないのか。怪獣の進撃を避けて逃げ惑う以外に、できることは何もないのか。

 

 人々が絶望の淵に追いやられた、まさにその時――甲高いアントラーの鳴き声とは別の、巨大な存在の叫びが轟いた。

 

 非常用の灯りに照らされるのは、アントラーにも劣らぬ巨体を持った、人型をした何者か。

 

 アントラーの進行ルート上に突如として出現したのは、黒を基調とした体躯を持った、紅い双眸の巨人だった。

 

 その正体が、新たな脅威なのか――それとも、救世主なのか。人々は固唾を呑んで見守った。

 

 果たして、その答えがどちらになるのか。

 

 これから、どんな物語が始まるのかは……次の瞬間まで、誰にもわからなかった。

 

 

 

 自らの生き方を決める、心を持った――その巨人自身を除いては。

 

 そして、黒い巨人の動作とともに、濁った叫びが夜を裂いていた。

 

 

 

 

 




Cパートあとがき



 ここまでお読み頂きありがとうございました。

 今回のラストシーン、その後の展開は読まれた方の想像へ完全にお任せします。



 さて、当然ながら、「培養合成獣スカルゴモラ」という概念が世に出た後に構想し始めた本作ですが、「心を持ったウルトラマンの模造品同士」としてジードVSザギはそれこそ『ウルトラマンジード』放送中からたびたびシチュエーションを妄想していたので、こうして形にできたことは感無量です。

『ウルトラマンネクサス』はシリーズでも特に好きな作品の一つです。新たなウルトラマンのスタンダードを目指した物語としては、放送期間の短縮に見舞われながらも世に放たれた現在の形がこれ以上なく素晴らしいとも思っているのですが、しかしそんな中で、ダークザギは放送短縮のしわ寄せを諸に受けてしまっているキャラクターでもあります。

 というのも、ダークザギと本来のラスボスは別キャラクターであり、ザギは石堀ではなかった状態で始まった物語が途中で変わったため、『ウルトラマンネクサス』としては素晴らしい作品ですが、ザギの心情描写だけは不足してしまっているのですね。

 一方で、コミカライズ版『ウルトラマンネクサス』に付属する設定集でも確認できる、再編された後のダークザギのキャラクター像は公式関係者の中では定着している様子で、自分もそんな、「心を得た模造品」としてのダークザギの今後に想いを馳せるファンの一人でした。

 そんなファン向けというべきお話として、『ウルトラパワーステージ COMMON DISTYNY』ではジードVSザギが同じ宿命を背負いし者として描かれていたと伝え聞いていますが、結局観に行くことができないまま今日を迎えてしまいました。ならいっそ自分で妄想して自給自足するか! みたいな気持ちはそれからずっと抱えていたので、繰り返しになりますが、それを形にできた今回はとても思い出深いものになりそうです。



 さて、本作も遂に19話、今だから明かす「暗黒破壊神ダークザギ編」も終えることができました(1~6話が「培養合成獣スカルゴモラ編」、7~12話が「究極融合超獣サンダーキラーS編」という想定)。
 全25話前後の、架空の2クールテレビ番組のノベライズ風、という体で描く本作もいよいよ終盤戦、「ベリアルの子ら」編に突入します。
(ダークザギを話に絡めたのはちょっと危ういかもですが)残された謎を回収した上で、公式の(少なくとも)映像作品展開には合流できるよう頑張るつもりです。よろしければこれからも応援くださると大変励みになります。

 どうぞ今後ともよろしくお願い致します。




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第二十話「夢と家族」Aパート

Aパートまえがき



『ウルトラマンジード』完結五周年おめでとうございます&お久しぶりです……!

 前回の更新からこちら、若干の燃え尽き症候群は出るかもなーと自分でも警戒していたら、実は今年度からの実生活環境の変化のダメージが同時期に現れて執筆に影響が出るわ出るわで、気がつけば半年も更新が止まっていました(言い訳)。本当に申し訳ありません。

『ウルトラマンデッカー』も終盤ですが、こちらも終盤ということで、何とか気持ちだけでも負けずに盛り上がっていきたいところです。間が本当に開いてしまいましたが、どうか完結までお付き合いいただければ幸いです。








 

 

 

 

 

 

「よっ。待たせたみたいだな」

 

 星山市中心部に位置する、天文台。

 

 そこから程近くに存在する公園で、朝倉リクは待ち人の声を聞いた。

 

「ありがとうゼロ、レイトさん。忙しいところ……」

「――気にすんな、ってさ。あれからちゃんと、レイトの都合を優先させて貰ってたからな」

 

 遠慮がちに口を開いたリクに対し。伊賀栗レイトの肉体を借りたウルトラマンゼロは、そう朗らかに答えた。

 

 ……邪悪なる暗黒破壊神、ダークザギとの決戦から一週間後。

 

 その顕現に伴う大災害により、地球はこれまでの怪獣災害の比ではない打撃を受けた。

 

 現在は世界各国、各々が復興に向けて尽力しているものの。食糧を筆頭に、ザギの出現以前と比べ、人類社会は大きな変化を余儀なくされた。今はまだ表立っていないが、遠からず一般人の生活レベルにも影響が出るだろう。特に物流の変化は、商社勤めのレイトにとって、緊急の事態であると言えた。

 

 故にザギとの決着の後、レイトは自身の日常を優先せざるを得なくなり。ザギとの戦いで深い傷を負い、分離が困難となったゼロも、ここのところは宿主の事情に合わせていた。そのために、二人のウルトラマンは互いに顔を合わせることなく過ごしていて、今日やっと都合がついたのだった。

 

「……おまえの妹たちはどうだ?」

 

 問われてリクは、初めて得られた、互いに心安らぐ居場所になれる、肉親の顔を思い浮かべた。

 

「ルカは……多分、大丈夫。本当に、強くなってくれたから」

「サラは?」

 

 続いて問われた、末妹のことを振り返ったリクは、声が沈むのを堪えられなかった。

 

「あれから――勉強、しなくなったんだ」

 

 ……それは、(リク)の不真面目なところに似たという話ではなく。

 

 生まれて間もないながらも、既にはっきりと見つけていた、彼女の目標――誰かを幸せにできる、素敵な科学者になりたいという夢。

 

 ダークザギ――ペイシャンの裏切りは、そんなサラの進む道に、大きな影を落としていた。

 

「トリィさんほどじゃないけど……ペイシャン博士も、サラに色々と教えてくれていたから」

 

 信頼していた大人に、ずっと騙されていたことを知って。大切なものと、自分自身とを傷つけられ、危うく取り返しがつかないところまで搾取されかけて。

 

 確立したばかりの心が、渦巻く感情を整理できないのも当然だ。

 

 そうして、彼との思い出でもあった勉学に励んだ日々が、その精神を苛む源に変わってしまった結果――サラは、夢を追うひたむきさを、損なわれてしまっていた。

 

「それで……前より、笑ってくれなくなった」

「……そうか」

 

 リクが――ウルトラマンジードが皆の助力でダークザギに勝利し、無事に帰還を果たした時、安堵こそ浮かべてくれたものの――あれ以来、いつも溌剌としていた幼い末妹は、ずっと表情に陰りを残したままだ。

 

 サラの姉として、励まそうとする(ルカ)の助けも借りた上での結果に情けないと、つい益体もなく自身を責めたくなってしまう。

 

 だがそれは、サラや自分たちのために、恐るべきダークザギにも義憤を燃やしたレイトの前で見せるべき姿ではないと、リクはすんでのところで己を律する。

 

「早く、取り戻せると良いな」

「……うん」

 

 そんなリクの内面を察したように、レイトの体を借りたゼロはただ、何より優先されるべき願いに同調してくれた。

 

「それで、その二人抜きでしたい話……ってのは、なんだ?」

「うん。実は……」

 

 ――おまえの妹たちをあの地球に送り込んだのは、俺じゃない

 

 彼女たちが生まれる以前から、未来を予見し……ベリアルの子らを利用する陰謀を企て、実行し、最終的にはかつてない脅威として襲いかかってきた暗黒破壊神。

 

 妹たちと出会ってから今日までの事態、全ての黒幕かと思われたダークザギ。そんな彼の遺した言葉をリクが伝えれば、ゼロもレイトの表情に深刻な色を加えた。

 

「ザギの奴が、そんなことを――?」

「うん。それに、キングが、全てを終わらせているかもしれない……とも」

 

 続けたさらに衝撃的な言葉に、いよいよゼロも表情を険しくした。

 

「ザギは、ルカたちの事情も全部知っているみたいだった。だからウルトラマンキングも、やっぱり何か知っているかもしれない」

 

 そもそもウルトラマンキングなら何を知っていても不思議ではないかもしれないが、ザギの言葉が真実ならば。あの伝説の超人も、予想以上に直接、リクの家族を巡る事態に今も関わっていることになる。

 

 ……あの伝説の超人が、事を仕損じる、とも考え難いが。妹たちを狙う存在が何者で、今どうなっているのかは、リクたちには未だ謎のままだ。

 

「ゼロなら、キングから話を聞ける?」

「……わからねぇ。自分は好きな時に出てくるくせに、こっちからは招かれなきゃ基本会えないんだ、あのじーさん」

 

 故に、一縷の望みを載せたリクの問いに、ゼロは暫しの苦渋の後、煮え切れない答えを返した。

 

「まぁ、戻ったら会えるように取り合ってはみる。いざとなったらイージスの力で乗り込んでも良いが……もし、じーさんにその気がなかったら、捕まえられる自信はねぇ」

 

 己が情けないという風に、ゼロが溜息を吐いた。だが、こればっかりは相手が悪いと言わざるを得ないだろうと、リクは首を振る。

 

「ううん、そう言ってくれるだけでも嬉しいよ……よろしくお願いします」

 

 その時が来るのは、ザギとの戦いで破損したウルティメイトイージスが自己修復を終えた後だろうが。

 

 リクの依頼に頷いたゼロは、次の予定が差し迫っているレイトに肉体の主導権を返し、去っていった。

 

 リクの携帯電話が鳴ったのは、その直後のことだった。

 

 相手の名を確認し、そのまま電話に出るよりも、腰に備えたジードライザーのナックルを握ることを選んだリクは、発信者に問いかけた。

 

「どうした、レム?」

〈AIBから、連絡がありました〉

 

 淡々とした電子音声は、この先の展開を予感させないものだった。

 

 

 

 

 

 

 それから、帰還した朝倉リクを中心とした星雲荘の一行は、すっかり馴染みとなった異星人捜査局AIB地球分署・極東支部を訪れていた。

 

「――VIPを保護した。湊アサヒを連れて、すぐ会いに来てくれ」

 

 きっかけは、AIB上級エージェントであるゼナの、その通信だった。

 

 かつては宇宙ゲリラと呼ばれた軍属の戦士であり、表情筋が動かない擬態も相まって、日頃から冷静沈着な印象の強いシャドー星人ゼナ。

 

 AIBすら利用したダークザギ事件の直後ということもあり、険しい雰囲気に戻りつつあった彼が、その通信の際には浮ついた興奮を隠しきれていない様子だった。

 

 ダークザギの遺した被害が原因で、今日も銀河マーケットのバイトが休みとなっているルカは、道中で兄に尋ねてみた。

 

「ゼナさんの言ってたVIPって誰なんだろうね、お兄ちゃん」

「うーん……?」

 

 ルカの――培養合成獣スカルゴモラの兄であるリクこと、ウルトラマンジードその人も、見当がつかない様子だった。

 

「アサヒに用のある人……」

「あたし、そんなに有名なんでしょうか?」

〈おそらく、この宇宙の住人ではないのでしょう〉

 

 当のアサヒも小首を傾げていると、浮遊して随行する球体形偵察機・ユートムから、星雲荘の報告管理システムであるレムが所見を述べた。

 

〈今朝、特殊なコロナ放電とバイブス波が確認されました。過去にも観測した、異世界とのゲートが開かれた時の反応です〉

「あっ、リッくーん!」

 

 ユートム越しにレムが告げていると、そこでリクの幼馴染にして、ゼナの部下である愛崎モアに出迎えられた。

 

「こっちこっち。アサヒも早く会ってあげて!」

 

 いよいよ、AIB曰くのVIPが関心を向ける先はアサヒであると、明白になってきたところで――ゼナとも合流し、ゲストルームに通されたルカが見たのは、覚えのない顔触れだった。

 

 だが、同じくピンと来ていない様子なのは、末妹であるサラと、同居人である鳥羽ライハだけで――リクとペガッサ星人ペガ、そしてアサヒ自身は、驚きながらも納得した表情を見せていた。

 

「……アサヒ!」

 

 そんな一行の入室直後。その顔を見るなりに立ち上がり、アサヒの名を呼んだ四人の男女。

 

 それに応じて、一歩前へ進んだアサヒの返事を聞いて、ルカは彼らの正体を悟った。

 

「あ、カツ兄! イサ兄に、お父さんとお母さんも!」

 

 ――それは、別の宇宙に居るはずの、アサヒの家族たちだった。

 

「アサヒぃいいいいいっ!」

「わぁ、お父さん、恥ずかしいです……!」

 

 感極まって駆け寄り、アサヒを勢いよく抱きしめる中年男性は、アサヒの父――確か、湊ウシオ。

 

「心配したんだぞアサヒ、約束の日を過ぎても帰って来ないから……!」

 

 父と同調するように、半ば責める勢いを見せながら再会を喜ぶのは、青いパーカーを羽織った青年。アサヒが先程顔を向けたタイミングから察すると、次男である湊イサミか。

 

「それで俺たちが様子を見に行こうとしたら、父さんも行くって聞かなくて……」

 

 その二人と同じように喜びを見せながら、配慮するように落ち着いているのは、赤いジャケットを着た若い男性。湊兄弟の長男、湊カツミだろう。

 

 湊カツミと、湊イサミ。彼らはアサヒと同じ、惑星O-50(オーフィフティー)の力を受け継いだ、ウルトラマンの兄弟だと聞いている。

 

 別宇宙に遊びに行く、と出て行ったアサヒが予定を過ぎても戻らなかったため、ウルトラマンの兄二人が捜索に出ようとした。そんな自然な流れへ、次男に劣らず心配性の父が着いて来てしまった、ということらしい。

 

「三人だけで別世界、なんていうのも心配だったから、会社はD.R.L.N.(ダーリン)に任せて来ちゃった」

 

 最後、男衆よりは落ち着いた態度で微笑んだのは、ウシオの妻で、三兄妹の母――大企業アイゼンテック社の社長を務める科学者、湊ミオだった。

 

 ちなみにダーリンとは、同社の用いる秘書型人工(Digital Response Language)知能(Network)――つまりはレムのような存在のことだと、ペガがルカに教えてくれた。

 

「お久しぶりです、皆さん」

 

 その頃、既知の間柄であるリクはペガとともに、湊家の一同に頭を下げていた。

 

「ごめんなさい、僕らが不甲斐ないせいで、ご心配をおかけして……」

「いいえ。ありがとう、リクくん」

 

 偶然訪れたアサヒを巻き込んだ結果、世界を越えて迎えに来るほど、家族を心配させてしまったことを詫びるこの世界のウルトラマンを、ミオが制止する。

 

「事情はゼナくんたちから聞きました。大変だったけど、よく頑張ったわね、アサヒ。無事で良かった」

「お母さん……!」

 

 夫と同じく、特別な力など持たないミオが、それでも親として労ってくれるのに、いつも明るいアサヒも少しだけ、父の腕の中で感極まった様子を見せていた。

 

〈やはり今朝の反応は、かつてリクたちの帰還に用いたハドロン衝突型加速器で、彼らが世界を越えて来たためだったのですね〉

「それって片道通行なんじゃ……」

 

 かつてその装置で行き来した張本人というリクが、レムの解説に驚いた様子を見せた。

 

 ルカもまた驚くと同時に、アサヒが自分たちに会いに来る際は、基本的にゼロやエックスといった別世界のウルトラマンの力を借りていたことに納得を覚えた。湊家だけで使える世界間移動の手段は、まだ発展途上の段階なのだろう。

 

「心配無用。三日後にまた同じ座標でゲートを開くよう設定してあるから」

 

 その上で、不測の事態が起こった時に備えるため、精通した知識を持つミオ本人も同行していたのだという。

 

 ……とはいえ、だ。約束の時期を過ぎてもアサヒが戻らない上、別の宇宙にある星山市の状況なんて、湊家には知りようがない。本当に三日後、元の世界に戻るための座標に無事辿り着ける保証など、彼らが出発した時点ではどこにもなかっただろう。

 

 なのに、それでもアサヒを案じて迎えに来たというその家族の暖かさに、ルカは胸を打たれていた。

 

「良かったね、アサヒ」

 

 思わず声をかけると、ちょうど父の抱擁から解放されていたアサヒが、振り返ってくれた。

 

 ルカと同じように、アサヒとその家族を慈しむように頷くライハにも、アサヒは御礼代わりに頭を下げて――

 

 そこで、何かに気づいたような表情をしていた。

 

「……ウルトラマンが二人。確かに凄いVIPね」

「いや、VIPはあちらの湊ウシオ氏だ」

 

 一方、アサヒたちが再会の喜びを一通り分かち合った後。湊家に心配と手間をかけてしまったものの、久しぶりのほっこりとする出来事を見届けたライハの言葉へ、妙に力強くゼナが訂正を口にした。

 

「宇宙的なカリスマTシャツデザイナーであり、彼のデザインしたTシャツを巡って戦争が起きた星もある……その名声は、この宇宙にも轟いている」

 

 どこか熱っぽい、彼のイメージから完全に逸脱した調子で、ウルトラマン兄弟はオマケと言わんばかりにゼナが解説する。

 

「へぇ、そうなんですね」

 

 若干引き気味なライハに代わってルカが相槌を打つと、今度はペガまで鼻息を荒くして、話に加わって来た。

 

「すごいんだよ、ウシオブランド! ペガも持ってるけどね!」

「あ、それお父さんじゃなくて、あたしのです」

 

 家族の輪から戻ってきたアサヒがさり気なく勘違いを訂正すると、ペガの全動作が硬直した。ショックの余り、フリーズした様子だったが、やがて再起動した。

 

「えぇ!? なんで、あの時、お土産にくれるって……!」

「友情の証に、って思ったんですが……」

「それは……嬉しいけど、でも、ペガッサシティでも自慢しちゃったのに……! ペガも本物のウシオブランド欲しい!」

 

 アサヒの厚意に対する感謝と、自身の小市民的虚栄心との板挟みで苛まれた様子のペガが唸っていると、渦中のウシオが目敏く気づいた。

 

「あ、なんだ。いいよぼうや、好きなのを持っておいき」

 

 そういうと、ウシオは持参した鞄の中から妙な柄の描かれたTシャツを何枚か取り出した。

 

「ほんと!?」

「ああ。アサヒがお世話になってる友達だからね」

「私も頂いてもよろしいでしょうか。もちろん、お代は言い値で」

 

 ペガに続いて、見たことのない勢いでゼナが喰い付いていた。これがウシオブランドのカリスマかと、ルカも思わず苦笑いする。

 

「あ、お土産と言えば……悪いリク、綾香まんじゅうは持って来てないんだ」

「いいよ。そんなつもりじゃなかったろうし……」

 

 両手を合わせて謝る次男のイサミへ、リクが遠慮がちに応じる。

 

「そうだ。折角だし、またすきやきご馳走しましょうか」

「えー! まじかよ母さん! やったぜ!」

 

 代わって埋め合わせをしようとする湊家の母・ミオの提案に、何故かイサミの方が喰い付いていた。

 

「そうだなぁ。また美味いすきやき食わせてやるって、約束だったもんな」

 

 妻であるミオの発言に頷いていたウシオは、それからルカを振り返った。

 

「君が、アサヒの言っていたルカちゃんだね? リクくんの妹さんの」

「あ、はい……」

「じゃあ君や、そちらのライハさんもどうだ。家族一緒のすきやきは美味しいぞ!」

 

 そう闊達にウシオが笑うと、ガバッと勢いよくモアが挙手した。

 

「私もご一緒させて頂きます! 私はリッくんの……家族みたいな者なので!」

「愛崎モア! ……いや、だがAIBからの護衛は必要か」

「すきやき……?」

 

 ようやくいつもの調子に戻ってモアを咎めたゼナが、今後のことを検討し始めた段になって、小さな疑問の声が生じた。

 

「そういえば、こっちのお嬢さんは……?」

 

 声に気づいて、腰を曲げた湊家長男・カツミの視線の先に居たのは、疑問の声の主である、白衣に袖を通した黒髪の少女――サラだった。

 

「あ、妹です」

「そうかルカちゃんの妹かぁ……って、えぇええっ!?」

 

 前回のアサヒの訪問時には、まだここに居なかった――故に、湊家が知るはずもなかった末妹のことをルカが紹介すると、納得した様子を見せたカツミはリクの方に視線を泳がせた後、何事かに思い至ったように振り返った。

 

「妹ぉおっ!?」

 

 今度はイサミやウシオも、一緒に絶叫して、サラをビックリさせていた。

 

 

 

 

 

 

「……いや~、まさかリクにまた妹が増えていたなんてな」

「俺たちだってアサヒ一人しか増えてないのにな」

 

 その日の夜。AIBの用意してくれた宿泊施設で、リクたち星雲荘の五人と、アサヒたち湊家の五人と、そして本当に付いてきたモアとで、すきやきの鍋を囲んでいた。

 

 厳密に言えば、恥ずかしがり屋のペガはダークゾーンに隠れているため、席に着いているのは十人だが。それでも、どちらの家族からしても、普段の倍以上に賑やかな食卓となっていた。

 

 その豊富な食欲を受けて立つのは――今はまだ在庫があったため、問題なく購入できた牛肉に白菜、ネギやシラタキと焼き豆腐。

 

 それらが沸々と煮立ち、美味しそうな白い湯気を上げるすきやき鍋の割り下に使われたのは、リクが買ったコーラだった。

 

「……コーラってすきやきにも使うんだ」

「この方がコクが出るのよねー」

 

 驚いたように目を瞬かせるルカへ、湊家の母(ミオ)が期待を煽るように答えるのを見て、リクはそのさらに奥へとしたり顔を向けた。

 

「ね? 自分のためだけに買ったんじゃなかったでしょ」

「……はいはい、そうね」

 

 湊家のすきやきの味を既に経験済だったリクは、そのための買い出し中、自分の飲むコーラだけたくさん買って、と勘違いから小言を挟んできていたライハに得意げに胸を張ってみたが、マウンティングはあっさり流されてしまった。

 

「こらイサミ、肉ばっかり食うな! おまえはいつもいつも!」

「いーだろカツ兄。俺だって母さんの手料理食べるの久々なんだから」

「イサミ。メインは父さんが作ってるからね?」

「はい、美味しいです! ありがとうございますお父さん」

「お礼は大事だけど、アサヒも食い意地張らない!」

 

 コーラの甘味が染み込んだ肉に次々と箸を伸ばす弟妹を長兄のカツミが嗜めるも、二対一では埒が明かない。

 

「負けてられないね、リッくん!」

「うん、そうだね!」

 

 仮の宿でありながら、我が家のように気を置かず食欲を全開にする湊兄妹。彼らに負けまいとする、アサヒと己に間に座ったモアからの呼びかけに、リクも応じた。

 

 前にお呼ばれした時は、流石に遠慮があってシラタキばかり食べていたが――今度はもう加減しないと、リクも己の食欲を解放する。

 

「……おかわり、全部取られそうね」

「ちょっとお兄ちゃん、皆の分もちゃんと残してよね! モアもだよ!」

 

 湊三兄妹と、モアとリク、時折影の中から腕を伸ばすペガの六人が、熾烈な肉争奪戦を繰り広げるその隣。

 

 この人数を鍋一つで受け止めるわけにはいかなかったので、当然もう一つ用意してあったすきやき鍋。湊夫妻とルカとサラの姉妹、そしてライハは、そちらを囲んでいた。

 

 ライハと、今回は兄ではなく怖い師匠に同調したルカが懸念を漏らす横で、鍋から肉や野菜をバランスよく装った小皿を、ウシオが最年少者に手渡していた。

 

「はい、どうぞ」

「……ありがとうございます」

「どうも。お口に合うかな?」

 

 ウシオに御礼を返したサラは、小皿の中身を小さな口に運び、もぐもぐと咀嚼し飲み込んでから、その顔を上げた。

 

「はい、とっても美味しいです」

 

 ……その言葉は、決して嘘ではないのだろうが。

 

 やはり、まだ、その心を弾ませているような声音ではなかった。

 

「そっか、良かった」

 

 しかし、普段のサラの調子を知るはずもないウシオは、敢えて深入りもできず、鍋に向き直っていた。

 

「うーん、やっぱり母さんのすきやきサイコー!」

 

 一方、サラと対象的に、心からその美味を堪能しているのがありありと伝わって来るのが、リクの正面に座ったイサミだった。

 

「どういたしまして。久々に満足して貰えたなら嬉しいわ」

「イサミ。メインは父さんだからね?」

 

 感謝の捧げ先に含まれていないことを、しつこく指摘するウシオの声は、しかし当の次男坊(イサミ)には届かない。

 

「それでイサミ。実家の味を我慢して頑張っている、研究の方はどうなの?」

 

 ――ぴくり、と。

 

 アサヒとの再会も叶い、ようやく事態が落ち着いたことで、家族各々の近況報告を兼ねた雑談を促したミオの言葉に。

 

 サラが一瞬固まるのを、リクは見逃さなかった。

 

「宇宙考古学の権威な母さんに、ちょっと話してみなさいな」

「おっ、いいぜ~!」

「……ごちそうさまでした」

 

 ミオとイサミの母子が乗り気になったところで、その流れを断つように、サラが箸を置いて両手を合わせた。

 

「あれ、もう良いの?」

「はい。もうおなかいっぱいになっちゃったから……おほしさま、見てきます」

 

 尋ねるウシオに、笑顔を繕って答えながら、サラが席を外すのに。

 

 団欒の雰囲気を壊さぬように気を配りながらも、慌てて追いかけようとするリクより先に、立ち上がる者が居た。

 

 

 

 

 

 

「……お姉さま」

 

 宿泊施設の隅にある、ウッドデッキ。そこに座ったサラが、追いついたルカより先に、その口を開いていた。

 

「……ごめんなさい」

 

 そして、開口一番謝罪を述べたのに、ルカは小さく頭を振った。

 

「どうしたの?」

「……わたし、けんきゅう、がんばれないの」

 

 妹の隣に腰掛けながら放った、ルカの問いかけに。サラは、俯きながら返答した。

 

「それで……にげちゃった」

 

 その話題が交わされる空間を避けたことで、周りに心配をかけてしまったと悔いるように、サラが呟いた。

 

「お姉さまは、ライハととれーにんぐ、がんばってるのに……」

「サラ……」

 

 ――強くなる、というルカの……培養合成獣スカルゴモラの努力は、ダークザギに誘導されてきた結果だった。

 

 ウルトラマンジードの不在を狙い、怪獣を呼び寄せるリトルスターを埋め込まれ。さらにはそこに、ザギ自身の情報を転写されたことで、破壊神復活の器として調整されて来た。

 

 数々の侵略者からこの世界を守ってきた、なんて言っても、それ自体がマッチポンプ。眼前の、同じ遺伝子から造り出された、妹である生物兵器――究極融合超獣サンダーキラー(ザウルス)や、同じく最強の生命体を目標に造られた宇宙恐魔人ゼットを始め、成長段階に合わせた対戦相手を呼び寄せられ、ザギの思惑通り戦って来たに過ぎない。

 

 途中、幾度か心が折れそうになるたびに。(リク)師匠(ライハ)とともに、仲間(ペイシャン)を騙っていたザギは、ルカの心が戦いに向くよう、言葉巧みに仕向けていた。

 

 振り返れば、悍ましく――そして、悲しくなる、戦いの日々。

 

 しかしルカは、今も。自身が強くなるためのトレーニングを、止めはしなかった。

 

「……ジーッとしててもドーにもならない、からね」

 

 その理由は、敬愛する兄や憧れの師匠との絆の在り方の、一つでもあるから――だけではなくて。

 

「それに……前、あいつが言ってた」

 

 かつて、自分たちの血の宿業を前にして、迷いを覚えたベリアルの子らに。その本心がどうであれ、ザギが――ペイシャンがかけてくれた言葉を、ルカは振り返っていた。

 

「自分の頑張りを、悪い奴に利用されているんだとしても……その思惑を越えて、狙いを挫けば良い、って。現に、お兄ちゃんはそうして来て……ザギの計画だって潰して、私たちを助けてくれたから」

 

 そして、ザギの計画でルカの身に宿った能力と――サラが夢を実現させるための努力をザギがペイシャンとして手伝い、身につけさせた知恵とで。姉妹は、(ジード)の危機を救うこともできた。

 

「ザギ以外にも、私たちベリアルの子供を狙う敵はきっといる。お兄ちゃんが守ってくれるとしても……ずっと、お兄ちゃん任せには、したくないから」

 

 ペイシャンと出会う以前。仮に、ザギによる誘導があったとしても、いつか訪れたであろう脅威の記憶を振り返りながら、ルカは宣言する。

 

 兄だけに、重荷を任せたくはない――そう思えるのは、ルカの思い上がりではなく。ライハを始めとする仲間たちが、どんな窮地であっても、笑顔で支えてくれたからだ。

 

 自分だけではどんなに心細くとも、一人ではないことを知っているから。ルカを一人にさせまいとしてくれる皆のために、ルカもできることを返したいと思えたから。

 

 その気持ちは、ザギの裏切りにあっても、揺らがず……そして、何より。

 

「だって私はあなたの、お姉ちゃんなんだもん」

 

 出会ってからずっと。兄として、リクが見せて来てくれた背中から。

 

 リクの妹であると同時に、サラの姉であるルカは、そんなことを思えるようになっていた。

 

「……素敵なお姉ちゃんですね」

 

 ルカの決意表明に応えた声は、(サラ)のものではなかった。

 

「アサヒ」

「初めて会った時は、ルカちゃんは一番下の妹さんだったのに……今じゃすっかり、あたしよりお姉さんみたいです」

「……そんなことないよ」

 

 追いついてきたアサヒが褒めてくれるのに、照れ臭くなって。ルカが熱くなった頬を掻いていると、サラが小さくお辞儀していた。

 

「……ごめんなさい、アサヒおねぇちゃん。せっかく、お(うち)のひとが、おむかえにきてくれたのに――」

「良いんですよ。お父さんもお母さんも、お兄ちゃんたちも――皆、優しいですから。サラちゃんのことを悪く思うことなんかありません」

 

 ルカに向けたのと同じ謝罪の言葉を吐くサラに対し、アサヒもまた、優しく首を横に振った。

 

 そして。

 

「だって――皆を騙していたあたしのことも、こんなにも大事にしてくれてるんですから」

 

 二人と同じウッドデッキに腰掛けながら、そんな告白を口にした。

 

「え……?」

「リクさんやルカちゃんには前に、お話したんですけどね。あたしと湊家の皆は、本当の家族じゃないんです」

 

 驚いて面を上げるサラに対し、ザギの影響で刻まれた欠落が未だ届かぬ星空を見上げたまま、アサヒは身の上を語り続ける。

 

「あたしの正体は、ウルトラマンを助けるためのクリスタル。必要な時が来るまでその戦いを見守るための化身が、あたしでした」

 

 自覚はなかったんですけどね、と。ある意味で培養合成獣や究極融合超獣――そして、ウルティノイドザギと同じ、戦いのための道具として生まれた存在であるアサヒが、照れたように苦笑した。

 

「お兄ちゃんたちも、あたし自身にも、皆に嘘の記憶を植え付けて、怪しまれないようにして……あたしも、あの人と同じだったんです」

 

 記憶や記録、認識を改変し、必要な時が来るまで潜伏する――自覚の有無を別にすれば、確かにザギと同じことをしていたアサヒが、少し寂しそうに述べていた声音を、常の明るい調子に切り替えた。

 

「だけど、湊家の皆は言ってくれました。アサヒはアサヒじゃないか、って……始まりが嘘でも、家族として結んだ絆は、もっと大きいものだって、あたしは知りました」

 

 ……ともすれば、己が得られなかったものを、自慢するようにも聞こえるアサヒの話を、サラはじっと聞いていた。

 

 そんな聞き手に、その境遇を慮ったような寂しさを滲ませながらも、正面から笑顔で向き合ったアサヒは語りかけ続ける。

 

「家族の絆だけじゃありません。始まりは嘘や、悪い企みでも。そこから出た全部を否定する必要なんて、どこにもないんです。例えば……皆があたしを迎えに来てくれた、あの装置もそう」

 

 曰く、世界を渡るためのハドロン粒子加速器も、元を正せば湊家を騙し利用していた、ウルトラマンの偽物が遺した代物だという。

 

 もしそれを否定して、無くしてしまっていれば。こうして湊家がアサヒを迎えに来て――暖かな食卓を囲むことなんて、できなかっただろう。

 

「……辛い時は辛くて、もちろん良いんです。目指す夢を変えたって。でも、そうしなくちゃいけないってわけでもありません」

 

 自らの境遇を恵まれていると振り返っていたアサヒが、声のトーンを変えて、再びサラを向いて発言した。

 

「だから、今のあなたを見て、周りがどう思うかより。サラちゃん自身のハッピーを、考えてください」

 

 そして、その願いを口にする。

 

「きっとリクさんやルカちゃん……トリィさんたちも、それを望んでいるはずです」

 

 アサヒが予想を伝えたのは、サラが想い、サラを想う者たちの本心だった。

 

 それは――少なくとも、(リク)(ルカ)の願いとして、間違いなかった。

 

 家族の絆は、そんなことで損なわれるほど、小さくないのだから。

 

「わたしの……はっぴー……」

 

 そのための思考材料を増やすために、駆けつけてくれたアサヒの言葉を、サラが復唱した。

 

「……すぐ、見つからなくても、いい?」

「もちろん」

 

 やがて、サラの零した問いかけに。

 

 ルカが力強く頷き返すと、隣で見守ってくれたアサヒからも、暖かな笑みが溢れていた。

 

 

 

 

 

 

「……ちょっと見なかった間に、アサヒもすっかりお姉ちゃんって感じだな」

 

 アサヒとルカと、そしてサラ。

 

 邪魔にならない距離で、リクとともに妹たちのやり取りを聞いていたイサミが、染み染みとした様子で呟いていた。

 

「なぁ、リク。ダークなんとかって奴は、あの子たちの中の、ベリアル因子を狙っていたんだったな」

「……はい」

 

 同じく見守ってくれていたカツミからの、不意の問いかけに、リクはゆっくりと応じた。

 

「何とかプリンと同じで、それはまだあちこちの宇宙に散らばっている、か」

 

 ……おそらくはデビルスプリンターのことを指して、カツミが考え込むように呟いた。

 

 ベリアル因子に、デビルスプリンター。多元宇宙に散らばる、ウルトラマンベリアルの残滓。

 

 それを利用して生み出された生命体である、リクの妹たち。

 

 こうして、今はともに居ることが叶っている彼女たち以外にも――リクの兄弟は存在していて、何者かに狙われているかもしれない。

 

 あるいは、単純にベリアルの力を利用し、新たな悲劇を生み出す材料にしようと企てる者も居るかもしれない。

 

 それを阻止したいという気持ちは、ザギとの決戦を経た今はなおのこと、リクの中に無視できない大きさで存在している。

 

 これ以上誰も傷つけることがないよう、父を安らかに眠らせて。さらには悪意で生命が創り出されることを阻み、そして苦しみと悲しみの中にいる兄弟を助け出したい。

 

 ……だが、ザギの最期の言葉で仄めかされた、ルカとサラをリクの前に送った黒幕の詳細がまだ、わからない今は。彼女たちを放ってはどこにも行けない。

 

 目の前にいる妹たちの面倒も見切れないような兄が、居るかもわからない他の家族を救うなんて、できるはずがないのだから。

 

 ……まずは、こうして共に生きられる奇跡を掴めた、目の前の家族を守り抜く。それこそアサヒのために異世界まで駆けつけた、湊家の皆のように。

 

 リクはその決意を、静かに固め直していた。

 

 

 

 




Aパートあとがき



 ここまでお読みいただきありがとうございます。

 そういうわけで、今回は湊家客演回です。客演回なので、今回はDパートまであったりします。四日連続更新を目指して推敲中。

 本文中には直接は入れませんでしたが、(2022年当時)カリフォルニアやミラノでの生活でもすきやきって食べられるみたいですね、などというトリビアが執筆中に増えました。

 湊家のすきやきにコーラ、というのは『劇場版ウルトラマンR/B セレクト!絆のクリスタル』の未公開シーンだったり小説版だったりで確認できる組み合わせだったりします。ミオが無断で突っ込んだ時にはウシオパパも何をしているんだというリアクションでしたが、キャストにも好評だったそうなので、作中でももう馴染みの味になっただろう、と勝手に予想して今回のリアクションを描いたりしています。
 そういうわけで、コーラを使うのは公式設定、コーラすきやきが好評なのは二次創作、という微妙に分割の難しいネタの複合になっています。

 以下、その他の独自設定・解釈等。



・ウシオブランド
 この呼称自体は『ウルトラマンR/B』本編でも登場しており、同宇宙のバド星では一枚の『うちゅーんTシャツ』を巡って惑星を二分する戦争まで巻き起こした人気商品として設定されていたりします。
 しかし、レベル3マルチバースを隔てた『ウルトラマンジード』の舞台であるサイドスペースにもウシオブランドの人気が伝わっている……という設定は(少なくとも現時点では)公式ではなく、今回の話のための本作独自の設定になります。ご了承ください。


・宇宙考古学の権威、湊ミオ
 宇宙考古学者として綾香市でも有名人、という設定はありますが、厳密にはその道の権威であるという設定はありません。子供の前でちょっと大口を叩いているだけという想定ですので、ご了承ください。






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第二十話「夢と家族」Bパート

 

 

 

 星山市にて、湊家がアサヒと合流した翌日。

 

「よし、次は汗染みTシャツだ!」

 

 彼らに貸し出された宿泊施設は、湊ウシオのTシャツ量産基地に早変わりしていた。

 

 湊ウシオが来ている、ということが瞬く間にAIB中に……要警護対象のVIPと言っておきながら、組織内とはいえその来訪を軽々に伝播しているのはどうかとも思うが――広まった結果、ウシオブランドを求めるエージェントの声が殺到。

 

 アサヒの世話と、自分たち家族の一宿一飯の恩を返すため、そしてビッグビジネスチャンスを逃さぬため、湊家が営むセレクトショップ・クワトロMの星山市支店として、期間限定の活動を開始していたのだ。

 

(無駄に)AIBの超技術を用い、ウシオのデザインを次々と実物のTシャツとして量産し、箱詰めして行く様を見ながら、ルカは何とも言えない心地になっていた。

 

「見て見てお姉さま。うちゅーん!」

 

 その風変わりなTシャツの一つ――曰く、大宇宙への果てなき憧れを言語化したという、妙に脱力する字体で描かれた文字を刻んだ『うちゅーんTシャツ』を一着恵まれたサラは、ぶかぶかなそれを被って楽しそうに見せびらかしに来ていた。

 

 シャドー星人やピット星人、ペダン星人が魅了されている横で、セミ人間やゼラン星人のエージェントは同僚たちの熱狂ぶりに若干引いた様子を見せるように。やはり嗜好には種族や個人の差が存在するようで、何が良いのかわからないルカとは対象的に、サラはウシオブランドが気に入った様子だった。

 

「でも……まぁ、可愛いからいっか」

 

 昨夜覗かせた沈んだ気持ちは何処へやらの、満面の笑みを浮かべる妹を見ていると、趣味の不一致などどうでも良くなって。ルカもつい、だらしなく相好を崩していた。

 

 湊ウシオが、Tシャツデザイナーとして戦争の引き金となるほどの宇宙的VIPであること――故に、こののどかな状況が、邪悪な欲望の矛先になり得るということなど。

 

 ……既に自分たちが、その毒に蝕まれていることなど、全く想像もしないまま。

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、ちょっとあたし、行ってきます」

 

 リクが気づいたのは、アサヒが母ミオにそう告げて、出発した後だった。

 

 湊兄弟(カツミとイサミ)を手伝い、Tシャツの梱包された段ボールを運んでいた最中だったリクは、その場ですぐには駆け寄れず――少し遅れてから、ミオのところへ尋ねに行った。

 

「アサヒ、どうしたんですか?」

「ん? ゼロくん、だっけ。アサヒをこの世界に連れて来たウルトラマンの」

 

 リクに問われたミオは、あっさりと答えた。

 

「彼、今は世界間移動ができないんでしょ? それでアサヒは私たちと先に帰ることになりそうだから、挨拶して来るんだって」

「ああ、なるほど……」

 

 言われてリクは、納得しながら頷く――はずだった。

 

「……そんなのメールで良いじゃないか!」

「わ、どうしたのウーたん、大きな声出して」

 

 リクの動作を遮ったのは、いつの間にか――娘の動向が気になるのか、近づいてきていたウシオだった。

 

「なのにわざわざ、直接会いに行こうだなんて怪しい……怪しいぞ!」

「いや、単に誠意の問題でしょ」

 

 愛する妻のツッコミにも耳を貸さず、湊ウシオはわなわなと震え出した。

 

「たいへんだ! 緊急家族会議だ! 湊家の一大事……アサヒのピンチだぞ!」

「「何っ!?」」

 

 取り乱した(ウシオ)の様子に、声を重ねて駆けつけたのは、リクと一緒に休憩に入ったところだった長男(カツミ)次男(イサミ)だった。

 

「ゼロとかいうウルトラマンに、アサヒが誑かされているのかもしれん!」

「なんだってっ!?」

「ゼロのヤロー……一回命の恩人になったぐらいで!」

 

 父が見せる飛躍した思考の疑惑に、しかし兄弟は疑いを挟むこともなく焦燥感を共有していた。

 

「そんな、嘘でしょっ!?」

 

 そこで、湊兄弟と同じテンションで割り込んできたのは、リクの妹のルカだった。

 

「信じられない……ゼロの奴、許せないっ!」

「る、ルカ……?」

 

 湊家の男衆と同じ、妙に興奮して冷静さを欠いた様子の妹に、リクは戸惑いを口にした。

 

 すると、妹は怒気すら滲ませて、リクの方を振り向いた。

 

「良いの、お兄ちゃん!? いくら恩人だからって、ゼロにアサヒ取られても!」

「……妹にここまで言われているのよ。男なら覚悟決めなさい」

 

 いつの間にか、やはり同じノリに至っているライハも加わり、リクに危機感を抱けと言う圧を加えて来る。

 

 ……言われてみれば、何故だろう。

 

 つい先程まで、そんなはずはないのに、と。彼らと比べれば、どこか冷めたはずの思考をしていたのに。

 

「――ああ。このまま放っておけるものか!」

 

 気がつけば、リクも彼らと同じく、どこか思考が熱に冒されたような興奮を覚えていた。

 

「行くぞ、ファルコン(ワン)! 出撃ーッ!」

「おぉおおおおおおおおっ!」

 

 いつの間にか、普段着から迷彩服に着替える早業を披露した湊家男衆の号令に合わせて。

 

 雄叫びを上げたリクたち星雲荘の三人も、アサヒの追跡に加わり、喧しく駆け出したのだった。

 

 

 

 

 

 

「えぇっ!? ちょっと、リッくん……アサヒに負けてたまるかぁああああっ!!」

 

 リクたち一行の突然の暴走に混乱していたモアが、その困惑の声を途中から興奮で塗り潰し、彼らを追って走り出した。

 

「……びっくりしちゃった」

 

 そうして、目から炎が燃えて見えるぐらいテンションを上げた皆が次々と駆け出して行くのを見送ったサラは、目をパチクリさせながら感想を口にした。

 

「はわわ、みんな居なくなっちゃった……」

 

 同じく置き去りにされたペガが、放ったらかしにされたTシャツ製造機を振り返る。

 

「このままじゃ、ウシオブランドの生産が止まっちゃう……そんなの、絶対ダメだ!」

 

 途中から、急に声の勇ましさを増したペガもまた、その目を突然燃やし始めた。

 

「うぉおおお! ウシオブランドの信用は、ペガが守る!」

 

 それから猛烈な勢いでTシャツ量産に向かったペガを見て、サラは余計に困惑した。

 

「ペガまでおかしくなっちゃった」

「……みんな異常なハイテンションね」

 

 サラ以外で唯一、まだ正気を保っている様子の湊ミオが、科学者らしい冷静さの中に、困惑を交えて呟いた。

 

「ウーたんたちだけならいつものことなんだけど……リクくんたちはそうじゃないわよね?」

「うん。モアおねぇちゃん以外は、いつもとちがうの」

「まさか……何者かの攻撃?」

 

 サラが素直に答えると、ミオは戸惑いを焦りへと変換した呟きを漏らした。

 

 ……直後、彼女の瞳までもが、炎を灯す。

 

「こうしちゃ居られないわ! 私もすぐ行くわよ、ウーたん! 皆ー!」

 

 一瞬で冷静さが消滅したミオまで、他の皆と同じように叫びながら駆け出したのに。サラはまた驚いて、思わず身を竦めていた。

 

〈……サラ。聞こえますか〉

「あっ、レム」

 

 そこで、かつてベリアル軍所属の戦艦の情報を取り込んだサラの電算能力が、星雲荘の報告管理システムであるレムからの通信を傍受した。

 

「あのね。お兄さまやお姉さまも、みんな、なんかヘンなの……」

〈状況は私の方でも確認しています。超獣……その中でも、自我や自己進化機能がある分、制御性を重視されたサラは無事のようですが。それ以外はリクたちだけではなく、周辺の生命体も体温を急上昇させています〉

 

 ようやく冷静な話し相手が現れたことで少しホッとするサラに、レムは報告を続けていく。

 

〈原因となる、過度の興奮状態という症状から照会したところ、ベリアル軍のデータベースに類似した記録がありました〉

「……怪獣や宇宙人のしわざ、ってこと?」

 

 超獣には通用しない――ということから、その可能性を疑ったサラの問いかけに、レムは相槌を返した。

 

〈はい。これは挑発星人が保有する、モエタランガウイルスの症状です〉

 

 

 

 

 

 

 星山市の一角で。待ち合わせ場所で目当ての人物を見つけたアサヒは、元気よく声をかけた。

 

「レイトさん、こんにちは!」

「こんにちは、アサヒちゃん」

 

 外回りの途中、アサヒの無理なお願いを快諾してくれたレイトは、笑顔で挨拶を返してくれた。

 

「それで、直接話したいことって……ゼロさんに、だよね?」

「はい。実は――」

 

 アサヒの要件がある相手を確認して、眼鏡を外したレイトは、その肉体の主導権を同居人にバトンタッチする。

 

「……どうやら君が邪魔者だったようだ」

 

 そうして話に入ろうとした途端、第三者の声が二人の間に割り込んだ。

 

「――てめーは」

 

 レイトから主導権を渡されたウルトラマンゼロが即座に臨戦態勢を取り、険しい目つきで睨めつけた相手は――人間ではなかった。

 

 それは、燃える炎のような無数の突起を背負った怪人。

 

 橙色の肌を、赤い装甲で覆ったその宇宙人を――ウルトラマンゼロも、まだ直接目にしたことはなかった。

 

「私はモエタランガ・バンテヤ」

「はじめまして。あたしは湊アサヒです」

 

 挑発星人モエタランガ――個体名、バンテヤを名乗った異星人に対し、初対面のアサヒは極めて自然に会釈を返した。

 

「アサヒ! 自己紹介なんか要らねーよ!」

「でも、挨拶は大事です」

「こいつは俺かおまえを邪魔者だと言った……敵なんだぜ!」

 

 喋っている最中、急にレイトの目を燃やしたゼロが、その語勢のままモエタランガに殴りかかった。

 

 しかし、背中の突起が光り、モエタランガの体が透けたかと思うと。バンテヤはその場から消え去ってしまい、ゼロの攻撃は空振りに終わる。

 

「邪魔者は君だ、ウルトラマンゼロ」

 

 そして二人から離れた位置で再出現したモエタランガ・バンテヤは、レイトを指差して言った。

 

「アサヒー! 大丈夫かーっ!!」

 

 そこに、慌ただしい足音が、次々と駆けつけた。

 

「あら、カツ兄にイサ兄。お父さんに……あっ、リクさん! ルカちゃんとライハさんも」

 

 突如現れた六人組が、アサヒをモエタランガ――それとゼロから遮るように立ち並び、睨み合いに加わった。

 

 その様子を見たモエタランガ・バンテヤは、少し疲れた様子で嘆息した。

 

「……君のせいで、折角感染させた湊ウシオが、Tシャツ作りに集中できなくなった」

「――は? 何言ってやがる」

 

 モエタランガ・バンテヤの呟きに、興奮状態だったゼロが一瞬素に戻って戸惑った。

 

「ようやく地球に来てみれば、君が連れて行ったというそこの娘さんを心配して別宇宙に飛び出して……密航して追いかけて、ようやくTシャツ作りに入ってくれたと思えばこの有様だ」

「……なんだ、私のファンだったのか」

 

 バンテヤが語る身の上を聞いて、安心したウシオを筆頭とした六人組は、敵意の籠もった視線を未知の宇宙人からゼロに向け直す。

 

「なら――!」

「おかげでモエタランガウイルスの力で死ぬまでウシオブランドを作らせ、天才の遺作としてプレミア転売するという私の計画が無茶苦茶だ!」

「なんだこいつ!?」

 

 とんでもない告白をする転売屋(バンテヤ)の邪悪さに、流石に一同も驚愕し、再びモエタランガを注目した。

 

「酷いです! なんて悪いこと考えているんですか!?」

 

 父を庇って前に出たアサヒが、強く抗議の声を上げる。

 

「ああ……そんなこと聞いて、好きにさせるわけにはいかない!」

 

 妹と興奮の方向性が一致した長兄カツミが、命を狙われた湊ウシオの子を代表して啖呵を切る。

 

 だが、敵意の集中にもモエタランガ・バンテヤは不敵に笑っていた。

 

「ふふふ。既に計画が破綻していることは百も承知。君たちを倒し、既に生産された分だけでも回収して帰るとしよう」

「させるか!」

 

 リクが叫ぶに合わせて、一同は生身のままでモエタランガに挑むべく駆け出す……が、バンテヤは再び転移を使って姿を消す。

 

「はぁああああああ!」

 

 そして、数秒後。恐ろしい雄叫びとともに、巨大な姿を衆目に晒した。

 

「おっきいです……!」

 

 アサヒが驚愕するように、巨人体となったモエタランガ・バンテヤの身長は、一般的な巨大宇宙人のおよそ四倍から五倍――二百メートル以上の、地形にも等しい超巨体を誇っていた。

 

「はぁっははははは……!」

 

 その恵まれた体躯を誇るように、超巨大モエタランガ・バンテヤは、自らの百分の一にも満たない大きさの一行を見下ろして来る。

 

「――って、あれ?」

 

 ……その動作に、どうあっても伴っているべき地響きがなかったことに気づいたのは、その場に居る者ではアサヒだけだった。

 

「怯むな!」

「そうだ、ジーッとしててもドーにもならねぇ!」

「行くよ!」

 

 何故ならそれ以外の全員が、過剰な興奮状態で、抑えきれない闘争心に呑まれていたから。

 

 ルカは意識を統一するように胸元へ拳を、ゼロはレイトの手のゼロアイを目元に押し付けて。アサヒの兄二人は各々のルーブジャイロにクリスタルを、そしてリクはジードライザーにカプセルを読み込ませていた。

 

「「俺色に染め上げろ!」」

「ジィィィィィィィィィィィドッ!!」

 

 そうしてアサヒを置き去りに、培養合成獣スカルゴモラと、ウルトラマンゼロが。

 

 アサヒの二人の兄である赤と青のウルトラマン――ロッソとブル。

 

 そして、憧れの人であるリクの真の姿であるウルトラマンジードが、街を震わせて地上に揃い踏みしていた。

 

 

 

 

 

 

「ほ、星まで届け、乙女のハッピー!」

 

 どちらかといえば、普段弾けている方のアサヒが、なおも周りのテンションについていけず。遅れてウルトラウーマングリージョへの変身を果たした時には。

 

「行くぞぉおおおおおおおおっ!」

 

 先に変身していた仲間たちは、猛烈な勢いでモエタランガ・バンテヤに戦いを挑んでいた。

 

 既にスカルゴモラが、全身の角を光らせてフェーズシフトウェーブを放射し、戦闘用の隔離空間であるメタフィールドの生成に移っていたが――ウルトラマンたちは、それすら待たずに突撃していたのだ。

 

「ぜぇやああああああっ!」

 

 ウルトラマンゼロビヨンドに強化変身(ネオ・フュージョンライズ)したゼロが、果敢にバンテヤの巨大な顔面まで飛翔し、無数の残像が残るほどの連撃・ゼロ百裂パンチを繰り出すも、棒立ちのままの巨大宇宙人は何の痛痒も見せる素振りがない。

 

 そのモエタランガの巨体を翻弄しようと、周囲を側転して回っていたのは、赤と青の二人組のウルトラマンだった。

 

「フレイムスフィアシュート!」

 

 側転を終え、∞の軌道を描いた後に十字に組んだ腕から猛火の如き光球を放つのは、∨字分かれた頭の二本角が特徴的なウルトラマン。

 

 長兄カツミが炎のエレメントを宿したクリスタルで変身する、ウルトラマンロッソ・フレイムだ。

 

「アクアストリューム!」

 

 同じく∞の軌道を描いた後に腕をL字に組んで水流のような光線を放つのは、ロッソとは対照的に長く上に伸びた一本角が特徴のウルトラマン。

 

 シルバーの体色に黒のラインを走らせるというところは兄と同様の姿に次男イサミが変身した、ウルトラマンブル・アクアだ。

 

「「フレイムアクアハイブリッドシュート!」」

 

 兄弟の繰り出した必殺光線が束ねられ、螺旋の軌道を描く合体技として巨大モエタランガを貫く。

 

 しかし光線が巨大宇宙人の体を過ぎ去った後には、傷一つ残されていない。

 

「き、効いてないです!」

「手を休めるな!」

「まだまだ行くぞ!」

 

 グリージョが戸惑いの声を上げる間も、モエタランガの巨体を挟んで反対側に立つ兄二人は、手応えのなさにむしろ闘志を燃やして、怒涛の攻めを続行する。

 

「ディフュージョンシャワー!」

「「セレクト、クリスタル!」」

 

 ジードクローが上空に打ち上げたエネルギーが地上に破壊の雨を降らせる間に、ロッソとブルの纏う色が変わる。

 

 グリージョの兄二人は、使用するクリスタルを交換することで、対応するエレメントの操作に長けた形態に変身する特性を持つウルトラマンだった。

 

 ジードとは違い、形状の変化を伴うことはなく。土のエレメントの力を宿し、琥珀色に変わったロッソグランドと、風のエレメントを反映し、紫色に変わったブルウインドが、再びモエタランガを中心に円を描くように駆け出し、攻撃を開始する。

 

「グランドコーティング!」

 

 ロッソが、着弾した相手を固める効果を持つ岩塊をモエタランガ目掛けて投擲するも、それもまたすり抜けてしまう。

 

 続けて、やはり素通りしたディフュージョンシャワーの光矢の雨が、モエタランガの足元の大地をクレーターに変貌させる。

 

「おっとっと」

 

 これにはモエタランガ・バンテヤも姿勢を崩し、まるで自らが中に入っている箱を立て直すような仕草を見せて体勢を整えるも、しかしその姿にはやはり傷一つない。

 

「もしかして……」

「ウルトラマンと怪獣ばかりに任せるなー!」

 

 全く攻撃が通用しない――しかし、先日戦った虚空怪獣グリーザともどこか違った様子の敵に、グリージョが考察を深めようとすると、暑苦しい叫び声が背後から轟いた。

 

「子供だけを戦わせる親があるかーっ!」

「俺たちの街は、俺たち自身の手で守るんだーっ!」

 

 振り返ると。狙われた張本人である父ウシオが、合流したミオを伴って叫ぶのみならず。

 

 刀を振り回すライハと、拳銃を掲げたモアを先頭に。偶然通りがかったらしい銀河マーケットの店長や、その他星山市の老若男女の皆さんもまた、長ネギや買い物籠を武器にした異常なハイテンションで鬨の声を発しながら、平和を脅かす巨大な宇宙人目掛けて突撃を敢行していた。

 

「えぇえええ!? あ、危ないです!」

 

 飛び跳ねながら近づく人々を戦いの余波から守るべく、咄嗟にバリアを展開したグリージョの前で、竜巻が巻き起こる。

 

 その正体は、超高速移動したブルウインドが風のエレメントを操って起こした超常気象だったが。これもまた、モエタランガ・バンテヤには一切通用せず、余波が星山市に牙を剥く……

 

 ――寸前に、スカルゴモラによるメタフィールドの生成がようやく完了。

 

 人間たちを残し、巨大生物たちは、その姿を別位相の空間へと移していた。

 

 

 

 

 

 

「皆、落ち着いてください! 変ですよ!」

 

 メタフィールドが生成されるまでのわずかな間にも、普段の何倍ものペースで攻撃を仕掛けた兄弟や仲間たち。

 

 頭に血が上ったのか、周囲の被害も気にしないその猪突猛進ぶり――流石に尋常な様子ではないことを悟ったグリージョの呼びかけにも、しかし彼らは取り合わない。

 

 直後、空間に異次元の穴が空いたかと思うと、新たな存在がその姿を見せた。

 

「……よくも湊ウシオ氏を狙ってくれたな!」

 

 その正体は、アサヒの家族を保護してくれたAIBの上級エージェント・シャドー星人ゼナの操る怪獣兵器ゼガンだった。

 

「時空転送光線を喰らえ!」

「ジードマルチレイヤー!」

「スラッギングコーラス!」

 

 普段からは想像できないテンションでゼナが仕掛けると同時、ジードが分身し、ゼロビヨンドは頭部の四本の宇宙ブーメランと召喚した八つのエネルギー光球から同時攻撃を仕掛けるが、やはり巨大モエタランガ・バンテヤは棒立ちのまま全てを受け切る。

 

「スプラッシュボム!」

「フレイムエクリクス!」

 

 今度はロッソが水、ブルが火と、最初と逆のクリスタルをセレクトしたアサヒの兄二人も猛攻を続けるが、モエタランガには通用しない。

 

「「ウインドグランド・ハイブリッドシュート!」」

 

 続いてロッソがウインド、ブルがグランドに変身し、必殺光線を融合させるが、結果に変化はない。

 

「うぉおおおっ!」

「駄目だ、カツ兄! 全然効かねぇ!」

 

 ゼロがスラッガーを連結させ巨大化させた二振りのダブルセイバー・ビヨンドツインエッジで斬りかかる間に、ようやくブル(イサミ)が状況の異常さに目を向けた――と思われたが。

 

「(インフェルノ・バーストぉ!!)」

「弱音を吐くな! 俺たち兄弟の絆を見せてやるんだ!」

 

 口腔より、強烈な分解消滅光線をモエタランガの肉体に吹き付けるスカルゴモラ・レイオニックバースト。その果敢な姿に触発されたようにロッソ(カツミ)が焚きつけると、ブルも目を燃やしながら頷いてしまった。

 

「コスモミラクルフラッシャー!!」

「アサヒ、行くぞ!」

「いや、えっと……」

「躊躇っている場合じゃない、こうなったら二人で行くぞ!」

「おう!」

 

 他の形態の必殺光線と合わせて、グリーザを倒した大技を繰り出すジードの分身軍団を後目に、呼びかけられたグリージョが躊躇いを見せると、普段は優しい兄たちが今日は一秒も待ってくれなかった。

 

《兄弟の力を一つに!》

「「まとうは(きわみ)! 金色(こんじき)の宇宙!」」

 

 特殊なアイテムである、キワミクリスタルを用いたロッソとブルが、文字通り一つになる。

 

 ロッソとブルが立っていた中間地点に現れたのは、銀と黒のボディに金のプロテクターを持つ三本角のウルトラマン。

 

 頭部のみならず、カラータイマーの周囲に施されたプロテクター部に赤い結晶、両肘部に青い結晶と、ロッソやブルの特徴を受け継いだそのウルトラマンの名こそは――

 

《ウルトラマンR/B(ルーブ)!》

 

 カツミとイサミが同時変身した合体戦士(スーパーウルトラマン)が、メタフィールドで繰り広げられるモエタランガとの戦いに降臨する。

 

《高まる! 究極の力!》

「「ルーブボルテックバスター!」」

 

 参戦早々、ウルトラマンルーブが手にした戦輪状の武器・ルーブコウリンから、螺旋状に放たれる虹色の光線がモエタランガに直撃。

 

 ジードとスカルゴモラの兄妹が放つ強烈な光線と合わせて、巨大モエタランガの上半身を完全に呑み込み消し飛ばすが、モエタランガは苦悶の声一つ漏らさず、光線の焦点が胸元に移れば、不敵な笑みを湛えた異貌を顕にする。

 

「「ルーブコウリンショット!」」

 

 その顔面目掛け、ルーブは獲物を円盤投げのようにして投擲。虹色のエネルギーを直に纏った光輪がモエタランガの眉間へ吸い込まれ、何の抵抗もなく通り抜ける。

 

 その後には、やはり無傷のモエタランガ・バンテヤの顔があった。

 

「はっはっはっは……!」

「笑ってんじゃねぇ!」

 

 嘲笑するモエタランガの頭部を狙い、ゼロビヨンドが解放したエネルギーで全身を包み、光の塊となって突撃する。

 

「ダイナモキャノンボール!」

 

 初めて披露するゼロビヨンドの奥の手・ダイナモキャノンボールがモエタランガの顔面で炸裂。

 

 そのままモエタランガの頭部を通り抜けたゼロは味方の光線を避け、メタフィールドの大地に降り立ち、そして全ての力を使い果たして倒れ込んだ。

 

 捨て身の一撃と引き換えの成果は――やはり何もなかった。

 

「ゼロ……!」

 

 その様子を心配するジードの声にも、苦悶が交じる。

 

「(こいつ……しぶとすぎる……っ!)」

 

 一度も息を継がず、分子分解消滅光線を吐き続けていたスカルゴモラのテレパシーからも、力が抜けるような気配がした。

 

「ルービウム……っ!?」

 

 それは、ベリアルの子らだけではなく。湊家の兄弟もまた同じ。

 

 追撃に必殺光線を紡ごうとしていたウルトラマンルーブもまた、自らのエネルギーを維持するだけの余力を失い、光を散らして膝を着いた。

 

「皆!」

 

 気づけばジードも、スカルゴモラも身を伏せて。ゼガンすらも、光線の照射を止めて倒れ伏し。

 

 唯一無事なのは、事態を見守っていたグリージョだけだった。

 

「今回復します、グリージョチアチャージ!」

 

 どこか異常な戦いの中、このために一歩退いていたグリージョは治癒光線を仲間たちに放ち、そのエネルギーを回復させるが――誰も、起き上がらない。

 

 それどころか、ウルトラマンに味方する環境へ調整されたメタフィールドの中だというのに。三分も経たぬ間に、次々と変身が解けて行く。

 

「無駄なことだ。いくら力を注ごうが、彼らは既に燃え尽きた」

 

 高所からモエタランガ・バンテヤがグリージョを見下ろす頃には、スカルゴモラ――ルカが維持できなくなったメタフィールドも空間を泡立たせ、溶け始めていた。

 

「君には通じなかったようだが……我がモエタランガウイルスの力で、知性体の活動を司る神経電流を、全て食わせて貰ったよ」

「え……っ」

 

 挑発星人から、既に事態が致命的なまでに進行したことを告げられて、グリージョは息を呑んだ。

 

「あっ、出てきたぞ!」

「突っ込めー!」

「もちろん、この星の他の連中も同じだ」

 

 位相空間から、現実の地球に帰還したグリージョと巨大モエタランガの姿を見るなり駆け出していた人々もまた、突如頭から煙を上げたかと思うと、糸の切れた人形のように倒れ込む。

 

 ――同じ頃、施設に残って一人、雄叫びを上げながらTシャツの生産に取り組んでいたペガもまた。燃え尽きた灰のように崩れ、目を開いたまま動かなくなっていた。

 

「……残る障害は君だけかな? ウルトラマンのお嬢さん」

 

 モエタランガ・バンテヤが、鋭い牙の生えた口を歪めてグリージョに語りかけた、次の瞬間。何かの割れる音がした。

 

「……あなた、悪い星人さんなのね」

 

 続けて、彼の認識を訂正する新たな声とともに。ここまで無敵だったモエタランガが、肩口から火花を散らし、被弾の痛みで仰け反った。

 

「サラちゃん!」

 

 グリージョの背後から、空間を割って現れた巨大生物は――ベリアルの子らの末妹、究極融合超獣サンダーキラー(ザウルス)だった。

 

 彼女が触手から投擲したウルティメイトリッパーの光輪が、モエタランガを捉えていたのだ。

 

 ただし、その光輪は……奇妙なことに、投げられる前と、当たった後とで、大きさが何倍も違っていて。

 

 投げられた先と、当たった箇所が、全く別の座標にあった。

 

「ぐ――っ!? バレたか……!」

 

 直後。身長二百メートルを越す巨体を誇ったモエタランガ・バンテヤが、幻のように掻き消えて。

 

 その足元であった場所に、ちょうど光輪の大きさだけ穴が空いた透明な円柱――カプセルの中に身を包んだまま、己の肩へ気遣うように手を当てた、身長五十メートル程度のモエタランガ・バンテヤの姿があった。

 

〈あれは、ヒッポリトカプセルの類似品のようです〉

 

 続いて聞こえたのは、グリージョの顔の側まで飛んできた、球体型偵察機ユートム――そこから流される、レムの電子音声だった。

 

〈カプセル内部を巨大化して投影する機能を利用し、自らの虚像に敵の攻撃を引き寄せていたようです〉

 

 ウルトラマンと怪獣の軍勢から凄まじい集中砲火を浴びながら、モエタランガ・バンテヤが全くの無傷を貫いた理由。それはグリーザのような、理不尽な法則故ではなく。種も仕掛けもあるペテンだった。

 

「やっぱり……! でも、こんな単純なことだったんですか?」

〈はい。平時のゼロやルカならば容易に見抜けたでしょうが――モエタランガウイルスで強制的に興奮させられ、冷静さを欠いた状況では、それも叶わなかったようです〉

 

 そう。戦闘経験に乏しいグリージョ――アサヒですら気づけた違和感を、歴戦の勇士であるゼロが見逃すはずもなく。

 

 視覚情報を偽装されたところで、音響感知を可能とするスカルゴモラであれば、容易く見抜ける程度の小細工だ。

 

 モエタランガの無敵の秘密は、その程度の手品に過ぎないが……それを補助する固有能力が、図抜けて厄介だったために起きた喜劇だった。

 

〈不完全なウルトラマンであるリクや、地球怪獣の血を引くルカ――それと、人間と融合したウルトラマンたちでは、モエタランガウイルスに抗えなかったようですが〉

 

 ライハやウシオら、純粋な地球人と同じように。生きた屍のように身動きできなくなった、虚ろな表情のリクやカツミらの様子を指して、レムが言う。

 

〈アサヒとサラには、その出自から、ウイルスが効果を為さないようです〉

「ねぇ、アサヒおねぇちゃん。みんなにばりあを」

「あ、はい」

 

 レムが解説する間、モエタランガウイルスの魔の手を免れた末妹同士、グリージョはサンダーキラーSと肩を並べて犯人に向き合った。

 

〈そして、挑発星人という種族の、純粋な身体能力は特筆したものではありません。最新の究極超獣であるサンダーキラー(ザウルス)に抗えはしないでしょう〉

 

 レムが解説の音量を上げ、三人しか居ない敵味方の双方に言い聞かせるようになった頃には。モエタランガの周辺で倒れていた人々をグリージョの展開したバリアが保護し終え、続けてサンダーキラーSが生み出した蟻地獄が異次元を介し、ゼナを収容したままのゼガンもろとも、安全な場所へと避難させていた。

 

〈降伏を推奨します〉

「折角の申し出だが、拒否させて貰おう」

 

 悪質ながらも、狡い犯罪者でしかないと思われたモエタランガ・バンテヤは、意外に気骨のある声でレムの勧告を跳ね除けた。

 

 その時には、サンダーキラーSが既に触手を走らせていた。

 

「ふふふ。究極超獣か……確かに普段の私であれば、到底勝ち目などない相手だが」

 

 次の瞬間、モエタランガの中心で炎が弾け、その全身を一瞬だけ、燃えるようなオーラが包み込んだ。

 

「僥倖だ。喰らった生体エネルギーの持ち主に、レイオニクスが居たらしい!」

 

 叫んだモエタランガは、破壊されたカプセルの残骸を弾き飛ばす勢いのまま、究極超獣の触手による初撃を何と片手で逸らし、残る七本の殺到をも、瞬時の次元移動による転移で回避した。

 

 そして、サンダーキラーSの正面に現れて、その腕から青い光線を発射していた。

 

 転移したモエタランガの光線は、まんまと懐に入り込まれた究極融合超獣の中心を過たず捉えた。

 

 しかし。非実体のエネルギーを吸収し、必要に応じて再放出する能力・キラーリバースを持つサンダーキラーSは一切の痛手を受けず、逆に口腔から威力を増強した光線を撃ち返してモエタランガに反撃する。

 

 だが、転移のインターバルを短縮したモエタランガは、再びの次元移動でサンダーキラーSの射線から逃れていた。

 

「――ぶれいぶばーすと……?」

 

 そうして互いの距離が開け、仕切り直しとなったサンダーキラーSが、触手を引き戻しながら呟いた。

 

「何ですか、それ?」

〈ダークザギがルカを狙っていた際、彼の差し向けた怪獣に度々見られた強化現象です〉

 

 サンダーキラーSの推測が何なのか、見当もつかないグリージョの問いに答えたのは、状況を解析するレムだった。

 

 ブレイブバースト。それはレイオニクスの力による、怪獣の限界突破。怪獣の能力を桁違いに向上させ、時には種の壁すら凌駕せしめる、(ふる)き宇宙の覇者が誇った技能だ。

 

「でも、あの人は怪獣じゃなくて、宇宙人ですよね?」

〈レイオニクスの能力が高度な――それこそウルトラマン級の知性を持つ宇宙人を支配した前例もあります〉

 

 ――グリージョは知る由もないが、例えばウルトラマンベリアルが怪獣墓場で蘇生した、理性を喪った状態の宇宙人たちを、他の怪獣と同じように従えたのみならず。

 

 それこそ光の国のウルトラマンと対等な能力を持つメフィラス星人すら、レイブラッド星人の残留思念に片手間で支配された事例も、レムは認知していた。

 

〈モエタランガウイルスは感染者を強制的に興奮させ、その神経電流を過度に放出させると同時、メタ次元ニューロンを通じて、そのエネルギーを本体であるモエタランガに転送します〉

 

 そうして、生体電流のエネルギーを奪われた人々は、先程のリクやカツミたちのように、生きた屍となってしまう。

 

 同時に。メタ次元ニューロンは、バトルナイザーを持たないために、未だ己以外の怪獣に能力を作用させられないルカとモエタランガを繋ぐ、代用品としても働いた。

 

〈ルカの神経電流が機能不全に追い込まれ、力だけを抽出された結果。支配を受けることもなく、レイオニクスパワーだけをモエタランガは得ているようです〉

「まぁ、そういうことだ」

 

 レムの解説を聞き終えたモエタランガ・バンテヤは、その身に漲る力を堪能したのか、上機嫌に頷いた。

 

「だが……流石は究極超獣。今の私でも、勝つのは難しそうだ」

 

 一方で、ブレイブバーストにより彼我の戦力差が埋まったとしても。なお逆転できていないことを先の攻防から悟ったらしきモエタランガは、虚空から何かを取り出した。

 

「……ローンが残っているから、あまり使いたくはなかったのだが。仕方ない」

 

 そしてモエタランガは――地球人スケールの、灯籠のような装置を取り出した。

 

「……ぜったいにおすな?」

 

 その下に書かれていた文字をグリージョが読み上げるや否や、モエタランガは勢いよくその装置に備えられたボタンを押下していた。

 

「――って、自分で押すんですか!?」

「ケ~タケタケタケタ!!」

 

 ボタンが押された直後、グリージョのツッコミを遮るように、怪しげな笑い声が街に木霊した。

 

 続けて、直径三十メートルはあろうかという巨大な和傘が、どこからともなく街中へ転がってきて……その傘の奥から、新たな巨人が姿を見せた。

 

「不届き者をォを発見! 拙者が、あっ、斬り申すぅぅウ!」

 

 傘を握っていたのは、無機質で甲高い声の主。

 

 首から下は黒い日本式の鎧を纏い、その頭部は白塗りの上から赤い隈取を塗り、白い長髪を下した歌舞伎役者のような巨人――否、軋むような駆動音は、この鎧武者が生物ではないことを示していた。

 

「カラクリ武者・メカムサシン。日本被れの宇宙人から購入した、私の護衛だ」

「あっ、殿ぉ! 助太刀致すーゥ!!」

 

 主モエタランガからの紹介を受けた黒い鎧武者・メカムサシンが見得を切ると、手にしていた傘を開閉し、その先端から火球を連続して放って来た。

 

 明らかな色物の登場に、特に気圧された様子もないサンダーキラーSは触手を閃かせ、その火球を次々と打ち払う。

 

「はぁっ!」

「グリージョバーリア!」

 

 その背後から、同じく火炎弾を左右の目から交互に放つモエタランガ・バンテヤによる十字射撃が行われるが、そこはすかさずグリージョが防壁を展開し、死角を守る。

 

「――ふぉとんくらっしゃー!」

 

 サンダーキラーSの触手の一本が背後を向き、モエタランガに青い光線を照射。読んでいたモエタランガは次元移動による転移を用い、フォトンクラッシャーの直撃を回避するが、その間、バンテヤからの弾幕が薄れた。

 

「ぬぅ、猪口才なァあっ!」

 

 その隙を縫って、残る触手が火球を弾きながらメカムサシンへと急迫。射線を避け、火を吹く和傘に絡みつき、奪い取り、メカムサシンにたたらを踏ませる。

 

「べりあるじぇのさんだー」

 

 後退するメカムサシンに対し、サンダーキラーSは奪った傘を破壊する一方、触手から強烈な電撃を浴びせにかかる。

 

 メカという名の通り、機械であるならば高電圧で内部に攻撃を仕掛けた方が有効と判断しただろうサンダーキラーSの攻撃。

 

 しかし、駆動に電気を使わぬ絡繰のメカムサシンには、大きな痛手を与えることはできず――感電したまま、メカムサシンは新たな得物を抜き取った。

 

「てぇぇェいっ!」

 

 メカムサシンが抜き放ったのは、その武士らしい格好に合わせた大太刀。

 

 見るだけで肝の冷える寒々とした刃を鞘から走らせたメカムサシンは、なんとそのまま、ベリアルジェノサンダーの奔流を一刀の下に切り捨てた。

 

「あっ、雷切ぃいいィっ!」

 

 稲妻を四散させながら、なお残った紫電を刀身に吸わせたメカムサシンは、そこに妖気のようなオーラまで上乗せすると、威力を蓄えるように刃を引いた。

 

「フジヤマ斬波(ザンパ)!」

「べりあるですさいず!」

 

 メカムサシンの放つ飛ぶ斬撃を、予想できていたようにサンダーキラーSもまた、触手を大振りにすることで発生する大鎌状の切断光線を繰り出し、迎撃。

 

 飛翔する二つの紫紺の刃は、互いに十字に噛み付き合い、相殺し合う。

 

「あっ、斬る! 斬る! 斬るーゥ!」

 

 メカムサシンは矢継ぎ早に第二、第三と斬撃を飛ばし、サンダーキラーSも同じくベリアルデスサイズを発射することで張り合い続ける、が。

 

「そこだっ!」

 

 グリージョの展開するバリアの裏へ再転移して来たモエタランガが、零距離でサンダーキラーSの懐に出現。

 

 そこからの全体重を載せた体当たりがサンダーキラーSの巨躯をも揺るがせ、わずかとはいえ体勢を崩させる。

 

「斬り申すゥ!」

 

 結果、サンダーキラーSの迎撃が遅れた瞬間を見逃さず、メカムサシンの放ったフジヤマ斬波は、隙を晒した究極融合超獣の触手を一本、鮮やかに斬り飛ばしていた。

 

「――っ!」

「サラちゃん!」

 

 触手を切り落とされた激痛で、明確に動きの鈍った相方をグリージョが振り返った瞬間、モエタランガが再び目からの火球を発射。バリアを解いたばかりだったグリージョは防御が追いつかず、躱せる距離でもなかったために被弾を余儀なくされる。

 

「――っ、さんだーてーる!」

 

 グリージョの危機に、怒りで痛みを押し退けたサンダーキラーSの尾が、帯電したまま翻る。しかし、雷を帯びた尾も、超光速の次元移動の前では遅きに過ぎた。

 

 尾が半周した頃には、既にモエタランガは再転移を完了し。残心していたメカムサシンの隣へと、その身を移動させていた。

 

「……おねぇちゃん、だいじょうぶ!?」

「平気です! サラちゃんこそ……」

 

 心配してグリージョが問い返すと、サンダーキラーSの斬られた触手の断面が放電し、無数の雷光が絡み合い、次の瞬間には実像を結んでいた。

 

 グリージョが癒やすまでもなく。太陽光の下では、不死身に近い生命力と自己再生能力を発揮するサンダーキラーSの能力にグリージョは安堵するも、そこで自身のカラータイマーが点滅する音を聞いた。

 

 ――状況は、芳しくない。ルカから奪ったレイオニクスパワーでブレイブバーストを果たしたモエタランガと、ふざけた調子でも完成された戦闘兵器であるメカムサシンの組み合わせを前に、究極融合超獣でも一筋縄とは行かないらしい。ましてや、星山市の被害を気にしながらとなれば、なおのことだ。

 

 優れた連携ができているわけではないが、グリージョの活動限界を迎えるまでにこの強敵二体を攻略する――のは、無理だろう。

 

 サンダーキラーSが自身の切り落とされた触手を回収するのを横目に、ならばとグリージョが次の手を考えたところで、さらに戦況を変化させることが起きた。

 

〈サラ、聞こえる!?〉

 

 再び接近したユートムから、レムの物ではない声が、グリージョとサンダーキラーSに向けて放たれていた。

 

 

 




Bパートあとがき



 Aパートのまえがきの燃え尽き症候群というワード、実は前フリでした。

 ということで、今回のメイン敵はモエタランガ。おまけでメカムサシン。ザギさんの次に強敵できるのはモエタランガしかいない! という見込みでここまで温存していた『ウルトラマンマックス』怪獣(※宇宙人)の登板です。勝ち負けにすらならなくて良いならイフとか魔デウスとかもっと危険な怪獣がゴロゴロ居る『マックス』世界は本当に魔境。

 以下はいつも独自解釈や独自設定の言い訳です。


・ウシオブランドTシャツ
 また出たウシオブランドの独自解釈。本作ではシャドー星人、ペガッサ星人、ペダン星人、ピット星人……と、『ウルトラセブン』が種族初出の宇宙人に偏って熱愛されている、という傾向を設けています。
 というのも、元ネタのエピソードとなる『ウルトラマンR/B』第十八話「明日なき世界」で戦争が起きているバド星人だったり、話のオチとして大量注文したピット星人だったりには間違いなく好評の様子ですが、ザラブ星人やメフィラス星人らはTシャツそのものに感動している様子がないため、初代系とセブン系で反応が違うな、と感じたことからの独自解釈となります。汗染みTシャツ千着購入のチェレーザも使い捨て前提でデザインをカリスマ扱いしているわけではありませんでしたしね。
 サラは超獣であって宇宙人ではありませんが、超獣としての素体にハイパーエレキングを含んでいるのでウシオブランドが好きなタイプという想定にしました。
 結局のところ、どの宇宙人に受ける・受けないは上記の四例以外の公式設定はない(というか個体差も多分ある)ので、ご注意ください。


・モエタランガウイルス
 ウルトラシリーズでも屈指の凶悪能力に数えられる代物の一つ。
 本作中ではいつの間にか感染していますが、原典ではモエタランガがそれなりの時間を掛けて放つ紫色の怪光に照らされた結果感染する、というものでしたので、念のためここで補足します。
 感染の経緯としてはヒッポリト星人のブロンズ像化にあるような単なる個体差か、あるいは原典で描写のあった二次感染を利用して、リクくんたちやAIBの目を掻い潜り影響を及ぼすことに成功した、ということでご納得頂けると幸いです。
 原典ではアンドロイド・エリーに通じなかったので、レムやメカムサシンは確定で無力化でき、作中での口ぶりから人間と融合していないウルトラマン&そもそもの出自が無機物なアサヒもおそらく耐性があり、後は超獣だし素体が推定最上級電気能力者のサラも無力化できるという解釈及び設定としました。


・ヒッポリトカプセル
 上記で触れた、ヒッポリト星人のブロンズ像化能力に利用されていたアイテム。
 実はその最初の登場シーンは、敵を固めるのではなく、ヒッポリト星人自体が中に入り、虚像を投影するために使用されたものでした。今回出てきたのはそちらの機能を主とした複製品というイメージです。バンテヤは転売ヤーなので、メカムサシンやこれのような色々なアイテムに手を出しているイメージです。
 なお、虚像の投影には『ウルトラマンA』だと光化学スモッグを必要としていましたが、こちらは技術の進歩ということで直に虚像を出せるようになったと解釈して頂けると幸いです……!
 ちなみに、作中では熱くなった皆は急所っぽい上半身に攻撃を集中していたのでバンテヤは涼しい顔でしたが、メタフィールドに取り込まれた間は『ネクサス』本編のゴルゴレムよろしく次元移動ができなくなり、下半身を巻き込む攻撃があれば多分その時点で普通に倒されていたと思われます。


・モエタランガ(ブレイブバースト)
 本作前半で引っ張った謎の強化現象、その正体。正史となる映像作品、及びに展開がリンクしている漫画版では、ブレイブバースト及びレイオニックバーストはゴモラとレッドキングでのみ確認されている状態になります。
 しかしながら、いくつかのゲーム作品では、登場する多くの怪獣――中には宇宙人やロボットでもその状態になっていたりします。
 そのため、現象としてはゴモラやレッドキングに限らずあり得る、ということで、今回登場となりました。
 なお、モエタランガウイルスに感染したレイオニクスが居た場合、モエタランガが本当にそのレイオニクスパワーを利用できるかは不明であり、本作の独自解釈による設定になります。予めご了承ください。




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第二十話「夢と家族」Cパート

 

 

 

「え……トリィ?」

 

 戦場と化した星山市。

 

 モエタランガウイルスに蝕まれた住民たちが、さながら生きる屍となった街に、ユートムが届けた決死の声。

 

 その主は、AIB科学セクション所属の研究者。究極融合超獣サンダーキラー(ザウルス)が――サラが心から慕う、ピット星人トリィ=ティプの物だった。

 

〈サラ……よく聞いて。私たちは、モエタランガウイルスの解析をしていたの〉

 

 切断された自らの触手を結晶化させ、光に解かして取り込み直す最中だったサンダーキラーSに、トリィは現状を訴えかける。

 

〈分析はすぐに成功したわ。でも、その過程で研究セクションも全員が感染した――私ももうすぐ、燃え尽きてしまう〉

「――!」

 

 その一言で、サンダーキラーSの動きが一瞬固まる。

 

 次の瞬間、大気がイオン化し、弾けるほどの電流がサンダーキラーSの全身から漏れ出た。それは敵対するモエタランガ・バンテヤとメカムサシンのみならず、味方であるはずのウルトラウーマングリージョまで思わず身構える、凄まじい圧力を伴っていた。

 

〈だから、サラ。ウイルスの効かないあなたが、ワクチンを完成させて〉

 

 そして、癇癪のまま、先程よりも出力を上げた究極融合超獣が敵に襲いかかろうとするのを、その怒りの発端となった人物が制止した。

 

「……え?」

〈発生源を叩いて――仮にあなたが相手の情報を取り込んで模倣できても、それは新たなモエタランガウイルスの作成が可能になるだけ。そいつがもう散布し終えたウイルスに対して、命令権を得られるわけでもないわ〉

 

 このまま戦っても、勝ち目がないわけではない。

 

 だが、瞬殺できるほどの力の開きがない以上、勝利のために投入する時間に対して、得られるものが割に合わないと、トリィが言う。

 

〈症状を緩和するには、ワクチンを完成させるしかない。ウイルスを利用して、普段の十倍の速度で仕事はしたけど……どうやっても間に合わない。だから、まだ動けるうちに、あなたに託したいの〉

「トリィ……」

 

 憧れの恩師でもあるトリィの訴えに、サンダーキラーSは激昂を抑え、聞き入った。

 

 だが、表情を完全に覆う金色の兜のその奥からは、普段の彼女たちの間で交わされるような、素早い快諾は出て来なかった。

 

「でも。でも、わたし……」

〈私のボディはダークザギに破壊されました。今、研究セクションの設備の知識があり、ウイルスに阻害されず活動が可能な存在は、サラ。あなただけです〉

 

 トリィの頼みに躊躇いを見せるサンダーキラーSに対し、事情を補足するように、今度はレムが言う。

 

〈早ければ一時間程度で、感染者は生命活動の維持すら困難となります。ワクチンの完成は、急を要すると言えるでしょう〉

「うぅ……っ!」

 

 そこまで言われて。

 

 だが、なおも一歩踏み出せないでいる様子の、リクとルカの妹に。グリージョは語りかけた。

 

「……サラちゃん。昨夜の話を覚えていますか?」

 

 グリージョ――アサヒ自身も、己の口にしたことを振り返りながら。もう一つ、別の出来事の記憶にも、その手を伸ばしていた。

 

「本当は、ちゃんと辛さと向き合う時間をあげたい。でも……あたしのお兄ちゃんが前に、言ってました。自分の心地良い場所にいるより、たとえ傷ついても前に進まなきゃいけない時もある、って」

 

 長兄(カツミ)がそう語ったのは、ちょうど――リクとともに、悪のウルトラマントレギアと戦っていた時のことだった。

 

「ここで辛さに負けたら、サラちゃんのハッピーはもっと遠くに行ってしまいます……!」

 

 嫌なこと、辛いことと向き合わない――それは楽ではあっても、ハッピー(楽しいこと)とは限らない。

 

「負けないでください。リクさんや、ルカちゃんみたいに! 今はジーッとしてても、ドーにもならないんですから!」

 

 だからグリージョは、一人前のヒーローと同じ勇気を、小さな子供に求める酷に胸を痛めながらも。それをおくびにも出さず訴えた。

 

「ジーッとしてても……ドーにもならない……」

 

 彼女の兄が口にする、勇気と覚悟の合言葉。グリージョが引用した台詞を、サンダーキラーSは感じ入ったように復唱する。

 

 だが、なおも彼女は、素直に頷けずにいた。

 

「でも……アサヒおねぇちゃん、もう――」

 

 サンダーキラーSは、点滅のペースが早くなり、限界が近づいていることを知らせるグリージョのカラータイマーに視線を向けた。

 

「そのとおり。カラータイマーのことは私も知っている」

 

 そこで、沈黙して様子を窺っていたモエタランガ・バンテヤが、二人のやり取りに介入した。

 

「何やら企んでいる様子だが、時間が経つだけで障害が一つ消えてくれるのだから、こうして律儀に待っていたわけだ」

「それは残念でしたね」

 

 勝ち誇ろうとするバンテヤに対し、チッチッチッと人差し指を振って応じたグリージョは、それから安心させるようにサンダーキラーSを振り返った。

 

「サラちゃんも知っているはずですよ? あたしはまだ戦えます――セレクト、クリスタル!」

 

 言い聞かせながら、グリージョの内的宇宙(インナースペース)で、アサヒはルーブジャイロを操作した。

 

 次の瞬間、ウルトラウーマングリージョ――アサヒがクリスタルの力で変身したのは、全身を銅色の重装甲で包んだ超弩級怪獣。

 

 グランドキングメガロスの姿を見て、モエタランガ・バンテヤは驚愕の声を上げた。

 

「怪獣に変身した、だと――!?」

「あっ、おのれ物の怪ぇ~!」

 

 怒涛の前進を開始するグランドキングメガロスに対し、獅子頭のような白い長髪を振り乱しながら、再び抜刀したメカムサシンが迎撃する。

 

 グランドキングメガロスはそれを受けて立ちながら、背中の突起(メガロススパイン)を分離し、遠隔操作できる自律飛行砲台とすることで、カラクリ武者の背後に控えるモエタランガにも攻撃を仕掛け、二体の敵を自身へ釘付けにする。

 

「ここはお姉ちゃんに任せて、行ってくださいサラちゃん!」

 

 メカムサシンの恐るべき刃を、強靭な装甲で受け止めるグランドキングメガロスの呼びかけを受けて。

 

「――うん!」

 

 遂に憂いを無くし頷いた究極融合超獣は、自らの背後に開いた次元の裂け目に飛び込んで、戦いの場を移していた。

 

 

 

 

 

 

 目的地――AIBの研究セクションに直通する次元回廊を潜ったサンダーキラーSことサラは、人間の童女に擬態した姿となって、直接施設内に飛び出した。

 

「サラ!」

「トリィ、きたよ!」

 

 その登場に気がついてくれた、ウシオブランドのTシャツの上に白衣を羽織った女性――地球人に擬態したトリィの呼びかけに応えたサラは、すぐに彼女へ駆け寄った。

 

「ありがとう、サラ……解析結果から導いたワクチンの作成手順はここに纏めてあるわ。後は作業を終えるだけ」

 

 かつて対ビースト抗体を作成した、トリィを筆頭とするAIBの研究セクションは優秀だった。

 

 それこそ、長であったゼットン星人ペイシャン・トイン――ダークザギが抜けた穴があって、なお、ここに至るほどに。

 

 だが、その穴のせいなのか。どうしても、後一歩。設計図通りに完遂するまでの手が足りていなかった。

 

 故に――かつて、その発明で救われて。たくさん幸せにして貰って、いつかトリィたちのような立派な博士になりたいと夢見たサラが、その成果を見せる必要があった。

 

 ……その決意を固めても、なおも拭い去れない不安を、サラは抱えていた。

 

 それは、ただのお手伝いが主だった、己の努力が事態の解決に足りているのかという、至極当然の懸念と――積み重ねた経緯そのものへの、不信だった。

 

 何故なら、ほんの一週間ほど前まで。ここで、共に時間を積み重ねていた彼は、本当は……

 

「……サラ。一つ言っておくわ」

 

 そんなサラの様子を見取って、トリィが口を開いた。

 

「あの後、私、ちゃんと調べたの」

「……なにを?」

「ペイシャンは、確かに裏切者だったけど……あなたに、ここの長として授けてきた知識に、嘘はなかった。

 ――私があなたに教えた、裏切った故郷で身につけた知識と、同じように」

 

 ぼうっ、と。

 

 まさにウイルスの侵蝕が末期に達したことを示す炎を灯しながら、そんな己の状態を意にも介さない毅然とした様子で。

 

 ウイルスによる強制的な感情操作にも負けず、思い遣りを絶やさぬまま、トリィは最後まで続けた。

 

「だから、後はそれを、あなたがどう使うかだけ」

 

 ――(ピット)星に対する裏切りの果て、犠牲としてしまったエレキングへ注いでいた愛情を、嘘にしないためにも。

 

 地球を侵略するために修めた知恵を、今度は、愛すべき皆の地球(居場所)を守るために使わんとするトリィは、サラにそれだけを言い残すと、そこで燃え尽き、崩折れた。

 

「トリィ!」

 

 モエタランガウイルスによって、遂に限界まで生体電流を奪われたトリィが倒れるのを咄嗟に支えながら、サラは彼女に呼びかけた。

 

 ――目は開いたまま、微かながら呼気はある。けれどそれだけで、トリィはもう応えられない。

 

 ……そんな彼女に、なおもみっともなく泣き縋りたい気持ちを自覚しながらも。

 

 触手を用いて、そっと検体用ベッドまでトリィを運んだサラは、トリィの残してくれたマニュアルを手に取って、服の袖で目元を拭い、頷いた。

 

「わたし――がんばる」

 

 ダークザギの悪意――ペイシャンの裏切りに、負けないために。

 

 価値あると信じていた日々を、本当に無価値だったことにしないために――信じることを、諦めない。

 

 信じていた人が居なくなった傷を――まだたくさんいる、信じ合える人々の支えで補って、前に進む決心を。

 

 サラはようやく、全ての迷いを捨てて、固めることができていた。

 

 

 

 

 

 

〈AIB研究セクションに、サラが到達。トリィからの引き継ぎも間に合い、ワクチンの精製に取り掛かったようです〉

 

 星山市の地下五百メートル、星雲荘の中央司令室で、レムの報告が響いた。

 

 その部屋に備えられた中央モニターでは、アサヒの変身したグランドキングメガロスが、モエタランガ・バンテヤと配下のメカムサシンを相手に、孤軍奮闘を続ける星山市市街地の様子が映し出されていた。

 

 ……二箇所で同時進行する事態を告げられながら、リクは返事をすることもできなかった。

 

 リクだけではない。同じく星雲荘の中央司令室に転移させられていたルカも、レイトも、カツミとイサミの兄弟さえも、リクと同じ状態だった。

 

 恐るべきモエタランガウイルスの力により、四人のウルトラマンも、戦闘に特化した培養合成獣も、その真価を発揮することができず。動かない肉体の中、相対的に鮮明な意識で、残された末妹たちの奮闘を期待するしかないままだった。

 

 それが、数々の激戦を潜り抜けてきたリクをして、耐え難いほどの苦痛だった。

 

(ア……サヒ……!)

 

 神経電流を奪われ続け、不随意な肉体が弛緩していくのを、何とか調整してモニターを視界に収めるリクは。二体の敵に追い詰められる彼女の様子に、ウイルスの作用ではない理由で、激しい焦燥感を抱いていた。

 

 サンダーキラーSがどこに向かったのかを把握していないのもあるが、何より単独行動を取ったところを各個撃破されるのを避けるためか。

 

 足止めを図ったアサヒの思惑通りではあるが、モエタランガとメカムサシンはまず、グランドキングメガロスの排除に全力を注いでいた。

 

 複数のウルトラマンとも交戦可能なグランドキングメガロスなら、本来はモエタランガなど恐れるに足らない。だが、ルカから奪ったレイオニクスの力でブレイブバーストを果たすまで底上げされたその実力は、超弩級怪獣の装甲でも無視しきれるものではない。

 

 そして問題は、もう一体の、カラクリ武者の方だった。

 

「よいしょ! は~ぁっ!」

 

 巨大質量に踏み躙られ、クモの巣状に亀裂を走らせたコンクリ路面を、さらに豆腐のように貫く格好で太刀を手放したメカムサシンは、一瞬見栄を切ったかと思うと自らのもみあげを掴み、頭を激しく振り乱し始める奇行に出た。

 

 その動作に合わせて、金色のエネルギーがメカムサシンの全身から立ち昇り、振り回される頭が描く円の中心部に収束され、やがて直径十メートルほどの光球を生成した。

 

朧月(オボロヅキ)ィイ~!」

 

 物質化寸前の密度まで濃縮された満月状のエネルギー球を、その手で突き出す格好でメカムサシンが射出する。

 

 高速の次元移動を繰り返すモエタランガ・バンテヤに気を取られ、本体より素早く自律飛行できる背鰭・メガロススパインも用いて挑発星人へ対処していたグランドキングメガロスは、その光球が己に飛来した際にようやく気が付いた様子だった。

 

 振り返った胸元に、朧月が直撃。超重装甲は光球を受けても砕かれず、グランドキングメガロスの巨体は小さな月の衝突にも押されなかったが、それが爆ぜたことで姿勢を崩す。

 

「きゃあっ!?」

 

 体重二十万トンを越す超弩級怪獣が、光球の炸裂の威力のあまりにひっくり返り、ダークザギの遺した爪痕の残る街の建物がさらに崩壊する。

 

 その重量が仇となって苦戦しながらも、何とか起き上がろうとするメガロスの上にモエタランガが直接転移し、両足で顔を踏みつける。

 

「――このっ!」

 

 グランドキングメガロスの可動域や、本体搭載兵器の射線から見事に逃れた位置のモエタランガに反撃しようと、メガロススパインが集結してレーザーを放つが、その瞬間挑発星人は見透かしたように転移して、的を失った射撃はそのまま、延長線上に居たメガロス自身を襲う。

 

「うっ!?」

「はっはっは、無様だな!」

 

 強大な怪獣に変身しながら、そのスペックを活かしきれない不慣れな戦いぶりを見せたアサヒを、モエタランガが嘲笑う。

 

 ……アサヒが実戦に身を投じたのは、それこそリクと出会った事件が最初だった。

 

 それはほんの数ヶ月とはいえ、ルカやサラが生まれるよりも昔の話だが――リトルスターや血筋という災いの種を多く抱えるベリアルの子らと違い、アサヒたち湊兄妹は、トレギア絡みの事件でしか、戦いに身を投じる機会を持たなかった。

 

 故に、今回の訪問で共に戦ってくれた件を含めても、アサヒの戦闘経験はようやく二桁に乗るかどうかというところ。グランドキングメガロスの力を使った経験はその半分以下で、しかも一人で戦うとなれば、なおのこと未熟だった。

 

 リクの幼い妹を気遣い、送り出してくれたものの。そのサラよりもずっと、アサヒは戦いに慣れていなかった。

 

 それなのに。リクができなかった、サラに今必要な励ましを、アサヒはやってくれた。

 

「おォ覚悟めされよーォっ!」

 

 朧月の直撃、そして自滅攻撃が重なったことにより、鉄壁を誇るグランドキングメガロスの重装甲も、徐々に摩耗し始めていた。

 

 その弱所を狙い、再び太刀を握ったメカムサシンが、処刑宣告とともに躙り寄る。

 

 ――その光景を見た時、リクは奪われてなお尽きない、激しい感情をその身に燃やした。

 

「させ……るか……っ!」

 

 ギガファイナライザーこそ、今は壊れているものの。

 

 ダークサンダーエナジーに冒された(ルカ)を救うために戦ったあの時と同様、リクの肉体の限界を、その精神が凌駕して駆動させる。

 

 ――しかし、やはり、あの時と同じく。

 

 力強く崇高な意志が、肉体の限界を越えさせても。道具にまでは、その無理は通じない。

 

 ギガファイナライザーが破壊されたままである今、リクがウルトラマンとして戦うための唯一の武器であるジードライザーは、フュージョンライズのためのクールタイムを要求し、反応することがなかった。

 

「そん……な……!」

「……悪ぃ、レイト……!」

 

 アサヒの危機を前に、何もできない己の無力感に打ちのめされたリクの背後で。

 

 同じように、限界を越えて絞り出された声が上がった。

 

「アサヒを……守らせてくれ――!」

 

 切迫した想いの篭った声の直後、リクの背後で光が生じる。

 

 人体が変化した光は、星雲荘の中央司令室を飛び出し――地上に飛び出した後、モニターに映し出される戦場で、再びその形を為した。

 

「これぞ、諸ギョッ無ジョ――ッ!?」

 

 足蹴にしたグランドキングメガロスの自由を奪い、装甲の弱所を今まさに貫こうとしていたメカムサシンを突き飛ばす形で出現した光は、赤と青のツートンカラーの巨人――ウルトラマンゼロの形を取って、アサヒの絶体絶命の危機に駆けつけていた。

 

「俺は……ゼ――!」

 

 だが、残る敵であるモエタランガを振り返ろうとしたところで、名乗ろうとしたゼロは、何もないところで躓いたように倒れ込んだ。

 

「ゼロさん!」

「……よく変身できたな、ウルトラマンゼロ」

 

 戦場へ舞い戻ったウルトラマンゼロ。その驚愕に一瞬呑まれていたモエタランガ・バンテヤは、しかし直後に晒された醜態で安心したような声を漏らした。

 

「しかし無駄な足掻きだ。君の体は思いのままには動けない。それも私のウイルスの力……」

 

 グランドキングメガロスの肩を借りながら起き上がるゼロの、どちらが助けに来たのかわからない姿に対し。嗜虐的な響きを載せて、モエタランガ・バンテヤは言い放つ。

 

「そんな状態で、我が最強の従者に敵うとでも?」

「――ふンぬ!」

 

 モエタランガが寄せる期待に応えるように、彼の隣に並び立ったメカムサシンは両手を打ち合わせた。

 

()武者(ムシャ)オーラ!」

 

 甲高い掛け声に合わせて、メカムサシンの周囲に発生した紫紺のオーラが八芒星のような図を描いた。

 

 続けて、瞬く間に頂点が一箇所ずつズレる形で回転を始め、その両端から順に、メカムサシンの顔を模した火が灯り――

 

「ぁヒトダマ、大車輪(ダイシャリン)ッ!」

 

 横だけではなく、縦にも回転を始め、巨大な火の輪となったそれを、ゼロとメガロス目掛けてメカムサシンが投げつけた。

 

「――っ、危ねえっ!」

 

 咄嗟にグランドキングメガロスを押し退けるように、ゼロが前に飛び出して、その直撃を肩代わりする。

 

 ……彼に守られたおかげで、グランドキングメガロスも、背後の星山市も、それ以上傷つくことはなかったが。

 

「ゼロさん! そんな!?」

 

 一人、ヒトダマ大車輪の直撃を受けたゼロはその全身が燃え焦げ、その場で膝を付き、持ち堪えられずに倒れ伏していた。

 

「ははは。心身ともに、今度こそ燃え尽きたか」

 

 ロクに抵抗もできず、戻って早々に力尽きたゼロの無様を嘲笑うモエタランガ・バンテヤだったが、すぐにそれを止める。

 

「いや……何度も邪魔をされたのだ。今度こそトドメを刺すべきだろうな」

 

 そうして光線発射口を兼ねた手首で、倒れたままのゼロを照準するモエタランガ。

 

「――っ、させません!」

 

 その射線上にメガロススパインを移動させ、十字陣形を組ませて光子障壁(スパインイレーザー)による盾を展開する、が。

 

「相変わらず素人なお嬢さんだ」

 

 次元移動能力を発揮したモエタランガは、バリアの死角となる位置に転移して、万全の状態でゼロを射った。

 

 その青い破壊光線は、すんでのところで、ゼロの前に出現した二筋の輝彩によって逸らされる。

 

「ゼロさんに、ばかり……任せてられるか……!」

「……妹を守るのは、お兄ちゃんの役目だ……!」

 

 グランドキングメガロスの失策をカバーしたのは、リクの背後で倒れていたはずのイサミとカツミが再変身した、ロッソとブルのウルトラマン兄弟だった。

 

 彼らもまた、リクやゼロと同じように。ウイルスによる限界を、窮地の妹を救うという意志で突破し、そしてジードライザーよりも緩いルーブジャイロの変身条件のおかげで、戦線復帰が叶ったのだ。

 

「次から次に……なるほど、仕事仲間たちからウルトラマンが疎まれるわけだ」

 

 苛立ちを隠さなくなったモエタランガ・バンテヤだったが、しかし、その傲慢さはなおも崩れない。

 

「無駄な時間稼ぎしかできない分際で、何度も私の手を煩わせるな!」

 

 モエタランガが叫ぶや否や、その両目から火炎弾が連射されて、ウイルスに冒され満足に動けないロッソとブルを滅多打ちにする。

 

「カツ兄、イサ兄!」

「隙有ァり! フジヤマ斬波(ザンパ)!」

 

 兄たちを心配しながらも、再び太刀から飛ぶ斬撃を放つメカムサシンに挟み撃ちにされたグランドキングメガロスは、右腕の巨大ペンチから発生させた光刃で飛来する紫紺の斬撃を受け止め続ける羽目となり、駆けつけることができない。

 

 自律飛行するメガロススパインも、ゼロから変身解除したまま気絶し、戦場の真っ只中に残されたレイトを守るためのバリアの維持に回されて、動けない。

 

 ゼロのおかげで、絶体絶命の危機こそ脱したものの。未だ逆転には遠い状況で追い詰められるアサヒたちの危機に対し、しかし同じくウイルスに冒され、道具に拒否されたリクは、今は何もできない。駆けつけたい一心で、モニターを睨み続ける体勢を維持するのが精一杯だ。

 

「アサヒ……みんな!」

「これにて~終劇(シューぅゲき)! ァ朧月~ィ!」

 

 忸怩たる思いに苛まれるリクの前で、再び剣を手放し、高威力の満月型光球を撃ち出すメカムサシン。

 

 それが互いに肩を寄せ合う形に追い込まれていた湊兄妹に届く直前、射線上の空間が、ガラスのようにして割れて、その月を飲み込んだ。

 

「!?」

 

 戦場の誰もが驚愕した直後、月を飲み込んだ次元の穴から強烈な紫電が迸り、メカムサシンを襲った。

 

「ぬわ、ヌワァアアアぁあっ!?」

 

 喧しい声を上げながら、電撃の威力に押されて後退するメカムサシン。

 

 後退の間際、何とか回収した剣の冴えで再びの雷切を披露する間に、次元の穴の奥からその主が、再び星山市に舞い降りていた。

 

「く、貴様は――!?」

「――アサヒおねぇちゃん、みんな! おくすり、できたよ!」

 

 危機的状況に駆けつけたのは、ワクチン完成という最優先任務のために離脱していた究極融合超獣――サンダーキラーSだった。

 

 モエタランガ・バンテヤの警戒心を顕にさせたベリアルの子らの末妹は、蠢く触手の先端から光弾を発射。弾けた光が街を照らし、メガロススパインに守られたレイトや、二体の巨人にも降り注ぐ。

 

 ――直後、二陣の疾風が駆けた。

 

「クロススラッガー!」

「――っ!?」

 

 疾風の正体は、動きの精彩を取り戻したロッソとブルが、各々の角に潜ませていた計三本の刃を抜き取り、モエタランガ・バンテヤへX字に繰り出した斬撃だった。

 

「ぐ……っ! まさか、ウイルスを!?」

 

 モエタランガを動揺させたそれは、ウイルスにより正気を失った出鱈目な攻勢か、生きた屍のような緩慢な動作しかできなかった先程までとは違う。鋭く素早い、ひとかどの光の戦士の戦いぶり。

 

 ウルトラマンゼロほど研ぎ澄まされてはいなくとも。突然授かった巨大な力と責任に迷いながらも逃げず、故郷である綾香市を、そして一つの地球を守り抜き、トレギアの野望を三度に渡って挫くまで戦い抜いた、一人前の兄弟ウルトラマン――ロッソとブルの真価が、遂にこの異世界(サイドアース)でも発揮される時が来ていた。

 

「そういうことだ、バンテヤ!」

 

 長短一本ずつの双剣・ルーブスラッガーロッソと、青い刃の長剣・ルーブスラッガーブルを構えて素早く仕掛けるロッソとブルだが、既に動揺から立ち直ったモエタランガは高速の次元移動による転移で攻撃を躱すと同時に背後を取り、二人を同時に殴りつける。

 

「斬る! 斬る! 斬る!」

 

 打撃の威力で飛ばされていた二人に向けて、さらにメカムサシンが飛ぶ斬撃を乱打。手にした各々の得物で受けるロッソとブルだが、当たり負けして武器を弾かれる。

 

「させません!」

「ヌォおぅ!?」

 

 だがそこで、味方の頭数が増えたグランドキングメガロスが自由を取り戻し、頭部のグランレーザーを連射してメカムサシンを妨害する。

 

 鬱陶しい悲鳴を上げるカラクリ武者を救出せんと、グランドキングメガロスの背後に転移して一撃を浴びせるモエタランガだったが、そこに唸りを上げて襲いかかる触手を見て追撃を断念。再転移し、メカムサシンと合流する。

 

「こいつら……ウイルス抜きでも厄介だぞ!」

「ふざけたノリして、普通につえーとかズルじゃん!」

 

 二体並んだ敵を見て、正気を取り戻した上で攻防を重ねたロッソとブルが、今の戦況を解析する。

 

 ……兄弟二人のカラータイマーは、既に点滅を始めていた。グランドキングメガロスもまた、堅牢な装甲でここまで戦い抜いてきたが、被弾を重ねたことで弱点が生まれてしまったのは先のとおりだ。

 

 しかし、兄たちを回復できるウルトラマンとしての姿に再変身しようにも、グリージョ自身も地球における活動限界が既に迫っていた。無理を通してグリージョになったとしても、その後、今度はメガロスに再変身するまでの隙が生じて、アサヒの身が危険に晒される。

 

 結果として、この場でのレイトの回復を諦め、異次元蟻地獄を介して再び星雲荘に送り届けたサンダーキラーSしか、このままでは残らない。

 

 果たして究極融合超獣でも、レイオニクスの力で強化されたモエタランガと、強力無比な兵器であるカラクリ武者を単身で相手取り、勝ち切れるのか。

 

 せめてモエタランガの転移だけでも封じられれば、と思われたその時。巨大生物たちを包むように、空から黄金の波動が舞い降りて来ていた。

 

「……ルカ」

 

 膝を着いたままのリクが振り返れば、同じく未だワクチンが得られず、モエタランガウイルスに動きを止められたままだった妹が、その全身から光を放っていた。

 

 光の正体は、彼女の生命力を変換したフェーズシフトウェーブ。術者自身を含まない遠隔地に照射されたそれは、ウルトラマンジードがダークザギに勝利する最後の決め手となったメタフィールドGの発動を意味していた。

 

「私、は、まだ、戦えない……けど……っ!」

 

 敵にレイオニクスとしての力を利用され続けたルカの、決死の一手。

 

 彼女を利用しようとしたダークザギに植え付けられた素質、それを磨いた一つの到達点。

 

〈挑発星人の次元移動能力は、かつて戦ったイズマエルグローラーの次元潜航と同じ原理の事象です。メタフィールドで位相を固定してしまえば、もはや転移はできません〉

 

 この場におけるその効果のほどを、レムが解説する。

 

 先程取り込まれた経験から、その事実を悟っていたのだろうモエタランガ・バンテヤは全力の転移で逃亡を図ろうとする――が、既に遅い。

 

 モエタランガウイルスで街中を汚染したために、グリージョとサンダーキラーSが罹患者である住民全員を避難させた以上、メタフィールドに巻き込む恐れがある非戦闘員は不在であり。

 

 故に、街を丸ごと覆い込む規模で展開されたフェーズシフトウェーブの有効射程からモエタランガは逃れることができず、位相の固定されたメタフィールドの中に引きずり出されるのを、同じく戦闘用非連続時空間に取り込まれたユートムのカメラが映し出していた。

 

「おー、なんだこれ。すげぇ」

「位相遷移を利用した別世界の形成かー! こんなのもあるんだな!」

「カツ兄、イサ兄!」

 

 初めて体験するメタフィールドに対照的な感心を示すロッソとブルに対し、(アサヒ)はグランドキングメガロスから、再びウルトラウーマングリージョに変身して呼びかけた。

 

「この中なら、宇宙とおんなじです! 三分経っても、ウルトラマンのままで居られます!」

「――ソイヤっ!」

 

 逃走を図った主とは異なり。兄妹三人が作戦会議に並んだところで、彼らの胴体を纏めて輪切りにしようとメカムサシンが刃を閃かせる。

 

「……させない」

 

 だが、同じく飛ぶ斬撃がフジヤマ斬波を迎え撃ち、湊兄妹の隙をカバーする。

 

 ベリアルデスサイズを繰り出した当人であるサンダーキラーSは、その体重でメタフィールドの大地を揺るがしながら歩み出て、メカムサシンに対峙した。

 

「わるぅいロボットさん。あなたにはたっぷり、おかえししてあげる……!」

「あっ、拙者、カラクリに(そうろう)……!」

 

 閉じられた闘技場(メタフィールド)の中、闘志を燃やすサンダーキラーSに対し、マイペースを貫く回答を見せたメカムサシンが見得を切る。

 

 そんな両者の対決を見守るウルトラマン三兄妹に対し、別方向からの火球が続々と撃ち込まれた。

 

「逃げられないならば仕方ない……メカムサシンと協力して、究極超獣を打倒する! 私が生き残る道はそれしかない!」

 

 転売目的だった上、最初の戦法が姑息だった割に、意外と武闘派なモエタランガ・バンテヤは、即座に覚悟を決めて来ていた。

 

 再展開されたメタフィールドの中、最大の強敵となるサンダーキラーSに狙いを集中しようとするモエタランガ。しかしその前に、硝煙を割いて三つの影が立ち塞がる。

 

「……おまえ。自分は死にたくないのに、俺たちの父さんを金のために死なそうとしたのか」

 

 家族を狙われた怒りを漂わせ、真っ先に口火を切ったのは、長兄であるウルトラマンロッソだった。

 

「そのために、リクの街の皆にまで迷惑かけやがって……!」

 

 同い年の戦友やその隣人のため、拳を震わせるのは次男、ウルトラマンブル。

 

「当然だ。己の幸福が最優先なのは、誰だってそうだろう」

「そんなのハッピーじゃありません!」

 

 兄弟の言葉を、相手をする価値もないとばかりのモエタランガ・バンテヤに切り返すのは、末妹のウルトラウーマングリージョだ。

 

「自分も、皆も、一緒に幸せになる……それが本当のハッピーなんです! そのために皆頑張ってるです! そんな大事なこともわからないなら……反省して貰います!」

「黙れ、君たちは所詮湊ウシオの――そして究極超獣のオマケでしかない! 目障りならば蹴散らすだけだ!」

「オマケなんかじゃない!」

 

 次元移動能力を封じられたために、両足で地を蹴りながら駆け出すモエタランガに対し、兄妹を代表してロッソが叫んだ。

 

「俺たちは父さんの……それに、あの子の家族だ!」

 

 その言葉に。

 

 彼らの背後、順調にメカムサシンを追い詰めていたサンダーキラーSは、吃驚したように動きを止めて、振り返り。

 

 モニター越しに聞いていたリクは、ウイルスの強制とは違う熱が、胸の奥に灯るのを感じた。

 

 ――うちの家族になってください。

 

 まだルカたちと出会う前、アサヒと初めて会ったあの日の夜。父を殺した孤独を抱えるリクに、家族に恵まれたハッピーを分け合おうと、アサヒがくれた言葉。

 

 そのアサヒの願いを、湊家の温かい人々は、共有してくれていて。

 

 リクが孤独でなくなった今も、反故にすることなんてなく――家族の輪が広がったのだと、人間でもないリクの妹たちを受け入れてくれていたことが、嬉しくて。

 

 同じく、人間ではなかった(アサヒ)を加えた兄妹三人は、迫るモエタランガを迎撃する前にそれぞれの手を繋ぎ、重ねた。

 

《重ねろ! 三つの魂!!》

「「「まとうは(まこと)! 不滅の真理!」」」

 

 そして、螺旋状に立ち上った虹色の光が三人を呑み込んだ、次の瞬間には。

 

 ――そこには、新しいウルトラマンが現れていた。

 

 中央が赤く、外に向かって橙、そして青と色が変わる計五本の角を生やした勇壮なる巨人。男性的な骨格に、女性的な細く丸みを帯びた銀と灰色の体に、紅蓮と紺碧の装甲を纏ったその神秘の化身こそ、湊兄妹三人が全員融合した合体戦士(スーパーウルトラマン)

 

 その名も――

 

《ウルトラマンG/R/B(グルーブ)!!!》

 

 ルーブジャイロが高らかに、その名を呼び上げる頃には。

 

 超音速の飛行能力を発揮したウルトラマングルーブは、既に自らモエタランガ・バンテヤに突撃していた。

 

「「「ハッ! フンッ!! シュワッ!!!」」」

 

 そして、新たな戦士に動揺するモエタランガ・バンテヤの顔面に鉄拳をお見舞いし、食い込ませたまま飛行速度をさらに上げ、大地を削りながら押し飛ばして行った。

 

 それが、この戦いの最終局面を告げる、ゴングとなった。

 

 

 




Cパートあとがき



 おさらい:本作はリクアサ前提です。可能な限り公式準拠で行きますと言いつつ、こればっかりは仮に公式様と分岐しても貫きます。念のため。
 決着や続きはDパートにて!

 

・アサヒの戦闘経験
 あくまで本編中に描かれているものに限れば、本作二十話時点の時系列だと『劇場版ウルトラマンR/B セレクト!絆のクリスタル』、『ウルトラギャラクーファイト』、『劇場版ウルトラマンタイガ ニュージェネクライマックス』の三回だけになります。合体ウルトラマンであるグルーブ及びレイガとしてしか戦っていない『ニュージェネクライマックス』を除けば二作だけで、戦闘回数は合計で三回になります。
 戦闘経験を一回と数える定義にもよりますが、本作では第五話、第十五話から現在までで合計五~六回程度の戦闘数なので、先述の作品の描写外で戦っていることがあったとしても十回前後に収まるかなという予想です。




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第二十話「夢と家族」Dパート

 

 

 

 星山市から位相を逸らして構築された、戦闘用非連続時空間メタフィールドG。

 

 その中で繰り広げられる戦いは、決着の時を迎えようとしていた。

 

 ウルトラマンG/R/B(グルーブ)の鉄拳が、空間の位相を固定されたために転移能力を封じられたモエタランガ・バンテヤの顔面を穿ち。

 

 究極融合超獣サンダーキラー(ザウルス)の猛攻が、カラクリ武者メカムサシンの愛刀・ムサシンソードを、遂に弾き飛ばしていた。

 

朧月(オボロヅキ)ィイ~!」

 

 得物を取り零したメカムサシンは、武器がなくとも発動可能な技に躊躇なく移行。満月を模した強烈なエネルギー光球が、サンダーキラーS目掛けて撃ち出されるが。

 

「ですしうむD4れい……はっしゃ!」

 

 遺伝子上の父であるウルトラマンベリアルの得意としたデスシウム光線の力で、超獣の起こす空間の物理的破壊現象を指向性のある攻撃手段として制御・成立させた破滅の光が、サンダーキラーSの胸部と口腔、さらに複数の触手から放たれる。

 

 空間そのものを罅割させて進む異次元壊滅兵器の輝きは、強大なエネルギーを秘めた偽りの氷輪との衝突で一瞬だけ停滞するも、次の瞬間朧月を破砕して進行を再開。紫色の亀裂が空間そのものに走りながら、メカムサシンへと殺到する。

 

 対してメカムサシンは、空となった両手を打ち合わせ、そこから紙吹雪のような緑光を散らした。

 

「あっ、ウキヨ防壁~ッ!」

 

 そうして掲げた両手を下ろすと、そこにはメカムサシンが描かれた一枚の浮世絵が出現。

 

 さらに次の瞬間には、その絵から飛び出すようにして、メカムサシンの輪郭を模したエネルギーシールドが展開され、その一回り大きな顔面で直接、異次元壊滅現象を受け止めていた。

 

「――!」

 

 奇抜な防御手段で、朧月で威力を削がれた後とはいえ、複数のデスシウムD4レイすら受け止めるメカムサシン。これほどの防御力を隠し持っていた事実を前に、サンダーキラーSも流石に驚愕する。

 

 そうしている間に、D4レイの勢いが一層弱まった。

 

 ……太陽光の下では、サンダーキラーSは光怪獣プリズ魔から取り込んだ光を吸収する特性によって、無尽蔵のスタミナを獲得する。

 

 だがメタフィールドには、その太陽は届かない。D4レイのような強力な攻撃は、究極融合超獣をして、長時間維持し続けるのは容易ではないのだ。

 

「ケ~タケタケタケタ! ケ~タケタケタケタ!!」

 

 目減りする破滅の輝きを、ウキヨ防壁を手に持ったまま、メカムサシンは嘲笑う。

 

 メタフィールドを展開したのは、サンダーキラーSの姉であるルカ――培養合成獣スカルゴモラだ。味方同士、家族同士で足を引っ張り合う様子を見れば、愚かだと笑うのも当然なのかもしれない。

 

 だが、異次元壊滅現象の凄まじい破壊力と、その余波による眩い光に気を取られていたメカムサシンは、気づいていなかった。

 

 D4レイの勢いが弱まったのは、サンダーキラーSの体力消耗だけが理由ではなく――その砲台となる触手の本数自体がそもそも、減っていたからだということに。

 

 次の瞬間、虚空から出現した光の回転刃が二つ、左右からメカムサシンの両腕を切断した。

 

「なンとッ!?」

「うるてぃめいとりっぱー」

 

 メカムサシンを襲ったのは、大蟹超獣キングクラブの能力で、二本だけ透明化していたサンダーキラーSの触手。

 

 その先端が得物として携えていたのは、サンダーキラーSがかつて兄のウルトラマンジードより習熟した、回転する手裏剣状の切断光線だった。

 

「のわァッ!?」

 

 支えを失ったエセ浮世絵は、掴んだままのメカムサシンの両腕ごと重力に引かれて落下し、D4レイに道を譲る。

 

 遮っていたエネルギーの座標が逸れた結果、殺到した時空崩壊現象はメカムサシンに到達し、瞬く間にその存在する空間丸ごとに作用した。

 

「あ、天晴ナリィ~~……ッ!」

 

 対戦相手を称える辞世の句を遺し、日本かぶれのカラクリ兵器は、ガラスのようにして砕けた空間に巻き込まれ破裂し、消滅した。

 

 一度は自らの触手を切り落とされた借りを返した究極融合超獣は、続けてこのメタフィールドの展開が必要であったもう一組の戦いに、その注意を向けた。

 

「「「はぁあああああっ!」」」

「ぐっ、この……!」

 

 メタフィールドの赤い空から、隕石のようにして降りて来たのは、ウルトラマングルーブと、バンテヤという個体名を持つ挑発星人モエタランガ。

 

 モエタランガウイルスの力を使い、メタ次元ニューロンを介して吸い上げた、培養合成獣スカルゴモラの持つレイオニクスの力。

 

 その影響でブレイブバーストを果たすほどの自己強化を果たしたモエタランガ・バンテヤだったが、挑発星人という種族は直接戦闘ではなく搦手を得意としている。素体がそれでは、三人の兄妹ウルトラマンが合体したグルーブには流石に力負けしていた。

 

 そして、モエタランガの持つ代表的な能力である、知性体の活動を司る神経電流を機能不全にするモエタランガウイルスは、既にトリィ=ティプたちAIB研究セクションとサンダーキラーSの協力でワクチンを投与された湊兄妹には効果を発揮せず。

 

 もう一つの厄介な能力、次元移動による高速の転移は、メタフィールドによって位相を固定されたことで封じられていた。

 

 故に回避能力を失ったモエタランガ・バンテヤは、赤熱するほどの高速で繰り出された蹴り技・グルービングインパクトを躱せず、メタフィールドの大地まで挟み撃ちの形で叩きつけられていた。

 

「ぬぁあっ!」

 

 それでも、曲がりなりにも強化された膂力で踏みつけられた状態を脱したモエタランガに対し。自らの作ったクレーターの中、グルーブは静かに、その背に負っていた戦輪状の得物・ルーブコウリンを抜き取っていた。

 

「「「グルーブコウリンショット!」」」

 

 それは初戦の際、ウイルスで判断力を奪われていたウルトラマンルーブが、モエタランガが生み出した立体映像に無駄撃ちしたルーブコウリンの強化版。

 

 グルーブが腕を一振りするごとに、赤、青、そして橙色の巨大なビーム光輪が生じ、ブレイブバーストで強化されたモエタランガ・バンテヤの体を三度に渡って切り刻む。

 

「はぁ……はぁ……何っ!?」

 

 切り刻まれ、倒れ込みながらもクレーターから外に出たモエタランガ・バンテヤは、自身を見つめるサンダーキラーSの存在に気づいて驚愕していた。

 

「メカムサシン……敗れたのか!?」

「うん。やっつけちゃった」

 

 サンダーキラーSがにべもなく答えると、露骨に肩を落とすモエタランガ。

 

「「「残るはおまえだけだ、バンテヤ!」」」

 

 そんな彼に、何の容赦もするはずがなく、ウルトラマングルーブが最後の決着を宣言する。

 

 出現した当初からカラータイマーの点滅に至っているグルーブだったが、このメタフィールドはウルトラマンへ有利に働くように生成された亜空間。地球と違い、環境からの負荷が原因で巨人体が維持できなくなるといったことはない。

 

 故にグルーブを撃退するには、戦って降すしかないモエタランガは、裂傷を圧して飛び上がると両腕を構え、振り返り様、その手首から青白い光線を放った。

 

 ――それを読んでいたように、グルーブもまた、両腕を十字に組んでいた。

 

「「「グルービング光線!」」」

 

 湊三兄妹のかけ声とともに放たれるのは、三色の渦を纏った強烈な光線技。

 

 三位一体の輝きは、モエタランガの繰り出す二条の抵抗をあっさり押し切って、その体を呑み込んだ。

 

「そんな……まだローンが残っていたのにぃー!!」

 

 野望の終焉と、自らの不利益を嘆く身勝手な断末魔を残して、モエタランガ・バンテヤも圧倒的なエネルギーの巻き起こす大爆発に呑まれ、木端微塵に吹き飛んだ――

 

 ――かと思われたが。

 

「が、ぐぁああ……!」

「あ、まだ生きてる」

 

 爆心地にて、身長二メートル程度まで縮んだモエタランガ・バンテヤが、五体を大地に投げ出し痙攣していた。

 

 身勝手な欲望のため、湊ウシオの命を狙い、無関係な人々まで危険に晒した悪しき宇宙人にトドメを刺そうと、サンダーキラーSは触手をもたげる。

 

「――もういいんですよ、サラちゃん」

 

 その触手の前にゆっくりと立ちはだかったのは、グルーブの合体を解き、再び兄妹三人に戻ったグリージョだった。

 

「え? いいの、アサヒおねぇちゃん?」

「はい。この人は命まで取らなくても、もう悪いことはできないはずです。後はきちんと、宇宙人さんたちの決まりに任せましょう」

「……だいじょうぶかなぁ?」

 

 グリージョの言う、宇宙人さんたちの決まり――それを司る宇宙人捜査局AIBが受けた壊滅的な被害を振り返り、サンダーキラーSは疑問を零す。

 

 対して、グリージョは明るい調子で頷いた。

 

「はい。だって――サラちゃんが頑張って、トリィさんたちと作ってくれた、お薬がありますから。悲しいことをしなくても、みんなでハッピーを目指せるはずです」

「――!」

 

 微塵の疑念も挟まない、確かな信頼を告げられて。

 

 励まし、送り出してくれた張本人が、おかげで発揮できた勇気の一歩、その成果を誇ってくれたことが、嬉しくて。

 

「……うん!」

 

 触手を引っ込めたサンダーキラーSもまた、グリージョと同じ未来を信じて、頷きを返していた。

 

 

 

 

 

 

 ……物心ついた時、既に親は居なかった。

 

 幸福に包まれた世界。誰もが満ち足りて、他者を気遣う優しさも忘れず持ちながらも――持たざる者が入り込む余地のない眩い世界で、俺はずっと孤独を感じていた。

 

 せめて、周りを見上げるんじゃなく、周りに見上げて貰えたなら。この孤独も孤高に変わって、少しマシになるんじゃないのかと。そんな馬鹿な考えに取り憑かれた。

 

 そのために、故郷を維持する太陽に手を出そうなんて、罪を犯しかけたその時。

 

 何処からともなく現れた伝説の英雄に、俺は止められた。

 

 浅慮で我が身を滅ぼす寸前だった俺を救ったその人物こそが、訳あって姿を消していた自身の父親だと知ったのは、ずっとずっと後になってのことだった。

 

 未遂とはいえ、大罪に手を染めるところだった俺が送りつけられた先は、父の弟子である異星人のところだった。

 

 俺の性根を鍛え直す、なんて言われて。拘束具を付けられ、毎日毎日、ずっと実戦形式で叩きのめされる、虐待まがいの訓練漬けの生活を、長い年月過ごすハメになった。

 

 殴られた痛みで、憎まれ口を絶やさない中でも。人生で初めて俺と正面から向き合い、全部を受け止めてくれた師匠に対して――恥ずかしくて、今もなかなか口に出せないが、俺は恩義を感じていた。……真実を知った後にはもちろん、ずっと俺を陰ながら見守って、本当に危ない時はすぐにすっ飛んで助け、この師匠と出会わせてくれた親父の、不器用な愛情に対しても。

 

 気づけば――俺の周りには、大切な存在がたくさん居てくれたんだってことを。口には出せなくても、心では素直に認められるようになっていた。

 

 だが、そんな生意気な息子を受け入れてくれる親父には、多くの苦楽を分かち合った義兄弟が居て。故郷を失った師匠も、大切な弟と今も共にあった。

 

 ……今でも、それを羨ましく思わないかと問われれば、嘘になる。

 

 俺には、兄弟は居ない。ある少年から兄貴と呼ばれていた時もあったが、あれはあくまでも、俺と融合していたあの子の兄に向けられたものだ。

 

 血が繋がって居なくても、互いの関係が特別であるのなら、その呼び名を使うことは許される。親父たちがいい例だ。

 

 だが、俺たちの文化において、『兄弟』という言葉は特別な称号だ。

 

 かつて大罪を犯した俺の『兄弟』にするなんて、親しい相手にほど気が引けるから、そんな話はずっと避けてきた。

 

 なのに……

 

「ゼロ兄さん」

 

 たった一度だけ。あいつからすれば、距離感が掴めていなかった頃の、その場のノリなんだとしても。

 

 他の誰でもない、俺のことを指して『兄』だと呼んだ――一人の若きウルトラマンと、俺は出会った。

 

 

 

 

 

 

「お疲れ、サラ!」

 

 決着の後。星雲荘の中央司令室へ戻ってきたその顔を見るなり。ルカが勢いよく駆け出して、小さな妹に抱きついていた。

 

「よく頑張ったね、偉いよ!」

「お姉さま……ふふ、ほめられちゃった」

 

 喜びを全面に出した姉の抱擁に、最初は驚いた顔をしていたサラも、その暖かさを喜ぶようにはにかんだ。

 

「そりゃ、褒めちゃうよ! サラが頑張って、トリィさんのワクチンを完成させて……おかげで、誰も死なずに済んだんだもん!」

「……敵も含めて、ね」

 

 サラの功績に対するルカの喜びを、リクはそう補足する。

 

 敵を殺すも救うも、自由自在。奇跡の技であるグルービング光線を浴びて無力化されたモエタランガ・バンテヤは死ぬことなく、AIBに身柄が引き渡されていた。

 

 この宇宙には同種の存在しない星人ということだが、レムから情報が提供された上、既にワクチンまで存在する。充分に身柄を拘束できると判断されてのことだった。

 

 そして、異次元蟻地獄を介し、避難させられていた人々も。街へ戻した上でワクチンを投与し、懸念されていた犠牲者も出ることなく事態は収束したと、既にレムが走査の上、報告してくれていた。

 

「トリィさんみたいな、皆を幸せにする科学者……サラの夢だよね」

 

 その皆の中に含まれていたはずの、大切な一人。

 

 彼の裏切りで――かつて、トレギアに利用されるに至った、戸井ゆきおがそうだったように。夢を追うサラの足は、止まっていたけれど。

 

 彼女の周りにあるのは、見失ったものばかりではないことを、思い出せたから。

 

「きっとサラは今日、その夢に向かって、一歩進めたと思う」

「――うん!」

 

 そんな、末妹が恵まれた出会いに感謝しながらの、リクの言葉に。サラは、弾けるような笑顔を見せてくれた。

 

「ありがとう、お兄さま!」

「どういたしまして」

 

 末妹に釣られて笑った後、リクは首を振って謙遜する。

 

「でも僕は今日、何もしてないよ」

〈そうですね〉

 

 そこで辛辣なレムのコメントが挟まり、事実とはいえリクは流石にムッとして振り返るが、妹たちの前でムキになるのは恥ずかしいので堪えることにした。

 

〈ですが、その以前に、リクやライハたちが諦めなかったから。今日があるんですよ、サラ〉

 

 そんなリクの変化を、わかった上で無視したまま、レムは続けた。

 

〈だから、あなたの感謝は的外れではありません。その気持ちを、これからも大事にしてくださいね〉

 

 ……リクのために造られた、声だけの報告管理システムは。

 

 リクだけではなく、その妹たちの成長までも望むように、慈しみに満ちた声音で、心を得た超獣を諭していた。

 

「うん。ありがとう……レムも!」

 

 そんなレムに、妹たち(ルカやサラ)がまた御礼を告げて。家族として、仲良く笑い合う様に頬を緩めながらも。

 

 ……現に今日、何もできなかったリクは、代わりと言わんばかりに身を張ってくれた相手を振り返った。

 

「ゼロ。レイトさん。ありがとう」

「……別に、俺も今日はただやられてただけだ。気にすんな」

 

 修復装置に横たわった伊賀栗レイトの口から、ウルトラマンゼロの意志が発せられた。

 

「レイトは……俺の無理に付き合ってくれたから、礼を受ける資格があるだろうけどな」

「――そのこと、なんだけど」

 

 そこで、遂に。意を決して、リクは踏み込むことにした。

 

「レイトさんを……マユちゃんのお父さんを、危険に巻き込んでまで。ゼロが、アサヒを助けたかったのって――」

 

 ……自分たちの関係性が、大きく変わってしまうかもしれない問いかけに。

 

 向き合うこと自体の怖さと、しかし避けることはできないという覚悟を込めたリクの問いに対し、ゼロは観念したように溜息を吐いた。

 

「……よりによっておまえの目の前で、アサヒがやられるなんて、見過ごせるわけないだろ」

「――えっ?」

 

 そうしてゼロの答えた理由が、予想と大きく外れていたことで。リクは思わず呆けた声を漏らしてしまった。

 

「おまえが動けないなら……俺が代わりに行く。レイトやマユたちにいくらか迷惑をかけちまうとしても、それだけは譲れねぇんだ」

「ちょ、ちょっと待って……」

 

 こちらの様子に気づいていないまま、少し早口で続けるゼロに対し、リクは待ったをかけた。

 

「……僕の、ため?」

「そりゃ……もちろんアサヒや、他の皆のためでもあるぞ?」

 

 まだ、少し。ずれたようなやり取りを交わしながら、ゼロが首を傾げる。

 

「……でも、その言いぶりだと」

「おまえは――俺にとって、特別なんだ」

 

 おずおずとリクが問うと、いよいよ覚悟を決めたように、ゼロが強く言い切った。

 

「……おまえはもう一人前の戦士だし、今じゃ本物の家族とも一緒に暮らせている」

 

 慈しむように、ルカやサラへと向けられていたゼロの視線が、リクに戻る。

 

「だから、俺なんかに心配されてあれこれ言われるのも、鬱陶しいかもしれないけどよ……」

 

 リクを真っ直ぐに見ていたゼロは、そこで遂に耐えきれなくなったようにして、視線を逸らした。

 

「――俺は今でも、おまえのことを弟みたいに想ってるんだからな」

「じゃあ、わたしたちも?」

 

 そこで、先程の視線を感じていたのか、それとも話に聞き耳を立てていたのか。

 

 少し恥ずかしそうな顔をしているルカと、純粋に話に興味があるといった風情のサラとがすっと詰めてきて、ゼロは力の抜けたように笑った。

 

「ああ、そうだな。リクを幸せにしてくれたおまえたちは、俺にとっても大事な妹――みたいなものかも、な」

 

 リクたち兄妹の父、ベリアルと幾度となく激突したウルトラマンゼロが、そんな言葉を口にしてくれた。

 

 

 

 

 

 

 ……ベリアルの子らが、血の繋がりのない兄弟との絆を確かめていた、その頃。

 

 もう一組。血の繋がらないウルトラマンの兄妹は、両親との合流を目指し、星山市の街並みを歩いていた。

 

「……盗み聞きしちゃったな」

 

 ポツリと罪悪感を口にしたのは、湊兄妹の長兄カツミ。

 

 一度星雲荘に顔を出すべきか、とレム相手に通信を繋いで貰っていたカツミたちは、その背後でリクたちとゼロが交わすやり取りを、意図せず耳にすることとなっていた。

 

 そして何となくお邪魔し難い気がして、伝言だけ頼んで帰路に就いていた。

 

「ゼロの奴、あんなにリクのことが好きだったんだな」

「はい。ゼロさんはリクさんのことを大好きなんですよ?」

 

 続けて次男カツミが感想を漏らすと、末妹のアサヒだけは、最初から知っていたとばかりに口を開いた。

 

「カツ兄やイサ兄が、あたしのことを大事にしてくれるみたいに」

 

 そう言われてみれば、アサヒの危機に駆けつけるのも――変身が叶わなかったリクは別とすれば、本来カツミたちとゼロは同時に動いていた。

 

 装着するだけで良いゼロアイと、複数回の操作を必要とするルーブジャイロとの挙動の差で、現着には差が生じていたが――それぞれ、血の繋がらない弟妹を想う気持ちが劣らなかったからこそ、どちらも同じタイミングでモエタランガウイルスに抗う結果となったのだろう。

 

「でも、二人もリクさんのこと……家族だって想ってくれてるんですよね?」

 

 怪獣である妹たちと出会う前。湊家に迷い込んだ、天涯孤独だった頃のリクに、アサヒが告げた言葉――それを、カツミもイサミも聞いていた。

 

 だから、カツミは返事を躊躇わなかった。

 

「ああ。リクだけじゃない。ルカやサラも、だ」

「……そのことなんだけどさ、カツ兄」

 

 不意に、イサミが口火を切った。

 

「俺……このままちょっと大学休んでも良いかな」

「えー!? どうしてですか、イサ兄!?」

 

 呼びかけられたカツミではなく、アサヒの方が驚愕して、声を上げた。

 

 一方。かつて、イサミが夢を追えるよう、己の夢に蓋をしていた長兄は、申し出る弟を静かに見据えていた。

 

「……また、ウルトラマンであることを優先したくなった、か?」

「まぁ、そーゆーこと」

 

 お見通しだった兄には敵わない、とばかりに、イサミが首元を掻いた。

 

「……サラの夢がさ。俺と同じじゃん」

「そうだな。理由はおまえとは、ちょっと違うみたいだけど」

 

 兄の相槌に頷きを返しながら、イサミはその視線を沈み行く太陽に向けた。

 

「きっかけはともかく、同じ夢を追ってる身内のちっさい子がさー。また悪い奴らのせいで、今回みたいに落ち込んでるかもしれない、なんて考えながら自分だけは夢を追うの、やっぱ俺無理なんだわ」

「……なら、ウルトラマンとして戦うことで、その心配の種をなくしてしまいたい、ってことか?」

「そ。あの子たちをリクが守っている間に、デビルスプリンターとか、ベリアル因子とか、そういうの俺が全部回収しちゃえば……あの子たちが悲しむ可能性も減るだろ?」

 

 イサミの主張は、きっと間違いではないのだろう。今回、サラの傷心の発端となったダークザギも、独自に確保していたベリアル因子やデビルスプリンターがなければ事を起こすことはできなかったと聞いている。

 

 そうでなくとも、それらのサンプルすら満足に得られなければ、具体的にどう活用するかという展望を抱き、手を出す悪党も減ることだろう。

 

「回り道になるんだとしても……心残りがない状態で、夢に打ち込みたいんだ、俺は」

「ああ――それなら良い。夢は逃げないからな」

 

 弟の意見を聞き届けたカツミは、しかと頷き、そして今度は己の考えを述べた。

 

「俺も行く。理由はイサミと同じだ」

 

 そんな兄の言葉に、パァッとイサミが表情を輝かせる。

 

「おっ、流石カツ兄!」

「師匠に話を通す前に、父さんにも断り入れなきゃだけど……」

 

 カツミは現在、父ウシオの同期である、ミラノ在住の服飾デザイナーに弟子入りしている。そのツテで留学している以上、父の口裏わせは不可欠だ。

 

 とはいえ、今回はアサヒ絡みの非常事態ではない。もしかすると、両親の説得の時点で厳しい戦いになるかもしれないが……と、カツミが静かに覚悟を決めようとしていると。兄二人のやり取りに感心していたアサヒが、小さく跳ねながら挙手した。

 

「はい! はい! じゃあ、あたしも!」

「「アサヒはダメ!」」

 

 妹の志願に対し、兄二人は声をハモらせて拒絶を返した。

 

「えー、なんでですか!」

「アサヒはもう試験近いだろ! ただでさえ十日も帰りが遅れたんだから、ちゃんと勉強しろ!」

「そんなのお兄ちゃんたちだって……ふんだ、またあたしだけ仲間はずれですか」

 

 ぶーたれる末妹がいじけるのを見て、カツミは少し腰を落とし、目線の高さを合わせて言った。

 

「アサヒ、お兄ちゃんたちを信じろ。それに、前トレギアと戦っていた時もそうだ。いざって時、俺たちの地球にアサヒが居てくれる。だから俺たちも、ウルトラマンとして戦える。それはアサヒも一緒に戦ってくれているのと同じだ」

 

 まだアサヒが、己が何者なのかを理解していなかった頃。暫くの間、ウルトラマンになったことは、カツミとイサミだけの秘密だった。

 

 事情を知らせず、除け者にされていたことに。そうすべき理由は承知の上で、秘密は嫌だとアサヒが怒ったことがあった。

 

 だが、今度は違う。隠し事なんて何もしていないし、除け者にするわけでもない。

 

「むぅー……」

 

 それはわかってくれたのか、渋々と納得の色を浮かべ始めたアサヒは、しかし視線を逸らしてまだ残る不満を口にした。

 

「でも……お兄ちゃんたちだけだと、今日簡単にやられていたのに」

「「それは言うな!」」

 

 喧嘩もしながら、和気藹々と。日の暮れる星山市の道を、湊兄妹は歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 そうして、翌日の深夜。

 

 湊家の面々が帰るための、次元間ゲートが開く時刻が近づく最中の、待機場所となる広場にて。

 

「この度は、我々の不手際でご迷惑をおかけしてしまい……! まことに申し訳ございませんでしたっ!」

 

 表情筋が動かないまま、しかし声色だけで心底からの謝罪だと伝わるゼナが、湊家の一同に土下座していた。

 

「ゼ……ゼナさん。頭を上げて」

「そうはいきません。湊ウシオ氏という、多元宇宙の宝を! あんな木っ端悪党に脅かされてしまったなど、AIBの名折れです……っ!」

 

 これまで見たことない――ダークザギに出し抜かれた時以上に参っているゼナの様子に、リクも戸惑うしかなかった。

 

「いや、でも……そちらの造ってくれたワクチンでほら、元通りだし。三日ともお世話して貰っちゃったし。皆さんに感謝こそしても、悪く言う道理なんかないですよ」

「そうですゼナさん、頭を上げてください」

 

 ウシオやカツミが極めて真っ当に感謝を伝えるが、ゼナは額を地面に擦りつけたまま頭を左右に振り、頑として譲らない。

 

「ぜ……ゼナさん。その姿勢だと、せっかく貰ったウシオブランドが傷んじゃうよ」

「確かに」

 

 やがて、ペガにおずおず呼びかけられたゼナは、そこで力を解き、上体を起こした。

 

 いつものスーツ姿、白いワイシャツ――汗で透けたその下には、『I♥あやか市』の文字が覗く、ウシオブランドのTシャツが鍛えられた上半身にピッチリと張り付いていることが、余人の目に晒された。

 

「頂いた品に傷をつけるなど、さらに無礼を重ねるわけにはいかない。ここはお言葉に甘えて、下がらせて頂きます」

「……傷つけちゃいけないものを、護衛の任務に着てきたらダメでしょ……」

 

 思わず、と言った様子で。小声とはいえ、ライハがゼナにツッコミを入れるのを、リクは初めて聞いた。

 

 ゼナだけではなく。トリィも実はウシオブランドで挙動不審になっているという情報を、リクはモアから受け取っていた。モエタランガウイルス抜きでも普段の彼らからは想像もできない振る舞いに、好かれ過ぎるのにも問題があるのかもしれない、とリクは難しさを感じた。そこから自身のドンシャイン好きを省みることはなかったが。

 

「ウシオブランド、ありがとうございます! これでペガ、嘘つきじゃなくなる!」

「うちゅーん!」

 

 そんなAIBの面々だけでなく、親友(ペガ)末妹(サラ)もまた、Tシャツを貰えたことの感謝の意を示していた。

 

 リクとしては、ウシオブランド以上に、アサヒの手による品だったことがわかったあの日のTシャツが、一層大切に思えるようになったところではあるが――それはそれとして、ウシオたちがくれた厚意の数々も、決してかけがえのない宝物だ。

 

 だから、ゼナのように行き過ぎてしまうのはともかく。二人のように頂き物への感謝を示すのは、やはり大切なことだ。

 

「お世話になりました」

「こちらこそ。アサヒがお世話になりました」

 

 そんな気持ちを伝えようとするリクに、ミオが親しみを込めて礼を返す。

 

「また、遊びに来てくださいね」

「ああ。でも機会があれば、今度はそっちが遊びにおいで」

 

 それを受けて、今度はルカが兄に倣い社交辞令を述べるのを、ウシオが優しく対応してくれた。

 

「アサヒおねぇちゃん」

 

 そうして、互いの家族の長同士の挨拶が終わったところで、今度はベリアルの子らの末っ子が、湊家の末っ子に声をかけた。

 

「ありがとう。おかげでわたし、またはっぴーになれたよ!」

 

 サラは、うちゅーんTシャツではしゃぐのともまた違う、深い感謝に満ちた笑顔を弾けさせた。

 

「わぁ、それは良かったです~! でもそれは、あたしのおかげじゃ……」

「……ふふ」

 

 微笑みに応じるアサヒに対し、サラが今度はおかしそうにクスクスと笑った。

 

 少々意外な反応にアサヒが言葉を止めると、サラは口元に手を当てながら、その笑みの理由を告げる。

 

「おねぇちゃん、お兄さまとおんなじこと言うんだね」

「――!」

 

 予想していなかったのか、意識していなかったのか。

 

 ともかく、思わぬところを突かれたアサヒと、リクは目を合わせて、それから互いに苦笑し合った。

 

 その間に、サラの様子も落ち着いていた。

 

「またあそびにきてね、おねぇちゃん」

「――はい。また遊びましょう!」

 

 いつもの口癖(ハッピー)に伴う手の形――親指と小指を立てたアサヒはそのまま、サラと指切りして約束した。

 

「あっ、私も!」とルカも乱入して、アサヒは左右の手でリクの妹たちの相手を同時に行った。

 

 ……そんなこんなしていると、夜闇に不意に、青い光が生じた。

 

「ゲートが開いた。帰るわよ皆」

 

 ミオの呼びかけで、湊家の一同はその場を離れ、元の世界から開いたゲートに向かって歩み出した。

 

 名残惜しむルカたちの指を解いたアサヒもそこに続く直前。最後に話が有耶無耶になっていた相手を振り返った。

 

「――改めてゼロさん、お世話になりました」

 

 深夜の見送りには、彼女をこの世界に連れてきたウルトラマンゼロも、当然ながら加わっていた。

 

「申し訳ないですけど、あたしは先に家族と帰ります!」

「おう、気をつけてな」

 

 レイトに憑依したままのゼロが端的に答えると、ゲートに向かって進みながら、アサヒはなおも食らいつくように続けた。

 

「でもまた、あたしちゃんと頑張りますから! ゼロさんも、約束守ってくださいねー!」

 

 アサヒが言い残すのを最後に。賑やかで暖かな湊家の五人は、仲良く元の世界に帰って行った。

 

 光が消え、残響もなくなり――アサヒたちの痕跡が、この宇宙から完全になくなったタイミングで、リクは問うてみた。

 

「約束、って何?」

 

 昨日とは違い。勘違いもない今は、それを尋ねることに何の緊張も必要なかった。

 

「ああ。またあいつら、ロッソとブルが、ウルトラマンとして別の宇宙に行くそうだ」

「えっ、どうして」

「――そりゃ、ウルトラマンの役目なんていくらでもあるだろ?」

 

 しかし、昨日とは違い。今度はゼロの方が話をはぐらかすように、素っ気なく答えた。

 

「まぁともかく、だ。その間、二人が留守にする地球をアサヒがちゃんと守れたら、ここに連れて来てやるって約束をしてんだよ。前からな」

「そうなんだ……じゃあ私たちも、カツミさんたちを手伝って、早くまたアサヒが来れるようにしなきゃだね!」

「おいおい。じゃあ誰がこの星を守るんだって話だろ」

 

 その様子を訝しむリクとは違い。違和感に気づけていないらしいルカが勇ましい決意を語るのを、ゼロが諫める。

 

「ただでさえ、アサヒたちの宇宙とは事情が違うんだ。このところは、おまえらを狙う連中が多かったが……そんなの抜きにも怪獣や宇宙人は現れる。今日みたいに、AIBだけじゃ手に余ってしまう敵も出て来るかもしれない」

 

 ルカたちに告げるゼロの言い分は、今回のモエタランガ・バンテヤの犯行に巻き込まれた例のように、ある程度事実であると同時。未だルカたちに纏わる一連の事態の、真の黒幕が健在かもしれない……というリクの懸念を、事情を伏せたままフォローするためのものだった。

 

 もしかして……と。ゼロが伏せた、湊兄弟がウルトラマンとしてまた戦いに身を投じる理由に想像が追いついたリクが、思わず顔を伏せてしまいそうになったその時。

 

 ぽん、と。ゼロの宿ったレイトの掌が、気落ちしかけたリクの肩に置かれていた。

 

「だからおまえらは、この地球を……マユの生きていく世界を頼むぜ」

 

 その役目を任せているのだから、罪悪感を抱く必要などない、とばかりに。

 

「……うん。わかった」

 

 こちらの心の内、その変化の瞬間まで見透かしたようなゼロの激励に、リクは力強く頷きを返した。

 

「そーいうわけで、ギガファイナライザーの修理は俺が代わりに光の国まで持って行ってやる。折れたのを直すだけなら、ウルトラマンヒカリが何とかしてくれるはずだ」

「あれ、まさか……」

 

 ほれ、とレイトの掌を差し出すゼロの言葉に、リクは少し戸惑った後、気づいたままに声を漏らした。

 

「ああ。もう直ったらしい。アサヒたちを送ってやれないこともなかったな」

 

 ゼロは憑依したレイトの手首に、自身の変身アイテムでもあるイージスの待機形態・ウルティメイトブレスを顕現させて、その復活完了をリクたちに示した。

 

 どうやら既に自己修復を終えていたが、折角迎えに来てくれた湊家が無事に帰るまでは黙っていることにしていたらしい。

 

「流石。……ウルトラマンヒカリにも、よろしくお願いしますって、伝えておいて」

「ああ、任せろ」

 

 リクから二つに折れたままのギガファイナライザーを受け取ったゼロは、そのまま光となってレイトから抜け出し、M78星雲人本来の巨体を星山市に出現させた。

 

「じゃあな、リク。ルカとサラ、ライハたちも。また近いうちに会おう」

 

 見上げるほどの巨体となったゼロの声が、彼を仰ぐリクたちに下に降りて来る。

 

「うん。ありがとう……ゼロ」

 

 それこそ、ウルトラマンジードを一撃で完全消滅させた、宇宙恐魔人ゼットとの戦いを端として。

 

 今回もまた、これまで同様。きっと彼抜きでは越えることのできなかった苦難の数々へ、共に立ち向かってくれた戦友――そして、血を分けた家族にも等しい、大切な人。

 

 ウルトラマンゼロに惜しみない感謝の気持ちを伝えながら、リクは彼が開いた次元の穴の向こうへ消えるのを、じっと見守った。

 

「僕も……頑張らなきゃな」

 

 そしてリクたちと同じように、ゼロを見送った――彼と分離したレイトが、眼鏡を掛け直しながら、口を開いた。

 

「マユの……お父さんとして」

 

 彼が呟いたのは、愛娘(マユ)の生きる未来を、より良いものにするための、日々の努力の決意だった。

 

 その気持ちの強さが――本当にたくさんの、大切なものとの出会いに恵まれた今のリクには、心から共感できていた。

 

 

 

 

 




Dパートあとがき



 ここまでお読みいただきありがとうございます。
 以下はいつもの言い訳ですので、興味のない方は飛ばしてください。



 おさらい:本作はリクアサ前提です。
 そして今更ですが、当然ながらリクゼロ前提でもあります。むしろリクゼロも含めて考えるからこそゼロアサではなくリクアサなんですよね……!(過激派)

 ゼロのリクへの感情については、正史に組み込まれる『ウルトラヒーローズEXPO THE LIVE ウルトラマンZ』でも描写されていますし、多分正史とは繋がらないボイスドラマでも「(ジードに出会えたから)レイブラッドやベリアルの存在に感謝している」とジード本人に堂々と言っていたりします。

 湊兄弟がデビルスプリンター回収任務に就いた理由は、公式にはルカ(原作死亡済)もサラ(本作独自キャラ)もリクくんとは一緒に居ないため本作独自の設定になりますが、人間としての夢を置いてまでウルトラマンをしているのはおそらく公式でもリクくんという家族のためじゃないかな、と勝手に解釈していたりします。その展開に本作も可能な限りで合流するためのニュアンスの追加、という体ですね。

 同じように、ゼロとアサヒの約束云々は本作の独自設定を後ほど公式展開に合流させるためにニュアンスを追加した形となっています。公式だと『ウルトラギャラクシーファイト』無印と『大いなる陰謀』までの間にゼロとアサヒは会っていないと思われますが、本作の世界線ではこうして頻繁に顔を合わせているので、『ギャラファイ』最後の決意表明だけだと約束という言葉に微妙に齟齬が出ちゃいますので……!(と言いつつリクアサに繋げようとする卑劣な二次創作者)



 そんなアサヒたちも遂に元の世界に帰ってしまいましたが、もうちょっとだけ本作の物語は続きます。私自身、新しい生活環境にも慣れてきたとは思いますし、流石に次回はもっと早く更新できるよう頑張る所存ですので、よろしければどうぞ今後とも、完結までお付き合い頂ければ幸いです。




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第二十一話「復活のZ」Aパート




 お久しぶりです。
 放送開始時には先んじて完結するつもりだった『ウルトラマンデッカー』が最終回どころか劇場版の公開まで迎えてしまいましたが、本作もようやく最終章(残り5話予定)に入るのでしっかり後に続きたいところです。よろしければ、お付き合いお願いします。





 

 

 

 ――あの時。

 

 生まれて、初めて――己以外の、笑顔が見たいと想った。

 

 

 

 

 

 

 

 地球からは位相の逸らされた、戦闘用不連続時空間メタフィールド。

 

 その中を、黄色い光球が、星のように照らしていた。

 

「――スペシウムスタードライブ!」

 

 小さな星の正体。それは栄光の初代ウルトラマンと、シャイニングウルトラマンゼロのカプセルでフュージョンライズしたウルトラマンジードの超能力形態・シャイニングミスティックが、時間に干渉するために生み出した輝きだった。

 

 神秘の光に照らされて、メタフィールド内の時の流れが止まる。

 

 それは地球から、この戦闘用亜空間に隔離した敵――宇宙恐竜ゼットンにも等しく作用し、そのテレポーテーション能力も、光線吸収能力も、バリアーの発動すら許さず、完全に戒めることに成功していた。

 

 彫像のよう完全に静止したゼットンに対し、時を止めるという大業で消耗を避けられないウルトラマンジードは、淀みなくスペシウム光線の発射体勢に移行。

 

 かつて、初代ウルトラマンの光線を吸収し、撃ち返すことでその生命を終わらせた伝説を持つゼットン、その同種と言えど。自らの存在する時間そのものが止まってしまえば、何ら抵抗できる道理はなく。

 

 神秘の巨人の光は、宇宙恐竜を貫いて、跡形もなく爆散させていた。

 

 そして時は動き出す。

 

〈――お疲れ様でした。リク、ルカ〉

 

 ジードが能力を解除した直後、星雲荘の報告管理システムであるレムから、状況終了を告げる通信が届いた。

 

〈メタフィールド内における、ゼットンの消失を確認。周辺宙域にも、同種の反応は確認されません〉

「(……また迷子だった、ってことなのかな?)」

 

 ジードとレムの会話に疑念の滲む感想を零したのは、このメタフィールドを生成した張本人――ジードと同じく、ウルトラマンベリアルの遺伝子から造られた、妹に当たる生命体。ジード――リクが留花(ルカ)という名を贈った、培養合成獣スカルゴモラだった。

 

「それは……わからない。今度も、アクロスマッシャーでも落ち着かせられなかったから」

 

 巨大な怪獣という本来の姿を晒す妹の、テレパシーを介した疑問に、同じく本来の姿である巨人体のまま、ジードは首を横に振る。

 

「でも、今回も。ルカのおかげで、被害を出さずに済んだ」

 

 戦闘用亜空間(メタフィールド)の生成――かつて対決した恐るべき破壊神の策略により、スカルゴモラがその身に宿すことになった力。

 

 スカルゴモラの意志により、兄であるジードらウルトラマンの潜在能力を引き出す場としての助力もさることながら。何よりも怪獣との戦闘を、地球から切り離した状態で行える隔離空間としての性質が、街を守る上で重要だった。

 

 ……テレビでは、最近のウルトラマンと怪獣の戦いは、何が起こっているのかわからないことばかりだと、理不尽な野次を飛ばされもしたけれど。

 

 虚栄心を満たすことよりも、皆と暮らす世界を傷つけずに済むことが、ジードたちにとって重要だったから。

 

「ありがとう」

 

 御礼の言葉は、自然と口を衝いて飛び出していた。

 

「(……えへへ)」

 

 受け取った妹は、素直にそれを喜んでくれたものの。

 

 どことなく寂しさや、不安がその声に滲んだままであることを、ジードは聞き逃しはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 ……宇宙恐竜ゼットンはわずか一週間のうちに、既に六体、星山市に出現していた。

 

 それは、最初の三体が襲来した初日に至っては、ウルトラマンジードのフュージョンライズのインターバルや、スカルゴモラのメタフィールドの再展開が間に合わないほどの頻度での出来事だった。

 

 幸いにも。先に出現した個体が倒された後から、後続が出現する、逐次投入のような形であったため――そしてウルトラマンジードが動けない時でも、まだスカルゴモラと、彼らの末の妹である究極融合超獣サンダーキラー(ザウルス)、そして宇宙人捜査局AIBの怪獣兵器・時空破壊神ゼガンが控えているおかげで、被害を出す前の討伐そのものには成功していた。

 

 あまりにもゼットンの出現が連続した上、飛来するのが同一種ばかりであることから。新たなリトルスターが発現した可能性と同時、侵略の意図を持った何者かが居るのではないかという線からも、現在AIBが調査を行っているものの。巨大生物同士の闘争そのものが、多くの場合隔離(メタ)空間の中(フィールド)で済まされることもあって、一般社会への影響は意外なほど軽く――星山市にある、とある市民体育館は、既に営業を再開していた。

 

 ……その一角にある、武道室にて。

 

 培養合成獣スカルゴモラが、人間に擬態した姿――朝倉ルカは、打ちのめされて床を舐めていた。

 

「――次」

「……っ、はい!」

 

 構えを促すのは、星雲荘の同居人にして、太極拳の師である鳥羽ライハ。両端にクッションを備えた、身長ほどもある長柄の棒を片手で回していた彼女の呼びかけに応えたルカは痛みを圧して起き上がり、ライハに仕込まれた構えで師に対峙する。

 

 その様を見たライハは得物を両手に持ち替え、先端を低くして構え、弟子であるルカと対峙した。

 

 ――ライハの構えた棒の先端が、撓る。

 

 素早く、予兆なく跳ね上がった鋒に対し、ルカは左足に重心を載せ、腰の捻りで膝前を払うように左手を動かす。先端が届く前に、軌道へ干渉されることを見抜いたライハの得物は即座に下がり、その隙にルカは連動して動いた右手を前に押し出す桜膝拗歩(ロウシーアオブー)の構えを応用した打法に繋げて、得物を叩き落とそうとする。

 

 だが、こちらが間合いに捉えるよりも早く、大きく後退したライハがその勢いのまま、今度は横回転に切り替えた殴打に、同じく横移動のために重心を組み替えていたルカは、上下移動による回避が間に合わなかった。

 

 咄嗟に身を捩り、力の流れが上に弾かれるよう、右肩口で受けながら誘導するのが精一杯。当然被弾の勢いと痛みで動きが鈍ったところに、ライハの蹴りが飛んで来る。

 

 辛うじて頭部への直撃を逸らしたばかりのルカは正確な軌道を読み切れず、故に防御ではなく離脱による回避を選択。弾かれた勢いを利用して、強引に重心を移しながらも飛び退る。

 

 それで向き直った時には、真上からライハの棒が振り下ろされていた。

 

 ルカは二の腕を掲げ、頭部を守りながら前進。間合いを詰めて、クッションで再現された穂先から逃れつつ、柄の部分を受け流しながら距離を詰める。

 

 懐に飛び込んでしまえば、長物は使えない。故にまずは反撃ではなく密着することを優先し、ライハに詰め寄ったルカは、その状態でも仕掛けられる技に移ろうとして――

 

「遅い」

 

 密着状態から、体の捻りによって成立させる体当たり――斜身靠(シェシェンカウ)を繰り出すつもりが、ライハに先手を取られたルカは逆に弾き飛ばされた。

 

 今度こそ姿勢を乱したルカに対し、薙げないならばと、両手の間に持ったままの柄をライハが勢いよく押し付けてきた。芯への直撃を避けようと掴んで食い止めたルカは、生物種としての純粋な馬力の差を発揮する前に、ライハの旋回に巻き込まれてさらに重心を崩す。

 

 その足首を、ライハの回した脚が刈り取って。ルカはそのまま、仰向けに倒れ込んだ。

 

 咄嗟に受け身は取ったものの。床との衝突から起き上がろうとした喉元に、柔らかい樹脂製のクッションが押し当てられる。

 

「……参りました」

 

 詰みを悟り、降参を示して両手を上げると、喉に掛かる負荷が消えた。

 

 ――これがこのところの、ライハによるルカの修行だった。

 

 身体操作に重きを置き、套路を重ねる以前の楽しい修行とは大きく違う。どんな状況でどんな型が有効かを教える組み手自体は前からやっていたが、今の組み手はこのように、ほぼ実戦形式ばかりとなっていた。

 

 それも、師匠(ライハ)だけが得物を使う逆ハンディキャップ。これからの修行は厳しく行く、と以前宣言されたとおり。ルカは毎日、散々に負かされていた。

 

 ……けれど。

 

「――四手まで粘れた」

 

 牽制の一手目を凌ぐのが精一杯だった、始めの頃の己と比べ。

 

「次!」

 

 自身の可能性の拡がりを認識したルカは、敗北や痛みに負けず、ライハの呼びかけで気合を入れて立ち上がっていた。

 

 

 

 

 

 

 それからおよそ一時間後。ライハとルカの師弟は、星雲荘への帰路に就いていた。

 

 ダークザギとの決戦から、もう一ヶ月が過ぎた。銀河マーケットの活動も再開されていたが、売上は以前より下がっていた。

 

 結果として、アルバイト代の減った二人は、あまり長い間武道室を利用できなくなっていた。

 

 ……ルカの貯金は、ないことはないが。その分密度を増やせば、まだ積極的に切り崩さなくとも良いだろうと、ライハは言ってくれていた。

 

 言葉のとおり、濃密にしごかれたルカは打撲した腕を撫でるのが日課となっていたが。

 

「……ルカ、大丈夫?」

「もう、心配し過ぎ。全然平気だよ?」

 

 それでも、毎日のように。トレーニングの後は、己の与えた痛みを心配してくれる師匠に対し、ルカは朗らかに答えていた。

 

 ルカの答えは、全くもって真実だ。姿形だけを擬態した地球人ではなく、培養合成獣を本性とするルカにとっては、この帰路の間にも完治する程度の傷でしかない。

 

 それと引き換えに――こうしたやり取りから、本当は訓練であっても、ルカを傷つけることを望んでいないのは明白なのに。守りたいものを守れる強さが得られるように、毎日付き合ってくれる師匠への感謝を、ルカは本心から抱いていた。

 

 その感謝の気持ちを。帰宅までの間に伝えるべく言葉を交わすのが、もうすっかり日課となっていた。

 

「……ライハの仮想敵って、やっぱりあいつ?」

 

 恒例の雑談の中で。ふと、今日は。そんなことを、ルカは訊ねていた。

 

「そうね」

 

 修行を厳しくしたライハは、ルカの問いかけへあっさり頷いた。

 

「……馬鹿みたいね。あいつはもう死んでるのに」

 

 しかし、そこに続く言葉には若干の間を置いて、ライハは自嘲した。

 

『あいつ』などと、具体的な名前を出さないままでも。修行が厳しいものとなったきっかけ……それ自体は、互いの関係を守るための、半ば言い訳じみたものではあったが。異論を挟む余地のない原因を同時に想起しながら、ルカはライハの言葉に耳を傾けていた。

 

「もっと強い敵だって居た。本当は、そっちを目標に据えるべきなんでしょうけど――私が少しでも再現してあげられるのは、これが精一杯だから」

「ライハ……」

 

 いくらライハが巧夫を重ね、人の身の限界まで、武芸を磨いていても。彼女は、生命体としては所詮、ただの人間に過ぎない。

 

 その限界を痛感したような師匠の様子に、何と言葉を返そうかと様子を伺っていると。ライハはルカの言葉を待たずに続けた。

 

「それに……最近出てきている、あのゼットンって怪獣たち。あいつも操ってたでしょ?」

「そうだね。だから私もちょっと……思い出してた」

 

 今から振り返れば、ダークザギの計画の駒の一つでしかなかったとはいえ――それでも、間違いなく最悪の敵の一体だった『あいつ』との戦いを振り返り、ルカは頷く。

 

 シャイニングウルトラマンゼロの奇跡によって救われたとはいえ、目の前で最愛の兄(ウルトラマンジード)が消滅に追いやられ。結局あの時の……そしておそらくは今も、ルカたちの自前の戦力だけで戦えば、全滅するしかなかった終焉の化身。

 

 そして、最強の存在となるべく造られた人工生命体という、彼自身の言葉を借りれば――培養合成獣スカルゴモラの同類とも呼べる、あの魔人。

 

「……あの時、私はあなたを守れなかった」

 

 苦い思い出しかない戦いを振り返っていると、ライハがそんな言葉をぽつりと漏らした。

 

「そんなことないよ」

 

 自ら振った話題で、ライハの気持ちが沈んでしまったことにいよいよ耐えきれず、ルカは首を左右に振る。

 

「ライハが居なかったら、私はあの後、グリーザに全部奪われてた。それに、ザギの中からも、帰って来られなかった」

「……ありがとう。でも、その前。啖呵切って、あいつに負けたのは事実。そこで、あなたたちと一緒に戦う術も失った」

 

 心底からの感謝を伝えると、ライハは淡く微笑み返してくれた上で、首を振り返した。

 

「……一応、予備のパーツからまた作れないかって、AIBも検討してくれているけど。今の私が無力なのは事実」

 

 キングギャラクトロンMK2(マークツー)――AIBがかつて獲得し、喪失した最大戦力について言及したライハは、消沈していた声に少しだけ、力を取り戻して続けた。

 

「だから、また同じような状況になった時に。今度こそあなたが負けないよう、鍛えてあげることしか、私にはできない」

「……うん。それはきっと、ライハにしかできないことだから」

 

 確信を込めて、ルカはライハに告げる。

 

 その言葉は、自嘲に沈んでいたライハにも、確かに響いたようで。

 

「ありがとう、ライハ」

 

 そっと顔を上げてくれたライハに、ルカは改めて、心からの言葉を伝えて――今度は、伝えたい気持ちがきちんと伝わったことが、ライハの表情から読み取れた。

 

 

 

 ――特徴的で、巨大な鳴き声が響いたのは、それを認めた直後のことだった。

 

 

 

「この声は――っ!」

 

 寸前まで、存在しなかったはずの影が、ルカとライハに覆い被さっていた。

 

 振り返れば、そこには……ルカの予想とは、異なる容姿であるものの。想像通りの黒い体表をした巨大な生物が、忽然と、星山市に出現していた。

 

 それも、三体同時に。

 

「ゼットン――じゃ、ない……?」

「あれは確か……前に、ジードが倒したスペースビースト?」

 

 ルカの疑念に続けて、ライハが緊張で掠れた声で呟いた。

 

 出現した三体の巨大生物は、いずれも――どこか宇宙恐竜ゼットンを連想させる特徴を持った、異形の怪獣たちだった。

 

 内の一体は、サメにも似た頭部をゼットンの体から生やした、直立二足歩行の爬虫類型の怪獣。両肩から伸びる巨大な突起を含め、体の側面を紅蓮の体表で覆い、やや色味の異なる尾を伸ばしたその異形は、合体魔王獣ゼッパンドンと呼ばれる存在に酷似していた。

 

 その両脇にも、さらに二体。ゼッパンドンよりはゼットンの面影が濃いものの、それぞれ両腕にハサミや三本の鉤爪を生やした黒い二体の怪獣が居た。

 

 ハサミを備えた方は、ゼットンそのものの顔をしていたが、角が本来のものから、V字状に膨れた形に変わったことで、頭部の印象が異なっていた。また肩と腰から、斑点を浮かべたゼットンのものとは異なる、甲虫の鞘翅のような器官を伸ばしている。

 

 そして、最も頭身のスマートな最後の一体。ゼットンにはなかった赤い目と黄色い一本角。腕の下には翼のような分厚い被膜が垂れ下がり、細長い尾を生やしているのに、原種よりも宇宙人に似た印象を与える怪獣の、その胸には――カラータイマーとよく似た球状の発光器官と、赤い紋様が刻まれていた。

 

 まるで――ベリアル融合獣のように。

 

「ライハは離れてっ!」

 

 その正体を探るのは、後回しにして。ルカは意識を集中し、自身の膨大な生命力の一部を、特殊な光に変換し、射ち放つ。

 

 ルカの全身から立ち昇った青い光こそは、フェーズシフトウェーブ。かつて身に宿した、ウルトラマンネクサスのリトルスター――そして、そのリトルスターとともに継承されたダークザギの欠片により、今もこの身に宿る、異空間生成能力の発動を意味する光だった。

 

 空まで昇った青い光は花火のように弾けて、今度は黄金の波動となって降り注ぎ、三体の怪獣たちを取り囲む。

 

 そのまま、ルカが生み出す別位相空間へと巨大生物たちを隔離する――はずだった。

 

「消えた!?」

「しまった、テレポート!」

 

 出現した時と同様に。怪獣たちは、忽然と姿を消して、異空への誘いから逃れていた。

 

 フェーズシフトウェーブが、術者を含まずとも成立するメタフィールドGの形成を完了し、この世界から観測できなくなった時には。別座標へ散り散りに再出現した異形の怪獣たちは、ゼットンを思わせる鳴き声を上げていた。

 

 ……おそらくは、これまで素直にメタフィールドに引き込まれてくれていた先のゼットンたちよりも、強大な怪獣三体を。星山市から隔離することに失敗した。

 

 その後悔にルカが一瞬、動きを淀ませてしまったその時――沈みかけた心を救う、希望の光が空に翔けた。

 

 異形のゼットン――その内の、ベリアル融合獣に類似した特徴を持つ一体の前へ立ちはだかるように、赤と銀の体躯に、黒い彩りを走らせた巨人が、舞い降りた。

 

「……お兄ちゃん!」

 

 現れた巨人こそは、ウルトラマンジード――ルカの兄である、朝倉リクその人だった。

 

 さらに、青空に赤い亀裂が走ったかと思うと。そのままガラスのように砕け散って、中から白い異形の竜が飛び出した。

 

 星山市へ新たに出現した巨大生物の正体は、リクとルカの妹。究極融合超獣、サンダーキラーSだ。

 

「サラ!」

 

 自らが渡した名で妹を呼ぶと、サンダーキラーSも呼び声に応えるように。そして、突如として現れた怪獣を威嚇するように、その甲高い咆哮を響かせた。

 

 二体の新たな巨大生物の出現を受けて。三体の異形のゼットンの内、二体が動いた。

 

 ハサミを生やしたゼットンは、その鞘翅の裏に隠していた後翅を羽撃かせる低音を伴って。

 

 ベリアル融合獣に似た個体は、被膜の垂れるその腕を、ただ拡げるだけで。

 

 二体の怪獣は、その巨体が嘘のように、軽やかに空を舞っていた。

 

 別々の方向に飛び上がり、後退した二体はそのまま――顔の前に生成したプラズマ火球を、ジードとサンダーキラーS目掛けて発射した。

 

 対して、ジードは腕を振るうことで光の壁を作り出し。サンダーキラーSはただ、その背に生やした八本の触手の内の一本を閃かせることで迎撃して。それぞれ、一兆度の火の玉から自身を、そして星山市を守り抜く。

 

 空に逃げられて。生物兵器としての本来の戦闘力を発揮しても、手が届かぬ領域から攻撃を仕掛ける二体の怪獣を、ルカが苦々しい気持ちで見上げていると――その頬を、烈風が叩いた。

 

「にがさない……!」

 

 幼い声に、決意を載せて。サンダーキラーSが、その触手の隙間に虹色の光の膜を張り巡らせて、翼の代わりにして羽撃いていた。

 

 サンダーキラーSの巨躯が、浮かび上がると同時。ただその腕を前に振るだけで、ウルトラマンジードもその巨体を、重力の軛から解き放っていた。

 

「ルカ、空は僕たちが!」

 

 そう力強く言い残して、ジードとサンダーキラーSは各々、超音速で離れていく二体の異形を追跡して行った。

 

 ……その声に込められた、信頼を過たず聞き取って。

 

 自らの失態を、即座に補ってくれた兄妹。その頼もしさに励まされたルカは、彼らの信に応えるためにも、残された一匹の怪獣を睨みつけた。

 

「……ルカ」

「大丈夫。ライハは先に帰ってて」

「ええ。頼んだわよ」

 

 頷く師匠に送り出されて、ルカはまさに今、その口腔で火球を膨らませつつあったゼッパンドンに対峙した。

 

「おまえの相手は――私だぁっ!」

 

 叫びの最中、ルカは地球人の少女を模した擬態を解除し――存在位置を、ゼッパンドンの眼前に補正した上で、光量子情報体として保存していた真の姿を咆哮とともに解き放った。

 

 そして光とともに出現した培養合成獣スカルゴモラは、星山市を焼き払おうとしたゼッパンドン撃炎弾をその体表で弾き返しながら、合体魔王獣へと襲いかかった。

 

 

 

 

 

 

 ベリアルの子らが、街を脅かす突然の脅威に立ち向かった後。

 

 鳥羽ライハは、周囲の人目がなくなったことで転送されて来たエレベーターに乗り込み、星雲荘に帰還することができていた。

 

「ライハ! おかえり!」

 

 出迎えてくれたのは、同居人であるペガッサ星人の少年ペガ。

 

 本当はきちんと言葉を交わしたい相手だが、焦燥に駆られていたライハは彼の挨拶に頷きを返すに留め、中央司令室に備わった球体に呼びかけた。

 

「状況は?」

〈各々が一体ずつ、敵に当たっています〉

 

 ライハの問いかけに、球体が発光し、報告管理システムであるレムが回答してくれた。

 

 状況が把握できているのならば、と……ライハは未知の敵について、さらにレムへ問う。

 

「あいつらは……ゼットンなの?」

〈はい。そのものではありませんが、内包するエネルギーの波長は間違いないでしょう〉

 

 ライハの問いかけに対し、レムは中央モニターのウィンドゥをさらに分割しながら解説する。

 

〈スカルゴモラが応戦しているのは、ゼットンとパンドンの特性を併せ持つ融合怪獣。スペースビーストにも収斂進化した個体が確認された、ゼッパンドンの亜種です〉

 

 最後まで地上に残ったその怪獣のことは、類似した存在をライハもかつて目にしていた。

 

 同一の存在ということはあり得ないだろうが、かつてはジードやサンダーキラーSが対決し、下した相手。今のスカルゴモラが十全にその力を発揮できれば、順当に行けば負けないはずの怪獣だ。

 

 だが、メタフィールドに引き込めなかったことで、スカルゴモラは怪獣使いの能力で自身を強化するレイオニックバーストを実質封じられている。地球上であの灼熱の力を戦いに用いれば、余波だけで周囲の環境が破壊されてしまい、多くの命が奪われる――ルカはそんなことを望まないと、ライハは知っていた。

 

 故に、困難に挑み続け、強くなった弟子の実力を認めながら、なおも不安を抱いてしまう己を、ライハは禁じ得なかった。

 

〈サンダーキラーSが相手をしているのは、ゼットンと、バルタン星人という種族に似た反応を観測できます。不確かな伝聞で、ゼットンバルタン星人とそのままの名で仮称された存在と、外見的特徴も合致します〉

 

 そんなライハの心配を知ってか知らずか、レムが続いて、完全に初見となる怪獣について解説する。

 

 バルタン星人、のことはライハも詳しくはないが。対峙するサンダーキラーSは、究極融合超獣だ。レムも特に何も言わないなら、兄妹の中で唯一、ハンデを負わず全力で戦える彼女の心配は不要だろうと、ライハは判断する。

 

 故に、激しいドッグファイトを繰り広げながら、大気圏外へと昇っていくサンダーキラーSとゼットンバルタン星人のことは思考の片隅へ追いやりながら――ライハは残る未知の、無視できない容姿をした怪獣に話題を移した。

 

「……ジードが戦っているのは」

〈ゼットン及び、ベムスターという宇宙大怪獣……そして、ベリアル融合獣と似た反応を検知できます〉

 

 レムの回答に。予想できた内容でありながら、ライハとペガは思わず一瞬、息を詰めた。

 

〈その構成要素から、フクイデケイが可能性を検討しながら実戦投入しなかった組み合わせ――ベムゼードと呼称される存在と似ているようです〉

「……けど、フュージョンライズしたベリアル融合獣そのものではない、ってことね」

「もしかして……また、リクの家族!?」

 

 レムの言い回しから、彼女の仄めかす事実を読み取ったライハとペガは、それぞれ質問を重ねる。

 

 特に、ペガの繰り出した疑問は、培養合成獣や究極融合超獣と出会って来た二人にとって、当然抱く懸念であった。

 

〈いいえ〉

 

 故に、レムがその疑いを即座に否定したことに、何とも言えない安心感のようなものを、ライハたちは抱く。

 

 ならば後は、この新種のゼットンたちを退けるだけ……それ自体も困難ではありながらも、問題がシンプルになったと油断する二人を戒めるように、レムが続けた。

 

〈今回でわかりました。他の二体含めて、この反応は――ルカやサラたちとは、決定的に異なっている点があります〉

 

 そして、さらに衝撃的な観測結果を、ライハたちに伝えた。

 

〈この一週間に出現したゼットンたちは……正確には、生命体ではありません〉

 

 

 

 

 

 

「スマッシュムーン……ヒーリング!」

 

 星山市から何十キロと離れた、海上の空にて。

 

 慈愛の戦士コスモスの力を受け継いだ青い姿、アクロスマッシャーにフュージョンライズしたウルトラマンジードは、その両手から癒やしの波動を放っていた。

 

 ジードの放った興奮抑制光線――過去、自身の強大な力を正しく使えなかった妹たちを救ったこともある光は、突如街中に出現し、火球を吐いた怪獣の全身をも包み込んだが――新種のゼットンこと、仮称・ベリアル融合獣ベムゼードは、何ら影響を受けていないように、一兆度の火の玉をジードに対する返礼とした。

 

「くっ、やっぱり駄目か――!」

 

 高機動形態でもあるアクロスマッシャーの機動性を活かし、反撃を躱しながらもジードは舌打ちする。

 

 ここ数日の間に現れた通常種のゼットンたちも、だったが。恐怖を払い、興奮を鎮める浄化の力を持ってしても、彼らの戦意は揺らがなかった。

 

 明確な敵意を宿した侵略者――実力で戦闘力を奪い去る以外に、止める手段がない脅威。

 

 倒すしかない。覚悟を決めたジードは、今の自分に許された最強の形態へと装いを改めた。

 

《ロイヤルメガマスター!》

 

 ……ギガファイナライザーを失っている今は、最終戦闘形態であるウルティメイトファイナルは封じられている。

 

 さらに、妹たちと出会ってから新たに習得したフュージョンライズ形態――その中でも、特に強大なシャイニングミスティックとノアクティブサクシードは、ベリアルの血を継いだルカが、ウルトラマンの援護を前提に展開したメタフィールドの中でしか、カプセルが必要な状態に変化しない。ジードマルチレイヤーの発動も同じくだ。

 

 つまり、新たな戦いの日々で手に入れた力のほとんどは、ジードが(ルカ)と一緒に戦う時にしか、扱うことはできない。

 

 故に、かつて父に仕組まれた運命を変えるために手に入れた、ロイヤルメガマスターの力が、今のジードが選べる最大戦力。

 

 それでも、当時。数々のベリアル融合獣と戦い、勝利してきたこの力ならば――!

 

「ランススパーク!」

 

 ウルトラマンジャックのカプセルをキングソードに装填し、繰り出すのはウルトラランスの力を秘めた突き攻撃。

 

 かつてベムスターを倒した、ウルトラブレスレットの力を再現した光の突きは、ベムゼードに向かって真っ直ぐ伸び――そのベムスターの腹部・吸引アトラクタースパウトを備えた掌の中に、呆気なく吸い込まれた。

 

「――なっ!?」

 

 左掌でランススパークを吸い込んだベムゼードは、反対の右掌に備えたベムスターの口から、その光を一気に放出した。

 

 直線の攻撃を何とか回避したジードは、かつて己自身が宇宙大怪獣ベムスターと戦った時の記憶を辿り、攻略法を見出す。

 

「なら、これで――!」

 

 再び敵と向き直った時には、ジードはロイヤルメガマスター愛用のキングソードのみならず、汎用武器であるジードクローを左手にも構えていた。

 

 右手から繰り出すのは、キングソードを錫杖として構え、複数の砲身を仮想展開して放つバルカンスパークル。

 

 そしてジードクローを振り抜いた左手からは、ハサミ状のエネルギーを飛ばすクローカッティングを、同時に繰り出していた。

 

 先程ベムゼードの見せた挙動は、過去、湊アサヒたちの地球を訪れた際。ペガを捕らえたベムスターと、奇獣ガンQの組み合わせが見せた戦法だった。

 

 片方が吸収を担当し、内部の繋がったもう片方が放出する――それによって、どれほどの攻撃を受けても許容限界を見せなかった、厄介な相手だった。

 

 しかし、その時は湊兄弟との共闘であったために。ベムスターとガンQ、その両方を同時に叩くことで、放出を堰き止め、吸収限界をゴリ押しで突破し撃破できた。

 

 一人でその時を再現しようとするジードだったが、眼前の敵は、二つの光が届く前に姿を消した。

 

 次の瞬間。空からジード目掛け、複数の火球が降って来た。

 

「ぐ――っ!」

 

 テレポート。ゼットンという種族の代名詞的な能力の一つを存分に発揮して、ベムゼードはジードがかつて用いた攻略法を克服した。

 

 ……攻撃力は絶大でも。かつて、同じくゼットンの力を持つベリアル融合獣・ペダニウムゼットンに苦戦したように、ロイヤルメガマスターではテレポート持ちとは相性が悪い。

 

 そう判断したジードは、異なる形態へとフュージョンライズを切り替えた。

 

《――ソリッドバーニング!》

 

 ジードが選んだのは、強靭な装甲を誇る赤き姿。

 

 総合的な耐久性では、さらに攻撃力に優れたマグニフィセントやダンディットトゥルースという選択肢もあったが――優秀な外部装甲に加えて、もう一つ。それらの形態にはない強みが、ソリッドバーニングには存在している。

 

 その一つ、頭部に備えた宇宙ブーメランを抜き取り、片手で投擲するや否や。弧を描いて回り込むようにベムゼードへと向かうその結末を見届けるより早く、ジードは次の動作に移っていた。

 

「コークスクリュージャミング!」

 

 ジードクローを鏃に、構えたジード自身を一本の矢に見立てて突撃する必殺技を発動した突進は、ベムゼードの放つ光線や火球を正面から跳ね除け、距離を詰める。

 

 接触の寸前、当然のようにテレポートを再発動したベムゼードが、横合いから放った火球を弾くことができず、コークスクリュージャミングは強制終了させられてしまった――が。

 

「――そこだ!」

 

 既に放たれていた宇宙ブーメラン・ジードスラッガーが、ジードの意志に応じて軌道を変え、火球の向かってきた方向へと独自に襲いかかった。

 

 それに対して、ベムゼードが防御のために、片腕を頭上に掲げる――ことまで、ジードの想定内だ。

 

「はぁっ!」

 

 気合の雄叫びを上げて、ジードは再び、ベムゼード目指して飛んだ。被弾を重ねながらも、充分な速度を保ったまま。

 

 これが、ソリッドバーニングを選んだもう一つの理由。ジード自身の飛行能力が、ダメージによって減退しても。ソリッドバーニングはその装甲の各所に、別個の推進力となるスラスターを設けている。

 

 それによって強引に速度を維持したジードの手が、届く寸前。

 

 ベムゼードは右掌から火球を放ち、攻撃用のエネルギーを蓄えつつあったソリッドバーニングの腕を撃ち抜くことで誘爆を招き、赤い巨人を粉砕した。

 

 目と鼻の先で、巨人を呑み込んだ爆発を睨みながら――左腕で残された宇宙ブーメランをも、光線と同じように吸収していたベムゼードは。

 

 その爆炎の向こうから、右腕に絡みついてきた巨人の脚を、躱せなかった。

 

 ――重ねがけしたフュージョンライズの、強制解除に伴う特殊挙動。プリミティブへの強制再変身による光量子情報体再構成により、被弾を覚悟の特攻により強引に死線を潜り抜けたジードは、その脚に挟み込むことで、ベムゼードの右腕を捻り上げた。

 

 そして、そのまま腰を捻り――ソリッドバーニングの頃から継続していた、両腕にチャージした光子エネルギーを解放する。

 

「レッキング――バーストォオっ!」

 

 右腕は脚で抑え込み。左腕はジードスラッガーを吸収するため、頭上へと掲げられていたために、がら空きとなった胴体へと。

 

 回避を許さぬ密着状態で放たれたレッキングバーストの、赤黒(しゃっこく)の煌めきは。一瞬だけ持ち堪えたベムゼードの黒い体躯を貫いて、粉々に砕け散らせていた。

 

 

 

 

 

 

 地上から高度、三十万キロ以上の彼方にて。

 

「おいついた……!」

 

 ウルトラマンジードが、ベムスターと融合したゼットンを撃破したのと時を同じくして。

 

「うるてぃめいとりっぱー!」

 

 空間を割る異次元の回廊を利用し、敵の進行方向へ先回りしたサンダーキラーSが、かつて兄より模倣した手裏剣状の切断光線を、触手の一本から投げていた。

 

 回転し、光輪となったウルティメイトリッパーは、ゼットンバルタン星人の頭頂部に直撃。そのまま体内に侵入して、唐竹割りの要領で、合体怪獣を左右に分断した。

 

「かいざーべりあるくろー」

 

 正中線に沿って両断され、自らで活動することはなくなっても。空気抵抗がない分、慣性のまま向かって来る、ゼットンバルタンの残骸に対し。サンダーキラーSは遺伝子上の父、ウルトラマンベリアルから受け継いだ伸縮自在の毒爪を伸ばして迎え撃ち、引き裂きながら打ち払った。

 

 四散したゼットンバルタン星人の残骸が、さらに勢いよく散って行くのを視界の端で捉えたサンダーキラーSは、その痕跡すらも焼き尽くしておこうと触手を蠢かせた。

 

「――あれ?」

 

 だが、その最中。サンダーキラーSの視界に、より強く、その興味を惹く光がちらついた。

 

「おほしさま……?」

 

 それは、単純に天体を指すものではなく――ゼットンたちが次々と、地球に襲来する理由ではないかと疑われた、高純度のエネルギー結晶体を指しての言葉。

 

 リトルスターの気配を、こんなにも地球から離れた場所で感知したサンダーキラーSは、その蠱惑的な輝きと、生じた疑念とで……追撃の手を、止めてしまっていた。

 

 ……その数秒の間に、事態は大きく変わっていた。

 

「――!」

 

 地上を離れたサンダーキラーSが、索敵のため遠慮なく垂れ流していた電磁波に、乱れがあった。

 

 感知したのは、全方位から迫り来る大量の高熱源体。八本の触手を総動員しても、そのままでは捌ききれない数を前に、サンダーキラーSはバリアを多重展開する。

 

 八本の触手が発生させたバリアの層は、一兆度の火球の群れを完全に防ぎきったものの――その爆炎が晴れた先に待っていた光景に、サンダーキラーSをして、流石に驚愕した。

 

「……ふえてる?」

 

 一兆度の火球群を放ったのは、新手のゼットンではなかった。

 

 上下左右に、都合十二体――先程、サンダーキラーSの攻撃で分割された肉片と、同じ数の。

 

 完全な姿に再生したゼットンバルタン星人たちが、何もない宇宙空間でサンダーキラーSを取り囲み、戦闘続行の意志を示していた。

 

 

 

 ……その、背後で。

 

 究極融合超獣が察知した、魔性の輝きを宿した存在は――超光速の転移を繰り返し、守りの薄くなった地球へと、着実に迫りつつあった。

 

 

 

 

 

 

「(こ、んのぉ……っ!)」

 

 星山市では、なおも。培養合成獣スカルゴモラと、合体魔王獣ゼッパンドン――の、亜種とが、激突を繰り広げていた。

 

 いや、その表現は正確ではないのかもしれない。

 

 巨体を誇る合体怪獣同士がぶつかり合っていたのは、戦いが始まったほんの最初のうちだけ。パワーとタフネスでゼッパンドンを圧倒するスカルゴモラだったが、機動性に劣る彼女に対して、テレポート能力を持つゼッパンドンは頻繁に転移して距離を確保し、引き撃ち戦法に徹していたのだ。

 

 強靭な皮膚を持ち、レイオニックバーストで高熱を纏う上。かつての戦いを経て、ゼットン種の火球にもある程度耐性を得られるように遺伝子が働き、進化した今のスカルゴモラからすれば、一方的に撃たれ続けたところで簡単に命までは届かない。

 

 だが、転移能力を持つゼッパンドンに対し、スカルゴモラが下手に撃ち返そうものなら。その流れ弾は、星山市を焼いてしまう。

 

 故にスカルゴモラは、ゼッパンドンに翻弄されるがままとなっていた。

 

「(――ちょこまか逃げんな!)」

 

 そんな現状に、スカルゴモラは思わず苛立ちを口にする。

 

 憤怒とともに、スカルゴモラの角が紅く輝く。昂ぶった感情を力に変えて、怪獣念力を発動したのだ。

 

 スカルゴモラの操る怪獣念力は、不可視の掌となってゼッパンドンを掴み上げる。動きの止まった隙を逃さず、避けられたとしても街を巻き込まない射線で、スカルゴモラは灼熱の破壊光線(インフェルノ・マグマ)を繰り出す。

 

 だが、ゼッパンドンは顔の両側から六角形の発光体を出現させて、スカルゴモラの攻撃に対処。緑色のゼッパンドンシールドは、インフェルノ・マグマの奔流を完全に受け止め、呑み干し、本体を守り切る。

 

 そのエネルギーを奪われれば、怪獣念力の拘束をゼッパンドンの抵抗が上回り、その身に自由を取り戻されてしまう。

 

「(くっそ……!)」

 

 思わず、汚い言葉を思考しながら。振り出しへ戻った戦いに、スカルゴモラは毒吐く。

 

 あと、もう何分かすれば。もう一度、フェーズシフトウェーブを放てるようになる。一時的に動きを縛る怪獣念力と合わせれば、今度こそメタフィールドに引き込むことができるだろう。

 

 そうなれば、周囲への遠慮は要らなくなる。レイオニックバーストの圧倒的なパワーで粉砕できるはずだと、スカルゴモラは自分に言い聞かせ、冷静さを取り戻す。

 

 それまでの時間、ゼッパンドンから星山市を守りきれれば勝ちだ……そう考えるものの、ゼッパンドンの攻撃力は、インフェルノ・マグマを吸った分、多少なりとも威力を増した。

 

 このまま無事に、守りきれるか――そう考えるスカルゴモラの耳に、馴染みのある鳴き声が届いた。

 

「苦戦しているようだな」

 

 その声とともに、星山市へ新たに駆けつけたのは、蒼い怪獣――AIBのシャドー星人ゼナが操る怪獣兵器にして、スカルゴモラの戦友。時空破壊神ゼガンだった。

 

「(ゼガン! ゼナさんも!)」

「我々だけで共闘するのも久々だが……まだ行けるか?」

「(当っ然!)」

 

 かつて、(リク)がトレギア討伐のため、この宇宙を留守にした間。彼に代わって地球を守りきった怪獣コンビの再結成に、自然とスカルゴモラの胸も高揚する。

 

 対し。新たな闖入者を前にしたゼッパンドンは、その闘志を先程までよりも激しく燃やして、二大怪獣に向かって来た。

 

 迎撃するスカルゴモラとゼガンの背後へと、ゼッパンドンが転移する――が、その程度の挙動は、予知能力などなくとも予測できたために。スカルゴモラの尾が閃き、強かにゼッパンドンの顎を下から打ち据える。

 

 頭部を跳ね上げられ、隙を晒したゼッパンドンに、踵を返したゼガンが切り込む。鋏から放つ電撃光線・シザーブラスターを、振り下ろす右腕の動作に合わせて繰り出し、さながら鞭のようにしてゼッパンドンの身を抉る。

 

 だが、強靭な体躯を持つゼッパンドンは負傷に怯まず、鉤爪状の前足でゼガンに反撃。驚異的なパワーで、逆にゼガンを後退させる。

 

「(こいつ!)」

 

 三体の中、最大の腕力を誇るスカルゴモラが介入し、ゼッパンドンを殴り飛ばそうとする。しかし、どうしても動作の鈍い通常形態ではゼッパンドンを捉えきれず、再転移で逃げられてしまう。

 

「――そこだ!」

 

 だが、相手の動作を追う者が二人となれば、当然隙は減っていた。

 

 スカルゴモラが救出へ入った間に体勢を立て直し、エネルギーを蓄えていたゼガンが、再出現したゼッパンドン相手に胸部の主砲を放っていた。

 

 時空転送光線ゼガントビームに対し。先程のスカルゴモラを相手にした時とは打って変わって、積極的に攻撃を仕掛けるゼッパンドンはこれまで見せなかった規模の巨大な火の玉を抱えて、そのまま突進して来ていた。

 

「(な――っ!?)」

 

 時空の因子を含んだゼガントビームと、ゼッパンドンが盾とした極大の火球。距離を詰め密着したエネルギー同士の激突により、干渉点に異次元への穴が発生する。自身のすぐ後ろで起こった緊急事態に、スカルゴモラも思わず声を上擦らせる。

 

「(まずいよ、街が……!)」

 

 発生した時空の穴は、気圧の差で周囲の大気を吸い込み、それに伴って発生した竜巻が、周囲の人工物を破壊して呑み込もうとしていく。

 

 援護しようにも、均衡する衝突を迂闊に逸らしてしまえば、行き場を失った両者の攻撃がゼガン自身や街を焼きかねない。

 

「――バリアで、我々ごと閉じ込めろ!」

 

 逡巡するスカルゴモラに対して、ゼガンを操るゼナが叫んだ。

 

「早くしろ! ゼガンの願いを忘れたのか!」

「(――くっ、頑張って、ゼガン!)」

 

 躊躇いを叱咤され。

 

 ゼガンがウルトラマンジードに、リトルスターを譲渡した時の心境を、ゾベタイ星人のサトコが翻訳してくれたことを思い出して。

 

 共に生きる皆を守るため、というゼガンの決意に応えたスカルゴモラが、怪獣念力を転用したバリアで紅と蒼の怪獣を包み込めば、その内圧はさらに高まって――

 

 次の瞬間、バリアを吹き飛ばすほどの爆発が起き、それが本来あり得た被害を街に及ぼす前に、異次元の穴へと吸い込まれていった。

 

「(ゼガンっ!)」

 

 共に平和を守った怪獣兵器――言葉を交わすことは叶わずとも、仲間意識を持つには充分過ぎた相手がこの次元から消失したのに、スカルゴモラは思わず絶叫する。

 

 自分が、最初……ゼッパンドンたちの隔離に失敗しなければ、こんな犠牲を払う必要はなかったのに。

 

〈時空破壊神ゼガンの反応、消失。ですが〉

 

 そこで、胸中乱れるスカルゴモラの耳に、レムからの通信が届いた。

 

〈ゼナが装備していた通信機から、転送先の次元での健在を確認できました〉

「(本当っ!?)」

〈はい。しかしそれは、ゼッパンドンも同じ――両者はまだ、異次元で戦い続けています〉

 

 レムの報告に、スカルゴモラは顔を上げる。

 

「(メタフィールドGを利用すれば……私もそっちに行ける?)」

 

 そして、未だ強敵との戦いから逃れられていない戦友の助太刀に向かう方法を、スカルゴモラは思案しようとして――できなくなった。

 

「どこへ行くつもりだ?」

 

 突如として。背後に出現した凄まじい気配に、その身を射抜かれていたから。

 

 ――その声にも、確かな聞き覚えがあったから。

 

 忘れられるはずが、なかった。

 

 衝撃のまま、思わず振り返ったスカルゴモラの目が一瞬、眩い輝きに灼かれた。

 

「あの日の雪辱を果たすため……貴様ともう一度戦うために黄泉帰った、この私を差し置いて」

 

 明順応を果たした視界が捉えたのは――巻き戻される前の時間軸で、ウルトラマンジードを殺めた最悪の敵。

 

 全てのゼットンを従えると豪語し、事実その身に纏った闇の鎧で、手足として動くゼットンの複製体すら生み出した破滅の魔人。

 

 そして。同類と呼ばれたスカルゴモラ自身が、戦いの末に命を奪い。その後、死者の魂を捉えるカプセルにより、あのダークザギのフュージョンライズに使われた――確かに死んでいたはずの、『あいつ』。

 

 

 

 宇宙恐魔人ゼットが――その胸に、リトルスターの輝きを宿しながら、星山市に再臨していた。

 

 

 

 

 

 




Aパートあとがき



 ゼッパンドン再登場は、そろそろ守られているか怪しい本作の「架空のTVシリーズのノベライズ」という作風から、多分まだスーツが残っているだろう怪獣として、三体揃えるのに都合が良かったからと、単純にゼッパンドンが筆者の好きな怪獣上位に入るからです。贔屓丸出しの煽りを受けたかのように、スーツ新造枠のはずなのにAパートで退場するベムゼードは本放送版なら多分別のスーツがあるゼットン亜種だと思います……多分。

 そしてもう一体、ゼッパンドン以外に再登場した宇宙恐魔人ゼット。これは彼の登場する(というか連載)以前から考えてあった展開なので、気に入って贔屓のし倒しというわけではない……です、多分。気に入っているのは事実なのでちょっと語意が弱いです。ただ復活もちゃんと、何なら『ウルトラマンZ』に繋がる(つもりの)理由があります。
 ただ、この先の展開は『ウルトラマントリガー』以前から決めていた構想なのですが、辿り着く前に公式様と一部ネタが被ってしまった部分でもあったりします。巨大ロボ作ってくれた長い間味方だった博士が実は裏切者だった展開は『デッカー』に先んじることができたのですが、この先はちょっとビクビクしながら更新することになりそうです。



・ベリアル融合獣ベムゼード
 データカードダス「ウルトラマン フュージョンファイト!」にのみ登場している公式のベリアル融合獣。映像作品には未登場という、ストロング・ゴモラント(本作でのバシレウスの元ネタ)や禍々アークベリアル(本作のメツオルムの元ネタ)と同じ枠の怪獣になります。
 この機会に新造枠として登場するも、売りである光線吸収とテレポートは本作で使われ過ぎている能力なのでなんか早々に退場する羽目に。ただ、『ウルトラマンジード』本編に登場しなかったベリアル融合獣でジードに倒される枠を貰えたのはある意味美味しいのかもしれません。
 決まり手の密着レッキングバーストはゼットンテレポーテーションで回避できたんじゃね? は禁句でお願いします。吸収防御したジードスラッガーを消化中だったのが運悪くテレポート発動の遅延要素として作用したとかそういう感じでどうかお一つ。




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第二十一話「復活のZ」Bパート

 

 

 

「(……なん、で……)」

 

 星山市の市街地の中。

 

 本来、最優先すべき事項――眼前に現れた、最大級の脅威を隔離することも忘れて、培養合成獣スカルゴモラは動揺を吐き出した。

 

「(なんで、あんたが……死んだはずじゃ……っ!?)」

「如何にも。私は一度死んだ。間違いなく、貴様の手で殺された」

 

 思わず問うたスカルゴモラに対し。言葉に反し、何の恨みも篭ってないような声音で、宇宙恐魔人ゼットが応えた。

 

「そして――私の魂は、奴に囚われた」

 

 淡々と。ダークザギに利用されたという屈辱を、宇宙恐魔人ゼットが呟く。

 

「だが、そのおかげで……貴様らの起源である血肉と同化したことで、黄泉より舞い戻る幸運を得たらしい」

〈デビルスプリンターの作用で復活した、ということですか〉

 

 星山市の市街地で、特大の混乱に惑わされているスカルゴモラへ助け舟を出すように、飛来したユートムを介してレムが言った。

 

「そう呼ぶのか。ならば、それの仕業だろうな」

〈その割には、精神に影響がないようですが……〉

 

 鷹揚に応える魔人を訝しむように、レムが問う。

 

 デビルスプリンターは、スカルゴモラたちの父であるウルトラマンベリアルの細胞の一部。怪獣を強化・使役するレイオニクスであり、他種族との融合・治癒を可能とするウルトラマンであるベリアルの欠片は、時には滅びた怪獣をも再生させる効力を持っているという。

 

 しかし、その魔力を受けた怪獣は、尽く理性を失い凶暴化するとされているが――その証となる、目の赤い変貌もなく。宇宙恐魔人ゼットは生前と変わらぬ佇まいのまま、スカルゴモラの前に立っていた。

 

「肉の秘めた狂気より、私の意志が勝った。ただそれだけの話だろう」

 

 そのカラクリとなる理屈を、宇宙恐魔人ゼットは、傲然と言い放った。

 

 これにはスカルゴモラだけでなく、レムもしばし沈黙したものの、やがて次の言葉を繰り出した。

 

〈……過去、例のないことですが。リトルスターの出処も、同じということですか〉

「この光か」

 

 問われた魔人は――以前とは少々意匠の変わった、暗黒の鎧に包まれた胸に視線を落とし――そこから透けて出でる、清らかな輝きを認識した。

 

「確かに。私を蘇らせるきっかけとなった血肉が、最初から宿していた物だ」

〈アトロシアスが吸収していた幼年期放射。それを含んだままだったデビルスプリンターと結びついて、復活したようです〉

 

 ゼットの首肯を受けて、レムが状況を解説する。

 

〈先程現れた、ゼットンを含む合体怪獣たち。そしてこの一週間出現した他のゼットンたちからも、かつてあなたが繰り出したゼットンの複製体と同様の、闇のエネルギーが検出できました〉

 

 強大な闇の力で、怪獣の影法師を作り出すことを可能とする生きた甲冑、アーマードダークネス。

 

 その暗黒の鎧を纏った魔人がかつて披露した、ゼットンの複製体を生み出す能力。

 

 今回出現した三体は、以前の軍勢には居なかった顔触れだったが……宇宙恐魔人ゼットが、怪獣と融合するデビルスプリンターを得て復活したのなら。他の怪獣と合体したゼットンの複製体――特に、ベリアル融合獣モドキすら差し向けられるのにも、合点が行く。おそらくはリトルスターに惹き寄せられた怪獣たちを逆に喰らい、その力を尖兵として出力したのだ。

 

〈先日から続くゼットン襲来の黒幕は、あなたですね?〉

「ああ。この状況――我が同類との、邪魔の入らぬ戦いの場を整えるために、動かした」

 

 レムの追求に、何らはぐらかすことなく、ゼットは真相を口にした。

 

 そして、その青い視線を再び、動かす。

 

「……これで疑問は全て晴れたか?」

 

 蘇った因縁への動揺をようやく飲み込め始めたばかりのスカルゴモラを、その視界の中心に据えるために。

 

「ならばもう一度、私と戦え」

「(――っ!)」

 

 最強の生命体を目指し造られた魔人は、かつて自身を下した合成獣への再戦を、当然のように要求した。

 

 ――再び、その姿を見た時点で。敵対することは予想できていた。

 

 だが、この状況を前に。様々な考えが浮かんでは消えて、即座に応じることができないスカルゴモラに対し、魔人は淡々と続ける。

 

「逃げるのなら……私に負けた後と、同じ目に遭わせてやろう」

「(――っ!)」

 

 その言葉が指すものが、一瞬で理解できて。スカルゴモラは迷いを捨てた。

 

 挑発に乗せられるまま、スカルゴモラは両の拳を打ち合わせ、全身の角からフェーズシフトウェーブを放射した。

 

「それで良い」

 

 現れてから、ようやく。初めて満足した様子で鼻を鳴らした魔人は、培養合成獣の生成した亜空間へと、大人しく共に吸い込まれて行った。

 

 

 

 

 

 

「――どうなってるんだ!?」

 

 星雲荘の転送エレベーターが開くなり、リクは思わず声を荒らげながら、中央司令室に飛び出した。

 

「宇宙恐魔人ゼットが復活したって……ルカはあいつと!?」

 

 ベリアル融合獣ベムゼード、その亜種を半ば相討ちで倒した後。

 

 ウルトラマンジードとして活動するための力を当面使い切ってしまい、レムの回収を受けていたリクは、遅れて状況を把握したところだった。

 

 飛び出せば、まさに。スカルゴモラが放つフェーズシフトウェーブが、この世界から位相のずれた不連続時空間へと、蘇ったという恐るべき魔人と――リクの大切な妹自身とを、()の手が届かない戦場まで隔離する瞬間が、中央司令室のモニターに映し出されていた。

 

〈お伝えしたとおりです、リク〉

 

 ある程度、情報が纏まってから。戦う力を失った直後のリクに、現状を報告してきたレムは、引き続き淡々と答えた。

 

「くそ……っ!」

 

 思わずジードライザーに手を伸ばすが、機械はリクの肉体と同期しているために、起動することはなかった。

 

 ギガファイナライザーがない今。妹が挑む恐るべき強敵を前に、駆けつけることができない――そんな己の無力を悟ったリクは、さらに不甲斐ないとは思いながらも、縋るようにレムへ問うていた。

 

「サラは……!?」

〈対峙したゼットン――ゼットンバルタン星人が、予想以上の難敵だったようです〉

 

 レムが切り替えた宇宙空間の映像には、ほんの一瞬だけ。星々の代わりに天球を埋め尽くした無数の火球に囲まれ、それを紙一重で躱す究極融合超獣サンダーキラー(ザウルス)の影が映し出されていた。

 

 次いで、無数の羽影がベリアルの子らの末妹を追って、一瞬だけ映像を埋め尽くし、カメラで追える範囲の外へと消えていく。

 

〈異次元でゼッパンドンと交戦中のゼガンともども、今は応援に向かえる状況ではありません〉

 

 味方の誰もが未だ苦しい状況にあると知ったリクは、己の無力に拳を握った。

 

 異空間で、とびきりの強敵と戦うことになるスカルゴモラと。宇宙空間で、未知の難敵と戦うサンダーキラーSと。

 

 妹たちの危機を知らされながら、そのどちらに駆けつけることもできず。ただここで、心配するしかできない。

 

「リク……」

「……自分を責めないで」

 

 そんなリクに寄り添うように、ペガと、そしてライハとが、呼びかけて来る。

 

「あいつは、ルカと一対一で戦うために、ゼットンたちを動かしていた……あなたが悪いわけじゃない」

 

 同じく。かつては、魔人と戦うルカの下へ、唯一駆けつけることができたのに――今はその力を失ったライハは、痛いほどリクの無念がわかるからか。心底から労るような声で伝えてくれるおかげで、リクも少しだけ冷静になれた。

 

〈ここ最近のゼットンの襲来は、そのための下調べだったようです。相手が用意周到でした〉

 

 レムが補足するように。おそらくはジードのフュージョンライズや、スカルゴモラのメタフィールドの再展開に必要なクールタイムが、ここ数日続いたゼットンの襲来の中で割り出されていたのだ。

 

 星雲荘も、AIBも――ゼットンの連続出現の裏に何者かの作為を予想しながら、まさか死者の復活までは思い浮かばず、裏を掻かれた形になった。

 

 だが。

 

「……デビルスプリンターのせいで」

 

 その理由となったもの。懸念し続けていた父の爪痕が、まさかこんな形で牙を剥くなんて。

 

 あるいはこれは――家族の傍に安穏と居続けるため、目を逸らし続けていた己への罰なのかと。

 

「……大丈夫」

 

 妹たちを守る、という自ら望んだ役目を果たせずに震えるリクへ、ライハがそっと呼びかけた。

 

「ルカたちを信じましょう。あの子たちはもう、そんなにヤワじゃないわ」

 

 ――そう吐き出すライハの声も、微かに震えていた。

 

 だが、リクはそれを指摘することはしなかった。

 

 気丈に振る舞おうとするライハの、心の内側が、リクにも充分わかっていたから。

 

「あなたが――ずっと、一緒に居てあげたから」

 

 ルカを鍛え続けてくれたライハの言葉を、リクは静かに受け入れた。

 

 ……今この瞬間、本当に大変なのは、強敵と実際に戦うルカたちの方だ。

 

 なのに自分たちが、助言をするでもなく。ただ心配に浸っている場合ではないと、気持ちを切り替える。

 

 過去を悔いるだけでは、何も進まない。

 

 今日まで一緒に生きてきた中で、自分たち家族が、何を培って来られたのか。それを信じることが大事な場面なのだと、リクは一度不安を振り切る。

 

〈そのとおりです〉

 

 そんな、リクたちの心境の変化を見透かしたように。

 

 声だけの報告管理システムとして。いつも、見守る側であり続けたレムが、同意を示した。

 

 そして。

 

〈それに――悲観するのは、まだ早いようです〉

 

 レムが告げるのと同時に。モニターの中では、まさにその瞬間――レイオニックバーストを遂げた培養合成獣スカルゴモラが、宇宙恐魔人アーマードゼットを、大きく殴り飛ばす光景が展開されていた。

 

 

 

 

 

 

 互いの存在する座標が、通常の世界からメタフィールドに塗り替わり。

 

 地球環境への遠慮から解き放たれた培養合成獣スカルゴモラが、自らをレイオニックバーストさせ、臨戦態勢を整えるなり。

 

「行くぞ」

 

 宇宙恐魔人アーマードゼットが、開戦を告げた。

 

 スカルゴモラの眼前まで、超光速でテレポートして来たアーマードゼットが両手で構えた長槍――ダークネストライデントの先端が、撓る。

 

 素早く跳ね上がった鋒に対し、スカルゴモラは左足に重心を載せ、腰の捻りで膝前を払うように左手を動かす。刃が届く前に、軌道へ干渉されることを見抜いた魔人の得物は即座に下がり、その隙にスカルゴモラは連動して動いた右手を前に押し出す桜膝拗歩(ロウシーアオブー)の構えを応用した打法に繋げて、得物を叩き落とそうとする。

 

 培養合成獣の打撃が、宇宙恐魔人を捉えるよりも早く。テレポートではなく、その脚を使って後退したアーマードゼットは、後退した勢いを活かして、横回転に切り替えた薙ぎ払いを繰り出した。

 

 ――それを、未来を予見し、そして日々の訓練の賜として読み切っていたスカルゴモラは、桜膝拗歩から変形した腰の回転を続行した、尾の一撃で打ち上げる。

 

 そのまま懐に潜り込んだスカルゴモラの、大角が胸に突き刺さるのを。かつての戦いで、ライハの武術の一端を、見様見真似で修得した恐魔人ゼットは、槍から手放した左腕で流れるように逸らし、直撃を回避する。

 

「(――ふんぬっ!)」

 

 だが、密着した間合いは、槍という長物を武器とする宇宙恐魔人ではなく、己の肉体で全てを粉砕する、培養合成獣の距離だった。

 

 頭突きを弾かれたまま、視界を揺らすその勢いすらも利用して。一回転して戻ってきていた右の拳で、スカルゴモラはアーマードゼットを装甲越しに強かに打ち据え、殴り飛ばした。

 

「くっ!」

 

 筋力と体重で負けたまま、持ち堪えることができなかったアーマードゼットは、しかし空中で体勢を整えて、両足でメタフィールドの大地に着地した。

 

 装甲された足裏でメタフィールドの大地を削りながら、殴られた勢いを殺す宇宙恐魔人を見て――スカルゴモラは、今の攻防で覚えた違和感を、そのまま発信した。

 

「(……前より随分弱くなったんじゃない?)」

 

 かつて戦った時のアーマードゼットならば。大角の一撃を逸らすのではなく、超光速のテレポートで、スカルゴモラの反撃を無為化した。

 

 加えて――技の冴えは、ライハと戦った最中より衰えず、むしろ精度は上がっているものの。それを揮う肉体そのものの、動作が遅くなっている。

 

 その膂力も、レイオニックバーストしたスカルゴモラには一方的に打ち負ける程度のものとなっていた。

 

「……二度目の命を得てから、日が浅いのでな。今の私はまだ、生まれたての頃と大して変わらんだろう」

 

 そんなスカルゴモラの疑惑を、何一つはぐらかすことなく。宇宙恐魔人ゼットは、デビルスプリンターの効果があってなお埋められぬ、己の弱体化を認めた。

 

「この鎧も槍も、残滓から再現した紛い物に過ぎん」

 

 そんな状態でも、アーマードダークネスに吸収されていないことが不思議に思われたが――どうやら、同時に復活したわけではないらしい。

 

「だが、心配するな。この戦いの中ですぐに追いつく……あの時よりも強さを磨いた、今の貴様にも」

 

 強がりではなく。それを単なる事実だと信じ切った嬉々とした声音で、アーマードゼットはスカルゴモラに告げた。

 

 ……この魔人は、あのザギとは違い。虚言を弄するようなことはしないだろうとは、既にスカルゴモラも認識していた。

 

 ならば、彼が同類と呼ぶスカルゴモラがそうであるように。宇宙恐魔人ゼットは激しい戦いの中でこそ、その力を飛躍的に伸ばすことが可能なのだろう。

 

 だが、そうであるなら。

 

「(……そんな状態でも、すぐ戦いに来るぐらい。私が憎いの?)」

 

 もっと慎重に、力を蓄えることはできたはずだ。

 

 それも待てないほどに、その命を一度は奪った己のことを――やはり、恨んでいるのだろうかと。一度、兄の命を奪った仇敵に、気づけば問うていた。

 

「……憎いとは思わん。だが、貴様へ挑まずには居られないのだ」

 

 培養合成獣の調子が変わったのを受けてか。宇宙恐魔人は少しだけ、神妙な様子で答えを紡いだ。

 

「私という命は、最強となるために生まれてきたのだから」

「(……別に、私だって、本当に最強なわけじゃないよ)」

 

 ……心なし。かつては迷いのなかったその声に、微かな自嘲の色を感じ取って。

 

 彼から同類と見なされ、その彼に敗北者という烙印を刻んでしまった培養合成獣は、つい会話に応じていた。

 

「(あんたを倒したのは、ダークザギに分け与えられた力。それが表に出てきたのだって、グリーザのダークサンダーエナジーがあったから……)」

「私に勝ったのは貴様だ」

 

 だが、スカルゴモラが拙く展開しようとする主張を、魔人は一言で切って捨てた。

 

「あの雷を浴びたのは私も同じだ。条件が対等なら、あの結果は貴様の才が勝っていたに他ならない」

「(だから、それはザギの……)」

「貴様は奴ではない。そして奴は貴様を手に入れられなかった。ならばそれはもう貴様の力だ」

 

 ……ウルトラマンキングを始めとする伝説の超人たち。その一人である、ウルトラマンノアを模した暗黒破壊神ダークザギ。

 

 より強大な存在が別に存在する以上、最強の証明という目的のためには、必ずしも打倒スカルゴモラへ拘泥する必要はないはずだ。

 

 しかし、宇宙恐魔人を打ち負かしたのは、紛れもなく培養合成獣であり。彼が、その敗北こそを雪ぐべき恥だと認識する限り、戦いを避けることはできないのだろう。

 

「私が――鎧や光から、新たな力を手に入れたように」

 

 修羅の道を歩むその行いは害悪そのものでも。どこか割り切った性格でもあった魔人の見せる執着に、微かに呑まれていたスカルゴモラは。

 

 アーマードゼットの、微かに緩んでいた戦意が再び漲った宣言を前にして、咄嗟に身構えた。

 

 そして、テレポートを先読みして、振り返ったスカルゴモラは――宇宙恐魔人ゼットの双眸が一瞬、胸のリトルスターの輝きと合わせて。青から紫へと、零す光を変えたのを目撃した。

 

 次の瞬間。スカルゴモラは、こちらの予想を上回る俊敏さで高速移動したアーマードゼットに、テレポートではなく、純粋な機動力で背後を取られた。

 

「(動きが、変わっ――!?)」

 

 何とか槍の直撃を逸らしながら、再び振り返ったその時。魔人の拳が迫る最中、再びリトルスターの輝きが変化した。

 

 今度は、赤色――辛うじてそれを認識した次の刹那。大幅に威力を増した拳を受けて、スカルゴモラの巨体は嘘のように、軽々と宙を待っていた。

 

「(な――っ!?)」

「貴様が私と同じように、戦いを通して力を増すのなら」

 

 赤い拳の想定外の威力でもんどりを打って倒れ、何とか起き上がろうと体勢を立て直すスカルゴモラに対し。

 

 打撃の後、ゆっくりと姿勢を戻すアーマードゼットは、その決意を言葉にして、宿敵と定めた相手に浴びせていた。

 

「あの雷など必要ない。私の手で、貴様の真の力を引き出させる。そして――あの戦いを、やり直させて貰う」

 

 

 

 

 

 

「あれは……まるで、ウルトラマンの――っ!?」

 

 メタフィールド内の戦いを見守っていたライハが、弱体化を認めたはずの魔人の反撃を目にして、驚きの声を発していた。

 

「……タイプチェンジ?」

〈そのようです。恐魔人ゼットに発現した、リトルスターの効果と思われます〉

 

 続けてリクの零した連想を、レムが引き取って解説した。

 

〈観測できた波長と現象から推測すれば……考えられるのは、超古代の戦士、ウルトラマンティガのリトルスター、でしょうか〉

 

 戦闘の様子を中継するものとは別に、レムがかつてベリアル軍が収集したウルトラマンの情報を画面に表示する。

 

〈ティガは通常の姿以外に、それぞれ筋力・俊敏性に優れた特化形態への変身能力を持ち、自在に切り替え戦うことができるウルトラマンです〉

 

 レムが解説する最中。同様のタイプチェンジ能力を持つウルトラマンゼロと比べても、遜色しない滑らかさで姿を変え。ウルトラマンの力を宿した最強の人工ゼットンは、培養合成獣を翻弄する。

 

 曰く。デビルスプリンターの効果を加味しても、死に戻りしたばかりの当人は弱体化し、鎧は紛い物――過去、皇帝に仕えた宇宙人たちに分譲された装甲と同じようなものらしく、かつてほどの猛威を奮わないと思われた矢先。新たな能力を披露する魔人に対し、リクとライハは危機感を募らせる。

 

「レム、僕たちも助けに行ける!?」

〈ネオ・ブリタニア号での戦闘活動及び、メタフィールドへの潜航は可能です。ですが、今はまだ様子を見るべきかと〉

 

 リクたちの逸る気持ちを、報告管理システムはあくまで冷静に受け止め、現状を伝える。

 

〈無策で飛び込んでも、ネオ・ブリタニア号の機動力では的になります。加えて前線に出てしまえば、状況の分析力も低下せざるを得ません〉

 

 未だ、魔人やその配下の宇宙恐竜たちの底が知れない状況で、それは蛮勇だと。

 

 窘められたリクたちが、冷静さを取り戻しながら引き下がった直後。星雲荘――ネオ・ブリタニア号の計器が、大音量の警告音を発した。

 

「今度は何!?」

〈この空間で、異常なエネルギー収束を検知しました〉

 

 ペガの悲鳴にも、レムは淡々と応答する。

 

 だが、続いた報告は、そんな簡単に受け流せるものではなかった。

 

〈場所は月面付近――太陽系を蒸発させるほどの熱量が、そこに発生しつつあります〉

 

 

 

 

 

 

 地球から三億メートル以上離れた、最早上空という表現も似つかわしくない宇宙空間にて。

 

 究極融合超獣サンダーキラーSは、無数にして単一の敵と戦っていた。

 

「べりあるじぇのさんだー」

 

 高速移動のため、翼代わりに展開した触手より。サンダーキラーSは、父ベリアルから受け継いだ電撃技を後方へと繰り出す。

 

 無数の雷蛇の群れは、その先々で次々と標的に直撃し、その動きを止めさせるが……その後ろから、倍する数の、同じ姿をした異形の怪獣たちが湧き出てくる。

 

 サンダーキラーSを追うゼットンバルタン星人の群れは、元は全て同一の個体であったものだ。

 

 だが。サンダーキラーSの攻撃で負傷する度、その一つ一つの肉片から――まるで、プラナリアのように。ゼットンバルタン星人は自身をクローン再生することで、無尽蔵に増殖した。

 

 いや、その初見殺しとなる不意打ちが失敗してからは、ゼットンバルタン星人は能力を隠さず、無傷の状態からでも隙を見て分身を生み出し、その頭数を増やしていた。

 

 既に千体以上に分身した不死身のゼットンバルタン星人が、サンダーキラーSを囲んで追い立て続けるようになるのに、時間はかからなかった。

 

「……もうちょっとかな?」

 

 文字通り桁違いの数の敵に追われながら。やもすれば呑気な声音で、何かを待つようにサンダーキラーSは呟く。

 

 真空の宇宙空間では、直にその声を拾える者は存在せず。音のエネルギーが虚空に解ける頃には、空に浮かぶ白い大地――月が、彼女の目の前に見えていた。

 

 月面に衝突する寸前、直角に近い軌道変更を見せたサンダーキラーSの背後で、ゼットンバルタン星人の群れがその数と勢い故に上手く切り替えせず、次々と月に墜落して行く。

 

 だが、その程度で精強な融合ゼットンは死にはしない。むしろ大地ではなく、同族との衝突で負傷した肉片から、さらに自己増殖を繰り返し、数を増やす。

 

「……あれ?」

 

 それを後目に月面に沿って飛翔していたサンダーキラーSの動きが、突如として鈍る。

 

 突如として発生した重力異常――不用意に天体へ近づいたために、ゼットンバルタン星人が保有する特殊能力の発動を許し、巻き込まれた結果だと気がついた時には、頭上に一匹のゼットンバルタン星人が接近することを許してしまっていた。

 

 頭上から、サンダーキラーSの頭を狙って蹴りを繰り出す一体のゼットンバルタン星人――その脚が、接触までのわずかな時間で、爆発的に体積を増やした。

 

 身長六十メートル程度だったゼットンバルタン星人は著しく膨張し、サンダーキラーSの全身を足の裏に収めてしまうほどの巨大化を遂げていた。

 

 先日戦った、挑発星人モエタランガ・バンテヤの幻影にも劣らぬ体格は、しかも本物の質量を持って、サンダーキラーSを襲っていた。

 

 ゼットンバルタン星人は巨大化した足の裏で究極融合超獣を月面に押し付け、そのまま容赦なく踏み躙った。

 

「……すごいね」

 

 だが、その感触に奇妙なものを覚えた巨大ゼットンバルタン星人が、足を上げてみると。サンダーキラーSは、触手から多重展開したバリアで踏みつけを凌いでいた。

 

「ゼーットットットットット!」

 

 バルタン星人の物に似た独特の音程の鳴き声で、小さな敵の健気な抵抗を嘲笑い、改めて踏み潰そうと幾度となく足を下ろすゼットンバルタン星人――だったが。

 

 迎え撃つサンダーキラーSの声には、微塵も怯んだ様子が存在しなかった。

 

「でも――わたしもできるよ?」

 

 次の瞬間。巨大な足裏が届くより早く、サンダーキラーSの全身が、白雷となって弾けた。

 

 物理的な圧力を伴った光に押されて、月面に倒れ込んだゼットンバルタン星人が顔を起こせば――そこには、極度に肥大化し、八本の硬質な脚を備えた下半身と。塔のように伸びた腹部、その頂点から八本の触手を蠢かす上半身を併せ持つ異形に変貌した、サンダーキラーSが存在していた。

 

 巨大ゼットンバルタン星人にも勝る巨体こそは。周囲への被害、あるいは環境との相性を考慮して、地球やメタフィールドでは自ら封じている、今のサンダーキラーSの、真の姿。

 

 多くの怪獣や超獣たち。そして、宇宙に空いた無そのものたる穴、虚空怪獣グリーザに由来するダークサンダーエナジーと。邪悪なる暗黒破壊神ダークザギのエネルギーを大量に吸収したことで到達した、滅亡の邪神としての第二(ギガント)形態――究極融合巨大超獣サンダーキラー(ザウルス)・ネオ。

 

 その、後ろ向きに伸びた節足動物のような下半身の、顔とも腰とも言える箇所に、不吉な紫色の光が灯った。

 

「ばいばーい」

 

 届かぬ軽い声を合図に迸った、大規模な異次元壊滅現象を示す莫大な光――メガデスシウムD4レイが、巨大化したゼットンバルタン星人を丸呑みにした。

 

 小さな肉片からでも再生する能力を持ったゼットンバルタン星人でも、肉体の存在する時空間ごと破壊されてしまっては、複製元にするための遺伝子物質が残存せず。

 

 巨大ゼットンバルタン星人を完全に消滅させたD4レイの光芒が、さらに横薙ぎへと逸れて行く――それは、異次元壊滅現象が存在する座標を、既に変更したことを示していた。

 

 巨大化した下半身を砲身としたデスシウムD4レイは、雲霞のように迫っていた後続のゼットンバルタン星人たちを呑み込み、同じように跡形もなく消滅させる。

 

 ――しかし、微かに射線から逃れた肉片から、新たなゼットンバルタン星人たちが再生し。

 

 未だ月の空を覆う無数のゼットンバルタン星人たちが、続々と最初の個体同様の巨大化を果たしていた。

 

「うーん……ちょっとしっぱいしちゃったかな……?」

 

 その光景を前に。初めて、サンダーキラーSは不安を口にした。

 

 そんな彼女を嘲笑うように。巨大化したゼットンバルタン星人たちは、ゲル状に変化させた細胞で自分たちを繋ぎ、引き合って行った。

 

 そして……かつて、二代目バルタン星人が、初代ウルトラマンへの復讐で見せた能力のように。

 

 集合した一万体以上の巨大ゼットンバルタン星人たちは、月面にも巨大な影を落とす、全長十キロを越す超巨大な個体となって、究極融合巨大超獣サンダーキラーS・ネオを見下ろしていた。

 

「あー!」

 

 自身のさらに三十倍以上の、圧倒的な威容を前にしながら。

 

 サンダーキラーS・ネオは、その場面に似つかわしくないはずの、喜びの声を弾ませていた。

 

「あはは、すごいすごい!」

 

 続けて無邪気に笑う最中、サンダーキラーS・ネオの巨体が、さらに大きなゼットンバルタン星人の影から消える。

 

「こっちだよー!」

 

 大蟻超獣アリブンタから取り込んだ、異次元蟻地獄を発生させて――月の地下ではなく、ゼットンバルタン星人の超巨体の背後に繋がる次元の穴を開き、転移したサンダーキラーS・ネオは、死角から光線を浴びせに掛かる。

 

 山脈ほどの巨体ゆえ、俊敏な動きなど望みようもないと思われた超巨大ゼットンバルタン星人はしかし、無数に分かれたゼットンバルタン星人の集合体であるという特性を活用して、その不意打ちに対応した。

 

 サンダーキラーS・ネオの八本の触手から放たれた光線、その被弾箇所のそれぞれで、体表が変化。表面が観音開きして鏡面を晒すと、そのまま光線を跳ね返す。バルタン星人に由来する、スペルゲン反射鏡という能力だった。

 

 光線を跳ね返されたサンダーキラーS・ネオが、自身の光線吸収能力で反撃を無力化する最中。さらに超巨大ゼットンバルタン星人の全身の細胞が蠢き、体そのものの向きを動かさないまま、その前後が入れ替わる。

 

 そしてサンダーキラーS・ネオを正面に見据えた超巨大ゼットンバルタン星人は、その全身から膨大なエネルギーを、体の中心付近に集約し始めた。

 

〈――危険です、サラ〉

 

 そこで、異常事態を察知した星雲荘から、レムの通信が飛んで来た。

 

〈超巨大ゼットンバルタン星人のエネルギー反応、急激に増大。これは、既に超新星爆発クラスの……〉

 

 レムが解析結果を読み上げるその間にも、超巨大火球がその熱量を増していく。

 

 ……ゼットンは一兆度の火球を放ち、武器とする。だがその一兆度の火の玉は、無から突然現れるわけではなく、当然生成過程が存在する。

 

 現代の人類文明には再現、解析不能な特殊な力場(ゼットンシャッター)によって遮られ、閉ざされた空間の中。外部からゼットンが注ぐエネルギーで加速された荷電粒子が中心部で衝突し合うことで、超高温状態のプラズマが発生する。外部との接触で暴発するか、その荷電粒子が蓄えた運動エネルギーが力場を突破できる閾値に達するまで注がれたエネルギーは放射線としてすら逃げられず、内圧とともに蓄積され、増加し続ける。

 

 その力場を突破する際、圧縮された中心域の温度は、実に最高一兆度に達する――これがゼットンの火球の正体だ。あくまでも一兆度に達するのは中心域の話であり、火球の表面から大部分は圧縮される前、内部を加熱するための薄いガスにも似た状態のプラズマに過ぎないため、見かけほどの威力は発生しない。

 

 だが、総数一万体を越す、通常の五倍以上の巨大種(巨大ゼットンバルタン星人)が再融合し、純粋なエネルギー量の増加と、数が増えたことでより進化した機能性で効率を上げ、さらに充分な時間を費やし膨張させたこの火球は。その中心域の割合が、仮に通常のゼットンの火球と同じ比率だと考えた場合……おそらくは直径一メートルで切り取っても、その表面温度が一兆度となる規模の、天文的な火球と化していた。

 

 それは太陽系を焼き尽くし、数百光年彼方まで致死量の放射線を撒き散らす滅びの火。かつて、最強のゼットンである宇宙恐魔人ゼットが見せた、百兆度を越える炎の拳にも匹敵しかねない、破滅的なエネルギー。

 

 そんなものが、地球と地続きの宇宙空間で、遂に発射された。

 

「えいっ」

 

 破滅の火球は、力場からその威力を解放する前に。サンダーキラーS・ネオが展開した異次元回廊へ落ち込み、すぐ閉じられたその彼方で、無為に炸裂する運命を辿った。

 

 破壊力は凄まじい、が。この規模では力場が破れる予兆を見落とすこともない。外部への影響を及ぼす前に、巨大化した究極融合超獣が体躯と同スケールで瞬間展開可能な異次元への穴で、容易に処理することが間に合っていた。

 

「ざーんねん」

 

 それを示すようにサンダーキラーS・ネオが触手を揺蕩わせて挑発すると、ならばさらなる規模の火の玉をと言わんばかりに、両手を広げた超巨大ゼットンバルタン星人が再び、火球の生成を開始する。

 

 太陽系を滅ぼすほどの火球すら、サンダーキラーS・ネオなら異次元に追放することで瞬時に無力化できる――だが、それが限界だ。

 

 既に超巨大ゼットンバルタン星人の全身は、火球の生成に用いられる力場を反転させた電磁光波(ゼットン)防壁(シャッター)に包まれている。当然ながら、太陽系を焼き尽くすほどの熱量と、それを直径一メートル程度に凝縮させる圧力にも耐えられるだけの代物だ。

 

 その進化の扉を抉じ開けた、破壊神の一撃(ライトニング・ザギ)を取り込んだ直後ならともかく。今のサンダーキラーS・ネオは、正面から超巨大ゼットンバルタン星人の防御を突破できる火力を保有していない。

 

 故に、一度失敗すれば終わりの状況下で、延々と火球を防ぎ続けなければならない窮地へと、サンダーキラーS・ネオは追い込まれたはずだった。

 

 だが――圧倒的不利であるはずの戦況は、唐突に終息した。

 

 火球の生成を試みていた超巨大ゼットンバルタン星人の発光が、突如として消滅したのだ。

 

〈これは……ゼットンバルタン星人の生命反応が消失。どうやら、絶命したようです〉

 

 変化の原因を走査したレムが、全長十キロメートルを越す超巨大怪獣の死を告げた。

 

〈……どう、して?〉

「あ、お兄さま」

 

 レムに続き、通信に混ざった(リク)に気づいたサンダーキラーSは、自身の頑張りを発表することにした。

 

「さいしょにね、かいざーべりあるくろーでひっかいてたの」

〈なるほど。予めベリアルウイルスに感染させていたのですね〉

 

 レムの答えが、崩壊を始めた超巨大ゼットンバルタン星人の死因、その全てだった。

 

 最初に、まだ一体だったゼットンバルタン星人を、サンダーキラーSが攻撃した際。ベリアルウイルスを注入するカイザーベリアルクローによる一撃を、その後の肉片全ての元となる段階で浴びせていた。

 

 その後の増殖復活は、最初こそ想定外だったものの。全ての肉片にウイルスが潜伏しているのならば、相手がクローン再生する際、ウイルスもともに複製される。後はその体内で、徐々に数を増やしていけば良い。細胞の分裂や、大量のエネルギー生成に便乗すれば、充分戦闘中に病死を狙える。

 

 ベリアル自身は、主に洗脳に用いた能力だったらしいが。その彼が、後にアトロシアスとしてゼロビヨンドを撃破したデスシウムデストラクトのように。あるいは最強のゼットンである宇宙恐魔人ゼットに片腕を捨てさせた、スカルゴモラNEX(ネックス)の毒爪がそうであったように。細胞を破壊する純粋な病魔としても、ベリアルウイルスは応用できる。

 

 そのため、既に何者かに操られているらしいゼットンバルタン星人相手には、純粋な細胞破壊を目的に指示を切り替え、サンダーキラーSはウイルスの増殖を促しながら、自分を囮とした時間稼ぎに徹していたのだ。

 

 結果として、地球に近づかれれば取り逃がしかねなかった頭数を安全に、全て殲滅することができた。途中、月が危うくはなったが、それも無事に終わることができた。

 

 ウイルスというのがどんなものか、先日のモエタランガ戦を経た後、改めて復習していたからこその戦果だと、サンダーキラーSは胸を張る。

 

〈もしも相手がベムゼードのように、ベリアル由来の体質を持ち、免疫を備えていれば……〉

「うん、へいきだったとおもう。でも、ちがうってわたしもわかってたから」

 

 レムの漏らした懸念を、サンダーキラーSはきちんと考えていたと回答した。

 

〈あるいは、科学的な知識を充分に備えた上で、同じ能力を持つバルタン星人なら、病死する前に治療されていたかもしれませんが〉

 

 もしくは、最初からあの規模と出力の超巨大ゼットンとして出現されていたなら、流石に究極融合超獣といえども異次元に封印する以外の対処法は取れなかっただろうが。

 

 そのいずれでもない、自らで十全に思考する知性を持たない合成怪獣は強大な能力を誇りながら、ちっぽけなウイルスを前に免疫が追いつかず、呆気なく死に行く運命となったのだった。

 

「あれ?」

 

 細胞単位で崩壊し、真空に拡散していく超巨大ゼットンバルタン星人の残骸を観察することで、自身の勝利を確認していたサンダーキラーSは――そこで、己が見落としているものに気がついた。

 

「お兄さまはもどってるけど……お姉さまは?」

 

 

 

 

 

 

 地球からは、三次元空間の直線距離ではなく、次元を隔てた空間の中。

 

 二体の怪獣が、互いの命を狙い、鎬を削り合っていた。

 

 時空破壊神ゼガンが両手に備えた鋏から、熱線シザーブラスターを放てば、合体魔王獣ゼッパンドンは自らの名を冠した六角形の光波障壁を展開して、それを取り込み。

 

 ゼガンが敵をこの空間に放置し、帰還するための時空転送光線ゼガントビームの発射態勢に入れば、それを阻止せんと、ゼッパンドンがテレポートする。

 

「それはもう、読めている!」

 

 幾度となく繰り返されたその攻防の果て、自身と同化したゼガンに指示を与えるシャドー星人ゼナは、まんまと撒き餌に喰い付いたゼッパンドンへのカウンターに移った。

 

 元より、機動性ではテレポート能力を持つゼッパンドンが遥かに上。その上に鉄壁の体表とゼッパンドンシールドを組み合わされれば、ちまちまとした削り合いでは勝ち目がない。

 

 故に、肉を切らせて骨を断たんと――こちらに牙を立てようと迫るゼッパンドンに対し、ゼガンは自ら利き手を差し出した。

 

 右腕の鋏、それ自体をゼッパンドンの開いた顎に潜り込ませ。挟む力と、噛む力が、互いの輪郭を歪ませる激突の最中――ゼガンを、衝撃が襲った。

 

 その正体は、ゼッパンドンの伸ばした長い尾。強靭な槍と化したその先端が、ゼガンを背中から貫き、主砲の発射口を兼ねた胸を内側から破壊していた。

 

 ゼッパンドンの暴れる尾は、ゼナを格納した操縦室にも、無視できない圧を持って迫ったが――

 

「おぉおお――っ!」

 

 構わず、ゼナは……ゼガンの闘志を、後押しして。

 

 次の瞬間、ゼガンの右の鋏から最大出力で放出されたシザーブラスターが、ゼッパンドンの喉へと抜けた。

 

 強靭な外皮を持つゼッパンドンといえど、口腔から体内を灼かれては、一溜まりもなく。

 

 逃げ場を塞がれた想定外の圧力に耐えきれず、ゼッパンドンの首が破裂して――体内の高エネルギーと誘爆し、その全身を破壊し尽くした。

 

「……ゼッパンドンを撃破した」

 

 その爆発に、至近距離から巻き込まれ――特に、ゼッパンドンの口の中に突っ込んでいた右腕と、爆発で抜け出た尾に掻き乱された胴の傷が深刻ながらも、ゼガンは生きていた。

 

「だが、こちらの受けたダメージも大きい。自力での帰還は困難だ。キングギャラクトロンMK2(マークツー)の予備パーツにある、転送装置での救援を求む」

 

 そして、未だ枯れぬ闘志を示す声で鳴く、母星の最終兵器の心境を――AIB本部に報告を届けながら、ゼナは読み解いていた。

 

「この情報は、星雲荘にも転送してくれ……わかっているだろう、ゼガン。今からスカルゴモラの応援には向かえない」

 

 既に、ゼットン襲来の黒幕の正体と、その襲来に関する情報は、戦闘中だったゼナたちも報告を受け、知るところとなっていた。

 

 ゼナの思考を通じて、状況を把握したゼガンは、満身創痍でありながら、その窮地に馳せ参じようと猛っていた。

 

 それは、朝倉ルカ――培養合成獣スカルゴモラが、共闘を重ねた怪獣兵器へ、種族を越えた友情を抱いているように。

 

 時空破壊神ゼガンもまた、自らを案じ、共に血を流してくれる彼女のことを、かけがえのない戦友だと認識していたからだ。

 

 彼我の戦力差など。その願いを捨てる理由には、なり得ないのだ。

 

 それがよくわかるから。ゼナは、ゼガンが傷ついた自身を労ることができるように、掛ける言葉を慎重に選んだ。

 

「落ち着け。安静にしなければ、戦わなくともおまえの生命も危うい……それは、彼女の望むところではない」

 

 ゼナの教え子が選べなかった生き方――今のゼナが選んだ道を、クルトに代わって進もうとする、形見(ゼガン)の中で。

 

「信じろ。おまえの戦友は強い。その邪魔をする敵を食い止めたおまえの戦いも……きっと、彼女の勝利に貢献する」

 

 ゼナは、戦いの子(ゼガン)の想いが裏切られることがないよう、共に勝利を祈っていた。

 

 

 

 

 

 

 宇宙空間で、巨大なゼットンバルタン星人が滅びた頃も。

 

 異次元空間で、合体魔王獣ゼッパンドンが討たれた後も。

 

 不連続時空間で繰り広げられる、最強の生物兵器を目指し造られた命同士の戦いは、まだ続いていた。

 

「いいぞ。既に、今の私の動きにも適応したか!」

 

 俊足からの、槍による一撃を受け止められ。そのまま流れるような反撃を受けたアーマードゼットが、スカルゴモラを称賛する。

 

 ……結局のところ、紫の敏捷を、赤が凌駕することはなく。赤の剛力を、紫が上回ることもない。

 

 魔人の迷いなき闘志が、精神の統一を必要とするタイプチェンジの淀みをなくし、実質継ぎ目のない挙動を可能にするのなら。こちらに変化の隙を狙う機動性がない以上、両方の最大値を、同時に持ち合わせているものとみなして差し支えなかった。

 

 初撃こそ見事に殴り飛ばされたが、今の魔人の腕力は、最初からそうとわかっていればレイオニックバーストしたスカルゴモラが遅れを取るものではない。凄まじい速さも、全盛期のテレポート能力を思えばまだ対処し易いものだ。競走では追いつけないだけで、懐まで踏み込まれれば充分反撃できる。

 

「(へへ……っ!)」

「――笑ったな」

 

 攻防の最中。

 

 またも一撃を防ぎ、反撃を決めたスカルゴモラが無意識に零した思念を拾い上げ。弾き飛ばされていたアーマードゼットは、どこか感情を押し殺した声で確認して来た。

 

「(……ごめん)」

「何を謝る必要がある」

 

 相手が侵略者の類とはいえ、流石に失礼かもしれないと思わず詫びると。スカルゴモラの闘志の緩みを衝くでも、逆上するでもなく、魔人は首を横に振った。

 

「私の攻めを凌げたことが、その発露を抑えられないほどの喜びに値した――それは私に対する敬意だ」

 

 ……多分、違うとは思うが。思えば以前のゼットの方が大概に笑っていた。

 

 彼なりの戦士の理屈を説く魔人は、スカルゴモラの心に起こった情動を見逃さず、指摘を並べてきた。

 

「そして貴様も、より強くなるために造られた存在なのだろう? 生まれ持った目的を果たして喜ぶのを、この私が咎めるものか」

「(……違うよ)」

 

 宇宙恐魔人ゼットの主張を、培養合成獣スカルゴモラは強く否定した。

 

「(私の生きる理由は、そんなんじゃない)」

 

 最強合成怪獣を目指して造られた培養合成獣スカルゴモラが、朝倉ルカとして生きてきた中で見つけた揺らがぬ願いは、もう別にある。

 

「何故、否定する必要がある」

 

 対して、魔人もまた揺らがぬ意志を込めて、その訴えを続けた。

 

「貴様に、創造主の望みよりも優先するものがあるのは当然だ。貴様の心は、誰でもない貴様自身のものなのだから」

 

 ……続いた言葉は、少し予想を外れていた。

 

 スカルゴモラの、家族と一緒に生きていたいという願い。

 

 それを選ぶこと自体は非難するわけでもない論調で、設計思想を同じくする生物兵器が言う。

 

「だが、その心で揮う貴様の力があるからこそ……叶った願いもあるのではないのか」

 

 戸惑うスカルゴモラに、アーマードゼットはなおも続ける。

 

 そして、少なくともその言葉を、スカルゴモラは否定できなかった。

 

 それこそ――ウルトラマンとしてではなく、怪獣として生まれてきて良かったと思えた戦いもあった。

 

 その、相手こそ……

 

「こうして、貴様ら家族の命を脅かすこの私にも、抗えるように」

 

 ウルトラマンの天敵、その頂点である魔人は、己という脅威をよく理解している素振りで宣った。

 

「(……迷惑だってわかってるなら、やめてくれない?)」

「そうはいかん。前にも言ったとおり、私の願いは、私の産み出された目的を果たすことだ。それは誰に命じられたからでもなく、私自身の意志で選んだ道だ」

 

 スカルゴモラが思わず発した抗議を、アーマードゼットはあっさり拒絶する。

 

「創造主とて、所詮は他人。己を曲げてまで従う必要などない。だが……そう造られたという出自も含めて、我らは、我らなのだ。それを自ら否定するのは、そこから続く今の己さえも否定するのと同じだ」

 

 ……だからダークザギは苦しんでいたのだろうと。恐魔人ゼットの言葉に耳を傾けながら、スカルゴモラはふと想う。

 

 (ジード)の同類だった彼と比べて、自分(スカルゴモラ)の同類は、果たして思慮が深いのか浅いのか。ともかく図々しく、話を続ける。

 

「それとも貴様が家族と呼ぶ者たちは、貴様の生まれや――その心を、忌み嫌ってでもいるのか?」

「(そんなわけないでしょ)」

「ならば卑下するな。それは、今の貴様とともにあることを選んだ者たちへの侮辱だ」

「(……それを奪おうとするあんたに言われたくないよ)」

 

 命のやり取りをしながら激励してくる相手に、スカルゴモラは情緒が追いつかなくなって、呆れて。

 

 けれど、同時に。対話を通して、晴れていく迷いもあった。

 

「(でも、そうだね。そう生まれたことに縛られる必要はなくても……それを、拒否する必要だってないんだって。私も、わかってるつもりだった)」

 

 レイオニクスの本能に呑まれた時。朝倉ルカは、血の滾りのままに力を振り回した。

 

 ダークサンダーエナジーに打たれた時。培養合成獣スカルゴモラは、恐怖のままに暴れ狂った。

 

 いずれも乗り越えたはずの苦い経験は、それでも心の軛となって。スカルゴモラの中に、必要以上の戒めとして残っていた。

 

「(今更、大事なものを見失ったりしない。だから……自分自身から目を逸らす必要なんて、ない)」

 

 それが、何に由来する感情なのだとしても。戦いの中で喜びを感じたことを、言い訳する必要なんてなかった。

 

 ただ、自分は自分だと、胸を張って生きれば良い。

 

 そして、そんな自由を貫くために、戦うのだ。

 

「そうだ――己の全てを費やして、かかってこい。それでこそ、本当の戦いだ」

 

 戦いの最中、余計なことに心を割かなくなった敵を認め――満足げに頷いた宇宙恐魔人が、リトルスターの力による高速移動を開始して。

 

 未来視との合わせ技で、培養合成獣がその動きを見切り。

 

 遠い宇宙の星で、同じ目的のために造られて。違う道を歩んだ生命同士が、再びの激突を開始していた。

 

 

 

 




Bパートあとがき



 そういうわけで、恐魔人ゼット復活の理由は特に捻ったわけでもなく、デビルスプリンターでした。『ウルトラマンZ』に繋がる要素、というのは同作のギルバリスの復活が本作の世界線だと同じ原因(大量のデビルスプリンターで復活していたダークザギのフュージョンライズに使われたから)になるからということですね。
 他の素材メンツについては後々言及します。あとがきか本編中かはまだ内緒です。


・ゼットンの火球
 ゼットンバルタン星人の時に急に長尺取った説明の部分。「一兆度の火球と言いながら大きさの割に影響が小さい」「放射線の被害が見えない」と言われることを解決できそうな、それっぽいことを言っていますが、全部独自設定、要するに捏造ですので、ご注意ください。
 とはいえ、現実の人類でももっと高温の状態を作れるので、怪獣なら生身で粒子加速器の真似事をしながら戦闘に利用することもできるのではないかな、という妄想。


・ゼットンバルタン星人
 これまでショーでしか出番がない、名前のとおりバルタン星人と宇宙恐竜ゼットンというウルトラシリーズの二大顔役の合体怪獣です。

 ショーでしか出番がなかったため能力が未知数、とはいえ、なんかゼットンバルタン星人だけやたら強い(実質ダークバルタンと天体制圧用最終兵器という強豪の能力を併せ持つ)のは、宇宙恐魔人ゼットというキャラクター概念が初登場したショーである、ウルトラマンフェスティバル2016のライブステージ第2部「ウルトラマン episode‐Z ~脅威のゼットン軍団~」でゼットの召喚するゼットン軍団の最後の切札的なポジションであったためです。その枠は初登場だったベムゼードに譲れよという気持ちは自分の中にもありましたが、「ジードがベリアル融合獣を倒す」「ゼットンバルタン星人が切札」という展開の方が美味しいかなぁという判断でこうなりました。
 ちなみに、天体制圧用最終兵器のように三次元宇宙の二百光年を消し飛ばすにはちゃんと数日以上のチャージタイムが必要な描写のつもりです。

 最後の火球の防ぎ方は『シン・ウルトラマン』、感染症による幕引きはもちろんH・G・ウェルズの『宇宙戦争』がオマージュ元になります。久々に『ウルトラマンジード』の二次創作らしい古典SFネタになりました。






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第二十一話「復活のZ」Cパート




 今回、単一パートとしては過去最長(2万文字オーバー)です。ごめんなさい。
 その分頑張ったつもりなので、お楽しみ頂けたら幸いです。






 

 

 

 メタフィールドの中。最強の合成怪獣と、最強の人工ゼットンの戦いが、続いていた。

 

「はぁあああああっ!」

 

 雄叫びとともに、暗黒魔鎧装(アーマードダークネス)で武装した宇宙恐魔人ゼットが、その手に握ったダークネストライデントを薙ぎ払う。

 

「(やぁああああっ!)」

 

 雷鳴のような雄叫びとともに、己が血の力でレイオニックバーストを果たし、自力を増した培養合成獣スカルゴモラが迎え撃つ。

 

 スカルゴモラが全身から放つ、拡散型のスカル超振動波。レイオニックバーストが発生させた超高熱により、秒速百万メートルまで加速した波動は、リトルスターの力で超加速能力を得た魔人の動きすら自動的に捉えてみせる。

 

 だが、超振動波が本来の破壊力を発揮するためには、対象に反射された音波がスカルゴモラ自身に一度戻り、周波数を絞って再発射するというプロセスが必要になる。

 

 その、収束までの一手間を縫い。アーマードゼットはゼットン種特有のテレポートで音波の動きを躱し、周波数の解析を乱し――あるいは、音が伝うための大気そのものを切り裂いて、自動迎撃を潜り抜ける。

 

 そうして届いた漆黒の穂先を、スカルゴモラは肘から生えた角で外側に弾く。

 

 両端に刃を備えているとは言え。長物故、切り返しに生じる魔人の隙を隙を逃さず――柄の中心に、培養合成獣が喰らいつく。

 

「何――っ!?」

 

 一噛みで究極超獣の触手を粉砕する咬合力で槍を捉え、太い首の生む圧倒的な馬力で吊り上げて。なおも抵抗するアーマードゼットの両腕を、スカルゴモラの両手が掴む。

 

 力点が三対二では、宇宙恐魔人といえども抗えず。培養合成獣の顎の力が、その手から槍を奪い取る。

 

 その勢いのまま――ダークネストライデントを敢えて噛み砕かずに吐き捨てたスカルゴモラは、捕縛した相手のテレポート能力を失念していない。

 

 奪われた、まだ壊されていない得物を取り返そうと、アーマードゼットが転移するものと睨み。足踏みとともにメタフィールドの大地を噴火させるレッキングヘルボールを、暗黒の三叉槍を爆心地にして発動させる。

 

 それは、破壊神(ダークザギ)の情報に由来する未来予知ではなく。戦いの中で朧気ながらも掴んできた、敵の定石を読んだ選択、だった故に。

 

「――ふんっ!」

 

 相手が自らそれを外せば、ただ隙を晒すだけの挙動となっていた。

 

「(あぐ……っ!?)」

 

 両手を握られたまま、そこに留まった恐魔人ゼットの、全力の蹴りを脇腹に受け。スカルゴモラは息を詰まらせ、思わず腰を折る。

 

 標的を外した大噴火が、ダークネストライデントを空高く打ち上げるが――知ったことではないとばかりに、両手が自由になったアーマードゼットは、眼前のスカルゴモラに向かって強烈な手刀打ちを繰り出した。

 

 並の怪獣どころか、ウルトラ戦士の命を刈り取るほどの水平チョップが、スカルゴモラの喉笛を叩き潰して半月を描く。レイオニックバーストで向上した耐久と再生能力がなければ、この一撃で終わっていたかもしれない。

 

 だが、軽い脳震盪を起こしながらも。スカルゴモラはそこで踏み止まり、全身をバネにして殴り返した。

 

 テレポート能力を持つはずの宇宙恐魔人は、それを躱さず、鎧で受け――しかし無力化しきれず、打撃に押されて一歩後退る。

 

 その一歩で止まって、またも魔人は前進した。

 

「うぉあああああっ!」

「(りゃあああああああっ!)」

 

 そして、両者その場で足を止めて。クロスレンジでの、打撃の応酬が開始される。

 

 地球圏屈指のパワーファイターの二大怪獣と、ウルトラマンベリアルの遺伝子を合成し産み出されたスカルゴモラ。最強のゼットンとなるべく造られた恐魔人ゼット。

 

 互いが互いの意識を一撃で吹き飛ばすような渾身の拳を放ち、受けた側はそのたびに後退るが、次の瞬間には前進してやり返す、その反復。

 

 それは疑う余地もなく、スカルゴモラに有利なぶつかり合いだった。

 

 強固な鎧で身を固めているとはいえ。リトルスターに由来する、筋力増強の変化を果たしているとはいえ。肉体そのものの分厚さも、純粋な腕力も、そして生命力も、成長を重ねた今の培養合成獣は、蘇生したばかりの宇宙恐魔人を上回る。

 

 しかも、激しい戦いの中で加熱されるレイオニクスの本能が、怪獣使いとしての能力を磨き、さらにスカルゴモラの力を強くする。

 

 強化された魔人の腕力は、確かに肉弾戦に特化した合成怪獣にも匹敵した。だが、そもそも完全に上回っている俊敏さと、テレポートが絶大なアドバンテージを与える機動性を活かし、ヒットアンドアウェイに優れた能力で削る方が、間違いなく有利だったはずだ。

 

 どういう思惑か、それを自ら捨てたアーマードゼットに対し――手加減するつもりなど毛頭ないスカルゴモラは、このまま相手を磨り潰すつもりで、単純な腕力による打ち合いを続行する。

 

 それに危機感を覚えたのは、舞い上がっていたダークネストライデントが地に突き立った頃の、拳の手応えが最初だった。

 

 ……ゼットの後退が、短い。

 

 しかも、返しに浴びた魔人の一撃は、逆に。ほんの数メートル程度とはいえ、これまでよりも大きくスカルゴモラを後退させた。

 

 次の往復は、さらにダメージを負ったゼットの後退が――通ったダメージが、小さく。力を増しているはずのスカルゴモラの後退が――受けたダメージが、より大きく。

 

「(なんで――っ!?)」

 

 殴られた痕を高速で修復し、持ち直しながら――未だ優位に立っているはずのスカルゴモラは、満身創痍へ近づいているはずのゼットを前に、微かな戦慄を覚えていた。

 

〈……品種改良された人工宇宙恐竜(ゼットン)の中には、激しい戦いの中で特殊な成長ホルモンを分泌し、短時間で自己進化する個体が居ました〉

 

 奇妙な勢いで差を縮められる、スカルゴモラの困惑を聞きつけて。一時、途切れていたレムの通信が再開された。

 

〈造られたゼットンの一種である、宇宙恐魔人ゼットも、同様の性質を備えているようです〉

「(今の私の――同類ってことか……っ!)」

 

 前の戦いでは、こちらが格下のためほとんど発揮されなかった――そしてこの戦いの初め、ゼット自身が言及していた特性こそが理由だと明かされて、スカルゴモラは独り言ちた。

 

 戦いの中で成長するレイオニクスの遺伝子に、ザラガスに近いゴモラの体質を組み合わせ。そして暗黒破壊神ダークザギの自己進化プログラムの一部を転写された今の培養合成獣スカルゴモラと、単一種で同等以上の成長速度を発揮するのだから、ゼットンという種の可能性は末恐ろしい。

 

 そんな恐怖を感じると同時に、合点する。敢えて躱さず、不利な殴り合いに魔人が身を投じたのは、単調故に慣れ易い逆境を利用した、自己強化のためだったのだと。

 

 ゼットの方からこちらの土俵に乗り込んできたと思っていたが、むしろスカルゴモラの方が、相手に術中に嵌っていたのだ。

 

「(だったら――っ!)」

 

 それがわかった以上、付き合い続ける義理はない。

 

 ゼットの繰り出した拳を、スカルゴモラは先程までのように正面から受けず、力の流れを外側に逸らし、投げた。

 

「技に逃げるか」

 

 投げをテレポートで無効化した魔人の挑発に対し。野生と武術の共存した――奇しくも、兄の(ジード・)基本形態(プリミティブ)とよく似た構えを取って、スカルゴモラは吠え返す。

 

「(それも私でしょ!)」

「ああ、そのとおりだ」

 

 魔人はどこか満足そうな声とともに、大地に突き立っていたダークネストライデントの真横に出現し、得物を抜き取る。

 

「全てを絞り出した貴様とこそ、私も戦う意味がある」

 

 ただ互いの生命力をぶつけ合う、闘争本能だけの削り合いではなく。それ以外にも――これまでの生涯で身につけてきた全てを用いた形へと、戦いが変わる。

 

 心の勝負。最高の家族とともに生きて育んだ絆を断たれまいとする願いを譲る気はないが、相対する命の、最強を目指す迷いのなさは侮れない。判定は未知数。

 

 技の優劣。最優の師匠とともに積み重ねてきた鍛錬の質と量で劣るはずはないが、純粋な武の才では魔人が上だと認めざるを得ない。合成獣と恐魔人、各々が持つ特殊能力を加味して、結果はやや相手有利。

 

 体の比較。今はまだ、体格で勝るスカルゴモラが有利。だが、先に見せられたゼットの成長性を考慮すれば、それもいつまでもは担保されない。

 

「だが……その全ての面で、今の貴様を上回っておきたかったのだがな」

 

 睨み合いながら、緊張を高めるスカルゴモラに対し。同じように互いの能力を検分し終わったのだろうアーマードゼットが、静かに言葉を吐いた。

 

「そのぐらい追い詰めなければ、あの時の力は引き出せまい」

 

 そして、スカルゴモラの中に眠る、かつて彼に敗北を刻んだ力への執着を覗かせた。

 

 ……確かに、かつて彼を討ったあの時のように。隔絶した力で圧倒すれば、宇宙恐魔人ゼットの成長速度も追いつかず、攻略できる。

 

 伝説のレイオニクスたちは、パートナーであるゴモラやレッドキングを同様の形態へ任意に進化させたと聞くが――スカルゴモラは未だ、自力であの形態に到達したことはない。

 

 ゼットの言うように、ただ追い詰められたからと言って、あの力を再現できるとは限らないのだ。

 

 手詰まりを感じながらも、同時に。この強敵を、どのようにして越えようかという挑戦の喜びで、自らを構成する細胞が武者震いしていることを……スカルゴモラはもう、否定しなかった。

 

 畏怖と高揚を同時に認めながら。互いに攻略の糸口を見出そうと、呼吸の読み合いに移り、戦いが停滞したその最中――メタフィールドの空が割れた。

 

 もう耳に馴染んだ、その音を伴う現象の主を想起して。スカルゴモラは思わず、視線を恐るべき魔人から、空の裂け目に移す。

 

「(サラ――っ!)」

「ですしうむD4れい……!」

 

 名を呼んだ時には既に、スカルゴモラの妹である生物兵器――究極融合超獣サンダーキラー(ザウルス)が、開幕から殺意を全開にして宇宙恐魔人ゼットに挑んでいた。

 

 異次元からの時空崩壊、その投射光に過ぎないために。ゼットン種の光線吸収能力すら貫通する、破滅の輝き。

 

 自らに迫る十条のD4レイの効果を既に知悉していたのか、魔人も受けようとはせず、包囲された着弾地点からテレポートを用いて退避していた。

 

「……もうあのゼットンを退けてきたのか」

 

 合成怪獣と融合超獣の姉妹から、等しく離れた座標より、魔人の声が放たれた。

 

「あれは、単純な破壊力と防御力においては、今の私を凌駕するよう調整していたのだが……ここまで早いとはな」

 

 サンダーキラーSへの反撃ではなく、距離を取って再出現した宇宙恐魔人アーマードゼットは、複雑な声音で、評価を改めるようなことを口走った。

 

「(――妹に目移りすんなっ!)」

 

 値踏みの最中、魔人の声が闘志を滲ませていくのを見逃さなかったスカルゴモラは、吠えると同時に全力の怪獣念力を行使して、アーマードゼットを牽制する。

 

 敵の拘束に成功したスカルゴモラはそのまま、駆けつけてくれた妹に振り返った。

 

「(サラも下がってて、こいつは私の……っ!)」

「――やだっ!」

 

 スカルゴモラが呼びかけた時、既にサンダーキラーSは、デスシウムD4レイの第二射をその胸から放っていた。

 

「わたしも、いっしょにたたかう!」

 

 異次元壊滅現象の光が届く前に、アーマードゼットは怪獣念力による拘束を引き千切り、ダークネストライデントの先端からレゾリューム光線を発射して、相殺する。

 

 強大な暗黒の雷嵐となって放たれるレゾリューム光線と、D4レイの照射数を追加して張り合うサンダーキラーSが、言葉を続ける。

 

「あのときみたいに……お姉さまが、ひどい目にあったりしたら、いやなの……っ!」

 

 究極融合超獣の決意が吐かれた次の瞬間、レゾリューム光線と複数のD4レイの衝突が、互いの制御圧を振り切り、炸裂する。

 

 異次元人ヤプールに由来する力の究極を、わずかに、暗黒宇宙大皇帝エンペラ星人の編み出したレゾリューム光線が上回ったのか。次元崩壊現象は完全に掻き消され、ただ隕石の落ちたような烈風だけが、スカルゴモラとサンダーキラーSを襲い、巨大な質量を後退させた。

 

「(……そうだよね)」

 

 後退しながらも、残心を続ける宇宙恐魔人に隙を晒すまいと睨めつけていたスカルゴモラは――衝撃波が和らいだところで、妹の決意に頷いた。

 

 かつて、この魔人との戦いで体験したもの。そこには、家族の絆や仲間の大切さの再認だけではなく、危うく家族を喪いかける苦しみも存在していた。

 

 ……あんな想いはもう嫌だと、スカルゴモラが感じるのなら。サンダーキラーSが同じことを想うのも、当たり前だった。

 

「(ありがとうサラ。あなたは優しいね)」

 

 ……愛する妹を危険に巻き込むのは、嫌だ。

 

 だが、意地だけで勝てる保証はない。一人で戦って負けてしまえば、家族を守ることもできなくなる。

 

 そして――目の前で家族が殺される体験を、妹に味わわせてしまうかもしれない。

 

 それなら。痛みを覚悟して、家族を護る力になろうとする妹の勇気を信じる方が、ずっと希望がある。

 

「(戦おう、一緒に!)」

 

 これまでの日々で学んできた大切なことを、スカルゴモラはもう見失ったりしない。

 

 故に、間違った優しさを押し付けず、姉妹の共闘を選んだ合成獣を見て――ここまで戦いに心を踊らせていた魔人は、やや物憂げな気配を漂わせていた。

 

「……やむを得ない、か」

 

 魔人が、逡巡を振り切るように漏らした直後。

 

 初めて見た物に一瞬、注意を奪われていたスカルゴモラの前で。アーマードダークネスの胸部装甲に隠れていた、恐魔人ゼットの胸に宿るリトルスターの輝きが、増した。

 

「(な――っ!?)」

 

 輝きが溢れるまま、何十倍にも巨大化して、アーマードゼットをその中に呑み込んだ光の玉の輝き。

 

 それが、次の瞬きで弾けて――スカルゴモラの意識を、そちらに改めさせる。

 

 解けた光は、人の形をして結ばれ、メタフィールドの大地を震撼させた。

 

「……また、ふえた?」

 

 サンダーキラーSが、愕然とした様子で呟いた。

 

 究極融合超獣が、口にしたとおり。

 

 弾けたリトルスターからは、三体の宇宙恐魔人アーマードゼットが出現し、ウルトラマンベリアルの血を引く生物兵器の姉妹と対峙していた。

 

「……貴様の倒したゼットンとは、理屈が異なるがな」

 

 中央――元の、青いままの目をした恐魔人ゼットが、サンダーキラーSの呟きを拾った。

 

「これは、単なる細胞の分裂ではなく」

「貴様らがリトルスターと呼ぶ、光の力だ」

 

 その言葉に続けて、目の色が赤と紫へ変わった左右の個体が、各々。ダークネストライデントを構えながら、スカルゴモラとサンダーキラーSへ詰め寄って来た。

 

「もはや、複製体のゼットンでは、足止めにもならない」

「ならば、余計な力を割くのではなく」

「私自身が、直々に相手をしてやろう」

 

 その言葉を合図に、三体の魔人が動いた。

 

「はやい――!」

 

 紫の目をしたアーマードゼットは、サンダーキラーSを翻弄する超高速で飛翔した。

 

 超音速の魔人を、究極融合超獣は全身から放出する膨大な稲妻による範囲攻撃で捉えようとする。だが、先駆放電の発生から、帰還電撃に繋がるまでのラグを縫って魔人がテレポートを実行し、雷を掻い潜って究極融合超獣に肉薄した。

 

 そして、その刹那。アーマードゼットの目の色が、赤に変わる。

 

「――っ!?」

「(サラ――!)」

 

 俊足から、怪力に切り替わった魔人の剛槍で薙がれ、十万トン近い体重を持つサンダーキラーSが、呆気なくふっ飛ばされて行く。

 

 それを視界の端で見送った時、既にスカルゴモラの眼前にも、紫色の目をしたアーマードゼットが二体、迫っていた。

 

 ……一対一で、ジリ貧だったというのに。

 

 同じ力を保ったまま、三体へ増えたアーマードゼットに、抗し切れるはずがない。

 

 剛力と俊敏を自在に使い分け、認識と同時に空間を転移し、暗黒魔鎧装を模した武装を用いる宇宙恐魔人の連携攻撃を前に、スカルゴモラも一瞬で叩きのめされた。

 

「(……私には散々、全力を出せって言っといて)」

 

 だが、桁外れに強い生命力と、頑健極まる体躯のスカルゴモラは、まだ立ち上がる力が残っていた。

 

「(あんたは、手を抜いていたってこと……!?)」

「そうでもない」

 

 屈辱と、理不尽への怒りとを吐き出すスカルゴモラに対し。起き上がるのを待つように、分身したアーマードゼットたちは会話に応じた。

 

「私自身の力を増す前、最初からこの手を使えば、貴様には持ち堪えられてしまうと――そう思っていた」

「だが……以前あった負荷を、今は感じない。どうやら思っていたより、許された時間は長いらしい」

「(負荷が、ない……?)」

 

 魔人が何気なく漏らした情報に。呟いた当人よりも、スカルゴモラが着目した。

 

「結果として……手を抜いていた形になってしまったな」

「だが私としても、本来はあの姿になった貴様のために、温存しておきたかったのだ」

 

 だが、その変化に気づかないまま、アーマードゼットは胸の内を明かし続ける。

 

「今の私では、この力に頼らざるを得ないほど――今の貴様も、その妹も、私の予想を越えて強かったのだと。そう誇るが良い」

「(そうだ……サラ!)」

 

 分身した宇宙恐魔人は、全部で三体。

 

 いつかのニセウルトラマンゼロと頭数は同じだが……全盛期に劣るとしても、今のアーマードゼットもまた、単体の戦闘力がギャラクシーグリッターすら越えている。

 

 メタフィールドに到着して早々、D4レイの連射でエネルギーを消耗したサンダーキラーSには、一対一でも荷が重い相手だ。

 

 ……その予想に違わず、宇宙恐魔人の圧倒的な速度に翻弄され、リトルスター由来の能力変化で発揮するパワーに圧倒されたサンダーキラーSは、既に放電で反撃する余力すらなく、尾を掴まれて振り回されるままとなっていた。

 

「う……っ!」

 

 投げられた痛みで呻くサンダーキラーSに、アーマードゼットの一体が長槍を携え、トドメを刺そうと肉薄する。

 

「(サラ……っ!)」

「――だから嫌だったのだ」

 

 そちらに気を取られていると、アーマードゼットの一体が、視線を遮るように転移してきた。

 

「貴様こそ、私との戦いで目移りするな」

「(――退けぇっ!)」

 

 ゼットの心中など、もう知ったことではない。

 

 ただ、姉として妹を救わなければならないと――スカルゴモラは絶叫する。

 

 ……数秒だけで良い。この邪魔だけはされまいと、最大出力の怪獣念力でバリアを展開し、全方位に拡大する。

 

 距離を稼ぐだけの挙動が予想外だったのか、アーマードゼットたちは不意を突かれた形で一瞬だけ対応に戸惑いを見せるが、迫るエネルギー障壁を槍で払い除ける。

 

 その一手で賭けに勝ったスカルゴモラは、得られた時間を活かし、己の両拳を打ち合わせていた。

 

 ――大丈夫、できないはずがない。

 

 自分を受け入れてくれた家族を守り、そして明日もともに笑って過ごすために――今に続く、己の全てを使うと決意して。

 

 スカルゴモラは全身の角から――自らの作った世界を塗り替える、暗黒の波動を放射していた。

 

 

 

 

 

 

 星雲荘に中継される、絶体絶命の危機。

 

 リクたちは当然、それをただ黙ってみているわけではなかった。

 

「レム、突入急いで!」

 

 マルチバースを移動する能力を持った、テラー・ザ・ベリアルの戦列艦であるネオ・ブリタニア号。この新たな日々の中で、元より備えていたその時空移動能力を応用し、位相の異なるメタフィールドに突入する機能を、星雲荘も身に着けていた。

 

 今こそそれを用い、数的不利に追い込まれた戦線へ突入。的を散らして、少しでも立て直す時間を稼ぐ――今こそ命の懸けどころだと、リクもライハも理解していた。

 

 レムだけを突撃させる、なんてことはせず。そんなリクとライハに感化されたのか、ペガも含めた全員で、発進の準備に取り掛かっていたその時、警報が鳴り響いた。

 

「どうしたの、レム!?」

〈同期したはずのメタフィールド境界面の位相が、変動しました〉

 

 リクの問いかけに、レムはこんな時でも冷静に答える。

 

「突入が遅れるってこと!?」

 

 レムの報告を、三人の誰より早く理解したペガが、悲鳴を発する。

 

「そんな……どうして……っ!」

〈原因はルカのようです〉

 

 間に合わない、と。リクの感じた悪寒と同じ理由で嘆くライハを遮るように、レムが言う。

 

「……どういう、こと?」

 

 リクが問う頃には。中央司令室のモニターで、事態の推移が映し出されていた。

 

 ……メタフィールドが、凄まじい勢いで変わっていく。

 

 赤黒い波動を放出する、スカルゴモラを起点として。曇天の空は、より赤黒く塗り替わり。大地には、緑色の発光が点在するようになる。

 

 その変貌の様子を、かつてリクは一度、直接見たことがあった。

 

〈あれは――ダークシフトウェーブです〉

 

 そして、リクが連想したとおりの解析結果を、レムが報告していた。

 

 

 

 

 

 

 培養合成獣スカルゴモラの、メタフィールド生成能力。

 

 それは、ネクサスのリトルスターと同時に宿り、その後も残留したダークザギの情報の一部が、リトルスターの働きを学習したために可能とした――ダークザギに由来する能力だ。

 

 ならば。メタフィールドの形成は、位相を反転させる術を学んだことによる応用であり――現在のスカルゴモラが操る能力の本質は、ダークフィールドの発生にこそある。

 

 故に、スカルゴモラは。自身の生成するメタフィールドを塗り替える、ダークフィールドの展開を、単独で可能としていた。

 

「何……っ!?」

 

 世界が塗り替わるのに気取られていたアーマードゼットが、それだけに留まらなかった変化に気づき、驚愕する。

 

 ……彼の分身が、闇に喰われて消えて行く。

 

 アーマードゼットが得た分身能力は、リトルスターに――ウルトラマンキングの欠片に由来する奇跡だ。だから、メタフィールドの中では、彼がかつて感じたという負荷が軽減されていた。

 

 ……その光の力を、ダークフィールドが塗り潰す。

 

 結果として、ジードの分身(マルチレイヤー)のように、アーマードゼットの分身は消え去り……そして。

 

「……あれ? 痛く……ない?」

 

 打ちのめされていたはずのサンダーキラーSが、傷一つない完全な姿を取り戻し、その身を起こしていた。

 

 ヤプールの実験により、自律した心を持っていても。あくまでも、サンダーキラーSの本質は超獣――スペースビーストにも似た、知性体の抱く恐怖に代表されるマイナスエネルギーで存在する、異次元(ヤプール)の眷属。

 

 まして彼女は、そのスペースビーストを取り込み、自らの力に変えた邪神の幼体。

 

 ダークフィールドでこそ本領を発揮するスペースビーストと同じように。サンダーキラーSもまた、ダークフィールドにより再生し、力を増すことは、ダークザギ戦で証明されていた。

 

「(……私の全部でかかってこい、って言ったのは、あんたでしょ)」

 

 その様を見て、内心で胸を撫で下ろしたスカルゴモラは、敵を睨みつけた。

 

「(裏切者の、闇の力だって――それで家族を守れるなら、使ってやる!)」

「……そうか。くく、こんなこともできたのか」

 

 スカルゴモラの啖呵を受けた魔人は――自らの顔に装甲された掌を当て、笑っていた。

 

「やはり……自らの心で戦う貴様の方が、強いのだな。だが――」

 

 その手を下ろし、闇の中に潜むスカルゴモラの赤い双眸を改めて見据えた魔人は、称賛の言葉を吐き――それから、纏う気配の剣呑さを増した。

 

「私も本来は、闇の眷属だということを忘れるな」

 

 ……ダークフィールドの闇は、アーマードゼットの傷すらも癒やし、その地力を強化していた。

 

 メタフィールドの中に在った際と、受ける補助の変わらないスカルゴモラとは違い。リトルスター以外、より適した環境に立った魔人の方が、強化の幅は著しい。

 

 いや――フィールドの連続展開と維持のため、体力を削っているスカルゴモラの方が、さらに不利だ。進化を続ける培養合成獣の強大な生命力で賄っているとはいえ、位相空間の創造は、決して無視し続けられる負担ではない。

 

 そんなスカルゴモラを庇うように――アーマードゼットの動きに呼応して、回復したサンダーキラーSが駆け出した。

 

 唸りを上げた触手が魔人に迫り、テレポートで回避される。死角に回ったアーマードゼットに対し、サンダーキラーSの全身が白雷となって弾け、攻撃を牽制する。

 

「――えいっ!」

 

 次の瞬間には、肥大化した下半身を持ち、全高三百メートルを越す姿――メタフィールド内では変化できなかった究極融合巨大超獣サンダーキラーS・ネオとなり、巨大な脚の一本でアーマードゼットの不意を衝き、踏み付ける。

 

 膨大な質量と、強化された筋力が魔人を襲うが……そのまま踏み潰す、とは、行かなかった。

 

 ダークフィールドによって強化された魔人は純粋な腕力で、究極融合巨大超獣の脚力と、超質量を受け止めて、拮抗していた。

 

 そこからさらに、人工宇宙恐竜の持つ、恐るべき成長性が発揮され。その力を増して行くアーマードゼットが徐々に、巨大な脚を押し返し始めていた。

 

「――っ!」

 

 リトルスターの補助を得ていた赤い剛力形態、それ以上の怪力を見せるアーマードゼットの凄まじさに、流石のサンダーキラーS・ネオも怯みを見せる。

 

「(サラ、ふんばれ!)」

 

 疲弊した体に鞭打って、戦慄に呑まれつつある妹を援護すべく、スカルゴモラは走り出す。

 

 だが、スカルゴモラが駆けつけるよりも、魔人が究極融合巨大超獣を跳ね除け、絶体絶命に追いやる方が、このままでは早い――

 

「(負けるなーっ!)」

 

 そうはさせないと、自身が間に合うまでの時間を稼げるように、スカルゴモラは妹に向けて、さらなる声援を送った。

 

 ――――そこに込めた祈りが、この先の運命を決める引き金(トリガー)となった。

 

 スカルゴモラは一瞬、自らの鼓動が一際大きく跳ねたのを感じた。

 

 そして、次の瞬間。サンダーキラーS・ネオの巨大な体、その中心から炎が弾け、全身を一瞬だけ、燃えるようなオーラが包み込んだ。

 

「――っ!?」

 

 次の瞬間、宇宙恐魔人の膂力を一気に突き放した究極融合巨大超獣の脚力が、アーマードゼットを踏み潰した。

 

「(え……っ!?)」

 

 眼前で繰り広げられた、大地を砕く妹の逆転劇。

 

 自分たちにとってこの上なく都合の良い展開に、しかしスカルゴモラは足を止め、呆けた声を発していた。

 

〈これは……ブレイブバーストです〉

 

 その原因が、己の勘違いではないことを、レムの通信が保証する。

 

 サンダーキラーSは――度々、ベリアルの子らを苦しめてきた、レイオニクス能力に由来する怪獣の強化現象をその身に起こしていた。

 

 ただ、これまでのそれと違うのは……

 

〈ダークフィールドの補助により、ルカのレイオニクスの力が、バトルナイザーなしで作用を可能としたようです〉

 

 ――そう。

 

 他の誰でもなく。妹の窮地を救わんとしたスカルゴモラの意志が、引き起こした事象だということだった。

 

「(私が……?)」

 

 ダークザギに由来する、スペースビーストの制御能力。かつて敵対した滅亡の邪神ハイパービースト・ザ・ワンにも通じた、スカルゴモラのその特性が、スペースビーストを吸収したサンダーキラーSとの繋がりをダークフィールドで増幅。結果、本来必須のはずの増幅器(バトルナイザー)の代替となり、怪獣使いの力を妹に届かせ強化した。

 

 要はモエタランガの時と同じだと、その理屈はわかった上で。まだ落とし穴があることを、スカルゴモラは覚えていた。

 

「(でも、サラには……)」

〈どうやらダークザギが吸収した際、他のデビルスプリンターや、ルカのレイオニクスパワーと相乗させるため……ヤプールによるプロテクトを、解除していたようです〉

 

 スカルゴモラの疑問に先回りして、レムが答えを口にした。

 

「ペイシャン、が……」

 

 裏切者(ダークザギ)の爪痕により、軽蔑する父(ウルトラマンベリアル)に由来する力を、姉妹で共有することができた。

 

 思わぬ運命の助けを受けたことに気づき、複雑な感情の処理が追いつかず、スカルゴモラたちが立ち尽くしている間に。

 

「……どこまでも楽しませてくれるな」

 

 サンダーキラーS・ネオの踏みつけからテレポートで脱出したアーマードゼットは、流石に大きなダメージが残った様子ながらも、言葉通りの狂喜で身を支えていた。

 

「それが貴様らの、絆の力とやらか」

 

 劣勢にあってこそ、迷いなき闘志を見せる魔人の様子に、ベリアルの娘たちも逡巡を振り払う。

 

「(……そう、かもね!)」

 

 過程がどうあれ、結実したものは紛れもなく。

 

 今この瞬間の、大切にしたいと想う自分たちの在り方。それを守るため、自らの意志で引き出した力だと認め、スカルゴモラとサンダーキラーSは奮起する。

 

「行くぞ、強き……いや。強くなりし者たちよ!」

 

 それを見届けたアーマードゼットが、再び挑戦の意志を示し、激突を再開した。

 

 

 

 

 

 

 メタフィールド、改め。ダークフィールド内の闘争は、決着に近づきつつあった。

 

 ブレイブバーストを果たした究極融合巨大超獣(サンダーキラーS・ネオ)のパワーは、今のアーマードゼットを完全に凌駕している。それは人工宇宙恐竜の成長速度を持ってしても、まず追いつけないほどの差だ。

 

 しかも――

 

「(サラ、そこっ!)」

 

 怪獣使い(スカルゴモラ)の思念が、サンダーキラーS・ネオに届けられ、長大な触手が横薙ぎに振るわれる。

 

 触手の襲いかかった先は、何もない暗い空――そのはずだったが。

 

「――くっ!」

 

 刹那の後、テレポートでその場に出現したアーマードゼットが、触手の直撃を何とか槍で防ぎながらも、膂力の差に圧倒され、弾き飛ばされる。

 

 レイオニクス能力により、感覚の繋がった姉妹は――スカルゴモラが未来予知で得たビジョンを、リアルタイムで共有できるようになっていた。

 

 その結果、宇宙恐魔人がゼットン種として持つ死角へのテレポートも、サンダーキラーS・ネオを撹乱することもできなくなっていた。

 

「……舐めるなっ!」

 

 猛烈な勢いで弾かれたアーマードゼットは、自らに加えられた運動量を取り込む横回転とともに、ダークネストライデントの柄を元の何倍にも伸ばし、遠心力まで載せた横薙ぎの一撃を繰り出していた。

 

 先手を読まれた魔人の意地が放った反撃は、サンダーキラーS・ネオの触手群が展開した無数のバリアを粉砕。しかしそれで威力を弱め、勢いの衰えたところに複数の触手が絡みついて捕まえる。

 

 その時には、アーマードゼットは既に得物を手放し、転移していた。

 

 アーマードゼットの再出現先は、主力を妹と交代した格好となった怪獣使い(レイオニクス)・スカルゴモラの背後。

 

 肉を切らせて骨を断つ、魔人の反撃を無力化するため。サンダーキラーS・ネオの対応力の要である触手群が停滞したその隙を縫って、恐魔人ゼットは宿敵を狙う。

 

「油断は――していないようだな!」

 

 ……自身の動きが予知されていることなど、この魔人が理解していないはずもない。

 

 そんなことは、既に幾度となく打ち合ったスカルゴモラも確信していた。

 

「(当……然っ!)」

 

 テレポートと同時に繰り出された拳の直撃を、その場で半回転を始めていたスカルゴモラは芯を逸らしながら受け、己の拳で打ち返した。

 

 カウンターを叩き込んだ格好となったものの、既に腕力は逆転していた。打ち負けたスカルゴモラが後退する――が、流石に思い切り殴り返された魔人も動きが鈍ったその隙に、余力を取り戻したサンダーキラーS・ネオの触手が介入し、仕切り直させる。

 

「きらーとらんす!」

 

 さらに、サンダーキラーS・ネオが、触手の先端を超獣たちの一部に変化させる。

 

「いっせいはっしゃ!」

 

 光線吸収能力で無効化されない実体弾主体の大火力が、未来予知で捕捉された魔人の転移先に殺到。

 

 魔人は即座にもう一つの防御手段、電磁光波障壁(ゼットシャッター)を展開して、集中砲火に備えようとするが――

 

〈喰らえっ!〉

「――なん、だと!?」

 

 別方向から突如飛来した火線が、展開途中の一瞬しか存在しない弱所を狙い撃ち、バリアの崩壊を導いた。

 

「(お兄ちゃん! 皆も!?)」

〈助けに来たわよ、ルカ!〉

 

 アーマードゼットを撃った、乱入者――それは、ここぞというタイミングでダークフィールドへの突入を成功させた、ネオ・ブリタニア号だった。

 

「くっ、どこまでも……!」

 

 苛立ちを吐き捨てながら、無数の火砲に撃たれた魔人が立ち上がり、頭上を過った機影を睨みつける。

 

「……いや。貴様らの共にあろうとする意志と力に対して、私の見立てが甘かっただけか」

 

 魔人の視線を遮るように、ネオ・ブリタニア号の前に出たスカルゴモラと、まとめて守護するように展開されたサンダーキラーS・ネオの触手を見据えたアーマードゼットは、戦いの中で生じた余計な怒りをそのように内省して、鎮め。

 

 代わって、その肉体という頑強な器の中に、莫大な熱を発生させ始めた。

 

「ならば――全員纏めて、終わらせてやる!」

 

 全身を発光させるアーマードゼットが始めたのは、ゼットン種の代名詞とも言える火の玉の生成だ。

 

 スカルゴモラの肉体は既に、通常の一兆度の火球には耐性を得ている。

 

 アーマードゼットもそれを見抜いていたから、ここまでの攻防では用いて来なかった。

 

 だが、戦いの中で成長を重ねた魔人が遂に解禁した奥の手は当然、並の火球ではなく。

 

 ゼットン種の頂点である彼だけが作り出せる、百兆度(EXゼットン)すら越えた最高温度と、恒星系すら焼却しかねない持続時間を両立した、究極の熱量だった。

 

 ダークフィールドの補助を受けた中、最大威力のための自爆すら覚悟したそれは、ここまでの攻防とは桁が違う。来ると先読みできていても、ネオ・ブリタニア号は無論、レイオニックバーストした培養合成獣も、ブレイブバーストした究極融合巨大超獣も、そのまま受けても、不用意に迎撃して誘爆させても、耐えようのない破滅の一撃だ。

 

 曰く、サンダーキラーSが抑えたゼットンバルタン星人は、今の彼をも上回る破壊力を発揮できたそうだが。単調な複製体なら対処できたからと言って、速度や戦闘技術、そして何より、駆け引きに必要な己の心を持つ宇宙恐魔人ゼットが逆転を期して繰り出す切札を、同じように凌げるとは思えない。

 

 それなら……!

 

「(サラ、防御任せた!)」

「無駄だ。あの時の貴様以外に、防げるものか!」

 

 スカルゴモラの飛ばす指示に、高速移動を開始した魔人の声が告げる。次元の穴による防御や回避を試みたところで、神速で移動する魔人の攻撃からは逃れられない。

 

 ……だから、用意の上で、迎え撃つ。

 

 未だ物にできていないスカルゴモラNEX(ネックス)の力に賭けるのではなく――今この時点の、自分が選べる全てを使って!

 

「(スカル超振動波!)」

 

 頭の大角から発射したのは、スカルゴモラの十八番。古代怪獣ゴモラから受け継いだ、超振動波現象を利用した、超音波攻撃だ。

 

 超高熱で加速され、雷速をも上回る速度になった破壊波動を、しかしかつての戦いで、アーマードゼットは既に見切っている。

 

 ――だから、彼自身を狙ったわけではない。

 

 スカル超振動波は、太陽の核が大気の層を、表面よりも高温まで加熱するのと同じように。ゼットがその両手に抱えるように出力し始めていた火球の力場内部に作用して、魔人の調整を乱すためのエネルギーを、その中に注ぎ込み始めていた。

 

「暴発狙いか……だが、捻じ伏せる!」

 

 ゼガンとゼッパンドンの激突に着想を得たスカルゴモラの狙いを、一瞬で看破した恐魔人ゼットはその全身からさらに力を振り絞り、勢いを増す焔の猛りを抑え込む。

 

 その上で、炸裂するまでの時間を見切り、テレポートでスカルゴモラたちの死角に瞬間転移する。

 

 スカルゴモラの予知した未来を共有していたサンダーキラーSは、魔人と自分たちを遮るための空間破壊を既に始めていた。

 

 だが、それは。鈍重な超巨大ゼットンバルタン星人に対してならともかく、宇宙恐魔人ゼットを前にしては一瞬遅い。

 

 サンダーキラーS・ネオ自身の巨体が隠れるまで空間の亀裂が拡がる前に、アーマードゼットの繰り出した火球が炸裂し、究極融合巨大超獣を葬り去り――彼女が用意した異次元回廊も消滅して。あるいは窮地に覚醒するスカルゴモラNEX以外の、全てを灼き尽くす――はずだった。

 

「な……に――っ!?」

 

 そんな魔人の計算を狂わせた要因は――スカルゴモラが、背中の八本角から三度放っていた、フェーズシフトウェーブ。

 

 汚れた水を棄て、真水を張り直すように。術者自身が維持を放棄したダークフィールドの濃度が薄まり、再びメタフィールドに近づくことで、亜空間の環境が激変する。

 

 結果として。究極融合巨大超獣は、第一形態に退化・縮小し――展開途中だった次元の穴に、すっかりその身を隠すことが間に合って。

 

 自身の力が突如として減退した宇宙恐魔人は、着弾の瞬間まで抑え込めるように調整した力場の操作を誤り、火球の制御を失った。

 

 そして次の刹那、全てを吹き飛ばす、滅びの焔が解き放たれていた。

 

 

 

 

 

 

 宇宙恐魔人ゼットの、命を削るほどの最大火力。

 

 炸裂したその猛威を、正面からの直撃は空間の亀裂を介し、異次元に流し込むことで躱せたとしても……それはあくまで一方向。

 

 消し飛んだ足場も含め、穴で阻止した以外の全方位から、余波として強烈な輻射熱と放射線が荒れ狂うのまでは、防ぎきれず。

 

 万全なら耐えられるそれも、激しい戦闘行為に加えてメタフィールドとダークフィールドを合計三回――不発を含めれば、四回も連続展開して消耗を重ねたスカルゴモラの体力を奪うには、充分過ぎて。

 

 それでも、破壊力が吹き抜けて――メタフィールドを解除したところで、地球も致命的な被害を受けなくなるまでは、意地で持ち堪える必要があった。

 

 だから、異常気象程度にまで弱まった熱波が星山市を駆け抜ける頃には。通常空間に帰還したスカルゴモラは自重を支えきれなくなって、負担の軽い人間態になりながら、熱を帯びた路面に倒れ込んでいた。

 

「お姉さま!」

 

 すぐに駆け寄ってきたのは、同じく地球人の少女に擬態したサンダーキラーS――サラだ。

 

「ルカ!」

 

 遅れて、不時着したネオ・ブリタニア号から飛び出してきた(リク)師匠(ライハ)が駆け寄る頃には、サラが浴びせてくれた治癒光線のおかげで、ルカは喋る程度の力を取り戻せていた。

 

「お兄ちゃん、ライハ……ありがとう。サラのおかげで、もう大丈夫」

 

 サラが擬態を一部解き、裾から伸ばした触手に抱えられたまま、ルカは心配してくれた二人の呼びかけに応えた。

 

「むしろ、こっちが心配したよ。またあいつの前に出て来ちゃうなんて」

 

 大破こそ免れたものの、ネオ・ブリタニアが受けたダメージも深刻だった。腰を抜かしたペガが中央司令室に居残るほどの激しい揺れに晒されて、艦体も充分な冷却が必要なダメージを受けている。

 

 今はゼロが居ない。もしもまた、ゼットに家族を奪われることになれば――そんな事態を想像するだけで、ルカは気が気ではなかった。

 

 だが、そう感じるのが自分だけではないことも、既に承知していたから。

 

「――ルカたちだけに戦わせられないよ」

 

 かなり無謀な突撃だったことに、若干の後ろめたさを覚えた様子ながらも。リクがそう理由を述べるのに、ルカは頷きを返せた。

 

「……だよね、ありがとう」

 

 兄や師匠が、レムだけに任せず助けに来てくれたことへ、ルカは素直に感謝を告げた。

 

「サラが居なかったら、絶対負けてたし……ネオ・ブリタニア号が来てくれなくても、多分、最後も無理だった」

 

 サンダーキラーSという大戦力は言うに及ばず。戦況を見守っていたネオ・ブリタニア号がこの上ないタイミングで乱入し、ゼットの体力を削れていなければ、最後の駆け引きは間に合わなかったかもしれないと、ルカは振り返った。

 

「だから、生き残れたのはみんなのおかげ。助けに来てくれて……それに、無事で居てくれて。みんな、本当にありがとう」

 

 これからも、運命を共にできることに、感謝の想いを込めて。ルカは笑顔を家族に向けた。

 

 それを見届けた家族もまた、各々に笑みを浮かべてくれて――

 

「は……ふはははは――っ!」

 

 しかし、直後響いたその笑声は、家族の誰が発したものでもなかった。

 

 無論、AIBの戦友たちの物でもなく――街中に横たわった、発光する巨大な黒い塊から発せられた音だった。

 

「……今度は、笑ってくれたな」

 

 どこか、満ち足りた様子で息を吐いた、光を灯す黒い塊の正体は――――宇宙恐魔人、ゼットだった。

 

「まだ、生きて――!」

「――待って、サラ」

 

 姉を触手から降ろし、本来の姿に戻ろうとする妹を、何とか自力で立てるようになったルカはそっと制した。

 

 ……自らが扱うのだから、ゼットンたちは一兆度の熱量にも耐え得る機構を備えている。

 

 だが、そのセーフティを威力のために自ら解除し、挙げ句至近距離で暴発させてしまった宇宙恐魔人ゼットは、酷い有様となっていた。

 

 その身を守っていたアーマードダークネスのレプリカは完全に消失し、それに守られていたはずの下半身が丸ごと消し飛んでいる。続く胴の中身も、リトルスターを宿す胸の真下まで焼失し、両腕が肘の辺りで千切れ飛んでいる。デビルスプリンターを取り込んでいるとはいえ、生きているのが不思議の重傷だった。

 

「……ねぇ、ゼット。あなた」

 

 故に、間違いなく戦闘力を喪失したと判断でき。

 

 そして、その声に――あれだけ満ちていた闘志がもう、聞き取れなくなっていたから。

 

 ルカは、戦いの中で感じたことを、彼に問うてみたくなった。

 

「ゼットンたちをけしかけてたのは――私の家族を、殺さないようにするためだったんだよね?」

「……えっ?」

 

 ルカの問いかけに、周りを取り囲む家族が一瞬、絶句した。

 

「……気づかれていたか」

「そりゃ、ね」

 

 全てをぶつけ合う真剣勝負。

 

 攻め入るための相手の隙を探り合う中で、ゼットがスカルゴモラの躊躇いを見抜いたように。スカルゴモラもまた、ゼットが抱く迷いの気配を、見逃していなかった。

 

 ……その正体に確信が持てたのは、さっきの笑い声を聞いてようやく、ではあったが。

 

「……どういうこと?」

「先に家族が死んでいては――もし私に勝っても、貴様の姉が笑えないではないか」

 

 現実には危うく殺されるところだったサラが、困惑の果てに漏らした疑問へと。何を自明なとばかりに、恐魔人ゼットは、微かに苦笑しながら答えた。

 

「ルカの……笑顔……?」

 

 ――それが、きっと。自分と同じ理由だったから。

 

 思わず、といった様子で。リクの零した言葉を、重傷の魔人が首肯する。

 

「ああ。他の者ならいざ知らず……同じ目的で産み出された存在が、この私に勝ったというのに。その結果を喜べないなど――耐えられなかった」

 

 その声には。彼が一度目の生を終える間際の、決死の訴えに滲んでいた、痛切な響きが蘇っていた。

 

「勝者が誇れぬ戦いなど。それで頂点に立ったところで、虚しいだけだ。違うか?」

 

 反問した後、恐魔人ゼットは首を小さく左右に揺らして、自嘲した。

 

「……そんなことを考えるに至ったのは、私も一度死んでからだったがな」

「そのために、折角生き返ったのに、死ぬ気だったの?」

「まさか。誰が負けてやるものか」

 

 ルカの重ねた問いに対しては、即座の否定が返ってきた。

 

「あの時の貴様になら、勝つ算段はあった。勝つためには手を抜けぬからこその小細工だ」

 

 著しく弱体化していたはずなのに、本気で確信していたのだと伺わせる声音で、宇宙恐魔人は培養合成獣の問いに答えた。

 

 ――本心を隠すとしても、虚言を弄しはしないだろう。そんな見立ては、どうやら当たっていたらしい。つまり、参戦したサンダーキラーSたちに向けた殺意は本物だったわけだ。

 

 ……なら、こっちも殺す気で袋叩きにしたのは間違いじゃなかったと、ルカは少し安心した。

 

 そんなルカの心中に、気づいているのかいないのか。宇宙恐魔人ゼットは淡々と身勝手な答えを続ける。

 

「私が勝てば、再び最強を目指す資格を得たとして、遠慮なく笑わせて貰っていた。だが、一度は負けた身が、相手の勝利を考えないほど傲慢にはなれなかった……そんな気持ちで挑んだ時点で、負けるしかなかったのかもしれんがな」

 

 もし、メタフィールドでの戦いに、ウルトラマンジードが参戦していれば。シャイニングの時間操作には、宇宙恐魔人ゼットといえども干渉できないことを、既にウルトラマンゼロが証明している以上――その発動を止めるには、先んじてジードを排除するしかなくなるだろう。

 

 そのために息の根を止めるか、それとも戦いに立ち入らせないようにするかの二択で……勝者の笑顔を望んだ魔人は、後者を選んだ。

 

 サンダーキラーSについても、その能力を理解していたから。自身を凌ぐ破壊力を与えたというゼットンバルタン星人をぶつけておいて、勝利ではなく、その攻略の早さにだけ驚いていた。それは彼女を倒すためではなく、あくまでも足止めとして差し向けた刺客だったからだ。

 

「どちらにせよ、二度目はない。その妹の足止めに失敗した時点で、今度こそ私が勝つ以外にないと思ったが」

 

 己の勝利を諦めてはいなかったからこそ。刺客を退け、敵として参戦したルカの家族を前にしても、魔人は引き下がれなかった。

 

 復活を知られれば。そして思惑を悟られれば、次からの戦いは望む形になりようがないと、ゼットは思っていたらしい。

 

「おまえたち家族は、私の想像以上に強かった。だから全力で戦って、また敗れ――しかし今度は、勝者の笑う戦いができた」

 

 最強を求めた人工生命体もまた、その敗北を誇るように笑っていた。

 

「おかげで……あの惨めな敗北も雪げた。これで満足して、逝ける」

「……勝手に満足しないでよ」

 

 そのまま、命を繋ぎ止める意志の力を緩めようとした、同類に。

 

 ルカは、憤りを込めた制止の言葉を吐き出した。

 

「……何?」

「好き勝手に暴れて、一人で勝手にやり遂げたつもりになって。馬鹿じゃないの」

「……私の存在を愚弄する気か」

 

 微かに。安堵に満たされていた人工生命体の声に、怒りの感情が滲んだが。

 

 ルカは――培養合成獣スカルゴモラは、それに怯まず続けた。

 

「馬鹿にもするよ。だって――あなたは自分の願いを、途中で投げ出そうとしているんだから」

 

 宇宙恐魔人が、勝利した培養合成獣が笑えなかったことを、許せなかったように。

 

 ルカもまた、ゼットがここで終わろうとすることを、無性に腹立たしく感じていた。

 

「貴様こそ、何を言っている。見逃してやるから、また挑めとでも?」

「そうだよ。これからは、誰も無意味に傷つけない……あと、私の命も保証してくれるなら」

 

 自分こそ、勝手なことを言っていると――過たずに認識しながらも。

 

「ちゃんと合意の上なら、今度は誰の手出しもなしで、戦っても良い」

 

 培養合成獣スカルゴモラは、その意志を宇宙恐魔人ゼットに伝えた。

 

「……ふざけるな」

 

 ルカの提案に対して。身内の誰より早く、重傷の魔人がその顔を起こし、怒りを込めた視線で射抜いてきた。

 

「それは、堕落ではないか……!」

「道半ばで諦める方が、マシ?」

「当然だ。真剣に取り組まない戦いなど、何の糧になる!?」

 

 消えかけていた命の火を再び燃やして、魔人が吠える。

 

 その反発は当然あるものと――彼を前より理解していたルカは、怯むことなく問い返した。

 

「でも。あなたがもっと強くなって、最強だって証明するのに……本当に、誰かの命を奪う必要があるの?」

 

 純度を理由にするのなら、そもそも生き死に自体も主題ではないだろうと。

 

 現に、ウルトラマンジードを殺さないという方法を選べたのなら――戦う相手の命を奪わないという道も、あるのではないか。

 

 彼の願いは、他の誰か(ウルトラマン)の抹殺などではなく。ただ純粋に、武の高みを目指すことなのだから。

 

「死んだらそこで終わりでしょ。真剣に強くなりたいだけなら、相手と命を取り合わなくてもできるよ」

 

 そこでルカは、事態を見守ってくれている家族――その内の一人である、己の師匠を振り返った。

 

「――私はライハと、ずっとそうしてきたから」

 

 まだ、技しか比べてなかった最初の攻防で――前よりも強さを磨いたと、ゼット自身が認めた自分を、引き合いに出して。

 

 相手の反論を封じたルカはそのまま、己の裡に初めて生じた欲望を吐露した。

 

「それに、私も……もっと強くなって、またあなたと戦ってみたいんだ。今度はちゃんと、最初から最後まで一対一で」

 

 そして、その理由まで。ルカは素直に告白する。

 

「だって……生まれて初めて、戦うのが楽しいって、思えたから」

 

 ただ、自分や仲間の勝利を喜ぶのではなく。

 

 ただ、暴力を気儘に揮う獣の愉悦でもなく。

 

 全力をぶつけ合い、競い合い、磨き合うこと自体が楽しいと――そのために造られた命のはずなのに、無垢にそう思えたのは、今日が初めてのことだった。

 

「……楽しかった、のか」

「うん。あなたが、私の家族を傷つけないでくれた間は」

 

 ゼットの問いに、ルカは本心から頷いた。

 

 ……宇宙恐魔人は培養合成獣のことを、生まれて初めて(まみ)えた同類と呼んでいた。

 

 なら、きっと。戦うのが楽しいと、気持ちを同じくする相手と出会ったのは、魔人にとっても初めてのことだったのだろう。

 

 それを示すように。彼の命とともに消えかけていたリトルスターの輝きが、精神の変化を示すように増し始める。

 

 微かに、呆けたように。そのまま思索に沈むように黙したゼットへ、ルカは続ける。

 

「あとね、もう一つ……あなたが、その生き方に本気だったから。私たちは、ダークザギに負けずに済んだ」

 

 宇宙恐魔人ゼットは、失われた時間の中で(リク)を奪った怨敵だったが――同時、正気を喪ったスカルゴモラに彼が挑み、一矢報いたことで、師匠(ライハ)の命が救われ。その結果、(ルカ)の心が消えずに済んだのだと、他ならぬダークザギ自身が、恨み言を吐いていたのだから。

 

 同族意識だけでなく、その因縁に感じる恩義もあって。

 

 それを本人の前で振り返る時間が、戦いの果てにようやく掴めたから。

 

「そのことには、感謝してる。だから……その根っこは、諦めないで欲しいんだ」

 

 自分本位な願いだとは、薄々自覚しながらも。

 

 それでも伝えずには居られなかった想いを、ルカは口にした。

 

「……もちろん私も、負けてはあげないけどね」

 

 最期に付け足した言葉も含めて。ルカの主張を聞き終えた宇宙恐魔人ゼットは、暫しの沈黙の後――さらに輝きを増していたリトルスターの光量を鎮めながら、首を大地に降ろし、その視線を逸らした。

 

「……激励されたのは、生まれて初めてだな」

 

 述懐する声には、戸惑い、隠しきれていない感情が、薄く滲んでいた。

 

「だが、奴に利用され――そして己の意志で、貴様らを傷つけたのも私だ。感謝を受ける資格などない」

 

 次の瞬間には。魔人はそんな浮ついた感情を削ぎ落とし、丁重な辞退を口にする。

 

「……しかし。これでも敗者の自覚はある」

 

 胸から上しか残っていない身で、緩慢ながらも器用に起き上がり。宇宙恐魔人ゼットは再び、その青い視線を同類(ルカ)に向けた。

 

「いいだろう。勝者の求めに従い……見苦しくとも、また挑ませて貰う。私の生きる意味に」

 

 真正面から、その決心を、生きる意志を。ゼットはルカに、宣誓した。

 

「……せいぜい、後で悔やまぬことだ」

 

 ――自分が、自分らしくあるために。勝者が悔やむ戦いを許せない。

 

 その一心で化けて出た敗者(ゼット)は、最後にそんな脅し文句だけを残して。

 

 四肢を喪失した肉体のまま、ゼットン種としての超光速のテレポート能力を発動し――地球上から、その姿を消していた。

 

 

 

 

 

 

「……ごめんね。お兄ちゃん、みんな」

 

 宇宙恐魔人ゼットが姿を消した後。静かに我に返った様子のルカが、リクたちを振り返った。

 

「……ごめんね。皆を痛い目に遭わせた、勝手な奴だったのに。逃しちゃった」

「お姉さま……」

 

 戸惑いが最も深い様子の妹に、ルカが視線の高さを合わせて、謝罪していた。

 

「えと……ううん。あのまじんさんも、ほんとはわるいひとじゃなかったんだよね?」

「えっと……いや、あいつは絶対悪い奴だったけど……」

 

 姉の行動を自分なりに解釈しようとしたサラが、健気に首を傾げるのを。困ったように受け止め訂正しながら、ルカがぽつりと本音を漏らす。

 

「……あのまま、死んで欲しくなかったんだ」

「そっかぁ……じゃあわたし、気にしないよ」

 

 理不尽への報復を完遂しないことで――ある意味、家族を裏切る後ろめたさを感じてか。俯いてしまう姉に対して、サラは優しく首を振る。

 

「お姉さまが、かなしむより……ハッピーなほうが、わたしもうれしいから」

「サラ……ごめん、ありがとう」

 

 かつて無自覚に家族を傷つけた末、改心した異次元の究極兵器を、その姉である合成怪獣が慈しみのままに抱き締めた。

 

「でも……無理はしないでいいんだよ。あなたの家族は、私だけじゃなくて――」

「……良いんだ、ルカ」

 

 覚悟しながらも、まだどこか怯えた色を滲ませた(ルカ)の、赤い視線を受けて。リクも首を左右に振った。

 

「僕も、今は……彼のことを、憎みきれない」

 

 宇宙恐魔人ゼットの、最強を求めるという我欲のために……アサヒを傷つけられ、リク自身は殺された。

 

 だがその出来事は、ウルトラマンゼロのシャイニングの力で、何とか取り返しが付いた。

 

 逆に、残されたものには、ルカの言ったとおり――ゼット自身の意図した結果ではないとしても、ライハやリク自身、そしてルカの命と心を救われたという事実があった。

 

 その危機の何割かは、ゼット自身が招いたものでも。彼が居なくとも、ダークザギの目的上、代わりとなる脅威を差し向けられていたことは明白で――その時に、果たしてリクは、ルカとの約束を果たせたのかは、不明瞭で。

 

 だから――なおも平和を脅かし、家族や仲間を傷つけられたとはいえ。今という結果を導く運命と、密接に関わった魔人に対して。一筋縄ではいかない気持ちを抱いていることは、リクにとっても真実だった。

 

「負けたから、ルカの言うことを聞くって……どこまで従ってくれるかはわからないけど、彼はそう言った。一度、信じてみても良いと思う」

 

 ウルトラマンベリアルの悪意から造られた、宇宙を滅ぼすための道具――そんな出自を持つリクは、生物兵器として造られた(ルカ)に、そう告げた。

 

「そうね。言われるまで、私も気づいてなかったけど……一応、あいつも命の恩人らしいから」

 

 ルカの判断を批難しない、という意見にライハも同調を示し。彼女に頷きを返し、リクは続ける。

 

「それに、前話したとおりだ。僕も……家族を傷つけた相手を、憎みきれなかった」

 

 我儘の、許しを得られただけでなく――その言葉で、察しが付いたというように。

 

 表情からすっかり緊張が抜け落ちて、安心したまま、ルカは笑ってくれていた。

 

「……そっか。似た者兄妹だね、私たち」

 

 ルカのどこか嬉しそうな言葉に、リクは深々と頷いた。

 

 そう、本当に――兄妹だから当たり前だが、自分たちはよく似ていると、リクも何だか嬉しくなっていた。

 

 ……レムの通信も届かなかった宇宙の外、超空間で展開されたダークフィールドの中のやり取りを、ルカは知るはずもないのに。

 

 彼女が同類(ゼット)に抱いた想いは――リクが、家族を傷つけたダークザギに手向けたものと、同じだった。

 

 ……リクの祈りが、この手で討った同類(ザギ)に。そして、父たる半身(ベリアル)の最期に届いたのかも、わからない。

 

 だから。せめてルカの願いだけでも、彼女の同類(宇宙恐魔人ゼット)に届いて欲しいと――リクは兄として、そう想っていた。

 

 

 

 

 

 

 




Cパート



 ここまでお付き合いいただきありがとうございます。

 本作におけるもう一人の主人公朝倉ルカ/培養合成獣スカルゴモラ、ようやくレイオニクスらしく、(自分以外の)怪獣強化を披露するところまで来ました。実はこれまでのウルトラ戦士をメタフィールドで強化するのにも混じっていたのかもしれませんが……と、改めて『ウルトラギャラクシーファイト 運命の衝突』のメタフィールドの物騒さから目を逸らします。ダークフィールド&ルカの中のザギの情報&サラの中のビースト振動波をバトルナイザーの代わりにする展開をここでやること自体は前々から決めてあったのですが、突っ込まれそうな事柄への言い訳にもなりそうなので仮説として言ってみます。

 可能な限り公式様との矛盾点を無くして行くぞー!(ただし前話の通りリクアサ&リクゼロ前提は聖域)という意気込み、少なくとも映像作品に関しては完結まで貫くつもりです。新たなファルコン1案件(※商品展開)にも負けません。

 推しCPの話はさておき、改めて伏線も回収しながら正史に合流できる形での完結目指して頑張る所存ですので、今後ともお付き合い頂けると幸いです。このところ更新も覚束ない状態なのにこんなことを言うのも恐縮ですが、どうぞよろしくお願い致します。



 以下、設定等の解説と言い訳。

・人工宇宙恐竜と成長ホルモン
 元ネタは舞台作品『ウルトラマンライブステージ2・宇宙恐竜最強進化!』に登場する人工宇宙恐竜クローンゼットンの設定となります。
 一応、本作の恐魔人ゼットも出典元となるショーでは、序盤は優勢だったジョーニアスを後半戦では追い詰めていたり、『ウルトラギャラクシーファイト 運命の衝突』に登場した二代目の方も初戦ではフォトンアース一人に完封されていたのが二戦目ではウルトラ兄弟二人やトライストリウムレインボーとも渡り合うなど、正史作品では恐魔人ゼットという存在の成長性の高さが描かれていました。
 また、クローンゼットンの方は交信できるゼットン星人の感情の昂りが必要なのですが、自分の心を持つ人工ゼットンであるゼットならその感情も自前で用意できるという点が独自の強み、ハイパーゼットンとは別方向で最強のゼットンとなる素質なのかなと妄想する次第。ウルトラ戦士の抹殺ではなく、自身の最強を存在意義とするこのゼットはより一層、その設計と相性が良さそうです。
 そんな設定なくてもノリで強くなるタイプな気がする宇宙恐魔人ゼットですが、折角それらしい設定と描写があるので結びつけてみた形です。感情で強くなる自己完結性が自身がレイオニクスである本作の培養合成獣スカルゴモラとの同類度も上がるのでお得。ただし、いつものように公式設定ではなく、元ネタがあるだけの二次創作設定なので、その点はご了承ください。


・宇宙恐魔人ゼットの作戦
 ゼットの言うあの時のルカ=スカルゴモラNEX(ネックス)に勝つ算段。公式様との整合性の話ではないですが、披露する機会がないと思うのでついでに書いちゃいます。
 作戦はシンプル。リトルスターで分身してから、三人同時にパワータイプ状態で最後に見せたゼットマキシマム(※仮称)を仕掛ける連続自爆戦法です。特攻が三回成功すれば弱所を作り、穴を開け、命に届くだろうという見込み。なお、今回登場した時点では分身どころか本体すらゼットマキシマムを発動できるレベルにも達していませんでしたが、戦闘中にそこまで自分を進化させて成功するつもりだった脳筋。可能性が零じゃないなら即決実行する男というイメージなので……
 そして「心がある貴様の方が強いのだな」という評価は、ダークフィールドを展開されればその戦法ができなくなっちゃうからなのですね。多分ダークサンダーエナジーの影響を受けたスカルゴモラNEXとの再戦なら、勝率は百万分の一でも物語的に相討ち以上には持ち込めるキャラクターのはず。





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第二十二話「リ・ボーン」Aパート

 

 

 

『それ』は息を潜め、歩いていた。

 

『それ』は、既に滅びたはずの生命だった。

 

『それ』が理を捻じ曲げて蘇った場所は、かつてその手で全ての生命を滅ぼした故郷ではなく。『それ』自身が滅ぼされた、未だ生命溢れる宇宙だった。

 

 天敵の存在する世界で蘇ったものの。敵だけではなく、餌となる生命の存在するここなら、再び全てを喰らうことで、支配者の座に返り咲けると……復活と引き換えに、多くの力を削ぎ落とされていた『それ』は、邪悪な希望を見出していた。

 

 そのために当面の雌伏を選んだそれが、かつて己が滅びた地球という星を訪れたのは、呼び声を受けてのことだった。

 

 あの時、『それ』の生み出した分身は根絶されたと思っていたが――どうやらまだ、生き残りが居たらしい。本体復活のため、すぐにその身を差し出さなかったことには苛立つものの、好都合な餌の存在を振動波で報せた功績は認めてやろうと思っていた。

 

 さらにその付近には、不滅の存在である協力者の気配も感知できた。『それ』が復活できたのは……いや、そもそも一度死んだのからその協力者に使い捨てにされた結果のため、マッチポンプと言えるが、互いに利用し合う間柄なのは承知の上だ。

 

 故に感謝はしないが、特に責める気もなく。『それ』は協力者と分身からの歓迎を受け入れるつもりで、呼び声の響く山奥に歩を進めていた。

 

「……やっぱりあんたも復活してたんだね」

 

 やがて、人里離れた場所で。己をこの星に呼び出した存在を視界に収めて、『それ』は驚愕した。

 

『それ』を待っていた呼び声の主は――協力者である暗黒破壊神ダークザギや、己の分身の生き残りではなく。

 

 ザギに利用されていた、造られた生命体たちだったから。

 

 そのことに気づいた時には、もう。通常とは位相の異なる隔離空間に取り込まれてしまい、『それ』は逃れられなくなっていた。

 

「久しぶりだね、ザ・ワン」

 

 ――始まりのスペースビースト、ザ・ワン。

 

 蘇った『それ(ザ・ワン)』を罠にハメた、かつて『それ』を滅ぼした人造生命体たちは。弱体化した邪神にも油断することなく、必殺の構えで取り囲んでいた。

 

 

 

 

 

 

 星山市天文台の地下五百メートル、星雲荘の中央司令室。

 

「お疲れ様、皆!」

「よくやったわね」

 

 任務を一つ完了したベリアルの子らは、同居人であるペガッサ星人のペガと、地球人の鳥羽ライハから労いの言葉を受け取っていた。

 

 復活した宇宙恐魔人ゼットと戦ったその日の夜。朝倉リクやその妹であるルカといった星雲荘の面々は、宇宙人捜査局AIBと協力し、山奥で一つの作戦を実行することとした。

 

 それこそが、スペースビースト――ザ・ワンの撲滅だった。

 

 ……かつてAIBに潜伏し、恐るべき陰謀を実行した暗黒破壊神ダークザギ。

 

 そのザギが利用した怪獣カプセルに囚われていたことで、恐魔人ゼットが復活したというのなら。同じくカプセルで利用された他の怪獣たちも、デビルスプリンターの影響で復活する可能性があった。

 

 中でも、早急な対応を求められたのが、かつてザギの差し金で襲来したスペースビースト――その根源であった滅亡の邪神、ハイパービースト・ザ・ワンだった。

 

 スペースビーストへの対応は、後手に回るほど困難になる。

 

 しかし、恐魔人ゼット戦で得られた情報により、幸いにも復活直後なら弱体化が予想できること。

 

 そしてかつてダークザギの暗躍により、ルカこと培養合成獣スカルゴモラはザギに由来するビースト支配能力を身につけ、また末妹のサラは過去にスペースビーストを取り込んだことで、ビースト同士が交信に用いる振動波を制御することも可能となっていた。このため、誘き寄せる手段も確立できていたために、即座に撲滅作戦を実行したのだ。

 

 顛末としては、案の定復活していたザ・ワンは呼び声に惹かれて姿を見せた。人里離れた山奥に誘導し、そこでメタフィールドに閉じ込めるという作戦通りの展開の末、ベリアルの子らは恐るべき異生獣を包囲。まだ凶暴怪獣アーストロンしか取り込めていなかったらしいザ・ワンは今の三兄妹の敵ではなく、呆気なく殲滅することに成功したのだった。

 

「まさか、スペースビーストが復活していたなんて……早く対処できて良かったね」

「モアたちも、もう対策本部を解散したそうよ」

 

 その戦果を受け、心底安心したようにペガが笑い、ライハもまた、ルカたちの気がかりが減るようAIBの動向を教えてくれた。

 

「ありがとう……流石にちょっと可哀想かな、とか思っちゃったけど。仕方ないよね」

 

 そんな二人に礼を返しながら、先程滅ぼした元邪神の様子を振り返り、ルカは沈む気持ちと向き合った。

 

 放っておけば、他の生命体全てを食い尽くすまで、スペースビーストは止まらなかっただろう。大切な可愛い(サラ)、そしてルカ自身も、実際にかつてのザ・ワンから食料として狙われた。

 怪獣との共存が夢だというあの大空大地でさえ、スペースビーストは殲滅するしかないと判断していたという。現に、スペースビーストに対しある程度の支配を可能とするルカが共存を望んでも、その攻撃性を捨てさせることはできないのだから、大地の見解は正しい。

 

 それでも、一度死を迎えた挙げ句、復活早々に騙し討ちのような形で屠られる心地を思えば。こうして地球人の少女への擬態能力が発現するまでは、同じく存在するだけで他の生物を脅かし続ける怪獣として産み出されたルカには少しだけ、堪えるものがあった。

 

 ただでさえ世界に受け入れられなかった怪獣たちに、幾度も死の苦痛を与える元凶。それが、己という生命と根源を同じくするのなら、なおのこと。

 

「これが、デビルスプリンター……ベリアルが残した悪夢のカケラ、か」

「ルカ……」

 

 気づけば、感傷的になり過ぎたルカを、兄のリクが心配そうに見つめていた。

 

 彼だけではなく。末妹のサラや、ルカの師匠であるライハにも不安の色を覗かせてしまったことに気づいたルカは、強く頭を振った。

 

「ごめん、私は大丈夫。それより、ゼットやザ・ワンみたいに復活するかもしれないのって……」

〈グリーザは除外できるでしょう〉

 

 話題転換を口に出すと。報告管理システムであるレムが、最大の懸念へ真っ先に言及してくれた。

 

〈グリーザは本来、無という現象そのもの。デビルスプリンターが作用しようとも、無を再生させるという矛盾は起こせないはずです〉

「そっか……レムがそう言うなら、たちまちダークサンダーエナジーは安心かな」

 

 ダークサンダーエナジーのせいで、自らの手で家族を傷つけてしまった苦い記憶。

 

 そして、その元凶たるグリーザに皆で立ち向かった暖かな思い出とを振り返りながら、ルカは頷いた。

 

「じゃあ、ギルバリスも機械だけど……」

〈そちらには復活の可能性があります〉

 

 ダークザギがネオデモニックフュージョンに用いたカプセル。その最後の一体との因縁浅からぬリクの疑念に、レムが答える。

 

〈デビルスプリンターの正体は、レイオニクスの力を帯びたウルトラマンベリアルの細胞片です。レイオニクスの力は、有機物と無機物を融合させたバトルナイザーとも密接な関係があるように、生物と機械の垣根を取り払う力があります。他存在との融合を可能とするウルトラマンの細胞と合わさればなおのこと、機械生命体としてギルバリスを再生する可能性は高いと言えるでしょう〉

 

 それこそギルバリスに、父ベリアルの細胞だけでなく、切り落とされた己の尻尾をも取り込まれた経験を持つルカは、レムの説明にも理解が及んだ。

 

 そんなルカに比べて、リクは真剣な様子で己の掌を――そこにあるべきものがない喪失を、眺めていた。

 

 ダークサンダーエナジーで暴走した(ルカ)を正気に戻すための戦いで破壊されてしまった、ウルトラマンジードの最強武器――必勝撃聖棍ギガファイナライザー。

 

 それが、本来ギルバリス打倒に不可欠な最終兵器であり――リクにとって大切な人から授かった形見でもあるということを。その大切な代物を壊してしまった後に、ルカは知った。

 

〈宇宙恐魔人ゼットとザ・ワンの様子を見る限り、ギルバリスも性能が初期化されていると予想されます。ギガファイナライザーがなくとも、撃破は充分可能でしょう〉

 

 またも雲行きが怪しくなるその直前、レムが絶妙のタイミングでフォローを入れてくれた。

 

〈それよりも警戒すべきは、ベリアルが使っていた怪獣カプセルの方かもしれません〉

「……ベリアルの?」

〈はい。ダークザギは、ことレイオニクス能力に関しては、あくまでベリアルの残したものを利用しただけ。そのザギと融合していた怪獣たちが蘇るのなら、ベリアル本体と融合した者も、再生して然るべきと考えられます〉

 

 レムはそう言って、中央司令室のモニターに、二つの画像――ウルトラマンベリアルが怪獣カプセルを用いて変化した姿であるベリアル融合獣キメラベロスと、彼の究極形態だというアトロシアスの写真を映し出し、さらにその下に怪獣カプセルの画像を展開した。

 

〈ベリアルとの戦いから、この宇宙の時間でも一年以上が経ちました。カプセルの中の存在が蘇っていれば、本来の力を取り戻している恐れもあります〉

 

 モニター上に列挙されたのは、いずれもかつてウルトラ戦士を苦しめた強豪たち。その中で、ルカにも見覚えのある種族の怪獣を、レムが最初にピックアップする。

 

〈このうち、ファイブキングは行方が知れています〉

「そうなの?」

〈はい――今は、サラのお腹の中でしょうか〉

「……わたし?」

 

 レムの思わぬ発言に、全員の視線の集中を受けたベリアルの子らの末妹――十にも満たぬ人間の少女の容姿に擬態した、実年齢はさらに幼い超獣は、きょとんとした様子で首を傾けて、その長い濡羽色の髪を揺らした。

 

〈記録と照合した結果、かつてザ・ワンの分身として出現したファイブキング――そのエネルギー波長が、怪獣カプセルの個体と一致しました〉

 

 つまるところ――かつてベリアルがカプセルの素材としたファイブキングは、デビルスプリンターの作用で復活していたが、不運にもこの宇宙に渡来したザ・ワンに遭遇し、人知れず餌食となっていたらしい。同化によりザ・ワンが再現を可能としたファイブキングはスペースビーストの尖兵となって地球に再訪し、今度はサラの真の姿である究極融合超獣サンダーキラー(ザウルス)に捕食されるという、ひたすらに哀れな境遇であるようだ。

 

 その後もザ・ワンの分身としてルカと戦った別個体が出現したことを考えれば、既に元のファイブキング自身の意識は残っていなかったのだろうが、果たしてそれは救いなのかどうか。同じくザ・ワンに喰われかけた合成怪獣として、ルカはまたも想いを馳せる。

 

「……ダークルギエルも、もう復活して倒されている」

 

 そんなルカの横で、モニターに映し出された内の一体――漆黒の鎧のような体躯の、単眼の魔人を凝視していたリクが、静かに言葉を漏らした。

 

「大地さんたちと一緒に、ウルトラダークキラーを別の宇宙まで追った時。僕はダークルギエルとも戦った」

「ウルトラダークキラー……?」

 

 ルカが全く覚えのなかった名前を反芻すると、事態についていけなくなり始めた妹に気づいたリクは優しく頷いて、口を開いた。

 

「うん。エタルガーも、そいつの仲間だったんだ」

 

 自分が初めて、リクたちと出会った時――培養合成獣スカルゴモラの抱くウルトラマンへの恐怖を利用しようと、襲いかかってきた敵。

 

 超時空魔神エタルガーの名を再び耳にして、ルカは微かに目を見開いた。

 

〈ウルトラダークキラーはかつて、AIBがウルトラマンジードに対処を依頼した、別宇宙からの侵入者でした〉

 

 そんなルカの様子に、興味を持っていると判断したのか。レムが黒い体躯を白灰色の外骨格に包んだ、さながら悪魔化されたウルトラマンとでもいうべき異形の超人――暗黒超邪ウルトラダークキラーの画像を追加で表示した。

 

「はわわ、怖い顔~」

「エースキラーみたい」

 

 暗黒超邪の異貌を見て、ペガが怯えた声を零す横で。サラは呑気な様子で、自身の前身に当たるヤプール製の超人兵器を連想し、その名を口にしていた。

 

〈そうですね。その出自にヤプールの関与はありませんが、類似した要素も多く見受けられます〉

 

 サラの感想に優しく答えながら、レムがウルトラダークキラーの解説を続ける。

 

〈ダークキラーの正体はさらに昔、ウルトラ戦士に倒された怪獣たちの怨念が結集して誕生した闇の超人です。怨念がウルトラ兄弟を模した形を取ったためか、高度な知性と戦闘力を有しており、最盛期にはウルトラ兄弟の総力を結集しても苦戦したとされています〉

 

 言うなれば、ウルトラマン型の怨念怪獣――それがウルトラダークキラーだ。

 

 自然発生という出自は暴君怪獣(タイラント)に近いが、合体したウルトラ兄弟をも苦戦させた戦闘力は超怪獣(グランドキング)の原種すら凌駕する、恐るべき怪物と言える。

 

 カラータイマーやアイスラッガー、ウルトラホーンにプロテクターなど、ウルトラ兄弟の各種身体的特徴を取り入れたようなパーツを、禍々しく歪んだ外骨格として暗黒の体躯を包み。攻撃的に釣り上がった眼光でこちらを睨みつける、凶相の持ち主――単なる画像に、ペガが悲鳴を漏らすのも無理はないと思えた。

 

「……怨念になった怪獣たちには、ウルトラマンがこんな風に見えてたんだろうね」

 

 その恐ろしい姿を見ながら、ルカはまたも感傷に引きずられて、呟いていた。

 

「私も、前はタイガがこう見えていたから」

 

 少し、運命が違っていたら……自分も、ウルトラダークキラーの一部になっていたのかもしれないと。次々と蘇る死者を目にしたルカは、そんな愚にもつかないことを考えてしまっていた。

 

〈そのダークキラーとも同格以上の力を持つと目されるのが、暗黒宇宙大皇帝を名乗ったエンペラ星人ですが……〉

 

 数ヶ月前、言葉を交わしたAIB総本部の査察官である、サイコキノ星人カコ――彼女やその兄が死闘を繰り広げた暗黒の支配者の肖像が、星雲荘のモニターに表示される。

 

〈アーマードダークネスの状況を見る限り、復活していないと考えられます〉

 

 ルカたちが何度も戦った暗黒魔鎧装のことを振り返りながら、レムが言う。

 

 アーマードダークネスは、エンペラ星人のために鋳造された生きた鎧だ。自らの意志で装着者を求めているのは、あくまで本来の主が不在であるため。エンペラ星人が復活しているのならば、鎧が放浪する理由はなく。また、エンペラ星人自身も、自らの威権の一つである鎧を他者の自由にはさせないはずだ。

 

〈エンペラ星人は、これまでにもヤプールを含む臣下たちが復活を試みましたが、全てが失敗に終わっています。デビルスプリンターでも、簡単には復活させることができないのかもしれません〉

「一旦無視して良い、ってことね」

 

 レムの推測を受けたライハがそのように纏めたのを受け、リクがモニターに注ぐ視線を動かした。

 

「えーっと……後は一体だけ、かな?」

〈はい。根源破滅天使ゾグ――根源的破滅将来体と呼ばれた勢力に属する、謎多き怪獣です〉

 

 最後に残った、悪魔や邪竜のような巨大怪獣の画像を、レムが拡大表示する。

 

〈ベリアルが用いたカプセルは第二形態……ですが、最初は女神のような姿の第一形態で出現したと記録されています〉

 

 追加で表示されたのは、白い人型。虹色の後光を背負った女神像のような姿で本性を偽った、根源破滅天使の全容だった。

 

〈ゾグには、ウルトラマンの光を奪う能力がありました。おそらく、キメラベロスはファイブキングの特性によりジードを変換器として取り込んだ後、ゾグの力で幼年期放射を集め、ウルトラマンキングを吸収するための形態だったのでしょう〉

「でも、ウルトラマンキングはもう、この宇宙を去った――」

〈はい。しかしウルトラマンの光を人間から奪えるゾグなら、リトルスターを宿主から強制的に分離することも可能だと予想されます〉

 

 そうレムが予想したのを受けて、リクが考え込むように唸った。

 

「リトルスターの光は、怪獣を呼び寄せる……」

「その怪獣に、リトルスターを操る能力があると、厄介かも」

 

 リトルスターで発現した異能を十全に利用している怪獣、その張本人であるルカは、兄の懸念にそう付け加えた。

 

 その上で、ルカは疑問を零す。

 

「でも。本当にゾグが復活しているんだとしたら、今日まで姿を見せてないなんてことあるのかな? リトルスターだって、何度も現れたのに」

 

 それこそ、昼間の宇宙恐魔人ゼットも、特殊な例としてリトルスターを宿した存在だった。

 

 ルカの知るだけでも、観測されたリトルスターはこれで六つ。それらに纏わる騒動の中で、ゾグの気配は欠片もなかった。

 

〈わかりません。ゾグは高度な知性を持つ様子だったと記録されているため、行動を完全に予測することは困難です〉

「けど……エンペラ星人やグリーザよりは、ゾグやギルバリスの方が蘇っている可能性は高い、ってことだよね?」

〈はい。どちらも知的生命体に対して、元より攻撃的な性質を持った怪獣でした。今後、この宇宙で警戒するとすれば、この二体を優先すべきと考えます〉

 

 現状で導き出せる結論をレムが述べたことで、その日の作戦会議は終了した。

 

 今後は整理した情報をAIBと共有し、他の異常がない間はこの二体の怪獣の動向について調査を継続する、という形で話が纏まり、ルカたちは戦い通しだった一日を終えて――

 

 

 

 ――その翌朝、星山市に根源破滅天使ゾグが出現したという報せを受けて、飛び起きることとなったのだった。

 

 

 

 

 

 

〈ゾグ第一形態、行動を開始しました〉

 

 目を覚ましたリクが、中央司令室に足を踏み入れた時。レムが事態の推移を述べていた。

 

 レムが中継した、球体型偵察機ユートムが撮影する星山市の一角。

 

 その中心に映し出された、筒井総合病院の真上に、身長百メートルを越す巨大な天使が佇んでいた。

 

 クライシス・インパクトの爆心地……すなわち、かつてウルトラマンキングが宇宙と融合した起点となる座標に光臨した、純白の女神――根源破滅天使ゾグは、そのほっそりとした手を掲げた。

 

 すると、その純白の掌に向けて。どこからぽつぽつと、小さな光の球体が集まり始めていた。

 

「リトルスター……!」

 

 既に結晶化しながらも、未だ観測可能な状態ではなかったキングの残滓(リトルスター)

 

 それらが宿主から強制的に分離させられ、天使の形をした破滅招来体の支配下に置かれ始めていた――昨夜、レムが予想したとおりだ。

 

「ほんとにお星さま、あつめてる」

「でも、どうして突然!?」

 

 レムの予測の冴えへ、呑気な感心を示すサラとは対照的に。ペガが上擦った声で、唐突な事態への戸惑いを漏らす。

 

「……ジードもストルム器官もなしで、リトルスターを集めてどうするつもり?」

 

 続いたのは、比較的落ち着いたライハの疑念だった。

 

 ライハの言葉を耳にして、リクも遅れて思い至る。

 

「そうか。ゾグだけでキングのエネルギーを扱えるなら、ベリアルに僕は要らなかったはず……」

 

 復活していたゾグの、突然の来訪。そのタイミングもさるものながら、その行動の裏が何より不可解だ。

 

「よくはわかんないけど、まずは止めるよ!」

 

 元より敵対的、と評されながらも。今は破壊行為に及ばぬゾグの真意を理解するより先に、まずは隔離すべきだと主張したのは、ルカだった。

 

 周囲の返事を待つより早く。人間の姿に擬態したまま、リクの妹から放射される青い光はそのまま、五百メートルを越す地盤を空間ごと擦り抜け、ゾグのさらに上空で結集。弾けて黄金の波動となり、巨大な天使を包み始める。

 

 真意はどうあれ。その巨体だけで多大な被害を生んでしまうのが、怪獣という存在だ。

 

 ならばまず、星山市とは位相の異なる亜空間・メタフィールドに隔離して、その悲劇を防ぐ。

 

 ルカの判断は何一つ間違っていないと、リクは頼りになる妹の成長を目の当たりにした、が――今回は、結果が伴わなかった。

 

「――っ、何!?」

 

 最初に失敗に気づいたのは、ルカ自身だった。

 

「何かが……割り込んだ!?」

 

 異常な手応えを告げる、ルカの悲鳴に近い叫びと、時を同じくして。

 

 リクたちも、メタフィールドとゾグの間の空間が、水面のように波打つのを目視した。

 

〈異常な磁場を観測。メタフィールドと、この位相を繋ぐように、別の時空間が接続されたようです〉

 

 レムが状況を告げる間に。水面のうねりのような歪みが、ゾグを包み込んだメタフィールドの上層部に拡大し――ゾグを捉えたメタフィールドの赤い大地が、星山市の空に拡がるという、蜃気楼のような眺めとなって結実した。

 

 結果として、メタフィールドは完成せず。メタフィールドに囚われたゾグは、星山市と繋がったままの空を介して、なおもリトルスターの収奪を継続する。

 

「この……っ!」

 

 画面を凝視しながら、ルカが見えない何かを握り潰すように五指を丸め込む。彼女の力みに合わせてメタフィールドが空間を閉じようとして、波打ちながら拡がろうとする時空の歪みとの押し合いになるが、両者の力は拮抗し、ゾグの隔離を不完全なままとする。

 

 そして、メタフィールドと現実を強引に接続した、その時空の歪みから――一つの影が、姿を見せた。

 

「……船?」

 

 それは、一隻の宙飛ぶ船――つまりは宇宙船の形をしていると、映像で認識できたその直後。

 

 ネオ・ブリタニア号と比べて角張ったその艦体が、三つの時空が入り交じる、境界域に乗り込んだ瞬間――リクは、電流の流れるような衝撃を覚えた。

 

「……っ、今の、感覚は!?」

 

 リクと同じように。あるいはそれ以上に大きく、自分たちと地続きの時空に船の存在が移った瞬間、感応したように身震いしたルカが、メタフィールドへの妨害とは別種の焦燥を声に出した。

 

「これ……」

 

 そして、(リク)(ルカ)と同じように。

 

 二人と比べると反応は鈍くも、その性質を誰より正確に見抜いたベリアルの子らの末妹――サラもまた、その正体に驚いた様子で、感知したものに言及した。

 

「レイブラッドの、チカラ?」

 

 

 

 

 

 

〈リク。今こそ、全てを話すべきです〉

 

 巨大怪獣を隔離する異空間の展開、その陣取り合戦に注力しなければならない最中。

 

 謎の船が出現した途端、自身の裡から湧き上がった血の滾り――共鳴するような強大な力への戸惑いに、ルカの集中が乱されていると。

 

 さらにレムが、この緊急時に何事かを――リクに、訴え始めた。

 

「話すって、何を……?」

「……ダークザギが、最後に言っていたんだ」

 

 一瞬だけ、苦渋の色を覗かせた(リク)は――しかし、ルカの視線から逃げず、覚悟を決めた顔で口を開いた。

 

「君たちを、僕のところに送ったのは……ザギじゃない、って」

「――えっ?」

 

 最強最悪の敵だった、暗黒破壊神ダークザギ。

 

 死闘の末、ウルトラマンジードが彼を討って以降。単発の事件はあれど、正体不明の何者かが背後に潜んでいるような事態は確認されなかったこともあり――やはりザギこそが全ての黒幕で、ルカたちの出自を巡る一連の騒動は、終結したと思っていたが。

 

 そうではなかったと告げられて、ルカは呆けた声を漏らしていた。

 

「だけど。もうウルトラマンキングが、全てを終わらせているかもしれない――とも、ザギは言っていた。だから、様子を見ていたんだ」

 

 束の間の平穏は、伝説の超人を信頼した兄の、気遣いによって得られていたものだったと。今更知らされたルカは、衝撃に打ちのめされていた。

 

〈ダークザギは、蓄えていたデビルスプリンターを一気に消費しなければ、自身の解放も叶いませんでした。その状態のザギが、高度な――それこそベリアル本人をも凌ぐほどのレイオニクス能力を何度も発揮できたのは、不自然です〉

 

 現状を理解するのに精一杯のルカへ向けて、唯一リクと情報を共有していたらしきレムが、補足を開始する。

 

〈そして、私たちがルカを見つけた時。宇宙小珍獣モナーが、我々を誘導していました〉

 

 ルカの知り得ない、リクたちと出会う以前の情報もまた付け加えて、レムが答えを導き出す。

 

〈その他、これまでの情報を統合すれば。ダークザギと共に、一連の事態を仕向けた黒幕は――極めて強大な、レイオニクス能力者だと結論できます〉

「……あの船に、そいつが乗っているってこと?」

 

 怪獣使いの血を継ぐベリアルの子らとは違い、レイオニクス同士の感応がなかった――そしてルカと同じように、初めてその事実を知らされたらしいライハが、問いかけた。

 

〈その可能性が高いでしょう。あの船は――〉

 

 皆の視線が、中継映像へ集中したその時。時空の歪みの奥から、さらに新たな存在が姿を見せた。

 

 三つ時空が交差するメタフィールドの大地に降り立ったのは、直陸二足歩行の恐竜に似た、体高四十メートル級の黒い怪獣。

 

 頭頂部から尻尾、及び尾の先端に、赤を中心とした大量の羽根を生やし。豊かな髭のような、白い毛で顎の下を覆ったその怪獣は、高度な知性を感じさせる瞳に確かな意志を宿し、咆哮を発した。

 

〈あれは、怪獣司祭ジェロニモン〉

 

 ――その存在は、レムに事態の核心への言及を中断させるほどの重みを持っていた。

 

〈かつてウルトラマンと戦った――そして、度々レイブラッド星人が使役したとされる、強力な怪獣です。数々の超能力を持ちますが、最大の特徴は……〉

 

 レムが言い終える前に、ジェロニモン自身が、その実演を完了した。

 

 ジェロニモンの長い咆哮が終わる間際、黒い靄が浮かび上がり、実像を結んで――何もなかった空間に、漆黒の棍棒のような巨大物体を出現させた。

 

「ぎ……ギガバトルナイザー!?」

 

 リクが叫んだことで、見覚えのあるその物体が何なのか、ルカも思い出せた。

 

 あれこそは、ジードが継承したギガファイナライザーと対を成す、ウルトラマンベリアルの最強武装。

 

 一度に百体の怪獣を操るとされる神器、ギガバトルナイザーだ。

 

「なんで!? ジードが壊したのに……!」

〈ジェロニモンが持つ怪獣蘇生能力と、彼らを統べるレイオニクスの力を合わせて、復活させたようです〉

 

 ペガの疑問に、レムが即答した。

 

 怪獣蘇生能力――それこそが、怪獣司祭ジェロニモンの持つ、最大の特徴。文字通り、死した怪獣を復活させ使役する恐るべき力。

 

 再生が副産物となるデビルスプリンターと異なり、任意で復活対象を選べるそれは、まさに生死の境すら意のままとする超絶能力だと言えた。

 

 そんな能力を持つ怪獣をも、支配下に置くことで。亡霊魔道士レイバトスなる巨悪がかつて為したのと同じ所業を可能にしたらしいと、レムが解析結果を表示した。

 

 ……真に恐るべきことは。今ここで、ギガバトルナイザーを手にしたということは。これまではそのような増幅器なしで、ゾグやジェロニモンといった高度な知性を持つ強力な怪獣を従え、さらにはかつてのプリズ魔やメツオロチのように、使い捨てにするような怪獣にまでブレイブバーストを起こさせるほどの強大な力を、あの船に乗っているらしきレイオニクスが有しているということだ。

 

 そのギガバトルナイザーが、ジェロニモンの念力で船に積み込まれるのと同時に。ゾグの集めた無数のリトルスターが、滞空する宇宙船へと注がれ始めた。

 

「……行こう、お兄ちゃん」

 

 その様子を見つめながら、ルカは決意を込めて口を開いた。

 

「何が起きてるのか、まだ全然わかんないけど……このままじゃきっと危ない。私がメタフィールドに着けば、多分妨害を押し切って隔離できるはず」

 

 多少、己の身を危険に晒すことになっても。メタフィールドが開いたままでは、星山市の安全が保証されない。

 

 ルカを店員として雇い、生活の糧を稼ぐ場をくれた銀河マーケット。その店長の姪で、リクやルカを兄姉のように慕ってくれた原エリや、彼女のボーイフレンドである本田トオル少年。

 

 サラの友達になってくれた伊賀栗マユと、その両親であるレイトとルミナ。共に戦う、家族のようなAIBの仲間たち。

 

 そして、リクとルカの名付け親である朝倉(スイ)

 

 大切な、共に過ごしたいと願う相手が生きる場所を傷つけられる方が、ルカはもう、体の痛みより怖かった。

 

「……わかった」

 

 そんなルカの気持ちを察したように、リクが重々しく頷いた。

 

「わたしも行く!」

 

 事態の推移を見守っていた末っ子もまた。状況は理解しきれないままでも、家族の力になろうという決意に満ちた声で、勢いよく挙手する。

 

 そんな妹二人を見て、リクは少しだけ俯いた。

 

「ごめん、二人とも。今まで黙ってて……」

「謝らないで、お兄ちゃん。私たちを心配させたくなかったからだって、ちゃんとわかってるから」

 

 自身の判断を責めようとするリクに、その優しさを否定して欲しくはないと――彼の優しさに救われ、今こうして生きているルカは、小さく首を振った。

 

「今からばっちり解決しちゃえば、何も問題ないよ。だから」

「……ああ。ジーッとしてても、ドーにもならない」

 

 勇気と覚悟の合言葉を口にしたリクと頷き合い、ルカたちは異界化しつつある戦場へと赴いた。

 

 

 

 

 

 

 ベリアルの子らを送り出した、星雲荘の中央司令室。

 

 そこに残された彼らの家族は、三兄妹が挑もうとする敵の動きを、通信越しに監視していた。

 

「昨日の今日じゃ、ゼガンも星雲荘も戦えない――頼んだよ、三人とも」

 

 突如として始まったゾグによるリトルスターの収奪に、ジェロニモンによるギガバトルナイザーの復活。

 

 しかもまだ、それだけで終わる気配のない大事件を前に、ペガが仲間の健闘を祈る。

 

「レム。さっき、話が流れちゃったけど――」

 

 味方の状態を確認するペガに続いて、ライハは敵の情報を、もう少し確定させたいと思っていた。

 

「あの船のことを、何か知っているの?」

 

 大切な弟子であり、新たな家族であるルカを狙う――そして、彼女との出会いを導いたとも言える、複雑な因縁の元凶。

 

 そいつが、あの船に乗っている。

 

 そのようにレムが推理した理由が、レイオニクスたちの状態や、複数の怪獣が明確に統率されていること以外にも、まだ何かある様子だった。

 

 それを、ライハは失念していなかった。

 

〈はい〉

 

 そして、やはり。かつて多元宇宙で大戦争を巻き起こしたウルトラマンベリアル麾下の戦列艦として、様々な怪獣や異星人、超兵器にその他森羅万象の記録を有するネオ・ブリタニア号の報告管理システムは、あの船の情報も持ち合わせていた。

 

〈艦名や、こうして現れた経緯はわかりませんが、あの形状は……伝説となった、地球のレイオニクスが乗った宇宙船。

 スペースペンドラゴンの、後継艦の一つのようです〉

「伝説のレイオニクスの……船」

 

 レイブラッド星人やウルトラマンベリアルの野望を阻止した、伝説のレイオニクスが乗った宇宙船ペンドラゴン。

 

 あの船は、その後継艦(マークツー)だとレムは言う。

 

 レイオニクスの関係者からすれば、それを自らの力とすることには、特別な意味があるのかもしれないと。レムが、あれこそは黒幕の乗艦だと睨んだ理由に、ライハは納得し――同時に、微かな引っかかりを覚えた。

 

〈そして、あの船からは……かつてベリアルが、ハイパーエレキングを育成するために捕獲した、宇宙球体スフィアと同様の反応が検出されています〉

 

 だが、その違和感は、レムが追加の情報を開陳したことで、一度隅に仕舞われた。

 

「宇宙球体……スフィア?」

〈はい。名の通り、球体状の宇宙生命体――様々な物質や生物と融合し、時には怪獣化させる能力を持ちます〉

 

 根源破滅天使ゾグ。怪獣司祭ジェロニモン。さらに、謎の空間を操る未知の怪獣。

 

 それに加えて、ただの乗り物と思われた宇宙船までも、別種の怪獣だというのだから。遂に姿を見せた黒幕は、どれほどの手札を抱えているのか。

 

〈ペンドラゴンと同じ、ネオマキシマドライブを搭載した宇宙船がスフィアに寄生された際は、ジオモスという怪獣に変貌しましたが……スフィア反応以外、ジオモスの特徴が確認できない今は、全く別の存在と見なした方が適切でしょう〉

 

 スフィアに寄生されたペンドラゴン型の戦艦は、レムをして解析しきれない存在であるらしい。

 

 故に、既知の存在(ジオモス)の亜種ではなく。安直ながらも、新たな怪獣としての呼称を、レムが用意した。

 

〈以降、あの船のことを――スフィアペンドラゴンと呼称します〉

 

 

 

 

 

 

 星雲荘にて、スフィアペンドラゴンと名付けられた宇宙船――そのブリッジ。

 

 たった一人の乗組員が、艦長席に腰掛けていた。

 

 ……宇宙球体スフィアの正体は、遠い昔、ある惑星の知性体が母星ごと全て同化し、進化を遂げた生命体だ。

 

 その出自故に、スフィアは他の生物や星々と融合し、全てを一つにすることで究極の平和を齎すことが己の使命だと自負し、その最終目的のために活動していた。

 

 そのスフィアと、現に全てが融合した船へ無防備に触れながら――取り込まれることはなく。

 

 何故なら。一切の機器へ触れることなく、念じるだけでスフィアペンドラゴンを自在に操る、たった一人の乗員でもある艦長は。あらゆる怪獣を従える、全知全能の究極生命体――レイブラッド星人の遺伝子を、誰より色濃く受け継いでいたからだ。

 

 だが、その彼をしても。ギガバトルナイザーを復元するには、流石に――破壊されたのと、同じ場所に赴く必要があった。

 

 そのために。これまで、同じ空間に存在することを避けていた、ベリアルの子らと……直接の対面を避けられないと悟った艦長席の人物は、深々と溜息を吐いた。

 

「……本当にやってくれたよね、ダークザギ」

 

 計画変更の埋め合わせとして、ギガバトルナイザーの回収を必要とさせた裏切者。

 

 ダークザギへの恨み言を漏らす声は、まだ若い――地球人で言えば、成人を迎えるか否かといった年頃の、青年の物だった。

 

「おかげで、ウルトラマンキングに僕の生存を悟られてしまった今。もう余裕はない」

 

 無数の宇宙でも、最も恐ろしい追跡者から何とか逃げ延びたばかりの彼は、誰も聞いていないはずの言葉を――自らに言い聞かせるようにして、口ずさんでいた。

 

「だから、多少手荒くなるけど……君たちだけでも、光の国ぐらいには勝てるよう。これで仕上げさせて貰うよ、三人とも」

 

 呟く彼の小脇には。ゾグが吸い上げ、スフィアペンドラゴンに注ぎ込む、そのキングが残した高純度エネルギー結晶体――リトルスターを、受け入れる器。

 

 光の国から密かに奪い取り、その実戦配備を頓挫に追い込んだ、宇宙警備隊の新たな切札となるはずだった超兵器……ウルトラカプセルが、列を為して、起動の時を待っていた。

 

 

 




Aパートあとがき



 ようやく黒幕戦力の顔見せにも至りました。特に中心となる存在が『ウルトラマンデッカー』と被ってしまったという痛い目を見ながら、そちらで開示された設定の反映もあるので結果オーライとして頂けると幸いです。

 以下はいつもの雑文。長いので読み飛ばして頂いて構いません。



 そういうわけで、久々の(?)本作独自怪獣、ジオモス亜種ことスフィアペンドラゴンの登場です。

『ウルトラマンダイナ』に登場した中でも人気怪獣の一体であるスフィア合成獣ジオモス。そのオマージュ元が古代怪獣ゴモラというのは有名な話かもしれません。
 しかし、『大怪獣バトル』シリーズのメインメカ、主人公レイたちの宇宙船ペンドラゴンが、ジオモスの素材になったロムルスⅢ世号と同じくネオマキシマドライブ搭載機であるという設定は微妙にマイナーなので、ここで解説してしまいます。
 つまり、ジオモスを繋ぎとすることで、黒幕の戦力として(まだ怪獣形態は出てませんが)ペンドラゴンの後継艦をゴモラモチーフの怪獣にすることが可能となるという、『大怪獣バトル』シリーズの流れを意識する本作としては会心のネタだったりします。明らかにラスボス最有力候補っぽい設定ですが、果たして本当にこのままラスボスになるのかはその目でお確かめ頂けると幸いです……! メタ的ではない能力等の設定解説は今後本編に合わせて。一つだけ先に明かすとマザースフィアペンドラゴンと呼ぶのが多分分類上は正しいです。

 なお、作品全体の構想ではザ・ワンはこいつの噛ませとなるために復活する予定でしたが、今回のプロットを練っている間に変更となってしまい、戦闘描写全カットでアバン死という憂き目に遭いました。10話Dパートのザ・ワン独白でブレイブバーストの原因である黒幕に分身の操作を奪われた件に(作劇の都合上わかり難い形で)言及しているのはその前フリで、この時の新戦闘形態(※超弱体化フォーム)としてデビルスプリンターで復活した(ベムラーモチーフの)ザ・ワンがアーストロンを吸収しバーニング・ベムストラのそっくりさんになるはずだったという没ネタもここで明かします。



・デビルスプリンターと復活怪獣
 公式の正史となる映像作品では、デビルスプリンターで復活したと明言された怪獣はあくまで『ウルトラマンZ』に登場したギルバリスのみとなります。
 ただし、本文中でも触れたようにダークルギエルはベリアルの怪獣カプセルに使われていたという経緯があり、その後の時系列となる『ウルトラギャラクシーファイト』で復活した際は自身の目的より先にギンガとの決着を望む等、かなり好戦的=凶暴化している様子があるので、復活の理由が語られていない以上デビルスプリンターの影響で復活したと言い張っても大きく矛盾しないと解釈しています。実際の設定としては三巨人仲良くトレギアの仕業か、あるいはウルトラダークキラーだけトレギアが復活させ、残りはキラープラズマによる蘇生の可能性も高いですが、明言されていないのでデビルスプリンター説も有りということで何とかお願いします。ファイブキングについては割愛。

 そしてエンペラ星人ですが、彼は『ウルトラマンメビウス』での末期の言葉が「余が光になっていく」であり、当時のスタッフ&演者としては最期は浄化された想定で演出されているとのことです。なのに邪悪な力に負けて復活するのは台無しだろうという気持ちがあり、おそらくは公式でも同様の認識のため、正史となる物語ではその後の本人が再登場することはないまま今日に至っていると思います。ちょうどジード最終回後の正史ベリアルと同じ立ち位置ですね。
 そのため、作中では明言しませんが、エンペラ星人自身が復活を拒否しているためにデビルスプリンターで復活することはなかったという解釈です。

 公式ではデビルスプリンターでの復活とベリアルの使った怪獣カプセルが結びつくことはないと思いますが、本作ではこのような解釈であると改めて言い訳して終わりにします。



・キメラベロスの設計思想
 キメラベロスが、「ファイブキングの能力でジードを取り込み、変換器とした後にゾグの能力で幼年期放射を集める」ための形態だったのでは、という推測を作中で触れましたが、もちろん公式設定ではないのであしからず。
 ベリアルの当初プランではキメラベロスの時点でジード及びキングを取り込むつもりだったようなので、それを踏まえるとこう考えることもできるかな、という独自解釈になります。これならカレラン分子分解酵素のように妨害することもできなくなるので、ベリアル単体でストルム器官によるキング吸収を図る最終決戦の作戦はあくまでサブプランらしくなる気がします。


・怪獣司祭ジェロニモン
 ジェロニモンの本来の肩書は「怪獣酋長」ですが、酋長という単語が現在放送できないため、ジェロニモンが再登場する場合は肩書が変わるという説がファンの間でよく話題に挙がっています。
 繰り返すように本作は架空のTV番組のノベライズという体のため、それに合わせて肩書を変更した形となります。もちろん本作独自設定ですが、『ウルトラマン超闘士激伝』に登場するエンペラ軍幹部の暗黒司祭ジェロニモンをネーミングの元ネタとしています。

 ちなみに(まだ顔見世していない面子含む)今回登場する敵怪獣は(二話前のモエタランガもですが)アトラクショー用のスーツが近年まで確認されているため、それを改修して使っている想定だったりします。本作は架空の(ry




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第二十二話「リ・ボーン」Bパート

 

 

 

 星山市の上空に展開されたメタフィールドG。

 

 異常な磁力場を伴う、謎の時空の歪みを挿し込まれたことで、完成を阻まれた戦闘用亜空間は、地球上の星山市と混じり合った形で存在していた。

 

 その異常な空に、さらに別種の時空構造変化が起きる。

 

 ガラスのように罅割れた空の亀裂から、三つの光が飛び出した。

 

 光はそれぞれ、体高五十メートル前後の巨大な生物の形となって結実し、空に浮かぶメタフィールドの赤い大地に降り立った。

 

 ウルトラマンジード・プリミティブ。

 

 培養合成獣スカルゴモラ。

 

 究極融合超獣サンダーキラー(ザウルス)

 

 かつて宇宙を震撼させた悪の帝王、ウルトラマンベリアルの遺伝子を基に創り出された、人工生命体たち。

 

 本来の戦闘形態で揃い踏みした三兄妹は、先んじてメタフィールドに存在していた三つの存在それぞれを、睨みつけた。

 

「(まずは閉じる!)」

 

 テレパシーで自らの意図を兄妹に伝えながら、最初に動いたのは、スカルゴモラだった。

 

 彼女が拳を打ち合わせると。ウルトラマンネクサスのリトルスターを宿したことを契機に、その身に宿った新たな力――メタフィールドの展開能力、その根源を為すフェーズシフトウェーブが、追加で放射される。

 

 頭の大角から、両腕の棘まで含めた都合十二本の突起から登った青い光は、星山市の風景と溶け合うメタフィールドの境界に届き、赤い大地と空が拡大していく。

 

 正確には、三次元世界からメタフィールドを完全に切り離そうとしているために、内側からは街の景色が侵食されているように映っていた。

 

 だが、その位相転移を阻む力があった。

 

「(……くっ、手強い!)」

 

 フェーズシフトウェーブの進行を阻むのは、波打つ空間――未だ正体不明な時空の歪みだ。

 

 出力は、ややスカルゴモラが勝る。時間を費やせば、押し切って完成させることも可能だろう。

 

 だが、その時間稼ぎを許す間に。ゾグやジェロニモン、そして未知の存在であるスフィアペンドラゴンの攻撃が星山市に向かえば、甚大な被害が予想される。

 

 そんな現状でスカルゴモラが危機感を募らせるのを、ウルトラマンジードは兄として、手に取るように理解できていた。

 

 なら、ジードのするべきことは一つ。

 

「はぁああああああ……っ!」

 

 時空の歪み――その発生源が潜むだろう中枢に、牽制となる攻撃を行い、スカルゴモラを援護する。

 

 そのために光子エネルギーをチャージし始めたジードを、横からの衝撃が襲っていた。

 

「(――お兄ちゃんっ!?)」

 

 不可視の衝撃で弾き飛ばされたジードに、スカルゴモラが焦った様子で振り返る。

 

 援護するつもりが、集中を乱してしまったとジードが面を上げた時。

 

 ジードを襲った攻撃が、今度はスカルゴモラに繰り出されていた。

 

「ハッ!」

 

 攻撃の主は、根源破滅天使ゾグ第一形態。ジードたちに倍する長身の女神は、その掌で不可視の波動弾を生成し、攻撃を加えてきていた。

 

「あぶない!」

 

 頭上に存在する一番の大物(スフィアペンドラゴン)に気を取られたところへの、不可視故に感知し難い不意打ちだったこと。

 

 そして、間にスカルゴモラを挟んだ位置関係のために、サンダーキラーSも(ジード)への被弾を許してしまっていたが。

 

 二発目に対しては、八本の触手を動員した多重バリアの展開が間に合い、姉を守り切ることができていた。

 

「ふぉとんくらっしゃー」

「レッキングリッパー!」

 

 そのまま、サンダーキラーSが額から放った青い光線と。立ち上がりながらジードの繰り出した反撃の切断光線がゾグを直撃し、悲鳴を上げて身悶えさせた。

 

 それだけであっさり撃破、とは行かなかったが。同時攻撃でダメージを受けた様子のゾグは、仰け反った仕草のまま後退して行く。

 

 そんなゾグへの追撃をどうするか、迷っている間に――ジードは、ゾグの役割は陽動に過ぎなかったということを、理解した。

 

 上空で沈黙していたスフィアペンドラゴンから、大量の弾幕が展開された。

 

 弾幕は、一つ一つが人間を丸呑みにできるサイズをした、緑色の楕円形――後に精強宇宙球体スフィアソルジャーと分類される、スフィアの小型分裂体だった。

 

 空を埋め尽くすほど。明らかにスフィアペンドラゴンの体積を越える量まで分裂・増幅したスフィアソルジャーの群れは、一定の範囲で再び寄り集まって、別の形を為していく。

 

 そして、緑色の発光を落ち着かせ、白くなったスフィアたちが形成したのは――ウルトラマンと同スケールの、人型だった。

 

〈超合成獣人ゼルガノイド――光の巨人の残骸を利用した人造ウルトラマン・テラノイドが、スフィアに融合され怪獣化した存在を、再現したようです〉

 

 即座に記録と照合したレムが、報告するように。

 

 背中の六本の突起を除けば、新手の姿はまさに、スフィアに埋め尽くされたウルトラマンそのものと言えた。

 

「それが、こんなに……!」

 

 思わず、ジードは声を震わせる。

 

 出現したゼルガノイドは、一体ではない。

 

 メタフィールドの一角を埋め尽くすほど――まるで、百体の怪獣を操るというギガバトルナイザーの伝説を、再現するように。

 

 総勢百体を越えるウルトラマン型の怪獣が、ジードたちに対峙していた。

 

 そして――まだ、終わりではない。

 

 スフィアペンドラゴンから、無数の何かがゼルガノイド軍団に投下された。

 

 ウルトラマンという、超人種になったことで。ずば抜けた視力を獲得したジードは、その正体を目視して、上擦った声を漏らした。

 

「あれは……ウルトラカプセル!?」

 

 スフィアペンドラゴンから、無造作にばら撒かれたもの。

 

 それは、ジード自身がフュージョンライズに用いる光の国の超兵器。

 

 かつてベリアルやその配下と争奪戦を繰り広げ、ダークザギすら利用した……ウルトラカプセルだった。

 

 そのウルトラカプセルを取り込んだゼルガノイドたちが、再び発光し、変貌する。

 

 異形の合成獣人から――カプセルに描かれていた、ウルトラ戦士を模した形へ。

 

〈ウルトラカプセルとの融合で、変身したゼルガノイドの数――二十四体〉

〈そ、そんな……!〉

 

 星雲荘からより正確なレムの報告と、余りの事態を前に絶句するペガの声が届けられた。

 

 ……ウルトラ兄弟を中心に。ウルトラマンネオスにグレート。ウルトラマンマックスやリブットたち。

 

 そして、ベリアルとの最終決戦で駆けつけてくれた、ウルトラの父までも。

 

 かつてミーモスが化けた、ゼロを模した個体こそ見当たらないが――光の国の戦士たち、その精鋭に化けたゼルガノイドの軍勢が、ベリアルの子らへ敵意の視線を向けていた。

 

「(嘘でしょ……!?)」

 

 信じ難い光景を前に、スカルゴモラもまた怯んだ様子を見せた。

 

 だが、敵の手はなおも緩むことなく――ジェロニモンが、吠えていた。

 

 その咆哮へ、文字通り呼応するように。時空の歪みの奥から、けたたましい鳴き声とともに、無数の黒い靄のようなものが降りてきた。

 

 それらは、ただの有色ガスや霧ではなく。赤く険しい双つの目と、鋭い牙を備えた大きな口を備え、何らかの意志を有しているように空を泳いでいた。

 

 まるで、人魂のような印象を受けたのは、間違いではなく――その正体は、ジェロニモンが時空の歪みを介し、何処からか呼び出した怪獣の亡霊たちだった。

 

 無数の怨霊は、落下の最中に捩り合って六本の黒い柱となり。さらにその状態で互いに引き合い、激突する。

 

 衝突し合い、弾けた六つの闇の塊が、大地に落ちて凝り固まると。最後にその表面を、暗黒の炎で焼き上げるようにして――これもまた、巨大な人型を形成していた。

 

「我は……また蘇ったのか?」

 

 ジェロニモンが復活させた怪獣の怨念、その集合体は。

 

 やはり、ウルトラ戦士とよく似た姿の……そして、複数のウルトラマンの特徴を歪めた形で併せ持った、暗黒の超人だった。

 

「ウルトラ……ダークキラー!?」

 

 それこそは昨日。ふとした話の流れで言及した、暗黒超邪。

 

 かつてウルトラ兄弟に倒された怪獣たちの怨念から生まれ、復讐を図り。力を結集したウルトラ兄弟に敗れながらも、数千年の時を経て蘇り、今度はジードたち若きウルトラマンと激闘を繰り広げた闇の巨人――ウルトラダークキラー。

 

 怨念が尽きぬ限り不滅と豪語していたダークキラーは、怪獣の生死を操るジェロニモンの介入によって、早くも二度目の復活を遂げていた。

 

「ウルトラマンジード。それに……」

 

 その恐ろしさを知るジードが、思わず発した叫びを耳にして。

 

 一度ベリアルの子らを見据えたダークキラーは、しかし明らかに多くの気配がひしめく背後へと、その注意を逸らしていた。

 

「ウルトラの戦士が、これほど集まっているとはな!」

 

 ……仮にも、本物のウルトラマンの光が込められた、ウルトラカプセルで変化しているためか。

 

 睨む相手が、偽物だと気づいていない様子のダークキラーは。復活早々、自らを奮い立てるように暗黒のオーラを発し始めた。

 

 どうやら、その挙動は想定外だったらしく。召喚した張本人であるジェロニモンが咎めるような唸り声を発するも、ダークキラーは一瞥の後に鼻を鳴らした。

 

「ウルトラの名を冠する者は、全て抹殺する――っ!?」

 

 同じく予想外の、目まぐるしく変わる事態に翻弄されたジードたちが、様子を伺っていると。

 

 召喚者(ジェロニモン)の意向を無視し、ウルトラ戦士を模した軍勢に今にも駆け出そうとしていたダークキラーは突如、何の前触れもなく硬直し、仰け反った。

 

「貴様……何者――っ!」

 

 一瞬、苦しむような素振りを見せたダークキラーは、震えながら頭上を仰ぎ……何とかそれだけを絞り出した。

 

 そして、その声を最後に。彼に異変を起こした元凶――スフィアペンドラゴンを睨んでいたダークキラーは、自らの言葉を失い。

 

 代わりにその全身から、炎のようなオーラを弾けさせていた。

 

「(ブレイブバーストした――っ!?)」

 

 スカルゴモラが慄くと同時。くるりと踵を返したダークキラーは、まるでゼルガノイド軍団を率いるように……偽物とは言え、ウルトラ戦士とも肩を並べて。

 

 ゆっくりと、ジードたちに向かって歩み始めた。

 

「今の一瞬で……ダークキラーを、支配したっていうのか!?」

 

 畏怖と驚愕のまま、ジードがスフィアペンドラゴンを仰ぐのと。時空の歪みから突如として迸った落雷がその艦影と、ついでにジェロニモンを覆って掻き消したのは、全く同時の出来事だった。

 

「(歪みが消えた――!)」

 

 同時、謎の空間が消えたことを悟ったスカルゴモラが、メタフィールドの展開を加速させる。

 

「(けど……っ!)」

「躊躇うな、ルカ!」

 

 撤退した敵の本隊――スフィアペンドラゴンたちをみすみす逃がすことも、だが。

 

 何より、百体を越すウルトラ戦士を模した敵と同じ空間に、兄妹を閉じ込めてしまうことを躊躇ったスカルゴモラへ、ジードは声を張り上げた。

 

「ここは僕が何とかする……街を守ることを優先するんだ!」

 

 ジードの叱咤を受け、頷いたスカルゴモラは、メタフィールドを……無数の敵に包囲されたまま、逃げ場のない戦場を、完成させた。

 

 その事実を確認した後。ウルトラマンジードが内包する小宇宙(インナースペース)の中で、取り出したウルトラマンゼロのカプセルが、狙い通り変化するのを認めたリクは、ゆっくりと迫る敵軍を睨みつけた。

 

「目指すぜ、天辺!」

《――シャイニングミスティック――!!》

 

 ゼルガノイドたちと同じく、ウルトラカプセルを用いることでジードが変身(フュージョンライズ)したのは、金色の姿。

 

 新たな祈りを託さ(カプセルを手に入)れたことで到達可能となった、シャイニングミスティック――シャイニングウルトラマンゼロの、時間すら操る神秘の輝きを再現した、新たな最強形態だった。

 

〈待ってください、リク〉

「スペシウムスタードライブ――!」

 

 フュージョンライズを終えたジードは、即座に。レムの呼びかけすら無視する勢いで、その最大の武器である時間停止能力を発動した。

 

 同じ、ウルトラマンベリアルの遺伝子を受け継ぐ生命体、培養合成獣スカルゴモラが展開したメタフィールドの中でしか行使できないが――それは、敵がどれほど多くとも、等しく歩みを止めさせ無力化する、絶対無敵の能力。

 

 四次元怪獣ブルトンを無力化し、宇宙恐竜ゼットンすら抵抗を許さず討ち取ってみせる輝きは、メタフィールドの中に存在するスカルゴモラやサンダーキラーSの動きさえも、時間ごと凍りつかせた。

 

 しかし。

 

 肝心の、敵軍の歩みは……一体たりとも、淀むことすらなく。

 

 能力発動前と全く変わりがないまま、その接近を許していた。

 

「な――っ!?」

「デュワッ!」

 

 一度はジードを葬った、あの宇宙恐魔人ゼットにも対処できないと判断させた無敵の力。

 

 シャイニングの時間操作が通用しなかったという事実に、ジードが衝撃を受けていると。ゼルガノイド・セブンが、その眼光を輝かせた。

 

 次の瞬間。せめてこちらも頭数を増やそうと、ジードマルチレイヤーの発動を試みようとしていたジードの全身を、ウルトラ念力が縛り上げる。

 

「なっ……ぐ、しまっ――!」

 

 さらに次の瞬間、分離したスフィアが変化したと思しきウルトラマン用の拘束具――テクターギアが、無防備なジードに装着されて。

 

 その強烈な負荷が、シャイニングミスティックへのフュージョンライズを強制解除させていた。

 

「(……えっ!? お兄ちゃん!?)」

 

 それに伴い、時間停止から解き放たれたスカルゴモラとサンダーキラーSが――見知らぬ拘束具に縛られ、その重みで膝を折る兄という、彼女らにはコマ落としで齎された変化へ、困惑した様子で振り返った。

 

「なん、で……」

〈時間操作は、バトルナイザーに無効化されてしまうのです〉

 

 怪獣使役器、バトルナイザー。

 

 全知全能を謳われた超能力を持つ究極生命体、レイブラッド星人の力で生み出されたそのアイテムは、名のとおり怪獣を格納し、従属させるだけでなく。

 

 バトルナイザーの所有者と使役怪獣に、様々な恩恵を――例えば、時間が止まった空間でも、何ら支障なく行動できる加護を与えるといった、神秘の力を持っていた。

 

 その最上位である、ギガバトルナイザーの力の前では。シャイニングウルトラマンゼロの輝きでさえ、何の成果も挙げられなかったのだ。

 

「そのために……ギガバトルナイザーを、復活させたのか……っ!」

 

 ようやく、今回仕掛けてきた敵の狙いが読めた時には、もう遅い。

 

 テクターギアを強制装着させられ、弱体化した(ジード)を庇う妹たちを間合いに捉えた敵軍が、一斉に。ウルトラ戦士の光線技を模した攻撃を、ベリアルの子らに繰り出して来ていた。

 

 

 

 

 

 

「きらーとらんす!」

 

 総勢百体を越す、偽ウルトラ戦士の光線の、一斉発射。

 

「プリズ魔・ぷりずむ――!」

 

 それを、自身の肉体を光怪獣プリズ魔と同質に変化させたサンダーキラーSが前に出て、兄姉を庇い全てを受けた。

 

 百を越す夥しい量の光線を浴びた、究極融合超獣は……当然のように、無傷を保っていた。

 

 あらゆる光を捕食する、ウルトラマンの天敵プリズ魔。

 

 その能力をも取り込んだ、究極融合超獣サンダーキラーS――全ウルトラ戦士の抹殺も見据えて製造された異次元の最新兵器は、その肩書に恥じないだけの耐久性を見せていた。

 

「お兄さま、だいじょうぶ?」

 

 大量の光線を受けた自身より、テクターギアに締め上げられている兄の方を呑気に心配しているサンダーキラーSを、光の網が覆った。ゼルガノイド・リブットの再現した拘束技、ストロングネットだ。

 

「サラ!」

 

 顔を起こしたジードが、自身の同じように拘束された妹を心配する、その間に。空から、二筋の赤い流星が降りて来る。

 

「イヤーッ!」

 

 裂帛の気合を発するのは、宇宙拳法の達人レオ兄弟を模した、ゼルガノイド・レオとゼルガノドイド・アストラ。

 

 二体の必殺の蹴りが、動きを止められた究極融合超獣を狙って飛来する――光線技ではない打撃主体の攻撃は、サンダーキラーSに対しても有効だ。

 

「(――させるかっ!)」

 

 それを阻むために、レイオニックバーストを果たしたスカルゴモラは角を発光させ、怪獣念力を行使した。

 

 かつての戦いの中で身につけた怪獣念力の応用、グラビトロ・プレッシャーを発動。突如として発生した高重力場はレオキックの軌道を狂わせ、サンダーキラーSに届く前に墜落し、何もない大地を爆裂させる。

 

「びっくりしちゃった」

 

 一方。触手の先端、鉤爪の備えたリガトロンの鎌の特性を用いたサンダーキラーSは、エネルギーを吸われ脆弱化したストロングネットを力任せに引き裂く。

 

 それで究極融合超獣は呆気なく自由を取り戻し、さらには霧散した光の粒子を、触手の先から吸収してしまった。

 

「すとろんぐねっと!」

 

 サンダーキラーSは、一時は自身をも戒めた技を即座に解析し、再現。後続のゼルガノイド軍団によるウルトラ念力のおかげで、高重力場から即刻解放されたゼルガノイド・レオとアストラに対し、触手をまるでメダマグモの前脚のように用いてストロングネットを投網し、その動きを再び縛り上げた。

 

「ありがとう、お姉さま」

 

 姉に礼を述べながら、サンダーキラーSが背後に触手を振り回せば。その動作の延長で発生したベリアルデスサイズが、ゼルガノイド軍団に次々と襲いかかった。

 

 ……本来の使い手であるウルトラマンベリアルは、この斬撃光線一発で、ダース単位のウルトラ戦士を葬った。

 

 それを再現した技が、軽く四発。ウルトラカプセルを取り込んだ上位種のゼルガノイドたちもたまらず回避行動を取り、躱し損ねた雑兵の原種ゼルガノイドは体表のバリアで受けるも、耐えきれずに両断され、爆散する。

 

〈所詮はカプセル、ということのようです〉

 

 かつて光の国を苦しめたウルトラマンベリアルの遺伝子を基に、より戦闘に特化させた生物兵器。

 

 その肩書通りの圧倒的な力を揮う末の妹(究極融合超獣)に、些か呆気に取られていたジードとスカルゴモラへ、レムが解析結果を報告した。

 

〈ゼルガノイドは宇宙警備隊の一般隊員よりは遥かに強力ですが、ウルトラカプセルはウルトラ戦士の力の一部を宿した物でしかありません。ゼルガノイドとカプセルを合わせても、元になった実力者には及ばないようです〉

「(……見た目に呑まれてやる必要はない、ってことか)」

〈はい。むしろ、警戒すべきは〉

「(わかってる。ウルトラダークキラー、だね)」

 

 ゼルガノイドの群れに混じった、それ以外の二大怪獣。

 

 ジェロニモンとは違い、この戦場に捨て置かれたゾグと――ベリアルデスサイズの一撃を、片手のデススラッガーで容易く払い除けた、ウルトラダークキラー。

 

〈ダークフィールドは展開しないでください。ゼルガノイドには有効かもしれませんが、ダークキラーをさらに強化してしまうでしょう〉

 

 レムが警告する強敵は、獣のように咆哮したかと思うと。遂にゼルガノイドたちを置き去りに、自らこちらへ向かって来た。

 

「(こいつは私が!)」

 

 ウルトラダークキラーは、(もと)より本物のウルトラ兄弟でも苦戦する強豪でありながら。敵軍の中で唯一、ブレイブバーストまで遂げている。

 

 ブレイブバーストは、スカルゴモラの力を奪ったものでさえ。本来、肉体的には強豪種族でない挑発星人(モエタランガ)が、究極融合超獣であるサンダーキラーSや三人のウルトラ戦士が合体したグルーブとそれなりに打ち合えるほどの強化を、対象に齎す。

 

 スカルゴモラを凌ぐレイオニクスだろう、スフィアペンドラゴンの主によるブレイブバーストとなれば、その効果はなおさらだ。

 

 その相乗で、明らかに図抜けた戦力を持つダークキラーに対し。妹ほど器用でも、多数を相手にするのが得意でもないスカルゴモラは、単騎戦力として迎え撃つことを決めた。

 

 暗黒超邪の繰り出す強烈な右ストレートを、上腕に備わったデススラッガーに当たらないように受け流しながら、零距離で繰り出す体当たりである斜身靠(シェシェンカオ)で迎撃。しかしスカルゴモラの圧倒的な筋力と体重の乗ったカウンターを受けても、ダークキラーは三歩程度の後退で持ち直す。

 

 ならば、尾による追撃を加えてさらに相手を崩す――というスカルゴモラの果敢な攻めは、唸りを上げて襲いかかった長大な尾を、ダークキラーがあっさりと掴んだことで強制終了した。

 

「(しま――っ!?)」

 

 そのまま――生まれて初めての戦いで、ウルトラマンタイガにやられたように。

 

 あの時とは、比べ物にならないほど力を増した培養合成獣スカルゴモラを――暗黒超邪ウルトラダークキラーは軽々と、ジャイアントスイングで投げ飛ばした。

 

「ルカ!」

 

 メタフィールドの大地へ叩きつけられた妹へ、ジードが心配の声を発する間に。軽やかに宙を舞ったダークキラーから、追撃のタロウの蹴り技(スワローキック)を脳天に叩き落され、立ち上がろうとしていたスカルゴモラは再び地を舐めた。

 

「(くぅ……っ!)」

「レッキング――!」

 

 ダークキラーの圧倒的なパワーに圧されるスカルゴモラを見かねて、ジードが援護しようと動き出すも――テクターギアによる妨害で、その動きは普段より鈍く。

 

「ハッ!」

 

 故に、後からゾグの繰り出した波動弾が、先んじてジードを捉えていた。

 

「うわぁっ!?」

 

 ゾグの波動弾は、ジードの技を中断させるだけで終わらず。

 

 その勢いのまま、ゼルガノイドの群れの中へと突き飛ばして行った。

 

「(お兄ちゃん!)」

 

 何とか起き上がったスカルゴモラが、思わずそちらへ気取られた隙に。

 

 ウルトラマンであるジードには、目もくれず……そのたった一度の挙動で、自らの意志で動いていないことを示すダークキラーが、スカルゴモラへの追撃に移った。

 

「(――っ!)」

 

 その構えを目にして。知らぬ間に、培養合成獣スカルゴモラの全身が硬直した。

 

 脳裏を過ったのは、拭い去ったはずの恐怖の記憶。

 

 生まれたばかりの己を、圧倒的な暴力で蹂躙した鬼が、トドメに放った破滅の輝き。

 

 ウルトラホーンを生やした鎧姿の巨人が、両手を腰に当て、体色が変わって見えるほどのエネルギーを充填させた後。

 

 T字に組んだ両手から放つのは、凄まじい殺傷力を発揮する暗黒の波濤。

 

 光線の色や、手の組み方こそ、スカルゴモラの記憶と反転していても……それは紛れもなく、あの技の系譜。

 

「(――痛っ、きゃぁあああああっ!?)」

 

 かつて、培養合成獣を瀕死に追いやった、オーラムストリウムと起源を同じくする――ダークキラー版のストリウム光線が、恐怖に竦んだスカルゴモラを直撃した。

 

 生まれたばかりの、あの日のように。

 

 凄まじい破壊力に襲われたスカルゴモラは、その圧に耐えることができず。ひっくり返るように倒れ込み――続けて、大爆発に呑み込まれた。

 

 きっと、あの時と同じように――爆裂を起こしたのは、逃げ遅れた体表の一部だけで。それが一種のリアクティブアーマーの役割を果たしてくれたから、致命傷にはならずに済んだが。

 

〈大丈夫ですか、ルカ〉

 

 既に拭ったと思っていた、原初のトラウマを再現されてしまったために。

 

 肉体のダメージ以上に、溢れ出した動揺のせいで、スカルゴモラはレムの心配にも、すぐには応えられなかった。

 

〈気をつけてください。ウルトラダークキラーは、ウルトラ兄弟と同質の技を――個々のウルトラ戦士以上の威力で、繰り出すことができるのです〉

 

 ……それは、ダークキラーの元となった、怨念たちの命を奪った力。

 

 復讐を望む怨念によって、さらに凶悪となったウルトラ兄弟の技を操る、暗黒の超人。

 

 そんな、暗黒超邪ウルトラダークキラーの――恐怖を。培養合成獣スカルゴモラは、その身を以て痛感していた。

 

 

 

 

 

 

 テクターギアを装着され、身動きの鈍ったジードを取り囲む、ゼルガノイドたち。

 

 ウルトラマンの姿をした彼らに囲まれ、追い立てられ、殴られ、足蹴にされるのは――かつて、己の正体が知られればどうなるのかと。ベリアルの息子として恐れた悪夢、そのものが具現化したかのようだった。

 

 そんな、ジードを踏み躙る偽物のウルトラマンたちが、纏めて吹き飛ぶ。

 

「お兄さま、だいじょうぶ!?」

 

 ゼルガノイド軍団を薙ぎ払ったのは、サンダーキラーSだった。

 

 一本一本が並の超獣を上回る戦闘力を持つ八本の触手と、当然それより強い本体の性能を駆使して。百体を越すゼルガノイド軍団の攻めを、たった一体で相手取る。

 

 その、頼りになり過ぎる妹を見て。

 

 皮肉にも、テクターギアのおかげで傷が浅かったのに、ジードの返事は力が抜けたものとなっていた。

 

「うん……ごめん、頼りにならないお兄ちゃんで」

「そんなことない!」

 

 僕に任せろなどと、大口を叩いたのに。

 

 一人でやられて、ピンチを招いた兄が弱音を吐くのを、末妹は力強く叱咤した。

 

「お兄さまは、いつも……わたしより、たたかうのがとくいじゃなくても。いっつも、わたしたちをたすけてくれるから」

 

 事実として。スカルゴモラやサンダーキラーSと違い、ウルトラマンジードは、その設計の主目的を戦闘に置いていない。

 

 しかも、素材は同じベリアルの遺伝子なのだから、兄と妹二人の間には、厳然としたスペック差が生じて来る。

 

 妹に比べて、戦うのが得意ではないと評されるのも、仕方のないことだ。

 

 だが。だから、何もしてやれないのも仕方がないとは、ジードは諦めなかった。

 

「いつだって、お兄さまがいてくれているおかげで……わたしたち、とってもたのもしいんだよ」

 

 そんな姿勢を、覚えていてくれたのか。サンダーキラーSがウルトラマンジードに告げる優しい声には、確かな敬意と感謝が込められていた。

 

「だからげんきをだして、お兄さま。ジーッとしてても、ドーにもならないでしょ?」

「……うん。そうだね、サラ」

 

 ……妹たちは本当に、強く立派に育ちつつある。情けない兄の卑屈な姿を見ても、それに引きずられたりせず、むしろ抱えあげてくれるほど。

 

 そんな二人の兄であろうとするのなら。いつまでも失敗に囚われては居られないと、頷いたジードは面を上げた。

 

 そうして、ジードが再起するまでの間にも。

 

 ゼルガノイドたちは休みなくサンダーキラーSに挑みかかり、次々と倒されていた。

 

 圧倒的な火力の光線技で撃ち抜き、切り裂き、感電させる。敵の光線を吸収するだけでは補充が追いつかなくなるほどエネルギーを消耗すれば、手近なゼルガノイドに触手を突き刺し、直接捕食するような倒し方で補給する……怪獣を含む大半の生物にとっては危険極まりない行為だが、スペースビーストを捕食しても何ともない邪神の幼体でもある究極融合超獣からすれば、スフィアもウルトラカプセルも、一方的に取り込める餌でしかないらしい。

 

 そんなサイクルで、サンダーキラーSは既に、二桁ものゼルガノイドを消滅に追いやっていた。

 

 ……その脆すぎる姿で、ジードも流石に違和感を覚えた。

 

(効かないのがわかっているはずなのに、わざと光線技を見せて来ている……?)

 

 まるで――敢えて、自分達(ウルトラ戦士)の手の内を晒すように。

 

 そして、滅亡の邪神ハイパーエレキングを構成要素の一つとする、サンダーキラーSに――スフィアとともに、大量のウルトラマンの光を、取り込ませようとしているように。

 

 ……そんな違和感は、背後で響いた轟音によって押し流された。

 

「――ルカ!」

 

 振り返ると、スカルゴモラがウルトラダークキラーによって追い詰められる、その最中にあった。

 

 サンダーキラーSの大暴れとは、打って変わって。本物のウルトラ兄弟と同じ技を、それ以上の破壊力で放てるダークキラーを相手に、スカルゴモラは苦戦を強いられていた。

 

 光線技だけではない。凄まじい怨念の集合した剛力に、レイオニクスの支援を乗せ。成長した今のスカルゴモラすら圧倒する打撃を繰り出し、両腕のデススラッガーは培養合成獣の再生力がなければとっくに首を落としていたのだろう鋭さで、リクの妹を斬り刻み、地を舐めさせる。

 

「お姉さま!」

 

 テクターギアで動きの鈍ったジードより早く、ゼルガノイド軍団を蹴散らしながらも余裕のあるサンダーキラーSの方が、家族の危機に素早く応じることができた。

 

 ゼルガノイドたちを薙ぎ払った触手を四本、足代わりにして。一歩の飛距離を伸ばしたサンダーキラーSが、スカルゴモラを目指して駆ける。

 

 だが、その前方に新たなゼルガノイドたちが立ち塞がった。

 

「じゃまっ!」

 

 サンダーキラーSの胸が発光し、異次元壊滅現象を齎すデスシウムD4レイが、ゼルガノイドの軍勢に襲いかかる。

 

 対して、ゼルガノイド・ゾフィーが前に伸ばした右腕から放ったM87光線と。ゼルガノイド・ゼノンの、やはり突き出した右腕に装備した鳥のような武装・マックスギャラクシーから発射されたギャラクシーカノンの二条の超絶光線が、D4レイと正面から衝突し、押し返す。

 

 宇宙警備隊最強の技と名高いM87光線と、光の国でも指折りに強力な武装・マックスギャラクシーの最大火力。時空すらも貫くとされる大技同士の共演は、例え本物には及ばない劣化コピーでも、たった一条のD4レイには圧勝して当然の出力だった。

 

「――!」

 

 そのまま発生源まで届いた二条の光線は、究極融合超獣のカラータイマーを直撃する。

 

 ……彼女のそれは急所ではなく、D4レイの発射口を兼ねたエネルギー吸収器官であるため、無事で済んだ。

 

 しかし、その光線吸収能力に頼らなければ究極融合超獣でも危うい破壊力の光線が、サンダーキラーSの進撃を食い止める。

 

「きらーとらんす――プリズ魔・ぷりずむ!」

 

 そこで、最初の一斉発射を凌いだ時のように。光学干渉を無害化し吸収する光怪獣プリズ魔と同様の体質に変化したサンダーキラーSは、胸部以外で光線を被弾しても問題ない自由を取り戻し――自身の背後に居る、ジードに危険な光線が向かないよう、照射を続ける二体を排除せんと躙り寄る。

 

「デュワッ!」

「トゥアッ!」

「ヘアッ!」

「フゥンンッ!」

 

 その時、四つの巨大な人影が躍り出た。

 

 二体のゼルガノイドを横から叩こうとするサンダーキラーSの触手を、ゼルガノイド・セブンとゼルガノイド・セブン21が頭部の宇宙ブーメランを抜き取り、手持ち武器として。さらにゼルガノイド・ジャックがウルトラランスを、ゼルガノイド・エースがエースブレードを構えて、各々が一本ずつ迎え撃ち、抑え込んだ。

 

 さらに、足代わりにしていた四本の触手が、追撃に回される前に。鉤爪が大地を噛んだままである隙を狙って、通常種のゼルガノイドたちが各々複数で掴みかかり、自らの体を重しとするようにして、その動きを縫い留めた。

 

「シュワッ!」

 

 さらに、足を止めたサンダーキラーSの背後から、初代ウルトラマンを模したゼルガノイド・ファーストが飛びかかり――その接近を察知したサンダーキラーSは、長い尾を閃かせて迎撃した。

 

 本体の尾は、触手を越える膂力を持ったサンダーキラーSの奥の手だ。しかもプリズ魔に変化(キラートランス)した今は硬度を増しただけでなく、直に触れればウルトラ兄弟のジャックすら火傷させる高熱を帯びた凶悪な一撃となっている。

 

 だが、怪獣退治の専門家を模したゼルガノイドは鋭い一閃を大胸筋で受け止め、さらには素手のまま難なく高熱の尾との格闘戦に移行して、その自由を奪ってみせた。

 

 尾も触手も、別々の敵を相手取り。いよいよ対応力が飽和しつつあるサンダーキラーSに、さらに新手が襲いかかる。

 

「ジュアッ!」

 

 それはゼルガノイド軍団の中でも、最高峰のパワーとスピード、タフネスを併せ持った戦士、ゼルガノイド・マックスの急襲だった。

 

 紙一重のところで。周囲に放射する電磁波を、センサー代わりに超速反応したサンダーキラーSの右手が、プリズ魔化した強度を活かしてマクシウムソードを掴んで止めて。空いた左手の毒爪で、ゼルガノイド・マックスの胴を貫いた。

 

「けっしょうかこうせん!」

 

 さらに、対象を結晶化し光に分解するプリズ魔の光線を、サンダーキラーSは至近距離から浴びせにかかり、まず眼前のゼルガノイド・マックスを確実に仕留めようとした。

 

 しかし。高威力の結晶化光線と、ベリアルウイルスに満ちたカイザーベリアルクローの直撃を受け、猛毒を注ぎ込まれながら――ゼルガノイド・マックスは最強最速の戦士ウルトラマンマックス由来の頑丈さを活かして耐え抜き、自らを貫いた左腕を逆に捕まえる形に持ち込んだ。

 

 そうして――漫然と攻めて来ていた、先程までとは違い。スカルゴモラの援護に向かった途端、ウルトラ兄弟型を中心とした、精鋭のゼルガノイド軍団の待ち伏せを受け。流石のサンダーキラーSも、身動きが取れなくなったところで。

 

「トァーッ!」

「セァッ!」

 

 体に炎を灯した二体のゼルガノイド――タロウとメビウスが、制圧された究極融合超獣に組み付いた。

 

〈サラ、危険です。彼らから距離を取ってください〉

 

 レムの警告と同時に、サンダーキラーSは全身から強烈な放電を行い、本体に纏わりついた三体のゼルガノイド、さらには触手や尾と格闘中の十三体のゼルガノイドまでもを同時に感電させ、彼らを振り切ろうとするが――

 

 一手早く。サンダーキラーSを離さなかったゼルガノイド・タロウとゼルガノイド・メビウスが、大爆発を巻き起こした。

 

 緩慢な歩みでも、妹の危機に駆けつけようとしたジードの頬を、テクターギア越しに叩き、強制的に足を止めさせた爆風は。サンダーキラーSの攻撃に、ゼルガノイドたちが耐えられなかったのではなく――ウルトラマンタロウと、その弟子メビウスが持つ禁断の大技を、彼らが再現した結果だった。

 

 爆発の正体は、ウルトラダイナマイトとメビュームダイナマイト。ウルトラ戦士自身の生命を爆弾に変える、絶大な威力の自爆技。

 

 炸裂の真下、触手と格闘していた通常種のゼルガノイド八体は消滅し。爆心地に居たゼルガノイド・マックスも、遂にその耐久限界を越えて燃え尽きていた。

 

「あ……ぅ……」

 

 同じく爆発の中心に居たサンダーキラーSも、全力を発揮できないメタフィールドの中、密着状態からでは回避も防御も叶わず、凄まじい破壊力の直撃を許していた。

 

 二重の爆発に、挟み撃ちされた結果。あれだけ圧倒的だった究極融合超獣も、触手と尾が全て千切れ、本体も装甲に亀裂を走らせた挙げ句、重度の火傷を負った瀕死の状態となって、力なく横たわっていた。

 

「――サラっ!」

 

 ジードが必死に駆け寄ろうとする、その視線の奥で。

 

 そもそもサンダーキラーSを突貫させた状況もまた、さらに悪化していた。

 

「(このっ、離せ!)」

 

 ただでさえ劣勢にありながら、兄妹の危機に注意を奪われたスカルゴモラ。その背後を取ったウルトラダークキラーが、容赦なくチョークスリーパーを極めていた。

 

 ――その体から、暗黒の炎を昇らせながら。

 

「(まさか……こいつもっ!?)」

 

 スカルゴモラは悪寒のまま、背の角からスカル超振動波を放射し、至近距離からの破壊エネルギーでダークキラーを粉砕しようとするが――既に遅い。

 

「――っ!?」

 

 ジードが息を呑んだ次の瞬間、ダークキラーダイナマイトが炸裂し、凄まじい爆風がメタフィールドの中を駆け抜けた。

 

 ウルトラカプセルを用いたゼルガノイドどころか。怨念とブレイブバーストの補助により、本家ウルトラダイナマイトをも凌ぐ破壊力を発揮した爆裂はスカルゴモラの全身を猛打し、その破滅的な暴風で、五万九千トンもの巨体を一度大地に叩きつけ、弾みでさらに何百メートルも吹き飛ばした。

 

 轟音を奏でながら、スカルゴモラが再び大地に減り込む――ちょうど、サンダーキラーSの近くにまで、彼女は飛ばされていた。

 

 強靭な生命力と、高い耐熱性を併せ持つスカルゴモラの容態は、サンダーキラーSよりはまだマシと言えたが……それでも戦闘不能状態に片足を突っ込んだ、甚大な負傷を受けていた。

 

「ルカ! サラッ!」

 

 幸いにも。傷ついた妹二人の下へと走るジードの前に、立ち塞がる敵は居なかった。

 

 先程まで道中に存在していた、サンダーキラーSと戦っていた一団の生き残り――ゼルガノイド・ファーストを中心とした彼らは自爆から再生したタロウとメビウスを万全に癒やすため、二体を庇いながら一時後退していた。ゾグもまた、不気味に沈黙したまま、空からジードを見下ろすだけだ。

 

 おかげで、すぐに二人の下へ駆けつけられるとジードが微かに安堵したその時……スカルゴモラの背後で、闇が凝った。

 

 警戒に足を止めた、ジードの視線の先で。凶悪な表情の浮かんだ、無数の人魂のような闇――キラープラズマが集合し。

 

 暗黒超邪(ウルトラダークキラー)が、そこに再生していた。

 

「(……ウソ、でしょ?)」

 

 息も絶え絶えのスカルゴモラが、呆然とした思念を漏らすように。

 

 今の彼女に、それだけの痛打を与えながら。怨念の集合体であるウルトラダークキラー自身は、爆散した後も全くの無傷で復活していたのだ。

 

 しかも、ゼルガノイド・タロウたちとは異なり……まるでエネルギーも消耗した様子がないまま。

 

「(きゃあああああっ!?)」

 

 そして、満足に身動きできないスカルゴモラに、ダークキラーが殴りかかる。

 

「やめろっ!」

 

 テクターギアに動きを戒められたジードは、そんな状況でも、制止の声しか発せない。

 

 いや、そもそも……かつてウルトラマンジードは、ウルトラダークキラーに敗れた。

 

 あの時集まった、ニュージェネレーションと区分される若きウルトラマンのチームの一員としては、最終的に勝利を収めたが――ジード単独の力では、ダークキラーにはとても敵いはしなかった。

 

 ジードはギガファイナライザーを喪い、ダークキラーがブレイブバーストで強化された今は、その差はより一層、拡がっているだろう。

 

 だが。

 

「(やめっ、この……あぁあああっ!?)」

 

 そんな己の無力を理由に――これ以上、目の前で妹が甚振られる様を、受け入れることはできなかった。

 

「――っ、わぁあああああああああああああああっ!!」

 

 力への渇望。よりにもよって、ウルトラマンたちの姿を騙った敵に、家族を傷つけられることへの拒否感――さらに、そんな光景を傍観してばかりの己に対する怒り。

 

 そして、度重なる刺激に共振する、レイオニクスの血の猛り。

 

 気づいた時。それらの全てが綯い交ぜになった叫びを、ジードは喉を震わせ発していた。

 

 次の瞬間――赤い光とともに、テクターギアが弾け飛んだ。

 

「――っ!!」

 

 漲る力を抑えきれなくなった、テクターギアの残骸を、さらに激しく弾きながら。

 

 自由を取り戻したジードは、衝動のままダークキラーに飛びかかり、自らより一回りも大きな暗黒の体躯を、強引に突き飛ばしていた。

 

「(あっ……お兄、ちゃん……)」

 

 ……ダークキラーが。メタフィールドの全てが。寸前より、幾分赤く染まって見えるジードは、気づいていない。

 

 それが、かつて沖縄の戦いで、自らの無力を痛感させられた時と同じく――己の目そのものが、赤色に変わったからだということに。

 

 文字通り、目の色が変わった瞬間から……自身の力が、爆発的に向上したということに。

 

 ジードが纏う気配の変化に、発する野生の咆哮にゼルガノイドたちが緊張し、竦む中。レイオニクスの操り人形と化したウルトラダークキラーは、淀みなく動いた。

 

 胸の前で、逞しい両腕を交差させ――カラータイマーに、膨大なエネルギーを収束していく。

 

「はぁあああああああっ!」

 

 対して、妹たちを背に庇うジードもまた。交差した両腕を持ち上げ、開き――膨大なエネルギーを渦巻かせながら、一つの目的のために練り上げて行く。

 

「レッキングバーストォッ!」

 

 次の瞬間、同時に臨界に達したエネルギーが、正面から衝突した。

 

 ブレイブバーストしたウルトラダークキラーがカラータイマーから放つ、全力のダークキラーショット。その出力は本来、基本形態(プリミティブ)どころか、最終戦闘形態(ウルティメイトファイナル)ですら勝てるか怪しいもののはずだ。

 

 だが……今のレッキングバーストは、その怨念を捻じ伏せて。

 

 かつて、ウルティメイトファイナルと同格の戦士五人の総攻撃でも穿けなかったウルトラダークキラーの肉体を、一瞬で消し飛ばしていた。

 

「(すっ――ごい……!)」

 

 兄の勝利に、スカルゴモラが感嘆を漏らした直後。

 

 テクターギアから解き放たれたはずのジードは、自らの重みに耐えきれずに膝を折り――ウルトラマンに利するよう妹が調整してくれたメタフィールドの中だというのに、カラータイマーを明滅させるに至っていた。

 

 ――既にその目は、元の青色に戻っていた。

 

 沖縄での、ギャラクトロンMK2(マークツー)戦以来に。それこそスカルゴモラのレイオニックバーストのように、自らの戦闘力の爆発的な向上を経たジードは、限界を超えた力を揮った反動に苦しみながらも……極度の興奮状態から正気に返ったことで、己の為すべきことを思い出していた。

 

「二人とも……今、手当てを――!」

 

 治癒の力を扱える、アクロスマッシャーにフュージョンライズした直後。踵を返したばかりのジードの背に、悪寒が走った。

 

「何故だ」

 

 問いかけに、振り返れば。

 

 そこには……レッキングバーストで、確かに消し飛んだはずの、怨念の化身(ウルトラダークキラー)が。

 

 やはり寸前と変わらぬ姿で、即座の復活を遂げていた。

 

「ウルトラマン。何故、怪獣を……っ!?」

 

 レッキングバーストを受ける前とは異なり、自らの意識を取り戻していたウルトラダークキラーだったが……その言葉を、紡ぎ終える前に硬直し。

 

 既にメタフィールドを去ったはずの、スフィアペンドラゴンを駆るレイオニクスにまたも支配されたことを示すように、再度のブレイブバーストを果たしていた。

 

「そん、な――っ!」

 

 絶望に染まった声を、ジードは思わず漏らしていた。

 

 サンダーキラーSは、本物のウルトラ戦士ならば絶対に取らないであろう――味方を捨て駒にするゼルガノイド軍団の連携で、戦闘不能となり。

 

 スカルゴモラは、個々のウルトラ兄弟をも越えるというウルトラダークキラーの圧倒的な力に深手を負い。

 

 ウルトラマンジードはテクターギアを自力で解除したものの、不死身のダークキラーにダメージを残せないまま、力のほとんどを使い切ってしまった。

 

 そして、AIBの怪獣兵器であるゼガンも、ネオ・ブリタニア号も、昨日の宇宙恐魔人ゼットとの戦いで受けたダメージが深刻で、駆けつけることができない。

 

 ……助けに来られる本物のウルトラ戦士も、今この宇宙には居ない。

 

 そんな絶体絶命のベリアルの子らを、ゼルガノイドの残存部隊が取り囲む。

 

 その数は未だ五十を優に越え、最精鋭であろうウルトラ兄弟型もほとんどが健在。

 

 さらには、光の国の最高戦力である宇宙警備隊大隊長、ウルトラの父を模した――ゼルガノイド・ケンが、遂に前へ出た。

 

 他のゼルガノイドたちを回復させた、長期戦の要。ウルトラの母を模したゼルガノイド・マリーの傍らで、彼女を守り。また援護を受けるためか、二体一緒のまま。回復役を前線に派遣しても、問題なく仕留められる段階に入ったという考えなのか。

 

「ふふふふふふふふ……!」

 

 そんな予想を裏付けるような嘲笑は、空から。

 

 何度もジードを妨害した根源破滅天使ゾグ。最初の被弾以降、攻撃を受けなかった彼女も、未だ力の大部分を残して健在だ。

 

 そして、ダークキラーを含む三者による、包囲の輪が狭まる中。ゾグを癒そうというのか、ウルトラの母に擬態したゼルガノイド・マリーが治癒光線の準備に入る。

 

 邪魔をさせないと言わんばかりに、ゾグはジードと、何とかレイオニックバーストを維持したまま立ち上がったスカルゴモラへ見せつけるように、波動弾を構えてみせた。

 

 このままやられるのを待つしかないと思われた、その時。

 

 突然。コーラスのような音色が、メタフィールドの空に響いた。

 

 

 

 

 

 

 最初にその音の正体に気づいたのは、超振動波を武器とするスカルゴモラだった。

 

 それは、敵味方双方で使われたあの兵器……ギャラクトロンシリーズが転移に用いる、デジタル魔法陣の発生音だった。

 

 スカルゴモラの予感のとおり。ハニカム構造上のデジタル魔法陣が、空に展開され――メタフィールドの外と繋がる、時空の扉と化す。

 

 そこから飛び出したのは、予想されたどの機体とも違っていた。

 

 ギャラクトロンでも、ギルバリスでもなく。漆黒の影が迅雷となって魔法陣から飛び出し、落下し……一直線に、白い天使へと襲いかかった。

 

「――っ!?」

 

 黒い稲妻は、身長百二十七メートルあるゾグの頭頂から足首まで、一直線に切り裂いた。

 

 呆気なく、短い断末魔を残しながら。一撃で両断された根源破滅天使が、斬撃の勢いに押されて、地平の彼方へと失墜していく。

 

 その残骸より早く、一撃の勢いのまま地に降りた黒い雷は、返す刀でゼルガノイド軍団に襲いかかっていた。

 

 黒い竜巻のような勢いで、原種ゼルガノイドたちの四肢をもぎ取り、吹き散らした鎧の戦士を、進行ルート上のゼルガノイド・ケンが迎え撃つ。

 

 だが、ゼルガノイド・ケンの核兵器に等しい拳は、襲撃者によって外側へと、円弧を描く形で逸らされて不発し。

 

 大きな隙を晒した、その巨人に対し――拳を弾いた槍の、反対側に備わっていた刃先を向けた魔人は、そこに携えていた暗黒の雷嵐を即座に解き放った。

 

 ……暗黒の三叉槍から放たれたのは、レゾリューム光線。

 

 かつて、ウルトラの父と引き分けになった雪辱を晴らすべく、暗黒宇宙大皇帝が編み出した――ウルトラの父を、完全消滅させるための技。

 

 その猛威が、ゼルガノイド・ケンと、彼の背後に庇われていたゼルガノイド・マリーを直撃した。

 

 ……レゾリューム光線の消滅の力は、対ウルトラマンへ特化していたために。他の存在と融合したウルトラ戦士には、万全の効果を発揮し得ない。

 

 故に、その効果を跳ね除けて――本物ならば決してあり得ない油断を抱いたゼルガノイド・ケンのカラータイマーを、照射を続けたまま伸長した穂先が、隙を逃さず突き、砕いた。

 

 その背後のゼルガノイド・マリーは、消滅の効果だけは弾けようが、光線の物理的な破壊力に肉体が耐えきれず。

 

 各々の理由で生命を維持できなくなった二体の残骸は、注がれる力に耐えきれず、内側から破裂させられていた。

 

「(……なん、で……)」

 

 ちょうど、墜落したゾグが爆死した余波に、背を叩かれながら。

 

 半ば不意打ちが決まったとはいえ、三体の強敵を連続で瞬殺した乱入者に対し――昨日と同じ言葉を、スカルゴモラは投げかけていた。

 

「(なんで、あなたが……)」

「私の生きる意味が、それを問うのか」

 

 再戦を誓って別れた、昨日までの怨敵。

 

 暗黒魔鎧装を纏った宇宙恐魔人ゼットが、スカルゴモラの問いにそう応えていた。

 

 

 

 

 

 




Bパートあとがき



・ゼルガノイドの量産&変身
 再現体の量産については『ウルトラマンデッカー』の第23話にて、各々の素体となる怪獣なしのまま、スフィアソルジャーたちの集合だけでスフィア合成獣を再現していた能力そのままです。
『デッカー』に登場するスフィアは『ウルトラマンサーガ』に登場した個体群同様、『ウルトラマンダイナ』本編のスフィア残党が大元であり、長い時間をかけて再興した一派という設定です。スフィアペンドラゴンの基になったのはまた別の個体群であるという裏設定ですが、大元が同じであるため、同じくスフィア合成獣の一種であるゼルガノイドをテラノイドなしで再現することも可能という風に解釈しました。
 ゼルガノイドがウルトラカプセルと融合することでカプセルに対応したウルトラマンの劣化再現体に変身できる、というのは完全独自設定です。


・バトルナイザーと時間停止
 第十四話以来二回目の解説ですが、実は前回解説時点で「作中の説明嘘吐いてまーす」ということはちゃんと言っていたりしました。いや本当に。
 映像作品では現在明言されていませんが、映像本編と展開がリンクしている=正史に相当する『大怪獣バトル ウルトラアドベンチャー』で実際に存在する描写及び原理の説明として、バトルナイザーの所有者とその所持怪獣は時間操作に耐性ができることが語られています。
 この設定が映像作品でもきちんと生きている場合、『ウルトラファイトオーブ』でゼロがシャイニングの時間操作をあくまでオーブの特訓にしか使わなかったり、『ウルトラマンジード』第一話のアバンでゼロがシャイニングではなくウルティメイトゼロでギガバトルナイザー持ちのベリアルに挑んでいる理由が一つ増えるのかな、などと考えています。時間操作ではなく、ナラクのような時間移動による改変なら有効なのも大怪獣バトルシリーズの描写と合致しますしね。
 なお、ギガファイナライザーはバトルナイザーじゃないので、本作においてジードをシャイニングで蘇生したのは問題ないかなと考えています。


・ウルトラダークキラーの技
『ウルトラギャラクシーファイト』では全然使いませんでしたが、実はウルトラ兄弟と同様の技を使うことができる――というのは、ダークキラーに関する公式設定になります。そういう点がエースキラーのバリエーションっぽいのですが、拡張性の高いエースキラー系列と違ってダイナマイト技も完全再現できる再生力が強みな気がします。
 なお、ストリウム光線に相当する技については、今のところ設定や使用描写がないのですが、上記の設定と容姿からして使えない方が不自然だと見逃してくだされば幸いです。




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第二十二話「リ・ボーン」Cパート





 本日はこどもの日。ちょうど連載開始から2年となりました。

 ここまで進めることができたのは、原作の魅力やその後の展開、お読みくださる皆様の応援のおかげです。改めてありがとうございます。







 

 

 

「……ゾグとやらが、私の光を奪おうとしていた」

 

 戦闘用不連続時空間、メタフィールド。

 

 ウルトラマンジードを筆頭とするベリアルの子らと、謎の敵スフィアペンドラゴンが残したゼルガノイドの軍勢が争う亜空間。

 

 地球からは位相を隔てたその戦場に、突如として乱入した宇宙恐魔人アーマードゼットは、ジードの妹の漏らした疑問へ、改めて丁寧に応じ始めていた。

 

「どうせ、おまえにはもう通じぬ力だ」

 

 傍らで回復に務める、ジードの妹――培養合成獣スカルゴモラに対し。自らの胸に宿ったリトルスターを輝かせながら、恐魔人ゼットが言う。

 

「くれてやっても良かったが、顔でも拝もうと来てみれば、おまえたちと争うのを見た」

 

 彼が、悠長に話す間に。同胞を倒されたゼルガノイドたちが、報復とばかりに攻撃を繰り出す。

 

 何十体ものゼルガノイドが放つ光線技を、アクロスマッシャーとなったジードや傷ついた培養合成獣スカルゴモラたちの前に立ち、ゼットン種の光線吸収能力で防いだ魔人は、そのまま敵全体に撃ち返して、その動きを牽制していた。

 

「しかし、この空間への飛び入りが間に合わなかったのでな。AIBなる者たちに、扉を開いて貰ったわけだ」

 

 扉とはすなわち、先程のデジタル魔法陣――喪われたキングギャラクトロンMK2(マークツー)の予備パーツにある、時空移動用の装置のことだろう。

 

 昨日の戦いで、異次元に飛んだ彼の分身(ゼッパンドン)と戦ったゼガン。その顛末からの閃きで、別次元への移動能力を持たない魔人はこうして、閉ざされたメタフィールドにも参戦できたということらしい。

 

 語り終えた宇宙恐魔人ゼットは、反撃を越えて攻め込んで来たゼルガノイドたちに向かって、自らも歩み始めた。

 

「(……いや。えっと。そうじゃなくて)」

 

 微妙に、求めた核心に答えなかった魔人に対し、スカルゴモラが戸惑った様子で呼びかけた。

 

「約束は覚えている。だが……いや、だからこそ。今こいつらを力で除くことを、無意味だとは誰にも言わせん」

 

 対して、歩みを止めることなく。背中越しに、ゼットはスカルゴモラに答えた。

 

 一瞬だけ、安心させるような穏やかな声音の後に。強い決意を感じさせる、闘志を燃やして。

 

「たとえ――おまえ自身にも、だ」

〈――安心して、みんな!〉

 

 話は終わった、とばかり様子で戦いに臨む彼と代わって。

 

 先程、恐魔人ゼットの話に挙がったAIB――そのエージェントであり、ベリアルの子らにとっても姉のような存在である愛崎モアが、通信を飛ばしてきた。

 

〈彼はもう絶っっ対に味方よ! 私が保証するわ!〉

 

 妙に確信に満ちた声で、モアが力強く断言する間にも。

 

 ウルトラ戦士の天敵、その筆頭に挙げられるゼットン種の頂点を名乗る魔人は、ウルトラ戦士の偽物も当然のように蹴散らしていた。

 

「……数が多いな」

 

 だが、そんな彼をしても。未だ五十体を越すゼルガノイド全てから、追い詰められたベリアルの子らを単身守り切るのは手を焼くようだ。

 

「こちらも数で応じるか」

 

 故に彼は、孤軍奮闘をやめた。

 

 今の宇宙恐魔人ゼットが纏うのは、暗黒魔鎧装アーマードダークネス――を、かつて身に纏った経験から再現したものだ。

 

 暗黒の鎧には、滅びても闇の力で何度でも蘇る不滅の性質が備わっている。それは、闇の化身である自分自身の再創造。

 

 つまるところ。アーマードダークネスの闇には、創造の力が秘められている。その特性を学習したからこそ、ゼットという魔人は自力で同様の装備を拵え。

 

 そして――怪獣の影法師を生み出すという、アーマードダークネスの一際強大な力をも物にしていた。

 

 宇宙恐魔人ゼットが、鎧を介して放出した彼の闇の力が、実体化し。

 

 意のままに動く手駒として、宇宙恐竜ゼットンの軍勢を、メタフィールドに顕現させていた。

 

「行け」

 

 現れたゼットンたちは、合計十体。残存するゼルガノイドよりも圧倒的に少ない兵力ながらも、自身を壁にするようにしてゼルガノイドたちの侵攻を食い止める。

 

 いや、壁役どころか。本体であるゼットのみならず、分身であるゼットンたちもまた、次々とゼルガノイドを圧倒し、押し返し始めていた。

 

 予備動作のないテレポート。

 

 大容量の光線吸収能力。

 

 さらに隙を補う頑健なバリア。

 

 遠距離は強力な火球と波状光線に、近距離は硬い外皮と強靭なパワー。

 

 宇宙恐竜ゼットンという種は、基本としてウルトラ戦士に有利な能力を備えている。

 

 それでも歴史上、数々のゼットンがウルトラ戦士に敗れてきたのは、個体差や戦闘に至った状況等、様々な要因が考えられるが――何より、ゼットンに心がなかったからだと言われている。

 

 なら――ウルトラ戦士の心を持たず、能力だけを身に着けた偽物などに、ゼットンは負けないとも言い換えられるのだろう。

 

 そう思わされるだけの、圧倒的な進撃を、ゼットンたちは繰り広げていた。

 

 ……ただし。かつてレムが言ったように、この世に絶対はない。

 

 初代ウルトラマンが、心のないゼットンに倒されたように――どんな原則にも、例外は存在し得る。

 

 その証左として。ゼットンの壁の一角が、袈裟斬りに刻まれて霧散した。

 

「ほう……やるようだな」

 

 同じくゼルガノイドたちを斬り捨てた魔人が振り返った、その先に居たのは。

 

 皮肉にも、戦線がゼットンたちに押し広げられたことで進路を確保でき。これまで最前線に直行できなかった遊兵の状態を脱した、敵側の最高戦力。

 

 暗黒超邪ウルトラダークキラーが、戦場を掻き乱す宇宙恐魔人ゼットと視線を結んだ。

 

 そして。ウルトラ戦士の力と技を上回るべく、ウルトラマン型になった怨念怪獣(タイラントの亜種)と。

 

 ウルトラ戦士の心の強さを手に入れるために、ウルトラマン型になった宇宙恐竜(ゼットン)とが、遂に激突を開始した。

 

 

 

 

 

 

 突如参戦した宇宙恐魔人ゼットが、敵を食い止めてくれている間に。

 

 持ち前の再生能力を発揮する余裕ができたおかげで、培養合成獣スカルゴモラは、戦う力を取り戻していた。

 

「(……お兄ちゃん、サラをお願い)」

 

 そして、なおも危険な状態にある末妹に治癒光線を浴びせる兄へ……今は妹の力になってあげることのできないスカルゴモラは、家族としての祈りを託した。

 

「ルカ……?」

「(私は……このまま、あいつだけに任せるわけにはいかないから)」

 

 ここまでの戦いを通して、スカルゴモラはそう判断した。

 

 ――今度は一対一で、という、再戦の約束。

 

 そのための条件を覚えていると語る魔人が、モアの保証通り味方であることを今更疑うつもりはない。

 

 だからこそ――このまま、彼だけに任せてはいけないと。

 

 スカルゴモラは、激突するウルトラマン型の二大怪獣を見据えた。

 

 突撃の最中。ウルトラダークキラーが、自身を構成するキラープラズマを切り離し変化させた、自在に動くエネルギー弾・キラークラスターを連射する。

 

 それを宇宙恐魔人ゼットは広範囲に展開した光線吸収能力で防ぎ、収束。さらに自らのエネルギーを上乗せして撃ち返す。

 

 迎撃に対し。ダークキラーは腕に備えたデススラッガーで魔人が上乗せしたエネルギーを切り裂き、斬撃を飛ばしながら、解放されたキラープラズマを回収する。

 

 飛来した斬撃を、ダークネストライデントを一閃させて弾いた恐魔人ゼットだったが、その時にはもう、ダークキラーも彼を攻撃の間合いに捉えていた。

 

 その体から、既に……黒い炎を昇らせながら。

 

「はぁああああああっ!」

 

 裂帛の叫びを発するアーマードゼットと、あくまでも言葉なき操り人形である今のウルトラダークキラーが無言のまま、近距離で長槍と篭手による変則的な剣戟を演じる。

 

 取り回しに優れた双つのデススラッガーを得物とするダークキラーの連撃を、双刃の三叉槍を巧みに操り弾いた恐魔人ゼットは、そのまま穂先でダークキラーの胴体を薙ぐ――が。

 

「――むっ」

 

 腹を切り裂かれたことに、些かの痛痒も示さないダークキラーがそのまま、魔人の装甲された両腕を上向きに斬り払い――開いた胴に、抱きついた。

 

 その瞬間、ダークキラーダイナマイトが再び炸裂し。近場で戦っていたゼットンやゼルガノイドの姿勢を崩すほどの大爆発が、メタフィールドを揺るがした。

 

「(ゼット!)」

 

 自らを一時戦線離脱させたあの大技。その再びの炸裂で魔人を心配し、スカルゴモラが吠えた時。

 

「余計な不安を与えたのなら、詫びよう」

 

 何事もなかったかのように。

 

 爆発する瞬間までダークキラーに密着されていたアーマードゼットは、テレポート能力で爆発を躱し、スカルゴモラの隣に出現していた。

 

 ゼットンという種は、ウルトラ戦士に対して優位な能力のレパートリーを持つ。

 

 禁断の大技であるウルトラダイナマイトも、テレポートするゼットンの前では、ただの自傷行為にしかならないのだ。

 

「(あなた、その腕……!?)」

 

 しかし、そこに至る直前の攻防。決着のはずの薙ぎ払いが無力化され、晒した隙をデススラッガーで斬りつけられた結果、ゼットの体表を覆うアーマードダークネスの装甲が一部剥落し。

 

 その下に隠されていた、今の彼の状態が、スカルゴモラの目に映っていた。

 

「私はおまえたちや――奴と比べると、傷の治りが遅いのでな」

 

 既に復活したウルトラダークキラーを油断なく睨みながら、恐魔人ゼットがスカルゴモラに答える。

 

 昨日。宇宙恐魔人ゼットは全力の戦いの結果、カラータイマー状の器官を備えた胸から下の肉体を、喪っていた。

 

 どうやってそれを癒やしたのか。あるいはアーマードダークネスによる、外側だけのハリボテなのか……などと、スカルゴモラは予想していたが。

 

「失くした体の代わりに、AIBから頂戴した。愛崎モアには借りができるばかりだな」

 

 妙にモアを評価する彼は、胸から下の胴体と、両腕と、両足とを。元通り再生する選択肢を捨てて来ていた。

 

 アーマードダークネスの装甲の下。魔人の体は、キングギャラクトロンMK2の予備パーツを継ぎ足した、サイボーグ状態になっていたのだ。

 

〈デビルスプリンターの力で、ペダニウムと残った生体部分を融合させたようです〉

 

 星雲荘から、レムが報告する。

 

 レイオニクスの力は、有機物と無機物の垣根すら越える。かつてゼットに切り落とされたスカルゴモラの尾がギルバリスが機体を再構成する際の一部となり、さらにはデビルスプリンターで再度復活する可能性が考えられているのも、生体資源であるデビルスプリンターが金属で構成された機械怪獣であるギルバリスとさえ融合する可能性があるからだ。

 

 宇宙恐魔人ゼットは自らを復活させたデビルスプリンターの力を制御し、ペダニウムで構成されたロボット用の機体を自らと融合させることで、肉体の不足を補ったのだ。

 

「(ペダニウムゼット……ってこと?)」

「好きに呼べば良い」

 

 ベリアル融合獣キングギャラクトロンの片割れであった宇宙ロボット・キングジョーを素材とした、もう一つの組み合わせ――ウルトラマンジードを最も苦しめたベリアル融合獣、ペダニウムゼットンを連想したスカルゴモラに対し。魔人は端的に答えた。

 

「来るぞ」

 

 告げたペダニウムゼットは、迫るダークキラーに対し――まるでスカルゴモラを援護するように、前へ出た。

 

 ダークキラーの攻撃を、ペダニウムゼットがダークネストライデントを用いて逸らし。開いた顔面に、スカルゴモラが拳を叩き込み、勢いよく殴り飛ばす。

 

 ……先程までは、圧倒されていたが。培養合成獣の、より強くなろうとする遺伝子が働いて、肉体は短期間に成長していた。

 

 そんなスカルゴモラと同様の性質を捨ててまで。今、この戦場に間に合う力だけを求めた宇宙恐魔人ペダニウムゼットが、打ち上げられたダークキラーを迎え撃つ位置までテレポートする。

 

「まだだ!」

 

 水平の手刀打ちで、ダークキラーを撃墜しながら。ペダニウムゼットは胸を光らせ、リトルスターの能力を行使する。

 

 三体に増えたペダニウムゼットが、自身の攻撃で吹き飛ばしたダークキラーをテレポートで追いかけて。蹴り、殴り、ジードたちから遠ざけるように動かしていく。

 

 流石にダークキラーもやられっぱなしでは終わらず、飛ばされた先のペダニウムゼットの一体を逆に殴り飛ばす反撃を見せた。しかし抵抗も虚しく、残るペダニウムゼットが二体同時にダークネストライデントを構え、二重のレゾリューム光線にウルトラダークキラーを呑み込み、削り飛ばしてみせた。

 

 ……だが。

 

 やはり、いくら体を灼かれても。実体のない怨念(キラープラズマ)が再集結することで、ダークキラーは即座に復活を果たしていた。

 

「こちらの攻撃で全身を消し飛ばしても、即再生するか」

「(あいつ、怨念の塊で、ほとんど不死身なんだ)」

 

 ダークキラーの放つ闇の波動により、光の力(リトルスター)で生み出した分身を強制的に掻き消され。様子見のために一旦距離を取ったペダニウムゼットに、追いついたスカルゴモラが告げる。

 

「(しかも、闇の力で復活するらしいから――あなたの強さを疑ってるわけじゃないけど、あなたじゃ倒しきるのは難しい……かも)」

「私相手だというのに、気遣いに満ちた言葉選びだな」

 

 距離感を掴みかねるスカルゴモラの言い回しに、責めるでもなく。

 

 どこか感情を抑え込もうとする淡々とした調子で、ペダニウムゼットが感想を漏らした。

 

「普段なら、奴を倒し切るだけの……今より上の力が手に入るまで、再生し続けてくれる敵など歓迎するところだが」

 

 続けて、敵への感想を述べながら。闇の力の結晶であるアーマードダークネスを霧散させ、ペダニウムゼットとしての全容を白日の下に晒しながら、魔人は向かって来たダークキラーを素手で迎撃する。

 

「爆弾染みた相手が何度も蘇るというのは、今だけは厭わしく思う!」

「(それは普段から思いなさいよ!?)」

 

 バトルジャンキー全開の発言をする男に、思わずツッコミを入れてしまいながら。

 

 そんな魔人の感性が、この場では何故、変化したのかを察して。

 

 培養合成獣スカルゴモラは、自分でも理解できない感慨を覚えていた。

 

 

 

 

 

 

〈我々がウルトラダークキラーを攻略する方法は、二つ考えられます〉

 

 かつて、一度はウルトラマンジードを死に追いやった、恐るべき強敵――宇宙恐魔人ゼットの参戦で、盛り返した戦線。

 

 それが、どうしても逆転にまでは至らぬ原因。

 

 不死身の暗黒超邪について、情報を整理したレムの報告が開始された。

 

〈一つは、真のレイオニクスバトルを利用して、シャイニングミスティックの能力を有効にすることです〉

「……どういうこと?」

 

 今も、重傷の妹に治癒光線(スマッシュムーンヒーリング)を浴びせながら。

 

 アクロマスマッシャーとなったウルトラマンジードは、レムの案に問い返していた。

 

〈真のレイオニクスバトルとは、一定以上の力を持つレイオニクス同士の戦いで発生する、怪獣に与えたダメージがレイオニクスにも届く現象です〉

 

 まず、馴染みのなかったキーワードを、レムが解説する。

 

〈先程、ジードがダークキラーを撃破した際。一時的に、真のレイオニクスバトルが発生していました〉

「えっ……?」

 

 怪獣を操ったことのないジードは、自身を例に挙げられて。困惑の声を漏らしていた。

 

「でも」

 

 そして、その混乱を呑み込んだ後。ジードは異議を唱えた。

 

 ジードの力が枯渇する寸前までの攻撃を浴びせても、ウルトラダークキラーは何事もなく再生した。

 

 それはむしろ、真のレイオニクスバトルとやらでは、攻略に繋がらなかったという実績ではないのか。

 

〈ダークキラーは再生できても、怪獣を操っているレイオニクス自身がフィードバックに耐えられるとは限りません〉

 

 目に見えないからこそ――文字通りの盲点となっていた突破口を、前線以外で戦う仲間として見抜いたレムが提示してくれた。

 

〈おそらくは耐えられないからこそ、ダークキラーがジードに倒される前後、あの時だけリンクが切られていました〉

 

 ダークキラーがあの復活の直後だけ、自意識を取り戻した様子だったのは、そういう理由だったのかと――ジードは納得した。

 

 そして、ジードが真のレイオニクスバトルを行えたのは、一時的な物だとしても……

 

〈今のスカルゴモラならば安定して、真のレイオニクスバトルを行えるだけの力があります〉

 

 レイオニクスの遺伝子を継ぐ怪獣として産み出された妹は、怪獣使いの力による自己強化こそを主目的としているから。

 

 数々の戦いを通し成長してきた培養合成獣スカルゴモラならば、充分。能動的にその現象を起こせると、レムが言う。

 

 しかし。

 

〈でも、それって黒幕の倒し方であって、ダークキラーは結局再生するんじゃ……?〉

〈はい。それにこれまでも、黒幕が怪獣を操りぶつけて来ていたことを考えると――まず間違いなく、一時的にリンクを切られるだけで躱されます〉

〈それじゃあイタチごっこになる〉

 

 ここまでの説明で、疑問に思ったことを。星雲荘に残ったペガとライハが、レムに応答を求める。

 

〈そのとおりです。それだけでは、復活した後にまた支配されるだけの繰り返し。そのため、今回黒幕を倒すことはできないでしょうが――敵がリンクを再び結ぶまでの間、ダークキラーはギガバトルナイザーの所有者とは無関係になります〉

 

 そこで、レムはまだ説明できていなかった二つ目のキーワードを、口にした。

 

〈その時なら、シャイニングの力がダークキラーに通用する――時間ごと再生能力を停止させてしまえば、完全消滅に追い込むのも難しくはないでしょう〉

 

 この戦いの最初、相手の対策で完全に無力化され、事態を悪化させてしまったジードの切札。

 

 逆を言えば、対策が必要な力であり――それを通すことが逆転の鍵になるのだと、レムは告げた。

 

 しかし――

 

「でも、ゼルガノイドたちは、ギガバトルナイザーに守られているままだ」

〈はい。先にゼルガノイドを全滅させることが、必要条件になるでしょう〉

 

 ウルトラダークキラーは、レイオニックバーストした今のスカルゴモラと同等のパワーと、彼女を明確に越えるスピードを併せ持つ。

 

 スカルゴモラとペダニウムゼットの二体が組むことで、戦力が完全に上回っている今だからこそ抑え込めている。しかし不死身のダークキラーが相手では、その状態を維持するのが精一杯だ。

 

 究極融合超獣サンダーキラー(ザウルス)は重傷、ジードはエネルギーが残り少ない。

 

 いくら、ゼットン軍団が味方してくれているとはいえ、数は大きく劣る。

 

 現在の戦力で、先にゼルガノイド軍団を殲滅し――その後、ダークキラーと戦うというのは、困難を極める。

 

「……レム、もう一つの方法は?」

〈コスモミラクルフラッシャーで、一気に撃破することです〉

 

 それはかつて、ロイヤルメガマスターがウルトラダークキラーに敗れた時には、なかった力だ。

 

 地球人も宇宙人も、怪獣だって、一緒に生きる――そんな未来を託してくれた、サイコキノ星人の祈りが形となったもの。

 

 そのメビウスカプセルと、ウルトラ六兄弟のカプセルを組み合わせることで発動可能となる、宇宙最強の光線の再現だ。

 

〈複数のウルトラ戦士の力を集めた光――これまでに記録されたダークキラーの討伐は、いずれもその力で成されています〉

 

 自身もその一員を担ったジードは、その瞬間の光景を思い返していた。

 

〈しかし、懸念すべき点があります。コスモミラクルフラッシャーはあくまでも、カプセルによる再現技であり、本物に劣るということです〉

 

 そう――ジードが扱えるのは、所詮はちっぽけなカプセルの力だけ。

 

 故に、虚空怪獣グリーザも、単独では倒し切れたのかが疑わしく。

 

 暗黒破壊神ダークザギには、相手が不完全体だったにも関わらず、ダークフィールドの中だったこともあって完全に力負けした。

 

 幸い、今回はメタフィールドというウルトラダークキラーにとっては不利な空間だが、それでも確実とは言えない。

 

〈そもそも、シャイニングにせよ、コスモミラクルにせよ。ジードに残ったエネルギーで、それを満足に発動できるかも保証はできません〉

 

 ウルトラダークキラーを攻略するための、突破口は見えた。

 

 だが、その突破口を明らかにするために費やした力の分。いざ攻略を実行するのが、危ぶまれるようになってしまった。

 

〈けど、どっちにしても――ジード抜きでは、ルカたちでもあいつを倒せないってことね〉

 

 かつてのグリーザと同じ。単に力で上回るだけでは、怨念の塊である暗黒超邪は攻略できない。

 

「……行って、お兄さま」

 

 その報告を聞いて、ジードの治療を受けていた末妹――究極融合超獣サンダーキラーSが、声を発した。

 

「わたしはもう、だいじょうぶだから。お姉さまを、たすけてあげて」

「サラ……」

 

 まだ、傷の塞がり切っていないサンダーキラーSが、決意を込めて訴えるのに。

 

「……わかった」

 

 その覚悟を無碍にはできないと、ジードは頷いた。

 

「でも――サラのことも、放っては置かないよ」

 

 健気な末妹に、そう続けたところで。ジードはアクロスマッシャーから再び、基本形態となるプリミティブに戻り、心の裡に呼びかけた。

 

 ――ウルトラマンが欲しい、と。

 

 その願いは、メタフィールドを通じて、朝倉リク以外の心にも繋がり。その結果が、ジードの背後に四つの光として現れる。

 

 ジードマルチレイヤーで出現したのは、ジードのフュージョンライズ形態の内の四体。

 

 その内の一体として再出現したトリィの祈りを含む姿(アクロスマッシャー)が、サンダーキラーSの治療を再開した。

 

「お兄さま……!?」

「大丈夫。僕は君たちのお兄ちゃんで……ウルトラマンだから。こんなの全然へっちゃらだ」

 

 優しく告げた言葉は、嘘だった。

 

 ウルトラマンに味方するメタフィールドの中だというのに、既に限界が近かったジードのカラータイマーの明滅は、さらに早まり。その限界が近づいていることを、雄弁に物語っていた。

 

 だが――やっと見つけた、大切な家族(もの)を守るためなら。

 

 ギガファイナライザーがない今は、命を削ることになる奮起でも。(リク)は、躊躇うことはなかった。

 

「行って来る」

 

 アクロスマッシャーとサンダーキラーSの護衛として、ノアクティブサクシードとフォトンナイトを残し。

 

 コスモミラクルの力を使うための形態であるロイヤルメガマスターとともに、本体であるジード・プリミティブは、暗黒超邪に向けて駆け出した。

 

 道中に立ち塞がる、ゼルガノイドの一体を、プリミティブ自身が蹴り飛ばし。そうして開いた道を、ロイヤルメガマスターがひた走る。

 

〈ダークキラーを撃破し得る、スカルゴモラの攻撃に合わせてください。フィードバックを恐れたレイオニクスがリンクを切れば、時間操作への耐性がなくなるだけではなく、敵の戦力が著しく低下するはずです〉

 

 消耗した状態から、確実に成果を挙げるためには――真のレイオニクスバトルが作る敵の隙、そこを狙えと、レムが言う。

 

 そんな思惑を、阻もうとするように。

 

 ダークキラーが大量展開したキラークラスターから、無数のレーザーが発射されて、眼前のスカルゴモラを牽制。続けて、その射線がロイヤルメガマスターに向けられ――

 

「――はっ!」

 

 ロイヤルメガマスターの眼前にテレポートしたペダニウムゼットが、ゼットシャッターを展開して、無数の光刃を跳ね返した。

 

「話は聞かせて貰った。後に続け」

 

 さらに、短く指示を残したペダニウムゼットは、そのままダークキラーの背後に再転移して。再びの白兵戦で、素手のままダークキラーと渡り合う。

 

「(お兄ちゃんは準備してて!)」

 

 そうしてペダニウムゼットが相手を惹きつけた隙に、スカルゴモラも再びダークキラーに肉薄し。同等の格闘能力を持つ二体――しかも、二度に渡る全力の戦いで、互いの呼吸を知悉した同士の連携により、ダークキラーを圧倒する。

 

 それでも、不死身のダークキラーを削りきれず、ロイヤルメガマスターのカラータイマーが(いたずら)に鳴り続ける。

 

 ロイヤルメガマスターが、限界を前に焦らされていると――不意に、ペダニウムゼットの足が止まった。

 

 ――強引に融合した、機械の体が起こした不具合か。

 

 致命的な隙を見逃さず、ダークキラーが強烈な右の拳(アトミックパンチ)で、ペダニウム製のゼットの胴体を貫いた。

 

「(ゼット!)」

「――今だ!」

 

 スカルゴモラの心配の声へ、短く答えて。まんまと敵を罠にハメたペダニウムゼットは、自らを貫通するダークキラーの腕を立ったままの関節技(ハンマーロック)で極めながら、その防御を抉じ開けた。

 

 そして、空いた隙間に魔人が直撃させたのは、ペダニウム機関を利用してさらに効率的なエネルギー運用を可能とした一兆度の大型火球、ペダニウムメテオ。

 

 強大な熱エネルギーを秘めた一撃は、ダークキラーの胴体を丸呑みにするも、撃破には至らない。

 

 しかしそれは、テレポートで撃ち逃げした魔人の、狙い通りだった。

 

「(スカル超振動波ぁっ!)」

 

 その超高熱火球を通り道に、スカルゴモラが全身の角を音叉として放つ波動で、ウルトラダークキラーを追撃した。

 

 音の伝達は、高温環境下であるほどに効率化され、加速する――一兆度などという、恒星でも及ばぬ天文学的な高温であれば、いわんや。

 

 ペダニウムメテオの火球が弾けたところに叩き込まれたスカル超振動波は、ダークキラーの強固な怨念の外骨格を粉砕し。さらには超微細な振動の連続で、その動作を封殺する。

 

〈今です、リク〉

「コスモミラクル……フラッシャー!!」

 

 ダークキラーが防御力と回避力とを喪失したところに、ロイヤルメガマスターは要となる一撃を繰り出した。

 

 超絶撃王剣キングソードの全体から放たれた虹色の光の雨は、崩壊寸前だったダークキラーの全身を穿ち、解かす。集合実体(ダークキラー)から、その源たる怨念・キラープラズマという蒸気状に拡散した後の闇すら、その影も残さず消し飛ばして行く。

 

「ガッ……ぐぁあああああああっ!!」

 

 彼らを操っていたレイオニクスの支配から、解放されたことを示すように。

 

 言葉を取り戻したダークキラーは、哀れにも苦痛を訴える叫びだけを発していた。

 

 ――ウルトラ戦士を憎む、怪獣たちの怨念。

 

 無理やり蘇生され、戦いの道具にされた彼らを憐れに思いながらも――ちっぽけな力しか持たない今の自分にできることは、これしかないのだと。

 

 ……亡き父と同じように。せめて、彼らがこれ以上、苦しむことがないように、と。

 

 亡者を再び、あるべき場所に送ろうと、ジードは怨念たちの悲鳴を無視し、光を放つことに努めた。

 

 ――そして、その声が聞こえなくなって。

 

 キラープラズマの残滓も、見えなくなったところで。既に限界だったコスモミラクルの照射を止めたロイヤルメガマスターもまた、その瞬間に霧散した。

 

 

 

 

 

 

「(やった……っ!)」

 

 ロイヤルメガマスターによる、ダークキラーの撃破を見届けて。

 

 満足に発動できるかも危ぶまれていたコスモミラクルフラッシャーの一撃が、遂にダークキラーを浄化したのを……少しだけ、後ろ髪を引かれる想いを懐きながら。

 

 スカルゴモラは兄の勝利を讃え、喜びに吠えた。

 

 代償として。コスモミラクルフラッシャーの照射が終わると同時、ジードはいよいよ力を使い切ったらしく。ジードマルチレイヤーで顕現していた分身たちが一斉に消滅し、後方のプリミティブ――本体だけが残っていた。

 

 その本体も、ここが地球上であったなら。とっくに巨人体を維持できないほど消耗しきった様子で、倒れ伏した。

 

 限界だったジードによる、ダークキラーの撃破が間に合うよう。敢えて特攻し貫かれたペダニウムゼットもまた、機体の歩行機能へ本当に障害を来したのか、膝を折る。

 

 だが――まだ敵は、残っている。残された脅威から、彼らを守らなければならない以上、一息吐くのはまだ先だと、スカルゴモラは悟った。

 

「(後は、こいつらだけ――っ!)」

 

 そう決意して、振り返ったその時。

 

 視線の先で――七体のゼルガノイドが、列を為していた。

 

 横並びになっているのは、ゾフィーからタロウまでの六体を模したウルトラ六兄弟型のゼルガノイド。

 

 彼らの中心で、一歩前に立っているのは、メビウス型のゼルガノイド。

 

 その組み合わせは――ジードが今しがた使用したカプセルと、同じ並びだった。

 

「(まさか……!)」

 

 呻いた、その時には。

 

 後列の六体のゼルガノイドは、スフィアソルジャーに戻りながら。ウルトラカプセルとともに、残る一体と再融合していた。

 

 ――ゼルガノイド・メビウスに、ゾフィーからタロウまでのウルトラ六兄弟型が融合した、合体ゼルガノイド。

 

 それこそは。かつてウルトラダークキラーを倒した(スーパー)ウルトラマンタロウの、さらなる上位形態――メビウスインフィニティーを再現した姿。

 

 あの虚空怪獣グリーザの撃破を始め、つい先程もウルトラダークキラー攻略の要となるなど、幾度もベリアルの子らを助けてくれた力の大元。

 

 今、その力だけを模倣した悪意が、ダークザギにも次ぐ脅威となって、メタフィールドに出現していた。

 

「(サラッ! お兄ちゃん!)」

 

 よりにもよって。消耗から回復しきれないまま、その脅威の前に残された兄妹の名を、スカルゴモラが叫ぶ。

 

「ゼットーン……!」

 

 スカルゴモラの狼狽を、晴らそうとするように。散り散りでゼルガノイド軍団と争っていた複製ゼットンたちが、サンダーキラーSとゼルガノイド・インフィニティーの間に立ちはだかるべくテレポートし、一斉に一兆度の火球を発射する。

 

「シェアッ!」

 

 対して。ゼルガノイド・インフィニティーは、左の前腕に装備したブレスに右手を当てて、掛け声とともに横滑りさせた。

 

 その掌の動きに合わせて巨大な光刃が出現し、迫る火球と、その発生源であった九体のゼットンを、一刀の下に消滅させた。

 

 インフィニットエッジ。それはウルトラ戦士がよく使う、牽制用の光線技と、同系統の一撃。

 

 牽制用の技だけで、宇宙恐竜ゼットンの群れが、一掃されたのだ。

 

 本物には遠く及ばないゼルガノイドだというのに、それでこの威力。スカルゴモラも思わず息を呑む。

 

 さらに。ゼルガノイド・インフィニティーの全身が、一度炎に――ブレイブバーストのオーラに包まれたかと思うと。

 

 続いて、虹色に輝き、崩壊し始めた。

 

「――ルカ、ダークフィールドを!」

 

 その様子を目にした途端、倒れ伏したまま、顔だけを起こしたウルトラマンジードが声を張り上げた。

 

「奴は、コスモミラクル光線を撃つつもりだ!」

 

 虹色に輝くゼルガノイド・インフィニティー。自らの発光で体内から穴が開き、崩れ、融け落ちていく。

 

 ブレイブバーストで補強しても。ウルトラカプセルという紛い物でもなお強大な、メビウスインフィニティーの力の真価は、ゼルガノイドという器に余る。

 

 その不足を、スフィアソルジャーに再分離した周囲のゼルガノイドたちが続々と追加融合して、肉体が崩れるそばから補い、強引に発射シークエンスを進めて行くのは……先程、こちらの切札として放たれた、宇宙最強の光線だった。

 

「その前に!」

 

 同じ、カプセルを基にした紛い物でも。ブレイブバーストしたゼルガノイド・インフィニティー自体の出力は確実に、先程のウルトラマンジードを上回る。

 

 この様子では、一度しか撃てないとしても。宇宙の歪みすら消し去るコスモミラクル光線の威力は、その一度でこちらを全滅させて余りあるはずだ。

 

 その威力を削ぐには。ウルトラマンの力を増幅するメタフィールドから、ウルトラマンの光を奪うダークフィールドに相転移するのが確実……だが。

 

「(でも、お兄ちゃんは……っ!)」

 

 そうなれば、ただでさえ限界のウルトラマンジードは。兄は、確実に巨人体を維持できない。

 

 この戦場で、地球人と同等の生身を晒せば、余波だけで死ぬ――その事実が、スカルゴモラの決心を阻んでいると。

 

「私に任せろ」

 

 膝を着いたままのペダニウムゼットが、倒れたままのジードの前に転移して。そこでバリアを展開していた。

 

 かつて、自らの手で命を奪ったこともある、光の巨人を――今度は、その手で守り抜くために。

 

「(――っ!)」

 

 言葉にできない感情が込み上げるのを、自覚しながら。

 

 スカルゴモラは、背の角からダークシフトウェーブを放射して、メタフィールドを闇に塗り替え――ウルトラマンの光を奪った。

 

 兄であるジードは、その巨人としての状態を維持できなくなって、ペダニウムゼットの展開するバリアの中に朝倉リクの生身を晒し。

 

 ゼルガノイド・インフィニティーも、臨界寸前だったコスモミラクルの力の一部を削がれ、発射までの猶予が生まれていた。

 

 だが、ゼルガノイド・インフィニティーを崩壊寸前に追い込んでいる膨大な出力は、ダークフィールドでもとても無力化しきれない。迂闊に突くだけでも、昨日のゼット以上の爆発を起こすことだろう。異次元の回廊も、コスモミラクル光線ならば貫通し得る。ダークフィールドの中で完全に止めなければ、地球が危険だ。

 

「――ここは、わたしが!」

 

 そこで、ウルトラマンジードの献身によって傷を完治し――ダークフィールドに切り替わったことで、全能力を発揮できる状態になったサンダーキラーSが、滅亡の邪神としての第二(ギガント)形態に変貌して、最前列に立った。

 

「(ううん――二人で行くよ、サラ!)」

 

 その妹と、レイオニクスの力でリンクを結び。自らの力で強化して、敵と同じく強化現象(ブレイブバースト)を起こさせながら。

 

「(生きて、勝つんだ……皆で!)」

 

 怪獣と超獣の姉妹が、対峙したその瞬間。

 

 ゼルガノイド・インフィニティーから、遂にコスモミラクル光線が発射された。

 

 ……スカルゴモラたちの前に、黒い靄が結集して。究極融合巨大超獣をも上回る、巨大な人型を形成したのは、それと時を同じくしてのことだった。

 

 

 

 

 

 

 巻き戻される前の時間の中、一度は己を殺した魔人の展開した安全圏(バリア)の中で。

 

 リクは、思わぬ乱入者の名を叫んだ。

 

「ウルトラ……ダークキラー!?」

 

 再出現したのは、リクが力を使い果たしてまで、撃破したはずの怨念の化身だった。

 

 コスモミラクルでなければ倒せない、と――ペダニウムゼットが、捨て身になってまで繋いだチャンスでも、リクは失敗していたということらしい。

 

 ブレイブバーストによる強化はなくなったが。サンダーキラーSと同じく、周囲がダークフィールドに変わったおかげで万全以上の力を取り戻した暗黒超邪は、かつてニュージェネレーションたちとの最終決戦で見せた超巨大形態で復活し。

 

 再出現と同時、その全エネルギーを注ぎ込んだダークキラーシュートで、コスモミラクル光線を迎撃した。

 

 おそらくは。消滅したと思われたダークキラーの代わりに、ゼルガノイド・インフィニティーを切札に据え、レイオニクスの力を割いた結果。スフィアペンドラゴンに潜む黒幕は、ダークキラーに対する注意力が足りなくなった。

 

 おかげで、自由を取り戻した怨念の化身は――どういった意図であれ、自らの意志で最強のウルトラ戦士を模したゼルガノイド・インフィニティーに挑んでいた。

 

「――ぬぅおあああああああああっ!」

 

 まるで……今まさに、ウルトラ戦士の形をした暴力に晒される怪獣たちを、その巨体で守るように。

 

 だが――ダークキラーは過去、合体したウルトラ兄弟を前に消滅している。

 

 劣化再現体とはいえ、それ以上の合体戦士を基にしたゼルガノイド・インフィニティー相手では、いくらなんでも分が悪過ぎる。

 

 超巨大ウルトラダークキラーの放つ全力のダークキラーシュートは、あっという間にコスモミラクル光線に押し切られ――本体への直撃を、許していた。

 

 ダークフィールドの助けが何より大きいが……ダークキラーがジードのコスモミラクルフラッシャーから復活できたのは、所詮はカプセルの力に過ぎなかったからと。それさえ満足に扱えないほど、ジードが消耗し切っていたためだ。

 

 同じくカプセル由来でも、自己崩壊も厭わず放つゼルガノイド・インフィニティー全力のコスモミラクル光線を続けて受ければ――今度こそ、ダークキラーも耐えられない。

 

 ……その時。

 

 逃れられない消滅の間際――ウルトラダークキラーが、微かに。背後を振り返ったように、リクには見えていた。

 

 そして。ウルトラダークキラーの巨体を、今度こそ完全消滅に追いやった恐るべき光線が、続いてリクの妹たちへ迫り――サンダーキラーS・ネオを直撃した。

 

「う……くっ、ぎぎ……っ!」

 

 ウルトラダークキラーが、威力を減殺して。サンダーキラーS・ネオが吸収能力を全開にして、なお。

 

 再現されたコスモミラクル光線は、ブレイブバーストを果たしたサンダーキラーS・ネオを傷つけ、彼女に力を授けるスカルゴモラをも、真のレイオニクスバトルの反動で苛む。

 

「負けるな、サラ! ルカ!」

 

 聞いたこともないような悲鳴を漏らす妹たちに、思わず身を乗り出したリクが、叫んだその時。遂に限界を迎えたサンダーキラーS・ネオの肉体が、崩壊し始め――

 

 その欠損を、補うように。究極融合巨大超獣の全身から、黒い靄が溢れ出していた。

 

 

 

 

 

 

「どうして、たすけてくれるの?」

「……我が怨念を、晴らすため」

 

 真っ白な世界で。怨念の化身である悪魔の落とし子が、怨念の化身である暗黒超邪に、問いかけていた。

 

「でも。あれは――」

「わかってくれたから、だよね」

 

 その、サンダーキラーSの精神世界に。

 

 妹と繋がった、レイオニクスとしてのリンクを通じて。

 

 培養合成獣スカルゴモラも、自らの心を踏み入らせていた。

 

 サンダーキラーSの裡に取り込まれた……コスモミラクル光線の中に融けた、ウルトラダークキラーの残留思念との、対話のために。

 

「……あなたたちは、ウルトラ戦士が怖かった」

 

 ウルトラダークキラーと戦っていた、スカルゴモラは。彼を構成する、殺された怪獣たちの怨念に含まれた、その恐怖を感じ取っていた。

 

「自分たちの命を理不尽に奪う、悪魔にしか見えなかったから。その理不尽な暴力を、恐れ、憎んだ」

 

 ウルトラマンを悪魔のように歪めたウルトラダークキラーとしての姿は、その意趣返しだと。

 

 同じように、ウルトラマンを悪鬼の如く恐れた合成怪獣は、彼らの気持ちが痛いほど理解できていた。

 

「でも。私たちのために必死だったお兄ちゃん……怪獣のために、理不尽に立ち向かうウルトラマンジードを見たから。そうじゃないって、わかってくれた」

 

 ダークキラーと同じ恐怖に苛まれていたスカルゴモラを抱き締めてくれた、ウルトラマンジードは言っていた。

 

 確かに、ウルトラマンは怪獣を攻撃するかもしれない。だけど、それだけがウルトラマンの役目じゃない――

 

 ウルトラマンも、本当は。自分たちの大切なものを守るため、他に手段がないからと言って。やむを得ず怪獣を倒すことを、いつも悩んでいた。

 

 その上で。怪獣たちと戦わざるを得ないという理不尽に、いつもその命を懸けて、挑んでいた。

 

 怪獣との共存を望む、大空大地とエックスだけでなく。アサヒたち湊兄妹や、タイガたちトライスクワッドもそうだった。

 

 サイコキノ星人カコの孤独に寄り添い、違う星の人同士で、兄妹のような関係を築いたという――今、ゼルガノイドに姿を騙られているメビウスのように、ベリアルの子らが出会ったことのないウルトラマンたちも、きっと同じ。

 

 ウルトラマンは、好んで暴力を揮う理不尽ではなく。

 

 ウルトラマンたちもまた、彼らなりの事情で、理不尽に立ち向かっているだけなのだと――ダークキラーの中に、気づきが芽生えた。

 

「……今ここにある以外の、次の怨念(我ら)がどう思うかは、わからんがな」

 

 スカルゴモラと、サンダーキラーS――ウルトラマンの血を引く怪獣の姉妹に背を向けたまま、ダークキラーという形を取った怪獣たちの魂は、そう述懐した。

 

「今の我らが恨むべき、理不尽な暴力の権化は……奴だ」

 

 彼は、眼前の――誰かを傷つけるために、ウルトラ戦士の力だけを模した悪意を、強く睨んだ後。

 

 そこでようやく、姉妹を振り返り、告げた。

 

生者(貴様ら)が、我らの無念を晴らせ」

 

 その時の彼の目は、妄執が晴れたことを表すように――毒々しい赤紫から、ジードのような澄んだ青空の色へと、その瞳の輝きを変えていた。

 

 

 

 

 

 

 ……そして。本物に遥かに劣るコスモミラクル光線は、本物よりも短い時間で照射を終えて。

 

 キラープラズマの助けを受けたサンダーキラーS・ネオは、全身から蒸気を発しながらも健在のまま、スカルゴモラや朝倉リクたちを守り切っていた。

 

「……こすもみらくる」

 

 光線を撃ち終えて、消耗し切ったゼルガノイド・インフィニティーに対し。

 

 光線を吸収し終えて、消化しきれぬ膨大なエネルギーを持て余し、未だ苦しみながらも。エネルギー総量で逆転したサンダーキラーS・ネオは、眼前の敵を見据え。

 

 その光線の中に融けた亡霊たちの望みに応えるように、攻撃の号令を発した。

 

「きらーりばーす!」

 

 光線を吸収する力など持たない、ウルトラ戦士を模しただけのゼルガノイドは――サンダーキラーS・ネオが自らのエネルギーの一部と混合して放出した、コスモミラクル光線に呑み込まれ。呆気なく光の中に解けて、消滅していた。

 

 そして、今度こそ全ての敵が滅び去ったのを見て。

 

 スカルゴモラは、ダークフィールドを解除した。

 

 

 

 

 

 

 壮絶な戦いを終えたベリアルの子らは、星山市に戻るなり――この星の環境に適した、地球人へ擬態した姿を取った。

 

 戦いに疲れた体を休めるため……そして、自分たちの巨体で、うっかり街を壊してしまうことがないように。

 

「お疲れ様、皆」

「……うん。ありがとう、お兄ちゃん」

 

 一足先に、地球人の姿になっていたリクに駆け寄って。ルカは、いつものように――そして、改めて。心からの、言葉を告げた。

 

 ……もしも、(リク)と出会えていなかったら。自分も、(ダーク)(キラー)の一部になるしかなかっただろう。

 

 リクが居なければ、ダークキラーの――ほんの一部とも、わかり合うこともできなかった。きっとここで、自分も妹も死んでしまっていた。

 

「ちょ、ルカ?」

 

 幸福な出会いに、その運命に。もう何度目かもわからない、心からの感謝を、兄に抱きついた腕に込めて。ほんの少しでも伝わって欲しいと、願っていた。

 

「皆!」

 

 そのリクとの出会いが繋いでくれた縁……血の繋がらない、しかし互いを慈しみ合える家族や、仲間たち。

 

 星雲荘に残っていたライハやペガが、レムの意識を伝達するユートムとともに、転送されたエレベーターから飛び出して、同じように駆け寄ってきていた。

 

「大丈夫、全員無事!」

 

 心配した様子で駆け寄る仲間たちに、力強く握り拳を示しながら。ふと不安になって、ルカは周囲を見回した。

 

「街も、守りきれたよね……?」

「ええ」

「よかった……」

 

 ライハの肯定に、ルカは安心して溜息を吐いた。

 

 彼らと暮らすこの街、この星、この宇宙。この世界を、今日も何とか守り抜くことができた。

 

「お兄ちゃんと、サラと、ライハたち……」

 

 彼らと生きる幸せを、彼らとともに守ることができた――その事実を、噛み締める。

 

「それに……」

 

 そしてーーそれを叶えたのは、自分たちの力だけではなかったことも、忘れてはならない。

 

「……ゆうれいさん」

「うん、そうだね」

 

 ぽつりと、己が胸に手を当てる(サラ)と、視線を合わせ頷いて。

 

 今を生きる自分たちのために、苦しみを肩代わりしてくれた、怪獣たちの魂(ウルトラダークキラー)

 

 その優しさにも、改めて感謝を捧げながら……ルカは、共にダークフィールドから帰還した、一人の巨人を見上げた。

 

「それから、あなたのおかげだね。ゼット」

「……礼を言われる筋合いはない」

 

 膝を着いたままだった姿勢を、強引に起こしながら。

 

 ペダニウムゼットは、ルカの呼びかけに首を振り、感情を押し殺した声で答えた。

 

「私は私の、好きにしただけだ」

「それが、僕らを助けること?」

 

 ルカが何と返したものか悩んでいると――代わりに、リクが。またも立ち去ろうとする魔人を呼び止めるように、尋ねていた。

 

「……そういうことになる」

「なら、やっぱりお礼は言わせてよ。君にその筋合いがなくても、僕らにはあるから」

 

 やや、返事に窮した後のペダニウムゼットの回答へ、リクはきっぱりと言う。

 

 ルカの感謝を、きちんと受け取って欲しいと。

 

 ルカの兄として、その恩人へ。

 

「ゼロやアサヒには、またちゃんと謝って欲しいけど……僕らはもう、家族を助けてくれた恩人を、恨んではない」

 

 そんなリクの訴えに、流石にペダニウムゼットも呆気に取られた様子で、耳を傾けていた。

 

「……許す、というのか。その家族を傷つけた、この私を?」

「だって君も――今はもう、ルカの笑顔を願ってくれているんだろ?」

 

 心あるゼットンが抱いたそれは、ウルトラマンジードが戦う理由とも重なっていたから。

 

 宇宙恐魔人ゼットは、身勝手な悪意に満ちていたが――今の彼は心を改め。彼なりの贖罪に身を投じていることは、ベリアルの子らの目には明らかだった。

 

「……これからも、ルカとの約束を守ってくれるなら。これからは、一緒に戦って貰えないかな」

「お兄ちゃん……」

 

 一度は生命を奪われた、当人だというのに。

 

 憎むべき相手だったはずの魔人すら、その改心を受け入れ、更生を信じ――共に生きようと訴えかける、リクの優しさに。隣で聞くルカもまた、感じ入っていた。

 

 それから、ルカもまた。己の同類である魔人を見上げて、肩を竦めた。

 

「お兄ちゃんがこう言ってるんだもん。私ももう、許すしかないよ」

 

 そう、ルカも続けば。

 

「……そう、か」

 

 一言、呆けたように相槌を打った後。

 

 どこか、安心したように。彼らしくもなく、ペダニウムゼットは笑っていた。

 

 そんな彼に、ルカは改めて、謝罪とお礼を重ねて告げた。

 

「私こそ……一度、あなたの命を奪った側だからね。なのに助けてくれて、ありがとう」

「気にするな。命のやり取りを持ちかけたのは私だった。おまえたちには何の咎もない」

 

 優しい声音で、かつて怨敵だった魔人はゆっくりと首を横へ振って――戦いの中で出会った者同士としての因縁は、ここで一度清算された。

 

「だが、そうだな。一度目の命のことはどうでも良いが……私の心を奪ったことだけは、どうかこれから、気に留めておいてくれないか」

「うん」

 

 頷いた後。ルカたちは、ペダニウムゼットの妙に嬉しそうな様子と、その台詞に、引っ掛かりを覚えた。

 

「……うん?」

「一緒に戦おうと――共に生きることへの、許しは得た。ならばもう、我が愛を伝えることに迷いはない」

「……え?」

 

 魔人の口から出るには、あまりにも不似合いな単語があって。

 

「――朝倉留花(ルカ)

 

 脳が追いつかなくなって、混乱するルカたちが見上げていると――宇宙恐魔人ゼットは、初めて。同類である生命が、自己を定義する名で呼びかけて。

 

 そして、厳かに告げた。

 

「私はおまえに、恋をしている」

「……はぁああああああああああああああっ!?」

 

 困惑を極めた絶叫が、星山市の空に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

「――えぇええええええええええええええっ!?」

 

 宇宙人捜査局AIBの地球分署・極東支部にて、愛崎モアも驚愕の叫びを上げていた。

 

 原因はもちろん、リアルタイムで様子を伺っていた、星雲荘の一行と宇宙恐魔人ゼットのやり取りにあった。

 

〈ルカ――ああ、良い響きだ。初めて私に祝福をくれた、我が愛よ。おまえと出会えて、私は生まれ変わった心地だ〉

「じ、ジーッとしてなさ過ぎる!」

 

 暴力と闘争に凝り固まっていた魔人が、突如として愛を語り出したのは……実はというか、だいたい全部モアのせいだった。

 

 

 

 ……メタフィールドに突入するため。宇宙恐魔人ゼットがAIBに接触して来た、ほんの少し前のことを、愛崎モアは回想する。

 

 

 

「ルカちゃんを、助けに行きたくて……AIBの力を借りたい、ってこと?」

「ああ。どの面を下げて、とは思うだろうが。どうか、聞き入れて貰えないだろうか」

 

 そのように。彼からすれば、胸から下がない瀕死の状態でも、なお力で劣るはずのAIBに。宇宙恐魔人ゼットは、あくまでも助力を請う姿勢で、頭を下げていた。

 

 無頼に振る舞う戦闘狂だった魔人の、その変わり様を見て。宇宙恐魔人ゼットはモアの中で、一度はリクを殺した憎むべき敵から、全く別のカテゴリーへ移行した。

 

「悪いが、我々には貴様を信用する理由が――」

「待ってください、ゼナ先輩」

 

 この危機に、喉から手が出るほど欲しい戦力ながら、当然警戒するしかない上級エージェント・シャドー星人ゼナを制し。モアは上司と代わって、交渉の最前線に出た。

 

「あなた、好きなのね。ルカちゃんのこと」

「好き? ……ああ、そうか。これが、好敵手というものか」

「違う違う! あなたのそれは、恋よ!」

 

 勝手に納得しかけた朴念仁を叱り飛ばし、モアは指摘する。

 

「恋?」

「あなたはルカちゃんに恋をして……愛のために、自分を変えられるぐらい強くなった! そのためにまだ生きたい、って思えるぐらいに!」

 

 胸から下がないまま、意志の力だけで強引に命を繋いでいる――そんな状態で、他の誰かを助けに行きたいという宇宙恐魔人ゼットを指差して、モアは言い切った。

 

「私が……強くなった?」

「そうよ。これまでのあなたなら、きっと私たちに頭なんか下げられない――それで、ルカちゃんのところに行けないまま、絶っっ対に後悔してた」

 

 復活に伴い、弱体化して。取り戻した肉体までも喪った瀕死の敗北者。

 

 そんな状態の恐魔人ゼットを、強くなったと断じたモアは――これまでの彼なら残したであろう悔いを、指摘した後。そうはならなかったと、今の彼に訴える。

 

「でもあなたは、愛を知ったから。私たち人間や、他の命と同じように、恋をして強くなった。そして愛があれば、もっと強くなれる」

「恋をして……愛で、強くなる……っ!?」

 

 最強の生命体となるため、自律した心を与えられたゼットンは。恋を知る乙女の胆力で堂々と自分と対峙するモアの説得に、衝撃を受けた様子で復唱していた。

 

「そうか……これがジョーニアスの言っていた、心の強さ」

 

 そして。かつて戦ったという、惑星U40(ユーフォーティー)の賢者の名を挙げながら、魔人が何事かを回顧した。

 

 しかし。新たな気づきに感じ入り、精神状態と結びついたリトルスターを激しく輝かせていた恐魔人ゼットは、その光量を落とすことで内省を示した。

 

「だが……今更私に、彼女を愛する資格など」

「……好きな人の近くに居ると、幸せだって思えるの。そんな人と出会えるなんて、すごいことなんだよ。だから、勝手に諦めちゃ駄目」

 

 かつて、失恋したと思い込み、地球に逃れただだっ子怪獣ザンドリアスにもぶつけた己の信念を、モアは迷える宇宙恐魔人ゼットへ伝えた。

 

「それに……愛して欲しいからじゃなくて。そもそもはただ、大切だから。これからも、生きていて欲しいから。ルカちゃんたちを、助けに行きたいんでしょ?」

「……ああ」

 

 その問いには、迷いなく頷いた魔人を見て。モアもまた、力強く頷きを返した。

 

「じゃあ、そんなところでジーッとしてても、ドーにもならないんだから。私たちの代わりに、あなたの強さで、ルカちゃんたちを助けてきて」

 

 ……などとして。モアは宇宙恐魔人ゼットとの和解に成功し、ゼナを始めとするAIBの仲間たちも納得させることができた。

 

 後は、発進直前にペダニウム製のボディを見つけて欲しがったゼットの代わりにゼナたちを説き伏せ、万全の状態で最強の援軍を送り出すことができたという次第であったが――

 

〈共に生き、愛を育み、戦いを重ね……二人で、どこまでも強くなろう〉

 

 ――そのモアをして、ゼットの思い切りの良さは、想像の域を越えていた。

 

〈な、な、何言ってんのあんたー!?〉

〈お姉さま、もてもて~!〉

〈こいつ……ぶっ飛ばしてやる!〉

〈だ、駄目だよリク! また殺されちゃうよ!?〉

〈何を言っている。私がこの先、兄上を害することなどあるものか〉

〈その口で僕のことを、兄上って呼ぶな!〉

〈……私も認めないわよ〉

〈どちらにせよ、リクは今フュージョンライズできません〉

 

 喧々諤々。爆弾発言を重ねる宇宙恐魔人ペダニウムゼットと、星雲荘の面々のやり取りを、通信で拾いながら。

 

 遠からず――ゼットを唆した元凶として、彼らに質問責めされてしまうのだろうと。

 

 遂に姿を見せ、また行方を晦ました黒幕・スフィアペンドラゴンのことよりも。

 

 AIBの問題児こと愛崎モアは、そんな卑近なことを気にしていた。

 

 

 

 

 




Cパートあとがき


 宇宙恐魔人ゼット。グランデ枠かと思ったら、ダーゴンさん枠だったの巻。

 ……ということで、一年以上前から「今後の展開が『ウルトラマントリガー』とネタ被り」と度々言っていたの、「武人系の闇の巨人が恋に堕ちて味方化」という展開でした。むしろ寄せに行った部分もありますが、こちらの更新が滞った間にかなり昔の話になってしまいました。

 そして同時に、こいつがペダニウムゼットン枠でした。そもそもが胸にカラータイマー付いている唯一のゼットンですからね。
 実はアーマードダークネスも、「ゼットンではない大怪獣バトルのラスボス」としてはキングジョーと共通点があると言えるので、アーマードゼットの方が先に強化形態として出てきていた格好でした。キングギルバリス戦はゼットンVSキングジョーと同時にペダニウムゼットンVSキングギャラクトロンというネタでもあったわけです、と今更のネタバラシ。

 バーニング・ベムストラは行間退場になってしまいましたが、これでベリアル融合獣ではないとされるアトロシアスを除いたベリアル融合獣もコンプリート。黒幕の登場と合わせていよいよ終盤らしくなって来ましたように、残り3話で完結の予定です。どうか引き続き、お付き合いくださると幸いです。



 以下はいつもの言い訳解説。

・真のレイオニクスバトルと自爆技
 公式に存在する要素。一定以上のレベルに達したレイオニクス同士が戦う時、使役怪獣が受けたダメージをレイオニクスも味わうという現象です。
「じゃあダークキラーダイナマイトした時点で黒幕もリンク切ってなきゃ爆死しない?」という疑問が生まれそうなので、本作ではただ「受ける」ではなく「相手に届く」と、敵対者の行動によるダメージのみフィードバックされる扱いとしました。
 正史では自爆技持ち(あるいは不死身)の怪獣の使い手が真のレイオニクスバトルの反動で死んだ例がない(原典では不死身に近いガルベロスを従えていたナックル星人はダイレクトアタックで爆死した)ため公式設定ではありません。


・青い目のダークキラー
 これはウルトラダークキラーというキャラクターが初登場した『CRぱちんこウルトラマンタロウ』で描かれた要素になります。ダークキラーは己の生命を削ってでも正義を守ろうとするタロウたちウルトラ兄弟の姿を見て、自分の心に憎しみ以外の感情が芽生えるのを感じ、戦意を喪失。その際、目の色が青く変わっていた――と、実は初登場時点で改心の布石が打たれたキャラクターだったのですね。
 その後の展開では特に改心していませんが、上記の初登場時のエピソードは似た出来事があったとして正史に組み込まれているので、「ダークキラーには改心の余地があり、その象徴が青い目」として今回採用した形です。
 この改心要素と、タイガフォトンアースに似たシルエットをした怪獣の怨念の集合体であること、恐魔人ゼットとは『ギャラファイ』シリーズで映像作品に初登場し、実質同作のラスボスを務めた同士の対戦カードになること、怪獣でありながらウルトラ戦士と同じ技を使える存在であり、黒幕が「ウルトラ戦士との戦いに備えてベリアルの子らを鍛えたい」等々の理由も相まって、当初ボス枠で考えていたゾグを押し退けて今回のメイン怪獣になりました。
 今回のダークキラーが改心しても新しい怨念は集まるし、新しい怨念怪獣も出現するので、公式との矛盾にはならないはず……!

 なお、見た目が恐怖の対象であるウルトラ戦士への意趣返しというのは公式設定ではなく、本作の独自解釈になります。世界を闇に包もうとするのもエンペラ星人は自分たちの苦しみを他者にも知らしめたいから、ベリアルはエンペラフォロワーだから、なのに対して、ウルトラダークキラーは「光の戦士に脅かされない安息の地が欲しかったから」かな、などと本作では考えております。
「ぱちんこウルトラバトル烈伝 戦えゼロ! 若き最強戦士」のダークキラーは現状正史ではないようですが、上記の解釈を踏まえると「己の生まれた理由は妄執だったと悟ったダークキラーという人格の一部が、自らの存在意義としてウルトラの戦士との戦いを選んで復活した」ルートなのかなと考えております。




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