Fate/EXTRA SSF (にんにく大明神)
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第零話 『その日、運命に出会う』

 

 

 

 忘れてはならない。

 (きみ)は地獄から生まれた。息をすることさえ許されないむせ返るような煉獄。あらゆる生がいとも簡単に失われていく崩壊の中、(わたし)は他の命を顧みず(すくえず)、それでも零れ落ちそうになる自らの命だけは必死につなぎとめた。

 忘れてはならない。

 この光景を。およそ自分達とは関係ない闘争に巻き込まれた哀れなヒトだったモノ達。生活という名の歴史を積み上げてきた無数の残骸。全ては血と硝煙の香りの中、炎に包まれ灰に還ってゆく。

 忘れてはならない。

 君は踏み越えてきたモノ達に対して、歩み続けるという義務を持っているのだ。

 

 

 

 

 

 欠けた夢を見ていたようだ。

 

 

「――おい、岸波。聞いてるのか?」

 

 声がした方向に顔を向けると、いつものように慎二がどこか尊大な態度で話しかけてきていた。

 

 ――すまない、少し眠っていたようだ。

 

「はぁ? さっきまで普通に話してたのに寝てたとか。お前もしかして病気なんじゃないの。あーやだやだ、病気ならさっさと帰って病院にでも行ってきてくれないかな。うつされる側としてはたまったものじゃないからね」

 

 ツンデレというやつだろうか? そうでないとしたら一見ただの嫌な奴に見えるが、自分は知っている。これもプライドの高い彼なりの優しさなのだ。

 大丈夫なことを告げると二三言悪態をついてから慎二はまた今度の連休に遊びに行く計画の話を始めた。

 

 間桐慎二。性格に少々難はあるが、眉目秀麗を地でいく岸波白野(じぶん)の友人だ。

 それなり以上に良い成績に加えて、その整った顔立ちは自然と女子を惹きつける。なにもかもが控えめな自分としては少し羨ましくもある。

 そんな対極に存在する自分達が友人となったのはある出来事がきっかけであった。それは忘れもしない去年の…………あれ、なんだったかな。忘れるようなことじゃないんだけど。……えーっとたし

 

 ―――――――ッ!

 一瞬頭に割れるような衝撃が奔った。そのまま机に突っ伏してしまいそうになる体を思わず手で支える。

 

「――おい! 本当に大丈夫なのオマエ!?」

 

 にわかに騒ぎ出そうとする慎二を片手で制する。事実さっきの痛みは嘘のようにひいていた。

 顔をあげると気付かぬうちにかなり大きな音をたててしまったらしく、ホームルーム中のクラスの注目を集めてしまっていた。

 

「ちょっと、大丈夫岸波君? あなたすごく顔色が悪いわよ。保健室、行く?」

 

 いつもは騒がしいクラス担任にも心配されてしまっていた。言われてみれば確かにどこか船酔いのような感覚がするが、……まぁ、こんなことは保健室に行くほどのことでもない。

 大丈夫です、先生。

 

「そう? ならいいんだけど。最近欠席も多いし、みんな健康には気をつけるのよー」

 

 あはは、とすぐにいつもの調子に戻った担任、藤村大河はそのまま自分なんて風邪すら引いたことない、と続けた。自分にはどうしてもバカは風邪をなんたら、というやつにしか聞こえなかった。

 

 こうして自分達のなんでもない日常はこれからも回っていく。

 今日を安穏と過ごし、また昨日のような明日を迎える。

 その大きな流れからすれば、今の違和感のような具合の悪さもなんてことは無い日常のパーツの一部なのだ。

 なにもおかしなことなんてない。そう思ってクラスを見まわす。

 ほら、いつも通り。

 

 

 

 ――――――本当に?

 

 少し欠席は多いが/半数以上が欠席した

 騒がしくも平和で/昨日と同じ薄っぺらな

 みんなが幸せそうに/プログラムされた笑顔を浮かべて

   今日も日常(ルーチン)をこなしていく。

 

 ……やっぱりおかしい。

 どういうわけか足元の床すらひどくあやふやなものに感じられ、ふとこの世界が足元から崩れ落ちてしまう錯覚をする。得体の知れない不安から逃れようと意味もなく隣の慎二に声をかけた。

 なぁ慎二! なんかおかし

 

「――そうか、そう。そういうことね。ハハハ、すごいな。さすが聖杯戦争(・・・・)だ」

 

 ……慎二?

 

「悪いな岸波、僕は先に行くよ。お前もせいぜい頑張ったら? ……まぁなかなか楽しめたよ。じゃあな」

 

 そう言って何処か様子のおかしな慎二は、ホームルームを無視して教室から出て行ってしまった。

 そしてここに来て違和感は余計はっきりする。誰も出て行った慎二に反応しないのだ/それは彼がこの日々のカラクリに気が付いてしまったからだ。

 このままでは何もかもが終わってしまう、そんな根拠のない不安に駆られ自分も席を立って慎二を追う。当然のように自分に反応を示す者はいなかった。

 

 廊下に出ると違和感はもはや肌にまとわりつくように感じ取ることができた。確信を持って言える、ここは自分がいていい場所ではない。目に映る何もかもがひどく薄い、作り物めいた異様さを持っている気さえした。

 付近に慎二は見当たらなかった。階段までやってきて上に行くべきか下に行くべきか迷っていると、優雅に階段を下って行く鮮やかな金髪が目に入っる。彼もおそらく自分と同じで違和感に気付いたのだろう。その迷いない歩みにつられて、思わず自分も階段も下り始めてしまっていた。

 一階に辿り着いたころに金髪の少年に追いついた。階段はまだ地下の購買部まで続いているが、どうやら彼の目的は一階にあるらしい。下駄箱には向かわず倉庫の方向へ歩き始めた。未だにこちらには気が付いていない。

 あの、君。

 

「……おや、ミスター岸波。あなたも気付いたのですね」

 

……なんと、彼は自分と知り合いらしい。

 

「もちろん知っていますよ。……というより、いくら仮初だったとはいえ同じクラスだったのですが」

 

 えっ、そうだったのか。こんなキラキラした人がいたら分かると思うんだけど……。申し訳ない。

 軽くショックですねーと苦笑する金髪美少年。こんな時にもかかわらず、彼からあふれる圧倒的な余裕を見るに、イロイロと訳知りなのだろう。

 なおも歩みを止めずに進む金髪。用務員室の前まできてようやく彼はこちらに向き直った。

 整った目鼻立ち、どこか幼さをのこす風貌のなかに力強く光る真っ直ぐな瞳。この世界における明らかな異物であるのに、周囲こそが異常であるとでもいうように全身が強く自己肯定をしている。

 動物でたとえるならまさしくライオンといった王者の風格だ。

 

「それにしても、最後にまた一つ良い経験ができました。友人と廊下を談笑しながら歩く、余分なコトを楽しむという意味が少し分かった気がします。自分には必要のないものでしたが、スクールライフというものはなかなかどうして興味深い。思わすギリギリまで居残ってしまいましたよ」

 

 あはは、と楽しそうに笑う少年。彼が言っていることは正直ちっとも分らなかったが、おそらく非常に稀な彼の年相応の姿を見た気がした。

 ひとしきり笑うと彼は元の余裕のある王の佇まいを取り戻す。そし再びこちらの眼を真っ直ぐに見据えて

 

「それでは、あなたにまた出会えることを祈って。最後に改めて自己紹介をさせてください」

 

 なんて意味の分からない言葉を発した。

 もっと文脈を呼んだ話し方をしてほしい。あんまり人と会話とかしたことないのかな、などと失礼なことを考えてしまう。

 そんなこちらの思いなど露知らず、彼は名乗りを上げた。

 

「僕の名前は、レオナルド・ビスタリオ・ハーウェイ。気軽にレオと呼んでもらって構いません。……ふふ、本当に不思議だ。僕はあなたにまた会えると心の底で信じている、いや期待しているみたいです」

 

 そう面白そうに呟くと、レオは用務員室に向かって歩き始めようとした。

 ここで行かせてしまったらもう彼とはしばらく会えないような気がして、その前に聞きたいことを聞いておくことにした。

 

「おや、まだはっきりとは思い出していないのですか……。今の状況、説明してあげてもよいのですが。はい、やっぱり自分の目ではっきり見定めた方がいいでしょうね。大サービスです。先を譲ってあげましょう」

 

 レオはやおらこちらの手を取ったかと思うと急にグイと引っ張ってきた。突然のことで対応できず、用務員室の扉に倒れ掛かるようにつまずいてしまう。体を支えるために扉につこうとした手は空を切るだけだった。数瞬の後、自分の体が扉を通り抜けていることに気が付いたが、もうなんでもありなんだな、などという間抜けな感想しか出てこなかった。

 

「――――良い旅を」

 

 

 一瞬の浮遊感の後、なんのことはなし、自分の体が床に倒れていることに気が付いた。

 ゆっくり起き上がって制服の乱れを正す。背後を見やると自分の認識の通り、たった今自分がすり抜けた用務員室の扉が目に入った。試しに扉を開こうとしてみるが、そもそも開くという機能が存在しないとでもいうかのようにビクともしなかった。

 前に進むしかないということなのだろう。部屋を見渡してみると、一見自らの記憶にある用務員室と変わりないように見える。使わなくなった跳び箱にマット、掃除用具箱に毛布パソコン袋の空いたポテトチップス。

 …………何か一部おかしなところがあった気もするが、それ以上に目を引く部分がある。

 奥の壁が光り輝いているのだ。おあつらえ向きなことに、横の壁にはデッサン用と思しき趣味の悪い肌色人形まで立てかけてある。

 レオが言う自分で見定めるべき事柄とは十中八九あの壁に関わることだろう。

 護身用に転がっていた竹刀を拾って恐る恐る壁に近付く。柄に付いていたブサイクな虎のストラップに気が少し緩んだ。

 壁まであと一歩というところまで来たとき、唐突に壁が消え去って代わりに果てしない暗闇が眼前に広がった。

 よく見ると足元に光る透明な板のような物が闇の中に続いている。これは道ということなのか……?

 これに体重を預けるというのは些か以上に勇気がいる。四つん這いになって手を使って突っついたり少し体重をかけてみたリしたが、どうやら強度は十分にあ――――うわぁあああああああああ!!

 気が付くと先程まで存在すら疑っていた前方に続く道を全力疾走していた。

 

 はぁ――――はぁ、――はぁ。

 自分はどれだけ走ったのだろうか。膝に手をついて荒い呼吸を整えようとするが、体はもう限界だと言わんばかりに倒れこもうとしている。

 知らないうちにすでに通路は通り抜け、開けた円形の部屋に出ていた。壁一面のステンドグラスが目に眩しい。

 いや、さっきまで横に立てかけてあったはずの人形がいきなり後ろに立っているんだから、そりゃあ驚くって。……別に泣いてない。汗だよ、長距離を慣れない全力疾走したせいで目尻から汗かいただけ。

 

 ……誰に言い訳しているんだろうか。

 

 自分の手は未だに拾った竹刀を強く握りしめている。いざパニックに陥ってみると、使うという発想がまったく出てこなかった自分にとっては無用の長物だが、走るときはしっかり持ってきてしまったらしい。

 背後には未だに美術部が使うポーズ用の人形らしき物が着いて来ている。どうやらこちらに害を加えようと意志は無いようだが、不気味なことには違いない。

 溜め息を一つついて人形を意識から外す。

 改めて部屋を見回してみると本当に豪華な部屋だった。壁のステンドグラスは言わずもがな、床にはモザイク調に色鮮やかなタイルが敷き詰められている。ここだけ見ればどこかの礼拝堂にも思えるが、あなどるなかれ。天井の代わりに広がる底知れない暗闇が、お前はまだ非日常の只中にいるのだと粛々と言い放ってきていた。

 唐突に視界の端で何かが動いた。

 よく見るとさっきまで後ろにいたはずの人形が部屋の隅からこちらにゆっくり向かってくるところだった。いかにも人形らしいぎこちない歩行は、自分のただでさえ縮み上がっていた神経を刺激する。

 大体いつの間にあんなところまで移動していたんだ。まったく、気味が悪いことこの上ない。

 ……いや、気が付かないなんてことはあるだろうか? あの肌色が前方から向かってくることに驚いたというのに、自分の横を通り抜けたことに反応できないなんてことは考えにくい。きっとみっともなく悲鳴を上げて尻餅をついただろう。

 確認をするために背後へ振り返る。案の定というかやっぱりというか、人形は律儀にも立ち止まる自分と同じように直立していた。……怪奇、増える人形。と言ったところだろうか。

 まるでB級ホラーだな、などとぼんやり考えながら前に向き直ってみると、同時に言葉を失くした。

 視界いっぱいに広がる人体色。それがなんなのか理解するのに数瞬、情けないことに自分の口はみっともなく悲鳴を上げようとする。

 

 ――ひ、ひえっ――――――うわ!!

 

 無意識のうちに後ずさろうとして何かに足を引っ掛けたらしい。崩れ落ちる体を自覚すると同時に、頭上を視認できないほどの速度で肌色の何かが通過するのを感じる。

 甲高い風切り音、飛来する肌色のナニカ。そしてハラハラ舞い落ちる無数の頭髪。もちろん自分の物だ。

 自分の頭があったあたりを目算時速100㎞ほど――根拠はない――で貫いたのは、予想通り前方の人形の腕であった。

 ……はて、あの腕は何をしようとしたのだろう。もしかしたら握手をしようとして勢い余ったのかもしれない、あははは。

 頭では現実逃避をしながら人形の足元から這い出る。突き出された腕は自分の後ろにいた人形の胸に深々と突き刺さっていた。

 あの時もし自分が尻餅をついていなかったら。軽く想像してみたがその展開は笑えない結末を迎えた、というかまず顔が無い。つぶれたトマト、という言葉が頭の中に沸いてくる。

 逃げようと思いとりあえず立ち上がろうとするが、しかし悲しいことに膝が笑ってしまっていて上手く自立できない。仕方なく手にしている竹刀を支えにしようとしたところで、先程自分がつまずいた、そして自分の命を救ったものに気が付いた。

 

 ――――虎竹刀(仮名)! お前だったのか!

 

 まったく、無用の長物などと言ってしまった自分を全力で殴りたくなるほどの活躍だ。愛してるぜ、相棒―――!柄に付いたかわいらしい虎のストラップがウィンクを返してきたように見えた。

 右手が握る感触に勇気付けられたのだろうか、気付けば足の震えは止まっている。

 人形たちを見ると未だに刺さった腕が抜けないらしく、二体の姿勢は先程から変わっていなかった。

 しめた! 今のうちに元来た道から帰ろう!

 ステンドグラスの切れ目、元来た暗闇に帰ろうと全速力で駆けだす。

 

 

 

 ――な、なんでだ……なんでだああああああああ!!

 先程までしっかり捉えていたはずの入り口がどこにも見当たらない。これでは逃げられない!

 

 ――…………なんでだあああああああああああ!

 

 悲しみと戸惑いの慟哭をあげていると、天の声が聞こえてきた。

 

『……なに? まだ候補者がいたのか』

 

 

 

 ――……それでは、あのもう一体の人形を倒せなければ助からないのですか? 神よ。

 

『そうだ。自分の人形に指示を出してな。さもなければ君は本戦に出るまでもなくここでその短い一生に幕を下ろすことになる』

 

 もう一体の人形を倒さなければここからは出られない、それどころか命を落とすのだ。突如現れた深く渋い天の声は、そんなことをなんでもないことのように語った。

 自分の人形に指示を……? そう思って目を向けると、もう一体に胸を貫かれてぐったりしている自分の人形がいた。腕は未だ抜けていない。

 恐る恐る近寄って二体を観察する。

 

 ――……パンチ! ……パンチパンチ!! キックキック! 右フック、デンプシー!

 

 人形の隣まで行って考え付く技名を命令する。しかし人形は申し訳程度に腕をピクピクさせただけで、それきりついに動かなくなった。

 

 ――おい、嘘だろ? 動け……動け、動いてよ、動いてよ!! ねえ! 動いてったら!! 動いてくださいお願いします!!!

 

 首をだらりと下げる人形の肩を掴んでガクガク揺さぶる。しかし変化は訪れなかった。

 

 ――神よ! 動かないのですが!!

 

『なら君は負けだ。残念、君の物語はここで終わってしまった。というやつだ』

 

 ――で、でもそれは神がなかなか出てこなかったせいでしょおおお!? なにしてたんですかああ!?

 

『君は本当にギリギリ予選から滑り込んできたのだよ、だが私も忙しくてね。そうずっとここを覗いているわけにもいかないのだ。別に麻婆を摂取していたなどというわけではない。ああ、断じてないとも』

 

 ……なんということだ。自分は麻婆豆腐のために命を落とすらしい。

 そろそろ面倒くさいという感情をもろに出してきた天の声に必死で食い下がる。

 

 ――そこをなんとか! 予備とか無いんですか!?

 

『残念ながらそのような物はない。……だが、まぁ同情の余地も無くはない』

 

 絶対にそのような感情を持っていないことが分かる、心底どうでもよさそうな声色であった。

 

『正直な話、私としては君のことは心底どうでもいいし、今この場で消えてくれてもまた食事に戻るだけなのだが……。なにやらどこかから干渉を受けていてね。君にチャンスを与えるようにうるさいのだ』

 

 ……ついに口に出したよコイツ。絶対神なんかじゃない。きっと対極に存在する者だよ、サタンとか最有力候補だわ。

 

『仕方ない……特例を許そうではないか。どのような形であれ、その状況から敵を打倒してみたまえ。それが出来たら合格点をやろう。……なに、そう難しいことでは無い。敵は動きを封じられているし、何より君は武器を持っている。私なら徒手であろうと三秒で片付けられるがね』

 

 悪魔超人だったか。

 

 しかし希望は現れた。死ぬしかない状況から生存できる可能性が現れたのだ。

 悪魔超人の言うとおり自分の右手には武器がある。なら諦めるという選択肢は存在しない!

 たとえそれが安っぽい割竹をまとめただけの物でも―――! 何とかして見せる――――!!

 右手の竹刀を固く握りしめ、前方の人形をしっかり見据える。

 狙うなら、頭だ! 柄にもなく雄叫びを上げながら走り出した。

 

 ――うおおおおおおお!!

 

『走れ少年。――――或いはその身が届くやも知れん』

 

 ――どっせええええええええい!!

 

 全力疾走の慣性を殺さず、思いっきり敵の横っ面に竹刀を叩き込む。

 ジャストミート!

 

 しかし、敵はビクともしなかった、……なんてことはなかった。

 

 

 ―――――え?

 

『……なに?』

 

 ポーンという擬音をつけるにふさわしい、きれいな放物線を描いて人形の首が飛んだ。視界の外れで二体の人形が崩れ落ちる。

 

 ――…………トンだーーーー!?

  

『バカな……。貴様、何をした?」

 

 え、……え? 何かやったんですかね?

 

『…………いやこの場で「何故」という疑問はふさわしくなかったな。おめでとう、君は本戦に進む権利を得たのだ。…………最後の候補者よ。汝、自らの手で以て最強を示したまえ』

 

 ――よ、よっしゃあああああ!!

 

 なんか良く分からないが死ななくて済むらしい。思わずガッツポーズを取る。

 諦めない姿勢が奇跡を生んだのだ。

 

 

 

 

 ……それで、これどういう話なんですか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聖杯戦争。

 あらゆる願いをかなえるという万能の願望器、聖杯を巡って殺し合うなどという……え、本当? そんな物騒な戦いエントリーしてたんですか自分? ……というか、今までの生活が作られたものだっていうのは分かったんですけど、本当の自分というものがまるで思い出せないんですけど。

 

 『それは本戦会場に進めば思い出すだろう』

 

 そこでふと自分が最後の候補者であると言われたことに気が付く。だがそれでは自分を先に行かせたあの少年はどうなってしまうのだろう。万が一、自分を優先してくれたばっかりに彼が予選退場にでもなったら寝覚めが悪いなんてものじゃない。なにしろこのイベントの予選敗退は死を意味するのだから。

 

 ――あ、あの! まだ後ろにいるんですけど! レオっていうちょっとこ

 

『言っただろう、君が最後の候補者だったと。……それに君が言うレオがレオナルド・B・ハーウェイのことなら、彼は全候補者の中で一番最初に本戦出場を決めている』 

 

 なんと、奴はただの冷やかしだったというのか。 

 だが、それでも彼がいなければ自分は本当に何もできないまま消されてしまっていたのかもしれないのだ。そこは感謝するべきなのだろう。

 記憶の中の金髪美少年が上品に微笑む。

 

 ……それにしても、誰かと殺し合うなんてこと、技能的にも精神的にも自分にはとても出来そうにない。なにより自分には人を殺してまで叶えたい夢というモノがあったのだろうか? それともそれも記憶を取り戻せば分かるのか。自覚していないだけで自分はもしかしたらとんでもない悪人なのかもしれない。

 

『敵を殺すのは君ではない。君がこれから従えるサーヴァントがその役を果たす……もちろん君が殺っても構わんが。その腕なら造作もないだろう』

 

 本当に出来てしまいそうで恐ろしい。自分にあんな才能があったとは、……もしかしたら忘れてるだけで剣の達人だったとか。 

 そんなこちらの考えも露知らず、天の声はサーヴァントについての説明を始める。

 

『サーヴァントとは、まぁ過去の英雄と言って差し支えないだろう』

 

 過去の英雄って言うとヘラクレスとか? でもそんなもの呼び出す能力自分には

 

『無いだろうな。もちろん大半の参加者にも無い。本来なら自らの人形を媒体に呼び出すことになっているのだが……、君の場合』

 

 言われて自分のモノだったらしい人形を見る。さんざん薄気味悪く感じたヒト型も、胸を貫かれて力なく倒れる姿は少し可哀そうに見えた。

 壊れていたら呼び出せないということなんだろうか。

 

『戦闘におけるある程度の破損ならば問題ない。しかし君のそれは本来なら負けが確定するレベルのダメージだ、人形はすでにその本来の機能を果たすことが出来ない』

 

 ――な、ならど

 

『人形の素体には君のマスターとしてのIDが刻まれている。通常ならそのIDに関連付けてサーヴァントが呼び出されるのだ。しかし先程言ったように人形は本来の役割を果たせない。ならばどうするか、ムーンセルに連絡? バカな。それでは私が業務を怠る欠陥(バグ)を持った管理AIとしてリセットされる、もしくは麻婆豆腐が聖杯戦争の円滑な進行の妨げになるとしてこの戦いから除外されてしまう』

 

 こちらの言葉に耳を傾けようとせず天の声は淡々と言葉を紡ぐ。腹の奥底深くに響くような低い声からは微かに苛立ちのようなものが感じとることが出来た。

 ……あと今業務を怠ったって自分で言わなかっ

 

『ならばどうするか、幸い私はこの戦いにおける最高権利を持つ上級AIだ。つまり』

 

 ――つ、つまり?

 

『つまり私が君、いや貴様の対となるサーヴァントを検索、召喚してやっているのだ。まったく以て面倒くさい。……いやはや、目の前で冷めていく麻婆豆腐を眺めているとな、うっかりその場を情報リソースとして分解してしまいそうになる』

 

 ひ、ひぃぃぃぃ。

 いよいよ露骨にトゲを感じるようになった天の声。いろいろあった一日だったが、正直今が一番自分の身が危険にさらされている瞬間なのではないだろうか。

 

『……終わったぞ。すぐにでもその場に現れるだろう』

 

 そう言われたかと思うと、直後に視界が眩いばかりの光に包まれた。

 目の前からはいつのまにか現れていた圧倒的な威圧感を感じる。サーヴァントという奴が現れたのだろう。

 徐々に収まっていく光に倣うようにゆっくり目を開いていく。

 

『それが君の命運を預けることになる剣だ』

 

 視界に入ってきたのは長身の男だった。

 褐色の肌に色素を失ったかのような白髪。はためく赤い外套もそうだが、なによりその鋭い眼光が目を引く。

 

「……君が私のマスターかな? 随分とイレギュラーな召喚なようだが、安心したまえ。君は最高のサーヴァントを引いたことを保証しよう」

 

 得意そうな顔をしている長身を見上げる。

 

 

 この日、自分は運命と出会っ

 

「ちょおおおおっと待ったあああああ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ふむ、……つまり君はすでに彼と契約している。そういうことかな?』

 

「いえーっす! 私と岸波君はもう運命の相手なの、あ、って言っても結婚するとかそういうわけじゃないわよ。あくまでも主従関係の話ねー」

 

 突然何処からともなく沸いて出た女性は、あろうことか自分とすでに契約をしていると主張してきた。

 その謎の女性は現在天の声、もとい言峰綺礼という人物の声と会話している。

 先程自分が目を奪われたサーヴァント、アーチャーはといえば、なにやら苦虫をかみつぶしたかのような顔をして眉間を押さえている。

 

 もちろん自分にはこの謎の女性、というか藤村大河と契約をした記憶は無い。

 ……そう、現れたのは藤村大河だった。 

 2-Aクラス担任であり、英語教師であり、虎。そんな、作られたものだったという記憶の中でも異彩を放っていた彼女だが、今は外見からも違和感が感じ取れる。どういうわけか剣道着なのだ。

 いや、藤村先生らしいと言えばそうなのだが、……うん。何もおかしくないな。

 

「一つ聞きたいのだが、いいかな?」

 

 唐突にアーチャーが声をあげた。眉間には深いしわが刻まれている。

 満面の笑みの藤村先生は嬉しそうにアーチャーをビシっと指差した。

 

「はいそこのお兄さん!」

 

「監督役の話を聞いた限りでは、岸波のIDが刻まれた人形が監督役の説明不足のために戦闘前に破損してしまった。その失態をムーンセルから隠匿するために言峰綺礼自身が私を召喚した、そういうことでいいかな」

 

『私の失態ではない、不幸な事故だ』

 

 いえ、言峰の失態です。アーチャーさん。

 

『貴様……消されたいのか?』

 

 瞬時に場を支配する圧倒的なプレッシャーに思わず変な声を出してしまう。

 この言峰という人物は明らかに監督役などで収まる器じゃない、そう痛感した。

 にわかに剣呑とした空気が流れ始めたが、そんなことにはまるで気付いていない藤村大河がアーチャーに話を進めるように要求した。

 

「そこで疑問なのだが、貴女はいつ岸波と契約したのだろうか? 今の話の中に彼がそんなことをしている余裕があったとは思えないのだが。そして、仮にその問題が解決したと仮定したとき、既に契約しているというなら彼の身体の一部には令呪が刻まれているはずだ。……どうだ、心当たりはあるかな?」

 

 そう言ってこちらに視線を投げかけるアーチャーに慌てて首を横に振る。

 令呪とかいう紋様の説明は受けていたがそれに該当するような痣は見かけない。なにより、令呪は発生してから常に痛みを伴うものらしいがそんな兆候は一向にないのだ。

 

「……だそうだが?」

 

「そーんなことないわよ。令呪だってあるはず、ほんとほんと。タイガ嘘つかない」

 

 顔の前でブンブン手を振る藤村先生。胡散臭いことこの上ない。

 ふと言峰が静かになったことに気が付いた。

 耳を澄ませてみると、どこからか微かに陶器と陶器が触れ合うカチャカチャという音、そして何かを咀嚼するかのようなもっちゃもっちゃした音が聞こえる。

 あぁ……、うん。冷めちゃうもんね。

 

「その証拠はあるのかね?」

 

 相変わらず苦い顔をしたアーチャーが重ねて尋ねる。

 それにしても、もしかして出会った数分ですでに藤村先生を苦手に感じているのかもしれない。……まぁ、確かに常人には扱うのが厳しい生き物であることには賛成する。全力で。

 

「証拠ならあるわよー」

 

 何!?

 

「ほう? では見せてもらっていいかな?」

 

「おっけー。……岸波君ちょっとこっちかもーん!」

 

 そう言って満面の笑みで自分を手招きする藤村大河。果てしなく嫌な予感がしたが、アーチャーもまた視線で従うように促してきていたので仕方なく歩み寄った。

 あの、なんでしょうか?

 

「証拠そのいーち!! それ、私の竹刀」

 

 藤村先生はそう言ってこちらが右手に握る虎竹刀(仮)を指差してきた。柄に名前が書いてあると言われたので半信半疑で確認してみると、本当に「タイガ」という三字がでかでかとか書かれている。今まで握っていたせいで全く気が付かなかった……。

 自分の命を二回も救った竹刀と言えど、所詮は拾い物なのだ。持ち主に返すのが筋だろうということで、本当に残念だが藤村先生に竹刀を差し出した。

 

「証拠そのにー!! 左手の甲に令呪!」

 

 竹刀を受け取った藤村先生は間髪入れずにそう叫んだ。

 左手の甲を思わず見るが特にそれらしきものは見当たらない。アーチャーも覗き込んで来るがやはり何もないらしい。こちらに顔を向けて首を振った。

 

「令呪などどこにも無いが?」

 

「えーうそー。……ちょっと貸してみて」

 

 手の甲がよく見えるように先生の前に左手を持ち上げる。藤村先生はこちらの手を取ってしばらくまじまじと見つめたかと思うと、やおら先程渡した竹刀を振り上げた。

 な、一体何を―――あいててててててててて!!?

 

「おい! 何をしてるんだ!」

 

 いきなり竹刀をこちらの手にグリグリ押し付けてきた藤村大河をアーチャーが慌てて止める。拘束を解かれた左手をたまらず引っ込めたが、手の甲には変わらず焼けるような痛みが奔っていた。

 

「いったい何を考えているんだ貴女は!!」

 

 問い詰めるアーチャーの視線から逃れるかのようにそっぽを向く藤村大河。尖らせた唇からは我関せずといった風に調子はずれな口笛が漏れる。

 

「まったく、貴女という人は。……まったく」

 

「なによー、私が何かしたって言うの? 令呪が薄ーくなってたからちょろーっと濃く刻み直しただけよー」

 

 慌てて未だに焼けるような痛みを発する左手の甲を凝視する。こすられたせいで腫れたのかと思っていたが、そのなかにうっすらと『虎』という漢字らしき模様が浮かび上がっていた。

 特徴だけを見れば自分が聞かされた令呪なるものと一致している。

 ……あ、ある。

 

「なに!?」

 

 

 

 

「魔術にはあまり明るくない私だが、一見それは令呪に見える。……なにより先程までなかった魔力ラインが君達の間に通っている。まぁ、これで正真正銘彼女は君のサーヴァントというわけだ」

 

 良かったな、などと付け加えてこちらの肩を軽く叩くアーチャー。視線で、頑張れよというメッセージが送られてきた気がする。

 しかし全然良くない、良くないだろう。

 聖杯戦争なるモノは古今東西全ての時代の英雄豪傑が集まるんでしょ? そんな化け物達とこの藤村大河が覇を競い合う? 不可能だ。

 しかも負ければ命を落とすなんて質の悪い冗談だ。もしかして自分は遠まわしに死ねと言われているのかもしれない。

 

「大丈夫よ岸波君! 私剣道五段持ってるし、もう大船に乗った気持ちでいればいいと思うわ!」

 

 ……剣道五段か。

 どうやら自分は運命にお前はもう死ねと言われていたようだ。

 胴着姿の先生は鼻息も荒くえっへんと胸を張る。

 溜め息と共に頭を抱えていると、唐突にアーチャーが空に向かって問いを投げかけた。

 

「それで、監督役よ。たった今(・・・・)彼は契約してしまったのだし、私はどうすればいい? ムーンセルも二人同時契約なんて特例は許さんだろうし、できればこのまま元の情報として分解してしまって欲しいのだが」

 

 このまま消えたい、そう彼は言った。正直それはすごく勇気のある発言だと思うのだが、自分だけだろうか?

 呼び出されたかと思えば、実はすでに用済みで必要ないなどと言われたら、さすがに文句の一つも言いたくなるのが普通だと思う。

 それなのに消してくれとは……、もしかすると英雄ってこのぐらい無欲でないと務まらないのかもしれない。

 

「えー、もったいなーい。アーチャーさんそれでいいのー?」

 

「別に構わんよ。余分な仕事をしなくて済む分、楽が出来てありがたい」

 

 ……ただのものぐさだったか。

 

『……ふむ。ムーンセルに問い合わせればすぐにでも消去が実行されるだろうが、余分なサーヴァントが生まれた原因究明という形で私に飛び火するかもしれない。なにより、サーヴァントが余るということ自体が極めて稀なのだ。このまま普段通りに戻してしまうのも面白くないだろう』

 

 さりげなく、というかもろに保身と自分のことしか考えていない言峰の言葉。

 こんなのが監督役として選ばれている聖杯戦争とやらには、本当にルールが存在するのだろうか? むしろまずはコイツを監督する存在が必要なんじゃないか?

 

『……そうだな。貴様が私のサーヴァントになるというのはどうだろうか?』

 

「なに?」

 

『考えたのだ。私は監督役という権限を持っている割には選べる選択肢が狭すぎる。ただ罰則を与えられるだけでは反省する者などこの世界にありはしない。それでは私がやることは徒労に過ぎないとは思わないかね? ……それならだ、恐怖に陥れてしまえばいい。自らの行いを神に懺悔したくなるような圧倒的恐怖。アリーナ探索中に常に死角から狙撃手に狙われて縮み上がるなんて最高ではないか』

 

 ……。

 音声だけでも彼が今最高に機嫌が良いのが伝わってくる。

 要するに与えられるペナルティを増やして困る参加者を見て楽しみたいと言っているのだろう。

 確信した、コイツはゲスだ。

 

『幸い私には余剰令呪が大量に与えられている。貴様を万全の状態で運用することが出来るが、どうかな?』

 

「私に断るという選択肢は無いのだろう?」

 

 もちろんだ、と迷いなく言峰は告げる。

 やれやれ、といった仕草をしてからアーチャーはその場から姿を消した。言峰の元へ行ったのだろう。

 

『さて、いろいろ手違いはあったがこれで一段落は着いた。二回目になるがいつもの口上をあげてこの場を閉めるとしよう』

 

 重々しく言峰が前置きをする。

 藤村先生がドタドタ近寄ってきてこちらの背中をバシバシ叩いた。

 

「さー、いっちょやるとしますか! がんばるわよー!」

 

 あ、はい。

 

『聖杯戦争本戦を開始する。強き者、弱き者、皆等しく自らの大望を以て他人の願いを存分に踏みにじるがいい。――――汝、自らが手で以て最強を示せ』

 

 

 

 




むしゃくしゃしてやった正直後悔してる


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第一話 『オープニング』

 

 

 

 

 本戦に進むというくらいだから、いったいどんな恐ろしい魔境に連れて行かれるのかと思ったが、なんのことはなし。予選で使った月海原学園高等部校舎が会場であった。

 三階建ての本校舎に格調高い弓道場、中庭に鎮座するおよそ日本の学校の敷地には不釣り合いなカトリック教会。一見、まだ記憶に新しい、自分が偽りの学園生活を送った学園そのものに見える。

 しかしそこには明らかに違う点がある、言うまでもなく空一面に広がる無数の1と0のことだ。

 記憶が無いので半信半疑だったが、どうやら本当にここは我らが愛すべき地球では無いらしい。

 

 本戦とやらについて保健室の健康管理NPCの間桐桜さんに一度詳しい説明を受けたあと、自分と藤村先生は一度マイルーム―――マスター一人一人に与えられるプライベート空間のことである―――に向かうことにした。

 桜さんに手渡された携帯端末を使って、マイルームの入り口となっている教室のロックを外す。

 マイルームというくらいなのだから、内装はさすがに外見通りではないだろうという自分の期待はまったく以て当然だろう。

 しかし、残念なことに現実は厳しかった。

 ロックが外れる軽快な電子音を聞いた後、教室の引き戸をゆっくり開ける。特徴的なガラガラという音と共に視界に入ってきたのは、どこからどう見ても2-B教室そのものだった。

 これからこの机の森の中で寝泊まりするのかと思うと、喜びのあまり片方の頬だけが不自然につりあがる。

 

「うっわ、とんだすうぃーとるーむねぇ。びっくりしすぎて思わず野生に帰っちゃいそう……」

 

 さすがの藤村大河もドン引きらしい。

 だが、むしろ帰る野生があることにこちらは引いているのだが、気が付いていないようだ。

 

 

 

「それで岸波君、記憶は戻ったの?」

 

 ひとまず机と椅子の群れをわきに追いやったところで、目下絶賛悩み中の問題に突っ込まれた。

 保健室で話をしてくれた桜さんによると、全てのマスターに記憶は返却されたとのことだが、残念なことに自分はその限りではないらしい。

 家族のこと友人のことはおろか、自らの年齢や所属すら思い出せないのだ。唯一と言っていい自分の精神的な所有物であるはずの名前も、果たしてそれが本当の物かどうか判断が付かない。

 言わば自分は、岸波白野(じぶん)岸波白野(じぶん)であるための定義(こんきょ)を失っていると言っていい。

 

「まぁ、そんな気にすることじゃ無いわよ。私の友達はかつてこう言ったわ――――ジブン、昔のコトは未来よりあやふやッスから」

 

 …………。

 彼女なりの励ましなんだろうけど、

 なんというか、どうやらその方は鳥並みの頭しか持ち合わせていないようだ。

 

「あれ、良く分かったわね岸波君。…………とにかく、記憶なんてあっても無くても岸波君は岸波君よ。良く分からないけど私の直感はそう言ってる。それに案外ひょっこり戻るかもしれないわよ」

 

 そう言ってあははと笑う藤村先生。

 そんな先生の姿を見て、ふと目の前に広がる漠然とした闇が晴れていくような錯覚をした。

 こちらとしては本当に悩んでいるのだが、彼女を見ているとそんなことさえちっぽけなコトに感じられるような気がする。

 何もかもがあやふやな今の自分には、能天気な顔で高笑いをあげる先生がどこか頼もしくすら見えた。

 なんだかんだでこの人も弱者を思いやれる立派な大人なんだな。

 

 ――――そう思った矢先に彼女はとんでもないことを口走る。

 

「まぁ私も記憶、無いんだけどねー。あははは!」

 

 ………は?

 

 

 

「えぇ!? サーヴァントまで記憶喪失なんですか?」

 

 そうなんですよ桜さん。真名どころかクラスまで分からないとか言ってるんですよこの方。まぁ、真名は分かるからいいんですけど。

 

「桜でいいですよ、先輩。……それにしても先輩は本当にトラブル続きですね」

 

 はぁ、と困ったように溜め息をつく桜さ――もとい桜。

 藤村大河本日最初のビッグバンが起きてから、自分は真っ先に保健室の桜の元へ走った。

 

 ―――だってどうしたらいいか分からなかったんだもの。

 

 現在自分は保健室の円椅子に桜と向かい合うように腰掛けている。

 はたから見ればカウンセリングを受ける患者のようにも見えるが、残念なことに本筋においては間違えていない。

 

「大体、藤村先生も本当に記憶喪失なんですか? 本当は流れに便乗してるだけなら早いところ白状して下さい」

 

「ノー! ノーよ桜ちゃん。私はタイガ。決して藤村大河などと言う超絶美人女教師のような名前ではありません」

 

 どこか半信半疑の桜にビシっと指を突きつける藤村大河。

 タイガと大河の何が違うんだろうか?

 

「……それに記憶喪失もホント。なにも思い出せないわけじゃないけど、大切なことを色々忘れちゃってるのよ。うーん、たとえば――」

 

「はぁ、常識とかでしょうか?」

 

「ん? 何か言ったかしら?」

 

「あ、いえっなんでもありません! ……そうだ、クラスも分からないって本当ですか?」

 

 慌ててごまかす桜に少し戦慄する。彼女を怒らせてはいけない。

 

 聖杯戦争においてサーヴァントは基本七つのクラスに分けられるそうだ。

 理由などは知らないが、クラスがその英雄の主武装や逸話にまつわるものだということさえ認識していれば、まぁそんなことは特に気にする必要もないだろう。

 

 聞けば、いかに敵の情報を入手するかどうかがこの戦いの肝であるそうだ。

 その情報の基本となるモノがまずサーヴァントのクラスらしいのだが、主であるマスターすらそれを把握できていないというのはかなり問題なんじゃないだろうか。

 

「大問題ですよ、先輩。記憶がないって言うだけでも宝具を封じているような物なのに、クラスが分からなかったら戦い方すら判断できません。……というか、そもそも藤村先生は戦えるんでしょうか?」

 

 それ。

 本当にそれ。この人戦えるの?

 

「二人とも安心して頂戴。あと私はタ・イ・ガ、おけー? 戦闘は心配しないで。宝具は使えるし、戦い方も覚えてるわ。それに私強いわよー、剣道五段!」

 

 だからそれが不安なんだっつーの―――――!

 剣道五段がそんなに強いとは思えないんだけど。

 でもそれなら……

 

「なら安心じゃないですか。あ、いやサーヴァントがふじ――いえ、タイガさんって言う点は普通に心配なんですけど。戦闘面においてちゃんと全力が出せるなら、聖杯戦争における公平性はかろうじて保たれています」

 

 よかった、と嬉しそうに両手を合わせる桜。

 しかし、その様子を見て自分は喜びとは違う感情を抱いていた。

 やっぱり心配してくれてたのはAIとしての立場からだったのか……。

 ちょっとがっかりして肩を落とす自分の頭に、それを知ってか知らずか先生が優しく手をおいた。

 

 ―――せ、先生!

 

「大船に乗ったつもりでいてくれていいわ!」

 

 ……虎は人の心がわからない。

 少し惨めになった自分は思わず桜に意地悪を言ってしまった。

 

 全然公平じゃないぞ。記憶が戻っていない者がもう一名いると思うんだ。

 

「あ、ああ! ごめんなさい先輩」

 

 よし、許す。

 

「すみません。先輩の記憶についてはもう一度運営に問い合わせてみますね。……あ、もしかしたらSE.RA.PHに接続するときに魂をどこかに引っ掛けちゃったのかもしれませんよ」

 

 え? 魂を引っ掛けるって何? すごく怖いんですけど。

 

「まぁ、簡単に言えばTVの端子が接続不良を起こしているようなものです。ちゃんと説明すると少し違うんですが……したほうがいいですか?」

 

 いや、いいよ。分からないと思うし、何となく分かったから。上手く受信できてない的な感じでしょ? それより、もしそうなら自分はどうしたらいいんだ?

 

「そうですね……。私は詳しくないので何とも言えないのですが、教会に外部から来た専門の方がいらっしゃいますよ。運営から招かれていたくらいなので、腕は確かだと思います。なんでも未だに現役の魔術師(メイガス)なんだとか」

 

 

 桜に礼を言って保健室を後にする。いつのまにか一人でお茶をしていた先生も忘れずに引っ張ってきた。

 とりあえずは教会に向かおう。

 

 

 教会前の中庭までやってきたとき、懐かしい――いや本当は大した時間は経っていないのだが――顔に出会った。

 

「こんにちは。やはりまたお会いできましたね、ミスター岸波」

 

 そう言ってレオは優雅に微笑んだ。

 

 中庭の中心には、たくさんの花壇に囲まれる形で大きな噴水が設置してある。

 常に光を反射して虹を作っているその噴水の前で、レオは周囲を見渡していた。

 ゆるやかな風にその金色のショートヘアーをなびかせる姿はこの上ないくらい絵になっていて、思わず目を逸らしたくなるくらいに美しい。

 そんな彼の後ろにはこれまたブロンド長身のイケメン。

 彼のサーヴァントだろうか? 正直眩しすぎて目がつぶれる。

 加えてこちらの後ろに控える人物を思い出してして、思わず穴に入りたくなった。そのまま三世紀ほど冬眠していたい。

 

「? あぁ、紹介が遅れましたね。ガウェイン、挨拶を」

 

 そう言ってレオは後ろの人物に目配せをする。

 あと今さらっと真名言わなかった?

 

「サーヴァント、ガウェインです。此度はセイバーのクラスとして現界しました。――――どうか我が主のよき好敵手であって下さい」

 

 恭しく頭を下げるガウェインさんにつられて頭を下げる。

 頭をあげると、気付かぬうちに後ろのトラが嬉しそうに握手していた。

 頼むからフルプレートの騎士の前に剣道着で立たないでくれ。

 

「おや、こちらは藤村先生ですが、彼女はどうしてここに?」

 

 い、いや。なんでか知らないけど校内を案内してもら

 

「私は岸波君のサーヴァントのタイガよ。クラスはたぶんセイバー! よろしくネ☆」

 

 ……やっちゃったゼ☆

 予想通りぽかんとする目の前の主従。

 セイバーオブセイバーみたいな人に、何の物怖じもせず自分をセイバーと言ってしまうあたり、この人は本当に神経が太い。もちろん悪い意味だ。

 極めつけに最後のウィンク。どう考えても三十近い女性には厳しいだろう、それは。

 本当に、穴があったら入りたい(本日二度目)。

 そのまま埋葬してくれ。

 

「えー、と。ミスター岸波? これは」

 

 笑顔が引きつるレオに、こちらも負けじと引きつった笑顔で言葉を返す。

 

 残念なことに現実なんです…………。

 いや待てよ、本当にそうなのか? 実はこれはただの夢で、目を覚ましたらケモ耳良妻キャスターと愛の力で聖杯戦争を駆け抜けてたりしてないかな?

 

「なるほど、いや失敬。よろしくお願いします、レディタイガ。」

 

 ……レディ?

 

「……それではまたいずれ」

 

 数秒で藤村ショックから立ち直ったレオは、また普段通りの優雅さで目の前を去って行った。

 会釈をしてからレオについて行くガウェインさんを、思わずトランペットを欲しがる少年のように凝視してしまう。

 まさにマスターを尊重する忠義の騎士。

 ガウェインという名には聞き覚えが無いが、薄学な自分のことだし、きっと有名な英雄に違いない。

 今度図書館で調べてみよう。

 

 それにしても、礼儀を重んじるイケメン騎士。その上強そうかぁ。

 

 …………いいなあ。

 

「てんちゅーーーー!」

 

 あいたっ!

 竹刀で叩くな竹刀で!

 

「今、他の女のこと考えたでしょ! 私という女がいるのに! 信じられない!」

 

 へぶっ! 考えてないです!

 全然考えてない! 

 いてっ! 理不尽な暴力!!

 

「あ、そう? ならいいわ、っていうか他の女の子のこと考えてようが別にいいんだけどねー。……でもね、やれって囁いたのよ、本能?」

 

 ところで本能って煩悩に似てない? などと続ける虎。

 まったく見当違いの暴力を反省するそぶりすらみせない。

 まぁ、確かに今のは自分が悪かったのだが……、げに恐ろしきは野生の勘という奴よ。

 この方の前で下手なことをする、どころか考えることも出来ないらしい。

 

「それよりほら、早く教会入りましょ」

 

 そうだった。

 予想外の出会いによってすっかり忘れていたが、本来の目的は教会にいる魔術師だ。

 

 

 こちらを威圧するかのようにそびえ立つ教会の大扉。おっかなびっくり手をつくと、力を加える前に内側に大きく開いた。

 中から裸に黄色い革ジャンという、およそ教会には似つかわしくない粗野な雰囲気の大男が出てくる。首から下げた幾つもの数珠に一瞬目を取られていると、大男が急に感極まったといった表情で雄叫びをあげた。

 

「ぬおおおおおお!! 神、さいこおおおおおおおおおおお!!」

 

 ひっ!

 なんだ!?

 

「む、そこな小兵よ。何をぼんやりつっ立っている。小生、今最高に気分が良いからして今回は見逃すが……戦場において棒立ちは死に直結するぞ」

 

 あ、はぁ。

 

「むぅ、はっきりしない小僧よ。……まぁいい、では拙僧失礼する」

 

 ……忠告してくれたんだろうか?

 突然教会内部から現れた大男は、ひとしきり好きなように叫んだかと思うと、また叫びながら去って行った。

 一瞬でよく観察できなかったが、顔に刻まれた無数の傷と緑に染まった頭髪が強く印象に残った。ちなみに襟足も長かった。

 

「教会の妖精かしら? キリスト教はアグレッシブねー」

 

 拙僧とか言ってたし仏教じゃなかろうか?

 どこか気の抜けた発言をする先生にも呆れるが、こちらも抱いた印象は同じようなものだった。

 

「さ、気を取り直して入りましょ。 私教会って好きよ、日曜日になんかくれるし」

 

 時期によってはワインも飲めるしね。

 

 

 先程の騒がしい偉丈夫とは対照的にどこか荘厳な雰囲気の教会内部に入っていくと、外は昼であるというのに中は薄暗かった。

 電子の世界だというのにほのかに香る油のにおい、幾重にも連なる木製の長椅子に、聖書の一場面を切り抜いたらしい装飾硝子(ステンドグラス)

 内装もこれでもかというくらい教会だったが、本来は祭壇があるべきであろう場所には、代わりに電飾のように光を放つ球体が浮いている。

 球体の脇に二人の人物が腰掛けているのがシルエットで分かった。

 

「ほんと、姉貴はよくあんなのと会話できるわねー。

 私はちょっと厳しいわ、彼」

 

「何を言う、お前は彼の話を何も聞いていなかったのか? 確かに表層として見て取れる我はかなり個性的だが、彼の生や神仏に対する見解は一聴の価値はある。

 案外彼の在り方としては覚者のそれに近いのかもしれん」

 

「うそ、ベタ褒めなんて珍しいじゃない。……まぁ、言ってることは案外まともだったかもね」

 

「だろう? 場所が違えば化けるぞ、アレは。……それにあんなのとは失礼だなお前は、いやまぁそんなことは昔から知っていたがな」

 

「あんたに似ちゃったのかしらね」

 

「ふん。勘弁してくれ、私は同居人に犬の首輪(・・・・)をプレゼントなんかしないぞ」

 

「ぐっ、やっぱりあんたの方が失礼じゃない」

 

 大分近くまで来ているのに一向にやまない姉妹らしき二人の会話。

 嫌味の応酬の中に飛び込む勇気もなく、ぼんやり二人を観察する。

 端的に表現するなら、知的な女性と快活そうな女性。服装から雰囲気まで何もかもが対照的な二人だったが、唯一の共通点として美人であるということがあげられるだろう。

 

「………それで、そこでぼーっと立っている君は何か用かな? 改竄しに来たの?」

 

 話が一段落着いたかと思われる頃、快活そうな方が話しかけてきた。

 黒いパーカーにジーンズといった地味めな服装だが、その長く伸ばした赤髪が印象強い。

 

 桜が言っていた魔術師というのがどちらの人物か分からないので、とりあえず二人に聞こえるように要件を話した。

 

 

 

 

「クラスすら分からないサーヴァントに地上の記憶が無い新米マスター、か。

 保健室の子が言ってたのは十中八九姉貴のことでしょうね。ムーンセルが私に技術的なことを求めるとは考えにくいし」

 

「まったく、迷惑な話だ。私も暇ではないんだが」

 

「あ、クラスはたぶんセイバーよ。だって私竹刀持ってるもの」

 

 話を聞いた二人の反応からすると、どうやら桜が薦めてきたのは知的な方らしい。

 上品にフリルをあしらった白いブラウスに細身に似合うパンツルック。一見キャリアウーマンにも見えるが、そのどこか冷たい眼差しと青いショートヘアーが、彼女が只者ではないことを示していた。

 口にくわえた煙草から出る煙に臭いが無いことから、おそらく電子煙草なんだろうななんてどうでもいい所感を抱く。

 

 名前を聞いていなかったことを思い出してとりあえず自分から名乗ってみると、意外なことに二人とも律儀に名乗り返してくれた。

 赤髪の方が妹の蒼崎青子で、青髪の方が姉の蒼崎橙子というらしい。

 藤村先生は二人の前まで行ってやはり嬉しそうに握手をしている。

 そうして先生の自己紹介が終わった頃、蒼崎橙子が気だるげに口を開いた。

 

「さっそくで悪いが、岸波……だったか? 手を出してくれ。こういう面倒なことは出来るだけ早く済ませてしまいたい性質でね」

 

 そう言って差し出された彼女の手にゆっくり自分の手を重ねる。繊細な指先は、どこか職人を連想させた。

 これで何か自分の記憶について進展があればいいのだが。

 

「…………」

 

「どう? なんか分かった?」

 

「うるさい、ほんの数分も静かに出来ないのかお前は」 

 

 真剣な面持ちで目をつぶる蒼崎橙子。

 まだですか、と聞きたいような気もしたが、先に地雷を踏んでくれた妹殿を見て口は出すまいと決心した。

 

 

 五分ほど経ったが未だに教会には沈黙が流れていた。

 先程注意された蒼崎青子は目をつぶってなにやら体でリズムを取っている。隣に姉がいなければ鼻歌でも歌っていたことだろう。

 珍しいことに虎は教会の隅でステンドグラスを見上げてぼんやりしている。

 退屈を紛らわそうと祭壇で燦然と輝く球体を観察してみるが、いつまで経っても球体にこれといった変化は見られず、仕方なく先生に倣ってステンドグラスを眺めることにした。

 

 落ち着いた空気のなかで蒼崎橙子の診断を待つ。

 装飾硝子の観察にも飽きてとうとうすることが無くなった自分は、時間が経過するごとに結果を聞くのが嫌に感じられるようになってきてしまっていた。

 何かどうしようもない現状を思い知らされる気がして、思わずもう結構ですとこの場を立ち去ってしまおうかなどと言う発想もさっきから頭の中を駆け巡っている。

 そんな折、仕事は終わったらしく蒼崎橙子は大きく息を吐いてこちらの手を放した。

 

「あ、終わったの?」

 

「あぁ、……思ったより時間がかかってしまったな」

 

 あの。それでどうだったんですか?

 

「どうやら過去のログが存在しないみたいだったからな、君のIDから魂の接続状態(リンク)を辿ってみたんだが、まぁ概ね予想通り肉体とのリンクが途絶えていた」

 

 ? 

 身構えて聞いていたのだが、残念なことに何を言っているかちっとも分からない。

 そんなこちらの様子を見て、呆れたような顔をした蒼崎橙子は簡単にに説明し直してくれた。

 

「まったく、なんで専門外である魔術師(メイガス)の私が本職の魔術師(ウィザード)である君に説明しなくてはならないんだ……。

 簡単に言えば、記憶は欠損したのではなく最初から体から引き出せていないのだ。どうにかして地上の肉体とリンクを繋ぎ直せば記憶はすぐにでも戻るだろうが、あまり現実的ではないぞ」

 

 そ、それはまたなんでですか?

 

「あなた記憶が無いんでしょ? ならどこからアクセスしてきてるかも分からないんだから、リンクを繋ぎ直そうにも繋ぐ体がどこにあるか分からないじゃない」

 

 なら探せば

 

「――――月並みな表現だが、地球は広いぞ。

 仮に君が七回戦まで勝ち抜いたとして、モラトリアムや不測事態を考慮しても最大60日といったところだろうが……それでも世界中を探し回るのには時間が足りないだろう。なによりそんなことに時間をかけていては勝ち抜くことなど夢のまた夢。 

 なにせ君の技量は新米以前だからな」

 

 …………。

 つまり自分は記憶を取り戻せないまま戦わなくてはならないのか。

 絞り出すように言葉を紡ぐ。

 自分の状況は、理解できました……たぶん。大丈夫です。状況が悪化したわけではないし、なんとなく記憶は戻らないような気もしていました。

 

「――――辛くなるわよ」

 

 分かってます。

 険しい顔をした蒼崎青子が冷たく言い放った言葉に、自分へ言い聞かせるように言葉を返した。

 力強く返答したつもりだったが、耳に入ってきたのは自分の声とは思えないようなか細く震えた声だった。

 事実、本当の自分が定かではない状況というのはなかなか厳しいものがある。

 自分の選択がどこかフワフワと地に足が付いていないような感覚。少し大げさに言えば、足を一歩踏み出すことすら漠然とした不安が付きまとうのだ。

 

「そういうことじゃないんだけど……、うん。自分で経験しないと分からないこともあるでしょ」

 

 どこか含みのある物言いをする蒼崎青子に、あえて聞き返すということはしなかった。

 

 教会に広がった重い沈黙をかき消すように蒼崎橙子が紫煙を吐き出した。

 

「それでは、サーヴァントの方もみせてもらおうか」

 

「ん、やっと私の出番ねー。」

 

 冬眠明けの熊のような緩慢とした動きでのしのし近寄ってくる藤村大河。

 今まで黙っていたのはまさか空気を読んでいたんだろうか?

 

「これから貴女の霊核に直接アクセスするが、頼むから暴れないでいただきたい。サーヴァント相手ではさすがにこちらの身体(ボディ)がもたない」

 

「おーけーよ橙子さん。私を信じて」

 

 いつもの調子でぐいっと親指を立てる先生。

 それを苦笑いでいなした蒼崎橙子は、先程自分にした時と同じように先生の手を握った。

 

 

 

 今回はそれほど時間がかからずに蒼崎橙子は仕事を終えたらしい。

 終わりだ、と呟いた彼女の様子はどこかおかしかった。

 

「どうだったー?」

 

「あ、あぁ。

 記憶に関しては問題ない。忘れているというより、一部の記憶を自分の物として再認できていないだけのようだ。時間と共に回復するか、もし戻らなくてもたいした問題じゃないだろう」

 

 なんだ。

 正直盛大な肩透かしを食らったような気もするが、藤村大河らしいといえばその通りだった。

 だが結果の平穏さの割に、蒼崎橙子の雰囲気が普通では無いのが不思議である。

 

「――――で、他に何を見つけたの? その様子じゃ何かあったんでしょ」

 

 同じ疑問を持ったらしい蒼崎青子が、代わりに尋ねてくれた。

 

「あ、あぁ……。

 なんというか、こういう安直な表現はあんまり好きではないんだが――――すごく驚いた」

 

 蒼崎橙子はそう言って肩をすくめた。

 彼女とはまだ出会って間もないが、なんだかとても珍しい光景を見た気がする。

 

「私のわがままボデーに?」

 

 …………。

 

「青子、彼女のステータスを見てみろ」

 

「え? ちょっと待って……。

 うん、幸運以外は全部大したことないわねー。スキルも直感とかカリスマとか微妙なのばっかりだし。ま、まず間違いなくクラスはセイバーじゃないわ。パラメーターが規定に達していないし。

 正直言って岸波君、貴方一回戦も厳しいかも」

 

 お前はほぼ間違いなく一回戦で敗れて死ぬ、

 蒼崎青子はそんなとんでもないことを平然と告げてきた。

 その目に同情や憐憫といった表情は見て取れないことから、おそらく彼女は純粋に事実を述べたのだろう。

 ショックは無い、と言えば嘘になるが、でもそれはサーヴァントが藤村大河という時点で一番最初に心配した点なのだ。今さら驚くべくもなく、ただぼんやりと、ああやっぱりかなんていう感想しか浮かんでこなかった。

 一方、憤慨するかと思われた藤村大河は意外と冷静で、あれーおっかしーなーなどと頭を掻いている。

 ……いや、現状が見えてないことは冷静とは言わないのか。能天気?

 

「ああ、そうか。お前は霊核と繋いだわけではないから宝具は分からないのか。

 いやなに、心配するな岸波。お前のサーヴァントはそう捨てたもんじゃあない。運用次第では、もしかするともしかしてしまうかもしれんぞ」

 

 ? それはどういう……。

 

「さてね。それは自分の目で、体で確かめてみるといい。

 ふむ、……そうだな。サーヴァントについてなにか質問があれば私に聞きに来るといい。私も彼女に、というより君がこれから体験することに興味が沸いてしまった。

 仕事の片手間で良ければ相手をしてやろう」

 

 あ、はぁ。 ありがとうございます。

 

 ……え? 本当に?

 

「もちろんだとも。

 ――――それにしても好奇心、か。

 ふ、私は腐っても魔術師らしい。この手の未知という奴にはどうにも弱い」

 

「ふーん。どんな宝具か知らないけど、姉貴が興味を示すってことはなかなかのゲテモノらしいわね。

 岸波君。この人口と性格はあれだけど、悔しいことに腕は確かだし、積極的に使ってやるといいわ」

 

 なにやら悦に入ってる橙子さん――お世話になることだし、これからは親しみを込めてそう呼ぶことにする――と、こちらに頑張れと豪快にサムズアップをする青子さん――ついでなのでこちらも――。

 なにやら自分の評価が上がったらしいことに気が付いた先生は、腕を組んで頷いていた。

 

「あぁ、そうそう。言い忘れてたんだが、彼女の真名は見た通りだ。タイガではなく藤村大河。

 それと、クラスはイレギュラークラスの『サーヴァント』、役割はそのまま召使だな」

 

 ……ほ、本当に自分達は大丈夫なのか? 

 

 

 

 言いたいことを色々我慢しながら、お礼を言って教会を後にすると、なにやらモフモフしたお爺さんとすれ違った。

 

「うむ、こんな時間から祈りを捧げるとは、若いのになかなか真面目でよろしい。

 ……ああ、すまない。引き留める気は無かったのだが、先程の無礼な若者を見てつい、な」

 

 髭から髪からモフモフとしていたお爺さんは、そう言って教会の中に入って行った。

 毛はすでに完全な白銀に染まっているというのに、その瞳は未だに芯の強さを物語っている。

 すれ違う時知らず気圧されてしまっていた。

 何者なんだ?

 

「サンタね、元サンタ。

 子供の言うことばっかり聞くのに飽きて辞職しちゃったのよ、可哀そうに。

 きっと聖杯に、今度は自分の欲しいものをお願いするんだわ」

 

 ……まじか。

 

 

 先生と通り過ぎた老人について考察を交わしていると、唐突に背後から呼びかけられた。

 

「へぇ、やっぱり岸波ってお前のことだったんだな。

 絶対予選落ちだと思ってたんだけど、また会えて嬉しいよ」

 

 聞き覚えのある、どこか見下してくるような声。

 振り返るとそこには自分が予想した通りの人物がいた。

 

 慎二! 

 

「やぁ、さっきぶりだね」

 

 そんな日本語は無いぞ慎二!

 

「うるさい!

 クソ、なんでお前みたいな低能ハッカーが…………あぁ、でも予選とはいえ僕の友人の役割(ロール)を与えられてたくらいなんだし、君も少しは名のあるハッカーなんだろ?

 相手が良ければ少しは勝てただろうけど、残念だったね。

 アジア圏のゲームチャンプであるこの僕に君が敵うはずないんだし、今のうちに棄権した方がいいんじゃない? あははは!」

 

 普段から良く分からない話ばっかりする奴だとは思ってたけど、参ったな。

 今回ばかりは本当に彼が言っていることが理解できない。

 まるで自分と慎二が戦うとでも――。

 

「あれ? まだ一回戦の発表を見てないのかい? ……なら僕が教えてあげるよ。

 いいか? 聞いて驚くなよ?

 君の一回戦の相手は、この僕だ! はは、びびって声も出ないか。……まぁ仕方ないか。なにせ相手はこの僕だ! アジアナンバーワ

 

「ねぇ岸波君。このワカメっぽい人誰? もし友達なら、友達はもう少し選んだ方がいいと思うわ」

 

 いや、これでもそんな悪くない奴なんです……予選の時はそうだった、ってだけですけど。

 

 口ではいつものように先生に返事をするが、頭の中では今彼が発した言葉を理解しようと必死だった。

 いや、本当は分かっている。だがこの事実は受け止められない、受け止めたくない。

 

 慎二が一回戦の相手? バカな……。

 自分はこれから友人と殺し合いをしなくてはならないっていうのか?

 もしそれが本当だったなら、

 たとえそれが仮初の物だったとしても、記憶の無い今の自分にはその記憶しかないのだ。ただ一人と言っていいような赤の他人とは言えない人物、そんな人に自分は殺されるかもしれない、冗談みたいな話だ。

 

 偉そうに女子を侍らせる慎二。

 ピーマンが食べられないと喚く慎二。

 掃除をさぼって女子と遊びに行く慎二。

 そして女子を侍らせる慎二。

 スライドショーのように慎二の姿が頭に浮かんでくる。

 

 ……信じられない。

 彼と戦わなければならないという事実より、短い期間だったとはいえ彼のいいところを一つも見たことが無いことに驚く。

 

 そして意識を現実に帰還させてからまた驚いた。

 

「――だから私思うわけ。トモダチは、一生もの。なんて言葉は一種の洗脳みたいなものなの。みんながみんな孤独でも生きていける美しき虎って訳じゃあないからね、支え合って生きていかなければならないことを暗に刷り込んでるのよ。

 それで、ここでさっきのアリストテレスの話に戻るんだけど――」

 

「――そう、そんなときは僕の写真を眺めればいい。きっと、あぁ、彼の美しさに比べれば僕の苦悩なんてちっぽけなものだ。例えるならそう、…………うん、今はちょっといい喩が浮かばないけど。

 だから、君も試合を棄権して故郷に帰るといい。そうすればき――」

 

 …………。

 ……少し目を離したらこれだよ。この人たち絶対会話苦手だろ。話の流れがまったく見えないし、そもそもどんな超展開をしたら気味のブロマイドの話になるんだい慎二君?

 これから行われるであろう命のやり取りにこっちは苦悩しているっていうのに。そんな自分がばかばかしくなってくる。

 

 いい加減話を戻そうと思って先生に声をかけようとする。

 固まった。

 

 おいおい、空間に向かって話かけてるぞ…………。

 ウソだろ、特に頭とか叩いてないと思うんだけどな。

 

「海賊、海賊かぁ。そういえば私も昔一時期目指してたわねー、……そうそう、海賊王。

 え? うん、でも私泳ぐのあんまり得意じゃなかったし。どうせなら陸の帝王を目指そうかなーって。えーっ、そうかしら。あはははは」

 

 ……サーヴァントってクーリングオフ効かないかな。

 

「――でな、PJはそれこそ――っておい! 聞いてるのかよ岸波!」

 

 し、慎二。あれ……!

 

「あ? 藤村がどうした?

 …………え?」

 

 慎二も驚いたか? どうし

 

「うおおおい! 何でそいつと話してるんだよライダー! 

 大体お前は海賊っていうより……! いやそれはいい。なんで藤村なんかと楽しく談笑しちゃってるワケ!?」

 

 なんてコトだ……。

 ついに慎二までもがあっちの世界に

 

「行ってねえよ! クソ、いいよ。出てこい、ライダー」

 

 慎二の一言と共に、先生と会話していたらしい人物が姿を現した。

 そういえば桜からの説明の中にサーヴァントの霊体化という話があった気がする。たしか、容姿からの真名バレを防ぐために、たいていのマスターは自分のサーヴァントを霊体という不可視の状態にして引き連れる、だったか。

 レオがガウェインさんを実体化させていたから、すっかり忘れていた。

 つまり先生はどうやってかは知らないが、霊体化していた慎二のサーヴァントと会話していたということなのだろう。

 本当にこの人は何でもアリなんだな……。

 

「へぇ、坊やがウチの慎二の初戦の相手かい? なかなかいい面してるじゃないか。

 この通りどうしようもない小物っぷりだが、まぁその時が来るまで仲良くしてやってくれよ」

 

「おい! 余計なこと言うな!」

 

 慎二のサーヴァント、ライダー。

 朱、というより紅の長髪を無造作に腰まで伸ばし、まさしく海賊船の船長といったこれまた赤い船服。その顔には大きく斜めに傷が入っているものの、整った目鼻立ちには少しも影響を与えていない。むしろ豪快という言葉を体現したかのような彼女には必要なパーツにも見える。

 だがその傷よりももっと目を引くモノがある。

 全てを覆いつくさんとばかりにあふれでる圧倒的包容力、大質量そして大質量!

 クソ!

 それに比べてなんで俺のサーヴァントは、俺のサーヴァントは!

 

「美人さんよねー。…………はっ! 私の美人お姉さんポジが脅かされてる!?」

 

 大丈夫、あなたの立場は安泰です。

 取って代われる生物は地球には存在しないから。

 

 

「おい! なに僕を無視して盛り上がってんだよ! ま、混ぜろよ!」

 

「おう慎二! 成長したじゃあないか、悪党だって友達は大切にするもんだ」

 

 わしわし慎二の頭を撫でるライダー。

 はたから見ると仲の良い姉弟にも見えるが、それにしても

 ――――俺のサーヴァントは!

 

「クソ! ああもう行くぞライダー!

 じゃあな岸波。ま、せいぜい頑張ったら」

 

 ライダーに褒められた? せいか、慎二は顔を真っ赤にしてそう言うが早いか急ぎ足で中庭を去って行った。

 こちらを一瞥した後、ライダーは何も言わずに霊体化する。

 

 しばらくして自分達もその場を去り、中庭は本来のその平穏な空気を取り戻した。

 

 

 中庭で慎二と別れた後、自分は真っ直ぐマイルームに戻った。

 教室の隅から適当な椅子を見繕って腰を下ろす。

 ――――疲れた。

 誰に聞かせるわけでもなし、無意識のうちに自分の口は素直な気持ちを、まるで溜め息をつくかのように吐き出していた。

 

 疲れた、そう疲れたのだ。

 今日はあまりにもいろいろなことがありすぎて、ほっと息をつく暇もなかった。

 日常の崩壊、命の危険、現れた藤村、戻らない記憶に友人と殺し合う運命。まさに枚挙に遑がないという表現が相応しいような危険のバーゲンセール。一生分の驚きと興奮を使い果たしてしまったかと疑いたくなるほどの波乱万丈ぶりであった。

 今日一日の出来事を筆に乗せるだけで本が一冊書けそうだ。

 

 先生は探検してくるとかなんとか言って、マイルーム前で別れたきり未だに戻ってこない。

 さんざん予選の頃に教師をしただろうに、今さらどこを探検するというのだろうか? まぁ、彼女の奇行にいちいち気を留めていたらこちらが心労で参ってしまう。

 ――――余計なことを考えるのはよそう。

 さっき自分で言ったではないか、自分は疲れている。

 なら、もうさっさと寝て、この悪夢のような一日に幕を下ろすのが正しい選択という奴だ。……目を覚ませばもっと素晴らしい現実が待っているかもしれないし。

 

 そうして眠ろうと思い立ったはいいものの、周囲の風景を見て改めてここが教室であることを思い出す。

 山と積みあがった机と椅子、

 ――――どこで眠ればいいんだろう?

 

 

 

 

 

 

 床、か…………はぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ステータス

 

真名:藤村大河?

クラス:サーヴァント

マスター:岸波白野

性別:女性

身長・体重:168cm・53kg

属性:混沌・善

 

筋力:D

耐久:E

敏捷:D

魔力:E

幸運:EX

宝具:C

 

クラス別スキル

家事:E

イレギュラークラスである『サーヴァント』のクラス別スキルは、クラス名が示す通り家事である。

が、本人の頑なな否定と、そもそも家事とは対極の存在であるのでランクはE。

ランクEなら、お湯を沸かす、風呂を洗う、雑巾がけが可能。

……言うまでもなく可能と実行は同義ではない。

 

保有スキル

直感:A⁺⁺

直感とは、戦闘中に自分にとって最適の行動を瞬時に悟る能力である。

ランクA⁺⁺ともなれば、それはもはや予測を通り越し未来予知の域を越え、むしろ事象が彼女の行動が最適なものになるよう捻じ曲げられることもある。要するに究極のご都合展開。

霊体化などの不可視の状態のモノも、このスキルの恩恵により普通に見える。

野生の勘とも言う。

 

カリスマ:E

本人の強い思い込みと、実際の能力が合わさってスキルの域に達した。

ランクEでは、一つの軍団指揮において卓越した能力を発揮する。

実際に活用する日が来ることはまた別の話である。

 

狂癲への誘い(ビーウィズタイガー):B

周囲に対する常時発動型精神攪乱スキル。

 

彼女と会話、または何らかの形で関わるものは無自覚のうちに平常な思考を妨げられる。

Aランクにもなれば常に相手を混乱状態に陥れることが可能だが、本人が無自覚のためBにおさまっている。

ようこそギャグ時空へ。

 

 

宝具

・虎竹刀

ランク:C

種別:対人宝具

レンジ:2~4

最大補足:ひとり

 

藤村大河の愛刀。

所有者の幸運を上げるアミュレットのような役割を持つが、本人の幸運がすでにカンストしているので、現在あまり目立って効果は無い。

しかし、藤村大河が使用することにより、攻撃に必ず対象の硬度や性質に応じたクリティカル判定が出る。

そのため当たれば敵の耐久値に関係無くダメージを与えることが可能。究極のご都合その二。

柄には落としても交番に届けてもらえるように大きく名前が書いてある。

 

・?

・?

 




ステータスは結構適当なので、あまり深く考えないで見てください。
ちなみにスキル、狂癲への誘いはオリジナルスキルです。
そうです、キャラ崩壊への言い訳です。


クラス:サーヴァントが分からない人は花札をやってください


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第二話 『意外と頼りになる私』

 

話が進みません


 

 

 

 

 噂というものはなかなか面白い性質を持っていると思う。

 人から人へ。時には予期せぬ形で広まっていくソレは、伝えられているという事実一点においては、確かに民衆の心を射止め興味を引く要素が存在することを示している。

 ところが、噂は拡散する過程でとんでもない誤解を生んだり最終的にはまったく違う話になっていたりと、発生源の人物に、本当に伝える気があったのか疑問に思わされこともしばしばある。

 所詮は人づて、出来の悪い伝言ゲーム。

 もしかしたら噂に出来る時点で、その話題は大した問題ではないのかもしれない。

 

 しかし、今回は違った。

 恐怖と混乱のなか、それでも彼らの間で即座に広まったこの噂は一切正確性を欠くことなく伝えられていく。

 

「おい、聞いたか? 実は――」

「ああ、聞いたよ。いや、でも本当なのか? 俺にはとても信じられない」

「本当よ! 私見たもの!」

 

 形のみとはいえ、魂をデザインされている彼らが驚き怯えることは機能上何もおかしな点は無い。

 

「バカな! そんなことムーンセルが許すはずがない!」

「ええ、でも見たのは私以外にもいっぱいいるわ」

「上級AIの桜さんや言峰さんはすでにコンタクトを取ったらしい」

「な、それなら何故すぐに異常(バグ)は消去されない!?」

 

 一人のNPCが悲痛そうに叫ぶ。それを見ても周りのNPC達は悔しそうに目を伏せるしかない。

 この光景は朝から至る所で目にすることが出来た。

 噂という形態を保ちながらも、この情報は正確、迅速を体現するかのように広まった。それは彼らがムーンセルオートマトンという規格外のシステムに創造された完全なる情報生命体だからか、それともヒューマンエラーを起こす余地も無いほどの恐怖の情報だからか。

 自分には想像することしかできないが、それでも彼らの気持ちは痛いほど理解できた。

 なにせ、

 

「藤村大河が二人もいるなんて! 今回の聖杯戦争はお終いだ!!!」

 

 

 

 

 

 

 ことの発端は朝、朝食を取りに食堂へ行こうとしたときのことである。

 

「ちょ、ちょっと岸波君!」

 

 一階と二階を繋ぐ階段の踊り場。また一歩階段を降りようとしたときだった。

 頼むから霊体化してくれと口を酸っぱくして言ったこちらの嘆願も聞き入れず、後ろをひょこひょこ着いて来たサーヴァント藤村が、珍しく緊張した声で服の裾を引っ張ってきた。

 何か問題が発生したのかと思って後ろを振り向くと、先生は階段の下を指差しながらこう言った。

 

「あ、あそこに」

 

 ん? あそこ?

 

「あそこにもんのすげー美人がいる!!」

 

 反射的にばっと階段下に振り向く。そして固まった。

 美人がいたからではない。ありえない人間がいたのだ。

 そう、言うなれば一頭の虎。まさしく藤村大河その人であった。

 

 

 その時の自分の気持ちをどう表現するべきなのか自分には分からなかった。きっと記憶が在ってもなくても、自分は同じ反応しかできなかっただろう。

 しかし階段下の人物を見ても、自分はかえって冷静に状況を分析することが出来た。

 そう、可能性は3つ。

 一つ、あれは藤村ではない。

 一つ、自分が振り向く瞬間、藤村は一瞬で胴着から私服に着替えて階段を駆け降りた。もしくはワープした。

 一つ、もう一人の藤村が現れた。

 

 自分としては二つ目が最有力候補だと思った。

 一つ目を否定したのは、あれはもうどう見ても藤村大河だったからだ。

 見覚えのある虎柄長袖に、高原でハイジとコサックダンスでも踊り出しそうな緑色のワンピース。背を向けてても分かる、横に少しはねた茶色のくせっ毛。そして滲み出す圧倒的能天気オーラ。

 たとえあれが藤村大河本人ではなくても、それはそれで新たなクリーチャー登場というわけだ。何も救いがない。

 三つ目を否定したのは、それがあってはならないことだからだ。これが事実なら宇宙の熱量死は近い。

 そんなこんなで消去法的に二つ目を選んだわけだが、結構現実味があると思う。

 早着替えじゃなくて、脱皮かもしれないし、なにより先生ならワープ程度容易いだろう。

 

「挨拶しに行きましょうよ。私あの方とお知り合いになりたい」

 

 背後から響く声に冷や汗を流す。

 ……やるな。

 後ろにスピーカーを置いていくことを忘れないとは。

 そんな精一杯の現実逃避も、空しく現実の前に敗れ去った。

 当然のように後ろから現れた胴着姿の藤村大河。どうやら今のは提案ではなく強制だったらしく、自分は抵抗する暇もなく学生服の襟をつかまれて階段をズルズル引きずられて行ってしまった。

 

 

「へえー。貴女も藤村大河って言うの?

 おっどろき~。私も藤村大河って言うの。よろしくね」

「よろしく、言われてみれば私達少し似てるかも」

「本当だ。あ、もしかして!

 生き別れた姉妹!?」

「……ふっ、気付いてしまったのね妹よ。

 そう、私達は双子。あの冷たい雨が降りしきる十年前のあの日」

 

 へえー。下駄箱にもしっかり一つ一つ靴が入ってるのか。芸が細かいなムーンセル。

 あ、そうそうこれ自分の下駄箱だ。うわ、上履きに名前まで入ってるよ。すごいなー。

 

「そう、柿を無くしちゃったの。ダンボールごと」

「あら、大変。でもちょうど私柿を持ってるのよ。ダンボールごと。少しお裾分けしてあげる」

「本当!? ありがとう!

 もー、岸波くん。あなたのサーヴァント大当りじゃない? 美人で器量良し、もうお嫁さんにもらっちゃった方がいいわよ」

「誉めてもなにもでないわよー。あ、でも柿ならでるかも」

「「あははははははは!!」」

 

 思わず目の前の慎二の下駄箱にヘッドバッドをお見舞いしてしまった。

 どうやらこの茶番は、彼女達がお互いを同一個体だと認識出来ていないことが原因らしい。どんなに容姿、発言、思考が同じでも、自分は自分相手は相手。心の奥底に確たる自分を持っているがゆえ、自他の境界がうんざりするほどはっきりしている。

 だからどんなに目の前の人物が、鏡写しのように自らに似通っていたとしても、それで戸惑う何てことは天地がひっくり返ってもありえないんだろう。

 おお、なんという唯我独尊。少し使い方が違うかも知れないが、そんなことはどうでもいい。

 誰か、誰でもいい。助けてくれ。

 

「やっぱり白無垢もいいけど、ウエディングドレスもいいわよねー」

「ん~、でも一生に一度のことだからなー。ここは日本人らしくビシッと決めたい気もするわねー」

「「岸波くんはどっちがいい?」」

 

 本日二回目のヘッドバッド。慎二の下駄箱は二度と開かなくなる。

 救いを求めて周囲を見回すと、昇降口前で腰を抜かしている女生徒がいた。黒い制服から、彼女が運営NPCだと判断する。

 ちょうどいい、あれを何とかしてくれ。

 そう言おうと口を開きかけた時だった。

 

「た」

 

 た?

 

「大変だーーーー!!」

 

 あーおいちょっと待ってくださーーい!

 

 

 

 

 

 

 というのが今朝あったこと。

 そこからはもうてんやわんやの騒ぎだった。

 地獄の釜を開けたかのように、わらわらとNPCが校舎を駆け回り、それを見て参加者達も何か問題でも発生したのかと右往左往し始める。

 おそらく『バカな!』『ムーンセルに問い合わせろ』『何てことだ!』が今日の流行語大賞を受賞することは間違い無いだろう。

 昨日の今日で早速橙子さんに相談しに行くと、つまらんことを聞くなと追い返されそうになった。何故だ。

 代わりに答えてくれた青子さんによると、なんでも一部の上級AIは現実にいた人物の再現なんだそうだ。つまり、階段下にいたタイガーBは現実にいたタイガーAのコピーということであり、自分のサーヴァントは予選で担任をしてくれていた人ではなかったのだ。

 道理で話が少し噛み合わない訳だ。

 ……いや、どちらにせよ合わないか。

 

 

 

 地下一回、購買部の前に広がる飲食スペースで昼食を摂る。安っぽいテーブルクロスのかかった四人がけの机に先生と向き合って座っていると、どういうわけか先生が食事に手をつけていない。

 病気か?

 

「これ、もうちょっとなんとかならなかったのかしら……?」

 

 苦笑いを浮かべながら、手元の皿を指差す先生。彼女が何を言いたいか理解して、笑顔で返事をした。

 ええ、なりませんでした。

 

「そ、そう。ならいいわ。

 味も悪くないし、うん。この際私の昼食が具なしサンドイッチで、岸波くんの昼食がまぐろ丼なのは気にしない!」

 

 そうでしょうそうでしょう?

 ただの注文ミスです。夕飯にはレタスだけじゃなく、ハムも挟まってますよ。

 

「やったー、ハムサンドーー。……とでも言うと思ったかー!! 私の昼ごはん、これもうサンドイッチじゃなくて切れ目の入ったフランスパンよね!?

 おのれKISHINAMI! タイガは激怒した!! この圧政者に断罪を!

 というかなんでこんなことするのよー」

 

 自分の胸に聞いてください。

 

「ブーブー。我待遇ノ改善ヲ求ムー!」

 

 そう言って使われることのなかったマイ箸で食器をチンチン叩く藤村大河。下品この上ない。

 虎柄の箸を掴んで品の無い演奏を止めると、どうやら合奏だったらしく隣から変わらずチンチン音がしていた。

 

 どうやら知らないうちに隣に人がいたらしい。

 食堂の小さな四人がけテーブルで相席をして気付かない、なんてことあるんだろうか。

 見ればまぐろ丼を口に掻き込む藤村大河のとなりにも人がいる。

 欧風の整った顔立ちに似合わない陰鬱そうな表情で、ひたすら蕎麦を啜っている。目の前にいる人物に目を合わせないようにめんつゆだけを覗き込んでいるようにも見える。

――チンチン!

 場違いな白いランニングシャツから、屈強とはいえ無いまでもほどよく筋肉がついた、これまた白い腕が伸びている。適音に設定されているはずのSE.RA.PH内であるのに、ひどく汗をかいていた。

―――チンチンチンチン!

 ……それにしても、何で藤村大河はまぐろ丼を食べているんだろうか。一体どこから……?

 いや分かっている。あれは自分のまぐろ丼だ。問題なのはいつか

――――チンチンチンチンチン!

 うるせえええええええ!!

 

「ひょわああ! いきなり大声出すなよー!」

 

 あまりのやかましさに思わず席を立ってしまうと、それに驚いた隣の下品な人Bもまた立ち上がる。Aが誰かは言わずもがな、こちらの大声も完全スルーでまぐろ丼を口に頬張る奴のことだ。

 隣の人と向き合ってみると、驚いたことに女性、いや少女だった。学生服に金、と言うより黄色い長髪を腰まで伸ばしている。悪戯っ子のような好奇心が強そうな瞳に、絵にかいたような鋭い八重歯。見た瞬間から自分は彼女が藤村に連なる者だと悟ってしまう。

 関わるのは早計に過ぎたか……!

 

「よーよー兄ちゃんよー。アタシのらーんちたいむをよくもまあ邪魔してくれやがってよー」

 

 ヤクザみたいな物言いをして突っかかってくる少女。一言発するごとに登頂部でアホ毛がピョコピョコ揺れる。

 

「おいおいシカトかああーん?」

 

 制服も月海原学園のものでは無い。濃紺を基調としたミッション系のセーラー服。アバターをカスタムしているということは、彼女もかなりの腕前のウィザードなんだろう。

 

「な、なあ。おい聞いてる?

 あの、ほらアタシも今のは冗談ていうか……」

 

 急におどおどし始める少女。おそらく今までのは演技だったんだろう。

 救いを求めるように向かいに座っていた男をチラチラ見るが、男は湯呑み片手にこちらを観察するだけだ。

 

「あ、そうだ。アタシの名前は須方スナオっていうんだ。あはは。ヨロシクじゃん!

 …………あ、あの」

 

 思い出したかのように名乗りを上げる須方スナオを、無言でじっと眺める。

 数瞬後、沈黙に耐えられなくなったらしい須方スナオが、気まずそうに口を開いた。

 

「その、……すみませんでした」

 

 よい、許す。

 

「ありがたきお言葉!」

 

 素直に頭を下げる須方スナオ。

 まさしくこちらの完全勝利だった。この手の人種はスルーが一番効果的なのだと最近身をもって学習したおかげだ。

 しかし、同時にその切り返しから、彼女もまた藤村流の後継者の一人であると思い知らされる。まぁ、空気を読んで謝ってくる分開祖よりは数段ましだろう。

 向かいに座っている男に目を向けると、相変わらず幽鬼のような無表情を浮かべていたが、湯呑みを握っていた手がサムズアップに変わっていた。

 

「それで、何であんなことしたの? ダメよー、女の子があんなコトしちゃ」

 

 口を開いたのは藤村大河だった。空の丼を脇においやり、隣のランニングシャツの青年と同じように煎茶を啜ってくつろいでいる。

 珍しく常識的な発言をしたようにも見えるが、そもそも箸で食器を叩き始めたのはこの人である。

 

「そ、それはそこにいるソイツのせいなんだ! アタシは悪くない」

 

 そう言って彼女が指差したのは、目の前にいる青年だった。

 思わず彼の顔をまじまじと見る。

 同じ境遇の被害者だと思ったのだが、違うんだろうか?

 

「どういうことなのスナオちゃん?」

 

「実はアタシ、とあるものが無いと食事出来ない体質じゃん」

 

 アレルギーみたいなものなのか?

 

「アレルギー? え? あ、そうそうそんな感じ」

 

 微妙な間と共に慌てて頷く須方スナオ。これを見て、自分は元凶がコイツであると半ば確信する。

 今のは藤村大河がごまかす時の仕草に大変よく似ていた。

 

「へえ~。大変なのねスナオちゃん。私なんて何でもバリバリ食べちゃえるからなー」

 

 そうですね。他人のまぐろ丼とかもバリバリいきますもんね。

 

「な、何のことかしらーあははは」

 

 目を泳がせてしらを切る藤村大河。

 決めた。夕食はパンの耳だ。

 

「そ、それよりスナオちゃん。そのあるものがどうかしたの?」

 

「あ、そうそう。そのあるものをこの男が奪ったせいでご飯食べられなかったじゃん!」

 

 そうして再び目の前の男に指を突きつけるスナオ。確かに彼女の前には、手をつけられていない盛り蕎麦が鎮座している。それを見て自分と藤村大河の視線が一斉に彼へと向けられた。

 男はさも面倒臭そうに湯呑みをおくと、ようやく口を開いた。

 

「彼女が言ったことは、全て嘘だ」

 

「ええーー!」

 

 大仰に驚く先生を横目にやっぱりかと頷く。彼女の扱いは藤村先生と同じでいいなと思った。

 しかしスナオも負けじと食い下がる。

 

「そ、そんなこと無いしー。……大体シ――」

 

 彼女は最後まで言葉を続けることが出来なかった。

 ダン! ダン! と続けざまに響いた大きな音に遮られたのだ。

 音の発生源は例の男。机の下から幾つもの瓶を取り出して順繰りに机の上に並べていっている。その鬼気迫る繰り返し作業に、自分と先生はただただ見守ることしか出来なかった。

 

 ……あの。

 

「これで最後だ」

 

 そしてひときわ大きいガロン瓶のような物を机の中心に置いて、息をつく。

 目の前には大小さまざまな赤い瓶。これは、…………タバスコですね。

 それを見て自分でもなんとなく話の流れが掴めてしまう。

 

「まだ付き合いはそんなに長くないが、彼女はなんでもかんでもタバスコ浸けにしないと気が済まないらしくてな。食べ物は全て血の池地獄、見ているこちらとしては大変気分を害される。

 しかもそれを他人にも強要する。はっきり言って最悪だ」

 

 須方スナオはそっぽを向いて口笛を吹く。

 

「そんなわけで私が取り上げて隠したんだが、なにやら下品な抗議の仕方を覚えてしまったらしく、貴方達に大変迷惑をかけた。すまない」

 

 あ、そうですか。こちらこそすみません……。というより元凶の一端がこちらにいますね。本当に申し訳ないです。

 藤村大河はそっぽを向いて口笛を吹く。

 

「ああ、大変迷惑をかけられた。だがまあ世の中にはどうしようもないことなど多々ある。今回もそのうちの一つだと思って私も気にはしていない。

 さて――」

 

 そうして机に手をついて立ち上がる青年。相も変わらず無表情だったが、その立ち上がった姿を見てさらに驚かされた。

 正直須方スナオと大して変わらないのではないかと思うぐらい背が小さい、というところも驚くがそこではない。大真面目な顔をしている彼は、しかしズボンを履いていなかったのだ。

 なんだこれは、まともな人間はいないのか……。

 青の縦じまトランクスと白いランニングシャツ姿が、絶望的なまでに休日のおじさんだった。

 

「主が去ったからには私も追わなくてはならないのでな。ここで失礼する」

 

「え? 本当だ、全然気が付かなかったわ……」

 

 見れば須方スナオは全力で階段を駆け上がっていくところだった。背中には大きな風呂敷包み。いつの間にかテーブルの上の劇物を回収していたらしい。

 いや、注目するべき点はそこではない。

 今この男は、須方スナオのことを主と言った。ということは、

 

「……サーヴァントね」

 

 去っていく下着姿の男を見つめながらぽつんと呟く藤村大河。

 確かに普通サーヴァントは霊体化させて連れ歩くモノという定石に反してはいたが、それでいいのか藤村大河。言われるまで相手がサーヴァントだと気付かないって、ちょっとどころじゃなく問題なんじゃないか……?

 自分の安全が予想以上に危険にさらされている可能性があることを知って、背筋がうすら寒くなる。

 

 しかしそれは別にしても、サーヴァントを実体化させていたというのはどういうことなのだろう。

 他に実体化させている主従と言えば、レオとガウェイン。そして岸波白野と藤村大河。

 自分達は、というより自分の場合はサーヴァントが言うことを聞いていないだけだ。それについては非常に遺憾なのだが、霊体化させておく必要がないのも事実だ。通常気にするべき真名の隠匿を自分達は気にしなくていいからだ。

 いや、まあ精神衛生上霊体化していてほしいというのが本音だが。

 レオとガウェインの場合は非常に珍しい。真名を隠すどころか、自分で教えて回っている。レオナルド・ビスタリオ・ハーウェイという人物を自分はまだ詳しく知っているわけではないが、きっと彼の場合は圧倒的自信が理由だろう。たとえどんな対策を取られようが正面から叩きつぶす。目をつぶりたくなるような傲慢にもとれるが、彼としてはそれを当然のこととして受け止めているように見える。

 情けないことに自分も、それが虚栄でもなんでもない純粋な実力に感じていた。正直彼らが目の前に立っているだけで気おされているような錯覚をしてしまうのだ。

 

 では須方スナオの場合は?

 圧倒的実力に対する自負か、それとも真名漏えいの心配が無いからか。

 個人的には後者のような気もするが、分からない。

 

「たぶん何にも考えてないと思うなー先生。正直スナオちゃんにはシンパシーを感じたもん」

 

 あ、やっぱりそうですか。

 というか今の発言は、同時に自分が何も考えていないということを宣言していたようなものですよ先生。

 ……いやまあ知っていたけど。

 

 知らず涙が頬を伝ったような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 食堂を出て、マイルームに戻ろうと、地下から一階への階段に足をかけようとしたときのことだ。

 桜にもらった端末が軽快に電子音を発した。

 見れば月想海がどうとか、暗号鍵がどうとか表示されている。正直まったく意味が分からない。

 

「それが戦場へのチケットだ」

 

 うわああああ!

 

「アリーナ各階層に一つずつ。決戦日に計二つの暗号鍵(トリガー)を持っていなければ、貴様は決闘場に赴くことすら出来ずに敗退する。

 説明は以上だ」

 

 後ろから気配を絶って話しかけてきたのは言峰綺礼であった。振り返った時にはすでにこちらに背を向けて、食堂内に戻っていく。

 言いたいこともするべきことも伝わったが、それにしたってあまりにも適当過ぎないか今のは。いや、別にコミュニケ―ションを取りたいというわけでもないからいいんだけどさ……。

 去っていく背中を眺めていると、驚いたことに言峰は飲食スペースの一席に腰を掛ける。そして手に持っていたものを机の上に置いて、満足気に頷いてから食事を始めた。

 遠目にも分かる圧倒的赤色。口に運ぶのはレンゲ。考えるまでもない。あれは予選の時自分の命を脅かした、麻婆豆腐という料理だ。

 正直食品としてあってはならない色をしているが、彼はあくまでも真顔のまま、しかし戦いに赴く戦士のような気迫で食事を続けている。

 もしかしたら須方スナオと気が合うかもしれないな、なんて思った時だった。唐突に彼が顔を上げる。咄嗟のことで顔を逸らすことが出来ずに目があってしまう。

 不審そうな顔を浮かべる言峰にあいまいな笑顔を作って答える。非常に気まずい沈黙が流れた。

 

 顔を逸らすタイミングを窺っていると、言峰がふと、得心がいったという顔をして手元の皿に視線を落とす。すぐに再び顔を上げて、こちらの眼を真っ直ぐ見据えてくる。

 そして最後に、乾杯、とでもいうように持ち上げられたレンゲは確かにこう言っていた。

 

――――――――食うか?

 

 食いません。

 迷うことなく踵を返した自分は、背中に突き刺さる怒気に怯えながら一階への階段に足をかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 薄気味悪いところだ、というのがアリーナに入って最初に感じたことだった。

 半透明な通路だけが暗闇の中浮かび上がり、どこか粘つくような嫌な気配が漂う。この空間の中では、いつ、どこであっても、自分は命を落とし得るのだ。それはまだ見ぬ敵性プログラム(エネミー)とやらか、それともあの慎二のサーヴァントによるものか。具体的な経験などしたことも無いはずなのに、嫌なイメージが脳裏にこびりついたまま離れない。

 あまり認めたくはないが、正直背後で鼻歌を唄っている先生が心の支えである。…………というかこの空気に何も感じないのかこの人は? 本当に空気を読めないのか?

 

「むっ、敵発見。どうする隊長?」

 

 唐突に先生が声をあげる。思わず振り返ると、同時に胴着姿の藤村大河が風のように隣を走り抜けた。

 

「というか私が隊長だーーーー! 藤村隊、突撃ーー!」

 

 奇声を上げながらも、ものすごい速度で駆けて行く先生を慌てて追いかける。五十メートルほど走ってようやく追いついた。見れば先生は竹刀を両手で構え何かと対峙している。

 先生の背中越しに敵を見定めようと横から顔を出すと、前方には宙に浮かぶ蜂のような物体がいた。動きや形はまさしく蜂そのものだったが、半透明に透けていてガラス細工のような異様な姿。無機的な体躯に反したあまりにも器用すぎる挙動を見て、得も言われぬ恐怖心をあおられる。

 

「…………来る!」

 

 藤村大河がそうつぶやくが早いか、敵性プログラムが突進を仕掛ける。反射的に目をつぶってしまうと同時に、尻餅をついてしまった。

 数秒後に訪れるであろう痛みに備えていても、いつまでたってもその時が来ない。恐る恐る目を開くと、目の前にはやけに頼りがいのある大きな背中が広がっていた。

 

「ちょっと、岸波、君。女の子にっ、大きな背中、っていうのは、っふ。失礼じゃない?」

 

 す、すみません。

 ゆっくり立ち上がると、驚いたことに藤村大河はまともに戦っていた。

 剣道、と聞いて誰もが思い浮かべるような基本の構えを崩さず、一進一退しつつも見事に敵の突進を捌ききっている。

 

「っよっと、ほっ、せい!」

 

 気が抜けるような声と共に竹刀を振る姿に思わず感心してしまう。目にも留まらないスピード、変則的な動きで舞う蜂にも焦らず柔軟に対処している。初心者目からしても、余裕のある各上の闘いを繰り広げているように見えた。

 時間と共に、徐々に敵の動きが鈍くなっていく。

 払い、切り上げ、突きから振り下ろす。基礎を忠実に行っているだけに見えるが、確かに技量としては敵を圧倒していた。

 ただ――。

 

「ほい、終わり」

 

 最後に致命的な隙を見せる敵に、容赦なく竹刀を振り下ろす先生。宣言通りに敵はあっけなく霧散した。

 

「どうよ? やればできる子でしょ私?」

 

 藤村大河は竹刀をくるくる振り回しながらこちらを振り向く。息ひとつ切れることなく得意そうな顔をしていた。

 

「岸波君がなーんか私の実力疑ってるみたいだったからねー。ちゃんと見えるように戦ってあげたのよー。本当はもっと楽にやれるわ」

 

 驚いたことにあれでも手を抜いていたらしい。

 腰に手をあてて胸を張る先生を見て、少し見直してしまった。今までことごとくマイナスイメージを植え付けられていたので、今回の事は正直感動した。

 

「おっ! その目は感心してるな。

 それで、感想は?」

 

 喜色満面に尋ねてくる先生に、仕方ないとかぶりを振ってから、今回ばかりは素直な感想を口にした。

 

 

 ――――なんというか、地味でした。

 

「なにいいい!」

 

 

 

 

 

 その後の探索はいたって快調に進んだ。

 先程のこちらの発言を聞いた先生は、余計やる気を出してしまったらしく、次々と現れる大小さまざまな敵を竹刀の一振り二振りでなぎ倒してしまう。

 その道中、しきりに『やっぱり、奥義とか必要かしら』と呟いていた。

 

 

 いい加減敵も打ち止めなのか、めっきり姿を見なくなった。特にすることも無くなった自分達は、適当に話しながらアリーナを進む。

 

「私、剣道は好きだけど、あの打ち込みの時の叫ぶ奴はどーしても好きになれなかったわー。

 きええええ、とか。ひょわあああああ、とか。確かに力はでるんだけどさ、あれを女の子にもやらせるのはちょっとねー」

 

 でもあれって声出さないと判定入らないんですよね?

 

「そうなの。おかげで高校時代は鬼とか虎とか酷いこと言われたわ」

 

 え、でも好きですよね。虎。

 

「そうね、なんというか。憎み切れない親の仇? 仲間なんだけどラスボス? みたいな感じ」

 

 切りたくても切れないし、かといって切ろうとも思わない縁。という感じですかね。

 

「おっそんな感じそんな感じ。私達通じ合ってきたんじゃない?」

 

 ……………はは、まさか。

 

「ちぇー、つれませんね。

 っと、あれじゃない? とりがー」

 

 唐突に斜め前方を指差す先生。透明な壁の向こうに、確かに緑色のデータボックスが見えた。

 

 ……待った。誰かいる。

 

「あ、昨日の無礼者と海賊さん」

 

 その言い方はどうかと思うが、先生の言うとおり、データボックスの周りにいたのは慎二とそのサーヴァント、ライダーだった。

 あの場に行くべきか考えあぐねていると、向こうからこちらの通りに出てきた。当然のように慎二と目が合う。

 

「き、岸波!? よ、よう。お前もトリガー取りに来たのかよ?」

 

 そうだけど、どうかしたのかお前?

 

「別にどうもしてないよ! いや、むしろお前が……くそ、なんでもないよ。

 とにかく、僕はもう行くから! じゃあな」

 

 お、おい!

 慎二はこちらの顔を見ようともせずに背を向けて、迷宮の奥に向かって走り去ってしまった。

 

「ったく。悪党の割には肝っ玉が小さすぎるのがいけないね。聞きゃいいってのに。

 ……そんじゃ、アタシも失礼するよ」

 

 ライダーもまた、一言こちらに投げかけてから慎二を追って居なくなってしまう。

 いったい何だったんだろうか。

 こちらを見た慎二は何やら怯えていたように見えた。突っ込まれると思った先生の事すらスルーして、だ。

 

「とりがーあったわよー」

 

 こちらの疑問も知ったことかと能天気な声が浴びせかけられる。

 いつの間にやらデータボックスを調べてきたらしい藤村大河がこちらに向かって走ってきていた。

 『トリガーコードアルファ』と書いてあるカードキーのような物を受け取って一つ溜め息をついた。

 こんな小さなものにすら、今の自分の命は左右されてしまうのだ。先行きの暗さに自分でも呆れかえってしまう。

 

「さ、今日はもう帰りましょ。

 私の夕飯が待っているわ」 

 

 

 

 

 





スナオちゃんはいてもおかしくありません。
EXTRAのドラマCDにもでています。おかしくありません。
誰か分からない人も、大丈夫なように書こうと思うのであんまり心配せずに見て下さい。

サーヴァントは、あんまオリキャラは出したくなかったんですが、最初で最後のオリです。許して。


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第三話 『正直君が、心配だ』


サブタイつけるの本当に難しいです。
結局毎回適当な感じに……。


 

 

 

 

 エーテルの粉末は持った。回復用の礼装も身に着けてある。ポーチを確認すると入れた覚えのない麻婆豆腐もある。

 自分の体調は良好だ。

 

 ――先生は?

 

「ばっちりよ!」

 

 ピースしてくる先生に頷いて返事をする。今日は胴着に加えて鉢巻まで巻いているようだ。

 出来ることはした。神にも祈った。

 

 この一週間で雑多なものが増えたマイルームを一通り見まわしてから、もう一度ここに帰って来ると心の中で誓いを立てる。

 

 部屋を出て、しっかりとドアを閉める。鍵をかけるということが出来ないのが少し物足りない気もするが、まぁそんなことは今気にすることではない。

 

 一階の下駄箱前までやってくると、用務主事室の前で仁王立ちをしている言峰綺礼が見えた。相も変わらず辛気臭い仏頂面、しかし口元が少し吊り上っている。この後に起こるであろう凄惨な戦いにでも思いをはせているのだろうか。それともただ単純に、好物を食べてご満悦なのだろうか。

 しかし、そんなことはどうでもいい。迷うことなく彼の目の前に立つ。

 

「準備は済ませたかね?」

 

 ――――ああ。

 

「トリガーを出してもらえるかな」

 

 言われて二枚のトリガーを取り出し言峰に手渡す。

 

「確かに受け取った。……さて、これで君はもう決戦場に赴くことが出来るのだが、その前に、どうも君に挨拶をしておきたい人間がいるようだ」

 

 ゆっくり手を上げ、こちらの背後を指差す言峰綺礼。

 振り返ると、そこには、二日目以降顔を合わせていなかった人物が立っていた。

 

 ――橙子さん!

 

「こんにちは、岸波君」

 

 予想外に優しい声が投げかけられた。見れば、記憶にない銀縁のメガネをかけていて、心なしか前より視線が柔らかいように見える。

 

「ああ、コレのことは気にしなくていいわ。

 それより、大分お久しぶりだけど、準備は大丈夫なの?」

 

 首肯して制服のポケットを叩いて見せる。

 瞬間、彼女の笑みがひどく酷薄なものに変わったような錯覚をした。

 

「……そう、良かった。

 それで、覚えてるかしら、岸波君? サーヴァントのことで困ったら、なんでも私に相談して頂戴って話」

 

 ――覚えてますよ。

 でも、タイミングが悪かったんじゃないですか? 

 自分はもうここで命を落とすかもしれないのに。

 

「ああ、大丈夫よ。あはは。

 大丈夫、きっとまた会える(・・・)から」

 

 笑顔で手をヒラヒラ振る橙子さんに、不覚にも感動する。

 この人は、いい人だ。きっと決戦前で緊張しているだろう自分のため、リラックスさせに来てくれたに違いない。

 

「それじゃあ、あんまり気負う必要ないから、ちゃっちゃと行ってきなさい」

 

 はい!

 そうして背を向ける。再び視界に入ってきた言峰綺礼の目を真っ直ぐ見据えてから、  

 

 ――準備は出来た。

 

「いいだろう。さて――――、

 勝負は一度、賭けるは己が大望とその命。

 聖杯戦争一回戦、決戦場へようこそ」

 

 脇にどいた言峰綺礼には目も向けず、用務主事室だった部屋に足を踏み入れる。

 背後で扉が閉まる瞬間、誰かの乾いた笑い声を聞いた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋の中はまさしくエレベーターだった。

 ガラス張りの個室、回数を表示する電子パネル。しかし一点だけは普通のエレベーターと違う。  言うまでもなく、中央のしきりのことだ。

 赤みを帯びたガラスのような半透明の板が、この個室を二分しているのだ。知らないうちにその片方に入ってしまっている、ということは向かいには対戦者がやってくるのだろう。

 

「大丈夫、あなたのサーヴァントは世界で最も強くて、美しいわ」

 

……少し黙っていてもらっていいだろうか。頭にのっけられた先生の手をやんわり引きはがす。

 その時、向かいの空間に慎二とライダーが入ってきた。

 

 彼らとも二日目以降まともに顔を合わせていない。どういうわけか、自分は彼らに避けられていたようなのだ。

 入ってきた慎二はこちらの姿を見て、一瞬体を緊張させる。それを見て溜め息をつくライダー。

 しかし、今日に限っては慎二もそれ以上怯えて見せることは無かった。しばらく彼を観察していると、口をパクパクさせて何かひたすら第一声を探しているように見える。

 先生と自分、そしてライダーの視線が一斉に慎二に突き刺さる。思わず頑張れ、と応援したくなるような姿だ。

 そして彼はついに言葉を発した。

 

「に、逃げずに来たんだ!?  勇気あ、ありますね……いや!! 勇気あるじゃん!!」

 

 ――慎二! 頑張ったな!!

 

「へえ、なかなか成長したじゃないか。

 ええ? シンジィ!」

 

「えらい! 頑張ったわねワカメ君!」

 

 所々裏声になっていたし、その上どうしようもないほど小悪党なセリフだったが、それを抜きにしても彼の頑張りを皆が認めていた。

 正直なんであんなに怯えられていたのか分からない。ただ、たった今慎二が一歩成長したというのは確かだろう。見ればライダーも慎二のワカメ頭をくしゃくしゃにして喜んでいるように見える。

 照れ隠しなのか、うっとうしそうにライダーの手を払いのけた慎二は、またいつもの調子で話し始めた。

 

「やあ、良く来たじゃないか。この僕を相手に逃げなかったって所だけは評価してあげるよ」

 

 ……。

 どうやらさっきの微笑ましい一幕は無かったことになったらしい。

 

「どうせ君はここで敗退する訳なんだけど、どうかな岸波?  僕に勝ちを譲らない?」

 

 ……何を言っているんだ?

 

「分からないのかい? まったくこれだから凡人は困るな。一から十まで説明しないと分からないのかよ」

 

 あ、すごい。

 今素直にうざいと思えた。

 

「うわ、うざ。岸波君、殴っていいかしらあの海藻」

 

 ――いいぞ、と言いたいところだけど、無理ですよ。壁があります。

 

「無かったらやるのかよ!?」

 

 大袈裟に手を振るって叫ぶ慎二。しかしすぐに気を取り直して話を続ける。

 

「……つまりあれだよ。もし万が一、億が一、兆が一君が勝ったとして、それでも君程度の実力じゃあ二回戦敗退だ。だが僕なら違う、優勝できる。 それなのに一回戦とかいう小石に躓いたほどの失敗でその栄光を失うのはあまりに馬鹿げてるだろ?」

 

 その小石に躓いた時点で実力は知れてると思う。そんな言葉を呑み込んで慎二の次の言葉を待った。

 

「ああ、そうだ。なんなら君にも賞金を分けてやってもいい。仮にも君は僕の友達………ですよね? いや、友達なんだし。地上に帰ったあと僕の輝かしい武勇伝と一緒にプレゼントしてやるよ」

 

 感謝しろよ? とでも言いたげに髪をかきあげる慎二。その目を見るに、どうやら断るという返事が来ることはありえないと思っているらしい。しかし、

 

 ――はっきり言おう、断る。

 

「んなっ!」

 

「当然よね」

 

「ハハッ、断られちまったなあ!

 いいじゃないか、悪党ってのはいつだって惨めなもんさ」

 

 こちらの言葉に、皆三者三様の反応をする。

 

 ――大体、死人にどうやって財産を分けるんだお前は。立派な墓でも建ててくれるのか?

 

「あ、なんだ。お前敗者は死ぬっていう話信じてるの?」

 

 嘲笑をにおわせる声色で尋ねてくる慎二。不遜な顔がさらにバカにしたような表情に変わった。

 

「ハハハハ! あんなのデマに決まってるだろ! 試合を盛り上げるための演出だよ演出! そんなことも分からないのかよ、ハハハハ!」

 

 ――まさか、お前。それ本気で言ってるのか?

 

「頭の中までワカメが繁殖しちゃってるのね、きっと。

 何を言っても無駄だと思うわ岸波君」

 

 珍しく静かな調子で口を開いた藤村大河に、思わず寒気がする。

 

「ああ? うるさいよ藤村。ちょっと黙ってろよ。

 …………ん?」

 

 ……どうやら慎二もようやく大事なことに気が付いたらしい。

 

「おい、待てよ。なんでここに藤村がいるんだ?」

 

「バカだねシンジ。ありゃサーヴァントだ。感じないのかい?」

 

 ライダーの言葉に慎二の動きが停止する。流れる沈黙の中、先程の雰囲気もどこへやら、先生が胸を張って宣言した。

 

「えっへん! 私が岸波君のサーヴァントなのだ! どうだ驚いたか!!!」

 

 思わず手で顔を覆った。

 

「え? おいおい嘘だろ? サーヴァントって……、あのサーヴァント?」

 

 ――知らない! 僕に聞かないでよ!

 

「ハ、ハハ。藤村がサーヴァント?  ……プッ、ハハハハハハハハ!

 嘘だろ!? だって、藤村だぜ!!?」

 

「何よー。何か文句あるって言うの?」

 

 不満そうに口を尖らせる先生。慎二は相変わらずひぃひぃ言いながら笑い続けている。

 

「お前、最高だよ! どんだけ笑わせてくれるんだ! アハハハハハ!

 藤村にできることなんてせいぜい竹刀振り回すだけだろハハハハ!」

 

 その物言いに、不覚にもムッとしてしまう。

 その、竹刀を振り回しているだけの人物のおかげで、自分は今ここに立っていることができるのだから。

 

 にわかにエレベーター内に地響きのような振動が伝わる。どうやら決戦場に到着したようだ。

 慎二は先程の笑いも醒めやらず、腹を抱えながらエレベーターを後にする。隣では怒りを押し殺したような表情の先生が、

 

「目にもの見せてやるわ」

 

 と呟きながらズンズン歩き始めてしまった。

 エレベーター内に一人残された自分。深呼吸をして現状を分析する。

 

 この先の場所で、自分は命を落とすかもしれない。

 記憶もないまま、虫けらのように捻り潰されるか、もしくは、善戦するもあと一歩で討たれるかもしれない。

 だが、

 ――その終わりは許容してはならない。

 

 何故か自然とそんな風に思えた。

 生きて帰りたい、いや生きたい。そんな当然のことが今の自分のただ一つの行動原理。

 

 ――なんとしても、勝って見せる。

 

 口に出して再確認、そして頬を叩いてエレベーターの暗闇を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

「さぁシンジ! 今回はどれだけ出せる?」

 

 エレベーターを抜けるとそこは海の底であった。

 静かなる砂漠の水底、まばらに見て取れる岩礁や色とりどりの海草。おあつらえ向きに遠くには沈没船なんてものまで用意されてある。

 

「ああ? ちょっと待てよ、相手は藤村だし………このくらいか?」

 

 自分はここを知っている。

 二の月想海は、一層とは違ってどこか幻想的なカリブ海の海中をモチーフにしたようなステージだった。ここはそのアリーナから常に見ることが出来た海底だ。

 

「足りないねえ! 全然だ!」

 

「クソ、このぼったくり海賊! ………これでどうだ」

 

 光も届かない水底。ところどころから気泡が湧いているというのに、自分達の口から洩れてこない。ムーンセルから、お前たちは既に死んでいるとでも言われているということなのだろうか。

 

「いいから財布ごと寄越しなっ!」

 

「ああっ」

 

 いい加減突っ込んでいいだろうか?

 ライダーに財布をふんだくられて、涙目になっている慎二を見てなんとも言えない気持ちになる。

 なんて――――哀れな。

 

 

 決戦場に放り込まれた自分達は、当惑した。

 出てきた扉は忽然と消え去り、海底に取り残された二組の主従はお見舞いのように向き合ってしまう。

 戦闘は一体どういうタイミングで始めればいいんだろう?

 そんな経験はしたことが無いし、いや覚えてないだけなのかもしれないが……。じゃあ殺し合いを始めましょうか、はいそうしましょう、という感じか?

 そうだとしたら、ちょっと恥ずかしいな。

 命のやり取りを前にして、極度の緊張のせいで気でも狂ったのか、自分はそんなことをぼんやりと考えていた。

 そんな時だった。慎二とライダーが、カツアゲしようとする不良といじめられっ子みたいな寸劇を始めたのは。

 彼らの関係が分からない。

 

 さて、その寸劇も慎二の悲劇で幕を落としたことだし、いよいよ始めなきゃならないのだが……どうしよう。自分としては、ずっとこのまま戦いなぞしたくは無いのだが。

 

「待たせて悪かったね。それじゃあ、おっぱじめようか!!」

 

 自分の期待も虚しく、慎二のライダーが戦いの始まりを宣言する。同時に脇にいた先生が駆けだした。

 

「うおおおおお! ワカメ狩りじゃああああ!」

 

 向かう先はどう見てもライダーの隣の慎二。先生は竹刀を横に構え、砂を巻き上げながら風のように海底を突き進む。

 

「ひ、ひぁ」

 

 そのあまりの気迫に思わず腰を抜かす慎二。しかしその情けない主を庇うように、(サーヴァント)が立ちはだかる。

 

「もらった金の分は働く、それがアタシの流儀だ」

 

 ライダーが構えた得物を見て思わず叫ぶ。

 

 ――銃!? 藤村危ない!

 

 轟く二発の炸裂音。狙いは間違いなく藤村大河だった。 

 

「ちょっと! 今呼び捨てにしたでしょ岸波、君!」

 

 ライダーの拳銃を見て急停止した藤村大河は、そんなどうでもいいことに怒りながら竹刀を振る。否、振ったように見えた。

 自分には早すぎて、その軌道が見えなかったのだ。

 それを見てライダーが感嘆の声をあげる。

 

「へぇ。やるじゃないか」

 

「う、嘘だろ……。藤村今弾丸を……」

 

「ふん、見たか。藤村流抜刀術、二重のきわ――」

 

「それ抜刀術じゃないよね!?」

 

 なにやら慎二が叫んでいるが、何のことだろう?

 いや、それにしても、今先生は銃弾を切った……のか? 

 思わず目をこすって先生を見る。驚いたことに、ここに来て本当に先生が頼りがいがあるように見えてきた。

 

「おいライダー! そんなもので終わりじゃないだろ!

 全然払った分に値してないぞ! あと財布は返せよな!」

 

「あいよ船長!! もちろんこんなもんじゃないさね。

 そこのお嬢さん! なかなかやるようだが……コイツならどうだい!」

 

 お嬢さん?

 しかしそんなことに疑問を持っている場合ではない。ライダーは左手に新たに拳銃を構えている。

 さすがの先生もこれには、

 

「やだ、お嬢さんなんて。もう、私は立派なれでぃーですー」

 

 動じていないようだ。

 その返答に口をゆがませるライダー。そのまま何も言わずに引き金を引き始めた。

 嵐のような猛攻。秒感覚で打ち出される鉛玉。弾切れを起こしたことにこちらが気が付かないほどの速さの再装填。

 自分にはライダーの二丁拳銃から、常に煙が上がっているように見える。

 しかし藤村大河は物ともしていなかった。

 

「そんなに若く見えるのかしら私。確かにこの美肌の前ではティーンもひれ伏すわけなんだけど、私としてはやっぱり大人の色気を武器にしたいってゆーか―」

 

「おい! なんだよあれ!?

 なんであんなに余裕そうなんだよ!!?」

 

 なかば悲鳴のように喚く慎二。気持ちは痛いほどわかった。

 なにせ、当の藤村は気持ち悪いくらい体をくねらせて自画自賛しているのだ。それなのに竹刀を握った右手だけは高速で振るわれている。

 正直気持ち悪い。

 

「クッ、やるねえ」

 

 しかし、ライダーも負けじと早打ちに拍車をかける。

 さすがに余裕のなくなってきた先生はようやく現実に戻ってきた。

 

「あ、ちょ、ちょっとタンマ。うわ! うわ!」

 

「ほらほらまだまだ早くなるよ!」

 

 余裕がなくなってきたらしい先生。宣言通りにライダーの射撃もどんどん早くなっていく。

 

「へーい岸波ー。肩、右肩んとこかすったから回復はようプリーズっと――、痛っつ。右腿もー」

 

 言われて慌てて礼装に魔力を込めて回復魔術を発動する。

 ふと慎二が静かなことに気が付く。顔を上げて慎二の方を見ると、慎二の周りには幾つものホロウィンドウが展開していた。物凄い速度でキーボードを叩いている。

 

「ほらよ、食らいな!」

 

 最後に大仰にエンターキーを押す姿をみて気が付いた。

 妨害しようとしている!

 

「む、殺気ッ!! タイガー的緊急回避!」

 

 先生は急に右方向へ大きくジャンプし、そのまま転がる。

 次の瞬間。先程まで先生がいた空間に大きな爆発が起きた。爆風と共に砂が舞い上がる。

 

「はああ? なんで今のタイミングで避けられるんだよ!?」

 

「いんや、今のは良かったぜシンジィ!」

 

 見れば先生は未だに膝をついた状態だ。

 まずい。あのままでは十全に竹刀を振るえない。

 好機と見たらしいライダーが間髪入れずに銃口を向ける。

 

「ピンチ! 実践剣術、タイガー式目くらましい!」

 

 地面を竹刀で大きく薙ぎ払う先生。同時に先程の爆発とは比べものにならないほどの砂埃が舞う。

 視界が完全にふさがれてしまった自分は、流れ弾を恐れて近くの岩陰に入る。

 

「ほらほら! でてきなよ! 

 目くらまし程度じゃあ私はやられないぜ!」

 

「うわ、最悪だよ。僕の髪に砂が」

 

 変わらず視界には何も捉えることが出来ない。煙の向こうの慎二たちの声だけが聞こえる。

 

「煙が晴れたら仕掛けるわ。守ってあげられないからここにいて頂戴」

 

 となりで囁くようなつぶやきが聞こえる。

 何もできない自分は、ただただそれに頷いて答えるしかない。

 肌に刺さるような静寂。自分は呼吸をすることすら忘れて前方を見やる。

 

 

 五秒経つ。

 視界は依然明瞭ではない。

 

 十秒経った。

 次第に砂煙が晴れてくる。だがまだ早い。

 

 十五秒。

 自分でも分かった。

 タイミングは、

 

 ――――今だ!!

 

「タイガ、行っきまああああああす!!」

 

 瞬間、横で人間大の物体が爆ぜた。

 煙に映る光の揺らめきにしか見えない敵影に向かって藤村大河が奔る。咆哮と共に駆けるその姿はまさしく、野生の虎だった。

 その水圧に弾かれて一気に視界が晴れる。

 

「来たね、今度は外さないよ!!」

 

 しかし敵とてその程度の奇襲は予想済みである。

 ライダーの構えた二丁拳銃は、高速で迫る先生を余裕すらもって狙い定めていた。

 それでも止まらない藤村大河。30mあまりの距離を詰めること以外には何も眼中にない。

 

「私、今最高に輝いてるううううう!!」

 

「ここは暗礁、船の墓場だってなあ!!」

 

 互いの叫び声が重なる。

 しかしライダーの銃口が火を吹くことはない。

 

「なっ! 詰まった!?」

 

「やだ、超ラッキーじゃん私」

 

 這うような低姿勢から竹刀を斬りあげる先生。対するライダーとてそれでやられるような凡百の英霊ではない。

 銃の不調を感じた瞬間、すでに銃からは手を離している。

 瞬きのような刹那、迷うことなく腰のカットラスに手をかけて引き抜く。多少体勢は崩れているものの、確かに藤村大河の竹刀を受け止めて見せた。

 が、

 

「――――ぐっ!?」

 

 一瞬の交錯。

 ライダーはそのまま大きく吹き飛ばされた。自分は確かに見た。先生の竹刀を受けた瞬間、見事な装飾の長剣が、まるでビスケットを割るかのように真ん中から砕けたのだ。

 

 似たような光景を見たことがある。それは予選のとき、自分が敵の人形の首をいとも容易く吹き飛ばした時のことだ。

 ようやく得心がいった。あれは自分の力ではなく、竹刀のおかげだったのだ。

 

「……ッ。いいのをもらっちまったかね。

 いやそれにしてもアンタ、相当運がいいね。

 アタシも自分の運はかなりのもんだと思ってたんだが、あのタイミングで弾詰まりたあ本当に驚いたよ」

 

 かなりのダメージを与えられたらしい。

 フラフラ立ち上がろうとするライダーの元に慎二が駆け寄っていく。

 血を吐く彼女に労いの言葉でもかけるのかと思ったが、慎二の口から出てきた言葉は想像以上に自分勝手なものだった。

 

「おい! 何やられちゃってる訳!!?

 相手は岸波、しかも藤村なんだぞ!? あんまり僕の顔に泥を塗ってくれるなよ!!!」

 

 ――おい、慎二! 何もそんな、

 

「うるさい!! 岸波と藤村のくせに生意気なんだよ!!」

 

「くせにって何よワカメのくせに!」

 

 見るからに余裕と平常心を失っている慎二。

 目は薄く血走っているようにも見える。

 

「ライダー、宝具だ。

 あいつらの口を黙らせるぞ!」

 

 慎二がそう言うと、ライダーの口元がつり上がる。

 

「ハン。人使いが荒いねえ船長!! いいよ、それでこそ私のマスターだ!!」

 

 今度は力強く立ち上がるライダー。その目には荒々しい炎が灯っていた。

 

「金の分は働こう、雇われ海賊の矜持さ。

 …………さぁて出航準備だ! 血の滴る肉、泉のような酒、光輝く金銀財宝!! 心が躍るねえ!!」

 

「僕たちの勝ちだ、出すぎた真似をした報いだよ。ハハハハ!」

 

 周囲の空気が変わる。

 地鳴りと共にライダーを中心として、息も詰まるような濃密な魔力が渦を巻く。

 

「帆を張れ! 錨を上げろ!

 掛け声はこうだ、ヨーソロー!!」

 

 まるで軍団を指揮するかのように声を張り上げるライダー。彼女が一声上げるごとに地響きは増していく。

 そして、圧倒的絶望と共にそれは地中から現れた。

 

「覚えておきな!!

 アタシの名は――――大航海の悪魔(テメロッソ・エルドラゴ)。太陽を落とした女ってな――!」

 

 ありえない光景を見た。

 数万トンにも上ろう大量の砂をかき分けて、巨大なガレオン船がその船首から徐々に姿を現す。周囲には数十艘もの帆船群。

 目の前に突如出現した船を、自分と先生はただ見上げるしかない。

 

「どうだい岸波? お前の雑魚サーヴァントと違って、僕のサーヴァントは最強だ!!」

 

 遥か高みからそんな声が聞こえる。おそらく慎二達はこの船の船首にいるんだろう。

 

 膝の力が抜けてしまって、地面にへたり込む。

 月並みな表現だとは思うが、大きいものは恐ろしい。たとえそれがなんであれ、自分より圧倒的な大きさのものに人間は根源的な恐怖を抱いてしまうのだ。

 ライダーの船は、まさしく今の自分の恐怖そのものの具現であった。

 

 これが、宝具―――!

 

「さあて、派手に終わらせようじゃないか。

 ……全艦に告ぐ! 目標、前方の敵!」

 

 ……おいおい嘘だろ。

 

「うーん、こんな時なんて言えばいいのかしら? めめんともり?」

 

 砲首が一斉にこちらを向く。

 

「全門開放! 撃ち方、始めえ!!」

 

 耳をつんざく轟音が鳴り響いた。

 

 

 

「よっ! ほっ! せい!」

 

 すぐに訪れるかと思われた終わりは、なかなかやってこなかった。驚くことに、藤村大河が竹刀を使って野球よろしく砲弾を打ち返しているのだ。

 今現在、自分の命運は彼女の双肩にかかっていた。

 

 ――信頼してますよ!

 

「任された!」

 

 

 轟音の嵐の中、どういう訳か中央のガレオン船から慎二達の話し声がはっきり聞こえる。

 

「一体どうなっているんだよ!?

 何なんだよアイツ!!」

 

「なに、安心しなシンジ。

 あれは精一杯の強がりさ。勇猛なバカは嫌いじゃないし、むしろ好きなほうなんだが、あれはもうどうしようもないさ」

 

 大きく反論を加えたいが、自分に出来ることと言えば、ここで小さくなっていることだけ。

 正直、これほど情けないことは無かった。

 

 

 

 終わりは唐突に。それは不意打ちのようにやって来る。

 周囲の爆発のなか、飛び散る砂にまみれ、揺れる地面にしがみつきながら、竹刀を振るう先生を応援していたときだった。

 

「うおおおおおっと、あぶねえええ!」

 

 急に体をのけ反らせた先生。どうやら際どいところに砲弾が飛んできて、思わず回避を選択したらしい。

 野生の勘か、かなりギリギリだったのに先生の被害は胴着の右袖だけで済んでいる。肩口から先の布だけきれいに吹き飛んでいる。

 

「ハ、ハハ。やった、やったぞライダー!」

 

 …………。

 大きく息を吐く。

 やはり、こんなもので終わってしまうのか。先生が白兵戦で予想外の健闘を見せてくれたおかげで、もしかしたら、なんて淡い希望を持ってしまっていただけに少しだけ悔しい。

 

「ああー、イッケネ」

 

 藤村大河が避けた砲弾は、彼女の所の背後にあった岩を爆砕した。流石の幸運EX、避けた本人には一切の破片も当たっていない。

 しかし、砲弾に砕かれた岩の背後にいた人物は無事では済んでいなかった。

 軍用艦でさえ当たればただでは済まない大砲だ。障害物越しとはいえ、そんなものを人が食らって大丈夫なはずもない。

 結果、彼の右半身は紙細工のように、捻じれ、潰され、もはやもとの形状を保っていなかった。欠損部位は血が吹き出す代わりに、黒いノイズで覆われている。

 まあ、全て自分のコトなわけだが、恐ろしいことに痛みが無い。というか感覚が無いせいで、自分のことが他人事にしか思えない。

 

「ああー、一応聞くけど、………大丈夫?」

 

 油汗を額ににじませながら先生が覗き込んで来る。

 大丈夫に見えるならメガネを作ることをお勧めしますよ、なんて軽口も音にならない。どうやら喉までやられたらしい。

 首元からヒューヒュー空気が漏れる音が聞こえる。

 

 自分達と慎二達の間に先色の壁が現れる。

 

「勝負アリ、か。本当ならサーヴァントの方を突破したかったんだけどねぇ」

 

 

 

 ああ、恐ろしい。

 自分は死ぬのだろう。

 記憶すら取り戻せず、自分が誰なのか分からず、この死に涙してくれる人がいるのかどうかさえ知らないまま。

 そのことは悔しいとは思う、あってはならないと思う。

 ただ、恐ろしいのはそんなことではない。

 今は痛みが無いけど、もし痛覚が戻ってきたらと思うとたまらなく怖いのだ。でも仕方がないだろう。

 だってそれはきっと、たまらなく―――――痛い。

 どうせ死ぬなら痛くないうちに消えてしまいたい。

 我ながら唾棄すべき軟弱さ。つくづく自分は凡人なんだな、などと今さらながらに思い知る。

 

「ハハ、地上に戻っても恨みっこ無しだぜ岸波。

 安心しろよ、僕が優勝したら君の顔を立ててやるよ。優勝候補をそれなりに追い詰めたけど、真の力の前には為す術も無く敗れ去った奴ってな、アハハ!」

 

 甘い奴だ。この光景を見てもまだゲームだと思っているらしい。

 きっとこの愛すべきバカは、この先辛い思いをするんだろうな。もしかしたら泣くかもしれない。

 驚いたことに、死にかけの自分は慎二の行く末を案じてしまっている。

 

「何を言ってるんだいシンジ? あの坊やにはもう、進むべき未来も、帰る地上もありはしないよ」

 

「は? そんな訳、無い、だろ?」

 

「バカだね。戦いに負けた奴は死ぬ。そんなのはアンタだって知ってただろう?」

 

「でもそれはあおり文句で――!!」

 

「現実さ。

 笑え、笑うんだよ慎二。……それがせめてもの礼儀ってもんさ。

 勝った奴は笑って、負けた方も己の不運を笑う。これできれいさっぱりサヨナラだ」

 

「う、うるさい!」

 

 勝った主従の声が遠くに聞こえる。宝具は解除しているらしい。

 体が鉛のように重い。自分を構成する大事な何かが抜け落ちて行ってしまう感覚にぞっとする。

 もう首も動かせない。自分はただひたすら気まずそうに頬を掻く先生を見上げる。見れば先生の体もところどころ黒いノイズに浸食されている。

 

「なぁ、…………アイツ」

 

「なんだい?」

 

「どうなる」

 

「死ぬよ。

 慎二、アンタが殺したんじゃないか」

 

 遠い耳鳴りのように誰かの会話が聞こえる。

 

「…………違う」

 

「知らなかった、知らなかったんだ!!」

 

「僕は、……悪くない。

 そうさ、ハハ。僕は悪くない」

 

 その声に答える者はいない。

 

「そうだよ!! アイツが、アイツが向かってくるから僕は蹴散らしたんだ! 何か違うかよ!!? ライダー!!」

 

「……目を逸らすか。いや、それもいい。

 胸糞悪くなるような下衆野郎だが、それでこそ悪党だ。

 アタシは金さえ払ってくれりゃあ、どこまでもアンタについて行くよシンジィ!」

 

 

 

 深い水底に沈んでいく感覚。

 

 

 

 

 痺れた頭で崩壊の音を聞く。

 

 

 

 

 結局こんなところで終わってしまう自分は、自分の人生は、なんだったんだろうか。

 

 そこには意義が、あったんだろうか―――?

 

 

 

 

 

「アハハハハハ!! 

 そうさ、僕は悪くない! 何も悪くないんだ!!

 

 

 

 ―――そうだよな、岸波? ………岸波?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

DEAD END

 

 

 




良く考えるとライダーも幸運EXだった。クソ
申し訳ありませんが、この作品内では
規格外のEXランクのなかでも、藤村は遥かに突き抜けている、というところで納得して下さい。


蛇足。

正直本編プレイ中ずっと思ってたんですけど、

主人公に勝ってしまった間桐慎二はどうなってしまうのだろうか?

八歳の少年に人の命を背負うことが出来たのか、
もしかしたらCCCの悟りシンジ君になるかもしれないし、そこで精神を歪めて潰れてしまうのかもしれない。
気になります。

まあ、二回戦でやられると思いますけどね笑
いや、スキル的には各上相手に善戦するのか?


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タイガー道場 1

迷った挙げ句原作通りの会話劇にしました。

非常に見辛いかもしれませんがお許しを。


 

 

 

 

 

イリヤ「ピンポンパンポーン。

    えー、突然ですがー、超絶不人気コーナー『タイガー道場』は、しゅーりょーしました!

    相次ぐクレーム、止まない非難、もっとブルマをだせ、等々の皆さんのお声にお応えして、今回からは『お願い! アインツベルン相談室ムーンセル出張版』をお送りしま――す!」

 

イリヤ「…………うふふ、師しょーの居ぬ間に虎視眈々と下剋上を狙う私。遂に看板コーナーを持つに至ってしまったわ!」

 

イリヤ「さーて、気を取り直して。

    命を落とした哀れな主人公諸君! 心配するな、そんな君達のためにこのコーナーが存在するのだ!

    主人公救済お助けなんちゃらかんちゃら……、ああーいい言葉でないけど、ま、いっか。

   『お願い! アインツベルン相談室ムーンセル出張版』はっじまるよーーー」

 

 

 

 

    ~お願い! アインツベルン相談室ムーンセル出張版~

 

 

 

イリヤ「さーてさて、始まりました第一回。このコーナーは、前回のナントカ道場と違います。ちゃーんと皆に、なんでゲームオーバーしたのか、どうすれば良かったか優しく丁寧に教えてあげるんだから、安心してくださーい」

 

イリヤ「はい、でアナタがこれからここに通うことになる……キシナミハクノ? 言い辛いわね。ハクノでいっか。

    ハクノ、あなたが今正座させられているところはね、前にここに通い詰めてくれてた人の定位置なの。その人もまあ、都合40回くらいここに来たけど、立派に聖杯戦争を乗り切ったから。きっとあなたも大丈夫!」

 

イリヤ「あ、そうそう。その前に、はいコレ。

 

    『ジャプニカ暗殺帳 ~ふくしゅう~』

 

    スタンプカードみたいなものだから、記念にとっておいて頂戴。ほら、ここに『ライダー 1』ってあるでしょ? 最初だから私が記帳しておいてあげたんだけど、これからはアナタが、死因とかいろいろ記入していってね」

 

イリヤ「それでは! 真面目に反省会を始めましょう!」

 

???「どどど」

 

イリヤ「……っとその前に。このだっさい看板を降ろしておこうかしら」

 

???「どどどどど」

 

イリヤ「名前を書き直すのは次回までにしておくとして、さすがにこのままじゃ何か悪いモノが憑いちゃいそう、貧乏神とか?

    アハハハハ!」

 

???「どどどどどどどどどどど」

 

イリヤ「――えいっ、よっ、ほっと。

    あああああもーーー、取れないーー。…………師しょーのバカーー! なんでこんな高いところに置いてあるのよ!」

 

???「それはね、君の手が届かないようにするためサ!」

 

イリヤ「え? ……あ、あわわわわ」

 

???「覚悟は?」

 

イリヤ「オ、オッス師しょーー! 弟子一号掃除をするところでありま――」

 

???「覚悟は?」

 

イリヤ「……あう、出来てます」

 

???「よろしい。

    歯ぁ食いしばりなあああああ! チェストオオオオオオオオ!!」

 

イリヤ「きゃああああ、頭は止めて下さいッスーーー。バカになっちゃううーー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タイガ「みんなーーお待たせーーー。みんなのアイドル、タイガだよーーー」

 

イリヤ「うぅ……。折角独り立ちできたかと思ったのにーー。あとアイドルは無理があると思うッス師しょー……」

 

タイガ「だまらっしゃい!! まったく、油断も隙もありゃしない。

    それにしても、弟子よ。私がいない間に随分好き放題言ってくれたらしいじゃないの」

 

イリヤ「だ、だって師しょーだけ一人本編出るなんてずるいッス!

    私はどうあがいても出ようがないから、……………つい憎しみのあまり」

 

タイガ「憎しみ!?」

 

イリヤ「大体なんでここにいるんスかーー! 師しょーは本編に腐るほど出番あるじゃないっすかーー」

 

タイガ「嫉妬は見にくいぞよ弟子一号。それと、ここはタイガー道場。私がいることは至極当然の至り」

 

イリヤ「で、でも――!」

 

タイガ「安心しなさい、イリヤちゃん。私だっていつまでもあなたを弟子にとどめておく気はないわ」

 

イリヤ「………え?」

 

タイガ「この道場の看板はね、私がある人から受け継いだものなの。看板の前の名前は『アインツベルン相談室』」

 

イリヤ「アインツベルンって………、もしかして私のお母様!?」

 

タイガ「ううん、分からないわ。

    でも、きっといつか私もここの看板を誰かに譲る日が来るような気がしてならないのよ。だから、今は我慢して?」

 

イリヤ「師しょー…………。正直看板より出番が欲しいッス」

 

タイガ「嘘でしょこの子。今の流れで――!

    まぁいいわ。……そうだ! 良い機会だし、イリヤちゃんが進行を務めて頂戴。いずれ来る独り立ちの日のために!」

 

イリヤ「オッス!

    それじゃあ、タイガー道場、始まるよーーーー」

 

 

 

 

 

 

      ~タイガー道場 宇宙編~

 

 

 

 

 

イリヤ「はい、それじゃあ気を改めまして始めようと思います!」

 

タイガ「……いやーー、私の若い頃にそっくりね」

 

イリヤ「――ちょっと、ほんとに聞き捨てならないんで止めて下さい」

 

タイガ「敬語!?」

 

イリヤ「……さっきも言ったけど、ちゃんと原因究明、事態打開をモットーにやろうと思っておりまーす」

 

タイガ「うんうん、私の命もかかってることだしね」

 

 

 

イリヤ「それではまず、『なんで死んだの岸波白野?』から行っくよーー」

 

タイガ「うわー、パチパチーー」

 

イリヤ「はい! まずこれについて率直に言うとーー」

 

タイガ「言うとーー?」

 

イリヤ「タイガのせいでーす!」

 

タイガ「タイガのせいーー! 

    ……え?」

 

イリヤ「そう、直接の死因と言えばこれ! このシーン!」

 

 

『うおおおおおっと、あぶねえええ!』

 

 

イリヤ「はい、一目瞭然ですね」

 

タイガ「うわ、ちょっとこの美女服はだけすぎ。なるほど、岸波君は鼻血による失血死かーー。うーん、仕方ない!」

 

イリヤ「勘弁して下さいッス。ただの片袖タンクトップじゃないですか……」

 

タイガ「甘い! 甘過ぎるぞ弟子一号! この国にはこんなことわざがある、弘法筆を選ばず!」

 

イリヤ「……は?」

 

タイガ「ま、つまりー私クラスになればー乳が見えようがー腕が見えようがー、どうしたって超扇情的っつーか、悩殺シーンっつーかー」

 

イリヤ「あー、はい。そッスか。

    ……で、話を戻すと、はっきり言って死んだのはタイガのせい、以外どうとも言うことが出来ないわ」

 

タイガ「ブー、なんでよー。……そもそもあの状況なら――」

 

イリヤ「それでもよ。たとえどんな状況であっても、タイガはサーヴァントなんだから。最後までマスターを守り抜く責任があるわ」

 

タイガ「……うーむ、うん。それもそうね、私が避けなければ良かったって言うのも本当だし、……ここは素直に反省します!」

 

イリヤ「その意気や良し! それでこそ私の師しょーッス!

    ――さて、タイガも反省したことだし、次に『なんで負けたの岸波白野?』を考察するわ」

 

タイガ「ん? 今やらなかった?」

 

イリヤ「死んだ理由はね。でもそれは負けた理由ではないわ。

    タイガだって言ってたでしょ? あの状況に陥った時点でもうどうしようもないって」

 

タイガ「え? あぁ、うん」

 

イリヤ「それもそのはず。

    あんなに敵にとって理想的な形で宝具を展開されて、かつ、こちらはなーんの対策もしてないんだから。余程の当たりサーヴァントじゃなかったらそうそう乗り切れるものじゃないわ」

 

タイガ「ほえー」

 

イリヤ「ましてハクノのサーヴァント! こんなピーキーサーヴァント引いておいて、ハクノはちょっと暢気すぎ!」

 

タイガ「な、何をー!」

 

イリヤ「そう、だからハクノが負けた理由を一言で表すなら、『聖杯戦争なめすぎ!』ってところかしら。

    敵の真名どころか主武装すら分からないで決戦に挑むようなバカチンは、三千世界広しと言えどハクノとあのワカメくらいな物よ! 

    あ、そうだ! 聖杯戦争玄人の師しょーがついておきながら、なんで何も言わなかったんスか!」

 

タイガ「えー、だって私参加するのは初めてだしぃ」

 

イリヤ「…………はぁ。一つハクノに忠告しておくわ。

    この人を信用するのは構いません。ろくなコトしでかさないけど、人柄はまぁ、それなりよ。でもね、絶対信頼しちゃダメよ。良かれ悪しかれ、アナタの期待は確実に裏切られるから」

 

タイガ「むぅ、いろいろと反論したいが、ここは大人らしく口を噤む私なのであった」

 

 

 

 

イリヤ「じゃあ改めて要点をまとめておくわ」

 

タイガ「メモの用意よ、岸波君!」

 

イリヤ「まず、

 

    1.敵の情報はしっかり探ること

 

    2.もっとアリーナで自分磨きをすること

 

    3.何があっても諦めないこと

 

    オーケー?」

 

タイガ「さすがにもう1と3については問題無いでしょ。岸波君は見かけによらず気骨があるって私知ってるもの

    ……でも2は良く分からないわ。自分磨き? タイガを目指してもっと輝けってこと?」

 

イリヤ「しゃらっぷ! 私が言っているのは鍛練、という意味。

    ハクノ、アリーナにはトリガーを取りに潜っただけだったでしょ?」

 

タイガ「そう言えばそーねー」

 

イリヤ「それじゃ全然ダメ、ダメダメ過ぎて地球が滅びちゃうくらい。

    ……参考までに聞いておくけど、何してたんスか? 結構時間あったッスよね」

 

タイガ「あー。うーん、いろいろ。ボードゲームとか、トランプとか。あ、あと花札は盛り上がったわー!」

 

イリヤ「…………因果応報、ね。まったく、よく二人で集団ゲーム出来るわ。

    まあ、それはいいとして。魂の改竄って聞いたことあるでしょ?」

 

タイガ「うーん、聞いたことあるよーなないよーな」

 

イリヤ「はあ、魂の改竄って言うのはね、要は雑魚サーヴァントを強化するってこと。いや、本当はサーヴァントに霊格を取り戻させるだけなんだけど、言っても分からないわよね」

 

タイガ「え? 分かるわよ? マスターの地力を底上げして、サーヴァントとの繋がりを強化する。それでサーヴァント達は本来の力を取り戻せるの、ってことでしょ?」

 

イリヤ「ウソ……。何か変なものでも食べた?」

 

タイガ「ん? 私今何か言ったかしら?」

 

イリヤ「ちょっと、あんま怖いこと言わないで下さいッス師しょー。このコーナーの良心的立ち位置の私の存在意義が……」

 

タイガ「良心とかよく言うわこの小悪魔ロリっ子め。隙あらば謀反なんて小早川さんもびっくりよ」

 

イリヤ「よく分かんないけど……。とにかく、魂の改竄でタイガをレベルアップさせること。あの教会の姉妹に言えば何とかなるから」

 

タイガ「橙子さんと青子さんね」

 

イリヤ「そ」

 

 

 

 

タイガ「いや、それにしても今回は長かったわねー。凄く、仕事した、って感じ」

 

イリヤ「私の進行のおかげね。たぶんこんなに丁寧にアドバイスしてあげたのなんて初めてなんだから、感謝するのよハクノ」

 

タイガ「次は無いと思え! フハハハハ!」

 

イリヤ「フハハハハ!」

 

イリヤ「……さーて、今回のタイガー道場はこの辺でお開きとなります。言われたことちゃんとやって、しっかり勝って来なさい」

 

タイガ「おーし! ワカメ刈るぞー!」

 

イリヤ「………そうそう、最後に一つアドバイス。今後戦いを乗り越えていく上で、一人会っておいた方がいい人物を紹介するわ」

 

タイガ「あ、そう言えばいたわね。遠坂さん」

 

イリヤ「そう、聖杯戦争の水先案内人とも言うべきあの人。トオサカリンさんでーす。

    なんだかんだと難癖つけてくるだろうけど、根はお節介焼きだから交流を持っておいて損は無いわ。特にアナタみたいな、放っておくと危険そうな能天気ボーイ」

 

タイガ「Oh……まさに主人公」

 

イリヤ「はい、これでもう本当に言うことは無いわ」

 

タイガ「はい、改めまして、今回のタイガー道場はここまで。三日目からやり直すわよー岸波君!」

 

イリヤ「頑張って下さいッス師しょー!

    出来るだけ死んで私に出番を……!」

 

 

タイガ「死にません! それじゃあまた、目が覚めたらな!」

 

イリヤ「バイバーーイ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




会話劇って難しい。

あとなんだか師匠と弟子一号っていうより、普通にイリヤタイガみたいになってますね……。


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第四話 『リスタート』

ちょっと文章荒れてるかもしれません。


 

 

 

 

 初めは理解できなかった。

 自らの腕の中で息絶える誰かを見て、自分の無力さを感じる以上にそもそも何故こんな不条理が許されるのかと慟哭した。

 

 ヒトは原始の世からまるで成長していないではないか。

 自らの利を求め、理を通すために、取る手段は結局『力』なのだ。

 何故、どうして。それとも、本当はこの争いに意味があるのか。

 バカな、そんな筈はない。この嘆きが許容されることなどあってはならない。

 

 そうして私は再び戦場に赴く。

 それは答えを知るため。

 それはこの不条理を正すため。

 

 本当に――――?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 欠けた夢を見ていたよう――――いや、それどころでは無い!

 

 

 意識の覚醒と共に体を跳ね起こす。

 視界に入ってきたのは懐かしさすら感じさせる2-B教室。愛すべきマイルームだ。

 机の上では一頭の虎が丸くなっていびきをかいている。布団ではない。確か五日目に先生が拾ってきたはずなのに。

 

 息をしっかり吸い込んで実感した。

 

 ――生きている。

 

 口に出して再度確認する。

 

 ――うおおおおお!! 生きてるぞおおおおお!

 

 立ち上がって力強くガッツポーズをする。つぶれていた半身にもしっかり感覚が通っている。

 

 ――生きてるよおおおおお!

 

 ひとしきり騒いだあと気が付いた。

 …………起きないな、先生。モニャモニャ寝言を言っているところを見るに生きてはいるんだろうが、これだけ騒いでも爆睡できる彼女には呆れを通り越して畏敬の念すら覚える。

 それともそれだけ疲労しているのだろうか。

 いや、この人が疲れるなんてことありえないな。エネルギーの塊みたいなもんなんだし。

 

 改めて現状を確認するが、やはり

 ……自分は生き返った、のだと思う。

 にわかには信じがたい話であるが、そうとしか思えないのだ。

 第一回戦決戦日。自分は確かに死んだ。慎二のサーヴァント、ライダーの宝具の砲撃の直撃を受けて。

 右半身など、生きていても二度と使い物にならなそうなほどグチャグチャになっていた。喉は岩の破片が突き刺さったのだろうか、発声するどころか呼吸すらままならない状態だった。思い出したくもないが、残念なことに脳裏に焼き付いてしまっている。出血のせいか徐々に思考できなくなっていくあの感覚はおそらく一生忘れられないだろう。

 当然それまで死んだことなどなかったが、それでもあの深い沼に落ちていくような感覚はまさしく死だったと思う。

 もう一度言うが、確かにあの時自分は死んでいた。

 しかし、今自分はこうしてここにいる。それならば生き返ったという発想は至極当然なモノだ。なによりそう思わせる根拠がある。

 死後の世界のことだ。

 

 なんというか、すごいモノを見せられたのだ。

 板張りの道場。部屋の奥にはこれ見よがしに掛け軸なんてものまでかかっていたし、壁の窓から差し込んできていた陽光も相まって、あれはまさしく剣道場だった。死後の世界が剣道場だったとは、なんとも斬新すぎる。

 生きて地上に帰れたなら、本にしてみるのもいいかもしれない。なんて、希望的観測。そんな都合良く行けばよいのだが。

 そして死後の世界の思い出その二。

 現れた銀髪の少女。体操服にブルマという姿が壊滅的に犯罪をにおわせていたが、それでもなお純粋に可愛らしいと思える容姿をしていた。あともうひ一人ナニカいた気もするが、まあ気のせいだろう。

 その弟子一号と呼ばれていた少女もまた、自分が死んだ者として扱っていた。あと主人公がどうとか、出番がどうとか良く分からないコトを言っていたが、彼女の話と照らし合わせてみても、自分は生き返ったという話に筋が通ってくる。

 

 

 不意に目の前に何かノートのようなモノが落ちていることに気が付いた。

 布団代わりに敷いているダンボールの上に於いて、異彩を放つ緑。激しく見覚えがある。

 恐る恐る手に取ってみると、果たして予想は的中していた。

 

 『ジャプニカ暗殺帳 ~ふくしゅう~』

 

 ナントカ学習帳に酷似したデザイン。名前の欄に、頭の痛くなるような稚拙な平仮名で、ふくしゅう、と書かれている。

 ああ、これはあの死後の世界で手渡された、弟子一号ちゃん曰くスタンプカードのようなもの、そのものだ。改めて観察してみる。

 表紙絵には、微笑ましくなるようなタッチで描かれた残酷な構図のポンチ絵。中心でロープに首を吊られてぶら下がっているのは、言うまでもなく自分なんだろう。それを中心に背景はいくつかのゾーンに区切られている。その大半は黒く塗りつぶされていたが、左上の区画にライダーと慎二と思しき絵が描かれていた。

 おそらく、自分を殺った人物がこの黒い部分に追加されていくのだろうなと予想する。同時にその分割された区画の多さに恐怖する。

 …………いったい自分はあと何回死ななくてはならないんだ。

 

「んー、おっはよー」

 

 自分の未来の見通しの暗さに嘆息していると、机の上の虎が大きな欠伸と共に目を覚ました。冬眠明けの熊のようにノソノソと机を降りてこちらにやって来ると、こちらの手元にあるノートを見て一言。

 

「うっわ、なんか趣味の悪いノートねー。そんなのいつ拾ったのよ?」

 

 なんだろう、微妙に違和感を感じる。

 確かに最初コレを手渡されたとき先生はいなかった。

 しかし、よくよく考えてみれば弟子一号ちゃんはたしかに言っていた。

 自分より前にあのコーナーに通っていた人物がいると。そしてこのノートはスタンプカードのような物。ならばこのノートにまったく見覚えが無いというのはおかしくないだろうか。

 試しに質問してみる。

 

 ――あの、さっきのアレって、もしかして宝具ですか?

 

「…………なんのことかしら?」

 

 首を傾げる藤村大河。

 しばらくして、得心がいったとでも言うように、ポンと手を叩いて、

 

「あ、なーるへそ。さっきの私の寝起きシーンが宝具級に可愛かったってことかしら? やだ、もう照れるわ岸波君。お上手なんだから」

 

 身体をくねらせる藤村。

 その光景から目を背けて、眉間を押さえる。

 この状況を打破するには、

 

 ――――助けて橙子さん! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 教会の扉を叩くように開いて、中に走りこむ。

 

 ――橙子さん! 大変!

 

「なんだ、朝っぱらから騒々しいな」

 

 ――サーヴァントについて相談したかったらいつでも来いって言ってましたよね!

 

 気怠そうに電子煙草をふかしていた橙子さんは、こちらのその言葉を聞いて目の色を変えた。

 

「おっ! 早速か!!

 来い、話を聞いてやろうじゃあないか! 青子、人払い」

 

 その豹変とも言うべき姉の変化に目を丸くする青子さん。

 そんな彼女にも会釈をしてから、自分は事の顛末を話し始めた。

 

 

 

「青子、どう見る?」

 

 時折質問しながらも終始興味深げに話を聞いていた橙子さんは、こちらの報告を聞き終えたあと、珍しく青子さんに話を振った。

 

「……、にわかには信じがたい話ね。

 でも、もしそれが本当なら――」

 

「いや、本当さ。そこは私が保証してやってもいい」

 

 あくまでも仮定に留めようとする青子さんに、橙子さんは意気揚々と口を挿む。

 気のせいかも知れないが、少し楽しんでいないだろうか。というかどうして橙子さんが保証できるんだろう。

 

「姉貴がそんなこと言うなんて珍しいわね」

 

「いいから言ってみろ」

 

 顎に手を当てて考えるそぶりを見せる青子さん。

 しばらくして結論が出たといった風に顔を上げた。

 

「たぶん第二の領域ね。私の方だったら記憶が残ってるのはおかしいし、何より効率が悪すぎる。

 それに、あの爺さんなんだかんだ弟子取ったり礼装残したり手広くやってるからね。派生がいるのはそこまで突飛な考えじゃないと思う。……いや、まあそれにしては効果が大きすぎるけど」

 

 な、何を言っているんだこの人は?

 

「だろうな、私もそう思った。

 まぁ、結論は彼が違う道を辿れた時に出せばいいだろう」

 

 大きく頷く橙子さん。

 全然ついて行けない話を当事者の前で平気で繰り広げるあたり、この二人はやはり姉妹なんだなと実感する。

 

「でも、もう一個可能性があるのよね」

 

「ほう? なんだ、言ってみろ」

 

「話の中に『アインツベルン』って出てきたでしょ? 前に第二の爺さんに聞いたんだけど、なんでも第三法の担い手がそのアインツベルンってところらしいのよ。千年くらい前に失われたって話だから爺さんも内容は知らないらしいんだけど――」

 

「つまり、内容が分からない第三が全ての説明をつけるかもしれない、ということか……。

 アインツベルン、協会ではあまり聞かなかった名前だが」

 

「なんでも錬金術の大家らしいわ。協会との接触を絶って、独自に血を重ねてきたんじゃない?」

 

「旧家に良くある傾向だ。まぁそれも今の世では没落しているんだろうが……、大崩壊(ポールシフト)の前に至っていた可能性もあるしな」

 

 二人で顔を突き合わせて、あーでもないこーでもないと議論を続ける二人。ここに先生がいれば空気を読まずに突っ込むんだろうが、残念なことにその勇気が自分には無い。

 

「そうだ、その『ジャプニカ暗殺帳』なるものを見せてもらっていいかしら? あるんでしょ?」

 

 唐突に青子さんに声をかけられる。

 言われた通り、素直に手渡した。

 

「うわ、見てこれ姉貴。懐かしい」

 

「青子、シールはあるか? あの全然必要ないシールだ。ほら、お前が欲しいって泣き喚いたやつ」

 

「う、うるさい! よくそんな昔のことをネチネチ覚えてるわね!」

 

 なんだか微笑ましい光景が広がっている。

 目を細めてニヤニヤとからかう橙子さんと、恥ずかしそうに顔を赤らめて叫ぶ青子さん。

 ちなみにシールが貼ってあるのはジャ〇ニカではなくca〇pusである。ジャ〇ニカは記号リストみたいなのと、動物の生態みたいなページがあるだけだ。

 

「どう?」

 

「解析できん。正直色々と実験してみたいが、万が一にでも宝具の発動を阻害でもしてしまうことになったら困るしな」

 

 一通り眺めたあと、橙子さんはこちらにノートを返してきた。

 それに返答するように、久しぶりに出てきた知っている単語に突っ込む。

 

 ――宝具?

 

「ああ、そうだ。君のサーヴァント、藤村大河の宝具のおかげで君は今そこに立っていられるんだ」

 

「まったく蘇生(リレイズ)に擬似的な時間旅行なんて破格の宝具よ。大事にしなさい」

 

 ――時間旅行?

 

「あら、気付いてなかったの? 今日猶予期間(モラトリアム)三日目よ。アナタが死んだのは決戦日ってことは、まあ五日くらい遡ってるわね」

 

 ――な、なんだってーーー!

 

「まったく、羨ましい限りだな。どちらも人の身ではそう体験できるものでは無いぞ」

 

 本当に羨ましそうな顔を見せる橙子さん。

 その姿を見てある記憶が甦ってくる。それは決戦日当日、エレベータに乗りこむ直前に応援しに来てくれた橙子さんの言葉だ。

 

『それじゃあ、あんまり気負う必要ないから、ちゃっちゃと行ってきなさい』

 

 今思えばあれは『行ってきなさい』というより『逝ってきなさい』と言っていたのではないか。

 そう考えると、始終薄ら笑いを浮かべていたことにも理由が付く。

 さらに昔の記憶も呼び起こされる。

 初日、橙子さんに先生を診てもらった時に彼女は言っていた。宝具が素晴らしいと。それはつまり宝具を知っていたということになるんではないだろうか。

 結論からして、あの時の橙子さんは別に自分をリラックスさせに来てくれていたわけではなくて、どうせ死ぬから生き返ったあとに報告しに来てねと釘を刺しに来ていたのだ。

 

 ……鬼か!

 

「鬼とは失礼だな。別に構わんだろう? どうせ生き返るんだし」

 

 ――いや、普通嫌ですって!

 

「そうか? 私なら宝具が分かった時点で大喜びすると思うが。なにせ無駄な労力が必要ない。適当に決戦日を迎えて、敵の宝具と真名を知る。あとは一日目から積み直せばいい。これで完勝だよ」

 

「……あのね、それは確かに合理的だけど、普通そんな風に考えられないもんよ。姉貴はちょっと異常」

 

 冷静に突っ込みを入れる青子さんに首を傾げる橙子さん。この人ちょっとヤバいんじゃないだろうか。

 

「ふん。まあ、そこは好きにするといい。それで、話はそれだけか?」

 

 言われてここに駆け込んだ本来の理由を思い出す。藤村大河がどうやら道場の記憶どころか三日目以降のことを覚えていないのだ。

 

「……ふむ、使用者が自己の同一性を保っていないのか。いや、それとも記憶の再認障害か」

 

「後者だと思うわ。初日もそんな感じの話してたでしょう?」

 

「うん、それが正解だろう。なに、安心しろ岸波。あの人なら記憶の有無もたいした問題じゃないだろう?」

 

 どういうことだ、まったく否定できない。

 

「ま、何にせよ事例は多い方がいい。どんどん死にたまえ」

 

 楽しそうにうんうん頷く橙子さん。笑えない冗談だ。

 それに重ねるように青子さんが尋ねてくる。

 

「それで、どうするのこれから?」

 

 これからどうするのか。

 そう、それが今一番重要だ。このまま安穏と過ごしていたら、きっとまた弟子一号ちゃんに説教されることになるだろう。それは出来れば避けたい。

 彼女に会うことは別に構わないのだ。ただ、彼女に会っている時点で、もう一度命を落としているということになる。正直あの死に向かう感覚は二度と体験したくない。

 ならば、どうすればいいか。

 弟子一号ちゃんは確か、

 

 ――あの、魂の改竄っていうのをしてみたいんですけどどうすれば。

 

「あら、直球で来たわね。

 魂の改竄なら私の仕事だけど――」

 

「やめておけ。そこの女の腕だと危険が大きい」

 

 途中で割り込んできた橙子さんに、その真意を尋ねる。

 

「言葉通りの意味だ。この間もサーヴァントをG化させた挙句破裂させてしまっていたしな」

 

 ――破裂!?

 

「ちょ、あれは――」

 

「うるさい。他の主従ならいざ知らず、君達がいなくなると私が困る。この退屈な日々に潤いが無くなってしまう」

 

 言葉の意味は理解していたが、なんというかドキリとする言葉だった。

 だがそれなら自分はいったいどうすれば……。

 

「なに、別に諦めろと言っているわけではない。改竄なら私がやってやろう」

 

「ウソ……、アンタ仕事が忙しくてって他のマスター断ってきたのに。仕事とやらはいいの?」

 

「あのな、確かに私は仕事が忙しいとは言ったが、別にそれが理由で断ってたわけじゃない。純粋に面倒くさいからだ」

 

「いや、『こう見えても私は忙しいんだ。改竄ならそこの女に頼め』って言われたら普通……、って私が気にすることでもないか。私もそれが仕事なんだし」

 

 確かに二つの文を繋げる接続詞は無いな……。屁理屈だけど。

 

 ――とにかく、そういうことならお願いします橙子さん。

 

「ああ、感謝するといい。私ならそこの女の数倍は効率よく改竄できるからな」

 

「ぐっ、……悔しいけど事実ね」

 

 拳を握りしめて歯噛みする青子さん。しかし、今の話を聞くに、もしかしたら自分は相当恵まれているのかもしれない。

 

「っと、そんなことを聞いたわけじゃないのよ。改竄するのはいい手だとは思うけど、それ以上にすることがあるでしょ。

 本当ならこんなことマスターには言わないんだけど、アナタほっとくと一回戦中何回もここに来そうだから」

 

 何を言いたいんだろうか?

 

「……まったく。

 いい? 改竄なんて本来気休めでしかないの。この短い期間で埋められる差なんて大したものじゃないんだから、数日頑張ったからってすぐにジャイアントキリングできるわけないでしょ。で、その差を埋めるのが情報ってわけ。

 聞いた限りじゃアナタ全然それが分かってないみたいだし、このままだとまた死ぬわよ」

 

 ――それは、困ります。

 

 彼女の言わんとすることは分かった。いや、何より自分でもこのまま行っても勝っているイメージが湧かないのだ。

 しかし、ならばどうすればいいのかが自分には分からないのだ。

 情報を活用する、と言っても活用の仕方がてんで思いつかない。

 

「……はぁ、自分であまり自分で考えようとしないのはアナタの悪い癖よ。いえ、それともそれが若さってことなのかしら」

 

 青子さんはまるで出来の悪い生徒を諭そうとする先生のように見える。しかし申し訳ないことにその生徒は出来が悪いなんてものじゃないのが現実なのだ。

 頭を押さえる青子さんの代わりに橙子さんが声をかけてくれる。

 

「そうだな、逆に聞くが今お前は何を知っている?」

 

 何を知っているか、と言われても。

 目をつぶって敵のライダーに思いをはせる。

 

 ――赤い髪に、女性としては高い背。顔に傷があって、船乗りっぽい服を着ている。でも言葉の端々に感じる豪快さや、言動からしてたぶん海賊だと。

 

「ああ、それから?」

 

 橙子さんもまた目をつぶってこちらの言葉を促す。その間青子さんはずっと黙ってこちらの話を聞いている。

 

 記憶を決戦日へ連れて行く。

 

 ――ああ、あと拳銃を使ってました。それも二挺。結構な腕前で……あ、カットラスも使ってましたね。

 

 脳内で決戦の記憶を再生していく。

 

 ――そうだ、名前も言ってた! テメロッソエルドラゴとかなんとか。それで、宝具は船でした。大きなガレオン船、周りにたくさんの小舟が。

  このぐらいかと。

 

「まだだよ、大事なことを忘れている。そのサーヴァントのマスターは誰だ?」

 

 ――慎二です。間桐慎二。

 

 その言葉を最後に大きく息を吐いて目を開く橙子さん。心底呆れた、といった表情をしている。

 

「……ドレイクか。ただの無能かと思っていたが引きだけはいいらしい。

 ……ま、内容はともかく、情報とはまずこのように要素として抽出しておくことが重要だ。そこから他の要素との相互関係、重要度のランク付け、そしてなにが必要か必要ではないかの取捨選択をしていく。

 ……それにしても、これだけ分かっていたら否が応でも対策は思いつくだろう、普通」

 

 ――う、面目ない。

 

「ったく。ま、今言ったことをたいていのマスター達は七日間で済ませて決戦場に赴くだろう。いや、そもそも他の連中はその情報を集めることに全力を尽くさなければならないんだ。そういう点から見てもお前は恵まれているよ。……ああ、なに責めているわけではない。そこはお前のアドバンテージであることには違いないんだから、有効活用しなさい」

 

 再び煙草をふかし始める橙子さんを見て、感謝の念がこみあげてくる。確かに性格は歪んでいるかもしれないが、この人はやっぱりいい人なんだと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 きちんと礼をしてから教会を出ると、そこでまたあの怪しい人物と出会った。初日に教会前で出くわした緑髪の大男だ。

 

「ふんふふーん。今日も拙者は求道僧~。YAMAに籠って~薪を割る~」

 

 歌を歌っていた。

 致命的に音を外しているが、そんなことは知ったことではない。彼からあふれる圧倒的狂気を感じてすぐに教会の扉の前から逃げる。

 関わって良いことは無いだろう。

 

 そんな自分を見ても素通りする大男。彼はそのまま、その丸太のような両腕で意気揚々と教会の扉を押しあける。最後にもう一度こちらを一瞥してから、のしのし教会の中に入って行った。

 魂の改竄とやらをしに行ったのだろうか? 初日もココで会ったということは、もしかしたら勤勉に鍛錬を積んでいるのかもしれない。

 

 

 さて、これからどうしよう。

 今日は猶予期間(モラトリアム)三日目。つまり時間は今日を含めてあと五日ある。つまり、この五日間であのライダー率いる大船団を攻略しなければならないということだ。

 

 ……無理じゃねえ?

 少し考えてその結論に至る。

 あの見上げるばかりの巨大な船、こちらは英語教師(剣道五段)。ジャイアントキリングにも程がある。いや、確かに剣道五段は予想以上のものがあったし、そこは本当に認めている。でもそんなもので覆せる力量差なのだろうか?

 思えば慎二ですら、魔術師として戦闘に少し参加していた。だが、自分にあんなことは出来ない。精々礼装で回復を手伝うくらい。

 自分達が勝っている姿が想像できない……。

 

 いや、無理でもなんとかしないといけないのだ。さもなくば、またあの死の恐怖を味わうことになる。あれは本当に二度と御免だ。

 ならばどうするべきか。

 魂の改竄?

 それも必要だろう。ゼロに近い可能性を1にするには、やはり魂の改竄は必須だと思う。

 ただ、青子さんも言っていたようにそれだけではやはり無理だろう。虎の地力が上がったとしても、あの集中砲火に対処できるようになるか?

 ……まずい、出来そうだ。

 いや、ないない。この甘い発想が自分を一度殺したのだ。やはりそれ以外の対策は必要だろう。

 

『………そうそう、最後に一つアドバイス。今後戦いを乗り越えていく上で、一人会っておいた方がいい人物を紹介するわ』

 

 唐突に道場で言われた言葉を思い出した。弟子一号ちゃん曰く、聖杯戦争の水先案内人、だったか。

 正直信じる根拠もないが、その人なら何か教えてくれるかもしれない。

 確か名前は…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一階から順々にその『トオサカリン』なる人物がどこにいるか聞いて回る。ついでに風評も。

 居場所を知っている人物はいなかったが、どうやら彼女は相当な有名人らしく、その名前を知らない者はいなかった。

 

 ――トオサカリンってどんな人ですか?

 

「まぁ一言で言うなら、テロリスト?」

 

「女王」

 

「あかいあくまだな」

 

「強い」

 

「女帝」

 

「赤い、ですかね?」

 

「優等生よー」

 

「筋金入りの守銭奴じゃん」

 

 なるほど、分からん。

 みんなたいして考えないで答えてくれたということは、おそらく彼女の鮮明に残る印象を答えてくれていたんだと思うのだが……。それにしてもブレすぎだろう。

 もしかしてみんな違う人物のことを連想していたのかも知れない。いや、それにしてもテロリストってなんだテロリストって。

 正直今の自分の『トオサカリン』のイメージが、ボンテージを着て機関銃を構えるゴリラなんだが。……うん、会いたくない。

 

 なんだかんだと屋上までやってきてしまった。

 空一面に広がる青に目が眩むことは無い。吐き気を催すような1と0の羅列から目を逸らすと、どうやら屋上には先客がいたらしい。

 赤い少女が広い屋上の中、一人ぽつんと隅っこの方で校庭を見下ろしている。

 彼女に聞いてひとまず終わろう。

 

 ゆっくりと少女に向かって歩いていると、不意にこちらを向いた少女と目が合う。何を思ったかその少女もまたこちらに向かって歩き始めた。

 

「そういえばキャラクターの方はまだチェックして無かったわね」

 

 距離が近づいても一向に速度を緩めない少女。このままではぶつかると思って足を止めるが、彼女の方は変わらず進んでくる。

 鼻先数センチまで近づいてきた少女はそのままこちらの顔をジロジロ見る。

 普通なら顔をすぐ離すべきなんだろうが、自分は逆に息もせず彼女の顔に見とれてしまっていた。

 すっと通った鼻梁に、切れ長の鋭い眼。その長い睫も、サイドにまとめたツインテールも、闇夜を讃えたかのような混じりけのない漆黒。少女のような可憐さと、大人の色気が奇跡的に両立している。

 純粋に可愛い、そして綺麗だと思った。

 

「あら、NPCのくせに一丁前に顔赤くしちゃって。なんかこっちまで恥ずかしくなってきちゃうじゃない」

 

 そう言ってこちらの顔に手を伸ばしてくる少女。自分の顔がどんどん紅潮していくのを感じる。

 なんというか、ここに来て初めておいしい思いをしている気が――

 

「はーい、不純異性交遊禁止―! 踊り子さんには手を出さないでねー」

 

 突然眼前の少女が自分から引きはがされる。非常に聞き覚えのある声と共に……、

 

「ふえっ!? ちょ、なに?」

 

「なに? じゃないわよこのエロエロツインテール! 大きな猫かぶってるくせに隙あらば誘惑なんて、ちょっと節操なさすぎるんじゃない!?」

 

「ア、アナタ確か一階にいた上級AIのフジムラ――」

 

「タイガよ! あーー! 分かった、分かっちゃったわ私! 遠坂さん狙ってるんでしょう!? 私のヒロインポジ!」

 

 ――は?

 

「はあ? いったい何の話して――」

 

「誤魔化されないわよ! 折角獲得したこの立ち位置、旧ヒロ――もがっ」

 

 目を白黒させる少女を前に、慌てて先生の口をふさぐ。

 

 ――勘弁して下さい。そんなポジション獲得してませんから。

 

「ちょ、何ランサー? 何笑ってるのよ!?」

 

 少女もまた混乱した様子で誰かに向かって叫ぶ。おそらく霊体化させているサーヴァントが隣にいるのだろう。

 

 悲しいことに、この場で正気を保っている人間はいないようだった。

 

 

 

 

「それじゃあ、貴方はNPCじゃなくてマスターの一人ってわけなのね…………はぁ。だったらさっきの私って――」

 

 少女は一人頭を抱える。話を聞くに、どうやら彼女はこちらのことをNPCだと思い、そのモデリングやら何やらを調べようとしていたらしい。

 人間として見られていなかったというのは少しショックだが、それでもさっきは本当にドキドキした。邪魔が入らなければ感触の調査すらしようとしていたという。

 正直非常に惜しいことをした、というか藤村許すまじ。

 

「ち、痴女っていうな!」

 

「お! 良く言ったお兄さん! もっと言ってやれ!」

 

 腕を組んでうんうん頷く藤村大河。どうやらまた霊体化したサーヴァントに話しかけているらしい。

 

「ちょ、貴女。いくらNPCだからって、霊体化しているサーヴァントに話しかけるのは情報漏洩の観点からして公平じゃないんじゃない?」

 

「ちげーよ嬢ちゃん。そのお姉ちゃんはサーヴァントだぜ」

 

「は?」

 

 光の粒子と共に、少女の隣に一人の男が現れる。

 例えるなら、まさしく野生の肉食獣のような男だった。すらりと伸びた長身に、服越しからでも分かるしなやかな筋肉。どこか飄々とした表情を浮かべているが、その瞳だけは荒々しい野性の炎を灯している。

 そんな彼の言葉に便乗するかのように名乗りを上げる藤村大河。

 

「そう! 私がこの岸波君のサーヴァント! よくもうちのマスター色目使ってくれたわねぇ!」

 

「え、嘘。本当に!?

 というか、さっきのはそこの彼にも責任あるでしょう! マスターのくせにNPCより影が薄いってどういうことよ!」

 

 ――う、面目ない。

 

「そこで引くな若人よ! 謝ったら負けよ! 訴訟を起こされて身ぐるみ剥がされちゃうわよ!」

 

「大体、普通あそこまで近付かれたら距離をとるでしょう普通!」

 

 言われて赤面する。とても彼女に見とれていたなんてことは言えない。

 いったいどんな罵声を浴びせられるか分かったもんじゃない。

 

「ハハ、そんなん決まってるだろ。嬢ちゃんに見とれてたんだよ」

 

 うおおおおお! 直球で言いやがったあのサーヴァント!

 

「はぁ? そんな訳、って…………本当にそうなの?」

 

「はっ、まさか! 美人女教師ルートにそんなイベントありませーん」

 

 隣で喚く先生をスルーしてこちらを見つめてくる少女。

 自分はこの空気に耐えきれずに、思わず正直に頷いてしまった。

 

「バカな……。盤石な筈の私ルートが――」

 

「……はぁ。ま、悪い気はしないわね。……ありがとう」

 

 予想外にしおらしく答える少女に驚いた。隣では彼女のサーヴァントがニヤニヤと成り行きを見守っている。腹立たしい奴だ。

 残念なことに、主である彼女の顔は紅潮するどころかどこか呆れたような表情を浮かべていた。

 

「でもね、そんな甘い覚悟でこの戦いに参加してると、死ぬわよ」

 

 どこか冷酷さすら見て取れる目つきでそう言い放ってくる少女。返す言葉が無い。なにせ、すでに一度死んでしまったのだから。

 

「ふぅん。現実だけは受け止めてるんだ」

 

「一回痛い目に遭ったって顔してるぜ坊主」

 

 そう言って破顔する少女のサーヴァント。だがこちらとしては笑い事ではない。

 そんなにわかに重くなり始めた空気を、少女が明るい声で自ら打ち消した。

 

「ま、そんなことは私が気にすることじゃ無いわね。

 それじゃ、改めてさっきはごめんなさい。私は遠坂凛。で、こっちはランサー。あなたは?」

 

 先程の鋭い眼つきをひっこめて、鮮やかな笑顔で遠坂凛は自己紹介をした。

 それを見て、彼女の名が聞き覚えのあるもの、というか探していた本人であるとか、そんなことは全てどうでも良くなってしまった。

 ただただ、その笑顔につられて名乗り返してしまう。

 

 ――岸波白野。

 

「俺のこの手が真っ赤に燃える! 勝利を掴めと轟き叫ぶ! 爆熱! 私の名は、フジ――」

 

「そ、よろしくね岸波君。

 あと、サーヴァントにはしっかり首輪をつけておくことをお勧めするわ」

 

 ――あ、はい。

 

「ハハッ、おもしろいな姉ちゃん」

 

「ぬう……解せぬ」

 

 まるで動揺せずに先生をスルーして見せた遠坂凛に感心する。

 なるほど、ああすればいいのか。

 

「それじゃ、私行くから」

 

「じゃあな、坊主」

 

 ――あ、ちょ、ちょっと待って!

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ? 私を紹介されたぁ?」

 

 ――はぁ。このままだとお前死ぬから、トオサカリンを頼れって言われて。

 

「誰よそんなこと言ったの」

 

 ――弟子一号? とか言ってた。

 

「まずいわ、全然知らない人。っていうか本名は……、ああそう、知らないのね」

 

 何なのよ、と頭を抱える遠坂凛。

 こちらとしても詳しい事情を話すわけにはいかないのでどうしようもない。

 

「大体貴方もおかしいと思わないの? こんな話聞いて、素直にはいそうですかって協力してくれると思ったの?」

 

 ――いや、良く考えたらおかしいし、協力してもらえるとも思わなかった。でも可能性があるならそれを捨てることなんて出来ない。一つでも手を抜いたら本当に死んじゃう。

 

「あああもう! 何なのよそれ!

 それに聖杯戦争の水先案内人って何よ! 私だってこんな戦い参加するのは初めてなんですけど!」

 

「まあいいじゃねえか別に。情けをかけてやれってわけでもねえが、余裕もあんだろ?」

 

 意外なことに助け船を出してきたのはランサーだった。だがその表情を見るに、今の発言はまったく言葉通りの意味らしい。

 彼にとって、マスターが岸波白野の手助けをすることは、道端で小石を拾うような些末事。拾うことに意味は無いが、かといってそれが重荷になることも無い。

 

「……ったく。いいわよいいわよ。聞いてやるわよ。

 それで、何が知りたいの?」

 

 ――いいのか?

 

 自分でも本当に了承を得られると思っていなかったのだ。思わず逆に聞き返してしまった。

 しかしそれが彼女の神経を逆なでしたらしい。美しい形の眉がみるみる吊り上っていく様を見せられて、自分もこれ以上確認を取るのは諦めた。

 そうだ、感謝こそすれ疑うのは相手に失礼というものだ。

 

 ――情報の運用? っていうのが分からないんだ。聞けばどのマスターも当然のように出来ることらしいんだけど。

 

「あら、意外とまともな質問ね。もっとシステム的なレベルの基礎を聞かれるかと思ったんだけど」

 

「それならさんざん他の人に聞いて回ったわ、あはは」

 

 ――ちょ、いらんこと言わないで!

 

「あぁ、そう。…………私ラッキーだったのか」

 

「乗せられてるぜ嬢ちゃん。話を続けな、坊主」

 

 ――ああ、そうだ。相手の真名も宝具も分かったんだけど、いかんせんだからなんなの? って感じで……。

 

 自分のこの一言で遠坂凛の様子が豹変する。

 

「え!? もう真名も宝具も看破したって言うの!? まだ三日目じゃない!

 …………いや、待って。相手ってもしかしなくても」

 

 ――慎二だ、間桐慎二。

 

「あ、やっぱり」

 

 どうやら得心がいってしまったらしい。

 慎二、意外と有名人なんだな。

 

「どんだけ現実見えてないのよ。三日目ですでに宝具見せちゃってるとか……、本当に勝つ気有るのかしら?」

 

 ――どういうことだ?

 

「バカね、聖杯戦争は一回勝ってはい終わりじゃないのよ? 早いうちから宝具を開帳してたらどこからその情報が漏れるか分かったもんじゃない。漏れた情報から対策なんていくらでも立てられるんだし、そういう意味でも宝具は最後の切り札なの。一回戦突破しても、二回戦で相手が自分の宝具に完全な対処をしてきたらもうそこでお終いじゃない! お分かり!?」

 

 早口でまくし立ててくる遠坂凛にガクガクと頷く。とりあえず情報の重要性というのは伝わってきた。

 そんな彼女をからかうようにランサーが口を挿む。

 

「ハっ、嫌がってた割には熱心に指導してやってるじゃないか」

 

「やっぱり、狙ってるのね……」

 

「え、ちがっ! こ、これは間桐慎二の迂闊さに腹が立っただけよ! 三日目で相手に情報全部筒抜けとか本当に――! ……って、私が腹を立てる必要なんてないじゃない。はぁ、心の贅肉だわ」

 

 忌々し気に頭を押さえる遠坂凛。

 それを見て自分がちょっと迂闊な発言をしたコトに気が付いた。

 

 良く考えれば慎二はこの時間軸で自分に宝具を見せていないのだ。最悪真名は容姿から判断できるとはいえ、というか判断したと言い切れるが、宝具ばっかりは誤魔化しがきかない。

 今回は相手が迂闊さで有名な慎二君だったから怪しまれなかったとはいえ、今後今回のように、知らない筈のことを知っていたなら、その情報の入手経路を怪しまれることになる。そのまま回りまわって先生の蘇生宝具の存在がバレ、最悪封じられでもしたら今度こそお終いだ。自分はおそらく何も抵抗できずに捻り潰されるだろう。

 このことは肝に命じておかなくては……。

 

「ごめんなさい、取り乱したわ。

 それで、対策の仕方なんだけど……、ってちょっと、聞いてる?」

 

 ――あ、ああ聞いてるよ。

 

「そう、ならいいんだけど。

 そうね、図書室に行くことをお勧めするわ」

 

 至極まともな表情で言い放ってくる遠坂凛に、思わず首を傾げる。

 

 ――図書室に武器でもあるのか……?

 

「あ、分かった。アンタバカでしょ」

 

「ハハハハハ! これは単に戦慣れしてないだけだとは思うが……いや、それにしても今のはセンスあったぜ坊主!」

 

 どうやら自分は一斉にバカにされているらしい。思わずむっとした顔つきになって質問し返す。

 

「あのね、悪いけど図書室に武器は無いわ。でも扱い次第では武器より役に立つ」

 

 ――それはどういう。

 

「意外とみんな分かってないんだけど。二階の図書室はね、図書室という体だけど、本当はムーンセルの情報庫みたいなものなの」

 

 ――はぁ。

 

「ムーンセルって地上の全ての事象を観測してきてるわけじゃない。ほら、それってつまり」

 

 ――手に入らない情報は無いってことか!

 

「そ。……と言ってもまぁ、アクセスに権限が必要な情報だってあるだろうから一概に全てとは言えないんだけどね」

 

 ――つまり、名前が分かってればそこで敵の弱点とかが分かるわけか。

 

「はい、やっとたどり着いてくれました。まぁ貴方魔術師としての実力はアレっぽいから、対策って言っても出来るのはこのくらいなところでしょうね。

 本当なら物理防御とか結界とかいろいろあるんだけど、あんまいろんなことやろうとしても上手くいかないでしょ」

 

 ――ああ、自信を持って言える。絶対できない。

 

 その言葉を聞いて溜め息をつく遠坂凛。だがこちらとしては収穫があった。

 アリーナで鍛錬を積む前に図書室へ寄ろう。

 

「はい、それじゃこのくらいでいいかしら。これでそのなんとかちゃんへの義理も果たしただろうし、私もう行っていい?」

 

 そう尋ねてくる彼女にあわてて頷く。本当にずいぶん時間を取らせてしまった。

 

 踵を返そうとする遠坂凛を見て、大切なことを言い忘れていたことに気が付いた。

 

 ――遠坂!

 

「まだ何か?」

 

 ――ありがとう!

 

 彼女は一瞬驚いた表情を見せ、呆れたような顔でこう言った。

 

「他人にあんまり隙を見せちゃダメよ。その甘さは本当に命取りになるから」

 

 捨て台詞のように呟く遠坂凛。そのままランサーを連れて屋上から出て行った。

 

 

 

「最後にぶっとい釘刺してきたわね。でもね、岸波君。私負けないわ。

 絶対このヒロインの座を――」

 

 そんな椅子座らせた覚えないぞ。

 勘弁してくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よお、結局たいしたこと教えてやんなかったな。向こうはたいそう喜んでたみたいだが」

 

「ええ、悪い? 彼も敵になることは十分あり得るんだし、それを鑑みても十分出血大サービスよ」

 

「ハハ、なんだかんだ抜け目がない。

 ま、戦うことになったら容赦はしないが、それまでは仲良くしてやっていいんじゃないか? それともさっきのは照れ隠しか……」

 

「冗談、それこそ心の贅肉よ」

 

「……なあ、いつも思ってたんだけどよ。ソレ、そういう意味だ? 嬢ちゃんが太るってこ――」

 

「令呪使うわよ? 二度と納豆とオクラしか口に出来なくさせてあげてもいいんだけど」

 

「スマン。俺が悪かった」

 

 

 

 

 




 
アオアオシスターズが優しすぎますね。
一応橙子さんは暇つぶしのため、青子さんは何回も来られたら困るからということで。

一回戦が終わればもっとサクサク行きます。


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第五話 『はじめての決戦準備』

 

 

 はてさて、不本意そうではあったが遠坂嬢のおかげで目的は定まったわけだ。

 出来るだけアリーナで鍛錬をして、図書館で情報を調べる。

 うん、何ともすっきりしていて結構ではないか。

 記憶が戻らないので確かなことは分からないが、周りの人たちの反応を見るに自分はどうやらあまりおつむがよろしくないらしい。けれどもそんな岸波白野が今やるべきこと、なんとたった二つだ。さすがにここまで整理されてしまえば文句なしに実行できる気がする。

 ここに来てようやく死んだショックから立ち直ることが出来た。

 何、確かに自分は死んだかもしれないが、今はこうして呼吸をしている。それだけで十分ではないか。

 うん。自信も出てきた。他に生き返った人がいるのか定かではないが、自分はなかなか立ち直るのが早いんじゃなかろうか。まったく藤村様様という奴である。

 

 ――それじゃあ俺は二階の図書室に行ってきますけど、先生はどうしますか?

 

「んー、図書室はあんまり好きじゃないのよねー。……でも岸波君ほっとくと危なそうだし、ついて行くわ」

 

 正直それはこちらのセリフではあるのだが、まあ言っても詮無きことだろう。

 無機質な青空から目を切り、先生と連れだって屋上を後にする。まずは情報収集だ。

 

 

 

 

 

 

 

 特に迷子になるということも無く、自分達は二階の図書室を発見した。途中自分達を見たNPCがわらわらと逃げ出すのを見て多少げんなりしたが、それを除けば順調な滑り出しだ。………というか屋上から二階に移動しただけで順調とか無いわ、ブハハ。

 

「何をブツブツ言ってるの岸波君。ちょっと気持ち悪いわよ」

 

 ――なんだと!?

 

 と、図書室の扉を開こうとしたところで隣から幻滅したような言葉が溜め息と共に吐き出されたのを耳にした。ばっとそちらに顔を向けると、先程別れたばかりの遠坂凛がそこにいた。

 

「ハロー岸波君。早速助言を実行してみてくれてるみたいで嬉しいんだけど――」

 

 何となく言葉尻を濁す遠坂凛。少々気まずそうに見える。

 ちなみに先生は逃げ出すNPC達を見て、『こらー、なんだその反応はー』とか言いながら彼らを追いかけ始めたためここにはいない。

 

「たぶん敵の情報、図書館(そこ)にないわ」

 

 ――……なんで遠坂がそんなことを?

 

「……うぅ、実はさっきそこでアナタの対戦者、慎二と会ったんだけど。あああの、わざとじゃないんだけど……」

 

 もじもじと指先を合わせて目を泳がせる遠坂凛。なんだ、どうした、可愛いぞ。

 

「そこで向こうから絡まれたから、ちょろーっとからかってやったんだけどね」

 

 ――ふむふむ。

 

「あ、アイツがいけないのよ!? 聞いてもいないのにベラベラ情報を漏らして……、うっかり私も真名が分かっちゃったからそれを言ったら――」

 

 顔を赤くして叫んだかと思えば声のトーンを落として目を伏せたり、まったく見ていて飽きない女の子である。

 

「さすがに慎二もまずいと思ったらしいわ。図書室に入ったかと思えば何冊か本を持ってアリーナの方に行っちゃったの」

 

 ――つまり迷宮に情報を隠された、ということか。

 

 そうなの、と目を伏せて申し訳なさそうにする遠坂凛。後から思えばこの子がこんな顔をするのはなかなかに珍しいことであったが、その時の自分といえば、なるほどそういう手もあるのか、とむしろ慎二の方に感心してしまっていた。

 ふと、一つ疑問が浮かんできて遠坂凛に尋ねる。

 

 ――その情報は捨てられたりするのか?

 

 遠坂凛はこちらの質問に顔をあげ、

 

「いいえ。ムーンセルの記録を消去する、ということは不可能よ。高次の生命体なら――まあそんなものがいるとしたらだけど、出来るかも。でも、少なくとも聖杯戦争(ムーンセル)参加者(ゲスト)である私達には、うん。そんなことは不可能ね」

 

 否定した。

 なんだ、それなら全然大丈夫ではないか。

 つまりは慎二は知られたらまずいモノだけわざわざ隔離してくれて、

 

 ――その隠された情報は自分達にも入手できるんだろう?

 

「おそらくね……。アリーナは共通だし、迷宮の構造の書き換えなんてアイツにはまず無理。携帯してたら自分の処理速度が重くなるし……、うん。まず間違いなくどこかに隠してるだけ。隠ぺい工作はされてるかもだケド……」

 

 最後に小さく付け足して遠坂凛は言葉を切った。

 なるほど、何となく分かってきた気がする。

 この戦いは良くも悪くも平等だ。与えられた条件に我々は究極的には干渉できず、聖杯戦争の基本ルールだけは誰もが遵守させられる。知識量、技量など、個人が変革できる要素は最大限保障されており、それらを踏まえた上での強さを自分達は求められているのだ。

 独りでうんうんと頷いていると、前の少女が難しい顔をしていることに気が付いた。

 

「あの…………はぁ、うん。そうね、いつまでもこうしてもいられないし――」

 

 何やらモゴモゴと呟き始めた遠坂凛。一つの境地に至って満足感を得ていた自分は、特に何を言うでもなくその様子を眺める。

 しばらくして遠坂凛は先程までの煮え切らない様子をバッサリと切り捨ててこちらに向き直ってきた。

 

「岸波君、ごめんなさい」

 

 ――…………はい?

 

「うん、どちらにせよ私がアナタの不利に働いてしまったのは確かだものね。もう一度言うわ、ごめんなさい」

 

 ――いや、あの……

 

「……私こういう関係ってすっきりさせておかないと気が済まないのよ。そう、だから今後一度だけ、損得抜きでアナタの手助けをしてあげる」

 

 ――えー、と。そんなの別にいいんだけ……あ、いやなんでもないです。お願いします。

 

 うわーやったーうれしーなー。

 自分から申し出てきたのに、拒否しようとしたら睨みつけるとは何事か。

 おっかなびっくり全身で喜びを表してみると、遠坂凛は鼻を鳴らして廊下の向こうに去って行った。

 

 あー怖かった。自分が許してもらう立場のような錯覚をしてしまったぞ今。

 

 

 さて、気を取り直して。

 先生を連れてアリーナに行こう。鍛錬と情報収集一遍に出来るなんて、一石二鳥ではないか。二兎を追うモノうんたらかんたらということわざはこの際考えなくていいだろう。……わりとありえそうで恐ろしいのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二の月想海。

 ここに来るのは何時ぶりだろう。

 決闘場は別として、確か四日目の昼だっただろうか。周囲に広がる景色にひとしきりはしゃいで、虎の天才的嗅覚で以て三分でトリガー発見アンド帰投をしたような記憶がある。

 まったく、いろいろなことを知った今となって思い返すと、自分達はなかなかのダメなコンビだったのではなかろうか。……うん、遠坂凛に聞かれたら卒倒しそうだ。

 改めて周囲の風景を見渡す。

 簡単に言えば、ここは海底だ。

 無機質に半透明な通路の向こうに広がる濃紺は深海のそれ。はるか上空、いや上方では海面から光が薄らいながらも降り注いできている。その幻想的な揺らめきに照らし出されているのは色とりどりの海草、岩礁、そして沈没船。その間にはこれまた鮮やかな熱帯魚が気まぐれに泳ぎ回っている。

 なんというか、こう海賊と聞くとカリブとか思ってしまうあたり、元の自分はなかなか世俗的な人間だったのかもしれない。いや、残念なことにそれを確かめることは出来ないのだが。

 そして。

 遥か下方の砂海。見覚えのありすぎる岩に冷や汗を流す。

 ああ、あそこは自分が命を散らした決闘場(コロシアム)だ。あと数日したら自分はまたあそこに赴かなければならない。あの死と背中合わせ、それどころか一緒にフォークダンスでも踊っているような超危険デンジャーゾーンに。

 考えただけで胃がひっくり返りそうな嘔吐感が湧いてくる。目の前の岩が炸裂して、飛び散る破片に吹き飛ばされたときの光景。視線しか動かせなくなった自分が徐々に体温を失っていく感覚がフラッシュバックする。

 …………。

 いや、この悩みは不要のものだ。

 ここで足を止めることは、すなわち再びその感覚を味わうことにつながるのだから。

 死にたくない、それが記憶の無い今の自分のただ一つの行動原理である。

 

 

 アリーナに入って数歩。臭うぞ、とか言い出した先生は別として、自分でも気が付いた。

 ――――いる。

 慎二が、とかそういうことではない。サーヴァントの圧迫感。

 自分の従者からは何故か毛ほども感じ取れないソレに、反射的に膝から力が抜ける。

 …………おかしいな。もう気にするのは止めようと決めたのに。そうしなければまた命を落とすと分かっているのに。どうしてこの足は動くのを拒否しようとしているのだ。

 いや、動こうとはしているんだ。動こうとはしている!!

 なのに動かない。

 笑ってしまうくらいふざけた話だ。何も記憶に無い自分が生き残るために定めなければならなかった目標。いや、生存だけ、それそのものが目標であると分かっているのに、この気配に膝が笑ってしまって最低限の前進すらままならないなんて。

 数瞬前までの決意は嘘のように消え去ろうとしている。

 ……別に良いではないか。このまま部屋に帰って安穏と日々を過ごせば。たとえ七日目に終わりを迎えたとしても、先生の宝具がある。いつまでもこの七日間を繰り返せば――。

 そんな声が脳裏で囁く。

 ただ、それだけは受け入れられないと体が拒否をする。岸波白野という人間は、何があっても道を進まなければならない。放棄してはならないと。

 まったく。だったら動いてくれよという話なのだが、どうやらそれでも怖いものは怖いという主張が聞こえてくる気がした。

 そう、自分には決定的に勇気というモノが足りない。この押しつぶされそうになる気配を振り払う、踏み出すための勇気が足り――

 

「こら、いつまでもぼんやりと突っ立ってんの岸波君。うだうだしてたら置いて行くわよ!!」

 

 後ろからバシっと背中を叩かれた。

 そのあまりの勢いに思わずよろよろと歩きだす。

 なんだ、動くではないか。

 

「ホラ、ちょっと! 聞いてるの!?

 先生お腹空いちゃったから、さっさと用事を済ませて帰りましょう」

 

 感慨にふけろうというところでもう一発背中に衝撃が奔る。

 今度も足は前へと進んだ。

 

 ――今日は、……早く帰れませんよ。言われたでしょう? 鍛錬して、情報も集めないといけない。

 

「分かってるわ岸波君! バッチしよ! 全部まとめて三十分以内に終わらせて見せようではないか、グハハハ」

 

 ――無理ですね。五時間くらいは鍛錬しようかと思ってるんで。

 

「ホワット!?」

 

 ――こちとら命かかってるんで、そこらへんは妥協しない方向で行こうかと。

 

「バカな…………。あの温厚そうだった岸波社長が一夜にしてブラック企業の首領(ドン)に――」

 

 ――基本給って自給100円でしたっけ?

 

「世紀末!!?」

 

 

 声は震えていたかもしれない。

 だけど先生は何も言わずにこのコントのようなやり取りに付き合ってくれた。気付けば足の震えは収まり、周囲の光景も目に入るようになってきている。

 敵サーヴァントのプレッシャーは未だ顕在。だがそれに気後れすることはもう無い。

 騒ぐ先生をあしらいつつ、自分はようやく二度目のアリーナ探索に乗り出すことが出来た。

 

 

 

 先生は危なげなくエネミーを葬って行った。

 この人は本当に意外と頼りになる。意外と。だけどそれで気を緩めるということは出来ない。

 弟子一号ちゃんにも言われたが、この人は信頼してはいけない。自分も微妙に戦い慣れしてきたせいか、少しは戦局や動きが見えるようになってきたのだが、どうやら自分は予想以上に危ない橋を渡っているらしい。

 確かに先生は傷を負うような危険を感じさせない、圧倒的な戦いを繰り広げてはいるのだ。だがその回避行動や突貫攻撃には、背後に守るべき――そう思っているかは甚だ疑問だが――(マスター)がいることをまるで考慮している気配がない。つまるところ、結局自分の身は自分で守らないといけないのだ。

 勘弁してくれ。

 

 さて、記憶にあるトリガーの場所まで迷わずやってきたのだが、そこには先客がいた。言うまでも無く慎二とライダーのコンビである。

 

「ひぇっ、岸波!?」

 

 ――やぁ、慎二。

 

「ようワカメ! オラてめぇをぶっ飛ばしたくてうずうずしてたゾ!」

 

 例のごとく怯える慎二に挨拶をする。ついでに脇にいるライダーにも。

 彼らがこの場所にいることは、歩を進めるごとに濃くなるサーヴァントの気配で分かっていた。さっきまですくみ上っていた恐怖の源に自分から近づこうとしたのには理由がある。

 

「おいライダー! なんでコイツが近づいて来るのを僕に言わなかったんだ!」

 

「そいつは無理な話だよシンジ。あの坊やのサーヴァントはサーヴァントとしての気配が弱すぎる」

 

「はぁ? サーヴァントなんてどこに……、てかなんで藤村いんの?」

 

 ――ああ、それいいから。もう前のターンでやったから。

 

「ひっ、ご、ごめんなさい」

 

 うんざりした声色で返すと、慌てて謝罪の言葉を口にする慎二。

 そう、これが良く分からない。

 記憶にある慎二はいつも尊大で、間違っても自分のような凡夫にそんな言葉を言うようなことは無かった。それなのにこの態度。

 思えば、前回もいきなり怯えられ始めた。特に慎二を脅かすようなことをしていないし、本当に分からない。この慎二の態度の理由の解明のため、自分は慎二を目標に歩いて来たのだ。

 

 先程の遠坂凛の話を鑑みるに、この間桐慎二という男は自分のことを話さなければ気が済まないらしい。よくよく思い出してみれば、予選での学校生活においても、その自己顕示欲の塊のような在り方の片りんに自分は触れられていた。

 つまり、彼との接触は多ければ多いほど情報は手に入ったのだ。情報のことなど毛ほども考えていなかった以前の自分でも。その情報さえあれば結果はもう少し違っていたかもしれないし、もしかしたらそれをそのまま敗因としてあてはめられるかもしれない。

 その考えに至った自分は、機会があれば今の関係を修復しようと思ったのだ。

 既に重要な情報は出そろっているが、情報は多いに越したことは無い。ついでに隠そうとしている敵サーヴァントの情報も奪ってしまえばいい。

 

 ――慎二。

 

「な、何だよ。話すことなんてあるのかよ……、も、もしかして僕が隠そうとしている情報を――」

 

「………はぁ、シンジ。アンタってやつは……」

 

「えーー? ワカメ情報隠そうとしてたの!?」

 

「……あ、クソ! 図ったな!?」

 

 この子は頭が弱いんだろうか?

 

「でも遅かったな! もうあらかた隠し終わったよ! お前らじゃ到底見つけられそうにもないところにな!!」

 

 頭を押さえるライダーに同情する。そして同時に自分の考えが間違ってなかったことを確認した。

 コイツとはいつでも話せる状況にしておくべきだ。

 

 ――なあ、慎二。

 

「なんだよ!」

 

 ――なんで逃げ回るんだ?

 

「は、はぁ? 別に逃げ回ってないだろ。なあ、ライダー?」

 

「逃げ回ってるが、それがどうしたのかい?」

 

「おい!」

 

 つくづく仲が良いんだか悪いんだか分からない主従である。

 だが彼らの漫才に付き合っていてはいつまでも状況は進展しない。ある程度は妥協が必要なんだろう。

 

 ――別に理由は言わなくていいから、自分とは今までどおり接してくれないだろうか?

 

「何? よ、よく言うよ! あんな事してたくせに!」

 

 ――あんな事?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――interlude――

 

 

 自分の輝かしい未来、栄光と称賛を勝ち取る妄想に酔いしれていた間桐慎二。彼はその時、とんでもない光景を見たのだった。

 

 彼は物心ついたころから自身の持つ非凡な才に気が付いていた。特に努力をせずに勝ち得たその能力に、しかし彼は疑問を持つことは無かった。いや、その必要が無かったのだ。

 その力は大人も認めるところであり、周囲から持て囃されることも多かった彼は、自然と周りを見下すようになっていった。

 通常の家庭ならば躾の一環として矯正されるであろうその性格も、彼の特殊な家庭環境ではむしろ歪に育ちあがってしまった。しかし彼本人はそのことに気付く由も無い。

 結果として、自らが基本的に肯定される小さな世界で彼に備わった常識は、一般社会からは外れたものになった。即ち、間桐慎二が行うことは正しいのであって、異を唱える阿呆はすべからく間違いなのである。

 そして、世間一般は無条件に彼を認め、愛しているべきなのである、と。

 当然、周囲に妄想癖があるんじゃないかと疑われていたことは知らなかった。

 

 しかし、予想外のことが起きる。

 それは彼が参加した戦い、聖杯戦争の第一回戦。猶予期間の二日目に起こった。

 

 予選では友人だった者と戦わねばならない運命。

 まるで悲劇の主人公ではないか、と自らに酔っていた彼は、現実を見てしまった。

 朝食を摂ろうと一階の廊下から地下の食堂に向かおうとしていた時である。

 彼は下駄箱の前にいる二柱の女神を目にした。彼女達の名はフジムラタイガ。まるで闇夜に浮かぶ満月のように、南国の晴天に燦然と輝く太陽のように、彼女達は顕現していた。

 生まれて初めて目にする美の化身達。彼は一目で心を奪われた。…………初恋である。

 自身の初心な恋心に戸惑いながらも声をかけようと思ってしまったのは当然だろう。しかし、これまで恋などしたことが無かった彼には勇気が湧かない。

 

「ハァ、あの美女たちにお近づきになるにはどうすればいいんだろう……」

 

 その時、彼の視界はある人物を捉えた。

 下駄箱に両手をつく自身の友人。いつも通り凡人面を下げて地味な出で立ち、永遠に引き立て役の彼の名は岸波白野。

 岸波白野を見て彼はある名案を思い付く。そうだ、一人で不安なら二人で行けばいいじゃないか。

 

「そうと決まれば、善は急げだ! 

 おーい、岸波ー」

 

 ルンルンスキップをしながら岸波白野に近付こうとする間桐慎二。

 その友人の肩に手を乗せようとしたときだった。

 バシーン!

 間桐慎二は腰を抜かした。目の前の友人がいきなり下駄箱に頭突きを始めたのだ。

 人の頭はそんなに丈夫でないことを彼は知っている。しかし、そんな彼の知識では明らかにまずいことを目の前の友人は行ったのだ。

 思わず伸ばした手を引っ込めてしまう間桐慎二。

 呆然とその場に立ち尽くしていると、彼の友人は再び下駄箱に頭を打ち付けた。

 

「ひ、ひえー。あんびりーばぼー」

 

 その奇行は数回繰り返された。

 結局声をかけることが出来なかった間桐慎二は、その友人が頭から血を流しながら去った後にさらに驚くことになる。

 なんと友人が頭を打ち付けていたのは自身の下駄箱だったのだ! 

 鉄製の扉には大きな凹凸と、赤黒い血がこびりついていた。

 もしかしなくても、これは怨恨による犯行だ。しかも対象が目の前にいることに気が付かないほど熱中していた。恨みは相当深いに違いない。

 

「ぼ、僕が何かしたか!?」

 

 彼には人から恨まれていることを自覚したことなど初めてだった。

 

「恐ろしい。……きっと顔を合わせれば殺されてしまうだろう」

 

 こうして彼はかつての友人からみっともなく逃げ回るようになった。

 

 

 

 で、いんたーるーどあうと…………と、いう訳ね」

 

 

「なげーよ!!」

 

 やりきったという表情の先生に慎二が両手を振って叫ぶ。

 しかし急に解説を始めた先生には面食らったが、なるほどそういうことだったのか。

 多分にフィクションを交えていた気もするが、自身のヘッドバッドが慎二の下駄箱を粉砕したことが原因だという点は正しい気がする。

 

「しかも適当なこと言うなよ! なんだよ美の女神って!? 鏡見たことあんのか!?」

 

「しっつれーい! そりゃあ、確かに高校卒業したあたりから見てない気もするけど……」

 

「おかしいだろ!? 家に鏡も無いのかよ!」

 

 いやー、それにしても。

 なんというか、なんだ。慎二と先生仲が良すぎるだろう。

 

「良くねえよ!」

 

 こいつ……、モノローグにまで突っ込んできやがった――――!!

 

「ま、大方は合ってたし良いじゃあないかシンジ」

 

「ぐはっ!」

 

 なだめるように慎二の背中を思い切り叩くライダー。そのあまりの勢いに慎二は咳き込む。

 

 なんにせよ、誤解の理由は分かった。さっさとそれを解いて、慎二と良好な関係を築こうではないか。

 

 ――慎二、下駄箱についてはすまなかったよ。別に慎二が憎くてヘッドバッドしたわけじゃあないんだ。

 

「ほ、本当か?」

 

 ――ああ、あの時は無性にイライラしてて、何にでもいいから八つ当たりしたんだ。

 

 そこまで言い切ると、慎二の目が輝きを取り戻しつつあることに気が付いた。

 

「な、なんだ………。

 まったく、余計なコトするなよな岸波。いや、まあ僕は全然気にしてなかったけどな!」

 

 そうして慎二はいつもの慎二に戻った。

 どこかほっとしたような表情を浮かべたかと思えば、慎二はいつもの様な不遜な態度で鼻を鳴らし、からかうライダーを引き連れてこの場を去った。

 

 数分後、ライダーの気配も消える。

 それを感じてから、ようやく自分達は動き出した。

 

 ――さて、先生。鍛錬と慎二が隠した情報を取りに行きましょう。

 

「いやー、それにしてもワカメはうかつねー。情報の事ゲロっッちゃったことなんてすっかり忘れてたわねー」

 

 頭が心配だわ、と付け加えた先生を怪訝そうな顔で見る。

 もしかしてこの人は慎二にそのことから気を逸らすために、あんなめんどくさい話を長々と続けていたのだろうか……?

 …………まさかな。

 

 

 果たして情報は全て見つけだすことが出来た。

 例によって先生の犬顔負けの嗅覚が寸分違わず隠し場所を探し当てたのだ。いや、ここは虎というべきだろうか?

 まあ、虎の嗅覚がすごいかどうかは置いておいて、そのあとの鍛錬も自分達は頑張った、と思う。

 飽きた、疲れた、腹が減った、と一歩進むごとに口からもらす先生をなんとか煽て、挑発し、ご褒美を与えながらアリーナを回った。その心持はさながら動物園の飼育係。

 先生の姿がだんだん餌を求めて跳ね回るアザラシに見えてきたところで、ようやく自分達はアリーナを後にした。

 

 ……これをあと四日ほど続けなければならないのか………。

 生き残るというのはなんとも辛いことらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋に戻ると、先生はすぐさま風呂入ってくる―、とか言って竹刀を放り出しつつ部屋の外へ駈け出して行った。風呂なんてものがあるとは知らなかったな。

 

 さて、慎二が必死に隠そうとした本達、計五冊を無事回収したわけだが……。

 朝橙子さんに言われたことを思い出す。確か、まず情報を要素として並べる、だったか?

 

 ・真名、てめろっそえるどらご?

 これはたぶん俗称だろう。本でちゃんとした名前を探そう。

 ・雇われ海賊

 ・二丁拳銃

 ・宝具、ガレオン船

 ・マスター、慎二

 

 こんなところか。

 それじゃあとりあえずこの『海賊キャプテン・ドレーク イギリスを救った海の英雄』ってのから読んでみよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 決戦前夜。

 さまざまな資料に目を通して、自分が出した結論は――

 

 

 

 灯油とガソリンだった。

 

 

 

 

 

 

 




話グダりすぎワロリッシュ。
次回でようやく糞長かった一回戦終了かと。

今さらながら慎二の話入れる必要なかったなと後悔中。
一応一回目に情報探らずに負けた本当の原因てことで一つ。


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