転生者は創造神の光を見るか? (おんのじ)
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0話 転生しても幸せとは限らないがオレは幸せだと言える

0話っていうか1話っていうか

前に書いてたけど飽きたから辞めて、また書きたくなったから書きます。飽きるまでよろしくお願いします。飽きないようにします。


 オレは"転生者"である。その事に間違いはない。しかし、一体どこから、どうして、どのようにしてこの世界に来たのかは一切分からない。なのに"転生者"とオレはオレの事を分析出来るのか、その理由を2つほど上げていこう。

 1つ目の理由、それは単純な感覚の話である。言うなれば"前世の記憶"というヤツだ。ただ前述した通り、何もかもが不鮮明で朧気で、元の素性に至っては記憶が全てロストしてしまっている。

 2つ目の理由、これが100%オレは"転生者"であると言い切る事が出来る材料となる。それは、この世界に生きる不思議な生物、ポケットモンスター(・・・・・・・・・)縮めてポケモンの事を知っている事だ。普通ならこんな未知の生物のことなんて知るはずもないのに、知っているということは前世だかなんかでポケモンについて知識があったという証明になる。

 例を出すと、オレが初めて見るポケモンがいたとしよう。普通なら目の前にいるポケモンについて、オレはなんの知識も持ち合わせていないはずなのだ。それなのに、オレは知っている(・・・・・)。タイプも、技も、特性さえも知っている。いや、一部微妙なズレ(・・)があったことは確かだが、それでも8割5分はオレの持ち合わせているはずのない知識と合致した。オレにとってそれはあまりにも不思議で、不快で、何より心踊った(・・・・)

 謎だった。なぜポケモンを前にすると昂るのか、なぜこの未曾有の状況なのに落ち着いていられるのか。それでもオレはこの世界に生きている。生きているのならば、その生を全うするまで。そして叶うのならば、オレは一体何者なのか、知りたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 オレは孤児である。というか、孤児という設定でこの世界に飛んできたとオレは捉えている。なんともハードモードな始まりだった。

 だが運が良いのかそうなるべくなったのか、オレはある男性に拾われ、その人の家庭で(恐らく)すくすくと育った。

 ここで問題となるのが、オレが"転生者"であるという点だ。身の丈に合わない知識や振る舞い、おまけに転生特典でも付けて貰ったのかポケモンとやたら仲良くなりやすい。こんなオンリーワンのモノを持っていたら、当然最大限活かしたいと思ってしまう。結果として、僅か8歳でトレーナーズスクールの全課程を修了(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)してしまった。異例である。当然義父も義母もこの事には心底驚き、喜んでいた。「ウチの息子は"天才"だ!」と。偽りの栄光に、心が少し傷んだのは言うまでもない。「まだ幼い(精神は別として)からいいか」と流したのも事実なのだが。

 その日からオレが住んでいる地方内では、"天才"が生まれたと軽い騒ぎになった。連日連夜取材の嵐、有名な学校からスカウトも多かった。しかし、義父はその勧誘を全て断り、オレを"留学"させることにしたのだ。

 これはオレにとっても非常に都合が良かった。オレの知っている知識と、この世界におけるポケモンの情報のズレを修正する良い機会だと思ったからだ。

 思い立ったが吉日と言わんばかりに、留学を決定した1週間後くらいには予定が立てられ、留学先であるカントー地方のヤマブキシティに飛び立った。

 

 そして2年後、10歳となったオレは故郷に帰って来た。かと思えばまた留学だと義父は言う。

 正直忙しいが、それよりもやりたい事をやれている喜びが勝っていた。オレは乗り気で準備を進め、さらにその3日後にはホウエン地方のカナズミシティに飛んだ。

 

 

 さらに2年後、12歳にまで成長したオレは、ほぼほぼズレを修正する事ができた。

 そしてオレの頭に疑問が残った。このズレ(・・)とは一体なんだったのか。分からないのは仕方ないのだが、ズレが無いポケモンもいたのだから変に気味が悪かった。

 

 

 2地方での留学を終えたオレは、義父の仕事を手伝い始めた。義父の仕事はポケモンについて研究し、それぞれが持つテーマについて知見を深めていくものらしい。言うなれば、「ポケモン博士」だ。

 

 本当によく出来ているなと思わざるを得ない。余りにも環境が恵まれ過ぎているのだ。神様がいるなら「明らかにえこひいきしているだろ」と、喜びと疑いの混ざった言葉をぶつけてやりたい。実際神と呼ばれるポケモンはいるのだが。

 

 話を戻して、義父には実の娘がおり、その人もポケモン博士になった。オレから見て義姉に当たる人で、若干歳は離れているが、良く接してくれている。

 父、娘と来てじゃあオレも博士になるのかと聞かれたら、答えは「多分NO」だ。可能性としては0では無いものの、「ポケモン博士」よりもオレは「ポケモントレーナー」という存在に惹かれた。ポケモンを育て、戦わせ、高め合う。そんな存在になぜだか強い憧れと謎の親近感(・・・・・)を感じたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして現在、オレは14歳になる。この2年間はひたすら義父と義姉の仕事を手伝い、フィールドワークから論文制作までなんでもこなした。合間には各地の伝説や伝統を個人的に調べ、またトレーナーになるべくバトルもひたすら腕を磨いた。道具や技についても1からとは言わないが勉強し直した。

 必要以上の過程は踏んだ。ならば次に行うべき行動は、そう、旅に出る事だ。ポケモントレーナーは旅に出る事で成長する。多くのトレーナーは各地を巡りジムバッジを集め、ポケモンリーグに挑戦する。オレも同様にこのイッシュ地方を巡り、リーグに挑戦する所存だ。

 

 

 

 

 肌寒い冬の朝、オレは目を覚ます。布団に再度潜り込みたくなる気持ちを抑え、朝の支度を済ませる。研究所へのドアを開ける前に、留学中にキズナを結んだポケモンが入ったモンスターボールをじっと見つめ、今日までを振り返る。

 ポケモン達が頷いたのを見て、うっすら笑みが浮かぶ。

 

 義父であるアララギ博士は今カノコタウンにはいないが、代わりに義姉のアララギ博士がオレにポケモンを1匹くれるらしい。

 腰のベルトにモンスターボールをセットし、高鳴る心臓を抑えながらオレは扉を開けた。

 

『おはよう、姉ちゃん。』

 

 名乗って無かったが、オレの名前は"ショウ"という。転生前の名前は覚えてないが、今は"ショウ"が、この世界でのオレの名前だ。

 

 

 

 




主人公 "ショウ"
素性:転生者(?)
年齢:14歳
特技:ポケモンと仲良くなること、何かを記憶する事
外見:茶髪、青眼、赤いスカーフ(?)、大体白黒の服
手持ちポケモン:???、???
バッジ:0個

どこから、どうして、なんのために転生したのか本人も分からない謎の人。知識は確か。自分が何者なのか知るのが望み。





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1話 何かを選ぶ時は論理的に考えるより心に従った方が後悔しない

誤字脱字あったら教えてください。
イッシュ地方好きなんですよね、雰囲気とか


 アララギ博士(娘)、オレの義姉であり尊敬するポケモン博士。基本的に明るく活発であり白衣を着ていなければとても博士には見えないのが特徴で、昔はバックパックを背に各地を巡っていたらしい。口癖は「ハーイ!」と「あらら?」。後者はギャグにしか聞こえないのはオレの気の所為だろうか。

 

 念の為に言っておくと、この世界にオレが"転生者"であることを知っている人は誰もいない。少なくともこの14年間、オレを"転生者"だと疑う者も「貴方は"転生者"ですか?」とアホ丸出しで聞いてくる輩は、イッシュはもちろんカントーにもホウエンにもいなかった。いたらいたで身の危険を感じざるを得ないのだが。

 

『ハーイ!ショウ、今日もそのスカーフキマってるわね!』

 

 赤いスカーフはオレの宝物だ。なんでもオレが転生して都合良く拾われた際、このスカーフに包まっていたと聞かされた。仮にその話を聞かされずとも、オレはこのスカーフを大切にしていたと思う。理由は分からないが、そんな気がするのだ。

 

 いつもの世辞を適当に流して、早速オレは本題に入る。

 

『姉ちゃ……いや、アララギ博士。オレにポケモンくれるって聞いたんだけど、そのポケモンはどこにいるんだ?』

 

『ショウってば意外とせっかちよね。それじゃ…ほら!出ておいで!』

 

 空に放たれた3つの球体、モンスターボールから現れたのは"くさ"、"ほのお"、"みず"タイプのポケモン達。初心者トレーナーにポケモン博士がプレゼントする最初のパートナー。

 "くさ"タイプのポケモンはくさへびポケモンのツタージャ。特性は「しんりょく」。尻尾で光合成をし、ツルの扱いに長けるお高く纏まったポケモンだ。

 "ほのお"タイプのポケモンはひぶたポケモンのポカブ。特性は「もうか」。鼻の穴から火を吹き、風邪を引くと火は真っ黒い煙になるが、たくましさなら負けないポケモン。

 "みず"タイプのポケモンはラッコポケモンのミジュマル。特性は「げきりゅう」。お腹のホタチは木の実を砕くだけでなく強力な小刀となり、それを使いこなす器用なポケモンである。

 

 どのポケモンも初々しく、可愛く、だから選び難い。それでも決めなければならないのが辛いところなのだが、オレはこの日を迎えるまでにどのポケモンを選ぶのか決めておいた。ブレることは無い。

 

 目当てのポケモンの元に歩み寄ろうとした瞬間、ふと、奇妙な感覚(・・・・・)に襲われた。

 たまにあるのだ。特定のポケモンと接している時にこの胸がザワつくような、あるいは懐古的(・・・)な、不思議な気分に呑まれることが。しかも「特定のポケモン」に規則性が無いのがなんとも言えない。

 思考がフリーズする。漂白された頭の中に浮かぶのは、今まさに選ぼうとしているポケモンの顔と覚えのないのどかな景色。一体─────

 

『ショウ、大丈夫?』

 

 我に返る。止まった思考を再度回転させ、現実を見つめ直す。

 ここにいるオレは"ショウ"なのだ。前世は関係ない。今オレが成すべき事を成すだけだ。そうすれば、おのずと──────

 

『…あ、うん。大丈夫。……っと、じゃ…よろしく、ミジュマル。』

 

 3匹のポケモンの内、オレが選んだのはミジュマルだった。なぜミジュマルを選ぶのかというと、理由は大体3つある。

 1つ目は"みず"タイプであるという点。旅をする中、必ず水上移動をする場面に出くわすのは明らかで、その際"みず"タイプを持つミジュマルなら移動に手間取らないと考えたからだ。

 2つ目は進化を想定した時、最もバランスが取れていると判断したからである。1進化目のフタチマル、最終進化のダイケンキ、技のレパートリーも能力も、他2匹と比べて尖っている部分が少ない。なので、様々な状況に対応しやすいと思ったのだ。

 3つ目は単純に見た目の話で、最初にパートナー候補を見せてもらった時、「あ、この子にしよう」と心の中で即決したのがミジュマルだったからである。

 

『"みず"タイプのポケモン、ミジュマルにするのね?』

 

『うん、決めてたからね。』

 

 ニッコリと笑う義姉。その笑顔がオレはとても好きだった。なんとなくだが明るい気持ちになれるのだ。

 

『次に……はい、ポケモン図鑑!』

 

 これだ。オレはこの長方形の機械を貰うことをどれだけ楽しみにしていたか。義父と義姉の研究者気質が移った感は否めないが、ポケモンの情報を即座に確認出来るこのハイテク図鑑を手に入れて喜ばない人がいるだろうか。

 

 受け取ったオレンジと黒の機械が、目の前にいる3匹のポケモンの情報を淡々と喋っていく。当然知っている事なのだが、今起こっている状況に謎の感動を覚えた。

 

『ありがとう姉…アララギ博士、大事にするよ。……それじゃあ、行ってきます。』

 

『頑張ってね!偶には捕まえたポケモン見せに帰ってらっしゃい!』

 

 ミジュマルをボールに入れ、研究所の扉を開ける。

 冬の空気は冷たいが、これから体験するであろう出来事に期待しているのか体は熱かった。

 後ろで見送ってくれる我が義姉のエールを受けながら、オレは故郷カノコタウンを旅立ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1番道路のど真ん中、川を見つめながらオレはこれからの道筋を考えていた。

 

 ポケモンリーグに挑戦するためには8つのジムバッジが必要になるが、ここから最も近いジムはカラクサタウンを越えた先にあるサンヨウシティのジム。3つ子のジムリーダーが最初に選んだポケモンに対応して相手をするのが特徴の変わったジムだ。オレの場合だと、"くさ"タイプ使いの「デント」が立ち塞がるのだろう。

 

 道筋とは関係ないが、1つ気になる事がある。

 オレが旅立つより先に、カノコタウンでも有名(?)な3人組が旅立ったらしい。オレはその時丁度フィールドワークに出ていたから3人がどうやって旅に出たのか知らないが、日にち的にも、もうヒウンシティ辺りには到着しててもおかしくはない。

 なぜ気になるのか、それはオレにも分からない。ただ、何か大事(・・)になりそうな予感がするのだ。残念だがオレのこのカンはよく当たる。

 

 ベルトに付けたボールを外し、ミジュマルを外に出す。この子は"がんばりや"な性格の様で、常に気負っている風に見える。

 

『ミジュマル、頑張ろうな。オレも精一杯努力するからさ。』

 

 義姉の様に眩しい笑顔ではないが、それでもオレのパートナーはホタチを掲げる事で応えてくれた。なるほど、トレーナーの喜びとはこういうものかと心に刻む。

 

 そういえば、とベルトに付いたもう2つのモンスターボール────ではなく、ゴージャスボールとクイックボールに手を掛ける。

 オレにはミジュマルだけじゃなく、留学中に捕まえたポケモンが2体いるのだ。1匹はカントーで、もう1匹はホウエンで捕まえたポケモンだ。

 カチッと開閉スイッチを押し、2匹のパートナーを外に出す。

 

『悪かったな、すっかり忘れてた……って痛い痛い!』

 

 ゴージャスボールから出てきた茶色のモフモフしたポケモンは、しんかポケモンのイーブイ。現在進行形でオレの腕に噛み付いている。

 イーブイはヤマブキに留学してる最中に、隣のタマムシシティの大学を見学に行く機会があり、そこで仲良くなったとある人から譲り受けたポケモンだ。「譲り受けた」というよりも「押し付けられた」と言った方が正確か。

 彼曰く、「ワイの家イーブイぎょーさんおるんやけどな、このコだけホンッッットに言う事聞かへんのよ!頼む!連れてってくれへんか!?な!な!」とグイグイくる圧に負け、押し付けられてやったのだ。

 

 片やクイックボールから出てきた白い鉄塊とも見える、てつヨロイポケモンのココドラ。イーブイと違って噛み付いてはこないがそこはかとなく視線が痛い。

 ココドラもホウエン留学の時、世話になったような気がするおぼっちゃまと一緒に捕まえたポケモンである。そのおぼっちゃまの事はよく知らないけれど、身なりと彼が放つ存在感からしてかなりの大物なのだろう。

 

 で、どうして2匹がオレに怒りを向けているのかというと、義姉に挨拶出来なかったからである。2匹とも義姉が大好きなので怒りを向けられるのは致し方ないのだが、にしてもここまで怒るかと困惑したのもまた事実。

 

『分かった、分かったから。今度図鑑見せる時に一緒に報告しよう。な?それでいいだろ?』

 

「しょうがないな」と言いたげな表情を向けられつつも、オレは2匹をなだめる事に成功した。

 この2匹だけがオレの「ポケモンと仲良くなりやすい」という能力(?)が機能していない(・・・・・・・)のは一体なぜなのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミジュマルにイーブイとココドラの紹介を済ませ、オレは歩みを進める。

 道中でミネズミとヨーテリーを捕まえ、図鑑に記録した。一応図鑑を埋めることも旅の目標であるので、ポケモンの捕獲には貪欲に取り組む予定だ。

 

 30分もかからない内にカラクサタウンへは到着した。ここには何があるかと聞かれたら、オレは段差としか言えないほどに何も無い町だ。

 ボックスにミネズミとヨーテリーを預け、3匹をポケモンセンターで休ませているうちに散策でもしておくかとフラフラしていると、

 

『この前の……そう……プラズマ団……ポケモンの解放(・・・・・・・)…………』

 

 とても信じ難い単語が、オレの耳に入った。

 

 

 




イーブイ Lv13
性格:やんちゃ
性別:♂
特性:てきおうりょく
技:たいあたり・すなかけ・でんこうせっか・おんがえし
やんちゃ通り越して破天荒なイーブイ。ただショウには懐いている。

ココドラ Lv15
性格:のんき
性別:♂
特性:がんじょう
技:メタルクロー・がんせきふうじ・かたくなる・おんがえし
こちらもショウにはちゃんと懐いている。ただショウにも何考えているかよく分からない。






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2話 常に100点の結果が出る訳もなく、しかし常に100点を目指す事は間違いではない

誤字脱字あったら教えてください。
長くね?ここまで長くなるとは考えてなかった。てかジム戦毎回こんな長くする訳にもいかないしなぁ……

その内投稿頻度は落ちます。ご容赦下さい。



 まだ日は高く、カラッとした空気が身に染みる。

 ふぅ、とため息を吐きながらベンチに腰掛け、ぼんやりと先刻聞いた言葉の意味を考える。「ポケモンの解放」、オレはこの言葉がどうにも頭に残ってしょうがなかった。

 というのもオレは12~3歳の頃、義姉に感化されたのか1度だけ論文を書こうと思ったことがある。その内容が「モンスターボールの必要性について」という、偶然にも「ポケモンの解放」と繋がるところがある論文なのだ。結局書くには至らなかったが、ふとした時に「モンスターボールの必要性について」考えることも少なくない。

 この世界に生きる存在ならば、モンスターボールがある事が当たり前(・・・・)に思えるのだろう。しかしオレは"転生者"であるからなのか、モンスターボールに対して謎の抵抗感(・・・・・)を感じてしまう。そしてオレは、この感覚を否定しなかった(・・・・・・・)

 

『ほんと、オレってなんなんだろうな。』

 

 グルグルと頭を巡る単語を吐き出すように、オレはオレに問いかける。答えなぞ返って来るはずもないけれど、いつか見つけてみせると改めて誓う。

 気分を切り替えるために自販機で「おいしいみず」を1本買い、モヤモヤを完全に洗い流すように飲み干した。

 

 そろそろいい時間だなとポケモンセンターに戻り、3匹のパートナー達を受け取る。1番道路で少々バトルをしたので傷付いていたのに、すっかり元気になっていた。毎度毎度ポケモンセンターの技術には感服してしまう。しかもこれがトレーナーなら無料だというのだから、とんでもないなと思わざるをえない。

 

『サンヨウシティ、夕方までに着けばいいけど。』

 

 少し傾きかけている太陽を見上げ、2番道路へのゲートへと歩き出す。まだ旅は始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2番道路は新人トレーナーの腕試し所として有名で、その名の通りまだトレーナーになって間もない少年少女があちらこちらからバトルを挑んでくる。

 そんな経験が浅いトレーナー達を、オレは負い目を感じつつも尽く蹴散らしていった。こちらのポケモンのレベルが大きく上回っているのもあるが、それ以前にトレーナーとしての力量(・・)が違うのだ。同じ新人トレーナーでも、オレは────明らかにセコいのは認めるとして────"天才"と呼ばれた程の人間だ。そこら辺のトレーナーに遅れをとる訳にはいかない。

 

『"メタルクロー"』

 

 最後の指示を出す。

 ダンプカーをも壊しうる硬さを誇る爪をさらに硬質化させ、眼前のヨーテリーをココドラが切り裂く。勝負ありだ。

 連戦をくぐり抜けたにも関わらず、その身には傷の1つも付かない圧倒的防御力を見せたココドラ。タイプ相性も相まって2番道路は完勝と言っても過言ではない。

 

 正直賞金を貰うのも申し訳ないが、ルールはルールなので貰わなければならない。

 ここで分かった事が、オレは案外バトルを上手く出来てるという点だ。最初に挑まれた時はビクッとしたけれど、すぐにポケモンバトル独特の空気に染まっていった。楽しい、終わりたくない、もっと強くなりたい。ここまで心を動かされることは14年間1度もなかった。湧き立つ思いを加速させながら、久々のサンヨウシティへとオレは足を踏み入れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サンヨウシティにはオレの知り合い─────もとい、義姉の親友がいる。名前は「マコモ」、ムンナや進化系のムシャーナがだす「ゆめのけむり」が関係する研究をしていると聞いているが、詳しくは義姉からも聞いたことがないし特にオレも関心を持たなかった。どちらかと言うとマコモ博士の妹のショウロが行っている預かりボックスの方にオレの興味はそそられる。

 

 折角だからと、ポケモンセンターで宿泊予約をして、明日のジムもついでに予約してから件の義姉の親友の家に向かい、

 

『ご無沙汰してますマコモさん。オレです、アララギの息子のショウです。』

 

 ドアをノックして、普段のオレからしたら大きめの声で挨拶する。すると、

 

『あら〜!ショウ君久しぶり〜!元気にしてた?』

 

 長い髪とおっとりしてそうな雰囲気が特徴のマコモ博士がオレを出迎えてくれた。

 前に会ったのが約半年前とそこまで前ではないものの、久しぶりと言われたらそんな気もする。

 

『オレ、トレーナーになったんですよ。今は旅の途中なんです。サンヨウに来たから挨拶しておこうと思って。』

 

 この発言が意外だったのか、驚いた顔を隠せていない博士。やはり義父義姉と研究者ならオレもそうなるだろうとレッテルを貼られてるのだろうか。仕方ないとはいえ少しもどかしさを感じる。

 その後少し談笑し、彼女の家を後にした。それにしても餞別と言いながらオレのライブキャスターを弄っていたがあれはなんだったのだろうか。オレとしては談笑中に聞いた、修行場に適するらしい「ゆめのあとち」についての情報の方が餞別であったが。

 

 そこそこ長い時間話し込んでいたのか、まだ沈んでいなかった太陽はすっかり顔を隠していた。旅に出て初めての夜を迎える。と言ってもこれまでも外泊は多かったし、変にそわそわする事もない。

 適当に食事を取り、パートナー達のケアをして明日に備える。遂にオレはジムに挑戦するのだ。緊張には強い方のオレでも体に力が入ってしまう。

 この逸りを発散させようと、明日の対策を書いておこうとカバンから新品のノートとペンを取り出す。小刻みに震える手でペンを持ち、対戦すると予想しているジムリーダー「デント」について書き出す。

 

 数時間が経過し、夜も耽ったがオレは未だ眠れずにいた。

 相棒の3匹は既に夢の中におり、周りの音もないのでこの瞬間はオレ1人の世界だ。────いや、元よりオレは1人なのだ(・・・・・・・・)。家族もいる、友達もまぁいる、何よりもポケモンがいる。だとしても、"転生者(オレ)"は1人きりだと感じてしまう。

 

『…………寝よう、明日に響く。』

 

 バサッと布団を被り、無理やりにでも眠りにつこうと目を閉じる。恥ずかしい事だが、ちょっぴり涙が浮かんだ、かもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目覚めは良いものとは言えなかった。昨日のブルーな気分がまだ残っているのだ。ジム戦だというのに、つくづくオレはオレの芯の弱さが恨めしい。

 

 朝の支度を終え、スカーフを巻いて準備は整った。オレのリーグ挑戦はここから始まるのだ。

 

 サンヨウジムはレストランも兼ねていて、ジムリーダーである3つ子もウェイターとして働いている。食に対しての理解は浅いが、3つ子の入れたお茶は美味しいと聞く。

 

『すいません、昨日ジムの予約したんですけど。』

 

 レジの店員に旨を伝え、レストランがジムへと様変わりしていくのをオレは眺めていた。

 

 ジムの仕掛けは簡単で、カーテンに写っているタイプに対して相性の良いスイッチを踏めばいいだけだ。途中ジムトレーナーに勝負を挑まれるも、これを難なく一蹴。

 3幕目のカーテンを開くと、

 

『ようこそチャレンジャー!』

 

『サンヨウジムの仕掛けはお楽しみ頂けましたか?』

 

『次はジムリーダー、つまりぼく達があなたの強さを見定めます。』

 

 サンヨウシティジムリーダー、ポッド、コーン、デントがチャレンジャー(オレ)を待ちわびていた。

 

『オレが最初に選んだのはミジュマルです。つまり…』

 

『ならぼく、"くさ"タイプ使いのデントがお相手致します。』

 

 予想通り、デントが相手だ。

 遂に、いや、やっと始まる。心待ちにしていたこの瞬間、胸の高鳴りは最高潮に達しようとしていた。

「試合開始!」と審判が旗を振る。と同時にベルトからボールを外し、思いっきり投げ出す。

 

『ミジュマル、まずはお前からいこうか!』

 

『いけっ、ヨーテリー!』

 

 リサーチ通り初手はヨーテリーを繰り出してきた。そして気を付けなければならない行動は「ふるいたてる」。何度もこれをやられるとこちらのポケモンが一撃で倒されかねない。

 

『先手を取れ!"みずでっぽう"!』

 

 ミジュマルが発射した水流が、一直線にヨーテリーに襲いかかる。が、そんな直線の攻撃を易々と受けてくれる訳もなく、あっさり躱されてしまう。

 

『そう簡単に当たってくれないよな。』

 

 さてどうしたものかと、オレの頭で試合展開を構築していく。

 このカードで鍵になるのは間違いなく相手の"ふるいたてる"とミジュマルの"きあいだめ"。ヨーテリーの攻撃技をレベル的に"かみつく"と仮定すると、"ふるいたてる"をやられていい回数は2回(・・)。それ以上は耐えられる保証ができない。

 

『ヨーテリー"かみつく"!』

 

『…ッ!受け止めるんだ!』

 

 ホタチを盾にして迫り来るヨーテリーを制止を試みるミジュマル。小さな体に見合わぬ突進力で押されつつも、なんとか均衡を保っている。だがこれは紛れもない攻撃のチャンスでもある。

 

『"おんが……』

 

 指示が途切れる。

「うん?」、と張り合っている2匹のポケモンを再度捉え、押されている(・・・・・・・)のを頭が受け入れる。

 予想外だ。顔が険しくなるのが分かる。

 "ふるいたてる"をされていないなら互角か押し切れる程のパワーとタカをくくっていたが、大きな誤算である。

 

『…ッ!……じゃなくて"みずでっぽう"で押し返せ!』

 

 急遽作戦を変更し、一旦"みずでっぽう"で距離を離す。

 ふぅ、とため息が漏れた。2番道路のトレーナーならとっくに終わっているのに、ジムリーダー相手だとこうも上手くいかないかと格の違いを思い知る。

 なのにこの状況を楽しんでいる(・・・・・・)自分がいるのだ。またそれは、ミジュマルも同じなのだろう。

 

『中々やりますね、チャレンジャー。ならヨーテリー"ふるいたてる"!』

 

『きたか……ならこっちは "きあいだめ"!』

 

 1回目のカウント、距離を離したのは少々悪手だったかもしれない。

 本来なら"ふるいたてる"をさせない事で隙を与えずに倒しきる予定が、予想以上にヨーテリーのパワーがあったため接近戦を挑んでもこちらが不利と判断して"みずでっぽう"での攻撃に変えたが、果たして良かったのだろうか。

 互いに能力の上昇に努めたこのターン、優勢なのは、しかしジムリーダーの方である。

 

『警戒しろよミジュマル、もうガードしきれるか分からないぞ……!』

 

『ふふふ、今度はこっちから仕掛けますよ。連続で"かみつく"攻撃!』

 

 牙を剥きミジュマルに向かって迫るヨーテリー。

 ガードは見込めない、なら最小限のダメージでやり過ごすしか方法がない。

 

『ホタチで受け流すんだ!悪い、今は(・・)それで凌いでくれ!』

 

 器用にホタチを使い、紙一重でヨーテリーの猛攻をやり過ごすミジュマル。だがダメージは少しずつ蓄積されていく。

 考えなければ、押され気味なムードをガっと持っていける打開策を。"天才"と呼ばれたならば、それくらいはやらなければならないのだ。

 ヨーテリーのパワーはミジュマルを上回る。真っ向勝負は勝ち目無し、小細工を仕掛けられるほどテクニカルな技も持ち合わせていない。鍵の"きあいだめ"は発動こそしてるが、ここではまだ意味を成さない。

 こうして考えている間にもミジュマルのダメージは増えていく。バトルフィールドにあるものを見渡し策を練る。

 ────よし、と心の中で呟く。

 

『待たせてごめんミジュマル!もう一度だけ受け流して"みずでっぽう"!』

 

 ようやくきた指示にミジュマルは全幅の信頼を寄せ、"かみついて"くるヨーテリーをするりと避ける。直後、最速の水流がヨーテリーの足元(・・)を濡らした。

 布石は打った。これがいい感じにハマれば──

 

『残念だけど外れたね……今度こそ"かみつく"攻撃でトドメだ!』

 

『……そうくるよな、やっぱり!』

 

 突如、攻撃に転じたヨーテリーの体勢が崩れる。

 原因は先程外した"みずでっぽう"で濡れた床。フィールドはあくまでレストランの床だ。水で濡れれば当然滑りやすくもなる。そしてオレがこの好機を見逃すはずもなく、

 

『"おんがえし"を叩き込め!』

 

 威力がポケモンのなつき度によって変動する技、"おんがえし"。「ポケモンと仲良くなること」が特技のオレが、最も活用出来る技。当然ミジュマルのなつき度は最大、最高火力だ。

 ふわりと宙を舞うヨーテリーに為す術はなく、"きあい"に満ちたミジュマルが渾身の一撃をお見舞いする。

 

 審判が旗を上げ、ヨーテリーの戦闘不能を宣言した。

 辛くも1匹目を撃破したのだ。無意識に拳に力が入る。

 ミジュマルもゴリゴリと体力を削られていたからか相当疲弊しているようで、2連戦させるのは危険だと判断しボールに戻す。

 

『中々強いですね、チャレンジャー。それでは……これがぼくの最後のポケモン、ヤナップ!』

 

 頭から木が生えているようにも見える、くさざるポケモンヤナップ。デントのエースだ。

 相手がエースを出てきたならば、もちろんこちらもエースで応えなければ面白くない。

 

『勝ってバッジを貰おう、イーブイ!』

 

 ゴージャスボールから現れた、いつにも増してテンションが高いオレのパートナー。

 レストランからざわざわと声が上がる。──ジム戦とはいえレストランで食事を取っている一般客はいるわけで、彼らはこれを食事中のパフォーマンスと見ている──で、なぜどよめいているのか。それはイーブイがイッシュ地方では大変珍しいポケモンだからである。カントーやホウエンで見たポケモンはイッシュでは全く見られず、その逆も然り。

 ジムリーダー達もイーブイを見るのは初めてなのか、「へぇー」とイーブイの事を観察している。

 

『人気者だなぁイーブイ。可愛いからなぁ…見た目は。』

 

 最後の言葉だけは聞こえないように小声で言い、知らずにイーブイは誇らしげにドヤ顔をキメている。こういう奴なのだコイツは。

 

『えっと…そろそろいきますよー。……"おんがえし"!』

 

 瞬間、イーブイが駆け出す。

 さっきまでのお調子者はもう見当たらず、今フィールドにいるのは凶暴なオレの"エース"ポケモンだ。

 如何に身軽であろうともイーブイのスピードにはついてこれるはずもなく、ヤナップに回避の選択をさせる間もなく"おんがえし"を叩き込む。

 

『速い!大丈夫ヤナップ!?』

 

 それでも相手はジムリーダーのエース、一撃で倒れることはなく、しかし手痛い一撃を貰ったのは確かだ。

「いける」、と思った。イーブイのスピードなら、"てきおうりょく"の合わさった"おんがえし"なら、勝利をもぎ取れると。

 こちらに勝利の女神が微笑みかけている今、オレは勝負を決めにかかる。

 

『"でんこうせっか"で撹乱しろ!』

 

 更にイーブイのスピードは上がっていき、オレでも肉眼で捉えるのが精一杯だ。

 この勢いで突撃すればヤナップの戦闘不能は間違いなく、またオレも勝ちを確信していた。

 

『今だ!突っ込め!』

 

 辺りを駆け回っていた茶色い影(イーブイ)が、進路を変えヤナップに突撃する。

 

 決まった、そう思った──────が、何かと何かがぶつかるような音はしなかった。代わりに聞こえるのはシュルシュルと何かが蠢く音。

 オレの目に入った光景は、冷や汗を流させるには十分過ぎた。あのスピードに反応して、ヤナップが"つるのムチ"でイーブイを捕縛していた(・・・・・・)のだ。

 

『ふふ、確かにイーブイ(この子)のスピードは脅威ですが、タイミング(・・・・・)を合わせれば対処は出来ますよ。』

 

『タイミング……』

 

 ハッと思い当たる節が記憶からサルベージされる。

 お茶(・・)だ。以前聞いた話だと3つ子の作るお茶は、デントが完璧な茶葉を選び、コーンが完璧な状態の水を用意し、ポッドが完璧な火加減でお湯を注ぐ事で最高のお茶が出来上がるらしい。どの工程も肝要なのはタイミング(・・・・・)、デントにとってタイミングを合わせることはお茶だろうがバトルだろうがお手のものなのだろう。

 

『ヤナップ、そのまま"みだれひっかき"! 』

 

『あぁっ……イーブイ…!』

 

 "つるのムチ"で体をガッシリと抑えられたまま、"みだれひっかき"で体力を削りにかかるヤナップ。遠距離技の1つでもあればまだ状況が変わったのかもしれないが、イーブイはそんな技覚えておらず抵抗することすら叶わない。

 

『クソッ……イーブイ戻れ!』

 

 今のイーブイには何も出来ないと悟り、やむなくボールに戻す事を選択した。

 悔しさが顔に浮かぶ。決して交代自体は悪い選択肢では無い。それでも、勝てると確信したのに勝てなかったことが情けなくて仕方がなかった。

 ─────1度深呼吸をし、気持ちをリセットする。まだ負けていないし、むしろこちらが王手をかけている。

 

『……うん、決めてこい!ココドラ!』

 

 3匹目のパートナー、ココドラがズシンとフィールドに降り立つ。

 また見慣れないポケモンの登場でオーディエンスがざわめくが、オレの耳にはもう喧しい雑音にしか聞こえなかった。その雑音に紛れ、オレはココドラに作戦(・・)を伝える。

 

『"がんせきふうじ"だ!』

 

 ココドラが一声鳴くとどういう原理か空中から岩石が落下してくる。しかし降り注ぐ岩をひらりひらりとヤナップは躱す。

 構わない、避けられるのは想定の内だ。目的は"がんせきふうじ"を撃つ事にある。

 再びオレは"がんせきふうじ"を命令し、ココドラもそれに従う。同じようにヤナップが避け、フィールドには落ちてきた岩石が散乱している。

 

『これで整ったな…いくぞココドラ!』

 

『何か仕掛けてくる!"つるのムチ"で抑えて!』

 

 "すばやさ"はヤナップの方が速く、"つるのムチ"がココドラを縛り上げる。行動を封じられたココドラはピクリとも(・・・・・)動かず、また"みだれひっかき"をしてこようとするヤナップを待ち構える。

 

『ヤナップ"みだれひっかき"!』

 

『"かたくなる"。』

 

 ガキンと音が鳴る。攻撃を受けたのはココドラのはずが、逆に呻いているのはヤナップの方だった。

 あらゆるポケモンの中でも随一の"ぼうぎょ"を持つココドラ系統。ましてや"ノーマル"タイプの技なんて"はがね"、"いわ"タイプのココドラには痛くも痒くもないのだ。そして"かたくなる"により増した硬さは、逆に相手の手を痛めさせることも可能になる。

 

『隙ができたな……!"メタルクロー"で吹きとばせ!』

 

『避け……!?』

 

 ここでデントは気が付いたようだ。"がんせきふうじ"による歪なフィールドの圧迫(・・・・・・・・・・)が完了していたことに。

 デントから見たら無差別に岩石を降らせている風に見えたかもしれない。その実、丁度逃げ道を塞ぐような間隔で"がんせきふうじ"を行い、有利なフィールドを形成しているとは考えもしないだろう。

 ヤナップが広々とフィールドを使い、安全に"つるのムチ"のタイミングを見極めさせてしまうのならフィールドそのものを狭めてしまえばいい。更にココドラは未進化ポケモンの割に体重がとても重く、"つるのムチ"で捕縛されたとしてもビクともしない。

 

 銀色に光る小さな爪がヤナップを捉える。

 次の瞬間、ヤナップは岩石に叩き付けられバタりと地に伏した。

 

 ───────終わった。オレの初のジム戦は、「勝利」の2文字と共に幕を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 偶然か昨日と同じベンチに座り、「サイコソーダ」片手に冬の星空を見上げる。

 ジム戦は「楽しかった」、この一言に尽きる。ここまで血が滾るとは思いもしなかった。それでいて様々な課題点をオレに叩き付けてくるのだから飽きがくるハズもない。

 

 素直な"オモテ"の感想は上の通り、"ウラ"の感想は「情けない」だ。

 イーブイにカッコ悪いところを晒させてしまったのが特に大きいが、もうひとつジムリーダーの1番手であるヨーテリーの実力を見誤っていた事もある。

 所詮1番手と心のどこかで侮っていたのは否定できない。この「甘さ」が抜けきらないのがオレの悪いところだ。

 

 それでもと、サンヨウジムリーダーから受け取ったバッジ、「トライバッジ」を空に掲げる。確かな勝利の証だが、オレの顔は険しいままだった。

 

 明日はこの辺の草むらでポケモンを捕まえようかと考えている内に、

 

『へクシュッ!……あー…ポケセンに戻るか……』

 

 残りの「サイコソーダ」を飲み干し、ポケモンセンターに戻る。ジム戦の楽しさとポケモンバトルの難しさをよく胸に刻みながら─────

 

 




ミジュマル Lv13
性格:がんばりや
性別:♂
特性:げきりゅう
技:たいあたり・きあいだめ・みずでっぽう・おんがえし
がんばりやのいい子。空回りすることもあるけどご愛嬌。ショウにはもうなつききっている。


デント・コーン・ポッドだとポッドが1番好きです。理由は特にありません。









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3話 他人の尻拭い程面倒くさいことはない

誤字脱字あったら教えてください。
今更なんですけどタイトルは話の大まかな雰囲気です。


 太陽が昇る前の薄暗い明朝、「ゆめのあとち」にオレは訪れていた。あえて明朝に来ているのは地下の手強いポケモンがみんな眠りについているからである。

 ここにはかつて研究に没頭していた科学者の残滓が見て取れる。それが良いものなのか悪いものなのか、今となっては見当もつかない。

 誰もいない廃墟を1人寂しく探索しているのはわけがある。もちろん、オレの"前世"の手がかり探しである。

 何か心当たりがある訳でも、「ゆめのあとち」に惹かれたのでもない。ただ「ゆめのあとち」と呼ばれる前の場所が何らかの原因で滅んだのなら、オレの過去、すなわち"前世"が関係している可能性も捨てきれない。

 

 が、残念ながらここには何もなさそうだった。

「ちぇっ」と小さく呟く。ヒントの1つでも見つけられたらなと思い訪れたが、無駄足だったようだ。

 

『しょうがないか、また午後になったらみんなで来よう。』

 

 踵を返し地上への階段に足を掛けようとすると、

 

『あれは……ムシャーナか?』

 

 地下部屋の奥の方、日が昇り始めたのか太陽光が丁度差し込んでいる辺りにゆめうつつポケモンのムシャーナはいた。

 別にムシャーナ自体は珍しいポケモンでもなく、進化前のムンナも地上に生息している。だがオレはあのムシャーナに謎の特別性(・・・)を感じたのだ。

 そんなムシャーナを捕獲したいのは山々だが、今のオレは正真正銘の1人きりだ。そしてオレの直感が、あのムシャーナには挑むべきではない(・・・・・・・・)と訴えてくる。仕方なくオレは図鑑をムシャーナに向け、情報の記録だけして階段を上っていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 午後、今度はポケモン達と一緒に「ゆめのあとち」に来ていた。

 その目的は捕獲と特訓。昨日のジム戦の反省とポケモン図鑑のページを埋めるため、オレは「ゆめのあとち」を駆け回る。

 最初にチョロネコ、次にムンナ、最後にタブンネを捕まえ「ゆめのあとち」での捕獲作業は終了。地下に行けばまだ未捕獲のポケモンもいるが、現状のレベルでは厳しい。

 一方の特訓は滞りなく進んでいる。やはり「トライバッジ」を入手出来るだけあって、周りのトレーナーよりオレの方が実力は数段上だ。

 

『"スピードスター"!』

 

 無数の星型の弾丸がイーブイから放たれ、"てきおうりょく"により増加した威力のそれは相手のチョロネコの体力を奪い去るのには十分だった。

 本来ならイーブイはレベルアップで"スピードスター"を覚えない。ならどうやって覚えさせたのか、それはオレにも分からなかった(・・・・・・・・・・・)。何となく出来ると思った、そしたら出来た(・・・・・・・・・・・・・・・)のだ。良い表現をすると可能性を信じたとでも言っておく。

 

 賞金を貰い、さて次の相手はと息巻いていると、

 

『あぁ、ここにいましたか。探しましたよチャレンジャー……ではなくショウ君。』

 

『! …… ジムリーダーのデント……さん。』

 

 少々息を切らしたサンヨウジムリーダー、デントの登場にオレは困惑を隠せない。

 なぜここに、と問う前にこの言葉は潰され、詳しい話はジムでとほぼ強制的に連行された。

 

 何が起こっているのか分からぬまま席に案内され、あの完璧なお茶を注いでくれたウェイターにカタコトのお礼を言う。

 目の前に座るデントに今度こそオレは問いを投げかける。

 

『……あの、オレ何か悪いことでもしましたか……?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 3番道路のその先、「ちかすいみゃくのあな」にて、

 

『ここか……』

 

 ブルっと身を震わせ、凍える洞窟内をオレは進んでいた。

 

 なんでこんな何もなさそうな洞窟にわざわざ赴いているのかと言うと、それは先程のデントとの会話まで遡る────────

 

 

 

『え? 調査……ですか?』

 

『はい。数日前にプラズマ団と呼ばれる組織の団員が、3番道路の先にある「ちかすいみゃくのあな」で騒ぎを起こしたらしく、洞窟のポケモンが中に入ったトレーナーに襲いかかってしまうという事態に……』

 

 プラズマ団、どこかで聞いたような気がするが思い出せない。良からぬ輩である事は察するが。

 

『あのすいません、なんでオレなんです?』

 

『本当ならぼく達で様子を見に行きたいのですが……ぼく達にも仕事がありますので時間が取れず、そこで昨日ジムバッジを獲得したあなたにお願いしようかと。』

 

『あー……なるほどー……なるほど……?』

 

 

 

 ──────こんな会話があり、断る理由も無かったためオレはミジュマルと共に洞窟の調査に乗り出していた。

 デントの言っていた通り、洞窟のあらゆる箇所からポケモンの攻撃が飛び掛ってくる。残念ながら、その攻撃がオレに届くことは1度もなかったが。

 

 洞窟1階の最奥、これ以上先に行くには"なみのり"をしなければならないが、オレは"なみのり"のひでんマシンを持っていない。

 頭を掻きながらどうするか考えていると、

 

『……ッ!? ミジュマル回避!』

 

 危険を察知した数秒後、オレとミジュマルがいた足元に岩が撃ち込まれた。

 警戒レベルを上げ、周囲を見渡す。しかし暗い洞窟では目標の認知が出来ず、対策の"フラッシュ"を使えるポケモンもいない。

 また見えない敵から岩が撃ち込まれる。

 今の攻撃は恐らく"うちおとす"。「ちかすいみゃくのあな」でこの攻撃を行えるポケモンは限られてくる。

 ある程度の予測が出来たオレは、転じて攻勢に移行するべくミジュマルに指示を出す。

 

『敵は多分……ミジュマル、"みずでっぽう"を手当り次第辺りの岩に当ててくれる?』

 

 1つ目、2つ目、3つ目のところで呻く声が洞窟に反響する。

 "みずでっぽう"が余程効いたのか一見ただの岩に見える"何か"がゆっくりと動き出した。

 

『やっぱりか。……って少しデカい……か?』

 

 図鑑に登録されている平均よりも大きい、マントルポケモンのダンゴロ。コイツがさっきオレ達を狙撃してきた存在の正体なのだろう。

 やたらと戦い慣れしてそうな雰囲気のダンゴロ、コイツがこの「ちかすいみゃくのあな」1階のヌシである事は明らかだった。

 ダンゴロの鳴き声で辺りのポケモンからの敵意がより強まるのを感じる。今、オレを正式に"排除対象"とみなしたのだ。

 

『っく……逃げられないなこれじゃ。あぁもう!やるしかないのか……!』

 

 戦いは望んでなかったのに、どうしてこうなったのか。ひょんなことからプラズマ団への恨みが生まれた瞬間だった。

 

 それはさておき、状況が悪いのは確かだ。前には今にも攻撃してきそうなヌシ、後ろには"ふくろだたき"を待ちわびる洞窟のポケモン達。完全なるアウェイ、楽しいとは流石のオレも言えない。

 覚悟を決め、スカーフを結び直しダンゴロと対峙する。

 

『"みずでっぽう"!』

 

 当然狙うのは効果抜群。水流がダンゴロ目掛けて射出される。

 もう同じ手は喰らわないとダンゴロも"うちおとす"で張り合い、なんと"みずでっぽう"を裂き、ミジュマルに命中させたのだ。

「マジか」、と心の声が盛れると同時に、さっきの奇襲に当たらなくて本当に良かったと安堵する。

 安心感に浸りたいが、それどころでは無い。"みずでっぽう"が封じられたということは、ミジュマルがダンゴロに対する有効打は残されていないのだ。

 

『ヤバいな……"おんがえし"も防御の高いダンゴロには対して効かないだろうし……ッあ!右に飛んで!』

 

 悠長に考えさせる暇を与えてくれるほど、ヌシは敵に甘くない。

 ダンゴロの怒りの猛攻を避け続けるミジュマル。このままでは先にこっちがスタミナ切れを起こすのは分かりきっている。けれど"みずでっぽう"が無効化される今のミジュマルに勝ち目があるとは言えない。

 

 ───ここで交代するか、と一瞬迷い───すぐにこの芽生えた提案を捨て去る。

 オレは知っていた。昨日の夜、ミジュマルがジム戦の結果に満足出来ずに悔しそうにしていたのを。

 ジムリーダーのヨーテリーを単独で撃破したのだから、オレはその成果に大満足していた。しかし過剰とも言える"がんばりや"な性格のミジュマルには足りなかった(・・・・・・)のだろう。出来るなら自分1匹でジムを制覇する、そのくらいの勢いでフィールドに出たのに、終わってみれば前座のヨーテリー1匹にほぼ互角─────いや、パワーは負けていた─────の戦いしかできなかったのだ。

 ここでミジュマルを下げれば、オレはこの子の意気込みを否定することになってしまう。それだけはこの子のトレーナーとしてできなかった。

 

『そうだよな、お前の頑張りは実を結ぶよミジュマル!反撃だ!』

 

 回避はもう終わりと言わんばかりに、お腹のホタチを振りかざしダンゴロに切りかかるミジュマル。いつの間にかホタチは水色に淡く発光し、1つ鋭利なの刀となる。"シェルブレード"、まさにミジュマル系統のためにある様な技だ。

 攻撃の手段は得た、しかしまだだ。まだ足りない。 ダンゴロの強靭な防御を貫くには今の(・・)ミジュマルでは及ばない。

 

『"シェルブレード"を使えるようになったのか……ならそろそろ来てもおかしくない……だろ!』

 

 ミジュマルを信じる理由として、オレにはある予感(・・・・)があった。

 ジム戦で大きな経験を積み、特訓を重ね、カノコを出発した時よりも何倍も逞しくなったオレのパートナー。ならばそろそろ来てもおかしくないハズなのだ。多くのポケモンが特定のレベルに到達した際に起きる、進化(・・)の時が─────

 

『8つのジムを制覇するなら、これくらいは乗り越えなきゃな!ミジュマル……いや、フタチマル(・・・・・)!』

 

 光に包まれ、ミジュマルの姿が変わっていく。0.5m程だった高さは1m近くに伸び、トレードマークのホタチは1つから2つに増えより攻撃的になった。体色も白から青く変化し、その凛々しさもありミジュマルの面影を感じさせない程成長したオレのパートナー。

 

『いこうフタチマル!"シェルブレード"!』

 

 二刀流となったフタチマルがホタチ両手に駆ける。

 予想だにしない敵の進化に焦るダンゴロ。迎撃に放っている"うちおとす"は精度に欠け、また数打ちゃ当たるで当たりそうな岩は尽くフタチマルのホタチにより切り崩される。

 ガキン、とダンゴロの顔(?)に"シェルブレード"が刻まれる。効果抜群に加え進化して攻撃が上がったフタチマルの2振りは、ダンゴロの体力を余すことなく奪─────わなかった。

 

『ありがとうフタチマル、ちゃんと体力残してくれたんだな。』

 

 ここに来た目的は元より争いでは無い。「ちかすいみゃくのあな」を調査する、それだけなのだ。仮にダンゴロを倒してしまえば、次は「ちかすいみゃくのあな」全てのポケモンを相手取ることになるし、余計に事態を悪化させかねない。

 

『ゴメンな、変に騒いで怯えさせちゃって。プラ……えーと、なんだっけ…まあいいや。とにかく騒いでたバカにはキツーく言っておくから。…この通り!』

 

 オレ達(・・・)に非は無いとはいえ、ここのポケモンに警戒心を抱かせるような真似をしたのは、大きな括りで言えばオレ達(人間)だ。

 全力の謝罪に、ダンゴロが心を許したのか周りのポケモンもそれに従い警戒の色が薄れていく。

 これでひとまずは問題解決と見ていいだろう。

 

『それじゃあ帰りますかぁ……』

 

 洞窟内のポケモン達に感謝を伝え、サンヨウシティに帰ろうとすると、

 

『ん?どうしたのダンゴロ。何かまだ伝えたいことでもあった?』

 

 ピョンピョンと跳躍を繰り返すさっきまで相対していたヌシのダンゴロ。真意がどうも読み取れないが、もしかするととオレは考えを口に出す。

 

『……オレ達と一緒に行って、ナントカ団をとっちめたい……違う?』

 

 跳躍の激しさが増したことから、正解と思われる。

 クスッと笑い、喜んでオレはカバンから空のモンスターボールをダンゴロに当てる。3回揺れてからポンと音が鳴ったのを聞き、

 

『よろしく、ダンゴロ。』

 

 ボールを拾い上げ、頼もしい相棒に挨拶。

 新しい仲間が増えたことで賑やかさが増したオレの旅は、更に楽しいことになってきたのだった。プラズマ団にお仕置きするという目的も追加して。

 

 




ダンゴロ Lv16
性格:ゆうかん
性別:♀
特性:がんじょう
技:うちおとす・かたくなる・どろかけ・ステルスロック
ポケモンをまとめていた立場だけあって正義感と責任感がとても強い。ショウとフタチマルを認め仲間入り。



今回は短く収まって良かった。まだ飽きてない。それでは。



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4話 好奇心で首を突っ込むのはやめておけ

誤字脱字あったら教えてください。
そのうち出てくるゲーム主人公の性別をどっちにしようか迷う。どっちでもいいんだけど。


 デントに「ちかすいみゃくのあな」の問題は解決したと伝えたオレは、次のジムがあるシッポウシティを目指して3番道路を歩いていた。

 挑んでくるトレーナーは返り討ちにし、強いポケモンが出てきやすい濃い色の草むらでは図鑑に登録されていないポケモンを捕獲していく。と言ってもここで見つけたのはシママとマメパトの2匹だけなのだが。

 日はまだ暮れそうになく、思う存分オレとパートナー達は特訓に精を出していったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シッポウシティ、ポケモンセンターの一室。

 ヘトヘトになるまで3番道路と「ちかすいみゃくのあな」を往復して特訓したオレ達はコロモリが飛び始めたのを見てシッポウシティまで走り、なんとか空いていた部屋で休んでいる今に至る。

 それにしても、とオレの顔はニヤけが止まらなかった。

 ミジュマルはフタチマルに進化して、イーブイは"スピードスター"という遠距離技も覚え、新しい仲間も増えた。幸せだと心の底から思う。そしてトレーナーになって良かったとも。

 いつもより奮発して高くついた夕飯を食べ終え、ベッドに横たわる。いつもの事だがポケモン達も一緒に。ココドラとダンゴロは少し体重がアレなので床だが。

 

 そろそろ寝るかと、明かりを消し毛布を被ろうとすると─────

 

 ズドン、と遠くで異音がした。

 微かにオレと聴覚には自信アリなイーブイには聞こえたようだが、他のポケモンは余程疲れていたのか驚くべき速さで夢の中だ。

 異音の正体は気になるが眠気には勝てそうもなく、オレもまた眠りに落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、本当ならジム戦に挑もうと思っていたのだが、昨日の爆発音にも似た何かが気になってしょうがないオレはその好奇心を優先させることにした。

 

 場所の見当は大方ついており、ヤグルマの森・外部のどこかだと思われる。内部で何か起こっても木々や葉が音を吸収してしまうから、音がした方角と予測からヤグルマの森・外部(ココ)と推測したのだが、中々どうしてオレのカンは冴えている。

 

『アレはドッコラーと……ナゲキとダゲキ?』

 

 巨大な岩の前で睨みを効かせ合うきんこつポケモンドッコラーに、じゅうどうポケモンナゲキとからてポケモンダゲキ。

 

『昨日のはアイツらが岩殴ってた音か……夜にやるなよな……』

 

 一応物陰に隠れながら様子を窺う。

 どうしようかとボールから出ていたイーブイにアイコンタクトするも、「知らね」と興味なさげにそっぽを向かれた。

 

『関わる気ナシですかイーブイ君。……ん?なんだ?』

 

 何か言い争っているのか、ギャンギャン騒いでいるのが聞こえた─────かと思えばこちらに接近してくる。

 どうやら隠れているのはお見通しだったらしい。"かくとう"タイプは武人気質な事が多いから気配には敏感なのだろうか。

 取り込み中の邪魔をしてしまった報いでも受けさせられるのかと思いきや、サッと臨戦態勢を取る3匹。ご所望なのはバトルのようだ。

 

『3匹同時……ってことは"トリプルバトル"か。…ふーん……よし、やってやるよ!』

 

 イッシュでは近年普及してきたリーグ公認ルールの1つ、"トリプルバトル"。"ダブルバトル"と感覚は似ており、出すポケモンが2匹から3匹に変わっただけだが、1匹増えるだけで考える事は増大し、より奥深いバトルが楽しめる─────らしい。

「らしい」と"トリプルバトル"について言いきれないのは、オレ自身"トリプルバトル"をやったことがない(・・・・・・・・)からだ。ルールとして存在するのは知識として頭の片隅に置いておいたが、やるのはコレが初めてとなる。何せこの広いイッシュ地方でもまともに"トリプルバトル"を楽しめるのは遥か先のソウリュウシティぐらいで、他にはホドモエシティの何某が何とかで"トリプルバトル"がどうしたという、情報にもならない噂しか知らない。

 

『3匹……3匹か…うーん……』

 

 相手は全員"かくとう"タイプ。フタチマルは確定選出として、問題は後2匹だ。なんと残りは全員"かくとう"タイプが効果抜群(・・・・)ときた。ココドラに至っては普段の4倍近いダメージを貰ってしまう。消去法でダンゴロとイーブイを出さざるを得ないのだが、不安しかなかった。

 腹を括り、フタチマルとダンゴロを繰り出しイーブイを前に出す。

 作戦は2匹でフタチマルの全力援護、これしかなかった。数的有利を取られたらマズイと考えたからだが、オレにはこれが良策なのか判別出来ないのが煩わしい。

 

『先ずは先手をとる!フタチマル"シェルブレード"!イーブイとダンゴロは"スピードスター"と"うちおとす"で援護に回って!』

 

 指示が出るや否や切り込みにかかるフタチマル。その後ろからは星型のエネルギー弾と速度が乗った岩石弾が後を追う。

 が、"シェルブレード"はドッコラーの角材が受け止め、"スピードスター"はダゲキの"にどげり"ラッシュ、"うちおとす"はナゲキが体を張った"がまん"で受け止める見事な防御連携で完璧に防がれてしまった。

 さらに3匹の射程距離にフタチマルはいる。これが意味するのは、"かくとう"タイプの強烈な武技の嵐だ。

 

『マズ……ッ! イーブイ"すなかけ"!ダンゴロは"どろかけ"で離脱の隙を!』

 

 攻撃の構えをとったダゲキとドッコラーの目を砂と泥が潰し、フタチマルは間一髪射程外へ逃げる。

 ────難しい。"トリプルバトル"、今の攻防だけでも難易度の高さが分かる。さらに相手がトレーナーでないため、考えを読んだり攻撃のパターン化がしにくいのも拍車をかける。

 そしてもう1つの発見。それは、フタチマルが倒れた時点でこちらの負け(・・)だということ。

 ポケモンバトルにおいてタイプ相性は最も重要な要素であり、これをひっくり返すのは至難の業だ。それを理解した上で厳しい言葉を言うのなら、フタチマル抜きでイーブイ達があの3匹に勝てる見込みはない(・・)。そうオレは断言する。

 

 近距離は不利と見て遠距離技で攻め立てたいが、間違いなく"がまん"を続けその力を解き放つ瞬間を待ちわびるナゲキの糧になる。

 

『ならナゲキ以外を狙うだけだ!フタチマル"おんがえし"!2匹はサポート!』

 

 再びフタチマルが攻撃を仕掛け、イーブイとダンゴロが支援する形に入る。フタチマルのターゲットはダゲキ。ドッコラーのように獲物を持っていないなら、と考えたからである。

 サポートの"スピードスター"と"ロックブラスト"はドッコラーの"いわおとし"による岩でガードされたが、フタチマルの道は作れた。

 "おんがえし"の一撃とダゲキの"ローキック"が激突し、お互いに弾かれる。間髪入れず"シェルブレード"で追い討ちをかけるが、

 

『何ぃ……!?フタチマルストップ!』

 

 そこに立ち塞がったのは"がまん"状態のナゲキ。

 "シェルブレード"を地面に叩きつけ威力を殺し、すんでのところで攻撃を不発に終わらせた。

 もし攻撃していればと考えると恐ろしい。敗北へのルートがあまりにも多すぎる、と笑いすらどこからか出てくる。

 

 1粒の汗が額を流れ、悟る。策を練らなければ勝てないと。なら練るのみ。"天才(オレ)"はそれくらい出来るはずだ。

 

 ──────スーッと思考が澄み渡る。冬の空気は頭を落ち着かせるのに持ってこいだ。

 

『やれる、な。』

 

 野生のポケモンだからといって、どこか侮っていた節があるのは否定できない。しかしたった今、そんな甘い考えは捨てた。ジムリーダーと対峙した時同様、本気でバトルにオレは臨む。

 

『イーブイ……"ふるいたてる"!』

 

 自らを奮い立たせ、攻撃と特攻をあげる技"ふるいたてる"。サンヨウジムで見た技だ。

 ジムリーダーに勝利した証に渡されるのはジムバッジともう1つ、技マシンがある。サンヨウジムの技マシンに記録されていたのは、今イーブイが使った"ふるいたてる"だったのだ。

 

『まだだ!もっと"ふるいたたせろ"!』

 

 不穏な空気を察知したのか、今度はダゲキとドッコラーがイーブイを倒すべく動く。片や"ローキック"で足を狙い、片や"けたぐり"で胴を狙う。

 そこに現れるのは、オレが信頼する青いモノノフ─────

 

『悪いなフタチマル、だけどお前しかいないんだ。』

 

 オレの詫びに、フタチマルは頼もしく笑って応える。

 ホタチを両手に構え、反応出来る攻撃を"シェルブレード"二刀流で捌き受け流す。

 

『ダンゴロ、お前にもやってもらうぞ。ナゲキ(・・・)に"うちおとす"!』

 

 一瞬固まったダンゴロだが、指示を信じて"うちおとす"を放つ。

 避ける気もないナゲキにはしっかり命中し、完全に"がまん"しきった巨漢が動き出す。貰った攻撃を何倍もの力に変え、ダンゴロに向けて拳が振り下ろされる。

 それでも、ダンゴロは逃げなかった(・・・・・・)。むしろナゲキを睨みつけ、威圧しているようにも見えた。

 

 直撃。

 確かにナゲキの拳はダンゴロを捉えた。

 ────が、驚愕の表情を見せたのはナゲキの方だった。

 

『硬いだろ?ウチのダンゴロは"がんじょう"だからな。硬くて当然だとも。』

 

 してやったり、とダンゴロとオレはニヤッとする。

 特性"がんじょう"。どんなに強力な攻撃でも、体力が満タンなら踏みとどまり耐える特性。これを持ってダンゴロはナゲキの重撃を耐えて見せたのだ。

 

『まだ終わらないよ! さぁ行ってこい!』

 

 "ふるいたてる"を終え、十二分に攻撃と特攻を高めたオレのパートナー、イーブイ──────

 

メタルクロー(・・・・・・)!』

 

 ではなく、相性が悪いと控えていたココドラだった。

 

 ────"バトンタッチ"。これが入れ替わりの秘密だ。

 "ふるいたてた"後、イーブイは3匹の目を盗み"バトンタッチ"でココドラに能力変化を引き継がせ、ボールへと戻ったのだ。

 まともに戦えば相性は最悪、しかし一瞬攻撃するだけなら話は変わる。単に攻撃して終了なのだから、戦う必要がない。ダンゴロは1番厄介なナゲキの隙を作ってもらうための囮だ。そして綺麗にかかってくれた。

 

 蓄積されたダメージもあり、攻撃が数段上がったココドラのメタルクローを受けナゲキは倒れた。

 

 一方ダゲキとドッコラーの双方を相手取り、限界が近いフタチマル。そう、限界が近い(・・・・・)のだ。

 フツフツとフタチマルから湧き上がる水のオーラ。特性"げきりゅう"、その発動の合図だった。

 

『"みずでっぽう"!』

 

 より太く、より圧が増した水流は"ハイドロポンプ"と見間違う程の威力となり、ドッコラーの体力を文字通り洗い流した。

 残すはダゲキ1匹のみ。どうするかオレが問うも、あちらに引く気は更々ないようだった。

 

『やっぱ武人か、カッコイイな……でも勝たせてもらうけどね!トドメの"シェルブレード"だ!』

 

 二刀のホタチが青白く発光し、水の力と切れ味の増した二振りでダゲキに切り掛る。

 一刀はダゲキの"ローキック"が防ぐも、すぐさま迫る二刀目をまともにくらい、ダゲキも倒れたのだった。

 

 初めての"トリプルバトル"はどうにか勝つことが出来たが、まだまだ経験不足だと痛感する。

 

『……ふー……勝てたかー……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パートナー達と戦った3匹に"げんきのかけら"と"すごいキズぐすり"を与え、簡易的な治療を施す。

 全員が活気を取り戻したところで、本題に入る。

 

『で、勝ったから言わせてもらうけど、夜に岩殴んの止めてね!結構うるさいから!』

 

 その割には速攻で眠りに就いたのだが、それは言わない事にした。

 3匹も頷き、夜にはやらないと誓ってくれた。これで夜に変な音が鳴ることは無くなると思われる。

 なんで岩なんか殴ってたのか、と問うと「試しの岩」は殴ることで「ほしのかけら」が入手出来るらしく、誰が1番大きい「ほしのかけら」をゲットできるのかを競っていたらしい。ちなみに昨日はダゲキが1番だと自慢された。

 

 気が付けばもう空はオレンジに染まっており、とても今からジム戦とは言えずまた明日に延期することを決定し戦友の3匹に別れを告げ、その場を去った。

 

 ──────後ろに在った影には気付かぬまま。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『へー、じゃあの3匹有名だったんですか。』

 

『あぁ、少し前から「試しの岩」で修行するようになったみたいでね。悪いことではないんだけど、やっぱりうるさいからね。収まったのなら良かったよ。』

 

 昔義父に連れられて訪れた、シッポウシティの名店カフェ・ソーコ。ミルクと砂糖がたっぷり入ったアイスコーヒーをストローでグルグル混ぜながら、マスターとの談笑に花を咲かせる。

 

 あの3匹はある日(・・・)を境に連日連夜「試しの岩」を殴り始めたとマスターは言う。

 どうしてそんなことを、と聞く前に何となく予想がついてしまうのがなんとも腹立たしい。

 

『プラズマ団関連ですかね、それって。』

 

『多分ね。数日前に博物館の「ドラゴンのホネ」を強奪しにいって、隠れ場所としてヤグルマの森に潜んでたらしいからね。結局ヒウンシティのジムリーダーとアロエさんに勝ったトレーナーが解決したらしいんだけど、何がしたかったんだろうね。』

 

 さぁ、とアイスコーヒーを飲みながら首を傾げる。

 プラズマ団による「ドラゴンのホネ」強奪事件はかなり大きなニュースになっていた。いよいよプラズマ団がろくでもない組織なのが決まってきたが、どこか解せない。

「ドラゴンのホネ」なんて奪って何をするつもりだったのだろうか。他にも貴重な品が山ほどある博物館の中から、なぜ「ドラゴンのホネ」なのだろうか。

 

『(ドラゴン……"ドラゴン"タイプのポケモンが何か関係してるのか……?)』

 

 そこまで考え、推理を止めた。

 判断材料が少な過ぎる。答えを導き出すのは不可能だ。

 

『……あ、そういえばマスター、そのアーティさんと一緒に解決したトレーナーって誰なの?』

 

『ん?……あぁ、確かカノコタウン出身のトレーナーだってアロエさんが言ってたよ。名前は……なんだっけな……? あれ、カノコタウンと言えば君と同郷じゃないのかい?』

 

『同郷って言っても知り合いとは限らないでしょう?』

 

 とは言ったがあの小さい田舎町なら多分知っている人は知っている。義姉なんかは全員知り合いと言ってのけそうだし、オレが異端なだけだ。

 それにしてもカノコタウンのトレーナーとは、なんだか無関係のオレまで誇らしくなる。それがシッポウシティジムリーダーのアロエを下せる程となると、尊敬の域にも届くかもしれない。

 アロエはイッシュジムリーダーの中でも特に会う機会が多く、あちらもオレをよく可愛がってくれた。これまでは"学者"と"天才"として関わってきたが、次はジムリーダーとジムチャレンジャーとして対するのだ。新鮮な気分である。

 

 ニヤニヤと楽しみに明日のジム戦を想像していると、

 

『隣りいいかな。』

 

 隣りに誰かが腰掛ける。

 見た目はただの青年に見えるが────危ない(・・・)と、オレの頭が、心が、精神が告げている。この青年は得体の知れない"ナニカ"を持っている。

 逃げるように店を出ようと、立ち上がり─────

 

『見てたよさっきのバトル。』

 

『えっ……』

 

 潰される。

「さっきの」と言われると、3匹との"トリプルバトル"ことだろうか。しかし人の気配なんてしなかったのに「見ていた」とは。より警戒心は強まるばかりだ。

 

『キミは────』

 

 次に続いた言葉の意味が、オレにはさっぱりと分からなかった。

 

『────ポケモンと話せるのかい(・・・・・・・・・・・)。』

 

 

 




気が付いたらお気に入り件数が二桁になってました、ありがとうございます。飽きるまでよろしくお願いします。

ゲームでもカフェ・ソーコの雰囲気すごい好きだった。


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5話 1番普通が1番手強い

誤字脱字あったら教えてください。
戦闘描写ほんと難しいですね……変になってないか心配です。
ノーマルタイプのジムって大体強いですよね、アカネとかセンリとか。


 空気が固まる。

 何を聞いてくるかと思えば「ポケモンと話せるのかい?」なぞ、ふざけているのだろうかと呆れかけ─────すぐに考えを捨てる。

 ポケモンと話せる、なんて夢のようなことある訳ないのに、彼の目は本気で聞いている目だった。まるで"私はそうです"と言いたげに。

 だからこそ、オレは彼の真意を確かめたいと思った。

 

 実は、一部の人にはオレがポケモンと話しているように見えるのか、「お前ポケモンと話せるのか?」と聞かれたことは何度かある。ただどれも冗談混じりで、会話のネタ程度の質問だったと思われる。それに、オレはポケモンと話すこと()不可能だ。

 

 ────「は」、だ。

 一つだけ、多分他の人には無いオレだけの特技────「ポケモンと仲良くなること」の()となる特別な力なら、ある。恐らくこれも"転生特典"的な何かなのだろうが。オレの力、と断言出来ないのが悔しい。

「力」と言ってもポケモンの能力を底上げするでも、凄い強力な技を使えるようにするでもなく、オレによるオレのためだけの「力」だ。

 

『オレにはポケモンの言葉は分かりません。けれど……()なら、見えます。』

 

『光……?』

 

 反応からして、やはりオレにしか見えていないのだろう。嬉しさと寂しさが混ざり、渾沌とした気持ちがチクリと心を刺す。

 発言に嘘偽りなく、オレには()が見えている。ポケモンとオレとの間に存在する光が、この目にしっかりと。それはパートナーだけでなく、野生のポケモンにもオレは見る。パートナーと比べれば当然微弱な光、しかし「在る」のだ。

 この「光」を、オレは「キズナの具現化(・・・・・・・)」だと思っている。

 

 入店から表情一つ変えなかった青年が、少し笑った気がした。ゾクリと背中に寒気が走る。

 本気の問いには本気の返答を、とバカ正直に今まで家族にも黙っていた事をつい喋ってしまったが、

 

『なるほど本当に見えてるみたいだね。光か…もしかしたらボク達は似ている(・・・・)のかもしれない。』

 

 

 結果として、相手が満足してくれたのなら良かったと認識すべきか。まさかこうもすんなり信用するとは思わなかったが。やはりこの人、どこか変わっていると再度認識する。

 

『時間を取らせたね、変わったトレーナーがいたものだから話をしたかっただけなんだ。サヨナラ、光が見えるトレーナー。』

 

 そう早口で言って、謎の青年はカフェを出ていった。

 話をしたかっただけにしては随分本気の眼差しをしていたが、真意がイマイチ読み取れなかった。というか、読み取る隙すらなかった。

 

『(……あ、名前聞いてないなそーいえば……)』

 

 旅をしていればまた出会うか、と気楽に考え残りのアイスコーヒーを飲み干す。

 

 ────この時はまだ知らなかった。彼との出会いが、後にオレの旅に大きな影響を与えることを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 緑髪を揺らしながら、青年───「N(エヌ)」は夜のヤグルマの森を歩く。

 まさか、興味を持つ人間が立て続けに2人(・・)も現れるとは思いもしなかったのだろう。

 1人はポケモンの言葉は分からずとも黒にも白にも染まらない、ニュートラルな存在。1人は同じくポケモンの言葉は分からず、しかし「光」が見えると言い張る存在。

 どちらも面白く、難解な数式だった。

 この式はまだNには解けない。なぜならば、「公式」がまだこの世界に存在しないから。しかしいずれ、その「公式」はイッシュのどこかで必ず「数式」と巡り会う。「公式」はどちらに当てはまるのか、それとも─────

 

『お迎えに上がりました……"王"よ。』

 

 どこからともなく現れた灰色の衣を纏う連中を率いて、位の高そうな老人が跪く。

 老人の名はアスラ。プラズマ団をまとめる七人の長、"七賢人"の1人。数日前は「ドラゴンのホネ」の奪取を邪魔され失敗したが、「ドラゴンのホネ」自体"王"の求める"モノ"とは無関係であった。

 プラズマ団の"王"、すなわちNが求めるものは、大昔に伝説の英雄と協力してイッシュを建国したと言われる伝説の"ドラゴン"ポケモン。そのポケモンの力を持って、Nは「ポケモンの解放」を実現させるつもりなのだ。

 

『……ゲーチスはどこに?』

 

『は……現在も演説により「ポケモンの解放」をイッシュの民に訴えかけております。それと……アララギの息子への接近を試みると。』

 

 この時はまだNは知らなかった。つい十数分前に接触した人物が、そのアララギの息子であることを。

 そして両者が再び邂逅するのは、そう遠くないミライである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シッポウシティ、博物館兼ジムの地下室。

 本棚に隠されたヒントを巡るジムの仕掛けと勝負を仕掛けてくるジムトレーナーを楽々突破し、ジムリーダーアロエの下へとオレは辿り着いていた。

 

『流石だねえショウ。あっさりここに来るなんて、"天才"と呼ばれたその頭脳は確かなようだね。』

 

『あはは…お褒めに預かり光栄ですよ、アロエさん。』

 

 "天才"と呼ばれる度に申し訳なく思ってしまうのはどうにかした方がいいと我ながらに思う。これでは心がいくつあっても足りない。

 シッポウジムリーダーのアロエ、通称「ナチュラルボーンママ」。"ノーマル"タイプの使い手で新人トレーナーの鬼門となるのがこの人だ。"ノーマル"タイプの万能さとアロエの豊富な知識が合わさり、1匹も倒せずに負けていくトレーナーも少なくない。

 手持ちのポケモンはハーデリアとミルホッグの2体のみと少なく、しかし両方進化系なので想像よりもタフに感じる。 注意するのはミルホッグの"かたきうち"。あれだけは絶対に躱さねばならない。

 

 審判が旗を下ろす。「ベーシックバッジ」を懸けた2つ目のジム戦が幕を開けた。

 

 アロエの先発はハーデリア、ヨーテリーの進化系だ。こちらは同じ"ノーマル"タイプ同士、優劣を決したいと息巻いていたイーブイをまず繰り出す。

 サンヨウジムでは自分1匹だけ戦闘不能になりいい思いをしていなく、先の"トリプルバトル"ではサポートに周りっ放しで思うようなバトルが出来ていないイーブイ。今回こそは、といつにも増して深い集中力でハーデリアを見やる。

 

『へぇ……そのイーブイ、よく鍛えられてるね。勝利に貪欲な目をしているよ。』

 

『ハングリー精神はウチのパーティでトップなので。可愛い見た目とのギャップにはご注意を!"スピードスター"!』

 

 待ってました、とイーブイが"スピードスター"を乱れ撃つ。自分が「主役」だとここまで張り切り具合が違うのかと、昔から破天荒なイーブイに対する苦笑いが収まることはこれからも無いのだろう。

 ヨーテリーよりも体格が大きくなり小回りが効かなくなったハーデリアが避けるのは難しく、何発か直撃する。

 

『続けて"おんがえし"!』

 

『迎え撃ちなハーデリア!"とっしん"!』

 

 イーブイの尻尾とハーデリアの体が激突し、イーブイが弾かれる。シンプルに体格で劣るこちらに、接近戦での優位は取れないと見ていいだろう。

 しかしそれを覆す方法もある。イーブイが使える変化技、"ふるいたてる"ならパワーの差を埋められる。どちらかと言うと接近戦を好みがちなイーブイに、オレの指示を断る理由はなかった。

 

『"ふるいたてる"かい、"天才"でも考える事は一緒(・・)なんだねえ。』

 

『……? まあいいや。イーブイにはそろそろ気持ちよく勝って欲しいので、全力で倒しにいきますよ!』

 

『あっはっは! それなら悪いねえショウ、イーブイが気持ちよく勝つのはまだ先になりそうだよ!』

 

 意地悪な笑みを浮かべるアロエの指示で、ハーデリアが一声大きく"ほえた"。

 途端に竦み上がったイーブイは"ふるいたてる"のを中断し、全速力でボールに戻っていく。

 

『なるほど、"ほえる"か。イーブイにとっては厄介だな……』

 

『サンヨウの次にあたしに挑みに来る子は、よくその技を使ってくるのさ。まるで新しいオモチャを見せびらかす子供みたいにねえ。』

 

 あちらも"ふるいたてる"に関しては対策済みだったわけだ。

 ちょっと考えれば分かったかもしれない。サンヨウで変化技の強みを学んだなら、次のジムで実践しようとするのは割と当たり前の行動なのだ。心理的な要素も計算に入れ、"ふるいたてる"をメタってきたアロエの対応力には感服してしまうが。

 

 "ほえる"の効果で代わりに出てきたのはダンゴロ。正義感が強く、それ故にヌシとなって住処の仲間を護り、今ではオレの頼りになるパートナーの1匹だ。

 

『おっとダンゴロか、イーブイの分も頼むよ。』

 

『"いわ"タイプかい……微不利、ってとこかねえ。』

 

 タイプ的にはダンゴロに分があり、基礎能力ではハーデリアが勝る。ただ比べるべき所を比べるだけなら───つまり攻撃と防御の比べ合い───基礎能力でもダンゴロはハーデリアの上をいく。

 

『どう攻めたもんか……っとその前に。』

 

 ガタガタと揺れるゴージャスボールに、そっと手を当て伝える。「まだ抑えておけ」、と。

 分かっているのだ、イーブイが思うようにバトルが出来なくて不満を溜めているのは。

 強敵相手には特に顕著で、サンヨウジムは1匹だけ戦闘不能、"トリプルバトル"の時もガツガツ攻めるでもなくサポート役に甘んじていた。やっと回ってきた1番手は"ほえる"で出鼻をくじかれ、ここまでの旅で何一つ良い戦績がない。

 しかしイーブイを最初に選出した理由、「スピード勝負で流れを掴んで主導権を握る」が潰された今、出番はここ(・・)ではなくなった。

 

『必ず時は来る、その時は思いっきり暴れて来い。』

 

 揺れが収まる。

 意識をフィールドに戻し、イーブイのためにも活躍出来る状態を作り出さねばとバトルに集中する。

 

『さあ再開しますか!"いわくだき"!』

 

「試しの岩」の件からヒントを得、ジム攻略の一手としてダンゴロが習得した技"いわくだき"。"かくとう"タイプに類するこの技は、防御を下げつつハーデリアに手痛い一撃を与える。

 

『もう1回!』

 

『何回もくらってやれないね!躱して"かみつく"んだよハーデリア!』

 

 お世辞にも速いとは言えないダンゴロの攻撃を、サイドステップ1回で範囲外へ逃れるハーデリア。そこからの"かみつく"により、ダンゴロの攻め手が途切れる。

 

『畳み掛けなハーデリア!連続で"かみつく"!』

 

 ダンゴロが「怯んだ」その刹那、ハーデリアの牙がダンゴロを襲う。反撃をしようと藻掻くも、たまの「怯み」がそうはさせてくれない。

 防御力が高いダンゴロでも、限界はある。ハーデリアのラッシュが体力を0にするのも時間の問題だ。

 オレに出来るのは祈るしかない。あと1回、ハーデリアを倒すきっかけをダンゴロが作ってくれるのを。

 

『……そこだ!』

 

「怯み」と「怯み」の間、僅かに空いたその空白にダンゴロの一手が決まる。

 反撃を貰ったハーデリアはアロエの指示で間を取り、ダンゴロは残り体力ギリギリで何とか窮地を脱した。

 

『よし、お疲れ様ダンゴロ。ナイス"いわくだき"だったよ。』

 

 ダンゴロをボールに引っ込め、次に出すポケモンはもちろん────

 

『今がその時だイーブイ!暴れて来い!』

 

 再度姿を現すオレの最初の相棒イーブイ。

「次は仕留める」とでも言いたげなその表情(カオ)はハンターのそれだ。

 ギラつく目をしているバトルジャンキー(イーブイ)は、オレの指示を受けるまでもなく最速の脚でハーデリアに勝負を挑む。

 

『また来たね茶色のアンタ!ハーデリア"とっしん"で返り討ちにしてやんな!』

 

 2度目のかち合い。激突する尻尾と体は、しかしイーブイが優勢に見える。

 理由はダンゴロの"いわくだき"がもたらした防御ダウンである。それが2ランク重なれば、ハーデリアに攻めの面で劣るイーブイでも、貫くに足る矛を得れる。

 

『全部出し切れイーブイ!"おんがえし"!』

 

 小さい体からはとてもじゃないが想像できない、大きな鳴き声が地下のフィールドに響く。

 それに共鳴し、オレとイーブイの間にある()も強く、大きく、眩く輝きを放つ。

 

「何か」が吹き飛ばされ、壁に打ち付けられる。

 "とっしん"の自傷ダメージの蓄積、防御が2段階も下がった状態での"てきおうりょく"が乗った"おんがえし"最大威力、ハーデリアの体力が底を突くのは当然と言えた。

 

 駆け寄ってきたイーブイを撫でつつ、最後の衝突を振り返る。

 疑いなんてものは微塵もなかった。コイツは必ず期待には応えてくれると、オレは知っているから。

 ─────あの時(・・・)と、同じように。

 

『( ん…? あの時……って何だ……?)』

 

 知っていて、知らない。

 そうとしか言えないオレの脳を過ぎ去った思い出は、懐古感をオレに与えて消えていった。

 

『……ま、考えて思い出す訳でもなし。ありがとうイーブイ、戻って休んでてな。』

 

 満足気に勝利に浸るイーブイをボールに戻す。

 またボールが震えるが、それはきっと喜びによるものなのだろう。

 深呼吸して、不必要な"過去"への想いを心の奥底に押し込んでジム戦に戻る。

 

『やるねショウ、正直ビックリだよ。アララギ博士の息子だからさぞかし堅い戦術でくるかと思えば……父親に似たねアンタ。』

 

『似てるのか……うーん……嬉しいような嬉しくないような……』

 

 影響を受けて「習うより慣れろ」を地で行くのが染み付いたのは否定出来ない。

 それは認めるが、あの自由奔放が人の形を成している様な人と"似ている"と言われるのは複雑な気分である。

 

 モヤッとした気分をボールスローと共に投げ捨て、唯一オレのパーティで進化を果たしているフタチマルでジムリーダーのエースと対峙する。

 アロエの切り札、ミルホッグはミネズミが進化したポケモンだ。体が大きくなった以外は差程変化はないように見えるが、暗闇でも見透す視力と体の模様を発光させることができる。

 

『ここからが本番だよ!"フラッシュ"!』

 

『うわっ…!? ……フタチマル警戒は怠らないで!』

 

 視界が光に埋め尽くされ、フィールドが視認出来ない。オレの想像を超える眩しさに、腕が自然と目を隠す。

 

 ズゴシャッ、と鈍い音がした。

 地に伏せる音がした。

 

 光が止み、フィールドで何が起きたかを確認し────オレは言葉を失った。

 審判がオレの側の旗を上げる。旗が意味するのは戦闘不能(・・・・)、フタチマルの体力が尽きた(・・・・・・)ことを表している。

 意識は常にしていた。絶対に受けてはならない技と、事前に対策も考えていた。────その上でくらってしまったのなら、それはオレの詰めが甘いだけだ。

 "かたきうち"、味方が倒れた直後に使うと威力が2倍になる"ノーマル"タイプの技。進化後のミルホッグが使えば、先のイーブイが使った最大威力の"おんがえし"を上回る威力になる。例え進化して耐久力が上がったフタチマルでも、まともに受ければ「ひんし」は必至だった。

 

 ふぅ、と短く息を吐く。

 落ち込まない、下を見ない、現実を受け止める。徹底して幼少期から心掛けてきた(・・・・・・)言わば鉄則だ。苦戦するのも負けるのも有り得る話だ、相手はジムリーダーなのだから。

 

 一言、「ゴメン」と呟きフタチマルを下げる。

 手を掛けたのはクイックボール。いつも頼ってばかりで負担を掛けがちだが、その負担すら跳ね除けるのがコイツの強みとも言える。

 

『ココドラ、頼んだよ。』

 

 タイプではダンゴロよりも強く出れる、オレの2番目のポケモンココドラ。普段の"のんき"な顔からは一転、バトルではやけにキリッとしている。やる時はやるタイプなのだろうか。

 

『"てっぺき"』

 

 最初に出た指示はやたらか細い声だった。フタチマルの一撃K.Oを引きずっている紛れもない証拠だ。鉄則を心掛けて14年経っても、オレにはまだ守るのは無理らしい。

 そんなオレを意にも介さずにしてくれて、黙々と"てっぺき"を掛けるココドラ。この"のんき"さが今のオレにはありがたい。

 

『"かみくだき"なミルホッグ!』

 

 "かみつく"よりも威力が高い"かみくだく"。

 生半可な防御は砕かれる程の咬合力で、ココドラの顔面に喰らいつく。

 しかし当のココドラは全く動じず、邪魔なものを退かすように頭に"付いた異物"を払い除ける。

 

『硬いねえ!それを"てっぺき"でぐーんと高めるんだからたまったもんじゃないよ!』

 

『硬さで甘えてたら"はがね"タイプの名折れ、ですからね!』

 

 ヒュウと口笛を鳴らし、ココドラの硬さに感嘆する。

 さて、タイプ相性のゴリ押しで優勢なのはオレだ。

 "てっぺき"で限界まで防御力を高めれば、如何にジムリーダーの切り札と言えどココドラの硬いヨロイを突破するのは、急所にでも当たらない限り不可能と言っていい。

 

『なら眠ってもらおうかねえ!"さいみんじゅつ"で!』

 

『対策済みですよ……! "すなあらし"!』

 

 "さいみんじゅつ"は精神に作用する技。その侵入経路は「穴」だ。

 目、耳、鼻、口等、「ねむり」状態にしてくる技の大半は、どこかの感覚器官を惑わせ眠りに誘ってくる。

 "さいみんじゅつ"なら目、もしくは耳。これの対策として覚えさせてきたのが"すなあらし"。吹き荒ぶ風の音と視界を不明瞭にする砂塵は"さいみんじゅつ"を上手く掻き消すことが可能となる。

 オマケに砂塵はミルホッグの体力を少しずつ削っていき、対してココドラは"はがね"、"いわ"タイプを持つため砂塵などこれっぽっちも効きやしない。

 

『からの"がんせきふうじ"!』

 

 次いで降り注ぐ岩石の雨。

 命中こそしないものの、サンヨウの時と同じく徐々に檻を形成していく。

 こうなっては完全にココドラのペースだ。退路を断ち強制的に1VS1(サシ)に持ち込めば、物理型のポケモンには大方勝てる。

 

『"フラッシュ"で隙を作りなミルホッグ!』

 

『させない!"メタルクロー"!』

 

 極僅かに初速が速かったのはココドラ。

 銀色に光る爪がミルホッグを裂く。手応えが良かったのかココドラがじっと爪を見ているが、恐らく追加効果の攻撃上昇が出たのだろう。

 よろめきながらミルホッグが後退するも、岩石に阻まれココドラの攻撃範囲内からは逃れられない。

 

『終わりにしようココドラ!"いわくだき"!』

 

 "いわくだき"を使えるのはダンゴロだけではない。ココドラにもまた、シッポウジム対策に覚えさせていたのだ。

 効果抜群、攻撃1段階上昇が乗った一撃がミルホッグの体力を奪い去る。直前までの"すなあらし"による少量のダメージもここで活き、遂にミルホッグが倒れた。

 

 今度は審判がジムリーダー側の旗を上げる。

 ミルホッグの戦闘不能、すなわちオレの勝利を示したその旗を見て、無意識に小さくガッツポーズをしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 3日目にもなるこの部屋も明日にはおさらば、そう考えると寂しい気もするポケモンセンターの一室にて、オレは一人考えていた。

 反省点は多く、満足のいく結果でもなく、しかしこの手には「ベーシックバッジ」がある。今はこれでいい、と自分自身を言い聞かせたが、どこか腑に落ちない。

 2つのジムを攻略して、何となくだが分かったのはパートナーのポケモンの戦い方。

 イーブイは接近戦主体の攻撃型、ココドラは盤面を整えてから動く晩成型、フタチマルはあらゆる局面に柔軟に対応出来る万能型、ダンゴロは攻撃を受けてから転じて攻める反撃型。想像通りの育ち方をしてくれているせいか、戦いやすさは感じている。

 が、アロエのミルホッグのような"かたきうち"の超威力の押し付けになると基礎能力では1番上を行くフタチマルでさえ耐えられないのだ。タイプで有利なココドラでもそれ相応の痛手は貰っていただろう。

 となると必要になるのは基礎能力の上昇、要するに「進化」である。

「進化」というワードで、特にどうするか考えなければならないのは、

 

『(やっぱお前だよ、イーブイ。)』

 

 チラッと寝落ちしかけているイーブイに目をやり、3秒後にコテンと寝たあざとさに不覚にもキュンとしてしまう。

 そんな事はどうでも良くて、オレとしてはイーブイが成りたい姿になって欲しいし、こう成れと強要する気もない。まあ性格上、イーブイが成りたいと思うのは7通りから3通りにまでは絞れるのだが。

 

『ふぁ……あ。明日はヒウンまで行けるかな……っと。ねみ、寝よ。』

 

 消灯して床に就く。ドッコラー達の音はもう聞こえず、安眠出来そうだと内心微笑む。

 バッジケースの中にある「ベーシックバッジ」を見て、結局嬉しくなりながらオレは夢の世界へと意識を落とした。

 

 

 

 

 




UAが4桁になってました。ありがとうございます、拙い物語ですが読んでくれて嬉しいです。飽きるまでよろしくお願いいたします。

※めっちゃ今更なんですけど、イーブイが"スピードスター"を使える理由は五世代では覚えなくても八世代ではレベルアップで覚えるからです。これからもこんな感じなのでご了承ください。

ダクソのやり過ぎで投稿遅れた? え?


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6話 転生者なら苦難は覚悟せよ、それ以上に終わりを覚悟せよ

誤字脱字あったらご指摘お願いします。
日常(?)回です、バトル無いです。よろしくお願いします。



 ジム戦のことで頭がいっぱいで満足にシッポウ博物館を見学出来ていなかったのを思い出し、午前はせっかくなのでゆっくり見て回ろうとオレは博物館を再び訪れていた。

 ここには過去の世界に思いを馳せる人、珍しい骨董品や遺物を見て「へー、ほー」とひたすら唸っている人、どこで見つけたのかポケモンの化石を復元にしに来ている人、と3通りのタイプがいる。

 オレは多分1番目の人種なのだろうが、過去を思い描くくらいなら"前世"を知りたいと思ってしまう。"転生者"というこの世界での"異物"なら尚更だ。

 それはさておき、ぼんやりと目的もなく博物館を彷徨っていると、一際目を引く巨大な化石の前に立っていた。

 

『……あーこれが例の「ドラゴンのホネ」か……ってかこれはカイリュー……なのか? こんなでっかいドラゴンポケモンが昔にはいたんだな…』

 

 オレの知るカイリューより数倍大きいその化石に、"ドラゴン"ポケモン特有の威圧感が肌をピリピリと刺す。死してなおこれなのだから、生きている時の姿は伝説のポケモンにも匹敵する恐ろしさなのだろう。

 これを盗み出すとはプラズマ団とやらも大胆過ぎないかと苦笑いし、次の展示品に歩き出す。

 

『へぇ、隕石かこれ。……懐かしいなぁ……』

 

 独特の凹凸がある石を見て、思い浮かぶはホウエン地方のトクサネシティ。

 カナズミに留学中、休日にトクサネシティの宇宙センターまで遊びに行き、そこで見たのもまた似たような隕石だった。

 神秘のエネルギー、と言えば良いのだろうか。ただならぬ力をこの隕石からは感じ取れた。

 

『えーと次は……』

 

 何気なくその展示品の目の前に立ち───────異変が起こった。

 

『…………ぁぐッ!?』

 

 ドクン、と心臓が痛いほどに鼓動する。

 胸を抑え、フラフラと危うい足取りで近くの椅子に腰掛ける。

 息切れが激しく、目眩すら起こってきた。

 

『ハァ…ハァ……うぐ……ッ……!』

 

 あの展示品は何か(・・)ある。目線の先にある黒い球体(・・・・・)にオレの全意識は注がれていた。

 なんと表現すれば良いのか、オレには分からない。分からないが、強いて言うのであれば────恐怖心(・・・)拒絶反応(・・・・)とオレは表すだろう。

 

『(声が……出な……)』

 

 嫌だ(・・)、と心が叫ぶ。離れろ(・・・・)、と脳が語りかける。震えるよう(・・・・・)、体が勝手に指示する。

 怖い―――あの小さな球体が堪らなく怖いのだ。

 異常とも言える不安定な状態で見学の続行は不可能と判断し、博物館を出ようとするが、叶わずその場に倒れ込んでしまう。

 

『────!────!?』

 

 朦朧とする意識の中、必死に呼びかける見知った影。しかしオレの耳にはその言葉が届かない。

 視界が黒に染まって行く────その間際。

 

『(…ゼク(・・)ロム(・・)……)』

 

 どこかで聞いた単語がふと浮かび上がり、視界は黒に侵食された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 雷は苦手だ、と彼は言う。

 心に刻み込まれた恐怖は、そう簡単に消えやしないから。

 

 光は好きだ、と彼は言う。

 心に刻み込まれた安息は、そう簡単に消えやしないから。

 

 見果てぬ理想を追い求めた()は、今もあの地で空と共にあるのか。

 世界の真実を見ると言った()は、今も世界のどこかではじまりを見ているのか。

 

 我らの物語はおわったのだ。しかし我らは共に在る。

 我らの物語ははじまったのだ。しかし我らは共に在らず。

 

 願ってしまった愚かな夢。

 叶えてしまった愚かな夢。

 

 あの日見た()は、それほどまでに美しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……今のは。』

 

 不思議な夢から目を覚まし、何がどうなったのか確認する。

 博物館で倒れた事は覚えているが、そこから先の事が何も分からない。

 何故か横たわっていたベッドから起き、ボール越しにオレを不安げに見つめていたパートナーに「大丈夫」と一言告げる。

 周りを見渡すと、大量の本や資料がギッシリ詰め込まれている棚がいくつもある。

 多分ここは、

 

『ああ!気が付いたかい!』

 

『……アロエさん。』

 

 アロエの私室だ。

 そういえば、倒れる直前声をかけてくれたのはアロエの声だった気がしないでもない。

 差し出された「おいしいみず」を貰い、ゆっくりと飲む。

 

『様子のおかしい客がいるって連絡があったから来てみれば……まさかショウだとはね。大丈夫かい?もう起きて平気なのかい?』

 

『何とか、ですけどね。』

 

 オレをここまで心配してくれるのは館長としての責務なのか、それとも「ママ」の愛情なのか。どちらにせよ、その気持ちが嬉しいのは照れくさいが認める。

 

 アロエは「旅の疲れが出た」と話を進めているが、それは違うとオレは言いきれる。

 黒い球体、あれを見た瞬間オレの身に異変が起こったのだ。プレートの説明には"ただの石"だと書かれていた気がするが、"ただの石"如きでこんな異常事態になるわけが無い。

 

 ここまでオレの心を乱されたのは初めてのことだった。

 "驚き"や"恐怖"には滅法強いのがオレの自慢の1つだったが、それを崩す程の黒い球体は一体どんな秘密があるのだろうか。

 

『アロエさん、博物館に展示してあった黒い球体……アレ何なんですか?』

 

『アレかい?アレは「リゾートデザート」の奥地、「こだいのしろ」で見つかったシロモノでねえ、なんか綺麗だから飾ってるのさ。』

 

 意外と適当な理由だな、と内心ツッコミを入れる。

 ヒウンシティを抜け、4番道路から逸れると「リゾートデザート」の入り口に行けるが、物好きな観光客か修行目的のトレーナーでもなければ基本的に立ち入らない。

 何を隠そう、オレが初めて義父とフィールドワークに出掛けたのが「リゾートデザート」であり、「こだいのしろ」も調査しようとしていた。その時は義父に危険だからと諭され終ぞオレが入る事は出来なかったが、そんな秘匿されてきた場所だからこそ、あの石は今まで見つからずに眠っていたのだろうか。

 

 

『(でもあそこでああなったの(・・・・・)って……オレだけ(・・・・)……だよな。)』

 

 そう、オレ以外の人は普通に博物館を見学していたのだ。たった1人、オレだけがあの石の影響を受けていた。

 "転生者"、この世界のイレギュラー。この隠している素性が関係しているのは確実と見ていいだろう。

 まずはたかが石。この認識から改めなければならない。ならないのだが、どこまで行ってもたかが石なのだ。

 

『(いや……だって石だよ? ……うーん、こういう時あの人(・・・)ならなんか分かんのかな?)』

 

 こと、「石」に関しては頼れる知人がいる。

 語りだしたらマルマインもかくやのスピードで、延々と喋っていられる変わった人なのだが、意外にもトレーナーとしての腕も相当なものであった。今のオレが彼に挑んでも、瞬殺される(・・・・・)のは明白だと声を大にして言えるほどに。

 オレのココドラも、その人に捕まえ方をレクチャーしてもらって捕まえたのだ。"はがね"タイプにはかなりの拘りがあるらしく、ココドラ1匹捕まえるだけなのに3~4時間ホウエンのムロタウン辺りを連れ回された記憶がある。

 

 いつの間にか出されていたお茶菓子を手に取り、一口頂く。しっとりとした口当たりと甘すぎない菓子に舌づつみを打ちつつ、これまたいつの間にか出されていた紅茶を啜る。完全にお客様扱いなのだが良いのだろうか。

 

『ああそういえば、ショウに渡したいモノがあったんだよ。ジム戦の後に渡そうと思ってたんだけど、すっかり忘れてたよ。』

 

『渡したいモノ……ですか? 』

 

 そう言ってアロエは私室の奥の方へスタスタ歩いて行った。

 わざマシンなら既に受け取っているが、何を貰えるのだろうか。

 

 ────数分後、丁度紅茶を飲み終えたところにアロエとその夫で副館長のキダチが、夫婦愛を見せ付けながら戻ってきた。白と黒の見るからに高そうな自転車を引きながら、だ。

 

『ほい!自転車だよ!遠慮せずに貰っていきな!』

 

『ええ……いや……えぇえ……?』

 

 オレが吃るのも仕方ないのだ。

 突然、見たところ新品のカッコイイ自転車を「貰っていきな!」、とニッコニコの笑顔で譲られては何か裏があるのではと、失礼ながら勘繰ってしまう。

 レジャーグッズには疎いオレでも、この自転車の価値くらいは分かる。たまたま見たカタログが大々的に宣伝してあったのを覚えている。

 この自転車はシンオウ地方の"サイクルショップじんりき"が手掛けた最新モデルで、折りたたみ式自転車なのに圧倒的な走行力と、極めつけにパンクしないという技術の粋が集められた1品だ。その値段は十数万とオレが軽々と手を出せる金額では無い。

 

『ウチの旦那が運動不足解消のために気合い入れて高い自転車を買ったんだけどさ、全ッ然乗らなくてねえ。ま、博物館の運営も忙しくなってきたからしょうがないんだけどね。』

 

『はは…そういうワケなんだよショウ君。君さえ良かったら、使ってやってくれないかい?このまま乗らずに倉庫に放置される、なんてのも自転車が可哀想だしね。』

 

『はぁ……分かりました、受け取らせて頂きます……』

 

 恐る恐る手渡された自転車に跨り、ハンドルをしっかり握る。

 自転車に乗るのはかなり久しぶりだ。義父と幼い頃練習した思い出が甦る。あまりにも自転車に乗るのが下手くそ過ぎて、いっそポケモンに乗った方が楽なんじゃないかと思いながら励んでいた。

 

『サマになってるじゃないか!そのままヒウンシティまで突っ走って行きな!』

 

『……はい! ありがとうございました、アロエさんにキダチさん!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして午後、ヤグルマの森・内部。

 ルーティーンワークと言わんばかりの要領で、図鑑に登録していないポケモンを片っ端から捕獲していく。

 クルミル、フシデ、モンメン、チュリネを約30分で捕まえ、揺れる草むらに飛び込んではタブンネの肩透かしをくらうこと2時間、エルフーンとドレディアをやっと捕獲し、ヤナップ、ヒヤップ、バオップとサンヨウで見た"さるポケモン"達をさらに1時間掛け捕まえたのだった。

 

 ここまでは一見順調に進んでいたのだが─────

 

『……いやーどうしよっかな。』

 

 自転車をカラカラと押しながら言葉を漏らす。

 真っ直ぐ進めばヒウンまでの一本道、脇にそれれば天然の迷路と呼ばれるヤグルマの森。ポケモン捕獲のため意気揚々と迷路に入ったは良いが、案の定オレは迷子になっていた。

 薄暗い森は見透しが悪く、日も落ちてきたのかより一層闇は濃くなっていく。

 ここから無闇に動き回ればさらに迷いかねないと、オレはある決断をする。

 

『野宿、しますか。』

 

 旅が始まってから初の野宿である。

 フィールドワークで野宿をする機会は何度かあり、野宿には割と慣れている。一つフィールドワークの時との違いを上げるとすると、義父はおらず全て自分で支度をしなければならないということだ。

 

 悪戦苦闘しながらテントを組み立て、ポケモンに手伝って貰いながらカレーを作り始める。

 

『えーと、野菜は大体……ってコライーブイ君、つまみ食いしない。』

 

 食材に忍び寄っていた前足を制しすんでのところで守りきる。油断も隙もない。

 料理なんてこの世界に来てから片手で数えられる程度しかやったことがなく、そんなオレの危なっかしい包丁さばきを見兼ねたのか、

 

『……おお、ありがとうフタチマル。』

 

 今日も良好な切れ味のホタチを奮い、フタチマルが手馴れた手つきで野菜をカットしていく。料理なんて教えた覚えはないのだが、一体どこで覚えたのやら。

 

 やることを失ったオレはポケモン達と焚き火の下準備に取り掛かる。

 と言っても、オレが出来る事は落ち葉と枯れ木を集めていい具合に組むだけなのだが。火自体は先刻捕まえたバオップが起こしてくれる。

 

『うぅ……寒いな……』

 

 季節は冬、しかも夜となると日によっては気温はマイナスの域にまで達してしまう。暑いのも寒いのも両方苦手なオレにとって、夏と冬は地獄の期間である。少なくともセッカシティにだけは未来永劫住むことは無いと思われる。

 ココドラやイーブイと手分けして着火元をかき集め、さっさとテントまで戻ろうと足早に歩いていると、

 

『あ、これって……』

 

 見事なまでに「苔むした岩」が月光に照らされており、オレの視線を釘付けにした。

 その自然が織り成す美しさに惹かれたのもあるが、本命は枝を頭に乗っけて運んでいるオレのパートナー、イーブイについてだ。

 イーブイの進化条件の一つに、「苔むした岩」の近くでレベルアップというモノがある。これを満たすと"ノーマル"タイプのイーブイから、"くさ"タイプのリーフィアに成るのだ。

 リーフィアは攻撃と防御がよく伸び、次点で素早さがまずまずの伸びを見せる。イーブイが好む接近戦主体の戦い方とリーフィアの特徴は相性が良く、オレも第一候補としてリーフィアを考えていた。

 

『どうするイーブイ、進化しようと思えば今すぐにでも進化出来るけど。』

 

 しかしイーブイは微妙な表情でこちらをじっと見るだけと、肯定とは受け取れない反応をくれた。

 イーブイ自身まだ迷っているのだろう。

 進化についてイーブイと相談する機会はあったが、何時もどの進化先を提示しても反応は良くなかった。決してイーブイは進化したくない訳ではなく、進化して自分がどう変わるのかという不安がまだ勝っているのだ。

 

『そっか、急かしたように聞こえたならゴメンな。焦らなくてもゆっくり決めて行けばいいさ。』

 

 また訪れるかもしれない進化への鍵を尻目にその場を立ち去る。

 あまりの暗さにオレの視力は役に立たないが、イーブイの嗅覚を頼りにテントを張った場所へとオレ達は帰還したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パチパチと音を立て、焚き火は勢いよく燃え盛る。

 その上にはカレーが入った鍋が置かれ、スパイスのいい匂いが辺り一帯に広がる。

 カレーなんていつ以来だろうか。基本的に携帯食で食事を済ませてきたオレに、大げさな表現だが旅は味覚の大切さも教えてくれた。

 料理本を見ながら手順通りに作ったので味に問題はないはずだ。

 

『後は煮込めば……ん?どうしたフタチマル?』

 

 クイクイと袖を引っ張り、フタチマルが奥の方を指差す。

 その先で草むらが蠢いているが敵意は感じられない。多分カレーの匂いに釣られて野生のポケモンがやって来たのだろう。

 

『よっと……お、フシデか。キミもカレー食べる?量はあるからさ。』

 

 草むらの中から出てきたのはムカデポケモンのフシデ。

 やはりカレーの匂いに寄せられてきたらしく、オレの提案に大喜びで乗ってきた。

 

 それを境に、森中のポケモンがコチラの様子を伺いに来たのだ。もれなく全員カレーに釣られて。

「カレー足りるかな」と頭を掻きながら呟き、ここにいるポケモン全てをカレーパーティーにご案内する。

 

『ははっ、宴だなこれは。』

 

 まるで祭りのようで気分もアガる。

 ただ森のポケモン達にカレーを分けていたら自動的に給仕係に就任してしまい、自分のカレーを食べる暇もなくなってしまったのだが。

 

 問題のカレーの味は、良くも悪くも普通の味だった。特別美味しい訳でもないが、みんなで食べるとなぜだか何時もより美味に感じた。

 今度カノコに帰ったら、義父と義姉にカレーを振る舞おうかと考えながら次のポケモンにカレーを装う。

 

『終わり良ければ全て良し、かな。』

 

 そう締めたオレの顔は、間違いなく笑っていたのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜も更け、辺りには静寂が満ちる。

 数十分に及ぶ宴もお開きになりポケモン達が森に帰っていく中、オレは夜の散歩と洒落こんでいた。珍しくパートナー達はテントに置いてきて、一人きりでの散歩だ。

 森の空気は清浄で呼吸しているだけで癒される気がする。事実ヒーリング効果はあるのだが。

 

 小さな池の前まで歩いたところで、近くの切り株に腰掛けて小休止をとる。

 水に映る自分の姿を見て、少し気になったことがある。

 

 ───"前世"のオレはどんな見た目だったのだろうか、と考えたのだ。

 

 今のオレの容姿に不満は無いし、かと言って超絶美男子でもないが。あえてレベルを表すならば中の上くらいだと思いたい。

 話を戻して、"前世"のオレがどんな容姿で、どんな服装で、どんな生活していたのかを想像するのも一興だ。服装は時代にもよるが、容姿や生活は絶対に現世のオレと変わらないと言いきれるのがオレらしい。

 

 また、どんな人間だったのかも知りたい。

 例えば─────

 

 正義を謳う先導者、似合わないが逆にありだ。

 世紀に名を残した大悪党、これは想像がつかない。

 名も無き凡人、十分有り得る―――というかどんな択よりも確率的には1番高い。

 万物を灰燼に帰す魔王、最も考えられない。

 世界を変える力を持つ英雄、妙にしっくりくるが英雄なんてガラじゃない。

 

 ─────などなど。

 

 未知に想像を膨らませるのは楽しい。未知を既知にするのはもっと楽しい。「楽しい」に勝る動機をオレは知らず、だからこそ知りたいのだ、オレはオレが何者なのかを。

 そしてオレの未知を解き明かしたなら、オレはその果てにどうなっているのだろうか。

 元の世界に戻れるのか、この世界に残るのか、最悪存在ごと消滅する可能性だって0ではない。

 けれど、どんな結末を迎えようとも最期に楽しければそれでいいのだ。何せ"転生者"なのだから。

 

『ま、知れるのはだいぶ先になりそうだけどね。』

 

 切り株から立ち上がり、テントに戻ろうかと来た道を戻り始める。

 一歩一歩落ち葉の感触を踏みしめながら歩いていると、一陣の風が吹き抜けた。

 良い風だった。胸の内をスっと抜けていくような、爽やかな緑風だ。爽やかさの裏に強大な力(・・・・)も感じ取れたが、今は追う必要も無い。

 

『……いずれまた、だね。』

 

 ヤグルマの森に伝わる伝説を記憶から引っ張り出し、オレはまた歩き出す。

 ビリジオン(・・・・・)、そう伝わる聖剣士といずれ出逢う時が来るのを楽しみにしながら────

 

 

 

 

 

 




初めて感想貰ったんですけど嬉しいですねやっぱり。
結構励みになります。

誤字脱字報告も初めて貰って、細かいミスは直さなきゃなと思いましたね。ミスするんですけど。多分この話も誤字脱字あるんだろうな……

それでは。


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7話 都会より田舎の方がオレは好きである

誤字脱字あったらご指摘ください。
日常回(?)その2です、バトルは次回書きます多分。よろしくお願いします。



 雨降る森中で、車輪の回る音が鳴る。

 白と黒のクールな自転車に跨り舗装された道をオレは駆けていた。

 日が昇ればたとえ迷路でも脱出は容易だ。むしろ雨の中テントを片付けたり濡れた草木を掻き分ける方が困難だった。

 

 ヤグルマの森を抜けてそこに見えるのは、イッシュ地方の観光雑誌で必ずと言っていい程取り上げられる絶景スポット、「スカイアローブリッジ」だ。

 イッシュ地方に架かる5本の大橋で最長の長さを誇り、歩道の下には車道も通っている。人の往来が特に激しいヒウンシティからの人や車は絶えることは無く、その逆も然りだ。眼下には大海原が広がり、船が走る姿も見て取れ、その中でも目を引くイッシュ地方の豪華客船、「ロイヤルイッシュ号」もこの先のヒウンシティ発となっている。

 

 オレはこの橋を何度か渡ったことがあるが、その度にワクワクしてしまう。

 景色が良いのは勿論のこと、掻き立てられる「冒険のはじまり」感につい胸が高鳴ってしまうのだ。

 今回は生憎の雨で景色も胸の高鳴りもへったくれも無いが。

 

 少しガッカリしながらヤグルマの森・ゲートを抜け「スカイアローブリッジ」を渡り始める。約270°グルっと回ってから、後はひたすらに真っ直ぐ自転車を走らせるのみ。

 目の前にはヒウンシティの高層ビル群が聳え立つ。威圧感すらオレに与えてくる眼前のビル群は、旅のチュートリアル終了を示唆しているようにも思えてしまう。

 慣れているとはいえイッシュ最大の都市に足を踏み入れるのだ。少しばかり緊張が走り生唾を飲み込む。

 

 名残惜しく「スカイアローブリッジ」を渡りきり、ヒウンシティ側のゲートに入る。

 そこを抜ければ、

 

『久しぶり……でもないか。何も変わらないなぁこの街は。』

 

 オレがイッシュ地方で1番苦手(・・)な街、ヒウンシティの入り口だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いきなりジムに挑んでも良いのだが、まずは宿の確保と観光の予定を立てようとポケモンセンターに訪れた。

 部屋は問題無く取れ、設備もサンヨウやシッポウよりも充実している。どういう訳かポケモンセンターなのにレストランや温泉、果てはエステまである。人間用のみならずポケモンにもだ。

 ポケモンセンター一つ取ってもこの変わりよう、トレーナーへのサポートが色んな方面で手厚い。レストランとエステは流石に有料だったが。

 ここまで設備が整っていて、尚且つ大都会となると、

 

『めちゃくちゃ人が多い……』

 

 田舎────例えばカラクサタウン────なら多くて常時10人以下なのに対し、ヒウンシティは常にその3倍の人で溢れかえっている。

 オレがこの街を苦手と感じる理由の一つがこれだ。どこに行っても人混みと喧騒で満ちている。例外として"スリムストリート"という裏通りがあるが、あそこは初めてこの街に来た者か好き者しか通らず、ヒウンシティの陰の部分となっている。通るとすれば、好き者がカフェ"憩いの調べ"に行く時くらいなのだ。オレ自身は行ったことが無いのだが。

 

 やはり広かった部屋に入り、荷物を整理してからフレンドリィショップで買った観光雑誌を広げヒウン滞在中の予定を練り始めた。

 イチオシと書かれていた"ヒウンアイス"は現在冬のため買えず、「ゲームフリーク」や「アトリエヒウン」には興味を惹かれず。芸術や流行に疎いオレが、唯一気になったのは「バトルカンパニー」と呼ばれる会社だった。結局バトル関連に行き着くオレのハマりように微笑が浮かぶ。

 件の「バトルカンパニー」についてだが、簡単に言えば社内でバトルが盛んな会社だ。仕組みとして面白いのは、見学に来たトレーナーを歓迎するようにバトルを仕掛け、会長職の人物に勝てば貴重な道具を進呈するというところ。

 貴重な道具の部分も気にはなるが、それよりもジム戦前に腕試しがてらポケモンの調整が出来る喜びが大きかった。

 

『(……アーティさんは強い、掴みどころが無さそうに見えて良く頭が回る人だ。準備は怠らずに、対策は万全に行こう。)』

 

 明日は「バトルカンパニー」に行くと決め、ベッドに横たわる。

 シミひとつ無い天井を眺めながら考えていたのは、シッポウで見た夢の事だった。

 あの日見た夢は、夢を見ている―――というよりも誰かの独白(・・・・・)を聞いているような感覚で、その声にはどこか懐かしさを憶えた。引っかかるのは、声の主をオレは知っている(・・・・・)と感じたのに、具体的に"誰"なのかは分からないのだ。記憶力の良さが"天才"と呼ばれる一因にもなったオレが、知っているのに分からないと言うのは我ながら珍しいことであった。

 

 

 黙りこくって真剣な顔付きをしていたからか、イーブイに思いっきり顔を踏まれた。目を開けて寝ていたとでも思ったのだろうか、「イテッ」とリアクションしたオレにビクッとしている。

 事実、考えたら答えが出るでもないし、今はジムを見据え図鑑を出してポケモン達のステータスでも測っていた方が幾らか有意義だ。

 

 早速カバンから黒とオレンジのハイテク機器を取り出し、情報を調べ上げる。

 最高レベルはココドラで26、最低はダンゴロの24と、3つ目のバッジを獲りに行く段階にしては高水準だ。技も極力"変化技"を一つ覚えさせ、柔軟にバトルを進められるようにしている。残る要素は持ち物なのだが、オレは何も持たせていない。もとい、持たせられるモノを持っていない。カノコの家に戻れば「きのみ」や「ジュエル」等がないでも無いが、今のオレは残念ながら手持ち無沙汰だ。

 

 そして対するアーティの情報は既に頭に叩き込んである。

 "むし"タイプの使い手で、とてもトリッキーな戦い方をするらしい。当の本人が変人(アーティスト)だから戦法もそれに準じるのだろうか。

 使用ポケモンはホイーガ、イシズマイ、そしてエースのハハコモリを含む3匹。ハハコモリに要注意なのは当たり前として、ホイーガの"どく"にも留意しておきたい。

 コチラで有利を取れるのは、もはやジム攻略に欠かせない存在となってきたココドラと、最近あの(・・)兆候を見せているダンゴロの2匹。

 懸念点があるとすれば、両者ともハハコモリにはそこまで強く出れない(・・・・・・・・・・)ことだ。

 ココドラはタイプ相性が一見良さそうに見えて"くさ"技は等倍、得意技の"てっぺき"も撃ってくるであろう"はっぱカッター"の急所率の高さを考えると善策とは言い難い。

 ダンゴロも弱点を突き突かれつなので五分─────いや、基礎能力で劣っている。

 

『(ダンゴロは………まあ良いとして、ココドラを出しにくいのはキツイな……)』

 

 これまでのジム戦、常にココドラに頼ってきたオレ達に訪れた試練。強引なタイプ有利と能力値のゴリ押しが効かない初めてのジム戦だ。

 そうなると頑張ってもらうのは、

 

『(イーブイとフタチマルになる……だけど。)』

 

 フタチマルはココドラとダンゴロよりも相性が悪く、イーブイは素の火力不足が露呈してきた。正面からぶつかっても────言いたくないが、勝てる見込みは無い(・・・・・・・・・)。何か一手、変化球を織り交ぜなければ。

 

『(どうする……?奇策で裏を付けるほどアーティさんは甘くないぞ……) 』

 

 世間的には"天才"と呼称されるとはいえ、オレはまだトレーナーに成りたての駆け出しだ。ポケモンの知識は豊富でも、トレーナーとしての知識は習熟の余地がある。

 

『なら……ポケモンの知識を満遍なく使って勝負するのが良いよな…!』

 

 そこからオレの閃きは早かった。

 閃いた案がジム戦までに間に合うかどうかは正直賭けだ。ただ、やらなければ負ける。元より選択肢は一つだけなのだ。

 

『イーブイ、フタチマル、ちょっと来てくれる?』

 

 個々で部屋を満喫していた2匹を呼び寄せ、オレは思い付いた対策を伝える。

 数秒呆気に取られた2匹だが、すぐに「やってみせる」と凛々しい笑顔で返してきた。

 

『─────じゃ、やりますか!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヒウンシティ、ジムストリートにある建物の一部屋にて。

 

『彼は今、この街にいるのですね?』

 

『はっ!』

 

 灰衣の女性に大柄な男が確認する。

 そうですか、と後に続け男は冷たく笑う。

 男の目的はイッシュ地方で最も有名なポケモン博士アララギ、その息子と接触すること。そして、アララギの息子をコチラ側(・・・・)に引き込むこと。

 "王"は言った、「彼には()が見えている」と。

 元々は計画の障害となるアララギを排除する為の存在としか認識していなかったが、王の言葉により考えは改められた。

 男は直感で分かったのだ。アララギの息子にはプラズマ団の王、Nと同等の力(・・・・)があると。

 その瞬間"犠牲"から"傀儡"へと、男の中でアララギの息子は変わったのだ。そんな男の胸の内を周りのプラズマ団員(愚か者共)は知る由もない。

 

『しかし…ふむ、時期尚早……ですかね。』

 

『と、言われますと……?』

 

『今の彼に会っても、我々は拒絶されるだけです。彼にはもう少し理想でも見ててもらいましょう、真実を叩きつけるのはその後で構いません。』

 

『かしこまりました、七賢人様。……総員、引き上げの準備を!』

 

 イッシュの裏側、闇の中でプラズマ団は暗躍する。アララギの息子()への毒牙は、着実に研ぎ澄まされているのだ─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……あー、あー……おーい、聞こえてるー?』

 

 部屋に備え付けてあったパソコンの画面に向かってオレは呼びかける。

 イッシュの中心地ヒウンシティに着いたので、そろそろアララギ博士(義姉)に図鑑をチェックしてもらおうかとカノコタウンの研究所兼自宅へと連絡していたのだ。

 ブツッと音が鳴り、画面いっぱいにオレの義姉の顔が映る。まだ旅に出て1週間程度しか経ってないが、顔を見ただけでえも言われぬ嬉しさが込み上げてきた。

 

『ハーイ!元気にしてるショウ?』

 

『まぁね、ご覧の通り元気…グホァッ!?』

 

 全力の"とっしん"をかましてきたイーブイに吹っ飛ばされ、オレの顔が画面からフェードアウトする。

 と思ったら次は体重「60kg」のココドラがうつ伏せ状態のオレの背中を踏み越え、パソコンの画面にイーブイと割り込んでいった。

 発した呻き声があまりにも痛々しく聞こえたのか、本気で心配したフタチマルがオレの体を揺らして呼びかけてくる。

 

『大丈夫、大丈夫だよフタチマル………ココドラさん60kgは…60kgはヤバいよ……背骨イったかと思った……まったく…』

 

 カノコタウンを出た時、イーブイとココドラの機嫌が悪かった理由を思い出したオレは痛みに震えながら席に戻る。

 画面にへばり付いたイーブイを引き剥がし、さらにその画面の奥で爆笑している義姉に無言の圧力を送る。

 

『フフフ、変わらないわねイーブイもココドラも。』

 

『変わってくれてもいいんだけどなぁ……』

 

 ボソリとイーブイとココドラには聞こえないように呟き、

 

『で、図鑑の定期報告したいんだけど姉ちゃん。』

 

『オッケー、じゃあ図鑑とパソコン繋いでデータ送ってくれる?』

 

 本題に筋を戻す。

 図鑑とパソコンをコードで繋ぎ、簡単な操作をして遠く離れたカノコに旅の成果を送信する。化学の力はすごい。

 データの送信が終わり、記録を見ていた義姉が驚いていたのは「ゆめのあとち」で見掛けたムシャーナの情報を見ていた時のことだった。

 オレが出会ったムシャーナはどうも特殊な個体だったらしく、近年正式に発表された"隠れ特性"という希少な特性を宿した個体だと聞かされた。補足しておくとムシャーナの"隠れ特性"はテレパシーである。

 他にはエルフーンとドレディアに「へー」と関心を見せたり、思いの外図鑑埋めに意欲的だったオレ自身に驚いていた。他に図鑑を託した子はそうでもないのだろうか。

 

 その後は博士とトレーナーではなく、義姉と義弟としての会話が続いた。

 義姉の近況、変わらないカノコの話、オレより前に旅立った3人のトレーナーの話。最近良く話に出てくる4番道路でその内の2人と、もう1人はヒウンシティで会ったらしい。カノコからヒウンの移動でオレが義姉に会えなかった理由は"そらをとぶ"を使ったのだと思われる。

 変わってオレの旅の出来事を聞かれ、サンヨウ・シッポウジムの話、ミジュマルがフタチマルに進化した話、博物館でぶっ倒れた話をペラペラと楽しげに話した。最後の話は本気で心配されたが、心配をよそに愛されているなとガラにもなく泣きそうになってしまった。

 

『ところでショウ、プラズマ団って知ってる?』

 

『え? あー…知ってるよ。オレのダンゴロの住処で騒いでくれたからね。』

 

 話の色が暗くなる。

 手招きでダンゴロを呼び、紹介ついでにパソコンの前に座ってもらいオレは「ちかすいみゃくのあな」の事を話し始めた。

 ダンゴロが旅に加わったのは自分の住処とポケモン達の安寧を荒らしてくれたから。その恨みを晴らすためにオレ達と一緒に来てくれたのだ。

 オレ自身もシッポウでの事件もありプラズマ団に良い印象は持っていない。むしろ最悪と言っていい。

 

『ん…?そういやなんで姉ちゃんがプラズマ団のこと知ってるの?』

 

『つい先日、ショウより前に旅立った子がポケモンを奪われちゃってね……まあ一緒にいた子達が取り返してくれたんだけど。』

 

『え…奪…!? 』

 

 もはやそれは犯罪なのでは無いだろうか、と驚きが顔に出てきた。

 プラズマ団の大義がどうあれ、無理矢理トレーナーとポケモンを引き離すのはやってはならないことだ。それを分かっていて行為に及んでいるのなら、いよいよタダでは済まなくなってくる。

 

『だからショウも気を付けてね。ショウはしっかりしてるから大丈夫だとは思うけど、万が一の事があったら……』

 

『うん、気を付けるよ。…ありがとう姉ちゃん、心配してくれて。』

 

 旅に出る前よりも柔らかくなった笑顔で感謝を述べる。

 また連絡するよ、と締めくくりオレは通話を切った。

 

『気を付けるよ、気を付けるけど……さ。』

 

 義姉の心配の裏には多分「自分から関わりに行くな」というメッセージが込められているのだと思う。オレが同世代よりもしっかりしているのを理解して、その上で注意をしてくるのはそういう事なのだろう。

 だがオレは、この義姉の心配を受け取ることは出来なかった(・・・・・・)

 

 仮に"オレ"がプラズマ団に何かされたなら、警察なりなんなりに行けばいい。

 しかし、被害の対象がポケモンだったなら。オレは本能のままプラズマ団を"敵"と看做し、制裁を下すだろう。そして、()がその時だ。

 これは幼い正義感かもしれない、自己満足かもしれない。それでも、何も知らない"転生者(オレ)"が唯一覚えていた存在、「ポケットモンスター」に危害を加えられるのは黙って見過ごすわけにいかないのだ。

 

『って言ってもオレ、プラズマ団見たことないんだよね。うーん……姉ちゃんの言ってたポケモンを奪われたトレーナーと会えたら良いんだけどな。』

 

 義姉との会話からヒウンシティで最近会ったらしいので、まだ距離は離れていないはずだ。

 単純に"オレがその3人に多少の興味がある"という理由もプラスして、会うのが楽しみになってきた。

 名前と念の為容姿や特徴も聞いており、会った時に判断できるようにおさらいする。

 

『大きい緑の帽子を被ったのがベル、メガネを掛けていて気難しそうに見えるのがチェレン、キャップとポニーテールが似合うのがトウコ……ね。って最後の人は姉ちゃんの感想じゃん…こういうとこがホント……』

 

 果たして本当に巡り会えるのだろうかと不安を抱えながら部屋を出る。

 やることも無くなり、就寝までの時間つぶしにアテのないヒウン観光へと繰り出していったのだった。

 

 

 

 





スカイアローブリッジのBGM良いですよね、BWのBGM中でも結構好きな方です。


※UA2000件とお気に入り30件ありがとうございます。引き続き頑張りますので、読んで頂けたら幸いです。
それでは。


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8話 果報はただ信じて待て

誤字・脱字ありましたら教えて下さい。
かなり間が空いてしまい申し訳ありませんでした。

タグに「独自解釈」を一応入れておきました。



 夜になってもヒウンの街は眠ることを知らず、その喧騒から逃れるようにオレは"ユナイテッドピア"まで来ていた。

 部屋は日が暮れる前に出たのに、結局何もせずヒウンシティをグルグルしている内に夜を迎えてしまった。この街とオレの相性はとことん良くないらしい。

 街中に比べればここは静かで、周りには停泊している船とオレ以外何者も存在しない。

 波止場のビットに腰をかけ、水平線をぼーっと眺めつつ波の音に耳を澄ます。

 心が落ち着く。都会の中で聴く波音もこれはこれでオツなモノだなと思い、しばらく浸っていくことにした。

 

『まだ眠く無いしなぁ……あーあ、カノコから読みかけの本何冊か持ってくるんだった。』

 

 本屋にも何軒か行ってみたが、興味をそそられる本には出会えなかった。本のラインナップも都会だからか若者を意識してマンガやラノベ、雑誌といったオレの趣味とは少し違うテイストの本が多く取り揃えてあった。

 オレが普段読むのは専門書や図鑑、歴史書だったりするので上の本にはあまり縁が無いのだ。ただマンガだって一冊も読んだことがないわけではないし、雑誌も一部の記事───ジムリーダーや博士の特集など───は切り抜いて読んだりもする。ただ、それらを読むよりも、ポケモンについて学んでいた方がずっと楽しかったのだ。"転生者"として生きていくために学んだ、という意味もあったが。

 

『お前達も……うん、眠く無さそうだな。だよなー、今日バトルしてないもんなー……』

 

 イーブイとフタチマルが入ったモンスターボールとゴージャスボールはカタカタと揺れ、活気に溢れていることをアピールしてくる。

 2匹の特訓計画を立てたのはいいが、実行に移されるのは明日の「バトルカンパニー」でだ。1日くらいゆっくり休むべきと思ったが、どうやらオレのポケモン達はオレの思う以上にスタミナがあるようだ。オーバーワークは望まないが、変にストレスを溜めて次の日空回りされるのも困る。とすると、

 

『4番道路辺りで少し特訓するのもあり……だな。どうしよっか、やるかい?』

 

 オレの問いかけに2つのボールは震える事で賛同の意を示す。やる事が無いとすぐに特訓に走るオレも大概だが、ポケモン達も秒でそれに乗っかってくる辺りトレーナーと手持ちの性格が似るという話はあながち間違いではないのかもしれない。

 やる事も決まり、オレは海に背を向け騒がしき大都会のその先へ歩き出す。夜はまだ、始まったばかりである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 奥地の「リゾートデザート」程ではないが、4番道路も大体が砂漠地帯である。昼間はそれなりに暑いが夜になるとそこそこ冷える。

 大都会ヒウンと娯楽の街ライモンを繋ぐ道であるからか、開発工事が行われており砂漠地帯とは言ったが道は整備されているし高架橋までかかっている。脇道に逸れない限り砂に足を取られることは無いだろう。

 

 ──────だと言うのに、「ちょっとワクワクするから」と脇道に逸れてしまうのがオレなのである。

 

『オゥオゥ兄ちゃん!子供がこんな所に何の用かなぁ!?』

 

『1人でこんなとこに来るなんて、いい度胸してんじゃねーか!ヒャッヒャッヒャ!』

 

 帰りたいと、切に思った。

 

 簡潔に言うと、オレは不良の溜まり場に迷い混んでしまった。

 わざわざ脇道に逸れる人間は少なく、だからこそまだ工事が進んでいない砂漠地帯は人が寄り付かず、集会場所に丁度いいのだろう。

 彼らにとってオレはいいカモに見えるのか、こちらの都合などお構い無しにたかられる(バトルの)流れになってしまった。

 しかし目と目が合ってしまったのも事実。断る理由もこちらには無くバトルは受けなければならない。

 

『ま、練習(・・)にはなるか……うん、フタチマル頼んだ!』

 

『オメーのお小遣いサクッと剥いじゃうぜぇ!! ヤブクロンやっちまいな!』

 

 夜だがやる気に満ち溢れているフタチマルと相対するは、ゴミぶくろポケモンのヤブクロン。元々はゴミが詰まったゴミ袋で、そこから生まれたポケモンだと本で読んだことがあるが本当なのだろうか。

 などという雑学は置いておいて、このバトルだがまずオレが勝つのは確定している(・・・・・・)。理由は単純、フタチマルの方が強い(・・)からである。レベル、能力、経験、─────そして、トレーナーの力量の差。ありとあらゆる要素でこちらが上回る。仮にもジムバッジを2つ手に入れているのだ。そこらのトレーナーとは一線を画していて当然だと言える。

 

『"みねうち"!』

 

 "練習"と称した二つの斬撃がヤブクロンを断つ。

 しかしこの攻撃が相手の体力をゼロにすることは不可能であり、それが目的でもある(・・・・・・・・・)

 

 このバトルでの狙い、それはフタチマルのホタチ捌きを向上させることだ。

 オレが今フタチマルに習得してほしい技は、中々に高度な技術を必要とする。特に技を出すスピードと的確に技を当てられる正確性、この2つには重きを置いて取り組んでもらっている。"シェルブレード"の様に単に切りつけるだけではダメなのだ。

 本当なら技マシンを使って手っ取り早く覚えさせてあげたいが、該当する技マシンをオレは所持していない。なので、こうして練習して覚えてもらうほかない。

 "みねうち"を覚えさせたのもこのためである。なるべく相手の体力を削らない様、言い方が悪いがサンドバッグ代わりにして特訓を積ませている。故に、"練習"なのだ。

 

『"みねうち"だァ? ナメてんのかテメェ!! とっととこのガキ潰せヤブクロン! "おうふくビンタ"ァ! 』

 

『受け流して連続で"みねうち"!』

 

 右から迫る腕をするりとホタチで流し、左から迫る腕は当たる前にもう片方のホタチでカウンターを入れる事で、攻撃そのものを中断させる。

 一見ホタチ捌きは既に一級品と思えるが、オレが、何よりフタチマルが納得していないのだ。もっと高みを目指せると、常に研鑽を重ねるのは武士の心がある故なのか。

 

『弾いて、切り付ける…やることは似ているんだ…あとはその弾きを攻撃に転換すれば……』

 

 ぶつぶつと呟いていると、フタチマルが一瞬コチラを見て頷いた。「もう終わらせる」、そう伝えたいのだろう。

 

『そっか、分かった。じゃあ"シェルブレード"でトドメだ!』

 

 刀がヤブクロンを捉え、一閃。

 先程までの手加減した連撃とはかけ離れた剛撃が、ヤブクロンを正面から打ち破った。

 

『ク、クソッ! よくもやりやがったな……! 兄貴 後は頼んます!』

 

 と、捨て台詞を吐いて不良A(スキンヘッズ)が後ろに下がり、変わりに出てきたのはどう考えてもこの地帯とそのマシンは相性最悪だろう、と思わざるをえない不良B(ぼうそうぞく)だった。なぜ持ち込もうと思ったのか真剣に知りたい。

 

『へっ! おれさまはアイツみてぇに簡単に倒せねぇぞ! ズルッグぶっ潰せ!』

 

 ボールから飛び出したのは皮をだるんと伸ばした黄色が主配色のポケモン、ズルッグだ。

 分類はだっぴポケモン。見た目は可愛いかもしれないが、特技である"ずつき"は全く可愛くない威力なので十分注意しなければならない。また、皮は防御にも活かすことが出来るらしい。

 

 ふぅ、と息を吐き出しフタチマルをボールに戻す。最初(ハナ)からギリギリの熱いバトルなんて期待してなかったが、実力差が開きすぎるとここまで"蹂躙"と呼ぶ他ないカタチになるとは思わなかった。"練習"なので相手の強さなんてのはどうでもいいのだが。

 交代先として繰り出したのはイーブイ。彼にもまたヒウンジム攻略のカギを担ってもらうことになると思うので、特訓は積ませなければならない。

 

『多分"スピードスター"と同じ要領でやれば………いやもっと複雑か……イーブイの"可能性"を引き出すように……』

 

 何せイーブイが習得しようとしている技は、数あるポケモンの技の中でもかなり変わったな技なのである。フタチマルと同様技マシンさえあれば楽に覚えられたのだが、やはり無いので地道に努力するしかない。

 

『"ずつき"ィ!!』

 

 指示と共にイーブイ目掛けて一直線に突っ込んでくるズルッグ。愚直とも言える攻撃であり、身軽さには定評のあるイーブイが避けるのは訳無かった。

 こちらのターンになったならば、隙だらけのターゲットに向かってわざと弾数を減らした"スピードスター"を放ち、距離をとる。今回イーブイに行ってもらうのは言わば"引き撃ち"だ。

 

 

 ─────正直な話、本当にこの方法が練習になっているのか断言する術がオレにはない。フタチマルの練習法ならある程度の自信を持って「イエス」と答えられたものの、コレ(・・)に関しては「似たような(似ているかも分からないが)技を撃たせているだけ」なのだ。

 

 怒号にも似た声色での指示が相手から飛ばされている中、避けて撃つを徹底しているイーブイを見てオレは思案する。

 最終的に技の習得に必要なのは、イーブイの中に内在する"可能性"をイーブイ自身が理解し、それを技として放つこと。それは分かっている、しかし─────

 

『どうやったらイーブイが理解出来るのか……うーん……』

 

 オレがアドバイスの一つや二つ言うのは簡単だ。多少のヒントくらいにはなるだろう。

 ただ、イーブイの可能性まで「ああしろこうしろ」とオレが決め付けるのは間違っている。だから、イーブイにほとんどを委ねるしかないのだ。

 

『考えろ…考えるんだ…オレが今どうするべきなのかを……』

 

 今のままではダメなのだ。今の練習法では、目指す技には至れない。

現在(いま)」のままではだめならば──────「過去」はどうだったのか。ふと、考えた。

 これまで技を習得してきた時は、一体どうしてきたのか。レベルアップで習得した時の事は置いておいて、そう、"スピードスター"を習得した時なんかはどうだっただろうか。

 

 ─────可能性を信じたのだ(・・・・・・・・・)

 

 出来ると思った、そしたら出来たのだ。

 今やるべき事もあれこれと難しい手を打つのではなく、それだけの事ではないのか。

 

『……ッ!』

 

 フッと熟考から浮上し、丁度"スピードスター"を撃ち終えて下がったイーブイを止め、

 

『……うん、やめた(・・・)指示出すのやめた(・・・・・・・・)。』

 

 ごく自然に、それが当たり前であるかのようにオレは言った。

 そして、オレの意図がイーブイに伝わってないことを「は?」と言いたげな表情から察し、慌てて言葉を付け加えていく。

 

『あ、違うから。諦めたとかじゃないからな。そうじゃなくて、お前のやりたいようにやってくれってことで……』

 

『何ごちゃごちゃ喋ってんだコラァ!! ズルッグ"だましうち"でぶっ叩け!』

 

 伝えたいことはまだあるが、どうやら相手は空気を読んでくれないらしい。

 ズルッグは進撃を止めずイーブイに迫り来る。いつもなら何かしらオレが指示を出していただろうが、敢えてオレはイーブイに問いかける。

 

『────イーブイ、お前ならこの攻撃をどうする(・・・・)?』

 

 ズルッグが使った技は"だましうち"。どんな状態であれ"必ず当たる"技だ。

 それに伴い、イーブイがとれる行動は2つのみ。

 1つ目は防御。シンプルかつ手堅い一手だ。確実にダメージは抑えられるし次の一手に繋がる行動も取りやすい。

 2つ目は反撃。リスクこそあるが見返りも大きい。成功すれば一気に攻め立てられ、流れを引き寄せる事も可能だ。既に流れがこちらにあるのは置いておく。

 本来なら回避も択に入るが"だましうち"の前では意味を成さない。

 

 2択の内イーブイが選んだ選択は当然──────反撃(・・)だった。

 回避不可の拳が振り下ろされる瞬間、逆に拳目掛けて"でんこうせっか"の一撃繰り出すことで攻撃を弾き、続けざまに尻尾を思い切り振り抜きズルッグを吹き飛ばしたのだった。

 

「なるほど」とオレは理解し、同時に「だよな」と予測通りの結果に安心した。

 

 イーブイはとても不安定なポケモンだ。己の"軸"が内外問わず様々な要因によってブレやすく、個体が持つ本質が掴みにくい。

 そこでわざと指示を出さず、その中でイーブイがどのような行動をとるのかをオレが知り、イーブイにも自覚してもらう。それがトレーナーとしてやるべきことを放棄したオレの真意だ。

 あれがイーブイの真に望む戦い方なのだろう。何せ自身で選択したのだ。それすなわち、己の"本質"に基づいた行動であるとオレは判断する。少なくとも()は。

 

 ──────後は、多少のヒント(・・・・・・)になるかもしれないアドバイスをかけ、信じて待つのみ。

 

『やりたいように、想い描いたままにやってみな。それを実現する力がお前にはあるんだよ、相棒(・・)。』

 

 一瞬間を挟み、イーブイが閃いたようにニッと笑う。伝わったようで良かった。

 

 絶えず攻撃を続けようとする意思、それは消えぬ炎であるとオレは見た。

 イーブイの本質は未だ揺らぐ。されど「こうしたい」と選んだのも事実。ならば、その決定は"本質"を固定化させるに足りるのだ。

 すぅッとイーブイが息を吸い込む。"スピードスター"を放つ時とはまた違う力の溜め方。

 ──────これを見て、オレの信頼は最良の結果(・・・・・)へと結び付いたと理解する。

 

『タイプは"ほのお"! "めざめるパワー"!』

 

 確信と、歓喜と、祝福を込めた声でオレは叫んだ。

 己の内側から溢れ出る「可能性」に形と力を与え、一つの"技"としてイーブイは撃ち出す。

 この技に宿るのは紛れもなく"ほのお"のエネルギー。"めざめるパワー"で物は燃えずとも、魂を焦がすには十分足りる熱量である。

 先の"スピードスター"と"でんこうせっか"のダメージが残っているのか、動きが鈍いズルッグが"めざめるパワー"を躱すことは能わず残りの体力を完全に溶かされ、望まぬ2連戦のバトルは終わりを迎えることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 その後オレ達を取り囲んでいた多数の不良も、2連戦をものともしないタフさと純粋なバトル技術の格差を理解したのか、「次は誰だ」とありがちなセリフを吐いてみたが誰も名乗りを上げなかった。これでは特訓になりそうもないので、今は4番道路の本道にまで戻ってきている。

 

 

 完成したのだ。こうもあっさりと、しかしこれまでにない達成感を感じながら。

「嬉しかった」のは1番の想いだ。努力が実を結ぶことは何よりも嬉しいし、それが自分でなくとも携わっていたなら喜びは湧くものだ。

 同時に「呆気なかった」とも思った。

 "めざめるパワー"をイーブイに発案したのは今日であり、これ以前に特訓もしていない。それでも完成させてしまったのだから、拍子抜けだと感じても仕方の無いことであろう。

 最後に──────恐怖(・・)があったのも事実なのだ。

 なんという「可能性」なのだろうと、身体の震えが今も止まらない。果たしてこの「可能性」をオレが導いていけるのかと、柄にもなく不安に駆られてしまった。

 

『でもなぁ、まだダメなんだよなぁ。……なぁ?』

 

 オレの問いかけにイーブイは不満げながらもコクリと頷く。

 "めざめるパワー"は成功した。しかし、これが偶然ではないと否定出来る根拠がオレ達にはなかった。本番とも言えるジム戦で使っていくには些かの不安が残るのが現実だ。明日のバトルカンパニーでの調整で、どこまで自分のモノに出来るかが課題である。

 

『にしても……良い光だったな。』

 

 不意に立ち止まり、無意識にポツリと呟いていた。

 オレにだけ見えるポケモンとの間にある光。"転生者"だから見えるのか、それとも原因は別にあるのか。それはオレにも分からない。

 それでも悪いモノでは無いのは分かる。先のバトルの時も、イーブイとの間に在った光は眩しく熱い、(まさ)しく炎がもたらすような照らす光だった。

 

『よーし、帰って寝ますかぁ。』

 

 程よく体も頭も疲れ、充実感に身を浸しながらポケモンセンターに戻ろうと歩き始めたその時──────

 

『ん?…なんだアレ……ッ!? 』

 

 視界に入ったボロボロの何か。

 およそ1.5m程のその何かが、ポケモン(・・・・)であると理解するのに時間はかからなかった。

 フェンスを全速力で乗り越え、キズだらけのポケモンの下に駆け寄り様子を確認する。

 

『こいつは…でもなんで……?』

 

 あまりにも唐突すぎる出来事に、オレはただひたすらに応急処置をするので精一杯であった。

 

 




こんにちはお久しぶりです
もしかしたらまた間が空いてしまうかもしれませんが、ご了承ください

一応完結させたいという気持ちではいます


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9話 転生者は分からない


誤字・脱字があったら教えてください。

完結させたい気持ちはまだあります。


 佳い風が吹き抜けた。どこまでも清々しく、純粋な風だった。

 

 不満かと、()は問う。

 不満だと、()は言う。

 

 天の下に在るのは()では無いと、曇りなき眼で断言した。自分にこそ、アレ(・・)は相応しいのだと。

 

 竜が昇るが如く、()はこの世界を大笑しながら邁進する。いつの日か、その大翼が世を風靡すると疑うことなく────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さん………ショウさん……!」

 

 誰かが、オレを呼んでいる。夢なのか、現実なのか区別がつかぬまま朦朧とし、

 

「しっかりして下さい、ショウさん!」

 

 強めの呼び掛けにより、ハッと意識が覚醒する。

 キョロキョロと周りを見渡して見れば、そこはヒウンシティのポケモンセンターだった。

 

「大丈夫ですか? 突然反応が無くなってしまったので……」

 

「あ、あぁ……すいません…ちょっと寝不足で……ぼーっとしちゃいました…」

 

 適当な訳を作りながら、手の中にあるモンスターボールの存在に気付いた。どうやら預けていたポケモンを受け取っている最中に気を失ったらしい。

 今受け取ったボールには、昨日見つけた件のポケモンが入っている。様子を見るに寝ているようで、恐らくまだ疲労が溜まっているのだろう。

 

 昨日、オレには本当に簡易的な応急処置しか出来ず、やむなく"捕獲"という形をとりポケモンセンターへ急いだのだ。

 それからは流石ポケモンセンターと言ったところか、迅速且つ丁寧に処置し、とりあえず翌日の朝まで休ませるとの事で昨日は了解しオレも部屋に戻った。

 

 見つけた時の状態はそれは酷いものだった。キズは生々しく、息も絶え絶えで放っておけば衰弱死は確実だった程だ。

 打って変わって、現状は見る限り呼吸も安定しているようで、キズも一部(・・)を除いてほぼ治りきっている。あれほどのキズが一晩でここまで治ってしまうとは、ポケモンセンターの設備と技術が如何に優れているかが分かる。

 

 受付のお姉さんにお礼を言い、複雑な心境のまま外に出る。

 冬の朝の空気は冷たく澄んでいる。ゴチャゴチャとしたオレの内心を清浄にするにはもってこいだ。ヒウンでなければもっとクリアな空気だったのだろうが、それはそれだ。

 大きく息を吸い込み、吐き出す。

 色々と考えたくなることがあるのは確かだが、それよりも今はジムに向けた調整の方が大切だ。午後からはバトルカンパニーの見学(・・)もあり、体力的に問題無ければそのままジムに挑んでしまおうかとも考えている。無論、一旦休息はとるが。

 普段から割とフラフラしがちなジムリーダーだが、どうやらインスピレーションが湧く出来事があったらしく暫くはジムにいるらしい。出来事というのは、十中八九ポケモンのホネが盗まれたあの事件の事だろう。

 

 午後まではまだ時間もある。せっかくなので、"興味ナシ"と判断していたゲームフリークやアトリエヒウンも覗いてみようかと脳内で観光プランを組み立てる。

 

『それじゃ行こうか、な。』

 

 手に握ったままだったボールを、若干躊躇しながら腰のベルトに付け人混みに身を投じる。

 暇つぶしを兼ねたヒウン観光が、再び始まった。

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 相性というモノはどうしても存在してしまう。だからこそオレは確信した。この町とオレの相性は全く良くないのだと。

 アトリエヒウンは芸術がさっぱり理解できないオレにはただの不思議空間でしかなく、ぐるっと一周して流れるように退場してしまった。惹かれる絵も何枚かあったが上手いこと感想が出てこないのが実情である。

 ゲームフリークはそもそも予約をとっていなかったので、1回のロビーを見学するだけだった。新作のゲームの広告や会社の求人情報を一通り眺めて退出し、次に義父に会った時、珍しくゲームをねだってみようかと思いながらその場を後にした。そう思わせられるくらいには魅力的な広告だったとも言える。

 

 ふたつ合わせて滞在時間1時間未満と、オレの観光は即終了してしまったのだった。

 とはいえ時間は有り余っているので、時間の消費の為にオレは少々シャレたカフェでコーヒーを頂いている。

 

『楽しみだなぁバトルカンパニー。……フタチマルとイーブイの最終調整も済めばいいけど。』

 

 昨日で"めざめるパワー"が8割方仕上がったが若干の不安定さがあるイーブイと、要領と実行法は掴めているが"ワザ"に昇華するには未だ至らないフタチマル。両者ともジム戦では活躍してもらわねばならなく、そのためにもバトルカンパニーでの調整はより意味のあるものになってくる。

 

 図鑑や地図を眺めているうちに、日の位置が上の方に昇ってきた。

 完飲しきっていなかったコーヒーを一気に飲み干し、

 

『よし、行こう。』

 

 スカーフを結び直す事で気合を入れ、直意気揚々とバトルカンパニーのある海沿いの通りへと歩き出して行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あっという間に時は過ぎ、気付けば日も落ち始めた頃。

 小脇に戦利品である"がくしゅうそうち"を抱えながら、オレはバトルカンパニーから帰っていた。

 ノルマがバトルの成績だったりするだけあって、社員とのバトルはどれも質の高いものだった。

 

 しかし、それに反するようにオレ自身の気分は決して良いものではなかった。

 肝心のフタチマルとイーブイが"ワザ"を完成させるに至らなかった(・・・・・・)からか、否だ。

 勿論これ自体は無視できる事態では無いのだが、百歩譲ってイーブイは八割で"めざめるパワー"を放つことが出来るから良い。フタチマルがまだ"ワザ"として自分のものに出来ていないのが懸念点ではあるが。

 

『ま、何とかなるよ。 …何とか、さ。』

 

 最後の一言だけは言ったかどうかも怪しいほどに弱々しい声色だった。

 おもむろにフタチマルが入ったボールを手に取り、じっと見つめてみる。中に入っている相棒は特訓の疲れからか、眠っているようだ。

 

 気分は良くないと言った。が、それはフタチマルとイーブイが"ワザ"を習得出来なかった事だけが理由では無い。寧ろ、原因はほとんど()にあり、それは自分自身で勝手に引き起こしているだけだ。

 

 ふぅ、と深いため息が(こぼ)れる。

 吐いた息は重く、鉛でも吐き出しているのかのようにすら感じられた。

 

 バトルカンパニーでの連戦の時、オレは「なぜ」フタチマルが"ワザ"として攻撃を繰り出せないのかを考察していた。攻撃の仕方、クセ、その後の動きを観察し、何が欠けているのかを見極めようとしていた。

 結果として、何が欠けているのかは大凡(おおよそ)の予測が立てられた(・・・・・)のだが、それを伝えようとしたほんの一瞬、僅かに頭を()ぎってしまったのだ。

 

 オレが今していることは、フタチマルが自身で成長する機会を奪ってしまっている(・・・・・・・・・)のでは無いのかと。

 

 ()ぎってしまったものは仕方がなく、伝えようとしたアドバイスは口の中で留まり、終に言の葉になることなく消えていくだけだった。

 

『それになぁ……』

 

 思い出すのは昨日の事、4番道路でのバトル。

 オレはイーブイの可能性を信じ、やりたいようにやらせる事で力を引き出すことに成功した。────して、しまった(・・・・)のだ。

 そんな成功例を見てしまったのであれば、それは他のポケモンにも同じことが言えるのではないのだろうか、と考えてしまうのも不思議なことでは無い。

 イーブイが如何に可能性に満ち溢れたポケモンだとしても、ポケモンという存在自体が可能性の塊みたいなものなのだ。同様の行動をすれば、良い結果は得られると十分に考えられる。

 

「何とかなる」と言ったのはこの為である。ポケモンの自主性に任せ、オレは信じて見守る。「何とかしてくれる」と言い換えた方が良いかもしれない。

 

『…ッ』

 

 ああ、しかし────「それで良いのか(・・・・・・)」と揺らぐ自分がいるのも事実なのだ。

 くだらない考えだと否定したい気持ちは大いにある。けれども、「それもトレーナーなのではないか」と思えてしまう。

 それはオレが"転生者"だからなのだろうか。"転生者"であるから、ポケモントレーナーについて理解できないのだろうか。

 

 ─────悔しいが"転生者(オレ)"には、ポケモントレーナー(・・・・・・・・)が何者なのか、分からないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何にも解決しないまま時間は過ぎて行き、気付けばジムの目の前に立っていた。

 オレにとって3つ目となるヒウンのジム。その扉に手をかけた所で、動きが止まる。

 

 果たして今のオレは、ジムを突破する程の状態であるのだろうか。

 果たしてトレーナーという存在に対して疑問を持っている人間が、トレーナーを育成するジムに挑む資格があるのだろうか。

 果たしてオレは─────()なのだろうか。

 

『…分かんないから、挑むんだよ。』

 

 半ばヤケになっていると言ってもいい。

 傍から見ればしょうもない悩みかもしれないが、オレには余りに難解な問題なのだ。「ポケモントレーナー」という存在について考えるのは。

 

 ガッと扉を開き中に入る。

 受付でジム挑戦の手続きを済ませ、奥へと足を踏み入れる。

 眼前に広がる何とも言い難いアーティスティックな装飾と、どう見ても樹液やミツの類で出来ているブヨブヨの壁。これが仕掛けなのだろう。やっぱり芸術は分からないな、と苦笑する。

 仕掛けについては事前に情報を仕入れていたので、ブヨブヨの壁に結構本気でぶつかって突き破り、床のスイッチを上手いこと踏んでサクサクと攻略を進めていった。

 ジムの仕掛けの方は問題なかったのだ。しかし、ジムトレーナー戦は驚く程に苦戦を強いられてしまった。

 ポケモンのレベル的にはこちらが上なのに、いつも以上にジリジリと削られていき、最終的に強引に力押しで勝負を決めるといった、このジム風に言えば"芸術性の無いバトル"がほとんどだった。

 

 無論、そんな力任せなジムチャレンジを敢行すればどうなるかは想像に難くない。

 ジムリーダーの所に着く頃には、ポケモンは勿論、トレーナーですらも疲弊してしまうのは分かりきっていた事だろう。それが()である。

 

『やーやー! 待ってたよショウ君!』

 

『……オレ貴方と面識ありましたっけ? なんで名前知ってるんです? アーティさん。』

 

 

 パッと見は少し変わった青年と言ったところだが、彼こそがこの大都市ヒウンシティのジムリーダー、アーティである。「モスト・インセクト・アーティスト」のキャッチコピーで通っている、"むし"タイプの使い手だ。

 

『うぅん、実はアロエねえさんから「アララギ博士の息子が来るかも」って連絡を貰ってねー。絵を描きつつ、キミが来るのを待ってたんだよー。』

 

『はぁ、なるほど。…世話焼きなのか試してるだけなのか、分かんないな。』

 

 それほどの期待をジムリーダーから頂いているのは大変光栄な事なのだが、今のオレがそれに応えられるだけの試合を生めるかは疑問である。

 手持ちのポケモンは体力は全快、だがしかし疲労が溜まっているのは事実。ここは"むし"ポケモンの弱点である、タイプ相性に於ける弱点の多さを上手く突いての短期決戦を狙うのが得策だろう。もっとも、ジムリーダー相手に"弱点を突く"程度の知恵で叶うはずもないが。

 

 お互いに定位置に付き、それを確認した審判が試合開始の宣言を告げる。オレの3つ目のバッジを賭けた戦いの火蓋が切って落とされた。

 

『ホイーガ!』

 

『イーブイ!』

 

 ジムリーダー(アーティ)チャレンジャー(オレ)双方の1匹目がフィールドに姿を現す。

 毒々しい体色とタイヤの様な姿の中心からギョロリと覗かせる眼が印象的な"まゆムカデポケモン"のホイーガ。「ヤグルマの森」等でよく見かけるフシデが1段階の進化を果たした姿だ。フシデの頃よりも防御面に磨きがかかり、生半可な攻撃では大したダメージにならないだろう。

 そんな基礎的な情報は置いておき、イーブイの状態の方に目を向ける。

 体力的には問題無し。ただし、既に息が上がり気味で、過度な動きをすれば身体の方が意思に応えられないだろう。

 

『……』

 

『んぅん? 攻撃してこないのかい?』

 

 試合は始まっている。始まっているけれど、指示が出せない(・・・・)。いつものように確信を持って飛ばす言葉が、出てこないのだ。

 

『……ふぅん、じゃあこっちから! "ポイズンテール"!』

 

 動いてこない事を察したアーティが攻撃に移る。

 指示を聞いたホイーガは回転を始め、トップギアでイーブイに襲いかかる。急接近し、一際長い毒のトゲにより一層の毒気を貯め、しならせることでムチのような動きになりイーブイを捉える。

 普段なら持ち前の素早さで躱せていたであろう攻撃も、今のイーブイには全ての攻撃が先制技並の速さに思えてしまう。故に、直撃は必死だった。

 

『ホイーガ"おいうち"!』

 

 攻撃を受けたのも束の間、すぐさまホイーガが追撃体勢に入る。

 ダメージを受けた直後に"おいうち"が決まれば、ダメージ増加の効果もありまず間違いなくイーブイの体力は瀕死にまで陥るだろう。

 元より防御力に秀でてはおらず、回避を主体にすることでその脆さを補ってきたのだ。その主体となっていた回避が難しい状態の今、確実にイーブイは負けるだろう。

 

『…ぁ…』

 

 だとしても、こんな状況の中にあっても、オレの中の"迷い"は渦を巻く。うねり、荒れ、暗雲が思考を閉ざし、雷鳴が心底を怯ませる。

 これまでの様に指示に確信は持てず、一瞬の閃きなど起こるはずもなく、想いを力に変えることなど不可能。

 

『よ………避け…!』

 

 ────結果として、遅かった。

 オレの(ぬる)い指示が口から発せられ、イーブイに伝わるよりも早くホイーガの"おいうち"がイーブイに命中してしまった。

 どさりとイーブイが地面に倒れる。ぐったりとしたその姿に、最早体力が残っている訳もなく。

 

 審判からイーブイの戦闘不能の宣言が下され、現実を叩きつけられる。

 今までこんなことは無かった。相手の、それも1匹目のポケモンに、一撃も与えられないなんて事は。

 

『……ごめん。』

 

 目の前が真っ暗になりそうになりながら、イーブイをボールに戻す。

 ボールなんて直視出来ない。逃げるように次のポケモンが入ったボールに手をかけ、気付いた。

 

『(あれ…手の震えが……止まらない…)』

 

 何もしなかった(・・・・・)

 一体それがどれだけ愚かな事だったのか、オレには分からない。分からないが、ひたすらに苦しいのだ。

 

『むぅん……ショウ君、ジムチャレンジは中止にするかい? なんか様子もヘンだし…ポケモンも万全って感じじゃなかったしー…』

 

 アーティの提案はこちらを100パーセント心配しての事だろう。ジムリーダーはチャレンジャーを試し、力を見定める役割を持つ。チャレンジャーが不安定なこの状態で、役割を遂行出来ないのなら中止にした方が良い。

「それでも」、いや「それだから」、オレの返答は決まっている。

 

『……大丈夫です。続けさせて下さい……』

 

 続行だ。

 今ここで中止にして、ゴチャゴチャとした心身を整えた方が良いのは明らか。何よりそうした方が勝算は高い。

 

 それら全てを承知の上で、オレはチャレンジを続けよう。

 今ここで「ポケモントレーナー」とは何かを識ってこそ意味があるのだ。本気で苦悩し、迷っている今こそ識るべきなのだ。

 "転生者(オレ)"は「ポケモントレーナー」になって(・・・)、自分がなぜこの在り方に"惹かれた"のかを確かめなければならない。

 

 

 

 

 

 




こんにちは、お久しぶりです。
約1年ぶりの投稿となります。

ちょいちょい書いてるのでよろしくお願いします。


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10話 ただ誠実であれ、ただ真っ直ぐであれ

誤字・脱字があったら教えてください。


まだ書いてます。


 

『頼んだ……ガントル(・・・・)…!』

 

 ボールの投げ方にすら迷いは乗る。気迫も無く、勇気も携えず、その姿はきっと無様に見えるのだろう。

 そんな恥も外聞もかなぐり捨てて、オレはここでバトルを続けている。この"迷い"に意味を見出すべく。

 

 二番手として繰り出したのは、かつての姿から大型化し、新しく身体にオレンジ色の結晶を生やした"こうせきポケモン"ガントル。そう、ダンゴロが"進化"したのである。

 バトルカンパニーでの調整の中、ダンゴロは進化を果たしガントルとなった。先日から進化の兆候は見られておりいつ進化してもおかしくなかったが、その時は存外早く訪れた。

 ダンゴロだった頃よりも体重が大幅に増え、得意としている「受け止め、反撃する」スタイルに磨きがかかり、純粋なパワーだけならオレの手持ちで唯一進化していたフタチマルをも超える。その分身軽さが犠牲になったが、"ワザ"や"道具"である程度なら補えるのでさして問題にはならないだろう。

 

『おぉお! これは手強そう!』

 

『強いですよ、ウチの大黒柱は』

 

 掛け値なしに今の手持ちの中で一番"強い"のはガントルだ。能力的にも、精神的にも。

 "ちかすいみゃくのあな"で群れのリーダーを務めていた"彼女"は、その経験からか何事にもどっしりと構え対応出来る。多分、オレがガントルを選んだのも、その剛毅(つよ)さに縋りたかったからだろう。

 

『それじゃあ楽しいバトルを期待してるよ! "ポイズンテール"!』

 

 再び襲い来る毒の鞭。だがしかし、"どく"タイプのワザは"いわ"タイプのガントルに対し有効打にはなり得ない。真正面からの"ポイズンテール"を受けても涼しい顔でいるのは、流石の"ぼうぎょ"と言ったところか。

 

『…ロ、"ロックブラスト"…!』

 

 まだ戸惑いが残る状態の指示。タイミングも声量も褒められたものでは無いが、指示が出せるだけ前進であると思っておこう。

 

 オレンジ色の結晶が光輝き、充填されたエネルギーを動力にガントルが岩の弾丸を連続発射する。

 "ポイズンテール"の直後にガントルが攻撃を開始した為、位置としてはほぼゼロ距離。1発、2発、3発とホイーガを捉えるも、最後の4発目だけは当たること無く地に落ちた。

 

『ホイーガ! 大丈夫かい!?』

 

 岩石弾の勢いによりフィールドの中央からアーティの側まで吹っ飛ばされるも、その場でターンを決めてみせまだ体力は残存していることをアピールするホイーガ。3発の直撃を受けてもなお動きに鈍りが見えないのがジムリーダーのポケモンだ。鍛えられ方が並のトレーナーのポケモンとは一線を画している。

 

『うぬぅ…確かに強い…けど!』

 

 力強いアーティの言葉に続くように、ホイーガも唸る(・・)。その唸り声はバイクのエンジンをふかした時のような、重厚で耳に残るような唸り声だった。

 

『次は…次は……"ロックカット"!』

 

 まだ躊躇いが消えない声で、精一杯の指示を叫ぶ。

 オレの手持ちには全て"変化技"を一つは覚えさせているが、ガントルの場合今は(・・)"ロックカット"である。

 元々お世辞にも高いとは言えないガントルの"素早さ"も、"ロックカット"の使用により平均、もしくはそれ以上の"素早さ"を得ることが出来る。

 

『攻め切る…! "おんがえし"!』

 

『ここ大事だよホイーガ!』

 

 オレが"ワザ"を言い切るのと同時に、ガントルは最高速で動き出す。

 普段の動きからは想像も出来ないような俊敏なステップで間合いを詰め、たったの2秒で射程圏内へ踏み込んでいた。

 

 時間にしてコンマ数秒、"おんがえし"を繰り出そうとした瞬間、

 

『ハイ今!』

 

 ホイーガの周囲をエネルギーの殻が覆った。

 ほぼ全ての攻撃をシャットアウトしてしまうそれ(・・)は、例に漏れずガントルの"おんがえし"をも弾き返したのだった。

 

『すばらしい! すーばらしいよホイーガ!』

 

『くっ……"まもる"か…!』

 

 読んで字のごとく、相手からの攻撃から身を"まもる"だけの"ワザ"。たったそれだけであるが、この技の恐ろしいところは流れの切断(・・・・・)である。

 "ロックブラスト"から始まり、"ロックカット"で体勢を整え、"おんがえし"で沈める─────はずだった。

 最後の締めとなる決定打、それが何の成果も得られなかったともなれば、流れを奪われたと言い切ってもいい。

 

『ならもう一度……!』

 

 と、再び流れを掴もうと切り返しの一手を発する前に異変(・・)に気付く。

 

『……ガントル?』

 

 ガントルの様子がどうもおかしい。

 まるで嫌いなモノがすぐ近くにあるかのような、そんな嫌悪感が読み取れる呻き声を発している。

 

『……これは…いやでもどのタイミングで……?』

 

 ガントルの異常、それは"ぼうぎょ"の超低下(・・・)である。それはすぐに分かった。しかし"いつ"、そして"なぜ"そうなったのかが分からない。

 数度の攻防の中にホイーガが搦手を使ったような様子は見受けられず、"ワザ"を受けたにしても、ホイーガが使ったのは"ポイズンテール"と"まもる"のみ。どちらの技にも"ぼうぎょ"が下がるような追加効果は無いはずだが────

 

『そうか………あの時(・・・)か…!』

 

『…フフフ、やっぱりすぐバレちゃうかー』

 

 そう言うアーティの言葉は、やたら皮肉めいた言葉に聞こえた。

 違和感(・・・)に対して何も疑問を抱かなかったオレのミスから来る後悔が、歪んだ認知を引き起こしているのだろう。

 

 どこからガントルの"ぼうぎょ"ダウンは始まっていたのか。答えは「"ロックブラスト"を撃った直後」である。

 "いつ"が分かったのなら次は"なぜ"を考えなければならないが、その答えが出てくるのは早かった。

 ホイーガが"ロックブラスト"から復帰してすぐの唸り声。あれが違和感(・・・)の正体だ。正確に言えば、あれは唸り声ではない(・・・・)のだが。

 

『さっきのホイーガ唸り声……あれ、"いやなおと"だったんですよね?』

 

『うぅん! 流石ショウ君ご名答!』

 

 実に満足気な表情でジムリーダーが笑顔で拍手する。

 その賞賛は全く嬉しさを生まず、"気付いていたら"という後悔を増長させるだけだった。

 

 耳障りな音を聞かせることにより、"ぼうぎょ"をガクッと下げる技が"いやなおと"。どんな音が"いや"なのかはそれぞれだが、今回相対したホイーガが発した音は偶然にもバイクの音(・・・・)だったのだ。

 

 昨日4番道路にてオレが戦ったのは、バイク乗りが大半を占めるチンピラ達。本人達が騒がしいのは当然として、ことある事にエンジンをふかし騒音を鳴らしていた。つまり、バイクの音に慣れてしまった(・・・・・・・)事により、"いや"を"いや"だと認識出来なくなっていた。

 

 オレがバイク音に耐性が出来たのは全くの偶然に過ぎないが、恐るべきはアーティの判断力である。

 "いやなおと"という罠を張り、人によっては看破されるであろう罠にオレが無反応だった事を瞬時に見透かし、"まもる"を挟んで一気にペースの主導権を手に入れた。

 

『ボクも伊達にジムリーダーやってないからねー。チャレンジャー達の壁になれるよう、厳しく抜かりなくバトルさせて貰ってるよー!』

 

 調子の良い時のオレなら気づけたのだろうか。否、無理だっただろう。余りにも自然な流れ過ぎて、気付くのはどの道困難だったと推測する。

 

『仕方ないか…一旦引こうガントル』

 

 "ぼうぎょ"が下がった状態では得意の「受け止めて反撃」するスタイルも成り立たない。せっかく"ロックカット"で"素早さ"を上げたが、"いやなおと"の"ぼうぎょ"低下の方がデメリットとして甚大であると判断したが故の交代だ。

 

 残りの手持ちは実質(・・)三匹。実際は四匹であるが、()を数に入れるには無理がある。

 その中でオレが交代先に選択したポケモンは、

 

『ココドラ…いくよ!』

 

 定石通りココドラだ。

 "はがね"タイプを持つココドラなら、タイプ相性有利且つホイーガの物理攻撃にも高い"ぼうぎょ"を以て完全対応出来る。加えてココドラには"てっぺき"を覚えさせてあるので、ガントルのように"ぼうぎょ"が下がったままになることは無い。そんな泥沼は勘弁願いたいが。

 

『んぬぅ…? あ、他の地方のポケモンかー!』

 

『あれ、さっきのイーブイもそうでしたけど……』

 

『え? そうだったの? あれー…前にヒウンで同じようなポケモン見かけたような気がするんだけどなー…?』

 

 ポケモンの生息域は年月の経過や環境等でコロコロ変わるので絶対とは言えないが、少なくともオレがフィールドワークを手伝っていた時にはイーブイがイッシュ地方に生息しているという記録は無かったはずだ。

 研究者の義父と義姉を持つ身としては興味深い話だが、今はジムチャレンジに意識を戻さねばならない。

 

『えっと…頑張ってココドラ。……まだちょっと纏まらない(・・・・・)…ごめん』

 

 返答は無かった。

 振り返ることすらせずに、ココドラはただ眼前のホイーガを見つめている。信頼されているのか、聞こえてないのか、あるいはオレの姿に失望したのか。

 普段からぼんやりしているように見えるので、ココドラの真意はいまいち読み取れない。()は絶えていないので関係が悪い訳では無いのは確かなのだが。

 

「纏まらない」という発言からも、オレはまだ迷っている。ポケモントレーナーとは何なのか、ポケモンに対してどう在る(・・)べきなのか、迷っている。

 けれども、先程の攻防の中に感じたこの感情は、衝動は、昂りは、きっと間違いでは無い(・・・・・・・)のだろう。

 "間違いでは無い"と思えるからこそ、オレはまだ自分自身と向き合わなくてはならない。僅かに残ったこの感情の正体を知らなくてはならない。

 もう少し、もう少しで─────

 

『辿り着つける…はずなんだ……ッ!』

 

 心に残った"ナニカ"から絞り出したような声に呼応し、無数の岩がホイーガを取り囲み降り注ぐ。

 最初の岩群こそ回避していたが、続く岩に進路を塞がれ、そこを基点に次々と岩がホイーガを包囲した。

 ホイーガは平面の動きには強いが、立体的に盤面を捉えた戦法にはタイヤの様な独特のフォルムが災いし対処が困難となる。そこを突いた上からの攻撃である。

 

『ココドラ……』

 

 少しだけ、ココドラがこちらを向いた。

 彼は分かってくれていたのだろう。オレが迷い、もがいていることを。

 昔からそうだった。何を考えているのか分からないくせに、感情の変化や調子の善し悪しには敏感だったのだ。

 今ココドラがオレに向けた表情(かお)は、失望なんてしていただろうか。「もう見限った」と、そう言いたげな表情(かお)をしていただろうか。

 

 ────しているわけがなかった(・・・・・・・・・・・)

 

 

 技の指示なんて出していないけれど、ココドラは自らの意思で"がんせきふうじ"を繰り出した。

 この事象を"失望"や"見限り"と解釈するほど、オレは馬鹿では無いつもりだ。全く──────いつからオレは、こんなにもネガティブな思考に陥りがちになってしまったのだろうか。

 

『はははっ……そうだよなぁ…』

 

 あまりの情けなさ、もといしょうもなさ(・・・・・・)に笑いすら込み上げてくる。

 ココドラの表情の変化は極わずかなものだった。それでも、その中にオレは確かに感じ取ったのだ。"信頼(・・)"という名の"光"を。

 実際、オレはまだ「ポケモンに対してどうあるべきか?」という問いに対して答えを得た訳ではないし、自分自身と向き合えた訳でもない。

 それでもと、オレは言おう。例えまだオレが不完全な状態であったとしても──────

 

『それをウジウジと引きずって……パートナーにまで響かせるのは……違うからね……ッ!』

 

 眼前でパートナーが必死に勝利に手を伸ばそうとしているのに、自分は勝手に1人でゴチャゴチャと考え込んでは頭を抱えている。そんな自分があまりにもしょうもなく、そして不謹慎だった。

 答えなんてなくてもパートナーと同じ方向は見ることが出来る。自分と向き合えていなくてもパートナーと心は通い合わせている。当たり前の事だったはずなのに、目を背けたのはオレ自身だ。

 だからせめて、このバトルの間は───────

 

勝つことだけ(・・・・・・)を考える…! 畳み掛けるよココドラ! "がんせきふうじ"ッ!』

 

『うぬぅ!? ホイーガ仕掛けてくるよ!』

 

 これで最後だと言わんばかりにココドラは吼え、岩石は降り注ぐことで応えた。

 ホイーガを包囲していた岩ごと第二陣の岩石は粉砕し、フィールド全体が砂埃に包まれる。

 

『──────』

 

 何も見えないフィールドで、誰かが一言呟いた。

 

 

 

 しばらくすると砂塵も晴れ、フィールドの様子が露わになる。

 ココドラは当然無傷で、じっとホイーガが居た場所を睨んでいる。そこにホイーガの姿は無く、ただ瓦礫の山が聳えるのみだった。

 普通に考えればあそこから逃げる術はなく、攻撃は命中したと考えていいだろう。が、その考えは3秒後に少し違うと知ることになる。

 

 カラリと、瓦礫の山が震え、吹き飛んだ(・・・・・)

 

『やっぱりそうきたか……』

 

 避ける術は無かった、攻撃は命中した。しかし、それがホイーガの撃破とイコールにはならないのだ。なぜなら──────

 

『いやぁ、直前で"まもる"の指示が間に合って良かったよ!』

 

 砂塵に掻き消されつつも、アーティの指示はホイーガへと届いていた。

 身体を覆う絶対防御の殻、それは岩石を寄せ付けること無く無傷での残存をホイーガに約束したのだ。

 ふるふると身体を震わせ、付着した砂埃を落とすホイーガ。まさに余裕の表れであり、オレ達の起死回生の攻撃を凌ぎきったという格の違いを見せ付けているのだろう。

 

『─────けど、ね』

 

 刹那、どこからともなく岩石(・・)が飛来した。

 それ(・・)はホイーガの中心部、いわゆる急所(・・)を然と捉えたのだった。

 

『えぇえ!? 』

 

 予想外の攻撃にアーティも驚嘆の声が出ている。してやったり、といったところか。

 

 砂塵の中、指示を出していたのはアーティだけでは無い。オレも指示を出していたのだ。

 アーティが"まもる"を命ずるのは予測が付いていた。何せ、頭のキレる(・・・・・)人だ。ただの奇襲では即座に対応されてしまう。

 しかし、対応と言ってもホイーガが出来ることには限界があるし、所詮は即座の対応だ。文字通り「凌ぐ」ことが最優先事項になるのは必然になる。

 従って、オレがとったのは"まもる"の一点読みだ。"がんせきふうじ"はただの時間稼ぎとして放ち、砂塵が晴れた後の数秒に全てを賭けさせて貰った。

 

『いけぇッ!! "メタルクロー"!』

 

 畳み掛けるなら今しかないと、吼えるようにオレはココドラへと指示を飛ばす。

 狙い済まされた一つの岩石(うちおとす)で好機を得て、ココドラは普段からは想像できないスピードで駆ける。

 

『ぬぅぅんッ! ホイーガ!』

 

 ──────捉えた。アーティの叫びが届く前に、銀色に鈍く光る爪が再びホイーガの急所を捉えたのだ。

 

 その場から距離を取り、ココドラは様子を窺う────が、ホイーガがもう起きてくることは無かった。戦闘不能の証である。

 

『よし…! ありがとうココドラ。……色々と』

 

『うぅん……お疲れ様ホイーガ。休んでねー』

 

 ココドラは小さく鳴くだけだった。

 いや、むしろそれが全て(・・)なのだろう。

 オレが呼び、ポケモンが応える。これだけでいいのだ。これさえ見失わなければ、オレはポケモントレーナーとして在れるのだ。

 

『ホント……面白いな、ポケモントレーナーって』

 

 ──────もしかしたら、オレはこの後もポケモントレーナーが何なのか分からないままかもしれない。

 

 けれど、それでいい(・・・・・)と思った。

 

 なぜなら、例え分からなくても、オレはポケモントレーナーでいられるから。答えなんて持っていなくても、ポケモン達とは繋がっていられるから。

 その事実がある限り、"転生者(オレ)"はポケモントレーナー(オレ)でいられるのだ。

 

 ────────ああ、けれども。オレがポケモントレーナーに"惹かれた"のは、一体──────

 

 

『……今は違うな ……さぁ、バッジ貰って帰ろうみんな!』

 

 郷愁(・・)にも似た何かを捨て、オレはジム戦へと意識を戻す。

 このジムチャレンジに勝利し、ポケモン達にも「もう大丈夫」だということを示すためにも、オレはジムリーダーが繰り出した次のポケモンを見据えていた。

 

 




こんにちは、お久しぶりです。
約半年ぶりの投稿となります。


良かったらこれからもよろしくお願いします。

※追記:UA4500ありがとうございます。励みになります。


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11話 窮地にこそ活路はある

誤字・脱字あれば教えてください


長い……?


 

 3つ目のジムバッジを賭けた戦いも、いよいよ後半戦に入ろうとしていた。

 アーティが2体目に繰り出してきたのはイシズマイ。昨日特訓で赴いた"4番道路"の先にある、「リゾートデザート」にも生息している"むし"・"いわ"タイプのポケモンだ。

 しかしオレがフィールドに出しているのは"はがね"・"いわ"タイプのココドラ。相性でも有利をとり、攻め手は全て"てっぺき"で防ぎ着ることが可能だ。負け筋なんてものは万に一つも無いだろう。

 それよりも、だ。イシズマイは良いとして、この後に控えている最大の鬼門(エース)をどうするかを考えなくてはならない。

 

『…どうしたものか……』

 

 "メタルクロー"の猛襲を仕掛けるココドラを見つつ、誰にも聞こえないようにぼやく。

 ジムバッジ取得、その最後に立ちはだかるのは"むし"・"くさ"タイプのハハコモリ。図鑑登録の為にヤグルマの森で捕まえたクルミルの最終進化である。

 正直なところ、3つ目のジム戦はこのハハコモリをどうするかの一点のみを考えてきていた。最終進化というだけあり、こちらには地力で勝てるポケモンがおらず、真っ向勝負を仕掛けようものなら返り討ちにあうのは想像に難くない。その対策として色々と策は考えていたのだが───────それがこのザマ(・・・・)だ。

 イーブイは既に倒れ、ガントルもココドラもそれなりに消耗させてしまっている。特に昨日一昨日と重点的に鍛えてきたイーブイが倒れているのが大きく、本来のプランではイーブイの"ほのお"タイプの"めざめるパワー"で4倍弱点を突き、早期決着を狙うつもりだった──────のだが。

 

 ジムに挑む前のオレの心理を言うのであれば、「勝ちたい」が5割、「早く終わらせたい」が3割、「"むし"タイプだから何とかなるだろう」が2割となる。

 100歩譲って"むし"タイプを舐めてかかったのは置いておくとして、「早く終わらせたい」などと、ジムリーダーはもちろん、自分のパートナーにも失礼な気持ちでいた事は我ながら看過できない。お陰でジムリーダーのエースにぶつける予定だったイーブイを初手から出し、試合を早く終わらせようとして見事に失敗したというわけだ。

 

 と、いつまでも自分の失敗ばかり振り返ってはいられない。今は対ハハコモリの策を講じねばならないのだから。

 とは言えども、実はイーブイの"めざめるパワー"以外にも策はある(・・・・)。事実上のぶっつけ本番という形になってしまうのだが。

 

『……ッ! ココドラ!』

 

 思考の途中、オレの両目はチャンスを見逃さなかった。

 ココドラの猛攻を岩の殻と爪で上手いこと捌いていたイシズマイだったが、連続で放たれる"メタルクロー"で体勢が崩れたのだ。

 オレの声に呼応し、ココドラも好機と捉え今まで以上に鋭い爪閃がイシズマイの身体を裂いた。

 ジワジワと蓄積され続けてきたダメージと、今の手痛い"メタルクロー"を受けイシズマイがダウン。審判が戦闘不能のフラッグを掲げたのだった。

 

『よし、ありがとうココドラ。戻ってくれ』

 

『うぅん……流石だねショウ君! よく鍛えられてるよそのココドラ!』

 

 ジムリーダー直々にお褒めのお言葉を貰えるとはありがたいことである。ボールに戻っていくココドラも気持ち嬉しそうにしていた。

 クイックボールを腰に戻し、次のボールに手をかけ、

 

『ガントル任せた!』

 

 繰り出したのはガントル。ホイーガと1戦交えていることでやや疲れているが、それでもここはガントルに一旦任せたい。

 

『よぉしボクの最後のポケモン! おいでハハコモリ!』

 

 さて、遂にエースであるハハコモリのお出ましだ。

 こそだてポケモンと言われるだけあり母性を感じさせる見た目だが、腕刃の鋭さは隠せない。

 そこから繰り出される"はっぱカッター"は全てを瓦解させる可能性を孕んでおり、特筆すべきはその急所率。"はっぱカッター"という技そのものが急所に当たりやすいのもあるが、そこにアーティの頭脳がプラスされることにより精度がさらに向上している。こちらがどれだけ"ぼうぎょ"を高めようと、1回の急所で全部台無しだ。

 

 戦闘可能なポケモンの数だけ見ればオレが圧倒的に有利だが、実際は互角、もしくは不利(・・)と言える。

 残るガントル、ココドラ、フタチマルの3匹の内2匹は弱点を突かれ、1匹はそれなりに消耗してしまっている。もしハハコモリにペースを掴まれてしまえば、一気に攻め崩されるだろう。

 

 ごくりと生唾を呑み込む。ここが正念場だ。

 

『いくぞガントル! "ロックブラスト"!』

 

 とにかくこちらから攻撃を仕掛け、後手に回るのだけは避けなければならない。

 "がんせきふうじ"なら相手の動きを制限し、弱点も突けると最初の展開としては良い技選択であると言えよう。

 そう─────上手くいくはずもないのだが。

 

『やっちゃってハハコモリ! "はっぱカッター"!』

 

 やはり来たか、と眉間にシワがよる。

 発射した岩石は5発、ハハコモリが放った葉刃も5枚。一つ一つがぶつかり合い──────否、触れた直後に、岩石が真っ二つに裂かれていた。

 当然10個に増やされた(・・・・・)岩石はハハコモリに当たることなく、地面へと落下していく。

 

『予想はしてたけど…これは…』

 

 予想外と言えば、予想外だ。

 "がんせきふうじ"がそのまま通るとは思っていなかったが、驚くべきは防がれたことよりも斬られた岩石そのものにあった。

 

 ──────同じなのだ、大きさが(・・・・・・・・・・)

 

 本当に、文字通り、嘘偽りなく「真っ二つ」になっているのだ。

 ヒヤリと冷たい汗が頬を伝う。このままではマズイと、ハハコモリの情報をアップデートし、旧いプランから新しいプランへと移行する。

 ただ斬られただけならいい、わざわざ数まで合わせたパフォーマンス(はっぱカッター)をしてきたということは、"いつでも急所を狙える"という宣告なのだろう。

 

『さあどんどんいくよ! "いとをはく"!』

 

『…ッ! 岩に"ロックブラスト"だガントル!』

 

 足まで奪われたらおしまいだと、糸から身を隠すためにガントルは転がっている岩に片っ端から岩石をぶつけ、爆ぜさせていく。

 幸いハハコモリとはフィールドの端から端までの距離があり、"いとをはく"着弾までのタイムラグがある。砂塵を起こすには十分だ。

 

『考えろ…勝つための一手を…!』

 

 とりあえずの対応で時間を稼ぎ、次どうするのかを導き出さなくては。

 "はっぱカッター"の威力を見た今、無闇な突貫は出来ず、かと言ってここでこのまま遠距離戦を仕掛けても突破口は見えてこない。

 それなら、もういっそのこと開き直るのも─────悪くないのか。

 

『"ロックカット"…からの"おんがえし"!』

 

『むぅん!? くるよハハコモリ!』

 

 今更恐れていても仕方がない。当たって砕けろとは言わないが、多少のリスクは負わなければならない時もある。

 "はっぱカッター"が怖いなら、撃たせる前に距離を詰め切るのが吉とオレは判断した。"ロックカット"で"すばやさ"が上昇した今ならそれも可能なはずだ。

 

『……なんてねー』

 

 アーティが不敵に笑うのが目に映った。

 突っ込んだガントルの動きが徐々に鈍くなり、最終的にはピタリと止まってしまった。

 地面を見れば、そこにはトラップの如く仕掛けられた糸が張り巡らされていたのだ。

 

『んぅんー……目眩しはさっきやられたし、同じことを繰り返すのはナンセンスだよねー 』

 

『くっ……!』

 

 この人はサラッと痛いところを突いてくる。

 ジムリーダー相手に同じ手が、ましてや決め手になった戦法が通じるほど甘くはなかったのだ。

 加えて今度はこちらの戦法を逆手に取り、トラップまで仕掛けて待ち構えてたときた。してやられた、と言うしかない。

 

『ハハコモリ、"はっぱカッター"でフィニッシュ!』

 

『 間に合え……! "ロックカット"!』

 

 最後の望みを賭け、"はっぱカッター"の着弾までに"ロックカット"での脱出を試みる。

 本来は身体を磨いて空気抵抗を少なくする技だが、磨く動きを応用すれば─────

 

『よし! 抜けた!』

 

 と、安堵したのも束の間。"はっぱカッター"はすぐ目の前まで迫っていた。

 上がった"すばやさ"で出来る限り回避していくが、被弾というものはどうしても起こってしまう。1つの被弾をきっかけに、次々と葉刃がガントルの身体を切り裂いていく。

 

『抜け出したのはお見事だけど、躱しきれないよねー』

 

『でも、まだ足掻ける! そのまま突っ込めガントル!』

 

 体力を削られつつガントルは猪突猛進、ハハコモリ目掛けて特攻していく。

 その度に"はっぱカッター"は容赦なく放たれ、残り体力極わずかとなったところで、遂に────届いた。

 

『繋ぐぞ…! "いわくだき"!』

 

『"いあいぎり"!』

 

 最後の力を振り絞り、オレンジのコアを光らせ"いわくだき"を繰り出す。

 そこに合わせられるハハコモリの鋭利な腕刃。2つの力がぶつかり合い──────オレンジの光は、消えた。

 

 

 審判がフラッグを挙げるまでもなく、ガントルは力尽き倒れた。しかし、今の一撃がこの勝負の分かれ道になったと、オレは確信している。

 

『お疲れ様ガントル、十分過ぎる活躍だった』

 

 心から思った言葉、そのままを伝えボールを腰に戻した。

 さて、次に出すべきは、

 

『ココドラ!』

 

 ココドラである。

 これが意味するもの、それはオレの切り札がフタチマルである(・・・・・・・・)ということだ。

 一見勝算が高いのはココドラに見える。間違いでは無いし、地道に守りを固めつつ攻めれば勝算はそれなりにあるだろう。

 けれども、それ以上にオレはフタチマルに勝ち筋を見出しているのだ。1つ問題を上げるとすれば、その勝ち筋が未完成(・・・)なことだ。

 

『悪いねココドラ、今回はフタチマルに譲ってくれ』

 

 ────反応無し。ココドラはただ目の前のハハコモリを見据えるのみだ。それならそれで全然良いのだが。

 

『よし、まずは"てっぺき"!』

 

 保険はかけておいて損は無いだろう。"てっぺき"をかけることで"ぼうぎょ"をぐーんと高め、急所以外の攻撃に備える。

 そうすれば相手がとってくる行動は絞られるわけで、

 

『"はっぱカッター"!』

 

『急所っぽいのだけ"メタルクロー"で落とせ!』

 

 対処もある程度は容易になる。

 この際だ、ダメージを負うのは覚悟で致命傷になりそうなのだけ防ぐ方向にシフトした方が良いとオレは判断した。そうしなければいつまで経っても攻撃に転じられないのだ。

 

『よし、今だ"がんせきふうじ"!』

 

 "はっぱカッター"が止むと同時に、今度は"がんせきふうじ"による岩の雨が降り注ぐ。

 間髪入れずに、

 

『岩を盾にして距離を詰めるんだ!』

 

 指示を飛ばす。

 思考は止まることなく、勝つための一手を模索し続ける。その中の最適解を瞬時に導き出し、ポケモンに伝えること。それが今のオレの役目であり、オレに出来る唯一の事だ。

 

『"おんがえし"!』

 

『むぅん! "いあいぎり"でガードだよ!』

 

 岩陰から飛び出すや否や、跳躍し勢いよく突撃を敢行するココドラ。

 腕刃をクロスさせガードの構えをとるハハコモリに、もはや鉄の弾丸と呼べる攻撃がぶつかる。

 なんとか真っ向勝負に持ち込むことは出来たが、ココドラが明らかにパワー不足だ。ダメージとしては大したことは無いが、いずれ弾き返されてしまう。

 

『負けるなココドラ……!』

 

『弾き飛ばせハハコモリ!』

 

 ギャリギャリと異音を立てながら拮抗し合う2匹。

 が────カクリと、ココドラが体制を崩した。

 

『ッ! ここにきてスタミナ切れか……!』

 

『畳み掛けるよハハコモリ! "はっぱカッター"!』

 

 ホイーガとイシズマイとの戦いで蓄積されていた疲労が、ここにきて表れたのだ。体力(HP)的には軽微なものであっても、体力(スタミナ)というものは動けば消費するもの。どれだけ一方的な勝負をしようとも、労力というものは発生してしまうのだ。

 そんなガス欠状態のココドラが"はっぱカッター"の弾幕を回避出来るはずもなく、

 

『くっ……』

 

 ほとんどをしっかり急所に当てられ、ココドラは"ひんし"状態まで持っていかれてしまったのだった。

 

 予測できたはずだった。ココドラが実質3匹を相手にして疲れていることはわかっていた。そこを考慮出来なかったのは俺の咎。まだまだ視野が狭いということだろう。

 本当ならどっぷり落ち込みたいところだが、そうも言ってられないのがジム戦であり今のオレだ。

 そういえば、ココドラがジムで倒されるのはこれが初めてかとふと気付いた。これからはココドラに頼りすぎるのも卒業しなくてはと思い、ボールに戻す。

 一言「ありがとう」とクイックボールに声をかけ、次なるポケモン、フタチマルを繰り出した。

 

『……分かってるよフタチマル、不安なんだろう?』

 

 何も訴えかけて来ずとも、オレには分かる。オレだけに見えるこの"キズナの光"が、フタチマルの不安を伝えてくれる。

 前回のシッポウジムではミルホッグに一撃で倒され、今回のヒウンジムでは技を完成しきれなかった。そんな自分が相性の良くない、さらにジムリーダーのエースに勝てるのか、と。

 

『お前は"まじめ"だからな、そんな風に思っちゃうのも分かるよ。けど、大丈夫だよ』

 

 多分、笑っていたのだと思う。

 穏やかに、ただフタチマルに対してオレがいる(・・・・・)ことを伝えるために、笑っていたのだと思う。

 

『さぁ、決着つけよう! "シェルブレード"!』

 

『ボクもテンション上がってきたぞー! "いあいぎり"だ!』

 

 どちらもある意味二刀流。同じ剣客同士、譲れないものがある。

 まず仕掛けたのはフタチマル。右のホタチを横一閃に薙ぎ、続く左のホタチを下から上へと切り上げる。いわゆる十文字斬りだ。

 その剣撃をハハコモリは容易く受け止めてみせた。お返しと言わんばかりに、両手を合わせたフルパワーでの剛剣がフタチマル目掛けて振り下ろされる。

 

『引くなよフタチマル!』

 

 しかしフタチマルは受け止めきれないと見切り、本能的に回避が選択される。

 叩きつけた刃の下には割れたフィールド、数秒前までそこにフタチマルがいたのだから、当たっていたとなれば────考えるのも恐ろしい。

 

『逃がさないよ! "はっぱカッター"!』

 

『"れんぞくぎり"! 』

 

 飛び退いた直後でありながら、フタチマルは向かってくる"はっぱカッター"を残らず切り捨てていく。

 "れんぞくぎり"はその特性上、連続で斬り続けることでどんどん威力が上がっていく技。1枚斬る度にホタチは光り輝き、その鋭さと迅さが研ぎ澄まされる。5枚も斬れば名刀と言って差し支えない程の斬れ味へと昇華する。

 

『叩き込めフタチマル! 威力最大"れんぞくぎり"ッ!』

 

 もはやパワー不足などでは無い、この一撃はハハコモリを倒し切るのに過剰と言えるパワーを持っているのだ。

 未だ降り来る"はっぱカッター"を駆けながら避け、切り捨て、跳んだ。全身全霊の一刀を叩き込むために、右手のホタチを振り下ろす。

 

『ハハコモリ、逸らして!』

 

 しかしてそれは威力に重きを置いた単調な攻撃に過ぎず、ハハコモリとアーティからしてみれば児戯に等しい。

 スルリとホタチに刃を這わせ、一瞬でその威力の行く先を右へと逸らす。

 

『……ッ!』

 

『"いあいぎり"!』

 

 完全に後隙を突かれ、"いあいぎり"がフタチマルの胴体に叩き込まれる。振り抜かれた刃はフタチマルの身体を軽々とフィールドの端にまで吹っ飛ばしてしまった。

 ────まともに貰った時の威力は先程の地面が証明済み。つまり────

 

狙い通り(・・・・)……かな!』

 

 ニッとオレは不敵に笑ってみせる。

 フタチマルには申し訳ないが、そもそも"れんぞくぎり"が当たるとは微塵も思っていなかった。むしろ狙っていたのは、攻撃が避けられ、もしくは防がれてカウンターを貰うこと(・・・・・・・・・)だ。

 先程からフタチマルは"はっぱカッター"を上手いこと()なしていたように見えるけれど────彼自身気付いてないと思うが────ちょくちょく被弾はしていた。

 そして今の"いあいぎり"が最後のトリガーになったことだろう。

 

『これからが本番、いやこれで終幕(おわり)だ! "アクアジェット"で吹っ飛ばせ!』

 

『迎え撃つよ! "いあいぎり"!』

 

 特性"げきりゅう"、これの発動を以って全ての準備が整った。

 水流を身に纏い、段違いのスピードとパワーでハハコモリに攻撃を命中させる。

 流石のハハコモリもよろめき、しかしその体勢のまま攻撃を敢行、"いあいぎり"を振り抜いた。

 

『受け止めろ! "シェルブレードッ"!』

 

 それでも今のフタチマルには届かない。

 降ろされた腕刃は、確かに二刀のホタチが受け止めていた────が、それだけでは無い。"げきりゅう"で増加したパワーは、受け止めていた"いあいぎり"を弾き飛ばすことすら可能としたのだ。

 これ以上ないチャンスが生まれた今、オレもフタチマルも今しかないと"キズナの光"を通して互いに認識する。

 思い切り息を吸い込み、ジムに挑んだ直後とは比べ物にならない程の声量と自信を持って、オレは最後(・・)の指示を命じた。

 

『斬り伏せろフタチマル! "つばめがえしッ(・・・・・・・)"!!』

 

 これがオレの策にして対ハハコモリの切り札(ジョーカー)、"つばめがえし"だ。

 ヒウンシティに到着してからずっとフタチマルと練習してきたが技は一向に完成せず、悔しい思いをし続けていたフタチマルの姿はオレの脳裏から焼き付いて離れない。

 

 けれども────オレは出来ると確信していた。

 そもそも技を習得するのに、技術やレベルの面では特に問題はなかったのだ。ならば何故技にならないのか。答えは至ってシンプル、踏み込み(・・・・)が足りていない。

 今のフタチマルにはあと一歩(・・)足りていない。前に踏み出すための勇気が、懐に入るための胆力が。

 "げきりゅう"の勢いと後が無いという状況が合わされば、そうすればきっと────

 

『"はっぱカッター"!!』

 

 ドン、と力強く踏み込んだ音がした。

 2匹の影が重なり、攻撃(・・)が繰り出される。その攻撃は(まさ)しく、飛燕(・・)のようであった────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

『いやー、危なかったなー』

 

 ジム戦を終え、レポートを書きながら誰もいない空間に呟いた。

 バッジケースの中で、新たに光を讃えているのは"ビートルバッジ"、アーティを倒した者にだけ与えられる強さの証である。

 

 今だからぶっちゃけられるが、"つばめがえし"だけ(・・)で倒せるかというところにはかなり疑問が残った。

 "みず"タイプの技では無いので"げきりゅう"は乗らず、約4倍の威力とは言えハハコモリはほぼ無傷、最終進化の"ぼうぎょ"を以てすれば耐えられてしまう可能性も捨てきれなかった。

 と、思っていたのだ。ハハコモリを相手取る直前までは。

 だから、少しだけ布石を打たせてもらった。不確定が確定になるように、仲間の背中を押して貰えるように。

 

『ほんと、オレも頭が上がらなくなりそうだな…ガントルには』

 

 ガントルとハハコモリが最後にぶつかりあった時、オレは"いわくだき"を命じたのだが、ここが布石だ。

 狙ったのは"ぼうぎょ"ダウン。ここで"ぼうぎょ"を下げておくことで、"つばめがえし"での撃破を可能としたのだ。とは言え"いわくだき"で"ぼうぎょ"が下がる確率は半分。ガントルにはよくやってくれたと言う他ない。

 

『んー……こんなモンかなー…』

 

 レポートを書き終え、軽く水分補給と食事をして外に出る。

 オレにはまだ、やらなくてはならないことが残っているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さて……』

 

 今日頑張ってくれたパートナー達はまだポケモンセンターで休んでいる中、オレは1人で4番道路の外れまで赴いていた。

 今日は不良の方々もいないようで都合がいい。2日連続で絡まれたら流石に警察に行くが。

 

 おもむろにボールを1つ、腰から外す。

 いつから覚醒していたのかはオレにも分からない。けれど、気付いた時にはもう敵意を向けられていた(・・・・・・・・・・)

 コロコロとボールを転がし、3回転したあたりでボールから光が溢れ出す。

 

『おはよう…って雰囲気でもないか。ただ保護しただけなんだけどな……キミがどう感じてるのかは分からないけどさ』

 

 もはや憎しみや怒りと言った方がいいだろう。なぜそれがオレに向けられているのかはさっぱり分からないが、とにかくオレに向ける視線や態度、そして視える"光"までもが最悪と言っていい。

 

『キミがオレを嫌うならそれでいいけど、その理由は知っておきたいんだ。だから教えてくれ────ウォーグル(・・・・・)

 

 風の音が静かに通り過ぎる中、オレはただ静かに目の前の巨鳥、ウォーグルを見つめていた。

 




こんにちは、読んでいただきありがとうございます

これからもよろしくお願いします



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12話 童心忘れるべからず

誤字・脱字ありましたら教えて下さい


悪くないペースなのでは?


 憎悪、憤怒────果てには殺意。

 彼から見える"光"は微弱どころかほぼ皆無、ギリギリ視えるか視えないかというレベルだ。

 ここまで酷いのはオレも初めて視た。もちろん過去にも"光"が薄いポケモンは数多く視てきたが、このウォーグルは格が違う。心の底から、血の一滴に至るまで人間を嫌悪し、恨んでいるのだろう。

 

『……急に襲いかかって来ないだけ温情なのかな……だったら』

 

 まだ話し合いの余地はある。

 オレが他の人間と少し違う(・・)からか、はたまたただの気分なのか。何にせよ少しでも彼の心を溶かさなくはならない。

 

 さて、どうするか。

 一応持ってきたご飯は拒否されるだろうし、一歩でも距離を詰ればオレの身の保証ができない。バトルも不可、"光"を通しての気持ちの伝達も無意味と、八方塞がりだ。

 

『……質問、いいか?』

 

 当然応えなんて帰ってくるはずもなく、しかし敵意が強まった感じもしない。これは許可を貰えたということなのだろうか。

 確認する術がないのでオレは肯定と受け取るが、だとするならばここからのミスは許されない。ウォーグルを激昂させること無く、オレが知りたいことを最小の会話で引き出さねばならないのだ。ジムを終えたばかりの疲れている状態で行うには、些かハードルが高いように思える。

 けれど、気付いてしまったのだ、あの敵意に。ならやるしかない。「オレが救う」なんて烏滸がましいことは言わないが、目の前で起こっている問題を見過ごす程、オレは堕ちていないつもりだ。

 

『君は、北から来たのか(・・・・・・・)?』

 

 いくつもの質問が頭を逡巡し、篩いから落とされていく。

 その中から残った質問その1、それが己の出自を問うものだった。

 

 僅かにウォーグルの身体が反応する。正解か。

 まあ、これは質問と言うよりも確認なのだが。ウォーグルの本来の生息地は不明、少なくとも現在のイッシュにある記録ではそうなっている。

 だが、進化前のワシボンならどうだろう。ワシボンの方なら生息地が分かっており、その生息地はイッシュ地方の北、"ソウリュウシティ"を越えたその先にある"10番道路"だ。

 

 だから確認させてもらった。もし10番道路から来たのであれば、その付近で何か異常事態(・・・・)が起こっていることになる。

 

『(だけど10番道路を超えた先にあるのはチャンピオンロードとポケモンリーグ……もっと言えばあのシャガさんの目が届く範囲で異常事態……?)』

 

 オレの旅で最後に挑む関門になるであろう、ソウリュウジムを守るのは最強のジムリーダー、シャガ。ドラゴンタイプの使い手でソウリュウシティを束ねる市長でもある。さらにすぐ近くにはポケモンリーグと、何か悪事でも働こうものなら即座に鎮圧されそうなものだが。

 

『もうひとつ、その()は、人間のせいか?』

 

 目つきがさらに鋭くなる。これも当たりか。

 しかし中々リスキーな質問をしてしまった。ウォーグルの豪脚が砂を踏みしめる度、命が縮んでいく気がする。

 

 ウォーグルに傷があるのは別に変な話では無い。むしろ、ウォーグルの図鑑説明には「傷が多いほど勇猛な戦士の証」とあり、傷があるのがデフォルトの姿とも言える。

 では何故「()」についての質問をしたのか。

 

 ────潰れているのだ、右目が(・・・・・・・・・・・)

 

『(…人によるものなら尚更許せない……視力まで奪うことはないだろうに……!!)』

 

 沸き立つ怒りを抑え、冷静になるように努める。今感情的になればウォーグルにどう取られるか分からない。

 心を落ち着け、怨嗟を秘めた右目と憎悪を放つ左目をオレは真っ直ぐに見つめる。今はただ、真摯に向き合うのみだ。

 

『時間をとってゴメン、最後の質問だよ』

 

 この質問が吉と出るか凶と出るか、果たして。

 

『オレと……一緒に来ないか?』

 

 ────地雷だった。

 言葉を言い終えた瞬間、ウォーグルは耐え難い程の絶叫を周囲に響かせたのだ。

 大嫌いな人間と共に行くなどと、恨み怒りの前に「空の戦士」としてのプライドが許さないのだろう。

 地から翔び上がり、感情のまま襲いかかってくる一歩手前で、

 

『……ッ! 最後まで聞けッ!!』

 

 普段からは考えられない声量でウォーグルを制した。

 睨んだ目はそのままに、羽ばたく翼だけは動かすのを止め、「空の戦士」は地に降りる。

 

『オレに、君の怨敵が誰なのか心当たり(・・・・)がある』

 

 少し敵意を抑えられたのか、感じている威圧感が少し和らいだ気がする。

 心当たりと言うかほぼ確信なのだが、十中八九プラズマ団だろう。「ドラゴンのホネ」の時といい、彼らの行動にはリミッターが無い。目的達成のためなら、強奪も暴行も問わないのがプラズマ団という組織なのだ。遭遇したことがないので推測になるが。

 

『君は怨敵と会うためにオレを利用する、オレはキミのその力をアテにさせてもらう。……利害は一致していると思うんだ、ウォーグル』

 

 互いに馴れ合うことはせず、利用し合うだけなら彼のプライドを傷付けること無く共に歩めるとオレは思った。素直に「仲間になって欲しい」と言ってもウォーグルが認めるわけがない。あくまでオレを復讐のために利用して良いと、メリットと感じられるような提案をさせてもらった。

 

 もちろんオレの真の狙い(・・・・)は別にある。それは、ウォーグルとキズナを結ぶこと。

 

 オレに「人間を信じて欲しい」なんて言う資格はない。彼からしてみればオレも犯人も同じ人間、同類だ。

 だからいつか、オレを信じて貰う(・・・・・・・・)。例え人間が嫌いでもオレのことは好きであってくれるように、人間を恨んでいてもオレだけは認めてくれるように、そうすればいつか────ウォーグルの人間への考え方も、変わると思うのだ。

 

『乗るか、反るか。最終的な判断は君に任せるけど……オレは、君を信じてるよ(・・・・・)

 

 そう伝え、オレは柔らかく微笑んでみせた。

 

 時間にして1分と20秒程、静寂の時間が訪れていた。

 その沈黙を破ったのはウォーグル。転がったままだったモンスターボールを大翼で叩き飛ばし、オレの方へと打ち込んできた。

 外殻も開閉スイッチも壊されていないところを見るに、とりあえずの納得はしてくれたと受け取って良いのだろうか。

 

『…戻すよ、ウォーグル』

 

 手の中にあるボールには、こちらには一切無関心のウォーグルが確かに入っていた。ボールに戻しても抵抗の様子は無し、どうやら交渉は成立したようだ。

 

 ボールを腰に付けた瞬間、どっと身体の力が抜けてしまい地面にへたり込んでしまった。鉛のように重い息を吐き、情けないほど濁った声が勝手に出てくる。

 これ以上活動を続けると間違いなく倒れると見て、オレは即座にヒウンシティへと踵を返す。今はもう、ポケモンセンターのベッドが恋しくて仕方がない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、4番道路を外れた先にあるリゾートデザート。

 太陽ももう頂点に達するかという頃、予定調和と言わんばかりに寝坊したオレはせっせと図鑑のページ埋めに精を出していた。

 メグロコ、ズルッグ、ダルマッカ辺りはよく見かけたのだが、マラカッチとシンボラーを見つけるのに時間を要してしまった。なんとか全員捕まえてボックスに送ったのはいいが、リゾートデザートにはまだ探索すべき場所が残っている。

 

 その名は"こだいのしろ"。城と言っても今は砂に埋もれて地下遺跡のような状態になっている。時代の流れは残酷だ。

 入城してみれば辺り一面砂、砂、砂。しかしここは霊験あらたかな場所のようで、"サイキッカー"やら"バックパッカー"の方々があちらこちらにいた。バトルも何度か挑まれたが、これを容易く撃破。バッジを3つ持っているのだ、そう簡単に敗北を許すことは出来ない。

 ここではデスマスを捕獲。さらにバックパッカーから"はねのカセキ"を貰い、ホクホク気分で本道である4番道路まで戻ってきていた。

 

『まさか地下が砂で埋まってるとはなー』

 

 高架下をのんびり歩きながら呟く。

 昔義父と来た時には流砂こそあったが地下へと降りることは出来た。

 数年の間に砂が積もってしまったのだろう。最下層へ降りられるようになるには今しばらく時間が掛かりそうだ。

 

確かめたいこと(・・・・・・・)もあったんだけどな、仕方ないか』

 

 顔には全く仕方なくなさそうに出ているのだろう。誰も見てないしその理由もオレにしか分からないから構わないが。

 

 忘れもしない、シッポウ博物館での出来事。

 あの黒い石を見て倒れたことは忘れられるはずもなく、今もまだオレの身体と心に苦しみと形容し難い想いが刻み込まれている。

 もし探索出来たなら、"転生者(オレ)"のことも何か分かるかもしれないと思っていただけに残念である。

 

 この道を真っ直ぐ行けば、いよいよイッシュ地方最大の娯楽都市"ライモンシティ"だ。

 "バトルサブウェイ"、"トライアルハウス"、ポケモンジムとバトルを愛する者に向けた施設だけではなく、"ポケモンミュージカル"や"ビッグスタジアム"に"リトルコート"、子連れの家族には嬉しい"遊園地"と、娯楽に関しては本当になんでもある。

 オレもまだ小さな頃、義父と義姉と一緒に遊びに来たものだ。特にオレは観覧車がお気に入りだったようで、乗ると毎回窓にべったり張り付いていたと義姉がよく話してくれた。

 

『そうだなー、折角のライモンだし思いっきり遊ぶのも悪くないかもなぁ……な?』

 

 ちらっとボールに入った4匹を見やると、2匹は首をブンブンと縦に降り肯定、1匹は何を思っているのかジッとオレを見つめ返し、1匹は完全無視。想定通りの反応だ、ちゃんとレスポンスが返ってくる2匹には感謝しかない。

 

 ここしばらくオレもポケモンもジムだバトルだと、かなり駆け足気味に旅をしてきた。ここらで息抜きの1つでも入れておくのが良策だろう。

 

『じゃ、行こうか!』

 

 目前の楽しみ目掛けて、オレは駆け出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ポケモンセンターで少し休み、最低限の荷物を携え準備は万端。

 今ここにいるのは"天才"でも"転生者"でもない、ただの14才の少年アララギ・ショウだ。

 まずは1番近い"バトルサブウェイ"────と思ったが、毎回毎回バトル関係のところに飛びつくのは芸がない。ここはあえて普段縁のないスポーツ関係の施設から攻めていこうと決め、街の北へと歩き出す。

 

 ちなみに、オレの運動神経はそこそこ、スポーツも大して上手くない。

 野球、バスケ、テニス、アメフト────ただ、唯一サッカー(・・・)だけは何故かできた。習っていたわけでもないのに、足がボールの扱い方を知っていた(・・・・・)のだ。

 これも前世で何かあったお陰なのだろうか。まあ、そうとしか考えられないのだが。

 しかし不思議なことに、シュートとドリブルはからっきしだったのだ。出来たのはパスと精々リフティング、この2つはやたら上手かった。邪魔が入らなければずっと続けられるんじゃないかと言える程に。

 

 丁度今日試合が行われるとのことで、早速チケットを買って"ビッグスタジアム"の観戦席へ。試合当日でも席が取れたのはラッキーとしか言いようがない。

 午後2時になると同時に試合が始まり、凄まじい熱狂の嵐がスタジアム全体から巻き起こる。

 そこからはオレもその嵐を成す熱の一つだ。素晴らしいプレーに叫び、ファインプレーには立ち上がり拍手を、シュートが決まれば跳ねながら喜びを表現する。

 

 そうしているうちに試合終了のホイッスルが鳴る。楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうものだ。

 両チームの健闘を讃えながら拍手をし、控え室へと戻ったのを確認してオレはスタジアムを後にした。

 

『スポーツは良いなぁやっぱり。オレも本格的に始めようかな……なんて』

 

 この旅が終わったらサッカーを学んでみるのも悪くないのかもしれない、そうぼんやり考えながら、次の目的地である"ポケモンミュージカル"の建物前まで来ていた。

 形は"リトルコート"や"ビッグスタジアム"とほぼ同じ、違うのは可愛らしさや華やかさが見て取れるところくらいだ。

 

『コンテスト……とは違うんだよな。思い出すなーホウエンで見たコンテスト…綺麗だったなぁ』

 

 ホウエンに留学した時に、似たような施設である"ポケモンコンテスト"の会場を訪れたことがある。確かカイナシティの造船所へ見学に行った時だったか。

 意外にもオレのコンテストへの食い付きは良かった。バトルとはまた違うアプローチで、ポケモンの魅力を引き出し絆を結ぶ────その美しさときたら、オレの心は昂り踊ったものだ。

 

 入ってみれば人が多いこと。興行的には上手くいっているのがよく分かる。

 このミュージカルはコンテストと違い、技でのアピールやコンディションで競うものでは無い。ポケモンを着飾り、演目の中で独自のアピールを行うものとなっている。独自、と言っても着飾った小物でのアピールが主だ。批判的かもしれないが、拡張性は余りない。最大の違いはトレーナーがほとんど関与しないところか。着飾るのを手伝ったり試行錯誤したりするが、それだけだ。そこもまたコンテストとの差別化なのだろうか。

 

 生憎着飾る道具なぞ持ってないので、今日のところは演目を見るだけだ。

 もう15分ほどで今日最後の演目、「情熱のライモン」が始まる。なんとか後ろ端の方だが席は取れたので、どう時間を潰すか考えていたその時────

 

『おっ…と……!』

 

 目の前で女の子が、勢いよく人混みから飛び出してきたのだ。

 多分転んだと思われ、体勢を崩したところを咄嗟に腕を掴んで顔から地面に激突するのを阻止した。

 はてこの子────どこかで見たような(・・・・・・・・・)

 

『あ、ありがとうございまあす…!』

 

『どういたしましてー』

 

 ズレた緑色の帽子を直し、深々と頭を下げてお礼を言う目の前の女の子。見ただけでわかる、この子は間違いなくどんくさい。どうしようもなくそういう雰囲気があるのだ、失礼だが。

 

『……あれ? あなたもしかして……ショウ君?』

 

『まぁ、ショウはオレですけど…そちらはどちら様で?』

 

 少し警戒色を強める。が、それはすぐに無駄な労力だったと知ることになる。

 

『アララギ博士からお話を聞いててえ……あっ、ごめんなさい、あたしベル(・・)って言います!』

 

『ん? ……あぁ! 貴女が姉ちゃ…ごほん、アララギ博士の言ってた…!』

 

 それはヒウンシティ、最初の日のこと。

 図鑑の完成度報告のために義姉ことアララギ博士に連絡した時、オレは故郷カノコタウンからオレ以外にも3人のトレーナーが先に旅立ったと聞いた。そのうちの一人が目の前にいる少女、ベルというわけだ。なるほど、聞いていた通りだ。緑の帽子とゆったりした服装がよく似合っている、と思う。

 

『えへへ、博士から聞いてた通りの人だ。赤いスカーフと青い目だからもしかしてー…って思ったんだあ』

 

『そんな目立つのかこのスカーフ…付けるところ変えようかな……』

 

 青い目はどうしようもないので置いておいて、赤いスカーフは身にはつけていたいが目立つのは避けたい。

「服の袖にでも巻いとけば目立たないかなー」と、考え話を目の前の少女に戻す。

 

『ショウ君もミュージカル見に来たの?』

 

『ショウでいいよ、同じくらいの人に「君」付けられるのなんかむず痒いし。……あぁ、ごめん。そうそう、ミュージカル見に来たんだ』

 

『いいよねぇミュージカル…あたしもう4回目なんだ、ここに来るの』

 

『へー…』

 

 反応が薄そうに見えるが、内心では凄い感心している。

 本当に好きでなければ旅の中でそこまで通いつめることは出来ないだろう。

 

 と、話しているうちに「情熱のライモンまもなく開演」のアナウンスが流れた。

 

 偶々取った席がベルの席と近かったこともあり、一緒に観賞することに。開演までの間、ミュージカル初心者のオレにこれでもかと、どこが魅力的でどのポケモンが可愛くてどのステージにはどんな特徴があるのかとハイテンションで語り、開演してからは一転、嘘のように静かになり終始ニコニコしながらミュージカルを楽しんでいた。

 一方のオレは説明の段階で疲れたのか、ミュージカルの内容が全く頭に入ってこず途中から意識が飛びかけていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『そうだったんだ、父親に……』

 

『うん…でもみんなと旅を続けたかったし…お陰でやりたいことも少し分かってきた気がするんだあ…』

 

 場所は変わってライモンシティのポケモンセンター、その休憩スペースにて。

 ミュージカルを見終えて別れるかと思いきや、ベルの方からアララギ博士やオレのことを聞きたいと申し出があったので、こうやって話し込んでいる。オレも彼女や残りの2人について聞きたいことが幾つかあったので、願ったり叶ったりだ。

 

 今の話題はベルがライモンシティに始めてきた時のこと。

 曰く、遠路はるばるカノコから父親が来て、旅をやめて帰ってくるよう言われたそうだ。そこにライモンシティが誇るジムリーダー、"シャイニングビューティ"ことカミツレがやって来て、ベルに旅を続けるよう助言してくれたらしい。

 正直ベルの父親の気持ちも分からないでもない。まだ会って数時間のオレですら、この子にはどこか危なっかしさを覚えているのだ。親ともなれば過保護気味になるのも頷ける。

 それでも今のベルには旅が、出会いが────傷付くことが必要だと決断した父親の判断を、オレは尊敬する。

 

『ねえねえ! アララギ博士って普段どんな感じなの!? 怖い? 優しい? 』

 

『普段は優しいんじゃないかな…レポートとかで詰まるとちょっと機嫌悪くなるけど。でも良い義姉だよ、うん』

 

 義姉の姿を見れば分かるが、基本的には明るく元気。博士を名乗るだけあって良識も知識も兼ね備えている。オレ自慢の義姉だ。

 図鑑を託して送り出してくれたことにも感謝しているし、図鑑を埋めることでいつかその恩返しをしたいとオレは思っている。

 

『じゃあオレからも質問良い?』

 

『いいよぉ!』

 

 何か昨日に引き続き質問してばかりだなと、心の片隅で思う。昨日と違って気楽に聞けるのは心臓に優しくて良い。

 

『君と一緒に旅に出たのって、えーと…』

 

『チェレンとトウコのこと?』

 

『あ、そうそう。その2人って今どこにいるの?』

 

『うーん…2人とも昨日カミツレさんに勝ったーって言ってたから……そんな遠くまで行ってないんじゃないかなぁ』

 

 ズズーッと見るからに甘そうなココアを飲みながらベルは答える。

 なるほど、ベルはともかくチェレンとトウコの方はオレと同じバトルが好きなタイプか。カミツレを倒せるのであれば相応の実力は持っているのだろう。バトルするのが楽しみになってきた。

 

 と、そんな個人的欲求はここらで抑えておいて、

 

『……嫌な質問かもしれないけど』

 

『うん?』

 

『ヒウンシティでポケモンを奪われたのは……君だよね?』

 

 ズッと空気が重くなる。思い出したくないことを掘り返してしまっているのは承知で、オレは話を続けた。

 

『こんなこと聞いてゴメン、でも確認しておきたかったんだ』

 

『うん…そうだよ、あたしのムンちゃん…プラズマ団に奪われちゃったんだ』

 

 俯きながらベルは答える。

 この質問もほとんど確信を持って聞いたのだが、オレも性格が悪いと我ながらに思う。

 話を聞いた限りだとトウコ、チェレンの両名は実力的にポケモンを奪われるなんてことはそうそうないだろう。なので消去法でベルとなる。彼女もバトルはするのだろうが、どこか────諦観(・・)のようなものが感じられたのだ。

 

『でもでも! みんなが取り返してくれて! それで……!』

 

『お、おお…それはなにより……』

 

 ────めちゃくちゃ顔が近い。俯いていたかと思えば急にガバッと顔を上げて力説してくるのだから、たじろいでも仕方ないと思うのだ。

 ちゃんと取り返して貰っているのは義姉から聞いているから良しとして、問題なのはそれを()がやったのか。

 

『取り返してくれたのってアーティさんと…』

 

『アイリスちゃんとトウコだよ。3人がプラズマ団のアジトに乗り込んで、それで取り返してくれたんだよ』

 

 アイリス。記憶によると、ソウリュウジムリーダーシャガの孫────ではなかったか。シャガとの血縁関係は無かったはずだが、一緒に暮らしていると義父から聞いたことがある。トレーナーとしての実力もシャガの下で特訓しているからか、そこらのトレーナーよりも遥かに上らしい。

 そしてトウコと呼ばれる人物。名前からして女の子か。

 多分シッポウの「ドラゴンのホネ」事件を解決したのも彼女なのだろう。確証は無いが、オレの推測はよく当たる。

 

 ブツブツと呟きながら考えていると、ベルが会話を切り出した。

 

『あっそうだ! ライブキャスター! ねえねえ連絡先交換しておこうよお!』

 

『そうだね、その方が色々良いかも』

 

 お互いの連絡先を交換し、名前がちゃんと入っていることを確認する。ライブキャスターも長いこと使ってなかったため、起動に少し時間がかかったのだった。

 

 その後もたわいもない話を続け、2時間ほど話し込んだところでベルとは別れた。「またねえ!」とブンブン手を振っていたのは印象深い。

 

 明日は待望のバトル関連の施設を攻めるか、と考えながらオレも今日の行動は終了することにした。────あと一つだけ、用件を残して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 5番道路、中央。日中ならパン屋やストリートパフォーマー達がいるこの場所に、今いるのはオレとパートナー達。そして、今日ずっと不機嫌だった(・・・・・・)ウォーグルだけだ。

 

『気に入らないか? オレが遊び回るのが。遊んでいても君からの"光"に気付かないほど、オレの感覚は鈍くないよ』

 

 挑発的なオレの言葉に、ウォーグルは怒りを露わにして唸る。

 近くにベルがいる手前、ウォーグルに暴走されたら敵わないと細心の注意を払っていたが、結果としてこうやって夜中にフラストレーションを爆発させるだけならまあいいだろう。

 

『オレとしても、君のイライラを発散させるのは必要だと思うワケ。だからさ、相手になるよ。オレとオレのパートナーがさ』

 

 ゆっくりと抜刀するフタチマル、オレンジのコアを光らせやる気を見せるガントル、毛を逆立て臨戦態勢に入るイーブイ、特に何もしないココドラ。今日はみんなイマイチ消化不良だ、誰が相手をするにせよ手加減は出来ない。

 

『さ、かかってきなよウォーグル。────人間(オレ)が憎いなら、さ!』

 

 昨日の恐怖はどこへやら、今のオレはそんなもの一切感じていなかった。

 ただ楽しみ、ただ興じ、ただ────理解(わか)りたい。

 確固たる想いがある今、オレはもう迷わないし怯えない。眼前に在るモノだけを見据え、このバトルへと乗じるのだ。

 

 

 

 





こんにちは、読んで頂きありがとうございます


やっとメインキャラと絡めた……


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13話 郷愁、募りて

誤字・脱字ありましたらご報告お願いします


前半ちょっと主人公が嫌なヤツかもしれません、ご了承ください


 

『"でんこうせっか"、"アクアジェット"、"がんせきふうじ"、"うちおとす"』

 

 加減は無し、「空の戦士」相手に容赦なんて不要だ。例え右目が見えていなくとも。

 フタチマル、イーブイの2匹は左右から突っ込み、空いた中央からガントルの"うちおとす"がウォーグルの右側面を狡猾に狙う。上空からはココドラの"がんせきふうじ"が降り注ぎ、完全にウォーグルの逃げ場を消し去った。

 

 4対1のカタチが一見卑怯に思えるかもしれない。けれど、オレは「これでいい」と思っている。

 これはトレーナー対トレーナーのバトルでもなく、さらに野生のポケモンとの戦いでもない。ただの身内での特訓と同義だ。

 

 ウォーグルも怨恨を携えた眼光はそのままに、この状況に怒りも反乱もしない。「空の戦士」からしてみれば一対多はありふれた状況だったのだろう。

 しかし、そんな不利な局面すらもウォーグルは対応して見せた。

 急加速して上昇したかと思えば、降ってくる岩の1つを脚爪で掴み地上へとぶん投げたのだ。

 

『すごい脚力だな。空中であの芸当をやってのけるのか……』

 

 大したテクニックとパワーだと感心する一方、詰めの甘さ(・・・・・)も同時に感じられた。

 投げた岩は誰を狙ったモノでもなく、スピードを意識した攻撃をしていたイーブイとフタチマルからしてみれば余裕で回避が間に合う。ガントルとココドラは当たったとしてもかすり傷すら負わないだろう。

 

 攻撃を仕掛けたことにより完全にこちらを"敵"であると認識し、ウォーグルも反撃として怒りのままに"みだれづき"を繰り出す。

 だがその攻撃は余りにも雑で、感情のままに力を打ち付けるだけのものであり対応は容易に行える。

 元から俊敏なイーブイと、動体視力には自信のあるフタチマルは悠々と避け、ガントルとココドラは避けるのすら億劫に感じたのか、一歩も動かずに"みだれづき"を受けきってみせた。

 

『なるほどなるほど、そのくらいなら……イーブイだけ(・・)でも十分かな』

 

 大体の強さは測れた。この程度(・・・・)ならイーブイ1匹いれば十分であると判断し残りの3匹を手早くボールに戻す。

 

 当然、そんなことをすればウォーグルの怒りは頂点に達する。煌々と怨みを迸らせ、ウォーグルは咆哮を上げる。あちらからしてみればオレが今やった事は戦士としてのプライドを侮辱する行為だ。

 しかし、いや、だからこそ(・・・・・)オレは臆すること無く告げる。

 

『悪いけど、オレは君を強いとは思ってないよ。なんなら弱い(・・)と思う、色々と。イーブイだけってのもそういうことだよ』

 

 冷たく、残酷に、淡々と事実だけの言葉を紡ぐ。

 ずっとウォーグルに対して恨みだ怒りだ憎しみだとオレは評しているが、要するに今のウォーグルは感情に呑まれているだけだ(・・・・・・・・・・・・)

 感情の力を否定する気は無い、想いが力になることはオレもよく分かっている。最近のヒウンジム戦がいい例だ。

 が、それが過剰になるとどうだろう。技は精細を欠き、力は無駄が増え、動きは雑になる。"感情"はあくまで乗せるもの、それが主にはならないのだ。

 

『イーブイ、やろう。"スピードスター"』

 

 こくりと頷き、羽ばたくウォーグル目掛けて星型のエネルギー弾を無数に放つ。

 この技は回避不可能、それを知るはずもないウォーグルは身を捻って避けるも、ぐるりとUターンし戻ってきた"スピードスター"が背後から襲いかかった。

 

『"でんこうせっか"』

 

 間髪入れずに指示を出す。

 "スピードスター"の爆発で次の行動が遅延したところを、稲妻の如く加速したイーブイが急襲する。"てきおうりょく"で威力が上昇したそれは、いとも容易くウォーグルを地へとたたき落としたのだった。

 

『ちっちゃいからって油断したか? それとも怒りで周りが見えてなかっただけかな? あまり甘く見ない方がいいよ、オレのイーブイを』

 

 オレの言葉にイラついたか、はたまた戦士としてのプライドか。どちらでも構わないが、ウォーグルは起き上がってみせた。一方的に地に落としたにも関わらず、まだ折れないガッツは大したものだ。

 もちろんそんな褒め言葉はカタチにせずに、極めて冷静にオレは振る舞う。無関心を装い(・・)、粛々とバトルを進めるだけだ。

 

『そろそろ切り上げ時かな…"おんがえし"でフィニッシュだ』

 

 最後はパワー勝負、単純明快な差が分かればウォーグルも矛を収めるだろうと、イーブイに今出せるフルパワーでウォーグルと激突してもらう。

 威力は最大、体格で劣ろうとも拮抗、あるいはそれ以上のパワーを"おんがえし"は発揮する。と────思ったのだが。

 

『互角……ううん、少し押され気味か……?』

 

 ウォーグルは渡り合ってみせたのだ。それも彼が覚えているはずのない技、"やつあたり"を使って。

 レベルアップで覚える技では無かったはず、と首を傾げるも、負の感情が技に転化したのならそれも頷ける。"おんがえし"とは対極に位置する技というのも、今のオレ達を表しているようで中々面白い。

 この土壇場でそれをやってのけたのは賞賛しよう、しかし────

 

『力比べだけがバトルじゃないからね。イーブイ受け流して』

 

 続く拮抗をイーブイは自ら放棄し、一瞬だけ力を緩め、払い除けるようにウォーグルの行き先を右方向へとズラしたのだ。

 せめぎ合う相手がいなくなったことにより、ウォーグルはそのまま流されるように目の前の草むらへと突っ込んで行ったのだった。

 

『大丈夫か……って、全然大丈夫そうだな』

 

 思いの外突っ込む勢いが凄かったので、大事は無いかと駆け寄るも杞憂だったようだ。草と土でグチャグチャではあるが。

 

 依然としてウォーグルは臨戦態勢をとる。しかしオレにはもう、これ以上バトルを続ける意味が見出せなかった。その理由として二つの事柄が挙げられる。

 

 一つ目はシンプルに実力差の問題だ。オレの手持ちとウォーグルとではレベル差(・・・・)も、それこそ感情のコントロールの仕方もこちらが上をいく。トレーナーの有無はさて置き、このまま続けていてもウォーグルが勝つことはない、そう断言出来る。

 二つ目は時間だ。時間の無駄だとかそういう事では無く、時間帯的な話である。時計を見ればまもなく深夜1時半に差し掛かろうとしており、いつもならギリギリ起きているかどうかの時間なのだ。今日は遊び疲れているのもあり、眠気は限界に近い。

 さらに言えば、14歳の少年が深夜に道路のど真ん中でバトルしている、というのも世間体的にまずい。特に"ポケモン博士の息子"や"天才"なんてレッテルを貼られていようものなら。

 

『勝てる算段がある訳でも無さそうだし、今日はもうこれくらいでいいだろ? また今度付き合うよ』

 

 眠気を堪えつつジッとウォーグルの眼を見つめる。

 すると、意外にも納得してくれたのか臨戦態勢を緩めてくれた。戦士として強者の言葉には耳を貸すということなのだろうか。強硬手段もやむなしかと考えていたので望外である。

 

 ならばとウォーグルをボールに戻し、大きな欠伸をして一息つく。

 色々と考えたいことはあるが、ここぞとばかりに襲い来る睡魔と疲労には抗えそうもない。

 一刻も早くポケモンセンターに戻って寝てしまうべきだと考え、重い身体と働かない頭を無理やり動かし、ライモンシティのゲートへとオレはフラフラと向かっていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日の朝────もとい昼前。

 まだ取れない疲労感と共にベッドから身体を起こす。掛けていたアラームはしっかり機能していた跡が見えたが、オレを眠りから起こすことは無かったようだ。

 手早く支度を終えて朝食のトーストを食べながら、先送りにした昨日の振り返りを行う。

 

 図鑑を起動してウォーグルのレベルを確認してみると、表示されたのは"25(・・)"という数字。

 保護した時にこの数字を見て心踊ったものだ。レベル25のウォーグルなんて、これまでの記録には無かった(・・・・)のだから。

 本来ワシボンからウォーグルへの進化に必要なレベルは"54"。それを大きく下回るレベルであのウォーグルは存在するのだから非常に興味深い。

 

 それにしても、ポケモンという生き物は本当に面白いとつくづく思う。これまでにあったデータが、ある日突然塗り替えられるのだから不思議としか言いようがない。ウォーグルにしても、"54"という数字はこれまでのデータから来る指標に過ぎず、未解明の要因で進化のレベルが早まる────なんてこともあるのかもしれない。

 

 不思議と言えば────25の数字を見た時に、そこまで驚かなかった(・・・・・・)のは何故なのだろうか。

 

『ま、"転生者"だから…なんだろうけどさ…はは』

 

 やや自虐気味に吐き捨て、冷めかけているコーヒーに口を付ける。────こうやってコーヒーを飲んでいる"転生者(オレ)"は一体、誰なのだろうか。

 

 話を戻して、ウォーグルにしてはやけに戦闘能力が低いと感じたのも"25"レベルなら合点がいく。

 本来ウォーグルは────データ通りなら────54レベルという数字に裏打ちされた実力があるはずなのだ。

 推測になるが、決して高くないレベルでウォーグルに進化してしまったせいで、怒りに振り回されている以前に能力を上手くコントロール出来ていないのだとオレは考えている。そうすれば、力任せだったり不安定な情緒にも頷ける部分がある。

 

 右目を潰されているのは理解している。怒りも憎しみもあって当然で、恨む権利がウォーグルにはある。

 

『人が憎いのは分かる…けど…その感情のまま進めば────』

 

 ハッと顔を上げる。

 今話していたのはショウ(オレ)なのか。それとも、"────"(オレ)なのか。

 言いかけた言葉は、()に対してのものだったのか。

 

『…そんなの、ウォーグルのために決まってる……』

 

 自問自答しているはずなのに、まるで誰かと話しているような錯覚にとらわれる。いや、オレは確かに話していた────けれど、誰とだろう。

 ウォーグルとキズナを結びたい、そのために彼の事を考えていた。けれど、オレは────

 

『……ッ ……ダメだ、少し休もう……』

 

 酷く混乱した頭はこれ以上の労働を拒否してきた。

 もう日は高いと言うのに、オレはこの部屋から出ることが出来ない。出たいのに、溢れんばかりの郷愁(・・)がオレを蝕んでいるのだ。

 筆舌に尽くし難い"寂しさ"は、オレを意識の彼方へと連れ去っていく。────もう、戻れないと言うのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 帰りたい、還りたい、かえりたい。────何処に。

 

 会いたい、逢いたい、あいたい。────誰に。

 

 知りたい、識りたい、しりたい。────何を。

 

 

 オレは、────にかえりたい。

 

 オレは、────にあいたい。

 

 オレは、オレの事ををしりたい。

 

 

 ああ、最後の1つだけは────見失わない。

 この想いこそ、オレがオレをこの世界に繋ぎ止める鎖なれば。

 この願いこそ、オレがオレを知るための鍵なれば。

 

 だから、この世界のどこかで待っていて欲しい。

 オレが何者なのか分かった時に、迎えにいくから。

 手が届かなくても、届くまで手を伸ばしてみせるから。

 

 そうしたら、またはじめよう。

 おわった物語のページに、また新しい物語を綴ろう。

 今度は────アナタも、最初から一緒に。

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

『……うぅん……』

 

 最悪の気絶から一転、目覚めは怖いほどに清々しいものだった。

 時計を確認してみれば、長針は5過ぎ、短針はピッタリ12を指し示している。

 少しだけカーテンを開けると、辺りを色とりどりのネオンライトが深い闇を着飾っていた。なんと昼頃から起きること無く夜まで寝てしまったらしい。

 

 上半身だけを起こしぼーっと窓の外を眺めていると、カタカタとボールが震える音が耳に入ってきた。

 そういえば、パートナー今日1日ボールから出ていないことになる。窮屈なボールに入れっぱなしなのもトレーナーとしてどうなのかと思い、いそいそとボールからみんなを出す。もちろん、ウォーグルもだ。パートナー達が睨みを効かせていれば暴れ出すことはないとの判断である。

 

『夢…だったのか? いや違う、あれは……あの声は……オレの声……?』

 

 あの夢は、恐らくいつか(・・・)のオレが言った言葉なのだろう。もう、とうに記憶から失せてはいるけども。

 

 一つだけ分かったのは、オレは誰かに会いたい(・・・・)のだ。誰に会いたいのか、どうして会いたいのかは分からない。

 おかしな話だ、何も分からないのに誰かに会いたいなどと。

 

 けれど、朧気ながらも分かった。

 そこがきっと────オレの旅の、終着(・・)なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

『気を取り直して、本日も遊びますか!』

 

 晴れ晴れとした気分で迎えたライモンシティ3日目。

 1日目にエンターテインメント系の施設を巡ったのなら、今日行くべきなのはそう、バトル系の施設である。

 目玉はなんと言ってもライモンの中央、"ギアステーション"から発車している"バトルサブウェイ"だ。イッシュのトレーナーならば一度は乗車しておきたい、ポケモンバトルの聖地である。

 バッジを3つ手に入れた状態のオレ達が、果たしてどこまで通じるのか試したくて仕方がない。

 

 ポケモンセンターを出て東の方へ少し歩けば"ギアステーション"に到着。電車乗り場に有るまじき威圧感がするのは気の所為では無い。ここに集うのはカジュアルからベテランまでありとあらゆるトレーナーなのだ。

 

『目標は……とりあえず7連勝かな。行ける所までいって、叶うのならサブウェイマスターに挑みたいけど……高望みかな』

 

 "サブウェイマスター"とは、言ってしまえば"バトルサブウェイ"で1番強いトレーナーのことだ。名前は確か"ノボリ"と"クダリ"、二人とも凄腕のトレーナーだと聞いたことがある。

 その二人に挑むには、7連勝をワンセットとして合計3週、その最後21戦目でようやくサブウェイマスターに会うことが出来る。これが想像を絶する難易度らしい。

 最初に挑める"シングル"と"ダブル"はほんの小手調べ、21連勝も並以上の実力と臨機応変な対応力があれば不可能ではない。が、上位の"スーパーシングル"と"スーパーダブル"はそうはいかない。

 並以上ではもはや足りない。最低でもバッジを8個集められる程度、リーグチャンピオンレベルの実力を以てようやく適正ラインと言ったところか。

 

『頑張ってみよう、みんな!』

 

 スカーフを巻き直し気合いを入れる。今回は腕試しに過ぎないが、ここでの戦績は今後の指標になる。

 いずれ"スーパー"を攻略するためにも、初回の挑戦は大切にしようとオレは"シングル"の乗り場へと進んでいくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人生、上手くいくことの方が少ないのは理解している。2週目のオレが言うのだから間違いない。1周目の記憶は失っているが。

 

 結論から言うと、全然駄目(・・・・)だった。

 辛うじて7連勝は達成出来た。しかし、次の8戦目でボロボロと表現するのが相応しいほどに負けたのだ。手も足も出ないとはまさにこの事である。

 ひっそりと「サブウェイマスターに挑めるのでは」と考えていた数時間前の自分は何処へやら、ポッキリと自信を折られたオレは"遊園地"のベンチで"ミックスオレ"片手に黄昏ていた。

 

 自信こそ折られたが、これはこれでいい経験になった。驕ることなかれ、過信することなかれ、と。

 それに、普段とは違うキッチリとしたルールの中行うバトルも楽しめたのだ。戦績は微妙でも経験としてはプラスだろう。

 

『にしても…さすが遊園地だ。家族とカップルしかいない』

 

 こうやって一人でいると、周りから浮いている気がしてならない。いや、実際のところ多分浮いている。

 その証拠に、行き交う子供からまるで不思議なものを見ているような、「遊園地なのに一人なの?」と言いたげな視線を向けられているような気がしてならない。

 

『素直にポケモンセンターに帰るべきだったか……』

 

 もう帰ってしまおうかと、立ち上がり歩きだそうとしたところでふと思い出す。そういえばまだ、観覧車に乗っていなかった。

 せっかくライモンに来たのなら遊園地の観覧車は外せない。イッシュ地方の観光ガイドブックに必ずと言っていいほど掲載されており、遠くから通う人も多いと聞く。噂によれば、その日偶然居合わせた二人で乗ることもあるそうだ。男女で乗れば恋愛に発展することもある────のかもしれない。

 前に来た時は家族と同伴、今日はポケモン達と一緒だ。体重の関係で乗るのはイーブイのみになるが。

 

 脳裏に焼き付いている絶景を思い返しながら、遊園地の奥へと歩き出す。

 途中で"ミックスオレ"の空き缶を捨て、最奥にある観覧車乗り場へと来てみれば────

 

『ん? あの人……?』

 

 オレの目に止まったのは、ある1人の青年だった。

 長い緑髪を束ね、帽子を被ったその姿は忘れもしない。あの青年とは、一度シッポウシティで出会っている。

 

 声でもかけてみようかと、人混みを掻き分けて開けた場所に出てみると────そこに、彼はいた。

 

『また会ったね"光"が見えるトレーナー』

 

 少し嫌な汗が流れた気がする。オレが見つける前から気付いていたのだろうか。

 それ自体はオレを覚えてくれていたということで嬉しいのだが、得体の知れない不気味さを感じてならない。

 

『お久しぶりです…シッポウ以来……ですよね』

 

『そうなるね。ボクもまた会えて嬉しいよ』

 

 分からない。オレには、この人が何を考えているのかが分からない(・・・・・)。敵意もない、悪意もない、なのに警戒せざるを得ない(・・・・・・・・・)

 独特の雰囲気のせいか────否、違う。それだけじゃない、別の理由がある。あるのだけれど、上手く言葉にできない。

 

『か、観覧車乗りに来たんですか? 』

 

『そうだよ。ボクは観覧車が好きでねよく乗りに来るんだ』

 

 相変わらずの早口である。

 観覧車が好き、と言う割には表情の変化が乏しい気がするが触れないでおこう。

 

『へー……あ、良かったら一緒に乗りませんか? 』

 

『……一緒に?』

 

『あ! 嫌だったら全然いいんで!』

 

 流石に無遠慮過ぎたか。

 確かに以前カフェで席が隣合っただけの人に、突然観覧車へ誘うのは我ながらどうかと思う。むしろ何故誘えてしまったのだろうか、数秒前のオレは。

 なんとも言えない空気の中、先に口を開いたのは青年の方だった。

 

『嫌じゃない。ただ同じこと(・・・・)を考えていたんだ』

 

『同じ……と言うと?』

 

『ボクもキミと観覧車に乗りたかったんだ。だからキミを待ってたんだよ(・・・・・・・)

 

 ────"待ってた"。

 この言葉をオレはどう捉えたらいいのか。

 場合によっては────オレは、今すぐに逃げ出すべきなのかもしれない。

 

 当然オレと青年はここに集まる約束はしていない。つまり、ここで鉢合わせたのは偶然のはずなのだ。

 それなのに、"待ってた"は言葉の選び方として不自然(・・・)ではないだろうか。

 普通なら"誘った"だとか、"乗りたかった"で言葉を終わらせればいいはずだ。わざわざ"待ってた"を用いたということは、こうやって話しているのは偶然ではなく意図的なものである、そうならないだろうか。

 

 ここからはオレの考えすぎかもしれない。しかし、放っておくには些か危険が過ぎる。

 もし────もし、だ。

 オレが遊園地に来ることを、事前に彼が知っていたとしたら。オレは一連の行動を、何者かに監視(・・)されていたことにならないだろうか。

 

『1つ、良いですか』

 

『どうかした?』

 

『自意識過剰かもしれないですけど……オレがここに…遊園地に来てるの、知ってました?』

 

 オレは今きっと、物凄く変なことを聞いているのだろう。

 しかし、オレの推測が正しいのなら。オレ自身の危険信号を信じるなら、確かめなくてはならないのだ。

 

『………いや、さっき見かけただけだよ。偶然見かけたから声をかけたんだ』

 

 表情の変化が薄い顔から、感情が読み取れるはずもなく。

 そう言うのであれば、オレは信じるしかない。オレの思い込みならば、それでいいのだから。

 

 だが、オレは忘れない。

 オレの問に対し、常に早口だった彼が、今まで以上の"間"と、話すスピードを鈍化させていたことを。

 

 

 

 

 





こんにちは、読んでいただきありがとうございます

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14話 乗り物酔い対策は忘れずに

誤字脱字ありましたら教えて下さい


バトルシーンが難しい……区切る箇所が分からん……


 

 ごうんごうんと重低音を響かせながら、ゆっくりと観覧車は廻る。オレが小さい時からあるのだ、年季も入っている。

 車窓から見えるイッシュの雄大な大地は、沈んでいく太陽に彩られオレンジ色に染まっていた。方角的に向こうは"カゴメタウン"、若しくはポケモンリーグだろうか。

 

 昔から高いところが好きだった。そこから見える景色も、自分は誰よりも高いところにいるという感覚も。

 

 もし一人だったら、オレは浸っていたのだろう。胸高鳴るこの感傷に。

 しかしそんな事を考えさせない程の緊張感が、この部屋には張り詰めていた。向かい合う形で座ったはいいが、乗ってからもう頂点が見えてきたと言うのに、互いに無言が続いている。

 この際雑談でもなんでもいいか、と話を切り出したのはオレだった。

 

『そういえば、ライモンに住んでるんですか? 観覧車が好きって言ってましたし』

 

『違うよ。ただ好きだからよく来るだけさ』

 

『あっ…そうでしたか…』

 

 会話、終了。

 この人について何も分かっていないオレは、観覧車が下に着くまでどう話を繋げばいいのか。義姉のコミュニケーション能力の高さが今だけ羨ましくなる。

 話がズレたが、トレーナーズスクールのお堅い教師ともまた違う、近寄り難い話しづらさがより会話を困難にしている気がする。例えるなら、彼だけ別世界に生きているかのような感じだ。

 

『(シッポウにもふらっと行けてライモン…観覧車によく来る…? そこそこ距離あるのになぁ…)』

 

 大きな荷物も持っていないことから、旅をしているようには見えない。かと言って社会人として働いている風では無い。それなのに、彼の言動や纏う空気から「全てを見てきた」という意思が感じられてしまう。この印象は、果たしてオレの思い込みなのだろうか。

 

『(いいや、思い込みなんかじゃない。この人は多分…本物の"天才(・・)"なんだろうな。言葉の節々から理知的な印象を感じるし)』

 

 彼の見ている世界は、どんな景色なのだろう。

 この人が何をしているのか、どのような人なのか考えているうちに妙な親近感(・・・)を覚え、興味が湧いてきた。

 

『あの』

 

『キミは、プラズマ団をどう思う(・・・・・・・・・・)?』

 

『………え?』

 

 抱いた興味は、想定外の質問により塗りつぶされた。

 普段動揺することが少ないオレが珍しく投げられた問いに狼狽えてしまっている。余りにも問いが唐突で、タイムリーなものだったのだ。

 

 プラズマ団をどう思うか、と彼は聞いた。簡単なようで難しい質問である。

 悪評は散々、悪行も働いている。さらにオレのパートナーも被害を被っていると、プラズマ団の活動を肯定する気は一切ない。ないのだが、たった一つだけプラズマ団への「否定」を阻む障害があるのだ。

 それは、オレは"プラズマ団に会ったことがない"ということ。

 見たことも会ったこともない人を、他者の意見を借りて糾弾するのは納得出来ない(・・・・・・)。もしかしたら────確実に無いと思うが────やむを得ない事情があって、蛮行を働いている可能性もゼロではない。だとしても人のポケモンをとったら泥棒なので、褒められた行動では無いのだが。

 

 如何に自分が頑固か理解しているのに、自分の目で見て確かめたい性分を曲げないのだから、我ながら大概である。

 

『オレ、プラズマ団に会ったことがないのでなんとも言えないですね。良い評判は聞きませんけど』

 

『…………だろうね(・・・・)

 

『え…?』

 

 彼の言葉に違和感(・・・)を感じたが、そこに触れようとする気は起きなかった。いや、触れたくなかったというのが正しいのだろうか。不思議だが、そうしてしまったのだ。

 

『前に来た時は別のトレーナーと乗ったんだ。少しキミに似ているトレーナーでね……ああ、性別は違うけど』

 

『似ている…ですか』

 

 またしても話題がガラッと変わり、青年は僅かに口角を上げ呟いた。

 オレに似ている。それなら「同じ"光"が見えていれば」と思ってしまうのは、まだ燻る"寂しさ"が消えないからか。

 

 閑話休題。性別が違うのにオレに似ているということは、見た目より中身の話をしているのだろう。

 恥ずかしながら"アララギ・ショウ(オレ)"も"転生者(オレ)"について分からないことが多く、自分がどういう人間なのか上手く説明できないが、青年が好反応を示していることから良い印象が被っていることが窺える。

 

『どの辺が似てるんですか? 誰かに似てるってあまり言われないから気になっちゃって…』

 

『そうだね……雰囲気…精神……あと…素質(・・)かな…?』

 

『そ、素質……?』

 

 雰囲気と精神は分かる。誰かに似てると言われた時、見た目以外では大概はこれが当てはまってくるものだ。

 しかし、「素質」はいまいちピンと来ない。そもそも"どこが似ているのか"の返答に、「素質」と返すのをオレは初めて聞いた。

 

 誰と似ているのかはひとまず置いておいて、彼の言う「素質」の意味を聞こうとしたところで────

 

『おや、もう終わりみたいだね』

 

『え? あ、ホントだ』

 

 青年が窓の外を見ながら、名残惜しそうに言う。

 同じように外を見ると、いつの間にか観覧車は頂点を越えて乗り場近くまで降りてきていた。青年との話に気を取られすぎて景色を楽しめなかったのは少し残念だが、その分貴重な時間を過ごせた────と考えよう。

 

 もう会話を続けられるほど残された時間は無く、観覧車は再び乗り場へと戻ってきた。男2人が観覧車から出てきたのを見て係員が微妙な顔をしていたのは気のせいではないと思う。

 

 外に出るとオレが来た時よりも長蛇の列が観覧車へと続いていた。カップルにはこの時間帯、夕方と夜の境目がムード的に良いのだろうか。とにかく待つことなく乗れたのは幸運だった。

 

『それで、素質ってなんの素質なんですか?』

 

 青年と共に近くのベンチに腰掛け、オレは観覧車での会話を再開する。オレと似ているのが誰なのかも気がかりだが、それよりもオレ素質がなんなのかが気になって仕方がない。もしかしたら"転生者(オレ)"を知る糸口になるかもしれない。

 

『……なんだと思う?』

 

 なるほどそう来たか、と思わず苦笑いしてしまった。

 自分の口から答えを言わないのは、オレを試しているからか、それとも"天才"の戯れか。

 オレの素質となると、当然真っ先に浮かぶのは"光"についてだ。厳密にはオレ(・・)の素質なのかは怪しく"転生特典"的なものだと考えているが。

 だが、これが青年の言う素質では無いのだろう。どちらかと言えば"素質"より"能力"と言うのが正しく、青年もこれを言っているのでは無いと思われる。

 

 さて、そうなるとオレには何があるのか。

 唯一考えられるのは、

 

『うーん…ポケモンと仲良くなりやすい……とか?』

 

 しかし、これもまた"推定転生特典"に紐づけられた力であり、オレ自身の素質と呼べるかは強く疑問が残る。記憶の無い"転生者"であるが故に、持てる能力全てに疑いをかけなければならなくどれが自分の素質なのか分からないのは中々に辛い。

 とはいえ、答えられるのがこれくらいなのでこう答えるしかないのだ。いつか自信を持って───(オレ)ショウ(オレ)であると言える日が来ると良いのだが。

 

『へえ…仲良くなりやすいんだね、キミ』

 

『……一応。"光"が見えてるからってのが大きいと思いますけど』

 

 少し不貞腐れたような言い方になってしまったが、こうして"光"の事を隠さず話せるのは気が楽で良い。

 青年は微笑を浮かべているが、多分オレの答えは青年の求めていたものでは無かったのだろう。一体彼はどんな素質をオレに見たのだろうか。

 

『……そうだね、キミ"電気石の洞穴"は分かるかい?』

 

『えっと…ホドモエとフキヨセを繋ぐ洞窟でしたよね』

 

 "電気石の洞穴"、電気を纏った岩がほかの岩や地面と反発して浮いているという幻想的な場所だ。フィールドワークで義父と何度か訪れ、浮いている岩で遊んだり、そこにしか生息していないシビシラスを探して1階から最下層まで行ったり来たりしたのは良い思い出である。結局最下層にしか生息していないと気付いたのはカノコに帰ってからだったが。

 

『ボクはあそこが好きなんだ。そこで答え合わせをしよう』

 

『……つまり、ここではオレの素質について教えてくれないと』

 

 青年は何も言わない。無言、即ち肯定と受け取っていいだろう。

 フキヨセにジムがある以上、どの道"電気石の洞穴"は通らなければならないダンジョンだ。そこにたどり着く頃には、オレはオレで確信を持った答えが得られているかもしれない。

 

『分かりました。……でもオレが来たって分かります?』

 

『心配しなくていい、ボクの…知り合い(・・・・)が迎えに行くから』

 

『え』

 

 失礼ながらこの人に知り合いが、それも頼れる程の人間がいたのかと驚いてしまった。人を見た目で判断するのは良くないと分かっているが、孤高の極致のようなこの青年に"頼る"という概念が存在したことが意外だった。

 言葉と言葉の(あいだ)に若干の()が空いたのが引っかかるが、指した問題では無いだろう。

 

『サヨナラ、"光"が見えるトレーナー。また会おう』

 

『はい。"電気石の洞穴"で、また』

 

 ひらひらと手を振り、雑多の中に消えていく青年の背を見送った。

 もう姿が見えなくなった頃に、また名前を聞き忘れたことを思い出したが時すでに遅し。しかし次会うのも約束したわけであり、その時に聞けばいいかと気持ちを切り替える。明日はいよいよライモンシティに来た本来の目的、ジム戦に挑む日である。ヒウンジムのような情けない試合は、オレもしたくないしポケモン達にもさせたくない。

 早速ポケモンセンターに戻って対策と情報の整理をしようと、オレもより賑わいが増すばかりの遊園地を後にしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、明日のライモンジムは煌びやかな街からも分かるように"でんき"タイプのジムである。しかもジムがあるのは先刻遊び回った遊園地の敷地内で、挑戦者を阻む仕掛けもジェットコースターらしい。

 4つめのバッジを掛けて対するのはイッシュが誇るスーパーモデル、カミツレだ。通り名は「シャイニングビューティ」、電気の煌めきとカミツレの華やかさがよく分かるキャッチコピーである。ジムリーダーとモデルという二足の草鞋(ヒール)を履きこなし、どちらも高いレベルで活動しているのは流石としか言いようがない。

 世間では3つ目のジムバッジを獲得出来るかがジムチャレンジの分かれ道と言われており、4つめに挑めるだけでも評価されることらしい。もちろん、オレはそこで止まらないが。

 

『うーん、厳しくなりそうではあるんだよなぁ……カミツレさん意外とアグレッシブだし…』

 

 見た目はクールに見えても、織り成すバトルは苛烈そのもの。

 2匹のエモンガによる"ボルトチェンジ"で容赦なく攻め立て、切り札のゼブライカが"ニトロチャージ"や"スパーク"で捩じ伏せる。シンプルな攻撃的スタイルだが、"物理"と"特殊"を使い分けており受け切るのは容易ではない。おまけにエモンガには"でんき"タイプの弱点である"じめん"タイプの技が効かないと、セオリー通りの攻略を出来なくしているのもポイントだ。

 

 オレの手持ちはまたしてもフタチマルが不利を取り、残りの3匹────いや4匹も強気には出れない。タイプでは五分に見えるココドラとダンゴロも"特殊"には弱く、後手に回りがちなスタイルがここに来て悪手となってしまう。ウォーグルは言わずもがなだ。

 

『さぁどうしよっかみんな。ヒウンジムよりキツいよこれ』

 

 机に並べられた五つのボールに問いかけるも、特に案が浮かんでくる訳でも無く対策会議は停滞していくばかりだ。

 もういっその事策なんて持たずに、一か八かで突貫した方が勝ち目があるのではと思えてくる。それで勝てたら苦労はしないのだが。

 

 一旦ペンを置き、詰まった空気を入れ替えようと窓を開ける。

 まだまだ冷える冬の夜は、厳しい寒さと共に頭をクールダウンさせる冷涼をもたらしてくれる。

 

『早く春にならないかな…………っと、あれどうしたのイーブイ』

 

 開閉スイッチを押した記憶は無いが、どうやら自分でボールを転がして出てきたようだ。

 突然窓の縁に座ったかと思えば、そのままピタリと動かなくなってしまった。ライモンのイルミネーションに見とれているのか、普段のイーブイからは想像出来ない落ち着きようだ。

 

『…そういえばさ、"ヤグルマの森"で聞いたじゃん、何に進化したいのかって。どう? 決まった?』

 

 質問の数秒後、イーブイは小さく首を横に振った。

 普段のイーブイを基準にするならオレはブースターがいいと思うが、こうした冬の夜に浸る姿を見るとグレイシアも合っている気がしてくる。要はどの進化先もピッタリな気がして捨て難いのだ。

 一言「そっか」と返し、程々にしないと風邪を引きかねないので窓を閉める。同時にイーブイもピョンと降りベッドの上でまるくなってしまった。

 

『あーあ、寝ちゃったか…仕方ない、ざっくりと方針だけ決めておこう……』

 

 具体策が出てこないのなら致し方無し。前述した突貫までの無策とはいかずとも、誰に誰を合わせるかくらいは決めておかねばならないだろう。

 まずゼブライカにはガントル、これは確定だ。パワー的にもゼブライカなら競り勝てる確率は十分ある。

 後のエモンガ2匹は総がかりで当たるしかない。上手いこと"ボルトチェンジ"をさせないように立ち回り、1匹を逃さず撃破する必要がある。オレの指示と策が試される時だ、万全を期して望まねばならない。

 

『こんなところかな……ベッド占領されちゃったしソファーで寝よう……』

 

 スヤスヤと寝息をたてるイーブイを横目に、決して大きくはないソファーに寝転がり目を閉じる。

 連日遊び倒した疲労のツケか、数分もしないうちに深い眠りへと落ちてしまったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は少し遡り、ショウと青年────Nが分かれた頃。

 ライモンシティの外れに、3つの黒い影が集結していた。影の名は"ダークトリニティ"、プラズマ団の七賢人が1人ゲーチスの忠実なる下僕である。

 

『ゲーチス様、N様の件…如何いたしましょう』

 

 ダークトリニティの1人が呼びかけた先にあるのは、黒よりもさらに黒い影────七賢人ゲーチス、その人がいた。

 

『構いません、好きにさせなさい。……監視(・・)は続けながら、ですが』

 

 主の言葉にダークトリニティは従うのみ。これまで通り(・・・・・・)アララギ・ショウと"王"であるNの監視を続けるだけだ。

 この事を知っているのはここにいる4人しかいない。いずれ障害になりそうなアララギの息子を監視するのはともかく、Nまでも監視する理由。それは近頃、Nに"揺らぎ(・・・)"が見えてきたため。

 ポケモンと育ち、ポケモンの声を聞き、英雄たらんとする彼に起こったブレ。それをもたらしたのが他でもない、アララギ・ショウともう1人、同じくカノコタウンのトウコというトレーナーであった。

 彼らと触れ合う事でNは確かに変わっていっている。ショウからはポケモンとトレーナーの間にある"光"を、トウコからはトレーナーと共に在るポケモン達の喜声を教えられた。

 だがそれはゲーチス────もとい、プラズマ団にとってよろしくない。王が揺らげば組織全体に悪影響が出る。そうなることを憂いた────ように見える(・・・・・・)ゲーチスは、ダークトリニティに監視を命じたのだ。危険な兆候があれば、すぐに両者を引き離せるように。

 

『接近は王より禁止(・・)されていますが………この辺りでアララギの息子を揺さぶってみましょうか…』

 

 留まることを知らない魔の手は、もうショウの足元を絡め取る寸前まで来ている。

 冷たく、昏い闇は徐々にイッシュの地を染めんと侵食しているのだ────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の昼頃、もう一度遊園地に来たオレは敷地内にあるジムへと足を踏み入れていた。

 仕掛けのジェットコースターはスピードが凄まじく、心做しか行く手を阻むジムトレーナーも顔色が悪いような気がする。無論その程度でバトルの手は抜かないが、オレもオレで三半規管が悲鳴を上げ続けている。朝食べたトーストと目玉焼きがいつ戻ってくるか、いや戻ってくる前にカミツレの元まで行けるのか、一抹の不安を抱えながらジェットコースターに搭乗し辿り着いた終着駅、ジムの最奥でカミツレは待っていた。────ものすごく心配そうな顔をして。

 

『ねえ大丈夫? すっごく顔色悪いけど……』

 

『うっぷ…だ、大丈夫です…うぇ……』

 

 言葉と状態が一致しないのはこの際仕方ない。あの大回転は常人の三半規管では耐えられないレベルの回り方をしている。魂が飛び出たと言われても信じる程に。

 

『あー…落ち着いてきた……よし、お願いします!』

 

『ジェットコースターでクラクラ…どころじゃないわね。けれど大丈夫、これからもっとクラクラさせてあげるから!』

 

 何が大丈夫なのだろうか、と内心のツッコミを入れたと同時に審判がフラッグをあげ、開戦の合図を示した。

 

『フタチマル!』

 

『エモンガ!』

 

 カミツレの初手はやはりエモンガ。対してオレはフタチマルと最初の対面は不利に見える。実際滅茶苦茶不利なのだが。

 フタチマルには申し訳ないが、今回のジム戦での役割は偵察役だ。とにかく相手の攻撃を引き出し、バトルを組み立てる材料を持って帰って来てもらう。

 これはフタチマルも了承の上であり、彼も有効策無しに苦手なタイプ相手に立ち回れる程まだ(・・)強くないとわかっている。故に、みんなのために先鋒を買って出てくれたのだ。"まじめ"な性格で良かったとつくづく思う。

 

『最初からトばすよ! "シェルブレード"!』

 

 切込隊長がやるべきことはただ1つ、体力尽きるまで攻撃を続けることだけだ。彼もそのつもりだったのか"シェルブレード"の"シェル"を言った辺りで、既に荒波の如き気勢を以てフタチマルは駆け出していた。

 エモンガの方も指示が終わる前に攻撃を開始するとは思わなかったようで、僅かにフタチマルへの反応が遅れた。その隙をフタチマルが逃す事はなく、念入りに研がれた2つのホタチがエモンガに襲いかかる。

 

『避けて!』

 

 が、そこは流石のジムリーダー。簡単に初撃を命中させてくれる程甘くはなかった。

 クロスするように裂いた"シェルブレード"は、すんでのところで華麗なステップにより回避され、フィールドを蹴った反動で飛び上がったエモンガはそのまま滑空体勢に入る。

 

『"アクロバット"!』

 

 空気の流れに乗り、エモンガが仕掛けるのは変幻自在の空中殺法(アクロバット)。"持ち物"を持っていない状態であるならばその威力はさらに上がる。正に今のエモンガの状態である。

 柔軟な身のこなしでフタチマルの死角に入りエモンガは攻撃する。気配察知は得手であるはずのフタチマルも、動きがテクニカル過ぎて全く対応出来ていなかった。

 

『それなら…"アクアジェット"!』

 

 このままエモンガにしてやられるのはまずいと、一旦"アクアジェット"での離脱と展開のリセットを図る。続く"アクロバット"による攻撃の合間を縫い、急加速したフタチマルは一気に間合いを取り危機を脱した。

 

『よし、上がれ(・・・)フタチマル!』

 

 それだけでは終わらない。加速したスピードを落とすことなく、勢い付いた"アクアジェット"は重力に抗い空へと上がりだした。フタチマルはエモンガよりもさらに高く昇り、位置的有利を得ることに成功したのだ。

 エモンガは滑空こそすれど、翼をはためかせ縦横無尽に空を飛ぶ能力は無い。つまり、上さえ取ってしまえばこちらのものであり、フタチマルは今絶好のチャンスを得たと言える。

 

『突っ込め!』

 

 指示とともに急降下し、エモンガの背目掛けて大滝の如き水流が迫る。

 

『フフ、"ボルトチェンジ"よエモンガ』

 

 カミツレの声はまるでこれを読んでいたかのような落ち着きようだった。くるんと地面に背を向け、滑空を捨てたエモンガが"ボルトチェンジ"を放つ。

 スピードに乗っていた─────いや、乗らされていた(・・・・・)フタチマルが急に止まれる訳もなく、"アクアジェット"の水流に電撃が迸る。堪らず水流を解除して地へと降り立つも、ふつふつと溢れるオーラから"げきりゅう"発動のラインまで削られてしまっているのが分かる。

 しかし、"アクロバット"のダメージ込みで耐えたフタチマルはよくやってくれた。"げきりゅう"も次のポケモンに強力な攻撃を叩き込めると考えれば悪くない。

 

『ゼブライカ!』

 

 交代先にカミツレが選んだのはエースであるゼブライカ。進化前のシママより体格は約二倍になり、稲妻に見える身体の模様も鋭さを増している。気性も荒くなっており、カミツレの激しい攻撃的スタイルとは抜群の相性だと言えるだろう。

 

『いきなりエース出してくるか……! 』

 

 正直このタイミングでジムリーダーの切り札と対面出来たのは僥倖だ。ジム戦において一番の壁になるであろうエースポケモンの情報を得られるのは後々のプランを立てる際に大きく影響してくる。

 

 体力的にフタチマルはあと一回攻撃されれば倒れてしまう。それを考慮した上でゼブライカの猛攻を凌ぎ、"げきりゅう"による"みず"技を放つタイミングを図らなければならない。

 はっきり言って凄い難しい。けれど、やるしかないのだ。腹を括り、ゼブライカの出方を窺う。一挙手一投足に神経を集中し、動き出した瞬間に勝利へのルートを構築しなければならない。

 

 

『まずはスピードを上げましょう! "ニトロチャージ"!』

 

『…ッ! "みずのはどう"で迎え撃て!』

 

 カミツレの指示に重ねるように、オレもフタチマルへと迎撃の命を下す。

 炎を纏い高速で突進してくるゼブライカをギリギリまで引き付けたところで、両手の内からフタチマルが放つのは振動を伴う水流波。"げきりゅう"により"ハイドロポンプ"もかくやの威力となったそれは、ゼブライカの炎を消し去るどころか吹き飛ばしてしまう程の破壊力を呈していたのだ。

 

『なんて威力…! とても鍛えられているのね…!』

 

『いやー……リゾートデザートで鍛えた甲斐があったなフタチマル…』

 

 過酷な"リゾートデザート"での特訓を思い出しながら、フタチマルも「うんうん」と頷く。

 ヒウンのジム戦を終えてから、オレもフタチマルもこの先遠距離技の有無が重要になるのは分かっていた。アーティのハハコモリによる"はっぱカッター"の嵐も、もしなにかしらの遠距離技があれば、態々ホタチで捌く必要も無かったはずなのだ。

 これまではフタチマルが生粋のインファイターであったためその意志を尊重して近接技をメインに特訓してきたが、今後待ち構えているジムや強敵の事も見据え、苦手な遠距離技を重点的に鍛えたのだ。結果"みずのはどう"を習得し、水気の少ない砂漠で鍛えたお陰か他の"みず"技にも磨きがかかった。

 

『でも、まだゼブライカは元気よ。もう一度"ニトロチャージ"!』

 

『速い…ッ! 避けるんだフタチマル!』

 

 起き上がったゼブライカは落雷のような声で嘶き、再び炎を纏ってフタチマルを狙う。

 "ニトロチャージ"は繰り出す度に自身の"素早さ"を上昇させる技。先程は"みずのはどう"の発射が先を越したが、"ニトロチャージ"の発動自体はしていた。つまり、現在ゼブライカの"素早さ"は上がってしまっている状態なのだ。

 こうなると"みずのはどう"のチャージが間に合わない可能性が高く、回避せざるを得ない。幸いフタチマルの動体視力なら"素早さ"が上がっていても回避は可能だ。─────それもいつまで続くかは不明だが。

 

『これじゃジリ貧だな……どうする…?』

 

 ペースは完全にカミツレ側に傾いている。"みずのはどう"の命中もダメージこそ与えはしたが大した影響は及ぼさなかった。

 

 "でんき"技でフタチマルを仕留めに来るのではなく態々相性の悪い"ほのお"技を選んてきた辺り、カミツレは恐らく次を見据えているのだろう。

 何を食らってもフタチマルは倒れるのならば、有利な状態を整えて次のポケモンを迎え撃とうという算段だと思われる。仮にフタチマルがずっと凌いだとしても、スタミナが尽きるまで"ニトロチャージ"を繰り出し続ければいずれ磨り潰せる。さらに、時間をかければかけるほど"素早さ"は上がり、次のポケモンへの備えが盤石になってしまうときた。

 

『仕方ないか…! 戻れフタチマル(・・・・・・・)!』

 

『あら、下げちゃうのね。残念』

 

 選んだのは交代、流れを断ち切るにはこれしかない。それに、フタチマルにはまだ役目がある(・・・・・)。切込隊長としての役目を終え、たった今新たにオレが見出した役目が。

「お疲れ様」と声をかけ、ボールを腰のベルトへ戻す。体力的な回復は見込めずとも、スタミナを蓄えておくことは出来るはずだ。その時(・・・)がきたら、もう一度フタチマルには出張って貰わねばならない。

 

『……よし、ルートの修正はオッケー…後は……』

 

 勝利への道筋を描き直し、次のポケモンが入ったボールに手を掛ける。

 ジム戦はまだ始まったばかり。これまで以上に厳しいジム戦だと言うのに、心の昂りは留まることを知らない。この昂りさえあれば、オレはまだやれる。何より─────ジム戦を、バトルを、楽しんでいるのだから。

 

 

 




こんにちは、読んで頂きありがとうございます

UA6000件感謝致します。多くの人に読んでもらえて嬉しい限りです。よければこれからもよろしくお願いします。

語彙力が……文章力が欲しい……







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15話 パートナーはどこまでいってもパートナー

誤字・脱字ありましたら教えてください

今回から少しだけ独自要素が出てきます。苦手な方は申し訳ございません。


 

『予定変更、頼んだココドラ!』

 

 本来ゼブライカにぶつけるはずだったのはガントル。オレの中でそれは変わっていないが、その前にココドラに一働きしてもらわねばならない。内容は─────言わば、嫌がらせ(・・・・)か。

 フタチマルが想像よりも早く体力を削られてしまったので、2体のエモンガへの対処を大幅に変更せざるを得なくなった。その代わりにエースのゼブライカを大きく消耗させる事に成功し、対価としては十分である。

 

『仕込みは十全にいこうか。"ステルスロック"!』

 

 オレの指示を聞き届け、地面から岩を隆起させゼブライカ側のフィールドに設置する。この岩が今すぐにゼブライカを襲うことは無いが、矛先だけは常にゼブライカ─────もとい、相手のポケモンを捉え、期を窺っている。発動のタイミング、即ち交代した瞬間を待ちわびて。

 

 本当ならばカミツレを超える攻めを行い"ボルトチェンジ"を撃たせずに決め切るのが第一の指針であった。昨日の段階では「今のオレ達なら出来なくもない」、そう評価していたが現実は甘くなかった。

 そこで第二の指針として、"ボルトチェンジ"を撃たせる回数に制限を掛けるという指針を掲げた。"ステルスロック"が設置されれば"いわ"タイプが弱点のエモンガは交代を躊躇い、撃ったとしても交代先に負荷をかけることになる。エースのゼブライカも現在ダメージを負い消耗戦では有利にたった今、この策はより一層の効果を期待できるだろう。

 

『いい判断ね、でもそれで怯むほどヤワじゃないわ! "スパーク"!』

 

『ジムリーダー相手に躊躇は期待してないですよ…! "てっぺき"でガードだ!』

 

 炎の次は電光を迸らせ、ゼブライカはココドラと正面衝突する。しかし、ココドラもこれまでジムリーダーのポケモン相手に圧倒的な守備力を証明してきた。衝突の瞬間だけは後退したものの、拮抗してからは微動だにしない要塞の如き堅牢さで"スパーク"を受け切っている。

 ゼブライカのパワーは前回のジムの切り札だったハハコモリのそれと同等、或いはそれ以上だ。言い換えればその程度なのである(・・・・・・・・・)。急所にさえ当たらなければ"てっぺき"で防御を高めたココドラに敗北は無い。

 

『…硬いっ! ゼブライカ一旦引いて!』

 

『よしバッチリ……あれ?』

 

 完璧に受け切ったと思いきや、ココドラの顔色が悪い。プルプルと痙攣し、普段余り動かないせいで分かりにくいが動きが鈍くなっている。

 

『"まひ"か…"スパーク"一回でなっちゃうのはツイてないなココドラ?』

 

 軽口を叩きつつココドラが続投できそうか観察を行う。

 体力的には問題無し、"まひ"も元から"素早さ"の遅いココドラからしてみれば、動けなくなる危険性は孕めど影響は薄い。ゼブライカを相手取るだけ(・・)ならこのまま闘ってもらいたいが─────

 

『うーん、その先まで考えるとね……交代しようか』

 

 ゼブライカが"ボルトチェンジ"を撃ってくる危険性、行動不能時の隙を利用される可能性、仮にゼブライカを倒したとしてその後のエモンガへの対応。全てを考慮し、突っ張り続けるのは下策であると結論付けた。

 "まひ"になったのは予定外だが、"ステルスロック"を設置してくれれば仕事としては十分だ。嫌がらせ(・・・・)としては百点をあげられる。

 

『それじゃ本命の……! いくよガントル!』

 

 大事をとったココドラに代わって、待ち侘びたと言わんばかりの唸り声をあげフィールドに出現したガントル。彼女が漂わすはかつてないほどの威圧感と闘気。ライモンジム攻略の根幹を担うという大役を承り、正に鬼岩と言うべき剛さでゼブライカと相対する。

 

『ヒウンから世話になりっぱなしだけど、ライモンでも頼むよ』

 

 ズシンと大地を踏み鳴らしガントルは応える。

 責任感が強い彼女にとって、大一番を任せるという行為は不退転の決意を新たにさせるブーストになる。負けられないのなら退かず、勝って欲しいと願われれば邁進する。大黒柱と言ってもいい芯の強さが彼女にはあるのだ。

 

『まずは"すなあらし"! "リゾートデザート"の勢いに負けず劣らずのね!』

 

『構えてゼブライカ! 仕掛けてくる!』

 

 オレンジ色の結晶が光り輝いた次の瞬間、エネルギーをドーム状に展開しガントルを中心として砂塵吹き荒ぶフィールドを作り出した。

 もちろんこの"すなあらし"は永続的には続かない。いずれ風は止み元に戻る。が、時間的には事足りるとオレは判断したのだ。

 言い換えればこれは宣言である。この"すなあらし"が止む前に、ゼブライカを倒し後のポケモンを引きずり出すとオレは布告したのだ。

 

『"いわなだれ"!』

 

 "がんせきふうじ"より更に大きな岩を上空より降り注がせ、ゼブライカの周囲を囲む。"素早さ"が高まっているのならそれを発揮させないような場面展開を行うまでの事。サンヨウジムでココドラが行ったのと同じく、相手に自由を与えないような戦い方はスピードが遅い"いわ"タイプのパートナー達の十八番である。

 

『それくらい砕いてしまいなさい! "スパーク"!』

 

 限界がすぐそばまで来ているのだとしても、カミツレが攻め気を緩めることは無かった。より強くその姿は煌めき、臨界を迎える時まで絶頂を越え続ける。

 離れていても、視界が悪くても、体力が底を尽きそうでも。ゼブライカの電光は確かに輝き─────囲んだ岩の1つを、粉々に砕いてガントルへ猛進していく。

 慢心していたつもりは無いが、ゼブライカの底力は想定を超えてきていた。エースとしての矜恃、と言うのだろうか。"タダでは倒れてやらない"という気迫がビリビリと伝わってくる。

 

『まだこんな力が…! "ロックブラスト"で牽制! 頃合いを見て備えて!』

 

『"でんこうせっか"! そのくらい避けてみせなさい!』

 

 "すなあらし"での視界悪化もあると言うのに、ゼブライカは発射された"ロックブラスト"を尽く躱していく。その速度はまるで稲妻、駆ける電雷そのものだ。

 4発放ったところでガントルも身構え、ゼブライカの"スパーク"を受け止めに掛かる。"ロックブラスト"で仕留めきれなかったのは悔しいが予測通り。それ故に、受け止めたその先を考えなければならない。

 

 ズドンと両雄がぶつかり合い、突風を伴う衝撃がフィールド全体に響き渡る。押し切ろうとするゼブライカ、一歩たりとも退かないガントル。互いの力は拮抗し、ギャリギャリと耳を劈く音が鳴り響く。

 

 どちらも譲らない状況、先に打開策を閃いた方が勝つ。それは明白であり、だからこそオレは─────

 

『受け止めたのならオッケーだよガントル…! 威力は最大、"おんがえし"だ!』

 

 "天才"と呼ばれているからには、譲れないのだ。偽りの名声だとしても。

 

 有利なフィールドを作り出すというのは相手を自由にさせないだけではない。自分のやりたいことを出来るようにする意味もある。

 普段なら素のガントルがゼブライカの"素早さ"に追いつくのは不可能。が、ここまで距離が近ければ関係ない。"素早さ"という概念は意味を失い、純粋な力比べが全てを決めるのだ。

 

 故に、ガントルは全身全霊の力を込めてゼブライカへの攻撃を敢行する。培ってきた"キズナ"、その全てを証明するために。

 だがゼブライカ側も黙ってやられはしない。最光度の"スパーク"を閃かせ"おんがえし"を迎え撃つ。

 

『押し切れぇッ!!』

 

 無意識にオレも叫んでいた。パートナーの勝利、それだけを信じて。

 

 刹那、互いのエネルギーが反応し二匹を包み込む爆発が起こった。

 "光"と"耀"、最高潮の果てに立っていたのは─────

 

『……ッ!』

 

『……』

 

 当然、オレのパートナーだ(・・・・・・・・)

 大黒柱ガントルは激戦を制し、ジムリーダーのエース、ゼブライカを下し立っていたのだ。

 

『よし! 流石だよガントル!』

 

『お疲れ様ゼブライカ、休んでてね』

 

 カミツレがゼブライカをボールにしまい終えると同時に、フィールドを覆っていた"すなあらし"は消え去った。─────宣言失敗になる。

 

『はは、なんか恥ずかしいな。あれだけ自信満々にキメておいて……』

 

 と、一人で勝手に照れているとガントルが二回地面を踏み鳴らした。「まだ終わってない」、そう言いたいのだろう。

 カミツレは既にエモンガを場に出している。エースが倒れたとしても余裕ありげな振る舞いは崩さず、オレの準備を待っている。

 

『分かってるよガントル。あと二匹…頑張って打破しよう…!』

 

 オレにポケモン変更の意思はない。行けるところまでガントルで突き進む。

 三度頬を叩き浮かれ気分と達成感をリセットする。その感情を得るにはまだ早い。

 

『タイプは有利…! "いわなだれ"!』

 

『全部躱して!』

 

 空より落ち来たる岩石をヒョイヒョイと避け、エモンガは徐々にガントルとの距離を詰めてくる。

 落下ポイントを工夫しつつ当てる努力はしていても独特の軌道のせいで命中する気配がせず、ある意味翼を持つポケモンよりやりずらさを感じていた。

 

『なら速度重視で! "ロックブラスト"!』

 

『"ボルトチェンジ"!』

 

 "数打ちゃ当たる"が通じないのであれば、狙い済ました一撃でエモンガを撃ち抜くまでと、全部で3発の岩石弾を発射する。

 カミツレも"いわなだれ"とは段違いのスピードで迫る岩を見て、連続で避けるのは不可能と判断したのか"ボルトチェンジ"で破壊するプランを取ってきた。

 3発とも弾道が被らないように撃ったつもりだったが、それが仇となった。エモンガは1つ目の岩を破壊した後2つ目を避け、3つ目をまた破壊することで対応仕切ってみせたのだ。

 

『もう一度"ボルトチェンジ"!』

 

『くっ…! 引き付けてガントル!』

 

 距離的に直撃は免れないと判断し、なるべく射程距離に入れて切り返す方向でオレは指示を出した。

 岩を砕いてみせた電撃、当たれば大ダメージなのは分かりきっていた。しかしガントルの機動力では回避は不可能、ならばどうするのか。

 答えはシンプル、被害を最小限に抑えるだけのこと。

 

『今だ! "すなあらし"再展開!』

 

 "ボルトチェンジ"が到着する寸前、もう一度ガントルはオレンジ色の結晶を輝かせ"すなあらし"を発動する。届くはずだった"ボルトチェンジ"に突風と無数の砂粒を当て威力を殺し、"いわ"タイプであるガントルは心許ない"特防"を上昇させることが出来る。

 恩恵を最大限に受け自らの身を守り、空気の流れを乱すことで滑空が主な移動手段のエモンガは思うように動けなくなる。全て策の内─────とはいかないが、ぼんやり狙っていたことが上手くいった。

 

 それでも"ボルトチェンジ"はガントルに命中し、ある程度(・・・・)のダメージは負ってしまった。さらに追加効果で対峙していたエモンガはもう1匹のエモンガへと交代していく。今相手にしていたのはフタチマルの時の個体と同じ、仮称エモンガAだ。疲れ具合と"光"のカタチである程度は判別出来る。

 

『キミは逃がさないよ。"いわなだれ"!』

 

『エモンガ"ボルトチェンジ"!』

 

 何度も交代はさせまいと、先程よりも大量の岩石を降り注がせ一気にエモンガを倒しに掛かる。"すなあらし"の影響で上手いこと滑空が出来ないのはまたとない好機、逃せばしばらくエモンガ達に手玉に取られるのは目に見えている。

 エモンガも滑空が出来ない中地上のみの動きで岩石をなんとか避け、"ボルトチェンジ"の発動を試みるも絶え間ない岩石空襲がそれを許さない。

 

『まずは一匹…! "ロックブラスト"、放て!』

 

 完全に退路を断ち、風前の灯火となったエモンガ目掛け岩石の息吹が襲う。最大値である5発の弾丸は岩の檻の隙間を縫い、今度こそエモンガの胴体を捉えたのだった。

 

『……あれ?』

 

 喜びに包まれたのも束の間、猛烈な違和感が駆け巡る。

 エモンガに命中したはずなのに、手応えが皆無(・・)なのだ。もっと言えば当たった音すらせず、言うなれば─────すり抜けたような感じである。

 

 三秒、その間にエモンガのデータと謎の違和感を照らし合わせ状況の解明を行い、原因は割れた。同時にガントルに最高度の警戒をするよう指示を飛ばす。

 

『まだ終わってない! 多分"かげぶんしん(・・・・・・)"で避けられた! …ゴメン!』

 

 が、気付いた時には少し遅かった。

 "すなあらし"で視認性が悪いことを利用され、こちらが勝ちを確信した油断を突かれ、エモンガはガントルの眼前にまで迫っていたのだ。

 

『ッ!! 構えてガントル! この距離は…!』

 

『もう遅いわ! "ボルトチェンジ"!』

 

 防御の構えをとる暇すら与えられず、チャージを済ませていたエモンガからこのバトル何度目かの"ボルトチェンジ"が放たれる。

 いくら"すなあらし"の恩恵を受けているとはいえ、真正面から喰らえばタダでは済まない。

 

 頭をフル回転させ脱却の一手を構築するが、どれもこれも途中で折れていく。欠点、矛盾、確率、全てが完璧な一手が、この場に限っては存在しなかった。

 

 それで諦められるほど、オレもヘタレてはいないのだが。

 

いけるか(・・・・)……!?』

 

 苦虫を噛み潰したような顔で問うたオレに、ガントルは電撃の中確かに頷いた。苦肉の策だがやるしかない。ガントルの体力がまだ残っているうちに。

 完璧な一手がないのなら、打開する時間すら得られないのなら、今ある手札で勝負を仕掛ける他ないのだ。

 

『…よし、ならやるぞ…!』

 

 スッと手の平をガントルに翳し、目を閉じる。

 

 多分、相打ちが限界だ(・・・・・・・)

 

 ゼブライカとの戦闘で負ったキズも然ることながら、威力減衰したエモンガの"ボルトチェンジ"もダメージ量だけならほぼ同程度(・・・・・)であるとオレは見ている。

 あの時オレは"ある程度"とタカをくくっていたが、その予測は外れていたのだ。威力こそ落ちていたが、あの攻撃は奇跡的に─────こちらからしたら不運だが─────"急所(・・)"に当たってしまっていたのだと思われる。

 気付けなかったのはオレの落ち度、弁明の余地もない。

 それでも、それでも一つ言い訳をさせて貰えるのなら、ガントルが全く態度や行動に表出しなかった(・・・・・・・・・・・・・・・)のもある。

 "急所"に当たっても動じずにいたのは凄まじい胆力であり、オレはそれを誇りに思う。思いっきり自分を棚に上げて評しているが。

 

 と、回想に耽っている内に時は来たようだ。

 

『……"ロックブラスト"、 全部出し切れェ!』

 

 命と共に開眼し、ガントルに最後(・・)の指示を出す。

 もう耐えることを一切考えず、残っている体力を全て攻撃のために燃やし尽くす。

 共鳴するようにオレとガントルは吼え、"ボルトチェンジ"の最中のエモンガにありったけの岩石弾を撃ち込んだ。至近距離故に回避は出来ず、5発の"ロックブラスト"はエモンガを捉え地に落としたのだった。

 

 程なくして、静かに崩れ落ちる音がフィールドに響いた。

 完全燃焼し力尽きたオレ達の大黒柱は、確かに役目を果たしてバトンを繋いだのだ。戦果としてもジムリーダーのエースを倒し、さらにもう一匹相打ちにまで持ち込んだと、十分過ぎる勲功を挙げてくれた。

 伝えきれない感謝は後に回し、「お疲れ様」と一言労いボールに戻す。心做しかボールにズッシリとした重みを感じたのは、気のせいではないのだろう。

 

『さ、フィナーレは近いよ! 楽しんでこいイーブイ!』

 

『ふふ、意外と詩的なこと言うのね。アララギ博士の息子さんだからかしら? …エモンガ!』

 

 義父とポエミーさの関連性はともかく、カミツレもオレがアララギ博士の息子であることを知っていてのかと少し驚いた。アーティがアロエからオレのことを聞いていたように、ジムリーダー間での連絡網でもあるのだろうか。

 

『……あの人ロマンチストと言えばロマンチストだからかな………"リュウラセンの塔"とかよく行ってたっぽいし……』

 

 於いておいた義父についてぶつぶつと呟きながらも、目線はしっかりと場面を見据えている。フタチマルと対峙していたエモンガが相手なら事前に情報がある分手の内が多少分かる。イーブイなら持ち前の"素早さ"で対応も容易だろう。

 

 そして肝心のイーブイだが─────

 

『……?』

 

 やはり変だ。なんと言うか、イーブイらしくない(・・・・・)

 いつも─────もとい、これまでのイーブイなら強敵相手にギラついていたものだが、今のイーブイはどうだろう。そんな素振りは微塵も無く、冷静沈着にエモンガを見詰めているのだ。冬の冷気に充てられたのだろうか。

 しかし"光"が変わった訳でも無く、闘志だけは揺るがずに滾っている。そこが同じならばとりあえずジム戦はこなせるか。

 

『……いくよイーブイ、"でんこうせっか"!』

 

 今さら迷っていても仕方がない。目の前の高壁を乗り越えるべく、イーブイを指揮するのみだ。

 指示を言い終えてコンマ数秒、涼やかにイーブイは疾駆する。

 

『"アクロバット"!』

 

 エモンガも負けず劣らずの身軽さを発揮し、"でんこうせっか"をひらりひらりと躱してみせる。

 スピードのレベルはほぼ同等。だが立体的な機動力の差でエモンガが優勢にも見える。イーブイもエモンガからの攻撃は難なく対応出来るが、肝心の攻撃が当たっていない。一進一退どころか互いにスタミナを消費しているだけの消耗戦となってしまい、進展が全くないのだ。

 

『"ひこう"タイプ相手じゃ自慢のスピードも活かしきれないか……なら…!』

 

『来る! エモンガ距離をとって!』

 

 "でんこうせっか"での猛攻から新たな行動に転じようとしたのを察知し、エモンガが空を舞いイーブイから遠ざかる。

 

 距離を取られるのは織り込み済み。逆にチャージの時間を貰えたと思えば悪くない。

 

『燃えろ! "めざめるパワー"! 』

 

 もはや得意技のひとつと言っていいほど練度が上がった"めざめるパワー"をエモンガへと放つ。

 回避を試みるエモンガだが、近距離戦から中距離戦へと突然シフトした影響か体勢が整わず直撃を許してしまう。

 

「よし」と声に出し、次の手を伝えようと口を開きかけ、気づいた。

 秘められた可能性をそのまま威力へと変換したそれ(・・)は、予想外(・・・)の結果をオレに知らせていたのだということに。

 

『んん?』

 

 自分のパートナーに対して失礼かもしれないが、イーブイの"めざめるパワー"の威力は然程高くない。弱点を上手く突いているからダメージを期待できるのであって、突けなければそこそこの威力で済んでしまう。

 何が言いたいのかと言うと、目の前のエモンガが有り得ないほどダメージを負っている(・・・・・・・・・・)のだ。抜群でもなんでもない、"ほのお"タイプの"めざめるパワー"で。

 

『どういう……いや、考えるのは後! 今のうちに"すなかけ"!』

 

 頭にハテナマークが浮かびっぱなしでも、理由が不明でも、今優先すべきは目の前の試合だ。困惑している自分を封じ込め、作戦を続行する。

 "めざめるパワー"を受け隙が出来たところに目潰しの"すなかけ"で視界を奪う。ダメージによる疲労も合わさり、準備は整った。

 

『バッチリだよイーブイ! "バトンタッチ"だ!』

 

 "すなかけ"を終えた直後、すかさずイーブイはボールへと帰還する。

 イーブイが戻ったのを確認し、流れるようにオレはモンスターボールを放った。

 

役目(・・)が来たぞフタチマル! "アクアジェット"!』

 

 ボールから飛び出し、その勢いでエモンガへと攻撃を仕掛けていくのは、先発で切込隊長を務めたフタチマルだ。

 

 オレが見出したフタチマルの役目、それは"フィニッシャー"である。全員でエモンガを削り、最後の最後で"げきりゅう"状態のパワーで押し込む。これがオレが想定していたライモンジム攻略のルートだ。いくつか想定外こそあったが、結果その通りに策は遂行された。

 

 "バトンタッチ"で流れを受け継いだフタチマルが止まることは無く、荒れ狂う水の奔流となってエモンガを穿いた。

 謎に高かった"めざめるパワー"のダメージ、そして超威力となった"アクアジェット"のダメージ、この2つがもらたしたもの、それはエモンガの体力を喰らい尽くしたという結果であった。

 

 審判がエモンガの戦闘不能を宣言し、長かったジムバトルに幕が降りる。

 

『あ…勝った……のか』

 

 ジム戦に勝ったと言うのに、オレの心には喜びよりも別の感情─────困惑が巣食うばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ポケモンセンターに帰り、ひとまずパートナー達を受付に預け部屋に戻ったはいいが、さて何から考えていけばいいのか。

 昨日ライモンジム対策用に使ったノートとペンを用意し、ついでに温かいコーヒーを入れ1人っきりの考察会が開かれた。

 

『そもそも"めざめるパワー"なのかなあれは……? うぅん、威力的には"めざめるパワー"だよな……だとしたらあのダメージは……?』

 

 イーブイが使えるのは"ほのお"タイプの"めざめるパワー"、それは確かだ。オレもそれをあてにしてヒウンジムに挑んだ訳であり、誤解しているということはないだろう。

 

『急所では無い……かな。線としては固いけど当たってないのを眼で見てるしなぁ……』

 

 エモンガの急所は頬の電気袋、そこには当たっていなかったのをオレ自身しかと見ていた。当たったのは普通に胴体、特別強くも弱くもない箇所である。

 偶々そこが弱い個体だった、ということもあるかもしれないが、それなら事前の情報収集の段階で知っていたはずである。ジムリーダーの手持ちの弱点ともなれば広まるのも早いだろうし、可能性は低い。

 

『威力のブレ……にしては差があり過ぎる。ジム内の環境的にも異常は無かったし……』

 

 どれもこれもが答えにはならず、時間だけが過ぎていく。

 一応"転生者"の特典や能力という面からも考えたが、転生に関してはイーブイは全くの無関係であり、仮にオレが影響を与えているにしても出会って長いイーブイに対して気付くタイミングはあったはずである。知人から引き取った際にも「言うこと聞かない」以外には何も変なところは無かった。

 

『そうするとやっぱり……性格の変化と関係あるんだろうなぁ』

 

 まだ口を付けてなかったコーヒーを啜り、カップを置く。

 昨日から落ち着いた雰囲気を漂わせているイーブイ、性格こそ変化しているが"光"が不変の為「冬の冷気に充てられた」くらいにしか考えていなかったが、同時期に変な事が重なれば関連性を疑わずにはいられない。

 ただ、性格の変化で技の威力が上がるという話は聞いたことが無い。好調不調こそあれど目に見えて差異が出るほど、それこそ通常と抜群の差が出てくるなんて─────

 

『……抜群(・・)? 』

 

 その仮説は、天啓のように舞い降りてきた。

 もしかすると─────オレは、前提から間違えていたのかもしれない。けれど、そんな事(・・・・)が有り得るのだろうか。

 確かに筋は通る。この考えが正しいのであればエモンガへのダメージもイーブイの性格の変化も説明は出来る。─────これまでの常識を投げ捨てるのであれば。

 

『直接確かめた方が早そうだな……』

 

 ぐびりとコーヒーを一気に飲み干し、そろそろ回復が終わったであろうパートナー達を迎えに受付へと向かう。答えは、そこで分かるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジム戦を終えた時にはまだオレンジ色に輝いていた太陽も既に没し、辺りには夜闇が蔓延していた。

 ライモンシティを出て、"16番道路"の外れにある鬱蒼と繁る大きな森─────通称、"迷いの森"にオレとイーブイは足を運んでいた。大して広くもないのに"迷いの森"と呼ばれているのは疑問だが、きっとそれなりの理由があるのだろう。尤も、今の目的は森ではなく連れているパートナーにあるのだが。

 

『…大丈夫? 昨日から少し変だけど』

 

 ストンと草むらに腰を下ろし、同じ目線でオレはイーブイに問う。

 こくりとイーブイは頷き、何事も無いことをオレに伝えてくる。一点の曇りもない、透き通った眼でオレを見つめ返してくるのだから本当にイーブイからしたら何も無いのだろう。

 

『そっか、なら良かった。……じゃ、オレの話を少し聞いてくれる?』

 

 一つ咳払いをして、オレは語り始めた。

 イーブイを回復に預けている間にオレが何を考えたのか、ジム戦の時に何を感じたのか、そしてどういう結論に至ったのかを丁寧に伝えていく。

 

 先に答えだけ言うと、恐らくイーブイは"めざめるパワー"のタイプの切り替え(・・・・・・・・)が出来るのだと思われる。

 

 ヒウンジムでは"ほのお"タイプの"めざめるパワー"、ライモンジムでは"こおり"タイプの"めざめるパワー"を使っていたのだとオレは考えている。─────自分で語っておいて、中々にぶっ飛んだ説だとは思うが。

 性格の変化もタイプの切り替えに伴う、いわゆる副作用(・・・)的なものだろう。"ほのお"タイプなら熱血に、"こおり"タイプならクールに、と言った感じで"めざめるパワー"のタイプに引っ張られていると推測出来る。

 

 しかし、この飛躍しすぎた論理には穴もある。それは"原因"が全く分からないということ。簡単に言うと中身がスカスカなのだ。

 そもそも"めざめるパワー"のタイプを切り替えられるイーブイなんて歴史上確認されておらず、如何にポケモンが不思議な生き物だとしてもそんな事が可能なのだろうかと思えてしまう。それこそ─────神話のポケモンでもない限りは。

 

『……ともかく、オレはこんな風に思ったんだけどどう思う?』

 

 こう聞かれてもイーブイからしてみたら「そうですか」としか思えないだろうし、事実キョトンとオレを見つめるだけでよく分かっていない様だ。

 くしゃくしゃと頭を撫で、「そうだよな」と穏やかに笑う。

 このイーブイが少し特殊な個体だとしても、オレの大切なパートナーであることに変わりはない。逆にこれまで知らなかった姿を知れたというのだ。トレーナー冥利に尽きると言う他ない。

 

『なんかゴメン、急にこんな場所に連れ出して』

 

 ふるふると首を横に振り、イーブイは「気にしてない」と伝えてくる。やはり何も変わっていない、オレのパートナーだ。

 

『明日はここ探索するかなぁ……"迷いの森"ってのも気になるし』

 

 立ち上がり、大きく伸びをしてから来た道を戻る。

 イーブイへの困惑も消え、今のオレが感じるのは新たに手に入れた"ボルトバッジ"の重さ、それだけだった。

 

 

 

 




こんにちは、お読み頂きありがとうございます。

はい、少しだけ独自要素としてイーブイが複数タイプの"めざめるパワー"を使えます。話の構想的にも重要なポイントになる予定ですので、ご理解いただけると幸いです。

最後になりますが、UA7000件ありがとうございます。徐々に投稿が遅れておりますが、見守ってくれると嬉しいです。


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