特急ロンパ―冤罪の殺人鬼とコロシアイ特急列車― (ノドクル)
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PROLOGUE【絶望列車出発進行!】
皐月翼という少年


「今、容疑者が警察車両に乗せられます!」

 

 その日、日本中はその報道に釘付けとなった。

 

 一人の犯罪者が逮捕され、警察に連行されていく……そんなよくある、しかし別世界の出来事だと思わせる光景。

 

「かつて世界を震撼させた【人類史上最大最悪の絶望的事件】。それを思い起こさせるような学生による大量殺人がまた起きてしまいました」

 

 だけれど、【学生による大量殺人】……そのキーワードは今や一般常識として語り継がれる【絶望】を想起させるには充分過ぎた。

 

 人々は恐怖した……かつての惨劇を知る者、それを体験したわけではない者達も。

 

 

 だからその【殺人鬼】の名前を明らかにする事を誰も躊躇わなかった。

 

 それが誰かもわからない恐怖に比べれば、殺人鬼のプライバシーなど考慮するにも値しない。

 

「今詳細が明らかになりました。今回逮捕されたのは――」

 

 そしてそれが真実かどうかも、誰一人考えはしなかった。

 

 

※※

 

 

 人生ってやつは、なかなかどうして不思議なものだと思う。

 

 少なくとも俺、皐月 翼【サツキ ツバサ】にとってみれば今のこの状況は信じがたい物で。

 

 一年にも満たないたったそれだけの間に、俺を取り巻く環境は劇的に……

 

「おい、着いたぞ!さっさと降りろ!」

 

 そんな風にあれこれと考えてると、車のドアが乱暴に開けられて引きずられるように外に出される。

 

 息苦しくて、思わず呻き声を漏らすと……それが気に入らなかったのか、背中に蹴りを入れられて俺は地面に倒れ込んだ。

 

「おいよせよ」

 

「だけどな!なんでこんな屑を……」

 

「仕方ないだろ……上からの命令だ」

 

「くそっ!」

 

 転がったままの俺を助け起こすなんて素振りもなく、一緒に乗ってきた人達は話している。

 

 俺も今さら助けなんて期待してないから、自分で立つ……その時見えた手首にある銀色を視界に入れたくなくて、目の前にある建物を見上げた。

 

 

「希望ヶ峰、学園」

 

 

 目の前に佇む巨大な、本当に学園なのか疑わしい建物。

 

 【私立希望ヶ峰学園】

 

 世界中から選りすぐりの高校生達を集めた学園だ。

 

 集めるって言うのはその名の通りスカウトするって事。

 

 要するにこの学園、スカウトされないと入学すら出来ない。

 

 スカウト基準は【超高校級】の才能がある現役高校生。

 

 まあ才能がなくても特別選考の【超高校級の幸運】で選ばれる可能性もあるんだけど。

 

 俺がここに来た理由……それは今日から俺もここの一員になるから、だ。

 

「……」

 

 ちなみに俺は何か特別な才能があるわけじゃない。

 

 昔は人より少し友達が多かった……ただそれだけ。

 

 かと言って【超高校級の幸運】ってわけでもない……というかもしそうだったら皮肉過ぎてこっちから辞退したいくらいだ。

 

「……はあ」

 

 俺がスカウトされた理由……それは。

 

 

【皐月翼様。

あなたを希望ヶ峰学園第100期生・超高校級の殺人鬼としてスカウトします】

 

 

 そんな、嬉しくもなければ慣れきって悲しくもならない勘違い。

 

 そんな俺の心境を嘲笑うかのように、手首にある銀色……手錠がキラリと光った。

 

 

 一応言っておくと、俺は産まれてからこのかた誰一人殺した事なんてない。

 

 ただ、あの日……友達が悪い噂の絶えない不良グループにさらわれて。

 

 俺はそれを助けるために急いで不良グループのアジトになっていた廃倉庫に乗り込んで。

 

 そうしたら、中で友達も不良グループも全員死んでいた。

 

 自分でも荒唐無稽過ぎて何言ってんだとは思うし、信じられない気持ちもわかる。

 

 だけどそれが現実なんだからしょうがない。

 

 だけど、いくら訴えてもなぜだか俺が犯人にされて警察に捕まって……あっという間に俺は三十人を殺した凶悪犯。

 

 そしてついこの間、死刑が確定して。

 

 後はいつ執行されるかもわからない死刑に怯える殺人鬼……それが今の俺の立場だった。

 

 もちろん俺だって素直にそれを受け入れたわけじゃない。

 

 きっと届くと信じて冤罪を訴えた、違うんだって叫び続けた。

 

 だけど俺のその心の底からの叫びを……誰一人信じてくれなかった。

 

 やる気のない弁護士には面と向かって無駄だから諦めろって言われて。

 

 少し前まで一緒に笑っていた友達だったはずの皆には、死んだあいつを返せって罵倒されて。

 

 俺を育ててきてくれた親には……産むんじゃなかったって、言われた。

 

 俺は人殺しじゃないのに。

 

 冤罪だったのに。

 

 どうして誰も信じてくれないんだって思えたのは、最初の頃だけ。

 

 もう怒りも悲しみもない……何もかもどうでもよくなった所で、俺は希望ヶ峰学園にスカウトされたんだ。

 

 皮肉にもこうして殺人鬼としてスカウトされた事で、その間は死刑執行をされずに済んだって事。

 

 ちょっとしたロスタイム……最もそれを喜べるような環境に俺はいなかったけどな。

 

「ほら、さっさと行くぞ。抵抗したら射殺していいらしいから変な動きはするなよ」

 

 警官の言葉を聞き流しながら、俺は最近考えていた事を思い浮かべる。

 

 どの道、このままならどこに行ったって俺を信用してくれる人なんていない。

 

 だけど、個性的な面子が多いらしい希望ヶ峰学園なら……もしかしたら。

 

 ――俺を、信じてくれる人がいるんじゃないか?

 

 だから俺はここに来た。

 

 誰でもいい、俺を信用してくれる人を、俺が死刑を執行された時に少しだけでいいからそれを悲しんでくれるような人を探しに。

 

 せめて……最期にそれぐらいの希望を抱くぐらい、許されるだろ?

 

「……」

 

 警官に連れられて、校門に向かう。

 

 朝早いから校門周りに誰もいないのだけは助かった……罵倒も石も、もうたくさんだからな。

 

「……」

 

 もう一度希望ヶ峰学園を見上げる。

 

 学校で習った【あの事件】で滅んで、復活した学園。

 

 俺はその時産まれてなかったから知らないけど、その事件……【人類史上最大最悪の絶望的事件】のあった時代はとても絶望的な時代だったって聞く。

 

 だけどそれは過去の話で、今はもうそんな面影はない。

 

 そんな学園ならきっと、俺も……俺だって……

 

 俺は学園に向かって歩を進める。

 

 それは俺にとって希望を探す第一歩。

 

 そして……

 

「あ、れ……なんか景色が……」

 

 絶望へと進む、第一歩だった。

 



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謎多き列車と十六人の乗客

       PROLOGUE

 

    【絶望列車出発進行!】

 

 

「…………」

 

 暗い、何も見えない。

 

 いったい俺はどうしてしまったんだろう?

 

 何か大切な事が抜け落ちたような、そんな喪失感。

 

 駄目だ、このままそれを喪うのは、それだけは――

 

ユサユサ

 

 そんな焦る俺を誰かが揺さぶってる。

 

 その揺さぶりに合わせて、俺の意識はゆっくり覚醒していって――

 

 

※※※※

 

 

「……ん、うっ?」

 

 あ、れ?

 

 

「ここ、どこだ?」

 

 俺は確か希望ヶ峰学園に来てたはずだ、そこで確か……目が回って、どうなったんだ?

 

 それに手に、手錠がかけられてない……目が回る前は確かにあったはずなのに。

 

「よかった、目を覚ましたんだね!」

 

「……やっと起きたわね」

 

「えっ」

 

 知らない場所、外れた手錠……わけのわからない状況に混乱する俺の耳に二つの声が聴こえてくる。

 

 そちらに視線を向けると、二人の女の子がそれぞれ近くと遠くにいた。

 

 どうやら俺を揺さぶってたのは近くにいた方の子みたいだな。

 

 

 上下紺のパンツスタイルにグレーの上着を羽織って、肩にかかった髪を後ろに流すその子はまだ少し心配そうに俺を見つめている。

 

 あれ?この子どこかで見覚えが……

 

「大丈夫?気分悪いとかない?」

 

「あ、ああ、大丈夫。えっと、君は……」

 

「あっ、怪しい者ってわけじゃないんだ。ぼくは下田慧。演劇の世界だとちょっとばかり名を知られてるつもりなんだけど」

 

 

〔下田 慧〕

〔シモダ ケイ〕

 

〔超高校級の演劇部〕

 

 

 下田慧。

 

 確かプロにも匹敵、もしかしたらそれ以上の演技をする〔超高校級の演劇部〕。

 

 中性的な容姿と華奢な身体で女性役も軽々こなしてしまう演劇界の新星。

 

 見覚えがあるはずだ、だって俺は一回だけその舞台を見た事があるんだから。

 

 あの時やってた役も凄くて衝撃を受けたのを思い出す。

 

 そういえば、今さっきまで女の子だと思ってたけど下田慧って……

 

「男だったような……あっ、悪い!変な事言った!」

 

「あはは、いいよいいよ。女の子役もよくやるし周りから時々性別忘れるとか言われるしね」

 

 それは、笑って話すような事なのか?

 

「でも目を覚ましてよかったよ。あのまま目を覚まさなかったらどうしようかと思ってたからね」

 

「心配かけたみたいだな……あっ、俺の名前、は」

 

 名乗り返そうとして、急に喉に物が詰まったみたいに声が出なくなる。

 

 俺も彼みたいに名前を知られてる……だけどそれはいい意味じゃない。

 

 今はこうして心配してくれてる下田慧も俺の名前を聞いたら、きっと手のひらを返したような態度になるんじゃないか?

 

 そんな事ないなんて言えるほど俺は下田慧って人間を知らない。

 

 いや、たとえ知ってても親や友達が全員信じてくれなかったのに、言えるわけないじゃないか。

 

 そんな事が頭に引っ掛かってただ名前を言うそれだけの事が、出来ない。

 

「どうしたの?」

 

「あっ、いや……」

 

 だからってこのまま名前を言わないでいるなんて出来るはずもなくて。

 

 偽名を使う事も考えたけど、それが出来るほど演技に自信もない。

 

「俺の名前は、皐月翼って言うんだ」

 

 だから俺には、正直に名乗るしか選択肢はなかった。

 

「皐月翼……」

 

 心臓が高鳴る。

 

 いったいどんな反応が返ってくるんだ?

 

 そんな俺の頭が痛くなるような時間は……

 

「いい名前だね!言いにくそうだったから、とんでもない名前がくると思ってたよ!」

 

 そんな言葉と笑みで終わりを告げた。

 

「あっ、えっ……」

 

「とにかくよろしくね皐月くん!ああ、ぼくの事は呼び捨てでいいから!」

 

「あ、ああ、よろしく下田」

 

 手を差し出してきた下田と戸惑いながら握手を交わす。

 

 下田は……俺を、知らないのか?

 

「ちなみに、下田ってニュースとか見るか?」

 

「ニュース?稽古に忙しくてあんまり見ないかな?」

 

「そう、か」

 

 下田は超高校級らしく忙しい日々を送っているからこそ、俺を知らなかったって事か……

 

「もういいかしら、それじゃあね」

 

 少し安堵しながら下田と握手していると、もう一人の女の子が出ていこうとする。

 

 向こうは、なんだか興味もないって感じだな。

 

「えっ、ちょっと待って笹山さん!?」

 

「何?私興味がない事に割く時間はないんだけど」

 

「きょ、興味がないって……」

 

 どうやら当たっていたらしい……冷たい目をした彼女に下田も何を言ったらいいのかわからないみたいだ。

 

 よし、ここは俺が……

 

「あの、とりあえず名前くらいは教えてくれてもいいんじゃないか?」

 

「……はあ」

 

 めんどくさいと言わんばかりのため息……それでもこっちに身体を向けてくれたから、自己紹介はしてくれる、のか?

 

「笹山ミチル。ダンサーよ」

 

 

〔笹山 ミチル〕

〔ササヤマ ミチル〕

 

〔超高校級のダンサー〕

 

 

 笹山ミチル。

 

 海外を拠点に活動している〔超高校級のダンサー〕。

 

 その踊りは華麗にして妖艶。

 

 彼女のダンスは見てる者全てを魅了するって、前にテレビでやってたな。

 

 彼女は、どうなんだろう。

 

 下田との自己紹介は見てたみたいだから、俺の名前も聞いてるはずだけど。

 

「……」

 

 何を考えてるか気になってついつい笹山さんを見てしまう。

 

 それにしても、スタイルいいな……へそ出しファッションのせいか余計際立ってる気がする。

 

「……ちょっと」

 

「さ、皐月くん?」

 

 深めに被ったキャップから覗く顔もちょっと冷たい感じはあるけど、美人だし……

 

「…………」

 

「……………………ちょっと」

 

「皐月くん、ちょっとジロジロ見すぎだって!」

 

「はっ!?」

 

 しまった、初対面の女の子をジロジロと見るなんて変態じゃないか!?

 

 失敗した……ただでさえ俺は爆弾を抱えてるっていうのに。

 

「あ、あのごめ」

 

 だけど慌てて謝ろうとした俺を遮るように、笹山さんは俺に近寄ってくる。

 

 ど、どうしたんだ?

 

「……いいわ」

 

「笹山、さん?」

 

「探索なんて興味がないから残ったけれど、正解だった。こんなにも熱烈な視線を浴びるなんて、久しぶり……」

 

「ああ、身体が火照ってきたわ……!」

 

 な、何だこの展開。

 

 そういえばネットで、笹山ミチルはとんでもない享楽主義者だって聞いたような。

 

 確か視線に異常なまでに興奮と快楽を覚えて、それを追求するためにダンサーになったとか、なんとか……

 

「噂、本当だったみたいだね」

 

 そう耳打ちしてくる下田に俺は頷くしかなかった。

 

 

「……あなた、確か皐月と言ったわね。毎日一時間あの視線を私に浴びせるなら付き人にしてあげてもいいわ」

 

「え、遠慮しておく……」

 

「そう……興味がある内はあなたの事は覚えておいてあげるわ」

 

 どうやら俺は笹山さんのお眼鏡にかなったらしい……まあ嫌われるよりはいいよな、うん。

 

「よかったね、皐月くん」

 

「ところであなたは誰だったかしら」

 

「あっ、下田と笹山さんはまだ自己紹介してなかったのか」

 

「……」

 

 なんだ、下田がすごく肩を落としてるぞ?

 

「さっき、自己紹介したんだけどなぁ……」

 

「そうだったかしら」

 

 下田……ドンマイ。

 

 

「あ、あはは……ところで二人に聞きたい事があるんだけど」

 

「なにかな?」

 

「何?」

 

「ここどこなんだ?希望ヶ峰学園の中って感じは……しないんだけど」

 

「さあ?興味がないから知らないわね」

 

 どうも笹山さんは、興味がない事にはとことん無関心みたいだ。

 

 さっき探索がめんどくさいみたいな事も言ってたしな……

 

「それなんだけど、ぼく達も皐月くんと同じように気がついたらここにいたんだよね」

 

「そうなのか?」

 

「うん。だからぼくと笹山さんが皐月くんの目が覚めるのを待つ事にして他の十三人が探索に行ってるよ……ちなみにその人達も〔超高校級〕みたい」

 

 十三人もいるのか……俺達三人合わせて十六人。

 

 それだけの人数が、どこかもわからない場所にいるっていうのか?

 

 しかもスカウトされた俺も含めれば全員が〔超高校級〕だなんて。

 

「そろそろ戻ってくるかもしれないわね。私興味がないから代わりに聞いておいて」

 

 笹山さんはソファーに座ると目を閉じてしまった……本当に自由だな彼女。

 

 そこで初めて俺は落ち着いて周りの様子を見る……まるで前にテレビで見た豪華列車のサロンって感じだ。

 

「列車のサロンみたいだなって思った?」

 

「もしかして下田も?」

 

「うん、だからぼく達が今いるのは列車なんじゃないかって話も皐月くんが起きる前にしてたんだよ」

 

 列車の中?

 

 なんで俺、学園じゃなくてそんな所にいるんだ?

 

「おっ、どうやら目が覚めた感じ?」

 

「あっ、おかえりみんな」

 

 俺が困惑していると扉がガラッと開き、人がたくさん入ってくる。

 

 男子が五人、女子が八人か。

 

「おや、笹山さんは?」

 

「寝てるにゃあ……」

 

「全くしかたないなぁ、氷の女王は……」

 

 眠ってる笹山さんに呆れたような空気が漂う。

 

 俺が目を覚ます前にも、自由人っぷりを発揮してたなこれ。

 

「みんな、彼は皐月翼くん。探索結果の前にぼくと笹山さんは済ませたからみんなも自己紹介をしてあげてくれないかな?」

 

「またすんのかよ……めんどくせえ」

 

「でもその方がいい……現在の人物把握も大事」

 

 どうやら皆も自己紹介してくれる事になったみたいだ……下田って結構引っ張るのが上手いタイプなのか?

 

 そんな事を考えながら笑顔の下田に背中を押されて、俺は集団の方に歩いていった。

 

 名前を下田に言われたからか、さっきみたいな感覚はない。

 

 それにもしかしたら……ここにいるのが全員〔超高校級〕なら下田や笹山さんみたいに、俺を知らないかもしれない。

 

 そんな願望にも似た考えが、俺の中にはあった。

 

 

「ちょっとこっちこっちー」

 

 誰から話そうかと考えてると呼ばれたのでそっちに向かう。

 

 呼んでいたのは最初に入ってきて俺が目を覚ましたのを確認していた人だった。

 

 肩にかけた大きなケース、パンク系のファッション、長い黒髪のツインテールが特徴的なその人は上から下まで俺を見るとニッと人懐っこい笑みを見せる。

 

「体調は悪くないみたいで良かった良かった」

 

「えっと、心配してくれてありがとう」

 

 冤罪かけられてから、こんな風に心配してくれた人いなかったからなぁ……さっきの下田といい正直感無量だ。

 

 

「ハハッ、そんなにお礼言われたら気恥ずかしいっしょ……っと自己紹介だったね」

 

「あたしは平野夢!フリーのベーシストやってんで、よろしくー!」

 

 

〔平野 夢〕

〔ヒラノ ユメ〕

 

〔超高校級のベーシスト〕

 

 

「皐月翼です。よろしく平野さん」

 

「かったいなー、もっと気楽でいいよ翼!」

 

 平野夢。

 

 色んなグループから誘われてはベースを弾いてる〔超高校級のベーシスト〕。

 

 彼女の演奏は一人だけでも凄いけど、グループで一緒にやるのが好きだからって基本的に一人での演奏はしないらしい。

 

 面倒見がいいから慕ってるミュージシャンも多いって聞いたな。

 

「んー、よし決めた!翼、あたしの事は夢って呼んでくれていいから!」

 

「えぇっ!?」

 

 い、いくらなんでも急に距離を縮めすぎじゃないか?

 

「だからさ、そんな辛そうな顔するぐらいなら甘えてきなよ?」

 

 平野さんのその言葉が、戸惑っていた心に突き刺さる。

 

 だって、そんな事言われたのは……本当にいつ以来、だったかも覚えてないぐらいだったから。

 

「まっ、そういう事だから!」

 

「……ありがとう、ございますっ」

 

「だから気恥ずかしいってばー!」

 

 照れ臭そうにツインテールを弄る平野さんに、俺はスカウトを受けてよかったって思える気がした。

 

 

「ほら翼、次はあの子にしなよ!和音ー!」

 

 次は誰と話そうか……そうして周りを見る俺の前に、平野さんが女の子を連れてくる。

 

 黒っぽい服に帽子……これは、車掌の服だ。

 

 ここがもし列車なら何か知っているかもしれない……後は若い二人になんて言って平野さんは行っちゃったし、とりあえず話しかけよう。

 

「あの、車掌さん?」

 

「えっ、あっ、はい!」

 

「聞きたい事もあるけど、とりあえず自己紹介いいかな」

 

「は、はい!」

 

「俺は皐月翼、よろしく」

 

「じ、自分は岩崎和音!車掌、やってますです!」

 

 

〔岩崎 和音〕

〔イワサキ カズネ〕

 

〔超高校級の車掌〕

 

 

 岩崎和音。

 

 確か、現役高校生で新幹線の車掌をしてる〔超高校級の車掌〕だったよな。

 

 彼女が車掌をすると乗客が増えるわ、事故やトラブルは全くないわで鉄道会社からは救世主みたいな扱いらしい。

 

 しかも運転だって出来るとか……まさに超高校級だな。

 

「それで、ここってもしかして……」

 

「列車だと、思います」

 

「思いますって、岩崎さんが車掌じゃないのか?」

 

「ち、違います!何度も言いますが、自分は乗客のみなさまの知らない間に列車に乗せるような事はしません!」

 

「わ、わかった!わかったからちょっと落ち着いてくれ!」

 

「あっ、すみません……でもこんな事になって自分も本当に戸惑ってるんです」

 

 目を伏せる岩崎さんが嘘を言っているようには見えない。

 

 どうやら、岩崎さんも知らない間にこの電車に乗せられたみたいだな。

 

 まあ、そもそもこの疑問は他の人も当然抱いたはずだしな……何度もって言ってたしこうして聞かれたのも一度や二度じゃないんだろう。

 

 だとしたら、少し悪い事しちゃったかもな……

 

 

「うっ、ぐすっ、うううっ……!」

 

 ……泣き声?

 

 まさか岩崎さんを泣かせてしまったのかと彼女の方を見てみたけど、向こうもこの泣き声に戸惑ってるみたいだ。

 

 岩崎さんと別れてその出所を探ってみると、隅で赤いベストを着た小学生ぐらいの子供が泣いているのが見える。

 

 おいおい、こんな小さな子供までここにいるのか……

 

「だ、大丈夫か?ほら、ハンカチあるから涙拭いて……」

 

「うるさぁい!!泣いてなんかいない!!」

 

 大きな怒鳴り声と一緒に手を弾かれる……というか、泣いてないって嘘だろ。

 

 現に今だって、ポロポロ涙溢してるじゃないか。

 

「なんだよその目はぁ!この安田順様が泣くわけないだろぉ!!」

 

 

〔安田 順〕

〔ヤスダ ジュン〕

 

〔超高校級の監督〕

 

 

「なんだよ、なんなんだよぉ!!うわあああああんっ!!」

 

 安田順。

 

 監督業をやらせたら右に出る者はいないって言われてる超高校級の監督、だったよな。

 

 スポーツチームの監督、映画やドラマの監督……普通なら両立なんて無理だろう事も出来てしまう天才。

 

 って、高校生だったのか!?

 

 そういえば下田がここにいるのは全員〔超高校級〕、つまり高校生だって言ってたのを忘れてた。

 

 危ない危ない、完全に小学生だと勘違いしてたぞ……

 

「……おい、お前」

 

「えっ」

 

「改めて名乗るぐらいしたらどうなんだよ。まさかボクには言う必要がないって言うのか!?僕を子供だと思ってるな!?そうなんだろう!!うわあああああんっ!なんなんだよぉ、どいつもこいつも馬鹿にしてさぁ!」

 

 口を挟む事も出来ない、泣き声と怒鳴り声の混ざりあった叫び。

 

 確か安田って感情の起伏が激しくてすぐ怒鳴り散らすって噂だったけど……こ、この様子からして当たってるみたいだな。

 

 今でこれなんだから小学生だと勘違いしてたのがバレた時はどうなるのか、正直想像したくない。

 

 と、とにかく泣き止ませないと!

 

「ち、違うって!俺は皐月翼!ほら、名前言ったぞ安田!」

 

「……ぐすっ、言われる前にさっさとすればいいんだよのろま!」

 

 こ、こいつ……天才だか知らないけど腹が立つな……

 

 

「ぐっ、ぐぉぉ……」

 

「なっ」

 

 安田から逃げるように離れると、うずくまってる男がいた。

 

 もしかして、何かあったのか!?

 

「だ、大丈夫か!?」

 

 

「だ、大丈夫だ……ただ、少し……」

 

「少し?」

 

「おなごの香りに反応しただけだ……!」

 

「……は?」

 

 おなごって、女子の事だよな?

 

 女子の香りに反応って……えぇ?

 

「ふっ、ふふっ、さすがだ希望ヶ峰学園……鍛錬したこの吾【われ】ですら反応するおなご揃いとは!」

 

「しかし負けぬ!この石原カイはこのような……このような誘惑には屈さぬぞぉぉぉぉぉぉ!」

 

 

〔石原 カイ〕

〔イシハラ カイ〕

 

〔超高校級の卓球選手〕

 

 

 石原カイ。

 

 卓球で相手に全くポイントを許さずに全国を連覇した〔超高校級の卓球選手〕。

 

 他にも色々優れてるって噂の天才アスリートだって聞いたけど……まさか、こんな変態だったなんて。

 

「うむっ!少しは落ち着いたようだ……世話をかけたな!お主の名はなんと言うのだ?」

 

「えっと、俺は皐月翼。よろしく石原」

 

「皐月殿か!うむっ、よろしく頼むぞ!」

 

 ま、まあさっきのを見なかった事にすればフレンドリーそうだし、仲良くなれそうだな!

 

「にゃーん!何話してるの?」

 

「なっ、ぐぉぉ……!」

 

 だ、大丈夫だよな?

 

「にゃ、にゃあ?大丈夫?」

 

「うぐおおっ!?」

 

 石原にばかり気を取られて気づかなかったけどあの子の頭に着いてるあれは……ね、猫耳?

 

 

 しかも動いてる……どんな仕組みなんだ?

 

「あ、あのさ、石原はちょっと取り込み中だから、俺と自己紹介いいかな?」

 

「あっ、いいよぉ。えっとねぇ、ミーちゃんは、美影団居って言うんだにゃん♪」

 

 

〔美影 団居〕

〔ミカゲ マドイ〕

 

〔超高校級の放送委員〕

 

 

 美影団居。

 

 不良校をその放送だけで全国屈指の優秀校にした〔超高校級の放送委員〕。

 

 いったいどんな人なのかとは思ったけど、こんな感じの子だったなんてな。

 

「俺は皐月翼。よろしく美影さん」

 

「はーい♪よろしくにゃん翼ちゃん♪」

 

「つ、翼ちゃん……ところでその猫耳って……」

 

「ミーちゃんは猫ちゃんの化身だから♪耳も当然猫ちゃんの耳だにゃあ♪」

 

 全く躊躇う事もなく、そう言い切る美影さん……もしかして、そういうキャラなのか。

 

 普段から徹底してるのは、プロ意識ってやつなのかそれとも……

 

「にゃ?どうしたにゃ、翼ちゃん?」

 

「い、いや、なんでもないよ」

 

 どちらにしろ個性的なのは間違いないな……さすが希望ヶ峰学園。

 

 

 もう少し石原の様子を見ているらしい美影さんと別れる。

 

 さっきの石原の様子に少し不安はあるけどな……

 

「ちょっといいかな」

 

 石原達を気にしているとスーツっぽいブレザーを着た女の子に声をかけられる。

 

 興味深そうに俺を見ている彼女の目に、何か探られているようで落ち着かない。

 

「私は神崎真夏だよ、よろしく」

 

 

〔神崎 真夏〕

〔カンザキ マナツ〕

 

〔超高校級の心理カウンセラー〕

 

 

 神崎真夏。

 

 現役高校生で既に何人ものカウンセリングを行ってきた〔超高校級の心理カウンセラー〕。

 

 そういえば、刑務所にいる時に時々彼女の名前を聞いた事があったな。

 

「一応カウンセラーなんてやってるから、何かあったらいつでも相談していいよ」

 

「あ、ありがとう」

 

「最も、君のした事がなくなるわけじゃないけどね、皐月翼君?」

 

「……!」

 

 細められた目と最初とは違う声に金縛りにあったみたいに身体が動かなくなる。

 

 それは、今までの皆が俺を知らない様子だったから油断してたせいなのか……全員が知らないなんてあるはずないのに。

 

「あれ、どうしたの?名前が知られててビックリしたなら、私は警察にもよく行くから知ってて不思議じゃないよ」

 

 神崎さんの言葉には敵意があるわけじゃない、かといって友好的でもない。

 

 ただただ、淡々としたその言葉には何か言い様のない何かを感じさせられて。

 

「まあ、君は有名人だからむしろ全然知らないって感じの他の皆がおかしい気もするけど」

 

 俺が有名人……下田に話しかける前に考えた事。

 

 神崎さんが言ってるのも、当然いい意味ではないんだろうな……

 

「でも人は見かけによらないって、本当に正しい言葉だね。君、殺人鬼には見えないもん」

 

 その言葉に俺は殺人鬼じゃないと叫びそうになって、だけどどうせ信じてもらえるわけがないって諦めが結局何も言えなくさせる。

 

 そんな俺を少しの間見つめて、神崎さんは言い回るつもりはないとだけ言って立ち去っていった。

 

「…………」

 

 大丈夫、わかってた事なんだ。

 

 面と向かって罵倒されたりしないだけ、全然ましだ……それに言い回るつもりはないなんてありがたいじゃないか。

 

 大丈夫、大丈夫。

 

 

「……皐月翼君ね。まだ要観察かな」

 

 

 よし、少し落ち着いた。

 

 改めて誰かに話しかけよう。

 

「……んっ?」

 

 巫女装束を着た子が辺りを見回して困ってるな……とりあえず今度はあの子に声をかけてみようか。

 

「あの、大丈夫か?」

 

「あっ、はい……ありがとうございます」

 

「俺は皐月翼。君は?」

 

「霧ヶ島司と申します……よろしくお願いいたします皐月様」

 

 

〔霧ヶ島 司〕

〔キリガシマ ツカサ〕

 

〔超高校級の巫女〕

 

 

「えっと、見た限りだと巫女さん……なのかな?」

 

「はい。巫女としてお仕えしています」

 

 やっぱり見た目通りってわけか。

 

「霧ヶ島さんは〔超高校級の巫女〕だったりするのか?」

 

「はい、そうですよ。わたしは〔超高校級の巫女〕として村から出てきました」

 

 〔超高校級の巫女〕か……でも巫女の〔超高校級〕ってどういう事なんだ?

 

「あのさ、〔超高校級の巫女〕ってどんな事をしてるんだ?」

 

「そうですね、わたしは代々村に伝わる神様にお仕えしている一族の出身なのですが……」

 

 なるほど、つまり家柄って事になるの、か?

 

「ちなみにわたしがお仕えしている神について少々お話させていただきますと……一族に伝わる書によりますとわたし達の一族が神に仕えるきっかけとなったのは千五百年ほど前に遡ります」

 

 ……んっ?

 

「その当時村では飢饉と流行り病が同時に訪れ、滅亡一歩手前だったそうです。そこで当時の一族代表……わたしのご先祖様ですが、村の外れにおられると語られていた神に祈りを捧げるために」

 

「き、霧ヶ島さん?」

 

 

「……あっ、すみません。わたし〔超高校級の巫女〕として、つい神の良さを知っていただこうとしてしまいまして……」

 

 話を始めてしまったと。

 

 職務熱心って事なんだろうけど……ちょっと自分の世界に入り込んじゃうタイプなのかもな。

 

「ま、まあ、今度聞くからさ」

 

「はい!その時はよろしくお願いいたしますね!それではわたしはこれで」

 

 満面の笑みを浮かべて去っていく霧ヶ島さんに、今度は本当に聞かないといけないなと俺は思った。

 

 あの喜びよう見てると聞かないっていうのは、ちょっと罪悪感がな……

 

 

 

 次は誰に話しかけようか……なんて考えていると俺を見ていたのかカーディガンを羽織った女の子と目が合う。

 

 ちょうどいい、次は彼女にするか。

 

「えっと、ちょっといいか?」

 

「……えぇ」

 

「俺は皐月翼。君は?」

 

「物述かぐら……しがない小説家」

 

 

〔物述 かぐら〕

〔モノノベ カグラ〕

 

〔超高校級の小説作家〕

 

 物述かぐら。

 

 今まで出した本は五十以上、しかも必ずベストセラーになっている〔超高校級の小説作家〕。

 

 特にデビュー作【希望の花束】は今でもランキングに載るほどの大ベストセラーだ。

 

 俺の周りにもファンは数多くいて、そういえばあの事件で殺されたアイツは、人一倍彼女の小説が好きだったな……

 

「どうしたの?」

 

「あ、ああ、いや……友達に物述さんの大ファンがいてさ、思い出してた」

 

「……そう、なの」

 

「…………」

 

 なんだか、気まずい空気にしちゃったな……話題を変えよう。

 

「……まるで小説」

 

 それは物述さんも同じだったらしい、絞り出されたような彼女の言葉に俺は乗る事にした。

 

「今の状況がって事?」

 

「そう、そしてだいたいこの後起きる展開は……杞憂で済めばいいんだけど」

 

 杞憂?

 

 物述さんはこの後に起きる事をなんとなく予想してるのか?

 

 いや……正直に言えば、俺も頭のどこかで何かを思い浮かべている。

 

 だけどそれはモヤモヤしたままつかみ所がなくて、でもはっきりさせると……何か良くない事が起きる気がして。

 

 結局俺も物述さんもその正体をはっきりと口にはしなかった。

 

 

 モヤモヤした物を抱えたまま、次に話す相手を探す。

 

 すると頭に帽子を被った鋭い雰囲気の男がいて、俺は背中を向けているその男に……

 

「……動くんじゃねえ」

 

 近付く前に手のひらを向けて制止させられた。

 

「クロード・イーストウッド。この名前を知ってるなら、それ以上背中に近付いたら死ぬと理解しな」

 

 

〔クロード・イーストウッド〕

 

〔超高校級のガンマン〕

 

 

クロード・イーストウッド。

 

銃を使わせたら世界一と言われてる〔超高校級のガンマン〕。

 

射撃に関しては普通の射撃から狙撃まで何でもござれ……大統領暗殺を企んだ狙撃手の腕を撃ち抜いた事もあるらしい。

 

「え、えっと、俺は皐月翼。よろしくイースト」

 

「クロードでいい。長くてイライラすんだよその名前」

 

「わ、わかったよクロード」

 

 俺に振り返ったクロードは眉をつり上げていて、いかにも不機嫌だといった感じだ。

 

 まあ、いきなりこんな所に連れてこられたんだ……無理もないよな。

 

「しっかしなんなんだ、この状況は?オレが気付かない間にこんな場所に連れてこられたとかよ……ありえねえ」

 

「言われてみると、確かにおかしいよな」

 

 超高校級のガンマンが知らない間に列車にだなんて。

 

 しかもクロードはさっきみたいに後ろから近付こうとしただけで、反応した。

 

 そんな相手をどうやってここに連れてきたんだ?

 

「……キナ臭え」

 

 

 ポツリとこぼされたその呟きは、もしかしたらその場の誰もが思っていた事なのかもしれない。

 

 

パシャッ!

 

「うわっ!?」

 

 黙り込んだクロードから離れて次に話す相手を探していると、いきなり目の前が光る。

 

 これは、カメラのフラッシュ?

 

「うん、なかなかいい写真が撮れましたね」

 

 上機嫌といった感じの声をあげてカメラを弄っているのは、髪を後ろで結んだ女の子。

 

 だけどなんだ、この視線……すごく、胸が締め付けられるような。

 

「あっ、ボクは墨染優里です」

 

 

〔墨染 優里〕

〔スミゾメ ユウリ〕

 

〔超高校級の新聞部〕

 

 

 墨染優里。

 

 高校生でありながら数々のスクープを報道してきた〔超高校級の新聞部〕。

 

 当然ながら敵も多いけど、政財界も弱みを握られて彼女には手出し出来ないらしい。

 

「あっ、俺は……」

 

「いらないです。知ってるんで」

 

 えっ?

 

「皐月翼。サラリーマンの父親と専業主婦の母親の間に産まれた17歳」

 

「好きなものは鮭のおにぎり。嫌いなものはイクラ」

 

「特技は特になし、趣味は友達とする事なら何でも趣味にする」

 

「そして」

 

「三十人を残虐な方法で皆殺しにした凶悪殺人鬼ですよね♪」

 

 ニヤニヤ笑って再びカメラを向けてくる墨染さん……ああ、わかった。

 

 彼女の視線から感じていたこの胸が締め付けられるような感じは、俺を取り囲んだマスコミのあの無遠慮な、人を獲物みたいに食らい尽くそうとする視線から感じたのと同じ物。

 

 緊張、恐怖……そして不快感。

 

「いやー、ありがとうございます。リアルの写真が欲しかったんですよ!報道するには顔写真もしっかりないといけませんから」

 

「報、道……?」

 

 何を、言ってるんだこいつ……?

 

 俺は、もう既に散々報道されて……

 

「ニュースだとせいぜい名前だけでしょう?だからここから帰ったらボクがあなたの顔写真付きで、家族構成から好きな人まで全て丸裸な記事を書くんです♪」

 

「なに、言って……」

 

「あっ、安心してください!先人達にインパクトで負けないように殺害人数は増やしておきますから!とりあえず五十以上は鉄板ですかね?」

 

「あっ、今度どんな風に殺したか一人ずつ取材しますね♪その時は心境もしっかりお願いしますよ!」

 

 まるで人の事なんて考えてない、人の心をグシャグシャにするような言動。

 

 情けない事に、俺はそんな墨染さ……墨染の態度に冷静ではいられなくて。

 

「ふざ、けっ……る、なよっ!?なんで俺がそんな!」

 

「キャー怖い怖い!図星を突かれて殺人鬼逆ギレ!記者を恫喝!ふふん、ネタには困りませんね♪あなたは」

 

 笑って逃げていく墨染にムカつきが抑えられない。

 

 なんなんだ、なんなんだよあいつは!

 

 今まで色んなマスコミを見てきた、だけど全部あいつよりはましだった!

 

 墨染優里……あいつだけはどうあがいたって仲良くなれない、したくもない!

 

 

「……」

 

 墨染のせいで荒れた心を必死に、落ち着かせる。

 

 大丈夫、大丈夫……俺は大丈夫だ。

 

 あんな事で心を乱すな、俺は信じてくれる人を、悲しんでくれる人を見つけるんだろう?

 

 大丈夫、大丈夫大丈夫大丈夫……俺は、大丈夫……

 

「あ、あの、大丈夫ですか?」

 

 大丈夫だと言い聞かせる俺を見かねたのか、誰かが声をかけてくる。

 

 顔を上げると、セーラー服を着た女の子が心配そうに俺を見ていた。

 

「あ、ああ……俺は、大丈夫。心配かけてごめん」

 

「い、いえ、大丈夫だったらいいんですけど……」

 

 どこかぎこちなく会話が途切れて沈黙が俺と彼女を包む。

 

 どう、すればいいんだこの空気……

 

「あ、あの、自己紹介しましょう、か?」

 

 お互い沈黙に耐えられなくなってきたころ、女の子の方が手を叩いてそう問いかけてくる。

 

 それを断る理由もない……俺はその彼女の言葉に甘える事にした。

 

「あ、ああ、そうしようか。俺は皐月翼」

 

「た、立木亜里沙です、よろしくお願いしますね」

 

 

〔立木 亜里沙〕

〔タチキ アリサ〕

 

〔超高校級の読書家〕

 

 

「……ふふっ」

 

「どうしたの?」

 

「いえ、なんだか変な自己紹介になっちゃったなって」

 

 正直それは俺も思ってた。

 

 俺も立木さんも普通に名乗ればいいだけなのにな。

 

「でもよかった……皐月君がいて」

 

「えっ?」

 

 いてよかった?俺が?

 

「あの、私〔超高校級の読書家〕なんて呼ばれてるんですけど、他の皆さんも同じ〔超高校級〕でさらに個性的で少し圧倒されちゃって。普通にお話出来る人がいないかなって思ってたんです」

 

「皐月君なら普通に本のお話が出来そうで……そういう人がいてくれたのが嬉しかったんです」

 

 俺がいて、嬉しい……は、はは、そんな風に言われるとは、思わなかった、な。

 

「あ、ありがとう」

 

「お礼なんていいですよ。その代わり仲良くしてくださいね皐月君」

 

「こちらこそ、立木さん」

 

 多分短い付き合いに、なるだろうけど。

 

 そんなふとよぎった考えは、喜ぶ立木さんには到底言えなかった。

 

 

「う、ぐうっ……!」

 

「きゃあっ!?」

 

 立木さんの悲鳴、どうやら倒れていた誰かを踏んでしまったらしい。

 

 その誰か……モジャモジャした髪の男は相当痛かったのか倒れたまま呻いている。

 

 だ、大丈夫……じゃないよなこれ?

 

「り、陸海君ごめんなさい!大丈夫ですか!?」

 

「痛え、痛えよぉ……あ、頭……さっき壁に打ち付けすぎたぁ……」

 

 立木さんに踏まれたのが痛かったわけじゃないのか……って頭を壁に打ち付けた!?

 

「な、なんでそんな事をしたんだ!?」

 

「だ、だってそうすれば思い出せるかなって思ったんだよぉ……僕の、記憶ぅ……」

 

 

〔陸海 空助〕

〔リクカイ クウスケ〕

 

〔超高校級の???〕

 

 

「記憶って……」

 

「あ、あの皐月君。この人は陸海空助君って言うんですけど……名前以外思い出せないらしいんです」

 

「希望ヶ峰学園にスカウト、されたはずなんだけどさぁ……ううっ」

 

 ただでさえこんな状況なのに、さらに記憶喪失だなんて。

 

 倒れたまま落ち込んでる陸海を見ていると、何と言えばいいのかわからない。

 

 それでも何も言えない人間には、なりたくなかった。

 

「えっと陸海だったよな。俺は皐月翼、困ってる事あったら手伝うから」

 

「わ、私も踏んでしまったお詫びにお手伝いします!」

 

「ありがとうよぉ、皐月っちに立木っちぃ……」

 

 何が出来るかまではわからないけど、ほっとけないもんな……

 

 

「ぐえっ!?」

 

「陸海!?」

 

「陸海君!」

 

 とりあえず起こそうとしゃがんだ瞬間、陸海がまた誰かに踏まれたみたいで苦し気な声を漏らす。

 

 陸海を踏んでいたのは眼鏡をかけた切れ長の目の男……何かを言おうとしたけど、その目に気圧されて俺は何も言えなくなる。

 

「……遅い。いつまでも来ないからこちらから来たぞ」

 

「ご、ごめん」

 

 ……いや、なんで謝ってるんだ俺は!?

 

「あ、あの伊方君、陸海君が……」

 

「……何をしている陸海」

 

 何か得体の知れない物を見るかのような視線を向けられる陸海……踏んだり蹴ったりだな。

 

「まあいい、どうやら自己紹介とやらは俺が最後のようだな」

 

「俺は伊方五右衛門……〔超高校級の希望〕に最も近い男だ」

 

 

〔伊方 五右衛門〕

〔イカタ ゴエモン〕

 

〔超高校級の幸運〕

 

 

「お、俺は皐月翼。よろしくな伊方」

 

 気圧されたまま名乗ると、伊方の眉が微かに上がる。

 

 もしかして、伊方は……

 

「なるほど、お前があの皐月翼か」

 

 やっぱり、伊方は俺が何者なのか知ってるみたいだ……

 

 立木さんや陸海は何の事だかわからないみたいできょとんとしている。

 

「くくっ、まあお前が何者だろうと構わん。しかしお前達は運がいいぞ。〔超高校級の希望〕たるこの俺がいるんだからな」

 

「……さっきから希望がどうのって何の話だ?」

 

「俺は〔超高校級の幸運〕。そう言えばわかるか?」

 

 ちょ、超高校級の幸運だって……!?

 

 【人類史上最大最悪の絶望的事件】の首謀者を打ち倒した功績から、今の希望ヶ峰学園にとって最高の栄誉とされている才能。

 

 伊方は誰もが憧れるあの〔超高校級の幸運〕だっていうのか?

 

「くっくっくっ、舞台は整ったらしい。楽しみだ……この俺が〔超高校級の希望〕になる瞬間がな」

 

 笑う伊方からは絶対的な自信と誇りが感じられる。

 

 〔超高校級の幸運〕に選ばれたのは、伊達じゃないって事なのか……

 

 

※※※※

 

 

「……んっ、話は終わった?」

 

「今皐月君が、みんなとの自己紹介を終わらせたところだよ笹山さん」

 

「……」

 

 笹山さん、本当に寝てたのか……それとあの様子、まさか下田の名前をまた忘れたんじゃないだろうな?

 

「これからどうしようか……とりあえず探索結果でも報告しあう?」

 

「その前に。あたし、みんなにちょっと聞きたい事があるんだよねー」

 

 神崎さんが提案した探索結果の報告。

 

 それに待ったをかけたのは平野さん……聞きたい事があるらしいけどいったいどうしたんだ?

 

「なんだよヒラノ」

 

「ここにいるみんなってさー、もしかして希望ヶ峰学園第100期生としてスカウトされた感じ?」

 

 平野さんの言葉に皆が顔を見合わせる。

 

 急遽のスカウトだったから俺の他に誰がスカウトされたかまでは知らなかったけど……

 

「は、はい。私は〔超高校級の読書家〕としてスカウトされました」

 

「ミーちゃんも〔超高校級の放送委員〕でスカウトされたにゃ♪」

 

「た、多分そうかなぁ……覚えてないけどぉ……」

 

 その後も皆自分が希望ヶ峰学園第100期生であると口々に肯定していく。

 

 つまりこの人達が……俺の、クラスメイト。

 

「なるほどなるほど。つまりボク達はクラスメイトでなぜかこうして集められたと」

 

 いったいどうしてこんな……いや、待てよ。

 

 これに似た状況を、俺は知ってるはずじゃないか?

 

「……最悪の展開」

 

「えっ?学友の皆様と一緒である事がなぜ悪なのですか?」

 

 それはきっと物述さんが杞憂であってほしいと感じていたもの。

 

 俺も口にしたら現実になりそうで押し込めていたもの。

 

「霧ヶ島、お前は山奥の村で生きてきたから知らないだろうが昔同じような状況があったんだよ」

 

「あう、世間知らずですみません……」

 

「き、霧ヶ島さん、伊方さんも怒っているわけではないのですから泣かないでください」

 

「怒っているが?」

 

「ひぇ!?」

 

「い、伊方さん!」

 

 わざとか素なのかそんなやり取りが行われていても空気は余計重くなる。

 

 きっと皆気付いてるんだ、伊方の言う昔あった似た状況の名前を。

 

「ふん、冗談だ……とにかく昔にもこうして希望ヶ峰学園のクラスが集められた事があった」

 

「もしかして、それって……」

 

「あれ、だよね?」

 

 立木さんや下田はそれでもその名前を口にはしなかったけど……伊方はそのささやかな逃げすら許してはくれず。

 

 そして伊方は口にした。

 

 

 

「【コロシアイ学園生活】」

 

「今も公表こそされてはいないが、映像に残されている絶望的な惨劇の話だ」

 

 【人類史上最大最悪の絶望的事件】……その中でも一際絶望的と言われる事件の名前を。

 



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走り出した絶望特急

 【コロシアイ学園生活】

 

 【人類史上最大最悪の絶望的事件】の中でもその象徴として有名なのがそう呼ばれる惨劇だ。

 

 希望ヶ峰学園のクラスメイト達が【超高校級の絶望】と言われる存在によって旧校舎に監禁、コロシアイをさせられた事件……その生き残りは半分にも満たなかったらしい。

 

 だけどその【コロシアイ学園生活】で【人類史上最大最悪の絶望的事件】の首謀者【超高校級の絶望】は死に。

 

 そしてそれと入れ代わりに誕生したのが【超高校級の希望】で、その人が生き残りと一緒に再建したのが俺達がスカウトされた希望ヶ峰学園。

 

 あらゆる歴史の分岐点と言われてる事件、学校でも習う有名な話だ。

 

「おいこら……まさか、今のボク達がそれと一緒だってのか?」

 

「状況は確かに似てるけど、即座にイコールで結ぶのはどうかと思うよ」

 

 だけどいくら有名とはいっても、あくまでもそれは昔話のようなもの。

 

 俺達がコロシアイに巻き込まれたなんて、あまりにも荒唐無稽で到底信じられない。

 

 だから面と向かって伊方のその考えに反論したのは安田と神崎さんだけだったけど、実際は俺達のほとんどが同じ気持ちだった。

 

「いいや、違うな。少なくともここは希望ヶ峰学園の校舎ではない……色々と過去とは違うと思うべきだろう」

 

「そ、そういう話なのかぁ?伊方っち……」

 

「なら聞くが、お前達はこの現状をどう思っている?単なる拉致ならばこんな部屋は必要ない、悪意がないなら逆に悪趣味極まりないな。希望ヶ峰学園にスカウトされた人間をこんな形で監禁するなど」

 

 伊方の言葉に今度は誰も答えない、いや、答えられなかった。

 

 確かに誘拐されただけとかドッキリだとかそんな話だとは思えない。

 

 結局のところ俺達は、伊方の考えを認めてしまうのが怖かったんだ。

 

「ぬううっ!とにかく今の状況が喜ばしくないのはわかったぞ!ならばこの窓を叩き割ってでも脱出を……吾も今のままなど我慢出来ぬ!」

 

 誰も何も言えないまま空気が重くなるような嫌な沈黙が何秒経ったか……それを破ったのは椅子を持ち上げた石原のそんな言葉。

 

「なっ、ちょっと石原……」

 

 石原がなぜか普通に扉から出るんじゃなく、窓を割るという行動に出ようとした事に俺が疑問を投げかけようとした、その時。

 

 ピンポンパンポーン

 

 ソレは、聞こえてきた。

 

 

「本日はご乗車いただき、まことにありがとうございます!」

 

「今より希望発絶望行きの特別列車、ディスペアー・エクスプレスが発車いたしますので、揺れにお気をつけくださーい!」

 

 

 寒々しいほどの軽い声。

 

 聞いただけで鳥肌が立つその声について何かを考える余裕はない。

 

 ガクンッ!!

 

 その放送の直後、激しい揺れが俺達を襲ったからだ。

 

「おっと……!」

 

「きゃあっ!」

 

「揺れに気をつけろって、これは揺れすぎっしょ!?」

 

「にゃあああっ!?」

 

「ぐああああああっ!?」

 

 まともに立ってられないほどの揺れに周りは滅茶苦茶な有り様だ。

 

 咄嗟に窓枠を掴んだり、慌ててテーブルの下に隠れたり、なすすべもなく倒れたり、近くにいる誰かにしがみついたり……

 

「いたっ!?」

 

 放送に気をとられていた俺はなすすべもなく床に倒れ込んでしまう内の一人で。

 

 

「ぐっ!」

 

 さらに誰かに蹴られたのか脇腹に痛みが走る……くそ、さっきの陸海じゃないけど踏んだり蹴ったりってまさにこの事だな……

 

 そんな事を考えている内に、激しい揺れは静かなそれでいて規則的な揺れに変わっていく。

 

 そして少し待ってみても、再びあの激しい揺れはやってくる事はなかった。

 

「収まった、みたいだね。咄嗟に引っ張っちゃったけど大丈夫だった?」

 

「は、はい……」

 

「まだ目が回ります……」

 

 テーブルの下から顔を出した下田が、同じようにテーブルにいた霧ヶ島さんと岩崎さんに声をかけている。

 

 咄嗟に二人を助けたのか……なんだかただ倒れただけの自分が情けなくなってくるな。

 

 とりあえずいつまでも倒れて陸海みたいに追い打ちは受けたくない……相当強い力で蹴ったのかジンジン痛む脇腹を押さえて俺は立ち上がった。

 

「先ほどの放送、そして今も続くこの微かな揺れ……やはりこれは列車のようだな」

 

「間違いないね……いたた、もう少し安全運転でお願いしたいよ」

 

「お、おおい、大丈夫かぁ!?」

 

伊方と神崎さんの話を遮るように陸海の叫び声が響く。

 

「どうかしたのか!?」

 

 慌てて陸海の所に駆けつけた俺達が見た物、それは……うつ伏せに倒れて頭の辺りから血を流している石原の姿だった。

 

「い、石原!?」

 

「ど、どうして石原君がこんな……!」

 

 床に敷かれたカーペットが広がっていく血で赤く染まっていく。

 

 まさかこれが、伊方の言ってたコロシアイなのか……!?

 

「うわああああっ!なんだよこれなんなんだよぉ!!」

 

「これはスクープですよ!早速写真を撮らないと……!」

 

 安田が泣き叫んだり、墨染が写真を撮ったり、沈黙の次はパニック状態……

 

 だけどそれを誰も責められない……だってあの倉庫で凄惨な現場を見た俺だってこんな現実を突きつけられたら。

 

「……おい落ち着け!生きてんぞそいつは!」

 

 そんなパニック状態を撃ち抜くように、クロードが叫ぶ。

 

 ……えっ?生きてる?

 

 クロードに言われて改めて倒れてる石原を落ち着いて見てみると……動いてる、な。

 

「呼吸もしているみたい……だけどどうしてこんなに血が?」

 

「……くだらない、それは鼻血よ」

 

 物述さんの疑問に吐き捨てるように答えたのは笹山さん。

 

 鼻血って……こんなに出るものだったのか?

 

 

「は、鼻血ぃ?」

 

「……揺れた時、美影ちゃんが石原君に抱きついたっぽいね」

 

 ……そういえばさっき美影さんの悲鳴の後にもっとすごい悲鳴が聞こえてたな。

 

 まさかあれ、美影さんに抱きつかれた石原の声だったのか!?

 

「にゃああっ……しっかりしてカイちゃん!」

 

「えーっと、つまり?団居が抱きついたからカイは鼻血出して倒れたって感じ?」

 

 平野さんの出した結論……どうやらそれが正解らしい。

 

 ……俺達をこんなパニック状態にした張本人は、相変わらず倒れたままだ。

 

「ぐ、ぐぬっ、ぐぬうっ、あれは、あの柔い感触は……ぐおおうっ……!」

 

 そういえば女子と一緒にいる空気だけで、大変そうだったな。

 

 耐えられないって窓壊そうとしたのも、多分そのせいだろうし……

 

「人騒がせなやつだなこいつ!!」

 

「ま、まあまあ、大したことじゃなくてよかったって思おうよ」

 

 安田は怒ってるみたいだけど下田の言う通りだ。

 

 誰かが死んだとか、そういう訳じゃないならそれが一番じゃないか。

 

 安堵と呆れを含んだ空気は状況は変わってこそいないけど、さっきまでの重苦しいものよりは断然いい。

 

 そんな風に思ってたのに。

 

「なーんだ、早速惨劇の再現って思ったのに……電池無駄にしちゃったじゃないですか」

 

 一人だけ、墨染はそんなふざけた事を本気で言っていた。

 

「お前……!」

 

 まるで石原に死んでいてほしかったと言いたげなその発言を聞き流す事なんてできない。

 

 俺は墨染に詰め寄って今の言葉を撤回しろと言おうとして。

 

 

「いやー、盛り上がってるみたいだね!」

 

 

 その足を、縫いつけられたようにその場から動かせなくなった。

 

 それはここにいた誰とも一致しない声。

 

 だけどさっき間違いなく聞いた声。

 

「い、今の声……誰ですか?」

 

「ボクだよ!」

 

 その声が聞こえてきた方に皆が注目する。

 

 それを待っていたかのように、このサロンの両端にある扉の一つ……みんなが来た扉とは逆側にある扉の前に、ソイツは現れた。

 

「全くもう!いきなり備品を汚さないでほしいよ!清潔にはクマ一倍厳しいこのボクがどれだけ苦労してると思ってんのさ!」

 

「最、悪……」

 

 物述さんが頭を抱えて発したそれはきっとその場にいた全員の一致した意見。

 

「……ふん、まさか本当にこうなるとはな」

 

 伊方でさえ、一筋とはいえ冷や汗を流している。

 

 少し弛んだ空気をあっという間に緊張したものに変えたソイツ。

 

 それは白と黒に色が分かれたクマのぬいぐるみ。

 

 きっと誰もが、見た事があるはずだ。

 

 【人類史上最大最悪の絶望的事件】について習う時、必ずその姿はあったんだから。

 

「あっ、自己紹介がまだだったね!」

 

「ボクはモノクマ!このディスペアー・エクスプレスの車掌兼運転士兼機関士兼マスコットなのだ!」

 

「よろしくね!」

 

 モノクマ。

 

 絶望の象徴として生み出された悪魔が、絵でも映像でもない実物としてそこにいたんだ。

 

「モノクマ!まさか本物を見られるとは思いませんでした!」

 

「コラー!ボクを撮りたかったら左斜め45度からのアングルだけだよ!」

 

 ふざけているとしか思えないモノクマと墨染のやり取り。

 

 それなのにさっきまで墨染に怒りを抱いていた俺はただそれを見ている事しか出来なかった。

 

 足が震えて何もせずにやり過ごす事しか考えられない。

 

「てめえか、このくだらねえ茶番のフィクサーは」

 

「ふぃく、さー?」

 

「確か黒幕って意味だった感じかな……まあ、実際あれが黒幕っしょ」

 

「そ、そんな、ボクが黒幕だなんて……こんなにも真っ白なのに!」

 

 そう言ってモノクマは右半身だけを俺達に見せる……完全に馬鹿にされてるとしか思えないのにどうして。

 

 こんなにもこの会話で地雷の埋まった場所を歩いているような感覚に陥ってるんだ。

 

「いやいや、左半身は真っ黒黒すけじゃんかよぉ……!」

 

「うぷぷ、バレちゃった!」

 

「……とりあえず聞きたいんだけど」

 

 皆が探るように、機嫌を損ねないように慎重に言葉を選んでいるのがわかる。

 

 それはモノクマが現れた事で確定してしまったからだ。

 

「何かな?スリーサイズはトップシークレットだよ?」

 

「あなたの目的は?私達を列車に監禁して何がしたいの?」

 

「何って、ボクが出てきたからにはもちろんアレしかないよね!」

 

 ああ、それでもまだ心のどこかで間違っていてくれと祈ってる自分がいる。

 

「コロシアイ、ってやつですよ!」

 

そんなもの、無意味なのに。

 

「コロシアイって……本当にあのコロシアイ学園生活みたいな事しろって言うのかよぉ!?」

 

「そうです!このディスペアー・エクスプレスから下車したいならオマエラの中の誰かを殺してください!」

 

 コロシアイのルール、本を読めばいくらでも知る事が出来るそれ。

 

 だけどモノクマの口から言われるそれは身体中に走る寒気が桁違いだ。

 

「もちろんコロシアイが起きたら学級裁判をやるけどね!はい、ここで問題です!学級裁判とはなんでしょうか!」

 

 学級裁判。

 

 このコロシアイが何よりも悪趣味だとされる最大の理由。

 

「学級裁判。コロシアイが起きた場合その犯人、クロを見つけだすための話し合いが行われる。その時正しいクロを見つけ出せたらクロはおしおき、処刑される」

 

「はい伊方クン大正解!優秀賞としてモノクマシールをプレゼントしまーす!」

 

 学級裁判は一緒に過ごしてきた人が殺されて、その悲しみを消化しきれないままにお互いに疑って糾弾しあう。

 

 さらに命懸けなのはクロだけじゃない。

 

 当てればクロが処刑される、外したらクロ以外のシロ全員が処刑される。

 

「……というわけでシロもしっかり頑張らないとあっという間に全滅だからね!」

 

 どちらにしても誰かが死ぬように出来ている、それが学級裁判なんだ。

 

「あ、あなた……そんな事が許されると思ってるんですか!?」

 

「はい?」

 

 完全にその場を支配していたモノクマ……そんな相手に抗議の声をあげる人がいた。

 

 モノクマの目の前まで行って叫んでいるのは……岩崎さん。

 

「あなたは自分を車掌だと言いましたね!だったら乗客の安全を第一に動くべきです!それが自分達車掌という存在です!」

 

 きっと彼女は許せなかったんだ、車掌として認められているからこそ列車を舞台にコロシアイをしようとするモノクマが。

 

「あなたがやろうとしている事、同じ車掌として見過ごすわけにはいきません!」

 

 それは、こんな状況でさえなければきっと岩崎さんのプライドとかそういうものを称賛する場面なんだろう。

 

「だから、今すぐコロシアイなんて撤回……」

 

 だけど、岩崎さんは忘れてる。

 

 相手はコロシアイを要求してくるような、異常な存在だって事を。

 

「……はああああ」

 

 それは、ため息をついたんだと思う。

 

 俺はその瞬間、モノクマから得体の知れない、何かを……確かに感じ取った。

 

「……ウザイ」

 

 モノクマの静かなその声に岩崎さんの顔がひきつる。

 

 彼女も気付いたんだ、自分がモノクマの機嫌を損ねた事に。

 

「キミ、ウザイ。スッゴくウザイよ……だからさ」

 

 そしてそれが。

 

 

「死んで、見せしめになりなよ」

 

 

 自分の死を意味する事に。

 

 

※※※※

 

 

「……えっ、なん、です、か……こ、れ?」

 

 ポタポタと流れる新しい血がカーペットを濡らしていく。

 

 岩崎さんは信じられないという目をして、【俺から】溢れ出す血を見ていた。

 

「あっ、ぐっ……」

 

「翼!!」

 

 平野さんが俺達に駆け寄ってくる。

 

 それはそうだ、咄嗟に岩崎さんを庇った俺の前腕を……尖った刃物が掠めて、肉を骨が見えるぐらい抉り取っていたんだから。

 

「あ、がっ……!」

 

 遅れてきた痛みが身体中を駆け巡る。

 

 呼吸がうまくいかない、痛みを紛らわせたくてその場をのたうち回る事しか出来ない。

 

「暴れないで!」

 

 平野さんが自分が着ていたシャツの袖を千切ると、俺の患部を縛っていく。

 

 あっという間に血でぐしゃぐしゃになったシャツに、俺は汚してしまったなんて場違いな事を考えていた。

 

「誰でもいいからタオルとかありったけ用意して!!」

 

「は、はい!!」

 

「わ、わかったよ!」

 

 下田と立木さんがサロンを出ていくのが微かに見える。

 

 そしてフラフラと揺れる俺の目は……腰が抜けたのかへたりこんだ岩崎さんを捉えた。

 

「ぅ、あっ……」

 

 さっきモノクマにはっきりと意見した岩崎さんがこんなにも顔を青白くしてガタガタと震えている。

 

 もし自分があのままだったらどうなるかって、想像したのか……

 

「うっ、ぐっ……」

 

 俺もさっきまであんな風に震えてたんだよな……

 

 昔から向こう見ずにも程があるとか蛮勇だとかって、言われてたけど……

 

「無事でっ……良かった岩崎さん……」

 

 こうして彼女を助けられたなら、この向こう見ずな部分も悪くないよな。

 

 目を見開いた岩崎さんの瞳から溢れた涙を見つめながら、俺は彼女を安心させたくて脂汗を流しながら笑ってみせた。

 

「随分と杜撰な見せしめだな」

 

「しかも理由がウザイって堪え性なさすぎじゃない?あっ、まさかこれでまたウザイって変な事しないよね?」

 

 伊方や神崎さんの言葉にモノクマは沈黙を貫いている。

 

 いったいそれはなんでなのかなんて考えていると、後ろから大声が聞こえてきた。

 

「むっ、吾は……ぬおおおっ!?なんでクマがおるのだ、皐月殿はどうされたぁ!?」

 

 はは、石原も起きたみたいだな……

 

「またうるさいのが……とにかく!ボクに逆らったらどうなるかは示したので見逃してあげるよ岩崎さん!」

 

「ちょっと待った。こんな癇癪また起こされたらたまらないんだけど」

 

「うるさいなぁ!わかったよ、もうこんな形ではおしおきはしないよ!ルールにも明文化します!」

 

 モノクマに見えないように神崎さんが俺達にVサインを見せる。

 

 そうか、またこんな事にならないように……

 

「それではコロシアイ特急ディスペアー・エクスプレスの旅を存分にお楽しみくださーい!下車したかったら殺すしかない旅だけど!うぷっ、うぷぷぷぷぷぷぷぷぷぷ……」

 

 モノクマは消えた。

 

 後に残されたのは大なり小なり、困惑と恐怖を植え付けられた俺達だけ……

 

 神崎さんがこれ以降のモノクマの見せしめを阻止する事には成功したけど、状況は何も変わってない。

 

「ミ、ミーちゃん達、どうなっちゃうんだにゃあ……?」

 

「まさかコロシアイだなんてね……ああもう、過去の話だって思ってたのに」

 

「ううっ、記憶ないだけでも混乱してるってのにぃ……」

 

「っ、うわあああああんっ!!」

 

「えっとえっと……」

 

 痛みでよくわからないけど、混乱はまだまだ収まりそうにはなかった。

 

 コロシアイ、そしてモノクマが本気なのは今ので皆がわかったはず。

 

「ちっ、とにかくマズいなこりゃ」

 

「下車したかったら殺すしかない……ふん、これを信じて事件を起こす存在が出るかどうか」

 

「……くだらない話」

 

「とにかく翼を治療しないと。何か話すならその後にする感じで」

 

 何人かはまだ冷静なのが、せめてもの救いかもしれない。

 

 俺も治療してもらったら、出来る事をしよう……そんな乱れる思考で考えていると。

 

 

 

「はい、提案です!まずは一番危険な皐月さんを拘束しましょう!」

 

 そんな場違いな明るい声が一際大きく響いた。

 

 

「優里……それどーいう意味なわけ?」

 

 平野さんの視線の方に顔を向ければ、墨染がニヤニヤと笑っている。

 

 ま、まさか、こいつ……この状況で?

 

「ああ、皆さんは知らないから無理もありませんか……」

 

 やめろ、やめてくれ……今皆が冷静じゃないんだぞ。

 

 そんな状況でそれを言えばどうなるかぐらいお前だってわかるだろう。

 

「皐月さんって、今巷を騒がせている……」

 

 やめろ……やめろよ!

 

 お前はコロシアイを助長したいのか!?

 

 そんな俺を一目見て、墨染は笑う。

 

「三十人虐殺犯……〔超高校級の殺人鬼〕なんですよ♪」

 

 そして軽口を叩くように爆弾を落とした。

 

「何考えてんの、この子……」

 

「コロシアイだなんて言われてもボク達は人を殺した経験なんてない善良な一般人。きっと躊躇いが生まれます」

 

「でも殺人鬼の皐月さんにそんなストッパーがあるわけないですよね♪安全のためにもそんな危険人物はどうするべきでしょうか?」

 

 ふざけるな、ふざけるなよお前……自分が何をしてるのかわかってるのか?

 

 安全のためにも?そんな殊勝な考えで言ってるわけじゃないのは見え見えなんだよ!

 

「墨、染ぇ……!」

 

 怒りのままに墨染を睨み付ける。

 

 だけどそれは今の状況では、最悪の選択だった。

 

「ああ、怖い怖い♪皆さん見てくださいよあの目!【殺してやる】って言わんばかりじゃないですか♪」

 

「ぁ……」

 

 やら、れた……今、俺は、確かに墨染に対して……殺意を、抱いてしまった。

 

 それこそ殺人鬼にふさわしい、必ず殺してやるという殺意を。

 

 空気が、冷えていく。

 

 それは俺に対して向けられる、視線が冷たくなってきたからか……

 

 ああ、やっぱり……どこに行っても……

 

 

 俺は、殺人鬼でしかないんだ。

 

 

PROLOGUE

 

【絶望列車出発進行!】

 

END

 

生き残りメンバー

 

〔殺人鬼〕皐月翼

〔幸運〕伊方五右衛門

〔???〕陸海空助

〔監督〕安田順

〔ダンサー〕笹山ミチル

〔新聞部〕墨染優里

〔卓球選手〕石原カイ

〔読書家〕立木亜里沙

〔ベーシスト〕平野夢

〔心理カウンセラー〕神崎真夏

〔演劇部〕下田慧

〔放送委員〕美影団居

〔小説作家〕物述かぐら

〔車掌〕岩崎和音

〔ガンマン〕クロード・イーストウッド

〔巫女〕霧ヶ島司

 

以上十六名。



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STATION1【絶望へのスタートラインを越えて】
(非)日常編その一……そして誰もいなくなった


       STATION1

 

 【絶望へのスタートラインを越えて】

 

      (非)日常編

 

 

 俺は、何も言えなかった。

 

 墨染に俺が殺人鬼だって事を暴露された……きっと俺は孤立するだろう。

 

 その証拠に激しい痛みでも打ち消せないぐらいにわかってしまう、周りの見る目が変わったのが。

 

「にゃ、にゃうう……翼ちゃんが殺人鬼……」

 

「そ、そんな危険な奴がなんで希望ヶ峰にスカウトされてるんだよ!?」

 

「はぁ……どうするのさ、こんな空気にして」

 

 怯え、嫌悪……慣れたくもなかったそんな反応。

 

 それは結局どこに行っても変わらないんだと突きつけられているみたいで。

 

「ま、待ってください。皐月さんは私を助けて……」

 

「甘いですね!そうやって信用を得ようとしてるのかもしれませんよ?殺した中にはお友達もいたそうですけど、今の岩崎さんみたいに助けられて本性に気付けなかったのもしれませんね」

 

 か細い反論も墨染にかかれば殺人鬼の巧妙な計算にされてしまう。

 

 それは殺されたあいつとの友情まで否定されるようで、本音を言えば掴みかかってしまいたい。

 

 だけど墨染に殺気を向けてそれを逆手に取られてしまった俺は、さっきみたいになるのを恐れて動けなかった。

 

「マ、マジでぇ?」

 

「先程の事はそこまで考えていたと言うのですか!?」

 

 違う、違うんだ……全部でたらめだ、俺は誰も殺してない、岩崎さんを助けた事にそんな裏なんてない。

 

 だけどそれを声高に主張して信用してもらえるのか?

 

 そんなの無理だって、俺が一番よくわかってるだろう。

 

 だから俺は……信用してくれる人を探しに来たなんて言いながら名乗るのに躊躇して、俺を知らない事をみんなに期待してたんじゃないか。

 

「な、何の話をしているのだ?吾には全く状況が……」

 

「ですからボク達の中に怖い殺人鬼がいるんですよ♪だから隔離を提案してるんです」

 

 もう、いいかと諦めが心に広がる。

 

 隔離されたってこの部屋を見る限り独房に比べたらきっとどこでも快適だろう。

 

 それにコロシアイの中で自分の身を守るなら、むしろ隔離してもらった方がいい。

 

 最もこんな状況で殺人鬼に手を出そうなんて考える人間はまずいないだろうけど。

 

 そんな後ろ向きな考えが全身を支配して、隔離を受け入れようと口を開こうとして……ピタリと口を塞がれた。

 

 

「優里、そこまでにして」

 

 

 それが俺の傷を手当てするためすぐ近くにいた平野さんの手だと気付くのに、俺は少し時間がかかった。

 

 彼女のその行動の意図が、わからなかったから。

 

「はい?そこまでってなんです?」

 

「今翼がどんな状態かわかるっしょ?これ以上追い詰めるような真似しないでって言ってんの」

 

「私も同意するわ。そもそもあなたの話とかどうでもいいのだけれど」

 

 平野さんに続いて笹山さんも墨染の言葉を切って捨てている。

 

 墨染は信じられないと言いたげに口をパクパクさせているけど、多分俺も似たような顔をしているはずだ。

 

「えっと、お二方は状況を理解出来ないんですか?」

 

「理解出来てないのはそっちでしょ。こんな状況でそれ言ったらどうなるか想像出来なかったの?それともわかっててした?」

 

「な、何を言ってるんですか!ボクはそこの殺人鬼の危険性を指摘しただけですよ?」

 

「ふん、そうして疑心暗鬼を深め、いざコロシアイが起きたらそれをスクープする気だろう……くだらん事を」

 

「なっ、い、言いがかりですよそれは……!」

 

 神崎さんや伊方にまで反論された墨染の顔から笑みはとっくに消えていて、さっきまでの勢いが萎んでいくのがはっきりわかる。

 

 俺も今の状況を上手く飲み込めない……いったい、どうなってるんだ?

 

「じゃあ聞くけど、だったらなんでさっきからもう一人の殺人経験者について何も言わないのかな?」

 

 神崎さんが指差す先にいたのは苦虫を噛み潰したような顔をしているクロード。

 

 きっと俺を巻き込むなって思ってるんだろうなあれ……

 

「相手がテロリストとはいえクロード・イーストウッドは確かに人を殺している。お前の主張だと奴も隔離対象のはずだが?」

 

「そ、それは……クロードさんが殺人経験者だなんてわかりきってるじゃないですか!それに、殺人鬼である皐月さんの方が危険……ですし」

 

 もう状況は完全に逆転していた。

 

 さっきまで俺を追い詰めていたはずの墨染が今は逆に追い詰められていて。

 

「ふん、今はそういう事にしてやるが……あまり調子に乗るとここで死ぬぞ、墨染優里」

 

「くっ……こ、殺されてから後悔しても知りませんからね!」

 

 伊方の言葉が決定打だったのか墨染はそう吐き捨てると、逃げるように出ていく。

 

「……」

 

 もう隔離されるしかないと思ってたのに、俺は庇ってもらえたのか?

 

 平野さんを見ると、彼女は視線に気付いたのか俺を見て安心させるみたいに笑みを返してきた。

 

「い、意味わかんねえ……なんで殺人鬼が庇われてんだよ!?」

 

 隔離を提案してきた墨染はいなくなったけど、それは俺が受け入れられたのを意味しない。

 

 叫んで出ていった安田の存在が、そのいい証拠だ。

 

「ちょ、安田君!」

 

「やめておけ神崎、この数時間でも奴が話を聞くような男でないのはわかる。それにお前には任せたい事もあるからな」

 

 咄嗟に安田を追いかけようとした神崎さんを伊方が止めている。

 

 それを横目に見ながら俺は安田の言葉を思い返していた。

 

 安田の言う通りだ、なんで俺が庇われたのか自分でもその問いに答えが出ない。

 

「むううっ、状況はわからぬがとりあえず……吾はこの血だらけの服を着替えてくるとしよう!」

 

「ミ、ミーちゃんも、とりあえず探索の時見つけた客室に行くにゃあ」

 

「僕もそうするわぁ……」

 

「部屋ね……一応見ておきましょうか」

 

 みんなが次々と出ていくのだって、部屋を見るより殺人鬼から離れたいって気持ちがあるからなのは経験からわかる。

 

 だからわからない。

 

「平野、俺も一度部屋を調査する。皐月の治療はお前に任せるぞ」

 

「はいはい、りょーかい。それにしても優里にはまいったねぇ」

 

 伊方に言われたからって治療するって今もこうして残ってる平野さん。

 

「あの……」

 

 それに岩崎さん……なんで彼女はこんなに申し訳なさそうな顔をしてるんだ?

 

「ごめんなさい、私一瞬疑ってしまいました……皐月さんは私を助けてくれたのに……」

 

「……いいよ、別に」

 

 疑われるのが一瞬だけで済むなんて俺からしたら奇跡みたいなもの。

 

 それに、露骨に敵意向けられるよりかははるかにマシだから。

 

「本当に、ごめんなさい……」

 

 だけど俺のその気持ちは上手く伝わらなかったらしい。

 

「色々持ってきたよ!」

 

「あ、あれ?他の皆さんは……」

 

「色々あったんだよねー。まっ、とにかく治療に使えるものちょーだい」

 

 そのせいか下田と立木さんが戻ってきて、平野さんが治療を始めるまで俺と岩崎さんの間に会話はなかった。

 

 

※※

 

 

「なるほど、そんな事が……墨染さんにも困ったね」

 

「でも本当に皐月君がそんな……」

 

 岩崎さんが下田と立木さんがいなかった間の話を二人にしているのを眺めながら、俺は平野さんに治療されている。

 

 手際がいいのかあっという間に俺の怪我は包帯に覆われていった。

 

「はあっ、倉庫に包帯ないとか不便過ぎ……慧が持ってなかったらどうしてたのさ。とりあえず応急手当だけど我慢してね翼」

 

「……なあ、平野さん」

 

「どしたの?」

 

 今なら、聞けるかもしれない。

 

 さっきからずっと考えて、結局出てこない問の答えを。

 

「なんで、平野さんは俺を庇ってくれたんだ?」

 

「えっ」

 

「いくら考えてもわからないんだ。腹立たしいけど墨染の言ってた事は正論でもある……俺は殺人鬼で隔離されるべき存在だ」

 

 だから俺は最終的に隔離を受け入れようとして。

 

 だけど平野さんはそれを止めた……殺人鬼を庇うメリットなんて彼女にはないはずなのに。

 

「教えてほしい、どうしてなんだ?」

 

 いつの間にか下田達も俺達の方に注目してるのがわかる。

 

 平野さんはしばらく考え込むように視線をさまよわせて……

 

「わかんない」

 

 そう、答えた。

 

「わから、ない?」

 

「いや、はっきりとした理由ないんだよね。ただ翼が隔離を受け入れようとしてるのはなんとなーくわかって……それはダメだって思った感じ?」

 

「ダメって……」

 

 俺はそう思った理由が知りたいんだけど……

 

「んー……そもそも、さ」

 

 あいまいな答えに納得できなくて、平野さんにまだ言葉を重ねようとした俺は。

 

「翼って本当に殺人鬼なわけ?」

 

 その一言で、文字通り言葉を失った。

 

「えっ……」

 

「だって翼、全くそんな雰囲気とかそういった怖い感じ?のものがないし?これでも人を見る目はあるつもりだからさー」

 

 言葉が出てこない、だけどそれは下田に名乗るのを躊躇った時とは違う。

 

 何を言ったらいいのか、本気でわからなかったんだ。

 

「というわけで今度はあたしから質問。翼、本当にやったの?」

 

「っ……」

 

 真剣な目をした平野さんの問いかけ。

 

 それに俺は何を言えばいい。

 

 頭がぐちゃぐちゃで、とても簡単なはずなのに真っ暗闇の中にいるみたいに何も見えなくて。

 

「難しく考えなくていいんだよ翼、やったかやってないか……答えは二つに一つなんだから」

 

 二つに一つ……ああ、そうか。

 

 俺はいつの間にか……

 

「…………やって、ない」

 

 こんな簡単な事すら、言えなくなってたのか。

 

「うん、あたしは信じるよ」

 

「……本当に?」

 

「やっぱり理由はわかんないけど、翼の言葉が嘘じゃないのはわかるからさ」

 

「ぼくもそう思うよ。皐月君とは知り合ったばかりだから説得力あまりないかもしれないけどね」

 

「わ、私も信じます!それに話を聞く限り、他にも皐月君を信じてくれそうな人はいるみたいですから……冤罪ならきっとわかってもらえますよ!」

 

「一度疑った私が言うのは、おかしいかもしれませんが……あの時私を助けてくれた皐月さんが、殺人鬼とは思えません」

 

「みんな……」

 

 なんだろうな。

 

 あれだけ一緒にいた親や友達は信じてくれなかったのに……会ったばかりのみんなが信じてくれるなんて。

 

 これが、世界の希望って言われてる人達って事、なのか?

 

 やっぱり希望を信じてスカウトを受けたのは正しかったんだ……はは、こんな状況なのにそう思えるなんて思わなかったよ。

 

「っし、とにもかくにもまずはこのコロシアイをどうにかしないと!」

 

「あっ、そういえば皐月君と下田君は探索に参加してませんよね?」

 

「そうだね。ぼくは最初にいた部屋ぐらいしかわからないし、皐月君はここにいたから色々知らない事もあるよ」

 

「でしたら、私達がご案内しますよ」

 

「本当に?助かるよ!」

 

 胸がいっぱいになっている間に色々と話が進んでたみたいだ。

 

 探索か……確かに俺はまだこの部屋から全然動いてないからわからない事だらけなんだよな。

 

「あっ、勝手に決めちゃったけど皐月くんも一緒でいいよね?」

 

「……俺も一緒でいいのか?」

 

「もちろん。むしろここで突き放すような真似はしないよ」

 

「それじゃあ……お願いするよ」

 

「わかりました。それでは説明しながら行きましょう」

 

 こうして俺はこの列車を案内される事になった。

 

 色々調べて、早くここから出ないとな……

 

「まずはこのサロンですね。岩崎さん、ここは二号車でしたっけ?」

 

「はい立木さん。一号車の機関室に繋がる扉は開きませんから……実質ここが一番先になりますね」

 

 四つ並んだソファーにテーブル、雑誌にドリンクも揃ってる。

 

 後は何のためかあまり考えたくはないけど監視カメラとモニターもあった。

 

「はぁ、見た目だけは、豪華列車って感じなんだけどね」

 

「そうだね。こんな状況じゃなかったら少し楽しみだったかもしれない」

 

 確かにこんな列車に乗る機会なんてそうそうない。

 

 本当にコロシアイなんて状況じゃなければな……

 

 

※※

 

 

【三号車・客室前廊下】

 

 サロンを出るとそこは人三人分程度が通れるぐらいには広い廊下。

 

 

 左には鉄板か何かで塞がれた窓とサロンにもあったモニターが、右には二つのドアがある。

 

「こっからは客室だね」

 

「ドアにプレートがありますね……えっと1号室が岩崎さん、2号室が物述さんの部屋みたいです」

 

「部屋の内装も確認しますか?」

 

「い、いや、さすがに女子の部屋に入るわけにはいかないよ」

 

「あっ、それもそうですね……」

 

 どうやら客室は一つの車両に二部屋あるらしい……つまり単純計算で十六人分、八両あるって事か。

 

 その後調べた結果……

 

 ・三号車1号室…岩崎、2号室…物述

 

 ・四号車3号室…墨染、4号室…笹山

 

 ・五号車5号室…美影、6号室…立木

 

 ・六号車7号室…神崎、8号室…平野

 

 ……という部屋割りだってわかった

 

 どうもこちらに女子が集中しているみたいだな……霧ヶ島さんの名前がないのはきっと女子が九人って半端な数だからだろう。

 

 

※※

 

 

【七号車・レストラン】

 

 女子の客室がある車両を抜けると、上下に続く階段があるスペースに出る。

 

 下に向かう階段を降りるとレストランらしい車両に出た。

 

 どうやらここは二階建てになってるみたいだ。

 

「ここも広いね、まるで豪華なレストランそのまま持ってきたみたいだよ」

 

「しかし妙ですね……これだけの列車なら、私がどこかで話に聞いてもおかしくないんですが」

 

 

「そうですね……私もここまでの豪華列車なんて小説ぐらいでしか見た事ありません」

 

 そんな列車がどうしてコロシアイなんてものに使われてるのか……疑問は尽きない。

 

「あのモノクマを操ってる人が作ったとしたら、犯人は相当な財力があるんだね」

 

 金持ちの道楽なんて話だったら、勘弁してほしいな……

 

 その後戻って上への階段を昇ると、調理場らしい場所に出た。

 

 つまり一階はレストラン、二階は調理場になってるわけか……

 

 

※※

 

 

【八号車・客室前廊下】

 

 ここからはまた客室か……あれ?

 

「どうしたの皐月くん」

 

「いや、向こう側に女子が集中してるから9号室は余った霧ヶ島さんだと思ったんだけど」

 

 9号室…下田、10号室…クロード

 

「本当ですね……霧ヶ島さんの部屋は更に奥みたいです」

 

 男子の部屋が集中してる所に一人だけ女子だなんて……モノクマは何を考えてこんな部屋割りにしたんだ?

 

「こ、心細かったりしないでしょうか……」

 

「んー、いざという時はあたしの部屋に泊める感じでいくよ。生の巫女さんと過ごせばいい曲出来るかもしんないし!」

 

 そこは平野さんに任せるしかないか……

 

「それじゃあ霧ヶ島さんについてはそうするとして……とりあえずぼくの部屋でも見てみようか」

 

 

※※

 

 

【八号車・下田の部屋】

 

 結構広いんだな……薄暗い部屋の右にはベッド、左にはテーブルと椅子。

 

 ベッドの脇には扉があってそこはトイレとシャワールーム。

 

 テーブルの近くには水が入った冷蔵庫とクローゼット……中には今下田が着てるのと同じような服が並んでる。

 

 部屋の一角には演劇に使う小道具みたいな物があるな……下田の私物か?

 

 そしてここにも監視カメラとモニターは、あるんだな。

 

「間取りは女子の部屋と変わりませんね……」

 

「廊下の明かりだけだと薄暗いからよくわからないね。ちょっと待って今……あれ?電気がつかない」

 

「カードを差し込まないと電気が通らない仕様のようですね」

 

 岩崎さんが指差す先にあったのはホテルで見るようなカードを入れる機械。

 

 前に旅行行った時はカードキー差して電気点いたんだよな、という事はどこかに……

 

「おっ、これがそーじゃない?テーブルの上にあったよ」

 

「カードと……なんだろうこれ?」

 

 下田が手に取ったのは……小さなスマホみたいな機械。

 

「スマホってわけではなさそうだけど……」

 

「知りたい?」

 

 謎の機械を調べていると、今までなかった声が俺達の会話に入ってくる。

 

 この、声は……

 

「うわっ!?」

 

「ひっ!?」

 

 下田を驚かせて岩崎さんに悲鳴をあげさせたソイツ、モノクマは何がおかしいのかゲラゲラ笑っている。

 

 あんまり見たくない顔だっていうのに……

 

「モ、モノクマさん!?」

 

「いやいや、さんはいらないっしょ……」

 

「とりあえず聞いてみようか……部屋について色々」

 

 他に選択肢もなさそうだしな……

 

「はいはーい!それでは説明しましょう!このディスペアー・エクスプレスの客室はカードキーを使って鍵を開いてもらう仕様となっております!そのために使うのがその【乗客手帳】ってわけ!」

 

「手帳って事は……カードキー以外にも使えるのか?」

 

「そうだよ!」

 

 モノクマによるとこの手帳にはディスペアー・エクスプレスのマップと俺達のプロフィール、後このコロシアイにおけるルールなどが載っているらしい……

 

「後その【モノクマカード】を使わないと客室の電源は点かないんでそこんとこよろしく!とりあえず説明終わり!じゃーねー!」

 

 モノクマがいなくなると同時に崩れ落ちる音がする。

 

 見ればへたり込んだ岩崎さんが身体を抱き締めてガクガクと震えていた。

 

 

「和音、大丈夫!?」

 

「は、はい……」

 

 殺されかけたんだ、岩崎さんのこの反応は何もおかしくない。

 

 俺だって少し身体が震えて、さっきの傷がズキズキ痛みだした気がする。

 

「二人が落ち着いたら、とりあえずルールだけでも確認しておこうか」

 

「悪い……」

 

 

※※

 

 その後俺達はルールを確認した。

 

 ルール1…乗客達はこの列車内で共同生活を行いましょう。

 

 ルール2…夜10時から朝7時までは夜時間とします。夜時間、七号車は立ち入り禁止になるので注意しましょう。

 

 ルール3…就寝は自分の客室を使いましょう。異性の客室での故意の就寝は禁止します。

 

 ルール4…このディスペアー・エクスプレスについて調べるのは自由です。特に行動に制限は課せられません。

 

 ルール5…車掌であるモノクマへの暴力行為、監視カメラやモニター、車窓の破壊を禁じます。

 

 ルール6…乗客内で殺人が起きた場合は、その一定時間後に、全員参加が義務付けられる学級裁判が行われます。

 

 ルール7…学級裁判で正しいクロを指摘した場合は、クロだけが処刑されます。

 

 ルール8…学級裁判で正しいクロを指摘できなかった場合は、残りの乗客は全員処刑されます。

 

 ルール9…三人以上の人間が死体を最初に発見した際に、それを知らせる死体発見アナウンスが流れます。

 

 ルール10…モノクマは学級裁判以外は明確な違反がない限りおしおきはしません。

 

 ルール11…ルールは今後も増える可能性があります。

 

 

※※

 

 

「はー……本当ふざけてるルールっしょー」

 

「わざわざ異性の部屋で寝る事を禁止する……意味があるのかな?」

 

「七号車は確かレストランと厨房でしたね。つまり夜は男女の客室が分断されると……」

 

 霧ヶ島さん、本当に大丈夫なんだろうか……心配だな……

 

「ルールによると調べるのは問題ないらしいから、みんなで協力すればきっと何とかなるよ」

 

「それじゃあ、そろそろ移動するか……下田、後何両あるんだ?」

 

「えっと客室を除いたら……後十……」

 

「マジで!?」

 

 まだそんなにあるのか……!?

 

「……はないかな?」

 

「えっ……ちょっと意味わかんない、その冗談」

 

「……ごめん」

 

 下田の冗談は、よくわからないな……

 

 その後こちらの部屋割りは……

 

 ・八号車9号室…下田、10号室…クロード

 

 ・九号車11号室…伊方、12号室…石原

 

 ・十号車13号室…安田、14号室…陸海

 

 ・十一号車15号室…霧ヶ島、16号室…皐月

 

 だって事がわかった。

 

 霧ヶ島さん、俺の隣なのか……本当になんで彼女だけここなんだ?

 

 

※※

 

 

 【十二号車・サロン】

 

「ここもサロンなのか」

「夜時間になるとこっちにはいけなくなるから……両方に置いてるんだろうね」

 

 二号車のサロンと変わった所はあんまり見当たらないな……

 

「あっ、雑誌の種類は違いますよ!」

 

「まー、おんなじだったら男子が女の子用のファッション雑誌見る事になるからねー」

 

 サロンはそれ以外に変わった所はなさそうだ。

 

 俺の部屋で回収してきた乗客手帳によると、残りの車両は後一つ。

 

 つまりこの列車は十三両編成って事か……

 

 

※※

 

 

 【十三号車・貨物車】

 

 ごちゃごちゃと物が詰め込まれた部屋……ここは貨物車か。

 

「タオルはここから取ってきたんですよ」

 

「保存食とかはここにあるから、食堂車が閉まっても何とかなるね……後で女子のサロンにいくつか移動しておくよ」

 

「サンキュ、慧」

 

「それにしても……やっぱりありませんね、乗車口」

 

 そういえば、外に繋がるドアとか全くなかったな……石原が窓を壊そうとしたのはだからか。

 

 もし可能性があるとするならそれはきっと……

 

「多分、一号車の方にあるんだと思います」

 

「まいったね。どうにかして一号車に行かないと……ぼく達はこの列車から永久に出られない」

 

 人を殺さない限りは。

 

 下田が言外にそう言っているのを、俺は何となく感じ取った。

 

 

※※

 

 

 【十一号車・皐月の部屋】

 

 

 探索を終えた俺達はとりあえず解散する事にした。

 

 夕食を一緒にとる約束はしたけどそれには早いし、安静にした方がいいと部屋に戻ってきたけど……

 

「コロシアイ、か……」

 

 教科書とか小説ぐらいでしか聞いてなかったような言葉……まさかそれが俺の身に降りかかるなんて。

 

 冤罪だけでも最悪なのに。

 

 だけど悪い事ばかりでもない……信じてくれる人が少しでもいてくれたんだ。

 

 それだけが救いと言えば、救いだな。

 

「とりあえず……寝るか」

 

 腕も痛いし、疲れたしな……

 

 

 

※※

 

 

 あれ?

 

 俺は……確か、コロシアイに巻き込まれて……

 

 それで……えっと。

 

 そもそもここどこだ?俺は部屋にいたはず……

 

 俺はいったい……

 

 あっ、モニターに何か文字が……

 

       GAME OVER

 

  サツキクンがクロにきまりました。

 

    おしおきをかいしします。

 

 

 ……えっ?

 

 気がついたら俺がいたのは廃倉庫みたいな場所。

 

 えっ、廃、倉庫……?

 

 まさ、か……まさか……!?

 

 

 

    そして誰もいなくなった

 

  超高校級の殺人鬼皐月翼処刑執行



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(非)日常編その二……悪夢と希望と

 俺の周りには何人もの人間……がいた。

 

 顔はモノクマのマスクを着けてて、わからない。

 

 だけど数はわかる、わかってしまう。

 

 三十人……そしてこの廃倉庫は、俺が冤罪をかけられたあの……

 

 マスクを着けた誰かが鉄パイプを振りかぶって襲いかかってくる。

 

 俺は咄嗟にそれを避けて、手に持っていたナイフで……ナイフ!?

 

 ま、待ってくれ、なんでナイフなんか……

 

 俺の困惑をよそに俺の身体はナイフで襲いかかってきた相手の首を切っていた。

 

 俺の顔や身体を濡らす大量の血飛沫、崩れ落ちる相手の身体……もう生きてないのは明白で。

 

 するとフラッシュが光って俺の視界を照らす。

 

 見ればカメラを構えたモノクマがペンで何かを書いていて……

 

 書き終えたモノクマがばらまくのは新聞……【凶悪殺人犯皐月翼!再び犯行!】と書かれた新聞。

 

 う、嘘だ!俺は殺してなんか……という叫びはさっき撮られた写真に否定されて。

 

 その後も心と身体がバラバラになったみたいに、俺は次々とその場にいる人達を殺して、その度にモノクマは写真を撮って新聞をばらまいていく。

 

 嫌だ、やめてくれ、俺はこんな事したくない!

 

 どれだけ叫んでも止まらない、止まらない、止まらない……そして、気付いた時には二十九人の死体が周りに転がっていた。

 

 俺は返り血で真っ赤になりながら怯えた様子の最後の一人に向かって歩いていく。

 

 そして、そのままナイフを心臓に突き立てた。

 

 なんでだ。

 

 俺は殺したくないのに、なんでこんな事したんだ。

 

 なあ、誰か教えて……

 

 ザクッ

 

 激痛、振り返ると……俺が殺したはずの二十九人がナイフを持って立ち上がっている。

 

 ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ

 

 顔、腕、身体、脚。

 

 身体中に突き刺さるナイフ……痛みなんかもう感じない。

 

 残った片目で見ると、最後に殺した三十人目がナイフを持って近寄ってきている。

 

 

 それを見て俺は笑う。

 

 俺はやっぱり誰も殺してなかった!

 

 あはっ、あははははははは――

 

 ザクッ

 

 

 身体中にナイフが突き刺さった、糸で吊られた皐月クンの身体がドサッと倒れます。

 

 それと同時に糸で操られた三十人の死体も倒れ……

 

 倉庫に【殺人鬼皐月翼!狂った末に自殺!】と書かれた新聞が落ちてきます。

 

 それを最初は興味深げに読んでいたモノクマはすぐ興味を失ったのか新聞を丸めて捨てていなくなり。

 

 倉庫には誰もいなくなったとさ。

 

 

※※

 

 

「うわあああああああああっ!?」

 

 な、なんだ今の夢!?

 

 処刑、まさかあれが学級裁判の処刑だっていうのか!?

 

「うぐうっ」

 

 こみ上げてきた嘔吐感に慌ててトイレに入る。

 

 吐いても吐いても、気持ち悪さがこみ上げてきてもう何も出ないのにひたすら吐き続けて。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 それからどれだけ、経っただろう。

 

 ようやく吐き気が消えた頃には、俺はグッタリして何をする気力も湧かなかった。

 

「……」

 

 処刑……つまり俺は、夢の中で誰かを殺したのか?

 

「……うっ、ぐっ」

 

 あり得ない、俺は誰かを殺したりなんてするわけない。

 

 冤罪をかけられてあれだけそういうのが嫌だったんだぞ。

 

「あり得ない、あり得ないんだ……」

 

 だけど時々思いそうになる。

 

 もしかしたら俺は自覚がないだけで本当に殺したんじゃないかって。

 

 今の夢は、俺の本性を反映した未来の姿なのかもしれない。

 

 あり得ないはずの馬鹿げた考えも、今の俺を揺さぶるのに十分過ぎた。

 

 だから俺は何回も言い聞かせる、あり得ないと。

 

「あり得ない、あり得ないあり得ない……」

 

 俺は、殺人鬼なんかじゃ……

 

 ピンポーン

 

 そんな考えを遮るように部屋のチャイムが鳴る。

 

 誰だ、誰が来たんだ?

 

 いや、誰でも、いい。

 

 この際、墨染じゃなければ……一人でいたらおかしくなりそうなんだ……

 

「こんばんは♪」

 

 だけどそんな願いも虚しく、扉の前にいたのは墨染で俺の身体は強張ってしまう。

 

 なん、で、よりによってこいつが……!

 

「おやおや、なんか変な臭いしますね?もしかして吐きました?」

 

 固まった俺を押し退けて部屋に入ってきた墨染は何が気になるのか部屋を見回している。

 

「……何の、用だ」

 

 早く出ていってほしいと匂わせながらそれだけ口にする。

 

 だけどそれが通じてないのか墨染は笑いながら椅子に座った。

 

「言いましたよね?取材するって♪」

 

「……俺には話す事なんてない。そもそも、怖くないのか?俺は隔離した方がいい殺人鬼なんだろ」

 

 隔離しろと言ったかと思えば一人で部屋に来る……何がしたいんだよこいつは。

 

「ご心配なく♪皆さんレストランにいる状態で来ましたから。何かあれば犯人は確定、あなたは処刑ってわけですよ」

 

 殺人鬼なら処刑されたって構わないから殺すとは、考えないのか。

 

 抜けてるのか、舐められてるのか……どちらにしても居座る気満々の墨染を追い出すのが容易じゃないのだけはわかる。

 

「それでは取材させていただきますね」

 

「話す事なんてないって、言ったじゃないか」

 

「そんな勿体ぶらないで教えてくださいよ。人を初めて殺した時の感想とかどんな感じなのかとか、質問はたくさんあるんですから」

 

 そんなものに答えられるはずがない、だって俺は誰も殺してないんだから。

 

 さっきの夢もあって苛立ちがどんどん頭の中を占めていって、俺は無意識の内に机を殴り付けていた。

 

「いいかげんにしてくれ!!話す事はないって言ってるだろう!?」

 

「きゃー、怖い怖い。でも怒鳴ったくらいで怯むと思ってるなら無駄です♪」

 

 ああ、こいつは何を言っても無駄なのか。

 

 だったら、もう取れる選択は一つしかない。

 

「あっ、ちょっとなにするんですか!?まだ取材は」

 

 墨染の腕を掴んで無理矢理立たせると突き飛ばすように部屋の外に追い出す。

 

 その勢いのまま扉を閉めて、俺はベッドに潜り込んだ。

 

 連打されるチャイムの音から逃げたくて耳を塞ぐ。

 

 早く消えろ、あっちに行けと何度も何度も心の中で念じて……どれぐらい経ったかもわからない頃にようやくチャイムの音は消えた。

 

「なんで、こうなるんだよ」

 

 思い出すのは、俺が捕まってすぐ家に大量に来たらしいマスコミの話。

 

 捕まっていた俺はその場にいなかったからわからないけど毎日毎日チャイムを鳴らされて、家族も相当辛かったらしい。

 

 俺が殺人なんかしたからそんな事になった、お前なんか産むんじゃなかったって言われたのは面会の時だったっけな……

 

「くそっ、くそっ、どうして……」

 

 俺が、何をしたって言うんだよ……!

 

 

※※

 

 

 ピンポンパンポーン

 

「ただ今より夜時間となります!」

 

「食堂車には入れませんので気をつけるように」

 

「それじゃあおやすみー……」

 

 モノクマの耳障りなアナウンス……その中にある夜時間って言葉。

 

 記憶にあるルールから同じ単語を引っ張り出した俺は、墨染を追い出してから何時間も経ってる事に初めて気付く。

 

「……もう夜の十時、か」

 

 あれからずっと、眠る事も出来ずにじっとしていた。

 

 外に出たらまたさっきと同じ目に遭うんじゃないかって思うと、怖くて……かといって眠ってまたあんな夢を見るかもしれない。

 

 だから何もせずにただ時間が過ぎるのを待つしかなかったんだ。

 

「……お腹、空いたな」

 

 それでも空腹は訪れる……どうにかするには外に出るしかない。

 

「さすがにもう誰もいないよな」

 

 まだ外に出たくない気持ちを抑えてゆっくりベッドから出た俺は、貨物車にある保存食を取りに部屋を抜け出した。

 

「……?」

 

 部屋を出てすぐ、薄暗い廊下に何かがあるのを見つける。

 

 それは食事と、手紙だった。

 

「誰が……あ」

 

〔墨染さんが謝りたいって言うのを信じて行かせてしまったせいで、皐月くんを傷つけてしまってごめん。

今は誰にも会いたくないだろうし、チャイムを鳴らされるのも嫌だろうから食事を置いていくね。

また明日。

下田慧〕

 

「……下田」

 

 食事の乗ったトレーを持って部屋に戻る。

 

 まだ温かいそれに下田がさっきまでいたのは容易に察する事が出来た。

 

「ありがとう、下田……」

 

 大丈夫、俺はまだ頑張れる……明日はちゃんと食堂車に行こう。

 

 空っぽの胃に食事を流し込みながら、俺はさっきよりも気分が軽くなってるのを強く自覚した。

 

 

【二日目】

 

 ピンポンパンポーン

 

「朝ですよ!」

 

「今日も列車は通常運転だよー!」

 

 

 モノクマのアナウンスと同時に目が覚める。

 

 どうやら悪夢は見ずに済んだみたいだ。

 

「よし、行こう」

 

 昨日決めたんだから、鈍らない内に食堂に行こうと部屋の扉を開ける。

 

「あっ」

 

「あっ」

 

 すると壁に寄りかかっていた下田と、バッチリ目が合った。

 

 下田の部屋は一番食堂車に近かったはず……もしかして、俺を待ってたのか?

 

「皐月くん!昨日は本当にごめん!まさかあんな事になってたなんて思わなくて」

 

 そんな事を考えてると下田が深々と俺に頭を下げてくる。

 

 下田が謝らないといけない事をした訳じゃないのに、なんで謝るんだ?

 

「し、下田のせいじゃないから謝らないでくれ」

 

「いや、せめてぼくが一緒に行くべきだったんだ……チャイム鳴らしてる墨染さんを見つけてようやく察した自分が情けないよ」

 

「本当に下田は悪くないから……ところで、あの後墨染は?」

 

「一応そんな事はしないでって言ってはおいたけど……ごめん、あんまり効いてないと思う」

 

 だよ、なぁ……墨染が言ってわかるような人間とは思えない。

 

 だけどこの状況じゃ墨染を避けるにも限界がある。

 

 どうしたら、いいんだろうな……

 

 

【食堂車】

 

 

「おはよう」

 

 下田と一緒に食堂車に入ると、空気が少し重くなった気がする。

 

 殺人鬼扱いの俺が来たんだから、これぐらいは仕方ないか……

 

「おはよ翼、昨日の事聞いたよ」

 

「墨染には、本当に参った……そういえばその本人は?」

 

 また昨日みたいに来ると思ってたから拍子抜け……というよりそもそも食堂車に墨染の姿がない。

 

 どこに行ったんだあいつ。

 

「あー、優里ねぇ……」

 

「あの子なら部屋にいるよ。心理的に人を追い詰めて悪びれもしないからね。罰としてベッドに縛りつけちゃった」

 

 平野さんが視線を向けた神崎さんは事も無げにそう答える。

 

 ベッドに縛りつけたって……いや、正直助かるけど。

 

 部屋で騒いでる姿が脳裏に浮かんで、少し寒気がしたのは黙っておこう。

 

 

「あ、あんまりやりすぎないでね?」

 

「わかってる。反省さえすればすぐ解くよ……いつになるかわからないけど」

 

 どうも墨染の認識は共通化しつつあるみたいだ……

 

 下田がやりすぎないように言っても、縛りつけた事自体には何も言わないのが答えみたいなものだよな。

 

「あっ、それと皐月君昨日はごめんね。私もちょっとキツい事言っちゃった」

 

「……昨日?」

 

 神崎さんの謝罪に思い返してみても、全く心当たりがない。

 

 彼女、俺に何かを言ったっけ?

 

「……言われた自覚なし、かぁ」

 

「えっ?」

 

「なんでもない!さーて、今日のご飯は何かなー!」

 

 神崎さんが席に向かうのを俺は首を傾げながら見送る。

 

 よくわからないけど、とりあえず俺も座るか。

 

「あの、そういえば美影様はいらしてないんですか?」

 

 俺が席につくと同時に霧ヶ島さんがそんな事を呟く。

 

 そういえばあの特徴的な猫耳を着けた姿がどこにも見当たらない。

 

「立木さんと起こしに行ったけど……彼女はまだ寝てるみたい」

 

「はい、チャイムは鳴らしたんですが全然出てこなくて」

 

 まだ寝てるのか……こんな状況なのにすごいな。

 

 そんな呆れにも似た心境は……

 

「ふん、寝ているだけならいいがな」

 

 伊方の言葉で文字通り一変した。

 

「えっ、それって……」

 

「ど、どういう意味だよ!?」

 

 ざわつきだす食堂車。

 

 それが全員の脳裏に最悪の可能性が浮かんでるからなのは明白で。

 

「……様子見に行く?」

 

「そだね。ちょっち様子を……」

 

 いてもたってもいられないのか神崎さんと平野さんが席から立つ。

 

 俺もそれに続こうとしたその時。

 

「ふにゃああああっ……おはよ、にゃあ」

 

 眠たげな声をした美影さんが食堂車に入ってきた。

 

「……見に行く必要なさそうって感じ?」

 

「いくらなんでも遅いぜぇ」

 

「ごめんにゃあ……ミーちゃん朝弱くて……んうっ……」

 

 どうやら本当に今の今まで眠ってたらしい……今も少し眠そうだ。

 

 そんなちょっとした混乱を引き起こした伊方は向けられる視線に何も言わずコーヒーを飲んでいた。

 

「墨染さんはいないけど美影さんも来たし……みんなちょっといいかな?」

 

「どうした下田?」

 

「ぼく達はこうして列車内に監禁されて、コロシアイを強要されてるわけだけど……当然コロシアイなんてするわけにはいかないよね?」

 

「うむっ!その通り!」

 

「……コロシアイとか興味ないわね」

 

 下田の言葉に口々に肯定が返ってくる。

 

 コロシアイをするわけにはいかない……それはきっとこの場にいる全員の共通の思いのはずだ。

 

「そのためにはまとめ役、リーダーが必要だと思うんだ。だから男女でリーダーを決めたいんだけど、立候補する人いないかな?」

 

 リーダー……確かにこの状況だと意見をまとめたりする人間は必要かもしれない。

 

 でも立候補する人はいないかと下田は言うけど俺は……

 

「立候補も何も慧でよくない?」

 

 俺の気持ちを代弁するかのように平野さんが声をあげる。

 

 そう、今まさに率先して話し合いをしようとしている下田こそ俺はリーダーにいいんじゃないかって思ったんだ。

 

「確かに下田君ならいいリーダーになってくれそうです!」

 

「えっ、いや、ぼくは冷静な伊方君とか監督の安田君とかの方がいいと……」

 

「そんなの押しつけられてたまるか!ボクはごめんだ!」

 

「俺はしてやってもいいが……ふん、真の希望はリーダーなどしないものだ」

 

 伊方と安田に断られて、下田は俺達を見る。

 

 本当に自分でいいのかという目に誰も反対しようとはしない。

 

 それで覚悟も決まったんだろう、下田は力強い瞳で大きく頷いた。

 

「……わかった。ぼくが男子のリーダーをやるよ。みんなよろしくね♪」

 

 おどけてウインクする下田に空気が少し冷える。

 

 敏感に察したのか下田も頭をかきながらごめんとだけ呟いた。

 

 下田って和ませようとして失敗する事があるな……

「そ、それじゃあ女子のリーダーを決めようか」

 

 空気を変えたいらしい下田が話を次に進める。

 

 だけど女子は誰も立候補しようとしない。

 

 

「私はいやよ」

 

「私もちょっと……」

 

「リ、リーダーなんて柄じゃありませんから……」

 

 振ってみても拒否だらけの状態にどうしたものかと沈黙が漂い始める。

 

 墨染なら引き受けそうな気はする……だけど絶対にろくな事にならないのをわかっているのかそれを口にする人はいなかった。

 

「あの、私は平野さんがいいと思います」

 

 そしてくじ引きになりそうな雰囲気にさえなった頃、岩崎さんから推薦があった。

 

 推薦された平野さんはまさか自分に来るとは思ってなかったみたいで目をパチクリさせている。

 

「……あたし?」

 

「昨日の件、皐月さんが怪我をした時すぐに動いていたのは平野さんでしたから」

 

 確かに痛みでよく覚えてないけど、昨日の平野さんは指示もすぐ出してたよな。

 

 平野さんはマジで?なんて言ってるけどこちらも誰も反対しない。

 

 みんな昨日の平野さんの姿を見ているから……だろうな。

 

「わ、わかったよ。あたしがリーダーやるって感じでいくよ!」

 

「あの、墨染様の意見は聞かなくてよろしいのでしょうか?」

 

「……必要なの?」

 

「いらないに一票」

 

 そんなやり取りもありつつ、リーダーは下田と平野さんに決まった。

 

「こほん。とにかくぼくも平野さんもリーダーとして頑張るから!」

 

「まっ、ちゃっちゃと脱出しましょー!」

 

 よし、俺も手伝おう……脱出のために。

 

「リーダーになって早速なんだけど、みんなに提案があるんだ」

 

「提案?」

 

「みんなも乗客手帳をもらってるだろうからルールは把握してると思うんだけど……昨日のモノクマがアナウンスで言ってたように夜十時になったらこの食堂車には入れないんだ」

 

 そういえば昨日見たルールにそんな事が書いてあったし、モノクマもアナウンスで食堂車に入れないって言ってたな……

 

「なんとそうであったのか!だから朝入れなかったのだな!」

 

「アナウンスがあったなんて、知らなかったにゃあ……」

 

「あら、そうだったの」

 

「あの、乗客手帳とはなんですか……?」

 

 当然全員把握してると思っていたルール……だけど今聞いたと言いたげな反応もいくつか返ってくる。

 

 霧ヶ島さんに至ってはルールとかそれ以前に手帳の存在も把握してないらしい。

 

「なんかリーダーやるのやめたくなってきたんだけど、マジで」

 

「引き受けなくて良かったよ……」

 

 そう言った平野さんや神崎さんを責める事は誰にも出来ない……下田でさえちょっと顔がひきつっていた。

 

「後でルール周知しないと……えっと、とにかく十時になったらここには入れないのは理解してもらったとして……そうなると男女の客室が完全に分断されちゃうんだよね」

 

「どういう事だぁ?」

 

「男子は二号車から六号車、女子は八号車から十三号車にいたまま十時になった場合部屋に戻れないという事だ陸海」

 

「ルールによると異性の部屋で寝るのは禁止とありますから……サロンで寝るしかないですね」

 

 サロンで寝るか……部屋と違って鍵もかからないみたいだし色々問題があるよな。

 

「マジかぁ!だけどよぉ……やっぱり自分の部屋で寝たいぜぇ……」

 

「うん。だからそういう事がないように十時少し前になったら点呼を取ろうと思うんだ」

 

「点呼ぉ?」

 

「十時少し前にぼくが男子のみんなと霧ヶ島さん、平野さんが女子のみんながいるか確認するんだよ。それをぼくと平野さんが食堂車で報告しあってから戻る」

 

 確かにそれなら自分の部屋がない方に取り残されるのはなくなりそうだ。

 

「ったく、めんどくせえなぁ……」

 

「そう言わないでクロードさん。ルール違反の可能性は潰しておくべき」

 

 反応は様々だけど積極的な反対意見はない。

 

「平野さんもそれでいいかな?」

 

「オッケー。リーダーらしく点呼しちゃうからねー」

 

 点呼か……まるで修学旅行だな。

 

 もちろんこれはそんな楽しい物では、ないけど。

 

 きっとこの点呼はもう一つ目的があってそれをみんなも理解してる。

 

 安全確認って目的……だから反対意見がなかったんだ。

 

「後食事当番も決めたいんだけど……食事作れる人はいる?」

 

「にゃ?この朝ご飯みたいに自動で出てこにゃいの?」

 

 美影さんの疑問も最もだ。

 

 こうして用意されてるのに食事当番なんて決める必要があるのか?

 

「いや、それ空助が作ったんだよ団居」

 

「にゃ!?空助ちゃんが!?」

 

 陸海が作ったと知らなかったのか、美影さん以外にも驚いて陸海を見る。

 

 無論俺もその一人だ。

 

「なんか身体が覚えてたんだよなぁ……僕は〔超高校級の料理人〕だったのかぁ?」

 

 確かに美味しいけど……どうなんだろうな。

 

 記憶喪失だからいい刺激になるかもしれないけど。

 

「じゃあリクカイに任せればいいじゃねえか」

 

「陸海くんにだけ任せるのも大変だからね……メインは頼むにしてもお手伝いもいてほしいんだ」

 

 一人で十六人の食事を作るのは大変だもんな……

 

「あっ、だったら私やります!人並みには出来ますから」

 

「うむっ!ならば吾も手伝おう!」

 

 手伝いを申し出たのは立木さんと石原の二人。

 

 石原も出来るのか……正直意外だ。

 

「出来るのかよ……見た目からして無理だろお前」

 

「これでも卓球部の合宿でカレーを作っていたからな!カレーなら出来る!」

 

「石原っち、毎日カレーはしねえよぉ……」

 

「なぜだ!?美味いではないかカレー!」

 

「お前には飽きという言葉がないのか……」

 

 その後話し合った結果、陸海を中心に石原、立木さん、それに岩崎さんが手伝う事になった。

 

 石原、厨房で立木さんや岩崎さんと一緒になって大丈夫なのか?

 

「それは考えても仕方ないか……」

 

 さてと、解散になったけどこれからどうするかな?

 

 

※※

 

 

「ああー……」

 

「陸海君、ほら、リラックスリラックス」

 

「でもよぉ……」

 

「大丈夫だって!私を信じなさい!」

 

「うーい……」

 

 サロンに顔を出してみると、陸海と神崎さんが何か話していた。

 

 ソファーに座った陸海の肩を時々神崎さんが揉んだりしている。

 

「何してるんだ二人共?」

 

「ああ、皐月君。もちろん陸海君のカウンセリングだよ」

 

「カウンセリング?」

 

「そうそう。陸海君記憶喪失でしょ?精神的な物なら私の得意分野だからね」

 

 そうか、神崎さんは〔超高校級の心理カウンセラー〕だもんな。

 

「神崎っちならきっと僕の記憶を戻してくれるぜぇ……」

 

 そう言う陸海はリラックスしきってるのかソファーに深く身体を沈めている。

 

 まだ二日なのにこんなになってるのは陸海の性格か神崎さんの力か……

 

「確かに神崎さんなら安心かもな」

 

 その手のプロがやってるんだ、俺はあんまり余計な口出ししない方がいいだろう。

 

「それじゃあ今陸海君が覚えてる事を整理しようか。はい、思いつく限り言ってみよう!」

 

「えーっとぉ……僕は陸海空助でぇ……希望ヶ峰学園にスカウトされてぇ……」

 

 陸海の記憶、早く戻るといいな……

 

 俺は邪魔にならないようにそっとサロンを後にした。

 

 

※※

 

 

「皐月殿!」

 

「うわっ!?」

 

 廊下を歩いていると誰かに呼び止められる。

 

 振り返ろうと思った次の瞬間、俺は肩を掴まれてガクガクと揺さぶられた。

 

「怪我はもう大事ないか!?昨日は吾も色々あって聞けなかったが!」

 

「ま、まだ少し痛むけどまぁ……」

 

 強いて言うなら今揺さぶられて、時々痛む。

 

「ならば良し!!」

 

「うるせぇ……こっちまで聞こえてきやがるぞ」

 

 心配はしてくれていたんだろう石原、反応に困って苦笑いを浮かべていると廊下の向こうから不機嫌そうなクロードがやってきた。

 

 そ、相当大声だったもんな……近くにいたからよくわかる。

 

「むううっ!?どうしたクロード殿!今度はクロード殿が何かあったのかぁ!」

 

「誰かこいつ何とかしろ……!」

 

「い、石原、とりあえず落ち着こう」

 

「むっ、すまんかった!」

 

 なんとか落ち着いたけど、このままだとまた騒ぎかねないな……話題を変えよう。

 

「石原こそ、昨日倒れたけど大丈夫なのか?」

 

「うむっ、身構えてはいたがやはり女体の柔らかさは我慢出来ぬな」

 

「そういう話かよ……何お前、ムッツリってやつか?」

 

「クロード殿、ムッツリとはなんなのだ?」

 

「……辞書で調べろ」

 

「えっと、昨日は本当に美影さんに抱きつかれたから……」

 

 はっきり言ってあそこまでになるなんて信じられない。

 

「うむっ、恥ずかしながら吾は常人よりおなごへの欲が強くてな……男ならば問題なく過ごせるのだが……」

 

 だけど石原はあっさりとそれを肯定した。

 

「そうだったのか……」

 

 デリケートな話だから正直なんて言ったらいいのかわからないな……

 

「要するにイシハラは性欲が強いんだろ?難儀な話だな」

 

 み、身も蓋もないなクロード……

 

 

※※

 

 

「ふん、つまり心当たりは全くないわけか」

 

「はい……」

 

 食堂に行くと伊方と岩崎さんが話し込んでいた。

 

 伊方は〔超高校級の車掌〕の岩崎さんにこの列車について何か心当たりはないか聞いていたらしい。

 

「なるほどな。やはり今回の犯行、ただの愉快犯ではなさそうだ」

 

「伊方もそう思うのか」

 

 愉快犯でここまでするとは思えなかったけど……

 

「〔超高校級の車掌〕である岩崎の証言だ、事実とみていいだろう。最も岩崎が黒幕の回し者なら話は別だがな」

 

「わ、私は回し者なんかじゃ!」

 

「わかっているさ……仮に回し者ならお前はすぐさま処分されるほどの存在という事になるからな」

 

「っ……」

 

 昨日の恐怖を思い出したらしい岩崎さんの顔が青ざめる。

 

 伊方ももう少し言葉を選ぶべきじゃないか……?

 

「しかし……そうなると助けは来ないと思った方がいいな」

 

「な、なんでだ?」

 

「簡単だ。ただの愉快犯でないなら今回の犯行は大がかりな計画という事。そこまでするような奴が、邪魔を許すはずがない」

 

「そ、そんな……」

 

「じゃあどうしたらいいんだよ……」

 

「……ふん、安心しろ、この俺がいる。〔超高校級の希望〕であるこの俺がな」

 

 わからない。

 

 伊方はなんでここまで自信に満ち溢れてるんだ……?

 

「〔超高校級の希望〕ですか……」

 

「くくっ、お前達は本当に恵まれている。俺は必ず黒幕に勝利する……運が良ければその瞬間を見られるかもしれないんだからな」

 

 運が良ければ……そこにそれまでに死ななければ、と伊方が言いたいのが言葉にしなくてもわかる。

 

 それはつまり……

 

「も、もしかして伊方さん、あなたはコロシアイが起きると思ってるんですか?」

 

「さあな」

 

 伊方は、誰かが死ぬって本気で思ってるのか?

 

 いったいどうして……

 

 

※※

 

 

 昼の時間になって、俺は平野さんと同じテーブルにいた。

 

「……はあ」

 

「どしたの?ため息つくと幸せ逃げるよ?」

 

「あはは、ちょっと……」

 

 平野さんに笑顔を返そうとして、その向こうにいる安田と目が合う。

 

 その瞳には、はっきりと敵意が宿っていた。

 

「んー?どしたのさ順。全然食べてないじゃん」

 

 俺の表情の変化に気付いたのか平野さんが振り返って安田に声をかける。

 

「意味がわかんないんだよ……」

 

「何が?」

 

「そいつとなんでそんなに普通に話せるんだよ!?そいつは殺人鬼なんだぞ!?」

 

 安田の叫びに視線が集中する。

 

 それが余計に癪に触るのか安田の俺への口撃は止む気配がない。

 

「いや、だからさぁ……それはなんかの間違いなんだって」

 

「なんで言い切れるんだよ!!そいつは今も殺す機会を探ってるのかもしれないんだぞ……そ、そんな中で飯なんて食えるかよ!?」

 

 そうだ。

 

 墨染が強烈過ぎて気を取られてたけど、安田だって昨日の様子からこうだったじゃないか。

 

 そもそも俺に対してこんな風に思うのが一人だけなわけがない。

 

「平野さん、ごめん。俺向こう行くよ」

 

「えっ、ちょっ、翼!?」

 

「ボクは悪くない……悪くないからな!!」

 

「順もどこ行くのさ!?」

 

「もう無理だ!殺人鬼と同じ部屋で飯なんて食えるか!部屋に戻る!」

 

 忘れてたわけじゃない、自分の評価は殺人鬼のままだって事を。

 

 それでも油断してたのかもしれない。

 

 ああ、本当に。

 

 この影はまとわりついて離れない……

 

 

※※

 

 

 昼の一件の後、俺は当てもなくブラブラしていた。

 

 正直な話、その前の伊方の不穏な言葉もあって相当疲れを感じている。

 

「それじゃあ、立木さんはワタシの本を全部?」

 

「はい、読んでます!私物述さんの書くお話、とっても好きです!」

 

「ふふっ、ありがとう。私はこれでも尽くすタイプなの」

 

「そうなんですか?」

 

「そうなの。だから困った事があったら言ってね」

 

「えへへ、ありがとうございます!」

 

 そんな中で目に入ったのは仲良く話す立木さんと物述さん。

 

 うん、さっきの後だと余計に眩しく感じるな……

 

「あっ、皐月君!」

 

「疲れてるみたい……さっきの事?」

 

「いや、まあ……色々あって。それより二人はもう仲良くなったんだな」

 

「読書家と小説作家ですからね。相性バッチリなんですよ」

 

「ふふっ、ここまでのファンはそうそういないから……」

 

「なるほど……」

 

 立木さんもイキイキしてるし、物述さんも嬉しそうにしてる。

 

 友達になるのに時間は関係ないって感じだな。

 

 友達、か……

 

「皐月君?どうしました?」

 

「えっ?」

 

「泣きそう、だったけど」

 

「あ、あはは。何でもないよ」

 

 泣きそうだったのか俺……

 

 ふう、やっぱりまだまだ引きずってるな……

 

 俺を信じてくれなかったあの人達は、友達だったんだろうか?

 

 そんなの考えてもどうしようもない事なのに、な。

 

 

※※

 

 

 倉庫に行ってみると美影さんと笹山さんがいた。

 

 また珍しい組み合わせだな……

 

「にゃあにゃあ、ミチルちゃん!何か見つかった?」

 

「別に目をひく物はないわ」

 

「そっか、残念だにゃあ……」

 

 何か探してるのか?

 

 声を、かけてみるか。

 

「何してるんだ?」

 

「ふにゃあ!翼ちゃん!?」

 

 美影さんが驚いたのかおもいっきりその場から飛び退く。

 

 ただ驚いたのか、それとも俺だから驚いたのか……よくわからない。

 

「あら皐月、ここには何もないわよ」

 

「いや、笹山さん基準ではそうなのかもしれないけど……」

 

 一方で笹山さんは全く反応が変わらない……それはそれで困惑する。

 

「え、えっとぉ、ミーちゃんは目覚ましとかないかなーって」

 

「目覚まし?」

 

「今朝起きられなかったから。部屋の時計はそういうのないし」

 

 そういえば美影さんは朝弱いって言ってたな……

 

「笹山さんも目覚ましを?」

 

「私に必要に見えるかしら?」

 

 ない、だろうな。

 

「ミチルちゃん、いつも全く同じ時間に起きられるらしいにゃあ……」

 

「それは、すごいな」

 

「でしょでしょ!だからミーちゃんも……あっ」

 

 近かった美影さんがまた少し離れていく。

 

 かなり、歩み寄ってくれてるよな……うん。

 

 その後少しぎこちない空気のまま、俺は美影さんの目覚まし探しを手伝った……

 

 

※※

 

 

 倉庫から部屋に戻る途中、隣の部屋の前で下田と霧ヶ島さんが話し込んでいる。

 

 何してるんだ?

 

「えっと、部屋を開けるには……この札を使えばよろしいのですよね?」

 

「き、霧ヶ島さん。それは乗客手帳じゃなくてモノクマカードだよ……」

 

「あっ、も、申し訳ありません。こ、こちらですね……」

 

「うん。とりあえず電源を……ああっ、そんな風にしたら壊れちゃうよ!」

 

「だ、駄目でしたか?ううっ、難しいです……」

 

 なんか下田が苦戦してるな……

 

「二人共どうしたんだ?」

 

「あっ、皐月くん。霧ヶ島さんが部屋に入れなくなったらしくて……」

 

「こ、この手帳が、全く動かないのです」

 

「だから教えてるんだけど……あはは、結構苦戦してて」

 

「ううっ」

 

「えっと、昨日はどうしてたんだ?」

 

「それが霧ヶ島さん、そもそも手帳の存在に気付いてなかったらしくて昨日は開いたまま、電気もつかないままだったらしいんだ」

 

「食事時も開いたままで出かけました」

 

 な、なんて不用心な……男ばっかりの中で女の子一人だなんて危ないのに。

 

「先ほどまでモノクマ様も何度も説明してくださったのですが、最終的に諦めてしまわれまして……そこに下田様が」

 

 モノクマが諦めるほど、なのか……

 

「とにかくまずは電源だね。自分でやらないと覚えられないからスイッチを探してみて」

 

「は、はい」

 

 俺も隣だし気にするようにしよう……

 

 

※※

 

 

 【十一号車・皐月の部屋】

 

 ピンポーン

 

 夕食を何事もなく終わらせて部屋に戻った後、チャイムが鳴ったから出てみると下田が立っていた。

 

 もう点呼の時間なのか。

 

「やぁ、皐月くん。点呼の時間だよ」

 

「わかった……そろそろ寝るかな」

 

「うん、それがいいね。また明日皐月くん」

 

「また明日な下田」

 

 下田と挨拶を交わしてから少ししてアナウンスが鳴る。

 

 モノクマの言葉を聞き流しながらベッドに横になった。

 

 「明日で三日目か……」

 

 昨日はそれどころじゃなかったとはいえ手がかりは全くなかった。

 

 列車なんて、ずっと走りっぱなしってわけにもいかないはずなのに止まった気配もない。

 

「本当に……なんなんだろうな」

 

 そうして考える内にやって来た眠気に身を任せようとして。

 

 

 ゾクッ

 

 

 背筋に走った寒気に、慌てて飛び起きた。

「な、なんだ!?」

 

 今、誰かに見られてたような……いや、ドアは閉まってるしそんなはずは……カメラのせいか?

 

「……気味が悪いな。もう寝よう」

 

 改めて俺はベッドに横になる。

 

 今度は寒気が走る事なく、意識は遠のいていった。

 

 

 

 

 

 

 カタッ

 



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