けものフレンズ2.1 (槌谷ヒトシ)
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きおくのかなた

「で、どこで見たの?」

「その森の中ですー。けっこう大きなやつ…」

 

 間延びしたような声で、草陰に隠れながらロバは森の方を指差す。

 

「間違いないのね?」

 

 確認すると、ロバはうなずく。

 

「はい。私、身体が丈夫なだけじゃなくて、記憶力もいいので」

 

 ロバの記憶力はどうでもいいとして、アタシは少し眉をしかめる。

 まさかこんな所にまで『セルリアン』が出るなんて、少し前まで考えもしなかった。

 

 しかもけっこう大きいとなると、流石のアタシでも手に余るかも…。

 

「気をつけてくださいね」

 

 不意にロバが気を遣って声をかけてくれた。ちょっと緊張してたけど、少しそれもほぐれた。

 

「大丈夫、アタシは用心深いから。…『あの子』と違って」

 

 後ろに広がるサバンナのどこかでノン気に寝てると思って、振り返って毒を吐いてみる。

 …アタシはヘビの『フレンズ』じゃないからホントに毒を吐くワケじゃないけど。

 

「あ、一応あの子にも知らせておいて。まだ寝てたら起こしていいわ」

 

 そんな必要はないとは思ったけど、ロバに頼んでアタシは森に入っていく。

 

「がんばってくださいね、カラカルさん!」

 

 後ろから声をかけてくれるロバを尻目に、アタシは森を進む。

 

 ─そう、アタシはカラカル。

 

 ヘビとかそういうのではなく、れっきとしたネコ科の仲間(フレンズ)

 木登りも得意で〝あの子〟よりも昼間も起きていられる。ジャンプ力だって負けない。……つもり。

 アタシよりも二倍も三倍も大きいやつも、今までちゃんとやっつけてこれた。

 

 ─だから、今回だって大丈夫。

 

 そう自分に言い聞かせて、アタシは森を進んでいく。

 

 

 

 

 それにしても、静かだ。

目も耳もアタシは自慢なのに、それも活かせないほど森は静かだった。

 木々のざわめきや、小鳥の声ぐらいは聴こえる。

 なのに、()()()()

 本当に『セルリアン』が居るなら、もっと強い気配を感じるはず。

 にもかかわらず、アタシがこれだけ目を凝らして耳を澄ましてもわからないって事は─。

 ふと、アタシの頬を冷たいのが伝うのを感じた。

 

 ─冷や汗? アタシが?

 

 変なモヤモヤがうっとおしくまとわりついて、しつこくとれない嫌な感じ。

 こういうのを、嫌な予感っていうのかしらね。

 そう思ってると、不意に耳が何かを捉えた。

 

 ─小枝を踏み折る音。

 

 アタシは咄嗟(とっさ)に近くの草陰にすばやく、そして音をたてずに隠れる。

 耳はずっと、小枝を踏む何かを捕まえている。

 フレンズにしては足取りが変だ。なんていうか、無用心すぎる。

 警戒はしているんだけど、どこかしどろもどろな感じ。

 音が近づいてくると、今度は草陰を通じて目も使ってみる。

 木々の間を、何か青っぽいやつが歩いてくる。

 

 ─青いけもの。あんまり居ないやつだ。

 

 居るには居るけど、『ボス』はこんなに大きく、重くない。

 そして何より、この辺でそんなけものは見た事がない。

 とすれば、セルリアンだ。

 アタシはそいつの動きを注意深くじっとにらむ。

 ずっと同じ方向を進んでる。

 鉢合わせになる事はなさそうだけど、悠長に見逃せるほどアタシに余裕はない。

 少し状況を変えようと、アタシはわざと大きな音を─手近な小枝を折って─響かせる。

 パキン、と渇いた小気味の良い音に、そいつは食いついた。

 ビクリと歩を止めて、そいつは辺りを見渡している。

 音を聴くのが得意なやつじゃないみたい。

 

 ─先手必勝。

 

 アタシは草葉を丁寧に避けながら進んで、そいつの後ろに回りこむ。

 隙だらけな背中を狙って爪を突きたてようとして、アタシは思わずつんのめった。

 

 ─青いのは確か。

 ─けもののくせに無用心。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 見た事のないやつだった。

 青い毛皮に白い被り物。頭の左には小さな羽根が生えてるけど、鳥のフレンズにしては飛ぶには小さすぎるし。

 爪もなさそう。角も見当たらない。

 こいつ、本当にけもの……?

 そいつは今頃になってホッと胸を撫で下ろして、気づきもせずにこっちに向き直る。

 

「見慣れない顔ね」

 

 アタシはそいつの無用心さに腹が立って、ちょっと意地悪く、振り向いた瞬間に声をかけてやった。

 そいつはアタシの声と顔を受けて、ようやく気がついたように情けない声をあげて、あろう事か腰まで抜かす勢いで尻餅をついた。

 いくらなんでもおおげさすぎると思ったけど、この機会によくこいつの顔を見てみる。

 どこかかわいげのある丸顔で、髪は緑っぽい黒。

 ぽかっと開いた口には牙らしい牙はなくて、アタシたちネコだけじゃなくイノシシやカバとも違う感じ。

 けど、何か目を引いたのはその目。

 両目の奥にはかすかな光が見えるようで、しかも両目ともお互いに違う色で光ってる。

 右目が赤く、左目が緑で、でも基本的には黒目がちだ。

 アタシたちネコのフレンズもときどき目が光る時があるけど、それは暗い時に何か別の光があたってる時だ。

 こんな風に昼間から、しかも左右ちがう色だなんて変なけもの。

 

「アンタ、何のフレンズ?」

 

 アタシはたまらずに思い切ってそいつに聞いてみた。

 けど、そいつはたじろぐばっかりでマトモに答えようともしない。

 まあ、アタシが腰を抜かさせた事になってんだけど。

 とりあえずアタシはそいつが話せるようになるよう、落ち着かせようと切り替える。

 

「おびえないで。なんでこんなとこに居るのか知らないけど、さっさとこの森から出た方がいい」

 

 ついでに、こいつの珍しさのせいで忘れてたけど、例のセルリアンの事も教えて、一旦この森を出てからこいつの事を聞いてみる事にする。

 セルリアン退治はその後でも遅くないでしょ。

 

 ─その甘さがマズかった。

 

 目の前のそいつは落ち着くどころか、顔を自分の毛皮以上に真っ青にして、口と目をパクパクさせている。

 何か変だと思って、そいつから顔を引いてみる。

 よく見たら、森が暗くなってる。

 天気がくもってるわけじゃない。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 気がついた時には、今度はアタシが真っ青になる番だった。

 身体じゅうがザワザワして、毛という毛が逆立つ感じ。

 

 ─逃げろ!

 

 身体が叫ぶように、アタシは後ろを見る間もなく咄嗟に─自分でも器用な事に目の前の子を捕まえて─その場から跳ぶ。

 アタシたちの身体が地面から離れるほんの一瞬で、大きな音とビリビリと身体を打つ衝撃、そして跳ねるジャリとチリに襲われた。

 なんとか着地に成功して、アタシはようやく()()()とようやく目を合わせる。

 二対一。アタシとこの子で『二』じゃない。

 目の前のそいつが一しかなかった。

 青く脈打つ角ばった身体。けものと違って三本の不揃いな脚。少しネジれてるけどしっかりと宙に支えられているひねくれた尻尾。

 そして何より、一度見たら忘れようのない大きなひとつ目。

 大きな影を落とすそいつは、今度こそ紛れもなく『セルリアン』だ。

 どう真似ても例えようのない鳴き声を轟かせながら、さっきまでアタシたちが居た場所を大きくえぐったその脚の一本をセルリアンはもう一度振りかぶる。

 

「逃げるわよ!」

「え?」

「ッほら早く!」

 

 流石にアタシでもこの鈍い子を抱えたままじゃ全力で戦えない。一旦体勢を立て直すしかない。

 呆気にとられたまま動こうともしないその子をひきずるように、アタシは森を走る。

 

「あ、あれ何?」

 

 せっかくの第一声なのに、その子はとぼけた事を言いだした。

 一言イヤミも言ってやりたかったけど、余裕なんてないから簡単に教える。

 

「セルリアンよ! グズグズしてると、()()()()()()()()!」

 

 その子はまだ要領を掴めずにいたけど、アタシはそれ以上は言わずに森を駆ける。

 この森に関しては特別くわしいわけじゃないけど、だいたいの道すじはわかる。

 日の光が強い方向、木々が避けていて開けている場所で決着をつける!

 

 ─だけど、アタシのその目論みは甘かった。

 

 そこは開けてはいたけど、ちっとも明るくなかった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 引き返そうとして、さっきからアタシたちを追い回していたセルリアンも出口を塞ぐ。

 まさか二匹も居たなんて。完全に挟まれた。

 青い影と緑の影。どっちも素直にアタシたちを見逃してくれるいい子には見えない。

 アタシはチラリと─まだ名前も聞いていない─この子を見る。

 一瞬、()()()()が頭にチラつく。

 

 ─ダメじゃない、カラカル。アタシ(アンタ)はそんなキャラじゃないでしょ。

 

 余計なものを振り払って、背中を取られないように二匹を正面に見据えられるように、この子を背中で隠すように構える。

 流石に、ヤケッパチだ。

 少しでも自分に満足のいくように、運よくこの子を逃がせるようにポーズをキメてるだけだった。

 セルリアンが唸る。そして脚が上がるのを見て、アタシは叫ぼうとする。

「走って!」と言いきるつもりだった。

 けど、その間もなく目の前の一匹─青い方─が勝手に崩れ落ちた。

 アタシとこの子と一匹、呆気にとられて宙を見る。

 日の光とセルリアンから吹き出すサンドスターの輝きに紛れて、『あの子』は満面の笑みでお出ましになった。

 

「お待たせ、カラカル!」

 

『あの子』─サーバルは、日の光から降りてきてもサンサンと太陽のように黄色い毛皮をなびかせて、広場の草原に立つ。

 これで本当の意味で二対一。アタシとサーバルは残った緑のセルリアンに向き直って、振りかざす鉤爪を掻い潜りながら急所を探す。

 そして、見つけた。

 

「サーバル、頭の左!」

「よーし!」

 

 我ながら抜群のコンビネーションだった。

 空中で大きく身体を翻して、サーバルはアタシの指摘通りセルリアンの頭から出っ張った〝石〟に見事な一撃をお見舞いする。

 たまらずよろけるように、セルリアンはそして倒れた。

 キマったと確信し、アタシは降りてきたサーバルとハイタッチする。

 対してあのよくわからない子は、またへなへなと腰を抜かしてしまっている。

 しょうがない子。少しは「すっごーい!」とか言ってくれてもいいのに。

 言ってもなんにもならないから、アタシは気を紛らわそうとサーバルに向き直る。

 

「もう、遅いわよサーバル! 危うくセルリアンに食べられるところだったわ」

「ごめんごめん、樹の上でウトウトしてて。まさか二匹もセルリアンが居るなんて思わなかったから」

 

 サーバルはヘラヘラと笑って言うけど、実際アタシは─アタシたちは危なかった。

 でもそれに怒るよりも、ちゃんと来てくれた事に感謝しておく。

 昔から変わらない、そういう関係だったから。

 

「ところで、その子は?」

 

 言われてアタシはまたあの子に向き直る。目を離していた間に、今度はシャンと自分で立ち上がれるようだった。

 

「この子、森の中で見つけたのよ。何のフレンズか聞いても答えないし」

 

 そうだ、思い出すとムカムカしてきた。

 ずっと煮え切らない様子で自分の事を話そうとしないこの子の態度。

 ようやく落ち着けるし、この際だから聞いておこう。

 

「私はサーバル。この子はカラカルだよ」

「で、アンタは?」

 

 上手くサーバルが切り出してくれたので、アタシもそれに乗っかって聞いてみる。

 

「ぼくは、ぼくは……」

 

 変わらず伏し目がちにキリの悪い返事ばかりする。

 もう少し思い切って名乗れないものなのかしら。

 

「ぼくは……あっ!」

 

 ()? 変な名前だと思った。

 今度は目を見開いてお腹から声を出してくれてるけど、もう少し抑揚(よくよう)というか、緩急(かんきゅう)というか─。

 

「カラカル!」

 

 サーバルがいきなり横で声をあげる。

 なによ、いつものこの子らしくない。

 そう思って振り向くと、()()()()()()()()()()が見えた。

 

 

 ─やっつけたはずのセルリアンが、起き上がってくる。

 

 しかも、二匹とも。

 

「なんで⁉ だって今やっつけたじゃない!」

 

 思わず叫ぶようにアタシが言うと、サーバルが思い出したようにアタシに言う。

 

「カラカル。もしかしてあれ、『噂のアレ』じゃないかな?」

 

 一瞬なんの事かと思ったけど、すぐに思い出してさーっと血の気が引く。

 

 ─フレンズの間ではまことしやかに噂されているこわい話というのがある。

 

 木から木へ一瞬で音も無く移動するけもの。白くてぬぼーっとした大きな樹ほどもある影。夜な夜なとつぜん消えるジャパリまん。フレンズに化けるセルリアン…。

 そして、こいつら。やっつけてもやっつけても消えずに立ち上がり、延々とフレンズを追いかけて最後には食べてしまう、『倒せないセルリアン』。

 ただのイタズラ話だと思ってたのに、まさか本当に─それも二匹も─居たなんて……!

 

「どうしよう!」

 

 サーバルからそんな事を言われても、アタシにだってどうする事もできない。

 でも、後ろでおびえてるこの子の気配を感じてたら、そんな事も言ってられない。

 

「…サーバル、いい考えがあるわ。アンタもよく聞いて!」

 

 サーバルはうなづいて、あの子も聞いている風だったからそのまま続ける。

 

「あいつら、アタシたちに一回倒されて脚を痛めてるみたい。まだ動く気配はないでしょ?」

「うん、それで?」

「こっちも足を使うのよ」

 

 サーバルはわかったみたいで、すぐに足をほぐし始めた。あの子の方は、まだよくわかってないみたい。

 

「足を使って、どうするの⁉」

 

 もっともな質問に、アタシは口がニヤリとなる。

 ビリビリとヤバい空気を感じていても、笑えるもんなのね。

 

「決まってんでしょ!」

 

 アタシはすかさずその子の首根っこを掴んで、猛スピードで木を登る。

 小脇に抱えられたその子はうわずった声で悲鳴をあげる。

 サーバルも追いついたみたい。だったらこのまま─。

 

「逃げるのよ!」

 

 思いっきり、足場にした木の枝をへし折るぐらい足に力を込めて、アタシたちは跳んだ。

 木の緑を突っ切って、空の青に飛び込むように、身体じゅうに空気のつぶてをぶつけながら、木から木へ、空から空へ、跳び続けた。

 アタシはふと、サーバルの方を見る。

 

 ─すこし、落ち込みたくなった。

 

 サーバル。やっぱりアンタの方がジャンプ力は凄いかも。

 悠々(ゆうゆう)とアタシよりも高いところを、笑顔で跳びはねてるのを見せられたら、抱えたままの気絶したこの子ごと落ちちゃいそうになる。

 

 

 つづく



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