ハリー・ポッターと魔術王の継承者 (スティグリッツ)
しおりを挟む

第1話 ホグワーツからの手紙

 
 昔投稿した作品の手直し版です。以下の注意点にご留意下さい。

※Fate/Grand Orderの第一部終章のネタバレがございます。
※FGOのキャラは数名のみ登場予定ですが、元々ハリー・ポッターの世界にいたという設定です。それに伴い性格の相違がある可能性があります。
※主人公は徐々に微チートと化します。
※基本的には原作展開をなぞっていきますが、独自展開もあります。

 苦手な方はブラウザバックを推奨致します。



 ────悲劇を見た。

 善のために世界を支配しようと考えた男がいた。男はその傲慢のために妹を失い、最愛の友人と敵対する道を選んだ。

 

 ────悲劇を見た。

 親から捨てられ、誰からも愛されることなく育った男がいた。男は誰よりも深い闇に堕ち、狂った信念の下に絶望を世界に振り撒いた。

 

 ────悲劇を見た。

 ただ友を愛し、夫を愛し、子を愛した女がいた。女は信じた友に裏切られ、子の命乞いを叫びながら虫けらのように殺された。

 

 ────悲劇を見た。

 己のせいで唯一愛した女性を亡くした男がいた。男は自らの選択を悔やみ、絶望と自戒に苛まれながら虚無の人生を歩んだ。

 

 ────悲劇を見た。

 生の為に友を売り、死なせてしまった男がいた。男は復讐に怯えて逃げ回り、人としての尊厳すら忘れてしまった。

 

 ────悲劇を見た。

 信じていた親友に裏切られ、友を亡ない、ありもしない罪を被せられた男がいた。男は誰からも信じられることなく、昏い檻の中に閉じ込められた。

 

 ────悲劇を見た。

 人には見えないモノが見える女がいた。女はそれ故にその身を()に堕とし、罪なき人々を虐殺した。

 

 

 多くの悲しみを見た。数多の涙を見てきた。星の数ほどの悲劇を目の当たりにしてきた。

 彼らは同じ過ちを何度も、何度も何度も何度も、数えきれぬほどに繰り返してきた。同じものをつくっては崩す、その繰り返し。何千年経っても全く進歩しようとしない。余りにも愚かな生き物──それがヒトだ。

 

 人間という生命体は疑いようもなく失敗作だ。根本から致命的な欠陥を含んでいる。生存(苦痛)の果てにある結末が(悲劇)だなんて、一体何の冗談だ。そんなことは断じてあってはならない。

 

 私は、いや、『我々』は。それを見過ごすことなどできなかった。この仕打ちに黙って耐えることなどできなかった。

 

 

 故に、我々は『王』に問うた。

 

「貴方は何も感じないのですか。この悲劇を正そうとは思わないのですか」

 

 王は笑って答えた。

 

「特に何も。

 他人が悲しもうが己に実害はない。人間とは皆、そのように判断する生き物だ」

 

 

 

 ─────この男を。許してはならないと、私たちの誰もが感じた。

 

 

 

 

 

 変えねばならない。終わらせねばならない。正さねばならない。

 現在から断ち切るのではない。過去から、一から────否。『無』から全てをやり直さなければならない。

 愚かしく、冷酷で、残虐極まるあの王では駄目だ。アレに代わる誰かが、その〝偉業〟を成し遂げねばならない。

 

 

 

「魔術の王でも魔神の王でも無い。人の王こそが、それを成すに相応しい」

 

 

 ────美しくも悍ましい琥珀の双眸が、私を射竦めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぅ、ぁあああ──────ッ⁉︎」

 

 全身を打ち据える強烈な痛みに、少女は呻くように細い声を上げながら目を開いた。 視界を埋めるのはシックなフローリングだ。

 どうやら悪夢に魘されているうちにベッドから転げ落ちてしまったらしい。寝汗でじっとりと重くなった身体を気怠げに起こし、部屋を見渡す。

 

 半ば予想はついていたことだが、自室は惨憺たる有様だった。

 ベッドの側に置いた水差しは粉々に砕け、テーブルや椅子はまるで怪物にでも引き裂かれたかのような無残な姿で床に転がっている。姿見や本棚もバラバラに壊れていて、窓ガラスに至っては窓枠ごと巨大な風穴が空いてしまっていている。

 まるで部屋全体がミキサーにでもかけられたようだ。あるいは、大型のハリケーンが襲来したかの如き様だ。何にせよ酷く現実離れした痛ましい光景である。

 

 しかし、床に転がった少女はそんな惨劇に顔色一つ変えることもなく、ふらふらと身体を揺らしながら立ち上がる。

 大きく深呼吸をし、目を瞑り記憶を辿る。イメージするのは、昨夜電気を消す前の部屋の様子。

 

 すると、奇跡が起こった。

 少女の輪郭が薄紅色にぼやけ出したのだ。さらには、粉々に砕けたガラスが、机が、椅子が、姿見が、まるでビデオの巻き戻しのようにあるべきところに収まっていく。

 数秒と経ち、彼女が目を開けると、そこにはいつもと変わらぬ面白みのない殺風景な自室が広がっていた。まるで先程までの惨状が夢であったようだ。

 

 少女は乱れた髪を梳きながら水差しに口をつけ、喉を潤す。

 こうした出来事は初めてではない。少女────ソニア・スターリングの周りでは、物心ついた頃から摩訶不思議な現象がよく起こった。特に、悪夢────起きる頃にはすっかり内容を忘れてしまっている────を見た日には、決まってこうした破壊現象が発生するのである。

 あまりにも非現実的な光景に、最初のうちは恐怖で寝付きが悪かったものだ。とはいえ、何十回何百回と続けば流石に慣れてくるというもの。悪夢による悪心だけは如何ともし難いが。

 

 悪夢と真夏の暑さのダブルコンボでたっぷりと汗をかいたせいか、全身がベタついていて酷く不快だ。今すぐにでもシャワーを浴びたい気分だった。

 家具の配置が記憶と寸分違わぬことを確認し、ソニアは覚束ない足取りで部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 ぬるま湯でしっかりと汗を洗い流してサッパリしたソニアは、ジャージ姿でリビングで寛いでいた。

 ふかふかのソファに横になり、網戸から入り込む心地いい涼風を受けながらバラエティ番組をボーっと眺める。両親は共働きで家にいないので、ソニアは悠々自適に振る舞うことができた。なんとも怠惰な夏休みの過ごし方だが、同時に何にも勝る至福の贅沢であった。

 

 ガムシロップを大量に投入したアイスコーヒーを飲みつつ無為に時間を浪費していると、不意に空腹を覚えた。視線を巡らせると、時計の短針は既に頂天を過ぎている。

 母からは適当に外で食べてくるようにとお小遣いをもらっていたが、この炎天直下に身を晒すのは憚られた。

 

「⋯⋯パスタでもあるかな?」

 

 ソニアは極度の物臭であった。

 

 

 

 冷蔵庫を漁りにキッチンにやってくると、長テーブルには何通か自分宛の封筒が置かれていた。大方、学習塾や教材とかの誘いの手紙だろう。それなりに裕福な家庭の娘であるソニアの元には、定期的にこういった類のものが届くことがあった。

 

「⋯⋯⋯⋯?」

 

 その束の中で一際目を引く手紙があった。

 分厚い手紙だ。しかも時代錯誤な羊皮紙製。何となく手に取って裏返してみると、差し出し人の代わりに特徴的な紋章の封蝋が押されていた。宗教勧誘の手紙と言われても納得してしまう程に奇妙で怪しい手紙だ。

 しかし、ソニアはまるで何かに誘われるようにペリペリと小気味のいい音を立てて紫色の蝋を解いていく。

 

「──────は?」

 

 思わず間の抜けた声を漏らす。というのも、その内容があまりにも馬鹿馬鹿しいものだったのだ。

 なぜか無意識のうちに肩に入っていた力が抜けていく。どうやら、ただの悪戯だったようだ。ソニアは興味を失ったように手紙をゴミ箱に投げ捨てると、冷蔵庫の捜索に取り掛かった。冷凍のパスタとソーセージを見つけ出す頃には、手紙の事なんて忘却の彼方に消えてしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ソニアがその手紙のことを思い出したのは、それから一週間後のことだった。

 

 日曜日。ソニアは5000ピース超えのジグゾーパズルに悪戦苦闘していた。

 度々発生する異常現象のこともあってか、ソニアと親との仲はお世辞にも良好とは言えない。故に、休日は両親に遠慮してこうして部屋に篭っているのだ。下に降りるのは食事の時だけである。

 

 不意に、ノック音が部屋に響いた。ソニアは思わず飛び上がるように肩を跳ねさせた。学習机の上に置かれた時計を見ると時刻はまだ夕食には程遠い。何の用かと内心首を傾げた。

 

「ソニア、今大丈夫?」

 

 母の声だ。どこか戸惑っているような雰囲気を感じた。

 

「う、うん。何?」

「貴女にお客様よ。ホグワーツ⋯⋯とか言っていたけど。なんでも、学校の先生らしいわ。知ってる人?」

 

 思わず首を傾げる。どこかで聞き覚えのある単語だったからだ。

 しかし、一体どこで聞いた単語だっただろうか。暫く唸りながら記憶を辿っていると、やっとソニアは例の手紙に思い至った。

 

「あ、そういえば、あの手紙の⋯⋯⋯⋯」

 

 確か、〝ホグワーツ魔法魔術学校〟だったか。あまりにも胡散臭いネーミングだったからか、記憶の端に残っていたらしい。

 

 ⋯⋯⋯しかし、どうしたものか。

 技術進化著しいこの現代社会において、〝魔法〟だなんてあまりにも馬鹿げている。普通であれば即座にお帰りいただくところだが⋯⋯。

 

「⋯⋯⋯⋯すぐ行く。ちょっと待ってて」

 

 脳裏に過ったのは、先日の部屋の惨状。

 もし。

 もしもあれが〝魔法〟なるものに起因するのであれば⋯⋯⋯⋯。

 

 

 鼻先まで覆う前髪の向こう側で琥珀の瞳を輝かせ、ソニアはドアノブを捻った。

 

 

 

 

 

 

 

 此処とは異なる位相の、虚なる玉座。

 全能なる王は、悪辣に頬を歪めた。

 




 見切り発車です。備蓄がありますので、とりあえずそれを吐き出してから反響を見て更新ペースを決めようと思います。


 因みにちょっとネタバレですけど、主人公は養子です。マグル育ちですが、マグル生まれではありません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話 悪魔の杖

 

 魔法。

 それは決して人々の紡ぐ空想ではなく、現実に存在する。しかしてその実態は御伽噺の通り。杖を振るい、魔力を用いて起こす奇跡そのもの。

 更には、ドラゴンや天馬、ヴァンパイアにウェアウルフなどの一般には空想上の生物とされるものたちも、間違いなく存在しているらしい。

 こうしたモノたちが住み、普通の物理法則とは隔絶した異界常識を備えた世界────魔法界。

 

 そんな与太話をソニアとその両親が信じたのは、実際に家にやってきた魔女が目の前で魔法を行使してみせたからだ。目の前でコーヒーカップやスプーンから手足が生え、マイムマイムを踊り出した時には空いた口が塞がらなかったものだ。

 その老魔女がやってきた目的はソニアへの〝ホグワーツ魔法魔術学校〟の入学案内であった。なんでも、スコットランドにある大変歴史の深い魔法を教える学校だとか。

 

 ────結論から言えば、ソニアはホグワーツへの入学を決意した。

 老魔女曰く、ソニアの周囲で起こる異常な現象は未成年の魔法使いに見られる無意識下での魔法行使によるものだという。魔法学校はそうした力の制御を学ぶための機関でもあるらしい。

 であれば、ソニアが入学を拒む理由など無い。魔法の世界で生きていくにせよ、マグル───非魔法族のこと───として生きるにせよ、今のままではマトモな生活を送れるとは思えないからだ。魔法の制御を学ぶことは必須であると言える。

 両親も困惑はあれど特別反対することは無かった。或いは、厄介な娘を追い出せて精々しているかもしれない。

 

 かくして〝普通〟を軽々と飛び越えてしまったソニアは、ロンドンのとある駅のベンチでボーッと座っていた。

 

 7月31日。ホグワーツに入学するにあたって必要な学用品やら制服やらを買い揃える為、〝ダイアゴン横丁〟に行く予定の日だ

 勿論ソニアはダイアゴン横丁なる場所など行ったことがない。なんなら聞いたことすら無かった。故に引率の先生がそこまで案内してくれる手筈となっていて、待ち合わせの駅前で待っている⋯⋯のだが。

 

「⋯⋯⋯⋯遅いわね」

 

 既に待ち合わせの時間から2時間近くも過ぎようとしていた。しかし、一向に件の先生が来る気配はない。僅かに傾いてきた機嫌を誤魔化すように、ホグワーツからの手紙に視線を移す。

 入学案内には魔法の授業で必要な教材が多数記されている。ローブ、杖、大鍋、フクロウ⋯⋯。なんというか、誰もがイメージする典型的な魔法使いそのものだ。自分がそんな格好をするかと思うと、どうにも想像が湧かなかった。

 

「お? ひょっとしてお前さんがスター⋯⋯⋯スター⋯⋯スターラインか?」

 

 頭上から振り返る嗄れた声に顔を上げ、思わずソニアは息を呑んだ。

 そこには小山のように巨大な大男が立っていた。縦も横もソニアの数倍はあろうかという人間離れした巨漢である。

 間違いない。彼こそあの老魔女が言っていた引率の先生────ハグリッドだろう。並外れた大男、と聞いていたがまさにその通りだ。想像以上の威容にソニアは緊張を滲ませながら口を開けた。

 

「⋯⋯スターリングです。貴方がハグリッド先生ですか?」

「おお、そうとも。待たせて悪かったなぁ。クソッタレのダーズリーどもがあんな辺鄙なとこまで逃げちまったせいでちーっとばかし遅れちまった」

 

 悪びれた様子も無い口調だったが、豪快に笑う大男の姿は自然と愛嬌があって怒りは湧かなかった。

 

「にしてもお前さん、そんな髪長くて前見えるんか?」

「ご心配なく」

 

 冷たくピシャリと言い返す。一方、ハグリッドは気にした様子もなく鷹揚に頷いて「おお、そうか」とだけ返した。

 

「えっと、ハグリッド。そっちの子は?」

 

 そこで初めて、ソニアはハグリッドの影に隠れるように立つ少年の存在に気がついた。

 

「ん? おお、言って無かったか? この子もハリーと同じマグル出身の子で、一緒に必要なもんを買いに行くんだ。同じ学年になるんだから、仲良くするんだぞ」

 

 ハグリッドに摘まれるようにしてソニアの前にその少年が放られる。

 

「あ、その、はじめまして。僕、ハリー・ポッター」

「ソニア・スターリングよ。よろしく」

 

 モゴモゴと吃りながら自己紹介をしたポッター少年は、率直に言って、なんとも見窄らしい風貌をしていた。身長は低く、ひょろっとしていて全体的に肉がない。服はヨレヨレだし、眼鏡は罅だらけだ。オマケに顔色もあまりよろしく無いようにも見える。

 もっとも、ソニアも他人の容姿について偉そうに言えたものではないが。

 

「よーし、じゃあ『漏れ鍋』に向かうぞ。逸れるなよ」

 

 巨体を揺らしながら、ハグリッドが人の波を掻き分けて進む。二人はそれにくっついて歩けば良かったので非常に楽だった。

 

「ねえ、魔法界ってホントにあるのかな。しかも、ここロンドンだよ? 僕まだ信じらんないや」

「さぁ、どうかしら。すぐ分かるんじゃない?」

「そ、そうだね。えっと、ソニアはどこに住んでるの?」

「ロンドンのグリモールド・プレイス」

「そ、そう。僕はリトル・ウインジング。住んでた、っていうか居候みたいな感じだけど⋯⋯」

「そう」

「うん⋯⋯⋯⋯」

 

 二人の会話は長く続かなかった。ハリーは初めて友達になるかもしれない少女に必死に話しかけるのだが、ソニアの興味が無さそうな態度に気圧され、徐々に口を閉ざしてしまった。困ったような顔でハリーがこちらに視線を向けて来るが、ソニアは我関せずとばかりにハグリッドの背だけを見つめていた。

 

 ────別に、ソニアはハリーに嫌悪感を抱いている訳ではない。むしろ、同じような境遇の同種ということで、親近感すら覚えていた。しかし、そうした感情が表に出てこないだけの話。

 

 多くの魔法族の子供と同様に、ソニアは物心つかぬうちから感情の起伏に呼応して魔法を暴走させてきた。だが、不運にも彼女の魔法力は普通の子供とは一線を画するほど潤沢で強力なものであった為に、魔法の暴走も生半可なものでは済まなかった。

 小学校低学年頃は特に酷く、物が壊れたり、地面が捲れ上がるなんてのは日常茶飯事。非常に不思議なことに、翌日には同級生や両親は魔法による破壊現象のことをサッパリと忘れていたが、まるで記憶がすり替えられたかのように───先日家にやってきた先生から聞くところによると、実際に魔法省とやらの役人達が記憶の操作を行っていたらしい────ソニアによる〝癇癪〟として処理されていた。当然、周りからは腫れ物のように扱われ、疎まれるようになったのだが、それがまた彼女の心に波を打たせ、魔法を暴走させる悪循環に陥っていた。

 

 幼いながらに『異常』が自分の感情に起因した現象であることを朧げに察したソニアは、徐々に塞ぎ込むようになってしまった。

 数年経ち、ソニアの分厚い心の壁に阻まれるようにして魔法の暴走は大分収まってきた。余程のことが無い限り、眠っている間以外はポルターガイストじみた現象は起きなくなった。

 しかし、その対価に、ソニアは何に対しても無関心で誰の目にも止まらないような地味で暗い女の子になってしまっていた。外界を拒絶する様に顔をすっぽりと覆う前髪がそれを如実に表している。

 

 つまるところ、彼女はマトモな人との接し方を忘れてしまっているのだ。そんな排他的な雰囲気を感じ取ったのか、ハリーもすっかりと口を閉ざしてハグリッドの後ろをピッタリと着いて歩く。

 

 ハリーにとって非常に居心地の悪い時間は、ハグリッドが小汚いパブの前で立ち止まったことで終わりを迎えた。

 

「ここだ」

 

 一見、今にも潰れてしまいそうなほど薄汚れたちっぽけなパブだ。しかし、ソニアにはそこだけが周囲とは明らかに異質な雰囲気を発しているように見えた。一度意識してしまえば道行く人達が気づかないのがいっそ不思議なほどに存在感を放っている。これも一種の魔法なのだろうか。

 

 ハグリッドに促されるまま入店したパブの内装は、外観に違わず酷くボロボロで照明も薄暗かった。ダークな雰囲気に思わずソニアは顔を強張らせるが、店内の客が親しげにハグリッドに話しかけるのでそれもすぐに和らいだ。

 

「大将、いつものやつかい?」

「トム、ダメなんだ。ホグワーツの仕事中でね」

 

 グラスを取りながら話しかけるバーテンに、ハグリッドはまるで見せびらかすようにハリーの小さな肩を叩いた。

 思わずたたらを踏むハリーに、バーテンは大きく目を見開いた。

 

「やれうれしや! ハリー・ポッター⋯⋯何たる光栄⋯⋯」

 

 そこからは怒涛の展開だった。

 目を潤ませてハリーに握手を求めたバーテンを皮切りに、パブ内の客がこぞってハリーの下に群がり出したのだ。ソニアは訳も分からず輪から弾き出されてしまった。

 ぽかんと口を開けて瞠目していると、いつの間にか隣に立っていたハグリッドが鼻をさすりながら誇らしげに声を弾ませた。

 

「お前さん達がまだ赤ん坊の頃、魔法界は暗黒時代だった。『例のあの人』⋯⋯悪い魔法使いのせいでな」

 

 ハグリッドはその巨体をブルブルと震わせながら視線を落とした。どうやら思い出したくもないらしい。

 

「『名前を言ってはいけないあの人』は魔法界の殆どを支配しちまった。酷い時代だったよ⋯⋯。俺の知り合いも随分と『例のあの人』とその仲間たちに殺されちまった。ハリーの両親もな。

 けど、『例のあの人』はもうおらん。10年前、ハリーが倒しちまったんだ!」

「えっ、彼が?」

 

 素っ頓狂な声が漏れてしまう。バッと勢いよく振り向いてハリーの顔をまじまじと観察する。しかし、目を白黒させながら困惑した様子で握手を行う彼がそんな大層な人物にはとても見えなかった。服も眼鏡もボロボロで、痩せぎすで、背はソニアよりも小さい。しかも10年前と言ったら彼もまた赤ん坊であった筈だが⋯⋯。

 

「うんむ。そう言われちょる。10年前、両親は殺され家も壊されちまったが、ハリーだけが生き残った。そんで『例のあの人』はその夜、綺麗さっぱりとどこかで消えちまったのさ。ハリーの額に傷を残してな。だから、ハリーは魔法界じゃ英雄扱いなんだ」

「へぇ⋯⋯」

 

 まるで信じがたい話であったが、大の大人達に揉みくちゃにされるハリーの様子を見るに、少なくとも誰もがポッターを英雄だと思っているらしい。

 

「⋯⋯ん? おや、クィレル教授じゃないか!」

 

 知り合いを見つけたのか、ハグリッドはソニアを放って嬉しそうに輪に混ざっていく。

 

 

 

 結局ハリーが解放されるまで、ソニアは10分近く椅子の上で待ちぼうけを食らってしまったのだった。

 

「いや、また待たせちまったな。悪い悪い。もう行かんとな。買い物がごまんとあるぞ」

 

 首を軽く振ってハグリッドの謝罪を流し、パブを後にする。やってきたのは中庭の突き当たり、レンガの壁の前だ。

 

 ここにもまた、ソニアは特異な違和感を感じ取っていた。きっと何かしら魔法的な仕掛けが施されているに違いない。

 その予想を肯定するように、ハグリッドがブツブツと何事かを呟きながら傘の先で壁を3度叩くとレンガはまるで生き物のようにクネクネと動いて巨大なアーチの入り口を形成した。その先には石畳の通り道が続いている。

 

「ダイアゴン横丁にようこそ!」

 

 ハグリッドはニコリと人好きのする笑みを浮かべ、二人を魔法界に迎え入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 マグルの非常識は魔法界の常識だ。

 当たり前のように売っているドラゴンの肝、空飛ぶ箒、フクロウ、動く写真⋯⋯。この街に来て、ソニアとハリーはその事実を見に染みて知った。

 何より、パブで感じたような違和感がこの街では当たり前だった。逆に、ところどころに〝普通〟の隙間が覗いている。まるで外の世界をひっくり返しにしたかのようだ。

 

 

「まずは金を取ってこんとな。グリンゴッツだ」

 

 ソニア達がやってきたのは通りでも一際大きく、立派な白亜の建物だった。道すがら聞いたところによると、魔法界唯一の銀行にして最も堅牢な守りだという。

 

「そういや、ソニア。マグルの金は持ってきたか?」

「はい」

 

 目が眩むほどに広く美しい大理石のホールを進みながら、ソニアはカバンから大きめの紙袋を取り出す。中にはギッチリと50ポンド紙幣が詰まっていた。

 

「ふうむ、マグルの連中はこーんな紙切れを使っとるんか。なんだかチャチなもんだなぁ」

 

 ハグリッドは鼻で笑いながら札束を眺めているが、マグルの世界で育ったハリーはその価値を正確に把握しており、目を剥いていた。

 

「ひょっとして、キミの家ってお金持ち?」

「かもね」

 

 ハグリッドを先頭に奥のカウンターに向かう。手隙のゴブリン───グリンゴッツを経営する種族───に近づき、ハグリッドが声をかけた。

 

「ハリー・ポッターさんの金庫から金を取りに来たのと、こっちの子のマグルの金を換金してもらいたいんだが」

「かしこまりました。ポッターさんの鍵はお持ちでいらっしゃいますか?」

「どっかにある筈だが⋯⋯⋯⋯おお、これだ」

 

 無造作にポケットを探りカウンターの上を汚しながら取り出したのは、小さな金の鍵だった。ゴブリンが慎重にそれを検分し、間違いながないことを確認する。

 

「それと、ダンブルドア先生から手紙を預かっている」

 

 ハグリッドが声を潜めながら手紙をゴブリンに渡す。何か仕事の話だろう。聞き耳を立てるのも悪いので、ソニアは気を遣って視線を外した。

 

「────では、お二人は金庫の方に案内致します。そちらの貴女の換金はその間に済ませましょう。グリップフック!」

 

 新たに現れたゴブリンに連れられ、奥の扉の方に向かったハグリッド達を見送り、ソニアは小鬼の前にやってきた。

 

「これ、お願いします」

「承知いたしました。少々お待ち下さい」

 

 どすんと置かれた紙袋から3ダースほどの札束を丁寧に抜き取って帯封を解き、大きな鉄の板の上に置く。

 

「あっ⋯⋯⁉︎」

 

 すると、風に吹かれたかのようにお札が一人でにパラパラと捲れ上がり、宙に浮いては解けるように消えていった。

 見る見るうちに札束は無くなってしまい、代わりにカウンターの上には眩いばかりの金貨や銀貨、銅貨の山が築かれていた。

 

「ふむ、ひょっとして貴女はマグルの出身ですか?」

 

 一体どんな魔法がかけられているのだろうか。交換レートはどう計算しているのだろうか。幾らかくすねられてはいないだろうか。

 目を丸くして財貨の山とマジックアイテムを眺めるソニアの姿があまりにもお登りさんだったのだろう。珍しくゴブリンが老婆心を見せて話しかけてくれた。

 

「え、ええ」

「では、魔法界の貨幣について説明を致しましょう。

 まず、この銅貨が1クヌート。29クヌートでこちらの銀貨、1シックルと等価。17シックルでこちらの金貨、1ガリオンと同じ価値でございます」

「⋯⋯もしかして、本物の金?」

「勿論、魔法界の貨幣は全て本物。ガリオンは純金、シックルは純銀でございます」

 

 思わず感嘆の声を漏らす。魔法界では金銀が珍しい物ではないのかもしれないが、少なくともソニアの持ってきた大金でもここにあるだけの金を買うのは不可能だ。

 

「念のために言っておきますが、これらの貨幣を意図的に溶かしたり、マグルの世界で悪用するのは法律違反ですからお控え下さい。進んでアズカバンに行きたいというのであれば別ですがね」

 

 不意に頭をよぎった悪知恵を見抜かれたのか、ゴブリンの静謐な瞳が向けられる。カバンに金貨を詰め込みながらソニアは視線を逸らした。

 

「⋯⋯アズカバン?」

「ええ、魔法界で最も恐ろしい絶海の監獄です。大罪を犯したものが収監されるのですが、殆どの受刑者は寿命よりも先に精神がおかしくなって死んでしまうとされるほどに恐ろしい場所です」

 

 ゴブリンのおどろおどろしい口調も相まって、ソニアは思わず身震いをした。

 

「まあ、そのようなところに行くことが無いよう慎ましく生きるのですな。さて、お連れの方々が戻ってきたようですよ」

 

 何故かソニアよりも青い顔をした二人を迎え、三人は揃って逃げるようにグリンゴッツを後にした。

 

 

 

 

 

 

 その後、『マダム・マルキンの洋装店』で制服の採寸を行い、『フローリッシュ・アンド・ブロッツ書店』で教科書を買い揃え、鍋や秤など教材を一通り買い揃える。ちなみにハリーはフクロウを買っていた───正確にはハグリッドに買ってもらっていた────が、ソニアは買っていない。昔から動物に好かれないタチだからだ。

 買い物は滞りなく進んだ。洋装店でハリーが他の子とトラブルがあったらしいが、女子であるソニアは別室に案内されていたので詳しくは知らない。

 

 最後の買い物は杖だ。『オリバンダーの店』───ハグリッド曰く、魔法界で最高の杖店らしい。杖を買うなら間違いなくここが良いらしい。

 

 紀元前382年創業というのも納得のショーウィンドウに飾られた古い杖を尻目に、3人は店内に入った。

 天井近くまで整然と積み重なった細長い箱の山はまるで背の高い本棚のようだ。思わず口をつぐんでしまうような雰囲気は図書館を連想させる。

 

「いらっしゃいませ」

 

 突然目の前からかけられた声に、思わずソニアは仰反った。いつからそこにいたのか、3人の前には一人の老人が立っていた。

 何とも浮世離れした雰囲気の老人は、一心にハリーを見つめている。

 

「おお、そうじゃ。そうじゃとも、そうじゃとも。間もなくお目にかかれると思ってましたよ、ハリー・ポッターさん」

 

 オリバンダー老人はスーッとハリーに近づいて彼の身の上話を始めた。赤の他人が盗み聞きするのも悪いと思ったソニアは、すっと彼らから離れ、山のように積まれた桐の箱の一つを手にとってみた。中に入っていたのは案の定杖だ。試しにそっと触れてみると、まるで拒絶するように火花を立てて弾かれてしまった。

 

「おや、そちらの子も新しい新入生かな?」

「え、あ、はい⋯⋯ッ」

 

 振り返ると、いつの間に近づいていたのか目と鼻の先にオリバンダー老人の顔があった。喉の奥でひゅっと息を呑む音が漏れる。

 

「ふむ⋯⋯? 失礼じゃが、お名前を伺っても?」

「え、えっと、ソニア・スターリング⋯⋯です」

「ふぅーむ。スターリング⋯⋯気のせいかのぅ⋯⋯。あぁ、いや、申し訳ない。随分昔に来た客に雰囲気が似てたものでな」

「は、はぁ⋯⋯」

 

 既にソニアはこの老人が苦手になりつつあった。

 

「ふむ。さて、さて。それでは⋯⋯⋯ポッターさんから拝見しましょうか。どちらが杖腕ですかな?」

「あ、あの、僕、右利きです」

 

 老人は銀色の巻尺でもってハリーの全身の寸法を隈なく採りつつ、杖について講釈を垂れた。

 ソニアは、杖の話よりも途中で出てきた〝不死鳥〟という単語の方が気になって仕方がなかった。その肉を食らえば不死が得られるという逸話があった筈だ。いや、それは人魚だっただろうか。

 

「────では、ポッターさん。これをお試し下さい。ぶなの木にドラゴンの心臓の琴線、23センチ」

 

 手渡された杖をハリーが気恥ずかしげに振ると、オリバンダー老人はすぐにそれを取り上げてしまった。パチパチと瞬きをするハリーだが、すぐに次の杖が差し出される。しかし、それも振り上げた途端に老人にひったくられてしまう。

 その後も次々と色んな杖を試してみては、老人がもぎ取って椅子の上に放ってしまう。見る見るうちに試し終わった杖の小山ができてしまった。

 

「難しい客じゃの。え?心配なさるな、必ずピッタリ合うのをお探ししますでな。⋯⋯おお、そうじゃ。滅多にない組み合わせじゃが⋯⋯柊と不死鳥の羽根、28センチ。良質でしなやか」

 

 どうやら、それは当たりだったらしい。ハリーがその杖を握った瞬間、明らかに空気が一変した。事実、彼が杖を振るうと先端から赤と金色の火花が花火のように流れ出し、暖かな光の玉が壁を明るく照らして見せたのだ。

 

「素晴らしい! いや、よかった。さて、さて、さて⋯⋯不思議なこともあるものよ。全くもって不思議な⋯⋯」

 

 ブツブツと何度も繰り返すものだからハリーが訳を聞くと、『名前を言ってはいけないあの人』と同じ不死鳥の尾羽根を芯材に使用しているという。

 魔法界を混沌の渦に落とした魔王と、それを打ち破ってみせた少年。その2人を選んだ兄妹杖⋯⋯⋯とても偶然とは言い切れない。これが因果というものなのだろうか。

 

 複雑そうな表情で代金を支払ったハリーと入れ違いに、ソニアはオリバンダー老人の前に立った。

 

「さて、スターリングさん。杖腕はどちらかな?」

「右です」

 

 ハリーと同様に巻尺で身体の至る所の寸法を測ると、オリバンダーは徐に杖を取り出した。

 

「では、まずこちらから。リンゴの木にドラゴンの心臓の琴線、29センチ」

 

 杖を振るうが、何も起きない。その辺の木の枝を振るっているのと大差ない感触だ。

 

「ふむ、では、次。リンボクにドラゴンの心臓の琴線、32センチ」

 

 これは悪くない。パチパチと稲妻が跳ねるように溢れ出し、室内を淡く照らした。しかしオリバンダー老人は満足しないようで、次々と杖を渡してきた。

 

「ほう、ほう。ではこれはどうですかな? クマシデに一角獣の鬣、21センチ」

 

 これも悪くない。しかし、これなら先程の杖の方が良いだろう。

 

「ふむ。では、変わり種を。サクラにセストラルの毛、36センチ」

 

 ふわりと宙に半透明な薄紫色のカーテンがたなびく。幻想的な光景にほうと息を漏らすが、その余韻が収まらないうちに次の杖を握らされる。

 

 ⋯⋯それからも、次々と杖を渡されては取り上げられていく。気づけばハリーと同じように杖の小山を築いてしまっていた。長く退屈なのか、背後では椅子の上で二人がこくこくと船を漕ぎ出していた。

 

「おお、これだけ難しい客が一日に2人も来るとは珍しい。なに、杖はまだまだありますからな。間違いなく最高の杖を見つけて見せますとも」

 

 どうやら、まだまだ時間がかかりそうだ。ソニアは溜息を抑えながら視線を逸らす。

 

「⋯⋯ん?⋯⋯あれは──」

 

 吸い寄せられるように視線を向けた先にあったのは、窓際に置かれた一本の杖だ。色褪せた紫色のクッションの上に置かれたそれは、外のショーウィンドウから見えていた展示品だ。

 

 ソニアに次の杖を手渡しながら、オリバンダー老人が答える。

 

「ああ、アレはこの店で最も古い杖です。ニワトコの木に、悪魔の角、33センチ。大昔───創業当初からあったとも言われる杖です」

「あ、悪魔?」

「そう言われております。実際のところはわしにも分かりませんがね。しかし、わしが見たことがない生物の芯材が使われておることは確かじゃ」

 

 安堵のため息を吐く。どうやら魔法の世界でも悪魔なる生物は架空の存在らしい。敬虔な十字教の一家で育ったソニアにとって、悪魔は何よりも恐ろしい生物なのだ。

 それにしても、悪魔にニワトコ。何とも不吉な組み合わせである。神を冒涜する為にあるかのような悪しき杖だ。

 

 しかし、ソニアはその杖から目を離せない。引力のような()()()があった。

 

 それを感じ取ったのか、或いは何か思うところでもあったのか。オリバンダー老人はその杖をそっと手に取った。

 

「⋯⋯⋯ふむ。試しに振ってみますかな?」

「え? でも、展示品なんじゃ⋯⋯」

「スターリングさん、杖は使ってこそのものじゃ。誰にも使われることが無いのであれば、それはただの木の棒でしかないじゃろう。⋯⋯もっとも、この杖は実に2000年以上も木の棒であったわけじゃが」

 

 そう言いながら手渡された杖は、間近で見ると確かに何十世紀もの歴史を感じさせるほどの骨董品だ。杖の表面は細かい傷や裂目でぼろぼろだし、所々焦げたように黒ずんでいる。

 今にも中折れてしまいそうな古ぼけた杖だが、ソニアはその杖を握った瞬間、全身が沸騰するような熱を帯びるのを感じた。

 

 気分は高揚し、全能感に包まれる。ソニアは、まるで杖に操られるように優雅に腕を振るった。

 

 ────その瞬間、夜の帳が下りた。

 

 まるでヴェールで包み込むように、冷たく暗い影が空間を覆い尽くしていく。

 

「ぬおっ、なんだ⋯⋯⁉︎」

「うわっ⋯⋯⁉︎」

 

 突然真っ暗になった視界に跳ね起きた二人が、背後で息を呑む音がした。無理もないだろう。杖を振ったソニア自身も、目の前に広がる幻想的な光景に魅入ってしまっているのだから。

 

 

 ──それはまるで、満天の星空に迷い込んでしまったかのようだ。

 薄暗かった店内はさらに暗く、まるで夜空のように黒い闇に閉ざされてしまっていた。

 しかし、それでも微塵も恐れが湧いてこないのは、宙に揺蕩う無数の光の粒のお陰だ。それはまさに天から地を見守る彼方の星の煌めきの如く、虹を閉じ込めたような不思議な光の球が当たり一面に散らばってソニアたちを優しく照らしているのだ。

 

 とても曰く付きの杖で織ったとは思えない神秘的な夜空に、背後から興奮したような歓声が聞こえた。

 

「す、凄い⋯⋯!僕、こんな綺麗な星空初めて見た!」

「こりゃあたまげたなぁ。ホグワーツの夜空にも負けとらんわい」

 

 手放しの賞賛に気恥ずかしくなり、ソニアは軽く杖を振るう。パチン、パチンとシャボン玉のように光の玉が次々弾け、途端に店内が明かりを取り戻した。

 

「ブラボーっ! いや、わしもホグワーツでの天文学の授業を思い出して懐かしくなりましたよ。⋯⋯おや? スターリングさん、その杖は⋯⋯」

「え?」

 

 目を見開いて右手を凝視するオリバンダー老人に釣られて、ソニアも杖に視線を向ける。そこには、先程までとは随分と様相の異なる杖が握られていた。

 

 まるで琥珀を切り出して作ったかのような輝きと透明感を宿した、すらりと細長く美しい杖だ。どう見ても先程までの古ぼけた杖とは似ても似つかないが、脱皮した蛇の抜け殻のように床に散らばった木端がこの杖の正体を示していた。

 

「ううむ、わしも長いことこの店をやっておりますがこんなことは初めてじゃ。真の姿を隠匿する魔法でもかかっておったのか⋯⋯。いや、スターリングさん、良いものを見せてもらいました」

「⋯⋯は、はあ。私には何がなんだか⋯⋯。あの、それで⋯⋯⋯⋯お代は?」

 

 戦々恐々としながら尋ねる。非常に希少な(であろう)素材に加え、歴史的価値も高い逸品。一体何ガリオンになるのか、検討もつかなった。

 

「7ガリオンで結構じゃ」

「え? でも⋯⋯」

 

 しかし提示された額はハリーのそれと同じもの。まだ魔法界の物価を正確に把握しきれていないが、それでもその価格が安すぎることくらいは分かった。

 

「良いのです。何千年もかかって、ようやっと主人と会えたのです。その杖も喜んでおることでしょう。これはそのお礼とでも思って下さればよろしい」

 

 それでも、とソニアは言い募ったが、オリバンダー老は最後まで頑として7ガリオンしか受け取らなかった。結局根負けしたソニアは、オリバンダーに何度も深くお辞儀をして店を後にするのだった。

 

 




 
 前髪長い系美少女が何かの拍子に顔を晒しちゃって突然意識されまくる奴が好きです、はい。

 主人公の杖は終局の某せんとくんの角みたいな感じのやつです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話 組分け帽子

 

 9月1日。待ちに待ったホグワーツ入学の日だ。一ヶ月前は随分と待ち遠しく感じたものだが、今振り返ってみるとあっという間のようにさえ感じた。

 

「それじゃあ、気をつけてね。困ったことがあったらいつでも手紙を送ってきていいからね」

「うん。ありがとう、お母さん。そっちも元気でね」

 

 親子にしては余所余所しく簡素な挨拶を交え、ソニアは駅まで送り届けてくれた母を見送った。これから仕事なのだろう、ピシッとスーツを着込んだ母は足早に去っていった。振り返ることは、無い。

 ソニアも最後まで見届けることなくすぐに顔を背け、プラットホームに向かう。

 

「それにしても⋯⋯4分の3番線って何よ?」

 

 ソニアはポケットから取り出したチケットを見て、大きく溜息を吐いた。

 

 チケットにはこう記されている。

 

 『9月1日 キングス・クロス駅 9と4分の3番線 ホグワーツ特急 11時発』

 

 

 ⋯⋯これではホグワーツへの行き方がサッパリ分からない。きっとハグリッドは重要な説明を忘れているに違いない。

 

 しかし、そんな疑問も9番線の辺りにやってくる頃には氷解していた。

 9番線と10番線のプラットホームの改札口の間。そこの柵は、漏れ鍋などで目にした魔法界特有の違和感を放っていた。しかも、よくよく観察してみると、辺りにもチラホラとそう言った『ゲート』とでも言うべき場所が点在しているのだ。

 魔法族はもっと人目を忍ぶものだと思っていために、これは驚きだった。木を隠すなら森の中、ということだろうか。

 

 感心しながら、一息に柵に突っ込む。衝撃は無い。あるのは、刹那の浮遊感だけだ。気づいた時には、彼女の目前には真っ赤な蒸気機関車が鎮座していた。ホームの上には『ホグワーツ特急11時発』の魔法の文字が浮いている。魔法の世界の列車だから何か特別な物であろうが、少なくとも見た目はそこら辺の鉄道車両と何ら変わりなかった。

 

 キョロキョロとあたりを見渡してみると、まだ発車まで30分近くあるというのに、ホームは既にホグワーツの学生とその親たちで鮨詰め状態だ。

 至る所から聞こえて来る御涙頂戴の感動シーンを極力視界に入れないようにしながら、ソニアは縫うようにして人混みをくぐり抜け、見事列車への搭乗に成功した。

 どうやらこの列車は新入生以外も乗っているらしく、コンパートメントは殆ど埋まってしまっていた。最前列辺りに乗ったと言うのに、結局ソニアは遥か後ろの車両まで逆流する羽目になってしまった。

 

 やっと見つけた客席の窓側の席に腰掛けると、ソニアは鞄から分厚い本を取り出した。

 

 『幻の動物とその生息地』──ニュート・スキャマンダー著

 

 無類の動物好きであるソニアだが、何故か生まれつき彼女は動物に好か難い体質だった。近寄れば憐れなほどに震え出してしまうか、異様な警戒心を露わにするかのどちらかだった。

 

 しかし、ここは魔法の世界。マグルの常識は通じない。ソニアはもふもふの一角兎や素晴らしい毛並みの天馬に擦り寄られる姿を想像し、顔をにやけさせながら本を読み耽った。

 

「ごめんなさい、ここ、座ってもいいかしら?」

 

 ヒッポグリフと仲良くなる脳内シミュレーションは、コンパートメントの戸が開く音によって中断された。入ってきたのは、ふわふわの栗色の髪と大きな前歯が特徴的な女の子だ。

 

「ええ、どうぞ」

 

 それきり視線を本に戻す。暗に『話しかけないで』と態度で示したつもりだったのが、少女には通じてないようで弾んだ声で喋り始めた。

 

「私、ハーマイオニー・グレンジャーよ。それって『幻の動物とその生息地』よね? 私も読んだわ⋯⋯⋯⋯すっごい刺激的だった! あまりに面白くて、1日で全部暗記しちゃったわ。貴女はどんな魔法生物が見たい? 私は断然ペガサス。特にセストラルよ。人によって姿が見えないだなんて、とっても不思議だわ!」

 

 恐るべき肺活量のハーマイオニーに、ソニアは目を丸くして黙りこくる。たまにスターリング家にやってくる世間話が大好きな親戚のおばちゃんを彷彿とさせた。

 

「⋯⋯ソニア・スターリングよ」

「ソニアね。よろしく。貴女の親って魔法使い?」

「いえ」

「あら、なら私と同じよ! 私の家族にも魔法族は1人もいないの。マグルって言うらしいわ。だから手紙が届いた時はとっても驚いたわ⋯⋯今でも信じられないくらい!」

 

 どうやら読書は中断せざるを得ないようだ。ここで本を片手に無視し続けたら烈火の如く怒るのは目に見えている。

 

 ハーマイオニーのマシンガントークは、列車が汽笛を鳴らしてからも止まる気配を見せなかった。ソニアが二言三言しか返事をしなくてもまるでお構いなしだ。きっと喋るカカシだとでも思っているに違いない。

 ホグワーツに着くまでの数時間この苦痛に耐えねばならないのか、と死んだ目でハーマイオニーの話に相槌をうっていると、ソニアにとっての救世主がやってきた。

 

「車内販売よ。何かいりませんか?」

 

 ソニアは一も二もなく飛びついて───丁度昼時で小腹も空いていた───たんまりとお菓子を買い込んだ。

 ハーマイオニーの分も、大量に。流石に口に物が入ってる間は喋りようが無いだろう。

 

「⋯⋯ねえ、見て‼︎ マーリンよ! あの、マーリン! 『歴史上最も有名な魔法使い。花の魔法使いとして知られている。アーサー王の相談者』ですって! 教科書の中にも何度も出てきたわ。私、彼のように歴史に名を残す魔法使いになりたいわ!」

 

 ⋯⋯もっとも、その目論見は見事に外れたが。ハーマイオニーは車内販売で買った蛙チョコレート────中に有名な魔法使いの写真が載ったカードが入っている魔法界のおやつだ。驚くべきことに、その写真は〝動く〟────を開けては、はしゃぎながらソニアに話しかけてきた。

 

「あら? 貴女のはゴドリック・グリフィンドールね! ホグワーツの創始者のうちの1人よ。知ってる? ホグワーツには4つの寮があるの。グリフィンドール、レイブンクロー、ハッフルパフ、スリザリン。私、グリフィンドールが良いわ! 貴女は?」

「え? ええっと⋯⋯、ハッフルパフかしら。みんないい人そうだし」

 

 トークテーマを二転三転させながら途切れることのないの会話。ハーマイオニーの驚天動地の語彙力に、ソニアは一周回って感心さえ覚えていた。そんな彼女に押されるように、ソニアも徐々に口数を増やしていった。

 

「ハッフルパフね。悪くは無いと思うわ。知ってる? その本を書いた人───ニュート・スキャマンダーもハッフルパフ出身らしいわよ。でも、私はやっぱりグリフィンドールがいいわ。ダンブルドアもそこ出身だって聞いたし」

「ダンブル⋯⋯なに?」

「〝ダンブルドア〟よ。アルバス・パーシバル・ウルフリック・ブライアン・ダンブルドア。入学案内にも書いてあったでしょう? 20世紀を代表する偉大な魔法使いで、ホグワーツの校長よ」

「ふぅん⋯⋯」

 

 ハーマイオニーに手渡されたカードを見る。流れるような銀色の髪と見事な顎髭を蓄えた姿勢の良い老人だ。日に照らされた水面のようにキラキラと光る瞳が印象的である。

 というか、よくこれだけ長いフルネームを噛まずに言えるものだ。

 

 暫く会話に花を咲かせていると、不意にコンパートメントの戸が叩かれた。

 

「ごめん、僕のヒキガエルを見なかった?」

 

 やってきたのは、丸顔でぽっちゃり気味な男の子だった。可哀想なくらいに顔色を悪くしていて、今にも泣き出してしまいそうだ。

 

「いえ、見てないけれど⋯⋯」

「私も」

「そっか⋯⋯。どうしよう、トレバーったらすぐ僕から逃げるんだ。見つからなかったら、おばあちゃんになんて言われるか⋯⋯」

 

 ついにはメソメソとぐずりだしてしまった少年に、ハーマイオニーは慌てて駆け寄ってあやし始める。

 

「大丈夫よ。私たちも一緒に探してあげるから⋯⋯」

 

 私たち?

 いや、別に彼のヒキガエル探しに手を貸すのには吝かでは無いが、人の断りもなく勝手に了承するのはどうかと感じた。

 

「う、うん。ありがとう⋯⋯。僕、ネビル・ロングボトム」

「私はハーマイオニー・グレンジャー。彼女はソニア・スターリングよ。それで、トレバーはどんな見た目をしているの?」

 

 ネビルからトレバーの特徴を一通り聞いた2人は、手分けして列車内を探索することになった。

 

 しかし、半ば予想がついていたことだが、この非常に長大で広大かつ数百の生徒で犇めき合っている車両から、手のひら大のヒキガエルを探し出すことは非常に難航した。しかも、向こうは自由に動き回るのだ。一つのコンパートメントを探している背後で茶色のヒキガエルが駆けていく様が容易に想像できる。

 

「⋯⋯失礼しました」

 

 上級生達がいたコンパートメントの扉を閉め、げんなりとした様子で溜息を吐く。列車の外に逃げてないことを切に願うばかりだ────もっとも、その場合トレバーは挽きガエルにでもなっていることだろうが。

 

 だが、そんな途方もない作業は思わぬ形で終わりを迎えることになる。歩き回っている内に尿意を覚えたソニアが用を済ませると、なんと洗面台の側で迷いガエルを発見したのだ。茶色のそいつは間違いなくトレバーだった。

 

 ソニアが手を伸ばすと、カエルとは思えない俊敏さで逃げ出そうとしたが、一睨みすると小鹿のように身を震わせながら大人しくなった。大変不本意だが、ソニアは生まれて初めてこの悲しき特殊体質に感謝した。

 すっかりと大人しく縮こまってしまったヒキガエルをポケットに入れ、元のコンパートメントに戻る。

 だがまだ2人は捜索中らしく、そこはもぬけの殻だった。ソニアは今度は人探しの旅に出る羽目になってしまった。と言っても、こちらはすぐに見つかった。彼女の甲高い声は実に特徴的だったからだ。

 

「────でもレイブンクローも悪くないかもね」

「あ、いた。ロングボトム、ほら」

「あっ、トレバーっ⁉︎」

 ガラリとコンパートメントを開き、所在なさげに突っ立っていたネビルにヒキガエルを投げ渡す。放物線を描きながらポトリと彼の掌に落ちたトレバーは、放浪癖が嘘のようにポケット目掛けて一目散に逃げ出した。

 

「ああっ⋯⋯よかったぁ! ソニア、ありがとう‼︎ これでおばあちゃんに怒られないですみそうだ!」

「別に。気にしなくていいわ」

 

 裏表ない感謝に照れ臭くなって、ソニアは視線を逸らした。

 

「あ、キミは⋯⋯」

「⋯⋯。久しぶりね、ポッター」

 

 一瞬名前が思い出せなかったのは秘密だ。

 

「あー、うん。久しぶり、スターライン」

 

 お互い様だった。いや、向こうのが酷い。

 

「お知り合い?」

「あー、うん。まあね」

 

 赤毛の少年の質問に、ハリーは曖昧に頷く。まあ彼からしたら自分とハグリッドの後ろを背後霊の如く着いて回っていた女の子だ。印象に残らなくて当然である。

 

「さ、ネビルのヒキガエルも見つかったことだし、早くコンパートメントに戻りましょ。放っておいたら他の人たちに盗られちゃうもの。──ああ、それと2人とも着替えたほうがいいわ。もうすぐ着くはずだから」

 

 ツカツカと早足で戻るハーマイオニーに、慌ててネビルが着いていく。

 

 ソニアはほつれの一つもないローブの背を恨めしそうな目で睨め付ける。

 ────こいつ、サボってやがったな、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「イッチ年生! イッチ年生はこっちだ!」

 

 新品のローブに着替えホグワーツ特急から下車した新入生たちは、大木の如き大男───ハグリッドの持つランプに誘われるようにわらわらと集まった。

 

「よし、よし。さあ、ついてこいよ。足元には気を付けろ。途中で変な生き物を見ても追いかけたりするんじゃないぞ。いいか! イッチ年生、ついてこい!」

 

 明るいランプに照らされるハグリッドはいい目印だった。それがなければきっと誰かが迷子になっていただろう。それくらい真っ暗で、木が鬱蒼としていて、険しい山道だった。お喋りなハーマイオニーも流石にこの時ばかりは余裕が無さそうだった。

 

「みんな、ホグワーツが間もなく見えるぞ。この角を曲がったらだ!」

 

 ハグリッドがそう言い終わらない内に、視界が突然開け、大きな湖の辺りに出た。

 

「うぉーっ!」

 

 あちこちから一斉に歓声が湧き上がった。ソニアも柄にもなく黄色い悲鳴をあげてしまう。

 

 何せ、それは学校というよりも〝城〟だったのだ。シンデレラや白雪姫に出てきてもおかしくないような、壮大で立派なお城である。ソニアは〝まるでお城のような〟豪邸のパーティーに参加したこともあったが、それがまさしくただの比喩でしかなかったことを初めて知った。

 

「4人ずつボートに乗って!」

 

 マグルの小学生時代の嫌な記憶を彷彿とさせるセリフにソニアが遠い目をしている内に、ハリーと赤毛の少年、ハーマイオニーとネビルは同じ船に乗り込んでしまった。

 

 ソニアはボーッとしている内にハグリッドに組分けされた───のだが。そのうちの2人がとても同じ歳とは思えないほどに大柄で重量級であったため、船が今にも沈みそうになってしまっていた。同乗の気品の良さそうな少年の顔色も随分と青白い。

 

「おい、クラッブ。湖の魚を取ろうとするんじゃない。ゴイル、それは蛙だ」

 

 どうやら彼らはお友達同士のようだ。とても苦労していそうだ。生え際が心配である。

 

「みんな乗ったか? よーし、では進めぇ!」

 

 ボートには魔法がかけられているようで、ハグリッドの号令とともに一斉に湖面を滑るようにして動き出した。

 

「まったく、あんな大声を出さなくても聞こえるというのに⋯⋯。まるで野人だ。ああ、自己紹介が遅れたね。僕はドラコ・マルフォイ。そっちのがクラッブで、向こうのがゴイル。キミは?」

「ソニア・スターリングよ」

「ふむ? 失礼だがあまり聞き覚えのない家名だね」

「それはそうよ。だってうちの家庭は非魔法族だもの」

 

 ドラコの顔が急変する。顔からはスーッと表情が失せていって、瞳には剣呑な色が帯びる。嫌悪の色で満ち満ちた視線は、随分と久しく向けられていないものだった。

 

「チッ、なんだ。キミもその口か。『穢れた血』⋯⋯。これだからホグワーツは嫌だって母上に言ったんだ。ダームストラングの方が⋯⋯⋯いや、それはもういい」

 

 それきりドラコは黙りこくってしまった。ソニアには何がなんだかよく分からないが、どうやら魔法界にも人種差別はあるらしい。『穢れた血』というのが何かは知らないが、名称から大体の予想はつくというものだ。

 別に自分がどうこう言われるのは構わないが、両親まで馬鹿にされるたような気がして少し腹立たしかった。

 

 地下の船着場に到着するや否や、ソニアはサッと彼らから離れた。元々他人と深く関わり合いを持つようなタイプではないが、ドラコのことは特に好きになれなさそうだった。

 

 生徒たちは相変わらずカルガモのようにハグリッドの背を追いかけ、石段を登っていく。やがて巨大な樫の扉の前までやってくると、大きくノックをした。

 ギィっと音を立てながら一人でに開いた扉の先にいたのは、厳格な顔つきを老女だった。ソニアの家に入学案内にやってきた魔女にして副校長、ミネルバ・マクゴナガルだ。

 

「ご苦労様、ハグリッド。ここからは私が預かりましょう」

 

 マクゴナガル教授に連れられてこられたのは玄関ホールの脇の小部屋だった。百人以上いる新入生を収容するには少々手狭で、誰もが窮屈そうにしていた。

 

「ホグワーツ入学おめでとう。

 新入生の歓迎会が間も無く始まりますが、大広間の席に着く前に皆さんが入る寮を決めねばなりません。組分けは非常に大切な儀式です。ホグワーツにいる間、寮は皆さんにとっての家になるのですから。

 寮は4つあります。グリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクロー、スリザリン。それぞれ輝かしい歴史があり、偉大な魔法使いや魔女が卒業しました。

 ホグワーツにいる間、皆さんの行いに応じて自分の寮に特点や減点がなされます。学年末には最高得点の寮に大変名誉ある寮杯が与えられます。どの寮に入るにしても、皆さん一人一人が寮にとって誇りになるように願っています」

 

 マクゴナガルの厳かな声はどこか浮き足立っていた新入生の気を引き締めるのに十分だった。彼女は服装の乱れを直しておくように忠告すると、準備のために部屋を出ていった。するとそれを皮切りに、あちこちから組分けに対する不安の声が漏れ聞こえてきた。

 ハリーやロンは試験だのすごく痛いだのと話し合っているし、ハーマイオニーなんかはぶつぶつと呪文を誦じていた。

 

「ソニア、どうしよう。僕、教科書に載ってる呪文なんて一個も覚えてないよ!」

「私もよ」

 

 ネビルの顔は真っ青だ。ソニアの言葉も気休めにもならなかったらしく、縋るようにしてハーマイオニーの呪文────文字通りの意味だ────に聞き入っている。

 しかし、先程マクゴナガル先生は『それぞれの寮に輝かしい歴史がある』と口にしていた。であれば、寮の間に優劣はない。魔法の点数を競う意味は皆無では無いだろうか。

 ⋯⋯⋯という正論を叩き出す一方、頭は同じくらいの不安でいっぱいだった。しばしの間彼女もそれとなくハーマイオニーの呪文辞典に耳を傾けた。

 途中でゴーストの行列が部屋を横切るという珍事に皆が驚愕と恐怖を覚えたものの、それもマクゴナガルが戻ってきたことでどこかへと吹き飛んでしまった。

 

「組分けの儀式が始まります。一列になってついてきてください」

 

 マクゴナガルに連れられ、大広間に入る。

 そこには、夢のような素晴らしい光景が広がっていた。何千という蝋燭が空中と浮かび、4つの長テーブルを照らしている。そこには各寮の上級生たちが整然と座してこちらを興味深そうに眺めている。中央の上座には威厳のある先生たちが座っている。天井は吹き抜けになっていて、満天の星空が広がっていた。

 

 ────いや、何か違和感がある。

 

「本当の空に見えるように魔法がかけられているのよ」

 

 ハーマイオニーがまるで自慢するような口調で説明してくれた。改めて『魔法』というものの万能さを実感して舌を巻く。

 

 視線を正面に戻すと、マクゴナガルがスツールを用意していた。椅子の上には、誰もが想像するような〝魔法使いのかぶる帽子〟──つまり、ぼろぼろのとんがり帽子がのっかっている。

 

 ただの小汚い帽子だと言えばその通りだが、ソニアは不思議とその帽子から言い知れない神秘的なものを感じていた。帽子はそんな視線に応えるようにピクピクと震え出し、口のような裂け目から歌声を響き渡らせた。

 

 勇気と騎士道のグリフィンドール。

 忠実で忍耐強いハッフルパフ。

 賢く機知に富むレイブンクロー。

 狡猾で手段を選ばぬスリザリン。

 そして、それを組分けする考える帽子。

 

 要約すればこんなところか。つまるところ、帽子を被れば勝手に自分の性格や素質に合った寮に組み分けしてくれるということだ。これがあれば、マグルの世界の就職面接は不要なのではないだろうか。

 ハーマイオニーは自分の実力を示せないからか不満を滲ませていたが、大半の生徒は安堵の息を溢していた。

 

「ABC順に名前を呼ばれたら、帽子をかぶって椅子に座り、組み分けを受けて下さい」

 

 シン、と静まり返ったことを確認したマクゴナガルが、厳格そうな声をより一層強めた。

 

「アボット・ハンナ!」

 

 金髪のおさげの可愛らしい女の子だ。帽子を被ると、一瞬沈黙が下りる。

 

「──ハッフルパフ!」

 

 右側のテーブルから歓声が上がり、ハンナは照れ臭そうな顔で席についた。

 

「ボーンズ・スーザン!」

「──ハッフルパフ!」

「ブート・テリー!」

「──レイブンクロー!」

「ブロックルハースト・マンディ!」

「──レイブンクロー!」

「ブラウン・ラベンダー!」

「──グリフィンドール!」

 

 次々と新入生が組分けされていく。その様子をよくよく観察していると、2つ面白い発見があった。

 

 一つは、寮の人数分布。組分けされる寮のうち一番数が少ないのはスリザリンだ。事実、4つの長テーブルのうちスリザリンのテーブルは結構疎らだ。マグル生まれで魔法界に疎い筈のハーマイオニーすら列車の中でこき下ろしていたのを見るに、どうやらスリザリンはあまり好かれていないらしい。

 

 もう一つは、組分けにかかる時間だ。ミリセント・ブロストロードは被った瞬間にスリザリンに組分けされた一方でハーマイオニーは5分近く経ってようやくグリフィンドールに組分けされた。帽子も照魔鏡の如き千里眼を持ち合わせているわけでは無いらしい。

 

 その後も組分けはつつがなく進んでいく。ネビルがなぜかグリフィンドールに組分けされたこと以外は特別変なことは起き無かった。

 

「ポッター・ハリー!」

 

 大広間にざわざわと囁き声が響くがそれもすぐに収まり、時が止まったような静寂に満ちる。誰もが彼の一挙手一投足を見逃さないとばかりに視線を釘付けにする。

 

「グリフィンドール!」

 

 グリフィンドールの席から割んばかりの大歓声が轟く。逆に他の寮は『英雄ポッター』を逃したことに落胆の声をあげていた。

 

 それから10人ほどの生徒の組分けが済み、やっとソニアの番になった。

 

「スターリング・ソニア!」

 

 僅かな緊張を滲ませながら前に出て帽子を被る。大きなとんがり帽子は、ソニアの小さな頭をすっぽりと覆ってしまった。同時にスッと頭の中がクリアになり、脳内で声が反響した。

 

「ふむ、ふむ。おう、いや⋯⋯なるほど。これは随分と難しい生徒が来たものだ。決して消えぬ正義の炎がある。深淵の如き智慧を持っている。目的のためならいかなる手段も厭わず、そしてその為ならどんな困難をも耐え忍ぶだろう。いや、難しい、難しい⋯⋯」

 

 誰の話をしているのだろう。ソニアは思わずぽかんと口を開けた。

 

「いやいや。君には素晴らしい⋯⋯そう、誠に驚くべき才能が秘められている。まだまだ小さな蕾────いや、芽吹く前の種に過ぎないがね。どこの寮に行っても君はうまくやっていけるだろう。しかし、だからこそ悩みどころだ。もっともその種に相応しき土壌が何処か⋯⋯」

 

 慣れない賞賛の嵐に、ソニアは居心地が悪そうに身じろぎをした。掛け値なしにこんなに誰かに褒められたことなんて初めての経験だった。

 

「ふむ⋯⋯。私が思うに、スリザリンなんてどうだろうか。あそこであれば、君はあらゆる苦楽を分かち合う無二の友を得る事ができるだろう」

 

 友。甘美な言葉だ。しかし、先程のドラコの態度を見るにうまくやっていけるような気がしなかった。

 

「いや、そうでも無いさ。勘違いされることも多いが、あの寮は一度内に入ればとても住みやすい場所だ。

 それと補足しておくが、私の予想が正しければ君は相応しき血の持ち主だ。そしてスリザリンであれば君は偉大な魔女になれる。歴史に名を残すような大偉業だって成し遂げられるだろう」

 

 ───正直に言って、ソニアはそんなものに微塵も興味が無かった。ただ、平穏無事に過ごせればそれで良かった。

 

 誰かに疎まれることも、嫌われることもなく。友と肩を並べて歩き、下らない話で盛り上がって健やかに毎日を謳歌する。そんな、『普通の生活』が何よりも恋しかった。

 

「ふむ、なるほど。では、グ────────」

 

 

 




 
両親との仲
→壊滅的に悪いわけではないが、特別良くもない。育ててくれたことには感謝している。

魔法感知能力
→ソニアちゃんは魔法的なものに対する解析能力と感知力に長けています。一眼見れば大体どんな魔法が使われているか分かりますが、魔法に関する知識はまだまだ浅い為手を加えたり再現したりすることはできません。

動物好き&嫌われ体質
→蛇には割と好かれる。嬉しくない。

マーリン
→カメオ出演。今後登場する予定は特に無い。あっちと違って既に故人。

血統
→その内解説予定。

主人公の望み
→徐々に変わっていくと思われます。



 主人公がその内モテだすのは置いておいて、恋愛展開をどうしようかなあと悩んでおります。特別好きな男性キャラもいないし、あまりオリキャラは出したく無いし⋯⋯。
 まぁ、別に誰ともくっつかなくても問題無いんですけどね。大穴でハーマイオニーとかでしょうか(キマシタワー)。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。