Re:ゼロから始めるベアトリス生活 (初代TK)
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第一章『怒涛の一日目』
マナを貯めるのは基本なのよ...


 

 

「■■■■......お前も、たまには本の一冊ぐらい読むべきなのよ」

 

 

 

「......そうですね.........」

 

 

 

 

 

......頭の中で、有りもしない筈の遠い昔の記憶が、思い出せと言う様に、容赦無くガンガンと内側から脳に衝撃を与えてくる。

 

 

 

「...是非、機会があ■ば、■ア■■■様の好きな本を、教えて下さい。」

 

 

「■■ィ■の......?」

 

 

 

これは何だろうか。

誰の、何の記憶なんだろう。

頭を捻ってみる。

分からない。

......分からない。

 

思い出せない。

 

 

 

 

「......はい。今は忙しいですが、私も悠久の時を生きる身。」

 

 

いや、そもそもこれは......()()()()の記憶なのか?

 

 

「───きっと、いつか.........」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んーっ......!ふわぁ......」

 

 

()の名前は、ベアトリス。

 

ロズワールの屋敷の中にある禁書庫の番人兼司書を勤めている、ただの精霊。

 

......でもあり、実は!......前世で大好きでドハマリした『Re:ゼロから始める異世界生活』の作中に登場する、ベアトリスに転生した、バリバリの転生者なのよ!!!

 

 

......とは言っても、もうそれも今ではあまり意味を為さない、ただの知識。

前世の性別が何か、どうやって死んだのか。はたまた、いつからこの体だったのかも分からなくて、ただリゼロが好きだった事だけ覚えている......

.....なんて記憶、今更興味も何も湧かないのよ。

気付いたら成り代わっていたなんて話、一体誰に話せばいいのかしら。

 

 

......あの男は論外なのよ。いくら現代日本から来てライトノベルやら異世界系やらに精通してるアイツでも、流石にそんなプライバシーな事は恥ずかしくて言うに言えないのよ。

何より馬鹿にされそうだし......原作壊れそうで怖いったらないかしら。

 

 

「......ちょっと、そこの朝鳥擬き。早くあっちへ行くかしら。......煩くて鬱陶しい事この上ないのよ。」

 

窓から、まるでベティーを起こしに来たかの様にピーピーと鳴いてくる鳥が、本当にうるさいかしら。

 

ベティーの心落ち着ける数少ない時間を邪魔するなんて......本ッッ......当に腹立たしい奴らなのよ!!!

 

 

「ピチュゥ.....ピィ.......」

 

「な、なな...一体なんなのよ.....そんな可愛くて愛らしい声を出しても、ベティーに出来る事は、精々あの姉妹の妹に頼んでいい感じに止まれる木を作ってもらう事ぐらいかしら.....」

 

ふ.....ふん!これだから動物は嫌いなのよ!大体、なんで態々こんな所に......

 

......いや、落ち着くのよ、ベティー。こんな朝鳥擬きぐらい、今日の特別な日に免じて、見逃してやるのよ...

 

......だって今日は、楽しみ過ぎてにーちゃ(パック)にも会わず、興奮し過ぎて夜も眠れなかったあの......

 

 

 

「......それ.....ゃあ、行って......るわ」

 

 

「行ってま...ります......様」

 

 

「行って.....しゃいませ、エミ......ア様、レム」

 

屋敷の門の前で、一人の美しい少女と青髪のメイド服を着た少女が、見送りに来てくれたであろう、桃色の髪をしたメイドに別れを告げて、町の方へと進んで行く。

 

あの男に言わせてみれば、編み込みの入った、腰まで届く銀髪の髪。

理知的な紫紺の瞳をしていて、白を基調とした服装には華美な装飾はなく、シンプルさが逆にその存在を際立たせている......

 

......あぁ、やめやめ、なのよ。こんなキザったらしい台詞(言い回し)、こっちまで恥ずかしくなってくるかしら。

 

 

まぁ、ここまでの情報で何となくはわかると思うのよ。

そう、あの男(スバル)が異世界に来た時に最初に助けてもらい、その可憐で妖美な見た目にそぐわない純粋さで、あの男と全国の読者を骨抜きにした、半魔の小娘(エミリア)かしら。

 

そして今日は、あの小娘が王選の為の大事な徽章を持ち歩いて出掛けようとしている......

 

 

......つまり!

 

ついに原作の『Re:ゼロから始める異世界生活』が始まろうとしているのよ!!!

 

 

やったー!!!なのよ!!!!

 

 

.....ついに異世界から召喚されてきたあの男が助けてもらった小娘に惚れて徽章探しに軽い気持ちで手伝いに行ったら何回も死に戻りするはめになる一章が....

 

 

まぁ、ここまでアピールすればどんな鈍感な奴でも理解できるかしら。

 

 

「......マナの貯蔵はかんぺき。これなら禁書庫の中じゃなくても、しばらくは充分に魔法を駆使出来るかしら。」

 

 

そう、原作の一章......"嫉妬の魔女"に愛された(呪われた)あの男が動き出す、偉大なる物語の幕開け......

 

 

これをこの目で直接見ずして!!!一体リゼロファンと謳えるかしら!!!!

 

 

「あの小娘にバレない様に、こっそり着いていく手段は、もうとっくの昔から用意してあるのよ...」

 

 

......さぁ!いざ!!!『Re:ゼロから始める異世界生活』の幕開けを、この目に直接、焼き付けていくかしら!!!!

 

 

 

 

 

 

「......それはそれとして、あの猛毒(ラインハルト)には気を付けなきゃいけないかしら。周りのマナを吸い取る.....ほんと、厄介な奴なのよ.....」

 

 

 

出発直前にして、なんだか心配になってきたかしら......

 

 





ベア子の口調、難し過ぎる。

ここまで読んで下さり、ありがとうございました。


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菜月昴の異世界召喚

不定期更新です。いつになったらスバルくんは、メインヒロインと会えるのでしょうか(遠い目)


 

「これは、本気でマズイことになったな...」

 

 

ポケットの中の財布にかろうじて入っている、ちょっとした買い物ぐらいは出来るであろう少ない小銭を手に取り、彼は途方に暮れていた。

 

 

 

「やっぱ、通貨とかその他諸々の価値観とかって地球とは全然違うんだろうなぁ...」

 

 

手の中にある十円玉──今では希少なものとなったギザ十を指で弾いて、少年は深いため息をこぼした。

 

 

群衆に紛れれば一瞬で見失いそうな、これといった特徴もない安物であろうグレーのジャージがやけに似合っている少年───菜月(ナツキ) (スバル)は、周りの人々から珍奇な物を見る様な目で、無遠慮な視線の波に晒されていた。

 

 

しかしスバルは、困惑の声を上げる事も、紛糾する事も無く。

自身を見つめる人々に向けて、軽く指を鳴らした。

 

 

 

 

 

 

何故なら。

 

 

 

 

 

 

「どうやら───異世界召喚もの、ということらしい」

 

 

 

 

少年は、その手のもの(異世界系)には、もっぱら精通していたからであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「......挙句の果てに異世界召喚されて、高校中退確定か。......もはや意味わかんねぇな」

 

 

......ベティーがこっそりと潜んでいる、道の中心から外れた暗い裏路地より少し遠い所に、その男は立っていた。

 

 

 

短い黒髪に高くも低くもない、ごく平均的な身長。

無駄に体格がよく、少し鍛えていることが分かる、三白眼の鋭い目付きをした、いかにも安そうなグレーのジャージを着ている男。多分あれはユ◯クロ製かしら。

 

 

......そう!!我らが『Re:ゼロから始める異世界生活』の主人公、『ナツキ・スバル』その人なのよ!!!

 

 

 

「やったー!!!やったーなのよ!!!!ついに、ついにあの男の姿をこの目で直接捉えることが出来たかしら!!!!」

 

 

苦労して、あの小娘の後をバレない様にそそくさと着いていったかいがあったのよ!!途中で少しバレかけたけれど!!!

 

......年に合わず、その場でぴょんぴょんとはしたなくジャンプしてしまったのよ。......だ、誰も見てないかしら?

にしても、遠目から見てもやっぱりお世辞にもカッコいいとは言えない服のセンスと三白眼。そりゃ、周りの奴らも珍奇な物を見る目をぶつけるかしら。

 

 

.....とりあえずキリのない陰口はここまでにして、まずはあの男の動向を探るかしら。なにかよく分からないけれど、ずっとその場の目立つ道の中心で、ぶつぶつと喋っているのよ。

 

 

「現状がファンタジー異世界と仮定して、文明はお約束の中世風ってとこか。見たとこ機械類はないけど、地面の舗装の仕事ぶりは悪くない。......金はもちろん使えない」

 

......あれ?!あ、あの男、何故かここ、こっちに向かって歩み寄って来てるのよ??!

 

 

「......そういえばあの男は原作でも、裏路地付近に行ってチンピラ達に捕まってたかしら...?」

 

 

...か、完全に忘れていたのよ.....

えーっと、えぇーっと??ど、どうしよう?どうしようかしら?!?

ここ、こういう時に使える陰魔法って、何かあったかしら??!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ど、どうしよう...どうすればいいのよ...?」

 

 

たまたま移動した先にあった、いかにもな怪しい裏路地の付近に居た、なにやら困ってる風な少女に対してスバルは、まるで昔からの友人と話す時の様な距離の近さで、少女を脅かさない様に、軽い調子で話しかけた。

 

 

「......お、こんな所に、何か訳有りげっぽそうな気がしなくもない、髪がクルクルになってる可愛い幼女発見!......おーい、大丈夫か?そんないかにもな困ってる風の顔してたら、折角の可愛い顔が台無しだぜ?......あーいやいや!別に怪しい者ではなくて.....俺はただ、君の身を案じて...」

 

 

......少年は少し話しかけてから、何やら不思議そうな、それでいて少し怯えている様な少女を見て「あ、失敗した...」と、思った。

 

 

少年はそう察した途端、直ぐ様日本に昔から代々伝わる秘術『平身低頭(土下座)』のポーズをする為に、体を動かした。

 

 

「......す、すみませんでしたぁぁぁ!!!気軽に話し掛けた事は謝りますのでどうか、どうか警察だけはぁぁぁ!!!.....あいや、この世界の場合だと見回りの兵士とかか?.....って、そんな事はどうでもよくて!!「......んふふふっ!」.....え?」

 

 

 

まるで、綺麗な鈴が鳴ったかの様な、この薄暗い裏路地には到底似合わない、コロコロとした笑い声。

 

その声が、すぐに目の前の淡いクリーム色の上を長く伸ばし、縦ロールに巻いているのが特徴的な、フリルが多用された豪奢なドレスがやたらと似合う可愛い少女が発した声だと、スバルは直感的に理解した。

 

 

 

「うふふふふっ...くふふっ、あはははっ!!!」

 

 

自信を持って間違いなく、元の世界ではどの国を探しても見つからないと言える様な。

スバルの居るこの路地裏に、まるで一介の天使が舞い降りたかの如く、華奢で可憐で、大胆な格好をした美しい少女の笑い声だった。

 

 

 

そんな、見る者を魅了する可愛い少女の笑みを目の当たりにしたスバルは。

 

 

 

 

 

 

 

「───うん、やっぱ幼い子はこうでなくっちゃな!......いや本当.........異世界、マジサイコー!!!」

 

 

 

 

 

これから襲い掛かってくるであろう、幾つもの苦難が待っているとも知らずに。

 

 

 

 

 

 

異世界で出会った一人の少女のこぼした優しい笑みにつられて、まるで何かをやり切ったかの様な、とても小さな達成感を胸に感じたまま、目の前にいる小さな少女の頭を撫でて。

 

 

 

 

 

 

ナツキ・スバルは、屈託のない爽やかな笑顔を、この世界で最初に笑ってくれた少女に向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「べ、ベティーの頭を....気安く......撫でないで欲しいのよーっ!!」

 

 

 

「あだーっ??!」

 

 

 

 

.....スバルの苦難は続く。




あれ...ベア子がデレてる...


ここまで読んで下さり、ありがとうございました。


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路地裏での一幕

......ちょっと、原作よりスバルくんをカッコよくし過ぎちゃったかも...?




 

思えば(スバル)は、昔から何かと運の悪い男だった。

 

 

 

 

「えーっと......君、名前はなんて言うんだ?......見たところ、実はかなり良いとこのお貴族様の屋敷で、なんか値の張ってそうな高級な紅茶とかを飲みながら、日々を優雅に過ごしている世間知らずのお嬢様、だったり......?」

 

 

 

「......ふ、ふん! 人を、見た目と偏見とお前のモノサシだけで決めつけるのはやめて欲しいかしら。ベティーがわざわざ、お前に名前を教えてやるなんてこと、する必要が全く感じられないのよ......あれ、そもそもベティーって...

 

 

 

「これは......少し早めの反抗期って奴か?やけに辛辣な所が地味に傷付くぜ......見たところ、年は11、12そこらなんだが......てか君、自分で『ベティー』って言ってね?今度からはその一人称直しといた方が良いと思うぜー?俺は。何てったって、即名前バレるからな!..........やっぱ君、世間知らずのお嬢様......」

 

 

 

「むきゃー!!!!なのよ!!!!」

 

 

 

「.....怒っても全然怖くねぇな......むしろ、可愛げ?」

 

 

 

近くに衛兵が居たら、真っ先に飛んで来るであろう。

三白眼の目付きの悪い男と、恐らくどこかの世間知らずのお嬢様(仮定)による、日の当たらない路地裏での一連のやり取りを、スバルはさっきまでの異世界に来た時の興奮も忘れて楽しんでいた。

 

 

 

「そもそもベティーは、いいとこのお嬢様でも無ければ、世間知らずの少女でもなんでもないのよ。......全く、本当どうしてどいつもこいつもこんな感じの......」

 

 

 

「ほらほら、落ち着けって!ベティーちゃん。......あ、ついさっき、ここにはない現代チックなお店で、多分この世界では一つしかない美味しいお菓子買ってきたんだけど、いる?」

 

 

「余計なお世話かしら?!ベティーは、そんなちょーっと変わったお菓子程度で釣られる子じゃ......」

 

 

そんな会話をしながら、何故か人の多い道の中心に向かわず、薄暗い裏路地の方へどんどんと歩いて行くスバルと少女。

 

 

だが、この中世風の異世界で、そんな平和な時間は、長くは続かなかった。

 

 

「でも子供って、お菓子に釣られるとかなんとか....「おい!!そこのてめぇら!!!」......はい?」

 

 

そう、誰かから怒声にも近い声で呼ばれたスバルは、ほぼ反射的に、視線をその少女から前に移した。

 

 

「.....ええっと......いったいなんのおつもりなのかお聞きしてもよろしいでしょうか?」

 

 

「立場わかってるみたいじゃねぇか。まあ、出すもん出しゃあ痛ぇ思いはしねえよ」

 

侮蔑と嘲弄まじりの視線。男たちの年代は二十代そこそこで、内面の卑しさや汚さが、薄汚い身なりと顔にそのまま表れている。完全な悪人というわけではなさそうだが、善人でもありえない。

 

 

「あー、やっぱりそんな感じっすか......まぁ、そーッスよね。はは、こりゃ参ったな......」

 

 

わりとこの手の展開でありがちな日常的な脅威、チンピラとの遭遇。

 

 

 

 

つまり。

 

 

 

 

 

「やべぇ、強制イベント発生だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

薄笑いを浮かべる男たちに、愛想笑いで場を持たせてはいるが。

 

 

この男、実は結構焦っていた。

 

 

(やべぇな.....実は俺に、古来より異世界に招かれた人間特有の、超人的な力が眠っていたりするのなら別だが...)

 

 

何がそんなにスバルを困らせているかと言うと、一番の原因はもちろんこの男達だが───

 

 

「......なぁ、ベティー。......ちょっと、俺の後ろに隠れてろ。......なぁに、お前に痛い思いは、絶対させねぇよ」

 

 

 

そう。原因は、現在スバルの後ろで待機している、このか弱い少女にあった。

 

 

「うん、うんうん。なんか重力が元の世界の十分の一とかそんな気がしてきた。いける、いけるぜ! バッタバッタなぎ倒して、俺の輝かしい未来の糧にしてやる! 経験値共め」

 

 

「なーんかぶつぶつ言ってるぜ、こいつ」

 

「なに言ってんのかわかんねえけど、俺らを馬鹿にしてんのはわかった。てめぇら二人ともぶち殺す」

 

 

スバルの後ろにいる少女は、何も喋らない。

年端も行かない子供だ。恐らく、このろくでもない男達に怯え、恐怖で何も言えないのであろう。

 

 

「......なら、俺がこいつらをぶちのめす他ねぇじゃねぇか。......お前ら、そりゃこっちのセリフだ......後悔させてやる、ぜ!」

 

言い切って、スバルは先頭の大柄な男に渾身の右ストレートを放った。拳は鼻面を見事に直撃。

だが、相手の前歯が当たった拳から血が出る。

 

 

(初めて人を殴った。思ったよりもこっちも痛い......が、こっちにも、負けられない理由があるんだよ───!)

 

 

スバルは昔からこの手のシミュレーションに余念はなかったが、実践は初めてだ。

殴られた男は地面に倒れ込む。そのまま勢いに任せてスバルは驚いている別の男にも躍りかかった。

弧を描く足先が男の側頭部を打ち抜き、壁に叩きつけて二人目を気絶させる。

 

思いのほか好調な出だしに、スバルの中で『異世界無双』が確信に変わりつつあった。

 

 

 

「やっぱこの世界だと俺は強い設定か! アドレナリンだばだばでこれはもらった──」

 

 

が、そんな好調なスバルの嘲笑うかの様に、最後の男の手の中に見つけたのは、きらりと光るナイフ。

 

 

だがスバルは、戸惑わなかった。

 

どうしても退けない理由があった。

 

 

「後ろに俺よりもっと幼い子供がいる状態で......刃物程度でビビってられるか、よ!───」

 

 

この時、よく周りを見れば、先程倒した二人が呻きながらも起き上がっていたのだが、スバルはそれに気付かない。

 

 

そのまま、刃物を持った男に飛び掛かり───

 

 

 

 

「ちょっとどけどけどけ! そこの奴ら、本当に邪魔!」

 

 

......飛び掛かる前に、切羽詰まった声を上げて、誰かが路地裏に駆け込んできた。

 

ギョッと声を上げる男たちと同じく、スバルも視線だけ持ち上げながら我に返り、クリーム色の髪をした少女の元へと一時撤退する。

 

スバルと男たちのすぐ目の前を、セミロングの金髪を揺らす小柄な少女が横切って行く。

 

 

意思の強そうな赤い(ひとみ)に、イタズラっぽく覗く八重歯。

小生意気な印象が先立つが、微笑めば人並み以上に愛嬌のある顔立ちの気がする少女。

 

見計らったようなタイミングに、好調だったスバルは内心、困惑した。

 

しかし、スバルも実はもうほぼ限界だった為、この展開を待っていた。

 

 

流れ的にこの少女は義侠心溢れる性格で、今にもやられてしまいそうなスバルと少女の命を助けてくれる的な展開が───、

 

 

「なんかすげー現場だけどゴメンな! アタシ忙しいんだ! 強く生きてくれ!」

 

 

「って、ええ!? そこは助けてくれるとかじゃねぇの!?」

 

 

だがしかし、そんな期待も虚しく、少女はスバルに申し訳なさそうに手を上げ、超人的な身体能力でそのまま建物の上へとあがり、消えた。

 

 

少女の姿が見えなくなり、自然と場に沈黙が落ちる。

 

 

そんな事もあり冷静に戻ったスバルは、目の前にいるチンピラ男達に提案をした。

 

 

「......今ので毒気が抜かれて、気が変わったりしませんかね?」

 

 

「むしろ水差されて気分を害したぜ。楽に逝けると思うなよ」

 

 

「ですよね!!なんとなく知ってた!!」

 

 

スバル自身はもう体力の限界だった。だがしかし、男達はより一層殺意を増している。

 

 

せめてあの少女だけは助けようと、スバルが少女に逃げろと伝えようとした──

 

 

 

その時。

 

 

 

 

 

 

 

 

「もういいのよ、スバル」

 

 

あの少女が、まるで満身創痍のスバルを守る様に、男達の目の前に立ちはだかった。

 

 

「なっ!? おいベティー!!今すぐ後ろを振り向かずに逃げろ!!」

 

 

スバルと男達は、目の前の少女の無謀としか思えない行動に、内心困惑した。当然だ。

 

 

「おい嬢ちゃん、中々理解が早ぇじゃねぇか」

 

 

「ひひっ、さっさと売れるもんだけ置いてくれたら、お前は見逃してやらん事もないぜ」

 

 

しかし、物分かりのいい少女に男達は沸き上がり、そのまま少女の身に着いているきらびやかな装飾品や服を剥ごうとし───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───シャマク」

 

 

直後、世界が闇に呑まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

男達の視界が、嗅覚が、聴覚が、世界が───

 

全てが、無理解の世界に呑まれて行く。

 

 

「う、ぁ──」

 

 

周りにあるはずの建物の壁の感触も、地面の形も。

何もかもが、男達が何かを言う前に、黒い黒煙に包まれて行った。

 

 

それを見ていたスバルも、例外ではなく。

 

 

「───あ?」

 

 

何も見えない。

何も聞こえない。

何も感じない。

 

 

半ば巻き込まれた形で受けた、初めての魔法は。スバルの感覚を──全てを奪って行くには、充分だった。

 

 

体が黒煙に犯され、足の力が抜けかける。

 

何故、自分はこんな事になっているのか。

 

何故、こんな状態に陥っているのか。

 

何かがあった筈だ。何か理由があった。

 

 

 

無理解、無理解、無理解、無理解、やがて───

 

 

 

 

目の前に、クルクルした髪の毛が特徴的な、あの美しい少女が見えた。

 

 

 

「ベティ───」

 

 

ようやく見えたそれに手を伸ばす前に───スバルの意識は、闇の中に包まれて消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

......目の前に広がった惨状に、思わず絶句してしまったのよ。

 

「......やってしまったかしら」

 

 

ベティーのすぐ目の前──下の方には、伸びた四人の男達がいた。

 

とりあえず、スバルを満身創痍にしかけたチンピラ三人組を、魔法で道の中心の方へふっ飛ばしてなかったことにするのよ。

 

 

「.....この男、どうしようかしら。」

 

 

目の前には、ベティーの魔法で伸びた、スバルが転がっている。

直で見るスバルの戦闘が、思いのほかカッコよくて、思わず危害を加えられる前にシャマクを打っちゃったかしら......

 

 

「...ん?」

 

 

あれ......でもよく考えたら今のこの状態って、原作と同じ様な感じじゃないかしら?

確か、気を失った時、スバルはあの半魔の小娘に助けられた様な───

 

「......こっち.....ったわ!」

 

 

「ひゃ!?」

 

 

み、道の中心の方から聞こえるこの声は......

 

間違いなく、あの小娘なのよ!!!

 

 

「...ちょうど、いいタイミングかしら。」

 

あの小娘が助けてくれるなら、ベティーがわざわざ魔法でスバルを治療する必要はないのよ。

 

 

「......逃げるが勝ちっ!なのよ!!」

 

 

魔法で一旦浮いてから建物の屋根に降り立ち、スバルと小娘の様子を見る。

 

 

「......やっぱり、治してから情報を貰おうと、懸命に治療しているのよ。」

 

あのまま、スバルを治療していたら、間違いなく修羅場になったかしら...

 

......何にせよ、一時はどうなる事かとは思ったけど、これでベティーがまた何かをしない限りは、原作そのままの展開で進むはずなのよ。

 

 

 

「じゃ、ベティーは再び、観戦者側に回ろうかしら。」

 

 

......ふふ、あの男を観察する時間は、まだまだ始まったばっかりなのよ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「......ふ、ふーん........あの男、にーちゃに膝枕されてるのよ...」

 

 

 

......ちょっとだけ。

 

いや、かなり羨ましいかしら.........

 

 




いつも感想ありがとうございます。

作者は喜びで躍り狂ってます。


今回もここまで読んで下さり、ありがとうございました。


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サテラという少女

お久しぶりです。

......中々、話が進まないんですね、これが。


......屋敷でのイチャイチャ、書きたいんだけどなぁ......


 

───眠りから覚める感覚は、水面から顔を出す感覚に似ているとスバルは思う。

 

 

 

瞼を開ければ傾いた陽光が瞳を焼き、眩しさに顔をしかめながら目を擦る。寝起きはいい方で、一度目覚めればすぐに意識が覚醒するのがスバルの体質だった。

 

 

「あ、目が覚めた?」

 

 

声は真上、起き上がろうとしたスバルの頭上から降ってきた。

 

 

「あ、まだ動かないでね? 頭も打ってるから、ちょっぴり安心できないの」

 

 

こちらの身を案じる声は優しく、スバルはその聞いた事のない声に惹かれたまま、もう一度頭を下げようとした所で、ふと違和感を感じた。

 

 

「ん?......ちょっと待て。......アンタ、誰?」

 

 

「起き上がるまで見守っていて、開口一番でそれとは...面白い子だね、キミ。なんて名前なんだい?」

 

「ちょっとパック、さっきまで気を失っていた人に、あまり無茶言うのはだめよ。呆けちゃってるじゃない」

 

 

聞いた事のない声、二名。そして、今スバルが一番気になっている、尊大な態度でちょっと辛辣だが、中身はツンでデレなあの縦ロール少女の声が聞こえない事に気付き、今度こそ瞳を開いた。

 

 

 

 

 

──時が止まる、というのはこういうことだろうか。

 

 

美しい少女だった。

 

編み込みの入った、腰まで届く銀髪の髪。

 

理知的な紫紺の瞳でこちらを見据えている。柔らかな面差しには艶と幼さが同居しており、どことなく感じさせる高貴さが危うげな魅力を生み出していた。

 

白を基調とした服装には華美な装飾はなく、シンプルさが逆にその存在感を際立たせる。

唯一目立つのは彼女の羽織る白いコート。

 

『鷹に似ている鳥』を象った刺繍が施されており、荘厳な印象を与えている。

 

 

だがその衣装すら、少女という存在を輝かせるための添え物に過ぎない。

 

 

「大丈夫だよ、リア。......この子、どうやら別の要因で呆けてるみたいだし?」

 

 

「......もう、茶化さないの。他の要因って、ここは私達とこの人以外には、誰もいないでしょ?」

 

少女から目が離せずぽかんとしていたスバルに、イタズラっぽそうな声をした何かが、スバルの今の心理と状態を、的確に突いてきた。

 

 

「......え、猫?」

 

 

毛並みは灰色で垂れた耳。スバルの知る知識では、アメリカンショートヘアという種類の猫が一番近い。

鼻の色がピンク色で、体調ほどもある尻尾の長さを除けばだが。

 

意地悪そうにスバルに声をかけてきた存在は、手のひらサイズの、喋る猫だった。

 

だがそんな冷静な分析をしていたスバルに、ふと感じていた違和感が蘇る。

 

 

「ねぇ、あなた。早速で悪いんだけど、私から徽章を盗んだ「......っあ!!そうだ!!」きゃ!?」

 

 

質問を投げ掛けてきた少女の問いを無視して、スバルは一つの疑問を、逆にその少女と猫に聞き返した。

 

 

「あいつ.........なぁ、あんた達! 金髪で、ちょっと辛辣そうな態度の、大胆な服装をした小さいロリを見なかったか!?」

 

 

「金髪で、ちょっと辛辣そうな態度の、大胆な服装をした小さい......ロリって言葉はちょっとよく分からないけど、それなら僕たちもちょうど、探していた所だよねぇ?」

 

 

「そうね。......その子が私の徽章を盗んじゃったし。多分、あなたもあの子が逃げる途中で危害を加えられて、倒されちゃったんじゃない?」

 

 

噛み合っているようで、噛み合っていない。スバルは、なんとなくそう感じた。やはり何かがおかしい。

 

 

「......あいつが、そんな事すんのか?......何より、俺を守ってくれたはずのあの子だ。そんな事がある訳が......」

 

 

 

思い返すのは、スバルが気を失う直前の、幼い身でスバルを守るように目の前に前に立ってくれた、強くて勇敢で、優しい少女の姿。

 

 

 

 

 

『──もういいのよ、スバル』

 

 

 

 

 

「......わりぃ、多分それ、人違いだわ。少なくとも、アンタ達が探してる、その金髪で辛辣な態度で大胆な格好した小さいロリは......」

 

 

見ていないと、そう断言しかけたスバルに、チンピラ達に追い詰められた時の、嫌な記憶が蘇る。

 

 

 

 

『ちょっとどけどけどけ! そこの奴ら、ホントに邪魔!』

 

 

『なんかすげー現場だけどゴメンな! アタシ忙しいんだ!

強く生きてくれ! 』

 

 

 

 

 

「......いや、ちょっと待ってくれ。そう諦めた様な顔すんなって、あんたら。......俺、多分そいつ知ってるわ。八重歯が目立つ金髪の子猫ちゃん! 体は君より低くて胸もぺちゃってたから二つ三つ年下! そんなところでいかがでしょ!......奥の方へ進んで行ったぜ、あいつなら。」

 

 

「やっぱり!......どう?私の目に狂いはなかったでしょう、パック?」

 

 

「情報聞くだけなら、そこら辺にいるホームレス達にでも聞けばいいんだけどね。リアは、どこまでもお人好しだから...」

 

「もう、違うわよパック。......これは、私が好きでやってる事なんだから。この人が無関係だという事は分かったし、もう行きましょ」

 

 

今のやり取りをみていたスバルは、急ぎ足でおくの方へ進んで行くこの少女が、とびきり突き抜けた善人だと言う事が分かった。

パックと呼ばれている猫が言った通り、情報を聞くだけなら、そこら辺の人でも恐らく答えてくれるであろう。

それをせずにスバルを助けたのは、自分本意な目論み通りの事だという事が、すぐに理解できた。

 

 

「そんな生き方、メチャクチャ損するばっかじゃねぇか」

 

言いながら立ち上がり、スバルは砂埃で汚れたジャージを叩いて走り出す。

 

あの損ばかりする優しい性格の持ち主の、探し物の手伝いをするために。

 

 

 

「───おい、ちょっと待ってくれよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふふふ......順調に、上手く事が進んでいってるのよ」

 

 

屋根の上から、すぐ下を見下ろす様な視点で、スバルと小娘の様子を伺う。

 

 

「あれは......自己紹介の真っ最中かしら。......やっぱり、サテラって言われてるのよ、あの男......」

 

 

......可哀想な男なのよ。

 

 

それはそれとして、あの小娘に見つかりかけた時は全身が凍りかけたけれど、結果オーライ!って奴なのよ。スバルとも直接交流出来たのが、何よりも嬉しいかしら!

 

 

「......よ、おかしいな......」

 

 

「......どうしたの?スバル」

 

 

「......ん?」

 

 

スバルがぶつぶつ何かを呟いているのよ。なんて言っているのかしら?

 

 

「いや、サテラには関係ないんだが......いやなんか、気を失う直前にあの少女から、教えてもいない名前を呼ばれた気がして...」

 

 

「そう?不思議な事もあるのね」

 

 

それはそれは興味の無さそうな声量で、例の小娘がスバルの言う事に適当に相づちを打っていたけれど、ベティーにはそれが頭に入ってこなかった。

 

 

「......あ、しまったのよ。」

 

 

つい勢いで、あの時確かに『スバル』って言っちゃったかしら!!!?

 

 

「......んー、まぁ俺が、もしかしたら無意識の内に言っちゃってた、なんて事もあるかもしれないからな。多分気の所為だろ」

 

 

ほっ......とりあえず一安心なのよ。

 

 

「......これからは、もうちょっと自分の発言を見返してみるかしら......」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこからは、あっという間だったのよ。

 

 

ちょっと違う形でスバルは原作通り、あの小娘に惚れて、追いかけていって。

にーちゃと触れ合いつつも迷子の子供を保護して、果物屋のおっちゃんの所へ子供を届けてから、ホームレスの人から情報を聞き出して。

 

今ようやく、盗品蔵へ入っていこう、というところまでやってきたのよ。

 

 

「えーっと、どなたかご在宅ですかー......って、開いてるし」

 

そんなまるで気を使う気のない、ふざけた様子で盗品蔵の中を覗くスバル。

 

 

もうすぐ、一回目の死が訪れるとも知らずに。

 

 

「街灯ないとこんな不便なんだな......盗品蔵の中も、建物の存在理由考えたら当たり前だけど、後ろ暗さに比例して暗いな.........返事がないけど、俺が先に入るから君は外見張っててもらってていい?」

 

 

「大丈夫? 私が中に入った方がいいんじゃ......」

 

 

「万が一、奇襲でもされたときに君が真っ先にやられると全滅確定。俺がやられる分には回復も反撃も君なら自由。理に適った役割分担。頼まれてお願いプリーズ」

 

 

......スバルが自己犠牲満載なかっこいい事を言っているけど、ベティーが見るのはここまでなのよ。

 

 

「助けれるなら、助けたいけど......」

 

 

助けたら、原作崩壊が起きてしまう。ベティーは、原作が崩壊しない程度にスバルと関わっていくのが、一番いいと思っているのよ。

それは、ベティーの中では変わらない意識。

 

 

 

 

「......もし、この世界のスバルが、この発言を聞いていたなら......」

 

 

 

 

 

「.....っていろ」

 

 

 

 

「ベティーの事を......」

 

 

 

 

 

 

 

「俺が、必ず──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「薄情な奴だと、罵るかしら?」

 

 

 

 

 

突如、世界は歪み、スバルの意識は暗い闇の中に沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───どうしたよ、兄ちゃん。急に呆けた面して」

 

 

「は──?」

 

 

厳つい顔、白い刀傷の目立つ男に声をかけられ、思わず間抜けな反応が出てしまう。

 

 

「だーかーら、結局どうすんだよ。リンガ、食いたいんだろ? 自分で急にそう話しかけてきといて、急に目がイっちまうんだからビビったぜ。......で、どうすんだよ」

 

果物屋のいかつい主人の手には、ちょこんと可愛らしく赤い果実が乗せられている。

 

突き出されるリンゴに酷似した果物。それと中年の顔を見比べて、

 

 

「いや、だから俺、天魔不滅の一文無しだって」

 

「っだよ! じゃあ、ただの冷やかしじゃねぇか。なら行った行った! こっちゃ商売してんだ。冷やかしにゃ付き合ってられん」

 

おざなりな手振りでその場からどかされて、よろよろと店の横手へ抜ける。

 

そして彼──ナツキ・スバルはあたりを見回しながら、

 

 

「え? え? ───どゆこと?」

 

 

疑問と当惑に、誰へ向けたものでもない問いを吐き出すのが精いっぱいだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

......無事、死に戻りに耐えてスバルと出会う前の路地裏に戻ってきた、私ことベティーは。

 

 

「うぅ......おえぇ......」

 

 

まるで時間を逆行するかのような、全身を駆け巡るぞわぞわとした気味の悪い感覚を体験した後に襲ってきた、猛烈な吐き気と激しい目眩に頑張って耐え.....おえぇ...耐えたかしら......

 

 

「う"ぅ"っ"......耐えた......ベティーは耐えたのよ......」

 

 

は、早く冷静を装わないとスバルがここへ来てしまう気がするのよ......

 

 

「お、おい......べ、ベティー?.........」

 

 

「ひゃう!? ス......だ、誰かしら?」

 

 

やや、やばいやばいのよ!?!もうスバルがここまで戻ってきてしまったかしら!?

 

 

「べ、ベティー......ずっと聞きたかったんだ! お前がチンピラ達に立ち向かった後、一体何があったのかを!」

 

 

......これは。

正しい反応を、しなきゃいけないかしら。

 

 

 

 

 

 

 

 

「......?お前、一体何を言っているのかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「......お前、一体何を言っているのかしら?」

 

 

スバルは一瞬、この少女の言っていることの意味が理解できなかった。

 

 

「──は?......え?」

 

 

目の前にいる少女は、この異世界の中でも際立って目立つ、派手な服装だ。髪の毛の縦ロールも、見間違うはずがない。

まさに寸分前、まるで友達のように話していた、ベティーという少女そのものだった。

 

 

 

それなのに。

 

 

「まずベティーはお前の名前、いや姿すら見た事もないのよ。冷やかしなら、さっさとあっちの方へ行くかしら?」

 

 

「なっ......ちょっと待てよ!」

 

極めて冷淡な声で、まるでこちらを見下す様な視線を向けてきながら、スバルの静止の声も聞かず、少女は路地裏の奥へと進んでいった。

 

 

「......そうだ.........」

 

 

もう奥の方へ進んでいった、少女の姿が見えなくなったころに、あまり回らない頭でスバルは一人の少女を思い浮かべた。

 

 

「サテラ......」

 

 

あの子が、サテラが。

まだあの恐ろしい盗品蔵に、一人残されているかもしれないのだ。

 

 

「──、急がねぇと!」

 

 

だが、そんな勢い付いていたスバルの前に、どこかで見たような3人の影が立ちはだかった。

 

 

 

「ひひっ、よう、兄ちゃん。......状況的に、なんとなく分かるよな?」

 

 

「......は?」

 

 

目の前に現れたのは、つい数時間前にあの少女によって倒されたと思われたはずの、薄汚く意地悪い、あの3人組だった。

 

 

「何だ?お前ら。......ベティーにボコされただけじゃあ飽き足らず、復活したら即狙いに来るってか?」

 

 

「は?何言ってんだ、お前。......それはそれとして、それが人に物を聞く時の態度か?てめぇ」

 

 

「今の言葉、そっくりそのままお返しするぜ、ほんと。......で、お前ら。そろそろどいてくんね?」

 

 

スバルはこの三人組を見るのも、もうニ度目だ。また襲ってきたとしても、今のアドレナリンどばどば状態でなおかつ、敵の攻撃パターンを把握しているスバルには、慢心している限り何をしても意味がないだろう。

 

 

「──もういいわ、ぶっ殺す」

 

 

スバルの言いように堪忍袋の緒が切れた痩せぎすの男が、スバルに襲いかかってくる。だが、ナイフを出されるならまだしも、相手は素手だ。普段から鍛えているスバルの方が、勝率は高い事は明らかだった。

 

 

「──おらあぁっ!!!」

 

渾身の掌底で男の顎を跳ね上げ、そのままがら空きの胴体に拳を打ち込む。男は壁に叩きつけられて轟沈。

 

そして、スバルは即座に男の懐に手を入れ、男の所持していたナイフを手に取った。

 

 

「はっはっは! さぁ、掛かれるもんならかかってこいや!キノコみてぇな頭した奴と無駄に大柄な奴!!」

 

「なっ!?ずりぃぞ!てめぇ!」

 

「......っ、くそっ!このままじゃ分が悪い。逃げるぞ!」

 

 

流石に男達も、ナイフを持ったスバルに無謀にも飛びかかる様な精神はなかったらしい。悪態を付きつつも、道の中心の方へきびきびと足を運んでいった。

 

 

 

「......ふっ、勝利!! この世に悪の栄えた試しなし!」

 

ガッツポーズを決めて、一人その場で勝利を祝うナツキ・スバル。残された男一人が死んでいないかだけ確認していたところで、路地裏に来た本来の目的を思い出す。

 

「っ、そうだ、サテラ! 早く、急がねぇと──」

 

 

 

ナツキ・スバルの冒険は続く。

 

 

 

 




とても終わる気がしない


次回は、すぐ更新されると思います。


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ナツキ・スバルの死に戻り

次の話までの閑話みたいなものなので、連続投稿です...

次辺りで、一章が終わるかな?


 

 

......ベティー。本名は、ベアトリス。名乗る程の者ではないのよ。

 

 

チンピラ達を倒して、盗品蔵に来たのにサテラ......じゃなく、あの小娘がいない事に困惑の声を上げつつも、ロム爺とフェルトとじゃれあっているスバルを、屋根の上から見下ろしているのが今の私なのよ。

まごうことなきストーカー、笑いたきゃ笑えばいいかしら。

 

 

「......あぁ、やっぱり来てしまったかしら。こんな時間帯に盗品蔵に来る奴なんて、一人しか思い浮かばないのよ」

 

 

と、そんな事をベティーが思っている間に、盗品蔵の入り口付近に、一人の人影が見えたのよ。

起伏のはっきりとした豊満な体を惜しげもなく晒している、例のアイツが佇んでいるかしら......

 

 

「......じゃ、ベティーはここら辺でおいとまさせてもららうのよ......」

 

 

ひ、必要な犠牲って奴なのよ。スバルが死ぬのは、心が痛むけれど.....あ、机が投げられる音がしたのよ。今はロム爺vsエルザってところかしら。見ないけど......

 

 

「......っっる.....あぁぁーー!!!!」

 

 

あ、この声は確か、スバルがエルザに渾身の回し蹴りをしている声なのよ。......という事は、もうすぐかしら。

 

 

「......ふぅぅぅぅ.........」

 

 

時間が逆行する感覚を思い出すのよ、ベアトリス......一回喰らった感覚なんて、慣らしていけばすぐ──

 

 

「ぁ"」

 

 

 

あ、これ無理なのよ──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──兄ちゃん、ボーッとしてんなよ。リンガ、食うか?」

 

意識が覚醒した瞬間、スバルの目の前にあったのは赤く熟した果実だった。

 

リンゴにそっくりなそれを見て、ふと知恵の果実という単語がスバルの脳裏を過った。

 

食べることで楽園から追放される禁断の果実。

今それにかじりついたなら、このわけのわからない状況から救われるのだろうか。

 

むせ返る人混みに見慣れた情景。スバルは自分の頭を掻き毟って、

 

 

「もう、わけわっかんねぇ......」

 

それだけを呟き、こみ上げてきた吐き気に翻弄され、その場に崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「......はぁ」

 

 

......ふ、この気味の悪い感覚にもだいぶ慣れてきたかしら。でも、できることならベティーは酔い止め薬を所望するのよ。

 

 

「......そろそろ、あの小娘に怒られて置いてかれたスバルが、こっちに来る頃かしら?」

 

 

いつも通り、屋根の上まで飛んで待機するのよ。

 

 

「......はぁ!はぁ、はぁ......い、居ない......?!」

 

 

 

......ん?

 

この男、一体誰を探しているのかしら?

 

 

「いつもならここの路地裏に、あいつが.....ベティーがいたはず......!」

 

 

「にゃ!?」

 

 

な、なななんで......なんでそこでベティーの名前が出てくるのかしら!?3回目は、あの(むすめ)を追いかけて路地裏に行くはず...!

 

 

「へへっ、よう兄ちゃん。......抵抗しなきゃ、痛い目は見ないぜ?」

 

あ、いつもの通りの三人組(トンチンカン)がどこからともなく出てきたのよ。ほんとにどの世界でもスバルの前に現れる奴らかしら......

 

 

「いい加減にしろよ! 性懲りもないにもほどがあんだろうが......相手してやる時間も心の余裕もねぇんだよ。今すぐ、そこを通しやがれ!」

 

 

お、おぉ......本気で恫喝してるスバルって、目付きも相まってほんとに怖いのよ。

でも三対一だから、ほぼ意味をなしていないかしら.....

 

 

「通せ、だってよ。気に入らねえ態度だな。命令すんのがどっちかわかってねえよ」

 

 

ここでも時間をとられて、結構イラついてるかしら、あの男。穏便にこの場を収めようとしているのよ。

 

「わかった、抵抗しない。持ち物は全部置いてく。それでいいだろ」

 

 

スバルの譲歩する態度に顔を会わせた男たちは、その場で揃って大笑いして、スバルに次々とカチンとくるワードをぶん投げているのよ。

 

 

「──あれ?」

 

 

......これは、スバルが袋の中に、ロム爺に食べられたはずのスナック菓子、もといお気に入りのコーンポタージュ味が、何故か存在していることに気が付いたみたいかしら?

 

 

「どけ......」

 

 

「あぁ?」

 

 

「色んな意味で、お前らに構ってる暇がなくなった。確かめ、ねぇと」

 

 

「お前、本当にふざけんなよ?」

 

 

「邪魔だ!俺はいかなきゃいけねぇところがあるんだよ!」

 

 

男を押し退けて路地を出ようとするスバルの後ろに、懐にナイフを仕込んだあの男がこっそりと立ちはだかる。

 

 

「──ぇ?」

 

 

目の前で、倒れるスバルの背中、腰の後ろにナイフが突き刺さっているのよ。あれは意識した瞬間、堪え難い激痛が全身を駆け巡ってしまうかしら。

 

 

 

「おい!刺しちまったのかよ!......あーこりゃだめだ。腹の中が傷付いちまってるから、死ぬぞオイ」

 

 

巨漢の男が、スバルの傷痕を確認してから諦めた様子で、他の二人を連れて路地裏を去って行く。

 

 

......もう我慢できないかしら!!!最後ぐらい看取らなきゃ、流石にスバルが救われないのよ!!

 

 

 

「スバル!!!!」

 

 

苦しそうにえずくスバルが、ベティーの声に反応してこちらを向く。

 

 

......その顔は、数秒後に死ぬ人間とは思えないぐらいの、とても嬉しそうな笑顔で。

 

 

 

「......ティー、よか"った"、な......」

 

 

 

最期に良いものを見れた様な満足げな顔で、スバルは3回目の死を迎えたのよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

意識が覚醒した時、スバルは闇の中にいた。

それが己の作った闇であると気付き、閉じていた瞼をそっと開く。眩しい朝日が、また瞳を焼いた。

 

 

「兄ちゃん、リンガいらねぇのか?」

 

聞き慣れた声色が、聞き慣れた問いかけをスバルに投げ掛けていた。

 

スバルは改めて、もう何度見たかも分からない傷面の店主に向き合った。

 

 

「俺のこの顔を見るのって何回目?」

 

 

「何回も何も新顔だろが。その目立つ格好と目つきなら忘れねえぜ?」

 

 

「目つきのことはうるせぇよ。ちなみに、今日って何月何日でしたっけ?」

 

 

「タンムズの月、十四日だ。もう歴の上じゃ今年も半分だよな」

 

「へぇ、ありがと。──なるほどなぁ。タンムズの月なぁ」

 

聞いても分からなかった。

 

「で、兄ちゃん、リンガは?」

 

黙り込むスバルに辛抱強く付き合ってくれた店主だが、リンゴ一つでこれだけ手間取る相手への愛想はそろそろ限界らしい。

 

そんな彼への返答を、スバルは腰に手を当てて胸を張り。

 

 

 

「悪いけど、天魔無窮の一文無し!」

 

 

「とっとと失せろ──!」

 

 

もうしばらくはあの店には寄れないな、とスバルは二つの意味で苦笑した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「......さて、こんだけ状況揃うと認めるしかねぇよな。まずは、見えた瞬間この情報が確定すると思われる、例のあの場所へ行くか」

 

 

体からは負傷の一切が消え、ジャージもほつれや血の跡などどこにも見当たらない。

手の中のビニール袋には、未開封のスナック菓子がスバルの小腹を癒すのを待っている。

 

そんな自分の今の状況を改めて確認しながら、スバルはもう見慣れた路地裏の近くへと足を運ぶ。

 

 

そこには。

 

 

 

 

「お、お腹がすいた.....のよ.....」

 

 

いつ何時の何周目でも見た覚えしかない、きらびやかな装飾を服の随所に着けている、金髪の縦ロールが特徴的なあの少女がいた。

 

 

 

「やっぱり居やがったか。......うん、馬鹿げた話だが、これでほぼ確定したようなもんだな......あ、おいベティー! とりあえず、俺のコンポタ味のスナック菓子、いる?」

 

 

「なんでベティーの名前を知っているかは置いといて、なにか美味しい物があるなら是非とも欲しいかしら!!名前も知らぬ誰かさん!!」

 

 

スバルが袋の中から手に取ったお菓子をぽい、と乱暴に投げると、わたわたと焦りながらそれを全身でキャッチする少女。

 

 

中に入っているスナック菓子を美味しそうに食べる少女の姿を見て、スバルは。

 

 

 

「......うん、やっぱ幼い子はこうでなくっちゃな。......前も言った気すんな、これ」

 

 

 

 

最初にこの世界で出会った少女にかけたような、いつかに言った言葉を。

 

 

死ぬ間際にスバルを心配してくれた少女に、無意識の内に投げ掛けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「......そんなに物欲しそうな目でこっちを見てても、ベティーのお菓子はあげないのよ?」

 

 

「いやそれ元々俺のだからな!!!少しは感謝しろよ!?お前!!!」

 

 

 

......何周目でも、この尊大な態度は変わらないらしい。

 




大分、はしょっちゃいましたね。

評価感想、とてもありがたいです。

ここまで読んで下さり、ありがとうございました。


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初めての魔法と盗品蔵

こんにちは。ついに評価バーに色が付いていて、静かに喜んでいる作者です。


多分、次回で一章が終わります。本当です(強固な意思)


 

 

トンチンカンの三人組を、スバルが上手い事ナイフを剥ぎ取って脅して、道の中心の方へ追いやったとこまで話は進む。

 

 

二人並んで、路地裏を歩く。端から見れば、目付きの悪い男が、幼気な少女をお菓子で釣って誘拐しているようにしか見えない、完全な事案だ。

 

 

当たり前だが、そんなことはなく。

スバルが先導する形で、少女はその後を着いていく。

 

 

前とは違い、両者の間には沈黙が訪れていたが、気まずい感じの沈黙ではない。二人とも、そういう状況だと分かっていての沈黙だ。

 

 

ふと、スバルが思い出したかのように、少女に問いを投げ掛けた。

 

 

 

「なぁ、ベティー......お前ってさ、実はそのちんちくりんな幼女の見た目に反して、滅茶苦茶強かったりする?」

 

 

「ひ・と・こ・と多いかしら!!!見た目と実力はイコールではないのよ!!!......まぁ、ベティーが強いことなんて、当たり前かしら」

 

 

「......おぉ!やっぱお前強いんだな! 一目見た時に、なんかそんな気がしたんだよ!」

 

 

全くのハッタリである。

 

一周目でチンピラ達を蹴散らしたであろう記憶を掘り返し、スバルはかなり無理矢理な言い草で、改めてこの少女の力量を確認する。

 

 

そう、全ては、異世界に来てからスバルが一番最初にやりたかったこと。

 

 

「......お前、魔法とか使えるよな? こう、例えば......黒い煙が、どかーんと弾ける感じの魔法とか!」

 

 

「......えぇ、使えるのよ。むしろ、ベティーに使えない魔法を探す方が難しいかしら?」

 

 

「結構自信過剰なんだな、お前! いやまぁ確かに、こういう一見何の役にも立たなそうな、ただの癒し枠っぽいロリが実は超強いとかそういう展開はありがちだけど!!」

 

 

「だ・か・ら!!とりあえずその不名誉極まりないあだ名を勝手に付けるのはいい加減やめるかしら!? 流石のベティーでも怒るのよ!!」

 

 

「いやお前、いつも怒ってんじゃん。ツッコミ芸人みたいなさ...」

 

 

「むきゃー!!!なのよー!!!」

 

 

「その怒り方、マジ最高に異世界特有って感じがして、俺は嬉しいぜ!!」

 

 

死に戻る度激しく変わる周りの人間の自分に対する態度とは違い、どの世界でもあまり調子の変わらない少女に対してスバルは謎の安堵感を覚えるが、すぐに本来やりたかった事を思い出す。

 

 

「えーっと、それでですね.....どうか、俺にもそのすごい、バーン!ってなってドカーン!!ってなるみたいな、滅茶苦茶豪華な魔法を教えてくれませんかベティー先生!!!」

 

 

「そもそもベティーは先生でもないし、語彙力終わってるのよ、お前......まぁでも、別に教えてやらないこともないかしら?」

 

 

「おぉー!!っしゃ!!流石ベティー先生!!!ヒューヒュー!!かっこいいぜ!!!」

 

 

「ふん、ベティーがかっこよくて可愛いなんてこと、当たり前かしら!......でも、そう言われて悪い気はしないのよ」

 

 

「あ、これハイチューって言うお菓子なんだけど、いる?」

 

 

「さぁ早速魔法の練習をするのよ、スバル!!そのハイチューは、お礼として頂いておくかしら!!」

 

 

「お菓子に目がないのは、子供っぽいんだけどな......」

 

 

スバルの小さな呟きは、ハイチューを貰えた事に興奮している少女には、ついぞ聞こえなかった。およそ八十円ぐらいで買えるお菓子を生贄に、魔法を教えて貰えるなら安いものだ。ちなみに、スバルはハイチューを一つしか与えていない。

この男、今後も()()で少女に協力を取り付ける気である。

 

 

「じゃ、早速やってみるのよ。 まず、必要な分のマナを用意してそれをどんな風に魔法を扱うのか、どんな感じの魔法がいいのかをイメージしてから、ゲートに働きかけて詠唱すれば使えるのよ。 スバルの場合はそもそも、ゲート自体が全く開いてないから、そこはベティーが壊れない様にこじ開けとくのよ」

 

 

「お、おぉ。マジでそれっぽい説明だなこれ。あとゲートって何?よく分からんけどありがたい事してくれてるってのは伝わってきたぜ」

 

 

「ゲートっていうのは、外界にある魔力を吸収する入口であって、魔法を発動する際の出口にもなるものなのよ。簡単に言うと、自分の体の中と外にマナを通す門みたいなものかしら」

 

 

「うん、全然分かんねぇ」

 

 

「今の時間を返すのよー!!!」

 

 

 

怒る少女にハイチューを渡す事で丸く納めたスバルは、また気になっていたとある事を少女に聞く。

 

 

「そう言えばさ、この世界の魔法とかってさ、やっぱ属性とかあんの?俺雷がいいんだけど」

 

 

「あるけど、雷はないのよ」

 

 

「ないのかぁー!でも属性概念があるならそれでOK! んで、属性はどんなのがありまして?」

 

 

「そこも説明してやるかしら。......火・水・風・土の四つのマナ属性があるのよ。『火』は熱量関係の属性。『水』は生命と癒しを司る属性。『風』は生き物の体の外に働きかける属性。最後に『土』は体の内側に働きかける属性。主な属性はこの四つに大別されていて、普通はその中の一つに適正があるのよ。......分かったかしら?」

 

 

「おう、基本だな。で、属性ってどうやって調べんの?」

 

 

「もちろん、ベティーぐらいの魔法使いになるともう触っただけでわかっちゃうかしら」

 

 

「マジかよ! きたよ待ってたよ、この展開を! 見てくれよ、そして教えてくれよ!」

 

 

 

躾のなってない犬みたいにはしゃぐスバルを若干引き気味な目で見ながら、少女はその掌をスバルの額へと当てた。

 

 

「よし、じゃあちょこっと失礼するのよ。 みょんみょんみょんみょん」

 

 

「うおおお!! 魔法っぽい効果音だ! 今、ファンタジックしてる! ちなみにそれ、言う必要あんの?」

 

 

「ないのよ」

 

 

「ないんだ!! でもそれっぽい雰囲気出てるし、何よりこんな可愛い子に不思議なオノマトペ囁かれるのすっごい至福! ありがたき幸せ!」

 

 

「......お前、いよいよやばいのよ。......属性が分かったかしら」

 

 

「きた、待ってました。何だろ、何になるかな。やっぱ俺の燃えるような情熱的な性質を反映して火? それとも実は誰よりも冷静沈着なクールガイな部分が出て水? あるいは草原を吹き抜ける涼やかで爽やかな気性が本質とばかりに風? いやいや、ここはどっしり悠然と頼れるナイスガイな兄貴分の素養を見込まれて土とか出ちゃったりして!」

 

 

「うん、『陰』なのよ」

 

 

「ALL却下!?」

 

 

耳を疑う診断結果に、思わず悪い病気を告知されたような反応になってしまったスバル。それを気にもせず少女は、言葉を続ける。

 

 

「もう完全に『陰』全振りなのよ。他の四つの属性との繋がりはかなり弱いかしら。逆にここまでの一点特化は珍しいものなのよ」

 

 

「ってか、『陰』ってなんだよ! 分類は四つじゃねぇの? カテゴリーエラーしちゃってるよ! 」

 

 

「話さなかったけれど、四つの属性の他に『陰』と『陽』って属性もあるにはあるのよ。該当者がほとんどいないから説明は省いただけかしら」

 

 

極々わずかな例外を引いた、ということらしい。

 

少女の釈明を聞かされて、スバルの空回っていた気持ちも落ち着いてくる。

そう、数少ない属性ということは、限りなく希少な属性ということだ。それはつまり、他とは違う特別な力。

 

 

「なんか実はすげぇ属性なんだろ。五千年に一度しか出なくて他より超強力みたいな!」

 

 

「そうね......『陰』属性の魔法だと有名なのは......相手の視界を塞いだり、音を遮断したり、動きを遅くしたりとか、そんなもんなのよ」

 

「デバフ特化!?」

 

 

デバフは敵を弱体化させるスキルの総称であり、補助職まっしぐらな特化性能である。

伝説級の破壊魔法が使えたりとか、天変地異を引き起こしたりの強力無比な魔法を期待したのだが、ぽつぽつと言いづらそうに妨害・能力低下系の効果を口にする少女。

 

わりと本当で申し訳なさそうなので、事実なのだろう。

 

 

「異世界召喚されて武力も知力もチートもなし......そして魔法属性はデバフ特化......」

 

 

「水を差すようで悪いけれど、魔法の才能も全然ないのよ。ベティーが十なら、スバルは三ぐらいが限界値かしら」

 

「さらに聞きたくなかった事実だよ! もはやこの世には神も仏もいねぇ!」

 

 

その場で大袈裟に頭を抱え、煩悶する。まさかの使い道にさっきまでの希望が萎むのを感じながら、しかし一度芽生えた期待は中々拭えない。

 

 

「使えるだけでもよしと考え......いやでも、デバフ特化する俺ってかっこいいか......?」

 

 

「かっこよさ重視は別として、覚えといて損をするようなものではないのよ。使いたいなら、教わったらいいのよ。幸い、『陰』系統なら専門家がちゃーんと()()にいるかしら!」

 

 

そう言った後に少女がふん、と胸を張る。その姿が魔法抜きに見ると、どうも背伸びをしたい子どものようで、スバルは少し笑った。

 

 

「お、なるほどなるほど! つまりベティーは、実は俺と同じ陰魔法専門だったって訳か! 初めてまともに接触した異世界人が同じ系統の魔法って、なんか運命感じるわ」

 

 

「......ふん、そんなにベティーを褒め称えても、出てくるのは初級魔法だけかしら。まだ慣れていないみたいだし......まずは『シャマク』を撃ってみるのよ」

 

 

「いやもう魔法が使えるだけで大満足だよ、本当な。んじゃ、出来ることなら早速!」

 

 

 

少女に言われた通りにスバルは、必要な分のマナという物を、よくラノベやアニメで見るような体全体を何かが駆け巡るような想像をした後、どんな風に魔法を扱うのか、という想像をしてみる。

 

スバル的には、少女が使っていたような黒い霧じゃなく、魔法で作られたドラゴン的なのを出したい所だが、最初からそんな大胆な大魔法は出来ないという事を、先程の少女の言い分で理解している。

とりあえずは少女が使っていたような、自信の周囲付近に黒い霧が発生するようなイメージを浮かべ、ゲートという所にマナが出ていく様に働きかけてから軽い気持ちで──

 

 

 

 

 

「あ、あれ......?急にゲートを開いちゃったから、なんだか魔法が暴発しそうな──」

 

 

 

 

 

「──シャマク!」

 

 

 

 

 

直後、「ぼふん」という間抜けな音と共に貧民街の裏路地の一角を、黒い霧が支配して行くのを見ていたのは、ごく少数だったと言う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで色々な事をしている内に、スバルは今までとは違い新たな仲間、ベティー少女を引き連れて、盗品蔵の真ん前まで着いた。

 

盗品蔵の扉をコンコンとノックすると、一見、何の意味もないかのような単語が扉の奥から発せられた。

 

 

 

「大ネズミに」

 

 

「毒」

 

 

「白鯨に」

 

 

「釣り針」

 

 

「我らが貴きドラゴン様に」

 

 

「クソったれ」

 

 

 

相手の短い問いに、間髪入れずにスバルが何周目かで金髪の少女から培った品のない返答を差し込んだ後に、不審そうに扉が開かれた。

 

 

 

 

「......何故合言葉を知っている? 小僧。......そちらの少女も......まさか、フェルトの友達か?」

 

 

「まあまあ、そこら辺は後で随時話すとして。こっちはとある交渉に来たんだ、爺さん」

 

 

相手の大柄な男──ロム爺が問いを投げ掛けるより先に、スバルが無理矢理言いくるめてロム爺に交渉を持ちかける。

 

 

 

「......一応聞いてやるが.........どういう理由でここへ来た?小僧」

 

 

怪しげに目を細くする彼に対してスバルは中指を立てて、警戒する彼に「ちっちっち」と舌打ちし、

 

 

 

 

「俺達の用件はたった一つ。───フェルトが盗んだ徽章を、こちらで買い取りたい」

 

 

 

これから来るであろうくすんだ目をした金髪の少女と、彼が惚れた透き通る銀髪が神秘的な、一人の美しい少女の姿。

 

 

 

そして、この場にいる全員を一切の躊躇無く殺戮してしまうような恐ろしい者の姿を思い浮かべながら、スバルは徽章の買い取りを老人に持ちかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「......いや、別にベティーはその徽章なんて物に興味はないし、スバルの徽章取り返し仲間って訳でもないのよ」

 

 

 

「この雰囲気でそういう事言うのやめようよ! 折角なんか上手く行けそうな気がしたんだからさ!!」

 

 

「......交渉相手、という事なら入るがいいわい。ほれ、早く入らんと扉を閉めるぞ」

 

 

「あ、いいのねそこはオーケーしちゃうのね!! んじゃ、早速中に入ろうぜ、ベティー!......ほら、ハイチュー」

 

 

「じゃあ早速中に入るかしら! ほらスバル!さっさと徽章を取り返しておいしい物を食べまくるのよ!」

 

 

この時スバルは、内心もうちょっとお菓子を買っておけばよかったと、少々の後悔を覚えた。

 

 

 

 

 




地味に、スバルくんが強化されていた事に気が付きましたか?
ベア子なら、魔法を使う前のスバルのゲートを開く事など簡単だろう、思って入れちゃいました。


ここまで見て下さり、ありがとうございました。


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盗品蔵での激戦






 

 

そこからは、順調に事が進んだのよ。

 

 

 

スバルがロム爺に図々しく酒をせびったら、諦めた様子で水割りのミルクを出され、スバルがそれに微妙な味だと感想を述べて、そんな事をしている間に小娘(フェルト)が来て。

 

ちなみにベティーは何も言ってなかったけれど、可愛いから特別サービスというなんとも適当な理由で、ちょこっとだけ水割りされたミルクが出されたのよ。

スバルが、貧民街住みだから貴族とかそうじゃなくても良いとこの出っぽそうな人は忌み嫌ってんのかと思った、なんて地雷発言をした時は一瞬黙らせようかと(エル・シャマク)も思ったけれど、どうやらベティーは大丈夫だったみたいなのよ。なんでも、貴族でも子供は悪くない、大人が悪いという考えなんだとか。後金髪とか背とかがちょいと小娘(フェルト)に似てるって理由だからだそうなのよ。なんだか屈辱的かしら......

 

 

「んーでな、爺さん。かなり時間ロスしたんで、横道それる前にさっさと本題に入りたい」

 

 

「もうだーいぶ脇道走った気がしてならんが......なんじゃい」

 

 

「頼みたいのは鑑定、って感じになるかな。俺の持ってきた『ミーティア』に値段をつけて、その価値をフェルトに対して保証してもらいたい」

 

 

話が商談とわかったことで、ロム爺の灰色がかった瞳が真剣味を帯びたのよ。ベティーはそんなものどうでもいいから、隅っこの方でちびちびと水割りミルクを飲んでいるけれど。

 

 

「これが『ミーティア』。さしもの儂も見るのは初めてじゃが......」

 

 

「たぶん世界に一個しかない。あと、わりとデリケートな機械だから扱いには注意。ぶっ壊されるとマジで死ななきゃいけないレベル。やり直し的な意味で」

 

 

「ふむ、そうか。......この絵は.........」

 

 

「タイミング的にちょうどいいかと思ってな。効果のほどを見せつける意味で、フェルトちゃんの一日──を待ち受けにしてみた」

 

スバルによると、一番可愛く撮れたと思ったものをチョイスしたらしいのよ。

画質の良さも相まって、ロム爺はその画像とベティーの隣でミルクを飲んでいる小娘を見比べ、

 

「これは驚いた。こんだけ精巧な絵を描けるもんはおらんじゃろうな」

 

「時間を切り取って、そこに封じ込める『ミーティア』さ。人が描いた絵じゃ、到底できない綺麗さだろ? なんなら爺さんも撮影するけど」

 

 

「興味はあるが、おっかない感じもするのぅ。命とか取られんか?」

 

「やっぱどの時代のどの世界でも、写真見て思うのはそういう迷信なんだな......んじゃ、それなら......」

 

 

大正以前みたいなリアクションのロム爺に苦笑しているスバルが突然、何かを思い付いたかのような顔で、ベティーの方を向いてきたのよ。なんだか嫌な予感がするかしら。

 

 

「......言っておくけど、ベティーは「えいっ」にゃ!?」

 

 

パシャ、という現代チックな音が鳴り響くと共に、画面に写ったのは......

 

「......ちょ、ちょちょっと何をしているのかしら!? べ、ベティーはその怪しい機械を使用してもいいだなんて、一言も言っていないのよ!!」

 

 

「まぁまぁ、落ち着けってベティー。......おー、ほら見ろよ、ロム爺。めっちゃ可愛いアイツがしっかり写ってるだろ?」

 

 

「ううむ......これは確かに恐れ入ったわい。もしも儂が取り扱うなら、聖金貨で十五......いや、二十枚は下らずにさばいてみせる。それだけの価値はある」

 

売人としての職人魂が刺激されたのからやたらと瞳を輝かせるロム爺......じゃなくて!!!!

 

 

「ス......ス~バ~ル~!!!」

 

 

「ほれ、受け取れ!!この世で後6つぐらいしかない激レアお菓子だ!!」

 

 

「しょうがない奴なのよ!」

 

 

「アンタ、貴族の癖して結構ちっちゃい事で喜ぶんだな......」

 

ふん、今だけはこれに免じて許してやるかしら。小娘が何か言っているけど、そもそも貴族じゃないから無視するかしら。......あぁ、懐かしい味なのよ。流石天下の森◯製菓かしら。

 

 

「とまぁ、俺の手札はこんな感じだ。宣言通り、聖金貨で二十枚以上の品物。これでお前の徽章との物々交換を申し込みたい」

 

 

「その顔、ちょいちょい挟むけどムカつくなぁ......ま、その『ミーティア』が金になるって保証がついたのは素直に嬉しいさ。聖金貨二十枚ってのも疑わないで済みそーだし。アンタの手札は了解した」

 

 

「だろ!? んじゃ、交渉成立ってことで。うまく売るのはそっちのやりようだ。ガンバ! それじゃ話は終わりとして、これからみんなで商談成立の祝いに一杯やりにいこうぜ!」

 

 

「ちょっと待て。なんでそんなに急いでんだ? つかさ......そもそも、なんで兄ちゃんはこの徽章を欲しがんだよ?」

 

 

 

あ、スバルが言葉を詰まらせたのよ。これはマズいかしら。小娘の守銭奴ゲージがどんどん上がっていってるのよ。

 

 

「待て、フェルト。お前、その考えは真面目に危ないぞ......」

 

 

「兄ちゃんは、なんでそんなに貴重な『ミーティア』を売ってまで、この徽章を欲しがるんだ?.......つまり、こいつにはその『ミーティア』以上の価値があんだろ?」

 

 

「.........俺がそれを欲しがるのは......」

 

 

あ、この男、また持ち主に返すとかいう後ろ暗い盗品蔵には全くもって似合わない、とてもじゃないけど信じられないような事言おうとしてるかしら。

 

 

 

「......持ち主に「誰じゃ」......ん?」

 

 

「アタシの客かもしれねー。まだ早い気もするけど」

 

 

「──開けるな! 殺されるぞ!!」

 

 

「......あ」

 

 

この展開は.....

 

 

 

 

「──殺すとか、そんなおっかないこと、いきなりしないわよ」

 

 

 

......やっぱり来たのよ、あの混血の娘。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よかった、いてくれて。──今度は逃がさないから」

 

踏み込んできた少女──偽サテラの姿に、フェルトが声もなく後ずさる。

 

 

 

「ホントにしつっこい女だな、アンタ。いい加減諦めろっつーのに」

 

 

「残念だけど諦められないものだから。......大人しくすれば......」

 

 

と、突然、偽サテラの酷く冷たい声が、何かを言いかけようとした所で、止まった。

 

 

 

「ん?......」

 

 

スバルは、それがどうも気になってしまって、彼女の目線を追った。

 

 

その先には。

 

 

 

 

「えっ......ベア、トリス?」

 

 

「......え、ベティー?」

 

 

「......」

 

二人の声が、ほぼ直で重なった。偽サテラは困惑の声を、スバルはずっとベティーと呼んできた少女の意外な本名を聞いた事に困惑の声を。

 

 

「なんだ、お前ら。......そこの金髪縦ロールのヤツに、なんか見覚えでもあんのか?」

 

フェルトがこちらを探るかのように問いを投げ掛けてくるが、そんな事は二人の耳には入らなかった。

 

 

「......ベティーがここに居ちゃ、ダメかしら?」

 

 

「えっ、でも......えぇ、どうして?」

 

 

 

さっきまでの、緊迫した修羅場はなんだったのか。

 

 

サテラ(偽)のなんとも弱々しくも情けない声で、スバルもその他の盗品蔵にいる面々も、皆が緊迫した状況に息を呑んでいる事は無く、むしろ先ほどまでの穏やかなふんわりとした雰囲気が、盗品蔵内を漂わせていた。

 

 

「......成り行きって奴なのよ。少なくとも、ベティーとそこの目付きの悪い男は、徽章とは何の関係もないかしら」

 

 

「目付きはいいじゃねーかよ生まれつきなんだからよ!!......んで、この状況どうする?ベティー。......いや、ベアトリス.....?」

 

 

恐らく少女の本名であろう名前を呼び、少女にこの場を丸く納める方法を丸投げするスバル。

 

 

だが、そんな状況の中──滑るように黒い影がそっと、銀髪の少女の背後へと忍び寄っていた。

 

 

 

「──パック! ベティー! 防げ!」

 

 

婉然とした微笑みが影となって走り、銀色のきらめきが白いうなじへ、のたくるような動きで襲いかかる。刹那、見開くスバルの目の前で少女の首がはね飛ばされる。

 

 

──それが本来ならば、起こり得た未来だっただろう。

 

 

 

快音。

 

 

それは鋼が骨を断つ音ではなく、鋼がガラスを割るような響きとして鼓膜を震わせた。

わずかに身を屈める偽サテラの後頭部、そこに青白い輝きの魔方陣が展開される。

それと同時に、スバルが呼び掛けた少女──ベアトリスが実に興味の無さそうな顔で、殺人鬼の方には目も向けずに、大気が歪み穴の開いた空間に、淡い紫色の炎を纏った杭を出現させた。

 

 

魔法の輝きが刃の先端を受け止め、銀色の少女の命をかろうじて繋ぎ止めていた。

身を飛ばして振り替える偽サテラ。彼女の流れる銀髪の隙間、灰色の体毛の小動物が立っている。

ピンクの鼻を得意気にふふんと鳴らし、パックはスバルを見ると、

 

 

 

「なかなかどうして、紙一重のタイミングだったね。助かったよ......ん? ベティーって......」

 

 

「ナイス、パック。助かったのはむしろこっちだ。あんがとよ」

 

 

この場にいる筈のない少女に困惑しながらも、親指を立てるような子猫の仕草に対して、スバルも動揺しつつもサムズアップ。

現在は日没前──つまり、偽サテラの心強いバックアップが勤務中の時間だ。

 

とっさに声が出たとはいえ、予想以上のパックのパフォーマンスに彼女の身は守られた。

そして、まんまと奇襲を防がれた形になった襲撃者は、

 

 

 

「──精霊、精霊ね。ふふふ、素敵。精霊はまだ、お腹を割ってみたことないから」

 

 

「おい!どーいうことだよ!」

 

突如と叫び、前に踏み出して怒声を張り上げるのはフェルトだった。

フェルトはエルザに指を突きつけて、自分の持つ徽章を懐から取り出す。

 

 

「こいつを買い取るのがアンタの仕事だったはずだ! ここを血の海にしようってんなら、話が違うじゃねぇか!」

 

「盗んだ徽章を買い取るのがお仕事。持ち主まで持ってこられては商談なんてとてもとても。だから予定を変更することにしたのよ──あなたは仕事をまっとうできなかった。切り捨てられても仕方がない」

 

「────ッ」

 

 

フェルトの表情が苦痛に歪む。ただそれは、恐怖ではない別の感情に見えた。

エルザの言葉がいかなる彼女の琴線に触れたのかはわからない。わからなかったが──

 

 

 

「てめぇ、ふざけんなよ──!」

 

 

実力差も忘れて怒鳴りかかるくらい、スバルを怒らせる原因にはなった。

 

驚いたようにスバルを見るエルザ。フェルトやロム爺、偽サテラも例外ではない。ただし、隅で紫色の炎を纏った杭を出したままの少女──ベアトリスは驚かなかった。

 

 

だが、一番驚いているのは誰でもない、スバル自身だった。

自分でも、なんでこんなに怒り狂っているのか原因がわからない。

わからないから、込み上げてくる感情に任せて、全部吐き出すことにした。

 

 

 

「こんな小さいガキいじめて楽しんでんじゃねぇよ! 腸大好きのサディスティック女が!! 予定狂ったからちゃぶ台ひっくり返して全部オジャンってガキかてめぇは! もっと命を大事にしろ! 腹切られるとどんだけ痛ぇのか知ってんのか!! 俺は知ってます!!」

 

 

「......何を言ってるの、あなた」

 

 

「自分の中の思わぬ正義感と義侠心に任せてこの世の理不尽を弾劾中だよ! 俺にとっての理不尽はつまりお前でこの状況でチャンネルはそのままでどうぞ!」

 

 

端から見ても意味不明なスバルの怒声に、エルザが珍しく呆れたような小さな吐息。そんなエルザの態度に微妙に傷付きつつ、スバルは唾を飛ばした勢いのままに、

 

 

 

「はい、時間稼ぎ終了──やっちまえ、ベティー!! パック!!」

 

 

「後世に残したい見事な無様さだったね。──ご期待に応えようか」

 

 

「にーちゃ、頑張るかしら!! 応援してるのよ!!」

 

 

「あれお前戦わないんだ!? そこはしっかりと加勢してあいつをボコボコにリンチ......いや、それはかっこ悪いか」

 

 

「他人任せにしてる時点で一番カッコ悪いのはお前なのよ」

 

 

「ごもっともな正論が耳に痛いぜ!! でも生憎、こちとらただの一般人。やれることが......」

 

 

少女からのドストレートな正論を浴びせられて、自らの無能さを改めて認識する。

しかし、そこまで言いかけて、スバルはとある事を思い出す。

 

 

『──まずは初級魔法、シャマクから打ってみるのよ』

 

 

『おお、あの黒い煙幕がどかーんって弾けるやつか! 俺にも出来んのかな?』

 

 

盗品蔵に来るまでにこの少女から教わった、異世界で初めてスバルが修得した、魔法があった事に。

 

 

 

「......いやでもそもそもこれ、俺の出番ないんじゃね?」

 

 

あの魔法をたった今灰色の子猫と戦う直前の殺人鬼に当てようと思ったが──杞憂だったかもしれない。

 

 

立ち尽くすエルザの周囲、全方位を囲むのは先端を尖らせた氷柱、それが二十本以上。

 

 

 

「まだ自己紹介もしてなかったね、お嬢さん。ボクの名前はパック。後ろでボクの愛娘と可愛い妹が待っているんだ──名前だけでも、覚えて逝ってね」

 

 

直後、全方位からの氷柱による砲撃が、エルザの全身に叩きつけられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────!」

 

 

 

交錯する氷柱は白い霧を巻き上げ、黒い外套の影を低温の嵐の中に覆い隠す。

氷柱の速度は先程見た速度をゆうに超え、着弾をかろうじて目で追えるレベルだ。先端の鋭いそれは人体を容易く貫き、透明な弾頭を鮮血で赤く染め上げるだろう。

 

 

──なのに、

 

 

 

 

「──備えはしておくものね。重くて嫌いだったけれど、着てきて正解」

 

 

白煙を切り裂くようにして、黒髪を躍らせてエルザが飛び出していた。

 

 

「まさか、コート自体が重くて、脱ぐことで身軽になる感じの展開!?」

 

 

「それも面白いのだけれど、事実はもっと単純なこと。──私の外套は一度だけ、魔を払うことのできる術式が編まれていたの。命拾いしてしまったわね」

 

 

スバルの懸念に丁寧に応じて、低い姿勢からエルザが刃を正面へ突き出す。

刃の先に立つのは大技を放ったばかりの偽サテラだ。

思わず声を上げそうになったスバル。

 

 

だが──

 

 

 

「精霊術の使い手を舐めないこと。敵に回すと、怖いんだから」

 

胸の前で手を合わせる偽サテラ。その正面に多重展開された氷の盾が、エルザの刃を易々と食い止めていた。

 

偽サテラの氷の弾幕を、バク転で後ろへ回避するエルザ。

それを追うように、パックの氷柱が地面に突き立つ。

 

 

「攻撃と防御の役割分担──実質、二対一の状況だ」

 

 

「アレが精霊使いの厄介なところじゃ。片方が軽い魔法で時間を作り、もう片方が大技をぶっ放す......『精霊使いに出会ったら、武器と財布を投げて逃げろ』ってのが戦場のお約束じゃな」

 

感嘆するスバルの横で、ロム爺が重々しく呟く。

 

 

 

 

「──戦い慣れしてるなぁ、女の子なのに」

 

エルザの神業、と表現するしかないセンスに、未だ鳴り止まない氷結の氷柱を発射している側のパックすら感嘆する。

 

 

「精霊に褒められてしまうなんて、とても畏れ多いことだわ」

 

賛辞を素直に喜びつつ、エルザのうなる刃が取り巻く氷塊を打ち払う。

発射された氷の数はすでに百近いはずだが、最初の先制攻撃を除いてはエルザの身に直接届いたものは一つとしてない。

 

 

「うーん......そろそろ、終わらせちゃおっか?──同じ演目も、飽きたでしょ?」

 

踏み出そうとした瞬間、エルザの足に降り積もった氷塊の破片が、エルザの足を絡め取る楔の役割を果たしていた。

 

 

「......してやられたってことかしら」

 

 

「年季の違いだと思って、素直に称賛してくれていいとも。それじゃあね~」

 

 

まるで必殺技でも放つかのようなポージング、両手を可愛らしく前に突き出すパックの手に、可愛らしさの欠片もない青白い氷のエネルギーが溜まっていた。

 

 

ただ純粋に盗品蔵もろとも全てを凍てつかせ破壊するような、恐ろしいまでのエネルギーの塊が、エルザに向けて放たれた。

 

 

極光の通り過ぎたあとには氷結だけが残り、盗品も家財もカウンターも、みんなまとめて根こそぎ凍土の中へと放り込まれている。

もちろん、直撃を受ければ人間すらも氷像となるのは免れない。

 

 

ただし──、

 

 

 

「......女の子なんだから、そういうのはボク、感心しないなぁ」

 

 

直撃を受けていれば、の話だ。

 

 

「早まって切り落とすところだったのだけれど、危ういところだったわ」

 

氷結魔法の射線上からわずかに離れ、素足で立つ彼女の右足からはおびただしい出血が見られる。

 

自傷してもなお、その笑みを絶やさないエルザの狂気的なまでの戦闘狂ぶりに最早スバルは言葉も出ないが、さらに深刻なのは彼女と相対している偽サテラの方だった。

 

 

「パック、いける?」

 

 

「ごめん、正直凄い眠い。ちょっと舐めてかかってた。このままじゃマナ切れで消えちゃう......」

 

少女の呟きに答えるパック、その声は酷く弱々しかった。

 

 

 

──しかし、今にも消えそうなパックの表情に焦りは無く、寧ろ安心しきっているような、酷く余裕のある顔だった。

 

 

「君に何かあれば、ボクは契約に従う。──いざとなったら、オドを絞り出してでもボクを呼び出すんだよ。......まぁ.........」

 

 

 

 

パックが何かを言いかけた、その時。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前なんか、どうでもいいのよ。早くその身死に晒すかしら──ニンゲン」

 

 

 

 

 

酷く冷たく興味のない声で、エルザに向けて紫紺の杭を発射する、一人の少女が居た。

 

 

 

 

 

 

 

「うちの可愛い妹が、まだ残っているからね──ベティー、頑張ってね~」

 

 

 

 

「にーちゃ!!──はい! なのよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

戦いは、未だ終わらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ドリルロリの本気が始まる!!(秒で瞬殺)

深夜3~4時ぐらいに根気で書いたので誤字あるかもしれません。優しい方が報告して下さいました...

ここまで読んで下さり、ありがとうございました。


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激戦の末の終幕

11話のサビと同時に叫ぶスバルくんのシャマクのシーンは、いつ見てもかっこいいと思うんです。ほんと。




 

「にーちゃ!──はい! なのよ!!」

 

 

戦いの最中とは思えないほど気分の良さそうな声で答えた少女が、パックが消えてから一転、軽蔑の視線をエルザに送りつつ、紫紺に煌めく杭をエルザに定める。

 

 

「あら、次は貴方なのね。あぁ、楽しいわ!」

 

 

さっきまで命の取り合いをしていたエルザが、威勢良く少女にククリナイフを織り混ぜながら、あり得ないスピードで少女の命を削ごうと、うねりながら少女に駆け出す。

 

 

「ベアトリス──!」

 

 

「言われなくとも分かっているかしら。こんな奴、数秒もあれば充分なのよ」

 

 

先程氷の弾幕で発射を中断された杭は、その破壊の力の矛先を見つけて快哉を叫ぶ。

 

 

 

「あら、危ない。幼いのに、随分と過激で強力な魔法を扱うのね」

 

 

「何でもかんでも見た目で決めつけるんじゃないかしら。ほんと、どいつも同じことをいうのよ」

 

 

およそパックの氷柱の速度を超えるであろう、まともに当たったらそれだけで致命傷を負いかねない杭を、エルザに躊躇いなく打ち続ける少女。

 

 

何十にもあるそれをうつ伏せになり、壁に張り付き、天井に這いつくばりながら避けて、避けて、避け続けるエルザ。いくつかがその体に掠り、酷い出血が増えて行く。

 

 

「こっちの相手も、忘れないでよねっ!」

 

 

停止するエルザの背後から迫り来る氷の飛礫。後ろを振り返りもせずに刃を振るい、礫をことごとく打ち落とそうとするが──

 

 

 

「お前、考えが足りないかしら」

 

 

 

「──これは!」

 

 

エルザが避け続け、弾けた杭の破片が小さな杭となり、エルザの周囲全方位を囲み込んだ。

 

 小さな杭といっても、そのサイズはスバルの手の人差し指ほどに匹敵する。それが無数に宙を埋め尽くし、先端をエルザに向けた。

 

そして、

 

 

 

「言ったはずなのよ、ニンゲン。──数秒もいらないと」

 

 

 

冷酷な宣言を切っ掛けに、紫紺の杭が発射された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「......っしゃ! おいフェルト! 今の間に、さっさと扉開けて逃げろ!」

 

 

「──! なんだよそれ! アタシに一人で無様に逃げろってのか!?」

 

赤い双眸が睨むように見上げてくるのも気にせず、スバルは顔を近づけて立つ。

そして一瞬、スバルの気概にフェルトが怯んだような顔をするのを見逃さない。

 

 

「そうだ、さっさと一人やられる前に逃げちまえ。本当ならそれ、俺がやりてぇんだぜ。超情けないけど、俺何もできないからな。こんな空間、一秒だって長居したくねぇよ」

 

 

スバルは目の前の少女の金髪を力任せに撫でつけ、「でも」と息継ぎし、

 

 

「お前は十五で俺は十八。たぶん、お前がこの中で一番年下ってことになる。したら、お前が生きる確率が一番高いとこを選ぶのが当たり前だ。当たり前なんだよ」

 

 

「な、んだよそれ......ふざけ「というか!!」うわ!?」

 

 

スバルがフェルトにずいっと顔を近づけ、小声でフェルトに耳打ちをする。

 

 

「このままじゃ埒が明かねぇ! この世界、衛兵的なもんねぇのか!?」

 

 

「あ、あるにはあるけど......呼べってんのか?」

 

 

「ああそうだ、なんかたまたま最強の剣士が強い癖にそこいらを暇そうにねっ転がってたりすんのはお約束だからな! つう訳で行ってこい!! フェルトぉぉ!!!」

 

 

「──っ!」

 

 

スバルの気圧に押され、弾かれるようにフェルトの矮躯が風に乗って駆け出す。

まさに目にも留まらぬ速さで室内を駆け抜け、風となる少女は出口へ突っ込む。

 

 

それと同時に紫紺の杭が肉に突き立つ音が連鎖し、衝撃に砕け散る紫の結晶が盗品蔵を輝きの乱反射で埋め尽くした。

 

無数の杭は全方位からエルザの細い体を狙い、ハチの巣に仕立て上げたはずだ。

 

 

なのに。

 

 

 

 

「──ああ、痛い。行かせると思う?」

 

 

「......お前、そもそも人じゃなかったかしら」

 

 

フェルトの疾走を真横から阻むのは、ボロボロ、と言う表現も似合わないほど、左は肩から指先まで切り傷でただれ、背中や胴体周りにも無数の小さい穴が開いた状態の、エルザだった。

 

 

シンプルな装飾のナイフは、真っ直ぐフェルトの背中を狙い打つが、

 

 

「てめぇまだ生きてんのかよ!! しぶといにも程があるぜ!! だが、行かせて欲しいなってのがこっちの気持ちだ!!」

 

 

スバルが真横にあったテーブルを蹴りあげた。放たれたナイフは跳ねたボロ机に弾かれて、軒並み役目を放棄する。

 

 

「俺すげぇ! でも思いのほかつま先が痛.......ぶふがるっ!?」

 

 

「危ない小僧!!」

 

火事場の馬鹿力か、あるいは三度死んでも目覚めなかった覚醒の時が訪れたか。

 

 

エルザの蹴りに当たりかけたスバルを、ロム爺が大きな体で乱暴に壁へ突き飛ばす。

 

あまりの威力に目が回り、少しだけ気持ち悪くなったが、お陰でスバルの致命傷は免れた。

 

 

「ナイスアシストだぜ! 爺さん!......ってやっべぇ! おい爺さん! 生きてるか!?」

 

 

「珍しく、少しだけ腹立たしいと思ったわ」

 

 

スバルを心配をよそに、エルザの戦意はますます高まる。

 

 

 

──と、そんなスバルに、

 

 

 

「......ちょい、スバル。ベティーはちょっと席を外すかしら、頑張るのよ」

 

 

「えぇ!? マジで!? この土壇場もいい所で無慈悲な脱退宣言はシャレになりませんことよベティー様!!」

 

 

少女の突然の戦線離脱宣言に驚きを隠せないスバル。

 

 

「大丈夫かしら。お前にはいざとなった時に使える技も教えたはずなのよ。」

 

 

「いやいやいや! こんな状況で使う覚悟とかまだ決まってねぇよほんと! それに「かっこいい所」......へ?」

 

 

 

外れようとする少女を説得しつつも、拾った棍棒でこちらへ飛んでくる氷の破片を力の限り壊すスバルに、恐ろしくも魅力のある提案が掛けられる。

 

 

 

「......この状況でお前がヒーローになって、かっこよくあの小娘を救ってやったら、きっとあの小娘はお前に惚れ「っしゃああぁ!!! やってやろうじゃねぇかぁ!!」......ほんと調子いい奴かしら」

 

 

この男、どんな状況でも己の欲求は押さえられなかった。少女になんとも得のある提案を出されたスバルは、自らが死地にいるという事も忘れて、エルザに畳み掛ける。

 

 

「っっらぁぁぁ──!!!」

 

 

偽サテラが氷柱を発射した瞬間、息をするのも忘れて後ろから棍棒を振り下ろしていた。

 

火事場の馬鹿力が出たのか、棍棒の速度は想像以上。真っ直ぐにエルザの後頭部を目指して風を切り──

 

 

 

「──狙いは上々。でも、殺気が出過ぎていて見え見えなのが残念」

 

 

「殺気か! それら引っくるめて戦闘センスなんざ都会育ちの俺には一つもわかんねぇよ!!」

 

真後ろからの打撃に対し、エルザは刃の峰で棍棒を叩き、軌道をそらして回避を実行。

 

 

エルザの回避場所に狙うようにして、偽サテラが巨大な氷柱を生えさせるが、それもことごとく避けられ、

 

 

 

「そのお遊びもそろそろ見飽きたのだけれど......まだ私を楽しませられそう?」

 

問いかけは低く、微笑は血の色をしていた。背筋にゾッと寒気が走るようなエルザの笑みを見て、スバルはちらりと偽サテラとアイコンタクト。

 

 

「秘められた真の力とかがあるなら、今のうちに出しといた方がいいと思うぜ!」

 

 

「......切り札はあるけど、使うと私以外はだれも残らないわよ」

 

 

「自爆技は勘弁! わかったよ、チクショウ。お願いだから早まらないでね?」

 

 

臆病な自分を振り切るつもりのスバルの冗談に、いたって真面目な偽サテラの返答。

深々と息を吐いて棍棒を握りしめ覚悟を決めるスバルを見て、偽サテラはほんのわずかに唇をゆるめると、

 

 

 

「使ったりしないわよ。まだこんなに一生懸命、あなたが頑張ってるのに。足掻いて足掻いて足掻き抜くの。──親のスネをかじるのは最後の手段なんだから」

 

 

仕方なさそうに、そう語る偽サテラの表情を見て、スバルの中でふいに火がついた。

 

諦めてしまいそうな顔だった。

弱さを受け入れてしまいそうな顔だった。

 

 

 

スバルの中で偽サテラは、自分がどんな苦境にあっても下を向かない少女だった。そんな少女だからこそ、スバルはその微笑む顔が見たいと思って頑張ったのだ。

 

何度となく命を落として、それでもスバルは偽サテラを助けるためにここまできた。ここまでの道のりは、こんな少女の弱々しい顔を見るためじゃない。

 

 

 

「今、俺は何も見なかった」

 

 

「──え?」

 

 

「今のやり取りは全部なしだ。全部なし! なんで俺がここにいるのかやっと思い出した。やってやるぜ、クソだらぁ! 切り札なんか絶対に切らせねぇ!!」

 

 

指を突きつけ、偽サテラとエルザの両方に宣言する。足を踏み鳴らし、唾を飛ばし、感情のままに、魂が吠えたけるままに。

 

 

 

 

「てめぇぶっ飛ばして皆仲良くハッピーエンドだ。お呼びじゃねぇんだ、とっとと帰れ!」

 

 

「......元気が有り余っているようね」

 

 

「やる気もみなぎってきたとこだ。今度の俺はクライマックスだ。勢いが違うぜ」

 

 

軽く身を前に傾けるエルザに、ホームラン予告のように棍棒を突きつける。

 

 

婉然としたエルザの微笑みが闇に溶けた。

 

 

スバルを中心として縦陣無像に飛び回る。

 

 

天井。

 

 

壁。

 

 

柱。

 

 

床。

 

 

 

五感を研ぎ澄ませる。だが奴はきっとその隙を狙ってくる。

 

 

 

 

静止する時間が経つに連れて、どんどんとジャージを通り越して小さな切り傷が増えて行き、血が流れてくる。

 

 

 

 

 

 

『ほら、もう一回やってみるのよ。早く使えるようになりたいなら、これが一番効率がいいかしら』

 

 

 

手厳しい、だけれど慈愛のある少女からのアドバイスが思い浮かんでくる。

 

 

 

 

 

ならばスバルはその期待に答える。

 

 

 

棍棒を縦に構え、いつでも全力で振れるような形にして、相手にわざと力任せに棍棒を振るように()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

奴はきっと、腹を割きに正面から狙ってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───這うような姿勢で、闇に溶け込みながら滑るような動きで迫るエルザが見えた。

 

 

 

 

 

 

「逃げて!!!」

 

 

 

 

 

 

優しい銀髪の少女の、悲鳴にも聞こえる声が響いた。

 

 

 

 

 

故にスバルは、力の限り叫ぶ。

 

 

 

この世界で初めて手に入れた、スバルだけの魔法を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──シャマァァァァク!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おー、ほんとに魔法使ったのよ、アイツ」

 

 

 

やや無理矢理、スバルを言いくるめて戦線離脱したベティーは、今現在盗品蔵の屋根の穴の空いた部分から戦線を眺めているのよ。でもぶっちゃけると今はシャマクで全く見えないかしら。

 

 

 

 

「──てめぇが、くたばりやがれぇぇえ!!!」

 

 

 

......おー!!

 

スバルの力の限りフルスイングした棍棒が、エルザの頭にぶち当たってそのまま盗品蔵の壁にぶっ飛ばされたのよ!!て言うか今更だけれどスバルがかっこいいのよ!!!元祖シャマクが見れたかしら!!!原作崩壊起こしているけれど!!

 

 

......あでも、いくらエルザにシャマクが効きやすいと言っても、流石に無理があったかしら.........このままじゃスバルがやられてしまうのよ。流石に助けて......

 

 

 

「.....ん?」

 

 

 

なんか、上から物凄い赤く燃え上がった人が落ちてき......

 

 

 

あ、ラインハルト。

 

 

 

 

「緊急脱出!!!」

 

 

 

「──そこまでだ」

 

 

 

屋根を貫き、盗品蔵の中央に燃え上がる炎が降臨したのよ。屋根を貫く過程でベティーも半ば巻き込まれかけたけれど、なんとか避け切ったかしら。

 

 

「.....なんて、危なっかしい男かしら」

 

 

「さあ、舞台の幕を引くとしようか──!」

 

 

 

うん、正義感満載の紅の髪したイケメンかしら。

 

 

「......それじゃ、ベティーはここら辺で帰らせて貰うとするかしら」

 

 

もう見るもの見たし、スバルの渾身のシャマクもみれたし。

 

 

「......ふふふ! 今日の収穫は大・満・足! なのよ!!」

 

 

 

さ、あのキザったらしい男にマナ取られる前に、禁書庫に帰るかしら!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いずれ、この場にいる全員の腹を切り開いてあげる。それまではせいぜい、腸を可愛がっておいて」

 

 

廃材を足場に、エルザが跳躍して夜の闇に姿を消した。

 

 

「ご無事ですか──」

 

 

「私のことはどうでもいいでしょう!? それより......」

 

偽サテラはふらつく足を叱咤して壁際──自らを命がけで守り逆さまに倒れているスバルの側へ向かう。

 

 

「ちょっと大丈夫!? 無茶しすぎよっ」

 

 

「お、ぉぉお......ら、楽勝楽勝。あそこってば無茶する場面だろ? あの場で動けんの俺しかいなかったし......いや、ドリルロリな金髪幼女はいたけどさ。あいつがとっさに狙う場所もこっそり当てがあったし」

 

心配そうに顔を寄せてくる偽サテラに手を掲げ、スバルは一撃をもらった腹を軽く撫でる。

尋常でない打撲傷に、服をめくった下が真紫になっているのが見えた。

 

 

「今度こそ、完全にいなくなったよな?」

 

 

「すまない、スバル。さっきのは僕の油断だ。君がいなければ危ないところだった。この方が傷付けられていたら大変なことに......」

 

 

「待て待て待て、言うな言うな言うな言うな! そっから先は発言禁止だ。こんだけ色々もったいぶって、お前の口から聞かされたんじゃ俺が報われん」

 

 

謝罪を口にしかけるラインハルトを制止して、押し黙る彼にスバルは笑みを向ける。それからゆっくりとした動きで振り向き、自分を見上げる銀髪の少女と視線を合わせた。

 

 

彼女は身じろぎし、それから立ち上がる。

二人の間の距離は二歩分、手を伸ばせば届く位置だ。ずいぶんと遠回りしたものだと、ここまでの道のりを感情深く思い出す。

 

 

「......あ、ベティー.........」

 

 

思い出している途中で一人の少女が思い浮かんだが、すぐに振り払って、心配そうにこちらを覗く少女に構わず、スバルは指を天に突きつける。

 

 

左手を腰に当て、右手を天に向けて伸ばし、驚く周りの視線を完全に意識から除外して、スバルは高らかに声を上げる。

 

 

 

「俺の名はナツキ・スバル! 色々と言いたいことも聞きたいことも山ほどあるのはわかっちゃいるが、それらはとりあえず置いといてまず聞こう!」

 

 

「な、なによ......」

 

 

「俺ってば、今まさに君を凶刃から守り抜いた命の恩人! ここまでオーケー!?」

 

 

「おーけー?」

 

 

「よろしいですかの意。ってなわけでオーケー!?」

 

 

OとKを上半身の動きで表現するスバルに、銀髪の少女はひきつりながらも、「お、おーけー」と応じる。

 

 

 

「命の恩人、それこそが俺!......そしてそれに助けられたヒロインが君。そんなら相応のお礼があってもいいんじゃないか? ないかな!?」

 

 

「......わ、わかってるわよ。私にできることなら、って条件付きだけど」

 

 

「なぁらぁ、俺の願いはオンリーワン、ただ一個だけだ」

 

 

指を一本だけ立てて突きつけ、くどいくらいにそれを強調。

 

スバルの言葉に少女が不安に瞳を揺らしながらも、決意を瞳に宿して頷いた。

 

 

「そう、俺の願いは──」

 

 

「うん」

 

 

 

歯を光らせて、指を鳴らして、親指を立てて決め顔を作り、

 

 

 

 

 

 

 

「──君の名前を、教えてほしい」

 

 

 

 

呆気にとられたような顔で、少女の紫紺の瞳が見開かれた。

 

 

しばしの沈黙が二人の間に落ちる。スバルの眼差しは揺れない。ただ真っ直ぐに、目の前に立つ銀髪の少女のことだけを見つめている。そして、

 

 

 

「ふふっ」

 

 

 

口元に手を当てて、白い頬を紅潮させ、銀髪を揺らしながら少女が笑った。

 

それは諦めた笑みでもなく、儚げな微笑でもなく、覚悟を決めた悲愴なものでもない。

 

 

ただ純粋に、楽しいから笑った。それだけの微笑みだ。

 

 

 

 

「──エミリア」

 

 

「え......」

 

 

笑い声に続いて伝えられた単語に、スバルは小さな吐息だけを漏らす。

 

 

彼女はそんなスバルの反応に姿勢を正し、唇に指を当てながら悪戯っぽく笑い。

 

 

 

「私の名前はエミリア。ただのエミリアよ。ありがとう、スバル」

 

 

「私を助けてくれて」と彼女は手を差し出した。

 

その差し出された白い手を見下ろし、おずおずとその手に触れる。あの時とは違う、指が細く、掌が小さく、華奢でとても温かい、血の通う女の子の手だった。

 

 

 

──助けてくれてありがとう。

 

 

 

そう言いたいのは彼女だけではない、スバルの方だった。スバルの方が先に彼女に恩を受けていたのだ。だからこれは、それがようやく返せただけのこと。

 

 

通算して三回、刃傷沙汰で命を落として辿り着いた結末。

 

 

 

あれだけ傷付いて、あれだけ嘆いて、あれだけ痛い思いをして、あれだけ命懸けで戦い抜いて、その報酬が彼女の名前と笑顔一つ。

 

 

 

ああ、なんと──。

 

 

 

 

「ああ、まったく、わりに合わねぇ」

 

 

 

言いながらもスバルもまた笑い、固く少女──エミリアの手を握り返したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───それからラインハルトが拾った棍棒が滑らかな断面を晒して、鋭い音を立てて地面に落ちた後に、察したスバルがラインハルトからの気まずい視線を受けながらジャージをめくると、腹部が横一文に裂け、大量の鮮血が噴出して。

 

 

 

──ああ、焦ってたりしててもマジ可愛いな、異世界ファンタジー。

 

 

そんないつかと同じような感想を最後に、激痛とショックがスバルの意識を波涛の如く押し流していったのは、また後の話。

 

 

 

 




お待たせしました。

次回からようやく、二章に入ります......フェルト達のその後は原作見ましょう(投げやり)


ここまで読んで下さり、ありがとうございました。


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第二章 『激動の一週間』
禁書庫少女との小さな攻防


|ョω・`)......



|ョω・`)......更新がおくれてしまい、本当にすみません。


 

 

天井まで届く本棚の二段目にある、他とは一風違って怪しげな雰囲気を漂わせている一冊の本──黒い装丁の本に手をかける。

 

 

 

 

「......むむむ...なのよ......」

 

 

 

折れないようにそっと優しく手に取って。

 

 

毎日、毎日毎日毎日毎日毎日毎日。

期待に溢れる表情で本のページをぺらぺらとめくる。

 

 

めくり続ける。

 

 

 

 

 

「......今日も、何も書かれていない......」

 

 

 

先程の見た目相応の綻ばせた笑顔とは一変転じて、少女の顔から感情が抜け落ちた後、また本を丁寧に元あった棚に戻す。

 

 

「まぁ、そりゃそう、かしら......うん、また明日......」

 

 

......って今の自分をリアルタイムで実況してみたりしていたのは正しく!!! 四百年前からのロリ精霊、ベ・ア・ト・リ・スー!!! なのよ!!!

 

 

 

「んふふふふっ......まぁ、『叡智の書』に期待しているのは本当なのだけれど......今はスバルがいるから、全く暇をしないのよ!」

 

 

特に盗品蔵でのシャマク!!! あれはホントに脳が震えr......ワクワクしたのよ!!! あの時ゲートこじ開けて正常にして、魔法教えてあげたベティーの判断は実によかったかしら!!!

 

それに、魔法を教えるのってなんだか先生になった気分でとっても有意義な時間なのよ......シャマクを完全に修得させてやったら、今度は上位版(エル・シャマク)でも教えてやろうかしら?

 

 

 

「ふふふふ......でもまずはあの男、ここに運び込まれてからそんなに時間経ってないから流石にまだ寝てると思うのよ......」

 

 

......ならば!! 今からこのベティー直々に寝起きドッキリを仕掛けてやろうじゃないのよー!!!

 

 

「んふふっふ~♪ さーて、そうと決まれば早速寝室へ......」

 

 

「......誰かがくるまで部屋で寝てよ。もしくは、ありがちな最初の部屋がゴールの可能性......」

 

 

 

 

......へ?

 

 

 

 

 

 

「......おお? なんだこの部屋......本だらけだな......って、.....お、お前......まさかベティーか!?」

 

 

 

あ、えと......こういうときは......

 

 

 

 

「......きょ、今日はいい天気なのよ、スバル......にゃ!?」

 

 

 

「ずっと会いたかったんだよ! いや本当に! お前から教わったあのすげえ魔法は殺人鬼の野郎にもしっかり効いたし、なんだかんだ最初に俺を助けてくれたのもお前だし!......改めて、ありがとな! ベティー! 愛してるぜ!!」

 

 

 

あわわ......スバルが感極まったのかなんなのかはは知らないけれど、ベティーの麗しい体を軽々と持ち上げてきたのよ......

しかも告白付き......!

 

 

 

「お......とりあえず、降ろすかしらー!!!」

 

 

 

「いーや、俺がお前から受けた恩はこんなもんじゃまだ返しきれてねぇぜ? ほらほらー!」

 

 

 

「持ち上げるのは百歩、いや千歩譲っていいとして、ベティーを振り回すのはやめるのよー!!」

 

 

 

 

 

 

......どうしてこうなったのかしら.........?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつもとは違う広い天井、いつもとは違う布団の触り心地、そして一目見て上流階級の貴族専用、とわかる一室で目を覚ましたスバルは、ほのかにいい匂いのする枕や布団を心行くまで堪能した後、いつまで待っても人が来ないため勝手に屋敷の廊下を歩いている最中だった。

 

 

 

「こんだけ歩いて、端に着くどころか突き当たりも見えねぇとか、そんなことあるか......? 」

 

 

いつまで歩いても端の見えない廊下にうんざりしていたスバルは、歩いている最中にこれまでの自らの行いを改めて振り返った。

 

 

「まーずは召喚された直後に、果物屋のおっちゃんに話しかけたら追い返されて.....そっから適当にそこら辺歩いてたら、あのクルクルロールの女の子、ベティー......もといベアトリスと出会ったんだよな」

 

 

思い返すと、あの時あの少女に出会えてよかったな、とスバルは内心苦笑する。

 

あの少女と出会えたからこそ、今のスバルがいると言っても過言ではない。

 

 

「んでー、それからベティーにとんでも魔法でトンチンカンを倒してもらって......目覚めたらなんと、目の前には超絶美少女のエミリアたんがいて、急いでいるのに俺を助けてくれた、って訳だ......いやー、あの子を助けようと色々動き、どんだけ苦労したことか......まぁ、エミリアたんのあの笑顔を見ればそんなどうでもいい事は一瞬で吹っ飛ぶけどな!」

 

 

スバルは確かに何度も命を落としたが、それと同時に多くの出会いや経験をしてきた。もっとも、命と比べれば些細なものな気がしなくもないのだが。

 

 

ぽつり、と呟く。

 

 

 

「......あいつ、どこ行ったんだろうなあ......ベティー......」

 

 

思えば、彼女は初めてスバルに優しく、まっすぐに正面から接してくれた異世界人でもあり。

 

 

「初めて魔法を教えてくれた俺の偉大なる大師匠、なんだがな......まだお礼も言えてないぜ......せっかく、あいつから教わったシャマクがあの腸大好きサディスト野郎に役に立ったってのによ......あ、命の恩人も追加しとくか」

 

 

なんて、どれだけ感謝を伝えても感謝し足りないほどの恩を、何を求める訳でもなく無償で与えてくれた彼女に、スバルは今一度会ってあの時の事について感謝したい、と思った。

 

 

 

「......うん、なんかいつまで経っても端見えねえし、誰かくるまで部屋で寝てよ。」

 

 

スバルは先程まで自らが寝ていた寝室に戻って時間を潰そうと、ドアノブに手をかけて扉を開いた先に見えた光景には──

 

 

 

 

 

 

 

 

「........あ?」

 

 

 

 

 

 

 

「.......あ」

 

 

 

 

 

 

 

本来ならば、その周りにあるまるで壁のようにそびえ立つ本棚と、隙間なくぎっしりと詰め込まれた無限とも思える本の数々に目は行くのだろう。

 

 

 

だが、スバルはその本だらけの棚よりも、その本棚に囲まれる様にして中心に座りながら本を読んでいる、一人の少女に目が移った。

 

 

 

 

そう、その少女の名は───

 

 

 

 

 

「ま、まさかお前は.......ベティーか!?」

 

 

 

「......え?」

 

 

 

 

恐らく、何かの本を読んでいたのであろう。

熱心に間近まで本を近付けて熟読していた少女は、突然の予知せぬ来客に、度肝を抜かれたように驚いている。

 

 

 

 

「ス.....スバル!? にゃ!?」

 

 

 

「うおおぉ!!! ベティー!!!......なんでこの屋敷にいるのかは知らないけど、お前だけがこの世界での唯一の恋愛対象外の癒し枠なんだよ!!!」

 

 

「何言ってるのかは分からないけどとりあえず馬鹿にされてるって事だけはなんとなく理解できるかしら!!!」

 

 

 

 

がばっと、感極まったと言わんばかりの勢いと速度で、スバルは幼い魔法使いの体を抱き上げる。

 

 

 

「ずっと会いたかったんだよ! いや本当に! お前から教わったあのすげえ魔法は殺人鬼の野郎にもしっかり効いたし、なんだかんだ最初に俺を助けてくれたのもお前だし!......改めて、ありがとな! ベティー! 愛してるぜ!!」

 

 

 

スバルは、数年ぶりに仲の良い親友と出会ったと言っても過言ではない喜びぶりで、金髪のクリーム色がかった髪の少女に今まで受けてきた恩への謝礼と、言葉だけでは表しきれない愛情を少女に捲し立てながら話しかける。

 

 

 

 

そんな、まるでノリと勢いと感動だけで構成されているとしか思えない言葉を真に受けた少女は。

 

 

 

 

 

「......~っ.........」

 

 

 

普段のこの見た目の少女にはそぐわない、何にも流されない堂々とした態度も忘れて、スバルの言葉にただ、顔を赤らめて、手で覆っていた。

 

 

 

「......ん...んんっ!.........と、とりあえず降ろすかしら。そうすれば、お前の今までの恩を仇で返すような今の行いを不問にしてやらんこともないのよ」

 

 

 

しばらくは、何も考えずにただ固まっていた少女だったが、突如思い出したかのようにいつもの近寄りがたい、子供が背伸びをするかのような口調に戻った。

 

 

だが、そんな事ではスバルは止まらない。

 

 

「いーや、俺がお前から受けた恩はこんなもんじゃまだ返しきれてねぇぜ? ほらほらー!」

 

 

「ひゃあああぁ!??」

 

 

 

ぶんぶんぶん、とスバルは彼女を抱き抱えたままその場で子供をあやすかのように、少女の体を優しく振り回す。

だが、勢いが強過ぎて、風が唸りを上げているようだ。

 

 

「ちょ、おろっ......降ろすのよー!!!『ムラク』!!」

 

 

「ふんどぅるらればっ!?」

 

 

 

だが、そんなスバルのターンは長くは続かず。

スバルは、少女の起こした謎の魔法で突然宙に浮かされた後、ドアの外へ乱暴に追いやられた。

 

 

 

 

 

「い、いってえ......だが、これもあいつなりの不器用すぎる愛情表現だと言うことを俺は知っている!」

 

 

完全に二人の思惑はすれ違っているとも知らずに、スバルは再び追い出されたドアを開ける。

 

 

 

「......ん?」

 

 

 

だが、ドアを開けた先に見えた光景は。

先程まで、スバルが寝ていたと思われる屋敷の寝室の一部だった。

 

 

 

 

「んー......これはつまり、あれだな.......運ゲーって奴だな」

 

 

スバルはしばらく屋敷の廊下を走り回った後、己の勘だけを信じ、再びドアノブに手をかけた。

 

 

 

 

「んふふ~♪ 今日はにーちゃと会える日.......」

 

 

 

「ビンゴ! 俺って実はすげえ奴だったりする可能性ありそうだな!......ところで、なんでそんな楽しそうにしているんだ?」

 

 

 

楽しそうに、即興と分かる鼻唄を歌っていたのを聞かれた少女は、再び部屋に入られた怒りからか、顔を赤らめてプルプルと震えている。

 

 

 

 

「おー、中々に可愛い歌だったな。......もうちょっと歌唱力上げれば、子役としてデビュー出来ると思うぜ!」

 

 

「 本角アタック!!」

 

 

「あばーっ!?」

 

 

 

 

流石にやりすぎた、とスバルは内心、遅すぎる後悔をした。

 

 

 

「ちょ、おま......本当に痛......い.....」

 

 

 

痛みに呻くスバルを、ちらと横目で見た少女は、はぁ、と深いため息を付いた後に、スバルを治療した。

 

 

 

「次この禁書庫内ではしゃいだら、本当に追い出すのよ。......分かったかしら」

 

 

 

「お、おう......」

 

 

 

 

スバルは、この少女がただ優しいだけの子供とは違うという事に、改めて身をもって気付かされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベアトリスと再会できた嬉しさが大きくて気付かなかったが、改めて見たそこは──まさしく、『書庫』と呼ぶにふさわしい部屋だった。

 

 

部屋の広さは先程スバルがいた部屋の倍ほどもあり、天井まで届く本棚がそのスペースを埋め尽くしている。

 

本棚にも本がぎっしりと並べられていて、その蔵書数は想像するのも難しい。

 

 

「で、こんだけ本があっても俺が読めそうな本はなし.....なんかちょっとがっかりすんなぁ......」

 

 

パッと本棚を見渡しても、もちろん日本語表記の背表紙は見当たらない。アルファベットの類いもなく、王都で見かけた象形文字の数々──この世界の公用文字であろう文章が、ずらりと並んでいる。

 

何度見ても読み取れない文字を見やり、スバルは思わずため息をこぼした。

 

 

「他人の書架をずけずけ眺めて、おまけにため息。......ひょっとしてケンカを売ってるのかしら? だったら買ってやるのよ?」

 

 

「さっきの事は悪かったって......そんなツンツンしてると可愛い顔が台無しだぜ? ほら、スマイルスマイル」

 

 

「ベティーが可愛いなんて当たり前かしら。お前に見せる笑顔なんて、嘲笑で十分なのよ」

 

 

頬に指を当てて笑顔を作るスバルに、少女は愛らしい顔に呆れの混じった笑みを貼り付けた。

 

 

「嘲笑とか難しい言葉知ってんなぁ。あと、不機嫌なのは俺が色々好き勝手やりすぎたのと、たまたまだけど一発で正解引いたせいだろ? ごめんな! 俺、こういうのだけ昔っからどうも運がいいんだよ」

 

 

「人がけっこうな労力で領域を構築したのに、それをあんなに適当に.......最悪なのよ」

 

 

再び深いため息を付いた少女からは、先程までの怒りは感じられない。諦めたような表情だった。

 

 

「まぁ、お互い様ってことで水に流そうぜ。とりあえず、ここってどこよ。教えてくれ」

 

 

「ほぼ、いや絶対にお前が悪いのよ。......ふん。ここは、ベティーの書庫兼、寝室兼、私室かしら」

 

 

「俺は額面通りの答えにガッカリすべき? ここで寝泊まりとか自分の部屋がないの可哀相って哀れむべき? それとも、書庫を私室扱いしちゃう部分を微笑ましく思うべき?」

 

 

「少しからかってやろうとしたらなんたる言い草なのかしら!」

 

 

 

 

皮肉を素で返されてご立腹の少女──ベティーは頬を膨らませると、脚立から腰を上げてスバルの方へ歩み寄ってくる。

 

 

「お、なんだどうしたベティー。......まさか、ついにデレて自分から抱き上げて欲しいという些細なアピール......!?」

 

 

「お前、今すぐ衛兵のお世話になった方がいいかしら。......そうじゃなくて、なんでわざわざベティーの書庫へ入って来たのかを聞きたいのよ」

 

 

目の前まで迫ってきた少女の背の高さの所為で上目遣いでスバルを見やる少女のあざとさと可愛らしさに、思わずスバルは目線を本棚にそらしながら答えた。

 

 

「いや、実は俺も最初は入ってくる気なんかはこれっぽっちもなかったんだが......たまたま、当たっちゃってな」

 

 

「たまたまで二回も当てられたベティーの気持ちにもなってみるのよ......」

 

 

がく、とあからさまに気を落とす少女は、プライドをずたずたにされたのか。どこか達観したかのような表情を浮かべた後、目の前で周りをぶんぶんと見回している少年に問いただした。

 

 

「......それで、お前はいつまでここに居るのかしら。さっきからうろちょろと、鬱陶しいったらないのよ」

 

 

「まぁまぁ、落ち着けよベティー。奇跡の再会により、旧交を深めるのは大事なんだぞー?」

 

 

「ふん......ベティーはまず、お前とそこまで仲を深めたつもりなんてさらさらないかしら。変な事言うと頭爆発する魔法でもかけといた方がいいかしら?」

 

 

「多分その魔法、俺だったら掛けた時がピークな気がするんだけどな。爆発四散はまだ体験してないけど、したくもないからやめてくんねえかな......」

 

 

「それは、お前のベティーに対する今後の対応次第かしら?」

 

 

「改めて本当おっかねぇな! このドリルロリ!」

 

 

「その呼び方やめるかしらー!!!」

 

 

 

ぷんすか、という表現が似合うような、いかにもな子供らしい感情を剥き出しにしながら、少女は禁書庫内を走り回る、まるで礼儀を知らない少年を短い足で追いかける。

 

 

 

「はぁ......はぁ......」

 

 

「......はぁ~.........せめて扇風機でもあれば別なんだがな......て言うか、本ばっか読んで体育系のたの字もなさそうなお前が、たの字もない系引きこもり鍛え男子の俺に着いてこれてるのが一番の驚きなんだけど......」

 

「ひゅー......ひゅー......あ、あまりベティーを舐めていたら......いつか痛い目に遭うのよ......」

 

 

「痛い目って意味ではもう死ぬほど遭ってる気がするんだけどな......」

 

 

お互いに軽口を叩き合いながら、呼吸を整えた後にすっきりとした顔になるスバル。

 

 

 

「いや~、うんやっぱあれだわ......子供と遊んでると、俺まで童心に帰れた気がして、滅茶苦茶楽しいわ」

 

 

ははは、とその場で俯きながら呼吸を整えている少女に向けて笑うスバル。

 

 

だが、どうやら今のスバルの発言は、彼女の琴線に触れたらしい。

怒りをあらわにするようにして、体全体をピクピクと震わせている。

 

 

 

「だ.....だれが『こども』なのよ......?」

 

 

「...あ、いや......これにはちょっとした語弊が......」

 

 

 

「いい加減、ベティーを子供扱いするのはやめるかしらー!!!」

 

 

「うおおぉぉぉ!??」

 

 

 

少女が怒りに任せて、禁書庫のドアへ両手を掲げるようにして前に突き出す。

それと同時に、スバルの体は少女の両手に操られるようにして、禁書庫外の廊下の壁へ容赦ない速度で叩きつけられた。

 

 

「が......ふっ......!」

 

 

「あ.......大丈夫......かしら?」

 

 

「大丈夫......だったら......こんな片言にはならねえんだ.....よ......」

 

 

思いの外、速度が出ていたらしい。少年を瀕死になるまで叩きつけた張本人であるのに、少女はやりすぎた、と言わんばかりの表情でスバルの顔を見やっている。

 

 

 

──ああ、こんな状況でも視界に映るアイツの顔可愛すぎて最高。

 

 

最後に彼はそう、独り言を言うまでには少女にぞっこんだったらしい。もちろん、友達的な意味合いでだが。

 

 

しかし意識は一瞬にして刈り取られるようにして、スバルは再び深い眠りに着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、目覚めましたね、姉様」

 

 

「そうね、目覚めたわね、レム」

 

 

 

再びの目覚めは、声質の同じ二人の少女の声から始まった。

 

 

柔らかな寝心地はどうやらさっきと同じベッド。寝起きのスバルの瞼を焼いたのは、カーテンからわずかに差し込む眩い日差し──感覚的に、朝だろうかと思う。

 

 

 

「夜型人間というか、半ば夜の眷族だった俺が朝に起きるとか、胸が熱くなるな......」

 

 

絶賛不登校中だった頃の昼夜逆転生活を思い出しながら、覚醒したスバルは上体を起こす。そのまま首を回し、肩を回し、腰を回して窓の方へ目を向ける。

 

 

 

「今は陽日七時になるところですよ、お客様」

 

 

「今は陽日七時になったところだわ、お客様」

 

 

二人の声が親切に時間を教えてくれた。

 

陽日七時──意味は伝わってこないが、想像できる字面から朝の七時、という認識でいいのだろうか。

 

 

 

「そうすると、さっきの目覚めがノーカンならほぼ丸一日寝っ放したか。まぁ、最高で二日半も寝続けた俺には大したことでもねぇけどな!」

 

 

「まあ、穀潰しの発言ですよ。聞きました、姉様」

 

 

「ええ、ろくでなしの発言ね。聞いたわよ、レム」

 

 

「んで、さっきからステレオチックに俺を責める君らは誰よ。姉様方!」

 

 

 

布団を跳ね除けて勢いよく起き上がると、ベッドの左右からスバルを挟んでいた少女たちが驚き、小走りに部屋の中央で合流。互いに手を取って、顔を寄せ合いスバルを見る。

 

 

身長は百五十センチ真ん中ぐらい。

大きな瞳に桃色の唇、彫りの浅い顔立ちは幼さと愛らしさを同居させていて可憐の一言だ。

髪型もショートボブでお揃いにしており、髪の分け目を違えて、右目と左目を片方ずつそれぞれ隠している。

 

 

その髪の分け目と、髪の色が桃色と青色で違っているのが見分ける特徴だった。

 

 

双子の少女をざっと観察したスバル。

 

その喉が、心を掻き乱されて思わず震える。

 

 

 

 

「なんだと......馬鹿な、この世界にも、メイド服が存在するっていうのか!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「......それはそれとして、アイツいないの?......ちょっと髪型が特徴的な、可愛いドリルロリの子なんだけど...」

 

 

「えい」

 

 

「痛った!? なんでチョップ!? いや......痛った!!」

 

 

 

「ふふ、魔法を使わなかっただけありがたいと思いなさい。お客様」

 

 

「それもうどっからどう見ても大事なお客様に対する対応じゃないよね!!!」

 

 

 

 

 

 

陰謀と大きな思惑が渦巻く屋敷、ロズワール邸。

 

 

 

 

ナツキ・スバルの新たな物語(試練)が、始まる──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ようやく、2章に入ることが出来た......

どうでもいいですが、筆者はリゼロスでもベア子大好きマンなのですが、ハロウィンベア子が出てくれないんですよね。
可愛いのにな...可愛いのになぁ......(二回)


ここまで読んで下さり、ありがとうございました。


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ナツキ・スバルと屋敷の銘々

こんにちは、或いはこんばんは。

随分とお久しぶりになってしまった事を、再び謝罪致します......(二度目)


失踪しない様に、頑張ります......



双子姉妹の、創作物に出てくるかのような素晴らしいメイド服を堪能したスバルは、心配して様子を見に来てくれた銀髪の少女──エミリアの純粋無垢な思いを棒に振ってからしばらく経ち、庭へ誘い出した所まで話は進む。

 

 

 

 

わざわざ着替えさせてくれようとするメイド二人を振り切り、独力で着替えを断行したスバルは屋敷の庭に出て、広い庭を見渡しながら感嘆の息をこぼした。

 

 

「やっぱでっけぇなぁ。屋敷もそうだけど、庭も庭ってより原っぱだ」

 

 

お金持ちの屋敷の庭園──漫画やアニメでたびたび登場する、立食パーティなどが行われるような風景が広がっている。

だだっ広い庭の真ん中で、スバルはさっそくリハビリがてらに屈伸運動を始めた。

 

 

スバルの動きを見て、エミリアが不思議そうな顔をする。

 

 

 

「珍しい動きだけど、何してるの?」

 

 

 

「あれ、準備運動の概念ってないの? 本格的に体動かす前にあちこちほぐさねぇと...」

 

 

「ふーん、あんまり見たことないかも。でも、急に体を動かすと危ないのはわかるかな」

 

 

 

「この世界の人間は準備運動しねぇのか。んじゃ、仕方ない。教えてあげようじゃあーりませんか。俺の故郷に伝わる、由緒正しい準備運動をな!」

 

 

 

自信満々なスバルの気迫に呑まれたのか、エミリアはたじろぎながらも「そ、そう。じゃあ、ちょっとだけ」とスバルにならう。

スバルはエミリアに隣に並ぶよう指示すると、

 

 

「ラジオ体操第二~! 手を前に伸ばして、のびのび背伸びの運動~!」

 

 

「え、うそ、なに!?」

 

 

 

「俺の真似してやってみよう。ラジオ体操の真髄を叩き込んじゃるぜ!」

 

 

戸惑うエミリアを叱咤しつつ、スバルは全国的に有名なラジオ体操をアカペラ。

最初は困惑していたエミリアだったが、やり切る頃には完全に没頭していた。

 

 

 

二人、最後の深呼吸まで終わらせ、締めに両手を天に伸ばす。

 

 

 

 

「で、最後に両手を掲げて、ヴィクトリー!!」

 

 

 

「び、びくとりー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「......一体何をしているのかしら? アイツ...」

 

 

 

暇だったから、部屋から出てすぐの廊下の窓から見える、異世界特有の壮大に広がる庭でも眺めて黄昏ようかと思ったら、スバルと小娘(エミリア)が外で不気味な踊りを披露していたのよ......

 

 

「......って、ていうか......アイツ.....ベティーにあんなにも、当たり前かのように気安く触れてきやがったのよ......! 許せないかしら......」

 

 

大体、なんでベティーへの恩返しが抱き上げて、腕をしっかりと背中まで回してからクルクル回るという、どう考えても子供をあやす時のような煩わしい行為なのかしら!?

 

 

「あ、あんなの......ちっとも楽しくなんかないのよ......はぁ、疲れる......」

 

 

ズルズルと、メイド姉妹の努力の証が見えるホコリ一つない綺麗な窓ガラスにべったりと張り付き、その場でスバルの突拍子のない行動を思い出して恥ずかしさと嬉しさで崩れ落ちてしまう。

 

そんなベティーが、アイツ(スバル)の身に余る行動に頭を抱えながらスバルを眺めていると、メイド姉妹の二人がにーちゃと楽しく触れ合っていたスバル達の前にやってきたかしら。

 

それで、厳かに一礼すると、

 

 

「「当主、ロズワール様がお戻りになられました。どうかお屋敷へ」」

 

 

一瞬のズレもない完璧なステレオ音声で、スバル達を屋敷の中へご案内していったのよ。

 

 

 

「ふっふっふ.....ついに、きたのよ......」

 

 

ついにこれから、誰が犯人かも分からない、陰謀渦巻くおどろおどろしいロズワール邸での一週間が、アイツを待っているかしら.....

 

 

「いや、ベティー自身は分かってはいるけれど......」

 

 

ここで口を出してみてもいいけれど......ロズワールの福音書に書かれてない事をしたら、何を問い詰められるのか分かったもんじゃないのよ......

 

 

「......まぁ、しばらくはベティーが直々に伝授させたシャマクがなにか奇跡を起こしてくれる事に期待するかしら......」

 

 

とりあえず、お腹が空いたから久しぶりにごはんを食べに行くかしら......

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「上から見てた感じ、アレなのよ。......お前、相当に頭が残念みたいかしら」

 

 

朝食の場、と双子に案内された食堂で、巻き毛の少女が挨拶代わりにそう言った。

 

 

着替えるために部屋に戻ったエミリアと途中で別れたため、今、食堂の中にいるのはスバルと巻き毛の少女だけ。

少女の皮肉にスバルは盛大に嫌な顔をしてみせる。

 

 

 

「爽やかな早朝に顔会わせていきなり何を言いやがんだ、このロリ」

 

 

 

「何かしらその単語。聞いたことないのに、不快な感覚だけはするのよ」

 

 

 

「攻略対象外に幼いって意味だ。俺、年下属性あんまりないし」

 

 

 

「......ベティーにここまで無礼な口を叩けるのも、かえって哀れに思えるかしら」

 

 

皮肉めいた少女の言葉を意図的に無視して、スバルは広い食堂をざっと見渡す。

 

食堂は中央に白いクロスのかかった卓が置かれており、すでに皿の並べられた席が点在している。スバルの用意もあるなら、下座のどれかがスバルの席だろう。

 

 

 

「テーブルマナーその他わからない俺に、レクチャーすることを許してやるぜ?」

 

 

 

「不遜極まるかしら。わからないならわからないなりに素直に頭を下げるがいいのよ」

 

 

 

「まぁまぁそう適当にあしらうなよ、ベティー。......ほら、貸し一つって事で、お願いします! 師匠!」

 

 

 

「誰が師匠かしら!? それに、お前を間接的に助けてやった恩は数知れずのはずなのよー!!」

 

 

顔を赤くして怒りを露わにする少女に、スバルは掌をひらひらと振って上座に座る。すると、

 

 

「まぁ、いいのよ。......しょうがないから、お前にベティーが直々に、テーブルマナー?をみっちりと叩き込んでやるかしら」

 

 

 

「おぉ! 流石だぜベティー!! マジ天使!」

 

 

 

「ふっ、もっと褒めるがいいのよ!」

 

 

 

「可愛い! ツンデレ! ロリ! 魔法少女! クルクル髪! チョココロネ! 傲慢!」

 

 

 

「何かしらその馬鹿にしたような言い方は!! 流石のベティーでも怒るのよー!!」

 

 

上座から下ろされた。

 

こうして、この壮大な屋敷の当主と呼ばれる人物が来るまで、スバルはツンデレな少女から怒られたりはたかれたりしながら、最低限のテーブルマナーを学んだ。

 

 

 

「失礼いたします、お客様。食事の配膳をさせていただきます」

 

 

「失礼するわ、お客様。食器とお茶の配膳をさせてもらうから」

 

 

と、そんなわいわいとしていたスバル達の元に、食堂の扉を開き、台車を押す双子のメイドがやってきた。

 

 

青髪がサラダやパンといった、オーソドックスな朝食メニューを食卓に並べ、桃髪が手早くカップにお茶を注いで配膳していく。

温かな香りに、思わずスバルの腹が鳴った。

 

 

「おほー、いいねいいね。いかにも貴族的な食事だ。......これで異世界チックなゲテモノばっか並んだらどうしようかと思ってたぜ」

 

 

場所が異世界であるだけに、何が出てくるか心配していたスバルは一安心。

 

パッと見、肉体的にも精神的にも重大な危機を及ぼしそうなメニューは見当たらない。

 

テンションが上がり、背もたれに体重を預けて軋ませるスバル。椅子の軋む音が食堂に響き、澄まし顔の少女の横顔に苛立ちが浮かぶ。

 

 

恩人である筈の巻き毛の少女に、なぜかちょっかいをかけずにいられないスバル。

少女の澄まし顔をもっと感情的に崩してやろうと悪戯心が芽生えて、スバルは気合いを入れて尻を滑らせ──

 

 

 

 

「あはーぁ。元気なもんじゃーぁないの。いーぃことだよ、いーぃこと」

 

 

そうする前に、新たに食堂へ入ってきた人物の嬉しそうな声が全てを中断させていた。

 

 

長身の人物だった。

 

スバルより頭半分は背が高く、濃紺の髪を背に届くぐらいまで伸ばしている。

しかし、その体つきは細身というより華奢に近く、肌の色も病的に白い。

 

整った面貌に左右で色違いの、青と黄色の瞳が色鮮やかにその印象を強めている。

 

 

──その配色が奇抜すぎる服装と、ピエロのような顔のメイクがなければ。

 

 

 

「......飯の前の余興にいちいちピエロ雇ってんのか。金持ちの考えはわかんねぇな......」

 

 

「何を考えてるのかはおおよそ想像はつくけど、ベティーは不干渉させてもらうのよ」

 

 

「つれねぇな、ベティー。俺とお前の仲だろ? もっといちゃいちゃトークしようぜ」

 

 

「今度同じことをベティーに言ったら一生暗闇の世界に閉じ込めて廃人にしてやるのよ」

 

 

「お前が言うと本当にやってきそうなんだから洒落にならねえなあほんと!......頼むから、そういうのはわりとマジの方でやめてくれよ? ほれ、ゆーびきーりげーんまーん......」

 

 

「そんなにベティーの手を気安く触るんじゃないかしら!」

 

 

「食事の場での乱暴はやめてね!?」

 

 

ぷんすかと怒りをあらわにしながら、こちらに手を向けておぞましい何か(陰魔法)を放とうとする少女の手を慌てて静止させ、スバルは少し調子に乗りすぎたと反省する。

 

 

次、ほんとに次は容赦しないのよ! と、つれない態度で会話から離脱する少女にスバルが苦笑をしていると、食堂の中に踏み出すピエロがスバルと同じく少女を見て目を見開く。

 

 

「おーぉやーぁ? ベアトリスがいるなんて珍しい。久々にわーぁたしと食事を一緒にしてくれる気になったとは、嬉しいじゃーぁないの」

 

 

「頭幸せなのはそこの奴だけで十分かしら。ベティーはにーちゃを待ってるだけなのよ」

 

 

馴れ馴れしい発言をすげなく切り捨て、少女──ベアトリスの視線はピエロの背後へ。

食堂の入口からピエロに遅れて入ってくるのは、着替えてきた銀髪の少女だ。

 

 

「にーちゃ!」

 

 

弾むように席を立ち、長いスカートを揺らしてベアトリスが走る。

花の咲いたような笑みを浮かべる姿は、これまでの少女の生意気な評価を忘れさせる愛嬌に満ちていた。

 

 

ベアトリスの視線の先に立つのはエミリアだ。が、応じるのはエミリアではない。

 

 

「や。ベティー、四日ぶり。ちゃんと元気でお淑やかにしてたかな?」

 

 

気楽な様子で銀髪から姿を見せる灰色の子猫、パックの言葉にベアトリスは頷いた。

 

 

「にーちゃの帰りを心待ちにしてたのよ。今日は一緒にいてくれるのかしら!」

 

 

「うん、だいじょうぶだよー。今日は久しぶりに二人でゆっくりしてようか」

 

 

「わーい、なのよ!」

 

 

エミリアの肩から飛び立ち、ベアトリスの掌の上にパックが着地。ベアトリスは受け止めたパックを愛おしげに抱くと、その場でくるくると回り出す。

 

 

「ふふ、おったまげたでしょ。ベアトリスったら、パックにべったりなんだから」

 

 

「おったまげたってきょうび聞かねぇな......」

 

 

和気藹々とした風景に驚くスバルに、悪戯っぽく笑うエミリアが歩み寄る。

 

相変わらず死語を使いこなす彼女にお決まりの返答をすると、エミリアは「んん?」とスバルを見つめた。

 

 

「スバルって、意外としっかりした座り方とか作法ができるのね。わたし、ちょっとびっくりしちゃったかも」

 

 

「お、ついにそこに気付いちゃった? まぁ俺ってば、エミリアたんの未来の騎士になる為に、日々礼儀作法その他諸々をレクチャーしてる男だからね。騎士になる為には、これくらいはしっかりしとかないとな!」

 

「ごめん、ちょっと何言ってるのかわかんない。でも、礼儀正しいことは、良いことよ?」

 

「そもそも、ソイツにテーブルマナー?を教えてやったのはベティーなのよ」

 

「そこ暴露しちゃうかなぁ!?」

 

 

愛する少女からは意味を理解してもらえず、部屋の隅で子猫と仲良く戯れていた少女からは隠しておきたかった内部事情を暴露され。スバルは、あまりの仕打ちにどんよりと気分を降下させつつも、大人しく席に座った。

 

 

その様子をなんとも言えない怪しげな風貌で見つめていたピエロは、大テーブルのもっとも上座であるその席、先ほどスバルが座ろうとした席にゆっくりと腰を下ろした。

 

そのことに気が付いたスバルは、机に肘を付き手で顎をを支えながら、気だるげにピエロの顔を見やると、

 

 

「おいおい。俺が言うのもなんだけど、そこ勝手に座ってっと偉い人に怒られっかもよ」

 

 

「あ、その心配は大丈夫......っていうか、スバルにやっぱり名乗ってなかったんだ」

 

 

忠告するスバルに、ほとほと呆れた声と顔つきでエミリアが呟く。ただし、エミリアの呆れはスバルだけではなく、道化の方にも向けられていた。

 

 

「どゆこと?」

 

 

「それはつーぅまり、こういうことだーぁとも」

 

 

スバルの疑問に椅子に座ったままの道化が、大きく両手を広げて応じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私がこの屋敷の当主、ロズワール・L・メイザースというわーぁけだよ。無事に当家でくつろげているようで、なーぁによりだとも。──ナツキ・スバルくん」

 

 

と、道化姿の変態貴族は清々しいぐらいに図々しく名乗ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

......ベティーがにーちゃと遊んだり、笑い合ったり、戯れあったりしている内にも事は進み。

 

 

 

スバルが二人のメイド姉妹の得意分野を当てようとして、桃髪の方の妹への溺愛っぷりに、げんなりしたり。

 

 

今現在のルグニカ王国の現状を聞いて、銀髪の娘が王選候補者の一人だということを聞かされ、小娘の身分をはっきりと理解して今までの態度を改めると言った直後に髪をなで回したり。

 

ただし、スバルが「俺をこの屋敷で雇ってくれ」なんて言い出した時には、思わず素でにやつきそうになっちゃったかしら......にーちゃに見られなくて、よかったのよ。

 

 

そんな感じで、スバルとその他諸々の会話を流しながら思いに耽った後、にーちゃと共に自室へ帰ろうとした時、話題の矛先がベティーに向いてきたのよ。

 

 

 

「待てって。そう急ぐ必要もないだろ......っていうから人任せにしないでなんか喋ってくれよ、ベティー。この場で唯一、お前の立場だけまだはっきりとしてねえんだ。......もしかして、ロズワールの妹だったり?」

 

「これの親戚扱いだなんて、お前もベティーを怒らせるのが上手なようかしら......」

 

 

散々な評価をしてやってるのに、楽しげに笑ってるロズワールが鼻に付くのよ......

 

 

 

 

「ベティーはロズワールのお屋敷にある禁書庫の司書さんだよー」

 

 

「ふっ、にーちゃに言われてしまったら詳細に語るほかないかしら。にーちゃの言う通り、ベティーはこれの妹でもなく、れっきとした一司書兼、禁書庫の番人かしら」

 

 

「ほー、なんか禁書庫の番人って通り名、俺の内なる男の子心を激しくくすぐるんだけど。お前、結構凄いやつだったんだな」

 

 

ふふー、とスバルにベティーがにーちゃとの連携のとれた自己紹介をしていると、銀髪の小娘が少し笑い、小首を傾げ。

 

 

 

「そうしてると、すごーく仲良しの二人が子猫を可愛がってるみたいに見えるわね」

 

 

「まあな。なんてったって、俺とベティーの付き合いは貧民街にまで遡るからな! この絆の糸はそう簡単には引きちぎれないぜー?」

 

 

「楽しそうにしているところ結構なのよ。......ベティーには、そんなにお前と仲良くなった記憶なんてないかしら」

 

 

「ほーれ、随分久しぶりのハイチュウだ!」

 

 

「ベティーとスバルは、まぁ気の許せる相手同士みたいなもんかしら!」

 

 

現代菓子を使われちゃ、しょうがないのよ。二度と手に入らない貴重なコレは、大事にしまっておくかしら......

 

 

 

「にゃにゃにゃ、スバル!......あんまりうちのベティーをそう甘やかしたりして、連れ去ったりしたらだめだよー?」

 

 

「そこら辺はしっかり分かってるつもりだって、パック。......いや、お父さん。俺は、エミリアたん一筋なんだから!」

 

 

「ふふふ、そんなに簡単にうちの娘はやらんよ?」

 

 

「もう、二人ともちゃかさないの。......ほんとに、調子いいんだから」

 

 

「はーぁいはい。それじゃ、紹介の続きといこーぉか。ラム、レム」

 

 

空気がだいぶ柔らかくなってきた頃に、ロズワールが再び紹介を始めたのよ。......それじゃ、そろそろベティーはにーちゃと一緒に自室に帰るかしら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「改めまして、当家の使用人頭を務めさせていただいております、レムです」

 

 

「改めて、ロズワール様のお屋敷で平使用人として仕事をしている、ラムよ」

 

 

「姉様急激にフランクになってんな。いや、俺が言えた話じゃねぇけど」

 

金髪縦ロールの少女が帰った後、スバルは手を取り合ってこちらを見てくる双子の自己紹介に耳を傾ける。

 

 

 

「だってお客様......改め、スバルくんは同僚になるのでしょう?」

 

「だってお客様......改め、バルスって立場同じの下働きでしょ?」

 

「おい、姉様。俺の名前が目潰しの呪文になってんぞ」

 

 

初対面の場では必ず一度は触れられる鉄板ネタだ。もっとも、ラムとレムがそれを知っているはずもない。

 

もどかしさを堪えつつ、スバルはロズワールを振り返った。

 

 

「俺の立場ってアレか。やっぱ執事とかってより使用人見習い的な?」

 

「現状だと二人の指示で雑用、ってのが一番だーぁろうね。不満だったりする?」

 

「不満があるとすれば、雇ってと養ってを間違えたさっきまでの自分にしかねぇな。ま、悔やんでも仕方ないことは悔やまない。そんなわけで、よろしくお願いしますぜ、先輩方。超頑張るぜー、俺!......粉骨アレしてな」

 

 

 

「「砕身」」

 

 

「ソレしてな」

 

 

一瞬、出てこなかった単語を三人で指差し確認。それから「イエーイ」と手を伸ばすスバルに二人がハイタッチで応じる。

 

すでになかなかの連携、というよりノリがいい。

 

 

 

「仲良きことは美しきかな。お互いのわだかまりもなーぁいみたいで、雇い主としても大いに結構なことだーぁよ。ねーぇ?」

 

 

「不思議と波長が合ってな。下手すると、あの金髪縦ロールドリルロリより相性いいかもしれないぜ」

 

 

「そんなにベアトリスと仲良し扱いされたくなかったんだ......」

 

 

「いや、そういう訳じゃないけどな......あいつはあいつで、なんだかんだ好きだしな」

 

 

不憫そうだったが、そう答えたスバルの言葉に安心した様子のエミリアの呟きが、この集まりの終わりを意味する一言になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「......んで、姉様はどうしてわざわざハンカチで手を拭いているんですかねぇ!?」

 

 

「いやらしい」

 

 

「姉様は流石です」

 

 

「あーごめん!! やっぱちょっとだけ苦手かもしれない気がしてきたなー!! ベティー!! やっぱお前最高だわ!!!」

 

 

「ふふっ、スバルの言葉に、ベアトリスも喜んでいると思う、今頃......」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「......ぅ~......」

 

 

 

「や、ベティーもたまにはスバルにデレたりするんだねぇ」

 

 

スバル達の会話を聞いていたベアトリスが壁に手をついてずるずると力を失くしていく様子を見て、パックは楽しげに苦笑した。

 

 

 




今、リゼロの16巻を読んでいるのですが、もうほんとベア子好きにはたまらないですよね。スバルくんとのやり取りが可愛すぎて死にます。

ここまで読んで下さり、ありがとうございました......


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従者生活の始まり

こんばんは。

気付いたら前回の投稿から一ヶ月過ぎていて、時の流れは早いなと感じました。主に他の事をやっていたので書く暇があまりありませんでした......


失踪の予定は今のところ全くないので、これからもよろしくお願い致します。


 

 

 

──そのときに得た感情のことは、今でも深く覚えている。

 

 

見慣れた景色が炎であぶられ、見知った人々が物言わぬ(むくろ)へと変わっていく。

 

 

 

終わっていく世界。閉じていた世界。報われない世界。

 

 

 

ただただ厳しくて、ただただ理不尽で、ただただ傷付けられるだけの、そんな世界。

 

 

手を伸ばし、指を動かし、唇を震わせて、それでも懇願する。

 

 

 

 

そんな救いのない世界であったとしても、自分にはそれしかなかったのだから。

 

 

ずっとずっと、目の前を塞いでくれる背中の後ろから、覗くだけだった世界。

 

 

 

その壁がふいに取り払われて、広がった世界の眩しさに目を細めて、肌を焼く炎の熱さと色を、焦げつく肉の臭いと色を、宙を舞う『角』の美しさとその色を、全てその眼に、開き切っていなかった視界に刻みつけて──。

 

 

もう、終わってしまうかもしれない世界の中で、自分が何を思っていたのか。

 

 

その時に得てしまった感情──そのことを、今でも深く覚えているから。

 

 

 

 

 

それから彼女の日々は全て、その感情への罪滅ぼしだけでできていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃ、バルス。行きましょうか」

 

 

そう言ったのは、ロズワール直々にスバルの教育係を命じられたラムだ。妹のレムがテキパキと食堂の片付けを行う傍ら、手伝いもせずにラムは食堂の扉に手をかける。

 

 

 

「あ、呼び方はもう完全にそれでいく気なんだ」

 

 

「ええ、そうよ、バルス。ロズワール様のご指示だから、まずバルスに屋敷の案内をするわ。はぐれないでついてくるぐらいはできるでしょう?」

 

「エミリアたんじゃねぇんだから、物珍しさでふらふらしたりしねぇよ」

 

「ス・バ・ル!」

 

 

王都での迷子の件をからかわれて、エミリアが頬を膨らませる。

この後、王様候補として色々こなさなくてはならない執務や勉強があるエミリアとは別行動だ。

 

しばしの別れを前に、エミリアの美貌を目に焼き付けておくスバル。

 

 

「んじゃま、名残惜しいけど行きますか、先輩」

 

 

「そうしましょう。バルス。それではエミリア様、また後ほど」

 

 

スカートの端を摘んで、去り際にお辞儀するラム。スバルもその背中に続こうとして、

 

「スバル。私もだけど......スバルも頑張ってね」

 

 

「なにそれ、超嬉しい。やる気がモリモリ出たわ」

 

 

 

ラムを見習い、ジャージの裾を摘んでお辞儀。エミリアの見送りの表情を珍奇なものにしてから退室すると、通路で待っていたラムが顔をしかめていた。

 

 

「嫌そうな顔すんなぁ、姉様。ちょっとお茶目しただけじゃん。俺だって別に、メイドと下男を一緒くたにするほど、メイド文化に疎くないぜ? そだ、制服とかってあんの?」

 

 

さすがにジャージ姿のまま使用人生活スタート、というのも味気ない。

スバルの言葉にラムは口元に手を当てて、「そうね」と頷く。

 

「服装は大事だわ。ちょうどいいサイズの服が......ええ、確かあるはず」

 

「よっしゃ。じゃ、まずは着替えてからにしようぜ。俺って意外とフォーマル似合っちゃう気がすんだよね。優雅で、お上品に決めるぜ」

 

 

親指を立てて歯を光らせるスバルに、目測で体格を測っていたラムが上階を指差した。

 

「二階に使用人の控室があるから、着替えはそこね。バルスのサイズだと、きっと先々月に辞めたフレデリカの服が合うわ」

 

「おー、ちょうどいいタイミングで辞めてくれたなフレデリカ......女じゃね?」

 

 

「ガタイは大体バルスと同じくらいだったわよ」

 

 

「でも性別違いますよね?」

 

 

スバルの男として当たり前な指摘を足を止めずに華麗に無視したラムは、そのまま不満気に後を着いてくるスバルに屋敷の構造を案内した。

 

 

「ロズワール様の屋敷は、真ん中の本棟、そして西と東に通路で繋がる二つの棟があるわ。つまり、計三つの棟で成り立っている建物という訳ね。

食堂やロズワール様の執務室がある本棟に対し、使用人の控室があるのは西側の棟になっているのよ。流石ロズワール様、お屋敷も立派だわ」

 

 

「今ので大まかな構造を理解した俺を褒めて欲しい......あと、この素晴らしいお屋敷を褒め称えるべきは屋敷主じゃなく、最後まで造り上げた職人さんへ向けるべき言葉だと俺は思うな?」

 

「二階の......そうね。プレートの下がっている部屋以外ならどれでもいいわ。好きなところを私室にしなさい。そこに制服の替えも置いておくから」

 

「あ、俺の言い分は無視なんですね......うーい、了解。んじゃ、そうだな......」

 

 

屋敷での私室を与えられることになり、通路の端から候補を眺めるスバル。とはいえ、位置が違うだけで中身は一緒のはずだ。階段に近い方が移動に便利だろう。

 

 

「んじゃ、この部屋を......」

 

 

「にーちゃ素敵。最高の毛並みなのよ、ふわぁ......」

 

 

何の気なしにドアを開けた瞬間、書庫の中で小猫と戯れるロリを発見した。

気配に気付き、ゆっくりと縦ロールの視線がスバルを向く。

スバルは廊下に立つラムを振り返り、ラムが首を横に降るのを確認した。

 

それから親指を立ててサムズアップ。

 

 

「誰にも言わないから安心しろ。人はみんな、その感触の前では愚か者なのだから──」

 

 

「壮大に馬鹿なこと言ってないでとっとと閉めるかしら!!」

 

「ぎゃふんっ!!」

 

 

見えない力──おそらく魔法力的なものにぶっ飛ばされ、スバルは廊下の壁に激突。後頭部を打ち付けて目を回すスバルを尻目に、激しい音を立てて扉が閉じられた。

 

頭を振り、今の暴挙に物申そうとしたスバルだったが、開けた扉の中身が空っぽの客室になっていて肩透かしを食らう。

『扉渡り』の効果が発動したのだ。

 

 

「一度、ベアトリス様が気配を消されたらもうわからないわ。屋敷の扉を総当たりしない限り、あの方は自分からは出てきてくださらないから」

 

きっぱり、敗北を認めろとでもいうようにラムがそう言う。

 

後ろから慰めるように肩を叩かれ、その感触にスバルは己の敗北を──

 

 

「すっげぇ、ムカついた。俺が悪いみたいなあいつの態度が悪い!」

 

 

認めなかった。

 

 

ラムの手を振り切り、スバルは振り返ると廊下を全力ダッシュ。目を見張るラムの前で、廊下の一番端の扉のところまで駆け抜けると、

 

「ここだぁ!」

 

「──ひゃんっ!?」

 

「すごいねー、スバル」

 

 

少女の悲鳴と灰色の猫の賞賛。

 

 

再び『扉渡り』を破られたベアトリスの顔に動揺が走るのを見届け、今度は吹っ飛ばされまいと即座に書庫の中に転がり込む。

 

書庫の中では許されないアクティブさに、ベアトリスは眉を立てて怒りを露わにする。

 

 

 

(ほこり)めちゃめちゃ上がったのよ!!」

 

「てめぇがちゃんと職場の掃除とかしてねぇからだろうが! そもそも書庫に猫なんか連れ込んでんじゃねぇよ! 厚手のカバーで爪とぎされるぞ!」

 

「ボクの手はリアに深爪されてるから平気だよー」

 

 

がなり合うスバルとベアトリスの傍ら、のんびりとパックが呟くが、口論する二人には届かない。

そのまま屋敷中に響くような声で、怒声を交換し合う二人。

 

遅れて禁書庫と繋がる扉に辿り着いたラムは、二人の口論を見ながら小さい声で、

 

 

 

「仲はともかく、相性がいいのはホントのようだわ」

 

 

「「──そんなわけない!!」」

 

 

 

シンクロした叫びが朝のロズワール邸を大きく揺るがした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

色々揉めたり一悶着あったけれど、どうやら無事、スバルの使用人生活はそうして怒涛の勢いで火蓋を切った様子なのよ。

 

 

今は、スバルとメイド姉妹のいる衣装部屋の中を頑張って覗こうと、衣裳部屋の扉から二つ離れた部屋の扉を『扉渡り』でベティーからも見えやすい位置に書庫を移動させて、扉からこっそりとバレないように、やや身をのり出しながらスバル達を観察している最中なのよ......にーちゃ(パック)もベティーと同じように顔を覗かせているかしら。可愛い!!

 

 

 

「それじゃあベティー、ボクはリアの様子を見に行って来るからね~、スバルとの仲直り、きちんと頑張るんだよ~」

 

「うっ......わ、分かっているのよ、にーちゃ......あの時は確かに、たしかーにベティーにも非があったような気がしないこともないのよ...」

 

 

「んふふー、それでこそボクの立派な妹だよー、 ベティー!」

 

 

そう言って励ましてくれたにーちゃが、一階へ続く階段へ飛んでいく先に、ベティーの頭を小さい手でゆっくりと撫でてくれたのよ。肉球がぷにぷにしていて気持ちいいかしら、ふわあぁ.......

 

 

にーちゃが飛んでいく姿が見えなくなる最後まで手を振ったあと、改めて遠くに見えるスバルの使用人服を着こなした姿を見てみたのよ。

 

白のシャツに黒の上着とズボン、それらのよくイメージされる執事の格好と違和感なく合致したスバルの使用人ver.......

 

 

「.....もう、超かっこいいかしら!!」

 

 

興奮して、柄でもなくその場でクルクルと回ってしまったのよ。限界オタクこの上ないかしら......

 

 

......だ、だって!! 小説の挿絵やアニメのワンシーン等でよく見た、記憶そのままのスバルが目先で、鏡に写った執事服姿の自分を見ながらよく分からない決めポーズをしているのよ!! これぞベティーが見たかった光景!!

まだ採寸が済んでないからちょいとぶかっとしているけれど、それでもかっこいいものはかっこいいかしら!

 

 

ふぅ......落ち着くのよ、ベティー。

 

 

 

「とりあえず、スバルの使用人姿は堪能したから......」

 

 

 

......さっきのしょうもない不完全燃焼のまま終わった喧嘩の仲直りの為に動くかしら......

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レム、無様なバルスの姿を見て気付くことは?」

 

 

「肩回りがおかしいのと、足が短いことと、目つきが恐いことですか?」

 

「どうにもならない部分が二ヶ所入ってきたな! 顔面偏差値は、普通の偏差値と違って本人の努力じゃどうにもならない分野だよ!」

 

 

恐らくまだ幼いであろう禁書庫の少女、ベアトリスと盛大に喧嘩をしてしまったスバルは、その後案内された衣裳(いしょう)部屋に逃げるように入ってから、ラムとレムの二人のメイド姉妹から外見の辛辣な評価を受けていた。

 

 

スバルの訴えを余所に、姉妹は話し合いを進めている。当事者なのに蚊帳の外のスバルは、いそいそと長い裾をまくる作業に従事する。

 

 

 

「バルス、レムに上着を渡しなさい。明日の朝までには着れるようにしておくから」

 

「それは助かる、けど......いいのか? 仕事、山積みなんじゃ」

 

「もちろん大忙しです。ですから、変にごねないで渡してくれた方がずっと助かりますね」

 

「あー、わかりました。お願いします」

 

 

正論で言い付けられて、スバルは脱いだ上着をレムに手渡す。上着を受け取ると、今度は衣裳部屋を手で指し示し、中に入るよう顎をしゃくってくる。

 

 

「採寸をしないと行けませんから。自分ではできないでしょう?」

 

「......何から何まで、世話になりっぱなしで悪いな」

 

「構わないわ。この貸しはいずれ、より大きなものとして返してもらうから」

 

「お前が言うと筋違いだし、嘘とも冗談とも思えねぇから恐ぇよ!」

 

 

何故かこの場の誰よりも偉そうなラムを廊下に残し、スバルはレムと衣裳部屋の中へ。

 

中にある使用人用の制服だけではなく、屋敷主であるロズワールの趣味の悪いサーカスか何かのような衣裳ゾーンを抜けると、控えめだが華のある衣裳が並ぶエリアが見えた。

 

 

「これは......恐らく、いや絶対エミリアたんの衣裳......全部、眺めて回りたいような、着てる姿が見れるまでとっておきたいような......」

 

「ぶつぶつと何を言ってるんです? 奥まできてください」

 

いくらか険のある声で呼ばれて、さすがのスバルもそれ以上は茶化せずに指示に従う。

 

 

「そこに背筋を伸ばして立ってください。両手、肩の高さで伸ばして」

 

「ほいほい、了解。お願いします」

 

 

レムに背中を向けて、スバルは指示通りに両手を伸ばして立つ。背後から小さな体を伸ばし、スバルの腕と背中周りに紐をかけるレム。触れる柔らかな感触と息遣いに、ふいを突かれたスバルは「うひ」と肩を震わせた。

 

「あまり変な声を出さないでください、スバルくん。不愉快です」

 

「今のは不可抗力だろ! 色々とこそばゆくて男の子は大変なんだよ!」

 

 

心なしか冷たいレムの言葉に応じたスバルは、気を紛らわすために話題を振る。

 

「そういえば、ロズっちとかエミリアたんの服っぽいのはちらほらとあるけど、レム達の服とかあのロリのドレスって見当たらないな。別室?」

 

「ベアトリス様の卸着替えはご自分の私室の方に......」

 

 

「はぁ......わざわざベティーが謝りに来たと思ったら、誰がロリかしら?」

 

「うおぉ?! べ、ベアトリス!!......いやー、今はレムさんの身長とかそういう話題の時に出てきた単語でしてね......」

 

 

まだ採寸の終わってないスバルが服で話題に華を咲かせていた時、話の一番タイミングの悪い部分で縦ロールの少女、ベアトリスがスバルを睨むように、肩を落としながら衣裳部屋に入ってきた。

 

 

「ベアトリス様がわざわざ......一体、スバルくんの何に負い目を感じたのでしょうか?」

 

「......ちょっとした事なのよ。でも少し、すこぉーしだけベティーが悪かったような事があったから、こうして謝りに来たのに......」

 

 

「あの、レムさん。少しばかり俺への辛辣な言葉遣い抑えられませんかね? 俺、ラムからの理不尽な言い回しの数々で既にボロボロなマイハートが破壊寸前なんですけど」

 

 

「採寸は終わりました。姉様を待たせすぎてもいけませんし、スバルくんには覚えてもらわなきゃいけないことが沢山あるんですから早く戻ってください」

 

 

「俺そろそろ泣いちゃうんだけど!?」

 

 

有無を言わせない態度でスバルの言葉を無視したレムは、背中を向けて部屋の出口へ向かう。

釈然としない思いを抱えたまま、スバルは目下で騒ぐ縦ロールの少女を押さえたまま、

 

「俺、なんかしたかなぁ......」

 

 

口の中だけで呟いて、一筋縄ではいかなそうな少女との付き合いに、先行き不安な吐息をこぼしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とりあえず、スバルは早くベティーに言うこと言ってさっさと仕事へ行くのよ!!」

 

 

「......ベティー、やっぱこの屋敷で俺の心を癒してくれる天使枠は、やっぱお前とエミリアたんだけだわ......」

 

 

「にゃ!?......そ、そんなこと言ったって、ベティーはさっきの事は許さないのよ......」

 

 

「ベアトリス様との話は後で、素早く姉様の所へ向かってください。スバルくん」

 

 

 

遠回しに否定したにもかかわらずブレないレムの言葉に、スバルは肩を落としながら下にいる少女の手を取って、ラムの元へ向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




誤字報告をして下さった方、ありがとうございます。
次の投稿は、恐らく早くなると思われます。


二章、いつ終わりますかね......


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ナツキ・スバルと双子姉妹

こんばんは。

ついこの前、大きめのブックオフに足を運んだのですが、110円で本が買えるって、ほんとお得ですよね。

......リゼロは、きちんとキレイな新品を買っていますよ?


 

 

 

 

採寸を終えて、衣裳部屋の外でラムと合流し、代わりにレムとは別行動になった。

 

 

「上着の直しは夜の内に。明日の朝までには終わらせて届けますから」

 

仕事が詰まっているはずのレムはそう言い渡すと、ラムに意味深な目配せをしてからその場を立ち去った。

目と目で通じ合う二人の態度に、スバルは不思議に思いラムの肩をつつく。

 

 

「なぁ、さっきのレムのアイコンタクト、何て言ってたんだ?」

 

「二人きりになるとスバルいやらしい目をするから気をつけて、だそうよ。ケダモノ」

 

 

「あれだけのサインにそんな意味が......おい、ちょっと距離とるなよ、傷付くから! あ、ベティーは別に離れなくてもいいぞ?......俺、そっち系の趣味はないから」

 

「な、ななな......なんて失礼なやつなのかしら!! 流石のベティーでも、今のスバルの発言は許せな、んむっ!?」

 

「分かった分かった、そうだよな、ベティーはそういう攻略対象的なあれじゃあなくて、攻略対象の妹ぐらいの立ち位置だよな。ああ、ほんと可愛い......」

 

「しゅ、スーバールー!!! 苦しいのよー!!」

 

 

己の肩を抱いてスバルから離れるラムに傷心しつつ、同じように肩を竦めつつスバルから離れようとした少女、ベアトリスを抱き上げて、目一杯可愛がるスバル。どちらかと言えば、肩を竦めて離れようとした方が(ベアトリス)失礼な気もするが。

 

 

「ほら、ベアトリス様を甚振るのはそこまでして、さっさとやる事をやりなさい、バルス」

 

 

「へいへい、分かっておりますよーっと......」

 

 

 

 

今度こそ、スバルの屋敷の使用人としての時間が始まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「......そうね。丁度、ベアトリス様もいる事だし......ベアトリス様。ラムはやることがあるので、この何も知らないまぬけなバルスに、屋敷の案内をして下さりませんか?」

 

「......はぁ!?」

 

「......えぇ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「......おおよそ、屋敷全体の案内はこれで終わったかしら。後は建物の外に庭園と、屋敷と門の間の前庭があるけど、そっちは勝手に一人で見るがいいのよ......ここまでで何か質問はあるかしら」

 

 

「案内イベントって、普通エミリアたんがやってくれるべきイベントな気がしないか?」

 

「ないようだから、さっさと仕事、するがいいのよ。それが今のお前に課せられている、唯一の役割かしら」

 

「......うるせーなこの引きこもりロリ!」

 

 

「は......い、一体何を言いやがるのかしらお前は!? ベティーはそんな、なにもしないだけのただの穀潰しじゃないのよ!! どっちかと言うと、今のスバルの方がよっぽど穀潰ししてるかしら!!」

 

 

「言ったな、お前......見てろ、この生意気ロリめ......俺の秘められた家事スキルで、今すぐにでもこの屋敷とお前の薄汚れた禁書庫をピッカピカにしてやるよ......」

 

 

「はいそこまで」

 

 

「あだぁ!?」

 

「にゃんっ!?」

 

 

 

スバルとベアトリス、お互いの額がくっつこうとしているほどに近付きながら言い合った喧嘩は、たまたま廊下を通り掛かったラムの手によって、互いのおでこをぶつけられる結果に終わった。

 

 

「今日のラムの仕事は、ちょうど前庭と庭園の手入れと周囲確認。昼食の準備を手伝って、その後、陽日八時から銀食器を磨くから、それをバルスには手伝ってもらうわ」

 

 

「くっそ、痛ぇ......まぁ、それは全然やるけど、ちょっと陽日とかって表現について聞いていいか?」

 

 

「うぅ、おでこがひりひりするのよ......」

 

 

今朝、目覚めのときにも聞かされた用語だ。陽日、とはおそらく明るい時間のことを指しているのだろうと、スバルは赤くなったおでこをさすりながら、涙目でうずくまっている少女を擁護しつつも推測する。

 

 

「陽日八時とかってのは時間の表現だよな......時計とかって、あるのか?」

 

「トケイ......? 魔刻結晶なら、屋敷の至るところにあるでしょう。そこにも」

 

 

ラムが指差す方を見て、スバルは鈍い光を放っている結晶を見つける。廊下の壁の上部──元の世界なら時計でも置かれていそうな位置に、その結晶は取り付けてあった。

 

ぼんやりと淡い緑色の光を放つ結晶に、スバルは目を細める。

 

 

「気になってはいたけど、あれが時計代わりか。どう判断したらいいんだ?」

 

 

「あいにく一般常識の欠落しているバルスに割く時間なんてないわ。ベアトリス様に頼んで聞いてみなさい」

 

 

「確かに俺が非常識なのかもしれないけど、もうちょっと言い方あったよね!?」

 

 

「べ、ベティーが......ついで......」

 

 

そう、きびすを返しスバルから背を向けて去っていったラムの背中を恨めしく思いながら見送ったスバルは、未だへこんでいる少女、ベアトリスと仲直りをしてから、この世界の常識について学んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あだーーっ!!」

 

 

先程作り上げたばかりのまだ新しい傷口から赤い血を滴らせて、スバルは半泣きで悲鳴を上げていた。

 

血の出る左手を振るスバルを見て、隣で同じ作業に従事しているラムが目を細め、少しだけ笑みを浮かべる。

 

 

「反省のないことだわ。バルス、上達って言葉を知らないの?」

 

 

「けどね、先輩。俺、箸以外の調理器具を触ったことないとこからスタートなんですよ」

 

言い訳しながら切った指を口に含み、口内に鉄の味を感じながらスバルは膨れる。

 

 

場所は厨房で、時間はお昼より少し前。ベアトリスと別れたスバルは、その後合流したラムと一緒に庭の手入れを終えた後、屋敷に戻り昼食の準備をするレムの手伝いをしていた。もっとも、

 

 

「全く素人である俺はともかく、ラムまで皮剥き専門ってのは実際どうなのよ。姉の威厳とかは」

 

 

「得意分野はレムに任せて、長所を活かした仕事をするの。ラムの出番はここじゃないわ」

 

 

「事前に得意分野でも能力値で負けてるって聞いてるんですけど!?」

 

 

掃除洗濯料理裁縫(さいほう)、およそ家事技能では全てレムに劣っているというのが事前情報。実際、野菜の皮を剥くラムの手つきは十分に手慣れた人間の領域だが。

 

 

「姉様もスバルくんも、そろそろ準備は大丈夫ですか?」

 

 

そう言いながら、皮剥き担当の二人が目を剥きそうな勢いで調理を進めるレムがいるのだから形無しだ。

レムの手際の良さは尋常の域になく、調理作業そのものが一種のパフォーマンスのように感じられるほど洗練されている。

隅っこで競い合うように、レベルの低い雑用に追われている二人とは大違いだ。

 

大鍋に材料を流し込み、かき混ぜていたレムが振り返る。そして、黙々と皮剥きする姉と出血するスバルを見て、レムは何事もなかったかのように頷くと、

 

 

「さすが姉様。お野菜の皮剥きをする姿すらも、絵になります」

 

「清々しいまでの身内びいきっすねレムさん!! 是非俺の仕事ぶりにもコメントが欲しいです!」

 

 

「そのお野菜を作った畑の持ち主が可哀想です」

 

 

「心が痛くなるからやめて!!」

 

 

「バルスはナイフの扱いがなってないのよ。皮剥きするとき、野菜じゃなくナイフを動かしてるから手を切る。ナイフは固定にして、野菜の方を切るのよ」

 

 

未だ血が止まらず口に指を含むスバルを横目に、ラムが助言をしながらジャガイモを綺麗に剥いてみせる。皮が途切れずに頭から最後まで繋がった、見事な一枚剥き。

 

 

「何を隠そう......ラムの得意料理は、蒸かし芋よ」

 

 

パフォーマンスとしても実用的な一枚剥きを終えて、ラムがスバルに可愛らしくウィンクする。

 

「勝ち誇った顔で何を言い出してんだよ! クソ、見てろ。俺の愛刀『流れ星』が、お前に目に物見せてくれちゃるぜ!」

 

負けん気に任せてナイフを手に取り、木製の柄を握り締めて気合いを入れる。

何の変哲もない普通の果物ナイフだが、今日からこれがスバルにとっての愛刀『流れ星』だ。

 

 

「うおおーー!」

 

と、声を上げながら体を小さく丸めて、ラムのアドバイス通りにナイフは固定して野菜の方を回す。最初に深々と実を抉ったが、その後は快調に滑り出して内心で驚いた。

ちらと横目にすれば、指摘通りにやってのけるスバルに自慢げな顔のラムがいる。

 

素直に感謝するのも癪なので、スバルは無言で皮剥きに集中──と、

 

 

「そんな熱心に見つめられると照れるんだけど......どしたの?」

 

じっと、自分を見るレムの視線に気付いてスバルは顔を上げる。一通りの準備を終えたレムは背筋を正したまま、作業するスバルを無言で見つめていた。それを指摘されて、レムはわずかに驚いた顔をしてから言葉を紡ごうとする。

 

 

「──バルスの皮剥き姿の無様さが目につくんでしょう。特に頭、髪型がなってないわ」

 

 

「これ、自前でやっててわりとうまく切れたと思ってんだけど......」

 

 

「少なくとも、使用人として置いておくのに落第点なのは間違いないわ。──ねえ、レム」

 

 

「......え、はい。そうですね。確かにちょっと少しだけほんのささやかに気になります」

 

 

「だいぶ気になるみたいで悪かったですね!」

 

 

「ちなみに屋敷の人の髪はレムが手入れをしているわ。ラムの髪の手入れや朝の着付けもレムのお手製よ。いいでしょう」

 

「なるほど、双子だし互いにやれば鏡映しに......言い方おかしくね?」

 

 

今のラムの言い方だと、まるで一方的にレムだけが奉仕している形に聞こえた。しかし、聞き返すスバルの前でラムは腕を組んでふんぞり返る。

 

 

「バルスの思っている通りよ」

 

 

「少しは妹に貢献しろよ、姉様!」

 

ダメな姉分を留まることなく発揮するラムは、スバルの叫びも素知らぬ顔だ。それからラムはレムが整えているという桃色の髪をそっと撫でてレムを見やり、

 

 

「よかったら、レム。バルスの髪、少し整えてやるといいわ──髪が気になるから、バルスをずっと見つめていたんでしょう?」

 

 

「おいおい、女の子に髪の毛いじられるとか、ドキドキして手元が狂うっつの」

 

 

「......はい、そうです。ちょっと梳いて、毛先を整えるだけでも見映えが変わると」

 

 

「だそうよ」

 

「いや、だそうよじゃねえよ......」

 

 

性格の問題か、スバルに対しすでに遠慮が欠片もないラムと違い、レムの方はまだスバルへの態度を決めかねている様子だ。距離を縮めること自体はスバルも賛成だが、

 

 

「嫌なら嫌って、そう言った方がいいと思うぜ。嫌がられたい訳じゃないけど!」

 

 

「いえ、そんなことは。レムも少し、かなり少し、とても少し気になるのは事実ですから」

 

 

すごい気にされているのがわかって、スバルは更に自信を喪失する。個人的には決まっていると思っていただけに

 

 

 

──などと、意識を疎かにする内に。

 

 

 

 

「──あ」

 

 

三者の声が重なり、『流れ星』がジャガイモからスバルの指へと刃筋をシフト。

 

浅く桂剥きに手の皮が持っていかれて、スバルの悲鳴が上がる。

 

 

 

「うおあぁーー!! 痛ったあぁーっ!! 綺麗にさっくり持ってかれたーーッ!」

 

 

「愛刀が聞いて呆れる関係性だわ。愛が一方通行なら、偏愛刀に呼び変えたらどう?」

 

 

「姉様、そろそろお湯が湧きますので、切ったお野菜をこちらに......」

 

 

「お前ら、もうちょっとぐらい新人の進退に興味持とうぜ!」

 

 

 

仕事優先の姿勢は素晴らしいことだと、そう褒める気力は今のスバルにはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






平和な時間も、いよいよ終わりの時が来たようです。


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交わした約束はいつまでも

 

 

 

 

 

 

外もすっかり暗くなり、いよいよ綺麗な満月が見えてくるという頃。

ベティー以外人影の見えない禁書庫で一人、大きくため息をつく。

 

 

「......ふぅ」

 

 

はぁ、疲れる......

 

 

この一週間......ほんと、ほんっと色々あったかしら......

 

 

昼食時にスバルにテーブルマナーのレクチャーを求められ、仕方なしに教えてやろうとしたのに、スバルがあんまりにもふざけるから思わず正面から陰魔法を砲撃しかけたり......

 

 

貴重な貴重な、ベティーとにーちゃの憩いの時間にやかましく扉を開けて禁書庫内にずかずかと入り込んできたり......あ、その後スバルに可愛いかわいいって抱き締められたのは、ちょ、ちょっとだけ嬉しかったかしら??

 

 

そして最後に、当たり前だけどなにも知らないスバルにこの世界の常識を叩き込んでやったり......はぁ......

 

 

「......あれっ!?」

 

 

も、もしかしてベティーって......意外とスバルと遊んだり話したりしてない!??

 

 

......こうしちゃいられないのよ!

 

 

「今は確か、この一週間最後の日......たぶん、メイド姉妹の妹とちょうど上着についての会話を終えたころのはず......」

 

 

よし、ちょっとスバルの部屋にお邪魔させて貰うかしら!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「......では、そろそろ時間も時間ですから失礼します。明日も朝からお仕事ですけど、ちゃんと起きれますか?」

 

 

「正直、あんまり自信はねぇな。目覚まし時計あれば起きれる体質と自負してるけど、そんな便利な道具はたぶんなさげだし。鶏とか、朝に鳴くシステムになってたりする?」

 

 

「......厳しそうですから、朝はレムか姉様が起こしにくることにします」

 

 

「マジで? でも、先輩を目覚まし代わりに使うなんて悪い気が......」

 

 

「それで起きてこなくて、夕方まで寝過ごされてしまっても困ってしまいますから」

 

 

「俺、どんだけ寝坊助だと思われてんの!?」

 

 

「とりあえず、丸一日は目覚めないくらいでしょうか」

 

それがレムなりの冗談なのだと、ずいぶんと遅れてスバルは気付いた。

 

そんな会話を最後に、提案を受けたスバルに一礼してレムは部屋を出ていく。

 

 

扉に遮られ、見えなくなる少女に手を振りながら、スバルは思う。

 

 

「口ではなんだかんだ言うけど、やっぱり姉妹だわ、あの二人」

 

 

慇懃(いんぎん)無礼なレムと、傲岸不遜なラム。

それでも思いやりすぎるぐらいに、思いやりがあるあたり、同僚としてどこまでも好ましい二人だとスバルは思った。

 

 

と、スバルがレムとラムについて思考を耽らせていた時、ふいにノックが静かな部屋に響き渡った。

 

 

「はいはーい、どした? さっきはレムだったから、今度はラム......」

 

 

ベッドに倒れ込ませていた体を起こし、一体誰がやってきたのかと、スバルは扉の方を向いた。

 

 

扉からやってきたのは、意外な人物だった。

 

 

 

「す、スバル......久しぶり、かしら?」

 

 

「おぉ! ベティー! お前ほんと久しぶりに見たわ......初日と次の日以来、禁書庫に籠りっぱなしで全く会えなかったからなあ」

 

 

この屋敷で唯一、本当の意味でスバルが打ち解けていると確信できる程の、召還されてからの付き合いの長さなら屋敷内随一の少女、ベアトリスだった。

 

 

「ま、まぁベティーにも色々やることがあるのよ......後、籠りっぱなしではないかしら」

 

 

「うーん、でも俺はお前の姿、忙しくてここ最近は見れなかったけどなぁ......お母さん、ついに俺も職に就けたよ......異世界だけど」

 

「イセカイ......?」

 

 

「あーいや、なんでもない。......あ、お前んとこの禁書庫の中にそういう話ありそうだな......まぁ、ざっくり言えば一般人が全く違う世界に転生、召喚、移動......みたいな?」

 

 

「なに言ってるのかは分からないけれど、とりあえずどうでもいいことなのは理解したのよ」

 

 

「真面目に話を聞けよ!?......て言うかマジか、あの大量の本、一つ残らずぜーんぶ魔法系統とかそういう感じだったりすんの?」

 

 

「そりゃそうなのよ。なんでわざわざ、そんな知識のない非現実的な話の載った本を置かなくちゃいけないのかしら」

 

 

「うわ、なんだろう、この俺より年下のはずなのに俺より知能も上で賢そうな感じのするロリは」

 

 

「その不愉快な言葉をやめるかしら!!......まぁ、ベティーがスバルより賢くてかわいいなんてことは、周知の事実かしら」

 

 

「もうちょっと俺への評価どうにかならねぇ!?」

 

 

少女とのこうした他愛のない話でも、スバルとしては気の抜ける時間の一つだ。

話が一段落着いた、と言える頃で、スバルが先程から疑問に思っていたことを口にする。

 

 

「......そういえばお前、なんで俺のとこまでやってきたの?」

 

 

「え? うー、えーっと、そそれは......」

 

 

スバルがそう口にした途端、少女はあからさまに動揺する。

 

もじもじと、そこから先はなにも言わない少女に向かって、スバルは思ったことを呟く。

 

 

「どしたの? あ、もしかして夜が怖いから俺と一緒に寝てほしいとか?」

 

 

「お前、ほんっとに張り倒すかしら!?」

 

 

「あー! 待って! マジで! 四日前ぐらいに貰い受けたばっかの俺の貴重な私室が!!」

 

 

スバルの失礼な言葉に頭にきたベアトリスは、付属してきたベッドを破壊しようと、スバルがいつぞやに見たような禍々しい紫紺の杭を発射させようとしてきた。

 

 

「はい、マジで冗談でした。すいませーん!!」

 

 

「......次は、ほんとにないかしら」

 

 

「へいへい、了解しましたよ......んで、実際の所なんで来たんだ?」

 

 

「......寝れなくて暇だったから、来てみただけかしら」

 

 

「ほほー、なるほどなるほど......」

 

 

そこまで深くなかった少女の来訪の理由に、いい事を考えたスバル。

 

 

 

「あのさ、俺、今絶賛外でなんかやってるエミリアたんの所に行こうと思うんだけど......ベティーも来るか?」

 

 

「......仕方ない、ちょうど暇してたから、ベティーも着いていってやるのよ」

 

 

「いいねいいね、実は俺、今でこそ早寝早起きをモットーにしてるけど、元々深夜に覚醒するタイプの族だったんだよね」

 

 

「はよ行くかしら」

 

 

「最後まで話聞こうぜ!?」

 

 

軽く軽口を交わしながら、いつの間にか自然に繋いでいた少女の手を見たスバルは、

 

 

「俺、こいつとも随分、打ち解けたんだなぁ......」

 

 

まるで恋愛ゲーの最初の方に落とすチョロインを相手にしている気分になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月が空の中央に我がもの顔で居座る時刻、スバルは気合いを入れていた。

 

「どう? 意外に様になってるだろ?」

 

 

「前も後ろもばっちりオーケーなのよ。......使い方これであってるかしら?」

 

「うんうん、それでオーケーオーケー!」

 

 

袖を通した執事服の(しわ)を伸ばし、己の身だしなみを少女に見てもらい再確認。そろそろ着用四日目に突入し、この衣装にも着慣れてきた頃合いだと自分で思う。

 

 

「悪くない、悪くないぞ、俺。大丈夫、やれる。風呂上がりの自分って鏡で見ると五割増しイケメンに見える。その現象が今、きてる気がする」

 

 

「ベティーにはいつも通りの鋭い三白眼しか見えないのよ」

 

 

「そこら辺はどうしようもないから勘弁して!」

 

 

客観的に五割増ししてるかは謎だが、自己暗示も十分に大事。

 

雰囲気だけでもイケメンの気配をまとったまま、スバルは軽く深呼吸してからしっかりと下に見える少女の手を取り、足を踏み出す。よく見たら手を取った少女が寝かけていたので、仕方なくおんぶの形にして再び足を進める。

短く刈り揃えられた庭園の芝生を踏みしめ、向かうのは緑の一角──背の高い木々に囲まれ、一際強く月の恩恵を受けている場所だ。

 

 

そこに銀髪を月光にきらめかせ、淡い光をまとう少女が座っている。

 

 

青白い輝き──その蛍にも似た現象の正体が精霊なのだと、今のスバルは知っている。その事実を含めた上で、その幻想的な光景には見るものの心を捕えて放さない悪魔的な魅力があった。思わず足をとめ、息を呑む。

 

 

その気配に気付いたのか、ふと目を閉じて囁いていた少女の双眸が開かれた。

 

二つのアメジストが正面、歩み寄るスバルとベアトリスを視界に捉える。

 

 

「おふっ。こ、こんなとこで奇遇じゃね?」

 

「毎朝、日課に割り込んでくるくせに。それに奇遇って......同じ屋根の下よ?」

 

 

声をかける前に見つかった動揺が一言目に溢れていて、エミリアはすでに珍しくない吐息から入る会話の流れだ。掴みでしくじりつつも、スバルはめげずにエミリアに笑いかけ、

 

 

「一つ屋根の下って、改めて言葉にするとなんかムズムズするね」

 

「そのムズムズって言葉、すごーく背中がぞわぞわってして、なんか嫌」

 

 

じと目で見上げてくるエミリアに頬を掻き、スバルは当たり前のように彼女の隣に腰を下ろす。距離は拳三つ分、その間にもう瞼を閉じてしまったベアトリスを入れ、スバルにもたれ掛からせる。微妙な距離感がヘタレの証である。

 

 

スバルが隣に座ることにも慣れ切ってしまい、エミリアも今さら指摘したりしない。毎朝の日課と、食事のたびに隣にこられればそれも当然のことだろう。だが、

 

 

「......珍しく、ベアトリスも一緒なのね。ほんとスバルって、すごーく不思議」

 

「......ん? 俺なんか変なことしたっけ?」

 

「スバルは知らないのかもしれないけど、実はベアトリスがこんなに人に懐いたりすることって、てんでないのよ」

 

「てんでってきょうび聞かねぇな......え、マジで?」

 

 

一旦精霊との会話を中断したエミリアの突然のカミングアウトに、スバルは耳を疑いながら動揺する。

 

 

「確かにこいつが俺以外と仲良くしてる所とか、パック以外だと全くなかった気がすんな......強いていうなら、ロズっちとか?」

 

「ロズワールはどっちかと言うと嫌悪されてるかも。でも、名前で呼ばれてるだけまだいいのかもね。わたしなんて、名前で呼ばれたことすらないんだから」

 

 

同じ屋敷内なのにこの扱いの差はなんなのか。スバルとエミリアは、間ですやすやと眠っているベアトリスについて思考を巡らせる。

 

 

「......全く分からん。コミュ障とか?」

 

「ちょっと何言ってるのかわかんない。けど、ベアトリスも悪い子ではないのは確かなのよ」

 

「んー、まぁ確かにな。.......俺、屋敷内ではこいつとエミリアたんだけが唯一の癒しと言ってもいいぐらいだし」

 

「ふふっ、こうして見るとただの子どもみたいで、すごーく可愛い......」

 

「すぅ......」

 

 

普段あまり関わらないからなのか。エミリアは眠っているベアトリスの体を抱えて、所謂だっこ状態にして優しく少女の頬をつまんだり、つついたり、頭を撫でたりして愛でていた。

 

 

「お、おぉ......」

 

 

目の前で繰り広げられる少女同士の触れ合いに、スバルは、一瞬自分がここにいる意味を忘れかけた。

 

 

「で、で、エミリアたんはさっき、何してたの?」

 

「んー? 朝の日課の延長をしていたの。大体の子とは朝の内に会えるんだけど、冥日にしか会えない子たちもいるから」

 

 

エミリアの答えにスバルは納得、と頷きで応じる。

 

陽日や冥日、といったこの世界独特の表現にもようやく慣れが生じてきた。

ちなみに一日の時間はほぼ二十四時間で、人間の活動時間もおおよそ一緒。ご都合主義と思いつつも、体内時計が狂わずに済んで一安心せざるを得ない。

 

そういったこの世界の常識も、四日間の執事研修の中で一緒に進められている。もっとも、勉学よりは使用人業務の習得が優先で、そちらはかなりスパルタを受けているが。

 

 

「土日休みのゆとり教育世代としては、もっと長期的な目で見てほしいというか......」

 

 

四日間のスパルタ指導官への愚痴が漏れる。が、スバルがそうしてひとりごちる間にも、再開されたエミリアの冥日限定のお友達との会話は進行中だ。

 

 

「見てても楽しいものじゃないでしょ?」

 

無言のスバルが珍しかったのか、ふいにそうこぼしたのはエミリアだ。

どこか申し訳なさそうなエミリアに、スバルは体を起こして「いや」と首を振った。

 

 

「エミリアたんと一緒にいて、退屈と思うこととかねぇよ?」

 

「なっ」

 

 

あまりにストレートな物言いに、思わず息を詰まらせてエミリアが赤面する。不意打ちを食らったエミリアが顔を赤くするのを見ながら、実はスバルも耳まで赤い。

 

狙って出た言葉ならまだしも、今のは完全に素面(しらふ)で出た台詞だったからだ。

 

 

「あ、あー、ほら、それにここ何日かはゆっくり話す機会もなかったじゃん?」

 

照れ臭さを誤魔化すように早口になるスバル。エミリアもそれに同調して頷く。

 

 

「そう、そうよね。スバルはお屋敷の仕事を覚えるのに大変だっただろうし。うん、一生懸命やって......うん、一生懸命だったもんね」

 

「フォローの気持ちが嬉しくて泣きそう。でも、こんな俺でも裁縫だけは『S』判定貰ったよ」

 

「そっか、そうなんだ。よかった。スバルにも自信が持てることがあって」

 

 

地味に傷付いたスバルの内省も知らず、エミリアは素直にスバルが自慢した技能を賞賛する。

 

 

「それに、他の仕事もめげずにやってて偉いじゃない。ラムとレムもこっそりだけど、スバルのことを褒めたりしてたんだから」

 

「マジかよ、先輩方も裏で憎いシチュエーション進行してんな。俺がナイフで手ぇ切ったり、バケツひっくり返したり、洗濯失敗したりしても好感度積んでたのか!」

 

「それはちょっと、反省した方がいいと思うな、私......でも、毎日大変でしょ?」

 

「超大変マジ苦しい。エミリアたんに腕と胸と膝を借りてローテーションで癒されたい」

 

「はいはい。そうやって茶化せる間は大丈夫そうね」

 

 

伸びてくるエミリアの指先が、スバルの額を軽く押す。押された力は弱かったが、スバルはエミリアの指先に逆らわず、背中から芝生に盛大に寝転んだ。

 

ひんやりとした草の感触と、満天の星空を見上げて感嘆が漏れる。街明かりなどの光源のない世界では、夜空に浮かぶ星と月の美しさがスバルの知る空と段違いだ。

 

 

 

「──月が綺麗ですね」

 

「手が届かないところにあるもんね」

 

「狙って言ったわけじゃなかったのに、すごい心にくるコメントが返ってきた!?」

 

「え?何か悪いこと言った?」

 

ロマンティックの代名詞みたいな台詞がはたき落とされて、夏目漱石の通じない異世界に戦慄。胸を押さえて文豪に謝罪の意を表明するスバル。と、ふいにエミリアが驚く。

 

 

「あ......」

 

「おう、やべ、かっちょ悪い。努力は秘めるもんだよね」

 

 

照れ隠しに笑いながら、スバルはエミリアが見つめていた手を背中の方へ回す。

──仕事での失敗が積み重なり、結果的に絆創膏だらけになっている左手を。

 

舌を出して誤魔化そうとするスバルだが、エミリアは真剣な表情で瞳を伏せる。

 

 

「......治療魔法、かけてあげようか?」

 

「いや、いいよ。治してくれなくとも、このままで」

 

「どうして?」

 

「んー、なんか言葉にし(にく)いんだけど......そだな。これは、俺の努力した証だからだ。......俺って意外と努力、嫌いじゃねぇんだよ。できないことができるようになんのって、なんつーか......悪くない。大変だし、めちゃ辛いけど、わりと楽しい。ラムとレムは意外とスパルタで、こいつはとにかく可愛くて、ロズっちは思ったより会わないから影薄いけど」

 

「それ、ロズワールに言ったらきっとカンカンよ」

 

「カンカンってきょうび聞かねぇな......」

 

 

話の腰を折られたことを、スバルは腰を折り曲げて表現。それからバネ仕掛けの人形のように立ち上がり、右手を額に当てて綺麗な敬礼をエミリアに向ける。

 

「ま、そうやって一個ずつ問題をクリアしてくのはいい。ここじゃ俺はそれをしなきゃ生きてけねぇし......どうせなら、楽しい方がいいよな」

 

 

元の世界では『楽』をして生きられればそれでよかった。だが、この世界ではそんな安穏とした生活は望めない。ならばスバルは『楽』しさぐらいは要求したい。

 

それは理不尽にこの世界に放り込まれた運命に対する、スバルの意地ともいえた。

スバルの決意表明に、エミリアは時間が止まったように表情を固くする。ただ瞼だけを何度も開いては閉じ、それからふいに笑みをこぼした。

 

 

「そう、よね。うん、そうだと思う。ああ、もう、スバルのバカ」

 

「あれあれ、リアクションおかしくね!? 惚れ直してもいいところだよ、ここ!?」

 

「もともと惚れてませんー。もう、バカなんだから......」

 

 

笑みを深くするエミリア。微笑には先ほどまでの重圧から解放されたような柔らかさがあり、思わずスバルを見惚れさせる魔法がかけられているようだった。

 

エミリアの見せるこの姿は、綺麗や可愛いといった言葉で表現できるものではない。

 

 

「E・M・M (エミリアたん・マジ・女神) 」

 

「感謝してるのにまたそうやって茶化す」

 

 

少しだけ怒ったように口を尖らせ、エミリアがまたしてもスバルの額を指で突く。

 

 

「それにしても......頑張ってるってのはわかってるけど、どうやったらそんなに手がボロボロになるの?」

 

「ああ、これは簡単。今日の夕方、屋敷の近くの村までレムの買い物に付き合ったときに、子ども達が戯れていた犬みたいな小動物にガブられた」

 

「努力の成果じゃなかったの!?」

 

「いや、努力の痕跡はより大きなケガで見えなくなった的な......俺、あんなに動物に嫌われるようなタイプじゃなかったと思うんだけどなぁ」

 

元の世界では、子どもと小動物に好かれる、あるいは舐められる体質だったはずなのだが。今日の結果ではそれも怪しい。

 

 

「そろそろ私は部屋に戻るけど、スバルは?」

 

「俺もエミリアたんに添い寝しなきゃだから戻るよ」

 

「そのお仕事はもっと今のお仕事の実力に磨きをかけてからね」

 

「言ったな。見てろよ、ここから始まる俺の使用人レジェンドぶりを......ッ!」

 

 

エミリアの言葉を真に受けて、スバルはやる気をメラメラと燃やす。と、苦笑を浮かべるエミリアにスバルは振り替えって、一つ指を立てた。

 

 

「そだ。よかったら明日とか、俺と一緒に村のガキどもにリベンジ......もといラブラブデート......もとい、可愛い小動物見学に行かね?」

 

「何で何回も言い直したの?......それに、うん、私は」

 

口ごもり、躊躇の色を覗かせながらエミリアは目を伏せた。

 

 

「スバルと一緒に行くのは嫌じゃないし、そのちっちゃな動物も気になるけど......」

 

「じゃ、行こうぜ!」

 

「でも、私が一緒だとスバルの迷惑になるかもしれなくて......」

 

「よしわかった、行こうぜ!」

 

「......ちゃんと聞いてくれてる?」

 

「聞いてるよ! 俺がエミリアたんの一言一句聞き逃すわけないじゃん!」

 

「スバルなんて大っ嫌い」

 

「あー! あー! 急になんだー!? 何もきーこーえーなーいー!!」

 

空いてる方の手で耳を塞いで即座に前言撤回するスバルの思いきりの良さに、エミリアは毒気を抜かれたように笑顔を弾けさせる。

それから瞳に浮かんだ涙の雫を指ですくってスバルを見た。

 

 

「もう......。私の勉強が一段落して、ちゃんとスバルのお仕事が終わってからだからね」

 

「よっしゃ! ラジャった! 超やっぱで終わらせてやんよ!」

 

 

デートの言質を取り、スバルはぐっと片手ガッツポーズを決めようとして、

 

 

「うー......うるさいのよー......」

 

 

もう片方の手で支えていた眠っているベアトリスに、二人して怒られた。

 

 

「.......ふふっ」

 

「あははは......」

 

 

怒られた二人は、互いの眼前で人差し指を立てて静かにすると、手を振りその場から別れた。

 

 

 

 

最後に、そんなやり取りがあったことを、ここに記しておく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後帰り際にレムと鉢合わせしたスバルは、明日の夜に髪をとき、毛先を揃える約束を取り付けた後、扉渡りを一発で破り、ベアトリスを禁書庫内にあるベッドに優しく降ろしたあと、自室に帰って明日の予定を思っていた。

 

 

「明日のデートは村まで行って、適当に理由作ってガキどもまかなきゃな。おっと、その前に見晴らしのいい場所とか、花畑の位置とかリサーチしとかねぇと......」

 

 

鼻の穴をふくらませわ明日への期待に胸を膨らませて部屋の中へ。着ていた執事服を脱ぎ捨てて、ジャージへモデルチェンジするとスバルはベッドへと飛び込んだ。

 

そのまま布団をかぶって明日へと思いを馳せるが、目が冴えて眠気が一向にこない。

 

 

心が体を裏切る事態を前に、しかしスバルは即座に頭を切り替えて裏技に頼る。それは、

 

 

「パックが一匹、パックが二匹......」

 

 

脳内を灰色の猫が駆け回る牧歌的な光景を思い浮かべて、それが数を数えるたびに増えていく妄想。仮想パックが次第に現実を侵し始め、ふわふわの感触の記憶がスバルを忘却の境地へと導いていく。

 

 

ゆっくりと、沈むように、意識は夢の中へ吸い込まれる。

 

 

「パックが......百匹......ぐう」

 

 

 

 

桃源郷を描いたまま、意識は温かなものへ包まれて──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

やがて、消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







ようやくここまで......


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二度目の初日は、どこか優しく──

 

意識の覚醒は水面から顔を出す感覚に似ている、と目覚めの度にスバルは思う。

 

 

 

息苦しい感覚から唐突に解放されて、開いた瞼が世界を認識するまでほんの数秒。

陽光に(ひとみ)焼かれる感触。わずかにだるさの残る体を起こし、スバルは首を横に振る。

 

 

少し頭が重い。

慣れない生活を始めたばかりだ。疲れが残っているのかもしれない。

 

 

しかし、今日はそんな弱気なことを言っている場合ではない。

寝起きのいいスバルは、昨夜のエミリアとのデートの約束をしっかり反芻(はんすう)している。

 

 

今日一日の幸せな未来を描く。

 

目覚めはバッチリ、約束された勝利の一日が始まると、スバルは幸福を噛み締めていた。

 

 

 

「そう、ナツキ・スバル──今日、飛躍の時を迎えます!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本来、それは左手にあった筈の。

 

 

 

水仕事で荒れた指先、慣れない刃物仕事で切った手の甲、子どもとの戯れの最中に小動物に噛まれた傷跡などの一週間の痕跡が消えているとも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

二度目の、ロズワール邸の一日目が始まる──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.......」

 

 

 

ぐっどもーにんぐ、なのよ。何故か昨日の記憶がスバルと手を繋いだ辺りからないのだけれど、一体何故なのかしら。

 

 

「ここをちょっとこうして......よし、ようやく出来たのよ......」

 

 

そんなことは置いといて、今は恐らく、朝起きたスバルがハイテンションでメイド姉妹に近付いて軽くあしらわれた辺りで、死に戻りしたと気付いたころかしら。一体どんな会話しているのか気になってしょうがないから、扉渡りでスバルの部屋の一つ横の部屋まで移動してきたのよ。

 

 

 

「どうして.......戻ったんだ!?」

 

 

 

ああ.......やっぱり巻き戻ってるかしら。

何でスバルが死に戻りしてしまったのかなんて、ベティーには見当もつかないのよ。

 

 

読みかけの少し埃被った本を、パタンと閉じる。

 

 

 

「まぁ、分かっているけれど......」

 

 

 

......それでも、スバルから何か起こしてくるまでは、ベティーは沈黙を決めさせてもらうかしら。来るもの拒まず、去るもの追わず......ちょっとなんか意味が違う気がするのよ。

 

 

 

そろそろ、スバルがこの禁書庫に来るはず......

 

 

 

 

「はぁ......」

 

 

 

 

 

 

ほんっと、難儀なことかしら......

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ひんやりとした廊下の冷たさを裸足の足裏に味わい、スバルは大きく息を吐きながら駆け出す。

 

 

猛然と、目的地も定めずにがむしゃらに。

 

 

 

逃げている。逃げ出した。なのに、自分が何から逃げているのかわからない。ただ、あの場にあのまま残り続けることだけは絶対にできなかった。

 

 

似たような扉が並ぶ廊下を駆け抜け、スバルは今にも転びそうな無様さで逃げ惑う。

そして息を切らし、導かれるように一つの扉に手をかけた。

 

 

──大量の書架が並ぶ、禁書庫が転がり込むスバルを出迎えていた。

 

 

 

 

「......はぁ、はぁ......」

 

 

扉を閉め切れば、禁書庫は外界と完全に隔絶される。

 

そうなれば外からこの部屋に踏み込むには、屋敷の全ての扉を開かなければならない。

追われる心配が消えた。肩を落として、スバルは背中を扉に預けてへたり込む。

 

 

座り込んだにも拘わらず、膝が震えている。それを止めようとした指も、同じだ。

 

 

「紙相撲でもしたら、いい線いくかもな。はは」

 

 

 

自嘲の言葉にもキレがなく、乾いた笑いは虚無感を際立たせるばかりだ。

静謐な書庫の空気は古びた紙の臭いを漂わせ、スバルの心情にわずかに穏やかなゆとりを注いでくれる。気休めと分かっていても、今のスバルはそれに(すが)るしかない。

 

 

繰り返し、繰り返し、深く大きい呼吸を繰り返す。

 

 

 

「......ノックもしないで入り込んでくるなんて、ずいぶんと無礼な奴なのよ」

 

 

 

薄暗い部屋の奥、入口正面の突き当たりに置かれた脚立。そこに腰掛けている少女から嘲りの声が届いた。

 

いつも変わらず、揺るがず、スバルと苦楽を共に味わい続けた禁書庫の番人。ベアトリスだ。

 

 

その小さな体には大きすぎる本を音を立てて閉じた少女の姿が見えた瞬間、スバルは安堵から全身の力を抜き、少女が腰掛ける脚立のすぐ傍にある、少し埃っぽい本棚の近くに座り込んだ。

 

 

「......ベアトリス」

 

 

「どうやって『扉渡り』を破ったのかしら。......さっきといい、今といい」

 

 

「すまねぇ。少しだけでいい、いさせてくれ。頼む」

 

両手を合わせて拝み込み、少女の返事も聞かずにスバルは目をつむった。

 

 

──静かで、邪魔の入らない場所で、現実と己に向き合わなくてはならない。

 

 

自分の名前、ここがどこで、さっきの双子が誰なのか。

目の前の少女の名前、存在。

不可思議な部屋。

四日間。

 

交わした約束。

 

 

明日、誰かと、一緒に、どこかへ──

 

 

「そうだ、エミリア......」

 

 

月明かりにきらめく銀髪と、はにかむような微笑みが思い出される。

 

月光の下にあってなお、満点の星空がかすむほど輝く少女、エミリアとの約束を。

 

 

「ベティー......いや、ベアトリス」

 

 

「......何なのよ」

 

 

「お前、俺に『扉渡り』をさっきと今、破られたって言ってたよな」

 

 

突然自室同然の部屋に押し掛けられた上に、ぶしつけに質問を投げつけられてベアトリスが不機嫌な顔になる。

しかし、それでも律儀なベアトリスは辟易(へきえき)とした様子で肩をすくめて、

 

 

「つい三、四時間前に、無神経なお前をからかってやったばっかなのよ」

 

 

──三、四時間前のスバルとベアトリスの遭遇。

 

 

今の言葉が意味するのは、ロズワール邸で最初に目覚めた時のことだ。ループする廊下の突破口を、スバルが何の考えもなしに一発で当たりを引いたときの。

 

 

「つまり、今の俺がいるのは......屋敷で二度目に目覚めたとき、だよな」

 

 

「ちょい、スバル」

 

 

記憶に引っかかる箇所を拾い集めて、スバルは自分の立ち位置に当たりをつける。

双子が揃ってスバルを起こしにきたのはあの朝だけだ。その後は交代で片方ずつ。しかも、スバルが客室のベッドを利用する身分だったのも初日だけである。

 

 

 

「つまり、五日後から四日前まで戻ってきたって、そういうことか......?」

 

「何でそんな当たり前のようにベティーを抱きすくめているのかしら?」

 

 

王都のときと同じく、スバルは再び時間を溯行したのだ。今の状態をそう定義する。

 

だが、それを理解したことと、納得することとは別の話だ。

スバルは頭を抱えて、こうして戻ってきてしまった原因が何なのかを考える。

 

 

王都でスバルが時間溯行したのは、死を切っ掛けにした『死に戻り』だ。三度の死を糧にエミリアを救い、ループから抜け出したものとこれまで判断していた。

 

事実、ロズワール邸での五日間は何事もなく、極々平和に過ぎていたはずだ。

 

それがここへきて、突然の時間溯行──前触れも何もあったものではない。

 

 

 

「前回とは条件が違う、のか?──死んだら戻るって勝手に思ってたけど、実は一週間前後でオートで巻き戻るとか......いや、だとしたら」

 

 

「そうベティーの髪を引っ張るんじゃないのよ。形が崩れたらどうしてくれるのかしら」

 

 

 

こうして、このロズワール邸初日の朝に巻き戻った理由に説明がつかない。時間溯行の原理は不明だが、王都でのループにはある程度のルールが存在したはずだ。

 

 

その一つに、復活場所の問題がある。もしスバルがあのループから解放されていないなら、スバルが目覚めるのは三度見た果物屋の傷顔店主の前でなくてはならない。

 

 

「でも、現実は傷顔の中年から見た目は天使のメイド二人、後ついでに本好きのロリも一人。がらっと、変わってる」

 

 

「本好きで悪かったかしら!! 後その意味はよくわからないけれど不愉快な単語をやめろと何度言えばいいのよ!!!」

 

 

 

ぺたぺたと自分の体に触って、スバルは無事を確かめる。

 

何事もない、そう思う。

 

 

これまでの条件に従うなら、スバルが戻った理由は明確。

即ち──死んだのだ。

 

 

「ただ、死んだとしたらどうして死んだ? 寝る前まで全部普通だったぞ。眠った後だって、少なくとも『死』を感じるような状況には陥ってねぇ」

 

 

即死、にしても本当に『死』の瞬間を意識させないものがあるのだろうか。

 

毒やガスで眠ったまま殺された可能性も想定するが、それはつまり暗殺を意味する。そうされる理由がスバルにはないため、前提条件が成立していなかった。

 

 

「......となるとあるいは、クリア条件未達による強制ループ」

 

 

ゲームに見立ててしまえば、必要なフラグを立てなかったが故の結果(ゲームオーバー)だ。が、誰が目論んだフラグか分からない上に、トリガーすらも不明のクソゲー仕様。

 

 

「もともと、俺はすぐ諦めて攻略サイトに頼るゆとりゲーマーだってのに......」

 

「......ぶつぶつ呟いてると思ったら、くだらない雰囲気になってきたのよ。あといい加減、ベティーを膝から降ろすかしら。もう万死に値するのよ」

 

 

思索の海に沈むスバルを眺め、ベアトリスが退屈そうに言ってから、再び本に耽りはじめた。

 

 

「死ぬだの生きるだの、朝っぱらからくだらない妄言虚言はよすかしら。ベティーの気分も下がるったらないのよ」

 

 

 

スバルの言う事にまるで興味を持たず、しっしっ、と扉を指差してさっさと出ていくようにジェスチャーするベアトリス。

 

そのそっけない、けれどどこか変わらない態度に、スバルは安堵を覚えた。

 

 

未だ膝の上で律儀に座るベアトリスを降ろそうとし、少し悪戯心が芽生え、すました顔の少女の頬を両手で挟み込む。

 

 

「んみゅ!?」

 

 

「おらおらぁ!! もうちょっと俺を心配するなりなんなりしろぉ! このロリっ子がぁ!」

 

 

「い、いきなり突然何をしやがるのかしら!? ベティーが、なんでお前なんかを!」

 

 

「一応俺、屋敷内ではお前が一番付き合い長いからな!

あれだ、魂のソウルメイトみたいな感じだ。それに俺、結構お前の事好きだしな! 冷たい態度は更にメンタルやられるぜ、全く......」

 

 

「なっ......」

 

 

いつもの態度で、冗談のように少女に捲し立てたスバルが顔を上げると、顔を赤らめながらぷるぷると震えるベアトリスの姿が目に入った。

 

 

「しゃ、さっきから何かと思えば......からかいはいらないから、とっとと出ていくかしら!!」

 

 

「冗談でもねえんだけどな......ま、ちょっくら行ってくるわ」

 

 

未だに赤面してから動かないベアトリスの姿に満足したスバルは、少女の体を優しく降ろし、立ち上がって、尻を払ってから扉へ向き直る。

 

 

「......い、行くのかしら?」

 

 

「確かめたいことがあるんでな。(へこ)むのはその後にするわ。助かった」

 

 

「何もしてないのよ。......いい感じの位置に扉を移動させておくから、早く出るかしら」

 

 

 

優しさなのか、はたまた照れ隠しなのか。よく分からないが、そんな少女の態度が今のスバルには何故か心地いい。

 

ベアトリス自身にそんな意図はないだろうが、スバルはその言葉に背中を押されたような気分で、少女に手を振り踏み出す。

 

ドアノブをひねり、涼風が吹きつけてくる外へ一歩。

 

 

風に短い前髪が揺らされ、かすかに目に痛みを感じて顔を腕で覆う。

 

 

そして風が止み、裸足の足の裏には芝生の感触──その視界に、

 

 

 

「ああ、やっぱりきらきらしてるじゃねぇか」

 

 

庭先でかすかに息を弾ませる、銀髪の少女を見つけて心が躍った。

 

 

粋な計らいをしやがる、と内心で生意気な書庫の番人への悪態がこぼれる。

 

 

 

「──スバル!」

 

 

スバルに気付いた少女が紫紺の目を見開き、慌てた様子で駆け寄ってくる。その唇から自然と、銀鈴の音がこぼすのは、たった三つの音が作る最上の調べだ。

 

 

自然と、駆けてくる少女の方にスバルも足を向ける。

向かい合い、スバルの全身を眺めて少女の目尻が安堵に下がる。が、すぐに気を取り直したように姿勢と目つきを正した。

 

 

「もう、心配するじゃない。目が覚めてすぐにいなくなったって、ラムとレムが大慌てで屋敷中を走り回ってたんだから」

 

「あの二人が大慌てって逆に珍しいな。それにごめん。ちょっとベティー、あいやベアトリスに捕まってな」

 

 

「また? 起きる前にも一回、悪戯されたって聞いてたけど......」

 

 

心配そうに顔を近づけてくる美貌──エミリアの無防備な姿に、スバルは思わず手を伸ばして縋ってしまいそうになり、弱い己の心を自制した。

 

ここでそれをするのはあまりに短慮だ。それこそ、禁書庫で自分を落ち着かせる時間をあの少女から貰った意味がなくなる。濡れ衣をベアトリスに着せるのだけが目的ではないのだ。

 

 

憂い顔のエミリアに、曖昧な表情で応じるしかないスバル。スバルのらしくない態度に、しかしエミリアはどこか余所余所しく深入りしてこない。

 

 

当たり前のことだ。今のスバルが『らしくない』ことなど、出会ってほんの小一時間しか一緒の時間を過ごしていないエミリアに、わかるはずがない。あの禁書庫の少女なら、わかるかもしれないが。

 

 

スバルとエミリアの間には、埋まらない四日間の溝があるのだ。

 

 

スバルだけが知っていて、エミリアの知らない四日間が、確かにあったのだ。

 

 

「どうしたの? 私の顔、何かついてる?」

 

 

「可愛い目と鼻と耳と口がついてるよ。......その、無事でよかった」

 

 

最初の口説き文句にエミリアが赤面しかけ、すぐに続いた言葉の内容に頷いてくれる。

 

 

「うん、私の方は大丈夫。スバルが守ってくれたもの。スバルの方こそ、体の調子は?」

 

 

「ああ、快調快調。ちょっと血が足りなくて、ごっそりマナ持ってかれてて、寝起きの衝撃で体力削られて、縦ロールロリにメンタルをバットでフルボッコにされた感があるけど、元気だよ!」

 

「そっか、よか......え? それって満身創痍って言うんじゃ......」

 

 

「ま、平気だよ、見ての通り」

 

 

少しずつではあるものの、調子がいつもの物へと戻りつつある。ギアの回転を上げ、唇を舌で湿らせて、ナツキ・スバルを始めなくてはならない。

 

 

 

「元気ならいいけど......えっと、お屋敷に戻る? 私はちょっと用事があるんだけど」

 

 

「お、精霊トークタイムだね。邪魔しないから、一緒にいていい? あとパック貸して」

 

 

「別にいいけど、ホントに邪魔しちゃダメだからね。遊びじゃないんだから」

 

 

首を傾け、子どもに言い聞かせるようなエミリアの言い方。

 

そんなお姉さんぶったエミリアの仕草が愛しくて──スバルの心に決意の炎が灯った。

 

 

 

「んじゃ、行こう行こう。時間は有限で世界は雄大。そして俺とエミリアたんの物語はまだまだ始まったばっかりだ!」

 

 

「そうね......え? 今、なんて言ったの? たんってどこからきたの?」

 

 

「いいからいいから」

 

 

愛称呼びに驚くエミリアの背を押しながら、庭園の定位置へ二人して移動。

この愛称も呼び続けるうちにすっかり訂正する気力をなくして、なし崩し的に認められるのは知っての通り。それすらも、失われた四日間で築き上げる(きずな)の一つだ。

 

 

 

「──取り戻すさ」

 

 

納得いかなげな顔のエミリアの後ろを歩きながら、スバルは小さくこぼす。

 

 

「どれだけ、時間が掛かってもな」

 

 

足を止めて、遠ざかる銀髪を眺め、それから空に視線を送った。

 

 

──まだ低い東の空に、太陽が憎たらしく昇っていくのが見える。

 

 

あと五回、それが繰り返され、そして約束のときが迎えられればいい。

 

 

月が似合う少女と交わした約束を、太陽が迎えにくるのを見届ければいい。

 

 

 

──時間はある。そして、答えは知っている。

 

 

 

「誰の嫌がらせか知らねぇが、全部まとめて取り返して吠え面かかせてやんよ!......あの夜の笑顔にゾッコンになった、俺の執念深さを舐めんじゃねぇ」

 

 

空に向かって拳を握りしめ、誰にともなく宣戦布告。

 

それはスバルがこの世界にきて、初めて『召喚』と『ループ』を課した存在への、明確な反逆の宣言だった。

 

 

二度目のループとの戦いが始まる。

 

 

ロズワール邸での一週間を乗り越えて、あの日々の続きを知るために。

 

 

 

 

あの夜の約束を、交わした約束を。

 

今度こそ、守るために──。

 

 

 

 

 




【とある少女の内心】

「とっとと出ていくかしら!」(好きって言われた好きって言われた好きって言われた......)


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ベアトリス(ツンデレ)の読み書き伝授


20000UA、ありがとうございます。



今回、色々とごちゃごちゃしております......すみません.....


 

 

 

 

()

 

昇る太陽へ啖呵を切り、二度目のロズワール初日が幕を開けた。

たったの五日間、スバルは太陽が昇って沈むのを見届ければいい。

 

 

その間の過ごし方は『できるだけ前回の流れをなぞる』というのがスバルの方針だ。

 

庭園での決意の通り、最終的なスバルの目的は最終日にエミリアと交わした約束を果たすこと。そのためにはあの月夜を越えて、もう一度約束を交わさなくてはならない。

 

 

その方針の通り、スバルは前回と同じような動きをして、そのまま六日目の朝を迎えようと計画し──

 

 

 

「だったのに、なんでだか、まずった」

 

 

湯気立つ浴場で大の字に浮かびながら、スバルは水泡を吹いて一日目を振り返った。決意の朝から始まった、破竹の大失敗劇を。

 

 

まずエミリアとの朝の日課を終え、ロズワールの帰宅を待って食堂での会話に臨んだ。

正直、勢いで喋った細部までトレースできた自信はないが、大まかな話の流れは前回を踏襲したはずだ。

 

養われる立場への魅力を振り切り、スバルは前回と同じ使用人見習いとして屋敷の一員に加えられた。その後は教育係としてついたラムに同行し、屋敷の案内から始まる初日の勤労奉仕へと移ったのだが、ここからがおかしかった。

 

 

「なんでか前回と全然違ったもんな。ばっちりカンニングペーパー用意してきたのに、いざ問題用紙見たら科目が違ったぐらいの徒労感......何のためのやり直しだよ」

 

 

湯船から顔だけ出したスバルは、顎を浴槽の縁に乗せながら憮然と呟く。

 

方針通りに前回の流れを踏襲したはずのスバルだったが、教育係に着任したラムの課す仕事内容が、以前と様変わりしていたのだ。雑用レベル1から、レベル4くらいに。

 

 

「しかも、前回では屋敷の案内はラムに押し付けられたベティーがやってくれたはずなんだがなぁ......」

 

 

純粋に、任せられる仕事の質と量が増したのだが、それとは別にスバルを案内してくれた人物も変わっていた。前回とは違い、スバルを追い出した後、素直にベアトリスが謝りに来る事はなく、そのままラムがスバルに屋敷を案内したのだ。

 

 

 

「前回も前回でへとへとだったのに、今回は今回でハードだった......クソ、しかもベティーともあれ以来会ってないから、癒し枠もからっきしと来たもんだ......」

 

 

予想と違う過酷さに愚痴が出るが、その一方でスバルは今の状況があまり良くない状況であると判断していた。

 

前回の時間をなぞろうと努力した上で結果がこれだ。初日からこれほど内容が変わってしまえば、二日目以降も前回とのすり合わせなどできようはずもない。

 

小さな差異を無視したことで、やがてくる大きな問題がずれる可能性が恐ろしかった。

 

 

「こんだけ違っちまうと、もう記憶は当てにならねぇのか......?」

 

 

屋敷内の風呂は中々適温で、考えに耽るのにも最適だった。だが、これだけ長時間入っているといつかはのぼせてしまうだろう。

 

そう判断したスバルは、すぐさま死に戻りのことで一杯だった頭の隅に追いやっていた、健全な男子高校生なら考えるであろう、最高に馬鹿なことを考えていた。

 

 

「......このお湯、もしかしてエミリアたんが入ったんじゃ」

 

 

 

そう。

 

なんと()()、スバルは課せられた仕事の多さと疲労からすぐに風呂に入ろうとはせず、自室で疲れを紛らわしエミリアの後に入ったのである。

 

 

「......いやいや、流石にお湯は入れ換えられてるに決まってるぞナツキスバル、落ち着け......」

 

 

しかし、一度()()()()風に事を考えてしまっては、もう考えは止まない。

 

頭の中ではあり得ないと分かっていても、スバルの思い込みは止まらなかった。

 

 

「一縷の望みにかけるか......?」

 

 

 

のぼせかけた回らない頭でスバルは一縷の望みにかけて、自らが浸かるお湯に手を出そうと──

 

 

 

 

 

「こ、こんこん......誰かいるのかしら?」

 

 

「ふわぁぉぉう!!」

 

 

「誰かと思ったら()()かしら!!!」

 

 

 

 

──しなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

広いロズワール邸の屋敷の浴室で二人。

 

 

金髪の縦ロールが特徴的な可愛らしい少女、ベアトリスと三白眼の鋭い目付きがコンプレックスな少年、ナツキスバルの端から見たら完全に事案な、タオル一枚しか見に纏っていない同士の怪しい会話が繰り広げられていた。

 

 

 

「聞けば聞くほど、お前、いやニンゲンの考えることはよく分からないかしら......」

 

「いやいやよく考えろ、ベティー。健全な男子高校生の気持ちをしっかりと想像し、汲み取るんだ......ほら、な?」

 

「なにが ほら、な......なのよ!! もうベティーはお風呂に入るから、さっさと出ていくのよ!!」

 

「よく見たらタオル一枚だった!! 俺、ロリに興味はないのも加えてエミリアたん一筋だから......」

 

 

「よく見るんじゃないかしら!!」

 

 

 

スバルから湯飲み未遂事件の全貌を聞かされたベアトリスが軽蔑の視線をスバルに向ける中、そんな視線を無視してスバルはベアトリスに問い質した。

 

 

「って言うか、ベティーも結構遅い時間に風呂に入ったりするんだな......もうそろそろお子様は寝る時間だぜ?」

 

「......もう、もう突っ込まないのよ......そういうお前こそ、こんな時間まで起きていて大丈夫なのかしら? 使用人なら明日も、いやその明日も朝は早かったはずなのよ」

 

「あぁ、また始まるんスね、地獄の雑用日々が......おまけに筋肉痛で全身痛いし、クソ、ラムめ......今度合ったら覚えてろよ......」

 

 

ふ、いい気味かしら......スバル、このあとも何か雑用はあるのかしら?」

 

「何かもクソも寝るだけだよ。ベティーの言う通り明日も早いんだから当たり前だろ、チキショウ......」

 

 

何故か反骨精神と弱音がハイブリッドしたスバルの返事に、ベアトリスは小さく頷いて瞑目。

 

 

よく見ると、薄いタオルに脇下からひざ辺りまで包まれているその姿は、幼い彼女の身に反して非常に扇情的なのだが、疲労し切っていたスバルはそんなことには気付く様子もなく。

 

押し黙るベアトリスが何を言いたいのかと、じれたスバルが声をかける寸前に目が開かれた。

 

 

 

「それじゃ、後でお前の部屋に行かせて貰うから、部屋で待っとくがいいのよ」

 

 

「──は?」

 

 

 

と、間の抜けたスバルの声がぽろっとこぼれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何度でも宣言しておくが、ナツキ・スバルはエミリア一筋を標榜している。

 

......いや、実はベアトリスにも中々好感情を抱いているのだが、建前上では見栄を張っておきたいのだ。

 

 

話を戻すと、純粋に容姿の美しさもあるが、なんかこう、振る舞いの一つ一つがツボに入るのだ。

 

よって、どんな美貌が相手でもスバルの心がエミリア以外になびくことはあり得ない。

 

 

「だから、この完璧な状態のベッドも俺が安らかに眠るため以外の理由なんてないんだぜ」

 

 

鋭い勢いで指をベッドに突きつけ、気合いの入った言い訳を誰にともなく断言する。

 

風呂上がりに部屋に戻ったスバルの目の前には、戻ってからの時間の全てを費やして整えたベッドがある。洗濯物も放置しての仕事ぶりは、風呂上がりなのに汗をかくほどだ。

 

 

「深い意味はない、深い意味はないぞ。心頭滅却心頭滅却。落ち着け、落ち着け。エミリアたんが一人、エミリアたんが二人、エミリアたんが三人......天国か!」

 

「騒がしいのよ、お前。もう夜なんだから、静かにするかしら」

 

 

「おひょい!」

 

 

大きく跳ねて壁に激突。部屋の入口に、音もなく扉を開けたベアトリスが立っている。

 

 

「静かにしろと言った直後にこれは......もうダメなのよ」

 

「ちょい待て! 俺を失望しきるのにはまだ早いぜロリっ子!」

 

「失望なら湯飲み事件でもう充分かしら。それじゃ、さっさと始めるのよ」

 

「おう俺だってもうお前のそれには突っ込まねぇぜ! だけどな、叶うことなら無視をするのはやめて頂けませんかベティー様!! 」

 

 

「結局突っ込んでるんじゃねぇかしら......」

 

 

誤解を解こうと、最早怒鳴り散らす勢いで少女に迫るスバルに対し、ベアトリスはそんなスバルの前を見向きもせずに横切り、部屋の奥──書き物用の机へと足を向けた。

 

 

「何を惚けているのよ。早くこっちへ来るかしら」

 

 

犬でも躾けるようなぞんざいな手招きに憮然とした顔になるが、すぐさまスバルは少女の元へ足を進め、椅子へ腰掛けると、

 

 

「そんで? 今回は何をする為にわざわざ俺の部屋まで来たんだ?......まさか、また陰魔法の練習とか?」

 

 

「練習はまた今度なのよ。ベティーはただ、何も知らない無知蒙昧なお前に、読み書きを教えてやろうと思ったかしら」

 

 

突然の罵声と頼んだ覚えのない願いに、スバルは動揺を隠せない。机の上には真っ白のページが広がるノートと羽ペン、赤茶けた背表紙の本があって息を呑む。

 

冗談でも悪ふざけでもなく、どうやら本当に文字を教えてくれようとしているらしい。

 

 

「お、おぉ......今更ながら、結構ありがたい申し出なんだけど......でもまた急に、なんで?」

 

 

「お前が読み書きできないのは、この前ベティーの禁書庫まで無様に逃げてきた時に、床に置いた本や棚にある本の背表紙の文字とかを一切理解していなかった時点で分かったのよ......そもそも、読み書きができないと買い物も頼めないどころか、メイド姉妹の用件の書き置きすら理解できないかしら......」

 

 

戸惑うスバルの問いかけに、ベアトリスは至極真っ当な答えを返した。

 

驚きで魚のように口をパクパクさせるスバルに、ベアトリスは済ました顔で赤い背表紙の本を見せる。

 

 

「まずは簡単な子ども向けの童話集。これから毎晩......そう! 毎晩ベティーがお前の勉強に付き合ってやらにゃならないのよ!!」

 

 

「正直、超ありがたい......ていうか子ども向けの童話って、お前も充分子どもだろ」

 

 

「そういう余計な揚げ足取りが本当に必要ない事この上ないのよ!!」

 

 

潤った瞳で喚きながらスバルの胴体部分をぽかぽかと全力で殴るベアトリスをあしらいながらスバルは、感謝より困惑の方が大きい気持ちのままでいた。

 

この展開も先の風呂場と同じで、前回ではあり得なかった状況だ。

そしてスバル自身の感覚としては、前回の一週間に比べればまだ少女との親しさは足りていない。

 

 

「どうして、そんな風に親切にしてくれんだ?」

 

 

「決まっているかしら。......あのメイド姉妹の姉の方が、ベティーに交渉を持ち掛けてきたからなのよ......」

 

 

「交渉......ベア子が自らこうして動いてくれるなんて、姉様はどんな交渉持ち掛けてきたんだ?」

 

 

スバルとしてはこうして勉強に付き添ってくれるのもありがたいが、あの頑固なベアトリスがこうして寄り添い熱心に教えてくれるのも、また感謝の気持ちと同じくらいに膨れ上がった疑問だった。

 

そんなスバルの疑問に、ベアトリスは苦い顔を浮かべながら事を話した。

 

 

「ちょっと今何か変な名前で呼ばなかったかしら?......まぁ、聞きたいなら聞かせてやるのよ。あの姉、突然ベティーの禁書庫に押し掛けてきたと思ったら......」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『と、突然何なのかしら。お前がベティーの禁書庫へ押し掛けてくるなんて、随分珍しいことなのよ』

 

 

『おはようございます、ベアトリス様。ラムも、ベアトリス様の禁書庫を当てるために、ここ最近で一番頑張りました』

 

『その頑張りをもっと他の事に使えかしら!!』

 

『そのお願いは受けかねます、ベアトリス様。』

 

『......それで、一体何を言いにわざわざ来たのよ?』

 

『それはですね......ベアトリス様は、あのバルスと比較的仲がよろしいと思われます。そこで、ベアトリス様には、是非ともバルスに読み書きを伝授してやって欲しいのです。』

 

 

話を聞きつつも、ラムの他人を思いやった行動に、内心感動するスバル。

 

 

「......お? 話を聞く限り、あのラムが俺の事を思ってそこまで動いてくれたと......!?」

 

 

「ちなみにその後『何でお前が教えてやらないのか』と聞いたら『決まっています。ラムが......いいえ、楽をするためです』って返ってきたのよ」

 

 

「俺の感動を返せ姉様!!」

 

 

精一杯ラムの真似をするベアトリスに微笑ましいものを感じるが、それと別にあまりにも酷過ぎる内容に、ラムに感謝まで伝えようとしていたスバルの純粋な心は無様にも砕け散った。

 

 

「んで、結局ベティーは何を釣り合いに俺に読み書きを教えてくれるようになったんだ? さあ吐け! 怒らないから!!」

 

 

にーちゃ(パック)を一日独り占めできる権利なのよ」

 

 

「俺のこれからの人生で必要不可欠な言語と一日だけ猫と戯れられる権利が同等かよ!!」

 

 

「にーちゃを馬鹿にするんじゃないのよ!! 忙しいにーちゃを一日も好きにできるなんて、本来は贅沢過ぎるかしら!!」

 

 

「ていうか大体あいつ定時退社するんだから()()は無理だよなぁ!? そこんとこどうなんだよ!!」

 

 

「もうごちゃごちゃ喧しいかしら!! いいからさっさと勉強、するのよ!」

 

 

「おう分かったよ! ここでどう足掻いても俺には読み書きスキルが必要だからな! オッケー、じゃあお勉強、しましょうじゃないですか!!」

 

 

言いながら無理矢理話を終わらせたスバルは、勢いで机の前に腰を下ろし、乱暴に羽ペンを持って準備完了。

 

羽ペンは軽く、ノートの上をなかなか達筆に滑ってくれる。異世界で記念すべき最初の一筆。

 

羽ペンが紙の上をなぞる音は、興奮していたスバルの心に自然と安らぎを与えてくれる。

 

 

 

「お前の場合、会話の文法は問題ないから、そこまで難しいことはないはずなのよ。言葉選びに品がないのは今さら矯正しようがないかしら」

 

「フォローのふりした罵倒入ってるよな?」

 

 

異世界に来てから様々な罵詈雑言を受けたスバルは、この程度の罵倒では揺るがない。ノートの上で滑らかにペンを滑らして、

 

「ナツキ・スバル参上......と」

 

 

そうして、スバルがかつて住んでいた母国、日本語でそう書いた後。

 

ナツキ・スバル参上......

 

 

小さな声だが、ベアトリスがスバルの書いた文字を読むのを、確かにスバルは認識した。

 

 

「......え? ベアトリス、お前今......これ、読んだよな?」

 

えっ?あ、あれ......いや、うん......読んだのよ」

 

 

どちらかと言えば困惑の声色が読み取れるのだが、日本語が通じると思ったスバルは、冷や汗をかくベアトリスに捲し立てた。

 

 

「ベティー、お前もしかして......」

 

「ああああれかしら!! そう、ベティーがお母様から譲り受けた本の中に、一定の人達が話す別言語が載っていたのよ!!」

 

「いやまぁこれ俺の母国語なんだけど......じゃあベティーって、日本語使えたりすんの?」

 

 

「あ、いや、ちょ、ちょっとだけ噛った程度だから、完璧には分かってないかしら?」

 

 

「あー、やっぱレム達には伝わらねぇよな......異世界人、やっぱり俺以外にも先人がいたんだな......」

 

 

会話の成立から、ひょっとしたら文字も書いてみれば翻訳されるのを期待したのだが、そう都合よい展開には恵まれない。スバルにこちらの字が読めないのと、同じことだ。

 

 

ご、誤魔化せたかしら......ま、まずは基本のイ文字から。ロ文字とハ文字は、イ文字が完璧になってからかしら」

 

「三種類もあんのか。聞くだに折れるな」

 

 

新たな言語取得を前に、早くも挫かれそうな心が辛い。

 

平仮名、カタカナ、漢字が揃った日本語を学ぶ、外国人の気持ちと壁の高さを思い知った気分だ。

 

 

「イ文字を把握してから童話に入るのよ。時間は冥日(めいじつ)一時までが限度とするかしら。明日もあるし、ベティーも眠いし」

 

「最後に本音がチラリズムするそういうとこ、嫌いじゃねぇな、ベティー先輩」

 

「ベティーもベティーの素直なところは美点だと思ってるかしら」

 

 

躊躇いのない切り返しだから本音か冗談かわからない。かなり高確率で本音の雰囲気を感じながら、スバルの文字取得レッスンが始まった。

 

 

 

新しい言語の取得の基本は、文字の把握とひたすら書き取りを反復することだ。

 

ベアトリスが書き出してくれた基本の文字を、ページ一枚がびっしりと埋まるように真似ていく。

 

 

ゲシュタルト崩壊を起こしそうな地道さこそが、必要な苦労だと割り切るのが肝要だ。

 

 

 

疲労と眠気に瞼の重さを感じながら、付き合ってくれるベアトリスのためにも船をこぐことは許されない。

 

そもそも、こうして二回目の初日から友好的に接してくれていることが貴重な機会だ。チャンス、と言い換えてもいい。

 

 

「なんつーか、パックのためとか言ってるけど、俺はそれでも嬉しかったよ」

 

照れ臭い気持ちを堪えながら、素直な気持ちを後ろの少女に伝える。

 

 

羽ペンをノートに走らせるかすかな音。繰り返し同じ文字を書き連ねる作業の合間を縫って、スバルは前回の一週間を瞑想する。

 

 

思えば、時間さえあればエミリアを追いかけていた日々だったが、その間をもっとも長く一緒に過ごしたのはベアトリスだったろう。

 

「正直、そこまでするほど好かれてるとは思ってなかったし」

 

 

改めて思うと、あらゆる仕事で素人同然だったスバルを通常業務と兼務しながら、せわしなく教育してくれたのはラムとレムだ。

 

スバルの教育に時間をかけていたラムの分の仕事の一部を、レムが肩代わりしてくれていたと聞いて、間接的に負担をかけたことはスバルの負い目にもなっていた。

 

ただでさえ忙しい日々の中、スバルのように使えない新人の教育など苦痛で当然だ。相手にそう思われることだって、スバルにとっては慣れ親しんだ感覚だった。

 

 

 

何も分からないまま、突然異世界へと放り出された所に、手を差しのべてくれたのはベアトリスで。

 

その後、自らが動くきっかけとなった、美しい紫紺の瞳の少女、エミリア。

 

 

そして、屋敷に来てからスバルを迎え入れてくれたロズワールに、忙しくもスバルを教育してくれたラムとレム。

 

 

 

こうした、異世界で出会った色々な人達から否定されずに支えられてきた現在が、スバルにとっては嬉しかった。

 

 

「これからも、迷惑かけるとは思うんだけど、なるたけ早く戦力になるから、頼むよ」

 

 

椅子を軋ませて首だけを後ろに向け、スバルは無言で見守るベアトリスに告げる。

 

 

スバルの心からの感謝と今後の意気込み。それに対してベアトリスは静かに、

 

 

 

「すぅ」

 

 

 

綺麗にベッドメイキングされた寝台の中で、可愛らしく寝息を立てていた。

 

 

 

 

 

 

ぱき、と音を立てて羽ペンが折れた。

 

 

 





アンケート機能、初めて使ってみましたけれど、存外に便利ですね。これからも気になることがあったら使ってみます。


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鎖の音

 

 

 

 

ふと込み上げる衝動に負けて、スバルは大口を開けて欠伸をかました。

目尻に涙となって浮かぶ眠気を袖で乱暴に拭い、ぐっと背筋を伸ばす。

夕刻の空は沈む太陽の餞別で(だいだい)色に染まり、流れる雲がゆったりと一日の終わりを労ってくれていた。

 

 

雲を見送りながら、スバルは手足や首を回して体の調子を確認。重労働の影響は残っているが、初日の夜ほどの疲労感は感じない。

 

「体の強さは変わってねぇし、ちったぁ疲れない体の動かし方を学んだってことか」

 

「スバルくん、お待たせしました。──大丈夫ですか?」

 

「ん、ああ、大丈夫大丈夫。レムりんも、買い物終わり?」

 

「はい、(とどこお)りなく。スバルくんはずいぶんと人気でしたね」

 

 

買ってきた荷物の入った手提げを持ち、スバルを労うのは青髪の少女──レムだ。

 

着こなしたメイド服姿のレムは風に揺れる髪を押さえ、わずかに和らいで見える表情でスバルを見ている。

泥と(ほこり)、そして鼻水や涙で執事服を汚したスバルの方を。

 

 

「昔っからどうしてかガキンチョにやたらと好かれる体質でさぁ。やっぱりアレかなぁ、俺の中の抑え切れない母性的な何かが童心を惹き付けてやまないみたいな」

 

「子どもは動物と同じで人間性に順位付けをしていますから。本能的に侮っていい相手かどうかわかるんですよ」

 

「それ褒められてないよね!?」

 

 

辛辣なコメントを遠回しに言ってくるレムと、言う時は直球で罵倒してくるラム。そういうところがラムと姉妹なのだと納得させられる。

 

現在、スバルとレムがいるのは屋敷のもっとも近くにある、アーラムという村落だ。

 

あれで辺境伯、という立場にあるロズワールは、いくつかの土地を領地として保有する一端の貴族である。

屋敷の直近のアーラム村も例外ではなく、住民は当たり前のようにスバルたちを認識すると、親しげに声をかけてきてくれる。

買い出しなどで接触の機会が多い双子はもちろん、スバルも存在だけは周知されているようだ。

 

 

「とはいえ、あのガキ共の馴れ馴れしさはいったい......迂闊に触ると火傷しかねない、俺のハードボイルドな雰囲気が理解できないのか」

 

「母性って言ったり大人を気取ったり、スバルくんは一人で忙しいですね」

 

「でもまぁ、むしろ忙しい方が絡まれずに済んで平穏だった気もすんね。やっぱレムりんの買い物に付き合ってりゃよかったな......敬いの気持ちが足りねぇんだよ。だからガキンチョってのは好きになれねぇんだ」

 

「敬うに足るだけのものを、スバルくんはちゃんと子ども達に見せたんですか?」

 

「正論ごもっともだよ! かといって最初っから舐められんのもなんか違うと思うんだけど......その辺、ラムとかベアトリス辺りはうまくやりそうだよな」

 

「姉様は素敵でしょう......ベアトリス様は、ある意味馴染めるのでは?」

 

 

姉を自慢するレムの様子は鼻高々で、ベアトリスを語る姿はまるで慈愛に満ちた表情だ。

そこに含むような態度は見られないので、本心だろうと推察する。

 

 

「それってまぁ、百パーセント見た目のこと言ってますよね? あれでいて、心の内は誰も寄り付かせようとしない、とんでもねぇ一匹狼だけどな......ラムは、うん。ぶっちゃけ結構な頻度で軋轢(あつれき)生みそうな感じするけど」

 

「ベアトリス様も、普段はあんな風にそっけない態度ですけど、意外と寂しがりやなところもあるんですよ?......姉様は、凄いです。物怖じせずに接するなんて、レムにはとても、無理ですから」

 

 

付け足された言葉がどこか物悲しくて、スバルは眉を寄せるが追求できない。

 

「そういえば、スバルくんの勉強の進み具合はどうですか?」

 

 

とっさに言葉を見失ってしまったスバルに、レムが気を取り直すように話題を変える。

 

「着々と......って答えたいけど、そうそう簡単にはいかないな。やっぱ何事にも時間をかけなきゃな。愛情と一緒だね!」

 

「途中で枯れないといいですね」

 

「今のレムりんのコメントには愛が枯れてるよ!」

 

 

叫び、レムの表情にわずかな微笑が浮かぶのを見て、スバルも安堵に笑う。

 

──ラム、もといベアトリスが夜の個人レッスンを申し出て、すでに四日が経過している。

順番にスバルの教育に当たるという話だったが、まだレムには講師役が回ってきていない。

 

それだけレムが忙しかったということだが、レムにとっては逆にそれが負い目になっていたようだ。

珍しく逡巡(しゅんじゅん)するような素振りのレムに対して、スバルは笑い顔のままで手を振った。

 

 

「心配すんなって。別に放置されてるわけじゃなし、ラムにも不満ねぇよ。いや、教えてる最中にどっか行かれるとやる気が削がれるから勘弁してほしいけど」

 

「姉様はスバルくんのやる気を発奮させようと、あえてそう振る舞ってるんですよ」

 

「なにその姉への絶対的な崇拝、並大抵じゃねぇぞ。マジ鬼がかってんな」

 

 

「鬼、がかる......?」

 

 

造語に対して、最近のスバルのマイブームな言葉にレムが首を傾げる。

 

 

「神がかるの鬼バージョンだよ。鬼がかる、なんかよくね?」

 

「鬼、好きなんですか?」

 

「神より好きかも。だって神様って基本的に何にもしてくれねぇけど、鬼って未来の展望を話すと一緒に笑ってくれるらしいぜ」

 

来年の話をすると特に盛り上がるらしい。

肩を組んで赤鬼や青鬼と爆笑し合う光景を思い浮かべるスバルは、ふとレムがその表情に確かな笑みを刻んでいるのを見た。

 

 

「お......」

 

 

これまでにも何度か微笑する姿は見てきたが、こうしてきちんと笑顔を見せてくれたのは初めての事だ。

 

何がレムの心を解したのかはわからないが、スバルは指を鳴らし、

 

 

「その笑顔、百万ボルトの夜景に匹敵するね」

 

 

「エミリア様に言いつけますよ」

 

 

「そんなに怒ったの!?」

 

 

「こんなに怒ったのは、スバルくんが姉様の陰口をこっそり言ったとき以来です」

 

「わりと最近で頻繁だ!」

 

 

余計な一言を付け加えたせいで、レムのスバルを見る視線の鋭さが増した。

(おのの)きながらスバルは弁明を諦めて、口を閉じると空を見上げた。

夕闇の向こうからゆっくりと夜が迫ってくる。そのことに、手足が緊張に強張るのを感じた。

 

 

──なにせ、二回目の世界も今日でぴったり四日目を迎えているのだから。

 

 

「明日の朝を、無事に迎えられるかが勝負だな。──その前に」

 

 

 

エミリアとそもそもデートの約束ができるかどうかも、大事な勝負なのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「......はぁ、ようやっと二日目の四日目まで来たかしら。......自分でいっててわけわかんなくなってくるのよ」

 

 

まさしく、『書庫』と呼ぶにふさわしい部屋で、何故かドア前に置かれている脚立に座り、我が物顔で書物を読み漁っている少女。ベアトリスが、はぁ、と大きなため息をついた。

 

 

「毎度毎度、死ぬ度にあのぐにゃぐにゃっとした気味の悪い感覚を出してくるの、ほんとにやめて貰いたいかしら。......酔い止めなしで吐かずに耐えるこっちの身にもなれってんのよ! 魔女!」

 

 

むきゃー、と、■■の魔女への恨み辛みを吐き出して、自らのお気に入りの本の一ページを少し曲げてしまうのも厭わないベアトリス。

ちなみに彼女は、ここ数日は『酔い止め』なるものを作ろうと、様々な本を読みながら躍起になっている。

 

 

「......っと、今()()らはどんくらいまで話を進めたのかしら。......えーっと、ここら辺かしら?」

 

 

うんうんと唸りながら、『扉渡り』を駆使して絶賛勉強中のスバルの隣の部屋に移動。

隣の様子を伺うために壁に耳をぺたんとつけると、彼女の自慢の縦ロールが少し崩れてしまう。しかしこれも必要経費だと割りきり、なんとかスバル達の話の内容を聞き取る。

 

 

「......れじゃ、執事スバ......ん。 明日......らちゃんと働くこと。ご褒美は、頑張った子にだけ与えられるからご褒美なのです」

 

 

 

辺境伯の屋敷だけあって、壁がやたらと分厚いためか、途切れ途切れの言葉しか聞こえなかったのだが、誰かが廊下を歩いている音から察して、エミリアがもう部屋から出たのだと推察する。

 

 

「あー、そろそろ(みな)寝静まる頃なのよ。......後少しだけ本でも読むことにするかしら」

 

 

 

そうして、ベアトリスはまた一人、素朴な木製の脚立に座り込み、本を読む。

 

 

 

 

 

不思議かもしれないが、それこそがベアトリスの心が一番安らぐ時間でもあり、同時に少しだけ寂しい時間なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

床に座ってベッドを背もたれにして、スバルは刻々と夜が明けるのを待ち望んでいた。

 

冷たい床の感触も、二時間以上座り続けた今ではほとんど感じられない。ただ、その冷たさを必要としないほど、スバルの体は覚醒の極みにあった。理由は簡単だ。

 

 

「こんだけ心臓がバカバカ鳴ってて、寝られる奴がいるもんかよ」

 

 

心臓の鼓動は早く高く、音はまるで耳元で鳴り続けているように大きく鋭い。

全身を血が巡る感覚が鋭敏に感じ取れて、手先が痺れるような痛みを継続して訴えていた。

 

「エミリアとの約束が待ち遠しくてこの様か。おいおい、俺ってば遠足前に寝られなくなる小学生かよ。宿学旅行で寝坊したの思い出すな」

 

思い出で気を紛らわしながら、スバルは何時間も見上げた空を飽きずに睨み付ける。

 

 

──長い時間だ、とつくづく思う。

 

 

朝までは四時間ほど。眠気は欠片もないが、何が起きるのか延々と警戒し続ける状態では神経がやられる。襲撃の可能性を思えば、時間潰しで集中を乱すなどもってのほかだ。

 

故に思考を続けること、それだけがスバルにできることだった。

 

 

この四日間、即ち二度目の四日間を改めて振り替える。

出だしの失調と、いくつかの一周目との差異。だが、一方でスバルの記憶に残るイベントの大半は通過できたはずだ。

 

エミリアとの関係は良好。ラムやレムとの関係も良くなっていってる気はするが。

 

 

「あと、心残りがあるとすれば.......」

 

 

今夜、ベアトリスに遭遇することができなかった、という点だ。

 

前回の最後の夜、スバルはほんの短い時間だがベアトリスとエミリアとで、接する時間を持った。それが今回は抜けているのと、それを抜きにしてもベアトリスと接触した時間が今回は少ない。

 

シビアな時間管理に追われて、この四日間は夜の読み書きの時間以外、ほとんど言葉を交わせていなかった。

 

 

「前回も、顔見ては憎まれ口叩きあってたけど......しっくりこねぇ」

 

 

二週目でベアトリスと話したのは数少ないが、この二回目の世界の初日。

ループの事実に打ちひしがれるスバルの心を救ったのは、まぎれもなくベアトリスの存在だった。

 

何だかんだ言いつつも、最後まで見てくれる彼女の態度にこそ、スバルは安堵を得て立ち直ることができたのだ。

 

 

「礼の一つでも、言っておくべきだったかもな」

 

 

この世界のベアトリスには心当たりのないことだし、言ったら言ったで微妙そうな顔をされるのは目に見えているのだが、それでもベアトリスを思うスバルの唇はゆるんでいた。

 

ベアトリスとの代わり映えのない言い合いすらも、思い出せば笑ってしまう記憶だ。

 

 

明日を、朝を迎えることができれば、もっともっとやりたいことができる。

 

 

 

ベアトリスだけでなく、ラムにもレムにも、ロズワールにすら言いたいことがある。

もちろん、エミリアに万の言葉を尽くした後になるのは許してほしいが。

振り替えれば笑いが出る。前回と今回、合わせて八日間。内心のゆるみが表に出てきたのか、朝までまだ三時間以上あるというのに、瞼が少し重くなってきたのを感じる。

 

 

「ここで寝落ちとかマジで洒落にならん。ネトゲやってるときとは違ぇんだから......」

 

 

瞼を擦り、急に湧いてきた眠気を逃がす。が、睡魔は寒気まで連れてきていて、思わず身震いして苦笑してしまう。

両肩を抱き、体温を高めようと体をさする。しかし、やってもやっても寒気が引かない。それどころか、眠気がどんどんと増している。

 

 

 

──楽観的に捉えていた状況、その変化にスバルも気付いた。

 

 

見ればジャージの袖の下、肌には粟立つように鳥肌が浮かび、芯からの冷たさに体の震えが止まらない。異常だ。

 

異世界の気候は、今は元の世界の春過ぎに近い。服の袖をまくらなくては暑い日もあるくらいだ。それがどうして今、歯の根が噛み合わないのか。

 

 

 

「ヤバい、まさか、これ......っ!」

 

 

震えに寒気でなく恐怖を感じ、スバルは慌てて床に手を着く。

 

だが、震えはすでに上半身を蝕み、腕で体全体を支えられない。

もう間もなく、死ぬ──

 

 

「っ......おっらああぁ!!!」

 

 

そう直感で感じたスバルは、残り少ない力を振り絞り、まだ()()()()()()()()両足を立たせ、全力で部屋の扉を抉じ開け、廊下に出た。

 

 

普段はあまりの距離に端まで歩く気すら起きない一階の廊下を、今のスバルは全力で駆け抜ける。

ゾッとするほどの倦怠感が、身体中を駆け巡る。その恐ろしくも感じる感覚に、吐き気を催しそうにもなる。

 

だが、それでもスバルが走るのは、この屋敷の人達に。

 

今の筋書きのつかない異様な身体状態を、誰かに伝えたかった。

 

 

そうしてスバルは、走る、走る、走る──

 

 

「こ、こだぁ......っ」

 

 

──そして彼は、廊下の一番奥。

 

物を考える気力すら惜しんで、無意識にその扉内に居るであろう人物に助けを求める声を上げた。

 

 

「べ、アトリスうぅぅ......!!」

 

 

「......む、 こんな夜更けに誰かと思ったら、お前かし......」

 

 

 

そう。

 

 

スバルは倦怠感と吐き気で埋め尽くされた思考の中で、唯一今すぐに出会えそうな人物を考えていたのだ。

エミリアは上階なので、こんな状態で階段を上るのは自殺行為だ。パックも言わずもがな。

レムとラム、それにロズワールに至っては、私室としている部屋すら分からない。

 

 

故に、今一番スバルの状況を打破できる可能性がある、ベアトリスを選んだわけだ。

 

 

 

最初は、深夜に足音を立てながら突如部屋に入ってきたスバルにあからさまに嫌悪感を示すベアトリスだったが、スバルのその異常な状態に気付いた瞬間、すぐにその手を動かした。

 

 

「ちょっと痛むかしら。精々耐えるがいいのよ」

 

 

「......は?」

 

 

まだ呼吸もままならない状態でそんな事を言われても、満身創痍のスバルには反応できるはずもなく。

 

 

「あ、がっ──」

 

 

スバルの掌越しに白い光が沁み込んだかと思うと、すぐさまその眩い光が弾かれた。

 

 

「やっぱり、少しだけしか取れなかったかしら。もう少し、早く来ていれば......」

 

 

どこか沈鬱な表情を浮かべたベアトリスの手の中には、謎の黒い(もや)があった。

呼吸が安定してきたスバルが、その靄の正体を、まず何故か靄のようなものが体内にあったのかを聞く前に、ベアトリスがそれをぐしゃ、と手で握り潰した。

 

 

「そ、今のは......何だったんだ?」

 

 

「忌まわしい術式の元なのよ。なんでお前がこんな物をかけられていたのかは知らないけど、もう手遅れかしら。あと二、三時間は経ったら死ぬのよ」

 

 

 

煩わしそうに、靄を握り潰した手をもう片方の手で払う仕草を見せるベアトリス。だが、スバルにはそんなベアトリスの行動すら頭に入らなかった。

 

 

手遅れ。

 

 

その言葉が一体何を意味するのかを理解できないほど、スバルは愚かではなかった。

自分はもう助からないのだと伝えられた瞬間、スバルは先程とは比べ物にならない程の不快感と倦怠感に苛まれた。

 

 

 

術式とは。

 

あの黒い靄の正体は。

 

この身に起こっている状態は何なのか。

 

 

 

「......っ、ぉえ」

 

 

 

体の中身がぐずぐずに溶けて、全部一緒くたに掻き混ぜられたような不快感。

込み上げる吐瀉物(としゃぶつ)が口の端から垂れ流されそうになり、スバルは思わず扉を開けて廊下に出た。

 

 

 

「──待って!!」

 

 

 

部屋の中から叫ぶような声が聞こえたが、今のスバルの脳内はそれを全く聞き入れない。

ただ、涙がスバルの顔面を汚していく。

 

 

それほどの醜態を晒しながらも、ベアトリスから状態を聞かされたスバルの脳裏にあるのはたった一人。

 

 

 

──エミリア。エミリア。エミリア。

 

 

エミリアのところに、行かなくてはならない。

 

 

 

使命感が、義務感が、言葉にできない感情がスバルを突き動かしていた。

自分の命に拘泥する、ある種当然の自己保身すらも、今のスバルにはなかった。

 

ただエミリアの居室を目指して、走る。

 

ベアトリスがスバルに何かをしてくれたのか、部屋に入る前の状態よりは遥かに良くなっているだろう。

 

 

ただ、それでも尚、今もスバルの体をあの黒い靄は蝕んでいる。その事は徹底してわかる。

全身がだるくなってくる。呼吸は荒く、キンと甲高い耳鳴りが鳴り続けている。

 

 

だから、スバルがその奇妙な音に気付いたのは、ただの偶然だった。

 

 

 

──まるで、鎖の鳴るような音だった気がした。

 

 

違和感に体の動きが止まる。なんとか立ったままの姿勢を保持しようと、壁に体を預けて音のする後ろを見やる。

 

 

 

「──う?」

 

 

次の瞬間、衝撃がスバルを弾き飛ばしていた。

 

 

大きく全身がぶれ、壁に預けていたはずだったからだが吹き飛ばされる。

何度も地面を跳ね、スバルは自分が何かとてつもない衝撃を受けたと気付いた。

 

 

痛みは、ない。

 

 

ただ、手足の末端から腹の中身まで、全てがシェイクされたような不快感がある。

 

 

「なに、が......」

 

 

あったのか、と口にして、どうにか体を起こそうと地面に手を着く。だが、震える腕は地面を掴んでも力が入らない。

おかしい。力が、バランスが取れない。右腕がこれだけ頑張っているのに、左腕は何をしている。どこへいった。

わけのわからない苛立ちに、スバルは役目を果たさない左腕を睨み付ける。

 

 

──自分の左半身が、肩から吹っ飛んでいることに気付いた。

 

 

 

「──あ」

 

 

 

傷口の存在に気付き、痛みがスバルの全身を雷のように駆け巡る。

もはや痛いとも熱いとも表現できないそれらは、スバルの喉を塞ぎ、絶叫する余裕すら与えずのた打ち回らされた。

 

 

先程の治療なのかも怪しい行為の所為で、意識だけははっきりとしていて、余計に痛みを感じ取れてしまう。

 

 

 

 

死にたい。死にたい。死にたい。死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい。

 

 

 

だが、鎖の音は依然近づき、確実にスバルを死に追いやろうと迫ってくる。

 

 

「誰だ、て、めぇ......!」

 

 

死の間際に、スバルは最後の力を振り絞って、鎖を鳴らしながらこちらに近付く影を、薄暗い廊下の中で睨んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──彼が最後に視界に捉えたのは、鎖を鳴らしながら此方を見る、どこかで見覚えのある青髪の少女だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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B・M・T


メリークリスマス明けましておめでとうございます今年もどうぞよろしくお願い致します。

25000UA&お気に入り400件(行きそう)、ありがとうございます。


 

 

 

 

 

「.........」

 

 

見る者の脳内を滅茶苦茶にかき混ぜるかの様な、視界に広がる混沌とした世界から目を覚ました少女。

 

 

「──ああ、もう」

 

 

つい先程まで、異世界からやってきた男──ナツキ・スバルと物騒な会話(いのちのやりとり)を繰り広げていたベアトリスは、最終的に自身の目の前でスバルが襲撃者(青髪の少女)に体を真っ二つに引き裂かれるという形で終わり、最悪の目覚めを迎えていた。

 

先程の一般的な感性の持ち主なら誰しもが恐怖し、トラウマなんて生温い、一生悪い意味で心に残るであろう恐ろしい光景を見てしまったからか、その幼い体は不安そうに震えている。

精霊といえども、怖いものは怖い。恐怖という感情は、やはりいつの時代でも万人共通──

 

 

 

 

 

 

「もう一体全体どうしてやったらいいってんのかしらー!!!」

 

 

 

 

 

──という訳でもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう! もうっ!! アイツと来たら! せっかくベティーが懇切丁寧に最初から説明してやったってのに!!」

 

 

 

このロズワール邸で、普段から一番物静かで騒ぎ声の一つもない()()部屋、禁書庫。

 

奥の方に設置されている、辺境貴族の屋敷らしい豪勢なベッドの上でぽすんぽすんと跳ねる、一人の影があった。

 

 

 

「思い返せば思い返すほどムカついてきたのよー!!!」

 

 

 

──その少女の名は、ベアトリス。

ロズワール邸の禁書庫の番人であり、何だかんだあれこれ言いつつもとりあえずスバルのことを第一に考えて()()、可愛らしい少女である。

 

 

「はぁ、はぁ......けほっ、いいい一旦落ち着くかしら......」

 

 

改めて冷静さを取り戻しても尚怒りが残っていたのか、本能的に手に取ったお気に入りの本のカバーも、少し折れてしまっている。

 

目元を涙で潤し、癇癪を起こしている姿は、まるで年相応の子供のようで。

 

 

「......もう、もう.......」

 

 

 

自らの想いが通じてくれないからか、やけになったのか。

ベアトリスはただ一人、自分以外誰もいない禁書庫の中で、声高らかに宣言した。

 

 

 

 

 

「──スバルなんて知らないっ!!!」

 

 

 

 

 

 

ナツキ・スバルの苦難は、続く.......

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────!!」

 

 

自分の絶叫で目を覚ます、という経験はこれ以上なく心臓に悪いものだ。

布団をはね飛ばして覚醒したスバルも、息を荒げながらそんな衝動を味わっていた。

 

「ひ、左手......ある、あるよな」

 

何かを掴もうとしたかのように、虚空に左手が伸ばされている。

千切れて、吹き飛んだはずの左半身は健在だ。右腕で抱くようにしてそれを確かめ、スバルは短い間に味わった喪失感の壮絶さに、空っぽの胃袋を嘔吐感に震わせた。

改めて、スバルは復活した左手を見る。

 

手の甲に傷跡はもちろんない。吹き飛んだ跡も、犬に噛まれた傷跡もだ。

 

 

「また、戻ってきちまった......いや、戻ってこれたって言うべき......か?」

 

 

傷跡の消失は、スバルが運命に敗北したことを意味する。

時間を逆行してきたのだ。あるいは、リベンジの機会を与えられたと言ってもいいが。

 

顔を上げ、スバルは自分が今、何時のどこにいるのかを意識した。

 

とにかく、まずは時間の確認を──そう思い至った時だ。

 

 

 

スバルがふと部屋の片隅に目をやった時に、()()は視界に入ってきた。

 

 

 

「──ひっ」

 

 

部屋の隅で、抱き合うようにしてスバルを見ていた双子。

 

その()()()()()()()()()だ。

 

 

 

スバルは()()()()()()()()

 

 

 

普段から少し毒のある言い方だが、その節々から優しさを感じられ、スバルが比較的好意を抱いていた、青い髪の少女。

 

時には笑い、スバルの冗談にもなんとなしに答えてくれ、色々な経験を通じて確かに打ち解けた筈の、青い髪の少女。

 

 

 

──そして昨日、いや前の世界で確かに、スバルをその手に持っていた鎖と武器で─────

 

 

 

 

「ぐ、うぅっ......! と、とにかく落ち着け、俺......レムがそんな事を、あんな酷いことをしてくる訳がねぇ......!」

 

 

ただ、冷静になる為に漏らしたはずの、何てことのない発言。

しかし、そうして落ち着こうとするにつれて、スバルの脳内で、前の晩での思いが蘇る。気付けば、あれだけリラックスしていたはずの体も、両手は尋常ではないほどに震え、心臓は周りにも聞こえてしまっているのではないか、と自覚するぐらいには鳴っている。

 

 

 

疑う。蘇る。疑う。蘇る。疑う。蘇る。疑う。蘇る。

 

 

 

しかし、世の中はスバルを中心にして動いている訳じゃない。明らかに普通ではないスバルの状態を見た二人のメイドが、ベッドの上で震えるスバルの元へ、一歩、一歩と近付いてくる。

 

 

 

「───」

 

 

ついに抑えきれずに、スバルが叫んでしまおうとした所、近くまで来た青髪の少女が、その口を開いた。

 

 

 

「あの......大丈夫、でしょうか。お客様......」

 

 

 

おずおずと、まるで少し人見知りな大人しい少女の様な優しい手が、スバルの少女より一回り大きい手に重ねられる。

 

 

「──あ、」

 

 

その瞬間、スバルは初めて、()()()()での人の温もりに触れた。

 

自分でも訳の分からないまま、涙が頬を伝って落ちる。

 

 

そう、スバルがどれだけ疑おうとも、この少女と過ごしたあの日々は偽物ではなかったのだ。

 

その事について改めて気付かされたスバルは、青髪の少女──レムの手を、割れ物を扱うかのように、しっかりと握りしめる。

 

 

「何だ、その......疑って悪かった。やっぱり、俺はもう一度、レムを信じてみる事にするよ」

 

 

ニッと笑い、あの夜の襲撃の事など忘れて、レムに笑いかけるスバル。

これでいい。これがとりあえず、今の自分にできる精一杯の努力なのだ。

 

 

 

しかし改めて考えると、この世界では丸っきり初対面の相手な訳で。

 

スバルのその言葉を聞いた後、メイドの二人はまた即座に部屋の片隅に行き、お互いを抱き締めるようにして震える。

 

 

「ね、姉様姉様、不審者です。特に対面した覚えもないのに、手を握られました。かなりやばい人です。エミリア様の恩人とは言え、どうすればいいんでしょうか」

 

 

「レムレム、とりあえず一旦落ち着きなさい。まずはこの方、いやこいつの動向を見るのよ。次に手を出そうとして来たら、即座に対応するから安心してちょうだい」

 

 

「あー! やらかした! おもっくそ真正面からやらかしちゃったなこれ!! あれこれもう既に詰んだ感じ!?」

 

 

 

今更、スバルがどう取り繕うとも、もう遅い。

 

どうやら二人のスバルに対する最初の警戒心は、歴代のループの中でのマックス、そして友好度も最低レベルにまで陥ってしまったらしい。

 

 

こうなったら、もうスバルに出来ることは一つしか残されていない。

 

 

布団を蹴飛ばし、即座に姉妹の一歩手前辺りまで、驚異の身体能力で飛ぶ。そして、

 

 

 

「すみませんでしたぁぁぁ!!!」

 

 

 

日本古来の伝統の謝り方、最高峰の誠意の表し方。

 

 

 

土下座(DOGEZA)だ。

 

 

 

 

 

 

 

かくして始まった、スバルのロズワール邸、三度目の初日。

 

 

 

三度目してどうやら、この屋敷のほぼ全員から、苦手意識を持たれてしまった上でのスタートである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──あの後、世にも珍しいエミリアからの本気のお叱りを受け、体もメンタル共々疲弊して疲れきってしまったスバルは、とある人物に会いに行く為に、屋敷内の廊下を歩いていた。

 

 

「んー、どこだろな、こっちか? いーやこっちは何となく違う気がするんだよなぁ......」

 

それぞれの部屋に繋がる特に代わり映えのない扉を見ては、考え、また歩き出す。

 

そう、何を隠そう、疲れたスバルを何だかんだ癒してくれるであろう、ツンツンしているのにいざという時にデレデレな少女、ベアトリスに会うためである。

 

 

「お、多分この扉だな。俺の秘められた野生の勘がそう言っているような気がする」

 

 

どこからその自信が湧いてくるのか。しかし今まで百発百中ということもあり、スバルの中では赤子の手を捻るかのように扉渡りを破っていく。

 

扉を開けると、懐かしい古本の匂いが漂う、スバルにとってもこの上なく落ち着く空間、禁書庫が開かれる。

内心、またいつもの様に罵られるんだろうな、と思いながらも、何故か口角が吊り上がったまま、あの少女との会話を楽しみにしている。

 

 

「いんや俺、ロリっ子に罵詈雑言を叩き付けられて喜ぶような変態ではないんだけどな......おーい! ベアトリスー!!」

 

 

そう元気よく声を発し、ゆっくりと一歩ずつ歩いていたスバルの視界に、ベアトリスが捉えられた。

しかし、どこか様子がおかしい。

 

 

「お、おい、ベアトリス? どうした?」

 

 

いつもなら、名前を呼ぶだけで生意気な口を効いてくるはずの少女は、ベッドに顔を押し付けたまま、動こうとしない。

 

最初は寝ているのか、とも思ったスバルだったが、足を止めてよく耳を済ませると、ベッドの方からすすり泣くかの様な、くぐもった声が聞こえてくる。

 

 

これはおかしい。

 

あのベアトリスが泣くだなんて、よっぽどの事だ。そう突発的に判断したスバルは、すすり泣くベアトリスの体をやや無理やり起こし、顔を見合わせる。

 

 

──いつも済ました顔をした少女の、初めての泣いた顔だった。

 

 

「おい、大丈夫か! 何があったんだ、ベアトリス!!」

 

刺激しない様に、しかし焦りの含んだ様子でベアトリスの体を揺らすスバル。

 

 

 

しかし、

 

 

 

 

「──む、」

 

 

 

「......む?」

 

 

 

「む"らく"う"ぅ~!!」

 

 

 

「おわぁーっ!?」

 

 

 

少女が泣きながら陰魔法を唱えると同時に、スバルの体から重力が消える。

 

 

「う " ぅ "え "~ん!!!」

 

 

「ちょっちょっちょっと待てぇーい!! いやほんとに待って!! そんなに振られたら腹ん中何にもないのにゲロる! リバースする!!」

 

 

ベアトリスが顔を歪めながら、手をあっちこっちに動かしてスバルを自由に動かし操作する。

 

「す "ばる" なん" て"知らない~!!」

 

 

「待て!! 一応言っとくけど状況的に泣きたいのはこっちの方だからなベティー!!」

 

 

「ずばるに名前よん"でも"らえた"ぁ~!!」

 

 

「あっこれダメだわ......俺、また吐くのか......」

 

 

 

 

これだけの災難続きでも、まさか全て自分が原因で引き起こされた行為だとは、スバルは知るよしもない......

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「......え~と、つまりどういうことですと? ベアトリス様?」

 

 

「すばるの手、あったかい......」

 

 

現在、禁書庫にたった二人。

 

 

目付きの悪い青年と、何も穢れを知らなさそうな美しい少女が二人、青年が少女を膝の上に乗せる形でようやく会話が成立している。

 

思えば、今までずっとスバルは何かあれば当たり前のようにベアトリスを頼っていた訳だが、よく考えてみればこの少女も一人の幼い子供なのだ。

そう、改めて再認識させられたスバルは。

 

 

「......いやあのさ、ベティーが泣いてた理由はよく分かんねぇけど、とりあえず......」

 

「な、なんなのよ......」

 

 

「お前、結構かわいい一面、あるんだな......」

 

 

「エル・ミーニャっ!!!!」

 

 

「いや割りとマジで洒落になんねぇよそれ!!」

 

 

 

 

最終的に茹で蛸の様に顔を赤らめた少女が、無力なスバルに陰魔法を無駄撃ちするという結果でスバルの三度目の初日の半分は終わった。

 

 

 

 

 

 

 





ベア子をデレさせていいのは四章以降です。

ベア子を可愛がっていいのは四章以降です。


皆さん肝に命じておきましょう。


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泣いて泣き喚く時間すらも

 

 

 

 

『腸狩り』エルザとの死闘を繰り広げてからこの屋敷に移動して来て最早三週目にもなるスバルは、未だ自らに降り掛かる様々な驚異や問題に、頬杖を付きながら天井を見やり、大きなため息を付いた。

 

 

 

もう何度目になるかも分からない、禁書庫に来て読めない字で記された本を解読する時間。スバルは何かと暇な時間でも、少しでも安全な場所に居ようと姉妹(レムラム)を避け、この場所に転がり込んできた。

 

 

 

「はぁ.......もうなんか、このまま何も考えずにただエミリアたんとこう、良い感じのイチャイチャ生活を送りてぇんだけどなぁ......」

 

「一体何を言っているのかは分からないけど、わざわざ()()禁書庫内で話すような内容に値しないことってのはよぉく分かったかしら......」

 

「仕方ねぇじゃん。だって俺、今回......いや、使用人じゃなくて客人扱いで居るんだもんな。ぶっちゃけ、やることがない」

 

「だからってここに来ていいとは言った覚えがないかしら!!」

 

 

今までは使用人として屋敷の人々と交流を深めていたスバルだったが、今回はそれすらも止め、客人としてもてなされる日々を送るスバル。以前と違い仕事もないと言うのに、その顔にはあまり覇気がない。

 

ただ、ぽろっとこぼれ落ちたスバルの思い。当たり前の様に日々を過ごすことすらも危ぶまれる異世界の残酷さに、改めて前世の世界 (地球)の平穏さとありがたみを感じるスバル。

 

そんなスバルの妄言を嘲笑うかの様に、自らの背の倍近くある本棚に置かれている本を取る為に四苦八苦している少女の言葉。

 

健気にぴょんぴょんと跳ねている姿があまりにも可愛らしくて、このままこの少女がどうやって本を手に取るのかを暖かい目でずっと見守っていたくなったが、少女が失敗する度に、スバルの方をちらっと見てくる。

ついに耐えきれなくなって、慣れた手付きでベアトリスを優しく抱え上げると、ちゃんと本を手に取ることが出来たらしい。

 

キラキラとした目を浮かべてこちらを見やる少女と、二人して顔を合わせてハイタッチである。

 

 

 

「って違うのよ!!!!......くうぅ~......どうしてこうも、ベティーの背はっ、憩いの時間を邪魔してくるのかしらっ!」

 

「いやもう自分の体恨むのは迷走し過ぎだろ.....というか、何でそんなわざわざ高い所によく読む本を置いたんだ?」

 

 

「別にベティーも置きたくて置いた訳じゃないかしら。......ちょっと前にあのメイド姉妹の妹の方が、急にベティーの部屋を掃除しに来た時に......」

 

「あぁなるほど、もう大丈夫だ。確かにあいつ(レム)はそういう所あるよな」

 

「まだここに運ばれてきてたったの二日しか過ごしてないお前が、どうしてそんな分かりきった風にするかしら......」

 

「んまぁ、お前らが()()でも俺にとっちゃよく知った場所なんだよ、ここは......というか、それ言うなら初日でわんわん泣きついて俺にタックルしてくるベティーの方が......」

 

「ああぁあ!!!! ちょっとやめるかしら!! そんなことない、なかったのよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

少し、目線を下にやる。

 

 

顔を赤潮させながら、手を丸めてぽかぽか叩いてくる、神に愛されたかの様な可憐な少女。

喋りかけているのに返事が帰ってこないのが気になったのか、心配そうに自然に上目遣いで覗き込んでくるベアトリス。そんなどこかあどけない様子がおかしくて、思わず笑みが溢れて、少女の頭を撫でてしまう。

 

 

「んぅ?......そんなに撫でても、ベティーがそう簡単にスバルになびくかと思ったら、大間違いかしら!」

 

 

 

今はただ可愛らしいが、これから何十年と経つと美しい美少女に成長するんだろうな、と少し下拙なことが思い浮かぶ。

 

 

 

 

 

 

思えば、この屋敷で一番関わりの深い少女。

決して一度もスバルを裏切ることもなく、ずっと味方でいてくれた少女。

 

 

 

 

 

この少女(ベアトリス)となら、幸せに暮らせるだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ああ、このまま()()()とどこか遠くへ逃げてしまえば、どんなに楽に──────

 

 

 

 

 

 

「......バル、スバル!」

 

 

「うおぉっ!? き、急になんだよ......」

 

 

たった今考えていた事なのに、ベアトリスからの呼び掛けですぐにその思いが離散して消え去った。

 

「急にと言うか、ずっと呼んでたのよ......もう一日の半分ぐらいをここ、禁書庫で過ごしてて......あのメイドの二人や銀髪の小娘がだいぶ心配してるみたいかしら。ちょっとは顔見せてやったらどうなのよ?」

 

 

「......あ」

 

 

 

何故だろうか。

 

スバル自身はつい先ほど、昼頃に()()()来て本を読み始めた様な感覚なのに、外はもう日が沈み始めてきている。

 

 

 

日が沈むと、また夜が来る。

 

 

この世界へ来てからスバルは、いつしか夜と言う時間が嫌いになっていた。

何故なら、夜は何が起きるか、起きてしまうのかが全く予想出来ないからだ。

 

 

スバルがこの世界で安心して眠れた夜は、あまりない。

 

 

 

──起きたら今まで築き上げた物が全てが元通りになっている。そんな事は、もう何度も経験した。

 

 

ただ、死ぬのが怖い。

 

一人で眠る、夜が怖い。

 

 

 

 

「......は」

 

 

悲しくもない、どこか痛い訳でもないのに、何故か涙が溢れ落ちて止まない。

 

 

スバルの心は、もうとっくに崩壊を始めていた。

 

 

 

「な、ななな、何で泣くのかしら!? こんな事いままで.....いや、寂しいのかしら? あぁもうどうしてやればいいのか分かんないのよ!」

 

あたふたと手を動かし、自身の服でスバルの涙をそっと拭うベアトリス。

 

スバルは今の自分が、どんなに惨めな姿を晒しているのかも分からない。けれど、たった今ようやく解った事があった。

 

 

 

 

 

 

「ほ、ほら泣き止むのよ。......一緒にお風呂入ってやるから、りらっくす? するかしら。よし、行くのよ!」

 

 

「......あぁ」

 

 

 

この少女ならきっと、何があってもスバルを裏切らないだろうと言う、陰謀渦巻くこの屋敷では有難い確信だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、まぁベティーの手に掛かればこんなもんかしら。ほら、背中流したげるのよ」

 

 

「......お前、ほんと良いお嫁さんになれるよな......」

 

 

「よ、嫁っ......!?」

 

 

普段はツンツンしているが気も配れて、お風呂でのケアも完璧なベアトリス。少し洗い方を変えるだけで、スバルの髪がサラサラとした手触りに変わった。

 

何気なく、そう呟いてみたが、スバルがお嫁さんになれると言った途端、両手を頬に着けて顔を赤らめ、体を左右に揺らし始めた。

誰のことを思っているのかは分からないが、この年頃だ。きっと、好きな男の子の一人や二人ぐらい居るのだろう、とスバルは適当な解釈をし、熱いお湯へと体を浸からせる。

 

 

 

と、ここでようやく、スバルはある一つの事実に気付いた。

 

 

(......あれ!? これってもしかして、女子との混浴的なあれじゃねぇの!?)

 

入ってから気付くのまでが、大分遅い。と言うか、混浴自体なら二週目の時にもしていたのだが、こき使われて疲弊し切っていたあの頃とは違い、頭もしっかり冴えている状態だ。

 

 

「俺はエミリアたん一筋俺はエミリアたん一筋俺はエミリアたん一筋...........」

 

「うるっさいかしら!!! 告白練習なら上がってからやってろなのよ!!!」

 

 

「これは煩悩退散的なそういう儀式だから仕方ねぇだろ!!」

 

 

意識してからはあまり見ないようにしていた少女の水浴び姿をちら、と少し盗み見する。

 

普段とは違い、くるくるロールの髪じゃなく綺麗なロングのクリーム色の髪。

幼い筈なのにその姿は一周の絵画の様に思えるほど美しく、スバルの鼓動も鳴り止まない。

 

 

「......っぶねぇ、エミリアたんと言う俺の天使が居なかったら、マジで完全に心奪われる所だった」

 

独り言のつもりで言ったのだったが、どうやら体を洗っていた少女にもしっかりと聴こえていたらしい。少女にしては珍しい悪戯っぽい笑みを浮かべながら、スバルの方へ向き合うと、

 

 

 

 

「ふふ、このままベティーに惚れてみても、だなんて......」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「~っあぁー!!! もうマジでのぼせるわこれ!! そんじゃベティー! 今日はありがとな!! じゃまた!!」

 

 

「まぁ元気になったようなら良かったかしら。次もそのぐらいの調子で来るなら、ぞんざいな扱いは少しは緩めてやろうとするのよ!」

 

 

「やっぱお前ツンデレだよな!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

スバルの決意は固まった。

 

 

 

──さあ、物語を動かそう。

 

 

大切な人たちと、同じ朝日を迎えるために。

 




ストーリーの進まなさ。
もうすぐ投稿してから一年が経つと言うのに、まだ二章です。


ここまで読んで下さり、ありがとうございました。


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陰謀とお酒

お久しぶりです。

IFルートのスバルくんが可愛すぎて書かねばならない使命感が湧きました。
性別変わってもショタベア子は可愛いんでしょうねぇ...







 

 

 

 

 

スバルにとってはもう三回目にもなる、三日目の朝。

 

 

 

 

 

昨夜、金髪の縦ロールがチャームポイントの可愛らしい少女、ベアトリスに崩壊寸前の心を癒して貰った時の惨めな自分の姿を思い出して悶絶しながら、相変わらず一人で使用するには少しばかり広さを感じる客室のベッドで、スバルは自身が二周目で体験した全ての出来事の軌跡を辿っていた。

 

 

「......えーと、まぁ姉さまことラムに多種多彩な雑用を押し付けられたり、ベティーが入浴中に乱入してきたりベティーが俺に読み書きを教えてくれたりしたのは別にいいんだけど......」

 

 

思い返しても何故かベアトリス(金髪ドリルロリ)に関する事ばかり出てくるのは、スバルのあの愛らしい少女への依存度を示しているのか。スバルの口元から、自然に笑みがこぼれた。

 

 

しかし、悠長に良い思い出ばかり思い出していても、話は進まない。一日、一日記憶を呼び覚ましていく。そしてついに、スバルが死んだ四日目の事を思い出す。

 

 

 

 

───夜、途轍もない吐き気に襲われ。

訳も分からず禁書庫に潜り込み、ベアトリスに呪いを少しだけ払ってもらったと思ったら、青髪の少女に頭を潰され、死んだ。

 

 

 

「改めて振り返ると、理不尽過ぎるだろこれ......」

 

 

誰がどう考えようとも予想できない急展開。

 

一体何故自分に『呪い』なるものが掛かっていたのか、何故スバルは呪いを掛けられたのか。

 

そして何故、青髪の少女──レムに殺されたのか。

 

 

 

「一番最後に関してはレムを信じることにしたから、まぁいい。問題は呪いってやつなんだよなぁ.......」

 

 

 

スバルがどれだけ思考を巡らせようとも、分からないものは分からない。

 

一体いつ掛けられたのか。

 

 

そもそも呪いとはなんなのか。

 

 

 

「思い出せ、思い出せ俺......! いや正直思い出したくないほど苦い記憶だけど、あの日確か......」

 

 

 

スバルがあまりの苦痛に悶える中、少女が優しく手に取って、触れた場所を思い出す。

 

 

そう、確か手元を──

 

 

 

「──手の甲」

 

 

 

時計が刻む音しか聞こえない部屋で追憶する度、壊されたパズルピースが元に戻る様に、全てが当てはまって行く。

 

 

スバルの考えうる限りでは、二周目で手の甲に触られた事など、数える程しかない。

その中でも一番スバルの印象に残っているのは、村へ買い出しに出掛けた時。しかし、

 

 

「これが俺の思う想像通りだったら、まずいなんてどころじゃねぇぞ......」

 

 

 

さっきまで暖かい毛布に包まれていたはずなのに、急激に全身が冷え、身体中から冷たい汗が吹き出る。

 

 

「......とりあえず、動かねぇと」

 

心の底では冗談だと思っている事が、今は脳内を埋め尽くして他の考えを入れる余地がない。

スバルは素早くベッドから飛び起き、粗方シーツなどを綺麗に整えた後、部屋から出る為にほぼ無心で扉を開け──

 

 

 

「痛ってえぇえ!!!」

 

「お、お客様お客様、申し訳ございません......まさか、扉の正面に立っていたとは思わず......」

 

「レム、レム。ほら見て、バル......真正面から額をぶつけたお客様のこの顔を。実に無様ね」

 

 

「おいちょっと待て!! 俺今回客人の筈だよね!? なんか扱い酷くない?!」

 

 

 

 

 

鈍い音を立てて額と扉がぶつかる形で、三日目の朝が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

客室から食堂へ、いつもの様に双子の姉妹と足を並べて移動する。

 

そこにはもちろん、大した会話などは存在せず、ただ三人分の足音だけが響く、退屈な時間。

しかしそれも繰り返す度に変化も起こる。メイド姉妹の妹──レムが、口を開いた。

 

 

 

「お客様、お客様。......失礼な様ですが、お客様はいつ頃まで、ロズワール様のお屋敷に滞在されるつもりなのでしょうか」

 

「んーまぁ、特にこうしてこう!......って感じにプランというかこの先の予定がある訳じゃないんだが、まぁもうしばらくはここに居させて貰うつもりさ。......あと、そんなに他人行儀じゃなく、もっと『スバルくん!』みたいな感じで、気さくに呼んでくれてもいいんだぜ?」

 

「お気遣いありがとうございます。ですが遠慮させて頂きます」

 

「うん、何となくそう言われる様な気がしてた。......実際に言われると、マジに傷付くなぁ......」

 

 

「ハッ」

 

 

「もはや俺へのその舐め腐った態度を隠す気すらねぇな、お前......」

 

 

 

「笑っている姉様も素敵です」

 

 

「これ笑ってんのかなぁ......」

 

 

二人からしたら何気ない会話でも、スバルにとっては仲良くなる上での大切なコミュニケーション。

このまま警戒を解いていって、屋敷の面々からの信頼を勝ち取るのが、スバルの一旦の目標だ。

 

 

「お、そうこう話してるうちに食堂に着いたぞ~!......さてさて、今日の朝食はっと......」

 

いくら機転の利くスバルでも、まずは腹を満たさない事には何も始まらない。

ループを繰り返す毎に何故か朝食もしっかりと変わるため、()()()()点ではスバルの数少ない癒される時間が朝食なのだ。

 

 

「おぉ、これはどっからどう見てもふかし芋......朝からこれってのも少し重たい気がするけど、まぁ俺は全然行けちゃうんだよな」

 

「ありがたく食べなさい、お客様。今日のふかし芋はラムお手製の......ふかし芋よ。」

 

 

「なんか溜めて言うから普段と変わった所があるのかと思ったら変わんねぇのかよ!」

 

 

相変わらず掴み所のないマイペースな性格のラムに翻弄されるスバルは、対して疲れてもいないのにため息が出てしまう。そこに、

 

 

 

「おはよう、スバル。元気なことはいいことだけれど、朝からそんなにムリしちゃ、せっかく休まった体がすぐに疲れちゃうわよ?」

 

「おぉーう! 今日も朝っぱらから世界一可愛い微笑みと心配事だね、おはようエミリアたん!」

 

「......ふふっ、もう、ほんとに調子良いんだから」

 

 

銀色の透き通った長髪を靡かせながら、それに見合った美しい笑みを浮かべるスバルの思い人、エミリアが食堂の場にやってきた。

 

 

「ささ、早速頂きましょうか、エミリアたん! 俺、エミリアたんの横に座るからね!」

 

「はいはい、そう勝手に動かないの。スバルは元からそこに座るって、決まっているでしょ?」

 

「ふふふ、まぁな。だが今日はいつもと違って、ロズっちがこの場に現れない!......つまり、もうちょっとだけエミリアたんの方へ椅子を寄せても、怒られない日なんだよ?」

 

「そうね......あら? そういえば、ロズワールは?」

 

 

「すっげぇ軽ぅく流された! けどそれすらも美しい!」

 

 

スバルの何気ない一言に反応したエミリアが、側で控えていたレム、ラムにロズワールの様子を聞く。

 

 

「ロズワール様は、今日は大変忙しい日なので、朝食も自室で済ませられると仰っておりました」

 

 

「......そう、ありがとね。レム」

 

 

「いえ」

 

 

 

レムとエミリア。

どちらもスバルにとっては何かとよく喋る相手だが、二人がこうして直接会話を交わしているのは、数えるくらいしかない。

 

「せめてこのメンバーだけでも、エミリアたんを差別せずに、いつまでも仲良くしといて欲しいもんだな......」

 

 

 

ぽつり、と意図していない言葉がこぼれる。

 

 

が、その何気ない言葉に、少しだけだが、反応を示した人物がいた。

 

 

 

「......お客様、いえ、スバルくん。」

 

 

「ん? どうした、レム」

 

 

突然の名前呼びに内心動揺するスバルだが、ここで驚いてしまっては格好が付かない。

レムの声が一段と小さくなったことを踏まえて、一言一句聞き逃さない様に、耳を済ませる。

 

 

「スバルくんは......本当に、エミリア様の事がお好きなのですね」

 

どこか儚いような、驚きを含んだ目で、スバルに喋りかけるレム。そんなレムにスバルは、言い訳なんて存在しない、屈託のない笑みを浮かべながら、レムに話しかける。

 

 

 

 

「当たり前じゃんか。まぁ、なんか世間では魔女やら悪魔やらよくない目で見られてるっぽいが、そんなん関係ねぇだろ。差別とかそんな意味のない事、する方がおかしいんだって。......どんな奴でも、今を一緒に生きてる仲間みたいなもんだろ?」

 

 

度が過ぎてたらちょっと勘弁だけどな、と笑いながら話すスバル。

しかし、レムの顔からは驚きの表情が浮かんで止まない。

 

 

 

 

 

 

「......が無くても......ませんか」

 

 

 

「ん?」

 

 

「い、いえ。何でもないです、スバルくん。それでは」

 

 

 

 

語り終わると同時に食べ終えたスバルの食器を重ね、厨房へ持っていくレム。

その後ろ姿からはどんな表情をしているのかは、スバルには予想できなかった。

 

 

 

しかし、スバルにもやるべき事がある。

 

 

「......んー、朝食も無事済ませたことだし、早速ベティーの所にでも遊びにいくか!」

 

 

 

実際は、もっと真面目な話をする為に、禁書庫へ向かうのだが。

 

「呪いとか魔獣とか、アイツに聞きたいことは色々あるんだよな......」

 

 

だが、情報を得るにしても、あの生意気な少女にはその対価がないと、動いてくれない。

今までの経験からそう判断したスバルは、どうにかして情報を抜き出そうと、試行錯誤する。

 

 

「パック作戦はそろそろ申し訳なくなってきたし、まぁ俺がアイツと一緒に遊んでやるのも多分向こうから願い下げだよなー、いやどうすっかな......ってエミリアたん? そんなに可愛い目でこっちを凝視してどうしたの?」

 

一人であれこれ考えるスバルを、不思議そうな目で見つめるエミリア。

 

 

「ん、何でもない。ただ、スバルも色々、しっかり考えてるんだなって......少し、感心しちゃった」

 

 

「お? もしかしてエミリアたんの中での俺の株急上昇?」

 

 

「ふふ、ちょっと何言ってるかわかんない。......でも、見直したのはほんとよ?」

 

「よし、これからは頭脳系キャラとして......って、エミリアたん、それ何飲んでるの?」

 

 

 

ふふふ、と笑いの止まらないエミリアが飲んでいる物に視点を移し、もう一度微笑み続けるエミリアの顔を見るスバル。

 

 

「ふふ、ふふふ......」

 

 

「......エミリアたん、手に持ってるそれ、ちょっと俺に一口くれないかな?」

 

 

「ふふ、いいよー? スバルなら、はい」

 

 

頬を赤く染めながら、スバルへと中身入りのグラスを渡すエミリア。

中に入っていた物は。

 

 

 

「......これ、どう考えても酒じゃね?」

 

 

辺りに、依然として笑い続けるエミリアを除き、一瞬の静寂が落ちる。

 

 

「......なぁ、ラム」

 

 

「何かしら、お客様」

 

 

 

残りの食器を全て運び終えようとしていたラムへ、スバルがたった今生まれた、問い掛けを投げ掛ける。

 

 

 

「......今日の飲み物並べたの、誰?」

 

 

「ラムよ」

 

 

「うおぉぉぉお!! お前!! 何当たり前の様に即答してんだよ!!!」

 

 

にこやかな笑みを絶やさないエミリアを置いてけぼりに、瞬時にラムへ詰めかけるスバル。

 

 

「普通の飲み物と間違えて酒入れるとかドジか!? ドジっ娘か!? ていうかそもそも入れ物の時点で違ぇって分かるだろ!! なぁ!!」

 

 

「......一つの容器だけ繰り返し使用しているから、たまに間違うわ」

 

 

「お貴族様がリサイクルしてんじゃねーよ!!!」

 

 

 

明後日の方向へ視線を背けながら話すラムに、怒りを越えた何かをぶつけたくなるスバル。

だが、酒に酔っているエミリアを見たスバルは何かを思い付くかの様にエミリアの近くへ寄り添う。

 

 

「......なぁ、エミリアたん」

 

 

「んふふ、なーに? すばる、えへへへ」

 

 

「くっ......やべぇ、お父さん(パック)が居なかったら今頃手を出してる所だぞ、俺」

 

 

「おはよう、スバル。早速だけど、うちの可愛い子をこんな風にしたのは、誰かな?」

 

 

笑い続けるエミリアの髪から、するりと出てきたのは、可愛らしい見た目にそぐわない恐ろしい魔法を持つ銀の子猫。パックだ。

 

 

「おはよう、パック。戦犯はアイツです......っていねぇ!」

 

 

「うーんとあれをこうして......それっ!」

 

 

「......あれ? 私、何してたんだっけ.....」

 

 

「おはよう~、リア。これはまた、大人になってから飲もうね......」

 

「わ、私はもう立派な大人よ!.......あ、おはようパック」

 

 

どういう原理かは分からないが、パックによって酔いから覚めたエミリア。スバルとしては、もう少しだけお酒に酔ったエミリアを見ていたかったが、同時にある事を思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「......よし、ベティーから情報を抜き出す為の秘密兵器、見っけたわ」

 

 

 

 

 




次回:お酒vs金髪ドリル幼女、開幕



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不撓不屈の二人

リゼロ10周年、本当におめでとうございます!!!

ついでにこの小説も今日で一周年を迎えます。

いつも見て下さる皆さんに感謝です。


 

 

 

 

「へい、ロリっ子! 暇だから遊びに来たぜ!」

 

(きびす)を返している暇すら与えるつもりはないから今すぐ帰れかしら!!!」

 

 

通算何度目になるのかも分からない『扉渡り』を野生の勘が如く当たり前のように突破し、大胆にも右手に酒、左手にグラスカップを持ちながらずけずけと禁書庫へ入っていくスバル。

扉の前で木製の脚立に座り込みながら本を読む少女、ベアトリスは読書の時間での突然の妨害に既に苛立ちを隠せないが、それでもスバルは止まらずに歩み寄る。

 

これが禁書庫から出ることのない幼い少女への、スバルの精一杯の感謝の表れである。

 

 

「まぁいつもの様に話を聞け、ベティー。前にも言った気がするけど、そんなにツンツンしてると可愛い顔が台無しだぜ?」

 

 

「いったいどの属性魔法で吹っ飛ばされたいのかしら......」

 

「んまぁ、この辺りで無駄話は一旦終わりとして.....今日俺、実は一日フリーの日なんだよね」

 

 

「いつも無駄話しかしていない上に、やる事と言えばあの小娘の後を追いかけるかベティーの禁書庫に転がり込んでばかりなのよ......」

 

 

座り込むベアトリスの周りを延々と歩きながら、何気ない世間話に洒落混もうとするスバル。

その話に巻き込まれているベアトリスは半ば諦め状態で本を読み進めながら、これからスバルの口から開かれるであろう戯言に、耳を傾ける。

 

 

 

 

「単刀直入に言うんだが.....」

 

 

「嫌かしら」

 

「まだ何も言ってないんだけど!? あ、そうだベティー! 俺が今から言う話に耳を傾けてくれたら、久しぶりにあのお菓子あげちゃうぜ?」

 

「ベティーがそんなのに釣られる安い奴に見えるかしら?」

 

「......今ならなんとパックが付いてきまーす」

 

 

「......ま、まぁ話ぐらいなら聞いてやらんこともないのよ」

 

「さっすがベティー、話の分かる可愛い奴だぜ!」

 

「か、かわ.......」

 

思わずベアトリスの手を取り上下に振って、最後に二人でハイタッチ。ここまでは順調、と言わんばかりの余裕の笑みを浮かべるスバル。

後はスバルの計画を実行に移す為の、第一段階を済ませるだけである。

ここからの第一声が重要。これに失敗してしまえば()()()()()()もう打つ手なし、と言い切っても良いだろう。

 

 

 

「改めて、単刀直入に言うんだが.......」

 

故に、スバルは類を見ないほど懇切丁寧に、慎重に目の前の少女へ──

 

「......何かしら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「俺と一緒に一杯、お酒飲まない?」

 

 

「お前アホかしら?」

 

 

失敗した。

 

 

 

「何の捻りもないドシンプルな罵倒ありがとよ!! でも確かに今のは俺自身も客観的に見て何言い出してんだこいつとは思ったわ畜生!!」

 

 

「馬鹿もこれだけ進むと返って哀れに思えるかしら......まぁでも、ベティーはちょうど、暇していたのよ」

 

 

酒瓶とグラスを乱雑に机に置き、やけくそ気味に座るスバル相手に嘲笑の笑みを隠しもせずに見せながら、細く小さい手でグラスを手に取るベアトリス。

 

 

「だから、一日ぐらいなら......」

 

 

まるで、いつも使っている慣れ親しんだかの様な美しい仕草でグラスを傾け、スバルの分のワインも少量注ぎ込み。

 

 

「お前のその謎の魂胆に乗ってやってもいいのよ?」

 

 

目を細めつつ、少しばかり表情を和らげ、肘をつきながらこちらに微笑みかけ、グラスを渡そうとする少女の絵は、とても幼い美少女とは思えない程に美しく。

 

 

「......綺麗だ」

 

 

「ふふ、ベティーが美しくて綺麗だなんて、随分当たり前の事を言ってくれるのよ」

 

 

どうやらまだこの美しい少女の一歩先を行くには早いようだ、とスバルは内心思いつつもベアトリスから受け取った仄かに葡萄の香りがするグラスを手に取り。

 

カーテンさえも開いていない、昼間にも関わらず妖美な雰囲気の漂う室内で、軽快な音を立てて乾杯した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「にゃ~......頭がふわふわして、もう飲めないかしらぁ、すばる~......」

 

 

「ついさっきまでの自信旺盛な完璧幼女は何処へ行ったんだ、ベティー......」

 

 

この様である。

 

 

スバルとしてはまず、ベアトリスをお酒で泥酔状態までに持っていくの自体がかなりの鬼門だと踏んでいたのだが、嬉しい誤算だった。

今もスバルの目の前の少女は、頬をほのかに赤らめ、嬉々とした目で此方に幸せそうな笑みを溢している。

 

 

「すばるぅ......」

 

 

「お、おう! どうしたベティー!」

 

潤った瞳を向けながら腕の裾を掴んでくる様は、端的に言ってかなり可愛らしい。

本来の目的すらも忘れてしまいそうなほどの、ベアトリスという名の少女の愛らしさを、スバルは改めてこの身で体感し、震えた。

 

 

「だっこ......」

 

 

「これはマジに宜しくないな、落ち着け菜月昴......俺にはエミリアたんという名のちょっと抜けている女神がいる筈だ......」

 

たった今、魔性の幼女(ベアトリス)からの、常人であれば直ぐ様襲い掛かるであろうと言い切れる恐ろしい三文字がその口から発せられたが、スバルは今も自身の胸の中にある、大切な思い人(エミリア)を脳内に焼き付ける事でなんとか優しく抱きすえる程度に欲望を抑えられた。

 

 

「よし、今なら多分行けるぞこれ......」

 

 

 

そう。

 

そもそも、行き当たりばったり精神よろしくなスバルが、ここまで計画を練ってまで抜き出したい情報とは。ずばり、

 

 

「よっしゃ、早速呪いだとか何だとかを、ベアトリス先生から聞き出すとするか.......!」

 

 

 

あの夜、確かに何も分からないスバルに手を差し伸べ、体を治してくれたのは、紛れもない目の前にいるこの少女なのだ。

元来、スバルのベアトリスという少女に対してのイメージは、少しだけ魔法を扱える年頃の可愛い少女という認識だったのだが、最近はスバルの中での()()が崩れてきている。

 

──この愛くるしい縦ロールの少女は、恐らく魔法だけで言えばロズワールにも匹敵するのではないか、と。

 

 

 

「さぁ教えてくれ、ベティー! この世界にも、呪いってやつは存在するもんなのか? て言うかほぼほぼ百パーセントあるとは思うんだが、それはどうにかして対処できねぇのか!?」

 

「ふ、ふふふ......スバルったら、随分とおかしなことを聞きたがるのよ」

 

「......で、実際どうなんだ?」

 

 

何だか拍子抜けしてしまう程の暢気さだが、それも仕方ないと言えるだろう。この少女は今、大人でも即泥酔状態になりうるレベルの酒を飲んでいるのだから。

 

 

その所為だったのだろうか。

 

 

少女は頬を赤らめ微笑を浮かべながら、 とんでもない事を口に走った。

 

 

「呪いが全身を駆け巡る前に術式を破壊してやるだとか、そもそも呪いに掛からない様に予め保護魔法を掛けておくとか、色々出来んことはないのよ!! 何故ならベティーだから!!」

 

「うん、その点についてはマジで信用してるし最高レベルだとは思うわ、俺」

 

「ふふふ、もっともーっと褒めてもいいのよ......でも一番は......」

 

 

「一番は......?」

 

 

お前、もっと()()を使った方がいいかしら、とベアトリスが自身の頭を人差し指でとんと押し、それから口を開いた。

 

 

()()()()()()()()()()()()

 

 

 

ふふふ、と笑う少女のその顔が、一瞬だけ恐ろしい存在の様に思えた。

 

 

 

 

 

 

「.......えぇ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

未来。

 

 

それは、言葉で表すには簡単な物の様に見えて、最も深い物に位置する、不確定存在な言葉。

 

まだ起きていない、これから起こりうるであろう事柄に対して予め策を練る、と言うのはまさにスバルがこれまで行ってきた、数多くの事に通ずる。

 

 

しかし、その魔法の能力自体の限界値がどこまでなのかを知らないスバルには、その見える具体的な『未来』の範囲が、どの程度の物なのかは分からない。

 

 

 

 

強いて言うなれば、今スバルに分かる事は──

 

 

「ふふ、そもそも未来を見ることなんて、そうそうありゃしないったらないかしら......」

 

 

「わざわざ見てやる必要なんてない、ベティーが全て解決してしまえばいいのよ!!」

 

 

 

この世界でも向かう所敵なしと言えるレベルの、最高級のパートナーを見つけてしまったことぐらいだ。

 

 

 

 

「......やっぱお前、最高だよ、ベティー」

 

 

「誉め言葉として受け取っておくかしら?」

 

 

 

 

幼い手で持たれたグラスの中の葡萄酒が、僅かに音を立てて揺れた。

 

 

 




ついに二章も終盤に入っていきます......

オリベア子の言う未来は......何となく何の事かはバレていると思います。


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少女との小さな契約

お久しぶりです。

まず、七月の終わりという笑えないレベルで遅くなってしまってすみません。自分でも気付いたら夏休み入ってました。


そして、アンケートを取らせて頂いた結果の短編(ベアトリス√)は、二章が終わった後の番外編として投稿させて頂きます。


 

 

 

 

 

 

「ほー、やっぱいつ見てもマジに広いな、ここ。服装と顔のメイク以外完璧なロズっちに惚れかけたのはこれだけだぜ」

 

あんなヤツ(ロズワール)に感心も好感情も心底いらんかしら......というかさっさと歩けなのよ!」

 

「あいたっ」

 

 

ロズワール邸の有り余る金を、まるで誇示するかの様に広々とした、流石貴族と声を上げて叫ばんばかりの豪華な一室に、半裸の青年と幼女が立ち尽くす。

 

これからの方針を決める為の、わりと大事な禁書庫会議(スバル命名)を夜遅くまで続けていた最中だったスバルとベアトリス。

だが、たまたま扉渡りを破ってきたエミリアに咎められ、二人仲良く浴室にリラックスをしに来ていた。

 

 

「いやぁ、俺たちを慣れてない人の叱り方で怒ってくれるエミリアたんも可愛かったよなぁ......見たか、ベティー。あれが大人の魅力と余裕って奴だぞ」

 

「余計なお世話の上に、お前の大人の魅力の概念とち狂ってるかしら...... あと、アイツ(エミリア)じゃなくてもあの時間まで籠りっぱなしだったら怒られるのは明白なのよ!!!」

 

 

『もう、二人とも仲が良いのはいいことだけど、ちゃんとお風呂に入らなきゃダメでしょ! でもたまには読書しに行くのもいいわよね、あっその前に夕食も頂かなくちゃ!』と、腕を忙しなくあちこちに動かしながら此方に語りかけるエミリアの姿は、それはもうどちらかと言えば今夜の夕食を楽しみにしている子供さながらであった。

 

 

しかし、そんな事には気付く気配もなくエミリアに()()()()なスバルは、今も尚「やっぱりエミリアたんの一番可愛い所は~」「実は朝にあの窓から外を覗くとエミリアたんが~」など、ベアトリスの周りをくるくると巡回しながらその素晴らしさを布教している。

 

スバルが口を開く度に、ベアトリスに怒りの血管が浮き出て止まない大変な状況となっているのだが、同じくエミリアの良さを説いているスバルも止まらない。

 

「んでさ~、この後エミリアたん俺に何て言ったと思う? 聞いて驚くなよ~、なんと『スバルの事なんて、ちっとも好きじゃないんだから!』って!! これもう無意識のツンデ「というか!!」はい!?」

 

 

数分程喧しく喋っていたスバルも、ベアトリスによるかつてない本気トーンの雄叫びでようやく正気を取り戻した。

だが、時既に遅し。俯くベアトリスの背後には、それはそれは美しく光る紫紺の杭(エル・ミーニャ)が。

 

 

 

「......なぁベアトリス、俺にエルザみたく、お前の馬鹿強い魔法を根性で耐えるなんて芸当、出来ると思う?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んなことどうでもいい上に何でお前と入らなきゃならんのかしらー!!!!」

 

 

「お前こないだ一緒に入ったばっかじゃねーか!!!」

 

 

 

 

今日も、ロズワール邸の一部が破壊される。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気を取り直し、今だ怒りの冷めない少女を宥めるスバルは、なんとか仲を漕ぎ着けようと、ベアトリスの綺麗なクリーム色の髪を代わりに洗う作戦を立てた。

 

 

「んじゃ、洗うぞ。大人しくしとけよー」

 

「おっけー? なのよ。......んっ、中々上手いかしら」

 

 

他人の、しかも女の子の髪を洗うなんて経験は勿論持ち合わせていないスバル。

だが、昔テレビで少しだけ見た情報と持ち前の勘で、少女の髪を念入りにお湯で梳いた後、シャンプーを使い丁寧に洗っていく。

 

 

「ふわぁ......すばる、ほんとにしゅごいかしら......」

 

「あの、あんまり風呂場でそういう扇情的な声を上げるのは、服用意してくれてるラムに誤解生みそうだからやめとこうぜ?」

 

「んんぅ、わかったのよ......」

 

 

どうやら中々好評らしい。

 

自分の腕が異性の少女に、それも普段は傲慢や生意気という言葉をそのまま具現化したかの様なツンツンとした少女に褒められたスバルは、素直に自分の中の自尊心がわずかに上昇した。

 

そして、残念ながらスバルに()()()()()は無かった筈と自称しているが、最近どうも自分の中の許容範囲が広がってきている気がするのを自覚する。

 

 

「いや全然分かってねぇな! あぁくそ、俺はエミリアたん一筋エミリアたん一筋エミリアたん一筋......」

 

「ふにゃぁ~......ごろごろごろ......」

 

「猫かお前は! うちに子猫は一匹で充分だよ!」

 

 

「にいちゃはただの可愛い精霊さんなのよ~......」

 

「可愛い精霊はあんな恐ろしい魔法使わねぇよ......」

 

 

ふっ、と二人の口から笑みが漏れる。

 

昼間から通しで会議を、それも人の命に関わる事についてばかり話し合っていたのだ。

こうした他愛のない会話一つでも、引き締まっていた表情が自然と小さな笑いへと変わっていった。

 

「よし、そんじゃ流しちゃるぞ。目ちゃんと閉じといてな」

 

「合点承知かしら」

 

「言い回しが独特!」

 

 

しっかりと、少女の髪を滴る泡の塊を漏れなく流した後、改めてベアトリスの姿を見やるスバル。

前回入った時はしっかりと確認できなかった、普段は見ることない髪を下ろした少女の姿。

 

「ん? ベティーの顔に何か付いているかしら?」

 

「いや、そうじゃなくてさ......ちょっと思春期の男の子には大ダメージ過ぎる光景が広がってんだよ......」

 

「んー?......ふふ、そういう事なら、もっとベティーを恋い慕ってくれてもいいのよ?」

 

 

スバルが顔を赤くしながらそう呟いたと理解した途端、調子に乗った少女が、スバルに向けて可愛らしいウインクをする。

そんな年相応の仕草にも関わらず、どうしてこんなにも映えるのだろうか。

 

 

ただただ美しく煌めく、少女の金色に輝き夜の風に(なび)く長髪が、スバルの視界を埋め尽くす。

 

その空色に輝く瞳の中に映る蝶型の模様は、本来なら見る者全てをを魅了するだろう。

 

そして極めつけには、タオルで隠れてはいるが、幼いながらも整い、バランスの取れた体。

今まで幼女幼女と罵っていたスバルだが、これでは幼女と言うよりかは、一段階上の立派な少女だろう。

 

 

「......うん、こうして見るとほんとに綺麗だな、ベアトリスって」

 

「ふぁ!? きき、急に何を言ってくるかと思えば、ちょっとした軽ぅ~い謳い文句かしら! ベティーがそんなので引っ掛かると思うのは大間違いなのよ!」

 

何を思ったのか、頬をほんのりと赤らめながら、せかせかと腕を顔前で動かす目の前の少女が、ただ愛らしくて仕方がない。

 

「いやいや、ほんの少しだけ、お前に見惚れてただけだよ......」

 

「ベティーに見惚れるなんてこと、今更過ぎてどうってことないかしら」

 

 

「おーい、顔が赤いぞ? ベアトリス」

 

 

余裕のあるふりをしているが、生理的反応は正直らしい。先程までとは段違いに顔全体を赤らめた少女が、表情を隠しながら、スバルをお湯の張られた風呂へと誘導する。

 

「っ~もう! ほら、さっさと入って寝るかしら、スバル!」

 

「あぁ、分かった分かった」

 

 

 

 

どこまでも甘い二人だけの時間が、広い浴槽内に響き渡っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれからまた時間が経ち、二人は寝る前の最後の仕上げとして、再度禁書庫の中へ集まっていた。

 

 

「ほい、俺がキッチンから拝借してきたリンゴ......っぽいリンガだ、一緒に食おうぜ」

 

「......あの姉妹に許可は取ったのかしら?」

 

「あぁうん、明日全力で謝りにいく予定......じゃねーよ!! 第一俺がこんなに綺麗にリンゴ切れると思うか!?」

 

「いや、これっぽっちも思ってないのよ......あむっ」

 

「何でこの屋敷に住んでる奴らは、エミリアたん以外全員相手を立たせる気持ちすらなくド直球にものを言ってくるんだよ......」

 

「当主が当主かしら」

 

「なるほど」

 

 

食後のデザートにと、あの優しいメイド姉妹のどちらかが用意してくれたのだろう。綺麗なくし形に切られたリンゴが、彩りよく上品な皿に並べられている。

 

「というか、絶対これ用意してくれたのレムだよな。姉様そんな優しくねえし......聞いてる?」

 

「んー、ん。聞いてるかしら」

 

「ははーん、さては聞いてないな.......せめてなんか反応示そうよ!?」

 

しばらく二人は、無言の時間が続いていた。

片や乾いてきた髪を束ねて、リボンで結ぶベアトリス。

慣れているのか、その難解な結び方の途中に迷いは見えない。

 

「──リボン、自分で結んでるんだな」

 

「ベティーに他の奴なんて必要ないかしら」

 

「ふーん。......じゃあ、実のところ俺ってどうなのよ」

 

「もう誰も入って込れない様に鍵をかけたベティーだけの空間(禁書庫)に、さも当たり前の様に転がり込んでくる.....」

 

すごく、凄く不愉快な存在なのよ。

 

少女はその思いだけ口頭に浮かんで、やがて消えた。

 

 

「あー......その、引きこもりは将来に関わるからやめといた方がいいぜ? これ、同じ同胞の先輩として言っとくけど」

 

「ほんっとうに失礼極まりない奴なのよ!!」

 

「すまんすまん、まぁ一段落したところで、悪いが本題に入らせてもらう」

 

先程までふざけていたスバルだったが、すぐに気を引き締める。

今一度村の事について話をするという雰囲気を感じ取ったのか、ベアトリスもそれに続いて、スバルと対面した。

 

 

「さっき風呂んとこで、呪いもあるしそれを解除する方法もあると聞いた。その上で、だ。これから俺が言う事を、信じて欲しい」

 

「元よりそのつもりなのよ」

 

 

スバルの言葉を疑うでもなく、信じて付いてきてくれるこの少女が居なければ、どれだけ問題が難航していたことか。それとも、不幸中の幸いと言うべきか。

 

「まず......村の周りに森があるのは、ベティーもよく知ってると思う。それで、普段はエミリアたんが魔除けのアレをやってくれてるから村に寄り付かないけど、森の中に魔獣が居るだろ?」

 

「大体は分かるかしら。でも、それだけならいつもの事だし、魔獣避けの結晶石で事足りるはずなのよ」

 

「だよな。俺もそう思う......が、実は俺、こないだ村のガキんちょ共の所に遊びに行った時に、とんでもねぇ事に気付いちまったんだ」

 

「とんでも、ない事......」

 

 

スバルの言う事を復唱する様に、また此方に再確認してくる少女。

それに応える様に頷いた後、スバルは口を開く。

 

 

「アイツらが飼ってる、ちっちゃい犬が居るんだけどよ。恐らくそいつが......呪い持ちなんだ」

 

「何でそう予想しているかは知らないけれど......つまり、魔獣の子供を飼っている、って事かしら」

 

「いや、それが断言出来ねぇんだ。その可能性の方が高いような気もするが、もしかしたら呪いを掛けられた可哀想な犬っころ、ってだけかも知れねえ。ただ、あの犬がアイツらを噛んだ、なんて事になったら......」

 

「十中八九、術式を破壊しない限り死ぬのよ」

 

理解をしてはいたが、直接そうなる可能性が高いと指摘されると、風呂上がりのスバルの体に再び冷や汗が滲む。

子供達の事を考えたスバルは、ベアトリスへと真剣に向き直り、言った。

 

「恥も外部も捨てて、改めてお願いしたい。......ベアトリス、」

 

 

──俺を、助けてくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「......この借りは、高くつくのよ」

 

 

()の眼前で肘を付きながら微笑みかけてくる少女は、笑いながらそう言った。

まるで、最初からその言葉を待っていたかの様に。

 

 

「あぁ、百倍でも何でも返してやるつもりだ」

 

「それじゃ、今度にいちゃそっくりの、ベティーの為の等身大枕を作ってくれるかしら」

 

「あー、分かった。うん、材料あったらな?」

 

「そこはベティーにどんと任せろなのよ。......よいしょ」

 

 

何か恐ろしい契約が為された様な気がする。

が、言ってしまったからには、例え口約束でも果たさなければいけない。これはスバルの小さな信条だ。

 

すると、少女がベッドからその身を降ろし、スバルに小指を立てて近付けてきた。

 

「ん」

 

「ん?」

 

「ん!」

 

「......あー! うんうん、うん!」

 

「てんで締まらない奴なのよ......」

 

 

若干呆れられながらも、その指の意図がようやく理解できたスバルは、少女の目線に合わせる為にその身を屈める。

そして同じ様に小指を立て、互いに指と指を絡め合う。

 

 

「──汝の願いを聞き届ける。ベアトリスの名において、契約はここに結ばれる」

 

 

淑やかな声で、ベアトリスはそう告げた。

 

それを合図に、身体中を魔力の波が駆け巡るような感覚に襲われる。

だがその熱さをも気にさせない、目の前の少女の心強さ。

 

 

「──お前が手を握ってくれてたら、ほんと、何でも出来る気がするよ」

 

「ただし、短期間だけの契約ってことを忘れないでいて欲しいかしら?」

 

「あぁ、今はそれでも充分だ」

 

 

約束とは言えど、永続的でも何でもない、子供同士が行うような儀式。

しかし、その行為に意味があったという事は、この身に留まっている暖かさがそれをしっかりと証明してくれている。

 

 

ここに、仮初の契約が誕生した。

 

 

 

「さぁ、俺とお前の二人でやってやろうぜ......運命様、上等だ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






「そういえば、ロズっちに頼めば魔獣殺してくれんじゃね?」

「あいつだけは絶対にやめとけかしら」

「あ、そう......」

ここまで読んで下さり、ありがとうございました。


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