遊戯王 ああっ破滅の女神さまっ (ダルクス)
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女神さまとの日常編
第1話:「舞い降りた女神」


…親父が死んだ。ついひと月前の事だ。

 

俺の親父は考古学者だった。常に世界中を旅して渡り、帰ってくるのは一年に片手で数えるくらい。たまに帰ってきたかと思えば、怪しい発掘品やオーパーツを土産に渡される始末…はっきり言ってダメ親父の印象しかない。

しかし、そんなダメ親父でも、死んだと連絡が入ったときは悲しかった。

たった一人の息子を残して、親父は外国の遺跡発掘の調査の途中に落盤事故に遭い、そのまま帰らぬ人となった。

親父には兄弟も親戚もいない…故に俺を引き取ってくれる身内などいなかった。しかし、親父が死んだ後も、寂しいという気持ちには不思議とならなかった。きっと、親父の帰ってこない生活に慣れてしまっていたからだろう。

 

そんな親父の葬儀も終わって一段落し、ひと月ほど経ったある日、俺の家に小包が届いた。差出人は親父の研究グループの一人からだった。

包みを開くと、まず差出人が書いたと思われる手紙が入っていた。

 

『君のお父さんが自分にもしもの事があった時、君に渡してほしいと言われていた物だ』

 

手紙にはそう書かれていた。改めて届けてくれた物を見る。

 

「箱…?」

 

それは小さな箱だった。いや、おそらく親父が渡したかった物はこの中に入っているのだろう。

俺は蓋に手をかけ、ゆっくりと開ける。

 

「これって…カード?」

 

箱の中身はデュエルモンスターズのカードだった。箱をひっくり返して、掌の上にあけてみると、二枚のカードと一枚の紙切れが落ちてきた。

俺はまず、紙切れの方を手にとってみた。そこには親父の字で、こう書かれていた。

 

『某国を冒険中、私は精霊が宿るといわれているこのカードを発見した。だが精霊が出現するのは限られたデュエリストの手に渡った時のみと言われている。どうやら私はそれに値する人間ではないらしい…。お前になら、このカードが応えてくれるだろうと、私は信じている』

 

相変わらず、実の息子に宛てたとは思えないほどに堅苦しい文面の手紙を見て、俺は少し懐かしい気持ちになった。

そして改めて、カードの方を手にとってみた。最初は半信半疑だった。確かに俺も精霊の噂は聞いたことがあるが、それは所詮噂程度の物だと思っていた。

た紛い物を掴まされたんじゃないかと思い、まじまじとカードを眺めてみる…その時だ!

 

カッ!!

 

「うわっ…!?」

 

突然カードが光を放ち、俺は思わず握っていた二枚のカードを床に落とし、後ろに倒れ込んで腕で目を覆った。

光が止み、ゆっくりと目を開けてみると…。

 

 

 

「汝、世界の破滅を望む者か? 我が主よ…」

 

 

 

目の前には一人の女性が立っていた。

流れるような銀色の長髪…碧い瞳…そして手には赤いロッドを握っている。

 

「だ…誰…?」

 

面喰っている俺に対し、その女は静かな声で答える。

 

「我が名は『破滅の女神ルイン』。主のお呼びに与り、ここに顕現した」

 

 

 

これが俺と、破滅の女神ルインとの出会いだった…。

 

 

 

 

―――――第1話:「舞い降りた女神」―――――

 

 

 

 

 

「…どうしてこうなった」

 

今、自分のことを「破滅の女神」と名乗った謎の女性ルインは、居間でこの状況を頭の中で必死に整理している俺の前に対峙して正座している。

 

「え~とつまり…死んだ親父から送られてきたカードが実は本当に精霊の宿るカードで、あんたはそのカードに描かれている破滅の女神ルイン本人だっていうのか?」

 

「その通りだ、主よ」

 

「マジかよ…」

 

今まで親父から送られてきた物は、みんな紛い物か偽物ばかりだった。今回もきっとその類だと思っていたら…親父の奴、最後の最後でとんでもない物を置き土産に置いてきやがった。

 

「主よ」

 

「…ん?」

 

「主はもしかして、世界の破滅を望んで私を顕現させたわけではないのか?」

 

ルインは怪訝そうな顔をし、俺に訪ねてきた。

当然か…いきなり呼びだされてさぁ力を使おう!と思ったら単なる手違いで呼びだされたんだもんな…。

 

「いや、残念ながら…俺はこの世界を一度も破滅させようなんて思ったことはないし、あんたを呼ぶ気もなかった」

 

「では何故…?」

 

「こっちが聞きてぇよ…」

 

でもまぁ…呼んじまったもんは仕方ない。わざわざ呼んでおいて「帰って下さい」なんて言えないし、それにこの人……なかなか美人だし…。

 

「ん? 何か言ったか主?」

 

「い、いやなんでもない! まぁとりあえず、あんたが本当にカードの精霊だっていうなら何か精霊らしいことをしてみてくれ」

 

「精霊らしいこと…?」

 

ルインは首をかしげる。

 

「そうだ。あんたが普通の人間じゃないっていう証拠を見せてほしいんだ」

 

「ふむ…わかった」

 

そう言ってルインは立ち上がり、家の縁側の方に歩み寄っていく。

 

「…?」

 

なにをするつもりだろう?と疑問に思いつつ、その様子を見守る。ルインは縁側の戸を開け、庭に向けて手を持ったロッドを翳す。すると…。

 

「…ハッ!」

 

短い掛け声があがり、ロッドの先から火の玉が放たれ、庭に飾ってある灯篭に命中に、粉々に砕け散った。

 

「なっ…!?」

 

「どうだ主、これで満足か?」

 

若干誇らしげな顔で俺に語りかけるルイン。

 

「え…? あ…はい…すごい…ですね」

 

「こんなもの、私の力の一部にすぎない。その気になれば世界を一つ滅ぼすことも可能なのだ」

 

「…えっ!?」

 

今さらっと凄いこと言ったような…。

 

「なにはともあれ、これからよろしく頼むぞ、主」

 

呆然とする俺の前でルインはさらに誇らしげな顔をした。

 

「は、はい…」

 

軽い気持ちでルインを迎え入れたのだが…どうやらとんでもなくことになりそうだ…。




はい、というわけで皆さん、久し振りの方はお久しぶり、初めましての方は初めまして、ダルクスと申します!
今回私が書かせていただくのは遊戯王のオリジナル主人公とその精霊、破滅の女神ルインを題材としたデュエル戦記でございます。
この小説は以前にもにじファン様やいろんなサイトの方で書かせていただいていた作品なんですが、この度復活させることとなりました。
それでは皆さん、もしよろしければまた私めの作品にどうかお付き合いください。
また次回! ノシ


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第2話:「女神様との楽しい(?)お買いもの」

破滅の女神ルインを呼びだした主人公は、女神との生活に備えて必要な物を買いにデパートまで行くが…?


「こんなもんかな」

 

一人机に向かっていた俺は、たった今組みあがったデッキを机の上に置いて小さく呟いた。

ルインが現れて一日経った今日、俺は『破滅の女神ルイン』と、それ専用の儀式魔法カード、『エンド・オブ・ザ・ワールド』のカードを、なんとかしてデッキに組み込もうと模索していたのだ。元々、俺のデッキは儀式専門のデッキではなかったのだが、この二枚のカードの投入により俺のデッキの方向性がガラリと変わった。

 

「さて、今日はどうするか…」

 

デッキが組みあがってひと段落した俺は、休日の午後をいかにして過ごすかを考えた。

 

「なぁ、ルイン」

 

「む?」

 

俺の部屋の端でずっと膝を抱えてテレビを見ているルインに、俺は声をかける。

 

「今日の午後、どこか行きたい場所はあるか?」

 

「私は特に…一日中このテレビという物を見ていてもいいのだが」

 

どうやらこの女神様、テレビをさぞ気に入ったご様子だ。

全く…テレビが好きなカードの精霊なんて…。

 

「そういえば、カードの精霊は他人には見えないっていう噂があるんだが、お前はどうなんだ?」

 

限られた者にのみ見ることができるとされているカードの精霊…その存在が見えない人に対しては、見える者がただの不思議ちゃんか電波扱いされるという話をよく聞く。

 

「主よ、私をそんじょそこらの精霊と一緒にされてもらっては困るな」

 

「どういう意味だ?」

 

テレビから目を離すことなくルインは話を続ける。

 

「精霊は精霊でも、私は女神という存在だ。他の精霊とは精霊としてのランクが違う。故に一度この世界に顕現すれば、主以外の人間でも私の姿を目視することができる」

 

「ようは俺以外でも姿が見えるってことか…よし」

 

それを聞いて俺はある決心をし、席を立ち、ルインの元に歩み寄る。

 

「どうした主?」

 

ようやくテレビから目を離し、俺の方を見上げて不思議そうな顔をするルイン。

 

「午後の予定が決まった。俺と一緒に買い物しに街に行くぞ」

 

「私も行くのか?」

 

「当然。お前の姿が誰にでも見えるっていうなら、まずは普通の服を手に入れなきゃいけないからな」

 

俺はルインの着ている不思議な紋様が描かれたノースリーブの服と、頭に付けている被り物を指さして言う。

いくら本物のカードの精霊とはいえ、その存在をおおっぴらに世間に広めるわけにはいかない。出来うる限りこのルインには普通の人間としての振りをさせておかないと…。

 

「うむ…わかった、主の命令とあれば仕方ないな」

 

ルインは大人しくテレビのリモコンを手にし、テレビの電源を切る。

 

「では、行くとしようか主」

 

「待て!」

 

なに食わぬ顔で部屋を出ようとするルインに俺は待ったをかける。

 

「なんだ?」

 

「その格好で外に出るわけにはいかないだろ…」

 

 

 

 

 

―――――第2話:女神様との楽しい(?)お買いもの―――――

 

 

 

 

 

「あ…主よ…この格好はさすがに…」

 

「我慢してくれ」

 

そんなこんなで俺とルインは街に出ることになった。

で、問題なのはルインの格好なのだが…さすがにあの格好のまま表を歩かせるわけにもいかず、今は俺が授業で体育のときに使うジャージを着せている。

幸い彼女の背が高いおかげで、男用のジャージは無理なく着せられたのだが…それでも長い銀髪に不釣り合いなのには変わらず、周囲の注目を集めることになった。

…某ジャージ部の部長が見たら勧誘されるかもな。

 

「これからどこに行くのだ?」

 

「ひとまず、デパートに行こう。服もあるし、他にも食品とか買い物しなきゃいかんからな」

 

………

……

 

「おお! なんだこの動く階段は!?」

 

「エスカレーターだよ」

 

デパートに到着して早々、ルインは動く階段ことエスカレーターに驚きの声をあげた。

現代の知識はテレビで学んだらしいのだが、どうやらエスカレーターの存在まではまだテレビでは見なかったらしい。

俺が先にエスカレーターに乗ると、ルインもタイミングを見計らいながらおそるおそるエスカレーターに乗る。

 

「おっ…おおぅ」

 

歩かずとも自動的に上に昇っていく階段の乗り心地に、最初はおっかなびっくりの様子だったが、すぐ慣れたようで降りる頃にはこんな事を言い出した。

 

「なるほど、乗っているだけで前に進むのか。これはなかなか楽しいものだな! よし、もう一度乗ってくる!」

 

「頼むからやめてくれ」

 

………

……

 

「さぁて、まずは服を……ってあれ?」

 

エスカレーターを乗り継ぎ、婦人服売り場まで来た俺だったが、ふと後ろを振り向くとさっきまで後ろに付いてきていたはずのルインの姿がない。

全くあいつ…どこに行ったんだ?

こんな広いところであんな右も左もわからない女神を野放しにすれば、何をしでかすか分からない…。急いでルインを探そうと、俺は上ったエスカレーターを一旦降り、下りのエスカレーターに乗ろうとした…その時。

 

ピンポンパンポーン

『迷子のお知らせを申し上げます』

 

突然チャイムと共に場内アナウンスが流れた。

 

『え~…破滅の女神のルイン様の主様。迷子センターにて―……』

 

この時、俺はすでに脇目も振らず走り出し、迷子センターへと駆け抜けていった。

 

………

……

 

迷子センターに到着し、俺はその扉を開ける。

 

「ルイ……なっ!?」

 

そこで俺が目にしたのは…何とも衝撃的な光景だった。

 

「や、やめっ…こらっ! やめろ~~!」

 

「あははっ! おねえちゃんよわ~い!」

 

「なんでじゃーじなんて着てるの~?」

 

「こ、こらっ! 服を引っ張るな!」

「ねぇ、なんでおねえちゃんのかみぎんいろなの~?」

「痛っ! ちょっ、か、髪はやめろ! 髪は引っ張るな~~!! わ、私は破滅の女神なんだぞぉ!?」

 

迷子センターにいた、迷子になっているちびっ子達に襲われ……もとい遊ばれていた。3、4人の男の子や女の子に圧し掛かられている。

 

「あ、ルインさんの主さんですか?」

 

面白いのでしばらく見ていたら、迷子センターの係のお姉さんが俺に話しかけてきた。それにルインも俺の存在に気づいたらしく、

 

「あ、主! た、助けてくれっ!」

 

少々涙目で俺の後ろに隠れた。女神がちびっ子を恐れてどうする…。

 

「あ、すみません。うちの……えっと、姉がお世話になって」

 

言った後でなんだが、正直この嘘はどうかと思った。だって片やのどこにでもいる普通の純日本人の青年と、片や髪が銀色で十人に聞いたら十人とも美人だと言うほどの整った顔立ちをしている破滅の女神様だぜ? ジャージ着てるけど…。

 

「お姉さんなんですか?」

 

「あ、はい。つい最近まで海外に住んでたものですから、その…ここでの常識がちょっと…」

 

やはりこのごまかしは無理があるか…と思ったが。

 

「あぁ、そうなんですか。次からはお姉さんから目を離さないでくださいね」

 

「は、はい」

 

意外にも物分かりの良いお姉さんでホッとしつつ、俺はルインの手を引いて迷子センターの扉を開けた。

 

「ばいば~い、めがみのおねえちゃん!」

 

「またカイバーマンごっこしようね~」

 

その際、何人かのちびっ子達に見送られた。

 

「う…うむ、バイバイ」

 

若干引きつった顔をしてルインは応え、俺とルインは迷子センターを後にした。

 

「ルイン…またなんでこんな所に?」

 

「い、いや…あの動く階段に乗っていたら、いつの間にか…」

 

ルインは申し訳なさそうにうつむく。

 

「はぁ…お前なぁ、これからは俺の傍を離れるなよ?」

 

「わ、わかっている!」

 

先ほどのちびっ子との戯れがトラウマになってしまったのか、微妙に落ち込み気味なルインを引き連れて、俺達は買い物を続行した。

 

………

……

 

「へぇー、新しいストラクチャーデッキ出たんだ。今度は海竜族が主体のデッキか」

 

おもちゃ売り場にて、俺は新発売のデュエルモンスターズの新しい構築済みデッキを見ていた。

 

「おい主、この『ぶらじゃー』というのはどうやって使うんだ?」

 

その時、またどこかに行っていたルインは、この場にもっとも相応しくない物を手に持って、俺の前に広げて見せてきた。

 

「黒か………じゃなくて! そんな物どっから持ってきた!?」

 

「あそこの〝らんじぇりーうりば″と言う所からだが」

 

と、ルインは女性用下着売り場の方を指さしながら答えた。

 

「すぐに戻してこい!」

 

「何故だ? あ、そうだ。私にはよく分からないから主も一緒に来て選んでくれ。よくは知らないがこれは女性が……って、なぜ主は顔が赤いんだ?」

 

「いいから戻してこい!!」

 

俺の顔に覗き込んでいるルインの手を引いて、ルインが持ってきた下着を元の場所に戻しに行った。その際、周りの人からのクスクス笑いが心に痛かった…。

 

………

……

 

「はぁ…なんだか凄く疲れてきた」

 

「いや~、買い物とはなかなか楽しいものだな」

 

こっちは全然楽しくない!と、心の中でルインにツッコミつつ、俺は何気なく掲示板に張られてある広告を目にした。

 

「デュエルモンスターズの大会…? 今日午後三時から屋上でか」

 

どうやらこのデパートで、これからデュエル大会が開かれるらしい。

 

「へ~、優勝賞品はこのデパートで使える一万円分の商品券か。新デッキも試してみたいし、ちょうどいいかもな」

 

「なんだ主、この大会とやらに出るのか?」

 

「ああ。参加自由らしいし、優勝すれば商品券貰えて金も浮くし、デッキもデュエルディスクもカバンの中にあるしな」

 

そう言って俺はカバンの中にあるデュエルディスクとデッキをルインに見せる。

デュエリストたる者、この二つは常に持ち歩いてないとな。

 

「このデッキに、私のカードが入っているのだな」

 

「そうだ。受付は二時半からか…よし、すぐに屋上に行くぞ」

 

「うむ、わかった」

 

俺達はエレベーターに乗り、屋上へと向かう。

その際にまたルインが「動く部屋だ~」と言って騒いだのは、言うまでもない…。




女の子のジャージ姿って…なんかいいよね!

というわけで今回はお買いもののお話です。
冒頭の膝を抱えてテレビを見るルインの姿はアストラルをイメージしましたw
それにしてもこの女神、ダメダメである(主に託児所のあたり)

次回はデュエル回です!
対戦相手のデッキはまさかの…!?


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第3話:「装着!甲虫装機(インゼクター)コンボ」

ルインと共にデパートで買い物に来ていると、二人はデュエル大会が行われることを知る。
会場である屋上に行くと、以外な人物が二人の前に姿を現す。
その人物とは…?


「『スピア・ドラゴン』で守備表示の『ゴブリン突撃部隊』を攻撃! ≪ドラゴン・スクリュー≫!!」

「うわ~!負けたぁ~…」

 

「お、やってるやってる」

 

俺達が屋上に着くと、二人の小学生がステージの上でフリーデュエルをしていた。

ルインは熱心にその様子を眺める。

 

「あれがこの世界でのデュエルか、すごいな。モンスターがまるで本物みたいだ」

 

「ああ、ソリッドビジョンシステムっていってな、デュエルディスクでカードを立体映像で映しているんだ」

 

この世界でのデュエルを俺なりにわかりやすく伝えたつもりなんだが…ルインは頭の上に「?」の字が浮いているかのような顔をして首を傾げる。

 

「ま、まぁ俺も詳しい仕組みはよくわからないんだけど、要するに幻想さ」

 

「幻想か…なるほど」

 

どうやらこの説明で納得してくれたみたいだ。

 

「さ~てと、受付場所は…」

 

 

 

「あれ? お~い! こんなところで何してるの~?」

 

 

 

「ん?」

 

遠くから俺を呼ぶ声が聞こえる。

声のした方を見ると、その声の主は小走りでこっちに走ってきた。

 

「あれ?アリアじゃん、なにやってんだ? こんなところで」

 

 

 

 

 

―――――第3話:装着!甲虫装機(インゼクター)コンボ―――――

 

 

 

 

 

「こんにちは♪」

 

「こんなところで会うなんて奇遇だなぁ、アリアもデュエル大会に出るのか?」

 

「うん。買い物のついでだけどね♪」

 

楽しげに答える彼女の名前は加護アリア。俺の高校のクラスメートにして、小学生の頃からの幼馴染だ。

頭の横で二つに束ねたくり色の髪と、最近視力が落ちてきたのか厚い眼鏡と、そして発育がいいのか…大きい胸が特徴的の女の子だ。

 

「主? この者は…」

 

「あれ? そっちの人は?」

 

「あ! え~と…」

 

そうだった…ルインのことをすっかり忘れてた。

まさかカードの精霊だなんて言えるはずないし…ここはひとつ、またあの嘘でごまかすか。

 

「お、俺の姉のルインだ」

 

「え、お姉さんなんていたの!?」

 

「……あっ!」

 

しまった! ついはずみで言ってしまったが、アリアは俺の幼馴染じゃないか!

さっきの迷子センターのお姉さんならまだしも、さすがに幼馴染ではごまかしが効かないか…?

 

「お…おう。まぁな」

 

「本当に?」

 

「う…うん、本当」

 

「へぇ~そうだったんだ! びっくりした~、幼馴染なのに今まで全然知らなかったよ」

 

……あれ?

もしかして…うまくごまかしきれてる…?

 

「い…いや俺もつい最近知ったんだけどな、どうやら親父の奴、俺が生まれる前に海外で別の女の人と関係持ってたらしくって…」

「へ~、あのあじさんがねぇ…。昔から真面目で無愛想だったけどそんな一面もあったのね」

 

親父…すまん! 死んだあんたにあらぬ誤解を受けさせるハメになっちまった…。

 

「改めてよろしくお願いします、お姉さん。私、加護アリアっていいます♪」

 

「うむ、よろしくなアリア。しかし主にも年頃の女友達がいたとはな」

 

「え? あるじって?」

 

「げっ!? えっと、それは…」

 

ルインの俺への呼び方に対してアリアが不信感を抱いた時だった。

 

『間もなくデュエル大会を開催いたします。受付を済ませていない方は受付カウンターまでお越しください』

 

ちょうどタイミング良くアナウンスが会場内に響き渡る。

 

「お、おいアリア! まだ大会受付してないだろ! 早く受付に行こうぜ!」

 

「あ、うん。そうだね」

 

この場をなんとかごまかそうと、俺はアリアを受付場まで誘導させた。

その後、俺はルインを端の方まで連れて行ってこう言った。

 

「いいか? 俺とお前は姉弟ってことになってんだから話を合わせろよ?」

 

「うむ、わかった」

 

「それともう一つ、誰かの前で俺のことを呼ぶときは『主』って呼び方はやめろよ」

 

アリアに俺が変な趣味の持ち主だと誤解されたらかなわんからな…。

 

「わかった、ある…弟よ」

 

「よし…それでいい。じゃ、俺も受付行ってくるから」

 

ルインをその場に残し、俺は大会の受付にへと向かった。

 

 

 

「…弟か…懐かしい響きだな」

 

………

……

 

「『デュナミス・ヴァルキリア』でダイレクトアタック!」

 

「うわ~!」

LP0

 

俺は自前のデッキで順調に勝ち越せていった。

どうやら新デッキの力は、なかなかのものらしい。

 

「すごいじゃないか主! 三連勝だぞ!」

 

デュエルが終わるとステージを降り、応援してくれていたルインの元に戻る。

 

「伊達に数年間やってないよ」

 

大会は16人のトーナメント制で行われている。今ので準決勝だったから、次で決勝戦だ。

 

「ということは決勝戦の相手は…」

 

『間もなく決勝戦を行います。準決勝を勝ち抜いたお二方はステージ上にお上がり下さい』

 

アナウンスがかかり、俺はステージにへと向かう。

 

「主、頑張れよ!」

 

「主はやめろって…行ってくるよ」

 

ステージに上がると、ステージ下のギャラリーからルインが顔を覗かせる。

そして決勝戦の相手がステージに上がり、俺の前に姿を現す。

 

「やっぱりお前か、アリア」

 

「久しぶりだね、こうやってデュエルするのは」

 

決勝の相手はアリアだった。

アリアはステージに上がると俺の前に対峙する。

 

「だな、だが勝つのは俺だ!」

 

「望むところよ!」

 

俺とアリアはデュエルディスクを展開し、そしてデュエルを開始する。

 

 

 

 

 

                   「「デュエル!!」」

 

 

 

「先攻は俺からだ、ドロー!」

 

俺は高らかにデッキからカードをドローする。

 

「まずはこいつだ、『終末の騎士』を召喚!」

 

フィールドにボロ布と黒い甲冑を纏った騎士が現れる。

 

【終末の騎士】☆4 ATK/1400 DEF/1200 闇 戦士族

 

「『終末の騎士』が召喚に成功したとき、デッキから闇属性モンスター1体を墓地に送る。俺は『儀式魔人プレサイダー』を墓地に送る」

 

「今までのデッキには無かったカード…ふーん、デッキ新しくしたんだ」

 

「まぁな」

 

今までのデュエルでは見た事のなかったカードに、アリアは俺に対してそんなことを言ってきた。

 

「先攻は最初のターン攻撃できない。俺はこれで、ターンエンドだ」

 

△――――

―――――

手札5枚 LP4000

モンスター:『終末の騎士』

 

「私のターン、ドロー♪」

 

ジャンプしながら楽しそうにカードをドローするアリア。

 

「ふっふ~ん、いいのかな~? そんな無防備なフィールドで私にターンを明け渡して♪」

 

「なに?」

 

「私のモンスターは…これ! 来て、『甲虫装機インゼクター ダンセル』♪」

 

アリアのフィーリドに赤いイトトンボを模した格好をしたモンスターが召喚され、銃を構える。

 

【甲虫装機(インゼクター) ダンセル】☆3 ATK/1000 DEF/1800 闇 昆虫族

 

「さらにさらに! 『ダンセル』の効果発動♪ 1ターンに1度、手札の『甲虫装機』と名のついたモンスターを『ダンセル』に装備することができる! 私は手札の『甲虫装機ホーネット』を『ダンセル』に装備♪ いくよ~、≪ゼクト・イークイーップ≫♪」

 

『ダンセル』の右腕に、『ホーネット』のパイルバンカーが装着される。

 

「そして『ホーネット』を装備したモンスターは、攻守を『ホーネット』の分までアップさせ、レベルを3つ上げる! 『ホーネット』の攻撃力は500、守備力は200、よってその数値分アップ!」

 

甲虫装機 ダンセル:ATK/1000→1500 DEF/1800→2000 ☆3→6

 

「攻撃力が『終末の騎士』を超えてしまったぞ!?」

 

「いや…それだけじゃない!」

 

ルインが叫ぶ…が、これで終わりじゃない。

 

「いっくよ~♪ 装備された『ホーネット』の効果発動! 装備状態のこのカードを墓地に送り、相手フィールドのカード一枚を破壊する! 射出! ≪ポイズン・バンカー≫!!」

 

『ダンセル』に装着されたパイルバンカーから杭が放たれ、それは『終末の騎士』の身体に突き刺さり、毒によって蝕まれ、消滅した。

 

「やってくれるな…」

 

甲虫装機ダンセル:ATK/1500→1000 DEF/2000→1800 ☆6→3

 

装備カードが無くなったために『ダンセル』のステータスは元に戻るが…ここからが『甲虫装機』の本領発揮だ…!

 

「そしてここで『ダンセル』の効果発動♪ このカードに装備された装備カードが墓地に送られた場合、デッキから他の『甲虫装機』を特殊召喚するよ! 来て! 『甲虫装機 センチピード』♪」

 

【甲虫装機センチピード】☆3 ATK/1600 DEF/1200 闇 昆虫族

 

「トンボの次はムカデか…」

 

連続して召喚される『甲虫装機』のラッシュに、ルインは思わずそんな言葉を呟く。

 

「そして『センチピード』の効果発動! 今度は墓地から『ホーネット』を装備するよ? ≪ゼクト・イークイーップ≫♪」

 

『センチピード』の右側のカッターが消え、代わりに『ホーネット』のパイルバンカーが装着される。

 

「そして攻守・レベルともにパワーア~ップ♪」

 

甲虫装機センチピード:ATK/1600→2100 DEF/1200→1400 ☆3→6

 

「フィールドにモンスターは無し…よしっ! バトルフェイズいくよ! まずは『ダンセル』でダイレクトアタック! ターゲットロック! ≪ダンライガン、シュート≫!」

 

『ダンセル』が銃の照準を俺に会わせると、スコープ越しに俺を狙い撃つ!

 

「ぐっ…!」

LP4000→3000

 

「まだまだ攻撃は続くよ! さらにパワーアップした『センチピード』でダイレクトアタック! 斬り裂け! ≪センチュリオン・カッター≫!!」

 

『センチピード』はカッターをまるで手裏剣のように投げ放ち、俺の身体を斬りつける。

 

「ぐああっ…!」

LP3000→900

 

「なっ!? ある…弟のライフが、わずか1ターンで1000以下にまで減らされただと!?」

 

ルインが驚くのも無理はない…。

アリアが使うモンスター群…『甲虫装機』。個々のモンスターの能力は決して高いとはいえないが、互いが互いを強化しあうそのコンビネーションはかなり強力だ。

俺も何度このコンボに苦しまれたことか…。

 

「だがお前はいつもツメが甘い。俺のライフをいつもあと一歩までは追いつめるが…結局はそこまで、最後はペースを乱して逆転される」

 

「へ? そうなのか?」

 

ルインが意外そうな声を出した。

 

「ああ、こいつとデッエルしてると序盤はもう少しってとこまで攻めてくるんだが、それ以上は俺のライフを削ることはない」

 

「そ、そんなことないよ! 確かにいつもはそうだけど…でも今日は違うもん! 絶対勝つもん!」

 

俺の言葉にアリアは必至で反論する。

 

「お前いつもそんなこと言ってるよな…」

 

「ん~…もう! そうやっていつも私のペースを乱そうとするんだから~! ターンエンドだよ!」

 

△△―――

□――――

アリア:手札4枚 LP4000

モンスター:『甲虫装機ダンセル』『甲虫装機センチピード』

魔法・トラップ:『甲虫装機ホーネット』

 

さて…とはいえ、あまり悠長に構ってもいられないな。

 

「俺のターン、ドロー!」

 

よし、いいカードをドローした。このカードなら『甲虫装機』のコンビネーションを崩すことができる。

そのためにはまずはこのモンスターで…。

 

「『デュナミス・ヴァルキリア』を召喚!」

 

【デュナミス・ヴァルキリア】☆4 ATK/1800 DEF/1050 天使族 光

 

俺のフィールドに、純白の翼を纏った天使が出現する。

 

「『デュナミス・ヴァルキリア』で『ダンセル』に攻撃! ≪エンジェル・ダスト≫!!」

 

『デュナミス・ヴァルキリア』が放つ光の粒子によって、『ダンセル』は消滅する。

 

「くぅっ…!」

LP4000→3200

 

「さらにカードを二枚セットして…ターンエンドだ」

 

△――――

■■―――

手札3枚 LP900

モンスター:『デュナミス・ヴァルキリア』

魔法・トラップ:セット2枚

 

「えっ…ターンエンド!?」

 

「どういうつもりだ主…! 『ホーネット』を装備した『センチピード』をフィールドに残したままでは、また効果によってカードを破壊されてしまう! そうなればまたモンスターをサーチされて…」

 

いやルイン…これでいいんだ。全ては俺の伏せたリバースカードに答えがある…。

 

「な、なんだかよくわからないけど…私のターン!」

 

だが万が一、ここでモンスターを引かれたら少しマズいかもしれんが…。

 

「(ううっ…召喚できるモンスターがいない…) わ、私は『センチピート』に装備されている『ホーネット』の効果を…―!」

 

ふっ、アリア。やはりお前はツメが甘いな。

 

「そうはさせない! リバースカードオープン! 速効魔法『禁じられた聖杯』!」

 

「ふぇっ!?」

 

「『禁じられた聖杯』は、対象にしたモンスター1体の攻撃力を400ポイントアップさせる代わりに、そのモンスターの効果を封じる。対象はもちろん、『甲虫装機 センチピード』!」

 

「も、モンスター効果を封じるってことは、〝『甲虫装機』を装備する″っていう効果も無くなるわけだから…!」

 

「そう、装備状態となっている『ホーネット』は自然消滅! さらにサーチ効果も発動しない!」

 

甲虫装機 センチピード:ATK/2100→1600→2000

 

「これで『甲虫装機』同士のコンビネーションは断ち切れた!」

 

「そ、それでも攻撃力は2000もある! このままバトル! 『センチピード』で『デュナミス・ヴァルキリア』を攻撃!」

 

『センチピード』がカッターを構え、『デュナミス・ヴァルキリア』に向けて放つ!

 

「アリア、俺がお前のモンスターを『聖杯』の効果で攻撃力を上げたのには、もう一つわけがあるんだぜ?」

 

「へ…?」

 

「リバースカードオープン! トラップカード、『光子化(フォトナイズ)』! 相手モンスターの攻撃宣言時、その攻撃を無効にする!」

 

『デュナミス・ヴァルキリア』の身体が光の粒子となって消え、『センチピード』のカッターは虚空を切る。

 

「消えた!?」

 

「さらにその相手モンスターの攻撃力分だけ、俺のフィールドの光属性モンスター1体の攻撃力は、次の俺のターンのエンドフェイズ時までアップする」

 

「なっ…!」

 

光子化した『デュナミス・ヴァルキリア』はフィールドに舞い戻り、更なる力を得てその輝きを増す。

 

デュナミス・ヴァルキリア:ATK/1800→3800

 

「おお! 攻撃力が大幅に増大した! そうか、主は自分のモンスターをパワーアップさせるためにも『禁じられた聖杯』を!」

 

「ま、そういうこった」

 

「う、うまいコンボね…私は一枚カードをセットしてターンエンド。そしてエンドフェイズ時、『センチピード』の攻撃力は元に戻る」

 

甲虫装機 センチピード:ATK/2000→1600

 

△――――

■――――

アリア:手札4枚 LP3200

モンスター:『甲虫装機センチピード』

魔法・トラップ:セット1枚

 

「俺のターン、ドロー!」

 

ドローカード:『エンド・オブ・ザ・ワールド』

 

このカードは…ルインの儀式魔法…!

 

(あの様子…主よ、我が降臨のためにカードを引き当てたか」

 

だが今はまだ使えない。今俺がやるべきことは…。

 

「バトルだ! 『デュナミス・ヴァルキリア』で『センチピード』に攻撃! ≪フォトナイズ・エンジェル・ダスト≫!!」

 

攻撃力が3800にまで跳ね上がった『デュナミス・ヴァルキリア』の攻撃は、『センチピード』を消滅させ、アリアのライフポイントを大きく削る。

 

「うううっ…!」

LP:3200→1000

 

「おお! ついに主とアリアとのライフポイント差が100にまで!」

 

だから言っただろ、あいつはツメが甘いって。

 

「どうした、もうおしまいか?」

 

「ま…まだまだ! この程度じゃ終わらないよ!」

 

「よし、その意気だ。なら、カードを一枚セットして、ターンエンド。そしてこのエンドフェイズ時、『デュナミス・ヴァルキリア』の攻撃力は元に戻る」

 

デュナミス・ヴァルキリア:ATK/3800→1800

 

△――――

■――――

手札4枚 LP900

モンスター:『デュナミス・ヴァルキリア』

魔法・トラップ:セット1枚

 

さぁて、これで俺の方が若干有利になったわけだが…アリア、お前はどう出る?

 

「このエンドフェイズ時に永続トラップ発動! 『リビングデッドの呼び声』! この効果で、私は墓地の『甲虫装機 ダンセル』を特殊召喚!」

 

「『リビングデッド』…蘇生カードか」

 

「またあのモンスターか…これでは、次のターンで『ホーネット』を装備され、主のカードを破壊されるうえにモンスターまで増やされてしまう…!」

 

ルインの言う通りだ。ここはなんとか阻止したいところだが…。

 

「そして私のターン、ドロー! (私だってこんなところで…終われないんだから!)」

 

アリアもまだまだこんなところで負けるつもりはないらしく、力強くカードをドローする。

ふっ…どうやらあいつも、デュエリストとしては一人前の誇りを持ってるみたいだな。

 

「よしっ…! まずは魔法カード、『おろかな埋葬』を発動! 私のデッキからモンスター1体を墓地に送る! 私は『甲虫装機 ギガマンティス』を選択! そして『ダンセル』の効果発動! 墓地の『ホーネット』を装備し、装備を取り外してカード一枚を破壊する! 私が破壊するのは…そのリバースカード!」

 

パイルバンカーから杭が放たれ、俺のリバースカードに迫る!

 

「チェーンしてトラップ発動! 『和睦の使者』! このターン、俺のモンスターは戦闘では破壊されず、戦闘ダメージも受けない!」

 

「フリーチェーンで発動できるカード…! う~ん…どうやらこのターンで決めるのは無理みたいね」

 

アリアの口ぶりからすると…来るな。アリアのエースモンスターが。

 

「装備カードを外したことにより、『ダンセル』の効果が発動! デッキから『甲虫装機ギガウィービル』を特殊召喚!」

 

【甲虫装機ギガウィービル】☆6 ATK/0 DEF/2600 闇 昆虫族

 

「さらに魔法カード、『共振装置』を発動! 自分フィールドに種族・属性が同じモンスター2体を選択して発動! 選択したモンスター1体のレベルは、もう1体のモンスターと同じレベルになる!私は『ダンセル』のレベルを『ギガウィービル』と同じレベル6にする!」

 

「同じレベルのモンスターが2体…!」

 

やるつもりだな…あの召喚を!

 

「いっくぞ~♪ 私はレベル6の『甲虫装機 ギガウィービル』と『甲虫装機 ダンセル』をオーバーレイ!」

 

フィールドに銀河のような渦が発生し、それに『ギガウィービル』と『ダンセル』は吸い込まれる。

 

「2体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築♪」

 

やがて2体のモンスターは重なり合って星となり、ネットワーク空間によって出現した巨大なモンスターの周りを回る。

 

 

 

 

 

                 ―無敵の装甲をその身に纏いて―

 

                 ―神秘のボディが光りを放つ!―

 

                ―気高き姿よ、敵を貫く刃となれ!!―

 

 

 

 

 

「エクシーズ召喚! 装着せよ、『甲虫装機エクサビートル』!!」

 

【甲虫装機エクサビートル】★6 ATK/1000 DEF/1000 闇 昆虫族 エクシーズ

 

地面を割って出現したのは、黒と金の装甲を纏った巨大なカブトムシ型の甲虫装機モンスターだ。その巨体の周りには、二つの星が軌道を描いて回っている。

『エクサビートル』はその手に持つ槍を構え、俺の前に対峙する。

 

「な…なんだ!? この巨大なカブトムシは…!」

 

初めて見るモンスターの姿に、ルインは驚きのあまり声を出す。

そうだ…これがアリアの持つ切り札…!

 

「出てな…『エクサビートル』! アリアのエースモンスター…!」

 

だが俺にだってエースモンスターはいる…。

待ってろよ…破滅の女神の力、見せてやるぜアリア!




というわけで初のデュエル回に突入しました。
アリアとのデュエルは前編・後編と分かれている感じなので次回はこのデュエルの決着がつきます!お楽しみに!
…大丈夫なのか主人公?相手はあの甲虫装機だぞ…?
ちなみに、エクサビートルの召喚口上は重甲ビーファイターのOP歌詞をヒントに考えてみましたw
やっぱ5D's見ちゃうとモンスターのかっこいいオリジナル召喚口上は考えてみたくなりますよね~。


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第4話:「破滅の女神、光臨」

アリアの強力なモンスター群、「甲虫装機」に翻弄されながらもデュエルが進んでいく中、ついにアリアのエースモンスター、「甲虫装機エクサビートル」がその姿を現す。
そして彼の手札の中でも、“破滅の女神”降臨への胎動が動き出していた…。


「どう? 私の『エクサビートル』の勇姿は!」

 

「…出てきやがったか」

 

すでに勝ちほこった顔をしているアリアをよそに、対照的に俺は苦い顔をする。

 

「だ、だが攻撃力はたった1000だぞ!? あの攻撃力では…!」

 

俺の目の前に雄々しくそびえ立つ巨神…『エクサビートル』の表示されてるステータスを見て、ルインが呟く。

 

「さぁ~て、それはどうかな? 『エクサビートル』の効果発動! エクシーズ召喚成功時に自分、または相手墓地のモンスター1体をこのカードに装備する! またまたいくよ? ≪ゼクト・イークイーップ≫!!」

 

「『エクサビートル』も装備効果を…!」

 

ルインが驚くのも無理はない。

アリアのエースモンスター、『エクサビートル』は他のモンスターを装備し、その攻撃力を己の力として吸収することで、自己の低い攻撃力を補うのだ。

 

「装備対象のモンスターは私の墓地の『甲虫装機 ギガマンティス』!」

 

【甲虫装機ギガマンティス】☆6 ATK/2400 DEF/0 闇 昆虫族

 

『エクサビートル』の左手に『ギガマンティス』の鎌が装着される。

 

「そしてこの効果で装備したモンスターの攻撃力の半分が、『エクサビートル』の攻撃力に加えられる!」

 

「ということは攻撃力2200…!」

 

「いや、違うな。装備状態の『ギガマンティス』には効果がある。〝このカードを装備した装備モンスターの元々の攻撃力を2400にするという″効果が…つまり」

 

「その通り! よって『エクサビートル』の元々の攻撃力は2400となり、さらに『エクサビートル』自身の効果に加え、その攻撃力は…!」

 

甲虫装機 エクサビートル:ATK/1000→2400→3600

 

「攻撃力…3600か…!」

 

 

 

 

 

―――――第4話:「破滅の女神、光臨」――――

 

 

 

 

 

「さらにさらに! 『エクサビートル』の効果発動♪ 1ターンに1度、オーバーレイユニット1つを取り除き、自分と相手フィールドのカード1枚ずつを墓地に送る! 私は『リビングデッドの呼び声』と『デュナミス・ヴァルキリア』を選択! ≪甲神封印エクサ・キャリバー≫!!」

 

オーバーレイユニットになっている『ギガウィービル』を取り除くと、『エクサビートル』の周りを回っている星の一つが槍に吸収される。そして槍は輝き出し、その光は俺の『デュナミス・ヴァルキリア』と、アリアの『リビングデッドの呼び声』を貫いた。

 

「くっ…この効果を考慮しての『リビングデッド』か…!」

 

『リビングデッドの呼び声』は蘇生させたモンスターが破壊さえされずにフィールドを離れれば後はフィールドに残り続ける。その効果をうまく利用した見事なコンボだ…。

 

「そしてバトルフェイズ! …といきたいけど『和睦の使者』の効果で戦闘ダメージは受けないのよね、ターンエンドよ。でも次の私のターンで必ず勝ってみせるんだから!」

 

△――――

□――――

アリア:手札3枚 LP1000

モンスター:『甲虫装機エクサビートル』

魔法・トラップ:『甲虫装機ギガマンティス』

 

そうだ…『エクサビートル』のオーバーレイユニットはまだ一つ残っている。つまり、俺がこのターンでどんなモンスターを出そうが、『エクサビートル』を破壊できなきゃ次のアリアのターンでことごとく除去されてしまうということだ。

ということはこの状況を覆すには、俺はこのターンで逆転の一手を引き当てなくてはならない…!

 

「俺のターン…」

 

正真正銘、これが俺の最後のターンだ。

 

「…ドローっ!!」

 

デュエルディスクから力いっぱい、カードを引き抜いた。

引いたカードは…? おそるおそる引いたカードを覗きこむ。

 

「…! アリア、このデュエル…俺の勝ちだ!」

 

「なっ…!?」

 

「俺は『マンジュ・ゴッド』を召喚する!」

 

【マンジュ・ゴッド】☆4 ATK/1400 DEF/1000 光 天使族

 

「『マンジュ・ゴッド』が召喚に成功した時、デッキから儀式モンスター、または儀式魔法1枚を手札に加える。俺は儀式モンスター、『破滅の女神ルイン』を手札に加える!」

 

デュエルディスクがデッキの中からカードを1枚選び出し、俺はそのカードを手札に加える。

『破滅の女神ルイン』のカードだ。

 

「儀式モンスターを? まさか、儀式召喚をするつもり!?」

 

「いくか…主!」

 

「そして儀式魔法、『エンド・オブ・ザ・ワールド』を発動! レベル合計が8になるようモンスターを女神光臨のための供物に捧げる! 俺はフィールドの『マンジュ・ゴッド』と、墓地の『儀式魔人プレサイダー』を生け贄にする!」

 

「墓地のモンスターを生け贄にですって!?」

 

「『儀式魔人プレサイダー』は、儀式召喚時に墓地に存在するこのカードをゲームから除外することで、儀式召喚に必要なレベル分として使用することができる!」

 

「最初のターンに『終末の騎士』の効果で墓地に送ったカード…!」

 

「これで儀式召喚の条件はすべてクリアした! 俺は2体のモンスターを生け贄に捧げる!」

 

生け贄になった2体のモンスターは、それぞれ光と闇の力を形作り、その力を得て、破滅の女神光臨の儀式は行われる。

 

 

 

 

 

                  ―破滅を司りし混沌のイデア―

 

                    ―煌めく天の名の下に―

 

                   ―邪討ち祓う矛先となれ!―

 

 

 

 

 

「儀式召喚! 光臨せよ…『破滅の女神ルイン』!!」

フィールドに魔法陣が出現し、その魔法陣から光と闇…二つの混沌の力を得た破滅の女神が出現し、銀色の長い髪を靡かせながら、手に持つ赤いロッドを翳し、このフィールドに顕現する。

 

【破滅の女神ルイン】☆8 ATK/2300 DEF/2000 光 天使族 儀式

 

「破滅の女神…ルイン…!」

 

見慣れないモンスターの姿に、思わずアリアは慄く。

 

「どうだアリア! これが俺のデッキのエースモンスターだ!」

 

「エース対決ってわけ? でもその攻撃力じゃ、私の『エクサビートル』の足元にも及ばないわよ」

 

甲虫装機 エクサビートル:ATK/3600

破滅の女神ルイン:ATK/2300

 

「確かに…せっかく呼び出しても、この攻撃力差では勝負にすらならない…」

 

ルインの言うとおり、この攻撃力差を見れば、それは一目瞭然だった。

だが…、

 

「それはどうかな?」

 

俺は不敵に微笑む。

 

「なんですって…?」

 

「これが俺の切り札だ! 手札から速効魔法、『禁じられた聖槍』を発動!」

 

フィールドに1本の槍が出現し、『ルイン』がその槍を手に持つ。

 

「このカードは、対象にしたモンスター1体の攻撃力を800ポイントダウンさせる! その効果対象は…『甲虫装機 エクサビートル』!」

 

『ルイン』は手に持った槍を振り翳し、『エクサビートル』に向けて思いっきり投擲する。

 

グサッ

『グオッ…!』

 

「『エクサビートル』! 大丈夫!?」

 

放たれた槍は『エクサビートル』の腹部に突き刺さり、『エクサビートル』は苦痛の声をあげる。

 

「な、なによ驚かせて…攻撃力が800くらい下がったからって、まだ『エクサビートル』の攻撃力は2800もある! 『破滅の女神ルイン』よりも攻撃力はまだ…!」

 

そう言ってアリアは『エクサビートル』の攻撃力を確認してみるが…。

 

甲虫装機 エクサビートル:ATK/3600→1400

 

「え…えぇっ!? な、なんで攻撃力がこんなに下がってるの!?」

 

予想外に下がっている『エクサビートル』の攻撃数値を見て、アリアは慌てふためく。

 

「『禁じられた聖槍』は攻撃力を下げるだけでなく、対象にしたモンスターを1ターンの間あらゆる魔法・トラップの効果を受けなくする効果がある」

 

「それで何で攻撃力がさらに下がるの!? 『エクサビートル』には、『ギガマンティス』が装備されているだけだから攻撃力は………あっ!!」

 

「ふふっ、気付いたようだな。そうさ…装備カード扱いとなっている『ギガマンティス』は装備魔法扱いとなっている。よって、『禁じられた聖槍』の効果で『エクサビートル』は『ギガマンティス』からの効果を受けず、結果その攻撃力は『エクサビートル』自身の効果でアップした数値分から『聖槍』の効果で800ポイント引かれた数値となったってわけさ!」

 

甲虫装機エクサビートル:ATK/3600→2200→1400

 

「こんな…こんなことって…!」

 

「バトルだ! 『破滅の女神ルイン』で『甲虫装機 エクサビートル』に攻撃!」

 

『ルイン』は上空にジャンプして飛びあがると空中で静止し、そのロッドの切先を手負いの『エクサビートル』に向けると呪文を唱え始める。

呪文が唱えられていく毎にロッドの先に魔力が込められていき、それは徐々に大きく、そして眩く輝いていく。

 

「いくぞ! 破滅への序曲、≪エンド・オブ・ハルファス≫!!」

 

充分に蓄えられた魔力の塊が放たれ、それは『エクサビートル』に突き刺さっている聖槍に命中し、そこから『エクサビートル』の強固な巨体に亀裂が入っていく。その亀裂は徐々に広がっていき、亀裂が全身に広がると『エクサビートル』の内側から光が溢れ、やがて大きな爆発と閃光を引き起こす。更にその爆発の余波がアリアを襲う!

 

「うあああああっ…!!」

LP1000→100

 

閃光が止むと、アリアのフィールドに『エクサビートル』の姿はなく、跡形もなく消滅していた。

 

「だ…だけどまだ私のライフポイントは残っている…次のターンで体勢を立て直せば…!」

 

「言ったはずだアリア、このターンで俺の勝ちだと! 『ルイン』の効果発動! このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊したとき、もう1度続けて攻撃できる!」

 

「えっ!? う、嘘ぉっ!?」

 

「ダイレクトアタックだ! 虚影潜攻、≪シャドゥ・ハルファス≫!!」

 

『ルイン』の背後に立つ巨大な影が地面に溶け込み、そのままアリアのフィールドまで伸びて、巨大な影が包む。

 

「きゃあああああっ!!」

LP100→0

 

………

……

 

「はぁ~あ…負けちゃった…。今日は勝てると思ってたのになぁ…」

 

「まぁまぁ、アイスでも奢ってやるから機嫌直しなって」

 

見事デュエルに勝利した俺は、優勝賞品として1万円分の商品券を手にした。

 

「…なら私トリプル頼んじゃうからね!」

 

「はいはい」

 

デュエル大会が終わった後、俺達三人は屋上のアイスクリーム屋で休憩することにした。さっきまで俺達が戦っていたステージでは、今はカイバーマンショーをやっている。

俺はそれを見ながら、買ってきたアイスクリームをルインとアリアに渡す。

 

「味は勝手に決めさせてもらったぞ」

 

「いいよいいよ~♪ ん~、おいひ~♪」

 

アリアはストロベリー、チョコ、オレンジの味のアイスが重なったトリプルを美味しそうに食べる。よかった、どうやらこれで機嫌は直ったみたいだ。

一方、ルインは手渡したアイスクリームをしげしげと眺め、不思議そうな顔をしている。

 

「これがアイスクリームか。どうやって食べれば…冷たっ! て、手に垂れてきたぞ!?」

 

「あぁもう、ほらアリアの方をよく見ろよ。ああいう風に食べるんだよ」

 

俺は夢中でアイスクリームを頬張るアリアの方を指で差す。

 

「ひょっほ! わはひをれいにしなひでほ! (ちょっと!私を例にしないでよ!)」

 

「食ってから喋れ」

 

「なるほど、こういう風に直接口で…ん…甘くて美味しいな♪ 手に付いたのも…んちゅ」

 

「……」

 

「ん?どうしたある…弟よ? 溶けるぞ」

 

「ぅえ!? あ、ああうん、そ、そうだな」

 

いかん…ただアイスクリームを食べてるだけなのに変な想像をしてしまった。なんでバニラアイスにしたんだろ俺…。

 

「あ~、もしかして今いやらしいこと考えてたでしょ~?」

 

「か、考えてない考えてない!」

 

アリアの奴め…なんで女っていうのは、こういうときに限って勘がいいんだか…。

 

「そういえばさぁ、あの『破滅の女神ルイン』ってカード、お姉さんに似てるね。名前も同じだし」

 

「似てるもなにも、あれはわた…むぐっ!?」

 

「そ、そんなことないって! 気のせい気のせい! 名前が同じなのも偶然偶然!」

 

「あはは♪ だよね~♪」

 

うっかり暴露しそうになったルインの口をあわててふさぐ。本当になんで今日に限ってこんなに勘がいいんだか…。

 

「よっし、今日は奢りだしどんどん食べるぞ~♪」

 

「ま、まだ食うのかよ!?」

 

「弟、私もお代わりが食べたい」

 

「…あぁ~もうっ!」

 

勝者がいつも報われるとは…限らないんだなぁ…。

この分じゃ1万円分の商品券なんて、すぐに底を尽きそうだなぁ…。

 

………

……

 

「じゃ~また学校でね~♪」

 

「おう…じゃーな」

 

「さらばだ」

 

そんなこんなで夕方。デパートの前でアリアとは別れ、俺達は帰路につく。

 

「…はぁ」

 

自然とため息が出た。

あの後、ルインの服代や下着代やらなんやらがかかっただけでなく、アリアとルインのアイスクリームのお代わりで一万円分の商品券はあっという間に無くなった。せっかく新しいストラクチャーを買おうと思ってたのに…。

 

「今日は楽しかったな、また行きたいぞ主♪」

 

「できるなら俺はもう行きたくない…」

 

ご機嫌なルインを他所に、俺は両手いっぱいの荷物を抱えながら答えた。

 

「ふふっ、デュエルする主の姿は初めてみたが、なかなかかっこよかったぞ♪」

 

「…そりゃどうも」

 

「まぁソリッド…なんちゃらの私の姿はもっとかっこよかったけどな!」

 

「…あっそ」

 

褒めてくれたのは正直嬉しかったが、その後の言葉で俺はどっと疲れが出た。

帰ればまた飯とか作んなきゃいけないな…それを考えると足取りも重い。

 

「それと……主、私の髪の色は…変なのか?」

 

「…」

 

急に楽しそうだったルインの顔が、一瞬曇る。

こいつ…さっきの子供達の言葉を気にしてたのか。

 

「…気にするな、俺は好きだぞ」

 

「そ、そうか! なら…よかった」

 

俺の言葉を聞いたとたん、ぱぁっと表情が一気に明るくなるルイン。全く…喜怒哀楽の楽しい奴だ。

俺の方はといえば、今後の生活をどのように送っていくかを考えていた。

いろいろ不安はあるけど…まぁここまで来たらなるようになれだな。

 

 

 

 

 

~今日の最強カード~

 

主「さて始まりました、『今日の最強カード』コーナー」

 

ルイン「このコーナーではそのデュエル中に登場し、活躍したカード一枚を題材にいろいろな考察していくぞ」

 

主「記念すべき第一回目を飾るカードはこちら!」

 

 

 

【破滅の女神ルイン】

☆8 ATK/2300 DEF/2000 光 天使族 儀式

「エンド・オブ・ザ・ワールド」により降臨。フィールドか手札から、レベルの合計が8になるようカードを生け贄に捧げなければならない。このカードが戦闘によって相手モンスターを破壊した場合、もう1度だけ続けて攻撃を行う事ができる。

 

 

 

主「出ました、この小説のメインヒロインにして主人公の切り札でもあるモンスター! 『破滅の女神ルイン』!」

 

ルイン「このモンスターは戦闘によってモンスターを破壊すれば、さらに続けて攻撃できるという能力を持っている。せっかく二回も攻撃できるなら、『オネスト』などで攻撃力を大幅にアップしてから攻撃したいな」

 

主「ん? なになに? そんなモンスターよりも『ワーム・ウォーロード』や、『デーモンの斧』装備した『ニサシ』殿の方が強いでござるって? なるほどなるほど…おい、デェルしろよ」ガタッ

 

ルイン「お、落ち着け主! だ、だが…実際のところそれはどうなんだ?」

 

主「…まぁ確かに、ただ二回攻撃したいだけならそれらを使えばいいさ。だがこちとらは儀式モンスターだ。儀式モンスターには儀式モンスターなりの戦い方ってやつがあるのさ」

 

ルイン「例えば?」

 

主「例えば儀式のリリースに『儀式魔人プレサイダー』を2枚使用すれば、二回の攻撃でモンスターを二体葬れば二枚もカードをドローすることができる」

 

ルイン「儀式召喚は手札を多く消費するからな。手札アドバンテージが増えるのはありがたい」

 

主「また、『ルイン』召喚の際に『高等儀式術』を使い、極力カードを消費せずに儀式召喚するという手もある。このとき『高等儀式術』の効果でデッキから墓地に落とした通常モンスターでコンボを決めるという方法もある」

 

ルイン「ふむふむ、どのようなコンボだ?」

 

主「『ルイン』のレベルは8なので通常モンスター最強の『青眼の白龍』を墓地に送ることができる。墓地に落としたあとは『正統なる血統』や『リビングデッドの呼び声』で特殊召喚すれば、『ルイン』と『青眼の白龍』の二体がフィールドに揃うってわけだ。しかも、『青眼の白龍』を特殊召喚する効果を持つ『白竜の聖騎士』も儀式モンスターだし、それらのモンスターはすべて光属性なので『オネスト』も共通して使えるぞ」

 

ルイン「なるほど、最上級モンスターを墓地に落として特殊召喚する…か」

 

主「もう一つは墓地に光と闇のモンスターを落とし、それらを除外して『カオス・ソーサラー』や『カオス・ソルジャー ―開闢の使者―』を特殊召喚する戦術だ。『ルイン』と『カオス・ソーサラー』がフィールドに揃えば、擬似的に『開闢』が出現していることになるぞ」

 

ルイン「私と『カオス・ソーサラー』の攻守が一緒だということも、それを考慮しているからかもしれないな」

 

「まぁよく使われるのはこの二つかな。他にも『高等儀式術』で下級天使をいっぱい墓地に落として『大天使クリスティア』を召喚したりだとか、コンボはいろいろあるけど今回はここまで」

 

ルイン「みんなも私のカードをいっぱい使ってくれよな~!」

 

「「それではまた次回!」」




というわけで初めてのデュエル回でした。
いかがだったでしょうか?個人的には甲虫装機のようなガチなデッキが出ると読者の方々が萎えてしまうかな~とも思ったんですが…このデッキも後の展開のためには大切なことなので、ご了承くださいな。
デュエルに関して、なにか不都合な点があればお知らせ下さい!
では次回もまたお楽しみに!


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第5話:「女神様の学校見学」

休み明けの学校に行くために、主はルインに家の留守を任せて学校へ向かう。
家に残されたルインは、1人でいるのに飽きてしまい、外に出たいと思い始める。
しかし外に出れば主に怒られてしまう…そんな時に目に入ったのが、主の忘れたジャージの袋だった。


「……暇だ」

 

壁にかけてある時計という物を見ると、長い針が30を、短い針が8と9の間を指している。

今、主は家にはいない。主は学校というところに行っているらしく、私は一人で家の留守番をしている。

あれほど夢中になっていたテレビだが、さすがに長い間見ていると目が疲れてきて、今はもう電源を切ってある。

暇で暇で仕方がないが…外に出るわけにはいかない。何故なら今朝、主は私にこう言ったからだ。

 

~~

 

『いいか? 俺は学校に行ってくるけど、俺が帰ってくるまで家で大人しくしてろよ? この前みたいに迷子になっても知らないからな』

 

『わかっている。私は外に出なければいいのだろう?』

 

『わかっているならそれでいい。じゃ、行ってくるからな』

 

『行ってらっしゃい、主』

 

~~

 

…と、主と約束したからな。

主が行っている“学校”という所もどんな所なのか行ってみたいが、外に出たら怒られるしな…。

 

「はぁ……ん? あれは…」

 

深いため息をついて、私はふとソファーの方を見た。

そこには妙な白い袋がぽつんと置いてあった。

 

「なんだこれは? …これは確か、ジャージとかいう主の衣服…」

 

袋の中身を見てみると、この前の買い物の時に主が私に着せたジャージという衣服が入っていた。

確か今日、学校で使うと聞いていたのだが…。

 

「ふむ、主が忘れていったのか。…そうだ!」

 

その時、頭の中である考えが閃いた。

 

「よ、よし! これが無ければ主は困るだろう。ならば、私が学校に行って届けてやろうではないか。こ、これは非常時だからな! 非常時だから仕方ないのだ!」

 

独り言のように何度も自分の中で『非常時』という言葉を言い聞かせる。このジャージが無ければ主は困るのだから、もしこれを私が主の元に届ければ、主はきっと怒らず、むしろ私を褒めるはずだ。故に、外に出たことを咎められることはないだろう。

 

「そうと決まれば…さっそく!」

 

 

 

 

 

―――――第5話:「女神様の学校見学」―――――

 

 

 

 

 

「あ~……しまったなぁ」

 

ホームルーム終了後、俺は持ってきた持ち物を何度も確認してみたが…やはり無い。

家に忘れてきたのか…。

 

「どうしたの?」

 

俺の隣の席に座るアリアが心配そうに尋ねてくる。

 

「いや…今日体育があるのにジャージを忘れてな…」

 

「ありゃりゃ…じゃ私のを貸してあげようか?」

 

一瞬、本気にしてしまいそうになってしまったが…アリアが俺をからかっているのだとすぐに悟り、俺は無言でアリアの方に冷たい視線を送る。

 

「じょーだんだよじょーだん、あはは♪ 他のクラスの子から借りてくれば?」

 

「…いよいよとなったらそうするかな」

 

キーンコーン…

 

授業開始を告げるチャイムが鳴り、一時間目の授業担当の教師が教室に入ってくる。

 

「きりーつ、礼」

オハヨーゴザイマース

 

クラス委員が号令をかけると、クラスのみんなは起立し、先生に挨拶をする。

 

「はい、おはよう。さて、今日は教科書の38ページを…-」

 

授業が始まると、窓際に座っている俺はふと何気なく外の景色を見た。

いつもと変わらぬ窓際から見えるその景色…だが、

 

「……っ!?」

 

今日は違う。

なぜなら…その景色の中にはあり得ないものが混ざっていたからだ。

 

(る…ルイン!? なんでこんなところに!?)

 

そこにはこの場にいるはずのない人物、ルインの姿があった。

あんなところでなにをやってんだか…俺を探しているのか、辺りをキョロキョロしている。

…仕方ない。

 

「あの~…先生」

 

「ん? どうした?」

 

「え~っと…ちょっとトイレ行ってきていいですか?」

 

先生は一瞬ちょっと嫌そうな顔をするが。

 

「早く行ってきなさい」

 

「ありがとうございますっ!」

 

教室を出ると同時に、俺は全速力で走りだし、一目散に昇降口の方に向かった。

 

………

……

 

外に出ると、ルインはすぐに見つかった。

 

「あ! 主! よかった、今主を探そうと…―…わっ!?」

 

俺の姿を見つけて手を振っているルインを無視し、俺はルインの手を引いてグランド近くにある今は使われていない運動部の古い更衣室に連れていく。

 

「ルイン!!」

 

「な、何だ主?」

 

「何だじゃない! お前、なんでこんなところにいるんだ!? 家で大人しくしていろって言っただろ!」

 

「そ、そんな怒鳴らなくったっていいじゃないか…わ、私はこれを届けに来たんだ」

 

怒鳴り口調でルインに問いただす俺に対し、ルインは手に持っていた白い袋を俺に差し出す。

 

「これは…」

 

それは俺が今朝持ってくるのを忘れたジャージだった。

 

「もしかして…これを俺に届けに?」

 

「あ、あぁ…済まない、約束を破ってしまって…」

 

少ししゅんとなってしまっているルインの姿を見ると、俺の怒りは治まってしまった。

 

「そ、そうだったのか…それだけならまぁいい。今は授業中で誰もいないから、今のうちに早く帰るんだぞ?」

 

「あ、いやそれが…」

 

「どうした?」

 

ルインからジャージを受け取りそう告げるが、ルインは何か言いたそうだ。

 

「その…帰り道がわからないんだ…」

 

「…はぁ? わからないってことはないだろ。じゃあお前はどうやってここまで来たんだよ?」

 

突然素っ頓狂な事を言い出したルインに対し、俺はそう詰め寄る。

 

「主は、私のカードを今持っているだろ? あのカードには私の力の一部が封じ込まれているから、その力の足跡を辿ってここまで来たんだ」

 

「でも辿って来たなら道を覚えてないのか?」

 

「覚えてない…」

 

おいおいマジか…。

ルインは少し申し訳ないという顔をしながら即答で返す。全く…破滅の女神様がそんなんでどうするんだ…。

 

「はぁ…じゃあ仕方ない。今日の授業が終わるまで、ここで大人しく待っていろよ?」

 

「え?」

 

「授業が終わったら一緒に帰ってやるから。あと、昼休みになったらまた様子見に来るけど、そこら辺ウロウロするんじゃないぞ? じゃあな」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれある…―!」

 

バタンッ

 

まだルインは何か言いたそうだったが、一方的に扉を閉めさせてもらった。

ルインには悪いが、何か問題が起きてからでは遅いからな。

さて…トイレと言って教室を出てからかれこれ10分は経っている、そろそろ教室に戻らなくちゃ怪しまれるな。

頼むぞルイン、そこを動くんじゃないぞ。

 

………

……

 

主が出て行ってから少し経った。

 

「はぁ…つまらないなぁ…」

 

せっかく退屈しのぎになると思ってたのに…これじゃ家にいるのとなんら変わらないではないか!

窓の外から見える大きな建物…学校というらしいが、あそこの中がどういう風になっているのか是非見てみたい。

 

「よし…行ってみよう」

 

少しくらいならいいだろう。…だがこの格好のままでは建物の中に入ったとしても、誰かに見つかれば即刻追い出されてしまうかもしれない…。

 

「何か変装できる物はないものか……おっ!」

 

ちょうどいいことに、この部屋には主の持ってるジャージと似たような服があったので、それを一着拝借することにした。

 

「ちょっとキツいな…」

 

上のサイズは良いのだが、下に履いた紺色の衣服は少し小さいみたいで、お尻に食い込んでくる。

しかし多少のことには我慢しなければならない。これでどう見てもこの学校の一員だ。

 

「よし、まずは主のところに行ってみるとしよう」

 

………

……

 

長い廊下を進んでいくと、大きな部屋がいくつもあった。

その部屋の一つを扉を少し開けて覗いてみると、大きな黒い板に白い文字を書いている人が一人いる。どんな事が書かれているかはよく分からないが…なんだか難しい事がいっぱい書いてある。

その文字を、主と同じ格好をした男や少し違う格好をしている女が真剣に聞き、紙に書き写している。

 

「…これが主の言っていた“授業”というやつか?」

 

なんだか思ってたよりも面白そうではないな…。

見つかればまた主に迷惑をかけてしまうので、そぉ~っと気づかれない様に扉を閉めて、再び廊下を歩きだす。

 

「さて…主はどこに行ったんだ?」

 

さっきの部屋には主はいなかった。ここから先、似たような部屋がいくつも続いているが、はてさてどうしたものか…。

 

「…そうだ! 私としたことがうっかりしていた! さっきみたいにカードに残された力の足跡を辿ればいいではないか」

 

よし、これで主のいるところに辿り着け…―

 

 

 

「ん? ちょっとそこの貴女」

 

 

 

「っ!」ビクッ

 

カードの力をトレースし、廊下の端まで来て階段に差し掛かったとき、後ろから女の声がしたのでビクッとしてしまう。

落ちつけ…私は今はこの学校の者なんだ…変装をしているからバレるはずがない…!

ここは冷静に対処しなければ…!

 

「あ……え~っと…私はこの学校の者で…―」

 

「貴女ここの生徒じゃないわね、こんな所で何をしてるの?」

 

一瞬でバレた!?

おかしいな…変装は完ぺきなはずなのに…。

 

「わ、私はその…」

 

ど、どうしよう…。

 

………

……

 

~昼休み~

 

やっと昼休みか…さて、購買でパンでも買ってルインに持っていってやるかな。

 

「あ…あの……あのさぁ…」

 

「ん? どうしたアリア?」

 

「そ…その……今日は私…」

 

「?」

 

何だかアリアの様子がおかしいような…体調でも悪いのか?

「大丈夫か?」と声をかけようとした時、突然教室のドアが開いた。

そして教室に入ってきた人物を見て俺は驚愕した。

 

ガラッ

「主!」

 

「る、ルイン!?」

 

「え…? お姉さん!? なんでこんなとこに…?」

 

突如教室に入ってきたルインを見て、俺とアリアだけでなく、教室内の生徒は騒然とする。

 

「お前…大人しくしてろって…―! って、その格好は…」

 

ルインが身につけているのはいつもの女神の服装ではなく、女子用の体育着に…少しサイズの小さそうなブルマだった。

 

「すまない主、話は後だ! すぐに私と一緒に来てくれ!」グイッ

 

「お、おい!?」

 

なんでそんな恰好をしているのかと問い詰める暇も無く、俺はルインに引っ張られるままに教室の外へと連れ出される。

 

「おい見たかよあの人? すげぇ美人じゃん」

「ああ、誰なんだろうな…」

 

「…行っちゃった…。はぁ~あ…せっかく今日は一緒にお昼食べようと思ってたのになぁ…」

 

………

……

 

~屋上~

 

「何だってんだよ!?」

 

俺が連れて来られたのは屋上だった。

ルインは俺の手を離し、申し訳なさそうな顔をしながら屋上の奥を指さす。

 

「じ、実はあの人が…」

 

「来たわね」

 

屋上にいる人物は、俺がよく知る人物だった。

 

「ひ、響先生…」

 

その人物は国語教師の響みどり先生だった。

 

「あの女に『貴女の保護者を呼んできなさい』って言われたのだ…」

 

「ここなら人目につかないでしょ? あなたのお姉さん…だっけ? その人をさっき廊下で保護したのよ」

 

全く…外には出るなとあれほど言ったのに…。

 

「そうだったんですか。じゃあ俺達はこれで…」

 

「待ちなさい」

 

何食わぬ顔で屋上を出ようとしたとき、突然背後から先生に呼び止められた。

何だか嫌な予感がするが…。

 

「私は教師として、学校内に入った部外者をこのまま見逃すわけにはいきません」

 

「…どうするんですか?」

 

「悪いけど、校長先生に報告させてもらうわ。貴方と貴方のお姉さんも一緒に職員室に来てもらうわよ」

 

くっ…このまま連れてかれたら、俺とルインの関係がバレてしまうかもしれない…! いや、それだけでなく、ルインがカードの精霊だということもバレてしまうかも…!そうなったら……。

…やはり面倒を起こすわけにはいかない。

 

「…わかりました先生。なら、俺とデュエルしましょう!」

 

「デュエル?」

 

「先生が勝ったら俺達は大人しく職員室に行きます。でも、俺が勝ったらこの事は無かったことにしてもらいます」

 

俺の提案に響先生が乗ってきてくれるかと思ったが…?

 

「あなたねぇ…本気でそんなこと言ってるの?」

 

うっ…やっぱり承諾できないか、こんな申し出…。

 

「本気で私とデュエルしたいのかって聞いてるのよ?」

 

…えっ?

 

「と、当然です! デュエルで勝ってチャラにできるんなら、俺だって本気になります!」

 

「いい心がけね。でも、その程度の本気で私に勝てると思わないことね」

 

「じゃあ…!」

 

「デュエルディスクを取ってくるわ、そこで待っていなさい」

 

そう言って響先生は屋上を出て行った。

 

「よかった…デュエルに持ち込めば、まだチャンスはある」

 

「ああ、これ以上面倒なことになる前に、ここでカタをつけるぞ!」

 

響先生の実力がどれほどのものかは知らないが…それでも、ここで食い止めなければルインの存在が危うくなってしまうんだ!

なんとしてもこのデュエル…勝たなければ!

 

………

……

 

「久しぶりのデュエルね。でもあの子たちは知らないでしょね…まさか私が元デュエルアカデミアの教師だなんて」

 

みどりは自分の国語研究室に戻ると、机の中から二つのデュエルディスクを取り出す。

 

「ふふっ♪ 私ったら年甲斐もなくワクワクしてきちゃった♪」




今回からは少し原作(主に漫画オリジナル)のキャラを出してみたいなと思い、漫画版GXの響みどり先生に登場していただきました。
ちなみに、この小説の世界観はアニメの世界観を順守しているので、漫画オリジナルのキャラはほぼオリキャラと同じ扱いということでお願いします。
今後も漫画やアニメの遊戯王キャラ、果てはゲームオリジナルのキャラまで出そうかと思っているので、今後もよろしく!


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第6話:「堕天使の猛攻」

ルインの正体をバラさないために、響先生とのデュエルに臨むことに。
響先生の実力は未知数…最初は油断していたのだが…?


「おまたせ」

 

屋上でしばらく待つと、響先生が二つのデュエルディスクを持ってきた。

先生がいない間に逃げてしまおうか…とも考えたが、それは後々厄介なことになりそうだからやめておいた。

 

「デッキは持ってきているわね?」

 

「ええ」

 

「なら早速やりましょうか。これを貸してあげるから着けなさい」

 

響先生が俺にデュエルディスクを投げ、自分もそのディスクを腕に装着する。

 

(あれ…? このデュエルディスクって、たしかデュエルアカデミアの…)

 

俺はそのデェルディスクを見て少し不思議に思った。

それは一般に市販されているディスクではなく、デュエルアカデミアの生徒が使用するタイプのものだった。

 

(響先生、デュエルアカデミアに知り合いでもいるのかな?)

 

その時の俺は、その程度の考えで先生に臨もうとしていた…。

 

 

 

 

 

―――――第6話:「堕天使の猛攻」―――――

 

 

 

 

 

「主、どうした?」

 

そんな俺の様子を見てルインが気にかける。

 

「いや、なんでもない。始めましょうか先生」

 

なんだって構いやしない。とにかく、デュエルでこの状況が打開できるなら本気でこのデュエルに臨むしかない。

 

「ええ、あなたに特別授業をしてあげるわ」

 

俺と先生はディスクを起動させ、学校の屋上で対峙する。

 

「「デュエル!!」」

 

「先攻は私がもらうわ、ドロー」

 

響先生の実力は未知数だ…一体どんな戦術で来るんだ?

 

「なぁ主…あのヒビキとかいう女はどんなデュエルをするんだ?」

 

「それは俺もわからない…なんせ俺は響先生のデュエルを見た事ないし、第一デュエリストだって知ったのもついさっきなんだからな」

 

俺とルインがこそこそと話をしていたときだった。

 

「こらそこ! デュエル中に私語をしないの!」

 

「す、すいません…」

 

文字通り、響先生にとってはこれも授業の一環と考えているのだろう。まるで普段の授業中にするように、俺達を注意する。

 

「デュエルにおいて、相手を観察することも重要なことよ。一つ一つの動作を見逃さず、しっかり観察しなさい」

 

「は、はぁ…」

 

なんだろう…なんだかこの人、まるで俺にデュエルを教えているかのようにも思える。

 

「そうね、まずは速効魔法『手札断殺』を発動するわ」

 

響先生の最初の一手はモンスターは召喚せず、手札交換の魔法カードの発動から始まった。

 

「『手札断殺』…? 確かそのカードは、互いのプレイヤーが手札を2枚捨てて2枚デッキからドローするカード」

 

「あら、知ってたのね。幅広いカードの知識はデュエルでは最も重要な戦略を組む手段になるわよ」

 

だが、しょっぱなから手札交換のカードを発動するなんて…さては先生、手札が事故ってるんですね? この分だと響先生はデュエルの素人みたいだ。先生には悪いが、この勝負もらった!

俺と響先生は手札を2枚捨て、そして2枚ドローした。

さて…手札も入れ替えたということはモンスターくらいは引けたんだろうか?

 

「そうね…私はカードを三枚セット。これでターンエンドよ」

 

―――――

■■■――

響:手札2枚 LP4000

魔法・トラップ:セット3枚

 

モンスターを召喚せず、リバースカードだけ…?

もしかしてまだ手札が事故っているのか…?

まぁいい、先生が事故っている間に、こちらはガンガン行かせてもらうだけだ!

 

(主のあの余裕の表情…ヒビキが素人だと確信しているという顔だが…果たしてそうなのか? 私は気になる…仮に手札事故を起こしていたにせよ、何故このタイミングで手札交換のカードを使用したのかが…)

 

「俺のターン!」

 

だがやはり、三枚も伏せカードがあっちゃマトモに攻めることすらままならない…よし、ならまずは小手調べといこう。それで響先生の出方を見る!

 

「俺は『マンジュ・ゴッド』を召喚!」

 

【マンジュ・ゴッド】 ☆4 ATK/1400 DEF/1000 光 天使族

 

「召喚に成功した『マンジュ・ゴッド』の効果発動! 召喚時にデッキから儀式モンスター、または儀式魔法を手札に加えます。俺は儀式モンスター、『破滅の女神ルイン』を選択」

 

デュエルディスクが『ルイン』のカードを選び出し、俺はそれを手札に加える。

 

(なるほど…儀式デッキなわけね。それに天使族ってことは…偶然にも私のデッキとはテーマが真逆なわけね)

 

なんだか響先生が不敵な笑みを浮かべているようだが…そんなことで俺はひるみはしない!

 

「まずは先生の実力を測らせてもらいますよ! バトルフェイズ! 『マンジュ・ゴッド』で攻撃!」

 

『マンジュ・ゴッド』が幾本もの手を伸ばし、攻撃の態勢をとる…が。

 

「リバースカードオープン!」パチンッ

 

「なっ…!?」

 

響先生が指を鳴らすと同時に、伏せてあったリバースカードの一枚が発動する。

 

「永続トラップカード、『リビングデッドの呼び声』! この効果で、墓地のモンスター1体を特殊召喚する!」

 

「モンスター蘇生のカード!? ってことは…『手札断殺』で捨てたモンスターを!?」

 

「当然。見せてあげるわ…これが私の天使よ! 降臨なさい! 『堕天使スペルビア』!!」

 

【堕天使スペルビア】 ☆8 ATK/2900 DEF/2400 闇 天使族

 

フィールドに壺のような形を模した漆黒の不気味なモンスターが翼をはためかせ、フィールドに降り立つ。

 

「す…『スペルビア』だと!?」

 

『堕天使スペルビア』…あのモンスターはめったなことでは手に入らない超ウルトラ級のレアカード…! 何故それを響先生が!?

 

「『スペルビア』の効果発動。このモンスターが墓地から特殊召喚されたとき、墓地の天使族1体を特殊召喚する! 来なさい…『堕天使エデ・アーラエ』!!」

 

『スペルビア』の壺の中から二体目の堕天使が姿を現す。

まるで鬼のような形相と角を生やし、太い腕を振りかざす漆黒の堕天使が、『スペルビア』の中から這い出した。

 

【堕天使エデ・アーラエ】 ☆6 ATK/2300 DEF/2000 闇 天使族

 

「堕天使が…二体だと!?」

 

あっという間に2体の上級モンスターを揃えた響先生の戦術に、ルインは驚愕する。

 

「さ…最初からこのために手札交換のカードを…!」

 

迂闊だった…まさかこのために手札のカードを墓地に捨てていたなんて…!

 

「さぁどうする? 私のフィールドにモンスターが増えたけど、攻撃は続ける?」

 

「くっ…攻撃中止! メインフェイズ2に入ります!」

 

だが…俺にだって『手札断殺』のメリットはあった、そのお陰でこのカードを引くことができた。

トラップカード…『光子化(フォトナイズ)』。相手モンスターの攻撃を無効にし、相手モンスター1体の攻撃力分、俺の光属性モンスターをパワーアップさせるカードだ。

これさえあれば上級モンスターがいくらいようとも…!

 

「俺はリバースカードを二枚セットし、ターンエンドです」

 

△――――

■■―――

手札4枚 LP4000

モンスター:『マンジュ・ゴッド』

魔法・トラップ:セット2枚

 

「私のターン、ドロー! 私はトラップカード、『レベル変換実験室』を発動!」

 

「『レベル変換実験室』…?」

 

聞き慣れないカードの発動に、俺は思わず首をかしげる。

 

「主、なんだあのカードは?」

 

「わからない…俺も見たことないカードだ」

 

「あまり使われていないからといって、知識を疎かにしてはダメよ。思わぬコンボを思いつくことだってあるんだから。このトラップカードは、手札のモンスター1体を選択して相手に見せ、サイコロを1回振るわ。1の目が出た場合そのカードは墓地に送られ、2~6の目が出た場合、選択したモンスターのレベルは出た目と同じになるの」

 

と、響先生は丁寧にカードの効果を俺たちに教えてくれた。

 

「なっ!? じゃあ最上級モンスターをリリースコストを軽減、もしくはリリース無しで召喚できるってことか!?」

 

「その通り。私が選択するモンスターは、この『堕天使アスモディウス』、レベル8のモンスターよ。サイコロを振るわ」

 

ソリッドビジョンのサイコロが出現し、フィールドをコロコロと転がる。

1の目…1の目さえ出れば墓地行きだ!

確立は六分の一だが…それでも可能性はある!

 

コロコロ…コロ…

 

サイコロが…止まる!

 

…コロッ

 

…出た目は?

 

「ふふっ…出た目は3! よって手札の『アスモディウス』のレベルは8から3に変換されるわ!」

 

堕天使アスモディウス:☆8→☆3

 

「上級モンスターが…下級モンスター並のレベルに…!」

 

「くっ…!」

 

さらなる上級モンスターの召喚を許してしまうこの状況に、俺は歯がゆい思いをしてしまう。

 

「そして通常召喚…舞い降りなさい!『堕天使アスモディウス』!!」

 

【堕天使アスモディウス】 ☆8→3 ATK/3000 DEF/2500 闇 天使族

 

空間を引き裂き、黒い翼を纏った堕天使が降り立つ。

 

「だ…堕天使が…3体も…!」

 

「しかもどれも高攻撃力で…高レベルばかりだ…!」

 

今頃俺は悟った…。

最上級モンスターをここまで使いこなすカードのプレイングテクニック…間違いない、この人は素人なんかじゃない!

 

「先生…あんたは一体何者なんだ?」

 

「私? 私はなんでもない、ただの公立高校の国語教師よ」

 

「嘘だ! さっきから思ってたけど、あんたのカードプレイングは並のもんじゃない! それにそんな超が付くほどのレアカードまで使ってるし…あんたもしかして…!」

 

「…ハァ」

 

響先生はやれやれといった表情で、仕方なさそうに俺の問いに答える。

 

「…隠しても無駄みたいね。そう、実は私はねデュエルアカデミアの教師よ。元だけどね」

 

「やっぱり…!」

 

さっきから俺たちに対してデュエルを教えるかのような姿勢…最上級モンスターをここまで巧みに操るプレイングスタイル…そうとでもないと説明がつかない。

 

「主、なんだその…デュエルなんとかというのは?」

 

「デュエルアカデミア…それは将来デュエリストを目指す子供達の為に設立されたデュエリスト専門の養成学校だ。そこにおける教師とは、常に生徒達の見本にならなくてはならないため、必然的に高度なデュエルテクニックを持っている」

 

「じゃあ…!」

 

そうだ…ルインと同時に俺も悟ってしまった。

響先生がそこの元教師だとするなら…このデュエル、最初から俺に勝ち目なんてないんじゃないか!?

 

「あら、私がアカデミアの教師だからって、貴方が負けたわけじゃないでしょ? 結果がまだわからない状況で勝負を諦めることは、デュエリストが最もしてはいけないことよ?」

 

「っ…」

 

そうだ…何を弱気になっているんだ俺は!

響先生がアカデミアの教師だからって、まだ俺が負けたわけじゃない。そもそも俺は絶対に負けるわけにはいかない…。

幸いどれだけモンスターを揃えようとも、その攻撃はこのリバースカードで防ぐことができる。来るなら来てみろ!

 

「バトルフェイズ…いくわよ! まずは『堕天使エデ・アーラエ』で『マンジュ・ゴッド』に攻撃!」

 

『エデ・アーラエ』が太い腕を翳し、『マンジュ・ゴッド』に迫る!

 

「今だ! トラップ発動!『光子化(フォトナイズ)』!」

 

「…!」

 

発動するトラップカード…『光子化』。

その発動を見て響先生が一瞬たじろぐ。

 

「このトラップカードは、相手モンスターの攻撃を無効にし、その攻撃力分俺の光属性モンスターの攻撃力をアップさせる!」

 

『マンジュ・ゴッド』の身体が徐々に光子化していく。

 

「よし! これで『マンジュ・ゴッド』の攻撃力は『エデ・アーラエ』の攻撃力分アップし…―!」

 

ルインの言う通り…と思いきや。

たじろいだのも一瞬、すぐに先生はそれに対してチェーンする。

 

「甘いわね…リバーストラップ発動!」パチンッ

 

またも響先生は指を鳴らし、伏せてあるリバースカードを発動する。

 

「トラップカード、『トラップ・スタン』! このターン、フィールドのトラップカードの効果を全て無効にする!」

 

「なっ…!?」

 

まさか…『光子化(フォトナイズ)』が読まれていたのか!?

無効にされた『光子化(フォトナイズ)』はその効力を無くし、『マンジュ・ゴッド』の光子化が止まる。

どうやら響先生のデッキは、最上級レベルの堕天使達を大量のトラップで守ったり、召喚の補助をするのが主な戦術のようだ。

 

「切り札が読まれて焦っているわね。このターンモンスターの総攻撃で、貴方はお終いかしら?」

 

「くっ…まだまだ! 『トラップ・スタン』にチェーンして永続トラップ、『女神の加護』を発動する!」

 

「ほぅ…」

 

今度は驚きのような…関心した表情を見せる。

 

「この永続トラップカードは、俺のライフポイントを3000ポイント回復させる」

LP4000→7000

 

「『トラップ・スタン』にチェーンして発動したトラップカードは無効にできない…なかなかやるわね」

 

「俺もこのまま、やられるわけにはいきませんからね」

 

「いい心意気ね…バトル続行! 『エデ・アーラエ』で『マンジュ・ゴッド』にアタック!!≪エーデル・インサニティ≫!!」

 

『マンジュ・ゴッド』は『エデ・アーラエ』の放つ闇の波動によって、消滅する。

 

「くっ…!」

LP7000→6100

 

「ま、まだまだ! 主の回復したライフポイントは、十分に残っている!」

 

「続いて『スペルビア』と『アスモディウス』でダイレクトアタック! ≪スーペル・グリード≫!! ≪ヘル・パレード≫!!」

 

俺のフィールドに壁となるモンスターはいない。

対抗手段が無い俺は、『スペルビア』と『アスモディウス』の直接攻撃をマトモに喰らってしまった。

 

「ぐわあああああっ!!」

LP6100→3200→200

 

最上級モンスター2体の攻撃の衝撃は凄まじかった。

衝撃で俺の身体が後方に吹き飛ばされる。

 

「主! 大丈夫か!?」

 

「なんとかな…首の皮一枚で繋がったよ」

 

ルインの手を借り、起き上がりながら俺は答える。

 

「7000もあった主のライフが…僅か1ターンっで200にまで減らされるなんて…!」

 

「くっ…やっぱ強いですね、先生」

 

フラフラと立ちあがりながらも、しっかりと先生の方を見据える。

 

「あなたもなかなかやるわね、私の堕天使達の直接攻撃を受けてまだライフが残ってるなんて」

 

「俺だってただで負けるわけにはいかない…まだまだこれからです!」

 

これで響先生のバトルフェイズは終了…次の俺のターンで反撃に出る!

俺はしっかりとデュエルディスクを構え、手札を握りしめる。

 

「いい心意気ね、リバースカードを一枚セットしてターンエンドよ」

 

△△△――

□■―――

響:手札2枚 LP4000

モンスター:『堕天使スペルビア』『堕天使エデ・アーラエ』『堕天使ディザイア』

魔法・トラップ:『リビングデッドの呼び声』、セット1枚

 

「僅か数ターンでここまで自分に有利な状況を作りだしてしまうとは…あのヒビキという女…侮れない。主が勝つ手段は果たしてあるのか…?」

 

ルインの心配をよそに、俺にターンが回ってくる。

なぁに…このターンでなんとかしてやるさ!

 

「俺のターン!」




響先生とのデュエルに突入です。
さすが先生…扱いの難しい最上級堕天使を次々と繰り出しますw
そしてまたもしょっぱなからライフポイントが鉄壁レベルまで落ち込む主人公。
果たして決着は…?

※今後のデュエル展開の都合上、暗黒の謀略を手札断殺に変更させていただきました


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第7話:「天使vs堕天使」

ルインの正体を隠すために響先生とのデュエルに臨むこととなった。
しかし、響先生は元デュエルアカデミアの教師であり、扱うモンスターも強力で超レアな堕天使モンスターたち。
果たして逆転の一手はあるのか…?


さて…「なんとかしてやる」とは言ったものの、あの3体もの最上級堕天使を倒す方法は果たしてあるのか…?

少なくとも、今の俺の手札には、そのカードはない…。

俺のドローフェイズ…果たして引いたカードは…?

 

 

 

 

 

―――――第7話:「天使vs堕天使」―――――

 

 

 

 

 

「どう? 逆転のカードは引けたかしら?」

 

「逆転できるかどうかはわからないけど…その可能性はあるカードを引きましたよ! 儀式魔法、『高等儀式術』を発動!」

 

「『高等儀式術』ですって…?」

 

「このカードは、俺の手札にある儀式モンスター1体を選択し、デッキからそのモンスターと同じレベル分の通常モンスターを墓地に送ることで、その儀式モンスターを儀式召喚する!」

 

「そういえばあなたの手札には…『マンジュ・ゴッド』の効果で手札に加えた儀式モンスターがいたわね」

 

そうさ。最初の俺のターンのとき、すでに『破滅の女神ルイン』のカードをデッキからサーチさせてもらってあったからな。

 

「俺は手札の『破滅の女神ルイン』を選択! 『ルイン』のレベルは8、よってデッキからレベル4の通常モンスター、『デュナミス・ヴァルキリア』と『デーモン・ソルジャー』の二体を墓地に送ることで、儀式召喚を行う!」

 

 

 

 

 

―破滅を司りし混沌のイデア―

 

  ―煌めく天の名の下に―

 

―邪討ち祓う矛先となれ!―

 

 

 

 

 

「儀式召喚! 光臨せよ、『破滅の女神ルイン』!」

 

【破滅の女神ルイン】 ☆8 ATK/2300 DEF/2000 光 天使族 儀式

 

「これがあなたのエースモンスターってわけ。でもその攻撃力じゃ、私の堕天使達に女神様の攻撃力は届かないわよ?」

 

『破滅の女神ルイン』の攻撃力は2300、対する響先生の堕天使達は一番攻撃力が低くても同じ攻撃力の2300…相打ちにこそできるが、後続の堕天使を倒すことはできない。

だがそれでも…!

 

「届けてみせますよ、このカードでね。続いて魔法カード発動!『死者蘇生』!」

 

「『死者蘇生』…!?」

 

『死者蘇生』…自分もしくは相手の墓地に存在するモンスター1体を自分の場に特殊召喚する、デュエルモンスターズを代表するほどのメジャーで強力な魔法カードだ。

 

「このカードで、俺の墓地に眠るモンスター1体を特殊召喚する!」

 

(しまった…彼も『手札断殺』の効果で手札からモンスターを墓地に送っていたのね。それに彼のあの自身…蘇生させるのはよほど強力なモンスター…!?)

 

「俺が蘇生させるのは…こいつだ! 来い! 『マシュマロン』!」

 

【マシュマロン】 ☆3 ATK/300 DEF/500 光 天使族

 

「なっ…えっ? 『マシュマロン』? そのモンスターは確か、戦闘では破壊されないモンスター…壁にしてキーカードが来るのを待つつもりかしら?」

 

「いいえ、残念ながら壁にするつもりはありませんよ。さらに俺は、『勝利の導き手フレイヤ』を召喚!」

 

【勝利の導き手フレイヤ】 ☆1 ATK/100 DEF/100 光 天使族

 

両手にボンボンを持ち、天使の少女はそれを振り上げ、踊り舞うようにフィールドに出現する。

『フレイヤ』の効果は俺のフィールドに存在する天使族モンスターの攻守を400ポイントアップさせる効果を持つ。

 

破滅の女神ルイン:ATK/2300→2700 DEF/2000→2400

マシュマロン:ATK/300→700 DEF/500→900

勝利の導き手フレイヤ:ATK/100→500 DEF/100→500

 

「攻撃力は『エデ・アーラエ』は越えたが、他2体には届かない…」

 

どうやらルインは『フレイヤ』の効果でパワーアップした『ルイン』で攻撃すると思っているようだが…その程度では攻撃力が届かないのは百も承知。本番はここからだ!

 

「まだまだ、こいつが本命だ! 墓地の『ブーテン』の効果発動! こいつが墓地に存在する場合、墓地のこのカードを除外することで俺のフィールドに存在するレベル4以下の光属性・天使族モンスター1体はチューナーモンスターとして扱われる!」

 

そう、この『ブーテン』も既に『手札断殺』の効果で手札から捨ててあったのさ。

 

「『ブーテン』の効果で、俺は『フレイヤ』をチューナーモンスターに変更!」

 

『勝利の導き手フレイヤ』:チューナー

 

「天使族をチューナーモンスターに変換したってことは…」

 

「これで準備は整った! 俺はレベル3の『マシュマロン』に、レベル1のチューナーとなった『勝利の導き手フレイヤ』をチューニング!!」

 

2体のフィールドのモンスターはその身を星に変え、紡がれた星は新たなモンスターの姿を形創る!

 

 

 

 

 

 ―覚醒せし〝新″なる力よ―

 

 ―我が化身の右手に宿りて―

 

―万物全てを(ひか)りへと還せ!―

 

 

 

 

 

「シンクロ召喚! 掌握せよ、『アームズ・エイド』!!」

 

【アームズ・エイド】 ☆4 ATK/1800 DEF/1200 光 機械族 シンクロ

 

星が紡ぐトンネルを抜け、フィールドに出現したのは巨大なガントレッドの形をしたシンクロモンスター、『アームズ・エイド』だった。

 

「これが…シンクロ召喚か。だがこれでもまだ、攻撃力は堕天使達の方が上…それに『フレイヤ』もいなくなったから、私の攻撃力も落ちてしまう…」

 

破滅の女神ルイン:ATK/2700→2300 DEF/2400→2000

 

「大丈夫だルイン、こいつは他のモンスターがいるときに真価を発揮するんだ」

 

フィールドに存在するチューナーモンスターとそれ以外のモンスターを墓地に送り、その合計レベル分のシンクロモンスター特殊召喚するシンクロ召喚…。その複雑な召喚条件の裏には、それに見合った強力な能力が備わっている。

 

「『アーム・エイド』の効果発動! 1ターンに1度、モンスター1体の装備カードとなり、そのモンスターの攻撃力を1000ポイントアップさせる! 装備対象は当然『ルイン』! いくぞ! ≪アームズ・コネクト≫!!」

 

『ルイン』が空に飛び上がるとそれと同時に『アームズ・エイド』も後に続く。空中で『ルイン』が右手を翳し、その右手に『アームズ・エイド』の接続基部が開き、『ルイン』の右手を覆う。そして大きな接続音と共に、『アームズ・エイド』が装着される。

 

「接続完了! 名付けて、『アームズ・ルイン』!!」

 

破滅の女神ルイン:ATK/2300→3300

 

女神の姿に巨大な鉤爪の付いたガントレッドというのは少し不釣り合いだが、どこか不思議な神々しさを放つ。

 

「攻撃力が堕天使達を上回った! これならば二回攻撃の能力で奴のモンスターを二体まで葬むれるぞ!」

 

ルインの言う通りだが、それだけではない。『アームズ・エイド』には、装備モンスターが戦闘によってモンスターを破壊したとき、その破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを相手に与えることができる。

『ルイン』の能力と合わせれば、このターンで先生のライフをゼロにすることだって可能だ!

だが…『アスモディウス』には効果がある。破壊されると、フィールドに2体のトークンを特殊召喚するという効果が…。その効果はなかなか厄介だからな、念には念を入れ、俺の手札にあるこの最後のカードで…。

 

「この瞬間リバースカードオープン!」

 

「!?」

 

このタイミングで…最後のリバースカードを発動!?

一体何のカードを…?

 

「トラップカード、『デストラクト・ポーション』! このカードは自分フィールドのモンスター1体を選択して破壊する。私は『アスモディウス』を選択!」

 

「自らのモンスターを破壊だと!? しかも最も攻撃力の高い『アスモディウス』を…」

 

「いや…ルイン、先生の判断は正しい。『デストラクト・ポーション』は、破壊したモンスターの攻撃力分だけ、ライフを回復するんだ」

 

それに加え、『アスモディウス』にはトークンを生み出す能力もある。

おそらく先生は俺の手札にある“このカード”を既に読んでいる…。

 

「これで私のライフは3000回復」

 

『アスモディウス』が消滅すると同時に、響先生のライフが大幅に回復する。

 

響:LP4000→7000

 

「これで私のライフはさっきのあなたと同じ。さらに『アスモディウス』が破壊されたとき、私のフィールドに『アスモトークン』と『ディウストークン』を特殊召喚する。2体とも守備表示よ」

 

【アスモトークン】 ☆5 ATK/1800 DEF/1300 闇 天使族

【ディウストークン】 ☆3 ATK/1200 DEF/1200 闇 天使族

 

『アスモディウス』のいたフィールドに『アスモディウス』と同じ形をした赤い影と青い影が出現し、守備態勢をとる。

 

「『アスモトークン』はカード効果では破壊されず、『ディウストークン』は戦闘では破壊されないわ」

 

「くっ…ライフを回復するばかりか、モンスターの数まで増やされてしまったか…!」

 

確かに…ルインの言う通り、響先生のこの行動は、一見『アスモディウス』の効果を利用したうまいコンボだと思う。

しかし、何故先生はこのタイミングで『デストラクト・ポーション』を発動したのか…?

答えはおそらく、やはり俺の最後の手札を読んでいたと捉えるのが妥当だろう。

 

(俺の墓地の状況を判断し、俺が“こいつ”を出す前に万全な対策を取る…これが元とはいえ、アカデミア教師の実力か…)

 

流石だなと関心せざるを得ない…でも、これで先生のリバースカードは全て無くなった!つまり、先生が動けるのはここまで! 後は俺の好きにやらせてもらう!

 

「俺の墓地に存在するモンスターは、『マンジュ・ゴッド』、『デュナミス・ヴァルキリア』、『マシュマロン』、『勝利に導き手フレイヤ』の4体!墓地に天使族モンスターが4体存在する場合、こいつは手札から特殊召喚することができる!来い!『大天使クリスティア』!!」

 

俺は最後の手札をフィールドへとセットする。

フィールドに眩い閃光と共に出現したのは、光輝く最上級天使族モンスター…『大天使クリスティア』だ。

 

【大天使クリスティア】 ☆8 ATK/2800 DEF/2300 光 天使族

 

「攻撃力2800! 主はこんな隠し玉を持っていたのか!」

 

「その隠し玉は響先生にはバレてたみたいだがな」

 

「えっ!」

 

「ふふっ、墓地に天使族が4体揃っていれば、そのモンスターが出てくることは必然的にわかっていたわ。それに、あなたは何度も自分の手札をチラチラと見ていた…そりゃあ何か切り札があるんじゃないかと疑うわよ」

 

「どういうことだ…? あの女は『クリスティア』が出てくることを読んでいたというのか?」

 

「『大天使クリスティア』はフィールドに存在する限り、互いにモンスターの特殊召喚を封じるという効果がある。おそらく響先生は俺の墓地に天使族モンスターが4体揃っていたのを察知し、俺が『クリスティア』を出す前に『アスモディウス』を破壊し、トークンを特殊召喚したんだ」

 

「なんと…そこまで読んでいたのか」

 

ルインが驚くのも無理はない。普通のデュエリストであれば、ここまで俺の手を読む事などまずできないだろう。しかし、響先生はそれを見通して安全策を打ってきた…。

だが、おかげで響先生のフィールドに伏せカードは無くなった。これで心おきなく攻撃できる!

 

「さらに特殊召喚に成功した『クリスティア』の効果発動! この効果で特殊召喚した時、墓地から天使族1体を手札に加える。俺は『勝利の導き手フレイヤ』を選択」

 

これで次のターン、さらに『フレイヤ』を通常召喚すれば、俺のフィールドの天使族はさらにパワーアップさせることができる。

 

「バトルだ! まずは『破滅の女神ルイン』で『堕天使スペルビア』を攻撃! 弾けろ!! ≪ジ・エンド・オブ・パワー・ギア≫!!」

 

『アームズ・ルイン』は右腕に装備されている『アームズ・エイド』を攻撃目標である『スペルビア』に向け、空を舞う。『スペルビア』も翼を開いて空を舞い、『アームズ・ルイン』に向けて真紅の翼から針状の羽根を飛ばして攻撃する。だが『アームズ・エイド』は光り輝く腕と化し、放たれた羽根の方に腕を向け、掌から輻射熱を放射する。放たれた熱は『スペルビア』の放った羽根を全て溶かし、『アームズ・ルイン』を攻撃から守る。

そして今度はこちらの攻撃、『アームズ・エイド』は鉤爪を開くと、より巨大な光の腕と化して『スペルビア』をその手で握る。

握られた『スペルビア』は輻射熱によってその身を溶かされていき、そして消滅した。

 

「うっ…『スペルビア』が…!」

響:LP7000→6600

 

「ここで『アームズ・エイド』の効果が発動! 装備モンスターが戦闘によって相手モンスターを破壊したとき、破壊したモンスターの攻撃力分のダメージを相手に与える! さぁ光になれ! ≪レディエント・エンド≫!!」

 

『スペルビア』の消滅とともに、その攻撃の余波がダメージとなって響先生を襲う!

 

「ぐうっ…!」

響:LP6600→3700

 

「まだまだ! 『破滅の女神ルイン』は戦闘によって相手モンスター破壊した場合、もう一度続けて攻撃することができる! 連続攻撃、≪シャドゥ・オブ・パワー・ギア≫!!」

 

『ルイン』は再びガントレッドを身構え、閃光と影を纏った一撃を『エデ・アーラエ』に与える!

 

「くっ…」

響:LP3700→2700

 

「そして再び『アームズ・エイド』の効果が発動! ≪レディエント・エンド≫!!」

 

『エデ・アーラエ』も光となって消滅し、それと同時に響先生のライフポイントも削られる。

 

「なかなか…やるわね」

響:LP2700→400

 

「最後に『クリスティア』で『アスモトークン』に攻撃! ≪セラフィム・ヴォーテックス≫!!」

 

『クリスティア』の聖なる光の波動を受け、『アスモトークン』は消滅する。

 

「やった! 7000もあった奴のライフポイントをあっという間に400にまで削ったぞ!」

 

これで俺のライフポイントとの差は僅か200…ライフポイント的には俺の方が若干不利だが、それでもこの状況で俺が有利なことには間違いない。

しかも『大天使クリスティア』は、フィールド上に存在している限り互いにモンスターを特殊召喚できないという強力な効果も付いている。

特殊召喚することで最上級モンスターを展開していく響先生のデッキにはこの効果は厄介な筈だ!

 

「俺のターンはこれで終了です」

 

△△―――

□□―――

手札0枚 LP200

モンスター:『破滅の女神ルイン』、『大天使クリスティア』

魔法・トラップ:『女神の加護』、『アームズ・エイド』

 

このターンさえ…このターンさえ耐え抜けば…あとは勝てる!

 

「ふふっ…惜しかったわね」

 

響先生は不敵に笑うと、意味深なことを口にした。

 

「え…?」

 

「このターンであなたが私に止めを刺せなかったのは、あなたのミスよ。私はこのターンあなたを試したのよ、あなたの実力を知るために」

 

響先生のあの口ぶりから察するに…まさか手札には逆転のカードが握られているというのか!?

でも…俺のフィールドには特殊召喚を封じる『クリスティア』に、攻撃力が強化された『アームズ・ルイン』がいる。

そう簡単に突破はされない筈だが…!

 

「私のターン、ドロー!」

 

響先生の言葉が、ハッタリじゃないとするなら…この状況でどうやって逆転する気なんだ…?

 

「フッ…私は『ディウストークン』をリリ-ス!」

 

上級モンスターを召喚するつもりか!

だが並のレベル5~6のモンスターの攻撃力では『クリスティア』にも『アームズ・ルイン』にも届かない!

 

「もしかして、今あなたは私がレベル5か6のモンスターを召喚すると思ってるのかしら?」

 

「え…!」

 

「ふふっ…残念ながら、私がこれから召喚するのはレベル10のモンスターよ!」

 

「そんな…! レベル7以上のモンスターを召喚するには、モンスターの生け贄が2体必要な筈…!」

 

ルインの言う通り、レベル7以上のモンスターをアドバンス召喚する場合は、リリースするモンスターの数が2体いないとダメな筈だ。もしくはそれが特殊召喚扱いなら、『クリスティア』の効果で特殊召喚もできない筈…。

頭の中で考えている間に、『ディウストークン』の姿が闇に覆われ、その闇の中から一対の赤く大きな翼を翻しながら1体のモンスターが出現する。

全身には金色の装飾が施された漆黒の鎧…そして両手に備わった巨大なクローを構え、その堕天使は俺の天使達の前に対峙する。

 

「降臨せよ! 『堕天使ディザイア』!!」

 

【堕天使ディザイア】 ☆10 ATK/3000 DEF/2800 闇 天使族

 

「バカな!? レベル10で攻撃力3000のモンスターを1体のリリースでアドバンス召喚だと…!?」

 

「残念だったわね、このモンスターは天使族をリリースしてアドバンス召喚する場合、リリースするモンスターは1体でいいのよ。さらにこの召喚は特殊召喚ではなく、アドバンス召喚だから『クリスティア』の効果で阻害されない!」

 

完全に迂闊だった…まさかこんな切り札を隠し持っていたなんて…!

しかも攻撃力は3000…対する俺の『クリスティア』の攻撃力は2800…そして今の俺のライフはわずか200…ということは…。

 

「だから言ったでしょ? あなたが私に勝てるとしたらさっきのターンしか無かったって」

 

「くっ…!」

 

これが…デュエルアカデミア教師の実力…!

 

「バトルよ! 『堕天使ディザイア』で『大天使クリスティア』にアタック!」

 

『ディザイア』は紅の翼を翻すと、両手の巨大なクローを『クリスティア』に突き立てる!

 

「≪ツォーン・エン・ナーガル≫!!」

 

クローによって体を貫かれた『クリスティア』は消滅し、攻撃の余波で俺の身体が宙に浮き、後ろに吹き飛ばされる。

 

「うわあああああっ!!」

LP200→0

 

………

……

 

「あ…主が負けた…!」

 

「なかなかいいデュエルだったわよ、これからも一層精進することね」

 

「くっ…」

 

ソリッドヴィジョンのモンスターが消え、デュエルディスクもスタンバイモードになる。

俺は背中に響く鈍痛を我慢しながら、ルインの手を借りながらよろよろと立ちあがった。

 

「先生…本当に強いですね。あ~あ、やっぱりデュエルアカデミアの教師には勝てないか…」

 

「お褒めの言葉、ありがとう。でもこの程度でめげるようじゃデュエリストとしてはまだまだよ」

 

「そうだぞ主、一回のデュエルで負けたからといって屈するようでは、私の主は勤まらんぞ」

 

「わ、わかったからもう少し小さい声で…」

 

ったく、人前で『主』って呼ぶのは止めろって言ってるのに…。

 

「さてと、そういえばデュエルをする前に一つ約束した事があったわね」

 

「うっ…」

 

そうだった…俺が負けたら、俺とルインは校長の元に突き出されるんだった…。

デュエルに負けた以上仕方ないが…深く詮索されるとルインがカードの精霊だってことがバレてしまうかも…!

 

「…ま、でも久々に楽しめるデュエルができたんだし、今日のことは大目に見てあげるわ」

 

「え…? ほ、本当ですか!?」

 

「その代わり、次は無いからね。今回だけよ」

 

「良かったな主。…じゃなくて、弟」

 

マジで助かった…これ以上面倒な事に巻き込まれるのは勘弁だからな。

それに元とはいえ、あのデュエルアカデミアの教師とデュエルできたんだ。惜しくも負けてしまったけど、得ることもあった。俺にとってはあんなに強い人とデュエルできたのは、とても良い経験になったからな。

この敗北を糧に…次こそは先生に勝ってみせる!

 

「いいデュエルに免じてよ。ところで…」

 

いきなり響先生の表情が曇る。

 

「今何時かわかる? 私時計忘れちゃって」

 

「え~っとですね…」

 

俺は腕に嵌めてある腕時計で現在の時間を見る。

 

「1時42分……」

 

………あれ?

確か昼休みって1時30分で終わりだったんじゃ…。

 

「ち……遅刻だあああぁ!!」

 

デュエルに夢中で予鈴に気付かなかったらしい。気が付くととっくに昼休みは終わり、五時間目の授業の真っ最中だった。

 

「先生! 放課後までルインをお願いしてもいいですか?」

 

「え? ええ、構わないわよ。私はこの後もう授業は無いから」

 

「じゃお願いします!!」

 

ルインの事を響先生に預け、俺は脇目も振らず屋上からの階段を降りていった。

 

………

……

 

~放課後~

 

「やっと終わった…」

 

俺は軽く伸びをする。

あの後、俺は五時間目の授業である体育に遅れて向かった結果、竹刀を持った体育教師に頭を叩かれこっぴどく叱られるという、なんとも酷い目に遭った。

六時間目の授業も無事に終わり、あとは帰るだけだ。

おっと、そういえばルインを響先生に預けたまんまだったな。迎えに行かないと。

 

「あれ、もう帰るの?」

 

「ん、ちょっと用事があってな」

 

鞄の中に荷物をまとめ、帰り支度をしていると、今日の日直担当のアリアが黒板掃除をしながら俺の方を気にかけてきた。

 

「ふ~ん、じゃあまた明日ね」

 

「あぁ、そっちも日直に仕事頑張れよ。じゃあな」

 

黒板消しを綺麗にしているアリアに、俺は一声かけて響先生のいる国語研究室に向かった。

 

 

 

(あ~あ…今日は久しぶりに一緒に帰ろうと思ってたのになぁ…)

 

アリアは黒板消しをバンバンと叩きながら、心の内でそんな事を思った。

 

………

……

 

「しかし…今日は疲れたなぁ…」

 

あの後国語研究室に向かった俺は、ルインを預かってくれた響先生にお礼を言い、その後ルインが元々着てた衣服に戻すため旧更衣室で着替えさせ、今は一緒に下校している。

結局響先生は最後まで俺達のことを学校側に突き出しはしなかった。

 

「ほら、早く帰るぞ」

 

旧更衣室でルインを着替えさせた後、俺達は人目につかねように学校の裏口から外に出る。

 

「その…今日は本当に済まなかったな主、迷惑ばかりかけて…」

 

「もう済んだことだし、流石に慣れたよ。それに、響先生ともデュエルできたんだし、悪いことばかりじゃなかった。気にすんなよ」

 

「そ、そうか。ありがとう主」

 

まぁ元々はジャージ忘れた俺の責任なんだしな。全部ルインに責任があるわけじゃないし、おあいこだな。

 

「でも今度から忘れ物届けに来たときは、響先生のとこ行けばなんとかしてくれると思うからそうしろよ?」

 

「ヒビキのところか。わかった、次からは気をつける」

 

大変な一日だったが、今日も少しルインが現代に馴染んだと思えば、それはそれでいいと思える気分になってきた。

明日は明日で、こいつはどんなことをやらかしてくれるんだろうな…。

それは不安な気持ちでもあったが、逆に楽しくもなると期待している俺がいた。

 

 

 

 

 

~今日の最強カード~

 

主「今日の最強カードは?」

 

 

 

【堕天使スペルビア】

☆8 ATK/2900 DEF/2400 闇 天使族

このカードが墓地からの特殊召喚に成功した時、自分の墓地に存在する「堕天使スペルビア」以外の天使族モンスター1体を特殊召喚する事ができる。

 

 

 

主「ではこのカードの解説を、デュエルアカデミアの元教師、響先生にお願いします」

 

響「いいわよ。さて、『スペルビア』は闇属性天使族の最上級モンスターよ。墓地から特殊召喚されることによって他の天使族を復活させ、一気にフィールドに展開できる能力を持っているわ」

 

主「天使族には『光神機-轟龍』や『The splended VENUS』などのような高レベルで高攻撃力で、しかも効果の強力なモンスターがいっぱいいますから、上手くすれば2体の最上級モンスターが並びますね」

 

響「さらにこの『スペルビア』は墓地に落としやすい闇属性なうえ、蘇生手段の豊富な天使族。専用のデッキを組めば、二~三枚は必須なカードになるわね」

 

主「『終末の騎士』や『ダーク・グレファー』で墓地に落とせるうえ、手札に来てもレベルが8ですから『トレード・イン』のコストにできますし、攻撃力もそこそこ高いので『神の居城-ヴァルハラ』で手札から特殊召喚し、普通にアタッカーとしても活躍できますね」

 

響「蘇生手段は同じく天使族最上級モンスターである『アテナ』がいるわね。それと、闇属性という点を活かすのであれば『ダーク・クリエイター』というのもあるわ。さらには3枚投入可能な万能蘇生カード、『リビングデッドの呼び声』も間違いなく必須カードとなるわね」

 

主「先生、今までこのカードは入手困難な超レアカードだったんですが、最近になって手に入りやすくなったんですよね?」

 

響「そうね。日本語版の『スペルビア』は相変わらず高価だけど、韓国版のPREMIUM PACK Vol.6や英語版のLegendary Collection 2に収録され、海外表記版ならそこそこ手に入りやすくなったわよ」

 

主「特に言語にこだわらないという人はこれで『スペルビア』を集めよう。ちなみに、作者は韓国版二枚とLC2版一枚でなんとか三枚揃えたよ」

 

「「それではまた次回!」」ノシ




2回戦目のデュエルで早くも負けてしまう主人公w
まぁしかたないね、相手はあの響先生だから簡単に勝たせるわけにはいかないしね。
いつか響先生を越える日が…果たして来るのか?w
アームズ・エイド装備から攻撃までの流れは遊星vsボマーのエイド装備のジャンク・ウォリアーがDDBに攻撃するときのアレンジのつもりで書いてみました
あの戦闘シーンは作画的に何度見ても素晴らしい…!
次回からはちょっとデュエルをお休みして、日常的なものを書いていきたいと思っています。

ちなみに、僕の周辺でのスペルビアの値段はだいたい落ちついてきて2000円代になってます。


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第8話:「酔いどれ女神様」

ある日、スーパーにお使いに来ていた破滅の女神ルイン。
彼女はそこの福引きでビールを景品として貰うが…?


「おめでとうございます! 3とーしょー!!」

カランカランッ

 

「…?」

 

ある日の午後、主からの命で“すーぱー”という店にお使いに来た私は、会計の際に店員から“福引き券”なる物を貰った。

これを店前でやっている“くじ引き抽選会場”なる場所に持っていけばくじが引けるというので持っていったのだが…。

 

「はい! 賞品は缶ビール三ケースね」

 

「あぁ…どうも」

 

くじ引きの店員からなにやら厚紙に包まれた六つの缶を三つ私に手渡してきた。

なんだかよくわからないが、タダでくれるというのであれば貰っておこう。

 

「買い物も済んだし、帰るとするか」

 

くじ引きで貰った物を両手で抱えながら、私は帰路についた。

 

 

 

 

 

―――――第8話「酔いどれ女神様」―――――

 

 

 

 

 

「主、今帰ったぞ」

 

「おお、お帰りルイン。頼んだ物はちゃんと買ってきてくれたか?」

 

俺はお使いに出ていたルインを家に迎え入れる。

今まで食事の支度とか家事は全部俺がやっていたんだが、ルインが「私にもなにか手伝えることはないか?」と言ってきた。

せっかくの好意に甘えてスーパーまで夕食の買い出しに行ってもらっていたんだが、『初めてのお使い』というわけではないのだが、ちゃんと買い物ができるか少し心配だった。

しかし、この分を見る限りでは心配無いみたいだな。

 

「それについては問題無いと思うのだが…すーぱーで買い物した際に福引きとやらでこんな物をもらった」

 

「ん? どれどれ?」

 

俺は買い物袋と一緒にルインが腕に抱えている謎の物体を受け取る。

 

「おい、こりゃビールじゃないか」

 

「なんだ“びーる”とは?」

 

「酒だよ。…お前酒は知ってるよな?」

 

「むっ、主は私をバカにしているのか? それくらいは知っている。精霊界にいた頃は、信仰のための貢ぎ物としてよく頂いていたものだ」

 

「へ~、そうだったのか」

 

こっちの世界じゃしょっちゅう面倒事を巻き起こしてるあの破滅の女神様が、精霊の世界じゃ信仰されているなんてちょっと意外だった。

まぁなんだかんだいって女神だし、当然といや当然なのか。

 

「しかにこのビールはどうするか…貰ったにしろ、ウチには飲める奴なんていないし…」

 

当然のことながら俺はまだ未成年だ、飲むことはできない。

すると、ルインが「ここにいるだろ!」という顔をして自分の方を指さす。

 

「…なんだ? お前飲みたいのか?」

 

「うむ、この世界の酒がどのような物なのか是非味わってみたい」

 

やれやれ、女神様もグルメなことで…。

 

「わかったよ、でも飯の後でだぞ」

 

「え~…」

 

「え~じゃない。俺の言う事が守られないんだったら酒はお預けだ」

 

「む…わ、わかった…」

 

飯の途中で酔い潰れられたらたまらないからな。

まぁ幸い、酒自体飲んだことはあるらしいし、そんな事にはならないだろうが…この女神様のことだ、念のためにな。

 

「じゃ、飯作る前に先に風呂入ってくるわ」

 

「あぁ、わかった」

 

ルインによーく言い聞かせた後、俺は風呂に入るために着替えをとりに二階にある自分の部屋へ向かった。

 

「しめしめ…♪」

 

………

……

 

「ふ~、さっぱりした」

 

風呂から上がった俺は、さっそく夕飯の準備に取り掛かろうとキッチンのあるリビングに戻ろうとする。しかし、廊下の辺りで俺はリビングから異様な匂いがすることに気が付いた。

 

「…? なんだこの匂い…アルコール…?」

 

まさか…!と思い慌ててリビングのドアを開ける

そこで…俺はなんとも異様な光景を目にした。

 

「こいつの肩は~ヒック♪ 赤く塗らねぇのかい~?♪」

 

「…?」

 

どうにもルインの様子がおかしい…リビングのテレビでソファーに座りながらアニメのDVDを見ながら、赤ら顔で下っ足らずな口調でDVD内のセリフを真似して喋っている。俺はふと、ルインの手に握られている物を目にする。

 

「お前…あれほど言ったのに酒開けたのか!?」

 

そう、ルインの手には、食事の後でと約束していた筈のビールの缶が握られており、しかもすでに数本飲みほした後らしく、床には開きビールの缶が三本も転がっていた。

 

「ん~? あ、あるじら~♪」

 

今やっと俺の存在に気付いたらしく、ルインは赤い顔をしながら俺の方に手を伸ばしておいでおいでをするように手を振る。

 

「あるじもいっしょに飲も飲も~♪」

 

「…その前に聞くが、お前もしかして酒弱いのか?」

 

「ん~? 私が酒に弱いだと~? そんなわけないだろう!」バンッ

 

「うおっ」

 

俺の言葉が気に障ったのか、いきなりテーブルを叩くルイン。

 

「私はこのとおり強いんだぞ~♪ んぐっ…んぐっ…」ぐびぐび

 

そう言ってルインは手にあるビールの缶を口にあて、傾けて喉を鳴らして飲み始める。

 

「そ…そうか」

 

いやどう見ても逆に酒に呑まれているようにしか見えないんだけど…。

というかルインがこんなに酒に弱いなんて知らなかったなぁ…きっと精霊界にいた頃は大変だったんだろうな。

 

「それよりもはやくあるじも一緒に飲も~よぉ~♪」

 

そういうわけですっかり出来上がってしまっている破滅の女神様は、俺の手を引っ張って自分の隣に座らせ、ビールの缶を手に握らせる。

 

「いや…俺未成年だし…」

 

「そんな細かいこと気にするな♪ 四捨五入したら二十歳ではないか♪」

 

「…そういう問題じゃないだろ」

 

仕方ないので、ルインがビールをぐびぐび飲んでいる一瞬の隙を見てルインの隣を離れ、冷蔵庫の中から烏龍茶を取りだす。ルインにバレないよう、これをビールに見立てて飲むとしよう。色も似てるし、ルインは酔いまくってるし、まず気付かれないだろう。俺は烏龍茶をコップに注ぎ、再びルインの隣に座った。

 

「よしあるじ、ほら、かんぱーい♪」

 

「お、おう。かんぱーい」

カチーンッ

 

ビールの缶と烏龍茶の入ったガラスのコップで乾杯をし、俺とルインの二人だけの飲み会が開催された。

 

………

……

 

「…はぁ」

 

始まって数分、俺は驚きでため息が出た。

それは何故かと言うと、ルインのビールを飲む速さが尋常ではなかったからだ。

俺が烏龍茶をちびちびと飲むのに対し、ルインはぐびぐびと尋常ではないペースで飲んでいたからだ。

 

「んぐっ……ぷはぁ!」

 

「…これで10本目か」

 

酒を飲まない俺であってもわかる、普通の大人であってもさすがにこんな短時間にこれだけの量はまず飲めないだろう。そしてそんなに飲めば更に酔うのは当たり前であり、ルインは色々な反応を俺に見せる。

 

「全く…あの時のこどもらめ……はめつのめがみたるわわひを何だと思ってるんだ! わらひだって…ヒック…わらひだってカードのせいれいなのに! めがみなのに! なんだ! あのわらひにたいしての残酷なまでのむじゃきなはんのうは! …ヒック…あ~! 思いだしたら腹が立ってきた! …ヒック」

 

以前デパートの時にあった子供達に遊ばれた時の不満をしゃっくり混じりの怒鳴り口調で怒ってみたり。

 

「ひっく…ぐすっ……わたしなんて…ひぐっ…どうせダメでぶざまなめがみだ……。そうさ、ごたいそうなぎしきしょうかんをしても、能力がこうげきりょくたった2300のにかい攻撃というショボすぎる効果では……『わーむ・うぉーろーど』や『かちこちどらごん』を使ったほうがはるかにお手軽で使いやすいんだ…だから……ぅ……うぅっ…」

 

怒ったかと思えば自分のカードとしての能力値について泣き上戸になってみたり。

 

「俺達は死なねぇ! 遺伝子のお墨付きだぜぇぇぇぇぇ!!」バババババッ

 

飲みながら見ていたアニメの真似をして、本当に庭の方に攻撃を撃ってみたりと。

…まぁ、それもこれも今俺が置かれている状況に比べればはるかに序の口なわけだが。

 

「…あの…離れていただけないでしょうか、ルイン様?」

 

「あ~る~じ~♪ んふふ~♪」

 

俺はソファーの上に座っているわけだが、俺の膝の上にルインが頭を乗せて抱き付いているのだ。

まるで猫のようにじゃれ付いてくるルイン。傍から見れば羨ましいと思われるかもしれない光景だが、実際やられると困る…いろんな意味でどうにかなりそうで。

 

「る、ルイン…本当にそろそろどいてくれないか?」

 

「どーしてだ?」

 

「い、色々やばいから…」

 

「何がやばいんだ?」

 

「と、とにかく色々なの!!」

 

ルインに言ったとおり、本当に色々と俺は限界だ。

しかし、そんな事知る由もないだろうルインは一瞬困惑の表情を浮かべるものの、すぐに笑って再び擦り寄る。

無理に動こうとしてこの場を離れようとも試みたが…そうすると泣きそうな目でこちらを見るから反則だ。

 

「はぁ~…」

 

「……主」

 

「ん?」

 

もう我慢するしかないと思いため息が出た時だった。急にルインは静かに俺に話しかける。

 

「主は……この世界が好きか?」

 

「いきなりなんだ?」

 

「答えてくれ…」

 

「…当たり前じゃないか、自分が生まれた世界なんだもの」

 

「そうか…」

 

そう答えると、ルインは何処か安堵したように言った。

 

「私もこの世界で主に会えてよかった…。私も、この世界は好きだ。だから…………―」

 

「…だから?」

 

「……Zzz」

 

「…寝ちゃったか」

 

ルインは何かを言いかけたようだが、そのまま寝息を立ててしまった。

これでやっと動くことができるので、ルインを起こさないようにそっとソファーから降り、ルインを抱きかかえて部屋まで運び、ベッドの上に寝かして毛布をかける。

 

「やれやれ、酔っ払い女神様め」

 

「う…ん…。冗談はよせ……俺はクソ真面目な男だ……ムニュ」

 

何か寝言を言っているようだが、俺は無視して部屋から出て行った。

そしてルインが飲み散らかした、三ケース分のビール、総数18本の空き缶を片付け、夜は更けていった…―。

 

………

……

 

「ぐああっ! あ、あるじぃ~! 頭が痛い~! 昨日の晩の記憶が無い~!」

 

「やれやれ…昨日の晩あんなに飲むからだ」

 

翌朝、ルインの部屋まで昨夜酔いつぶれたルインを起こしに行ってみると案の定、二日酔いで昨夜の事を綺麗全部まるっとすっかり忘れて、頭痛に悩むルインの姿がそこにはあった。

 

「うぐぐっ…ま、まさか酒を飲みすぎるあまりこんな事になってしまうとは…」

 

「ほら、しっかりしろ。水飲むか?」

 

「の…飲む…すまないが飲ませてくれ…」

 

「はいよ」

 

水の入ったコップをルインの口元まで持っていくと、少しずつだがルインは水を啜る。

この分だとどうやら、一限目の授業はサボっちまうハメになっちゃいそうだな。




今回からはちょっとデュエルをお休みして、主人公とルインのイチャラブ…じゃなくて、日常的な話をやっていこうかなと思います。
ちなみに、僕は今でもビールの美味しさが理解できません…。


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第9話:「デッキ破壊ではないけどウイルスにはご用心を」

風邪をひいてしまったために、学校を早退して家に帰ってきた主人公。
ルインはそんな主の様子を見て、何か命にかかわる大きな病気にかかったのではないかと誤解し、奮闘するが…?


ルインが現れて1ヶ月くらい経ったある日のこと…。

 

「ハークッション! うぅっ…」

 

「だ、大丈夫?」

 

「大丈夫だ…」

 

と言ったものの…なんだか寒気がする…この時期に風邪をひいちまったかな…?

 

「保健室行く? 大事になる前に休んだほうがいいよ?」

 

「ん…そうさせてもらおうかな…ヘークッション!」

 

どうやら俺は風邪をひいてしまったらしい。ゾクゾクするし、頭も少し痛いし、額に手を当ててみると熱もあるようだ。

というわけで授業を途中で抜け出して保健室の先生に診てもらったところ、やはり風邪だと診断され、俺は学校を午前中で早退することにした。

 

 

 

 

 

―――――第9話「デッキ破壊ではないけどウィルスにはご用心を」―――――

 

 

 

 

 

「うぅ…クラクラする…」

 

フラフラとなりながらも、俺はなんとか家に辿り着いた。

 

「ただいま…」

 

靴を脱ぎ、リビングに上がると、家に居着いた破滅の女神様が俺を出迎えてくれた。

 

「ん? 主、今日は早いな」

 

「いや、ちょっと風邪をひいたらしくてな…今日は授業を途中で抜け出して来たんだ」

 

「かぜ? 確かに今は心地良い風が吹いているが、風とは引いたりもするのか?」

 

「その風じゃない。病気の方の風邪だよ、病気」

 

ルインのお決まりともいえるボケにツッコミながら、俺は答える。

 

「あぁなんだ、そっちの風邪か。……病気!? 病気だと主!? 大丈夫なのか!?」

 

俺が病気だと聞き、かなり動揺するルインだが、俺はそんなルインを落ち着かせながら、棚の中に仕舞ってあるはずの薬箱を探す。

 

「あぁ、大丈夫大丈夫。薬飲んで寝れば1日で…―」

 

棚の中から薬箱を探しあて、風邪薬を飲もうと薬箱の中を見る。

…が。

 

「…風邪薬が無い……そういや無くなってたんだったな…」

 

「主、どうした?」

 

「あ、いや何でもない…とりあえず俺は寝るよ…」

 

「主、私に何かできることはないか?」

 

何故だかわからないがルインはすごく眼を輝かせて俺に聞く。

だが…体が衰弱している俺にとっては、ルインが問題を起こさずに静かにしてくれていればそれでよかった。

 

「無い。大人しくしててくれればそれでいい」

 

二階に上がろうとした時、後ろからルインが微妙に何かを期待しているような視線を向けてきたが、それだけ言うと俺は自分の部屋へと戻って、制服姿のままベッドに倒れこんだ。

 

………

……

 

ボカーン!!

「わーーーっ!!」

 

「…!?」ガバッ

 

多分、あれから1時間も経っていないだろう。俺は下で「大人しくしていろ」と指示しておいたはずのルインの悲鳴っぽい声で起こされた。

 

「…なんだってんだ?」

 

だるい体を引きずってリビングに降りてみる。台所に入ったとき、俺はそこでなんとも得体の知れない光景を目にした。

 

「あ、あるじ~……」

 

「………何やってんだお前は?」

 

台所の壁や天井には、何だかドロドロした白いもんが付着しており、ルインも当然、頭から被って全身が謎の白い液体まみれであった。

ルインは何故かエプロン姿で半泣きで座っている。

 

「え、えっとその…」

 

「何やってたんだ? 正直に答えれば怒らない」

 

「あ、主が病気に侵されたと聞いたので、何か栄養のある物でも作ろうかと思ったのだが…」

 

言い難そうに語っているルインの話を聞くに、俺の為に料理を作ってくれようとしていたらしい。何を作っていたかは…何だか怖くて聞けなかった。

 

「その、あの…実は私、料理なんてした事がなくて…」

 

「…ルイン」

 

「ぅ…すまない、こんなだめな女神で……料理一つできないなんて…」

 

「……はぁ~。ほら、顔こっちに向けて」

 

かなりションボリしているルインに、俺はズボンのポケットからハンカチを取り出し、ルインの顔に付いてる謎の白いのを拭き取る。

 

「大人しくしてろって言っただろ? 気持ちは嬉しいけど、俺は本当に寝てるだけで大丈夫だから」

 

「ほ、本当か? 私はてっきり、主の命に関わるものだと…」

 

「そんな大げさな。一日寝てれば大丈夫だ。ほら、体は自分で拭けよ」

 

「あ、あぁ…」

 

ルインからエプロンを受け取り、俺はそのまま洗濯機に直行し、洗濯機にエプロンを放り込む。そして台所に戻って、頭痛がする中、天井などに付着しているのをルインと一緒に拭き取っていった。

 

「ハァ…終わった」

 

「本当にすまなかった…主」

 

「もういいって。それじゃ俺はまた寝るから、今度こそ大人しくしてるんだぞ?」

 

「わかった。でも何かあったら言ってくれ」

 

「はいよ」

 

そして、ルインが大人しくしてくれる事を祈りつつ、俺は部屋へと戻り、再びベッドの上に倒れこんだ。

 

………

……

 

「……ぅ…ん」

 

あれからどれ位経っただろうか。目が覚めると、既に外は夕方だった。

喉も渇いたので、俺はリビングに降りる。

やけに静かな家…。

ルインも寝ているのかと思い、リビングの扉を開けた。

 

「…ん? あれ?」

 

いない…ルインがいない。

台所、洗面所、風呂場と…家の何処を探してもルインはいなかった。

何処へ行ったんだ?と思いながら玄関に行った時だった。

 

「ただいま。ん? 主、起きてて大丈夫なのか?」

 

まるで何事も無かったかのように、ルインが玄関に入ってきた。

しかも、大きな紙袋を両手で抱えて。

 

「ルイン…お前何処行ってたんだ?」

 

「“やっきょく”という所に」

 

「薬局? 何で薬局なんかに行ってたんだ?」

 

「何を言う。その店には、主の病気を治す薬があるのだろう? これに書いてあった」

 

ルインは一枚のチラシを見せる。

そこには、薬局の開店1周年記念セールがあると書いてある。

 

「さっき主が、“かぜぐすり”が無いと言っていたのを聞いていたから」

 

「あ…あーそういうことか。まぁ、それはありがたいけど、金はどうした?」

 

「主の財布から」

 

「なにぃっ!?」

 

ズボンのポケットを漁る。確かに俺の財布が無い…。どうやら俺が寝ている間にこっそりと抜き取ったのか。

とりあえず、俺はずかずかとルインの前まで行くとその額に軽くデコピンする。

 

「いたっ! いだぁ…な、なにをする主…!」

 

「いいかルイン? 人の財布を勝手に持っていくのは泥棒なんだぞ? 俺には…まぁ今回は仕方ないとして、俺以外の人には絶対してはいけない。わかったか?」

 

「う、うむ…わかった、すまなかったな、主」

 

おでこをさすり、少し涙目なルインは頷く。

 

「それにしても…」

 

この目の前の大きな袋は何だ?風邪薬だけでこんなにはいかないぞ…。

俺は袋の中を漁ってみると、

 

「風邪薬…はあるな、他には塗り薬、バンドエイドに綿棒……」

 

袋の中には全種類の品物があるんじゃないか?というくらい、色々な薬やら何やらが詰まっていた。

 

「えっとあとは……なっ!? こ、これはっコンド……っ!! ゲフンゲフンっ! る、ルインさん!? お前は…その…これの使用方法を知っているか?」

 

「? わからないが、何かの薬なのか?」

 

「い、いや知らなきゃいいんだ!」

 

「主、顔が赤いぞ? 風邪が悪化しているのではないのか?」

 

「な、なんでもない! 大丈夫だ!」

 

無知というのは時に残酷だ…。

 

「よし、では私はアレを作るとしよう。主は部屋で寝ていてくれ」

 

「アレ? アレってなんだ?」

 

ルインは不意に立ち上がり台所へと歩き出した。

 

「いいからいいから、主は部屋に戻っててくれ。病人は病人らしく、大人しくしてないとダメだぞ?」

 

「ちょっと待て。お前はもう昼間の事を忘れたのか?」

 

この体調で、また台所の掃除をさせられるのは流石にもう勘弁だ…。

 

「むぅ、大丈夫だ。やっきょくに行った帰りに、隣のおばあちゃんから教わってきた料理を作るだけだ。昼間のような失敗はない。……たぶん」

 

ルインの口からちっちゃく出た「たぶん」という言葉を聞いて、俺は少し不安になった。

 

「多分って……また昼間のようになっても俺は知らないからな?」

 

「任せてくれ!」

 

自信たっぷりの返事で答えるルイン。

その姿に若干不安を覚えつつも、身体のダルさに勝てない俺は自分の部屋へと戻った。

 

………

……

 

コンコンッ

 

それからしばらく経つと、部屋のドアがコンコンとノックされた。

 

「主、入るぞ?」

 

ドアが開くと、そこには小さな土鍋を持っているエプロン姿のルインがいた。

ルインは何やら自信ありげに近づき、勉強机の椅子に座る。

 

「何を作ったんだ?」

 

「おばあちゃんから教わったおかゆという料理だ。おばあちゃんが言うには、風邪には最適の食べ物らしい」

 

土鍋の蓋を開けると、白い湯気とともに中央に赤い梅干がある、確かにお粥がそこにはある。

 

「…」

 

「どうした? 食べないのか?」

 

正直、確かに見た目は良いんだが味がどうかはわからない…。

お粥に味もなにも言ってもどうしようもないけど、昼間のことを思い出すと、どうしても躊躇ってしまう。

 

「ち、ちょっと食欲が…―」

 

「だめだ!」

 

「は、はい?」

 

珍しく強い口調でルインが反論してきたため、俺は少したじろぐ。

 

「おばあちゃんが言っていた。『食べるという字は“人”が良くなると書く』、と。食べないと言っても無理に食べさせないと治らない」

 

どっかの天の道を行く者みたいなことを言っている。

どうやら、ウチの隣に住むおばあちゃんからありがたい言葉を聞いたらしい。

 

「主が自分で食べられないというのなら、私が食べさせてやる。ほら、口を開けろ。あーんだ、あーん」

 

ルインは手に持っていた蓮華でお粥をすくい、俺の口の方へと持っていく。

 

「あ、あーん…」

 

少し恥ずかしいが…仕方ない。

 

パクッ

 

「ど…どうだ? お、美味しいか?」

 

「ん…あぁ、普通に美味いぞ」

 

嘘ではなかった。先ほどの失敗で心配してはいたのだが、ルインが食べさせてくれたお粥は不味くもなく、かといって特別美味しいわけでもなく、本当に普通のお粥の味だった。

だが、長らくこうやって誰かに看病され、食事を作ってもらうというのは久しぶりの経験だったため、その味は何故かとても優しい味に思えた。

 

「そ、そうか! よかったぁ…。ほら、冷めてしまうからドンドン食べてくれ!」

 

「お、おぅ」

 

さっきは食欲が無いなんて言ったが、ルインのこの笑顔を見たらそんなことも言えない。俺はお粥をバクバクと食べ、ルインはその様子を隣でとても嬉しそうな顔をして眺めていた。

 

「ごちそうさま」

 

「おお! 残さず綺麗に食べたな!」

 

「あぁ、おかげ様で熱も少し引いたみたいだ」

 

俺は自分の額に手を当てて熱を測ってみる。

 

「どれどれ?」

ピトッ

 

「…っ!?」

 

その時、ルインがいきなり身を乗り出し、自分の額を俺の額に当てて、熱を測る。

当然、俺とルインの顔の距離は文字通り目と鼻の先にあるわけで…。

 

「…~っ///」

 

「そうか? なんだかさっきよりも熱が上がっているように感じるが…」

 

「なっ…!? も、もういいから離れろ! あとは寝てれば自然に治るから!」

 

俺は無理やりルインを俺から引き離す。

 

「なら今日はゆっくり休め、主」

 

「ああ。俺のためにいろいろありがとうな、ルイン」

 

「礼には及ばんさ。ではお休み、主」

 

「お休み」

 

最後にお休みの挨拶をすると、ルインは空になった食器を持って俺の部屋を出て、ドアを閉めた。後に残された俺は、大人しくベッドで寝ることにした。

誰かに看病される…か。考えてみれば、俺の人生の中でそんな経験した覚えは、なかったな….

親父が死んで、この家に帰って来る者がいなくなってから、もしかしたら俺は人の温もりを求め続けていたのかもしれない…。

 

 

 

家族という、温もりを……。

 

 

 

………

……

 

「…なぁ、一つ聞きたいことがあるんだが」

 

「な…なんだあるじ…? ごほっごほっ…!」

 

「女神も風邪引くのか?」

 

「けほっけほっ……す、すまないあるじ…」

 

そう。翌朝、俺はルインの看病あって完全復活を遂げることができたのだが…今度は逆にルインが風邪を引くという事態に陥ってしまったのだ。

おそらく、昨日俺の看病をしている間に風邪が伝染ってしまったんだろう。

 

「いや、十中八九俺のせいだろ。今日は俺も家にいるから、部屋で大人しく寝てるんだぞ?」

 

「あ、あぁ…わかった。……くちゅんっ!! うぅっ…」

 

こうして、昨日とは逆に、こうして誰かを看病するという人生初の経験を、この女神様のお陰ですることになりそうだ。

 

 

 

(しかし…女神、もといカードの精霊も風邪をひくんだなぁ)

 

そんなことを心の内で思い、まずは女神様のためにお粥を作ることにした。




夏から秋へと変わるこの季節は、気温の変化が著しく風邪をひきやすくなります。
自分のところも朝は寒く、昼は暑く、夕方はちょうどよく…という気温変化なので、朝が寒いからといって暖かい格好をしてくると昼に大変なことになりますw

ぶっちゃけこの話は主人公とルインのイチャラブ第2弾と「あばあちゃんが言っていた…」のネタをやりたかっただけなんだけどねw

次回からは、いよいよ新キャラ…というよりかは主人公の扱う二人目のカードの精霊が登場いたします!
果たして誰なんでしょうか?お楽しみに!


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第10話:「破滅と救世 ~Ruin or Messiah~」

ある日、デッキに新たに入れる儀式モンスター・魔法を模索していた主人公。
そんな時、ルインは主人公の父親が遺したダンボールの箱を見つける。
ダンボールの中身は大量のカード、主人公はそこで1枚の魔法カードを見つける。
そのカードとは…?


「ん~…どうすっかな~」

 

ある日、俺は学校の下校途中に物思いに耽っていた。それは俺のデッキの活用方法についてだ。

俺のデッキは現在、儀式モンスターである『破滅の女神ルイン』を中心とし、『ルイン』の能力を最大限に活かすためのサポートカード(主に儀式関連)と、あとは各種天使族と汎用系魔法・トラップカードで構築してある。

しかし、儀式関連のサポートカードに対して、デッキの要である儀式カードがあまりにも少なすぎるのである。それもその筈、俺のデッキに儀式魔法・モンスターは『破滅の女神ルイン』と『エンド・オブ・ザ・ワールド』しかない。

つまりは『ルイン』を召喚した後、または何らかの方法によって『ルイン』が除去されてしまった場合は、デッキに数多入っている儀式サポートのカードが腐ってしまう可能性があるのだ。

そんなわけで俺はデッキにもう一枚づつくらい儀式魔法・モンスターを入れようと考えているのだが…これが何が良いのかなかなか思いつかない。

家に帰る前にまでは考えておきたいと思っていたのだが…答えが出ぬうちに家の前にまで来てしまった。「ま、続きはデッキと相談しながら考えてみるか」と思い、俺は家のドアを開ける

 

「ただいま~」

 

「おかえりなさい、主」

 

 

 

 

 

―――――第10話「破滅と救世 ~Ruin or Messiah~」―――――

 

 

 

 

 

玄関に入ると、家のリビングからもうすっかり現代に馴染んだ破滅の女神が出てきた。

しかし、俺はすぐにルインが持っているある物に目がいった。

 

「何だそれ?」

 

「離れの…何か妙な部屋を掃除してたら見つけた。何か色々な物が置いてあった部屋なんだが…」

 

ルインは大きなダンボールを抱えている。

 

「離れの部屋? ……あぁ、そりゃ親父の蔵だな」

 

「主の父親の?」

 

「ああ、親父は自称考古学者で、昔は俺を放っておいて世界中旅してたから、よく変なガラクタがたくさん送られて来たんだ。そーいうのは置き場所に困るから、蔵に置いておいたってわけだ」

 

俺はふと、ルインが召喚されたときのことを思い出した。

今思えば、親父の遺産(?)から今の生活が始まったんだったなぁ、まぁ悪くはないが。

 

「なんだ、それではまるで私のカードが変な物みたいな言い方ではないか」

 

俺の話を聞いてルインがむぅっとふくれっ面をする。

 

「んな事ないって、もちろんルインは別さ。ルインが来てくれたおかげでデッキが強化できたし、普段の生活でも俺はとっても助かってるよ」

 

「…本当か?」

 

「ああ、本当だとも」

 

「ん、それならばいい♪」

 

俺の言葉に納得したのか、ルインは満足そうに笑みを零す。

まぁ後者はちょこっとだけ嘘が混じってるけどね…。

 

「にしても、何が入ってんだ?」

 

話を戻し、俺はルインが抱えているダンボールに手をとり、開けてみようとする。

 

「開けるのか?」

 

「まぁな」

 

俺はしゃがんで床に置いてあるダンボールを開け始める。だって、ここまでルインが運んできたんだしやっぱり中身気になるし…。

俺と同じくルインもしゃがみ、俺はダンボールを開け終え中身を見た。

 

「……なんじゃこりゃ?」

 

てっきり変な眼がある金色のアイテムや、古びた錬金術の本とかが出てくるのかと思っていたのだが、実際はかなり違う物が出てきた。

 

「これは…カード?」

 

そこにあったのはデュエルモンスターズのカードだった。

それも一枚や二枚ではない、何十枚、何百枚ものカードがダンボールいっぱいに敷き詰められていた。

 

「何故こんな数のカードがここにあるのだ…?」

 

「メモが入ってる…おい、こりゃ俺の親父の字だ!」

 

「何て書いてあるんだ?」

 

「ちょっと待ってろ…なになに?」

 

メモにはこうあった。

 

『カードの精霊という存在に興味を持った私は、各地を転々としながらその土地で精霊が宿ると噂されるカードを片っ端からかき集めた。しかし、どれもこれも紛い物だったらしい…いや、単に私にその素質が無いだけなのかも…』

 

あれ? なんかデジャヴが…。

 

「要するに主の父親殿は騙されたというわけだな」

 

「しょっちゅうだよ…安易にオカルトなことを信じるなっていつも言ってたのに…その度に真面目な顔で『私は浪漫を探しているのだ(キリッ』って言い返されたよ…」

 

「しかしよかったではないかカードで。これはガラクタではないだろ?」

 

「しかしなぁ…『闇の芸術家』に『モリンフェン』…『レオ・ウィザード』と…どれもこれも使えそうなカードは…ん?」

 

その時、俺はとある一枚のカードに目が行った。

ダンボールの中のカードはどれもこれもモンスターカードなのに、一枚だけ緑色のカードが…そう、魔法カードがあったのだ。

 

「なんだ…? 一枚だけ魔法カードが…」

 

俺はそのカードを手にとって見てみる。

カード名は『救世の儀式』…そしてカードの右上のアイコンにはその名を示す通り儀式のアイコンが描かれていた。

 

「儀式魔法? ということは対になる儀式モンスターがいる筈だが…」

 

ダンボール内のカードを漁っていると、一枚だけ青い縁をしたカードが目に入った。

青い縁は儀式モンスターの証、そのカードを手に取る。しかし…。

 

カッ!!

 

「うおっ!?」

 

「きゃあぁっ!」

 

俺が触れた瞬間、カードは同時に眩く光りだし、それに驚いて俺とルインは目を瞑り、思わずカードを放り投げてしまった。

白く眩しい光はだんだんと治まっていき、ようやく目を開けることができた。

だがそれと同時に、俺は目の光景に思いっきり目を見開いて驚いた。

 

 

 

「お呼びでしょうか?我が主様」

 

 

 

「なっ……」

 

…出た、また出た、またやっちまった…そんな言葉が俺の脳裏をループしている。

ルインもその存在に気づいたのか、俺の背後からその人物を恐る恐る覗いている。

驚きの俺とルインの目の前で、跪くそいつは、長い金髪に金と青色の大きな帽子(?)に同色の服。

片手には変な杖を持っており、静かで穏やかな声。

こっちを見上げると、優しそうに微笑んだ表情のままこちらを見つめていた。

顔つきや、スラッとした体つき、そして膨らんでいる胸を見て女性だとわかった。

 

「え~っと…どなたですか?」

 

とりあえず混乱している頭を静めて、俺はゆっくりをそいつに聞くと微笑んだ表情のまま女性は口を開く。

 

「わたくし、このカードに宿りし精霊で救世の美神、〝ノースウェムコ″と申します」

 

「ノース…ウェムコ…?」

 

「主? これはいったい…」

 

俺の後ろにいるルインも不思議そうな口調で尋ねてくる。

この時、俺は全てを理解したような気がした。ようはルインと同じく、カードに宿っていた精霊を俺がまた呼んでしまったという事なんだろう。

 

「…まぁ、こんなところで立ち話もなんだし」

 

とりあえず、ルインとノースウェムコをリビングに連れて行った。

 

………

……

 

「なるほど」

 

とりあえずリビングでお茶を啜りながら俺はノースウェムコから色々と聞いた。

 

「つまり、あんたは世界の終わりが来たときのために、世界を救う主を外敵から守護するための存在だと?」

 

「はい」

 

「……はぁ」

 

「お茶のおかわりはどうする主?」

 

「もらう…」

 

ルインがお茶を入れ直しに行くと、思わずため息が出た。

 

「主様、どうかなさいましたか?」

 

「何でもない…」

 

世界を救う主? まさかそれが俺だとでも?

冗談じゃねぇよ全く…、だいたい世界の危機なんて、起こるわけないだろ…。

 

「そうですか。…それでしたら主様、わたくしから一つお聞きしたいことがあるのですが」

 

「何だ?」

 

「あの女は何者ですか?」

 

ノースウェムコは静かに俺に聞くと、奥でお茶を入れているルインを指差していた。

“あの女”とはルインのことらしい。それについて俺は丁寧に説明した。

 

「お前と同じカードの精霊の、破滅の女神のルインだ」

 

「破滅…? ま、まさか! あいつは主様を破滅に導こうとする悪い女神!?」

 

「…は?」

 

ノースウェムコが突然とんでもない事を言って立ちあがった。

 

「そ、それは違…―!」

 

「主様に仇なす者は、このわたくしが排除します!」

 

ノースウェムコの問いに弁解する余地もなく、彼女は何かとてつもなく物騒なことを口にして、テーブルを飛び越えてルインのいる台所に駆けていく。

 

「な、なんだいきなり!?」

 

「黙りなさい女邪神! 主様を破滅に導こうなどど考える不届き者はこのわたくし、救世の美神ノースウェムコが成敗いたします!」

 

「お前は一体なにを…! あ、主! これはいった…―!」

 

ルインの声が聞こえた瞬間、ノースウェムコが杖から放った攻撃により、台所は閃光に包まれた。そして恐らくルインもそれに応戦したんだろう、直後にすんごい爆発音が響いた。

 

「主様はわたくし守ります!!」

 

「私は主に何も悪い事はしていないぞ!?」

 

二人の口論の中、閃光と爆発が繰り返される。

 

「おいお前らやめろ!! 家を壊す気か!?」

 

俺の怒号も虚しく二人は戦闘を止めない。もはやこれまでかと家の崩壊を覚悟したが、ルインVSノースウェムコの争いはあっさりとケリがついた。

 

「これでトドメ…―っ!? しまった…っ! 久しぶりだから魔力が…!」

 

ふと爆発音が止まった。

粉塵が止み、俺は恐る恐る台所の方を覗くと、台所は見るも無残な姿と化していた。しかし、ルインは頬が少し汚れている程度だったので確認すると安心。

そしてノースウェムコの方を見ると、力弱く床にペタンと座りこんでいた。

 

「…どうしたんだ?」

 

「急にノースウェムコの動きが止まったと思ったら、あのようになってしまった」

 

ルインも驚きが混じっている口調で俺に説明している。

俺は彼女の顔を覗き込むと、それと同時に。

 

ぐ~

 

「…///」

 

突然腹の虫が室内に響渡った。それと同時にノースウェムコの頬が赤く染まり、恥ずかしそうに視線をそらす。

 

「…主様、お恥ずかしいのですがお願いがございます…」

 

「はい?」

 

「お腹が空きました…。な、何か食べる物を…―」

バタッ

 

そう言うとノースウェムコは気を失い、俺の腕に倒れこんでしまった。

 

「何かと言われても台所はこの有様だしな…」

 

「………よし、ルイン、寿司食うぞ」

 

「す、寿司ぃ!? 正気か主!?」

 

「ああ、もうヤケだ! こーいう時は寿司でも食う! 寿司だけじゃない! ピザにカツ丼にラーメン! とにかく出前だ出前!」

 

なんかもうどうでもよくなってきたので、半ばヤケになりながら俺は電話で片っ端から出前の注文をした。

 

………

……

 

「ふぅ…ご馳走様でした♪」

 

食事を終え満腹になったノースウェムコはナプキンで口元を拭うと再び元気を取り戻したようだった。

 

「あんなに用意したのにまさか全部食べるとはな…」

 

もちろん俺とルインもいくらかは食べたのだが、山のように用意した食事を短時間で平らげたノースウェムコの食欲に、俺達はただただ驚かされた。

 

「ルインさん、先程はごめんなさい…わたくし、あなたが主様に害をなす存在だと勘違いして…」

 

「私はもう気にしていない。だからお前も気にするな」

 

どうやら二人は仲直りしたようだった。

 

「まぁなんだ、呼び出しちまったからには仕方ない。これからはよろしくな、ノースウェムコ」

 

「はい。あ、そうだ、主様。これを渡しておきます」

 

ノースウェムコが俺に渡してきたのは二枚のカードだった。

 

「そのカードは私の…―」

 

「あー言わなくてもわかる。〝力の一部だから大切にしてほしい″って言うんだろ?」

 

「はい♪」

 

まぁ、そういうことだ。

儀式モンスターの『救世の美神ノースウェムコ』、それとノースウェムコ降臨のために儀式魔法カード、『救世の儀式』。

どうやら俺のデッキに対する悩みはこの二枚のカードのお陰で解決しそうだな。

 

「それから、私のことは愛着を持ってどうぞ〝ウェムコ″とお呼びください。本名は少し長いので…」

 

「ああわかった。よろしくなウェムコ」

 

「はい♪ ルインさんも、よろしくお願いしますね♪」

 

「うむ。共に主に仕える身として、こちらからもよろしく頼む」

 

破滅に救世か…。

正直よくわからないが、今は消し炭となった台所を修復するのにどれだけの金額が掛かるかが心配だった。

 

………

……

 

―風呂前・脱衣場―

 

「あの…ウェムコさん?」

 

「はい、なんでしょうか?」

 

「俺の身を守るのはわかったけど風呂にまで付いて来なくていいからね?」

 

「そういうわけにはまいりません!全ての装備を解除する入浴時こそが特に危険なのです! ですので、わたくしのことはどうかお気にせずに」

 

「いや…気になるから」

 

「では、わたくしも御一緒に入れば問題ありませんね?」

 

「おおありだ! だ、だからそうじゃなくて…―!」

 

「なんだウェムコ、主と風呂に入るのか? ウェムコばかりずるいぞ、私も主と一緒に入る」

 

「ええい! 話をややこしくするな!」

 

どうやらウェムコもまた、ルイン同様になんか一部現代の常識に欠けているということが判明した…。




というわけで、今回から新たに救世の美神ノースウェムコさんが登場しました。
長らく日常回でしたが、次々回からまたデュエルをやりますので、その時にウェムコさん初使用という形になります!
お楽しみに!


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第11話:「加護アリアの憂鬱」

加護アリアは一人自室で悶々としていた。
というのも、最近自分が気になっている男性に姉と名乗る女性が出現し、どうしたものかと思っているためである。
考えているだけでは始まらないので、外に出て新発売のカードを買いに行くことに。


「はぁ~あ…」

 

休日の午後、私、加護アリアは勉強机にもたれかかって項垂れていた。

というのも、私には最近気になっている人がいる…。いや、最近というよりかはずっと昔からだったんだけど、その気持ちに気付いたのが最近というか…。

しかも私は、普段元気な女の子キャラで通っているけど…一緒に昼食に誘ったり、一緒に帰ろうと誘うこともできないヘタレなのだ。昔は…小学生くらいの頃はよく一緒にいたのになぁ…。

 

でも…。

 

今までは友達として接しているだけで、私は満足だった。しかし、最近になって気になることが起きた…。

その人の姉という人が現れ、今はその人と二人っきりで暮らしているらしい。

それも超絶美人。でも腹違いとはいえ、一応姉弟なんだから間違いなんて起こらないとは思うけど…それでもやっぱり気になる。

あ~あ…どうしたらいいんだろ…。

 

「…あ、そうだ。そう言えば今日は新しいパックの発売日だったんだ!」

 

私はふと、今日がデュエルモンスターズの新パックの発売日だったことを思い出した。早く買わないと売り切れてしまう…。

今は悩みのことは少し忘れて、気分転換も兼ねて私はカードを買いに家を出た。

 

 

 

 

 

―――――第11話「加護アリアの憂鬱」―――――

 

 

 

 

 

「ルインさん…主様は先ほどから机に向かって黙々と何をしているのですか?」ヒソヒソ

 

「さぁ…だが『絶対に騒ぐな』と言っていたからよほど大事なことなんだろが…」ヒソヒソ

 

「よしできたっ!!」

 

「「…!」」ビクッ

 

俺はずっと机に向かってデッキの調整をしていたが、今しがたようやく作業が終わり、思わず大きな声を出した。

 

「ん? どうしたんだ二人とも?」

 

「あ、主こそ…急に大きな声を出すから」

 

「ビックリしてしまいましたわ」

 

どうやら俺の声で二人を驚かせてしまったらしい。

 

「そうか? すまんすまん」

 

「で、主様。先ほどからずっと机に向かって何をしていたのですか?」

 

「デッキの調整だよ。ほら、今回ウェムコのカードを新たに入れたから、それと相性の良いカードもいくつか入れたから、それの調整をしてたんだよ」

 

俺は二人に完成したデッキを見せながら言った。

 

「そうだったんですか」

 

「それで、デッキの調整は終わったのか?」

 

「一応はな。でもまだ実戦では使ってないからどんな感じになるのかはわからないけど。だからこれからちょっと外に行ってくる」

 

俺は組みあがったデッキとデュエルディスクを鞄の中に入れ、外出する準備をする。

 

「なんだ、どこに行くんだ?」

 

「実戦ということは…デュエルをしに行かれるのですか?」

 

「そうだ。これからちょっとカードショップで大会が開かれるんだ。それに行って、自分のデッキを試してくるよ」

 

「かぁどしょっぷ?」

 

「主様、そこはどのような場所なのですか?」

 

…そうか、こいつらはカードショップを知らないんだったな。

 

「カードショップってのは、その名の通りカードを専門的に取り扱って、販売や買い取りを行う店のことだ。場所によっては大会を開く場所もある。いろいろなデュエリストが集まるから、デュエリスト同士の交流を深めやすいんだよ」

 

「なるほど、確かにその場所ならば誰かしらデュエルする相手がいるということだな」

 

「そういうこと。じゃ、行ってくる」

 

俺の説明で納得したルインとウェムコを尻目に、俺は外に出ようと部屋のドアノブに手をかけた。しかし、

 

「待ってくれ主、私も行きたい」

 

「…え?」

 

「せっかく主が休日だというのにまた留守番されるのもつまらない。たまには外に行ってみたい!」

 

「わたくしも! 主様をお一人で外に行かせるわけには参りません! いつ何時、どのような危険があるかわかりませんから!」

 

と来たもんだ…。

まぁ、ある程度はこう言いだすだろうなと予想はしてたけどな。

 

「わかったわかった、お前らには負けたよ。その代わり、きちんとこの世界の服来てけよ」

 

「わかった!」

 

「わかりましたわ」

 

うんうん、せめて外に出るときくらいは普通の格好に…―

 

「おっでかっけ♪ おっでかっけ♪」ぬぎぬぎ

 

「あら? 主様、どうかなさいましたか?」ぬぎぬぎ

 

「…お、お前ら……ここで着替えるなー!!」

 

………

……

 

「…はぁ。全く、出かける前から疲れたぜ…」

 

「まぁまぁ、別に良いではないか。いちいち着替えくらいで気にしないぞ? 私は」

 

「俺は気にするの!」

 

そんなこんなでルインとウェムコをそれぞれ自分達の部屋で着替えさせた後、俺達は件のカードショップへと向かっていた。

 

「うふふ♪ やっぱり主様もそういうところを気にするんですね♪」

 

「俺だって男だ、気にするに決まっているだろ」

 

「では私達二人を連れてお店の中に入ってしまったら、きっと誤解されてしまうかもしれませんね♪」

 

何が楽しいのかよくわからないが…ウェムコは嬉しそうに微笑む。

 

「それについてなんだがウェムコ、俺とお前達との関係を聞かれたらとりあえず 姉弟(きょうだい )ということにしておいてくれ」

 

「主様…いえ、弟君がそういうのであれば♪」

 

「ありがとう。ルインも、いつも通りたのむぞ」

 

「心得た。ある…弟よ」

 

「よしよし。…おっと、言ってるうちに着いたな。ここだ」

 

細い路地裏を抜けると、公園のトイレ裏に出る。

その正面に立つ建物が、俺の行きつけのカードショップ、『 空想美楚(くうそうみそ )キングダム』だ。

 

カランカラン

「こんちわぁ」

 

「よう、久しぶりだな」

 

店の中に入り、声をかけると奥の方から青いツナギを着たイイ男が答え、カウンターの前まで出てくる。

 

「お久しぶりです、阿部っち店長」

 

「よしばらくだな。さっそくで悪いがや ら な い か」

 

「え…なにそれは…」(ドン引き)

 

「遠慮しときます。デュエルで阿部さんに勝てる気がしませんから」

 

「そうかい? そりゃ残念だ♪」

 

「な、なんだ、デュエルの話だったのか」

 

先ほどドン引きしていたルインが安心するかのように呟く。

…一体なんのことだと思ってたんだ…?

 

「そういやそこの二人の美人さんは誰だい?」

 

阿部さんは俺の後ろにいるルインとウェムコを指さした。

 

「あぁ、俺の姉のルインとウェムコです」

 

「初めまして♪」

 

「いつも弟がお世話になっている」

 

「ん、よろしく。というか…お前姉なんていたのか?」

 

「えぇ…腹違いですけどね」

 

「なるほど、道理で似てないわけだ」

 

そう言って阿部さんははっはっはっと笑った。

 

「俺はこの店のオーナーの阿部だ。狭いところだが、まぁゆっくりしていってくれ」

 

と言って阿部さんはまた店の奥に引っ込んでいった。

 

「ここがカードショップか…本当にいろいろなカードが並んでいるな」

 

「カードもいろいろ種類があるんですのね…中にはこんな高価なカードまで」

 

ルインとウェムコはショーケースの中に飾られたカードをキョロキョロと見回す。

 

「あんまし店の物はいじるなよ。じゃあ俺は奥のデュエルスペースに行ってくるから、お前らはここで大人しくカード見てろよ?」

 

「うむ、わかった」

 

ルインとウェムコをその場に残し、俺は店の奥にあるデュエルスペースを覗きに行った。

 

「どうもっス」

 

「おう、久しぶり」

 

「元気してた?」

 

デュエルスペースに行くと、顔馴染みのデュエリストが数名、俺に気付いて挨拶をしてくれた。名も知らぬデュエリストだが、おそらくそれは向こうも同じ。俺達にとって、デュエルという共通点さえあればそれはもう仲間だった。

 

 

 

「あら、アンタ来たの?」

 

 

 

げ…この声は…。

 

「こ…小日向、お前もここに来てたのか…?」

 

他のデュエリストに交じって俺に声をかけてきた女性デュエリスト。

黒髪で短髪、ツリ目なこいつはアリアの友人で俺のクラスメイトの“小日向星華”だ。

 

「なによ、来ちゃいけないの?」

 

「い、いや…今までここでお前の顔を見たこと無かったからちょっと意外だなって思っただけだよ」

 

ぶっちゃけた話、俺は小日向のことが苦手だった。

こいつは自分の容姿がそこそこ美人だということをいいことに、自分に対して優しく接してくる男どもに対してだけいい顔をし、男にいろいろと貢がせるのだ。で、こいつの腹の中を知っている男(例えば俺みたいな)に対してはというと…。

 

「アンタも今日の大会出んの?」

 

「まぁな。そう言うお前は出るのか?」

 

「ん~…出ようかとは思ってたけど、アンタが出るならやめとこうかしら」

 

「なんだよそれ…」

 

「アンタとデュエルするとテンション下がるのよね~。まぁ私は見学させてもらうわ」

 

「…好きにしろよ」

 

とまぁこんな感じに、そういう男に対しては極端に冷たくなるのだ。

…まぁ、俺はこいつのことなんかなんとも思ってないし、それはこいつも同じ事なんだから別にどうでもいいんだけどな。

 

「星華ちゃ~ん♪ 僕とデュエルしよ~♪」

 

「は~い♪ …じゃあね」

 

そう言うと小日向は自分を待つデュエリストの元に駆け寄って行った。

 

「やれやれ…俺も大会が始まるまで、フリーで誰かとデュエルしてるかな」

 

俺も対戦相手を探すことにした。

 

………

……

 

「はぁ~…まいったなぁ…どこにも売ってないや…」

 

カードを買うために家を出て、コンビニやデパートなど、カードが売ってそうなお店は片っ端から見てきたけど…どこも新発売のカードは売り切れだった。

で、カードを売っているところを探して町中を駆けまわってたんだけど…気が付くと。

 

「あ…あれ…? ここ……どこ…?」

 

いつの間にか私は見知らぬ土地の見知らぬ路地裏にいた。どうやらカードを売ってるところを探し歩いてて、見慣れないところにまで来ちゃったみたい…。

 

「ん…? これってもしかして…私、迷子ってやつ…?」

 

………。

 

「…ま、まっさかぁ~♪ 第一私もう高校生なんだから迷子だなんて…―」

 

まるで自分自身に言い聞かせるかのように独り言を呟く。

…うん、本当はわかってる…何歳になろうと迷子は迷子なんだよね…。

 

「と、とりあえずここを出て、誰かに道を聞いて…―…って、あれ?」

 

誰かに道を聞こうと、この路地裏を抜けたとき、目の前に変なお店が立っていた。

 

「ここ…って?」

 

……

………

 

「よ~し、それじゃ人数もあらかた集まったところで、今日の大会を始めるか~」

 

阿部さんがデュエルスペースにいる俺達に呼びかける。気が付くと、確かに結構な人数の参加者が集まっていて、大会を始めるには十分な人数だった。

当然俺も大会に出場するため、参加名簿に名前を書こうと大会参加者達の列に並んでいた。

…と、その時、カランカランッと店のドアにくくり付けられている鐘が鳴り、誰かが入ってきた。

 

「いらっしゃーい」

 

阿部さんが名簿に名前を書きながら声をかけた。

誰もが「このタイミングで一体誰が入ってきたのだろう?」という顔をしながら、入口の方を見る。俺も釣られて覗いてみた。

 

「…あれ? アリア?」

 

「え…? ふぇえ!? なんでこんなところにいるの!?」

 

「それはこっちのセリフだ!」

 

店の中に入ってきたのは…間違いない、幼馴染の加護アリアだった。

 

「もしかして…お前もここの大会に出るつもりなのか?」

 

「大会…って?」

 

「お前…もしかしてここをカードショップだと知らずに入ってきたのか?」

 

「カードショップ…? ここが?」

 

そう言ってアリアは店内をぐるぐると見回す。

…どうやら、本当にカードショップと知らずに入ってきたらしい。

 

「そう、俺のカードショップさ。もしかして…二人は知り合いなのか?」

 

「そうです。阿部さん、こいつは俺の幼馴染の加護アリア。アリア、この人はこのショップのオーナーの阿部さんだ」

 

「ど、どうも!」

 

「よろしくな。ところで、君も様子を見る限りデュエリストらしいな。どうだろう? 今日の大会、出 て み な い か」

 

「え!? でも私…カードショップの大会なんて出たことないから…」

 

そう言えばアリアは、デュエルモンスターズは俺と同じくらい長くやっているのにまだショップの大会には出たことが無いんだったよな。

 

「どうかされましたか主様?」

 

「おや? お前は…」

 

と、アリアが来たことに気が付いたらしく、今度はウェムコとルインが寄ってきた。

 

「あ、どうもお姉さん! …って、増えてる!?」

 

アリアはルインを見て、次にウェムコを見て、かなり驚いたという表情をした。

しまったなぁ…まさかここにアリアが来るなんて思わなかったから…。

仕方ない、ここは嘘も方便ということわざに則っていつもの誤魔化しで…。

 

「あぁ…えっと…ルインのことは知ってるよな? こっちの金髪の人は俺の…二人目の姉のウェムコだ。ウェムコ、こっちは俺の幼馴染の加護アリア」

 

「まぁ♪ ある…弟君の御学友さんでしたのね♪ わたくしはウェムコと申します。よろしくね、アリアちゃん♪」

 

「は…はい! どうも! (ルインさんも綺麗な人だけど…ウェムコさんも負けず劣らず綺麗な人だなぁ…金髪だし…背高いし…)」

 

ウェムコとの挨拶を交わすと、アリアは何故だかいつもの元気な表情を曇らせる。

と、その時。

 

「あら? アリアじゃない!」

 

「え? …あ! 星華ちゃんまで!?」

 

「奇遇ね、こんなところで」

 

今度は小日向がアリアの存在に気が付き、デュエルスペースの方から出てきた。

この二人はクラスでも親友同士だからな。

 

「アリアも大会出るためにここに来たの?」

 

「わ…私は別にそういうつもりで来たわけじゃないんだけど…」

 

「アリアが出るんなら、私も出てみようかな♪ アリアとの本気のデュエルも随分久々だし」

 

「え? 星華ちゃんも出るの!?」

 

「あれ…? お前さっき出ないって言わなかったっけ?」

 

確かさっき、俺が出るなら出ないとかなんとか言ってたよな…。

 

「なによ! アリアが出るから私も出るの! 悪い!?」

 

「い、いや…別にいいけど…。でも肝心のアリアの意見も…―」

 

「う…うん、わかった! 私も出てみる!」

 

「ほんとか? アリア、嫌なら無理しなくていいんだぞ?」

 

「いいの。考えてみれば私、デパートの大会とかそういう小さな規模でやる大会にはちょこっと出てたけど、こういうカードショップで本格的にやる大会はまだやったことがなかったの。だからいい経験になると思うから、出てみる♪」

 

「そ、そうか? ならいいんだが…」

 

やっぱりアリアもデュエリストってことなのかな。他の仲間がデュエルしてるのに、自分だけ大人しく見てるなんてつまんないことできるはずないもんな。

 

(本当はこの大会で、何かのきっかけができればいいな…なんて思ってたりもするんだけどね♪)

 

「ん? アリア、なんか言ったか?」

 

「な、なんでもないよなんでも! アハハ…」

 

なんか言ったような気がしたんだが…気のせいだったかな?

 

「よ~し、じゃあ新たに2人追加…っと。あ、ちなみに今日の大会はいつもの大会とは少し違うから注意しろよ~」

 

「いつもと違う…? 何が違うんですか?」

 

「それは後で説明する。よし、じゃあまずは対戦者をランダムに決めるぞ~」

 

阿部っち店長が対戦者を発表するらしく、参加者たちがゾロゾロと集まってきた。

自分の対戦相手が誰なのか、聞き洩らすわけにはいかないからな。

だが俺は相手が誰だろうと、全力でデュエルするだけさ!




今回の話は当初、アリアちゃん視点がメインの話にするつもりだったんですが、結局主人公の視点が多くなってしまいましたw

前回のウェムコさんに引き続き、新たにキャラが2名登場!
阿部っち店長はまんまあの阿部さんがモデルですw
もう一人の小日向星華は、響先生と同じく漫画版GXのオリジナルキャラです。
個人的には結構好きなキャラなのに、漫画版GX最終巻では一人だけキャラ紹介がハブられていたりとちょっと不遇…。
一巻だけに登場した龍牙先生は出てたのに…カイザー海馬ですらあったのに…。

次回からまたデュエル回に突入します。
大会なのでしばらく続きます。お楽しみに!


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第12話:「邪の道は蛇」

アリアと共に、行きつけのカードショップのデュエル大会に参加することになった主人公。
アリアとは別のブロックに分かれてしまったが、二人は決勝戦で当たることを誓い合う。
そして主人公の初戦の相手とは…?


「じゃ、これからこの店主催のデュエルモンスターズ特殊公認大会、デュエリストレベル認定大会を始めるぞ!」

 

対戦者を割り振った後、阿部っち店長はこの大会のルールについて俺達に説明する。

ちなみに、今回の大会はトーナメント形式の大会で、俺とアリアは別々のブロックに分かれてしまっている。

つまり、アリアと戦うには決勝にまで行かなければならないというわけだ。

しかし、今この狭いデュエルスペースには俺やアリアを含め、結構多くのデュエリストが集っている。この数を勝ち抜き、決勝まで行くのは…容易なことではない。

 

「質問、デュエリストレベル認定ってなんですか?」

 

参加者のデュエリストの一人が質問する。

 

「これから参加者諸君はこの特製デュエルテーブルでデュエルをしてもらう」

 

そう言って阿部さんはデュエルスペースに設置されているテーブルを指さす。

 

「あのテーブルってただのテーブルじゃないんですか?」

 

「今回から新たに設置したんだが、あのテーブルはソリッドビジョンシステムが起動する仕組みでな、ここでデュエルするとテーブルに置いたカードがデュエルディスクを使わなくても実体化する仕組みになっている。さらにデュエリストの対戦成績や戦略が海馬コーポレーションに送信され、そこのコンピューターによってデュエリストのレベルが決められるんだ」

 

なるほど、デュエリストごとにレベルをふられるなんてまるで昔のネオドミノシティで行われたバトルシティを思い出すな。

 

「あぁ、そうだ。大事なことを忘れていた。もしルール違反をした者がいたら奥のトイレまで来い。お仕置きとして俺がとことん喜ばせてやるからな♪」

 

ぞわぁ…

 

その場にいる男性の全員が背筋に寒気を感じた。

…何をされるのか想像したくもないな。

 

 

 

 

 

―――――第12話:「邪の道は蛇」―――――

 

 

 

 

 

そろそろ開始時間だ。席についておかないとな。

 

「じゃアリア、決勝で会おうな」

 

「う、うん! 決勝で会お♪」

 

そう言ってアリアは逆の方のデュエルテーブルに着いた。

さて、俺の最初の相手は…っと。

 

「…あら?」

 

「あ…」

 

テーブルに着くと、小日向が俺の向かいに座った。

どうやら最初の相手は小日向らしい。

 

「よりによって…あんたとなの?」

 

「それはこっちのセリフだ」

 

「はぁ…まぁいいわ。あんたを叩きのめして私が決勝でアリアとデュエルするんだから!」

 

「御託はいい、さっさと始めるぞ」

 

デッキを交換し、互いにカットする。

 

「それではデュエリストレベル認定大会、開始―!」

 

阿部さんの掛け声と共に、大会は始まる。

 

「行くわよ!」

 

「来い!」

 

「「デュエル!!」」

 

他の席からも「デュエル!」の掛け声があがり、各テーブルでデュエルが開始される。

 

「私の先攻からいくわ、ドロー!」

 

先攻は小日向からだ。小日向はカードを一枚ドローすると、手札を見て動きが止まる。

どうやら戦略を練っているようだ。

 

「先手はあのセイカとかいう女からか」

 

「あの方…どのような戦術で主様に挑むんでしょう?」

 

俺の背後でギャラリーに交じってルインとウェムコが呟く。

実を言うと、俺は学校で星華と過去に何度もデュエルをしたことがある。

だからあいつのデッキがどのようなデッキなのか…俺は知っている。

…まぁ、一言で言うと『いやらしいデッキ』だ。

 

「そうねぇ…モンスターを1体セットして、ターンエンドするわ」

 

■――――

―――――

星華:手札5枚 LP4000

モンスター:セット

 

 

 

「なんだ? 壁モンスターをセットしただけでターンエンドなのか?」

 

「伏せカードも無しなんて…他に出すカードが無かったんでしょうか?」

 

…いや、星華はあれが戦術なんだ。

俺は知っている…何も知らないデュエリストが、あいつの術中に嵌り、そして自滅していく姿を…。

言うなれば、あいつのデュエルはまさに底無し沼…相手が動く度にその動きを鈍らせ、最後は確実に止めを刺す…。

そんな戦術だが…当然攻略法はある。

 

「…俺のターン!」

 

それは…!

 

「俺は『終末の騎士』を召喚!」

 

【終末の騎士】☆4 闇 戦士族 ATK/1400 DEF/1200

 

「『終末の騎士』が召喚に成功したとき、デッキの闇属性モンスター1体を墓地に送ることができる。俺は『儀式魔人リリーサー』を墓地に」

 

「儀式召喚への布石ですわね」

 

「よし主、そのまま敵モンスターに攻撃だ!」

 

いや、ここで俺がとるべき選択は…。

 

「…俺はこれでターンエンドだ」

 

「えっ!?」

 

「何故…? 敵のモンスターは、守備モンスター1体だけですのに」

 

△―――

――――

手札5枚 LP4000

モンスター:『終末の騎士』

 

「なによ、仕掛けてこないの? 臆病な男ね」

 

「なんとでも言え。お前の戦術は誰よりも知っているつもりだからな」

 

「ふ~ん、流石にそこまで考えてるってわけね。じゃ私のターン、ドロー」

 

俺の考えが正しくは、あのセットモンスターは…。

 

「なら私はリバースカードを一枚セットして、ターンエンドよ」

 

■――――

■――――

星華:手札5枚 LP4000

モンスター:セット

魔法・トラップ:セット

 

やはり…こちらにはリバースカードが無いにもかかわらず、一向に仕掛けてこない。

俺が動くのを待っているというわけか。

だが、俺も簡単には動かんぞ。今はチャンスを待つんだ…攻めるチャンスは、必ずある!

 

「俺のターン、ドロー!」

 

そのためにも今は、まだ動くときではない。

 

「このスタンバイフェイズ時にトラップを発動するわ!」

 

「なにっ!?」

 

このタイミングで…トラップだと…!?

 

「トラップカード、『バトルマニア』! 相手フィールドに存在するモンスターは全て攻撃表示となり、このターン表示形式を変更できず、そして攻撃可能な相手モンスターは必ず攻撃しなければならない」

 

星華はニヤリッと怪しく微笑む。

『バトルマニア』か…しまったな、そのカードがあったか。

 

「あんたがあくまで攻撃しないってんなら、私が攻撃させてやるわ。さぁ、さっさと攻撃していらっしゃい♪」

 

「…バトルフェイズ、『終末の騎士』で裏守備モンスターに攻撃!」

 

ボロ布を纏った騎士がサーベルを抜き、セットモンスターに斬りかかる!

 

「やったか!?」

 

ルインが叫ぶ。

…だが、セットモンスターが破壊されることはなかった。

『終末の騎士』の攻撃はモンスターに斬りかかる寸前で停止してしまった。

 

「な…何故!? 攻撃が効かないのか!?」

 

「その通りよ、この『レプティレス・ナージャ』は戦闘によっては破壊されない!」

 

セットモンスターがリバースする。

そこには頭から蛇の頭を生やした、半蛇半人のかわいらしい女の子がうずくまっていた。

 

【レプティレス・ナージャ】☆1 闇 爬虫類族 ATK/0 DEF/0

 

「『レプティレス・ナージャ』…やはりそのモンスターか」

 

「フフフ…♪ アンタが攻撃してきてくれたお陰で、『ナージャ』の効果が発動するわ!」

 

「攻撃を強要したのは貴女でしょう」

 

全く、ウェムコの言う通りだ。

 

「『ナージャ』と戦闘を行ったモンスターの攻撃力は、バトルフェイズ終了時にゼロになる!」

 

バトルフェイズが終わると、『ナージャ』が『終末の騎士』の身体に跳び付き、その首筋に己の牙を突き立て、毒を注入する。

 

『ぐっ…おおっ…!』

 

『終末の騎士』は力なく地面に膝をつき、『ナージャ』は元のフィールド位置に戻る。

 

終末の騎士:ATK/1400→0

 

「ああっ…! 『終末の騎士』の攻撃力がゼロになってしまったぞ…!」

 

「デジャヴね、アンタとデュエルするときはいつもこんな感じなのよね」

 

「…あぁ、そうだな」

 

だから俺はあえて攻撃せず、モンスターを除去できるカードを引き当てるまで粘るつもりだったんだが…こうなっては仕方がない。

 

「このターン、俺はまだ通常召喚を行ってはいない。モンスターを守備表示でセットし、ターンエンドだ」

 

「このエンドフェイズ時に、表側守備表示になっている『ナージャ』は攻撃表示になるわ」

 

守備態勢をとっていた『レプティレス・ナージャ』は攻撃表示になり、攻撃態勢をとる。

しかし、いくら攻撃態勢を取ったところでその攻撃力はゼロだ。

 

△■―――

―――――

手札5枚 LP4000

モンスター:『終末の騎士』、セット

 

「私のターン、ドロー! ふふっ、アンタのモンスターの攻撃力がゼロになったおかげで、このモンスターを呼びだすことができるわ!」

 

ということは…既に手札に持っているのか!?

小日向のエースモンスターが…!

 

「私は、攻撃力ゼロになったアンタのモンスターと、私の『レプティレス・ナージャ』をリリース!」

 

「敵のモンスターまでリリースするだと!? 一体何をするつもりだ…?」

 

ルインが叫ぶと、『終末の騎士』と『レプティレス・ナージャ』の姿が消え、代わりに出現したのは下半身が蛇で腕が四本あるまたも半蛇人のモンスターだった。

 

「来なさい、『レプティレス・ヴァースキ』!!」

 

【レプティレス・ヴァースキ】☆8 闇 爬虫類族 ATK/2600 DEF/0

 

「攻撃力2600の上級モンスターを特殊召喚だと…!?」

 

「しかも実質ある…弟君のモンスターを一体除去しての特殊召喚とは…」

 

全てはこの『ヴァースキ』を召喚するために…。『ナージャ』の効果は、ただモンスターの攻撃力を下げるだけが役目ではなかったというわけだ。

 

「さぁ行くわよ、『レプティレス・ヴァースキ』の攻撃!! ≪マハーカーラ・シヴァ≫!!」

 

『ヴァースキ』は四本の腕から暗黒の球体波をそれぞれ出し、俺の守備モンスターに向けて放つ!

 

「やった! これでアンタの守備モンスターは撃破よ!」

 

「それはどうかな」

 

攻撃を受けた俺の守備モンスターが反転すると同時に、そのやわらかい身体で『ヴァースキ』の攻撃を跳ね返す。

 

「なっ…! そのモンスターは…!」

 

「そうさ、俺の守備モンスターは…こいつさ!」

 

【マシュマロン】☆3 光 天使族 ATK/300 DEF/500

 

「ま、『マシュマロン』ですって!?」

 

「こいつは戦闘によっては破壊されず、さらに裏守備状態のこのカードを攻撃したプレイヤーは1000ポイントのダメージを受ける!」

 

『マシュマロン』、が牙を剥き、星華の腕に噛みつく。

 

「いたっ! くっ…小癪な!」

LP4000→3000

 

「目には目を、戦闘耐性には戦闘耐性をってね」

 

「よし! ある…弟が先制点をとったぞ!」

 

しかし…小日向のフィールドには攻撃力2600の上級モンスター…これでは攻めるに攻められない。

おまけに、『ヴァースキ』には効果がある…。

 

「ふん、でも残念でした。そんなモンスターで私の攻撃を止めたと思わないことね。『レプティレス・ヴァースキ』の効果発動! 1ターンに1度、相手フィールドの表側表示モンスター1体を破壊する!」

 

「なにっ!?」

 

「そんな…これでは戦闘で破壊されない『マシュマロン』といえども…!」

 

「焼きマシュマロになっちゃいなさい! ≪クワルナフ・アグニ≫!!」

 

『ヴァースキ』が四本腕の掌を一点に向けて構えると、そこから炎の渦が発生し『マシュマロン』を呑みこむ。『マシュマロン』は炎の中で焼かれ、文字通り焼きマシュマロとなって消滅する。

 

「さらにリバースカードを2枚セットして、ターンエンドよ」

 

△――――

■■―――

星華:手札3枚 LP3000

モンスター:『レプティレス・ヴァースキ』

魔法・トラップ:セット2枚

 

「俺のターン、ドロー!」

 

よし、このカードなら…いけるか!?

 

「俺は、墓地に存在する『終末の騎士』と『マシュマロン』を…即ち、闇属性モンスターと光属性モンスターを除外し、『カオス・ソーサラー』を特殊召喚!」

 

【カオス・ソーサラー】☆6 闇 魔法使い族 ATK/2300 DEF/2000

 

俺のフィールドに右手に光、左手には闇の力を宿した魔術師が出現する。

 

「『カオス。ソーサラー』は1ターンに1度、フィールドの表側表示モンスター1体を除外することができる!」

 

「なっ…しまった…!」

 

「『レプティレス・ヴァースキ』を除外しろ『カオス・ソーサラー』!! ≪カオス・スキュラ≫!!」

 

『カオス・ソーサラー』が手の上で舞う光と闇の力を一つに合成し、それを『ヴァースキ』に向けて放つ!

よし、これであの厄介な『ヴァースキ』を除去でき…―

 

「…なーんてね♪」

 

「…!」

 

「カウンタートラップ発動!『闇の幻影』!!」

 

突如『ヴァースキ』の姿が闇に消え、『カオス・ソーサラー』の攻撃が空を切る。

 

「『闇の幻影』はフィールドの闇属性モンスターを対象にする魔法・トラップ・モンスター効果を無効にし、さらに破壊することができるカウンタートラップよ」

 

『ヴァースキ』が再びフィールドに姿を現すと、今度は『カオス・ソーサラー』が闇に呑まれ、消滅する。

 

「くっ…!」

 

「ほらほらどうしたのかしら? アンタってこんなに手ごたえない奴だったっけ?」

 

「俺は…モンスターをセットし、さらにリバースカードを1枚セットして、ターンエンドだ」

 

■――――

■――――

手札3枚 LP4000

モンスター:セット

魔法・トラップ:セット

 

「攻めてきたかと思えばすぐに守りに入っちゃって…さっき『お前の戦術は誰よりも知っている』って言ってたのはどこの誰かしら?」

 

「なんとでも言え」

 

…とはいえ、『カオス・ソーサラー』を失った今、現状を打破できるカードが無いというのが現実だ。ここは耐えて、次のターンに賭けるしかない…!

 

「私のターン! …フフッ、どうやら次のアンタのターンは回ってきそうにないわね」

 

「なに…!?」

 

「私は魔法カード、『レプティレス・ポイズン』を発動! このカードはまず、相手フィールドの守備モンスターを攻撃表示に変更する!」

 

裏側でセットされていた俺のモンスターが表になり、フィールドにその姿を現す。

 

【儀式魔人プレサイダー】☆4 闇 悪魔族 ATK/1800 DEF/1400

 

「そしてその攻撃力をゼロにする!」

 

表側攻撃表示になった『プレサイダー』は攻撃の姿勢をとるのもつかの間、すぐに脱力し、攻撃の意思を失くす。

 

儀式魔人プレサイダー:ATK/1800→0

 

「また弟のモンスターの攻撃力がゼロに…!」

 

「相手の戦う力を奪い、己の養分とする…まさに蛇のような戦術ですわね」

 

「まだまだこれで終わりじゃないわよ! 私はさらに『レプティレス・バイパー』を召喚!」

 

【レプティレス・バイパー】☆2 闇 爬虫類族 ATK/0 DEF/0 チューナー

 

「このカードが召喚に成功した時、相手フィールドの攻撃力ゼロのモンスターのコントロールを奪うことができる!」

 

「…!」

 

『レプティレス・バイパー』は『プレサイダー』に向けて毒液を吐くと、『プレサイダー』は目を回し、フラフラと星華のフィールドに歩み寄る。

 

「アハハハハ!! これでアンタのモンスターは私の物よ! さらに私はトラップカード、『おジャマトリオ』を発動するわ! このカードは、アンタのフィールドに3体の『おジャマトークン』を特殊召喚する!」

 

【おジャマトークン】☆2 光 獣族 ATK/0 DEF/1000

 

『『『ハァァ~イ♪』』』

 

「くっ…邪魔な奴らが…!」

 

「攻撃力ゼロのモンスターを奪ったかと思えば、今度は弟の場に攻撃力ゼロのトークンを特殊召喚…一体何をするつもりだ? 『バイパー』自身も攻撃力がゼロだし…」

 

「…いや、あの『レプティレス・バイパー』はただのモンスターじゃない…あのモンスターは…―!」

 

「そう…チューナーモンスターよ! 私はレベル4の『儀式魔人プレサイダー』にレベル2の『レプティレス・バイパー』をチューニング!!」

 

『レプティレス・バイパー』は星となって消え、その星は『プレサイダー』と重なり合う。

 

 

 

 

 

 ―鎌首を掲げし悲哀な毒蛇よ―

 

―己が血肉とし、供物を喰らえ!―

 

 

 

 

 

「シンクロ召喚! 喰らい尽くせ、『レプティレス・ラミア』!!」

 

【レプティレス・ラミア】☆6 闇 爬虫類族 ATK/2100 DEF/1500 シンクロ

 

「シンクロ召喚か…!」

 

「この瞬間『レプティレス・ラミア』の効果発動! シンクロ召喚に成功したとき、相手フィールドの攻撃力ゼロのモンスターを全て破壊し、さらに私は破壊した数だけデッキからカードをドローできる!」

 

「この効果のために攻撃力ゼロのトークンを召喚したのか…!」

 

「弟君のフィールドに攻撃力ゼロのトークンは3体…ということは…!」

 

「さぁ『ラミア』ちゃん、お腹いっぱい食べちゃいなさい! 喰らい尽くせ、≪グリード・バイト≫!!」

 

『ラミア』の五つの首のうち三つが『おジャマトークン』に向かって伸び、そのまま『おジャマトークン』に喰らいつき、三体とも丸呑みにされた。

 

パクッ ゴクンッ

『ゲフッ…』

 

「これで私はカードを3枚ドロー。それだけじゃないわ、『おジャマトークン』は1体破壊されるごとにアンタのライフを300削るわ!」

 

「…つまり3体破壊されたから900ポイントのダメージか」

 

「そゆこと~♪」

 

LP4000→3100

 

今まで無傷だった俺のライフが、ここに来て削られてしまった。

 

「ま、ドロー効果もダメージ効果も意味なかったかもね~。なぜならアンタ、この2体のモンスターの攻撃で負けちゃうんだから」

 

レプティレス・ヴァースキ:ATK/2600

レプティレス・ラミア:ATK/2100

 

確かに…小日向のフィールドにいる2体の『レプティレス』の攻撃力の合計値は4000ポイントを越えている。そして俺のフィールドに、壁となるモンスターはいない…。

 

「まさか…主…!」

 

「さぁ、覚悟はできたかしら! バトルフェイズよ! まずは『ラミア』ちゃん、アイツに噛みついちゃいなさい! ≪クインテット・ポイズン・ファング≫!!」

 

『ラミア』の五つの首が俺に迫り、そのまま俺の身体に噛みつく。

 

「ぐぅうううっ…!!」

 

両腕でガードしたつもりだったが、『ラミア』はそのまま俺の腕、肩、腹、脇腹、首に噛みつき、ソリッドヴィジョンとはいえ、その噛みつかれた感触の悪さに思わず声をあげる。

 

LP3100→1000

 

「これで残りライフは1000…『ヴァースキ』の攻撃でアンタはお終いよ!」

 

「主…」

 

ルインとウェムコが心配そうな眼差しで俺の方を見る。

 

「ま、安心しなさいよ。アンタが負けた後は私が決勝でアリアと闘うから」

 

「…できるかな、お前に」

 

俺は『ラミア』の攻撃によってガードしていた腕を解き、小日向の方を見据える。

 

「はぁ? できるに決まってるでしょ」

 

「勘違いするなよ小日向…今のアリアは、普段学校で俺らとツルんでいる友達としてのアリアじゃない…デュエリストなんだ」

 

「…!」

 

「アイツと闘いたいっていうなら…お前もデュエリストとして持ちうる能力全てを以てアイツに挑まなくちゃいけない…お前にそれができるか!?」

 

「…ナメんじゃないわよこの(ピー)野郎」

 

と、いきなり小日向は俺に向かって放送禁止用語を言い放った。

 

「私だってこれでもデュエリストの端くれ。私はいつだって、フザけておちゃらけたデュエルをした覚えはない。アリアと闘うときも、そして今こうしてアンタと闘っているときもね」

 

と、俺はふと小日向の目を見る。

小日向の目は、目の前の勝負に純粋で、真っすぐで、まさにデュエリストとしての目だった。

 

「そうか…済まなかったな。それならお前に、俺の代わりを頼んでも大丈夫そうだ」

 

「大げさねぇ、これっきりってわけじゃないんだから、また個人的にアリアにデュエル頼めばいいでしょ」

 

「ああ…そうだな。無駄話をしてすまなかった」

 

(主…まさか本当に負ける覚悟をしたのか…?)

 

「いけ、『レプティレス・ヴァースキ』! ダイレクトアタックよ! ≪マハーカーラ・シヴァ≫!!」

 

『ヴァースキ』の4本の腕より放った攻撃は、真っすぐに俺の方に向かい、そして…!

 

 

 

「うわあああああああっ!!」

 

 

 

攻撃が…俺に直撃した。




というわけで今回から星華さんとのデュエルに入っていきます。
星華さんは原作だとヴェノムみたいな爬虫類のデッキだったんですが、イマイチ使いづらいのでレプティレスにしてみました。
レプティレスは結構好きなカード群なので実際に使ってみると楽しいデッキになります。

さて…攻撃受けちゃったっぽいけど大丈夫なのか主人公?ちゃんと次回まで続くんだろうな?


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第13話:「救世の名のもとに」

相手の戦う力を奪い、己の力に変える星華の『レプティレス』デッキに苦戦する主人公。
ルインとウェムコの声援も虚しく、『レプティレス・ラミア』の攻撃が直撃してしまう。
そして『レプティレス・ヴァースキ』の攻撃をその身で受けてしまい…?


「主!!」

 

「そんな…! 主様が…負けて…!」

 

「やっりぃ~♪ これで私が決勝でアリアと…―……っ!?」

 

 

 

LP1400

 

 

 

「は…はぁぁぁぁぁ!?」

 

「…なんてな♪ 俺はこのカードを発動していた!!」

 

俺は手を翳し、俺のフィールドで表になっているカードを示す。

 

永続トラップカード:『女神の加護』

 

「女神の…加護……」

 

「このカードは俺のライフポイントを3000ポイント回復してくれる。さっきの『ラミア』の攻撃後に発動してたから、『ヴァースキ』のダイレクトアタックを受けてもまだ1400残るって寸法さ」

 

「あ…アンタ!! よくも私をダマしたわね!?」

 

「そっちが勝手に勘違いしたんだろうが。デュエルってのは、まだまだ最後まで何が起こるかわからないもんなんだぜ」

 

「くっ…なら私はリバースカードを3枚セットして、ターンエンドよ!」

 

△△―――

■■■――

星華:手札2枚 LP3000

モンスター:『レプティレス・ヴァースキ』『レプティレス・ラミア』

魔法・トラップ:セット3枚

 

(まぁいいわ…私のフィールドには、攻撃力2000越えの上級モンスターが2体、そしてこの3枚のリバースカード…『ラミア』の効果でドローしたものだけど、右のカードは相手が攻撃を宣言したとき、相手の攻撃表示モンスターを全て破壊する『ミラーフォース』、真ん中のカードは攻撃してきたモンスターをゲームから除外する『次元幽閉』、最後の1枚は攻撃宣言したときにその攻撃を無効にして、攻撃力分のダメージを与える『魔法の筒』…この3枚があれば、完璧! 次のターンで私の勝ちよ!)

 

 

 

 

―――――第13話:「救世の名のもとに」―――――

 

 

 

 

 

「俺のターン…」

 

さて…なんとかこのターンは凌いだが、小日向のあのリバースカード…『ラミア』の効果でドローしたカードか。おそらくは俺のモンスターの攻撃によって発動するトラップ…ならばこのターンでその張り巡らされた罠を掻い潜ることができるカードを引き当てなければならない。

俺はチラッと、背後で俺の事を心配そうな顔で見ているウェムコを見る。

ウェムコは俺の視線に気づいたらしく、コクリと小さく頷く。

賭けるしかない…このドローに…!

 

「……ドロー!!」

 

 

 

……―!

 

 

 

「何かいいカードでも引いたのかしら? 随分表情が柔らかくなったけど」

 

「ああ…。今の俺にとってはまさに最高のカードを引いたぜ!」

 

「…チッ(ここに来て何を引いたっていうのよ)」

 

「俺は儀式魔法…『救世の儀式』を発動!」

 

「あのカードは…まさか…!」

 

「主様、見事引き当てましたのね!」

 

「『救世の儀式』…?」

 

聞き慣れないカードの名前に、小日向は動揺する。

 

「このカードは、必要なレベル分のモンスターをリリースすることにより、〝救世の美神″を儀式召喚することができる儀式魔法だ。必要なレベル分は7…俺は墓地に存在する2体の儀式魔人、『プレサイダー』と『リリーサー』をゲームから除外する!」

 

墓地に存在する『儀式魔人』は、ゲームから除外することで儀式召喚に必要なレベル分に加えることができるカードだ。墓地にいる『プレサイダー』はレベル4、『リリーサー』はレベル3…合計レベルは7!

 

「墓地のモンスターを使って儀式召喚ですって!?」

 

「これで条件はクリアした!『プレサイダー』と、『リリーサー』よ、〝救世の美神″にへとその身を捧げよ!!」

 

フィールドに祭壇が出現し、墓地に存在する『プレサイダー』と『リリーサー』の魂が、その祭壇にへと捧げられる。

 

 

 

 

 

―全ての慈悲を抱きし天壌の救世神(メサイア )よ―

 

―煌めく雄姿は新たなる秩序となりて…―

 

―救済の名の下に、我が元へ降臨せよ!!―

 

 

 

 

 

「儀式召喚!! 舞い降りろ…『救世の美神ノースウェムコ』!!」

 

二体の儀式魔人の魂は、祭壇中央に安置されている魔装具にへと吸収され、その魔装具に実体が宿る。

光の粒子が身体を構成し、やがてそれは、金色の髪に群青色の魔装具を纏った救世神、『ノースウェムコ』へと姿を変える。

 

【救世の美神ノースウェムコ】☆7 光 魔法使い族 ATK/2700 DEF/1200 儀式

 

「あれがウェムコが宿りし精霊のカード…」

 

「主様ならきっと、その力を使いこなして下さいますわ♪」

 

「こ、攻撃力2700ですって!? (でもいくら攻撃力が高くたって…私のリバースカードがあれば…!)」

 

「儀式召喚に成功した、『ノースウェムコ』の効果発動!」

 

「えっ…!?」

 

「『ノースウェムコ』は儀式召喚したとき、儀式召喚に使用した生け贄の数だけフィールドに表側で存在するカードを選択する。そのカードがフィールドに存在する限り、『ノースウェムコ』はカード効果によっては破壊されない!」

 

「なんっ…!? なんですってぇ!?」

 

「俺は自分の『女神の加護』と、お前の『レプティレス・ヴァースキ』を選択する! ≪インビジブル・サンクチュアリ≫!」

 

『ノースウェムコ』の周囲を風と光の膜が覆い、まるで外からの攻撃を寄せつけんとばかりに輝く。

 

(やっかいな効果ね…これじゃ『ミラーフォース』が使えないじゃない。まぁいいわ…『ミラーフォース』が使えなくても、まだ『次元幽閉』も『魔法の筒』があるもの。アンタが攻撃してきたら…それでドカンよ)

 

「…バトルフェイズ」

 

(きたっ…!)

 

「…の前に、墓地の『救世の儀式』の効果発動!」

 

「…え?」

 

「墓地のこのカードを除外することにより、このターン、俺の儀式モンスターは相手の魔法・トラップ・モンスター効果の対象にはならない!」

 

「う…嘘…!?」

 

『ノースウェムコ』の周囲を更なる光の障壁が覆い、外敵の攻撃を寄せつけんとばかりに輝く。

 

「その反応…やはりそのリバースカードは『ノースウェムコ』を破壊する、もしくはなんらかの方法で対象にとるトラップカードだったみたいだな」

 

「…っ!」

 

この小日向の表情を見る限り、どうやら図星だったようだ。

 

「これで最後の仕上げだ! 更に手札から魔法カード、『ダブルアタック』を発動! このカードは、手札からモンスター1体を捨て、捨てたモンスターよりもレベルの低いモンスターはこのターン、2回の攻撃を行うことができる。俺は手札からレベル8の『破滅の女神ルイン』を捨てる!」

 

『ルイン』の影が『ノースウェムコ』に重なり合う。

 

「これで〝救世の美神″は〝破滅の女神″の力を得た。いけ、『ノースウェムコ』!! 蛇頭の化け物に攻撃だ!」

 

『ノースウェムコ』は上に跳び、上空から『レプティレス・ラミア』に手に持つロッドの切先を向ける。

 

「この光が魂を救済へと導く! 赫奕たる一撃…≪グレイス・エクセル・セイヴァー≫!!」

 

ロッドの先より放たれた閃光は、『ラミア』の邪悪な身体を浄化していくかのように包み込む。閃光が消えると、『ラミア』は跡かたもなく消滅していた。

 

「くっ…私の『ラミア』ちゃんが…!」

星華:LP3000→2400

 

「次はその四本腕の番だ!」

 

(でも大丈夫…このバトルフェイズで『ヴァースキ』もやられたとしてもまだ私のライフは残る…フフッ♪ 詰めが甘かったわね♪ アンタのターン終了とともに『救世の儀式』の効果は切れ、オマケにアンタのフィールドのカードは『ノースウェムコ』と『女神の加護』のみで手札も無し…次のターンで態勢を立て直せば…!)

 

「この瞬間、儀式召喚の素材となった『儀式魔人プレサイダー』の効果が発動する!」

 

「…えっ?」

 

「このカードを儀式召喚のリリース素材とした儀式モンスターが相手モンスターを戦闘によって破壊したとき、俺はデッキからカードを1枚ドローする。ドロー!」

 

(ふ、ふん…今更どんなカードを引いたって)

 

「……小日向、悪いな」

 

「な…なによ?」

 

「このデュエル…俺の勝ちだ!」

 

「…はぁ!?」

 

「俺が勝ち進み、アリアと決勝でデュエルする! いくぞ『ノースウェムコ』! 『ダブルアタック』の効果で二度目の攻撃!」

 

『ノースウェムコ』が再びロッドを構え、『ヴァースキ』目掛けて突っ込む!

それに対して『ヴァースキ』も迎撃行動に移る。

 

「な、何をするのかは知らないけど…『ヴァースキ』がやられても私のライフはたった100削られるだけ、次のターンになれば…!」

 

『ヴァースキ』が迫る『ノースウェムコ』に向けて≪マハーカーラ・シヴァ≫を放つ!

 

「言った筈だぞ小日向、俺の勝ちだと! 俺は手札から『オネスト』の効果を発動!」

 

「なんっ…!?」

 

「『オネスト』は光属性モンスターが相手と戦闘を行う場合、そのダメージ計算時に戦闘を行う相手モンスターの攻撃力を対象にした光属性モンスター1体の攻撃力に加える!」

 

「ってことは…!」

 

「そう、戦闘を行う『救世の美神ノースウェムコ』攻撃力2700に、お前の『レプティレスヴァースキ』の攻撃力2600を加える!!」

 

救世の美神ノースウェムコ:ATK/2700→5300

 

「こ…攻撃力が5300ですってぇ!? そ…そんな…! この土壇場で、そんなキラーカードを引き当てたっていうの!?」

 

「行け、『ノースウェムコ』!! 天壌の輝き! ≪グレイス・オネスティ・セイヴァー≫!!」

 

『ノースウェムコ』の背中から一対の光の翼が生え、その翼は『ノースウェムコ』を包み込み、『ヴァースキ』の攻撃から自身を守る。そして光を増し、放たれた攻撃は『レプティレス・ヴァースキ』を包み込み、光に溶かされながら『ヴァースキ』は消滅する。閃光の余波は凄まじく、星華にも襲い、ライフポイントを奪い去る。

 

「きゃああああああああああ!!」

 

 

 

星華:LP2400→0

 

 

 

………

……

 

「ふぅ…なんとか勝てたか」

 

デュエルが終了すると、デュエルテーブルのソリッドビジョンが消え、デュエルを見ていた本物のウェムコとルインが寄って来る。

 

「やはり主様は凄いですわ♪ わたくしのカードを、あそこまで完璧に使いこなすなんて」

 

「あぁ、流石は主だ」

 

「そ、そうでもないよ。今回勝てたのは完全に運だったし…そもそも、あそこで『オネスト』引くなんて完全に予想してなかったし」

 

「運も実力のうちだ。この調子で決勝を目指せよ!」

 

「ん、ありがとうな」

 

ルインたちとそんなことを話していると、小日向がテーブルから立ちあがり、俺の方に無言で歩み寄って来た。

 

「…」

 

「な…なんだよ…?」

 

「…今回は私の負けにしといてあげる。だから…アリアとのデュエル、期待してるわよ」

 

そう言って小日向は、ギャラリーの中に紛れていった。

 

「なんだったんだ? あいつ…」

 

「きっとあの人なりに主様のデュエルに敬意を表したんですよ」

 

「全く…あいつらしくもないな。さて、アリアは今頃どうしてるかな?」

 

俺も席を立ち、別ブロックでデュエルしているアリアの様子を見に行った。

 

………

……

 

「僕のターン! この瞬間、『黒蛇病』の効果3ターン目! 君に800ポイントのダメージを与える」

 

「くっ…」

アリア:LP1400→600

 

「このダメージは互いのプレイヤーが受けるが…僕には全てのカード効果のダメージをゼロにしてくれるこの『デス・ウォンバット』がいる。よって、ダメージは君にのみ与えられる」

 

【デス・ウォンバット】☆3 地 獣族 ATK/1600 DEF/300

 

「そして僕はトラップカード、『トラップ・スタン』を発動! このターン、全てのトラップカードの効果を無効にする。そして『デス・ウォンバット』をリリースし、『ホルスの黒炎竜Lv6』をアドバンス召喚!」

 

【ホルスの黒炎竜Lv6】☆6 炎 ドラゴン族 ATK/2300 DEF/1600

 

「レベル4以上のモンスターのため、本来なら僕の発動した永続トラップカード、『グラヴィティ・バインド―超重力の網―』の効果で攻撃できないが…『トラップ・スタン』の効果でこのターン、全てのトラップカードの効果は無効となる。よって、『ホルスの黒炎竜』は『グラヴィティ・バインド』の効果に束縛されずに攻撃できる! 行け、『ホルスの黒炎竜Lv6』! ≪ブラック・フレイム≫!!」

 

『ホルスの黒炎竜』が放った黒き炎がアリアの守備モンスターを焼き尽くす。

 

「…守備モンスターは『甲虫装機 ホーネット』、破壊されます」

 

「ならばリバースカードを2枚セット。そしてエンドフェイズ、『トラップ・スタン』の効果が切れ、『グラヴィティ・バインド』の効果が復活する。更に相手モンスターを戦闘破壊した『ホルスの黒炎竜Lv6』は、『Lv8』へと進化する!」

 

【ホルスの黒炎竜Lv8】☆8 炎 ドラゴン族 ATK/3000 DEF/1800

 

「この『ホルスの黒炎竜Lv8』は発動した魔法カードをプレイヤーの任意で打ち消すことができる。これで君はもう魔法カードを使用することはできない!」

 

「…」

 

「ふっふっふっ…さぁこの鉄壁を攻略する手段はあるかな? 次のターンが来れば何もしなくても『黒蛇病』の効果でダメージを与えて僕の勝ちさ…ターンエンドだ」

 

△――――

□□■■―

LP4000 手札2枚

モンスター:『ホルスの黒炎竜Lv8』

魔法・トラップ:『黒蛇病』『グラヴィティ・バインド―超重力の網―』、セット2枚

 

「やってるやってる」

 

「なんだ…? アリアの奴、負けているのではないか?」

 

確かに…フィールドの状況をよく見てみる。

 

―――――

■――――

アリア:LP600 手札0枚

魔法・トラップ:セット

 

相手のフィールドには、魔法カードの効果をプレイヤーの任意で打ち消すことができる『ホルスの黒炎竜Lv8』…そしてレベル4以上のモンスターの攻撃を封じる『グラヴィティ・バインド―超重力の網―』に、毎ターンダメージを与える『黒蛇病』…どうやらロックバーンデッキのようだ。

一方のアリアは、残りライフはたった600、フィールドには1枚のリバースカードのみ、手札も無い…圧倒的に不利な状況だった。

さらに、相手のあの伏せられた2枚のリバースカード…あれはおそらく、モンスターの攻撃によって発動するトラップカード…『魔法の筒』のようなダメージを与える系か、それとも『攻撃の無力化』のような攻撃を封じる系か…。

 

「ここからどう巻き返す…アリア」

 

「私のターン…ドロー! よし…私はリバースカード、『リミット・リバース』を発動! 墓地から攻撃力1000以下のモンスターを特殊召喚できる。私は『甲虫装機 ダンセル』を特殊召喚!」

 

【甲虫装機 ダンセル】☆3 闇 昆虫族 ATK/1000 DEF/1800

 

「さらに私は手札から『甲虫装機 ギガマンティス』を『ダンセル』に装備! この効果で装備したモンスターの攻撃力の元々の数値は2400になる!」

 

『ダンセル』の両手に『ギガマンティス』の鎌が握られる。

 

甲虫装機ダンセル:ATK/1000→2400

 

「そして『ダンセル』の効果を発動! 墓地の『甲虫装機』1体を自身に装備できる。私は『甲虫装機ホーネット』を選択! ≪ゼクト・イークイップ≫!!」

 

右手の鎌が消え、代わりに『ダンセル』の右手に『ホーネット』のパイルバンカーが装備される。

 

「そして『ホーネット』が装備された時、装備モンスターの攻撃力・守備力・レベルは『ホーネット』の分だけアップする」

 

甲虫装機ダンセル:ATK/2400→2900 DEF/1800→2000 ☆3→6

 

 

 

「惜しい! あと少しで『ホルスの黒炎竜』に攻撃力が届くというのに…」

 

「いや、攻撃力と共にレベルも上昇するから『グラヴィティ・バインド』のロックを抜けることはできない。どうもアリアの狙いは、攻撃力をアップさせることじゃないな…」

 

 

 

「そして私は『ホーネット』の効果を発動! このカードの装備を解除することにより、フィールドのカード1枚を破壊します!」

 

「破壊するのは『黒蛇病』かい? それとも『ホルスの黒炎竜』か…はたまた『グラヴィティ・バインド』を破壊して攻撃を仕掛けるつもりかい?」

 

「どれでもありませんよ。私は…『ダンセル』に装備されている『甲虫装機ギガマンティス』を破壊!」

 

「なにっ!?」

 

『ダンセル』に装備されている鎌とパイルバンカーが消滅し、攻守・レベルが元の数値に戻る。

 

甲虫装機ダンセル:ATK/2900→1000 DEF/2000→1800 ☆6→3

 

 

 

「自分のカードを破壊するだと!?」

 

「何故…? あの状況なら、相手のロックパーツを確実に一枚は破壊できましたのに…」

 

「いや…これは…!」

 

 

 

「この瞬間『ダンセル』の効果発動! このカードに装備されていた装備カードが取り外された時、デッキから『甲虫装機』と名の付いたモンスターを特殊召喚できる! 来て、2体の『甲虫装機 センチピード』!」

 

【甲虫装機 センチピード】☆3 闇 昆虫族 ATK/1600 DEF/1200 ×2

 

「そして破壊された『ギガマンティス』の効果発動! 『甲虫装機』に装備されていたこのカードが破壊された時、墓地の『甲虫装機』1体を特殊召喚できる! 『甲虫装機ホッパー』を復活!」

 

【甲虫装機 ホッパー】☆4 闇 昆虫族 ATK/1700 DEF/1400

 

 

 

「デッキから2体、墓地からも1体『甲虫装機』を特殊召喚だと!? たしか主と戦った時には、デッキからは1体しか出てこなかったのに…」

 

「注目すべき点は『ダンセル』に装備されていた装備カードの枚数だな。『ダンセル』の特殊召喚効果は装備カード1枚につき1体…つまり、2枚装備されていれば2体の『甲虫装機』をデッキから特殊召喚できるってわけだな」

 

「あの不利な状況から…一気にモンスターが4体も…!」

 

こんな見事なコンボを披露するなんて…今戦ってるのは、本当に俺の知ってる加護アリアなのか…?

 

 

 

「や、やるねぇ…だが数ばかり揃えたところでこの布陣は破れないよ!」

 

「私の『甲虫装機』はチームプレーを得意とするモンスター群なんです。仲間がいる限り、『甲虫装機』たちの可能性は無限大です! 『センチピード』の効果を発動! 装備対象は『甲虫装機 ホーネット』。≪ゼクト・イークイップ≫!! そして装備を取り外し、そのリバースカードを破壊!≪ポイズン・バンカー≫!!」

 

『ホーネット』のパイルバンカーがセンチピードに装備され、そのまま針を発射し、リバースカードを破壊する。

 

「うっ…『魔法の筒』が…!」

 

「よし! そして『センチピード』の効果発動! 自身に装備された装備カードが外されたとき、デッキの『甲虫装機』1体を手札に加えられます。私は『甲虫装機グルフ』をデッキから手札に加え、さらに『ホッパー』の効果発動! もう一度『ホーネット』を装備し、あなたの2枚目のリバースカードを破壊します! ≪ポイズン・バンカー≫!」

 

今度は『ホッパー』に装備された『ホーネット』の針が2枚目のリバースカードを貫く。

 

「くっ…『光の護封壁』まで…!」

 

「そしてもう1体の『センチピード』の効果を発動!」

 

(あれ…? なんか僕…死亡フラグ立ってね…?)

 

「先ほど手札に加えた『グルフ』を『センチピード』に装備! そして『グルフ』の効果を発動! 装備を解除することにより、私のフィールドのモンスター1体のレベルを2つまで上げることができます。私は『ダンセル』のレベルを3から5に!」

 

甲虫装機ダンセル:☆3→5

 

「装備が外されたことにより、『センチピード』の効果が発動! デッキから『甲虫装機ウィーグ』を手札に加えます」

 

「ふ…ふぅ。どうなることかと思ったけど、これで君のモンスターの効果はみんな使い終わったね」

 

「…? 何言ってるんですか?」

 

「へ…?」

 

「私にはまだ通常召喚が残ってるんですよ。『甲虫装機 ウィーグ』を召喚!」

 

【甲虫装機 ウィーグ】☆4 闇 昆虫族 ATK/1000 DEF/1000

 

「なんと!?」

 

「『ウィーグ』の効果発動! 墓地から『グルフ』を装備し、装備を解除して『ウィーグ』のレベルを1つ上げる!」

 

甲虫装機ウィーグ:☆4→5

 

「これでレベル5のモンスターが2体…私はレベル5になった『甲虫装機ダンセル』と『甲虫装機ウィーグ』をオーバーレイ! 2体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築!」

 

 

 

 

 

  ―進化の装甲をその身に纏いて―

 

  ―熱く蘇れ、誇りのエナジー!―

 

―強くあるために…目覚めろ! その魂!!―

 

 

 

 

 

「エクシーズ召喚! 進化せよ、『甲虫装機 エクサスタッグ』!!」

 

【甲虫装機 エクサスタッグ】★5 闇 昆虫族 ATK/800 DEF/800

 

背中の翼を開き、フィールドに降り立ったのは強固な鎧を纏った巨大なクワガタのモンスターだ。

『エクサスタッグ』は両手に持つ巨大なハサミを構え、『ホルスの黒炎竜』の前に対峙する。

 

「モンスターエクシーズか…だが攻撃力はたった800! それじゃあ攻撃力3000の『ホルスの黒炎竜Lv8』を倒すことはできない!」

 

「それはどうでしょう? 『エクサスタッグ』の効果発動! オーバーレイユニットを1つ取り除き、相手のフィールド、または墓地のモンスター1体をこのカードに装備する!」

 

「なにっ…!? 装備だと!?」

 

「装備対象は『ホルスの黒炎竜Lv8』! 増力捕縛、≪エヴォリューション・キャプチャー≫!!」

 

『エクサスタッグ』の周りをまわっている二つの星のうち一つが消えると、『エクサスタッグ』が両手を『ホルスの黒炎竜』に向ける。腕に装着されているハサミが射出され、『ホルスの黒炎竜』を捕獲する。暴れる『ホルスの黒炎竜』を『エクサスタッグ』は己の方に手繰り寄せると、『ホルスの黒炎竜』は光となって『エクサスタッグ』の身体に吸収される。

 

「そしてこの効果で装備したモンスターの半分の攻撃力分、『エクサスタッグ』の攻撃力はアップする」

 

甲虫装機エクサスタッグ:ATK/800→2300

 

「バトルです! まずは2体の『センチピード』でダイレクトアタック!! ≪ダブル・センチュリオン・カッター≫!!」

 

2体の『センチピード』がカッターを投げつけ、その攻撃によって相手のライフは削れる。

 

「うっ…『センチピード』のレベルは3…『グラヴィティ・バインド』で止めることができない…!」

LP4000→800

 

「そして『エクサスタッグ』も〝レベル″ではなく〝ランク″を持つモンスターエクシーズ、『グラヴィティ・バインド』の効果では止められません! これでトドメです!『エクサスタッグ』でダイレクトアタック! 甲魔性刃、≪ガイスト・シザース≫!!」

 

「うわぁぁぁぁ!!」

 

LP800→0

 

「ふぅ…」

 

「やったなアリア」

 

「ふぇ!? も、もしかして見てたの!?」

 

「あぁ、お前のターンが来たあたりからずっと後ろで見てたぜ」

 

「そ、そうだったんだ…なんだか恥ずかしいな…」

 

俺が話しかけると、アリアはいつもの調子に戻った。

俺がすぐ後ろにいることにも気づかないでデュエルしてたなんて…よっぽど集中してたんだな。

しかも前に俺とデュエルしていたときとは全く目の色が違った…これは決勝が楽しみになってきたな。

 

「やれやれ…負けちゃったか」

 

「あ、あの! ありがとうございました!」

 

「完敗だよ、まさかあの状況から逆転されるなんてね…その調子で次も頑張りなよ」

 

「はい!」

 

…そうだ、強くなってるのは俺だけじゃないんだ。

俺も負けてられない…アリア、お前とのデュエル楽しみにしてるぞ!

 

 

 

 

 

~今日の最強カード~

 

主「今日の最強カードは?」

 

 

 

 

 

【救世の美神ノースウェム】

☆7 ATK/2700 DEF/1200 光 魔法使い族 儀式

「救世の儀式」により降臨。このカードが儀式召喚に成功した時、このカードの儀式召喚に使用したモンスターの数まで、このカード以外のフィールド上に表側表示で存在するカードを選択して発動する。選択したカードがフィールド上に表側表示で存在する限り、このカードはカードの効果では破壊されない。

 

 

 

 

 

ウェムコ「上級の儀式モンスターですわ。儀式モンスターはカードアドバンテージを大量に消費し、召喚するため、カード効果による破壊が最大の弱点とされています。ですが、このカードはその破壊による耐性を持ってますので、デュエルの第一線で活躍することが期待されます♪」

 

主「7という中途半端なレベルなため、儀式モンスターの万能儀式魔法、『高等儀式術』が活用しにくいと思う人もいるかもしれないが、そんなときこそ儀式魔人の出番だ。よく使われるのがレベル3の『儀式魔人リリーサー』とレベル4の『儀式魔人プレサイダー』だ。こいつらが手札・フィールド・墓地のいずれかにいれば、儀式のリリースを軽減し、『ノースウェムコ』を召喚できるぞ」

 

ウェムコ「レベル7という点を活かすうえでは、『儀式の準備』でのサーチも可能です。儀式モンスターはサーチ手段が豊富なので、序盤から召喚することができますわ」

 

主「『ノースウェムコ』の破壊されにくいという効果を活かしたデッキを作る場合、なんといっても他の儀式モンスターとの共存が望ましい。特に同じ魔法使い族レベル7儀式モンスターの『伝説の爆炎使い(フレイム・ロード)』は、魔力カウンターを3つ取り除くことでこのカード以外のフィールド上のモンスターを全て破壊することができる効果を持つ。『ノースウェムコ』召喚時にこのカードを指定しておけば、『ノースウェムコ』は破壊されることはない。また、同じ魔力カウンターを扱うフィールド魔法、『魔法都市エンディミオン』も破壊されにくいうえに他のモンスターに魔力カウンターを分け与えれる効果も持っているから、『ノースウェムコ』と『爆炎使い』、その両方ともに相性がいいぞ」

 

ウェムコ「他にも相性のいい魔法・トラップは『魔法族の里』や『王宮のお触れ』があり、これらに合わせて相手の特殊召喚を封じる『儀式魔人リリーサー』を用いて儀式召喚すれば、相手は魔法・トラップの発動、モンスターの特殊召喚が行えない強固なロックの完成です♪」

 

主「とまぁ、ここまでいろいろこのカードの使い方についていろいろ考察してきたけど、他にも様々な使い方がある。特に儀式モンスターはコンボ性の高いモンスターばかりだから、実際に使っていくうえで自分なりのコンボを考え出すのもいいぞ」

 

「「それではまた次回!」」




前半ではウェムコ初登場&星華さんとの決着を書きました。
出た!遊戯王お得意の「発動していた!」コンボだ!w
ウェムコさんはなんだかんだで他の儀式モンスターと違って破壊耐性を持ってるから儀式モンスターの中でも場持ちするからなかなか優秀だと思います。

後半ではアリアちゃんの活躍をちょこっと。
甲虫装機相手ではロックデッキは意味をなさない…リアルでも同じですねw
エクサスタッグの召喚口上は、クワガタだけに仮面ライダークウガのOP歌詞と仮面ライダーアギトのキャッチフレーズから考えてみました。


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第14話:「繰り広げられる激闘!」

アリアと決勝で戦うため、次々に勝利していく主人公。
しかしそれはアリアもまた、同じことだった!
そして決勝戦で対峙する二人…。
果たして勝利するのはどちらか?


「やはり主様はすごいです♪」

 

「うむ、流石は主だ」

 

「それほどでもないよ」

 

一回線目の小日向に勝った後、続く2戦目、3戦目も俺は順調に連勝していった。

 

「いよいよ次は決勝戦か…」

 

アリアも勝ち上がっているだろうか…? そう思い、別ブロックでのデュエルも見に行こうとしたときだ。

 

「うわぁ~! ま、負けた…」

LP0

 

どうやらこちらのブロックも、たった今デュエルが終わったようだ。

さて、勝者は…?

 

「ようアリア、どうだった?」

 

「あ、なんかね…勝っちゃった」

 

というわけで、俺の決勝戦の相手が決定したわけだ。

 

………

……

 

「よし、これでAブロックBブロックともに勝者が決まったわけだな。ではこれより決勝戦を開始する!」

 

テーブルにつく俺とアリア。その間に阿部っち店長が立ち、ジャッジを務める。

 

「こういうちゃんとした大会でアリアとデュエルするのは、初めてだな」

 

「う、うん。そうだね。デパートのあれは、公式な大会じゃなかったし」

 

俺がアリアのデッキを、そして、アリアが俺のデッキをカットする。

 

「お互いにいいデュエルにしよう」

 

「うん! 頑張る!」

 

カットし終えたデッキを、互いのテーブルに戻す。

 

「準備はいいか? では…デュエル開始!」

 

 

 

「「デュエル!!」」

 

 

 

 

 

―――――第14話:「繰り広げられる激闘!」―――――

 

 

 

 

 

「先攻は俺がもらう、ドロー!」

 

このデュエル…さっきのアリアのデュエルを見る限り本気のデュエルになりそうだ。

少しでも気を抜いたら…負ける!

 

「俺は『マンジュ・ゴッド』を召喚!」

 

【マンジュ・ゴッド】☆4 光 天使族 ATK/1400 DEF/1000

 

「『マンジュ・ゴッド』が召喚に成功した時、デッキから儀式モンスター、もしくは儀式魔法1枚を手札に加える。俺は儀式魔法、『救世の儀式』を手札に加える。そしてリバースカードを1枚セットして、ターンエンドだ」

 

△――――

■――――

手札5枚 LP4000

モンスター:『マンジュ・ゴッド』

魔法・トラップ:セット

 

「まずは汎用な一手ってわけね。なら私のターン、ドロー!」

 

アリアの『甲虫装機』は確かに強力なモンスター群だ。

モンスター同士のコンビネーションには、一見弱点が無いようにも見える。

しかし…そこには確かに弱点もちゃんと存在するんだ。

 

「私は『甲虫装機 ダンセル』を召喚!」

 

【甲虫装機 ダンセル】☆3 闇 昆虫族 ATK/1000 DEF/1800

 

「初っ端から『ダンセル』か…!」

 

『ダンセル』…あのモンスターは、自身に装備されていた装備カードが墓地に送られた時、デッキから他の『甲虫装機』を特殊召喚することができる甲虫装機デッキの展開の要…。

つまりは、こいつだけはなにがあっても効果の発動を止めなければならない…!

 

「『ダンセル』の効果発動! 私は手札から『甲虫装機ホーネット』を装備! ≪ゼクト・イークイーップ≫!!」

 

ダンセル:ATK/1000→1500 DEF/1800→2000 ☆3→6

 

『ダンセル』の右手にパイルバンカーが装着され、攻守レベルがアップする。

だが…『甲虫装機』の真骨頂はここからだ。

 

「『ホーネット』の効果発動! 装備状態のこのカードを墓地に送り…―」

 

今だ!

 

「この瞬間トラップカード発動!」

 

アリア「…っ!?」

 

「『サンダー・ブレイク』! 手札を1枚捨てることにより、フィールドのカード1枚を破壊する!」

 

手札を捨てると、突如雷が『ダンセル』に降り注ぎ、『ホーネット』を装備した状態のまま、『ダンセル』は破壊された。

 

 

 

「なるほど、仲間との連携によって戦術を形成する『甲虫装機』の弱点を突いたわけだな」

 

「弱点…?」

 

「阿部さん、あの強力なコンボを繰りだす『甲虫装機』にも弱点があるとお考えですか?」

 

「『甲虫装機』は総じて自身に他のカードを装備させることにより、効果を発動することができる。しかし、装備状態のまま他のカードによって阻まれた場合、もちろん効果を起動することはできない。それだけじゃなく、装備カードによってアドバンテージも取られるからな」

 

「そういえばこれでアリアさんは手札は4枚になりましたが、弟君は手札とフィールド合わせて5枚のカードがありますわ」

 

「それが〝アドバンテージを取る″ってことさ。使えるカードが多い分、戦術が広がるからデュエルが有利になるのは当然だからな」

 

「いいぞ弟! そのまま必殺パワー炸裂だ!」

 

「『サンダー・ブレイク』…だけにですかw」

 

 

 

「さすがにそう簡単にはさせてくれないか…なら、リバースカードを2枚セットして、ターンエンドよ」

 

―――――

■■―――

アリア:手札2枚 LP4000

魔法・トラップ:セット2枚

 

「俺のターン、ドロー」

 

今、アリアのフィールドにはモンスターがいない…攻めるなら今のうちか!

 

「俺は『儀式魔人プレサイダー』を召喚!」

 

【儀式魔人プレサイダー】☆4 闇 悪魔族 ATK/1800 DEF/1400

 

「バトルだ! まずは『マンジュ・ゴッド』でダイレクトアタック!」

 

『マンジュ・ゴッド』の幾本もの腕がアリアを殴りつける。

 

「くっ…!」

LP4000→2600

 

「続けて『プレサイダー』でダイレクトアタックだ!」

 

「この攻撃が通れば、早々に弟が有利に立てるぞ!」

 

『プレサイダー』が剣を構えてアリアに迫る!

 

「一度目は通したけど…二度目はないよ! トラップカード、『ライヤー・ワイヤー』発動!」

 

「なにっ!?」

 

突如、『プレサイダー』の動きが止まる。見ると、全身に蜘蛛の糸が貼り付き、動きを封じている。

 

「『ライヤー・ワイヤー』は墓地に存在する昆虫族モンスター1体をゲームから除外し、相手フィールドのモンスター1体を破壊する!」

 

蜘蛛の糸に捕われていた『プレサイダー』は糸に締め付けられ、消滅した。

 

「…仕方ない、カードを1枚セットして、ターンエンドだ」

 

△――――

■――――

手札3枚 LP4000

モンスター:『マンジュ・ゴッド』

魔法・トラップ:セット1枚

 

「私のターン、ドロー! よし…私はトラップカード、『闇次元の解放』を発動! このカードは、ゲームから除外されている自分の闇属性モンスター1体を特殊召喚する!」

 

「なにっ!? ゲームから除外されたモンスターだと!?」

 

 

 

「ということは…!」

 

「さっき『ライヤー・ワイヤー』の効果で除外した『ダンセル』がフィールドに戻って来るってわけだな」

 

「そんな…これではまるで、先ほど弟君の発動した『サンダー・ブレイク』が読まれていたみたいな…」

 

 

 

「くっ…」

 

「せっかく『ダンセル』を破壊したのに、残念だったね。でも『ダンセル』の効果を使わせず、破壊することは読んでたよ」

 

「だから『ライヤー・ワイヤー』と『闇次元の解放』のコンボってわけか…うまいな」

 

「褒めてもらえるなんて嬉しいな♪ そいじゃあらためてゲームから除外されている『甲虫装機ダンセル』を特殊召喚!」

 

アリアのフィールドの次元が裂け、その中から『ダンセル』が出現する。

 

「そして私の墓地にはまだ『ホーネット』がいる。いくよ『ダンセル』! ≪ゼクト・イークイップ≫!」

 

『ダンセル』が右腕を掲げると、そこにはまたも『ホーネット』のパイルバンカーが…―

 

「悪いなアリア、俺もそれは読んでるんだ」

 

「え…?」

 

「お前が俺の手を読むなら、俺もまたお前の手を読む! トラップカード発動! 『転生の予言』!」

 

「このタイミングで…トラップ!?」

 

「『転生の予言』は、俺かお前の墓地に存在するカード2枚を選択し、デッキに戻すカードだ!」

 

「デッキに…? しまった…!」

 

「そうだ、俺が戻すのはお前の墓地の『甲虫装機ホーネット』! あとはついでに俺の墓地の『サンダー・ブレイク』を戻すぜ」

 

 

 

「既にアリアちゃんは『ホーネット』を装備するという宣言をした…つまり、このターン他の『甲虫装機』を『ダンセル』に装備させることは不可能…」

 

「すごいですわ主様! 相手の裏をかくなんて!」

 

「それだけではない、これでアリアの墓地には装備可能な『甲虫装機』がいなくなった。これからは実質、手札の『甲虫装機』を装備しなければならない。つまり…」

 

「阿部さんの言う通り、アリアさんの方に手札アドバンテージの不がある、ですね♪」

 

 

 

「むむむむ…」

 

「どうだアリア? これでお前の墓地にやっかいな蜂野郎はいなくなったぞ」

 

「流石だね…でも私の『甲虫装機』を甘く見ないでほしいな。私の『甲虫装機』は、なにも仲間を装備することが主戦術じゃないんだから! 手札から装備魔法、『甲虫装機の魔斧ゼクトホーク』を『ダンセル』に装備!」

 

『ダンセル』の手に1本の大きな斧が握られる。

 

「このカードを装備した『甲虫装機』の攻撃力は1000ポイントアップする!」

 

甲虫装機ダンセル:ATK/1000→2000

 

「攻撃力が『マンジュ・ゴッド』を越えた…!」

 

「いけぇ『ダンセル』! 『マンジュ・ゴッド』に攻撃! ≪ダンライ・スマッシュ≫!!」

 

『ダンセル』の剣撃により『マンジュ・ゴッド』は切り裂かれ、消滅した。

 

「くっ…やるな」

LP4000→3400

 

「私だって簡単に負けるわけにはいかないからね。ターンエンド!」

 

△――――

□□―――

アリア:手札2枚 LP2600

モンスター:『甲虫装機ダンセル』

魔法・罠:『闇次元の解放』『甲虫装機の魔斧ゼクトホーク』

 

 

 

「アリアも本気だな…」

 

「あの方…よほど主様とデュエルすることを楽しみにしていたと見えます。故に手加減は一切しないでしょう」

 

「だがそれは主とて同じことだ。ということは…主もそろそろ動くな」

 

 

 

「俺のターン!」

 

いいだろうアリア…お前が本気で俺とデュエルしたいっていうなら、ここからが本当の勝負だ!

 

「俺は魔法カード、『儀式の準備』を発動! このカードはデッキから、レベル7以下の儀式モンスター1体を手札に加える。俺はレベル7の『救世の美神ノースウェムコ』を選択。そしてその後、墓地の儀式魔法1枚を手札に戻すことができる」

 

「儀式魔法を…? そんなのいつの間に…」

 

「わからないか? 『サンダー・ブレイク』の時さ」

 

「…あ! もしかしてあの時捨てたコストは『マンジュ・ゴッド』の効果でサーチした…!」

 

「その通り、俺は墓地から『救世の儀式』を手札に加える」

 

 

 

「なるほど、始めから『儀式の準備』を発動することを前提として儀式魔法をコストにしていたのか…うまいな」

 

「これも〝アドバンテージを取る戦術″というやつか?」

 

「そうだな、『儀式の準備』の効果で儀式モンスターと儀式魔法の2枚のカードを手札に加えたから+1のアドバンテージを得たな」

 

「儀式召喚はアドバンテージを消費する戦術ですのに…弟君は極力それを消費せずに戦っている…!」

 

「このデュエル、最後までわからないな…」

 

 

 

「俺は『終末の騎士』を召喚!」

 

【終末の騎士】☆4 闇 戦士族 ATK/1400 DEF/1200

 

「『終末の騎士』が召喚に成功した時、デッキから闇属性モンスター1体を墓地に送る! 俺は『儀式魔人プレコグスター』を墓地に送る」

 

よし、これで墓地には『儀式魔人』が2体!

 

「そして儀式魔法、『救世の儀式』を発動! 合計レベルが7になるようモンスターをリリースし、〝救世の美神″を儀式召喚する! さらに、墓地に存在する『儀式魔人プレサイダー』と『儀式魔人プレコグスター』の効果発動! 墓地のこのカードをゲームから除外することにより、儀式召喚の生け贄分のレベルとして使用できる!」

 

「『プレサイダー』のレベルは4…ってことはもう一つの『儀式魔人』のレベルは…!」

 

「その通り…レベル3だ! 2体の『儀式魔人』よ、〝救世の美神″にその身を捧げよ!」

 

 

 

 

 

―全ての慈悲を抱きし天壌の救世神(メサイア )よ―

 

―煌めく雄姿は新たなる秩序となりて…―

 

―救済の名の下に、我が元へ降臨せよ!!―

 

 

 

 

 

「儀式召喚! 舞い降りろ…『救世の美神ノースウェムコ』!!」

 

【救世の美神ノースウェムコ】☆7 光 魔法使い族 ATK/2700 DEF/1200 儀式

 

「これが…救世の美神…!」

 

「『ノースウェムコ』が召喚に成功した時、リリースに使用したモンスターの数だけフィールドの表側カードを指定する。そのカードが存在している限り、『ノースウェムコ』はカード効果によっては破壊されない! 俺は『終末の騎士』と『闇次元の解放』を選択する。≪インビジブル・サンクチュアリ≫!!」

 

『ノースウェムコ』の周囲を光のバリアが覆う。

 

「てことは『ホーネット』とかじゃ破壊できないんだ…」

 

「バトルだ! 『ノースウェムコ』で『ダンセル』を攻撃!」

 

『ノースウェムコ』は上へ飛び、上空からロッドの切先を『ダンセル』に向け、攻撃を放つ!

 

「この光が魂を救済へと導く! 赫奕たる一撃…≪グレイス・エクセル・セイヴァー≫!!」

 

放たれた攻撃によって『ダンセル』が閃光に包まれる。そして装備していた『ゼクトホーク』もろとも、『ダンセル』は消滅する。

 

「くっ…やってくれるね…!」

LP2600→1900

 

「この瞬間、儀式召喚に使用した『プレサイダー』と『プレコグスター』の効果が発動する。儀式召喚に使用した儀式モンスターが戦闘によって相手モンスターを破壊した時、『プレサイダー』の効果で俺はデッキからカードを1枚ドローし、『プレコグスター』の効果でお前は手札一枚を選択し、墓地に捨てる」

 

「ドロー補充と手札破壊を同時に行うなんて…」

 

「ドロー。お前も手札を1枚捨てな」

 

「うん…わかった」

 

アリアは2枚ある手札のうち、1枚を選択して墓地に捨てる。

 

「よし、これでお前のフィールドにモンスターはいない。『終末の騎士』でダイレクトアタックだ!」

 

アリアに『終末の騎士』の剣撃が加えられ、ライフポイントが減少する。

 

「うああああっ…!」

LP1900→500

 

「これでリーチがかかったな」

 

「まだ…私だってまだ負けないよ!」

 

「その意気だ、俺だってまだお前がまだこんなところで負けるなんて思っちゃいない。次のターンどうするか…見せてもらうぜ。ターンエンドだ」

 

△△―――

―――――

手札3枚 LP3400

モンスター:『救世の美神ノースウェムコ』『終末の騎士』

 

 

 

「これであいつの手札は3枚に、フィールドにはモンスターが2体。対するアリアちゃんには、モンスターはなし…手札も1枚きり」

 

「先ほどの『儀式魔人』の効果で、アドバンテージの差というものがこれでさらに開いたというわけですわね」

 

「よし、この調子ならいけるぞ!」

 

「いや、どうかな。あんたらもさっき見ただろ? アリアちゃんの逆転劇」

 

「「…!」」

 

「アリアちゃんの扱うモンスター群…『甲虫装機』は本当に恐ろしいモンスターたちさ。その気になればカード1枚から状況を変えてしまう」

 

「確かに…あの時のアリアの逆転劇は見事だった…」

 

「弟君も…まだまだ油断できないというわけですわね…」

 

 

 

(圧倒的にピンチなこの状況…この状況を打破しないと、私は負けてしまう…)

 

ドクンッ…

 

心臓が高鳴る。

このドローで逆転できるカードを引く確率は、ものすごく低いのかもしれない…。

でも…それでも私は…!

 

 

 

 

 

…勝テ

 

 

 

 

 

「え…?」

 

 

 

 

 

我ノ…主君ト成リシ者ヨ……




今回は相手の手の内の読み合いやアドバンテージなど、なかなかデュエルに関する戦術的な内容が多い回となりました。
この決勝戦ですが、おそらくいつもより長くなりそうですw
おそらく3話くらいは続くかなw
なのでこの続きはすぐにでも、明日あたりに投稿させていただきます。

そして最後はなんとも意味深な終わり方ですが…果たしてその真意とは…?


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第15話:「奪われる力」

互いに手の内を読み合い、激闘を繰り広げる二人。
そんな最中、『救世の美神ノースウェムコ』の召喚により、アドバンテージの差は主人公に有利なものとなった。
しかし、アリアも負けてはいなかった。


「…え?」

 

「どうした?」

 

「う…ううん! なんでもない!」

 

アリアの様子がなんかおかしい…何かあったのか?

 

 

 

「…」

 

「あらルインさん、どうしたんですの? そんなしかめっ面をして…」

 

「ん…? あぁいや…なんでもない」

 

「そう…ですか?」

 

(なんだ…今の奇妙な感覚は…? この感覚…私は前にどこかで……)

 

 

 

 

 

―――――第15話:「奪われる力」―――――

 

 

 

 

 

「(今の声…なんだったんだろう…? ええいもう…なんでもいいや!) 私のターン、ドロー!」

 

長い沈黙の後、意を決したのかアリアがカードをドローする。

 

「……」チラッ

 

よほど緊張しているのか、カードを引くときは目を瞑っていたアリアだが、恐る恐る目を開き、カードを確認する。

 

「…!」

 

そして、いきなり表情が明るくなった。

…一体何のカードを引いたんだ…?

 

「や…やった! 今の私には最高のカード! 私は『死者蘇生』を発動!」

 

『死者蘇生』…! そのカードを見て、周りのギャラリーがざわめく。

 

 

ざわ…

           ざわ…

     ざわ…

 

 

「この状況で…『死者蘇生』を引き当てただと…!?」

 

アリアの奴…いつの間にこんな土壇場で引きの強さを見せつける術を学んだんだ!?

ということはアリアが復活させるモンスターは…!

 

「『死者蘇生』の効果で、私が復活させるモンスターは…『甲虫装機ダンセル』!」

 

「やはり『ダンセル』か…!」

 

だが『ダンセル』を蘇生させたところで今のアリアの墓地には『ホーネット』はいない…大した脅威にはならないはずだが…!

 

「そして『ダンセル』の効果発動! 1ターンに1度、このカードに装備カード扱いとして墓地、または『甲虫装機』を装備させます! ≪ゼクト・イークイップ≫!!」

 

「なにを装備させるつもりなんだ…?」

 

すると、『ダンセル』の手には赤い円盤のような物が握られる。

 

「装備対象は『甲虫装機グルフ』! 『グルフ』を装備したモンスターの攻守は『グルフ』の分だけアップし、レベルは2つ上がるよ!」

 

【甲虫装機グルフ】☆2 闇 昆虫族 ATK/500 DEF/100

 

甲虫装機ダンセル:ATK/1000→1500 DEF/18000→2000 ☆3→5

 

「『グルフ』だと!? そんなモンスターをいつの間に…!?」

 

「さっき、私が『ノースウェムコ』で攻撃されたとき、『儀式魔人プレコグスター』の効果で手札を1枚捨てたよね?」

 

「…あ!」

 

「ふふふ~♪ そう! 私も『サンダー・ブレイク』の時みたいに手札から捨てさせてもらったよ!」

 

なんてこった…少しでもアドバンテージを削ろうと活用した手札破壊が、まさか利用されてたなんて…!

 

「そして、装備されてる『グルフ』は装備を外し、墓地に送ることで選択したモンスターのレベルを1~2上げることができる! 私は装備を解除し、『ダンセル』のレベルを3から5に!」

 

甲虫装機ダンセル:☆3→5

 

「そして『ダンセル』の効果発動! このカードに装備されていた装備カードが墓地に送られたとき、デッキから『甲虫装機』1体を特殊召喚する! きて、『甲虫装機センチピード』!」

 

【甲虫装機センチピード】☆3 闇 昆虫族 ATK/1600 DEF/1200

 

「『センチピード』の効果発動! 『グルフ』を装備し、攻守・レベルともにパワーアップ! ≪ゼクト・イークイップ≫!!」

 

甲虫装機センチピード:ATK/1600→2100 DEF/1200→1300 ☆3→5

 

「そして装備を取り除き、『センチピード』のレベルを5に上げる!」

 

甲虫装機センチピード:☆3→5

 

「さらに装備カードが外された『センチピード』の効果発動! デッキから『甲虫装機』1体を手札に加えるよ! 私は『甲虫装機ギガマンティス』を手札に」

 

「あっという間にモンスターが2体に…」

 

そして互いに同じレベル…来るか!

 

「いくよ…私はレベル5になった『ダンセル』と『センチピード』でオーバーレイ!!」

 

2つのモンスターは光となって、銀河の渦に呑みこまれる。

 

「2体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築!」

 

 

 

 

 

 ―進化の装甲をその身に纏いて―

 

 ―熱く蘇れ、誇りのエナジー!―

 

―強くあるために、目覚めろ!その魂!!―

 

 

 

 

 

「エクシーズ召喚! 進化せよ、『甲虫装機エクサスタッグ』!!」

 

【甲虫装機エクサスタッグ】★5 闇 昆虫族 ATK/800 DEF/800 エクシーズ

 

「出たな…『エクサスタッグ』…!」

 

黒光りする巨体がフィールドに降り立つと、『エクサスタッグ』は両手の鋏を構えて『ノースウェムコ』の前に対峙する。

 

「『エクサスタッグ』の効果発動! 1ターンに一度、オーバーレイユニットを一つ取り除き、相手のフィールド、もしくは墓地のモンスター1体を自身に装備できる!」

 

ということは…アリアの狙いは…!

 

「いくらカード効果によっては破壊されないといっても、装備となれば話は別! オーバーレイユニットを1つ使い、装備の対象は『救世の美神ノースウェムコ』!」

 

「くっ…しまった!」

 

「増力捕縛、≪エヴォリューション・キャプチャー≫!!」

 

『エクサスタッグ』の周りを回っている星が一つ消え、自身に吸収されると、『エクサスタッグ』は両手の鋏を『ノースウェムコ』の方に突き出し、鋏を射出する。射出された鋏は『ノースウェムコ』を捕らえ、『エクサスタッグ』はそのまま自身の方に手繰り寄せ、そして『ノースウェムコ』は光となって『エクサスタッグ』に吸収された。

 

「『ノースウェムコ』が…!」

 

「この効果によって装備したモンスターの攻撃力の半分の数値分、『エクサスタッグ』は攻撃力をアップする!」

 

甲虫装機エクサスタッグ:ATK/800→2150

 

「これで攻撃力は『終末の騎士』よりも上! バトル! 『エクサスタッグ』で『終末の騎士』を攻撃!」

 

『エクサスタッグ』は羽根を開くと上空に飛び上がり、両手の鋏が妖しく輝く。

 

「甲魔性刃、≪ガイスト・シザース≫!!」

 

上空に飛んだ『エクサスタッグ』はそのまま一直線に『終末の騎士』目掛けて鋏を振り下ろし、『終末の騎士』は剣で拮抗するも、抵抗空しく切り裂かれる。

 

「くっ…流石にやるな…!」

LP3400→1650

 

「まだまだデュエルはこれからだよ! カードを1枚セットして、ターンエンド!」

 

△――――

□■―――

アリア:手札1枚 LP500

モンスター:『甲虫装機エクサスタッグ』

魔法・トラップ:『救世の美神ノースウェムコ』、セット1枚

 

 

 

「アリアの残りライフポイントはたった500…だが」

 

「ここに来て主様のモンスターは全滅…加えて高ランクモンズターエクシーズの召喚とは…少し状況は芳しくない方向に向かってきましたわね」

 

「しかしアリアの言う通り…まだまだデュエルはここからだ。まだ主にも可能性が残されている!」

 

「そうですわね…頑張って下さい、主様!」

 

 

 

全くあいつら…後ろで主だの主様だの…もう約束忘れてやがる。

 

「へへっ…だが!」

 

そこまで期待されてるなら…ご希望通りあいつらの期待に応えてやらねぇとな!

 

「俺のターン、ドロー!」

 

よし…いいカードを引いた!

 

「俺は儀式魔法、『高等儀式術』を発動! このカードは手札の儀式モンスター1体を選択し、デッキから選択した儀式モンスターと同じレベルの通常モンスターを墓地に送ることにより、その儀式モンスターを儀式召喚することができる!」

 

「儀式モンスター専用の万能儀式魔法…ということは召喚するモンスターは…!」

 

「俺は手札のレベル8儀式モンスター、『破滅の女神ルイン』を選択! 墓地に送るモンスターは、『デュナミス・ヴァルキリア』と『デーモン・ソルジャー』のレベル4通常モンスター2体!」

 

光と闇の魂は一つになり、その混沌の狭間より破滅を司りし女神が降誕する。

 

 

 

 

 

-破滅を司りし混沌のイデア-

 

 -煌めく天の名の下に-

 

-邪討ち祓う矛先となれ!-

 

 

 

 

 

「儀式召喚! 光臨せよ…『破滅の女神ルイン』!!」

 

【破滅の女神ルイン】☆8 光 天使族 ATK/2300 DEF/2000 儀式

 

『破滅の女神ルイン』…このモンスターによって、俺はこの前アリアに勝利した。今度だって!

 

「いくら吸収したとはいえ、『エクサスタッグ』の攻撃力は2150! 『ルイン』の攻撃力の方が勝っている! いくぞ、『ルイン』!!」

 

『ルイン』は赤いロッドを手でくるくると回すと、その切っ先を『エクサスタッグ』に向ける。『ルイン』は破滅の呪文を唱え、その切っ先に徐々に魔力が蓄積されていく。

 

「『破滅の女神ルイン』で『甲虫装機エクサスタッグ』に攻撃! 破滅への序曲、≪エンド・オブ・ハルファス≫!!」

 

放たれた閃光の一撃は『エクサスタッグ』にへと向かい、攻撃が炸裂し、辺りが閃光に包まれる!

 

「うっ……やったか!?」

 

眩い閃光に思わず腕で目を覆う。閃光が止み、俺がフィールドの状況を確認すると…そこには確かに『エクサスタッグ』の姿は無くなっていた。

 

「よし、『エクサスタッグ』を倒したぞ!」

 

ルインが叫ぶ。ルインだけではない、きっと誰もがそう思った。

 

 

 

しかし…

 

 

 

「それはどうかな…?」

 

 

 

「…!?」

 

「残念だったね…『エクサスタッグ』が消えたのは『破滅の女神ルイン』の攻撃によってじゃない…このトラップカードの効果でだよ!」

 

そう言ってアリアは眼鏡をクイッと上げる。

 

「そ…そのカードは…!」

 

アリアのフィールドで発動しているトラップカード…それは…!

 

「トラップカード、『ゼクト・コンバージョン』! このカードは自分フィールドの『甲虫装機』が攻撃対象に選択されたとき、その攻撃対象となった『甲虫装機』の攻撃モンスターに装備させることにより、そのモンスターのコントロールを得る!」

 

「なっ…!?」

 

 

 

「コントロールを奪う…!?」

 

「ということは…!」

 

 

 

姿を消した『エクサスタッグ』はその身に纏う装甲を電磁束縛機…〝プラネイト・キャプチャー″へと変え、プラネイト・キャプチャーは『ルイン』の周囲を回り、そこから捕縛電磁波を照射する。

 

『ぐぅ…うぅっ……!』

 

「『ルイン』!?」

 

電磁波が照射されると『ルイン』は苦痛の声をあげ、捕らえらてしまう。そしてそのままアリアのフィールドへと移行する。

なんてこった…破壊されるならまだしも、まさか『ルイン』のコントロールを奪われるなんて思ってもみなかった…。

 

「これで〝破滅の女神″のコントロールはこっちのもの…私がこの前の敗北から何も学んでないと思った?」

 

「…いや、アリア。正直言うと俺はお前のことを少し侮っていたみたいだ」

 

 

 

(フン…さっきは私にあんな偉そうな事言っておきながら、当の本人はこの体たらくじゃない…舐めてかかってたのはどっちよ、全く…)

 

と、星華はギャラリーの中でその光景を見ながら内心呆れる。

 

 

 

「だが言い訳はしない…今のお前は間違いなく強い。それこそ今まで俺がお前といくとなくデュエルしてきたなかで、今日は特にだ」

 

「それを言ったらこっちだって同じ、この程度で私は勝ちを確信してはないよ」

 

「なに…?」

 

「もっと見せてよ、ここから逆転する姿を。私はそれを必ず越えてみせる!」

 

…本当に驚かされる。

俺の目の前にいるこの古くからの幼馴染は…いつの間にこんな立派なデュエリストに成長したんだろう…。

今まで平行線上の成長だったが…このままじゃあ俺が追い抜かれちまうな。

 

いや…でもだからこそ!

 

「いいだろうアリア…俺だってまだ負ける気は無い! モンスターを裏守備でセット、さらにリバースカードを1枚セット」

 

俺も越えてみせる…お前を!

アリア…俺とお前、どちらが互いよりもその先に行けるのか…。

 

「ターンエンドだ!」

 

勝負といこうじゃないか!

 

■――――

■――――

手札0枚 LP:1650

モンスター:セット1体

魔法・トラップ:セット1枚

 

 

 

「やはりアリアさん…強いですわね」

 

「ああ…まさか破壊ではなく、奪うとは…思ってもみなかった」

 

「ここから先、主様は実質ルインさんを相手に戦っていかなければなりませんから…厳しい戦いになりますわね」

 

「うむ…」

 

 

 

(よし…切り札を奪った! あとはこの調子で…―)

 

 

 

 

 

…ヤット……

 

 

 

 

 

「え…?」

 

 

 

ヤット…戻ッタカ……〝破滅″ノ力ト類似スル…我ノ力……

 

 

 

 

 

―…〝終焉″ノ力ガ……―




というわけで、寝取ら…じゃなくて、コントロール奪われちゃいましたね~、ルインさん。
ゼクト・コンバージョンはあまり目立たないカードですが、使ってみるとなかなか強力なカードです。エーリアン・ブレインみたいなカードですねw

「プラネイト・キャプチャー」という用語はオリジナルですが、元ネタはガンダムWに登場するプラネイト・ディフェンサーから取りました。メリクリウスやビルゴに装備されてるアレです。

そして最後はまた意味深な終わり方…。
もうすぐ奴が…登場する!?


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第16話:「破滅だけでも、救世だけでも」

激闘を繰り広げるアリアとのデュエルに、自らのデッキのエースである『破滅の女神ルイン』を奪われてしまう。
果たして自分と対峙する本気のアリアに、勝てる手段はあるのか?


「え…なに……?」

 

「…アリア、さっきから様子がおかしいみたいだけど、大丈夫か?」

 

「う、ううん! 大丈夫大丈夫! 私のターン!」

 

またアリアの様子が一瞬おかしかったような気がするが…すぐにいつもの様子に戻った。

なんなんだ…? この妙な胸騒ぎは…?

 

 

 

 

 

―――――第16話:「破滅だけでも、救世だけでも」―――――

 

 

 

 

 

「(さっきから私の頭の中で響く声…あの声は一体何なの…?) …私は、『甲虫装機ホッパー』を召喚!」

 

【甲虫装機ホッパー】☆4 闇 昆虫族 ATK/1700 DEF/1400

 

腰に二本の槍を携えたバッタを模したモンスターが出現する。

 

「いくよ…バトル! まずは『破滅の女神ルイン』で裏守備モンスターを攻撃!」

 

プラネイト・キャプチャーからまた電磁波が放出されると、『ルイン』が自分の意思とは逆に腕を上げ、俺の守備モンスターにロッドを向ける。

 

 

 

「この攻撃が通れば、効果によって二度目の攻撃が繰り出され、主は直接攻撃を受けることになってしまう…」

 

「そうなればおしまいですわ!」

 

 

 

「いくよ! 破滅への序曲、≪エンド・オブ・ハルファス≫!! えへへ♪ 実は一回言ってみたかったんだ♪」

 

ロッドの先に魔力が溜まり、今にも攻撃が放たる…この時だ!

 

「そうはさせない! リバースカードオープン! 『デモンズ・チェーン』!!」

 

「え…!?」

 

「このカードはモンスター1体を対象にし、対象にしたモンスターの攻撃及び効果の発動を封じる永続トラップだ! 俺が対象にとるのはもちろん…『破滅の女神ルイン』!!」

 

表側になった『デモンズ・チェーン』から鎖が放たれ、その鎖は『ルイン』の身体に巻き付き、動きを封じる。

…すまない『ルイン』、しばらくの間だから辛抱しててくれ…。

 

「これで攻撃はできまい! アリア!」

 

「うぅっ…でもまだまだ! 私には『ホッパー』が残ってる! いっけぇ『ホッパー』! 裏守備モンスターに攻撃! ≪ホッピング・ランス・パイル≫!!」

 

『ホッパー』が羽根を開き、上空へ跳ぶと両手で槍を構え、そのまま俺の裏守備モンスターに振り下ろし、槍で貫く。

 

「やった! …っ!?」

 

と、次の瞬間、攻撃され、裏から表になった俺のモンスターが突然アリアの手札に飛び付き、そのカードをもしゃもしゃと食べてしまった。

 

「な、なにこれ!?」

 

「驚くこたぁない。お前が攻撃したモンスターが…この『メタモルポット』だっただけの話さ」

 

「め…『メタモルポット』って確か…!」

 

「そう、『メタモルポット』が表になったとき、互いは手札を全て捨て、その後デッキからカードを5枚ドローする。お前は手札を1枚持っていたからそれを捨て、5枚ドローするが、生憎俺には手札がない。よって無条件でカードを5枚ドローすることができる!」

 

【メタモルポット】☆2 地 岩石族 ATK/700 DEF/600

 

アリアの手札のカードを食べた後、『メタモルポット』は消滅する。

 

「な、なんて事…まさかこんな方法で手札を増強してくるなんて…」

 

「〝こんな方法で″っていうのはお互い様だな」

 

俺とアリアはデッキから新たに5枚のカードをドローする。

全く…俺もお前も驚かされてばかりだな。

 

「うん。でもまだ油断するのは早いよ、手札が5枚に増えたのは私も同じ…そして手札が増えたおかげでまたこんなコンボを使うことができる」

 

…何をするつもりだ?

 

「私は『甲虫装機ホッパー』の効果発動! 手札から『甲虫装機ホーネット』を装備する! ≪ゼクト・イークイップ≫!!」

 

『ホッパー』の槍が消え、代わりに右腕にパイルバンカーが装着される。

 

甲虫装機ホッパー:ATK/1700→2200 DEF/1400→1600 ☆4→6

 

「『ホーネット』をドローしていたのか…!」

 

「さらに手札から『甲虫装機ギガウィービル』を『ホッパー』に装備! このカードを装備したモンスターの元々の守備力は2600になる!」

 

『ホッパー』の背中に巨大な翼が装着される。

 

甲虫装機ホッパー:DEF/1600→2800

 

 

 

「ん? 確か『甲虫装機』達の≪ゼクト・イークイップ≫の効果は1ターンに一度だけではないのか? 何故2体も『甲虫装機』を装備できるんだ?」

 

「そうですわねぇ…たしかさっきのデュエルでも、アリアさんは『ギガマンティス』を装備してましたが…」

 

「あぁ、それは『ギガウィービル』や『ギガマンティス』の装備は『ギガウィービル』、『ギガマンティス』自身の効果で装備できるからさ。このお陰でフィールドにいる『甲虫装機』は自身の効果を使わず、手軽にパワーアップができるのさ」

 

阿部さんがルインとウェムコに説明する。

 

「なるほど、そういうわけだったのか」

 

「まぁそいつらが墓地にいる場合はフィールドの『甲虫装機』が効果を発動しないと装備できないがな」

 

「そう言えばアリアさん、さっき『センチピード』の効果で『ギガマンティス』をデッキから手札に加えてましたよね」

 

「そしてその『ギガマンティス』は『メタモルポット』の効果で墓地にいる…」

 

「「ということは…?」」

 

 

 

「そして私は『ホーネット』の効果発動! 装備されているこのカードを墓地に送り、選択したカード1枚を破壊する!」

 

俺のフィールドにあるのは『デモンズ・チェーン』のみ…だがこの状況で『デモンズ・チェーン』を破壊するのか…?

…まさか!

 

「私は…『ギガウィービル』を破壊!」

 

『ホッパー』は自身の翼にパイルバンカーを放つと、翼は消失し、攻守とレベルは元の数値に戻る。

 

甲虫装機ホッパー:ATK/2200→1700 DEF/2800→1400 ☆7→4

 

この戦術…アリアがさっき見せたものに似ている…だが装備されていたのはさっきとは違い、『ダンセル』ではなく『ホッパー』…モンスターの大量展開はできないはずだが…?

 

「装備状態となっていた『ギガウィービル』が墓地に送られた場合、墓地に存在する『甲虫装機』1体を特殊召喚できる!」

 

「なにっ!?」

 

そうか…墓地のモンスターを蘇生するために自分のカードを…!

 

「私は墓地から『甲虫装機ギガウィービル』を特殊召喚!」

 

【甲虫装機ギガウィービル】☆6 闇 昆虫族 ATK/0 DEF/2600

 

「蘇生したのが攻撃力ゼロの『ギガウィービル』だと…?」

 

ということは…アリアの狙いは…!

 

「そして魔法カード、『共振装置』を発動! このカードは自分フィールドの同じ種族・属性のモンスター2体を指定し、選択したモンスター1体のレベルをもう1体と同じレベルにする! 私はレベル6の『ギガウィービル』を選択し、『ホッパー』のレベルを同じ6にする!」

 

甲虫装機ホッパー:☆4→6

 

「これでまた、同じレベルのモンスターが2体…」

 

やはり…ここに来てくるのか! アリアのエースモンスター!

 

「いくよ…私は同じレベルのモンスター、『甲虫装機ギガウィービル』と、『甲虫装機ホッパー』でオーバーレイ! 2体のモンスターで、オーバーレイネットワークを構築!」

 

 

 

 

 

 ―無敵の装甲をその身に纏いて―

 

 ―神秘のボディが光りを放つ!―

 

―気高き姿よ、敵を貫く刃となれ!!―

 

 

 

 

 

「エクシーズ召喚! 装着せよ、『甲虫装機エクサビートル』!!」

 

【甲虫装機エクサビートル】★6 闇 昆虫族 ATK/1000 DEF/1000 エクシーズ

 

地面を割って出現したのは黄金に輝く装甲を纏った巨大なカブトムシ…その周囲を2つの星が回っている。

『エクサスタッグ』に続いて『エクサビートル』まで出てくるとはな…エースモンスターの猛攻…まさに今のアリアは鬼神の如き強さだ。

加えてフィールドには俺から奪った『ルイン』までいる…。

 

「ここで『エクサビートル』の効果発動! エクシーズ召喚し成功したとき、自分、もしくは相手墓地のモンスター1体をこのカードに装備する! 私が装備するのは『ギガマンティス』! ≪ゼクト・イークイップ≫!!」

 

『エクサビートル』の両手に『ギガマンティス』の鎌が握られる。

 

「『ギガマンティス』が装備されたとき、装備モンスターの元々の攻撃力は2400になる。さらに『エクサビートル』の効果で、装備したモンスターの半分の攻撃力分、このカードの攻撃力を上げる。よって、その合計攻撃力は…3600!!」

 

甲虫装機エクサビートル:ATK/1000→3600

 

攻撃力3000越えの『エクサビートル』に、俺から奪った『破滅の女神ルイン』…。

ぱっと見れば絶望的なこの状況…しかも俺のフィールドには『ルイン』の行動を制限している『デモンズ・チェーン』1枚のみ…。

しかもその『デモンズ・チェーン』も、『エクサビートル』の効果にかかれば難なく除去できてしまう…。

 

「どう? この布陣、そうそう突破できるものじゃないでしょ?」

 

「…あぁ、ちょいとばかし厳しいな」

 

「(一応『エクサビートル』の効果で『デモンズ・チェーン』は除去できるけど…もうバトルフェイズは終了しちゃったし、次のターンで『エクサビートル』の効果を使って『破滅の女神ルイン』を自由にすれば、私の勝ち!) これで私の出せる全ての力を出し切った…あとは最後のターンで、これを越えられるかどうかだよ!」

 

「そうだな…だが俺は、最後まで俺のカードを…デッキを信じて戦う!」

 

「その意気だよ…見せてみて、君の本気を! ターンエンド!」

 

△△―――

□□―――

アリア:手札2枚 LP500

モンスター:『甲虫装機エクサビートル』『破滅の女神ルイン』

魔法・トラップ:『甲虫装機ギガマンティス』『甲虫装機エクサスタッグ』

 

 

 

「これでアリアさんのフィールドには攻撃力3600の『エクサビートル』と、奪われたルインさんがいる…」

 

「対する主のフィールドにモンスターは存在しない…つまりはこのターンでなんとかしなければ、主に勝ち目はないわけか…」

 

「全てはさっきの『メタモルポット』の効果で引いたカードと、このドローに賭かっているわけですわね」

 

「大丈夫だ…主ならばきっとやれる! 私は…そう信じてる!」

 

「わたくしも信じますわ…主様の勝利を」

 

 

 

「…フゥー…」

 

デッキの一番上のカードに手をかけ、俺は呼吸を整える。

今の俺の状況は明らかに不利…一応さっきの『メタモルポット』の効果で逆転できる可能性のカードを引き当てることはできたが…あともう一歩だけ足りない。

そのあと一歩…残された勝利のパズルへの1ピースをここで引き当てなければ…俺は負けてしまう。

アリアとは…これまで何度もデュエルしてきた。しかし、今回のデュエルはまさに互いの死力を尽くすほどのデュエルだ。

アリアはこれで全力を出し切ったと言った…ならば! 俺も全力を出し切る…そのためにも!

 

「…俺のターン」

 

ここで引き当てる……あのカードを!

 

「……ドロー!!」

 

 

 

 

 

………―!

 

 

 

 

 

「…きたか」

 

(な…何を引いたの…?)

 

「俺は手札より速攻魔法、『ダブル・サイクロン』を発動!」

 

「『ダブル・サイクロン』!?」

 

 

 

「なに? 『ダブル・サイクロン』て…普通の『サイクロン』なら知ってるけど…」

 

聞き慣れないカードに、星華は阿部さんに尋ねる。

 

「あのカードは自分と相手の魔法・トラップカードを1枚づつ破壊するカードだ」

 

「アイツ、なんでそんなカードを? 自分のカードを破壊って…普通に考えたらデメリットじゃない」

 

「確かに、普通の『サイクロン』みたいに相手のみのカードを破壊できるわけじゃないからコンボ性が求められるカードだが…しかしこれは…!」

 

 

 

「このカードの効果により、俺は俺の『デモンズ・チェーン』を破壊し、お前の…『甲虫装機エクサスタッグ』を破壊する!」

 

「…!」

 

「『エクサスタッグ』だと!? 一体どこに…?」

 

『エクサスタッグ』を破壊する、という俺の言葉にアリアはハッとした表情を見せ、ルインは困惑した表情を見せる。

 

「『ゼクト・コンバーション』…相手モンスターのコントロールを永続的に奪う強力なカードだが、それにはもちろん弱点もある。この効果によって攻撃対象になった『甲虫装機』は、あくまで装備カードとなるだけで、消滅するわけではない。即ち…―」

 

フィールドに2つの竜巻が発生し、一つは『ルイン』の動きを封じている鎖を呑みこみ、そしてもう一つは…!

 

「装備カード扱いとなっている『甲虫装機』を破壊しさえすれば、奪われたモンスターは元のプレイヤーへとコントロールが戻る!」

 

「し、しまった…!」

 

もう一つの竜巻は、『ルイン』の周囲をぐるぐると回り電磁シールドで行動を封じているプラネイト・キャプチャーを呑みこむ。

『デモンズ・チェーン』もプラネイト・キャプチャーも、吹き荒れる竜巻によってバラバラになり、『破滅の女神ルイン』は、2枚のカードの呪縛から解放され、俺のフィールドに舞い戻る!

 

「『破滅の女神ルイン』が…!」

 

「これで俺の『ルイン』は返してもらったぜ、アリア! ついでに『デモンズ・チェーン』の呪縛からも解き放たれ、攻撃もできる!」

 

 

 

「そのための『ダブル・サイクロン』…!」

 

「なるほどな。普通の『サイクロン』じゃ、装備カード扱いになっている『エクサスタッグ』を破壊することはできるが、自身が発動した『デモンズ・チェーン』がまだ残っているため、コントロールが戻っても攻撃することができない」

 

「それを2枚同時に破壊することで…2枚のカードの呪縛から解放したってわけね」

 

 

 

「で、でも、まだ私のフィールドには攻撃力3600の『エクサビートル』がいる! たとえ『ルイン』が戻って来たとしても、倒すことは…!」

 

「それはどうかな?」

 

「…!」

 

「俺はさらに装備魔法、『契約の履行』を発動! このカードは、ライフを800支払うことで墓地の儀式モンスター1体を特殊召喚し、装備する!」

 

「墓地の儀式モンスター…!?」

 

「俺が復活させるのは…当然、『救世の美神ノースウェムコ』!!」

LP1650→850

 

墓地から光の柱が伸び、その中から『救世の美神ノースウェムコ』が復活する。

 

「〝女神″と〝美神″…ここに降臨!!」

 

『破滅の女神ルイン』と『救世の美神ノースウェムコ』は互いに共闘しあう姿勢を取り、『エクサビートル』の前に対峙する。

 

 

 

「すごい…私の〝破滅の女神″とウェムコの〝救世の美神″…その両方をフィールドに揃えるとは…!」

 

「双方ともにエースモンスター2連続とは…やはり主様も負けてはいませんね」

 

 

 

「で…でもでもでも! 『ノースウェムコ』も攻撃力は2700だし…儀式召喚したわけじゃないから効果破壊による耐性も付いていないし…!」

 

「まだだ! さらに俺はチューナーモンスター、『ブーテン』を召喚!!」

 

【ブーテン】☆1 光 天使族 ATK/200 DEF/300 チューナー

 

俺のフィールドに小さな豚の天使が出現する。

 

「レベル1のチューナーモンスター…? まさか……!」

 

「俺はレベル7の『救世の美神ノースウェムコ』に、レベル1の『ブーテン』をチューニング!!」

 

『ブーテン』が『ノースウェムコ』の頭の上をくるくると回ると、自身は星となって消え、『ノースウェムコ』もまた、星と重なり合う。

 

 

 

 

 

―純白の光の狭間より生まれし聖竜よ―

 

―希望の(ともしび)となりて…輝き照らせ!―

 

 

 

 

 

「シンクロ召喚! 輝け…『ライトエンド・ドラゴン』!!」

 

星と星とが重なり合い、新たに出現したのは光り輝く純白の翼をその身に纏った聖竜…。

聖竜、『ライトエンド・ドラゴン』は咆哮し、『ルイン』の隣に降り立ち、『エクサビートル』の前に対峙する。

 

【ライトエンド・ドラゴン】☆8 光 ドラゴン族 ATK/2600 DEF/2100 シンクロ

 

「し…シンクロモンスター…!」

 

「これが俺の…勝利の鍵だ!」

 

「で…でも攻撃力はシンクロ素材にした『ノースウェムコ』よりも低いよ!? わざわざ攻撃力が劣るモンスターを召喚して…一体どうするつもり!?」

 

「『ライトエンド・ドラゴン』は、希望をもたらすモンスター…決して約束された勝利ではない…だが俺はその希望を信じて戦う! バトル! 『ライトエンド・ドラゴン』で、『甲虫装機エクサビートル』に攻撃!!」

 

「なっ…!?」

 

『ライトエンド・ドラゴン』の頭部の黄金の装飾が輝くと、そこから口部に向かって光のエネルギーが蓄積されていき、『ライトエンド』は攻撃態勢をとる。

 

「どうするつもりかは知らないけど…迎え討て! 『エクサビートル』!!」

 

『エクサビートル』もまた、右手の槍と左手の鎌を『ライトエンド』に向けて構える。

 

「≪シャイニング・サプリメイション≫!!」

 

「甲神巨槍鎌、≪エクサランス・スラッシュ≫!!」

 

2体のモンスターは攻撃を放ち、『ライトエンド』は閃光のブレスを『エクサビートル』に浴びせ、一方の『エクサビートル』は左手の鎌で閃光のブレスを引き裂きながら右手の槍を構えて突進する。

 

「やった! これで『エクサビートル』の勝ち…!」

 

「ここで『ライトエンド・ドラゴン』の効果発動!」

 

「え…?」

 

「『ライトエンド・ドラゴン』がバトルを行う時、自身の攻撃力を500下げることにより、戦闘を行う相手モンスターの攻撃力を1500ポイントダウンさせる!」

 

「1500!? てことは…!」

 

「≪ライト・インスパクション≫!!」

 

『ライトエンド』が翼を広げると、閃光の波動が『エクサビートル』を包みこみ、その荒ぶる力を封じ込めていく。

 

ライトエンド・ドラゴン:ATK2600→2100

甲虫装機エクサビートル:ATK3600→2100

 

「攻撃力が並んだ…!?」

 

「いっけええええええええええええ!!」

 

『エクサビートル』の左手の鎌が割れ、『エクサビートル』は閃光のブレスをその身にまともに受ける。しかし、負けじと『エクサビートル』も右手の槍を『ライトエンド』の身体に突きさす。

 

『グッ…オオッ…!!』

『グアアアアアアアッ!!』

 

2体のモンスターの怒号が辺りに叫び渡り、そして…2体のモンスターは互いの攻撃を受け、爆散し、消滅した。

 

「わ…私の…『エクサビートル』が…!」

 

「…アリア」

 

「え…?」

 

「いいデュエルだったぜ」

 

「……!」

 

その時、アリアは何故かわからないが…一瞬驚いたような顔をした後、何かを納得したかのように静かに目を閉じ…そして。

 

「…うん♪」

 

とびっきりの笑顔を、俺に見せた。

 

「…これで最後だ! 『破滅の女神ルイン』でダイレクトアタック!! 破滅のへ序曲、≪エンド・オブ・ハルファス≫!!」

 

『ルイン』の攻撃が炸裂し、アリアのライフにダメージを与えると…永遠に続かのように思えた俺とアリアのデュエルは…俺の勝利という形で幕を閉じた。

 

 

 

LP500→0

 

 

 

………

……

 

「…あ~あ…結局負けちゃったか…」

 

「アリア…」

 

「ん…でも…すっごく楽しいデュエルだったよ!」

 

「ああ、俺もだ」

 

俺とアリアは席を立ち、互いに握手を交わす。

 

パチパチパチ

 

「いいデュエルだったぜー!」

「あんな熱いデュエル、そうそう見れるもんじゃなかったぜ!」

 

握手を交わすと、ギャラリーの人達が拍手してくれた。

 

「やったなある…じゃなくて弟!」

 

「最後の攻防…流石としか言いようがありませんでしたわ」

 

そしてルインとウェムコの二人ももちろん、俺の勝利を祝福してくれた。

 

「ありがとう、二人とも。…でもさすがにそりゃ褒めすぎじゃないか?」

 

「いえ! 並の人であれば、自身のエースモンスターを奪われ、かつ相手のエースモンスターも出現した時点で敗北を覚悟していたでしょう。しかし、主様は最後まで戦い抜き、勝利しました。それは見事としか言いようがありません」

 

「そ、そうかな…? ま、いいか。ありがとうな」

 

「ま、確かにちょっと褒めすぎな感じはするけどね~」

 

「小日向…」

 

今度は小日向が俺の前までやって来た。

 

「ふん…でもまぁなかなかやるじゃない。ウェムコさん程じゃないにしろ、私も褒めてやるわよ」

 

あれ…? なんだこの変な感じ…まさかこれが…。

 

「小日向…それってもしかして所謂ツンデレってやつか?」

 

「なっ!?」

 

バチンッ!!

 

「バッカじゃないの! 勘違いも甚だしいわ! 私帰る!!」

 

俺に強烈なビンタをかました後、小日向はさっさと店を出て行ってしまった。

 

「なんだってんだあいつ…?」

 

俺はひっぱたかれた頬を擦りながら呟いた。

 

「やれやれ…主様にはまだ、女心というものがわからないみたいですわね~」

 

「ん? なんか言ったかウェムコ?」

 

「いいえ、なんでも♪」

 

ウェムコがにっこりと返してきた。…何か腑に落ちないが…まぁいいか。

 

「ゴホンッ、え~、それではあらためて…優勝おめでとう! 優勝者にはこの店で使える1000円分の割引券の進呈だ!」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

俺は阿部っち店長から1枚の券を貰う。

それはちょうどお札のような大きさで、左側には1000という文字と、そして券の右側には阿部さんの顔が印刷されているという凝りっぷりだ。

 

「それと、アリアちゃん。君は準優勝だから500円分だ」

 

アリアもまた、500円分の券をもらう。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

パチパチパチ!

 

商品券が手渡されると、また大きな拍手が沸き起こった。

 

………

……

 

その後、貰った商品券で買い物をしたり、店のデュエリストたちと雑談したりフリーでデュエルをしたりした。アリアもすっかりここの雰囲気に慣れ親しんだようで、みんなと打ち解け合っている。

 

「もうこんな時間か…」

 

すっかり夢中になってしまったが、ふと時計を見ると19時をまわろうとしていた。外を見てみると、もうすっかり陽が落ちている。

 

「ルイン、ウェムコ。そろそろ帰るか」

 

「わかりましたわ」

 

「お腹すいた…」

 

こんな時間まで付き合わせてしまったからな…帰ったら何か美味いものでも作ってやるか。

 

「じゃあアリア、俺達そろそろ帰るわ」

 

「うん。…あ、待って!」

 

店を出ようとしたとき、アリアに呼び止められた。

 

「どうした?」

 

「実は…えっとね…私帰り道がわからなくって…だから途中まででいいから、一緒に帰ってくれる?」

 

「そうなのか? もちろんいいぞ。ルイン、ウェムコ、構わないか?」

 

「もちろんですわ」

 

「アリアは弟の友達だからな、私達が気に止める必要はあるまい?」

 

「だそうだ。さ、行こうぜ」

 

「うん♪」

 

………

……

 

すっかり暗くなってしまった夜道を、俺とアリアが隣に並んで歩いている。その少し後ろを、ルインとウェムコの二人が付いて来る。

 

「…久々だね、こうやって二人で並んで歩くのは」

 

「ん? そうか? つい最近まで歩いてたような気がするけどなぁ…」

 

「高校1年生の最初の時まではね。でも中学の頃とは学校の位置が違うし、それに…最近はおじさんが亡くなったりとかで忙しくてあんまり一緒に学校に行けなかったから」

 

「そういやそっかぁ…思えば、小学生の頃からアリアとは一緒に学校行ってたんだもんな」

 

「うん、だから…なんだか最近寂しくってさ」

 

 

 

「何だかわたくし達、お邪魔みたいですわね~♪」

 

「むぅ… (何なのだ…このモヤモヤとした気持ちは…)」

 

 

 

「あ、ここからなら私道わかるから」

 

T字路に差し掛かり、アリアがそう言った。右に行けば俺の家、左に行けばアリアの家がある。

 

「そうか? じゃ、ここでさよならだな。また明日、学校でな」

 

「うん、じゃあね」

 

アリアはそう言って、左の道を歩いていく。

 

「…アリア!」

 

「ん?」

 

俺が呼びとめると、アリアは振り向いて俺の方を見る。

 

「もしよかったらなんだけどさ…明日からはまた一緒に学校行かないか?」

 

「え…?」

 

「あ…いや! 無理にとかじゃないんだ! アリアの家からだとウチは学校とは違う方向にあるから…」

 

「ううん! 行く! 私明日からまた一緒に学校行く!」

 

「ほ、ほんとか?」

 

「だからいつまでも寝坊してちゃダメだぞ♪」

 

「お、おう!」

 

「じゃ、また明日ね。おやすみ♪」

 

「おう、お休み!」

 

そう言ってアリアは夜道を早足で駆けて行った。また明日からアリアと学校に登校するのか…こりゃ夜更かしはできないな。

 

………

……

 

(また明日から一緒に学校に行けるんだ…やったぁ♪)

 

そう考えると自然と顔が綻ぶ。私は上機嫌で夜道をすたすたと歩く。

 

「…あ、そうだいけない! 今日発売の新パック、買ってくるの忘れてた!」

 

どうしよう…もうすっかり真っ暗だけど、さっきの阿部さんのお店にならまだ置いてあるかもしれないし…。

 

「う~ん…よし! どうせ一人暮らしなんだから家には何時に帰ってもいいし! 来た道も今度はちゃんと覚えてるし! もう一回阿部さんのとこに行ってこよ!」

 

私はそう決断し、来た道をすたすたと戻り始めた。

 

……

………

 

さて、アリアを送りだしたはいいが、俺達も早く帰らないとな。ウチの女神様がお腹を減らして不機嫌になる前に。

 

「主…」

 

「おうルイン、もう俺の事を〝弟″って呼ばなくてもいいぜ。…って、どうしたんだお前? そんなふくれっ面して」

 

「ふん、別に!」

 

そう言うとルインもまた早足で家の方へすたすたと歩いて行ってしまった。

 

「お、おい! 待てって! もしかしてお腹空いてるから不機嫌なのか?」

 

「ば、バカか! 私は破滅の女神だぞ! 女神がそんな些細なことで機嫌を損ねるか!」

 

「じゃあ何なんだよ? おーい!」

 

「あらあら…やっぱり主様は、もう少し女心を知らなきゃダメですね。うふふ♪」

 

俺は慌てて、ルインの後を追い、その後ろをウェムコが付いて行った。

 

………

……

 

「…え? 今のって…どういうこと……?」

 

さっき別れたばっかで、また顔を合わせるのも気まずいから電柱の陰に隠れて様子を伺っていたんだけど……。

 

(さっき…『もう俺の事を〝弟″って呼ばなくてもいいぜ』って言ってた…? それに〝破滅の女神″って…? ひょっとして…ルインさんとウェムコさんて本当のお姉さんじゃないの!?)

 

でも…デパートで私に会った時…カードショップで私に会った時…。

 

~~

 

『お、俺の姉のルインだ』

『あぁ…えっと…ルインのことは知ってるよな?こっちの金髪の人は俺の…二人目の姉のウェムコだ』

 

~~

 

しっかりと…私に対して〝お姉さん″って紹介してた…。

でも、でも…冷静になって考えてみたらあんなに容姿が違うのに姉弟って…それに〝破滅の女神″ってカードの『破滅の女神ルイン』のこと…? てことは…ウェムコさんも『救世の美神ノースウェムコ』…?

 

(え…!? ちょっと…ちょっと待って! わけがわからない……でもルインさんとウェムコさんが実際のお姉さんじゃないってことは確か……それって…)

 

それってつまり……。

 

 

 

 

 

私に…嘘をついてたってこと……?

 

 

 

 

 

「…なんで…?」

 

なんで…なんで私に嘘をつく必要なんてあるの…? 私は小学生の時からずっとそばにいる…たかだか数日一緒にいた偽の姉なんかよりも私の方が…!

 

なのに……なのになんで!?

 

明日一緒に学校に行こうって約束してくれたのに…その約束も嘘だっていうの!?

さっき私に向けられていた笑顔も…さっきのデュエルも…優しさも……!!

 

そんな考えがぐるぐると私の中を周り、気がつくと私は息を荒げ、頭を抱えて道路の真ん中でうずくまっていた。

 

「私は…私はどうすれば!!」

 

 

 

 

 

「闇を恐れるな、我が主よ」

 

 

 

 

 

「……?」

 

頭を抱えてうずくまる私に対し、突然差し伸べられる大きな手…。

 

「貴女の見た愛は、果たして幻想なのか? それとも、貴女の心の渇きが幻想を生むのか…。心の闇の果てに理想を見るのが幻想に過ぎないことは、周知の事実。ならば…この世の全ては幻想に過ぎぬ! では…貴女が為すべきことは何か?」

 

「私が…為すべきこと…」

 

「主よ…我は貴女のお陰で復活を果たす事ができた。我は貴女の下僕の証として、望むのであればどのような終末も呼び起こしてみせよう」

 

「終末…?」

 

ふと私は、私に差し伸べられる大きな手の持ち主の姿を見る。

全身に纏う白と黒の甲冑…背中から伸びる群上色の炎は、まるでマントのように形作り、頭から生やした2本の大きな角に、表情が無いのに…何故か私に対して温かみが感じられる白い髑髏のような顔…。

 

「あなたは…一体…?」

 

その手を掴み、立ち上がると…その手の持ち主は答える。

 

 

 

 

 

「我が名はデミス…〝終焉の王″なり」

 

 

 

 

 

~おまけ~

 

主「今日の最強カードは?」

 

 

甲虫装機(インゼクター)エクサビートル】

★6 闇 昆虫族 ATK/1000 DEF/1000 エクシーズ

レベル6モンスター×2

このカードがエクシーズ召喚に成功した時、自分または相手の墓地のモンスター1体を選択し、装備カード扱いとしてこのカードに装備できる。このカードの攻撃力・守備力は、この効果で装備したモンスターのそれぞれの半分の数値分アップする。また、1ターンに1度、このカードのエクシーズ素材を1つ取り除く事で、自分及び相手フィールド上に表側表示で存在するカードを1枚ずつ選択して墓地へ送る。

 

 

主「ランク6のエクシーズモンスターだ。元々の攻撃力は低いが、自分や相手の墓地のモンスターを装備することによって攻撃力を上げる。自分の墓地の『甲虫装機ギガマンティス』や『甲虫装機ウィーグ』を装備し、大幅に攻守をパワーアップできる他、『甲虫装機ギガグリオル』を装備すれば貫通能力も得ることができる」

 

主「また、こちらのカード破壊の効果を無効にし、相手の墓地にいる『スターダスト・ドラゴン』を装備したり、『暗黒界の龍神グラファ』のような墓地で発動する効果のモンスターを装備し、効果の利用を邪魔するなんてこともできる。さらにミラーマッチにおいては、相手の墓地の『甲虫装機ホーネット』なんかも装備し、効果を発動できるぞ」

 

主「『甲虫装機』の名を持ったエクシーズモンスターのため、甲虫装機デッキのエースになりえるかと思いきや…どうにも普通の甲虫装機デッキだとランク6は出にくいため、専ら甲虫装機以外のデッキでの活躍の場が多い。『聖刻竜』デッキや『リチュア』なんかに入れてみよう」

 

主「さて、俺からの解説は以上なんだが…アリアの奴どこ行ったんだ? これアリアのカードだってのに…なんだか嫌な予感がするなぁ」

 

主「ともかく皆、また次回な!」




3話に渡って続いたカードショップでのアリアとの決勝戦も今回で決着とさせていただきました。
この前のZEXALでもあったけど、やっぱり主人公のエースが2体並ぶ様っていうのはかっこいいよね。

そして…ついに姿を現した終焉の王デミス。
次回、急展開&シリアス&リアルファイト。
そしてもうすぐ…第一部終了!


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第17話:「終わりの始まり(前編)」

大会から数日経ったある日のこと、突然デュエルモンスターズのモンスター達が現実のものになってしまった!
ルインによると、これは世界に終焉を告げる禁術、「エンド・オブ・ザ・ワールド」の発動する前兆だということ。
世界の終焉を阻止するために、彼らはエンド・オブ・ザ・ワールドを引き起こしている者を探す…。


「Zzz…」

 

大会から数日たったある日のこと。その日、俺はいつも通りに自室のベッドで寝ていた。そこまではいつも通り…そこからは目ざまし時計が鳴って目を覚まし、いつも通りにルインとウェムコと共に朝飯をとり、いつも通りに学校に登校するつもりだった。

 

そう…〝つもり″だった。

 

だが、俺の日常は…突然壊された。

 

 

 

グギャアアアアアッ!!

 

 

 

「…!?」ガバッ

 

突然家の外から聞こえてきた耳をつんざくような、何かの鳴き声…。

声からして人間ではない…かといっても動物らしからぬその声に内心ビビりつつも、俺はベッドから飛び起きて部屋のカーテンをそっとめくって外を見てみる。

 

「…なっ」

 

そして…驚愕した。

外にはあろうことか、デュエルモンスターズのモンスター達が街を闊歩したり、空を飛びまわってたりしていたからだ。

 

 

 

 

 

―――――第17話:「終わりの始まり(前編)」―――――

 

 

 

 

 

「なんじゃこりゃ…」

 

どうやら先ほどの鳴き声はそのモンスターによるものだったらしい。

モンスターの現実における具現化…その実例が身近なところに2人ほどいるが…こんなにも多くのモンスターがそれも一度に具現化するなんて…。

たしかずっと昔に、今と同じようにモンスターが出現し、空に黒くてでかい目玉が現れたというニュースがあったことを思い出した。

確かあの事件は、海馬コーポレーションのソリッドビジョンシステムの事故と報道されたが…その真意は定かなものではなかった。

そして今外にいるモンスター達も本物…。

外は異様なまでに静まりかえっているが、それだけに時たま聞こえるモンスター達の雄叫びがとても響く。

 

「主! 無事か!?」

 

とりあえず制服に着替えると、ルインとウェムコも外の異変に気付いたらしく、俺の部屋まで息を喘がせて上がってきた。

 

「お、おい! 二人とも…こりゃ一体どういうことだよ?」

 

二人なら何か知っていると思い、俺はルイン達に今の状況を聞いてみた。

何やら真剣な表情の二人…ここはいつものようにボケるとこではなさそうだ。

 

「これは……おそらくは禁術、〝エンド・オブ・ザ・ワールド″が発動したのだろう」

 

「エンド・オブ・ザ・ワールド…?」

 

その言葉には聞き覚えがある、カードでルイン光臨のために必要な儀式魔法だ。

しかし、ルインの口調からこの現象とカードの効果とはまた異なるものだということがわかる。

 

「この禁術が発動したが最後…完了すれば、この世界の文明はおろか、人も、動物も、植物も、全てが滅び死の世界と化してしまう。このモンスター達の群れは、デュエルモンスターズの世界から召喚されたもので、儀式を邪魔する者を排除するための尖兵…即ち、世界の終焉を告げる前兆だ」

 

「なん…だと…?」

 

俺は信じられなかった。

昨日の夜まで、いやつい5分ほど前までは世界の終わりなど考えもしなかったのに…普通の人間なら信じられるはずもない。

しかし、俺はもう既にトンデモな体験をいくつかしてるからすぐに理解することができてしまった。

 

「…なら、そのエンド・オブ・ザ・ワールドを発動してる奴をぶっ飛ばせばこれは止まるのか?」

 

「うむ、完了してしまったら止める術はないが、今はまだ準備段階だ。今ならばまだ止めることはできる」

 

「主様…まさか」

 

そんな話を聞いたら…俺がやることはただ一つ。

こっちにはルインもウェムコもいる。俺達がいれば、世界の終焉を止めることはできるはずだ!

 

「行くぞ…世界を終焉させようなんてしてるバカを止めに!」

 

正直怖い…だが、まだ俺には生きているうちにやりたい事がたくさんある。それはきっと俺だけじゃない…世界中の人達が同じ筈だ。だから…止めなきゃいけない。

 

「無論だ。だが、その前に…」

 

外に出ようとした時、ルインは俺の手をとって引き止めた。

 

「ど、どうした?」

 

「目を瞑って」

 

「あ、あぁ…」

 

ルインに言われるがまま目を瞑った直後、ふわっと青白い光がルインの手から輝き、その光が俺の手を通じて体の中へと流れ込んでくる。

何か暖かく、ルインから俺に流れているような感覚だった。

 

「…もういいぞ、主」

 

「ん…何をしたんだ?」

 

「私の力の一端を、少し主に送ったんだ」

 

「ルインの…力?」

 

「あぁ。これで、主はデュエルモンスターズのカードを数枚だが具現化できる」

 

「へ、へぇ…」

 

カードの具現化? なにそのトンデモ能力…。

目の前のルインはニコリを笑った、何故かはわからないけど俺の心はドキリとした。

 

「お、俺デュエルディスク取ってくる!」

 

何故そんなに慌てるのかはわからなかったが俺は二階の部屋からデュエルディスクを取りに行った。

 

………

……

 

「あれは、ダーク・キメラにモリンフェン…」

 

俺達が家の外に出ると、外はモンスター達で溢れていた。

だが不思議と人の気配がしない。

 

「悪魔族か…」

 

「主様、ご命令を」

 

ディスクを起動させ、デッキを装填すると、周りのモンスター達を見る。

やはりどれもこれも見たことあるモンスター達…すると、モンスター達も俺達に気付いたのか、眼をギラつかせ、爪や牙をたて、今にも飛びかかってきそうな感じだ。それを見て俺の背後にいたルインとウェムコもそれぞれロッドを構える。

俺の命令は一つだった。

 

「とりあえず、この一帯のモンスター達をぶっ倒す!」

 

「了解だ」

 

「わかりましたわ!」

 

その直後、ルインとウェムコの杖から閃光が迸り、周囲に響く爆発音、そしてモンスター達の悲鳴が響き渡った。

ルインの力を分けてもらったとはいえ、かなり不安だった俺は、二人の戦う姿を見てとても心強く感じた。なんてったって破滅の女神様に救世の美神様が傍にいるからな。

 

「あ、あれは…!」

 

そのとき、上空から一体の悪魔が俺たちに向かってきた。

その悪魔とは…ジェノサイドキングデーモン。

 

「大物ダ…」

 

デーモンがニヤリと笑う。

 

「主は下がっていろ」

 

「だ、大丈夫なのか!?」

 

「安心しろ、すぐにカタをつける」

 

そう言ってルインはロッドを構える。

確かに、実際のカードの攻撃力ではルインの方が勝ってはいるが…モンスターが実体化したこの場における攻撃数値とは、あくまで基準に過ぎない。若干不安がりつつも、俺はルインの傍を離れる。

 

「前大戦デノ…我ガ部下ノ敵ヲ取ラセテモラウゾ! 『破滅ノ女神』ヨ!!」

 

デーモンが剣を振り上げ、ルインに切り掛かる!

ジェノサイドキングデーモンの攻撃に、ルインは宙に浮かび、ひらりとかわすと空中で手に持っているロッドの先をジェノサイドキングデーモンに向ける。

 

「何ッ!?」

 

自分の攻撃がかわされ、デーモンが驚きの声をあげる。その最中にルインは呪文を唱え、ロッドの先端に閃光が蓄積されていく。そして…

 

「くらえ…≪エンド・オブ・ハルファス≫!!」

 

肥大した閃光の塊は大きな音を響かせながら放たれ、ジェノサイドキングデーモンの全身を呑み込んでいく。

 

「グアアアアアアッ!!」

 

大きく不気味な叫びを響かせるジェノサイドキングデーモン。

やがて叫びは聞こえなくなり、大きな爆発音とともに消滅した。

 

「ルインさん、見事です」

 

「す、すごいな…」

 

「主よ、敵はまだまだ来る。油断してはいけない」

 

「ああ、それじゃ俺も行くぞ! えっと…『ライトエンド・ドラゴン』を召喚!」

 

俺も自分のモンスターをデュエルディスクにセットし、召喚してみる。すると、いつものソリッドビジョンとは違い、実際の質量を持った純白の光竜が召喚される。

 

「頼むぞライトエンド! 敵を蹴散らせ!」

 

俺の意思を理解したらしく、『ライトエンド・ドラゴン』は翼を羽ばたかせ、空を舞う。そして口から光波を出し、モンスター達を蹴散らしていく。

 

「主! エンド・オブ・ザ・ワールドを引き起こしている奴と思わしき魔力の波動を感知した! こっちだ!」

 

「よし、わかった!」

 

ルインとウェムコと共にエンド・オブ・ザ・ワールドを使っている奴の魔力とやらを頼りに、モンスター達を撃破しつつ飛び回ってその居場所を探し、俺も走り続ける。

 

「ん? おい、人が倒れているぞ!?」

 

それも一人や二人ではない。顔をよく知る近所のおばさん、学校に登校しようとしていたランドセル姿の小学生、ウチの学校の生徒と思わしき制服姿の高校生、朝のジョギングをしていたと思わしきおっさん…誰も彼もが意識が無いようだった。

 

「この人達は一体…」

 

「…エンド・オブ・ザ・ワールドの発動には多くの人間の生気が必要だ」

 

「じゃあ…この人達まさかもう…!」

 

「いや、必要なのは肉体ではなくあくまで生気だ。この人達は生気を吸われて意識が無いだけで死んでいるわけではない」

 

「よかった…」

 

「しかし急がないければなりません…このまま生気を吸われ続ければ、いずれこの人達も衰弱死してしまうでしょう」

 

ウェムコの言葉に、あまり悠長に探してはいられないのだと悟った。

 

「そうか…じゃ急いで探さないと」

 

俺たちはまた走り出す。しかし、俺達の行く手を阻むかのように、モンスター達はどんどん増していき、俺達の足を止める。

 

「くっ…数が多すぎる!」

 

「わたくし達だけでは防ぎきれませんわ!」

 

「なら目には目を、数には数だ! 来い! 『大天使クリスティア』! 『カオス・ソーサラー』! 『終末の騎士』! 『儀式魔人プレサイダー』!」

 

デッキの上からカードを4枚めくり、その中にあるモンスターカード4体をディスクの残りのモンスターゾーンを全て使用し、召喚する。

彼らは喋りはせず、コクリと頷くとルインとウェムコと共にそれぞれ敵のモンスター達に攻撃を仕掛けていく。

クリスティアとカオス・ソーサラーが攻撃を放つ、終末の騎士とプレサイダーが剣でモンスターに斬りかかる。しかし、クリスティアとカオス・ソーサラーはまだしも、終末とプレサイダーはあまり攻撃力が高くない。1対1であればそこそこ戦えたかもしれないが、戦力差が1対複数ともなると、1体倒してもまた次のモンスターが押し寄せてくる。とうとうモンスターの波に負け、終末の騎士は暗黒界の尖兵ベージに、プレサイダーはレッサー・デーモンの攻撃を受け、やられてしまう。

 

「終末の騎士! プレサイダー! …ぐっ!」

 

それと同時に俺の呼吸が一瞬苦しくなり、ディスクに表示されているライフポイントが減少する。

 

LP4000→3500

 

「大丈夫か主!?」

 

そんな俺を心配してか、ルインが駆け寄ってきた。

 

「あ…あぁ…」

 

「気を付けてくれ、モンスターがやられると、術者である主にもダメージが及ぶ」

 

「主様、敵の数が多すぎますわ…! とてもではないですが、わたくし達だけでは押さえられそうにありません…!」

 

「それなら…!」

 

そこで俺は一枚のカードを取り出し、そのカードで敵を一掃することにした。

 

「これでどうだ! くらえ! 『ライトニング・ボルテックス』!!」

 

俺が発動させたのは魔法カード『ライトニング・ボルテックス』。カード効果は相手フィールドの表側モンスターを全て破壊する強力なカードだ。

眩しい閃光と共に雷撃が辺り一面に炸裂する。

あまりの眩しさに俺は一瞬目を瞑ってしまったが、雷撃が止み、しばらくして目を開けるとモンスター達の声は消え、その気配も感じられなくなった。

これで少しは安心かと思った時、ウェムコが俺の元まで駆け寄ってきた。

 

「主様! ルインさん! エンド・オブ・ザ・ワールドを発動している者と思わしき人物の居場所が分かりましたわ!」

 

「よし、ならさっさと行こう!」

 

居場所がわかったんなら話は早い。早速止めるべく、俺はルインとウェムそしてモンスター達と共にその場所へと向かった。

 

「待っていろ……デミス…」

 

その途中、ルインが何か呟いた気がした。




唐突に訪れた世界の終わりですが、デュエルはやりませんw
遊戯王DMのドーマ編やGXの異世界編の時みたく、主人公は実際に直接モンスターを召喚して戦うというスタイルとなります。なんだか能力者バトルみたいな感じw
サブタイには「前編」とありますが、この後中編・後編と続く予定です。
しばらくデュエルをお休みする形となりますが、申し訳ないです。

次回、ルインvsデミス!
そして…覚醒する力!


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第18話:「終わりの始まり(中編)」

エンド・オブ・ザ・ワールドの発動を阻止するべく、儀式を発動している者の居場所を探すルイン達。大量のモンスター達の襲撃を退け、辿り着いた場所は学校だった。
ついに正体を現した終焉の王デミス…そしてデミスとの激闘を繰り広げるルイン…。
その最中、ついに主人公の秘められし力が覚醒する…!


「ここは……学校?」

 

ウェムコに案内され、辿り着いた場所は俺が毎日通っている場所…そう、ルインも来た事のある学校だ。

登校途中だったのだろうか、昇降口前には生徒や先生が何人か倒れている。おそらく校内も同じような惨状だろう。

息を切らしながら、グラウンドへ一歩歩み寄った瞬間、何かの気配を感じた。

その気配は上から感じ、見上げるとグラウンドの上空に魔法陣が描かれ、その中央に誰かがいる。

 

「あれは…」

 

「あやつこそエンド・オブ・ザ・ワールドを引き起こした張本人……終焉の王、デミス!」

 

上空に浮かんで静止しているのは、漆黒の鎧を身にまとい、そして大きな斧を持っている巨躯なモンスター…終焉の王デミスは、目を閉じ、絶えず呪文のような言葉を呟いている。そして奴よりもはるか上空には、巨大な魔法陣が空に描かれていた。

やはりあいつがこの禁術は、奴が引き起こしているらしい。

 

「あいつが原因か…」

 

「主」

 

「ん?」

 

「危険だから離れていろ」

 

「ルインさん、わたくしも…!」

 

「いや、ウェムコ。ここは私一人で十分だ」

 

ルインはそう俺達に告げると、一人でデミスと同じ高さまで上昇し、デミスの近くまで寄る。

俺は飛べるわけないので下から見ているしかないが、お互いに黙って対峙し合うデミスとルインからは、殺伐とした空気が流れていた。

 

「ルイン…一人で大丈夫なのか…?」

 

「主様!」

 

ウェムコの声に、俺はハッと周囲を見回す。

気が付けば俺達の周りをまた多くのモンスター達が囲んでいた。

 

「主様、ここはわたくし達で食い止めます!」

 

そう言ってウェムコと俺の召喚したライトエンド、クリスティア、カオス・ソーサラーはそれぞれモンスター達に攻撃を仕掛ける。

 

………

……

 

「久しいな、破滅の女神ルインよ」

 

「終焉の王…デミス!」

 

デミスは先ほどまで唱えていた呪文を止め、目を見開き、目の前にいるルインをしっかりと見据える。

 

「デミス…お前は何故…何故、エンド・オブ・ザ・ワールドなど…!」

 

「何故だと? ならば我こそ貴様に質問しよう。それを何故貴様は我に問うのか?」

 

「何っ!?」

 

「精霊であり、我々エンド・オブ・ザ・ワールドの使い手は、主の命令には絶対な存在。我が主はこの世界の終焉を望んでいる」

 

「ならば貴様のマスターとやらは何者だ!?」

 

「それを貴様に話す義理はない」

 

「…ならば話さなくてもいい…ここで貴様を倒し、エンド・オブ・ザ・ワールドを止める! それが主の願いであり…同時に私の願いでもある!」

 

ルインはロッドの先端をデミスに向け、そう言い放った。

 

「たとえ貴様の主が世界の終焉を望んでいたとしても……私はこの世界が…主と共に過ごしたこの世界が好きだ!!」

 

「自分の願い…か。フフ、なるほど、そうか…やはりお前は少し変わったようだな」

 

「そう言うお前は全く変わっていないがな」

 

デミスとルインの口調は、まるで久しぶりに会う友達のようだ。しかし、またすぐに殺意のこもった空気になってルインはロッドを、デミスは斧を構える。

再び沈黙が訪れ、緊張がこの場を支配する…。

もしかしたら永遠にこの二人は動かないんじゃないかと思った…その時だった。

 

「…!」

 

「…ふん」

 

二人が動いたのはほぼ同時だった。

風が吹き、木がざわめいた瞬間、二人の間に流れていた緊張された空気は一気に開放され、刃がぶつかり合う音が響く。

その瞬間、ぶつかり合った衝撃で風がブワッと吹き荒れ、学校の窓ガラスは音を立てて割れ、俺も吹き飛ばされ、地面に背中を打ち付ける。

起き上がって空を見てみると、ルインとデミスは高速で移動しながらお互いの武器を交わし、ぶつけ合っている。

この戦闘スピード、おそらく普通の人には見えないだろうけど、目を凝らしてよく見てみると…ルインがやや押されている!?

 

「…っ!?」

 

「…確かにお前は変わった。そして以前よりも……弱い」

 

「うぐっ……っ!」

 

デミスと鍔迫り合いになったルインは、力負けしてしまったのかデミスが斧を振るうと飛ばされる。

すぐに空中で静止するルインだが、俺にも分かる……デミスの方がルインより強いと。

俺はカードで援護しようとした。しかし…、

 

「主は…手を出すな!」

 

そんな俺の気配を悟ったのか、ルインは空中で俺の行動を制止させる。

 

「何で!? デミスはお前より…!」

 

「だめだ……これは私が…私が何とかしなければ…!」

 

俺を言葉で止めるルインが片手を空に翳すと、ロッドの先から丸い魔力の塊を発生させた。

そしてルインは聞き慣れない言葉で呪文を唱え始めた。すると魔力の塊はみるみる大きくなっていく。家の前でジェノサイドキングデーモンに使った破滅の呪文だ。

しかし、これまでの大きさとは桁違いにデカく、ルインよりはるか下にいるはずの俺にまでその熱波が届いた。

 

「くらえ! 破滅への序曲、≪エンド・オブ・ハルファス≫!!」

 

そして、ルインが大きな魔力の塊をデミスに向けて放とうとした時、デミスもルインに向け片手の掌を向ける。

それでもルインは魔力の塊をデミスに放った。

それと同時に、デミスの掌からは青黒い炎の弾が飛んだ。

 

「終焉の焔、≪ディマイズ・エンド・フレイム≫」

 

轟音とともにデミスに放たれた炎の塊は、大きな爆発とともルインの放った魔力も呑み込み、炸裂した!

 

「うわぁあぁっ…!!」

 

俺は思わず目を瞑ってしまった。それと同時に、ルインの悲鳴が聞こえた。

爆発音と粉塵が止むと、俺はゆっくりと目を開ける。

そして…目の前の光景を見て驚愕いた。

 

「うっ……ぐっ…!」

 

そこには、デミスに片手で首を締め付けられ、持ち上げられているボロボロになったルインの姿があった。

先ほどの爆発で、体のあちこちに火傷や切り傷を負っているルイン…しかし一方のデミスは、傷一つ負っていない。

ルインのロッドの先端はもう片方の手でデミスが握っており、反撃することができない状態だ。背中に斧を背負った状態のデミスは、ルインの首を握っている方の手に更に力を込めると、ルインの苦しそうな声が耳に聞こえた。

 

「あっ…! がっ…あぁぁっ!」

 

「弱いな…あまりにも弱すぎる」

 

ルインの悲痛な叫びとは裏腹に、デミスの口調は淡々としたものだった。

 

「もういい、今の貴様では我には敵わん」

 

まるで玩具に飽きたような、そんな口調でデミスは地面へルインを投げ捨てる。

 

「ルイン!!」

 

俺は走ってルインを受け止めようとしたけど…残念ながらそううまくはいかず、下敷きになってしまった。かなり痛い…。

 

「ハァ…ハァ……あ、主…」

 

「だ、大丈夫か?」

 

「あぁ…なんとか」

 

ふらふらと起き上がりルインを見ると、かなりダメージを負っているようだ、肩で息をしている。

その時、上空から何かピリピリとした殺気のようなものを感じ、俺たちは上を見上げた。

 

「……あれは!」

 

上空にいるデミスは、空に掌を翳し、そこからは先程のルインの破滅の呪文のように大きく、そして群青色の炎がメラメラと燃え上がりながら次第に大きくなっていった。

 

「エンド・オブ・ザ・ワールド発動の前に、まとめて消えるがいい」

 

「くっ…主、離れて、うっ……!」

 

立ち上がろうとしたルインだが、やはりダメージが深刻なのか腕を押さえながら蹲ってしまった。

そしてデミスは十分に大きくなった巨大な青黒い炎の塊を俺達に向かって放つ!

 

「≪終焉の嘆き≫!!」

 

轟音とともに向かってくる大きな炎の塊……俺は…覚悟を決めた。

しかし、その時だった。

 

「≪インビジブル・サンクチュアリ≫!!」

 

突如俺達の前に何者かが両手を前に突き出してバリアを張り、俺達をデミスの攻撃から守る。

 

「ウェム…コ…?」

 

「危ないところでしたわね、主様にルインさん」

 

俺達を守ってくれたのはウェムコだった。そして後ろの方からは、俺が召喚したライトエンド、クリスティア、カオス・ソーサラーもやって来た。

 

「あ、ありがとうウェムコ! だけど…あのモンスター達はどうした!?」

 

「あらかた片付けましたわ。一刻でも早く駆けつけたかったので、なんとか間に合ってよかったですわ」

 

ウェムコは俺達のことをとても心配していたようだった。

モンスター達も喋れないが心配そうな表情を浮かべているので、俺は笑みを返すとそれぞれ安心したような表情を浮かべていた。

 

「あれが終焉の王デミス…なるほど、かなりの強者(つわもの)と見ますわ…。わたくし一人の力では抑えきれません。貴方達、援護をお願いします」

 

ウェムコが3体のモンスター達にそう指示を出すと、3体のモンスターはコクリと頷き、ウェムコの後に続いて空に昇る。

 

「待て…私も…! うっ…!」

 

「無理するなルイン! ここはウェムコ達に任せて、お前は少し休め!」

 

「くっ…あいつだけは…私が止めなくてはならないのに…!」

 

ルインは己の非力さをとても悔いているようだった。

なんとかして助けてあげたいとは思ったが…今は戦うことよりも休むことの方が先決だと思い、俺は無言でルインの肩を抱いた。

そして上空を見ると、デミスを相手にウェムコと3体のモンスターが激しい戦いを繰り広げていた。

ライトエンドが光のブレスを浴びせる。それによってデミスが一瞬ひるみ、隙を見せる。その隙を付いてクリスティアとカオス・ソーサラーが攻撃を放つ。だがデミスは自分の持つ巨大な斧を盾代わりにし、その攻撃を防ぐ。しかし、一方面の防御に徹しているせいで、背後がおろそかになっている。今度は背後からウェムコが攻撃を放つ!

 

「赫奕たる一撃、≪グレイス・エクセル・セイヴァー≫!!」

 

ウェムコの攻撃はデミスの背中に直撃する。

 

「ふん…ぬるいな」

 

「なっ…!」

 

…が、デミスのマントのように纏う青い色の炎によって阻まれ、ウェムコの攻撃はデミスの本体まで届かなかった。

 

「全員の相手は面倒だ。まとめて消えろ!! ≪終焉の嘆き≫!!」

 

デミスが斧を翳す、呪文を唱える。すると、斧が先ほどの青黒い炎と一体化する。そしてデミスが群青の炎と化した斧を大きく横、縦、あらゆる方向に振ると、振った斧の軌道を描くように青黒い炎が伸び、全方位に伸びた炎はその進路上にあるあらゆる物を呑みこみ、破壊していく。その炎の中に、クリスティアとカオス・ソーサラーが呑みこまれてしまい、消滅した。

 

「きゃあああああっ!!」

 

次に爆発音とウェムコの悲鳴が聞こえ、俺とルインはその場に臥せた。

青い炎は俺達のすぐそばまで迫り、そのまま地面を抉り、粉塵を巻き上げる。巻き上げられた粉塵は容赦なく俺達の体に降り注ぎ、土砂や小石によって俺達の体は傷つく。俺はルインの上に覆いかぶさるようにして、少しでもダメージを和らげようとした。

…デミスの一斉攻撃が終わり、体が激しく痛む中、俺はゆっくりと起き上がり辺りの状況を確認する。

 

「…!」

 

その悲惨な光景に、俺は声が出なかった…。

辺りは悲惨なもので、校庭のあちこちにはデミスの攻撃によってクレーターのような大穴が空き、俺の周りには倒れて気絶しているウェムコ、それに意識はあるようだが動けない状態のライトエンド・ドラゴンが力なく横たわる…。

 

「どうした小僧? もう残っているのは貴様だけだぞ」

 

「くっ…!」

 

上空から俺を見下すデミスを見上げて、睨みつける俺だが…悔しいけど、今の俺には何もできない…。

 

「で…デミス…!」

 

その時、俺の後ろでうずくまっていたルインが起き上がった。

 

「まだやるつもりか。何故戦う? その状態で我に勝てるわけがないだろう」

 

「たとえ…貴様に勝てる可能性が絶望的でも…」

 

ロッドを拾い、その切っ先をデミスに向けるルイン。

 

「私は…絶対にお前を止める! お前を止めなければ…この世界だけでなく…主まで失う羽目になる! だから止める…絶対に!!」

 

こいつ…! 自分がこんなにボロボロなのに…デミスとの力の差がこんなにあるのに…!

それなのに……俺なんかの為にこんなにも…!

 

「っ…もういい! もうよしてくれ!」

 

「主…エンド・オブ・ザ・ワールドを止められるのは…デミスか私しかいない」

 

「だけど…これ以上はお前が…! 俺なんかのために…お前がそこまでして戦うことなんて…!」

 

俺なんか…何もないただの人間なのに…そんな俺なんかのために…こんなにボロボロになりながらも、尚も己の命を賭して戦おうとするルインの姿に…俺は思わず、涙があふれてきた。

 

「主…自分のことを〝なんか″なんて言うな…」

 

そう言うとルインは、傷だらけの両手を俺の頭と背中に回し、俺を自分の胸へ抱き寄せる。

 

「ルイン…!」

 

「主よ、私にとって貴方はたった一人の主なんだ。たった一人、私にできた初めての守るべき人…私は貴方に仕えていることを誇りに思う。だから自分を卑下しないでくれ…悲しくなるじゃないか」

 

その言葉に、俺の中で抑えていたものが溢れたようで、思わず大きく嗚咽を漏らしながらルインを思いっきり抱きしめ、まるで子供のように泣きじゃくる。

ルインは、そんな俺を暖かい手で抱き、優しい微笑みを零す。

ああ…ルインの体を通して…ルインの心臓の鼓動を感じる…。こんなにも強く…脈打っている…まだ強く生きている…まだ強く生きていられる!

そう思うと、自然に涙が止まり、改めてルインの前に向き直る。

 

「大丈夫だ主、私は死なない。だからもう泣くな」

 

「ルイン…俺…!」

 

「必ずエンド・オブ・ザ・ワールドは止めてみせる。だから主は何も心配することはない…ウェムコを頼んだぞ」

 

そう言いルインはまた空へ翔けて行く。

最後に見せたルインの顔は、ボロボロなのに、本当に心配いらないと思えるほど…女神としての誇りを尚も捨てず、俺に仕えていることを本当に誇っている、凛としたものだった…。

 

「懲りない奴だ」

 

「私は主と約束した…エンド・オブ・ザ・ワールドを必ず止めると!」

 

傷一つ負っていないデミスにボロボロのルイン…だが、それでもルインは諦めない。

 

「はぁあっ!!」

 

「…ふん」

 

衝撃音と共に、ロッドと斧が交差する。

しかしデミスが力強く斧を振るうとルインのロッドは弾き飛んだ。

デミスの手がルインの首を掴み、締めつける。

 

「ぐっ…あっ…!」

 

「これで終わりにするか、続けるか?」

 

デミスの手に力が入る。

その度にルインが苦しそうな声を上げる。

 

「ルイン…!!」

 

思わず叫び、空を見上げる。もしこのまま俺が…「助けてくれ!」と叫べば…ルインは助けてもらえるかもしれない!

一瞬…そんな考えが頭をよぎった。

だがその時、俺はルインの目を見た。

ルインの顔は苦痛に歪んでいる…だが、その目だけはまだ諦めていなかった。先ほどと同じよう、誇り高き、凛とした〝破滅の女神ルイン″としてのその姿…俺が止めた所でルインは死んでも闘い続けるだろう。

 

「……ルイン」

 

なら…勝て…。

 

「負けないでくれ…ルイン…!」

 

世界のために…俺の為に…そこまでした戦うのなら…勝ってくれ!

 

「負けるなぁ!! ルイン!!」

 

ありったけの声で叫ぶ。この声が、ルインの力になるのなら! この心からの叫びで、世界が…ルインが救われるなら! 何度だって叫ぶ…この想いが届くように!!

 

 

 

その時だった。

 

 

 

カッ!!

 

「…え?」

 

突然俺のデッキの一番上のカードが光り始めた。

まるで俺の叫びに呼応したかのように…そのカードは眩い光を放つ。

 

「これはっ…!?」

 

まばゆく輝くカード…それは神々しくもあり、同時に凶々しくもあった。

 

 

 

 

 

―…〝力″ガ欲シイカ?

 

 

 

 

 

「っ…!?」

 

その時、突然何者かの声が頭の中に響いた。

まるで誰かが、俺の頭の中に直接話し掛けてきたかのように…。

 

 

 

―悪ヲ倒ス為ナラバ悪ニデモナレ、俺ガ力ヲ貸シテヤロウ…。

 

 

 

〝そいつ″がそう言うと、まるで俺の中に何かが入ってくるような感覚がした。それと同時に意識が同調する感覚…。

そして俺は無意識にカードをデッキから引き抜く。

引いたカードは光り輝く1枚のカード…。

 

「むっ…!? 何だ!? この力は…!」

 

「ある…じ…? (主の眼が…金色に…?)」

 

そのカードから発せられる膨大なエネルギー…それはまるで、俺に無限の力を与えるかのようだった。俺は引いたカードを大きく掲げ、ためらい無く発動させる。

 

 

 

 

 

「発動せよ!!『超融合』!!」

 

 

 

 

 

「『超融合』だと!? まさか…あの小僧…!」

 

デミスが驚きと恐怖の混ざった声で叫ぶ。

発動したカード…『超融合』は、デミスの攻撃を受けて校庭に横たわるライトエンド・ドラゴンと、デミスに掴まれているルインを吸収する。それらは二つの光となり、1つに交わる。

 

「主…様…?」

 

ウェムコが目を覚ましたようだ。その声で、俺はハッと正気に戻る。

 

「…ウェムコ…? 俺は…一体…?」

 

「それよりも、あれを…!」

 

俺はウェムコが指差す方向を見る。眩い光は立ち込め、そしてその中から一人の女神が現れる。

全身に煌びやかな金の装飾を纏い、白い羽衣を纏ったその女神は、尚も眩い光を発しながらデミスの前に対峙する。

こんなモンスター…いや、女神は…俺は今まで見たことがなかった。

 

「貴様…ルインではないな! 何者だ!」

 

デミスがその女神にへと斧を振り下ろす。

しかし斧は女神に届く前に弾かれ、衝撃でデミス自身も吹き飛ぶ。

 

「こ、この力は…!」

 

空中で踏みとどまると、デミスが驚きの声をあげる。

この女神は…明らかにルインとは全く違う存在だ。

 

 

 

 

 

「我が名は…『マアト』。真理を司りし者…」




ついに本格的に動き出したデミス…。
いや~、正直強く書きすぎたかな?っていうのが本音w
だってルインはまだしも、自分よりも攻撃力の高いウェムコやクリスティアとも互角以上に戦ってるんだものw
ちなみに、このデミスはGX本編において、エドとのデュエルで敗れたデミスその人です。
それが何故こんなところにいるのかというと…それはまた今度。

さぁ…ついに発動した超融合…。デミスに続き覇王やマアトも登場し、GXの世界観にだんだん繋がってきましたね。
次回、決着!そして…。


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第19話:「終わりの始まり(後編)」

エンド・オブ・ザ・ワールド発動の前に、突如語りかけられる謎の声…。
その声の主に導かれるままに発動した謎のカード…『超融合』。
その力により、“破滅の女神”は“真理の女神”にへと変貌を遂げる。
世界を命運を賭けた戦い、ついに決着!


「『マアト』…だと…?」

 

ルイン…いやマアトは、デミスの前に対峙したまま微動だにしない。

 

「ふん、面白い!」

 

デミスが斧を上に翳す。

そこから青黒い炎が出現し、どんどん大きくなる。デミスの技、≪終焉の嘆き≫だ。

デミスも本気らしいのか、今回は今までのとは違いとてつもなくデカい!

小さくても威力があるのに、あんなのをぶつけられたら…!

 

 

 

 

 

―――――第19話:「終わりの始まり(後編)」―――――

 

 

 

 

 

「ルイ……マアト!!」

 

「主よ、今こそ私達の力を一つにするのです」

 

俺が叫ぶと、マアトは俺の方を向いて静かにそう答えた。やはり口調もルインとは違う…。

俺達の力を一つにする…? それは一体どういう意味なんだ…?

 

「よくお聞きください、主よ。デッキとは希望…カードとは未来…それを引き当てるのはデュエリストの宿命…心の目で見て、カードをお引き下さい。真理の力が、貴方を導きます」

 

「真理…わかった!」

 

目を閉じ、デッキの上に手を当てる。そして感じ取る…デッキの中に眠るカード達の脈動を…。

わかる…わかるぞ! 1枚1枚がそれぞれ、違う形で俺に語りかける…このカードは…そう!

 

「いくぞ、マアト! 俺のデッキよ…真理の可能性を俺に見せてくれ!」

 

 

目を閉じたまま、デッキからカードを引き抜く!

 

 

 

 

「≪真眼の引き札(オース・サイン・ドロー)ォォォォォ≫!!」

 

 

 

 

 

 

引いたカードは…!

 

「感じる…感じるぞ! このカードは『死者蘇生』!!」

 

そして引き当てたカードを見てみる…やはり『死者蘇生』のカード!

 

「すごい…! カードを見ていないのに言い当てるなんて…!」

 

そんな俺の姿を見て、ウェムコが呟く。

ドローした『死者蘇生』を掲げると、光の柱となってマアトの中に吸い込まれる。それと同時に、マアトの力が増しているようだ。

 

「なにっ!?」

 

その光景を見て、デミスが驚きの声を上げる。

まだまだ…デミスに勝つには、これだけの力じゃ足りない!

 

「2枚目…ドロー!! …『マシュマロン』だ!」

 

もちろん引いたカードは『マシュマロン』だった。

『マシュマロン』のカードもまた、マアトに吸い込まれて力となる。

 

「おのれぇ…! こんなことで我に勝てるなどと思うなよ!!」

 

ふとデミスを見ると、デミスの発生させた青黒い炎はとてつもなくデカくなっており、もうデミスの身の丈以上もある。

デミスはそれを今にもマアトに向けてぶつけそうな勢いだった。あんなのを放たれたら本当に世界が終わってしまうかもしれない! だがその前にせめて…せめてもうあと1枚だけ!

 

「3枚目…ドロー!!」

 

「喰らうがいい!! ≪終焉の嘆き≫!!」

 

俺がカードの名前を宣言し終わらないうちに、ついにデミスが炎を放った! その大きさはデミスの身長の三倍はあるだろう。

その攻撃がマアトに届く前に、俺はカード名を高らかに宣言する!

 

「3枚目は…『オネスト』だ!」

 

『オネスト』が光の柱となってマアトに吸い込まれるのと、デミスの≪終焉の嘆き≫がマアトに直撃したのはほぼ同時!

凄さまじい衝撃波と熱波が押し寄せ、俺の体は宙を舞い、吹き飛ばされる。しかし、そんな俺の体をウェムコが支えてくれたおかげで、そこまで遠くに飛ばされなくて済んだ。

 

「主様! 大丈夫ですか!?」

 

「俺は…大丈夫だ! それよりもマアトは!?」

 

俺たちは上空へ目を向ける。

黒煙が立ち込め、青い炎が尚も大気を燃やす…デミスの方は健在…だが力の大半を使ったからなのか、かなり息が上がっているようだった。

一方、マアトはというと…、

 

「「「…!?」」」

 

その姿を見て、俺、ウェムコ、デミスの3人が驚く。

なぜなら、あれだけの攻撃をマトモに受けたにもかかわらず、そこには…先ほどと同じく、微動だにしないマアトの姿があったからだ。

しかもその身にはもちろんのこと、全身に纏う煌びやかな装飾にすら、傷は一つもついていない。

 

「主、貴方の力、見事に受け取りました」

 

マアトは俺の方に視線を送る。

そして力が弱まっているデミスに、その手に持つ長いロッドの先を向ける!

 

「真理の福音、≪アメミット・ジャッジライト≫!!」

 

それは、一瞬の出来事だった。

マアトのロッドの先から放たれた閃光が、巨大な鰐の頭部のような形を作り、デミスに迫る!

 

「何っ!? こ、これは…この力は…やはり……!」

 

刹那、巨大な光の鰐は、デミスを呑み込んだ。

 

「ぐっおおおおぉおぉおぉおお!!」

 

デミスは叫び、光にその身を灼かれながら空から地面に落ちた。

 

「や…やった! やったぞ!」

 

ズシンと言う音が響き、デミスは力なく横たわる。俺はこれで勝利を確信した。

しかし…、

 

「ぐっ…! ふっ…フフフフ…」

 

「…!?」

 

あれだけの攻撃を受けてもまだ、デミスは再びゆっくりと立ち上がり…そして笑い始めた。

 

「まさか…貴様が覇王の後継者とはな……」

 

「何だと…? 覇王…?」

 

覇王とは一体何なのか…それについてデミスに問いただそうとしたが、デミスはさらに話を続ける。

 

「だが…エンド・オブ・ザ・ワールドはもう止まらない…! もうじきこの世界は消滅する…我の勝ちだ! ククク…ハーッハハハハハ!!」

 

言葉はそこで途切れ、デミスの姿は突然消えた。

改めて空を見ると、そこにはマアトがいる。…が、今の一撃で力を使い果たしたのか、徐々にその姿が解けていく。

やがて、俺がよく知る、いつものルインの姿に戻った。

 

「ルイン! 大丈夫か?」

 

「あぁ、私は問題ない」

 

ルインは俺の前に降り立つ。

不思議と先ほどまで傷だらけだった箇所は治っているようだった。融合していたおかげなのだろうか…?

 

「デミスは…どうなったんだ?」

 

「…死んだわけではない、トドメを刺す前に姿をくらませてしまった。いずれはまた復活するだろう…。だが、あれだけのダメージだ。復活するのはかなり時間がかかると思われる。それよりも、今はエンド・オブ・ザ・ワールドを…」

 

「止められるのか…?」

 

「…デミスと戦っている間に、儀式の段階はかなり進んでしまったようだ。今はもはや最終段階といったところだが…この状態で止められるかどうかは…正直五分五分といったところだ」

 

「そんな…」

 

確かに、上空に輝く巨大な魔法陣は、先ほどよりも光を増しているようにも見える。

どうやらデミスは、俺達を足止めするために闘っていたらしい。

 

「…かくなる上は私の全ての力を使い、エンド・オブ・ザ・ワールドを止める」

 

「おい待てよ…それってまさか…!」

 

嫌な感じを察し、俺はルインに問いただそうとする。

しかし、ルインは落ち着いた口調で話す。

 

「大丈夫だ主。たとえこの身が砕け散っても、私はまた必ず主の元へ帰ってくる」

 

ルインは笑っていた。優しく…朗らかに…。

 

「主様…ここはルインさんの言う通りかと…」

 

「…他に方法は無いんだな…?」

 

「あぁ…」

 

「そうか…。本当に帰ってきてくれるんだな…?」

 

「約束する」

 

「…わかった。いやルイン、行ってこい。帰ってきたら、またみんなで美味い物でも食おう」

 

「ソフトクリームもあるか?」

 

「勿論だ」

 

「なら、早く帰ってこなければならないな。…行ってくる」

 

「…頼んだぞ」

 

短い間だったが今までルインと過ごした日々が、まるで走馬灯のように俺の頭の中を回る。

ルインはどんどん空の上へと飛んでいく。そして、杖を翳すと何かをぶつぶつ唱え始める。

しかしその直前、ルインが俺に分け与えてくれた力のお陰か、ルインが俺に言った最後の言葉がはっきりと聞こえた。

 

 

 

 

 

「貴方に出会えて本当に良かった…私のたった一人の主、遊煌(ユウキ)…」

 

 

 

 

 

その時、ルインは始めて俺の名前を呼んでくれた。

 

直後、何かが爆発したかのように空が眩く光り、俺は思わず目を瞑った…。

 

………

……

 

 

 

…ま

 

…じ…さま

 

 

 

なんだ…? 誰かの声が聞こえる…。

もしかして……ルイン…?

 

「主様!」

 

「…!」ハッ

 

ウェムコの声で俺は目を覚ました。

あの後、ルインが呪文を唱え始め、空が光ったあたりから記憶がない…。気絶してたのだろうか?

 

「これは…」

 

上を見ると、空を覆っていたあの巨大な魔法陣はもう無くなっている。

そして周りを見ると、倒れていた人達が一人、また一人と起きあがっていく。どうやら意識が戻り始めているようだった。

 

「止めた…のか…?」

 

「そのようです」

 

どうやらルインのお陰で世界は救われたらしい。

 

「やったな、ルイン。……ルイン?」

 

周りを見回しても、空を見上げても、ルインの姿はどこにも無かった。

 

「ウェムコ、ルインは…?」

 

ウェムコは残念そうな表情を浮かべると、無言で首を横に振った。

 

「……わかりません…私も気を失っていたんですが、目が覚めたときにはルインさんの姿は何処にも…」

 

「そんな…!」

 

嘘だろ…? まさか…本当に死んじまったのか…?

 

「何でだよ…」

 

俺はその場に力無く座り込む。

確かに世界は救われた。しかし、ルインがいないなんて……。

 

「主様…ここは人目につきます、一度家に帰って今後の事を考えましょう」

 

…確かに、ウェムコの言う通りだ。今ここで座り込んでいたって、どうにもならない。

 

「……わかった」

 

俺達は一旦家に帰る事にした。

これからのことも考えられるし、もしかしたらルインがフラっと帰ってきてくれるかもしれないと思ったからだ。

 

 

 

 

 

しかし、それから何日経っても、ルインは姿を見せなかった…。

 

 

 

 

 

………

……

 

「ルインさんが消えて、もう一週間になりますわね…」

 

夕方、学校から帰って来た俺、『天領遊煌(テンリョウユウキ)』はリビングに向かうと、そこでテレビを見ているウェムコが呟いた。

テレビでは、1週間前にデミスが起こしたエンド・オブ・ザ・ワールドのことについて報道している。

しかし、世間にはあの事件のことはあまり認知されていない。というのもあの時、街の住民達はそのほとんどが生気を吸われ、気絶させられていたために何があったのか覚えていないからだ。唯一、学校のグラウンドでの戦闘が激しかったため、その攻撃の爪痕のことは大きく報道されたが。

そのため、新聞やテレビでは『原因不明! 集団催眠か、もしくは新種のウイルスか?』、『公立高校でテロ? 校庭に巨大な爆発跡が』、『嘘か真か、近隣住民からモンスターを見たという証言が!』といった見出しで報道されていた。

といっても、誰も覚えていないんだからその事件は既に住民達の記憶から忘れ去られようとしていた。学校のグラウンドも、この1週間の間に工事が進められており、もうほとんど元通りだった。

 

「…そうだな」

 

ウェムコの呟いた言葉に、俺は短く答える。

ルインがいない時はこんな生活当たり前だったのに…なのに、今じゃウェムコもいるのに何故か淋しい…。

あの時発動した謎のカード、『超融合』はいつの間にか俺のデッキから消えていた。

デミスが最後に俺に言っていた、〝覇王″という言葉の意味も気になる…。

 

「くそっ…!」

 

わからない事だらけだった。

せめてルインが居れば…。

 

「必ず帰るって…約束したじゃんか…」

 

俺はデッキの中から『破滅の女神ルイン』のカードを取りだす。精霊としてのルインが宿っていたカードだ。

しかしルイン無き今は、それはただのカードだった。

 

「ルイン…」

 

『破滅の女神ルイン』のカードを両手で抱く。

本当に死んじまったのか…? そう思うと…また涙が溢れてきた。

 

「帰ってきてくれよ…ルイン…」

 

俺の涙が…カードの上に落ちた。

 

 

 

カッ!!

 

 

 

「…えっ!?」

 

その時、急にカード光り始めた。

突然の出来事に俺もウェムコも動転している。

 

「これって…まさか…!」

 

光が止むと…目の前に一人の女性が立っていた。

流れるような銀色の長髪…碧い瞳…そして手には赤いロッドを握っている。

 

 

 

「我が名は『破滅の女神ルイン』。主のお呼びに与り、ここに顕現した」

 

 

 

俺と初めて会ったときと一言一句同じセリフで俺の前に出現した女性…。

 

「…なんてな。ただいま、主」

 

そう言って優しく微笑む女神…見間違えるはずもない!

ルインだった。

 

「おおおおお前本当にルインなのか!?」

 

「ああ、心配かけて済まなかったな。主、ウェムコ」

 

「本当に本物なんだな!? ものマネ幻想師やコピックスが化けてるんじゃないんだな!?」

 

「むっ、そんなに言うなら触ってみろ」

 

ルインは俺の手をとると自分の胸に押し付ける。

 

「どうだ、幻想でも幻影でもない。本物だろう?」

 

「ああ、本物だ……って、お、おまっ! いきなり何を…!」

 

「? 何って何がだ?」

 

「な、なんでもない! わかったから!」

 

俺は慌ててルインの胸から自分の手を引き離す。

…てか、小さいと思ってけど…意外と弾力があるんだな。…って俺は何を考えてるんだ!

確かに実感があった…このルインは幻なんかじゃない! 本物のルインなんだ!

 

「ルインさーん!」ガバッ

 

「うおっ! こらウェムコ、いきなり抱きつくな!」

 

よほど嬉しいのかウェムコはルインに抱きついてきた。

 

「今まで何処に行ってたんですの?」

 

「ん…まぁそれについての話は後だ。何はともあれ、改めて言わせてもらう」

 

ルインが真っ直ぐと俺の方へと向き直る

 

 

 

「ただいま、主」

 

「ああ、おかえり、ルイン」

 

 

 

約束通り、今夜は御馳走を用意しないとな。




というわけで3話に渡って書いてきたデミスによるエンド・オブ・ザ・ワールド発動篇でした。

主人公のチート技、真眼ドローはどこぞの「最強デュエリストのドローは全て必然、ドローカードさえも創造するドロー」に影響されて考えてみましたw
でも、こちらの方はあくまでデッキの一番上のカードがわかるだけ。漫画版5D'sでアキさんがやってた予見ドローに近いです。
なお、この能力はマアトがいないと使えないのでおそらく今後のデュエルではマアトがいない限りは出ないと思われます。(まぁマアト自体、召喚しにくいモンスターだからそんなバンバン出たりはしないと思うけどw)

そして明らかになった主人公の名前。
ぶっちゃけ、これといったこだわりはないですw ただ光属性のモンスターを多く使うので「天」とか「煌」といった漢字がつかいたかったのです。そして主人公だからやっぱり「遊」の字も。
どっかの名人様メダロッターに名前が似ているのは御愛嬌w
ちなみに、今まで召喚したモンスターの召喚口上にもちゃっかり「煌」の字が入ってたりします。(ライトエンド以外だけど)

さて、ここらへんでああっ破滅の女神さまっ、「女神様との日常編」はお終いとなります!(いつそんな編ができたって?今考えた!)
次回からは…少しシリアスな感じに。「覇王の胎動編」となります。
さっそく次回から新キャラも出てきますので、お楽しみに!


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登場人物紹介&用語説明

序章も終わったことですし、ここらで第1章で登場した主要人物と用語についてちょっと説明したいと思います。


~世界観~

 

この小説の世界観はアニメ遊戯王での世界観を重視しています。

時代背景としては5D'sの最終回後の世界です。

個人的な見解として、5D'sは今までの遊戯王シリーズと繋がっているとして、ZEXALは繋がっていない、平行世界での話なんじゃないかと考えています。

なので、この小説の世界はチーム5D'sが未来を救った後、シンクロに変わる別の進化の形としてエクシーズ召喚が開発された、といった感じです。

なので、シンクロとエクシーズの両方のモンスターが登場します。

また、漫画からの登場キャラはアニメには無い設定のため、この小説ではアニメ遊戯王の主人公とは関わりのない、オリキャラも同然の扱いとして書かせていただいてます。

 

 

 

 

 

~登場人物紹介~

 

天領遊煌(てんりょうユウキ)

男 17歳(高校2年) 身長172cm 体重59kg 血液型A型 誕生日4月20日

外見:黒髪に茶色のライン入ったセミロング。ところどころ髪がはねているが、それは癖っ毛のため(海産物に例えるなら…ミノカサゴ?)。瞳の色は茶でちょいツリ目。普段は専ら学校の制服を着ている。(制服は濃い緑色のブレザーで、赤いラインの入ったネクタイをするのが定番)。

妄想CV:福山潤

趣味:デュエルモンスターズ、家事

好きな物:デュエル、ラーメン、人の温もり

嫌いな物:デュエルを悪用する者、他人を見下す者、孤独

デッキ:儀式と天使、光・闇属性のモンスターを主軸とした「カオスリチュアル」

【デュエルが好きな普通の高校生。だが自分を生んで母はすぐ亡くなり、考古学者だった父親も落盤事故に遭い亡くなっている。両親の死という過酷な体験をし、また自分一人だけの生活がしばらく続いたためか、性格は結構ドライでクール。しかしデュエルにかける情熱は人一倍あり、デュエル時には少し熱くなりすぎる場面もしばしば。また、対戦相手を前にハッタリをかましたり、激励し合うという意外な一面を見せることもある。デュエルによるプレイングや戦術はそこそこのもの。家事は全般的に得意。】

 

作者メモ

当初は名前がなく、ルインやウェムコからは「主」や「主様」と呼ばれてました。これは第19話のイベントを起こすためにあえて今まで名前は伏せてましたw

名前は光属性のモンスターを多く使うので「天」とか「煌めく」という綺麗な字と、遊戯王の主人公ということで「遊」の字も使いたいと思い、考えてみました。結果、どっかの名人様メダロッターや天の道を往き総てを司る者みたいな名前にw

キャラのモデルとしては武装錬金の主人公、武藤カズキです。カズキの熱血部分をデュエル時以外OFFにしたような感じですかねw

 

 

 

破滅(はめつ)女神(めがみ)ルイン

女 ?歳(外見は20代半ば) 身長180cm 体重…秘密 血液型? 誕生日?

外見:カードのまま。ただし、普段は普通の人間の姿をしていなければいけないため、デパートで買った服を着ている(主にグレーのニットセーターとデニムパンツ)。また、度々ジャージ姿や体操服姿で書かれることもある。あと貧乳。

妄想CV:桑島法子

趣味:テレビを観ること

好きな物:主(LOVEではなくLIKE)、ソフトクリーム

嫌いな物:酒(本人は自覚無し)、主に害なす存在、世界の終焉

【『破滅の女神ルイン』に宿りしカードの精霊であり、自分を呼びだした遊煌に仕える。当初は遊煌が望むのであれば禁術“エンド・オブ・ザ・ワールド”を用いて世界を破滅させようとも思っていたが、遊煌はそれを望まなかったために、この世界での遊煌との生活を共に始める。そして生活を送るうちに、徐々にこの世界を気に入るようになり、デミスが“エンド・オブ・ザ・ワールド”を引き起こした際には自分の命を賭して止め、その際に終焉を止めるのは「自分の願い」とハッキリ言うようにもなった。しかし、この世界での生活を謳歌し過ぎたせいか、デミス曰く戦闘能力は以前よりも劣っているとのこと。また、私生活においてはちょっと天然が入っていたり、恥じらいのない場面で遊煌を困らせることも度々。カードの精霊ということを隠すために、世間には遊煌の父親が外人の女性との間に持った隠し子であり、遊煌の姉であると説明してある。】

 

作者メモ

そもそも何故主人公の精霊に破滅の女神ルインを選んだのかというと…答えは簡単、僕が好きだからですw

よく世間じゃルインは「様」を付けたくなるような結構Sっ気の強いツンツンなイメージだと思われがちですが、それにしたってこの攻撃力と効果…むしろ自分的にはちょっと天然でドジなところのあるキャラなんじゃないかと妄想しましたw

でも、そこは『破滅の女神』と、召喚魔法に『エンド・オブ・ザ・ワールド』なんて御大層な名前を貰っているカード。能力地は低いながらもしっかりと芯の通った誇りと威厳を持っています。

書くうえで元にしたキャラとしては戦場のヴァルキリアのセルベリア大佐。同じ銀髪だし、外見的には共通点は多いです。ただし、あちらが巨乳なのに対しこちらは貧乳ですが…w

 

 

 

救世(救世)美神(びしん)ノースウェムコ(ウェムコ)

女 ?歳(外見は20代半ば) 身長178cm 体重…ウフフ♪ 血液型? 誕生日?

外見:カードのまま。ただし、こちらもルイン同様に普段は普通の人間に見せるため普通の服を着ている(主に青色のワンピース)。ルインと違って巨乳。

妄想CV:田中理恵

趣味:お風呂

好きな物:主様(ルインと同じくLOVEではなくLIKE)、食べ物全般

嫌いな物:主様に仇なす者、救いのない結末

【『救世の美神ノースウェムコ』に宿りし精霊であり、ルイン同様、自分を呼びだした遊煌に仕える。周囲の人物には自分の名前に愛着を持たせて「ウェムコ」と呼ばせるようにしている。自身の存在を、世界に終末が訪れた際に、主を救世へと導くための存在と自負している。その力は全力を出せばルインをも凌ぐとさえ言われている。しかし、魔力消費が激しいため、大きな力を使う前にすぐに空腹になってしまう。普段はおっとりたした大人の雰囲気を醸し出しているが、怒った際にはおそらくすごく恐い。こちらも世間には遊煌の姉と説明してある。】

 

作者メモ

ルインピン挿しだけで儀式デッキを構築するにはどうしても無理があったため、登場させたもう一人の儀式モンスター。今はまだメインで描かれることがないウェムコさんですが、今後スポットが当たってメインで書かれることもあると思います。

元キャラはこれといってありませんが…強いて言うなれば田中理恵さんが演じたおっとり&腹黒キャラ全般ですかねw

 

 

 

加護(かご)アリア

女 17歳(高校2年生) 身長165cm 体重…ないしょ♪ 血液型O 誕生日9月28日

外見:髪型は頭の横で二つに束ね、おさげにしたたくり色の髪。目が悪いので丸い眼鏡をかけている。また、発育のいい大きな胸が特徴。

妄想CV:南央美

趣味:デュエルモンスターズ、昆虫の観察

好きな物:デュエル、昆虫、お風呂、料理

嫌いな物:嘘

デッキ:仲間を装備することにより様々な能力を引き出す「甲虫装機」

【遊煌の幼馴染で、現クラスメイト。活発で元気な娘で、よく遊煌や星華と一緒に学校でデュエルしている。両親は海外でカードの販売業を行っており、現在は家で一人暮らししている。しかし、昔は遊煌とよく自分の家で遊んだり、また遊煌の家にも遊びに行っていた。デュエルにおいては、強力なモンスター群「甲虫装機」を操るが、遊煌曰く「詰めが甘い」とのこと。そのため、普段のデュエルでは遊煌に負けることの方が多い。しかし、最近は遊煌が関心せざるを得ないほどの類い稀なるプレイングを見せつけ、圧巻させる。】

 

作者メモ

よくある主人公の幼馴染キャラです。そして…この小説では同時に「ライバル」としても描かれます。

名前の由来は、昆虫族のモンスターを使うので、永続魔法の『無視加護』からとって“加護”、そして遊戯王ヒロイン“あ”で始まる法則に則り&昆虫の“蟻”から“アリア”という名前にしました。

個人的には甲虫装機という使われることも多ければ嫌われることも多いこのデッキを、どうにかして本気の強さを出さずに遊煌といい勝負にさせるのかが難しかったですが、この娘の活発で天真爛漫なキャラのお陰でなんとか書けているという状態ですw

ただし、その純粋さ故に、ちょっと嫉妬深い一面もあります。

参考にした元キャラとしては、C3の村正このは。外見的特徴はまんまこの娘ですw

 

 

 

終焉(しゅうえん)(おう)デミス

男 ?歳 身長195cm 体重108kg(鎧着てるから) 血液型? 誕生日?

外見:カードのまま。ただしカードよりかはアニメGXに登場したのがイメージに近い。

妄想CV:高木俊

趣味:斧の手入れ

好きな物:我が主(LOVEではなく主従関係として)、戦い

嫌いな物:我が主と自分の邪魔をする者、弱い者

【ルインと肩を並べるもう一人の“エンド・オブ・ザ・ワールド”の使い手。主の命令には絶対服従であり、エンド・オブ・ザ・ワールドを止めようとしたルインの言葉に耳を貸すことはなかった。その力はルインやウェムコ、その他遊煌が召喚したモンスター総出でかかっても倒せないほど強靭なもの。斧と青黒い炎を用いた攻撃を得意とする。ルインと昔何かあったようだが…果たしてルインとデミスに何があったのか?】

 

作者メモ

デミスはこの小説を書くきっかけとなったモンスターです。そもそものきっかけは、遊戯王GXで覇王の部下だった白魔導士と黒魔術師が合体してデミスが登場した時です。その当時から僕はルインが好きだったので、ルインをメインにした遊戯王の小説を書こうと思い、どんなストーリーにしようかな…と考えた際、ルインといえばデミス、デミスといえばGXに登場、GXといえば覇王、ならば覇王を題材にした遊戯王小説を書こう、と思い、この“ああっ破滅の女神さまっ”を書き始めることとなりましたw

なので小説本編でも、後ほどその辺の話に触れることになると思います。

 

 

 

 

 

~用語説明~

 

【エンド・オブ・ザ・ワールド】

世界を滅ぼすほどの力を持つ強大な禁術。扱えるのは破滅の女神ルインと終焉の王デミスの二人のみ。それぞれ儀式が完了した際のエフェクトが違い、デミスは儀式が完了すると空に描いた巨大な魔法陣が巨大な青い炎となって地上に堕ち、そこから決して消えない炎が波紋状に広がっていき、やがて世界を焼きつくす。一方ルインは、上空に巨大な魔法陣を描くところは同じだが、完了した際には宇宙に散らばる破滅の光が魔法陣に集められ、そこから一気に地上に放出され、やがて地上は全て光に呑まれ、溶けて消滅する。

エンド・オブ・ザ・ワールドを発動する際には多くの人間の生気が必要であり、準備段階には先兵として闇世界のモンスター達が儀式を邪魔しようとする者を排除するために召喚される。

 

【マアト】

ルインが『超融合』の力を得てライトエンド・ドラゴンと融合した姿。真理を司りし女神。

口調がルインと異なり、少し穏やかなものになる。

主である遊煌に“真理”の力を与え、主従一体の技“真眼引き(オース・サイン・ドロー)”によってその力を増す。

 

真眼引き(オース・サイン・ドロー)

遊煌がマアトの真理の力を得て会得したドロー術。目を閉じ、集中することにより、カード1枚1枚が放つ脈動を読み取り、カードを見ずに何のカードか当てることができる。

元はバトルシティ決勝戦で武藤遊戯がカードを見ずにドローし、そのままデビルズ・サンクチュアリのカードだと確信しプレイしたことが発端とされている。

いつでもできるわけではなく、マアトがいなければこのドロー術は発動することができない。ちなみにこの技は遊煌が真眼引きに成功する限り、マアトの力をいくらでもパワーアップしていくことが可能。ただし、真眼引きは1枚引く毎に少なからず主である遊煌も体力・精神力を消耗していくため、乱発は無用。



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覇王の胎動編
第20話:「二人の天使 ~Twin Angel~」


ルインが生きていたことに素直に喜ぶ遊煌とウェムコ。
しかし、遊煌は自分の中に宿った“覇王”という存在がどうしても気になる。
そんな時、ルインは覇王のことを知るとある2人の精霊を遊煌の前の呼び出す。
その精霊とは…?


「……ここは……どこだ…?」

 

薄く目を開けて見てみると、周りは全て光、光、光…全てが光に包まれていた。

私は…その光の上を力なくただフワフワと浮いていた。

ああ…そうか。私は死んでしまったのか…。ごめんな、主…主との約束、守れそうにないな…。

 

 

 

―諦めては、いけない―

 

 

 

誰…? 誰だ?

私に…語りかけるのは…?

 

 

 

―破滅の女神ルインよ、貴女はまだ死んではいない―

 

 

 

この声…私は昔どこかで…。

 

 

 

―覇王の意識が宿ってしまったあの青年を守ってあげられるのは、貴女だけ…―

 

 

 

覇王…? あの青年とは…もしかして主のことか…?

 

 

 

―彼の元に戻るのです、破滅の女神ルイン。更なる危機が、彼に迫っている…―

 

 

 

謎の声はそこで途切れた。

その瞬間、何故か私の意識はハッキリとしていき、感覚が鋭くなる。

この感覚…主が私を待っている…?

 

 

 

 

 

―――――第20話:「二人の天使 ~Twin Angel~」―――――

 

 

 

 

 

「さて…そろそろ話してくれるか?」

 

「わかった」

 

約束通り、ご馳走を作ってルインに振る舞った後、俺はあの後ルインの身になにがあったのかを聞くことにした。

いくらルインが俺達の元に戻ってきてくれたのが嬉しいといっても、あの時ルインに何があったのか…それを知る必要が主である俺にはある。

ルインは落ち着いた口調で話し始めた。

 

「エンド・オブ・ザ・ワールドを止めるために全ての力を使い果たした私は、この世界で肉体を維持できるほどの力が無くなってしまったために、消滅した」

 

「消滅したって…それじゃあお前やっぱ死んだのか!?」

 

「死というよりかは…我々精霊は力を使い果たすとこの世界で具現化できる肉体が無くなってしまったため、魂だけの存在になったのだ」

 

「魂…それで、どうしたんだ?」

 

「うむ…実体の無くなってしまった私は、意識体だけの存在となり、しばらく次元の狭間の中でただ流されていた…その時だった。何者かの声が聞こえてきた」

 

「声…?」

 

「それは一体誰の…?」

 

「姿は現さなかったが…あの声に私は聞き覚えがある。あの声は確かに…デュエルモンスターズ界の天界を統べる王、シナトのものだった」

 

「シナト…? シナトってあの、『天界王シナト』のことか?」

 

ルインの言うシナトなる人物…その名前には俺も聞き覚えがある。実際のデュエルモンスターズの中にも、『天界王シナト』というモンスターがいるからだ。

 

「うむ、その声に導かれるままに次元の波を越え、今ここにこうして復活を果たしたというわけだ」

 

「そうだったのか…」

 

経緯はどうあれ、ここにこうして以前と同じようにルインがいてくれている、それだけで俺は満足だった。

 

「だが…シナトは気になる事を言っていた」

 

「な、何を言っていたんだ?」

 

「…」

 

俺が聞くが、ルインは口を噤んでしまった。どうやら言おうか言わまいか迷っているようだった。

 

「ルイン、俺はお前が戻ってきてくれて本当に嬉しいと思ってる。できるならこれからずっと平和に過ごしていきたい。でもお前が今言おうとしていることは、その平和を壊してしまう可能性がある。だから言いたくないんだろ」

 

ルインはコクリと無言で頷いた。

 

「ならなおさら話してほしい。せっかく戻って来たこの平和が、なんの前触れもなく壊れるなんて、それこそ俺は嫌だ。だから、せめてその危険に対する準備をするためにも、俺は知りたい」

 

「…わかった」

 

俺の決心をわかってくれたのか、ルインは話してくれる気になってくれたらしい。

 

「シナトはこう言っていた…『更なる危機が、主に迫っている』と…」

 

「更なる危機…それは一体どんな危機なんだ?」

 

「…わからない。そこまでは言っていなかった」

 

ルインは知らないか…だが俺にはなんとなくわかる。

あの時発動した謎のカード…『超融合』。デミスが最後に呟いた〝覇王″という言葉…そしてなによりも、あのカードを発動した時に俺の中に入ってきたドス黒い感情の塊…。

具体的なことはいえないが…それでも俺にはわかる。これから先、俺の身には何か危険な事が起ころうとしていることが。

そしてデミスの事件がまだ、序章だということが…。

 

「なので、強力なアドバイザーを2人ほど、呼ぶことにした」

 

「アドバイザー? 誰なんだそれは一体?」

 

「主は確かデッキに『デュナミス・ヴァルキリア』と『勝利の導き手フレイヤ』のカードを入れていたよな?」

 

「あ、あぁ」

 

唐突にルインの言った2枚のカード。それは確かに俺のデッキに入っている天使族モンスターだ。『デュナミス・ヴァルキリア』は効果を持たない通常モンスターだが、攻撃力が高いので主にデッキの主力モンスターとなっている。『勝利の導き手フレイヤ』は能力値は低いが、他の天使族をサポートする能力を持っている。

 

「ならば、そのカードをここに持ってきてはくれないか?」

 

「わかった…ちょっと待ってろ」

 

ルインが何をしようとしているのか…なんとなーくわかった気がする。

 

………

……

 

俺は二階の部屋から二枚のカードとデュエルディスクを持って来た。

ルインの言っていた『デュナミス・ヴァルキリア』と『フレイヤ』のカードだ。

 

「これでいいか?」

 

「うむ、ではディスクにカードをセットしてくれ」

 

俺は言われるままにディスクを起動させ、二枚のカードをセットする。

ルインをディスクの上に両手を翳し、何か呪文のようなものを唱える。すると、青白い光がボウッとルインの掌から光り、2枚のカードを照らしていく。

直後、ディスクから眩い閃光が放たれ、俺とウェムコは目を瞑った。

しばらくすると閃光は止み、おそるおそる目を開けると…そこには二人の天使の少女が立っていた。

一人は短く切り揃えられた紫色の髪に青い瞳、白い大きな機械的な翼を持つ天使。

もう一人の天使はチアガールがよく使う赤いボンボンを二つ持ち、肩まで届く青い髪にアホ毛が二本の少女。

間違いない…カードイラストやソリッドビジョンでよく見る『デュナミス・ヴァルキリア』と『勝利の導き手フレイヤ』がそこには立っていた。

 

「…」

 

「…」

 

二人は目を開けると、何も言わずに周囲を見回す。

そしてフレイヤの視線がルインを捉えるとパァっと表情が一気に明るくなりこう言った。

 

 

 

「お……お姉さまあぁぁ♪」

 

 

 

ガバッ

「こ、こらフレイヤ! いきなり抱きつくな!」

 

「嫌ですぅ! フレイヤは…フレイヤはずっっっと寂しかったんです! だからルインお姉様とこうしていたいですぅ♪」

 

ああ、なるほど…フレイヤってこういうキャラなのか…。

しばらく攻めフレイヤと受けルインの禁断の愛劇場を見ていた俺だったがウェムコが止めに入った。

 

「ほ、ほら…フレイヤちゃん…でしたっけ? ルインさん嫌がってるみたいですし…」

 

「やーでーすー! フレイヤはお姉様と一つになりたいんですー!」

 

何か意味深で危ない事言ってるぞこの娘…。

 

「天領遊煌…貴方が私のマスター殿ですね?」

 

「あ? ああ、そうなるな」

 

呼びだしたのはルインだが、このカードの所有者は俺だ。だから必然的に、この2人のマスターは俺という事になる。

 

「お初にお目に掛かります、マスター殿。そして救世の美神殿。私は『デュナミス・ヴァルキリア』、以後『キリア』とお呼び下さい」

 

ヴァルキリアはお辞儀をし、落ち着いた口調で俺に挨拶した。

 

「ああ…こりゃどうもご丁寧に」

 

ヴァルキリア…いやキリアはこういうキャラか。今までのより幾分常識がありそうで少し安心した。

 

「それではマスター殿、早速話の方へ」

 

「そうしたいんだが…あいつらはいいのか?」

 

俺は相変わらず絡み合っているルインとフレイヤを指さした。フレイヤは自分の唇でルインにちゅーしようとしているようだが、ルインの手がフレイヤの身体と頭を掴んで自分の方へ来ないよう必死だ。

するとキリアはスタスタと歩いていくとフレイヤの首根っこを片手で掴んでルインから引きはがす。

 

「うひゃあ!?」

 

「こらフレイヤ、女神様は嫌がっているぞ。戯れもそこまでにしないと、お前だけ天界に送り返すぞ」

 

「うー…すいませんキリア先輩…」

 

それを聞き、しょんぼりと大人しくなるフレイヤ。

よかった、どうやらキリアはかなり出来る娘みたいだ。

 

「二人は私が天界にいた頃の友人のキリアとフレイヤだ」

 

「フレイヤです! どーも♪」

 

ルインが改めて二人を紹介した。

キリアがフレイヤから手を離すと、フレイヤは満面の笑みで俺たちに自己紹介した。

フレイヤも結構アレだが、しかしこの笑顔を見る限りなかなかいい娘のようで安心した。

 

「最初は私一人で来るはずだったはずなのですが…フレイヤも付いて行くときかなくて…マスター殿、何分御迷惑をお掛けするかもしれませんが…」

 

キリアが深々と頭を下げた。

 

「ああいや、俺は別に気にしないから」

 

こうなりゃ三人も四人も大して変わらないしな。

 

「では、そろそろ本題の方に」

 

それぞれの紹介が終わると、キリアの表情が険しくなり、皆の顔も真剣になる。

まずは話し合いのためにみんなでテーブルにつくと、まずはキリアが話し始めた。

 

「今から数十年前の話になりますが…デュエルモンスターズ界に『覇王』と名乗る闇のデュエリストが現われ、世界を支配しようとしました」

 

「覇王…」

 

忘れるはずはない。

デミスが最後に俺に言った言葉…。

 

「元は純粋な心を持つデュエリストだったのでしょう。しかし、何があったのかはわかりませんがそのデュエリストは悪の道に走り、覇王となりました」

 

キリアは更に話を続ける。

 

「覇王その有り余る力で猛威を振るい、各地のならず者やモンスターを従えてやがて巨大な軍隊を作りあげ、世界を支配しようとしました。そして覇王の力の象徴とも言えるカードが…『超融合』のカード」

 

「『超融合』…」

 

俺はあの時聞いた謎の声と、いつの間にか俺の手の中にあった謎のカードの事を思い出した。

あれ以来あの声は聞いていないが…あれが覇王だったのだろうか…?

そして『超融合』のカード…あのカードも発動したのは一瞬だったが、その強大で禍々しい力の渦に何もかもが呑みこまれてしまうような…そんな感じだった。

 

「『超融合』はフィールドのあらゆるモンスターを融合し、全く新しいモンスターを作り上げる無敵のカード…さらに『超融合』の発動を無効にする事はできません」

 

「絶対無敵のカードってわけか…」

 

何そのチート効果…。

だが、皮肉にもあの時はそのカードのお陰でルインはマアトへと姿を変え、あの窮地を脱することができたんだ。

もしあの時にあの奇跡が起こらなかったら…今頃俺たちは…いや、世界は今の形を為していなかったな。

 

「その後、本格的にデュエルモンスターズ界全土に攻撃を仕掛ける前に、覇王の元仲間数名が城に乗り込み、見事覇王を討ち倒しました。それにより、覇王だったデュエリストも正気を取り戻し、覇王の軍も散り散りとなり、世界の平定は守られました」

 

「結局覇王は何がしたかったんだ?」

 

「それはわかりません…本当に世界の支配が目的だったのか…あるいは別の理由だったのか…今となっては誰にもわかりません」

 

元覇王だったデュエリスト…そいつが何者であったにしろ、自分の心をそこまでの闇に堕とすとは…よほど心に深い傷を負った出来事でもあったのだろうか…。

 

「話はまだ終わりません。実は…覇王の配下の幹部の一人に、デミスらしき人物がいたと…」

 

「何だと!? でも…あいつはお前と同じ様にカードに宿っていた精霊だったんじゃなかったのか!?」

 

俺はルインを見る。

元々カードに宿っていた精霊だというのであれば、それがデュエルモンスターズの世界にいて、覇王の部下になっていたというのはどう考えても不自然だった。

すると、俺の質問に対しルインは少し視線を落とし、呟くように答えた。

 

「…主、実は私もデミスも単なるカードの精霊ではない…私達二人は…とある罪によってカードに魂を封印されていたのだ…」

 

「罪…だって…?」

 

二人の犯した罪とは一体何なのか…主である俺は知っておかなければならないと思ったが…ルインの表情を見る限り、とても辛い過去のようだ。無理やりに詮索するのは良くないのかもしれない…。

それに、今は覇王とデミスのことを知るのが先決だった。

俺はそれ以上はもう何も言わず、キリアもそれを察したのか話を続ける。

 

「デミスの封印を解いたのは覇王でしょう。しかし、覇王といえどもデミスのあの強大すぎる力を支配するのはかなり難儀したことでしょう。そこで、デミスの魂は二つに分けられ、二人の魔術師と魔導師の姿になっていたらしいです」

 

あんなに強いなら…確かに魂を二つにして、力を分散させるだろうな。

しかし…あれほどの力を持つデミスを従えるとは…それだけで覇王の持つ力の鱗片が伺える。

 

「その後、覇王の元仲間のデュエリストにデミスも同じく倒され、再封印されました」

 

「その再封印したデミスを、この世界のどっかの誰かがまた解放したってわけか…」

 

全く、誰だよそんな大バカ野郎は…。

 

「デミスの事はわかりました。しかし…倒された筈の覇王は再び主様の中に現れた…これはどういうことなんですの?」

 

ウェムコは今俺が一番気になっている事をキリアに尋ねた。

 

「数十年前、デュエルモンスターズ界に現れた覇王は異世界のデュエリスト達の手により討伐され、確かに消滅しました。いえ…正しくは消滅したと〝思われていた″というべきですね」

 

「というと?」

 

「そもそも、覇王とは実体を持たぬ悪しき闇の権化…元覇王だったデュエリストはその覇王を己の元に従え、その力を自由にコントロールすることができるようになりました。しかし、覇王の闇の意識はその時に抜け落ち、あらゆる世界を回りながら心に闇を持つ者を探し、そしてマスター殿に憑依したものと思われます」

 

「それが俺にとり憑いた覇王の正体ってわけか…」

 

覇王の闇の意識…つまりは闇の中の闇…。

元々覇王とはその覇王だったデュエリストの心の闇が生み出したもう一つの人格…その闇部分だけが俺の身体に乗り移ったっていうんだから…こいつは厄介そうだ。

 

「しかし…主には心の闇なんてものがあるのか?」

 

ルインが俺に聞いてきた。

確かに、心の闇を餌にしてるなら今現在心に闇など抱いていない俺の身体に、覇王は何故興味を持ったのか…?

 

「これはあくまで私の推測ですが…もしかしたら覇王は心の闇以外にも餌にしている物があるのかもしれません」

 

「何だよそれは?」

 

「それはわかりませんが…マスター殿、ここ最近覇王の気配はありますか?」

 

「いや、ルインが消えた時から気配も声もしないが…」

 

「そうですか…ではしばらくは様子を見るしかないようですね」

 

確かに、実体が無いうえにこうも気配がないんじゃどうしようもない。

 

「皆、俺の為に済まない」

 

俺の事をこんなにも心配してくれているみんなに対し、なんだか申し訳なく思ってしまい、頭を下げる。

 

「何、気にするな。何と言っても私の主なんだからな」

 

ルインはそう言うと俺を励ましてくれた。

しかし直後…、

 

 

 

「…チッ」

 

 

 

誰かの舌打ちとともにすさまじい殺気がしたような気がしたが…気のせいか?

 

「と、とにかく今日は皆疲れただろうしそろそろ終わりにしよう。キリアとフレイヤも今夜はゆっくり休んでくれ」

 

「ありがとうございます、マスター殿」

 

「…ありがとうございます」

 

あ、そういや部屋数が…。

 

「しまったなぁ…ウチ、部屋が四つしかないんだ、誰かが相部屋しないと…」

 

この家の2階には元々、俺の部屋、親父の部屋、母親の部屋、そして物置として使っていたもう一つ空き部屋の、計4つの部屋がある。空き部屋の荷物は全て蔵の中に移動させてあるから、間接的に4つの部屋が使える状態になっている。

しかし、現在今ここにいるのは5人…どうやっても部屋が一つ足りない。

しかし、「相部屋」という言葉を聞いた瞬間、フレイヤの顔がぱぁっと輝いた。

 

「…!! じゃあ私、お姉様と…―!」

 

「駄目だ、フレイヤは私と一緒に…っと、やはりマスター殿、貴方の部屋でフレイヤを一緒にしてはもらいませんか?」

 

「「え″ぇっ!?」」

 

キリアの突然の提案に俺はかなり動揺した。

いや、俺だけではない。フレイヤも同様に、俺と同時に「まさか!」という声をあげた。

そりゃそうだろう…だって年頃の男子と女子が一緒に寝るなんて…。

 

「ウェムコの部屋は…」

 

「すいません主様、私の部屋は少々狭いので…とても2人分のスペースは…」

 

そういやウェムコの部屋は一番小さい角部屋を使っていたことを思い出した。

なんでも、本人はあまり広い部屋は落ち着かないんだとか。

 

「あ、そうか…キリア、どうしても一緒は駄目なのか?」

 

「申し訳ありませんマスター殿、こればっかりは…」

 

キリアにも何か事情があるんだろうな。余計な詮索はしないでおこう。

 

「じゃあ…俺はまぁいいけど」

 

こうなっては仕方がない。俺は渋々承諾した。

 

………

……

 

「はぁ~あ、何で私がアンタみたいな男と一緒に寝なきゃいけないんだろ」

 

今、二階の俺の部屋には俺とフレイヤの二人きりだ。

しかし、ここにいるフレイヤはさっきのとはまるで別人だった…。

 

「ちょっと、聞いてんの?」

 

「…ああ聞いてるよ」

 

さっきのしとやかそうな態度とは裏腹に、今のフレイヤはかなり高飛車だった。

どうやらこいつ…ルイン達の前ではいい顔していて、そうでない奴の前ではこういう態度を…あれ? なんかデジャブが…。

 

………

……

 

~小日向家~

 

「へーっくしょん! …ふふ♪ きっと誰かが私のこと褒めてるのね♪」

 

……

………

 

「それにしても狭くてきったない部屋ねぇ、ちゃんと掃除してんの?」

 

「大きなお世話だ!」

 

確かに床には脱ぎ散らかした服とか漫画とかが散らかってはいるが、急に俺の部屋で女の子と一緒に寝るなんて思ってもみなかったから片づける暇なんてなかったんだ…。

まぁこの程度はすぐに片付くので、俺は服や漫画を元あったところに仕舞う。

なんだかんだ言って女の子だし、物が散らかってるところに寝かせるわけにもいかないしな。

 

「あ、そうだ。アンタ今夜は床で寝なさいよ」

 

「なっ…!」

 

その言葉に俺は驚愕した。

だって…ここは俺の部屋だぞ!? ずうずうしいにもほどがあるだろ!

 

「アンタまさか、いたいけな乙女を床で寝かそうって思ってたわけ?」

 

「…」

 

反論の余地は…どうにも無さそうだった。

ったく、これのどこがいたいけな乙女なんだか…。

 

「それからもう一つ、もし私のベッドに入ってきたらその時は…わかってんでしょうね?」

 

「…」

 

私のって…それ俺のベッドなんだけど…。

もはや何も言う気力が起きず、俺はそのまま溜息をついて床にあぐらをかいて座る。

 

「ったく、ルインお姉様の主だか覇王だかなんだか知らないけど、もし私のお姉様に手を出したら…」

 

「…手を出したら?」

 

「その時は私も混ぜなさい」

 

「止めるんじゃないのかよ!?」

 

思わず突っ込んでしまった。

今のはもしかしてボケで言ったのか…いや、こいつのことだから案外本気で言ったのかもしれん…。

 

「ねぇ、アンタ今までお姉さまと一緒に暮らしてたんでしょ? じゃあお姉さまの入浴とか見た事ある?」

 

…いきなりなにを聞いてくるんだこいつは…?

 

「ばっ…バカ、な、何言ってんだ……ねーよ」

 

「え~、マジで~? もったいな~い。お姉様の裸、私天界の大浴場で何度か見た事あるんだけど…お姉さまの裸、すごく綺麗なんだから♪」

 

「へ…へぇ、そうかよ」

 

そういやルインの胸の感触……しばらく忘れられそうにないな…。

と、その時だった。

 

 

 

コンコンッ

『主~?』

 

 

 

ドアの外からノックと共にルインの声が聞こえてきた。

こんな話をフレイヤとしてたもんだから、不意に聞こえたルインの声に俺はかなりびっくりしてしまった。

 

「はーい! なんですかお姉さまぁ?」

 

と、ルインの声を聞いたフレイヤが勝手に部屋のドアを開ける。

ドアの前には、風呂上りで濡れた髪をタオルで巻き、パジャマ姿のルインが立っていた。

十分にあったまったのだろう、湯気があがり、顔を赤らめ、着ているパジャマのおかげで身体のラインがくっきりと表れている。

…で、さっきまであんな話をしていたから俺の視線は自然にルインのそんなところを見ていた。

 

(い…いかんいかん! 何を見てるんだ俺は!)

 

俺は頭をぶんぶんと振り、煩悩を振り払おうとする。

 

「主はなにをやってるんだ…? あ、風呂上がったから次主かフレイヤ、どっちか入っていいぞ」

 

「…あ、じ、じゃあ俺が先に…―」

 

「私先に入りまーす♪」

 

「入る」、とまで言い終わらないうちに、フレイヤが大きな声で俺の声をかき消すと同時に、手を上げてルインの視界から俺を遮った。

 

「そうか。ならフレイヤ、先に入ってくれ。後に主もいるからなるべく早くに上がってくれよ」

 

「はーい♪」

 

それだけ言うと、ルインはドアを閉めて自分の部屋へ戻っていった。

 

「じゃ、そういうわけで私お風呂入ってくるから」

 

「お、俺を先に…―」

 

ただでさえこいつらのことで疲れているのだから、せめて風呂くらいはなんとか先に…と言おうとしたが…こいつが俺の申し出なんか聞きいれるわけもなく…。

 

「はぁ!? 何()かしてんの!? お姉様の残り湯をこれからたっぷり堪能するんだからアンタはその後に決まってるでしょ!」

 

そしてこの言いようである。

ひでぇ…こいつ、天使どころか鬼じゃねぇか…。

 

「ま、アタシの残り湯を堪能できるんだから、ありがたく思いなさいよね♪ べー」

 

バスタオルを手に取ると部屋を出て、最後に俺にあっかんべーをするとフレイヤはうきうきと風呂場に向かって行った。

一人残された俺はそのままベッドに倒れ込み…そして軽く後悔した。

 

「何であんなの呼び出しちゃったんだろう…」

 

………

……

 

「…やっと…風呂に入れる…」

 

フレイヤが出てようやく俺が風呂に入る番になった。

 

「ったくフレイヤめ、一時間以上も風呂に入りやがって…ルインが俺が後にいるから早く上がれって言ってただろうに…何で女ってのは風呂に入る時間が長いんだか…光熱費もバカにならないんだぞ…」

 

…と、フレイヤへの不満を独り言で愚痴りながら、着替えを持ち1階の風呂場を目指し階段を下りる。

家の中が静かなのをみると、ルイン達はもう寝てしまったらしい。

風呂場の前に行くと、ドアノブを掴み、中へと入った。

 

「おや? マスター殿」

 

「ぬおっ!?」

 

だ…誰かいた。俺は変な声を出して慌ててドアを閉めてしまった。

見覚えのある綺麗な紫色の短髪に、聞き覚えのある声…。

あの大きくて白い翼とかなくて一瞬誰だか分からなかっけど、あれはキリアだ。

そういやキリアはまだ入ってなかったのか…いかん出直すか。

一旦部屋に戻ろうと踵を返すと、突然ドアが開き内側からキリアの手が俺を掴んだ。

 

「な、なんだキリア?」

 

そして、キリアは衝撃的な一言を俺に告げる…。

 

 

 

 

 

「よければ、一緒に入りませんか?」

 

「……は?」




随分と久し振りの更新となってしまいました…申し訳ないです!
というわけで、新キャラの『デュナミス・ヴァルキリア』のキリアさんと、『勝利の導き手フレイヤ』のフレイヤちゃんが新たに登場となりました。
前半は覇王の説明が主でしたが、後半はフレイヤの本性(?)がメインとなりましたねw
そして最後は…!次回をお楽しみにw


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第21話:「光の心、闇の心」

新たに二人の精霊、『デュナミス・ヴァルキリア』のキリアと『勝利の導き手フレイヤ』のフレイヤを従えることとなった遊煌。
キリアから覇王がどのような存在だったのかを聞き、自分の中に宿った覇王の邪悪な魂に不安を感じる…。
だが、それよりもフレイヤの自分への態度の豹変ぶりに軽く困惑してしまう。
そんな中、文句を垂れながら風呂場に向かうと、そこにはキリアがいて…?


「よければ、一緒に入りませんか?」

 

「……は?」

 

キリアの言葉を聞き、出た言葉は随分間抜けなもの。

いや…だってそりゃそうだろ。誰だって動揺する。

むしろこの言葉よりも、一枚のタオルを体に巻いているだけのキリアの姿に動揺する。

籠の中には彼女の白い鎧やらがあった。

さっきの様子を見る限り、キリアはルイン達と比べればそれなりに常識のある女性だと思ったんだが…こんなことを突然言い出すもんだから油断できない。

 

「な、何を言っているのかわからないんですが…」

 

「私と一緒にお風呂に入りましょうマスター殿。一度に入れば光熱費の節約になりますし」

 

あ、さっきの独り言聞かれていたのか…ってそうじゃない!

確かに、キリアが言っている事も一理あるが……やはりここは男として気が引ける。しかも等のキリア本人には恥じらいというものが無い様子だし…もしかして天然なのか?

しかし、キリアの表情は天使の(あ、いや、元から天使か)ごとき微笑を見せながら俺の返答を待っている様子。

この申し出を断ったら、恐らくこの笑顔はかなり残念そうなというか…がっかりした表情になるだろうな…。

10秒ほど悩んだ末、結論を俺はゆっくり口を開いて言った。

 

「…わかった」

 

 

 

 

 

―――――第21話:「光の心、闇の心」―――――

 

 

 

 

 

「マスター殿、痛くないですか?」

 

「…ああ、丁度いい」

 

今、キリアが俺の背中を洗ってくれている。

結局キリアと一緒に風呂に入ることにしたのだが…さっきから意識が行ったり来たりしていて気が気じゃない。

何故なら…俺が腰に一枚タオルを巻いているのにもかかわらず、キリア何もつけずに共に入浴しているからだ。いや、そりゃたしかに風呂にタオル入れるのはマナー違反だけどさ…。

それにしても…今まで彼女の姿はカードイラストやソリッドビジョンの格好しか見ていなかったから、全裸ってのは…何だかいろいろ新鮮だ。

俺の体が白い泡で包まれていく中、俺は自らの理性とか色んなものと戦っていた。

 

「マスター殿、次は前をお洗いします」

 

「ま、前!? 前はやめよう! 背中だけでいいから前はやめてくれ!」

 

「そうですか? では、次は頭を」

 

「あ、あぁ…頼む」

 

子供じゃないんだから1人で洗えるが…せっかくだから頭も洗ってもらおう。

頭が泡で包まれるのと、細い指で洗われている感触が伝わってくる。少しくすぐったいが気持ちいい。まるで美容院でシャンプーをしてもらっているようだ。

 

「はい、終わりました。マスター殿、お湯をかけますよ?」

 

「あぁ」

 

お湯を頭からかけられ、シャンプーの泡と共に全身の泡も一瞬で流された。

身体が洗い終わると、俺は湯船に入り、肩まで浸かる。

その間にキリアは自分の体を洗うようだ。

改めて見ると、キリアの肌は綺麗だな……って俺は何を考えているんだ…いかんいかん…。俺は背中を向け、なるべくキリアの洗ってる姿を見ないようにした。

 

「マスター殿? 何故背中を向けられているのですか?」

 

「何故って…何ででもだ。そのまま洗ってくれ」

 

「はぁ…」

 

目の前の壁だけを見つめながら室内に響くシャワーの音を聞く。

その中で綺麗な声でキリアが鼻歌を歌っていた。

 

「~♪ ~♪」

 

しばらくして鼻歌とシャワーの音が止んだ。どうやら洗い終えたらしい。

 

「失礼します」

 

「え…? ちょっ…おまっ…!」

 

ザブッという音と共に湯船の水かさが増え溢れ出した。

狭い風呂の中に二人も入れば当然だろう、そもそもこの風呂は複数人が入れるようになんかできてない…いや、ていうか! 俺が言いたいのはそんなことじゃない!

この状況はかなりヤバいんじゃないだろうか…だって同じ湯船の中に男と女が二人も入って…い、いかん!

 

「お…俺、先に上がるから!」

 

もう身体は洗い終わったし、風呂に入っている理由もない! それよりなによりもこんなことをされてはいよいよ俺も限界だった!

俺は湯船から出ようとする…が。

 

「あ、お待ち下さいマスター殿!」

 

浴槽の縁に足をかけたところで、またもキリアに呼び止められた。

 

「あの…お聞きしたい事があるのですが」

 

「な、なんでしょう?」

 

突然話しかけられて俺の声が裏返り、何故か敬語で応えてしまった。

 

「あの…お体が冷えるといけないのでお湯に入ってお話できませんか?」

 

「い、いや…でも…」

 

「私なら多少狭くても問題ありませんので」

 

いや…そういう問題じゃないんですよキリアさん…。

でも…キリアが改まって俺に話があるって言うくらいだし…。

 

「わ…わかった。でも後ろを向かせてもらうが…いいか?」

 

「構いません」

 

キリアがそう言ってくれたので、俺はキリアに背中を向けた状態でまた湯船に沈む。

二人分の風呂はやはり狭い…なるべく俺の背中にキリアの足が当たらぬよう、俺は膝を抱えて丸くなる。

 

「で…話ってなんだ?」

 

「あの子は…フレイヤはマスター殿に迷惑をかけていませんか?」

 

「フレイヤがか?」

 

「はい」

 

キリアの声色が少し心配そうな感じになる。

 

「あの子、普段は大人しいのですが…その…性格に少々問題がありまして…」

 

「…あー」

 

さすがフレイヤの先輩、よくわかっていらっしゃる。てかフレイヤはキリアが自分の性格知ってる事多分知らないんだろうな…。

でもあいつから先輩と呼ばれてるし、フレイヤの世話を焼くあたり、保護者に似た感情があるんだろうか。

キリアの問いには考えるまでもない、すぐに答えは頭の中で出た。

だが…俺は自分が思ってる事とは逆の事をキリアに言う。

 

「…べ、別にそんな事はないぜ。でもまぁ、はしゃぐのも程々にしろってフレイヤに言っといてくれないか?」

 

「ふふっ…わかりました」

 

俺の答えにキリアは何故か少し笑いながらそう答えてくれた。後ろを向いているから表情は見えないが、おそらく今のキリアは満面の笑みだと思う。

 

「マスター殿はお優しいのですね…なるほど、女神様が貴方にお仕えしていた理由がわかりました」

 

「あ…あぁ、ありがとう」

 

もしかして、キリアのやつ…さっきの俺とフレイヤのことに気づいてた…?

だから俺があいつの我儘に我慢してるってわかったから…それで「優しい」なんて…?

…前言撤回、やはり彼女は天然なんかじゃない。俺と風呂に入るのも、俺の独り言を聞いていたから一緒に入るのが得策だと判断したため。フレイヤのことも、あいつのことを全て知っているから俺の今の態度を褒めてくれたのか。

全てが理にかなった行動をし、俺とフレイヤのことも両方気にかけてくれる。それがこの、デュナミス・ヴァルキリアという精霊の本心なんだ。外見や服装だけじゃない、彼女は正真正銘の天使だ…心の底から、精神的にも聖人ってわけだ。

だけど…ならば何故、彼女は俺のところにフレイヤを預けたのだろう…?

そんなにフレイヤのことを気にかけるのであれば、自分の部屋にフレイヤを招けばいいのに…?

 

「…なぁ、キリ…―」

 

「それでは、お先に失礼しますね」

 

疑問に思ったそのことをキリアに問おうと俺は何気なく後ろを振り返ってしまった。

…が、その時ちょうどキリアが風呂からあがるために立ちあがったのだ。即ち…、

 

「っ…!!!?」

 

俺は息を呑んだ。

この至近距離で…見えてしまったのだ。彼女の大事なところまで何もかも…。

気が付けば、俺の鼻から出る液体で湯船は赤く染まり、意識は徐々に遠ざかっていった。

意識が途切れそうになる寸前、悲鳴を上げて慌てふためくキリアの姿が見えた気がした…。

 

………

……

 

「今宵の月は、血のように赤くて綺麗ねぇ…」

 

俺の意識が蘇った時、こんな言葉が聞こえてきた。

口調は少し違うようだけど、キリアの声に間違いないと判断した。

それと同時に俺自身の異変に気づいた。おかしいな、体が動かない…。

辛うじて頭だけは動くみたいだ。目を開け、周りを見回すと、見慣れたガランとした部屋が視界に入って来た…。そうか、ここはキリアの部屋で、俺はベッドの上に寝かされている状態か。部屋がガランとしているのは…当然か、この部屋はついさっきまで空き部屋だったんだものな。

よかった、服は着ているみたいだ…てか、もしかしてキリアが着せてくれたのか……微妙にショックだ…。

それにしても何だ…? 黒い霧のようなものが俺の体に纏わりつくように周囲を漂っている。視界は大丈夫なのだが、とても息苦しいし、体も重い…それになんだか頭もボーっと……。

 

「あら、気がついたの?」

 

「え…? おま……キリ…ア?」

 

キリアは窓縁に腰掛けるようにして座り、月を眺めていた。そして俺の意識が戻ったことに気が付くと、こちらに振り向く。

しかし…その時俺は感じた、こいつは違う…キリアじゃない…と。

確かに、彼女の容姿はキリアとかなり似ている…いや、瓜二つと言ってもいい。

しかし、キリアの髪の色が赤紫色なのに対し彼女のは銀色…月明かりを受けて鮮やかに煌めく。絹布のように純白だったキリアの肌だが、月明かりに照らされた彼女の肌は妖しい紫色だった。そして瞳の色も血のように赤い真紅に、服装も白と赤の鎧から黒と青を基調とした鎧に、金属質な純白の翼は黒光りする漆黒の翼に…。

そしてなによりも、彼女はキリアが決して見せる事はないであろう妖しく、冷たさも感じる笑顔を俺に見せた。

パッと見はキリアだが、極端な話何もかもがキリアとは正反対だった。

 

「半分正解、半分ハズレね」

 

俺の言葉に彼女はそんな風に答えた。

 

「半分って…お前は一体…?」

 

「私の名は〝ダーク・ヴァルキリア″よ、マスターさん。〝デュナミス・ヴァルキリア″と体は同じだけどね」

 

「ダーク……ヴァルキリア?」

 

「そ、まぁ『ダルキリア』とでも呼んで頂戴」

 

キリア似の女、ダルキリアが言った言葉が俺には最初よく理解できなかった。だけど、その後にダルキリアが言った「身体は同じ」という言葉でなんとなく理解できた。

 

「二重人格…」

 

この四文字が脳裏をよぎった。

一つの身体に二つの意識が宿る人物…かつて歴史に名を馳せたデュエリストも、多くがそうだったという。

 

「ま、似たようなものね」

 

ダルキリアはそう言い、窓際から俺の方に歩み寄る。そして俺の正面まで来ると、デッキを手渡す。俺のデッキだ。

俺はそのデッキを受け取り、一番上のカードをめくると『ダーク・ヴァルキリア』というカードがあった。おかしい、こんなカード俺は持ってなかったはずなのに…。

そう思っていると、ダルキリアの漆黒の翼が背中の中に吸い寄せられるように消え、そしてデッキを机の上に置くとダルキリアが突然ベッドの上に乗ってきた。

 

「マスターさんとこうして会うのは初めてね…」

 

四つんばいになり、妖しく微笑みながら俺の方へ近づいてくる。

ダルキリアが進むと同時に俺は後退する。

しかし、狭いベッドの上ではすぐに後ろの壁まで追い詰められてしまった。

ダルキリアの細い指が俺の胸に触れ、そのまま俺に体を預けてくる。胸の鼓動が高まり、体が硬直した。

視線を下にやるとダルキリアもこちらを見ていて、目が合った。

ダルキリアは笑い、そして俺の頬に手を添える。

冷たさ、妖しさを感じさせる微笑み…。

暖かくて慈悲の深さも感じられたキリアとは正反対だが…何故か美しい。

その微笑みが徐々に俺に近づいてくる…その動きが妙に遅く感じる…頭の回転が鈍くなる……。

って近い近い!これ以上近づいたら…!

 

「や…やめろっ!」

 

「きゃっ!」

 

思わずダルキリアを突き飛ばしてしまった。ダルキリアの顔が目と鼻の先まで迫ったところで、ハッと我に返ったのだ。

俺は立ち上がるとベッドから立ちあがり、ダルキリアとの距離を離す。

ダルキリアはベッドの上からすぐに起き上がり、俺の方を見ると再び微笑んだ。

妖艶な微笑み、美しさを感じるが同時に恐怖のようなものも感じ、少し体が震えた。

 

「ひどいじゃない。女性を乱暴に扱うなんて」

 

「お、お前が悪いんだろうが…! いきなり何してんだよ!」

 

「何って…私はただマスターさんと仲良くなろうと思っただけよ。いけないの?」

 

俺に問いながらゆっくりこちらに近づいてくるダルキリア。

なんかやばい…俺は物凄い危機感に襲われた。特に貞操の危機…。

俺は素早く部屋の入り口に行き、ドアノブに握る。

しかし…扉は開かない。なんで!? この部屋鍵とかないはずなのに!

 

「そんな事しても無駄よ」

 

「なに!?」

 

「ちょっとした結界を張らせてもらったの。そこからは誰も出ることもできないし誰も入ることはできないわ…♪」

 

ダルキリアはそう言い、ペロリと唇を舐める。

閉じ込められてしまった…このままでは捕まってしまう…!

俺はとにかくダルキリアから逃れるべく、窓のほうへ逃げた。

よし、窓の扉は開いている! 俺はそこから外へと出た。

 

「あらあら、仕方がないわね…」

 

………

……

 

この季節は少し寒いが…そんなことは気にせず屋根の上に逃げる。

だが、こんな事をしても無駄だった。所詮僅かに寿命を延ばすだけで、逃げ場が無い事には変わらない。

戻ろうとしても…既に俺の前にはダルキリアが漆黒の翼を広げて宙に浮き、空中で静止して俺の行く手を阻んでいた。

赤い月に照らされながら微笑み、こちらを見つめている。

状況的に、さしずめ俺は肉食動物に追い詰められた草食動物ってとこだった…。

 

「もう逃げられないわよマスターさん、キリアのように私とも仲良くしましょうよ?」

 

「お、お前の『仲良く』ってのは、なんか危ないって俺の本能が言っている!」

 

「ふーん…じゃあ根本的に変える必要があるわね。私がいないと生きていけない身体にしてあげようかしら?」

 

「ひぃ!? 嫌だぁ! 来るなぁ! キリア、元に戻ってくれぇ!」

 

突然恐ろしいことを言いだしたダルキリアに対し、俺は情けなく叫んでしまう。

 

「私はキリアでもあるってさっき言ったじゃない。悪いけど、私の意識がある間はキリアの意識は出て来れないわ。最初は少し痛いかもしれないけど、すぐに気持ち良くなるから…♪」

 

再び進行と後退のやり取りがあり、俺は屋根の一番端に来たところでバランスが崩れ、屋根の端で尻もちをついて追いつめられる。

もうダルキリアはすぐ目の前に立って、妖艶な笑みを浮かべながら俺を見下ろす。

叫ぼうにも恐怖で声は出ず、今は深夜、誰も助けはいない…。

ダルキリアの手が伸びてくる…もうだめだ! 俺は諦めて目を瞑った。

 

その時だった。

 

 

 

「よすんだキリア!!」

 

 

 

手を伸ばすダルキリアの背後から聞き慣れた声が聞こえた。

ダルキリアが後ろを振り返った。ダルキリアと同じ綺麗な銀色の髪は赤い月の光に照らされ、その手には赤いロッド。

見覚えがありすぎるその容姿…間違いない、ルインだった。

 

「主、怪我は無いか?」

 

「あ、あぁ…」

 

俺を身を案じ、ダルキリアの向こうから俺を気にかけてくれるルイン。これほどまでルインの存在が頼もしいと思えたのは、デミスの時以上かもしれない…。

俺の身が安全だとわかり、ルインはホッとした様子で笑みを浮かべる。

 

「キリア…お前…!」

 

だが、すぐにダルキリアの方を見て、怒りがこもった声と視線を送り、ロッドの先をダルキリアに向ける。

ダルキリアの方は…相変わらず笑っていた。焦っている様子もなく、ゆっくりとルインの方へと歩き出す。

 

「キリア…お前は主に何をしようとした? 事と次第によってはいくらお前でも容赦しないぞ!」

 

「別に、仲良くしてもらおうと思っただけよ女神様。ほらもう何もしないから、その物騒なものを私に向けないで」

 

そう言ってダルキリアは背中の翼を仕舞うと屋根の上に降り立ち、両手を横に広げて何もしないというアピールをする。

どうやら本当のようだった。よかった…危機は脱した。

ホッと息を撫でおろすと、ダルキリアの視線がルインからまた俺に向けられた。この夜最後の笑顔を俺に見せる。

その笑顔は、先程までのとは少し違って、恐怖は感じなかった。少し優しい感じがする。ただし、相変わらずどこか妖しくて…エロいけど。

 

「お邪魔が入っちゃったわねマスターさん。じゃ、またね♪」

 

そう言ってダルキリアはルインの横を通り過ぎ、家の中へ入る。

 

「キリア、一つ聞きたい事がある」

 

俺とルインも家の中に戻ると、ルインがダルキリアにそう言った。

ダルキリアはその声を聞くとピクッと反応し、視線をルインに向ける。

 

「…何でしょう女神様?」

 

「お前、何故…何故堕天使などに…!」

 

先ほどのような心配、安心、怒りの表情とは違い、ルインが今ダルキリアに見せている表情は…悲しみの表情だった。

その表情を見て、ダルキリアの身体が僅かに震える。その顔には先程の笑顔はもう無かった。

そして俺は、ルインの言い方からしてキリアは元は二重人格の堕天使などではなかったのだと悟った。

 

「…暗い話になるけどいいかしら?」

 

「かまわない」

 

ルインとキリアは古い友人らしい、だからルインもキリアの事が心配なんだろう。

そして二人の主である俺も、ダルキリアの…いや、キリアのことについては知る必要がある。

 

「…数十年前、デュエルモンスターズ界が覇王の支配下だった頃、私は天界を守る戦士の一人だった。だけどある日、覇王軍が天界に迫っているという情報が入り、私は前線に駆り出された。私や、私の仲間は必死に闘ったわ。だけど覇王軍は強力で徐々にこちらが不利になっていった…でもかろうじて天界への侵入は阻止できたわ。だけど…」

 

ダルキリアの顔がうつむく。

 

「…気が付いたら私は覇王軍の捕虜になっていた…そこで私は、ある恐ろしい実験を施された…」

 

「実験…?」

 

「…奴らは自分たちの部下を増やすために、闇世界のモンスターだけでなく、善良な普通のモンスターをも闇に堕とし、自分達の戦力にしようと考えたのよ」

 

「なんだって…!」

 

その言葉で俺はハッとした。

覇王が…覇王の力の影響で、キリアは闇の力を埋め込まれ、天使と堕天使…二つの力を持つ精霊になっちまったっていうのか…?

覇王の…せいで…。

そこでダルキリアの身体が力無く崩れ、ベッドの上にへたり込む。

俺はダルキリアの隣で肩を持ち、身体を支えてやる。肩を触ると、ダルキリアの身体はひどく震えていることがわかった…。

 

「お、おい…無理するな」

 

「…その実験で私に闇の力の一片が埋め込まれ、私の心と身体は闇に堕ちた…」

 

ダルキリアは辛そうだった…だが、それでも俺たちに話し続ける。

 

「でも覇王が倒され、覇王軍は散り散りになり、実験の途中段階で私も解放され、自由の身となった…。だけど、私の闇の力はキリアの中に残ったまま…半分は秩序と正義を司る天界の戦士、もう半分は欲望と嗜虐を貪る堕天使…それが私、〝ダーク・ヴァルキリア″というもう一つの人格を生み出してしまった。もし、あのまま実験が続いていたら…きっと完全に闇に堕ちていたでしょうね…」

 

ダルキリアを支えている俺の手に何かが落ちてきた。

涙…?

見るとダルキリアは泣いていた。

 

「今日みたいな日は…私が出てきやすいの…」

 

だからキリアはフレイヤと一緒の部屋になる事を拒んだのか…。

覇王の力がキリアをこんな風に…。

 

「そんな事が…」

 

ルインはダルキリアの側まで歩いていくと優しく抱きしめる。

 

「済まなかったな…お前の友人だというのに気付いてやれなくて…」

 

「いいんです女神様…女神様こそ終焉の王とあんな事があって…さぞかし辛かったでしょう…」

 

ルインとデミスが…?

さっき言っていた『二人の罪』ってやつと、何か関係があるのか…?

一体…二人の過去に何があったんだ?

 

「…昔の事などとうに忘れた。だからお前も忘れろ」

 

「はい…」

 

ルインに励まされ、ダルキリアは立ち上がり、部屋へと戻る。

 

「じゃあ…お休みなさいねマスターさん。今度は私ともお風呂入ってくれると嬉しいわ」

 

「なっ!? ば、ばか! 入るわけないだろ!」

 

「あらあら、まぁいいわ。また会いましょう」

 

そう言い、ダルキリアは部屋のドアを閉めた。

 

「主よ、私達も戻ろう」

 

「…ああ、そうだな」

 

覇王の力は俺の身近な人まで闇に堕とした…。

そう考えるだけで、何だか責任を感じてしまった。

 

「キリアがああなってしまったのは主のせいじゃない、だから気にするな…」

 

俺の気持ちを悟したのか、ルインが優しく呟いた。

正直、ルインとデミスの過去に何があったのか気にはなったがルインが『忘れた過去』と言っていたのだから無闇に詮索はしない方がいいのかな…。

それに…今夜はキリアの過去だけでいっぱいいっぱいだった。これ以上あんなに苦しい話は聞きたくない…。

 

「じゃ、お休み主」

 

「ああ、お休みルイン」

 

部屋に戻り時計を見ると、時計の針は夜中の2時を指していた。

ベッドの方を見るとフレイヤが寝息をたてて気持ち良さそうに寝ている。

…寝顔は可愛いよなコイツ。

正直かなり疲れていたのでベッドで寝たいという衝動に駆られたが…フレイヤが朝起きたら殺される事を思うと渋々床に布団を敷き、寝る事にした。

覇王…今日キリアとダルキリアから聞いた話で、だんだんとその全容を掴んできた。

だが…そんな邪悪な存在が何故俺の中に宿ったのか…そして今後何を目的としているのか…それはまだまだ謎だった。

これから俺は一体どうなってしまうのだろう…そんな不安を考えながら、俺は眠りの中に落ちていった…。




今回はちょっとエロいお話。
ダーク・ヴァルキリアはデュナミス・ヴァルキリアのダーク化した姿なんでしょうが、自分的にはこの小説に2人とも登場させてみたかったのでニ重人格という形にさせてもらいました。
次のダルキリアさんの登場は…ごめんなさい、目処が立ってませんw


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第22話:「とある休日の風景」

遊煌の家に二人の新たな精霊を迎え、新たな生活が始まろうとしていた。
しかし、新しい生活を始めるにはそれなりにそろえるものが必要なわけで、街に買い物へ行くことに。
ところが…。


「ふわぁ…おはようございます」

 

翌日、目を覚ましたウェムコが階段を下り、朝食をとるために1階のリビングに向かう。今日は土曜日…いつもより少し遅い時間の朝食となるのだが、平日に起きる時の癖でこの時間帯に起きてしまったのだ。

 

「おはよう、ウェムコ」

 

「おはようございます、美神様」

 

「あら? ルインさんにキリアさん、随分早いんですのね。主様はまだ起きていないんですか?」

 

自分しか起きていないだろうなと考えていたウェムコだったが…リビングに入り、台所に目を向けるとそこにはエプロン姿のルインとキリアが立っていた。

 

「あぁ、我々は主の家に居候している身だからな、たまにはこうやって主の為に朝食を作ってやろうと思ったのだ」

 

「美神様、もうすぐ出来上がるので上に行ってマスター殿とフレイヤを起こしてきてもらえますか?」

 

「ふふっ♪ わかりましたわ♪」

 

朝食を作るルイン達の姿が微笑ましかったのか、ウェムコは微笑しながら二階に上がっていった。

 

「…昨夜は申し訳ありませんでした、女神さま。私の闇人格が勝手な真似をしてしまい…」

 

ウェムコがその場を離れたのを確認すると、キリアは包丁でサラダ用の野菜を切りながら、自分の隣で味噌汁を煮込むルインに対して昨夜のことを詫びた。

どうやら人格が変わっていても、その時の記憶や自覚は主人格にはあるようだった。

 

「気にするな、幸い主には何もなかったのだ。それよりも…もしも自分の身になにかあった時には、遠慮なく私や主に言うのだぞ?」

 

「はい…それで、このことはフレイヤには…」

 

「わかっている、私と主以外の者には、ダルキリアの事は言わない」

 

「…感謝します、女神様」

 

 

 

 

 

―――――第22話:「とある休日の風景」―――――

 

 

 

 

 

カチッ

ピピピピピッ ピピピピピッ

 

「んうっ……んー…」

 

朝、けたたましく鳴る目覚ましの電子音で目が覚めた。朦朧とする意識の中、まだ寝ていたいという誘惑故か目を閉じたまま布団の中から腕を出し、ベッドの枕元にあるはずの目覚まし時計に手を伸ばす…が、いくら伸ばしても時計に手が届かない。

そういえば床で寝ていたんだった…。昨夜のことを思い出しつつ、布団から出ようとした…その時だった。

 

すぅっ…

 

顔に、誰かの寝息が当たった。

 

「…!?」

 

突然のことに驚き、慌てて目を開けると…そこには。

 

 

 

俺のすぐ目の前に、フレイヤの寝顔があった。

 

 

 

「え…? ちょ…!?」

 

突然の事態に、状況が飲み込めない俺は慌てて布団から出ようとする。

…が、よく見るとフレイヤは俺を抱き枕か何かと勘違いしているのか、両手で俺の腰あたりを抱き、両足も俺の脚に絡ませているという状況だった。

つまり、どういうことかというと……完全に身動きがとれない。

そもそもなんでこいつがここで寝てるんだ!? ベッドで寝ていたはずだろ!?

そう思い、視線をベッドの方に向けると…ベッドの上の毛布がだらんとだらしなくはみ出ていた。

ははぁ…さてはこいつ、寝ているときに落ちたな…なんて寝像の悪い奴だ。

しかし…今はこの状況をなんとか打開しなくてはならない。

というのも、互いの顔の距離はほんのわずか数センチ、少しでも頭を動かせば互いの唇は…言わなくてもわかるだろう。

 

ピピピピピッ ピピピピピッ

 

と、そんな俺の困惑をよそに目覚まし時計は無慈悲にも電子音を鳴らし続ける。

いかん! とにかく早く目覚まし時計を止めなければフレイヤが目覚めてしまう! こんな状況で起きられでもしたら俺は…!

しかし、俺の体はフレイヤにガッチリと抱きつかれている形になっているため、無理に振りほどけばきっと目が覚めてしまう…。

幸いなことに、こいつはこんなにもけたたましく目覚まし時計が鳴っているのに起きるような素振りを見せない。どんだけ深い眠りなんだこいつ!?

だが、だからといってこのままにしておいても、遅かれ早かれいずれ目覚まし時計によって目を覚ましてしまう…。ここから目覚まし時計に手を伸ばしても…届くはずもない…まさに絶体絶命だ…どうすれば…!

しかし、まだ望みはあった。目覚まし時計はゼットした時間が1分過ぎると音は止まる仕組みになっている。だから1分耐えきればまだ望みはある…!

 

ピピピピピッ ピピピピピッ

 

「う…うぅん……」

 

(わわっ!)

 

や…ヤバい! このままじゃ目を覚ましてしまう!

頼むフレイヤ…まだ覚めないでくれ! あと15秒…10秒…5秒…!

 

「うるさいなぁ……ん?」

 

「あ…」

 

あと1秒…しかし、運悪くフレイヤは目覚まし時計がちょうど止まったところで目を覚ましてしまい、目の前にいる俺と…目が合った。

 

「き…きゃあああああああああ!?」

 

「ま、待てフレイヤ! 俺はなにも…ぐふぉっ!?」

 

瞬時に状況を把握したのか、フレイヤは叫び声をあげて飛び起きると同時に、俺の顔を足で思いっきり蹴り飛ばした。

 

「なんでアンタが寝てんのよ!」

 

「そりゃこっちのセリフだ!」

 

蹴られた頬を摩りながら、俺はベッドの方を指さし、フレイヤは現在の状況を確認する。

 

「あ…」

 

「わかったか? お前の寝相の悪さが原因だ」

 

「う…そ、そりゃ悪かったけど…ていうかそもそもこのベッドが小さすぎるのよ! 天界のベッドはもっと大きくて清潔だったのに…なんでこんな男臭いベッドで寝なきゃいけないんだか! あ~あ、やっぱりお姉さまと一緒の部屋がよかったな~」

 

まったく…勝手に俺のベッド使っておいて好き勝手言ってくれるぜ…。

 

「て…ていうかアンタ、まさか私が寝てる間に…その……」

 

「…?」

 

「い…いやらしいことしたんじゃないでしょうね?」

 

と、顔を少し紅く染め両手で自分の肩を抱きながらフレイヤがそんなことを聞いてきた。

だから俺はしれっと、こう答えてやった。

 

「安心しろ、したくもない」

 

「なんっ…!? なんですってぇ!?」

 

すると瞬時に怒りの表情に変え、フレイヤが俺に馬乗りになってポカポカ殴ってきた。

 

「痛い! 痛いって!」

 

「アンタがッ! 泣くまで! 殴るのをやめないッ!」

 

なんだ? この状況…何もしてないのになんで殴られるんだ? 理不尽だろ…。

俺はどうしたらいいんだよ…「このきたならしい阿呆がァーッ!」とでも言って泣けば許されるのか…? 本当に泣きたい気分だよ…。

と、そんな風に俺が殴られながら本当に泣きそうになったときだった。

 

ガチャッ

 

「主様、フレイヤちゃん。ご飯ができたのでそろそろ起きて…あら?」

 

いいタイミングなのか悪いタイミングなのかよくわからないが、その時ウェムコが部屋に入ってきた。

フレイヤは俺を殴るのを一旦やめ、息を荒げてウェムコの方を見る。かくいう俺もウェムコの方を見ると…何故かウェムコは嬉しそうな顔をしていた。

 

「あ…あらあら、二人とも知り合ったばかりなのに朝からそんな激しいことを…♪」

 

何を言ってるんだ? と一瞬思ったが…俺に馬乗りで息を荒げてるフレイヤ…さっきまで俺を殴っていたが、この光景だけを見ると…。

 

「い、いや違うんだウェムコ! これはフレイヤが勝手に…―!」

 

「お邪魔しましたわね♪ お二人の朝食はとっておきますのでごゆっくり~♪」

 

そう言ってウェムコはドアをそっと閉めた。

 

「…っておぉい!? 勝手に閉めるんじゃなぁい!!」

 

………

……

 

「まったく、朝からひどい目に遭った…」

 

フレイヤに殴られ、ウェムコに誤解された俺は、なんとか誤解を解いて朝の食卓についている。

テーブルの上には朝食が並んでいた。ごはんに焼き魚にちょっとしたサラダと目玉焼き、それとわかめの味噌汁だ。いつもは俺が作るのだが、ルインとキリアが早起きして作ってくれたらしい。ルインの料理は、あの風邪の一件以来壊滅的な腕だと思っていたのだが、キリアが見てくれたおかげなのか、見た目はとても美味しそうだった。

 

「いただきます」

 

みんなでいただきますをして、とりあえず焼き魚に箸をつけてみる。

見た目は確かにいい…が、果たして味はどうだろうか?

 

「ど…どうだ主…?」

 

俺の反応が気になるのか、ルインがおそるおそる聞いてみた。

うん…塩加減も悪くないし、中までしっかりと火が通っている。

 

「うん、美味いぞ。この焼き魚はルインが作ったのか?」

 

「そ、そうだ! 美味く出来たんだな! よかった…。ご飯の方も炊いてみたんだが…むぅ、こっちは少し堅かったかな…」

 

と、ルインは自分が炊いたご飯を食べてそんなことを呟く。

 

「そんなことな…―」

 

「そんなありませんお姉さま!!」

 

『そんなことないぞ』と言うつもりだったのだが、俺の代わりにフレイヤが会話に割って入ってきた。

 

「お姉さまの手料理が食べられる日が来るなんて…ああっ♪ フレイヤは嬉しくて死んでしまいそうです♪」

 

と、顔を赤らめ頬を手で抑えてくねくねしながら恍惚の表情を浮かべるフレイヤ。

なにをそんな大げさな…。

 

「フレイヤ、私も作ったんだぞ?」

 

「キリア先輩は元から料理上手じゃないですか。お姉さま♪ 今度私にも料理教えて下さい♪」

 

「あ…あぁ。といっても私もまだまだ未熟だからキリアに教わっていかないとな」

 

フレイヤは教わる相手を間違えてるんじゃないかと思ったが…あえて突っ込まないでおくことにした。

 

………

……

 

「ギギギ…オ前達ニ構ッテイル暇ハナイ…“宝石ノ騎士”!」

 

目の前の敵…希望を喰らい絶望を撒き散らす悪魔、“インヴェルズ”の内の1体、『マディス』は、歯ぎしりのような気味の悪い声をあげると、両手の鎌を構えて目の前に立つ二人の“宝石の騎士”を一瞥する。

 

「俺達も同じさ。だからさっさと…片付ける!」

 

「ターミナル世界の平和を脅かすインヴェルズ…俺達は絶対に貴様らを…ゆ”る”さ”ん”!! 」

 

“宝石の騎士”こと『ガネット』と『ルマリン』は、互いに懐から1枚のカードを取り出し、ガネットは炎を、ルマリンは電撃をそのカードに浴びせ、空中に放る。

 

\ガネット!!/

 

\ルマリン!!/

 

炎と電撃を浴びたカードが言葉を発し、空中で交錯すると眩い閃光が辺りを覆った。その光にマディスは一瞬ひるみ、その隙にガネットとルマリンが呪文を唱える。

 

「シャバドゥビフュージョン!!」

 

「ジェムナイトゥ!!」

 

呪文を唱えながら二人は飛び上がり、光の空間の中に身を投じる。

そして二人は同時に叫ぶ!

 

 

 

「「融合!!」」

 

 

 

\プリーズ…ルビー ! ビー! ビービービ!!/

 

その時、不思議なことが起こった。

2枚のカードが重なり合い、1枚のカードとなり、またも言葉を発する。カードの絵柄にはルビーの絵柄が現れ、二人で一つの身となった宝石の騎士はそのカードを己のベルトに差し込む。

瞬間、宝石の騎士は炎を纏い、その炎は一瞬にして強固で鮮やかな紅の鎧に変貌する。

融合が完了した宝石の騎士はマントをはためかせ、マディスの前に降り立つ。

 

 

 

「さぁ…ショータイムだ!」

 

 

 

「小癪ナ真似ヲ!!」

 

マディスは鎌を振り上げて融合した宝石の騎士…『ルビーズ』に襲いかかる。

が、ルビーズは慌てず自分のベルトから1枚のカードを取り出す。取り出したカードを自分のロッドに差し込むと、ロッドが言葉を発した。

 

ガチャッ キュイーンッ

\ファイナルベント/

 

その言葉と同時にルビーズのロッドが輝きだし、先端の刃部分が炎の槍と化す。

 

「≪フレイムロッドクラッシュ≫!!」

 

技名と共にルビーズが飛び上がると、そのまま炎の槍をマディス目がけて突き刺す!!

槍はマディスの黒く、堅い外殻を炎で融かすとそのまま腹部を貫き、背中まで貫通する。

 

「ギッ…!? グッ…ガアアァァアアアアァ!!」

 

声にならない叫び声をあげ、マディスは自分の腹部に刺さった槍を抜こうとする…が! 両手が鎌なので思うように抜けない!

ルビーズはというと、絶対に槍が抜けぬよう、しっかりと柄の部分を掴んだままぐりぐりとマディスの腹部にさらに深く刺しこんでいく。貫いた個所からは火花が散り、炎はマディスの外殻をさらに焼いていく。

 

「はっ!」

 

十分だと判断したのかルビーズは掛け声と共に槍を抜き、そのまま振り向くとロッドを回しポーズを決める。

それと同時に、マディスは叫び声をあげながら火花を吹き出し地面に倒れ、爆発と共に消滅した。

 

………

……

 

朝食が終わり、片づけをしていると居間の方から怪人の叫び声や爆発音が聞こえてきた。見ると、ルインが膝を抱えてテレビを見ていた。ルインお気に入りの特撮番組、『宝融騎士 ジェムナイト』だ。俺もつられてたまに見ているのだが、たしか原作は『ターミナル戦記』という小説を題材にして、それに特撮独自の見解とアクションを加えたものだったはずだ。まぁ原作が結構暗い話だったのだが、これは結構明るく、子供も(ついでに女神も)十分に楽しめる内容だった。

 

「むぅ…先週の分を見逃してしまったなぁ」

 

まぁ一週間いなかったからな…。

俺はその光景を遠目で眺めながら今日の予定を考える。

折角の休日だし、何をしようか?

 

「ふぅ、今週も面白かった。さぁ、次は『スマイルデュエキュア』の番だ♪」

 

EDが終わり、予告が終わると今度は女児向けアニメ、『スマイルデュエキュア』の番だ。

これは実際のデュエルモンスターズの女性型モンスターをモデルにし、番組の中の女の子達がそのモンスターに変身して悪と戦うというお話だ。

…けど待てよ? 確かデュエキュアは先週で……。

 

………

……

 

「行ってきまーす!」

 

私、石川ルイ!ごくごく普通の中学1年生♪

私には憧れてるものがあります! それは…かっこよくて綺麗な大人な女性♪ 私もいつかは、そんな大人になりたいな~♪

そんなある日のこと…

 

むぎゅっ

 

「ぐぇっ!?」

 

「きゃっ!? ご、ごめんなさい! …ってあなた…豚さん? 天使さん?」

 

「オイラの名前はブーテン! 立派な天使だよ! ひどいじゃないか、オイラを踏みつけるなんて!」

 

「ご、ごめんなさい…」

 

突然私の前に現れた謎の豚天使、ブーテン。

 

「オイラは天界から、この人間界で“女神の力”を持つ女性を探していたんだ。それがルイ…君さ!」

 

「私が…女神?」

 

女神に選ばれた私は、日常から一転、戦いの中に身を投じていくことになる。

 

「あれが…悪魔!?」

 

「今だ、叫ぶんだルイ! そうすれば君は正義の戦士、神の名を持つ“少女神”になれる!」

 

「少女神…わかった!」

 

ブーテンから貰ったステッキ、『フォビドゥン・ランス』を掲げ、私は叫ぶ!

 

「悪い奴は私がこらしめてやる! ≪ゴッデス・エヴォリューション≫!!」

 

瞬間、ステッキから青く鮮やかな光が眩いばかりに迸り、私の身体を包み込む。私の服は光の中に溶け、迸った光が青いリボンとなって私の身体に巻き付く。

巻きついたリボンは赤と白の鮮やかな服装を紡ぎ出し、髪は輝くような銀色に染まり、腰のあたりまで伸びる。

最後に頭の上に黒い冠を戴き、私はくるくる周りながら伸びてロッド状となり、先が鋭くなったをステッキを握りしめる!

 

「≪破滅の少女神 るんるんルイン≫!! 悪い悪魔は即・滅・破! しちゃうんだから♪」キラリーン☆

 

 

この時から、人々の幸せと地球の未来を守る私の戦いは、始まった…―

 

………

……

 

「な…なんだこれは……」

 

「あー…そのなぁルイン…『スマデュエ』は先週最終回を迎えちまったんだ…それは今週から始まった新番組だな」

 

テレビの前で自分の思っていたものと違う番組が始まったことに、ルインは驚愕している。そんなルインに俺は、ルインがいない間に『スマデュエ』が終わってしまっい、代わりに今週から新番組、『破滅少女神 るんるんルイン♪』が始まったことを伝えた。『宝融騎士ジェムナイト』同様に『スマイルデュエキュア』もルインのお気に入り番組の一つだったから、てっきり泣いて残念がるか、激しく怒るか、心底落胆するかと思っていたのだが…。

 

「こ…これは素晴らしい!」

 

「…ゑ?」

 

「見ろ主! この主人公は誰がモチーフなのかわかるか!?」

 

「あ~…『破滅の女神ルイン』ですか?」

 

このアニメのタイトル、そしてヒロインの変身後のコスチュームと名前を見る限り、このアニメの元ネタが他ならぬ『破滅の女神ルイン』からきてることは明らかだった。

 

「その通り! いよいよこの私の能力が評価される日が来たということだな! はっはっはっ♪」

 

…いや、でもこれ外見のコスチュームだけ貴女に似せてるってだけでその能力値まで評価しているとは思えないんだけど…。

ま、本人が満足してるみたいだからそれでもいいけどさ。

とまぁそんな調子で結局ルインは『るんるんルイン♪』を最後まで見てしまった。すっかり『デュエキュア』のことは忘れているようだ。

 

「はぁ~、面白かった♪ いやぁ休日の楽しみが増えて嬉しい限りだ♪」

 

あなたはいつも休日でしょうに…。

まぁいいや、とりあえず今日は新たに増えた住人、キリアとフレイヤの生活に必要な道具を買い揃えるためにまた買い物に行くとするかな。

そしてルインがテレビを消そうと思った…その時だった。

 

………

……

 

「私達に届いたのは…デュエルモンスターズアカデミアからの招待状?」

 

「デュエキュアと少女神がデュエルモンスターズカデミアに集合!」

 

「そこには、かわいいモンスターのお友達と、とんでもない事件が待っていた!」

 

「「映画! 『スマイルデュエキュア&破滅少女神るんるんルイン♪ ~合体劇場版! 世界を超えた絆~』」」

 

「本日公開! 入場者プレゼントもあるよ♪」

 

………

……

 

『この番組は、海馬コーポレーションの提供で…―』

 

テレビの中の二人の少女、先ほどの『るんるんルイン♪』の主人公と『スマデュエ』の主人公が交互に劇場版アニメの宣伝を行う。どうやらこの二作品を合わせたアニメ映画が今日から公開するそうだ。よくあるよな、前番組が後番組とコラボする映画。

…と、提供まで見ていたルインが急になにかに期待した…キラキラした視線を俺の方に向ける。

…どうやら、今日の予定は買い物だけでは済まなさそうだ…。

 

………

……

 

休日の街はかなり賑わっている。デートをするカップル、子供連れで買い物をする家族、路上でストリートデュエルをするデュエリスト。それらの中に混ざり、俺とルインはいる。

…ただし、俺とルインの他に連れがいる。いや、勝手に着いてきただけなんだが…。

 

「…なぁ、ちょっと聞きたいんだが」

 

「何でしょう? 主様」

 

「ルインだけならまだしも、なんでお前達まで付いて来てるんだ?」

 

朝の時点で疲れたから少し疲労感のある口調でウェムコ、キリア、フレイヤの三人に訊いてみた。

今朝、ルインにあの映画を観に行きたいとせがまれた俺は、住人が増えたからついでにいろいろと買い物をする予定だった。

そう、当初は俺とルインの二人だけで行くつもりだった。二人で映画や買い物…これは所謂“デート”というやつなのではないか…と思い、折角だから一日を満喫するつもりだった。

だが…気が付いたらウェムコ、キリア、フレイヤが横にいた。そう、俺としてはこの状況、説明してもらわなくては正直納得できるものではなかった。

俺の質問に3人は笑顔(フレイヤだけは目が笑ってないが)でこう答えた。

 

「お姉さま行くところに私ありです!」

 

「私はマスター殿の警護のつもりですが?」

 

「わたくしは…なんだか楽しそうだったから♪」

 

…おいお前ら、それまったく答えになってないぞ…。

まぁキリアとフレイヤは昨日来たばかりだから服とか買わなきゃいけないから仕方ないか…。(キリアとフレイヤは、今はルインとウェムコの服を借りて着ている)

 

「まぁまぁ主よ、人数は多い方が楽しいぞ?」

 

「そ…そうか?」

 

…ま、ルインがそれでいいって言うならそれでいいんだけどさ。

 

「さ、早く映画とやらを観に行こう♪」

 

そう言うと、ルインは俺の右腕を奪い自分の腕に絡めてきた。

 

「あら、ルインさんずるいですわ! わたくしも♪」

 

「お、おい、お前ら…!」

 

ルインに続いてウェムコも俺の左腕に自分の腕を絡める。

こういうの傍から見たら羨ましい光景なのかもしれないが、残念ながら実際やられると歩きずらいことこの上ない…。

 

「お姉さまぁ♪ そんな男よりもこの私と手繋ぎましょうよぉ♪」

 

フレイヤは俺…ではなくルインの腰あたりに抱きついてきた。

 

「え~っと…では、私も」

 

その場の空気に流されてか、キリアまでも俺に抱きついてきた?

どこにだって? 俺の両隣は埋まってる…となればそれは必然的に…俺の後ろから首に手をまわして背中に抱きついてきた。

 

「お、おいキリア…!」

 

「ご迷惑…ですか?」

 

うっ…確かにここでキリアだけハブいてしまうのもかわいそうというかなんというか…。

ていうかキリアさん…俺の背中に何かふにょふにょした物が当たってるんですが…。

…って、ひとたびそんなことを意識し始めたら、途端に左右のルインとウェムコの腕の感触まで意識し始めてしまった。ルイン…はそんなんでもないんだけど、ウェムコのは俺の腕が埋もれるほどに……って! 何動揺してんだ俺は!

 

「えーい! お前ら! そんなにくっついたら歩けないだろー!」

 

半ばヤケになりながら4人を引きはがすと、若干足早になって映画館を目指した。

 

………

……

 

そんなこんなでようやく映画館に着いた。まったく…ただ移動しただけなのにこんなに体力を使うとは思ってもみなかった…。

とりあえず、受付でチケットを買い、館内に入る。

元々女児向けのアニメ映画な為、館内は子供達、もしくは子供連れの親子ばかりだった。

…まぁ、中には俗に言う『大きいお友達』も何人かいたが…それでも年頃の男子一人と美人女性四人の俺達はこの中でかなり浮いていた。

 

「主、あれはなんだ?」

 

受付を済ませると、早速ルインが館内のある物に興味を示した。

 

「あぁ、ポップコーンていうお菓子だよ」

 

「美味しそうだな…」

 

そう言ってジーっとポップコーンの売り場を凝視するルイン。

商売のためか、ポップコーン特有の香ばしいバターの香りがこの受付にまで漂ってくるもんだからその気持ちはわからなくもない。

 

「一つ買ってきてやるよ」

 

映画館といえばポップコーンというのは定番だからな。ルインだけ食べるなら…一番サイズの小さいの一つでいいかな。

 

「すいません、ポップコーンのSサイズを…―」

 

売り場に行き、注文しようと思ってた時、後ろからルイン達の会話が聞こえてきた。

 

「お姉さま、一緒に食べましょうよ♪」

 

「わたくしも食べてみたいですわ」

 

「では、みんなで回して食べるのはどうでしょう?」

 

「「「それだ!」」」

 

キリアがそんなことを提案し、三人はそれに乗ったようだ。

となると…、

 

「…やっぱLサイズを下さい」

 

………

……

 

そんなこんなで映画は無事見終わった。見終わったのだが…映画だけで思ったよりも出費がかかってしまった。

ポップコーンの次はパンフレットも買わされ、見終わった後はスマデュエやるんるんルインのグッズやらなにやらも買わされてしまった。

こりゃあ買い物できる分のお金無いかもしれないな…後で貯金をATMから引き出した方がいいか…。

 

「いやぁ、面白かったなぁ♪ スマデュエ達の力が奪われ、変身が解けた時はもう駄目かと思ったぞ。だがそのピンチに颯爽と駆け付けるるんるんルイン…かっこよかったなぁ♪」

 

「はい、お姉さま♪」

 

「映画というものは大きなテレビのようなものだと思ってたのですが、テレビとは比べ物にならないくらい迫力がありましたわ♪」

 

「まさに圧巻でしたね」

 

「…」

 

「どうした主?」

 

「いや…何でも…」

 

映画を見てる最中、ルインは周りの子供たちに混ざって騒ぎっぱなしだった。

楽しいのはわかるが、ぶっちゃけ周りの大人達の視線がとても痛かった…。

 

「主、本当に大丈夫か? 具合でも悪いのか?」

 

「ああいや、大丈夫大丈夫」

 

ま、本人は大満足してるみたいだし、これで良かったかな。

 

 

 

ぐぅ~…

 

 

 

と、その時、ルインのお腹の虫が鳴った。

 

「うぅ…お腹空いたな…」

 

そういえばそろそろお昼か…買い物ついでに、デパートの飲食コーナーに寄って、そこで飯でも食べるかな。

 

………

……

 

その後、俺達はデパートに向かい、そこの飲食コーナーで食事をとった後、今度はそのデパート内で買い物をした。キリアとフレイヤ用の生活用品や着る服が主だ。まぁそんなこんなでかなりの出費がかさんだわけだが、買い物を終えた俺達は今、阿部っち店長のカードショップにいる。

別にこれといって欲しいものがあるわけじゃないんだが、近くまで来たのでついでに寄ってみたのだ。ルイン、ウェムコ、キリア、フレイヤはそれぞれ散らばって、前回の大会で知り合ったデュエリスト達と談笑したり、ショーケース内に飾られているカードを眺めたりしている。

そして俺はというと、レジ前に置かれているノーマルカードのみが入っているカードボックスの中を漁る。というのも俺には、ルインから“カードの具現化”という能力をもらっている。実際のデュエルでは使わなくても、万が一の時に武器として使えば、それは己の身を守るということになる。まぁほとんどはルイン達が守ってくれるんだが、デミスの時のような二の舞はごめんだからな、こうやって俺自身も強くなっていかないと。

 

「よっ、遊煌君」

 

その時、店のカウンターの下から阿部っち店長がぬっと顔を覗かせる。

 

「あ、どうも阿部っち店長」

 

「なんかまた美人さんが増えたみたいだなぁ、しかも二人も」

 

そう言って阿部さんは、ショーケース内のカードを眺めるキリアとフレイヤの方を見る。

 

「で、今度はどういうご関係だい?」

 

「え、え~っと…その…」

 

「もしかして二人ともお前さんの“コレ”かい? 意外とやるなぁ、オイw」

 

と、阿部は悪戯っぽく笑うと小指を立てた。

 

「ち、違いますよ!」

 

俺は両手と首を振って全力で否定した。

確かにフレイヤとは一緒の部屋で寝てるし、キリアとは…一緒の風呂に入った仲だけど、阿部さんが考えているようなことは絶対にない。

 

「はっはっはっ、まぁ何か事情があるみたいだし、深くは追求しないでおくよ」

 

俺の慌てた態度がよほど楽しかったのか、阿部さんは笑いながらまた店の奥に引っ込んでいった。

ふぅ…まったく、なんて言い訳をしたらいいのか考えるだけで難しいものだな。ルインとウェムコはなんとか姉弟という関係で納得してくれてはいるが、さすがにキリアとフレイヤまでそうとは言えないし…なんとかあの二人の納得できる関係を考えておかないと…。

 

「ねぇ、天領」

 

と、また俺を呼ぶ声が聞こえた。

振り向くとそこには…あの小日向星華がいた。珍しい、こいつから俺の方に話しかけてくるなんて…。

 

「ちょっと話があるんだけど」

 

「なんだよ?」

 

「ここじゃ騒がしいから…ちょっと外の方に行きましょ」

 

………

……

 

というわけで俺は小日向に連れられ、店の外にいる。

こいつから俺の方に話しかけてくるなんて…めったにあることじゃない。なんてったっていつも俺のことを道端の石ころ並みにどうでもいい奴と思ってるんだからな。

そんな俺にいったい何の用があるのか…もしや、愛の告白か? …いや、ないな、それは絶対ないし、俺だって嫌だ。となると…カツアゲ? …これは十分にあり得る。

 

「あのさぁ…」

 

と、小日向は口を開く。

なんだ…? いくら出せばいいんだ? 5000円…はちょっとキツい、さっき買い物してきたばかりだから。1000円くらいなら…!

 

「アリアのこと…なんだけど…」

 

「え?」

 

「アリア、ここんところ学校に来てないでしょ?」

 

「あ…あぁ、そうだな」

 

よかった…どうやらカツアゲではないようだ。心配するだけ損だったな。

そういえばここ最近、アリアは学校に姿を見せていなかった。

あの大会の後、また朝一緒に学校に行こうと約束したのだが、あれからアリアの家に行っても何故かアリアは出てきてくれなかった。てっきり旅行にでも行ってるのかと思ったんだが…。

 

「あいつ、旅行にでも行ってるのか? この前俺が家に行っても、反応なかったし」

 

「それがね…心配だったから昨日私が電話してみたら、アリア出たのよ、電話に。それで、家にいるんですって」

 

「…どういうことだ? 病気にでもかかってるのか?」

 

「わかんない…でも、家にいるってことは確かなんだから、アンタ明日アリアの家にお見舞いに行ってきなさい」

 

と、小日向はビシっと俺を指さす。

 

「俺一人でか?」

 

「そうよ」

 

「なんで?」

 

お見舞いだっていうのなら、何も俺一人で行くことはない。アリアの親友である小日向も一緒に行けばいいのに。

 

「なんででもなの! いいからアンタ一人で行きなさい! アンタじゃないとダメなの! わかったわね!?」

 

「…? あぁ…」

 

いかんせん納得できないんだが、まぁそこまで俺だけで行ってほしいと言うなら仕方ない。明日の学校の帰りにでもアリアの家に寄って行くかな。

 

「んとに鈍感なんだから、アリアもなんでこんな奴を…」

 

「え? なんだって?」

 

「な、なんでもないわよ! じゃ私、帰るから」

 

何か小声で言ったような気がしたんだが、小日向はそのまま帰ってしまった。

そういえば…アリアが学校来なくなったのはデミスの一件以来のような気が…。

 

「…考えすぎか」

 

そう呟き、俺はまた店内に戻った。

 

「えー!? 私ってたった20円の価値なのー!? 安い! 安すぎる!!」

 

「私は…シークレット仕様が300円、ノーマル仕様は……フレイヤと同じ……。マスター殿がシークレットを使っていて良かった…」

 

フレイヤとキリアはストレージボックスやケース内にある自分のカードを見て愚痴をこぼしていた。一方のルインとウェムコは奥の方でデュエリスト達と談笑している。さっきの阿部さんとの会話じゃないけど、もしかしてまたあることないこと訊かれてるんじゃないだろうか…ここは早めに退散したほうがいいかな。そろそろ夕飯の支度をしなきゃいかんし。

 

「おーいお前ら、そろそろ帰るぞー」

 

………

……

 

「ただいま~」

 

「ただいまですわ♪」

 

「ただいま」

 

「たっだいまー!」

 

「はいはい、お帰りなさい」

 

今日という日がよほど楽しかったのか、4人は仲良くただいまと言いながら家に入る。

さて、俺はそんなに楽しげにしている暇も、ましてや一息ついてる暇もない。なぜかと言えばこの後すぐに夕飯の支度をしなくてはならない。なにせ5人分も作るんだから大変な事この上ない…。

 

「あー疲れた。お姉さま、私と一緒にお風呂入りましょ♪」

 

「お前と一緒だと余計に女神様を疲れさせてしまうだろ。フレイヤは大人しく一人で入れ」

 

「え~!?」

 

「あらあら、うふふ♪」

 

そう言い、三人は二階に上がっていった。おそらくこれから風呂に入るため、着替えでも取りに行ったんだろう。

微笑ましいのはわかるが、あいつらが風呂からあがる前に食事の支度をしておかないといけない。やれやれ、制限時間付きとはな…。

そのことを思うと気が重くなるが、仕方ないか。と、重い足取りでキッチンに立とうとしたときだった。

 

「主…」

 

突然、後ろからルインに呼び止められた。

 

「ん? どうしたルイン?」

 

「あ、あの…今日は済まなかったな、主は…私と二人きりで行きたかったのに…」

 

なんだ、そんなことか。

最初はああ言っていたが…やっぱりルインはルインなりに気にしていたのかな。

 

「もう気にしてないって。それに、みんなで行った方が楽しいって言ったの、ルインだろ?」

 

「それはそうだが…主は私と行きたかったのに…なんだか申し訳なく思えてきてな…」

 

確かに、俺としてはルインと二人っきりで休日を満喫したかったというのが本心だ。

ルインはそんな俺の気持ちを察してか、少ししょげこんでしまった。

まったく、せっかく楽しい休日だったってのに、そんな顔したら台無しじゃないか。

 

「よし、じゃあこうしよう。今度はあいつらには内緒で、二人きりでどっか遊びに行こうな」

 

「ほ、本当か!? 約束だぞ?」

 

「あぁ、約束する」

 

そう言って俺は小指を立て、ルインの手をとり、その小指同士を絡める。

 

「…? 何だ?」

 

「これはな、“ゆびきりげんまん”て言ってな、小指と小指を絡めることで絶対に約束を破らないおまじないをかけるんだ」

 

「もし破ったらどうなるんだ?」

 

「針を千本飲まなきゃいけないうえ、一万回殴られる」

 

「こ、怖いな…」

 

「あぁ、だから絶対に破れないんだ」

 

そして俺は小指を上下に振りながら、お約束ともいえるあの文句を唱える。

 

「指きりげんまん、嘘ついたら針千本飲ーます、指切った!」

 

そして、ルインとの小指を離した。

 

「これでおまじないはかかったのか?」

 

「あぁ、約束はちゃんと守るからな」

 

そう言い、俺はルインの頭をくしゃくしゃと撫でる。

自分でも何故そうしたのかわからなかった。しかし、ルインは俺の手の感触が気に入ったのか、嫌がる素振りは見せなかった。

しかし…すぐさま俺はハッと我に還る。俺…なにやってんだ!? すぐさまルインの頭から手を離した。

その時のルインも、おそらく俺と同じ気持ちだったのだろう。手を離した時のルインの顔は、なんだか驚いたような表情だったが、徐々に顔が赤くなり、同時にこちらもなんだか気恥かしいというか気まずいというか…もじもじして、お互いに目を合わせるのがとても恥ずかしく感じてしまった。

 

「主様~♪ 今度はわたくしが御夕飯を作るのをお手伝いしますわ……って、お二人ともどうしたんですの?」

 

と、その時運悪く、ウェムコが二階から降りてきて、俺達の恥ずかしい現場を目撃されてしまった。

 

「「う、ウェムコ!?」」

 

二人の声がハモる。同時にウェムコはこの状況が飲み込めていないという表情をしたが…瞬時になにかを察したのか、パァッと笑顔になった。

 

「あらあら♪ お二人ったら二人きりになった途端にそんな…わたくしはお邪魔でしたわね~♪」

 

「ま、待てウェムコー! お前は何か偉大な勘違いをしているぅぅぅ!!」

 

笑顔でスキップしながらまた二階に上がっていくウェムコを俺は止めようと手をのばす中、ルインの顔はずっと赤いままだった。

 

しかし、それからのルインは夕食時から寝る前まで、ずっとご機嫌な様子だった。

俺との約束がそんなに嬉しかったのだろうか、こちらとしてはなんだかさっき以上に気恥かしい気分になった。




どうも、2ヶ月ぶりの投稿となってしまいました、申し訳ありません!
実はパソコンが壊れてしまいまして…それで一ヶ月くらい修理に出した後、書き溜めてた分を始めとするデータが全て消えてしまっていたのでまた一からちまちまと書いていたために遅くなってしまいました…申し訳ありません!
これを皮切りに、他の作品も順次上げていきたいと思いますので、何卒よろしくお願いします

…え? デュエルはやらないのかって?
すいません…もうしばらくデュエルは待ってください…


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第23話:「変わるセカイ」

星華に言われた通り、アリアの見舞いに向かう遊煌
アリアに問われて、遊煌が話した父親の真の姿とは…?


………夢を見た。

 

 

 

だだっ広い荒野に私一人っきり。

 

人を呼んでも返事は返ってこない。

 

周りには何もない…ただ灰色の地平線が…どこまでも、どこまでも…広がっている…。

 

そうだ…あの人はどこ?

あの人がいなければ、私がここにいいる意味なんてない…。

 

私は必死であの人を探す。

 

しかしどれだけ探しても、どんなに声を張り上げて呼んでも、返事は返ってこない…。

 

 

 

やがて私は立ち止まる。

 

 

 

ああそうか……ここは……

 

 

 

「いや……」

 

 

 

これは……

 

 

 

「いや…!」

 

 

 

 

 

これが私の望んだセカイなんだ…。

 

 

 

 

 

―――――第23話:「変わるセカイ」―――――

 

 

 

 

 

「いやああああああああああああああ!! …っ!?」ハッ

 

なんだかとても怖い夢を見た気がして、私はベッドから飛び起きた。

息は荒く、背中や顔は汗でびっしょりだった。そして飛び起きる瞬間、私は叫び声をあげていた…。

窓の外はまだ暗い、時計のを見ると夜中の2時だった。

 

「…どうした?」

 

窓の方から男の声がした。

“彼”は、窓の外の屋根に片膝を立てながら座り、こちらに視線を向ける。夜空には綺麗な満月が昇っている。“彼”はこの満月を見ていたのだろうか。

 

「なんでもない…怖い夢を…見ただけだから」

 

「そうか、体調がまだ優れていないようだ。無理をせずにゆっくり休め」

 

「うん、大丈夫…ありがとう」

 

「礼には及ばん」

 

そう言うと“彼”はまたすぐに視線を夜空に浮かぶ満月へと向けるが、私に向けられた言葉は、心底私を心配するよう口調だとわかった。

静かだ…世界はまだ眠っている、私も眠らなきゃ。

 

「おやすみ…デミス」

 

「あぁ、おやすみ。我が主よ」

 

………

……

 

(アリアの奴、今日も来てないのか…)

 

休み明けの朝、もしやと思い自分の隣の席を見たが…やはりというかその机には鞄一つ掛っていなかった。

 

…本当にどうしてしまったんだろうか…。

 

もうかれこれ一週間以上経つ。流石の俺も少し心配になってきた。このまま休み続ければ出席日数だって足りなくなってくるだろうし、なによりもあのいつもの元気な姿が見られないのは…寂しかった。

 

「天領!」

 

不意に背後から聞き慣れた…というかあまり聞きたくない声が聞こえた。

振り返ると、やはり小日向だった。小日向はずかずかと俺の方に歩み寄ってくる。顔が怖い…。

 

「あんた放課後暇? てか暇に決まってるわよね?」

 

「ひ、暇だけど…」

 

本当は夕飯の買い物とか行きたかったんだが…この分じゃ俺の言い分は聞いてくれそうにもない。

 

「だったら昨日言った通り、アリアの家に行ってちょっと様子を見てきなさい」

 

「…昨日も聞いたけどなんで俺なんだ?」

 

そりゃ俺だってアリアのことは心配だが、なんでそこまで俺にばかり固執するのだろうか。

 

「…アンタ本当にわからないわけ?」

 

「な、なんだよ…わからないから聞いてるんだろ」

 

「…はぁ~…呆れたものね。そんなの……っと、私が言っちゃいけないわね。とにかく放課後ちゃんとアリアの家に行きなさいよ! いいわね!」

 

「わ、わかったよ」

 

イマイチ釈然としないんだが…ここでまた突っかかれば面倒なことになりそうだからそれ以上は聞かないようにした。

 

………

……

 

そんなわけで放課後、俺はアリアの家の前まで来ていた。お見舞いということで、駅前のお菓子屋で人気だというプリンを買い、それの入った箱が俺の手にはある。

前はよく来ていたアリアの家…それは今も変わり映えせずに、そこにある。だが、家の窓の至るところがカーテンで閉め切られているのが気になる。小日向は家にいると言っていたが…この様子を見る限りやっぱり家にはいないんじゃないのか…?

とりあえずチャイムを鳴らしてみる。

 

ピンポーン

 

「…」

 

ピンポーン

 

二回目を押してみる…が、やはり反応は無し。やっぱり家にいないんじゃないだろうか…。

それにもし病気のようなら、病院に行ってるのかもしれない。また日を改めて来るか…。

そう思い立ち去ろうとした…その時だった。

 

ガチャ

 

「あのー…」

 

ドアが開く音と共にアリアが顔を覗かせた。

 

「アリア!」

 

俺は玄関の方に駆け寄った。アリアはどうやら寝ていたらしく、夕方だというのにパジャマのままだった。

 

「寝てたのか? 悪いな起こして」

 

「ううん、大丈夫だよ」

 

「どこか具合悪いのか? ここ最近全然学校に来ないからさ…」

 

「あ、ええと…も、もう今は大丈夫だよ、休んだらスッキリしたし」

 

「そうか…あ、これもしよかったら食べてくれ」

 

俺は自分の手に握られているプリンの入った箱をアリアに手渡す。

 

「あ、ありがと…」

 

「じゃ、早く元気になれよ」

 

様子も見たし、見舞い品も渡したし、アリアも思ってたよりも元気そうで安心した俺は、そのまま帰ろうと踵を返した。

 

「ま、待って!」

 

が、アリアに呼び止められた。

 

「せっかくだから…上がってお茶でも飲んでいかない?」

 

………

……

 

(どうしてこうなった…)

 

というわけで俺は今、アリアの部屋でお茶を用意しに行っているアリアを待っている。

様子を見に行くだけのつもりだったのにいつの間にかお茶をご馳走になんて…そりゃ嫌なわけじゃないけど、年頃の男子が女子の家に上がるなんて…。

アリアの家には何度も来たことがある。幼馴染だからな、互いの家を本当の家みたいに出入りしていた。ただそれはもう小学生の頃までの話だ。中学に上がってからは互いに意識しちゃうところがあるから、自然とそういう機会は減っていった。高校生になってからは一度もない。

だが…こうして見るとアリアの部屋はいろいろなところが変わっていた。ベッドや勉強机は大きな物に取り換えられており、小学生の頃にいっぱいあったぬいぐるみのコレクションもすっかり無くなっている。逆に、学校で使う教科書を納めた本棚や、小物といったお洒落を意識したアイテムが置かれている。部屋の間取り自体は変わっていないはずなのに、何故か新鮮な気持ちになった。

 

ガチャッ

 

「お待たせ~」

 

と、しばらく部屋の中を見まわしていると、アリアが盆を持って部屋に入ってきた。盆の上には先ほど俺が買ってきたプリンの箱に、ティーカップとポットが乗っている。

 

「あ、俺が淹れるよ」

 

「ううん、大丈夫。遊煌君て、砂糖いるっけ?」

 

「あぁ、もらう」

 

そういえばこうやって女の子と面と向かってお茶するのって、もしかしたら初めてかも…。

こういうのって、幼馴染でもちゃんとカウントされるものなんだろうか?

 

「はい、どうぞ」

 

「おう、ありがとう」

 

淹れてくれた紅茶を手に取り、一口飲む。

…美味い、紅茶自体は市販のものの筈なのに、アリアの淹れ方が良いのだろうか、紅茶はすごく美味しかった。

 

「わ! このプリンてもしかしてトリシューラプリン?」

 

アリアが箱の中を開けると、その中に入っているプリンを取り出して思わず驚いた。

トリシューラプリンは高人気、高価格、高カロリーと三拍子揃ったウルトラレアスイーツだ。その値段は元になったカード同様、とても高額なのだが。

 

「おう、せっかくの見舞いだから良いもの買ってこうと思ってな」

 

「こんな高いの…私一人で貰うのは悪いよ」

 

「いいっていいって、気にするなよ。アリアのために買ってきたんだから」

 

「そういうわけにはいかないよ。ちょうど2個入ってるんだし、二人で1個づつ食べよ?」

 

「ん…お前がそれでいいって言うなら、せっかくだから貰うよ」

 

というわけでトリシューラプリンが二人でいただくことにした。

一個だけじゃ心もとないから念のため二個買っておいて正解だったかもな。

 

「…」モグモグ

 

「…」モグモグ

 

と、二人は黙々とプリンを食べ始める。…うん、美味しいんだけど…い、いかん…会話が続かない…。何か話題を振らねば…。

 

「そ、そういえばこの部屋、結構変わったな、昔よく遊びに来てた時に比べると」

 

「ふふっ、もう何年前の話だと思ってるの。そりゃ高校生にもなれば変わるよ」

 

「そっか…そうだよな」

 

アリアの家に遊びに来たのは…確か中学一年の頃が最後。それから今日までの約3年間、一度もアリアの家には来ていなかった。3年もあれば部屋の模様や趣味だって変わるだろうし、それは俺も同じだ。ましてやアリアは女の子だ、流行に敏感な分男の俺よりも部屋の模様が大きく変わってるのは無理ない。

 

「てことはもう部屋で虫を飼ってたりはしてないんだな。カブトムシとか、カミキリムシとか」

 

「うん、中学の最初あたりまでだったね。あれじゃ同い年の女の子を遊びに呼ぶに呼べなかったし、全部逃がしちゃった」

 

アリアは小学生の頃から昆虫を飼育するのが大好きだった。

男の子のような趣味だったが、昔の俺はアリアの虫籠の中で飼われている昆虫を見るのが大好きだった。

だけど…そうだよな、普通の女の子が虫なんか見たら気持ち悪がって家には来たくなくなるもんな。でも、今でも昆虫族のデッキを使ってるあたり、アリアの昆虫好きは今も健在のようだ。

 

「ふーん。あ、そうだ。アリア、お前なんでここ最近ずっと学校休んでたんだ?」

 

「えっと…」

 

アリアは少し口ごもってしまった。しかし、少し間を開けて、口を開いた。

 

「なんというか…わからないの」

 

「わからない?」

 

「うん…最初は頭がクラクラしてて、意識も朦朧としちゃってたから、貧血みたいなものかなーって思ったんだけど、なかなか治らなくて…。病院にも行って診てもらってきたんだけど、原因はわからなくて…」

 

「そうか…」

 

約一週間前、デミスが起こした“エンド・オブ・ザ・ワールド”は多くの人々の生気を吸い取った。おそらくだが、その時にアリアも生気を吸い取られ、その影響が後遺症のような形で身体に現れているのかもしれない。

 

「今は大丈夫なのか…?」

 

「うん、ここ最近はゆっくり休んだから調子もいいし、近いうちに学校にも行けると思うよ」

 

「そうか…良かったな」

 

とりあえず、今はもう大したことないみたいで安心した。

 

「そういえば家の人はどうしたんだ? 両親共に仕事だっけ?」

 

今気がついたが、そういえばアリアの家に両親がいない。

ちょっと昔なら、アリア似の栗色の長い髪をした優しいアリアのお母さんが俺の事を出迎えてくれたこともあったんだが…。

 

「あ、うん。今お母さんもお父さんもちょっと海外でカード事業の仕事やってるの。だから滅多に帰ってこないから、私が家に一人で暮らしてるの」

 

「そうだったのか!? ごめんな、全然知らなくて…」

 

どうやら俺がアリアの家に来ない3年の間に、部屋の中だけでなく両親の仕事関係も大きく変化したようだった。

 

「ううん、そんな気にしないで」

 

「あ、でもそれ言ったらお互い様か。俺だってルインとウェムコのことアリアに話したの最近だしな」

 

「…っ」

 

…?

俺がルインとウェムコの話を出すと、何故かアリアは苦しい顔をした。

 

「だ、大丈夫か?」

 

「…うん、平気。ちょっとまた気分が悪くなっただけだから」

 

「あんまり無理するなよ」

 

「…うん、ありがと。ねぇ、遊煌君のお父さんてどんな人だったの? 私、あまりおじさんと話したことなかったから」

 

話題が家族の話だったからだろうか、アリアはそんなことを俺に聞いてきた。

確かに、アリアと親父は直接の面識はあったが、あまり話をすることはなかったからな。

 

「一人っ子の息子を放っておいて世界中飛び回ってたダメ親父さ。俺は正直嫌いだったよ…たまに帰ってきたと思ったら現地の変な土産物くれたり、ずっと自分が見て回った遺跡とかオーパーツの話ばっかりしてたからさ」

 

「ふーん、そういえば遊煌君の家に人がいないから、私の家に泊まることもたまにあったっけ」

 

「あったな、そんなこと。…でも、その話をしている時の親父の顔は子供みたいに無邪気に笑っててさ…俺はその笑顔が好きで、いつの間にか本心は親父のことが大好きになってたんだ…」

 

…あれ? 俺なんでこんなことアリアに話してるんだろ…。

こんなに自分のこと話したのって…もしかして初めてかもしれない。

 

「だから…親父が死んだって連絡があったときは寂しかったよ。もうあのつまんない話も聞けず…笑顔が見れないと思うとな…」

 

今でも覚えている…その時のことを。

 

親父が落盤事故にあったと探検仲間の人から電話があった時…。

帰国した親父の亡骸と病院で対面した時…。

棺に入れられ、火葬されていく親父の姿……。

 

それまでの俺は、親父なんてどうせまたふらっと帰ってくるものだと思い込んでたから、特別寂しいなんて思いはしていなかった。でも…親父が死んで…もう帰ってこないってわかった時は……子供みたいに泣きじゃくったな…。

 

「ご、ごめんな。こんなつまんない話しちゃって…」

 

「ううん、そんなことないよ。そっか…遊煌君のお父さんて、とっても気難しい人だと思ってたんだけど、そんな一面もあったんだね」

 

「そうだな、家にいるときは、どっちかというと子供っぽいところの方が多かったよ」

 

「へー、そんなおじさんにも…会ってみたかったな」

 

「でも偉いなアリアも、両親いなくて寂しくないか?」

 

「うーん…たまに会いたくなる時はあるけど…そんなすごく寂しいってわけじゃないよ。たまに電話だってかかってくるし、一人じゃないしね」

 

「一人じゃない…?」

 

「あっ…!」

 

突然アリアが「しまった!」という顔をした。

 

「一人じゃないって…他に誰かと一緒に住んでるってことか?」

 

「え、え~っと、それは…」

 

アリアがその後の言葉を繋げようとした時、突然下の階の玄関が開き、二人の男の声が聞こえた。

 

 

 

「ただいま」

「遅くなってすまない、アリア」

 

 

 

その声を聞いて、アリアは突然慌てだす。

 

「あっ! 帰ってきちゃったみたい…」

 

「誰だ?」

 

ずんずんと階段を上がってくる音が聞こえてくる。

そしてその足音は、この部屋に向かってきているようだ。

 

ガチャッ

「アリア、夕食の買い出しに…―」

「―…何者だ、その男は?」

 

ドアを開け、部屋に入ってきたのは黒と白のローブとマントをそれぞれ羽織った、二人の男だった。

顔は目深に被った頭巾でわからないが…こいつら、どこかで見たことがあるような…。

 

「アリア、こいつらは…?」

 

「あ、えっと…ウチに居候してるクロさんとシロさん。二人とも…その……う、ウチの親の紹介で海外からこっちに仕事に来てる人達なの。で、まだ来て日が浅いから住むところが決まるまでウチに住んでるの」

 

「そ、そうなのか…そんなことがあったなら、一言言ってくれればよかったのに」

 

「ごめんね…私が学校休んでる間に来たから、話す暇がなくて。クロそん、シロさん、この人は…知ってるでしょ? 前話した私の…―」

 

「あぁ、心得ているぞアリア」

「お前のボーイフレンドだったかな?」

 

「も、もう! そんなんじゃないんだって!」

 

白いやつ…シロが冗談交じりにそんなことを言うと、アリアは顔を真っ赤にして否定した。その姿が可笑しいのか、二人はクスクスと笑う。

…うーん…でもやっぱりどこかで見たことがあるような…。

 

「それよりアリア、今夜の夕食の献立だが」

「お前の体調に合うように、消化によいものを作ろうと思う」

 

そう言ってシロが手にぶら提げたスーパーのビニール袋を掲げる。どうやらこいつらは夕食の買い出しに行っていたみたいだ。

そんな恰好でよく職務質問されなかったな…。

 

「あ、もうそんな時間か。俺もそろそろ帰らないと…」

 

「あ…ゆ、遊煌君! よかったらウチでご飯食べていきなよ!」

 

「いや、そんな悪いし…」

 

「遠慮しなくてもいいよ、クロさんとシロさんの料理とっても美味しいんだよ」

 

そりゃ食べていきたいのは山々だけど、俺がここで食べていったらルイン達が怒るだろうし…。

しかし、せっかくのアリアの誘いだし…どうするか…。

 

「まぁ待てアリア、お前はまだ万全の体調ではない」

「故に我らが作る食事は消化に良いものばかり、健常なこの者の口には、いささか合わないのでは?」

 

「そっか…それもそうだね」

 

クロとシロの判断は理にかなっていた。アリアもそれで納得した様子だった。

 

「じゃあ…悪いなアリア、また今度誘ってくれよ」

 

「…うん」

 

アリアも少し寂しそうな顔をしている。悪いことしちゃったかな…。

まぁアリアが学校に来るようになれば、また一緒に昼飯だって食べられるし、機会はいくらでもある。まずは万全の体調にするのが最優先だよな。

 

「じゃあなアリア、また学校で会おう」

 

俺が家を出る時、もう空は夕暮れに染まっていた。

早く帰って、みんなに夕飯を作ってやらないといけないな。

 

「うん、近いうちに行けると思うから…またね」

 

「あ、じゃあその時になったら今度こそ一緒に学校行こうぜ」

 

「…! 覚えててくれたの!?」

 

その時、アリアの表情が一気にパァっと明るくなった。

 

「もちろん。俺が約束忘れるような男に見えるか?」

 

「ううん…じ、じゃあ早く身体良くしないとね! えへへ♪」

 

「おう、頑張れよ。じゃあな」

 

「うん、バイバイ♪」

 

家の前で手を振り、俺を見送るアリアの姿は、今日俺が見た中で一番元気そうな姿だった。

 

………

……

 

遊煌を見送り、アリアが家の中に戻ると、玄関の前にはクロとシロが立っていた。

 

「…よくもまぁその面をアリアの前に出せたものだ、あの男」

「自分の幼馴染に平気で嘘をついていたくせに」

 

「…やめて、遊煌君のことを悪く言わないで」

 

「ククッ…これは失礼したな、アリア」

「しかし彼奴のせいでお前が心を闇に落とし、エンド・オブ・ザ・ワールドを発動に導いたことに変わりはない」

「言うなれば彼奴がそもそもの原因のようなもの」

「アリアがこんなにも衰弱してしまったのもな」

 

「やめてって言ってるでしょ!!」

 

アリアが声を張り上げると、二人はとたんに黙った。

しかし、同時にアリアも力みすぎたのか、身体の力が抜け、呼吸が荒くなり、玄関のドアにもたれかかる。

 

「…済まなかったアリア、お前を興奮させるつもりはなかった」

「だが、我々はお前を誑かせた彼奴のことがどうしても許せんのだ」

 

「…それってあのルインって人のせいでしょ? なら…遊煌君は関係ない」

 

「そうだ、奴こそ…あの破滅の女神こそがそもそもの元凶」

「奴さえいなけれな、天領遊煌があのような力を身につけることも、アリアがこのような状態になることもなかった」

 

「だったら…その恨みをその人にぶつけてちょうだい。でも…遊煌君には絶対手を出さないで」

 

「約束しよう」

「我らが主に誓って」

 

二人の魔術師は、そう言ってアリアの身体を支えると家の中に入っていった。

 

この時、遊煌はまだ知らなかった。

あの惨劇を引き起こした原因が…そしてアリアの身体がこのような状態になってしまったことの原因が…まさか自分にあったということに……。




いい感じで終わると思ったら最後これですよw
新キャラの「クロ」と「シロ」も登場です
この二人は…ほらアレですよ、遊戯王GXに出てきた合体してアイツになる…w
さて…これからこの愛憎劇(?)はどうなるのか…?

次回は…例の「バ」で始まるイベント…
というわけで次回は早急に上げられると思います~


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第24話:「Valentine for you ♪」

2月14日、それは男女にとって特別な日。
その日に向けてルインは遊煌に自分の手作りチョコを渡すことを計画する。
しかし、その考えは他の精霊たちにも漏れており…。


―2月7日―

 

『バレンタインデーまであと一週間前ですね! ここ、ネオドミノデパートでも今からチョコの予約が殺到しており…―』

 

夕食を作っている最中、リビングのテレビからそんな事が聞こえてきた。

リビングの方を見てみると、ルインがニュース番組を見ていた。

 

「主よ、ばれんたいんでぇ…とはなんだ?」

 

俺の視線に気がついたのか、そんな疑問を俺に投げかけてきた。

 

「あぁ、2月の14日に女の人が好きな男の人へチョコを渡すイベントなんだよ。ま、元はお菓子会社がチョコを売りたいがために始めたイベントらしいけどな」

 

「ほぅ、ということは主は毎年チョコを貰っているのか?」

 

「…さて、夕飯作らなきゃな」

 

ルインの疑問をスルーして、俺はキッチンに戻り、ただ黙々と作業を続ける。

…無知とは時に残酷だ。

いや…確かに昔アリアあたりからはチョコをもらったことはある。けれどそれはもう小学生とか、そんな昔の頃の話だ。この年頃、つまり男女間を意識するようになってからは、もらった試しがない。それはアリアに限った話ではないが…。

たまには貰いたいものだな…チョコ。義理でもなんでもいい。

一瞬、そういえばルイン達がいたなと思ったが…こいつらはチョコなんて作れるはずもないし、買うにしたってそんな高そうなチョコを買うお金を持ってるはずもない。期待するだけ無駄か…。

ま、2月14日だからって変に意識せず、いつもと同じように、平常通りで過ごすのが一番かな。

 

………

……

 

(いったいどうしたというのだあの態度…私がチョコの話をきり出した途端に無視されてしまった…)

 

先ほどの遊煌の態度を見て、ルインは疑問に思う。

 

(まさか…主はチョコを貰ったことがないのか!? なんとかわいそうな主だ…)

 

別に貰ったことがないわけではないのだが、ルインは勝手にそう解釈した。

そして、あることを決意する。

 

(よし、ならば今年のバレンタインは私が主にチョコを送ってやろう! バレンタイン当日まであと一週間…その間にチョコを作れるようにしよう! 主もきっと喜ぶぞ!)

 

と、ルインは心の中でガッツポーズをして決心した。

…しかし、そんな遊煌とルインの会話を盗み聞きしている者が、リビングの外に3人ほどいた。

 

………

……

 

「聞きましたか!? ウェムコさん、先輩!」

 

「えぇ、しっかりと♪」

 

「聞いていたが…別にこんなにこそこそする必要はないのではないか?」

 

リビングのドアの外に立っていたフレイヤ、ウェムコ、キリアは小声で話をする。

 

「何言ってるんですか! お姉さまにチョコを贈るためにもにも、サプライズとしてここはこっそりとするべきです!」

 

「そうですわね、わたくしも主様にチョコを贈ったら…きっと喜んで下さいますわぁ♪」

 

「というわけでウェムコさん、先輩、一緒にチョコ作り頑張りましょう!」

 

「はぁ…まったく、なんで私まで巻き込まれてるんだ…」

 

「私一人で手作りチョコなんて作れませんもの。一人で作るよりもみんなで作る方が、きっと美味しくできますよ♪」

 

というわけで、フレイヤとウェムコに連れられ、キリアも半ば強制的にチョコ作りに参加することとなった。

 

 

 

 

 

―――――第24話:「Valentine for you ♪」―――――

 

 

 

 

 

―2月14日―

 

(つ…ついに当日だ…隣のおばあちゃんに教わってなんとか完成させたが…ちょっと形に自身がないな…だ、だが! せっかく作ったんだから頑張って渡すぞ!)

 

ルインの手には、ピンク色の包みに黄色のリボンをあしらった長方形の箱があった。

それをしっかりと抱きしめ、ルインは遊煌が学校から帰ってくるのを今か今かと待っている。別になんてことはない、自分の作ったお菓子を渡すだけのことなのに…何故か緊張してしまって顔が熱くなり、身体が強張る。

なるほど…何故このイベントに男女間がぎくしゃくしてしまうのかがわかった気がする。しかし…渡さなければならない。これはほかでもない、主のために作ったのだから。そしてその機会は、今日をおいてほかにはない。

 

「ただいまー」

 

(帰ってきたか…!)

 

 

 

(はぁ…案の定、学校ではチョコもらわなかったなぁ…アリアもまだ休んでるし、どうやら今日は本当にただの平日として終わりそうだな…ま、それもいいけど)

 

元から期待なんてしてはいなかった。それでももしやとは思ったが…うん、やっぱりだった。別にチョコなんて貰っても嬉しくもなんともないし、その逆もしかりだ。

さて、夕飯の支度をしなくちゃな。

 

 

 

「(よ、よし…今だ、行くぞ!) あ、あるっ…―!」

 

「おねーさまっ♪」

 

遊煌にチョコを渡そうとリビングから出ようとした時、突然目の前にフレイヤが現れて呼び止められた。

 

「ふ、フレイヤ…何か用か?」

 

「はいこれ♪ 私からの気持ちです、受け取ってください♪」

 

そう言ってフレイヤはハート型の青色の包みをルインに手渡す。

 

「わ、私に…? ありがとう…」

 

そう言ってルインは包みを受け取る。

 

「だがフレイヤ、バレンタインとは女が男にチョコを渡すイベントなのだぞ?」

 

「そんなこと気にしなくていいんですよ♪ 女同士だって好きな人相手にならチョコを贈ったっていいんですよ♪ 開けてみてください♪」

 

「あ、あぁ…」

 

言われるままにルインはチョコの包みを剥がしていく。

 

「こ、これは…」

 

剥がしたハート型のチョコには、ピンク色で「I LOVE YOU」の文字が書かれていた。

 

「どうですか?」

 

「う、うむ…なかなかによくできているな。ということは…このチョコも手作りか?」

 

「はい♪ 近所で無料のお菓子教室を開いていたものですから、みんなで作ったんですよ♪」

 

「そうか。…まて、今“みんな”と言ったか!?」

 

「え? えぇ、私と先輩とウェムコさんの三人で作りましたよ」

 

「しまった…! こうしてはおれん!」

 

ルインはフレイヤからのチョコをテーブルの上に置くと、慌ててリビングから外に出た。

 

「あっ、お姉さま…! もう…そんなにあの男がいいのかしら…」

 

……

………

 

「さぁて、今日の夕飯は何するかなー」

 

と、自室で制服から私服に着替えているときだった。

 

コンコン

『主様、よろしいですか?』

 

「ん? ウェムコか?」

 

部屋がノックされ、ウェムコの声が聞こえた。

俺はすぐに着替え終え、部屋のドアを開ける。

 

「どうしたんだウェムコ?」

 

「あ、あの…これ、もしよかったら受け取って下さい」

 

そう言ってウェムコは金色のリボンがあしらわれた赤い包みの長方形の物体を俺に差し出す。

 

「こ、これは…?」

 

「チョコですよ。ほら、今日バレンタインですから♪」

 

「俺に…?」

 

「もう、他に誰がいるんですか? あ、いらないならわたくし自分で食べちゃいますよー?」

 

「い、いるいる! ありがとうウェムコ!」

 

そう言って俺はウェムコからチョコを貰いうける。

感激だ…! まさか本当にチョコを貰えるなんて…!

 

「でも…どうしたんだこれ? どこで手に入れたんだ?」

 

「ふふっ♪ 近所でちょうど無料のお菓子教室が開いてました、それに行って来たんですの♪ わたくし、チョコを作るのは始めたなものですから美味しくできているかどうか…どうぞ食べてみてください」

 

「お、おう。それじゃ…いただきます」

 

包みを開き、その中にあるトリュフチョコの一つを摘み、食べてみる。

 

「どうですか…?」

 

「…うん、おお! 美味い! よくできてるなぁ、とても初めて作ったとは思えないよ」

 

口の中に入れた瞬間、表面の固まったチョコの殻が破れ、中の生チョコがふわっと口中に広がり、香ばしい風味を奏でる。

うん、お世辞ではない、正直にこのチョコは美味しかった。

 

「そうですか! よかったですわぁ…主様のお口に合って」

 

「ありがとうなウェムコ、俺の為に用意してくれて」

 

「いえいえ♪ いつもお世話になってる主様のためですもの♪ これぐらいは♪」

 

微笑ましく話す両者。その光景をルインは、二階に上がる階段の影に隠れながら眺めていた。

 

 

 

(くっ…遅かったか…! 私が一番乗りになりたかったのに…し、しかも美味いだと!? ウェムコのやつめ…だが私のチョコも負けては…!)

 

 

 

「あー…ん“んっ、その……マスター殿」

 

俺がウェムコからのチョコの話で盛り上がっていると、今度はキリアが咳払いをしながら来た。

 

「どうしたキリア?」

 

「その…わ、私もマスター殿に渡したいものがあるので…こ、ここでは渡しづらいので私の部屋の方まで来ていただけますか?」

 

「あ、あぁ…わかった。…って、もしかしてキリアも俺に!?」

 

いつもと様子が違い、少し目線を逸らしてもじもじしているキリアの様子に違和感を覚えた俺は、瞬時にそれを察した。

 

「ふふっ♪ キリアさんのはちょっとすごいですわよ♪」

 

ウェムコが悪戯っぽく笑いながら俺の後から付いてくる。

 

「こ…これを…どうぞ」

 

そう言ってキリアが自分の部屋から持ってきたのはかなり大きな…長さ80センチくらいはあると思われる、円筒状の物体だった。

 

「こ、これは一体…なんだ?」

 

「どうぞ、開けてみてください」

 

言われるがまま倒さないように、包装紙を少しづつ剥がしていく。

包みの中身は…案の定チョコだった。しかし、その形状は俺が思っているような形のチョコではない。

細いチョコ糸をいくつもいくつも重ね合わせ、それはまるで宙を舞う天使の如く、その姿を形作っていた。しかも全身には金箔が張られ、土台部分にも高クオリティなチョコ細工が施されている、煌めくチョコの天使像…。

これはもはやチョコではない…芸術品だ。

 

「ま、また凄いものを作ったな…」

 

「お気に…召しませんか…?」

 

「と、とんでもない! ちょっと食べるのがもったいなさそうだなって思ったけど…ありがたくいただくよ。キリアの気持ちがよく伝わってきたよ」

 

「そうですか、ありがとうございます」

 

 

 

(うううっ…あんな凄いチョコまで用意していたとは…! 私のチョコとは…雲泥の差ではないか…)

 

ルインは自身を無くしてしまったのか、階段を下りてリビングに戻った。

 

 

 

ピンポーン

 

と、その時玄関の方からチャイムの音が聞こえてきた。

 

「お客? 誰だ…?」

 

二つのチョコを抱えてそれらを部屋に置くと、俺は階段を下りて玄関に向かった。

 

ガチャッ

「はーい」

 

ドアを開けると、目の間にいたのは…。

 

「こんにちは、遊煌君」

 

「アリア!? お前…もう身体の方は大丈夫なのか!?」

 

「うん、もうすっかり平気♪」

 

「でもここ最近また休んでばっかだったじゃんか…」

 

「あ、あれはその…大事をとってだよ! あはは…(本当はこれを作るために練習していたなんて…言えないよね)」

 

「それで、今日はどうしたんだ? わざわざ俺の家まで来て」

 

「え、え~っとその…た、大した用事じゃないんだけど……私達、昔はよく交換し合ったよね?」

 

「何を?」

 

「だ、だから……チョコを」

 

「お、おう」

 

アリアのこの挙動不審な態度…俯いた目線…赤い顔…そして後ろに回した手…これはもしや…!

 

「だからさ、えーっと…また昔みたいに仲良くやっていこうっていう意味も込めて……はいこれ!」

 

意を決したように後ろに回した手を俺に差し出すアリア。

その手には…やっぱりだ! チョコの包みがあった! しかもハート型!

 

「あ、ありがとう…なんか悪いな」

 

「べ、別にそんな大したものじゃないから気にしなくていいよ! あ、あとそれね……一応…」

 

と、ここでまた言葉が途切れてしまうアリア。

と思った次の瞬間、アリアは全速力で走りだした。

 

「本命だからっ!!」

 

「あ、アリア!?」

 

まるで逃げるように俺の元から遠ざかっていくアリアに追いかけようかとも一瞬思ったが、アリアの姿はあっという間に見えなくなってしまった。

最後に何か言っていたような気がしたが…全速力で俺の元から離れるもんだからなんて言ったのか聞きとることができなかった。

 

 

 

(ほ…本命チョコまで渡された…)ガーンッ

 

その光景をリビングの窓から見ていたルインは、とぼとぼと二階の自室へと戻って行った。

 

 

 

「いや~、なんだかよくわからないけど今年はいっぱい貰っちまったなぁ~、まさか一気に3個も貰えるなんてな」

 

アリアから貰ったチョコを手に持ちながら家の中へと戻る。

さっきはチョコなんて貰っても嬉しくないなんて言ったが、前言撤回、やっぱり嬉しい!

 

「ちょっと待ちなさいよ」

 

部屋に戻ってチョコの味見でもしようかと思った時、フレイヤに声をかけられた。

 

「なんだよフレイヤ?」

 

「私からもチョコあげるから、ありがたく思いなさい」

 

マジか!? こいつだけは絶対にくれないと思ってたのに…意外だった。

普段は憎たらしい奴だが、こういう時に優しいのはとても良いことだ。どれ、ここはひとつ、チョコに免じて今までの横暴を許してやっても…―

 

「はいこれ」

 

そう言って俺に渡したのは……10円のチ○ルチョコだった。

 

「…なにこれ?」

 

「見りゃわかるでしょ、チョコよチョコ。あ、私欲しい服とかいっぱいあるからホワイトデーのお返し期待してるからねー♪」

 

…なるほど、そういう魂胆なわけか。

 

「お前なんかに期待した俺がバカだったよ…」

 

「何よその言い方、あんたなんかに私がチョコあげなくても、お姉さま達からいっぱいチョコ貰ったでしょ?」

 

「あぁ、貰ったけど…ん? 待てよ…“お姉さま”ってのはルインのことだよな?」

 

「当たり前じゃない、他に誰がいるのよ」

 

「俺…ルインからはチョコ貰ってないんだけど…」

 

「…え? マジで? じゃあお姉さま今頃…」

 

………

……

 

「はぁ~あ…」

 

先を越された三度のチョコ…しかもそれのどれもが私が作ったチョコよりもクオリティが高い…。

 

「…美味い」

 

自室のベッドに寄りかかりながら、フレイヤから貰ったチョコを食べてみる。…うん、やはり美味い。おそらく、私のよりも…。

やはりこんな出来では…主に渡すことはできないな…。

 

「…捨ててしまうか」

 

目の前にあるごみ箱に狙いを定め、私のチョコを投げ込もうとした…その時だった。

 

コンコンッ

『ルイン、入るぞ』

 

ドアのノックと共に主の声が聞こえ、そのまま部屋に入って来た。

 

 

 

「フレイヤから聞いたんだけど…俺にチョコ渡すつもりだったんだって…?」

 

「…うん」

 

ルインは目を伏せたままだが、その手にはハートの形をしたピンクの包みを握っている。おそらくあれが俺に渡すつもりのチョコなのだろう。

 

「その…なんかごめんな、お前のことも考えずに他の奴からポンポンチョコ貰っちゃって…」

 

「私は…気にしてない。だからもういいんだ、私のチョコは所詮失敗作だ…だから捨てる」

 

「す、捨てる!? なんで?」

 

「なんでって…そんなの私の出来がウェムコ達に比べると…その…下手だからに決まってるだろ!」

 

そう言うとルインは握ったチョコをごみ箱の方に投げようと振りかぶる。

 

「ま、待て待て! 上手いとか下手とか、そんなの俺は気にしないぞ!」

 

ルインの前に立ちはだかり、ごみ箱にチョコを投げ込ませないようにする。

 

「わ、私は気にするのだ! どけ主!」

 

「いーやどかない! 捨てるくらいなら……もったいないから俺が食う!」

 

「あっ!?」

 

ルインが隙を見せた一瞬をついて、俺はチョコをルインから奪い取る。

 

「か、返せ! そんなの食べたらお腹壊すぞ!」

 

「俺のことを想って作ってくれたチョコを食べて壊すんだってんなら…構わん! 本望だ!」

 

チョコを取り返そうと躍起になるルインの頭を左手で押さえて、もう片方の右手で器用に包みを開けていく。

 

「ほう、これはこれは…」

 

包みを剥がし、箱を開けると、そこにはハートの形をしたチョコがあった。ただし、ちょっと固めるのが甘かったのか、少し形が崩れており、ピンクの文字で書かれた「Happy Varentine」の文字もちょっと歪んでいた。

 

「あ…や、やっぱり形ひどいから捨て…―!」

 

「いただきまーす!」

 

また「捨てる」なんて言わせないうちに、そのチョコを一口かじる。

 

「うううぅ……(やっぱり不味いんだろうなぁ…)」

 

「…ん? これ美味いぞ」

 

「へ…?」

 

「うん、うまいうまい」

 

そう言って俺はボリボリとチョコを頬張る。

 

「そ、そんな世辞を言われたところで私は嬉しくなど…」

 

「お世辞じゃないって、ほら食べてみろよ」

 

チョコを一欠片割り、それをルインの口に入れてやる。

ちょっと無理やりだが、ルインは目を閉じながら自分の作ったチョコの味を噛みしめた。「どうせこんなの美味くない…」という顔だったが…それも徐々に明るい顔へと変わっていった。

 

「ほ、本当だ…美味しい」

 

「だろ?」

 

ルインのチョコは、見た目ほどひどい味ではなかった。むしろまろやかで、今日貰ったチョコの中では一番美味しい言っても過言ではなかった。

 

「ん…でもちょっと粉っぽいところもあるし…やはりフレイヤ達が作ったチョコに比べると…」

 

「そんなことないって、俺が今日貰ったチョコの中では、ルインのがダントツで一番美味しいぞ」

 

「ほ…本当か…?」

 

「あぁ、これもお世辞じゃない。本当の事だ。だからルイン、来年のバレンタインも待ってるぞ」

 

「…ふふっ、任せろ♪ その時には、これよりももっと美味いチョコを作ってやる!」

 

さっきまで落ち込んでいたのはどこへやら、ルインはいつもの明るい表情に戻っていた。

 

………

……

 

―その夜―

 

「ふわぁ…こんな時間になんだってんだダルキリア?」

 

夜11時頃、寝ようとしていた俺を呼んだのはあのキリアの裏人格、ダルキリアだった。

 

「今日バレンタインデーじゃない? で、私からもマスターさんにチョコあげようとおもってねぇ♪」

 

そう言ってベッドの上に腰かけるダルキリアは、その足元にバケツを用意すると自分の素足をバケツの中に入れる。

バケツの中には溶けたチョコレートが入っている。それを自分の足に浸すと、俺の方に差し出した。

 

「ほぉらマスターさん♪ 犬みたいにぺろぺろしてもいいのよ?」

 

と、ダルキリアが恍惚な表情を浮かべながらその足を俺の前でブラブラさせるが…。

 

「…寝る」

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! どうするのよこれー!」

 

付き合ってられんな。

そんなダルキリアの叫びをスルーして、俺は部屋に戻って寝た。




ちょっと遅くなってしまいましたが、バレンタイン回を投下します。
なんとかバレンタインに間に合わせようと急いで書いたので、いつもに比べると文章レベルがちょっと幼稚な部分があるかもしれません、まぁ息抜き程度に読んでいただけたら幸いですw
ダルキリアさんのチョコ、余っちゃうともったいないから欲しい人誰か貰ってってー

さて、次回からはようやくデュエルを予定しています
…遊戯王の小説なのにえらい久々な気分


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第25話:「戦いの嵐は突然に」

寒い日が続くこの季節、寝坊をしてしまった遊煌は急いで学校に行く準備をするが、そんな時突然とある人物に命を狙われる。
その人物とは、デュエルモンスターズの世界から覇王の命を狙って来た暗殺者だった。


休みが明けて一週間の始めである月曜日、学生である俺は当然学校に行かなければならない。だが、まだまだ寒い日々が続くこの季節、目覚ましにセットした時間通りに起きるのはなかなか難儀なことだった。

つまり、なにが言いたいのかというと。

 

「う~ん…あと五分…」

 

と、テンプレとも言える寝言を呟きながら、耳元で鳴った目覚まし時計を止めると、そのままの姿勢のまままた俺の意識は眠りの中に落ちて行った。

 

それからどれくらい経っただろうか。

 

「いつまで寝てんの! 起きろオラァ!」

 

ドカッ

 

「ぐふぉ!?」

 

突然の怒声とわき腹に響く鈍痛で目が覚めた。

痛む腹を押さえつつ、声の主を見上げる。

 

「ふ…フレイヤ…?」

 

例の如くそこにはフレイヤが手を腰にあてたフレイヤが青筋をたてながらこちらを睨んでいた。

 

「アンタったらどれだけ寝たら気が済むのよ! お姉さま達、もう朝食作って待ってるのよ!」

 

「え…? マジで?」

 

と、俺は先ほど止めた目覚まし時計の時刻を見てみる。なんてこった…5分どころか20分も経ってた!

 

「やべっ! このままじゃ遅刻じゃんか!」

 

と、慌てて布団から飛び起きると…。

 

「…っ!?」

 

睨んでたフレイヤの表情が突然赤くなり、何故かうろたえ始めたので、何事かとその視線の先を追っていくと…。

 

「あ…いやこれは…―!」

 

「こっ…この!」

 

弁解の余地もなく、フレイヤの強烈なグーパンチが俺を襲う。

せ、せめて平手で…!

 

「この変態!! スケベ!! 最っ低!! 朝からなんてもん見せてんのよ!!」

 

「仕方ないだろ朝なんだから! 男はみんな朝はこうなの!」

 

「つべこべ言ってないでさっさと着替えなさい! 朝ごはんいらないならアンタの分は片付けちゃうから!」

 

「ま、待て待て! 食うよ!」

 

いくら時間がないと言っても朝飯だけはなんとしても食わなくてはならない。急いで食えばまだ間に合うし、学校へは走っていけばいい!

とにかくフレイヤを外に追い出し、俺は着替えを始める。

 

 

 

 

 

―――――第25話:「戦いの嵐は突然に」―――――

 

 

 

 

 

「急げ急げ…」

 

心の中で念じていたことが自然と口に出る。

パジャマを脱ぎ、ワイシャツを着てズボンを履いてネクタイを付けてブレザーを着る。ここまでで2分弱。そして靴下を履こうとしたときだ。

 

ポトッ

 

「いけね、落としちまった」

 

慌てるあまりに履こうとしていた靴下を落としてしまった。そして俺が靴下を拾おうと身体を屈めた…その時だった。

 

ガシャアンッ!!

 

ドスッ

 

「うおおっ!?」

 

突然部屋の窓ガラスが割れ、何かが俺の頭上を通過したと思うと、それは壁に突き刺さった。何事かと思い、その壁に刺さった物体を見てみる。楔のような形をした、黒い小ぶりのナイフのような鋭い刃物…くないだ!

 

「なんでこんなものが…」

 

もし靴下を拾おうと身体を屈めていなかったら、あれは今頃俺の頭に突き刺さっていたはずだ…。

 

「どうした主! 何事だ!?」

 

窓ガラスが割れたのと、俺の悲鳴を聞きつけたのか、ルイン達が俺の部屋に入って来た。

 

「どうなさいましたの、主様!?」

 

「これが…突然窓の外から…」

 

と、俺は壁に突き刺さったままのくないを指さす。

 

「これは…暗殺用のくない!?」

 

キリアが壁に刺さったくないを見て、声をあげる。

暗殺用だって…? 一体誰を…って、それは俺なわけだが…何故俺が? 俺何か誰かに恨みを買うようなことでもしたか?

キリアがくないの飛んできた方向を睨みつける。視線の先には、誰もいないように見えるが…?

 

「…っ! 来ます!!」

 

「皆さん、わたくしの影に!!」

 

殺気を感じたのか、キリアが叫び、皆はウェムコの影に隠れる。そしてその瞬間、窓の外から大量のくないが俺の部屋に降り注ぐ。

 

「くっ…≪インビジブル・サンクチュアリ≫!!」

 

ウェムコが両手を前方に突き出すと、光と風の見えない結界が前面に展開され、くないを全て弾く。弾かれたくないは壁や床、天井に突き刺さる。

そして、敵はくないによる攻撃が無駄だと判断したのか、降り注ぐくないの雨が止んだ。

 

「主今だ! デュエルディスクを!!」

 

「あぁ!」

 

俺はウェムコの影から出ると、机の上に置いてあるデッキとデュエルディスクに手を伸ばす。

 

 

 

「させない」

 

 

 

「…っ!?」

 

突然、俺のすぐ背後で何者かの声がしたかと思うと同時に、殺気を感じる。その気配に俺は反射的に伸ばした手を後ろに引っ込めた。次の瞬間、くないが今まさに俺が掴もうとしていたデュエルディスクの手前に突き刺さった。

 

「何者だ貴様!?」

 

「…」

 

ルインの問いに謎の襲撃者は何も答えない。ただ、俺はその姿に見覚えがあった。顔は赤いスカーフで覆われているが、短く切り揃えられた金色の髪に、青い瞳…そして全身を覆う白いアーマー。確かこいつは…。

 

「…D.D.…アサイラント…?」

 

「ほう…私の名を知っているのか」

 

やっぱりそうだ。こいつは実際のデュエルモンスターズの中でも存在するモンスターの1体…『D.D.アサイラント』だ。それと瓜二つの人物が今俺の目の前に立っている…ということはつまり、こいつもルイン達と同じカードの精霊…?

 

シュッ

 

「のわっ!?」

 

一瞬の出来事だった。アサイラントは静かに自分の懐からくないを1本取り出すと、それを有無を言わさず俺の首目がけて横一文字に振るう。

それを俺はとっさに避けたが、首を守ろうとガードした腕が切りつけられ、くないの刃が制服を切り裂き、俺の腕の皮膚を傷つける。そのせいで、うっすらとだが俺の腕から血が滴り落ちる。

なんてこった…こいつは本気で俺を殺そうとしている!

逃げようとする…が、また次の一撃が俺を襲う! 次の狙いもまた首…腕でガードする暇もない…!

 

ガキィンッ!!

 

だが、その一撃は俺まで届くことはなく、金属音を立てて何かに防がれる。

 

「ルイン…!」

 

ルインがロッドを構えて俺の前に立ちふさがる。手に構えたロッドでアサイラントの攻撃を止めている。

 

「やめろ!! お前は主になにか恨みでもあるのか!?」

 

「恨みなどない。私はただ、与えられた仕事は確実にこなす…それだけだ!」

 

ルインの問いにアサイラントは冷静に答え、そのまま剣を振るい、組み合ったロッドを弾いた。強い…こいつはルインと拮抗…いやもしかしたらそれ以上の実力を持っているかもしれない。

 

「このっ…!」

 

しかし、負けじとルインも再びロッドを振るい、アサイラントの動きを止めようとする。

 

「ウェムコ、今だ!」

 

「はい! ≪魔力の枷≫!!」

 

ルインが動きを止めている隙に、ウェムコが攻撃魔法で応戦する。しかしここは狭い部屋の中…あまり大規模な大技は使用できない。ウェムコは呪文を唱えるとロッドの先に魔力を溜め、それをアサイラントに放つ。どうやら動きを止めるための捕縛魔法のようだ。

攻撃は命中し、アサイラントの動きが一瞬止まる…が。

 

「甘いな…」

 

「…っ!?」

 

パリンッ

 

ガラスが割れるような音がしたかと思うと、アサイラントの動きを封じていた魔力の枷がすぐさまその効力を失ってしまった。

 

「そのアーマーはまさか…レアメタル!?」

 

その光景を見ていたキリアが声を上げた。

 

「流石は天界の戦士だな…その通り。このアーマーはレアメタル性の特殊魔法反射装甲となっている。私に魔法攻撃は通用しないぞ!」

 

「そんな…これじゃお姉さまやウェムコさんの攻撃が全く通用しない…!」

 

しかし俺は見逃さなかった。

この攻撃に気を取られ、奴に一瞬の隙ができたことに。その一瞬の隙をついて、俺は机の上のデュエルディスクを掴む。

 

「…!」

 

「よし! ディスクとデッキさえあればこっちのもの!」

 

これで俺も少なからず力になることができる。ルイン達と力を合わせれば、こんな奴すぐに…―

 

「主はフレイヤと一緒に逃げろ!」

 

しかし、ルインが俺と共に闘うことを許さないといった様子だった。

 

「え…でも俺も一緒に…!」

 

「ダメだ、奴の目的は主だ! 主なくては元も子もない!」

 

「主様、ここはわたくし達に任せてほしいですわ」

 

「で、でも…―!」

 

「…フレイヤ、マスター殿を連れて走れ!」

 

「は、はい! ほら行くわよ!」

 

フレイヤは俺の腕を引っ張ると、部屋を出るとそのまま走って外に出る。

 

「さぁ、貴様の相手は私達だ!」

 

「ふん、無駄なことを…」

 

………

……

 

俺とフレイヤは家の外に出てとにかく走った。あのD.D.アサイラント…何のために俺を殺そうとしてるんだ…?

俺が狙われる理由…その答えは一つしかなかった。奴は俺の中に眠る覇王の力が目当てなんだ。覇王の力は強大だと聞いている。おそらくはその力の強大さを恐れた何者かがあいつを仕向け、俺を亡き者にしようとしている…ということだろう。

くそっ…それなのに戦いをルイン達に任せっぱなしにして、俺は逃げることしかできないのか…!

 

ゲシッ

 

「いてっ! 何するんだよ!?」

 

走っている最中、フレイヤが俺の踝辺りを蹴ってきた。

 

「アンタなにボーっとしてんのよ! 考えてる暇があったらさっさと走りなさい! お姉さま達なら絶対に大丈夫だから!」

 

「フレイヤ…」

 

そうだ…ルイン達の実力は、あのデミスの一件で凄まじいことがわかっている。たかが一人の暗殺者相手に苦戦するはずはない。戦いの素人の俺がいても…きっと足手まといになってただけかもしれない。

なら…今の俺にできることは…フレイヤと共に逃げることしかない。

 

「そうだな…ありがとう、フレイヤ」

 

「か、勘違いしないでよね! アンタが死ぬとお姉さまが悲しむし……それに、一応私のマスターなんだから…」

 

途中から小声になったため、なんて言ったのかよく聞き取れなかったが、フレイヤのおかげで気合いが入った。このままできるだけ遠くへ走ろう。

 

………

……

 

どれくらい走っただろうか。俺とフレイヤは街外れの廃工場に身を潜めている。ここなら遮蔽物が多い分、身を潜めるにはうってつけだ。

 

「ここまで来れば、一安心だろ」

 

「…腕」

 

「へ?」

 

「腕、さっき怪我したでしょ? 出しなさいよ」

 

「あ、あぁ…」

 

そういえばさっき、アサイラントの一撃食らっちまって腕に切り傷を負ってるんだった。走るのに夢中で痛みも忘れてたよ。

俺が腕を出すと、フレイヤは破れたワイシャツの袖で傷口を縛り、簡単な止血をしてくれた。

 

「ありがとう、フレイヤ。うまいもんだな」

 

「ふん、この程度なんでもないわよ」

 

意外だった。こいつにもこんなことができるなんてな…。いつもは俺の部屋でわがまま言って好き放題やってくれてるけど、こういう意外な一面がある分、少し見直してしまった。

 

「アイツ…かなり強かったけど…ルイン達は大丈夫かな…」

 

「そんじょそこらのモンスターにやられるお姉さま達じゃないわ。きっと今頃逆にあいつをこてんぱんにしてるわよ」

 

 

 

「それはどうかな」

 

 

 

突然俺達の背後で声がした。

声のした方を振り向くと、そこにいたのはルイン達に足止めされているはずのアサイラントだった。

 

「お、お前…なんでここに…!」

 

「今頃お姉さま達が足止めしてる筈じゃ…まさか!」

 

「いや、あいつらなら今頃私の分身と遊んでいる頃だろう。まぁ、もうすぐ気付くだろうがな」

 

「分身だと!?」

 

………

……

 

遊煌とフレイヤを逃がした後、ルイン達は家の屋根の上でアサイラントと戦っていた。

 

「くらえ! ≪エンド・オブ…―!」

 

「待って下さいルインさん! 何か…様子がおかしいです」

 

ウェムコの言うとおり、アサイラントの動きが一瞬止まったかと思うと、身体が不規則に震えだした。そしてそのまま原型が無くなるように、液体状の金属となって全身が崩れる。後に残されたのは液体状に溶けた金属だけだった。

 

「これは一体…」

 

「しまった…これは物理分身! だとすると本体は…!」

 

……

………

 

「くっ…!」

 

じりじりと近寄るアサイラントに、俺達は壁際まで追い詰められてしまった。

 

「お前はもう逃げることはできない。観念したらどうだ」

 

「ふざけんな! 俺はまだ十分に生きちゃいないんだ! こんなところで死んでたまるか!」

 

と、粋がってはいるものの…この状況が俺にとって絶体絶命なことに変わりはなかった。

まともに戦ってこいつに勝てるはずもない…。ルイン達がここに来るまでにどれだけかかるのか…そもそも俺達がここにいることはあいつらは知るはずもない。来てくれるかどうかも絶望的だ…。そしてこちらにはフレイヤもいる。カードの能力値的にも、こいつが戦闘型のモンスターでないことはわかっている…つまり、俺のためにこいつまで危険な目に合ってしまうかもしれない。

だとするなら今の俺にできることは…ルイン達が来るまで時間を稼ぐことだ!

 

「…」

 

デュエルディスクを構え、無言でアサイラントの前に出る。

 

「なんの真似だ?」

 

「…お前が俺の命を付け狙ってるのはわかった。だが、そのために俺の精霊達まで巻き込んで、これ以上危険な目に合わせるわけにはいかない」

 

「それで?」

 

「俺とデュエルしろ、アサイラント。俺が負けたら、大人しく俺の命をくれてやる」

 

「そんな提案に、私が素直に応じると思っているのか?」

 

…やはりダメか?

相手は暗殺者…殺す相手とタイマンで勝負するっていうのは、暗殺者のやることじゃないっていうのか…?

 

 

 

「えぇ、応じるわ」

 

 

 

と、アサイラントの問いに答えたのは…なんとフレイヤだった。

フレイヤはディスクを構える俺の前に立ち、剣を構えるアサイラントの前に対峙する。

 

「フレイヤ…お前…!」

 

「いいから黙ってて…あなた、こいつが覇王の力を持ってるってわかってるから殺そうとするんでしょ? だったら、覇王とタイマンで勝負して、それで勝てば、いい宣伝材料になると思うんだけど…違うかしら?」

 

「…何が言いたい」

 

剣の構えを解くことなく、威圧するような口調で問いかける。

 

「ようするに、覇王の力を出していない状態でこいつを殺そうなんてしても、それは誰でもできること。でも覇王の力が十分の発揮される場面…たとえばデュエルでこいつを倒せば…あなたは覇王の力を超えた存在になったという証拠になるでしょ?」

 

なんてこった…フレイヤの奴、この暗殺者を挑発していやがる。一歩間違えれば自分が殺されるかもしれないのに…そんなリスクを冒してまで、俺のためにこいつを触発している…!

 

「…ふっ…フハハハハハ!!」

 

それを聞いていたアサイラントが、突然笑い出した。

 

「随分と面白いことを言うなぁ、天使の少女よ。いいだろう、私はあえてお前の口車に乗ってやる」

 

そう言うとアサイラントの手に握られている剣が消え、代わりに銀色のデュエルディスクが右手に装着される。ということはこいつは左利きだったのか!

 

「さぁ、始めようか」

 

アサイラントはやる気十分といった感じだ。俺も覚悟を決めよう…。ここで俺が時間を稼げれば、俺だけじゃなくフレイヤだって守ることができる。これは決して無駄なデュエルなんかにはさせない!

 

「ありがとう、フレイヤ」

 

俺の前に立つフレイヤの肩を掴む。…震えている? フレイヤのやつ、ひどく震えているじゃないか。

 

「あ…う、うん…負けたら承知しないんだから!」

 

そう言って俺の前から横に退く。…そうか、内心は怖かったんだな、お前。

なら…フレイヤが必死で繋げたこのチャンス、必ず物にしてみせる!

 

「…行くぞ」

 

「来い」

 

 

 

「「デュエル!!」」

 

 

 

「先攻は私だ、ドロー。私はモンスターをセット。そしてカードを1枚伏せ、ターンエンドだ」

 

■――――

■――――

アサイラント:手札4枚、LP4000

モンスター:伏せ1枚

魔法・罠:伏せ1枚

 

至って普通な1ターン目…ある意味では理想的ともいえる。まずは様子見というわけか。

 

「俺のターン!」

 

なら俺も、様子見といこう。

 

「俺は『儀式魔人プレサイダー』を召喚!」

 

【儀式魔人プレサイダー】 闇 悪魔族 ☆4 ATK/1800 DEF/1400

 

プレサイダーは攻撃力が主力的なうえに、墓地へ行っても次に儀式召喚する際にはリリースの1体とすることができる。もし『プレサイダー』が破壊されても、それは次のモンスターを召喚する糧になる!

 

「いけ『プレサイダー』! 守備モンスターに攻撃だ!」

 

『プレサイダー』は剣を構え、セットモンスターに切りかかる。

モンスターがリバースする…が、あのモンスターは…!

 

【異次元の戦士】 地 戦士族 ☆4 ATK/1200 DEF/1000

 

「『異次元の戦士』だと!?」

 

『プレサイダー』の剣は、『異次元の戦士』を切り裂く。…が、それで終わりではない。『異次元の戦士』が死に際に放った剣が『プレサイダー』を刺し貫いた。

 

「『異次元の戦士』が相手モンスターと戦闘を行った場合、そのモンスターとこのカードをゲームから除外する」

 

アサイラントが効果を淡々と説明し、『プレサイダー』と『異次元の戦士』、その両方が次元の狭間に飲み込まれて消滅してしまう。

しまった…『プレサイダー』は墓地にいてこそ儀式召喚の素材にできるモンスターだ。除外されてしまってはその能力を活かすことができない。

しかもこれで俺のフィールドにモンスターがいなくなってしまった…次の奴のターンでダイレクトアタックを喰らったらマズいぞ…。

 

「くっ…俺はカードを2枚伏せ、ターンエンドだ」

 

―――――

■■―――

遊煌:手札3枚 LP4000

モンスター:無し

魔法・罠:伏せ2枚

 

「私のターンだ、ドロー。私は魔法カード、『闇の誘惑』を発動。デッキからカードを2枚ドローし、その後手札の闇属性モンスター1体をゲームから除外する」

 

こんな序盤からドロー補強カード…? よほど手札が悪いのだろうか…。

 

「私は『異次元の偵察機』をゲームから除外する。そして『同族感電ウィルス』を召喚」

 

【同族感電ウィルス】 水 雷族 ☆4 ATK/1700 DEF/1000

 

フィールドに電気を纏った球体が無数に出現する。

 

「『同族感電ウィルス』で、プレイヤーにダイレクトアタック!」

 

俺の周囲を『同族感電ウィルス』が囲む。そして球体部から電気を発し、それは徐々に別の球体へと電導していくと同時に増幅していく。そして増幅した電気は中心部にいる俺自身にへと放たれる!

 

「うわあああああああああっ!!」

 

遊煌:LP4000→2300

 

な…なんだ…? この攻撃は…。まるで本当に電撃を受けたかのように、俺の身体が痺れる…いや、それだけじゃない。この痛み…この衝撃…これは明らかにソリッドビジョンではない…!

 

「お、お前…何をした…?」

 

「何も。ただモンスターでダイレクトアタックしただけだが?」

 

「う、嘘つけ…この痛み…これはどう考えたって本物じゃないか…!」

 

「あぁ、言い忘れていたよ。私達カードの精霊とデュエルする際にはそれなりのルールがあってな、このデュエルはその名の通り『決闘』…つまり命を賭けてもらう」

 

「な…なんだと…!?」

 

「そんな…!」

 

アサイラントの言葉に俺も驚いたが、それ以上にフレイヤも驚いたという表情だ。

 

「もちろんお前だけではない、私にも実際のダメージは起こる。せいぜい無様に負けぬよう、頑張ることだな」

 

「ふ…ふざけるな! こんなのデュエルじゃない!! すぐにやめろ!! お前だって…ただじゃすまないんだぞ!!」

 

「残念だがそれはできない。そこの天使の少女が言ったのだぞ? お前に勝てば私の名も上がると。ならば、デュエルとついでにお前の命も貰おうではないか」

 

「わ、私のせい…!」

 

あいつにとっちゃこのデュエル、一石二鳥ってわけかよ…。

クソッ…! こんなところで死んでたまるか!

 

「私のせい…私のせいで……!」

 

フレイヤがさっきのアサイラントの言葉でショックを受けているようだ。当然だろう…捉えようによっちゃ自分が俺を殺すよう言ったようにも捉えられる。でも、俺は…!

 

「大丈夫だフレイヤ、自分を責めるな!」

 

「…!」

 

俺が声を張り上げると、フレイヤの混乱と後悔に満ちた顔がこちらを向く。

 

「俺はこんなところで死んだりしない! こいつに勝ってばいいだけの話だ! だから大丈夫だ!」

 

「アンタ…」

 

「むしろ感謝してるぜ、お前が必死で繋げてくれたこのチャンスに…だから絶対に勝つ!」

 

これ以上フレイヤに不安感を与えないよう、フレイヤを励ましつつも自分も奮い立たせる。

大丈夫だ…この程度、デミスの時の恐怖に比べたらなんでもない!

 

「…ふん、私のターンは終了だ。そしてこのエンドフェイズ時、ゲームから除外されていた『異次元の偵察機』を攻撃表示で特殊召喚する」

 

【異次元の偵察機】 闇 機械族 ☆2 ATK/800 DEF/1200

 

△△―――

■――――

アサイラント:手札4枚 LP4000

モンスター:『同族感電ウィルス』『異次元の偵察機』

魔法・罠:伏せ1枚

 

「俺のターン、ドロー!」

 

今、奴のフィールドには攻撃力たった800のモンスターが攻撃表示でいる。

そんなモンスターをわざわざ無防備で立たせとくほど甘い奴ではないとは思うが…しかし、こんなデュエルを長く続けてるわけにもいかない。リバースカードが気になるが…ここは攻める!!

 

「俺は『ダーク・ヴァルキリア』を召喚!」

 

【ダーク・ヴァルキリア】 闇 天使族 ☆4 ATK/1800 DEF/1050

 

フィールドに黒光りする漆黒の鎧を纏った堕天使が舞い降りる。

頼むぞダルキリア…このカードを俺のデッキに入れたのはお前なんだから、それだけの働きを期待してるぞ…!

 

「『ダーク・ヴァルキリア』で『異次元の偵察機』を攻撃!」

 

『同族感電ウィルス』には、手札のモンスター1体を除外し、そのモンスターと同種族のモンスターを破壊するという効果がある。もし奴の手札に天使族のモンスターがあったら…とは思うが、今は少しでも奴にダメージを与える事の方が先決だ!

 

「そんな攻撃を通すと思っているのか? トラップ発動! 『次元幽閉』!」

 

『異次元の偵察機』の前に十字の次元の裂け目が生まれ、『ダーク・ヴァルキリア』を呑み込もうと迫る。

 

「『次元幽閉』は、相手が攻撃宣言をした時、そのモンスターをゲームから除外する」

 

やはり奴は攻撃反応型のトラップを張っていたか。

だが、それを見落としていた俺じゃない!

 

「ならばトラップカード、『トラップスタン』を発動! このターントラップカードの効果を無効にする!」

 

「むっ…」

 

『トラップスタン』の発動により、『次元幽閉』はその効力を無くし次元の裂け目が消滅する。

 

「よし、このまま攻撃続行だ! いけぇ! ≪ナイトウィング・ダスト≫!!」

 

『ダーク・ヴァルキリア』の漆黒の翼から霧状の攻撃が放たれ、『異次元の偵察機』を呑み込む。

 

「…ふん」

 

アサイラント:LP4000→3000

 

ライフポイントが1000も減ったが、アサイラントはこの程度なんでもないといった表情だ。

 

「さらにリバースカードを1枚セットして、ターンエンドだ」

 

△――――

■■―――

遊煌:手札3枚 LP2300

モンスター:『ダーク・ヴァルキリア』

魔法・罠:伏せ2枚

 

「私のターン、ドロー。私のフィールドにモンスターを残したのはお前のミスだ」

 

「なにっ…!」

 

「私とデュエルするのなら、私の場のカードを全て除去するほどの覚悟でなければ、私の相手にはならんぞ。『同族感電ウィルス』をリリース」

 

『同族感電ウィルス』がフィールドから姿を消した。

ということは…奴が今から行おうとしているのは…上級モンスターを召喚するアドバンス召喚!?

 

「『邪帝ガイウス』をアドバンス召喚」

 

【邪帝ガイウス】 闇 悪魔族 ☆6 ATK/2400 DEF/1000

 

フィールド姿を現したのは、漆黒の甲冑を纏った禍々しいオーラを放つ邪(よこしま)の帝王…。『ガイウス』は召喚されるなり、腕を胸の前で合わせ、掌の間に、その邪悪なオーラを固める。

 

「なんだ…!?」

 

「『邪帝ガイウス』は、アドバンス召喚に成功した時、フィールドのカード1枚を除外する。それが闇属性モンスターだった場合、相手に1000ポイントのダメージを与える。私は『ダーク・ヴァルキリア』を除外する」

 

『ダーク・ヴァルキリア』は闇属性…効果が決まれば俺に1000ポイントのダメージのうえ、ダイレクトアタックを喰らえばライフがゼロ…そうはさせるか!

 

「速攻魔法、『禁じられた聖杯』を発動! 選択したモンスターの効果を、エンドフェイズ時まで無効にする! …ただし、エンドフェイズまで攻撃力は400ポイントアップする。俺は『ガイウス』を選択!」

 

『ガイウス』が動きを止め、闇のオーラの波動が止んだ。

 

邪帝ガイウス:ATK/2400→2800

 

攻撃力は上がってしまったが、これでなんとかこのターンはしのげる。

 

「…ふん、ならば魔法カード『使者蘇生』を発動。これにより、私の墓地のモンスターを特殊召喚する」

 

「墓地のモンスター…ということは!」

 

「さっきリリースした『同族感電ウィルス』が…!」

 

フレイヤの言うとおり、今の奴の墓地には『異次元の偵察機』と『同族感電ウィルス』の2体しかいない。どちらを復活させるのか…それは明らかだった。

 

「『同族感電ウイルス』、復活」

 

またも奴の場に電気を帯びた球体がいくつも出現する。

これで奴の場にはモンスターが2体…うち1体は上級モンスター…! 一つの効果を潰したと思ったら、また別の戦術で攻めて来る…このアサイラントって野郎、強い! しかも厄介なのは、奴は俺を本気で殺しに来てるってことだ!

 

「バトルだ。『ガイウス』で『ダーク・ヴァルキリア』を攻撃」

 

一度は止んだ闇のオーラも、攻撃となれば止める術はない。『ガイウス』が闇のオーラを固めた暗黒の球体を、腕を広げて放つ。暗黒の球体は、『ダーク・ヴァルキリア』の全身を呑み込み、そのまま消滅した。

 

「くっ…!」

 

遊煌:LP2300→1300

 

一気に1000もライフが削れ、俺の身体がズキンと大きく痛む。この痛みを奴も同じく感じてる筈なのに…なんであいつは平気なんだ…!

それよりも…マズいな、さっきから大きなダメージを受けまくっている。このままじゃ俺は…!

 

「場が空いたな。『同族感電ウィルス』でダイレクトアタック!」

 

またも俺の周囲を電気を帯びた球体が覆う。

 

「この攻撃を喰らったら…アンタ負けちゃうじゃない! なんとかしなさいよ!」

 

言われなくてもわかってるよ。何度も同じ攻撃を喰らう俺じゃない!

 

「トラップ発動! 『ピンポイント・ガード』! 相手の攻撃宣言時に、墓地のレベル4以下のモンスター1体を特殊召喚する! 俺は墓地の『ダーク・ヴァルキリア』を特殊召喚!」

 

墓地の『ダーク・ヴァルキリア』が守備態勢をとり、俺の場に復活する。

 

「ならばその復活したモンスターを片付けてやる」

 

俺を囲んでいた『同族感電ウィルス』が、今度は『ダーク・ヴァルキリア』の周囲にあつまり、放電する。しかし、『ダーク・ヴァルキリア』が破壊されることはない。

 

「残念だったな! 『ピンポイント・ガード』で特殊召喚したモンスターは、このターン戦闘及びカード効果では破壊されない!」

 

「…ふん、まぁいい。私のターンは終了だ」

 

邪帝ガイウス:ATK/2800→2400

 

ターン終了と同時に、『禁じられた聖杯』の効果は切れ、『ガイウス』の攻撃力は元に戻る。

 

△△―――

―――――

アサイラント:手札3枚 LP3000

モンスター:『邪帝ガイウス』『同族感電ウィルス』

魔法・罠:なし

 

「俺のターン…ドロー!」

 

よし、なんとか『ダーク・ヴァルキリア』をフィールドに残すことができた!

こいつさえ残っていれば…あとは!

 

「俺は『ダーク・ヴァルキリア』を再度召喚する!」

 

「再度召喚…?」

 

「『ダーク・ヴァルキリア』は、フィールドと墓地に存在する間は通常モンスターとして扱われるが、通常召喚扱いとしてもう一度召喚することにより、新たな効果を持つ効果モンスターとして扱われるのさ!」

 

再度召喚することにより、『ダーク・ヴァルキリア』が不気味に、怪しく輝きだす。

 

「再度召喚したことにより、『ダーク・ヴァルキリア』の封じられていた特殊能力が解放される! 天界の戦士が持つことは許されない、禁じられた魔法術がな!」

 

『ダーク・ヴァルキリア』が呪文を唱えると、怪しげな輝きがさらに増していく。

 

「その効果は、このカードに魔力カウンターを一つ置くことにやり、攻撃力を300ポイントアップさせる!」

 

ダーク・ヴァルキリア:ATK/1800→2100

 

「いくぞ! 『ダーク・ヴァルキリア』で『同族感電ウィルス』を攻撃! ≪レメゲトン・アロー≫!!」

 

『ダーク・ヴァルキリア』の手から黒い一対の弓と矢が出現し、それを構えると『同族感電ウィルス』のほぼ中心地に狙いを定め、矢を放った。

放たれた矢は『同族感電ウィルス』の中心で炸裂し、そのまま周囲の球体を巻き込みながら消滅していく。

 

アサイラント:LP3000→2700

 

「だが攻撃力は『邪帝ガイウス』よりも下、次の私のターンで戦闘破壊してくれる」

 

「残念だがそうはいかない。『ダーク・ヴァルキリア』には攻撃力のアップ意外にも、もう一つの効果がある! このカードに乗っている魔力カウンターを取り除くことにより、フィールドのモンスター1体を破壊する! 破壊するのはもちろん、『邪帝ガイウス』だ!」

 

『ダーク・ヴァルキリア』は翼を広げ、飛び立つと『ガイウス』の前に降り立つ。

 

「≪エビル・ミッドナイト≫!!」

 

広げた翼が怪しく光ったかと思うと、その闇の閃光に『ガイウス』の身体が融かされていくかのように消滅していき、やがて跡形もなく消えた。

 

「これでお前のフィールドにモンスターはいなくなったな。ここからが本番だ! ターンエンド!」

 

△――――

―――――

遊煌:手札3枚 LP1300

モンスター:『ダーク・ヴァルキリア』

魔法・罠:なし

 

「私のターン、ドロー。…私は、『D.D.アサイラント』を召喚」

 

【D.D.アサイラント】 地 戦士族 ATK/1700 DEF/1600

 

現れたのは…もはや語るまい。今目の前にいるアサイラントと容姿が瓜二つのモンスターだ。どうやら俺のルインやウェムコのカード同様、このカードが奴の本体と言っても過言ではないようだ。

 

「『D.D.アサイラント』で『ダーク・ヴァルキリア』を攻撃」

 

「なっ…!?」

 

攻撃の命を受けた『D.D.アサイラント』は剣を構えると、素早く、そして音もなく『ダーク・ヴァルキリア』の傍まで駆け寄る。そして構えた剣を『ダーク・ヴァルキリア』に突き立てるが、その前に『ダーク・ヴァルキリア』の翼から放たれた闇の霧が『D.D.アサイラント』を呑み込む。

 

アサイラント:LP2700→2600

 

「攻撃力の低いモンスターで攻撃して、それで勝手に自滅した…なんで?」

 

フレイヤが不思議そうな顔をする…が、これは『D.D.アサイラント』の効果を発動させるために、奴がわざと攻撃してきたものだ…!

 

「『D.D.アサイラント』の効果発動。このカードが戦闘によって破壊された場合、このカードを破壊したモンスターとこのカードをゲームから除外する」

 

『D.D.アサイラント』の放った剣が『ダーク・ヴァルキリア』を貫くと、両者とも次元の彼方に消えてしまった。

 

「お前…自分のライフが減るのを承知で…しかも自分自身を捨て駒にしたようなもんじゃないか…!」

 

「それがどうした。勝つためならば多少の犠牲は止むなしだ」

 

こいつ…本当に俺を殺すためだけに…このデュエルを…!

そう思うと…わけもなく怒りがこみ上げてきた。なんでだよ…デュエルっていうのは、こんな殺し合いの戦いをするものじゃないだろ! なのに…!

 

「まだ私のターンは終わりではない。さらに魔法カード、『悪夢の鉄檻』を発動」

 

鉄製の檻が、俺の周囲を囲んで張り巡らされる。

 

「このカードは発動後、2度目の相手ターンのエンドフェイズ時に破壊されるが、それまで互いにモンスターで攻撃することができない。私はこれでターンエンドだ」

 

―――――

□――――

アサイラント:手札2枚 LP2600

モンスター:なし

魔法・罠:『悪夢の鉄檻』

 

『悪夢の鉄檻』を発動させただけでターンエンドだと!?

これはチャンスだ、『悪夢の鉄檻』で互いに攻撃できないとはいえ、逆に考えれば、あの『鉄檻』さえ破壊してしまえば奴は無防備だということだ。

おそらく奴はこの2ターンの間に更なる反撃の手を揃えてくるはずだ。なんとしてもそれまでにこの『鉄檻』を破壊し、一気に攻める!

 

「俺のターン、ドロー!」

 

ドローカード:『マンジュ・ゴッド』

 

…さすがにそう上手くはいかないか。

しかたない、ならいつでも攻撃に出られるよう、態勢を整えておこう。

 

「俺は『マンジュ・ゴッド』を召喚」

 

【マンジュ・ゴッド】 光 天使族 ☆4 ATK/1400 DEF/1000

 

「『マンジュ・ゴッド』が召喚に成功した時、デッキから儀式モンスター、または儀式魔法1枚を手札に加える。俺は儀式魔法、『高等儀式術』を手札に加え、ターンエンドだ」

 

△――――

―――――

遊煌:手札4枚 LP1300

モンスター:『マンジュ・ゴッド』

魔法・罠:なし

『悪夢の鉄檻』:1ターン経過

 

「私のターン、ドロー。…私はモンスターをセット。そしてリバースカードを1枚セットして、ターンエンドだ」

 

■――――

□■―――

アサイラント:手札1枚 LP2600

モンスター:伏せ1体

魔法・罠:『悪夢の鉄檻』、伏せ1枚

 

守備を固めてきたか…よし、防御に徹してるってことは、今は攻める手立てが無いってことだ。この隙になんとか…!

 

「俺のターン、ドロー!」

 

…今、俺の手札には『悪夢の鉄檻』を破壊するカードはない。

だけど、無いなら引き当てるまでだ!

 

「俺は『勝利の導き手フレイヤ』を召喚!」

 

【勝利の導き手フレイヤ】 光 天使族 ☆1 ATK/100 DEF/100

 

「フレイヤ、お前がキーだ。頼むぞ!」

 

と、俺の後ろでデュエルを見ているフレイヤの方を向く。

 

「な、なに言ってんのよバカ! いいからさっさとやりなさいよ!」

 

「言われるまでもないな。『フレイヤ』の効果により、自分フィールドの天使族モンスターの攻撃力・守備力は400ポイントアップする!」

 

マンジュ・ゴッド:ATK/1400→1800 DEF/1000→1400

勝利の導き手フレイヤ:ATK/100→500 DEF/100→500

 

だが、俺が狙っているのは攻撃力アップの効果ではない。

 

「魔法カード、『共振装置』を発動! 自分フィールド上に存在する同じ種族・属性のモンスター2体を選択し、選択したモンスター1体はもう1体のモンスターのレベルと同じになる! 俺は『フレイヤ』のレベルを『マンジュ・ゴッド』と同じレベル4にする!」

 

勝利の導き手フレイヤ:☆1→☆4

 

「私のレベルが4に…これで同じレベルのモンスターが2体になった…!」

 

フレイヤは自分のカードのレベルが上がったことに少し驚いているようだが、本番はこれからだ。

 

「俺は…同じレベルのモンスター2体でオーバーレイ! 2体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築!」

 

『フレイヤ』と『マンジュ・ゴッド』は光となって渦の中に吸い込まれ、その渦の中から新たなモンスターが姿を現す。

 

 

 

 

 

―天を舞い、清き心を癒す妖精よ―

 

―希望の道筋を煌めき示せ!―

 

 

 

 

 

「エクシーズ召喚! 煌びやかに舞え、『フェアリー・チア・ガール』!!」

 

【フェアリー・チア・ガール】 光 天使族 ★4 ATK/1900 DEF/1500 エクシーズ

 

渦の中から現れたのは、黄色いボンボンを持った蝶の羽根を持つかわいらしい妖精のチアガールだ。『フェアリー・チア・ガール』は召喚されると、俺のフィールドをひらひらと舞う。

 

「ほう、モンスターエクシーズを使うのか」

 

「あぁ、と言ってもつい最近手に入れたんだけどな。『フェアリー・チア・ガール』の効果を発動! 1ターンに1度、オーバーレイユニットを一つ取り除き、デッキからカードを1枚ドローする! ≪リーディング・エール≫!!」

 

オーバーレイユニットになっている『フレイヤ』を取り除き、効果を発動する。『フェアリー・チア・ガール』がボンボンを振って俺の周囲を舞うと、デッキの一番上のカードが光り、俺はそのカードをドローする。

 

ドローカード:『光子化』

 

くっ…結局『悪夢の鉄檻』を破壊できるカードは引き当てられなかったか。

仕方ない。なら反撃の準備をするとしよう。

アサイラントの伏せカード…俺が『フェアリー・チア・ガール』を召喚しても発動させなかったな。ということあれは、召喚反応型のトラップカードじゃない可能性が高い。なら、限界まで動いてみせる!

 

「俺は儀式魔法、『エンド・オブ・ザ・ワールド』を発動! 手札のレベル8モンスター、『大天使クリスティア』をリリースし、『破滅の女神ルイン』を特殊召喚する!」

 

 

 

 

 

―破滅を司りし混沌のイデア―

 

  ―煌めく天の名の下に―

 

―邪討ち祓う矛先となれ!―

 

 

 

 

 

「儀式召喚! 光臨せよ、『破滅の女神ルイン』!!」

 

【破滅の女神ルイン】 光 天使族 ☆8 ATK/2300 DEF/2000 儀式

 

「そして魔法カード、『死者蘇生』を発動! 互いの墓地からモンスター1体を特殊召喚する! 俺は自分の墓地の『勝利の導き手フレイヤ』を守備表示で特殊召喚する! これで俺のフィールドの天使族の攻撃力・守備力はまたアップする! ≪勝利者達への揚歌≫!!」

 

『フレイヤ』がボンボンを振り上げて踊ると、俺の場のモンスター達の攻撃力が上昇する。

 

フェアリー・チア・ガール:ATK1900→2300 DEF/1500→1900

破滅の女神ルイン:ATK2300→2700 DEF2000→2400

勝利の導き手フレイヤ:ATK100→500 DEF100→500

 

「これで最後だ! リバースカードを1枚セットして、ターンエンドだ!」

 

そして俺のターンのエンドフェイズ時に、『悪夢の鉄檻』はその効力を失い、消滅する。

結局こいつが発動している間は、解除する術が無くて攻撃できなかったが、この布陣は完璧な筈だ。

勝負は次のターン…それまで保ってくれよ!

 

△△□――

■――――

遊煌:手札0枚 LP1300

モンスター:『フェアリー・チア・ガール』『破滅の女神ルイン』『勝利の導き手フレイヤ』

魔法・罠:伏せ1枚

 

「…クッ…ハハハハハハハ!!」

 

「なっ…なにが可笑しい!?」

 

俺がエンド宣言すると同時に、アサイラントは突然笑い出した。

 

「いやなぁに…所詮お前はここまでのデュエリストだったということさ」

 

「なんだと!? どういうことだ!」

 

「私はこの2ターンで試したんだよ。覇王の力を持つデュエリストがどの程度なのかを。しかし…この程度のデュエリストだったとは…とんだ期待外れだ」

 

くっ…随分言ってくれるじゃないか。

だが、俺のフィールドには攻撃力2000超えのモンスターが2体いるし、たとえそれ以上の攻撃力を持つモンスターで攻撃しようとも、セットしてある『光子化』で攻撃を防ぐことができる。まだ勝負は次のターンまで持ち越せる筈だ…!

 

「デュエルにおいては、自分のデッキの能力を限界まで引き出せるようにしなければ、勝つことは難しいぞ…私のターン!」

 

この言いようからして…アサイラントは何か逆転の手段を用意しているのか…?

くっ…今になって不安感が押し寄せてきやがった…! 大丈夫だ…気持ちを強く持て俺!

 

「私はトラップカード、『異次元からの帰還』を発動! このカードはライフを半分払うことにより、ゲームから除外されている自分のモンスターを可能な限り特殊召喚する!」

 

アサイラント:LP2600→1300

 

「なにっ!?」

 

ゲームから除外されている奴のモンスターといったら…!

 

「来い、『異次元の戦士』、『D.D.アサイラント』」

 

空が割れ、次元の裂け目が出現すると、そこから『異次元の戦士』と『D.D.アサイラント』が降ってきて、アサイラントのフィールドに降り立つ。

こいつらの除外効果を使って俺のモンスターを除去するつもりか?

…いや、奴のライフポイント的にそんな余裕はないし、仮に攻撃してきたとしても、『光子化』で防ぐことができる。

一体何が狙いなんだ…?

 

「そして私は…この2体のモンスターをリリース!」

 

「モンスター2体をリリースだと…!? 最上級モンスターをアドバンス召喚するつもりか!」

 

『異次元の戦士』と『D.D.アサイラント』の姿が消え、1体の巨大なモンスターが虚空を割って出現する。

黒光りする雄々しき身体…全身に輝く紅い光球…翼を広げ、咆哮するそのモンスターに、俺は思わず戦慄を覚える。

 

「アドバンス召喚…『破壊竜ガンドラ』!!」

 

【破壊竜ガンドラ】 闇 ドラゴン族 ☆8 ATK/0 DEF/0

 

「は…破壊竜…ガンドラ…?」

 

突如として俺の目の前に現れた、猛々しき巨竜の姿に、俺もフレイヤも言葉を失う。

この圧倒的な威圧感でわかる…このモンスター、そうとうヤバいやつだ!!

 

「『破壊竜ガンドラ』は、自分のメインフェイズにライフポイントを半分支払うことにより、このカード以外のフィールドに存在するカードを全て破壊し、ゲームから除外する!」

 

「なっ…!? フィールドのカード全破壊のうえ、除外だと!?」

 

アサイラント:LP1300→650

 

『異次元からの帰還』の効果ですでに半分になったライフポイントが、さらに半分支払われる。

そして『ガンドラ』は一声空に向かって咆哮すると、全身の紅い光球が輝きだし、その眩いばかりの紅い閃光が廃工場内を紅く染める。

 

「全てを滅ぼせ、≪デストロイ・ギガ・レイズ≫!!」

 

全身の光球から放たれた紅い光は辺りにあるもの全てを貫く。

俺の場の『ルイン』、『フレイヤ』、『チア・ガール』、そして伏せてあった『光子化』だけでなく、アサイラントの場のセットモンスターをも貫いた。

そして、それらのカードは全て異次元の彼方へと吸い込まれるように消滅していった。

しかし、光はそれだけに留まらず、破壊光は周囲にある全ての物を貫いていく。俺も巻き添えを喰らわぬように腕で身体をガードするのに精いっぱいだ。

 

「きゃあああっ!!」

 

「フレイヤ…!? くっ…!」

 

破壊光が後ろでデュエルを見ていたフレイヤのすぐ傍まで迫ると、フレイヤの目の前の床を吹き飛ばす。その衝撃でフレイヤの身体は宙を舞い、後ろの壁に思い切り叩きつけられ、そのまま気絶してしまった。

 

破壊光が止む…。

 

後に残ったのは…焼け野原と化した俺のフィールドと、元々ボロだった廃工場のさらに見るも無残な姿だけだった。

 

「私の場にセットしていた『光の追放者』も含め、これで除外したカードは5枚…『破壊竜ガンドラ』の攻撃力は、この効果で破壊したカード1枚につき300ポイントアップする」

 

【光の追放者】 光 天使族 ☆3 ATK/100 DEF/2000

 

「なにっ…!? じゃあ5枚除外したってことは、それの300倍で…1500!?」

 

破壊竜ガンドラ:ATK/0→1500

 

「レベル8のモンスターにしては少々攻撃力が低いが、それでもお前を葬るには十分だ」

 

遊煌:LP1300

 

俺の場にはカードがない…手札もゼロ…対抗策は……あるはずがない。

…嘘だろ…俺、本当にこんなところで死んじまうのか…? ルイン達にも何も言えず…やりたいこと何もできずに…一人寂しく……。

 

「あ…あぁ……!」

 

それを悟った時、言いようのない恐怖感が俺を襲った。

嫌だ…怖い! 死にたくない!!

歯がガチガチと震え、今にも泣きだしそうで、その場から逃げたい気持ちでいっぱいだった。

でも…恐怖で竦んでなのか、この実体化デュエルのルールなのかわからないが…足が動かない…逃げられない…!

 

「遊びは終わりだ。せめてもの慈悲だ、痛みを感じぬよう一撃で仕留めてやる」

 

『破壊竜ガンドラ』の口内から光が漏れる。

あのブレス攻撃で…俺を葬るつもりだ。

 

「さらばだ」

 

今にも『ガンドラ』の口から攻撃が放たれる。もうダメだ…!

俺は全てを覚悟し、目を瞑った。

 

その時だった。

 

ギィッ…

 

「…?」

 

ギシギシッ… ミシッ

 

床が…揺れている…?

いや、床だけじゃない。天井も、壁も、『ガンドラ』の攻撃を受けた場所から何か不吉な音がする。

そして、次の瞬間、まさに『ガンドラ』の口から攻撃が放たれる…その瞬間だった。

 

ガシャッンッ!! ガラガラッ!!

 

「何っ…!?」

 

「うおっ…!」

 

元々ボロだったこの廃工場が『ガンドラ』の攻撃で不安定になっていたのか、それとも実体化した『ガンドラ』の重量に耐えきれなかったのか、もしかしたらその両方の要因が重なったのかもしれない。俺とアサイラントが立っていた場所は、大きな音を立てて崩れ始めた。

そして俺とアサイラントの二人は、そのまま奈落の底へと落ちていった………。

 

………

……

 

「くそっ…! 主達はどこに行ったんだ!?」

 

アサイラントの分身と戦っていたルイン達は、今は街の上を飛び回り、遊煌とフレイヤの行方を追っていた。遊煌には、精霊であるルインの宿る『破滅の女神ルイン』のカードを持っている。その力の波長を辿って行けば居場所がわかるはずなのだが…よほど遠くにいるのか波長が弱く、居場所が掴みきれない。それだけでなく、つい先ほどからその力の波長もパッタリと途絶えてしまった。

 

「あのD.D.アサイラントとやら、かなりの手練れでした。もしかしたら…マスター殿はもう…」

 

空中から探している最中、キリアがそんな諦めめいたことを言いだした。

 

「そんなことはありません! きっと大丈夫ですわ! フレイヤちゃんだって一緒にいるのに…貴女がそんな事言ってどうするんですの!」

 

「す、すいません…そうですね、信じましょう」

 

「主…」

 

……

………

 

「うっ……いてて…ここは…?」

 

どれくらい気を失っていたのだろうか。体中に響く鈍痛で、俺は目が覚めた。

え~っと何が起こったんだっけ…頭の中を整理しながら今の状況を把握する。

たしかさっき、俺はアサイラントとデュエルしてて、あいつが召喚した『破壊竜ガンドラ』ってモンスターでトドメを刺されそうだったんだが、急に地面が崩落して…それで……デュエルは中断されたのか? すると、俺の命は助かったわけか?

 

「…ハハッ、我ながら運が良いんだか悪いんだか…」

 

痛みが響く身体を起こして立ちあがる。…大丈夫だ、身体は大したことない。

…で、問題はあのアサイラントだが、あいつはどこに行ったんだか…―

 

「…っ!?」

 

何気なく辺りを見回すと…いた。瓦礫に埋もれ、気を失っている様子だが、D.D.アサイラントは俺のすぐ傍にいた。

だがこの様子だと、すぐには目を覚ましそうにない。今の内に逃げるか…と思い、俺達が落ちてきた上を見上げると。

 

「…嘘だろ」

 

見上げた先にある穴は、思ったよりも遠いところにあった。高さにして約5メートル…とても手は届きそうにない。

どうやらこの穴は、工場内で加工する資材などを備蓄しておくための倉庫だったみたいだ。何を作っていたのかは知らないが、この大きさからして木材とか鉄骨とか…その辺だろう。

とにかく、現時点で素手でこの倉庫から出る方法はないようだ。

 

「…あれ? そういえば俺のデッキとデュエルディスクは…?」

 

デミスの時にルインから貰った力を使えば、デッキのモンスターを実体化させて、ここから出られると思ったが…さっきまで腕に付いていたはずのデュエルディスクがない。辺りを探してみるが……ない。どうやら崩落した時の衝撃で外れてしまったらしい。

 

「…マジかよ」

 

こうなれば…もう一人での脱出は不可能だ。

ならばと思い、アサイラントの方を見るが…こいつ起こした途端に俺を殺しにかかってきそうだなぁ…やっぱり起こすわけにはいかないか…。

 

「うっ…ううっ…」

 

うめき声を漏らしてアサイラントの身体が少し動く。マズいな…こいつすぐにも目を覚ましそうだ。

今はここから出る方法を考えるより、こいつから身を守るほうが先決か…そう思ったが、身を守るものなんて何もないし、隠れる場所もない。

今度こそ万事休すか…。

 

「なら…!」

 

俺は床に落ちている鉄パイプを握ると、それを両手で構える。

 

「向こうがそのつもりで来るのなら…こっちだって…!」

 

手が震える…わかっている、俺に人殺しなんて事、できる筈はない…でも、だからと言って…! このままおめおめ死ぬのも…嫌だ!

俺はアサイラントの眼前で、鉄パイプを振り上げる。

その時だった、アサイラントの顔を覆っているマスクがはらりと落ちた。

 

「え…? ちょっと待てよ…こいつもしかして……」

 

鉄パイプの構えを解き、近づいて顔をよ~く覗いてみる。

薄ピンク色の唇に、少し長いまつ毛…。

マスクのせいでくぐもった声に、短く切り揃えられた金髪と鋭い眼光のせいで、てっきり男だと思っていたが…こいつよく見てみると…。

 

「女…?」

 

その時、呻き声と共にアサイラントの目が開いた。意識が戻ってしまったようだ。

 

「うわわっ!」

 

慌てた拍子に床に尻もちをついてしまったが、その手に鉄パイプを握る。

 

「きっ、貴様何を…痛っ!?」

 

起きあがり、俺に掴みかかろうとするアサイラントだったが…急にその場に崩れ落ちる。

 

「…どうした?」

 

「う、うるさい…! なんでもない…!」

 

口ではそう言っているが、アサイラントは痛そうに自分の足を摩っている。

その姿を見て、俺は少し迷った。当然だろう、ついさっきまで俺の事を本気で殺そうとしていた相手なんだ。こんなことが正しいのかどうかなんてわからない…でも。

 

「足、見せてみろ」

 

俺はアサイラントの傍まで近寄り、しゃがんで目線を合わせる。

 

「さ、触るな! …っ!」

 

足に触ろうとした俺の手を払ったが、痛みが激しいのかまた足首あたりを摩る。

 

「いいから見せろ!」

 

多少強引だが、アサイラントの手をどかすと足のアーマーを脱がしていく。なるべく痛みを与えないように、ゆっくりと…。

アーマーを外し、その中の黒いスーツをめくると、赤黒く腫れあがった素の足首が露わになった。見るからに痛そうだ…。

おそらく、落ちた時に捻ったのだろう。これじゃまともに歩くこともできはしない。

 

「動くなよ、何か添え木になりそうな物を探してくる」

 

そう言うと、アサイラントはただ無言でじっとしている。俺の言う事を聞いてくれたのかどうかはわからないが、どっちにしろ今は俺を襲う気はないようだ。

俺は落ちてきた瓦礫の中から添え木になりそうな物を探す。

 

「ほら、こんなもんしかなかったけど、無いよりはマシだろ」

 

そう言い、ボロボロのベニヤ板を手で割って程良い長さにし、アサイラントの足に当て、制服のネクタイで縛る。

アサイラントは先ほどとは違い、かなり大人しくなった様子だ。

 

「幸い骨は折れてないみたいだから、無理に動かそうとしなければ大丈夫だろう」

 

「…何故だ」

 

「何が?」

 

「…何故私を助ける…? 私は…お前を殺そうとしたのに…」

 

言われてみれば…何でだろうな。別に助ける義理なんてないし、ましてや相手が俺の命を狙っている相手とくれば…。

 

「まぁその…うまく言えないんだけどさ…人を殺すにはそれなりの理由があるのかもしれないけど、人を助けるのに理由なんていらないだろ?」

 

「…」

 

一瞬の沈黙、そして…。

 

「…プッ」

 

「…?」

 

「プフッ…ハハハハハッ! なんだそれは」

 

「なっ…! わ…笑うことないだろ!」

 

俺としては当たり前のことを言ったつもりだったんだが、確かに考えてみるとすごく恥ずかしいセリフのように聞こえる…。

そう思うと、アサイラントの笑いも相まって恥ずかしく思えてきて、顔が赤くなる。

 

「…で、お前はこれからどうするんだ? 俺を…殺すのか?」

 

「…君を今ここで殺すことは簡単だ。しかし、ここを私一人の力で出るには、どうやら無理のようだ」

 

要はここにいる間は俺を殺さないという意味らしい。

それを聞いて安心した…さっきまでは殺伐としていた雰囲気だったから、少しの間だけでも俺の命が保障されたという事実は、俺にとって喜ばしいことだった。

 

「そうか…まぁ上で気絶しているフレイヤが目を覚まして、この状況を把握すればきっと助けてくれる。焦らなくてもここで大人しくしていれば必ず助かるさ」

 

そう言うと、俺は崩れた瓦礫を椅子代わりにし、アサイラントの向かいの壁に背中をくっつけて座る。

怪我をして動けないといっても、まだ油断するわけにはいかない…隙をついて攻撃してくるかもしれないから、俺の視線はアサイラントから離すことはない。

 

「…なにをさっきからチラチラ見ているんだ?」

 

俺の視線が気になったのか、アサイラントがそんな事を聞いてきた。

 

「え…? あぁいやその…」

 

「ふん、まぁ警戒するのは無理もない。私はお前の命を諦めたわけではないからな」

 

やっぱりそうか…アサイラントはどうあっても俺を殺すつもりでいるらしい…。

 

「…なぁ、さっきから少し引っかかってたんだが、なんでったってお前は俺を殺すことにそんなにこだわるんだ?」

 

「決まっているだろう。依頼されたからだ。私はそういう仕事をしているんだ」

 

「…本当にそれだけか?」

 

「…どういう意味だ?」

 

「俺を狙ったのは、もっと別の理由があったからなんじゃないかと思って…いくら自分の名が売れるからって、俺を殺すのにわざわざデュエルするか? ましてやお前は暗殺者…本来なら俺に必要以上の接触をしてはいけない筈だ」

 

暗殺者という職業がどのようなものか詳しくは知らない。しかし、一般にその名と存在が知られてはいけないということぐらいはわかる。なのにさっきのこいつの行動は…それとは真逆のことだった。

 

「…ふん、やはり感付いていたか。そうだ、私は君に…いや、覇王を打倒さねばならない理由がある」

 

やっぱりそうか、こいつもキリア同様に、覇王と何かしらの因縁がある人物だったのか…。

 

「その…理由ってのは一体どんなわけなんだ?」

 

「…私はな、幼少の頃から親に見捨てられ、たった一人で生きてきたのだ。その生きていくなかで、私は戦う術を身につけていった…物心ついたときに、私の周囲がたまたまそういう環境だったからな」

 

平和な世の中で生きてきた俺にとってはとても想像できないが…アサイラントの歩んできた人生はとても壮絶なものだったのだろう。

 

「そして私は、暗殺者としての力を身に付けた。…が、それと同時に、私のような存在をこれ以上増やしてはいけないと思い、仕事で入った金で私は施設を運営しようと思ったのだ」

 

「施設…? なんの?」

 

「孤児院だ、私のように親から見捨てられた…もしくはなんらかの理由で親を亡くした子供のためのな」

 

親を亡くした…その一言は、俺の心に大きく響いた。

 

「人を殺して得るという汚れた金でも、このような使い方ができれば少しでも罪滅ぼしになると思った…。私の仕事も、主に卑劣な組織を狙うことだけになり、孤児院の運営も順調だった。子供達は互いに血のつながりはなくとも、徐々に家族ともいえる絆で結ばれていった。…しかし…その時だ……」

 

アサイラントの手に力を込め、拳が固く握られる。

 

「奴が…覇王が私達の世界に君臨したのは…。覇王の力は世界各地に伸び、私達の施設も覇王軍の魔の手に曝された…私は戦った。だが…抵抗空しく、子供達は…」

 

「そうだったのか…」

 

アサイラントがここまで執拗に俺を狙った理由が、ようやく理解できた。

戦いの果てに失ってしまった大切なもの…その己の中に渦巻く復讐心を鎮めるために、アサイラントは俺を…。

そう考えると、少なからず責任を感じてしまう…俺は何も悪くない…俺も、アサイラントもそれはわかってる筈だ。だけど…このやるせない気持ちは…どうにもできなかった。

 

「だから私は殺さねばならない…君を、覇王を!」

 

その瞬間、アサイラントがくないを構えて俺の傍まで迫り、その首元にくないを当てる。

こいつ…怪我をしているのに、まだこんなに動くことができるのか!?

 

「悪く思うなよ、さっきも言ったが、君には何の恨みはない。だが…覇王にはある!」

 

首元に当てられるくないに込められる力が、強くなる。

 

「…殺される前に一つ、言っておきたいことがあるんだ」

 

「…何だ?」

 

アサイラントはくないを離さず、目線を離さずに問う。

 

「お前にも昔家族と呼べる人達がいたように、今の俺にも家族と呼べる人達がいる」

 

「…あの女神達のことか」

 

「ここで俺が死んだら、あいつらがどんな思いをするのか考えてほしい。…お前はそんな気持ちを、もう体験した筈だろ?」

 

「だから見逃せというのか…君を!」

 

「そうは言っていない。もしも俺の中覇王が完全に覚醒したら…その時は、自分で自分に始末をつける。だから、それまで待ってほしいんだ」

 

暗闇に長い静寂が訪れた。

アサイラントの表情は、先ほどの俺を殺そうとした、鋭い眼光のままだが…その瞳の奥で、俺の今の言葉を考えているようだった。

今ここで俺を殺し、復讐を果たすことは確かに簡単だ。しかし、そうした場合、後に残されるルイン達…彼女達はおそらく、今のアサイラントのような心境になるに違いない。そうなった場合…。

 

「……今の言葉は信じていいんだな?」

 

「あぁ」

 

「必ず自分でケリをつけると誓うか!?」

 

「誓う」

 

その言葉を聞いて、アサイラントのくないを握る手が震える。

そして…鋭い眼光は、何かを決心したような瞳に変わり、俺の喉元からくないが離される。

 

「…わかった、君の言葉を信じよう」

 

「ありがとう。…ふぅ」

 

その言葉を聞き、俺はホッと一息つく。

本当によかった…今朝こいつから命を狙われてからというもの、こちらとしてはまるで生きた心地がしなかったから尚更だ。兎にも角にも、もうこいつから命を狙われることは無いのだから、これで一安し…―

 

「だがもし君がケリをつけられないとわかったその時には…即刻君の首が飛ぶからな、覚悟しておけよ」

 

「うっ…は、はい…」

 

どうやら本当に安心できるのは、まだまだ先のようだ…。

 

………

……

 

「うっ…! あれ…?」

 

固い地面の感触で私は目を覚ました。どれくらい気を失ってたんだろう…?

確か私は、アサイラントの召喚したモンスターの攻撃で吹き飛ばされて、それで…―

 

「そうだ…アイツは!?」

 

周りを見回してみると、廃工場の内部はすっかり荒れ果てていた。おそらくあのモンスターの攻撃でなんだろうけど…どこを見てもアイツの姿はなかった。

 

「…何処に行ったのよ」

 

まさか…あのモンスターにやられて…!

と、その時、誰かの話声が聞こえてきた。声の元を辿っていくと…それは目の前の床に大きく空いた穴の中から聞こえてきた。

穴の横には、アイツとアサイラントのデュエルディスクとデッキが転がっている…まさか!

 

……

………

 

「ねぇちょっと! 大丈夫―!?」

 

突然上の方からフレイヤの声が聞こえてきた。見上げると、フレイヤが穴の上からフレイヤが顔を出してこちらを覗きこむ。よかった、どうやら目を覚ましたらしい。

 

「フレイヤか!?」

 

「他に誰がいるっていうのよ。アンタ無事なのー?」

 

「俺は大丈夫だ。だけどアサイラントが怪我をしてて…そっちに俺のデュエルディスク落ちてないかー?」

 

「えぇ、こっちにあるわよー」

 

「じゃあそいつをこっちに投げてくれ」

 

フライヤの顔が引っ込むと、今度は俺とアサイラントのデュエルディスクが穴の中に放り込まれてきた。俺はそれを両手でキャッチし、デッキの中身を確認する。…よかった、抜けているカードはないようだ。

 

「ありがとう。俺達はここから脱出するから、お前は外に出てルイン達を探してきてくれ」

 

「わかったわ」

 

フレイヤの走りさっていく音が聞こえる。外に出たようだ。

 

「お前もデッキの中のカードを確認しておけよ」

 

「あぁ」

 

アサイラントにもディスクとデッキを返す。

…さて、今度はこの穴からの脱出だな。ここから出るのに適したモンスターは…やっぱりドラゴン系だよな。

 

「こい、『ライトエンド・ドラゴン』!」

 

『ライトエンド・ドラゴン』のカードをディスクにセットし、召喚する。そして出てきたのは純白のドラゴン、こいつに乗れば脱出できる。

『ライトエンド』は身体を地面に伏せ、首を下ろすと俺に目で合図をする。「乗れ」と言っているらしい。

 

「よっ…と。ほら、お前も」

 

「あぁ」

 

『ライトエンド・ドラゴン』の首の根元辺りに跨ると、アサイラントに手を差し伸べる。アサイラントは俺の手を掴むと背中に回され、しっかりと抱きしめる。

 

「しっかり掴まっていろよ。飛べ! 『ライトエンド・ドラゴン』!」

 

俺が合図すると、『ライトエンド』は翼をはためかせ、宙に舞い、そのまま上へ上昇していく。

 

………

……

 

「あ、いたいた! お姉さま方ー!」

 

工場の外に出て、辺りを見回していると、空を飛び回るルイン達を見つけ、フレイヤは大声で彼女達を呼んだ。ルイン達はフレイヤの存在に気がついたらしく、彼女の元へと駆け寄る。

 

「フレイヤ! 無事だったのか…よかった」

 

キリアがフレイヤの姿を見て、ホッと安堵した表情を見せる。

 

「フレイヤ…主は無事なのか?」

 

次にルインが心底心配そうな表情でフレイヤに尋ねる。

 

「えぇ、なんとか」

 

「ではあのアサイラントはどうしたんですの?」

 

「それが…」

 

……

………

 

「よし、ご苦労だったな、ライトエンド」

 

無事脱出できた俺は、『ライトエンド・ドラゴン』をカードの中に戻した。

 

「足はまだ痛むのか?」

 

「いや、大人しくしていたら痛みは引いたよ。見た目ほど酷い怪我ではないようだ」

 

確かにアサイラントの足は若干引きずってはいるが、歩く分には問題無いようだった。腫れも引いているようだし、これなら思っていたよりも近いうちに治るだろう。

 

「そうか、だけど念のためにお前の世界での医者に診てもらえよ」

 

「あぁ」

 

しばらく暗い所にいたせいか、外の日差しが眩しい。いつの間にか夕方になっていた。

結局学校サボってしまったな…もし今日アリアが来てたとするなら…悪いことしちゃったかもな。

 

「主!」

「主様!」

「マスター殿!」

 

突然、俺を呼ぶ声が聞こえ、声のした方を見るとルイン達がこちらに走ってきた。

 

「大丈夫か主!? 怪我はないか!?」

 

「あ、あぁ。見ての通り、なんともない」

 

「そうか、よかった…」

 

俺の無事な姿を見て、ルインは心底安心したようだった。当然か、今の今までルイン達は…もしかしたら俺がアサイラントにやられてしまったのではないかと思ってたんだからな。

 

「…」

 

その様子をアサイラントは無言で見ていた。

 

「貴様っ…!」

 

アサイラントの視線に気づいたルイン達は攻撃の態勢をとる。

 

「よ、よせ! そいつにはもう戦う意思はない!」

 

「しかし主様! この者は主様の命を…!」

 

ウェムコの話の最中、アサイラントは虚空から剣を取り出し、それを構える。

 

「…っ!?」

 

一瞬ビビる俺だったが、アサイラントはその剣を何もない空間に振り下ろす。すると、振り下ろされた場所が何かの入口のように縦に裂ける。これは裂け目には見覚えがある…『次元の裂け目』だ。

 

「…君の名は?」

 

アサイラントが裂け目の中に自分の片足を入れ、今にもその中に入りそうだった時、ふと俺にそんなことを聞いてきた。そういえば名前を名乗ってなかったな…。

 

「ゆ、遊煌だ。天領遊煌」

 

「天領遊煌、君には借りができた。いずれこの借りは返すとしよう」

 

「そんな大げさな…」

 

「それともう一つ、覇王の命を狙っている者は私だけではない」

 

「…」

 

それはつまり…また近いうち、俺が襲撃を受けるかもしれない、安心するのはまだ早いってことか…。

 

「忠告はしたぞ。では…いずれまた、借りを返すために近いうちに会うとしよう」

 

そう言ってアサイラントは裂け目の中に姿を消し、それと同時に裂け目は閉じ、そこにはまた先ほどと同じ何もない空間へと戻った。

 

「結局なんだったのよ? アイツ」

 

虚空に消えたアサイラントを指さしながらフレイヤが呟いた。

 

「まぁ、それは帰ってから話すさ」

 

アサイラントの忠告…それは俺にとって一時の覚悟を与えてくれるものとなった。今日みたいに何の前触れもなく命を狙われるのは勘弁だが、それが前もってわかっているのであればいくらか身構えることぐらいはできる。

俺の命…それが果たしてどれほどの価値を持つのかはわからない。だけど、少なくとも俺を必要としてくれている人達が俺の周りにいり以上、ただ黙ってやられるわけにはいかない。それだけは確かだった。

 

 

 

 

 

~おまけ~

 

遊煌「今日の最強カードは?」

 

 

 

 

 

『フェアリー・チア・ガール』

☆4 光 天使族 ATK/1900 DEF/1500

天使族レベル4モンスター×2

このカードのエクシーズ素材を1つ取り除いて発動できる。デッキからカードを1枚ドローする。「フェアリー・チア・ガール」の効果は1ターンに1度しか使用できない。

 

 

 

 

 

遊煌「天使族のランク4エクシーズモンスターだ。エクシーズ素材が指定されてはいるが、天使族のレベル4モンスターは種類が多く、且つ『雲魔物』のような破壊されにくいモンスターや、『デュナミス・ヴァルキリア』や『ハープの精』のような天使族の通常モンスターを『レスキューラビット』で呼び出し、瞬時にエクシーズ召喚することができる」

 

遊煌「効果自体はドロー効果のみと若干地味だが、天使族デッキにおいては『光神テテュス』と組み合わせることにより強力なドロー加速コンボを狙うことができる」

 

遊煌「また、効果を使い終わった後もカオスエクシーズチェンジして『CXダーク・フェアリー・チア・ガール』を召喚することができる。こちらは高い攻撃力に加え新たにバーン効果が付与されてるぞ。『RUM-バリアンズ・フォース』で相手のエクシーズ素材も奪って新たな効果を発動させよう」

 

フレイヤ「惜しいわよねぇ…ランクが1だったら『共振装置』なんて使わなくても私を素材にして召喚できたのに」

 

遊煌「いや、いくら同じチアガールだからってお前に合わせるのはどうかと…」

 

フレイヤ「なんですって!?」

 

遊煌「な、なんでもない! それじゃまた次回!」




久々のデュエルとなりました。
毎回前半・後半に分けるのもアレなんで今回は一括で投下してみることにしました。
なので若干長いですが…読みずらいですかね?

何気に遊煌の初エクシーズも登場し、デュエルの内容にも拍車がかかってきました。
ここんところデュエルしてなかったからなおさらなのかなw
ちなみに、次回もデュエルする予定なのであしからず。


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第26話:「転校生は暗殺者!?」

アサイラントの襲撃があった翌日、遊煌はまた普段通り学校へと登校する。
復帰したアリアとも会え、会話も弾むなか、突然転校生が転入してきた。
その転校生とは…あの…!


翌日、今度は普通に起床し、俺は学校へと向かった。

昨日は大変な目に遭った…まさか自分が暗殺されかけるなんて、思ってもみなかった。

 

「昨日は無断欠席しちまったなぁ…先生になんて言い訳しよう…」

 

まさか暗殺されかけたなんて言えるはずもないしな…。

先生への言い訳を考えながら、俺は教室のドアを開けた。

 

「あ、おはよ遊煌君」

 

「アリア!?」

 

教室に入ると、俺の隣の席にアリアが着席していた。

 

「来てたのか、もう身体の具合は大丈夫なのか?」

 

「うん。本当は昨日から来てたんだけどね…」

 

「あ…そうだったのか」

 

アリアのちょっと残念そうな顔を見て、俺は内心申し訳なく感じてしまう。

しまったなぁ…やっぱり昨日は行くべきだったな。

 

「遊煌君こそ昨日はどうしたの? 先生ちょっと怒ってたよ」

 

「うっ…やっぱりか。え、え~っとだな、昨日は……そ、そう! 寝坊してそのまま昼まで寝てて…ま、まいっちゃうよなぁ、ルイン達も起こしてくれれば」

 

「…ふーん、そうだったんだ。ダメだよ、ちゃんと起きないと」

 

「あぁ、今度からは気をつけるよ」

 

と、言い訳もアリアとの会話の中でなんとか思いついたところで、ホームルーム開始のチャイムが鳴り、担任教師が入って来た。

てっきり俺を見るなり、昨日の事について問いただすのかと思いきや…。

 

「みんな、席についてるな。…え~、突然なんだがこの教室に新しい仲間が加わることになった」

 

ざわ…

    ざわ…

  ざわ…

 

先生の突然の宣言に、教室全体がざわつく。

新しい仲間…? それってつまり、この教室に転校生が来るってことか? 随分急な話だな…。

 

「それじゃ、入ってきなさい」

 

先生の呼びかけに応じ、その転校生が教室の中に入ってきた。

 

「男…いや、女の子?」

「かっこいいよね~」

「外人さんみたい」

 

入ってきた転校生を見て、クラスのみんなが口々に小声で感想を述べる。

転校生は黒板に名前を書くとこちらに向き直り、自己紹介をする。

 

「浅井 蘭です、よろしく頼む」

 

簡潔に名前と挨拶だけを述べたそいつは、俺は見覚えがあった。短く切り揃えられた金色の髪に青い瞳…。全身を覆うレアメタルのアーマーや、顔を隠す覆面等は無いものの、それはどう見ても昨日俺を暗殺しようと狙ってきたD.D.アサイラントだった。

 

 

 

 

 

―――――第26話:「転校生は暗殺者!?」――――

 

 

 

 

 

(なにやってんだ…? あいつ…)

 

奴のこの行動の真意もわからないが、なによりその容姿でバリバリ日本人の名前は無理があるだろう…と、俺は内心つっこんだ。

 

「それじゃあ浅井の席は…天領の後ろが空いてるな。よし、じゃあそこに座ってくれ」

 

「はい」

 

「え…」

 

浅井 蘭はすたすたと先生が指さした俺の後ろの席に歩いてくるが、俺は思わず苦い顔をした。

 

「さて、転校生を紹介したところだし、天領」

 

「は、はい!?」

 

不意に先生からの呼び出しをくらった俺は少し慌ててしまう。

 

「昨日休んだ理由を聞きたい。ホームルームが終わったらちょっと来い」

 

「はい…」

 

やっぱ先生…転校生が来たからって俺のことを忘れてるわけじゃなかったんだな…。

 

………

……

 

「ねぇねぇ、浅井さんてどこの学校から来たの?」

「本当に日本人なのー?」

「好きな男性のタイプは?」

「おい、デュエルしろよ」

「罵って下さい!」

 

1時間目の授業が終わると、浅井はすぐにクラスのみんなに取り囲まれ、質面攻めにあう。当然だろう、こんな突然に転校生だなんて、みんな気になるにきまってるものな。俺だってなんでこいつがここにいるのか、気になっているところだ。

 

「すまないが、どの質問にも答えることはできない」

 

「え~、なんで~?」

「ますます気になる~」

 

 

 

「すごい人気ね、あの転校生」

 

「人気なのはわかってるから…お前は俺の机の上に座るのをやめてくれないか?」

 

俺の机の上に足を組んで座っている小日向を見上げながら文句をこぼす。

ホームルームの後、先生に休んだ理由を執拗に追及された俺は朝からテンションがだだ下がりだった。

 

「細かいこと気にするんじゃないの。そう言えばアンタ、もしかしてあの転校生と知り合い?」

 

「へ…? な、なんでそんなこと聞くんだ?」

 

「ん~…なんかあの転校生見た時、アンタの顔が微妙に驚いてるように見えたから」

 

おいおいマジか…女ってのは鋭いな。

だけど、本当の事を言うわけにもいかないし、ここはやっぱり…。

 

「べ、別にそんなことねーよ…あいつとも初対面だし」

 

「へ~、本当に初対面なんだ」

 

と、今度は隣のアリアが便乗してきた。

 

「なんだよアリア? お前まで…」

 

「ん~ん、別に。ただ……それもまた嘘なんじゃないかなって思って…」

 

「え…?」

 

「ん、なんでもないなんでもない♪」

 

アリアが何か言ったような気がしたが、すぐに無垢な笑顔を向けられて話をはぐらかされてしまったため、俺はそれ以上関心を持たなかった。

 

 

 

「君達、そろそろ次の授業が始まるから席に戻った方がよくないか?」

 

「そうね~」

「またね、浅井さん」

 

転校生熱が冷めるまではこの調子かなぁ。

とりあえず、こいつとは一度話をしておきたい。昼休み頃には話ができるかな。

 

………

……

 

さて、昼休みだ。

すぐにでも話を聞きたいところだが、ここは人目につくからどこかに場所を移そう。

 

(ちょっと話がある。一緒に屋上に来てくれ)

 

(…わかった)

 

浅井の傍で小声で指示すると、浅井も了解したようだ。

俺達は誰にも気づかれぬように、無言で教室を出て屋上へと向かう。

 

 

 

「ねぇねぇ加護さん、浅井さん知らない?」

 

先ほど浅井に質問をしていた女子生徒の一人がアリアに話しかける。

 

「え、浅井さん? さぁ…さっきまでいたんだけど」

 

「そう…せっかくお昼誘ってみんなで一緒に食べようかなって思ってたのにな~」

 

そう言って女子生徒は他の生徒たちと共に昼食を食べ始める。

 

(そういえば遊煌君もいない…せっかく一緒にご飯食べようと思ってたのに…)

 

………

……

 

「なんでお前がここにいるんだ!?」

 

「今更だな」

 

長い間疑問だったことをようやくこの屋上でぶちまける。

 

「言っただろう? 借りは返すと」

 

「だからって…なにも学校にまで来ることないだろ。しかも昨日の今日でよく転入できたな…」

 

「まぁいろいろ、な」

 

と、浅井…もといアサイラントはニヤリと嗤う。

その『いろいろ』ってのが凄く怖いんですが…。

 

「それに、借り意外にも返す物がある。ほら」

 

そう言って浅井が制服のポケットから取りだしたのは、あの時怪我をしたアサイラントの足に巻いたネクタイだった。

 

「これは…あの時のか。こんなの別に返さなくてもいいのに…予備だってあるし」

 

現に今俺が付けているネクタイは予備のものだ。

 

「そうはいかない。これは君の物なんだからな」

 

…まぁ、そこまで言うんだったら…。

俺は浅井が差し出したネクタイを受け取ると、制服のポケットの中に入れた。

 

「一応、礼は言っておくよ。ありがとう」

 

「礼には及ばない」

 

「で、本当に借りを返すだけのためにこの学校に入ってきたのか?」

 

「いや、もちろんそれだけではない」

 

そう言うと、浅井の眼差しが突然鋭くなり、真剣さが増す。

 

「前も言ったが、覇王の魂を宿した君は私達の世界から様々な奴に狙われている。君は自分で始末をつけると言ったが、万が一の場合には私が覇王への復讐を遂げる。そのためには他の奴に横取りされるわけにもいかないし、邪魔をされるわけにもいかない。だから、君は私の目の届く場所にいた方がいい。そう判断したからこの学校に潜入したというわけだ」

 

なるほど…要するにこいつは、俺が他の誰かに取られないように学校では常に俺の身近にいるってわけか。

…聞こえはいいけど、取られるって命のことだからね? これ。

 

「つまりお前は、俺を殺すために他の奴から俺の命を守ると?」

 

「まぁ、状況的にはそういうことになる」

 

「はぁ…」

 

あまりに矛盾したその答えに、俺は身体の力が抜けてため息が出る。

 

「呆れたか? ふふん、まぁそうだろうな。自分でも矛盾しているとは思う」

 

「…まだ自覚がある分、お前って奴はマトモなのかもな」

 

「随分な言いようだな。…だが、どうやら私の考えは間違っていなかったようだぞ」

 

「え?」

 

浅井の意味深な発言の直後だった。

 

ヒュッ!

 

空を裂き、屋上の入口の陰から何か細長い物が飛び出し、それは一直線に俺に向かう。

 

「ふんっ!」

 

ガキィンッ!

 

だが、浅井の懐から出したくないにより、その細長い物体は弾かれ、コンクリートの床に突き刺さる。

突き刺さったそれをよく見てみると…槍? 鋭い矢じりの付いた、金属製の重量感ある槍だった。

 

「なんでこんな物が…」

 

「新しい刺客のようだな…出てこい!」

 

浅井の呼びかけに応じ、槍を放った張本人が屋上の出入り口の死角から出てきた。

丸いボディに2枚の翼…そいつは空中を飛行しながら俺達の前まで出て来る。

 

「こいつは…メカ・ハンター?」

 

『メカ・ハンター』はデュエルモンスターズの機械族モンスターの1体だ。それがこんなところにいるってことは…こいつもまたカードの精霊ってことか?

 

「どうやら、こいつが次なる君への刺客というわけのようだな」

 

「ピピピピッ…目標確認、攻撃行動ニ移ル」

 

耳障りな電子音と共にメカ・ハンターの頭部センサーが赤く輝くと、その丸い球体の中から細長いロボットアームが何本も出て来る。そのアームの先には、剣や鎌など、物騒な武器がたくさん付いている。

するとそれらの武器を構えると、メカ・ハンターは羽のスラスターから炎を噴き出しながら俺目がけて突進する。あまりの速さに逃げることに遅れた俺だったが、瞬時に浅井が俺の前に割って入り、その両手に構えたくないでメカ・ハンターの攻撃を受け止めると、両者ともそのまま鍔迫り合いながら動かなくなる。

 

「お前…!」

 

「この男は私の獲物だ…誰にも邪魔させん!」

 

大きく腕を振るってメカ・ハンターの攻撃を弾くと、そのままくないを振りかぶる。しかし、メカ・ハンターの狙いはあくまで俺。浅井の攻撃をかわし、そのまま無視するとまた一直線に俺の方へと迫る。

 

「くっ…!」

 

慌てて浅井が地面を蹴ってメカ・ハンターの前に立ちはだかり、動きを止める。

『ターゲットを捕まえるまで追いつづけるハンター』…不意にそんな言葉が脳裏をよぎった。メカ・ハンターのフレーバーテキストの一文だ。今のこいつはまさに俺を追うことだけを目的としたハンター…故にどれだけ逃げたとしても追いかけてくる。どうすれば…!

 

(このまま戦い続ければ、この男にも学校にも被害が出てしまう…ならば!)

 

浅井はメカ・ハンターの動きを止めている両腕を思いっきり振るうと、その衝撃でメカ・ハンターが後ろに吹き飛ばされる。しかし、すぐに空中で姿勢を立てなおすとまた武器を構える。

 

「待て! あくまでこの男を狙うというのであれば、まずはデュエルで私を倒せ!」

 

浅井のその言葉に、メカ・ハンターの動きが一瞬止まる。

 

「お、お前! 一体何言って…!」

 

「真っ向からの私の力では、こいつを止めることは難しい。かといって君にどうにかできるわけではない。ならば、私がデュエルでこいつを蹴散らす!」

 

「でも…お前達精霊のデュエルって命かけるんだろ! そんなのにお前が負けたら…!」

 

「私が負けると思っているのか?」

 

と、浅井は鋭い眼光を俺の方に向ける。

 

「安心しろ、私は強い」

 

そして、ニヤリと嗤った。

…そういうこと自分で言うか? 普通。

だがその笑顔を見ると、何故か心の内から頼もしく思えて、安心できるような気がしてきた。

 

「さぁ、どうする!? ここでデュエルを拒めば、私は何度でもお前の攻撃を阻止するぞ!」

 

メカ・ハンターは何か考えているようだが、やがてアームの武器を引っ込めるとまたも電子音混じりの機械音声を放つ。

 

「ピピピピピッ…優先ターゲットヲ変更。デュエルモードスタンバイ」

 

引っ込めたアームをまた展開すると、今度はアーム部分にデュエルディスクが装着されていいた。どうやらこのデュエルを受ける気になったようだ。

 

「機械のくせに話がわかるやつだ。それでは…始めよう」

 

浅井もまた、異次元の裂け目を発生させるとその中に手を入れ、デュエルディスクを取り出して右腕に装着する。

 

「いくぞ…」

 

 

 

「「デュエル!」」

 

 

 

俺の命がかかったこのデュエル…いや、俺だけじゃない。浅井の命だってかかってる筈だ。だとしたらこのデュエル、何が何でも浅井には勝ってほしい。あいつ…かなり余裕こいてたけど大丈夫なのかな…?

頼もしいとは思えても、いざ始まってみると少し不安なものだった。

 

「先攻ハ私ノターンカラデス、ドロー」

 

先攻はまずメカ・ハンターの方からだ。メカ・ハンターは器用にアームを駆使してデッキからカードを引き、そして手札のカードをデュエルディスクにセットする。

 

「私ハ『ジェネクス・ニュートロン』ヲ攻撃表示デ召喚」

 

【ジェネクス・ニュートロン】 ☆4 光 機械族 ATK/1800 DEF/1200

 

「サラニ、永続魔法『機甲部隊の最前線(マシンナーズ・フロントライン)』ヲ発動。リバースカードヲ1枚セットシ、ターンエンドデス。ソシテコノエンドフェイズ時、『ジェネクス・ニュートロン』ノ効果発動」

 

『ジェネクス・ニュートロン』の身体が輝き、ワームホールのような空間が発生する。

 

「『ジェネクス・ニュートロン』ガ召喚ニ成功シタターンノエンドフェイズ時、デッキカラ機械族ノチューナーモンスター1体ヲ手札ニ加エマス。私ハチューナーモンスター、『A・ジェネクス・バードマン』ヲ手札ニ加エマス」

 

空間の中からカードが1枚出現し、それはメカ・ハンターの手札に加わった。

 

△――――

□■―――

メカ・ハンター:手札4枚 LP4000

モンスター:『ジェネクス・ニュートロン』

魔法・罠:『機甲部隊の最前線』、伏せ1枚

 

メカ・ハンターはチューナーモンスターをサーチしたか。

だとすると…モンスターを残しておくのは不味い。次のターンでシンクロ召喚に繋げられてしまうからな。

当然それを浅井もわかっている筈だ。

 

「私のターン、ドロー。私は『異次元の生還者』を召喚」

 

【異次元の生還者】 ☆4 闇 戦士族 ATK/1800 DEF/200

 

現れたのはボロ布を纏った金髪の青年だった。

 

「モンスターガ召喚サレタコノ瞬間、トラップカード発動」

 

メカ・ハンターがディスクのスイッチを押すと、リバースしていたカードが表になる。

 

「トラップカード、『隠れ兵』。相手ガモンスターヲ召喚シタ時、手札カラレベル4以下ノ闇属性モンスター1体ヲ特殊召喚シマス。ワタシハ『(アーリー)・ジェネクス・ドゥルダーク』ヲ召喚」

 

(アーリー)・ジェネクス・ドゥルダーク】 闇 機械族 ATK/1800 DEF/200

 

「新しいモンスターだと!?」

 

「『A・ジェネクス・ドゥルダーク』…あのモンスターは確か、1ターンに1度、このカードと同じ属性の相手モンスター1体を破壊する…だったか」

 

俺が驚いていると、浅井が淡々とカード効果を説明した。

どちらのモンスターも『異次元の生還者』と同じ攻撃力1800…狙うべきは当然『ドゥルダーク』の方だが、浅井はどうするつもりなんだ?

 

「私は装備魔法、『ビッグバン・シュート』を『異次元の生還者』に装備する」

 

突如『異次元の生還者』の右足が燃え上がり始める。

 

異次元の生還者:ATK/1800→2200

 

「『ビッグバン・シュート』を装備したモンスターの攻撃力は400ポイントアップする。いけ『生還者』! 『ドゥルダーク』に攻撃だ! ≪ディメンション・シュート≫!!」

 

『異次元の生還者』が上空へ高く舞い上がると、そのまま『ドゥルダーク』に向かって強烈な蹴りをお見舞いする。

 

「ピピッ…ジジジッ……」

メカ・ハンター:LP4000→3600

 

メカ・ハンターの電子音に僅かにノイズが入る。

よし、攻撃が利いている証拠だ。

 

「『機甲部隊の最前線』ノ効果発動。機械族モンスターガ戦闘ニヨッテ破壊サレ、ボチヘ送ラレタ場合、デッキカラソノモンスターノ攻撃力以下ノ同ジ属性ノ機械族モンスター1体ヲ特殊召喚シマス。私ハ闇属性機械族モンスター、『A・ジェネクス・ベルフレイム』ヲ特殊召喚」

 

【A・ジェネクス・ベルフレイム】 闇 機械族 ATK/1700 DEF/1000

 

くっ…結局奴のフィールドのモンスターの数は変わらない…次のターンでシンクロ召喚を許す形になってしまうか。

だが浅井はこの状況にちっとも慌てていない様子だった。流石というかなんというか…。

 

「私はカードを1枚セットして、ターンエンドだ」

 

△――――

□■―――

浅井:手札3枚 LP4000

モンスター:『異次元の生還者』

魔法・罠:『ビッグバン・シュート』、伏せ1枚

 

「私ノターン、ドロー。…リバースカードスキャン」

 

メカ・ハンターのセンサーが輝く。何をしているのかと疑問に思っていると…どうやら浅井のリバースカードを凝視しているようだ。まさか…リバースカードの透視をしているのか?

 

「リバースカードスキャン終了…攻撃反応型トラップカードデアル確率、74%」

 

確率…? こいつはリバースカードの透視ではなく、予想をしていたのか。

しかし、だからといってどうするつもりなんだ…?

 

「私ハ場ノ『ジェネクス・ニュートロン』ヲ手札ニ戻シ、手札カラ『A・ジェネクス・バードマン』ヲ特殊召喚」

 

【A・ジェネクス・バードマン】 闇 機械族 ☆3 ATK/1400 DEF/400 チューナー

 

『ニュートロン』の姿が消え、代わりに鳥の頭をしたモンスターが旋風と共に出現する。

 

「チューナーモンスターを特殊召喚だと!?」

 

「『A・ジェネクス・バードマン』ハ、場ノモンスター1体ヲ手札ニ戻スコトニヨリ、特殊召喚デキマス」

 

わざわざ通常召喚できるチューナーモンスターを特殊召喚したのは…おそらくまた『ジェネクス・ニュートロン』の効果を再利用するためか。だとするなら…奴が最優先で考えるのは、浅井のリバースカードを発動させなくさせることだとは思うが…!

 

「サラニ手札カラ、『A・ジェネクス・ケミストリ』ノ効果ヲ発動。属性ヲ一ツ宣言シ、手札ノコノカードヲ墓地ニ送ルコトニヨリ発動。自分フィールドノ『ジェネクス』ト名ノ付イタモンスター1体ノ属性ヲ、自分ガ指定シタ属性ニシマス。私ハ『A・ジェネクス・ベルフレイム』ノ属性ヲ地属性ニ変更」

 

【A・ジェネクス・ケミストリ】 闇 機械族 ☆2 ATK/200 DEF/500 チューナー

 

A・ジェネクス・ベルフレイム:闇属性→地属性

 

「ソシテレベル4、『A・ジェネクス・ベルフレイム』ニレベル3、『A・ジェネクス・バードマン』ヲチューニング」

 

『バードマン』が3つの星に姿を変えると、その星は『ベルフレイム』と重なり合い、光の中から新たなモンスターが姿を現す。

 

「シンクロ召喚、『A・ジェネクス・トライフォース』」

 

【A・ジェネクス・トライフォース】 闇 機械族 ☆7 ATK/2500 DEF/2100

 

光の中より出現したシンクロモンスター、『A・ジェネクス・トライフォース』はメカ・ハンターの前に降り立つ。

 

「コノ効果ニヨリ特殊召喚シタ『A・ジェネクス・バードマン』ハ、墓地ニ送ラレル場合ゲームカラ除外シマス。ソシテバトル、『A・ジェネクス・トライフォース』デ『異次元の生還者』ニ攻撃」

 

『トライフォース』は右手のガンランチャーを『生還者』の方に向ける。さらにそれと同時にガンランチャーの3つの銃口の内、茶色の銃口から波紋状の超音波のようなものが浅井のリバースカードに向けて照射される。

 

「これは…!」

 

「『A・ジェネクス・トライフォース』ガ地属性モンスターヲシンクロ素材とシタ場合、コノカードノ攻撃宣言時、相手ハダメージステップ終了時マデ魔法・トラップカードハ発動デキマセン」

 

「チッ… (伏せていた『次元幽閉』は読まれているか…!)」

 

三つの銃口から発射されたビームは一点に混ざり合い、『異次元の生還者』を呑み込み、そのまま消滅する。

 

「くっ…まだまだ」

浅井LP:4000→3700

 

「メインフェイズ2ヘ移行、私ハ『ジェネクス・ニュートロン』ヲ召喚。ソシテエンドフェイズ、『ジェネクス・ニュートロン』ノ効果ニヨリ、デッキカラ機械族ノチューナーモンスター、『A・ジェネクス・リモート』ヲ手札に加えます。ターンエンド」

 

△△―――

□――――

メカ・ハンター:手札3枚 LP3600

モンスター:『A・ジェネクス・トライフォース』、『ジェネクス・ニュートロン』

魔法・罠:『機甲部隊の最前線』

 

こいつ…浅井が攻撃反応型のトラップを伏せていると予測しているためか、『ジェネクス・ニュートロン』で攻撃してこない…! 慎重に攻めるのは…機械故に計算しているからか。

 

「私のターン、ドロー」

 

だが当の浅井はあまり気にしていない様子だった。

どうするつもりだ…? 奴の場には攻撃力2500のシンクロモンスター…おまけに戦闘で破壊しようものなら『機甲部隊の最前線』で次々にモンスターが沸いてくる…どうすれば…!

 

「どうした? そんな苦々しい顔をして」

 

「…!」

 

と、俺の心の内をまるで読んだかのように浅井が俺の顔を見てそう言った。

 

「この状況は私にとってかなり不味い…そう考えているな? 君は」

 

「…なんだよ、じゃあこの状況を瞬時にひっくり返せるとでも言うのかよ!」

 

「あぁ、ひっくり返せるさ」

 

そんな…あっさりと!

浅井…いや、アサイラントのデュエルの腕は、俺なんかよりもかなり上だということは、この前のデュエルを見てても明らかだった。だとするなら…どんな方法でこの状況を変えるのか、見させてもらおうじゃないか。

 

「私は、『同族感電ウィルス』を召喚!」

 

【同族感電ウィルス】 水 雷族 ☆4 ATK/1700 DEF/1000

 

『同族感電ウィルス』…そうか、そのカードがあったか!

 

「『同族感電ウィルス』は、手札のモンスター1体をゲームから除外することで、そのモンスターと同じ種族のモンスターを全て破壊する! 私は手札の『異次元の偵察機』を除外! 『異次元の偵察機』の種族は機械族…よってフィールドの全ての機械族モンスターは全て破壊だ!」

 

『同族感電ウィルス』が周囲に広がっていき、その球体から電撃が迸り、その電撃は他の球体へと電導していき、中央の『A・ジェネクス・トライフォース』と『ジェネクス・ニュートロン』目がけて電撃が浴びせられる。

 

「電磁照射! ≪スパーク・ショックウェーブ≫!!」

 

電撃を浴びせられた2体の機械族モンスターは、ショートしてしまったのか内部から煙や放電が起こり、やがて爆発し、消滅した。

 

「これでお前の場はガラ空き。『同族感電ウィルス』でダイレクトアタックだ!」

 

電気を帯びた球体がメカ・ハンターのいる場所まで移動し、その電撃を今度はメカ・ハンター自身に浴びせる。

 

「ギギギギギッ」

メカ・ハンター:LP3600→1900

 

声にならない悲鳴のような電子音をあげて、放電が止むとメカ・ハンターのボディが少し黒く焦げる。

 

「あいつ…本当にあの状況を簡単にひっくり返しちまった…」

 

俺は小声で呟く。

おそらく浅井はあの『同族感電ウィルス』と『異次元の偵察機』のカードを最初から手札に持っていたのだろう。相手がこうやって、エース級のモンスターを出すまで待っていたっていうわけだ…。そうして相手の手の内を読み、段々と追い詰めていく。同じだ…俺とデュエルした時と。

 

「さらにシンクロモンスターを破壊したこの瞬間、手札から速効魔法『グリード・グラード』を発動。自分のデッキからカードを2枚ドローする。…私はこれでターンエンド。そしてエンドフェイズ時、ゲームから除外した『異次元の偵察機』は攻撃表示で特殊召喚される」

 

【異次元の偵察機】 闇 機械族 ☆2 ATK/800 DEF/1200

 

△△―――

■――――

浅井:手札3枚 LP3700

モンスター:『同族感電ウィルス』、『異次元の偵察機』

魔法・罠:セット1枚

 

「私ノターン、ドロー」

 

モンスターを全滅させられて意気消沈かと思いきや、そこは機械、全く動じていないようだった。

 

「戦術変更、プランBニ移行。マズハ速効魔法、『サイクロン』ヲ発動。フィールドノ魔法・トラップカード1枚ヲ破壊シマス。私ハ貴女ノ場ノ伏セカードヲ破壊」

 

メカ・ハンターが『サイクロン』のカードを掲げると、そこから竜巻が発生し、浅井の場の伏せカードを呑み込む。

 

「チッ…『次元幽閉』が破壊されたか」

 

浅井は渋々伏せていた『次元幽閉』のカードを墓地に送った。

 

「サラニ私ハ『カードガンナー』ヲ召喚」

 

【カードガンナー】 地 機械族 ☆3 ATK/400 DEF/400

 

両手がキャノン砲となり、おもちゃのような成形色と外観のモンスターが、キャタピラをキュラキュラと鳴らしながら出現した。

『カードガンナー』だと? 『A・ジェネクス』じゃないのか? さっきこいつはプランBがどうとか言っていたが…先ほどと戦術を変えるということか?

 

「『カードガンナー』ノ効果発動。1ターンニ1度、デッキノ一番上カラカードヲ3枚マデ墓地ニ送ルコトガデキマス。ソシテ1枚ニツキ、エンドフェイズ時マデ攻撃力ガ500ポイントアップシマス」

 

つまり…最大で1900まで攻撃力を上げられるってことか。虎の子の『同族感電ウィルス』よりも攻撃力が上がってしまう…!

 

「私ハ3枚ノカードヲ墓地ニ送リマス」

 

墓地に送ったカード:

『リミッター解除』

『サイバー・ドラゴン』

『速効のかかし』

 

カードガンナー:ATK/400→1900

 

攻撃力が上がると同時に、『カードガンナー』の胸のメーターがMAXまで上昇する。

 

「『カードガンナー』デ『同族感電ウィルスに攻撃』」

 

『カードガンナー』が両腕のキャノンを『同族感電ウィルス』の球体群のほぼ中央に照準を定めると、キャノン砲から赤いビームが発射され、ビームは球体に反射しながらウィルス達を殲滅する。

 

「っ…!」

浅井:LP3700→3500

 

浅井が少し苦い顔をするが、ライフポイントは浅井の方が余裕がある。まだまだ大丈夫な筈だ。

 

「私ハカードヲ1枚セットシ、ターンエンド。ソシテコノエンド時、『カードガンナー』ノ攻撃力ハ元ニ戻リマス」

 

カードガンナー:ATK/1900→400

 

△――――

□■―――

メカ・ハンター:手札2枚 LP1900

モンスター:『カードガンナー』

魔法・罠:『機甲部隊の最前線』、伏せ1枚

 

「私のターン、ドロー」

 

『カードガンナー』…あのモンスターは確か、攻撃力アップの効果以外にも破壊され墓地に送られたときにデッキからカードを1枚ドローするという効果がある。今あいつの手札は1枚…そのカードはさっきサーチした『A・ジェネクス・リモート』だということがわかっている。『機甲部隊の最前線』もあるし、ここはできるだけ『カードガンナー』を墓地に送らず破壊し、アドバンテージの差を開いておきたいところなんだが…。

 

「私は『異次元の偵察機』をリリースし、『聖導騎士(セイントナイト)イシュザーク』を召喚!」

 

聖導騎士(セイントナイト)イシュザーク】 光 戦士族 ☆6 ATK/2300 DEF/1800

 

『異次元の偵察機』の姿が消え、代わりに大ぶりの剣を持った光り輝く甲冑に身を包んだ騎士が出現した。

攻撃力2300! これならこのターンで決着をつけることができる!

 

「聖なる力を備えた高等騎士の力、その身で味わえ! 私は『イシュザーク』で『カードガンナー』に攻撃! ≪ブレイク・ダウン・ディストーション≫!!」

 

『イシュザーク』の持つ刀身が輝くと、それを構えて聖導騎士は疾走し、直上に飛び上がると『カードガンナー』目がけて剣を振り下ろす!

『イシュザーク』の攻撃力は2300、『カードガンナー』の攻撃力はたった400、ダメージ差は1900! ちょうどメカ・ハンターのライフポイントと同じだ! この攻撃が通れば…!

 

「リバースカード、『収縮』発動。コノカードハ対象ニシタモンスター1体ノ攻撃力ヲ半分ニシマス。対象は『聖導騎士イシュザーク』デス」

 

聖導騎士イシュザーク:ATK/2300→1150

 

『収縮』の効果により『イシュザーク』の体が縮み、攻撃力も落ちる。

くっ…やはり一筋縄ではいかないか。

 

「ふん…まぁそんなところだろうとは思っていたさ。攻撃続行!」

 

だが浅井はその程度のことは予測済みだったと言わんばかりに攻撃を再開する。小さくなったとはいえ、『カードガンナー』を破壊するには十分な威力のその剣は、真上から『カードガンナー』を真っ二つに切り裂いた。

 

「ギギギギギギッ…!」

メカ・ハンター:LP1900→1150

 

「ついでに言っておくが、『イシュザーク』は戦闘で破壊したモンスターをゲームから除外する効果がある。よって『カードガンナー』のドロー効果と『機甲部隊の最前線』の効果は発動しない」

 

流石浅井…転んではただでは起きない。トドメは刺せなかったが、アド差を広げることには成功したようだ。これなら勝てるぞ!

 

「(念には念を入れ…)私はカードを1枚伏せ、ターンエンドだ」

 

△――――

■――――

浅井:手札2枚 LP3500

モンスター:『聖導騎士イシュザーク』

魔法・罠:伏せ1枚

 

「私ノターン、ドロー。……」

 

メカ・ハンターの動きが止まった…? 何か引いたカードを見て、次に墓地、そして浅井の場を確認しているようだが…戦術とやらを考えているのか? あるいは…。

 

「コノターンデ私ガ勝利スル確率、84%」

 

「なにっ!?」

 

84って…結構な数値じゃないか。こいつは一体何を以てその数値を導き出してるんだか…。

 

「私ハ『A・ジェネクス・リモート』ヲ召喚」

 

【A・ジェネクス・リモート】 闇 機械族 ☆3 ATK/500 DEF/1800 チューナー

 

「チューナーモンスターを召喚した? ということは狙うは…シンクロ召喚か!」

 

「…いや、どうやら違うようだ」

 

「私ハ手札ヨリ魔法カード、『オーバーロード・フュージョン』ヲ発動。フィールド・墓地カラ融合モンスターカードニヨッテ決メラレタモンスターヲゲームカラ除外シ、闇属性・機械族ノ融合モンスター1体ヲ、融合召喚扱イトシテ特殊召喚シマス。私ハ場ト墓地ノ『サイバー・ドラゴン』ヲ含ム機械族モンスター9体ヲ融合」

 

突如フィールドに赤い火花が散る黒い空間が出現し、そこにメカ・ハンターの場のモンスターと墓地に存在するモンスターが吸い込まれる。

 

融合素材モンスター:

『サイバー・ドラゴン』

『A・ジェネクス・ドゥルダーク』

『A・ジェネクス・ベルフレイム』

『A・ジェネクス・ケミストリ』

『A・ジェネクス・トライフォース』

『ジェネクス・ニュートロン』

『速効のかかし』

『カードガンナー』

『A・ジェネクス・リモート』

 

「機械族9体だと!?」

 

そんなに多くのモンスターの融合を必要とするモンスターが……いや、1体だけある。それはこの世界において幻とされているサイバー流というデュエル流派のみが扱うことを許されるモンスター…『サイバー・ドラゴン』。そしてその禍々しき姿故、伝承者でさえ使用することを躊躇うとまで言われている伝説のモンスター…!

 

「融合召喚、『キメラテック・オーバー・ドラゴン』」

 

一瞬、空間内が圧縮されたかと思うと突如として一気に膨れ上がり、爆発する。

そしてその爆発の煙の中から…なにか細長い蛇のような胴体が出現する。

メタリックに黒光りしながら、それはとぐろを巻いていくつもの穴が空いた胴体を持ち上げる。

 

【キメラテック・オーバー・ドラゴン】 闇 機械族 ☆9 ATK/? DEF/? 融合

 

「これが…サイバー流伝承者のみに与えられるという…邪竜、『キメラテック・オーバー・ドラゴン』…!」

 

「攻撃力が決まっていない…?」

 

驚く俺とは対照的に、浅井の態度は実に淡々としたものだった。

 

「『キメラテック・オーバー・ドラゴン』ノ召喚ニ成功シタ時、私ノ場ノ他ノカードヲ全テ墓地ニ送リマス」

 

メカ・ハンターの場の『機甲部隊の最前線』が墓地に送られる。

 

「更ニ、『キメラテック・オーバー・ドラゴン』ノ攻撃力ト守備力ハ、融合素材ニ使用シタ機械族モンスターノ数×800ポイントトナリマス。融合素材ニ使用シタモンスターノ数ハ9体、ヨッテ攻撃力ハ」

 

『キメラテック・オーバー・ドラゴン』の穴の空いた胴体からにょきにょきと頭部が生え、それは融合素材に使用したモンスターの数と同じ、10本の頭部が生え、雄たけびをあげる。

 

キメラテック・オーバー・ドラゴン:ATK/?→7200

 

「攻撃力…7200だと…!? お、おい! お前…こんなの相手にしてもまだ大丈夫なんて言えるのかよ!」

 

「当たり前だ。私を倒すにはこの程度の攻撃力ではまだまだ足りないな」

 

こんな状況でも浅井はまだ余裕綽々といった様子だった。マジかよ…。

 

「バトルフェイズ、『キメラテック・オーバー・ドラゴン』デ『聖導騎士イシュザーク』ニ攻撃」

 

『キメラテック・オーバー・ドラゴン』の9つの口の奥からそれぞれ赤いブレス攻撃が放たれ、それは1点に混ざり合い、『イシュザーク』へと向かう。

ダメだ…! あんな圧倒的な攻撃力で攻撃されたら…いくら浅井でも…!

 

「トラップ発動、『ライジング・エナジー』! 手札を1枚捨て、フィールドのモンスター1体の攻撃力をエンドフェイズ時まで1500ポイントアップさせる! 私は『イシュザーク』の攻撃力を1500ポイントアップさせる!」

 

聖導騎士イシュザーク:ATK/2300→3800

 

『キメラテック・オーバー・ドラゴン』の放った攻撃は『イシュザーク』に直撃した。が、『イシュザーク』はその攻撃をより輝きの増した刀身で受け止める。…が、限界が来たらしく、構えた剣は粉々に砕け、自身もブレス攻撃を浴びてしまい、消滅する。

 

「ぐっ…があああああっ…!」

浅井:LP3500→100

 

浅井自身も攻撃の余波を受けてしまい、後ろに吹き飛ばされそうになる。が、彼女は2本の足でしっかりと踏ん張り、攻撃の衝撃をものともせずにそこに立ち続ける。…が、攻撃を受けたことには変わりない。攻撃力7200の攻撃はやはり凄まじく、ライフポイントが一気に削らされてしまった。

 

「い…言わんこっちゃない! お前もう100しかライフポイントないじゃねぇか!」

 

「…余計な心配は無用だ。奴はこのターンで全ての手札を使いきった。もうこれ以上攻める手立てはない。そうだろ!」

 

「…私ハコレデ、ターンエンド」

 

△――――

□――――

メカ・ハンター:手札0枚 LP1150

モンスター:『キメラテック・オーバー・ドラゴン』

魔法・罠:なし

 

「私のターン…」

 

と、浅井はここでデッキの一番上のカードに指を置き、目を閉じる。

そして何かを感じ取ったのか、決心したようにデッキの一番上のカードを引く。

 

「…ドロー!」

 

浅井のライフポイントは残りたった100ポイントでフィールドには何もカードがない。このターンでなんとかしなければ敗北は確実…なのだが。

 

ドローしたカードを見て、浅井が笑った。

 

「この勝負…貰ったぞ! 私は墓地に存在する光属性モンスター、『聖導騎士イシュザーク』と、闇属性モンスター、『異次元の偵察機』を除外する!」

 

墓地の光と闇を除外!?

なんだこれは…? 俺の持つ『カオス・ソーサラー』の召喚条件に似ているが…これは…!

 

 

 

 

 

   ―一つの魂は光を誘い、一つの魂は闇を導く!―

 

―光と闇は一つとなり…混沌の力を得た超戦士を呼び起こす!―

 

 

 

 

浅井の墓地から…『イシュザーク』と『偵察機』の魂だろうか? 黄色と紫色の球体が飛び出し、それらは空を舞いながら交錯し合い、混ざり合った一点から光が溢れる。

光は同時に闇を作りだし、それら光と闇が混合する一点から1体のモンスターが出現する。

金色に輝く鎧を纏い、剣と楯を携えた戦士…それは浅井の場に降り立つと、兜の奥から鋭い眼光を『キメラテック・オーバー・ドラゴン』に向ける。

 

「出でよ! 『カオス・ソルジャー ―開闢の使者―』!!」

 

【カオス・ソルジャー ―開闢の使者―】 光 戦士族 ☆8 ATK/3000 DEF/2500

 

「カオス…ソルジャーだと…?」

 

『カオス・ソルジャー』…それは、デュエルモンスターズの中でも最強の部類に入る、言わば伝説とまで言われる幻のカードだ。今浅井が使っている『カオス・ソルジャー』は、オリジナルのものではなく、リメイクされたものだが、しかし、その能力値はオリジナルを超えるほどの超性能を誇るとまで言われている。

確かに…このモンスターから発せられるオーラ、ただ事じゃない…。

 

「『カオス・ソルジャー』の効果発動! 1ターンに1度、フィールドに存在するモンスターを除外する! 除外対象は…当然、『キメラテック・オーバー・ドラゴン』!!」

 

「ナニィ…!」

 

『カオス・ソルジャー』が右手に携えている剣を構え、その切っ先を『キメラテック・オーバー・ドラゴン』に向ける。すると、剣の刀身部分が突如怪しく輝きだす。

 

「次元追放! ≪閉闢次元斬≫!!」

 

輝く剣を大きく振りかぶると、刀身から輝く闇が放たれる。放たれた闇は『キメラテック・オーバー・ドラゴン』の体を貫き、貫かれた個所から次元の歪みが生まれ、『オーバー・ドラゴン』の体はみるみる圧縮されながら吸い込まれていく。まるでブラック・ホールに吸い込まれていくかのように…。

やがて、塵も残さず『キメラテック・オーバー・ドラゴン』はフィールドから姿を消した。

 

「ギギギギギッ…! ダ、ダガ、除外効果ヲ使用シタ『カオス・ソルジャー ―開闢の使者―』ハ攻撃デキマセン!」

 

「あぁ、そうだな。だがお前は何か一つ忘れていないか? 私はこのターンまだ通常召喚を行っていない」

 

「ギッ…!?」

 

「私は『D.D.アサイラント』を召喚!」

 

【D.D.アサイラント】 地 戦士族 ☆4 ATK/1700 DEF/1600

 

「『D.D.アサイラント』でダイレクトアタックだ! ≪ディメンション・シグルブレイド≫!!」

 

『D.D.アサイラント』の持つ巨大な剣の紋様が輝いたかと思うと、唐突に『アサイラント』はその姿を消す。そして、次に姿を現したのは…メカ・ハンターの真後ろだった。

 

「…!?」

 

突然の事に判断が追いつかない様子のメカ・ハンターだが、時すでに遅し。その球体ボディに深々と『アサイラント』の剣が突き刺さっていた。

 

メカ・ハンター:LP1150→0

 

「ギッ…ギギッ…! ギギギギギギgigigigigigigigigigi……!!!?」

 

『アサイラント』の攻撃によって空いた腹部の穴から火花が散り、それはメカ・ハンターの全身に広がるとなにやら不穏な電子音を立てる。そしてあちこちから火花が散り、次の瞬間、メカ・ハンターの体は爆発四散した。

 

「ば…爆発しやがった」

 

辺り一面に飛び散るメカ・ハンターの内部メカと外装部品。それは俺のいる場所にまで飛来し、一際大きな部品が俺の真上に降ってきた。

 

「うわっ…と! な、なんじゃこりゃ…?」

 

思わず俺はその部品を両手でキャッチしてしまった。

それはメカ・ハンターのアーム部品だった。先ほどまでデュエルしていた時のらしく、腕部には半壊し、火花が散るデュエルディスクが接続されていた。

 

「まさに命がけか…精霊同士のデュエルってのは怖いもんだ…。そうだ、浅井! 大丈夫か!?」

 

「あぁ、私は大丈夫だ」

 

あれだけ手痛い猛攻を受けていたにも関わらず、浅井の体は頬に爆発の際の煤が少し付いているだけで他に怪我などは特にしていないようだった。

 

「よかった…。しかし、えらく派手に爆発したもんだな」

 

「人が来る前にここを離れよう。面倒はごめんだ」

 

と、早々にこの場を立ち去ろうとする浅井。まったく…デュエル中も思ったが、実に淡々とした奴だ。

 

「ちょ、ちょっと待てよ!? これどうするんだよ!」

 

と、俺は抱えているメカ・ハンターのアーム部品を片手でブラブラ下げて浅井に見せる。

 

「知るか、その辺に捨てておいたらどうだ?」

 

「そう言うなって。これ、まだデッキが装着されてるままだから、捨てるくらいなら」

 

と、俺はデュエルディスクにセットされたままになっているデッキとフィールドと墓地のカードを抜き取ると、アームを投げ捨てる。使ってた奴はアレだが、カード達には何の罪もない。どうせならと俺はそのカードを頂戴することにした。

 

「ふん、好きにしろ。もうじき昼休みが終わる。先に帰ってるぞ」

 

「あ! おいちょっと待てって!」

 

そそくさと屋上への階段を下りる浅井を、俺は慌てて背後から追いかけた。

 

………

……

 

「おい聞いたかさっきの爆発?」

「あぁ、なんだったんだろうな? 見に行ってみようぜ!」

 

屋上への階段を降り、渡り廊下を渡っていると、二人組の男子生徒がすれ違いざまに屋上ある方へ走り去り、そんな会話をしていたのが聞こえた。この分じゃ結構多くの生徒が爆発のこと知ってそうだな…。

 

「しかしお前って奴は凄いな、もしあそこで『カオス・ソルジャー』のカードを引けなけりゃ負けてたかもしれないんだろ? よくそんな状況で余裕な態度のまんまでいられたな…」

 

男子生徒が去った後、周りに誰もいないのを確認して俺は浅井にそんなことを聞いてみた。

 

「別に、どのような状況であっても相手に弱みを見せればそこに付け入る隙を与えてしまう。だから私は常に余裕な態度をとっているに過ぎない。デュエルに限った話ではないがな」

 

なるほど、確かに暗殺者っていう職柄上、そういうことがその世界で生きていくための鉄則だったりするのかな。

 

「なぁ…ちょっと聞きたいことがあるんだが」

 

「なんだ?」

 

「あのメカ・ハンターのデッキに、俺達の世界じゃ結構希少なカードが入ってたんだよ。お前のデッキの『カオス・ソルジャー』もそうだけど…お前達精霊の世界のカード事情ってのはこの世界といくらか違う感じなのか?」

 

メカ・ハンターのデッキに入っていた『サイバー・ドラゴン』…あれはこの世界じゃサイバー流伝承者にしか与えられない幻のカードの筈だ。それに浅井の『カオス・ソルジャー』だって、そうそうこの世界で手に入るカードじゃない。それについて俺はずっと疑問に思っていた。

 

「うむ…そうだな。我々の世界ではお前達の世界では希少と言われているカードであっても所持している精霊は多数いる。例えば『青眼の白龍』や『ブラック・マジシャン・ガール』といったカードだな」

 

「ブルーアイズにブラマジガール!?」

 

『青眼の白龍』に『ブラック・マジシャン・ガール』…デュエリストであれば知らない者はいないだろう。伝説のデュエリスト、海馬瀬人と武藤遊戯のデッキに入っていたと言われている幻のカード達だ。まさかその二人以外にもそのカードを所持している者が精霊世界にいたなんて…。

 

「だが簡単に手に入るわけではない。物によって様々だが、そういった強力なカードを手にするにはそれ相応の試練や技量が必要なのだ」

 

つまり、この世界じゃ少数生産されたレアカードが、精霊世界じゃ己の身を以て手にするかどうかっていうことなのか。なんとも精霊世界らしい、ファンタジーな話だな。

 

「ってことは、お前も『カオス・ソルジャー』を手にするために何か試練に挑んだりしたのか?」

 

「…まぁ、そんなところだ。それよりも早く行くぞ、もうすぐ5時間目の授業が始まってしまう」

 

腕時計を見ると、授業開始2分前だった。ヤバいヤバい…いつかの時みたいにまた遅刻するわけにはいかないし、この話はここで切って俺達は小走りで教室に向かった。

 

だが、俺はどうしても気になっていることがあった。

 

それは俺の中に今だ眠る覇王の存在のこと…こいつの存在を消せなかった場合、浅井は俺の事を本気で殺しに来ると前に言っていた。

そして今日見た、あのいかなる状況であっても決して崩すことのない余裕な態度…加えて『カオス・ソルジャー ―開闢の使者―』という超強力カードの存在…。

もし俺がまた浅井と闘うことになった場合、俺は勝つことができるのだろうか…?

 

………

……

 

屋上の爆発は校舎内のほとんどの者に知れ渡り、警察や消防まで来る騒ぎとなったが、5時間目の授業は問題なく行われた。おそらくどれだけ調べたところで原因なんてわかるわけないし、ましてやその爆発の元がメカ・ハンターの精霊などと誰が予想できるだろうか。俺達もこれ以上面倒事に巻き込まれるわけにはいかないので、大人しく黙っていることにした。

 

(『A・ジェネクス』か…俺のデッキに使えるかな?)

 

俺はというと、先ほど頂いたメカ・ハンターのデッキの中身を机の下でこっそりと確認していた。

 

「遊煌君、ちゃんと授業受けなきゃ…って、どうしたのそのカード?」

 

ずっと下を向いていたせいか、隣の席のアリアが気になったらしく、先生に聞こえぬよう小声で声をかけてきた。

 

「え? あ…えっとこのカードは…その……ひ、拾ったんだ」

 

「へ~、そうなんだ。そういえばお昼休みはどこにいたの? 浅井さんもいなかったみたいだけど」

 

「え…それはその…―」

 

「そこ、何喋ってるの?」

 

俺達のボソボソ話が聞こえてしまったのか、今の授業担当の響先生に注意されてしまった。

 

「な、なんでもないです…」

 

「ちゃんと集中しなさい。それと、後ろで寝ている浅井さんも起こしてあげて」

 

「え? あ、はい」

 

先生に言われて初めて気がついたが、浅井の奴は俺の後ろの席で腕を組んだ姿勢のまま寝息をたてて寝ていた。

 

「おい、起きろよ」

 

浅井の腕を掴み、体を揺らす…が、その瞬間。

 

「…!」カッ

 

「え…? お、おい…―!」

 

俺が浅井の体に触れた瞬間、浅井はカッと目を覚ましたかと思うとそのまま俺の腕を掴み、そのまま羽交い絞めの姿勢をとって俺の動きを封じた。

 

「いててててて! お、おい浅井! やめろ! 俺だ俺!」

 

「浅井さん! それ以上いけない!」

 

「む…?」

 

アリアの言葉を聞いてようやく我に返ったらしく、すぐに浅井は力を緩めた。

 

「す、すまない! つい癖で…で、なんだ?」

 

「なんだじゃねぇよ…今授業中だぞ」

 

俺は捻られた腕を摩り、浅井は今の状況を寝ぼけた頭で理解する。

 

「すまない…」

 

「あとよだれ垂れてるぞ」

 

「あっ…」

 

慌てて袖でよだれを拭いて顔を赤らめる浅井を見て、教室全体が笑いで満たされた。

響先生はその光景をやれやれといった表情で教卓から見ていた。

 

「ほら皆、静かにしなさい。授業を再開します」

 

………

……

 

そんなこんなで今日一日の授業はなんとか終わった。

あの後警察の事情聴取やら消防の対応やらで学校の職員はいろいろ大変だったみたいだが、相変わらず俺達はそれらを無視して帰り仕度を進めていた。

しかし…少なからずその原因が自分だということを考えると、なんだか少し申し訳ないという気分にもなった。

 

「おい」

 

これ以上面倒事に巻き込まれる前にさっさと家に帰ってしまおうと若干急いで帰り支度をするが…後ろから浅井に呼び止められる。

 

「…何だ?」

 

「帰り道にまた刺客に襲われないとも限らない、私と一緒に帰れ」

 

ときたもんだ…。

いやまぁ、そりゃ俺の命を守って(いや…狙ってるのか?)くれるのはありがたいが、それだと俺の気持ちが全く休まらないんだけど…。

 

「帰りだけではない、これからは毎朝私が君の家に出向いてやる」

 

「いや、なにもそこまでしなくても…」

 

「何だ? 私と一緒にいるのが嫌だとでも言うのか君は?」

 

と、また鋭い眼光を向けられるもんだから俺は思わず黙ってしまう…。

これは…逆らったらここで殺されてしまうような気がした。

 

「あ、あの~…」

 

と、そんな俺達の会話を聞いていたのか、アリアが会話に割って入ってきた。

 

「あ、アリア…! どこから話聞いてた!?」

 

「え? どこって…浅井さんの『帰りだけじゃない』ってところからだけど?」

 

よかった…間違っても最初の『襲ってこないとも限らない』のとこからじゃなくて本当に良かった…。

 

「それよりも遊煌君、ズルいよ! この前私と一緒にまた学校行ったり帰ったりしようねって約束したのに…忘れてたの!?」

 

「い、いやそうじゃないよ…もちろん忘れてたわけじゃないけどさ…ここんところアリアは学校休みがちだったからなかなか一緒に行ける機会が無かったからさぁ」

 

「そ、それはそうだけど…でも私の方が先に約束してたんだから遊煌君は私と一緒に行こうよ!」

 

ときたもんだ。

いや…そりゃアリアとの約束も大事だが、今はそれ以上に俺自身のことや、周りのことが大切だ。俺と一緒にいたりなんかしたら、今度はアリアまで巻き込んでしまうかもしれないし…。

 

「ふむ…ではこうしよう。天領遊煌は私と彼女の三人で登下校を共にするというのは」

 

「え“っ!?」

 

「…まぁ、私はそれでも構わないけど。別に二人だけでって約束したわけじゃないし」

 

「え“ぇっ!?」

 

以外過ぎる浅井の意見とあっさりしたアリアの意見。俺は浅井に小声で聞いた。

 

「お、おい…そんなこと言って…もし俺と一緒にいるときに今日みたいに襲われて、アリアまで巻き込んだらどうするんだ…?」

 

「君は男だろう。男だったら彼女を守ってやればいいじゃないか」

 

簡単に言うけど…生憎こちとら貴女みたいに戦闘の訓練とか受けてるわけではないんですよ。

でも…浅井の言うことも一理ある。また今日みたいに浅井が俺を守り続けているというわけにもいかないだろうし、俺自身も強くならないと。

 

「はぁ…わかったよ。じゃあこれからは三人で一緒に登校して、一緒に下校しよう」

 

「そうこなくっちゃね♪」

 

その途端、アリアの表情がパァっと明るくなった。全く、現金な奴だな。

というわけで俺達三人はこれからの登下校は共にすることとなった。

 

………

……

 

「じゃ、また明日な」

 

そんなわけで浅井とアリアの二人と下校を共にした俺は、俺の家の前まで来た。浅井も襲撃を考えて一応の警戒はしていたようだったが、まさか1日にそう何度も襲撃に逢うわけもなく、それは杞憂に終わったようだ。

 

「あぁ。明日は何時に来ればいい?」

 

「本当に来るのか…? なら7時45分っていったところだな、その時間に来てくれ」

 

「7時45分だな、わかった」

 

「私もその時間に来るから。バイバイ、遊煌君」

 

「おう、また明日な」

 

二人に手を降り、俺は家の中に入った。

 

 

 

「私達も早く帰るとしよう。学生がいつまでも外に出ているわけにはいかないからな」

 

「…ねぇ、浅井さん」

 

遊煌の家から再び歩き出すと、アリアは不意に浅井に質問を投げかける。

 

「ん?」

 

「浅井さんは…遊煌君と知り合いなの? お昼休みも一緒にどこかに行ってたみたいだし、一緒に帰ろうなんて言うしさ」

 

「…いや? 昼休みは私は一人で昼食をとった。あの男は何も関係ない。それに下校に誘ったのも、席が近い者同士だから親睦を深めるために行ったに過ぎない。それがどうかしたのか?」

 

「…んーん、なんでもない。じゃあ私の家、こっちの方向だからバイバイ、浅井さん」

 

「ん、ではまた明日」

 

T字路でアリアは浅井とは違う方向に走って行き、浅井は反対の方向へと歩き始める。

 

(一瞬、あの娘から感じたこの違和感は何だ…あの娘も、ただの人間ではないということなのか…?)

 

振り返って見るが、そこにはもうアリアの姿はなかった。

 

(私の気にしすぎ…ならば良いのだがな)

 

………

……

 

「D.D.アサイラントが学校に来ただと!?」

 

夕食時、食卓を囲んでいるみんなに俺は今日あったことを話した。

 

「それで刺客に襲われたって…主様は大丈夫なんですの!?」

 

「あぁ、浅井が俺の代わりにデュエルしてくれたからな、俺は見ての通りさ」

 

「よかったですわぁ…」

 

アサイラントが学校に来たということに皆は少し動揺しているようだったが、今のところは何もないとわかると少し安心したようだった。

 

「しかし気になるのはアサイラントです。マスター殿、今は大丈夫だと仰いましたが、今後アサイラントにまた命を狙われると言う事態は無いと言いきれますか?」

 

「はっきりとは言えないけど…あいつも俺が正気を保っている今の間は手を出すつもりはないらしい」

 

「そうですか…」

 

それを聞いてキリアは少し安心した様子だった。

 

「ってなると…問題は覇王のことよ。アンタ、覇王と決着付けるって言っちゃったんでしょ? どうやって始末つけるつもり?」

 

「それは…」

 

あの時はつい勢いで言ってしまったが、実は覇王と決着をつける手段なんて考えちゃいなかった。

そもそも覇王の意識は俺の意識と同化し、しかも今は覇王の意識のみが休眠の状態だ。起こしかただってわからないし、もし無理に起こそうものなら…その瞬間に俺の身体が乗っ取られてしまうかもしれない。

どうすれば…。

 

「これは…一度わたくし達の世界に…デュエルモンスターズ界に行った方がよろしいかもしれませんわね」

 

ウェムコが呟く。

 

「デュエルモンスターズ界に? 俺がか?」

 

「えぇ、そこのラメイソンと呼ばれる土地に大きな魔導書院があります。そこにはデュエルモンスターズ界のあらゆる事情が記録されていますから、そこに行けば覇王のことについても何かわかるのではないでしょうか?」

 

魔導書院…ラメイソン…聞いたことがある名だった。確かデュエルモンスターズのカードでも、『魔導書院ラメイソン』というフィールド魔法があった。あのカードのイラストを見る限りかなり広大な書院らしいし、他に方法が無い今、どうやら俺が頼れるのはその魔導書院だけのようだ。

 

「ウェムコはラメイソンと何か関係があるのか?」

 

「はい。実はわたくし、この世界に召喚される前はそのラメイソンにおいて祀られていた神具の中で眠ってたんです。そこで、有事の際には度々そこの召喚魔導士によって呼び出されてたんですよ」

 

「へ~、そうだったのか。で、その魔導書院に行けば俺の中の覇王もどうにかなるのか?」

 

「それは正直わかりかねますが…ラメイソンには魔導書の他にも様々な能力を持った魔導士達がたくさんいます。きっと主様に良い知恵を貸してくれると思いますよ」

 

う~ん…このままにしていても解決策が見つかるわけでもないし、ここは一つその魔導書院とやらをあてにしてみるのも悪くはない。

 

「よしわかった、行こう。あ…でもどうやって行くんだ?」

 

「わたくし達には自分の力で次元を超えて世界を飛ぶ能力は持ち合わせていませんので…ここは一つ、アサイラントさんを頼ってみてはいかがでしょう?」

 

「浅井を?」

 

確かに…浅井はこの前俺を襲った時にも、自分からこの世界に来たようだったし、帰る時にも次元の裂け目を発生させ、その中に入って元の世界に帰っていった。

俺の命を狙っているといっても、覇王をどうにかできる可能性があるとするならあいつだって協力を惜しまない筈だ。よし、明日話を聞いてみよう。

 

「わかった、明日あいつに話を聞いてみるよ」

 

今日の様子からして、浅井自身は俺のことをそんなに悪くは思っていない筈だから、きっと強力してくれる筈だ。

 

「うぅ…ん…」

 

俺の隣で話を聞いていたルインが、突然頭を抱えてうなり声を上げた。

 

「どうしたルイン? 具合でも悪いのか?」

 

「いや…なんだか目眩がしてな…すまないが私は先に休ませてもらってもいいか?」

 

「あぁ…わかった。お大事にな」

 

もしかしたら、昨日に今日と立て続けに俺の身に危ないことが起こったからルインも疲れてしまったのかもしれない。というわけでルインは他のみんなよりも早め休みをとった。

 

「お姉さま! 私が添い寝を…むぐっ!?」

 

「今は自重しといてくれ」

 

良からぬ事を考えていたフレイヤの口を塞いで動きを静止させた。

 

………

……

 

「ルインの奴、もう寝たかな?」

 

自室に戻り、漫画を読みながらフレイヤが風呂から出るのを待っていると、ふと先ほどのルインのことが気になった。

不安だ…なんだこの言いようのない不安感は? その感覚に耐えられなくなった俺は、思わずデッキを手に取り、その中に入っているルインのカードをなんとなく眺めてみる。

特に変わった様子はない…なんでもない普通のカードのようだが…。

 

ユラリッ…

 

「…?」

 

一瞬、カードイラストに描かれているルインの背後の影…その影が少し揺らめいた気がしたんが…。

 

「……気のせいか」

 

半ば無理やり気のせいにして、俺はルインのカードをデッキの中にしまった。

 

………

……

 

「はぁ…はぁ…くっ…!」

 

明かりも付けずに、ルインは胸のあたりを苦しそうに押さえ、ベッドのに腰かけ、荒い呼吸をあげていた。

 

「デュエルモンスターズ界に戻る…そう聞いて喜んでいるというのか…!」

 

胸を押さえつける手に力が一層入る。

やがて、苦しみは段々と薄くなっていき、やがて胸の疼きは消えた。ルインは大きく深呼吸をすると、ベッドに倒れこんだ。

 

「この嫌な感覚…久しく感じていなかったというのに……私の中の“奴”もまた…」

 

半ば自分自身に問いかけるように、ルインは荒い呼吸のまま呟いた。

 

「させるものか…たとえ元の世界に戻ったとしても、“奴”だけは私が生きている限り絶対に世に出ることはできない。これ以上…主の身を危険に曝すことはさせない…!」

 

 

 

 

 

~おまけ~

 

遊煌「今日の最強カードは?」

 

 

 

 

 

『カオス・ソルジャー ―開闢の使者―』

☆8 光 戦士族 ATK/3000 DEF/2500

このカードは通常召喚できない。自分の墓地の光属性と闇属性のモンスターを1体ずつゲームから除外した場合に特殊召喚できる。1ターンに1度、以下の効果から1つを選択して発動できる。

●フィールド上のモンスター1体を選択してゲームから除外する。

この効果を発動するターン、このカードは攻撃できない。

●このカードの攻撃によって相手モンスターを破壊した場合、

もう1度だけ続けて攻撃できる。

 

 

 

 

遊煌「儀式モンスターの『カオス・ソルジャー』のリメイクカードだ。戦士族の最上級モンスターだが、召喚条件がかなり緩いため、様々なデッキで活躍するパワーカードだ」

 

浅井「その緩すぎる召喚条件、強力な二つの効果、高攻撃力のため、長い間禁止カードに指定されていたが、今では制限カードに復帰した」

 

遊煌「そういや精霊世界でも禁止・制限カードってこの世界と同じなのか?」

 

浅井「…その強力なステータスのため、登場当初から復帰した現在にかけて、かなり多種多様なデッキに投入されている」

 

遊煌「あ、スルーしやがった…」

 

浅井「昔は闇属性と光属性の強力な下級モンスターを入れたカオスビートに入っていたが、今では主にカオスドラゴンデッキのパワーカードとして使われている」

 

遊煌「あとは闇属性主軸の『甲虫装機』や『BF』、光属性主軸の『ライトロード』や『代行天使』に投入されていたりと、活躍できる場が多いな」

 

浅井「この他にもメインデッキに投入できる高打点戦士族、かつ腐りにくいということで『ユーフォロイド・ファイター』のデッキに投入してみるのも面白い」

 

遊煌「弱点は言うとするなら…サーチ手段が少ないってことだな。本家『カオス・ソルジャー』は『センジュ・ゴッド』や『マンジュ・ゴッド』で、相方の『混沌帝龍 ―終焉の使者―』は『エクリプス・ワイバーン』でサーチできるが、こいつだけはこれといったサーチ手段が少ない」

 

浅井「まぁこのステータスでサーチ効果まであったらまた禁止に逆戻りだがな。さて効果の方だが、一方はモンスターを一方的に除外できる『カオス・ソーサラー』のような効果を持っている。『カオス・ソーサラー』と違って裏側モンスターも除外できるので、他のモンスターの攻撃をアシストすることができる」

 

遊煌「もう一方の効果は……あれ? どっかで見たことがあるような…?」

 

ルイン「おいこら! こんなカードを使われてしまったら…ますます私の立場がないではないか!」

 

浅井「賑やかなのが来てしまったな…では諸君、今日はここまでにしよう。さらばだ」

 

ルイン「私を無視するなー!!」




敵の力を取り入れてパワーアップするっていうのは、よくある展開ですよね。
遊戯王ではバトルシティ編での城之内とか、BLOO-Dを手に入れたエドとか、リミテッド・バリアンズフォースとホープレイVを手にした遊馬とか。
それに習ったというわけではないんですが、今回で遊煌もデッキ強化をするためのカードを手にしました。
それをどのように使っていくのか…今後をお楽しみに。

次回は残念ながらデュエルはしません。
しかし、ルインの過去が明らかになる重要な回となりますので、お楽しみに!


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第27話:「女神の過去・前編」

気分が優れないでいるルイン。
そんなルインを心配した遊煌は、夜彼女の部屋に訪ねてルインの過去と何か関係があるのではないかと尋ねる。
ルインはそんな自分の過去を遊煌に映像として見せる…。


「じゃーねー! 遊煌君♪」

 

「また明日の朝来るぞ」

 

「あぁ、じゃあまた明日な」

 

あれから3日ほど経った。

あれ以来俺は浅井とアリアの3人と毎日学校に登校したり、下校したりしている。アリアの身体の調子もすっかり元に戻ったみたいで、浅井の方も徐々に学校の方にも慣れてきていた。

平和な毎日だったのだが、俺には一つ気がかりなことがあった。

3日前に体調が優れないようだったルインの様子が、3日経っても良くなっていない。本人はなんでもないと言っているのだが、日々の家事を手伝ってもらっている時にも、体調が悪いということは明らかだった。

いつだったか風邪をひいたときのように何か病気にでもかかっているんじゃないかと思い、ルインに医者に行くことを勧めたのだが、本人は断固として「大丈夫だ」と言い張っていた。

 

「ルインのやつ…どうしちまったんだろうなぁ…」

 

 

 

 

 

―――――第27話:「女神の過去・前編」―――――

 

 

 

 

夜、机に向かって宿題をしていた俺だったが、ルインのことが気がかりでまったくはかどらない。やはり今日も体調がすぐれてない様子だったし、本格的に心配になってきた…どうしたもんかなぁ。

 

「…お姉さまのこと、心配なの?」

 

ベッドに座って(俺の)漫画を読んでいるフレイヤがそんな俺の様子を感じてか、ふと呟いた。

 

「そりゃ心配さ、俺はルインの主なわけだし…」

 

「ふん、お姉さまのことをよく知りもしないくせに、よく主だなんて言えるものね」

 

この一言で俺はちょっとムッときたが…考えてみれば確かに俺はルインのことを何も知らない…。

そういえば前にルインが、自分はとある罪によってカードに魂を封印されていたと言っていたが…。

 

「…なら、教えてくれよ」

 

「何を?」

 

「ルインの…俺と会う前のことを」

 

フレイヤは読んでいた漫画を閉じると、急に真剣な顔になって俺の方に目線を合わせる。

 

「そういうのは私じゃなくて、本人に直接聞いてきなさいよ。ほら」

 

そう言ってフレイヤはドアの方を指さした。

今から直接ルインの部屋に出向いて話を聞いてこい…ということらしい。

 

「い、今からか!?」

 

「他にいつ聞くっていうの? 今でしょ!」

 

「で、でもルインもう寝ちまってるかもしれないし…」

 

「馬鹿ねぇ、起きてたらに決まってるじゃない。…言っとくけど…二人きりになったからってお姉さまに何かしたら…ただじゃ済まさないわよ」

 

と、フレイヤは脅すような鋭い眼光を俺に向けた。

 

「は、はい…」

 

半ばフレイヤから逃げるようにして、俺は自分の部屋を出てルインの部屋に向かった。

 

………

……

 

というわけで俺は今ルインの部屋の前に立っている。

勢いで来てしまったが…冷静に考えてみたら夜に女の部屋に男が入るっていうのは…ちょっと不味いんじゃないかなぁ。

でもここまで来ちゃったし…話を聞くだけだからそんなに緊張する必要はないと思うけど。

俺は意を決してドアをノックしてみることにした。

 

コンコンッ

 

「ルイン、まだ起きてるか?」

 

「主か?」

 

ノックをし、中からの返事を待つと、一瞬間をおいてドア越しにルインの声が聞こえてきた。どうやらまだ起きているみたいだ。

 

「ちょっと話があるんだけどさ…」

 

「わかった、入って来てくれ」

 

ドアを開けると、ルインはベッドの上に腰かけていた。

ルインの部屋にこうして入るのは、実は初めてだったりする。この部屋は元は俺の母親の部屋だったから、長い間空き部屋になっていた。そこにちょこっとした家具なんかを置いて、ルインが生活できるようにした。

部屋の中はベッドと、洋服箪笥と、本人の希望で小さなテレビが一つだけ。普通の部屋ではあるが、そこはやはり女神が住んでいるせいか…久しくこの部屋を見てないだけなのに何故か新鮮な感じがした。

 

「具合はどうだ?」

 

「今は何ともない、大丈夫だ」

 

「そうか…」

 

夜の部屋に男女が二人きり…フレイヤにはああ言われたが、やはりこうやってあらたまって顔を合わせるとなると少し緊張してしまうな…。

 

「それで…主、話とはなんだ?」

 

「あ、あぁ…あのな」

 

ぼーっとしていたせいで危うく当初の目的を忘れるところだった。

 

「お前が…俺と会う前のことについてちょっと聞きたいんだけど…」

 

「というと?」

 

「その…前にお前言ってたじゃんか。自分はある罪によって封印された存在だって…。俺、考えてみたらルインのこと何も知らないからさ…お前の主として、そういうのを知っておいた方がいいんじゃないかと思って…」

 

「…」

 

そう言うと、急にルインは黙り込んでしまった。そういえば、その時にルインはダルキリアに「過去のことは忘れた」と言っていたのを思い出した。

封印されていたってことは本人にとって辛い過去だったのかもしれないし、やっぱり無暗に過去の詮索なんてしない方がよかったか…。

 

「その…嫌ならいいんだ、無理に話そうとしなくても! ごめんな変なこと言って、じゃ」

 

「ま、待ってくれ!」

 

踵を返して部屋を出ようとした俺を、ルインが呼び止める。

 

「…わかった、主には知っておいてもらいたい。だから…聞いてくれ。私と…デミスのことを」

 

そう言うとルインはベッドから立ちあがり、杖を手に取ると呪文を唱える。

 

「何をしてるんだ?」

 

「話すには少々難しい話となる、直接見てもらった方がわかりやすい」

 

やがて俺とルインを中心に囲むようにして魔法陣ができあがった。

 

「見るって…どうやって?」

 

「意識共有の魔法だ。この魔法陣の中で私と主の意識を共有させ、私の過去の記憶を主にも見させるというものだ」

 

へぇ、カードの精霊、それも女神ともいえる存在になるとそういう魔法も使うことができるのか。

 

「なるほど。で、俺はなにをすりゃいいんだ?」

 

「何も。ただ私と手を合わせて、額を合わせればいい」

 

「あ…そ、そう…手と…おでこを…ね」

 

「どうかしたのか主?」

 

「いや…なんでもない」

 

そ、そうか…互いの手とおでこを…。

だ、だけどそれだけだ。別にそれ以上のことをしようってわけじゃないんだし、ここは落ち着いてルインの指示通りにしよう。

 

「では…いくぞ」

 

「あぁ…」

 

俺とルインは魔法陣の中央に座ると、互いに手を取り合い、静かに顔を近づける。

ルインの顔が近付くにつれ、俺の顔が赤くなってくるのがわかる。耐えきれず、目をぎゅっと瞑る。それと同時に俺の額に触れる温かい感触…。そして顔のすぐ近くでルインの吐息が感じられる…。

 

「心を落ち着かせて、そのまま空っぽの状態にしてくれ」

 

「あぁ…」

 

言われるがまま、必死で自分の気持ちを落ち着かせる。するとまたルインが呪文を唱え始め、俺達を囲む魔法陣の光が一層輝きを増す。

 

瞬間、意識が遠くなったかと思うと、そのまま俺はどこかに落ちていくかのような感覚に陥った…―。

 

………

……

 

『…ここは?』

 

気がつくと、俺は見知らぬ場所に立っていた。どこかはわからないが…辺りの神聖な雰囲気的に神殿のような場所だとわかった。

 

『デュエルモンスターズ界の天上世界、通称天界だ。私の記憶の中のな。天使や女神、それに神聖な力を身につけた者たち住む世界だ。』

 

ふと隣を見ると、いつのまにかルインがそこに立っていた。

 

『ここがルインの暮らしていた世界か…ってか、なんか俺達身体が半透明なんだけど…』

 

隣に立つルインの姿を見て、今の俺達の身体がまるで幽霊のように半透明になっているということに気がついた。

 

『この記憶の世界での私達は言わば幻のような存在だ。したがってこの世界の者達には私達の姿が見えなければ声も聞こえない。逆に私達もこの世界の物事に干渉することはできない』

 

『なるほど…ん? 誰か来たぞ』

 

神殿の奥から中に入ってきたのは…ルインだった。今のルインとは少し雰囲気が違い、毅然として、少し近寄りがたい物々しい感じだ。そう…ちょうど俺と出会ったばかりのころのルインに似ている。

 

「お呼びでしょうか、シナト様」

 

ルイン(記憶)の見る方には、六枚の翼を纏った神々しいオーラを放つ大天使、天界王シナトがいた。シナトの前でルインは跪き、シナトの言葉に耳を傾ける。

 

「地上の義勇軍に援護が必要との知らせがありました。すみませんが部隊を率いてそちらに向かってはくれませんか?」

 

「わかりました。準備が整い次第、出撃致します」

 

「貴女には迷惑をかけます…しかし、魔族との戦争が終わればきっと平和な世界になります。それまでは辛抱してください」

 

「私などのためにもったいなきお言葉です…シナト様。私めはいつでも、この命を天界のために捧げる覚悟です」

 

そう言ってルインは立ちあがり、シナトの元を後にした。

 

『戦争…? 今は戦争中なのか?』

 

『あぁ、悪魔族を中心とする魔族軍が突如地上界に侵攻し始めてな、地上では戦士族を中心とした義勇軍が戦っているのだが、それだけでは足りず、私達天界の者達も義勇軍を援護しているという状況だ』

 

なるほど、それでルインは天界側の軍のお偉いさんってことか…。

いつもは家でテレビ見てたり、ご飯作ったり、酒癖が悪かったりしてるルインだが、彼女のこういうキリッとした姿を見るのは…やっぱり新鮮だ。

 

「姉上!」

 

と、神殿から出たルインを何者かが呼び止めた。髪は黒く、青い衣服を纏った、ルインとどこか顔つきの似た青年だった。

 

「また…戦場に行かれるのですか?」

 

「あぁ…」

 

「僕は…僕は心配です! 姉上にもしものことがあったら…」

 

「ドルフよ、気持ちは嬉しいがこれは私に課せられた使命なのだ。お前も破滅の女神たる私の弟なら、その気持ちを察してくれ」

 

「はい…」

 

え…? 今ルインはなんて言った…?

弟…? あの青年のことを…今弟と言ったのか…?

 

『あれこそが…天界において書士を行っていた、私のたった一人の弟…ドルフだ』

 

あまりにも衝撃的な告白に、俺はしばらく開いた口が塞がらなかった。

いや、カードの精霊…っていうか、女神だからって家族がいないわけじゃないっていうことはわかるんだが…なんというかこう…意外だった。

 

『驚いたか?』

 

『あぁ…正直言うとな』

 

『まぁ確かに、女神に兄弟がいるというのも変な話だな。ドルフは私がこの天界に顕現した時に、その余りある私の力を得て、この世界に生を受けたのだ』

 

『余りある力って…エンド・オブ・ザ・ワールドの? じゃああいつもルイン同様に破滅の力ってやつを受け継いでるのか?』

 

『まぁ…そこら辺はおいおいな。少し早送りするぞ』

 

ルインがそう言うと、俺の目に映る情景がまるで映像の早送りのように次々と場面が変わっていく。

やがて、高い岩だらけの山がそびえる不毛の大地の場面で早送りは止まる。そこには、ルイン率いる天界軍と、主に人間の戦士族を主軸とした義勇軍が集まっている。

 

「これからしばらく世話になるぞ、フリード将軍」

 

「いやはや、破滅の女神様が来ていただけるとは心強い」

 

フリードと呼ばれた初老の人物はルインと握手をした。このフリードという人物…俺は知っている。『無敗将軍フリード』…それがカードでのフリードの名だ。どうやらカード同様に将軍という立ち位置にいるらしい。

 

「それで、魔族軍の様子は?」

 

「この山を越えたところでキャンプをはっています。おそらくは、この山の中を抜けてわが軍に攻め入るチャンスを伺っているのでしょう」

 

目の前には岩だらけの大きな山がそびえている。そこには洞窟があり、見張りが二人ほどついている。どうやらあの洞窟がこの山を抜ける唯一の通路らしい。

 

「山を直接降りて来るという可能性は?」

 

「それは無いでしょうな。山肌は脆く崩れやすくなっているため登り降りは不可能。また、空を飛んでこようものなら我が軍自慢の投石部隊の餌食です」

 

と、フリードは部隊の後方に控えているいくつもの投石機を指さした。

 

「連中もそこまで馬鹿ではない…か」

 

「この山はその昔、炭鉱だったらしく中は複雑に入り組んだ通路で迷路のようになっている。現在洞窟内を探索する調査隊を組織中だが…奴らよりも早くこの山を攻略し撃退せねば…」

 

「ならばフリード将軍、私も調査に協力させてはいただけないだろうか?」

 

「女神様が直接!? しかし…」

 

「私が言った方が兵士達の士気も上がる。それにこちらからも優秀な部下を一人連れて行く。キリア」

 

「はい、女神様」

 

ルインに名前を呼ばれると、天界軍の中からキリアが出てきた。ルインは昔からキリアと友人だったと話していたが、戦場においてもそれは変わらない様子だった。

 

「良い目をしている…なるほど、優秀な部下をお持ちのようだ」

 

「お褒めにあずかり光栄です、フリード将軍」

 

「それでは私の方からも優秀な部下を連れて行きましょう。おい、グレファーにウエスト」

 

フリードが自分の部隊の方を向き、誰かを呼ぶ。

 

「ちょ、ちょっとどこ触ってんのよこの変態!」

 

「固い事言うなって、俺とお前の中じゃな…うほっ! いい女♪」

 

フリードに呼ばれて出てきたのは、グレファーという名の筋骨隆々の男と、ウエストという名のへそや太股の露出した服装の帽子を被った金髪の女性だった。

あれは…『戦士ダイ・グレファー』に『荒野の女戦士』か?

 

「そなた達がついて来てくれるのか?」

 

「おう! 俺の名はダイ・グレファー、人は俺を『ドラゴン使いのグレファー』と呼ぶ!」

 

と、グレファーはルインの前でキラリと白い歯を見せながら意気揚々と自己紹介をする。

 

「な~にがドラゴン使いよ、低級ドラゴンしか扱えないくせに。それに、アンタについたあだ名は『大変態グレファー』でしょうが」

 

「ハッハッハッ! ハニーよ、女神様が美人だからって嫉妬はいけないなぁ。紹介しよう、彼女は俺のハニーの…ぐふぉっ!?」

 

「誰がアンタのハニーだこの変態! 私の名はウエストっていいます。よろしくお願いしますね、女神様」

 

と、グレファーを蹴り飛ばし、ウエストという名の女戦士はルインの前で自己紹介をした。

 

「あの…女神殿、申し上げにくいのですが…この者達で大丈夫なのでしょうか? 特にあの男…」

 

と、キリアは不安そうにルインに耳打ちをした。まぁ今のやりとりを見ると、その不安はわかる気がする。ウエストはともかく、グレファーは大がつくほどの変態で女たらしらしい。

 

「ハハッ、心配はいりませぬよヴァルキリア殿。グレファーはちょっとユーモアがありますが剣の腕は確かです。それにウエストの方も、『荒野の女戦士』の異名が付くほど荒れ地での戦闘に長けています」

 

「キリア、聞いた通りだ。フリード将軍の言うとおり彼らは優秀な戦士だ、心配はいらない」

 

「まぁ…フリード殿と女神殿がそう仰るのでしたら…」

 

「では私にキリア、グレファー、ウエストの四人で小隊を組んで早速この洞窟の中を調査しよう。残りの者はここで義勇軍と共に戦いに備えよ」

 

ルインが天界軍の兵達に指示を出すと、兵達は短く返事をしてルイン達を見送った。

 

………

……

 

「…暗いな」

 

洞窟の中は空気が湿っぽくひんやりとし、入口から少し進んだだけで光が届かなくなり、真っ暗になった。

 

「お任せ下さい、≪闇をかき消す光≫!」

 

キリアが人差し指を翳すと、そこに光が灯り、真っ暗だった洞窟内が明るく照らされる。

俺達もその後を追ってどんどん洞窟の奥へと歩を進めていく。中は話していた通り炭鉱らしく、あちこちに朽ちた掘削道具やらレールから外れたトロッコやらがそのまま放置されていた。

 

「既に魔族軍も我らと同じくこの洞窟内を調査しているかもしれない。皆、心して進もう」

 

どんどん洞窟の奥へと進んでいく。が、なにやらグレファーの様子がおかしい。

 

「(ぐふふ…♪ このどさくさに紛れて…♪) おっと、足が滑ってしまったー」

 

ふにゃん

 

「…っ!?」

 

『あっ! てめぇ!』

 

グレファーが足元の瓦礫に(おそらくわざと)突っかかり、ルインの尻をさりげなく触りやがった!

その光景をしかと見た俺はグレファーに蹴りを入れようとするが…俺の脚はグレファーの体をスッと通り抜けてしまった。

 

『忘れたのか? 私達はこの世界の物事に干渉することはできない』

 

『そ、そうだったな…』

 

グレファーめ…もしデュエルモンスターズ界に行った時に会ったら絶対蹴り入れてやる。

 

「ち ょ っ と グ レ フ ァ ー ?」

 

「グ レ フ ァ ー 殿 ?」

 

ウエストとキリアがグレファーの肩を掴む。

グレファーの肩をミシミシという音がするほどまでの力で掴み、二人とも笑顔なのに目だけは冷ややかで青筋を立てて、そして拳を構えていた。

正直…見てるこっちも怖い。

 

「な…なんだい? ハニーにキリアちゃん…?」

 

「ち ょ っ と こ っ ち に 来 な さ い」

 

「え? ちょっ…あっ…!」

 

ウエストとキリアはグレファーを連れ岩場の陰まで連れていく。直後、グレファーの断末魔の叫びが洞窟内に響き渡ったのは言うまでもない…。

 

………

……

 

「いつつ…ハニーもキリアちゃんもやることがえげつなさすぎるぜ…」

 

グレファーは二人にボコボコにされた自分の顔を摩りながら呟いた。

 

「あんたの自業自得でしょうが! こんなときまでなにやってんのよ!」

 

「今は任務中ですので、そういう軽はずみな行動は控えていただかないと」

 

と、ウエストとキリアは厳しい言葉をグレファーに送った。

 

「ふふっ、しかし真面目なキリアはともかく、そなたたち二人は本当に仲が良いのだな」

 

背後のグレファー達の会話を聞いて、ルインはウエストとグレファーにそんな言葉を贈った。

 

「はぁ!? ちょっ、ちょっと止めて下さい女神様! 私は別にそんな…」

 

「おや、違うのか? 私はてっきり」

 

「はっはっはっ、ハニーは自分に素直になれないからな。本当は照れて…ぐはっ!」

 

「あんたは黙ってなさい! なんで私がこんな変態の事を…」

 

ウエストがぶつぶつ言いながらも、洞窟内の探索はかなり進んできた。

 

『なぁ…今更だけどこんな記憶俺に見せてどうするんだ?』

 

『今にわかる…もうすぐだ』

 

その時、洞窟の奥から何か物音が聞こえてきた。

誰かの足音と話声…それに、松明の明かりだろうか…洞窟の奥がぼやっと光っている。

 

「皆静かに! 奥から誰か来る…隠れろ! キリア。光を消せ!」

 

「は、はい!」

 

ルインの指示でキリアは光を消し、再び辺りが暗闇に包まれ何も見えなくなる。

先ほどの足音と声はさらに近付き、段々とその音が鮮明に聞こえる距離まで近づいてくる。

息を殺して隠れるルイン達だが、俺達はこの世界では誰の目にも映らないので、身を乗り出して洞窟の奥から歩いてくる人物を見る。

ぼんやりとした松明の明かりから、まず照らされたのは赤い体色をした一つ目の化け物…おそらく、『レッド・サイクロプス』だろう。それが4体、うなり声をあげながらこちらに歩いてくる。

そしてそのサイクロプスよりもさらに大きな人影が、前衛のサイクロプスの背後から歩いてくる。

 

『あいつは…!』

 

忘れる筈が無い…全身に纏った黒と白の巨大な甲冑。

巨大な斧を手にし、白い髑髏のような顔の悪鬼……。

 

終焉の王、デミスだった。

 

「先ほど声がしたのはこの辺りか…」

 

デミスが先ほどまでルイン達がいた辺りまで来ると、そこで立ち止まり、辺りを見回す。

どうやら先ほどのグレファーの叫び声が聞こえてしまっていたらしい。デミスはサイクロプス達に辺りを散策させる。サイクロプス達は松明を片手にうなり声をあげながら一つ目をぐりぐり動かしながら洞窟内を探し回る。

 

「先ほどから感じるこの感覚は何だ…? 我と同じ力の波動を感じる…」

 

一方のルイン達はというと、岩陰に隠れて必死に息を殺す。

流石に悪魔の相手は手慣れているようだけあって、皆こんな状況であっても一切動じず、いつでも反撃できるように剣の柄に手にかけている。

 

その時、一体のサイクロプスがルイン達の隠れる岩陰に近づいてきた。

サイクロプスのうなり声がすぐそばで感じられるほどの距離…そしてサイクロプスの一つ目が、ぐるりと岩の陰に隠れているルイン達を視界に捉えた…その時だった!

 

ズバッ!

 

サイクロプスがルイン達の存在に気付いたまさにその瞬間、岩陰から躍り出たグレファーとウエスト、二人の剣によってサイクロプスは切り捨てられた。

 

「ここは俺達に任せろー!」

 

「女神様達は早く応援を!」

 

「すまない。行くぞ、キリア!」

 

「はい!」

 

グレファーとウエストの二人が通路の前に立ちはだかり、背後のルイン達は元来た道を戻る。

 

「させぬ」

 

デミスが手を翳し、サイクロプス達に指示を出すと、2体のサイクロプスが助走を付けて走り出し、グレファーとウエストの二人を飛び越えてルインとキリアの前に立ちはだかる。

 

「ほう、これはこれは。泥臭い人間の戦士族に紛れて天界の戦士達までいるとは…」

 

ルインとキリアを見て、デミスが呟いた。

 

「女神様、ここは私にお任せを…」

 

「いや、キリア。どうやら此の者は私が相手をせねばならないようだ」

 

と、ルインはデミスの元に歩み寄ろうとするが、目の前の2体のサイクロプス達がルインに飛びかかる!

 

「邪魔を…するな!」

 

一声上げ、ルインの持つロッドから何か光が放たれ、洞窟内が一瞬明るくなった。その瞬間、2体のサイクロプス達の体が灰となって崩れ落ちた。

 

「ほう…」

 

ルインの力を目の当たりにして、デミスもまたルインの元へと歩み寄る。

 

「すごい、あれが破滅の女神の力…きゃっ!」

 

その光景を見ていたウエストに一瞬の隙ができてしまい、サイクロプスから爪による攻撃を受けてしまった。

しかし次の瞬間、サイクロプスはグレファーの剣によって切り捨てられた。

 

「なにやってんだ、油断してる場合じゃないぞ!」

 

「ご、ごめんなさい…」

 

「…グレファー、キリア。ウエストを連れて洞窟を出ろ」

 

「しかし、女神殿は…!」

 

「私はここであいつの相手をする。私が足止めをしている間に増援を呼んできてくれ」

 

「なら俺もここに残って…―!」

 

「行けと言っている!」

 

自分も残ると言い張るグレファーに対しルインが声を張り上げ、グレファー達に命令する。

 

「わ、わかった…ほら、立てるかハニー?」

 

「あ、ありがとう…女神様、無茶はしないで下さいよ!」

 

そう言ってグレファー、ウエスト、キリアは出口の方へ戻って行った。

 

「そちらも部下を退かせたか」

 

洞窟内に残されたのは、ルインとデミスの二人だけとなった。

 

「どうやら、貴様も我と考えていることは同じようだな」

 

ルインとデミスが静かに対峙する。二人の体からは、共に不思議な青い光が溢れて、まるで共鳴するかのように同じリズムで光が点滅している。

 

「この洞窟に入る前から感じていた…この近くに私と似た力の持ち主がいるということを…そしてその波動はお前から感じる…」

 

と、ルインはデミスを指さしながら言う。どうやらこの二人の体から溢れている青白い光の正体は、二人共通の儀式魔法にして禁術…『エンド・オブ・ザ・ワールド』の力の波動らしい。

 

「何故だ? 何故私と同じ力が、魔族である貴様にも宿っている!」

 

「それはこちらのセリフだ、天界の女神よ。名を聞こうか?」

 

「魔界では礼儀作法も教わらないのか? 淑女に名を問うならまずは自分から名乗るのが筋ではないか? 魔界の悪鬼よ」

 

「フッ…これは失礼した。我が名は終焉の王デミス、≪エンド・オブ・ザ・ワールド≫の使い手だ」

 

「私は破滅の女神ルイン、≪エンド・オブ・ザ・ワールド≫の使い手だ」

 

向き合った姿勢のまま、二人は互いに簡単な自己紹介を述べた。

 

「やはり我と同じ力を…ならば我らがとるべき行動は一つ」

 

そう言うとデミスは手にする巨大な斧をルインに向ける。

 

「そう言うだろうと思っていたよ。私とて、同じ力の持ち主だからと魔族の悪鬼と慣れ合うつもりなど毛頭ない」

 

「エンド・オブ・ザ・ワールドの使い手は二人も必要ない…」

 

ルインも同じくロッドを構え、互いに睨みあいじりじりと距離をとる。

その直後だった。

 

ガキィンッ!

 

目にもとまらぬ速さで二人は一気に距離を縮め、斧とロッドが交錯する。

力勝りで大ぶりなデミスの攻撃に対し、ルインは最小限の動きでそれをかわし、僅かな隙を見つけてデミスに突きを繰り出す。デミスの纏う鎧はなかなかルインの攻撃を寄せ付けないようにも見える。だがしかし、僅かにだが確実に、デミスの動きが段々鈍ってきている。一見力で劣るルインの不利にも思えるが、自身の攻撃をかわされ、少しづつだがダメージを受けるとなると、体力差的にはデミスの方が不利だった。

 

「なかなかやるな…だがこれならどうだ!」

 

武器を使った物理的な戦いにも限界が来たと判断したのか、とうとう痺れを切らしたデミスが魔力による攻撃を放った。放たれた青黒い焔は、ルインの方へと迫る。一方のルインはというと、デミスの斧による攻撃の回避後の隙を狙われてしまい、避けきることができない。

 

「くっ…! ならばっ!」

 

ルインもまた、掌から魔力弾を放ち、デミスの焔に対抗する。放たれた焔と魔力弾はぶつかり合い、洞窟内に閃光と爆音が響き渡った。ルインがこんな戦い方をするなんて…前にデミスが現れた時、デミスはルインに「昔に比べて弱くなった」と言っていた。それはあながち間違いではなかったのかもしれない…。

 

「ほう…では、我もそろそろ本気で応えるとしよう」

 

デミスが手を翳し、呪文を唱えると掌に黒い魔力が増幅し、圧縮されていく。見覚えがある…これはデミスがあの時学校で放った技、≪終焉の嘆き≫だ。

 

「互いに全力をぶつけるということか…いいだろう!」

 

ルインもまた、ロッドを構えて呪文を唱える。何度か聞き覚えのある呪文…これはルインの必殺技、≪エンド・オブ・ハルファス≫だ。デミスの黒い魔力に対し、ルインは光の魔力を増幅させていく。その輝きは光が全く入らない洞窟内をまるで昼間のように照らし、そして同時に壁や天井、地面までも激しく震わせる。

 

『おい…! こんな狭い所であんな技使って…大丈夫なんだろうな…!?』

 

記憶の中の出来事とはいえ、流石の迫力に俺は危機感を覚え、ルインの方を見る。が、ルインはただ無言で、この光景を見ていた。なんだろう…ルインの横顔が、ひどく物悲しく見える…。

 

「はぁあああああっ!!」

 

「くらえぇえええええ!!」

 

呪文の詠唱が終わり、互いに肥大化した魔力を雄叫びをあげながら相手にぶつける。二つの魔力はぶつかり合い、俺達は轟音と共に閃光の中に呑まれた。

 

『うおっ…!』

 

増幅・圧縮された二つの魔力の柵列に寄り、俺達の体は凄まじい爆発の中に曝される。だが、やはり衝撃は感じない。もし俺達の本物の体がここにあったなら、間違いなく巻き添えをくらっていたところだろう。

だが、当のルインとデミスの二人はどうなってしまったのだろうか…。

 

「ハァ…ハァ…」

 

「…ッ…!」

 

爆発による粉塵が止むと、二つの影がぼんやりと見えてくる。どうやら二人とも無事らしい。もちろん、双方共に無傷でというわけにはいかないようだが…。

ルインの方は肩で息をし、唇から血を流し、身体中のあちこちに打撲や切り傷、あるいは火傷の跡のような傷を負い、そこから血が滲んでいる。ロッドを握って魔力を制御していた右手は特に出血が酷い。

一方のデミスはルインほどスタミナが切れているわけではないようだが、身に纏う鎧のあちこちに皹が入り、右の方の角が折れてしまっている。

双方共に深刻なダメージを負っている様子だが、互いに相手がまだ倒れていないということを確認すると、再び斧とロッドを構える。

 

『まだやるのかよ…! …ん? 何だこの音…?』

 

二人が武器を構え、再び攻撃の体制をとったその瞬間、洞窟内に不穏な音が響き渡り、二人のいる洞窟内のあちこちがひび割れていく。

 

「これは…!」

 

「しまっ…―!」

 

デミスのあげた声と共に、二人のいる場所の地面が砕けて割れ、二人は叫び声をあげながら地下の奈落へと吸い込まれていった…。

 

………

……

 

「うっ……ここは…?」

 

俺達の見るルインの記憶が一瞬途切れ、今度は全く違う情景が浮かびあがった。おそらく、この記憶の無い区間はルインが気絶していたためなのだろう。俺達の姿は今、瓦礫の中から目を覚ましたルインの傍に立っていた。

ただでさえ怪我だらけなのに、上を見ると崩れた場所から10メートルはあるところから落とされていた。ルインの右手は力なくだらんと垂れさがり、出血も先ほどよりもかなり酷くなっているようだ。そんな痛む右手を左手で支えながら、ルインは片足を引きずって立ちあがった。

そして、その視線の先には力なく地面によこたわるデミスの姿が…。

それを見ると、ルインは一歩一歩デミスの元に歩み寄る…その時だった。

 

「…動くな」

 

不意に横たわっていたデミスが声をあげ、その右手に持つ斧の先をルインに向ける。

なんてこった…ルインはこんな状態で、しかも武器も失くしてしまった様子なのにデミスの方はまだ動ける余裕があり、なお且つ武器もある。

どちらがこの状況で有利かは…明らかだった。

デミスは斧を持ったままルインの方に歩み寄り、ルインを壁際まで追い込む。

 

「くっ…殺せ」

 

「…」

 

ルインが覚悟を決めた表情で小さく呟いた。が、デミスはそんなルインの姿をじっと見つめたまま動こうとはしない。

 

「何故殺さない!?」

 

「…お前が逆の立場だったらどうする?」

 

「決まっている…とっくに殺しているさ!」

 

「…どうかな」

 

デミスのその言葉を皮切りに、二人の間に沈黙が流れる。

互いに何を考えているのか…俺にはなんとなくわかる。ルインはデミスが何故自分を殺さないのかを考え、デミスはそんなルインを見て殺すべきか否かを考えている…そんなところだろう。

五分程互いに無言だったが、この静寂を破ったのはルインだった。

 

「…武器の無い相手は殺せないというのか? 私がお前の立場だったら容赦はしない!」

 

尚も強気な姿勢を崩すことのないルインに対して、デミスは周囲を見回す。

 

「完全に閉じ込められたな…互いに魔力は残り少ない。怪我もしている。お前には武器が無いが我にはある。それでも続けるのか?」

 

「我々は同じ力を持つ者同士として、必ず決着をつけなくてはならない! 今の貴様には…それができる筈だ!」

 

「…」

 

デミスはまた無言になり、何か考えるかのような素振りを見せる。

と次の瞬間、何をするのかと思いきや、デミスは自分の握る斧をルインに軽く放る。ルインはその斧を左手でキャッチした。

 

「…?」

 

わけがわからないという表情のルインをよそに、デミスが口を開く。

 

「さぁ逆の立場になったぞ。お前ならどうする?」

 

「…ど、どういうつもりだ!?」

 

あまりにも予想外なデミスの行動に、俺もルインも思わず動揺してしまう。

 

「貴様の望み通りになったのだから、それで我をさっさと殺したらどうだ?」

 

「…っ…馬鹿な…!」

 

苦虫を噛み潰したような表情をし、ルインはデミスの斧を地面に突き立て、膝を折った。

天界に仕える女神として、その使命を果たさなくてはならないという葛藤が胸中にあるのだろうが…それにしてもこのような一方的な状況は、ルイン自身も納得できていない筈だ。

 

「天界に仕える女神としてのプライドが許さないか?」

 

「…」

 

「俺はここから抜けだそうと思う。殺したければ殺せ。ただし一人で出口を探すよりも、二人で探したほうが賢明だと思うがな」

 

そう言ってデミスは斧を握って茫然とするルインをよそに、自分達が今いる空間をいろいろと調べ始める。

 

『…』

 

『どうした? 主』

 

『いや…なんかデジャヴでな』

 

自然と俺は、この状況のルインとデミスを、あの時の俺と浅井の状況に見立てていた。

 

「…いつまでそうやっているつもりだ? 手伝うのか殺すのか、はっきり決めたらどうだ」

 

尚も斧を握ったままそこから動こうとはしないルインに対し、デミスは崩れた岩壁に手をかけて登り降りをし、その場所の強度を確かめながら聞いた。

 

「あくまで敵と割り振るつもりなのであればそれもまた良し、だが敵と共にこんな場所で朽ち果てるのは、貴様とて本望ではあるまい?」

 

デミスの問いかけの後、また少し考えて、そしてようやくルインが動いた。

 

「…お前のためではない…私の誇りのためだ」

 

握った斧を地面に突き立てたまま、ルインはデミスの反対方向に歩いていき、その岩壁を調べ始める。

 

「ふっ…だろうな」

 

表情は変わらないが、デミスは少し笑っているようだった。

その後の二人は終始無言となり、互いに逆の方向を向いて閉じ込められた空間にどこか抜け穴が無いか、または上に登ることができるかどうか、瓦礫に足をかけたりして調べる。

 

「ここならば…!」

 

どうやらルインが上に登れそうな場所を見つけたらしく、そこに左手と足をかけて登って行く。それを見てデミスが呟いた。

 

「登るのはやめておけ、上の方が先ほどの戦いで脆くなっている。途中までしか登りようがないぞ」

 

「うるさい! いつまでも魔族と同じ空気を吸っていられるか…!」

 

デミスの忠告を無視し、ルインはどんどん登っていく。そうしている間にもルインの力なく垂れ下がった右手からはとめどなく血が流れ、先ほどよりも怪我が酷くなっているのは目に見えて明らかだった。本人もそれが辛いのか、そのあまりの痛さが顔に出ているが、それでもなお、上へと登り進めていく。

 

「よし、あと少しで…!」

 

ルインが出口まであともう一歩というところまで迫った。あとはもう1、2回ほど岩壁に手をかけて登れば出られるというほどにだ。

…が。

 

バキッ

 

「…っ!?」

 

ルインが岩壁の出っ張りに手をかけたとたん、その出っ張りはルインの体重を支えきれず折れてしまい、バランスを崩したルインは再び穴の底に真っ逆さまに落ちる。

その高さは約8メートル…手負いのルインでは、間違いなくその高さから落ちて無事で済む保証は無い。

 

『危ない!』

 

思わず飛びだし、落ちて来るルインを受け止められるよう身構えるが、俺はこの世界の物には触れられないということを思い出した。

 

ガシッ

 

その時だった。俺の代わりにデミスが飛び出したかと思うと、その大きな手を広げて落ちてくるルインを無言で受け止めたのだった。

 

「うっ…? あっ…―」

 

ルインの意識は、そこでまた途切れてしまい、再び俺達の見ている情景が途切れてしまった。

 

………

……

 

「っ…!」

 

次に見えてきた情景は、ルインが平らな瓦礫の上に仰向けに寝かされ、その左手には応急処置だろうか…添え木と簡単な止血が施されていた。

 

「気が付いたか。まだしばらく痛むだろうが、我慢していろ」

 

向かいの方でデミスが瓦礫に腰をおろしてルインの方をじっと見ていた。

 

「いろいろと周囲を調べてみたが、やはりここから出られる方法は無いようだ。そなたが先ほど呼んだ増援がまだ来ないところを見ると、地上の方でも通路が埋まってしまっていると見える」

 

「…何故なんだ? 何故貴様はここまで敵である私に入れこもうとする…?」

 

手当てされた右手を見て、ルインが呟いた。

 

「勘違いするなよ破滅の女神よ。そのまま野垂れ死にされてしまっては我とて目覚めが悪い。体力が戻り、再び我と武器を交える時が来れば、その時こそそなたの命を貰い受ける」

 

「それはこちらの…いつっ! セリフだ…」

 

ルインが起きあがり、デミスの方を見据える。だが、その瞳は先ほどのように敵意に満ち満ちたものではなく、何故か少し安心を与えるような…優しい眼になっていた。

そしてルインは、なんと自らデミスの元へと歩み寄る。

 

「…なんだ?」

 

「傷を見せてみろ…今度は私がお前の手当てをしてやる」

 

「なにを…貴様、敵と慣れ合うつもりは無いのではなかったのか?」

 

「私からも言わせてもらうが、勘違いするな。私はただ、魔族に貸しを作ったままにしておきたくはないだけだ」

 

そう言うと、ルインは破けた自分の手袋やスカートの一部を細く千切り、それを傷ついたデミスの腕や足、角に巻いた。

 

「むっ…こんなものか?」

 

しかし、デミスの折れた角にきつく巻いたと思った布片はルインが手を離した瞬間、でろんとだらしなく垂れ下がってしまった。

 

「あっ…」

 

「クククッ…ハハハッ。そなた、女神のくせに魔族よりも手当の仕方が下手ではないか?」

 

「わ、笑うな! 仕方ないだろう! 片手しか使えぬのだから…もう一度!」

 

ルインがそう言い、デミスの頭に手を伸ばした。同時に、デミスも自分の顔にかかった布片をどかそうとしたのだろう…。

 

ピタッ

 

「「…!」」

 

二人の手が、触れあった。

 

 

 

ズキッ…

 

 

 

『…っ』

 

その光景を見て、何故か俺の胸の動悸が一瞬激しくなり、同時に締め付けられるように少し苦しくなる。

ルインと…デミスが…? いやでも…そんな馬鹿な…!

困惑する俺をよそに、目の前の二人は慌てて触れあった手を引っ込める。

 

「…」

 

「…」

 

それを機に、二人は目線を合わすことも言葉をかわすこともなくなった。

ただ…互いに自分が相手に触れた方の手を…もう一方の手で擦っているのが…気になった。

 

ガコッ…

 

その時だった。上の方から瓦礫を崩す音と共に人の声が聞こえてきた。

 

「女神殿! ご無事ですかー!?」

 

キリアの声が聞こえた。瓦礫で塞がった出口を崩して、ようやく助けが来たらしい。

 

「助けが来たようだ…そなたも共に…!」

 

「生憎だが、我は捕虜になるつもりはない」

 

「しかし…!」

 

「もうじきこちら側の助けも来る筈だ。我のことは気にせず、往け」

 

 

 

「女神殿! 聞こえますかー!?」

 

「…キリア、私はここだ!」

 

「女神殿!? よかった、ご無事でしたか!」

 

「あぁ、すまないがなにか掴まれるものを垂らして引き揚げてくれ」

 

「わかりました!」

 

キリアの声が一瞬止み、上の方から縄梯子が垂らされる。

ルインはそれに足と左手をかけ、もう一度デミスの方を見る。

 

「では…お互いの居場所に戻るとしよう」

 

「あぁ…だがおそらく、そなたとはこの先、数多の戦場で相まみえることになるだろう。その時は…―」

 

「わかっている、その時には私達はまた敵同士。また互いに死力を尽くす戦いをすることになるだろう」

 

「ふふっ…わかっているのであればよい。では、さらばだ」

 

ルインの掴まった縄梯子は引き上げられ、無事地上のキリアや戦士族達と再開することができた。

引き上げられていく最中、ルインの視線はデミスから、またデミスもルインから視線を離すことはなかった…。

 

………

……

 

『その後も、私達二人は幾度となく戦場で顔を合わせた。もちろん敵として…。同じ力を持つ者同士、引き寄せられるものがあったのだろう…』

 

場面は次々と変わり、今度はルインが軍を率いてデミス率いる魔族軍と激突する場面となった。その次は城の防衛…逆に敵城への侵攻…またある時は大空を駆けながらの空中戦…そのどれもにルインとデミスのぶつかり合う姿が見えた。

 

『だが数多繰り返されたその戦いに、決着がつくことはなかった。そして…長きに渡った戦は、魔族軍の敗北という形で終戦を迎えた』

 

場面は人間の軍達が戦いに勝利し、歓喜に沸き踊る様で一旦止まった。

 

『じゃあ、ルイン達や人間の軍は勝ったんだな?』

 

『あぁ、だがそれは…深い深い悲しみの始まりでしかなかった…』

 

ルインの表情が急に暗くなり、哀しそうな顔で俯く。そして、場面はまた新たに切り替わる。




ずいぶん久々な更新となりました…申し訳ない!
オマケに今回と次回は続けて過去編です…デュエルしろよって感じですねw
とりあえず自分なりにこの過去編でルインとデミスの関係を解釈してみようと思います。
後編はもう書きあがってるので次話の投稿はすぐになるかと思います。


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第28話:「女神の過去・後編」

ルインの過去を見る遊煌。そこでルインがデミスと接触したことにより、デミスに対して特別な感情を抱いているということを薄々感じる。
そして…場面はいよいよルインがなぜ封印されるかにまで至った過程を見ることとなる…。


「姉上!」

 

「ドルフか、どうした?」

 

場面はまた天界へと戻ってきた。天界の神殿において、ルインの弟であるドルフが駆け足でルインの元に歩み寄る。

 

「あ、いえ…大したことではないのですが…まずは此度の戦で見事勝利できたことを、ぜひお祝い申し上げたく思いまして」

 

「そうか、ありがとう。だがこれは私一人で勝ち取った勝利ではない。地上の人間達と協力し、皆で勝ち取った勝利なのだ」

 

「そうですね…失念していました。時に、姉上」

 

「なんだ?」

 

ドルフの表情が急に真剣な顔に変わる。

 

「本題なのですが…実はまたも魔族軍に動きがありまして…」

 

「何故だ!? 彼奴等の司令塔である冥界の魔王ハ・デスは倒された筈! 何故今になって…」

 

「おそらく、魔族軍の生き残った残党が、浮かれた人間達にひと泡吹かせようと…そんな魂胆でしょう」

 

「こうしてはいられない、すぐに私が行ってくる」

 

「姉上が…たった一人で!? 無茶です! 残党といえども、魔族です! それに、天界からの援軍はもう必要ないとフリード将軍から仰られたのではありませんか! 姉上が行かなくとも、ここは人間の軍に…」

 

「ようやく勝ち取った平和なのだ…地上の人間達にはもうこれ以上戦わせたくはない」

 

「しかし…」

 

「案ずるな、ドルフ。たかが魔族軍の残党だ、すぐに片が付く。場所は何処だ?」

 

「…西の魔族軍砦跡です。姉上達の軍が陥落させた、あの」

 

「あの砦か…わかった。行ってくる!」

 

「姉上…!」

 

神殿から出て、そのまま転移魔法で地上に降りるルイン。ドルフは何か言いたげだったが、その見送る姿が僅かにルインの記憶に残っていたのだろう。ドルフが最後に何を言ったのか、俺にはわかった。

 

「…お気をつけて」

 

なんでもない、弟らしい姉に対する労いの言葉だった。

…だが、俺は何故かこの言葉に違和感を感じた。なぜなら、この言葉の裏に、この天界書士が普段表に見せない別の感情が垣間見えたように見えたからだ…そう、それは例えるなら…ルインに対する皮肉のようにも思えた。

 

 

 

 

 

―――――第28話:「女神の過去・後編」―――――

 

 

 

 

 

「…ここか」

 

転移魔法で地上に降り立ったのは、話の通り朽ちた砦だった。

だが、どうにも誰かがいる気配などどこにもない…本当にこんなところに魔族軍の残党が集まってるのだろうか…?

俺と同様に、記憶のルインもそう思っているらしく、不審がりながらもボロボロの門から中に入る。

中は荒れ放題だった。その荒れ様がまだ新しいことから、この砦はつい最近攻め落とされたのだということがわかる。そしてやはり、中には人っ子一人いない。

周囲を見回しながら、ルインは砦の奥へと進んでいく。だが、どれだけ進んでも、中には魔族軍の残党など一人もいなかった。

 

「…どういうことだ…?」

 

あまりにも異様なこの光景に、ルインの表情も徐々に険しくなっていく。

やがてルインは砦の最上部に登り、そこから周囲を見回す。…やはりここにも魔族軍の残党などはいなかった。ドルフの情報は間違っていたというのだろうか…? ルインはそんな怪訝の表情を浮かべ、元来た道を引き返そうとした…その時だった。

 

「…!」

 

ルインの背後に、誰かが立っている。ルインは振り向かずとも、その人物が誰なのかわかった様子だ。

 

「…生きておったのだな、そなた」

 

「…」

 

虚空を見つめ呟くルインに対し、その人物は無言でルインの背中を見つめ続ける。

 

「魔族軍が敗北した時、私は不覚にもそなたのことが気になってしまった。他の者に討たれてしまったのではないかとな…結局私とお前との決着は、つけることができなかったな…終焉の王デミスよ」

 

そう言ってルインは静かに後ろを振り向く。

ルインの背後には…その通り終焉の王デミスが立っていた。

 

「ドルフの情報は、やはり間違えてはいなかったようだな。残党の一人がここにいた」

 

「…」

 

「だが…私は今更そなたと戦おうとは思っていない」

 

「…」

 

「戦争は終わった…故に私達が戦う必要も無くなった…だからデミス、そなたさえ良ければ、私と共に…―」

 

「…甘いな、貴様は」

 

ようやく口を開いたデミスだが、その言葉の意味を俺もルインも理解することができない。

だがその意味を理解するよりも先に、デミスが右手をルインの方に向けて何かを放つ。

不意をくらったルインは防御することもできずにその攻撃を受けてしまう。

 

「がっ…あっ…!?」

 

「そなたの力、封じさせてもらったぞ」

 

見ると、デミスからの攻撃によってか、ルインの首筋あたりに不気味な髑髏のようなマークが浮かび上がる。それが怪しく赤く輝くと同時に、ルインは苦しそうな声を上げて膝を折った。

これは…『破邪の刻印』か…? 実際のカードで見たことがある。

 

「きっ、貴様…何を…!」

 

「その刻印を受けた者はいかなる力であろうとも発揮することはできない、たとえエンド・オブ・ザ・ワールドの力であってもな」

 

「っ…意識が…!」

 

刻印が一層激しく輝くと、ルインの意識を奪い、そのままルインは意識を失ってしまった…。

 

………

……

 

「…んっ…?」

 

次に目が覚めると、薄暗い神殿のような場所にいた。ルインの身体は鎖によって固定され、壁に磔にされている。

どうやらここは、あの砦の地下のようだった。

 

「気がついたか」

 

薄暗いロウソクの明かりで照らされ、姿を現したのは終焉の王デミスだった。

 

「どういうつもりだデミス…! お前はいつ、どのような状況であっても、私と対等に、そして正々堂々と戦いに臨んでいたではないか…! そんな貴様が…こんな不意打ちのような真似を…!」

 

「状況が違うのだ、破滅の女神よ。確かに戦争は終わった…だが、その余りある力を欲する者がまだいるのだ。我は、その者に協力しているに過ぎない」

 

「何を…!?」

 

 

 

「ご苦労だったな、デミス」

 

 

 

まだこの状況が理解できないでいるルインの元に、何者かが歩み寄る。

 

 

 

「敵とはいえ同じ力を持つ、が敵同士…だが種族を超えて芽生えた愛情…泣かせるじゃありませんか」

 

 

 

その者は一歩一歩デミスとルインの元に歩み寄り、デミスはその者に傅いて脇に退く。

 

 

 

「しかしまぁ破滅の女神といえども情を持てばただの女と相違ない…我が姉ながら嘆かわしい」

 

 

 

「お…お前は…!」

 

ルインは磔にされながらも、顔を上げて闇の中から歩み寄る人物を見据える。

そして…驚愕した。ルインだけではない。その光景を同時に見ていた俺も、同じく…いや、俺はむしろ先ほどの嫌な予感が的中してしまい、ばつの悪い気持ちの方が大きかった…。

 

「ど、ドルフ…! お前…何故こんなところに…!?」

 

そう、そこに立っていたのは…ルインの実の弟、天界書士ドルフだった。

 

「何故? さて、どうしてでしょう? 頭の良い私の姉ならば、考えればすぐにわかることだと思いますが」

 

「そんな…まさか……! お前が…お前が仕組んだのか!? 私をデミスとここで引き合わせるために…わざと嘘の情報を…!」

 

「ふふっ…それだけではありませんよ」

 

ドルフはルインから目線を逸らすと、得意げな顔で話し始める。

 

「人間や原生モンスターの住む地上界、天使や女神の住む天界、そして悪魔や魔王の住まう魔界と冥界、この三つの世界は互いに均衡を保ちながら決して他に干渉することはなかった。少なくともここ数百年はね…しかし、ある日その均衡が魔族によって突如崩された…何故だと思います?」

 

首をかしげながら、薄ら笑いを浮かべながらドルフは、またルインに目線を向けた。

 

「…ま、まさか…! お前が…! お前が魔王ハ・デスを唆し、地上界へ侵攻するよう仕組んだのか…!?」

 

「フッフフフフフ…ククク…」

 

ルインの必死の問いかけに対し、ドルフは手で顔を覆いながら静かに笑みをこぼす。

 

「ハァーッハハハハハ!! そうだよ! 全ては俺が仕組んだことさ! この戦争も! そしてあんたとデミスを幾度となく戦場に引き合わせたのもなぁ!!」

 

突如ドルフは感情が爆発したかのように、先ほどまでのように静かな態度を一変させる。

 

「苦労したんだぜぇ~? あんたをデミスに引き合わせ、そしてデミスを完璧に信用させるのはなぁ!」

 

「っ…!」

 

実の弟から明かされた衝撃の事実にルインは動揺を隠せないようだ。

 

「で…デミス…! 本当なのか…? お前は…お前は…私を……利用していたのか…?」

 

「…」

 

「答えろ! 終焉の王デミス!」

 

「…フッ、よもやこうも簡単に引っかかるとはな」

 

「っ…!」

 

何かの間違いであってほしかった…きっとここにいるデミスは本物ではなく…あるいはドルフに操られてたりしているのではないか…そうルインの絶望に歪んだ顔からは、僅かな疑惑の表情が見て取れた。

 

「全てはこの時のために。お前を信用させ、その隙を見せるこの瞬間を、我は狙っていたのだ」

 

「う…嘘だ…! 嘘だ…嘘だ…嘘だ嘘だ嘘だ!!」

 

顔を伏せ、頭を振り、そして今にも泣き出しそうな表情のルインは哀しみの慟哭を爆発させた。

やっぱりそうか…ルインはデミスに少なからず好意を抱いていた。だが…デミスとドルフはおそらくあの落盤事故の前から、綿密に計画を練り、そしてあまつさえそのルインの好意の気持ちすらも利用した…。

 

『…っ』

 

そう考えると怒りがふつふつと沸き、俺の拳に力が入る…どうにも我慢できない…できることなら今すぐこの間に割って入り、この二人を思いっきりぶん殴ってやりたい…。

だが…これは幻…だけど、過去にルインが実際に体験した出来事なんだ…。

 

「…ドルフ……何故…なぜお前はこんなことを……」

 

「クククッ…あんたにはわからないだろうなぁ」

 

そう言うとドルフは邪悪な表情を浮かべ、ルインの元ににじみ寄る。

 

「同じ聖なる力の元で産まれた姉弟ながら、あんたにのみその世界を滅ぼすほどの力…エンド・オブ・ザ・ワールドが与えられ、俺にはなにもない…ただの下級天使となんら変わりない…そして与えられる仕事は天界書庫における普通の仕事…普通の力に普通の仕事に普通の扱い! そして比べられるあんたとの力の差! あんたがいるせいで…俺は今までずっと惨めな思いをしてきたんだ! わかるかこの俺の気持ち!? わからねぇよなぁ!!」

 

ドルフはルインの顔を掴み、嘲笑いながら自分の内の感情を暴露した。それを聞いたルインは刻印による痛みに耐えながら、ハッと表情を変えた。

おそらく、ルインはこの時初めて悟ったんだ、ドルフの抱えていた闇を…。そして不覚にも、自分にも責任があると感じてしまった…。

違う…違うんだ! そんなの、お前が責任に感じることじゃない…!

 

「だから…貰うのさ、あんたの力を。俺の力としてなぁ。だけど、ただ貰うだけじゃつまらないからなぁ、あんたにはたっぷりと絶望に打ちひしがれて、俺の受けた苦しみの一片でも受けてもらって、それから貰うことにしたんだよ。こんな風になぁ!」

 

「ぐっ…ぁっ…!」

 

今度はルインの首を掴むとそのままぎりぎりと締めあげる。下級といっても天使は天使…それなりの力はあるようだ。おまけに今のルインは力を発揮できないでいる…ルインはさらに苦しむが、いつもの力が出せないためかされるがままになる。

それに加え、ドルフは締め上げながら左手でルインの腹を思いっきり殴る。嫌な音と、鎖のじゃらじゃらという音と、ルインの嗚咽にも似た叫びが地下内に反響する。それをドルフは実に楽しそうに…そしてデミスは何も言わず、静かに見つめている。

 

『や…やめろぉ!!』

 

思わず掴みかかりそうになるが、俺の肩を本物のルインが掴み、静かに首を振る。わかってる…これは幻で、既に過去に起きたことだというのも…そして本物のルインは今、ここに元気な姿でいるから、あのルインがどれだけ痛めつけられても今のルインには何の影響も無いということも…わかってる…でも! やっぱり我慢できない…!

 

『…主、貴方がこの時の私を助けたいという気持ちはよくわかる…私も、この光景を二度も見るのも…主に見せるのも正直躊躇った…』

 

『…っ』

 

『でも、だからこそ私は私の全てを主に見てもらいたい。それが真の意味で、私のことを知ってもらえることだと信じているから…』

 

『…わかった』

 

できることなら目を逸らしたい…でも、この光景をしっかりと見据え、ルインの過去としっかりと向き合うことこそが、きっとルインの主である俺の役目なんだ…ルインの受けた苦しみや痛みを、こういう形で少しでも共有できるならと…俺は目をそらさず、最後まで黙って見続けていた。

 

「ふぅ…我が姉ながらなかなかそそる声出してくれるねぇ」

 

「はぁっ…ぁ…っ……」

 

目を覆いたくなるような暴力の数々…その痛みがようやく終わると、ルインの姿はもうボロボロだった…。首には痣が付くほどきつく締められた跡があり、息も絶え絶えで今にも意識を失ってしまいそうだ…。

 

「力を奪う前に死なれても困るからな、これくらいで勘弁してやろうか。だが、これからの苦痛はきっと今死んだ方がマシになると思えるくらい激しいものになると思うがなぁ!」

 

ドルフはそう言って指を鳴らす。すると、ルインが磔にされている目の前にある二つの燭台に青い炎が灯される。

そして露わになる、向かいの壁…そこには、ルインと同じく鎖で磔にされた、何か繭のようなものがあった。

なんだこれは…? 何かはわからないが、この繭からは凄まじく邪悪なオーラを感じる…それはルインも感じたようで、それを悟ったドルフが説明する。

 

「これが何かわかるか? これはな、かつてこの冥界の魔王とその肩を並べる程に強大な力を誇った魔王の力の根源だ…肉体は滅びても、その内にある強大な魔力だけはこうして繭の中に閉じられ、鎖で封じられることで復活の時を待っている…そう、供物をささげることでな」

 

「…!」

 

供物、つまりは生贄…それを聞いて俺は嫌な予感がした。表情を見る限り、ルインも同じ予感がしたらしい。

 

「そんな顔をせずとも安心してくださいよぉ。言ったでしょ? 貴女に死なれては困ると」

 

すると、ドルフは繭の方へと歩み寄る。

 

「始めるぞデミス。さぁ、準備をしろ!」

 

ドルフの呼びかけに応じ、デミスはルインの元に歩み寄ると、その身体を支えて顔を上げさせる。

 

「なに…を…?」

 

「封印された魔王の力を解き放つには、器となる供物の肉体が必要だ。だが、器となった肉体の自我は魔王に支配され、それ以前の人格を保つことはできなくなる。だから、あんたの力が必要なのさ」

 

黒い繭を右手で触れながら、ドルフは呟いた。

 

「あんたの持つ破滅のエンド・オブ・ザ・ワールド…力だけなら魔王をも凌駕するものだ。その圧倒的な力を得て、俺は自我を保ったまま魔王の力をも手に入れる!」

 

「よ…よせドルフ…! 自分が何をしようとしてるのかわかっているのか…!? エンド・オブ・ザ・ワールドに加えてそのような魔王の力まで得て…貴様は一体なにを企んでいる…!」

 

「なにをだと…? 決まっている!」

 

ドルフの狂気に満ちた目が、またルインを捉えた。

 

「復讐だ!! 俺をあんたの劣化品扱いした奴らへの…そして、俺が生まれたこの世界全てへの!!」

 

そこにいたのは、最早ルインの知る優しい弟の姿ではなかった…。

 

「…っ! デミスよ…お前まで何故こんなことに協力している!」

 

「…」

 

「答えろ!!」

 

「無駄だよ、今更そんなことを問うたところで、俺の計画は止められない」

 

ルインの問いに対し、デミスは無言を貫き、ドルフはまた繭の方を向き愛おしそうにそれを撫でる。

 

「デミスは気付いたのさ、自分の力がなんのためにあるのか…そして、それをどう使うべきなのかをな。対してあんたの力は宝の持ち腐れ…だから俺達が正しく使ってやるのさ、破滅と終焉…その真の意味を示すためにな!」

 

ドルフは両手を大きく広げ、繭の前で傅くとまるで敬うように呪文を唱え始める。

 

「ぐっ…! うっ…あぁっ…!」

 

それと同時にルインの体に刻まれた破邪の刻印がまた怪しく輝きだし、同時にルインの力が青い一筋の光となってドルフの体に流れ込む。あれが…ルインの持つエンド・オブ・ザ・ワールドの力…?

 

「あぁ…いい…いいぞぉ…! 感じる…これこそが…これこそが世界を破滅させるほどの力か…!」

 

自分の体に流れる破滅の力…それを自身に受けて、ドルフは恍惚にも似た表情と共に喜びにその身を震わせる。

やがて、ルインの体から全ての力が吸い出され、ルインは息を荒げながら鎖に拘束された身体を力なくだらんと垂れる。

 

「くくくっ…クッハハハハハハ!! ついに手に入れたぞ! エンド・オブ・ザ・ワールド…世界を破滅させるほどの力を!!」

 

この世界では実体を持たない俺でもわかる…今のルインから感じられるのはただの人間となんら変わらない…常人の力しか持ってない。対してドルフの体からは、常時あの青い光が溢れ、力が有り余っている感じだった。

 

「も、もう十分だろう…それ以上の力は…身を滅ぼすぞ!」

 

「この期に及んでまだ弟の身を案じるとは、お優しい姉上を持って俺ぁ涙が出てくるぜぇ…だがな、こんなもんじゃまだ足りねぇんだよ!! もっとだ…もっと破滅と恐怖と絶望をもたらす力を! この俺にぃ!!」

 

またも呪文を唱え始めると、今度は繭を封じている鎖が千切れ、封印されていた繭が宙に浮く。封印が解かれた繭は、まるで果物の皮をむいていくかのように徐々に一枚一枚繭の皮が解かれていく。

全ての外皮が解かれると、その内部には魔王の力の源と思われる膨大な魔力の塊が渦巻いていた。

 

「おお…! 素晴らしい! これが魔王の力の源! この力を得れば…俺はさらに…!」

 

その圧倒的な力を前にして、ドルフは少しずつ手を伸ばしていく。

 

「さぁ魔王よ! 我が肉体を贄としてその力を我が手に…そして、俺を新たな魔王に!!」

 

ドルフの手が繭の中心部に触れる。すると、繭はまるで食虫花のようにドルフの体を吸い込み、解かれた外皮がまた繭の形状を形作る。そして訪れる静寂…どうなってしまったのだろうか…もしやこのままドルフは死んでしまったのだろうか…? 魔王復活の儀式は失敗してしまったのではないだろうか…? そう俺は思いこみ、同時にそう信じたかった。

だが…しばらく経つと、まるで心臓の鼓動のように…繭が大きく脈動し始めた。しかも、その脈動は段々と大きくなっていき、脈動と共に青い光が内部より溢れて来る。

そして…一際大きな脈動がこの空間内に響いた…その時だった。

まるで大気を揺るがす暴風のように…大地を鳴らす地響きのように…その雄叫びは響き渡った。それと同時に溢れ出る青い光…。今一度繭が解かれ、その中より何者かが姿を現す。

殻となった繭を抜け、一歩一歩歩み寄る青い肌の悪鬼…そいつは確かめるように自分の目の前で右手を翳すと、こう呟いた。

 

「クククッ…ついに手に入れた…! エンド・オブ・ザ・ワールド…そして、魔王の力を!!」

 

間違いない、こいつはあのドルフだった。

たが…外見はもはや似ても似つかない。エンド・オブ・ザ・ワールドの力を以て、ドルフは完全に魔王と融合してしまったらしい。

 

「ド、ドルフ…! お前は…なんということを…!」

 

「クククッ…ドルフぅ~? 違うなぁ…今の俺様は魔王…そう、『破滅の魔王 ガーランドルフ』様だぁ!!」

 

ドルフ…いや、ガーランドルフは腕を大きく上に翳すとそこから青い魔力の球体を発生させる。あれは確か…ルインがいつも攻撃の時にロッドの先から出す魔力弾と同じものだ。ただしルインのものとは違い、大きさはこちらのが上だった。

 

「はぁあっ!!」

 

短く声をあげると魔力弾を発射する。撃ち出された魔力は天井を貫き、そのまま砦の内部に侵入すると、砦のほぼ中央部で炸裂する。凄まじい閃光と爆音。突然のことに俺は目と耳を塞ぎ、静かになるとおそるおそる目をあける。

 

『…っ!?』

 

そこはもう、先ほどと同じ薄暗い地下空間ではなかった。天井は大きな穴があき、薄暗い空がそこからは見えた。さらには先ほどの爆発の大きさから想像すると…どうやら砦そのものがガーランドルフの放った攻撃によって完全に消滅してしまったようだ。

ルインの力の比ではない…この恐るべき力は、魔王の力にもよるもの…!

 

「フハハハハハハ!! 凄い!! 凄いぞぉ!! これが俺の力か!!」

 

自分の放った力に満悦の様子で、ドルフが宙に浮き、空に昇っていく。デミスもその後に続いて飛ぶ。

 

「そこで見ているがいい! 俺達の力によってこの世界が滅ぶ様をなぁ!! さぁデミス! 貴様もエンド・オブ・ザ・ワールドを発動し、俺様と共にこの世界を終焉へ導け!!」

 

「…」

 

「俺の身体はまだ二つの力の均衡が保てず、大型術式は不完全にしか発動できん! その力を補うためにも、貴様の力が不可欠だ!」

 

「…」

 

「どうした! 何故黙っている!」

 

「…フフッ、姉弟揃ってお人よしなのは変わらぬな」

 

「なにっ!? …がっ!」

 

一瞬、何が起きたのかわからなかった。上空で何か揉めている二人…よく目を凝らして見ると、デミスが斧の尖った柄の先部分で、ガーランドルフの腹部を貫いている!?

 

「きっ、貴様…どういうつもりだ!?」

 

「まだわからないか? 我もまたお前をはめたのだよ、ガーランドルフ」

 

「なんっ…だとぉ…!!」

 

「魔族を統べる冥界の王が倒れた今、現時点でこの世界を脅かす脅威は二つ…破滅の女神のエンド・オブ・ザ・ワールドと、封印されし魔王の力。貴様が破滅の女神から力を奪い、魔王の力も得た今、体内の膨大な魔力を元の脆弱な天使の肉体では制御するにはそれなりに時間がかかる」

 

「貴様…最初からこの時を狙って…!」

 

「フフッ…欲張らずにエンド・オブ・ザ・ワールドの力だけを奪っておけば、自由に力が使えたものを」

 

デミスは付き刺した斧の柄部分をより強く握る。

 

「今の貴様は膨大な魔力という食事を溜めこみすぎて、満腹で動くことができない状態だ。その証拠に…この通り」

 

強く握った斧の柄をガーランドルフの腹部から引き抜くと、その部分からは血ではなく、なにか黒い霧のような物が溢れ出る。

 

「ぐあああああっ…!!」

 

それと同時にガーランドルフが苦痛と共に絶叫をあげる。

どうやら溜めこまれた魔力が流れ出しているらしい。ガーランドルフは腹部に開けられた穴を手で押さえ、息も絶え絶えになりながらデミスに問う。

 

「き、貴様…貴様は一体何が望みだ…!」

 

「フッ…世界に復讐するなどという貴様とは違う、崇高な目的だよ」

 

ガーランドルフから斧を離した斧を右手に持ちかえながらデミスは答えた。

 

「ある日悟ったのだよ。我に与えられたこの力は、この世界の均衡を保つために力なのではないか…とな」

 

「均衡を保つだと…?」

 

「そうだ。そのためにも強大過ぎる力は封じる必要があった。いつ復活するやもしれぬ魔王の力、我と同等の力を持つ破滅の女神、そして我…どれか一つが存在したとしても世界に大きな影響を与える力だ。そのような力の持ち主はこの我、終焉の王デミスだけで事足りる」

 

「クッハハハハハハ!! 何を言い出すのかと思えば…所詮は貴様、その力で世界を支配したいだけではないか!」

 

「支配はせぬ。我はただ、陰からこの世界の行く末を見守りたいだけだ」

 

「一介の魔族風情の貴様が神を気取るというのか? 愚かな! それに、強大な力の持ち主が一人でいいというのならば、それはこの俺様ということになるだろう!」

 

ガーランドルフが一声上げると、腹部の空いた穴は瞬時に塞ぎ、傷跡も残さずに完治した。

 

「貴様の言うとおり、我の力はまだ内において二つの力がせめぎあってる状態だ。だがそれでも、俺様自身が強大な魔力の塊をとなっていることに変わりは無い! この程度の傷など瞬時に完治し、攻撃においても無尽蔵に撃ち出せるぞ!!」

 

「フッ…確かに貴様の息の根を止めるのは骨が折れそうだ。だが、我の目的は元より、貴様の命ではないのだよ」

 

「なにぃ!?」

 

デミスがそう告げると、突如砦の周辺にいくつもの光が出現する。見ると、砦の周囲に次々と転移魔法により転移してくる者達がいる。外見の装飾等から見て…天界の軍勢だろうか? その中には、キリアやフレイヤの姿も見えた。

 

 

 

「女神殿!!」

 

「お姉さま!!」

 

キリアとフレイヤは、ルインの姿を見つけると傍まで駆け寄った。

 

「き…キリア…フレイヤ…? お前達…何故ここに…?」

 

「ドルフ書士の動向について記された文献がシナト様の元に届きまして…それでそのことについて問いただそうとドルフ書士を呼んだのですが応答がなく、同時にお姉さまの姿も見えなかったので…」

 

「それで…この場所に来てくれたということか…」

 

「いささか時間がかかって申し訳ございません。何しろ素性の知れぬ物から届いた文書ですので、真偽の確かめに時間がかかってしまいまして…」

 

フレイヤとキリアが答えながらルインの身体を拘束する鎖を魔力を用いて破壊していく。自由になったルインは、キリアとフレイヤに支えながら地面に立つ。

 

 

 

「これは…どういうことだ! デミス!」

 

その光景を上空で見ながら、ガーランドルフはまたもデミスに問いただす。

 

「見ればわかるだろう、天界側の者たちが貴様を捕らえに来たのだ。本来であれば魔族である我が天界に救援を求むなど有り得ぬなことではあるが…魔族軍が壊滅的な状況である以上、仕方がないことなのでな」

 

「フッ…フハハハハハ!! いい度胸をしているなデミス! だがこの程度の軍勢、いくら来たところで俺様の首はとれんぞ!!」

 

高笑いをしながらガーランドルフは天界の軍勢に向けて右手を掲げ、魔力弾を放とうとする。

 

「言っただろう、ガーランドルフ。我の目的は貴様の命ではないと」

 

その時だった、天界の軍勢に紛れて明らかに容姿が違う人物がガーランドルフの前に姿を現す。

 

「何者だ貴様っ!」

 

「我が名は封印師メイセイ、貴公を封印するために参上束まつった」

 

メイセイと名乗る陰陽師は両手に燃え盛る二枚の札を構えてガーランドルフの前に浮遊し、立ち塞がる。

 

「封印だと…? そうか、そういうことかデミス!」

 

「フッ…左様、いかに魔力が膨張した貴様といえども、封印されてしまえばその力を封じれる。その後は生かすも殺すも我次第…」

 

「ふざけるなよ貴様ら…! せっかく手に入った力だ…みすみす封印などされてたまるか!」

 

ガーランドルフの掌から放たれた魔力弾がメイセイに迫る。しかし、メイセイは落ち着いた様子で呪文を唱えながら二枚の札を駆使し、自分の前に球状のバリアのようなものを張る。魔力弾は、そのバリアに阻まれメイセイにまで届くことはない。

 

「なにっ!?」

 

「我が魔封じの呪布の前ではそのような攻撃は無意味、今度はこちらから往くぞ!」

 

今度はメイセイが2枚の札をガーランドルフに投げる。投げられた札はガーランドルフの両腕に取りついた。

 

「フンッ、なんだこの紙きれなど……ぬおっ!?」

 

それを剥がそうとするガーランドルフだが、張り付けられた札が怪しく光ると急にガーランドルフの動きが鈍くなった。

 

「魔封じの札は防御のみにあらず、魔の物の力を封じ込めるのが本来の役割だ」

 

「ふっ、ふざけるな…貴様ぁぁぁぁぁ!!」

 

魔力とは関係なく、今度は自分の肉体的な力を使ってメイセイに掴みかかろうとする。が、その寸前でまたも別の人物がガーランドルフの背後に現れた。

 

「今だ、長殿! 封印の石板を!」

 

「心得た!」

 

メイセイが合図すると、ガーランドルフの背後に現れた墓守の長が杖を翳し、巨大な石板を出現させる。それと同時に、封印師メイセイと墓守の長、二人はそれぞれガーランドルフの前方と背後から挟み込むような形で呪文を唱えると、ガーランドルフの身体が徐々に石板の中へと吸い込まれていく。

 

「お…おのれえぇぇぇぇ!! ようやく得たこの力をおぉぉぉぉ!! 覚えていろ…覚えていろぉ!!」

 

叫び声をあげながら石板に吸収されていくガーランドルフ。やがて、その姿が消えると、石板の中にガーランドルフを模したモンスターの姿が描かれた。

 

「やったか…」

 

呪文を唱え終えた墓守の長がホッと胸をなでおろした時だった。

 

 

 

―――おのれぇ…貴様ら…! 許さん…許さんぞぉ…!―――

 

 

 

地の底から響くようなドスの利いた声が、石板の中から聞こえた。

 

「な、なんという奴だ…石版に封印されてもなお意識があるとは…」

 

「膨大に取り込んだ魔力故、このサイズの石版でも完全には力を防ぎきれぬか…」

 

デミスはガーランドルフが封印された石版へと近づく。

 

「ご覧の通りだ、終焉の王よ。そなたの依頼により彼奴を封じ込めることはできたが…完全にとはいかん」

 

「このまま石版の壊そうものなら、かろうじての封印が解かれ、再び魔王はこの地に蘇るぞ」

 

メイセイと長の言葉に、デミスは静かにその石版を撫でる。

 

「…フッ、姉弟揃って悪運の強いことだ」

 

ちょうどその時、地下で囚われていたルインがキリアとフレイヤの力を借りて脱出し、二人に肩を支えられながら地上へと姿を表した。

 

「デミス…!」

 

「破滅の女神よ、今日はここで引き上げるとしよう。だが、おそらく貴様はこれから長きに渡って苦渋を舐めることになるだろう。だがいずれ我らは必ず再び合間見えることになるだろう。その時こそ我は…お前との決着をつける」

 

「待て…デミス!」

 

ルインの叫びも虚しく、デミスの姿はその場所から消えた。あとに残されたのは、力を失ったルインとガーランドルフが封印された石版。そして、数多の天界よりの軍勢だった。なんにしても、魔王の復活は阻止された…これで一旦は危機は逃れた…俺はそう思った。

だが…どうにも様子がおかしい。ここに集められた天界よりの軍勢が、一向に引き上げる気配を見せない。そしてその軍勢は徐々に距離を縮めながらルインの方へと歩み寄ってくる。

 

「破滅の女神様、ご同行願います」

 

そのうちの一人、天空騎士パーシアスがルインにそう告げる。

 

「同行…? どういうことですか、パーシアス!」

 

キリアが突っかかるが、パーシアスは尚も落ち着いた口調でそれに答える。

 

「貴女もわかっているでしょう、ヴァルキリア。天界の住人は魔族と必要以上に接してはならない…それは天界、魔界、どちらにおいても互いにタブーとされていることだ。そして今、破滅の女神様にはその容疑がかかっている」

 

「しかし…女神殿は今力を失っていて…―!」

 

「構わない、キリア」

 

自分を必死で庇うキリアの前に出て、自らパーシアスの下に歩み寄る。

 

「女神殿…」

 

「お姉さま…」

 

「二人共、心配するな。全く、私一人のためにこんなに大勢連れてくることはないというのに」

 

と、ルインは周囲を固める軍勢を見渡す。

 

「今の私は常人の力しか持たぬ。どこへでも好きなところへ連れて行ってくれ」

 

「…ご無礼をお許し下さい。連れていけ」

 

パーシアスの指示で二人のロイヤルナイトがルインの両脇を抱え、天界へと転移していった。

ただその時、ルインの視線がわずかに背後に向いたのを、俺は見逃さなかった。その悲しそうな目線を、デミスの消えたあの場所に向けて、小さく呟いていた。

 

「さよなら…デミス」

 

………

……

 

『…なんでなんだよ』

 

『…』

 

『ルインは何も悪くない…何も悪いことなんてしちゃいない…なのに…なのになんで捕まらなきゃいけないんだよ!』

 

ここまでの光景を静かに見てきた俺だったが、流石にもう我慢の限界だった。俺は自分の震える手をきつく握りながら、自分の胸の内の想いを暴露した。

 

『…今だから言おう…主、私はデミスに恋をしていた。愛していたと言ってもいい』

 

『…っ!』

 

わかっていた…あのルインの様子を見る限り…ルインがデミスを愛していたというのは明らかだった。わかっていたはずなのに…なぜかその言葉が直接ルインの口から出ると、俺の心がズキリと痛んだ。

 

『先ほどの話でもあったように、そのようなことは天界、魔界ともにタブーとされている。そのようなことがあっただけでもその者は追放、最悪の場合は死罪に値する』

 

『でも…ルインはその想いを踏みにじられ、あまつさえ利用されていたんだぞ! それでルインが悪く言われるわけないだろう!』

 

『私の場合はそれだけではない、弟のドルフのこともある。天界の教えに背き、あまつさえ魔王の力にその身を染めてしまった私の弟…その矛先は姉である私にも向けられていた』

 

『そんな…』

 

『無論、主のように私のことを理解し、少しでも罪を軽くしようと努力する者もいてくれた。キリアにフレイヤ、それにシナト様も私のことを庇ってくれた』

 

場面はまたぐるぐると回りだし、今度は法廷のような場所で場面が止まった。その場所には、拘束されたルインを中心にし、何人もの天使や白装束の人物達が傍聴席に集まっていた。どうやらルインに対しての裁判が行われているらしい。

 

「判決ヲ言イ渡ス。被告ハ有罪、ヨッテ封印刑ニ処スル」

 

裁判長席の裁きを下す者―ボルテニスが片言の言葉でルインに判決を言い渡した。その判決に傍聴席にいる多くの者がどよめいた。

 

「有罪!? そんな…お姉さま…!」

 

有罪判決が信じられないという顔をし、傍聴席に座っていたフレイヤが思わず立ち上がる。フレイヤだけではない、ルインを慕っていた者はかなり多くいたようだ。その誰もがフレイヤと同じ表情をしていた。

 

「…座れフレイヤ。本来であれば極刑もあり得る判決だったのだ。命がある分、まだいい方だ」

 

「でも…封印刑なんて…! 先輩はいいんですか!? お姉さまと…これから長い間離ればなれになっても!」

 

「私とて…女神殿とは古くからの友人だったのだ。良いわけがない…良いわけが…!」

 

キリアは立ち上がりこそしなかったが、顔をうつむかせ、その拳を固く握っていた…。

 

『封印刑って…どういう刑なんだ?』

 

『その名の通り、封印されるのだ。私の肉体と魂、そして力のすべてを一つの媒体にな。要はいつ目覚めるかはわからない冬眠といったところだ』

 

『いつ目覚めるかわからないって…じゃあ刑はどうやったら完遂されるんだよ?』

 

『それを完遂させてくれたのは、他の誰でもない…主ではないか』

 

『えっ…?』

 

ルインの言った言葉に一瞬戸惑ったが、ルインは小さなほほ笑みを俺に向けると、また場面が転換する。

 

………

……

 

次の場面は蝋燭の明かりによって照らされた、薄暗い地下牢のような場所だ。その中央部に台座が置かれており、ルインがそこに腰かけている。周囲にはローブに身を包んだ魔術師のような人物達が取り囲んでいた。

そんなルインのもとに、一人の人物が歩み寄る。

 

「女神様、これより刑を執行致します」

 

「お前は、デミスの元にいた…」

 

「改めてお目にかかります、封印師メイセイと申します。本日は私の力が必要とのことで、天界まで出向いた次第でございます」

 

「魔族に使われたり天界にまで出向いたり…そなたは忙しいな」

 

「こちとら、それが商売ですので。では、刑の執行の前にひとつ女神様にお願いがございます」

 

「なんだ? 私は力も無くし、これから封印される身だ、できることは限られているぞ」

 

「構いません、その失った力を取り戻すための儀式ですから」

 

「なんだと…?」

 

「アレをこちらに」

 

メイセイは近くの魔術師二人に命じ、部屋の奥からある物を運ばせてきた。

運び込まれてきた。それは封印されても尚、心臓の脈動と荒い息遣いの聞こえる、ガーランドルフの石板だった。

 

「ガーラン…ドルフ…?」

 

「私と墓守の長とでようやく石板に封じ込めることができました。しかし、この者の膨大な魔力は完全には封じ切れませぬ故、尚も彼奴はこうして石板の中で意識がある状態です」

 

メイセイが石板に触れると、石板の中のガーランドルフが僅かに唸り声をあげる。

 

「このままではもし石板がなんらかにより破損してしまった場合、彼奴が復活してしまうやもしれず、非常に危険です。そこで女神様、貴女の身体に彼奴を封じ込めたいのです」

 

「…どういうことだ?」

 

「彼奴の持つ力の半分は女神様から奪った終世の力です。故に、彼奴の意識と力を女神様の中に封印できれば、女神様にも本来の力が戻り、彼奴の意識も完全に封印できる筈です」

 

「しかし…ガーランドルフは魔王の力も有している。私自身がその魔王の力に取り込まれてしまうという可能性は無いのか?」

 

「本来、終世の力と魔王の力は強力であるが故に決して相容れぬ力でございます。例えるなら水と油のように…彼奴はその二つを無理矢理混ぜ合わせ、己の力としていましたが、女神様の身体はもともと終世の力のみを受け入れるための身体、魔王の力に取り込まれることはありますまい」

 

「ふっ…人の身体を器呼ばわりか…まぁ良い、私はもう封印される身だ。この身体が誰かの役に立つのであれば、喜んで差し出そう」

 

「では、さっそく…」

 

メイセイはルインを取り囲む魔術師達の輪の中に入り、ルインは台座に寝そべって、ガーランドルフ封印の儀式が行われる。魔術師達が呪文を唱えると、封印の石板がボウっと青白い光に覆われる。ルインの本来持つ、エンド・オブ・ザ・ワールドの力の輝きだ。それは一筋の光となって台座に寝そべるルインの身体へと入ってくる。同時に、石板から叫び声のようなものが聞こえる。きっとガーランドルフが、己の力を渡すまいと気張っているのだろうが、その甲斐なく力の全てがガーランドルフの意識もろともルインの身体へと流れ込む。

 

「…はい、終了です」

 

魔術師達の呪文を唱える声が終わり、メイセイがルインに近づく。台座の上で目を閉じていたルインは目を覚ます。

 

「…もう終わりなのか? 意外と呆気ないものだな」

 

ルインが視線を隣の石板へと向ける。確かに、そこには先ほどまで描かれていた魔物の姿はなかった。

 

「ええ、しかし力は確かに女神様の元に戻りました」

 

試しにルインが拳を握り、少し力んでみる。すると、身体からボウっと青白い光が漏れだす。エンド・オブ・ザ・ワールドの力だ。これでルインは、本来の破滅の女神としての力を取り戻したというわけだ。

ルインのその様子を見て、周囲の魔術師達が少し身構える。おそらく、力が戻ったルインがここを脱出しようと考えているのかもしれない。

 

「力を戻してくれたことには感謝する。さぁ、今度は私を封印する番だ」

 

「その力を用いてこの場から脱出しないのですか?」

 

「私は天界の女神だ。女神は天界の法に従い、罪を償うよ。それに、そなたが前ではなにをしても無駄のような気がしてな」

 

「フッ…では、封印の儀を始めましょう」

 

それからルインは何も喋らずに、周囲の魔術師やメイセイが呪文を唱えるなか、静かにその身を封印に委ねていた。やがてルインの姿が段々と薄れていき、やがて台座の上から完全に姿を消した。それと同時に、白紙だったカードに青い縁柄と絵柄が浮かび上がった。その絵は…間違いなく、俺が持つ『破滅の女神ルイン』のカードだった。

 

………

……

 

気がつくと、俺たちはいつもの部屋に戻ってきていた。時計を見ると、さっきルインを訪ねた時間からほとんど進んではいなかった。ルインの記憶を見ている最中、何時間、いや何日も経ったような感覚だったのに…不思議なものだ。

 

「これが…私が封印されるまでの過程だ」

 

「…」

 

言葉が出なかった。

俺が思っていた以上に…ルインは過去に辛い体験をしていた。異種族間で芽生えた愛情、想っていた相手の裏切り、実の弟の暴走、そして…最後はその咎めを全て自分の身に受け、永遠に奪われてしまった自由…どれもこれもルイン自身は何も悪くないはずなのに…なんでルインが全部背負いこまなくちゃいけないんだ…!

 

「…っ!」

 

また怒りが込みあがる…だがそれと同時に、己の無力さもこみ上げてきた。ルインは、おそらく俺なんかよりもずっとはるか高みにいるべき人物のはずだ。それが、ただの人間である俺に下僕として仕えている…そう、俺たちは相棒だ。パートナーだ。けど…俺はルインが受けた苦しみの一欠片すら、俺には背負えることができない…それが無念で無念で…!

 

「…! ルイン…?」

 

ルインが、固く握りしめる俺の手を優しく握ってきた。

 

「今の私には、主の考えていることがよくわかる」

 

「俺のこと…?」

 

「大方、私の痛みを自分も共有できたら…と思っているのだろう?」

 

どうやら、俺の思っていることはこの女神には全てお見通しだったようだ。

 

「ありがとう、私の受けた痛みを少しでも和らげようとしてくれているのだな…」

 

「俺は…俺はお前があんなに苦しんでいるとは知らなかった…なのに、今までのほほんとお前と一緒に暮らしていた…それが許せないんだ…!」

 

自然と涙が溢れてきた。

あの時と同じだ…学校でデミスと対決した時、己の無力さを思い知ったあの時と…。今も俺は、己の無力さが嘆かわしい…!

 

「大丈夫だ」

 

しかし、そんな俺を…ルインは優しく抱擁してくれた。

 

「私ならもう大丈夫、もう昔の話だ。涙も枯れ果てて、痛みも忘れたよ」

 

「でも…!」

 

「もしそれでも、主が真に私のことを想ってくれるというのなら、私はこれからも貴方のそばに居る」

 

「えっ…?」

 

「それで私たち二人で痛みも、悲しみも、全てを背負っていこう。主の痛みは私に、私の痛みは…」

 

「…俺が背負う」

 

ルインが言おうとしていたセリフの続きを、俺が呟いた。

俺は自然とルインの手を取り、彼女の前で言った。

 

「俺とお前、これからは二人で同じ痛みを共有していこう。それできっと、俺たちは本当の意味でのパートナーになれる気がするんだ」

 

「本当の…意味で…?」

 

ルインがなぜかその部分だけを疑問に思っている顔で繰り返したので俺も不思議に思った。一瞬考えた後、その意味を理解した。

 

「あっ…! い、いや本当の意味でって別にそういう意味で言ったわけじゃなくて! その…!」

 

「…ふふっ」

 

慌てた俺の表情が面白かったのか、ルインが笑みを零した。

 

「あぁわかっているよ、主の言いたいことは。ちょっと意地悪してみたくなっただけさ」

 

「こ、こんなときにからかうなよ…」

 

こちとらは結構本気でいい事言ったつもりだったので、それだけになんか自分が残念な感じになってしまった。

 

「そう言ってもらえて嬉しいよ。私も主とそうしたいと思っていたから…遊煌」

 

「な、なんだ?」

 

突然ルインが俺のことを名前で呼んだので、俺は少し戸惑う。

 

「もう一度、真の意味で貴方に仕えるために…これからもよろしく頼む」

 

と、ルインは俺の前で膝を折り、傅いた。

きっとこれが、今まで以上に俺と共に居たいというルインの覚悟の表現なのだろう。

 

「…顔をあげてくれ」

 

だけど俺は、そんなことをする必要はないと考えていた。なぜなら、俺たちは…。

 

「ルイン、お前は俺を主と呼び慕うが、俺はお前のことを下僕だと思ったことは一度もない。それは、お前を本当の意味で“家族”だと思ってるからだ」

 

「主…!」

 

「ルインだけじゃない。そのドアの外で聞いてるウェムコもキリアもフレイヤも、みんな俺にとって大切な家族だ」

 

と、俺はわざとらしくちょっと声をあげ、視線をドアの方に向ける。

すると、ギクリとしたのだろうか僅かに空いているドアの隙間から物音が聞こえ、ウェムコ、キリア、フレイヤの3人が顔を出した。

 

「お、お気づきになられていたのですね…」

 

「気配がしたからな。…っていうか、みんな泣いてるのか?」

 

3人の顔をよく見ると、3人とも目に涙を浮かべていた。こいつらのことだ、俺がルインの記憶の中を見ている間に自分たちもその記憶の中に割り込む術かなにかで見てたんだろう。

 

「わ、私は乗り気ではなかったのですがフレイヤが無理やり…あぁっ、また思い出して…グスッ」

 

「ルインさんに…ルインさんにあんな悲しい過去があったなんて…」

 

「お姉さま…やっぱりこの出来事はいつ見てもお姉さまが可哀想で可哀想で…」

 

「皆、私のことを想ってくれてるのだな…ありがとう」

 

泣きじゃくる3人をルインは優しく諭した。

 

「わかったろルイン、俺だけじゃない。ここにいるみんながお前のことを大切に想ってるんだ。だからお前も今までどおりでいい。ずっと俺たちのそばにいてくれ」

 

「うむ…わかった」

 

そういうとルインの目にも僅かに涙が浮かんでいたが、それをこらえて笑顔を俺たちの方に向けてこう言った。

 

「これからもよろしく頼む、みんな」

 

俺はルインの過去を知った。しかし、だからといってルインに対して特別な感情を抱くことはなかった。

ただ今まで通り、いやそれ以上に共にいる時間を大切にしよう…そう決意を新たにした。




過去編なのであまり長くしたくないなと思っていたのですが、思っていたよりも長くなってしまったので前編後編と分ける形となりました。
今回は自分なりにガーランドルフとルインの関係について書いてみました。
次回からは新展開!…の予定。


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第29話:「旅立ちと遭遇」

己の中に眠る覇王の意識をなんとかするべく、デュエルモンスターズ界へと旅立つ遊煌達一行。
だが、次元の狭間を渡る最中、突然の次元震に襲われてしまい…?


「主、まだか?」

 

「もうすぐだ。…よし、できた」

 

あれから数日経ったある日、俺たちはこれから旅に出る準備をしていた。

どこに行くかって? それはデュエルモンスターズ界…そう、ルイン達の故郷だ。そしてこの前ウェムコが話していた魔導書院ラメイソンへと向かう。そこに行けば、俺の中に眠る覇王の意識をどうにかして取り除く方法が見つかるかもしれないからだ。

 

「主様の新しいデッキができたのですね」

 

「あぁ、この前手に入れたカードを何枚か入れてみたんだ」

 

デュエルモンスターズの世界に行くということは、必然的にデッキも完璧な状態にしておかなければならない。俺は完成させたデッキを腰にかけてあるデッキケースに入れ、バッグの中にデュエルディスクやその他諸々、食料など必要なものを入れる。

 

「準備はできたか?」

 

皆が俺の部屋に集まっている中、浅井の姿もそこにはあった。なにしろ俺たちは異世界へと行く手段は持ち合わせていない。だから異世界同士を自由に行き来することのできる能力を持つ浅井に頼るしかなかった。

 

「ああ」

 

俺が短く答えると、浅井は虚空より剣を出現させ、それを横と縦、十字に空間に切れ目を入れるようにして振るう。そうして生まれたのは次元の裂け目。裂け目の中はなんだかよくわからない空間が渦巻いていた。

 

 

 

 

 

―――――第29話:「旅立ちと遭遇」―――――

 

 

 

 

 

「なんだか緊張するな…」

 

「心配いりませんわ主様。気楽にちょっとした旅行だと考えましょう」

 

「だといいがな…」

 

浅井やメカ・ハンターの一件から察するに、向こうの世界でも俺が覇王だと知っている奴は多い。つまりはどこに行っても必ず安心だという保証はないというわけだが…。

 

「案ずるな、主の身になにがあろうとも私たちが必ず守る。主は覇王のことだけ気にかけていればいい」

 

「ウチの女神様は頼もしいな」

 

「当たり前だ。なんてったって私は破滅の女神だからな」

 

そうだ、俺には心強い五人の仲間がいる。破滅の女神に救世の美神、異次元の暗殺者に天界の戦士、あとついでに勝利の導き手も。これだけ揃っていればそんじょそこらのモンスターが襲ってきても遅れをとることはないだろう。

 

「で…浅井、この裂け目の中にどうやって入ればいいんだ?」

 

「特にこれといった方式などはないが、とりあえず飛び込め」

 

「と、飛び込むのか? この中に!?」

 

「この期に及んで何を戸惑っている。大丈夫だ、何も危険はない」

 

と言われてもなぁ…いきなり飛び込めったって。

 

「なーによ、覇王のくせに怖気づいてんの?」

 

背後のフレイヤが煽ってきた。

 

「そ、そんなことねーし! ってか俺は覇王でもないし!」

 

「では私達と共に飛び込むというのはいかがでしょう、マスター殿」

 

「そうですわね! 実はわたくしも心細かったので、そうさせていただくとありがたいですわ」

 

ウェムコが少し恥じらいながらそう言った。

 

「よ、よし。じゃあみんな一緒に飛び込もう。浅井、それでも大丈夫か?」

 

「問題ない。私が先行して入るから、君たちは私の後を追ってきてくれ」

 

それだけ言うと浅井は何のためらいもなく次元の裂け目に足を入れ、そのまま飛び込んでいってしまった。

 

「行ってしまいましたわね」

 

「よし…俺たちも行こう!」

 

意を決して片足を入れ、他のみんなも俺の後ろにつく。

 

「いくぞ! せー…のっ!」

 

次の瞬間、両足を裂け目の中に入れ、俺たちは次元の狭間へと飛び込んでいった。俺たちが次元の狭間に入ると、裂け目は自然に口を閉じた。

 

「何だこりゃ!? 上も下も右も左もわからねぇ! うっ…酔ってきた…!」

 

「ちょっと! こんなところで吐かないでよ!?」

 

次元の中はまるで無重力空間で、俺たちは流されるままにその空間内を漂っている。なんだかよくわからないぐにゃぐにゃした模様ばかりだし、そればっかり見てると気持ちが悪くなてくる。

どうやら俺に次元旅行は合わないようだ…。

 

「ちゃんと私について来てくれよ。はぐれると違う次元に飛ばされてしまう可能性がある」

 

「マジかよ…」

 

若干ビクビクしながらも必死に両手足をバタつかせて浅井の後ろに付く。そこからは流れに身を任せていくだけだ。

この無重力空間というのは慣れればなかなか良いもので、心なしか少し楽しくなってきた。…相変わらずこの模様だけは長く見てると気持ち悪くなってくるが。

 

「だいぶ流されてるけど、まだ着かないのか?」

 

「…おかしい」

 

その時、浅井の表情が変わった。若干嫌な予感を感じつつも、聞いてみる。

 

「なにがおかしいんだ…?」

 

「出口が見当たらないんだ。普通ならとっくに着いてるはずなのに…わっ!?」

 

「うわわっ!?」

 

「きゃっ!?」

 

突然嵐の中に揺られる船のごとく、空間が大きく歪み、俺達も大きく揺さぶられる。そんな俺の前をスカートを手で押さえたフレイヤが目の前を通り過ぎた。

 

「な、何が起こってるんだ!?」

 

「次元震だ! 次元の空間内で起こる地震のような現象だが…この揺れは異常だ! 自然に起きたものではないぞ!」

 

「自然ではないということは…どういうことだ!?」

 

「おそらく、何者かが故意に…―…ぐっ!?」

 

その時、一際大きな次元震が俺たちを襲った。あまりもの衝撃にかろうじて耐える…が、長くは持ちそうにもない。

 

「くっ…! このまま散り散りになれば、皆別々の次元に飛ばされてしま―…!」

 

浅井の声が聞こえた次の瞬間、さらに大きな次元震が発生し、浅井の姿が消えた。思わず息をのんだ…次元の彼方へ消えてしまったのだろうか…? 浅井がいなければ、俺達はどうしたらいいのだろうか!?

 

「あ、主…!」

 

「マスター殿…!」

 

「ルイン! キリア!」

 

叫び、手を伸ばす…が、間に合わずルインとキリアは俺の視界から消えてしまう。

 

「主様ぁぁぁ~~~!!」

 

「ウェムコ…!」

 

ウェムコも次元の彼方に消えてしまう。気が付けば残されたのは俺とフレイヤだけ…。

 

「フレイヤ! 手を!」

 

手をつなげば少なくとも別々の場所に飛ばされることはないと思い、必死でフレイヤに手を伸ばす。フレイヤの方もこんな時まで俺のことを嫌悪している場合ではないとわかっているらしく、手を伸ばす。互いに手の距離がもう数センチといったところ…その時だった。

また大きな次元震が俺達を襲った。

 

「きゃあああああ~~~!!」

 

「フレイヤ! フレイヤァァァァァ!!」

 

その次元震により、俺とフレイヤは別々の方向へと弾き飛ばされる。

次の瞬間目の前が眩しい光で覆われ、俺はそこで意識を失った。

 

………

……

 

「ククク…どうやらうまくいったようだな」

 

その様子を別の場所で見ていた者が呟く。

 

「しかし、何故覇王とその仲間たちを別々の場所に飛ばしたのです? このまま次元の狭間の中で息絶えさせることもできたでしょうに」

 

その隣にいる長身の男が話しかける。

 

「覇王はともかく、女神には死なれては困るのだ。奴の身体の中には今なお魔王の力が息づいている…」

 

「それをも自分の力にしようっていう考えか…全く、欲張りだよねぇ」

 

もう一人、子供くらいの背丈の者が呟く。

 

「あら、いいんじゃない? どうせなんだから圧倒的な力でこの世界をめちゃくちゃにしてやりましょうよ」

 

また一人、女性の声が呟いた。

 

「では、私はかつての闇の力の一部を開放し、人間界へと行ってまいります。もう一人の終焉の力を持つ者を引きこむためにね…」

 

「頼むぞ」

 

長身の男は帽子を被ると、次元の狭間の中へと消えていった…。

 

………

……

 

―先輩方、これって…人…ですよね?―

 

―ね、ねぇ…この人空から落っこちてきたよ?―

 

―見たことない恰好ねぇ…どこから来た人なのかしら?―

 

―死んでるのか? ちょっと杖貸せよ、つっついてみる―

 

―ちょっと! 私の杖でつっつかないでよ!―

 

俺の周囲から聞こえてくる声でうっすらとだが意識と戻った。

朦朧とする意識の中、全身に響き鈍痛で身体が動かせない…なんだ? 俺の周囲に人がいるのか…?

 

―うらうらっ―

 

俺の脇腹を何者かがつつく。意外と強い力なので半覚醒状態だった俺は無意識に振り払おうと手を振るう。

その時、俺は何か布のようなものを掴んだ。

何せ意識がはっきりとしないものだからそのまま掴んだ手を下げてしまった。

 

そして俺は目を覚ました。

 

目をあけると赤い髪をした女の子が顔を真っ赤にしているのが見えた。

 

「なっ…なななっ…なにしやがんだてめぇ!」

 

「…え?」

 

目線を下に逸らすと、俺が掴んでいるのは黒い布のようなものだった。しかもそれはなぜか、その赤い髪の娘の足に引っ掛かっていた。

…で、目線をもう少し上にあげるとそこには赤い髪の娘が必死で自分の下半身を手で押さえているのが見えて…―。

 

ゴスッ!!

 

鈍い音と強い衝撃が頭の中に響き、俺の意識は再びそこで途切れた。

 

………

……

 

「いっ…つぅ…」

 

頭に響く鈍痛で目が覚めると、木製の天井が視界に入ってきた。ここはどこだ…? どこだかはわからないが、どうやら建物の中らしい。

 

「気が付かれましたか?」

 

女性の声が聞こえると同時に、金髪の女性が俺の顔を覗き込む。

変な帽子を被っているが、俺はその彼女の姿に見覚えがある。えっと、確か名前は…。

 

「…ドリアード?」

 

「あら、どうして私の名前を知っているんですか?」

 

やっぱりそうだ、この人は実際のデュエルモンスターズのカードにもある『ドリアード』だ。

…ん? ちょっと待てよ、なんでデュエルモンスターズのカードにあるモンスターが今ここにいるんだ?

 

「…ここは? いつっ…!」

 

「あっ、まだ起き上がってはダメです!」

 

周りを良く見ようと上体を起こすが、頭の疼きに俺は頭を抱える。そんな俺をドリアードはベッドの方に寝かせ、その額に冷たい水に浸したタオルをかけてくれた。

 

「もう、安静にしてないとダメですよ」

 

「すいません…あの、ここは?」

 

「ここは私達魔法使いが住む町、通称『魔法族の里』。そしてこの建物は魔法を学習する学び舎、王立魔法学院デュエルモンスターズアカデミアの保健室ですよ」

 

周りを見ると、木製のテーブルに薬品の入った棚、ベッドごと仕切られたカーテンと、俺の知っている保健室とは少し雰囲気が違うようだが、確かにここは学校の保健室のようだ。

 

「デュエルモンスターズアカデミア…? ってことは、ええっと…ここって、デュエルモンスターズ界なんですか…?」

 

「…? はい、もちろんそうですが」

 

ドリアードは俺の質問の意味がよく理解できなかったらしく、少し首をかしげてそう答えてくれた。

ここはデュエルモンスターズ界…ということは、俺は運よくあの次元の波を乗り越えてこの世界に来れたらしい…。

 

「…そうだ! 俺の他には誰かいませんでしたか!? 銀色の髪をした背の高い女性とか、金髪で青い装束を纏った女性とか!」

 

「い、いえ…あの子達の話では貴方は一人で里外れで気絶していたそうですが…」

 

「そうですか…」

 

やっぱりあの次元震の後、皆は散り散りになってしまったようだ。

ルイン…ウェムコ…キリア…フレイヤ…浅井…俺は運よく助かったが、みんなも無事なんだろうか…?

 

「あの…つかぬことをお伺いしますが、貴方はもしや別の世界からいらしたのですか?」

 

「あ、はい。その時に連れも何人かいたんですが、次元の裂け目内で次元震に襲われてしまってバラバラに…」

 

「そうだったんですか…」

 

「こうしちゃいられない…! 早くあいつらを探さないと…!」

 

みんなのことが心配で居ても立ってもいられなくなった俺は、ベッドから飛び起きるとそのまま外へ出ようとした、が…。

 

「ぐっ…!」

 

急に視界が揺らぐと、また後頭部が痛みだす。どうやらまだ頭部へのダメージが残っているようだ。そのまま足がもつれ、俺は倒れこむ。

 

「あっ、危ない…! きゃっ!?」

 

そんな俺の体をドリアードは慌てて支えようとする…が、男の体を支えるには少々力不足だったようで、俺はドリアードを巻き込む形で床に倒れこんでしまった。

 

「す、すいません! 今どきます!」

 

「い、いえ…」

 

しかし、俺が起き上がるよりも先に保健室のドアが開き、五人の少女達が入ってきた。

 

「もう、ヒータがいけないんだよ? いきなりあの人を殴るから…」

 

「だーかーらー、これは正当防衛だっての! エリアだってあの場で急にあんなことされたら殴るだろ……って」

 

その五人は俺とドリアードが倒れている様子を見て唖然としている。この状況…見ようによっては俺が無理矢理ドリアードに襲いかかっているようにも見えなくは…ない…?

 

「あっ…いや違うんだ! これは…―!」

 

「ふんっ!」

 

直後、赤い髪の娘の強烈な回し蹴りが俺の顔にめり込んだ。

 

「ぐふぉっ!?」

 

蹴りをマトモに食らい、奇声をあげながら俺は盛大に吹っ飛ばされ、ベッドの角に腰を強打した。

 

「こんの変態野郎! アタシだけじゃなくドリアード先生にも手ぇ出しやがって!」

 

「せ、先輩! いきなり蹴りは…」

 

「先生! 大丈夫ですか!?」

 

「変なことされてないですか?」

 

「着衣の乱れは無し…っと」

 

白髪の子が少し慌て、青髪と緑髪と茶髪の子がドリアードの元に駆け寄り、彼女を起こす。

 

「あ、ありがとう皆さん。あの…ヒータさん? 彼は私に危害を加えていたわけでは…」

 

ヒータと呼ばれた子の姿を改めてよく見てみる。赤髪に釣り目…そして他の4人と似通った服装…間違いない、この子はデュエルモンスターズにおいてコアな人気をもつ“霊使い”カテゴリのうちの一枚、『火霊使いヒータ』だ。そして後ろでドリアードの元に駆け寄っているのは、同じく霊使いカテゴリの『光霊使いライナ』、『水霊使いエリア』、『風霊使いウィン』、『地霊使いアウス』だ。

 

「先生は黙っていてください! おい、そこの変態野郎!」

 

変態野郎、というのはどうやら俺のことらしい。打った腰を擦りながら地面にへたれこむ俺を、ヒータは睨みつけながら指をさし、こう言った。

 

「アタシとデュエルしろ! もし私が勝ったら即刻この里から出ていけ!!」

 

………

……

 

「…どうしてこうなった?」

 

いきなり問答無用のデュエルを挑まれて、俺はドリアードに連れられて学校の敷地内にある広い中庭に案内された。

その中央部には、生徒達がデュエルで使用するものだろうか…簡易的な円状のデュエルフィールドのような用意されており、周囲にはギャラリー用の席もあり、そこに何人か座っている。その生徒達もデュエルモンスターズで見たことのあるカードの恰好をしていたり、魔法使いらしい恰好をしている。どうやら本当にこの世界はデュエルモンスターズの世界らしい。

で、俺はと言うとそのデュエルフィールドに立ち、正面にはヒータが対峙する。彼女からデッキを手渡された俺はそのデッキを受け取り、俺も彼女にデッキを渡し、互いにデッキをシャッフルする。

 

「本当はこの世界のことについていろいろ聞きたかったんだけどなぁ…」

 

小声で呟くとヒータは念入りにデッキをシャッフルしながら時々俺を睨みつけた。どうやらこっちの事情は聞き入れてはもらえないようだ…。

 

「お二人ともデッキのシャッフルはよろしいですか? それではこりより模擬デュエルを行います。ジャッジは私、ドリアードが務めさせていただきます」

 

互いのデッキを返すとドリアードがフィールドの中央に入る。

 

「あ、そうだ。ドリアードさん、一つ聞いてもいいですか?」

 

「はい、何でしょう?」

 

「確かこの世界でデュエルすると、ダメージが本物になったり負けた奴は死ぬって聞いたんだけど…大丈夫かな?」

 

以前、浅井とデュエルをした際に精霊とのデュエルは真の意味での“決闘”…つまり、命を賭けると言われたことがある。

右も左もわからない異世界で皆の行方を知らないで死にたくはないし、第一俺としても女の子相手に命を賭けたデュエルなんてしたくなかった。

 

「それは本物の“決闘”を行う場合のみです。今から行うデュエルはいわば模擬戦のようなものですから、ダメージは受けても命に関わるほどではありませんわ」

 

「そっか、それを聞いて安心した。じゃあ遠慮なくやれるな」

 

「はい。ですからあの子…ヒータを少し痛みつけて口の悪さを治してあげて下さい♪」

 

と、ドリアードは急に黒い笑顔を俺に向けてそうお願いしてきた。あれ…? 俺の中でのドリアードってすごく優しくて誠実そうなイメージだったんだけど…実はちょっと腹黒いのかな?

 

「なにやってんだ! さっさと始めるぞ!」

 

対峙する先でヒータが吠える。

デュエルするのはいいんだが、やるからにはこっちとしてもただでやられるわけにはいかない。ここで皆の手掛かりを掴む前に追い出されるのはゴメンだからな、何としても勝っていろいろ情報を集めないと!

 

「デュエルの前に一つ条件がある」

 

「今さらなんだってんだよ?」

 

「俺だけ勝ったときに何もないっていうのは不公平だと思うんだ。だから俺にも勝った時のメリットをくれ」

 

「ハッ! 笑わせんな! お前みたいな変態がアタシに勝てる筈ないだろ! まぁいいや、言ってみろよ」

 

「お前が勝ったら俺は大人しくここを出ていく。だが、俺が勝ったら……俺の言うことを聞いてくれ」

 

「………は?」

 

直後、場の空気が凍りつき、対峙するヒータはもとより集まっているギャラリーの誰もが沈黙する。しばらくしてヒータの顔がみるみる真っ赤になっていき、ギャラリーにいる他の霊使い達もひそひそと何かを話し始めた。

…あれ? 俺、今なんて言った? 俺はただ、“俺の主張する意見を聞いてくれ”っていうつもりで言ったはずなんだが…。

 

「…あっ!」

 

自分の言った言葉を思い出し、今こいつらは大変な誤解をしているということに気が付いた。

 

「ち、違うんだ! 俺の話を聞いてほしいっていう意味で言ったのであって、決してそんなお前が思ってるような意味じゃ…!」

 

「こ…このド変態野郎! いいぜ…わかったよ! 二度とそんな妄言吐けないように徹底的に叩きのめしてやるよ!」

 

真っ赤な顔で青筋を立てながら激昂するヒータは、やる気満々でデュエルディスクを構える。どうやらまだ誤解しているようだ…。

 

「…しかたない」

 

誤解させたままというのは府に落ちないが、なんにしてもデュエルで勝つしか方法はない。

 

「それでは、デュエル開始!」

 

「「デュエル!!」」

 

ドリアードの合図と共に、俺達はデュエルを始めた。

 

「あたしのターンからいくぜ! ドロー!」

 

先攻はヒータからだ。ヒータは意気揚々とデッキからカードをドローする。

火霊使いヒータ…その名の通り火を操る霊使いだ。ということは当然、使ってくるカードは炎属性が主体か…?

 

「あたしはモンスターをセット! そしてリバースカードを2枚セットして、ターンエンドだ!」

 

■――――

■■―――

ヒータ:手札3枚 LP4000

モンスター:伏せ1体

魔法・罠:伏せ2枚

 

なんだ、セットカードだけか…? ヒータは見たところ、感情的になりやすい性格だと思ったから初ターンにいろいろ動いてくると思ったんだが…。

 

「まぁいい…俺のターン!」

 

今の俺のデッキは前までとは違い、あの浅井とメカ・ハンターとのデュエルでメカ・ハンターが落としたカードを組み込んだ新しいデッキとなっている。今はその力を借りて、攻めさせてもらう!

 

「俺は手札から『サイバー・ドラゴン』を特殊召喚!」

 

【サイバー・ドラゴン】光 機械族 ☆5 ATK/2100 DEF/1600

 

俺のフィールドに白銀に輝く機械の竜がとぐろを巻いて出現した。

 

「なにっ!? レベル5のモンスターをリリース無しで召喚だと!?」

 

「『サイバー・ドラゴン』は相手フィールドにのみモンスターが存在する場合、手札から特殊召喚できるんだ」

 

召喚権を使わずに高攻撃力のモンスターを出せるのがこのカードの良いところだ。しかもそのおかげでシンクロやエクシーズ召喚に用いられることも多々ある。こういった召喚条件のあるカードのおかげで、デュエルモンスターズにおいて「先攻は絶対有利」という概念が覆されたぐらいだ。

さて…俺にはまだ通常召喚が残されている。後続のモンスターを出して追撃してもいいが…まだヒータが手の内を晒してないとなると迂闊には攻め込めない。よし、まずはこいつで様子見といくか。

 

「『サイバー・ドラゴン』で守備モンスターに攻撃! ≪エヴォリューション・バースト≫!!」

 

『サイバー・ドラゴン』の口からビームのブレス攻撃が放たれ、ヒータの場の守備モンスターを焼き尽くす。

 

「ちっ…守備モンスターは『ガード・オブ・フレムベル』だ」

 

【ガード・オブ・フレムベル】炎 ドラゴン族 ☆1 ATK/100 DEF/2000 チューナー

 

『ガード・オブ・フレムベル』…守備力が高いだけのただの壁モンスターか。どうやら初ターンは互いに様子見らしい。

 

「カードを1枚伏せ、俺はこれでターンエンドだ」

 

△――――

■――――

遊煌:手札4枚 LP4000

モンスター:『サイバー・ドラゴン』

魔法・罠:伏せ1枚

 

「あーあ、ターンエンドしちゃった」

 

「…え?」

 

その言葉はギャラリーから見ている地霊使いアウスのものだった。アウスら霊使いはこちらのデュエルの様子を見てなにやらひそひそ話してたりニヤニヤ笑ったりしている。

 

「私の予想だとヒータはこのターンに決めてくるわね」

 

「もうアウス、そんなこと言ったらあの人に悪いじゃない…」

 

「でも、ヒーちゃんいつもあの方法で勝つからきっと今回も…」

 

「ヒータ先輩も今回ばかりは負けられないみたいですからねぇ」

 

…まぁ、気にしないでおこう。しかしこのターンで決めるとは…つまりはワンターンキルを狙うということ…一体どうやってだ…?

 

「アタシのターン! …きた!」

 

ドローしたカードを見てヒータがにやりと笑った。…何をするつもりだ?

 

「アタシは、『龍炎剣の使い手』を召喚!」

 

【龍炎剣の使い手】炎 戦士族 ☆4 ATK/1800 DEF/1200

 

ヒータのフィールドに二本の炎の剣を構えた猛々しい男が出現した。『龍炎剣の使い手』…これがヒータのデッキのキーカードらしいが、見たところなんてない普通のカードのようだ。果たしてこれからどうやって動くんだ…?

 

「さらに永続トラップ発動、『血の代償』!」

 

「なにっ、『血の代償』だと!?」

 

「このカードはライフを500払う代わりに通常召喚を1回増やす。私はライフを500払いモンスターを召喚!」

 

ヒータ:LP4000→3500

 

ヒータのライフが削れ、モンスターが召喚される。出現したモンスターは、血のように深紅の魔法着に身を包んだ魔術師…『ブラッド・マジシャン―煉獄の魔術師―』だ。

 

【ブラッド・マジシャン―煉獄の魔術師―】炎 魔法使い族 ☆4 ATK/1400 DEF/1700

 

「そしてモンスターが召喚されたこの瞬間、『龍炎剣の使い手』の効果が発動! このカードのレベルを1つ上げ、攻撃力を300アップさせる!」

 

「レベルと攻撃力を上げる…?」

 

『龍炎剣の使い手』の構えた剣の炎の勢いが激しくなる。だが、そんな効果が一体なぜ1ターンキルに繋がるというのだろう?

 

「…と、ここでさらに永続トラップカード、『エンペラー・オーダー』を発動!」

 

ヒータの場で表になる2枚目のカード。そのイラストには、“エンペラー”の名に相応しい、俗に言う“帝”モンスター達が描かれている。

 

「このカードは召喚時に発動するモンスターの効果を無効にする!」

 

「なんだと!?」

 

『エンペラー・オーダー』の効力が発揮されると、『龍炎剣の使い手』の剣に灯った炎の勢いが萎えていく。

自分からモンスターの効果を無効にするとは…一体…?

 

「そしてこの効果で無効にした時、デッキからカードを1枚ドローする! さらに『血の代償』の効果を発動! 来い、『ファイヤーソーサラー』!」

 

ヒータ:LP3500→3000

 

【ファイヤーソーサラー】炎 魔法使い ☆4 ATK/1000 DEF/1500

 

「そして『龍炎剣の使い手』の効果が発動する! が、『エンペラー・オーダー』の効果で無効にし、1枚ドロー!」

 

「…ん?」

 

ここで俺は気が付いた。

 

「さらに血の代償の効果を発動! 『バルキリー・ナイト』召喚!」

 

「ちょ、ちょっと待て!」

 

ヒータ:LP3000→2500

 

【バルキリー・ナイト】炎 戦士族 ☆4 ATK/1900 DEF/1200

 

「『龍炎剣の使い手』効果発動! 無効にして1枚ドロー! 血の代償の効果発動! 『超熱血球児』召喚!」

 

「ちょっ…!」

 

【超熱血球児】炎 戦士族 ☆3 ATK/500 DEF1000

 

「はぁ…はぁ…どうだ! この圧倒的な戦力差!」

 

「い、1ターンで…モンスターが5体…だと…!?」

 

…確かに圧倒的な戦力差だった。そう、このコンボ…ライフとモンスターが途切れなければドローが続く限りモンスターが召喚され続けるというコンボだったのだ。『龍炎剣の使い手』…『血の代償』…そして『エンペラー・オーダー』…やられたな、どれもさほど珍しくもないカードなのに、まさかこんなコンボがあったとは…!

ふとジャッジのドリアードやギャラリーの霊使い達を見ると、「やれやれ、またか…」といった表情をしていた。察するに、彼女達も日頃からこのコンボに苦しめられてきたのだろう。

 

「まだまだこれで終わりじゃねぇぜ! 『超熱血球児』はフィールドにいるこのカード以外の炎属性モンスターの数だけ、攻撃力が1000ポイントアップするんだ!」

 

「なっ…1体につき1000!? 今お前のフィールドには…!」

 

「そう、4体の炎属性モンスターがいる! よって攻撃力は…!」

 

『超熱血球児』の瞳に炎が灯り、バットを握る手が強くなる。

 

超熱血球児:ATK/500→4500

 

「こ、攻撃力…4500!?」

 

「いくぜ女の敵め! アタシやドリアード先生にした悪行の数々…あの世で詫びな! 『超熱血球児』で『サイバー・ドラゴン』に攻撃!」

 

『超熱血球児』が炎のボールを取り出し、それを空中に放るとバットを構える。

 

「一球入魂! ≪第45号ソニック・オン・ホームラン≫!!」

 

瞬間、思いっきり振るったバットに触れる炎のボール。それはまるで鉄でも打ったかのように轟音を立ててぶつかり合い、ボールはジグザクの線を描いて『サイバー・ドラゴン』へと向かう。炎のボールは『サイバー・ドラゴン』の胴体を貫通し、『サイバー・ドラゴン』は火花を散らせて爆発した。そして貫通したボールはそのまま俺の体に打ちこまれる。

 

「ぐはっ…!」

 

遊煌:LP4000→1600

 

ボールが当たった脇腹付近を抑える。なんてデッドボールだ…! 攻撃力4500のモンスターの衝撃がこれほどとは…!

 

「どうだ? なんならここで止めにしてやってもいいぜ」

 

「…まだ」

 

「は?」

 

「まだ…まだだ!」

 

あいつは…浅井は前のデュエルの時、こんな攻撃とは比較にならないほどの攻撃を食らって、そして勝利した。俺だって負けてられない…こんなところじゃ!

 

「懲りねぇ奴だな! どの道この攻撃食らったらもう終わりだっつの! 『龍炎剣の使い手』でダイレクトアタックだ!」

 

『龍炎剣の使い手』が剣を振りかざす。攻撃力は1800…これを食らったら俺の負け…だが!

 

「手札から、『速攻のかかし』の効果発動!」

 

「手札からモンスター効果だと!?」

 

【速攻のかかし】地 機械族 ☆1 ATK/0 DEF/0

 

「相手モンスターの攻撃宣言時、このカードを手札から墓地に捨てることによりその攻撃を無効にし、バトルフェイズを終了する!」

 

俺が受ける攻撃を『速攻のかかし』が出現し、攻撃を受けるとバラバラに砕け散った。

 

「なっ…! アタシの必殺の1ターンキルを防ぐだと!?」

 

「どうだ!」

 

「だが…まだだ! 『超熱血球児』の効果発動! このカード以外のモンスターを墓地に送る度に、相手に500ポイントのダメージを与える!」

 

「1体につき500…俺のライフは1600だから…!」

 

「そうさ! この4体全てのモンスターを墓地に送ればアタシの勝ちだ! まず1球目、『ブラッド・マジシャン』をリリース!」

 

ご丁寧に『超熱血球児』は俺に向かってバットの先端を向ける。予告ホームランの合図だ。そして『ブラッド・マジシャン』は炎のボールへと姿を変え、『超熱血球児』へと迫る。『超熱血球児』はバットを身構える。

 

「秘打! ≪44(フォーティフォー)マグナムノック≫!!」

 

思いっきりバットを振るって俺の方へ炎のボールを打つ。今度は先ほどとは違い、一直線な球筋だ。だが、これを受けたら俺はゲームセット、コールドゲームになってしまう。そうはいかない!

 

「カウンタートラップ、『ダメージ・ポラリライザー』発動! ダメージを与える効果が発動した時、その効果を無効にする!」

 

俺の前にプリズムの盾が出現し、それが『超熱血球児』の打った球を弾き返した。

 

「くっ…1度ならず2度までも…!」

 

炎属性モンスターが1体減ったため、『超熱血球児』の攻撃力も1000下がる。

 

超熱血球児:ATK/4500→3500

 

「残念だがファールボールだ。そう勝負を焦るなよ、ここで一旦タイムといこうじゃないか。『ダメージ・ポラリライザー』の効果で、互いのプレイヤーはカードを1枚ドローする」

 

「…わかった、ドロー。カードを1枚セットしてターンエンドだ」

 

△―△△△

□□■――

ヒータ:手札3枚 KP2500

モンスター:『龍炎剣の使い手』『炎の女暗殺者』『バルキリー・ナイト』『超熱血球児』

魔法・罠:『血の代償』『エンペラー・オーダー』伏せ1枚

 

「すごい…! あのお兄さん、ヒータの必殺のワンターンキルを防いじゃった!」

 

俺達のデュエルを見ていたエリアが感嘆の声をあげた。

 

「へぇ、あの人なかなかやるじゃない。ねぇみんな、どっちが勝つか賭けない?」

 

「またアウスったらそんな…私はパスするからね」

 

「わ、わたしも…賭けとかそういうのよくないと思うし…」

 

「もうエリアもウィンもお固いなぁ。ライナはどうする?」

 

「えっ!? じ、じゃあヒータ先輩が勝つ方に賭けます!」

 

「お、いいねぇ。じゃあ私はあのお兄さんが勝つ方に賭けるね。負けた方が今日のランチ奢りだからね」

 

「の、望むところです!」

 

…なにやら俺達のデュエルが賭けの対象になっているが、それはさておき、なんとかワンターンキルだけは凌いだな…。

さて、このターン中でなんとかしないと、本気で負けてしまう。それだけはなんとしても避けないと。

 

「俺のターン!」

 

もう悠長なことは言ってられない。一気に仕掛ける!

 

「俺は『終末の騎士』を召喚!」

 

【終末の騎士】闇 戦士族 ☆4 ATK/1400 DEF/1200

 

「『終末の騎士』が召喚した時、デッキの闇属性モンスター1体を墓地に送る! 俺は『儀式魔人ディザーズ』を墓地に送る」

 

デュエルディスクが『ディザーズ』のカードを選び出し、俺はそれを墓地に送った。

 

「さらに、墓地に存在する光属性の『サイバー・ドラゴン』と闇属性の『儀式魔人ディザーズ』をゲームから除外し、『カオス・ソーサラー』を特殊召喚!」

 

【カオス・ソーサラー】闇 魔法使い族 ☆6 ATK/2300 DEF/2000

 

「ちぃっ…! 厄介なモンスターが…!」

 

ヒータが舌打ちをするが、俺は構わずデュエルを進める。

 

「『カオス・ソーサラー』の効果発動! 1ターンに1度、フィールドの表側モンスター1体をゲームから除外する! 俺が除外するのは、もちろん『超熱血球児』だ!」

 

『カオス・ソーサラー』は両手に溜めた光と闇の魔力を合成し、それを『超熱血球児』に向けて放ち、『超熱血球児』は次元の彼方へと消え去った。

 

「攻撃力3000超えのモンスターもあっけないものだな」

 

「ほざけ! 効果を使ったターン『カオス・ソーサラー』は攻撃宣言が行えない! 残った『終末の騎士』もその攻撃力じゃ私のモンスターには対抗できない! 次のターンでアタシがまたこのデュエルの主導権を握ってやるさ!」

 

「…それはどうかな?」

 

「なに…!?」

 

「俺は場の『終末の騎士』を手札に戻し、チューナーモンスター『A・ジェネクス・バードマン』を特殊召喚!」

 

突如突風が吹き付けると、『終末の騎士』の姿が消え、代わりに鳥の頭が特徴的なモンスターが風と共に舞い降りた。

 

【A・ジェネクス・バードマン】闇 機械族 ☆3 ATK/1400 DEF/400 チューナー

 

「チューナーモンスターを特殊召喚だと!?」

 

「いくぜ! 俺はレベル6の『カオス・ソーサラー』にレベル3の『A・ジェネクス・バードマン』をチューニング!」

 

『バードマン』は翼を広げ空を舞い、自身を3つの星に変換するとその星が『カオス・ソーサラー』と重なり合う。

 

 

 

 

 

―黒き巨体に絆を乗せて―

 

―煌めけ、勝利の青信号! ―

 

―暗闇を乗り超え、走り出せ!―

 

 

 

 

 

噴き出す煙にけたたましく鳴る蒸気音。太い腕を振り上げ、俺の場に現れる黒鋼の巨体…そいつは太い腕をガチンと目の前で合わせると、ヒータの操るモンスター達の前に巨大な影を落とす。

 

「シンクロ召喚! 『レアル・ジェネクス・クロキシアン』、定刻通りに只今到着!」

 

【レアル・ジェネクス・クロキシアン】闇 機械族 ☆9 ATK/2500 DEF/2000 シンクロ

 

「れ…レアル・ジェネクス…クロキシアンだと…?」

 

目の前にそびえたつ黒き巨体を目前にして、ヒータはそれを見上げながら呟く。

 

「そう…その通り!」

 

「ふざけやがって! たかが攻撃力2500程度のモンスターじゃねぇか! その程度、アタシのモンスター軍団にかかればたいしたもんじゃねぇっての!」

 

「これを見てもそんなことを言えるか? 『レアル・ジェネクス・クロキシアン』の効果発動!」

 

すると『クロキシアン』は頭部の煙突からもくもくと煙を吐き出し、その灰色の煙はあっという間にフィールドを埋め尽くした。

 

「な、なんだ!? この煙は…?」

 

「お前のモンスターの様子をよーく見てみな」

 

たちこめる煙の中、ヒータは目を凝らして自分のモンスターの様子を見てみる。すると…どうしたことだろうか、モンスターが皆ふらふらとして落ち着きが無い様子だ。

 

「ど、どうしたんだみんな!?」

 

「『レアル・ジェネクス・クロキシアン』の効果さ。『クロキシアン』が出す煙にはモンスターの中枢神経を麻痺させる特殊な“チャフ”が含まれている」

 

「チャフ…?」

 

 

 

「アウス先輩、チャフってなんですか?」

 

「確か…電波やレーダー類を狂わせる金属片だったかしら。あれはそれのモンスター版みたいだけど…」

 

 

 

『クロキシアン』の出す煙をよく見てみると、その煙の中にはきらきらと光る金属片がいくつか見える。

 

「このチャフの影響でお前の場の一番レベルの高いモンスターは自分の主人が誰なのか判断できなくなり…俺がコントロールすることができる!」

 

「なんだと!?」

 

「今お前のフィールドにいるモンスターは全てレベル4…だからみんなチャフの影響を受けちまっている。この場合は俺がどのモンスターをコントロールするか選択することができる」

 

「くっ…!」

 

「というわけで貰うぜ、お前の場で一番攻撃力が高いモンスター…『バルキリー・ナイト』を!」

 

『バルキリー・ナイト』はふらふらとした足取りで俺のフィールドに引き寄せられ、完全に俺のコントロール下に入る。そしてヒータの操るモンスター達の前に対峙し、その刃を向ける。

 

「バトルフェイズだ! まずは『レアル・ジェネクス・クロキシアン』で『龍炎剣の使い手』を攻撃! ≪アドベント・R・バスタァァァァァ≫!!」

 

『クロキシアン』が両手を『龍炎剣の使い手』に向けると、腕の機関部に光が収束していき、マシンガンのように光弾を放つ。放たれた光弾は『龍炎剣の使い手』を貫き、撃破する。

 

「くっ…!」

ヒータ:LP2500→1800

 

よし、これでヒータのコンボの一角を潰した。あとは…!

 

「『バルキリー・ナイト』で『ファイヤーソサラー』を攻撃!」

 

『バルキリー・ナイト』は剣を抜き、構えると『ファイヤーソーサラー』の前に対峙する。そして上空に飛び上がり、上段から斬りかかる。『ファイヤーソーサラー』も炎を飛ばして迎撃するが、飛ばした炎は剣で蹴散らされてしまい、甲斐なくそのまま切り捨てられてしまった。

 

「うっ…」

ヒータ:LP1800→900

 

これでヒータの場のモンスターは全滅した。そして俺の方がライフポイント的にもリードしている。このまま次のターン、一気に攻める!

 

「カードを1枚セットして、ターンエンドだ」

 

△△―――

■――――

遊煌:手札2枚 LP1600

モンスター:『レアル・ジェネクス・クロキシアン』『バルキリー・ナイト』

魔法・罠:伏せ1枚




しばらくぶりの投稿となり、気がつけば年を跨いでしまっていましたw
今回より新展開、舞台がデュエルモンスターズ界へと移ります。
さっそく霊使いやドリアードといった新キャラクターも登場しましたが、新世界で多くの出会いが遊煌達を待っております、お楽しみに!


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第30話:「地獄の炎帝と炎霊」

『レアル・ジェネクス・クロキシアン』の召喚でヒータのモンスターを奪い、一気に優勢に立った遊煌。
しかしヒータも一筋縄ではいかず、さらなる戦術を用いて遊煌を追い詰める。
そして遊煌に明かされる衝撃の真実とは…?


「怒涛の攻撃だね、あのお兄さん」

 

「そうね、でもヒータもこのままじゃ済まさないでしょうね。ヒータの戦術は、『龍炎剣の使い手』を軸にしただけのものじゃないから」

 

「ヒーちゃん、がんばって~! 応援してるよぉ~!」

 

「ヒータ先輩! 勝ってくれなきゃ困るんですから絶対勝って下さいね!」

 

4人の霊使いの少女達はヒータに対してエールを送った。

 

 

 

 

 

―――――第30話:「地獄の炎帝と炎霊」―――――

 

 

 

 

 

「くっ…アタシのターン! ドロー!」

 

これでヒータの場にモンスターはいなくなった。だが、まだ厄介な『血の代償』が残っている…油断はできない。

 

「アタシは『ポケ・ドラ』を召喚!」

 

【ポケ・ドラ】炎 ドラゴン族 ☆3 ATK/200 DEF/100

 

ヒータの場に小さな炎を吐くかわいらしいドラゴンが現れた。

 

「『ポケ・ドラ』が召喚に成功した時、デッキから『ポケ・ドラ』1体を手札に加えることができる!」

 

ヒータのデュエルディスクがカードを1枚選び出し、それを手札に加える。

 

「さらにライフを500払い、モンスターを召喚する!」

 

「な、なにっ!?」

 

「どうしたよ?」

 

「お前…そんなにライフ払っちゃって大丈夫なのか…?」

 

あまりにも顧みずなヒータの行動に、敵であるはずの俺は思わず心配をしてしまった。

 

「ハッ! 人の心配なんかしてる場合かよ! アタシはどうあってもお前を許さないって決めたんだ…お前に勝って、アタシに恥をかかせたことを後悔させてやる!」

 

「…なぁ、さっきから聞きたかったんだが、俺お前に何かしたか?」

 

その一言でヒータの動きが止まり、顔を俯かせる。

俺が何事かと思っていると、突然拳を握ってフルフルと震え始めた。

 

「…お前、覚えてないのか…?」

 

「気絶してた時のことはあまり…」

 

俯いててもわかるくらいに段々と顔を赤らめるヒータ。そして蚊の鳴くような小さな声でボソボソと呟く。

 

「…―だろが」

 

「え、なんだって? よく聞こえないんだが…」

 

「あ…アタシのスカートずり下げただろうがっ!!」

 

軽く涙目になりながらヒータは叫ぶ。そのあまりもの大声にビリビリと空気が震え、一瞬の沈黙の後ギャラリーの観客達がざわざわと騒ぎだした。

 

「え…えぇ~!? そ、そんなの俺知らないぞ!?」

 

「そこの4人が証人だ! 聞いてみろ!」

 

ヒータが観客席にいるエリア、アウス、ウィン、ライナを指差した。俺はすごすごとステージを一旦離れてそこまで駆け寄り、4人に事情を聞く。

 

「な、なぁ…俺があいつのスカートずり下げたって…」

 

「うん、本当よ」

 

「ヒータが私の杖でお兄さんの脇腹突っついた時だったよね」

 

「ばっちり見えてたです…」

 

「私も見ました。いきなりヒータ先輩のスカート降ろすからビックリしましたよ」

 

Oh…マジですかー…。意識が朦朧としていたとはいえ、それは確かに女の子からしたらとんでもないことだし、俺が怒られてもしょうがないのかもしれない…。

…だけど。

 

「で、でもさぁ…そもそもあんな色気ない奴のスカート降ろしたって何の得にもならない気が…」

 

と、小声で愚痴を言ったつもりだったのだが…。

 

ピクッ

「…今…なんつった…?」

 

背後からドスの利いた声が聞こえてきた。

後ろを振り向くと…すぐ真後ろにヒータがいた!

 

「げぇっ! お前っ…!」

 

「今なんつったオラァ!!」

 

すごい剣幕で俺の胸倉を掴んでくるヒータ。そのままギリギリと締めあげられ俺の足が宙に浮く。こんな力どこから…!

 

「こ、こらこらヒータさん! 今はデュエル中ですから暴力は…!」

 

「…ふん!」

 

ドリアード先生が止めに入ってくれて、俺はその場に乱暴に降ろされた。絞められた首を擦り、咳をして呼吸を整え、なんとか立ち上がる。

 

「わかってますよ先生…こいつだけは…デュエルで決着をつけます!」

 

と、元の位置に戻った俺とヒータはデュエルを再開する。…ただし、ヒータだけは先ほどまでとは違い凄い剣幕だ。あの周りだけピリピリと明らかに先ほどまでとオーラが違う。こりゃどちらが勝っても負けても血を見ることになりそうだなぁ…まいった。

 

「さっきの続きだ! 『血の代償』の効果を発動! 『ポケ・ドラ』を召喚!」

 

ヒータ:LP900→400

 

「そして『ポケ・ドラ』の効果発動! だが、この効果は『エンペラー・オーダー』の効果で無効にし、1枚ドローする!」

 

なるほど、『エンペラー・オーダー』の効果で無効にできるモンスターは何も『龍炎剣の使い手』だけではないということか。どうやらヒータのデッキにはこの手の炎属性モンスターが多数入っているらしい。そしてこれでヒータの場に同じレベルのモンスターが2体並んだ。ヒータの残りライフ的にもう払う余裕はないはずだ…ということは、ここでエクシーズ召喚を狙ってくるか…?

 

「さらにリバースカード、『非常食』を発動! アタシの場の魔法・トラップカード1枚を墓地に送る度に1000ライフを回復する! アタシは『エンペラー・オーダー』を墓地に送り、1000回復!」

 

ヒータ:LP400→1400

 

「ここで非常食か…!」

 

これで最大あと2体モンスターを通常召喚できる。どうやらヒータは本気で俺を叩き潰すつもりらしい…その迫力に気圧されてしまい、少しこの後の展開が苦しくなってきたな…。

 

「さらにライフを500払い、『ポケ・ドラ』2体をリリース!」

 

ヒータ:LP1400→900

 

「リリース!? アドバンス召喚か!」

 

このためにステータスが低くてサーチ効果のある『ポケ・ドラ』を場に並べていたのか。2体の『ポケ・ドラ』の体が炎に包まれ、その炎が一つに交わると巨大な轟炎となって俺の前に熱風が吹き荒れる。

 

「『ヘルフレイムエンペラー』をアドバンス召喚!」

 

【ヘルフレイムエンペラー】炎 炎族 ☆9 ATK/2700 DEF/1600

 

轟炎は半人半獣の獅子の形に姿を変える。その燃え盛る熱波は俺のフィールドにまで届き、思わず腕で顔を覆うほどだ。

 

 

 

「出た! ヒータのエースモンスター!」

 

「あれに加えて激怒したヒータ…こりゃ手がつけられないわ。賭けは私の負けかなぁ」

 

エリアが叫び、アウスが頭を抱える。

 

 

 

「『ヘルフレイムエンペラー』の効果発動! このカードがアドバンス召喚に成功した時、墓地の炎属性モンスターを5体まで除外することで、除外した数だけフィールドの魔法・トラップカードを破壊する! アタシは墓地の『ポケ・ドラ』1体をゲームから除外し、お前の伏せカードを破壊する!」

 

「なにっ!?」

 

「焼き尽くせ、≪ブレイズ・パイロニクス≫!!」

 

『ヘルフレイムエンペラー』の手に燃え盛る炎の球が握られ、俺の伏せカードに向けて放たれる。放たれた炎は俺の伏せカードに燃え広がり、灰も残さず焼き尽くした。

 

「『女神の加護』が…」

 

「『血の代償』効果発動! ライフを500払い、『炎の女暗殺者』を召喚!」

 

ヒータ:LP900→400

 

右手に短いナイフを持った、大胆に肌を露出した女の暗殺者が現れた。

 

【炎の女暗殺者】炎 炎族 ☆4 ATK/1500 DEF/1000 リバース

 

「さらに、墓地の炎属性モンスター『ポケ・ドラ』を除外することにより、『インフェルノ』を特殊召喚する!」

 

【インフェルノ】炎 炎族 ☆4 ATK/1100 DEF/1900

 

「これで同じレベルのモンスターが2体並んだか…」

 

「いくぞ! アタシはレベル4の『炎の女暗殺者』と『インフェルノ』でオーバーレイ! 2体のモンスターでオーバーレイネットワークを構築!」

 

『炎の女暗殺者』と『インフェルノ』は炎を纏いながら一つとなり、そこからさらに強大な炎を纏ったモンスターが誕生する。

 

 

 

 

 

   ―炎纏いし亡霊よ―

 

―灼熱の刃を滾らせ魂を狩り取れ!―

 

 

 

 

 

「エクシーズ召喚! 燃え盛れ、『ヘルフレイムゴースト』!!」

 

【ヘルフレイムゴースト】炎 炎族 ★4 ATK/2200 DEF/2000 エクシーズ

 

顔は綺麗な女性だが、それ以外の部位は全てが炎に包まれている不気味なモンスターが出現した。『ヘルフレイムゴースト』は肩に2つの刃を持つ鎌を担ぐと、俺の場のモンスターを一瞥する。

 

「『ヘルフレイムゴースト』の効果発動! オーバーレイユニットを一つ取り除き、このカードの攻撃力を相手のエンド時まで500ポイントアップさせる!」

 

ヘルフレイムゴースト:ATK/2200→2700

 

「攻撃力2700が2体か…!」

 

「いくぜ! まずは『ヘルフレイムゴースト』で『バルキリー・ナイト』を攻撃! ≪バーニング・ソウルシザース≫!!」

 

『ヘルフレイムゴースト』が鎌を振りかざし、それによって『バルキリー・ナイト』が一刀両断されてしまった。

 

「くっ…」

 

遊煌:LP1600→800

 

「続いて『ヘルフレイムエンペラー』で『レアル・ジェネクス・クロキシアン』に攻撃!≪ブレイズ・オブ・デストラクション≫!!」

 

『ヘルフレイムエンペラー』の両手に溜められた火炎が一気に放出され、『レアル・ジェネクス・クロキシアン』の巨体を包み込む。『クロキシアン』の黒鋼のボディは灼熱の炎によって溶かされてしまい、そのまま焼き尽くされてしまった。

 

「やるな…!」

 

遊煌:LP800→600

 

「どうだ! これでお前の場のモンスターは全滅、私のフィールドには攻撃力2700のモンスターが2体! 勝負はついたな!」

 

「…そんなこと、まだわからないだろう」

 

「ほう、言うじゃねぇか。変態じゃなけりゃその根性を見込んでやろうと思ったけどな。まぁ、アタシはこれでターンエンドだ!」

 

△△―――

□――――

ヒータ:手札1枚 LP400

モンスター:『ヘルフレイムエンペラー』『ヘルフレイムゴースト』

魔法・罠:『血の代償』

 

「この状況、引っくり返せるもんならやってみやがれ!」

 

 

 

「ヒータもなかなかやるね、あそこまでやられておきながら巻き返すなんて」

 

「わ、私だったら諦めちゃうかも…」

 

「おっかないわね~、女の執念ってのは」

 

「アウス先輩も女じゃないですか…」

 

 

 

「俺のターン、ドロー!」

 

「ま、今だったらまだ土下座で許してやらんこともないぜ。男っていうのはそもそも諦めがかんじ…―ん!?」

 

べらべらと御託を並べているヒータの前に、幾本もの光の剣が出現し、モンスター達を囲む。その光の剣に臆してしまい、モンスター達は攻撃意欲を失くしてしまう。

 

「ひ…『光の護封剣』!?」

 

「そうだ。『光の護封剣』の効果により、相手プレイヤーは3ターンの間攻撃することができなくなる」

 

俺は手札の『光の護封剣』のカードを掲げながらそう言った。

 

「この土壇場でそんなカードを引くなんて…!」

 

「お前が『ヘルフレイムエンペラー』を召喚してくれたのがさっきのターンで良かったよ。次のお前のターンで召喚されたら、『光の護封剣』も破壊されてたからな」

 

「くっ…!」

 

これでなんとか3ターンは生きながらえることができる。この隙に攻める算段を立てておかないと。

 

「俺は『終末の騎士』を召喚!」

 

「さっき手札に戻したやつか…!」

 

「『終末の騎士』の効果でデッキから闇属性モンスターを墓地に送る。俺は『儀式魔人プレサイダー』を墓地に送り、ターンエンドだ」

 

ヘルフレイムゴースト:ATK/2700→2200

 

この瞬間、攻撃力を上げていた『ヘルフレイムゴースト』の効果が切れ、攻撃力が元に戻った。

 

△――――

□――――

遊煌:手札1枚 LP600

モンスター:『終末の騎士』

魔法・罠:『光の護封剣』

光の護封剣:0ターン目

 

 

 

「へぇ~なるほど、『A・ジェネクス・バードマン』はただの特殊召喚できるチューナーじゃなくって、ああいう風に召喚することによって効果が発動するモンスターを手札に戻して、また効果を使うということもできるわけね」

 

「ねぇアウス、考察はいいけどあの人が墓地に送ったモンスターって…」

 

「『儀式魔人』…つまりは儀式モンスターを使うってわけね。今時珍しいけど、どんなモンスターを使うのかちょっと楽しみね」

 

 

 

「私のターン!」

 

『光の護封剣』は3ターン攻撃させないという強力な効果を持っているが…ここでまたあいつが『ヘルフレイムエンペラー』のような魔法・トラップを除去するカードを引き当てたら…。

 

「チッ…ターンエンドだ」

 

ターンの終わりと同時に、ヒータのモンスターを阻めている護封剣の一部が消える。よかった、このターンは引かなかったようだ。

 

△△―――

□――――

ヒータ:手札2枚 LP400

モンスター:『ヘルフレイムエンペラー』『ヘルフレイムゴースト』

魔法・罠:『血の代償』

光の護封剣:1ターン経過

 

「俺のターン、ドロー!」

 

このカードか…よし、あとはあのカードさえ来れば…!

残り2ターンのうちに引き当てられるか…?

 

「カードを1枚セット。そして『終末の騎士』を守備表示にして、ターンエンドだ」

 

□――――

□■―――

遊煌:手札1枚 LP600

モンスター:『終末の騎士』

魔法・罠:『光の護封剣』、伏せ1枚

光の護封剣:1ターン経過

 

「アタシのターン、ドロー!」

 

ドローカード:『荒野の大竜巻』

 

(き、キター! よし、これであの邪魔な『光の護封剣』を破壊すれば次のターンからアタシが攻撃できるようになる…そうなればアタシの勝ちだ!)

 

…ヒータの表情が変わった。あの表情を見る限り、ドローしたカードは…。

 

「アタシはカードを1枚セットしてターンエンドだ!」

 

このエンド時に『光の護封剣』はさらに光の剣が消え、ヒータを阻む剣は残りわずかとなった。

 

(にひひ…♪ 次のターンでてめぇは終わりだぜ!)

 

△△―――

□■―――

ヒータ:手札2枚 LP400

モンスター:『ヘルフレイムエンペラー』『ヘルフレイムゴースト』

魔法・罠:『血の代償』、伏せ1枚

光の護封剣:2ターン経過

 

 

 

「ヒータ先輩のあの顔…」

 

「十中八九『光の護封剣』を破壊するカードを引いた顔ね」

 

「ヒーちゃんっていつも顔に出やすいよねぇ…」

 

「隠し事ができない子なのよ。さ、お兄さんはこのターンでどうするのかしら…」

 

 

 

リバースカードか…それにあの顔、おそらくは『光の護封剣』を破壊するトラップカードか。ということはこのターンでなんとかしないと…俺は負けちまうってことか。

頼む…あとは“あのカード”だけなんだ! このドローで…来てくれ!

 

「っ…ドロー!」

 

…よし、いける!

 

「俺は儀式魔法、『エンド・オブ・ザ・ワールド』を発動!」

 

「ぎ、儀式魔法だとぉ!?」

 

「自分のフィールド・手札から決められたレベル分モンスターをリリースすることにより、指定された儀式モンスターを呼び出すことができる! そして墓地の『儀式魔人プレサイダー』の効果発動!」

 

「墓地からモンスター効果!?」

 

「『儀式魔人プレサイダー』は墓地に存在する場合、このカードを除外することで儀式召喚に必要なリリース分とすることができる。『プレサイダー』を除外し、さらに場の『終末の騎士』をリリース!」

 

「な、何を呼び出すんだ…?」

 

儀式魔法を発動すると青い光と共に魔法陣が出現し、墓地の『プレサイダー』とフィールドの『終末の騎士』の魂がそこに吸い込まれる。

 

 

 

 

 

―破滅を司りし混沌のイデア―

 

  ―煌めく天の名の下に―

 

―邪討ち祓う矛先となれ!―

 

 

 

 

 

「儀式召喚! 光臨せよ、『破滅の女神ルイン』!!」

 

輝く魔法陣の中央より出でし女神は、両手を広げて俺のフィールドに降り立つと、目を見開いて対峙するモンスターを見据えた。

 

【破滅の女神ルイン】 光 天使族 ☆8 ATK/2300 DEF/2000 儀式

 

 

 

「なんか出てきたよ!?」

 

「なんですか!? あのモンスターは…!」

 

「モンスターっていうか…女神?」

 

「綺麗ですぅ…♪」

 

 

 

「あのカードは…もしや…!」

 

ドリアード先生が『ルイン』を見て何か言いたそうだったが、今はデュエル中だ。構わずデュエルに集中することにした。

 

「な、なんだよ! 物々しく召喚したわりにはたかが攻撃力2300じゃねぇか! それじゃアタシの『ヘルフレイムゴースト』は倒せても『ヘルフレイムエンペラー』は倒せねぇぞ!」

 

「それはどうかな?」

 

俺はニヤリと不敵な笑みを見せる。さっきのターンでヒータが『ヘルフレイムゴースト』の効果を使っていたら決められなかったかもしれないが…それでもこのフィールドなら!

 

「行くぞ! 『破滅の女神ルイン』でまずは『ヘルフレイムゴースト』を攻撃!」

 

攻撃の命を受けた『ルイン』は片手に持ったロッドをくるくると回し、その先を『ヘルフレイムゴースト』に向ける。

 

「破滅への序曲、≪エンド・オブ・ハルファス≫!!」

 

ロッドの先端から閃光が迸り、『ヘルフレイムゴースト』に直撃し、獄炎の亡霊は破滅の光によって浄化されてしまった。

 

「くっ…効果使っとけばよかったぜ…!」

 

ヒータ:LP400→300

 

「この瞬間『儀式魔人プレサイダー』の効果発動! このカードを儀式の素材に使用したモンスターが戦闘によって相手モンスターを破壊した時、デッキからカードを1枚ドローする!」

 

「だけど、そこまでだ! まだアタシの場には攻撃力2700の『ヘルフレイムエンペラー』がいる!」

 

「あぁそうだな。『破滅の女神ルイン』の効果発動! 戦闘で相手モンスターを破壊した時、もう一度続けて攻撃できる!」

 

「はぁ!? ちょっ…お前! 人の話聞いてなかったのか!? 2300じゃ2700には勝てねぇってガキでもわかるぞ!」

 

「『破滅の女神ルイン』で『ヘルフレイムエンペラー』に攻撃! 虚影潜功、≪シャドウ・ハルファス≫!!」

 

『ルイン』の背後の影が地面に溶け、そのまま一直線に『ヘルフレイムエンペラー』へと伸びる。『ヘルフレイムエンペラー』はその影を睨みつけると拳に炎を灯し、反撃へと転じようとする。

 

「この瞬間、リバースカード発動!」

 

「なっ…!?」

 

「速攻魔法、『月の書』! フィールドのモンスター1体を裏守備表示にする!」

 

「守備表示…? しまった…!」

 

ヘルフレイムエンペラー:DEF/1600

 

「『ヘルフレイムエンペラー』の守備力は1600しかない…!」

 

『月の書』の効果により、攻撃準備をしていた『ヘルフレイムエンペラー』の炎は消え、そのままカードの裏面を被って裏側守備表示へと変わる。そして迫る『ルイン』の影。影は裏守備表示の『ヘルフレイムエンペラー』は呑み込まれ、消滅した。

 

「あ…アタシの…エースモンスターが…」

 

「モンスターを戦闘で破壊したからカードをドローさせてもらうぞ」

 

ドローカード:『オネスト』

 

…もっと早くに来てくれればこのターンで決められたんだが…まぁいいか。

 

「俺はリバースカードを1枚セットして、ターンエンドだ」

 

△――――

□■―――

遊煌:手札0枚 LP600

モンスター:『破滅の女神ルイン』

魔法・罠:『光の護封剣』、伏せ1枚

光の護封剣:2ターン経過

 

 

 

「う…嘘でしょ…?」

 

「ヒータのエースモンスターが…」

 

「たった1体のモンスターで…」

 

「倒されちゃったです…!」

 

エリア、アウス、ライナ、ウィンの4人は一変した戦況に驚きを隠せなかった。

 

「これはもしかするともしかするかもね! ライナ! 賭けの件忘れないでよ~?」

 

「うぅ…が、頑張ってください! ヒータ先輩!」

 

 

 

「ま、マジかよぉ…! アタシの必殺のワンターンキルを防いだうえ、エースモンスターまで…!」

 

ヒータは窮地に立たされていた。当然だろう、先ほどまで自分が勝利するという揺らがない自身があったのだから。

 

「どうする? サレンダーするなら認めてやってもいいぞ」

 

さっきのヒータのセリフをそのまま返してやる。

 

「う、うるせぇ! 勝負はまだわからねぇ! アタシのターン…ドロー!」

 

ここでヒータが何を引いてくるかにもよるが…ヒータにはまだ何か逆転する手立てがあるらしい、引いたカードを見もせずに元々あった2枚のカードに手をかける。

 

「魔法カード、『炎王の急襲』を発動! 相手フィールドにモンスターが存在し、自分フィールドにモンスターが存在しない場合、デッキから炎属性の獣族・獣戦士族・鳥獣族、1体を特殊召喚する! アタシはデッキから『リトル・キメラ』を特殊召喚!」

 

ヒータのフィールドに炎が燃え上がり、その中から白い猫のような姿をした合成獣(キメラ)が現れた。

 

【リトル・キメラ】炎 獣族 ☆×2 ATK/600 DEF/550

 

「『リトル・キメラ』はフィールドに存在するとき、炎属性モンスターの攻撃力を500上げる効果を持つ」

 

リトル・キメラ:ATK/600→1100

 

「攻撃力を上げて俺の『ルイン』を倒すつもりか?」

 

だとしたら、俺の手札にある『オネスト』の効果が炸裂する。

 

「いや、まだまだ! さらにチューナーモンスター、『復讐の女戦士ローズ』を通常召喚!」

 

【復讐の女戦士ローズ】炎 戦士族 ☆4 ATK/1600 DEF/600 チューナー

 

復讐の女戦士ローズ:ATK/1600→2100

 

『ローズ』も炎属性であるため、『リトル・キメラ』の効果を受けて攻撃力が上がる。

 

「レベル4のチューナーモンスターか」

 

「いくぜ! アタシはレベル2の『リトル・キメラ』に、レベル4の『復讐の女戦士ローズ』をチューニング!」

 

『ローズ』は薔薇吹雪を吹かせ、自身を4つの星に変えると『リトル・キメラ』と重なり合う。

 

「シンクロ召喚! 来い、『獣神ヴァルカ…―」

 

だがそこでヒータは何か様子がおかしいことに気がついたようだ。光が晴れてもそこには『リトル・キメラ』と『ローズ』しかおらず、自分が呼びだそうとしたシンクロモンスターの姿はどこにもない。そう、いつものシンクロ召喚のようにモンスター同士のチューニングが行われなかったのだ。

 

「な、なんだこりゃ!? どうしてシンクロできねぇんだ!?」

 

「フッ…悪いがな、このリバースカードが発動していた!」

 

俺は自分のフィールドに表側になっているトラップカードを指差した。

 

「トラップカード、『グリザイユの牢獄』! 自分フィールドにアドバンス召喚・儀式召喚・融合召喚したモンスターのいずれかが存在する場合、相手プレイヤーはシンクロ・エクシーズ召喚が行えない!」

 

「なにぃ!?」

 

『プレサイダー』の効果でドローできたこのカードが役に立ってくれたようだ。さて、これでヒータは万策尽きたはずだ。大人しく降参してくれればそれに越したことはないが…。

 

「くっ…くくっ…くそぉ! こんなバカなぁ…! なにか手は…なにか手は…! …ん?」

 

ヒータも負けたくないのか、必死に何か対抗手段を探る。…そして、できるなら俺としては何も見つかってはほしくなかったんだが、何かに気がついた様子で自分に1枚残った手札をまじまじと見る。

 

「…ぷっ…あっははははは! なんだこれ引いてたのか! これで勝負着けられるじゃん!」

 

「…何のカードを引いたんだ…?」

 

しかし勝てるとわかったとたんにこの反応…とことん隠し事が下手なようだなこいつは。

 

「次のターンでてめぇはおしまいだ! リバースカードを1枚セットして、ターンエンドだ!」

 

高いテンションのせいでちょっと乱暴にディスクにリバースカードをセットし、俺にターンを明け渡した。

それと同時に『光の護封剣』の効果が切れ、全ての光の剣が消滅する。『炎王の急襲』の効果で特殊召喚された『リトル・キメラ』も破壊され、『ローズ』の攻撃力が下がる。

 

復讐の女戦士ローズ:ATK/2100→1600

 

全く…セットしたままその手をずっとリバースカードにかけてて…俺のターンが来た途端に何か発動するのが見え見えじゃないか…。

 

―△―――

□■■――

ヒータ:手札0枚 LP400

モンスター:『復讐の女戦士ローズ』

魔法・罠:『血の代償』、伏せ2枚

 

「…俺のターン、ドロー」

 

とはいえ俺のターンが来たのだからドローするしかない。俺は構わずカードを引いた。

 

「この瞬間トラップカード発動! 『火霊術―「紅」』!!」

 

ヒータが発動したリバースカードは、絵柄に自分が描かれているトラップカードだった。

 

「このカードの効果により、アタシのフィールドの炎属性モンスター1体をリリースし、そのモンスターの攻撃力分のダメージを相手に与える!」

 

「なっ…えっ!?」

 

ここにきて大火力のバーンカードだと!?

 

「アタシは『復讐の女戦士ローズ』をリリースし、その攻撃力1600分のダメージを与える! 食らえぇ!!」

 

ヒータの場の『ローズ』は自身を炎の球に変え、そのまま一直線に俺の方に向かってくる。

俺の残りライフはたった600…リバースカードも無いから防ぎようがない…! ここまで来たのに…このダメージを食らったら俺の負け…!

 

「…!?」

 

その時、俺はふとドローしたカードを見た。いきなりのことでドローしたこのカードを見る余裕さえなかったが…それでもこのカードならば…!

 

「お、俺は手札の『ハネワタ』の効果を発動! 手札のこのカードを墓地に送り、このターン俺が受ける全ての効果ダメージはゼロになる!」

 

「なっ、なにぃ!?」

 

【ハネワタ】光 天使族 ☆1 ATK/200 DEF/300 チューナー

 

俺に迫る炎が、手札から突如現れた綿の妖精『ハネワタ』により大口をあけたその中に吸い込まれ、俺へのダメージが及ぶことはなく、『ハネワタ』は消えた。

 

「ありがとう『ハネワタ』!」

 

「う…ウソだろ…!? 今引いたばっかのカードで…ダメージを無効にするカードを引いたってのか…!?」

 

ヒータが信じられないという顔をしているが、だがこれは事実だ。そしてこれでヒータが俺を阻むものは無くなった!

 

「『破滅の女神ルイン』でダイレクトアタック!!」

 

攻撃を宣言すると、『ルイン』はロッドから攻撃を放ち、その光がヒータへと迫る。

 

「み、認めねぇ…! アタシはこんなの絶対…うわあああああっ!!」

 

 

 

 

 

ヒータ:LP400→0

 

………

……

 

「ふぅ…なんとか勝てたか…」

 

あそこまで追い詰められこししたが、結果は俺の勝利だ。というわけで見事に勝利した俺に対して拍手の一つくらいあってもいいものだが…。

 

……。

 

何故か周囲の皆が無言だった。デュエルに立ち会ってくれてたドリアード先生までも。

まぁ土壇場であんなカード引いて、ダメかと思ったダメージを防ぎきっちゃったんだもんな、そりゃ一瞬何が起こったのかわからなくもなるか。

 

「あの~…先生?」

 

「はっ、はい!?」

 

ポケーっとしていたドリアード先生に俺は声をかけた。

 

「このデュエル、俺の勝ちってことでいいん…ですよね?」

 

「あっ、はい! 勝者! え~っと…」

 

「遊煌です、天領遊煌」

 

「勝者、天領遊煌君!」

 

そういやまだ名前も名乗ってなかったな。名前を聞いたドリアード先生は俺の名前を高らかに宣言した。それと同時に静まり返っていたギャラリーから大きな拍手と歓声が沸き上がった。

ま、なんにしても勝ててよかった。

ステージを降りようとした俺に観客席からこちらに入ってきた霊使い達が駆け寄る。

 

「おにーさんすごいわね! あのヒータをやっつけちゃうなんて」

 

「私もまさかあんなところでダメージを無効にするカードを引き当てるなんて思わなかったわ…」

 

「きっとデュエルの神様がお兄さんに味方してくれたんですね♪」

 

「あ~あ…賭けは私の負けかぁ…アウス先輩にご飯奢らなくちゃ…」

 

と、俺のことを讃えてくれた。

 

「み、認めねぇ…」

 

その時だった。『ルイン』の攻撃で吹っ飛ばされ、ステージの端に倒れていたヒータがむくりと起き上がった。

 

「アタシはぜってーに認めねーぞ! こんなデュエル!」

 

起き上がるとボロボロの恰好のままドスドスと向こう側から怖い顔で歩いてきた。

 

「往生際が悪いわよヒータ。そんなこと言ったって負けは負けよ」

 

アウスが歩み寄るヒータの前に立ちはだかってそう言った。

 

「うっ…うっせぇ! あんなところで普通あんなカード引くかよ! きっとなにかイカサマしたに違いないぜ!」

 

「い、イカサマなんてしてねぇよ!」

 

「問答無用! こうなったら魔法で消し飛ばしてやる!」

 

と、どこからともなく杖を取り出し、その炎が灯る先端を俺の方に向ける。

 

「ちょっ、ちょっと待て! さっきのことまだ気にしてるなら謝る! この通り!」

 

俺は必死で手のひらを顔の前で合わせて擦り合わせるがヒータはそれでも許せないらしい。

 

「謝ったって許してやるもんか! 黒こげにしてやるから覚悟しやがれ!」

 

「うわぁっ…!」

 

杖の先端の炎がさらに勢いを増し、その熱さに俺は思わず悲鳴をあげ顔を手で覆う。ヒータのこの怒りっぷり…マジでやるつもりだ! もうダメだ…! と思った時だった。

 

「お待ちなさい!」

 

ドリアード先生が俺達の間に割って入ってきた。

 

「天領遊煌君…貴方に聞きたいことがあります」

 

 

 

 

 

~おまけ~

 

遊煌「今日の最強カードは?」

 

 

 

『龍炎剣の使い手』

☆4 炎 戦士族 ATK/1800 DEF/1200

自分フィールド上に「龍炎剣の使い手」以外のモンスターが召喚された時、そのモンスターのレベルを1つ上げ、このカードの攻撃力をエンドフェイズ時まで300ポイントアップする事ができる。

 

 

 

遊煌「一見すると地味なステータスと効果を持つモンスターに見えるが、実はすごいコンボを生み出すキーカードなんだ」

 

ヒータ「こいつがフィールドにいる状態で『エンペラー・オーダー』を発動しておく。するとモンスターが召喚されるたびにその効果がデッキから1枚ドローする効果に変換されるんだ」

 

遊煌「モンスターが多めに入ってるデッキなら、『血の代償』も一緒に発動して大量展開も狙えるし、『神の恵み』も発動しておけば延々とライフも回復できるうえ、『血の代償』のコストもかからなくなる」

 

ヒータ「攻撃力も高いから普通にアタッカーとしても活躍できるうえ、戦士族だから『増援』でサーチしたり、『戦士の生還』で墓地から回収することもできるぞ」

 

遊煌「こいつと『エンペラー・オーダー』、『血の代償』を主軸としたデッキを組む場合、他の炎属性で召喚時に効果が発動されるモンスターを多く入れてみるといい。でも、どんなのがあったっけ?」

 

ヒータ「本編で私が使った『ポケ・ドラ』や『ヘルフレイムエンペラー』、その他には高い攻撃力でアタッカーにもなる『ヴォルカニック・ロケット』やバーン効果を持つ『ファイヤー・トルーパー』や『アチャチャアーチャー』なんかもいるな」

 

遊煌「なるほど、割といるもんだな。炎属性以外でも『ガジェット』系や『王虎ワンフー』など、様々なモンスターがいる。自分の構築に合ったモンスターを入れてデッキを組んでみようぜ」

 

「「それじゃまた次回!」」




今回のデュエルはワンキル特化なデッキが相手という少々難しい構成でしたが、個人的にも魅せるデュエルができたかなと思います。ルインもちゃんと出てきたし。
霊使いは今後も登場予定です。次回も活躍するのでお楽しみに!


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第31話:「旅立ち」

突然申し込まれたヒータとのデュエルに辛くも勝利した遊煌は、ドリアードにどこかに連れて行かれる。
そこで遊煌は、魔法学院の教員達からこの世界で起きている謎の現象について知る…。


ヒータとのデュエルをなんとか制した俺は、今ドリアードに連れられてデュエルモンスターズアカデミアの校舎内に入り、その長い木造廊下をドリアードの後を追って歩いていた。何故こんなところに連れてこられているのか……それは俺にもわからない。少なくともこの校舎内を案内してもらっているという雰囲気ではなさそうだ。ただ一言、さっきドリアードが「貴方に聞きたいことがあります」と俺に言い、そのまま連れられてこの長い廊下を歩いている。聞きたいこと…って一体なんなんだろう……? 先ほどの朗らかな雰囲気とは打って変わって、俺の前を歩くドリアードからは何か近寄りがたいものを感じる……。そのせいか、互いに言葉を交わそうとはしなかった。

 

 

 

 

 

―――――第31話:「旅立ち」―――――

 

 

 

 

 

長い廊下を経て、やがて俺達は大きな扉の前に到着した。

 

「私が再び呼びに来ますので、ここでしばらくお待ちください」

 

「あ……はい」

 

そう言うとドリアードは一人、扉を開けて中に入ってしまった。

扉の上にかけられている室名札を見てみる。「MEETING ROOM」……つまりは会議室だ。これでも現役高校生だからこれぐらいの英語は読める。ということは……ここに誰かを集めて話し合いでもするのだろうか? だけどさっきドリアードが中に入った時、この部屋の中には誰もいなかったみたいだけど……。

 

「お待たせしました」

 

その時、重い扉が開き、中からドリアードが姿を現した。

 

「中へどうぞ、皆さんお待ちです」

 

「皆さん……?」

 

ドリアードの他にも誰かいたのだろうか……? 疑問に思いながらも俺は会議室へと歩を進める。

中に入ると、長机に数人の魔法使いが座っていた。皆真剣な表情をしており、そしてそこにいる全員が先ほど見てきた魔法使い達よりも年が上に見える。どうやらこの学園の先生たちのようだ。

 

「えっ!? いつの間にこんなに……!?」

 

「私が意識拡散の魔法で教員へ召集をかけ、出現魔法で皆さんこの場所に集まりました。さ、遊煌さんはこちらに」

 

なるほど、流石は魔法使い族、魔法って便利だな。

面喰っている俺にドリアードは丁寧に説明をし、目の前の空いてる椅子を引いて俺を座らせるように促す。だがそこは長机の一番前の方の席、自然と教員魔法使い達の視線が俺へと集まる。

かなり緊張するが、いつまでもそこに突っ立っているわけにもいかないのでドリアードの促してくれた席に座ると、俺の隣にドリアードが座った。

 

「これで全員揃いましたね。では遊煌さん、さっそくですが貴方は何故この世界に来たのかを詳しく教えていただけますか?」

 

「え?」

 

「ここには我が校の名だたる賢人たちが集まっています。少なからず、貴方のお力になれるやもしれません」

 

「……わかりました」

 

一瞬戸惑った。右も左もわからないこの場所で、果たして俺の経緯を軽々しく話しても良いものかと。この世界に来る前にメカ・ハンターに襲われたり、次元の狭間を超える際に起こった次元震……何者かが俺を、俺達を狙っているのは確かだ。その一味がこの場にいないとも限らない。

しかし、このドリアードは信用に足る人物だと俺は確信していた。見知らぬ俺を介抱してくれて、あまつさえこのように情報を集める場まで与えてくれている。そしてなにより、今の俺には絶対的に情報が足りてなかった。この場で少しでもこの世界の情報と、そしてルイン達の手掛かりが掴めればと藁にも縋る思いであることには変わりない。

俺は先生方にこの世界に来た経緯を話した。

 

………………

…………

……

 

「つまり君はあの破滅の女神に選ばれしデュエリストだと?」

 

「はい」

 

「君の世界の危機を一度救ったと?」

 

「はい」

 

「自分の中に覇王の意識があると知り、この世界に来たと?」

 

「はい。本当はラメイソンという場所に行きたかったのですが次元震によってここに飛ばされて……」

 

「なるほど……」

 

全てを話し終え、復唱するかのような先生方の質問に淡々と答えると、先生方は皆腕を組み、難しい顔をして無言になってしまった。

 

「あの……多分離れ離れになった仲間もみんなラメイソンに向かってると思うんです。だから俺も早くみんなに合流しないと……」

 

「お気持ちは察しますが……。遊煌さん、最初に申し上げますが、貴方の目指しているラメイソンはこの国にあります」

 

俺の隣に座るドリアードが宥めるようにそう言った。

 

「国内にあるんですか!? それなら早く行ってみんなを待てば……!」

 

「ラメイソンはこの国の中枢都市ではありますが、しかしこの魔法族の里は国の外れにあります。ここから回り道をせずにラメイソンに向かうには古の森を抜けなければなりませんが、そこには多くの危険なモンスターが潜んでいます。貴方一人で行くにはとても……」

 

「それでも俺は行かなきゃならないんです!」

 

思わず立ち上がろうとした俺を、ドリアードは制止させる。

 

「待ってください、話はまだ終わってません。実は、今この国では……いえ、この世界ではとても不可解は現象が起きているのです」

 

「不可解な現象……?」

 

「ドリアード先生、その話は私が」

 

俺が聞き返すと、長机に座っていた教員の一人、黒衣の魔導士が立ちあがって話し始めた。

 

「覇王がこの世界から姿を消して十数年、平和な時は続いた。しかし、最近になって一部のモンスター達に妙な現象が起きているのだ」

 

「その現象って……なんですか?」

 

「うむ……それまでは温厚で、人に危害を加えることも滅多にしない大型のモンスターを中心に、突如そのモンスターが凶暴化するという現象だ」

 

「モンスターの凶暴化……?」

 

「そのモンスターの体色が暗黒に染まることから、我々は通称“ダーク化”と呼んでいる」

 

………………

…………

……

 

「なんか私達、すごい話し聞いちゃってるかも」

 

「ね、ねぇアウス……やっぱりやめようよ? 盗み聞きなんて、もし先生達にバレたら……」

 

扉の外で聞き耳を立てていたのは、アウスやエリアを中心とした5人の霊使い達だった。

 

「とか言いながらみんな聞き耳たててるのはどういうわけなのかしら?」

 

「あ、アタシは別にまたあの変態野郎がドリアード先生や他の先生に変なことしないか身に来ただけだし…」

 

「はわわ…でもあのお兄さん、覇王だって言ってますよ?」

 

「私達が見た時は、そんな風には見えませんでしたけどね…」

 

上から順にアウス、エリア、ヒータ、ウィン、ライナと重なりながら会議室の中の様子を聞く5人。静かに、悟られぬように、細心の注意を払いながら5人は話を聞き続けた。

 

……

…………

………………

 

「“ダーク化”……ですか?」

 

「うむ、すでに多くのモンスターが闇に染まり、凶暴化している。それもこの世界に古くから存在し、中には神として崇められているモンスターや強力な力を持ったモンスターばかりだ」

 

黒い魔術師の話を聞いて、俺にはダーク化について思い当たる節があった。

 

 

 

~~

 

『……奴らは自分たちの部下を増やすために、闇世界のモンスターだけでなく、善良な普通のモンスターをも闇に堕とし、自分達の戦力にしようと考えたのよ』

 

~~

 

 

 

キリア……。

彼女は元は穢れの無い、聖なる天界の戦士だったが、覇王軍に捕らえられて闇の力を植え付けられ、半分は光、半分は闇の人格を持つようになった。その研究は半ばで覇王軍が敗北したことにより、頓挫したと聞いていたが……もしもその後、誰かがその研究を引き継いでいたら……? その研究が完成し、この世界のモンスターを闇に染める力を持っていたとしたら……?

 

「……っ!」

 

まただ……またあの時と……浅井の時と同じだ……! 覇王のせいで平和だったこの世界でまた多くの人たちが脅かされている……。それは俺のせいじゃない……そんなことはわかってる! でも、俺の中に宿る覇王の意識……そのせいかわからないが、自然と俺も責任を感じてしまった……。

 

「先生方の話で分かったと思うが、そういうわけで今君を一人でラメイソンまで行かせるのは危険すぎるのじゃ」

 

長机の中央、ちょうど俺の目線の先に座っていた老人の魔法使いが口を開いた。黒衣の魔法使いと似た格好をしているが、おそらくはこの先生の師匠にあたる人なのだろうか? そしてこの貫禄と威厳、おそらくはこの学院の学院長だ。

 

「トルンカ学院長……しかしどうすれば?」

 

「古の森におるのはモンスターだけではなかろう?」

 

「では、あの男に協力を得ると?」

 

「左様、きっと良い知恵を貸してくれるはすじゃ」

 

何やら話が弾んでる様子だが、話の事情がわからない俺にはなんのことだかさっぱりだ。

 

「あの……何の話なのかよくわからないんですが……?」

 

「あぁ、済まない。実は、古の森にはモンスター以外にも君と同じく、異界からこの世界にやってきた人間が住んでいるんだ」

 

黒衣の魔術師が俺の方に向き直って丁寧に説明してくれた。

 

「俺と同じ世界から!?」

 

「うむ。その者はとても明晰な頭脳の持ち主での、時折この学院に立ち寄っては特別講義を開いてくれるのじゃ。もっとも、話が難しすぎて生徒の大半は居眠りしてしまうがな」

 

「学院長、人の事が言える立場ですか。貴方だってこの前いびきかいて寝てたくせに……もう少し学院長としての自覚を持って下さい」

 

「ふぉっふぉっふぉっ、寄る年波には敵わんわい」

 

俺と同じ世界から来た人……この話が本当なら、その人には絶対に会いに行かないと!

 

「その人はなんという名前なんですか?」

 

「え~っと……何といいましたかな学院長?」

 

「うむ……そういえば名前が思い出せんのう……。誰か名前を知っておる者は?」

 

先生方は皆腕組みをして考えるが、誰も答えようとはしない。全員知らないということなのだろうか。

 

「済まないね、どうにも名前が思い出せない。しかし会いに行けば必ず君に力を貸してくれるだろう」

 

「はぁ……」

 

何回も講義に来てくれてるのに名前を覚えられないって……それってどういう意味なんだ? とにかく、これでまず第一の目的が決まった。その男の元に行って、力を貸してもらい、ルイン達を探す。そのためにはまず古の森を……。

 

「……そういえば、その男は古の森の中に住んでるんですよね? そこまで行くのにはどうしたら……」

 

「そうじゃのう、このご時世に学院の守りを疎かにして教員を向けるというのも難しい、果てさてどうしたものかの……」

 

学院長達がまた顎鬚を弄りながら考え込み始めた……その時だった。

 

「何をしてるんですか貴女達は!?」

 

突然背後からドリアードの大声が聞こえた。振り向くと、ドリアードが会議室のドアを開け、そこから5人の霊使い達が折り重なりながらなだれ込んできた。

 

「お前ら……!」

 

大方あのデュエルの後に俺とドリアード先生の後を付けて来たんだろうが……結構重要そうな話を盗み聞きしていたわけだが、大丈夫なんだろうか?

 

「あ、あはは……見つかっちゃったねぇ」

 

「もう! だからやめようって言ったのに!」

 

「ドリアード先生! 違うんだ! これはアウスの奴が……!」

 

「ちょっと! 私のせいにするわけ!?」

 

責任のなすりつけ合いが始まったが、言い争っている場合ではないようだ。

 

「言い訳は結構です! とにかく、教員の会議を無断で盗み聞きしていた行為は由々しきことです、5人には罰則を与えなければいけませんね!」

 

「「「「「「ええ~~~~~!!?」」」」」

 

5人は絶望的な顔と共に同じタイミングで悲鳴をあげた。

 

「まぁまぁドリアード先生、そこまで生徒に厳しくせずとも」

 

「学院長先生は少し生徒を甘やかしすぎですよ!」

 

「うぅむ……そうかの? ではこうするのはどうじゃ? 5人への罰則はワシが決めるというのは」

 

「……まぁ、そういうことでしたら」

 

その言葉でドリアード先生の怒りも収まったらしく、また静かに穏やかな態度に戻る。一方の霊使い達はビクビクしながら顎鬚を撫でながら考える学院長の方を怯えた目で見ていた。

 

「ふ~む、そうじゃな……よし決まった!」

 

ポンと手を叩き、学院長は5人の霊使いの方に向き直るとこう言った。

 

「アウス、エリア、ヒータ、ウィン、ライナの5人はこの青年と共に古の森に向かいあの男と合い、ラメイソンへの道中を共にする……というのはどうかの?」

 

 

 

「「「「「え……えええええ~~~~!!?」」」」」

 

 

 

5人がほぼ同時に叫び声をあげた。

 

「構わんかの? 遊煌君」

 

「え、えぇ……俺は別に構えいませんが、彼女達は大丈夫なんでしょうか……?」

 

と、ちらりと霊使い達の方を見る。確かに、こんな成りをしていてもデュエルモンスターズのモンスターなのには間違いない。しかし、この旅は俺の覇王の意識をどうにかすると同時に、散りぢりになった仲間たちを探す大事な旅でもある。それにこの5人を巻き込むというのは……いささか不本意だった。それに……こう言うのもなんだが、彼女らは決して強力な力を持った生徒というわけでもなさそうだし……付添い人が欲しいと言っても、現状で不安ばかりだった。

 

「安心しなさい、彼女らは確かにまだ半人前だが、この学院では成績は優秀じゃ。5人の力を合わせればそんじょそこいらのモンスターに負けるようなことありはせん。じゃろ?」

 

「学院長先生の言葉はありがたいですけど……」

 

「正直、私はまだ自分の実力に自信が持てません……先輩達の足手まといになるんじゃ……」

 

「怖いモンスターさんに食べられてしまいますよぅ~」

 

「そもそもあの変態と一緒にっていうのが気に入らないぜ」

 

「まだ言ってるのかよ……」

 

ヒータはともかく、アウス、ライナ、ウィンの3人はやはり不安があるそうだ。しかし、エリアはというと……?

 

「私……行きます!」

 

「お、おいエリア!?」

 

「私、どうしても確かめたいことがあるの。だから他の皆が行かなくても、私だけでも行く」

 

と、エリアだけは何か決意というか……もしくは他の目的があるらしく、他の霊使いとは違い肯定的な姿勢だった。すると、他の4人も顔を見合わせ裏でなにやら話をする。しばらくすると、渋々という表情だがまた先生方の方に向き直る。

 

「しゃあねぇ……行くよ、行きますよ」

 

「5人……いえ、6人で行けばきっと大丈夫ですっ! 多分……」

 

「エリア先輩だけを一人行かせるわけにはいきませんものね」

 

「それに、きっとお兄さんと二人きりにしたらいろんな意味で危ないものね♪」

 

最後のアウスだけ何か意味深な言い方だが、どうやらこれで意見がまとまったようだ。

 

「よろしい、話はこれでまとまったかの。遊煌君」

 

「は、はい!」

 

急に俺の名が呼ばれるものだから、少しドキッとしてしまった。

 

「今夜はこの学園の寮で休み、明日の朝出発しなされ」

 

「ありがとうございます、学園長先生」

 

「では、会議はこれにて」

 

学院長の号令と共に先生方は次々と姿消しの魔法で自分の姿を別の場所に移動させる。

 

「貴方達も、今日は授業を早退して結構ですよ。寮で明日の準備をしなさい」

 

ドリアード先生が霊使い達に言った。

 

「ほんと!? 早退していいんですかドリアード先生!?」

 

「よっしゃー! 儲けたぜ♪」

 

「こらこらアウスもヒータも、明日の準備しなきゃいけないんだから怠けてる暇なんてないわよ」

 

「わかってるわよ。エリアは本当に真面目ね~」

 

「はぁ……では先生、失礼します」

 

小さくため息をついて、エリアはドリアード先生に頭を下げると他の霊使いと共に会議室を出て行った。

 

「ではマナ、我々もそろそろ行くとしよう。もうすぐ午後の授業が始まってしまう」

 

「はい、お師匠様♪」

 

そして先ほどの黒衣の魔導師と、その隣に座っていた金髪の魔法使いも、どこからか取り出した自分の帽子を頭に被る。

 

「……あれ? えぇっ!?」

 

「ん? どうかしたかね?」

 

黒衣の魔術師が驚いた表情でこちらを見るが、俺はそれよりも遥かに驚いていた。帽子を被っていなかったとはいえ、何故今まで気がつかなかったのだろう……。

 

「ブブブ……ブラック・マジシャンに……! ブブブ……ブラック・マジシャン・ガールゥゥゥッ!?」

 

そう、今俺の目の前に立っているこの黒衣の魔術師とその弟子らしき女の子は、あの伝説のデュエリスト、武藤遊戯のエースモンスター、『ブラック・マジシャン』と『ブラック・マジシャン・ガール』だったのだ。

 

「ああ、いかにも私は『ブラック・マジシャン』とも呼ばれているが……」

 

「っていうか遊煌君今頃気がついたんですか? ちょっと鈍感すぎですよ」

 

「すいません、あの帽子が印象的だったものですから……。でも、あの遊戯さんのモンスターを自分の目で見れるなんて感動です!」

 

俺が遊戯さんの名前を出すと、ブラック・マジシャンは少し懐かしそうな顔をした。

 

「あぁ、ファラオのところから離れて大分経つからな……久々にその名を聞いたよ。改めて自己紹介しよう、マハードだ。『ブラック・マジシャン』とも呼ばれているが、今はこの学院で魔法学の教員を務めている」

 

「はいはーい! 『ブラック・マジシャン・ガール』もとい、マナといいまーす! 一応私も先生やってるんだよー」

 

「まだまだ私の補佐役程度だがな」

 

師匠からの手厳しい言葉を聞いて、マナ先生は「てへへ」と舌を出した。

 

「あ、そうだ! こんな機会めったにないから……!」

 

と、俺は手に持つの中をごそごそと探す。……が、しまった、今は手ごろな物を持ってない……。

 

「なんだね?」

 

「えちいお願いはダメですよ~?」

 

マナ先生が少しからかうような口調でそう言った。

 

「いえ、そういうわけではないんですけど……あの! サイン下さい!」

 

メモ帳の類を持ってきてなかったので鞄の中に入ってたデッキ内に入ってない余りのカードを二人に差し出した。

 

………………

…………

……

 

「さて、サイン貰ったはいいんだけど……」

 

ブラック・マジシャンとブラック・マジシャン・ガールからカードにサインをもらった俺は、学院寮前まで来ていた。ドリアード先生の話によると、この寮に一つ空き部屋があるのでそこを使っても良いとのことだった。しかし、大きな学院の寮だというのに人はあまりいない様子だった。おそらく、今の時間はまだ授業中だから生徒の多くは授業を受けているのだろう。

……待てよ? そういえばさっきの霊使い達、今日は早退するとかなんとかさっき言ってたよな? ってことは……自然と寮の中で顔を合わせなくてはならないようだ。

 

「……まぁ、悪い子でもないみたいだし、旅の仲間になるんだから挨拶ぐらいしとくか」

 

さっきのヒータのことが頭の中でまだ引っ掛かってはいるが、考えていても仕方がない。俺は寮の中に入ることにした。

 

「確か、2階の空いてる部屋を使ってと言われたな……ここか?」

 

事前にドリアード先生に教えてもらった通り、2階に上がる。2階のフロアは6つの部屋が壁向かいに並んでおり、俺の使う部屋は一番奥の部屋とのことだ。

 

「……ん?」

 

ふと俺が使う隣や向かいの部屋が気になった。その部屋には、向かいには『LYNA』、隣には『ERIA』、その向かいには『HIITA』、そしてその隣と向かいには『WYNN』、『AUSSA』と書かれた木製のプレートがドアにかけられていた。一方、俺の使う部屋には何もかけられていない。偶然にもここはあの霊使い達の使うフロアだったらしい。

ちょうどいい、挨拶に行こうかと思っていたし、探す手間が省けた。だが、まずは自分の荷物を置いていくか。

空き部屋のドアを開けると、そこには自然と家具類が一式揃っていた。ベッドに勉強机にクローゼットに教科書等を入れておく本棚……空き部屋というよりも、まるで留守の部屋に入るような感じだった。家具類はともかく、教科書類は元から学院が用意したものなのだろうか? それとも……前に使っていた生徒の物……?

ともかく、それを考えるのは後だ。とりあえず俺は荷物をベッドの上に置くと、礼使い達の部屋に向かった。まずは向かいのライナの部屋から挨拶に行くかな。

コンコンと2階ドアをノックしてみる。しかし、何故か応答がない。仕方ない、ライナは後回しにしよう。次に隣のエリアの部屋もノックしてみる。……やはり応答がない。

 

「おかしいな……留守にしているのか?」

 

続くヒータとウィンの部屋もノックしてみるが、返事が無い。

 

「5人とも早退したんだから先に帰ってきている筈なんだけどなぁ……ん?」

 

首をかしげ疑問に思っていると、ウィンの部屋の向かいにあるアウスの部屋からなにやら話し声が聞こえる。しかも、結構大きな声で騒いでいる様子だ。

 

「なんだ、みんなそこにいたのか」

 

俺は先ほどと同じくアウスの部屋をノックする。……が、中の霊使い達はお喋りに夢中なのかノックに気がつかない様子だ。

 

「……ま、入っても大丈夫だろ」

 

一応ノックはしたし、これで俺が何か言われても非はあちらにある。俺はアウスの部屋のドアノブを握ると、軽くまわしてドアを開け、中に入る。

 

「こんちわ。挨拶しに……―……っ!?」

 

部屋に一歩入り、そこで俺は硬直してしまった。

何故かというと……。

 

「ホラホラヒータ、これなんてどう?」

 

「ばっ……! そんな紐みたいなの穿けるか!」

 

赤面するヒータの視線の先には、アウスが両手で端と端を掴む、紐のような下着があった。

そんなアウスに視線を送るのはヒータだけではない、ウィンもだった。ただし、ヒータとは違い少し目線は下に下がる。

 

「アウスちゃん……おっきいですぅ」

 

「んふふ~♪ でしょ? この中じゃ私が一番かな~♪」

 

と、アウスは頭に手を当てて自慢の胸囲を皆に見せびらかす。

 

「ウィン先輩も形は良いと思いますよ」

 

「ありがとです、ライナちゃん♪」

 

「わ、私は……」

 

エリアが視線を自分の真下へと向けると、どんよりと表情が曇り虚ろに自分の胸をぺたぺたと触る。

 

「あはは♪ どんまいエリア、そのうち大きくなるって♪」

 

「人ごとだと思って……!」

 

「こうなったら……アウス! お前のそのけしからんおっぱいをアタシ達にも分けろー!」

 

見せびらかすアウスに腹が立ったのか、同じく胸囲が残念なヒータも手をわきわきとさせるとアウスに飛びかかった。

 

「ちょっ、ちょっとヒータ! アンタどこ触ってるのよ!?」

 

どたばたと暴れる二人。そんな二人を止めようとエリアが制止に入った。

 

「もー! 二人とも止めなさいってば! ……って」

 

その時、混乱に乗じてエリアが最初に俺の存在に気がつき、次に他の4人も俺が部屋に来ていることに気がついた。

だが、5人が俺の存在に気がついても俺自身がその場から動くことができなかった。何故なら、この場に居る5人の少女は皆上半身裸で、身体には何も身につけていなかったからである。そんなある意味非現実的とも思えるような光景に呆然としてしまい、俺の脳は考えることと体を動かすことをすっかり忘れているようだった。

そして5人が俺に視線を向けられたその約1秒後、ようやく俺もそれに気がつき、ハッと我に返る。

 

「い、いや……! これはその……!」

 

手を上げて無抵抗であることを示すが、俺が弁解するよりも先に、5人の精霊使いの少女達は怒りと羞恥が入り混じった真っ赤な顔で俺にパンチや蹴りをお見舞いした。

 

………………

…………

……

 

「さーて、どうしたものかしら?」

 

5人からフルボッコにされ、しばらく気を失っていた俺が意識を取り戻し、初めて見たものは、ちゃんと服を着た5人の霊使い達がこちらを冷ややかに睨んでいる光景だった。対する俺は顔面青痣やたんこぶまみれで……とても痛かった。

どうやら5人はアウスの部屋で明日から旅に出る為の下着選びをしていたらしい。そこに何も知らずに来た俺がその光景を目撃し……といった経緯のようだ。

 

「わ、悪気はなかったんだ……ノックもしたし……」

 

無駄だろうな、とは思いつつも一応自分なりの言い訳をする。

 

「言い訳無用、そもそも悪気がないっていうのなら何で部屋の状況がわかったらすぐに出て行こうとしなかったの?」

 

「うっ、それは……」

 

弁解の余地がなかった。「予想外のことに放心してしまっていた」などという理由は言い訳にはならないだろう……。確かに、正直なことを言うと、目の前の女の子達の着替えに数秒間釘づけになってしまったというのもまた事実だ。そりゃ俺だってデュエリストである以前に一人の男なのだから。

 

「やっぱこいつの変態は死ななきゃ治らないみたいだな! 消し炭にしてやる!」

 

そう言うとヒータは怖い顔で掌に魔法で炎を灯し、それを俺に放とうとする。

 

「ちょっと待ってヒータ! そうやってすぐ暴力で解決しようとしないの!」

 

エリアがヒータの腕を押さえて止めてくれた。

 

「だけどさぁ、エリアだってこいつに裸見られたんだぞ? 嫌じゃないのか?」

 

「そ、そりゃ私だって嫌だけども……でも男の子ってそういうものなんでしょ?」

 

「で、でもえっちぃのはいけないと思うです!」

 

「確かに、一人二人ならまだしも、私や先輩達全員の裸を見たというのは……」

 

エリアがフォローしてくれているみたいだが、あいにく他の四人は大人しく許してくれる気はないようだ……。

 

「ふーむ……なるほど、ならやっぱり責任はとらなきゃいけないよね? おにーさん♪」

 

しばらく考え込んだ素振りを見せた後、アウスが不敵な笑みを浮かべながら俺の顔を覗きこんだ。

 

「責任……?」

 

「そ、年頃の女の子の裸を5人分も見ちゃったんだから、当然それ相応の対価を払わなくちゃね~♪」

 

な、なにか嫌な予感が……! これは本気で死を覚悟すべきか……もしくは二度と表立って出歩けないような状態にされるやもしれない……!

……よし、こうなったらさっきのヒータの時みたいにデュエルで許してもらおう!

 

「あ、言っとくけど『デュエルで解決しよう』なんて言っても無駄だからね」

 

げっ……なんてことだ、俺の心が読まれていたとでもいうのか!?

やっぱりこればっかりはデュエルでは解決できないか……なら、もうここはその仕打ちを甘んじて受けるしかない。

 

「わ、わかった! 俺にできることならなんでもする! だからこのことは……!」

 

「ん? 今何でもするって言ったわよね?」

 

俺の言葉に反応を示したアウスは、しめしめとした顔をしながらゆっくりと俺の前にニヤきえた顔を近づける。しまった……この言葉は禁句だったか!? どんな無理難題をふっかけられるというんだ……!?

 

「そうねぇ、じゃあ……」

 

俺は静かに自分の身体が震えるのを感じながら、思わず目を瞑ってアウスの言葉を待った。

 

「ラメイソンに着いたら美味しいお菓子をい~っぱい食べたいな♪」

 

「……え?」

 

固く身構えて瞑っていた目を開き、思わず間抜けな声を出してアウスの顔を見上げる。まさか……そんなことで許してくれるの……?

 

「あっ! アウスばっかりズルいぞ! アタシも頼むぞそれ」

 

「わ~い! お菓子いっぱい食べれるです~♪」

 

「じゃあ私も先輩方と同じにしようかなぁ……」

 

と、ヒータ、ウィン、ライナもまたアウスの案に乗っかったようだ。しかし、ただ一人エリアだけ何故か我慢した様子でプルプルと震えていた。やがて小さく手を上げながら、エリアは呟いた。

 

「わ、私も……それで!」

 

「あれ? エリアちゃんって最近ダイエットしてなかったっけ?」

 

ウィンが不思議そうな顔をしながらエリアに聞いた。

 

「だ、だってみんな食べるなら私も……!」

 

「食べたって私みたいにおっぱい大きくなるわけじゃないのにね~♪」

 

「な、なんだとぅ!?」

 

アウスの余計なひと言でエリアの顔が赤くなり、またアウスに掴みかかる。

お菓子……か。正直、この世界の通貨なんかは持ち合わせてはいないのだが……まぁなんとかなるだろう。俺が思い考えていた他のことをされるよりかはマシなので、その条件を呑むことにした。

 

「……わかったよ。ラメイソンに着いたらたらふく食わせてやるよ」

 

「やった~♪」

 

掴みかかるエリアを右手で押しのけながらアウスはガッツポーズをし、他の霊使いもそれで喜んでいる様子だった。なんだかんだいって、やっぱりまだまだ子供だな。

 

「じゃあ改めておにーさんに自己紹介しなきゃね。私はアウス、大地の精霊使いよ」

 

「私はエリア。水の精霊使いです」

 

「ヒータだ。火の精霊使いだぜ」

 

「う、ウィンです! 風の精霊使いです! よろしくおねがいしまひゅ……いたっ! あうっ、噛んじゃった……」

 

「え~っと、光の精霊使いのライナです。先輩方とは少し歳が離れてますが、一生懸命やってます!」

 

5人の霊使い達はそれぞれ自分の自己紹介を終えた。

 

「もう知ってるかもしれないが、俺の名は天領遊煌だ。気軽に遊煌って呼んでくれていい」

 

「ふーん、でも私達よりも年上みたいだし、呼び捨てってのはねぇ」

 

アウスがちょっと気まずそうな顔をしながらそう言った。

 

「そうか? 俺は別に呼び捨てでも構わないが……」

 

「アタシは呼び捨てで呼ばせてもらうぜ! 変態なんだから呼び捨てで上等だろ!」

 

「……もう好きに呼べよ」

 

やれやれといった感じだが、他の4人は俺をなんと呼ぶかで結構盛り上がっている様子だ。

 

「じゃあ、私はシンプルに『おにーさん』で!」

 

「なら私は『遊煌さん』で」

 

「わ、私は……『遊煌おにーちゃん』で」

 

「私は『遊煌先輩』で呼びますね。先輩って付けて呼ぶのがなんだか慣れてて」

 

と、アウス、エリア、ウィン、ライナのそれぞれ俺に対する呼び方が決まったようだ。ものの見事にバラバラで、なんとも判別がつきやすい。

 

「じゃあそういうわけで、これからよろしくね、おにーさん♪」

 

「ああ、明日から旅の仲間になるんだもんな。よろしく」

 

この際だから先ほど起きた事件……いや、事故を含めて仲間内での蟠りは無しでいきたい。お互いに自己紹介が済んだ今、俺達の間の障害はなくなった様子だ。これなら明日からの旅も問題なく進みそうだ。

 

「さて、じゃあ自己紹介も済んだし私達は荷造りの続きしよっか」

 

「そうね、まだ下着選びの途中だったし」

 

「そっか、好きにしろよ」

 

そう言うと5人は急にジトー……っとした目で俺の方を見る。

 

「……おにーさん、わからないかなぁ?」

 

「え?」

 

 

 

「「「「「出てけって言ってるの!!」」」」」

 

 

 

5人は足蹴りにして俺を部屋の外へと締めだした。

 

「……そういうことね」

 

逆さになって壁に背中をつきながら、俺は先ほどの言葉の意味をようやく理解した。

 

………………

…………

……

 

やることも済んだ俺は一人部屋へと戻る。その部屋の窓から何気なく外を風景を見てみる。大きな校舎があり、その向こうには森が広がっているようだ。すると、校舎の中から続々と生徒が外へと出てくる。どうやら今日の授業が終わったようだ。授業が済んだ生徒は次々にこの寮の中へと入っていき、一気にドアの外が騒がしくなり、賑やかな雰囲気になる。

 

そんな中、唐突に俺の部屋のドアがノックされた。

 

「誰だろう……?」

 

大方ドリアード先生あたりがまた俺に用事でもあって部屋まで来たのかもしれない。

 

「遊煌さん、ちょっとお話があるのですが入ってもよろしいですか?」

 

短いノックの後、ドアの外から声が聞こえた。俺の考えとは違い、その声の主はエリアだった。

 

「エリアか? ちょっと待ってろ、今開ける」

 

俺は窓際から離れ、ドアを開ける。やはりそこには、あの水霊使いエリアが立っていた。俺はエリアを部屋へと招き入れる。エリアの目は何故か先ほどまでとは違い、とても真剣なもののように見える。

話があるのなら、さっき俺がいるときにすればよかったのに……あえて今俺に話をしにきたということは、他の霊使いに聞かれたくない内容なんだろうか……?

 

「どうしたんだエリア? 俺に何か用か?」

 

「いえ、大したことではないのですが……あの、遊煌さんがこの旅になにを目的にしているのかを改めて聞きたくって……?」

 

「旅の目的? そりゃもちろん俺の中にいる覇王をどうにかするためにだよ。ラメイソンに行けばその手立てが見つかるかもしれないんだ。さっき会議を盗み聞きしてる時に聞いただろ?」

 

「はい……」

 

どうにもエリアの様子がなにかおかしい……。なんというか、頼みごとがあるのに申し訳ないという気持ちがあるために言い出せないような感じだ。

 

「まぁ、その旅の途中で離れ離れになった仲間も探せればいいと思ってるんだけどさ」

 

「仲間、ですか……」

 

『仲間』、というワードを出すと何故かエリアは俯いてしまった。

 

「もしかして……エリアにもこの旅に参加するのに何か目的みたいなのがあるのか?」

 

「……っ!?」

 

ギクリとした表情をエリアがした。どうやら図星のようだ。

さっきの会議の時、学院長のあの無茶な提案を、エリアが突然承諾したから何かあるなとは思っていたんだ。

 

「もしよかったら、話してくれないか?」

 

同じ旅の仲間になるんだし、この際互いに知っておかなければならないこともある。そう思い俺は話を切り出した。

 

「実は……私達精霊使いは全員で6人いるんです」

 

「6人?」

 

「大地の声を聞く地霊使いアウス、清らかな水に真実を見る水霊使いエリア、逆巻く火で万物を焼く火霊使いヒータ、荒れる風を穏やかに鎮める風霊使いウィン、光照らす道しるべを射す光霊使いライナ。そして……深黒に染めし闇を操る、闇霊使いダルクが」

 

そう言われてみれば……確かに霊使いシリーズの中には、『闇霊使いダルク』という闇属性の霊使いが存在することを思い出した。

 

「その闇霊使いダルクは……いったいどうしたんだ? この学院では姿を見ないようだけど……」

 

「ダルクは私達と同級生でした。いつも無愛想で、あまり私達とは関わり合おうとはしていませんでしたけど。でも、そんなある日……突然ダルクがいなくなってしまったんです。ちょうどこの部屋は、ダルクが使っていた部屋でした……」

 

と、エリアは視線をこの部屋の床の方に向ける。

だからか、この部屋には何故かつい最近まで人が暮らしていたような感覚があった。そして霊使い達用のフロアにこんな空き部屋があることにも、全てに納得した。

 

「つまり、ダルクを探すためにも旅への参加を?」

 

「それもありますけど、一つ気になることが……」

 

エリアの表情が険しくなり、一拍置いて次の言葉を紡ぐ。

 

「ダルクがいなくなったちょうど次の日から……モンスターのダーク化による事件が起き始めたんです」

 

「えっ、それって……!」

 

もしや……いや、でもただの偶然か……?

確かに闇霊使いダルクというカードには、相手の闇属性モンスターを操る能力が備わってはいる。この世界に存在するモンスター達が実際のカードにおける能力を受け継いでいるというのならば、この世界のダルクにも闇を操ることはできるのかもしれない。だけど、元々闇属性でないモンスターを闇に染め上げ、そのまま操るなんて能力は無いし、まだまだ半人前の霊使いにそんなことができるとは到底思えない。

俺の考えすぎだろうか……? だが少なからず、エリアも俺と同じ考えでいるようだ。

 

「ただの偶然かもしれないですけど……それでも、私は確かめたいんです! ダルクを探して、そしてダルク本人の口から“この事件とは関係ない”と言ってほしい……私の勝手なわがままかもしれませんけど……」

 

「わがままなんかじゃないさ。それは仲間を大事に思えるエリアの良いところだと思う。俺だって離ればなれになった仲間のことが大切だし、それだけに心配だ」

 

俺はベッドに腰かけ、俯いたエリアの目線に合わせると、エリアはこちらを向いた。

 

「わかった、一緒に探そう」

 

「え……? いいんですか!?」

 

それを聞いた瞬間、エリアの表情がパッと明るくなった。

 

「この広い世界で4人探すのも5人探すのも大して変わりはしないさ。一緒にダルクを探して、そして本人の口から真実を聞こう」

 

「ありがとう……遊煌さん……!」

 

「うわっ……ととっ!?」

 

エリアは嬉しさのあまり、思わず俺に抱きつく。抱きつかれた俺は反動で後ろに倒れてしまい、ベッドの上に寝転ぶような形になり、その俺の腰辺りにエリアが抱きつく。

 

「お、おいおい! そのくらいにしてもらわないと……―」

 

 

 

「エリアちゃ~ん、ここ~?」

 

 

 

その時、突然部屋のドアが開かれ、ウィンが中に入ってきた。エリアも俺もあわてて離れて、エリアは壁側を向き、俺はベッドの上に正座して反対側の壁側を向く。双方ともに突然のことだったので顔が真っ赤で息が荒い。

 

「二人ともどうしたんですぅ?」

 

「あっ……あははっ、ウィンじゃなーい! こんなところでなにやってるの?」

 

必死に作り笑いを浮かべてごまかし、ウィンの方に駆け寄るエリア。

 

「エリアちゃん顔が赤いですけど……なにかありましたか? おにいちゃんも……」

 

「えっ!? いや全然全く何も無いぞあははははは!」

 

かくいう俺もカクカクとウィンの方を向いて早口で喋って乾いた愛想笑いをするのに精いっぱいだった。

 

「そうですか……? あ、もうすぐご飯だから呼びに行けってアウスちゃんが」

 

「わ、わかったわ。すぐ行くから先に行っててね」

 

「はいです~」

 

そう言ってウィンは扉を閉めて他の霊使いの元へと戻って行った。ふぅ……助かった。ここで来てくれたのがウィンでよかった。ウィン以外の人が来たら、きっとこの状況はごまかせなかっただろう。

……いや、何もやましいことは無いのは事実なんだが。

 

「そ、それじゃ遊煌さん」

 

「あぁ……飯、食いに行こうか」

 

そんなこんなで、なんだか少しギクシャクとしながら俺達は部屋を出て食堂へと向かった。考えてみれば、ここに来てからまだ何も食べてないからな……腹が減っていることは事実だ。よし、今は余計なことは忘れて、腹いっぱい飯を食うことにしよう。

 

………………

…………

……

 

「あ~、食った食った」

 

食事が終わり、自分の部屋へと戻ってきた俺はそのままベッドの上に倒れこむ。今日はいろいろあって疲れた……異世界への出発、異次元内ではぐれた仲間、デュエルモンスターズアカデミアに流れ着いてからのヒータとのデュエル、そして話されたこの世界で起こってる謎の現象……今日一日だけでこれだけのことがあった。まるでもう何日も経ったかのような気分だ。

このまま寝てしまおうか……とも思ったが、そういえばこの寮には浴場があるということを、さっき食事の席で霊使い達から聞いた。別に入らなくても問題ないんだが、明日から何日かかるともわからない旅を、しかも女の子達と一緒に出るとなると……。

 

「せっかくだから入ってくるか」

 

入浴すれば疲れもいくらかとれるかもしれない。そう思った俺はベッドから起き、ドアの方に歩いていくが……ドアの外からまだ人の声が聞こえていることに気がついた。

 

「……もう少し時間たってからにするか」

 

この時間帯は生徒の食事が終わる時間帯、つまりはおそらく一番風呂が込む時間帯だ。疲れを癒すのに他の人と一緒だと疲れが癒せないかもしれない。そう思った俺は、もう少し時間を空けてから入ることにした。とりあえず生徒の就寝時間になったらこっそり入りに行くことにしよう。

 

「それまでデッキの調整でもしておくかな」

 

適当にデッキをシャッフルし、5枚ドローする。この5枚は言わずもがな手札という想定だ。初手でどれだけ動けるかというのを考えながらそれを何度も繰り返す。そうしているうちに1枚、また1枚と余分なカードが目立ってくるようになる。そういったカードを別のカードが入っているストレージボックスを鞄から出し、入れ替えてみる。そんなことを何度も何度も繰り返していくうちに、夜はだんだんと更けていった……。

 

………………

…………

……

 

「……そろそろいいかな?」

 

あれから何時間か経つ頃には、もうドアの外から生徒達の会話は聞こえてこない。おそらくは各自の部屋で就寝していることだろう。今のうちに俺は静かに部屋を出ると、なるべく音を立てないように歩いていく。このフロアは霊使い達のフロア……おそらく明日に備えてもうみんな寝ているはずだ。起こすわけにはいかない。抜き足差し足……俺は蝋燭に照らされている廊下を進み、階段を下りて行く。

浴場があるのは1階だと聞いている。そして、一部の職員もこの寮で寝泊まりしているらしく、その職員の部屋のあるフロアもこの1階だ。俺は先生達の部屋をドアにあるプレートで確かめていきながら進んでいく。浴場はこの廊下の一番奥にあるらしい。

風呂か……こんな夜更けに風呂に入ると思いだす。あの日、キリアと一緒に風呂に入ってしまった日のことを……。

故意ではなかったにしろ、あの時はさすがに緊張した。ほとんど初対面の、それもあんな美人と一緒に入浴してしまったのだから。

 

「……まさかドリアード先生あたり入ってきたりしないよな……?」

 

嫌な予感(とほんの少しの淡い希望)を察知しつつも、俺は浴場まで辿りつく。よし、誰も入っていない。そうだよな、そんなこと滅多にあることじゃないのに何を考えてたんだ俺は……。

と、浴場の戸に手をかけた時だった。

 

「話し声……?」

 

しんと静まり返ったフロアで、どこからか誰かの話し声が聞こえた。まだ誰か起きているのだろうか? と疑問に思い、出所はどこなのか辺りを見回す。普通ならばその程度のことを気に留める必要もないのだが、問題はその声に俺は聞き覚えがあるということだ。その声は……おそらくはドリアード先生のものだと俺は気がついた。

先生がこんな時間に誰と話を……? どうしても気になった俺は、壁伝いに耳を当てながら歩いていき、その出所を探す。そしてそれは、どうも浴場前の部屋からの声だということがわかった。

その部屋のドアプレートを見てみると、「Doriado」と書かれており、ドアの隙間からは明かりが漏れている。やはりドリアード先生の声のようだ。俺はドア越しに耳を当て、その会話の内容を聞いてみる。

 

「……―……はい、明日には彼らはラメイソンに向け出発します……―……しかし! ……えぇ、その通りです」

 

なんだ……? 俺達のことを言っているのか? くそっ、よく聞き取れないな……。諦めずにもっと扉に耳をくっつけて聞いてみる。

 

 

 

「……―です。はい……―なんとしても、彼らよりも先に女神の行方を捜さなければ」

 

 

 

「っ!?」

 

「女神」というワードを聞いた瞬間、俺は押し殺していた声をほんの少しだけ出してしまった。

 

「誰? そこに誰かいるんですか?」

 

ま、マズい……! 気付かれた! 足音と共にドリアード先生が近づいてくるのが聞こえる! ど、どこかに隠れないと!

 

ドアが開かれる音が聞こえた。

 

「……誰もいない?」

 

開けられたドアからドリアード先生が顔を覗かせ、周囲を見回す。

 

「気のせいだったのかしら……念のため人払いの魔法をかけた方がよさそうね」

 

そう呟くとドリアード先生はドアを閉め、ドアの向こうで何かぶつぶつと呪文のようなものを唱え始める。

 

「……なんとか見つからずに済んだか」

 

ここのドアは外側に開かれる仕組みになっている。なので咄嗟にドアの開かれる裏側へと身を隠すことで事なきを得た。

 

「ふぅ……まさかこんな古典的な方法でバレずに済むとはな……しかし、ドリアード先生は誰と何を話していたんだ……?」

 

小声で呟きながら、俺はドアから離れてとりあえず浴場へと向かう。

だがどうしても気になる……こんな夜更けに、しかも人払いの魔法をかけてまで……それに、全部は聞けなかったが話している内容に「女神」というワードが出てきた……。この単語の意味が、俺の知っている「破滅の女神ルイン」のことなのか……あるいは別の意図があるのか……どちらにしろ、もうそれを知る術は無い。念のためドリアード先生の部屋の前までもう一度行こうと試みたが、人払いの術とやらが効いているのかどうしても行くことができない。

もし、あの会話の内容が行方不明の俺の仲間達のことに関する話だとするのなら……なぜドリアード先生が……? もしやドリアード先生は、なにかを知っているのではないだろうか……?

 

「……考えすぎだよな」

 

無理矢理自分を納得させるようにそう呟くと、俺は浴場の中へ入っていった。

 

………………

…………

……

 

そんなわけでそれ以上のハプニングもこれといって起こるわけでもなく、俺は風呂上がりの通路を一人静かに歩いていた。

風呂の中でいろいろと考えていたが、これといって答えが出せるわけでもないので深くは考えないようにした。とにかく、明日から何日かかるともわからない旅に出るんだ。今日は早めに休んでおかないと……でもやっぱり気になる。そのせいか、疲れているはずなのに妙に眠気が覚めてしまった。

こうなったら無理矢理にでも寝てしまおうと思い、自分の部屋の前まで来ると、俺はドアを開けた。

 

 

 

「よーし! じゃあ私は『水の精霊アクエリア』で攻撃!」

 

「うわ~ん! また負けちゃいました……」

 

ウィン:LP0

 

「エリア先輩の勝ちですか。では、今度は私が相手です!」

 

「ライナ、頑張れよー!」

 

「私達貴女に賭けてるんだからね」

 

「ちょっと! 誰も私の応援してくれてないの!?」

 

 

 

……あまりにも予想外の光景に俺は思わず無言になってしまった。そしてその光景の意味がよく理解できないまま、床の上でカードを広げて楽しそうにデュエル大会を繰り広げている霊使い達に声をかけた。

 

「あのー……君達、なにやってるの?」

 

「あ、遊煌先輩! ごめんなさい、遊煌先輩が戻ってから始めるつもりだったんですが」

 

自分の手にデッキを握りしめながらライナは俺に申し訳なさそうな顔を向けながらそう言った。

 

「いや、そうじゃなくて……なんで俺の部屋でデュエル大会なんかしてるわけ!?」

 

「いや~、早めに寝ようかと思ってたんだけど緊張しちゃって全然寝れなくってさ。だからおにーさん誘ってデュエルでもしようかと思ったんだけど、お風呂入りに行っちゃってるみたいだしさ、仕方ないから帰ってくるまで私達でデュエルしてたってわけ」

 

と、アウスは俗に言う「てへぺろ☆」な表情をしながら嬉々として答えた。

 

「だからって……なにも俺の部屋でやらなくても……エリアまで……」

 

このメンバーの中では比較的真面目な性格のエリアまでこの場に駆り出されていることに、俺は意外に思いつつ少しぼやいた。

 

「い、いえ! 私はみんなには『遊煌さんの迷惑になるから』と止めたんですが……私以外みんな行くっていうし……私一人で寝るの寂しいし……」

 

と、慌てながら弁解し、だんだんとエリアの声が小さくなってくる。さっきの会議の時もそうだったが、どうにもエリアは真面目な性格故にこうやって周りに流されやすいところがあるらしい。先ほど俺に悩みを打ち明けていた時とは大違いだな。

 

「さぁさぁ、おにーさん参戦だから戦績はリセットだよ! もう一回最初から始めよ!」

 

「えー、アウス先輩、私せっかくいいところまで勝ち進んでたのに……」

 

「でもまぁ、これで人数が偶数になったから組み分けしやすくなったわけだよな」

 

俺の意見など無視して、霊使い達はどんどん話を進めていく。

 

「ちょっと待て、俺はデュエルするなんて一言も言ってないぞ!?」

 

「えー、いいじゃんおにーさん、減るもんじゃないし。この部屋でおにーさんの参加をずっと待ってたんだよ?」

 

「俺はそんなこと一言も頼んでないんだが……」

 

「いいじゃねぇかよ、男のくせに小せぇことばっか言ってんなよな~」

 

ついにヒータまで好き放題言ってくる始末だ。

……ええい! こうなったらなるようになれだ!

 

「わかったよ……でも、俺が眠くなるまでだぞ?」

 

「わーい♪ 私、遊煌おにいちゃんと一回デュエルしてみたかったんですぅ♪」

 

「よーし、となるとまた最初からね」

 

「はぁ……私の連勝記録が……」

 

というわけで霊使い達とデュエルすることになってしまったようだ。まぁ正直、さっきのドリアード先生のことがあったからいろいろと考え込んでしまっていたからデュエルは結構ありがたいことだった。気が紛れるからな。

 

「じゃあ最初に俺とデュエルしたい奴は誰だ?」

 

「はいはーい! ウィンがやりまーす♪」

 

ウィンがにへらと笑いながら自分のデッキを握って俺の前に座る。俺もあぐらをかいて床に座り、デッキを取り出す。

 

「お、ウィンが相手か。よし、手加減しないからな?」

 

「望むところですっ!」

 

両手を握ってふんす!と気合を入れたウィンと対峙し、俺は互いに交換してシャッフルしたデッキを手渡した。

 

「始めるぞ」

 

「はい!」

 

 

 

「「デュエル!!」」

 

 

 

………………

…………

……

 

翌日、早朝。

アカデミアの校門前に俺と霊使い達は並び、先生方も見送りのためにここに集まっている。大方、簡単な壮行会をここで行ってくれるみたいなんだが、当の俺達はというと……。

 

「ふわぁ~~~……」

 

寝ぼけ眼で重い瞼が下がりそうになるのを堪えつつ、一人が欠伸をするとつられて他のとこからも欠伸が出る。そう、結局昨夜はみんな緊張して全然眠れなくて一晩中デュエル大会をしていたのだった。しかし眠気はずっと覚めているというわけでもなく、朝方になってから急に睡魔が襲って来たのだ。しかしそのタイミングで寝てしまうと寝坊することになるだろうと、結局出発の時間まで一睡もせず、今に至るというわけだ。

 

「あの……皆さん大丈夫ですか? なんだか眠そうですけど……」

 

先生方からの送別の話が終わると、ドリアード先生が小声で俺達にそう聞いてきた。

 

「だ、大丈夫ですよ! 大丈夫! 歩いているうちに眠気も覚めてきますよ……ははっ」

 

「そうですか? ならいいんですが……」

 

やれやれ……誤魔化すのも一苦労だ。俺がそうやって誤魔化している間も、他の霊使いは焦点の合わない目で必死に意識を保とうとしていた。

しかし、ドリアード先生か……。昨夜の一件以来気になってしょうがない。今のところ怪しい素振りはないようだが……。

 

「では、ワシからの言葉は以上じゃ」

 

ああ! 眠気と考え事のせいでいつのまにか学院長の話まで終わっていた! いかんいかん……シャキっとしなければ!

 

「最後は私からです」

 

先生方からのお言葉の最後はドリアード先生からだ。みんなも自分達が一番お世話になっている先生の言葉だけはなんとか聞こうと眠気を堪えて耳を傾ける。

 

「皆さん、どんな困難にも正面から立ち向かい、皆で協力して乗り越えて下さい。そしてまたこの場所で、ここにいる全員が集まれるよう祈っています。これは少ないですが、私からの餞別です」

 

と、ドリアード先生は懐から小さな包みを取り出し、それを霊使い達に配る。

 

「これって……お金じゃありませんか!? 先生!」

 

エリアが驚いた声を出す。エリアだけでなく、他の霊使いも驚いたような声を出して眠気などどこかに吹っ飛んでしまった様子だ。見た感じズシッとした質感のその包みは、中にこの世界での通貨が入っているのだろうか。中からは金属同士が擦れ合う音が聞こえる。

 

「ふわぁ、こんなに……」

 

「マジかよ……」

 

「い、いくら私でも……無償で貰うっていうのも何か悪いわねぇ」

 

「先生、私達は自分のお小遣いぐらいは持っています! こんなに頂くわけには……」

 

申し訳なくなったのか、ライナが袋を返そうとするが、ドリアード先生は首を振ってそれを拒んだ。

 

「道中何が起こるかわかりません。備えあれば憂いなしです。私からの気持ちとして、受け取っては頂けませんか?」

 

「先生……!」

 

それを聞いて霊使い達は感極まってしまったのか、皆涙目になりながら全員ドリアード先生に寄り添う。ドリアード先生は彼女らを手を広げて抱き、「よしよし」と一人ひとり頭を撫でる。

……ヤバい、なんだかつられてこっちまでグッとくるものがある。俺は潤みそうな目を必死に眠気として誤魔化すために、欠伸をするフリをする。

 

「さぁさぁ皆さん、大丈夫ですから。それと、遊煌さんにも」

 

名残惜しそうながらも霊使い達がドリアード先生の元を離れると、先生が今度は俺の方に歩み寄り、俺にも何かを手渡そうとする。まずは他の霊使い同様にお金の入った袋。だが、俺にはさらに何かあるようだ。

 

「これも受け取っていただけますか?」

 

「……これは?」

 

ドリアード先生が俺に差し出したのは、2枚のカードだった。

 

「役に立つかどうかはわかりませんが、私からのお守りです。きっとご加護があると思います」

 

「いえ、ありがとうございます。大切に使わせていただきます」

 

その2枚のカードは……なるほど、“このカード”か。あのドリアードだもんな、納得だ。俺はそのカードを自分の腰に付けているデッキケースに入れた。それを見て、ドリアード先生は嬉しそうにほほ笑んだ。

その微笑みを見て俺は確信した。そうだよ……どうやら俺は何か思い違いをしていたようだ。この優しそうなドリアード先生が裏で怪しいことなんてしているはずがない。昨日見たアレも、きっと何かの間違いだ。

 

「遊煌君、これはワシからなんじゃが」

 

今度は学院長先生が俺に何かを手渡す。封筒のようだ。

 

「これをラメイソンの賢者に渡してはくれぬか? わしから詳しいことを綴ってある。きっと問題を解決してくれる手助けをしてくれるはずじゃ」

 

「わかりました。学院長先生、ドリアード先生、他の先生方も、いろいろお世話になりました。ここまでしていただいて、本当に感謝しきれません」

 

俺は集まる先生方の前で深々と頭を下げた。

 

「またいつでも来たまえ。その時はぜひ、私の授業を受けてもらおう」

 

「お師匠様の授業は眠くなると評判ですからね~。遊煌君、覚悟しておいたほうがいいですよ~」

 

と、ブラック・マジシャンことマハード先生の提案に対し、ブラック・マジシャン・ガールことマナ先生が俺の方を見ていたずらっぽく微笑む。

 

「こらマナ、余計なことを言んじゃない」

 

「てへへ、ごめんなさ~い♪」

 

「ははっ、そうですね……無事に帰れた時には、考えておきます」

 

それは半ば、自分自身への暗示でもあった。全ての問題を解決した時、みんなでこの場所に集まる……そういう意味を含めて。

 

「では皆さん、そろそろ……」

 

名残惜しそうにドリアード先生はみんなにそう告げる。それを聞いて、霊使い達は口々に別れの言葉を告げる。

 

「それじゃ先生、行ってきます」

 

いつものごとく、エリアは真面目に。

 

「心配しなくても、ちゃちゃちゃっと行ってパパパっと帰ってきますよ」

 

アウスは心配させないようにか、軽い雰囲気で。

 

「えとえと、私もみんなとまたドリアード先生の授業受けたいです! だから……待っててくださいっ!」

 

ウィンは口下手ながらも一生懸命に。

 

「先生、このお金はいつか必ずお返しします。だからその時が来るまで、私が先輩方を可能な限りサポートします!」

 

ライナは先輩である他の霊使いを助けると約束し。

 

「えっ、貰えるんじゃないの!? あ……ええと、先生……こういうの言うのはちょっと恥ずかしいんだけど……あ、アタシ達はドリアード先生が大好きだから! 大好きな先生残しておっ死んじまうなんてことは絶対しないから、安心して待っててくれ」

 

最後にヒータは、ちょっとボケたがいつもの熱いノリでドリアード先生に約束した。

 

「皆さん……どうか無事で、そして必ず帰ってきてくださいね」

 

 

 

「「「「「「はい!!」」」」」」

 

 

 

霊使いの中に混じって俺も返事をし、とうとう俺達は一歩、学院の外に歩を進めた。そこからずんずんと俺を先頭にして歩いていく。後ろの霊使い達は、時折振りかえっては去りゆく先生方に手を振る。そして先生達もまた、俺達の姿が完全に見えなくなるまで、何度も何度も手を振っていた……。

 

さぁ、いよいよこの古の森の中に入る。まず最初の目的地はこの森の中に住んでいるという、俺と同じ世界から来たという男に会わなければ。

一体どんな人物なんだろうか……?

 

…………………

…………

……

 

「……行ってしまいましたね、ドリアード先生」

 

「はい……」

 

遊煌と霊使い達の姿が見えなくなると、マナの声でドリアードは振っていた手を下げ、同時に少し表情が曇る。

 

「なぁに、心配することはない。若いうちには色々なことを体験するべきじゃ」

 

「学院長の言うとおりです。ドリアード先生、気を落とすことはありません。あの子たちならどんな困難でも解決できると、私は信じています」

 

マハードの言葉にドリアードは少し元気を取り戻す。

 

「そうですね……あの子達なら、変えてくれるかもしれませんね」

 

「何かとは……何を?」

 

「さぁ……でも、“何か”をですよ。私はそう信じています」

 

ドリアードの言葉の意味がよくわからないらしく、マハードはマナと顔を見合わせる。

 

「さぁ、我々は今日の授業の準備をしましょうか」

 

「え、えぇ……」

 

見送ったとしても今日は休日と言うわけでは無い。授業の準備をするために、先生達は校舎内へと戻って行った。

 

 

 

(この世界の命運……あなた方に託しますよ。霊使い達……そして、遊煌さん)

 

校舎内へと戻る最中、ドリアードはそんなことを思っていた。




今回から文体を少し変えてみました。
ZEXALも最終回を迎え、いよいよARC-Vが来週から放送となりますね。
破滅の女神さま内でのデュエルは今まで通り先攻ドローはアリとなりますが。
今回はデュエル無しの話となりましたが、代わりに新たに出会った霊使い達との触れ合いについて掘り下げてみました。
そして旅を共にすることとなりましたが、次回からは本格的に霊使い達との旅編が始まります。
お楽しみに!


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第32話:「フレイヤの受難」

遊煌達と離れ離れになってしまったフレイヤは、たった一人深い森の奥地をさ迷っていた。
誰か助けてくれる人はいないのか…そんなフレイヤの悲痛な叫びがこだまする中、とあるモンスターと出会う。


「ハァ……ハァ……」

 

どれくらい道なき道を進んだだろう? この道中、何度もモンスターに襲われかけ、その度に命からがら逃げ出して窮地を脱してきたが……もう体力の限界だった。おそらく、次に襲われたら最後……もう逃げのびるほどの体力も残っていない。どこかで休みたいのだけど、同じ場所にじっとしていればそれこそモンスターの餌食になりやすい。

どうしよう……そろそろこの場所に飛ばされてもう丸一日、不眠不休でさ迷っている私は限界だった。大分歩いたし、どこかに休める人里でもないだろうか……?

 

「あそこからなら……周囲を見渡せるかも!」

 

目の前に見えたのは小高い丘だった。はやる気持ちで疲れも忘れて私は小走りでその場所に向かう。そびえたつ木々を抜け、その丘の上まで一気に駆けのぼる。高いところから見渡せば、人里がどこかにあるかわかると思ったからだ。

しかし、現実はそう甘くは無かった。

 

「なに……これ……?」

 

私が見た光景は、私の期待を軽々しく裏切るかのような光景だった。

 

「見渡すばかり森、森、森……森ばっかりじゃないの……」

 

そこから見えたのは人の気配などは全くなく、無限に続くかと思うくらいに広大な樹海が目の前には広がっていた。

 

「もう……何なのよこれはーーーーー!!!」

 

堪らず私はその場所から大声で叫んだ。

私、勝利の導き手フレイヤ。現在進行形で絶賛遭難中。

 

 

 

 

 

―――――第32話:「フレイヤの受難」―――――

 

 

 

 

 

「と、とにかく……なにか食べ物を見つけないと……あと水も……歩き回って喉乾いた……」

 

この際人里に着くということは一旦置いておいて、当面の目標は食料の確保だ。何せ丸一日歩きまわっているというのに、食べ物一つ確保できないでいた。というのも、食べ物や飲み水がありそうな場所には決まって凶暴なモンスターがいたのでフレイヤは何も飲まず食わず、おまけに不眠不休で一晩歩きまわるはめになってしまったのだ。

 

「あぁもう! それもこれも全部アイツのせいよ!」

 

 

 

~~

 

『フレイヤ! 手を!』

 

~~

 

 

 

フレイヤはあの時のことを……次元のトンネルを抜ける際に巨大な次元震が起きた時のことを思い出していた。

 

「あの時、アイツは一番身近にいた私に手を伸ばした……気がした。いや、でも残ったのは私とアイツ二人だけだったし、残った者同士で手を繋ごうとするのは当然か……」

 

よほど不満が溜まっているのか、それとも一人黙って歩いていると心細くなってしまうのか、フレイヤはぽつりぽつりと独り言を呟く。

 

「そうよ! そもそも、もしあの場にお姉さまがいたらアイツは迷わずお姉さまの方に手を伸ばしていたはずだし、私だってアイツよりも先にお姉さまを……っていうか、あの時アイツがさっさと私の手を掴んでいればこんなことには……もう! 覚えておきなさいよ!」

 

仲間と離れ離れになった時のことを思い出すと、自然に怒りが込み上がってきて、皮肉にもそれはフレイヤの体を動かす原動力にもなった。

とにかく、フレイヤは遊煌に会ったらとりあえず一発かますということを考えながら、ずんずんと森の中を進んでいった。

 

………………

…………

……

 

「あぁ~……もうダメ……歩けない……」

 

歩き疲れたフレイヤは近くの木の根元に座り込む。ここもいつモンスターに襲われるかわからない以上、同じ場所に留まるのは危険だが、今のフレイヤはもう限界だった。怒りのエネルギーも尽きかけ、座りこむと大きくため息をついて上を見上げる。少しでもいい、休息が必要だ。

 

「ああ……そよ風が気持ちいいわ……」

 

眠気も限界だったため、木々の間から心地よく吹く風に癒されながらも、フレイヤは寝てしまわないようすぐに開けるつもりで目を閉じた。しかし、そのまま意識は眠りにつこうとしている。完全に意識が途切れてしまう……その時だった。

 

 

 

…………。

 

 

 

「……っ!?」

 

何かが……いや、誰かが近くにいる……? 呼吸の音か、それとも体を動かす動作の音が聞こえたのかはわからないが、とにかく何故かフレイヤは自分の近くに誰かがいる気配をはっきりと感じ取った。

 

「もしかして……人!?」

 

フレイヤはハッと目を覚まして、周囲を見回す。

 

「どこ!? 誰かいるの!?」

 

返事は無い……が、フレイヤは自分の近くに誰かがいることは確かだと悟った。

注意深く辺りを見回す……とその時、木の陰になにか草のようなものがぴょこりと動いた。明らかに風や、小動物が動いたような感じではない。フレイヤは四つん這いになりながら、おそるおそると静かにそこまで近寄る。

 

「え……?」

 

そこにいたのは、ただの草ではなかった。木の陰に隠れていたのは、人の姿をしているが、髪の毛が草のようになり、足が木の根のようになっているモンスターだった。しかし、モンスターといっても危険な感じはしない。そのモンスターはフレイヤの視線に気がつくと、驚いた表情をして慌てて木の根元に隠れてしまった。

 

「ま、待って!」

 

フレイヤは慌ててそのモンスターを追いかける。敵意はないとするなら、何かこの森から出る方法でも教えてくれるかもしれない。縋るような気持ちで隠れた木の根元を覗く。

そこには、先ほどのモンスターが小さく縮こまっていた。フレイヤは極力相手を刺激しないように、優しく声をかける。

 

「えっと……こ、こんにちは。私は……その……フレイヤっていうの。貴女の名前は?」

 

疲労が溜まっているが、なんとか笑顔を作りながらそのモンスターに話しかける。すると、こちらの気持ちが通じたのか、おそるおそる顔をこちらに向け、そして応えてくれた。

 

「……メリアス」

 

「え?」

 

「メリアス……『メリアスの木霊』」

 

このモンスターの名前は『メリアスの木霊』というらしい。フレイヤは相手が名乗ってくれてホッと胸を撫で下ろした。どうやら意思の疎通はできるようだ。

 

「よかった……会話ができる……」

 

安心したら途端に体の力が抜けてしまい、フレイヤはその場にへたれこんでしまう。

 

「フレイヤは……どうしてここにいるの?」

 

その様子を見て完全にフレイヤ側にも敵意がないということがわかったのか、木の根からふわふわと浮き出てメリアスはフレイヤにそんな質問をしてきた。

 

「そんなのこっちが聞きたいわ……次元の壁を抜けて出たらこの森のど真ん中にいたのよ」

 

「大変だったね……」

 

フレイヤのこの疲れきった様子を見て、メリアスは少しばかり同情してくれているようだった。

 

「ああ……でもよかったわ……モンスターでも話し相手がいて。ねぇ、この森から出る方法を知らない!?」

 

この森に住んでいるモンスターであれば、あるいはここからの出口も知っているかもしれない。そう思い、メリアスに聞いてみる。

 

「ごめんなさい……私、この森から出たことがないから出口がどこにあるか知らないの……」

 

申し訳なさそうにメリアスはしゅんとしながら小声で言う。

 

「そ、そう……」

 

淡い希望を抱いていたが、それを聞いて落胆してしまう。これで完全に万事休すか……せっかく一人で森の中をさまよい続けて、ようやく話し相手が見つかったのに……。

 

「で、でもこの森に住んでいる人がいるから、その人なら出口を知っているかも」

 

落胆したフレイヤを少しでも元気づけるためにか、メリアスがふとそんなことを言った。

 

「ほんと!? こんな森に住んでいる人がいるの!?」

 

「うん、この先に湖があるから、そこを越えた先にいるよ。案内してあげる」

 

本当に助かった。モンスターでなく、人が住んでいるなら、きっと出口を教えてもらえるはずだ。それでなくても食べ物と寝床くらいは与えてくれるだろう。潰えたと思った希望がまた沸き上がって、少しも動けなかったフレイヤだが、もう一度立ち上がってその人の住む場所を目指すことにした。

そして、そんな元気になったフレイヤの様子が嬉しいのか、メリアスもまた元気に宙を飛びまわり、フレイヤの先を飛んで先導してくれた。

 

………………

…………

……

 

「あ、見えた! 湖だよ!」

 

しばらく森の中を歩くと、突然に視界が開け、その先には巨大な湖が広がっていた。湖畔の周辺には高い木々がなく、高い日差しが降り注ぎ、湖面はキラキラと輝いている。近づいてみると、水はとても澄んでいて綺麗だということが分かる。

 

「この湖に来たらもう少しだよ、頑張って」

 

「ま、待って……私もう喉カラカラで……こんなに綺麗な水なら……飲んでも大丈夫だよね?」

 

と、メリアスの答えを聞く間もなく、既に水分不足で限界状態だったフレイヤは両手に水を掬い、それを口に運び、一気に飲み干す。

 

「あ、冷たくておいしい!」

 

どうやら体に害はないようだ。それがわかると、少し行儀が悪いが、今はそんなことを言ってはいられない。今度は直接湖面に口を付けて水をがぶがぶと飲み始める。

 

「ちょっ、ちょっと! フレイヤ!」

 

「あぁ~……生き返るわぁ~」

 

文字通り、なんとか命を繋いだ私はどっと疲れが出たらしく、湖畔の草むらに大の字になって寝転がる。

 

「ダメだよフレイヤ! 早く起きて!」

 

「なに慌ててるのよメリアス……こちとら昨夜は全然寝てないんだから、ここでちょっと休憩していっても罰は当たらないでしょ……」

 

何故か慌てているメリアスをよそに、もうすでにフレイヤは目を閉じて意識は半分寝にかかっている。

 

「ダメだよ! その湖には……―!」

 

メリアスが何かを言いかけた……その時だった。

突如湖面の下に何かがゆらりと動いた。そして次の瞬間、突如として長い触手が飛び出し、フレイヤの体に巻き付く。

 

「なっ!? なななな……なによこれ!?」

 

突然のことに眠りかけていた意識は完全に覚め、フレイヤは触手から逃れようとじたばたともがくがその度に湖の中から新たな触手が1本、また1本とフレイヤの細い腕や足に絡みつき、動きを封じる。

 

「うえ~!? き、気持ち悪い……!このっ! 離しなさ……きゃっ!?」

 

ぬめぬめとした感触に嫌悪感を抱きつつ、フレイヤの体は宙吊りにされてしまう。

 

「ばっ……! バカバカっ! スカートが……!」

 

宙吊りにされることでスカートがめくれてしまい、霰もない姿を見せてしまう。フレイヤは必死に手で押さえようとするが、触手に拘束されて動かすことができない。

すると、眼下の湖面からその触手の主が姿を見せる。

赤い二つの目を光らせ、髑髏を逆さにしたような鼠色のそのモンスターは、頭部にある口は大きく広げてフレイヤを威嚇する。

 

「ひっ……! き、キモっ! なによこいつ!?」

 

「この湖の主、スカル・クラーケンよ! この湖に入りこもうとした者はみんなあいつに……!」

 

「く、クラーケン!? イカってこと!? なんで湖にイカがいるのよ!」

 

おかしいと思っていた、何故この湖がこんなにも綺麗なのか。こいつが自分の住みやすいように邪魔者を片っ端から排除し、そして日の光が入りやすいように背の高い木々はこの触手でなぎ倒していたからだ。そんな考えがフレイヤの脳内をめぐった。

メリアスはおどおどとしてどうしていいのかわからない様子だ。一方のスカル・クラーケンは触手を動かしてフレイヤの体を弄ぶ。太い触手で四肢を拘束し、細い触手でめくれた服やスカートの中に侵入し、直にフレイヤの肌の感触を味わう。

 

「ふひっ!? ひはははははっ! はぅっ……! そ、そんなとこ触ったら……!」

 

くすぐられたり弄られたり、嬲られたり。スカル・クラーケンはフレイヤの体をおもちゃにして遊んでいる様子だ。

 

「ちょっ、ちょっと! アンタも見てないで助けてよ!」

 

「ひえええっ!? で、でも……」

 

だが案の定、メリアスは怯えてしまって助けるどころではない。それに、メリアスの方がスカル・クラーケンとは比較にならないほど体がとても小さいのだ。とてもこのスカル・クラーケンを相手にして無事で済みそうにはない。下手をしたら巻き込まれてしまう。

 

「わ、わかった! じゃあアンタがその男のところに先に行って助けを呼んできて!」

 

「う、うん! 待っててね!」

 

それを聞くとメリアスは全速力で飛び、あっという間に森の中へ姿を消してしまった。

それまでは自分がこの仕打ちになんとか耐えないと……!

 

「ひっ!?」

 

だがその時、今までとは明らかに違う触手の動きをスカル・クラーケンはし始めた。フレイヤは巻き付く触手でその感触を感じ取った。

 

「やっ……! やだっ! どこ触って……あんっ!」

 

思わず変な声が出てしまう。クラーケンの触手はフレイヤの足を這い、めくれたスカートの中に入り込み、そしてその中の……。

 

「ちょっ……ちょっと待ちなさいよ! そ、そこは……! そこだけは……!」

 

だんだんと涙目になるフレイヤ。

もうダメだ……自分はこんなイカ風情に弄ばれて……辱められて……そしてきっと最後は……!

 

「いやっ……やだ……やだよ……! 誰か助けてーーー!!!!」

 

 

 

 

 

「『サイバー・ドラゴン』! ≪エヴォリューション・バースト≫だ!」

 

 

 

 

 

その時、森の奥から黄色い閃光が瞬き、一直線にフレイヤの方へと迫る。いや、正確にはフレイヤが吊るされている触手へとだ。閃光は触手を焼き切り、宙づりにされていたフレイヤは下へと落下する。

 

「きゃあああっ!?」

 

「頼む、『マシュマロン』!」

 

今度は『マシュマロン』が出現し、『マシュマロン』は見かけの割に素早い動きで宙を舞い、落下するフレイヤをその柔らかい体で受け止め、岸へと引き返し、そこでフレイヤを降ろした。

 

「あ、アンタ……!」

 

「待たせてゴメン、フレイヤ」

 

そう言ってその人物は森の奥からフレイヤに歩み寄る。

デュエルディスクにセットした『マシュマロン』を外すと、実体化していた『マシュマロン』がカードの中へと戻る。そう、モンスターを召喚し、フレイヤを助けたのは、彼女のマスターである天領遊煌だった。

 

「あ、アンタねぇ! い、今までどこにいたのよ!」

 

「ご、ごめんごめん! あの後、なんとかみんなを探そうとしてたんだけど……―」

 

「ばかばかっ! 私なんて昨日から何も飲まず食わず寝ずで歩き回ってたってのに……!」

 

フレイヤはポコポコと遊煌の胸あたりを叩く。しかし、だんだんとその叩く力が弱くなっていき、最後には遊煌の胸に自分の顔を埋めて泣きだしてしまった。

 

「お、おい……!」

 

「早く助けに来なさいよね……すごく……すごく怖かったんだから……ばかぁぁぁ……! うえぇぇぇ~ん!」

 

今まで溜めこんできたものが一気に溢れ出てしまったかのように、フレイヤはその場に崩れると大声で大号泣し始めてしまった。

 

「ちょっ、ちょっと待てフレイヤ! こんなとこで泣かれても俺困る……―!」

 

その時、運悪く遊煌の背後の草むらががさがさと音を立て、そこからメリアスと霊使い達が姿を現した。

 

「お、おにーさんが泣きわめく着衣の乱れた女の子を襲ってる!?」

 

「ちがーーーーーう!!!」

 

フレイヤの泣き声もかき消すほどに、遊煌の絶叫が森中に木霊した。

 

………………

…………

……

 

「ちょっと熱いけど我慢しろよ」

 

「うん……」

 

湖畔から少し離れた森の中。俺達はそこで休憩していた。傍ではフレイヤがあのスカル・クラーケンに襲われ、服や体が湖の水やイカの粘液やなんかでぬるぬるになってしまっていたため、炎を操るヒータの魔法で乾かすことになった。

その間に俺は霊使い達から受けたあらぬ誤解を解くために、俺とフレイヤとの関係について簡単に説明をした。

 

「なんにしても、遊煌さんのお仲間が見つかってよかったです」

 

「ほんとよね。次元のトンネルの中でバラバラになったって聞いていたから、こんなところで会えるなんてほとんど奇跡よね」

 

「お前らな……さっき俺に言っていたこととまるっきり真逆じゃないか?」

 

「まぁまぁ、昨日の今日で仲間の一人がさっそく見つかってよかったじゃないですか、先輩」

 

「そうだけどさ……」

 

むすっとして俺は応える。だとしても解せないものが俺の中にはあったからだ。

 

「ところでさっきのスカル・クラーケン、足を焼き切っただけでトドメは刺してないけどよかったのか?」

 

フレイヤの服を魔法で乾かしながらヒータが俺に尋ねる。

 

「まぁフレイヤもこうして無事なわけだし、そこまでする必要はないだろ。足だけ奪っておけば当分は悪さできないだろうしな。イカなんだから、しばらくしたらまた自然に生えてくるだろうし、それまではせいぜい反省してもらおうじゃないか」

 

あのスカル・クラーケンも、今頃は湖の底で大人しくしている頃だろう。当分悪さはできないはずだ。

 

「ありがとうございます、遊煌さん。あのスカル・クラーケンには森の住人も大変迷惑をしていて……これで皆が平等にあの湖の水を使うことができます」

 

メリアスが小さな頭をぺこりと下げてお礼を言う。

 

「お礼を言いたいのはこっちの方だよ。フレイヤの傍にいてくれて、ありがとうな」

 

本当に運が良かった。てっきり全員探し出すまで相当時間がかかると思っていたのだが、これは幸先が良い。あとはルインとウェムコとキリア……そして、エリアの探す闇霊使いダルクの4人……それでもまだ、この広い世界で4人も探さなくちゃならないのか……。

 

「よしっ……と。上手くいったな」

 

「あ、ありがとう……」

 

ヒータの魔法がうまくいったようで、フレイヤの服も体も、すっかり乾ききっていた。

 

「それにしてもアンタ、よく私の居場所がわかったわね。もしかして、メリアスが助けを呼びに行ったのがわかったの?」

 

と、フレイヤは自分の傍で空中に浮いている妖精、『メリアスの木霊』を見ながらそう言った。だが、それに対してメリアスは首を横に振りながらこう言った。

 

「いえ、私が助けを呼びに行った時、ちょうどこの人が猛スピードで森の中を走って私と行き違いになりました。なんだか凄く焦った表情をしていましたけど……」

 

「私達と一緒にいたときも、遊煌さんが『ただならない気配を感じる』と言ってあの湖の方に駆けて行くのを見ました」

 

エリアがそう証言すると、他の霊使い達も「うんうん」と首を縦に振る。

 

「え……な、なんで私が襲われてることがわかったの!?」

 

「……ちょうどその時に、俺のデッキにある『勝利の導き手フレイヤ』のカードが何かを俺に教えてくれている気がしたんだよ。波動というか、脈動というか……そういうものがデッキの中から『危険が迫ってる』って警告してくれて、その気配の元を辿って行ったらお前が襲われていたんだ。」

 

今にして思うとそれは、以前デミスが俺達の世界で禁術『エンド・オブ・ザ・ワールド』を発動させようとした時に、『マアト』の力を借りて会得したドロー術……≪心眼の引き札(オース・サイン・ドロー)≫の、表を見ずに裏側からカードの脈動を読み取ることができる能力がまだ俺の中に残っていたからわかったのかもしれない。

 

「へぇ~、そうなんだ。で、でもさ……そんな曖昧なもの信じてつっ走ったってことは、私のこと……そんなに心配してくれたんだね」

 

それを聞いて俺はなんだか恥ずかしくなってそっぽを向き、対照的にフレイヤはとても嬉しそうな笑顔を溢す。

 

「あ、当たり前だろ……あんなことがあった後じゃ」

 

「うん、ありがと♪」

 

俺にこんな笑顔を向けるなんて珍しい……。フレイヤは何故かとても嬉しそうにしながら、今まで俺が見たこともないような笑顔を向けてお礼を言う。それを見ていた周囲の霊使い達やメリアスも、何故かニヤニヤしながら互いに顔を見合わせている。

 

「そういやお前はあの後、どうしていたんだ?」

 

それは純粋にフレイヤのことを心配して聞いてみたつもりだった。しかし、それを聞くとさっきまで笑顔だったフレイヤの顔がだんだん曇っていき、やがてすっかり落ち込んだ様子でぽつりぽつりと話し始める。

 

「……歩き回っていたのよ……ずっとこの森の中を……。次元トンネルを抜けたら一面森ばっかのところに放り出されて……あちこちに凶暴なモンスターがいるし……食べ物も水も寝床も確保できないまま歩き回って……」

 

「あの……フレイヤさん?」

 

フレイヤのあまりの落ち込みぶりに、エリアは心配して声をかける。

 

「アンタはいいわよね……ちゃんと人の住んでいるところに落ちて……そこでそこそこ歓迎されて……あまつさえこんなにかわいい女の子達と一緒にいられて……あーあー! さぞ楽しかったでしょうね!」

 

落ち込んでいたと思ったら今度は怒りだした。全く……さっきまで泣きまくっていたり、喜んでいたのに、喜怒哀楽の激しい奴だ。

 

「た、楽しいわけあるか! お前や、ルイン達のことが心配で夜も眠れなかったんだぞ!」

 

嘘はついてない。ずっと心配していたし、昨晩は寝ていないし。

 

「そ、そうなの? それなら……まぁ……いいんだけど……」

 

と、フレイヤから怒りの表情が消え今度もまた何故かちょっと嬉しそうな、それでいて恥ずかしそうな表情を浮かべながら俺から目線を逸らしてしまった。

 

(ちょろいわね……)

 

(ちょろいね)

 

(ちょろいな……)

 

(ちょろい……ですっ)

 

(ちょろすぎます)

 

そんなフレイヤの様子を見て霊使い達はなんともいえない表情を浮かべていた。

 

「まぁまぁ、さてそれじゃ一休みしたところでさっそく出発するとしましょうか」

 

「あ、そうそう! ごたごたで忘れていたけど、メリアスの話だとこの森に人が住んでいるみたいよ!」

 

と、フレイヤが慌てて思い出したことを口走った。

 

「知っているよ。俺達はその人に会いに行くためにこの森に入ったんだからな」

 

「あ……そうなの?」

 

俺がそう言うとフレイヤはきょとんとした表情を見せる。目的が同じと知って、慌てて言ったことがとんだ取り越し苦労だと悟ったようだ。

 

「湖の近くと言っていましたから、もうすぐですね」

 

「じゃあ私がそこまで案内してあげる!」

 

そう言ってメリアスが俺達の先頭に立って案内をしてくれようとしている。友好的な森の住人が一人でもこちら側に付いてくれるのはありがたい、フレイヤに感謝しなくちゃな。

 

「ありがとう、フレイヤ」

 

「な、なによいきなり! 気持ち悪いわね! いいからさっさと行くわよ、ほら」

 

すっかり元気を取り戻した様子で、フレイヤは俺の手を引っ張る。俺の気のせいかもしれないが、心なしか以前よりもフレイヤとの心の距離が縮まった……そんな気がした。




今回は普段あまりないフレイヤにスポットを当てて書いてみました。
そしてちょっとえっちな描写も…w
なにはともあれ、これで一人合流しました。
さて、森に住む男の正体とは…?


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