呪術師じゃなくて、カースメーカーですけど (鳩胸な鴨)
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カースメーカーが好きすぎてカースメーカーになってしまった女
華東 芽衣子…通称「カメコ」は、「世界樹の迷宮」というゲームに登場する、とあるキャラクターが好きだ。
自身の愛称と被っている「カメ子」と呼ばれる、おさげの女の子を、本気で愛してる。
あの拘束具とボロボロのローブに覆われ、鍛えてないし、食べてないだろう細い四肢。
更には、お世辞にも健康的とは言えない、あの幸薄そうな顔。
カメコは「カースメーカー」と呼ばれる彼女を、心の底から愛していた。
齢八歳にして、自作で抱き枕を作り、本気で抱擁し、キスをする程度には愛していた。
彼女の性的嗜好が歪んだのは、遡ること十数年。
2000年代後期に、カメコが古本屋を歩いていた時のことだった。
今ではどこぞの子役が「本屋なのに本ねーじゃん!」と強烈なテンションで言い放つコマーシャルで有名なその本屋にある、中古のゲームソフトが並ぶ場所にて。
カメコは出会った。出会ってしまったのだ。
自分の性的嗜好、性格、健康、全てを捻じ曲げたゲーム、「世界樹の迷宮」と。
最初は、それこそパッケージの絵柄に惹かれただけだった。
子供特有の「気になり出したら欲しくなる症候群」が発症し、誕生日プレゼントとして、そのゲームソフトを両親にねだった彼女。
誕生日プレゼントを古本屋で売られてた中古ソフトで済ませるという、親としては子供に若干の申し訳なさを感じることになってしまったが、当の本人は全く気にしていなかった。
意気揚々とゲームを進め、いざ、「冒険者」と呼ばれる自分だけの仲間たちを選ぶときになって、それは現れた。
皆様ご存知、カースメーカーである。
そのカメ子と呼ばれるデザインの少女が、年端もいかない女子の心に突き刺さった。
これが、史上類を見ないアホ呪術師…いや、カースメーカーの誕生のきっかけである。
幸い、両親が典型的なオタク気質であったため、幼稚園児の娘が「将来の嫁です」とゲーム画面を突きつけても、避けられることはなかった。
それどころか、「お前もこちら側に来たか」とばかりに抱きしめられた。
アホとアホに育てられたアホのサラブレッドが、その性的嗜好を歪ませるのに、そう時間はかからなかった。
そんな人生全てが楽しそうなアホ女にも、絶望が訪れる。
十歳になり、彼女は教師の言葉に悟った。悟ってしまった。
画面から出てこない彼女と、結婚できないことに。
教師の残酷な「この世界にいない人とは、結婚できないよ」という一言は、カメコの心を木っ端微塵に打ち砕いた。
彼女は泣いた。泣けど泣けども、画面の中の嫁が慰めることはなかった。
全てに絶望し、食欲がなくなり、日に日に細くなっていく彼女。
流石に両親も心配し、経緯を聞いたところ、「誰もが通る道だ」と慰めた。
現代社会であれば、確かに多少の差はあれど通るのだろうが、彼女の場合は落ち込みようが顕著すぎる。
その慰めに空元気を出しながら、とぼとぼと洗面所へと歩き、自分の顔を見た。
その瞬間、全てが変わった。
似ていた。いや、瓜二つどころではなく、そのものだった。
自分が恋焦がれて止まないカースメーカーと、全く同じ女が、そこにいた。
やつれ気味の四肢に、目のクマ、更には白い肌に、ぎょろりとした目。
彼女は狂喜乱舞した。全ての答えを見つけた、探求者の目をしていた。
「彼女そのものになれば、彼女は自分のものである」という結論に至ったのだ。
アホ、ここに極まれりである。
翌日から、彼女のカースメーカー化計画がスタートした。
正直言って、その道のりは困難を極めた。
苦手な裁縫の会得、金属加工、脳内にいた彼女と瓜二つなミステリアスな立ち振る舞い、etc…。
それら全てをクリアするのに、彼女は3年を費やしていた。
そして出来上がったのが、ヤバいコスプレイヤーである。
別にイベントでもないのに、年がら年中、更には校則を堂々と破りながら、その衣装を着ていた。
因みに、バカにはされなかった。
もともと頭のネジが全部吹っ飛んだアホとして、地元に浸透していたのだ。
アホがアホなことをしていても、何ら不思議ではなかった。
だが、カメコはこれに満足していなかった。
カースメーカーの代名詞、「呪言」が使えないことに憤ったのだ。
最早、菩薩でさえも、彼女を谷底に突き落とすレベルのアホさである。
しかし、当の本人は中学一年生にして、本気で呪言の習得を試みた。
カメコは一般家庭の出なので知らないが、世の中には「呪術」というものが存在する。
中には彼女のいう「呪言」も含まれているのだが、正直に言えば、生まれついての才能があるか無いかで大きく変わってくるため、希望はないに等しかった。
が。アホの愛は、その定説をポッキーのようにいとも容易くへし折った。
「《畏れよ、我を》」
『ひっ、ひ、ひひひ、ひぁぁぁぁぁぁああああああっ!?!?』
出来た。習得に2年もかからなかった。
訓練を始めて1ヶ月あたりで、変なバケモノが見えたし、なんなら襲いかかってきたが、習得した呪言を駆使することによって、普通に倒せた。
カメコは知らぬことだが。愛が強すぎるあまり、彼女の魂は変わっていた。
アホの愛は凄まじかった。それはそれはもう、神が作りし魂を粘土が如く捻じ曲げるくらいに凄かった。
結果、彼女は『生まれながらに持つ力である《生得術式》を後天的に会得した』という、本職の人間が聞いたら茶をぶちまけて転びそうなことをやってのけたのだ。
アホの愛を舐めてはいけない。
では、その術式を作動させるために必要な負の感情の力、『呪力』をどうやって捻出しているのか。
彼女が利用している負の感情は、「愛故の不満」である。
簡単に言えば、「違う!まだまだ私が残ってるじゃ無いか!カメ子になりたいんだよ私ァ!!」という、なんともまあアホ丸出しな願望が力になっているのだ。
因みに、彼女の魂がこれ以上愛によってねじ曲がることはない。
愛というブレない芯がある限り、彼女は呪言の力を使える。
その力の源となる呪力も、有り余る愛の分だけあるし、その愛故に、彼女の不満が解消されることはないのだ。
愛は全てを可能にする魔法のエネルギーなのである。
これは、そんな愛の魔法使い、略してアホが呪術師界を、良くも悪くも引っ掻き回す物語である。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「……………」
「………華東。その、指名したんだからせめて喋れ。わかるとか、わからないとか」
とある高校の教室にて。
ボロボロのローブを纏い、拘束具を体につけた少女が、教師の言葉に微妙な表情を浮かべる。
無論、こんなぶっちぎりでイカれた女は、一人しかいない。カメコである。
このイカれた女は、地元の高校に進学し、ここでもその愛を発揮していた。
最早、見知った顔であるために、皆がそれを黙認する。
指名してしまった教師も、カメコの圧に押され、「あ、うん…。も、もういいよ…?」と諦めてしまった。
「カメコのやつ、今日も飛ばしてんな…」
「や、いつもだろ…」
こんなアホなコスプレイヤーがいる教室も、最早日常である。
内申点が酷いことになっていそうだが、カメコは気にしない。
頭のネジがほぼ全て吹っ飛んでいる致命的なアホだが、勉強はそこそこできるのだ。
この時点で、模擬試験にて中堅の大学にB評価をもぎ取れる程度には。
「……ほんと、人生ってわからんよな」
「こんな見るからにヤバいコスプレイヤーが学年3位とか、マジかよ…」
ヤバいコスプレイヤーを舐めてはいけない。
当の本人は、気にすることなく、授業に集中した。
因みに、フードの先端が後ろの席にかかって邪魔になってしまうため、席は必然的に最後尾である。
情熱は、人に迷惑をかけないようにしなくてはならないのだ。
いくら度を過ぎたアホとは言え、その線引きはしっかりしていた。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「未登録の呪術師?」
「うん。ここ一年、とある地域の呪霊が軒並み同士討ちして全滅してるんだよー。
上が始末なりなんなり判断下す前に、悠仁みたく僕の生徒にしちゃおーって思って」
同士討ち、という言葉に、寝巻きを着た少年は「えぐっ」と引き気味に言葉をこぼす。
呪霊…即ち、カメコが虫を潰す感覚で、呪言で軒並み倒したバケモノ。
人が目にすれば、確実に吐き気を催す程にグロテスクなソレが、同士討ち。
想像しただけで、気分が悪くなってくる。
その本人は「原作再現!原作再現!」と、見ていた小鳥ですらもゲロをぶちまけるレベルで気持ち悪い小躍りを披露していたのだが、彼らが現在、知るはずもない。
「……ホントの理由は?」
「面白そーだから!」
少年の問いに、目隠しをした青年は、まるで玩具を目の前にした子供のように言い放つ。
もうすぐ三十路だというのに、少年の心を忘れていない男に、少年は神妙な面持ちで問いかけた。
「………男?女?」
「女」
「釘崎みたいなの?」
「アレほどドギツくはないかな」
「っしゃあっ!!!」
青年の言葉に、少年がガッツポーズを披露する。
彼が在籍する学校で、同級生の女子は、良くも悪くも男勝りで、自己意識がエベレスト並みに高すぎる少女くらいしか存在しない。
一緒に居て楽しいことには変わりないものの、出来ることなら普通の女の子と触れ合いたい。
そう思う程度に、少年は思春期だった。
が。彼は知らない。その女が、別ベクトルでドギツく、とびっきりイカれたコスプレ女だということを。
「じゃ、二人で迎えにいこっか。
同級生いた方が、向こうも気が楽だろうし」
「オッケー!いつ行くの?」
「2秒後」
「え?」
「1秒後」
「いや俺パジャマ、ぁぁああああああっ!?」
「そんじゃ、レッツラゴー♪」
少年は、青年に襟首を掴まれて引っ張られていった。
時系列的には、真人との戦闘が終わってすぐくらいです。
華東 芽衣子(カトウ メイコ)が本名ですが、家族以外は親しみと畏怖を込めて「カメコ」と呼びます。
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コスプレって言ったら殺す
「華東芽衣子について?……ぶっちぎりでイカれた女、だな」
「薬でもやってんのかってくらいの妄想女」
「地雷多過ぎて喋れねー女」
「あの女とだけはやりたくない」
「あの女の処女貰うくらいだったら死ぬ。
…ってかなんでお前パジャマなの?」
「………五条先生。散々っすね、その…華東芽衣子って子の評価」
「呪術師云々抜きにしてコレだからねぇ。
逸材なんだろうけど、俄然会いたくなるよね、あんなこと言われたら」
まだ見ぬ少女の話に、少年…虎杖悠仁は冷や汗を流す。
彼が担任教師の五条悟と地元民…ガラの悪い者も含む…の話を調査したところ、こぞって「ヤバい女」という評価が下された。
呪術が使える云々を抜きにして、である。
呪術師としては、イカれている方が好ましいが、ここまでイカれてる認定される人間は、そうそういない。
特に、「薬やってんのか」という評価は、人を小馬鹿にすることが趣味と言っても遜色ない五条でさえも、同情を抱かずにはいられないほどあんまりなものであった。
「もしかすると、とんでもない原石拾っちゃうかもね」
「俺みたいな?」
「悠仁、ジョーク上手くなってきたね」
「………あれっ?馬鹿にされてる?」
キメ顔で問うた虎杖は、五条の言葉に、少し不満げな表情を見せる。
たしかに呪術に関してはズブの素人であるものの、もう少し褒めてくれても良いのではないだろうか。
尚、虎杖も理解しているが、五条は割と頻繁に褒めている方である。
と、二人が話していると、視界の端に見慣れたものが映った。
『わ、わぁああああっ!!??ぴゃややぁぁぁああああっ!!!!????』
呪霊。人の負の感情が溜まりに溜まったことで、自然発生する災害のようなバケモノ。
ただ周りに呪いを振り撒き、人に害を与える厄介な存在。
だと言うのに、その呪霊は、人に危害を与えるどころか、酷く怯えていた。
「呪霊…?や、でも、なんか様子が…」
「三級くらいかな?もしかして、僕にビビって…はないね、うん」
五条は呪霊が抱く恐怖が、自身に向けられていないことに気づく。
呪霊は公園のど真ん中でキョロキョロとあたりを見渡し、誰かに助けを求めるように、視線を右往左往させる。
その足は、生まれたての子鹿でもまだ大人しいと思えるほどに、ガタガタと震えており、立つことすらままならない。
一体何だ、と二人が思っていると。
ソレは唐突に姿を現した。
「……………」
ボロボロのローブに、拘束具。
幸薄そうな顔に、いかにも不健康そうな、やつれた手足。
ローブの背後が掌のように蠢いている、そんな特徴的な少女。
ソレを見て、虎杖はぎょっと目を見開いた。
「うわっ!?え、アレなんて格好!?」
「へぇ。服まで呪力通ってる。それだけ呪力量多いってことか。エグっ」
自分には劣るな、と思いつつ、五条はことの成り行きを見守る。
呪霊は少女の姿を視認すると、身体中から汗を吹き出し、その場から逃げ出そうとする。
ソレを止めるように、少女は口を開いた。
「《封の呪言:下肢》」
『ぴっ!?』
と。呪霊の足に鎖のような模様が現れ、派手に転ぶ。
逃げられない。ガタガタと恐怖に怯え、涙を流す呪霊に、少女は告げた。
「《命ず、自ら滅せよ》」
『やだぁぁああああああああああががががががががががぴっ!!!!』
少女の言葉に呼応するように、呪霊は自らの首に手を運び、くびり切った。
ボロボロと崩れていくあたり、切る際に呪力を込めたのだろう。
虎杖があまりの光景に目を剥いていると、少女が二人の方を見た。
「………もしかして、さっきの見てた?」
「見たよー。エグい術式だね」
少女が控えめな声で問うと、五条が揶揄うように、探るように問いかける。
それに対し、少女は、こてん、と首を傾げた。
「じゅつしき?…呪言の間違いじゃない?」
「や、それを術式って言ってんの。ってか、呪言は知ってんのね」
「今さっき使ってたし」
認識の違いとは恐ろしいものである。
五条の言っている「呪言」は、「術式の一つである呪言」。
一方で、少女…我らがカメコが言っているのは、「カースメーカーのスキルとしての呪言」である。
無論、効力は似たようなものであるが、内容は全然違う。
「……あ゛ーーーっ!!」
「ん?」
「どったの、悠仁?」
と、虎杖が思い出したように声をあげる。
何を隠そう、彼は世界樹の迷宮のライトプレイヤーだったのだ。
流石に全要素回収とまではいかないが、取り敢えず裏ボスを這々の体で倒す程度の、そんなライト層。
カースメーカーのことを知らぬはずがない。
「どっかで見たことあると思ったら、カースメーカーのコスプレじゃぶっ!?!?」
「今コスプレっつったかクソガキィ!!!」
「うわっ、痛そ」
コスプレ、と言った虎杖に、ドロップキックが炸裂する。
体が細いだけで、別に鍛えてない訳ではないカメコの一撃は、虎杖に少なくないダメージを与えていた。
何しろ、彼女はカースメーカーである前に、冒険者であると考えているアホ。
その気になれば、1ヶ月のサバイバル生活を鼻歌混じりにこなすくらいには、体力も行動力もあった。
「何すんだよ!!」
「テメェコスプレっつったろ殺す。殴り殺す。蹴り殺す。山に埋めて殺す。海に叩き落として殺す。とにかく殺して殺して殺しまくる」
「怖っ!?五条先生、こいつ釘崎よりヤベェ女だよ絶対!!」
「カースメーカーって何?」
五条悟は世界樹の迷宮を知らなかった。
普段、多人数用のゲームをやり込み、相手を完封して煽るのが常のこの男。
因みに。これにより、彼の親友である夏油傑がブチ切れ、彼と呪術無しのリアルファイトを起こした回数は数え切れない。
一人用のRPGの経験など、メジャーどころのドラクエか、ファイナルファンタジーが関の山であった。
五条は気になり出したら知りたくなる、人間の悪いサガが発動し、ボコボコにされる虎杖を尻目に携帯を取り出す。
「あ゛だだだだだだだだだっ!?!?
痛い、痛いってマジで!!ちょっ、タンマタンマタンマタンマァァア゛ァァァァァァァァァァァァァァアアアッッッ!!!!!」
一方で、虎杖は力はあっても技術が無さすぎるため、数々のプロレス技になす術もなく負けていた。
一応、本職のカースメーカーの名誉のために記載するが、カースメーカーはプロレスをしない。
むしろ、力は弱いし、打たれ弱い。
しかし、デバフや状態異常をこれでもかとばら撒ける、完全にデバフ特化の職業である。
結論を言えば、カメコがおかしいのだ。
気が済むまで殴り終えたカメコは、顔中が腫れ上がった虎杖に、唾を吐きかけた。
「復唱しろ、クソガキ。『アナタはカースメーカーです』と」
「………あ、あなたは、カースメーカーです」
「よろしい」
カメコの拘りは、何人たりともケチをつけてはいけないのだ。
どんな手を使ってでも、顔中が腫れ上がるまで殴りにくる。
地元民は完全にカメコのことを、『コスプレ』と言っただけで襲いに来る災害か何かだと認識していた。
前話の「コスプレイヤーが学年3位」と言っていた少年も、無論襲われた。
ただし、陰口であっても『コスプレ』と言わなければ、無害な少女なのだが。
因みに、対処法は非常に簡単で、即座に「アナタはカースメーカーです」と言えばいい。
満足げに笑顔を浮かべた後、去っていく。
因みに、殴る際に呪術等は、一切使用していない。
理由は「怒ってるのは、嫁をコスプレと言われた華東芽衣子だから」である。
ちなみに、彼女はコスプレした自分自身と結婚してるため、薬指に指輪をしている。
ここまで気持ち悪いコスプレイヤーが、かつていただろうか。
閑話休題。意識の高いコスプレイヤーは、演じる時のオンオフがしっかり出来るのだ。
「あー…。ほうほう。『世界樹の迷宮』…。
悠仁、これどんなゲームなの?」
「……、難易度高めな、RPGです…」
「RPGかぁ。やってみようかな。
最近スマブラとかストとか、学長ボコボコにしたあたりで飽きちゃって!」
結論から言うと、彼はハマる。
元より、彼は実力的な問題で、呪術師関連で楽しめることは、生徒の育成程度。
考えても見て欲しい。常時チートの状態で、勝てる敵と戦って燃えるだろうか。
答えは否。五条悟の『戦闘』には、張り合いというものがない。
だから、心のどこかで求めているのだ。その『張り合い』を。
世界樹の迷宮は、初心者が手を出すにはハードルの高いゲームである。
拡張性のある…いや、ありすぎて複雑なキャラ育成に、他のゲームでは体験できないマッピング要素。
たとえ雑魚戦でも、油断すれば死を招く、気の抜けないRPG。
クリアするまで、何度ゲームオーバー画面を見るか分からない程の高難易度。
彼の求める『張り合い』が、そこにあった。
五条悟はこのゲームにドハマりし、夜通しプレイするようになるのだが、それは別の話。
「おっと、本題忘れるところだった。
キミが、華東芽衣子だよね?」
パン、パン、とコートの汚れを払うカメコに、五条が問う。
カメコは首肯するも、訝しげに五条の目隠しした顔を見た。
「そうだけど、宗教勧誘とかなら断るよ?」
「ノンノン。もっと楽しいコト♪」
♦︎♦︎♦︎♦︎
「華東芽衣子…と言ったか。…その、非常に聞きたくないが、もう一度聞こう。
お前は、呪術高専に何しに来た?」
「嫁になるために来ました!!」
「…………指輪をしているが」
「私の嫁は私なので!!」
「……………何こいつ怖っ」
夜蛾正道は現在、非常に戸惑っていた。
予定外の転入生はまだいい。
いや、よくはないが、良いことにしておかないと、胃に穴が開く。
問題は、「彼女が入学する理由」である。
ここでカメコは、「より強いカースメーカーになって、理想の嫁を自分の中に作り上げて自分と結婚する」という野望を語った。
コレを聞いた学長、夜蛾正道は、思わず二度聞したのだ。
結果は見ての通りである。
イカれた輩がデフォルトな呪術師界隈でも、ここまでイカれたアホがいるだろうか。
「学長もそう思う?僕も引いたんだよね。
自己愛って訳じゃないけど、コ…演じてる自分を愛してるとか言っちゃうアホ」
「お前はゲームばかりしてないで仕事をしろ」
連れてきた本人も、コレには困っていた。
こんな理由なら、金のためとか言われた方が遥かにマシである。
しかも、カメコは口が悪かった。
五条悟を1時間で5回怒らせ、萎えさせる程度には、それはそれはもう口が悪かった。
カースメーカーを演じてるときは無口なのだが、カメコが表に出てくるとなると、途端に饒舌になる。
「じゃ、もう質問はないですかね?」
「…………あ、ああ」
「では!…………」
「ではって何だ急に黙るな怖いから」
今年、問題児が多すぎやしないか。
最強の呪い、両面宿儺に加え、このぶっちぎりでイカれた女。
先の京都姉妹校交流会でどんな問題が飛び出してくるか、想像したくなかった。
「しかもこの子、話によると『後天的に《生得術式》を会得した』っぽいんだよね」
「おいちょっと待て今なんて言った???」
爆弾、投下。
下手すれば核爆弾並みの威力のあるソレに、夜蛾は五条に詰め寄る。
本来、《生得術式》は、生まれながらに持つ力であり、有無は早期に判明する。
だと言うのに、カメコはその定説を捻じ曲げてしまった。
ソレがどんなことを意味するか、わからない夜蛾ではなかった。
「上への報告どうするんだ!?」
「や、家系図見たけど、何もなさすぎてビックリするほどパンピーだったよ?
ソレがめちゃくちゃ強い《呪言》を自由に扱えてる時点で、誤魔化し利かないっしょ」
《呪言》は、込める呪力量によって、より効果が大きくなる。
カメコの呪力は、有り余る愛が呪力として自動変換、さらには補填されてしまうため、実質底無しなのだ。
一定の効果を持つ呪言しか使えないものの、それでも相手にしたくない、というのが、五条の正直な感想であった。
因みに言えば、防御系のスキルでは状態異常、デバフは防げない。
これは世界樹の迷宮をやる人間ならば当たり前の知識である。
無論、こんなデバフに極振りした呪術なんぞ、一般家庭から出るわけがない。
「面白そうだし、悠仁みたく僕の庇護下に置こうかなーって思ってんだけど」
「……認めるか?上が?」
「大丈夫っしょ、悠仁ほどヤバくはないし」
「十分ヤバいぞ。気をしっかり持て」
どうやったらこんな地雷案件ばかり持ち込めるんだ、このアホは。
上がどんな手を使ってくるか、不安が山ほど押し寄せてくる夜蛾。
しかし、当の本人はどうでも良さそうに、五条の持つゲーム機を覗いていた。
「あれ?宿賃なんか高くね?バグ?」
「レベル×5enずつ高くなる。
回復するなら、必要なコストって割り切るしかない。あと、帰った後は素材売却忘れずに」
「売るとなんかあんの?」
「品数が増える。基本的に、敵を倒して素材集めて売るしか金を稼げない。
雑魚でもボスでも、条件を満たすことでレアドロするから。売るとソレなりにたまる」
「へぇ。レアドロは祈るんじゃなくて、自分で条件満たして手に入れるのか。いーねぇ、すっごく面白い」
夜蛾のこめかみに青筋が走る。
その喉から「ガァッッデェムッッッ!!!」と何処かで聞いたことある怒号が飛び出すまで、5分と時間はかからなかった。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「ってことで、芽衣子ちゃんは悠仁の復学と同時に入学となりましたー!」
「芽衣子じゃない。カメコって呼んで」
ぱんぱかぱーん、と口で言いながら、クラッカーを鳴らす五条。
それを無視し、虎杖は馬鹿正直にとある事実を言った。
「名前の方が可愛い!芽衣子ちゃんの方が合ってるって、絶対!」
「あ゛?」
「………はい。ごめんなさい」
カメコの地雷、その2。愛称を馬鹿にするとキレる。
五条でさえもショックでしばらく寝込むレベルの罵詈雑言が飛び出るため、即座に謝ることを推奨する。
虎杖は、地雷わかんねーから喋れねー、と思いながら、微妙な表情を浮かべた。
「で、カメコちゃんはいきなりで悪いけど、明後日の京都姉妹校交流会で投入ってことで。大丈夫っしょ。強いし」
「第六層行っても、大丈夫くらいには鍛えてる…つもり」
デバフに極振りしてるため、決まらなければ、単体としての戦力はどうしても弱いが。
前に遭遇した、つぎはぎの変態…襲ってきたので返り討ちにした…のことを思い出しながら、カメコはフードの背中部分を覆う掌を動かし、ピースを作って見せた。
「こっちの技を完全に無効とかじゃない限り、勝てる。…と思う。
寝かせたら勝ちなら、大丈夫」
「あ、そっか。デバフ役だから、睡眠とかも入ってんのか」
これほど敵に回したくない呪術師は、そうはいないだろう。
彼女の先輩にあたる狗巻棘という呪術師も、同じような《呪言》を扱うが、使い勝手で言えばカメコに軍配が上がる。
が、狗巻のような強制力はないため、どちらが上かなどは判断できない。
カメコの呪言は、相手に耐性があれば、普通に防がれる。
例えば、10時間寝た相手に《睡眠の呪言》を使っても、効果がない。
しかし、狗巻はそんな相手にも『眠れ』と言うだけで眠らせることができる。
彼はデメリットとして、強い言葉や格上相手に呪言を使うとダメージを負うが、カメコにはそう言ったデメリットはない。
デメリットと言えば、コートの中が全裸…秘部は専用シールで隠してる…という、女子としては非常に恥ずかしい格好でなければ気分が乗らないくらいだ。
「俺は殴る、蹴るくらいしか出来ねーしな。
伏黒とか釘崎とか見てて、そうやっていろんなことできんの素直に羨ましいって思うわ」
「私はそういう火力はないから。適材適所。守って欲しい。サポートは任せて」
「おっしゃ任せとけ!」
「デバッファーとアタッカーって、地味に嫌な組み合わせだなぁ」
虎杖悠仁がクラスメイトと再会するまで、あと1日。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「真人、どうした?」
「…オタクって、怖いね」
「……………本当にどうした???」
カメコと狗巻先輩の違い
デメリット
カメコ…無し。その分呪言の強制力が弱め。特に状態異常系は実力差や相手の健康状態に左右される。また、封の呪言は実力差が開くほど成功確率が低くなる。特級相手にはほぼ運頼み。
狗巻先輩…強い言葉や使う相手によって反動がある。
強み
カメコ…デメリットが無く、また消費する呪力もそこまで無いのでバンバン使える。能力を下げる呪言は確実に当たる。実力差によって振れ幅が左右する。保険として使える。
狗巻先輩…呪言の強制力が強い。特級でもある程度は効く。
結論。どっちも強い。
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新入生、華東芽衣子
「「「「「…………誰?」」」」」
東京校五人の声が重なる。
彼らの目の前には、ボロボロのローブを羽織り、拘束具をつけた少女。
幸薄そうな顔に、細い手足、やつれた顔など、健康そうには見えない体。
我らがカメコが、そこに立っていた。
「少し事情があってな。『今日』入学した一年生、華東芽衣子だ。
地域一つの呪霊を片手間に全滅させる実力者だ。今回の交流会でも役に立つだろう。
………くれぐれも、彼女のことを『コスプレ』と言わないように。手がつけられん」
「よろしくお願いします」
夜蛾の紹介に合わせ、頭を下げる。
五条には「サプライズしな〜い?」と誘われたが、虎杖と同じケースに入るのが嫌だったので辞めた。
せめて、第一印象は「無口な女」と認識されたい。
そんな願望を抱きながら、近づいてくるメガネの少女を見上げる。
「……こんなちっこいのが?地域一つの呪霊を全滅ゥ?」
「おかか」
「俄には信じられねーな」
正確に言えば、呪言で同士討ちさせただけなのだが。
そんなことを思いつつ、カメコはローブから手を出して、皆に握手を求めた。
その手を真っ先に取ったのは、やけに人間っぽい手をしたパンダだった。
「オレ、パンダ。よろしく、芽衣子ちゃん」
「………よろしくお願いします、パンダ先輩。
あと、カメコって呼んでください」
まんまパンダだった。
パンダかどうか定かではないものの、遠目で見ればパンダなため、パンダということにしておこう。
こうしてカースメーカーにパンダが並ぶという事実に、カメコは若干嬉しくなった。
世界樹の迷宮には、『ペット』という職業…かどうかはわからないが、アタッカーとしてもタンクとしても運用できるキャラクターが存在する。
ペットのキャラクタービジュアルの中には、まんまパンダのイラストがあり、パンダも世界樹の迷宮の登場人物だといえよう。
「で、めい…や、カメコはどんなコト…」
と、茶髪の柄の悪そうな少女が問おうとした、まさにその時だった。
石段を登る足音が、多く聞こえてきたのは。
カメコたちがそちらを見ると、京都校の面々が姿を現した。
「…なんか聞いてたより増えてません?」
「コスプレ?」
「……………え゛っ!?うそっ!?
あの再現度がめちゃくちゃ高いカースメーカーって、『カメコ』さん!?!?」
「テンション高いな、真依…」
『あれだろ。待ち受けのツーショット。目の前のコスプレイヤーだ』
「あー……」
無自覚にカメコの地雷を踏んでしまった京都校の生徒の二人。
彼らに悪気は微塵もないのだが、カメコは青筋を浮かべながら、ピクピクと眉を動かしていた。
「今私のことコスプレっつったかトトロのメイちゃんを極限までグレさせたよーなチビとアニマトロニクスの出来損ない」
「あ゛?」
『アニマトロニクスが何かは知らんが、とりあえず馬鹿にされたことはわかった』
まごうことなきコスプレヤンキーである。
今にも飛びかかろうとするカメコを、夜蛾学長がなんとか羽交い締めにして抑える。
「伏黒、アニマトロニクスって何?」
「ジュラシックパークのあのリアルな恐竜の中身。ロボットってやつ」
「へー。CGじゃ無くてロボットだったんだ。
TSU○AYA行って借りてくるから、終わったら上映会しよーぜ」
少女…釘崎野薔薇と、その同級生、伏黒恵がそんな会話を交わす傍らで、真依と呼ばれた少女が京都の二人を宥める。
何を隠そう、カメコは毎年恒例のあのイベントに参加する大手サークルの売り子なのだ。
その完成度の高いカースメーカーのコスプレは、コアなファンを生み出している。
無論、ファンは全員が「コスプレ」が禁句とわかってるため、カースメーカーとして扱うが。
何が言いたいかというと。
禪院真依は、その「コアなファン」なのだ。
普段は一途なドルオタ、長身アイドル高田ちゃんの大ファンである東堂葵を散々馬鹿にしているものの、その実は彼を馬鹿に出来ないほどに熱烈なファンだった。
経緯は省くが、真依から見れば運命的な出会いを果たしたことで、彼女は堕ちた。それはそれはもう、コスプレイヤー界隈ではそれなりの規模のファンクラブを創設してしまうほどに堕ちた。
家のことで、一般人なら確実に病院にお世話になるレベルの重圧が普段から襲い来るせいで、癒し属性のある高田ちゃんにハマりかけるほど、彼女は元よりそういった適性があった。
尚、彼女は皆にバレてないと思っているが、普通にバレてる。
何故か姉の真希にも、その後輩の釘崎にも普通にバレてる。
東堂は幼児が拘束具をつけたカメコの見た目に、「女の趣味が悪い」と、ズレた感想を抱いているが。
「はーい、内輪で喧嘩しないの…って、真依は何してんの?」
「ああ…。私、カメコさんと同じ空気吸ってる…。……はっ!?ここにカメコさんがいるってことは、呪術師になってるの!?
え、嘘!?同業者!?……パートナー契約今のうちに結べないかしら…?」
「……落ち着きなさーい。休日の東堂みたくなってるわよ」
妄想に耽る真依に、京都校の引率教師、庵歌姫が軽くチョップをかます。
他の皆はと言うと、品定めするように、夜蛾に羽交い締めにされるカメコをまじまじと見ていた。
「離せこの蝶○!!ビンタでもしてみろや!!髭剃ったら特徴グラサンくらいしかなさそうな見た目しやがって!!」
「落ち着け、華東!!後で戦えるから、今は矛先をしまえ!!」
虎杖ほどではないものの、かなりの馬鹿力である。
彼女は、怒りで砲丸を素手で握りつぶしたことがある程の怪力。
曰く、「どんな奴でも文句つけてきたらボコボコにできるように鍛えた」とのこと。
これで体が細いのだから、人体の神秘とは凄まじいものである。
……魂の形が、愛によって強制的に固定されているのも要因の一つだが。
虎杖も、防御の初動ドンピシャのところで、普通に封じられてボコボコにされたのだ。
カースメーカーにはあるまじき物理戦闘能力である。
尚、彼女は呪術を使う際は、この体術を殆ど使用しない。
単にこだわりの問題である。危機が迫れば、普通に破る。
「アタシらより新入生のあいつが引くほど血気盛んだから、なんか逆に冷静だわ」
「つか、五条先生どこだ?
この時期の新入生ってことは、どーせあの人絡みだろ」
悪い意味で信頼されてる。
皆が五条の姿を探すも、「どうせ今回も遅刻だろう」と結論づけたその時だった。
「ごめーん!お待たー!!カメコちゃんなんかしてなーい!!?」
「悟ぅぅううっ!!早くこの問題児をなんとかしろぉおおおっ!!!」
間の抜けた声と共に、台車に大きなケースを置いて爆走する五条が現れたのは。
台車のスピードを殺すと、五条は未だ羽交い締めにされ、暴れているカメコを一瞥し、「うわっ」と声を漏らす。
ガチで引いてる。どちらかと言うと引かれる側だと言うのに。
「やあやあ皆さん、お揃いで!
僕、最近あるゲームにハマっちゃったせいで昼夜逆転しちゃって、普通に寝坊しちゃいまして〜♪
京都の皆には布教がてらゲームとソフトをプレゼントしまーす!
あ、歌姫のはないよ」
「要らねーよ!!ってか最近働いてないって聞いたからなんだと思ったらゲームかよ!!仕事しろ二十八歳児!!」
ケースから京都校生徒の人数分のゲーム機とソフトを取り出し、一人ずつ渡す。
タイトルは無論、世界樹の迷宮である。
なるべくとっつきやすいように、と、気を利かせてストーリーのある新・世界樹の迷宮を選んでいる。
「五条先生、いや、我が同志よ…。
新の方を勧めるとは…。なかなかどうして、布教を理解している…」
「急に大人しくなるな。怖いから」
先ほどまで暴れていたカメコも、これにはニッコリと笑顔を浮かべる。
旧作なら評価は高かったが、さすがに3のつかない携帯機用ソフトは古く、とっつきにくいという英断。
夜蛾の拘束を最も容易く抜け出し、カメコは五条と固い握手を交わした。
「…………仲良いな、あいつら」
「で、東京の皆さんにはこちらっ!!」
握手を交わしたのち、まるでマジシャンのように振る舞う五条。
それと共に、台車に乗ったケースが開き、虎杖が中から現れた。
「はいっ、おっぱっぴー!!」
「故人の虎杖悠仁くんです!!」
空気が凍りついた。
五条悟、半ニート化。他の術師に仕事を押し付ける頻度が増えた。
パンダ先輩って、ペット枠で世界樹スキル覚えさせてもいいと思うんだ。
カメコ個人の特性…愛による魂の固定化。寿命は変わらないものの、身体的には、これ以上の成長も老化もない。
結論。アホの愛はやっぱり凄まじかった。
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私は私がタイプだ
時が過ぎ。
京都姉妹校交流会が始まった。
森の中に解き放たれた呪霊を仕留め、それぞれの学校が仕留められた数を競う。
それが、交流会にて設けられたルールであった…はずだった。
結論から言おう。全員、呪霊のことを完全に忘れている。
カメコも無論、完全に忘れてる。
自身を馬鹿にした…カメコがそう思ってるだけ…『究極メカ丸』と、『西宮桃』を打倒すべく息巻いていたのだが、割り当てられた役割は「東堂葵の弱体化」。
京都校の生徒でも、指折りの実力者たる東堂を相手にするには、体術最強の虎杖のみでは不安極まりない。
運が悪ければ、即倒されてワンサイドゲームと化す。
そこで、相手の弱体化に特化したカメコに白羽の矢が立った。
普段のカメコであれば、承諾したふりをして、即座にそれを破ったことだろう。
しかし、カメコは「コスプレ」と言われたこと、更には競技のルールを忘れるほどに、強烈な対抗心を抱くことになってしまったのだ。
何が言いたいかというと。
「お前、どんな女がタイプだ?
因みに俺は、尻と身長のデカい女がタイプです!!特に長身アイドル高田ちゃんを全身全霊で愛してる!!!
アイドルの恋愛禁止には彼女と結婚したいから反対派だ!!!」
「甘いな。私は私がタイプだァ!!!!」
「……………………は???」
こういうことである。
初対面の人間を性的嗜好で判断する東堂に、高らかに愛を叫ぶカメコ。
虎杖は短いながらもそれなりの付き合いで慣れたのか、「ああ、やっぱりな」と動揺していない。
流石の東堂も、この答えに唖然と口を開く。
カメコはそれを「理解していない」と勘違いし、矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。
「私の嫁は画面から出てこない!!
だから結婚できない!!ならば、私が彼女そのものになれば、彼女は私のもの!!!だから、私は推しになった私と結婚しているのだ!!!
わかりやすく言ってやろう…!!私は今この瞬間も、この姿になることで、文字通り全身全霊で彼女を愛してる!!!!
そう、人生…いや、魂さえも彼女への愛として捧げてる!!!!
故に答える!!!私は私が超絶ウルトラハイパーデリシャスミラクル大大大大好きだァァァァァァァアアアーーーーーッッッ!!!!!」
「何言ってんのお前」
虎杖には何一つ理解できない。
腹の底から叫ぶ愛に、東堂はというと。
「Congratulation…!!女の趣味が悪いとか、もはやそういう次元ではない…。
華東芽衣子…、いや、マイフレンド…!
お前の愛に生きるその姿、気に入った!!」
滂沱の涙を流しながら、賞賛を送っていた。
流石は京都校一気持ち悪い男。
推しに愛を捧げる姿に、感動に打ち震えながら、理解を示す。
東堂もまた、「自分が女であったなら、絶対に高田ちゃんになるべく高田ちゃんっぽいファッションをしていた」ような人間である。
アホとバカの固い握手に、置いて行かれた虎杖は、「ぇー…」と微妙な表情を浮かべる。
「さぁ、虎杖!!お前はどんな女がタイプだ!?」
「………強いて言うなら尻と身長のデカイ女。
見た目で付き合うなら、ジェニファー・ローレンスがタイプ」
話題を振られた虎杖は、淡々と答える。
それに対し、またしても涙を流し、空を仰ぎ見る東堂。
「どうやら、俺たちは…三人合わせて、親友同士…らしい」
「今会ったばかりなのに!?
ってか俺とカメコも会ったばっかだよ!?」
ここまで混沌とした空間があるだろうか。
以前経験した領域展開も、あれはあれで混沌としていたが、ここでは混沌の意味合いが違う。
愛と愛が交錯する中、虎杖の困惑は止まることを知らなかった。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「…ホント、なんだったんだろう、あの女」
さざなみだけが音を立てる、浜辺にて。
寛ぎながらも思案に暮れるのは、つぎはぎの肌が痛々しく見える男だった。
彼は正確に言えば、男ではない。
言うならば、「人の形をした呪い」である。
彼…真人が思い浮かべるのは、戦力の調達として、人間を襲おうとした時のこと。
彼の術式『無為転変』により、人体を改造すべく、近くにいた全身が呪力で溢れた人間に手のひらで触れた、ただの一瞬だった。
「あんな魂、見たことがない」
まるで、『世界そのものに包まれている』かのような、そんな魂。
弄ろうにも、覆っている物が全力で真人を殺しにかかる。
結果、触れただけで、真人の手はズタズタになっていた。
それだけならまだいい。
弄ろうとしたことに気づいたあの女が、悪魔のような形相を浮かべた光景が、脳裏から離れない。
『《ライフトレード》』
無情な波動が、真人に襲いかかった時の情景が目に浮かぶ。
そこそこに重い一撃だった。
死にはしないが、両面宿儺にやられた直後に食らえば、かなりの痛手になりうる攻撃。
直撃した腹をさすりながら、真人は笑みを浮かべる。
「でも、『花御』相手なら、アイツは無力。
確かに訳わかんなすぎて怖かったけど、気にするほどでもないか」
彼女は、全身が呪力で覆われていた。
決定打も殆どない。ならば、タフさと「呪力に対して有効打を持っている」彼の仲間を送り込めば、彼女は確実に負ける。
送られてきた情報によると、なんの因果か、彼の仲間を派遣した先に、その女がいる。
これで天敵は一人消えた。真人は安心から、笑みを浮かべて、ジュースを口にした。
「ん、美味しい」
確かに、彼の思惑は当たっている。
しかし、彼は知らない。カースメーカーの本当の役割を。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「あの華東って子、服に呪力が通ってるけど、アレはなんなの?」
「んー?『原作再現』で、本人が呪力を服に通してるんだよ。
カースメーカーの禍々しさを出したかったって本人が言ってたよー」
教師が集まる一室にて。
生徒たちが乱戦を繰り広げる光景を見つめながら、歌姫が五条に問う。
カメコの服…というか、ローブには、彼女の呪力が通っている。
これにより、ローブに仕込んだ巨大な手のひらを動かすことが出来、更には強固な防護服と化す。
流石に、五条のような無敵化効果はないものの、非常に強力な武装だと言うことには変わりない。
……尚、カメコは知らないが、これによって彼女の服は、呪具になりかけてる。
「何よ、そのカースメーカーって」
「かぁすめぇかぁ…とな?年寄りには横文字は聞き慣れんわ…」
「僕がハマってるゲームに出てくる職業。
あの子、オタク拗らせて呪術師になったの」
端的に言うと、歌姫と京都校の学長、楽巌寺嘉伸は、互いに訝しげな表情を浮かべる。
一方で夜蛾学長はというと、慌てて五条の口を塞ぐべく、口に手を当てて「喋るな」とサインを送っていた。
が。そんなこと、最強であり自由人のこの男には、知ったことではない。
それに、上にはもうバレているのだから、今ここで明かしても問題ない。
「端的に言うとね、オタク拗らせに拗らせまくって『後天的に《生得術式》を会得』しちゃったんだよね!!」
「ぶーーーーーーーーっ!!!!!」
「んなっ……!?!?」
歌姫が飲みかけた茶を思いっきり吹き出し、楽巌寺が驚愕に目を見開く。
それが不可能なことくらい、呪術師であれば誰だって理解できる。
しかし、現に映像に映る女は、確かに呪言を駆使して虎杖をサポートし、東堂と渡り合っていた。
「う、嘘おっしゃい!そんな馬鹿なこと…」
「や、マジマジ。パンピー家系から生まれたパンピーが呪言とか使えるわけないでしょ」
「夜蛾、これは真実か?」
「…………ええ。まぁ、えっと、はい」
夜蛾は、穴が開きそうな程の胃の痛みを堪えながら、その言葉に首肯する。
終われば入院か、と思いながら、溢れ出る冷や汗を拭く。
それが地域一つの呪霊を、容易く全滅させているのだ。
呪術師界隈として、これほどプライドが傷つく出来事はそうないだろう。
楽巌寺はモニターにチラリと映るローブの端を見つめた。
「宿儺の器の件といい、厄には事欠かんな、夜蛾」
「じゃ、代わってくださ」
「それは無理」
楽巌寺、心の底からの同情であった。代わるのは御免被るが。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「………ほぉ。面白い女が居たものだ」
虎杖悠仁の中にある、両面宿儺の生得領域にて。
両面宿儺はニタニタと笑みを浮かべながら、外の出来事を見守る。
面白い。虎杖のサポートをしている、華東芽衣子という女は、宿儺にとって、興味の対象でしかなかった。
「歪だ…。とても歪な、それでいて極限までに完成されている魂…。
魂を芸術作品として作り替えたな?
しかも、自らの魂を…!!」
愉快だ。これほどまでに愚かで、これほどまでに馬鹿げていて、そして、これほどまでに解らないことをする人間がいるとは。
堪えることの出来ない笑いに悶えながら、宿儺はガラスケースの奥にある芸術作品を見つめるように、華東芽衣子に視線を送る。
「なんとか魂だけ抜き取れないものか…。
魂の加工、そして固定化…。呪術師として、これほど興味が尽きんことはない」
久方ぶりの呪術師としての興味の対象。
そんなことを知らないカメコは、戦闘中にくしゃみをしていた。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「だから、一網打尽にするって言ってるだろう!!真依、少しは聞き分けろ!!」
「無理!!私、カメコさんを襲うとか無理!!もしも、もしもあのご尊顔に傷付けたら、私自殺してやるから!!」
「ねぇ、もう真依ちゃん外していいんじゃない?あの子相手じゃこの調子だし」
『……だな』
(や、真依さんの言う通りだよ…!もう襲うのやめよう…!?殺すのは反対するけど、やらなきゃダメなら誰か一人がこっそりやればいいじゃんもう…!!)
「やだ!!カメコさんとは話す!!」
「「「『面倒臭っ!!!』」」」
その頃、虎杖を殺すように命じられた京都校の面々はというと。
ただでさえ一人、言うことを聞かないのに、そのうえさらにもう一人の暴走を止めるのに必死だった。
愛は性癖さえも超えた。
勢いで言ったため、デリシャスが入ってしまったが、兎に角カメコはカースメーカーしてる自分が大好きです。何故ならカースメーカーで、愛する自分だけの嫁だから。
ちなみに。カメコ本人は東堂と会って2秒で肩組んで歩けるレベルで相性がいい。
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呪霊にすら気持ち悪いと言われる三人
「虎杖くん、横にずれて」
「っ、おう!!」
東堂との戦いの最中。
別の殺気を感知したカメコは、虎杖に指示を出し、背中の巨腕でその背後を薙ぎ払う。
相当量の呪力を纏ったそれは、背後にいた京都校の面々を寄せ付けない。
続け様に、カメコは声帯に呪力を込め、相手全員に向けて呪言を放つ。
「《痺縛の呪言》」
「しびびっ!?!?」
「っ、くぅっ…!?!?」
四人中、三輪霞、真依の二人に呪言の効果があった。
残りの二人は、どうやら状態異常にかからないだけの実力があるらしい。
彼らも想定内だったのか、特に動揺することなく残った全員が虎杖に襲いかかる。
カメコは続け様に、呪言を放つ。
「《足違えの呪言》」
この呪言により、加茂憲紀と究極メカ丸の速度が二割程度下がった。
それだけ遅くなれば、特級呪霊と見えた虎杖にとっては、格段に遅く見える。
「あれっ?なんか遅っ」
その遅さに思わず口を開き、あっさりと攻撃を躱してみせる虎杖。
対して、京都校の三人は、驚愕に目を剥いていた。
「なっ……!?耳から脳にかけてガードしてるのに、何故……っ!?」
「……………」
「少しは答えろ!!あれだけ饒舌だったのに急に無口になるな!!」
『俺にも、効果があるのか……っ!!』
話す分には、速度は落ちないらしい。
しかし、これで五対二。いくら二人が痺れてるとはいえ、それでも三対二。
その上一人はかなりの実力者。不利なのは呪術素人の虎杖と、これまた呪術素人のカメコの二人だろう。
見つけ次第で追尾する上に、囲んでくるタイプのF.O.Eほどの絶望感はないが、厄介なことには変わりない。
「隙を作る。逃げる」
「親友よ、その必要はない」
と。カメコを押し除け、東堂が前に出る。
その顔は、心底呆れたような、またはイラついたような、少なくとも、味方に向ける好意的な感情ではなかった。
地面を砕くほどの力を込めた拳が、加茂に襲いかかる。
が。呪言の効果の中でも、加茂はそれを躱してみせた。
「言ったよな。邪魔すれば殺すと」
「違う。お前は『指図すれば殺す』と言っていた」
「同じことだ」
一触即発の空気が流れる。
東堂はこれ以上の牽制は無意味と思ったのか、彼らを無視して虎杖とカメコに向き直った。
「あっちの呪言師はどうでもいいが、器はしっかり殺せよ」
「呪言師じゃなくてカースメーカーだ糸目。瞼引きちぎってしゃぶしゃぶにすんぞ」
「さっきまで最低限の呪言しか放たなかったのに急に口悪いな!?」
「カメコさん…、カースメーカーって、呼ばないと…、怒る…」
「喋るな、真依。痺れが取れるまで待て」
地雷その3。カースメーカーのことを別の名称で呼ぶとキレる。
ミステリアスでクールな印象を受ける姿をしているのに、ここまでキレやすいのはどう言うことなのだろうか。
本人としては、全身全霊でカースメーカーをしているのに、ケチをつけられることに耐えきれないだけなのだが。
「はーい、真衣ちゃん、痺れが取れるまで空にいようねー」
「あー…!そんな、まだカメコさんと話してないのにぃ……」
痺れの取れぬ真衣を、空から降りてきた影…西宮桃が回収する。
「しびび…」と未だに痺れで呂律の回らない三輪霞は、メカ丸が担ぎ上げ、それぞれ別方向へと向かった。
「さてと、邪魔は消えたな。
続きを始めよう、親友たちよ!!」
「おう!!」
「………………うん」
虎杖の拳と、東堂の拳。更にはカメコの呪言が今、交錯する。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「…………呪力の、反転?」
「そーそー。
カメコちゃん、呪力操作がアホみたいに上手いから、ちょーっと齧ってみなーい?」
遡ること1日前。
入学に差し当たっての諸々を終え、ホテルに荷物を置きに行った直後のことだった。
五条がやけにニコニコしながら、カメコにそう提案したのは。
カメコは少し悩むと、口を開いた。
「………メリットは?」
「いろいろできるよ。回復とか、あと術式の効果を『真逆』にするとかね」
「……………っ!!!!!」
天啓、降りる。
カースメーカーは生粋のデバフ職。
一時期は『ペイン砲』と揶揄されるほど、猛威を振るったスキルはあったものの、それを抜けば、ほぼデバフ全振りと言っても過言ではない。
話は変わるが、世界樹の迷宮Ⅲ、Ⅳ、Xには「サブクラス」というシステムがある。
これは文字通り、キャラクターの職業固有のスキルの他に、別の職業の技能が一部使えるというものである。
しかし、残念なことに、これらにカースメーカーは含まれない。
理由は単純。システムが登場した作品に、カースメーカーが存在しないからである。
カメコは夢想した。補助役として最高のカースメーカーを。
サブクラスさえあれば、どんなことが可能だっただろうか、と夢想し続けた。
しかし、夢想は夢想。呪言が使えるようになった今でも、その夢が叶うことはない。
カメコは泣いた。嫁が画面から出てこないならまだしも、新たな力を手に入れることがないことを嘆き、泣いた。
厳密にはXではカースメーカーは敵キャラとして登場してるので、カースメーカーのサブクラス取得も可能だったのだろう。
その事実に三度、カメコは泣いた。嗚咽が酷すぎてゲロぶちまけるほど泣いた。
すなわち、何が言いたいかと言うと。
カメコはサブクラスを持ったカースメーカーという、ついぞ実現することなかった嫁の理想の姿を、顕現することができると言うことに気づいたのだ。
「……………ありがとう…。神よ…」
「うわっ……」
膝から崩れ落ちながら、天を見上げ、滂沱の涙を流すアホ。
まるでヤバい宗教集団の狂信者みたいになっているその姿に、五条は素で引いた。
尚、呪力の反転は普通にできなかった。
理由は、『呪力の理解不足』である。
♦︎♦︎♦︎♦︎
(連携に無駄がない…。
呪言による重ねがけで弱体化が積み重なる…と言うことがないのが救いか)
東堂とカメコたちの戦い…否、稽古は、呪霊ですら近づけぬほどの威圧を放っていた。
カメコの呪言には、重ねがけでさらに弱体化する…と言う効果は存在しない。
原作でも同じで、重ねがけはどちらかというと、効果の延長として使うものだった。
しかし、東堂は削られても、かなりの威力を持つ攻撃と、素早さをしていた。
正直、変わっていないと言われた方が自然である。
「カメコ、今!!」
「《軟身の呪言》」
「……っ!いい一撃だ、友よ!!」
虎杖の合図に合わせ、東堂の筋肉を少しだけ軟化させる。
普段でもそれなりに痛いだろう一撃が、一割増になって響く様に、東堂は獰猛な笑みを浮かべる。
東堂には状態異常系の呪言が効かない。
彼が非常に健康的な生活を送っているのと、実力差があるため、かかる可能性は、ほぼ天文学的確率となっているのだ。
カメコとしては、ここまでやりにくい相手は経験したことがない。
正直、虎杖がいて初めて渡り合えている。
それでも、稽古をつける師範代のように、圧倒的な余裕をかまされているのだが。
「しかし、惜しい…。カメコ…。お前の呪力操作は完璧だ。正直、文句の付け所がない。
だが!それを本当の意味で活かせていないのが、本当に惜しい…!!」
「?」
「悠仁もだ。お前の拳、確かにいい攻撃だ。
だが、遅れてやってくる呪力…。二人ともが呪力の扱いにおいて、そこで満足している…。
それでは、お前たちは愛する者を守れないだろう…」
「っ………!!」
悠仁の脳裏に、救えなかった友人の顔が過ぎる。
一方でカメコは、先日聞いた「反転術式」のことを思い浮かべていた。
呪力の操作が完璧なのに、本当の意味で活かせていない。
導き出される答えなど、彼女の中ではそれしか無かった。
「言わせてもらう…。お前たちの持つ愛は、そんなものか…!?!?」
東堂が涙を流しながら、押し殺したような叫びをあげる。
本当に友を案じているからこその、忠告。
言わせて欲しい。彼ら、まだ出会って1時間も経っていない。
「呪力の核心に迫っていない…!!
だから、お前たちの愛の結晶が、格下か、あまり差のない相手にしか通用しないものになってしまっている…!!!」
致命的な欠点。
それは、「格上に一矢報いることすら出来ない」ということ。
悠仁は兎に角、カメコは相手を極限まで弱体化させる術式だというのに、実力差が絡んでくるのがそうさせている。
このままでは、特級クラスと遭遇すれば、間違いなく瞬殺される。
カメコが真人を追い返せたのも、彼に対する絶対耐性を持っていたからにすぎない。
「それでは、術式が…、攻撃が…、お前たちの愛した者が…、泣いてしまうぞ……っ!!!!
魂の親友たちよ…。本当にそれでいいのか…?お前たちは、弱いままでいいのか…っ!!!!????」
「「…………っ!!」」
その言葉に、二人が硬直する。
悠仁は人を救うために、カメコは愛した自分を守るために。
それぞれが拳を握った。
「よくねぇよ…っ!!」
「私の愛が、足りなかった…。なら、もっともっと、深くカースメーカーを…世界樹の迷宮を愛するまで…っ!!」
「よく言った!!」
三人の姿が交錯する。
見ていた呪霊は、知能もないはずなのに、口を開いた。
『ナンダアレ気持チ悪っ』
重ねて言おう。彼らは会ったばかりである。
なんなら、相手の性癖と名前くらいしか知らない。
他のバトルはそこまで変わらないのでカット。
東堂は多分、逆に気持ち悪いレベルでものすごく健康的な生活をしてると思う。
ふと思ったが、花御が世界樹のこと知ったらどーなるんだろうか。
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愛で繋がったアホどものせいで花御がヤバい
『真人。私に何か用ですか?』
「君にしか頼めないことがある、花御」
遡ること、1日前。
森への畏れから生まれた呪霊…花御の同胞である真人が、深傷を負って帰ってきた。
木々と戯れていた花御に、真人の傷は動揺するほどのものでもない。
彼のことだ。どうせ、呪術師の最後っ屁に油断したのだろう。
そんなことを思いながら、花御は真人の言葉に耳を傾けた。
「見かけたらでいいんだけど、ボロボロのローブ着て、鈴を首に提げたガキの女の呪術師を、殺して欲しいんだよね」
『………?自分で始末しないのですか?』
花御が問うと、真人は少しだけ不満そうな顔を浮かべた。
「効かないんだよ、僕の術式。
魂を『世界に近い何か』で固定している。
この程度で済んだのは奇跡だ。
あそこに5秒触れるだけで、10回は死ぬね」
『………っ!?』
真人が体験した殺意。
まるで、世界そのものが立ち入る者を拒むかのような、過酷な生得領域。
世界樹の迷宮というゲームは、エンカウントする雑魚ですら、殺意が高い。
それこそ、最終層に入れば、雑魚敵すらも即死攻撃をバンバン使ってくる程度には。
カースメーカーはその世界に生きている。
カメコはそれに憧れ、愛によって魂の固定化、更にはそれを守護するように、世界樹の迷宮瓜二つの生得領域が展開しているのだが、真人はそんなことを知るはずもない。
兎に角、彼女は真人にとっては天敵なのだ。
それこそ、虎杖悠仁と組めば、なす術なく殺されてしまう。
「でも、幸いなことに、アイツは魂に触れない限りは、宿儺の器ほどの脅威性がない。
領域展開を使えるくらいの練度がないことも、ラッキーに入るのかな?
全身に呪力を纏ってるし、花御だったら余裕だと思うよ」
『………分かりました。もし見かけたら、始末して差し上げましょう』
そんなことを知らないカメコは、普通に虎杖たちと鍋を囲んでいた。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「帳…?なんで今……?」
昼だというのに、まるで逢魔時のような、怪しい暗さが辺りを包み込む。
虎杖が疑問を口にすると、カメコが口を開いた。
「敵襲…可能性、大。
ブラザーにかけた呪言を解く」
「流石はマイリトルシスター、聡いな」
カメコが鈴をちりん、と鳴らすと、東堂の体にのしかかっていた脱力感等が一気に払拭される。
流石は気持ち悪い輩同士、もう兄妹の契りまで交わしている。
虎杖もそれにツッコミを入れないあたり、完全に染まり切ってる。
「……バラバラに、それぞれ強いの、いる。
同士五条殿なら余裕。でも、私たちが相手するの、無理」
「五条先生は同士なのな…」
呪力操作により、相手が持つ呪力を感知することで、索敵を行う。
その中で、一際強い存在が、学生と思われる大小さまざまな呪力とぶつかり合うのを感知した。
「…一番キツいのが近くにくる。
ブラザー以外の他の人だとキツい。川の方に着地する。向かうべき」
「呪力操作による索敵か…!
流石は俺が妹と認めた女だ!!」
「世辞はあと。早く向かう、ブラザーズ」
「「おう!」」
カメコの指示に従い、東堂、虎杖がそれぞれ駆け出す。
会ったばかりとは思えぬ完璧な陣形を見下ろしながら、なんとか呪詛師から逃れていた呪霊がつぶやいた。
『ヤッパアイツラキモッ』
尚、この呪霊、2秒後に戦いの余波で死ぬ。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「アンタ焦らなさすぎじゃ無い!?
何そんな余裕かましてんのよ!!」
帳の前にて。
侵入できない五条はというと、その場で寝転がってゲームを始めていた。
ソフトは勿論、世界樹の迷宮…その二作目。
六層の花びらに殺されかけている局面でスリープさせていたため、五条は現状を整理し、なんとか立て直そうとコマンドを打ち込む。
これには、歌姫も楽巌寺も怒った。
「少しは帳を払うかなんか試したらどうなの!?ねぇ、ちょっと!?聞いてる!?」
「大丈夫っしょ!カメコちゃん居るし!
あ゛っやべこいつ強っ!?睡眠に縛り入れて来んなし!!!あ゛ーっ!!ブシ男頼む逃げてくれ頼むからあ゛ぁーーーーーっ!!せぇぇぇぇぇーーーーふっ!!!」
めちゃくちゃ楽しんでる。
非常事態なのに、普通にゲームをするくらいには余裕があるらしい。
アリアドネの糸で帰還したことで、ホッと一息つく五条に、歌姫が抗議の声をあげる。
「はぁ!?あの子にアンタほどの仕事できないでしょ!?あの子、今日入学よ!?」
五条が出した名前は、あろうことか、今日入学したばかりのぺーぺーの少女である。
いくら後天的に術式を手に入れたとて、その強さには、懐疑的なものがあった。
実力差があればほぼ効かない状態異常。デバッファーとして機能するしか無い戦闘能力。
地域一つの呪霊を全て祓ったとはいえ、そもそも強い呪霊が居なかったというのがオチだろう。
歌姫と楽巌寺は、そう睨んでいた。
だが、それは大きな間違いである。
「正直いうとね、僕、彼女とだけは戦いたく無いんだよ。情とか抜いて、本気で」
「は………?」
五条は言うと、軽く告げた。
「歌姫。お爺ちゃん。『ゲームを現実に持ってこられる』ことほど、怖いモンないよ?」
そこに込められた意味は、五条悟と華東芽衣子しか知らない。
♦︎♦︎♦︎♦︎
『……………っっっ!?!?!?』
伏黒恵と禪院真希に迫っていた花御は、強烈な気配を察知した。
その気配は、呪力云々では無い。
呪霊ではなく、『大自然そのもの』とも呼べる気配が、近づいてくる。
真希の首を絞めていたツタを離し、降り立った影を見る。
そこに居たのは、宿儺の器。
これも確かに脅威ではあるが、違う。
花御がそちらを見ると、真人に言われた通りの姿をした少女が佇んでいた。
『アレが、真人の言っていた…!!』
「………?」
「あれ?狙い、俺じゃねーの?」
「シスターが狙いか…!!」
自然から生まれた花御は、カメコが薄らと溢れさせている『凄まじい自然の気配』と、それとは別の『宿儺に匹敵する程に禍々しいナニカ』を感じ取っていた。
冷や汗を垂らしながら、花御はじっ、と瞳なき眼でカメコを見つめる。
駆けつけたパンダたちが、負傷した伏黒たちを背負うのを尻目に、花御は口を開けた。
『あなたですね?真人の「無為転変」を返り討ちにしたという、魂の持ち主は』
「真人って……!!テメェ、あのつぎはぎ野郎の仲間か!!!」
「落ち着いて、虎杖くん。
激情=死。これが真理。友達には死んでほしく無い」
「…………悪い」
飛びかかろうとする虎杖を制し、カメコが喉に呪力を通らせる。
相手もまだ仕掛けてこないあたり、こちらの動きを待っているのだろう。
つまり、どんなことをされても対応できる自信がある、ということ。
「真人…、つぎはぎ…。ああ、あの痴漢。
あなたと同じバケモノっぽかったから、攻撃したけど、お仲間か」
『やはりか…。これは僥こ』
「《足違えの呪言》」
鈴の音と共に、呪言が放たれる。
増幅装置の役割をしている鈴と共に放たれた呪言は、能力低下を一定にする効果を持つ。
これにより、速度が二割減したはず。
カメコはデバフ専門職。隙があればデバフを撒くのが仕事である。
『なっ…!?体が、重いっ…!?』
「鈴の音…!まさか、さっきのは…」
「鈴無しだと、効果に振れ幅がある。
今までは鈴無しの方がよく効いたから使ってなかったけど、あれ相手だと使った方が良さそうだった」
カメコが言うと、驚愕に目を剥いている花御の目の前で水飛沫が上がる。
虎杖が地面を叩いたことによって生じたそれに、普段なら即座に周りを警戒していただろう。
だが、カメコの呪言の効果で、思ったように動けない花御。
結果、虎杖の放った拳は、花御の体に吸い込まれるようにあたった。
が。その程度の打撃で、タフさが売りの花御に、傷が付くはずもない。
『………同じ呪言使いでも、傾向が違う。
なるほど。これは厄介だ』
「効いてな…いや、決まってない…!!」
不意打ちでも、全然効いていない。
いや、違う。虎杖が狙っていた『現象』が、起きていないのだ。
虎杖はすぐさまに距離を取り、カメコが距離を詰める。
至近距離で呪力を込め、攻撃を放つ。
「《ライフトレード》」
『ぎっ…!?』
ここでのライフトレードの効果は、生命力ではなく、『呪力の吸収』。
吸収した呪力と自らの呪力が掛け合わさることで、自動的に反転し、傷の回復を促す。
カメコ自身は呪力の反転が使えないうえ、反転した呪力の操作を知らないため、これを用いて反転術式は使えない。
呪力の塊である呪霊にとっては、最も避けるべき攻撃。
三級の呪霊であれば、この一撃で呪力が尽きて死ぬこともザラだ。
射程範囲が極端に狭いのが欠点だが、切り札よりも使い勝手はいいだけマシである。
『……っ、厄介なのは、女の方…!!』
カメコに向けて、地面から種のようなものが射出される。
伏黒恵の腹に突き刺さったソレと同じもの。
常に呪力を纏っているカメコにとっては、天敵とも呼べるソレ。
が。カメコはソレに向けて、呪言を放つ。
「《病毒の呪言》」
放たれたソレにより、即座に朽ちる種子。
種子の状態では、毒に耐性はないらしい。
しかし、意識を向けなければならない、というのが厄介。
数を放たれれば、カメコは終わる。
が。それだけの隙を与えなければいいだけの話である。
カメコが接近するだけで、花御の意識はカメコに向く。
あとは虎杖が、『現象』をおこして、その意識を一気にそちらに向けるだけだ。
「ヘイトがシスターに向いている…。
成る程、ブラザーが『アレ』を狙っていることを悟らせないためのヘイト稼ぎ…!!
余計な手出しは無用…か…!!」
東堂の解説に応えるように、カメコが背中にある巨腕に呪力を込める。
ライフトレードの構え。
最も受けたく無い攻撃に、花御が身構える。
その後ろでは、虎杖が焦りながら、拳を叩き込んだ。無論、決まらない。
「《ライフト…」
『ふんっ!!』
「がふっ……!?」
「カメコ!?」
完全に虎杖をいない者としてあしらい、カメコがライフトレードを放とうとするのを、腹部に蹴りを入れることで止める。
呪力でガードしてはいるものの、中は全裸。
痛いことには変わりない。
げほ、げほ、と咳き込みながら、カメコは鈴を手に、呪言を放つ。
「《力祓いの呪言》…げほっ、げほっ!!」
『……っ!?今度は、力が……っ!?』
びちゃびちゃ、と吐瀉物が足元に落ちる。
だと言うのに、カメコはそれを気にすることもなく、花御に全神経を注いでいた。
虎杖はソレを心配して、声を張り上げる、
「カメコ、だいじょ」
「ブラザー!!」
と、東堂がソレを遮るように、虎杖の顔を平手打ちする。
花御の注意がそちらに逸れるも、カメコの攻撃を警戒し、無視した。
「シスターの姿をよく見ろ。
彼女は焦っていない。攻撃も、最低限のみしか放っていない。何故だかわかるか?」
「………俺が、決めるのを待ってる」
実のところ、カメコがライフトレードを連発しないのは、距離の関係だけではない。
しっぺ返しを喰らえば死と同義なのだ。
だから、信じて待っている。虎杖悠仁が、一皮も二皮も剥けて、花開く時を。
それが、カースメーカーが最も輝く瞬間であるのだから。
「そうだ。要であるお前が焦ってどうする。
怒りや焦り…。お前のその気持ちは、呪力の出力に関係するが、ミスを連発するキッカケにもなり得る」
会った時間は関係ない。信じられるなら、もうそれは魂で繋がった兄弟なのだ。
そんな超理論で繋がったアホたちに中てられた虎杖もまた、兄弟の言葉に耳を傾ける。
虎杖悠仁は、ノリだけで生きられるタイプである。
「友を傷つけられ、俺とシスターとの蜜月の時に水を差され、シスターが傷つく中で成功できない自分への不甲斐なさで、お前が焦り、怒るのも無理はない。
だが、それは一旦おさめろ。それは、シスターの愛に応えられる感情ではない。
お前が抱くべきは、『愛』だ。愛する全てへ向ける感情を、破壊を振り撒く輩に叩き込む拳へと変えろ」
重ね重ね言おう。彼ら、最も付き合いの長い虎杖とカメコでさえ、ここ数日の間で会ったばかりである。
愛を語り合うほどの仲ではない。
だというのに、虎杖の胸には、自分の仲間と呼べる者への『愛』に満ちていた。
「……そうだ。それでいい」
「サンキューソーマッチ、ブラザー。
行ってくるよ」
カメコと花御が激闘を繰り広げる中で、虎杖は全身全霊で集中する。
隙は見えている。あとは放つだけ。
ソレに気づいたカメコも、鈴を鳴らし、半ば叫ぶように呪言を放つ。
「《軟身の呪言》…!!行って、兄弟!!」
「おうとも、兄弟!!」
アホとアホで繋がった絆が、花御に襲いかかる。
打撃との差、ほぼ無しの一撃が、柔らかくなった腕へと放たれた。
『がぁ………っ!?!?』
「《黒閃》…っ!!!」
黒閃。呪力と打撃の誤差をほぼ無くした状態で炸裂することによって、空間に歪みを発生させる。
その威力は、通常の2.5乗。
炸裂した黒き閃光が、花御の体を大きく削った。
虎杖はたぶん、ノリだけで生きていけるタイプ。
カメコの生得領域は世界樹の迷宮。その奥にいるのは?
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アホどもの殺意が高すぎる
戦いにおいて最も避けたいことは、『普段通りの動きが出来なくなること』だ。
その点において、狗巻棘と華東芽衣子ほど、意識下におくべき存在はいないだろう。
特に後者は、呪霊特攻とも言える攻撃を習得している。
呪霊である花御としては、宿儺の器という、今しがたとんでもない爆発力を見せつけた存在も相まって、焦りが生じていた。
「シスター。あれが『黒閃』だ。
呪力の反転を会得するなら、アレを経験して真理に近づくのが手っ取り早い」
「ええ、分かってる。兄弟…悠仁の呪力操作が、格段に変わっている…」
「分かるか。流石は我がソウルシスター」
黒閃を決めた瞬間、呪力に対しての理解度は深い場所まで到達する。
発動条件は厳しいものの、決めれば絶大な威力かつ実力の増強もできる。
カメコは黒閃を決めなければ、呪術師として…否、カースメーカーとして一皮剥ける時は、永劫に訪れない。
すなわち、呪術師としても、カースメーカーとしても、頭打ちの状態に入っている。
東堂は、鍛え上げられた観察眼により、ソレを見越していたのだ。
「さあ、次はシスター、お前だ!
ブラザーがやれたんだ、お前もやれる!」
「うん」
東堂はまだ手を出さない。
よろけ、破裂した手を再生した花御が駆け出すカメコを警戒する。
一発撃った種子はカメコに防がれた。
なら、複数ならばどうだろうか。
そう判断した花御は、即座に地面から数発の種子を放つ。
カメコはソレを視認し、呪言を放とうと喉に呪力を巡らせる。
と、ここで花御は樹木を操ることで、カメコの死角から喉を締め上げた。
「がっ……!?」
「カメコぉ!!」
瞬間。服にある呪力を喰らった種子が芽吹き、カメコの体を貫く。
どう見ても重傷。
傷の回復を生業とする家入硝子でさえも、回復は難しいレベルの傷だ。
ソレを見て、花御はほくそ笑む。
『まずは一人…!!』
「ブラザー、止まるな!!シスターの目は死んでない!!」
実のところ、カメコはこの攻撃をわざと受けた。
黒閃を決める条件は、『打撃との差異をほぼ無くすこと』。
カメコはライフトレードで樹木の持っていた呪力を吸い取り、力技で握り潰す。
そのまま降り立ったカメコは、そのまま呪言を放った。
「《病毒の呪言》……がふっ…!!」
『自分自身の体液に、毒を発生させた』。
無論、カメコ自身も無事では済まない。
喀血しながら、朽ちていく種子を無理やり引き抜き、そのまま駆けていく。
(なんて判断力…!?まずい、アレは呪力を吸い取ってしまう…!!)
油断していた花御の土手っ腹に、拳と共に『呪力の塊を打ち出した』。
「《ペイントレード:黒閃》……っ!!!」
『な、ぁあっ………!?!?!?』
ペイントレード。
通称、『ペイン砲』。自身のダメージ量に応じて、威力が上がる攻撃。
条件を満たせば、カウンターストップするほどの威力を誇る一撃。
カメコは現在、はっきり言って、死にかけの状態にある。
内臓はズタボロ、血液は無理やり種子を抜いたことで、致死量ギリギリなまでに抜け落ち、更には自傷分の毒が体を蝕む。
死にかけの状態で放つペイントレードは、世界樹の奥に住まう魔神すら屠る。
それに黒閃による威力上昇が合わさり、凄まじい黒の閃光が花御へと襲いかかる。
慌てて花御は樹木でガードするも、その空間の爆裂が、確実にその体を抉った。
♦︎♦︎♦︎♦︎
瞬間。カメコの視界が、赤と緑のマーブル模様で埋め尽くされる。
ここは、カメコの生得領域。
魂の周りに展開されたソレの中に、カメコの意識は訪れていた。
「ここって…、真朱ノ窟…?」
真朱ノ窟。記念すべき世界樹の迷宮の第一作目、その全ての終焉を告げる第六階層の名。
並の人間が立ち入れば、即座に死ぬだろう、魔神の臓物。
カースメーカーが一人で立ち入れば、それ即ち、死。
蠢くモノすらいないその空間の中、カメコは一つだけ、そこに佇む存在を見つける。
「…………そりゃ、いるか」
生物ならばありえない数の瞳。
全てに向けて、殺意を振り撒くかのような、重厚な威圧感。
あらゆる存在への冒涜と取れる出立ちをしたその『魔神』を、彼女は知っている。
「───────」
その名を呼ぶと共に、全身の激痛がカメコを現実へと引き戻した。
カメコは最後まで気づかなかった。
目の前のモノとは違う、化け物『たち』が、彼女を見ていたことに。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「げぼっ、げぼっ…!!」
「シスター!!呪力の反転を使え!!今のお前なら出来る!!」
「わ゛がっ゛でる゛…っ!!」
意識が戻ると共に、激しく喀血するカメコに、東堂が声を張り上げる。
あの時は理解できなかった呪力の反転も、今なら理解できる。
カメコは呪力を反転させ、術式を発動する。
「《治毒の祝言》」
毒が体液から消える。
それと同時に、反転した呪力がカメコの体を治し、無傷の状態へと戻った。
愛と共に、呪力の供給が止まらないカメコならではの治癒速度。
花御は傷を癒しながら、その様を驚愕の表情で見つめていた。
「すごい。これが、反転…!
まるでカースメーカーにサブメディック…」
細かな制限はあるのだろうが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
拍手しながら、滂沱の涙と鼻水を流す東堂が二人の間に入る。
「Congratulation…!
良くやった、二人とも!!特にシスター、アレは心臓に悪かったぞ!!」
「ホントマジだよ!!よく生きてたな、カメコ!!帰ったら飯奢ってやるよ!!」
「ああでもしないと、私の黒閃は決まらなかった」
わいわいと談笑する最中、花御の傷が完全に治癒する。
左腕を覆っていた布は、ペイントレードの黒閃により弾け飛び、呪力も相当量削られている。
祓うには、ここしかない。
「ブラザー、シスター!!いけるな!?」
「おうとも!!」
「任せて」
これほど可哀想な呪霊がいただろうか。
変態的な思考の持ち主二人に、ソレに当てられたバカが一人。
しかも、この場における、恐らく最高戦力の三人が、一斉に襲いかかってくる。
生きてさえいれば、花御を消し飛ばす威力のペイントレードを放つカメコ、無視できない爆発力を持つ虎杖、更には、何一つわからない東堂。
花御はというと、焦りに焦り散らしていた。
(聞いていない…!!なんなんだ、あの女は…!?あの現象を起こしただけでなく、今なお色濃く感じる『気配』…!!
森から生まれた呪霊の私だからこそ感じる、アレの中に感じてしまう、あの『得体の知れなさ』………っ!!!!)
花御の意識は、完全に未知への恐怖へ染め上げられている。
カメコはソレを見て、鈴と共にあの呪言を、増幅して放った。
「《畏れよ、我を》」
『!?!?!?』
「隙あり!!」
恐怖で花御が硬直する。
駆け出した虎杖の蹴りによる一撃が…否、黒閃が、決まる。
吹っ飛ばされた先に、東堂の拳が放たれる。
が。その直撃を避け、返り討ちにしようと、花御が攻撃しようとしたその時だった。
ちりん、と、あの鈴の音が響いたのは。
「《命ず、自ら滅せよ》」
『ぎっ……!?』
「ナイスだ、シスター!!」
花御が、自分自身の脇腹に、拳を放つ。
東堂はその頬に拳を突き刺し、思いっきり虎杖の方へと飛ばした。
(なんだ…?なんだ、これは…!?)
「《力滾の祝言》」
ちりん。鈴の音と共に、虎杖、東堂の二人が、力が滾るような感覚に襲われる。
力祓いの呪言の反転。
通常の二割増しの力の感覚に、虎杖が吠える。
「なんか、滾ってきたァ!!」
『がぁああっ!?! ?』
(なんだ…!?なんなんだ…!?さっきよりも、格段に…っ、重い…っ!!)
三度、黒閃。
同胞ならまず死んでる連携に、花御が地面を転がる。
そこへ、飛んできた東堂が襲いかかった。
「シスターの反転術式…。なるほど、弱体化の逆は、強化か!!
こりゃあいい、病みつきになる!!」
「そこへ、これとかどう?《軟身の呪言》」
東堂の拳が当たる寸前、ちりん、と鈴の音が響く。
柔らかくなった体に突き刺さった拳が、花御の体を大きく傷つける。
それにより、更に吹っ飛ばされた花御を追いかけ、全力で跳んだ虎杖。
「《命ず、言動能わず》」
(まただ…!!体が、思ったように…っ、動かない…!!)
花御は鞠を出して、浮遊しようとしたが、見越していたカメコの呪言によって防がれる。
数回転した本気のかかと落としの黒閃が、その目から生えた樹木の一つに突き刺さる。
地面を叩き割るほどの一撃に、花御は痛みに喘ぐ。
(一体、なんだと言うのだ、これは……!?
何故、私が、ここまで押されている……!?)
「さあ、兄弟たちが魅せてくれたんだ!!ここからは俺も、本気を出そうじゃないか!!」
東堂が掌を叩く。
と、ドロップキックの体勢を取ったカメコと東堂の位置が入れ替わる。
黒閃。カメコが起こした一撃に、花御が派手に吹き飛ばされる。
「俺の術式、《不義遊戯》を解禁した。
手を叩くことで対象の位置を入れ替える、シンプルな術式。
兄弟たちには軽く伝えただけだが、初めて使うのに、よく適応してくれている」
もはや言葉は無用。
魂で繋がったアホどもは、完全に互いを理解し、信じ、花御を殺しにかかっていた。
吹っ飛ばされた花御の位置を、虎杖の隣に立つ東堂と入れ替える。
(本当に、訳がわからない…!!なんなんだ、こいつらは……!?)
「分かんないって顔してんな、お前」
虎杖の黒閃が決まる。
東堂はその隙にカメコへと走り、カメコと花御の位置を入れ替え、蹴りを目の樹木に叩き込んだ。
『がぁあああっ!!!!』
「俺たちが強い理由。それは、たった一つ。
単純明快、シンプルでいて、絶対的な真理がある」
吹き飛ぶ花御の向こう側には、拳を構えた虎杖と、巨腕を構えたカメコ。
三人は息を吸い込むと、叫んだ。
「「「『愛』があるからだ!!!!」」」
黒閃。花御の体が、天高く舞う。
その姿を見届けながら、祓われた呪霊は、残穢ながらも呟いた。
『イヤ、気持チ悪スギン…?』
花御が死にそう。まだ殺すつもりないけど、アホどもの殺意が高すぎる。富士山だったら6回は死んでる。
ペイントレードの黒閃、直撃しなかったからあの程度で済んでるけど、直撃したらまず死んでると思う。早い話木っ端微塵。
宿儺と六層ボスを同格にしてみた。文明一つどうこう出来るバケモンどもだし、いいでしょ。
感想欄で常識人呪霊くんの人気が凄くてびっくりした。今回は残穢でなんとかしたけど、なんかの形で復活させた方がいいかなぁ…?
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呪術師目線でもイカれてた女(今更)
結論から言おう。逃げられた。
帳は、五条が超危険な花びらにボコボコにされたストレス発散で吹っ飛ばした。
花御は呪力の大半が尽き、回復しようにも隙のない連携に参り、樹木に溶けるようにして逃げた。
呪詛師と呪霊、それぞれ一名ずつ逃げられたものの、一人だけ捕まえられた…五条が超危険な花びらにフルボッコにされたため、八つ当たりされた…のは僥倖といえる。
死者は出た。
花御の行動はすべてが陽動であり、本命の真人が、呪具の保管庫を襲撃、更には特級呪物たる宿儺の指や呪胎九相図を強奪。
その際に、守衛を任されていた呪術師は、真人に殺された。
一方、生徒側は、それなりに負傷者はいるものの、甘く見れば全員無事だと言えた。
そんな中、カメコは、虎杖が提案した伏黒の見舞いに付き合っていた。
「いや、カメコまじスゲーんだって!
コイツ下全裸なのに、普通にドロップキックとかやるんだぜ!?」
「はぁ!?えっ、その下全裸なの!?」
「秘部にはシールを貼ってる」
「マジか〜…。おい、伏黒ぉ、元気出せよ。
目の前の女の子、全裸だぜ?」
「釘崎、お前オヤジっぽいよな」
「殺す」
そんな談笑を交わしながら、ベッドに広げたピザを皆で囲み、食べる。
半ばF.O.Eのような、歩く災害のような扱いを受けていたカメコにとっては、友人との食事は新鮮な感覚だった。
一方、カメコが全裸であることを知らされた伏黒は、ニマニマとバカにしたような笑みを浮かべる釘崎に容赦ない一言をかます。
キレた釘崎を虎杖がなんとか抑える横で、カメコは伏黒に問いかけた。
「大丈夫だった?あの種子、内臓ズタズタに引き裂くくらい痛かったけど」
「あ、ああ…。って、食らったのか?」
「大丈夫。自分に毒かけて、ソレ吸わせて腐らせて、無理やり引っこ抜いたから」
「や、それ致命傷じゃ…、呪力の反転か…」
なんて力技の解決法だ。
呪術師はイカれてる人間ばかりだが、その中でも一、二を争うレベルでイカれてる。
カメコがペイントレードでの黒閃を狙っていた関係上、仕方のないことではあるのだが。
ピザを頬張りながら、リスのようになるカメコに、釘崎がその指で突く。
「んみっ」
「しっかし、素はあんだけ口悪いのに、こっちだと大人しいのね」
「そーなんだよ、釘崎。
カメコ、地雷踏まなきゃ大人しいんだよ」
「その地雷が分かんねーって言ってんだよ」
「え?わかんない?コイツ、カースメーカーと世界樹の迷宮いじんなきゃ怒んねーぞ」
「虎杖が知識でドヤるの腹立つな」
「「同感」」
「酷くね!?」
ってか、世界樹の迷宮って何よ、と釘崎がピザを頬張りながら零す。
彼女は閉鎖空間育ちなだけあって、普段はパーティゲームで相手をボコボコにするのが楽しみという、女子としてはちょっとどうかと思う思考回路の持ち主。
RPGなど、ポケモンだけ対戦用にガチガチに育成するくらいだった。
まぁ、友人の父親にはいつも負けていたが。
「コイツ、入学1日目でしょ?
それで特級相手にして、生き残るどころか追い返すとかヤバくね?」
「…兄弟が頑張ってくれた。私がやったのは、強化と弱体化だけ」
「俺が黒歴史明かされてるみたいで恥ずいから兄弟はやめろ!!」
「なに、アンタら兄妹なの?」
「違う!!」
いたどりは しょうきに もどった!
先日の深夜テンションみたいなノリを、一気に恥ずかしく感じる虎杖。
もういろいろと手遅れなのだが、カメコに友情を感じているというのは本当だった。
「ソレは置いといて、コイツ居ると、すっげー戦い楽なんだよ。
相手を遅くしたり、弱くしたり。
反転術式?っての使えるようになったから、逆にこっちを強くできたりするし」
実際のところ、虎杖は、あそこまで戦いやすいと思ったことはない。
もし彼女のサポートが無ければ、あそこまで余裕を持って戦うことは出来なかった。
カメコの術式をザックリと説明すると、伏黒、釘崎の両名が、興味深そうにカメコに視線を向ける。
「効果範囲は?」
「私のは範囲じゃなくて、対象を選ぶ。
呪力を込めた分だけ対象が増える。
鈴を使えば、効果を増幅したり、安定させたりできる。いつもは使わない方が効くから使ってないけど。
効果は一定だし、大体6分で解けるけど、重ねがけすればさらに6分追加できる。
攻撃方法もあるにはあるけど、死にかけじゃないと碌に威力なかったり、射程が短かったりで条件付き」
正直、攻撃役にはなれない性能である。
ゲームなら話が違うのだが、ここは現実。
常時死にかけで動けるはずもない。
だが、条件さえ満たしていれば、特級すらも一撃で祓えるポテンシャルを秘めている。
「完全にサポート全振りか」
「や、それでもエグいわ。これから頼りにしてるぜ、カメコ。
アタシらにも楽させてくれよなー」
「ん」
「ピザを囲み、友情を育む…。青春だな、マイシスター」
釘崎が肩を組もうとすると、あの彫りの深い顔、東堂葵がいつの間にかカメコと肩を組んでいた。
釘崎は驚き、慌てて手を離し、虎杖は慌てて身構え、伏黒はぽかん、と口を開く。
「ブラザー、どうかしたの?」
「フッ、お前らの顔を見に来たに決まっているだろう?俺たちは魂で繋がった、ソウルブラザーズ。
ふとした時に会いたくなるのも、魂で繋がった兄弟の絆なのさ…」
「何コイツらキモっ」
「東堂のあのノリについていけるカメコはなんなんだよ…」
釘崎野薔薇、無意識に常識人呪霊の遺志を受け継ぐ。
東堂のノリに戸惑うことなく付き合うカメコに、皆が呆れ果てる。
先ほどまで普通に会話していたが、忘れてはいけない。
この女、恐らく東堂と同じか、それ以上のレベルで性格がぶっちぎりでイカれてる。
同じ愛に生きたせいでイカれた者同士、仲良くなるのも無理はない。
「ブラザー。ブラザーの友達も、無事だったみたいだな」
「ブラザーはやめろって。
まぁ、見ての通り。死んでなくて良かった」
「そりゃこっちのセリフだ、虎杖」
カメコと東堂のやりとりがアレ過ぎて、最早逃げる気すら無くした虎杖。
つい2ヶ月前に死んだものとばかり思っていた虎杖の言葉に、伏黒がツッコミを入れる。
死んでなくて良かった、というのは、心からの本音だ。
皆が少しの安堵を抱いていると、扉が開かれる。
「カメコちゃーん、あの三つ首ムキムキトカゲ強過ぎなーい?
カウンターでめっちゃhageんだけど」
そこには、携帯ゲーム機片手にパジャマ姿の五条悟がいた。
「同士五条。竜はヤバい。パターン覚えないと最大レベルでも死ぬ。レアドロは全然効かない属性でトドメ刺さないと出ない」
「はぁ!?なにそれ鬼畜じゃん!!カウンターのパターンだけ教えて?」
「ん。わかった」
携帯ゲーム機を囲みながら、カメコが五条と談笑を交わす。
その姿を見て、釘崎がつぶやいた。
「あいつ交友関係含めてブッチギリでイカれてるわ」
「お前も同類な自覚ある?」
「ブチ殺すぞ」
この状況を見た禪院真衣が暴走するまで、あと5分。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「あの気配。あの女、小僧と俺と違って、中に飼ってるな?」
宿儺の生得領域にて。
虎杖の視界に映るカメコを見つめ、宿儺が興味深そうに呟く。
興味の度合いで言えば、伏黒恵の方が圧倒的なのだが、カメコもその魂の希少性だけは評価していた。
が。ソレと共に、宿儺は脅威を知ることになる。
「くくっ…。『縛りのペナルティ』を蓄積させて、生み出したのか…。
魂を自分でどうこうできるあの女のことだ。
その程度の因果律操作など、容易いことだろう。
それで俺と同等の呪い…いや、『怪物』が少なくとも『六体』はいるのだから、見上げたものだ」
実のところ言うと、カメコは無意識に『喋らない』という縛りを設けて、ソレを破り続けている。
破ったことで生じるペナルティを、生得領域の中で蓄積。
それにより、世界樹の迷宮の最奥に、文明一つを滅ぼしたバケモノたちを生み出した。
「本当に、退屈しないな、女」
領域を持っている本人さえも、下手すれば死ぬ生得領域。
尽きない興味に、宿儺はゲラゲラと笑い声を上げた。
♦︎♦︎♦︎♦︎
交流会、1日過ぎて2日目。
現在、彼らは呪術云々関係ない…とは言えないが、極々普通の野球をしていた。
変則ルールではあるが、正直、殺伐した要素などかけらも無い。
毎年2日目は個人戦なのだが、五条が面白がって学長2人を出し抜き、団体戦である野球にしたのだ。
審判は、決めたくせにゲームしたいからとサボった五条の代わりに、無理矢理押し付けられた伊地知潔高が担当している。
皆が白のユニフォームに身を包む中で、一人だけが異様な姿をしていた。
「………あの子、ユニフォーム着ないの?」
そう。我らがカメコである。
彼女はどんな時も、あの姿をやめない。
風呂に入るときは流石に脱ぐが、寝巻き用のローブすらある程だ。
三輪霞が打ち上げたボールを、驚異の跳躍力でキャッチするカメコ。
全裸、大公開である。
秘部は隠されているものの、あまりに刺激が強いソレに、加茂、狗巻、真衣が鼻血を吹いて倒れた。
「歌姫。逆に聞くけど、彼女にユニフォーム着せられると思う?」
「あの子、東堂と兄弟って呼び合う仲よ?
同じく全く話聞かないだろうし、無理に決まってんじゃない」
「だよね」
歌姫の評価は、大体合ってる。
間違ってる部分と言えば、普段はある程度の話は聞くが、地雷を踏んだ時にのみ、手がつけられないことくらいである。
地元でも、半分災害扱いされていたのだ。
呪いでもない本人の性格なため、呪術高専が手に負えるはずもない。
「……入学初日で黒閃を経験。更には反転術式を会得って、随分と逸材ね。
禪院家あたりが、無理矢理娶ろうとしたりするんじゃない?」
「大丈夫大丈夫。今んとこ『病気で子宮摘出したから不妊症』って誤魔化してっから」
「アンタ一回死ねば?」
誤魔化し方がひどい。
しかし、不妊症ということにしておけば、血筋を大事にする御三家としては、迎え入れる意味がなくなるだろう。
五条は五条なりに、考えていたらしい。
因みに、カメコはバリバリに健康体である。
子供など、子供だけでサッカーが出来るくらいに産めるレベルで頑丈だ。
なんなら、人生で一度も風邪を引いたことがない。
医者に診察してもらったところ、「アホみたいに免疫がすごい」と言われた。
「願わくば、全員健やかに育って欲しいもんだね」
「………アンタがセンチメンタルなの、吐き気するくらい気持ち悪いからやめた方がいいわよ」
「歌姫、僕が何言っても怒らないとか思ってる?」
「怒らせたいから言ってんの」
「学生時代ぶりに泣かしてやろうか?ん??」
この後、歌姫は半泣きになるくらい仕事を押し付けられた。
泣かせ方がひどい。
残念ですが、呪霊くんは亡くなりました。
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華東芽衣子は次女である
高専のグラウンドにて。
先輩たる真希…最近、妹から完全に身に覚えのない恨言を吐かれるようになった…体術をさばきながら、カメコは呟いた。
「真希先輩と真依ちゃんって似てる」
「そりゃ双子だから…って、なんで真依だけちゃん付け?」
「オフ会でよく話す。明るくていい子」
「「ぶっふぉ!!?」」
真希と釘崎の腹筋にクリティカル。
どちらかと言うと、ぐちぐちと嫌味を言うような、気の強い女なのだが。
笑い過ぎて過呼吸になり、動けなくなる真希に、流れ弾を喰らった釘崎。
ちなみに言うと、両者の認識は割と間違ってはいない。
真依は、ただでさえストレスに苛まれる環境下にいる。
唯一の癒しとも言えるカメコ相手には、ほぼ真逆の、素直な性格を見せるのだ。
尚、いつものツンケンした態度は、推しの高田ちゃんとカメコ以外に向けられる。
「わ、笑かすなよ…っ、ひひっ……!!あ、アイツが、いい子…ひひっ…!!年下に、子供扱いとか……、ふひひっ………!!」
「カメコ、ひひっ、アンタ、ぶはっ…、マジで…、くくっ、漫才師の……あはははっ、ぷくくっ、才能、ぷふふっ…、あるわ…っ!!」
抱腹絶倒。
普段、真依がどんな態度で彼女らに接していたか一眼でわかる。
笑い過ぎて立てていない。
ここまで来ると、真依が可哀想になってくるレベルである。
尚、彼女は交流会のあと、カメコとのツーショットを十五枚ほど撮った。
要望で、カメコをお姫様抱っこした際は、喜びのあまり解脱しそうな菩薩みたいな顔になっていたのを三輪にすらイジられることになった、とだけ伝えておこう。
「あの、真希先輩。笑ってないで稽古してください。釘崎も」
「…虎杖がクレバーな人でカッコいいとか言われたら、お前笑うだろ」
「…………ふひっ」
「伏黒、半笑いが一番傷つく」
パンダの一言に、伏黒が半笑いを浮かべる。
虎杖がソレに傷ついていると、ぴりり、と誰かの携帯が鳴る。
ベンチの上に置かれた荷物の中で、震えているのは、カメコのポーチ。
ソレに気づいた狗巻が、ポーチを手に、カメコに渡した。
「高菜」
「狗巻先輩、ありがとう」
「ツナマヨ」
カメコはポーチの中から携帯を取り出し、画面に映る連絡先を見る。
そこには、『ネクロちゃん』という名前と、メッセージが映し出されていた。
「夢黒から…。『坂本龍馬に会ったの!やっぱぜよって言うの!』…って、死霊は映らないって言ったじゃん…」
カメコにとっては、馴染みある名前。
しかし、高専生徒たちは聞きなれないその名前に、首をかしげた。
「ムクロ?誰だ?」
「妹」
沈黙、走る。
妹。自身より後に生まれた、同じ親の血縁の女のことを称する言葉。
その言葉をリフレインさせるとともに、意味を理解した面々は、素っ頓狂な声を上げた。
「「「「「妹ぉ!?!?」」」」」
「ツナマヨ!?!?」
♦︎♦︎♦︎♦︎
「へぇー。妹可愛いじゃん」
「例によって全裸だな…」
死屍累々と化した男子を傍に、釘崎と真希がカメコの携帯を覗き込む。
そこに映るのは、これまた不健康そうな肌色の、細身の少女。
生まれて間もない頃に通り魔…カメコ母がコンクリに犬神家させて捕まえた…に傷付けられたという痛々しい傷跡を、コスプレに昇華したパーカー姿の少女が、そこに映る。
ただ、パーカーは開けっ広げにされ、全裸の秘部を肋骨のようなもので隠した姿。
どう考えても痴女である。しかも、中学もこれで通っているらしい。
「聞こうか。同類?」
釘崎がカメコに問うと、彼女は軽く頷く。
「うん。世界樹大好き。中でもネクロマンサーを愛してる」
そうなのだ。あろうことか、アホの巣窟たる華東家は三姉妹なのだ。
長女の名は桐子。リーパーというハンドルネームで活動する同人作家。彼女だけはまともな人間。後天性の神経性胃炎持ち。
次女はカメコ。言わずと知れた、華東家の元祖ドアホである。
三女は夢黒。ネクロというハンドルネームで活動するコスプレイヤーで、現在修学旅行中の中学3年生。無論、カメコの影響をガッツリ受けたためアホ。
生得領域で世界樹をブロッコリー感覚でポンポン生やすカメコほど気狂じみた愛を抱いているわけではないが、それでも魂の形をひん曲げるくらいには世界樹に、更にはネクロマンサーに愛のある夢黒。
結果、姉の桐子どころか、呪術師界隈も頭を抱えるアホ姉妹が爆誕していた。
五条もこの件は知っており、修学旅行から帰ってきたらスカウトする予定なのだ。
姉が楽しくカースメーカーをしてるのを見れば、即座に飛びつくだろうが。
「……性格は?」
「んー……。底抜けに明るい。お陰で素と演じてるの見分けがつかない」
「アンタ、キレるとわかりやすいもんね」
死屍累々と化した男子生徒を一瞥し、釘崎が言う。
彼らがこんなことになっているのは、伏黒の失言のとばっちりである。
なんと彼、あろうことか見え透いた地雷である「コスプレ」を言ってしまったのだ。
結果、64クッパ並みにジャイアントスウィングを喰らうハメになり、ソレに虎杖たちが巻き込まれたというわけである。
「あの子、ギャップ好きだから。ネクロマンサーのキャラボイスも明るい女声にしてた」
「アンタのハマってるゲーム…世界樹の迷宮だっけ?それでキャラボイスって、自在に選べんの?」
「作品による。ⅤとXは選択制、新と新2はストーリーモードのキャラだけボイス付き」
カメコは言うと、布教用に持っていた新・世界樹の迷宮のソフトを釘崎に渡す。
釘崎はそのパッケージを裏面までマジマジと見て、「絵柄かわいっ」とつぶやいた。
「ってか、アンタ結構金使ってない?大丈夫なの?」
「イベントの売り子で稼いでる。懐はあったかい」
「アンタが男だったら結婚してたわ。金で」
「釘崎さん、いつか悪い大人に金で丸め込まれないでね。友達がハードな方の『あのね』されると泣く」
「何言ってんの?」
良い子は検索してはいけない。
『あのね』は若き少年が見るには、アダルトで、どちらかというとダークな比率の方が高い話題なのだ。
「…にしても、あの子…。
同士五条が様子見に行ってくれたけど、旅行先でやらかしてないかな?」
「お前がそういう心配するとか、多分一番ブーメランだと思うぞ」
♦︎♦︎♦︎♦︎
「あれは、マイシスター…!?」
「落ち着け東堂。
非常に目のやり場に困る格好なのは同じだし、なんなら顔の輪郭も似てるが、あれは華東芽衣子じゃない」
西宮桃に「ムッツリ鼻血くん」と揶揄われるようになった加茂が、暴走しようとする東堂をなんとか止める。
仕事で京都の街を歩いていた彼らは、華東芽衣子と非常に似た少女を見かけた。
重そうな棺二つを軽々背負い、土産選びに思案に暮れる彼女。
整えられた毛先に、痛々しく感じないようにメイクされた傷口。
チェーンや肋骨のような装飾で秘部を隠したその少女は、東堂たちの視線に気が付いたのか、軽く手を振った。
「ネクロちゃん、どーかしたの?」
「多分、ファンの人がじっと見てたの!ご挨拶かなーって思ったの」
「そっか。コ…んんっ。有名だもんね、カメコお姉さんと同じで」
「糸目の人、イケメンじゃない?」
「あ、ホントだ。隣は…顔はいいけど、なんか生理的に無理」
「こら、失礼なの!きちんと謝るの」
東堂葵、流れ弾を喰らう。
生理的に無理と見知らぬ女子に言われるのは、計り知れない変態の東堂でも、流石にこたえたらしい。
なんとも言えない表情を浮かべる東堂に、慰めようとその肩を叩く加茂。
なんやかんや、仲はいいらしい。
パーカーの少女は、巨大な棺を背負ってるのにもかかわらず、軽い足取りで東堂たちに近づく。
「ごめんなさいなの、顔の彫りが深い人」
「ぶふっ…」
「心配するな。気にしていない」
加茂が吹き出すのに対し、東堂は半目で睨みつける。
無論、ここで会話が終わるはずもない。
「お前、どんな女がタイプだァ?…おっと、男でもいいぞ。因みに俺は、尻と身長がデカい女がタイプです!!」
少女の友人、ドン引きである。
いきなり好みの異性を聞いてくる男など、不審者でしかない。
だが、忘れてはいけない。
ここにいるのが、あの華東芽衣子の影響をガッツリ受けた相当ヤバい女であることを。
「甘いの。私は私がタイプなの!!!!」
「……………っ!!!!」
デジャヴ。
自らの魂の兄妹が放った言葉が、東堂の脳裏で反響する。
ソレを理解していないと勘違いした少女は、続け様に語ろうとした。
「お前の嫁は画面から出てこない。
なら、お前がそのものになれば、彼女は自分のもの。故にお前はお前と結婚してる…。違うか?」
「あれ?やっぱりファンの人?…んー……、でも、イベントで見たことないの」
滂沱の涙を流し、とんでもない量の鼻水を垂らす東堂。
魂の兄妹よ、同じく愛に生きる者を見つけたぞ、と、空の彼方にいるカメコに向けて、念を送る。
尚、カメコは普通に昼飯の炒飯…虎杖の手作り…を食べてる。
「華東芽衣子。俺の、魂の兄妹…ソウルシスターの名だ…」
「えっ?お姉ちゃんと?」
「やはりか…。俺は東堂葵。お前の名は?」
「華東夢黒。ネクロって呼んでなの!」
「ネクロ…、いや、ソウルリトルシスターよ!お前の姉と同じく、険しい愛の道を生きる猛者よ…!!この奇跡の出会いを、ともに心から祝おうじゃないか…!!」
「なんかわからないけど、よろしくなの!」
2人は固い握手を交わし、ハグする。
夢黒とカメコの違い。
それは、夢黒は勉学においても日常生活においても、底抜けにバカなのである。
2人のやり取りに、「まぁ、カメコの妹だし」と納得する少女の友達。
それに対し、加茂はなんとも言えない表情を浮かべた。
「華東芽衣子の周りに、マトモな人間はいないのか……?」
残念ながら、神経性胃炎持ちの姉くらいしかいない。
華東芽衣子の家族構成は五人家族。
下二人がとんでもなくアホになってしまったため、アホカウントされそうな常識人が長女。現在、嫁いで行ったため沖縄暮らし。
三女はカメコの悪影響受けに受けまくったネクロマンサー。こちらも全てを世界樹に捧げてはいるものの、姉ほど縛りがキツくないので世界樹を生やせなかった。付き合うと楽しいタイプの子。
次女、我らがカメコ。本編通りのキチガイ。
五条悟が濃すぎて胃痛を感じるくらいに濃い家族。
追記。真依さんの名前普通に誤字ってたので修正しました
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知らないうちに果たされた再会
「どもどもっ、呪術高専の皆〜!お姉ちゃんの妹、ネクロちゃんで〜すっ!」
「ってことで、見習い呪術師の華東夢黒ちゃんだよー。カメコちゃんみたく地雷あるから気をつけてねー」
ぴょんぴょん、と見た目とは裏腹に、元気いっぱいに跳ね回る夢黒。
こうして見る分には、普通の女の子なのだが、いかんせん格好が過激すぎる。
狗巻は顔を赤くして目を逸らし、虎杖は親のような目線で心配そうな表情を浮かべる。
きちんとシールを貼ってガードしてはいるのだが、正直、意味を成してなかった。
「ここも女っ気増えたなぁ。アタシと釘崎しか居なかったのがウソみてー」
「この子、中学生よね?中学大丈夫?」
「はいっ!通いながらじ…じ…、じ?」
「呪術師ね」
「そうそうそれそれ!じゅじゅつし?ってのをやるの!」
「………アンタの妹、性格似てないわね。見た目にもあってないし」
「よく言われる」
不健康そうな見た目に反し、溌剌に振る舞う夢黒を見て、皆がほっこりしていると。
五条は三作目のマッピングをしながら、なんでもないように言った。
「そうそう。ネクロちゃんの職場体験ってことで、一年とネクロちゃんに新宿の花園神社付近に向かってもらうから。
伊地知がファミリーカーで待ってるから、よろしく」
「「「「「は?」」」」」
♦︎♦︎♦︎♦︎
「恵先輩、凄いの!あーんなに重い棺を、影の中にしまっちゃったの!」
「ファミリーカーに押し込もうとして、天井壊そうとした時はビビったけどな…」
伏黒恵は、華東夢黒に懐かれた。
きゃっ、きゃっ、と童子のように興奮しながら迫る夢黒に対し、伏黒は迷惑そうに顔を抑える。
食べてるとは思えない肋が浮くほどの細身の体からは、想像もつかないほどに筋肉が詰まっている。
怒らせれば、この筋肉でのドロップキックが飛んできてもおかしくない。
この女なら、確実にやる。何故なら、カメコの妹だから。
「ほほっ、仲睦まじいことで何よりですね。
折角の体験です、お互いの術式についても、把握されてはいかがですか?」
「伊地知さん、今日は見学させる程度で…」
運転を担当していた伊地知が、人の良さそうな笑みを浮かべて、提案する。
それに対し、伏黒が否を唱えると、鈴の手入れをしていたカメコが口を開く。
「大丈夫。華東家の女は逞しいから」
「此間、富士山みたいなの『みんな』が飛ばしてくれたんだ〜」
「富士山…!?!?」
富士山。その特徴に聞き覚えがあった虎杖が、目を剥く。
思い出すのは、五条相手に領域展開を使ったあの呪霊の姿。
結局のところ、五条には返り討ちにされたのだが、先日襲ってきた呪霊によって逃げてしまった。
それだけ見れば弱く見えるが、正直なところ、あの呪霊と同じほどに強いというのが、虎杖の感想だった。
五条の話によれば、おそらく、殺傷能力に特化した呪霊。
だというのに、目の前の女は、それをアッサリと退けたという。
虎杖が唾を飲み込む傍で、釘崎が夢黒に問うた。
「で、どんな術式なの?周り巻き込むやつだったら教えろよ」
「んー…。みんなの気分による、としか」
暫し悩んだのち、彼女は少しだけ控えめに言ってみせる。
みんな。普通なら、意思ある生物に向けて使うような言葉に、伏黒が問うた。
「術式が自我持ってるタイプか?」
「術式が…っていうよりは……、んーっと、ギャンブルおっちゃん、出てきてなの」
『あ?どした?』
なんとも不名誉な名称とともに、伏黒の影から、ぬっ、と、左腕と脇腹が円形に抉れた男が姿を現す。
皆がソレに驚いている最中、夢黒は特に動じることなく、男に話しかける。
「今日ってみんな機嫌いい?」
『……俺以外な』
「ありゃ?どーしてなの?」
『テメェが毎度毎度俺を爆弾役に選ぶからだろうがテメェ殺すぞ』
「だって、おっちゃんの爆発が一番強いし、復活早いから効くんだもん」
『受肉したら覚えてろブチ殺すぞメスガキ』
「私に死霊の攻撃効きませーん」
ここでネクロマンサーについて語ろう。
世界樹の迷宮Ⅴに登場する職業の一つで、長い耳と豊富な知識、そして細身の体が特徴の種族『ルナリア』の生業の一つ。
文字通り死霊を操るのだが、正直なところ、死霊は「道具」である。
それこそ、しょっちゅう攻撃のために爆発させられたり、回復の生贄になったりと、割と散々な役回りなのだ。
ここで、世界樹の迷宮Ⅴ独自のシステム…「二つ名」について解説する。
ある一定のレベルに達すると、用意された二つ名の中から、どちらかを選び、育成方針を決めるシステムである。
ネクロマンサーの場合、万能型の「召霊のネクロマンサー」と、攻撃特化型の「破霊のネクロマンサー」の二つに分かれる。
夢黒の場合は、そのどちらのスキルも駆使して、呪霊を祓う。
特に、彼女が『ギャンブルおっちゃん』と揶揄しているこの死霊は、異常に身体能力が高く、夢黒も重宝している。
これで『等価交換』を使えば、一級呪霊をも消し炭にすることも容易いだろう。
ただ、死霊自身も痛みを感じるので、生贄として使うのは、使っても全く良心の痛まないこの男だけなのだが。
「あー、なるほど。把握。死んだ奴召喚できんのね…」
「うん。爆弾とか壁役とかにできるけど、ギャンブルおっちゃん以外は普通に戦ってもらってるの!」
『テメェあの富士山の攻撃防ぐ時俺のこと盾にしたの許さねぇからな』
あれ熱かったんだぞ、と付け足すと、男は影の中にあった棺から、競馬新聞を取り出す。
と。夢黒はこめかみに青筋を浮かべ、ソレを引ったくるように奪った。
「うっさいの!だったら、道ゆく人に取り憑いて財布のお金全部注ぎ込んでギャンブルさせて大散財させるのやめるの!!」
「「「「うわっ…」」」」
ソレを聞いたカメコ以外の皆が、半目で男に視線を向ける。
これほど清々しいまでにクズを発揮する男が、この世にいるだろうか。
いや、もう死んでいるのだから、この世にいるかどうかという表現は正しくないのだが。
「ってことで、この人類最底辺のクズ男は、完全に爆弾か肉壁と思っていいの!大丈夫、他は皆優しいの!」
アイアンクローをかまされた男が、幽霊なのに「痛い痛い痛い!!」と悶絶する中、屈託のない笑顔を浮かべる夢黒。
「やっぱ、カメコの妹だわ…」と、引く三人と伊地知。
と、そこへカメコが、優しく夢黒の手を掴んで、やめさせた。
「アレじゃ甘い。アイアンクローは頭蓋骨割るイメージで握るもの」
『あ゛ーーーーーーーっっ!!!???』
と。間髪入れず、カメコは死霊に向けてアイアンクローをかます。
明らかに先ほどよりもヤバい音が響く中、虎杖が小さく溢す。
「……………一瞬でも『ちゃんとお姉ちゃんしてるな』って感動した俺がバカだった」
それに、皆がうんうんと頷く。
カメコのアイアンクローに撃沈した男を、影の中に押し込むと、車が止まる。
「着きましたよ」
「よしっ!じゃ、お仕事といきますか!」
「おー、なの!!」
虎杖のノリに合わせて、夢黒が拳を上げる。
釘崎は「面倒臭いノリが一人増えたな」と思いながら、道具の調子を確認した。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「んー…。ちょっと緊張するの」
「そんなに気負わないでも大丈夫でしょう。五条さんの斡旋ですからね。
あの人、普段はチャランポランでパワハラ気味でとんでもないろくでなしだけど、生徒を見る目は確かですから」
「大丈夫、伊地知さん?五条先生が聞いたら、またビンタされるよ?」
つい先日、「ゲームのお供にポテチを選んだ罰」という、理不尽な理由でマジビンタされ、吹っ飛ばされた伊地知に、虎杖が心配そうに声をかける。
伊地知は慣れているのか、乾いた笑いを浮かべながら、大丈夫だと宥めた。
「では、依頼内容の確認をいたします」
内容としては、呪術界隈ではありふれたものだった。
神社に呪霊が立ち寄らないように安置していた呪物の封印が解け、あろうことか近くの呪霊を媒体にして、自我を持ってしまった。
しかも媒体になった呪霊が、一級だったという、これまた最悪の状況。
その呪霊を追っていた二級の呪術師が返り討ちにされ、その実力と誕生の経緯が判明。
目的はその討伐と、呪物の回収。
本来であれば、経験豊富な二年生に回すのだが、今年の一年は豊作だから大丈夫だろうと五条が斡旋したのである。
「依頼内容として、不明な点は…」
「はらひれほれはろ………??」
「……すみません。ネクロは底抜けにバカなせいで難しい長文が分からないので、二十文字程度にまとめてください」
「…強い呪霊倒して、出てきたもの回収」
「わかった!!」
先が不安である。
皆が心配そうな顔を浮かべる傍で、夢黒は二つの棺桶に手を掲げ、小さくつぶやいた。
「《死霊召喚》。出てきて、みんな!」
瞬間。棺桶が勢いよく開き、グロテスクな傷を負った人間や動物がゾロゾロと現れた。
夢黒はポケットからホイッスルを取り出すと、ソレを鳴らして指示を飛ばす。
「強いじゅれーを見つけてタコ殴りだー!!」
『『『おーーーっ!!!!』』』
「いやざっくりしすぎだろ!!!」
本当に、先が不安である。
その光景を見て、伏黒は呟いた。
「……バカはバカでも、ああいうバカは相手にしてて疲れるな」
「ね」
パパ黒、死霊としてこき使われていた。夢黒にもカメコにも、完全にパパ黒=爆弾と思われてる。下手したら「爆弾おやじ」とか呼ばれる。
等価交換すると派手に爆散して敵諸共木っ端微塵になる。尚、爆散すると、死霊だろうが死ぬほど痛い。パパ黒は折檻も兼ねて1日に6回は爆散させられる。
名乗り出ると面倒なので、パパ黒は伏黒に正体を明かさないつもり。
これを知った五条は、パパ黒が殺意抱きすぎてとんでもない顔になるくらいに大爆笑したせいで横隔膜捻れて硝子に診てもらう羽目になった。
反転術式のことは感想欄でよく言われますが、カメコの虚式やろうとすると、反転が他の名前だと非常に面倒なので《祝言》にしてます。
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華東家の女は怖い
「見たところ、帝国陸軍の人が多いよな」
「ホントだ。教科書で見たわ、あの服」
なんともグロテスクな死霊が、一挙して呪霊を捜索する中。
あまりにも暇なので、コンビニで買ってきたプリンを片手に、伏黒が呟く。
数人倒れても替の利く死霊は、今回の呪霊が潜んでいる際の炙り出しに適している。
ただ、死霊によっては攻撃力が皆無だったり、気分が乗らなかったり、勝手に財布を抜いてギャンブルしたりと…ギャンブルの該当者はほぼ一人…好き放題するので使い勝手に非常に難があるが。
今回の場合、遭遇してもそれなりに戦える死霊として、夢黒は帝国陸軍の軍人…夢黒の馬鹿さ加減を心配して付いてきた…を召喚していた。
「…あのギャンブルおっちゃんっての、使わねーのな」
「どーせ抜け出してお馬さん見に行くから、お姉ちゃんに抑えてもらってるの」
ほら、と夢黒が指さす方向に、虎杖たちは視線を向ける。
そこには、残った腕を掴まれ、何回も地面に叩きつけられる男の姿があった。
死霊は体が傷つくことはないが、痛覚はあるので、普通に痛い。
「ムシキングにあんな技あったな…」
「あー、なんだっけ?リバースダンク?」
「それバスケっぽいやつだろ。
えーっと…んー…っと、クワガタで使った記憶あんだよなぁ…」
「ガンガンスマッシュ?」
「そうそう、それ!!」
世代としては、未就学児の遊び盛りの時期にムシキングに出会った三人。
郷愁に浸りながら、ムシキングについて語り合う傍で、犬神家になった男を前に、カメコが埃を取るように手を払う。
と。カメコは思い出したように、突き刺さった男を引っこ抜いた。
「…思い出した。今月初め、私のお金を五十万くらい使ったの、あなただよね???」
『………ちょっ、まっ…、これ以上は…』
「はい、あと1セットね」
『ガキども助けてくれ!!!死ぬ!!!!』
「おっさん、もう死んでんじゃん」
「五十万でその程度なら安いもんよ。アタシだったら成仏するまで殴り殺すわ」
「もっかい死んで性根叩き治せカス」
『おい恵ィイ!!!テメッ…』
他でもない息子に辛辣な言葉を浴びせられ、挙句見捨てられた男は、思わずその正体を明かそうとする。
が。カメコははからずしもそのタイミングで、彼の顔面をフルスイングで地面に叩きつけた。
「あのゴミオヤジは放っておくの。今はほーこくを待つの」
「あのおっさんが可哀想になってくるわ…」
「いや、自業自得だろ。人の金…しかも学生の50万を勝手に使って断りもなしだったら誰だって怒る」
「伏黒も?」
「呪力込めたウッドチッパーに放り込んで玉犬のエサに入れる肉団子にする」
「ウッド…なに?」
「木を粉々にする機械」
知らぬとは言え、父親にとんでもない仕打ちである。
50万は大金なのだ。それが金銭感覚が身についてくる高校生あたりだと、余計にそう感じるのではないだろうか。
こっ酷くブチのめされている男を尻目に、夢黒はビニール袋からプリンのおかわりを取り出した。
「ん〜っ!はんざいてきぃ〜っ!」
「あれ?残りの一個って、カメコのやつじゃなかった?」
「んーん?お姉ちゃん、出来が雑なカラメルが底に溜まったプリンが大っ嫌いなの。
プリンは下手に買えないから、ロールケーキ買ってるの」
彼女は、ビニールから、コンビニスイーツの中でも少し値の張るロールケーキを見せる。
思えば、入学して数日。甘いものは食べるのに、プリンは見なかった気がする。
釘崎がプリンの入れ物をゴミ用のビニール袋の中に入れながら、夢黒に問うた。
「プッチンとかも?」
「あ、無理なの。最初は優しく断るんだけど、2回目から強めに睨んで、3回目に本気でブチのめしにくるの」
「…カラメルも美味しかったら?」
「にっこり笑顔なの!」
どうやら、カメコの仏の顔は、一度しか機能しないらしい。
仏すらも慈悲の心を説くのを諦めそうだ。
そんな会話を交わしていると、軍服を着た軍人が敬礼しながら声を張り上げる。
『第四偵察隊報告係、鈴木であります!!本隊が目標と見られる呪霊を発見、交戦中!!
我が隊の戦力では、戦況は厳しいものと愚考いたします!!』
「わかりやすくお願いなの」
『……………私の隊が戦ってますが、相手が強すぎます。来てください』
第二次世界大戦において、こんなにざっくりした戦況確認があっただろうか。
それを聞いた夢黒は、ぽわぽわとした表情を消し、鋭い目つきになる。
椅子にしていた棺を、呪力で浮かせ、そのまま立ち上がる。
「おっちゃん。戻って」
『……おー、こわっ。華東家の女は、揃って戦場で怖くなりやがる』
「無駄口叩くな。戻れ」
『……………へーへー』
夢黒がドスの利いた声で言うと、男は棺の中へと吸い込まれていく。
棺の蓋が閉まると、夢黒はその面持ちのままで、虎杖たちに向き直った。
「さ、行こっ。念のために、いつでも戦う準備はしといて欲しいの」
バカで可愛い顔して、本気になると頼りになるネクロマンサー。
その『本気』を演じるのが、華東夢黒の『縛り』である。
♦︎♦︎♦︎♦︎
カメコたちがそこに足を踏み入れると、居るだけで押し潰されそうなまでの凄まじい重圧が、肌を刺激する。
その中心には、死霊を退けた呪霊が、呪力を振り撒くでもなく、ただ佇んでいる。
特級に近い一級。呪術師歴の長い伏黒がそう判断を下すと、カメコに目くばせする。
「術式反転。《俊足の祝言》、《力滾の祝言》、《硬身の祝言》、《委ねよ、我に》」
ちりん、と鈴の音と共に、彼らの能力が増し、心に余裕が生まれる。
虎杖は拳に呪力を宿し、釘崎は槌と釘を手に、伏黒は影から剣と玉犬を呼び出す。
それに気づいた呪霊がカメコたちのほうを見ると同時に、虎杖が地面を蹴り、距離を詰める。
「早っ……、今っ!!」
危うくタックルになりかけたが、なんとか拳を放ち、呪霊を吹き飛ばす。
間髪入れず、釘崎がカメコの腕により投げ飛ばされ、そちらに先回りし、釘を放つ。
呪霊は無理やり地面を叩くことでバウンドし、釘を避ける。
「ちっ…!避け方上手すぎんだろ…!アレじゃ簪も共鳴りも使えない…!!」
「大丈夫だ。カバーする」
バウンドした先に、玉犬に跨った伏黒が剣を構える。
呪霊が防御態勢に入ろうとしたその時、地面から現れた男が、それを弾き飛ばした。
「《氷爆弾》」
『はぁっ!?おいちょっま゛あ゛ぁぁーーーーーーーーーーーっっっ!!!!????』
瞬間。男が派手に爆散し、冷気が迸る。
間近で受けた呪霊が、呪力の籠った氷によって拘束され、身動きが取れない状態になる。
なんにせよ、動けないならチャンスだ。
多少は面食らったが、特に怯むことなく、伏黒が剣を振り下ろす。
氷が砕け、呪霊の肩から腹にかけて、切り傷が出来る。
血か呪力かもわからない液体が散る中、解放された呪霊は、指を伏黒に向ける。
(まずいっ、元は一級…!!こいつには、術式がある…!!)
瞬間。指の爪が異常なまでの速度で伸び、伏黒へと襲いかかった。
体の一部分を伸ばす、シンプルな術式。
反応不可能な速度で襲い来る刺突に、伏黒が構えるも、ちりん、と鈴の音が鳴る。
「《ライフトレード》」
とん、と呪霊の背後に回っていたカメコが、その掌を呪霊に押し当てる。
術式に注いでいた呪力を吸い取ったことで、術式が強制的に解除。
カメコはそのまま蹴りを入れ、拳を構えた虎杖へと飛ばす。
「ブラザー、決めちゃえ」
「もう諦めた!!ブラザーでいい!!」
虎杖悠仁は、黒の火花に愛されている。
やけ気味なセリフとともに放たれた拳が、黒の火花を撒き散らす。
それでも呪霊を倒すに至らず、呪霊が雄叫びとともに、爪を呪力により硬質化、そして棘のように放つ。
「おわっ、あぶっ!?」
「……ヤケほど避けにくいのはない」
「痛ぅ…っ」
「伏黒っ、痛ァっ!?」
「伏黒、釘崎!!」
否。放つように、勢いよく伸びた爪が、カメコの頬、虎杖の腕に掠り、伏黒の掌を貫き、釘崎の肩に切り傷を付ける。
無傷なのは夢黒のみ。だが、彼女は動じることなく、棺を構える。
「《死霊召喚》」
彼女が爆弾用に所持している、夢黒が無理やり服従させた死刑囚の死霊が、恐怖に駆られるように真っ直ぐに呪霊に纏わりつく。
夢黒は冷酷に、そのサインを出す。
「《死霊大爆発》」
瞬間、火柱が上がり、呪霊が吹き飛ぶ。
手足がちぎれ飛び、宙を舞うのに、釘崎は逃さず釘を投げる。
釘は、爆炎を引き裂いてまっすぐ突き進み、呪霊の胸に突き刺さった。
「《芻霊呪法:簪》!!」
瞬間。釘から放たれた呪力が、呪霊を貫く。
そのまま落ちていく呪霊に、伏黒が剣を、玉犬・渾が爪を構える。
呪霊は即座に再生すると共に、そのまま伏黒に向けて爪を放った。
伏黒の肩に爪が突き刺さるも、彼は即座にそれを切り、残骸を無理やりに引っこ抜く。
「やっぱ、そう簡単にゃいかねーな」
「流石は、一級呪物と一級呪霊のハイブリッドってトコね」
「青になりかけの黄色F.O.Eくらい。勝てる」
「世界樹換算やめろって…。釘崎と伏黒知らねーんだから…」
カメコの世界樹脳に、虎杖が半目を向ける。
夢黒はそれでやる気を出しているようだが、釘崎、伏黒は、こてん、と首を傾げていた。
世界樹の迷宮には、『Field On Enemy』…通称『F.O.E』と呼ばれる、マップ上を彷徨う強敵が存在する。
マップギミックの一つとなっている存在でもあり、生半可なレベルでは太刀打ちできないが、倒した時の見返りも大きいモンスター。
その強さは、下画面のマップに表示されるアイコンの纏うオーラの色によって判断が可能である。
赤は、プレイヤーとのレベルの差が激しく、倒すのが困難とされる者。
黄は、プレイヤーとのレベル差がそこまでないため、工夫次第では倒せる者。
青は、プレイヤーの方がレベルが上で、余裕を持って倒せる者。
例外として、ボスは黒のオーラを纏っている。
要するに、カメコは「格下だから心配ない」と言いたかったわけである。
自身の全存在を世界樹の迷宮に捧げてるアホは、敵との実力差をその換算で測るらしい。
「《封の呪言:下肢》」
『!?』
両者とのあいだに実力差がなければ、カメコの呪言に制約はない。
足に鎖のような紋様が浮かんだ呪霊は、その場から動かなくなる。
続け様に夢黒が死霊を召喚し、カメコと同時に口を開いた。
「《軟身の呪言》」
「《死霊の呻き》」
悍ましい声と、カメコの呪言が、敵の呪力の密度を下げる。
動けない状態の呪霊に、三人と一匹が駆け寄り、それぞれの武器を振りかぶった。
呪霊がそれをガードするも、間に合わない。
結果、上半身のみがちぎれ飛び、夢黒の方へと向かう。
夢黒は棺に仕込んである刃を出すと、それを飛んでくる呪霊に向ける。
「串刺しの刑なの」
ざくり。
刃がその胸に突き刺さり、呪霊の血が舞う。
夢黒はそれを払うように棺を振りかぶると、呪霊がその勢いで伏黒へと飛ばされる。
「トドメはもらうぞ」
伏黒が玉犬を操り、その爪で呪霊を引き裂く。
断末魔の叫びが響き、呪霊がボロボロと崩れ、中からなにかのかぎ爪のような物が、地面に転がった。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「いやぁ、楽だった楽だった!
怪我も、いつもと比べりゃ、あんま大したことなかったし!」
釘崎が笑いながら言うも、夢黒は何故か、不満げな表情を浮かべる。
格段に楽だったのは事実だが、夢黒としては不満の多い結果だったのだろう。
虎杖が「どした?」と聞くと、夢黒は頬を膨らませながら、ラジオで競馬を聞いていた男の首を万力のような力で締める。
「ギャンブルおっちゃん、途中で抜け出して馬見に行ったから、代わりの使ったの。
普段役に立たねーくせに戦闘中に逃げて馬見にいくとかお前本当いい加減にしろよ碌でなしのパッパラパーもっぺん殺すぞ」
『ぐぇえええ……!!』
「…………口調変わったな」
「怒るとああなる」
悲報。やっぱり華東家の女は怖かった。
天与呪縛という、呪力がないというハンデの代わりに、驚異的な身体能力を持つ男でさえも、完全に抵抗を諦めている。
口調が完全に不良のソレになっている夢黒に、カメコが声をかけた。
「……ネクロ。その、あなたの財布すっからかんだった」
ぷっつん。
何かがキレるような音ともに、男の首を締める力が強まる。
声すら出せない男がジタバタする横で、虎杖が呟いた。
「…………俺、絶対あんな大人にならんわ」
「「同じく」」
碌でなしの悲鳴にならない悲鳴が響く中で、伊地知が迎えに来たのは数分後だった。
華東家の姉は、怒るとカメコとネクロですら怖すぎて逆らわない。
母は机を握力だけで叩き割ったことがあり、もっと怖い。
家での序列は母→長女→カメコ→ネクロ→(超えられない壁)→父の順になっている。こんな家庭だが、家族皆仲はいい。
家訓は「女は逞しくあれ」。
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禪院真依、暴走
「なんか、東京校に中学生の呪術師が入ったみたい。スカウトだって」
事の発端は、西宮桃が告げた一言だった。
可愛いを重視する彼女としては、東京の新入生のカメコはイマイチ…本人に言ったら確実に地面に埋められる…だったが、歌姫から貰った写真の女の子は気に入っていた。
ここまで顔の傷が「可愛い」に直結している人間は少ないだろう。
見た目とは違い、溌剌な姿を見せる少女の写真を皆に見せながら、西宮はぼやく。
「ウチは霞ちゃんを除けば、めちゃくちゃ捻くれた子ばっかだしね」
「自覚があったのか。驚いた」
「加茂くん、殴るわよ」
加茂の余計な一言に、ぎろり、と目を鋭くして睨みつける。
その傍らでは、任務に出てる真依以外の皆が西宮の持ってきた写真を覗き込んでいた。
「そうか、我がソウルリトルシスターは、ソウルシスターと共に居るのか…。いつしか、共に任務に挑む日が楽しみだ」
「東堂さん、この子知ってるんですか?」
「ソウルシスター、華東芽衣子の妹の華東夢黒…ネクロだ。清水寺の任務の帰りに、加茂と共に奇跡の邂逅を果たし、兄妹の契りを結んだ仲よ…」
東堂の脳裏に、存在しない記憶がよぎる。
無駄に回転の速い脳での妄想は、どこかリアリティがある。
ありもしない郷愁の念に、滂沱の涙をこぼす姿は、不審者極まりない。
慣れている皆が東堂を無視し、写真に写る夢黒の姿をまじまじと見つめる。
「いやぁ、露出すごいなぁ…。
シール貼ってるみたいだけど、あんまり意味ないんじゃ?」
「でも、色っぽいって言うよりは、可愛いと思う。あーあ。なんで東京なんだろ。
絶対にこっちの方があっちより楽しいのに」
「ですよねー。メカ丸はどう思います?」
『………そういうのハ、疎イ』
皆がわいわいと盛り上がる中、「ただいま」と疲労した真依が帰ってくる。
どうやら任務を終えたらしい。
ふらふらとおぼつかない足取りで席に座り、持っていた缶コーヒーを煽る。
「おつかれ、真依」
「ホントよ。何が『お前でも倒せる』よ。厄介払いで一級呪霊と戦わせるなんて…。
歌姫先生が助けてくれなきゃ、死んでたかもしれないのに…」
どうやら、家の策謀に巻き込まれてしまったらしい。
どっとストレスの溜まった真依は、疲れを払うように、机の上で伸びをする。
それに対して、空気が読めなかった加茂が夢黒の写真を見せた。
「東京の中学生が呪術師になったそうだ。
今後とも付き合いがあるだろう、姿だけでも覚えておいたらどうだ?」
「そんなの覚えなくたって」
ぴしり。最後まで言い終わる事なく、真依が石化したように固まる。
ソレに追い討ちをかけるように、東堂の空気を読まない紹介が炸裂した。
「我がソウルシスター、華東芽衣子の妹!!
そして、我がソウルリトルシスターでもある華東夢黒だ!!どうだ、俺の兄妹に相応しい、頼もしい笑顔をしているだろう!?」
ぴしっ。石化した真依に亀裂が走る。
この中で、コスプレイヤーのカメコとネクロを知っているのは、真依のみ。
それが災いし、東堂と加茂を止める人間は、この場には居なかった。
ソレを理解していないと勘違いした…あながち間違いではない…東堂は、矢継ぎ早に自らの魂の兄妹がいかに素晴らしいかを熱弁。
無論、何一つ理解できていない…否、受け入れられない真依は、言葉すら無くしていた。
「東堂くん、ストップ」
「へぶぅっ!?」
ソレを見かねた西宮が、自らの持つ箒で東堂を殴り飛ばす。
撃沈した東堂を尻目に、西宮が真依の方を見て、「ひっ」と声を漏らした。
「ふ、ふふっ、ふふふふふ」
「真依ちゃん…?」
怪しい笑いを漏らす真依に、西宮が声をかける。
それが悲しくも、溜まりに溜まった鬱憤が爆発するサインとなってしまった。
「東堂そんなに死にたいのならお望み通り殺してやるわブートジョロキア1キロ平らげさせてケツに竹刺して無惨な姿にして殺してやるから覚悟しなさい殺すから」
「ま、真依ちゃんが壊れたーーーーっ!!」
「メカ丸、加茂先輩、手伝って!早く止めてってうわっ嘘なんで力強ぉぁだだだだだだだっっ!?!?」
『…………女の嫉妬ハ怖いナ』
「全くだな…」
♦︎♦︎♦︎♦︎
禪院真依と華東芽衣子、華東夢黒の出会いは、完全に偶然であった。
夏に行われるイベント。負の感情が溜まりやすいその場にて、少なくない呪術師が駆り出されるのは、もはや風物詩となっていた。
真依はその一角の担当を任されたものの、呪霊があまりに多く、祓うのに手間取った。
やっとの思いで終わらせると、真依はふらふらと帰路に就くも、あまりの疲れで、往来の真ん中で寝落ち。
その往来に、たまたま華東芽衣子が通りがかったのが、真依が抜け出せない沼にハマるきっかけとなった。
真依が目を覚ますと、彼女はカメコに膝枕をされていた。
最初こそは素っ気ない態度を取っていたものの、無表情からは想像もできないような優しい言葉の数々にノックアウト。
更には夢黒の天真爛漫さにノックアウトし、完全に沼に落ちた。
他人から労われると言う経験の少ない真依は、名前まで覚えてもらうという、ファンからしたら嫉妬で炎が出せそうな体験をしてしまった。
結果。真依は他に類を見ない、コスプレイヤーファンの鑑になってしまったのだ。
因みに、彼女はサークルの新刊は欠かさず買っている。万年胃痛の桐子にも名前を覚えられている始末である。
あらゆる意味で、東堂を馬鹿にできなくなった真依。そんな彼女が、最も憎らしい姉のいる東京校に推しが通い、その推しが、自身が最も嫌っている男と兄妹の契りを交わしたことを知れば、どうなるだろうか。
「ねぇ、あの…その、本当に向かうの?」
「あ゛???」
「はいっ。役立たず三輪、口答えいたしません。はいっ」
結論。大魔王になっていた。
その目的は、華東芽衣子、華東夢黒の奪取。
すなわち、京都校への転入手続きを記入させることである。
学長の楽巌寺も、流石に無茶だろ、と止めようとしたものの、いつにない迫力の真依に押され、渋々同意した。
新幹線の中でとんでもない顔を見せる真依を隣に、三輪はガタガタと震えながら、口を閉じようとする。
しかし、震えすぎて口を閉じることができず、カチカチと歯を鳴らす音が響いていた。
『三輪でよかったのカ、隣…?』
「三輪が一番起爆剤にならん。必要な犠牲と割り切ることも大事だ」
「うん。霞ちゃんには、悪いけど。……それよりも」
「高田ちゃん…。声だけでも姿が見えるとは、流石だな…」
「この気持ち悪いのどうする?」
「『ほっとけ』」
ラジオを片手に、涙を流す東堂から目を逸らし、コーラを呷る加茂。出で立ちが平安のくせに、飲み物の好みはガッツリ若者だった。
メカ丸は、新幹線の窓から見える景色を覗くことで、目を逸らした。
「なんだあの席気持ち悪っ…」
乗客の一人が、ぽつんと呟いた。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「カメコちゃん、Ⅲのストーリーがキツすぎて進めらんないんだけど……」
「あー…。アガタかカナエ、どっち?」
「カナエ…………」
「推してたの?」
「うん……」
五条悟は、涙腺がブッ壊されていた。
三作目のストーリーを進めたことにより、推していた少女が死んでしまったらしい。
グラサン越しでもわかるくらいに涙を流す五条に、カメコは残酷な真実を告げる。
「アガタかカナエ、どっちかが死ぬ未来」
「そんなぁ……」
五条、撃沈。
ちなみにカメコはどちらのルートも経験しており、同じく涙腺を壊されている。
尚、これは世界樹の洗礼の中では、序の口である。
最悪の場合、自分の手で推しを殺す羽目になったり、兄妹が殺し合うと言う悲劇の引き金を引くことになったりと散々なことになる。
尚、カメコはカースメーカーのツスクルというキャラクターを屠った…尚、死んでない…後、ショックすぎて三日間寝込んでる。
五条もまた、カナエの死により、2日も寝込んでいた。
親友…夏油傑の離反と死の際はもっと酷かったが、ソレに匹敵する落ち込みようである。
死んだ夏油が見たら、助走をつけて殴り飛ばしにくるレベルだ。
「同志五条。『虚式』を教える約束は?」
「………そうだったね。
わかった、教える…って言っても、カメコちゃん呪力操作上手いから、僕の見たら分かると思うよ?」
ま、おっかないからやらないけど、と付け足し、へらへらと笑う五条。
それに対し、カメコはこてん、と首を傾げた。
「ブラザーから聞いてる。五条先生の虚式は、ビームみたいなの。
空に向かってやれば、どこにも当たらない」
「……………あ」
盲点だった。
どうせ怒る人間もいないし、と五条はやる気になり、ソファから立ち上がる。
『怒る人間は居ない』のではなく、『怒っても聞かないから諦めてる』が正しいのだが。
それだけ五条悟の存在は、規格外なのだ。
それが気まぐれに動くのだから、上や五条家の面々からしたら迷惑極まりないのだが。
「よーしっ、じゃあ久々にやっちゃおう!
コツ忘れちゃうといけないし、教えるついでに憂さ晴らしだ!!」
「おー」
憂さ晴らしで放たれる最強の一撃とは一体。
夜蛾が聞けば、最近発症した神経性胃炎の発作が起き、その場に蹲るであろう。
無論、そんなことなど1ミリも眼中にない五条とカメコは、スキップしながら部屋を出た。
その数分後、くしゃみで誤射した《虚式:茈》が、校舎の一角を半壊させた。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「着いたわ。敵陣」
(来ちゃったよ…。真依の暴走、早く治らないかなぁ…。早く来て、コスプレの人…!)
「いや、敵陣とか言うな。どっちかと言うと迷惑かけるのこっちなんだぞ」
ふしゅう、ふしゅう、とまるで獣のような吐息をする真依に、加茂が冷や汗を流す。
負の感情の爆発により、呪力がとんでもないこと…弾数で換算すると三十発は余裕で行ける…になっているのだが、指摘すると怖いので皆が黙っていた。
と。そこへ、訓練を終えた虎杖が通りがかる。
「会いたかったぞ、マイソウルブラザーーーーーっ!!!」
「おわっ、東堂!?ちょっ、怖い怖い怖い勢いよく抱きついてくんなあ゛ばら゛あ゛ぁあああーーーーーーーーーーっっ!!!!!」
「アレはほっときましょ」
「『「賛成」』」
虎杖の肋が、東堂に抱きつかれたショックにより、ミシッ、と音を立てたものの、西宮たちはソレを無視する。
一人厄介なのを体良く押し付けられた一行は、ずん、ずん、と一歩ずつ重々しい足取りで歩く真依に続く。
と。そこへ釘崎が、学校帰りの夢黒と話してる姿が視界に飛び込んできた。
「だーーーっ!!強すぎんだろこの鹿!!
変身アリでも勝てねーし!!」
「そりゃあ赤F.O.E相手は無謀なの。きちんと対策するか、レベル上げを勧めるの。
黄色くらいになったら、状態異常とか使って何もさせなきゃ普通に勝てるの」
「状態異常って大事なのね…。ポケモンと一緒だわ…」
まずい。この光景は非常にまずい。
ぎ、ぎ、ぎ、と錆びた歯車のように、皆が一斉に真依の顔を見る。
そこには、修羅がいた。
「あ、真依ちゃんなの。
あの子も呪術師だったの?……あれ?でもなんか、すっごく怖い顔してるの」
「アイツあんな顔だっけ?」
無論、気づかれる。
とんでもない表情になった真依は、手早く釘崎の頬を掴み、その口の中に銃を押し込む。
あまりのことに夢黒が驚いているのにも気づかず、真依は矢継ぎ早に口を開いた。
「アンタ殺す私ですらやったことのない『推しと一緒にゲーム』なんて随分とまぁ立派な御身分ね今すぐ殺すから殺すわ」
「ふぁひふぉふぁへほははふへーほほほ」
「訳すと、『何を訳のわかんねーことを』って言ってるの」
「わかるんだ…」
釘崎からしたら、いきなり口に銃を突っ込まれたのだ。そういうのも無理はない。
キレて完全に情緒が彼方に行ってしまった真依は、更に銃を取り出し、こめかみにも銃口を押し付ける。
「真依ちゃん、ちょっと落ち着くの」
「ちょっと待って今こいつ殺すか」
「ネクロちゃんからのお願い☆殺しちゃ〜、めっ!なの!」
「はい!!」
真依は即座に銃をしまい、敬礼する。
それに対して、皆が眉間に皺を寄せ、目頭を押さえていた。
「…やっぱり、転校には反対すべきだ。真依の情緒が不安定になる」
『いや、どっちもどっちダロ。高専にいる限り、多分ずっと続くゾ』
「嫌だなぁ…」
呪術師界隈の未来は、わかりきっていたことではあるが、想像以上に暗いらしい。
「こんなことで自覚したくなかった」と未来を背負う若者筆頭、加茂憲紀は後の呪術史学論文『明るい未来はやってこない』の後書きにて記した。
因みに。この論文は呪術師界隈で受賞し、長きにわたり愛されることとなるのだが、そんなことは本人の知ったことではなかった。
ちなみに。この校舎が数分後、茈が激突する校舎である。
アガタもカナエも救えない未来なんて…。アタイ、絶対に認めないっ!(五条悟談原文)
新世界樹Ⅲ期待してるんですが、まだですか…?
今日お休みで早めに書けたので投下します。
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彼女らはファンを選ばない。
『さあさあ始まって参り参り参りマイリス登録ゥウ!!華東芽衣子、華東夢黒争奪戦!!
この二名を手に入れるのは、東京、京都、果たしてどちらなのかっ!!』
校舎を半壊させた1時間後。
説教されたせいで山のようなたんこぶを頭に作った五条の絶叫が、グラウンドのマイクによって響く。
右側には、ジャージ姿の東京校の面々が、左側には、同じくジャージ姿の京都校の面々が向かい合っている。
爛々と目を輝かせているのは二人…東堂と真依…だけで、あとは心底面倒臭そうな顔をうかべていた。
「私たちに拒否権はないの、同志五条?」
『ないね!!正直、悠仁ほど面倒ごと抱えてないから、どっち行っても扱いは変わんないと思うよ〜?』
「この人話聞かないの。ギャンブルおっちゃんと一緒なの」
『だまらっしゃあ!!あんな碌でなしと一緒にすんな!!!』
「五条さんも割と碌でなしですけど…」
『伊地知、仕事分けてやるよ。死ぬほど』
伊地知があまりのショックに、本気で泣き声をあげ、膝から崩れ落ちた。
彼が碌でなしなのは、残念ながら、この場の誰もが知っている。
中継で歌姫が興味なさげに、ことの成り行きを見つめていた。
『明日中には帰ってよ?今日明日はとにかく、明後日は一年で回せるほど余裕あるわけじゃないんだから』
「それは分かってるんですが…」
「真依ちゃんがこの調子なんで…」
そこにいたのは、ジャージを着た悪魔。
止めどない嫉妬と怒りが、とんでもない爆発力を生み出し、明らかに彼女の容量を遥かに超えた呪力を放出させる。
その姿は、姉の真希でもドン引きするほどに、なんとも言えない悍ましさがあった。
「真依…。お前、ホントにアタシがいない間にどーしたんだ…?」
「私は愛を見つけたのよ…!!アンタみたいなイモくさいメガネ女と違ってね…!!」
「うわっ…。気持ち悪さのベクトルが東堂とカメコと同じだ…」
愛は人を狂わせる。
それを間近で見た虎杖が呟くと、真希もまた、なんとも言えない表情を浮かべる。
状況が状況ならカッコいいセリフなのだろうが、この場に限っては気持ち悪さしかない。
「虎杖悠仁!!」
「え?なんで俺?」
急に名前を呼ばれた虎杖が、なぜ呼ばれたか分からず、首を傾げる。
真依はその態度すら気に入らないのか、とんでもない表情に、青筋まで浮かべながら、口を開く。
「東堂から聞いたわ。カメコさんに死ぬほどの大怪我を負わせたんですって!?!?」
「いや俺じゃなくて呪霊なんだけど!?半分は自傷だし!!」
「庇わなかったアンタにも責任はあるこの大会で完膚なきまで殺してやる!!!」
とんでもないとばっちりである。
虎杖はやり場のない感情を、隣にいた真希に打ち明ける。
「真希さんアンタの妹怖ぇーんすけど!?」
「…………釘崎。私を殴れ。夢見てるかも」
「現実ですよ、真希さん…」
真希はというと、これが現実かどうかすら疑って、釘崎に頬を差し出していた。
ところが残念。現実である。
完全に巻き込まれた皆は、顔を見合わせて肩をすくめた。
「ってか、二人はどっちがいいんだ?」
「面倒いから引っ越したくない」
「真依ちゃんがこっち来たらいいの」
この問題を根底から全否定する一言である。
パンダの問いに正直に答えた二人に、真依がぴしっ、と固まる。
どうやら考えているらしい。
だが、いくら推しの頼みとはいえ、そこには引けない理由があった。
「ダメよ…。そっちには真希とその下っ端っぽいのがいるから…。
推しの前で姉と喧嘩するって醜態晒すほど、私は落ちぶれてないわ…」
「今まさに東京校にカチコミかけるって醜態晒してるんだけどな君」
「あ゛???」
「はいっ。口答えしてすみません」
加茂、修羅に太刀打ちできず。
後輩に敬語を使ってしまうほどに、威厳もクソもない姿である。
一方、真希の下っ端といわれた釘崎は、「てめーは束縛強めの地雷女じゃねーか!!」とキレていた。
全くもってその通り。
「兎に角、勝負よ東京校!!私たちが勝てば華東芽衣子さん、及びに華東夢黒さんをお持ち帰りさせてもらうわ!!
安心なさい!!彼女らには京バ○ム阿闍○餅八ツ橋その他もろもろ沢山の名物を毎日飽きないように日替わりで貢ぐから!!!」
『はぁっ!?ちょっ、そんなお金…』
「歌姫先生。できますよね???」
『……………………はいっ』
修羅の前には、教師とて敵わない。
歌姫のすぐ隣にいる楽巌寺ですら、画面を覗き込んだ際に「怖っ…」と漏らしていた。
その条件を聞いてか、夢黒は口端から涎を垂らす。
「京バ○ムって、ほら、あれ。抹茶のバームクーヘンなの。私、大好きなの…!」
「こら、揺らがない。イベントの時に差し入れで持って来て貰えばいい。
ああいうのはたまに食べるから美味しい」
「…………確かに。でも、○じゃり餅って聞いたことないの」
「平べったい饅頭」
「ああ!あのUFOみたいなの!!」
完全に京都の土産トークに移行してる。
完全に口が京都の菓子になりつつある二人に、五条もそのトークに交ざる。
『僕としては、お勧めは京○言かな!
見た目はフツーの羊羹だけど、小豆を蜜漬けにしてから羊羹にしてるらしくてさ!!
その味わいはそんじょそこらの羊羹じゃ味わえないよ〜?』
「きょうな○ん…!!」
「京納○まで知ってるって、同志五条、もしかして相当行ってる?」
五条はとにかく、華東姉妹は自分の未来を左右するのに、そのことをすっかり忘れて盛り上がる三人。
緊張感がまるでない。いや、元より緊張もクソもない、デイサービスのレクリエーションのようなものなのだが。
『と。それはさておき。対決内容を、このクジ箱から選んでもらいまーす!!』
五条がその話題に区切りをつけ、どこからかクジ箱を取り出し、真依に投げ渡す。
真依はガサゴソと中をまさぐり、その中の一つの紙片を取り上げた。
「………『叩いて被ってジャンケンポンバトルロワイヤル』?」
紙片には、あまり綺麗とは言えないデカデカとした文字でそう書かれていた。
♦︎♦︎♦︎♦︎
グラウンドのど真ん中にて。
三輪と釘崎が向き合い、その間を二つのハンマー(ビニール風船)とヘルメットが陣取る。
釘崎は非常に面倒くさそうに、三輪は怯えた状態で佇んでいた。
と、そこへ五条のハイテンションな絶叫が、いつの間にか用意された実況席から響く。
『説明しよう!!「叩いて被ってジャンケンポンバトルロワイヤル」とは!!』
『叩いて被ってジャンケンポンに、「ハンマーで殴れば勝ち」と「二秒のみ攻防が可能」、更に「呪術あり」のルールが追加。
勝負は勝ち抜き制で、負けたら次の人に交代。先に全員負けた方の負け…。
なんでこんなルールブックあるの?』
カメコが渡されたルールブック…本というにはあまりにも薄っぺらいが…を読み上げ、首を傾げる。
が。五条はそれを無視し、実況を続けた。
『さあ、存分に始めろ!
レディーッ、ファイッ!!!』
『聞いてないの。完全に無視してるの』
『うん。知ってた』
五条の掛け声に合わせ、二名がジャンケンを始める。
叩いて被ってジャンケンポンという遊びを、まさか東京でやるハメになるとは思ってなかった釘崎に、昔は弟とよく遊んだ三輪。
どちらも経験は同じ。勝負に先は見えなかった。
「「最初はグッ、ジャンケンポン!!」」
「「あいこでしょっ!!」」
最初は互いにグー。あいことなった。
次に釘崎がパー、三輪がチョキ。
三輪は風船のハンマーを取りに行くも、釘崎がそれを払って防いだ。
「あーーーっ!!今の反則でしょ!?」
『「追加ルールに違反してなければ、なんでもいい」なの』
「そもそも元のルールが曖昧だしな」
三輪が抗議するも、釘崎、夢黒にルールは破ってないと言われ、撃沈。
続いてジャンケンをすると、三輪がグー、釘崎がパーで敗北。
三輪は慌ててヘルメットを取って被るも、釘崎はその頬にハンマーを炸裂させた。
「へぶぅっ!?!?」
『いっぽぉん!!釘崎野薔薇の勝ちっ!!』
「っしゃあ!!」
「えっ!?えっ!?今っ、横っ…」
ガッツポーズをかます釘崎に、三輪が慌てて抗議する。
が。カメコはルールブックを開き、その一文を指さした。
『殴ったら勝ちだから』
「やってられるかぁ!!!」
うがーっ!!と頭を掻きむしる三輪を、メカ丸が慰めながら、舞台から去る。
次に舞台に立ったのは、西宮桃。
奇しくも、交流戦のリベンジといった形となった。
「よぉ、メイちゃん。ビョーキのママにとうもろこし届けるんじゃねーのか?
こんなとこいねーで畑で迷ってトトロと空に行きやがれチビガキ」
「そっちこそ、実家で焼きそばバ○ォーンの麺洗面所に全部こぼして、残ったわかめスープでも啜っとけばァ?」
怪しい空気が漂う。
それを見て、加茂はこめかみに頭痛が走ったのか、患部を押さえた。
「頭が痛い」
「糸目の人、大丈夫っすか?これ、氷嚢」
「ありがとう…」
加茂、虎杖の優しさに涙する。
知らぬうちに両校の間で絆が育まれる最中、西宮が釘崎の一撃で宙を舞う。
普段から金槌を使っているだけあって、釘崎は最も容易く二戦を制した。
「I'm winner!!!You're loser!!!!」
「ぐぅうう…!!この一年、ほんっっっ…と可愛くないんだけど!!!」
「おっほほほほ!!負け犬が何言っても負け犬の遠吠えなのよ!!」
「むぎぃいいいーーーーーーっ!!!!」
「めっちゃ煽るじゃん、釘崎」
「アイツ西宮嫌いなのか…?」
♦︎♦︎♦︎♦︎
時は進み。敗退したのは、京都校が三輪、西宮、メカ丸、加茂の四人。
東京校が、釘崎、伏黒、狗巻の三人。
残るは京都校が真依と大トリの東堂、東京校が真希とパンダ、大トリの虎杖だった。
釘崎は、メカ丸まで下す快進撃を見せたものの、戦闘経験豊富な加茂の前に敗北。
加茂はその後、伏黒を下すも、狗巻の呪言の前に撃沈。
その狗巻も、続いて出て来た修羅こと真依に、口を押さえられ、勝負が決まったにもかかわらず、必要以上にタコ殴りにされ撃沈。
現在相対しているのは、真依と真希。
自らの知らぬ間に修羅に片足突っ込んでる妹に、真希は思わず身震いする。
「なぁ、ホントに一回落ち着けって。な?
サインとかなら貰ってやるし、なんなら一緒に食事するように頼んでやっから…」
「あなたが一番憎かったわ…!!」
「それもう聞いたよ…。ってか、この状況で言うと締まらねーな…」
妹が自分を憎んでたという話は、以前の交流会の際に聞いた。
ここで再び蒸し返されても、と思っていると、真依は真希に掴みかかった。
「あんた、あんた…!!推しと同じ学校に通ってるって、どれだけ幸せだと思ってんのよ!!!!!」
「……………は????」
違った。この恨みつらみは、家柄とか全然関係してなかった。
真希が完全に置いてかれてる中で、真依はガクガクと真希の体を激しく揺らす。
「さあ言いなさい!!どこまでしてもらったの!?膝枕!?あーん!?姉妹の契り!?それともキスとか『あのね』までやってるとか言ってみなさいブッ殺すわよ!!!!」
「何一つやってねーよ!!!」
「嘘おっしゃい!!私だったらどっちも『あのね』するわ!!!」
カメコと夢黒もそこにいるのだが、完全に周りが見えなくなっている。
東堂…高田ちゃんのグラビア雑誌派のため、二次元は買わない…以外の皆は、『あのね』の意味を知っているため、三輪などは顔を赤くしている。
京都校の面々も、無論、東京校の面々もドン引きしてる中、華東姉妹はと言うと。
『彼女の愛も、本物』
『うんうん。見上げた愛なの』
寧ろ、受け入れる姿勢を見せていた。
それに冷や汗をかいた五条が、二人に忠告する。
『君らもうちょいファン選べば?』
『私を愛してくれてる。それすなわち、カースメーカーを愛してくれてることだから…』
悲報。アホはやっぱりアホだった。
真依は真希から手を離すと、元の位置に座り、いつにない真剣な表情で告げる。
「私はアンタの屍を越えて、愛を取り戻す」
「いろいろ手遅れだと思う」
結論から言おう。京都校は普通に負けた。
真依はカメコと目があったことで気を取られ、真希に敗北。東堂は真希とパンダを下すも、虎杖を前に、妄想癖を炸裂させたせいで撃沈した。
京都校の皆は負けた後、普通に観光して帰宅した。真依はサインとかいろいろサービスしてもらった(あのねを除く)。
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作って押し付けよっ!
「悟みてーにバカみたいなロマン火力を実際にブッパしたい」
嵐が過ぎ。
虎杖たちが出張っている中で、真希が机に突っ伏しながら、吐息と共にそんなぼやきを漏らす。
天与呪縛の影響で、呪力の『じ』の文字すらない真希にとっては、夢物語に等しいレベルの願望である。
家のことや、気を許した同級生が海外にいること、更には妹の暴走と、ストレスが一気に溜まったのだろう。
その様子を見て、夢黒、パンダ、狗巻の三名がひそひそと話す。
「真希のやつ、どうしたんだ…?」
「高菜、明太子。いくら、ツナマヨ、昆布」
「ストレスが溜まりすぎておかしくなってんじゃないか…って言ってるの」
「しゃけしゃけ」
「ネクロ、お前も染まって来たな…」
狗巻のおにぎりの具しかない語彙を、完全に理解してみせるネクロ。
彼女は普段、頭がもげた死霊とも意思疎通…特殊能力ではなく、ただの感覚…が可能なのだ。
おにぎりの具のみで構成された文を訳すことくらい、わけない。
「はぁー…。手っ取り早く、特級呪霊木っ端微塵にできる呪具とか出来ねーかなー…」
「そんなのあったら苦労しねーよ」
「同志五条と砲剣を作った」
「お姉ちゃんが『作った』って」
「おーそうかそうか。それはす…………ん?」
がらっ、とスライド式の扉を勢いよく開けたカメコが告げた言葉に、パンダが固まる。
狗巻も目を向き、「高菜?」と首を傾げていた。
「ちょっ…と待て。今何つった?」
「同志五条と、呪具、作った」
「意味がわからん。呪具って作れんの?」
「作れなかったらこの世にない」
「や、そりゃそうだが…。狙って作れるモンでもあるまいに…」
カメコの言葉をわかりやすく翻訳しよう。
『国宝を作った』だ。
それがどれだけ無謀なことか、よく分かるだろう。
呪具。呪力を宿した武器のことを言い、術式無効、監禁道具、その他もろもろなんでもござれな、最低金額でも一億は行く代物。
無論、狙って作ろうとしても、思った通りの性能にならなかったり、微妙に使いにくい制約があったりと、あれば助かるものの、そこまで便利なものでもない。
これが呪術師界隈は定説であった。
そう。つい先日までは。
「いやぁ、驚いたよ。カメコちゃんのローブ、一つ残らず呪具になってたんだよね。
しかも、全部特級。ただ、下は全裸でないと真価を発揮しないって制約はあるけど」
「「は???」」
「明太子???」
カメコに続き、訪れた五条が衝撃のカミングアウトをかます。
夜蛾と伊地知はこれにより、胃に穴が空いたため、先程硝子の所に搬送された。
呪術師にとって、呪力の元となるストレスは必須である。
だが、度が過ぎればこのように、全く関係ないことで搬送されるというのも、よく見られる話であった。
「ほら、カメコちゃん、四六時中ローブに呪力通してたでしょ?
それがとうとう定着しちゃったみたいでさ。
今や念じるだけで、背中の腕が自在に動くってわけよ。下全裸じゃないとダメだけど」
「真希さんも着る?」
「アタシはお前みたいに恥じらいってもんがねーわけじゃねーんだよ」
着たら女として終わる気がする。
そう直感した真希は、食い気味にカメコの提案を断る。
が。それを聞いたカメコは、頬を膨らませた。
「失礼な。私も恥ずかしいことはある」
「下全裸のくせによく言うわ…。躊躇いもなくドロップキックやるのに」
「同志五条のことを『五条先生』って呼んだ時は恥ずかしい」
「先生を『お母さん』って言っちまう時のアレじゃねーか!!!」
それと全裸を比べるな。
ツッコミを担当しすぎたせいで、真希は疲労に限界が来たのか、へなへなと机に突っ伏す。
東京校一の女傑である彼女に、今やその面影は全くない。
ただ疲れ切ったサラリーマンのような、一時期の七海健人を彷彿とさせる目をしていた。
「で、何作ったの?」
「今のところは、アリアドネの糸、砲剣。作る予定なのは、ギムレーとかのグラズヘイム兵器。
そーゆーのに詳しいのが、僕が後ろ盾してる呪術師の中に居てね」
「グラズヘイム兵器はダメだと思うの…。暴走して街一つ吹っ飛ばない…?」
「流石にグングニルは抜くよ。呪具込めた弾撃ちまくる戦車作るくらいさ」
「それもだいぶヤバいと思う」
説明しておくと。
新・世界樹の迷宮の一作目には、グラズヘイムと呼ばれる古代遺跡が、世界樹とは別の迷宮として存在する。
古代遺跡とは名ばかりで、中にあるのは明らかにこの時代でもオーバーテクノロジー扱いされる超兵器たち。
その中でも『グングニル』という兵器は、世界樹ごと街…規模で言えば国レベル…を丸々一つ吹き飛ばした。
無論、暴走すれば確実に世界が滅びそうになる兵器は作らない。
精々、五条が片手間にスクラップに出来る戦車くらいなものだ。
「ってか、悟はなんでまたそんなことやろうとしてんだよ?」
「面白そうだから」
「…………そうだった。こう言うやつだった」
ピースサインをこれ見よがしに見せつけながら、堂々と言い放つ五条。
前々から思ってはいたが、今回ばかりは幼児がそのまま大人になったみたいな野望を打ち立てている。
止めるのも億劫になった真希は、「好きにやればー?」と投げやりに言った。
「パンダ先輩、とりあえず、砲剣の試作品をゴリラモードで使ってみて欲しい」
複雑だし重いし反動すごいけど、と付け足し、カメコがローブの中から何処にしまっていたんだと思わずには居られない巨剣を取り出す。
無骨さと、機械的な意匠のあるその剣を受け取ったパンダは、マジマジと手に持ったソレを見つめる。
「砲剣って、Ⅳのアレだろ?ロマン砲。
こういうロマン兵器に憧れあったんだー。
知ってるか?パンダはロマンと現実をちょうどいい塩梅で受け入れてるから、こんなキレーな白黒なんだぞ」
「その理屈はわかんないけど…」
パンダ特有のパンダ理論を振り翳しながら、ポージングしてみせるパンダ。
外見も相まって、絶妙にダサい。
剣の格好良さが半減…いや、少なくとも八割減はしてる。
そんなことを言えば、パンダが機嫌を損ね、面倒なことになるので誰も言わないが。
パンダは一通りポージングを終えると、真希に向かってその柄を差し出す。
「ほれ、真希も持ってみるか?」
「…………まぁ、ちょっとだけ」
高校二年生の真希に燻る童心は、目の前のロマン溢れる武器を拒めなかった。
パンダからそれを受け取ると、他の呪具とは比べ物にならない重量がのしかかる。
持てないほどではないが、流石に片手だとバランスを崩す。
これ一本だけで戦うとなると厳しいな、と思っていると、カメコが怪しい笑みを浮かべ、口を開く。
「真希さん。あなたも実験台。
武器の扱いに一番長けてるし、雰囲気も何処となく強者っぽいし、『インペリアル実現化計画』に相応しかった」
「は?」
本人の預かり知らぬところで、変な計画が進められてた。
真希がぽかん、としていると、ネクロが死霊…ギャンブル依存症の中年…を呼び出し、羽交い締めにさせる。
「はっ!?ちょっ、はなっ…」
『同じ天与呪縛同士、仲良くしようぜ?
大丈夫大丈夫、強くしてやるから』
「お、おまえらっ、ア゛ァァァァァァァアアアッ!?!?!?」
まるでホラー映画のワンシーンのように、何処かへと連れ去られていく真希。
その姿を見届けていた彼らは、揃いも揃って悪い顔をしていた。
「ごめんね?私たちもグルなの☆」
「くくく…。しゃけしゃけ」
「パンダは清濁合わせ飲むのが得意なんだよ。白と黒が同棲してるから」
言おう。コイツら、最低である。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「ごろ゛ずっ………!!!」
「似合ってる。インペリアル特有のダークかぼちゃパンツ」
「言゛う゛な゛っ…!!!」
数分後。
散々好き勝手された真希…カメコの呪言によってしっかり拘束済み…は、羞恥心で死にそうになっている。
顔を真っ赤にして、涙を堪えながら、自らの姿が映る鏡から目を逸らす。
彼女は現在、カメコとネクロ、そして五条が呪力を注ぎ込んだ鎧を着ていた。
鎧、と言っても呪力によって硬度が上がったくらいの軽いプラスチック製で、そこまで重量はない。
真希ほどの身体能力があれば、普通に動けるくらいだ。
だが、問題は別にある。
「コレもどーせ世界樹の迷宮に出てくるやつだろ…!!アタシまでお前らの仲間入りさせんなよ…!!」
「一緒に堕ちよう?抜けられない沼に」
「い、や、だ!!妹の痴態見た後でハマると思ってんのかこんちくしょう!!」
カメコ、野望に一直線である。
何一つ承諾していない真希が抗議するも、持ち前の聞く耳の持たなさで完全にスルー。
やりたい放題のこの女と、自由という言葉が人の形をした五条悟を止められる存在は、この世にいない。
ウキウキで砲剣を用意したカメコは、笑みを浮かべながら説明する。
「この砲剣、銘を『呪術式機巧剣:真希』って名前で作ってる。
パンダ先輩に言ったテストはフェイク。
アレはただの模型で、モノホンのテスト用はもう別の呪具に変えられてる。
今、真希さんが持ってるのは、現時点で最高品質を誇る砲剣。
一級呪霊をアサルトドライブ一発で消し炭にできる、まさにロマン溢れる呪具」
いろいろとツッコませろ。
胸ぐらを掴んで殴ろうかと思っていたが、真希はふと、最後の言葉にピクリ、と表情を変える。
「一級呪霊を…なんだって?」
「一番弱い攻撃で倒せるって言ってる。もちろん、当てれば、の話」
カメコの言葉は、全て真実である。
砲剣は、非常に使い勝手が悪い。
重い上に予備動作にも時間がかかり、後手に回りがちになってしまう性能をしている。
だが、決まれば強力というのも事実。
それを聞いた真希は、心底不本意そうな表情を浮かべた。
「…条件付きで受ける」
鎧は却下された。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「今回のターゲットは一級呪霊の『くねくね』です。
討伐記録のある七海さんによれば、農村に頻繁的に現れる呪霊で、人々を引き込み、自らの仲間としてしまう術式があるとか…」
三日後、車内にて。
胃潰瘍から回復した伊地知が軽く説明を終えると、ミラー越しに真希が背中に背負う、布越しからでも無骨さを主張するそれを見つめる。
あの情けない父が憂さ晴らしとして、真希に当てた依頼。
これで自分を殺して笑い者にでもしようと思ってるのか、とぼやきながら、腰にあるケースに入った機械を整理する真希。
伊地知はその様子に戸惑いながら、おそるおそる真希に問うた。
「あの、真希さん。本当にその…、その武器でいいんですね?」
「試しだ、試し。
コイツを扱えるのって、聞けば『めちゃくちゃ筋力あって』、『体幹が半端ない』、『どんなにテンパっていても、冷静な判断ができる』奴だけらしい。
つまり、コイツを扱えたら、その三つは完璧ってこったろ」
あの自由人の思惑にハマるのはムカつくが。
そんなことを思いながら、説明書を広げ、動作の復習を始める真希。
伊地知は少しだけ笑みを浮かべ、揶揄うように口を開いた。
「聞きましたよ。『後輩からのプレゼント』って、はしゃぎながら乙骨くんに写真送ったのでしょう?」
がっしゃん。
車内で器用にすっ転んだ真希の脳裏には、ノリノリで自撮りした自分の姿が思い浮かぶ。
曲がりなりにも、初めての後輩からのプレゼントなのだ。
面倒見のいい真希にとって、後輩からのプレゼントは嬉しくならないわけがない。
真依に送れば、確実にまた暴走するので黙っていたのだが、せめて後輩に会えない乙骨に、と思い立ったのが裏目に出た。
十中八九、乙骨が仲のいい狗巻あたりに、その写真を横流ししたのだろう。
帰ってきたらシメる、と思いながら、真希はふと、浮かんだ疑問を口にする。
「……もしかして、悟や真依にも?」
「知られてますね」
「だぁぁぁぁぁあぁぁあああああ゛あ゛あ゛ぁあああーーーーーーーーーーーっっっっ!!!???」
黒歴史、確定。
そして真依の暴走も確定。
羞恥と何かよくわからない恐怖とのダブルパンチに、真希は悶絶した。
くねくねは憂さ晴らしに放った一撃で、木っ端微塵になった。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「後輩かぁ。僕も早く会いたいなぁ」
その頃、乙骨憂太はというと。
狗巻に送った写真を見つめながら、まだ見ぬ後輩に想いを馳せていた。
乙骨がこの後輩たちに会ったら、戸惑いのあまり言葉を無くすと思う。
真希さんって、砲剣とか重そうな武器も普通にブンブン振り回せそうなイメージある。
久々に世界樹Xやってたら遅くなりました。
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コスプレ喫茶に行こう!
すっかり真希の背中の砲剣が馴染んだ頃。
男連中が出張る中、女だらけの教室という、呪術師界隈では珍しい空間にて。
夢黒が菓子屋を営んでいる親戚から、と苺大福を皆が頬張る中で、注目を集めるように、真希が、ぱんぱん、と手を叩く。
「はいちゅーもく。カメコとネクロは…普段で慣れてっか。
残るは…、釘崎、お前ってコスプレできる?」
真希の問いに、釘崎は顎に手を当て、記憶を探る。
コスプレと言っても、町内会のイベントで、ハロウィンで悪魔のコスプレをしたくらいだ。
カメコたちほどガチガチで無く、既存品の猫耳カチューシャを頭につけるだけでいいのなら、そこまで難易度は高くない。
カメコとネクロは普段に加えて、イベントで客引きをしているので、釘崎ほどの不安要素はない。
「コスプレですか?…猫耳カチューシャくらいなら」
「うし、決まりだな」
真希は釘崎の肩を軽く叩くと、不敵な笑みを浮かべた。
「付き合え、お前ら」
♦︎♦︎♦︎♦︎
「今回の依頼主は、『コスプレ喫茶:癒しの吟醸』っていう、実力のある術師御用達のカフェの店長っす。
店長も一級呪術師なんすけど、長期で別の仕事が入っちゃって。
依頼の詳細は、カフェに着いたら従業員が紹介してくれるそうっす。
今回は、破竹の勢いで実力を伸ばしてる真希さんに白羽の矢が立ったってわけっす」
補助監督、新田明によって、依頼の説明がされるものの、釘崎の耳には届かない。
真希も非常に申し訳なさそうな顔を浮かべ、窓を見つめながら缶コーヒーを啜る。
その背後では、ギャンブル中毒の男が腹を抱えてゲラゲラと笑い、二人を煽り散らかす。
カメコたちは二人の姿を見て、ぱちぱちと拍手をした。
「生インペリアル。やっぱり、作った甲斐があった」
「野薔薇先輩も、男勝りだからパラディン…ししょーで正解だったの!」
『ぶはははははははっ!!!はははっ、ひひっ、ひひひっ…、くくくくはははっ!!!』
「……………真希さん、恨みますからね」
「……………まじですまん」
血涙を流す釘崎に、彼女からも現実からも目を逸らす真希。
男と新田以外が、世界樹の迷宮のコスプレで固められているという、謎の集団。
せいぜい、ちょっと猫耳のカチューシャを付ける程度で済まそうとしていた矢先にこれだ。
真希は砲剣を背負ってるから、と、無理やりに鎧を着せられ。
釘崎は性格が似てるから、と、これまた無理やりに鎧を着せられ。
結果、約二名が羞恥で死にかけていた。
「死霊っていいよな。ネクロが許可した人間にゃ姿見えて、触れるし」
『それ以前にお前は俺に触れるほど強かねーだろ残念だったなブワァーーーーーカっ!!!』
あまりにも笑う男に、真希が折檻をしようにも、彼女が男に劣るのも事実。
その苛立ちをやる気として昇華しようとした矢先、夢黒の手が男の首を掴んだ。
「コイツシメとくの」
『あ゛ーーーーーーーっ!!!!????』
「ちょっとは溜飲下がったわ」
「同じく」
死霊であることをいいことに、まるでガラパゴス携帯のように折り畳まれる男。
やり過ぎな気もするが、この男は普段が最底辺のゴミカスのため、良心はこれっぽっちも痛まない。
「ってか、なんでコスプレ喫茶が呪術師御用達の店なんだよ」
「呪術師の方って、一見コスプレみたいなカッコしてる人もいるんで、馴染みやすいと思って立ち上げたらしいっす。
憩いの場でもあり、仲介役としても凄腕で、界隈の中でもかなりの高難易度の依頼の斡旋もしてるんすよ。
その依頼をちょっとこなしたってだけで、一級呪術師に推薦されるくらいなんすから」
「的確に需要あんの腹立つな」
最近の店のブームは、世界樹の迷宮らしい。
確実にカメコたちの悪影響が出てるな、と思いつつ、彼女らは到着を待つ。
その中で会話が途切れることはない。
「ってか、カメコらってメイク上手いな。
コスプレしてたら当たり前なのか?」
「ん。お姉ちゃん直伝」
「桐子お姉ちゃんって言って、嫁いでって沖縄に住んでるお姉ちゃんがいるの」
カメコらが言うと、釘崎たちは気の毒そうな顔を浮かべた。
「妹二人がこんなんじゃ苦労…いや、まさか姉貴もこんな感じだったり?」
「あり得るわ」
ひどい風評被害が、桐子を襲う。
その頃、沖縄では。ようやく寝かしつけた息子の前でくしゃみをしてしまい、大慌てであやす女性の姿があったとか。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「はいっ、じゃあ言った通りに」
「ぉ……、お…、おは…っ」
「お仕事に真摯にならないと、依頼料の取り分減っちゃうぞ☆…なの」
「お肌の悩みをフロントガード♡」
いっそ殺せ。殺してくれ。
釘崎は心からそう思いながら、客にせがまれたサービスを披露した。
あまりにも痛々しいその姿に、真希が同情の視線を向ける。
「アレ、なんだ?」
「ブックレットCDについてた、おまけ漫画の一コマ。『ししょー』って名前のパラディンで、釘崎さんみたいな性格してる」
「だから金髪のウィッグ被せたのな」
釘崎は心を無にしながら、淡々と作業をこなす。彼女らがこうして接客しているのには、とある理由があった。
「頑張れよ、釘崎ー。お前の責任だかんな、依頼聞くの遅れてんの」
「いや、アレは殴るでしょ、確実に…」
遡ること数分前。
到着した五人を案内する女従業員が訪れたのだが、その従業員があろうことか、釘崎の胸を鷲掴みにしたのだ。
聞けば「おっぱいが大好きで、コスプレすることで見えるおっぱいを求めて働いてる」という、呪術師界隈でも割とドン引きな理由で従業員兼呪術師になったという。
これで準一級なのだから、世の中というのは本当に終わっている。
無論、飛び交うセクハラ言語に釘崎が我慢できるわけもなく、従業員をアスファルトにめり込ませ、犬神家にした。
が。問題はその後。
その従業員は、女に対する態度はアレだが、ここの店長を除き、最大戦力であった。
無論、ソレが抜けるとなると、相当負担がかかってくる。
その穴を埋めるために、釘崎と、志願でカメコたちが働かされているのだ。
そのことを想起しながら、真希はすぐ隣の席に視線を向ける。
「ってか、なんで居るんだよ真依に…あと西宮と三輪」
そこには、真依と三輪霞、更には西宮桃の三人が、ホールのフルーツタルトを囲んでいる姿があった。
「「週三で通ってるけど、何か?」」
「私は久々に」
おかしい。ここから京都まで、どれだけの距離があっただろうか。
少なくとも、近所の喫茶店感覚で通うような距離ではないことはたしかだ。
頭痛がしてきたのか、頭を抱える真希に、悪意なき西宮が追い討ちをかける。
「真希ちゃんも、あのくっそ可愛くない一年の子もそうだけど、なんでそんな珍妙なカッコしてるの?」
「カメコだよ。コスプレ喫茶に行くから付き合えっつったら」
「殺すわ」
「ちょっ、真依!!判断が早い!!」
本当に、自分の妹はどうしたのだろうか。
口に銃を突っ込んできた妹を宥めながら、真希は遠い思考でそんなことを思うも、どうせアレが原因だとカメコを見やる。
カメコはカメコで、喫茶店員としての職務をしっかりと果たしていた。
「ってか、なんでショットガンなんだよ…」
「最近呪力量が何故か増えて、ショットガンの弾を出せるようになったの。素敵でしょ」
「理由明白な気がする」
殺意が高いにも程がある。
実の姉の口に散弾銃の銃口を突っ込むだろうか、普通。
呪術師になりたくなかったと叫んでいたこの女は、今や立派な呪術師である。
一歩間違えたら、術の部分が詛になるかもしれないが。
「お前、呪術師になりたくなかったんじゃねーのかよ…」
「過去形よ。カメコさんとパートナー契約結ぶって野望があるから辞めないわ」
「………人ってここまで盛大に掌ひっくり返せるんだな。初めて知った」
掌でドリルでも再現してるのだろうか、などと思いながら、机に置かれたエスプレッソを啜る。
あまりこういった嗜好品に興味のない真希でもわかるほどに、美味いと感じる一杯。
実力を誇る呪術師御用達というのは、伊達ではないらしい。
「カメコが来てからずっと頭痛いわ…」
「何よ、贅沢ね。幸せの極みの中でそんなこと言えるなんて」
「いや、アイツがどんだけトラブルメーカーか知らねーから言えんだよ。
地雷踏んだら即埋められるわ、トンデモ呪具作って押し付けるわ…」
「そういえば、メカ丸もなんか巻き込まれてるって聞いたよーな…」
「ああ、マイク越しの声に覇気がないのって、そういう…」
彼女らは詳しくは知らぬことだが。
メカ丸はその術式の特性から、呪具作成…主に砲剣やグラズヘイム兵器の類において、必要な知識を有している。
夢黒が死霊…映画を無料で見るくせに文句垂れる少年…を使い、敵側と通じているのをつい最近把握され、あろうことか五条にも歌姫にもバレ、好き勝手コキ使われている。
予想外の方法と早さでバレるとは微塵も思ってなかったメカ丸も、口を開けて驚いていた。
結果。「上にバラされたくなきゃ、俺たちの言うことも聞いてもらおう」と、破れば部屋にムカデを数百匹放つと言う、動けない彼にとってはこれ以上ないほどに嫌な縛りを施され、都合のいい労働力と化していた。
後に、京都校の面々にはこう溢した。
「アイツら最低だ」と。あの性格最低の五条悟とグルになって何かを企むような女だ。マトモなわけがない。
「おーい、ししょーちゃん!こっちにもやっておくれー!」
「お肌の悩みをフロントガード♡」
「………ノリノリだな、アイツ」
カメコが馬車馬のように働くメカ丸のことを想起する側で。
ヤケクソになったのか、ノリノリで客の要望に応える釘崎の痛々しい姿があった。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「揉み心地は野薔薇ちゃんが一番ポヨンポヨンだったなぁ!!真希ちゃんのは…ちょっと筋肉あって、カチカチだったわ。
華東姉妹は控えめだからモミモミ揉みしだくほどないのが惜しかった!!」
「「「「コイツ殺していい?」」」」
「あとで店長に仕置きしてもらうんで、それでおさめてくださいっす」
それぞれが武器を構え、セクハラ従業員に殺意を向ける中、新田明が宥める。
重ね重ね言うが、従業員は女である。性的な興味が限りなくオッサンに近いだけで。
このメンツを相手に、犬神家にされるくらいで済んでいるのが幸運だろう。
「っとと、感想はさておき、依頼内容だったね。コレ、ホントは特寄りの一級にしか紹介しないマジヤバなヤツよ?行ける?」
「行けるも何も、指名したのそっちだろ。それに、特級だったら全員経験してる。
あんまナメんなよ?こちとら最強に扱かれてんだ」
「たっはー!!例年のヤツよりナマ言うくらいのクソガキっぷり!!
悟と傑のアホ以来だわ見るの!!
生い先短いクソジジイどもの地位がなくなるのも時間の問題だな!!」
どうやら、現代の呪術師の御多分に洩れず上層部が嫌いらしい。
ゲラゲラと笑い倒すと、セクハラ女は一枚の資料を出し、真希に渡した。
「『特級呪物:八尺様のおぐし』の回収な。
簡単に言えば、仙台の宿儺の指みたいなケースだ。雑に封印したせいでソレが風化してくる頃だから回収しよーってこった。
元は特級呪霊だったんだが、アホ二人が倒してっから、受肉しなきゃ楽だろ。
ま、アホほど呪霊が寄ってくるだろーが」
けけっ、と下品な笑いをこぼしながら、内容を語るセクハラ女。
特級呪物が受肉すればどうなるか。
それを身をもって体験している釘崎は、ごくり、と生唾を飲み込む。
対して、女は「堅くなるな。責任も感じなくていい、死ぬ時ゃ死ぬよ」と、よくわからないフォローを入れた。
「八尺様って呪霊…土地神みたいなもんだったか?ま、閉じ込めるための結界張ってた地蔵様壊されて、大暴れしてたんだわ。
ンで、ソレを悟と傑…お前らのセンセーと現実っつーデケエ敵に負けて呪詛師堕ちして挙句おっ死んだバカが、文字通り死にそうになりながら祓ったわけよ」
ウケる、と言いながら、谷間から取り出したシガレットチョコを噛み砕く女。
こっちもこっちでイカれてる。
真希と釘崎が微妙な面持ちになる横で、カメコは夢黒に耳打ちした。
「傑…?ネクロ、知ってる?」
「うん。げとーって難しいミョージの人で、説得中の人なの」
五条が聞いたら、茶と菓子をぶちまけてひっくり返りそうな情報である。
本人は、紆余曲折あって一種の責任を感じているらしく、五条の前には現れるつもりはないとのこと。
生憎と、その会話は女の下品な笑い声によってかき消され、真希の耳に届かなかった。
「で。ソイツがせめてもの抵抗に生み出したのが、バックアップの髪ってワケだ。
八尺様っつーのは、ネット経由で爆発的に広まって、そっから生じた畏れから生まれた…ま、養殖モンの特級だ。
一房だけしかねーが、その分籠ってる呪力がアホほど多い。
受肉したら確実に詰むだろォな。下手こいたらおっ死ぬぞォ?」
「受肉しても関係ねーよ」
真希は言うと、三人の肩に手を回した。
「私らナメんのも大概にしろよ、准一級『ごとき』が」
東京校の女子の団結力は、特級相当の呪霊ですら倒す。
五条悟のお墨付きなのだ。不安要素はない。
ソレを聞いた女は、不敵な笑みを浮かべた。
「頑張れよ、後輩」
その手は、釘崎の胸を揉みしだいていた。
「懲りてねーなテメェ!!!!!」
「へぶっ、へぶっ、ぶっ、へぶっ、ぶっ、へぶっ、ぶふっ、へぶっ、へぶぶぅっ!?!?!?!?」
作り物の盾が、女の脳天に何度も振り下ろされる。
この後、軒先にミノムシのようにして吊るされた女従業員は、辛い一夜を過ごす羽目になった。
メカ丸、弱みを握られてカメコと五条経営のブラック企業に就職。多分、一般ブラック企業の方がマシなレベルで働かされてる。
夏油さん、いろいろ思うことがありすぎて、自発的に棺の中で一番キツい牢獄部分(普通だったら精神死ぬ)に引きこもってる。
某映画好き、夢黒の偵察隊として大活躍中。善性のアホの子の刺激の強いカッコに未だテンパりまくる。
女従業員レギュラーにしたいくらい書いてて楽しかった。加茂よりちょっと強いくらいの准一級。コスプレしてたのは世界樹の迷宮に出てくるダークハンターのお姉さんっぽいキャラ。三十路になりたてほやほや。
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その行為を人は『時間稼ぎ』という
「お、マジか」
「どったの、パンダ先輩?」
携帯を弄るパンダが、真希から送られてきたメッセージに思わず声を出す。
男四人が旅館に泊まると言う、修学旅行で見るような暑苦しさに辟易する様子もない彼らは、こぞってパンダの携帯を覗き込む。
そこには、「吟醸の依頼受けた」と短いメッセージがあった。
「え?真希さん、マジで吟醸の依頼受けたんですか?」
「目ェつけられてるって話は聞いたが、先越されたな、お前ら」
呪術師になって日の浅い悠仁は、皆が何を言っているか分からず、疑問符を浮かべる。
吟醸。普通は酒や味噌などを、吟味した材料を使って丁寧に作り上げていくことを指す。
しかし、そう考えるとおかしなことばかりである。
虎杖が首を傾げていると、ソレを察したパンダが説明を始めた。
「吟醸っつーのは、『癒しの吟醸』ってコスプレ喫茶の店名な。
ここは裏業で呪術関連の依頼の斡旋もしてて、術師界隈じゃ『一級への登竜門』とか言われるほどハイリスクハイリターンの依頼を扱ってんだ」
「へぇー…」
「ま、ここの依頼をこなさなきゃ一級になれないってわけじゃないが」と付け足し、箱買いしたカルパスを口に放るパンダ。
体はぬいぐるみなのに、どうやって消化しているのかが些か疑問だが、トイレにも行くし、鼻血も出すので今更だろう。
つまりは、依頼をこなせば真希にとってプラスとなるとだけ考えておけばいい。
夢黒ほど物分かりが悪いわけではないが、あまり頭の強くない虎杖は単純に理解する。
が。隣にいる伏黒は、神妙な面持ちを浮かべていた。
「…虎杖。吟醸の依頼は実力に絶対的な自信があるヤツが受けるもんだ。
最低でも特寄りの一級呪霊の単独討伐。
このくらいじゃないと、死すら視野に入れる必要がある」
「え?ヤベェじゃん!?」
戦車ですらも心細いとされる一級と、クラスター爆弾の絨毯爆撃でトントンとされる特級の狭間にいる化け物を単独で倒す。
これがどれだけ無謀なことか、想像しなくとも理解できることだろう。
真希はこれから、それが最低ラインの依頼を受けるという。
心配するなと言う方が無理な話である。
「まぁ、大丈夫だろ。最近の真希は、前より確実に強くなってる。あんま余計な心配してると、帰ってきたら殴られるぞ〜?」
ソレは嫌だ、と虎杖が苦笑を浮かべ、パンダの携帯を借りて「健闘を祈ります!!」と打ち込んだ。
と。その時だった。
「ブラザーーーーーーーッッッ!!!!」
扉を勢いよく開け、浴衣を着た東堂が両手を広げて気持ち悪いフォームで走りながら、虎杖に迫ったのは。
虎杖は反応が遅れ、その抱擁を拒むことが出来ず、筋肉に埋もれる。
上品でいて、爽快感のある香水の匂い。風呂上がりでもケアはバッチリなところが逆に気持ち悪い。
東堂葵とは、そう言う男であった。
「こんな短期間に幾度も再会できるとは、やはり俺たちは運命に愛されているな!!
存分に愛を語り合おうじゃないか!!!」
「ああ、そうだった…。高専の男子合同の依頼だったんだ……」
「虎杖、頑張れ」
「明太子」
抱擁と頬擦りを受けながら、虎杖は死んだ目で依頼内容を想起していた。
すべすべもっちりしていながらも、筋肉を感じられる硬さ。
これが東堂でなければモテモテだったのだろうが、東堂がやると気持ち悪いだけだった、と抱擁経験者のパンダは語る。
曰く、無駄にムダ毛やシミが一切なく、赤ん坊のようにすべすべしてるのもまた腹が立つらしい。
因みに。愛の語り合いはとんでもなく盛り上がった。
その盛り上がり様を面白半分で記録していた加茂が、卒業後に著書に書き起こすと、大ブームを巻き起こしたという。
タイトルは「二秒で作れる大親友」である。
♦︎♦︎♦︎♦︎
『全くもってつまらん。
伏黒恵がいて良かったな小僧。いなかったら貴様を二十は殺してるところだ。
小僧。貴様には女と伏黒恵を同時に見ることができる立場にいることで、漸く価値が生まれているというのに、何故共におらんのだ』
「仕方ねーだろ、カメコとは任務が別なんだから」
宿儺の生得領域内にて、愚痴が始まった。
要するに、「カメコも伏黒も近くで見たいのに、なんで二人は一緒にいない」と文句を垂れてるだけだ。
アイドルグループが揃っていないことに苛立つ悪質なファンみたいだ、などと思いながら、虎杖は宿儺を宥める。
「帰ったらいつでも見れるだろ」
『彼奴の変化を間近で見るから面白いのだろうが。この千年、あのような生得領域を作り出した「バケモノ」はいなかった。
無論、この俺も含め、だ。この俺に理解できぬ事象がある。伏黒恵とは別の興味。
それがあの女、華東芽衣子なのだ。貴様のようなそこらにいる虫とは違う』
同じような人間で、華東夢黒もいるのだが、カメコの方に興味が向いているらしい。
常人が足を踏み入れれば、即座に死を覚悟しなければならない生態系渦巻く世界樹を六本も生得領域に生やした女だ。
生やせていない夢黒よりも、そちらの方に興味が向いてしまうのも仕方がない。
「名前覚えてんのな」
『無論、興味を抱いたのだから覚えるに決まっているだろう。彼奴に咽び泣いて喜べと言っても無視するのは気に食わんが、例外的に許している』
尚、カメコには「急に喋り出すなんか偉そうで全生物のクソ煮詰めたみたいなロクでもない性格した変な口」と認識されている。
偉そうにするだけの脅威性があるのだが、生得領域にブロッコリー感覚で世界樹を生やすカメコには、あまり怖がられていない。
「お前って、カメコのこと好き」
『死ね』
流石の宿儺も食い気味だった。
器が小さいのか大きいのかよくわからない宿儺でさえも、あんなヤバい女を娶るのは快不快関わらず嫌だったらしい。
虎杖はバラバラにされて復活した。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「ここが『八尺様のおぐし』がある村か」
「実家に帰った気分だわ」
「私たちはこう言うところ初めて」
「うん。ザ・ド田舎なの」
その頃、田舎町にぽつん、と立っているバス停の前にて。
観光地にすらならないようなその景色に、四人はそれぞれ感想を呟く。
真希は任務で何度か訪れたことがあり、釘崎は実家が似たような立地である。
カメコたちは夏休みを丸ごと使ってサバイバル生活をしたことがあるのだが、こういった人の住む田舎というのは初めてだった。
「…いつもだったらおじいさんとかが農作業してそうなイメージあるけど」
「避難してっからな。寛ぐのはまた今度。今は回収優先すっぞ」
「受肉されたら厄介ですもんね」
「あ゛」
釘崎がそんなことを言うと。
カメコが固まったように歩みを止め、ダラダラと冷や汗を流す。
カメコは呪力操作に天才的なセンスを有しており、その応用で呪力の感知に長けている。
この場の誰よりも早く、その「危険度」を感知できるのだ。
ここまで言えばもうわかるだろう。
『八尺様のおぐし』と思われる呪力の塊が、明らかに意思を持ちながら、この村の外へと歩いていたのだ。
「ギャンブルバカ。此処から北西5キロ先に向かって。五分以内に」
『へーへー』
語尾を強め、威圧するように言うと、棺から出てきた男が言われた方角へと向かう。
皆は一瞬だけ疑問符を浮かべてたものの、即座に戦闘に入れるように構える。
「カメコ。ブツが受肉したか?」
「違う。誰かが運んでる。
運んでる本人じゃなく、誰かを依代にして、受肉させる気なのかもしれない。
…濃い呪力に混じって、それなりに強いのがゆらめいてる。呪力の傾向からして人間」
「大方呪詛師ってトコか」
運ねェなソイツ、とだけ付け足し、靴の踵を合わせる真希。
なんにせよ、この村から持ち出されたら危険極まりない。
呪詛師の手に渡っているのなら尚更だ。
「移動速度からして走ってる。
私たちが来たのに気づいてる動き。急ごう」
「あのバカ行かせて良かったのか?」
「今回の危険性を理解しないほど、アレはバカじゃない。遊びに行くのは、私たちでも余裕な時。今回は真っ直ぐ向かってる」
ギャンブル中毒の男がある程度の好き勝手を見逃されているのには、いくつかの理由がある。
その理由の中の一つとして、ずば抜けた状況判断力が挙げられる。
余程のポカをやらかさない限り…例で言えば生前に五条悟と戦ったこと…は、自分にとって最善と言える行動をする。
彼女らのみで解決できる事態には、財布をスッて競馬場に行くのが難点だが。
裏を返せば、今回は女四人では危険だということに他ならなかった。
「下手したら特級案件かもな、コレ」
「やることは変わらないの。ブチのめして回収するだけなの」
「だな。走って…はキツいか」
先程のカメコの指示が正しいのならば、ここから5キロ先に目標が、今なお遠ざかっているという。
男に五分のタイムリミットを設けていたことから、五分もすれば、相手は村の外に出てしまうと言うことだ。
流石に、5キロの距離を五分で駆け抜けるなどと言った芸当は、真希にすらできない。
なら、どうするか。
真希は即座にカメコの方を見て、声を張り上げた。
「カメコ、背中の手で私ら投げ飛ばせ!!」
カメコの背中の巨腕は特級呪具となったローブの一部であり、その階級に相応しい力を有している。
人一人を5キロほど投げ飛ばすことなど、造作もない。
相手が逃げる途中で適当な人間に呪物を食わせ、受肉されたら面倒だ。
走って向かうよりも、遥かに手っ取り早く済むだろう。
「今のうちにバフかけまくっとく。
バフが切れたら死なないように立ち回って、相手をその場に留まらせることだけ考えて」
この方法の欠点を挙げるなら、バフやデバフをばら撒けるカメコが移動できないことだろうか。
ブチギレた際の興奮状態でなければ、5キロを一気に駆け抜けることは不可能。
呪具の手をフル活用しても、恐らくは十分ほどかかる。
それまで死ぬな、と皆に活を入れ、カメコは真っ先に、着地した際の隙が少ないだろう真希を、背中の手で掴んだ。
その際に、早口で呪言を唱え、皆の増強を済ませる。
「着く頃にゃあ終わらせる。帰りになんか高ェ飯奢ってやるよ」
「舌噛む。歯を食いしばった方がいい。
3、2、1……せいっ!!」
問題点はまだある。投げ飛ばされた後のことだ。
今回は距離が距離のため、投げられても、呪力で受け身さえ取れば無傷で済むだろう。
真希は呪力がないぶん、体が丈夫に出来ている。最悪の場合、砲剣を着地の際に下敷きにすればいい。
「お姉ちゃん、あのバカは今回は爆発させ無い方がいい?」
「八尺様の受肉まで、温存するほうが生存率が上がる、とだけ」
「カメコ、なる早で来なさいよ。アンタいないと楽できねーんだから」
「ん。善処する」
次に夢黒、釘崎の順で掴み、カメコは躊躇いなく投げ飛ばした。
遠くなっていく皆を見つめ、ローブの利便性に感嘆しながら、ぽつりと呟く。
「なんで皆これ着ないんだろ」
♦︎♦︎♦︎♦︎
『よォ、女が生理的に受け付けなさそーなツラしたテメェさん。
ちぃっと死人の相手でもしてくれや』
呪詛師…重面春太は、急に現れた目の前の存在に、目を剥いていた。
左手ごと円形に抉れた体に、片手に持つ、とんでもない呪力を込めた呪具。
無論、カメコと五条が悪ふざけで作った物で、名は『代償の槍』。
機能としてはシンプルで、身に負うハンデが大きいほどに、呪力を増す槍。
ハイランダーという世界樹の迷宮に登場する職で、『生命力を糧にして攻撃する』という特徴を再現しようとして失敗したモノだ。
男は既に死亡しているのに加え、左手と脇腹を失ってるのだ。
その呪力は、もはや語るまでもない。
「えー?なに、オッサン?呪霊の類?」
『残念ながらちげーよ、呪詛師。
テメェを足止めしろって頼まれてる…ただの動く屍だ』
重面がげんなりした顔で問うと、男はいつぶりか分からないマトモな対峙に、一種の感動に打ち震える。
普段は折檻も兼ねて爆破されるが、今回は戦力が多い方がいいとカメコあたりが判断を下したことだろう。
あの女は、危機管理能力が自分と同等と考えていい存在。
普段の言動は馬鹿げているが、そのあたりの判断が出来ないほど愚かではない。
「屍なら大人しく埋まっとけよ!!」
(コイツ自体はンな強かねーな。
逃げるそぶりを見せねーあたり、なんか秘策があんのか、それとも呪物をどっかに隠したか…あとは第三者が持ち出したか)
重面が振り下ろす、柄が手のひらになっている刀を弾き、男は思案に暮れる。
思考を彼方にやっても攻撃を捌けるくらいには、脅威が感じられない。
自分が鍛える前の釘崎あたりは危険そうだが、今なら一方的とは言わずとも、余裕で倒せるくらいだ。
こういったタイプの呪詛師は弱いものイジメ大好きの小物臭いのが多いのだが、ここまでいいように攻撃を捌かれているのに逃げないのを見るあたり、何かがあるのだろう。
(アイツが割り出した位置からコイツの移動速度を考えりゃ、隠す暇はねぇ。
第三者の介入も、アイツの感知範囲から考えてあり得ねぇか)
となれば、だ。
この状況を打開できる何かを持っていると、シンプルに考えた方がいい。
出来れば、その秘策とやらを見たいが、そうは問屋が卸さないらしい。
流星のように落ちてきた真希が、振りかぶった砲剣を降ろし、地面を叩き割る。
「ぅわあっ!?」
重面がそれを紙一重で避けるも、風圧に吹き飛ばされ、尻餅をつく。
真希は地面に刺さった砲剣を軽々持ち上げる、首を傾げる。
「っかしーな…。確実に当たる軌道にいたと思うんだが、なんかしたな?」
「わぁ!女の子だぁ!!」
「声がキメェ顔がキメェ髪型キメェ肌がキメェ全部キメェ。整形外科でもサジ投げるな。
テメェにハナクソほども興味ねーから、さっさと八尺様とやらの髪よこせよ」
砲剣を片手で構えながら、獰猛な笑みを浮かべる真希。
それに続くように、釘の散弾と棺の二連撃が重面を襲う。
が。重面は真希に駆け出しており、そこから奇跡的な転倒をすることで、偶然にもそれらを躱した。
「ンだその避け方ァ!?」
「釘崎先輩、動揺は隠さないとなの」
「………可愛い後輩のいる手前、カッコ悪いとこ見せちゃダメね。
…ん?お前、こないだの呪詛師か」
「わあ、女の子がたくさん!!うはうはハーレムだよぉ〜」
その声と仕草に、夢黒は心底不快そうな表情を隠そうともしなかった。
普段なら早口で罵倒してるのだが、相手は呪物を持っている。
それを触媒に何かをされると面倒だ。
一刻も早く戦意を削ぐべく、夢黒は棺を置き、笑う男を睨む。
「君が一番、楽しそう!!」
重面が夢黒の腹目掛け突き出した刀を、夢黒は最も容易く両手で挟む。
真剣白刃取り。
そのまま怪力で彼を振り払おうとすると、刀が一人でに重面の手から離れた。
重面自体も予想していなかったのか、目を丸くしながら、即座に夢黒の腹に重い蹴りを入れる。
「おいたが過ぎるよ、君」
「かっ…!?」
そのままでは終わらない。
重面が続け様に顔を殴ろうと、拳を握る。
笑っていることから、人を傷つけることに快楽を得る類の人間なのだろう。
呪詛師としては、ありがちな性格だ。
その拳が頬に炸裂すると共に、釘崎の投げた釘が、重面の腕に刺さった。
「痛いな…おっと?」
「芻霊呪ほ…ってはぁ!?!?」
と。突き刺さると同時に、刀の柄となっている手のひらが、刺さった釘を抜いて捨てた。
どんなラッキーだ。
あまりのことに皆が驚愕に目を見開く中で、真希があることに気づく。
(あいつの目元の模様…。色が抜けてるヤツがあんな。さっきからのラッキーを考えるに、幸運貯金みてーなモンか?
発動状況とアイツの様子を見て考えるに、自動発動系の術式か)
相手の目元にある模様は、六つで全て。
そのうち二つは色が抜けているあたり、残りのラッキーはあと四回と考えた方がいい。
倒せなくてもいい。すべきことはただ一つ。何もさせないことだ。
「お前ら!!ソイツが動けねーように、手足折るか切り落とすかしろ!!」
「「了解!!」」
「わ、わわっ…!?」
四人が連携して襲いかかるも、重面は飄々とそれを避け、反撃を試みる。
性格からして、この場から逃げてもおかしくないというのに、なぜ留まるのだろうか。
男は重面の隅々を観察し、その理由を考える。
そうこう考えているうちに、重面の目元の模様がひとつ減り、砲剣の一撃を奇跡的な転倒で避け、その刀を真希の脇腹に刺していた。
「真希さん!!」
「見た目ほど大袈裟な怪我じゃねーよ。内臓は避けた。
一年前にゃもっとキツいのもらってんだよ」
真希はその刀身を掴むと、攻撃できないように握力でへし折る。
最近はスパルタ鬼講師の指導を受けているので、この程度なら出来る様になった。
重面が驚愕に目を開いている隙に、真希はその胸ぐらを掴み、逃げられないようにする。
真希は気づいていないが、彼女が狙うのは、男の生死には関わらないため、幸運は機能しない。ただ、腕一本を消し飛ばすだけだ。
砲剣のトリガーを引き、呪力を迸らせる。
「安心しろ。片腕なくても、十分生きていけんだろ。《アサルトドライブ》!!!」
一閃。
煌めく呪力が柱を作り、地面に真希を中心にクレーターが出来上がる。
作物に影響が出ないように、場所は選んでいる。
光が収まると、男は肩から先がなくなった右腕を見て、絶叫した。
「ぁ、あ、ぁぁあああああっ!?!?
なんて酷いことするんだあ゛ぁぁああああああぁあああっっっ!!!!」
「テメェが選んだ生き方だろうが。
腕一本で済ます私の手際に感謝して欲しいね」
本当だったら足が良かったのだが、カメコから「横に薙ぐと周囲の被害が半端ない」と聞かされていたため、仕方なく腕にした。
攻撃手段を失ったのだ。片手を失うことで戦意を削げれば、あとは捕らえるだけ。
「ぐぞぉ…!!やっぱ、時間稼ぎなんて、引き受けるんじゃなかった……!!!」
「は?」
真希がその真意を聞こうとした、まさにその時。
重面のポケットから、虎杖から聞いた小型の「改造人間」が覗いていたのに気づいた。
その口元には、最早数ミリもない髪。
飲み込むのに苦労していたのだろう。
その改造人間は、何度か泣きながらも、それを飲み込んだ。
『ぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽぽ』
瞬間。村が禍々しい空間へと作り替えられる。
この現象を彼女らは知っている。
帳などという、生やさしい結界術ではない。
生得領域に術式を付与した、呪術の頂点とも呼べる絶技。
《領域展開》。
絶望が、四人を包み込んだ。
ネットで広がった畏れから使えてもおかしくねーなと思いました。
虎杖たちはちゃっちゃっと依頼終わらせて、温泉旅館楽しんでます。
重面春太は、リアルでいたら女が生理的に受け付けなさそうな要素全部持ってると思って真希さんにボロクソ言わせました。釘崎に初対面で「モテねーだろ」って言われてたから仕方ないね。
吟醸はポジション的には世界樹で言う酒場。ただし依頼の難易度が六層中盤並みがデフォとかいうクソ仕様。その分見返りは大きい。
カメコの領域展開はまだやりません。別のことを考えてます。
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華東芽衣子がフォレスト・セル並みの爆弾だった件について
「逃げやがったな、あのキモ顔…。
ネクロ、今どんな調子だ?」
「すっごい勢いで死霊が減ってるの。
なんらかの術式…しかも即死クラスのが付与されてるのは間違いないの。
ここから再生サイクルと減少速度を考えると…保って6分なの」
領域展開。対策を持たずにそこへ足を踏み入れば、死を意味する空間。
付与された術式を必中とする、呪術の最高峰とも呼べる絶技。
その対処法としては、術式に対応した術式で対抗する、こちらも領域展開をするの二つ。
今回取っているのは、夢黒の棺にある死霊全員に受ける術式を肩代わりしてもらう方法。
棺の中にいるのは、余程の悪人か、夢黒の術式に納得している死霊のみ。
その総数は十万ほどだが、その数が目まぐるしい速度で減っていく。
死霊がいくら再生するとはいえ、この減り様はまずい。
「6分がタイムリミットってことでしょ。
なら、全力で殺しにかかりゃあいい」
「だな。展開中は術式が使えねー。ネクロがいて助かった」
『俺も生贄側に回った方がいーか?』
「戦力ダウンになるからダメに決まってんだろボケ殺すぞ」
『……おー、怖っ』
男の確認に、夢黒は無表情でにべもなく罵倒を浴びせる。
余裕がないらしい。その額には冷や汗が滲んでいる。
術式を発動していると言うことは、減っているのは死霊のみではない。
無尽蔵とは言えない量の呪力が、桁違いのスピードで減少しているのだ。
夢黒はこの戦闘において、ほぼ動けないと見ていいだろう。
状況確認を済ませた真希と釘崎は同時に駆け出し、八尺様に迫る。
『ぽぽぽぽ』
「キメェんだよ声が!!!」
釘崎は言うと、袖に隠してあった釘を取り出し、流れるように投げ飛ばす。
が。それは確実に当たる軌道にあったにもかかわらず、八尺様をすり抜け、地面に突き刺さった。
「はぁっ!?!?」
「釘崎、一歩前!!」
真希の声に、釘崎は即座に一歩前に出る。
瞬間。『背後にいた八尺様』を、真希の砲剣が穿つも、またしてもその姿をすり抜けた。
ここは相手の領域内。
何かしらの術式を付与してあるのだろう、その脅威に、真希たちは唾を飲む。
「ッソ…!」
「真希さん、左!!」
あの男か女かも分からない、合成音声のような声が左耳を揺らす。
真希は反射的に砲剣を薙ぐも、その姿は透け、八尺様の手が彼女の左手に触れる。
瞬間。真希の手に刺青のようなアートが刻まれ、凄まじい激痛が襲った。
「っ、てぇな、おい…!!」
「このアマっ!!」
釘崎が直接釘を刺そうと迫るも、八尺様は即座に振り返り、その手を釘崎へと伸ばす。
と。そこへ男が割り込み、釘崎を蹴り飛ばし、その手を受けた。
「オッサン!?」
男の右手にも、同じように模様が刻まれる。
死んだとはいえ、天与呪縛はそのまま。
その痛みの種類から、男は八尺様の術式の正体を看破する。
『っ…、分解とかじゃねー…!!
ちんまい呪力の塊が、棘みてーになって体内からめちゃくちゃにしてやがる…!!』
まだ表皮の部分が荒らされているだけだが、口や目など、デリケートな部分を触られたら終わりだ。
先ほどからの攻撃の無効化から考えると、即座に正解に辿り着く。
これが八尺様の付与した術式。
自身を細かい粒に分解し、相手に吸着して文字通り『憑り殺す』。
「まだ表皮ぐらいで蠢いてんのは、死霊の肩代わりとカメコのバフの分か…!!
ちっと痛いが、我慢できねーほどじゃねぇ」
「共鳴りが露骨にメタられてンな…!!
ッソ、マジで役立たずじゃねぇか!!」
八尺様の手を避けながら、効かないとわかってながらも攻撃を試みる三人。
よく見れば、攻撃が当たる瞬間に、八尺様を構成する呪力が動いており、それにより効かないように見せていたことが伺える。
一気に消し飛ばせば解決なのだろうが、生憎とその攻撃手段を持つのは、動くことの叶わない夢黒のみ。
釘崎の共鳴りも、模様を打ち抜けど、相手にそこまで大したダメージを与えないのは目に見えている。
釘崎がそれに弱音を吐くと、男が笑みを浮かべた。
『いや、そうでもねぇぞ嬢ちゃん。アンタの術式が一番、奴にとってマズい』
「あ?どーいうこった?」
『あーいうタイプにゃ、絶対に「叩かれたくねー部分」ってのがあンだよ』
あのクソ家で取った統計だけどな、と付け足し、槍を構える男。
死霊になったことで呪霊が見えるようになった男の超視力には、ハッキリと映っていた。
今なおすばしっこく動き続ける、膨大な呪力の塊が。
『そこを嬢ちゃんが叩けばゲームセット。
でなきゃ、統率の取れねー呪力が散り散りになって俺らに襲いかかる…可能性大だ』
「……っ、責任重大じゃねーか…!!」
こちらの勝利条件は、釘崎がタイムリミットまでに八尺様の本体(仮称)を叩くこと。
それがどれほど困難か分からないほど、釘崎野薔薇の経験は浅くない。
だが、ここで諦めるほど、釘崎野薔薇という女は死にたがりと言うわけでもなかった。
「やってやろうじゃん、激ムズミッション!
ンなクソゲー、あンのクソババアと山ほどやったわ!!」
釘崎の啖呵と共に、八尺様が襲いかかる。
夢黒の死霊のストックが切れるまで、あと四分。
♦︎♦︎♦︎♦︎
その頃、領域の外では。
ハッキリ言うと、呪力の壁を前に、カメコは立ち往生していた。
カメコの呪力感知は、気持ち悪いレベルで正確なもの…五条悟談…である。
無論、八尺様の正体も看破しており、釘崎の術式が必要なことも理解している。
しかし、無策のまま入れば、夢黒の負担を増やすだけ。
まずやるべきことは、相手に有利な状況を覆すこと。
カメコは自身の持つスキルを分析し、何が出来るかを思考する。
「領域展開擬き…は、使わない方がいい。皆まで巻き込む。
領域を完全にうち消す方法は…、すごく疲れるけど、これしかないか」
ある程度整うと、カメコは深呼吸し、鈴を手に取る。
ちりん、と音が鳴り、カメコの喉に術式により生み出された、全く意味を持たない呪言が顕現する。
(《術式順転:呪言》)
もう一度、鈴を鳴らす。
喉に反転術式により生み出された、同じく全く意味を持たない祝言が、呪言のすぐ横に顕現する。
(《術式反転:祝言》)
カースメーカーにプリンセスのサブクラス。
世界樹におけるプリンセス、もといプリンスのスキルは、バフに加え、強化と弱体の同時解除による攻撃などのサポート。
彼女が再現しようとしているのは、『強化と弱体の解除』。
本来ならば同時に顕現することのない二つが交わることによって、カメコの喉に《虚》が完成する。
これは攻撃ではない。まして、サポートでもない。術式だろうが領域だろうが、ただ平等に『無』へと還す言葉。
鈴による安定効果により、あり得ないはずのその言葉は完成を迎える。
────《虚式:無ノ言》
カメコの喉からは、言葉は紡がれない。
その言葉は存在しないにも関わらず、目の前にて展開されていた領域を、障子紙のように吹き飛ばした。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「やっ、歌姫待ったー?」
庵歌姫は、人生最大とも言えるほどの苛立ちを隠せていなかった。
貧乏ゆすりでタイルの舗装が禿げ、纏う怒りが周りを寄せ付けない。
まるで爆発寸前の爆弾のような彼女に、五条は臆することなく声をかける。
無論、最大のストレス要因たる五条にそんなことをされ、怒らないわけがない。
歌姫は声を荒げ、五条の胸ぐらを掴もうとして無限に阻まれた。
「待ったわよ!!以前は怒る気にもなれない遅刻癖程度だったのに、今回は何時間遅れたか言ってみなさい!!!」
「えーっとぉ、一日と2時間?」
「50時間よ!!二日と2時間!!1日誤魔化すんじゃないわよこのタコ!!!!」
そう。歌姫は、二日も待ちぼうけを喰らっていたのだ。
連絡がなければ「忘れてるのかな」程度の苛立ちで済んだのだが、あろうことがこの男、メッセージアプリで「図鑑埋めたいから明日ねー♪」と宣ったのだ。しかも二日とも。
歌姫がキレるのには十分な出来事であるが、そこから更に2時間待たされ、やって来たのは、ゲーム片手に部屋着姿のダメ男。
キレないわけがない。
「いやぁ、ごめんごめん。急ぎの用件じゃなかったからさ」
「大急ぎの案件でしょうがバカ!!!」
これが一般術師ならクビにしてる。
歌姫が未だ怒り足りないのか、カリカリしていると、五条がそれを煽るように「街中でヒスはやめたら?」とゲームを再開する。
もうこれ以上怒る気にもなれない歌姫は、はぁ、とため息をつくと、五条に何枚かの資料を渡した。
「獄門彊について調べといたわよ。
その、アリアドネの糸って呪具が通用するとは思えないけど…」
「大丈夫大丈夫。引っ張れば、どんな閉鎖空間だろうと脱出できるモンだし。
呪具にゃ吸収効果効かないのは、上のクソジジイボコって聞き出したから大丈夫大丈夫。
自宅に戻るのが欠点だけど」
「…封印されないように気をつけりゃいい話じゃないの」
「計画立てるってことは、僕を封印する手立てがあるってことだし、一応ね」
悲報。五条悟封印計画、頓挫していた。
アリアドネの糸は、原作通りに脱出機能を持つ呪具。
どんな状況下だろうが、引っ張れば自動的に自宅に戻る。
つまり、アリアドネの糸さえ持ち歩けば、封印を破れるということだ。
使い方の容易さを考えれば、領域展開からも逃げられる代物。
これにより生存率が桁違いに上がるのだが、量産の目処が立っていないので、五条が繋がっている特級と、実力ある一級術師のみに配られている。
「どうやって作ったのよ、そんなの…」
「カメコちゃんの生得領域から情報抜いてぱぱーっと。領域展開まではいかないけど、現実世界に持ってくるくらいには出来てるし」
その言葉に、目を開く。
領域展開。そこに至る可能性を秘めたのは、つい先日まで伏黒恵ただ一人だったはず。
しかも、九月まで呪術のことを微塵も知らなかった女が、だ。
今年の東京校の一年は出来がいいな、と呆れと感嘆が入り乱れた息を漏らした。
「……正直、びっくりしたんだよね。彼女の領域を見て」
「何かあったの?」
「あったというより、ありすぎた」
五条の声に、なんの悪ふざけの感情も込められていないことを疑問に思いながら、歌姫が問いかける。
未知を恐れるような、好奇心がかきたてられているような、そんな顔。
五条はある程度整理をつけると、その事実を告げた。
「『一人歩きしてる』んだよ、領域が」
「はぁ?」
「歌姫にわかりやすく言うと、『領域が一つの世界になっていて、カメコちゃんはその住人の一人』なんだよね。
つまり、『現世と同等の世界を、中に創り出してしまっている』んだよ」
「…………?ん?えっと、え?」
「やっぱ歌姫じゃわかんないか。この話題の危険性は」
庵歌姫には、呪術師としての地位がない。
実力ではなく、血筋を重視し、更には男尊女卑を根幹に置いてしまっている、前時代的にも程がある界隈。
停滞に停滞を重ねた結果が人手不足だと言うのに、これっぽっちの進歩もない。
呪術師という界隈は、正直言って限界ギリギリと言っても過言ではなかった。
そんな情勢の勢力だ。
重要な情報の殆どは、上層部のみが握っていると考えていい。
「人一人が、世界を創っちゃったんだよ。
世界ってのは、人には過ぎた代物だ。現に僕らは『生得領域を《世界》とは呼ばない』。
制御しきれるわけがないんだよ、一人の人間に世界一つが。
今はああやって彼女の中に収まってるけど、もしぽっくり逝かれたら…」
「逝かれたら?」
「その世界が顕現する。顕現する場所を押し出す形でね」
推測でしかないけど、と付け足すと、五条は先日の出来事を思い返す。
制御下にはないが、顕現の鍵を握っているカメコ。
彼女の変わらない「カースメーカーを愛する魂」が、ある種の堤防の役割を果たしているのだろう。
それがなければ、彼女がカースメーカーになったその瞬間に、この世界は世界樹の迷宮の世界へと作り替えられている。
「……つまり?」
「わかりやすく言う。カメコちゃんは、触れちゃいけない爆弾なんだよ。
下手すりゃ、宿儺の何億倍も危険な」
誇張表現など一切ない。
宿儺の対処法は既に得ている。虎杖が指を全て取り込んだ後に死亡する。これだけだ。
だが、カメコの対処法はわからない。
殺せば即ゲームオーバー。
一人歩きしている世界が堤防を失い、この現世を書き換えていく。
封印しようにも、カメコには呪術師界隈の中では強力無比な《虚式》がある。
本人に制御を覚えさせようにも、現世を好き勝手に支配する行為と同等の所業を、ただの一個人が出来るわけがない。
「だから、カメコちゃんの研究を兼ねて、できる限りの対策を立ててるわけ。
アリアドネの糸とかはその副産物。
上には報告したよ。『んな話信じられるか』で終わったけどね」
「……本人には?」
「教えた。隠しても意味ないし。本人が微塵も気にしてないのがアレだけど」
五条は、カメコにこの事実を包み隠さずに話している。
当の本人は、「死んだ後のことまで知ったことか」と言ったスタンスだった。
そもそも責任の取りようが無いのだ。考えるだけ無駄である。
「厄介ごとには困らないわね、今年」
「去年もでしょ」
その頃。アフリカにて、一人の少年がくしゃみをしてライオンに襲われ、返り討ちにしたとか。
乙骨、ライオンを返り討ちにする。
虚式がやりたかったから反転を《祝言》にしてました。アリアドネの糸と合わせて、封印計画が即終わる気がする。
八尺様の話で、明らかに分裂してどんどんドアと窓同時に叩いたり声帯模写したりしてたので、術式を分裂にしてみました。展開された時点で終わってたけど、夢黒がいたからなんとかなった。
実は生贄として頑張ってた夏油さん。五回くらい釘崎を庇って死んだ。親友の生徒はほっとけないらしい。
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禪院家って脳が平安なんだわ by伏黒甚爾
「げぼっ、げぼっ…。や゛っば、ぎづい…」
障子紙のように吹き飛んだ領域に、皆が目を剥く中。
真希は目敏く、カメコが激しく喀血しているのを見つけ、咄嗟に駆け寄る。
「カメコ、お前がやったのか!?」
「ゔん゛。虚式…げぼっ、げぼっ…。発動した術式を強制的に解除…、する、げぼっ!!げぼっ!!」
咳き込みながら血を吐くカメコ。
虚式の負担は凄まじい。存在しないはずの言葉を生み出し、放出する。
これにより、カメコの喉は、普通であれば修復不可能なほどに傷つく。
彼女の膨大な呪力の反転によって、回復はするものの、時間がかかる。
その痛々しい姿を目の当たりにした真希は、カメコを男に預け、釘崎に目くばせする。
「…………………釘崎」
「…………………っす、真希さん」
『ぽ?』
八尺様が首を傾げた、その瞬間。
二人の顔が、般若でさえも生ぬるい、明王が如き顔に変化した。
「「殺す」」
『祓うって使わなくなったよな、お前ら…』
男が呆れながら言うと、真希が砲剣のトリガーを引き、赤黒い光を纏わせる。
黒閃も似た煌めきが迸るが、性質的には違う。
剣に纏わせるには膨大すぎる呪力が、赤黒く見えるだけである。
「《イグニッション》」
イグニッション。
ドライブスキルを使うと、一定時間オーバーヒートし、ドライブスキルが使えなくなるという、砲剣最大の弱点を数分の間だけ克服する機能。
普通ならば肩が反動に耐えきれず、良くて脱臼、下手すれば腕がもげるのだが、真希の身には、以前とは比べ物にならない力が込められていた。
「「首置いてけや、クソアマ」」
もはや蛮族である。
顔中に青筋を浮かべ、口腔から蒸気のような吐息を漏らす二人。
怪物以外の何者でも無い。
八尺様にはそう言った恐れがないのか、二人に襲いかかるも、真希の一撃によって八尺様を構成する粒子の多くが霧散した。
「本体、見えてっぞテメェ」
「よく見りゃちんまい女がウロチョロしてんじゃん。シルバニアかよ。
藁人形みてぇに五寸釘刺してやるよぉ…♡」
『………やっぱ女って怖いわ』
彼女らが特殊すぎるだけである。
高専の女性陣は、非常に仲睦まじい。
それこそ、誰か一人が大怪我を負えば、その元凶を完膚なきまでに殺しにかかる。
八尺様の目の前にいるのは、ただの呪術師ではない。
自身の不甲斐なさに怒り狂い、暴虐を振り撒くただの怪物である。
「文字どーり、ハートにズッキュンってなァ!!」
釘崎が叫ぶと共に、弾丸のような速度で釘が放たれる。
男に鍛えられたスナップによる投擲。精度は低いが、速度が八尺様の反応を超え、幾つかの呪力の塊を貫く。
先ほどから削れているあたり、領域展開で相当量の呪力を消費したため、下手に分離できないのだろう。
先ほどと比べれば、最大の特徴であった細かさは、ほぼないと同じだった。
「《芻霊呪法:簪》!!」
『ぽぽっ…!?』
突き刺さった部分に呪力が放たれ、八尺様の脇腹が大きく削れる。
しかし、まだ再生分の呪力を残していたのだろう。
八尺様の脇腹が即座に埋まると共に、凄まじいスピードで動けない夢黒とカメコへと迫る。
脅威なのは、先程の虚式。
それを理解しているあたり、流石は特級と言える。
ただ。狙う状況が最悪すぎた。真希が既に砲剣の準備を終えていたのだ。
「《アクセルドライブ》」
赤黒い斬撃が、五回連続で放たれる。
真希の腕力で、脱臼程度で済んでいるが、普通であれば腕がもげている。
それでも激痛だと言うのに、真希は涼しい顔をしていた。
八尺様の体が大きく削れると共に、駆けていた釘崎はそこへ手を伸ばし、本体をその手に掴み取る。
『ぽっ!?』
「捕まえたぁ♡」
これ以上ないゲス顔である。
釘崎は即座に藁人形を取り出すと、それを投げ飛ばし、八尺様の本体を解放する。
その瞬間。落ちてきた藁人形と八尺様が重なる時、釘崎はその二つに釘を打ち込んだ。
「くたばれ!!《芻霊呪法:共鳴り》ッ!!!!」
『ぽぽぼぉっ!?!?!?』
八尺様の体のあちこちから、まるで花火のように棘が突き出る。
それを目の当たりにし、釘崎は鼻で笑いながら呟いた。
「似合ってんぜ、死化粧」
八尺様の体が、砂のように崩れ落ちた。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「……報告する。真希は生還、八尺様は倒されたそうだ」
「はぁ!?クズが、あの最強二人を殺しかけた八尺様相手に!?」
禪院家の別邸にて。
本邸にて、当主が酒を浴びるように飲みながらアニメを見ているのに乗じて、秘密の集会が開かれていた。
ギャンブル依存症の男曰く、「禪院家は今の当主のジジイ以外は脳が平安」と揶揄される前時代的家庭。
呪術師としての使命感などかけらも持ち合わせないどころか、家の頂点に立つという野望を叶える未来の自分のこと…叶うとは限らない…しか考えない人間が殆どを占めるという腐敗っぷり。
今回、この集会にて話題に出ていたのは、当主の座を狙う真希の生存状況だった。
「なんかの間違いちゃうんか?」
「私もそう思っていた。あの出来損ないが、八尺様を倒せるとは思えない。
だが、信じられる筋から情報が来たのだ。信じるしかあるまい…」
真希の実父…ネグレクトで訴えられたら確実に負ける碌でなし…の報告に、当主の息子たる禪院直哉は舌打ちする。
特級呪霊『八尺様』。その名を知らぬ呪術師は、殆どいないことだろう。
領域展開の初見殺しに、攻撃は当たらない、更には触られたら死が確定すると言うクソ仕様にも程がある能力を持つ八尺様。
最強の名を欲しいがままにしていた五条悟と夏油傑の二人を、瀕死にまで追い詰めた、呪霊の中では唯一の存在。
それを、禪院家で人権を持つことすら許されなかった真希が下したのだ。
平安時代のまま進化しない家系に生まれた彼らが信じられないのも、無理はない。
「何にせよ、これで一級昇格は確実だろう。
妨害しようにも、功績が大きすぎる」
「倒したんは、ほんまにあのカスなんか?」
「いや。それでも、多大な貢献はしていたらしい。見たこともない呪具で、八尺様の本体を引き摺り出した…とか」
それを聞いた直哉は、不気味な笑みを浮かべる。
八尺様を引き摺り出せたのは、呪具のお陰。
ならば、その呪具を取り上げればいい。
「なんや、簡単な話やんか」
彼は知らない。砲剣の製作者が、性格面で見れば最低の五条悟と、保険に保険をかけまくるどころか、全力で厄介ごとの要因を殺しにかかるボウケンシャー精神あふれるカメコだということを。
彼らが上層部や御三家の手出しを予測してない訳がないことを。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「真依ちゃん、どうかした?」
「…実家のクソどもがカメコさんに関わる何かを狙ってる気がする……」
「エスパー?」
急に露骨に機嫌が悪くなった真依に、西宮たちが心配そうに声をかける。
最近、第六感とでも言うべき感覚が発達しており、時折こうして、面倒ごとの気配を察知していた。
愛は人を狂わせるとは言うが、人体すら改造してしまったようだ。
カメコという前例がいる時点で、この程度は生ぬるいが。
「そういえば、実家の方はどうなの?こないだ、なんか嫌そ〜な男の人来てたじゃん」
「カメコさんとのツーショットの額縁壊して踏んだからデンプシーロールでブッ飛ばしたけど何か?」
「…真依、最近いろんな意味で逞しいよね」
「可愛いからズレてる気がする…」
禪院直哉、真依の殺意マシマシデンプシーロールを食らっていた。
同じ術式を持つ父が、最速の呪術師と呼ばれるほどに術式に恵まれていたにも関わらず、直哉は常軌を逸した真依の怒りに負けた。
すれ違った楽巌寺がギョッとして、「トマトの擬人化だ」とバカにするくらいには、酷い目にあっていた。
それでも全然懲りていないあたり、その芯の図太さは見習いたいものである。
「お陰で額縁買い直す羽目になったわ。
碌でなしのアッパラパー家系に生まれると、物の価値すら分からなくなるのね…。
揃いも揃って、脳みそがダンゴムシみたいなミニマムサイズなのかしら」
「わぉ…。罵倒が次々出る…」
「だ、大丈夫なの?禪院の人が聞いたら、めちゃくちゃ怒りそうだけど…」
怒りそうなのではない。怒っている。
禪院蘭太という、なんとも爽やかそうな印象を受ける少年…ただし脳は平安…が、木陰で怒髪天を衝く勢いでキレ、激しく地団駄踏んでいる。
ソレでも手出ししないのは、真依がたびたび殺気を込めて睨むのに、無意識に怖気付いているからか。
「今年の高専生は短気で困る」と、楽巌寺はぼやいていたものの、生徒の成長が嬉しいのか、それに対処していない。単に地雷を踏むと面倒なだけとも言うが。
「大丈夫よ。こないだ勘当されたし」
「「へ?」」
「あのアニメじじいの息子の息子蹴ったのがダメだったらしいわ」
「「情報量!!情報量の暴力!!!」」
速報。禪院真依、息子の息子(隠語)を蹴り飛ばし、勘当されていた。
経緯としては数日前、いつものように、直哉が真依をいびり倒していたことが始まりであった。
その際に、真依が願掛けとして持ち歩いていたカメコ、夢黒、桐子の写真…どれもツーショット…がポケットから落ちる。
慌てて拾おうとするも、直哉は面白がってこれを踏み躙り、さらには破いた。
結果。大魔神となった真依が全力で股間を蹴り飛ばし、撃沈したところをあらゆるプロレス技を駆使して殺しにかかったそう。
父の扇も止めに入った…娘の醜態で自分の価値を下げるのが嫌だったという情けない理由…ものの、即座に刀を奪われた直後、股間をゴム弾で打ち抜かれ、撃沈した。
最早、カメコと同レベルである。エアガンを駆使するあたり、余計にタチが悪い。
結局。暴走が終わったのは、本邸が半壊した後で、当主に勘当を言い渡された。
本人はとてもスッキリした顔をしていたそう。
「……ま、大方、真希の砲剣でも狙ってんでしょ。八尺様倒したみたいだし」
「あれ?なんで知ってるの?」
「自慢げに脱臼した肩、写真で送ってきたわよ」
ほら、とチャットアプリを見せる真依。
そこには、脱臼した肩を押さえながら、満身創痍と言った後輩たちと自撮りをした真希が映っていた。
「ホント、妬まし過ぎて殺したくなるわ、あのバカ姉貴」
その頃。真希はくしゃみをしたせいで脱臼が悪化し、悶絶していた。
真依さん、思った以上に逞しいことになっていた。
最近の趣味は格闘技。本人は知らないが、カメコの母…女ボクサー…と同じジムに通ってる。逞しくなり過ぎて、カメコ化が進んできた。キレる要因が多いせいで登場するたびキレてる気がしてくる。頑張れ真依ちゃん、君も「歩く地雷」という名の災害になるんだ。
真依ちゃんガンナー化計画、立案中。採用するかは不明。
パパ黒、「あいつら脳が平安で止まってんだわ」って嬉々として息子に吹き込んでそう。
書いてて思った。序盤の戦闘シーンが完全にお飾りになってしまった。
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ようこそ!華東家へ!
「高専って、お淑やかな女の人いないよな」
「「「「ふんっ!!!!」」」」
「げぼぉっ!?!?」
虎杖の体に、四方八方から容赦ない蹴りと拳が叩き込まれる。
まるでムンクの叫びみたいだ、などと伏黒が眺めていると、撃沈する虎杖に、パンダが呆れたように声をかけた。
「悠仁、いいこと教えてやるよ。お淑やかな女はな、呪術師なんてやらないんだよ。
あと、それ見え透いた地雷だったろ」
「うん…。今思い知ったわ……」
ぴく、ぴく、と痙攣する悠仁に、黙祷を捧げる狗巻と伏黒。
実際に、現代の呪術師界隈では虎杖の言うような「淑やかな女性」は、殆ど存在しない。
その希少性は、ダイヤモンドよりも貴重とまで言われるほどで、見かけるのは洋画ヒロイン並みの胆力と豪快さを持ち合わせたモンスターのみ。
ひどい場合はここに腹黒さと性格の悪さがミックスされるため、呪術師界隈の結婚事情は割と悲惨なのである。
現代で男尊女卑がまかり通っている家庭など、御三家や上層部程度なものである。要するに、時代遅れな家庭なのだ。
五条も入学当時は、「女性は淑やかなもの」と、素行にそぐわず可愛らしいイメージを抱いていたものの、家入硝子によって夢を木っ端微塵にされた過去を持つ。
夏油と合わせ、「お前は女として見れん」と言ったため、三日連続で食事にブートジョロキアを混ぜられたのは苦い思い出らしい。辛いのに苦いとは、日本語とは不思議なものである。
「ブラザー。それは私たちに喧嘩売ってる。
慎まないと、ブラザーがシスターになる」
カメコの脅し文句に、激しく震えながらも、赤べこのように頷く虎杖。
と、そこへいつぞやのように、カメコのローブから着信音が響いた。
「ん?…………夢黒、ママから」
画面を覗き込んだ瞬間、カメコの顔が恐怖に引き攣った。
夢黒もソレを聞き、ただでさえ色白の肌をさらに真っ白にして、ガタガタと震え始める。
二人とも、そろそろ肌寒さを感じる時期だと言うのに、滝のような汗をダラダラと流していた。
「え?……タイトルマッチの測定っていつだったっけ…?」
「来週だったような…」
「階級は?」
「………………忘れた」
コール音が響く中、沈黙が走る。
二人は意を決したように頷くと、通話ボタンを押し、スピーカーモードを起動した。
『もしもし芽衣子?お仕事中だった?』
「ううん、休憩中。なに、ママ?」
『明日、桐子が孫見せに帰ってくるから、あなたたちもどうって思って』
「………ママ、測定までの減量は?」
『?今回のはナチュラルウェイトだから、別にやってないわよ?』
スピーカーからの言葉に、二人はへたり込み、深いため息をつく。
心底安堵し切ったカメコは、スマホに向かって答えた。
「うん。明日は帰る。お土産欲しい?」
『んー…。お友達でも連れてきて』
「………………わ、わかった」
その言葉に、カメコと夢黒が、女子としては避けるべき表情を浮かべる。
それを人は顔芸と呼ぶ。
普段絶対にしないその表情に、皆がギョッと目を剥く中で、通話を切る二人。
二人は暫し悩んだのち、皆に顔を向けた。
「お願いしまーーーーすっ!!!!一緒に実家来てくださーーーーーいっ!!!!」
「お願いしまーーーーすっ!!!!」
二人は普段のキャラ付けすら忘れ、数回宙転した後、勢いよく地面に頭を叩きつける。
それはそれは、綺麗な土下座だったという。
♦︎♦︎♦︎♦︎
華東家は、ごくごく普通のとは言わないが、呪術師界隈の認識で言えば一般家庭である。
母のファイトマネーと父の給料で建てたという、東京郊外としてはかなり立派な一戸建てを前に、虎杖は感嘆の声を漏らす。
「はぁー…。立派だな、この家」
「…帰ってきてしまった。よりにもよって、試合前に…」
「仏説摩訶般若波羅蜜多心経…」
「ネクロ、なんで般若心経を唱える?」
かつてないパニックを起こしている二人に、真希が呆れたように指摘する。
見たところ、二人が恐れるような要素は、家からは見えない。
二人が家の扉を開けるのを躊躇っていると、ガチャ、と扉が開いた。
「おー、アホ妹、おかえりー。沖縄帰りのお姉様だぞー…って、どちら様?」
扉の奥に居たのは、染めた金髪をツインテールにして、なんとも脱ぎにくそうなゴスロリ衣装を着た女性だった。
その腕には、興味深そうに東京校の面々を見つめる赤ん坊が抱えられている。
女性が視線を右往左往させると、パンダの奥に隠れたカメコと夢黒を見つけ、「何やってんの?」と問う。
その声を聞いた二人は、観念したように前に出た。
「その、こ、高専の友達。え、えへへ…」
「高専?アンタ行ってる高校って、普通科だったでしょ?
……ああ、転校したとか言ってたわ。
一人?や、一匹?とにかくツッコミどころ満載なのいるけど」
赤ん坊がパンダに向けて、手を伸ばす。
パンダはと言うと、その手を優しく包み込み、ふわっふわな毛に触れさせた。
「どーも。オレ、パンダ。カルパス大好き」
「あうっ、あうう〜っ!」
「………………ちょっ……っと待って???」
「ま、そうなるわな」
「しゃけしゃけ」
女性が目頭を押さえ、目の前の現実の整理を始める。
対するパンダはと言うと、赤ん坊に気に入られたのか、毛を離してもらえなかった。
なんなら、割と容赦なく噛まれてる。
歯が生えそろっていないため、吸い付いている、と言った方が正しいが。
「柔らかいだろー?しっかりとダニとか埃とか落としたばっかだからなー」
「うー!あうっ、んーっ!」
「パンダ先輩、めちゃくちゃ子供の扱いに慣れてるな…」
「あの見た目だから、子供がめっちゃ寄ってくんだよ。依頼者の孫に会わせたいって理由で、任務期間伸びたことあるしな」
パンダが赤ん坊をあやしている光景を目の当たりにし、女性は酷く取り乱す。
その際に、赤ん坊を落とすのはまずいと判断したパンダが、優しく抱き上げた。
もはやベビーシッターである。
その光景を尻目に、カメコは凄まじい勢いで女性の肩を掴んだ。
「お姉ちゃん。取り乱してるとこ悪いけど、ママは?」
「……………機嫌はいいけど、殺気立ってる。
あんま刺激しないでよ、バカ妹。私、旦那をシングルファーザーにする気ないからな?」
なんと恐ろしい会話なのだろうか。
伏黒が身震いしていると、扉の奥から「帰ってきたー?」と優しげな声が聞こえる。
その声に、カメコ、夢黒、女性…桐子がビクッ、と肩を震わせ、恐る恐る奥を覗き込んだ。
「あら!芽衣子ったら、こんなにたくさんお友達居たのね!
どうも初めまして、母の鹿夜子です。気軽にカヨコさんって呼んでね?」
そこにいたのは、女性としても小柄でいて、童子と言われた方が信憑性のある面持ちの女性だった。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「いい!?ウチのママの戦闘意欲刺激するような言葉は絶対に慎んでね!?
特に野薔薇ちゃんと真希さん!!」
「キレた時以外に素出すんだな、お前」
カメコの実家に移動する前。
いつになく焦ったカメコの怒鳴り声に、釘崎が、珍しい、と感想を口にする。
彼女らにとって、母は敬愛の対象でもあり、畏怖の象徴でもある。
砲丸を素手で握り潰すカメコを、握力一つで黙らせると言えば、その凄まじさが伝わるだろうか。
普段は淑やかで優しい女性なのだが、今回ばかりは勝手が違った。
「試合前のママは範馬○次郎並みの凶暴生物なの…。刺激したら最後、死を覚悟するの」
「地上最強の生物か何か?」
「いくつかの階級制覇してる世界王者だし、あながち間違いでもない」
減量中はまさに地獄だった、とぼやき、カメコは遠い目で虚空を見つめる。
スパーリングの相手をしろと言われた時は、死刑宣告された死刑囚のような気分だった。
現在はギャンブル依存症の男という、ちょうど良い生贄…スパーリング後は顔面が陥没している…がいるからいいが、それでも飛び火してくる可能性は高い。
カメコたちがそんなことを想起していると、伏黒が口を開いた。
「帰らないって選択肢出さない時点で、お前ら母ちゃん相当好きだろ」
「「好きだけど何か?」」
華東家の家族仲はとてもいい。ただ、地雷原で生活してるだけなのだ。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「へぇ〜…。カメコん家って、こんな広かったのね…」
「夫と建てた自慢の家よ。任務のこととか忘れて、ゆっくりしていって」
玄関前で屯するのも迷惑だと思い、皆は未知の魔窟、華東宅へと踏み入れる。
流石は一軒家というべきか、廊下ですら広々とした空間を見渡し、声を漏らす釘崎。
伏黒と虎杖は、女子の実家に入るのが初めてなのか、付き合っているわけでもないのに緊張していた。
「ここがリビングよ。ペットもいるから、ちょっと騒がしいかもだけど」
「うっす。お邪魔しまー………は?」
鹿夜子が扉を開け、皆がゾロゾロとリビングに踏み入り、その存在を視認する。
可愛らしい水玉模様のエプロン。パンダに負けず劣らずの、ふわふわとした毛並み。
首に下げたスケッチブックには、丸みを帯びた文字で「ようこそ!」と書かれている。
爪が目立つその前足は、出来立てのホールケーキが載る皿が鎮座していた。
「…………………熊ァア!?!?」
「ツナマヨォ!?!?」
「おい、カメコのお姉ちゃん。あれ、俺よりツッコミどころ満載だろ」
「お前も十分ツッコミどころの塊だわ」
熊である。そう、熊である。
大事なことなのでもう一度。熊なのである。
その熊は、皆の困惑をよそに、スケッチブックのページを器用にめくる。
『ボクの名前はゴローです』と書かれたページでその爪を止めると、英国紳士のようなお辞儀をして見せた。
「めちゃくちゃ上品だ…」
「カメコ、お前ペットが熊ってなんで言わなかった!?」
「え?普通じゃないの?」
「シンプルに常識知らず!!!!」
意外に知られていないが、熊は許可さえ取れば、ペットとして飼うことが出来る。
無論、日本人の熊のイメージと、それに当てはまる危険性があるため、滅多に飼う人はいないが。
だが、今目の前にいるのは、前世で貴族の執事でもしてたのかと言いたくなるほどに、きびきびと家事をこなし、上品な立ち振る舞いをする異常な熊。
その異常さに、異常の塊であるパンダでさえも困惑が隠せなかった。
「コイツらの家のペットなんだから、普通なわけがないだろ」
「伏黒、お前結構ナチュラルに毒吐くよな」
「ドスフロギィか何かか、俺は」
「や、どっちかというとG級のギギネブラ」
失言をかました二人に、カメコのゲンコツが下される。
直後、カメコは凄まじい形相で二人に迫り、ドスの利いた声を出した。
「テメェら死にてェのかウチのママの戦闘意欲刺激すんなっつったろその口コンクリで繋ぎ止めるぞ???」
「「すみませんでした」」
なんとまあ情けない脅し文句だろうか。
それでも普段と威圧は変わらないため、二人は素直にカメコの言うことを聞く。
と。その時だった。カメコの背後に、鹿夜子が音もなく立っていたのは。
「その口の悪さと暴力癖、直しなさいって口酸っぱく言ったでしょう?」
カメコが壊れた歯車のような挙動で、背後を見る。
そこには、恐怖の象徴が威嚇である笑顔を浮かべていた。
「ひぇっ…。ご、ごめんなさ…っ」
「おしおきよ。歯、食いしばりなさい」
全く見えもしない速度で放たれた拳が、まるでナイフのような軌跡を描く。
カメコの顔面にソレが放たれると共に、衝撃波が固定されたもの以外の物体を吹き飛ばし、全ての窓を叩き割る。
吹っ飛ばされたカメコは、完全に気を失い、コンクリートの塀に突き刺さった。
「………ああなるから、失言はやめたほうがいいの」
夢黒が言うそばで、熊が「あーあ、片付けしなくちゃ」とスケッチブックでぼやき、散乱したものを片付け始める。
その中で、虎杖は顔を引き攣らせながら、つぶやいた。
「……お前らの母ちゃん、怖いな」
因みに、この街の元祖災害である。
カメコパパはお仕事で裁判所に行ってる。事務所持ってるくらい有能な弁護士。口論最強で、口の悪さはパパからの遺伝。
華東鹿夜子…三姉妹の母。ボクシング漫画オタク。愛読書ははじめの一歩。ボクサーでいくつかの階級を制覇している世界王者。アホみたいに速い移動速度とパンチが特徴。最近、マーカー付けようと思ってやって来た偽夏油を盗人と思って隣町まで殴り飛ばした。偽夏油が報復のために呪霊を何体かけしかけるも、五条がよりにもよってこの女に真希メガネと呪具渡したことによって失敗。どーせ狙わなくてもいーやと諦めた。ナイトシーカーになってと娘にせがまれるが、刀が速度に耐えきれなかった。今回のタイトルマッチ後に四人目の子供を召喚する予定。
華東ゴロー…ペットの熊。カメコが必死こいて世話した結果、世界樹のペットのスキルが使えるようになったが、呪術師ではない。家事とダンスと因数分解が得意。執事っぽく振る舞うが、実はメス(パパ以外全員オスだと思ってる)。パンダに一目惚れした。
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禪院直哉、ノックアウト
『あなたの子供を産ませてください』
「いや、あの、その…種族の違いが…」
『愛に種族は関係ないと思う』
「パンダが熊に口説かれてるゥ〜…」
「字面だけ見るとカオスっすね」
ゴローの熱烈アタックに、パンダがタジタジしながら必死に説得を試みる。
が。どうやらそれも謙遜の美徳として捉えられたようで、火に油を注いだだけだった。
二年生の面々からすれば、珍しいにも程があるこの光景に、狗巻は動画撮影を始める。
「棘、憂太に送れよ」
「くっくっくっ…。しゃけ…」
「棘ェ!!お前のそんな悪そうな『しゃけ』初めて聞いたわ!!ってか助けろ!!誰に需要があるんだパンダと熊の恋物語なんて!!!」
『需要なんて関係ない。愛さえあれば、それが一番の宝だから』
「えっ…。アタシ、心臓バクバク…。これが恋…!?って、なるかーーーい!!ときめいちゃったよ不覚にもぉ!!!」
たしかに、とんでもなく特殊な状況でもない限りは、需要がなさそうな物語である。
パンダが断ろうにも、アタックを繰り返すゴローを見つめながら、夢黒が呟く。
「…………え?ゴロー、メス…!?!?」
『あ。ヤバっ。バレちった。…いや、マジで知らなかったんだ』
「知らないの!!小熊の時からずーっとオスって思ってたの!!!」
「えっ!?ゴローってメスなの!?!?」
「メス!?え、マジでメス!?!?」
「家族全員知らなかったの!?!?」
虎杖のツッコミに、気絶したカメコ以外の皆が頷く。
ゴロー自身は知られていないことを自覚していたようで、面倒だから黙っていたとか。
だがしかし、そこは愛に生きる華東家のペット。ゴローは面倒や価値観など気にせず、愛に生きる肉食系女子だった。熊だけに。
「……あれ?そういや真希さん、砲剣は?」
と。混沌とした空間から目を逸らした釘崎が、真希が普段背中に背負っている砲剣が見当たらないことに気づく。
真希はと言うと、歓迎用のケーキを頬張りながら、割れた窓の外を差した。
「車に置いてきた。カメコが『母ちゃんの戦闘意欲刺激すんな』っつーから」
そちらを見ると、五条が手配した車が二台、広めの駐車場に駐車してあるのがかろうじて確認できる。
真希が指していたのは、右に泊まっている、黒塗りの車だった。
「………盗まれたりしないですか?」
「はははっ。ねーって、あんな重いの。
もし盗まれても盗難対策バッチリだしな」
真希は笑うと、ゴローが用意した紅茶に口をつけた。
瞬間。口腔に広がるえもいわれぬ美味に、真希は目を丸くする。
「美味っ。え、なに?ゴロー、前世執事とかメイドでもやってたりしてた?」
『前世はビーバーだったよ。飼い主の手伝いでバーテンダーやってた』
「情報量でいきなり殴ってくんのやめろ」
知れば知るほど謎が深まる。それがゴローなのである。
因みに、パンダを口説くゴローの動画を送られた乙骨は、30分ほど五条の領域展開に巻き込まれた時のような顔をしていたらしい。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「……真希が対象から離れてます。獲るなら今かと」
「おし。ほな、ちゃっちゃと奪ってまおか」
直哉が言うと、彼の護衛を務める青年が、誰もいない車に近づく。
この車を運転していた男たちは、近場にある喫茶店で時間を潰している。
真希の持つ砲剣を奪うなら、ここしかない。
「鍵はどうやって開けるんや?」
「鍵屋でバイトしてましたので、このくらいは容易いです」
「おお、そっか。ほな頼むで…!!」
車の鍵穴に針金を突っ込む青年と、ソレを見守る直哉。どこからどう見ても、ただの盗人である。
人は野望のためなら、ここまで汚くなれるものなのだ。
一つだけ、不幸を挙げるとするならば、彼らは知らない。
この街は、犯罪率が他の地域とは比べ物にならないほどに低いことを。
狙っている砲剣には、その要因たる『街の災害』が関わっていることを。
だが、悲しいかな。
非術師を見下す悪習のせいで、ノーリサーチで来てしまった直哉たちには、ソレを知る術はない。
「……よしっ、開きました」
「っし、さっさと盗ってとんずらするで」
本当に、ただの泥棒としか思えない。
直哉が持ち去ろうと、砲剣の柄を握る。
これで真希は元の出来損ないに戻る。
公的な呪術師資格を持ち、後継に足る…というより、大きすぎる功績を遺した人材が、アイデンティティの一つを失う。
これにより、真希は禪院を継ぐことは、再び夢と消える。
その未来を描きながら、砲剣を抜こうとしたその時だった。
『掌紋認証にて要注意人物《禪院直哉》を確認!!盗難防止機構《ギムレー》の起動を要請する!!……承認確認!!!
3秒後、対象の排除を開始する!!!!』
「「は???」」
警報音と共に、かつてないほどにハイテンションな五条の声で放たれる物騒なワードに、目を丸くする二人。
二人が目を合わせるとともに、天空から暴虐の光が降り注いだ。
♦︎♦︎♦︎♦︎
「わっ。なに、あの煙?」
爆発音と共に立ち上る煙を見つめ、鹿夜子が心配そうにその発生源を見つめる。
いつもならば、爆発音は大抵、夢黒によるギャンブル依存症への折檻か、呪霊との戦闘が起きてる証。
が、その発生源は今、この場でケーキを頬張っている。
「……夢黒じゃないってことは、爆破テロかしら?年に数回起こるものねぇ」
「ホント、ここって物騒なの。どこの死神が住んでるんだか…」
悲報。この街の治安、最低だった。
犯罪率は確かに低い。低いのだが、起きる事件が毎度の如く規模がでかいのだ。
大体、何かしらでキレた華東一家により、犯人の企みは粉微塵と消えるが。
そんな噂話が流れて尚、生まれて間もない夢黒が消えない傷を負うくらいには、治安は悪かった。
「……五条先生ってホント適当だよな。絶対一般人じゃないだろ、この家族」
「呪術師関連の血筋が皆無だからな。『呪術師から見たら一般人』なんだろ」
ちなみに、治安の悪さに呪霊は全く関与していない。カメコや夢黒が定期的に根こそぎ祓ってしまうため、住み着かないのだ。関与できないと言った方が正しい。
単にものすごく悪い人間が屯しやすい土地柄というだけである。
屯しては露と消える運命だが。
ひどい時は酔っ払った鹿夜子により、国家転覆クラスの悪巧みが粉微塵となったらしい。
だが今回は、そのような事件とは一切関係がない。
「……………えっ?あんな威力あんの?」
ダラダラと滝のような冷や汗を流しながら、真希が呟く。
何を隠そう。先ほどの爆発は、真希の砲剣に備わった、五条がメカ丸を死ぬほど働かせて作った防犯機能によるものなのだ。
ただの盗難から、禪院家の陰謀に至るまで、幅広く迎撃できるように、メカ丸が五徹したことで完成した掌紋認証機能。
それに加え、五条が「かっこいいから」という理由で再現した戦車《ギムレー》の遠隔射撃により、鉄壁の盗難対策が為されている。
正直、メカ丸は違法労働で訴えた方がいいレベルで働かされている。
それを聞かされていた真希も、「こんなバカ重いモン盗もうって思うやつ居ないだろうし、気にすることないか」と考えていた。
そのため、まさかそんな馬鹿をやらかすバカが、よりにもよって身内にいることに気づかなかった。
『催涙ガスの類だね。爆発は派手だけど、見た目だけだ』
「そんなこともわかんの!?ハイスペック過ぎるだろゴロー!!」
「高菜」
「え?『パンダより妻のが優秀』…って、棘テメェ!!オレはまだ未婚だぞ!?!?」
「学長に『パンダに結婚前提で付き合ってる彼女がいる』って言ってあげますよ」
「恵ィイ!?!?」
着実に外堀が埋まりつつあるパンダの絶叫を皆で無視し、煙が立ち上る方向を見つめる。
真希が目を凝らして見ると、爆風と共に空に舞い上がる直哉の姿が見えた。
居た堪れなくなった真希は、観念したように告げた。
「…………その、マジでごめん。アレ、私の持ち物の防犯…。多分、身内…」
「芽衣子が作ったんでしょ、どうせ」
「ウチのクソ教師も共犯なんだよなぁ…」
桐子の言葉に、寝巻き姿で寝転んで裏ボス三ターン撃破チャレンジをしている五条の姿を、皆が思い浮かべる。
打ち上げられた直哉の顔は、遠目からでも涙と鼻水とよく分からない液体で溢れており、その催涙ガスの強力さが垣間見える。
あの教師といい、気絶してるカメコといい、容赦がない。
「ん…?身内?なんかあんの?」
「相続争い」
「だってさだからウォーミングアップやめてママ頼むから」
桐子の言葉に真希らがそちらを見ると、怪物がシャドウボクシングを始めていた。
早口で鹿夜子を制す桐子だが、それで止まるくらいなら苦労していない。
どんな事情があれど、どんな酷い目にあっていようとも、盗人として『災害』鹿夜子に目をつけられたのだ。
逃れられるわけがない。
「え?盗人でしょう?それにあそこ、ウチの所有してる敷地内じゃない」
「いや、確かにウチの私設駐車場だけどさ、限度ってものが…」
「防犯は管理人の務めでしょう?」
「……本音は?」
つらつらともっともらしい理由を述べる鹿夜子に、夢黒が問う。
元々、鹿夜子は夢黒と同じく、あまり頭が強くない人種である。
夫によりある程度は改善されたものの、隠し事は下手だった。
「あの男の人、ガタイ良かったから手応えあるかなって」
「「うわぁぁぁぁあああっ!!!完全にボクシングスイッチ入っちゃってるぅぅぅぅううううっっ!!!!」」
サンドバッグを見つけた時のように、爛々とした目で告げる母に、娘二人は抱き合って絶叫をかます。
最悪の場合、こっちにまで飛び火してくる可能性もあるため、夢黒はまるで携帯のバイブレーションのように小刻みに震える。
普段ならギャンブル依存症を盾にしているのだが、残念ながら今は機械と銀の玉と戯れているため、役に立ちそうもない。
鹿夜子は軽くウォーミングアップを済ませると、地面を蹴って、天高く飛び上がった。
「………いや、絶対一般人じゃないって」
「確実に五メートルは飛んでる…よな?」
「おかか…」
催涙ガスの残滓が舞う駐車場に、爆風が巻き起こる。
その中心には、鹿夜子の右ストレートが決まった直哉が居た。
因みに。真希は後日、包帯だらけだった直哉に菓子折を持っていったらしい。
直哉くんがとんでもない目に遭ってしまった。ギムレーに催涙弾死ぬほど打ち込まれた挙句、世界王者の心折パンチ(心が折れて棄権する者が多いための通称)が炸裂。普通だったらトラウマになっているが、特技の「都合の悪いことは忘れる」でなんとかなった。
謎多きハイスペックベア、ゴロー(前世に人間はない)と呪骸パンダの愛物語が今、始まらない。
メカ丸逃亡(真人たちから)作戦、カミングスーン。ブラック企業からは逃げられなかったようだ。
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