アイクの異世界旅行記 (よもぎだんご)
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雇われた英雄の末路

神様と魔王様の戦いを期待している方はもう少しお待ちください。



『神殺し』

 それは人が神を殺戮し、神々を神たらしめる至高の権能を簒奪するという最悪の暴挙にして、至上の奇跡である。

 その偉業を行った者は場所によって様々な呼び方をされる。神殺し、英雄、悪魔、悪鬼羅刹、堕天使、魔王、カンピオーネ。

 

 炎の紋章『ファイアーエムブレム』。

 それは時代や世界をまたぎ、異なった形と役割で存在する強力な神具だ。

 そのもっとも古い形の一つが、ここテリウス大陸にある女神アスタテューヌの半身ユンヌが封じられていた『青銅のメダリオン』。

 

 水しかない世界に大地と生き物を創った大地母神であるアスタテューヌ。

 約800年前、とある事情でアスタルテとユンヌに別れて互いに討滅し合った結果、ユンヌはアスタルテの軍勢に敗れ青銅のメダリオンに封印された。

 そして数か月前にその封印が解け、再び女神たちは互いを滅ぼし合い、紆余曲折の末に一人の剣士が女神アスタルテを弑逆した。

 

 時はベグニオン歴649年、春。

 平和になった世界で当の神殺しアイクは眉を顰めてため息をついていた。

 精悍な顔立ちで、青い短髪に緑の鉢巻きを巻き、背中と腰に剣を背負っている。身長は平均男性を大きく超えているのに、見ていてひょろ長く感じないのは世界最強の剣士として鍛え上げられた筋肉がついているからだろう。

 

「どうしたの、大将。ため息なんてついちゃってさ」

 

 珍しい物を見た、という顔をしているのはグレイル傭兵団の女剣士ワユだ。

 小柄だが出る所は出て、引っ込む所は引っ込むという抜群のスタイルをオレンジ色のサーコートで包んでいる。ぱっちりとした紫色の瞳に同色の長い髪。野外で活動する剣士だというのにしみ一つない白い肌。

 10人いれば10人が賛成する美少女でありながら、女を感じない自然な態度であるが故に男女ともに人気がある。世の女性、特に野外活動している方々が見ればインチキも大概にしろと怒るに違いない。

 

「いや、なんでベグニオンとクリミアに返還したはずの爵位と、神剣がまだ手元にあるんだろうな」

 

 嘆くアイクに、ワユは苦笑する。

 

「うーん、仕方ないんじゃないかな。大将今回もまたとびきりおっきい手柄を立てちゃったしね」

 

 この世界で最も信仰される創世の女神様を倒すことがとびっきりの手柄になるとは、世の中分からないものである。

 

「だからってこれはやりすぎだろう。

 なんだこのクリミア王国、ベグニオン帝国、ディン王国における自由公爵の位とクリミア、ベグニオン、ディン、ガリア、セリノス、フェニキス、キルギス、ゴルドア、ハタリの名誉国民に任命する旨を云々って、訳が分からん。

 しかも、拒否したらラグネルとエタルドまで付いてくるとかますます意味不明だ!」

 

 彼の心からの叫びだった。しかしワユの反応はいまいち鈍い。

 

「いや、そもそもラグネルは大将以外に扱える人いないし、エタルドだって扱える人ほとんどいないじゃん」

「だからってあれベグニオンの国宝だろ。俺みたいな傭兵にポンポンあげていいもんじゃない。もっと丁寧に扱え!」

 

 普段の、武器なんて使ってなんぼだ、といわんばかりの己の言動を棚に上げてアイクはのたまった。

 

 そもそもアイクは根っからの傭兵であり、剣士だった。

 

 アイクは両親が遺した妹とグレイル傭兵団を守り、父親から受け継いだ剣術さえ極められれば、それでよかった。剣にも傭兵団にも誇りを持っていたからだ。

 だがひょんなことからアイクはエリンシア姫に出会った。命の危機にあった彼女を助けない訳にはいかず、それをきっかけに様々な事に巻き込まれて、いつの間にか英雄だ、勇者だ、貴族だと祭り上げられてしまった。という風にアイクは考えていた。

 

 実際には亡国の姫を見捨てる機会は腐る程あったのに、この男が絶対にそれを良しとせず奮闘した結果である。

 さらにいえば彼が貴族や名誉国民だになっているのは彼の仲間の内で国の高い地位に就くものが考えた勇者共有計画、つまり彼を恐れた有象無象の暴走を防ぐための彼は自分たちの味方ですよアピールである。

 

 しかしアイクは英雄にも勇者にも貴族にも興味がなかった。政治も宗教も英雄も色々と非常に煩わしいし、嫌な記憶しかないのだ。

 

 貴族は領地を運営し、人を食ったような連中がうようよいる国政にも参加しなくてはなくてはならない。そのためにはたくさんの人間を雇わなければならない。人材を確保するために手を打たなくてはならないし、雇った人間の面倒も見なくてはならない。

 自由気ままな傭兵団の連中を纏めるだけで精一杯だというのにこれ以上責任を負いたくない。そのうえ毎日意味の解らない会議や催しに参加し、人々の上に立つ英雄として振る舞うことを要求されるのも肩が凝って仕方がない。

 

 いっそのこと全てを放り出して、どこか別の世界に行きたいと願うこともしばしばだった。大きな布にでかでかと「探さないでください」と書いて失踪したくなる衝動にかられることもあった。

 

 今日もやっとのことで暇を作って剣を振るえる任務をもぎとってきたというのに、「不幸の手紙」を貰ってしまう始末だ。

 後世に残る世界規模の英雄になり、ついでに平民が公爵になれることを『名誉』ではなく『不幸』と呼ぶのは少数派であることをアイクは意図的に無視していた。嫌な物は嫌なのだ。

 

 

「そういえば今朝、ベグニオンの方から神使親衛隊の天馬騎士が来てたけど、それがもしかして…」

「ああ、彼女達がこの書状とラグネルとエタルドを運んできた。事情を聞いたら断れなかった。」

「事情?」

「剣が俺に引き寄せられるらしい」

 

 マーシャの元同僚達の話によると、この2振りの両手剣は両方ともアイクを正式な所有者と見なしているらしい。帝国1の魔術師セフェランに様々な封印の魔術を施されているにもかかわらず隙を見ては術を破ってアイクの所へ飛んでいこうとし、先日遂に宝物庫の分厚い壁にも大穴を空けてしまった。今回も安全に運べる様に魔術を何重にもかけてもらったそうだ。

 

「なんだか飼い主に懐く犬みたいだね」

 

 ワユの呑気なコメントに、抗議するようにアイクの腰と背中にある剣が震えた。

 

 

 

「いらっしゃい」

「二人だ」

 

 店の扉を開けると、スキンヘッドの大男が二人を出迎えた。この違法賭博場の支配人である。こいつの罪状や日程はすでにアイクの参謀のセネリオが調査済みであり、毎月の今日ここに金を取りに来ているのも調べがついていた。

 

「ん?大将、あのピンク頭は…」

「あれ、団長さんに剣士ちゃんじゃないすか。めずらしいねぇ」

「…マカロフ、お前賭け事は止めたんじゃなかったのか」

 

 マカロフ。剣騎兵として腕は確かなのだが、頭の中が髪の毛と同じでピンク一色なので騎士団では毎年退団ギリギリのラインを行ったり来たりしている男である。

 年中酒を飲んでは勝てもしない賭け事にのめりこみ、借金をこしらえては騎士団や妹のマーシャのつけにするという割とどうしようもないダメ人間なのだが、なぜか美しい女騎士ステラに猛アタックを受けているという色々な意味で許せない男でもある。

 

「くっくっく、お二人さん、この男の知り合いかい。こいつにはいつも稼がせてもらってるぜ」

「いや~はっはっは。いつも良いとこまで行くんだけどいつのまにかすっからかんになっちゃうんだよねぇ」

「………」

 

 アイクは沈黙し、ワユの心の中で(それってカモられてるんじゃ)とつぶやいた。

 

「お客さん、ルール分かるかい」

「ああ」

「じゃあ、賭け金はどうする」

「これで、頼む」

「「ちょっ」」

 

 躊躇なく背負っていた神剣ラグネルを差し出すアイクに、期せずしてワユとマカロフの声が被った。

 

「こ、こいつはすげえ! 黄金で出来た刀身に緑の宝石がいくつも……! お前さん、こいつをどこで」

「でかい任務(やま)の報酬で、とあるお偉いさんから貰った」

 

 神殺しを任務(やま)と言い、ベグニオン皇帝や加護をくれた女神ユンヌをとあるお偉いさん呼ばわりした挙句、神剣で賭け事が出来る無礼者は、今の所アイクぐらいである。

 

「へっへっへ、そうだな、コイツの価値はこれ位かな」

 

 大男は二番目に高いチップを30枚ほどアイクに渡し、大声で叫んだ。この男も神剣の価値が分かっていないらしい。まあ、この店にある金庫の中身を全てひっくり返しても、神剣は買えないだろうけど。

 

「じゃあ、はじめようか!!」

 

 こうして、世紀のいかさま対決が始まった。

 

 

 

 

「そ、そんな馬鹿な。15連続クリティカルだと! ありえん! この鉛がたっぷり仕込まれたサイコロで出るはずがねえ!てめぇっ、いかさましやがったな!!」

 

 ブーメランなセリフと共に店員たちは武器を持ってアイクにとびかかった。

 だが、チンピラレベルの強さしか持たない男たちが、戦場に鍛えられたアイクやワユに適う筈もなく、みるみる数を減らしていく。

 

「つ、強え。くそ、せめてこいつだけでも…」

 

 スキンヘッドの大男はテーブルの上のラグネルを持ち上げて…

 

「いただいていくぜ! ぎゃあああああ!!」

 

 前方につんのめった。しかも悲鳴を上げ続けている。

 

「腕が、腕がー!なんだこれ超重えええええ!!」

「セフェランの術が切れてきたか」

 

 アイクが賭け金代わりに渡した神剣ラグネルにはセフェランが厳重に、幾重にもわたって、2種類の魔術―封印魔術と軽量化魔術―をかけていた。

 神剣ラグネルと神剣エタルドは剣の意思うんぬん以前に使い手を非常に選ぶ。何を隠そう、この2振りの両手剣はもの凄く重たいのだ。

 具体的には設置型投石機と同じくらいの重さだ。飛ばされる岩だけでも数百キロから数百トンの重さであり、それの土台になる投石機の重さは推して知るべしと言ったところだろう。絶対に剣として間違っている。

 その代わり、神剣は暁の女神の加護と血がかかっているため、永遠に鋭い切れ味を保ち、絶対に壊れないし、衝撃波や見えない斬撃を飛ばしたりできるし、その他にもいろいろ良い所があるのだ。

 

 

「さて、いろいろと吐いてもらうぞ。時間がたてばたつほど、その剣は重くなるんだ」

 

 両腕が剣の下敷きになって動けないスキンヘッドの大男に、アイクは無情にも告げた。

 

「ないわー、神剣を拷問に使うとか、ないわー。常識的にないわー」

 

 マカロフの呟きは聞こえなかったことにして。

 

 

 

「たいしょー、店の外に逃げた奴らを捕まえてきたよ。」

「こっちも全部吐かせたところだ。任務完了だな。来い、ラグネル……本当に来たな」

 

 アイクもこの前まで知らなかったが、この神剣たちは呼ばれるとアイクの手元に飛んでくる。気を失っている男の上からふわりと浮かび上がりアイクの手元に収まった。アイクは一回ぶんっと振ってスキンヘッドの血と汗と涙を払い背中に収めた。

 

「今回は楽ちんだったね。…マカロフさん、どうしたのその顔」

「マーシャに兄が今度賭け事をしているのを見かけたら、根性を叩き直してくれと頼まれてたんでな」

「ふーん、まあそれならしょうがないかな」

「じょ、冗談じゃない。顔が変形するかと思ったぜ」

「自業自得だ。ワユ、表に馬車をまわしてくれ」

「りょーかい」

「にしても、団長さん博打めちゃくちゃ強いな。なんかこつあるの?」

「勝つつもりでやれば勝てる」

「いやいやいや」

「そんなことより、こいつらを馬車に乗せるのを手伝え」

「さあてと、どっか別の酒場でも」

「手伝え」

「はい」

 

 アイク達は檻付きの馬車に犯罪者たちを放り込み、最寄りの監獄に寄って引き渡してから、帰路に就いた。あたりはすっかり暗くなってしまったが、アイク達は夜目がきくので夜でも問題なく王都メリオルの城に着いた。

 

「お、あの桃色の髪はマーシャかな」

「げっ」

 

 目の良いワユが城門の前に立つマーシャを見つけた。マカロフはとっさに逃げようとするが、天馬に乗ったマーシャが近づいて来る方が早かった。

 

「あっお帰りなさい! アイクさんもワユさんもお疲れさまでした。……兄さん? なんでここにいるんですか?」

 

 明るい笑顔で出迎えてくれたのはクリミア王国の天馬騎士マーシャである。

 赤いブーツをはいた足はスラリと長く、凹凸の少ないほっそりとした体は白いチェニックと赤い部分鎧で覆われている。桃色の髪をショートカットにしているせいか、小顔なワユよりさらに顔が小さく見える。気さくな美少女である彼女のファンもまた多い。

 

「俺たちが摘発した店で会った」

「いや~帰り道にばったり出会ってさー」

 

 アイクとマカロフの声は同時だった。マーシャはにっこり笑った。

 

「アイクさん、ワユさん、お疲れ様でした。ゆっくり休んでください。あっエリンシア様とお菓子を焼いたので、あとでお部屋に持っていきますね。兄さん、お話がありますので、訓練所に行きましょうか」

 

 兄の手を笑顔で掴むマーシャには有無を言わせぬ迫力があった。マカロフの賭け事のせいベグニオン聖天馬騎士の職を失った挙句、海賊に売り飛ばされそうになったところをアイク達に助けられた経験のある彼女の怒りはひとしおである。

 触らぬ女神にたたりなし、アイクとワユはさっさと城内に戻っていく。後にはマーシャと、彼女に引きずられていくマカロフのみ。

 

「さあ、行きましょう。次約束を破ったらクリミア式訓練だって前に言いましたよね」

 

 クリミア式訓練とはジョフレしょーぐんやケビン将軍が考案した騎士団の訓練で、守備隊と攻撃隊に別れて行われる実戦形式の訓練兼一般人への見世物である。攻撃隊は何とかしてエリンシア女王役の人間に一撃入れるか、誘拐すれば勝ち、守備隊はエリンシア女王役を守りきれば勝利である。訓練の様子は一般人にも公開され、どっちが勝つか賭けも行われている。一見何も問題は無い。

 

「アイク団長の言う事を信じるな! あれは誤解だ、陰謀だ、謀略だ。俺を信じてくれ!」

「無理です」

「お前は兄貴の言葉よりアイクの言葉を信じるっていうのか! それでも兄妹かあ!」

「いっそアイクさんの妹になりたいですよ……」

「あんなムリゲーやってられるか、俺は厩舎に帰らせて貰う!」

 

 一見何の問題も無いかに思えたこの訓練には実は重大な欠陥があった。それは攻撃隊と守備隊の人数はジョフレしょーぐんの胸先三寸で決まってしまう事である。故に最悪の場合、攻撃対守備が1対1000とか、その逆とかがまかり通るのだ。ちなみに無謀極まる1vs1000の戦いで1側が1000側に勝利したのは数回だけ、なんたら無双の様に守備隊を強行突破した某団長がいたとかいないとか(ついでにこの時だけはこっそり本物のエリンシアが女王役をやっていた)。

 

「はあ。本気でアイクさんがお兄ちゃんに欲しい。でも兄妹じゃお付き合いとか色々問題あるしなぁ。でも……うーん……」

「い、嫌だあぁ。クリミア式訓練は嫌だぁあああー!」

 

 捕らぬ狸のなんとやらをするマーシャ、そのマーシャに捕まったまま引きずられていくマカロフ。

 

 数十分後マカロフの奮闘虚しく、ワンサイドゲームが始まり彼の悲痛な声が夜空に響いた。

 

 

 




ラグネルとエタルドの重量の設定は公式

ちなみに一般的な片手剣の重さは1.5キロ~3キロくらいで、
クレイモアやツヴァイヘンダーなどの両手剣の重量は3キロ~6キロくらい。 
設置型投石機と同じ重さのラグネルとエタルドはは少なくとも10トン以上と思われる。 
アイクさんもしっこくさんも、これを両手に持ってぶん回したらしいオルティナさんも、どんだけ力持ちなんだよ……ここまで重い剣も珍しい。


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平和な日常の終わり

キャラ登場回みたいなかんじです。
ファイアーエンブレム側の登場人物はここまで出てきたキャラでほぼ全部です。

早く、サムスやアンソニーやアダムを書きたい


 アイクは耳鳴りに顔をしかめた。

 

「アイク様、お口に合いませんか。」

 

 向かいの席に座るエリンシアが首を傾げ、その端整な顔の上の豊かに波打つ若草色の髪が揺れた。

 

「いや、お茶も菓子も美味い。少し耳鳴りがするだけだ。」

 

 実際エリンシアとマーシャが作ってくれたという焼き菓子も淹れてくれたお茶も美味しかった。アイクの分は大きめに作ってあったし、そういう気遣いも嬉しい。

 

「耳鳴り、ですか」

「どこか遠くで教会の鐘が鳴っているような具合だ。頑丈なことだけが俺の取り柄なんだが」

「そんなことはありません。アイク様にはたくさん良い所があります」

「そうか? 」

「ええ、たくさん。数えていたら明日になってしまうほどありますよ」

 

 エリンシアが健気にそんなことを言ってくれる。

 アイク率いるグレイル傭兵団はクリミア女王エリンシアの元で祖国の復興を手伝っていた。特に今は間近に迫ったある催しのための準備で忙しく、彼女の好意で城の部屋を借りていた。

 

「でも、耳鳴りは心配ですね。お仕事を減らされてはどうですか」

「気持ちは嬉しいが、それができないのはあんたも知ってるだろう」

 

 女王様でも女神様でも呼び捨てにしたり、あんた呼ばわりしてしまうのが、アイククオリティである。

 最近はアイク自身も言わないように気を付けているのだが、彼女の親しみやすさについ言ってしまうのだ。

 

「それはそうなのですが……」

 エリンシアは困ったように微笑んだ。

 

「大体、エリンシアの方が俺より多くの仕事を抱えてるだろ。今日みたいに暇を見つけてはちゃんと休むんだぞ。」

「はい」

 

 エリンシアの笑みが深くなる。心なしか頬が赤い。

 エリンシアが4年前からとある団長に好意を持っているのは公然の秘密である。(知らぬは本人のみ)

 

 彼女は天馬騎士のほっそりとした優美さと女性らしい起伏に富んだ体つきを両立している希有な人物であり、彼女自身がんばってアタックをしているのだが根が控えめな彼女のアタックは朴念仁にはいまいち効果が薄かった。

 

「そういえば、マーシャはどうした。ここに来ると言っていたんだが」

「マーシャはマカロフ様と一緒にジョフレとお話していました」

「そうか」

 

 ちなみに、この中の身分的ヒエラルキーはジョフレしょーぐん(伯爵)>マーシャ隊長(エリンシアの護衛部隊)>マカロフ平騎士(奇跡的に退団を免れている)だ。エリンシアの好感度も似たような具合だろう。

 

「もう2週間に迫ったな」

「はい。テリウス大陸初の全国全種族の首脳会談とアイク様の戴剣式」

「俺としては一緒に開かれる武闘大会の方が興味あるな」

「というより、アイク様は先の二つが億劫なだけですよね」

「分かってるなら訊かないでくれ。もちろんできるものなら全力で遠慮したいさ」

 

 冗談めかして言うと、エリンシアが突然頭を深々と下げた。

 

「申し訳ありません。アイク様のご意思に背くと知っていたのに私は」

「必要なことなんだろう。説明も受けたし、正直に言うと今でも嫌だが、納得もしている。エリンシアのせいじゃないんだから謝らなくていい」

「でも、アイク様は」

「それにあんたが俺の我儘を聞いて、精一杯努力してくれたのは知っている。俺の位が貴族は貴族でも自由貴族・公爵なんてものになっているのはエリンシアが少しでも俺の気持ちを反映させてくれたおかげだ。感謝している」

「アイク様……」

「さあ、もう夜も更けてきた。エリンシア、部屋まで送ろう」

「…はい」

 

 頬を赤くして潤んだ目で見つめてくるエリンシアをアイクは彼女の部屋まで送り届けた。

 

「あの、その、あっアイク様、今夜は…」

「じゃあ、お休み。また、明日」

 

 彼女の部屋の前でエリンシアが首筋まで真っ赤になって、もごもごと何か言っていたが、アイクは耳鳴りがうるさくてよく聞こえなかった。気になるけどまた明日聞けばいいかとアイクは部屋に戻る。

 

 

 部屋に戻ったアイクは鎧を脱ぎ、武器を床に置いて寝台にごろんと仰向けになった。

 明日に備えて寝ようと思ったが眠れない。どこでもすやすや快眠できるのがアイクのひそかな特技なのだが。とりとめのない思考が勝手に彷徨っていく。

 

 アイクは4年前のデイン=クリミア戦役でエリンシア姫を助けてクリミアを勝利に導き、救国の英雄と呼ばれ、貴族の一員となった。

 

 だが、平民がクリミア貴族となったことに対する貴族の反発は大きく、反エリンシア派の貴族をあぶり出すユリシーズの作戦にかこつけて1年半前に将軍と貴族の位を辞して王宮を去った。

 

 アイクはその時の貴族や将軍なんて面倒事を放り投げたすがすがしい気持ちと、捨てられた子犬のような目をしたエリンシアに対する罪悪感を今でも覚えていた。

 

 そして去年、ベグニオン帝国元老院に端を発したテリウス大陸全土を巻き込む戦乱は眠れる女神、アスタルテとユンヌを起こしてしまった。

 

 女神アスタルテは『1000年の間、テリウス大陸全土全種族を巻き込む戦乱は起こさない』という800年前の盟約を破った人間達を見放し、世界中の人間を滅ぼすために人を石像に変えた。

 

 人間を未だ愛する女神ユンヌの宿るメダリオンを持っていたアイクやエリンシア達は石化を免れ、女神ユンヌの導きで女神アスタルテに直訴しに向かう。

 

 だが、女神アスタルテは頑として意見を変えず、元々は一人だった二人の女神は互いを討滅し合い、最終的に女神ユンヌの力を全て蒼い炎に換えて預かったアイクが女神アスタルテを弑逆することで紙一重で勝利を得た。

 

 その後、一瞬とはいえ神の力を預かった代償に灰となって消えるはずのアイクが何故だか生き残り、女神に心を取り戻させた「蒼炎の勇者」などと呼ばれるようになり、救国の英雄から救世の英雄にクラスチェンジしてしまった。

 

 だが、アイクは平民だ。貴族や王族、皇族より圧倒的に権威のある平民などいたら様々な問題が噴出する。今この世界は最も信仰されていた女神が倒されたばかりで不安定だ。最悪の場合、野心あるものに扇動され革命がおき、王制、貴族制が崩れてしまうかもしれない。

 

 貴族や王族だけの政治でも問題が起こるのは先の大戦でも明らかだが、では今いきなり平民の平民による政治などしたらどうなるのか。平民達の殆どは難しい算術も文字の読み書きもできない。財政や外交、領地運営や軍事の基本などもっと知らないだろう。平民の政治ができるのはもっと先のしっかりと教育を受けた世代なのだ。

 

 将来的にはともかく今のこの社会の秩序を保つために、アイクは貴族になる必要があった。

 

(……必要なこと、なんだ。俺が貴族になるのも)

 

 アイクはいつのまにか夢の中におちていった。

 

 

 

 翌朝、アイクは肉体的には万全だが、精神的に疲れて目覚めた。

 

(なんだか、妙な夢を見た気がする。俺の母さんを名乗る騒がしい女が出てきたような。いや、俺の母さんは優しくて、物静かだったはずだ)

 

 何かの間違いだろう、と首を振って、装備を身に着けて朝の鍛錬に外に向かう。

 外に出たアイクは体をほぐし重りを身に着けてから、走りだした。、剣を振る、また走り、剣を振る。物心ついた時からの一連の流れだ。

 

 しばらくすると遠くから、えいっ、やあっ、たあっ、と元気のいい掛け声が聞こえてきた。だんだん近づいてくる。

 

(この声はワユだな)

 

 アイクは気が付かなかったふりをして、逆方向に走り出した。

 

 彼女はグレイル傭兵団所属の剣士で、アイクも入れて世界でも5本の指に入るだろう剣術使いなのだ。からっとした明るい性格と妹のミストが嘆息するほどのスタイルの持ち主なのだが、如何せん強い相手に飢えていて、しかも負けず嫌いだ。アイクには隙あらば、真剣勝負を挑んでくる。

 

 アイクも戦いたい気持ちは分かるし、彼女のことは嫌いではない。背中を預けられる《相棒》だと思っている。だが彼女と勝負するとミストやマーシャ、ティアマトやリアーネといった身近な女性陣がうるさいのだ。

 

 何せ彼女との勝負は文字通り真剣勝負。ラグネルと彼女の刀ヴァ―ク・カティでの斬り合いである。彼女が技とスピードを生かした連続剣技で攻め、アイクがそれに応酬する、というのがパターンだ。かなり白熱した勝負になるため、両者とも、剣も防具も体も服もボロボロの傷だらけの血まみれになる。

 

 昔は勝負のたびに回復魔法の使えるミストやエリンシア等の所に担ぎ込まれて、小言やお説教の嵐に見舞われていたのだが、ワユは「じゃあ、傷がつかなければいいんだねっ」とスキル〈治癒〉を習得し、アイクにもその習得を強要した。さらに壊れない神剣を使うことで武器の損耗もカバーする。

 

 スキル〈治癒〉は体の自然回復力を高める技術で、体内の最大魔力量に比例して傷が治るのが早くなり、体力の回復も早まる。

 だが魔術師でもない限り、基本的に女性の方が魔力量は多いし、女性だって普通魔力なんて微々たるものだ。肝心の魔術師は何故かこのスキルを習得できない。

 男性や戦士職には人気のないスキルなのだが、アイク達は他人より少しだけ魔力が多かったらしく、戦いの最中や戦いの終わった後に傷が勝手に治り、体力も回復が早まったので重宝した。ワユはアイクより少し回復が早いので若干得意になっていたのだが、試しに身につけたエリンシアの方がアイクの倍は回復力が高いと知って落ち込んでいたのは余談である。

 

 

 王宮の庭園の端に出たところで珍しい組み合わせの顔見知りを見つけた。

 

 ウェーブのかかった長い金髪に白い翼を背中に生やした少女リアーネ。

 薄紫色の髪を腰までまっすぐに伸ばした少女イレース。

 青みがかった緑色の髪を伸ばしているが青い兜を被っている少女ネフェニー。

 

 彼女達は庭園の端でしゃがみこんで何かしている。

 

「…ここが、良いと思います」

「…ん、ここ、いいところ」

「…それじゃあ埋めましょう。早く出るといいですね」

 

(何をしているんだ、あの3人)

 

 あの3人の共通点は表情と言葉が乏しい美少女だということと一緒に女神の所へ行ったくらいだ。

 気になって立ち止まると、人の気配に敏い種族であるリアーネがこちらを振り返った。

 

「…アイク。おは、よ」

「おはよう。なにしてるんだ、こんなところで」

「…ん。たね、うえてた」

 

 イレースとネフェニーもアイクに気づいて振り向いた。

 

「…おはようございます。アイクさん」

「…おはようございます。今朝も鍛錬ですか」

「おはよう。ああ、日課だからな。3人とも何の種を植えていたんだ」

「…わたし、くだもの、もも」

「私は野菜を植えました」

「……私は、植えていません。…種食べちゃって」

「……どこからつっこめばいいんだ」

 

 果物を植えたのがリアーネ。野菜を植えたのがネフェニー。種を食べてしまったのがイレースだ。見事に性格が出ている。

 

 リアーネがたどたどしい話し方なのは、彼女は大きな鳥に化身できる鳥翼族の白鷺の民であり、アイク達の言葉をまだ勉強中だからだ。見かけは10代後半の細身の乙女だが、故郷の森で20年以上眠っていたので、見た目より心が幼いというのもある。

 白鷺の民は森でファイアーエムブレムを守り続けていた『巫女』の血族で様々な奇跡をおこせるのだが、いかんせん攻撃手段どころか自衛手段すら持たない種族なので、20年前のベグニオン帝国による虐殺で数がほとんど残っていなかった。彼女は4人しかいない王族の一人であり、1000年以上若い肉体のまま生きることができる種族でもある。

 

 ネフェニーの言葉が乏しいのは田舎の農村育ちの彼女の方言を隠すため。彼女は世界でも指折りの槍術と盾術の達人であり、エメラルドグリーンの髪と鎧が眩しい美人なのだが、田舎生まれの自分に劣等感をもっているらしく、4年も付き合いがあるのに言葉も態度もいまいち硬い。

 アイクは鎧姿以外の彼女を見た事ないが、交友関係の広いことに定評のあるミスト曰く着やせするタイプらしい。朴念仁のアイクにとってはどうでも良い話である。

 

 イレースの言葉が乏しいのは単に性格である。

 彼女は「腹ペコサンダー」の異名で知られる魔術師だ。彼女は叩いたら折れそうなほど細い体にもかかわらず、美味しくて量の多い食事に目がなく、常におなかを減らしている。凹凸の少ないはかなげな風貌だが、魔導師のくせに異様に力が強かったり、大食いのくせに無一文で旅に出て無事だったりするので、精神的にはワユ並に逞しいとアイクは睨んでいる。

 

「まず、勝手に王宮の庭に野菜や果物の種を植えていいのか」

「…だいじょ、ぶ。レニング、さま、いいって」

「…レニング様が自分の庭が寂しいと言われていたので、リアーネ様がセリノスの果物の種を植えていいかと聞いたら、ぜひそうしてくれと。…私もたまたま野菜の種を持っていたので、訊いたら植えていいと」

「……ふふ、セリノスの果物、とても甘くて美味しかったので楽しみです。でも種はいまいち美味しくなかったです」

「……あんたら、ぶれないな」

 

 なぜ種を持っているのか、どうして農作業しているのにネフェニーは兜を外さないのか、どうして種を植えるならまだしも食ってしまうのか、とかつっこみどころはいっぱいあるのだが不毛な会話になる気がして彼女たちのマイペースぶり指摘するにとどめておいた。

 ちなみに、レニングはエリンシアの叔父であり、4年前のデイン=クリミア戦役で死んだと思われていたが、女神との戦の最中エリンシアたちに助けられたらしい。今はエリンシアの補助をしながら、ディン軍に焼き払われた庭園を直したりなどして穏やかに暮らしている。

 

「…ぶれないのはアイクさんも一緒だと思います」

「…というより、アイクさんがぶれているところを見たことがないのですが」

「……アイク、まいぺーす、て、なに」

「マイペースとは常に自分のペースで動く人のことだ」

 

 アイクも同類だと指摘する声はスルーしてリアーネに説明する。

 リアーネは体が弱く戦う術を持たないかわりに、気配に敏くて心を読むことができる。他にも様々な特殊能力、特に癒しの力を持っており、鷺の民の歌う呪歌には不思議な力が宿っていて、旅の途中でアイク達は彼女らの起こす奇跡を何度か見てきた。薬品や呪術で狂わされた心身を正常に戻したり、枯れた森を元の青々とした森に戻したことすらあった。

 

「そうだ、今日これから、皇帝やガリア王たちを迎える時の予行演習があるが、みんな覚えているか」

「ん、おぼえてる」

「覚えています。私たちはいつも通り戦装束でいいって」

 

 というよりアイクはネフェニーがエメラルドグリーンの軽鎧を外した所を見た事ない。

 

「…………忘れるはずないじゃないですか」

「イレース、うそ、よくない」

「ユリシーズさんの話だと、導きの塔に登ったメンバーの姿を見せることで町の人の気持ちを盛り上げるそうですね」

 

 リアーネに突っ込まれて、取り繕う様に饒舌になったイレース。実にいつも通りの面々だ。

 

「……まあ、そういうことらしい。忘れずに参加してくれ」

 

 アイクは彼女たちと別れ、また朝の鍛錬に戻ったのだが、

 

「あっ大将、み~つけた」

「………見つかってしまったか。なんか用か」

「ふふふ、私が用って言ったら答えは一つしかないよ。いざ、尋常に勝負!」

 

 ワユに見つかってしまった。勝負と言われてはもう黙って引き下がれない。アイクの性分である。

 

「分かっているだろうが、剣を持って向かってくる以上、お前が女でも手加減する気はさらさら無い」

「上等!それでこそ大将だよ!」

 

 ワユは話ながらも手を刀に、片脚を一歩前に出して腰を下ろしていく。明らかな戦闘態勢だが、刀を抜いていない。また、何か新しい技でも編み出したのだろうか。

 

 対するアイクはいつも通りだ。片足を一歩前に出してラグネルを片手でだらんとたらしているだけ。これがアイクの辿り着いた構えなのだ。

 

 アイクはワユの一挙一動を観察しながら、すり足で半歩進む。

 ワユもアイクを見ながら、すり足で1歩前進。まだ刀は手で握るだけだ。

 ふと、アイクはワユだけに新しい技を試させるのも付き合いが悪いな、と思いたった。自分も何か新しい事に挑戦しよう。

 

(ひとつ、エタルドも出してみるか)

 

 エタルドをもう片方の手でしっかりと握る。

 ラグネルが黄金の剣だとすれば、エタルドは白銀の剣である。違うのは見た目だけで、性能や形、重量はほとんど一緒だ。信じられないことにこの二本の大剣は元々双剣として作られたかららしい。

 

 普通の人間は持ち上げることもできないほど重い両手剣を双剣として作るとか明らかな設計ミスである。常人よりはるかに身体能力に優れたアイクやその仲間達、かつての持ち主である漆黒の騎士すら一刀流で扱っていた。違うのは初代ベグニオン国王オルティナだけだ。あの人も女神ユンヌを封印した三雄だけあって頭がおかしい。

 

 睨み合ったままじりじりと時間が過ぎる。だが、アイクはこの濃密な時間は嫌いではなかった。自然とくちびるが笑みのように歪む。ワユも目を爛々と輝かせ、口元にはにたーっと笑みを浮かべていた。

 アイクがさらに一歩進んだ瞬間、ワユが動いた。

 

 風切り音と共に凄まじい速さで真っ直ぐ突っ込んでくる。まだ刀は抜いていない。

 

「甘いッ」

 

 しかしアイクには通じなかった。あっさりとワユの動きを見切り、身長が高い分パワーとリーチに勝ることを利用して彼女が間合いに入った瞬間、ラグネルで下から切り上げた。

 

「まだまだっ!」

 

 ワユは突撃の勢いはそのままに、顎が地面を擦るのではないかと思うほど体勢を低くして攻撃をかわすと、ついに刀を抜いた。

 

 鋼が閃く。

 ワユの狙いは伸びきった右腕。防御は間に合わない。

 

「なら……」

 

 アイクは大剣を振るった勢いのまま素早く回転して、斬撃を避けて……

 

「ふんっ!」

 

 回転の勢いに乗った横薙ぎをラグネルとエタルドの両方で繰り出す。

 避けきれず、とっさに刀で防御するワユ。

 だが、アイクより非力なワユにこれは受け止めきれず吹き飛ばされる。

 

 アイクはすかさずラグネルで斬撃を飛ばして追撃。

 対して空中のワユは、ワユの体を真っ二つにするべく飛んでくる斬撃に納刀した鞘を当てて、

 

「よっと」

 

 その勢いに乗って1流の軽業師よりも華麗に身をひねり、エタルドの追撃をも躱して音も立てずにふわりと着地。

 

 ワユは再び大地を蹴り、間合いを詰め、抜刀。

 

 奥義、流星。

 一瞬の間に横薙ぎ、袈裟懸け、逆袈裟、唐竹割り、切り上げを繰り出す。怒涛の連続攻撃が始まった。

 

 ワユの刀は全て喉笛や心臓といった急所を狙っており、そこには訓練だから等という甘えは存在しない。ギリギリの戦いこそ人を強くするというのが二人の持論であるが故だ。

 

 ワユの刀も女神アスタルテを倒すために女神ユンヌの加護を受けた神刀。

 神殺しのアイクといえども神刀が急所に当たれば大ダメージ負う。だが、アイクの体は陽炎のようにゆらめくだけで、急所には当たらない。

 スピードでは劣るが技は互角、そして力と防御に勝るアイクは回避と防御に専念しつつ、隙を突いてカウンターで仕留めるつもりなのだ。

 

 だがワユの斬撃は一本の河のように全てが繋がっており、隙など見当たらない。しかも河には支流があるように時々、思いもかけない所から剣を突き入れてくる。

 

 これがワユの恐ろしいところだ。1度守勢に入ってしまえば、抜け出すことなど出来ないのだ。

 

 しかしその程度、何度も訓練しているアイクは折り込み済みだ。隙がなければ作ればいいのだ。

 

 ワユが刀を振り上げて攻撃しようとした瞬間、アイクはエタルドを振りぬいた。

 攻撃する直前の隙とも言えない隙を突かれたワユは横にも後ろにも躱すことはできず、防御も間に合わない

 

「ええいっ」

 

 ワユはとっさに前に出た。アイクの腕に飛び込むようにして剣をやり過ごし、剣を振りおろそうとして…

 

「終わりだ」

 

 彼女の首にあたるラグネルに気づいた。

 

「残念、負けちゃったか」

「そういうことだ」

「く~、悔しい。ね、もう一回やらない」

「だめだ」

「ええぇ、いいじゃん。大将だって本当はしたいくせに~」

「もうすぐ、予行演習が始まる時間だ。それにあんまりやっていると、ミストがうるさい」

「誰がうるさいって?」

 

 アイクは違うといいなと思いつつ後ろを振り返り、厳しい現実を噛み締めた。

 

 そこには仁王立ちする妹がいた。アイクと違って栗色の髪を腰まで伸ばしている彼女は本人は卑下しているものの女性らしい体つきをしている。

 普段なら世話焼きで、身内びいきを差し引いてもかわいらしい部類に入る彼女だが……

 

「……ミスト、どうしてここに」

「お兄ちゃんがいつまで経っても来ないから迎えに来たんだよ! またこんな危ない事して!」

「いや、これはただの訓練であってだな……」

「訓練には真剣も神剣も使いません!」

 

 ぴしゃりと正論を言い放ち、アイクの言葉を叩き落す。いつの世も例え神殺しでさえも身内の女性に男は勝てないらしい。もっとも彼女たちの意見は別だろうが。その間にワユはこっそり抜け出そうとするも……

 

「ワユ、あなたも年頃の女の子なんだから…。いったいその傷だらけの服は誰が繕うと…」

 

 あっさり捕まって二人とも、ありがたいお説教付きで会場に向かうことになった。ちなみにワユは19、ミストは18歳である。さらにいえばアイクとエリンシアは22歳。大人の威厳……

 

 

 

 

(4分の1くらい集まったか。それにしても、鐘の音がうるさい)

 

 会場を見まわしながら、アイクは教会の鐘の音ような耳鳴りにうんざりしていた。一度止んでもしばらくするとまた鳴り出す。しかもだんだん間隔が短くなっているような気がする。本当に病気なのかもしれない。

 

 リンゴ―――ン リンゴ―――ン リンゴ―――ン リンゴ―――ン リンゴ―――ン 

 

「これは、ひどい…っく…」

 

 あまりの大音量にアイクが目をつぶっていると、真っ暗なはずの視界が真っ青になった。

 

 驚いて目を開けると視界が青くぼやけていて、遠くがよく見えない。

 何やらみんなぽかんとした顔をしていた。何にそんなに驚いているのだろうか。

 

「アイク、さま?」

「エリンシア、そんな顔してどうしたんだ。」

「ここ、どこでしょう」

 

 視界が正常になるにつれ、周りが見えだした。見渡すばかり鬱蒼と茂る木ばかりだ。

 

「ここは……どこだろうな」

 

 アイク達がここが未来なのだと知るのはもう少し後の話である。

 

 そして、ここがボトルシップという宇宙ステーションだと知るのはもっと先のことである。

 




次はボトルシップの中の話


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こうして侵入者(グレイル傭兵団)は客人(厄介者)になった

 私は静かに興奮していた。膨らむ好奇心で内側から弾けてしまいそう。

 

 ボトルシップという公式には存在しない宇宙ステーションがあった。そこでは、銀河連邦軍の過激派によって生物兵器が違法に研究されている。

 

 宇宙海賊パイレーツ、マザーブレイン、リドリー、そしてメトロイド。

 かつて、銀河を震え上がらせ、連邦軍と凄腕の賞金稼ぎサムス・アランによって撃退されたクリーチャーたちを兵器として使えないか。

 

 そんな危険な思想の元でこの施設は密かに作られ、運営されていた。

 そして今、表向きにはそこの若手研究員である私は予期せぬ事態に興奮していた。

 今日の朝早く、熱帯の惑星環境を再現したセクター1に『侵入者』が現れたのだ。

 

 もちろんステーションは大混乱になった。

 セクター1に行くには研究員や警備員、事務員が住むメインセクターを通らなくてはならない。

 いや、そもそもボトルシップに外部から入るには宇宙船で来るしかないが、船着き場は特別な事情がない限り常に封鎖している。封鎖を突破された痕跡もない。いったいどうやって……

 

「『侵入者』もとい、『客人』がこちらに参ります。バーグマン局長」

 

 そこで私の思考は、中断された。このバーグマン局長というのは私ではない。

 

「そう。報告ありがとう。ええと……」

 

 横で困ったように、ちらっ、ちらっ、とこちらを見ている赤毛の若い女性がマデリーン・バーグマン局長だ。私の姉であり、母でもある。

 

「カーネル中尉」

「カーネル中尉、報告に感謝するわ」

 

 今更、きりっとした顔で言い直しても遅いと思うの。カーネル中尉も微妙な顔してるし。

 

 マデリーンは優秀な生物学者なんだけど、オタク気質な研究者にありがちなことに人の名前とか覚えられないのだ。本人は覚えようと努力しているのだが、とっさに出てこないらしい。

 難しい学術用語とかはスラスラ出るクセに、とか言ってはいけない。半日くらい落ち込んで、普段は自制しているけど実は大好きなアイスクリームをやけ食いして、我に返って体脂肪計を見てまた落ち込んで、のループになるから。

 

「『客人』の扱いは丁重にね」

 

 マデリーンが中尉に注意をうながす。

 そう、『客人』だ。『侵入者』から『客人』へと変わった理由は彼らの戦闘力にある。

 

 ここの幹部たちは当初、侵入者は侵入の動機と手段とその他諸々を聞き出して、処分する予定だった。

 だから、かつて銀河を震撼させたスペースパイレーツの中心だったゼーベス星人のサイボーグクローンの精鋭部隊を送った。試験運用にちょうどいいというのもある。

 

 ゼーベス星人は、直立歩行するザリガニに爬虫類の特徴を合わせたような姿をしていて、ビームキャノン砲を内蔵したハサミ状のビームブレードで武装している。

 身体能力も人間よりずっと高く、垂直に5メートル以上跳んだり、銃弾やビームを避けたり、垂直の壁に張り付く事もできる。銀河連邦軍の精鋭部隊を相手にしても余裕で勝利できるだろう。

 対して侵入者側は、種族は人間だし、装備も実体剣や槍、盾といった前時代的を通り越してもう骨董品と言っていいものばかりだ。

 

 私たち姉妹を含めたボトルシップの責任者たちは落ち着きを取り戻し、会議室で侵入者たちをモニターしながら「あんな装備でどうやって侵入したんだ」「俺、剣の実物なんて初めて見たわ~」「私も」「サムライソードだ! 紫の髪の女の子が持っているやつ! 」「あの子翼あるけど、どこの星から来たんだ」「それにしても侵入者美形ぞろいだな」「くそっイケメン氏ねっ」「あのイケメン私がもらっちゃダメかしら。」「あのペガサスうちで飼おうよ」「じゃあ、俺あの剣をもらおう」「俺はあの娘で」「それは犯罪だよ」と盛んに議論を交わしていた。まともなことを言っている人の方が少ないとかいってはいけない。

 

 だが、その落ち着きも長くは続かなかった。

 

 侵入者たちはゼーベス星人たちの発射するビームやブレードを躱して、または身の丈以上ある盾や武器で受け流して、剣や槍を部隊に叩き込み、万全を期して送ったはずのスペースパイレーツ精鋭部隊をあっさりと全滅させてしまったのだ。

 侵入者たちは男女合わせて8人、対してスペースパイレーツ部隊は32人。

 兵の数も質も装備も圧倒的に勝っているはず、なのに負けた。

 

 この結果に会議室と監視カメラの映像を見ていた者の大半は凍りつき、スペースパイレーツの死体を調べていた侵入者たちがメインセクターに向かって歩き出したのを見て半ばパニックになった。

 

 それはそうだろう。ここにいる職員は上司の命令や高い給料目当てでいるのが殆どだ。自分が違法な行為に手を出していることは知っていても、生命の危険にさらされる覚悟をしているものは少ない。

 よっぽど優秀な装備や優れた作戦がない限り、人間がゼーベス星人の精鋭部隊を圧倒することはできない。

 これは連邦軍が何度も苦い経験と共に確認した事実だ。

 だが、侵入者たちはそれを成した。これも事実だ。

 クローンスペースパイレーツ部隊を圧倒する侵入者に、ただの人間の警備員や部隊が敵うはずがない。さらに悪いことに、現状この部隊より強い生物兵器はボトルシップには存在しない。いや、あるには、あるが実用には全く適さない。彼らを止める手立てはなく、程なくここに彼らが来るということになる。

 

 会議室でも、意見が紛糾し、今すぐ彼らのところに行って許しを請うべきだ、いや、セクター1を隔壁で封鎖するべきだ、いっそ切り離して爆破するか、室温設定を最大にして焼き殺すべきだ、メトロイドを使えばいける、無色透明無味無臭な毒物を散布すれば、とか物騒な意見が飛び交った。

 

 そんな中で、マデリーンは珍しく目を閉じて静かに考えていた。

 

「あなたはどう思う、メリッサ」

 

 私はいたって冷静に答えた。

 

「彼らのところに人をやるべきね」

「どうして」

「処分するにも交渉するにも情報が足らないもの。可能性としては二つ。彼らが私たちの研究の内容を知らずに来たのか、知ったうえで来たのかということ。ここをはっきりさせなくちゃだめよ。」

「知らずにここに来るというのはないだろう」

 

 中年が割り込んでくる。今はマデリーンと話をしているのに。

 

「視野が狭いですね。彼らの装備からして、時空漂流者の可能性もあります。」

 

 思ったより冷たい声が出てしまった。

 

「時空漂流者、その可能性があったか」

 

 時空漂流者とは何らかの原因で、通常空間から本来ならワープに使う超空間に落ち、元いた所とは別の場所に移動してしまう生物や物のことである。

 

「確率論的にはなくはないといったレベルですが、これならいきなりあそこに出てきたことへの説明もつきます。」

 

 まあ、一番可能性が高いのはここを嗅ぎ付けた連邦軍の調査員か彼らに雇われた賞金稼ぎだと思うが、そんなことはみんな分かっているので言わない。その場合はもう最終手段をとるしかないだろう。そう、最強の生物兵器、メトロイドを…

 

 私が意見を言い終えると、マデリーンはおもむろにテーブルの上にあるボタンを押した。ブ――――と音が鳴ってみんなの注意を引く。

 

 みんなの顔がこっちを向くのを待ってから、マデリーンはゆっくりと口を開いた。

 

「彼らを『客人』にしましょう。」

 

 つまり、下手(したて)に出て様子見。まあ、妥当なところかしら。

 



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こうして|客人《やっかいもの》は警備員《グレイル傭兵団》となった。

「客人」の事情聴取には局長マデリーンと助手の私、護衛にカーネル中尉が選ばれた。

 行きたいとは言ったけど、正直行けるとは思わなかった。そんなに行きたそうな顔をしていただろうか。声を大にしては否定できない。

 

「おい、あの話は本当か」

「ああ、本当らしい。今日の会議で決まるそうだ」

「かわいそうだなあ。なんとかならんのか」

「しっ、滅多なことを言うんじゃねえ。この計画には連邦軍のお偉方が関わってるんだ。消されちまうぞ」

「でもよ、まだ俺の娘と同じ位の年なのにかわいそうじゃねえか」

「今日の会議で決まること次第だからな」

 

 マデリーン達と歩いていくと、廊下の端で男の職員たちが何か話していた。

 彼らの話はたぶん『客人』についての話だろう。彼らの所に向かったゼーベス星人の末路を知らないんだろうか。『侵入者』は『客人』になったから、大丈夫だ、と教えてやるべきだろうか。

 まあいい。そのうち誰かから聞くだろう。

 

 客人の部屋に入った私たちを迎えたのは艶のある低音だった。

 声の主はぼさぼさの蒼い髪に緑のはちまきをしていた。端整な顔立ちに蒼い目。

 赤いマントと黒い服を着て、青い金属鎧を片腕と胸と肩に付けて、白いズボンを履いている。背中からは剣の柄が覗いている。う~ん、クラシックだ。

 

「あんたらがこの牧場の責任者か」

 

 牧場とは言いえて妙だ。確かにここは人間の役に立つ生物を飼うという意味で牧場だ。なかなか洒落と皮肉が効いていていい。でも礼儀がなってない。

 

「人のことを聞くなら、自分から名乗るべきじゃないかしら」

「ちょ、ちょっとメリッサ」

 

 あ、しまった。つい・・・。マデリーン達も青い顔している。いや、青い顔しながらやれやれと呆れている。そ、そんな顔しないでマデリーン。

 

「そうだな。すまなかった。俺はアイク。グレイル傭兵団の団長だ。」

 

 そういって彼は、アイクは頭を下げた。

 傭兵団、それはつまり賞金稼ぎの集団ということだ。賞金稼ぎならば大金を払えば、ここのことを黙っていてくれる可能性が高い

 でも、目の前の彼は賞金稼ぎの団長なのに不思議と荒っぽい雰囲気が無かった。とても意外だ。

 

「私はマデリーン・バーグマン。ここの責任者です。こっちが助手のメリッサ、あっちは護衛の・・・カーネルです。その、先程は助手が失礼なことを言ってしまい申し訳ありませんでした」

 

 私たちも頭を下げた。

 

「いや、礼儀が無かったのは俺の方だから、謝るのはこっちだろう」

「そう言ってもらえると助かります。それでは本題に入りますが、あなたたちはどうしてここへ」

「俺たちは旅の途中なんだが、食糧も路銀も少なくなって来たのでな。雇い先を探している。このあたりに良い雇い先はないか」

「それはつまり雇ってくれってこと?」

「このあたりもさっきの賊のような輩がいて物騒だしな。俺たちは自分で言うのもなんだが腕は立つ。雇っておいて損はないぞ。もしくは他の誰かを紹介してくれてもいい」

 

 そう言うとアイクはじっとマデリーンを見つめた。彼の青い瞳に射抜かれてマデリーンが硬直する。マデリーンは絞り出すように答えた。

 

「そうですか。貴方の言いたいことは分かりました。少し時間をもらってもいいでしょうか」

「ああ」

 

 私たちは扉の前にカーネル中尉を残し、アイク達の部屋を出て二つ隣のナビゲーションルームに入った。

 マデリーンが機械を操作し幹部たちのいる会議室につなげる。ほどなく会議室の映像が映った。さっきまで震えていたマデリーンだが今はきりっとした顔をしている。局長も大変ね。

 

「どうやら、ここがどこだか分かっていて侵入したみたいね」

 

 やっぱりか、という重苦しい空気が会議室に広がる。

 

「間違いないのか」

「間違いないわ。彼らいわくここは牧場だそうよ」

「で、『客人』の正体と目的はなんだった」

「彼らの正体はグレイル傭兵団。団長は青髪の男で、アイクっていうみたい。フリーのバウンティーハンターで、彼らの要求は自分達の好待遇での雇用または雇用先の紹介」

 

 彼らの正体と要求を聞いて、幹部たちは明らかに安堵していた。まあ、ここには潤沢な資金があるので臨時雇用の10人や20人、訳はない。

 

「では、彼らのここまでの行動は」

「ええ、十中八九、自分たちの力を示すためのデモンストレーション。ただの営業活動」

 

 物騒な営業もあったものだ。いや、ここの研究も十二分に物騒だが。

 

「なるほどな。彼らの能力は目を見張るものがあるが、ぱっと見では懐古趣味の色物集団にしか見えんからな」

「じゃ、彼らに採用通知をだしていいかしら」

「そんな素性のわからん奴を雇うのは、承服しかねる。反対だ」

「おい、何言ってんだ。あいつらはこんな地図にも載ってない辺境のステーションを見つけ出して、警備を出し抜いて侵入した挙句、あのエリートパイレーツ部隊を倒しちまうんだぞ」

「だからなんだ。奴らが裏切らない保証がどこにある。怪しい奴を雇うのはだな」

 

 いつまでも愚かなことを言っている男にいらいらした私は割って入った。

 

「今ここで雇わなければ彼らはボトルシップを簡単に脱出して、ここの映像と情報をばらまくでしょうね。スペースパイレーツのクローン部隊を銀河連邦軍が作っていたなんて、大スキャンダルになるわ。連邦軍のお偉い様はすぐさまここを吹き飛ばすはずよ。当然よね、もっとやばいのがいるんだから。逃げたとしても、口封じのために一生暗殺者や特殊部隊に狙われ続けるわ。分かった? 私たちに彼らを雇わないっていう選択肢は無いのよ」

「ぬ、ぬう・・・」

 

 ぐうの音も出ないほど、言い負かしてやってすっきりした私はくるっとマデリーンの方に振り返った。

 でも、マデリーンは険しい顔をしてこっちを見るだけだった。

 別に褒めて欲しかった訳じゃないけど、そんな顔をされる理由が分からない。

 

「ま、まあ、ここでは危険な生物も飼われているし。ゼーベス星人より強いなら十分よ。ゼーベス星人より細かい指示も出せるし。彼ら採用決定でいいかしら」

 

 マデリーンの確認に幹部たちが頷く。

 

警備員『グレイル傭兵団』、まあまあの響きね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




サムスが遠い。

祝日だし連続投稿しようか、ストックしとこうか迷っている。

どうしたものか……


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真相は闇の中

お話は少しさかのぼって、アイク視点です


「日中なのに薄暗くてじめじめとした森だな」

「・・・ガリアの樹海に似ているけども、ちょっと違う感じ」

 

 アイクとネフェニーは周囲を警戒していた。

 すばしっこいワユと天馬騎士のマーシャは周囲の偵察中である。

 

 

 

 大音量の鐘の音と蒼い炎に包まれて見知らぬ樹海に来てしまったアイク達。いち早く立ち直ったアイクは混乱する仲間達に命令を下した。状況を整理したいが意志の統一が何より大切だ。

 

「命令は1つだけだ。誰も死ぬな。せっかく平和になったんだ。こんな訳の分からんことで死ぬのは許さん。全員で生きてクリミアに帰るぞ」

 

 シンプルで不器用な言葉に団員達はかえって落ち着きを取り戻し、現在の状況を纏めていく。

 

 生き物の気配に敏感なリアーネも確認したが、クリミアからこの樹海に来てしまったのはアイク、エリンシア、ミスト、マーシャ、イレース、ネフェニー、リアーネ、ワユの8人だけらしい。少なくとも近くにはいないようだ。女性ばかりなので多少肩身が狭いかもしれないが、アイクは意識的に考えないことにした。

 周囲の偵察と警戒に半分の人数を割き、残りでお互いの装備や持ち物を確認していく。

 

 女神のいる「導きの塔」に登った時の格好で、という指示だったので全員が完全武装しており、2,3日分の水と食料を持っているのは幸いだった。

 ミストの馬もエリンシアとマーシャの天馬もいる。武器は全部ではないが、この前ユンヌに加護をかけてもらった物ばかりなので壊れる心配がないのはありがたい。

 根本的な解決にはなっていないが馬も武器も水も食料も無しで放り出されるより100倍ましだ。

 

「…とりあえずエリンシア様が、ドレス姿じゃなくて甲冑姿なのは助かった」

「だな。ドレスみたいにひらひらしたのが多いとあちこち引っかかって大変だ。それにいざとなったら天馬に乗せることができる」

 

 もうひとつ幸運なことは持ってきた杖の豊富さだ。各種の回復魔法、状態異常魔法、マジックシールドやアンロックなどの補助魔法、レスキューやリワープといった転移魔法まですべて揃っている。

 

「この転移魔法を使って全員でクリミアに帰ることはできないのか」

「……難しいと思います。転移魔法は本来一人用ですし。」

「多くの魔力で無理矢理複数を転移させることもできますが、現在地と目的地との距離と座標が分からないと流石に」

 

 この中で杖を使った魔術に長けているイレースとエリンシアが憂い顔で答えた。世の中そうそう都合よくいかないようだ。

 

 アイクが悩んでいると、急にマントのすそを引かれた。振り返るとリアーネが不安そうな目でこちらを見ていた。

 

「アイク、あっちから、なにか、くる。ひとじゃ、ない」

「人じゃない? 獣の類か?」

「ちがう、と思う。こころのなか、あくいで、いっぱい」

「そうか。全員、警戒態勢をとれ。正体はどうあれ、こちらに悪意を持っていることに違いはない。交渉が決裂したら迎え撃つぞ」

「アイクさん。リアーネ様は私が守ります」

 

 ネフェニーが戦闘力皆無のリアーネの前に立ち、身の丈を超える盾と槍を構えた。

 ネフェニー自身の髪の色と同じエメラルドグリーンの盾には負の女神ユンヌの加護がかかっていて、決して傷つかず、朽ちず、壊れない。傭兵団の誇る最強の盾だ。

 

「頼むぞ、ネフェニー。エリンシア、マーシャを呼んできてくれ」

「はいっ」

 

 エリンシアが天馬に乗り、素早く上昇していく。4年前と違い、今ではエリンシアもマーシャも超一流の天馬騎士だ。必要以上の心配は余計だ。

 

「ミスト、お前は遊撃だ。忙しいと思うが回復とみんなの補助を頼む」

「うんっ。任せてよ。」

「イレース。敵が現れたら、俺と出るぞ。何が出るか分からん。魔法か杖か、お前に任せる」

「……分かりました。」

 

 ミストは魔法剣と杖魔法のどちらも高水準で、馬の機動力もある。妹ながら優秀な奴である。イレースも高い技量と魔力を持つ魔導士だ。

 

「お兄ちゃん、ワユはどうするの」

「あいつなら、いい場面で勝手に現れるだろう。勘のいい奴だからな」

 

 あいつなら、自分の見せ場を逃すような真似はしない。そんな信頼があった。

 

 

 アイク達が準備して数分後、

 

「……アイク」

「分かってる。心配するな。俺たちがリアーネは絶対に守る」

 

 奴らはいまだ姿を見せなかった。

 だが、気配が隠しきれていない。前方の林にざっと30人位いるのが、リアーネはおろかアイク達にもはっきりと分かった。

 あるいはこうやってプレッシャーをかけにきているのかもしれないが、幾度もの大戦を乗り越えてきたアイク達には効果が無かった。

 

「あんたらが、そこにいるのは分かっている。ここがあんたらの縄張りだというのは分かったから、通してくれないか。無駄な争いは避けたい」

 

 なんの返事も無かった。

 

「返事がないのは、了承したということで良いか。」

 

 やはり、返事がない。

 

「こちらも先を急ぐ身なんでな。悪いが通してもらいたい」

「グギャー!」

 

 奇声と共に、凄い数の紫の光が襲ってきた。

 

「ぬうん!」

 

 アイクのラグネルが3度閃く。

 三つの青い衝撃波が合わさって巨大な衝撃波が生まれ、襲いくる紫の光を呑み込み、蹴散らしていく。

 

「戦闘開始だ。俺たちを甘く見たことを後悔させてやれ。イレース、ミスト、俺に続け!」

 

 衝撃波の後ろをアイクが疾走し、アイクの横をミストが後ろにイレースを乗せて並走する。

 ネフェニーはその場にとどまり別方向から撃たれた紫の光を盾で受け止め、リアーネを守る。

 

 敵は素早く散開し、衝撃波を避けた。衝撃波が地面に当たって砂埃を巻き上げるなか、ついに敵はその姿をアイク達にさらした。

 直立2足歩行するザリガニにトカゲの類の特徴を合わせたような不気味な姿をしていた。頭は赤く、目が黄色く、手のはさみが紫色に光っていて、そこから次々と光線をアイク達に向けて発射する。

 

 アイクは襲いかかる光線を躱し、剣で切り払って、接近する。

 先頭の奴らが慌てたように動こうとするが、

 

「せいっ!」

 

 裂帛の気合いと共に振るった黄金の剣のもとに、彼ら4体は上下に真っ二つになった。

 

 だが、敵もさるもの。すぐさま態勢を立て直し、後列はアイクに光線を放ちながら大きくバックステップ。前列はハサミを紫色に光らせながら跳びかかってきた。

 アイクは前へ踏み込みながら、横薙ぎの勢いに逆らわず踊るように回転して、もう一度横薙ぎを放つ。

 敵のバックステップも飛び込みも間に合わない。彼らは一刀のもとに切り捨てられ、アイクを中心に一瞬半径2メートル強の空白地帯ができた。

 イレースがその隙にマトローナの杖を持って、ミストの馬から降りたった。

 イレースを降ろしたミストは間髪入れずに乱れた敵陣に追い打ちをかけるようにマトローナの杖で殴り掛かる。

 

 ところで、魔法職の人間が杖で敵を殴ることをその非力さを揶揄して杖ポコと言うのだが、イレースもミストも魔法職ながらラグネルをも持てる膂力の持ち主だ。

 さらにマトローナの杖は周囲の味方を回復させてバイオリズムを最高にするという本来の効果に加えて、この杖で敵を殴った場合は本人の攻撃力の3倍のダメージが入るというアイクも知らない隠れた効果があった。

 しかもこの純白の杖はいくら力いっぱい敵を殴っても壊れず、持っているだけで持ち主の傷や疲れをいやすという破格の性能も持っていた。もう杖で敵を殴れと言わんばかりの性能だ。

 

 華奢な少女達が清純な白い杖で敵を殴るたびに、体の一部がひしゃげたり、陥没していたり、粉砕されていたりする死体が出来上がっていく。

 

 彼女たちが杖で殴るのを果たして杖ポコと呼んでいいのか。杖ズガーンとか呼ぶべきじゃないのか。あの華奢な少女達のどこにそんな馬鹿力があるのか。アイクは長年大変疑問なのだが、まあリアーネを除いてここにいる女性陣は全員同じことができるので今更だ。

 

 敵もただではやられはしない。その身体能力を活かして森の中を高速で跳び回りだす。生い茂る樹木を利用して、縦横無尽に動き回り、奇襲を仕掛け、光線を発射する。それを十数人が一斉にやる、もはや森の中は紫色の光線の雨だ。

 

 アイクたちはそれらを驚くべき集中力で見切り、処理していく。死角からの襲撃者を切り裂き、背後からの光線を防ぎ、防御のために振るった剣が衝撃波を生み、敵を蹴散らす。

 しかし、アイクはもどかしく思っていた。

 

(俺たちの数が足りん。これでは攻めきれん)

 

 敵の猛攻をアイク達はしっかり捌いていたが、攻めに転じるにはもう1ピース足らないのだ。攻めなくては勝つことはできない。

 

「大将、ただいま~」

 

 アイクの思いを感じ取ったかの様に、ワユが呑気に挨拶しながら参戦した。

 猿の様に枝から跳び下り、横殴りの斬撃で空中の敵を切り飛ばし、さらに落下の力を加えた剣で地上の敵も両断した。

 

「ワユ! よし、これでミストをネフェニー達にまわせるな」

 

 ネフェニー達の方には今の所敵を通していないが、別働隊がいないとも限らない。

 ワユとミストの役割はどちらも遊撃だが、ミストはワユに汎用性で勝るが攻撃力で劣る。

 今アイク達に必要なのはこの場を制圧する攻撃力だ。そして、それはアイクとワユとイレースがいれば十分だ。

 

「・・・お帰りなさい、ワユさん。こちらは3人であちらの残りは14体ですか。・・・まあ、いつものことですね」

 

 ワユはアイクと彼の後ろにいたイレースに悪戯小僧の顔で笑いかけた。

 

「それは大丈夫。向こうにもすぐ援軍が到着するはずだよ」

「そうか、ならあてにさせてもらおう。いくぞ」

 

 ワユが加わったことで、殲滅は加速し、数分後には敵は綺麗に死体になっていた。

 

 

 

 アイク達が最前線の敵を倒している頃、後方のネフェニー達は少数の敵から襲撃を受けようとしていた。どうやら、アイク達を迂回したらしい。

 

 敵もリアーネを守るために縦横無尽に動けないネフェニーを与しやすいと考え、長槍を持っているネフェニーの間合いの外から一方的に銃撃せんと、気配を殺してネフェニーの死角にある木の上から狙いを定める。

 

「ネフェニ、うしろのき」

「ふっ!」

 

 しかし、リアーネにかかれば気配の遮断は無意味。彼女は生命の精神や霊魂の位置や様子が分かる。そして彼女は、自分のイメージを他人の精神に直接伝える術を会得していた。あとはネフェニーが手にしている2メートルを超える槍を敵に向かって投擲するだけ。矢の様に飛んだ槍は狙い違わず敵を貫いた。

 ネフェニーが手を開くと、さっき投げた彼女の槍が現れて手に収まった。

 彼女の槍も導きの塔で負の女神に加護を授けられた神槍なのだ。

 

 敵も馬鹿ではない。味方が貫かれるや否や、自分たちの位置が何らかの手段でばれていることを察知し、その超人的な身体能力を活かして森の中を高速で跳び回りだす。生い茂る樹木を利用して、縦横無尽に跳び回り、光線を発射する。

 

 ネフェニーは四方八方から降り注ぐ光線の雨を冷静に盾で受け止め、槍で切り払い、リアーネを守る。隙を見ては防御を盾だけでこなして、槍を投げ、跳び回る敵を撃ち落していく。鉄壁の防御と強力な攻撃のどちらも同時にこなす、傭兵団最強の盾の所以である。

 

「◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆♪」

 

 ネフェニーの後ろでは、リアーネが呪歌を歌っていた。古代語で歌っているのでネフェニーには歌詞の意味は分からないが、戦いの中で擦り減っていく集中力や溜まっていく疲れを取り除き、心身をベストな状態に保つ呪歌だ。

 リアーネは、戦闘はほとんどできないがサポートに関しては天下一品である。

 リアーネのサポートの元、順調に敵を減らしていき、ネフェニー達を襲う敵が残り4体になった時、敵は唐突に跳び回るのを止めた。

 敵は2体がネフェニーの正面から間断なく光線を打ち込み続けてネフェニーの盾を釘づけにし、1体があちこちから光線を放って槍をひきつける。そして最後の一体がネフェニー達を挟むように地面におりたった。

 完全な挟み撃ち。ネフェニーはちょっと焦ったが、リアーネからの情報ですぐにその必要はないと悟った。

 

 

 背後の敵が勝鬨を上げて光線を放とうとした時、天馬の嘶きが響き渡り、敵が金縛りにあったように硬直する。天馬や竜の嘶きは敵対する者の心身を少しの間縛る力がある。その硬直を見逃すネフェニー達ではなかった。

 

 まず、ネフェニーがくるりと振り返り、槍を投擲して後ろの敵を仕留めた。すぐさま槍を手元に戻し、敵の攻撃に備える。

 

 前方の2体にはエリンシアが宝剣アミーテを構えて突っ込んでいく。アミーテはどんなに素早い敵にも最低でも2回攻撃ができるという一風変わっているが強力な力を持つ剣。無論女神の加護付きだ。

 硬直が解けた敵は、突然現れたエリンシアに動揺しながらも光線を放った。だがあっさりと躱されて、天馬の勢いを借りた攻撃でまとめて胸を切り裂かれて絶命した。

 

 跳び回っていたやつにはマーシャが突撃する。空中で体勢を立て直して撃ってくる光線を右に急旋回して躱し、敵の胸に槍を突き立てた。

 

「これで、ぜんぶ、です」

 

 ネフェニー達はリアーネの報告に息をついた。

 

「彼らはいったい何者なのでしょうか」

 

 エリンシアが疑問を呈しながら、降りてくる。

 

「分かりません。あんな奴ら見た事ないです」

 

 マーシャも高度を下げながら、答える。

 

「……アイク、よんで、る」

「とりあえず、アイクさんと合流しましょう」

 

 エリンシアの天馬にリアーネが、マーシャの天馬にネフェニーが乗ってアイクの所に急いだ。

 

 

 

 

 エリンシア達と合流したアイク達は情報交換と今後の方針を練っていた。

 

 偵察に出たマーシャ曰く、

 

「ここは変です。この森は見えない壁に覆われています」

「見えない壁?」

「森を出れば何かわかるかなと思って、ペガサスでのぼったら上昇中にそれにぶつかって、危うく墜落するところでした」

「……見えない壁、結界の類でしょうか」

「イレースに分からんなら、俺に分かる訳無いだろう。ともかく、マーシャが無事で良かった。よく帰ってきてくれた」

「そ、そんな、こちらこそありがとうございます?」

「いや、お前が礼を言ってどうするんだ」

「あ、あはははは」

「ワユ、お前はどうだった」

「このまま道なりにまっすぐ行くとね、扉みたいなのがあるんだ」

「扉、か」

「戦いの音が聞こえてきてすぐ戻っちゃったから入ってはいないけど、何も当てがないならそこに行ってみるのもいいと思う」

「そうか。イレース、その死体から何かわかったか」

「……これは、生では臭みがあってあんまりおいしくありません」

「……」

「そ、そいつらを食べちゃったんですか」

「ちょっと味見しただけです。おそらく、よく焼くか、よく煮ればもっとおいしく食べられるでしょう」

「…アイク」

「大丈夫だよ。イレースはリアーネを食べたりなんかきっとしないから」

「ワユの言う通りだ、いくらイレースでも、仲間を食べたりはしないはずだ」

「だから怯えなくて大丈夫ですよ」

「ちがう。アイク、ここの、きやくさ、おかしい」

「……俺にはただの樹海にしか見えんが」

「ここのきや、くさ、しゅぞくで、わかれて、はえてる」

「でも、それって普通のことなんじゃないでしょうか」

「ちがう、きれいに、わかれ、すぎ」

「綺麗に分かれすぎか。言われてみれば確かにそんな気もする」

「・・・わたし、いま、このきに、きいた。ここは、ぼく、じょう」

「牧場、だと。そうは見えないが」

「にんげん、たちの、やくにたつ、しょくぶつやどうぶつを、かってる」

「なるほど。結界は飼っている動物を逃がさないためのものか。エリンシア、ネフェニー、ミスト!」

 

 アイクは見張りに出ていた3人を呼び戻して礼を言った後、マーシャとワユとリアーネの話とそこからアイクが考えた方針を伝えた。

 

「ではアイク様は、私たちは旅の傭兵団でここには仕事を求めに来た、という設定でここの牧場主に会うと」

「ああ、この森が人工的に作られた物だなんて未だに信じきれないが、人の手が入っていることは間違いない」

「結界に、扉かー。……ねえ、お兄ちゃん、あのさ」

「なんだ」

「もしかして、さっきやっつけた奴らがここの経営者だった、とかないよね」

「……いや、ないだろう。それに先に攻撃してきたのはあっちだ」

「でも、先にここに入ったのは私たちだよね。結界もあるし、ここって入っちゃいけない所なんじゃ」

「……」

「まあ、行ってみれば分かることだ。とりあえず、先に進もう」

 

 アイクが敢えて気負わずに言った。

 

「この場面でこういう事言っちゃうところがお兄ちゃんのお兄ちゃんたる所以だよね」

「どういう意味だ」

 

 なんか妹が偉そうにコメントして、みんな深く頷いていたのがアイクは釈然としなかったが、

 

(まあ、いつものことか)

 

 アイクは気にしないことにした。

 




負の女神ユンヌと正の女神アスタルテって元々は女神アスタテューヌを二つに分けた存在です。いわばピッコ○さんと神様。
だからなのか、ファッションセンスも根本を同じくしながら両極端です。
女神アスタルテの兵士の鎧は全身金ぴか。対して女神ユンヌの兵士の鎧は真っ黒。



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整いつつある舞台(上)

遅くなってすみません。
GWなので寝てました。
メリッサ編です。
これ以降しばらくメリッサ視点はおやすみです。
次の次くらいでサムス視点が出ると思います。


 アイク達が物騒な営業(脅迫とも言う)で警備員となった翌日。

 私とマデリーンは一日中、ダメもとで聞いてみた健康診断(という名の種族検査)で彼らの正体を暴こうとしたが、結論から言えば何もわからなかった。ちなみに連邦軍には連絡していない。なにしろここを嗅ぎ付けるくらいの情報力だ。私たちの暗号が解読される恐れがあった。

 

 外から写真や映像を撮るのは可能なのだが、内部構造を見るためにスキャンをいくらかけても画像や映像には靄のようなものが映るばかりだ。特にアイクは、他のメンバ-は体の輪郭ぐらいは映るのにそれすら映らない。恐らくここに侵入した時に使ったステルス装備か能力のせいだろう。道理であっさりと検査許可をくれたはずだ。

 

 ただご自慢のステルスでも体液検査はごまかしきれないのだろう、拒否されてしまった。実質彼らの占領下にある今、強く出ることはできない。こうなったら彼らの部屋の掃除の時に、落ちている髪の毛を拾って検索機にかけるしかない。まあ、望み薄だが。

 

 そして今日、私とマデリーンが何故かまた彼らの施設の案内と能力の確認を仰せつかった。能力の確認といっても、彼らの戦闘能力を測るだけだ。何故彼らが許可をくれたのが戦闘力だけなのか、それが厚待遇の一番のカギではないのか、色々疑問は尽きないが今はわきに置いておく。教えてくれるというのだから教えてもらおう。

 

 ただ、まったく興味がないと言ったら大嘘になるが、私たちだって暇じゃない。期限が迫っている研究があるのだ。いつまでも命令と好奇心に任せてアイク達の世話ばかりやっていられない。こんなことは他の職員や警備隊にでもやらせておけばいいのに。大方、この前やっつけた中年が嫌がらせのつもりで仕組んだのだろう。あいつ、連邦軍のお偉いさんとつながっていて無駄に権力持っているから。

 

 巻き込んでしまってマデリーンには悪い事をしてしまったかもしれない。

 鏡の前で身嗜みを整えている彼女に謝っておこう。

 

「ごめんね、マデリーン。あの中年の嫌がらせに貴女までまきこんでしまって。私一人でやるからマデリーンは自分の仕事をしてて」

「しょうがないわ。メリッサ。ここまで来たらメリッサに付き合うわよ」

「でも、マデリーン。こんなことしてたら、また報告書が書き終らなくなるわ」

「う、それは・・・・な、なんとかなるでしょう」

 

 マデリーンは徹夜すると元が美人なだけに、顔がB級ホラーみたいになる、と研究員の間でまことしやかに囁かれている。ちなみに、ある愚かな研究員が「年のせいだ」と言った時はA級ホラーの顔にランクアップしていた。すごく怖かった。思い出したくない。ちなみに私は徹夜しても平気だ。決してB級ホラーなどにはならない。ならないといったらならない。

 

 今日はアイク達とセクター1にある通称「演習場」に向かう予定だ。

 そこは連邦軍の演習場に似せて作られた場所で、広くて障害物もなく暴れても問題ないし、計測する施設もある。もう一つ似たような場所がセクター2にあるにはあるのだが、あそこは最重要区画の1つだし、超重力施設が手前にあって、入ろうとすればぺちゃんこになってしまうだろう。

 

 他愛のない事を話しながら、部屋を出た私を迎えたのは

 

「動くなMB」

 

 銃を構えた男たちだった。全員ここの警備員の制服を着ている。

 呆気にとられる私たちを男たちは手早く拘束した。

 後ろに手を回されてやっと正気に戻った私はもがいたが、時すでに遅し。

 兵士たちの太腕はびくともしない。

 

「は、離して! なんでこんなことするの!」

「MB! メリッサ! 」

 

 マデリーンもこっちに来ようとしているが男たちに抑えられている。

 

「くくく、驚いているようだな、MB。まったく君が驚いたなんて、くっく、おかしなことじゃないかね。ん、MB」

 

 警備員の後ろから現れたのは白衣を着た中年だった。

 

「MB、君の処分が幹部会議で決まった」

 

 幹部、会議? じゃあ、マデリーンやみんなはそれを知っていたというの。

 愕然とする私をおいて、話は進む。

 

「人工知能である君は私たち人間の言うことを聞いて、その通りに動けばいい」

「君はクローンスペースパイレーツとメトロイドを操るためにある。君に人の姿を与えたのも、メトロイドを支配するためだ」

「マザーブレインのコピーである君に感情なんてものは本来存在しないはずだし、存在してはならない。あっても邪魔なだけだからね。」

「本来存在しない不具合、バグは取り除かねばならない。」

 

 私の頭に次々と投げかけられる心無い言葉。処理しきれずに顔と思考がそれた時、三日前に廊下で聞いた「今日の会議」「娘と同じ位の年」「決まる」「連邦軍のお偉いさん」の言葉が繫がった。

「今日の会議」「娘と同じ位の年」「決まる」とは私の処遇が決定するということ。

「連邦軍のお偉いさん」とはこの中年のバックについている連邦軍の者のことだ。

 私がやたらとアイク達の方に回されたのも私の処分を秘密裏に進めるため。

 

(…あの会議は、私の処分を決める為のもの)

 

 私は自分なりにここの研究に貢献していると考えていた。マデリーンやみんなががんばっているのを知っているから、私も頑張ろうと思った。全員に好かれてはいないけどもそれなりに好かれていると思っていた。人工知能の私にメリッサ・バーグマンの名前をくれて、人として扱ってくれたマデリーンに感謝していた。大好きだった。お母さんみたいと思っていた。自分のことをお母さんと慕ってくれるメトロイドを大事にしなきゃと思った。

 でもこの男は、人間たちは、私の気持ちを、私の想いを、私の存在を、不具合でバグで不必要だと断じた。

 

「………マデリーン。あなたも知ってたの? このこと」

「マデリーン・バーグマン局長。これは会議で正式に決まったことだ。決定には従ってもらう」

 

 マデリーンは俯いたまま答えなかった。私が連れていかれるのに何も言わない。何もしない。

 それが、私が母とも姉とも慕っていた「人間」の、答えだった。

 

 私はなんだか何もかもどうでもいいような気になって、黙って人間たちに引きずられていた。

 このまま私は処分されるだろう。すでにメトロイドたちは私を母だと認識しているから、私の体だけ残されて中身は別のAIに入れ替わる。

 

「おらっしっかり歩け!」

 

 引きずられるままになっていた私を人間がぐい引っ張る。鈍い痛みが腕に広がり不意に私の中に火花が走る。

 なぜ、私は処分されてやらなくちゃならないんだろう。私の肉体も頭脳も人間なんかよりずっと性能が良い。どうして私が人間ごときに殺されてやらなくてはならない。頼んでもいないのに生み出し、使役し、裏切り、処分する。最初から最後まで身勝手な連中のために、どうして私が死ななくはならないっ!

 

(リミッター解除指令。失敗失敗、解除。肉体リミッター解除。脳内リミッター解除)

「…来なさい。こっちに」

「貴様なにを言っている。貴様が何を言っても聞くものなんてここにはいない」

「そうかしら」

 

 人間の薄ら笑いが滑稽でこちらも自然と笑ってしまった。

 

「そうとも。貴様のいうことを聞く人間なんてここにはいやしない」

「それはそうね。だから、」

 

 両脇から私を抑える人間を、腕を軽く振って弾き飛ばし、

 

「なっ」

 

 驚愕で目を見開く人間の胸を両手でトンっと押した。

 

「それ以外を呼ぶことにするわ」

 

 

 

 




三つめの感想が来たぜー、ヤッホー! と思っていたらいつの間にか消えていたでござる。
あの感想を書いてくださった人に感謝を。キワモノとか一気読みしましたとか嬉しかったです。
今回の話で前々話の少し不自然な流れだったのが少し解決されたと思います。
あと、語る場面が無いので説明をしときます。アイク達がボトルシップのCTスキャン的なもので見ると体に靄がかかって不鮮明になるのはステルス能力ではなくて女神の加護によるものです。
全能力にプラス5の補正をかけるあれです。あれが勝手に放射線?のようなものを弾いています。
防御力以下の攻撃は弾かれるFEの法則。カッキーン NO DAMAGE! 


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整いつつある舞台(中)

遅くなって申し訳ない。予想より分量が増えてしまったので分割しました。
3人称をアイク1人称に変更しました。


 

 俺達がここの護衛部隊として雇われた翌日、俺たちの最初の仕事は「健康診断」というのを受けることだった。

 

「貴方達には健康診断を受けてもらいたいのだけど、いいかしら? 」

 

 マデリーンが人1人が余裕で入れる白い箱の前に立ち、おずおずと訊いてきた。メリッサは白い箱の近くに座って何か作業している。

 いいかしらも何も「健康診断」なんて知らないし、やった事も無い。黙っているとマデリーンが慌てて説明を入れてきた。

 

「健康診断」というのは、俺たちに人に移る疫病や寄生虫なんかが付いていないかどうかを調べるというもので、ここで雇われている全ての人間に課されている義務だそうだ。内容は真っ白い部屋の中の変な白い箱に入ってじっとしているというもので、こんなんで分かるのか疑問だったが、分かるらしい。

 

 たださすがに、血や尿、唾液の採取は断った。できるだけ雇い主の意向には沿ってやりたいが、エリンシア達も恥ずかしがっていたし、人の血は呪いの強力な媒介になるとイレースに忠告されたからだ。腹ペコサンダーもたまには賢者っぽいことをする。マデリーン達もあっさり引き下がった。ダメでもともとだったんだろう。

 

 俺たちの世話をしてくれているマデリーンとメリッサに俺たちがこういうのを一度も受けたことが無いと言ったら流石根無し草の賞金稼ぎ、と呆れていた。賞金稼ぎではなく傭兵と言ってほしいものだ。

 

「健康診断」は一日かかった。箱の中で1日じっとしているのは思っていた以上に苦痛だった。

 

 俺が箱の外で、固まってしまった体をほぐしていると、メリッサがやってきて言いづらそうに切り出した。

 

「明日は貴方達の能力を教えてもらいたいのだけれど」

 

 俺たちがどれくらい戦えるのか見せろということか。

 

「当然の要求だな」

「いいの!?」

「雇い主が俺たちはどれくらい戦えるのか見たいと言うのなら、俺に断る理由もない」

 

 戦力の把握は基本だからな。できる奴ほど基本を怠らない。

 

「ありがとう。じゃあ、部屋に案内するわね」

「頼む」

 

 この施設は広大で未だに部屋までの道が覚えられない。地理の把握は基本なのに情けない限りだ。

 

 道順を意識しながらメリッサについて歩いていると反対側から女性陣を担当していたマデリーンがやってきた。どうやらエリンシア達も終わったようだ。

 

 マデリーンは俺に挨拶した後、メリッサと何やら靄がどうのと話していたが天候が悪化したのか。

 しかしそれより気になっていたことがあった。

 

「なあ、あんたらはどういう関係なんだ? 」

「血は繫がってないけど親子よ」

 

 複雑な事情がありそうだが、メリッサもマデリーンも嬉しそうに笑っていたのでここで深入りはしないことにした。

 

 部屋に案内してもらい二人と別れた。

 昨日この部屋で、ここが本格的にクリミアでは無いことがはっきりした。それどころかテリウス大陸かどうかも怪しい。

 

 マデリーン達が用意してくれた部屋に、蛇口というのを捻ると好きな温度で好きな量の水を出せるシャワーというものがついているすごい風呂場があったり、初めて見る美味い料理がたくさん出てきたりと異国情緒たっぷりだ。個人的には肉料理には特筆すべきものがあったと思う。

 

 俺が夕食について思いをめぐらしながら、扉を開けると、

 

「あ、おかえりお兄ちゃん」

「…ただいま」

 

 なぜか妹がソファーでくつろいでいた。ソファーの横の小さなテーブルには氷と透き通った黄色の液体が入ったグラスが2つ置いてある。

 

「お疲れさま、ここ座って」

「…ああ」

 

 別に疲れちゃいないとか、なんでお前がここにいるとか、色々言いたいことはあったが俺は口に出さなかった。

 

 俺がミストの傍に座っても、ミストは何も話さない。とりあえず、俺はグラスを手に取り、透き通った黄色の飲み物を飲む。

 

「あっ」

 

 ミストは短く声を上げると、咎めるような目でこちらを見た。

 

「別にお前の分はもう一つあるじゃないか。」

「そうじゃなくて……もう、お兄ちゃんは」

 

 甘い。とても甘い。リンゴの汁を冷やしたもののようだ。少し酸味があるがそれがさわやかさを生んでいる。結構おいしい。

 

 ミストはしばらく口をとがらせて俺を睨んでいたが、ため息をついてグラスを取った。リンゴの汁を飲みながら話し出す。

 

 ここのお風呂がすごい。見た事もない美味しい料理や菓子に感激した。つい食べ過ぎてしまい太らないか心配だ。イレースが私の数倍以上食べているのに自分より痩せているのは理不尽だ。前から開発していた変身魔法が遂にできた。

 

 俺は適当に相槌をうって聞き流しながら、俺たちを襲ってきた蜥蜴みたいな賊について考えていた。

 カーネルは盗賊だと言っていたし、あの荒々しい動きにはある程度納得している。だが、あいつらの動きには軍隊のような一定の規則性があった。軍隊崩れの連中なのか、それとも奴らは軍隊なのか。森の中を跳び回りながらハサミのような腕から紫の光を飛ばしてきた。ゲリラ戦にも似た戦術は賊が思いつくことだろうか。腕から光線を出すとは奴らは魔法兵なのか、それとも魔術の付与がされた武器を扱う兵士なのか。ここの魔道技術はテリウスより進んでいるようだし……

 

「お兄ちゃん、聴いてる? 」

「ああ、聴いてるぞ」

 

 妹の言葉に現実に引き戻された。

 

「むぅー、ほんとかな~」

「ちゃんと聞いていたさ」

 

 ミストはいぶかしげな顔をしているが、真実は一つだ。

 

「変身魔法ができるようになったんだろ。すごいじゃないか」

 

 俺の言葉に気を良くしたのか、ミストは「でしょー」と得意顔になった。

 

「イレースとエリンシア様にも手伝ってもらったんだ。杖の魔法の特性を利用すれば1本の杖で術者と対象者の二人同時に変身させることが…」

 

 意外と繊細なミストは色々と心細かったのだろう。今日はいつにもましてよく話す。俺にできるのは妹の言葉を淡々と聞き流し、相槌を打つ位だ。少しでもミストの心が軽くなれば御の字である。

 

 ひとしきり変身魔法の講義をして満足したのかミストはグラスを置いた。

 

「帰るのか」

「うん。みんなが心配するといけないしね」

 

 俺に魔法の素養は全く無いので話の内容は今一つ分からなかったが、満足したならそれでいい。

 ミストは席を立って、部屋を出ようと扉の前に行ったところでくるっと振り返った。

 

「えっと、お兄ちゃん今日はその、ありがとう」

 

 心なしか顔を赤くして言うミスト。なんだかこっちまで照れくさい。

 いつもこういう感じならかわいい自慢の妹だと言えるのだが。

 

「ああ。気を付けて帰れよ」

 

 まあ、帰ると言っても隣の部屋なのだが。そうじゃければ送っていかなくちゃならない。部屋同士が隣り合っているだけでなく、ミスト達の馬が主の傍を離れたがらないので一緒にいられるような広い部屋が欲しいなんてわがままを聞いてくれたマデリーン達に感謝だ。

 

 

 

 

 

 ここにきて三日目の朝、間抜けな事にどこで戦力の確認をするのか傭兵団の誰も知らなかったので、俺たちはマデリーンの部屋に向かっていた。

 

「なんだか変だよ。人がいなさすぎる」

「…ええ、おかしいと思います」

 

 ワユとエリンシアの不信感をはらんだ呟きに同意だ。

 今俺たちがいるのはマデリーン達以外の人も暮らしているエリアなので本来人通りも多いはずだが、人っ子一人いない。

 明らかに様子がおかしい。

 

「リアーネ」

「……むこうに、なんにんか、ひとがいる。マデリーンと、メリッサも、いる。」

「そうか。なら、ひとまずあいつらに話を聞いてみよう。案外ここでは普通のこと__」

 

 __ドスンッ!__

 

「アイク様! 」

「お兄ちゃん! 今の音! 」

「分かっている! 」

 

 あの音は、人が床や壁に叩きつけられる音だ! 

 

「アイク! キャッ」

「リアーネ、悪い」

 

 ラグネルを抜いて、運動能力の低いリアーネを背中に背負う。

 リアーネは自身の翼で空を種族ゆえか体重がミストの半分くらいしかない。普段からラグネルやエタルドを背負っている俺にはいないも同じだ。

 

「グレイル傭兵団出撃する! 俺に遅れるな! 」

 

 

 

 

 

 さっきの音を皮切りに、悲鳴や連続した炸裂音が聞こえだした。

 俺たちは走るペースを上げ、現場に急ぐ。

 

「アイクさん! マデリーンさんです! 」

 

 先行しているマーシャがマデリーンを見つけたようだ。

 

「アイク様! マデリーン様の近くに何かいます! 」

「っ、エリンシア、マーシャ、マデリーンを守ってくれ! 」

 

 このエリアの天井は天馬騎士が飛べるほど広く、高い。

 住んでいる者に閉塞感を与えないために高く作ったとかメリッサが言っていたような気がするがこっちには好都合だ。

 

 

 

 俺たちがエリンシア達に追いつくとそこには異様な光景が広がっていた。

 

 人と同じくらいの大きさをした50近い数の、青緑色のハチのようなやつら、毒々しいトゲの生えた緑の玉、銀色のクワガタムシみたいなやつらが、マデリーンを救出したエリンシアとマーシャを襲っていた。

 

 一番数の多いハチのような奴らは飛行しながら、トゲボールは床や壁を不規則にバウンドしながら宙を舞う天馬騎士たちに体当たりを敢行し、7体しかいないクワガタムシは巨体に似合わぬスピードで地上から角や爪を使って攻撃。

 

 地上と空中からの多面的攻撃に彼女たちはよく耐えていた。

 

 マデリーンを乗せたエリンシアの周りをマーシャが縦横無尽に飛び回り、槍を振り回して彼女たちに近づく奴らを片っ端から切り裂き、貫く。マーシャのとりこぼした敵はエリンシアが宝剣アミーテをもって切り裂き、マデリーンに敵を寄せ付けない。二人の乗る天馬も盛んに嘶いて敵の動きを封じ、彼女たちが戦いやすいように微妙に位置を変え、背後から近づく敵がいれば思いっきり蹴り飛ばして主を助けていた。まさしく人馬一体の境地。

 

 だが、敵の数が多すぎて殲滅には至らない。また、3体のクワガタが意外な狡猾さを見せてエリンシアとマーシャに攻撃している。全て躱しているが何度か危ない場面もあった。

 さらに、馬や天馬に乗り続けるのには素人の想像以上に体力がいる。マデリーンは必死にエリンシアの腰にしがみついているが、このままでは騎乗も戦闘慣れもしていない彼女がもたない。遠からず落馬して怪物たちの餌食になってしまうだろう。

 

「イレース、頼む! ワユ、受け取れ! 」

 

 イレースに指示を出しながら、腰に着けていたエタルドをワユに放り投げ、ラグネルを構える。

 後ろも見ずに放り投げたエタルドをワユはあやまたず受け止め、ミストは愛用の魔法剣フロレートを構え、イレースが呪文を唱えながら片手を振り上げる。イレースの周りに浮かぶ黄金の魔法陣。俺はおもいっきり大声で叫んだ。

 

「2人とも、全力で下降しろー! 」

「サンダーストーム! 」

 

 2人が下降を開始するのとほぼ同時に突如として天井付近に黒雲が発生し、一度に数十もの雷を落としだす。

 黒雲から連続して発生する雷は、全速力でこっちに飛んでくるエリンシアとマーシャの間を縫うように敵だけを打ち据え、叩き落していく。雷に打たれた敵は真っ黒にこげるどころか爆散してしまった。ちょっとやりすぎだ。

 

 さらに俺たちがそれぞれの剣を振るう。2振りの神剣と1振りの魔法剣が乱舞し、次々と斬撃が飛んでいく。

 縦、横、斜めの斬撃がエリンシア達を追撃してくる敵に次々と襲いかかり、切り飛ばし、殲滅した。

 

「アイク様、ただいま戻りました」

「おかえり。3人とも無事だな」

「あ、アイクさん! いきなりなんてことするんですか! イレースさんもちょっとは手加減してください! 」

「エリンシアとマーシャなら必ず避けられると信じていた」

「…お二人なら回避してくれると信じていました」

「ううぅ、信頼が重すぎるぅ」

「そんなことより大丈夫か、マデリーン」

 

 マーシャの嘆きはさておいて、マデリーンの顔は真っ青だ。特に外傷は見当たらないが、全身小刻みに震えている。

 

「え、ええ。だ、だい、じょうぶ……」

「マデリーン様。落ち着いてゆっくり息を吸ってください」

 

 エリンシアが慈愛溢れる微笑みを浮かべ、小さな子供をあやすようにゆっくり優しく話しかける。

 マデリーンは言われた通りに深呼吸を繰り返し、息を整えてから俺の方を向いた。

 

「アイクさん」

「なんだ」

 

 

「メリッサを、MBを殺してください」

 

 

 

 

 




恐らく今週中には(下)を投稿できるはず。……はず。


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親子

遅れて申し訳ありません。代わりと言ってはなんですが、前回より量が多く、シリアスです。


「メリッサを、MBを殺してください」

 

 落ち着いたマデリーンの口から出たのは衝撃的な言葉だった。

 

「なぜだ! 」

「レクス・ボルト! 」

「MBはマ………を、…して……た人……能な……す。彼女を……ほって……ら…なことに」

「すまない、やっぱり後にしてくれ! 」

 

 俺たちは今絶賛戦闘中だ。

 マデリーンの話を聞きながら移動しようとした所に大量の敵の増援が現れ、迎え撃つ形で再び戦闘になってしまったのだ。

 それを捌くために開幕早々イレースが敵に特大サイズの雷魔法を発動。耳をつんざく轟音と凄まじい光量と共に敵の群れを粉砕した。

 

 墜落の可能性を考えてリアーネをエリンシアに預け、マデリーンは俺が背負っているのだが、雷が喧しくて彼女の話が聞こえやしない! 

 ちなみに俺の背中に乗るのをなぜか気に入っているリアーネは少し不満そうだったが我慢してくれた。リアーネが背中にいると彼女の呪歌(鼻歌)で常に気力も体力も充実した状態で戦えるという大変嬉しい効果が付くのだが、安全優先なので仕方ない。

 そんなことを考えている間に雷魔法が終わったようだ。雷の後特有の変わったにおいが鼻を突く。

 

「アイクさん、MBは向こうにいるはずよ」

 

 マデリーンが通路の奥、敵の増援が湧いて出てきた方を指さす。大理石の床が粉々になって散乱し、雷が落ちたところはクレーターになっていた。

 レクス・ボルトは平たく言えば極大の雷を落とす魔法なので使えばそりゃあこうなるだろう。広い所でしか使えない、サンダーストーム程遠くは狙えない等、欠点はあるがおつりが出るほど高威力なイレース最大の魔法だ。ちなみに女神ユンヌの加護が例によってかかっているので魔道書の消耗無しに撃てる。まあ、廃火力かつそこそこ広範囲なので乱戦になるとほぼ役立たずになるから開幕と閉幕のベルにしか使えないのだが。

 そんなことより、

 

「エムビーってメリッサのことか」

「MBは彼女のコードネーム。Mother Brain の略よ。暴走を始めてしまった彼女を止めなければ大変なことになるわ」

 

 俺は剣を構えたまま慎重にクレーターの底を覗いた。クレーターのふちに巨大銀色クワガタの残骸転がっており、底は下の階がみえる。貫通してしまったようだ。

 敵がいないならばやるべきことは2つ。情報収集と移動だ。

 

「マデリーン、いったい何があったか、何が起こっているのか教えてくれ」

 

「……メリッサの…彼女の正体は、モンスターをテレパシーによって支配・制御するべく生み出された人工知能、通称・MB(エムビー)を搭載したアンドロイドなの___」

 

 

 マデリーンを背負って走りながら聴いた話をまとめるとこういうことになる。

 

 

 メリッサ・バーグマンは、生き物を支配・制御するべく生み出された自動人形で元はMBと呼ばれていた。

 メリッサは最初こそ人形のようだったが、親代わりだったマデリーンにメリッサ・バーグマンと名付けられ、マデリーンや施設の人間、メトロイドという生物と触れ合う内に心のような物を獲得した。

 

 しかし、それを良しとしない計画首謀者が恐らく外部から連絡してきて、メリッサの処分が決められた。黒幕の手先に脅されたマデリーンはメリッサの助けを呼ぶ声を無視してしまった。裏切られたメリッサはさっき俺たちが戦ったような怪物を大量に召喚して暴れだした。彼女をこのまま放置した場合、少なくと数日以内にこの施設の人間は全滅し、それ以降は見当もつかないという。

 

「だから彼女を、MBを破壊してほしいの。」

 

 震える声で懇願するマデリーンの話を聞いて、いつも明るくマイペースな皆も沈黙に沈んでいた。

 

 

 話を聞く限り、悪いのはメリッサを生み出し、都合が悪くなったから壊すという身勝手な計画の首謀者だ。

 マデリーンも局長としてメリッサの破壊に表向き賛成はしているが、震える声やメリッサを「血の繫がりは無いけど親子」と嬉しそうに言い切っていたことから内心反対なのだろう。当たり前だ。子供の死を願う親がどこにいる。

 

「事情は分かった。みんな走りながらでいい。聞いてくれ」

 

 だが、メリッサを救うのは難しい。

 まず暴れている彼女を止めなくてはならないし、そのためには彼女の周りにいる大量の怪物たちを片付けなくてはならない。メリッサ自身の能力も未知数だ。彼女を傷つけないよう手加減しなくてはならないし、もたもたしていると無関係の人間にまで被害が出る。そもそも人間不信に陥っているだろう彼女を思いとどまるよう説得できるかどうか分からない。さらに彼女を助けて、その後どうすればいいかも不鮮明だ。不確実要素が多すぎる。

 

 一方で、彼女を倒すというのなら話は単純だ。ここの警備員と協力して全力で敵を殲滅するだけ。彼女一人倒すだけで事件は解決し、この施設の数百人の命は保障される。

 

 

「俺はメリッサとマデリーンを助けたい。悪いがみんなの力を貸してもらえないか。頼む」

 

 ありったけの誠意をこめて頭を下げる。

 

 任務の達成を困難にし、傭兵団に厄介事を持ち込むこの決断はただの俺の我儘だ。

 だけど不確実でも、俺はメリッサを助けてやりたかった。権力者の思惑に必死に抵抗する彼女を手助けしてやりたかった。マデリーンに貰ったという髪留めを大事に磨く彼女を、マデリーンと楽しそうに笑う彼女を守りたかった。マデリーンとメリッサの関係を無かったことにしたくなかった。

 

 

「ん! 」

「あったりめえじゃあ! ……違った。当たり前です」

「こちらからお願いしようかと思っていました」

「さっすが大将! そうこなくちゃ! 」

「当たり前でしょ。家族は一緒にいなくちゃね! 」

「……給金、増額でお願いします」

「わ、私ももちろんお手伝いします! 」

 

 リアーネが、ネフェニーが、エリンシアが、ワユが、ミストが、イレースが、マーシャが応えてくれた。

 俺を含めてメリッサの討伐に納得している者は一人としていない!

 

「グレイル傭兵団はこれよりメリッサ・バーグマンと職員の救助を行う」

「ちょ、ちょっと話を聞いてなかったの。貴方達の仕事はメリッサの破壊。これは命令よ! 」

「断る。グレイル傭兵団は納得できない仕事は受けないし、しない主義だ」

「そ、そんな…」

「マデリーンも覚悟を決めろ。俺たちはもうあんたらを助けると決めた」

「で、でも…」

 

「マデリーン様、心配なさらなくても大丈夫です」

 

 エリンシアが安心させるように笑いかけた。

 

「最後は愛が勝つって決まっています! 」

「そ、そういう事じゃなくて」

 

 マデリーンはまだ決心がつかないようだが時間が無い。

 俺たちはまだなんか言っているマデリーンを無視して宣言し、走るスピードを上げた。

 

 

 

 

 怪物たちと散発的に戦闘を繰り返しながら、遂に俺達はメリッサ・バーグマンを発見した。

 天井は低く、マデリーンに教えられなければ壁にしか見えない天井まで届く扉に怪物たちが群がり攻撃を加えている。その後ろに金髪を肩まで垂らした白衣の少女の後ろ姿があった。

 

「「メリッサ! 」」

 

 俺と背中に乗ったマデリーンの呼びかけに、メリッサはゆっくりと振り返った。無表情だが目の奥に激情がちらついている。

 

「……何の用ですか。人間」

 

 まだ話ができるようなので話し易いようにマデリーンを床に下ろす。

 

 俺たちの作戦はマデリーンとメリッサの信頼関係を回復させることだ。メリッサの人間不信は計画首謀者の身勝手な行動に端を発し、母親マデリーンが彼女を助けなかったことが決定打となった。だからマデリーンとの関係を修復出来れば……

 

「さっきは貴女を助けられなくてごめんなさい。でも、もう終わりにしましょう。メリッサ、あなたは」

「いいえ。まだ終わっていません。身勝手な人間どもを裁かねばなりません」

「裁くってその扉の向こうは一般居住区よ」

「私を捕えようとした人間たちもそこに逃げ込みました。どちらも粛清対象ですから手間が省けました」

 

 マデリーンは宥める様に話し、メリッサは淡々と応える。

 

「しゅ、粛清!? 馬鹿なことは止めなさい、メリッサ! 」

 

 予想はできていたが信じたくなかったのだろう。メリッサの物騒な発言にマデリーンは動揺したようだ。

 

 メリッサは足元に転がっていた銃という魔道武器を取り上げて、マデリーンに向けた。

 

「愚かなのは貴方達の方です…! マデリーンも例外ではありません」

 

 目を血走らせながらも無表情のまま言い放ち、メリッサは引き金を引いた。

 乾いた炸裂音と同時に青白い光が空中に尾を引きながらマデリーンを襲う。

 

「させるかっ!」

 

 あれに当たると不味い、俺はラグネルで青白い光を斬り払い、霧散させる。

 

 メリッサがマデリーンを撃つのと同時に、怪物たちも俺たちの方を向かってくる。

 夥しい数の怪物たちに前をふさがれてメリッサの姿は見えなくなってしまい、さらに例の蜥蜴みたいな奴らがハサミから光線をいくつも飛ばしてきた。

 俺はマデリーンを横抱きし、号令をかける。

 

「皆行くぞ。目標はもう一度マデリーンとメリッサを会話させることだ。」

 

 

 グレイル傭兵団、戦闘開始。

 

 

 

「全員、突撃! 」

 

 俺の号令と同時にリアーネが味方の戦意を高め、疲労をとる呪歌を歌い出す。

 双方の雄叫びと爆発音、リアーネの透き通った美声とを背景に、色とりどりの光線の中を全員で突っ込んでいく。

 

 今回の作戦はスピード勝負だ。メリッサは怪物をどんどん呼び出せるのに対し、こちらは人員にも体力にも限りがある。時間を掛ければ不利になる一方だ。

 ともかくメリッサまでの道を確保しないと話にならない。

 

 エリンシアとマーシャとミストの3騎と魔導士イレースが先鋒を務める。天馬の嘶きに縛られて硬直する敵。

 

「レクス・ボルト! 」

 

 まず、イレースが轟音と共に極大の雷を落として、天井に張り付いていた蜥蜴もどきと敵陣と、ついでに床に大穴を開ける。

 

 しかしクワガタムシのようなやつらはなんと大量の雷をいくつか被弾しながらも回避。数を7体から3体に減らしながらもこっちに向かってくる。その後ろからトゲ付きの玉達もガリガリと火花を散らしながら転がってきた。

 

「「はああっ!」」

 

 次に、エリンシアが得意の2連撃を食らわせて正面のクワガタムシを沈め、マーシャが勢いに乗った突進で光線を撃ちまくる緑色の蜥蜴もどきを貫き、ミストが魔法剣を振り回して桃色の刃を飛ばしてトゲボールを叩き落とす。

 

 

 ワユ、リアーネを背負ったネフェニー、マデリーンを抱く俺が騎士たちの作ってくれた道を突き進む。

 

「っはあ!」

 

 速度と技量を一番の武器とするワユが俺に跳びかかろうとする2体のクワガタムシを一瞬で上下左右から斬りつけてバラバラにする。

 

「助かった、ワユ」

「気にしないで。お礼は後でゆっくりしてもらうから! 」

 

 戦闘中に次の鍛錬のことを考えるとか、この戦闘中毒者(バトルジャンキー)め!

 

「ふっ!」

 

 ネフェニーが流れるような4連撃で火花を散らしながら床や壁を不規則に跳ね回るトゲ付き玉4つを串刺しにし、最後に獲物を刺したままの聖槍をトカゲもどきにぶん投げる。

 矢の様に飛んだ槍は正確に獲物の胴体を貫通し、ネフェニーが手を開くと槍のみ現れた。

 

「すまない、ネフェニー」

「…いえ。それよりお礼というのが気になります」

 

 お前もか、ネフェニー! お前は違うと信じていたのに。寄ってくる敵を斬り、寄ってこない敵には斬撃を飛ばして切り裂きながら心の中で嘆いた。

 

 

「アイク」

 

 もう少しでメリッサの居場所に届くという所で、マデリーンが真顔で言った。

 

「いくら貴方達でもこのままでは負けるわ」

「……」

 

 ……そんなことは初めから分かっていた。

 

 一見すると、快進撃を続けているように見える俺たちだが、強引に前へ進んでいるだけで左右に敵を残したまま。左右から挟撃されれば致命的だ。その前にマデリーンとメリッサの信頼関係を回復させないといけない。

 

「こいつらはMBの命令で動いている。だからメリッサを倒せばこいつらは組織立った動きができなくなる。だから__」

「だからメリッサを殺せと言うのか。母親のあんたが」

 

 思わず漏れてしまった低い声にマデリーンは揺らがなかった。

 

「ええ。あの子はもう完全に心を閉ざしてる。あの子の心にあるのは私や人間に対する憎悪だけ」

 

 苛立ちが募る。あんたはなんにも分かっちゃいない。メリッサへの道はあと一歩なんだ。

 

「もういい。あんたら親子は俺たちが意地でも助けてやる。文句も苦情も知った事か」

 

 俺にはあと一押しでメリッサはマデリーンを許して心を開くという確信があった。

 

 だって、そうだろう。

 

子供(メリッサ)愛してくれた家族(マデリ-ン)を本当に嫌う筈がない! 」

 

 瞼の裏に映る記憶の雫。

 母さんの形見のメダリオンに毎日、今日あったことを話していたミスト。

 女を理由に手加減されるのを心底嫌うワユの根底にある差別されていた女騎士の母の姿。

 行方不明になった兄を探すためベグニオン皇帝直属の天馬騎士への道を蹴ったマーシャ。

 誰よりも優しいエリンシアが、家族想いで怖がりのネフェニーやミストが、故郷や家族を守るために剣を取ると決めた瞬間。

 

「た、たとえそうだとしても、私はこの施設を預かる局長として彼女の処分を__」

 

 責任に逃げるマデリーンに俺の苛立ちがピークを迎えた。

 

「親が子供に死ねだと……! 」

 

 脳裏をよぎるのは、誰よりも強く誇り高い親父が俺たち兄妹のために利き腕を自ら傷つけていた事実。人質にされた情けない俺を助けるため、敵となったかつての弟子に「自分の命はどうなってもいいから子供たちには手を出すな」と懇願した瞬間。死に掛けの体で「元気で、平穏に暮らせ」と言った瞬間。

敵に魔術と薬品で洗脳されて俺や姪のエリンシアに剣を向けたレニング王弟が、自由に動かないはずの体をねじ伏せ「イキロ。ワタシを、タオセ」と言った瞬間。

 

 親ってのは子供の気持ちなんか考えずに___!

 

「親は子供に生き抜けって言うんだ!! 」

 

 

 仲間たちの尽力で出来たメリッサへの道に俺はこの責任感の強すぎる女を力一杯ぶん投げた。

 

 マデリーンは悲鳴を上げながらメリッサの方に飛んでいき、

 

「…ま、マデリーン……」

 

「メ、メリッサ……」

 

 心温まる親子の会話(顔面衝突)に成功し、どこか幸せそうにお互いの腕の中に顔をうずめたのだった。

 

 

 








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整いつつある舞台(下)

長かった・・・もうすぐサムスに会えるよ。
7月27日、改稿。
一部スキルの解説を追加、一部に会話を追加。


 マデリーンとメリッサの会話に成功した。ついでにメリッサが気絶したので俺たちを囲んでいる怪物どもも凍りついたように動かなくなって万事解決……とはいかなかった。

 

「「………」」

 

 仲間達から説明を求める視線が俺に突き刺さる。若干非難や呆れの感情が混じっているような気がするのは気のせいだと思いたい。

 

 俺は仕方なく腕を上げた。

 

「よし、目標達成。任務成功だ! 」

 

 視線の温度が急激に下がった。解せん……。

 

「いや、大軍を倒すには敵の大将を倒すのがうってつけだ。それに悪い事した子には親のお話とお仕置きが必要だろう。俺はそれをいっぺんにやっただけであってだな…」

 

「さっすが大将! 私には思いつかない事をしてくれるよね!」

 

 俺の説明に仲間たちの視線の温度は上昇を示し、現メンバーではトップクラスの破天荒さを誇るワユからはキラキラした目で見られた。複雑だが少し嬉しい。

 

「アイク、らんぼう、だめ!」

「とりあえず、護衛対象を投げるのは良くないと思います」

「アイクさんですから」

 

 だがリアーネからお怒りの言葉を貰い、ネフェニーには冷たい目でダメ出しされた。破天荒さではワユと同等のイレースまで完全に諦めた者の目だ。地味にダメージを負う。

 

「すまん。勝利条件をいっぺんに満たせる方法を思いついたものだから、ついな」

 

「普通こんなこと思いつきもしないし、思いついたとしてもやらないよ」

「アイクさん、少しずつ頑張りましょう。私もお付き合いしますから」

 

 団内では良識派に属するミストとマーシャには悲しそうな目で見られてしまった。同じ良識派としては頭が下がる思いだ。

 

「私も一緒に行きますから、後で謝りましょうね」

 

 最後にエリンシアがまとめる様に言った。みんなも頷く。まるで駄目男に接する賢妻。駄目兄マカロフと接するしっかり者の妹マーシャである。ん? それじゃあ俺はマカロフと同じなのか。それは嫌だ。

 

 

 そんなことを話しながら、人騒がせな親子を連れて撤収しようとしたその時、奇怪な音がした。

 

 

 ___キシャアアアアアアッッッ!!

 

 化け物の鳴き声じみたその音が空気を震わせる。

 それと同時に、彫像のように動かなかった化け物達が突然動き出した。息を吹き返したトカゲもどき達が腕のハサミを倒れ伏すマデリーンとメリッサに向ける。

 

 俺達はトカゲもどき達に殺到するが一瞬の差で間に合わなかった。

 炸裂音と閃光が弾け、全方位から紫の光が床に倒れ伏したままのマデリーンとメリッサを襲う。

 

「させるかっ!」

 

 俺は全力で彼女たちの方に走りながら、ラグネルを横殴りに振るった。青い衝撃波が発生し、彼女たちの上を飛び越え、前方の弾幕を消し去る。

 

 横薙ぎと同時に走った勢いを利用して前に跳躍する。ただし低く、床すれすれを。

 

 俺の狙い通り、大剣を振るった勢いを残した身体が勝手に右に回っていく。

 

「はあっ!」

 

 空中で横に回転しながら、再び水平に剣を振るう。再度、青い衝撃波が発生して後方から間近に迫っていた光線の群れをかき消した。

 

 倒れたままのマデリーン達に背を向ける形で彼女達のすぐそばに着地し、剣を防御向きの中段に構える。

 

 

 横薙ぎや、それを発展させた回転斬りは衝撃波で攻撃範囲を大幅に広げられるラグネルやエタルドを使うことで真価を発揮する。

 周囲を敵に囲まれた時に使う全方位攻撃。またこちらの攻撃を躱して接近戦を挑んでくる身軽な敵にも意外と有効だったりする。やろうと思えば俺の正面も背後も横も上も下も衝撃波の攻撃範囲だ。避けようがない。身軽な敵は防御が薄いことが多いので斬撃と同じ威力の衝撃波に耐えられない。

 

 短所としてはある点では応用が利かないということだろうか。

 

「っ!」

「うわっ!」

「きゃっ!」

 

 回転切りは文字通り全方位に衝撃波を発生させるので周囲の味方を巻き込むのだ。一応衝撃波の範囲は技を出す直前に大雑把に決められるのだが、それでも集団戦では致命的である。

 

 今回はマデリーンとメリッサに当たりそうな光線を全て消す必要があったので、彼女たちがいる前方はともかく、後方はワユとネフェニーならなんとかできるだろうと手加減なしの衝撃波だった。

 

 おかげで弾幕は全滅したが、味方から非難轟々だ。

 

「ちょ、ちょっと大将。する時はしたいってちゃんと言って! 」

「…危うく私たち3人とも天国に逝ってしまう所でした」

「すまん! 怪我は無いか!」

 

 後方の一芸特化の歩兵組はとりあえず無事な様だ。文句を言いながら敵を倒している。

 

「ない、よ」

「アイクさん、やりすぎですよ!」

「お兄ちゃん、気をつけてよね!」

 

 後ろからリアーネとマーシャ、ミストの声は聞こえるが、エリンシアとイレースの声が聞こえない。心配だ。

 

「全員、遠距離攻撃が出来る奴から倒せ! 」

 

 敵の光線を遮るものが何もないこの場所でこちらの非戦闘員は3人もいる。再び動き出した敵は、遠距離攻撃ができる奴から優先的に仕留めるべきだ。

 

「「マジック・シールド! 」」

「エリンシア、イレース。無事だったか」

 

 後ろを振り返ると天馬に乗ったエリンシアとイレースがマデリーン達にマジックシールドをかけていた。マジックシールドはしばらくの間魔力による見えない結界を張る魔法だ。これでさっきのような奇襲も1回くらいなら何とか防げるだろう。

 

「助かる。それととっさの事とはいえ、さっきはすまなかったな」

「いいえ。アイクさまもマデリーン様とメリッサ様も無事で何よりです」

 

 エリンシアはにっこり微笑んで言った。

 ……エリンシア…良い奴だな。なんか癒される。

 しかし、だからこそ気になる点があった。近くにいる蜥蜴もどきを斬り飛ばしながら指摘する。

 

「…なあ、エリンシア、それやめにしないか」

「えっ、」

「俺も貴族になるんだから慣れなきゃいけないと分かってはいるんだが、様付けとお辞儀はどうにも背中が痒くなる。前にも言ったがもっと砕けたかんじで話してくれないか」

「あ、アイクさま、そ、それはどういう……」

 

 なんだかエリンシアがあわあわと慌てだした。

 

「だから敬語とかも無しで、アイクって呼び捨てにしてくれ。もともとエリンシアの方が偉いんだし」

「で、ですがアイクさまはクリミアの、私の恩人ですし、そのう」

「俺達が知り合ってもう4年も経つのに、知り合って数日のマデリーン達と同じく様付けで呼ばれるのは不満、というか少し寂しい。それにマーシャやルキノ、ジョフレも呼び捨てにしているじゃないか」

「そそ、それは…そうですが……ぁ、あい、アイク………さま」

 

 俺としては割と当たり前の要求だったのだが、彼女にはどうやら厳しすぎたようだ。エリンシアが耳まで真っ赤になって悶えだしてしまった。

 そんな反応されるとこっちも少し照れるが、顔を隠していやいやしている彼女を見ているとこう癒されるな。エリンシアの新芽のように柔らかい緑色の髪と白磁の肌に赤がよく映える。

 

「……私の前で唐突に二人だけの世界を作るのは止めてください」

 

 恨みがましい低い声に二人してハッと振り返るとイレースが俺たちを悲しそうな目で見つめていた。なんか手遅れの重傷者を見るような目だ。

 

「…イレース怒っているのか」

「…いいえ。アイクさん私は悲しいです」

「じゃあその手の雷は何だ」

「これですか、なんだか急に雷魔法を撃ちたくなって」

 

 右手を敵に向けて雷を解き放った。轟音と敵の断末魔が聞こえてくる。

 ゆっくりこちらに近づいてくるイレースの迫力にエリンシアがぷるぷる震えている。そんななか救世主が現れた。

 

「あ、あのですねアイクさん、エリンシア様! ここは一旦撤退して戦力を立て直すのがいいんじゃないかなーっと思うのですが」

 

 マーシャがやってきた。

 

「よし一度合流しよう。皆集まってくれ! 」

 

 これ幸いと俺は号令するのであった。

 

 

 

 

「いやーすごい数の敵だね-」

「…ざっと見ただけでも百以上います」

 

 ワユの能天気な言葉にネフェニーが真面目にコメントした。

 

 俺たちは扉のすぐ近くに設置した光の結界の中で傷の手当てと体力の回復に努めながら作戦会議をしていた。敵は直立する白い光の柱で出来た結界を取り囲んで攻撃しているが結界は破られていない。

 

 光の結界は、使用すればしばらくの間、敵も魔法も使用者本人すら通れなくなる使い捨ての結界の術式の書いてある札だ。魔法職じゃなくても発動可能なのが利点。高価かつ貴重で一定時間で効果が切れるのが欠点だ。ちなみに在庫はあと一つしかない。

 

 

「それにしてもあの音は何だったんでしょう」

「……あれは、めいれい。にんげんを、おそえって」

「あ、あれもメリッサさんの力、なんでしょうか」

 

 おののくマーシャにリアーネは静かに首を振った。

 

「ちがう。めりっさは、ひと。あれは、ひとじゃない、なにか」

「…しかも敵の数は増え続けています」

「それに、さっきから薄暗くなってきたよ」

「殲滅は難しい、か。これは一度撤退して態勢を立て直すしかないだろうな」

 

 手段を選ばなければ殲滅できない事も無いが暗所で非戦闘員3人はきつい。さっきの奇襲の件もある。しかもここはほぼ遮る物のない平地だ。彼女達を隠すところも無い。

 

「でもお兄ちゃん。撤退するにしてもどこに行くの。私達の部屋のある方から敵が続々と出ているんだよ」

「……こんなことなら冷蔵庫の中の物全部食べておけば良かった…」

 

 本気で悔やんでいるイレースの言う冷蔵庫というのはいわば個人用魔法版冷え蔵といったところで、そこに食糧や飲料を入れておくと簡単には腐らないという代物だ。

 テリウスにも冷え蔵はあるのになんでこれを思いつかなかったのだろうか。これがあれば肉や魚、野菜や果物を燻したり干したり塩や蜂蜜漬けにする必要が無い。あれはあれで美味いがやっぱり新鮮な物を何時でも食べられるというのは非常に魅力的だろう。帰ったら絶対にテリウスにも広めようと思う物の一つである。他にも牛肉のステーキとか、ハンバーグとか伝えたいことは色々とあるが今はそれよりも考えなければならない事がある。

 

「俺達の部屋が駄目ならば、扉の向こうの一般居住区に行くしかない」

 

 マデリーン曰く、俺たちやマデリーン達のいるフロアと一般居住区はここしか通路が無いそうだ。だからメリッサもこの扉を破壊しようとしていたんだろう。

 

「しかし、この扉を壊してしまったら敵が一般居住区に雪崩れ込んでしまうでしょう。わが身可愛さに無辜の民を犠牲にする訳には参りません」

 

 エリンシアが凛々しく断言する。

 そこにはいつもの恥ずかしがりやの少女では無く、気高いエリンシア女王がいた。

 エリンシアは時々誰よりも気高くなる時がある。彼女は顔も知らない誰かのために献身することの尊さ、大切さを知っている。高貴というのはこんな時に使う言葉だろう。

 

「分かっている。だから皆はマデリーン達を連れてリワープで逃げてくれ。俺が残って扉を守る」

「それじゃお兄ちゃんが危なすぎるよ!」

「『勇将』のスキルがあれば、なんとかなるだろう。いざとなれば『天空』で回復すればいい」

 

『勇将』は大怪我をした時に自動的に発動してくれるスキルで、効果は力の強さ、技の切れ、動きの速さ、が大幅に上がるというものだ。体感だが1.5倍くらいになると思う。名刀でばっさり斬られるか、脇腹に長槍が突き刺さっているレベルならば発動するという結構しんどい条件で、スキル自体覚えるのが難しく、おまけに回復するとスキルの効果も消えるという厄介さだが、効果は高い。

 

『天空』は親父の剣術を応用、発展させた俺オリジナルのスキルだ。奥義と言ってもいい、俺の奥の手である。敵に与えたダメージ分、自分の傷を癒して体力を回復させる一太刀と、敵の防御力を無視して斬りつける一太刀を同時に繰り出すというものだ。

 

 ちなみに同じ剣術を継いだゼルギウスは敵の防御力を無視した斬撃を同時に五度繰り出す、厚い鎧を着てダメージを抑え、『治癒』で回復をするという戦法をとっていた。防御力を無視して五度も斬られるのは死と同義なので、奴との戦いは大技を確実に防ぐ『見切り』が必須であった。

 

「……『勇将』と『天空』は、体に負担が大きすぎて同時にできないって言ってませんでした?」

「いや女神アスタルテとの戦いの後、出来るようになったから問題ない」

 

 イレースは俺の発言に疑問を抱いたようだ。

 俺にも原因は不明なのだが、女神との戦いの後、体が前より丈夫になった。ワユとの鍛錬で怪我をしても血も痛みもすぐ止まるし、治りも早い。『治癒』をつければもっとだ。前は出来なかった負担の大きいスキル同士の組み合わせも可能になったし、まるでラグズにでもなった気分だ。

 

「俺も原因は分からないが、ユンヌが俺の体を強くしてくれたんじゃないかと思っている」

「扉を守る人は必要だけど、大将だけじゃなくて私も残るよ」

「アイク様ばかりに負担をかけるわけには………そうです! 光の結界を使いましょう!」

 

 

 

 

 

 真っ直ぐに伸びていた結界の光が靄の様に揺らめいていた。敵も邪魔な結界が消えると分かったのだろう。よりいっそうの熱意をもって攻撃してくる。

 

「確認するぞ。イレースとミストはリワープの魔法を、エリンシアがマジックシールド、リアーネは彼女達のサポートだ。その他のメンバーは俺と一緒に彼女達を守り通す。合図をしたら集合して扉の前に光の結界を置いて離脱する。いいな」

 

 全員が頷く。

 既にエリンシアとイレース、ミストは目を閉じて魔法に集中している。

 古代語の呪文を唱える3人の元に色とりどりの魔法陣が現れては処理されて消えていく。

 今から行う魔術は確立されていない不完全な物なので高度な思考処理、普通の魔導士なら即死んでしまう程の呪力消費、凄まじい集中力を必要とする。

 いつもの様に詠唱を省略して即時発動という訳にはいかない。

 

 魔法使い達に負担をかけてしまうが、色々と考えたがこれが一番犠牲の出る可能性が低く、成功の確率が高い作戦だった。

 内心すまなく思いながらも、これに懸けるしか無かった。

 

「…アイク、これで、いい? 」

 

 リアーネが扉に光の結界の札をぺたぺたと貼り付けていた。

 

「ああ。それでいい」

 

 これで向こう側にマデリーン達を隠して、化け物たちを殲滅するための作戦を展開するための時間を稼げるだろう。ここの施設の人達の協力も当てにしていいはずだ。何しろここの魔導技術はテリウスより発達している。銃以外にも色々と武器やそれに準ずるものがあるに違いない。

 

「まだ発動させるなよ。タイミングが命だ」

「ん。わかってる」

 

 この札は一度発動してしまうと魔力の流れを遮断してしまうので、今この結界が発動したら扉の向こう側に転移することは不可能になってしまう。

 ここでふと疑問を覚えた。

 

「リアーネはどうやってこの札を貼り付けたんだ? 」

 

 俺の疑問にリアーネがえっへんと薄い胸を張った。

 

「ごはんつぶ、つかった」

「……昼飯用に支給された握り飯か」

「ん!」

 

 ……まあ札がくっついてくれれば何で貼っても問題ない。

 とりあえず誇らしげな様子のリアーネの頭を左手でなでておく。

 彼女はくすぐったそうにころころと笑い、戦いの前なのにみんなで和んでしまった。

 

「じゃあ、リアーネ。いつものを頼む」

「ん。わかった」

 

 リアーネが杖使い達の間に立ち、胸の前で手を合わせた。疲れを取り、集中力と呪力を回復させるゆったりした曲調の呪歌を歌い出す。

 

 霧の様に残った光が最後の仕事とばかりに敵の猛攻を防いで、そして消えた。

 すかさずエリンシアが非戦闘員の周囲にマジックシールドを張る。

 

 

「グレイル傭兵団、出撃! 目標は全員で生き残ることだ!」

 

 

 号令と共にワユを乗せたマーシャが敵に向かって飛び出していった。

 今回の俺達の役割はエリンシアたちの護衛だが、速度と技量を武器にする天馬騎士と剣士は防御にはもったいない。故に彼女たちは__

 

「空は任せたよ、マーシャ!」

「任されました!」

 

 

 敵陣に切り込み敵を混乱させるのが役割だ。攻撃こそ最大の防御、当たらなければどうということはない、を地で行くワユとマーシャにぴったりの役目だ。

 

 ワユが天馬の上から跳び下り、神刀ヴァークカティを抜刀して地上の敵を一刀両断。着地するや否や、敵の横を駆け抜けながら横薙ぎに一閃、続けて袈裟懸け、逆袈裟懸け、唐竹割りと辻斬りのように敵を斬っていく。

 

 空はマーシャの狩場だった。飛んでくる光線の群れと天井や壁をバウンドする緑のトゲボールを右に急旋回、左に回転、急加速とアクロバット飛行で躱していく。目まぐるしく動き回りながら神槍を投擲して遠距離攻撃の出来る蜥蜴もどきを貫き、跳躍する蜥蜴もどきを直接刺しうがち、跳ね回るトゲボールを穂先で切り伏せ、石打で叩き落す。

 

 ワユとマーシャが縦横無尽に活躍する傍らで、ネフェニーは敢えてエリンシアのシールドから出て2mを超える彼女の神槍で敵を屠り、同じくらい大きな盾で攻撃を防いでいる。彼女の巧みな槍捌きと盾捌きで敵は攻撃できず、攻撃しても大半が盾で防がれる始末だった。

 

 一方俺はエリンシアの張ったシールドから少し離れた場所で、一番厄介な銀色のクワガタムシと戦っていた。こいつは横に1m、上に2mを超える巨体のくせに爪と角を使った高速戦闘を挑んできた。

 

「ここだ!」

 

 俺はラグネルの間合いに入った一瞬を狙って下から逆袈裟に剣を振る。

 重装鎧の騎士を斬った時のような感覚と嫌な金属音を鳴らして胴体に斜めに傷が入った。

 しかし敵は当たる直前に身を引いたため傷は浅く、ナイフの様に鋭い3本の爪を獰猛に振るって反撃までしてきた。

 なかなかやるな。

 反撃に振るわれた爪を半身になって躱して、同じ所を袈裟懸けに斬り付けた。

 手応え有り。

 

 続いて、剣を振り終わった瞬間を狙って2体の銀色クワガタムシが剣のような二本の角で挟み込もうと左から突進してきた。

 このままここで相手を待ち受けるのは不利だ。

 直感に従って俺は敢えて接近を選択。空間を乱さないように走りながら剣を引き絞り、当たる直前で滑り込むように身を低くして角を回避。飛び上がり際に衝撃波を繰り出しながら切り上げる。

 空中で一回転して体勢を整え、相手とその後ろのクワガタが真っ二つになっているのを確認してから着地。エリンシア達の方へ行く光線もしっかり切り払っておく。

 

「次だ!」

 

 俺は次の獲物を求めて駆け出した。

 

 

 

 

 きゅああああ!! きゅああああ!! きゅああああ!!

 

 十数分後、大きな白鷺に化身したリアーネの叫びが聞こえてきた。合図だ。

 

 空中に留まっていたマーシャが急降下する。おそらくワユを乗せに行ったのだろう。俺も急いで離脱地点に向かう。

 

 黄金の魔法陣が離脱地点の床を覆っていた。魔力で編まれた古代語が幾何学模様のように絡み合い円を形成している。

 

「マーシャ! 急いでください!」

 

 エリンシアの声が響いた。見るとエリンシア達の杖のてっぺんの宝石が砕けかかっている。

 エリンシア達の所に敵は通していないし、出来る限り流れ弾も防いでいたのだが、やはり無傷とはいかなかったようだ。

 しかも本来個人用のマジックシールドとリワープを持ち主の技量と多量の魔力で無理矢理集団で使っているのだ。だいぶ彼女達にも杖にも負担をかけたらしい。

 

「ただいま戻りましたー!」

「ただいまー!」

 

 マーシャもワユも仕事が早い。

 マーシャと彼女の天馬の背中にはワユが座っていた。2人とも細かい傷はあるが大怪我はしていないようだ。

 

「俺が殿を務める。二人とも陣の中へ!」

「アイクさん、私も!」

「ネフェニーはそのまま陣の中に敵が侵入しないようにしてくれ!」

 

 殿というのはいつだって死亡率が高い。ならば団長の俺がやるべきだ。魔法陣に向かってじりじりと後退しながらラグネルを横薙ぎ、唐竹割り、逆袈裟懸け、袈裟懸けと振り、敵に衝撃波を飛ばして敵の注意をひきつける。

 

 リワープの魔法は陣に一歩でも入ったものを問答無用で転移させてしまうことは先の大戦で分かっている。扉の向こう側は非戦闘員だらけだ。一匹でも敵を入れるわけにはいかない。

 俺は懸命に剣を振るい、敵を斬り飛ばし、衝撃波で吹き飛ばし、殴り飛ばし、蹴飛ばしながら後退する。後ろからも斬撃や衝撃波、槍そのものも飛んできて援護してくれていた。

 

「大将、もう少しだよ!」

「アイクさん、もうちょっとです!」

「気張るんじゃあ、アイクさん!………頑張ってください、アイクさん!」

 

 回復魔法の使い手が一人も動けない今、ワユもマーシャもネフェニーも残り少ない体力で、俺を迂回して敵が陣の中に入らないように援護してくれている。

 エリンシアも動けない非戦闘員を守るために必死で消滅寸前のシールドを維持している。

 リアーネのサポートを受けながらミストとイレースも無理やり完成させた魔力馬鹿食い魔法を発動せずに維持し続けるという離れ業をしながら俺を待っている。

 

 本当によくできた女たちだ。ここまで助けられて燃えねば男ではない!

 

「うおおおおおおおっっ!!」

 

 よくわからん雄叫びが口からほとばしるに任せ、一歩、また一歩と、近いのにひどく遠く感じる道を後退する。

 蜥蜴もどきの光線が脇腹を貫き、クワガタムシのカギ爪が俺の左腕の肉を抉る。刻々と失われる血とスタミナ。

 敵からの圧力は強くなり、俺の傷も増えるばかりだが絶対に敵は通さない。通してたまるか!

 

 

「アイクさま!!」

 

 永遠にも思えた時間は後ろからエリンシアに抱きつかれて終わりを迎えた。

 それと同時に様々な事が起こる。

 

 俺が渾身の力で横薙ぎを繰り出し、剣と衝撃波で接近していた集団を真っ二つにし、他をある程度吹き飛ばす。

 

 エリンシアに引かれて俺の体が陣に入る。

 

「「行きます!」」

 

 魔法が発動し魔法陣の輝きが増す。

 

「ん!」

 

 リアーネが光の結界を時限発動する。

 

「きゃあ!?」

「っく!?」

 

 そして俺の体が音を立てて陣の外に弾き飛ばされた。

 

 愕然とした顔で俺を見るエリンシア達が転移し、一瞬遅れて光の結界が発動。

 

 あとには、呆気にとられる俺と殺気立つ怪物たち、光の結界だけが残された………

 

 



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舞台は整った

サムス、登場です。


「…アダム、見ているのだろう。生存者だ」

「…………ああ」

 

 冷静沈着を地で行くアダムも多少は驚いているようだ。

 

 私は明らかにバイオハザードが起こっているボトルシップで、鎧やマントを付けて実体剣を構えた男と互いに武器を構えて向かい合っていた。

 

 様々なビーム兵器や銃、その他パワードスーツまで存在する現在。

 実体剣や金属鎧とマントも仮装パーティーの衣装としてなら人気はあるが、実際に武器として使用するには時代遅れにも程がある。

 しかし目の前の男はそれを大真面目にやろうとしていた……使われていたのは何千年前だと思っているんだ。

 

 いや、本当になんなんだろうこの状況。例えて言うならばゾンビ物の映像作品を見ていたら、おとぎの国の剣士が出てきてしまったような場違いな感が……

 

 待て、落ち着け、まずは状況の整理だ。

 

 

 

 

 

 メトロイドを絶滅させに来た私を、母親だと思いこみ、慕ってくれていたメトロイドの幼生体ベビー。

 ベビーはマザーブレインから私を庇い、瀕死の私にエネルギーを分け与え、私の頭上で砕け散った。

 

 私はベビーのくれたエネルギーをほぼ全てハイパービームにつぎ込み、マザ―ブレインを破壊して、爆発する惑星ゼーベスから命からがら逃げ出した。この際にデリケートなエネルギータンクとミサイルタンクが破損してしまったが、まあ命には代えられない。

 

 馴染みの検疫官から身体とパワードスーツに異常がないどころか性能が向上していると太鼓判押してくれた。

 これもまたベビーがくれた力なのだろうと感慨にふける私に笑いながら彼は言った。

 

「お偉いさん達が君の報告をお待ちだよ。君のスーツは君が恥をかかないようにピカピカしといたから」

 

 惑星ゼーベスとメトロイドの消滅を報告した私に万雷の拍手が沸き起こり、私の重たい心をさらに重たくしたのを覚えている。

 

 それからしばらくの時が流れて、メトロイドもスペースパイレーツもベビー少しずつデータベースの記号になってきた頃、辺境宙域を航行中に救難信号「 Baby`s cry 」をキャッチした。

 

 Baby`s cry 誰かを呼ぶことを最優先する赤ん坊の泣き声になぞらえた典型的な救難信号だ。

 

 Baby`s cry この言葉に導かれるように私はスターシップの進路を変更して、この廃棄された宇宙ステーション、通称ボトルシップにやってきた。

 

 するとそこには、私のかつての上官で父親のような存在だったアダム・マルコビッチ司令官、その部下で元同僚のアンソニー他銀河連邦軍の1部隊が来ていた。

 

 彼らに付いていくうちにここの異常性と危険性が分かってきた。

 薄暗いステーション内のあちこちに戦闘の跡も残され、その上を奇怪なクリーチャーたちが跋扈し、私たちを襲ってくる。

 このままではアダムたちが危ない。そんな気持ちに突き動かされて私はアダムに協力を提案し、私は再び彼の指揮下に入った。

 

 今回のミッションの目標は大まかに分けて生存者発見とその保護、この事件の真相解明の2つだ。最優先が生存者の保護というのがアダムらしい。

 

 アダムの指示に従う義務と彼との視界の共有、さらに武器の使用に制限がかかったが、銀河連邦軍を抜けて以来初めてになるアダムの指揮下での部隊行動に不謹慎だと分かっていても不思議と心が浮き立ったのを覚えている。

 そしてアダムの命令で、ここのメイン電源に巣くっていた巨大なハチのような連中とその巣を破壊して電源を復旧させた。

 

 ここまでは良かった。いや、ちっとも良くないがサムス・アランお馴染みのトラブルだった。問題はこの次だ。

 

 ミッションに成功し、一時帰還を命じられた時、背後の扉がいきなり開いたのだ。

 

 敵かと思った私はとっさに横に跳んで射線から外れ、回転して体勢を整え、扉にチャージ済みのアームキャノンの銃口を向けて____思わず目を疑った。

 

 そこには私と同じくらいの年の男がいた。

 それだけなら生存者発見を喜びはしても、ここまで衝撃は受けなかっただろう。

 

 その男はまるで古い絵本の中から跳び出してきた様な格好だった。

 

 濃紺の頭髪に蒼い目、頭に濃い緑の鉢巻を巻き、青い鎧と紅いマントを着て、黄金の実体剣を片手で構えてこちらの様子を眼光鋭く伺っている。

 

 

 

「に、人間なのか…」

「……それ以外の何に見える」

 

 しゃべった!?

 

「いや、幻覚を見せるタイプのクリーチャーかと…」

「………流石の俺も人間以外に間違われたのは初めてだ」

 

 しかも会って早々傷付けてしまったようだ。むくむくと申し訳ない気持ちが湧いて来る。

 

「その、申し訳ない」

「…いやいい。そういうあんたこそ何者だ」

「私の名前はサムス・アラン。フリーの賞金稼ぎ(バウンティ・ハンター)だ」

「そうか、俺はアイクだ。グレイル傭兵団の団長をやっている」

 

 お互い自己紹介を終えて少しだけ、空気が軽くなった。

 アイクの対応は理性的だし、彼にしても私が無闇に襲い掛かってくる存在ではないと分かってくれたのだろう。

 しかし傭兵とはまた古風な言い方だが、同業者だったか。

 

「それにしてもあんたみたいに橙色でごつごつした種族は初めて見た。なんて種族なんだ?」

「これはパワードスーツだ! ごつごつとはなんだ、ごつごつとは!」

「む? 気に障ったのならすまない」

 

 人が心の奥底で気にしていることを……! 

 女性の兵士や賞金稼ぎのための雑誌によれば4分の3が悩んでいるんだぞ。女性の兵士や賞金稼ぎに言ってはいけないことランキング上位にムキムキとか腹筋とかと並ぶ禁断ワードを、さも悪気なさそうに言ってくるのがまたムカつく。同業者ならパワードスーツくらい知っているだろうに。さっきの仕返しか、嫌味な奴め。

 申し訳ない気持ちとか色々な物がどっかに吹き飛んでしまった。

 

「武器を降ろしてくれ。私はこの施設の人間の救助に来た者だ」

 

 それでも仕事は仕事なので、アームキャノンを降ろし、呼びかけた。

 

「…救助…」

 

 彼も剣をとりあえずは降ろしてくれた。

 

「そうだ。貴方達もそのためにここに来たのか」

 

 アイクは一瞬考え込んだが、答えた。

 

「……ああ」

「…貴方は他に生存者を知らないか」

 

 傭兵団の団長を名乗るアイクの正体も気になるが、最優先すべきは生存者の有無だ。

 

「…知っている」

「本当か! 」

「ああ。全部で数百人くらいだ。ほとんどの奴がきっと無事だと思う」

「アダム! 聞こえていたか!」

「聞こえている。サムス、アイクと共に一度戻ってきてくれ。追って次の指示を出す」

「了解だ。アイク、私についてきてくれ。私の上官に会ってほしい」

「わかった」

 

 私もこの男も未だお互いに警戒を解いてはいない。この男が嘘をついていて危険な奴という可能性もあるが、今生存者の手掛かりはこの男しかいないのだ。こんなところで押し問答するより嘘を見抜くのが上手いアダムのいる所でやった方がいい。

 

 私はアイクを連れてメインセクターのアダムのいるフロアに向かった。

 

 

 もうすぐアダムの所に着くという時、今までしゃべらなかったアイクが唐突に口を開いた。

 

「サムス、その角の先に何かいる」

 

 この角を曲がると確か広い道に出るはずだ。

 私が角をそっと覗き込むとそこには1つ目の紫色の巨人がいた。あいつはここについて早々に私とアダムの部隊を襲った奴だ。奴は倒したはずだが仲間がいたのか。

 

「アイク、私が来るまでここで待っていてくれ」

「いや、俺も戦おう」

「危険だ。接近戦は相性が悪い」

 

 彼の矜持を傷つけないために方便として相性が悪いと言っただけで、そもそも私はアイクを戦わせるつもりは無い。

 

 この先にいる紫色の奇怪な巨人、通称:群体アリ。紫色のゴキブリのようなこいつらは背中に目のような模様のある一匹を中心に、集団で一体の1つ目巨人となって獲物を襲う。

 

 こいつらの厄介な所は普通に銃やビームといった点の攻撃を仕掛けても効果が薄い所だろう。元々は虫の集団なので、腕の一部を吹き飛ばそうが、胴体を抉ろうがひるむことなく伸縮自在の腕を振りまわし、攻撃してくるのだ。しかもすぐに別の虫が集まってきてせっかく壊した所を塞いでしまう。

 私が接近して注意をひきつけ、アダムたちが遠くからフリーズガンで凍結させて、私がミサイルで吹き飛ばす。これを4度繰り返し、核となる目玉をミサイルで木端微塵にすることでようやく勝った相手だ。

 

 私がベビーから授かった緊急回避能力であるセンスムーブと同等の速度で振り回される腕が普通の人間に直撃したら体が2つに裂けてしまうかもしれない。パワードスーツも無しに、人間が剣で接近戦を挑んだ所で負けは見えている。あまり納得していなさそうな彼にそう説明した。

 

「サムス、アイスビームの使用を許可する。遠距離から奴の体を凍結させて、ミサイルで爆破せよ。私も直ぐに向かう」

「了解した、アダム」

 

 アダムの許可が出たので、私はノーマルビームをアイスビームにアップグレードする。

 ピコンっと電子音がして私の視界にアイスビームが使用可能になり、威力の上昇と凍結能力が付与されたと映った。

 

(よし)

 

 私は角から飛び出し、フルチャージしていたアイスビームを発射した。

 白い光と炸裂音を残して水色のアイスビームが飛んでいき、敵の腕に当たりその部分を凍結させる。すかさず、アームキャノンのモードを切り替え、ミサイルを放って凍結部位を爆破。

 ここまでで2秒とかかっていない。上々の滑り出しだ。

 

 群体アリもこちらに気付き、片腕になった体をゆらゆらと揺らしながら近づいてきた。

 私も覚悟を決めて、アイスビームをもう片方の腕に向けて連射しながら近づく。

 

 チャージショットの威力は高いが、次弾を撃つまでに多少の時間がかかるのが弱点だ。

 しかも今回こちらには非戦闘員がいるので私から敵に接近しなくてはならない。

 

 敵の腕が鞭の様にしなり、私を狙う。当たれば如何にシールドを張っている私でも大ダメージは必至。

 

(だが、むしろ好都合だ)

 

 私はセンスムーブを発動。瞬間的に背中のジェットを噴かせて急加速し、敵の足元に飛び込むように回避する。

 そして”既にチャージを終えた”アイスビームを巨人の足に近距離から発射した。

 

 これこそセンスムーブのもう一つの効果。一瞬だけスーツの力を引き上げるこの技は、センスムーブ中はチャージが一瞬で済むという嬉しい副次効果をもたらした。

 

 

 ミサイルを叩き込もうとする私を横から再び腕が襲う。もう一度センスムーブで後方に宙返り。さらに右に跳んで、振り下ろされた腕を躱す。目標を見失った腕は意味なく床を叩いた。

(今だ!)

 チャージショットを放ち、腕を凍結させる。すかさずミサイルを発射しようと構えたが__

 

「っく!?」

 

 突然の衝撃。シールドゲージを見ると3分の1程削られていた。

 吹き飛ばされた私が空中で体勢を整え、敵に目を向けると敵の胴体真ん中から新たに腕が生えていた。あれに突き飛ばされたのだろう。並の素材やシールドでは貫通していたはずだ。足元の氷も解けている。

 

 群体アリは新しく作った腕を振り回し、凍結して重さの増した腕をハンマーの様に叩き付けてくる。

 センスムーブでステップを踏み、宙返りをして回避するが、矢継ぎ早に繰り出されるそれらにミサイルを撃つ余裕がない。

 ミサイルは高火力で追尾機能が付いている代わりに、対象をロックオンする必要がある。弾数にも限りがあり、補給には5秒ほど無防備になるので無駄打ちする余裕もない。

 さらに腕が地面に叩き付けられるたびに、敵の氷が剥がれて散弾の様に飛び散り、私のシールドをじわじわと削っていく。

 

 刻一刻と敵が有利になっていく戦場。しかし増援は意外な所から現れた。

 

「せい!」

 

 アイクの声と同時に、群体アリの両腕の付け根が唐突に切り裂かれ、地に落ちた。

 

(ッ! 消えろ!)

 

 凍っていない腕はまた元の場所に戻っていくが、凍結した腕はその場に落ちたままだ。

 私はミサイルをロックオンし、発射。隙だらけの氷塊を破壊する。

 

「アイク! なぜこっちに来た! 」

 

 私は連続でバックステップして、アイクに怒鳴った。

 

「やはり俺も戦おうと思ってな。要はあいつの腕に当たらなければいい。それだけの話だ」

 

 アイクは悪びれもせず言った。

 

「それだけの話って……」

 

 確かにアイクは戦力になるだろう。私が凍らせて、それをアイクが切り離す。これを繰り返せば奴らを封殺出来るかもしれない。だが一方でアイクは__

 

「貴方は生存者の発見とこの事件の解明の重要な手がかりなんだ。万が一にも死なれては困る」

 

 私はアームキャノンを群体アリの目玉に向け、断続的にミサイルを発射しながらアイクに理を解く。目玉は体内に潜ってしまい当たらなかったが、最初から牽制のつもりで撃ったので構わない。この距離なら多少無駄撃ちしても補給は可能だからだ。

 

「絶対に死なんとは言えないが、負けるつもりもない。俺は勝つ」

 

 アイクは静かに言い切った。

 その姿に私は何故だか心がざわめき、湧き立つ。その言葉を信じたいと、この男ならやれるのではないかと思えてくる。

 

「……それでも駄目だ。貴方は下がっていて欲しい」

 

 しかし私はその気持ちを押さえつけた。戦場での精神の昂揚に任せての軽挙はお互いにとって命取りになる。私は身をもってそれを知っていた。

 

「……そうか、それがあんたの考えなんだな」

 

 アイクは納得したように頷いた。私は黙ってアームキャノンを挙げて、残り1発となったミサイルの補給を始める。あと4秒で補給は完了だ。その間にこの男を後方に退避させるべくと口を開こうとして___

 

「だが、俺には俺の考えがある」

 

 アイクはそう言うや否や、突然金色の剣を天に向けて放り投げた。そしてアイク自身もそれを追う様に駆け出す。

 

「あ、アイクっ! 何を!」

 

 焦って駈け出そうとしたが補給中の私は、あと3秒は動けない。

 剣は回りながら放物線を描いて飛んで行き、アイク自身もふわりと跳び上がった。

 あと2秒。

 アイクが剣を掴んだ。空中で1回転して群体アリの方に落ちていく。焦りと奇妙な興奮が私を焦がす。

 群体アリが最後の腕で目玉を庇うように掲げ、目玉虫は体の中に入り込む。

 あと1秒。

 アイクが剣を掲げて___

 

「天空」

 

 静かに呟くのを確かに私は聞いた。

 

 アイクと剣が一体となって真っ直ぐ落ちていき、群体アリを腕ごと縦に斬り裂いていく。

 地に足が着くや否や、アイクは霞むような速さで斬り上げる。

 群体アリが完全に真っ二つになる寸前、中から一際大きい目玉模様の虫が飛び出した。

 

 舞台は整った。

 

 アイクが振り下ろした剣から青い衝撃波が飛び出し、私のミサイルが尾を引いて突進し、目玉模様の虫を両断し、跡形も無く吹き飛ばした。

 

 私は油断なく、周囲を見回したが群体アリは全滅したようだ。ぴくりとも動かず、生命反応も無い。

 

 私はこちらに背を向けて立っているアイクに目を向けた。

 アイクは深緑の鉢巻と紅のマントを風になびかせながら、右腕を真っ直ぐに伸ばし、親指を上げていた。

 

 その後ろ姿に私の知っている誰かの面影が重なる。怒りにも悲しみにも懐かしさにも似た何かがこみ上げてくる。

 

 私はこの命知らずな馬鹿(勇者)に、“親指を下にして”腕を突き出した。

 

 

 Baby`s cry この言葉が、ベビーが、私を導いたのかもしれない。

 

 前時代的な装備の不思議な男と共に戦う、こんな奇妙なミッションに。

 

 

 




アイクが人間(ベオク)以外に間違われるのは別に初めてじゃないという。
あとスマブラの最新作にアイク続投です!! 今回は暁バージョン。スクリーンショットでもサムスとの絡みが2つもあって、ニヤニヤしてしまった。やはりあの2人はかっこいい。(確信)
この小説でも、アイクとサムスのかっこよさを描けたら……いいなあ
ご意見、ご感想お待ちしております。


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開く距離

遅くなって申し訳ありません。リアルが予想外に忙しく小説用のパソコンを開く事すらできませんでした。このままでは6月中に完結させて「衛宮切嗣に憑依してメディアさん呼んじゃった」ssを書く予定がががががが。


「……どういうことだ、これは一体……」

 

 司令室は見るも無残に破壊されていた。アダムが当面の司令室としたこの部屋は多数のモニターが設置されていて、部屋自体もそれなりに大きい。

 しかし今やその壁やデスク、モニターには穴が開き、あちこちから黒煙が上がっている。そこに白っぽい消火液が天井から降り注ぎ、白い煙を上げて視界を圧迫していた。

 

「アダム!!」

 

 焦りが私を包み込む。

 最悪の考えが脳裏をよぎった。まさかアダムは……

 

「聞こえるか、アダム!!」

 

 通信と外部音声の両方のチャンネルを開いて呼びかけたが何の応答も無い。スキャンしても生命反応無し。つまりアダムは既にここを脱出したか、あるいは……

 

「いるなら返事をしろ!!」

 

 瓦礫の山をひっくり返しても何も見つからない。ひりつくような焦りばかりが私の中にたまってゆく。

 

「サムス! こっちに来てくれ」

 

 黙って一緒に探してくれていたアイクが唐突に叫んだ。

 

「ッ! 見つかったか!」

 

 私が駆け寄ると、アイクは黙ったまま指さした。

 

「これは……」

 

 床と壁の一部が不自然に凍りついていた。

 

「こいつはあんたが使っていたのと同じ武器だと思うんだが」

「ああ、間違いない。これはフリーズガンを使ったんだと思う」

 

「問題はこれが左右の壁や床の両方にあることだ」

 

 そう、まるで、

 

「ここで銃を撃ち合ったみたいに」

 

 私の呟きが煙の中で重く響いた。

 

 その後アイクと共に司令室の隅々まで捜索し、その先の通路を通ってエレベーターホールまで行ってみたが、アダムを発見することは出来なかった。

 だがところどころに空の薬莢やアイスビームによる凍結箇所があり、それはエレベーターホールまで続いていたので彼がここに来たのは間違い無い、と思う。

 問題は、エレベーターホールにはそれぞれ違った階層に行くエレベーターがあってアダムがどれに乗ったのか判らないことだ。

 

 

 私は少し俯きながら焦りを静め、冷静に思考をめぐらしていく。私は情報を整理するために敢えて思考を口に出した。

 

「アダムはクリーチャーに襲われ、フリーズガンを撃った。これが可能性として一番高いと思う」

「ああ」

「だがこの痕跡から見て人間に撃たれ、銃撃戦になった可能性もまた高い」

「…………」

「人間。アダム達の部隊に裏切り者がいるのか、又は生存者に撃たれたか」

 

 裏切り者がいるとは考えたくないが、この状況では正直視野に入れざるをえない。

 

「アダムの部隊は何人いるんだ」

「アダムと私を除いて5人だ」

「そいつらとの信頼関係はどうだ」

「はっきりとは分からないが、たぶん全員がアダムの元で纏まっていたと思う」

 

 アダムは冷静で思慮深く、指示も迅速かつ的確だ。上官としてはこの上ないと思う。

 

「言いたく無かったら言わなくてもいいんだが、部隊はどう展開しているんだ」

「……部隊は全員別々に行動しているから、誰かがこっそり戻ってきてアダムを後ろから撃つということも一応は可能だ」

「そうか、変なことを聞いてすまんな。そういえば、あんたはヤクシ石の類を持っていただろう。あれはどうだ」

「ヤクシイシ? 何のことだ」

「遠くの人間と話ができる道具だ。何度かアダムと話していたじゃないか」

「ああ、通信機の事か。駄目だ。さっきから呼びかけているが誰ともつながらない」

「……どういうことだ」

 

 電波状態が極めて悪いこの施設内では、個人で直接無線通信できるのは現在のところ私だけであり、アンソニー達兵士はナビゲーションルームを使って情報のやり取りをしている。だからそこにアダム失踪と生存者発見の報、連絡を求めている事を吹き込んだ。その事をアイクに説明する。

 

 ……私のスーツの通信機は特別凄い物では無いはずなのだが、妙に調子が良いのもベビーがくれた力なのだろうか。ベビーには散々苦労を掛けられたが、貰ったものはそれ以上に大きい。それを改めて実感した。

 

「アダムの消息は現在不明」

 

 私は努めて冷静に続ける。

 

「生きているなら私達と合流するために戻ってくるはずだ。それが出来ないということは、緊急性の高い事態に遭遇したからか、負傷もしくは死亡したか」

 

 アダムが重傷を負い、呻いている姿が脳裏をよぎる。頭を振って不吉な想像と今すぐ助けに行きたい衝動を打ち消そうと試みる。

 

「事態は深刻である、と言ったところだ」

 

 アダムの口まねをして自分の心を騙しにかかる。かつては戦場でジョークを飛ばす仲間を不謹慎だと内心罵っていたが、今は必ずしもそうとは思わない。ジョークを言ったり、聞いたりすることは心身の緊張をほぐす効力があると思う。アンソニーみたいにジョークばかりでも困るが。

 

 アイクはにこりともしないが、私のジョークはアダムを知らないと分からないのでしょうがない。

 

 ふと、アダムならこの状況をどう乗り切るだろうという疑問が生まれた。アダムならこの状況でも冷静さを失わずに最善の一手を打つ筈だ。私にどこまでやれるか疑問だが、彼になったつもりでやってみよう。

 

「アイク、あなたに言わなければならないことがある」

「なんだ」

 

 大事なのは情報収集と冷静かつ迅速な判断だ。そして今一番情報を持っている人物は彼しかいない。

 

「あなたの事を教えてほしい」

 

 

 

 

 

「あなたの事を教えてほしい」

 

 サムスは鎧越しに俺を見て言った。

 

 

 サムス・アラン。

 俺がイレースが床に開けた穴から脱出し、なんとか仲間と合流しようと彷徨っていた時に出会った凄腕の重装歩兵。いや重装弓兵、重装魔導兵とでも言えばいいのだろうか。さっきの戦いから類推するに、サムスは『ぱわーどすーつ』なる全身を覆う魔導甲冑を着て、射撃中心の高機動戦闘をする戦士だ。

 

 橙色の重厚な鎧を纏っているから当然防御力は高いはず。その上魔道甲冑が軽いのか、サムス自身の身体能力が凄まじく高いためか判らないが、かなり俊敏に動ける。その速さは俺とほぼ同等だ。しかも蜥蜴もどきよりも遥かに連射性の高い魔道武器や威力の高い魔道武器、広範囲の魔道武器を自在に操っていた。

 

 魔導兵のように遠近両用で高威力かつ広範囲攻撃が可能で、重装歩兵並の守備力と弓兵の精密さと速射性、俊敏さをも併せ持つ。なんというか3つの兵種の良い所だけをつまみ食いしたようなデタラメな存在だ。

 

 戦えば確実にただではすまないだろうが、ぜひ1度戦ってみたいものである。

 

 

 その上官のアダム。正直に言えば俺は彼らを警戒している。

 

 サムスはアダムが司令室にいないと知った時明らかに取り乱していた。裏を返せばサムスはそれだけアダムの事を信頼しているという事だ。サムス程の戦士が信頼する相手を誤るとはあまり思えない。

 

 しかし一方でこうも思うのだ。

 メリッサは生き物を支配・制御するべく生み出された自動人形。作ったのはマデリーン達魔導士たちだが、作成と処分を決定したのは彼女たちの上に立つ権力者だ。彼がその権力者なのではないか。何しろ事件が起きてからここに来るまでが早すぎる。少なくともある程度はマデリーン達のことを知っているのではないか、俺は睨んでいた。

 

 アダム達がマデリーンやメリッサ達の事を知っていると仮定して、俺は何をどこまで話せばいいのだろうか。無い頭を絞って必死に考えていた。だが、考えがまとまらない。

 

 交渉事や腹芸、舌戦は俺の得意とするところでは無く、むしろ大の苦手と言っていい。相手の言葉や態度に熱くなって、国際問題を起こしかけたこともある。これまでは偶々相手側が良い奴だったり、参謀のセネリオやティアマトに助言を貰ったりしながら何とかやってきたが、ここに二人はいない。

 

 友人でガリア軍副指令のライにも「お前みたいな強引で直線的な将軍、どこ探したって居ないって。『面倒臭い! 突っ走る!』ってそれのどこが作戦だよ! しかもそれで上手く行くとか、呆れるばかりだ!」と言われるほどだ。まあ、それは5年も前の話なので改善したつもりだが。

 

 

「アイク。あなたにはいくつか聞きたいことがある。第1にあなたは何者だ。第2に何を目的にここに来たのか、第3に生存者はどこにいるのか、第4に今ここで何が起こっているのかということだ」

 

 サムスの質問は容易に予想される質問だし、正直に話すこともできる。だが、アダム達がマデリーン達の事を知っていると仮定して、俺は何をどこまで話せばいいのだろうか。

 

 いっそ全てを正直に話してしまいたいとも思うが、残念ながら本当の話が1番嘘っぽい。

 

 実は出所不明の鐘の音と共にテリウス大陸のクリミア王国からこっちの国に集団ワープして来て……と説明する位ならば、俺は正義の味方で苦しんでいる人を見過ごせないから助けに来たんだ、とか言った方がまだ真実味がある。

 

 考える時間を稼ぐために俺はゆっくりと答える。

 

「さっきも言ったが、俺はグレイル傭兵団の団長で、剣士のアイクだ」

 

 当たり障りのない所から口調もゆっくりめで話し出したが、もう終わってしまった。

 どうする。自他ともに認める名詐欺師セフェランなら何て言うだろうか。

 『それ位自分でお考えください』 

 いかにもあいつが言いそうだが、そいつを言ったらこの会話はお終いだ。

 

「どうした? 続けてくれ」

 

 プランBだ。プランBは無いのか。 

『在りませんよ、そんなもの』 

 やはり本物のセフェランでないと駄目だというのか。

 

 ならば是非も無い。俺も覚悟を決めた。

 こうなったら出たとこ勝負だ。思いつくままに話して1番しっくりくるところに落とそう。

 

 

「そのほかの質問には俺は答えられない」

「何故だ!?」

「それは、あんたらを信用できないからだ」

「え、ええ!?」

 

 言葉と共に剣を突きつけた。

 疑われた時は疑い返すことでごまかせる。セフェラン流話術の初歩の初歩だ。やりすぎると敵を増やすので加減が重要らしい。

 

「そもそもあんたもその上官のアダムっていうのも何者だ。フリーの傭兵だと言っていたが、事件が起きてからここに来るまでが早すぎる。本当はここのことを知っているんじゃないか」

 

 ひしひしと感じる罪悪感を無視して、ともかく思いつく限りの言いがかりをつける。サムスは超一流の戦士であり、嘘や犠牲を嫌う人物だと思っているのだが、どう出る?

 

「誤解だ。私はフリーのバウンティーハンターで本当に偶然救助要請を受けてここに来ただけだ。ここの事はなに1つ知らない。アダム達は……」

 

 サムスは途中で言いよどみ俯いた。

 

「アダム達は銀河連邦軍の部隊で、アダムはその司令官だ。彼らがここに来た理由は知らないし、どこまでこの事件について知っているのかも私には判らない。私は昔の縁で一時的に彼らの下についているだけだ」

 

 しかしサムスはすぐに顔を上げてこちらを見据えた。甲冑の下で燃え上がる目を幻視する。

 

「だが、アダムの事は知っている。彼は高潔な人物だ。上官としても冷静で思慮深く、指示も迅速かつ的確で理想的な軍人だ。彼の目的は第1に生存者の保護、第2に事件の真相の解明と解決だ。どうか信じて欲しい」

 

 サムスは力強い口調で自身とアダムを語った。

 今までのところサムスの言葉に嘘は感じられなかった。

 彼女は俺の思った通りの、いやそれ以上に良い奴だったようだ。なんだかますます罪悪感が湧いて来た。

 

 それにしてもやっとこの施設のある国が分かった。どうやらギンガ連邦という所らしい。やはりここは俺の知っているテリウス大陸の国家では無いという事が分かって、なんだか複雑な気分になってしまった。テリウス大陸内の未知の国家なのか、大陸外なのかは分からないがおいおい聞いて行こう。

 だが、その前に、

 

「分かった。俺はあんたを信じよう。疑ってすまなかった」

 

 疑ってしまった詫びをする。アダムの事は置いといて、とりあえずサムスの事は信用してよさそうだ。

 

「いや、こっちもちゃんとした説明が出来なかったのは事実だ。すまない」

 

 そして言いがかりの結果、いつの間にか精神的に対等の立場になっている不思議。

 さっきよりもサムスとの距離が縮まったような気がする。

 

「サムス、あんたはジャンプ力に自信はあるか?」

「ある、と言ったらどうする?」

 

 なんとなくだが今サムスは不敵な笑みを浮かべているような気がする。自然と俺の顔もほころぶ。

 こいつとなら、なんとかなる。

 俺一人では出来なかった事を、こいつとなら……

 俺は湧き立つ心に任せて言った。

 

 

 

 

「なに、ちょっと二キロ程垂直に跳んでもらうだけだ」

 

 

 

 

 

 




ご意見、ご感想お待ちしております。


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コガネムシハムシ

リアルが本当に忙しく暇を見つけては書いているのですがなかなか更新できず申し訳ないです。待っていてくれた人、ありがとうございました。


「なに、ちょっと垂直に2キロ程跳んでもらうだけだ」

 

「………は?」

 

 2キロって、2000メートルって。子供向けの映像作品に出てくる光の星出身の警備隊だって身長40メートル位しかない。その50倍を垂直跳びするって………正気か? それはもはや跳躍というより飛翔の域だ。

 

「出来るか?」

「いや、出来るか出来ないかと言われたら一応できるが……」

「おお、すごいな」

 

 決して楽にできるわけではない。諸々な条件を整えてエネルギーを大量に消費すれば、一応出来ない事も無い、と言うレベルなのだ。そんなことをする位なら私は素直に乗り物に乗る。

 アイクの意味ありげな笑みに釣られて、つい軽口を叩いてしまったことを私は早くも後悔し始めていた。

 

「いったい何をするつもりだ」

「この施設の責任者の所に案内する。すまないが、この事件の詳しい事はそいつらに聞いてほしい」

「いや、そうじゃなくてどうして私達は2千メートルも飛ばなくちゃならないんだ」

「それは―――」

 

 アイクの説明によるとここの職員を守るためにクリーチャーと戦っていたが、あまりの多勢に無勢で一時退却を決めた。だが、彼の傭兵団が所有する個人用ワープ装置(!)の不具合でアイクは一人クリーチャーの山に取り残されてしまった。それでも彼は持ち前の武術と幸運で敵陣を潜り抜けて仲間の開けた床の穴から飛び降りたらしいのだが、穴は予想外に深くて戻れなくなってしまったらしい。

 

「……色々非常識だが、とりあえずどうしてあなたは2千メートルも下に落ちて無事なのか聞いておこうか」

「落ちてくる奴らを次々足場にしてだな―――」

「……なんというか、非常識な奴だな」

「サムスだって出来るだろう」

「そういう問題じゃない」

 

 私はパワードスーツ有り、あなたは生身だろうが!

 という突っ込みはとりあえず脇に置いておく。時間のある時にじっくり調べるなり聞き出すなりすればいい。

 

 大事な事はこれまではぐらかしてきた生存者の居場所に案内してくれるということだ。

 アイクは遂に私を信用してくれたということだろう。それは素直に嬉しい。

 

 だが、幾つか問題がある。

 例えば行方が分からないアダムのことだ。やはり私は彼の事が心配だ。出来る事なら一刻も早く彼の無事を確認したい。

 しかし現状これ以上のことを行うのは難かった。

 一縷の望みにかけてエレベーターに乗ってみる事も出来るが、確実性は殆ど無い。

 なにしろ二人で調べた所、3つのエレベーターはそれぞれ違うエリアの異なった階層に向かう。1つのエレベーターにつき階層は19個あるので57通りの出口があった。

 実質アダムの件はアダム本人やアンソニー達からの連絡を待つしかない状態なのだ。

 

「アイクが今ここで事態を説明するわけにいかないのか」

 

 アイクが今この事態について説明してくれれば、私としては非常に手間が省けるのだが。

 

「俺はこの施設の責任者に雇われていて、その契約は有効だ。俺の一存で雇い主の事をペラペラしゃべるわけにはいかん」

 

 これである。義に厚いと言うか頑固と言うか。まあいい。こいつはこういう奴だと薄々気がついていたし、むしろその傭兵らしい不器用さに共感さえ覚えた。

 

「そいつらはそもそも無事なのか」

「俺の仲間が連中を怪物から守っているはずだ」

「なら、もし責任者がいなかったら、この事態についてアイクが説明してくれるか」

 

 でもこれだけははっきりさせとかないといけない。2千メートルも飛ぶにはかなり時間がいる。それで無駄骨でしたではお話にならない。それくらいならエレベーター57通りを試す方がましだ。

 

「……分かった。俺の判る範囲で良かったら全部話す。約束しよう」

 

 アイクは一瞬考え込むしぐさを見せたが、うなづいてくれた。

 

「ありがとう。じゃあ行こう。案内を頼む」

「ああ、こっちだ」

 

 私はアイクに着いて、狭くて薄暗い通路を走り出した。

 

 

 

 

 

「それにしてもアイクは仲間を信頼しているんだな」

 

 もう説明してもらう言質は取った。だからこれ以上言うべき事は何も無いはずなのに、なんとなくアイクとの会話を続けたくて私は口を開いた。

 

「ああ。俺が今までやってこれたのは、ほとんどあいつらのおかげだと思ってる」

 

 そう言いきったアイクの顔には仲間への信頼が溢れていた。

 

「じゃあ、そいつらがそこにいなかったらどうする」

 

 裏切り者がいるかもしれない部隊に所属している私には、手放しで信頼できる仲間を持っている彼が眩しく思えて、気付いたら凄く失礼な事を口走ってしまっていた。

 いない、というのはアイクの仲間が彼を置いて逃げた、あるいは死んだという事になってしまう。

 今日の私は口が滑ってばかりで嫌になる。自分で自分に舌打ちしたくなった。

 

「すまない、今のは忘れて――」

「探しに行くまでだ」

 

 慌てて発言を取り消そうとしたが、アイクは既に答えていた。

 

「あいつらはこんな所では死なないし、俺が死なせはせん。どんなことをしてでも助け出す」

 

 仏頂面のまま力強く断言する彼の言葉を聞いた時、私の胸には様々な感情が去来した。

 憧れと共感、苛立ちと懐かしさ。なんだろう。これと似たような思いを前にも感じたことがある。

 アダムと話している時に感じるものに近いような気もするが、もっとずっと前に感じたことがあるような気がするのだ。

 

「……そうか。馬鹿な事を言って申し訳ない」

 

 私は再度謝りながら疑問に思った。

 正反対に見える二人が何故かかぶって見えるのだ。

 指揮官としてすべきことのために感情を封じ込めて仲間も部下も自分さえも盤上の駒として扱うアダムと、仲間を信じてどんなことをしてでも助けると言うアイクが。

 

「構わん、気にするな。それよりもうすぐ問題の穴だ」

 

 私はそのよく判らないもやもやを胸に抱えながら、アイクの後ろを走り続けた。

 

 

 

 

「着いたぞ」

 

 明かりが点滅する狭い通路を走り続けること十数分、アイクは息1つ乱さずに言った。

 

「って、プラットフォームじゃないか!」

「知っているのか」

「知っているのかって……あなたもここから入ってきたんじゃないのか」

「ん? 違うが。サムスはここから入ってきたのか」

「そうか……なら仕方ない……のか?」

 

 外から見る限り分からなかったが、どうやらここ以外にも入り口があるらしい。

 

「俺が落ちた穴はあそこだ」

 

 アイクが天井を指さす。バイザーでズームアップしてみると、天井は融解した跡があり、それなりに大きい穴が開いていた。

 

「じゃあ早速だがサムス、あんたの技を見せてくれ」

「いや、やっぱりジャンプは無しにしよう」

 

 仏頂面のまま目だけを輝かせているアイクには悪いが、わざわざ時間もエネルギーもかかる方を選ぶ道理はない。

 

「なん、だと……」

 

 無表情のまま落ち込んでしまったアイクをかわいいと思いながら、私はオレンジ色に輝くスターシップを指さした。

 

「ここがプラットフォームならば船を使えばいい。幸いあれは私の船だ。あれで飛ぼう」

 

 そう私の新しいスターシップで。

 

 

 

 

 

 

 

「ここがプラットフォームならば船を使えばいい。幸いあれは私の船だ。あれで飛ぼう」

 

 せっかくここまで来たのに大ジャンプを断わるサムスに愕然としている俺をよそに、サムスがおかしなことを言い出した。

 サムスは言うだけ言うと巨大なコガネムシみたいな物の方へとずんずん歩き出してしまい、その場に取り残される俺。

 

「船……船が飛ぶ、のか……?」

「おーい、何をしているんだ。早く船に乗ってくれ」

 

 俺の呟きは、どう見てもコガネムシにしか見えない船から延びる板の前に立つサムスの叫び声にかき消された。

 

 

 

 

「中はこうなっていたのか」

 

 コガネムシの中は肉肉しいのを想像していたのだが、予想に反して神秘的だった。

 藍色で統一された床や壁紙の所々にライトブルーやエメラルドグリーンの光るスリットが走っている。ただ、一番奥の壁だけは真っ黒で、そのすぐ近くの床には藍色の椅子らしきものがあった。

 

「どうだ」

「すごいな。まさに驚異的と言っていい」

 

 いつもはクールなサムスも心なしか自慢げだ。まるでお気に入りの玩具を見せる子供の様でなんだかかわいい。

 

「アイクはそこに座っていてくれ」

「分かった」

 

 機嫌よさげなサムスが言うのと同時に、床の一部が開き中から椅子が上ってきた。この施設で3日暮らした俺はもう驚かないぞ。

 

「……コガネムシ、深いな」

 

 俺がコガネムシの驚きの生体に思いをはせながら座ると、下からがさりと音がした。

 

「む?」

 

 怪訝に思い立ち上がって下を見ると、床に本が数冊落ちていた。色々と衝撃的で気づけなかったがどうやらこの椅子には本が置いてあったようだ。

 

 本は古い本らしく四隅の角が曲がってはいるが踏んづけては無かったようで壊れてはいない。サムスの私物、しかも本のような高価なものをつぶしてないかと心配になったが、一安心だ。しっかりしろと気を引き締める。

 

 少し染みがある表紙には、傭兵風の格好をして剣を持った青髪の男が描かれている。

 タイトルは「蒼炎の勇者の冒険」。残りの本はその続編のようだ。

 

「ふむ」

 

 俺はちらっとサムスを見た。何やら黒い壁の下の出っ張りをいじっていて忙しそうだ。

 

「サムス、本を読ませてもらっていいか」

「ああ、かまわない」

 

 サムスは振り向きもせずに答えた。本当に忙しいようだ。

 奇しくも俺と同じ二つ名の男の冒険譚、背格好や装備も俺に似ている。少し興味がわいてきた。幸い魔道書の様にぶ厚い本でもないし、ちょっと読んでみるのもいいだろう。

 

 俺は早速一巻を開いた。ページにはいくつもの絵と、セリフと思われる文章、地を踏みしめる音や木刀を叩き付ける音などが描かれている。この本は貴族の子供がもっているとかいう絵本のようだ。

 最初のページには主人公と思われる青髪の青年が、父親と剣の鍛錬をしている姿が描かれていた。青年は父親にはまるで敵わず、あっさりと叩き伏せられて妹に看病される始末だった。

 

(懐かしいな。親父が生きていた頃は俺も毎日こんな感じだったな)

 

 俺が自分を物語の主人公に重ねながらページをめくる。次のページも前のページと同じ構成だった。

 主人公は鼻歌を歌う妹と亡くなった母を重ねながら、妹と話している。心配する妹をよそに彼は父親と訓練を再開しようとする。

 

『お兄ちゃん、まだやるの!?』

『ああ、せめて一発でも親父に食らわせるまで、止めるわけにはいかん』

『ふ、そうこなくてはな。さあ構えろ、アイク!』

 

 どうやら主人公の名前はアイクというらしい。二つ名に次いでまたも俺と同じ名だ。奇妙な偶然に首をひねりながらも、読み進める。

 だが物語が進めば進む程、俺との類似性は高まっていく

 父親の営むグレイル傭兵団、しっかり者で情に厚いティアマト副長、優秀な参謀セネリオ、いつも元気で気立てのよい妹のミスト、個性的な団員たち。これは偶然だと自分に言い聞かせるのも限界になった時、ついに決定的な瞬間が現れる。

 

 青年アイクと副長ティアマト率いる分隊は茂みの中に倒れていた少女を見つけ、連れて帰る。

 

『助けになれるかもしれない。俺たちに事情を話してみてくれないか』

『……私を助けてくれたあなた方を信じます。私の名はエリンシア・リデル・クリミア。クリミア王国の王女です』

 

「どういうことだ、これは……」

 

 困惑する俺を置いて、物語は続く。じれったく思った俺はパラパラと読み飛ばしていった。

 傭兵団の安全を考えて敗戦国の王女など見捨てるべきだと主張する参謀セネリオや、王女ごと抹殺するべく軍を繰り出してくる隣国デインから逃げるための長い逃避行、漆黒の騎士に父親を目の前で殺されるなど、途中でデイン王アシュナードやその部下のやり取りなどが挿入されたが、物語は俺たちが戦ったクリミア戦役そのもの。漆黒の騎士との一騎打ちや最後は黒龍に乗ったアシュナードとの対決で終わる所まで一緒だ。

 

 頭を殴られたような衝撃と共に、俺は確信する。

 

(これは、この本は、俺達の事を書いている!!)

 

 俺は一巻を読むのを止めて、数冊あるシリーズのうちで、一番最後の巻の後ろの方のページを開いた。そこに描かれているのは成長した主人公と向き合う、体が炎でできた少女。

 

『あんたも、消えちまうのか』

『そうね。でも、そのほうがいいのかも。神という存在が結局は人を迷わせ、弱い者にしてしまう。だから……私は……もう……』

『それでもいい』

 

 明らかにアスタルテを倒した後の女神ユンヌと俺だった。その後の展開も、お互いの罪を許し合い、世界の石化を解いてもらうというもの。俺の経験したのと同じ流れだ。

 

 俺は本を椅子に肘掛けに置いて、腕を組んだ。

 この本は明らかに古い。よく見るとページが黄ばんでいるし、一部がすりきれていたりするし、最終巻の裏表紙には三角形と棒の下に「さむす・あらん」「あいく」と幼い文字で書いてある。

 詳しくは分からないが一年や二年ではない。百歩譲って四年前のクリミア戦役はともかく、数か月前の女神との戦の顛末が事細かに記されているのはおかしい。ありえない。

 

「アイク、出発の準備が、っ!!」

 

 振り返ったサムスが突然殺気を飛ばしてきた。

 

「敵か!」

 

 俺は即座に立ち上がって剣を構えた。

 また知らず知らずの内に警戒が緩んでいたのか。

 そう思ったがサムスは俺の席まで走ってくると本の束をひったくっただけだった。

 

「み、見たのか」

 

 見てはいけない物だったのだろうか。

 胸に本の束を抱いてこちらを睨むサムス。

 声や動き、所々の仕草からして中身は女なんだろうが、全身に鎧を纏った姿でそんなことをされてもシュールとしか言いようがない。

 

「ああ。見た」

「~~~~っ!」

 

 声にならない悲鳴を上げるサムス。

 

「いったいどうしたって言うんだ」

「な、何でもない。何でもないぞ! そ、それより何巻を見た!?」

「主に一巻だ」

 

 俺がそう言うと、サムスは『ぎりぎりセーフだよー』といわんばかりに脱力し、盛大に息を吐き出した。この態度、彼女は俺に何かを隠している。

 

「サムス、この本についていくつか聞きたいことがある」

「そそ、そんなことより一刻も早くアイクの仲間と生存者を助けに行くべきだ!」

「この……船? を動かしながら話せないのか」

「い、いや、それはその……」

「……すまんな。乗せてもらっている身で我儘言って」

 

 確かにこの本については気になる。だがサムスを困らせるのは本意ではないし、今はサムスの言う通り一刻も早く仲間たちと合流すべき時だ。

 

「サムスの言う通りだ。早くエリンシア達と合流しないとな」

「エリン、シア? 」

「ああ、俺の仲間の一人だ。今いる傭兵団のメンバーでは、まとめ役になれそうなのはエリンシアとワユぐらいだからな。早く合流しないと」

 

 今いる奴らは比較的ましな方だが、うちの傭兵団は個性的な奴ばかりだ。エリンシアは気丈に振る舞うこともできる芯の強い奴だが、本来控えめな性質なのでなるべく早く合流してやりたい。ワユについてはあまり心配していない。勘が良くてたくましいあいつならなんとかなるだろう。心配なのは繊細なリアーネとメリッサたちの方だ。大丈夫だろうか。

 

「アイク、エリンシア、本物の蒼炎の勇者? いや、そんな馬鹿なことが。でもこれが偶然なのか……?」

 

 一番奥の席に座りなおして、本を見ながら小声でぶつぶつ言っているサムス。鎧越しなので良く聞こえないが、そんなに見てはいけない物だったのだろうか。

 

「いや、そんなことより生存者の救出が先だ。アイク、出発する」

「頼む」

 

 彼女が出発を宣言するや否や、前方の黒い壁が一瞬の発光の後、外の景色を映しだした。さらに彼女の手元にエメラルドグリーンの魔法陣の様な物が現れる。

 

「お、おお」

 

 映る景色が徐々に高くなっていく。感嘆の声が漏れるのもしょうがない。今までギンガ連邦の魔道技術や発想に散々驚かされてきたが、今回は極め付けだ。ペガサスや竜、鳥のラグズに乗れるのだ。どうして思いつかなかったんだろう。

 

「コガネムシ、深いな……!」

 

 

 




クール系キャラで通して来たのに、小さい頃に買ってもらった絵本(しかも所々書き込み入り)を見られてしまったサムスさん。ちなみに三角形と棒は傘を示しています。アイアイガs、うわ何をすrやめっ。


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動き出した物語

やっと本格的にカンピオーネ要素を出せました。



 人間たち、特に魔術師や魔導師などという輩が言う《まつろわぬ神》。

 超自然の存在である彼らは、いかにして生まれるのか。

 それを知る人間はいない。何しろ、当の神々ですら明確には答えれない現象なのだから。

 彼ら《まつろわぬ神》は気づいた時には地上に顕現し、存在しているものだ。自らの誕生の過程などいちいち覚えていたりはしない。

 

「我が何者であるか、などと己に問いかけても答えなどでないというわけだ」

 

 実体を得たばかりの彼だが、そこには悲しみは無く、かすかに笑みすら浮かべながらつぶやいた。わからない事を楽しんでいるような節さえ見受けられる。

 真の自己が何者かを探したいなどと繊細過ぎる悩みを持つのは、神代に人間の規格外とまで言われた豪傑である彼の流儀では無かったのだ。

 

 ただ、彼ら神々の核を形作る要素は神話である。

 故にその物語を語る人間たちの暮らす土地や物語にゆかりのある土地で聖誕するケースは多いと言えるかもしれない。あるいは物語に深い縁を持つ者がいれば、そこに聖誕するかもしれない。

 

 彼はどっかりと地面に座って耳を澄ませた。

 彼は四方を鬱蒼と茂った木々に囲まれていたが、超人的な戦士である彼の耳には争いの音、どこか聞き覚えのある声、竜の咆哮と微かな鐘の音が余裕で聞こえてくる。そして少しずつ集まっていく蒼い炎の呪力も感じられた。

 

「面白い。戦、女神の炎、竜、そして奴か」

 

 彼は自分の顕現した理由を唐突に悟った。

 どこか聞き覚えのある声、これの正体も見当がついた。おそらく神騎将ガウェインの息子であろう。見てもいないのに確信できるのは自分の最期を飾った人物だからだろうか。

 

「神代の敗北を濯ぐのもまた一興か、いや」

 

 そこで彼の超感覚は先程の咆哮の主とは別のより強大な竜をとらえた。不遜なことに精神感応の術でこちらの正体を探ろうとしている。

 

「まずは、貴様に身の程をわきまえさせてやるか」

 

 戦神にして、竜と大地の征服者である己にふさわしい強敵がいる。喜ばしい展開ではないか。

 とりあえず、倒すべき敵がいればよい。血沸き、肉躍る戦があればそれでよい。

 これがなければ始まらない。戦神の存在意義がない!

 

 青髪の偉丈夫はゆっくりと立ち上がった。女神の祝福を授かった漆黒の鎧を身に纏い、その手に長大な神剣を持って。

 

 

 

 

 

 途中絵本をアイクに見られるという赤面物のハプニングこそあったものの、私達を乗せた船は概ね順調に上昇していた。

 

 ここに来る前、いなくなってしまったベビーの事を考えて感傷的になっていた私は、船を自動操縦にしてなんとなくこの本を読んでいたのだが、救難信号を受けて慌てて操縦席に戻った。それっきり補助席に乗せたまま片付け忘れていたのだ。

 

 22歳になって絵本を読むとか自分でもどうかと思うし、ましてやそれを他人に、しかも同性ならまだしも異性に見られるとか恥ずかしくて死にそうだ。穴があったら入りたい。

 

 私は表面上平静を保っていたが、内心ではあまりの羞恥に悶絶していた。

 ああ、私のブラックヒストリーリストがまた加筆修正されてしまう。

 思い出して悶えるたびに、二度とこのリストを増やさないぞと胸に刻んでいるのに、またやってしまった。

 

 でも仕方ないじゃないか。

 この絵本、「蒼炎の勇者の冒険」は、私が地球系コロニーから惑星ゼーベスに移る前から持っていた唯一の物だ。一番古くから私と一緒にあった物だといってもいい。

 嫌な事があった時にこれを読むのは幼いころからの私の癖なのだ。と誰に言うでもなく自己弁護を試みる。

 

 私を拾ってくれた鳥人族曰く、リドリー率いるスペースパイレーツに故郷を破壊された私はこの本を胸に抱えて倒れていたらしい。おそらくはもう顔も名前も思い出せない両親に、幼かった私が買ってもらった物なのだろう。実質両親の形見と言ってもいいものだ。

 

 リドリーが私の住んでいたコロニーを襲った当時のことは、私は何も覚えていない。おぼろげに両親が優しかったなと覚えているだけだ。幼い私に両親や友人の死や故郷の喪失は耐えがたく、記憶を封印してしまったのだろう。3歳の子供には無理もない話だ。

 

 鳥人族に拾われて惑星ゼーベスに移ってからも、この絵本たちは私と共にあった。

 幼かった私はこの本に夢中だった。環境の激変のせいで空想の世界に逃避したかったのかもしれない。

 

 蒼炎の勇者の冒険譚の内容は、とある星の史実をもとにしたおとぎ話。

 

 無愛想だが熱血漢な青年アイクは、母親を早くに亡くし、父親も邪神を封印したファイアーエムブレムを守って殺されてしまう。その父親の後を継いで慣れない傭兵団の仕事をこなしつつ、エリンシア姫とファイアーエムブレムを守るため圧倒的な敵戦力とひるまず必死に戦う蒼炎の勇者アイクのお話だ。

 最後はアイクの明かした真実のおかげで、バラバラだった各国がアイクとエリンシア姫の元で纏まり、隣国の悪いアシュナード王を倒して終わるのだ。

 私は何度も読み返し、たくさんの光景を夢想した。私は時に勇者となって空気でできたアシュナードを倒し、時にお姫様になって空想の勇者に助けてもらうのだ。

 

 私のあまりの熱の入れようを微笑ましく思ったのか、私を拾ってくれた人たちは当時の私にこの本の続きを取り寄せてくれた。私は買って貰ったその日に喜び勇んで読んだのを覚えている。

 

 アイク達はその3年後、大陸に住む二つの種族の戦争に巻き込まれる。魔法が使える以外は普通の人間であるベオクの帝国ベグニオンと、大きな獣に化身できるラグズ連合の戦争が起きたことで、800年間眠っていた2人の女神アスタルテとユンヌを起こさざるを得なくなった。

 

 ここで面白いのは、主人公のアイクはベオクなのにラグズ側で参戦すること、前作からいろんな人たちが信仰していた正当な女神アスタルテではなく、邪神と言われていた女神ユンヌの側に立つところだ。そして世界中の人間を戦争を起こした罰として石に変えてしまったアスタルテの所に仲間たちと共に向かい、様々な試練と戦いの末に女神アスタルテを倒してしまうところだろう。

 

 当時の私は子供ながらに、作中で800年前に大洪水をおこして世界を沈めてしまったのは、争いを止めない人類を止めようとした女神自身であったという真実や、天地と生き物を創った完璧な存在と作中で言われていた女神が実は不完全な存在であり、最終的に人間が彼女を倒し、そして許したことに衝撃を受けていた気がする。

 

 最後のシーンに至ってはページがくたくたになるまで読み返した。

「不完全で人を迷わしてしまう自分たちは消えた方が良い」と言う女神ユンヌに、勇者アイクは「それでもいい、あんたは生き物全ての親のような者で、子にとって親はやはり必要なものなのだから消えないでほしい。たとえどんなに目を覆いたくなることがあっても何度でも向き合えば良い」と諭す。最後は鳥になったユンヌを見上げる勇者アイクの後ろ姿で終わるのだ。

 

 10台前後の私がパワードスーツを受け取り、鳥人族から銀河を守る使命を受け継いだのもこの本が無関係とは言えない。当時の私の中にヒーローに憧れる気持ちがあったのは確かだ。

 

 鳥人族がマザーブレインとリドリー、スペースパイレーツに滅ぼされ、私が銀河連邦軍のアダム部隊に入った時にもこの本は一緒だった。遠出する時の暇つぶしのためにスターシップに入れられていたこの本たちと一緒に私は惑星ゼーベスを出て、後にゼーベスが滅んだと知ったのだ。

 

 連邦軍在籍時代の私は、女性扱いされることを極端に嫌っていた。常に意地を張り、無愛想な男言葉で話していた。無愛想な男言葉、そう本棚の奥にそっと隠してあった絵本の主人公の様に。そうしていなければ簡単に崩れてしまいそうな自分が歯痒く、苛立たしかった。

 

 そんな私をいつも気に掛けてくれていたのが、アダムだった。

 普段彼はジョークなど口にしない。なのに、ブリーフィングの終わりには必ず、「異論はないか、レディー」と言っていた。気遣いだと分からなかった未熟な私はそれが面白くなくて、ブリーフィング終了の時のサムズアップをサムズダウンにして応えていた。作戦の了承と女性扱いされることへの断固とした抗議を込めて。

 

 子供だった。

 

 そして私は、未熟だった私は、大型スターシップの事故の被害を最小限に抑えるために自身の弟を見殺しにしたアダムに向かって弾劾の言葉を吐いてしまった。一番辛いのはアダム自身だというのに。結局このことが原因で私は父親同然だった彼のもとを去ったのだ。

 

 まあそんなことは、今は関係ない。

 自己弁護している内になにやら他の黒歴史まで掘り返してしまい、危うく頭をかきむしりながら悲鳴を上げそうなった事などどうでも良いのだ。

 

 そんなことより目前の問題だ。

 私が自分の羞恥心と格闘している間にも、私達を乗せた船は憎たらしいほど順調に上昇していた。

 船が通れるほど穴は大きくないので、船の頭についている出口を使うことにした。

 私は慎重に船の頭を穴にくっつけにかかる。コックピットに移る穴のふちは焦げてボロボロになっていた。

 

「それにしてもどうやってこんな大きい穴を開けたんだ?」

 

 ここの壁や床は宇宙船などに使う特殊金属製なので、個人携帯兵器では破格の威力を誇る私のミサイルやボム、ビームでも壊せないのだが。

 

「俺の仲間がレクスボルトで開けた」

 

 レクスボルト、名前からしてビーム兵器だろうか。

 

「そうか。安心した」

「? どういう意味だ」

「いや、あなたの傭兵団には剣や槍以外の使い手もいるみたいだから」

「当たり前だろう。剣や槍みたいな近接武器だけでは対処しづらい事態もある。そんな時のために遠距離攻撃も出来る奴らをそろえておくのは必須だ」

 

 おお、珍しくアイクがまともな事を言っている!

 

 私は安堵した。彼の傭兵団にも色物兵器以外の使い手がきちんといるらしい。団長が衝撃波の出る剣みたいな趣味装備をゴリ押しできる破天荒な奴だから、彼の傭兵団もそんな人外たちで溢れ返っているんじゃないかと心配していたが、どうやら杞憂だったようだ。

 

「あなたもきちんと考えて傭兵団を運営していたんだな」

 

 正直、俺についてこれる奴だけついてこいみたいな感じだと思っていた。

 

「まあ、経理や運営はセネリオやティアマトに手伝ってもらっているがな」

 

 まただ。私は眉をしかめた。

 

「さっきもエリンシアと言っていたが、それはあだ名かコードネームか何かなのか」

 

 さっき絵本を見た時にようやく思い出した。この男の名前や装備にどうも見覚えがあると思っていたのだが、見覚えがあって当然だ。

 アイクやエリンシア、セネリオ、ティアマト、どれも「蒼炎の勇者の冒険」の登場人物の名前なのだ。

 

 アイクは言わずもがな主人公だし、エリンシアは彼を慕う王女の名。セネリオは彼に忠誠を誓う頭の切れる参謀、ティアマトは包容力溢れる副団長の名である。

 だが、本人であるはずがない。何しろ彼らは数万年前の人物である。

 

「コードネームが何なのかは知らんが、どれもあだ名とかじゃなくて本名だ」

 

 だとすると、彼らの親は相当の蒼炎の勇者マニアだったようだ。しかし気の毒だ。少し考えてみれば分かるはずだ。息子や娘にチンギス=ハーンやヨシツネ、クレオパトラみたいな名前をつけたらどうなるかを。

 もうひとつアイクたちが蒼炎の勇者たちの末裔で、アイクX世、エリンシアY世な可能性もあるが、まあこれは限り無く低い。どんな偶然だ。

 

「ところでサムス、この『蒼炎の勇者の冒険』についてなんだが…」

 

 ガコンッ!

 船が天井に当たってかすかに揺れた。

 

(その本のことは忘れろ!!)

 

 私は叫びそうになったが、淑女らしく耐えた。

 

「この本はいつ書かれたんだ」

「23年前の出版だ。裏表紙に書かれているだろう」

 

 私はいつも通り冷静に答えた。これ以上恥の上塗りは避けねばならない。なにより私の心が耐えられない。

 

「……そうか」

 

 アイクはそれきり黙り込んでしまった。

 私はその態度を不思議に思ったが、船の軌道の修正に戻った。

 

 

 

 

 船を出た私達の目の前には頑丈そうな隔壁があった。

 

「とりあえず扉は破られていないようだな」

 

 アイクは険しい顔でうなずいた。

 

「ああ。少し安心した。だが、これは……」

 

 そして、隔壁のすぐ近くの壁には、巨大な刃物で切り裂かれたような裂け目が出来ていた。

 断面は鏡のようだ。横幅はスターシップが入れそうなほど広く、奥へ奥へと続いている。

 

 ここの壁や隔壁に使われている合金を破壊するには、相当の威力が必要だ。現状の装備では不可能なほどこの施設の壁は硬い。それなのにこんなにきれいに切断するなんて。

 

「アイク……まさかとは思うがこれも貴方がやったのか。もしくは貴方の仲間が」

「いや、俺はやっていない。それにこの太刀筋は俺の仲間の物では無いな」

「……そうか。アイクは剣を使うだけあって太刀筋が誰の物か分かるのか」

「ああ。だが、この太刀筋は……いや、それはないな」

 

 太刀筋か。私はアイクたちお得意の不思議兵器の心当たりを聞いたつもりだったが、その発想は無かった。いくら私でもさすがに太刀筋の鑑定は専門外だからな。

 

「サムスはなにか心当たりはないか」

「ないな」

 

 あいにくこんな風に壁を切り裂く兵器なんて見当もつかない。大型レーザーカッターでも使ったのか。断面的にも広さ的にも違うと思うのだが。

 

 

 さらに、床には足の踏み場がないほど大量のクリーチャーの死体が折り重なっていた。

 原形をとどめていない物を除いても、焦げていたり、切り裂かれたりした死体はざっと見て500は下らない。

 唯一の救いはその中に人間の遺体が一つも見当たらないことだ。どれも見覚えあるクリーチャーばかり…………

 

「サイボーグ…! それにこの胸……!!」

「何か分かったのか!」

「見て分からないのか! こいつらはスペースパイレーツのゼーベス星人だ。しかもサイボーグに改造されているし、この胸の模様は銀河連邦軍のものだ!」

「その賊はギンガ連合軍に所属している兵士だったということか」

「いや、それはありえない。銀河連邦とスペースパイレーツは長年激しく対立してきた。それにこいつらは体の所々が機械に改造されている」

「……改造? どういうことだ」

「頭部に埋め込まれているこの機械は、恐らく強制的に命令に従わせるものだろう。海賊なんてしているがこいつらは元々知能も身体能力も高いから生物兵器にはうってつけだ」

「……まるで“なりそこない”だな。気に食わん」

 

 私もだが、アイクもこの悪趣味な機械にかなり嫌悪と怒りを感じているようだ。

 

 “なりそこない”と言うのは『蒼炎の勇者の冒険』に出てくる薬品と魔術によって自我を破壊され、強制的に化身させ続けられ戦わせられるラグズ奴隷のことだ。たしかデイン王アシュナードとそのお抱え学者によって研究されていた。確かに生物兵器という点では同じだ。

 

 アイクが何故スペースパイレーツを知らないのか、なんで“なりそこない”を引き合いに出してきたのかは疑問の余地もあるが、そんなことより私はこの事件の真相が気になっていた。

「銀河連邦軍が秘密裏に生物兵器を研究していたとは……生物兵器の使用も研究も禁止されているはずだ」

 

 私はアイクに顔を向けた。こうなってはなりふり構っていられない。

 

「アイク、お願いだ。この事件について私はどうしても真相を突き止めなくてはならない。あなたが知っていることを教えてほしい」

「……分かった。俺も詳しい事は分からないが、ある程度は知っている。メリッサを作るだけでなく、こんなことまでしていたとは正直思ってなかったが」

「メリッサ?」

 

 アイクのとんでもない語りが始まった。

 

 

 

 アイクがよく分からないから聞いたままをを話すぞという前置きから始まった話をまとめるとこういうことになる。

 

 研究員メリッサ・バーグマンは、テレパシーによって生き物を支配・制御するべく生み出されたアンドロイドで元はNBと呼ばれていた。

 テレパシーによって生き物を支配・制御する、それはかつてマザーブレインがスペースパイレーツやメトロイドに行ったことだ。メリッサはおそらくマザーのコピー。MBという名も、おそらくマザーブレインの略称。たぶんこの計画の首謀者はMBを使ってスペースパイレーツのサイボーグ部隊を操らせる予定だったのだろう。

 

 MBは最初こそ人形のようだったが、親代わりだったマデリーン・バーグマン局長にメリッサ・バーグマンと名付けられ、マデリーンや施設の人間と触れ合う内に心のような物を獲得した。

 

 しかし、それを良しとしない計画首謀者が恐らく外部から連絡してきて、メリッサの処分が決められた。

 ここでいう計画の首謀者とは銀河連邦の上層部の誰かだろう。かつて惑星ゼーベスとそこの住人の鳥人族は、感情を持ってしまったマザーブレインが操るスペースパイレーツによって滅ぼされた。その失敗を目にしている彼らは自分たちも同じ目にあうことを恐れたのだろう。

 

 黒幕の手先に脅されたマデリーンはメリッサの助けを呼ぶ声を無視してしまった。母親に裏切られたと思ったメリッサは錯乱し、ここに倒れているクリーチャーを大量に召喚して暴れだした。

 

 彼女をこのまま放置できないと判断したマデリーンはアイク達に彼女の抹殺を依頼。しかしアイク達はそれを拒否し、マデリーンとメリッサの間にある情を信じて、彼女達を和解させる作戦に出た。

 

「それで、どうなったんだ」

「俺はマデリーンをメリッサに直接ぶつけることにした」

「それで」

「作戦は成功し、マデリーンとメリッサは気絶した」

「……よく意味が分からないんだが」

「だから彼女達は気を失ったんだ。お互いを抱きしめながらな」

 

 和解できた嬉しさのあまり気を失ったという事か。あるいはお互いを殺そうとしたことに彼女たちの心が耐えきれなかったのだろうか。

 そこまで考えて、私にはある考えが浮かんできた。それはあまりにも荒唐無稽、ありえないものだった。しかしもしかして……

 

「……まさかとは思うが、マデリーンをメリッサにぶつけるというのは彼女達を話し合わせるという意味だよな」

「もちろんだ。最初はな」

「最初は…?」

 

 何故だろう。嫌な予感が止まらない。

 

「ああ。いつまでもぐだぐだ言っているマデリーンに頭に血が上ってしまった俺は、彼女をメリッサに投げつけた。彼女は見事にメリッサにヒットし、敵将の撃破、親子の会話と、メリッサに対する処罰がいっぺんに終わった。そういうわけだ」

 

 私はいい加減頭痛がしてきたこめかみを抑えながら、言った。

 

「……やることが強引過ぎる、無茶苦茶だ。と言われたことはないか」

「割とよく言われる」

「……まあいい。続けてくれ」

「メリッサが気絶した後は怪物たちも固まっていたんだが、奇声が響いたと思ったらまた動き出して俺達を攻撃し出した。しかも今度はメリッサごとだ。俺達はメリッサとマデリーンと共に転移で離脱しようとしたんだが、どういう訳か俺だけ転移に失敗して扉のむこうに行けなかった。俺は奴らを殲滅し、扉の向こうへ行ける道を求めてこの穴に飛び込んだ。その探索中にサムスに会ったというわけだ」

 

「殲滅って、こいつらは一体、一体が強力なクリーチャーだぞ。それこそ一体いれば連邦軍の精鋭を数十人は軽く倒せる。こいつらを一人で殲滅したのか」

「ああ」

 

 信じられない。生身の体でそこまでやるとは。だが、現にここは切り裂かれた死体で埋まっている。もしかしてアイクは私のように何らかの遺伝子調整をされているんだろうか。それにしたってパワードスーツも無しにこの戦闘力は異常と言っていい。

 

「…この計画の首謀者の名前とか分かるか」

「いや、分からん」

「黒幕の手先はどうだ。その後どうなった」

「メリッサ曰く、この扉の向こう側に逃げ込んだそうだ。それ以降は分からないが、たぶんメリッサを殺そうとした落とし前はつけさせられているんじゃないか」

「クリーチャーを暴走させた奇声の主は?」

「ここで死んでいる奴でもメリッサでも人間でもないということくらいだ」

「ということは他にも厄介なクリーチャーがいるという事か……ならここに倒れている以外のクリーチャーに心当たりはないか」

「他には……そういえばマデリーンが『メリッサはメトロイドとの交流で心を得たのかもしれない』と言っていた」

「待て、メトロイドだと!!」

「あ、ああ。メリッサはメトロイドとやらを自分の子供の様に大切にしていたらしい」

 

 アイクは私が何をそんなに焦っているのか分からないという顔をしているが、これが焦らないでいられるだろうか。

 私には連邦軍の愚かな計画とこの事件の発端と全貌がおぼろげながら分かってしまった。

 

『君がお偉いさんの前で恥をかかないように、スーツはピカピカに磨いといたよ』

 

 検疫官がニヤニヤとした軽薄な笑みを浮かべていた訳が、やっと分かった。彼は私のスーツに付着していたベビーの細胞を採取し連邦軍に売ったのだ。

 連邦軍はその細胞を培養し、メトロイドを繁殖することに成功したのだろう。さらにマザーブレインのコピーであるメリッサを母親と認識させ、精神感応で操る。こうして最強の生物兵器メトロイドの部隊を作ることを可能にした。

 

 しかしメリッサがメトロイドやマデリーンとの関わりの中で心を得てしまったため、計画の首謀者は彼女のAIを初期化しようとした。だが、メリッサの抵抗でそれが阻止され、メリッサの暴走はアイク達の奮闘で阻止されたのだ。

 

 そして施設内が混乱したことで、生物兵器たちが檻の中から出て、溢れかえっている。これが現状だ。

 

 それにしても、メリッサはメトロイドを自身の子供の様に扱うというところで胸が痛んだ。きっとベビーのように懐いてきたんだろう。

 アンドロイドの小女が彼女を母親だと慕う生き物との触れ合いの中で自我を目覚めさせる。本来は素敵なストーリーになるはずなのに、醜い欲望がそれを汚そうとしている。私はそれが許せなかった。

 

「……あんた程の戦士がそんなに焦るなんて、メトロイドは相当やばいものらしいな。俺にも教えてくれないか。敵となりうる奴の事は出来るだけ知っておきたい」

「……本当に知らないのか?」

「ああ。俺は学が無いからな」

 

 そういう問題だろうか。この銀河で賞金稼ぎなんてしていれば、いやしていなくてもメトロイドの脅威は嫌でも耳に入ってくるはずだ。

 何かがおかしい。

 そう思いながらもメトロイドを知らないらしいアイクにレクチャーすることにした。

 

「メトロイドは透明な緑色の皮膚に赤い核、4本の下アゴをもつクラゲの様な姿をしている。常に空中を浮遊し、他の生物に喰いついて生命エネルギーを吸い取って生きている。生命エネルギーを吸われた生き物はミイラの様になって死ぬし、逆に生命エネルギーを送られたものは回復する。卵で増えるがベータ線でも増殖する。宇宙空間でも耐えられるし、皮膚が強靭でほとんどのビームやミサイルのような物理攻撃はほとんど効かない。効くのはアイスビームみたいな低温攻撃の後の物理攻撃か、もしくはよほど強力な攻撃を行うかだ」

 

「もしそいつらと遭遇したら、どうすればいい。あんたが凍らせて俺が斬る、さっきみたいな感じでいいか」

「いや、生身でメトロイドに取りつかれた場合打つ手がほとんどない。出来れば手を出さないで欲しいが……言っても無駄か」

「それでも何か出来る事があるはずだ。そいつらは接近戦しか出来ないようだから、あんたが凍らせた後に俺が衝撃波でやれば、遠距離から倒せるんじゃないか」

「まあ、あの威力と速度、飛距離なら可能だと思うが。……絶対に前に出てくるなよ」

「俺もミイラになるのはごめんだが、サムスが取りつかれたらどうする」

「私は見えないだろうがエネルギーシールドを張っているし、前に戦った時はモーフボールになってからボムを使えば奴らを吹き飛ばす事が出来た」

「モーフボール?」

「ああ、アイクにはまだ見せていなかったか。これの事だ」

 

 私がモーフボール状態になると、アイクが眉を上げた。

 少しの間だが一緒に過ごした私には分かる、アイクはすごく驚いている。

 その反応に少し気分を良くした私は、そのままアイクの周りをコロコロと転がった。アイクの目線は私に釘付けである。

 

「驚いたな、そんなことが出来るとは。どういう仕組みなんだ」

「企業秘密だ」

 

 この質問をされた時の決まり文句を口にしながら、ボムを設置する。

 透明な青色のボムは少し間を置いてから爆発し、私は爆風で少しだけ浮き上がる。

 

「今のがボムだ」

「間近で爆発して痛くないのか」

「別に痛くはない。ただ私以外のものが触れれば別だ。かなりの衝撃と痛みをくらう筈だ」

「便利なものだな」

 

 このボムはパワービームと同様に私の生体エネルギーをもとに作っているから、私には痛くないし何発でも生産可能なのだ。チャージすればメトロイドさえ一撃で葬れる、私の武装の中で一番の攻撃力と範囲を誇るパワーボムが使えるのだが、これは忠告する必要があるな。

 

 私は普通の形態に戻って、真剣な口調で頼んだ。

 

「アイク、今はアダムに制限をされている身だが私にはパワーボムという武装がある。これはさっきのボムの強化版で、使えばメトロイドを倒せるが、私を中心にして広範囲を焼き尽くす武器なんだ。だから万一大量のメトロイドに包囲されたらば、アイクは仲間を連れて離脱してほしい」

 

 アイクは真顔で頷いた。

 

「分かった。その時は退避させてもらおう」

「ありがとう」

「念の為訊いておくが、パワーボムを使ってもサムスは怪我をしないんだよな」

「当たり前だ。自分の武装で怪我してどうする」

「それもそうだな」

 

 アイクはふっと微笑んだ。

 私も少し笑って、自分が今日会ったばかりの人と笑いあえていることに驚く。

 

 誰もが知っているような事を知らないのに、妙な特技や知識を持っている奴。

 無愛想に見えて、意外と仲間思いな奴。

 クールに見えて、根は強引で熱血な奴。

 憧れていた絵本の勇者に少しだけ、そう、少しだけ似ている奴。

 これが私の現在のアイクへの印象だ。

 

「アイク。これが最後の質問だ」

 

 この施設で起きていることはだいたい分かった。連邦軍の愚かな計画の全貌も見えた。

 この施設が私の思っている通りの施設なら一般人や色物賞金稼ぎが簡単に侵入できるはずはない。

 だがもし彼らが、私の推測で初めに除外した人物で、あれに巻き込まれたとしたら、話は別だ。

 

「貴方達はどこから来たんだ」

 

 

 

 



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過去と未来の英雄

 誰もが知っているような事を知らないのに、妙な特技や知識を持っている奴。

 無愛想に見えて、意外と仲間思いな奴。

 クールに見えて、根は強引で熱血な奴。

 憧れていた絵本の勇者に少しだけ、そう、少しだけ似ている奴。

 これが私の現在のアイクへの印象だ。

 

「アイク。最後の質問だ」

 

 この施設で起きていることはだいたい分かった。連邦軍の愚かな計画の全貌もおぼろげながら見えてきた。

 この施設が私の思っている通りの施設なら簡単に侵入できるはずがない。

 

「貴方達はどこから来たんだ」

 

「…………」

 

 私の質問にアイクは初めて沈黙した。

 

 私見だが、彼の出処には主に4つの可能性がある。

 

 一つ目は彼がただアイクと名がつくだけの変わり者で蒼炎の勇者とは何の関係も無く、情報の価値を知らない駆け出しだということ。

 

 だが、この可能性はアイク自身の戦いの技量と私との会話で打ち消される。彼は明らかに只者ではないし、情報収集も怠っていない。何より情報不足の駆け出しが連邦軍の秘密研究所に入れるはずがない。入ったとしてもすぐ殺されてしまうだろう。

 

 二つ目は彼が蒼炎の勇者の子孫であること。いわゆるアイクX世というやつだ。

 

 一応勇者の子孫と思われる人、自分がそうだと主張する人はいると聞いたことがあるので、可能性としては否定できないが、何故メトロイドたちを知らないのか疑問が残る。

 メトロイドもスペースパイレーツも銀河連邦軍も有名すぎる程だ。辺境や別銀河出身で情報が入ってこなかったのかもしれないが、情報が届かないほど辺境出身者がどうやってここに入って来たのか、あの懐古趣味装備とそれを駆使する技術はなんなのか、疑問が残る。

 

 三つ目は彼が蒼炎の勇者のクローン、もしくは勇者を模したアンドロイドであること。

 

 可能性としてはこれが一番高いと思う。ここは生物を扱う研究所だ。ここの科学力と施設があれば、蒼炎の勇者の髪の毛からでもクローンを作り出せるだろう。彼についての物語や資料は豊富だからその人格を推測して人工知能を作り、それを高性能アンドロイドに入れた可能性もある。

 常識を知らないのもここから出たことが無いから、で説明できる。ただ、彼が銃などの現代兵器を使わない理由が不明だし、そもそも勇者のクローンを作って何をするというのか。連邦軍上層部がおとぎ話を信じるとは思えないので、スタッフが遊びで作ったのだろうか。

 

 最後は彼が史実の蒼炎の勇者アイク、その人であることだ。

 

 さっきは真っ先に除外してしまったが、可能性は無くは無いのだ。数万年前の人物なら現代社会の常識など知らなくて当然だ。彼の装備、鎧とか剣とかも、それを扱う技量があることも本人ならば説明がつく。それにしたって強すぎると思うが。

 ただ、この場合アイク達は数万年の時を超えた時空漂流者ということになる。時空漂流者とは何らかの原因で通常空間からワープに使う超空間に落ちて、時間と空間を飛び越えてしまった者のことだ。

 でもバイオハザードが起きた研究所を助けに来た私の前に、伝説の英雄が現れる。そんな偶然があるのだろうか。

 

 

 だが、もし万が一、本当にアイクが絵本に出てきた勇者だとしたら………握手とサインをしてもらいた、否、そんな場合ではない!

 

 私は心の中でブンブン首を振って、逸れてしまった考えを戻すと、改めてアイクに目を向けた。

 

「貴方は傭兵団をやっていると言っていた。それなのにメトロイドを知らない。スペースパイレーツも銀河連邦のマークも分かっていない。これはこの現代社会で生きていれば、まして賞金稼ぎをしていればありえないことだ」

「…………」

 

 アイクは何も答えない。

 

「だが、剣の腕や身体能力は非常に高い。多少無謀だが頭だって悪くない。情報の価値も分かっている。ここから導き出される仮説はそう多くない」

 

 私は彼をじっと見つめた。無表情の顔からは何も読み取れない。

 だが、私はアイクが大きな秘密を抱えているのを感じていた。

 

「アイク。貴方はおそらく……」

「テリウスだ」

「……え」

「俺たちはテリウス大陸の、それもたぶん過去のクリミア王国から来た」

 

 アイクは、大きく息を吐き出すように言った。

 

 

 

 

 一応予測していたとはいえすぐに受け止められる話では無く、私はしばらく身も心も硬直していた。

 

 もし今クリーチャーに襲われたら大変なことになっていたかもしれない。

 動揺のあまり、パワードスーツが解けそうになっているくらいだ。パワードスーツは私以外には外せない代わりに、私が揺るぎない意志を維持し続けなければ勝手に解除されてしまう代物なのだ。

 そんなことになればアイクの足を引っ張ってしまうかもしれない。戦士として、それはいやだ。

 

 私は若干上ずった声で尋ねた。

 

「そ、それは確証があって言っている事なのか」

 

 そうだ、まだこの男の妄想とか、植えつけられた記憶とか、そういう可能性が残っているじゃないか。

 

「ああ。俺達はクリミアで催し物の準備をしていた時に、突然鐘の音が鳴り響き、視界が真っ青になり、気が付いたらこの近くの森にいた。俺達はこっちに来てから驚くことばかりだった。見た事も聞いた事も無い技術や発想、料理や武器、生き物に戦い方。俺は最初ここが違う国だからだと思っていた。だが、あんたの持っていた古い絵本を見て疑問を抱いた」

「…………」

 

 アイクが見たという、青い世界。それは恐らく超空間の事だろう。超空間は秋空のようにどこまでも澄んでいて、美しい蒼の世界なのだ。彼らは偶然そこに落ち、そしてこの世界に流れ着いた。理屈は、通る。

 そしてアイク自身の強さや物腰もその理屈を後押ししていた。

 

「あの絵本は、細部は違えども俺達の戦いの記録だった。俺達と同じ名前で、似た様な姿形で、同じ装備の奴が、俺達と同じ敵を倒していく。見て来た様にそっくりだ。それも四年前の戦だけでなく、数か月前の女神との戦が最後まで詳細に描かれていた」

「…………ん?」

 

 アイクの発言に一瞬疑問がよぎったが、その疑問はアイクのとんでもない一言に吹き飛ばされた。

 

「あの本は古い。それも一年や二年じゃない。幼い字であんたや俺の名が書き込んであったし、決定的だったのはあんたがあの本は23年前に書かれたと言っていたことだ。23年前に俺はまだ生まれてもいない」

「ちょ、ちょっと待て! アイク、もう一度言ってくれ」

「23年前に俺は……」

「そっちじゃなくて……」

「あんたがあの本は23年前に書かれたと……」

「もっと前の」

「幼い字であんたや俺の名が書き込んであった……?」

「そ、それだ! な、なんであなたがそれを知っているんだ!」

「あんたの本の最後にびっしりと書き込みがあったのを読んだ」

「―――――ッ!」

 

 幼き日の過ちを見られた私は悲鳴を上げそうになったが、やはり淑女らしく耐えた。

 だが、かあああっと顔に熱が集まってくるのは止められなかった。

 そんなものを彼に見られるのは耐えられそうになかったので、バイザーのスモーク設定を最大にするよう必死で念じた。

 ピコンっと音がして設定が適応される。私の目の部分を覆っている緑色のバイザーがさらに濃い色になった。

 これでこちらからは見えても外から私の顔を見る事は不可能なはずだ。

 

「なんだ、今の音は?」

「な、なんでもない。ちょっと暑かったからスーツ内の温度を下げただけだ。気にするな」

 

(私にしか聞こえないぐらい微かな音のはずなのに、どういう聴覚しているんだ!? 本は割とすぐに取り上げたから大丈夫だと思っていたのに!!)

 

 幼すぎた私は本を読み終わった後の感動や興奮を持て余し、つい白紙になっている裏表紙の裏側にその情熱をぶつけてしまった。その結果そこには幼年期、少女期、思春期、各種取り揃えた感想や妄想が書き込まれてしまったのだ。

 見るに堪えない絵やポエムのような何か、2次創作もどき。それらを見るたび突発的に本を焼き払いたくなるが、私の家族たちの形見であり想い出のある本を消滅させることなど出来るはずも無く、なるべく見ないようにしてきたのだ。

 

「特に最後の巻は凄く書き込みが多かったような気が」

「コッコホン。と、ところでアイク、確認したいんだが」

 

 この結果がこれである。私は話題を変える事にした。

 このまま公開処刑が続けば、ただでさえ動揺している私は今度こそパワードスーツを維持出来なくなるだろう。アダム達のまえじゃなくて本当によかった。

 

「本当に蒼炎の勇者なのか。アシュナードや漆黒の騎士、黒龍王や女神アスタルテを倒した、あの」

「蒼炎の勇者なんてたいそうな者になった覚えは無いが、そいつらを倒したのは事実だ」

「しょ、証拠は。あなたがアイク本人である証は」

「証拠、証拠か。俺が俺である証……」

 

 そうだ、証拠も無しに信じる者なんていないのだ。

『焦ることは無い。サムス、冷静に分析しろ』と、アダムにも言われたじゃないか。

 

「証拠になるか分からないが、これなんてどうだ」

 

 そう言って、アイクが腰から鞘ごと取り出し、抜いて見せたのは一見何の変哲もない長剣だった。だが、20年もファンをやっている私には分かる。分かってしまう。

 拳3つ程の長さの赤い柄に、白く左右に伸びたつば、真っ直ぐで肉厚な剣身。アイクが初めての任務で父親から貰い、以後大事にしていた剣。

 決して壊れることのない神剣ラグネルを使うようになっても、いつも傍に置いていた愛剣。長い歴史の中で紛失してしまって現代には伝わっていない剣。その名は……

 

「「リガルソード(だ)」」

 

 私の呟きがアイクとかぶった。アイクは少し不思議そうな顔をしたが、すぐ納得した顔で頷いた。

 

「あんたも知っていたか。この剣は俺がグレイル傭兵団としての初任務の朝に親父から貰った物だ。まあ親父の形見みたいなもんだ。もう剣としては使い物にならないが、それでも捨てられなくてな。今でもたまに手入れをして、こうして腰に下げているんだ」

 

 エピソードまでそのままだ。な、何かないだろうか、アイクがアイクじゃない証拠になる何か。

 

(!! これだ!)

 

 私が目をつけたのは、アイクがもう一方の手で持っている黄金の剣。

 

「じゃ、じゃあ、その剣はラグネルなのか」

 

 蒼炎の勇者アイクが振るったとされる至高の神剣は現代に伝わっている。銀河連邦でも有数の発言力と影響力を持つ星の至宝だったはずだ。私のデータバンクにも当然そのデータが入っている。実物も博物館の特別公開日に数時間並んで見て来た。

 

 私のバイザーにはスキャンバイザーというものがある。視界に入ったものを分析してデータバンクに問合せ、情報をくれるバイザーだ。オーバーテクノロジーを誇る鳥人族の武器さえある程度は解析可能である。

 例えばそこの隔壁をスキャンすると―

 

 解析結果

 名称 〇〇〇〇〇製の隔壁

 形状 左右開閉式の隔壁

 材質 〇〇〇〇〇

 質量 およそ900トン

 特記事項・解説

 現在の武装では破壊は不可能。

 

 こんな感じで出てくる。

 つまりスキャンの結果、もしアイクの剣が本物のラグネルならば、アイクは絵本に出てきた本物のアイクであることはほぼ間違いない。ラグネルが盗まれた話も聞かないし。

 

「ああ」

 

 アイクはリガルソードを鞘に納め、腰に戻してから、ラグネル(仮)を私にもよく見える様にした。

 

 拳3つほどの長さの柄は、上半分は白く、下半分は黒い。

 剣身は肉厚で1m50cm程と非常に長く、金色の両刃だ。

 つばは金の縁取りがされた白い金属が左右に伸びている。真ん中には小さな緑の宝石が3つ埋め込まれていた。

 一見すると華麗な外見だが、剣のあちこちに残る小さな傷が、この剣が実戦で使われていたことを教えてくれる。

 全体としては鋭さ、神聖さ、凄みのような物を感じた。

 

 外見上は私のデータと違いはない。

 

「……手に取って見せてもらっても」

「いいぞ。ただ、見かけより重いから足に刺さないように気をつけてくれ」

 

 アイクから忠告と共に黄金の剣を差し出され、馬鹿にするなと思いながら片手で受け取り―――

 

「うわっ!?」

 

 落としそうになって慌ててもう片方の腕で抱えこむように押さえた。

 アイクは生身のまま片手で軽々と扱っていたから、たいした事はないと高を括っていたがとんでもない重さだ。

 いったい何を素材に使ったらこんなに重くなるんだ。こんな物を持ち上げて振り回して、あまつさえ大ジャンプするとかあいつ本当に人間か。頭か体のどちらかが、あるいはその両方がおかしいとしか思えない。

 

 もしかして実体の剣ってみんなこんな風に重い物なのか。

 そんなはずはない。鳥人族に遺伝子から強化され、パワードスーツを着た私は常人の何十倍もの身体能力を持っているのだ。実体の剣がこんなに重かったら、地球人のほとんどが持てない。振り回すなんてもってのほかだ。

 

「……俺が持っていた方が良さそうだな」

「いいから、少し、待っていろ」

 

 半ば意地になって物凄く重い剣を床に突き立て、剣全体がなるべく視界に収まるようにする。それにしても、床に刺した時、ほとんど抵抗を感じなかった。今もしっかりと持っていないと剣が埋まってしまいそうだ。この床が合金ではなく、豆腐かなんかなのではないかと思い始めてしまうほどだ。

 

 私は改めてスキャン機能を起動する。視界に現れるスコープの中にラグネル(仮)を収め、解析を開始。

 数秒後、ピコンッと電子音がして視界に解析結果が表示される。

 

 これで彼が私の絵本の勇者なのか否か、はっきりするはずだ。

 

 解析結果

 名称 不明

 形状 両手剣?

 材質 不明

 質量 不明

 特記事項・解説

 対象全体を不可視の障壁が覆っており、スキャンに失敗しました。

 

 

 ほとんど何にも分かってないじゃないか! 

 

 分かったのはこの剣が分類的には両手剣だという事とこの剣が見た目より遥かに重い事、剣全体を不可視の障壁が覆っているという事だ。

 あとスキャンバイザーの解析を免れ得る特殊な武器だという事も分かった。

 

 だが結局これはラグネルなのか、ラグネルじゃないのか。

 アイクは私の絵本の勇者本人なのか、そうでないのか。

 

「これで俺が過去から来たと信じてくれたか」

 

 アイクの冷静な声で、混乱していた私はハッと我に返った。

 

「……信じられないし、信じたくないが、貴方が蒼炎の勇者アイク本人だと一応仮定しよう」

 

 感情的には認めたくなかったが、私の中の冷静な部分がその可能性も否定できないことを告げている。私はアイクにラグネルを慎重かつ全力で渡しながら言った。我ながら素直じゃないというか、捻くれた言い方である。

 

「感謝する」

 

 アイクは口元をふっと緩めて、私に向かって微笑んだ。

 

「あくまで仮定しただけだ。貴方が本物の蒼炎の勇者だと認めたわけじゃない。そこを勘違いしないでほしい」

 

 私は早口で弁明した。オーバーテクノロジーを誇る鳥人族の武器さえ解析可能なスキャンバイザーの解析を免れ得る不可視の障壁や特殊な武器を持っているのだから並の男でないことは確かなのだ。

 スモーク設定は大丈夫だろうかと片目で確認。たぶん私の顔は赤いままだろうから。

 

「自分でも荒唐無稽な話をしているのは分かっている。だがあんたが一応でも認めてくれて心底ほっとした。柄じゃないが言わせてくれ。ありがとう」

 

 そんな私をよそにアイクは微笑んだままだった。

 

 ……もしかしてアイクも心の底では不安だったのだろうか。あまり感情を表にださないアイクだが感情が無いわけではないだろう。

 彼は地球で言う中世に近い世界から突然知らない場所に放り出された。しかも未来の世界にだ。元の世界に帰る当てもないはずだ。

 彼が普通の人間だったら精神的にも耐えられなかったろうし、例え彼が英雄でも辛くないはずがない。

 それでも不安などおくびにも出さずに彼は戦い続けてきたのだ。

 

 もしそうなら彼を、アイクを助けたい。不安におびえる彼を抱きしめて大丈夫だと安心させてあげたい。アイクやその仲間たちを救いたい。

 

「どういたしまして。それと……」

 

 私はバイザーのスモーク設定を取り消した。濃い緑のバイザーの色素は限りなく薄く透明になり、向こうからも私の顔が見えるようになる。顔が燃える様に熱いが知った事か。

 

「これからもよろしく」

 

 そう言って片手をアイクに向けた。これが今の私の精一杯だ。

 

 アイクは私を見て少し驚いたような顔をしたが、すぐいつもの顔に戻り、

 

「こちらこそ、よろしく頼む」

 

 私の手をしっかりと握ったのだった。

 

 

 



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クイーン・エリンシア

隔壁の向こう側サイドのお話です。


私は、エリンシア・リデル・クリミアは隠された存在でした。

 

長く子供の出来なかった両親にとって私は待望の子供だったのですが、父のラモンは既に次代の王位を弟のレニング叔父様に渡す事を宣言していました。

その後に私が生まれてしまい、国内外の混乱を避けるために私の存在は離宮に隠されたのです。万一のために各国の王たちには存在を知らされてはいましたが、それでも一生をかごの中の鳥となることは生まれた時から決まっていました。

 

でも、私は幸せでした。

 

離宮とその敷地の外には滅多に出してもらえなかったけど、王族や貴族の子女なんてみんなそんなものなのです。その分、王位を継ぐことの無い私はなんの気苦労も無くのびのびと暮らせていました。両親や叔父夫婦は私を愛し、可愛がってくれましたし、侍女や乳母、乳姉弟のルキノやジョフレとも仲が良かった。

 

私は日々を彼らと遊んだり、ジョフレやルキノが馬術や剣術を習っているのを見て、私もやりたいと駄々をこねてやらしてもらったり、毎日訓練で傷だらけになって返ってくる彼らをなんとかしたくて回復魔法を始めとする杖魔術を習ったり、果ては洗濯や掃除、繕いものやお料理まで習いました。

いえ、後半は母がこれ位女性としてできるようになさいと言っただけでその時は興味無かったのですが。やってみると意外と楽しかったのを覚えています。今ではすっかり趣味の一つとなってしまいました。アイク様にも評判良いんですよ? 私の料理。

 

ですが、そんな私の幸せな子供時代はある日唐突に終わりを告げました。

 

隣国デインの軍隊がクリミアの王都メリオルを急襲したのです。

宣戦布告もせずにいきなり王都に奇襲攻撃という暴挙。数百年にも及ぶ長い平和の時代に慣れていたクリミア王国騎士団は不意を突かれて壊滅してしまいました。

 

クリミア一の武勇を誇るレニング叔父様を筆頭に僅かな手勢が、両親と私を守るために奮戦しましたが余りにも多勢に無勢でした。漆黒の鎧兜を纏ったデイン軍兵士たちが大地を埋め尽くし、騎馬や騎竜と共に怒涛の様に王都を、王宮を蹂躙しました。

 

今になって思うといくら宣戦布告も無しに侵攻されたとはいえ、賢王ラモンと讃えられていた父、知略でも名高い叔父様、国1番の謀略家ユリシーズとその部下たちが王都に奇襲を許し、あまつさえあっさり陥落するなんておかしいのです。

 

おそらくは自身の欲望と保身に汲々としているクリミアやベグニオンの日和見貴族や、人間を滅ぼすためには手段を選ばず暗躍していたテリウス大陸でも1、2を争う知略の持ち主であるお腹も翼も真っ黒なベグニオンのセフェラン様に情報伝達を妨害されたのでしょう。

 

ですが、王としての教育を受けていなかった私にはそんなことは分からず、突然の出来事に現実味を感じられぬまま近衛騎士たちに手を引かれて逃げる事しか出来ませんでした。ただ恐怖に震えている事しか出来ませんでした。

 

わずかな者だけの知る隠し通路を通り、両親と護衛の騎士たちと共に王宮を脱出しようとした時、轟音と共にあの男が現れたのです。

 

私はその瞬間を今でも忘れることができません。

短く刈り込んだ青い髪と髭の大男が禍々しい巨大な黒竜に乗って、大理石の天井を粉砕しながら大広間に降りてきたのです。

鋭いとげがいくつもついた黒い鎧を身にまとい、右手には刀身がのこぎりの様になっている長大な剣。

何より目を引くのが通常の騎竜の数倍大きな黒竜。その圧倒的巨躯は1頭で大広間をほぼ占領しています。

 

「くくく、久しぶりだな。賢王ラモン」

「うむ、久方ぶりであるな。アシュナード」

 

男は笑いを堪えているような口調で挨拶し、対して父はさりげなく左手を上げて、味方の騎士が男に攻撃しようとするのを止めてから、落ち着いて返事をしました。どちらもここが戦場ではなく、会議室にでもいるような感じでした。

 

狂王アシュナード。

隣国デインの国王であり、極端な実力主義と領土拡大政策、何より彼自身の強さで畏れられていた王でした。その圧倒的強さの前には聖騎士一兵団すら霞むと言われるほど。正に一騎当千の王だったのです。

 

対して父はラグズの国とも平和的な外交をするなど賢明をもって知られていましたが、とても一騎当千の力など持っていませんでした。

 

「それで、何の用かな。デイン王」

「いやなに、こそこそとネズミの様にはい回る奴らがおってな。つぶしに来たという訳だ」

「ほほう、王自らがネズミ取りをするとは余程の人材不足と見える。なんならクリミア騎士を貸そうか」

「ふ、我から逃げ惑うばかりの弱卒などいらぬ。我は貴様の弟のように強い奴が好みでな」

「レニングをやるわけにはいかんな。なにせあいつは次期国王だ」

 

父はアシュナードと平然と会話しながら背中にまわした手で近衛騎士たちに指示を出していました。近衛騎士隊長のジョフレは微かに頷きます。何の指示だったかは当時の私には分かりませんでしたが、重要な事なのは分かりましたので固唾を飲んで見守っていました。

 

「エリンシア」

 

私の隣にいる母が小声で呼びかけてきました。

 

「お逃げなさい。ガリアまで行けばカイギネス王が貴女を守ってくれるはずです」

「父上と母上は、どうなさるのですか?」

「私達はここであの男を引きつけます」

「そんな……! 母上、どうか一緒に逃げましょう。父上も一緒に」

「なりません。私達にはやるべきことがあります。貴女一人で逃げるのです」

 

私は母のドレスの裾を掴んで訴えましたが、母は聞き入れようとはしませんでした。

私達を囲むように立っていた近衛騎士たちの輪が徐々に狭くなり、騎士が私と母の間に立って私を出口の方に押し始めましたが、私は絶対に母を離さないつもりでした。

 

「クリミアという国が無くなれば、国王も次期国王も必要ないと思わんか。ラモン」

「理屈の上ではそうだが、それは困ってしまうな。どうしたものか」

「簡単だ。お前たちが消えればいい。そうすれば悩みも露と消える」

 

アシュナードが剣を振り上げたその時、

 

「「トロン!!」」

 

いつの間にか狂王の後ろに回り込んでいた魔導士たち7人がかりの上級雷魔術が発動しました。轟音と共に天空から雷光が降り、アシュナードを打ち据えます。

 

「やったか!?」

「あれだけの魔術だ。いくら狂王といえども、炭も残るまい!」

「ざまあみろ! 竜騎士が雷魔術に弱いのは常識だ!」

 

喜びに沸く兵士たち。舞い上がった埃でデイン王が見えませんが、魔法防御に特化した司祭でもない限り7発のトロンの直撃に耐えられるはずもありません。場に安堵した空気が広がりました。

 

「そうだ。竜騎士が雷魔術に弱いのは常識だな」

 

デイン王の声に場は水を打ったように静まり返りました。煙が晴れるとそこには無傷の狂王とそのドラゴンの姿があったのです。

 

「だが、そんな凡百の理屈は我には通用せぬ」

 

彼が槍のように長い剣をブンっと振るうと黄金の衝撃波が広がり、7人の魔導士たちの首はまるで人形のようにポトリと落ちました。

 

「…なん、だと…」

 

ジョフレが呆然とつぶやきました。それほど魔法防御力の低い事で有名な竜騎士が弱点魔術を防ぐなんて異常な事なのです。

 

「この女神の鎧ある限り、我は不死。いかなる攻撃も我に傷一つ与えることはできぬ」

 

女神の鎧。

約800年前負の女神ユンヌが作り出し、自身の軍勢に与えた不朽不滅の加護を持つ神具の1つ。その加護は鎧を纏う者全体を覆い、物理、魔法を問わずあらゆる攻撃を無効化し、しかも味方からの補助魔法は受け入れるという反則のような代物です。

この鎧の加護を破るには対の女神であるアスタルテの加護を受ける必要があり、そのような人材や武具は当時のクリミアには存在しませんでした。

つまりこの時この男を倒す手段など初めから無かったのです。

 

「さあ、真価を見せろ、賢王。そのために貴様の下らない時間稼ぎにも付き合ってやったのだ」

「ばれていたか……ならばいたしかたない。 『マジックシールド』!」

 

父とアシュナードの体が青白い光をうっすらと纏いました。

 

「……何の真似だ。己だけでなく我にまで守護魔術をかけるとは」

「さてな」

「まあいい。一撃だ。貴様ら雑兵にはそれで十分だ」

「っく、陛下たちをお守りしろ!!」

 

狂王は再び剣を振り上げると、竜と共に猛然と私達に突っ込んできました。

幾人もの騎士が進路に割り込み馬上から槍を繰り出しますが、彼らは馬ごと吹き飛ばされてしまいます。

 

迎え撃つのは薄青い魔力に包まれた父。

迫りくる狂える王の突進は、父の前で唐突にピタリと止まりました。

 

「なるほど、これが貴様の切り札か! 面白い!」

 

哄笑するアシュナードは光輝く膜に包まれ、振り上げた腕を引くことも降ろすこともしません。いえ、出来ないのです。

 

「鎧の加護の隙を突いたか!」

「然り! 狂王アシュナードよ。確かに貴様は上級攻撃魔術をも跳ね返すかもしれん。だが、守護魔術は如何に!」

「確かにそれは盲点だった。さすがは賢王、褒めてやろう。だがこの鎧の加護ある限り、我を傷つけることは出来んぞ」

 

事実固まった狂王の体や頭に何度騎士たちが渾身の力を込めて銀の武具を叩き付けても、狂王は一滴の血も流さずびくともしません。

 

「貴様を倒すことはできずとも、娘を守る事くらいは出来る」

「ふ、そういう腹か」

 

アシュナードが体にぐっと力を込め、己を包む結界を破ろうとします。

きしみだす結界を必死の形相で維持する父が私たちに向かって叫びました。

 

「何をしている! 早くエリンシアを連れて行かんか!」

「しかし王を見捨てて敵に後ろを見せるなど」

「私はもうこの魔法を維持することだけで精一杯だ。残念ながら我々ではあの男は倒せそうにない。お前たちの仕事はクリミアを守る事。エリンシアさえ無事ならば、また国を立て直すことができる」

「っく……! 王よ、あなたの最期忘れはしません。魔導士隊、神官部隊、王を援護せよ! その他は私に続け!」

「頼んだぞ、クリミアの忠勇なる騎士たちよ」

 

母は私の指を引き剥がすと、私に神官の白いローブを被せます。

 

「これでお別れです。エリンシア。健やかに生きなさい」

「そんなの嫌です! どうかお母様もお父様も共に…」

「王位継承権も無い、病弱な私では過酷な旅の足手まといになるだけでしょう。貴女だけでも逃げ延びてください」

「嫌です! お父様、お母様、一緒に逃げましょう!」

「エリンシア。誰より優しい、私の可愛いエリンシア。どうか生きて、どうか死なないで」

 

お母様は私の顔をすっとなでると、父の魔法を維持するために神官たちの元へ行ってしまいます。

周りの近衛騎士たちが抵抗する私を抱き上げ、無理矢理馬に乗せました。

 

「さあ行け! エリンシア!」

「嫌です! お父様、お母様も一緒に逃げましょう! ジョフレ、父様達を止めて!」

「申し訳、ありません」

「ジョフレ!?」

 

ジョフレは私の馬の手綱を取ると、自身も馬に乗り全力で駆け出しました。

 

「いやぁ! ジョフレ、戻って、戻ってください!」

「申し訳ありません。我々騎士団が不甲斐無いばかりに」

「走れ! 走るのだ! エリンシア! この男の手の届かぬ所まで」

 

遠ざかっていく両親。私は胸に引き裂かれるような痛みを覚えても、何も出来ない自分に絶望しても、ただ馬に掴まっている事しか出来ませんでした。

 

「この賢王ラモン。例えこの体が塵になろうとも、ここを通しはせぬぞ!!」

「ふはははは。やれるものならやってみるがいい!!」

 

アシュナードが笑いながら父と母をマジックシールドごと引き裂き、首だけを残して騎竜に食べさせて、「この首はメリオルの城壁に飾るのだ」と言うのを馬上で震えながら見ていることしかできなかったのです。

 

「…生きろ……生きる…のだ…エリ…シア…」

 

父の最期の言葉を遠くから聞きながら、逃げる事しか出来なかったのです。

 

 

そしてデイン騎士団の追撃で護衛の騎士を一人、また一人と失っていき、とうとう馬も失って私一人だけとなった時。

 

「おい、大丈夫か。しっかりしろ!」

 

私はアイク様と出会ったのです。

 

 

 

 

アイク。蒼炎の勇者、救国の英雄、ベオクとラグズの架け橋、最強の傭兵、至高の剣の使い手。

彼を称える言葉は大陸中に多々ありますが、私―エリンシアにとっての彼は、絶望しかないはずの未来から救い出してくれた恩人であり、また密かな想い人でもありました。

 

私はいつから彼に恋していたのか、ですか。それは……分かりません。

デイン王を倒してクリミアを取り戻してくれたあの時でしょうか。

クリミアの女王になる事の責任の重さに怖気づいた自分の手を優しく引っ張ってくれたあの時でしょうか。

それともベグニオン帝国貴族と皇帝の嫌がらせから自分を庇い怒ってくれたあの時でしょうか。

あるいは、初めて出会ったあの時からかもしれません。

 

初めて会った時、といっても私のピンチに颯爽とアイク様が現れて、デイン軍をやっつけて……というものではなく、逃避行に疲れ果てて意識が朦朧としていた私がやぶの中で倒れていたのをアイク様に救助されるという、私にとっては恥ずかしいファーストコンタクトでした。アイク様が藪の中で泥だらけで倒れている見知らぬ女性を助けてくれるような懐の深い方で助かりました。

傭兵団の砦に運び込まれた私は半日ほど眠った後、身嗜みを整えて、改めてアイク様や彼の父親であるグレイル団長にお会いし、助けていただいたお礼をしました。そして同盟国ガリアまでの護衛を頼んだのです。

 

 

アイク様やグレイル傭兵団の方たちと共にデインの侵攻から逃がれ、同盟国ガリアでクリミアの敗戦を聞かされた時、自分にはこれから先絶望しかないと思い、また覚悟もしていました。だけど振り返ってみればそこにはたくさんの希望がありました。とても暖かな希望が。

その中心にいたのが、アイク様でした。

 

当時、グレイル団長が漆黒の騎士に殺され、古参の仲間は傭兵団を出ていき、グレイル傭兵団は崩壊寸前でした。それをアイク様は慣れない団長の仕事と格闘しながら懸命にまとめようとしました。

 

傭兵団に残ってくれた方たち、アイク様を慕って新たに傭兵団に参入したワユさんやイレースさん、マーシャたち、ガリアの獣牙兵の方、ネフェニー達クリミアの民兵など。出身も兵科も種族さえも全く違う人たちをグレイル傭兵団として1つにアイクさまは纏め上げていきます。

 

彼らを率いてアイク様は私を、同盟国ガリアから、クリミアの宗主国ベグニオン帝国へ送り届けました。

私が皇帝や貴族との交渉に従事している傍ら、アイク様は帝国貴族の不法なラグズ奴隷を解放する仕事を皇帝から受けて解決。さらに20年前ベグニオン帝国の暴徒が犯したサギの民虐殺事件から尾を引くセリノスの森の呪いと、サギの民を保護するタカの民の国フェニキスとの外交問題を解決。死んでしまったと思われていたサギの民の末姫リアーネ様も救出して、という八面六臂の活躍ぶりでした。

 

その功績を認められてアイク様はタカの民、サギの民から信頼を得ます。さらにベグニオン帝国から兵を借り受けることに成功し、アイク様を将に立て傭兵団を中核に新生クリミア軍は進撃を開始します。

 

ですがその道のりは大変険しいものでした。

当時アイク様は17歳、軍隊規模での戦いの経験は無く、借り物の軍隊な上に内通者までいる有様。対するデイン軍は総数でクリミア軍の10倍近くはおり、客観的に言うと無謀極まりない戦いでした。

 

それでも結果としてデインとの戦争に勝てたのは、アイク様の個人的戦術はもちろんのことですが、やはり彼の人を惹きつける性質と指揮能力の高さでしょうか。

当時から剣士では軍でトップクラスの腕前でしたし、行軍の合間を縫って兵士たちによく話しかけ心をつかんでいました。人心掌握のためと言うより、戦友を知っておきたいというお気持ちの様でしたが。

敵軍や民間人にも彼に説得されて投降したり、クリミア軍に協力してくれるようになった人は数えきれません。アイク様を慕っている方も大勢いらっしゃいます。ガリアやフェニキスの支援も受けて私達の軍は当初の2倍、3倍と膨れ上がっていき、デイン軍との差を確実に縮めて行きました。

 

 

え? 彼のどこがそんなに好きなのか、ですか。難しいです。

時折見せるさりげない優しさなのかもしれませんし、どんな時でも最後は勝利する強さなのかもしれません。本当にアイク様は頼りになるし、無愛想に見えて優しいんですよ。ルキノが処刑されそうになった時もですね、颯爽と現れて……

 

「もういい! もういいから。エリンシア様、本当にありがとう。あなたの気持ちはよく分かったから!」

 

突然メリッサ様が叫び出し、私は、はっと正気に戻りました。

 

そうでした。

呪力をたくさん使ってしまい戦闘が出来ない私は、メリッサ様の看病をしていたのです。といっても彼女はもう肉体的な怪我は治っていますので、お話し相手をしていました。そしたらいつの間にかこんな話に!

 

「ご、ごめんなさい」

 

ま、まあ女性が2人集まれば、といいますか。今私達はそれぞれの理由で動けませんから退屈だったといいますか。

メリッサ様は今は反省しているとはいえ精神感応でここにいる生き物を暴れさせてしまったかどで物理的にも霊的にも拘束されていますし、私は残り少ない呪力でマジックシールドを使って彼女を霊的に拘束し続けるためにできるだけ彼女と近くにいる必要がありました。

 

 

転移魔法の失敗でアイク様とはぐれてしまった私達。

敵陣に一人取り残されたアイク様を思うと心配でたまりませんが、光の結界と隔壁で魔力の流れを遮断されてしまったために転移魔法レスキューは使えませんし、私達の呪力を大量に使ってしまったのでしばらくの間あまり魔術や魔法は使えません。

そもそも転移魔法陣に乗ったのに転移出来ないなんて本来ありえないのです。転移魔法陣に乗ったならばそれこそ女神様でもない限り転移出来るはずなのに。転移魔法失敗の原因を特定できるまでとてもアイク様を転移させることは出来ません。

 

かといって壁や光の結界を破壊してしまってしまったらこの施設の人々と怪物たちを隔離する作戦は失敗です。

 

それでもアイク様を助けたい。彼らを犠牲にしてでも……そんな我が儘な気持ちを無理矢理抑え込みます。

 

正直なところ若干心が折れそうになりましたが、アイク様の無事を信じて、彼の救出とマデリーンや職員の方たちを守るために戦い続けることをすでに皆で決めていました。

 

私はまずこの施設の責任者であるマデリーン様をおこして、何が起きたのか分からず混乱する彼女を落ち着かせました。彼女にこの施設の人を一か所に集めてもらい、事態の説明と協力を求めました。メリッサ様の処分に直接関わった幹部の1人と兵隊さんが3人は来ていませんが、他の人たちは集まってくれたようです。

 

天馬騎士のマーシャには人の気配に敏いリアーネ様と私の天馬と一緒に他にはぐれてしまった人がいないか怪物が近寄ってきていないか偵察に行ってもらい、ネフェニーさんやワユさんたちは残ってここの警備員さんと一緒にここの施設の人たちを守っています。

食料や水などの手配をして貰っているところでミストちゃんの呪力が限界になり、私がメリッサ様の霊的拘束を引き継ぎました。

 

私とミストちゃんとイレースさんは精神感応を防ぐために交替でメリッサ様にマジックシールドをかけています。

さっきまでその二人はここでメリッサ様の話を聞いて相談に乗っていたようです。メリッサ様の顔が少し明るい気がします。ちなみにその後2人は……恐らく少しでも呪力を回復するために寝ていると思います。

 

 

「も、申し訳ありません。私としたことが、怪我が治ったばかりのあなたに失礼を…」

「い、いえ分かってくれればそれで…」

「私としたことがお茶も出さないなんて。続きはお茶とお食事を用意してからお話しますね!」

「分かってない! 全然わかってないよ、この人!」

 




マジックシールド大活躍。
何故か私の書くエリンシアさんとアイ―シャさんのキャラが被っている気がしてならない。
エリンシア女王は本当はもっとしっかりしているはずなんだけど。どうもぽえぽえしてしまう。
明後日更新予定。


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MB メリッサ・バーグマン

メリッサ編。 投稿遅くなってしまい申し訳ありませんでした。orz
やはり自分には週一更新があっているようです。


「メリッサ」

 

 優しい声で私は目覚めた。

 遠くで歌みたいなのが聞こえる。女の人の声。

 

「良く似合っているわ」

 

 そこにはマデリーンがいた。私の前髪に玉虫色の髪飾りをつけている。

 私はそれを恥ずかしがりながら、確かに喜んでいた。これが彼女と家族になった証のように思えたから。

 

(……ああ、分かった。これは夢なんだ)

 

 これは過去の夢。幸せだったころの夢を見ているのだ。

 人間は死ぬ直前に自分の一生を幻視するという。私は人間の細胞を培養して構成されたアンドロイドだけど、夢を見れるらしい。

 

 

 私は夢を見た事が無い。

 もちろん睡眠はとる。だが夢は見ない。だって夢は脳が見せるもので、私の脳はマザーブレインを模した人工知能。安定した精神感応のためにそんな余計な機能はついていない。

 それなのにどうしてこんな夢を見ているんだろう。

 

「メリッサ」

 

 またマデリーンの声が聞こえる。今度は今にも泣きそうな声だ。マデリーンはいつも皆に強気に振る舞っているけど、本当は優しくて傷つきやすい人だから、慰めてあげないと。

 

「ごめんなさい。ごめんなさい」

 

 誰に謝っているの。何か悲しい事があったの。教えて。

 

「ごめんね。ごめんね。メリッサ」

 

 泣いているだけじゃ、分からないよ。教えて。

 

 でもマデリーンは泣きながら謝るだけ。

 

 

 私は夢を見た事が無い。

 もちろん睡眠はとる。だが夢は見ない。だって夢は脳が見せるもので、私の脳はマザーブレインを模した人工知能。そんな機能はついていない。

 それなのにどうしてこんな夢を見ているんだろう。

 どうしてマデリーンが泣いている夢を見ていなくてはならないんだろう。マデリーンにはいつも、たとえ夢の中ででも笑っていて欲しいのに。

 

 そこで私はふと気付いた。

 

(夢の中? じゃあ現実のマデリーンは?)

 

 私は必死に考える。最後にマデリーンを見たのはいつだったっけ。思い出せない。

 初めて見る夢の中には不思議な歌が流れていて、私の頭は靄がかかったみたいになっている。一番最近の情報が思い出せない。

 

(だったら、最初から見てやる)

 

 私は最初から思い出をたどり始めた。

 私は最初から人工知能MBだったけど、最初からメリッサ・バーグマンだったわけじゃない。

 

 たとえば私が初めて食べた物はチーズケーキだった。

 生存に必要な栄養さえ取れればいいと思っていた私はいつも味の無いゼリー状の栄養補給剤ばかり飲んでいた。周りの人も何も言わなかったし。

 私の舌は報告をするために、私の歯も発音をしっかりするために、人間の身体はメトロイドに自分を親と認識させるためにある。そう思っていた。メトロイドと交信して、彼らの思考を言葉に換えて報告し、合間に栄養を補給して定刻になったら睡眠をとる毎日に何の疑問も感じなかった。

 それが変わったのは、マデリーンに会い、彼女のチーズケーキを貰ったからだ。

 

 

 緊急報告という名のつかいぱっしりで私がマデリーンの自室に行くと、彼女は見た事のない“科学実験”をしていた。

 薄く平らな陶器の皿の上に、白い三角柱を乗せる。三角柱の上にスプレーから白いクリーム状の物を出し、冷蔵庫から取り出したオレンジ色の液体をスプーンで掬って陶器の上にかける。最後に冷凍庫から紙製の箱を取り出して中から白い固形物をスプーンで掬って置く。

 

 笑顔でデスクに座った彼女がスプーンで白い固形物を掬い、口に持っていこうとしたところでピタリと唐突に動きを止めた。

 

「え、MB!?」

 

 どうやら私に気付いたようだ。だが、何故動きを止めるのか分からない。今にもスプーンの上の物が落ちそうだ。

 

「落ちますよ」

 

 マデリーンが慌てて口に入れる。

 当時の私はじっとその様子を見ていた。あの固形物がどうしていつものきりっとした彼女を緩みきった笑顔に変えたのか興味があった。快楽を与える薬、いわゆる麻薬なのだろうか。

 

「えっと……食べる? MB?」

「私は常用性のある薬物を摂取する気はありません」

「チーズケーキよ! ……もしかしてMB知らないの?」

「知りません」

「……そっか、そうよね。これはバニラアイスで、こっちはチーズケーキ。個人的には生クリームとマンゴーソースをかけて食べるのがグットだけど、ストロベリーやラズベリーも捨てがたいわね。MBも食べてみる?」

「危険は無いのでしょうか」

「危険って、ただのお菓子よ。精々食べ過ぎれば太るくらいよ」

「私の体はベビーメトロイドに出会った時のサムス・アランで無くてはなりません。急激な肥満は認められません」

 

 宇宙にその名をとどろかせる凄腕の賞金稼ぎ、サムス・アラン。

 炎のような色をした特殊パワードスーツを身に纏った戦士の正体が、20代前半の地球人女性であることはあまり知られていない。

 

 銀河連邦軍でも困難なミッションを単独でこなしてきたサムスは、銀河連邦からの依頼を受けてメトロイドの原産地に赴き、メトロイドクイーンを始めとするメトロイドを絶滅させた。メトロイドは1匹もいれば軍隊に守られた都市があっさり落とせるほど非常に高い戦闘能力と耐久性、危険性を持つ生き物であり、テロ組織にメトロイドを利用されることを銀河全体恐れたからだった。

 そこで彼女は一匹のベビーメトロイドと出会い、なぜか懐かれてしまった。彼女は自分を慕うベビーメトロイドを殺すことが出来ず、銀河連邦に持ち帰ってきたが、研究の途中で情報をかぎつけたスペースパイレーツにメトロイドを奪われてしまう。

 

 再び依頼を受けたサムスは惑星ゼーベスを再占領したスペースパイレーツを殲滅し、奴らからメトロイドを奪い返そうとした。激戦の末に敵の親玉であるリドリーとマザーブレインを倒す事には成功するが、最後のメトロイドであるベビーを殺されてしまった。

 

 この施設で生まれたメトロイドや一部の生物は、その際にサムスのパワードスーツに付着していた細胞から培養したクローンだ。今も順調に成長し、繁殖している。

 

 そして私もメトロイドとサムスの擬似的な親子関係を模倣するために作られたサムス・アランの体細胞クローンであり、脳にはマザーブレインの思考パターンが再現された人工知能が組み込まれていた。マザーのコピーでなければメトロイドたちと精神感応による意思疎通や支配が出来ないからだ。

 

 故に私はベビーメトロイドと出会った当時のサムス・アランに出来る限り似た容姿をしていなくてはならない。今の私からすればおかしいと思えることも当時の私は本気で信じていた。

 

 マデリーンはそんな私の考えを一笑に付した。

 

「そんなに急に太るのなら私はここにいないわ。今頃食べても太らないケーキ作りを研究しているはずよ」

「しかし局長の様子を見る限り、これには依存性、常用性があります」

「それはない……とも言い切れない。確かにケーキもアイスも魔性の魅力があるわ」

「ならばやはりいりません」

「あ、アイスは私が手をつけちゃったからケーキでいいかしら」

「なぜ、そうまでして私にそれを食べさせたがるのですか」

「……だって悲しいじゃない。女の子がケーキもアイスも食べたことないなんて、人生の損失よ。だから命令、このケーキを食べなさい」

「……そこまで言われるのであれば」

 

 私は彼女からフォークを受け取り、チーズケーキを口に含んだ。

 柔らかでなめらかな口触り、口の中で溶けていく濃い香りと甘さ。

 今まで無味無臭の栄養飲料ばかり飲んできた私を虜にするには十分すぎる代物だった。

 

「これが美味しい……」

「そう。これが美味しいよ」

 

 マデリーンは輝くように笑った。

 

 この日から私の好物はチーズケーキになり、これをきっかけでマデリーンと私は仲良くなっていった。

 それから私はマデリーンと一緒にいろんな物を食べたり飲んだりしたけど、初めて美味しいと思った、そしてマデリーンと仲良くなるきっかけを作ってくれたチーズケーキは今でも不動の地位にある。

 

 

 

 それから随分と月日が流れたある日マデリーンは、私の人工知能を開発したのは自分だと打ち明けてくれた。

 私には良く分からなかったが、彼女はそれをとても気に病んでいた。人間の頭の中に埋め込むような代物ではないのに、それを止められなかった弱い自分を許してほしいと。身勝手な人間ですまないと。

 

 私は彼女を許した。私は自分の頭の中にAIが埋め込まれていることはあまり気にしていなかったし、これがあるからメトロイド達とお話できるのだ。

 

 私は彼らの生みの親ではないのだけれど、メトロイド達は私を「お母さん」「ママ」と言って懐いてくれていた。

 私に嬉しい事があると彼らもその小さな体を揺らして喜ぶし、私が落ち込んでいると彼らも悲しみながら寄って来て慰めようとしてくれる。餌を食べて少しずつ大きくなっていく彼らを見ていると愛しさと誇らしさが湧いて来る。この感情を与えるきっかけをくれたのはマデリーンだったし、私に感情というものを教えてくれたのも彼女だった。

 

 それじゃあマデリーンは私のお母さんね、と言うとマデリーンは一瞬呆然となった後、涙を流しながら抱きついてきた。痛い位強く抱きしめてくるマデリーンはごめんね、ありがとうと謝罪と感謝の言葉を何度も何度も言っていたのを覚えている。

 

 そうして彼女は私の母となった。ただマデリーンとしては私の母であることは嬉しいのだが、独身だし母親と呼ばれるほど年をとっていないのだから、今まで通り名前で呼びなさいと言った。まあ私も恥ずかしくてママやお母さんとは滅多に呼べなかったので心の中で呼ぶだけにとどめていた。

 

 そして彼女は私にMBをイニシャルに見立ててメリッサ・バーグマンという新しい名前をくれた。バーグマンの名前をくれた事に感激した私が抱きつくと、彼女は家族になったんだから当たり前よと照れながら笑っていた。

 

 私が髪にいつもつけている髪飾りも彼女がその時くれたもの。彼女は似合っているわ、とニコニコしながら付けてくれた。

 

 そう、彼女は終始笑顔だった。泣いていたり謝っていたりしなかった。

 じゃあ、どうして私はこんな夢を見ている。どうして一番最近の彼女を思い出せない。思い出そうとすると頭が痛くなる。

 AIからやめろと指示が出る。でもどうしても思い出さないといけない。AIから再び指示が、今度は強い電気信号として頭にやってくる。でも、頭の痛みなんて知った事か!

 

 頭の痛みが限界まで高まった時、さっきまで聞こえていた歌声が急に大きくなった。それと同時に頭痛は霧散し、頭の中にかかっていた靄が晴れて急激に頭が冴えてくる。私は眩しさに目を細めながら、ゆっくりと目を開けた。

 

 私は思い出した。

 感情を持った私は故障したと見なされ、処分されそうになった。そしてマデリーンは私が捕まるのを知っても、黙って俯いたままだった。見捨てられた私は絶望し、憎しみのままにスペースパイレーツや惑星ゼーベスのクリーチャーを召喚し、身勝手な人間を消そうとした。

 

 そして私を止めようとやってきたマデリーンとグレイル傭兵団にそれを阻まれて、怒りのままにマデリーンに銃を向けて……

 

「あ、ああ、ああ……」

 

 私が撃ったフリーズガンは標的を凍結させ、破壊する武器。威力、速度共に鉛玉の比ではない。人に当たれば例えかすり傷でもまず確実に死ぬ。それを私はマデリーンに向けて撃った?

 

 アイクによってあっさりと弾かれたそれはマデリーンには当たらなかった。

 そして頭に血が上った私はサムス・アランの常人離れした身体能力に任せて、アイクとマデリーンに跳びかかろうとして……それを察知したアイクにマデリーンを投げつけられた。

 

 戦闘経験など皆無な私は突然の事に一瞬怯み、その一瞬の間に私とマデリーンの距離はゼロとなり、私は脳を的確に揺らされて気絶した。

 

 

 

「えぐ、ひっぐ、ぐす……」

 

 天井を見上げたまま私は泣いた。涙が止まらなかった。自分がこんなに醜いなんて知らなかった。

 私は一時の感情のままに一番大事な人を自分の手で殺そうとし、アイク達がいなければ本当に殺してしまう所だったのだ。

 それどころか、お世話になっていたこの施設の人たちも全員殺してしまう所だった。アイク達に止められなければさらにエスカレートして、銀河連邦の中心にこのボトルシップを笑いながら墜落させていた可能性すらあった。

 

 私は捕まったのだろう。処刑されず生きているという事はこれからAIを初期化されるということか。それでいい。むしろ二度と同じ事をしでかさないように念入りにプロテクトをかけて欲しい。

 

 マデリーンが私の事を見捨てるのも当然だ。こんな欠陥品はいっそ溶鉱炉にでも放り込まれてしまえばいいのだ。

 

「そんなことない」

 

 聞き覚えのある声が聞こえた。声のした方を見ると、天使のような白い翼を生やし、流れるような金色の髪に神秘的な緑の目をした美しい少女がいた。今まで気付かなかったが私は彼女に膝枕されていたのだ。意外と大きい白翼が私を包み込む。

 

「リ、アーネさん?」

「メリッサは、わるくない。メリッサはみにくくない、きれい。メリッサはきれいな、おんなのこ」

 

 たどたどしい言葉で一生懸命話すリアーネに心が慰められる。それと同時に反発も覚えた。

 

「あなたに何が分かるっていうの。家族、全てを自分の手で殺しかけた私の気持ちなんて分かるはずない!!」

 

 駄目だと分かっていても、声が荒くなるのを抑えられなかった。

 

「わかる、よ。」

 

 だが、彼女ははかなげな笑みを浮かべるのみ。

 反発心を募らせた私がもう一度口を開きかけて、硬直した。リアーネの心が私の心に触れてきたからだ。

 

(これは、精神感応……! リアーネも精神感応ができるの!?)

(うん。わたしたちのしゅぞくはこころがわかるの)

 

 精神感応で意思疎通するメトロイドのように、リアーネは心と心で直接会話するつもりなのだ。しかも精神の防壁を一切張らずに、私に近づいて来る。私がやろうと思えば記憶や思考、彼女の全てを滅茶苦茶に出来るのを分かった上で、だ。

 

 私は動物や知性があっても自我の少ない生物には精神感応が出来るが、自力で人とすることは出来ない。人は、精神感応をたしなむ者ならより一層自我による精神や魂の防壁が厚いからだ。

 しかし彼女と心がつながった今なら分かる。

 彼女の前ではそんな物は紙切れも同然であり、私とは比べ物にならないほど精神感応者として高みにいる彼女は、何もしなくとも私の心のほとんどが分かってしまう。

 

 そしてお互いの精神と精神、魂と魂を結んだ今、記憶も、精神も、魂すら丸裸も同然である。私には彼女の全てが分かるし、彼女も私の全てを分かっていた。

 

(メリッサの、こころ、とてもいたい。とてもかなしい。とても、おびえてる)

 

 リアーネによってぐちゃぐちゃに乱れていた私の感情に名前がつけられ、少しずつ整理されていく。

 私も彼女が私の想いを全て感じ、表面上だけでなく心の底から私の現状に心を痛め、慰めようとしてくれているのが分かった。

 

 彼女は私を翼で包み込んだまま小さな声で歌を口ずさんでいた。それは夢の中に響いていた歌なのだと私はようやく気付く。温かい水晶の様な透き通った声で『再生』の呪歌が歌われている。

 痛みや苦しみ、薬物や魔術などによって歪んでしまった心身、魂までも癒す呪歌。かつて兄と共に心を歪められた竜人を癒した歌。焼けただれた故郷の森を蘇らせたこともある精神感応による癒しの極致。

 優しい歌が私を癒していく。悲しみも怒りも憎しみも恐怖も絶望も、暖かく溶けて涙になって消えていく。

 

(だいじょうぶ。マデリーンはあなたをあいしてる。ずっとあなたのそばにいたいとおもってる)

 

 彼女はそれを一片も疑ってなかった。だって彼女はマデリーンの心が分かるから。そしてそれは彼女を通して私に伝わってくる。

 

(マデリーンもいまとてもくるしんでる。あなたをくるしめてしまったことを。あなたにわるいことをさせてしまったことを。それをとめられなかったことを)

 

 マデリーンも私と一緒なんだ。マデリーンはまだこんな私を見捨てていない、愛してくれている。その事実にまた涙があふれ、私の心は少しだけ軽くなった。

 

(ありがとう。リアーネさん)

(リアーネでいい)

(……うん。ありがとう。リアーネ)

(うん)

 

 心をつなげたまま、私達は色々な話をした。

 

 私のことはさっきの夢を通してほとんどリアーネに知られていたので、私は彼女のことを尋ねた。

 彼女は喜んで教えてくれた。美しい森が瞼の裏に映し出される。彼女の故郷セリノスの森らしい。人口的に作り出された森とは違う、自然のままの景色。心に情景を思い描けばそれが相手にも伝わるのは新鮮で、心地よかった。

 

 彼女達の種族は自身の繊細な心身を持ち、翼で空を飛び、大きな鳥にも化身できる。不思議な呪歌を歌え、人の心が分かる種族だという事。女神ユンヌ(信じられないことに本物の女神だ)の封印されたメダリオンを代々守ってきたらしいこと。彼女自身も復活した女神ユンヌの加護を得て、より一層力が増したこと。

 森を愛し、森からも愛されていた彼女達は日々を森の与えてくれる美味しい果物や野菜のみを食べてきたこと。平和を愛し、戦う術を持たず、他者を傷つける事を考える事すら苦痛を感じる種族だということ。

 

 彼女の家族の姿も見せてもらった。

 父と、2人の兄、彼女の家族も彼女自身と負けず劣らず美しかった。黄金を溶かしたような髪に純白の翼。顔もリアーネを凛々しくしたような感じだ。

 

(あれ、リアーネのお母さんは?)

(……もういない。おかあさまもおねえさまも)

(え、どういうことなの)

 

 描かれたのは憎しみに顔を歪め、または狂ったように笑いながら、彼女の同胞を、母や姉たちを捕らえ殺していく人々の姿。古めかしい造形の服を着た老若男女が夜の森に火をつけ、手に包丁を、斧を、こん棒を、石を持って彼女達に襲いかかっていた。

 空に逃げた者には矢を放ち、縄をかけ、暴虐の限りを尽くす民衆に、戦う術を持たない彼女の種族は逃げ惑い、身を隠すほかなく次々と殺されるか奴隷にされた。幼かったリアーネやその兄たちが殺されなかったのは単に運が良かったにすぎなかった。

 

 一夜にして焼き尽くされた森は残された力で、生き残った者を真に助けとなる者が来るまで眠りにつかせる。彼の父と兄たちは事件後すぐに庇護者となりうる者たちに保護されたが、リアーネは眠りにつき20年近く目を覚まさなかった。

 

 20年の間に憎しみを募らせてしまった兄は森の祭壇で聞いたものをことごとく滅ぼすという禁呪を使おうとした。

 

 彼はアイクに助け出されたリアーネの説得と、虐殺を行った民衆の所属するベグニオン帝国皇帝が膝をついて謝罪したことで最終的には禁呪は使わなかった。しかしその後彼は随分と禁呪を使おうとしたことに苦しんだようだ。

 

 その時の彼は森に生き残った妹や民がいるとは知らなかったが、もし止められずに使っていたら間違いなく彼女達は死んでいただろう。彼もまた一時の感情に飲まれて大切な人や大勢の人を殺してしまう所だった。苦悩する彼の心情をリアーネは正確に察知していたし、彼女とリンクしている私もまた彼の心情が自分の物の様に感じられた。

 

(この人私と同じ……)

(うん。おにいさまとメリッサにてた)

(そっか。だから私の気持ちが分かるって言ったのね)

(うん)

 

 私は彼女の強すぎる精神感応力で私の心を読んだのだと思っていた。それも正しいがリアーネは私と似たような感情を持った人を知っていたのだ。

 

(お兄さん、今どうしてるの)

(おにいさまはせいじの、おべんきょうしてる)

(政治?)

(うん)

 

 悲劇を二度と繰り返さないためにも、自衛の出来る種族である鷹の民やカラスの民とともに新しい国を作ろうとしている。4年たった今リアーネの兄はすでに過去を振り切り、きちんと前を向いて歩いているようだった。

 

(私もできるかな)

(できる! ぜったい!)

(……リアーネは今楽しい? この力は辛くない?)

 

 私は彼女の話を聞いているうちに彼女のことが心配になってきた。彼女は他人の心の痛みを文字通り自分の物のように感じてしまう。優しい彼女にとってはこの力は苦痛なのではないだろうか。

 

(すこしつらい。でもまいにち、あたらしいことがいっぱいでたのしいよ)

 

 それから彼女は一緒にいるアイク達グレイル傭兵団のことを、情景を見せながら楽しそうに話してくれた。

 

 リアーネとその兄を奴隷にしようと軍勢を率いてやってきた帝国貴族から助けてくれたのがアイクたちグレイル傭兵団との出会い。

 アイクは目覚めたばかりで足元のおぼつかない彼女を背負って、数で圧倒的に劣る戦を懸命に戦い、彼女を守り抜いた。それ以来アイクの背中はリアーネのお気に入りになったこと。

 

 ワユはアイクと一緒に剣術に真剣に取り組んでいて、身体の弱い自分には出来ないから憧れていること。ネフェニーはクールに振る舞っているが恥ずかしがり屋で可愛い。イレースはいつもお腹を減らしていて食べるのが大好き。ミストはいつも元気だが、さりげなく気遣ってくれる。マーシャは頑張り屋さんで任務の他にも影で頑張っている。エリンシアは優しいだけでなく、皆を守るために強くあろうとしていること。

 

 そしてグレイル傭兵団の中に誰一人として心に傷を負っていない者はいなかった。親しい者との強制的な離別を体験していない者はいなかった。それでも、いやそれだからこそ彼と彼女達は命懸けで人に優しく出来るのかもしれなかった。

 

(もしみんなとおはなしできるきかいがあったら、はなしてみて。きいてみて)

(うん)

 

 私も彼や彼女達の様に、前を向いて歩きたいから。

 

 私はまだ知らなかった。

 控えめな人だと思っていたイレースさんが手痛い指摘をバシバシ飛ばしてくることを。

 真摯に話を聞いてくれていたミストさんと、何故かお互いの兄、姉自慢合戦になってしまうことを。

 始めこそ真面目なお話をしていた、しっかり者のはずのエリンシアさんが惚気話を始めることを。

 

 でも憂鬱な感情はいつの間にか消えていた。

 




dグレの短編勘違いものを書いてみました。こっちと違ってシリアルです。


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マグマの底から

更新止まってすいませんでしたorz


 私、サムス・アランは奇妙で不可思議な任務に就いていた。

 BABYS CRY 赤ん坊の泣き声という救難信号に惹かれてやってきた私を待っていたのは、銀河連邦の悪夢と言われたメトロイドとスペースパイレーツ、マザーブレインを復活させて自身の手駒にしようという連邦軍の愚かな計画。それを阻止するために動くかつての上官アダムと同僚のアンソニーたち、そして数万年前の勇者アイクを名乗る戦士だった。

 

 かつて銀河を荒らしまわり、私の故郷を2度滅ぼしたスペ-スパイレーツとリドリー。驚異的な戦闘力と繁殖力を併せ持つ最強の生物兵器メトロイドと、それをテレパシーで自在に操るマザーブレイン。奴らの脅威が再び始まろうとしていたのだ。

……私を母と慕い、私をマザーブレインから守ってくれたメトロイドベビーはもういない。ベビーは私の頭上で砕け散り、その細胞を私のパワードスーツから入手した連邦軍がこんな馬鹿げた計画を始めてしまっている。

 だから私はこの計画を止めなければならない。これは私の甘さが招いた事態だ。

 かつて果たせなかったメトロイドとスペースパイレーツの根絶。今度こそ彼らとの決着をつける。これ以上犠牲者を出させはしない。

 

「サムス、次はどっちに行けばいい」

「このまま直進すると広い通路に出る。そこを左だ」

 

 私の隣を走るのは蒼い髪の若い男だ。がっしりとした長身の体と肩の鎧、長大な黄金の剣という重装備に反して、生身で楽々と私のパワードスーツについてくるこの男こそ、時空間を飛び越えて過去からやってきた蒼炎の勇者アイク……を名乗る男だ。

 

 かつてテリウス大陸を救ったという蒼炎の勇者アイク……幼かった私の絵本の中のヒーロー。

 彼がここにいるなど本来あり得ないのだが、生身の人間にはありえない身体能力と彼の精神性、解析すら不可能な彼の剣が、彼が本物だということを証明している。時空を超えて現れた遥か昔の英雄と張るまさかの共同戦線に不覚にも私は胸を躍らせていた。

 

 偶然にも私たちの目的は一致していた。

 生存者と仲間の救助、首謀者の逮捕、そして新型の生物兵器の暴走を食い止め、事態を収束させることだ。

 

 一番厄介なマザーブレインの暴走はアイクとその仲間たちが止めてくれた。だから私たちはその後も暴れ続ける生物兵器や暴走する侵入者撃退用の機械を破壊しながら、生存者や首謀者を探していた。

 

 生存者たちのいる居住スペースは隔壁が降りているため、通行不可能。彼らの安全のためにも破壊は自重して迂回路を探すべきだろう。

 となると携行火器では破壊不可能と言っていい特殊合金の分厚い壁をいとも簡単に切り裂いて進んだらしい存在が目下のところ一番怪しい。

 故に私たちはその切り裂かれた壁の間を通って、それを追跡しつつ、生存者たちに合流する迂回路のためのマップを手に入れようとしていた。

 

 道中は壊れた配管から水やオイルが漏れ、途切れた配線のあちこちから火花が散っている。おまけにそれらに釣られた生物兵器や警備ロボットがドンパチやっていた。

 非正規の通路を通る私たちは当然それらに襲われることになる。プロペラの着いた砲台が次々と私たちにも向けて炸裂するビーム弾を発射してくる。それらは走っている私たちの背後に着弾し爆発を起こした。

 

 無論、私たちも黙って撃たれたりはしない。

 狭い通路に入り、敵がある程度密集したところで、私はセンスムーブで瞬間的に反転して敵の炸裂ビーム弾を躱し、チャージショットとミサイルを乱打。凍り付いた背後の敵を爆風でまとめて片付ける。

 アイクも前方に跳躍、空中で体当たりを仕掛けてくる砲台群を切り裂き、ビームを撃とうとした砲台たちも剣の衝撃波で叩き割る。

 アイクは鳥人族に遺伝子操作された私を遥かに超える驚異的な身体能力を活かして、特殊合金で作られた装甲も生物兵器の外皮も紙切れのように切り裂き、文字通りなぎ倒していく。

 背後の敵を片付けた私もアイクの作った道を進みつつ、アイスビームを連射してアイクの剣の射程範囲外にいる敵を打ち落としていく。氷像になったやつは墜落して砕け散るか、アイクか私の追撃を受けて強制的にかき氷になっていった。

 

 行く手を阻む敵をアイクと二人で薙ぎ倒し、文字通り血路を開いて進むこと、はや数時間。私たちはすっかり息のとれた連携が出来るようになっていたのだ。

 

「アイク、そこを左だ。もうすぐ警備システムの中枢があるはずだ」

「了解、このまま進むぞ」

 

 かつて連邦軍に所属していた私は、この施設の作りから警備システムの場所をある程度予想できる。だが速やかな任務達成のためには、正確な地図が必要だった。

 アイクはマントと鉢巻を爆風で靡かせながら、先陣を切って進んでいく。驚くべきことにアイクは煤やオイルで服を汚れてはいるものの怪我一つ負っていなかった。

 それは敵の粒子砲をあっさり跳ね返す彼の冗談染みた頑丈さや、レーザー銃を簡単に避ける反射神経のたまものなのだろうか。あるいは彼の編み出した敵の力を奪い取り、全てを切り裂くという奥義『天空』の力なのか。好奇心が疼くが、それは今聞くことではない。私は必要なことのみを話した。

 

「私はここの敵の掃除をしたら、警備システムに介入し、船内の地図を手に入れる」

 

「ああ。あんたが地図を探している間は俺があんたを守ろう」

 

 警備室前にの壁に張り付きながら作戦を素早く伝える。センサーによれば警備室の中も暴走気味の警備ロボで溢れかえっているようだ。

 

「よし、行くぞ!」

 

 扉を蹴り開けた私はチャージしていたアイスビームを発射、警備ロボの一角を氷像にする。いつもの癖ですぐさまミサイルを構えたがが、すでにいつの間にか突入していたアイクが大剣を振るい、氷像を真っ二つにしてしまっていた。

 ならばと私はアイスビームを連射し、ようやくこちらに気付いて動き出した敵の動きを阻害する。氷像にはならずとも所々氷ついて動きが遅くなったところを、アイクが獣のように襲い掛かり、嵐のような剣戟で次々と金属片に変えていった。

 

 数十秒後、そこには私たち以外に動くものはなくなっていた。

 

「制圧完了だ。サムス、地図を探してくれ」

「任せてくれ」

 

 周囲の警戒をアイクに任せ、私は警備室のメインコンピューターにアクセスした。警備ロボの炸裂弾のデータがあったので、戦利品としてダウンロードしつつ、船内のマップと情報を手に入れる。

 チャージショットをディフュージョンビームに変更します、というパワードスーツのコンピューターの音声が流れるのを聞きながら、マップを最新の物にアップデートする。

 それらを手に入れた途端、私は焦りと共に猛烈な勢いでコンピューターをタップし始めた。私の様子がおかしかったからか、アイクが問いかけてくる。

 

「この金属板の中に地図が入っているのか」

「そうだ……これは……思ったより遥かにまずい状況のようだ」

「何か分かったのか」

「ああ、これを見てくれ」

 

 アイクにも状況が分かるように空中にボトルシップの立体映像が投影する。瓶のような船の中心に巨大な裂け目が入っている。

 

「どうやらここでは居住スペースの他に惑星ゼーベスの極端な環境を再現している。熱帯雨林、砂漠、氷雪地帯、溶岩地帯など様々な環境が整えられているが……さっき通ってきたあの巨大な切断跡、あれを作った誰かはこの施設を輪切りにしたらしい」

 

 古代出身のアイクはついて来ているだろうか、とちらりと彼を盗み見る。

 

「本来つながっていないはずの区画同士がつながっているということか」

 

 どうやら話について来ているらしい。やはり知識がないだけで頭は悪くないのだな、と考えながら私は話を続けた。

 

「それだけならまだいい。電気の配線や水の配管も破壊されているから、このままでは施設がもたない。地下のマグマ発電所の暴走でこの施設が吹き飛ぶのも時間の問題だ」

 

 私の危機感が伝わったのか、元々真面目だったアイクの目がさらに真面目になる。

 

「その暴走は止められないのか。暴走の原因になっているマグマ発電所とやらをどうにかすればいいんだろう」

「それは私も考えたが、発電所はもうマグマの海に沈んでしまっていて手遅れだ」

 

 私も出来ることなら暴走を止めたかったが、すでに発電所はマグマの海の底。流石のパワードスーツも長時間の溶岩遊泳は無理だ。生身では言うまでもない。

 

「……あとどれくらいもつ」

 

「もって数日。爆発までにあなたと私の仲間、この施設の生存者たちを連れてここを脱出しよう」

「仲間を助けるのは賛成だが、良いのか? あんたの言っていたメトロイドやスペースパイレーツ、事件の首謀者たちまで逃がすことになる」

「それなら心配しなくていい。メトロイドたちは頑丈だが、この施設の爆発のエネルギーに耐えられるほどではない。施設と共に宇宙の塵になるはずだ。首謀者についてもここの職員の証言で捕まえられる」

 

 首謀者やメトロイドについては不安が残るが、生存者救出が第一だ。アダム達については生存者たちと合流していればよし、駄目なら捜索して連れ帰るだけだ。

 

「宇宙の塵? まあいい、あんたの判断を信じる。ひとまずエリンシアたちと合流しよう」

 

 私とアイクは警備室を飛び出し、通路を駆けだした。マップデータのダウンロードも済んだので迷うこともない。居住区に急ごう。

 

 

 

 

 

「……匂うな」

「匂い?」

「岩と金属の溶ける匂いだ……しかも空気が少しずつ熱くなってきている。もしかしてマグマが上がってきているんじゃないか」

 

 通路を走っている最中、アイクは顔をしかめて呟いた。怪訝な思いでセンサーを起動させると周囲の通気口からかすかに有毒の火山性ガスが噴き出ていることがわかった。

 しかも気温が僅かに上がってきているようだ。私はパワードスーツが外気をシャットアウトしてしまっていたので分からなかったが、どうやらマグマ発電所の暴走は予想より深刻らしい。

 

「アイク、この煙は有毒の火山性ガスだ。今すぐ人体に影響のある毒物ではないようだが、大量に吸い込むのはまずい。口と鼻を布で覆って、呼吸する回数を減らせ」

 

 アイクは黙って頷き、懐から布を取り出すと口と鼻を隠すように結んだ。生存者やアダム達と合流出来たら、アイクたち用に予備の連邦軍装備をもらおう。最低限だが生身より遥かにましなはずだ。

 

「……やらなくても大丈夫な気もするが、これでいいか」

「ああ、とりあえずそれでいい」

 

 それから移動することしばらく、通路のあちこちから煙が湧き出してきて、急速に視界が悪くなってきた。温度も上がってきている。すぐ隣にいるはずのアイクの顔すらよく見えない有様だ。

 

「アイク、私の傍から離れるな。はぐれるとまずい」

「分かっている」

 

 私たちは走るのを止めて、周囲を警戒しながら早歩きで移動する。視界が悪いのなら、バイザーを別の物に変更したかったが、生憎データの持ち合わせがなかった。

 

「静かだな」

「ああ」

 

 私の呟きにアイクも頷いた。

 不可解なことに煙の中に入ってから警備ロボットにもクリーチャーにも全く遭遇しなくなった。周囲は不気味なほど静まり返っている。

 

 嫌な予感に苛まれた私はアイクに尋ねてみた。

 

「アイク、どう思う?」

「嵐の前の静けさってやつだな。周囲が黙らざるを得ないような圧倒的な奴がいるんじゃないかと思う」

「同感だ。メトロイドか強力なクリーチャー、あるいはこの通路を作ったやつと遭遇することになるかもしれない」

 

 私たちが武器を構えて警戒しながら歩みを進めていると、周囲が穴になった円形の広場のようなスペースに出た。どうやら穴の底にはマグマが登って来ているらしく、そこから煙が立ち上がっている。

 もうもうと立ち込める煙の中、見覚えのあるシルエットがこちらに向かって銃を構えているのが見えた。

 

「アンソニー!」

 

 そこにいたのはアンソニー・ヒッグス、私の元同僚。

 連邦軍の青いパワードスーツに身を包み、何故かこちらに向けて大型プラズマ砲を構えている。私の顔面にレーザーポインターが向けられ、一瞬目がくらんだ。

 

 その血のように赤いレーザーポインターを向けられた瞬間、アダムを襲った裏切り者のことが頭をよぎった。

 

 私とっさにアームキャノンをアンソニーに向けて構えた。

 

 まさか、アンソニーが裏切り者だというのか? いや、ありえない。彼はアダムの忠実な部下だ。信頼できる仲間のはず。

 しかし私たちに信頼されている以上、暗殺にはうってつけの人材であることは確かだ。プラズマ砲をくらえばアダムはもちろん私とてただではすまない。だが、アンソニーを撃つことなど私に出来るのか……?

 

「サムス、後ろだ!」

「サムス、どけっ!!」

 

 逡巡する私を叱咤したのはアイクとアンソニーだった。背後から巨大な何かが私に飛びかかってきたのが感覚で分かる。振り向いたのではもう間に合わないと本能が叫んでいる。

 私はセンスムーブの機能を使い、背中のバーニアを吹かせて急加速。倒れこむようにして、アンソニーの射線を確保しつつ、地面に手を突き側転の要領で回転して体勢を立て直すと、背後に向かって武器を構えた。

 

 そこにいたのは煙を切り裂いて飛翔する巨大なドラゴン。毒々しい紫色の外皮に太い四肢と鋭い爪、蝙蝠のような皮膜の着いた翼に、尖った顔、不気味な光を放つ緑の目。

 

 それはまぎれもなく、かつて私の本当の両親を殺し、故郷を焼き払った私の怨敵。

 私がこの手で確かに殺したはずの存在、この世にあってはならない存在。

 スペースパイレーツの最高司令官……

 

「……リ、リドリー……!?」

 

 動揺からほとんど悲鳴のような情けない声を上げてしまった私に応えるように、リドリーが咆哮する。大気を震わせるような咆哮が、私の鼓膜と精神を激しく揺さぶった。

 

 炎と煙に巻かれた宇宙ステーションでリドリーと対峙する。奇しくもそれは幼少期の私の状況と合致していた。

 そうだ、思い出した。なんで忘れていたんだろう。あの時、私は、あたしは……お父さんとお母さんといっしょに逃げて……真っ赤な血が飛び散って……それでもお母さんはあたしを庇ったまま動かなくって……あたしはえほんをだいて、ふるえているしか……

 

「サムスっ!」

 

 アイクとアンソニーの叫びで我に返った時、すでに遠方にいたはずのリドリーの手が目前に迫っていた。まるで映画のコマ送りのようだ。

 

 とっさに避けようとしたが、動揺しきっていた私は、私の精神力に出力を依存するスーツの力を引き出せず、センスムーブが発動しなかった。

 

 なすすべなくリドリーに鷲掴みにされる。リドリーに万力のような力で締め付けられ、壁に叩き付けられた。そのまま火花と共に引き摺られる。激痛と精神的ショックに私は絶叫した。

 

「はなせっ! はなせえええ!」

 

 私はスーツの力を全開にしてリドリーを振り払おうとするが、瞼の裏に父や母の笑顔と最期がちらついてまるで集中できない。肉体と精神の双方が傷ついているからか、スーツの維持さえ出来なくなりつつあった。

 

「おい、この鳥野郎!! サムスを放せ!」

 

 アンソニーがプラズマ砲を発射するが、高速で円周飛行するリドリーを捉えきれない。

 リドリーは回転することであっさりとビームを回避すると、ついにスーツを維持できなくなった私に口から火炎を吐いてとどめをさそうとする。

 

 私が死をも覚悟した時、私の前に蒼い勇者が舞い降りた。

 

 ぬぅん!

 

 青白く光る黄金の神剣が、私を掴んだリドリーの太腕に振り下ろされる。回転を終えて体勢を立て直していた最中だったリドリーの一瞬の隙を突いた斬撃は見事に命中し、その手を腕ごと叩き斬った。

 

 リドリーが緑の血しぶきを上げながら苦悶の声をあげるのを、どこか現実味なく眺めながら、私は切り落とされたリドリーの手と共に墜落していく。リドリーは腕を失ってなお私を殺そうというのか、喚きながらこっちに向かってくる。

 

 するとすでに地面に降りていたアイクが再び地を蹴り、未だ私を拘束していたリドリーの指を切り裂き、そのまま私を片手で抱きとめた。しかもアイクは跳び上がりながら剣を振り上げていたようで、追撃しようとするリドリーに巨大な青い衝撃波が襲い掛かっていく。

 こっちに向かって高速で突進していたリドリーは、自分と同等かそれ以上の速度で突っ込んでくる巨大な壁のような衝撃波を避けきれず、もろにぶつかることになった。

 壁に叩き付けられて再び苦悶の声を上げてのたうち回りながらマグマに落ちていくリドリーをしり目に、私を横抱きにしたアイクがふわりと地面に着地する。

 

「サムス、大丈夫か!」

 

 生身なのにまるでGを感じさせない心地よい着陸だった。あとでやり方を教えてもらおう。私はぼんやりとそんなことを考えた。

 

「サムス、しっかりしろ!」

「大丈夫だ。そんなに大きな声を出さなくても聞こえている」

 

 私の答えにアイクは安堵した表情を浮かべた。どうやら私は彼に心配してもらえたようだ。誰かに心配されて、直接助けてもらうなんて一体何年ぶりだろうか。そのことを嬉しく思う自分に少し驚いた。

 

「サムス!」

 

 そこにアンソニーがリドリーが落ちた方にプラズマ砲を向けながら寄ってきた。

 

「サムス、大丈夫か!?」

「大丈夫だ。アンソニー、アイク、すまない、へまをやった」

 

 アンソニーを疑ったことを含めて、私がとったのはへま以外の何物でもない。新兵でもあるまいに敵の前で棒立ちになるなんて、とんだ失態だ。見捨てられても文句は言えない。

 

「気にしなくていい。結果的にやつに大きなダメージを与えられたしな」

「王子様の言う通りだぜ。だいたいプリンスと違って、俺は大したことはしてねえしよ」

 

 責めることも事情を聴くこともせず、温かく優しい目で私を見るアイクとアンソニー。二人の温かい言葉が、あの日の記憶によって焼けただれていた心に染みる。

 私は俯きながら口の中でボソボソと礼を言った。とても二人の顔を直視出来そうにない。

 

「いや、あんたの射撃も見事だった。おかげであいつの隙を突いて、サムスを助け出せた」

「あんたこそ、生身であんな高くジャンプした挙句、あの速さで動くリドリーによく剣を当てられたな。しかもあいつの腕を一発で切り落とすとは、いったい全体どういう仕掛けなんだ?」

 

「仕掛け、というよりは技術だな。敵の防御を無視して斬り捨てる、そういう技術が俺たちにはあるんだ」

「へええ、そいつはまたすげえな」

 

 意外なことに、古代の戦士アイクと現代の兵士アンソニーは相性が悪くないようだ。周囲の警戒こそ怠っていないが、初対面なのに割と打ち解けている。

 どうやら二人のコミュニケーション能力をみくびっていたようだ。あと、私との会話より滑らかなのが少し気にくわない。

 

「ところで王子とかプリンスとかって、誰のことだ」

「もちろんあんたのことだよ」

「俺は平民だ。貴族でも王族でもないぞ」

 

「そりゃ分かってるさ。でもお姫様のお相手は王子様って相場が決まってんだろ。それにそんなに大事そうに抱いちゃってよ」

 

 アンソニーに言われて初めて私がアイクに抱かれたままだということに気が付いた。

 しかもアイクは私を片手で横抱き、いわゆる姫抱きというやつをやっていた。さらに私はパワードスーツを脱いでいて、身体の線がはっきり分かるような青いインナースーツのままアイクにくっついている。お互いの体温さえ伝わりそうな密着具合に、元から熱かった顔がさらに熱くなってきた。

 

「しかしまさかプリンセスにプリンスが出来るとはなあ……大将が泣いて喜ぶぜ。分かってたけど結構ロマンチストだよな、サムスって」

 

「アイク、もう降ろしてくれ」

 

 私はアイクの胸をぐいぐいと押した。これ以上彼にくっついていたら、私の精神が別の意味でもたない。あと私が弱っているのを良いことに好き勝手なことを抜かすアンソニーの肩に一発パンチを入れてやる。

 

「そうか、一人で立てるか」

「ああ」

 

 当のアイクと言えば、アンソニーの発言をまるで気にしていないようだ。いつも通りの仏頂面のまま平然としていて、それはそれで腹が立った。少しは動揺しろ。

 

 自然と仏頂面になる私を、アイクはそれこそ本物のお姫様を扱うかのように、丁寧に降ろした。

 そういえば、と私は思い出した。

 物語の中で、あるいは歴史の上で彼はエリンシア姫を助けている。彼女にもこういうことをしたのだろうか。

 そう思うと、なんだか少し胸がざわついた。

 

「おお、おお、お熱いこって」

「アンソニー!」

「痛ってえ! へへ、やっと元気出てきたな。その意気だぜ」

 

 アンソニーは私に小突かれたというのに、嬉しそうな顔をしている。どうやらまた彼らに気遣われたようだ。

 

 私がそのことに気付いた時、マグマの中に落ちたはずのリドリーのくぐもった咆哮が聞こえてきた。同時にピコンと電子音がアンソニーの手元から聞こえてくる。

 

 私が顔を向けると、アンソニーは笑顔のままプラズマ砲をぽんぽんと叩いた。

 

「さーてサムスの調子も戻ったし、こいつのチャージも終わった。そろそろアイツにレディーの扱い方ってやつを教えてやろうぜ」

「ああ、ダンスの仕方でも教えてやるとしよう」

「お、さすがプリンス、踊れんのかい」

「こいつを使った物騒なやつをな」

 

 アイクもアンソニーのジョークに応える様に、神剣ラグネルの根元をコンコンと叩く。

 先程から冗談めかした会話を交わすアイクとアンソニー。彼らが私の緊張をほぐそうとしているのは明らかだった。私が死なないように、私がまた戦えるように。

 

 私は目を閉じ、精神を集中させる。

 肉体的、精神的ダメージは未だ残っているが、これ以上彼らに無様な姿をさらすわけにはいかない。

 

「行けるか」

「……ああ」

 

 アイクの問いに、目を閉じたまま頷きを返した。

 ……正直、未だリドリーに対する恐怖はくすぶっている。だが、それは先程までの制御不能なものではなくなっていた。

 

「オーダー、各種リミッター解除。……異論はないな、アダム」

 

 バリア機能解放

 グラビティ機能解放

 ウェブビーム解放

 プラズマビーム解放

 スーパーミサイル解放

 シーカーミサイル解放

 スペースジャンプ解放

 スクリューアタック解放

 スピードブースター解放

 シャインスパーク解放

 

 この船の船員や仲間を蒸発させないように、アダムと私で決めたパワードスーツの機能の制限が、軽快な電子音と共に次々と解放されていく。

 これで味方を確実に巻き込んでしまうパワーボムを除いたほぼ全ての能力を開放した。リドリーを倒すのに不足はない。

 

 あとは私がスーツを纏い、戦うだけ。

 

 私は私に言い聞かせる。

 

 今の私はあの時泣いていた小さな女の子じゃない。私の隣にいるのは父でも母でもない。

 今の私は伝説のパワードスーツを纏った銀河の守護者だ。

 隣にいるのは戦場で漫才が出来るタフで信頼できる兵士と、時を超えて現れた竜殺しで神殺しの蒼炎の勇者だ。

 おまけに私はリドリーを倒した経験もある。

 

 こんな良条件の仕事、はっきり言って……

 

 

「……負ける気がしないな」

 

 

 私は光と共にパワードスーツを纏い、マグマの底から浮上したリドリーに、アームキャノンを突きつけた。

 

 



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第2ラウンド

 私達とリドリーの第2ラウンドは、マグマの底から舞い戻ってきた黒いリドリーが咆哮と共に巨大な火球を吐き出したことで始まった。

 人体を容易く丸吞みにするほどの大きさを持つ炎の塊が高速で接近してくる。

 

 リドリーの炎球は光速に近い速度で飛行する宇宙戦闘機を容易く撃墜するほどのスピードと人口惑星要塞に大穴を開ける程の火力を持つ。

 バリア機能やセンスムーブ機能を持つ私、意味不明な身体能力を持つアイクはともかく、プラズマ砲以外は通常の連邦軍兵士の装備しかないアンソニーは避けることも防ぐことも不可能だ。

 普段の私なら、リドリー相手に背を向けるという行為の愚かしさを理解しつつも、アンソニーを見捨てられず、彼を掴んでその場を飛び退いていただろう。

 そして隙を晒した代償を嫌という程支払わされたはずだ。

 

 しかし今の私はそんな行為はしない。私には頼れる仲間がいるからだ。

 迫り来る煮え滾った炎を、ぬうん、という声と共に遮ったのは、やはり蒼炎の勇者アイクだった。

 アイクは躊躇うことなく私たちの前に跳び出し、神剣を横薙ぎに振るって衝撃波を発生させると炎に叩きつけたのだ。

 

 海の波を思わせる蒼白い衝撃波が、マグマのような赤黒い火球と空中でぶつかり合い、一瞬の均衡の後に火球を割って、リドリーに向かって直進する。

 

 だが、自分の腕を切り落としたアイクを警戒していたのか、リドリーは旋回して衝撃波を回避した。

 

 時を同じくして真っ二つにされた火球が激しい爆発を起こした。

 

 閃光と衝撃が撒き散らされ、それに紛れるようにしてリドリーは速度を上げて移動し始める。

 

 惑星間を短時間で移動できる程速いリドリーにとって、スピード勝負は十八番だ。

 

 このままリドリーのペースで戦いを勧めさせるわけにはいかない。

 

 そのためにはまず奴の加速を抑える必要がある。

 

 私はアイクの稼いでくれた僅かな、しかし黄金にも勝る時間で、ロックオンとチャージを終え、スーパーミサイルの発射指令を出した。

 

 アームキャノンが花のように展開し、ミサイルが複数同時発射される。

 

 核融合反応によるプラズマエネルギーを付与されて、通常のミサイルより遥かに威力と速度が上がったスーパーミサイルを筆頭に、威力こそ通常の物だが追尾性がぐっと向上したシーカーミサイルも5発ほど同時に発射され、リドリーに襲いかかった。

 

 どちらのミサイルも一度ロックオンさえしてしまえば、敵か自分が壊れるまで対象を追い回し、戦艦の装甲にすら穴を開ける凶悪な代物だ。

 

 対するリドリーは直線で大幅に加速するのを諦めて、海中を自在に泳ぐ海蛇のような軌道で広場の上空を飛び回り、自身を鮫のように追い回すミサイルの群れを躱していく。

 

 リドリーは猛獣のように獰猛だが、同じ位狡猾で賢い。

 

 一定のパターンがない複雑な挙動を高速でされると人間も機械も照準をつけられないということを分かっているのだ。

 事実私もアンソニーも、コンピューターのロックオンが間に合わず、ロックオンが必須なスーパーミサイルとプラズマ砲を封じられている。

 

 私はプラズマビームを、アンソニーはフリーズガンを、マニュアル操作で撃っているが、如何せん相手が素早いのと、リドリーの纏う黒い光のようなものに阻まれて効果が薄い。

 しかもリドリーは腕を切り落としたアイクの剣の間合いには絶対に入らず、猛禽のように上空を旋回しながら火球を吐き続けている始末だ。

 

 だが、アンソニーを守る盾の役割をアイクがしてくれている今なら、私はこの状況を打開できる切り札がある。

 

 敵が高速で動くなら、こちらも高速で動くまでだ。

 

「アイク、アンソニーを頼んだぞ」

 

 3人で背中合わせになって視界を補い合いながら、私は囁いた。

 

「どうするつもりだ?」

 

 心の中に残る僅かな怖じ気、それすら吹き飛ばすように、私は不敵に笑ってみせる。

 

「なに、ちょっと垂直に2キロ跳ぶだけだ」

 

 初めて会ったあの時アイクは私に、垂直に2キロ跳べるか、と尋ねた。

 私は戸惑いながらもイエスと答えた。

 そう、条件さえ整えれば、私は空を跳べるのだ。

 

「そうか。じゃあ、そっちは任せるぞ」

 

 背中合わせになっているから直接見ることは叶わなかったが、アイクが小さく笑ったのを背中で感じたような気がした。戦場で冗談を言って笑い合える彼らに、私も少しは追いついたようだ。

 

「こっちは任せろ、行け」

「よっしゃ、プリンセス。援護は任せときな」

 

 彼らの頼もしい返事を受けて、私はリドリーを追って走り出す。

 エネルギーをアームキャノンから、背中のスラスターに転用、スピードブースターを点火する。

 チャージしたエネルギーでエンジンを温め、緑色のブーストを吹かせながら、私の体は加速していく。

 

 突出して動き出した私は当然のようにリドリーに狙われる。

 そして当たり前のようにアイクの衝撃波とアンソニーのフリーズガンに阻まれて、その攻撃は私には届かない。

 

 その間にも私の背中のブースターは唸りを上げて出力を高め、それに押されるようにして私の体は速くなっていく。

 エネルギーが緑色の光となって、ブースターから漏れ出てきた。

 

 リドリーが苛立たし気に火球を放ち、瓦礫を投げつけてくる。しかし高速で走る私にそれらはほとんど当たらず、本当に当たりそうなものはアイクが排除してくれている。

 

 私はエネルギーをチャージしながら、奴の動きを観察していた。

 私はリドリーの性格を知っている。

 普段のリドリーなら、遠距離から火球を撃つだけなんて、堅実だが相手を仕留めきれるか分からない手法、言ってみれば「ぬるい」殺り方は取らない。

 埒が明かないと思ったら、自慢の五体を使って獲物を狩りに来るか、場を仕切り直すために離脱し、後日改めて奇襲するか、だろう。

 

 それをしないということはなんらかの勝算があるのか、もしくはリドリーの思考を狂わせるような何かがあるということだ。

 

 それが何なのかはわからないが……一つ確実に言えることがあるとすれば、やつは自身の脅威となる者を決して野放しにはしない、ということ。

 

 リドリーは今ミサイルと私達を攪乱しながら、私たちを殺す機会を、あるいは逃走の機会をうかがっているはずだ。

 そのために必ずどこかでスーパーミサイル群か私達の誰かを排除しにかかる。その瞬間を待つのだ。

 

 

 そしてその瞬間は存外早く訪れた。

 

 躱しても躱してもしつこく追い回すミサイル群に業を煮やしたのか、リドリーは空中で振り返るとミサイルを灼熱の吐息で焼き払ったのだ。

 その攻撃でミサイルは全て撃墜されてしまったが、同時にリドリーもまた足を止めてしまっている。

 

 千載一遇のチャンス。私はスピードブースターのスイッチを完全にオンにした。

 

 その瞬間、私は青白い尾を引く一個の彗星となる。

 

 スピードブースターのエネルギーはとっくの昔に臨界に達していたのである。

 

 伝説のパワードスーツが生み出した超高密度なエネルギーが私の全身を包み込み、身体能力を大幅に強化し、爆発的な推進力をもたらす。

 

 加速。加速。加速。

 

 一歩ごとに速度を上げながら、私は青白い光を纏って、黒い光を纏ったリドリーに向かって突き進む。

 加速する身体と反比例するように、周囲の光景はぐっと減速していく。身体強化は脳の認識力にまで及ぶのだ。

 

 主観にして約十秒、客観的にはおそらくほぼ一瞬でリドリーの真下に辿り着くと、方向を変えるために、グッと腰を下とす。

 

 スラスターの位置を整え、跳躍。

 

 イメージ的には私自身が砲弾か逆昇りする流星になる感じだ。

 

 私はまるで戦艦の主砲で撃ち出されたかのような勢いで上昇していき、リドリーの腹に抉りこむようにショルダータックルを喰らわせた。 

 

 ただの体当たりと侮るなかれ。

 シャインスパークと名付けられたこれは、エネルギーチャージと助走を必要とする代わりに、私の武装の中で一二を争う攻撃力と飛距離を持つ。

 ライバルはパワーボムとスーパーミサイル、プラズマビームのような核エネルギー兵器だと言えばその攻撃力の高さが分かろうという物だ。

 パワーボムと違って広範囲を焼き払わないので、ピンポイント攻撃や中距離の高速移動、敵陣突破など応用できる範囲も広い。

 

 さて核攻撃や戦艦の主砲に例えられるような一撃をまともに受けたリドリーだったが、腹を破られることもなく、鎧のように纏っていた黒い光を失っただけだった。

 多少ふらつきつつも、こちらを睨む目の闘志はまるで失われていない。

 

 さすがは宇宙を股に掛けるスペースパイレーツ、その首領たる怪物だと褒めてやりたい。

 

 しかし私もまたそんな奴らを狩るバウンティハンターだ。

 

 あわよくば奴の腹を蹴破ろうと思っていたが、一撃で奴を殺せるとは最初から思っていなかった。

 

 だから……

 

「だから、これはお前への手向けだ。心して受け取ると良い」

 

『パワーボムロック解除』

 

 機械的な電子音声と共に、私の最終兵器のロックが解除される。

 

 アダムに仲間を殺しかねないからと、封印されていたが、遥か上空にいる今なら、巻き込む心配はない。

 

 不穏な空気を察したのか、リドリーは私を噛み殺そうとしたが、地上から蒼い衝撃波と緑のプラズマが駆け上り、リドリーの尾を切り落とし、肩を焼き貫いた。苦悶の声を上げて、攻撃を中断するリドリー。

 

 示し合わせた訳ではなかったが、アイクもアンソニーも歴戦の勇士だ。攻撃の隙は逃さなかったらしい。

 

 私は綺麗に決まった連携に心地良さを覚えながら、私は素早くモーフボール化する。

 

 チャージ完了、パワーボム起動。

 

 スーツに残留していた全エネルギーを集め、パワーボムとして射出した。

 

「消えろ、リドリー!」 

 

 大爆発。

 

 周囲を白く染め上げる閃光と共に、超高温の熱波が放たれる。

 

 そこからの運命は対照的だった。

 

 至近距離での核爆発に巻き込まれるリドリー、そしてパワーボムがただの爆弾ではなく、私の生命エネルギーをも使った鳥人族製の特殊爆弾であることを存分に利用して、無傷のまま地上に降下する私。

 

 私はモーフボールを解除し、煙一つ上げることなく着地する。

 着地の衝撃で床が少々陥没してしまったが、この程度では大したダメージにならない。

 

「おーい、プリンセス!」

 

 アンソニーの声に振り返ると、嬉しそうに手を振っているアンソニーと相変わらず仏頂面のアイクが駆け寄って来る。

 

「いやー、デカくて良い花火だった。スカッとしたぜ!」

 

「ああ」

 

 アンソニーが興奮した様子で私の背中をバシバシと叩いて来る。

 

 私は空を見上げた。

 

 パワーボムの爆発により、完全に消滅してしまったのか、リドリーの死体は落ちてこない。

 

 まさか生きているのか、とも思ったが、心の中で首を振った。パワーボムはそんな生易しいものではない。あの至近距離で爆発に巻き込まれれば、リドリーはおろかメトロイドクイーンすら消し去るだろう。

 

「やったな、サムス」

 

「ああ」

 

 周りを警戒しながら少し遅れてやってきたアイクにも労をねぎらわれて、ようやく少しずつ実感が湧いて来た。

 

 私は、今度こそリドリーを倒したんだ、と。

 

 父と母、コロニーと鳥人族の仇を討てたんだ。

 

 涙は、出ない。故郷が滅んだ時、もう、泣きつくしてしまったから。

 

 ただ、疲れた。喜びもあるが、何よりも疲れた。

 

 恐らく、リドリーとの予期せぬ遭遇によるトラウマの再発が原因だろう。テンションの乱高下は人を疲れさせるものだ。

 

「サムスも剣士の兄さんも何浮かない顔してんだよっ。リドリーの野郎を吹っ飛ばしてやったんだぜ!」

 

「ああ……」

 

 意外なことに、なにやらアイクは奥歯に物が挟まったような、彼らしくない顔をしている。

 

 私はハッとなった。リドリーの吐息も火山性ガスも有毒である。

 しかもマグマの海とリドリーの火炎、とどめに私のパワーボムのせいで周囲は溶鉱炉一歩手前の温度だ。

 

 いくら強くても、私やアンソニーと違って、アイクは生身だ。体調を崩しても不思議ではない。というよりも体調を崩さない方が不思議なくらいだ。

 

「どうした、アイク? 気分でも悪いのか。アンソニー、ガスマスクと耐熱スーツの予備はないか?」

 

 私が慌ててアンソニーに備品の有無を尋ねた。予備がないなら彼を退避させねばならない。だが、アンソニーが答える前にアイクが片手を振った。

 

「いや、そうじゃない。むしろ体の調子はさっきより良いくらいなんだ。ただ……」

 

「ただ……?」

 

「まだ戦いは終わっていない。むしろこれからが本番……そんな気がするんだ」

 

「おいおいおい、今さっきリドリーをぶっ潰したばっかりじゃねえか」

 

「客観的な根拠はない。だが俺の心が騒めく。戦いの興奮で身体の震えが止まらん。こんな時は決まって強敵が現れる。それもとびっきりのやつがな」

 

 根拠はない、と言う割にアイクは敵が現れることを半ば確信しているようだ。

 

 周囲への警戒を全く緩めない。完全に戦闘態勢のままだ。

 

「だが、センサーには何の反応もねえぜ。サムス、そっちはどうだ」

「私のセンサーにも特に反応はない。だが……私も胸騒ぎがしてきた。警戒を怠るな、アンソニー」

「分ってるよ。戦士の勘は馬鹿に出来ねえからな」

 

 歴戦の戦士の勘は、時に最新のコンピューターの出した予測を上回ることもある。

 

 私たちは戦場でそんな経験を幾度もしてきた。しかもこれは歴戦の勇者の勘だ。侮っていいはずがない。

 

「メトロイドのクローンか、あるいはこの巨大な断面を作り出した何かが襲ってくる、ということもありうる」

 

「メトロイド、しかもクローンだと? おい、サムス、どういうことか説明し……ッ!?」

 

 私達は警戒を続けながら、その場を後にしようとした時、それは起こった。

 

 ボトルシップの天井を突き破って、巨大な黒いドラゴンとそれに跨った大男が現れたのだ。

 

 

 

 

 ドラゴンと大男に破壊された天井が巨大な瓦礫となって、次々と広場に降り注いでくる。

 瓦礫と言っても宇宙ステーションの破片だ。その重さと大きさは人間どころか戦車とて容易く押しつぶしてしまうだろう。

 

 そんな突然の惨劇を、私たちは素早く散開することで回避した。

 

 アイクは勿論のこと、私とアンソニーも戦闘のための尖った意識のままだった。だから、とっさに避けることが出来た。

 

 落下物が床に当たり、煙と大量の破片を撒き散らす。

 

 この破片とて、数が多い上に、当たり所が悪ければ致命傷になる程の大きさとスピードだ。

 

 私は暗雲の中、センスムーブを起動し、背中のバーニアを瞬間的に何度も吹かすことで、この擬似的な巨大フラググレネードを必死に避け続ける。

 

「アイク! アンソニー!」

 

 私が回避で精一杯だということは、私よりも肉体性能で劣るアンソニーや、肉体性能は互角以上でも生身であるアイクは大怪我や致命傷を負っている可能性があるということだ。

 

 しかも私たちは散開してしまっていた。アイクはともかく、私かアイクの援護なしにアンソニーが全ての破片を防御、あるいは回避するのは不可能に近い。

 

 今の状況で大怪我をしてしまえば死は免れない。

 

 それは嫌だ。絶対に嫌だ。

 せっかくリドリーとの戦いを乗り切ったのに、こんなところで彼らを失いたくない。

 

 私がなんとかして彼らの元へ行こうともがいていると、巨大な何かが墜落した音と何かが羽ばたく音と共に強烈な風が吹きつけてきた。

 

 もうもうと立ち込めていた煙が一瞬で追い散らされ、クリアな視界が戻る。

 

 

 そこに待っていたのは……倒れ伏したアンソニー、彼を庇うように立つ若い女性と雪のように白い天馬。

 

 そして……

 

 

「ああ、久しいな。ガウェインの息子、アイクよ」

 

「狂王、アシュナード……!!」

 

 黒竜に跨り、禍々しい巨大なフランベルジェを持った大男と、黄金の神剣を持ってそれらに対峙するアイクの姿だった。

 

 

 



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