無限大の星 (サマエル)
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第1話:芽吹いた桜

時刻はもう深夜に入ろうとしていると言うのに、真昼のような閃光が爆音と共に振動を伴って街を揺るがす。

レトロな風景も、温もりある町並みも、すべてが黒煙と瓦礫に埋もれていた。

 

「警戒級霊力感知、前データ比率280%!!」

 

「ダメだ! このペースだと避難区域到達まで3分ねぇぞ!!」

 

瓦礫と瓦礫の間を縫うように、目にも止まらぬ速さで巨大な影が二つ通り抜ける。

また、爆発が街を揺るがした。

その影から、異形とも言うべき怪物が姿を現した。

蝙蝠の様な羽を広げ、爬虫類を思わせるほどの尻尾を振り、口以外の器官を失った顔面には無数の牙が光る。

数百年の昔からこの地に積もる怨念を糧に歴史の陰に潜み続けてきた人類の敵。

その名を『降魔』という。

 

「前方に妖力反応あり! 目標補足!」

 

言うや影の一つが勢いそのままに怪物の集団に突撃した。

多くは反応する間もないまま、身を切られてたちまちのうちに肉片へとなってその場に散る。

運よく空へ飛び上がった3体も、続けざまに放たれた弾丸のようなものに蜂の巣にされ、文字通り粉々になった。

 

「ギシャアアッ!!」

 

銃声に気づいた周囲の降魔たちが一斉に建物の影から飛び出してくる。

だがそれは同胞が殺されたことに対する怒りではない。

純粋に喰らう獲物を見つけたことに対する動物的本能である。

 

「リカ、構えろ!!」

 

「バッキューン!!」

 

ここで初めて風だったものが地面に足をたたきつけ、両脇の銃を派手に撃ち鳴らす。

まるで射的ショーのように、迫り来る降魔の軍勢をひき肉に変えた。

 

「グアアアッ!!」

 

僅かに遅れて飛び出してきた大物の降魔が、豪腕を振りかざしリカと呼ばれた緑色のロボットのようなものに迫る。

だがその豪腕に明後日の方向から飛んできた鎖が勢い良く絡みついた。

幾重にも巻かれたチェーンが豪腕を引き絞り、降魔は苦悶の叫びを上げる。

 

「カンナっ!!」

 

「おっしゃあ!!」

 

チェーンを引き絞る黒いロボットに、リカと共に疾駆していた赤のロボットが応える。

刹那、その右腕が突如炎に包まれた。

 

「桐島流派奥義……公相君!!」

 

猛虎の咆哮が如き爆炎の一撃が、降魔の柔肌を貫き風穴を開ける。

体が上下に分断された怪物の生死など、確かめるまでもない。

 

「キリがねぇ……、隊長は!?」

 

「カンナッ!」

 

辺りを見渡す赤の下に、青い身の丈はあろうかと言う斧を持ったロボットが駆け込んできた。

その様子から、かなり焦っている事が分かる。

 

「グリシーヌ!? マリアたちはどうした!?」

 

「西側が突破された! ヤツめ、妖力が尽きるどころか溢れる一方だ!!」

 

「……てことは……」

 

言われて赤は爆炎の中心地を見る。

山ほどはあろうかと言う巨躯。

それが生命体と言う情報一つで、如何に強大な存在かが見て取れるような怪物。

赤は悔しげに握り拳を振るわせる。

 

「隊長はもう向かってんだな……アタイらも行くぞっ!!」

 

4機は一斉に降魔が湧き出る主要道路を真正面から突進を開始した。

彼女達は『霊子甲冑』を駆り、この降魔と呼ばれる人智を越えた存在から人々を守る霊力によって選ばれた女性達。

人は彼女達を『華撃団』と呼ぶ。

 

「隊長!!」

 

「カンナ!! 来てくれたか!」

 

赤の霊子甲冑、『桐島カンナ』の姿に、隊長と呼ばれた二刀を持つ白の霊子甲冑は安堵の声を漏らす。

彼の名は『大神一郎』。

霊的組織の祖である『帝国華撃団』総司令にして、最前線で戦う隊長でもある。

 

「大神司令! 北方、南方、西方部隊も揃いました!!」

 

「分かった。何としてもここで食い止める! 新次郎! 空中支援は任せたぞ!!」

 

「了解! 星組全機、上空より地上部隊を支援してください!!」

 

「「了解!!」」

 

「「イェッサー!!」」

 

色違いの総勢16機の霊子甲冑による総攻撃。

各々が持ちうる最大限の霊力を得物に込め、流れるように叩き込む。

ある者は業炎、ある者は氷刃、ある者は旋風、ある者は雷撃。

これまで都市を、人々を脅かしてきた数多の脅威を退けてきた、希望の象徴とも言うべき一撃の数々。

 

「チィッ! まるで手ごたえがねぇ!!」

 

「……まずい! 防御体制を……」

 

まるでハエを払うかのように、ビルほどはあろうかと言う巨躯の豪腕が横に凪いだ。

ギリギリで散開し辛うじて直撃を防ぐが、これではジリ貧だ。

大神の顔に焦燥が浮かぶ。

そのときだった。

 

「ストリウム光線!!」

 

遥か天空から、眩い光線が巨大な影を直撃する。

かつて紐育に降誕した真紅の巨人「ウルトラマンタロウ」。

 

「ハッ!!」

 

逆方向から飛来した巨人が、L字に組んだ腕から光線を発射し牽制する。

3000年の長きに渡り巴里と共にあり続けた伝説の巨人「ウルトラマンティガ」。

 

「ダアアッ!!」

 

「ヘアアッ!!」

 

今度は地上から、瓜二つの顔をした二人の巨人が、同時に青白い光線で攻撃する。

2度にわたりこの帝都を降魔の脅威から守ったM78星からの使者「ウルトラマンゾフィー」、「ウルトラマンジャック」。

時に彼ら華撃団を助け、時に彼ら華撃団に助けられ、共に平和を守り続けてきた巨人達の、決死の一斉攻撃。

しかし、倒れない。

無理もないと、大神は思う。何故なら……

 

「無駄だ……。幾千の恨み……、幾万の業……その全てを糧とする私に……お前達は小さすぎる……」

 

強いどころか、こちらを敵としてすら見ていないまでの圧倒的な力。

何度攻撃を仕掛けようとも、何度決死の一撃を加えようとも、倒れることのない不死身の肉体。

そして、人智を遥かに超えた威厳すら漂う風格。

その名、『降魔皇』……。

 

「大神さん、このままでは……」

 

「ああ……。これほどの力を持つ降魔皇から帝都を守るには……最早あれを使うしかない……」

 

「『帝鍵』と……五輪柱の陣……」

 

「そして、我々の『ファイナル・クロス・シールド』……」

 

大神たち人間には、最後の切り札が残されていた。

帝都の秘められた家系のみが生み出すことの出来る、現世と異界の境界を切り裂く力を持つ神器『帝鍵』。

そして妖力を糧とする魔の存在を押さえ込む封印術『五輪柱の陣』と、M78に伝わる、敵を物理的に遮断する合体技『ファイナル・クロス・シールド』。

この陣を組んで降魔皇の身動きを封じ込め、帝鍵で切り開いた異界に敵を封じ込める。

それが、大神たちに残された最後の切り札だった。

しかし……、

 

「しかし……、この陣に使用する霊力は膨大すぎる……。花組・星組の全員が揃っていないこの状況……、もし使えば……」

 

「うむ……。例え無事で済んだとしても……我々全員が戦うための霊力は、最早失われてしまうだろう……」

 

霊力とは、人の生きる力そのもの。それが果てたとき、その命の華は枯れてしまう。

これほどまでに強大な力を持つ相手を封じ込めるために要する霊力は、並大抵のものではない。

良くて霊子甲冑の起動が出来なくなるほどの枯渇。下手をすれば命すら落とすかもしれない。

命がけの最後の切り札に、誰もが躊躇し、言葉をなくす。

 

「……やりましょう」

 

一人の声が、沈黙を破った。

 

「そして……生きて帰ってきましょう。あたし達が愛した、この帝都を……世界を守るために……!!」

 

その言葉に、全員の顔が変わる。

そうだ。やり遂げよう。そしてまた、全員で生きて帰ってこよう。

それが、自分達の成さねばならない、至上命題なのだから。

 

「よし……陣を発動させる! 配置につけ!!」

 

「「了解!!」」

 

「紐育華撃団、上空所定位置を確保してください!!」

 

「「イェッサー!!」」

 

地上で2人1組となった10機とその上空を旋回する5機。

そして更に上空を4人の巨人が制圧し、円の中央に新次郎機に乗った大神自身が帝鍵を手に構える。

 

「行くぞっ!! 五輪柱の陣、発動せよ!!」

 

霊力を具現化した、巨大な円柱状の結界が生み出され、降魔皇を包み込む。

さらにその上から、巨人のエネルギーを具現化した金色の蓋のような結界が出現した。

そして、帝鍵を逆手に持った大神が跳躍し、降魔皇目掛けてその刃を突き立てる。

 

「うおおおおおおっ!!」

 

次元を切り裂く刃を以ってしても、降魔皇の体に傷をつけることは出来ない。

だが、目的はそこではない。

降魔皇の立つ地面の境界が切り裂かれ、混沌に包まれた空間が出現した。

神器の力で、降魔皇を封じ込める空間を生み出したのである。

 

「……無駄なことを……」

 

「今だ!! 押さえ込め!!」

 

「「イェッサー!!」」

 

低い声で、一言だけ呟く降魔皇に、霊子甲冑と巨人が一斉に飛び掛る。

膠着すること数秒。

稲妻が飛び交う激しい衝撃と閃光が世界を包む。

果たしてその場に建物は一切が消滅。

降魔皇も巨人も霊子甲冑も、すべてが消えうせていた。

彼らは何処へ行ったのか。

その答えを指し示すかのように、衝撃の中心には、淡い光を放つ神器が、ただ突き立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大正19年。後に「降魔大戦」と呼ばれることになる死闘は、三都華撃団と巨人たちによって終結した。

彼らの消滅という、大いなる犠牲と引き換えに……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これが、僕が知る三都華撃団の最後の戦い。

彼らの、そして共に戦った英雄達の話を聞いて、僕は決意したのだ。

 

 

彼らが愛し守り続けた星……、『地球』へ行ってみたいと……!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無限大の星

 

 

 

<第1話:芽吹いた桜>

 

 

 

懐かしい夢を見た。

 

「……どうかされましたか?」

 

怪訝そうに尋ねる秘書の声に、無意識に微笑んでいたと気づく。

このところ様々な書類と睨めっこばかりしていたので、心配をかけていたかもしれない。

 

「久しぶりに、思い出に浸る夢を見ましたの。今の家を見たら、どんな顔をするかしら?」

 

その言葉に、秘書『竜胆カオル』の口元もふっと緩んだ。

 

「そうですね……。すみれ様がこちらに帰って来られている事にまず驚かれるかと」

 

「ホホホ……、違いありませんわ」

 

10年前のあの日、様々な理由で戦場に立てなかったものがいた。

この大帝国劇場の支配人『神崎すみれ』もまた、その一人だった。

かつて帝国華撃団の一員として神崎風塵流の薙刀を戦場で存分に振るい、一度舞台に立てば帝国歌劇団花組のトップスタァとして老若男女を魅了した才女。

ここはその帝国華撃団花組の総本山、大帝国劇場の支配人室である。

 

「失礼します」

 

その扉が開かれたのは、談笑を終え書類との睨めっこを再開しようとしたときだった。

 

「あら天宮さん、稽古中にごめんなさいね」

 

遠慮がちに入ってきたのは、空色の着物と赤の袴が印象的な少女だった。

背中まで伸ばした黒髪に桜色のリボンが印象的な、大和撫子然とした少女の名は『天宮さくら』。

一人前の舞台女優を目指し、この大帝国劇場にて住み込みで稽古と鍛錬に励む、次世代を担う花組の蕾である。

 

「いえ、問題ありません! しっかりこなして見せます!」

 

「あらあら、随分気合が入ってるのね?」

 

「だって遂に花組としての初任務なんですから!」

 

興奮を抑えきれない様子のさくらに、カオルと顔を見合わせて苦笑する。

かの降魔大戦の後、中核をなす隊員が行方不明となった三都華撃団。

その解散が言い渡されるまで、大した時間はかからなかった。

当時霊力の減退から華撃団より身を引き、古巣の金属加工会社『神埼重工』のトップを父より引継ぎ商会の華となっていたすみれは、父に事業を再度委託し帰参。

同志が先立って中国で組織した上海華撃団に帝都防衛の協力を得つつ、霊子甲冑の整備と舞台公演の準備。そして素質を持った人員補充と育成に尽力。

結果として現在、諜報部隊「月組」に出向している1名を加えて4名の隊員の確保に成功している。

 

「それでは天宮さん。任務内容の復唱を」

 

「はい! 本日一四〇〇にて、帝都中央駅に見えられる花組隊長、神山誠十郎少尉を案内せよ!」

 

そして今日、霊的組織としての最後のピースである、隊長候補たる一人の軍人を、この大帝国劇場に招きいれる予定になっていた。

所属する全ての隊員を纏め上げ、心を通わせる触媒の役目を持つ、霊的組織において最も重要視される役職。

厳しい人員選定の末に、一人の若き海軍将校がすみれの目に止まった。

若干20歳で特務艦体の艦長を勤め上げた若き秀才にして、帝国華撃団への入隊に強い意欲を示したという人物。

それが『神山誠十郎』なる人物だった。

 

「よろしい。ではその隊長なのですが……」

 

「もう到着されるんですよね!? こうしちゃいられない! 行ってきます!!」

 

「あ、ちょいと……!」

 

写真を取り出そうとしたすみれに気づいていないのか、はやる気持ちを抑えきれないのか。

さくらはすみれが止める声も聞かずにバタバタと飛び出していってしまった。

 

「……全く、憧れとはいえこんなお間抜けな所まで真似しないで頂きたいですわ……」

 

ピクピクと痛むこめかみを押さえ、すみれは頬をひくつかせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回の超法規的な軍内人事の決定に、神山誠十郎は何ら抵抗も疑問も持たなかった。

飛び級で海軍士官学校に入校するやメキメキと頭角を現し、しまいには戦術本科を首席で卒業し、そのまま特務艦『摩李支天』の艦長に大抜擢された逸材中の逸材。

かつて帝国陸軍にその名ありと謳われた秀才「大神一郎」の再来とまで謳われたエリート中のエリート、それが神山誠十郎という人間だった。

本来ならば帝国陸軍の管轄である霊的組織「帝国華撃団」。かの降魔大戦の末に機能不全となったこの組織が近々再結成されることが決まり、その隊長として彼が選ばれた。

表向きは降魔の襲撃を受けた際に轟沈した摩李支天の責任を取っての左遷となっている。これは帝国華撃団の再結成が秘匿事項であるためだ。

そのためだけに不名誉な謂れを受けて陸軍管轄の部隊への異動。通常の軍人ならば一蹴するか、受理したとしても少なからず難色を示していたであろう。

だからこそ、この海軍きってのエリートが二つ返事で受け入れたことに、海軍上層部の誰もが驚き首をかしげていた。

その理由は、本人だけが知っていた。

 

「まさかこんな形で叶うなんてな……」

 

帝国華撃団。

その名前を、誠十郎は幼い頃から知っていた。

幼馴染の女の子が毎日のように言っていたのだ。

帝国華撃団花組のトップスタァ真宮寺さくら。彼女を目指して自分も花組に入ると。

そのときに誓った。ならば自分が隊長となって共に戦うと。

幼い頃に交わした、他愛のない約束。

それが意外な形で縁を繋いだことに、神山はある種運命染みたものを感じていた。

 

「元気にしてるかな……さくらちゃん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハックシュン!!」

 

「おいおい、公衆の面前だぜ?」

 

「風邪ですか?」

 

駅の往来で起きた盛大なくしゃみに、人々の奇異の視線が集まる。

ついてきてくれた同僚からも奇異の視線を送られ、さくらは周知で顔を真っ赤に反論した。

 

「ち、違うよ~! きっと誰かが噂してるだけ!」

 

「それもそれでまずいだろ、まだデビューもしてねぇのによ」

 

「それは初穂も一緒でしょ!?」

 

顔を真っ赤にするさくらに、面白そうに初穂と呼ばれた少女がカラカラと笑う。

祭り用のしめ縄を普段着に使っていることからも想像できる通り、彼女『東雲初穂』の実家は帝都に古くから伝わる由緒正しき『東雲神社』。

下町育ちの江戸っ子気質な性格と相まって、年中お祭り女として下町ではちょっとした有名人であった。

 

「けどさくらさん。この人だかりでは、いくら幼馴染と言っても探し当てるのは難しいのでは?」

 

からかう初穂と対照的に、クラリスと呼ばれた少女、『クラリッサ=スノーフレイク』は顎に指を立てつつ真面目に考察する。

帝都から遠く離れた欧州はルクセンブルクの出身である彼女が、何故この場にいるのか、その経緯を知るものは極めて少ない。

 

「クラリスの言うとおりだぜ。具体的な目印とか聞いてねぇのか?」

 

「そ、それは……」

 

今度はばつが悪そうに指を突きながら背を向けるさくら。

要するに何も聞いていないということだ。

 

「はぁ~……、ったく仕方ねぇ。軍人さんなら軍服着てるだろ?それで手当たり次第に声かけるしかねぇな」

 

「そうですね。海軍の方なら土地勘もないでしょうから、道が分からなさそうな方から声をかけてみましょうか」

 

「じゃあ見つけたら、スマァトロンで呼んでね!」

 

まだ見ぬ新隊長を探して、3人の少女の走査線が開始された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

捜索を開始して早20分。

東雲初穂の顔には疲労と苛立ちがありありと浮き出ていた。

 

「ったくよぉ……。幼馴染なら顔以外にも背丈とか特徴覚えとけってんだよ……」

 

原因は言いだしっぺの親友にあった。

何せ幼馴染だと言うのに顔と名前以外ほとんど覚えていないときたものだ。

ほかに特徴がないのかと尋ねてみても、考えるうちに何を妄想したのか恥ずかしげに悶々とし始めたので諦めて置いてきた。

クラリスに至っては早々に諦めたのかベンチで持参した本を読み出した始末。

ああなった本の虫には何を言っても効果はない事は過去に経験済みである。

結果自分ひとりで顔も背丈も分からない「カミヤマ」なる男を探し出さなければならないことになってしまった。

何と言う貧乏くじであろうか。

 

「キャッ!?」

 

「おっ!? わ、悪ぃ……!」

 

唯一の手がかりである軍服を着た道に迷っていそうな男性という情報を頼りに周囲を見回しながら歩いていた初穂は、足元を走る少女に気づかず引っ掛けてしまった。

反射的に助け起こすが、ふと頭上を舞う風船に気づく。

それを寂しげに見上げる少女に、初穂は自分のしてしまったことに気づいた。

 

「あっちゃ~……、これじゃ届かねぇな……」

 

帝都中央駅のホールは2階建てで、中心部分は天井の窓から明かりを入れるために吹き抜けになっている。

周囲には足場もなく、ジャンプしても届きそうにない。

 

「ごめんな嬢ちゃん。アタシが新しいの買ってきて……」

 

さすがにこのままごめんなさいで済ませるのは気が済まない。

生来の江戸っ子気質から少女にそう話しかけた初穂の頭上で、ワッと声が上がった。

 

「へ……?」

 

何事かと振り向き、声を失う。

無理もない。

一人の青年が吹き抜けの淵から手すりを蹴って飛び出し、風船の持ち手を掴んで落ちてきたのだから。

 

「お、おい……!!」

 

屋内とはいえ地上6メートルはある高さである。

打ち所が悪ければ怪我では済まない。

だが青年はそんな心配無用とばかりに空中で回転し、鮮やかに目の前に足をつけた。

まるで雑技団のような身のこなしに、思わず周囲から拍手が起こる。

 

「はい、コレ」

 

驚きで固まっている少女に、青年は屈託のない笑顔で風船を差し出した。

すると我に帰った少女も、溢れんばかりの笑顔でそれを受け取る。

 

「うん! お兄ちゃん、ありがとう!!」

 

こちらへ手を振りつつパタパタと走り去っていく少女と、手を振って見送る青年。

そこで初めて、初穂は青年の見慣れない服装に気づいた。

春の時期に不釣合いな、胸元に金の刺繍を施した黒服。少なくともここ近年の帝都のファッションではない。

 

「見たところ何かお探しみたいですが……、よろしければ手伝いましょうか?」

 

「え? あ、ああ……いや、そんな……」

 

見ず知らずの自分に対してもやわらかい紳士的な物腰。良く出来た軍人さんのようだ。

と、初穂は探し人の手がかりを思い出した。

まさか、この人が……?

 

「な、なあ……」

 

「はい?」

 

「その……、もし違ってたらすまねぇんだけど……、アンタ……『神山誠十郎』……か?」

 

数秒の沈黙。

返ってきた答えは、

 

「……いえ、僕『御剣ミライ』といいます」

 

予想通り、盛大な人違いであった。一文字も合ってやしない。

 

「すまねぇ。何かすまねぇ。いやホントもうマジですまねぇ」

 

自分の失態で迷惑をかけた上に往来で恥をかかせるという恥の上塗りも等しい有様に、もう頭を真っ白にして謝り倒すしかない初穂。

義理立てや詫びどころか、これでは恩に仇で返したようなものではないか。

が、ミライと名乗った青年はまるで気にしてないと言わんばかりに笑いかけた。

 

「大丈夫ですよ。こちらこそ、何かご迷惑でも……?」

 

「い、いやぁ……そんなんじゃねぇんだ。その、人を探してて……」

 

「人……、その『カミヤマセイジュウロウ』って人を探してるんですね。分かりました!」

 

言うや、ミライは手を叩いて走り出した。

 

「お、おい!?」

 

「僕に任せてください! いい方法があります!!」

 

初穂が止める声も聞かず、ミライはある所へ駆け込んでいくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最初に異変に気づいたのは、到着を告げるアナウンスが流れて周囲の客が席を立ち始めた辺りだった。

窓から駅の様子を見ると、誰も彼もあたりをキョロキョロ見渡して落ち着かない。

誰か有名人でも来ているのか。そんな事を思いながらホームに下りる。

その時、真上のホーンスピーカーから聞こえてきたアナウンスに、耳を疑った。

 

『えー、迷子のご案内を申し上げます。カイグンからお越しの、神山誠十郎くん、神山誠十郎くん。お連れの方がお待ちです。1階駅員室までお越しください……』

 

『ただいま、帝都中央駅付近で、神山誠十郎くんという方が、迷子になっております。誠十郎くんは、軍……服?を着ているとのことです。見かけた方は、1階駅員室まで……』

 

「な、なんだこれは一体!?」

 

訳が分からなかった。

たどり着いた駅では、軍服を着たカミヤマセイジュウロウという迷子がいると騒ぎになっていた。

別段指定時間に遅れたわけではない。寧ろ20分も余裕を残してきている。

それが何で自分が迷子になっているみたいな扱いになっているのだ。

 

「カイグンって、帝国海軍よね。じゃあ子供じゃなくない?」

 

「軍服って将校か? 最近の海軍将校は陸も分からんのか?」

 

「誰だか知らんが、いい年して迷子とはみっともないな、そのカミヤマというのは……」

 

顔も名前も知らない周囲の人々が、こぞってヒソヒソ囁きあっている。

冗談ではない。

こんな状況で自分がそうですと知られでもしたら赤っ恥どころではない。

辞令を受けて帝都にはるばるやって来たというのに、何でこんな目に遭わなければいけないのか。

 

「と、とにかくばれない内に駅を離れないと……!」

 

こうなれば上着や帽子など顔を隠せるものを何か持ってくればよかったと後悔しながら、足早に改札を出る。

だがこの時、神山誠十郎は知らなかった。

帝都中央駅の改札口は、駅員室の真正面にあるということを。

 

「いたーーーっ!!」

 

「ええっ!?」

 

突然真横から飛んできた声に思わずひっくり返りそうになる神山。

振り向けば声の主と思われる黒服の青年が駅員室から飛び出してきた。

 

「すみません! 貴方が『カミヤマセイジュウロウ』さんですよね!?」

 

「え、あ、ああ、はい……」

 

勢いに負けてつい頷いてしまう。

すると青年はあらん限りの声でホールの方角を向いて叫んだ。

 

「初穂さーーーん!! 見つかりましたよーーーっ!!」

 

「わ、分かった! 分かったから叫ぶな!!」

 

返事と共にホールから3人の少女が駆けて来るのが見えた。

まさかとは思うが、彼女達が辞令にあった案内人と言うことだろうか。

 

「アホか! 子供じゃあるまいし何で迷子センター使ってんだよ!」

 

「でも、すぐ見つけるにはこれが一番ですよ!」

 

「ああ……これが支配人に知れたら……」

 

「ハ…、ハハ……。その……帝国海軍から来ました、神山誠十郎です……」

 

もう逃れるすべはない。

そう悟った神山は、半ば開き直って力のない声で名を名乗る。

すると空色の着物の女性が一歩こちらに歩み寄った。

 

「お待ちしておりました。『天宮さくら』と申します。……久しぶりですね、誠兄さん」

 

「10年ぶりか。……大きくなったね、さくらちゃん」

 

昔と変わらぬ柔らかい微笑みが返ってきた。

士官学校に入ってから疎遠になっていた彼女、念願の帝国華撃団への入隊を果たしたという知らせを手紙で知ってはいた。

幼い頃に自身もまた帝国華撃団の一員として、共に帝都の平和を守る。

様々な偶然が重なりながらも、その約束が果たせたことに、素直に喜びを感じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、脅威はそんな余韻に浸る時間すら、与えてはくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、何だあれは!?」

 

一瞬窓の明かりが遮られたかと思うと、激しい音と共にガラスが砕け散った。

無数の破片がホールの床にばら撒かれ、辺りにいた人たちが蜘蛛の子が散るかのように逃げ惑う。

そこへ、異形の怪物が降り立った。

 

「降魔か!?」

 

「それも一匹じゃねぇ! 上空にかなりの数がいる!!」

 

耳を澄ませば屋根の上から、蝙蝠のような羽音と耳障りな声が響く。

たちまち駅はパニックに陥った。

 

「た、助けてくれっ!!」

 

「逃げろーっ! 殺されるぞ!!」

 

「押すな! 俺が先だ!!」

 

「マリちゃん!? マリちゃん何処に行ったの!?」

 

我先にと出口に人が殺到し、避難がままならない。

こんな状態であの怪物が襲い掛かれば……

そのときだった。

 

「セヤアッ!!」

 

先ほどの青年がいの一番に飛び出し、降魔の顔面にとび蹴りを食らわせた。

突然のことに誰もが一瞬、その青年を見る。

 

「コイツは僕がひきつけます!! 皆さんは今のうちに避難してください!!」

 

言うや青年は、割れた窓の淵に飛び移り、屋根の上を走り去ってしまった。

降魔も青年を獲物とみなしたのか、それを追って駅から飛び出す。

やがて我に返った人々は、互いに落ち着かせながら避難を開始する。

その様子に僅かに安堵した神山だったが、まだ危機は去っていない。

囮になったあの青年は、未だ降魔たちの真っ只中にいる。

一刻も早く助け出さなければ。

 

「誠兄さん、ついてきてください! 帝国華撃団本部に案内します!」

 

「分かった!!」

 

幼馴染から軍人の顔に戻り、神山は先行するさくらを追って駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無数の降魔たちに追い回されながら、御剣ミライはひた走っていた。

屋根から屋根へ飛び移り、襲い来る爪撃を巧みにかわす。

しかし敵の数、何より空を飛べる相手を陸の上で撒くというのが如何に無理難題か、彼は良く理解していた。

それでも自らを危険に晒して注意をひきつけた理由はたった一つ。

あの場にいた『人間』を一人でも多く安全に逃がすためである。

 

「困った……。まだ場所も聞いていないのに……」

 

帝都中央駅から、ミライはある場所に向かう途中だった。

しかしそこで困っている女の子を目にして、その流れであの女性を手助けするうちに、今に至る。

だが結果的にこうして避難の一助となれたのなら、結果オーライといえるかもしれない。

 

「……そろそろか」

 

先ほどの駅から十分距離を離したと判断したミライは、足を止め振り返る。

観念したと思ったのか、降魔たちは口元の歯をギラリとチラつかせながらにじり寄ってくる。

だが、ミライの顔は、笑っていた。

 

「悪いね。今の今まで逃げてたけど……」

 

瞬間、驚くべきことが起こった。

青年の左手首に紅い腕輪のようなものが現れたかと思うと、そこから黄金色の光剣が生えてきたのである。

まるで、奇跡が起こったかのように。

 

「戦えないとは、言ってないよ」

 

眼前の降魔に、ミライは光剣を構え、袈裟懸けに切りつけた。

鉛の鉄砲では傷一つつかない不死身の体。

光剣はその悪魔を、まるでバターでも斬るかのように一刀両断して見せたのである。

その後も2匹目、3匹目と襲い来る降魔を次々に切り伏せるミライ。

ほとんどの降魔は一撃で消滅するが、後から出てきてキリがない。

 

「ハァ……ハァ……、流石に多いかな……」

 

斬り捨てた数が20匹を越えた辺りで、ミライの肩が上がってきた。

何せ四方八方から襲ってくる怪物を一人で相手にするのだ。

いかに力のある剣豪でも、一個大隊を単機で相手にすれば勝ち目など限りなく薄い。

多勢に無勢とはこのことである。

 

「そこまでだぜ!!」

 

再び降魔に切りかかろうと剣を構えたその時、後方から若い男の声が飛んだ。

直後、自分を庇うように二つの巨大な影が跳躍する。

それは、龍を思わせる尾を持った、緑と黄色のロボットのような戦士だった。

 

「「上海華撃団、参上!!」」

 

「……華撃団……!?」

 

ミライは驚愕に目を見開いた。

かつてこの国に「帝国華撃団」という部隊がいたことは知っている。

だが彼らが名乗ったのは、隣国中国の上海。

彼らもまた、「霊的組織」なのか。

 

「全く一般人が無茶するぜ。……だがその根性、気に入った」

 

「駅からここまで降魔を引き付けてくれたんだよね。ありがと!」

 

それぞれ少年と少女の声が聞こえてきた。

ということは、これはロボットではなく中に人が乗っているのか。

 

「ここからは俺達に任せてくれ。帝国華撃団に代わって、この街の平和は守ってやる!」

 

「え、でも……!」

 

「勇気と無謀は別物よ?お兄さん、結構いっぱいいっぱいでしょ?」

 

「……ありがとうございます」

 

素直に礼を述べ、ミライは屋根を蹴り、飛び降りた。

心苦しいが、彼らもまた降魔との戦いを専門とする霊的組織。

『本来の自分』ならともかく現状では足手まといにしかならないだろう。

ならば今できる最善の行動は一つ。

一刻も早く、あの場所に向かうことだった。

 

「急ごう。『大帝国劇場』へ……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10年前の災厄を最後に、時を止めた帝都の象徴、『大帝国劇場』。

かつては人々で賑わい、いくつもの感動と夢を生み出したこの場所に、悪と戦う砦があることを知るものは数えるほど。

その大帝国劇場地下の帝国華劇団作戦司令室に、真新しい戦闘服に身を包んだ青年が走りこんできたのは、今しがたのことであった。

 

「神崎司令! 帝国華撃団隊長、『神山誠十郎』少尉をお連れしました!」

 

「ご苦労様。帝国華撃団総司令の神崎すみれですわ。……ようこそ帝国華撃団へ、神山誠十郎少尉」

 

菫色の着物に身を包んだ妙齢の女性が、柔らかい微笑を称えて神山を迎え入れた。

神崎すみれ。あまりにも有名なその名を、神山は知っている。

帝都有数の重金属企業たる『神埼重工』の跡取り娘にして、大帝国劇場で知らぬものはいないトップスタァ。

そして何より、最初期から初代帝国華撃団を一員として支え続けてきた偉大なる先人。

霊力減退に伴う引退から久しい今ですら、当時のオーラは全く色あせていない。

 

「本日より帝国華撃団隊長に就任いたします、神山誠十郎と申します! 隊長の任、謹んでお受けいたします!!」

 

だが今は敵が出現した緊急事態。圧倒されている場合ではない。

敬礼と共に任を復唱する神山に、すみれは満足げに頷いた。

 

「いい目をしているわね。隊長は共に戦う隊員たちをまとめ、心を通わせる触媒たる存在。期待しているわよ、神山君」

 

「帝国華撃団花組隊員、東雲初穂だ。隊長さん、よろしくな!」

 

「同じく、クラリッサ=スノーフレイクと申します。クラリス、とお呼びください……」

 

「同じく、天宮さくらです。誠兄さん……いえ、神山隊長!」

 

「私は帝国華撃団支援部隊風組、竜胆カオルと申します。花組の輸送と戦闘支援を担当します」

 

「同じく風組の大葉こまちや。よろしゅう!」

 

先ほどまでとは打って変わり、凛々しい表情の隊員達に、神山の表情も引き締まる。

連絡では帝国華撃団の再構築は秘匿事項とされていた。

こうして水面下で準備を進めてきたのだろう。

 

「ご存知とは思うけど、帝国華撃団はこれまで上海華撃団の支援を受けながら再構築してきた組織。貴方はもちろん、彼女達も初の実戦となります」

 

「霊子甲冑は現存の三式光武を整備しております。しかし神山隊長の機体に関しては、準備が間に合っておりません。本部からの現場指示をお願いします」

 

「今までは上海華撃団におんぶに抱っこやってん、カツカツなんや。色々やりにくい思うけど、どうか頼んます」

 

仕方あるまい。

霊的組織は通常、舞台公演などの娯楽事業を行い、経済的な活動資金を得ている状態。

水面下で密かに再構築している間は、当然表舞台に立つことなどできない。

そしてにわか仕込みのこのタイミングで実戦投入と言うことは、何か理由があるのだろう。

 

「本来なら神山君の霊子甲冑を用意して共に戦場に出てもらいたかったのだけど、上海華撃団は今までの任務代行のために霊子戦闘機が不調を起こし始めてるの」

 

「なるほど……。そこで我々花組の実戦が早まったのですね?」

 

「ええ。既に上海華撃団は出現した降魔と交戦中よ。帝国華撃団花組は、彼らと合流し、降魔を殲滅して頂戴」

 

「承知しました! 帝国華撃団花組、出撃!! 上海華撃団を支援し、降魔を撃滅せよ!!」

 

「「了解!!」」

 

あの忌まわしき戦いから実に10年。

止まったままの帝劇の長針が、動き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ユーラシアは亜細亜諸国において、その名を知らぬものは最早いないと言っても過言ではなかった。

中国は上海より誕生した、対降魔殲滅部隊『上海華撃団』。

結成から僅か1年足らずで最新鋭の工学技術を駆使した霊子戦闘機を駆り、4千年の歴史で培った中国拳法で数多の敵をなぎ倒す。

まるで荒れ狂う龍が如き戦い方は海を隔てたこの帝都にも轟き、今では帝都の防衛までも兼任するほどの信頼を勝ち取った。

それも偏に彼らの並々ならぬ戦跡と、総司令たる人物の卓越した機械工学技術があったためである。

しかし今、その歴戦の龍たちが窮地に立たされていた。

 

「チィッ……! やっぱ古傷には勝てねぇってか……」

 

迫り来る降魔をまた一匹叩き潰しながら、上海華撃団隊長『ヤン・シャオロン』は悔しげに毒づく。

普段の自分達なら、この程度の相手は烏合の衆に過ぎない。

だが今自分の操縦している霊子戦闘機「王龍」の動きは、明らかに今までのそれより遅く、軽く、鈍いものに変わっていた。

もちろん理由はわかっている。

これまで実に3ヶ月に渡り、帝都を含めた亜細亜諸国全土を碌な整備の時間も取れないまま無数の降魔たちとの防衛戦に明け暮れていたためである。

事実、王龍の生みの親である総司令からは半月前から整備に戻るよう指示が出されていた。

本来3人で構成される隊員の内、3人目は既に帰国して久しい。

それを拒んで帝都防衛の任を担い続けたのは、他ならぬシャオロン自身である。

すべては、この国に本来咲くべき蕾たちを守るために。

 

「頑張って王龍……、コレが最後だから……」

 

同様に帝都に残る道を選んだシャオロンの相棒『ホワン・ユイ』も、祈るように呟きながらその蹴撃で怪物たちを沈めて行く。

紙のように軽かったはずの一撃が、果てしなく重い。

満足な整備が叶わなかったために積み重なってきた無数の古傷が、ここに来て気高き龍たちを蝕んでいた。

 

「くっ!?」

 

渾身の力を込めたかかと落とし。

いつもならば降魔の頭部を跡形もなく砕いたその一撃が、片手で防がれてしまった。

一瞬その牙が、にやりと笑う。

 

「うあっ!?」

 

「ユイ!! ぐおっ!?」

 

力任せに投げ飛ばされる相棒に気をとられた一瞬、背中から強烈な衝撃が走る。

不覚の極みであった。

まさか仲間の危機とはいえ背後を取られてしまうとは。

 

「……霊子同調が……このままじゃ……」

 

「まだだ……、まだ沈むな、王龍……!!」

 

今の衝撃で明らかに霊力伝達に支障をきたし始めた龍。

必死に己を鼓舞するも、最早まともに戦える状態でないのは誰の目から見ても明らかだ。

最早これまでか。

そのときだった。

 

「そこまでよ!!」

 

凛とした声が、刀の如く響く。

見れば遠くの屋根に、それはいた。

いつか共に立つと約束した、咲いてみせると約束した蕾の花たちが。

 

「「帝国華撃団、参上!!」」

 

10年前に歴史の影と消えた麗しき乙女の戦士達。

その志を継ぐ新たな花たちが、遂に帝都に咲き誇った瞬間だった。

 

「シャオロンさん、ユイさん、今まで……私達のために、帝都のために本当にありがとうございます……」

 

「アンタらには今まで帝都を守ってもらった恩が、数え切れないくらいある……。今、ここでその恩を返すぜ!」

 

「帝都の……世界の未来を切り開くため、私達も共に戦います!!」

 

自分達の国を、自分達が守るべき町を、これまで幾度となく助けてくれた偉大な先達へ、素直な言葉で感謝を述べる三人。

もう守られるだけの存在ではない。守る立場に変わったことを、示してみせる。

それはシャオロンたちが、信じて待ち望んでいた瞬間でもあった。

 

「来てくれたか、同志!!」

 

「信じてたよ、みんな……!」

 

モニター先の瞳が一瞬だけ潤み、鋭いものへと変わる。

それは、もうか弱いだけの花ではない。

悪を蹴散らし正義を示す、気高く凛々しい華の顔だった。

 

『こちらは帝国華撃団本部! 上海華撃団は防御陣形を敷いて後退してください! ここからの前線は、帝国華撃団花組が引き受けます!』

 

「「理解(ヤゥチェ)!!」」

 

自分達に代わり平和を守り続けてくれた偉大な龍たちへ捧ぐ恩返しの戦い。

帝国華撃団の華々しき初陣が、幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつの時代も、戦場で最も犠牲となりやすいのは、実戦経験の少ない新兵である。

まだ年若く、訓練以外に武器を握ったこともない彼らにとって、戦場を想像するのはまず不可能だ。

故に彼らの多くは初めての命のやり取りに恐怖で固まる、もしくは発狂して奇声を発し、敢え無く敵に殺される。

どんなに真面目に訓練をつんだとしても、互いに命を奪い合う経験はしていない。

初めて立つ戦場では、その経験の差が浮き彫りになってしまうのである。

しかしこの場における新たに芽吹いた華たちは、初めてとは思えない動きで戦場を舞い踊るかのように敵を蹴散らしていく。

それは、偏に作戦司令室より的確な指示を飛ばす、触媒にあった。

 

『前に出すぎるな、さくら。ある程度敵を誘い出して、初穂の攻撃でまとめて蹴散らすんだ!』

 

「了解!」

 

『初穂! 真上からの攻撃では敵に読まれやすい。さくらの攻撃に気をとられている隙を狙うんだ!』

 

「あいよ!」

 

『クラリス、君の両脇は上海華撃団が固めている。その利を活かして乱撃で敵を撹乱してくれ!』

 

「は、はい……!!」

 

若干20歳にして特務艦を任される稀代の海軍将校、神山誠十郎。

その海軍きっての秀才の十八番は、迅速且つ正確無比な兵法にあった。

思考は一瞬、指示は明快。その一声で劣勢の戦局をひっくり返したことも数知れず。

そして一度自身が戦場に立てば、我流の二刀を振るい先陣を切って敵陣を嵐の如く縦横無尽に暴れまわる。

いつしかついた異名は、『神速』。

その由来を、彼はこの帝都でもまざまざと見せ付けた。

 

「すごいよ3人とも! 初めてとは思えない動き!」

 

「アタシらも驚いてんだ……! ただでさえ三式光武は整備も間に合ってねぇのに……」

 

出撃開始からさくらたちが戦場に着くまでの僅かな時間に、神山誠十郎はこの状況で最適な布陣と戦術を組み立て終えていた。

隊員は3名。間合いは狭いが小回りが利く太刀を操るさくら。次に大振りだが周囲を纏めて攻撃できる初穂。そして防御が脆いが遠距離から霊力弾で狙撃や掃射が可能なクラリス。

彼女達の長所を活かしつつ、かつ負傷のある上海華撃団を出来る限り庇うことのできる布陣。

それが、戦闘開始直前に神山が指示した、『風雷の陣』である。

さくらやクラリスの波状攻撃で敵の意識を引き、初穂の攻撃で複数の降魔を纏めて撃破するという、言葉にすれば至極単純な作戦。

だが本命である初穂の大槌は威力こそ申し分ないが、ただ振り回すだけでは飛行能力を持つ降魔に察知されてまず当たらない。

そこで先にさくらやクラリスが囮の攻撃を仕掛けて注意を誘い、そこに初穂が不意打ちを仕掛けるというものだ。

無論知能が決して高いとはいえない降魔の注意をひきつけるには、敵が本能的に危険を思わせるレベルの攻撃をさくらたちが仕掛ける必要がある。

そしてその攻撃は敵を初穂の攻撃範囲に引き込み、かつ同時に自身は巻き込まれないよう適切な距離のとり方が重要になる。

互いに動きを熟知しているさくらと初穂だからこそ成しえる、風神と雷神のような阿吽の呼吸を前提とした作戦であった。

更に風神と雷神が戦っている間、クラリスは無防備となってしまう点も、その左右後方をそれぞれシャオロンとユイが牽制しつつ阻止するという形で解決してしまった。

かくして帝国華撃団花組の記念すべき初陣は、さしたる危機もないまま僅か10分足らずで降魔を全滅させると言う大戦果を飾るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、彼女達は気づいていなかった。

 

 

 

 

 

 

この優勢すらも、敵の掌の上であったと言うことに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やはり腐っても華撃団……。烏合の衆如きでは仕留められんか」

 

「誰っ!?」

 

不意に上から降り注いだ声に、さくらが叫び返す。

見上げれば、遥か頭上の文字通り『何もない』空間に、怪しい風貌の男が幽霊のように浮かんでいた。

灰色のローブに全身を包んだ謎の男。だがその顔が、手が、全身が、青白い炎。

まるで火が意志を持ち人の形を作っているかのような、そんな男が、遥か頭上からこちらを見下ろしている。

それは、かの男が人智を越えた人ならざるもの。即ち敵であることを示すに十分すぎるものであった。

 

「我が名は『陰火』。偉大なる降魔皇様の遺言に従い、この地に混沌を齎す命を賜りしもの」

 

言うや、陰火と名乗ったその男は、掌にらせん状の光が交錯した球体の何かを生み出す。

何かの攻撃かと身構えるさくらたち。

だが陰火は、それをボールのように宙に放り上げた。

刹那、それは花火の如く弾け、たちまちのうちに空を侵食していく。

 

「穢れた土地に満ちた千の瘴気を喰らい、罪深き万の命を屠れ……。出でよ我が僕! 『タマグライ』よ!!」

 

瞬間、不可思議な空間内に次々と青白い人魂のようなものが集まり、スライムのように合体していく。

やがてそれは申し訳程度の手足を生やし、頭部に巨大な一つ目と大きな口を形作った。

無数の降魔の怨念を糧に生み出された変異降魔獣『タマグライ』の誕生だった。

 

「咲いたばかりの華を食い散らすのもまた一興。……やれ」

 

「ギシャアアアアッ!!」

 

極上の餌を前にした肉食獣のように、醜悪な怪物の咆哮が淀んだ空間に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれは……!!」

 

場所も特徴も分からぬ大帝国劇場を探し銀座をひた走っていたミライは、突如響き渡った奇声に立ち止まった。

見上げれば、絵の具をぶちまけたような歪んだ空に、この世のものとは思えないおぞましい怪物が聳え立っていた。

瞬間、理解する。

予見されたこの星の災厄が、今再びこの星を襲ったのだと言うことを。

 

『10年後に帝都『大帝国劇場』へ向かえ。地球を託す』

 

「ゾフィー隊長……、タロウ教官……、そして……」

 

脳裏に浮かぶ、まだ光線も撃てず、飛行能力しかなかった自分を迎えてくれた隊長。僅か2年の間に鍛え上げてくれた恩師。

そして、自分がウルトラマンになることを決意させてくれた、憧れの戦士。

 

「どうか、見ていてください……。皆さんの愛したこの星を、今度は僕が、この手で守ります!!」

 

刹那、その左腕に輝く紅蓮の腕輪が、眩い光を放つ。

数多の星で齎された奇跡の光。それが、今正に解放されようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その一瞬、何が起こったのか分からなかった。

高い妖力反応が見られた直後に戦闘区域全体を多い尽くした謎の空間。

同時に出現した、降魔と呼ぶにはあまりにも巨大で醜悪な怪物。

その咆哮が轟いた瞬間、信じられないことが起こった。

 

「……何だ!? どうした、王龍!?」

 

それまで不調を起こしつつもギリギリ起動を保っていた霊子水晶が、全く霊力を受け付けなくなってしまったのだ。

いくら戦闘服越しに霊力を送り込んでも、反応を見せない。

これではいくら最新鋭の霊子戦闘機といえど、張子の虎ではないか。

 

「ダメです! こちらの光武も動きません!」

 

「チクショウ! どうなってやがんだ!?」

 

見れば自分だけではない。最低限の整備しかされていない旧型とはいえ、起動間もない三式光武までもが同様に機能不全を起こしていた。

まさか、今の奇声だけで……!?

 

『みん……、し……応答……!!』

 

恐らくは陰火なる降魔の作り出した空間の影響だろう。頼みの綱の本部通信もノイズが混じり使い物にならない。

万時休すとはこのことだ。

 

「ギシャアアアッ!!」

 

怪物が再び咆哮を上げ、こちら目掛けて尖らせた爪を振り下ろす。

だがその爪撃が龍を裂く寸前、桜色の影が庇うように飛び込んできた。

 

「さくらっ!?」

 

それは、他の二機と同様に機能不全に陥っていたはずのさくらの三式光武だった。

自信の体ほどはあろう巨大な豪腕の一撃を、ギリギリのところで太刀をたたきつけて押さえ込んでいる。

霊子水晶がまともに同調していないだろう状況でなんと言う無茶をするのか。

 

「無茶ださくら! 霊力同調が出来ない三式光武じゃ勝ち目なんてねぇ! 撤退しろ!」

 

そう叫ぶ間にも、怪物が繰り出す2撃目、3撃目をふらつきながら必死に剣で弾く。

だがそんな間に合わせの応戦もいつまでも持つはずがない。

何度目かの攻撃を防いだ瞬間、乾いた音と共にさくら機の刀が弾き飛ばされてしまった。

手から離れた刀は遠く離れた家屋の壁に突き刺さる。とても取りにいける距離ではない。

 

「さくら! これ以上は無茶だ! お前だけでも……」

 

自分は構わない。

元より司令の忠告を無視して残った時点で、覚悟は決めていた。

だが今咲いたばかりの希望の華をここで散らすことだけは許せない。

せめて彼女達だけでも逃がそうと叫ぶ。

が、眼前の花は頑として首を縦には振らなかった。

 

「引きません! 私は守られるためにここに来たんじゃありません! この町を、大切な人を守るために来たんです!」

 

「馬鹿野郎! 死んだら元も子もねぇ! そこで終わりなんだぞ!!」

 

「シャオロンさんだって死なせません!! 今まで私達を守ってくれた恩人を……見捨てて逃げるなんて出来ません!!」

 

丸腰になり、最早まともに戦う手段すらない中、桜色の三式光武は両手を広げてこちらを庇うように怪物に立ちはだかる。

なんてザマだ。

長い長い雌伏を経て、やっと花開いたはずの蕾が、今途方もない悪意によって無残にも踏み潰されようとしている。

こんな事のために守ってきたわけではないのに。

こんな思いをさせるために戦ってきたのではないのに。

 

「例えそれがどんなに恐ろしい相手でも……どんなに勝ち目のない戦いでも……私は一歩も引かない! 逃げない! 大切な人を守るために命を懸ける! そう決めたんです!!」

 

「……さくら……!!」

 

嬉しい瞬間のはずだった。

待ち望んでいた瞬間のはずだった。

屈託のない笑顔で夢を語っていた少女は、ゆるぎない志を胸に戦場へ立つ華となっていた。

だからこそ、その華が今ここで無慈悲に摘まれようとしている現実が、果てしなく許せなかった。

 

「くそっ!! 動け王龍!! 動いてくれ!! アイツはまだ、こんなところで死んでいい人間じゃねぇんだ!!」

 

くず鉄のように沈黙してしまった操縦かんを、狂ったようにたたき付ける。

何が上海華撃団だ。何が帝都を守り育てるだ。

育ててきたその花に庇われて、何が平和を守る龍だ。

 

「胸躍る茶番だな。だが耳障りだ、やれ」

 

「さくら!!」

 

「さくらさん!!」

 

トドメを刺さんと腕を振り上げる怪物に、仲間達が叫ぶ。

そして……、

 

「やめろおおおぉぉぉ……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メビウーーーーーースッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突如空間内に響き渡る別の叫び声。

直後に現れた謎の巨大な光が、怪物とさくらの間に割って入り、怪物を吹き飛ばした。

 

「え……!?」

 

「な、何だ!?」

 

突然の事態に状況が飲み込めず、混乱するシャオロンたち。

それは、怪物をけしかけた降魔、陰火も同様だった。

 

「この目障りな光……、まさか……!?」

 

徐々に収まっていく光の先に見えた光景に、またしても絶句した。

その光は、人の形をしていた。

赤と銀の体色と、乳白色の瞳。そして胸に輝く空色のタイマー。

眼前の怪物とタメを張る巨躯は、さながら『光の巨人』という形容詞が相応しい。

その巨人を、彼らは知っていた。

帝都で、巴里で、紐育で、幾度となく人類の危機に立ち上がり、奇跡を齎してきた大いなる光の巨人。

その名を口にしたのは、さくらだった。

 

「……ウルトラ……マン……!!」

 

「セアッ!!」

 

その呟きに応えるかのように、巨人が構える。

かつての勇者達の最後の戦いとなった降魔大戦。

それから実に10年のときを経てこの帝都に現れた新たなる光、ウルトラマンメビウスの初陣だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、見ろよ!」

 

「ウルトラマンだ……、ウルトラマンが、来てくれた……!!」

 

その姿を見た途端、空間内のあちらこちらでどよめきが起こった。

何せ10年前の災厄を最後に目撃されることのなかった光の巨人の誕生だ。

希望の象徴ともなりつつあるその巨人を生で見たことに興奮しないほうがおかしい。

 

「頑張れ、ウルトラマン!!」

 

「帝都を守ってーっ!!」

 

「降魔共なんか蹴散らしちまえーっ!!」

 

どよめきがたちまち声援に変わる。

その希望を背に、メビウスが構えた。

 

「セアアッ!!」

 

「ギシャアアアッ!!」

 

真正面から怪物に突進し、掴みかかる。

互いに巨躯を活かした押し合いの末、仕掛けたのは巨人だった。

 

「セアッ!!」

 

内側から敵の片足を引っ掛ける。

こちらを押さえつけることに必死になっていた怪物はたちまちバランスを崩して倒れこんだ。

そこですかさず馬乗りになり、激しいチョップの連打を繰り出す。

 

「セアッ! セアッ! セアァッ!!」

 

通常ならば岩肌も叩き割るほどの威力の手刀の連撃。

しかしメビウスは、全くといって良いほど手ごたえを感じていない。

まるで固いこんにゃくを延々叩いているかのような、そんな感覚だ。

 

「グギィーッ!!」

 

「!? ゥアッ!!」

 

先ほどとは違う金切り声に何かを察し、素早く飛びのく。

直後、周囲の空間と同じ混沌とした色の怪光線が、怪物の口から放たれた。

もし馬乗りになったままなら直撃していただろう。

 

「グゥゥゥ……!!」

 

「スァッ!!」

 

徐に起き上がり、こちらに明らかな敵意をむき出しにする怪物に、油断なく構えるメビウス。

そのとき脳裏に浮かんだのは、自身に戦闘の手ほどきを教えた恩師の言葉だった。

 

『メビウス。戦いとは敵を倒すことだけに注力するのではない。その地、その星には原住民達の暮らしが存在する。われわれはその星を守るために存在するのだ』

 

「(さっきの怪光線が乱射されたら、たくさんの暮らしが壊される。それを防がなければ……!)」

 

避けるのではなく、防ぐ。

そう判断したメビウスは、首をもたげた怪物の正面にエネルギーで精製したバリアを張る。

直後、放たれた怪光線は半透明の虹色の壁に阻まれ、霧散してしまった。

 

「グギィィィーーーッ!!」

 

怪物は更に意地になって光線をはき続けるも、やがて息切れを起こして蹲る。

恐らく溜め込んでいた怨念や霊力をエネルギーにしていたが、それが枯渇してしまったのだろう。

ならば……、

 

「スァッ!! ハァァァァ……!!」

 

バリアを解除したメビウスは、左腕のブレスに右手をかざして力を解放し、頭上にエネルギーを集約する。

全身から迸る光の波動は両手の掌を包むように広がり、∞の文字を形作った。

10年かけて磨き上げたウルトラマンメビウスの必殺光線『メビュームシュート』である。

 

「セアアアァァァッ!!」

 

淡い橙の光線が、怪物の顔面を狙い撃った。

怪物は待ち構えていたと言わんばかりに体を広げ、そのエネルギーを吸収する。

だが、それこそがメビウスの狙いだった。

 

「グ……グギ……グギギ……!!」

 

怪物の腹部があっという間に風船のように大きく膨らんでいく。

やはりそうだ。

いくら霊力やエネルギーを吸収できるとはいえ、その吸収量には生物である以上必ずキャパシティが存在する。

そして先ほどのバリアで防げる程度の光線で枯渇したと言うことは、そのキャパシティはこちらのエネルギーをすべて吸収しきることは出来ない。

つまり……、

 

「グ……、グ……、グギャアアアァァァ……!!」

 

天を仰いで断末魔が響いた直後、貯蓄限界量を超えた怪物の体は木っ端微塵に大爆発した。

エネルギーの余波で光を帯びた怪物の破片が、季節はずれの花びらのように散っていく。

同時に周囲を包み込んでいた異空間も、嘘のように消滅した。

 

「セアッ!!」

 

異空間と怪物の消滅を確かめ、メビウスは空へと飛び立っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんな、大丈夫だったか!?」

 

異空間が消滅してから15分後。

風組と共に戦闘区域に駆けつけた神山が心配の声を上げる。

何せ異空間が発生してから通信機能は麻痺しており、全く戦況を把握できない状態であった。

不安にならないはずがない。

 

「何とか平気さ。初陣にしちゃ上出来だったぜ、帝国華撃団」

 

それを払拭するように言葉を返したのは、疲労の顔を笑顔で誤魔化す上海華撃団隊長だった。

 

「帝国華撃団隊長、神山誠十郎です。シャオロン隊長、今までの帝都防衛、深く感謝いたします」

 

「よせやい。堅苦しいのは苦手なんだ。アンタこそ、初対面の人間達をよくアレだけ動かせたな。ここまで被害が抑えられたのは、間違いなくアンタの采配のおかげだ、神山隊長」

 

互いの健闘を讃え合い、固い握手を交わす。

そこへ、風組の応急処置を受けたさくらたちも戻ってきた。

 

「それじゃあ誠兄さん。帝国華撃団の勝利といえばアレ、やりませんか?」

 

「アレ……ですか? 話には来ていましたが……」

 

「今さら恥ずかしがるなって。知ってんだぜ? 夜中に部屋でこっそりポーズ考えてるの」

 

「なっ!? い、いつ見たんですか!?」

 

「アレ……か。そうだな。オレも実はやってみたかったんだ」

 

帝国華撃団には、互いの絆を深めるために戦闘に勝利した後に必ず行う習慣があると、幼少期にさくらに聞いたことがある。

かくいう自分も、子供心に内心憧れていた。

それが叶ったということもまた、自分が紛れもなく、あの時夢に見た帝国華撃団隊長になったのだと実感し、感嘆する。

 

「よし、みんな行くぞ! 今日この瞬間を持って、新たな華は芽吹いた。志し新たに、いざ悪を蹴散らし正義を示さん!! 勝利のポーズ……」

 

「「決めっ!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ようやく、スタートラインに立てましたわね」

 

自室に立てかけられた振るい写真立てを眺め、すみれは一人呟く。

長い道のりだった。

共に残った僅かな仲間と互いに慰め、励ましあい……。

時代のうねりに飲まれながらも懸命にそれぞれの国で抗い、彼らの意志を新たに形にした。

今度は舞台に立つ「帝国歌劇団」としての復活公演。これから激しくなるであろう降魔に対抗するための霊子甲冑に変わる新兵器『霊子戦闘機』の研究・整備。

やることはまだまだ山積しているが、その心に焦燥はない。

今日この日に、新たに芽吹いた花たちが凜と咲き誇る瞬間を、確かに見たのだから。

 

「大神司令……、貴方の意志は、確かに若き世代へ受け継がれております……。いつかその目で見定めていただける日を、心待ちにしておりますわ……」

 

10年経っても何一つ色あせることのない思い出の笑顔に、一人寄り添うように呟く。

その時、支配人室の扉が開かれた。

 

「……ようこそ、帝国華撃団へ。貴方がここに来られる事は、『ある方』から伺っておりましたわ」

 

だが突然の来客にも、すみれは驚く事無く優しい微笑のまま迎え入れた。

否、知っていたのだ。この瞬間に訪れる人物を。

 

「本日付で帝国華撃団花組に出向いたしました、『御剣ミライ』と申します!! よろしくお願いします!!」

 

それが、これから帝都の、いや、世界に向けられた大いなる試練の序章に過ぎないということを。

 

<続く>

 




<次回予告>

こんな力、望んでなんていなかった。

何かを壊すことしか出来ない、誰かを傷つけることしか出来ない力なんて……

現実に居場所がないのなら……、

私は、私の物語の中に眠り続けたい……。

次回、無限大の星。

『迷宮のクラリス』

新章桜にロマンの嵐!!

迎えに来たよ……覚める事のない夢の世界へ……


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第2話:迷宮のクラリス

 

 

リリアは、世界が嫌いでした。

 

パパもママも怒ってばかりで、ほめられたことなんて一度もない。

 

守ってくれるのは生まれたときからずっと側にいてくれた人形だけ。

 

「おいで……私達の世界に……決して覚める事のない、永遠の夢の世界へ……」

 

だから私はお願いしたのです。

 

「連れて行って……、あなたの世界に連れて行って。もう……目覚めたくないの……」

 

おめでとうリリア。

 

よかったねリリア。

 

人形達と共にいつまでも幸せに歌い、踊り続ける夢の中。

 

さようならリリア。

 

かわいそうなリリア。

 

誰にも弔われることのない、二度と覚める事のない夢の中。

 

 

 

 

 

 

<第2話:迷宮のクラリス>

 

 

 

 

 

「……また、あの夢か……」

 

窓の外から聞こえる鳥の囀りに、少しだけ痛む頭を抑えて呟く。

忘れもしない、あの日。

海軍将校として、理想の道をひた走っていた矢先の悪夢と、予想だにしていなかった邂逅。

その姿は、今も夢となって彼の記憶から離れない。

 

「……光の……巨人……」

 

陽光を背にこちらを見下ろす、神々しいまでの輝き。

自らが死を覚悟したほどの脅威を、まるで赤子の手をひねるかのように跳ね返して見せた圧倒的なまでの力。

そして、自分に向けられた、厳かで悲しみをたたえた瞳。

あの時、彼は何を語ろうとしたのだろうか。

 

「神山さん、起きてますか?」

 

ふと、部屋の扉をノックされる。

そういえば、昨日こちらを訪ねてくると話に聞いていた。

 

「ああ、今行くよ」

 

気だるさを隠すように返事を返し、体を起こした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中央駅での再会と、それに魔をおかず出現した降魔。そして何の前触れもなく10年ぶりに帝都に現れた光の巨人。

いろんなことが起こりすぎて理解が中々追いつかなかった赴任初日から、1週間。

大帝国劇場での神山誠一郎の朝の始まりは、幼馴染との剣術の朝稽古に落ち着いていた。

幼少期に共にこの帝都の平和を守る霊的組織に入ることを約束しあった同志として、互いに汗を流し切磋琢磨する関係にいたるのは、ある種必然だったのかもしれない。

 

「そこっ!」

 

何度目かの打ち合いで、さくらが勢い良く木刀を突き出す。

受けようとした神山だったが、右手の竹刀が弾かれ、切っ先が鼻先をつついた。

 

「……やられたよ。腕を上げたね、さくら」

 

「誠兄さんこそ。女の子に本気で切りかかって来るんだもん」

 

「おいおい、真剣にやらなきゃ稽古になんないだろ?」

 

互いに心を許しあえる存在だからこそ出来る冗談で笑いあう朝の風景。

そうして日々成長していく妹のような彼女を眺めるのが、神山の密かな楽しみとなっていた。

 

「おうお二人さん。今日も朝から精が出てるじゃねぇか!」

 

「おはようございます、神山隊長。天宮さん」

 

「やあ初穂、ミライも、おはよう」

 

そして朝稽古が終わるくらいのタイミングで、中庭に初穂がやってくるのが朝のルーティーンとなっていた。

と言うのも、中庭の中央には噴水が設けられており、そこには特大サイズの霊子水晶が治められている。

東雲神社で巫女として神事を執り行う初穂は、毎朝この水晶の『穢れ』を払うことを日課にしていた。

曰く、普段からこうした手入れをしていかないと、日々降魔の脅威に晒される帝都の穢れが移ってしまうという。

神事というものにはやや疎い神山にはイマイチ掴みきれない話だったが、彼女がホラを吹く性格でないことはこの一週間でよくわかっている。

こうした普段は豪胆だが几帳面な性格が、周囲への面倒見のよさに繋がっているのだろう。

 

「ミライ君は、今日は中庭の掃除?」

 

「ハイ! カオルさんからもう掃除する余地があるのはここしかないって聞きました!!」

 

「そりゃあ1週間ひたすら掃除だけやってりゃあな」

 

何処か呆れた様子の初穂に気づいているのかいないのか、早速雑草むしりに取り掛かるミライ。

赴任初日の夜に衝撃的な入隊を果たした彼に、他の隊員共々驚きで叫んだのはいい思い出だ。

聞けば帝都中央駅で自分を探していたのは帝国華撃団と知っていたからではなく、駅でたまたま初穂に出会って、成り行きだった言うから驚きである。

そして霊子甲冑がまだ用意できていないと言うことに対しても、一切めげずに『出来ることからさせてくれ』と前向きな姿勢を見せ、こうして帝劇の清掃担当になっている。

1週間の間昼夜を問わず熱心に清掃活動が続けられた今、帝劇は舞台はもちろん普段人が入らない屋根裏部屋や地下格納庫の隅まで掃除が行き届いてしまった。

もう掃除ができる余地が残されているのは、屋外でどうしても雑草や砂埃が入る中庭しかないのである。

指示を出すときのカオルの顔はさぞや疲れていただろうと、神山は心の中で嘆息する。

そんな神山の視線に気づくそぶりもなく、ミライの手は止まることがない。

単純に人が良いのか、そもそも疑うことを知らないのか。どこまでもまっすぐで透明で、無邪気な人物だ。

そして大人びた長身に反してさくらたちより年下だと言うことを聞いて、二度驚いた。

それからというもの、さくらも初穂もミライに対しては砕けた喋り方で気兼ねなく接するようになり、純粋だが気が置けない弟ポジションに収まった。

 

「あっ、初穂さん! クローバーですよクローバー! 4つ葉の!!」

 

「へーへー」

 

子供のように無邪気なミライと、それをあしらいながらも気にかけてあげる初穂。

何やら仲のよい姉弟のようで、ついこちらまで笑みがこぼれる。

 

「……クラリスは、今日も資料室かな?」

 

ふと、この場にいない人物の名を呟き、2階の一室を見上げる。

クラリス……クラリッサ=スノーフレイクは、現在の花組の中で唯一の外国出身の少女である。

舞台稽古や基礎訓練以外ではまず出歩いている姿を見ることがなく、大抵は資料室かサロンで何らかの書籍を嗜んでいるイメージしかない。

 

「ああ……クラリスはいつもあんなんさ。急にいなくなったと思ったら大抵本読んでて、呼んでも気づきゃしねぇんだ」

 

どこか諦めた様子で初穂がぼやく。

決して部隊として支障があるとか、和を乱しているとまで言うつもりはないが、どこか協調性を感じない。

もちろん先週の初陣でも彼女の功績は十分賞賛に値するものであったため、現状は帝国華撃団隊員として問題は生じていない。

ただ、隊長として他者と壁を作って距離を取る人間がいることは、できる限り避けておきたいと言う思いがあった。

所謂コミュニケーションが不足していたためにその隊員のポテンシャルを発揮できなければ、その人物のみならず部隊そのものを危険に晒してしまうからである。

 

「(クラリスか……。隊長として、このまま何も無しって訳には行かないな)」

 

流石にプライベートな時間を詮索したり、個人的な価値観で彼女を束縛するわけには行かないが、自分達はチームである。

良好なチームワークを形成するために、少しでも彼女のことを知る必要があると、神山は思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

予想に反し、幸か不幸か彼女に声をかける機会は割とすぐに訪れた。

というのも、朝礼前に支配人から、新しく会わせたい人がいると連絡を受けたのだ。

朝は皆より一足遅いクラリスには時間を合わせてもらう必要があることから、神山はこれを一つのきっかけにしてクラリスとコミュニケーションを図ろうと考えたのだ。

 

「クラリス、いるかい? 神山だけど……」

 

努めて優しげな声を意識して、扉をノックする。

が、返事はない。

また集中して本を読んでいるのだろうか。

 

「……クラリス?」

 

もう一度呼んでみるが、やはり返事はない。

だがわざわざ呼びに行って起きていませんでしたは理由にならない。

試しにドアノブに手をかけると、意外なことに鍵は開いていた。

 

「い、いいのかな……? クラリス……?」

 

無断で他人の私室に入ることに戸惑いつつも、僅かにあけた扉の隙間から顔をのぞかせる。

目的の人物は、すぐに見つかった。

普段着のままでこちらに背を向けて、何かを必死に眺めている。

やはり何かの本を夢中で読んでいるようだ。

いや、近づいてみると、それは本ではなく古びた原稿用紙であった。

 

「……『迷宮のリリア』……?」

 

右端の表題を読んでみる。

と、それまで人形のように無反応だった部屋の主が弾かれたように飛び上がった。

 

「たっ!? たたた隊長!? い、い、一体いつから……!?」

 

「あ、ああゴメン。何回か呼んだんだけど気づかなかったみたいで……」

 

「わわわ忘れてください! 見なかったことにして下さい!! いっそ地獄に落ちてください~~~!!」

 

「お、落ち着いてクラリス。タイトルしか読んでないから……」

 

顔を真っ赤にして地団太を踏むように慌てだすクラリスに、気圧されつつも落ち着かせようと努めて言葉を選んで宥める神山。

余程他人には見られたくなかったのだろうか。

クラリスは原稿用紙を抱え込むとそのまま蹲ってしまった。

 

「原稿用紙って事は、自分でも物語を書いてるの?」

 

「これ……子供のときに思いついた物語なんです……。まだ、人に見せるつもりは、ないんですけど……」

 

なるほど、確かに普段から本に接する機会があれば、自分でも物語を書いてみると言うのは当然の帰結だ。

それに空想とはいえ一つの物語を生み出せると言うのは、ある意味で才能である。

正直その物語に少しばかり興味がわいた神山であったが、肝心の作者がこの様子では、見せてもらえそうにない。

神山は話題を切り上げ、本題に入った。

 

「実は、支配人から朝礼前に俺達に紹介したい人がいるらしいんだ。すまないんだけど、今日だけ早めに食堂に来てもらえるかな?」

 

「支配人から、ですか? ……分かりました。着替えがあるので、先に向かっておいてもらえますか?」

 

「ああ、それじゃあ」

 

本来なら用件だけ話してしまえば済むところ、少しだけクラリスという人物について知ることが出来た。

初穂の言うとおり本を読むことが趣味、というより習慣の一つとなっていて、その集中力は一度文章を見始めると周囲の声もほぼ聞こえないほど。

そして物語を読んで楽しむ一方で、自身で物語を創作することも行っていた。

つまり彼女は時間を潰す惰性の目的で本を読んでいたのではなく、自分なりの物語を作り上げたいと想い、その創造性に刺激を与えるために他の文学を欲しているのだ。

幼少期にさわりを思いついた物語の原稿を今も大切に保管していることが、何よりの証拠である。

 

「彼女の創作の才能……、花組の任務に活かせないか……」

 

神山は掴みかけた糸口に目を閉じて考えをめぐらせ、

 

 

 

階段から落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆さん、集まりましたわね」

 

朝礼の時間、食堂に集まった一堂の前に、一足遅れてすみれが顔を出した。

艶やかな菫色の着物を着こなすその佇まいは、上流階級の女性特有の気品の高さを感じさせる。

 

「先日の銀座郊外での戦闘は見事でした。帝国華撃団花組の完全復活に向けて、大きな足がかりになりますわ」

 

「世界有数の上海華撃団と共闘し、支援に成功した。初陣においてこれ以上の成果はないと、陸軍・海軍双方から賛辞を頂いております」

 

「すぐにとは行かへんけど、みんなの霊子甲冑も順次新型の技術にチューンアップしていく予定や」

 

神山の赴任初日に発生した降魔との戦闘。

それまで帝都防衛を半ば一任していた上海華撃団と共闘し、大きな被害を出さずに勝利した帝国華撃団に、国内の軍部上層からは一様に賞賛の声が上がっていた。

何せ通常の兵器の一切が通用しない降魔である。これを効果的に打倒し、国内の平和を守る霊的組織が存在することは、国内の様々な面で日本にメリットを齎す結果となった。

ある者は他国に国の守りを頼る必要性が減ることを喜び、またある者は国際政治の世界で有利な立場を築けると目論み。

そしてまたある者はかつて帝都の希望であった帝国華撃団の復活の狼煙を諸手を上げて喜んでいた。

この際、打算的な考えには目を瞑ろう。こちらとてその軍部や経済界には霊子甲冑の整備など資金面で依存している面がある以上、持ちつ持たれつの関係は維持されなければならない。

特にこまちの言う霊子甲冑の技術革新は、少数精鋭の帝国華撃団にとって死活問題の一つである。

何せ世界では上海のように末端器官への霊力伝達の効率化や装甲間の衝撃緩和などの調整が施された『霊子戦闘機』が主流となっているのに対し、こちらは未だ旧式の霊子甲冑を各隊員の技術でカバーしている状態である。

霊子甲冑の整備と調整は、急務事項の一つであった。

 

「そこで帝国海軍から、新たに専門技師が一名派遣されることになりました。紹介しますわ」

 

「初めまして、帝国華撃団技師長を勤める『司馬令士』と申します」

 

「れ、令士!? 令士なのか!?」

 

すみれの紹介を受けて食堂に現れた人物に、神山は驚きの声を上げた。

それもそのはず。

彼は士官学校時代の神山の同級生であり、共に霊的組織で平和を守ると約束しあった人物だったからだ。

入学後ほどなく機工整備科に進学したために一時期疎遠となってしまっていたが、こんな所で再会できるとはどんな運命の巡り会わせだろうか。

 

「神山さん、お知り合いですか?」

 

「知り合いと言うか腐れ縁というか、な。互いに切磋琢磨し合った、ライバルみたいなもんさ」

 

二人の関係を知らないさくらが尋ねると、神山より先に司馬が含み笑いを交えつつ応える。

人付き合いがあまり得意ではない自分と対照的に、冗談が上手く誰とでもすぐ友達になれる司馬。

当初は鬱陶しい同期に絡まれたと辟易していたが、程なくして意気投合した彼は、神山にとって一番の親友である。

 

「司馬さんは士官学校の機工整備科を主席卒業。その後上海華撃団司令の下で霊子戦闘機のイロハを学んでこられたとのことです」

 

「当初はそのまま上海華撃団の整備を受け持つ予定だったのだけれど、帝国華撃団の復活と他ならぬ神山君が隊長に任命されたと聞いて、自ら志願してくれたの」

 

「そうだったのか……。ありがとう令士。お前がいてくれたら百人力だ」

 

「約束を果たしに来たのさ。言ったろ? 『世界最強の霊子戦闘機』にお前を乗せてやるってな」

 

それは士官学校に入学して1年後のことだった。

いつか霊的組織にスカウトされる可能性がある候補生が受ける霊力試験。

これに神山は合格したが、司馬は不合格であった。

神山と共に霊的組織に所属して平和を守ることを夢見ていた司馬は一度は落ち込むも、神山と新たな約束を交わして立ち直った。

その約束こそ、『神山が霊的組織に加わったとき、自分がその部隊の霊子甲冑を最強のものにしてみせる』というものだった。

 

「上海華撃団総司令から、既に三式光武の改造草案は受け取っている。個別調整があるから流石にいきなり全機とは行かないが、まずは神山と、ミライ君の試作機を製作中だ」

 

「うっし! これで次の出撃からは5人で戦えるな!」

 

「そのことなんだけど……、実はもう一人紹介したい人がいるのよ」

 

戦力の大幅増強に拳を打ち喜ぶ初穂に、すみれが意外な言葉を漏らす。

と、神山たちの後ろから声が飛んできた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ここに来れば退屈しないと星たちが言っていたけれど……、コマンダントの言うとおり、中々賑やかなのね。帝国華撃団は」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、『アナスタシア・パルマ』さん!?」

 

最初に驚きの声を上げたのは、さくらだった。

その名前に神山も、いつだったか風の噂で聞いたことがある。

いくつもの華撃団を巡り、舞台でも大活躍する稀代のトップスタァがいると。

特徴的な銀髪と褐色肌、噂の特徴と一致する。

 

「嘘だろ!? 世界をまたにかける大女優じゃねぇか!」

 

「え? 有名な方なんですか?」

 

「バッカ、有名なんてもんじゃねぇよ! 世界中の華撃団を渡り歩く流れ星って有名な大女優だぜ!?」

 

「買い被り過ぎよ。私は所詮夜空を照らす星の一つに過ぎないわ。唯一つの場所に留まらなかった、それだけのことよ」

 

興奮の収まらない初穂をそうフォローすると、アナスタシアは神山の方を振り返る。

心なしか緊張していた神山は、反射的に背筋を正した。

 

「貴方がキャプテン・カミヤマね。改めてアナスタシア・パルマよ。どうかよろしくね」

 

「帝国華撃団隊長、神山誠十郎です。アナスタシアさん、帝国華撃団に来ていただけて、心強く思います」

 

「アナスタシアさんは直前までドイツの伯林華撃団に所属していたんだけど、先方の総司令から即戦力として異動させていただいたの」

 

「即戦力と言うことは、彼女も霊子甲冑が?」

 

「もちろんよ。伯林側の好意で霊子戦闘機も輸送してもらっているわ。舞台の上でも戦闘でも、頼もしい助っ人になってくれるはずですわ」

 

様々な霊的組織を渡り歩き、知識も経験も豊富な引く手あまたのトップスタァ。

確かにこれほどの逸材が復活宣言間もない花組に加入してくれるのは願ってもない幸運である。

実際のところ、この不自然なまでの厚遇には他ならぬすみれ自身のある人脈が理由であるのだが、それを知らない神山は素直に伯林華撃団に感謝した。

 

「そこで皆さんに最後のサプライズよ。帝国華撃団復活宣言として、1ヵ月後にこの大帝国劇場で初の舞台公演を行いますわ」

 

「「え、えええぇぇぇ~~~!?」」

 

その言葉に、隊員たちが異口同音の驚愕を叫んだ。

嬉しいと言うより、信じられないといったニュアンスだ。

 

「舞台公演って、僕たちがお芝居をやるんですよね!?」

 

「ええ、もちろん。帝国華撃団のもうひとつの任務。平時において舞台で歌い踊り、人々に夢と希望を与えること。帝国歌劇団としての重大な任務ですわ」

 

「マジかよ……。今まで一度も許可してくれなかった支配人が……!」

 

「わたしたちも、舞台に立たせてくれるなんて……!」

 

口にこそ出さなかったが、ようやく神山は二人が驚く理由を察した。

恐らく自分が着任する前に舞台公演をやりたいと申し出て断られてきたのだろう。

確かに舞台演劇は役者だけでなく演出や裏方のすべてが揃って初めて大衆の心を掴むことのできる高度なエンターテイメントだ。

ただでさえ対価を貰って見せる以上、生半可な出来は許されない。

彼女達がどれだけ独学で学んできたのかはわからないが、元隊員でもある支配人の納得するレベルに到達していないであろう事は確かだ。

 

「あなたたちの演技指導も、コマンダントから依頼されているわ。初心者とはいえ甘えは許されないけど、ついてこれるわね?」

 

「もちろんです! 舞台も花組の大切な仕事です! やりきってみせます!」

 

「自分らがド素人ってことも自覚してる! ビシバシやらねぇと間に合わねぇ! ドンと来い!!」

 

「僕もお芝居って良くわかんないですけど、頑張ります! ね、クラリスさん!!」

 

「え!? は、はい……」

 

一人ちゃんとわかっているのか不安な人物はいるが、初の舞台公演決定に歓喜の声を上げる隊員達。

ここで神山の脳裏に、あるアイデアが閃いた。

 

「支配人。舞台公演ということですが、『脚本』のほうは決まっているんですか?」

 

「脚本はまだですわ。アナスタシアさんの主演は決まってますが……、何か?」

 

「個人的な提案なのですが……、クラリスに脚本を任せてみてはどうかと思います」

 

これはある意味、神山の大きな賭けであった。

今のアナスタシアとのやりとりを見るに、クラリスはさくら達ほど舞台公演に前向きな様子が伺えない。

嫌と言うわけではなさそうだが、ミライに声をかけられるまで反応しなかったところを見ると、どこか消極的な様子を感じさせる。

そこで思いついたのが、彼女を「脚本」という立ち位置で参加させようと言うものであった。

所謂文章で描かれた物語を舞台の上で偶像として視覚的に見せるのが演劇である。

だとすれば幼い頃から文章としての物語に広く深く精通してきた彼女なら、舞台演劇においてその才能を発揮させられるのではないかと思ったのだ。

 

「わ、わわ、私ですか!? で、でも私、脚本なんて一度も……!!」

 

これに一番驚き慌てたのが、他ならぬクラリス本人だった。

まあ無理もない。

これまで有事以外は一人でひたすら文学と触れ合うばかりの彼女にとっても、舞台演劇のシナリオを作るというのは寝耳に水であろう。

そもそも通常の芝居も過去に披露された演目や、それこそ著名な劇作家に依頼することの方が一般的だ。

が、意外にもこの提案を本人はともかく周囲は好意的にすんなり受け入れた。

 

「いいんじゃないですか? クラリスなら色んな物語を知ってそうだし……」

 

「そうなの? それは興味深いわね」

 

「暇さえあれば本読んでるくらいだからな。期待できるんじゃないのか?」

 

「僕もクラリスさんの作った物語、演じてみたいです!!」

 

「舞台装置に関しては、俺が何とかしよう。宇宙から海底まで何でも演出してやるぜ」

 

「予算にも限度がありますから、あまり大掛かりな事は避けてくださいね」

 

「ちょ、ちょっと皆さん……!!」

 

あれよあれよと言う間に話が進んでいく一同にオロオロし始めるクラリス。

その様子に、すみれは何処か懐かしそうに笑う。

 

「ホホホ……、賑やかになってきましたわね。ひとつの舞台を完成させるために、互いに長所を活かして貢献しあう。やはり花組はこうでなくてはなりませんわ」

 

「うう……、そんな事言われたら断れなくなってしまいます……」

 

「クラリス……、確かにちょっと強引だったかもしれないけど、君の創作した作品には本当に興味があるんだ。君が作り出した世界を沢山の人に見てもらえるって、素敵なことだと思わないかい?」

 

「それは……、そうですけど……」

 

何処か煮え切らない様子のクラリス。やはり彼女も本心では自身の物語を周囲に見て欲しい気持ちがあるのだろう。

だがそれを積極的に言い出すことが出来ない。

つまり「恥ずかしいから他人に見られたくない」というより、「自信がないから見られたくない」という気持ちなのだろう。

だとすれば効果的な方法は一つ。「きっかけを与えて一歩を踏み出させること」である。

誰だって初めての経験に不安はあって当たり前だ。その不安を解消できるのは、偏に知識と経験、そして過去に成功した結果だけである。

ならば最初の一歩に必要なのは、不安を臆せず前進する勇気である。

クラリスにはその勇気が十分に備わっていない。自分の作品を見て欲しい気持ちこそあるが、それを実際に見せて評価を受けることを恐れているのだろう。

ならば多少強引とはいえ、彼女が文学を読むだけでなく創作もしているという事実を周囲に認知させ、彼女の物語に興味を持ってもらうことにした。

少なくともクラリスは積極的でないにしろ、指示を受ければそれを無視することはないし、彼女なりに結果を出そうと努力をする。

脚本を担当すると言う流れが彼女の自己決定ではない以上、プレッシャーは大きなものとなるが、もし成功すればその結果は彼女にとって唯一無二の財産となるはずだ。

あとはきっかけを作ったこちらが十分に成功できるよう彼女をサポートすればよい話である。

 

「クラリス。帝国歌劇団復活公演として、一員である君の物語以上にふさわしいものはないと思う。俺達も全力でサポートする。不安もあるかもしれないが、一緒に花組の物語を作り上げてくれないか?」

 

「……ずるいですよ、隊長……」

 

困ったように首を振るクラリス。

しかしその表情が何処か嬉しそうに見えたことに、神山は確かな手ごたえを感じていた。

こうして帝国歌劇団復活公演の壮大なプロジェクトが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帝国歌劇団復活公演プロジェクトが始動してから1週間が経った。

清掃程度しか行き届かなかった舞台は令士の技術で新品のような輝きを取り戻し、学芸会の域を出なかったさくらたちの演技も、アナスタシアの指導もあり目覚しく上達。

特に脚本担当に任命されたクラリスが次の日には前半部分の完成した台本を持ってきて驚かされたのはいい思い出だ。

そして我らが帝国華撃団隊長神山誠十郎はと言うと……、

 

「パオオオォォォ~~ン!! ボクはゲキゾウくん!! 大帝国劇場の宣伝大使だゾォ~~!!」

 

1週間前から、閉鎖されて久しい大帝国劇場の入り口に真新しい像の置物が現れた。

手に持ったプラカードには、

 

『祝! 帝国歌劇団復活決定! 新生花組の旗揚げ公演を見逃すな!!』

 

と大々的に紹介されている。

当然銀座のど真ん中に現れた謎の置物に道行く人は興味を引かれるのも道理であり……、

 

「おい、帝国歌劇団って……」

 

「ああ、10年前に閉鎖になっちまったアレだろ?」

 

「復活……新生って事は、新しく人を入れたって事?」

 

「まあ、10年経ったら元メンバーじゃ色々やりづらいだろうし、世代交代ってことかな」

 

「ママ~、ママのいってたて~こくかげきだんってあれのこと~?」

 

やはり10年と言う歳月を経ても、その偉大な功績は忘れられてはいなかった。

ある者はかつての美女達の輝く舞台を懐かしみ、ある者は話にしか聞いたことのない大衆演劇の金字塔の復活に胸躍らせる。

誰もが喜ぶ帝国歌劇団の新生復活公演。

そしてそれを、誰よりも喜ぶものがいた。誰あろう、ゲキゾウくんの『中の人』である。

 

「お疲れやな、ゲキゾウくん」

 

「その名前はやめてくださいよこまちさん、一応非公認なんですから……」

 

およそ4時間の宣伝活動を終えて戻ってきた神山が、苦笑いを返す。

普段は売店業務を担当し、有事の際に花組輸送の任を請け負う風組の一人「大葉こまち」。

生粋の関西育ちで値段交渉においては右に出るものはないとカオルも太鼓判を押す、帝劇財務の裏の番人である。

 

「しかしカオルと司馬はんもよう考えたな、マスコットキャラクターとか」

 

「第一印象に残りやすく親しみやすい……、突然言われたときは、驚きましたけどね」

 

そう軽く毒づきながらも、神山はこの宣伝を気に入っていた。

というのも、隊長職の人間は有事の際以外は鍛錬を除くと意外に暇である。

初代帝国華撃団隊長を勤めた大神一郎氏も、当初は平時の任務がチケットのモギリくらいしか言い渡されず、公演が始まると手持ち無沙汰にしていたという。

仮にも隊長として、隊員のみんなが舞台のために頑張っている間自分だけ暇をもてあますと言うのは気が引けると思っていた神山にとってゲキゾウくんの仕事は渡りに船であった。

 

「ゲキゾウくんのおかげで事前チケットの予約も順調やし、あても気合入れんとな!」

 

「頼みますよ、こまちさん。帝劇の財政はこの復活公演にかかっているんですから」

 

いずれの歴史においても、霊的組織というのは経済的に歓迎される存在ではなかった。

何せ人知を超えた敵に対抗するために希少な金属資源を利益度外視で調達し、整備改良を進めていかなければならない。

当然そういった秘密部隊の財源に税金を投入するわけにも行かず、多くの霊的組織は平時の際に様々な経済活動を行ってその財政負担を賄って来た。

この帝国華撃団の場合も、平時の舞台公演の利益がそのまま活動資金となるわけだが、これまでその収入が絶たれていた分、余裕があるわけではない。

前回の初出撃の結果で多少立ち居地はよくなったが、それでもこれまで最低限の霊子甲冑を最低限の整備でまわさざるを得なかった観点からも、今回の公演で失敗は出来ないのだ。

 

「しかし神山はんも思い切ったことするな~。クラリスも脚本初めてやったんやろ?」

 

言いつつこまちはすでに配布を開始しているビラの1枚を手に取った。

タイトルは『迷宮のリリア』。先週クラリスの部屋でたまたま神山が見た、あの物語である。

 

主人公の少女リリアは魔法使いの一族に生まれた少女で、自身にも魔法の素質があった。

しかし両親を初め一族は戦争でその魔法を使い、多くの命を奪ってきたため恐れられており、リリアも同様に友達も出来ず、孤独な日々を送っていた。

そんな少女の唯一無二の友達が、人形のクリス。リリアは一人でいるときはクリスとずっと話し続けていた。クリスといるときだけが、リリアの幸せだった。

やがて戦争が激化し、一族は次々と殺されていく中、リリアはクリスに願う。

 

『連れて行って……、あなたの世界に連れて行って。もう……目覚めたくないの……』

 

すると人形だったはずのクリスがひとりでに動き出し、リリアを人形達の幻想の国へと連れて行くのだった。

そこはクリスの友達の人形が楽しく暮らす平和な楽園。

戦争も孤独も忘れ、リリアはクリスに導かれるまま……

 

「よう考え付くな~。これ昔に童話である言われても信じてまうで」

 

確かに、と神山もビラを1枚手に取り頷く。

戦争によって迫害され死んでいく現実から逃れるために、人形達の幻想の世界へ溺れていくリリアの様子は、ファンタジーのヒロインのようでありながら、何処か破滅性を孕む終わり方をしている。

それにこの迫害されるリリアの境遇も、妙に現実味を帯びているような……。

 

「警報!?」

 

だがその思考は、突然のアラームによって中断された。

帝劇全体には、降魔出現時に非常招集をかける警報設備が存在する。

これはこの瞬間、帝国華撃団のもう一つの任務が始まったことを示していた。

 

「こまちさん!」

 

「了解や!!」

 

隊長と隊員の顔になった二人が、一目散に地下へと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「降魔及び傀儡騎兵は、魔幻空間が展開された歌舞伎座周辺に出現。周囲の建造物を無差別に攻撃しています」

 

「現在警官隊が協力して民間人の避難を進めとるけど、まだ完了はしてへん。特に歌舞伎座のお客さんが閉じ込められたままや」

 

「そう……。司馬君、霊子甲冑の整備状況は?」

 

状況報告を聞いたすみれは、務めて冷静に技師長に確認を取る。

返ってきた返事は、芳しくはなかった。

 

「三式光武3機及び、霊子戦闘機3機は万全です。……本当は6機共霊子戦闘機を配備したかったんですが」

 

「上出来よ。さて神山君、今回は6名全員で出撃してもらいます。貴方達の霊子戦闘機が主力となるはずですわ」

 

この1週間で司馬が中心となって開発された霊子戦闘機「無限」。

上海華撃団の機体「王龍」をベースに、アナスタシアが伯林から持参した「アイゼンイェーガー」の蒸気排出効率化を加えた、文字通り無限の可能性を秘めた、最新鋭の機体である。

本来ならここからさくら、初穂、クラリスの機体を順次改装していく予定であったが、敵はそこまで待ってくれなかったようだ。

 

「よし、帝国華撃団花組、出撃する! 魔幻空間内の降魔を殲滅し、民間人を救助せよ!!」

 

「「了解!!」」

 

この時、神山をはじめ、誰もが気づかなかった。

一人の隊員の表情が、明らかに不安に雲っていた事に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、明らかに人間というカテゴリーから逸脱した存在だった。

その顔には目や鼻が存在せず、口元についた呼吸器のような器官から管が全身に伸び、その下には明らかに肥大化した手足が不気味に伸びる。

まるで夢の中にしか現れ得ないような、物の怪とさえ呼べる魔の存在。

その名、『獏』という。

 

「……陰火の言うとおりでしたね」

 

その無骨な外見からは想像のつかない柔らかな男の声。

直後、マーブル色の空間を切り裂き、6つの影が降り立つ。

悪を蹴散らし正義を示すその名、

 

「「帝国華撃団、参上!!」」

 

僅か1週間前に復活の狼煙を上げたばかりの、帝都を守る可憐にして勇壮なる華、帝国華撃団。

その先頭に立つ気体が、右手に握った太刀を突きつける。

 

「貴様が魔幻空間を作り出した黒幕だな!? 歌舞伎座の人たちを解放しろ!!」

 

「笑止。貴方達如きが私の相手など役不足。精々こいつらと遊んでなさい」

 

言うや、獏は巨大な右手を頭上に振り上げる。

すると周囲に無数の陣が描かれ、中から多種多様の傀儡騎兵が続々と沸き始めた。

 

「数は多いが、迅速に突破する! 行くぞっ!!」

 

「「了解!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

司馬令士によって新たに生み出された霊子戦闘機『無限』。

戦闘開始から数分もないうちに、神山はその秘められた数々の性能に驚愕させられた。

さくらたちの三式光武と比較して、明らかに動きが滑らか且つ鋭い。

元々先陣を切って打って出ることを好む神山にとって、前線を担える機体は鬼に金棒である。

それは、最前線を担うもう一人の無限にも言えることだった。

 

「ミライ、初めての実戦だが大丈夫か?」

 

「はい! 霊力同調問題ありません! このまま一気に攻めます!!」

 

二刀を扱う神山機に対し、ミライ機は左腕の伸縮可能な仕込み短剣が武器であった。

だがこの短剣自体に刃は存在しない。

この短剣に霊力を送り込み、5倍近い長さの霊力剣を精製するのがミライ機の戦い方であった。

更に霊力の刃はカマイタチの様に射出することも出来、巻き添えを気にしなければ単機で大多数の敵を一網打尽に出来る可能性を秘める。

 

「キャプテン、後方に4体確認よ」

 

「俺が間に立つ。射程範囲に入ったら順次狙撃してくれ」

 

「了解」

 

対してアナスタシアの持参したアイゼンイェーガーは、純粋に左右の腕に併設された砲塔で敵を狙撃する遠距離タイプの機体だった。

クラリスのように一度に複数の敵を攻撃することは出来ないが、搭乗者の正確無比な腕のおかげで確実に敵の数が減少している。

故に神山は、ミライ機を最前線に配置し、霊力剣の範囲に入らない距離で横に初穂を配置。

その後ろを後方支援のクラリスとアナスタシアが担当し、自分とさくらがそれぞれを護衛しつつ進軍するという陣形を採用した。

何せ何処から陣が現れて敵が飛び出してくるか分からない魔幻空間である。

全方位に常に注意を払わなければ、6人の部隊など戦場ではひとたまりもない。

 

「これで全部か……」

 

戦闘開始からおよそ10分。

帝国華撃団は神山の作戦が功を奏したこともあり、ほぼ無傷に近い状態で傀儡騎兵の殲滅に成功した。

霊力形を確認しても、周囲に討ち漏らした反応は見られない。

 

「ほう……、曲がりなりにも霊的組織というわけですか」

 

その一部始終を上空から見物していた獏が、余裕を崩さぬまま呟く。

霊子甲冑たちは各々の獲物を手に上空の降魔を睨んだ。

 

「降魔! 貴様らがいくら攻めてこようと、帝都には俺達がいる! 貴様らの好きにはさせないぞ!!」

 

「いいでしょう。先ほどの発言は撤回します。あなた方は『遊び甲斐』があるようだ……」

 

言うや獏は懐から青白く光る球のようなものを取り出した。

瞬間、さくらが叫ぶ。

 

「あれ……、怪獣を呼び寄せたときの!!」

 

「クラリスッ!!」

 

咄嗟に神山が叫ぶ。

が、意識が途切れていたのか攻撃が一瞬遅れてしまった。

フォローするかのようにアナスタシアが球体を狙撃するが、まとめて見えない壁のような何かに阻まれてしまった。

 

「未完成ですが、あなた方の相手をするには十分でしょう。来なさい、グロッシーナ」

 

球体が獏の手を離れたかと思うと、見えない壁の中に入り込む。

瞬間、壁に色が生まれた。

岩のような黒いゴツゴツとした体皮と主と同じ筋骨隆々の手足。

そして醜悪な双眸と鋭利に並んだ無数の牙。

獏の操る怪獣、グロッシーナである。

 

「怯むな! 全機、怪獣を撃破せよ!!」

 

眼前の圧倒的威圧感を押さえ込むように叫び、神山は二刀を構えて飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

獏の繰り出した怪獣グロッシーナの前に、一転して帝国華撃団は悪戦苦闘を強いられることとなった。

まず体格差がありすぎる。

こちらは4mもない霊子戦闘機であるのに対し、グロッシーナは明らかにその10倍以上の巨躯を持つ。

一度地面を踏み鳴らせば重量のある無限はひっくり返り、回転して尾撃を繰り出してこようものならたちまち散開して回避しなければならない。

そして何より恐ろしいのは、底なしとも言うべき不死身の再生能力にあった。

 

「行きます!!」

 

「そこっ!」

 

霊力を纏った攻撃を加えても、加えた側から元通りに再生してしまう。

このままではジリ貧だ。

 

『こちら翔鯨丸! 神山隊長、応答願います!』

 

風組からの通信が入ったのは、そのときだった。

 

『あのデカブツの体内を解析した結果、胸部に妖力の核があることが分かったで!!』

 

「胸部の核……、あそこか!!」

 

だが敵の体格からして、跳躍しても届かない。

攻撃するとしたら狙撃しか方法はないだろう。

 

「一か八か、コレに賭けるしかない! ミライ、いけるか!?」

 

「はい!!」

 

「やつの足を突き刺して動きを止める! 行くぞ!!」

 

二つの無限が同時に動いた。

神山が二刀を左足に、ミライが霊力剣を右足にそれぞれ突き刺す。

再生能力があるとはいえやはり痛覚は存在するようで、グロッシーナは雄叫びを上げながら足を引き抜こうともがき始める。

 

「今だクラリス! ヤツの胸部を攻撃しろ!!」

 

「え……」

 

「クラリスッ!!」

 

「は、はい……!!」

 

慌てて照準を合わせようとするクラリス。

だがそれより早く、怪獣の両足が楔を纏めて引き抜いた。

 

「くっ!!」

 

「うわああっ!!」

 

力任せに宙に放り出される無限。

神山は辛うじて二刀を地面に突き刺し着地したが、反応が遅れたミライ機は地面をボールのようにバウンドして奥の壁にめり込む。

 

「ミライッ!!」

 

助け出そうと飛び出す初穂。

だがその前に、怪獣の容赦ない追撃が襲い掛かった。

 

「グオオオオッ!!」

 

咆哮とともに、針のような無数の怪光線が怪獣の口から発射された。

霊子戦闘機たちは回避する間もなく無差別爆撃にさらされ、次々と倒れていく。

 

「我が僕は不死身。貴方達如きでは相手にならないこと、ご理解いただけましたか?」

 

その様子を眺めていた獏が、嘲笑とともに吐き捨てる。

にらみ返せるものは、いなかった。

 

「生きていればまたどこかでお会いしましょう。最も、そのときはあなた方の命日となるでしょうがね。フハハハハ……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

歌舞伎座周辺で発生した降魔との戦闘は、前回の勝利が嘘のような大敗に終わった。

三式光武及び無限はいずれも重度の損傷が確認され、直ちに司馬率いる技術班の緊急整備が行われている。

それよりも、神山が気がかりなのは、敗北した隊員達の状態だった。

特にミライは怪獣に吹き飛ばされたときに脳震盪を起こしたらしく、医務室に運ばれている。

 

「(初陣の勝利で勢いづいていた分、この敗北はこたえているだろう。少しでもケアしないと……)」

 

司馬に緊急調整の礼を述べた後、すみれへの報告を済ませた神山は、その足で隊員たちが休んでいるであろう2階へと上がる。

だがその途中で、聞きなれた声が怒号となって聞こえてきた。

 

「クラリス!! お前一体どういうつもりだ!?」

 

「止めて初穂!」

 

「どうした!?」

 

慌ててサロンに駆け上がり、神山は目を見張った。

蹴り倒されたテーブルと、ひっくり返ったティーセット。

その奥では怒号の主であろう初穂がさくらに羽交い絞めにされ、怒鳴られて放心状態のクラリスをアナスタシアが庇っている。

一触即発の状態であることは、誰の目にも明らかだった。

 

「どうしたもこうしたもねぇ! 何であの時攻撃が遅れたんだって聞いたらコイツ……!!」

 

「攻撃したって効いたかどうか分からないでしょう!?」

 

「効いてたかもしれねぇじゃねぇか! そのせいでミライはあんなことになっちまってんだぞ!!」

 

「それは私達全員に言える事の筈よ。第一、ここで暴れて事態が好転するの?」

 

「ぐっ……」

 

アナスタシアに痛いところを指摘され、勢いが弱まる初穂。

気持ちは分かるが、その感情を仲間内に向けられることを見過ごすことは出来ない。

神山は、務めて冷静に初穂に語りかけた。

 

「初穂。今回のことでミライの身を案じて怒る気持ちは分かる。だがアナスタシアの言うとおりだ。その感情をここでぶつけても状況はよくならない。クラリスを責めて、ミライの容態が良くなるのか?」

 

「そ、それは……」

 

「少し頭を冷やす必要がありそうね。キャプテン、先に失礼するわ」

 

「ああ。クラリスも、今日は休んだほうがいい」

 

「……はい。失礼します……」

 

アナスタシアに続き、明らかに生気のない声でサロンを後にするクラリス。

さくらが離すと、初穂は泣きそうな顔でその場にへたり込んだ。

 

「……アイツさ、出撃前に笑ったんだよ。やっと一緒に戦えるって……なのに……」

 

「初穂……」

 

「こんなのってあるかよ……。アイツは……アイツだけは守るつもりだったのに……」

 

先ほどまでの暴れぶりが嘘のように、へたり込んだまま肩を震わせて嗚咽を漏らす初穂。

普段から手のかかる弟のような存在だったミライを、鬱陶しそうにしつつも可愛がっていたのは他ならぬ彼女だ。

そのミライを守れなかったことに、人一倍責任感の強い初穂は、自分も他人も責めてしまっているのだろう。

 

「今はミライが回復する事を信じよう。俺達にできることは少しでも早く体を休めて有事に対処できるようにすることだ」

 

「うん。……ごめんな、さくら……隊長さんも……」

 

「いいのよ。でも、明日になったらクラリスやアナスタシアさんにも謝るのよ?」

 

「うん……」

 

さくらに連れられてサロンを後にする初穂。

それを見届けた神山は、誰もいなくなったサロンで一人黙々と片付けに取り掛かるのだった。

 

「クラリスのこと……支配人に聞いてみるべきだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……違う……」

 

暗闇の中で、クラリスはひたすらに机に向かい続けていた。

 

「……違う……」

 

原稿用紙に何かを書いては捨て、書いては捨て……

 

「……違う……違う……違う!!」

 

荒々しく椅子を蹴って立ち上がり、残った文章を纏めて破り捨てた。

誰もいない暗闇の中、書きかけの物語の破片を握り締めたまま、クラリスは言いようのない感情が渦を巻く恐怖に駆られていた。

あの時、戦場で敗北を決定付けた自らの過ちの正体は、躊躇いだった。

クラリスは恐怖していた。自らの持つ力に。その力が歴史に刻んだ悲劇に。そしてそれを周囲に知られることに。

 

「私は……、こんなの……!!」

 

だからあの戦いで、力を使うことを躊躇った。

役立たずと罵られようと、それで触れられるきっかけを無くせるならとさえ思った。

だから失念していた。

その躊躇いが、あろう事か仲間の命を危険に晒してしまったという事実を。

 

「こんなつもりじゃ……なかったのに……」

 

戦いたくは無かった。

元々戦場に身を置くことなど望んではいなかった。

ただ大好きな物語に触れあいながら、希望の持てる偶像の世界を生み出すことができればという、ささやかな願いだけを望んでいた。

 

『ミライはあんなことになっちまってんだぞ!!』

 

先ほど自分に向けられた失望と怒り。

それさえも、自分は望んでいた。いや、そのはずであった。

一度手酷く嫌われて無能の烙印を押されてしまえば、必要以上に期待されることはない。

自分を戦場から遠ざけられる。

そう思っていたのに……、

 

『君が作り出した世界を沢山の人に見てもらえるって、素敵なことだと思わないかい?』

 

『一緒に花組の物語を作り上げてくれないか?』

 

神山誠十郎。

出会って2週間。関係も隊長と一隊員と業務的なものに過ぎなかったはず。

それでも、彼は自分をまっすぐに見て、自分を知ろうとしてくれた。

いち早く物語を創作したいという自分の望みに気づき、勇気の持てない自分に舞台脚本というきっかけまで与えてくれた。

そんな彼の期待に応えられなかった事が、深く心に突き刺さっていた。

まるで、大切な恋人に捨てられてしまったかのように……

 

「……私は……、私は……」

 

そして自覚する。

自分はこの場所が、帝国華撃団を好いていた。

自分の力にしか興味を示されなかったこれまでと違い、物語を愛するクラリスを見てくれた。

矛盾していた。

戦場に駆り出されることを嫌い、力を露見されることを恐れ、部隊から逃げようとしていたのに。

この場所を好み、この人たちを信じようとし、あの人の期待に応えようとした。

自分からその場所も、関係も、信頼さえも断ち切ってしまったというのに。

 

「……」

 

苦しい。

勝手だとわかっていても、そう思わずにはいられない。

自分から関係を壊しておいて、自業自得にもほどがある。

今の自分に、修復する資格なんて……、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあおいでよ。私達だけの夢の世界へ」

 

「……え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それを見た瞬間、世界の時が止まった。

ガラスに閉ざされた窓の向こう。

差し込んだ月明かりが、小さな人型のシルエットに切り取られていた。

ここは2階だ。

ましてや深夜に窓から、誰が尋ねてくると言うのか。

だがその姿を目にした瞬間、クラリスの脳は正常な思考をやめてしまった。

無理も無い。

何故ならそこにいたのは……、

 

「……、……リリア……?」

 

それは幼い頃に共に慰めあった、人形だった。

幼少期、魔導の才を見せない自分を侮蔑する両親から逃れるために自室に共に篭った、物言わぬ友。

帝国華撃団に訪れる時に、円満な旅立ちとならなかった経緯であの自室に置き去りになっていたはずの人形が、窓の外に立っていた。

そう、かつて自身が描き出した、物語のように。

 

「可愛そうなクラリス……誰も貴方を理解してくれない。誰も貴方を助けてくれない……」

 

かつて自身が走らせた筆跡に沿って、言葉が呪文のように頭を、体を包んでいく。

まるで体が宙に浮いているかのような、夢見心地のような感覚だった。

 

「でも私は貴方を覚えている……。貴方を愛している……貴方を守ってあげられる……」

 

「リリア……」

 

「おいでクラリス……。私達の世界へ……、二度と目覚めることの無い、永遠に醒めない夢の世界へ……」

 

だからだろうか。

その言葉に、何の躊躇いも持たなかった。

 

「……連れて行って。あなたの世界に……、もう……目覚めたくないの……」

 

唯一違いがあるとすれば、虚ろな目で望んだのは現実からの逃避ではない。

破滅を選んだ自身の、終焉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

眠れない。

さくらに諭されて自室の明かりを落として早30分。

初穂の心にはもやもやした藁のようなものが絡みつき、落ち着けないでいた。

 

「(アタシらしくもねぇ……。どうしちまったんだ……?)」

 

最初はあんなに怒鳴り散らかすつもりなんてなかった。

調子が悪かったのか、問いかけるだけのつもりだった。

だが何もとしか返さなかった彼女に腹が立ち、自分でも抑えが利かなくなってしまった。

それが彼女の責任でないことなど、分かりきっていたはずなのに。

 

「……あ、霊子水晶……」

 

ここに来て、初穂は普段習慣にしている仕事を終わらせていないことを思い出した。

幸い今ならみんな寝静まっている時間だ。

あまり大きな音を立てなければ起きないだろう。

どうせ今の状態では眠れやしない。

だったら何か別のことをして気を紛らわせたほうがましだ。

そう自分を納得させ、初穂はできるだけこっそり自室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

中庭へ続く扉を開けて一瞬、初穂の時が止まった。

知る顔があった。

医務室で今も眠っていたはずの顔が、空を眺めて中庭に立っていた。

 

「……ミ、ミライ……?」

 

嘘かと思い、その名を呟く。

彼は、こちらを向いた。

 

「……初穂さん?」

 

どうやら、彼も驚いたようだった。

無理もない。今は日付の変わった丑三つ時だ。

起きている方が珍しい。

 

「何で……、お前怪我は……?」

 

「ご心配をおかけしました。ついさっき目が覚めたんです」

 

今だ信じられない様子の初穂に、ミライがそう笑いかける。

いつもと変わらない、屈託のない笑顔。

それを見たとき、初穂の視界が滲んだ。

 

「は、初穂さん!?」

 

これに驚いたのはミライの方だった。

慌てた様子でパタパタと駆けて来ると、寝巻きの袖で涙を拭ってくる。

 

「どうしたんですか? 何処か痛いんですか?」

 

「ち、ちげぇよ……。嬉しくて……安心しちまった……」

 

嗚咽交じりにそう応えると、ミライはまた微笑んで、

 

「座りましょうか」

 

「うん……」

 

そう応えて、入り口の段差に座るミライの隣に腰を下ろす。

春先の夜風はまだ冷たかったが、隣は暖かかった。

 

「さっき司馬さんに聞きました。僕がやられて、敵を取り逃がしたって……」

 

「ああ……。お前だけ意識が戻らなくって……、つい、クラリスに当たっちまった……」

 

「……でも、ホントはクラリスさんが悪いわけじゃないって、分かってるんでしょ?」

 

「ああ……。あの時は自分の気持ちを抑えられなかった……。それであんな子供染みたこと……」

 

不思議な気持ちだった。

彼の前だと、普段は恥ずかしいことも、情けないことも、全部包み隠さず言えてしまう。

彼は怒りもせず、否定もせず、ただ聞いてくれる。

ただ聞いてくれるだけなのに、それがたまらなく心地よかった。

 

「ゴメンな、ミライ……。折角一緒に戦えるって喜んでたのに……」

 

「僕が未熟だっただけですよ。初穂さんのせいじゃありません」

 

まただ。

自分の心の中を、眠れなくなるほどぐるぐる回っていた悩みを、コイツは笑顔で振り払う。

ついさっきまであんなに悩んでいたことに、コイツはあっさりと答えを出してくる。

それが、たまらなく心地よかった。

 

「僕、もっと強くなります。帝都もみんなも、初穂さんのことも守れるように」

 

「よせやい。初穂ちゃんはお姫様じゃねぇんだ。守られるタマじゃねぇよ」

 

「それでも、一人くらい貴方のことも守ってくれる人、いてもいいんじゃないですか?」

 

「……強いな、ミライは」

 

不思議だ。

普段は落ち着きがなくって、年より子供っぽくて、目が離せない弟みたいな存在なのに。

時々こうして、別人のように冷静で、頼りがいのある横顔を見せてくる。

つい、寄りかかってしまいそうになるくらい頼もしいその姿を、気づけば視線で追っている自分を、初穂は自覚していた。

 

「憧れている人がいるんです」

 

「憧れ?」

 

「はい。……初穂さん、あの星が見えますか?」

 

ふと、ミライが空を指差した。

夜空を彩る満天の星。

その中に一つ

一際輝く星が見えた。

 

「あれはM78星雲、別名『ウルトラの星』」

 

「ウルトラの……星……?」

 

聞いたことがある。

この帝都を、そして世界を守った奇跡の巨人「ウルトラマン」。

そんな彼らのふるさとであり、常にこの星を見守っているという光の星。

ミライの羨望は、そこにあった。

 

「今から17年前、あの星から一人の巨人が帝都に降り立ち、当時の花組とともに平和を守りぬいたそうです。その名は、『ウルトラマンジャック』……」

 

確か入隊間もない頃に、旧花組のアーカイブを見た記憶がある。

帝国華撃団花組7番隊員、御剣秀介。またの名を光の巨人ウルトラマンジャック。

現在は旧花組とともに消息を絶っていたはずだが……。

 

「僕は一度だけ、彼にお会いしたことがあるんです。そこで僕は、命を救われました……」

 

ミライは詳細を語ろうとはしなかった。

でもその瞳は……、

 

「いつか彼のように強くなりたい。いつか彼のように、大切な人をその手で守りぬけるようになりたい。……そう思って、僕はここに来たんです」

 

似てる、と初穂は思う。

憧れを追ってひたすらに研鑽を積み、それを叶えようと一途なまでに努力する姿は、幼馴染と良く似ていた。

だからか、とも思う。

こんなにも放って置けなくなるのは。

うん、きっとそうだ。

そこにはやましい気持ちなんて、お互いないに違いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのときだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、何だ!?」

 

突然何かが割れるような音に、二人は飛び上がるように上を見た。

帝劇の窓、その一つが爆発したかのように割れている。

確かあの部屋は……、

 

「あの部屋、確かクラリスさんの……!?」

 

「行くぞ、ミライ!!」

 

胸騒ぎを覚えた初穂は、ミライとともに2階へ走った。

まさか、さっきのことを思いつめて……

 

「クラリスッ!!」

 

鍵も確かめずに力づくで扉を破る。

その先に見えた光景に、初穂は言葉を失った。

 

「……んだよ、コレ……」

 

床一面には、無残にも破り捨てられた原稿用紙の破片。

窓は跡形も無く吹き飛び、夜の風が虚しくカーテンを揺らす。

そしてそこに、いるべき人影が無かった。

 

「クラリス……? 何処だクラリス!! いるんだろ!?」

 

「クラリスさん!!」

 

脳裏に過ぎった予感を振り払うように、初穂が叫ぶ。

だが、返事はない。

まさか……、

 

「……、降魔警報!?」

 

「昼間のヤツか!? チクショウ、こんなときに!!」

 

悪いことは重なるとはよく言ったもの。

一瞬躊躇しながらも、二人は地下の作戦司令室へと急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

意識不明であったはずのミライの姿に隊員達はいずれも驚きを見せたが、そんな余裕は無いと認識せざるを得ない光景が、花組の意識を引き戻した。

 

「現場は本日午後と同じ歌舞伎座付近。魔幻空間こそ展開されてはいませんが、例の怪獣が出現し、無差別に破壊活動を行っております」

 

「霊力測定器で遠隔的に怪獣の妖力を検査してんねんけど……、中心部の核からクラリスはんと同じ型の霊力反応があった。もしかしたら……」

 

言葉を濁すこまちであったが、この場にクラリス本人が現れていない状況を鑑みるに、最早それ以外に可能性は無い。

何らかの形でクラリスは敵に拉致され、あの怪獣の核に閉じ込められてしまっているのだろう。

 

「クラリスさんの持つ力に……敵が気づいてしまった可能性があるわね」

 

「クラリスの、力……?」

 

霊力とは呼ばないすみれの言葉に、眉をひそめる神山。

すみれは重々しく頷くと、彼女の秘められた過去を語り始めた。

 

「クラリスさんは、ルクセンブルクに古くから伝わるスノーフレイク家の出身ですわ。スノーフレイク家は古来より霊力に優れ、その力を『重魔導』として独自に発展させてきたの」

 

「なるほど……、当時は霊力という概念が無かったんですね?」

 

「ええ。クラリスさんも例に漏れず、基礎訓練無しに三式光武の起動を問題なく行えるほどの霊力を秘めていらっしゃる。最も、彼女はその力を行使する事を拒んでいたのだけれど……」

 

「でもよ、アイツはここに来る前は伯林華撃団にいたんだろ? アタシはそう聞いてるぜ?」

 

「そのことなら、私が話すわ」

 

初穂の発言に応えたのは、先日件の伯林から来たばかりのアナスタシアだった。

 

「彼女は当初、伯林華撃団配属にも非協力的だったの。でも他ならぬ彼女のご両親が、半ば強引に入隊を勧めてしまったようで、熟慮の末にコマンダントは、この帝国華撃団への異動を決断したのよ」

 

「戦争の道具にはなりたくない。クラリスさんはそう泣いて訴えたそうですわ。このまま彼女の心を壊すわけには行かないと、私もこの帝国華撃団に彼女を迎え入れることを決めましたの」

 

予想以上に衝撃的なクラリスの生い立ちに、神山は数秒言葉を失っていた。

古来から類稀な一族の霊力を『重魔導』として歴史の中で行使してきた一族とその宿命。

逃れようの無い戦場と、そこからの逃避の末の来日。

そして自身の心の傷を癒すためにたどり着いた場所が文学だったとしたら……。

 

「クラリスは、恐れていたんですね。自分の持つ『重魔導』の力が、歴史をなぞって悲劇を生むことを……」

 

神山の言葉が、全てを表していた。

クラリスは自身の力と宿命の歴史を恐れていた。

自分もまた得たくも無い重魔導の力で、一族のように人から恐れられる存在になるのではないかと。

そのせいで自身の居場所を失ってしまうのではないかと。

 

「司令、お待たせしました」

 

やや疲れた様子の司馬が作戦司令室に入ってきたのは、そのときだった。

 

「ご苦労様、司馬君。……霊子甲冑の状態は?」

 

「三式光武、無限共に運用できる状態には回復しました。せめて後半日あれば、違ったんですがね」

 

「だったら話は速ぇ! 隊長さん、アタシに行かせてくれ!! アタシが責任を持って助け出してみせる!!」

 

光武が動くと知るや、初穂が立ち上がって懇願する。

恐らく先ほどのクラリスとの確執を悔いているのだろう。

自分が彼女の心の傷を広げ、敵に付け込む隙を与えた一因になっているのではと不安になっているのだ。

神山は厳しい面持ちで頷くも、静かに首を振る。

 

「初穂。気持ちは分かるが君一人では行かせないぞ。俺達みんなでクラリスを助け出す。そうだろう?」

 

それが発破となった。

残る隊員達も次々に立ち上がり、迷いの無い言葉で出撃を宣言する。

 

「たとえ重魔導が災いを生む力だとしても、クラリスはクラリス。私達花組の大切な仲間。それは変わりません!」

 

「僕もです! 優しい心を持つクラリスさんなら、大切なものを守るためにその力を使えるはずです!」

 

「彼女の物語……、こんなバッドエンドに終わらせるのはあまりに忍びないわ」

 

「隊長さん……、みんな……」

 

クラリスの生い立ちと重魔導の宿命を聞いて尚、仲間として彼女を救い出す意志を曲げる事無く団結する花組。

その様子に、すみれは満足げに頷く。

 

「それでこそ帝国華撃団ですわ。さあ神山君、出撃命令を!」

 

「はっ!! 帝国華撃団花組、出撃せよ!! クラリスを助け出し、敵怪獣を撃破する!!」

 

「「了解!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼間の喧騒が嘘のように静まり返った、深夜の帝都歌舞伎座。

そこに巨大な災いの影が姿を現したのは、あまりに突然のことだった。

地鳴りのような咆哮を上げ、目に付くものすべてを焼き尽くし、踏み潰す。

逃げ惑う人々を尻目に、ひたすらに暴れまわる大怪獣。

その様子を、獏は遠巻きに眺め笑っていた。

 

「素晴らしい……。まさか最後のピースがあんなところにいるとは思いませんでしたが、これで我らを止められるものはいない……!!」

 

昼間に歌舞伎座で捕えた人間達を霊力の核に閉じ込め、再生能力を得たグロッシーナ。

さらにそこに驚異的なまでの霊力を持つ少女を捕えたことで、遂に不死身の体を持つ史上最強の怪獣が誕生した。

このまま帝都を蹂躙すれば、あるいは……

 

 

 

 

 

 

 

「そこまでだ!!」

 

 

 

 

 

 

悲鳴と爆音が木霊する歌舞伎座に、凛とした声が響く。

刹那、見覚えのある5つの機体が怪獣と対峙するかのように屋根の上に現れた。

 

「「帝国華撃団、参上!!」」

 

最低限の調整しか間に合わず、全身に先の戦いの傷を残しながらも、5機の霊子甲冑が声を揃えて勇ましく並び立つ。

相対する獏は、獲物を見つけた肉食獣のように舌をちらつかせ、凄絶に笑った。

 

「こんな夜中に誰かと思えば、負け犬の皆さんではありませんか」

 

「降魔! これ以上この帝都を貴様の好きにはさせない! クラリスを返してもらうぞ!!」

 

二刀を抜き放ち、神山が叫ぶ。

返ってきたのは、嘲笑だった。

 

「ご冗談を。寝言は寝てからにしていただきたいものだ。良いでしょう、この獏が、貴方達を二度と醒めない悪夢の底に沈めてあげますよ!!」

 

瞬間、無数の陣が展開され、続々と傀儡騎兵が姿を現す。

だがこの程度の敵に怖気づいて入られない。

クラリスを、捕えられた歌舞伎座の人々を助け出すため、決して負けるわけには行かないのだ。

 

「手ごわい相手だが、元より覚悟の上だ! 行くぞみんな! 敵傀儡騎兵を掃討し、クラリスを救出する!!」

 

「「了解!!」」

 

隊員達の返事を合図に、二刀を構えた無限が先陣を切って飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深夜の歌舞伎座を舞台に切って落とされた上級降魔・獏とのリターンマッチ。

魔幻空間がないとは言え、クラリスの霊力を我が物としたグロッシーナと、その正面を無数の傀儡騎兵が固めた布陣は脅威の一言に尽きる。

只でさえ霊子甲冑の整備は最低限しか整っていない現状で持久戦は自殺行為。

神山は何よりもまず、傀儡騎兵の短時間での掃討から作戦を開始した。

 

「初穂! 俺と一緒に切り込む! 左を任せるぞ!!」

 

「了解だぜ! 隊長さんこそしっかりついて来いよ!?」

 

確かな返事に頷き、二刀に霊力を込める。

具現化された力が稲妻となって迸り、目が眩むほどの閃光を生み出す。

同時に初穂の大槌にも霊力を具現化した炎が蔦のように絡み付いていた。

 

「闇を切り裂く、神速の刃! 縦横無尽、嵐!!」

 

「悪いやつには神罰覿面! 東雲神社の、御神楽ハンマーっ!!」

 

文字通り嵐の如き激しい斬撃が敵の先陣を次々と切り伏せ、そこにすかさず灼熱の竜巻が横殴りを仕掛ける。

真正面からの猛攻に浮き足立つ傀儡騎兵たち。

そこへ今度は左右を固めていたさくらとミライが仕掛けた。

 

「蒼天に咲く花よ、敵を討て! 天剣・桜吹雪!!」

 

「希望の未来に、描くは無限の可能性! ホープ・ザ・インフィニティーッ!!」

 

一閃の軌道に沿って放たれた桜色の斬撃と、∞を象った閃光の一撃が、怯んだ魔の手先を容赦なく両断していく。

たちまちのうちに丸裸になったグロッシーナに、最後尾に控えていたアナスタシアがその砲塔を向けた。

 

「運命を閉ざす、青き流星……!アポリト・ミデン!!」

 

「グアアアアアッ!!」

 

砲塔から放たれた絶対零度の弾丸が一直線に怪獣の胸部を打ち抜き貫通する。

核にいるであろうクラリスたちに被害のないよう、予め丁度核の上部に当たるよう緻密に計算された一撃には、脱帽するしかない。

 

「クラリスッ!!」

 

露出した橙色の半透明の核の中心に囚われたその姿に、神山が叫ぶ。

虚ろに半分開いた瞳に光は宿っていない。正気ではないのか。

 

「無駄ですよ。彼女の精神は深い闇の底。あなた方の声など、一滴の水の滴り程度にしか聞こえない」

 

「くっ……!!」

 

驚異的な再生能力で、グロッシーナの胸部の風穴が瞬く間に屈強な外皮に覆われ見えなくなっていく。

やはりこちらの声は届かないのか。

 

「人間とは弱い生き物です。ちっぽけの身の程を弁えずに大きな夢を見て勝手に心折れていき、都合の良い夢の世界にしがみつく」

 

「何故だ! 何故貴様はそうまでして帝都を、クラリスを苦しめる!!」

 

「苦しめるとは人聞きの悪い。私は彼女の望みをかなえたまでですよ。辛い宿命の現実に目を背け、都合の良い夢の中に浸り続けて朽ち果てる。彼女の思い描く最高のハッピーエンドというものです」

 

「ふざけんなっ! テメェの下らねぇ趣向のためにクラリスは……!!」

 

自身に酔いしれるかのように諸手を広げて天を仰ぐ獏に、初穂が怒りの声を上げる。

並の男どころか降魔でも威圧されるような形相を、獏は一笑に返した。

 

「何故怒るのです? 貴方たちこそ、役立たずが減ってよかったではありませんか。昼間の彼女の体たらくは、貴方達も覚えているでしょう?」

 

「それは違う!!」

 

叫んだのは、神山だった。

 

「クラリスは弱くなんかない! 彼女が恐れていたのは、自分の力が周囲に危害を加えることだ! それは弱さじゃない! クラリスは自分の運命と、必死に向き合おうとしたんだ!」

 

それはすみれに真実を聞かされ、アナスタシアに経緯を聞かされた神山がたどり着いたクラリスの深層心理だった。

彼女は、優しすぎたのだ。

宿命を背負うにも、その力を行使するにも。

優しすぎる故に悩み、傷つき、出口の見えない迷宮をもがき続けてきたのだ。

だからこそ、それは神山に、花組に一つの決意を固めさせた。

 

「クラリス! 君の運命は、結末は、そんな怪獣の餌になることなんかじゃない! 俺達が、花組が君の味方であり続ける!」

 

「例えあなたの中に重魔導の歴史が眠っていたとしても、宿命が待っていたとしても、私達は貴方を信じる! 貴方の優しさを!!」

 

「お前の家の歴史なんて、アタシらには関係ねぇ! 何があろうとお前はクラリスだ!! 本が大好きで、物語が大好きで、アタシらが大好きな、クラリスだ!!」

 

「貴方の未来が闇に閉ざされているなら、僕たちが貴方を導きます!!」

 

「こんなに貴方を思ってくれる人たちがいるのよ? クラリス……、少なくとも貴方は今、一人ではないわ……!」

 

「だから恐れるな! 君の力は、『忌まわしき破壊の力』じゃない! 『不可能を可能にする創造の力』だ! それを実現できるのは優しい心を持つ君だけだ!!」

 

口々に叫ぶ仲間達。

どんなに苦しめられようと、どんなに傷つけられようと、諦めてたまるものか。

その様子が気に障ったのか、獏は露骨に嫌悪の表情を見せると、僕に命を下した。

 

「茶番はもう結構。そこまで破滅を望むなら、醒めることのない悪夢の中で、永遠に苦しみ続けるが良い! さあ行け! 我が僕グロッシーナよ!!」

 

「グアアアアッ!!」

 

圧倒的巨躯の繰り出す咆哮が一帯を揺るがす。

たじろぐ霊子甲冑目掛けて、光弾の雨霰が襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その結末に、心のどこかで憧れていたのかもしれない。

 

幼い頃の読んだ、いくつものハッピーエンド。

 

お姫様は王子様と結ばれ、勇者は魔王を倒して平和を齎し、愛と絆と友情が奇跡を起こす、そんなありふれた物語。

 

それに胸を躍らせれば躍らせるほど、心をときめかせればときめかせるほど、宿命を背負った自身の境遇が暗く冷たいものだと認めざるを得なかった。

 

現実から目を背け、物語に逃げれば逃げるほど、それは影のように何処までも追い立ててきた。

 

いっそ、このまま夢の中に閉じ込められてしまえばいいのに。

 

いつしか芽生えたその感情は、一人の偶像の少女を生み出した。

 

名前は『リリア』。

 

初めて生まれた物言わぬ友達の名前。

 

自分の宿命を、不幸を、ひたすらに押し付けるためだけに生まれてしまった少女の名前。

 

でも、所詮は偶像。

 

いくら運命をなすりつけたところで、自身に待ち受ける定めは何一つ変わらない。

 

運命から逃げるために作り出した身を隠す迷宮に、いつしか一人迷い込んでいたのだ。

 

そして、ふと思った。

 

抜け出す必要などない。

 

そこで朽ちて、迷宮を棺にしてしまえば良い。

 

誰も、こんな闇の中に迷い込んだ自分を見つけ出すことなど出来ないのだから。

 

「クラリス……」

 

少女が、自分の名前を呼んだ。

 

混濁した意識の中で、差し出された手を取る。

 

もう、何も考えることは無い。

 

ただ少女の導くまま、堕ちていけばいいのだから。

 

この、果ての無い闇の中へ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グロッシーナの放った光弾爆撃は、核に吸収したクラリスの霊力が上乗せされた影響で昼間のそれとは比較にならない威力で花組を強襲した。

ダメージの蓄積した霊子甲冑たちに向けられた妖力の散弾は、容赦なく搭乗者の意識ごと吹き飛ばしていく。

その場に立ち上がることができたのは、只一人だけだった。

 

「くっ……! 初穂さん……、みんな……!!」

 

一縷の望みを賭けて通信を繋ごうと試みるも、反応が無い。

ミライ機も霊子水晶に損傷が発生したのか、霊力同調が崩れ片膝をつく。

 

「これは運がいい。いや、この後の地獄を見る羽目になるなら、逆に不運だったのかもしれませんね」

 

満身創痍のミライを見下ろし、獏が嗤う。

確かに今の無限の状態では万に一つも勝ち目は無いだろう。

だがこちらには切り札がある。

僅か3分という時間の中で、不可能を可能に変える切り札が。

 

「僕は……僕は諦めない! 諦めない限り、光は必ず応えてくれる!!」

 

「戯言を。ならばそのちっぽけな光諸共、貴方をひねり潰してあげましょう!!」

 

トドメを刺さんと、グロッシーナがその巨大な足を振り上げる。

ミライは無限の操縦桿から左腕を引き抜くと、具現化させた赤の腕輪を虚空に掲げ、叫んだ。

 

「メビウーーーーーースッ!!」

 

瞬間、その身を包む淡い光が一瞬にして輝きを増し、無限を包んで光柱を形成する。

その中から、巨人は姿を現した。

10年のときを経て帝都へ飛来した新たなる光の巨人、ウルトラマンメビウスである。

 

「その姿……、まさか『光の巨人』!?」

 

「セアッ!!」

 

メビウスは構えるや、眼前の怪獣に真正面から組み付いた。

そのままラグビーのスクラムのように膠着すること数秒。

巨人の足が、怪獣の足を内側から引っ掛けた。

 

「セアアアッ!!」

 

豪快な大内狩りからの投げ飛ばしに、数万トンはあろうかという巨体が空中を一回転して背中から地面にたたきつけられる。

しかしグロッシーナに追撃をかけようとしたメビウスに、明後日の方角から妖力の波動が襲い掛かった。

獏である。

 

「小賢しい真似を! 殺りなさい、グロッシーナ!!」

 

「グアアアアッ!!」

 

膝を突いたメビウスめがけ、体勢を立て直したグロッシーナが怒りをあらわに襲い掛かる。

だがその巨体が眼前に迫ったとき、メビウスの左腕が淡い光を纏い始めた。

 

ライトニングカウンター・ゼロ。

 

左腕にエネルギーを集中し、接近した敵にゼロ距離からカウンターを打ち込むメビウスの反撃技だ。

その巨体が押しつぶしにかかった一瞬に、メビウスはすべての勝負に出た。

 

「グアアアアッ!!」

 

「セアアアァァァッ!!」

 

胸部に打ち込んだ瞬間、握った拳を大きく開く。

そこは、先ほどアナスタシアが狙撃した胸部のすぐ下。

クラリスの囚われた、核の位置だった。

 

「何の真似かは知りませんが、無駄なことです!! そのまま押しつぶしなさい、グロッシーナ!!」

 

「グアアアアッ!!」

 

核に腕が突き刺さったことなどお構い無しとばかりに、怪獣はメビウスの頭を掴み、押さえ込みにかかる。

しかしメビウスは、懸命に突き刺した左手にエネルギーを込め続けた。

まるで、何かを待ち続けるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何処まで歩いただろう。

 

もうそんな事まで分からなくなっていた。

 

分かったところで、何も変わらないのだ。

 

何故なら自分は、ここで誰にも看取られることなく朽ちていくのだから。

 

「……え?」

 

ふと、手を引いていたリリアが足を止めた。

 

それに合わせて、自分も足を止める。

 

一体どうしたのか。

 

それを口にしかけたとき、それは起こった。

 

「……こ、これは……?」

 

目の前に広がっていたのは、果てしない暗闇。そのはずだった。

 

だが、今改めて視線を上げると、暗がりの先に一筋のかすかな光が差していた。

 

夜の雲の覆われた月が、その切れ間を縫って優しい光をこぼしたかのように。

 

「リリア……?」

 

隣に立ち、その光を見つめる少女に視線を落とす。

 

少女は、光を見つめたまま応えた。

 

「……今、あなたの世界に光が差した」

 

「え……?」

 

「耳を澄ませて……。あなたを、呼ぶ声がする……。あなたを、待つ人の声がする……」

 

「私を……」

 

言われるままに、耳を澄ます。目を凝らす。

 

すると、今まで闇に閉ざされていた世界が少しずつ、色を、音を、輝きを取り戻していく。

 

まるで、夜明けを迎えた世界に光が差すかのように。

 

『俺達が、花組が君の味方であり続ける!』

 

『私達は貴方を信じる! 貴方の優しさを!!』

 

『何があろうとお前はクラリスだ!! アタシらが大好きな、クラリスだ!!』

 

『僕たちが貴方を導きます!!』

 

『少なくとも貴方は今、一人ではないわ……』

 

「……みんな……」

 

それは、忘れていたはずの仲間達の声。

目の前のすべてから逃げ出した臆病な自分を、それでも信じると言う仲間達の声。

そして……、

 

「だから恐れるな! 君の力は、『忌まわしき破壊の力』じゃない! 『不可能を可能にする創造の力』だ! それを実現できるのは優しい心を持つ君だけだ!!」

 

「……神山……さん……」

 

嬉しかった。

こんな自分を、いまだに信じて、傷ついた体で、ここまで助けに来てくれた。

枯れたはずの涙が、視界を滲ませた。

 

「クラリス」

 

ふと、リリアが名前を呼んだ。

見ると、前を見ていたはずの彼女が、こちらを見て微笑んでいた。

幼い頃の思い出と同じ、優しい笑顔で。

 

「忘れないで……。貴方の結末は、貴方にしか書けない……。貴方の未来は、貴方にしか決めることは出来ない……」

 

「リリア……」

 

「大丈夫。貴方はもう、歩いていける……。だって、貴方は一人じゃないんだから……」

 

リリアは、一冊の本を差し出した。

幼い頃、知らずに触れてしまった重魔導の書物。

あの日から、自分に宿命の鎖を課したすべての始まり。

だが、今は違う。もうあの頃のように、恐れたりはしない。

何故なら今、自分を信じ、自分を待っている人たちがいるのだから。

 

「ありがとう、リリア……。ありがとう……、みんな……。ありがとう、神山さん……」

 

だから、もう迷わない。

この力を使うことが罪だと言うなら、この身ですべて背負ってみせる。

この力を使うことが罰だと言うなら、その業をすべて背負ってみせる。

それが、私の選んだ道だから。

 

「これは私の物語……、結末は……私が決める!!」

 

瞬間、開かれた書物が輝きを放ち、暗闇を閃光で包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先ほどの怪獣の一撃で、どうやら意識を失っていたようだった。

見ると周囲にはボロボロの状態の霊子甲冑が転がっている。

隊員たちは無事でも、最早これ以上の戦闘は絶望的だ。

 

「みんな、大丈夫か!?」

 

辛うじて生きている無限の通信を使い、隊員達の安否を確かめる。

一瞬不安が過ぎるも、幸いにして無事を知らせる返事が返ってきた。

 

「何とか、大丈夫です……!」

 

「キャプテン、こちらも平気よ」

 

「光武の方は、参っちまったみてぇだが……」

 

だが直後、更なる衝撃が神山を襲った。

すぐ真横を巨大な紅い何かが横切る。

それは、巨人だった。

 

「ウルトラマン!!」

 

それは先の初陣でもさくらたちを助けてくれた、光の巨人だった。

既に全身にダメージを負っているのか、胸部の空色だったタイマーが赤く点滅を開始している。

誰にやられたか、それは考えるまでも無かった。

 

「滑稽ですね、ウルトラマンメビウス。人質など気にせず核を攻撃していれば結果は違ったでしょうに」

 

「クッ……!!」

 

仰向けのまま辛うじて肘を突いて獏を睨み返すメビウス。

加勢しようにもこちらの無限も三式光武もアイゼンイェーガーも戦闘不能状態。

万事休すとはこのことだった。

 

「あなた方の首を手土産に、帝都の愚民どもに更なる悪夢を齎すとしましょう。さあ殺れ! グロッシーナ!!」

 

「グアアアアッ!!」

 

逃げ場を失った花組とメビウスに、怪獣がトドメを刺さんとアギトを開く。

最早これまでか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが次の瞬間、誰もが予想だにしない出来事が起こった。

 

 

 

 

 

 

「グアアアアアッ!?」

 

突如としてグロッシーナが苦しみ始めた。

核のある胸部を押さえ、首を振り回して暴れている。

一体どうしたと言うのか。

 

「な、何だ!? 何が起こっている!?」

 

これには獏も余裕をなくして距離をとってうろたえ始める。

すると信じられないことが起こった。

再生を果たしたはずの胸部の核が大爆発を起こし、怪獣を吹き飛ばしたのである。

それだけではない。

核に閉じ込められていた人々が、それぞれ風のバリアに包まれ、ゆっくりと地面に下ろされていく。

まるで、『奇跡』でも起きたかのように。

 

「お、おいアレ……!!」

 

何かに気づいた初穂が指差す。

そこにいたのは、奇跡の正体とも言うべき少女だった。

緑色の光を纏った書物を手に、賢者の如き出で立ちで静かに風をまとい、地に降り立つ。

 

「……き、貴様……!!」

 

その姿に、神山たちだけでなく獏も驚きに目を見張った。

何故ならそれは、つい先ほどまで絶望の淵に落としてかの怪獣の養分になっていたはずの……、

 

「……私には、私の物語がある。それは誰にも捻じ曲げることはできない……!」

 

先ほどまでとは別人のような鋭い視線と力強い声。

夢見る少女の夢から醒めた、一輪の気高き華がそこにいた。

 

「私は帝国華撃団花組、クラリッサ=スノーフレイク!! 主の命により、貴方を地獄へ落とします……!!」

 

「クラリス……!!」

 

「神山さん、みんな……本当にありがとう。今度は、私がみんなを守る番です!!」

 

迷いを断ち切り、宿命と向き合う覚悟を決めたクラリスが、神山たちを守るように立ちはだかる。

その時、神山の無限に本部から緊急連絡が入った。

 

『神山君! 翔鯨丸からクラリスさんの三式光武を無人で射出します! あの上級降魔を、何としても撃破して!!』

 

「了解! クラリス! 今から三式光武を射出する! 上級降魔及び敵怪獣を殲滅せよ!!」

 

「了解!!」

 

「ふざけるな! その前に殺して……、グッ!?」

 

妨害しようとする獏にすかさず風の魔導を食らわせて身動きを封じ込めるクラリス。

そのまま轟音と共に弾丸となって地面に叩きつけられた緑色の三式光武に乗り込む。

 

「大人しく養分になっていれば楽に死なせてやったものを……、来い、傀儡騎兵『夢惨』!!」

 

それまでの余裕をかなぐり捨て、獏は一際大きな陣で呼び寄せた自身の戦闘機に乗り込み、こちらに対峙する。

腰から下が存在せず、漆黒のローブをまとって大鎌でこちらの首を狙うさまは、正しく死神と言う言葉が相応しい。

同時に周囲の傀儡騎兵の怨念を纏ったグロッシーナが再び胸部を再生させて唸り声を上げる。

 

「グアアアアッ!!」

 

「フッ……、スァッ!!」

 

それに相対せんとばかりに立ち上がり構えるメビウス。

言葉が無くとも、その心を知るのは容易かった。

 

「ありがとう、メビウスさん……!」

 

今まで戸惑いと不安の中でしか動かしたことの無い霊子水晶に、ありったけの霊力を込める。

溢れ出た霊力は、緑色のオーラとなってクラリスを包んだ。

 

「死ねぇ、小娘!!」

 

憤怒をあらわに夢惨が大鎌を手に襲い掛かる。

だが怒りに囚われた攻撃は大振りどころか隙だらけで、戦闘に不慣れなはずのクラリスでさえ容易に回避できる代物だった。

夢惨はそのまま二撃、三撃と繰り出してくるが、その全てを紙一重でかわし、鎌は虚しく宙を切る。

 

「おのれチョコマカと!! くたばりやがれぇっ!!」

 

何回か鎌を振り回したところで、獏はあることに気づいた。

見たことのない怪しい光の弾が浮遊している。

それも自分の周囲にいくつも。

まさか……、

 

「グラース・ド・ディアブル……、アルビトル・ダンフェール!!」

 

それは、まるで判事の死刑宣告の如く。

逃げ道を塞ぐように取り囲んでいた無数の光弾が、弾丸となって怪獣諸共死神を包み込んだ。

 

「ぐ、ぐおおおぉぉぉ……!!」

 

悲鳴とも怒りともとれぬ絶叫と共に、死神は閃光の中に見えなくなった。

そして無数の弾丸に撃ちぬかれた怪獣もまた、全身から煙を上げて倒れこむ。

再生が追いついていない。倒すチャンスは今だ。

 

「メビウスさん!!」

 

「スァッ! ハァァァ……!!」

 

クラリスの言葉に頷き、両手を頭上にかざしてエネルギーを集中するメビウス。

集約されたエネルギーが∞の文字を描き出した瞬間に十字を組み、必殺のメビュームシュートが発射された。

 

「グアアアアア……!!」

 

それは起き上がろうとした怪獣の胸部を寸分違わず撃ちぬいた。

再生しきっていない体を光線が貫通し、怪獣は断末魔の咆哮と共に今度こそ大地に倒れ伏す。

そして生命活動が停止した瞬間、巨体は大爆発し、怪獣は火柱の中に消えていった。

 

「セアッ!」

 

それを一瞥し、メビウスは僅かに明るさを取り戻しつつある夜空へと飛び立って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「終わりましたね……」

 

地平線の先から昇る朝焼けに、さくらが呟く。

先ほどまで大規模な戦闘があったとは思えないほどの静寂。

降魔、獏の齎した歌舞伎座襲撃に始まる悪夢が、文字通り終わった瞬間だった。

そしてそれは、一人の少女の物語の始まりを意味していた。

 

「いいえ、寧ろここからです」

 

その顔に、もう僅かな迷いも無かった。

朝焼けを見つめる彼女の瞳は、確かな意志が宿っていた。

 

「貴方の決意、見させてもらったわ」

 

「クラリスさんだけの物語、一緒に紡いで行きましょう!」

 

「まずは景気づけに、パーッと頼むぜ!」

 

「お帰りクラリス。……ありがとう」

 

それに笑顔で応える仲間達。

クラリスもまた、確かな笑顔で頷いた。

 

「人は誰もが、自分だけの物語を持っている。幸せな結末を迎えられるために、私は迷わない! かけがえのない仲間と共に、希望に輝く未来を信じて! 勝利のポーズ……、」

 

「「決めっ!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから2週間後、実に10年ぶりとなる新生帝国歌劇団の復活旗揚げ公演は、稀代のトップスタァ『アナスタシア・パルマ』の主演もあり大盛況を迎えた。

中でも観客達の目を引いたのは、団員の一人が手がけたと言う脚本「迷宮のリリア」。

自身の望まぬ宿命に苦悩し、人形達の世界に迷い込むリリアの空想劇を描いたこの舞台は、司馬の手掛けた舞台装置の臨場感と、主演のアナスタシアの熱演により一躍人気演目となった。

中でも観客達はそのラストに心を奪われたと口を揃える。

 

クリスと共に闇の中を迷い続けていたリリアは、ふと目の前にかすかな光を見つける。

クリスは言った。

 

「忘れないで、リリア……。君の物語の結末は、君にしか書けない……。君の未来は、君にしか決めることは出来ない」

 

「君の心に光が差した。ここから先の物語は、君が描き出すんだ」

 

「大丈夫。僕たちがいつでも君を見守っている。そして、君の目覚めを待っている人がいる……」

 

そして夢から醒めたリリアは、運命にも負けず、自分自身の一歩を踏み出していく、希望に満ちたハッピーエンドを迎えたのである。

 

 

 

 

 

リリアは、世界が嫌いでした。

 

パパもママも怒ってばかりで、ほめられたことなんて一度もない。

 

守ってくれるのは生まれたときからずっと側にいてくれた人形だけ。

 

「おいで……私達の世界に……決して覚める事のない、永遠の夢の世界へ……」

 

そんな私の背中を、彼女は押してくれたのです。

 

「ありがとう……、これは私の物語……結末は、私が決める……!」

 

おめでとうリリア。

 

よかったねリリア。

 

人形達に見送られ、夢から醒めてもう一度世界へ。

 

がんばってリリア。

 

だいじょうぶだよリリア。

 

結末は貴方だけのもの。

 

希望を胸に、まだ見ぬ明日へ……

 

 

 

 

 

<続く>




<次回予告>

忍びとは、決して知られてはならぬ者。

姿を隠し、心を隠し、何があっても忍び耐える者。

だから……、

あざみはもう、迷わない……!

次回、無限大の星。

『忍ぶれど』

新章桜にロマンの嵐!!

里の掟108条。何があっても生き延びよ。

例え、仲間を見捨ててでも……


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第3話:忍ぶれど

※注意

今回の話は暴力的な表現が少し過激になっております。

苦手な方の閲覧はオススメしません。



無限大の星、今回は望月あざみ編です。

原作は華撃団大戦と絡めての物語でしたが、今回は忍者として帝都に生きる彼女の少し違う一面をご覧頂くことになるかもしれません。


 

 

 

その空間の全てを、夜の静寂が支配していた。

時折吹く抜けるビル風が街路樹を揺らし、僅かな木の葉のさざめきが、観客のいない夜のステージに木霊する。

 

ふと、一際大きい風が吹き抜けた。

 

大の大人を裕に超える身の丈からは想像もつかないほどの軽やかさと身のこなしで、屋根から屋根へと飛び伝っていく。

そして、そのすぐ後ろを駆けるもう一つの風が薙ぎ、木の葉を散らした。

明らかに眼前の風より小柄なそれは、抜き身刀の如き鋭い眼光で、その速度を上げていく。

 

「……!!」

 

眼前の影が突如動きを止めたかと思うと、その豪腕を力任せに横に凪ぐ。

だが、それは虚しく宙を切った。

何故ならこの時、真後ろにいた小柄な風は、影の遥か頭上を跳躍していたからである。

 

「今……!!」

 

風は懐に忍ばせていた鈍色の刃を眼下の影目掛けて放つ。

更に目にも止まらぬ速さで両手の指を絡め、複雑な形を次々に結んでいく。

刹那、その全身を一瞬淡い光が包んだ。

次の瞬間、驚くべきことが起こった。

 

「手裏剣影分身の術!!」

 

一つだけ放たれたはずの刃が、まるでピントがずれるかのように次々とその姿を増やし、瞬く間に四方八方を無数の刃が取り囲む。

僅か一瞬の時間にして、影は逃れる隙間はおろか、命運さえも刃の結界に閉ざされていた。

 

「……忍!!」

 

その声を合図に、無数の刃が一斉に踊り、影を切り刻む。

オマケとばかりに風が最後の一本を放つと、それが何かに引火し、たちまち大爆発を引き起こす。

果たして紫煙の中には、風が放った1枚の手裏剣と1本のクナイ。

そして……、

 

「……里の掟4条。嵐の中を止まるべからず。止まれば即ち、死あるのみ」

 

何かを戒めるように呟き、風は再び風となって夜の闇へ駆ける。

その行き先を、知る者は無い……。

 

「……7人目、か……」

 

ただ、一人を除いては……。

 

 

 

 

 

<第3話:忍ぶれど>

 

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませー! 半券をお持ちになって順番にお進み下さーい!!」

 

解放された扉から押し寄せる人の波を、拡声器まで持ち出しながら案内するモギリ。

10年のときを経て復活を遂げた新生帝国歌劇団の第一作『迷宮のリリア』は、当初の予想を大幅に超える大ヒットとなった。

連日舞台は満員御礼。売店も入荷待ちのグッズに早くも予約が入る状態でてんてこ舞い。

そして今日は実に1ヶ月続いた舞台の千秋楽。忙しくならないはずが無い。

 

「神山さん、こまちもお疲れ様です」

 

「ああカオルさん。お疲れ様です」

 

入場整理を終えて開演のベルがなった頃、事務室で計算処理に追われていたカオルがホールに顔を見せた。

心なしか、いつもより表情がほころんでいるように見える。

 

「その様子だと、売り上げは好調みたいですね」

 

「フフ、分かります? 完全ではありませんが、霊子戦闘機や舞台設備の整備改修も含めて大きく道が開けたと言えます」

 

「おかげでこっちは足が車になっとるさかい、そこまで行ってくれな困るわ~」

 

そう大げさに肩をすくめて見せるこまちに、二人は小さく吹き出す。

軍部の援助が受けられるようになったとはいえ、希少な金属を潤沢に使用する霊子戦闘機の整備維持の費用は決して少なくない。

故に失敗は出来なかった帝国歌劇団の初公演であったが、そんな心配を笑い飛ばすかのような盛況ぶりに、いつしか不安は微塵も感じなくなっていた。

もちろん過去の帝国歌劇団の功績と、それを知り復活を待ち望んでくれた人々の期待や、現スタァのアナスタシアのネームバリューも大きい要因である。

だが同時に、司馬の考案した舞台演出装置の数々と、クラリスの才を全て注ぎ込んだ脚本、そして他ならぬさくらたち花組団員の懸命な努力が一体となったからこその結果である。

この成功は、帝国華撃団としてのチームの団結の強さを、各々に実感させる大きな成功と呼べるだろう。

その意味でも、今回の公演で得たものの大きさを、神山は実感していた。

 

「これで『彼女』が戻ってくれば……」

 

「せやな」

 

「……『彼女』……?」

 

ふと、カオルの呟いた言葉が引っかかり、尋ねる。

二人は一瞬何かを確かめるように顔を見合わせ、答えた。

 

「神山さんにはまだお伝えしていませんでしたが……、花組にはもう一人、在籍している隊員がいるんです」

 

「望月あざみ、13歳。加入当初はまだ三式光武も用意できてへんかってん、支配人の判断で正式入隊を見送っとったんや」

 

初めて聞く名前だ。

それに13歳というのは、隊員の中でも最年少ということになる。

確かに過去のアーカイブでは、当時10歳のアイリスことイリス=シャドーブリアンが在籍していた例もあるため、珍しい話ではないのだろう。

 

「さくらたちは、その『望月あざみ』を知っているんですか?」

 

「いえ、彼女は帝国華撃団再結成開始時の最初期に帝劇を訪れたのみで、隊員達は顔も見ていません」

 

「まあ、その時からおった初穂はんだけは、会うとるかもしれへんな」

 

「では、彼女は今何処に……?」

 

「その出自から、隠密諜報部隊の『月組』に出向しておりました。あざみさんの育った『望月一族』は、現代に続く忍の家系なんです」

 

「帝国華撃団発足当初から月組を支えてきた、縁の下の力持ち。あざみはんはその末裔なんや」

 

聞いたことがある。

霊子甲冑を駆り魔を討つ花組を表とするならば、帝都の影に身を潜めその奥に蠢く悪を暴く裏の諜報部隊『月組』。

風組同様に帝国華撃団の活動を、時に花組以上に危険な環境で遂行する、言わば影の大いなる功労者達である。

かの降魔大戦では、市民の避難誘導や陽動などで多くが殉職したともあったが、密かに再編されていたのだろう。

その一族に身を置くとはいえ、若干13歳でその任をこなすというまだ見ぬ少女に、神山は嘆息した。

そのときだった。

 

「ん? 令士からか」

 

ふと、神山のスマァトロンに盟友からの着信が入った。

見せたいものがあるからひと段落したら格納庫まで来て欲しい、というものだった。

恐らく無限の改装整備に進展があったのだろう。

 

「それでは、作業に戻りましょうか」

 

「おっしゃ、こっからまた一稼ぎや!」

 

「はい、お疲れ様です」

 

それをきっかけに各々仕事の顔に戻り、持ち場へ戻っていく。

故にこの時、誰もが気づかなかった。

 

「……」

 

人気の無いはずの2階客席入り口から、真下を射抜く視線の存在に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日、支配人室の椅子に座る妙齢の女性の表情は、いつになく険しかった。

秘書がみれば平静で言われなくなるのは確実な、眉間に皺を寄せ何かを考える様子。

その答えは、視線の先に並んだ新聞の文字にあった。

 

「失礼します」

 

玄関に集客の様子を見に行っていた秘書が戻ってきたのは、ため息と共に朝刊を机に戻したときだった。

 

「何か気になる記事でも?」

 

「ええ、少し……。それよりお客様の入りのほうは?」

 

「主観的には、この上なく好調ですね。話題性や脚本の評価も上々。関連グッズの売り上げも、当初の250%を見込んでいます」

 

「そう……」

 

秘書から齎された十二分に満足いく状況。

だが先の記事の内容が、その喜びを僅かに曇らせる。

 

「……いかがされました?」

 

流石にカオルも感じ取ったのか、改めて尋ねてくる。

一瞬逡巡しながらも、件の記事を開いてカオルに見せる。

 

「『止まぬ不審死。これで7人目』……?」

 

それは、今月に入って帝都で頻発する、怪事件であった。

被害者はいずれも数日から数ヶ月間で行方が分からなくなっていた人間ばかり。

老婆から紳士、4歳の子供だったこともある。

そしてその死亡推定時刻も、遺体発見時から確実に1日以上のズレが生じていた。

そんな何の接点も見られない被害者達の唯一の共通点。

それが、遺体は決まって早朝の時間帯に発見されると言うことだった。

つまり犯人は、別の時間、別の場所で殺害した遺体を深夜に遺棄しているということになる。

しかしそれ以上の手がかりは何一つつかめぬまま、捜査は早くも迷宮入りの様相を呈していた。

そしてその中にある行方不明者のリストの中にある一つの名が、すみれの目に止まったのだ。

 

「……『本郷ひろみ』さん……、まさか……!」

 

その名を目にした瞬間、カオルもすみれが顔を曇らせていた理由を悟ったように目を見開いた。

本郷ひろみ。

帝劇の面々も贔屓にさせてもらっている銀座の和菓子屋「みかづき」の看板娘。

だがそれはあくまで表の姿。

彼女の持つもう一つの名前を、この場にいる者たちは知っていた。

一般市民として帝都という森に身を隠し、いち早く影に蠢く悪を察知し知らせ伝える隠密部隊、『帝国華撃団・月組』。

確かに花組とは違い戦闘能力こそ持たないが、数多の厳しい訓練を経て入隊した彼女達の実力は確かだ。

無論生身で敵の身辺を調査する危険性故に過去に殉職者が出たことこそあるが、少なくとも人間や下級降魔程度で遅れを取るような者達ではない。

だからこそ、すみれは訝しく思う。

敵は如何にして、隠密のプロたる月組をこうも容易く手中に落としたのかと。

 

「……他の隊員の安否は?」

 

不安を隠しきれない様子でカオルが尋ねる。

有事の際、またはそれに準ずる不審な動きを発見次第、月組は何らかの形ですみれに情報を届けるはず。

特に隊員が敵の手にかかったとなれば、表には出さずとも花組と情報を共有し厳戒態勢に入ることも視野に入れなければならない。

しかし自分達もそれを今朝の朝刊で知った現状。

果たして他の隊員が無事でいるのかどうか。

が、すみれの口から出た答えはカオルの予想の斜め上を言っていた。

 

「それは、本人に伺いましょう」

 

「本人……ですか?」

 

「ええ。……もう出て来てもよろしくてよ」

 

「……! い、いつの間に後ろに……!?」

 

瞬間、カオルの背後の影が揺れたかと思うと、一つの影がすみれの前に膝をつく。

それは、小柄な少女の外見をしていた。

もしかすれば、さくらやミライより年下かもしれない。

だがその少女が只者でないことは、今の今までカオルの背後に気配を殺して張り付き、一瞬で眼前に現れた身のこなしからも明らかである。

少女の名は『西城いつき』。

若干15歳にして前月組隊長より全権を委ねられた、隠密部隊の若き隊長である。

 

「司令……。此度の失態は、我々月組の力不足に他なりません」

 

「それは違うわ。ひろみさんだってまだ生きているかもしれない。とにかく、今は情報が必要よ」

 

15歳とは思えない毅然とした態度を諌めつつ、すみれは月組隊長の掴んだ数少ない情報に耳を傾ける。

遺体はいずれも衰弱した様子があり、生前に霊力を搾取された形跡が見られる事。

敵の拉致の手際はあまりに完成されており、4歳の男児は母親と手を繋いで歩いていたにも拘らず一瞬のうちに音も無く連れ去られていたとの事。

そして……、

 

「これは私の推測ですが……、深夜に彼女が単独で動いているようです」

 

「どういうこと?」

 

「無限完成の報を受けて、その日に異動を言い渡したのですが……。それ以降、夜中に一人で動いているようなのです」

 

ピクリとすみれの眉がつり上がる。

何故なら今の報告は、自身の中で危惧する事象の反証に他ならないためだ。

 

「つまり、アリバイを立証することはできないと言うことね」

 

「はい、そのためひろみさんに彼女の監視も命じていたのですが……」

 

どうか間違いであってくれれば。

そう思わずにはいられないすみれであったが、現実はそれをあざ笑うかのように一つずつ証拠となって逃げ場を潰していく。

いつきは、目を伏せたままあるものを差し出した。

焼け焦げた紙片だ。

良く見ると淵の部分に僅かな紋様の跡が見える。

 

「彼女が消息を絶った場所に残されていたものです。……術式を施した『霊力札』かと」

 

その言葉を聴いた瞬間、逃げ場は完全にふさがれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何故こんなことになってしまったんだ。

何度目かも分からない自問自答を、神山誠十郎はひたすらに繰り返していた。

事の起こりは公演終了後。格納庫に降りてきたときだった。

司馬に言われていた新しい無限の確認、そして最後の隊員である『望月あざみ』の機体を確認するためだ。

だが、扉を開けても返事が無い。

何事かと扉を開けると、神山は一瞬声を失った。

待望の機体を完成させて満面の笑みを浮かべていたであろう親友が、白目をむいてひっくり返っているではないか。

何事かと駆け寄ろうとした、そのときだった。

 

「動くな」

 

幼い、しかし鋭いさっきを孕んだ声と共に、首に細い腕が回され、眼前に鈍色の刃が突きつけられる。

まさか、敵襲か。

2度の出撃で場所を把握されてしまったか。

平時とはいえ油断して背後を取られるとは、何たる不覚。

 

「見たことのない顔……、ここで何をしていた」

 

「くっ……、令士をどうした……!?」

 

この状況で神山が真っ先に懸念したのは、司馬の安否だった。

出血の様子こそ見られないが、頭部や急所に傷を受けていたら致命傷の可能性も大いにありうる。

もしそうなら自分も口封じのために消されかねない。

が、帰ってきた返事は予想外のものだった。

 

「知らない。何か細工していたと思ったら突然細工が爆発して倒れた」

 

「そ、そうか……」

 

良く見たら司馬の周辺には焼け焦げた機会の残骸が散らばっている。

とりあえず気絶していただけのようで安堵する神山だが、依然として危機は去っていない。

腰の刀に触れようにも、既に両腕は何かにからめ取られて動かせない。

だがその僅かな間にも、神山の脳内では的確に状況の分析を開始していた。

まず自分を拘束する人物。

首にのしかかられている現状からして、両腕を拘束しているのは恐らく相手の足。

つまりおんぶのような格好でこちらを抑えていることになる。

ということは、相手は非常に小柄で身軽。声からして女の子だろう。

そして眼前に突きつけられた刃物の形状から察するに……、

 

「君は……望月あざみくんだね?」

 

「……、……何故知っている?」

 

神山は一つの賭けに出た。

彼女は恐らく面識の無い自分や司馬を、帝劇の地下に潜り込んで悪さをする敵の一味と誤認している。

ならば帝国華撃団として、仲間内でしか知りえない事柄を突きつけて、自分が敵でないことを証明しようというのだ。

が……、

 

「……里の掟62条。秘密を知るもの、生かしておけぬ」

 

「なっ!?」

 

返ってきたのはあまりにも無慈悲な死刑宣告だった。

冗談ではない。

敵と勘違いされた挙句口風時などで見方に殺されてはたまったものではない。

 

「ま、待て! 俺は花組たいちょ……!!」

 

「問答無用! 覚悟召されよ!!」

 

眼前のクナイが容赦なく顔を貫く

その時だった。

 

「!?」

 

「何奴!?」

 

明後日の方向から飛んできた銃声が、乾いた音と共にクナイを弾き飛ばした。

同時に神山を拘束していた少女は背中を蹴るように跳躍して油断無く次のクナイを構える。

この状況で冷静に敵の武器を打ち落とす腕前。

それに該当する人物を、神山は一人しか知らない。

 

「ありがとうアナスタシア、助かったよ」

 

「礼には及ばないわ。災難だったわねキャプテン」

 

少女に銃を突きつけたまま、褐色肌の女性が優しく笑う。

神山は立ち上がると、改めて少女『望月あざみ』に語りかけた。

 

「今度こそ自己紹介させてもらうよ、あざみくん。俺は神山誠十郎。帝国華撃団花組の隊長だ」

 

「同じく、帝国華撃団花組隊員アナスタシア・パルマよ。そろそろ物騒なものはおろしましょうか」

 

「隊長……、花組の……」

 

少女はにわかには信じがたい様子であったが、アナスタシアが銃をおろしたことを確かめると、自身も忍ばせていたクナイをおろして膝を突いた。

 

「一昨日付けで月組より帰参致す、望月流忍者『望月あざみ』。知らなかったとはいえ刃を向けたご無礼、容赦いただきたい」

 

「ああ、分かってくれたならいいよ。互いに顔も知らなかったわけだし」

 

聞かされていた通りの幼い容姿と、そこからとても連想できないほどの殺気と身のこなし。

幼くとも望月流を名乗る忍者としての経歴と、月組に所属しその手腕を振るっていた実績は伊達ではないのだと、神山は察する。

 

「里の掟20条。味方は顔を見て決めよ。……早速だが今の花組の状況について詳細を求める」

 

「あ、ああ分かった。でもさっきにみたいにクナイは向けないでくれよ……?」

 

「心配は無用。里の掟17条。仲間とは相争うべからず」

 

先ほどまでの敵意が嘘のように消え、トコトコと地上への階段を駆け上がるあざみ。

歳相応の少女らしい可愛げな様子にアナスタシアと顔を見合わせて笑い合うと、神山も格納庫を後にするのだった。

 

「……そういえば、何か忘れてるような……」

 

数分後、格納庫の床で大の字になって居眠りをしていたとして技師長一名が減給処分を喰らうのだが、それはまた別の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日の夜、千秋楽を大盛況のまま終えた大帝国劇場は、突然のあざみの帰参に大いに驚きつつも歓迎した。

何せ事前に連絡が言っていないのだ。寝耳に水とはこのことである。

初舞台の千秋楽を無事に終えた打ち上げパーティーはそのまま望月あざみお帰りパーティーに様変わりし、この時ばかりは経費に厳しいカオルも紐を緩めて奮発してくれた。

霊子戦闘機も初穂とクラリス、そしてあざみの機体の実装が終わり、順風満帆とはこのことである。

 

「……」

 

夜の闇に包まれた大帝国劇場の屋根に、あざみは一人佇んでいた。

眼下の窓には、サロンで談笑する初穂たちの姿が見える。

その中心には、先ほどひと悶着があった隊長がいた。

 

「神山……誠十郎……」

 

花組という集団の中で、誰もの信頼を集める人物。

それは、自身の最も尊敬する一族の長を連想させた。

故に、自覚する。

彼の側にいる少女達を羨む自分を。

故に、自戒する。

最早その空間に自らが立ち入ることは叶わないと。

何故なら……、

 

「あれ、あざみさん?」

 

突然の声に振り返る。

そこには、昼間挨拶した青年が、太陽のような屈託の無い笑顔をこちらに向けていた。

 

「あなたは……、ミライ……」

 

「そう、ミライです。覚えてくれたんですね」

 

「里の掟47条。知った顔は忘れるべからず……」

 

知らぬ間に花組に加わっていた隊員の一人、御剣ミライ。

彼もまた、神山とは違う意味であざみの印象に残る人物だった。

一言で言えば、子供っぽい。

自分でも知っているような常識にも驚いて見せたり、有名人を知らなかったり。

 

「初穂さんたちとは、お話しなくて良かったんですか?」

 

「あざみは、いい。忍者は不要に表に顔を出すものじゃない。里の掟1条。忍とは『忍び耐える』者也」

 

「掟かぁ……、忍者って大変なんですね」

 

「それも修行。ミライは、ここに何しに来た?」

 

「僕ですか? ……星を見に来ました」

 

そう応えて、ミライは空を見上げる。

空は雲も無く晴れ渡り、無数の星が光り輝く。

ミライは、その中の一つを指差した。

 

「あざみさん、あの星が見えますか?」

 

「……あれ?」

 

ミライの指差す先に見える、一際強く輝く星。

その輝きは力強さと同時に、こちらを優しく包み込むような温もりを感じさせる。

 

「あれはM78星雲、ウルトラの星。ウルトラマンたちの故郷です」

 

「あれが……、ウルトラマンの……」

 

聞いたことがある。

この星の様々な場所で、降魔のみならず数多の脅威から街を、人を守ってきた伝説の巨人達。

そして今また、帝都に新たな巨人『ウルトラマンメビウス』が誕生し、花組と共に帝都の平和のために戦っているという。

 

「あざみさん、僕達も同じです」

 

「同じ?」

 

「ウルトラの星が常に地球を見守っているように、僕達も貴方を見守っています。……たとえ、あなたが僕達に言えない何かを抱えていたとしても」

 

「そ、それは……!」

 

そうだ。

ミライは普段こそ天真爛漫な子供のような性格だが、ふとしたときに別人のようにこちらの心境を鋭く見抜いてくる。

今もそう。

屋根の上からサロンの様子を羨む自分の姿だけで、ミライは自分に極秘の任務があることを見抜いていた。

そして……、

 

「無理に言わなくていいんです。ただ……、苦しくなったとき、自分だけではどうにもならなくなったときは、迷わず呼んでください。僕達は、何があってもあざみさんの味方です」

 

「……ミライ……」

 

見抜いた上であえて聞かない。

それが御剣ミライという人間の優しさだった。

自分から暴くことは決してない。

こちらから打ち明けるまで、ただ胸の中にしまい続ける。

こちらを信じて、全てを委ねてくれる。

だから、安心できる。

彼は味方だと。頼れる存在であると。

 

「ミライ……」

 

だからだろうか。

 

「……お願いが、ある……」

 

あざみは、普段なら絶対にしない頼みを、彼に託した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千秋楽の興奮から一夜明け、地下に存在する作戦司令室には花組隊員一同が顔を揃えていた。

今朝になり、帝都全体で頻発する怪事件について情報共有が言い渡されたためだ。

姿を見せぬ不穏な影の存在に、各々の表情も険しいものに変わる。

 

「あざみさんは?」

 

召集を異渡した張本人が、姿を見せない人物の名を上げる。

言いにくそうに答えたのは、さくらだった。

 

「はい……、召集があってすぐ部屋を訪ねたんですけど……」

 

「いなかったのね?」

 

「はい……」

 

その答えに、すみれの表情に険しさが増す。

するとその様子に取り繕うように、初穂が口を開いた。

 

「だ、大丈夫だって。今までも月組の任務が重なっていつの間にかいなくなってたこともあったし……」

 

「そうね。でも、今はいなくなっていることが問題なのよ」

 

だがその方便も、場の空気を余計に重くするだけだった。

そんな中、神山は意を決して指令に問いただした。

 

「神崎司令。その怪事件とは一体? あざみとなにか関係が?」

 

「順を追って説明するわ。カオルさん、モニターに映して」

 

すみれの指示でカオルが手元のパネルを操作する。

すると帝都全体を写していた電光マップが、ある一つの新聞記事に切り替わった。

 

「先月から、帝都全体で謎の失踪事件が相次いでいます。被害者は子供から高齢者まで接点がなく、交友関係も存在しません」

 

「つまり、無差別に拉致されているということ?」

 

「それだけやない。行方不明になってから数日後に、被害者はいずれも死因不明の遺体となって発見されとる。司法解剖の結果、どれも発見されたその日に殺されたみたいやな」

 

モニターが新聞記事から10人弱の人間の顔写真に切り替わる。

年齢、性別、出生地、交友関係、すべてが整合性の無い犠牲者達の顔写真。

その中の一つに、初穂が声を上げた。

 

「おい……、あれ、ひろみさんじゃ……!?」

 

その声に、さくらやクラリスも悲鳴のような声を出しかけ、必死にこらえる。

明らかに顔見知りを見たときの反応だ。

 

「初穂、知ってるのか?」

 

「ああ……、銀座の和菓子屋さんで、よく楽屋用の菓子を買いに行ってたんだ……」

 

「この間からずっと閉まってて不思議に思ってたんですけど……、こんなことになっていたなんて……」

 

「これまで発見された行方不明者は7名。唯一遺体が見つかっていないのは、本郷ひろみさんだけです。しかし……」

 

「最悪の事態は、覚悟しておいたほうがよさそうね……」

 

冷静に、だが容赦の無いアナスタシアの言葉に、一瞬希望を見出しかけたさくらたちの表情が歪む。

確かにそうだ。

拉致した挙句に何らかの形で殺害し、ゴミ同然に捨てていくような非道な犯人のこと。

ここでひろみだけを生かしておく必要も理由も無い。

だがここで神山にはある疑問が湧き上がった。

これまでの話の流れが、あざみの所在に結びつかない。

着任当初から月組に出向し隠密調査に従事してきたあざみ。

そんな彼女が帝劇を空けていくことが指して珍しくないことは、初穂の証言からも明らかだ。

では何故、すみれはここであざみの所在を気にしているのか。

その理由は、次の画像が物語っていた。

 

「そしてこちらが、遺体発見現場に残されていた遺留品です」

 

「これは……、忍具!?」

 

神山は一瞬目を疑った。

それはどう見ても忍者が用いるクナイと手裏剣。

何故そんなものが犯行現場に残されていたというのだ。

 

「月組隊長の証言によれば、あざみさんは花組への異動を言い渡された後も深夜に独自で動いていたというわ」

 

「そんな……、あざみの仕業だって言うのか!?」

 

たまりかねたように立ち上がり、初穂が叫んだ。

その顔は怒りと戸惑いと悲しみが混ざり、震えている。

 

「アタシはアイツを知ってる! あざみは人殺しのために手裏剣を投げるようなやつじゃない! こんなこと……こんなことあざみがやるわけ無いだろ!!」

 

「初穂さん、落ち着いて下さい。まだあざみさんが犯人とは誰も……」

 

隣に座るミライが宥めかけたときだった。

隊長責に座る男が、こう言い切ったのである。

 

「そうだな。少なくともあざみは、拉致された被害者の殺害には関与していないだろう」

 

「え? でも、現場には手裏剣やクナイが……」

 

そう言いかけるさくらに、神山は人差し指を立て、順番に解説を始めた。

 

「確かに一見すると、用済みとなった被害者を現場でクナイや手裏剣で殺害したように見える。だが考えてみて欲しい。もし殺害が目的なら、わざわざ拉致する必要があるだろうか」

 

「そうね。物騒な話だけど、殺害だけならその場で行うことも出来るわ」

 

アナスタシアの補足で、さくらたちも確かにと頷いた。

殺害が目的なら、拉致せずともその場で始末すれば済む話である。

わざわざ人目を盗んで連れ去り、人目の無い時間帯に連れてきて殺害する、というのはあまりに非効率だ。

しかしだとすると、犯人の目的はなんだろうか。

 

「そして拉致する必要があったとして、殺害時にこうした証拠を残すことが不可解だ。実際、拉致が起きたときは何の証拠も無かったんだろう?」

 

「それじゃあ、なぜわざわざ殺害時に証拠を……?」

 

核心を突くクラリスの問いに、神山は重々しく頷いた。

 

「そうだ。わざわざ身元がバレるような手裏剣を現場に残していったのか。これは仮説だが、犯人はこの一連の犯行を誇示しようとしていると思う」

 

「この失踪事件を、誰かに見せ付ける、ですか……?」

 

「その相手が俺達なのか、他の誰かなのかは分からない。だが犯人は、敢えて現場に忍具を残すことで、この一連の犯罪に忍の存在を匂わせている。そうすることで何らかの利を得ようとしているんだ。もしくは……」

 

「あざみさんの犯行に見せかけて立場を危ぶませるため、ですね?」

 

「俺の見解は以上です。司令は、どう思われます?」

 

ミライの結論を肯定し、改めてすみれに視線を移す。

険しい顔をしていた総司令も、納得した様子で安堵の笑みを浮かべた。

 

「私もそう思いますわ。まるで煙のように被害者が消えた拉致の状況と比べ、遺体発見時の状況はあまりにお粗末が過ぎます」

 

「じゃあ、あざみは……」

 

「関わっている可能性は否定できないが、恐らく本意ではないだろう。もし意図的に関わっているなら、花組異動を命じられた時点で完全に行方をくらませるはずだ」

 

少なくともあざみが能動的にこの事件に関与している可能性は、限りなく低くなった。

だがそうなると、ますますあざみの行方と安否を確かめる必要が出てきた。

本意でないとなると即ち、別の誰かに弱みを握られるなどして従わされている場合も考えられるためである。

 

「隊長、その事なのですが……」

 

「どうした、ミライ?」

 

早速あざみの足取りを追うために各々動くべきかというところで、意外な人物が声を上げた。

ミライである。

 

「昨晩、あざみさんから手紙を預かっているんです。自分を探そうとしたときに、渡すようにと……」

 

「あざみが……? こ、これは……!?」

 

受け取った手紙には、こう記されていた。

 

『神山隊長、以下隊員の皆。

 

この手紙を読んでいるという事は、あざみの行方を捜そうとしている事と存ずる。

 

だが、すまない。あざみの事を皆が知ったと気取られると、すべてが終わってしまう。

 

どうか探さないで欲しい。あざみは必ず戻ってくる。

 

望月の名に誓い、どうか信じて欲しい』

 

手紙の内容は、事態を察知されないための念押しだった。

やはり何か弱みを握られているのだろう。

自分達がそれを知ったと悟られれば、あざみにとって不都合なことが起こる。

だからこそ自分達を頼れない。単独で動かざるを得ないのだ。

 

「探さないでくれったって……、じゃあどうすれば……」

 

「平常を装う、ということかしら。あくまでこちらは相手の動きに気づいていない。そう見せかければ、彼女の懸念を少しは軽くできるんじゃないかしら」

 

確かにアナスタシアの言うとおりだった。

あざみがわざわざ書置きまで残して懸念しているのは、自分達があざみの動向の異変に気づいたことによる状況の悪化。

あざみの身に異変が起きていると自分たちが気づいたことで、彼女の状況が悪化することに繋がるのなら、それは避けなければならない。

ならば今自分達の取れる最善のアクションは、何事も無いように装うことだ。

手分けしてあざみの行方を捜したところで、隠密活動は向こう側が長けている。見つかる可能性はまず無い。

ならばそうして無意味なリスクを犯すより、彼女を信じて少しでも懸念材料を減らすよう動くべきだろう。

 

「だがいつまでも動かないわけには行かない。タイミングを決めよう」

 

しかし同時に、これだけの被害が水面下で起きている状況を静観できるわけではないことも事実だった。

月組をして不覚を取ったという事は、相手は降魔か人外の存在である可能性が拭いきれない。

そうなれば生身一つのあざみだけでは危険だ。

故に神山はある段階まではあざみの指示通りに平静を装いつつも、それを境にあざみを捜索、救助に向けて動くことを決めた。

 

「刻限は今日の深夜12時。それまでにあざみの安全が確認できなかった場合、花組全員で捜索を開始する。それまでは可能な限り平静を装うように」

 

「「了解!!」」

 

恐らく花組にとって、今までで最も長いであろう一日が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

既に太陽は沈み、帝都の町を夜の闇が包み始めていた。

人通りが徐々にまばらになり、人気の無くなった銀座の路地裏。

その中を、ひた走るひとつの小さな影があった。

帝国華撃団月組隊長『西城いつき』である。

日中身動きの取れない花組に代わり、あざみの安否調査を買って出たいつきは、日の出から今に至るまで彼女の行方を人知れず追い続けていたのである。

 

「(品川、浅草、日本橋……いずれも眼は残っていた。とすれば……)」

 

月組は周辺調査に際し、各地区の境に目立たないように目印を残している。

通常ならば人の出入りの無い場所のそれが踏まれるなどして消えていた場合、普通ではない『何か』がそこを通過したことを意味するもの。

同様に異変を発見した場合、そこに通じる眼を意図的に消すことで仲間に急を知らせることも出来る。

月組はこれを『眼』と名づけ、帝都周辺の調査の切欠としていた。

銀座周辺から周囲に繋がる眼はいずれも健在。

とすれば敵またはあざみはその場所を通過していない。この銀座の区域内にいるということだ。

 

「……!」

 

何かを目にしたいつきが足を止めた。

眼が消えている。

踏み荒らされたのではない。刃物か何かで地面ごと抉った跡だ。

この消し方はあざみ。それも急を要する。

 

「こっちか……!!」

 

廃墟の立ち並ぶ一角。

そこから感じる只ならぬ悪寒に何かを感じ、いつきは駆ける。

願わくば、無事でいて欲しい。

あざみも、ひろみも無事であると信じたい。

そして……、

 

「あざみっ!!」

 

駆け抜けた先に見えた人影に、いつきは思わず叫んだ。

探して件の少女は、そこにいた。

だが反応が無い。

まさか……、

 

「あざみ……、これは……!!」

 

みればあざみは、浅くは無い傷を負っていた。

隠密にはやや不向きな黄色の目立つ服。

その右わき腹に包帯が巻かれ、血が赤黒く滲んでいた。

地面に転々と残された血の跡。

まさか、手傷を負ってここまで逃れてきたのか。

 

「……い……、いつ……き……?」

 

弱弱しい声が聞こえた。

眼を閉じたまま、こちらの名を呼ぶ。

その姿は、明らかに……

 

「あざみ、しっかりして! 何があったの!?」

 

振動を与えないように注意しつつ抱きかかえて呼びかける。

息遣いが荒い。僅かに苦悶に顔をゆがめている。

何かにやられたのか。

裂傷にしては広い。出血量からすると深くは無いのかもしれないが、時間が経っているとなると失血が……、

 

「い……つき……、逃げ……て……」

 

「逃げてって、一体どうし……、!?」

 

そこまで口に仕掛けたとき、いつきは見てしまった。

 

「な……!?」

 

最初に感じた異変は、急に弱くなった月明かりだった。

今日は満月。ましてや周囲に遮る建物など無い。

何事かと思い顔を上げると、それはいた。

 

「何だ、コイツ……!?」

 

それは、明らかに通常の生物とは逸脱した体をしていた。

限界まで肥大化し、家一軒はあろうかという巨躯。

炭のように黒く変質した固い皮膚。

こちらを見下ろす赤い一つ目と、耳元まで大きく裂けた顎。

そしてその全身を包み込む、視認できるほどの濃度で溢れ出る妖力。

降魔とは似て非なる正体不明の怪物が、こちらを見下ろしていた。

 

「……、くっ!!」

 

腕を振り上げる怪物に、咄嗟にあざみを抱えて飛び退る。

目標を失った豪腕はその場の地面に深々と突き刺さり、四方八方に亀裂を生み出した。

何という威力だ。

あんなものをまともに喰らえば、とても……

 

「何なのアレは……!? 降魔……、それとも……」

 

ひび割れた地面から腕を引っこ抜く怪物を凝視したまま、いつきはゆっくりと後ずさる。

幸い動きは素早くはなさそうだ。

あの隙だらけの動きからして、知能もさして高くは無いだろう。

ならば気取られぬように少しずつ距離を離していけば……、

 

「ゴオオオオッ!!」

 

「!?」

 

再びあざみを抱えて逃げようとした矢先だった。

何と先ほど距離をとったはずの怪物が咆哮を上げると、信じられない速さで眼前に迫っていた。

バカな。

先ほどの動きは、こちらに動きが鈍いと誤認させるためにわざと外したというのか!?

 

「ごふっ!?……が……」

 

豪腕に押しつぶされるように叩きつけられた背中が嫌な音を立てた。

衝撃で呻きに血が混じる。

まさか、ひろみもコイツにやられたのか。

 

「ぐっ……うう……」

 

せめてあざみだけはと傷ついた体を鞭打って覆いかぶさる。

再起を果たしたはずの月組であったが、思ったより早い終焉であった。

元々二人で再出発したばかりの隠密部隊。

だが時がたてば、また新たな月が夜の帝都を照らすであろう。

 

「ゴオオオオオッ!!」

 

こちらを踏み潰さんと、怪物がその足を振り上げる。

そのときだった。

 

「……え?」

 

一瞬、いつきは何が起きたのか分からなかった。

自分は今、この巨大な怪物によって踏み潰されたはず。

だが、その無慈悲な死の一撃は、今だ襲ってこない。

何事かと顔を上げたとき、信じられない光景が広がっていた。

 

「間に合ったか」

 

「そのようだな」

 

黒と白。

剣と拳。

男と女。

一つの共通点も見出せない男女が、こちらを守るように怪物の前に立ちはだかっていた。

 

「ゴオオオオッ!!」

 

標的を男女に変え、怪物が再び巨腕を振るい襲い掛かる。

動いたのは、男だった。

 

「ぬぅん!!」

 

真正面から迎え撃つように右の拳を突き出す。

瞬間、右腕から青白い光が溢れたかと思うと、その豪腕は巨腕へと肥大化と遂げた。

 

「ずああっ!!」

 

右腕の光が輝きを増し、閃光を放つ。

それにたじろぐように怪物の体が泳いだ時、今度は女が動いた。

 

「月下に彩られし雪原の華よ……、風と共に闇を斬れ! 天剣・雪月風花!!」

 

その腰に据えられた細身の刀が、淡い光を纏って袈裟懸けに怪物を切り伏せた。

一撃。

あの怪物を、彼らは只の一撃で仕留めて見せたのだ。

一体何者なのだ。

 

「我々は君達の敵ではない。その証拠に、総司令は我々の顔を知っている」

 

こちらの心理を呼んだかのように先に女が背を向けたまま答えてしまった。

続けて男が倒れ伏した怪物に歩み寄る。

 

「総司令に伝えなければならん。『神器』が必要だと」

 

聞きなれぬ言葉に眉をひそめる。

だが次の瞬間、信じられない光景が飛び込んできた。

 

「……、ひろみさん!?」

 

それは、怪物を包む妖力が消えうせたときだった。

まるで卵の殻が割れるように、怪物だったものの皮膚がひび割れて崩れ、中から行方の分からなくなっていた月組隊員が現れたのだ。

今だ意識は無いが、確かに胸が呼吸で動いている。

安堵のあまり、思わず足の力が抜け、へたり込んだ。

 

「手負いの身で済まないが、総司令の元まで同行してくれるか?君の証言も必要だ」

 

「……ええ、もちろん」

 

本当は下手に動きたくないところだが、この状況では一分一秒が惜しい。

あざみとひろみを抱えて歩き出す二人の背中を、月組隊長は一瞬肩をすくめ追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

重傷を負ったあざみが保護されたという一方に、夜の大帝国劇場は騒然となった。

何せ今だ連絡の無い彼女に痺れを切らしていよいよ捜索に乗り出そうかという矢先の事態である。

あざみは直ちに医療ポッドによる治療が開始され、花組隊員達は再度作戦司令室に集まった。

 

「師匠!? どうしてこちらに!?」

 

作戦司令室に入るや否や、最初に驚きの声を上げたのはさくらだった。

師匠と呼ばれた銀髪の女性も、さくらを見て柔らかい笑みを浮かべる。

 

「成り行きでね。久しいなさくら、鉄幹殿に聞いてはいたが、元気そうで何よりだ」

 

「さくら、知り合いか?」

 

「はい、私に剣を教えてくれた『村雨 白秋』さんです。父の古い友人で、その縁で……」

 

「私は『天川 銀河』。白秋殿と知った顔ゆえ、立ち入らせていただいた」

 

「その剣技で此度のあざみさんの窮地を救ってくださったこと、この場を借りてお礼申し上げますわ」

 

白秋とその横に立つ銀河と名乗った男に、すみれは深々と頭を下げて礼を述べる。

白秋は遠慮がちにそれを制すると、この場の全員を見渡し話し始めた。

 

「先ほど花組隊員の一人、望月あざみ殿と、月組隊員本郷ひろみ殿を保護した。大まかに言えば、何者かに変異させられ自我を失っていたひろみ殿から、あざみ殿を救助したというべきか」

 

「ひろみさんが変異って、どういうことですか!?」

 

「ひろみ殿は何者かの手によって体内の霊力を根こそぎ奪われ、代わりに妖力を注入されていた。その結果理性を失い、眼に映るものすべてを破壊する怪物となっていたんだ」

 

にわかには信じがたい話だった。

人間の体内には代償の違いこそあれど霊力が存在し、その枯渇は生命力の枯渇を意味する。

そこに降魔の原動力たる妖力を注ぎ込むことで怪物化させるというのは、聞いた事が無い。

 

「遂に、現実が追いついてしまったのですね」

 

「ああ。『降鬼』は降魔と並び、人類を阻む存在……。既にそのカラクリを悪用するものが存在していたのだろう」

 

「降鬼……、変異された怪物をご存知なんですか?」

 

まるで昔からその存在を知っていたかのように語る銀河に、神山が問いかける。

銀河は、重々しい表情のまま頷いた。

 

「ああ。恐らく降魔の中で悪知恵の働くものが、拉致した人間に興味本位で妖力を注入したのだろう。私も以前相対したことがあるが、元が人間であるだけに只単純に倒すというわけにも行かないのが厄介なところだ」

 

「じゃあ、今まで発見された遺体は……」

 

「あざみ殿が人知れず戦い、止む無く倒したのかもしれん。そもそも一度霊力を抜き取られた時点で、その人間が息を吹き返す確立はあまりにも低い。ひろみ殿は奇跡的にも霊力が残されていたから、辛うじて生きていたのだ」

 

ここに来て、事態は風雲急を告げていた。

帝都民の失踪に始まる連続怪死事件。

それは降魔かそれに準ずる何者かが人々を拉致し、霊力を奪い妖力を注ぎ込むことで未知なる怪物『降鬼』を生み出していたというものだった。

そしてそれを、何らかの弱みを握られた望月あざみが一人孤独に戦い続けていたというのだろう。

だとすれば異動が言い渡されて尚深夜に単独で動いていたことも、こうして自分の捜索を拒否したことも、傷を負っていたことも説明がつく。

 

「クソッ! こうしちゃいられねぇ! 隊長さん! 今からでもあざみに降鬼だか国旗だかけしかけたクソ野郎ぶちのめしてやろうぜ!!」

 

「オレも賛成だが……、敵の本拠地が分からない。帝都内のどこかに潜伏しているとは思うが、破壊活動も行っていない相手には、先手が取れないんだ」

 

真実を知りいきり立つ初穂に同意しつつも、神山は力なく首を振る。

自分達は防衛組織だ。敵が攻撃の動きを見せない以上、これに対応することは出来ない。

帝都民を幾人も殺生した挙句、仲間に深い傷を負わせた敵を許すことなど到底出来ないが、こちらから手出しのしようが無いというジレンマに、誰もがやりきれない。

その気持ちを代弁したのは、他ならぬすみれであった。

 

「分かりました。あざみさんが意識を取り戻し次第、今度こそ詳細を伺いましょう。そして今度は、花組全員を持って悪を沈めます。この帝都でこれ以上の蛮行、許してはなりませんわ」

 

「「了解!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

燃えていた。

 

その日、何もかもが燃えていた。

 

「ハァ……、ハァ……、ハァ……!!」

 

悲鳴と爆音が木霊し、燃える炭や死体を避けて、舐めるように肌を焼く炎に巻かれながら逃げ惑う。

 

「(この芽を毎日欠かさず飛ぶ。さすれば敵の刀など容易く跳びかわせるじゃろう)」

 

ウコンは腰から下が無かった。

 

「(おうあざみ! でけぇイノシシが獲れたぞ! 今日は豪勢に鍋だぁ!)」

 

センゾウはお腹の中身が溢れていた。

 

「(大きくなったら一緒に月組に入ろう! 立派なくのいちになって帝都の平和を守るんだ!)」

 

すずは手足をもがれて杭に突き立てられていた。

 

みんな、みんな死んでいた。

 

昨日まで、あんなに笑いあっていた里のみんなが、殺されていた。

 

「頭領……、頭領!!」

 

もつれそうな足を必死に走らせて、一縷の望みを賭けて獣道をひた走る。

 

そして、

 

「頭りょ……」

 

里の最奥にある屋敷の襖を開け放つ。

 

「……う……」

 

そこに、探し続けていた頭領はいた。

 

「……あ……ざ……、……み……」

 

半身を赤い池に沈めた、変わり果てた姿で。

 

「う……うわあああぁぁぁ……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ハッ!!」

 

世界がひっくり返ったとき、目の前に見えたのは緑色に染められた湾曲した天井だった。

少しだけとろみのある液体の中に漂っていたことに気づく。よく窒息しなかったものだ。

 

「そうだ、あの時……」

 

僅かに覚醒した脳が、先の不覚の記憶を映し出す。

あの妙に動きの素早い怪物に手傷を負い、いつきに助けられた。

ならば恐らくここは帝劇内部。

自分の実情も、知られてしまっているだろう。

 

「あれは……」

 

ふと、視線が隅に並べられた霊子戦闘機を向いた。

やっと配備された、自分の戦闘機。自分の機体。

自分も、戦える。

 

「……」

 

まだ、望みはある。

握り拳に、力を込めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても、大帝国劇場も久しぶりだな」

 

食堂の椅子に腰を下ろし、白秋は懐かしむように周囲を見渡す。

すみれと旧知であるという事からも、恐らく帝国華撃団再始動以前にここを訪れていたのだろう。

 

「かつての降魔大戦から時を止めていたこの場所が、君達の手で時を刻み始めた……。双方を知る身としては、感慨深いものを感じるね」

 

「し、師匠ったら、おばあちゃんみたいなこと言わないで下さいよ……」

 

自分と比べ大分気安く白秋と話すさくらの様子に、神山も二人の近さを感じる。

幼少期から花組入隊を志したさくらに一から剣を教えたという白秋。

こうして気を許している間ですら微塵の隙を感じさせない佇まいに、神山も剣を振るうものとして畏敬の念を抱かずにいられない。

 

「さて、君が神山誠十郎君だね?さくらから話は聞いているよ」

 

「改めまして、帝国華撃団花組隊長、神山誠十郎です。白秋さん、こちらこそお会いできて光栄です」

 

先ほどは有事ゆえに満足な自己紹介が出来なかったため、この場で改めて挨拶をする。

その様子に、白秋は何かに納得したように頷いた。

 

「良い顔をしているね。なるほど、さくらが気に入る訳だ」

 

「ちょっ……、やめてくださいよ師匠!!」

 

「え? え? どうしたのさくら?」

 

何やら意味深な言葉と共に目を細める白秋に、顔を真っ赤にして慌てだすさくら。

一人状況の分からない神山は、真顔のまま焦る。

すると、その様子が面白かったのか白秋はそっぽを向いて噴出した。

 

「フフフ、いや失敬。久しぶりに可愛い弟子をからかいたくなってね」

 

「もう、知りません!!」

 

羞恥に耐えられなくなったのか、バタバタと走って行ってしまうさくら。

その後姿を微笑みながら見送ると、白秋は改めて神山に向き直った。

 

「さくらは昔から芯の強い努力家だ。剣を持ったことが無いにも拘らず、私の剣の基本を身につけるまで数年しかかからなかった」

 

「はい。今も花組の根幹を支える、頼もしい存在です」

 

「だが、それは同時にさくらの短所でもある。一途であるが故に留まる事が出来ない。いや、留まることで停滞する自分を恐れているのだろう」

 

「それは、確かに……」

 

これまでのさくらを思い返し、神山も同意する。

花組に入ると決意し、一心に剣を学び、今は舞台で歌い踊ることを学び、ひたすらに研鑽の歩みを止めない。

常に何か前に進んでいなくては気がすまない。それが天宮さくらという人間だった。

今でこそ、それは花組の原動力の一つとしてプラスに機能している。

何事にも前向きで積極的な彼女の姿勢は、周囲の人間の意識も同調させてくれる。

隊長として、これほど頼もしい存在は無い。

だがその一方で、彼女のアイデンティティがその一点に集中しているという事実は、危惧しなければならないと言えた。

さくらといえば常に稽古か鍛錬のイメージばかり。

逆にそれを無くしてしまうと、さくらの特徴も何もなくなってしまうのだ。

それは、共に夢を誓い合い、共に叶えた幼馴染にも同じ事が言えた。

 

「私もさくらを幼い頃から見てきたが、前向きすぎるきらいは拭えない。修行と称して冬の川に何度飛び込んだことか……」

 

「そ、そんな事を……」

 

昔から彼女の行き過ぎた努力は顕在だったらしく、さしもの神山を苦笑いを浮かべるほか無い。

だがそれこそ、白秋が神山に一つの期待を抱いていた理由だった。

 

「だから隊長である君がさくらをどんな風に見ているか、把握しているか知っておきたかった。都合よく使い潰すような冷血漢でなくて安心したよ」

 

「俺にとっても、さくらは大切な仲間であり、幼馴染です。隊長として、しっかり彼女を支えて見せます」

 

「良い言葉だ。頼んだぞ、神山君」

 

力強い返事に、微笑と共に頷き返す白秋。

だがこの時、神山は気づいていなかった。

彼女の紅の引かれた唇が、僅かに動いていたことを。

 

「……ただ、今のさくらには50点かもしれないな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「銀河さん!!」

 

作戦司令室から解散し、各々が一時的に休息を取るため自室へと戻る中、ミライは一人あの場にいた男の背中を追っていた。

その背中を見かけたのは大帝国劇場来賓玄関口。

扉を開こうと手をかけたその背中に、ミライは思わず叫んでいた。

 

「……何か?」

 

黒ずくめのコートが振り返る。

高い身長も相まって、こちらを見下ろす威圧感に圧倒されるミライだが、怖気づく事無く尋ねた。

 

「貴方は……、貴方も、なんですか……?」

 

僅かに言葉に迷いながら、ミライはそう問いかけた。

最初に感じたのは、他の人間には感じなかった違和感だった。

自分と同じ、『光』を持つものにしか感じない波動と感覚。

それが、眼前の青年から確かに感じた。今まで感じたことの無い、強さと悲しさを含んだ、光の波動。

そしてそれは、向こうも同じはず。

ならば彼もまた、自分の光に気づいたはずだ。

もしそうなら、彼は……

 

「……そうか。あの感覚は、君だったのか」

 

「……やっぱり!」

 

返ってきた答えは、肯定だった。

途端にミライの表情はほころぶ。

間違いない。

彼もまた、自分と同じ光だ。

この星の平和を守る、戦士の一人なのだ。

そう確信したミライは、弾けんばかりの笑顔で笑いかけた。

 

「僕は御剣ミライ! 貴方と同じ、この星の平和を守る使命を託されたものです!」

 

「……ミライ……か……」

 

「はい! ……どうかされました?」

 

「いや、すまない。こちらの私情だ……」

 

「あっ、待ってください!」

 

一瞬自身の名に顔を歪めかけたことを不思議に思いながらも、背を向ける銀河を呼び止めるミライ。

 

「銀河さん! 貴方はご存知なんですか!? 10年前、降魔皇と戦った彼らのことを!!」

 

あの日、自分をこの星へと導く切欠となったウルトラサイン。

そのときの戦いの顛末を、自分は僅かしか知らない。

だからこそ今、この場にいる生き証人に聞きたかった。

あの日、あの時、この星で何があったのかを。

 

「……少なくともあの瞬間、この星の進む道は確かに変わった」

 

「え……?」

 

「本来ならば君も、私も、この星に来ることは無かった。だが今……たしかに希望は芽吹いている。それだけは紛う事なき事実だ」

 

「銀河さん……、貴方は、一体……」

 

まるで自身がこの星の、この世界の人間ではないかのような口ぶりに、戸惑いを隠せないミライ。

と、銀河はこちらを振り向き、問いかけた。

 

「ミライ君。桜の花がなぜ美しいか、知っているか?」

 

「桜の花、ですか……?」

 

「それは、儚くも強く咲くからだ。花びらひとつはそよ風に散ってしまうほどか弱い。だがそれでも、一つ一つの花びらは一瞬でも美しく咲こうとあり続ける。だから美しいのだ」

 

まるで思い出の何かを慈しむ様に、銀河は拳を握り、胸に当てて眼を閉じる。

それは、かつて記憶の中に大切な何かを置いてきてしまったような寂しさを、ミライに感じさせた。

 

「どうか忘れないで欲しい。君とともにある仲間達もまた、そんな花びらのような儚さを併せ持つと言うことを。その花びらたちを守ることができるのは今、君だけなのだ」

 

「銀河さん、それは貴方だって同じはずです……。そうだ、貴方も一緒に、花組で戦いませんか?」

 

そんな彼を慮り、ミライは共闘を申し出た。

この星を愛し、この星の命を慈しみ、この星の未来と共にあるのならば、自分達の目的は同じはず。

だが、銀河は陰りのある笑顔を残し、首を振った。

 

「すまない。私は必要以上に君達に干渉できない立場なんだ。それが、咎というものだ……」

 

「咎……? それは……」

 

「いずれ、分かる時が来る。いずれ……」

 

「……、銀河さん!!」

 

その言葉を残し、銀河は今度こそ夜の闇に消えていった。

開け放たれた扉が閉まる音を最後に、その場を静寂が支配する。

 

「咎……。一体何が……」

 

銀河の残したいくつもの不可解な言葉に、ミライは一人頭を悩ませる。

 

 

 

 

 

 

そのときだった。

 

 

 

 

 

 

「降魔警報!?」

 

「ミライッ!!」

 

警報と同時に、2階にいた初穂が血相を変えて飛んできた。

 

「初穂さん! 何かあったんですか!?」

 

「大変だ!! あざみが……、あざみが無限で出撃しやがった!!」

 

「な、何ですって!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この時をどれほど待っていたか。

 

思い返せば今でもはらわたが煮えくり返る。

 

『務めを全うした』

 

たった一言。

 

あの時、投げかけられた言葉はたった一言だった。

 

この身を懸けて生涯守ると誓った最愛の人の死は、わずか一言で片付けられた。

 

その瞬間、自分の中の心の核を成していた物が、粉々に砕けていく音が聞こえた。

 

務めとは何だ。誇りとは何だ。

 

それを全うし死んだ彼女に、一体何をしたというのだ。

 

こんなことのために、今まですべてを捧げてきたのか。

 

こんなことのために、彼女は死んだのか。

 

失意は疑心に変わり、疑心は絶望に変わり、やがて絶望は狂気へと変わる。

 

そんな自分に、振り向いてくれる者がいた。

 

『帝都が憎いか』

 

その男はそう問うた。

 

是と答えた。

 

妻を奪い、挙句捨てた街など、守るに値せず。

 

『気に入った。一緒に帝都を潰そう。力なら貸してやるさ、いくらでもな』

 

その瞬間、忍の、人の矜持は全て捨てた。

 

簡単だった。

 

少なくとも手錬であったはずの老兵が、時代を継ぐはずの若葉が、

 

みんながみんな成すすべなく豆腐のように引きちぎられ、虫のように潰されていく。

 

こんな滑稽な見世物があろうか。

 

こんな愉快な見世物があろうか。

 

狂ったように嗤った時、また声が誘った。

 

『知ってるか?人間は霊力を抜かれると死んじまうんだ。けどよ、代わりに俺たちの妖力を入れたらどうなるんだろうな』

 

新しい楽しみが始まった。

 

平和ボケした町の人間など、気取られずに連れ攫うなど造作も無かった。

 

とにかく様々な人間で試した。

 

年老いた人間は耐えられるか。

 

子を孕んだ女はどうなるか。

 

歳幼いガキにはどうか。

 

『やめてくれ!! 足の不自由なお袋が……、僕が介護しないと……』

 

『お願いです……! お腹の子は……、あの人との子供だけは助けて……!!』

 

『ママー!! パパー!! 痛いよーー!! 痛いよーーー!!』

 

どの断末魔も忘れられない。

 

お前達が殺した妻の苦しみに、無念に比べればなんて小さなものだ。

 

こんな奴らに妻は殺されたのだ。

 

泣け、喚け、許しを請え。

 

そうしたら眼を抉り、耳を裂き、喉を破ってもっともっと苦しめてやる。

 

楽しかったな、あれは。

 

そして、最高のチャンスが巡ってきた。

 

帝国華撃団花組。

 

かの大戦の折に消滅したはずの霊的組織が復活した。

 

ちょうどいい。

 

今や崇拝するあの御方に認めていただくために、これほど素晴らしい首は無い。

 

どうやって殺してやろうか。

 

身動きを封じて一人ずつ生きたまま解体しようか。

 

全員纏めて閉じ込め、誰か一人だけ助けると嘯いて殺し合わせるのもいいな。

 

結束など名ばかり。自分だけ助かろうと醜態を晒すに違いない。

 

そう思っていた。

 

だが……、

 

「……貴様だけか」

 

「いかにも」

 

落胆の色を露骨に見せると、ヤツは一丁前にクナイを抜いて見せた。

 

こんな滑稽な話があるか。

 

技量も経験も天地の差があるこの俺に、忍の術で勝負するつもりか。

 

全くばかげた話だ。

 

それならその首を持って憎き帝国華撃団に、帝都に凱旋するとしよう。

 

「里の掟49条。裏切り者には、死、あるのみ」

 

「片腹痛いわ。虫けらは消えろ!」

 

即座に配下の機械兵たちを差し向ける。

 

さあどうだ、これでお前は袋のネズミ。

 

醜く命乞いをしろ。

 

そうすればこの世で最もむごい死に方をさせてやる。

 

「花組は……、最後の家族。あざみが、絶対守って見せる!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

けたたましい警報が鳴り響く中、作戦司令室には焦燥を表情に浮かべた花組が顔を揃えていた。

理由は言わずもがな、この場に残された空席の人物である。

 

「話に聞いていると思うけど、つい先ほど意識を取り戻したあざみさんが、無限で単独出撃しました」

 

「通信機能も遮断され、こちらからの連絡は出来ない状況です」

 

「追いかけようにも他の霊子戦闘機はご丁寧に機関部にクナイが刺してあって使用できひん。今司馬はんに緊急整備してもろとるけど、出撃まで時間がかかるやろうな」

 

「あざみ……、何でこんな無茶を……!!」

 

誰にも気取られずにことを起こしたという事は、恐らく意識を戻してすぐに出撃したということ。

只でさえ傷がいえていない状態で、一人で出撃するなど自殺行為だ。

一体何があざみをここまで突き動かすというのか。

真意を測りきれず答えのない問答が続く。

だが、その答えは意外なところから齎された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……一族の……、裏切りです……!」

 

 

 

 

 

 

 

「ひろみさん!?」

 

その言葉と共に作戦司令室に姿を見せたのは、いつきに肩を借りながらおぼつかない足取りで歩くひろみだった。

恐らく彼女もまだ意識を取り戻して間もないのだろう。

いつきに支えられているとはいえ、いまにも倒れそうだ。

 

「すみません、司令。あざみの話を聞いて、何としても伝えなければならないと……」

 

「そうね。今やあざみさんの真実を知るのは貴方だけですわ。ひろみさん、あざみさんに何があったの?」

 

神山に椅子を譲ってもらい、腰を下ろしたひろみは、時折深呼吸をはさみながら話し始めた。

 

「いつきちゃんの命令で密かにあざみちゃんの動向を探ってすぐでした……。人気の無い路地裏で、何者かに襲われたんです」

 

「隠密のプロの月組でも気づけない相手か……」

 

「次に意識を戻したとき、私は知らない洞穴の中で拘束されていました。周囲には同じように牢に繋がれた人たちが何人もいて……その中心で……」

 

「実験が行われていたのね。霊力を搾り取り、妖力を流し込んで降鬼を生み出す実験が……」

 

「奴らは二人でした。私の正体も感づいていたみたいですが、どうせ殺すなら変わりないと、気にも留めず……」

 

それは、語るにおぞましい降魔実験と花組殲滅計画の全貌だった。

帝都で無作為に拉致した人間を降鬼に作り変えて通り魔的に市民を襲い、花組を誘い出す。

しかし降鬼の中身は人間。倒した後に死体が発見されれば、たちまち帝国華撃団は帝都民を殺害した国賊として信用を失う。

そうして人々の疑心を煽ったところで本格的に降鬼を大量生産して帝都中枢を攻撃。

功を焦ってこちらの本拠地を攻めてきた花組をいくつもの罠で一網打尽にしようというものだ。

 

「奴らは最後にあざみちゃんを嗤っていました。『頭領の名を出すだけで折れるような軟弱など望月には不要。ヤツの首を以って、望月流は真に降魔に忠誠を誓う』と……」

 

瞬間、花組の誰もが怒りに拳を振るわせた。

大切な仲間のあざみを、まだあどけなさの残るあざみを、愚弄し利用した挙句に殺すつもりだったとは。

 

「……その男の名は?」

 

「望月バラン……。かつて月組に所属していた男です」

 

静かに怒りを押さえ込みながら問うすみれは、返ってきた答えに納得した。

覚えている。

去る任務で妻を失い、失意の中月組を離れた男。

それがまさか、あろう事か里を裏切り、降魔に寝返っていたとは。

 

「司令、ご存知なんですか?」

 

一瞬、躊躇する。

この事実をあざみのいないここで言うべきか。

だが最早隠し通せるものではない。

すみれは心の中であざみに詫びると、重い口を開いた。

 

「望月バラン……。代々月組に助力してきた望月流の中でも、手錬として通っておりましたわ。ですがある任務で、妻のハツネさんを亡くされてから除隊。里に帰参していたはずでした」

 

任務で命を落とすことは、特に隠密諜報が任の月組では珍しいことではない。

だが、バランはその心の傷によって狂人と化した。

 

「そして月日が経ちあざみさんを花組にスカウトした翌日。望月の里は何者かに襲われ、全滅したの。生存が確認できたのは谷の下流で意識を失っていた、あざみさんだけでしたわ」

 

「まさか、それがバラン……」

 

「ずっと不審に思っていましたわ。望月流の頭領たる『望月八丹斎』殿は様々な忍術に卓越したいける伝説も同然のお方。そんな方が纏める忍びの隠れ里が一晩で全滅するなど、人外の力でもない限りありえないこと」

 

今、あざみを巡るすべての真実が明らかになった。

かつての任務で妻を失ったバランは里を裏切り、恐らくは降魔と手引きして里を強襲。

あざみを除くすべてのもの達を殺害し、里を滅ぼした。

その後降魔の配下として実験用の人間を拉致し、降鬼としてけしかけた。

更に事態に気づいたあざみには、『頭領が生きている。会いたければ誰にも言うな』などと脅迫したのだろう。

だとすれば自分達に気づいていないふりをするよう書置きを残していたあざみの行動も納得できる。

そして今、他の無限を破壊して自分だけ単独出撃したのも……、

 

「あざみちゃんは、自分で決着をつけるつもりなんです! 最後の家族である花組だけでも守り抜くために、自分を犠牲にしてでも戦うつもりなんです!!」

 

それは、最早死をも覚悟した捨て身の特攻だった。

恐らく聡明なあざみの事、バランの言葉が嘘であることは感づいていたのかもしれない。

だが、家族であった頭領の命を天秤に賭けることなど出来なかったのだろう。それが人間だ。

 

「帝都に恐怖を撒き散らし、帝都民の命を虫けらのように弄び、挙句儚い命を愚弄し嘲笑するその所業……。断じて許すわけには参りませんわ!」

 

その場の誰もが抱いていた怒りのすべてが、その言葉に集約されていた。

筆舌尽くしがたい鬼畜の所業。

裁きのときは、来た。

 

「神崎司令! 霊子甲冑及び霊子戦闘機各機、応急処置完了しました!!」

 

「敵の本拠地は鳩ノ巣渓谷山頂、望月の隠れ里跡地です!」

 

「神山君、出撃命令を!!」

 

「はっ! 帝国華撃団花組、出撃せよ!! 目標、鳩ノ巣渓谷山頂! 望月あざみを救助し、降魔及び逆賊望月バランを討伐する!!」

 

「「了解!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帝都都心より西北西に進むこと2時間。

自然に囲まれた渓谷の先に、江戸の街を守り続けてきた忍の一族がいた。

名は『望月流』。かつて第六天魔王を成敗したとされる伝説の忍『飛び加藤』に師事した一派が興したとされる隠れ里である。

その不可思議な力で土や水を自在に操る技は諸大名の懐刀として長きに渡り重用され、この大正では都心防衛の隠密部隊の中枢として、その手腕を振るっていた。

 

「ここが、望月の里……」

 

その入り口に降り立ち、神山が呟く。

木々に覆われ、一見何もないように見えるが、その奥には明らかに人が生活していた痕跡が僅かばかり残されていた。

つい数ヶ月前まで、あざみはここで暮らしていた。

そう思うと、彼女の幸せを壊したかの敵に強い怒りを覚える。

 

「さくら、司令の言っていた刀は?」

 

「はい、ここにあります」

 

出撃直前、さくらには他ならぬすみれから別の命令が言い渡された。

それは、彼女が上京の際に持参した母の形見である刀「天宮國定」を持ってくることだった。

曰く、戦場で降鬼が出現した際に、それを人間に戻せる可能性があると。

確かに白秋と銀河がひろみを人間に戻したように、霊力を持つ家系の中でも特異な暦を持つ天宮家の霊力なら、あながち不可能ではないのかもしれない。

 

「神山さん、その先の渓谷に強い霊力反応の衝突を感知しました」

 

「きっとあざみや! 仰山敵に囲まれとるで!」

 

「神山君、直ちに向かって頂戴!!」

 

「了解!! 渓谷へ進撃する! 各機陣形を維持し前進せよ!!」

 

「「了解!!」」

 

まばらに見える傀儡騎兵の残党目掛け、花組は一斉突撃を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何匹倒したのか、もう自分でも分からなくなっていた。

四方八方から際限なく湧き出る敵を片っ端から殴り、蹴飛ばし、切り裂く。

軽やかな動きでほとんどの敵は一撃の下に沈められていくが、自身もまた無傷というわけには行かなかった。

何せ遠目から見れば波のような歩行者天国の群れだ。

一匹を潰す間に別の一匹が襲い掛かり、真新しい黄色の装甲は既に無数の傷に覆われている。

 

「邪魔!!」

 

また一匹、クナイを複数挟んだ鉤爪で引き裂いた。

これではキリがない。

そう判断すると、手裏剣を頭上に放ち、目にも止まらぬ速さで印を結ぶ。

 

「望月流忍法・奥義!! 無双手裏剣・影分身!!」

 

頭上の手裏剣がたちまち無数の手裏剣に大分身し、四方八方を暴風雨の如く暴れまわる。

周囲に群がっていた降魔の僕たちは、あっというまに鉄くずに姿を変えてしまった。

 

「バラン! お前がどんな罠にはめようと、どんな卑劣な策に出ようと、花組には指一本触れさせない!!」

 

わき腹の痛みをひた隠し、クナイを突きつける。

だがそれが空元気であることは、誰の眼から見ても明らかだった。

全身の装甲は無数の傀儡騎兵との戦闘で傷つき、戦闘の衝撃でわき腹からはまた血が滲み出している。

はっきり言って、こうして立っているだけでもかなり辛い状態だ。

それでも、あざみは諦めない。

両親は顔も知らない。

育ててくれた頭領と家族は、この場所で炎の中に消えた。

だからせめて、最後の居場所だけは、花組だけは守ってみせる。

例え、この命に代えても。

 

「ガキが一丁前に偉そうに……! ならばコイツらを試してやる!!」

 

言うや魔法陣が形成され、中から無限の5倍はあろうかという巨大な降魔が出現した。

全身に様々な機械のパーツを取り付けた降魔騎兵。

その名、『狂骨』という。

 

「どんな敵が相手でも、あざみは負けない!! 覚悟!!」

 

正面の1体に狙いを集中し、跳躍と共に手裏剣を放つ。

だが、

 

「なっ……!?」

 

正面の降魔は、手裏剣をまるで虫を払うかのように叩き落として見せた。

それだけではない。

お返しとばかりに両肩から妖力を圧縮したレーザーを発射し、あざみを狙い撃ちしたのである。

 

「うああっ!?」

 

予想だにしないカウンターを喰らい、制御を失った無限は容赦なく地面にたたきつけられボールのようにバウンドする。

痛みに耐えて起き上がろうとしたときには、既に周囲を巨体に囲まれていた。

 

「くっ……!!」

 

先ほどあざみを打ち落とした降魔が、ニヤリと口端と共に足を振り上げる。

出血と霊力枯渇によりまともに動くことの出来ないあざみには、最早敵を睨むことしかできない。

 

「(……頭領……、みんな……!!)」

 

あろう事か敵に一矢報いることすら出来ない己の非力を悔やみ、死を覚悟して眼を閉じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのときだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこまでだ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜の闇を切り裂く若い声と共に、疾風の如く躍り出た二刀が稲妻の如き一閃を以って巨大降魔を切り伏せた。

ハッとして眼を見開く。

そこには、いた。

最後に守ると決めた、仲間が。

 

「「帝国華撃団、参上!!」」

 

「……みんな……、どうして……!!」

 

嬉しさと戸惑いが混ざり、上手く声が出せない。

それをかき消すように、仲間達から飛んできたのは暖かい言葉だった。

 

「こっちのセリフだ! 水臭い事しやがって!! アタシらは仲間だろうが!!」

 

「今までずっと、私達を守ってくれたのね。本当にありがとう……!!」

 

「守られるだけが仲間ではありません。今度は私達が貴方を守ります!!」

 

「あざみ、どうか怖がらないで。私達は消えない。命の輝きを守る、その力があるから……」

 

「これ以上、貴方の居場所は奪わせない! そのために来たんです!!」

 

「互いに信じ守りあい、悪を蹴散らし正義を示す! それが俺たち、帝国華撃団花組だ!!」

 

「みんな……!!」

 

いつか枯れたはずの涙が、視界を滲ませる。

それは、安堵だった。

ここにてもいいのだ。

頼ってもいいのだ。

泣いても、いいのだ。

自分でいられるはずが無いと諦めていた場所は、今、確かに自分を迎え入れてくれたのだ。

 

「クックック……、待ちかねていたぞ帝国華撃団!!」

 

「お前がバラン……、この事件の黒幕だな!!」

 

「許さない……! あざみの居場所を奪って、こんな目に……」

 

「テメェだけはぶん殴るじゃ気が済まねぇ! 覚悟は出来てんだろうな!!」

 

ようやく現れた獲物に凄絶に嗤うバラン。

対峙する神山たちを舐めるように一瞥すると、獲物を捉えた猛禽のように目を細めた。

 

「威勢だけは褒めてやろう。だが貴様らも所詮は帝都陥落のためのオードブル。さあ醜く踊るがいい!!」

 

「あざみを中心に円陣を組め! 降魔及び傀儡騎兵を各個撃破する!!」

 

「「了解!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

辛うじて合流したあざみは、既に全身に傷を受けて戦える状態ではない。

そう判断した神山は、現状の戦力からあざみを除外し保護対象として陣形を再構築。

その結果、あざみを中心にすえて各機で取り囲む円陣を展開した。

四方八方から敵が押し寄せるこの状況。

一箇所に固まったら背後を突かれかねない。

浮き足立ち、統率を失った部隊ほど危ういものはない。

そのため全方位に目を向けるこの円陣で、奇襲を受けるリスクを解消したのである。

この作戦が功を奏し、花組はほぼ無傷に近い状態で巨大降魔軍団を全滅させることに成功した。

 

「どうだバラン! いくら降魔を呼んだ所で、俺たち花組は倒れんぞ!!」

 

右の刀を突きつけ、神山が吼える。

これまで召喚した無数の降魔は全滅し、状況は圧倒的に花組側に傾いた。

だが、この状況で尚もバランは笑っていた。

彼には、切り札があったからだ。

 

「そうだ、それでいい……。貴様らは簡単には殺さん。来い、我が最高傑作!!」

 

岩肌に術式を施したクナイが突き立てられた。

そこから四方に亀裂が走ったと思った瞬間、中から巨大な降鬼が姿を現す。

 

「グゥゥゥゥ……」

 

獲物を見定めるように、鬼はその一つ目をギロリと右から左へ流す。

只見られているだけだというのに、金縛りに遭ったかのような強烈な威圧感。

その場の誰もが、息を呑む。

 

「来るぞっ!!」

 

神山の声に弾かれたように、各々が武器を構える。

だが……、

 

「なっ……!?」

 

それは、まるで幻のように。

鬼は残像を残すほどの速さで、先頭に立つ神山機の眼前に迫っていた。

咄嗟に二刀を交差させ防御を試みるが、遅いとばかりに巨腕がその腹部を打ち据えた。

 

「神山さん!!」

 

「隊長!?」

 

返事は無い。できるはずもない。

白の無限はこの時、猛烈な回転と共に奥の岩肌に叩き付けられていたのだから。

 

「何だコイツ……!? 見えなかっ……!?」

 

「初穂さん!!」

 

身構えようとした赤い無限を、そうはさせんとばかりに踏み潰す。

そして、

 

「グオオオオオッ!!」

 

溢れんばかりの闘争本能が、雄叫びとなって夜の渓谷を振るわせる。

悪夢が、始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同じだった。

 

「やめて……」

 

何もかもが、あの時と同じだった。

 

「もう……やめて……!!」

 

最早動くことのままならぬ、牢獄と化した機体の中で、あざみは絶望していた。

先ほどまでの降魔たちとは比較にならない強さの怪物に、一人、また一人と仲間が成す術なくなぎ倒され、沈黙していく。

それは、脳裏に今も焼きついてはなれない悪夢と何もかもが同じだった。

 

「あざみの居場所……、あざみの家族……、これ以上……奪わないで……」

 

折角見つけた最後の場所。

自分を認めてくれる最後の仲間。

また、消えてしまう。

 

「素晴らしい……、素晴らしいぞ! この力があれば帝国陸海軍も、世界華撃団も敵ではない!! フハハハハハ……!!」

 

耳障りな狂喜の叫びと共に、降鬼の一喝が大地を、風を、空を震わせる。

目の前にまで見えた希望の光が、離れていく。

 

「……お願い……誰か……、助けて……。みんなを……、守って……!!」

 

闇に閉ざされた冷たい渓谷の中で一人、聞こえることの無い懇願が嗚咽と共に漏れ出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、光はまだ、あざみを見捨ててはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メビウーーーーーースッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、やはり突然に起こった。

絶望の咆哮をかき消す声と共に出現した光の柱の中から、赤と銀の巨人が現れたのだ。

この帝都の平和を守るべく宇宙より遣わされし光の巨人。

ウルトラマンメビウスである。

 

「グオオオオッ!!」

 

「セアァッ!!」

 

襲い掛かる降鬼に、巨人もまた猛然と挑みかかる。

巨体同士の激しいぶつかり合いに土煙が舞い、激しい地鳴りが大地を揺るがした。

 

「……、ゥアッ!?」

 

だが、やはり鬼の残像さえ残すスピードには敵わない。

一瞬の速さで背後を取られたメビウスの巨体が宙を舞い、大地に沈む。

 

「クッ……、スァッ!!」

 

メビウスも負けじと、起き上がり様に左腕の先から光の刃を放つ。

メビュームスラッシュ。

殺傷力こそ低いが予備動作なしで素早く撃てる、汎用性の高いメビウスの牽制技だ。

だが……、

 

「えっ……!!」

 

その光刃は、信じられない形で跳ね返された。

何と降鬼はその木の幹のように太い指を素早く動かして地面にたたきつけ、まるで畳返しのように地表を跳ね上げて光刃を打ち消してしまったのである。

まるで、忍者が印を結び術を使って見せたかのように。

その光景に、あざみは見覚えがあった。

 

「畳返しの術……、頭領の、十八番……!!」

 

瞬間、ある予感が脳裏を過ぎる。

忍者の如き素早い身のこなし。

覚えるだけでも至難の印を流れるような速さで結び、術を完成させる技術。

それは、ある一人の生きる伝説を想起させる。

まさか……、

 

「グオオオオオッ!!」

 

降鬼が攻勢に転じ、豪腕を振り上げ巨人に殴りかかる。

だが、それはメビウスがわざと見せた隙だった。

隠すように下げた左腕に一瞬、淡い光が宿る。

 

「セアアアッ!!」

 

至近距離、というよりほぼゼロ距離からのライトニングカウンター・ゼロが怪物のどてっ腹に突き刺さった。

追い討ちとばかりにめり込んだ左拳から溢れ出た光が怪物を体内から痛めつけ、勢い良く吹き飛ばす。

 

「スァッ! ハァァァァ……!!」

 

「……、待って!!」

 

これを好機と見たメビウスが、メビュームシュートを放つべく両掌にエネルギーを集中する。

あざみは咄嗟に叫んだ。

突然のことにメビウスも驚き、集中を解除する。

 

「あざみには分かる……。あれは……、あれは……!!」

 

見れば降鬼は、先ほどまでの暴れぶりが嘘のように、その場に立ち尽くしていた。

まるで、人が正気を取り戻したかのように。

 

「……、……ア……」

 

そして、その大きく裂けたはずの口元が、

 

「……アザ……、ミ……」

 

「頭領!!」

 

確かに微笑み、名を呼んだ。

瞬間、メビウスは、あざみは確信する。

今この場で相対していた降鬼は、あざみの最後の家族。

望月流忍者頭領、「望月八丹斎」その人であると。

 

「バカな!! ありえない……!! アレだけの拷問と実験で、人としての人格は全て奪いつくしたはず……!!」

 

歓喜の涙に震えるあざみと対を成すように、バランは火山の噴火が如く怒りに震え上がった。

降鬼の改造素体としてこの上ない質を持ち、いざとなれば人柱として奴らの脅す材料にもなると踏んで、敢えて殺さずに生かし続けた死に損ないが、今になって正気を取り戻すとは。

冗談ではない。与えられた傀儡騎兵が全滅し、切り札の降鬼まで無力化されたこの状況。

こんな失態があの御方に知られれば、そのときは自分の最期だ。

冗談ではない。まだ野望は始まったばかりだ。

これからヤツらの首を手土産に、帝都でふんぞり返った豚共に天誅を食らわせてやるのだ。

ようやく掴んだ千歳一隅のチャンスを、こんな所でふいにされてたまるものか。

 

「貴様の感情など不要! 我が怒りの受け皿となって、虫けら共を蹂躙していれば良いのだ!!」

 

バランは懐から札のようなものを取り出すと、怪しげな力で宙へと浮かべる。

瞬間、肉眼でも視認できるほどの凝縮された妖力が札からあふれ出し、八丹斎を包み始めた。

 

「グ……、グオオオオオ……!!」

 

「頭領!?」

 

あざみの呼びかけも虚しく、再び妖力の檻に囚われた降鬼は、破壊の叫びを上げる。

だがその時、一つの影が疾風の如く飛び込んだ。

夜の闇に照り輝くは、銀の髪。

その手に握るは、名も無き一振りの刀。

 

「グゥッ!?」

 

「な、何!?」

 

天地を断ち切るかのごとき一閃に降鬼が跪く。

だが勇躍した一陣の風は、まるで意に介さず巨人の横へとその足を下ろした。

 

「立て、帝国華撃団。立て、さくら。今こそその一振りで、この悪夢を切り払うのだ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『神器を振るえ。その力で、身を包む邪気を切り祓うのだ!』

 

「……し、師匠……!!」

 

靄のかかった意識を、耳に響いた凛とした声が、脳裏に木霊した巌とした声が覚醒させる。

眼前に見えるは、巨人と少女の背中。

瞬間、理解した。

自分に託された命を成す、時が来たのだと。

 

「……母さん。どうか……、さくらに力を……!!」

 

今は亡き最愛の母を想い、静かに目を閉じ意識を集中させる。

そして、その刀身を抜き放つと同時に三式光武のコックピットが吹き飛び、少女は月下の空を舞った。

 

「天宮の名の下に……、邪なる力を切り払う!! 天剣・桜花乱舞!!」

 

天空より放たれし一閃の斬撃。

膨大な霊力を具現化したその刃は全身を包む黒の鎧を一撃の下に切り払う。

 

「グオオオォォォ……!!」

 

断末魔の咆哮と共に、降鬼が力なく膝をつく。

やがてその体に罅が入ったと思うと、外皮が卵の殻のように砕け、中から小柄な老人の姿が見えた。

瞬間、あざみが叫ぶ。

 

「頭領!!」

 

 

 

 

 

 

 

「………あざみ……、世話をかけたな……」

 

 

 

 

 

 

「頭領……、頭領!!」

 

思い出と同じ微笑が見えたとき、あざみの中で何かが決壊した。

無限を飛び出し、よろけながら走り、その胸に飛び込む。

 

「ごめんなさい頭領……! あざみは……、あざみは……!!」

 

「怖かったであろう……、苦しかったであろう……、よくぞ耐え忍び続けた……」

 

一度は叶わぬ夢と諦めていた邂逅。

あの時枯れ果てたと思っていたはずの涙が溢れ、気づけばあざみは、子供のように声を上げて泣いていた。

その思い出が、そのぬくもりが、一人の気高き忍者を少女へ戻したのだ。

 

「ふざけるなあああぁぁぁっ!!」

 

それに一人、憤怒に叫ぶものがいた。バランである。

 

「こんな事があってたまるか!! 既に正気も命も尽き果てた死に損ないが!! 大人しく駒にされていればいいものを!!」

 

その場で地団太を踏み、行き場の無い怒りを狂ったように叫び続けるバラン。

だが直後、背後から放たれた別の声に、それは氷水を浴びせられたように固まってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おうおう、少し留守にした間にこのザマは何なんだぁ、バラン君?」

 

 

 

 

 

 

「な、何だアイツは!?」

 

活動限界に陥った無限から出てきた神山たちも、その並々ならぬ妖気に警戒を強める。

一方のバランは、先ほどまでの形相が嘘のように震え上がり、情けなく腰を抜かしていた。

そのさまはまるで蛇に睨まれた蛙である。

 

「ヒィィ!! お、朧様……!!」

 

「何だよその怯えようは。まるで人を化け物みてぇによぉ」

 

「お、お許し下さい! あの巨人さえ……、あの巨人さえなければ……、うぐっ!!」

 

八丹斎救出のきっかけとなったメビウスを指差し、みっともなく言い逃れに終始するバラン。

だが朧と呼ばれた降魔は聞く耳持たぬとばかりにその首を捕まえて締め上げる。

その口端が、ニヤリと笑った。

 

「まぁいいや。ちょっと面白い実験を思いついてな。付き合ってくれたら許してやるよ」

 

「は……ハイ! 何なりと、何なりとお命じ下さい!!」

 

目の前に転がった助命のチャンスに、一も二も無く飛びつくバラン。

故に、彼は気づけなかった。

 

「なぁに簡単なことだ」

 

それは目の前の怪物が見せびらかした、餌に過ぎないということに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「人間に死ぬまで妖力を流し込んだらどうなるんだ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒッ……、グギャアアアァァァ……!!」

 

聞くに堪えぬおぞましい叫び声が、空間を振るわせた。

明らかにこれまでの降鬼とは比較にならない濃度の妖力が、凄まじい勢いでバランの肉体を醜く膨張させていく。

やがて肥大化する筋肉に耐えられなくなった皮膚が破裂するように引き裂け、形を保てなくなった骨がバキボキとへし折れ、巨大な赤黒い肉塊へと変わる。

そして……、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グギエエエェェェ……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、正に『異形』という言葉が最も相応しく形容できる怪物だった。

ボコボコとあわ立つように膨張した皮膚には赤黒い血管のようなものが見え隠れし、辛うじて顔と分かる箇所には口しか認識できる器官が残されていない。

そして全身から際限なく毒ガスの如く腐臭を纏った妖力を噴出する。

 

「異形進化怪獣、名づけて『バランガス』ってな。このまま猛毒の妖力に呑まれて死んじまいな、帝国華撃団!!」

 

言うや朧と呼ばれた降魔は夜の闇に消えうせる。

その場には全身に妖力を充満させた怪物だけが残されていた。

 

『巨大生命体の体内から、高濃度の毒素を検出しました。急いで撤退してください』

 

『ソイツは毒ガスを溜め込んだ風船みたいなもんや! 下手に触ったら爆発してまうで!』

 

風組からの連絡に、思わず後ずさる花組。

ただでさえ無限が戦闘不能となった現状、自分達に戦う手段は無い。

しかしこれほど危険な妖力を孕んだ存在がそのまま町へたどり着けば、未曾有の大惨事は避けられない。

そのとき、立ち上がったのは今しがた『人』を取り戻した伝説だった。

 

「里の掟3条。受けた恩義には報いるべし。帝国華撃団の諸君。ここは我々に任せてもらおう」

 

「八丹斎さん?」

 

意外な人物からの申し出に戸惑いを隠せない花組。

だが当の八丹斎と、そしてその真意を悟ったあざみは、自信に満ちた笑みで怪物を見る。

 

「江戸の代より、この日ノ本の影に忍び続けた我らが秘伝。行くぞ、あざみ!!」

 

「忍!!」

 

同時に体内に眠る霊力を集中し、凄まじい速さで印を結ぶこと僅か3秒。

二人の忍は霊力を纏った両手を地面に叩きつけた。

 

「「土遁・蛇流結界の術!!」」

 

瞬間、神山たちは己が目を疑った。

ボコボコと地面が盛り上がったかと思うと、地表を割っていくつもの土の蛇が現れ、怪物を覆い尽くしてしまったではないか。

なるほど、これならば攻撃を仕掛けても瘴気が溢れる事は無い。

 

「今じゃ巨人よ!その力で、あの穢れた魂を焼き払うのじゃ!!」

 

「スァッ! ハァァァァ……!!」

 

八丹斎の言葉に頷き、両手にエネルギーを集中するメビウス。

その膨大なエネルギーが、∞の文字を形作った。

 

「セアアッ!!」

 

十字に組まれた腕から放たれた超高温のメビュームシュートが、僅かに残された怪物の外皮を突き破り、内部から一気に焼き尽くす。

それに合わせて土蛇たちが幾重にも絡まりあい、爆発ごと怪物を地中深くに飲み込んでしまった。

 

「セアッ!」

 

役目を終えたメビウスが、僅かに明るくなりつつある空へと飛び立つ。

再び広がる静寂が、戦いの終結を示していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「夜明けじゃ」

 

小さくなっていく巨人の影と重なるように地平線から顔を出す陽光。

それは、まるであの惨劇から始まる悪夢の終わりと、平穏の始まりを告げるようにさえ見えた。

 

「頭領……」

 

「終わったのじゃ。望月の血が絶えた、あの忌まわしき夜が……」

 

朝焼けに照らされた里の面影を、あざみは改めて見渡す。

およそ人が生きていたとは思えないほどの残骸。

けれども確かに、ここで生きた人々の歴史があった。

教える技があり、温かい笑顔があり、受け継がれる意志があった。

 

「過去は変えられぬ。だが、未来は変えられる。故に、我らは影に生き続ける。時が経ち、世が移ろうとも、影の中で、忍び耐え続けるのじゃ」

 

「はい」

 

「忍びとは即ち、忍び耐えるものなり。影に生き、影に散った幾つもの意志を、生き残った者達が伝え継いで行くのじゃ」

 

「はい」

 

「それは決して平坦な道ではない。じゃがそれこそが忍の……いや、人の生きる道なのじゃ」

 

「あざみも……、そうありたい……。みんなのために……」

 

かつてこの場所で生きた幾つもの意志へ、ささやかな黙祷を捧げる。

叶わなかったその思いを、時代の命へ継いで行くために。

歴史に決して語られることの無い、影に生きるものたちの生き様の一端を、神山たちは見ることになった。

 

「帝国華撃団の諸君。此度は我が望月の、あざみのために尽力いただき感謝存ずる。望月を代表して、礼を言わせて欲しい」

 

「八丹斎さん。あざみの仲間として、当然の事をしたまでですよ」

 

花組を代表し、神山が答える。

飾らないその言葉に、八丹斎は満足げに頷いた。

 

「あざみは強く賢いが、甘えることが苦手じゃ。どうか一つ、よろしく頼みますぞ」

 

「と、頭領……恥ずかしい……」

 

頬を赤らめつつ口元を隠して目をそらすあざみ。

その可愛らしい様子に微笑み合うと、八丹斎は名残惜しそうに一歩後ずさった。

 

「ではあざみよ。これからは花組がお主の場所。しばしの別れじゃ」

 

「うん。頭領も、体に気をつけて」

 

「里の掟8条。絆と縁は、千里離れようとも消えぬが故。……忘れるなあざみ。例え姿が見えずとも、わしはいつでも見守っておる」

 

その言葉を最後に、八丹斎の体は煙と共に消えうせた。

何とも忍者らしい消え方であると、苦笑せざるを得ない。

 

「……良かったのか? あざみ……」

 

僅かに躊躇しつつも、初穂が尋ねる。

一度は死に別れ、ようやく会えた家族。

その早すぎるだろう別れに、寂寥感を感じぬものはいないだろう。

だが、そんな不安を払拭するかのように、あざみは笑っていた。

 

「大丈夫。あざみは、寂しくない。だって……、みんながいてくれるから」

 

その笑顔はどこまでも無邪気で、何処までも透き通っていた。

 

「よし、それじゃあ最後にいつものヤツ、やるか! あざみ!」

 

「忍!! 時代の影に潜む悪を討ち、時代を影から見守る者! 数多の時を隔てても、数多の別離を忍ぶれど、その意志は時代と共に続いていく!! 勝利のポーズ!!」

 

「「決めっ!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから2週間。

 

何も知らない帝都は、平穏な日常を謳歌していた。

 

「いらっしゃいませ~。今なら新作饅頭無料試食できま~す」

 

謎が不安を掻き立てる失踪変死事件はパッタリと音沙汰が無くなり、いつしか人々の記憶から忘れ去られた。

 

そこで起きた事の顛末を知るものは、あまりに少ない。

 

「おっ! お兄さんブロマイド集めてるね~! 私も負けてられない!!」

 

だからこそ、彼女達は今日も影に身を潜め、影に忍び続ける。

 

それこそが、己が正義と信じて。

 

何故なら今も……、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そこにあったのね。天宮の忘れ形見……」

 

闇は、すぐ側で蠢いているのだから。

 

<続く>




<次回予告>

上海、倫敦、伯林……。

世界の華撃団を牛耳る我らの目を盗み、霊的組織を名乗るとは……、

面白い。お前達が真に華撃団を名乗るに相応しいか、

このプレジデントGが見極めてやろう!

次回、無限大の星。

<約束:前編>

新章桜にロマンの嵐。

どうして……、どうして貴女が……!?


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第4話:約束~前編~

遂に世界華撃団大戦開幕……ですが色々と設定が変わっております。

このあたりからストーリーは新サクラ大戦本編から離れ始めて、オリジナル展開も多くなってまいります。

今回はその序幕として、世界華撃団の顔みせ回。

そしてこの後のストーリーに関わる沢山の仕掛けが用意されております。




その日、世界はかつてない程に熱狂していた。

 

『世界各国の皆様! 私達はこの歴史的な瞬間に感謝しなければなりません!!』

 

最新式蒸気演算機による長距離通信機能によって、文字通り全世界の蒸気テレビへ生中継されるその映像では、若い男性レポーターが自身の興奮醒め止まぬ様子で鼻息荒く語っていた。

 

『全ての始まりであるこの大日本帝国は帝都・東京に、その力を競い合わんと、世界の名だたる華撃団が集結!! 世界の英雄達が、文字通り一堂に会するのであります!!』

 

次々と映し出される世界各国の要人達を乗せた空中戦艦。

その甲板には、幾つもの霊子戦闘機たちがその姿を刻み付けんと並び立つ。

 

『我らが英雄たちを束ねしWOLFが主催するこの歴史的イベントの名は、『世界華撃団大戦』!! その記念すべき第1回が、この帝都で行われるという!!』

 

だがその一部始終を、ホスト国とも言うべき立ち居地にある帝国華撃団総司令は、冷ややかな面持ちで見つめていた。

まるで今回の催しを、心の底から歓迎したくないと言わんばかりに。

 

「……この有様をどうご覧になりますか、大尉……」

 

本来ならば今もこの場所に腰を下ろし、真に世界平和のためにその手腕を振るったであろう英傑を思い、呟く。

だがその視線が、画面に映ったある男を見た瞬間、刃のように鋭く変貌した。

 

「……これがあなたのやり方なのね、プレジデント……!!」

 

 

 

 

 

 

<第4話:約束~前編~>

 

 

 

 

 

 

 

それは望月バランの謀反の終結より3週間が過ぎた頃。

大帝国劇場に突然の来訪者が現れたという秘書の知らせが始まりだった。

 

「失礼する」

 

ノックも無しに突然開け放たれた扉から、長身の男がズカズカと無遠慮に絨毯を踏み荒らして入ってきた。

サイドバックに撫で付けられた銀髪と、その長身を包む銀色のスーツ。

サングラスでも隠しきれていないほどに鋭い眼光と威圧感。

その左右を固める黒ずくめの護衛らしき男が2名。

それから一歩遅れて、慌てた様子の秘書が居合わせただろうモギリと息を切らせて駆け込んできた。

 

「お客様! 事前のアポイントも無しに困ります……!」

 

「黙っていたまえ。私がその気になればこの場で君の首を飛ばすこともできるんだぞ」

 

「この、いい加減に……!!」

 

「いいわ、神山君」

 

不遜極まりない態度に怒りかける神山を先んじて制する。

既に神山を制圧する体制に入っていた護衛のことだ。

もし掴みかかろうものなら二人がかりで逆に怪我をさせられていただろう。

 

「遠路はるばるご足労でしたわ、事務総長殿。わざわざお越しいただくなんて、お手紙では話せない内容なのかしら?」

 

「白々しい態度はあの時と変わらんな、ミズS。このWOLF事務総長たる私を、随分とコケにしてくれたではないか」

 

「あら、訪問に際し連絡も取らないようなお方が、この私に礼儀をご高説下さるというの?」

 

常人なら震え上がるであろうその男に、微塵も臆する事無く最大限の皮肉を冷笑と共に突き刺す。

一瞬眉をピクリと吊り上げながらも、その不敵な笑みが見下ろしてきた。

 

「それはお互い様であろう。帝国華撃団再結成に始まる今日までの報告の怠慢、知らないとは言わせん」

 

「今度は記憶障害かしら? 私は一切の援助を受けない代わりに、あなた方の連盟に加入する事はないと申し上げてきたはずですわ」

 

それは、この帝都に刻まれた10年間の沈黙を破るべく動き始めてすぐのことであった。

かつて引退した旧花組隊員が、帝国華撃団復活のために人員確保と霊子甲冑の改良に着手したと聞きつけた組織が、資金援助と技術提供を申し出てきた。

解体された賢人機関に代わり世界各国の華撃団を取りまとめる国際組織、『世界華撃団連盟(World Luxuriant Opera Federation)』。

その代表として交渉のテーブルに着いたのが目の前の男、コードネーム『プレジデントG』である。

素性、年齢、国籍のすべてが極秘扱いとされ、誰もその正体を知ることの出来ない人物。

当然世界は、初めこそ名の知らぬ男の台頭に即座に反発した。

無理も無い。

経歴も実績も持たない、何処の馬の骨とも分からない人間に世界の中枢を任せられるわけが無い。それが賢人機関の決定だった。

だがその世論は、1年も経たないうちにひっくり返ることとなった。

 

『降魔大戦の後に、降魔は帝都のみならず世界に出現する』

 

根拠も証拠も示さぬこの男の放った世迷言が、まるで予言の如く場所と時期を言い当てていたのだ。

それまで降魔の脅威を帝都のみと高を括っていた世界各国は途端に浮き足立ち始める。

何せ都市防衛構想はまだ発展途上。それも先の大戦ですべてを喪った状態だ。

通常兵器では手も足も出ない降魔の脅威から自国を守るためには、華撃団構想に用いられた霊子甲冑を早急に用意する必要がある。

すると今度は、降魔の脅威に対抗しうる新たな霊子戦闘機の草案と、素材となる金属を融資すると言い出した。

世界中の様々な金属を独自の製法で混ぜ合わせた超特殊合金『アンシャール鋼』。

霊力伝達と加工性に優れ、更に通常兵器に対しても高い防御性能を発揮するその希少金属は、それまで霊子甲冑の主要素材であったシルスウス合金の完全上位互換とも言える代物だった。

既に世界各国に降魔の出現が報告され始めた状況での、霊子戦闘機開発に急を要する中で知らされたこの希少金属に、世界は一も二もなく飛びついた。

賢人機関より撤退する。

その条件をあっさりと承諾して。

 

「確かに、連盟に名を連ねることに貴女の同意は得られなかった。が、この現状はどうかね?」

 

「どう、とは?」

 

「我が連盟に所属する伯林華撃団からの人員異動。我が連盟に所属する上海華撃団からの霊子戦闘機開発案援助。我が連盟に所属する倫敦華撃団と同様のアンシャール鋼の使用……。これらは全て門外不出の重要機密。何故連盟に属さない貴女方が乱用しているのだ」

 

「あら、機密とは存じ上げませんでしたわ。何せ連盟には加入しておりませんでしたもの」

 

「では今すぐ加盟していただこう。さもなければ霊子戦闘機全機を押収し、アナスタシア隊員には帰還願おうか。これらは全て……」

 

「都市防衛構想はいずれ世界各国に共有されるべき事案。ましてやその急先鋒たるWOLFがそれを独占するなど、金のために正義を捨てるようなものでは?」

 

「ならば連盟に加入しないことは、世界正義の理念に反するとは思わないのかね?」

 

「ええ、そう思いましたわ。……その理念を掲げた組織を潰した方でなければ」

 

最早聞くに値せずといわんばかりに、その先の言葉を潰すように斬り捨てる。

元よりすみれは、眼前に立つ男に一切の信頼を抱いていなかった。

世界平和を掲げる理念を持ち、それを実現できる技術と知識を持ちながら、何処か理念にそぐわない動きを見せる。

最初に自身を信用しなかったとはいえ、各国に加盟の条件としてそれまで世界の都市防衛構想を様々な面で支援していた賢人機関を排除したこと。

世界を魔の脅威から防衛するために必要な情報を独占し、世界共有を遅らせていること。

その度々見え隠れする不穏な動きが、すみれの脳裏にある一人の野心に支配された人間だった男を想起させていた。

 

「……あくまでもWOLFに加入するつもりは無い、と言う事か」

 

「無いも何も、最初からそう申し上げておりますわ。そろそろご理解いただけたかしら?」

 

「ええ。神埼重工と帝国華撃団を束ねる女傑も、結局はミスターM……『大神中佐』と同じということか」

 

瞬間、眼鏡に手をかけ嗤う男の眼前に扇が突きつけられた。

後ろの護衛が即座に身構える。

だが男は動じない。

何故なら、それこそ男が意図して発言したからだ。

 

「これは失敬。『名誉中佐』とお呼びしたほうが良かったかな?」

 

「お黙りなさい……! 今の私に、あの方に、その言葉は何よりの侮辱だわ……!!」

 

突きつけた扇の先が、憤怒に震えていた。

護衛の男たちも、その後ろの秘書と隊長も気圧されるように目を見開き息を呑む。

無理も無い。

今まで自分がこれほど感情をあらわにしたことは、一度もないのだから。

 

「いやはや、尊敬に値するよミズS。かの大戦から10年、未だに彼らが生還するなどという『妄想』に取り付かれているとはね」

 

「それが彼らの……三都華撃団の何者にも揺るがぬ信念ですわ。貴方如きに嗤われる筋合いはありません!」

 

「確かに。こんな『華撃団ごっこ』など嗤うにも値しない」

 

気づけば主導権は相手に握られていた。

いや、挑発をかけられたときから少なからず危惧してはいた。

だがそうした理論よりも、純粋に仲間を侮辱された事への激情が体を支配した。

 

「それとも……、こんな妄想に縋る体たらくで都市防衛を完遂できるなどと世迷言を吐くおつもりかな?」

 

「無論ですわ。あの方達が戻るまで、この帝都の平和は帝国華撃団が守り抜いて見せます!」

 

「……面白い」

 

眼鏡の奥の眼光が鋭く光った。

まるで、その言葉を待っていたかのように。

 

「ではその資質とやら、我々WOLFが見定めてやろう」

 

瞬間、世界は音を立てて動き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日の出と共に吹き抜けるビル風が、砂埃を舞い上げて空へと舞い上げる。

やがて東の島国の空へ旅するであろう砂粒を見上げ、貧民街の朝が始まった。

南部に流れる自然の恵みを糧に71万に上る命を繋いできたこの地の名は「閘北」。

去る民国は17年にめでたく閘北区へと改称された上海東部の町である。

 

「嘿,别挤(おい、押すな)!」

 

「也给我三个人(こっちにも三人分くれ)」

 

昨晩の飢えに耐えた多くの人々が、我先にとひび割れかけた器を手に押し寄せる。

その先に見えるのは一軒の小さな飯店。

ネオンも無ければ装飾も無い。

辛うじて煤と埃に塗れ傾いた看板の濃淡で

 

『神龍件』

 

と読める。

その小さな窓の真ん前に、人々の目指すものはあった。

触るどころか近づくことすら憚られるほどに豪快で、神秘さえ感じさせる炎と、その上で舞い踊る楕円の中華なべ。

ほのかに香るにんにくと焼き豚の香りが食欲を刺激する、秘伝のまかない飯。

それが、今日も人々の命を繋いでいた。

 

「……売り切れか」

 

袋の隅まで空になった食材を確かめ、窓を閉める。

この地を発って東の島国へ暴れた数ヶ月。

帰ってきたその目に映る閘北の町並みは、記憶のそれとは何ら変化の無いものであった。

嬉しくは思う。

さしてこの街は、この国は降魔の出現頻度はそう多くは無い。

故に街も人も穏やかに日々を過ごしている。

街の平和を守るものとして、これ以上の幸福は無いであろう。

だからこそ、こうして今も明日の食にさえ困る人々が絶えない事も、また揺らぐことの無い事実であり、目を背けることの出来ない現実であった。

 

民以食为天(民は食を以て天と為す)。

 

かつて己の命を拾ってくれた恩師から教えられた、自身の根幹を成す言葉。

その一端を担える現状に充足感を感じつつも、それが萎えかけた民草の根に振り掛ける僅かな水滴に過ぎない現実に、もどかしく思うしかない。

 

「我会没事儿的、洋小狼(精が出るね、シャオロン君)」

 

聞きなれた声に、空へ舞いかけた意識が舞い戻る。

自分達上海華撃団の根幹を成した人物であり、最後まで首を縦に振らなかった総司令とWOLFとの間を取り持った実業家。

航空会社『上海空路総公司』を取りまとめる若き社長。

 

敏泰然(ミン・タイラン)である。

 

「有点晚了。卖光了(少し遅かったな。売り切れだ)」

 

「首先。(何よりだ)……司令殿は?」

 

その言葉を合図に、無言のまま親指で店の奥を指す。

ここから先のすべては、悟られてはならない。

何より国の航空事業を一手に担う大物がこんな貧民街に姿を現すこと自体が既に一般的に見れば事件である。

人目を気にしつつ、泰然は店の奥へ消えた。

 

「小狼、今の……」

 

「是急事??(火急の用件ですか?)」

 

「コラ仔空(シア)、人に聞かれたらダメ言ったよ」

 

「あ、对不起(ごめんなさい)です。大事、話ですか?」

 

程なくして店の奥から顔を出したユイが、続いて出てきた少年を小声で小突く。

華撃団の会話は他言無用の機密事項である。

故に上海では司令の慣れ親しんだ日本語で会話し、極力聞き取られぬようにするルールを設けていた。

そしてまだ習い始めて間もない外来語をたどたどしく喋るこの少年こそ、他ならぬ司令の愛息子にして上海華撃団3番目の隊員。

 

『李仔空』(リー・シア)である。

 

母に似て機械に強い興味を示し、放っておいても一人でガラクタをいじっては何かを作ってしまう生粋の機械好き。

今では総司令兼メカニックチーフの母と共に霊子戦闘機『王龍』の整備・改修まで手掛ける程の腕を持つ天才エンジニアである。

そして、

 

「みんな、揃うてるか?」

 

先ほど泰然が消えた店の奥から、一人の女性が顔をのぞかせた。

関西訛りの日本語と、肩から三つ編みに流した紫の癖のある髪。

ヒビが残る年季の入った眼鏡とそばかすが特徴の、妙齢の女性。

ここが日本であれば、見たものは驚きに声を上げることであろう。

彼女こそ仔空の、そしてシャオロンとユイにとっても母親同然の存在。

現上海華撃団総司令兼メカニックチーフにして、他ならぬ初代帝国華撃団花組隊員。

そして同組織総司令であった人物の妻である女性。

『李紅蘭』その人であった。

 

「今度はみんなで、帝都に向かわなアカン。……中々おもろい事になって来たで」

 

 

 

「あの帝都に、こんな形で戻らなアカンとはな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

過去の王にして未来の王、アーサー。

 

その地において、かの名前を知らぬ者はいないといっても過言ではないだろう。

かつてコーンウォールと呼ばれた時代に南東から押し寄せる民族と戦った時代のブリテンの王。

そして彼を筆頭に己が剣と生き様を捧げた円卓の騎士。

遠い月日を経て、その名は今やこの地を狙う魔と対峙する若き剣たちに手向けられる名誉となっていた。

 

「フッ! ハァッ!!」

 

その中に一人、一際異彩を放つ者がいた。

漆黒の鎧に身を包み、紅一点にして二刀を振るう様は暴風雨が如し。

いつしかついた異名は、「黒騎士」。

 

「セイッ!! ヤアァッ!!」

 

その者が他者と語らう姿を見たものはない。

笑顔にその美貌を揺らす姿を、見たものはない。

誰もが口を揃える。

 

「デェヤアアアッ!!」

 

剣を振るう姿しか、見たことがないと。

 

「勝負あり!」

 

虚空を舞った一振りの剣が眼前の地面に突き立って数秒を挟み、わずかに上ずった審判員の宣言が沈黙を破る。

同時にその場には多くの失意のため息が漏れ出した。

理由は至極単純。

またしてもため息の数の羨望と決意が、成すすべなく斬り捨てられたからである。

 

「……弱い。弱すぎる」

 

周囲に転がる無数の敗者たちを見下ろし、『黒騎士』は露骨に嫌悪感をあらわに吐き捨てた。

 

「こんなお遊戯にもならない剣を我らが円卓に捧げるだと? 下らない妄想をしている暇があるなら現実の剣を少しは鍛えたらどう?」

 

「な、何と無礼な……!!」

 

「我々は端くれでも由緒ある……、っ!!」

 

歯に衣着せぬ物言いに感化できず反論しかけた男の喉に、全員を屠ってきた剣が突きつけられる。

これ以上無駄に喋れば殺す。

剣は、そう告げていた。

 

「家名が何? 名誉が何? そんなちっぽけなものが戦場で何になる!? 現実に目を背け、虚勢を張ることしか出来ないヤツから死んでいくんだ!!」

 

嫌悪はやがて激昂に変わり、鋭い視線がその場のすべてに突き刺さる。

誰もが反論できない。

しようものなら今度こそ切り捨てられる。

そう思わせるほどに。

 

「……失せなさい。ここに貴方達の剣を振るえる場所は無いわ」

 

その言葉を皮切りに、一人、また一人と力ない足取りでその場を後にしていく。

残ったのは、最後に剣を弾いた赤髪の少年只一人となった。

 

「聞こえなかったの?」

 

背を向けたまま言葉の剣を容赦なく突き刺す。

ただひたすら、何かに耐えるように唇を噛み締めていた少年は、肩を震わせながら走り去り、見えなくなった。

 

「……恐れながら、ランスロット殿」

 

僅かな沈黙を破ったのは、審判員だった。

 

「今や主を囲む円卓の席は貴女のみ……。何故これほどまでに新たな剣を拒まれるのです?」

 

ランスロットと呼ばれた少女は、沈黙を以って返した。

 

現代に蘇りし円卓の騎士、その名は『倫敦華撃団』。

 

英国は倫敦に誕生した偉大なる騎士達を、人々はそう呼んだ。

志を共にしたフランスは巴里から移設した霊子甲冑を独自の技術で進化させた騎士の鎧『ブリドヴェン』を身に纏い、かつての名だたる英雄達の名を冠した剣を振るいて魔を切り伏せるその勇姿に、人々は喝采を上げる。

その誕生を、その活躍を、そしてその死さえも。

 

「……いらない」

 

搾り出すように、少女は声を漏らした。

 

「私が求めるのは強い剣……。いくら志が強かろうと、弱い剣はただ無に還るだけ……」

 

「しかし……」

 

尚も言葉を続ける審判員を振り払うように、少女はその場を去る。

そこへ、入れ違いに近い形で一人の青年が歩み寄ってきた。

 

「こ、これはマイ・ロード……! わざわざ選定の場へお越しくださるとは……」

 

「かしこまらないでくれ、メヌウ。僕は肩書きには興味が無いんだ」

 

白と金の装飾が目立つマントを身に着けた、高貴さの滲み出る出で立ちの青年。

メヌウと呼ばれる審判員が敬服する彼こそ、この円卓の中心に座する王の名を賜りし青年。

 

英雄王「アーサー」である。

 

「彼女は、相変わらずみたいだね……」

 

今しがた歩き去った少女の背中を視線で追い、呟く。

 

「は……、やはり先日のガウェイン殿の殉教が……」

 

アーサーとメヌウは、同時に石畳の一角に視線を移した。

堅牢な大理石を削りだした荘厳な印象を抱かせるそれは、石碑であった。

その前には、名前が彫られた何本もの剣が突き立てられている。

その中の一つに、たった今審判員が口にした「ガウェイン」の名があった。

霊力の才にこそ恵まれないながら、その屈強な体と強靭な精神を武器に、数多の戦場を彼女と駆けた最期の蛮勇。

最期の瞬間までその勇壮なる魂を燃やし続けた騎士の名を、この街の誰もが胸に刻み悼んだことは言うまでもない。

 

「ガラハッド……、エニード……、トリスタン……。皆このブリテンのために戦い抜いた英霊だ。悼みこそすれ、何を悲しむのか……」

 

「仕方ありません。ランスロット殿にとって、皆家族も同然でしたから……」

 

そう呟き目を閉じるメヌウに続くように、アーサーもまた黙祷を捧げる。

ここに足を運んだのは、残された同胞の様子が気になったこともあるがそれだけではない。

既に天上へ向かった気高き魂たちに、伝えることがあるからだ。

 

「偉大なる英霊達よ。今この瞬間のブリテンが存在するのは、偏に君達の献身に他ならない。礼を言うと共に伝えることがある……」

 

 

 

 

 

「我らが騎士の誇りが、海を渡ることとなった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その空間は、すべてが計算の上に存在していた。

防衛、監視、執務……、すべてにおいて最効率かつ最短時間で最大限の結果が出るよう構築されていた。

その建物を見た人間の脳裏には必ず一つの数列が過ぎるといわれる。

 

1038。

 

今やこの国においてこの数列の意味を理解できるか否かで、よそ者か否かが判断できると言っても過言ではない。

何故ならこの数列は、この地上における最も進化と発展を遂げた霊長類が、東の国より飛来した悪夢の撃退に成功した栄誉の数に他ならないのだから。

 

「こちらです」

 

案内された応接間は、兵役経験のある自身をして笑みを浮かべる位置にあった。

周囲を堅牢な壁に囲い、外からの爆撃はもちろんのこと、中の僅かな音も漏れ出さない設計。

その奥に、この厳かな建造物に似合わない風貌の少年少女が自身を待つように座していた。

 

「「Heil、Hitler!!」」

 

その姿を見るや、内部の人間達は一斉に立ち上がり、統制の取れた動きで敬礼を取る。

指導の行き届いたその光景に訪問者、『アドルフ=ヒトラー』は満足げに頷き、着席を促した。

 

「親愛なる伯林華撃団の諸君。君達のような若い英雄と才女の活躍と忠誠に、深く感謝する」

 

第一声に思わず顔をほころばせた少年の頭を真横の少女が小突く。

確かに不適切なマナーだが、ヒトラーにとってそれは愛嬌の範囲内である。

 

「構わない、楽にしたまえ。笑顔は人類にとって何よりの健康の薬だ。私も心がけている」

 

「もったいなきお言葉です、総統閣下」

 

白い軍服に身を包んだ最年長の女性が応える。

彼女の名は『レニ=ミルヒシュトラーセ』。

華撃団の前身たる欧州星組を経て帝国華撃団花組を歴任し、今や祖国にて屈強なる伯林華撃団を実力と求心力で一から築き上げた総司令である。

何処か幼げで中世的な容姿からは想像もつかない半生を知る人間は限られている。

ヒトラー自身も、その一人だった。

 

「設立からもう9年になるのか。軍備に支障はないかね?」

 

「はい、チャールズ氏からの援助もあり、都市防衛に関して問題はありません、総統閣下」

 

「チャールズか……。確か君達の舞台も手掛けていると聞いたね」

 

気づかれないように務めるが、やはり少しばかり笑顔がかげる。

伯林華撃団の任務は緊急時の都市防衛だけに留まらない。

平時の際には市内に併設されている国立歌劇場で劇団顔負けの舞台公演を行い、人々に感動と笑顔を届けるのだ。

これは、現総司令が帝都にて経験した思想に基づくとされており、それ故にこの国に生きる多くのドイツ民族は彼女達の舞台俳優としての顔も幅広く認識されている。

そんな彼女達の立つ舞台の物語を一部手掛けているのが、アメリカに居を移している演出家『サー・チャールズ・スペンサー』だった。

主に政治批判や社会風刺を題材とした映画を製作することで有名な彼が、ともすれば少年少女兵を連想させる華撃団に脚本を提供する事実には驚いた記憶がある。

今や彼女達の演じる舞台はチャールズの物語と楽団を指揮するカラヤンの手腕も相まって世界屈指とさえ称される完成度を誇っていた。

それは、一つの流星が離れた跡もまだ、輝きを僅かも失わない。

 

「これも我が同胞の尽力によるものです、総統閣下」

 

「アルタイル女史か。確かにこのドイツとアメリカを又にかける彼女の手腕は賞賛に値する。我が陣営にいることは幸運だ」

 

勘のいい人間ならば不自然ささえ感じる多くの著名人の援助。

その影の立役者たる才女に惜しみない賞賛の言葉を送りつつ、ヒトラーは本題に入った。

 

「そのアルタイル女史からも聞いていると思うが、先ほど正式に連盟より要請が入った」

 

 

 

 

「日本は帝都にて、世界華撃団の競技会が開かれることが決定した」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界華撃団大戦。

帝都全域に配られた緊急号外の一面を飾るその言葉に、誰もが衝撃と共に目を見開いた。

今や国境を超えて世界を降魔の脅威から守る上海、倫敦、伯林の三都華撃団。

それらを取りまとめる世界華撃団連盟=WOLFが、事務総長の主催の下開催するという前代未聞の一大イベントである。

 

『あの未曾有の戦いから旧三都華撃団が抹消されて10年。遂に復活を遂げた帝国華撃団は、連盟が認めるに相応しい存在か否か、洗礼を受けることになります!!』

 

内容はこうだ。

霊的組織として再構築に成功していながら、世界的な都市防衛構想を掲げるWOLFと対立する帝国華撃団。

その実力がどれほど通用するものであるのか、傘下の組織を通して世界に知らしめようというのである。

 

『まず先頭を切って見えてまいりました、中国は上海から、広大なユーラシア大陸全土と飛びまわる三色の龍! 上海華撃団です!!』

 

『帝国華撃団再興までは、この帝都の防衛も兼任してくれた大恩を覚えている方も多いことでしょう。帝国華撃団にとっては大先輩。複雑な心境かもしれません!』

 

「複雑か……、確かにな」

 

帝劇地下の作戦司令室に設置された巨大モニターに映る戦友の姿に、初穂が呟く。

この前代未聞の催しが知らされた日の朝、帝国華撃団隊員は他ならぬ主催者側より本部待機を命じられていた。

他国の各華撃団が無事入国を完了するまでの間、国内に降魔出現の方が入った場合、いち早く対処するためである。

何せ演出のためにWOLFの擁する巨大戦艦を用いての入国だ。

言い方を変えれば、ホスト国はホストに徹しろということだろう。

 

『続いては英国は倫敦から、かの巴里華撃団の技術と信念を受け継ぐ円卓の騎士! 倫敦華撃団です!』

 

『死して尚、剣と魂を捧げる愛国心と誇り高き騎士道。幾人もの殉教者達の思いは、今も共にあると、アーサー団長は断言します!』

 

『今や団長と1席を残し空席となってしまった円卓でありますが、その背中を最強の黒騎士、ランスロットが守ります!』

 

「空席って……、戦死者……?」

 

恐る恐る尋ねるさくら。

応えたのは、アナスタシアだった。

 

「私達とは、根本的な思想が違うのよ。彼らが掲げるのは名誉と礼節、主君への忠誠。勝利を得るための犠牲さえ、彼らは名誉の死として受け入れているの」

 

「名誉の死……。理解はするが、俺たちとは相容れない部分になるかもしれないな……」

 

穏やかに言葉を選びつつも、神山は明確に彼らの騎士道とは相反することを明言した。

自分達帝国華撃団は、先代総司令の大神一郎の掲げる至上命題、『全員絶対帰還』をポリシーとしている。

それは、例え敵を前にして敗走することになったとしても、帝都民はもちろん自分達に絶対に犠牲を出さないという決意を意味する。

仲間の屍を超えてでも勝利を取る、とする騎士道とは、いずれどこかで衝突するかもしれない。

だがここは絶対に曲げてはならない中枢線である。

 

『そして最後に見えてまいりました。独国は伯林から、華撃団の前身「欧州星組」の流れを汲む世界華撃団連盟最初の霊的組織、伯林華撃団です!』

 

『内政が混乱する中での結成は紆余曲折あったと伺っておりますが、現在はナチスを中心とするドイツ軍部の支援を得て、世界屈指の実力を誇る華撃団となっております!!』

 

『その緻密なまでに計算されつくした作戦と、それを確実に完遂する戦闘力……。彼らの目に帝国華撃団はどのように写っているのでしょうか……!!』

 

「……久しぶりに見ても、すごい迫力ですね」

 

「そうね。今の貴女を見たら、驚くかもしれないわ」

 

「そ、そうでしょうか……!?」

 

クラリスはほとんど顔を合わせていなかったとはいえ、二人にとっては古巣というべき伯林華撃団。

確かに以前とは違い、今の自分なら華撃団の一隊員として胸を張って向き合えるかもしれない。

その自信を表情から読み取ったのか、アナスタシアも満足げに笑う。

 

『それでは今大会の趣旨について、主催者であるWOLF事務総長、プレジデントGにお話を伺いましょう』

 

「あの人が、プレジデントG……」

 

「鋭い目をしてる。あれは、敵を見る目……」

 

はじめて見る連盟のトップに立つ男に、誰もが息を呑む。

画面越しであるにも拘らず、眼前で見下ろされいるかのような威圧感。

まるで神の領域に土足で踏み込むような、禁忌さえ犯すような感覚。

自分達はとてつもない高みの相手に挑もうとしている。

そう思わせるほどに。

 

『世界各国よ。今回の催しに興味を示してくれたことに感謝する。我々は確かめなければならない。今この瞬間、帝都に蔓延る帝国華撃団と名乗る集団が、真に都市防衛を果たすに相応しい存在であるのかを』

 

形ばかりの社交辞令もそこそこに、主催者は怪しく眼鏡を光らせた。

 

『WOLF発足時から、我々は帝都日本に連盟の加入を呼びかけ続けてきた。全ての始まりとなった帝国陸軍・対降魔部隊と、初代帝国華撃団の構想は、世界華撃団構想にとって大きなプラスになるからだ』

 

『その意志を汲み取ってくれた伯林と上海、そして巴里の意志を受け継いだ倫敦、3つの華撃団の結成に至った』

 

しかし、とプレジデントは続ける。

 

『今日に至るまで、肝心要の帝国華撃団は首を縦には振らなかった。そればかりかこちらへ正式な許可も無く上海霊子戦闘機の技術と倫敦霊子戦闘機の特殊合金素材、さらには伯林からアナスタシア隊員の引き抜き……』

 

『一都市、一国を超えた世界華撃団構想のために足並みを揃えなければならないという状況下での、実に身勝手、実に無秩序。このような暴挙が許されて良いのか? いや、断じてならない!』

 

『だからこそ私は見定めなければならない。彼らが本当にこの帝都を防衛するに相応しい資質を備えているのか否かを。結果次第ではこの世界華撃団大戦が、彼らの命日となるであろう』

 

「……好き勝手言ってくれるぜ」

 

初穂の言葉が、その場の全員の心情を代弁していた。

連盟に加入しなかったすみれの意向は大いに理解できるし、先日のこの帝劇で当人が働いた無礼千万は誰もが知るところである。

 

「文句を言うだけならまだしも、こうして世界の華撃団を巻き込むなんて……!」

 

「大会期間中は各華撃団はこの帝都に滞在することになる……。その間に各国に降魔が出現したときのリスクは考えているのかしら?」

 

「さぁな。そのときは大方『帝国華撃団がさっさと加入しとけば云々』って擦り付けてくるんじゃないか?」

 

「そもそも各国の華撃団は、この決定を了承してるんでしょうか?」

 

「傘下である以上、拒否権はないと思う」

 

口々にプレジデントGへの、WOLFへの不信感を募らせる花組。

作戦司令室の扉が開いたのは、一旦場を落ち着けようと神山が立ち上がりかけたときだった。

 

「お待たせしてごめんなさいね。……世界華撃団の入国はたった今完了しましたわ」

 

カオルを伴って、すみれが足早に司令席に腰を下ろす。

やはり帝国華撃団代表として、歓迎の場にいる必要があったのだろう。

 

「支配人。今回のことは……」

 

「私も寝耳に水でしたわ。まさか連盟のトップがこんな馬鹿げた催しを強行するなんて……」

 

すみれの反応も、自分達と全く同じであった。

何の前触れもない突然のイベント。

件の華撃団同士の戦いの場は、あろうことかこれからWOLF主導で用意するというから失笑も出てこない。

身勝手且つ無秩序とは、どの口が言ったものか。

 

「今からでも正式に抗議してみませんか? こちらはそのような催しに参加するつもりは……」

 

「ダメよクラリスさん。相手は既にこの世界華撃団大戦を、私達の資質を問う場として成立させてしまっている。もし拒めば、私達はその場から逃げた臆病者として、世界の信用を失うわ」

 

「そうなったら、帝国華撃団を取り潰すといわれても、誰も反論してくれなくなる……」

 

「クソッ! せこい事考えやがって……!!」

 

あざみの補足した現状に、初穂は苛立ちを拳にぶつける。

プレジデントGの暴挙に抵抗を示すことは簡単だ。

そんな勝手なイベントに参加するつもりは無いと表明すればいい。

だがこうして開催の意義が語られてしまった現状、それは自分達に霊的組織としての資質が無いことを暗に肯定する事を意味する。

そうなれば、ただでさえ後ろ盾が無い帝国華撃団は国際的にも孤立してしまうだろう。

下手をすればこちらに影で支援してくれた上海や伯林にも迷惑がかかるかもしれない。

そうしたリスクを踏まえると、拙速な行動は取れなかった。

 

「……じゃあ、他の華撃団も一緒に抗議したらどうでしょう?」

 

僅かに沈黙が過ぎる作戦司令室で、ふとミライが口を開いた。

 

「僕たちだけが拒否したら不戦敗になるんですよね? それなら、他の華撃団と一斉に出場しませんって言えば、誰も出場しないから優勝とかもなくなりますよ!」

 

「どうかしら? わざわざ自国を空けてまで来日しているのよ? 抗議するなら出国前にしていると思うわ」

 

多少楽観的観測のあるミライの意見を、アナスタシアが一蹴する。

しかし確かに今回の催しに懐疑的なら、出国前に一悶着あるのが普通である。

そう考えると、抗議に関して協力を取り付けることは難しそうだ。

 

「やっぱり、戦うしかないんでしょうか。同じ華撃団なのに……」

 

場所は違えど、都市と人々の暮らしを守る志を共有するはずの同志との戦いに、心を痛めるさくら。

それを慮ってか、神山が口を開いた。

 

「確かに気は進まないが、何も果し合いというわけじゃないんだ。競技会……、手合わせみたいに考えたらいいんじゃないかな?」

 

「手合わせ……。そう、ですね……。何も殺し合いをするわけじゃないですよね……」

 

「ウジウジ考えても仕方ねぇしな。覚悟決めるとするか」

 

「そうね。今の私達が世界で何処まで通用するのか。それを知るいい機会かもしれないわ」

 

「敵ではなく同志、ライバルとして……。そう考えれば、気持ちも前を向けます」

 

「里の掟17条。味方同士で相争うべからず。……共に高めあう研鑽と考える」

 

「歯が立たないと決まったわけじゃありませんし、全力でぶつかり合いましょう!!」

 

さくらの前向きな言葉を皮切りに、吹っ切れたように立ち上がる隊員達。

恐らく出場しないという選択肢は無い。

ならば少しでもこの催しを自分達にとっても意味のあるものにするべきであろう。

考え方を変えれば、自分達より華撃団として経験もあり、世界有数の霊子戦闘機と正面から手合わせできる機会は貴重と言える。

それならば自分達の新しい経験のための手合わせとしてこのイベントに臨めば、少しは有意義なものにできるのではないかと考えたのだ。

 

「すみれ様、よろしいのですか? プレジデントは結果次第では帝国華撃団の解散も言い渡すと……」

 

唯一残る懸念をカオルが口にする。

先ほどの発言の中で、プレジデントGは今回の競技会の結果次第では帝国華撃団を霊的組織の資質なしとして解散に追い込むと宣言していた。

もし今回の大戦結果が不甲斐ないものとなれば、もとより自分達を目の上のたんこぶとして扱っていた彼のこと、すぐにでも動き出すだろう。

だが、すみれはそれすらも一蹴した。

 

「放っておけばよろしいですわ。そもそも連盟に加入すらしていない私達を、どうして彼が解散を言い渡す権限があるのかしら」

 

「しかし、国内軍部に圧力でもかけられたら……」

 

「そのときは、『彼女達』も黙っておりませんわ。元より相互利益のために加入した連盟に、それ以上の価値を抱いてはおりませんもの」

 

なにやら意味深な返答で秘書を煙に巻きつつ、すみれも立ち上がった。

 

「来週には会場の建設を終えて、開会式に移るそうよ。明日はみんな手分けして各華撃団の挨拶へ向かっていただけるかしら」

 

「すみれ様は各華撃団の要人と会う形を取られていますので、時間のあるときにお願いします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帝都近郊にある銀座繁華街。

平日から多くの人の往来で賑わうこの街の一角に、真新しい中華料理屋が看板を構えたのは、つい昨日のことである。

 

『神龍件』

 

厳つい竜が掲げる看板を潜ると、まるで中国大陸に飛んだかのような煌びやかな装飾が彼らを迎え入れた。

 

「は~い、いらっしゃ~い! ……あ、神山、さくら! 久しぶり~!!」

 

数秒もしないうちに、見知った顔が駆けて来た。

上海華撃団隊員、ホワン=ユイである。

 

「ユイさん、お久しぶりです。あの帝都東京駅の共闘以来ですね」

 

「あの時はゴメンね。バタバタしてちゃんと挨拶も出来なくて……、元気そうで安心したよ」

 

「ユイさんもお元気そうで何よりです。それにしても臨時基地が料理屋というのは、上手いカモフラージュですね……」

 

「母さんの発案よ。上海は貧富の差大きくてね、舞台より食べ物の需要が高いからこういう形にしてるの」

 

言いつつ端の席に案内される二人。

ここで神山は連れの一人が見えないことに気づいた。

 

「あれ、あざみは?」

 

「ここ」

 

言われて振り返ると、何処か不機嫌そうなあざみが幼い少年に連れられて立っていた。

少年の手には何やらメーターのような機械が握られている。

 

「地下は秘密、入っちゃダメ。その子、『かくれんぼくん』で見つけた、です」

 

何やら得意げに鼻を鳴らす少年。

その様子にある程度経緯を察した神山は、苦笑いを残しつつ助け舟を出した。

 

「紹介します。帝国華撃団の一人、望月あざみです。あざみ、彼女達が上海華撃団だ」

 

「ホワン=ユイよ、よろしくね」

 

「何と、帝国華撃団! それならかくれんぼくん、いらなかったです。僕、李仔空といいます」

 

「帝国華撃団、望月あざみ。よろしく頼む」

 

霊的組織の関係者と分かり、仔空と名乗った少年の警戒も緩む。

すると厨房から見知った顔が見えた。

 

「おう、誰かと思ったら神山たちじゃねーか。さしずめ顔合わせか?」

 

「ハハ、まあそんなところかな。シャオロンも元気そうで安心したよ」

 

「ヘッ、お前らに心配される上海華撃団じゃねーよ。そっちこそ、俺たちなしでちゃんとやれてるのか?」

 

「もちろんです! 任務も舞台も、しっかりこなしてます!」

 

神山より先に即答するさくら。

その様子に、シャオロンはまるで子を見守る親のように穏やかに笑った。

 

「なら十分だ。……せっかくだ、何か食っていきな」

 

「えっ? でも昼の営業終わりなんじゃ……」

 

「お前らは特別だ。最高のまかないご馳走してやるよ」

 

後にあざみは皆に言う。

 

「里の掟43条。食べ過ぎるな。動けぬものに明日は無い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大帝国劇場を南東に進んだ先に、海に面した広い自然公園がある。

かつて帝国華撃団の切り札とされた空中戦艦ミカサ。

これが一度だけ敵の手に渡り、止む無く破壊した場所に新しく建設された記念公園である。

その芝生に真新しい野営テントが4つ並べられたのは、つい昨日のことであった。

 

「Ausgerichtet!!」

 

凛とした声が響き渡り、3秒立たぬうちに3人の見知った顔が横並びになる。

記憶のそれと違わぬ様子に、訪問者は柔らかく微笑んだ。

 

「相変わらずね、エリス。言ってくれれば支配人に相談できたのに」

 

「そういうわけにはいかん。我々は旅行に来たのではないのだからな」

 

エリスと呼ばれた左端の女性は、訪問者に視線こそ穏やかにしながらも毅然と応える。

訪問者もそれ以上の追求はしない。

作戦中の衣食住は全て自分達で管理する。

これが伯林華撃団の大原則となっているからである。

そしてエリスこそ、若干18歳にして伯林華撃団を纏め上げる若き隊長であった。

 

「アナスタシアこそ、腕は鈍っていないだろうな? クラリッサも元気そうで何よりだ」

 

「もちろん、コマンダントに恥はかかせないわ。クラリスも、舞台で脚本を担当できるまでになったのよ?」

 

「ほう、それは興味深いな。時間が取れたら是非観たいものだ」

 

「お久しぶりです、エリスさん。マルガレーテさんも」

 

「Nach。前に会った時とは別人ね。目が強くなった気がする」

 

クラリスに声をかけられて、初めて右端に立つ小柄な少女が口を開いた。

若干15歳にして独軍戦術書を全て読破し、軍師学校を飛び級で卒業した「早すぎる逸材」、マルガレーテ。

エリスを武の天才とするならば、その緻密に緻密を重ねた作戦を立案する彼女は正しく知の天才と言えた。

そしてもう一人、二人の間に挟まれた少年に、アナスタシアは笑いかけた。

 

「おめでとうポール。正式に『鉄の星』に認められたのね」

 

「もちろんさ! 言ったろ? 次にアナに会うまでに一人前になって見せるって」

 

マルガレーテより頭一つ背の低いポールと呼ばれた少年が、無邪気な笑顔で拳を突き出して笑う。

それもそのはず。

ポールはつい先月、厳しい霊力審査と戦術訓練を経て正式に伯林華撃団実働部隊『鉄の星』への入隊が認められた4番目の星である。

空席となった3番目の流星が旅立つとき、彼は約束を交わしていた。

次に再会するときまでに、立派に輝く星になって見せると。

が……、

 

「いてっ」

 

「調子に乗らない。前回の作戦までの貴方の被弾率は43%。前に出すぎ」

 

明らかに不機嫌な様子でマルガレーテが手持ちのパソコンで小突く。

と、今度はエリスが目にも止まらぬ速さでポールを守るように抱え込んだ。

 

「頭を小突くなといっているだろうマルガレーテ! おおポール、どこが痛いんだ? お姉ちゃんに言ってみろ!」

 

「うええ!? い、いいよ平気だよ!」

 

「遠慮するな! 痛いところはお姉ちゃんがナデナデしてやるぞ!」

 

「エリス、引っ付きすぎ。離れて」

 

「何を言うマルガレーテ。お前こそ私がいない間にポールとくっついてるだろう。知ってるぞ!」

 

「わ、私は密着時間平均4時間だから……。エリスより短いから……」

 

「長い短いの問題ではない! どうせ今のもあとでナデナデするための口実だろう!」

 

「違うもん!」

 

「違わん!!」

 

「……」

 

「……変わらないわね、本当に」

 

かくして、戻って来た司令官の地獄のペナルティが下されるまで、骨抜きにされた二人の論争は続くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帝都中央駅に併設された入り口をくぐると、まるで王族の宮殿を思わせる内装の建物が訪問者を出迎えた。

大帝国ホテル。

国内外の著名人がこぞって利用する高級ホテルである。

 

「うわぁ~、豪華ですね……」

 

「ああ……、アタシらには縁が無いところだもんな……」

 

そのフロントに何とも不釣合いな男女が姿を現したのは、今しがたのことだった。

手分けして今回のはた迷惑な催しに巻き込まれた各国の華撃団への謝罪という名のあいさつ回り。

男女が担当することになったのが、英国は倫敦の誇り高き騎士団の拠点だった。

聞けば期間中、この豪華なホテルを借り切っているという。

そういった意味でも、住む世界の違う妙な違和感が拭えない。

 

「ようこそ、帝国華撃団殿。お会いできて光栄です」

 

煌びやかな装飾と厳かな佇まいに圧倒される二人を、2階ののテラスから若い男の声が出迎えた。

短く揃えた金髪と、優しげな顔立ちが特徴的な青年。

だがその身を包む戦闘服が、彼が英国騎士であることを間接的に証明していた。

 

「僕はアーサー。円卓の騎士の団長を務めている」

 

「初めまして、帝国華撃団の御剣ミライと申します」

 

「同じく、アタシは東雲初穂だ。お互い、面倒な催しに巻き込まれたもんだな」

 

そう肩をすくめる初穂に、意外にもアーサーは肩を震わせて噴出した。

 

「フフフ……。君は正直なんだね」

 

「何だ? おかしかったか?」

 

「とんでもない。素直な人は、好きだよ」

 

「は、はぁ!?」

 

唐突な言葉に赤面したじろぐ初穂。

一方のアーサーは、まるで意に介さない様子で初穂の耳元に手をやる。

 

「お、おい!? 何の真似だ!?」

 

「何って、耳元に虫がいたから取っただけだけど?」

 

「う……」

 

みるみる真っ赤になる初穂の様子に、なにやら面白げに微笑むアーサー。

一方、状況が分からないミライは二人を交互に見やって初穂に尋ねた。

 

「どうしたんです、初穂さん? 顔が真っ赤ですよ」

 

「う、うるせぇやい! もう後は任せたぞミライ! アタシ先に戻ってるからな!!」

 

ますます顔を紅潮させ、初穂は早口でまくし立てると大股でズンズンとホテルを後にしてしまった。

その背中を見送って尚、アーサーは意地悪そうに笑う。

 

「フフ、ちょっとからかいすぎたかな? ……ところでミライ君」

 

「はい?」

 

「我が円卓の団員、ランスロットにはもう会ったかな?」

 

会ったかと言われてもここに来るまでに同じ服装の人物には遭遇しなかった。

そう答えると、アーサーは何処か安心した様子でため息をついた。

 

「それは良かった。実を言うと、見かけてもあまり声をかけないであげて欲しいんだ」

 

「え? どうしてです?」

 

「ちょっと前に団員の一人が殉教してしまってね……。彼を最後にしようと、鍛錬に集中しているんだ。彼女自身、まだ心の傷もいえてはいないから、ね……」

 

笑顔にわずかばかりの陰りを残し、アーサーは視線をそらす。

確かに傷心の状態で見ず知らずの者が声をかけては精神的に悪影響だろう。

それにここは異国の帝都東京。只でさえ勝手が分からない他国へこのような催しで呼び出されてストレスにもなっているはずだ。

そう考えると、アーサーの考えは合理的ではあった。

 

「分かりました。できるだけそっとしておきますね」

 

「ありがとう。君達とは仲良くできそうだ。こんな形ではあるけれど、悔いの無い試合をしよう」

 

「はい! ありがとうございます!!」

 

素直な感謝を述べ、その場を後にするミライ。

故に、彼は気づかなかった。

背後で呟かれた、一言に。

 

「……困るんだよ、アイツと君達が仲良くなったらね……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ったく……、何なんだよアタシらしくもねぇ……!!」

 

ホテルの入り口を過ぎて、初穂は駅のベンチに腰を下ろしてうなだれていた。

あの一瞬。

初対面であるにも拘らず触れられてしまった一瞬。

目の前の光景が宝石に包まれてしまったかのように、興奮する自身を自覚した。

いつもなら、反射的に鉄拳をお見舞いしているだろう状況で、ときめいていたのだ。

 

「どうなってんだよ……。これじゃまるで……!」

 

戸惑った。

恥ずかしかった。

そして、それを知られるのが怖かった。

何故……、

 

「……え?」

 

ふと、自身の手を前から小さな両手が包んだ。

顔を上げると、そこには小柄な一人の少女が心配そうな顔でこちらの手を包んでいた。

短い黒髪とくりくりとした愛らしい茶色い瞳。

まだ10歳くらいだろうか。

 

「お姉ちゃん、おててケガしてる……、痛いの……?」

 

「あ……、そんなんじゃねぇよ。ありがとうな、お嬢ちゃん」

 

普段から帝劇の大道具を扱う手前、生傷の耐えない指先には常にさらしを巻いている。

確かに傍から見れば、指の怪我で沈んでいるように見えなくも無い。

 

「ツバサ、どうしたの?」

 

「あ、お母さん!」

 

女性の声に、ツバサと呼ばれた少女が振り返る。

声をかけたのは、黒い修道服に身を包んだ若い女性だった。

フードを被っているため表情をうかがうことは出来ないが、頬の辺りに跳ねた茶髪が見え隠れしている。

 

「お姉ちゃん、おててを怪我してるの。まだ上手く治せなくて……」

 

「いや、だからこれは……」

 

誤解が解けていない少女に言いかけるも、それより先に母親が膝を突き、初穂の指に手をかざす。

瞬間、暖かい何かが包み込むような感覚を覚えた。

 

「(何だ、これ……。暖かい……)」

 

それは、奇妙な懐かしさを感じさせるぬくもりだった。

まるで幼い頃に家族に抱かれたような……。

 

「……はい、終わりました」

 

ふと、母親が徐に立ち上がる。

その声に、僅かにまどろみかけた初穂の意識が引き戻された。

 

「お大事になさってくださいね。神のご加護があらんことを……」

 

胸に下げたロザリオに祈りを捧げ、母親は少女を連れて駅を去っていく。

どこか神々しささえ讃えたその様子に、初穂はしばし呆然としていたが、程なくして指先の違和感に気づいた。

 

「……嘘だろ……」

 

驚いた。

さらしの下の傷だらけだった指先は、生まれ変わったかのように傷跡が消え去っていたのだ。

そう、まるで奇跡でも起きたかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『都市防衛構想の下、日夜世界を脅威から守り続けてくれている華撃団の諸君。今ここに、世界華撃団大戦の開催を宣言する!!』

 

全世界への衝撃的な発表から1週間。

宣言通り帝都東京の一角に巨大な競技場が聳え立っていた。

中央のフィールドには最新鋭の蒸気機関による技術を余す事無く採用し、今でこそ平坦な芝生となっているが、変幻自在の舞台を作り出すことができる。

それを囲む観客席には、4ヶ国の華撃団の勇姿に声援を送るべく詰め掛けた観客で360度埋め尽くされていた。

 

『ここ帝都に誕生した新生帝国華撃団が真に霊的組織を名乗るに相応しい資質を備えているか。ここにいる全ての者が、世界が証人となろう。持てる力の全てを懸けて、己の存在を証明してもらいたい』

 

世界華撃団大戦。

歴史上類を見ない国境を越えたイベントが開催される

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はずであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「異議あり! この場所に華撃団は存在せず。……主を喪った看板が残るのみ」

 

『な、何者だ!?』

 

突如響き渡る謎の声に、モニターの声が慌て始める。

直後、ノイズが走ったかと思うと通信が途切れたのかモニターが砂嵐に変わり、同時に周囲の空間に異変が起こり始めた。

 

「これは、魔幻空間!?」

 

その場に緊張が走った。

魔の存在を呼び込むための異空間。

だとすれば今の声の正体は……、

 

「思い知るがいい、地底に眠りし幾万の業……尽きること無き怨念の炎……」

 

「平和という幻は消えた。残るは、混沌という名の地獄のみ……」

 

「逃れたければ案内しましょう……。永久に目覚めぬ悪夢の牢獄へ……」

 

陰火、朧、獏……。

見間違いではない。

これまで帝都に牙を向き、苦しめてきた降魔たちだ。

そして……、

 

「時は来た。我らが皇の復活の鍵を……、貴様らの命と共に貰い受ける!!」

 

3者のいずれのものでもない女の声が響いた瞬間、四方八方の空間という空間から溢れんばかりの傀儡騎兵が湧き出した。

瞬間、会場は阿鼻叫喚の地獄絵図に変わった。

 

「こ、降魔だぁーーーっ!!」

 

「キャーーーーッ!!」

 

「逃げろーーーっ!!」

 

たちまちパニックになり、我先にと非常口へ走る観客達。

神山たちも急いで避難誘導を開始するが、半狂乱になった一般人に冷静な判断ができるはずも無い。

そこへ、嘲笑うかのように悪魔達は襲い掛かってきた。

だが……、

 

「な、何だ!?」

 

突如飛来したいくつもの巨大な影が刃を振り上げた傀儡騎兵の1体を吹き飛ばし、会場にその足を叩きつけた。

帝国華撃団の擁する霊子戦闘機『無限』である。

 

『神山君!! 霊子戦闘機の射出に成功したわ! 直ちに降魔を迎撃して!!』

 

『現在月組が各国の霊的組織との緊急連絡中! 準備が出来次第、他の霊子戦闘機も送り込みます!!』

 

『多勢に無勢でもやるしかあらへん! 何とか持ちこたえるんや!!』

 

スマァトロン越しの緊急通信。

神山たちの表情が、変わった。

 

「よし! 帝国華撃団花組、出撃!! 降魔及び傀儡騎兵から、一般市民を救護せよ!!」

 

「「了解!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界華撃団大戦の開会式という人が密集する時間と場所を狙い済ましたかのような上級降魔の総攻撃。

救護対象の多さから、神山は止む無く散開し、出口付近の傀儡騎兵の掃討と脱出経路の確保を最優先に迎撃を開始した。

会場の広さが仇となり、中にいる一般人の数は少なく見積もっても4000人以上。

ならば可能な限り戦闘区域から離脱させ、内部の救護対象を減らしていくほか無い。

 

「くっ、アナスタシア!!」

 

「了解!」

 

指示を受けた鉄の狩人が会場の中央を陣取り、四方八方に蠢く傀儡騎兵を狙撃していく。

一般人と敵の絶えず入り乱れたこの状況で性格に敵のみを打ち抜くのは至難の業であるが、そこはアナスタシアの十八番。

発射された弾丸全てが正確無比に傀儡騎兵のみを破壊に追い込み、救護対象への誤射は一発も発生していない。

同時に神山は散会させていた部隊を自身を含め二人一組に纏め、会場に設置された3箇所の避難経路の確保に動いた。

 

「一般人を一人でも多くここから逃がす!! 各自、避難経路を制圧! 死守せよ!!」

 

「「了解!!」」

 

出口を塞ぐ降魔騎兵を勢い任せになぎ倒し、背中合わせになって出口への経路を確保する。

後は一般人が逃げ切るまで敵を押さえ込めればいい。

 

「会場の皆さん! 我々が避難口を死守しています! 慌てずに落ち着いて避難してください!!」

 

神山の呼びかけに右往左往していた観客達も、列を組んで出口に殺到する。

だが……、

 

「ヒャーハハハ! 逃がすわけねぇだろ、人間共!!」

 

「あれは……!!」

 

最初に気づいたさくらが戦慄に叫びかけた。

無理も無い。

ようやく無事に逃がせたはずの一般人の行く先に、3体もの大型傀儡騎兵が待ち構えていたのだから。

 

「言ったはずです。この悪夢の牢獄から逃れる術はないと……」

 

「この場に足を踏み入れた瞬間から、運命は決まっていた。大人しく皇の贄となるがいい」

 

「逃がさねぇぜ、一匹も。さあ、皆殺しの時間だぁ!!」

 

最前列にいた親子目掛け、朧の傀儡騎兵が無数の妖力弾を放つ。

だが……、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうは行かないぜ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突如響いた声と共に突風が吹き、妖力弾が一瞬のうちに弾き飛ばされる。

その正体は、観客達を守るように立ちふさがった3対の龍であった。

 

「「「上海華撃団、参上!!」」」

 

「「同じく、倫敦華撃団、参上!!」」

 

「「「同じく、伯林華撃団、参上!!」」」

 

英国の騎士と独国の星も、それぞれの避難口にて傀儡騎兵の前に立ちはだかる。

どうやら一般人の犠牲を出す事無く、華撃団の到着を見ることが出来たようだ。

 

「いつかの恩を返すときが来たな。暴れてやるぜ、王龍!!」

 

「約束された勝利のため、騎士の戦いをお見せしよう!」

 

「安心しろ、帝国華撃団。我々が来たからには瞬きの間に終わらせる」

 

「助太刀、感謝します! 花組各員に告ぐ! これより三都華撃団と連携し、傀儡騎兵の攻撃より一般市民の退避を完了させよ!!」

 

「「了解!!」」

 

先ほどまでの劣勢から、戦況は一変した。

何せ海外では百戦錬磨を誇る名うての華撃団である。

傀儡騎兵の一個大隊程度で相手になるはずも無い。

時間にして実に5分。

その間に一般市民の退避は完了し、ほとんどの傀儡騎兵も鉄くずに変わっていた。

残るは出口付近に陣取っていた上級降魔たちである。

 

「降魔共! どんな策を弄しようと、俺たち華撃団がいる限り好き勝手はさせん!!」

 

数多の傀儡騎兵を切り伏せた二刀を突きつけ、神山が吼える。

そのときだった。

 

「そこまでです」

 

先ほども聞こえた女の声。

次の瞬間、眼前の陰火を守るかのように、黒ずくめの衣装を纏った謎の女が立ちはだかった。

 

「貴様、何者だ!?」

 

言い知れぬ威圧感に警戒する華撃団。

だが、女はそれすら鼻で笑うと後ろの仲間に視線を移した。

その視線は、仮面に隠されうかがい知ることは出来ない。

 

「陰火、獏、朧、ご苦労でした。ここから先はあたしが引き受けましょう」

 

「チェッ、面白くなってきたのによぉ」

 

「まあいいでしょう。それも『あの御方』のご意向ならば」

 

「全ては我等の手中……。また会おう……」

 

「……、待てっ!!」

 

それまで死闘を演じていた3人の降魔は、意外なほどにあっさり引き下がると異空間へ消えていく。

残るは、謎の仮面の女只一人となった。

 

「初めまして、世界華撃団の皆様。……と言っても、これが今生の別れとなりますが……」

 

「貴様、降魔か? 一体何者だ!?」

 

「あたしの名は夜叉。偉大なる『あの御方』の命の下、幻都の封印を解く任を任されし者」

 

言うや夜叉と名乗った女は腰に据えた刀を抜き放ち、天に掲げる。

刹那、一閃の稲妻が迸ったかと思うと、その身を漆黒の波動に覆われた霊子甲冑が包み込む。

 

「今日この瞬間を以って貴方達の未来は終わる。さあ、お眠りなさい」

 

「……っ、来るぞっ!!」

 

総勢15機の霊子戦闘機が一斉に身構える。

漆黒の霊子甲冑は腰の一刀を抜き放つと、真横から頭上に振りかぶった。

そして……、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「破邪剣征……、桜花放神!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その一瞬、何が起きたのか誰も理解することが出来なかった。

一撃。

放たれたのはたったの一撃である。

だがその一撃で、文字通り華撃団連合は壊滅していた。

会場諸共吹き飛ばすその破壊力は霊子戦闘機を紙くずのように吹き飛ばしたのだ。

 

「うっ……」

 

中でも旧式の三式光武で戦っていたさくらのダメージは大きかった。

ほぼ真正面から受けた衝撃でコックピットの装甲は木っ端微塵に吹き飛び、操縦席ががら空きになっている。

 

「運がいいのね。まだ息があるなんて」

 

「っ……!!」

 

声を失う。

身動き一つ取れないさくらの真上に、勝ち誇るように笑う夜叉が見下ろしていた。

最早抗う術はない。

去来した死の恐怖に、体が震え上がる。

 

「ひ……!」

 

徐にこちらへ伸ばす手に恐怖し瞼を閉じる。

だが、それはこちらの首を絞めるものでもなければ、心臓を突き刺すものでもなかった。

 

「……帝鍵『天宮國定』。確かに頂いたわ」

 

「そ、それは……、母さんの……!!」

 

夜叉の伸ばした手は、さくらの母が残した神器を掴んでいた。

帝鍵とはどういうことだ。

 

「な……ぜ……?」

 

死の恐怖から解放された安堵か、それとも恐怖が臨界点を超えたか。

仮面の女の真意が分からぬまま、さくらの意識は闇に消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何故? それを知る必要は無いわ。ここで貴方の天命は終わるのだから」

 

蔑むように笑い、夜叉は刀の切っ先をさくらの喉下へ向ける。

そのときだった。

 

「!?」

 

横からの殺気に咄嗟に身をよじると、先ほどまで自身のいた場所を黄金色の光剣が一閃した。

剣の主はそのまま空中を回転して地に降り立つ。

 

「驚いたわ。まだ動けるものがいたのね」

 

「さくらさんから離れろ! これ以上みんなを傷つけることは許さない!!」

 

左手首の腕輪から伸ばした光剣を突きつけ、男が叫ぶ。

面白い。

ならばその希望を、完膚なきまでに叩き潰してやることとしよう。

 

「やってごらんなさい。この絶望から、逃れられるものならね。来なさい、戦闘機怪獣『メタルダイナス』!!」

 

三度、刀を天に掲げる。

その頭上に巨大な陣が描かれ、中から全身を鋼鉄に武装した肉食恐竜を思わせる巨大ロボットが出現した。

来たる全世界進攻に向けて生み出された降魔を核として90%以上を機械化させた量産型機械獣である。

既に霊子戦闘機すら満足に動かないこいつらなどアリのようなものだ。

だが、寧ろここで一人立ち上がってきたという事は……

 

「みんなは、僕が守る!! どんな悪にもくじける事無く、不可能を可能にする……。それが、それがウルトラマンだ!!」

 

言うや男は左の腕輪に右手をかざし、光を集中させる。

そうか。

この男が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メビウーーーーーースッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突き上げた左腕の光が全身を包み、機械獣とタメを張る光の巨人が姿を現した。

新生帝国華撃団と共に悪を討つ新たなる光、ウルトラマンメビウスである。

 

「セアッ!!」

 

機械獣とにらみ合うこと数秒。

先に仕掛けたのは、機械獣だった。

 

「スァッ!」

 

突き出された両腕の銃口から放たれる無数の弾丸。

側転でこれを回避したメビウスは更に地を蹴って跳躍し、機械獣の背後を取る。

 

「ハッ!!」

 

そのまま振り向き様に反撃とばかりにメビュームスラッシュを放った。

だが……、

 

「セアッ!?」

 

何と、光刃は甲高い音と共にあっさりと弾き飛ばされてしまった。

これまでの敵は多少なりともダメージを受けていたはずであるのに。

 

「セアアッ!!」

 

だが怖気づいている場合ではない。

光刃でダメなら肉弾戦でラッシュをかける。

そう判断したメビウスは一気に距離をつめて渾身のパンチを放つ。

だが……、

 

「ゥアッ!?」

 

何と、速度と重量を乗せたパンチの一撃も、まるで効果が無い。

それどころかこちらは反動で拳にダメージが来ている始末。

歯が立たないとはこのことだ。

 

「ゥアァッ!!」

 

お返しとばかりに機械獣のタックルが襲ってきた。

ほぼゼロ距離であったにも拘らず、巨人の体は軽々と宙を浮き、大地に沈む。

同時にカラータイマーが危険を知らせる点滅を開始した。

 

「スァッ! ハァァァァ……!!」

 

片膝をついたまま、残るエネルギーを全て集中して∞の文字を描き出す。

接近戦もけん制も効かないなら、残るは必殺のメビュームシュート。

可能性があるのは、もうこれしかない。

 

「セアアアァァァッ!!」

 

一縷の望みを賭け、十字に組んだ腕から渾身の光線を放つ。

機械獣は防御する素振りすらなく胸部装甲でそれを直撃させた。

だが……、

 

「ウ……ウゥ……!!」

 

倒れない。

残されたほぼすべてのエネルギーを打ち込んだにも拘らず、機械獣にはまるでダメージが無い。

カラータイマーの点滅速度が急上昇する。

もう立ち上がることさえ厳しい。

だが、メビウスは諦めない。

 

「(諦めない……! 諦めてたまるか……!!)」

 

10年前、あのウルトラサインに約束した。

偉大な彼らに代わり、今度は自分がこの帝都を、地球を守り抜いて見せると。

ここで倒れるわけには行かない。

倒れるわけには、行かないのだ。

 

「……、ハァァァァ……!!」

 

最早無いに等しいエネルギーが、微弱な∞を描き出した。

今度は機械獣も身構えていた。

開かれた口に供えられた発射口にエネルギーが充填されていく。

そして……、

 

「セアアッ!!」

 

再び放たれたメビュームシュート。

だがそれは相手の放ったレーザー光線に易々と押し返されていく。

そして……、

 

「……、ウアアアァァァ……!!」

 

無慈悲な一撃が十字を弾き、胸部のカラータイマーを直撃した。

またも巨人の体は宙を舞い、仰向けに大地に叩き伏せられる。

もう、立ち上がる力は残されていない。

 

「無様ね」

 

吐き捨てるように、夜叉が嘲笑した。

だが今の状態では睨み返すことしか叶わない。

 

「でも安心なさい。ちゃんとこいつらにも追わせてあげる。貴方の跡で跡形もなくね」

 

主の死刑宣告を受けた機械獣が、引導を渡すべくレーザー砲を放つ。

これまでなのか。

約束に報いることは、出来ないのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、その一撃が引導を渡すことは出来なかった。

 

 

 

 

 

何故なら……、

 

 

 

 

 

 

「……、何者っ!?」

 

初めて夜叉の顔から余裕が消えた。

無理も無い。

レーザーが直撃した砂煙の奥に見えたのは、

 

「巨人……!?」

 

メビウスではない、もう一人の光の巨人だったからである。

全身のいたるところに見える発光体。

胸部のカラータイマーを包む真紅のオーブ。

そして明らかに肥大化している右腕。

これまでのデータには存在しない、異質とも言うべき巨人がそこにいた。

 

「……予想より早い邂逅となった」

 

厳かな低い声で、巨人が呟く。

瞬間、周囲の空気が瞬く間に張り詰めた。

 

「貴様、何者だ?」

 

油断なく問いただす夜叉。

ややあって、巨人は沈黙を破った。

 

「……我が名はギンガ。歪められし運命に抗うもの……」

 

ウルトラマンギンガ。

彼こそ、幾つもの因果に導かれたもう一人の巨人。

その沈黙のヴェールが解かれた瞬間だった。

 

<続く>




<次回予告>

夜叉……、あの降魔に私達は手も足も出なかった。

それにあの声、あの姿、あの太刀筋……。

あれは……、あれは見間違いなんかじゃない……!

次回、無限大の星。

<約束:中編>

新章桜にロマンの嵐。

あの日の出来事を、話す時が来たようね……。


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第5話:約束~中編~

無限大の星、膨らみすぎたので3編構成に急遽変更しました。

大敗を喫してしまった帝国華撃団。

そこへ更なる苦難が怒涛の如く押し寄せてしまいます。

連休中に後編まで頑張りたいと思ってますので、今しばらくお待ち下さい。


 

 

その日、世界は震撼していた。

10年の沈黙から復活を遂げた帝国華撃団と、その資質を計る名目で集められた連盟の華撃団たちの競技会。

興奮醒め止まぬ歴史の1ページとなるはずだった1日は、一瞬にして醒めぬ悪夢の日へとその姿を変えた。

 

世界華撃団、敗北。

 

衝撃的な見出しから始まった号外に人々は驚き、嘆き、戦く。

それこそが魔の者達の極上の餌となることも知らずに。

 

『私はWOLF事務総長プレジデントG。世界よ、まずは此度の失態、深く謝罪する』

 

故に彼らは活目した。

魔のものから世界を守護する華撃団、それを取りまとめる連盟の長の言葉に。

 

『本来ならば今日この日、我々は世界の平和の象徴たる華撃団の華々しい姿に胸を躍らせていたことだろう。だがそれは打ち砕かれた。あの恐るべき力を持つ降魔によって!』

 

人々は失望した。

自分達を守ると信じてきた世界華撃団。

それがあまりにもあっさり負けてしまったという事実に。

 

『それだけに留まらず、かの大戦において諸悪の根源たる降魔皇を封じ込めた神器「帝鍵」までが奪われてしまった。これはあの絶望を生み出した魔王を蘇らせる術を、敵が手に入れてしまったことを意味する!!』

 

人々は戦慄した。

あの10年前の未曾有の大災害が、再び世界を地獄に変えようとしている事実に。

 

『しかし! 希望は残されている。帝鍵によって封印を破るには、封印を施した場所と同じ座標でその力を解放しなければならない!それこそがこの華撃団大戦開催の場所なのだ!!』

 

『最早降魔皇の復活を阻止する方法は只一つ! 華撃団大戦を囮に敵を誘い出し、逆に殲滅して神器を奪取する! 華撃団同士の霊力のぶつかりあいならば、降魔の注意をひきつけるには十分な効果がある!』

 

『無論これを只の茶番にするつもりは無い! 私はこの華撃団大戦に、新たな希望を託すことを決めた!』

 

『そう、世界規模で降魔が際限なく出現する今、都市単体での防衛システム『都市防衛構想』では対応しきれない。だからこそ今回の敗戦に繋がったのだ』

 

『故に私は宣言する! 今一度世界に散らばる華撃団の全てを無に返し、世界規模の新たなる華撃団、『WOLF華撃団』の設立を! この華撃団大戦を、その栄えある戦士の選定の場とする!!』

 

『実戦で結果を出せぬ弱者は不要。一騎当千の戦士のみで結成した真の強者達で降魔を殲滅し、平和を取り戻すのだ!!』

 

人々は縋った。

眼前に迫る悪夢を打ち払う、目の前に吊るされた希望という餌に。

まるで、その言葉にまどろむかのように。

 

 

 

 

 

 

 

<第5話:約束~中編~>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その姿を見た瞬間、時が止まったかのような衝撃が全身を駆け巡った。

 

「……あれは……!!」

 

痛みを忘れ、目を見張った。

見間違いではない。

幻覚などでもない。

確かに目の前に、それはいた。

胸の輝く空色のタイマーと、額に輝く三又の矛を思わせる発光体。

自らギンガと名乗ったその巨人を、自分は知っていた。

 

「あの時……、俺を救ってくれた巨人……!!」

 

その後光が差したかとさえ錯覚するような神々しいまでの光を讃え、巨人はその背に自分達を庇っていた。

あの、無数の降魔に囲まれたまま海原へ沈むはずだった軍艦を守り抜いたときのように。

 

「何なの……、この歪な力……、この奔流……!!」

 

その姿は今まで自分達を歯牙にもかけなかった相手を圧倒していた。

只立っているだけであるにも拘らず。

 

「その力……、ジャマよ! 消えなさい!!」

 

僅かに上ずった命を受け、機械獣がレーザー砲を発射した。

先ほどメビウスが戦闘不能に追い込まれた悪夢の一撃。

だが……、

 

「フッ……」

 

僅かに胸を張ったかのように見えた刹那、信じられないことが起こった。

 

「なっ……!?」

 

「効いていない……!?」

 

耐えているのではない。

意に介していない。

メビウスの必殺光線と打ち合って圧勝する威力の破壊光線を、急所であるはずのカラータイマーに直撃して尚、まるで空気に触れるかのごとく意に介さない。

そんな事が、ありえるのか。

 

「ハァッ!!」

 

追い討ちとばかりに肥大化した右腕が、虫を払うかのように破壊光線をなぎ払う。

その体にはダメージはおろか、かすり傷一つ見られない。

 

「ば、バカな……。こんなことが……!!」

 

その一部始終に驚いていたのは、夜叉も同じだった。

仮面に目元を隠したその表情をうかがい知ることは叶わないが、明らかに動揺の色を浮かべていた。

 

「ハァァァァ……!!」

 

巨人はそのまま右腕に力を集中し、徐に天と掲げる。

すると、驚くべきことが起こった。

天高く掲げられた右腕の発光体から空へ一条の光が伸びた直後、巨人の頭上に渦を巻くように曇天が生まれ、激しい雷鳴が轟き始めた。

まるで、天気さえも巨人に従うかのように。

 

「ギンガ・サンダーボルト!!」

 

壮年の男性を思わせる低く威厳に満ちた声が、右腕に纏う天の裁きを放った。

幾重にも渦を巻いた雷鳴の帯は機械獣を掴むとそのままの勢いで天高く吹き飛ばす。

そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……以上が、私の知りうる限りの全てです」

 

記憶するすべてを話した神山に、すみれは数秒の間を置いて自らを落ち着かせるように息を吐く。

それは、安堵とも失意とも取れる何とも曖昧な顔に見えた。

 

「では、やはりあの摩利支天の襲撃事件で貴方が生還できたのは……」

 

「はい。あの『ウルトラマンギンガ』と名乗る巨人のおかげです」

 

無数の降魔の軍勢から客船を守るべく奮戦し、相模湾に沈んだ特務艦『摩利支天』。

以下に屈強な軍艦といえど、物理攻撃の通じない降魔にとっては噛み応えのある餌でしかなく、30分に及ぶ応戦の末に機関部が破損、爆発。

若き艦長を残し撤退した船員の誰もが、未来ある海軍少尉の殉職を覚悟した。

だが、艦長は大磯の漁港に生還を果たしていた。

 

『奇跡が起きた』

 

その一言を携えて。

 

「圧巻の一言に尽きました。蒸気機関の粋を結集したはずの通常兵器では歯が立たない降魔を、たった一撃で……」

 

「何故、それを報告しなかったの?」

 

当然とも言えるすみれの疑問。

神山は当時を思い返すように目線を上に向けた。

 

「頼まれたんです。巨人に」

 

「頼まれた?」

 

「はい。自分の存在を、隠してくれと」

 

一瞬の閃光を以って魔の軍勢を無に帰した巨人は、背を向けたままこちらを一瞥しそう告げた。

曰く、

 

『本来私はここに現れる存在ではない。だが、未来に君の存在が必要だった』

 

「これは推測ですが……、あの巨人、『ギンガ』は知っているのではないでしょうか。これから帝都に起こる未来を」

 

実際にあの場に居合わせた自分なら分かる。

機関部を破壊され、いつ沈むかも分からない軍艦に一人残された状況。

例え万に一つ窮地を脱したとしても、自力で航行できない船の上では、自分の命は風前の灯であった。

いや、本来自分はそこで最期を迎えるはずだったのだ。

それが、変わった。

恐らく、あの巨人の手による必然として。

 

「やはり……、彼だという予感はしていました。偶然にしては、あまりにも都合が良すぎますもの」

 

「では、支配人もご存知だったんですね? あの巨人の存在を……」

 

返ってきた返事に、神山の疑問は確信に変わった。

やはり巨人は、ある思惑の下に、この帝都で独自に動いている。

そしてこの報告に際して全くと言っていいほど驚きを見せないすみれ。

明らかに自分と同様にその巨人を見たか、聞かされていたに違いない。

 

「すみれ様……」

 

横に立つカオルが、気遣うようにすみれに声をかける。

念を押すかのような秘書の声に、すみれは数秒の間をおいて、沈黙を破った。

 

「それを説明するには、話さなければならないわ。 10年前、この帝都で何があったのか……」

 

「……、降魔大戦……!? では、その時……!!」

 

「ええ……、神山君。至急、全員を作戦司令室に招集してちょうだい」

 

その瞳は、直前までの迷いを振り切ったように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大正19年。始まりは、ほんの小さな異変でしたわ。

 

 

『……またですの?』

 

『幸い震度は弱いですが、これ以上続くと生産ラインに影響が……』

 

 

帝都周辺で、原因不明の小さな地震が頻発するようになった。地質学者が調査しても、震源に全く変化が無い。

 

しかし震度は日に日に大きくなり、遂には大型の商業施設が傾いて救助が必要になる事態にまで発展したの。

 

 

『隊長、民間人の救助、完了しました』

 

『ありがとう。だが、この一連の地震は一体なんだ?』

 

 

その翌日、夜明け前にそれは起こった。

 

 

『また地震!?』

 

『……いえ、ただの地震ではないわ!!』

 

『あれは……!!』

 

 

帝都全域を激しい地揺れが襲い、無数の亀裂が地面を裂き、そこから無数の降魔が現れたの。

 

 

『降魔だと……!? バカな……、サタンも長安もいない今になってどうして……!!』

 

『隊長! 考えてるヒマはねぇ!!』

 

『片っ端からぶっ飛ばしマース!!』

 

 

戦いは熾烈を極めたわ。当時の総司令である大神一郎大尉が先陣を切り、急遽帰参した私も含め7名が応戦しました。

 

 

『すまない、すみれくん。苦しいとは思うが、どうか力を貸してほしい』

 

『全くですわ。アレだけ盛大なカーテンコールでしたのに。……お返しは2年ぶりの舞台でよろしくてよ』

 

『ああ……、もちろんだ! 帝都のために頼むぞ、すみれくん!!』

 

 

……ええ、7名よ。一人だけ、帰参できなかった隊員がいるの。

 

 

『何でや! すみれはんまで出張っておいて、ウチが下がるわけにいかへんやろ!?』

 

『ダメだ! 今の君の体は君だけのものじゃない!! 身重の体で光武の負荷がかかったらどんなに危険か、君もわかってるだろう!?』

 

『せやけど……、せやけど……ウチは……!!』

 

 

彼女の名は『李紅蘭』。彼女は当時、子供を身ごもっていたの。夫である大神大尉との、大切な命を。

 

 

『約束する! 必ず……、必ず君の下へ帰って来る!! 生きて君と、仔空の下へ帰って来る!!』

 

『……うん。約束やで……。きっと……、ううん、絶対や……!!』

 

 

帝都全域に現れた降魔殲滅のため、大神司令は急遽巴里・紐育両華撃団に応援を要請。

 

巴里華撃団はリボルバーカノンで即日のうちに、紐育華撃団も1日遅れで到着し、辛うじて避難区域のラインを死守できるまでに敵の勢いを押さえ込むことに成功しましたわ。

 

 

『それでもアタシの相棒かよ!! しっかりしやがれ!!』

 

『大神司令!! 紐育華撃団星組、上空より支援します!!』

 

『ロベリア……、新次郎……、恩に着るぞ!!』

 

 

そう、そこまでは良かった。

 

しかし戦闘開始から3日後、かつてないほどの強大な妖気を纏って、それは現れましたわ。

 

 

『地中より強大な妖力反応あり!! 各機注意せよ!!』

 

『この感覚、威圧感……、ガタノゾーア以上だぞ!!』

 

 

降魔皇。数多の上級降魔を従え、数百年に及ぶ帝都の怨念を糧に地上に現れた悪魔。

 

 

『何だ、あれは……!?』

 

『……早すぎたな』

 

『来るぞ!!』

 

 

正直、戦いにすらなりませんでしたわ。

 

 

『あ、ありえねぇ……。アタイの拳が……まるでハエじゃねぇか……!!』

 

『効かない!! リカ、いっぱい撃ってるのに効かない!!』

 

『くっ……!! これが……、これが降魔皇……!!』

 

 

こちらから繰り出す攻撃は、まるで蚊をあしらうかのように払い返され、お返しに放たれた波動の一撃で周囲の建物がまるごと消滅してしまう。

 

更にその怨念が更なる怨念を呼び、かつて帝都で倒された怪獣までもが傀儡となって町を蹂躙し始める。

 

そして戦闘中の負傷がたたり、レニさんとエリカさんが相次いで戦線離脱。……この世の終わりを見ているかのようでした。

 

 

『諦めるな!! 希望の炎は、まだ消えちゃいねぇ!!』

 

 

ですが……、希望は残されていました。紐育華撃団星組最後の一人ハワード=アンバースン。神秘のオーブに選ばれし摩天楼の星、ウルトラマンタロウ。

 

 

『立て、地球の同志達よ! 希望は、まだ君達の手の中にある!!』

 

 

華撃団の前身たる帝国陸軍・対降魔部隊参謀一之瀬豊大尉。そしてM78星からの使者、ウルトラマンゾフィー。

 

 

『そら、腕輪の届けもんだぜ、弟さんよぉ!!』

 

『ダイゴ君! 私の光エネルギーを照射する! 光の証をかざすのだ!!』

 

 

そして、一度は光を喪ったはずの巨人が、初めて一堂に会しました。

 

 

『戦いましょう。まだ私に、ウルトラマンを名乗る資格があるのなら……!!』

 

 

私達の戦友、帝国華撃団花組隊員御剣秀介さん。そして誰よりも桜を愛した巨人、ウルトラマンジャック。

 

 

『ありがとう、豊さん……!! ティガ……、もう一度、僕に勇気を授けてくれ!!』

 

 

巴里華撃団花組隊員ダイゴ=モロボシさん。そして3000年の超古代より巴里を守り続けた守護神、ウルトラマンティガ。

 

彼らの救援で敵の攻勢を弱めた私達は、降魔皇の軍勢に帝都の、世界の命運を賭けた決戦を挑みましたわ。

 

ですが……、

 

 

『無駄だ……。幾千の恨み……、幾万の業……その全てを糧とする私に……お前達は小さすぎる……』

 

 

降魔皇は、倒れなかった。

 

幾度攻撃を加えても、その度に何事もなかったかのように起き上がる。まるで底なしを通り越して、無限の命を持つかのような。

 

既に霊力も光エネルギーも尽きかけていた私達は、最早ジリ貧寸前の状態でした。

 

 

『大神さん、このままでは……』

 

『ああ……。これほどの力を持つ降魔皇から帝都を守るには……最早あれを使うしかない……』

 

『『帝鍵』と……五輪柱の陣……』

 

『そして、我々の『ファイナル・クロス・シールド』……』

 

 

それは、降魔皇の撃破に持ち込めなかった際に示されていた、私達の最終作戦でした。

 

星の形の五忘星を地上と空中に霊力を用いて描き出す封印術『五輪柱の陣』。

 

更に上空4箇所から十字架を描くように光エネルギーで物体を遮断する『ファイナル・クロス・シールド』。

 

そして膨大な霊力と引き換えに現世と異界の境界を切り裂く力を宿す神器『帝鍵』。

 

降魔皇の周囲を五輪柱の陣で塞ぎ、上空からクロス・シールドで蓋をして、帝鍵で降魔皇を次元の果てに封じ込める。

 

言葉にすれば至極単純明快ですが、実際は作戦とは言いがたい、ほとんど賭けに近いものでした。

 

それでも……、

 

 

『……やりましょう』

 

 

あの人は、そう言いました。

 

 

『そして……生きて帰ってきましょう。あたし達が愛した、この帝都を……世界を守るために……!!』

 

 

いつもの田舎臭い、眩しい位の笑顔で、そう言いました。

 

正直、その頬を引っぱたいてやりたかったですわ。

 

 

『言うようになったじゃない……。帰って来なかったら承知しません事よ!』

 

 

何せその時、私は光武を、もう動かせなかったんですもの。

 

そして……、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結論から言えば、作戦は成功したわ。降魔皇は帝鍵によって生み出された次元の果てに封じ込められた。……三都華撃団と4人の巨人と共に」

 

すみれが語り終えた時、言葉を発するものは誰もいなかった。

10年前の、降魔大戦の顛末。

決行前に戦線を離脱していたすみれたち4人を残し、先代華撃団は降魔皇諸共封印されていた。

想像を遥かに超える壮絶なまでの戦いに、誰もが言葉を失っていた。

 

「そしてその帝鍵こそ、神器『天宮國定』。代々「絶界」の力によって帝都を守護する天宮家にのみ生み出せる刀ですわ」

 

「では、敵がさくらからあの刀を奪ったのは……!」

 

神山の予測を肯定するように、すみれは頷いた。

 

「降魔皇復活の一助……、あるいは復活させた後に再びこちらに封印を仕掛ける手段を絶つためでしょうね」

 

「だったらマズイぜ!? もし降魔皇が復活させられちまったら……!」

 

「それはないわ。封印を解くにしろ仕掛けるにしろ、帝鍵には莫大な霊力が必要なはず。根本的に妖力しか持たない降魔が持っていても、力が相反して役に立たないはずよ」

 

慌てて立ち上がる初穂に、アナスタシアが座したま冷静に反応した。

そのまま格納庫に飛び出しそうな勢いだった初穂も、納得して座り直す。

確かに人間の持つ霊力と降魔たち人外の持つ妖力は対の関係にある。

双方の力を増幅できる魔神器ならば話は別だが、純粋に霊力にのみ反応する神器ならば、少なくとも降魔の手に渡ったからといって危険に陥るわけではない。

そもそも帝鍵が妖力を糧にできるならば、降魔皇の無尽蔵な妖力で封印を押し返されていたはずである。

それなら、なるほど帝鍵を降魔が持っていたところでおもちゃにしかできないだろう。

 

「さくら……」

 

話の途中から俯いたままのさくらを見やる神山。

先の戦いで意識を取り戻してから、思えばほとんど口を開かない。

まるで何かに思い悩んでいるかのようだ。

 

「君が責任を感じることはない。敵が降鬼を差し向けてくる可能性があった以上、君が神器を携帯しておくことは必然だった」

 

帝鍵が敵に奪われたことに責任を感じていると思い励ます。

が、さくらは俯いたまま首を振った。

 

「……似てるんです」

 

「似てる?」

 

「あの声……、あの太刀筋……、あれは……」

 

途切れ途切れに、弱い声で呟くさくら。

 

「敵襲か!?」

 

だが、その先の言葉は突然の警報によって遮られた。

 

「緊急警戒! 大帝国劇場周辺に傀儡騎兵の集団が出現! 破壊活動を開始しました!」

 

「こんな時に……!」

 

未だ霊子戦闘機の修復は目処が立っていない状況での襲撃。

他の華撃団も同様の今、対抗できるのは……、

 

「……司馬君、さくらさんの無限は?」

 

「……、司令! でも……!!」

 

思わずクラリスが静止を叫びかけ、口ごもる。

確かに今、大帝国劇場にはたったひとつだけ無傷の霊子戦闘機がある。

開会式後に到着した、さくらの無限だ。

だが、今のさくらは明らかに普通の状態ではない。

いつもの使命感に溢れた彼女なら、出撃命令すら待たずに飛び出していただろう。

何かに躊躇うように、うつむいてはいないはずだ。

 

「さくらさん、行けるわね?」

 

「……」

 

「さくらさん!」

 

「は、はい……!!」

 

気圧される形で返事を返すさくら。

だがその言葉にいつもの覇気がない。

一抹の不安が過ぎるが、他に選択肢はない。

 

「さくら、考えるのは後だ。今、降魔の進撃を食い止められるのは君しかいない!」

 

「はい……、天宮さくら、出撃します!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜の闇に包まれた大帝国劇場。

その静寂を蹂躙するべく現れた魔の傀儡達の前に、颯爽と真新しい装甲に身を包んだ桜色の霊子戦闘機が立ちはだかったのは、つい今しがたのことであった。

月光を照らした白銀の刀身を振るい、眼前の傀儡騎兵達を次々と切り伏せていく。

だが、その動きは何処かぎこちない。太刀筋も鈍い。

彼女を知るものなら口を揃えて言うだろう。三式光武の頃より動きが悪いと。

理由はただ一つ。搭乗者の精神状態が不安定なままだったからだ。

 

『さくら、集中しろ! 単機で突っ込むと背後を取られるぞ!』

 

「分かってる……、分かってるけど……!」

 

本部から普段飛ばない神山の叱責に顔を歪ませるも、脳裏にはあの瞬間がこびりついてはなれない。

 

「(あの声も、姿も、太刀筋も……、でも、どうして……!?)」

 

似ていた。

あの時、瀕死の母と共に助けられたあの時。

光武から出てきたその顔が。

こちらの安否を気遣う声が。

そして、迫り来る降魔を一太刀に切り伏せたあの剣技が。

もしそうなら……、

 

『さくらはん! 五時方向から新手や!』

 

「くっ……!」

 

こまちの通信に思考を中断し、振り向き様に刀でなぎ払う。

寸断された傀儡騎兵は、既にこちら目掛けて獲物を振りかぶっていた。

もし通信が一瞬遅れていたら……、

 

 

 

 

 

 

 

 

「楽しそうね。あたしも混ぜてもらおうかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

遥か頭上に響いた声に、背筋が凍りついた。

聞き覚えのある声だった。

どこかにぬくもりを残した、懐かしさのある声だった。

見上げれば、満月を背にして、彼女は立っていた。

 

「中々おしゃれな衣替えね。あたしもそういうのは好きよ?」

 

「……夜叉……!!」

 

反射的に一歩後ずさる。

何故だ。

相手は生身の状態。

にも拘らず、眼前の仮面の女に恐怖している自身を、天宮さくらは自覚していた。

 

「フフフ……」

 

そんなさくらの様子に何処か楽しげに微笑み、夜叉は指を鳴らす。

と、今まで周囲で暴れまわっていた傀儡騎兵の集団が瞬く間に魔方陣に消えていく。

一体何の真似だというのか。

 

「もうあの子達は用済みなの。それに勝負は1対1じゃないとフェアじゃないでしょ?」

 

「勝負……? 私と……?」

 

「ええ、そうよ。『あの御方』からの命令はこう。『帝鍵・天宮の血筋を滅せよ』」

 

「!!」

 

思わず太刀を突きつけるように構えなおす。

恐怖が悪寒となって全身を包み、震え上がらせていた。

恐ろしかった。

あの声が、あの姿が。

こうして今、自分に牙を向いているという現実が。

だって自分は……、

 

「いい顔ね。今からその泣き顔、もっと歪ませてあげる。来なさい、傀儡騎兵『神滅』!!」

 

頭上に刀を突きつけ、夜叉が叫ぶ。

瞬間、真後ろの空間が歪み、中から悪魔を思わせる翼を持った傀儡騎兵が姿を見せた。

先の華撃団大戦会場を破壊した際にも現れた傀儡騎兵『神滅』である。

 

「さあ、どこからでもどうぞ」

 

まるでダンスの相手を誘うかのように、乗り込んだ夜叉がその刀身を撫でる。

身を切られるような恐怖に戦くさくらと対照的に、その佇まいは気だるげさすら感じさせるほどの余裕に満ちていた。

 

「来ないなら……、こちらから行くわよ?」

 

その言葉が聞こえた瞬間、何かが振り切れた。

殺される。

やらなければ、殺される。

瞬間、紙一重で保たれていた理性は完全に吹き飛んだ。

 

「う……、うわあああぁぁぁ……!!」

 

『さくら、どうした!?』

 

まるで本能に支配された獣のように、悲鳴に近い金切り声と共に桜色の無限が突撃を仕掛けた。

振りかぶった渾身の斬撃。

だが相対する黒の傀儡騎兵は、まるで舞い踊るかのように僅かな動きでそれをかわす。

続けて横になぎ払うも、今度はターンするかのように距離をとられる。

そこに普段の天宮さくらの剣技の面影は、何処にもなかった。

ただ眼前の死の恐怖に怯え、それを振り払おうと出鱈目に剣を振り回すだけ。

その姿は、皮肉にも月夜に照らされた醜悪なダンスにさえ見えた。

 

『落ち着けさくら! 一体どうしたんだ!?』

 

『さくらさん!』

 

『しっかりしろ! いつもの動きはどうした!?』

 

異変を感じ取った仲間達が通信で呼びかけるも、反応はない。

いや、出来ない。

今のさくらにできることは、型も何もかも忘れて切りかかることだけだ。

 

「あぐっ!?」

 

唐突に横からの衝撃を受け、受身も取れずに倒れこむ。

まるでハエを払うかのような、神滅の平手だった。

相手は、未だ刀を抜いてすらいなかった。

 

「はぁ……、はぁ……、はぁ……!!」

 

「中々楽しいダンスだったわ。でも、もう終わりみたいね」

 

狂ったようにひとしきり刀を振り回し続けたことで、既にその体は無限以上に満身創痍であった。

肩が大きく上下するほど息が上がり、両腕は力任せに振り続けたせいでビキビキと痛む。

こうなったら……、

 

「……蒼天に咲く花よ……、敵を討て!!」

 

残された霊力を集中し、太刀を横に構える。

これまで師匠の下で磨き上げ、戦いの中で幾度も敵を打ち払ってきた奥義。

もうこれしかない。

 

「いいわ、その表情。恐怖を必死に押し殺して健気に立ち向かうその表情……」

 

それすらも、夜叉は嗤った。

同時にその刀を抜き放ち、今度は青眼に構える。

まさか、打ち合うつもりか!?

 

「……涙でメチャクチャにしてあげる」

 

「っ! 天剣・桜吹雪ぃーーーっ!!」

 

先手を取らんと相手を待たずに一撃を放つ。

桜の花弁に彩られた横薙ぎの一閃。

だが……、

 

「……破邪剣征……、百花繚乱!!」

 

「なっ!? きゃあああぁぁぁっ!!」

 

桜の花弁を巻き込んだかまいたちの竜巻が、唸りを上げて襲い掛かった。

防御も回避も間に合わず、桜色の無限は凄まじい風刃にその身を切り刻まれ、帝劇の壁にめり込む様に叩き付けられる。

意識を失わなかったのは、やはり装甲の強度のおかげか。

 

「……弱いわね。刀も、意志も」

 

眼前で太刀を突きつけたまま、夜叉が笑う。

何故だ。

声も、技も、何もかもが同じだ。

気づくと、視界が涙で滲んだ。

 

「……どうして?」

 

悔しかった。

10年もの間憧れ、磨き続けた剣が、全くと言って良いほど届いていなかったことに。

悲しかった。

10年もの間憧れ、目指し続けてきたはずの背中が、今帝都の敵となっていることに。

 

「どうして貴女なんですか……。どうして帝都を襲うんですか……」

 

「理由が、要るのかしら?」

 

「だって……貴女はずっと戦ってきたじゃないですか! この帝都のために! 私のことも助けてくれたじゃないですか!」

 

「さあ……、記憶にないわ」

 

「貴女が覚えていなくても、私は覚えてます!! 貴女が私の憧れた、真宮寺さくらさんだって!!」

 

一縷の望みを賭けて訴える。

が、夜叉は微動だにしない。

何故だ。

何が彼女をここまで変えてしまったのだ。

 

「……知らないわね。あたしの名は夜叉。あの御方の命の下、穢れた帝都を浄化する者」

 

「穢れた……帝都……?」

 

「そう。これは大いなる断罪。己の罪すら自覚しない者たちへの、あの御方による裁定……」

 

断罪。

己の罪。

どういうことだ。

罪とは、何を指しているのだ。

 

「本当は後方の憂いのために貴女の天命をいただくつもりだったわ。けど……」

 

神滅が、突きつけていた刃を収めた。

 

「あの御方にもお伝えしましょう。天宮の血は自然に絶えると……」

 

そうして背を向ける。

もし動けたなら、戦う意志があったなら、迷わず切りかかっていただろう。

だが、出来なかった。

最早さくらの目に、その背中は敵としてすら映ってはいなかったのだ。

 

「……ここを離れなさい。アタシのように、裏切られたくなかったら……」

 

最後にそう言い残し、神滅ごと夜叉の姿は夜の闇に消える。

帝劇から神山たちが飛び出してくるまで、さくらはただ彼女のいた虚空を濁った目で見つめ続けることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜、大帝国ホテルのロビーは多くの人間で溢れていた。

本来ならば貸切のはずのフロント前には様々な場所に包帯を巻いた怪我人が並び、その間を何人もの医師やホテルスタッフが右往左往している。

彼らは大帝国病院に収容しきれずにここまで移動して来た怪我人達だった。

度重なる降魔の襲撃で病床がパンク寸前になった大帝国病院は、同じく国営の大帝国ホテルに協力を要請。

偶然にもしばらくの間、倫敦からの円卓の騎士たちが貸切にしていたことが幸いし、患者達の収容を認めたということだ。

 

「……はい、もう大丈夫ですよ」

 

せわしなく歩き回るスタッフの中、ローブに身を包んだ一人の女性が優しく微笑む。

患者の一人が恐る恐る包帯と取ると、明らかに傷口の腫れが和らぎ、傷がふさがっていた。

 

「き、奇跡だ……! ありがとよシスターさん!!」

 

「どうか神のご加護があらんことを……、次の方どうぞ」

 

シスターの座る場所には、比較的軽症の患者が順番に列を作っていた。

現場に居合わせた彼女は、自身の霊力を用いた治癒を申し出たのである。

ただでさえ人手の足りない病院とホテルは二つ返事で快諾し、臨時の治療窓口にしたのである。

 

「シスター、ありがとうございました。これで重傷者を除き、患者は帰宅できる形になりました」

 

「お礼なんて……。私はただ神の御心のままに奉仕を行っただけですから」

 

そう丁重に礼を断り、席を立つシスター。

その背中に、声がかけられた。

 

「いらしてたんですね、シスター」

 

「……カトリーヌ」

 

振り向いた先にいたのは、困惑した様子の顔見知りの少女だった。

無理もない、と思う。

自分がここに来ていることは、彼女は知らないはずだ。

 

「もうその名前で呼んでくれるのは、貴女だけですよ」

 

「忘れたりはしませんよ。カトリーヌ。例え洗礼を受けて名を変えても、この名前は貴女の大切なご家族がつけられた名前です」

 

「……ありがとうございます。ツバサは?」

 

「娘は、もう休んでいます。貴女の晴れ姿を楽しみにしてますよ」

 

娘にとって、カトリーヌは憧れだった。

かつての自分のような、誰かを守る力が欲しい。

そう願う娘にとって、一歩先に夢をかなえたカトリーヌは羨望の象徴であった。

だからこそ、怪訝に思う。

 

「……そう、ですね……」

 

目の前の彼女の表情が、曇っていることに。

 

「カトリーヌ……、何か悩み事ですか?」

 

「いえ……」

 

いいづらいことなのか、言葉を濁すカトリーヌ。

その時、明後日の方角から声が飛んだ。

 

「ランスロット殿、少しよろしいですか?」

 

「メノウ殿? はい、すぐに! ……すみません、シスター。私はこれで……」

 

「はい。いつでも会いに来て下さい。神はあなたを見守っています」

 

「ありがとうございます。シスター・エリカにも、ご加護がありますように」

 

そう告げて、足早に立ち去る少女。

その背中を優しく見送りながら、誰にも聞こえない声で、一人呟いた。

 

「私も……久しぶりですね。名前で呼んでもらうの……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、ほんの小さな偶然だった。

部屋の窓の先にある屋外階段。

ジャンプすれば容易に飛び移れる距離にあるそれを降りれば、夜の街へと続いていた。

探検しようというつもりはない。

不用意に外に出れば母を心配させるからだ。

ならば何ゆえに外に出ようというのか。

それは、真下に小さな怪我人が見えたからである。

 

「え~と、じっとしててね……」

 

いつも母がしているように、両手をかざして意識を集中する。

成功率は半々。

両手に光が灯るだけの時もあれば、その先に行ける時もある。

今日は、後者だった。

 

「はい、お待たせ。気をつけて帰ってね」

 

そう告げると、怪我人は大きく伸びをしながら器用に屋根を跳んで夜の闇に消えていく。

この瞬間に幸福を感じる辺り、母譲りの奉仕精神は確かといえるだろう。

 

「こんばんは」

 

そんな彼女に、ふと声がかけられた。

振り返ると、金髪の優しげな顔立ちの青年が、こちらを見下ろしているのが見えた。

 

「凄い力だね。霊力で子猫のケガを治してしまうなんて」

 

「ありがとうございます。お母さんはもっと沢山の人のおケガを治せるんだけど……」

 

初めて面と向かって褒められたことに赤面し俯く。

と、青年は膝をついてこちらを覗き込むように目線を下げた。

 

「僕はアーサー。君は?」

 

「えっと……、ツバサ=フォンティーヌ=モロボシです……」

 

「ツバサ、か。良い名前だね。ところで……」

 

もし彼女がいれば、気づいていただろう。

 

その屈託の無い笑顔の目が、どす黒く変わっていたことに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その力、沢山の人を守るために使いたいと思わないかい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……もう一度言って下さる?」

 

普段耳にしない支配人の困惑の声色に、隅に控える神山もまた困惑していた。

夜叉の突然の襲撃から一夜。

霊子戦闘機と舞台の修繕が進む中、突然さくらが支配人室に用があると言ってきたのである。

そして開口一番、とんでもない言葉が飛び出してきた。

 

「だから、夜叉は……あの人はどう見ても真宮寺さくらさんなんです! 間違いありません!」

 

夜叉が、あの華撃団大戦会場を破壊し、続けて帝劇に追撃してきた降魔の女が、先代花組の筆頭たる真宮寺さくらだと言い出したのだ。

これには神山ももちろんだが、すみれも話が飛躍しすぎていてついていけていない。

 

「……冗談にしては笑えませんわね」

 

「嘘じゃありません! あの声も、姿も、太刀筋だって北辰一刀流そのものじゃないですか!」

 

聞く価値なしと斬り捨てるすみれに、尚も食い下がるさくら。

その一瞬、ピクリと眉がつりあがるのを、神山は見逃さなかった。

 

「あの人は言ってました。裏切られたと、穢れた帝都を浄化すると……」

 

すみれは応えない。

明らかに無視して手元の書類を見ている。

 

「降魔皇の封印も、最初から真宮寺さん達を犠牲にする前提だったんじゃないですか? 最初から見捨てる気だったんじゃないですか!?」

 

「お、おいさくら……!」

 

「そんな目に遭わされた真宮寺さんとなんて戦えない! そんな仕打ちをした帝都なんて……!!」

 

そこまでまくし立てたとき、支配人室に乾いた音が響いた。

晴れ上がったさくらの頬と、振り抜かれた右手。

何が起きたかは明らかだった。

 

「……図に乗るのも大概になさい、三下」

 

表情こそ変えないまでも、その声色は明らかに低く、怒気を孕んでいた。

 

「貴方がさくらさんの何をご存知? この私の前でさくらさんを疑い、哀れむなど、ちゃんちゃらおかしいですわ」

 

打たれた頬を押さえ、さくらは尚もすみれを睨む。

 

「私はね、さくらさんに誓いましたの。さくらさんだけではない。これまで数多の敵と戦ってきた仲間達の帰る場所を守り続けて見せると。貴方如きに口出しされる謂れはありませんわ」

 

「……自分は戦えもしないくせに……」

 

「さくら! お前今何を……!!」

 

吐き捨てた聞き捨てならない言葉に、神山が反射的に止めに入る。

今の一連の発言は明らかな侮辱行為だ。

帝国華撃団も正規部隊である以上、軍部の服務規程は存在する。

何ならこれで独房行きを命じられてもおかしくはないのだ。

 

「いいわ神山君。聞かなかったことにいたします。彼女をサロンまで引っ張ってくださる? 書類が片付かなくて」

 

「は、はい! ほら、さくら……!!」

 

その言葉を最後通告と受け取った神山は、急いでさくらを引っ張って支配人室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一言で言うならば、それは『羨望』だった。

 

目の前の全てを圧するばかりの強大な敵に、敢然と立ち向かうその勇姿が。

 

幾つもの絶望を齎した一撃を、華麗になぎ払う輝きが。

 

その身を以って眼前に齎した、奇跡が。

 

そのすべてが、直視出来ぬほどの眩い光を纏って見えた。

 

瞬間、願った。

 

『光』が欲しいと。

 

自分も、奇跡を齎す光になりたいと。

 

『……一つだけ、忘れてはならないことがあります』

 

その願いを聞いた光は、自分にそう答えた。

 

『愛することです。その星を、生きる命を、愛し守る……。その意志が心に宿ったとき、光は奇跡を起こします』

 

『そう……、不可能さえも、可能に変えてしまうほどに……それを……』

 

 

 

 

 

……ウルトラマンと呼ぶのです……

 

 

 

 

 

「……」

 

久しぶりに、あの夢を見た。

自身のすべての始まりとなった、あの邂逅。

幼いながらもひたすらに、ひたむきに、あの背中を追い続けた。

宇宙警備隊の狭き門を叩き、元々弱い体を鍛えに鍛えぬき、見習いの地位にたどり着くまで、3年もの時間を要した。

それから程なく、自身に技の粋を叩き込んだ師と、宇宙を取りまとめる隊長がふるさとを離れ、消息を絶った。

そして、それは自身の運命を決めた日でもあった。

 

『10年後に帝都『大帝国劇場』へ向かえ。地球を託す』

 

自身に向けられた、他でもないあの人からのウルトラサイン。

驚きと戸惑いの中に、僅かな興奮を抱く自身を、確信していた。

あの人の代わりに、この星を守る。

それは即ち、自分が負い続けた背中と同じ舞台に立つことを指し示していた。

自分に務まるのか。

いや、務めてみせるのだ。

教えられたではないか。

その星を愛し守るという意志に光が宿ったとき、それは不可能を可能に変える奇跡になると。

だからこそ、その定めを受け入れた。

敬愛する『御剣』の名を『ミライ』に繋ぐ。

自身の名前を、そう決めた。

 

だが……、

 

「……勝てなかった」

 

負けた。

文字通り手も足も出ない、完敗だった。

攻撃を仕掛ければ鉄壁の防御にこちらが返り討ちに遭い、防御に転じればバリアを易々と破られ。

終いには、10年かけて磨き上げてきた必殺光線を蚊を払うように押し返されてしまった。

何のための決意だったのか。

何のために10年間鍛錬を重ねてきたのか。

そう自問せざるを得ないほどに、あの敗北の瞬間の恐怖と屈辱が、澄み切った心に澱んだ雲を生み出していた。

 

「ジャックさん……」

 

ふと、左腕に忍ばせたブレスレットに目をやる。

敬愛する戦士の代名詞ともなっていた光の宝具『ウルトラブレスレット』。

故郷を発つに辺り、自身の武器を憧れの戦士のそれに似せて作った自身の光の片割れ『メビウスブレス』。

あの人に代わってこの星を守ると誓った輝きが、違うとわかっていても驕り高ぶる愚者の虚光にすら見えて、悔しげに目を反らす。

結局は全て、自惚れだったのか。

正式に戦士とは認められないまま、オーブにも認められないまま地球に飛び出したこの決意は、虚栄でしかなかったのか。

 

「……ミライ……」

 

ふと、自分を呼ぶ声に俯いていた視線を上げる。

見えたのは、黄色い厚底の草履を履いた、小柄な少女だった。

 

「あざみさん……、いつの間に……?」

 

「返事がないから普通に入った。呼んだのも3回目」

 

「そうだったんですか。すみません、気づかなくて」

 

若干呆れの混じった返事に、ミライは思わず苦笑いを返す。

表情にこそ出さないが、あざみの視線には心配の色が見えた。

恐らく、自分を心配してくれたのだろう。

 

「ミライ。これ、あげる」

 

すると、あざみは懐から何かを取り出した。

見たことがある。

確かいきつけの和菓子屋で売っていた……、

 

「みかづきのお饅頭。味はあざみが保障する。辛い時は甘いものに限る」

 

あの事件の後、月組に復帰したひろみから聞いたことがある。

あざみは任務の合間に、ひろみが日中勤める和菓子屋「みかづき」に出入りし、情報交換のついでに饅頭を買って帰るのが日課になっていたと。

無論常連客に見せかけるためのカモフラージュという側面もあるが、1個で済むところを毎回10個しっかり買い占めて行くところを見るに、理由は自ずと窺い知れた。

掌に小さくおさまるひとつを手に取り、口に放り込む。

一度噛み締めて中の粒餡と僅かに塩を利かせた皮の絶妙な味のバランス。

なるほど、あざみで無くともこの味にはまるのは納得できる。

 

「美味しい?」

 

「……はい、甘くて優しい味ですね。」

 

「良かった……」

 

首を傾げておずおずと尋ねるあざみに、素直な感想を述べるミライ。

ふと、あざみが視線をそらした。

心なしか、頬が少し赤く見える。

 

「……ねえ、ミライ……」

 

「はい?」

 

「このお饅頭……、もっと甘い食べ方があるって聞いてきた……」

 

どこかぎこちない様子のあざみに首をかしげるミライ。

何か緊張しているのか。

あざみは、少し指を震わせながら饅頭を一つ掴むと、

 

「ミライ……あーん、して……」

 

「……、あ、あーん……」

 

初めての感覚だった。

ただ饅頭を食べさせてもらうだけなのに。

妙に気恥ずかしくて、こちらまで緊張して視線をそらしてしまった。

 

「……お、美味しい……?」

 

「え、え~と……」

 

正直、味わっている余裕が無い。

心臓が高鳴っているのが、嫌でもわかってしまう。

 

「ちょっと……恥ずかしかった……ですね……」

 

「あざみも……」

 

恥ずかしさに顔を赤らめたまま笑いあう。

でも、不思議と悪い気持ちにはならなかった。

先ほどまでの不安が消えたわけではないが、僅かの間でもそれを忘れさせてくれた。

それが、ありがたかったのかもしれない。

 

「……良かった」

 

ふと、あざみが呟くように微笑んだ。

 

「ミライ、戻ってきてからずっと苦しそうだったけど、今は笑ってる。いつもみたいに」

 

「……あざみさん……」

 

初めて、ミライは自分が笑えていなかったことに気づいた。

普段どおりに振舞えていると思っていた。

だが、こうして周囲に心配させるくらい、苦悩が表情に表れていたのだろう。

 

「無理に言わなくていい。でも覚えていて。あざみたちは、花組はみんな一つ。それは、ミライも一緒」

 

「……ありがとう……」

 

先ほどまでの恥じらいではなく、感謝を込めた素直な笑顔で礼を返す。

帰ってきたのは、花のような満面の笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何故、こんな事をしているんだろう。

そう自問している自分さえも、嫌だった。

普通に訪ねるつもりだった。

怪我はなかったかと。

今度借りを返してやろうと。

そのはずだったのに……、

 

「ちょっと……恥ずかしかった……ですね……」

 

「あざみも……」

 

先客の存在に思わず足を止め、壁越しに聞き耳を立てていた。

何だろう。胸の奥が痛い。

ただ饅頭を食べさせただけの、他愛の無いじゃれ合いだ。

百も承知のはずなのに、釈然としない自身の心に、言いようの無い嫌悪感が過ぎる。

何を嫌がっているんだ。

アイツが元気になったならそれで良いはずなのに、何が嫌なんだ。

 

「……」

 

ふと、手元の土産物に視線を落とす。

たまたま同じものを買ってきたからか。

違う。

そんな単純のものじゃない。

もっと心の奥で、何がどす黒い混沌としたものがへばりつくようにこみ上げている。

 

「……胸糞悪い……」

 

こめかみを押さえ、得体の知れないものに吐き捨てる。

だがそれさえも、別の意味に聞こえてきて余計に気持ち悪さが高まってくる。

呼び覚まされた感情は、怒りだった。

それもところ構わずぶつけてしまいたいくらいの、醜い怒りだ。

 

「……そんなのおかしい!!」

 

「当然のことだろう!」

 

反対の方角から、聞きなれた二つの聞きなれぬ言い争いが聞こえたのは、部屋に戻ろうときびすを返したときだった。

理由は大方想像できる。

が、相手の声が怒りを帯びているのはどうしたことか。

 

「……どいつもこいつも……」

 

誰に言うでもなく吐き捨て、拳を握った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いい加減にして!!」

 

作戦司令室から引きずられるようにしてサロンまでやってきても、さくらの興奮は収まるどころか悪化を辿っていた。

普段のおしとやかな彼女からは想像もつかないほど感情的で荒々しい。

少なくとも正常な精神状態でないことは明らかだ。

 

「こっちのセリフだ。さくら、今の支配人への態度は隊長として到底容認できるものではない」

 

「真宮寺さんたちは犠牲にされたんですよ!? 帝都を守るために見捨てられて!! それで帝都を恨んで復讐を……!」

 

「支配人は違うと断言していた。それとも君は敵の言うことを信じるのか?」

 

「あの人は敵じゃない!! 真宮寺さんをそんな風に呼ばないで!!」

 

「夜叉は姿が似ているだけの別人だ。 仮にそうだとしても、俺たちが帝都を防衛する使命に変わりはないだろう?」

 

それでも務めて冷静に、論理的に落ち着かせようとする神山。

だがその言葉の一つが、さくらの逆鱗に触れた。

 

「変わりないって……、真宮寺さんと戦うつもりなんですか!?」

 

「そうだ。もし夜叉が、本当に真宮寺さくらその人であったとしても、帝都に仇成すというなら戦って止める他ない」

 

「そんなのおかしい!! 真宮寺さんや他の華撃団の人たちはどうなるの!?」

 

「さくら! 俺たちは帝国華撃団なんだぞ! たとえどんな脅威であろうと、帝都の平和を守るために戦わなければならない! 当然のことだろう!?」

 

一方的にまくし立てるさくらに、神山も語気に感情が篭る。

いよいよ話は平行線のまま暗礁に乗り上げた。

 

「そのために真宮寺さん達が見捨てられたのは当然なんですか!? そんなことが許されるんですか!?」

 

「それがなければ帝都は10年前に壊滅していた。少なくともあの時、真宮寺さん達が命がけで戦ってくれたから、今の俺たちがあるんじゃないのか?」

 

「そんなの知らない! こんな事になるなら封印なんてしなければ良かった!! あの人たちを見捨てた帝都なんて……!!」

 

癇癪を起こしたように喚くさくらにいよいよ堪忍袋の緒が切れかけたときだった。

ふと肩を掴まれたと思うと、そのまま横に押しやられる。

視界に入ったしめ縄に、乱入者の正体を悟った。

 

「初穂……?」

 

無言のまま乱入者はズカズカとさくらの前に立つ。

そして、

 

「あうっ!?」

 

「初穂!?」

 

握り締められた右の拳が、さくらの顔面に容赦なく突き刺さった。

突然のことに神山もさくらもそれまでの怒りを忘れ呆然と初穂を見る。

その顔は、怒りを通り越した敵意すら漂う、およそ仲間に向ける表情ではない。

 

「黙って聞いてりゃ真宮寺真宮寺真宮寺……、お前はいつから話の聞かねぇオウムになったんだ、えぇ!?」

 

倒れたままのさくらの胸倉を掴み、今までに無い憤怒の形相で初穂が吼えた。

さくらも数秒唖然としていたが、やがて怒りの矛先を変えて胸倉を掴み返す。

 

「何よ! 初穂には関係ないでしょ!? 出しゃばらないでよ!!」

 

「アタシだってこんな下らねぇ事でキレたかねぇよ! 帝都を守りたくねぇとかほざくバカがいなきゃな!!」

 

「だってそうじゃない! 真宮寺さんは見捨てられたのよ! 今まで守ってきた帝都に裏切られて!!」

 

「じゃあ何だ!? 真宮寺さくらが降魔についたら、お前もあっさり裏切るのか!? 真宮寺さくらに代わって帝都の平和を守るんじゃなかったのか!?」

 

「私達だって裏切られるかもしれないじゃない! そんな薄情な帝都なんて守りたくない!!」

 

「守りたくないもクソもねぇんだよ! アタシらは帝国華撃団だ! 真宮寺さくらファンクラブじゃねぇ! 例え真宮寺さくら本人だろうと敵になるなら戦うしかねぇだろうが!!」

 

「うるさいうるさい!! 私の前で真宮寺さんを侮辱するな!!」

 

「もうやめろ二人とも!!」

 

今にも取っ組み合いになりそうな空気に、我に返った神山が止めに入る。

存外あっさり手を離した初穂は、明らかな蔑みの視線をさくらに突き刺して吐き捨てた。

 

「……救いようがねぇな。味噌汁で顔洗って出直してきやがれ!!」

 

さくらは答えなかった。

数秒の沈黙の後、舌打ちと共に初穂はサロンを踏み荒らしながら廊下の奥に消える。

再び痛い沈黙が流れた。

 

「侮辱するな、か。……だったら今、真宮寺さんが帝都を裏切ったと決め付けている君はどうなるんだ?」

 

僅かな皮肉を持って、神山もまた冷たい視線を送る。

元々さくらが一本気で筋の通らないことは認めない性格であることは知っていた。

だが自分の敬愛する人物に固執して立場を忘れる今の姿に、少なからぬ失望の念を抱いていた。

恐らく自身が思い描いてきた真宮寺さくらの理想像が崩れ、この組織でやっていく意味さえ見失ったのだろう。

それは一人の人間としてはやむをえないのかもしれないが、国の平和を守る霊的組織として、それは落第点としか言えない。

時として理不尽な現実も受け入れていかなければいけない。それが軍隊であり、平和を守るものとしての宿命である。

 

「あなたも……、誠兄さんも……そうなんですね……」

 

「俺たちはもう大人だ。いつまでも子供のままでいることは出来ない。自分ばかりじゃなく、周りのことも考えたらどうだ?」

 

「……嘘つき、……大嫌い……!!」

 

搾り出すように返ってきた言葉に、何かの糸が切れたように体が軽くなる。

それが諦観というものだと気づくのに、時間はかからなかった。

 

「この事は正式に支配人に報告する。少し頭を冷やせ。……俺も今のさくらは大嫌いだ」

 

サロンを後にする背中に、声がかかることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

思い出すだけで嫌になる。

 

「(お前はいつから話の聞かねぇオウムになったんだ、えぇ!?)」

 

あれはただの義憤ではない。

少し前のどす黒い感情に身を任せた八つ当たりだ。

あまりにも子供染みた真似である。

 

「胸糞悪い……」

 

その感情に身を任せ、あろう事か仲間に手を挙げ、心を折る形になってしまった。

その事実が自身の心に更に混沌を生み出し、無間地獄を形成していた。

繰り返すばかりの自問と自己嫌悪。

もし目の前に自分がいたら、ありったけの力でぶん殴っていたことだろう。

寧ろ誰でも良いからこのロクデナシを殴ってくれとさえ思った。

 

「……」

 

眠れそうに無い。

どうせなら中庭の霊子水晶の面倒を見る体で起きていようか。

そうしていれば、こうして堂々巡りの考えに頭を使わなくてすむ。

気だるい体に鞭打ち、重い腰を上げた。

 

その時だった。

 

「っ!? こんな時に……!!」

 

あまりに間の悪い降魔警報に、意識を切り替えて作戦司令室に急ぐ。

しかし、後に初穂自身が思い返す。

もしこの警報が僅かでも遅れていたら。

もし前兆に自身が気づいていたら。

そしてもし、自分がもう少し卑屈にならずにいられたら。

 

きっと、先に待ち受ける悲劇は回避できていたであろうと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「敵はミカサ記念公園周辺に傀儡騎兵を展開。現状は無差別に破壊活動を行っています」

 

「付近に待機しとった伯林華撃団が民間人の避難誘導を開始しとる。せやけどアイゼンイェーガーの修繕が終わってへんさかい、共闘は難しいやろうな」

 

「つまり我々のみで敵を倒す必要があるということですね……」

 

神山の言葉に、各々の表情が曇る。

何せ先の戦いで各無限は損傷が著しく、一終日程度では目処すら立っていない。

しかし修理が終わるまで指を加えて待つなど愚の骨頂だ。

かくなる上は……、

 

「隊長さん、三式光武だ。アタシとクラリスの三式光武なら、少しの調整で動かせるだろ?」

 

それを提案したのは初穂だった。

確かに無限が配備される前の三式光武は使用していないだけで撤去していないわけではない。

霊子水晶との同調さえスムーズにできれば、傀儡騎兵程度ならばさしたる苦戦はしないだろう。

流石に上級降魔の使役する傀儡騎兵などが現れると分が悪いかもしれないが、それだけの時間が稼げれば無限の応急処置も間に合うかもしれない。

 

「確かに……、クラリスも行けるか?」

 

「はい! 例え機体が変わっても、この志は変わりません!」

 

「よし。俺たち整備班はその間に、一機でも改修作業を間に合わせる。微調整までは期待できないがな」

 

十分な返事が返ってきた。

満身創痍を通り越して圧倒的不利な状態だが、泣き言は言っていられない。

自分たちは帝国華撃団。

その身に霊力と志がある限り、この町を守る責務があるのだ。

 

「よし、帝国華撃団花組、出撃! 初穂とクラリスはミカサ記念公園の傀儡騎兵を掃討し、残る隊員は作戦司令室にて待機! 無限の改修が完了次第随時出撃する!!」

 

「「了解!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かつて帝都全土を巻き込んだ、江戸の能楽師『大久保長安』によって引き起こされた、通称『長安事件』。

その際に敵の手に堕ちたがために止む無く時の帝国華撃団によって破壊された空中戦艦ミカサ。

最終決戦の舞台となったその場所は今は平和を伝える記念公園として、帝都民に愛される場所となっていた。

 

「おいたが過ぎる悪い子にゃあ、キツイおしおきが必要だな!?」

 

「これ以上この帝都を、貴方達の好きにはさせません!!」

 

「「帝国華撃団、参上!!」」

 

その憩いの場所を無慈悲に踏み荒らす狼藉者の集団に、2機の古びた霊子甲冑が立ちふさがった。

三式光武。

運用開始から実に7年以上の歴史を持つ霊子戦闘機の原型となった装備である。

アンシャール鋼に対し物理攻撃への耐久性に乏しいシリスウス鋼は今や完全な下位互換であるため、旧型と後ろ指差されてしまうような存在ではあるのだが、今の状況を打破できる可能性を持つのはこれだけだ。

 

『周辺に上級降魔の気配はありません。傀儡騎兵も統率は取れていないようです』

 

「要は数ばかり多いだけの雑魚って事か。一気に叩きのめしてやるぜ!!」

 

『三式光武も微調整は出来ていない以上無理は出来ない。二人とも、まずは民間人の避難先から敵をひきつけるんだ』

 

「「了解!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦闘開始から僅か10分。

作戦司令室からの的確な指示もあり、二体の三式光武はさしたる苦戦もなく傀儡騎兵の撃滅に成功していた。

当初は十分な整備の行えていない三式光武に不調が出ることも危惧していたが、速やかな作戦遂行が功を奏したようだ。

伯林華撃団側からも戦闘区域内からの民間人の避難が完了した旨の連絡が来たことも勢いを後押しし、傀儡騎兵の殲滅は最早時間の問題となりつつあった。

だが、作戦司令室では一つの共通する懸念が生まれていた。

 

「初穂機の動きが悪いな……、やはり霊力同調が完全ではないのか?」

 

三式光武はスペックこそ霊子戦闘機に一歩劣るものの、搭乗者のスキルやテクニックは霊力同調さえ出来ていれば十分な戦闘力を発揮できる。

事実クラリスは無限のときと比べて一度に練成できる霊力弾の数こそ少ないが、優先的に倒すべき敵を的確に見分けて確実に敵の数を減らしている。

一方で初穂の方はというと、一人で全部の敵を倒さんとばかりの勢いで大槌片手に突っ込んではいるものの、肝心の攻撃の動きが僅かに鈍っているせいで敵に動きを読まれて全部を倒しきれていない。

或いは初穂のイメージする動きに三式光武の霊子水晶がついてこられていないようにも見受けられる。

今でこそ問題はないが、もし上級降魔がここで増援として現れたら、果たして二人だけで切り抜けられるだろうか。

 

「……二人とも、霊力同調の調子はどうだ?」

 

念を押すようにやんわりと尋ねる神山。

程なく帰ってきた返信は異口同音でありながら、明確な差が見られた。

 

「はい、問題ありません。立ち回りさえ気にしていれば問題なく戦えます!」

 

「ああ……初穂ちゃんも、問題ないぜ。無限に火力で劣る分は……、手数で攻めれば良いからな!」

 

比較的安定した様子のクラリスに対し、明らかに初穂には疲労の色が見られる。

これは通常より霊力の消耗が激しい状態。

霊力同調が不十分なまま霊力を流し込み続けることで体内の霊力が枯渇したときに見られる症状だ。

だが三式光武の霊子水晶はどちらも保存条件は同じはず。

ならば二人のこの差は一体なんだ。

 

「初穂、まさかとは思うが……」

 

その疑問を口に仕掛けたとき、再び降魔警報が鳴り響いた。

作戦司令室に、一気に緊張が走る。

 

「緊急警戒!! 戦闘区域に大型傀儡騎兵の反応を確認しました!!」

 

カオルの報告を聞くまでもなく、蒸気モニターには見覚えのある大型傀儡騎兵が夜空からこちらを見下ろしていた。

手を象った下半身の指先から絶えずバーナーを吹かし、魔精の如く優雅ささえたたえながら漂う。

その名は、『荒吐』。

 

『よぉよぉ、随分と古びた玩具で遊んでんじゃねぇか、帝国華撃団様よぉ!!』

 

「朧……!!」

 

人を小馬鹿にした耳障りな笑い声と共に、煽るように機体を左右に揺らして挑発する魔精に、2体の霊子甲冑が各々武器を構える。

過去の戦いで配下を怪獣化させてけしかけてきた朧だけは、傀儡騎兵の情報が何もない。

空中を絶えず浮遊している様子からすれば遠距離から攻撃を仕掛けるタイプとは思うが、そうなるとクラリスはともかく接近戦が主体の初穂には分が悪い。

 

「二人とも、ここはまず相手を牽制する。まずは……」

 

遠距離攻撃に適したクラリス機で敵に牽制攻撃を仕掛ける。

そう言い掛けた神山だったが、ここに来て予想外の事態が起こった。

 

「こ、これは……!? 戦闘区域全体に魔幻空間が展開!! 上級降魔と類似する反応が多数出現!!」

 

「何やこの数……、十や二十どころちゃうで!!」

 

見ればモニターには瞬く間に高濃度の妖力反応が出現し、一面が赤に染められつつある。

そんなバカな。

傀儡騎兵は掃討したはず。増援だとしても反応の強さは朧自身に匹敵する。

 

「初穂! クラリス! 状況は!?」

 

務めて冷静に、神山が確認を取る。

返ってきたのは、予想できる中で最も耳にしたくない言葉だった。

 

『か、神山さん! 朧の傀儡騎兵が、空一面に……!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、悪夢としか言いようのない光景だった。

夜の空を覆いつくさんばかりの大型傀儡騎兵の群れ。

気づけば2機の三式光武は、この恐るべき悪魔の軍勢に取り囲まれていた。

 

「……悪い冗談だぜ……」

 

「それでも……やるしかありません……!」

 

「ククク……、この数にも怯まねぇとは。好きだぜぇ、そういうのは。壊し甲斐があってよぉ!!」

 

孤立無援の状況で尚も闘志を奮い立たせる二人。

その様子にほくそ笑み、荒吐のバーナーが唸りを上げる。

 

「さあ始めようぜ帝国華撃団! 俺特製の舞台で命がけの演目をなぁ!!」

 

瞬間、空一面に増殖した無数の傀儡騎兵の群れが一斉に弾丸の如く襲い掛かってきた。

 

「散れっ!!」

 

初穂とクラリスは同時に左右へ跳び、弾丸の直撃をかわす。

それまで二人がいた箇所は何体もの荒吐が特攻を仕掛け大爆発が起こった。

だが敵は次々に体当たりを仕掛け、その度に弾幕のような爆撃が衝撃となって一帯を揺るがす。

 

「クソッ! これじゃ防戦一方だ……!!」

 

「せめて……せめて詠唱の隙があれば……!!」

 

絶え間ない連続攻撃で回避が手一杯になり、反撃の糸口が見出せない初穂とクラリス。

その焦燥の表情に、たった一人の観客は高笑いを上げた。

 

「ヒャーハハハハハ!! さあ踊れ踊れ!! 死ぬまで終わらねぇ死のダンスをよぉ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ……、このままでは……!!」

 

一転して窮地に陥った戦況に、神山を始め誰もが焦燥をあらわにする。

最初は無限の応急処置が間に合うまでの時間稼ぎのはずだった。

だがこの状況は最悪だ。

恐らくは妖力の練成によって生み出した分身を爆弾代わりにぶつけている朧。

制空権を奪われたこの状況では、可能な限り早期撤退を計るのが定石だ。

だが敵はご丁寧に魔幻空間でこちらの逃げ道も塞いでいる状況。

可能性があるとすれば、当初の作戦通りこちらの準備が整うまで敵の攻撃をかわし続ける事だけだ。

 

「司馬君、無限の改修状況は?」

 

せめて援軍に向かうまでの時間を逆算しようと整備班に確認を取る。

だが返ってきたのは、力ない返事だけだった。

 

「無限各機、中枢機関の霊子水晶にダメージがあります。全力を尽くしていますが、最短で見積もって15分は……」

 

一刻を争うこの状況で、それはあまりに絶望的な時間だ。

このまま指を加えてみているしかないのか。

だが……、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウチやったら、3分あれば一機は動かせるで」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聞きなれない関西弁に、その場の誰もがハッとして振り向く。

ここにはこまち以外にそんな訛った喋り方をする人間はいなかったはず。

ならば一体……、

 

「……来てくれましたのね」

 

「し、し、師匠!?」

 

その中でただ一人、すみれだけは安堵を声を返した。

同時に司馬が驚きで声を失う。

無理もない。

他ならぬ彼自身に機械工学の粋を叩き込んだ師匠なのだから。

 

「いつぞやはウチの子達がえらい世話なったみたいやな。まあ世間話は後回しや」

 

「それじゃあ、貴方が……!!」

 

「上海華撃団司令にして先代帝国華撃団花組、李紅蘭や。よろしゅう」

 

立ち込めた絶望の暗雲に、一筋の光明が差した。

 

「聞こえるか二人とも! あと3分で援護の無限を出せる! それまで持ちこたえるんだ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「簡単に言ってくれるぜ……!!」

 

何発目かも分からない突撃を紙一重でかわしながら、小声でそう毒づく。

搭乗したときから僅かな違和感は、確実に大きなものになりつつあった。

普段なら目を閉じるだけで手に取るように分かるはずの妖力や霊力の濃淡が、霞がかったように見えない。

それどころか、三式光武自体の動きも明らかに散漫だ。

久しぶりとはいえ、ここまで重くなるものなのか。

それとも……、

 

「結構頑張るじゃねぇか。だったらコイツはどうだ!?」

 

上空で高みの見物を決め込んでいる朧が、それに手を掲げる。

瞬間、驚くべきことが起こった。

激しい地鳴りと共に、幾つもの蛇のような怪物が地面を割って現れたではないか。

もし真下から巨大な顎で捉えられたら、成す術がない。

 

「こうなったら一か八か……、クラリス!!」

 

「分かりました!!」

 

制空権を奪われた上に地面にまで注意を払う余裕はない。

最早逃げ回ることは不可能と判断した二人は、意を決して背中合わせになって動きを止める。

 

「いよいよ観念したか。まあ楽しい見世物だったぜ、帝国華撃団!! あばよ!!」

 

諦めたと判断したのか、朧が嘲笑と共に幻たちをけしかける。

だがその瞬間こそ、二人が狙っていた唯一無二の反撃のチャンスだった。

 

「油断大敵、乾坤一擲ってなぁ!! 東雲神社の、御神楽ハンマーッ!!」

 

ありったけの霊力を練りこんだ大槌の一撃が、裂帛の一声と共に大地に叩きつけられた。

東雲の血を引く初穂の霊力が波動となって周囲の地面一帯を駆け抜け、地中に潜んでいたであろう無数の妖力を吹き飛ばした。

そしてこれにクラリスが続いた。

 

「後は制空権を奪い返す!! アルビトル・ダンフェール!!」

 

練りこまれた幾つもの霊力弾が縦横無尽に飛びまわり、飛来した幻たちを次々に誘爆させていく。

爆発はすぐ近くの幻の爆発を誘い、たちまち空一面を縦断爆撃が埋め尽くした。

その威力、朧自身が作り上げた魔幻空間そのものを破壊したレベルである。

 

「チッ、少々遊びすぎたみてぇだな」

 

面白くないとばかりに吐き捨てる朧。

しかし次の瞬間、何かに気づいたようにニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 

「だがお前らも今のでガタが来始めてるんじゃないのか? 特に赤いの。目に見えて霊力が落ちてんじゃねぇか」

 

「え……?」

 

その指摘に、クラリスが驚いたように初穂を見る。

無理もない。

今の今まで感づきながらも誤魔化していたのだ。

まさか一番気取られたくない相手に見破られてしまうとは。

 

「本当はもうその玩具を動かすのも辛いんだろ? 要は完全なお荷物ってわけだなぁ?」

 

「初穂さん、そうなんですか……?」

 

クラリスが心配するように問いただしてくる。

だが、答える余裕はない。

その前に朧が、信じられない行動に出たからだ。

 

「ホラ、こうしても攻撃できないだろ? 本当は動くのもしんどいんだからな。大変だよなぁ、自分が無能な役立たずだって隠し通すのはなぁ」

 

何と飛行能力がある荒吐をわざわざ地面に降ろし、挑発するように手招きまでしてきたのだ。

明らかに自分に対して煽っている。

 

『惑わされるな二人とも。明らかに挑発だ』

 

そう、何処からどう見ても罠だ。

いつもの初穂なら気にも留めなかっただろう。

いつもの初穂ならば。

 

「……誰が無能な役立たずだって?」

 

だが、今の初穂はいつもの彼女ではなかった。

見え透いた挑発を額面どおりに受け、怒りをあらわに大槌の柄を握る手に力を込める。

それは謂れのない侮辱に対する怒りではない。

的を射た指摘を露見されたことへの、恐怖だった。

 

『……、待て、初穂!!』

 

「初穂さん!?」

 

身を震わせていた赤の三式光武が、弾かれたように飛び出した。

大槌を構えたまま一直線に朧目掛けて突っ込んでいく。

作戦も何もない、特攻まがいの突撃だ。

 

「アタシがお荷物かどうか……、テメェの体で確かめてみやがれ!!」

 

お荷物などではない。

役立たずなどではない。

脳裏を過ぎる不安を振り払うように、頭上に振りかぶった大槌を跳躍と共に力任せにたたきつける。

だが、それが眼前の敵を叩き潰すことはなかった。

何故なら敵は肉薄した一瞬、霧のように消えうせてしまったからである。

 

「なっ……!?」

 

神山の言うとおり、それは敵の幻だった。

ならば本体は何処だ。

その周囲を見渡す前に、遥か頭上から答えが嗤っていた。

 

「ヒャーハハハハハ!! 最高のピエロだったぜぇ、赤いのよぉ!!」

 

見上げたときには、既に敵は下半身の両手に納まりきれないほどの巨大妖力弾を精製していた。

マズイ。

ただでさえ防御力の劣る旧型の霊子甲冑。

直撃すればただでは済まない。

だが……、

 

「初穂さん! 回避を!!」

 

動かない。

霊力を集中しても、霊子水晶と接続が出来ない。

一体何故……。

 

「こいつはささやかなお礼だ。あばよ!!」

 

「初穂さん!!」

 

嘲笑と共に放たれた巨大な光弾が、禍々しい閃光と共に視界を阻んでいく。

その一瞬、初穂は目を背け続けてきた現実を見た。

下らない嫉妬に駆られ、親友に八つ当たりして心を折り、挙句安い挑発に乗って死んでいく。

何のことはない。全ては事実だった。

 

ならば……、

 

「……え?」

 

その裁きの一撃は、突如現れた影によって真っ二つに斬り捨てられた。

死を覚悟して閉じた目を再び開く。

そこにいたのは、左腕に光剣を携えた一機の霊子戦闘機だった。

 

「間一髪でしたね、初穂さん」

 

「ミライさん!!」

 

自分より先に安堵の声を漏らすクラリス。

その瞬間、初穂は理解する。

自分を、こんな自分を、ミライが助けてくれたのだと。

 

「……ミライ……」

 

おずおずと名を呼ぶと、一瞬だけこちらに微笑み返すミライ。

その優しさに、初穂は思わず息を呑んだ。

 

「ゲストが増えたって訳か。面白い。だったらアンコールと行こうじゃねぇか!!」

 

獲物が増えたとばかりにせせら笑う朧。

だが迎撃せんと構えるミライとの間を遮るように、別の影が姿を現した。

 

「何を遊んでいるの、朧?」

 

瞬間、その場に緊張が走る。

何故ならその人物は、2度もこちらを完敗に追い込んだ上級降魔、夜叉だったからだ。

 

「こんな不毛な所で傀儡を無駄にしてるなんて……。あのお方の命に背くつもりかしら?」

 

「何だよ、ケチケチすんなよ。どうせ事が始まれば一緒なんだからよぉ」

 

「二度は言わないわ。今すぐ撤退しなさい。こいつ等の始末は下僕に任せます」

 

気だるげに反論する朧に対し、有無を言わさない声色で迫る夜叉。

納得できない表情を浮かべながらも、朧は渋々承諾した。

 

「分かったよ。あ~あ、これじゃどっちがピエロかわかりゃしねぇ……」

 

「ま、待て!!」

 

生み出した異空間に消えていく朧の背中に、思わずミライが叫ぶ。

だが、夜叉は冷笑を持って返した。

 

「本当は予定になかったんだけど……、良い機会だわ。奴を呼ぶ餌になってもらいます」

 

予定にない。

餌にする。

一体何の事だ。

煙に巻かれ訝しむミライを尻目に、夜叉は一枚の札を取り出し、宙に放つ。

瞬間、禍々しい妖力が札からあふれ出したかと思うと瞬く間に巨大な影を形成し、巨大な怪獣へとその姿を変えた。

甲殻類を思わせる外骨格に全身を包み、厳つい目と二本の角が闘争本能の激しさを物語る、『甲獣ジョバリエ』である。

 

「フフフ……死ぬ前に奴が来てくれると良いわね。さあ行きなさい、ジョバリエ」

 

「グガアアアア!!」

 

主の命令に歓喜の咆哮で応えると、大怪獣はこちら目掛けて進撃を開始した。

その後ろで、夜叉もまた異空間の中へと姿を消す。

 

「……行くぞっ!!」

 

光剣を構え、ミライ機が地を蹴った。

真後ろには身動きの取れない初穂がいる。

ならば少しでも敵の注意をひきつけ、神山たちの到着を待たなければならない。

そう判断し、振りかぶった光剣を敵の腹部目掛けて突きたてる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっ!?」

 

何と、怪獣の頑丈な皮膚に光剣はあまりにもあっさりとへし折られてしまった。

着地と同時に再度光剣を精製し切りかかるが、固い岩を叩くような音と共に弾き返されてしまう。

 

「ミライさん、援護を……、きゃあああっ!!」

 

こちらを援護しようと霊力弾を精製するクラリスだったが、そうはさせないとジョバリエの角から放たれた怪光線が緑の霊子甲冑を直撃した。

悲鳴と共に全身に小爆発が発生し、クラリス機は煙を上げて動かなくなる。

 

「クラリスさん! クソッ、やめろ!!」

 

敵の注意をこちらに向けさせるべく、三度光剣で切りかかる。

だが、

 

「グガアアアアッ!!」

 

「うわぁっ!?」

 

猪口才なとばかりに怪獣が図太い腕を振り払った。

質量の違う遠心力に無限は紙くずのように吹き飛ばされ、地面にたたきつけられる。

激しい衝撃が全身を襲った。

ただでさえ応急処置しか済んでいない状態。

これ以上ダメージを受けては……、

 

『ミライ! もう少しだけ耐えてくれ!! すぐに俺たちも駆けつける!!』

 

通信で神山がこちらに励ましの言葉を送るが、返事を返す気力がもたない。

正直勝ち目はほぼないに等しかった。

既に初穂とクラリスの三式光武は自力での稼動が不可能となり、自身も少なからぬダメージを受けている状態である。

可能性があるとすれば……、

 

「……」

 

左腕に忍ばせた、自身の光に眼をやる。

無限の力だけでは勝ち目がない。

だがウルトラマンの力なら、勝利の可能性を生み出せるかもしれない。

今までのミライなら、迷わずその光にすべてを託していただろう。

だが、ミライは迷っていた。

もし、また攻撃が通じなかったら。

もし、また負けてしまったら。

あの時、戦闘機怪獣に手も足も出なかった光景が、ミライの勇気を曇らせていた。

 

「(すみません、ジャックさん……。僕は……)」

 

敬愛する巨人に、自らの非力を力なく詫びるミライ。

それを嘲笑うかのごとく、怪獣は巨腕を振り上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

「グガッ!?」

 

突如飛来した一発の霊力弾が、怪獣の顔面を直撃した。

クラリスではない。

その先にいたのはワインレッドの装甲が輝くアイゼンイェーガーだ。

アナスタシアか。

いや、アナスタシアの機体は青だったはず。

ならば一体……、

 

「そこまでだぜ怪獣野郎……!! これ以上はオレが許さねぇ!!」

 

アイゼンイェーガーから飛んだのは、声変わりもしていない少年の声だった。

そういえばアナスタシアに聞いたことがある。

伯林華撃団につい最近正規部隊に認められた少年がいたと。

 

「俺の名はポール=アンバースン!! 伯林を照らす星になる男だ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

伯林華撃団『鉄の星』。

その4番目の星となった少年の戦いは概ね二つに評されるが、内包する意味はほぼほぼ一緒であった。

即ち、「勇猛果敢」であり、「無謀の極み」であると。

それは、偏に彼の戦い方にあった。

 

「オラアアアァァァァッ!!」

 

身の丈の数倍以上はあるであろう怪獣目掛け、臆する事無く霊力弾をぶつけていくポール。

それだけならまだいい。

だが遠距離射撃に特化したはずのアイゼンイェーガーにおいて、彼は決定的に誤っていた。

というのも、

 

『何やってるんだポール!! アイゼンイェーガーは修理が終わってないと言っただろう!!』

 

『ポール近づいちゃダメ! 離れて! 早く!!』

 

辛うじて繋がる仲間の通信。

そう、ポールは作戦中、遠距離攻撃が持ち味のはずの霊子戦闘機であろう事か接近戦を挑む悪癖があった。

アイゼンイェーガーの効果的な戦い方がわかっていない訳ではない。

ただコソコソ影から狙撃主のように狙い撃ちする戦い方が性に合っていなかったのである。

故に作戦時でも痺れを切らして接近戦を仕掛けて手痛い竹箆返しを喰らったことも多く、被弾率がそれを物語っている。

しかしながら同時にその無鉄砲さが窮地を打開する一手となったことも少なくなく、それがポールが正規部隊に所属している理由でもあった。

 

「グガアアアッ!!」

 

執拗な攻撃に苛立ったジョバリエが、角から怪光線を放つ。

だがポールは予期していたかのように片腕の砲塔を連射しながら上に掲げ、霊力弾で怪光線を相殺してみせた。

 

「離れて撃っても効かねぇなら……!!」

 

巨体から繰り出される攻撃を悉くかわし続け、地を蹴り怪獣の腹部に張り付く。

そこは怪獣から見れば死角。

ポールはこれを狙っていた。

 

「至近距離からぶち込んでやるぜ!!」

 

「グガアアアッ!?」

 

腹部にある外骨格同士の継ぎ目を狙ったゼロ距離からの連続射撃。

それまで鉄壁を誇っていた怪獣が、初めて怯んだ。

 

だが……、

 

「グガアアアアッ!!」

 

「何だと!? 効いてねぇのか!?」

 

慌てて怪獣から飛び退るポール。

信じられない。

明らかに体内にダメージを与えているというのに、凄まじい生命力だ。

 

「畜生! だったら何度でもぶち込んでやる!!」

 

再び砲撃を開始しながら怪獣に殺到するポール。

だが怪獣も今の流れでポールの動きを学習したらしく、地面を踏み鳴らして進撃を妨害する。

一度は突破口を開いたかに見えたポールの突撃だが、完全に勢いを殺されてしまった。

 

『ポール撤退しろ! これ以上の戦闘は不可能だ!』

 

「いいや退かねぇ!! ここで逃げたら帝国華撃団はやられちまう!! 見捨てておけねぇ!!」

 

『貴方は今生きてるだけで奇跡なのよ!? 死にたいの!?』

 

「何とでも言え!! 俺は諦めねぇぞ! 諦めたらそこで全部終わっちまう!! 弾が無くなろうが手足がもがれようが、俺は絶対に諦めねぇ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その言葉を聴いた瞬間、心の中で何かが音を立てて弾けた。

絶対に諦めない。

その信念だけでその少年は、絶体絶命とも言うべき状況で、無謀としか言いようのない攻撃を成功させた。

ウルトラマンですらない、たった一人の少年が。

 

「……絶対に……、諦めない……」

 

もう一度、自分の声で、彼の言葉を繰り返す。

例え僅かな可能性でも。

例えどんな強敵が相手でも。

諦めない。

絶対に諦めない。

何故なら……、

 

「僕も……、僕も諦めない!!」

 

再び怪獣が地面を踏み鳴らした。

突進を仕掛けていたアイゼンイェーガーがこらえきれずに転倒する。

これを好機と見たジョバリエは角から怪光線を放った。

瞬間、ミライはその身を無限ごと投げ出した。

 

「ミライ!!」

 

閃光に包まれる一瞬、叫び声が聞こえた。

そして……、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メビウーーーーーースッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その一瞬、光の柱と共に現れたのは見知った赤と銀の巨人だった。

 

「メ、メビウス……」

 

その手に抱えられた機体を下ろす姿に、脇にいた初穂が安堵の声を漏らす。

 

「セアッ!」

 

「グガアアアッ!!」

 

ジョバリエも出現したメビウスに標的を変え、真正面から襲い掛かった。

互いにスクラムを組むように押し合うこと数秒。

拮抗を破ったのはジョバリエだった。

 

「ゥアッ!?」

 

突如角が発光し怪光線が発射された。

至近距離からの攻撃にメビウスも思わずたじろぐ。

そこへ容赦なく超重量の巨体が突進を仕掛けた。

 

「ゥアァァッ!!」

 

実に3万トンの巨体が宙を舞い、大地にたたきつけられる。

だが、諦めない。

自分は、ウルトラマンなのだ。

 

「グガアアアッ!!」

 

「スァッ!!」

 

再び怪光線を放たんと角を発光させるジョバリエ。

メビウスはその瞬間を狙い、メビュームスラッシュを放った。

 

「グガアッ!?」

 

突如眼前に飛来した光刃が角を切り裂く。

これで怪光線は使えない。

そして……、

 

「グガアアアッ!!」

 

負傷により生存本能が刺激されたのか、狙い通り天高く咆哮を上げてこちらへ突っ込んでくるジョバリエ。

メビウスは振りかぶった左腕のブレスにエネルギーを集中させ、渾身のライトニングカウンター・ゼロを打ち込んだ。

 

「セアアアアッ!!」

 

淡い光を纏った左拳が唸りを上げてジョバリエの腹部に突き刺さる。

それはつい先ほど、ポールが決死の攻撃で与えた数少ない甲獣の傷であった。

打ち込まれた箇所から全身を光エネルギーが包み込む。

 

「グガアアア……!!」

 

内部から全身を焼かれ、明らかに動きが弱まるジョバリエ。

後は同じ傷からメビュームシュートを撃ち込めば……、

 

「(……しまった!!)」

 

だがその瞬間、ジョバリエは最後の抵抗とばかりに巨腕を振り回して暴れ始めた。

その一撃が公園の中央にある休憩所を横薙ぎに破壊する。

その真下には……、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、初穂は思わず目を伏せた。

今までの無限と違い、三式光武の素材は物理攻撃に滅法弱いシリスウス鋼。

瓦礫に埋もれれば簡単にひしゃげてしまう。

 

「……え……?」

 

だが、いつまで経っても衝撃は来ない。

恐る恐る目を開けると、そこに見えたのは赤と銀に覆われた世界だった。

 

「……メビ……ウス……?」

 

それが今まで共に戦って来た巨人だと気づくのに、時間はかからなかった。

そして実感する。

先ほどミライが守ってくれたように、今度はメビウスが、自分を守ってくれたのだと。

 

「ゥウッ……」

 

右肩にのしかかった瓦礫を払い、膝を立てるメビウス。

既にカラータイマーは点滅を始めている。

そこへ怒り狂う怪獣が襲い掛かってきた。

 

「グガアアアッ!!」

 

「スァッ!! ウウゥ……!!」

 

負けじと掴み返すメビウスだが、明らかに力が入っていない。

見れば右腕がピクピクと痙攣している。

まさか、自分を庇った際に負傷してしまったのか。

何ということだ。

自分のせいで、メビウスの勝機まで潰してしまうとは。

 

「スァッ!!」

 

その場に押さえ込まれたメビウスは、唯一自由が残された左腕で再度ジョバリエの傷口に拳を打ち込む。

ますます激しくなるジョバリエの抵抗。

エネルギーが底を突きかけているのか、急激に速度を上げるカラータイマーの点滅。

このまま押さえ込まれれば、メビウスは……、

 

「セアアアァァァァッ!!」

 

諦めない。

そう叫ぶかのように、メビウスが吼えた。

瞬間、その全身を光が包み激しい閃光が一帯を白に染め上げる。

閃光の巨人は更にエネルギーを圧縮し、怪獣諸共地面を抉りながら眼前の海中をその身を投げた。

そして……、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メビウスウウウゥゥゥ……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数秒の間をおき、凄まじい爆発が一帯を吹き飛ばす。

巨人は、戻って来なかった。

 

<続く>




<次回予告>

アタシのせいだ。

さくらも、ミライも、メビウスも……。

何にも……何にも無くなっちまった……。

次回、無限大の星。

<約束~後編~>

新章桜にロマンの嵐。

これが、新たな力……!!


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第6話:約束~後編~

大変お待たせしました。

いよいよさくらが、初穂が、そしてミライが試練を乗り越える後編です。

原作ではさくらの比重が大きくて初穂のエピソードが少なくなっていたので、その分かなりのボリュームアップになっています。




 

 

帝都はおろか日本全体を通しても、その家屋の存在を知るものは極めて少ないと言わざるを得なかった。

下町は浅草より更に北東に位置する寺島町。

既に町制施工が行われて久しいこの町の奥に、一軒の家屋が存在する。

川を隔てた橋の先に、大きな一本桜を囲うように並ぶ長屋式の建物。

その一角にある作業場では、今日も聞きなれた鉄を打つ音が小気味良いリズムを刻んでいた。

明治に発せられた「廃刀令」を免れて大正の代に存続する数少ない刀匠『天宮』の住まいである。

その一族は代々受け継がれし類稀な霊力と女性にのみ発現するとされる「絶界」の力を以って、帝都の守護に尽くして来たという。

現在の当主は12代目。

名は『天宮鉄幹』。

そして今年家を出たばかりの、花の様に可憐な一人娘がいた。

 

「……」

 

無心のままひたすらに打ち続けた刀身を焼き戻す。

受け継がれてきた伝統の技は、ため息さえ誘うほどに美しい光沢を生み出した。

だが、その表情は少しも晴れることはない。

何故なら……、

 

「お父さん……」

 

ふと、後ろから呼ぶ声に我に帰る。

振り向くと、久しい顔がおずおずとこちらを見ていた。

 

「ご飯の支度、出来たよ……」

 

「……ああ、今行く」

 

何処か陰りを帯びたその顔に、気取られたかのような錯覚を覚える。

そんな事はありえないと、分かっている筈なのに。

 

「……ひなた……」

 

今は亡き妻を想い、打ちかけた刀身を一瞥する。

誇るべきその輝きが、憎くすら思えた。

 

 

 

 

<第6話:~約束・後編~>

 

 

 

 

 

突然だった。

娘が何の連絡もなく、突然身一つで家の門の前に現れたのは。

理由は知らない。

だがその頬に涙の跡を認め、何も聞かずに中に入れた。

それから二日。

未だ娘の口からは詳細を聞けぬまま、預けたはずの霊的組織から通達が届けられた。

 

『帝国華撃団花組隊員、天宮さくら。此度の件に際し資質不適格と認め、隊員資格を無期限に剥奪する』

 

穏やかではない内容だった。

だが形見すらも失って帰ってきたその表情に納得していた。

 

「……」

 

「……」

 

無言のままの食卓。

一人なら何ら気にすることの無い沈黙が、気まずく思える。

以前は暇さえあれば、帝国華撃団への入隊に瞳を輝かせていたというのに。

 

「……ごちそうさま」

 

それでも食べ残さない事に少しだけ安堵し、自身も味噌汁をかき込む。

食器の片付けと配膳は分担するのが、今の天宮家のルールだった。

 

「さくら」

 

部屋を出ようとする娘を、ふと呼び止める。

本当なら、ここで優しい言葉で慰めたり、厳しい言葉で気合を入れるのが父親というものなのだろう。

だが、事情も知らない今の自分にそんな事は出来ない。

だからこそ、一言だけ告げた。

 

「……後悔だけはするな。お前の人生は、お前のものだからな」

 

「……はい……」

 

どこかに迷いを残した返事と共に、食卓から消えるさくら。

その背中に、かつて告げられた言葉を思い出す。

 

『貴方の娘は、いつか大きな運命と戦うことになる。一人では抗いようの無い運命に』

 

どうか外れてくれれば。

どうかその運命が娘に関わらなければ。

矛盾している、と思う。

何故なら今、その運命の歯車を回しているのは、他ならぬ自身なのだから。

 

「……定め……か……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ウルトラマン死す!?』

 

不穏な見出しに始まった朝刊の号外に、すみれは頭痛の止まないこめかみを押さえつつ息を吐いた。

だが今日に限っては、この場所にいつもの秘書はいない。

先のミカサ記念公園での戦闘における事後処理のため、月組と共に出向しているためだ。

その代わりというわけではないが、目の前には全ての始まりとなった男が立っていた。

 

「ミライさんを助けてくれたこと、感謝いたしますわ」

 

「礼には及ばない。寧ろ彼には感謝している。奴らの狙いは、私だったはずだ」

 

昨夜の戦闘で海中に巨人が没して数分後。

まるで予知していたかのように、彼は重傷を負った隊員を連れて海から上がってきた。

三式光武は大破し使用不能となってしまったが、一人の犠牲者も出さずに帰ってこられただけでも十分だ。

その意味では、あの突破口を開くきっかけを作った伯林の少年にも感謝しなければならないだろう。

 

「どこまで、なぞっているのかしら?」

 

目の前に立つ男以外には、およそ謎かけにしかならない言葉。

男は、僅かに目を伏せ、答えた。

 

「多くは外れている。だが……」

 

「結末を変えるには、至っていないということね……」

 

全ての始まりは10年前。

降魔皇封印作戦が痛み分けに終わった直後の事であった。

目の前の男が右腕のオーブを携え、こう言い放ったのである。

 

「力を貸してほしい。10年後、封印の解放をもくろむ存在がある」

 

始めこそ半信半疑だったが、その後のプレジデントG及びWLOFの台頭と賢人機関の解体。

そして世界規模の降魔の出現を言い当てた彼の言葉に、すみれは信頼できると確信を持った。

この封印の解放を阻止できるか否かで、遠い未来の運命が決まるのだと。

 

「では、やはり初穂さんの不調も……」

 

「ああ。原因に差異はあれど、精神的な負担が重なり、霊力の一時的な減退が起こっている。そして……」

 

その先を口にする前に、すみれ自身がそれを制した。

その意図を察し、銀河もその先を飲み込んだ。

 

「だが状況は確実に変わりつつある。本来ならば、既に瓦解していた所だ」

 

「クラリスさん、あざみさん……そして今回が初穂さん」

 

「彼女自身のケアが必要だ。要因がそれだけでないところが厄介だが……」

 

その言葉にすみれも重々しく頷く。

彼の話す未来では存在しなかった人物。

だが少なくとも彼女の存在は、初穂の運命を左右する一つのピースとなるだろう。

 

「でも、それでも無理強いは出来ませんわ。彼女もまた、心が壊れる寸前でしたもの」

 

「そうだな。こればかりは、信じるほかにないだろう」

 

「ええ……。信じましょう。再び桜が咲き誇るその瞬間を……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの時の自分自身の行動を、ミライは理解できていなかった。

咄嗟に体が動いた。考えるより先に体が動いていた。

 

「……ここは……」

 

気づくと、自室の見慣れた天井が視界に入った。

ここは帝劇の自分の部屋か。

という事は、

 

「……ミライ、起きた?」

 

「……あざみさん」

 

聞き覚えのある声に気づき、体を起こす。

が、直後に右腕に痛みが走り、顔をしかめた。

 

「まだ動いちゃダメ。昨日まで治療してたから」

 

「昨日まで……。あれから、何日経ってたんですか?」

 

「4日。ミライは腕も折れて全身に火傷があったから、ずっと医療ポッドで治療してた」

 

あざみの説明に、ミライの脳裏に徐々にだが当時の記憶が蘇り始める。

そうだ。

右腕を負傷してメビュームシュートが撃てなくなり、止む無く海中に突き落として怪獣を爆発させて倒したのだ。

そのときに、初穂を庇って……、

 

「……初穂さん……、そうだ初穂さん! 初穂さんは無事なんですか!?」

 

脳裏をよぎるのは、2度も死の危機に瀕していた戦友。

まくし立てるミライに気圧された様子を見せながらも、あざみは務めて冷静に返した。

 

「大丈夫。初穂は無事。……でも……」

 

「でも……? 何かあったんですか?」

 

歯切れの悪い返事に首をかしげるミライ。

あざみは一瞬躊躇う様子を見せたが、覚悟を決めた様子でこう告げた。

 

「支配人を呼んでくる。……いろんな事があった。本当に、いろんな事が……」

 

何処か悲しげなあざみの表情に、ミライは一抹の不安を覚える。

そして現れたすみれの口から齎された言葉に、ミライは衝撃に震えた。

 

東雲初穂が、帝劇を去ったと……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、行ってきます」

 

そう言って数日振りに外に出る娘の背中を、鉄幹は珍しく見えなくなってもしばらく見送り続けていた。

この日、鉄幹は娘にある事を言付けていた。

先の戦いで失われてしまった帝鍵『天宮國定』。

それに代わる新たな帝鍵を鍛え上げるべく、器となる刀身を知り合いの神社で清めてもらうというものだ。

話を聞いた当初こそ顔をしかめていたさくらであったが、本人に会うわけでないならと承諾した。

どうやらここに戻るときにひと悶着あったようだ。

 

「さて……」

 

数分をおき、声を漏らす。

その一瞬、本人も無意識のうちに表情がほころんでいた。

それは、安堵だった。

 

「出てきたらどうだ?」

 

別人のように鋭い、抜き身刀の如き声が飛んだ。

数秒の間をおき、その背後に人影が降り立つ。

 

「気づいてたんですね」

 

長い黒髪を結い上げ、一振りの刀を構える女。

瞬間、理解する。

かつて盟友が告げていた『運命』。

その始まりが、訪れたのだと。

 

『貴方の娘は、いつか大きな運命と戦うことになる。一人では抗いようの無い運命に』

 

『どうか、生き延びて欲しい。運命を変えるには、貴方が不可欠だ』

 

「……許せ、銀河。これでも、父親だ……」

 

己が身を案じ警告を残してくれた友へ、僅かに目を伏せ詫びる。

そして信じる。

娘なら、きっと乗り越えて見せると。

 

「十二代目天宮家当主、天宮鉄幹。我らが主の命の下にその命、貰い受ける」

 

「やってみせろ。……出来るものならな」

 

蒼天の空に、乾いた音が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その一瞬、言葉の意味が理解できなかった。

 

「初穂さんが、出て行った……?」

 

無言のまま、すみれは頷いた。

何故だ。

自分の意識がない間に、何があったのだ。

 

「あの戦闘の時、初穂さんの三式光武が動かなくなっていた事はご存知かしら?」

 

「三式光武が……?」

 

「霊力はその者の生きる力である生命力に直結しているわ。そしてその精神に強い負担がかかり続けると、その力を弱めてしまうことがある。初穂さんは、無限を動かす霊力も残っていなかったの」

 

「そう……だったんですか……」

 

突きつけられた現実に、ミライはまだ理解が追いついていなかった。

あの戦いで初穂を守ることは出来た。

だが初穂自身が霊力が枯渇してしまい、無限による戦闘に参加できなくなってしまったために、花組を離脱してしまったのだと。

 

「一時的なものではあるけれど、本人はケジメだとおっしゃっていたわ。貴方の負傷が自分の責任だと、引け目を感じていらっしゃるのね」

 

「そんな……僕はそんな事……」

 

胸が締め付けられる思いだった。

自分があの時勝機を捨ててまで初穂を守ることを選んだのは、そんな責任を負わせるためではない。

しかし現に彼女は今、ミライの手の届かない遠いところへ行ってしまった。

まるで、自分から遠ざかるかのように。

 

「みんなも口を揃えてそう仰ったわ。初穂さん一人の責任ではないと。でも彼女は今回の件でご自身を許せなかったのだそうよ。そして貴方に合わせる顔がないとも」

 

「そう……ですか……」

 

失意を隠しきれないミライ。

その様子に、すみれは何かに気づいた様子で問いかけた。

 

「ミライさん。貴方……誰かを愛した事はある?」

 

「え……?」

 

突然の問いかけに、ミライは答えられなかった。

あるかないかと問われると、ない。

ウルトラマンとしての技術を磨く事と、この星を憧れの巨人に代わって守るという志以外に、心を傾けたことはなかった。

そう答えると、すみれは納得したように頷いた。

 

「そうね。この星を守れる存在になるという志を立てて一心不乱に邁進するその姿勢は、敬服いたしますわ」

 

けれど、とすみれは続ける。

 

「貴方が憧れた御剣秀介さん……。あの方はこの星で、ある女性を深く愛しておりました。その方のためならば、自身の命さえ危険に晒せるほどに」

 

「深く、愛する……」

 

「それが必ずしも正しい事なのかまでは分かりかねますわ。事実、秀介さんはそのためにご自身のウルトラマンとしての未来を捨てて、地球人として生涯を歩む決断をされました」

 

それは聞いたことがある。

本来ならば一対であるはずのブレスレットからオーブを切り離し、愛した人が生きるこの星のために寿命を削って戦い抜いたと。

 

「ミライさん。銀河さんがプラズマ=オーブを持つ今、貴方がこの星にいる意味を見失いかけていた事は理解しています。でも、それは決して間違いではないの」

 

「すみれさん……」

 

「貴方があの時初穂さんを身を挺して守ったのは、任務だから?」

 

「……いいえ」

 

「では、秀介さんならそうすると思ったから?」

 

「いいえ……。あの時は、咄嗟に体が動いていました。何かを考える余裕なんて、ありませんでした……」

 

その答えに、すみれは何かに感づいたように、柔らかく微笑んだ。

 

「その気持ちを、素直な言葉で伝えて御覧なさい。貴方が、これからも初穂さんと繋がっていきたいと思うなら」

 

「……はい」

 

瞬間、ミライは決意する。

 

「すみれさん……。初穂さんの、お住まいはどちらですか……?」

 

遠ざかってしまったのなら、こちらから会いに行こうと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帝都は浅草を北に上った先に、一つの大きな鳥居がある。

その先の階段を上り終えたところで見える大きな神社を、知らないものは下町にはいない。

 

東雲神社。

 

実に200年前の江戸の代からこの帝都と共にあり続けてきた、由緒正しき神社である。

下町の人の中には、明治神宮より馴染み深いという人も少なくない。

そして何を隠そうこの神社には、看板娘と持て囃された巫女がいる。

神主『東雲銀次』の一人娘、『東雲初穂』である。

 

「初穂、入るぞ」

 

だが今、帝国華撃団として戦っているはずの彼女がこの実家に戻っている事をほとんどの者は知らない。

理由は霊力の一時的な減少とされているが、本人の塞ぎこみようからしてそれだけではないだろう。

 

「まだ、感覚は戻らないか?」

 

「うん……」

 

娘の持つ「霊力」が本人の精神的な負担で増減するというのは耳にしている。

恐らく人間関係で苦しい出来事が重なったのだろう。

先ほど顔馴染みの少女が訪ねてきたが、あえて娘がいる事は伏せておいた。

いずれにせよ、娘が本調子に戻るまでには時間が必要だ。

 

「あまり気負いするな。お前は帝国華撃団である以前に、ここの娘なんだから」

 

「うん……親父」

 

「ん?」

 

「ありがとう……」

 

「ああ……ゆっくり休め」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

半年振りに戻ってきた実家は、何も変わってはいなかった。

今までの激動が、まるで夢だったのではないかと思うくらいの、身も心も解けていくような感覚。

すり減らし続けた心に、僅かな潤いを与えてくれるような、そんな感覚だった。

 

「みんな……どうしてるかな……」

 

霊力が戻るまでは戻れないとした自分に、仲間達は優しかった。

一人だけで背負うなと言ってくれた。

いつでも戻ってきて構わないと言ってくれた。

でもだからこそ、それに甘えてはいけない。

戻る事が叶うなら、身も心も生まれ変わった東雲初穂として戻るべきだ。

そして……、

 

「さくらにも……謝らなきゃな……」

 

あの時は自分の虫の居所が悪いからと勝手な理由をつけて、無責任に傷つけてしまった。

もし会う機会があるなら、しっかり頭を下げて謝ろう。

友人、には戻れないかもしれない。

でもそれでも精一杯自分の誠意を持って謝ろう。

そして……、

 

「ミライ……」

 

結局会わせる顔がないと言い訳をつけて、自分から離れてしまった。

常に絶え間なく無邪気に笑顔を振りまいて、弟のような存在だったミライ。

本当は何の取り得もない自分を姉のように慕ってくれたミライ。

そして、多くを胸に秘めたまま、こちらの心の傷に寄り添ってくれたミライ。

思い返せば返すほど、あの笑顔が、あの声が、色あせるどころかますます強くなる。

まるで……、

 

「初穂さん……」

 

今でもこうして、ハッキリ思い出せるくらいに。

 

「初穂さん」

 

何故、こんなに耳に残って……、

 

 

 

「はーつーほーさーん!!」

 

 

 

「……へ?」

 

空耳にしてはやけに大きな声にふと視線を上げる。

瞬間、時間が止まった。

見間違いか。

人違いか。

いや、そんなはずはない。

こんな無邪気な子供のように笑うやつが家の庭にいるはずが……

 

「……へ?」

 

「……来ちゃいました!」

 

 

 

 

 

 

「……、はあああぁぁぁっ!?」

 

 

 

 

 

 

全てを理解した瞬間、出てきたのは神社全体を揺るがす大声だった。

 

「良かった。なんか元気そうで安心しました!」

 

「安心しましたじゃねぇよ! というか来ちゃいましたって何だよ来ちゃいましたって!!」

 

「はい! すみれさんに住所を聞いてきました!! ほら、あざみさんに聞いてみかづきのお饅頭も買ってきたんですよ!!」

 

「そういうことじゃねぇよ! お前花組の任務はどうした!?」

 

「大丈夫です! スマァトロンもちゃんと持って来てます!!」

 

「だから……、はぁ……」

 

もういい。

この調子では追い返そうとしても帰らないだろう。

心の準備は全く出来ていなかったが、初穂はとうとう白旗を上げた。

 

因みにこの騒ぎを聞きつけた神主がミライを賊と勘違いしてもう一騒動起こしたのは、また別の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一体何がいけなかったのだろう。

普段の活気を失った大帝国劇場の中庭で、神山は一人これまでを回顧していた。

あの時、自分達とは違い実際に夜叉と相対し剣を交えた時、さくらに何があったのだろう。

いや、何かがあったに違いない。

そうでなければ、アレほどまでに真宮寺さくらが帝都に裏切られた事を恨み敵方についたと信じ込む事などありえない。

そしてそのために、帝都を守る志を失ってしまう事も。

 

「(最善だったはずがない……。何か……何かが間違っていたんだ……)」

 

あんな言い合いをするつもりも、突き放すつもりもなかった。

ただ、隊長としてさくらに自制して欲しかった。

それだけだったはずなのに。

 

「(私、絶対に花組に入る! 真宮寺さくらさんみたいに、強いさくらになる!!)」

 

「(じゃあ、俺は花組の隊長になる! この手で、さくらちゃんを守る!)」

 

まだ世界を知らない子供だった頃に交わした、忘れえぬ約束。

互いに刻んだ言葉の楔を胸に、自分はここまでひたすらに走り続けてきた。

だが……、

 

「……俺は、間違っていたのか……?」

 

搾り出すように呟く。

どうすれば良かったのだろう。

彼女の不安を、苦しみを、どうすれば解放する事ができたのだろう。

答えのない迷宮に入り込んだ思考は、ひたすらに迷走を繰り返す。

 

だが、その終わりはあまりに唐突に、信じられない形で訪れた。

 

「か、神山さん!!」

 

「クラリス……!?」

 

ノックも無しに自室の扉を開け放ち、クラリスが飛び込んできた。

余程急いでいたのか、勢い余って膝から倒れこんだところを助け起こす。

 

「どうしたんだ慌てて。何かあったのか?」

 

「た、大変なんです!! さくらさんの……さくらさんのご実家が……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、あまりにも突然の出来事だったという。

何の前触れもなく寺島町の外れにある天宮の家屋が、炎に包まれた。

消防団の手で火の手を押さえて踏み込むも、生存者は確認できず。

折りしもそれは、天宮國定に代わる帝鍵の刀身を清めに儀式に捧げたその日のうちの出来事だった。

 

そしてただ一人外出して難を逃れたという娘は、凄惨な現場を見たあまりショックを起こし病院に搬送されたが……、

 

 

 

 

 

病院から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつの間にか、外は雨が降っていた。

だが雨滴が体を濡らしても、風が温もりを奪っても、何の感情も沸かなかった。

自分が今何をしているのかも。

自分が今何処を歩いているのかも。

全てが、どうでもよかった。

 

「……」

 

気づけば、ビル街の隅の路地裏に腰を下ろしていた。

濡れた着物越しに止まない雨が体温を奪う。

だがそれ以上に心が、冷たくなっていくのを自覚した。

 

「……お父さん……」

 

家を出るときに、妙な違和感は感じていた。

もしあの時、少しでも家を出るのが遅ければ。

このことを伝えていたら。

運命は、変わっていたのだろうか。

 

「何にも……なくなっちゃった……力も……夢も……何もかも……」

 

どうしてこうなってしまったのだろう。

憧れの人に身に起きた現実を受け入れられなかったからか。

心を捨て、父の下へ逃げたからか。

澱んだ雨を見つめても、答えは返ってこなかった。

 

「私……どうしたらいいんだろ……何処に行けば……いいんだろ……」

 

いっそ目の前の海に身を投げてしまおうか。

だが立ち上がろうとしたとき、急に体を脱力感が襲い、視界が揺れる。

気づけば息が上がり、世界がゆがみ始めていた。

だが、それすらも心地よいとすら思う自分がいた。

もういい。

もう、どうでもいい。

このまま意味もなく生きるくらいなら……。

ただ、出来るなら……

 

「ちゃんと……謝りたかったな……。初穂……誠……兄……さ……」

 

歪んだ世界に思い描いた笑顔が、滲んだ。

だから、きっと幻だろう。

 

「……!!」

 

誰かが遠くで、叫ぶような声が聞こえたのも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、偏に偶然としか言いようがなかった。

帝国華撃団の霊子戦闘機の修繕の応援に司令が向かい、子守をしていたときのこと。

遊び半分で息子が作った『ひとさがしくん』が、銀座の一角に記録済みの霊力信号をキャッチした。

この大雨の中、一人で何をしているのか。

不審に思い出前の帰りついでに寄った先に見た光景に、シャオロンは血の気が引いた。

 

「さくら!? おい、さくら!!」

 

番傘を放り出し、自身が濡れる事も構わずに地べたに倒れこんだ華奢な体を抱き起こす。

あまりの弱弱しさに、思わず手が震えた。

今目の前に倒れている少女は、本当にあの時自分を庇おうとしたほどに強い少女であったのかと。

 

「くそっ……、ここからじゃ大帝国劇場は遠すぎる……!!」

 

時刻は既に20時を回った。

もう蒸気鉄道は動いていない。

背負っていくにもこの雨だ。

これ以上体温を奪われればさくらの命に関わるかもしれない。

そうなると……、

 

「さくら、ちょっとだけ辛抱しろよ……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……了解や。ああ、店のモンは好きに使うてええさかい、なるべく消化にええもん……、アホか! 炒飯やら受け付けるかいな! ニラと鳥で粥が一番や。ほな」

 

修繕作業が大詰めに入ったところでの部下からの連絡に、軽口を交えつつも紅蘭は安堵の息を吐いた。

何せ睡眠も食事も休憩もろくに取らないままの修繕作業だ。

若手が多いとはいえ、良く誰も音を上げなかったと思う。

 

「ありがとうございます、師匠。無限各機、間もなくメンテナンス完了です」

 

疲労の色を隠しながら、爽やかな笑顔を見せる教え子に、紅蘭も自然と笑顔がこぼれた。

最初は素手でスパナを持つほどの素人だったというのに、よくここまで成長したものである。

 

「それにしても、何故あのタイミングで帝劇に? 特に連絡も無かったみたいですが」

 

「ああ、すみれはんに一つ頼まれ事しとってな。……アレを動かすかもしれへんみたいや」

 

そう、あの朧襲撃の際に作戦司令室に居合わせたのは、決して偶然ではない。

本来ならばあの時、一つの封印と解く予定であったのだ。

この大帝国劇場地下格納庫に10年間封印されていた、あるものを。

 

「……アレって、まさか……!!」

 

「そうや。ウチらの時代から封印されてきた『試製桜武』や」

 

試製桜武。

それは当時の霊子甲冑の中において規格外のスペックとポテンシャルを有した、破格の威力を秘めた霊子戦闘機の原型だった。

しかしシルスウス鋼を何重にも重ねた重量級のサイズと、それに伴い複雑化した霊力接続シナプスの関係上、起動に至る事ができずに運用が見送られ続けた機体である。

そう、あの真宮寺さくらでさえ起動させることが出来なかった唯一の霊子戦闘機。

それが試製桜武である。

 

「物理防御に優れたアンシャール鋼の存在。東雲の霊力によって磨き上げられた霊子水晶。そして、『絶界』の力を秘めた特異の霊力を持つ存在。賭ける価値は十分にあるはずや」

 

「なるほど、さながら時代が桜武に追いついたという事ですね」

 

「ちゅう事で……、もうしばらく付き合うてもらうで整備班長!」

 

「もちろんです!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最初に感じたのは、身を包むぬくもりだった。

そのまままどろんでしまうくらいの、羽衣が包むかのような優しい感覚。

うっすらと瞼を開くと、薄明かりが部屋を照らしていた。

 

「さくら、起きた?」

 

聞きなれた声と共に、美味しそうな香りが鼻腔をくすぐる。

足音と共に現れたのは、上海の友だった。

 

「ユイ、さん……」

 

「覚えてるさくら? 大雨の中で、路地裏で倒れてたんだよ?」

 

優しく肩を抱いて起こしてくれるユイ。

上手く体に力が入らない今は、暖かくありがたかった。

 

「着物は今洗ってるよ。食べれる?」

 

「はい……、ありがとうございます……」

 

差し出されたのは、刻んだニラと鶏肉を生姜と一緒に煮込んだ中華粥だった。

蓮華で一口すくって噛み締めると、生姜の風味が全身を暖めるように包み込む。

思わず涙が出るほど、美味しかった。

 

「……美味しいです。とても……」

 

「良かった。ゆっくりでいいよ」

 

少しずつ空腹を満たしながら、さくらはユイからここに来るまでの話を聞いた。

仔空が作った「ひとさがしくん」で偶然自分の霊力反応を見つけたシャオロンが自分を発見し、雨の中ここまで運んでくれたのだという。

 

「よぉさくら、目が覚めたんだな」

 

部屋の扉を開けて件の恩人が顔を見せたのは、ちょうど粥を食べ終えたときだった。

風呂に入っていたのか、辮髪に出来るほど長い後ろ髪を下ろしたその姿は、一瞬女性かと見紛う程艶を纏い、さくらも一瞬見とれてしまった。

 

「別人みたいでしょ? 今だけよ」

 

「うるせぇやい」

 

家族のように軽口をたたき合いながら、食べ終えた食器を持ってユイが部屋を後にする。

我に返ったさくらは、やや上ずった声で礼を述べた。

 

「あ、ありがとうございます……助けてくれて」

 

「别客气。……何があったんだ?」

 

すぐ隣に胡坐をかき、笑顔のまま真剣な眼差しで問うシャオロン。

さくらは迷いつつも、順番に、途切れながら、これまでのすべてを話した。

会場を襲ったあの夜叉と名乗る降魔の全てが、憧れだった『真宮寺さくら』と瓜二つだった事。

降魔皇との決戦の際に帝都に裏切られ封印されたのではないかという疑念が、帝都を守る決意を鈍らせ、仲間と仲違いを起こしてしまった事。

そして今日、帰る家と最後の家族を喪ってしまった事。

 

「……そっか。……辛ぇよな。辛ぇ事が、ありすぎたんだな……」

 

「私には、分からない……。もしあの人が本当に真宮寺さんなら……どうしたらいいのか……」

 

言いつつ、さくらの胸中には不安が消えない。

またあの時のように取り合ってくれなかったら。

意志が弱いなどと断じられたら。

 

「……一つだけ、言えることがあるぜ」

 

だから、返ってきた言葉が胸に残った。

 

「その夜叉って奴は、一度も自分を『真宮寺さくら』と明言してない。さくらが問いただしたときもだ。もし裏切られたと恨んで復讐しようってんなら、会場を襲ったときに声高に宣言していたはずだぜ?」

 

確かに、言われてみればその通りだった。

自分の立てた仮説が正しかったとしたら、夜叉が会場を襲った段階で自分が真宮寺さくらだと叫んで封印の巻き添えにされた恨み辛みを吐き出さない理由がない。

それだけで帝都の英雄たる帝国華撃団をないがしろにした日本政府と帝都民の間に疑心が生まれ、人間側の結束を崩す事もできたはず。

だが夜叉はそれをしなかった。

一体何故……、

 

「母ちゃんも……、総司令も夜叉って奴について聞いたら笑ってたぜ。どうせ敵さんの作ったロボットか何かやってな」

 

「総司令って、上海華撃団の?」

 

「ああ。俺達と母ちゃんは、血は繋がってない。孤児だったオレとユイを、母ちゃんが拾ってくれた」

 

そういえば耳に挟んだことがある。

上海華撃団を率いる総司令『李紅蘭』は、すみれの盟友であったと。

その縁で、帝国華撃団復活までの間、シャオロンたちに帝都防衛を兼任してもらえたと。

 

「母ちゃんは、あのオオガミって人の嫁さんなんだ。作戦のとき丁度産気づいてて、出られなかったんだって」

 

「大神さん……。先代帝国華撃団の……」

 

以前すみれからも聞いたことがある。

降魔皇との決戦を前に、出産間近だった紅蘭は止む無く戦線を離れて中国に戻っていたと。

 

「悔しかったらしい。一番側で旦那を守りたかったって。だから今は、旦那の帰ってくる場所を守り続けるんだってさ」

 

「強いのね。紅蘭さん……」

 

「ちなみにその真宮寺だっけ?その人のことも笑ってたぜ。そんなんさくらはんが言うわけない、寧ろ周りが止めんかったら帝都のために特攻しかねんお人やってな」

 

その肝の据わり様には、感服するしかなかった。

紅蘭という女性は、まったくといって良いほど疑念を抱いていない。

すみれと同様に、それ以上に、確信を持って夜叉と真宮寺さくらは別人だと言い切っている。

それどころか夫と離れ離れになりながら10年も異国の地で実子と孤児を育てて華撃団を作り上げたというのだから、言葉が出ない。

強い。とてつもなく心が、鋼よりも強い。

 

「何で……そんなに強いの……違うって言い切れるの……?」

 

さくらには、理解できなかった。

そして欲していた。

彼女達がそこまで夜叉と真宮寺さくらの関係を否定できる根拠を。

そこまで強く言いきれる理由を。

だがそれは、本当に、本当に単純な答えだった。

 

「信じてるから、じゃねぇの? 母ちゃんは俺達と違って、実際に何年も真宮寺って人と過ごしてきてる。だから信じられるんだろうな」

 

信じる。

真宮寺さくらがそんな事をする人間ではないと。

只信じる。

それが仲間だから。

 

「信じる……」

 

たったそれだけだった。

自分が悩み苦しみ、他人に当り散らして、殻に閉じこもっていたことは、たった一言で砕けてしまった。

 

「私には……、出来なかった……」

 

「今から信じればいいだろ? 遅すぎたりなんかないさ」

 

「でも、怖い……。もしあれが本当に真宮寺さんだったら……」

 

信じる事は、出来るかもしれない。

だがもしそれが裏切られたら。

本当に夜叉が降魔に魂を売ってしまった真宮寺さくらその人だったら。

あって欲しくないと思いながらも、その不安は消えない。

かつて実際に、失意のあまり降魔に魂を売ってしまった人間を見たことがあるから。

 

「そのときは、力ずくでやめさせればいいのさ。真宮寺さんが悪さしてるって言うならこの手で止めるって」

 

まただ。

自分が悩み続ける難題に、シャオロンは即座に言葉をくれる。

その言葉に、縋って良いと寄り添ってくれる彼の言葉に、さくらは少しだけ寄りかかった。

少なくとも今だけは、こうして誰かに支えて欲しかった。

 

「……できるのかな……わたしに……」

 

「そいつは、俺達他人じゃない。さくら、おまえ自身が決めることだ」

 

「わたしが……?」

 

「そう。止められるかな、じゃない。絶対止めてみせるって、自分で自分に言い聞かせる。自分で自分を信じるんだ」

 

「自分で……自分を……」

 

今までの天宮さくらなら、十分に立ち直る事ができただろう。

憧れの人を目指して剣を磨き、芝居を磨き、女を磨いてきた。

だがその根元が崩壊している今、すべてを失った自分に、さくらは自信を持てずにいた。

ともすれば見捨てられてしまうような煮え切らなさだと自分でも思う。

 

「それでも怖いなら、とっておきの呪文を教えてやる」

 

だが、シャオロンは尚もさくらを支えてくれた。

優しい言葉で、力強く、包み込むように。

 

「……俺を信じろ。俺はお前が立ち上がれると信じてる。だからお前は俺を信じろ。お前を信じている、俺を信じろ」

 

「シャオロン……」

 

「俺はお前の言葉を忘れてない。今度は私達がこの手で帝都を守るって。俺はそれを今も信じてる。そんな俺を、お前は信じて欲しい」

 

優しく両肩に手を置き、こちらをまっすぐ見つめて語りかけるシャオロン。

こんなに吸い込まれるような感覚になるのは、彼が湯上りだからだろうか。

 

「……戻れるのかな? また、花組に……」

 

次に去来した不安は、花組に戻れるのかという事だった。

すみれに真っ向から噛み付き、初穂と怒鳴りあい、神山を最後まで拒絶して、現在は隊員資格を剥奪された身だ。

そんな自分を、戻りたいといって受け入れてくれるのか。

 

「大丈夫。殴り合いするくらい怒るって事はな。お前を心配してるって事だ」

 

「……ちょっと、怖いな……。私、みんなに酷いこといっぱい言っちゃった……」

 

「謝るんだ。頭を下げて、引っぱたかれても、ぶん殴られても、受け入れて謝るんだ。それで許してくれなきゃ、帝国華撃団もそれまでだな」

 

また、ふっと肩が軽くなったような感覚を覚えた。

許してもらえなかったら戻らなくて良い。

許してくれないのならばそれまでだ。

厳しい言葉のはずなのに、それは自分を尚も守ろうとしてくれるように感じる。

だが……、

 

「で、でも……そしたら私……どうしたら……」

 

それが最後の不安だった。

今の自分には、もう帰る家も頼れる家族もない。

何も知らない女が身一つで生きていくなら、それこそ身を売るようなことをしなければとても……、

 

「……そのときは……」

 

そのときだった。

 

「ひゃ……!?」

 

思わず驚きの声を上げる。

無理もない。

シャオロンが肩に置いた手を引き、自分を抱き寄せたのだから。

 

「シャ、シャオロン!? きゅ、急にどうし……」

 

「……来いよ」

 

「え……?」

 

突然の事に慌てるさくら。

だが直後に返ってきた言葉に、その動揺すらもかき消されてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「許してもらえなかったときは、……俺と一緒に上海に来いよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「え?」

 

一瞬、聞き違いかと思った。

顔を見たいのに、抱きしめられて見えない。

まさか、本気で言っているのか。

まるで、恋人に結婚を申し込むような、そんな事を。

 

「オレ、これでも炒飯の腕だけはそれなりにあってさ……。本場でもそこそこ客取れるから、その、何だ……お前一人くらいなら、ちゃんと養えると思う」

 

そのあまりの心地よさに、胸が高鳴る。

本気だ。

もし帝都に戻る場所がなかったら、一緒に暮らそう。

今自分を抱きしめている青年は、本気でそう言ってくれているのだ。

 

「だから、ホントにあいつらが許してくれなくて、何処にも行くあてがなくなっちまったら……」

 

「あ……」

 

わずかに抱く力が弱まり、顔を上げられる。

そこには先ほどまでの凛々しさとは打って変わって、頬を紅潮させて瞳を潤ませるシャオロンが、こちらを見つめていた。

 

「俺の所に来い。そのときは、俺が……一生守ってやる……」

 

「シャオロン……」

 

どちらからともなく顔が近づく。

そして……、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさいねミライ君、手伝ってもらっちゃって……」

 

「構いませんよ! 寧ろ今日一日お世話になってるんですから、何でも言ってください!」

 

力強いミライの返事に、初穂の母「火乃香」はうっとりとその背中を見送る。

 

「やっぱり若い男の子がいるといいわねぇ。いつもは旦那しかいないから」

 

程なく居間の方から「うるせえやい」とがなり声が飛び、ミライは火乃香と顔を見合わせて笑う。

初穂の家族に花組の仲間だと誤解を解いて談笑していた所、降って来た激しい雨。

客人をこのまま帰すのは忍びないという銀次の提案で、ミライは今日一日東雲家にお邪魔させてもらうことになったのである。

しかし客人としてもてなされるだけというのは忍びないという事で、ミライは半ば強引に東雲家の家事を率先して手伝い始めた。

境内の掃除はもちろん祭事に使用する神具の整理や夕飯の支度に風呂の用意まで持ち前の行動力でこなしていく彼の姿に、火乃香が一瞬本気で雇おうかと考えたのはこぼれ話である。

 

「ミライー、風呂空いたぜー」

 

「あ、はい……!」

 

台所でせわしなく動き回るミライに、タオルで髪を拭きながら初穂が声をかけた。

ミライも威勢よく返事して振り向く。

が、次の瞬間何かに気づいたのか顔を赤くして目を反らした。

 

「何だよ、初穂ちゃんの美貌に当てられたか~?」

 

「は、ハハ……」

 

意地悪そうな笑みを浮かべる初穂に、誤魔化すように乾いた声で笑い返すミライ。

その様子に、火乃香も思わず吹き出す。

それもそのはず。

何故なら……、

 

「初穂。タオルは巻いて出なさいな。鏡で見えてるわよ?」

 

「は?」

 

そう、初穂はバスタオルで前を隠していたが後ろは隠していなかった。

そして初穂の後ろには大きな姿鏡がある。

つまり……、

 

「……だあああぁぁぁ~!! エッチ! スケベ! 見るんじゃねぇ、このっ!!」

 

「み、見てません! 見てませんよ初穂さん! 僕はお尻しか見てません!!」

 

「しっかり見てんじゃねぇかぁっ!!」

 

「ぬぅわにぃ~~! ウチの娘の裸見るたぁどういう了見だぁ!?」

 

「親父まで出てくんじゃねぇ!! 槍をしまえ!!」

 

「ふふふ……」

 

たちまち大騒ぎになる台所。

だがその表情は誰もが笑顔であり、ぬくもりに溢れていた。

故に、火乃香は思う。

娘はこの青空のように澄んだ笑顔の少年に、心を許しているのだろうと。

 

「随分賑やかな夕飯だねぇ」

 

「あらお義母様。今日はお早いですね」

 

厨房の裏手から顔をのぞかせたのは、東雲神社の宮司でもある初穂の祖母『東雲キク』であった。

御歳77の喜寿を迎えたばかりの老婆心に溢れた女性である。

 

「おや、今日はお客さんがいるんだね?」

 

「はい、初穂の友人の御剣ミライくんです。ミライ君、こちらウチの宮司をされているキクさんよ」

 

「初めまして、御剣ミライといいます!」

 

火乃香に紹介され、額の汗を拭いながら元気良く挨拶するミライ。

対してキクは、何かに気づいたように目を細めた。

 

「お義母様?」

 

普段見せない表情のキクに首をかしげる火乃香。

しかしそれは一瞬で、キクは元のにこやかな表情に戻ると居間へと戻るのであった。

 

「……まさか、また光に会えるとはね」

 

誰にも聞こえぬ声で、そう呟きながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何か悪かったな。騒がしかったし、家の事まで手伝わせて……」

 

大騒動からの夕食が終わり、初穂とミライは境内の廊下に腰を下ろしていた。

寝支度は済み、後は各々のタイミングで床に着くだけだ。

正直落ち着く間もなく大した話も出来ていなかった。

 

「気にしないで下さい。ボクから言い出した事ですし、お役に立てたなら何よりです」

 

「お前っていつもそうだよな。欲がないというか、欲を知らないというか……」

 

不思議な奴だ、と初穂は思う。

歳は一つしか違わないはずなのに、彼には本当に無欲という言葉しか見当たらない。

常に誰かのために働き続け、常に誰かの幸せを喜び続ける、博愛主義の塊のような人物。

 

「なぁ、ミライ……」

 

そのとき、ふと去来した疑問を、初穂は投げかけた。

 

「今日アタシの所まで来たのは……、アタシのためか?」

 

聞くまでもなくそうだろうと思う。

きっと帝劇を去った自分を心配して、元気付けようとしたのだと思う。

誰かが幸せになる事に、誰よりも喜ぶ奴だから。

 

「……半分だけ、違います」

 

「……え……?」

 

だが、今日は違った。

いつもの無邪気な笑顔が、こちらをまっすぐに向いていた。

 

「僕自身が、思ったんです。初穂さんに会いたいと……例え我侭でも、会いたいと……思ったんです……」

 

「アタシに……?」

 

トクン、と一瞬胸が高鳴る。

何故だろう。

ただ目の前の少年に意識されているというだけで、心の奥が熱くなる。

そんな資格などないと、分かっている筈なのに。

 

「目が覚めた時、既に貴方が帝劇を去ったと聞かされたとき、居ても立ってもいられませんでした。初穂さんがいない、そう思うだけでぽっかり穴が開いたような気持ちになったんです」

 

「……そっか、ごめんな。あんな目に遭わせちまって……どんな顔して会えば良いかも分からなくて……」

 

あの時のことは何も言い訳出来ない。

自分の不覚のせいでミライは一時生死の境を彷徨った。

その罪悪感から、自分は逃げてしまったのだ。

 

「いつもどおりで良いじゃないですか。いつもの明るく賑やかでみんなが大好きな初穂さん。それで良いんじゃないですか?」

 

違う、それだけじゃない。

ミライは知らないんだ。

自分が、本当はどんなに浅はかで弱くて情けない女なのか。

 

「違う……違うんだよ……。アタシは……本当のアタシは……明るくもない……強くもない……」

 

「初穂さん……」

 

「お前とあざみの仲に嫉妬して……迷うさくらに苛立って……虚勢を張って罠に嵌って……お前を危険に晒した……、最低な女だ……」

 

もういっそ、この場で罵声を浴びせられて絶縁された方が楽だとさえ思えた。

今までは気風の良い姉御肌の仮面を被り、年中お祭り気分で花組を盛り上げてきた。

そうして常に誰がを賑わせるのが自分の役目だと思っていた。

でも、もうその仮面は剥がれ落ちた。

ここにいるのは醜い嫉妬と虚勢に塗れ、仲間も信頼も失った何もない小娘だ。

 

「分かるだろ……? みんなの足を引っ張って迷惑しかかけない奴に……一緒にいる資格なんてないんだよ……」

 

気休めなんて言って欲しくない。

みんなも気を遣ってくれたけど、本当は自分に呆れて失望しているはず。

今さら自分の戻る場所なんて……、

 

「……そんな事、誰が決めたんですか?」

 

「え……?」

 

その時、伏せられた視線が戻った。

ミライは、怒っていた。

静かに、厳しい視線を向けていた。

 

「嫉妬しちゃいけないって、誰が決めたんですか? ケンカしちゃいけないって、誰が決めたんですか? 一緒にいる資格がないなんて、誰が決めたんですか?」

 

「それは……でも……」

 

「初穂さん。 僕が怒っているのは、貴方を庇って怪我をしたからじゃありません。 貴方がみんなに迷惑をかけたからでもありません」

 

普段の微笑を捨て、真面目な顔で真っ直ぐにこちらを見るミライ。

いつもと違う迫力さえ感じる顔に、初穂も思わず息を呑む。

 

 

 

 

 

「貴方が今、自分で自分を傷つけているからです」

 

 

 

 

 

「え……?」

 

「初穂さん。僕は貴方に自分を責めて欲しくて助けたんじゃありません。貴方に無事でいて欲しかったから……、生きていて欲しかったから助けたんです」

 

ミライは、真剣だった。

いつものように優しい笑顔で包み込まず、自分に対し真っ直ぐに意見をぶつけてくる。

自分に、真剣に向き合っていた。

 

「で、でもアタシは……力も取り得もない……何もない……みんなを支えて元気付けるくらいしか、ないのに……」

 

「中庭の霊子水晶を管理しているのは誰ですか。 問題が起きたときにみんなを鼓舞してくれるのは誰ですか。 僕は知っています。 今までの花組の活動の中で、貴方がどれだけ貢献してきたのかを」

 

「こんなに……迷惑ばっかりかけたのに……?」

 

「いいんです。 僕だって山ほど迷惑をかけてきました。 失敗や恥ずかしいこともしてきました。 それを互いに支えあうのが、『仲間』なんじゃないですか?」

 

「仲間……?」

 

「初穂さんはみんなを支えて元気付ける存在でした。 僕もみんなも沢山の元気や勇気を貰いました」

 

でも、とミライは付け加える。

 

「貰うばかりじゃない。 貴方を支える人が、一人くらいいても良いんじゃないですか?」

 

「ミライ……」

 

そのとき、初めてミライが笑った。

 

「そして出来るなら……、ボクが貴方を支えたいです」

 

「……!!」

 

まるで殴られたような衝撃が、心臓を襲った。

破裂してしまうのではないかというくらい、胸の鼓動が激しくなる。

自分で自分を責めるなと叱ってくれた。

自分を支える人がいても良いのだと言ってくれた。

そして……、

 

「(……ああ……そうか……)」

 

ようやく気づいた。

いや、今まで気づいていて無意識に否定していたのかもしれない。

 

「(アタシはミライが……、ミライの事が……)」

 

この胸の高鳴りも、不謹慎なまでに喜ぶこの気持ちも。

今すぐに彼の胸に飛び込みたいとさえ思える、抑えようのない衝動も。

 

「……初穂さん?」

 

他ならぬミライの言葉で、初穂は気づく。

自分でも意識しないうちに、左手がミライを求めて彼の右手を握っていた。

 

「……いいのか? アタシで」

 

「……はい」

 

「アタシ、手が早いぞ? すぐ怒るぞ? 他の女と喋ってるだけで嫉妬したりする……、めんどくさい女だぞ?」

 

「構いません。全部、ぶつけてください……」

 

その言葉だけで、もう十分だった。

そのまま彼の肩に頭を預け、まどろむように目を閉じる。

 

「約束だぞ……、何処にも行くなよ……」

 

「はい……」

 

「嘘だったら……、泣くからな……」

 

「……、はい……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一夜明け、東雲神社の本殿は、いつになく厳かな空気につつまれていた。

ミライを含めた一同が横一列に並び見守る中、中央に置かれた刀の刀身の前に宮司であるキクが向き合う。

江戸の代より続く「天宮」と「東雲」。

天宮が鍛えし絶界の刃に、東雲の神力の加護が加わることで、異界を切り裂き魔を封じ込める力を宿すとされる。

今回、敵の手に落ちてしまった帝鍵「天宮國定」に代わる新たな帝鍵を生み出すべく、天宮鉄幹の遺した刀身に神力の加護を加える儀式を執り行うことになっていた。

 

「この地におわしまする御魂神よ……」

 

昨夜の穏やかな口調とは別人のような厳かな声が、本殿の空気を震わせる。

微動だにしない周囲に驚きつつ、ミライもそれに倣う。

 

「かの呪われし地より生まれし怨念を滅するべく、この刃を守り給え……」

 

昨晩から神酒に浸され清められたとされる刀身に、何処からともなく淡い光が集まり始める。

こうして加護を授けた帝鍵の刀身を天宮家に返すとき、一緒にさくらにも謝る。

そう初穂からは聞いている。

 

「人の手に余りし絶界の力、世の益とする事を約し……、今一度……」

 

刀身を包む光が徐々に、だが確実に大きなものへと変わり始める。

そして……、

 

 

 

 

 

 

 

 

「無駄よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

突如響いた女の声に、ミライたちは弾かれたように立ち上がり入り口を見た。

そこには、見覚えのある女が獲物を手に仮面の下で冷笑を浮かべていた。

 

「最早絶界の力は途絶えた。後は貴方達を始末すれば、新たな脅威の芽は全て滅ぶ……」

 

「貴様、何者!?」

 

前触れも無しに現れた侵入者に、銀次が槍を手に吼える。

新たな脅威の芽。

まさか、狙いは帝鍵の刀身か!?

 

「無駄な抵抗はお止めなさい。そうすれば、楽に殺してあげるわ」

 

瞬間、世界が歪んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

早朝の降魔警報に、作戦司令室は緊張につつまれていた。

今や様々な要因で隊員の半数が欠けた状態。

特に接近戦の出来る人員が神山一人しかいないというのは痛い。

 

「被害状況は?」

 

まずは状況を確かめないことには作戦の立てようがない。

務めて冷静に尋ねる神山であったが、返ってきた言葉はその張りぼての平静を跡形もなく吹き飛ばした。

 

「妖力反応は浅草・東雲神社。初穂さんのご実家です……!」

 

「初穂の!? くそっ、よりによって……!!」

 

霊力減少に伴い一事帰省していたこのタイミングで何ということだ。

いくら東雲神社の人々が武芸に秀でているとはいえ、一般人で傀儡騎兵の一個大隊に敵う筈がない。

こうなれば、偶然とはいえミライが現場にいることだけが救いだ。

 

「新たな帝鍵の出現を、気取られてしまったようね」

 

「新たな、帝鍵……?」

 

「そうよ。この世に絶界の力を有する神器は二つ以上存在できない。先の会場で天宮國定が敵の手に落ちた事を受けて、天宮さんのお父上、『天宮鉄幹』さんは新しい帝鍵を生み出すことで、天宮國定の力を打ち消そうとお考えになっていたの」

 

「それでは、さくらの実家が襲われたのも……!!」

 

これで一連の敵の狙いが読めた。

帝鍵はこの世に二つ存在できない。

よって扱うことは出来ないにしろ再び封印の力を使えないように奪った脅威が再び現れることを恐れた降魔たちは、それを阻止するためにさくらの実家を襲った。

しかし入れ違いで鉄幹の鍛えた刀身はさくらの手によって東雲神社に届けられていた。

これに東雲一族による地脈の加護が与えられれば、その刀身は神力を得る。

それを阻止しようと企んだのだろう。

 

「司馬君、無限の修理状況は?」

 

ここに来て最大の懸念だった、霊子戦闘機の状態を問いただす。

昨日から休憩も食事も、下手をすれば睡眠も取っていないかもしれない。

そんな一抹の不安を肯定するように、返事を返したのはすみれの盟友だった。

 

「すまんなぁ、令士も含めて全員二徹で爆睡中や」

 

「相変わらず無茶をなさるのね……。お肌が荒れますわよ?」

 

「ウチからすればたかが二徹やで、すみれはん。無限は各機準備完了。あと、例の『アレ』も仕上がったで」

 

なにやら含みを持たせた紅蘭の言葉に、すみれも力強く頷く。

『アレ』というのも気になるが、今は初穂たちの救助が最優先事項だ。

 

「帝国華撃団花組、出撃せよ! 目標、東雲神社本殿!! 初穂たちを救助し、敵の帝鍵奪還を阻止せよ!!」

 

「「了解!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

降魔たちによる東雲神社の襲撃。

その一報を聞きつけた上海華撃団総司令部は、慌しい空気につつまれていた。

 

「仔空! 王龍の整備は!?」

 

「はい! 3機とも、行けるです!!」

 

「急ぐぞ! あっちはもう出撃したそうだ!」

 

「シャオロン!!」

 

只ならぬ雰囲気にさくらも慌てて地下格納庫へ駆け込む。

既に修理を終えていた3機の王龍は、出撃準備を整えていた。

 

「悪ぃなさくら。本当は大帝国劇場まで送りたかったが、そうも言ってられねぇみたいだ」

 

「ううん、いいの。……お願い、初穂を守ってあげて……」

 

初穂が霊力を失い、養生の為に帰省していたと知ったのは、昨晩のことだった。

戦う力を失った親友の前に現れた降魔の知らせに、一抹の不安が過ぎる。

もうこれ以上、大切な人がいなくなるのは耐えられない。

そのために立ち上がると、心に決めたのだから。

 

「ああ、任せとけ。……お前も遅れてくるんだろ?」

 

「……うん!」

 

「それで十分だ。上海華撃団五神龍、出撃する!!」

 

「「理解(ヤゥチェ)!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帝都・浅草。

古くから下町として帝都民に親しまれてきたその一角に構える東雲神社は今、無数の傀儡騎兵が大名行列の如く溢れかえっていた。

常人なら恐怖の余り発狂してもおかしくない光景。

だがその絶望的状況にあって尚、東雲家の人々は各々武器を手に刀身の安置された本殿へ立てこもり、決死の防衛戦を展開していた。

 

「心を強く持て! ミライ殿が既に帝国華撃団本部に連絡を取っておる! 彼らが来るまで何としても帝鍵を死守するのじゃ!!」

 

普段とは別人のような凛々しさと覇気を纏い、最前線に立ったキクが薙刀を手に鼓舞し、そのまま眼前の傀儡を突き倒す。

その脇には弓に矢を番えた火乃香と大槌を手にした初穂がいた。

 

「初穂、私の後ろに下がりなさい! 今の貴方では……!」

 

「何言ってんだ! 霊力が無くたって腕ずくで叩きのめしてやる!!」

 

更に二人を守るように両脇には槍を構えた銀次と腕輪から光の剣を召喚したミライが警戒する。

 

「すまんなミライ君。こんな事に巻き込んでしまって……!」

 

「謝らないで下さい。帝国華撃団として、帝都の人たちを守ることは当然です!!」

 

互いに励ましあいながら、庇いあいながら、一匹、また一匹と悪魔の欠片を討ち取っていく東雲家。

だが既に敷地全体を魔幻空間に包まれた今、四方八方から無尽蔵に傀儡騎兵の増援が湧き出てくる。

倒しても倒してもキリがない。これではジリ貧だ。

 

「生身でここまで戦えるとは、中々見上げた精神力だわ」

 

それでも尚も抵抗を続ける東雲家に、さしもの夜叉も素直に感嘆の言葉を呟く。

だが次の瞬間には、その口端を醜く吊り上げた。

 

「でも……、これならどうかしら?」

 

夜叉は抜き放った刀を天高く突き付けた。

刹那、一閃の雷鳴と共に稲妻が迸り、眼下に禍々しい瘴気を纏った一体の魔装騎兵が現れる。

夜叉の駆る神をも滅ぼす剣、魔装騎兵『神滅』である。

 

「あれが、夜叉の傀儡騎兵……?」

 

「何て妖力の高さだ……!!」

 

周辺に転がるザコとは比較にならない濃度の妖力に、さしものキクたちも後ずさる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、絆は断ち切られてはいなかった。

 

「そこまでだ!!」

 

剣戟の止まぬ混沌の空間を、4つの閃光が切り裂く。

それは、待ちわびていた援軍の到着だった。

 

「「帝国華撃団、参上!!」」

 

「隊長さん!! みんな!!」

 

こちらを守るように並び立つ無限に、思わず叫ぶ初穂。

中央の白い無限が、二刀を抜き放ち応えた。

 

「初穂、ここは俺たちに任せろ! ミライ、君の無限も輸送している! 援護してくれ!!」

 

「はい!!」

 

言うが早いか、ミライもコックピットを開け放たれた自身の無限に乗り込み、起動させる。

生身ならばともかく、霊子戦闘機ならば勝機はある。

 

「夜叉……、これ以上帝都で暴れることは、俺たちが許さない!!」

 

「この前のネズミに警告したはずだけど……、無駄のようね」

 

相対するのは二度目。

華撃団大戦会場では各々が消耗していたこともあり不覚を取ったが、今回はそうは行かない。

 

「いいわ。あの御方の意向に背く者は排除します」

 

「俺が夜叉を引き受ける! ミライ、クラリスたちと連携して傀儡騎兵を掃討するんだ!!」

 

「了解!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦闘区域到着から戦闘開始までの僅かな間に、帝国海軍少尉の頭脳はこの状況に最も適した布陣を脳内に構築していた。

それが自身の突撃で指揮官を引き離し、その間に残りの人員で防衛体制を整えるというものである。

恐らく夜叉の力は他の上級降魔たちと比較しても明らかに抜きん出たものがある。

一対多数ならまだ勝機はあるが、こうした乱戦時に不意を突かれれば初戦の二の舞だ。

その為に、まずは接近戦に適した自身が夜叉と一対一の状況に持ち込み、敵の司令系統を寸断する。

傀儡騎兵は個々の能力こそ低いが、優れた指揮の下に統率された動きをとり始めると、途端に数の暴力で油断ならない存在に変貌する。

まずは可能な限り敵の増殖を防ぎ、敵の勢いを殺していくしかないのだ。

 

「ボクが最前線で傀儡騎兵を食い止めます! 皆さん、援護してください!!」

 

先ほどの命令でその意図を察したミライは、素早く司令塔となって指示を飛ばす。

神山自身が夜叉を引き離す囮の役割を果たしている今、いち早く敵の情勢の変化を掴み知らせる立場の人間がそれを代行しなければならない。

だとすれば、適任はミライ以外にない。

 

「分かったわ」

 

「忍!」

 

「お任せ下さい!」

 

頼もしい返事を背に、ミライは無限の霊力剣を精製する。

眼前には我先にと群がってくる傀儡騎兵の軍勢。

まずはこの勢いを弱めること。

即ち、広範囲を一気に攻撃して怯ませる。

 

「希望の未来に、描くは無限の可能性! ホープ・ザ・インフィニティーッ!!」

 

∞の文字を描いた閃光の斬撃が、数十体の傀儡騎兵を纏めて寸断する。

仲間だったものの残骸に足を取られ、進撃速度にブレーキがかかる行列。

そこへ後ろに控えていた仲間達が一気呵成をかけた。

 

「グラース・ド・ディアブル……、アルビトル・ダンフェール!!」

 

「望月流忍法、奥義!! 無双手裏剣・影分身!!」

 

「運命を閉ざす、青き流星……!アポリト・ミデン!!」

 

練成された霊力弾が、幾重にも連なる刃が、絶対零度の氷撃が、浮き足立った悪魔達を容赦なく屠っていく。

たちまち歩行者天国だった敵の軍勢は瓦礫の山へとその姿を変え、後から湧き出た傀儡騎兵も残骸に足を取られて行軍を鈍らせる。

これなら出現のたびに各個撃破していけばさしたる脅威にはならないだろう。

後はある程度敵の勢いが弱まれば神山の援護に人員を割いて……、

 

 

 

 

 

「ぐあああああっ!!」

 

 

 

 

「た、隊長!?」

 

そう思った矢先、白い影が眼前を過ぎったかと思うと、玉垣を突き破って二刀の無限が火花を散らしながら叩きつけられた。

 

「神山さん!?」

 

「誠十郎!! しっかり!!」

 

思わず叫ぶ仲間達。

その奥から、激しい殺気と共に漆黒の魔装騎兵が迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行くぞっ!!」

 

ありったけの霊力を練りこんだ二刀を振りかぶり、神山は夜叉目掛けて殺到した。

不調だったとはいえ、完全整備の施された無限を擁したさくらがただの一太刀も浴びせられなかった相手。

恐らく妖力の高さのみならず、純粋な剣の腕も相当な手錬に違いない。

そう判断した神山は、出し惜しみせずに初手から攻勢に出た。

全力を込めて叩きつけた二刀を顔色一つ変える事無く受け流されても、更に二撃、三撃と切りかかる。

 

「フフフ……、荒いわね。そんな剣であたしが捉えられるものですか」

 

「ハァ……ハァ……、聞いてはいたが……これは予想以上だ……!!」

 

正直なところ、勝ち目が無い。

こちらが執拗に動き回り背後や死角を取ろうとしているのに、相手はまるで全身に目があるかのように的確且つ最低限の動きでこちらの全力の一撃を容易く押し返してくる。

 

「どうしました? もう終わりですか?」

 

こちらは既に息が上がっているというのに、相手はまるで微動だにしていない。

無限の調整も完璧だったはずなのに、この圧倒的なまでの差は一体なんだ。

 

「では……、こちらから行きますよ?」

 

「くっ……!?」

 

それは、まるで抗いようの無い暴風のような一撃だった。

 

「ぐあああああっ!!」

 

足元の石垣毎舞い上げられた機体の全身が、無数のかまいたちによって切り刻まれる。

白の無限はそのまま玉垣を突き破り、奥の拝殿を吹き飛ばす。

 

「た、隊長!?」

 

「神山さん!?」

 

「誠十郎!! しっかり!!」

 

持ち場についていた仲間達の声が聞こえる。

傀儡騎兵の足止めは成功したようだ。

だが、この状況は……、

 

「フフフ、やはり烏合の衆ですね帝国華撃団。この程度の雑魚が隊長とは、霊的組織の名が泣きますよ?」

 

「よくも、神山さんを……!!」

 

「それだけじゃない……、さくらを騙して誑かした……。あざみは、お前を許さない!」

 

平然と仲間を傷つける仮面の女に怒りをあらわにするあざみとクラリス。

一方のミライとアナスタシアは、冷静に相手との力量差を推し量っているようだった。

 

「一度だけチャンスをあげます。その本殿に隠した帝鍵の刀身をこちらへ渡しなさい。そうすれば、今だけは見逃してあげましょう」

 

今の様子に怖気づいたと見たのか、刀身の引渡しを迫る夜叉。

ミライたちは一蹴した。

 

「断る! この帝鍵はお前達降魔の野望を挫くための希望になるもの。渡すわけには行かない!」

 

「それに大人しく渡したところで、私達を生きて帰すつもりなんて無いんでしょう?」

 

「里の掟87条。等価でない取引に従うな」

 

「そう、残念ね。ならば……」

 

「……マズイ! みんな防御体制を……!!」

 

再び刀を構える夜叉に、神山が叫ぶ。

だがそれに仲間が反応するより早く、かまいたちが襲い掛かった。

 

「望みどおりにしてあげましょう!!」

 

「!!」

 

一瞬にして眼前に迫る竜巻に、反射的に光剣を構えるミライ。

だが次の瞬間、ミライも神山も、夜叉でさえも予想だにしないことが起きた。

 

「な、何……!?」

 

何と、真横から緑色の影が飛び込み、突き出した拳の一撃で竜巻を打ち消して見せたのである。

一体何者か。

最初に気づいたのは、クラリスだった。

 

「よぉ、遅くなったな、戦友」

 

「貴方は……シャオロンさん!!」

 

颯爽とミライの窮地を救った緑色の影。

それは半年前まで自分達に代わり帝都を降魔達から守り続けてくれた大恩人、上海華撃団隊長。

ヤン・シャオロンであった。

 

「千辛万苦,一百万泪!!(千の苦難と万の涙を超えて!!)」

 

「约定吧,带我去彩虹的另一边!!(約束しよう、虹の彼方へ連れて行くと!!)」

 

「以我们的五神为荣,为邪恶报仇!!(我ら五神龍の誇りにかけ、悪を討つ!!)」

 

「「「上海華撃団、参上!!」」」

 

一歩遅れてユイと仔空の王龍も横並びになり、こちらを守るように夜叉と相対する。

恐らく帝劇にて無限の整備を手伝ってくれた紅蘭が手配してくれたのだろう。

亜細亜最強の龍が味方につくなど、これ以上に頼もしいものは無い。

 

「あら、誰かと思えばいつぞやのトカゲじゃありませんか。早贄にでもなりに来ましたか?」

 

「テメェが夜叉か。会いたかったぜ」

 

何か私念があるのか、低い声でシャオロンが凄絶に笑う。

獲物を見つけた肉食獣のような、獰猛な笑みだ。

 

「シャオロン、敵の解析、出来た! 装甲に妖力を流して、硬い、してます!!」

 

「だったら話は早ぇ! 真正面からぶち破るぞ!!」

 

「……」

 

「仔空、いつもの事よ」

 

二、三、言葉を交わして作戦を構築したのか、仔空が二人の後ろに立つ。

瞬間、二対の龍が地を蹴り漆黒の侍に踊りかかった。

 

「おらあああっ!!」

 

「はああああっ!!」

 

真上からの拳撃と横からの蹴撃。

傀儡騎兵どころかまともに喰らえば大型魔装騎兵ですら沈められる程の威力を秘めた一撃。

それを、目の前の女は事も無げに防いで見せた。

だが、それは二人が敢えて仕掛けた囮だった。

 

「仔空、今よ!!」

 

「是的!!」

 

ユイの言葉に頷き、後ろに控えていた蒼の王龍が背中のコンテナを展開し、両腕にガントレットのような器具を装着する。

いや、よく見ると砲身がある。

まさか、狙撃用武器か。

 

「传承科学智慧,现身……、狼牙咆哮!!(受け継がれし科学の叡智、今ここに……、狼牙咆哮!!)」

 

二門の大砲から、狼の咆哮を思わせる駆動音と共に霊力を圧縮したレーザーが放たれた。

両腕を二対の龍に固められていた神滅はその中心に直撃を受け、大きく後ろへ吹き飛ばされる。

まさか、ここまで計算して連携を取っていたというのか。

だが……、

 

「な、何!?」

 

今度はシャオロンたちが驚く番だった。

恐らくは作戦通りのはずだった。

シャオロンとユイが左右から攻撃を仕掛けて先に相手に防御させ、身動きを封じ込めたところに本命の仔空の一撃を叩き込む。

事実それまで弾くか受け流す事で無傷に等しかった夜叉に、明らかに決定打を与えていたはず。

だからこそ信じられない。

あれほど圧縮された霊力の一撃を受けたにも関わらず、煙を上げるだけで平然と立つ神滅の姿が。

 

「無駄なことです。あたしの神滅はあの御方の妖力によって守られている状態。貴方達如きのちっぽけな霊力では傷一つつけることなど出来ない」

 

「くそっ、だったらもう一度……」

 

再度攻撃を仕掛けようと構えるシャオロン。

だがそれすら一顧だにせず、抜き身の刀に妖力を集中する。

 

「シャオロン、来るぞ!!」

 

「くっ!!」

 

反射的に叫ぶ神山の言葉に、止む無く防御体制をとる王龍たち。

それすら無駄だといわんばかりにほくそ笑み、夜叉は殺意の波動を解き放った。

 

「破邪剣征……、桜花天昇ーーーっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつもなら迷うはずの無い、何てことのない道のりが、途方も無く遠いものに感じられた。

人ごみを掻き分け、蒸気自動車の間を縫うように横切り、息を切らしながら裏口の玄関に体を投げ出す。

 

「はぁ……はぁ……!!」

 

そのまま扉を放り出し、階段横のエレベーターの暗唱番号を焦りに震える手を押さえながら打ち込んでいく。

やがて緑色の承認のランプがついて下降を始めたところで、僅かな安堵を深呼吸と共に吐き出した。

 

「……戻ってきてくれましたわね」

 

扉の先から聞こえた最初の声は、罵倒でも軽蔑でもなく、母親のように暖かく優しい歓迎の声だった。

まるで、初めてこの建物の門をくぐったときのような。

 

「すみれさん……」

 

その姿を認めたとき、反射的に頭を深く下げていた。

 

「すみませんでした……。すみれさんの気持ちも考えず、花組としての自覚を捨てるような事……」

 

今なら分かる。

自分のあの態度が、あの言葉が、どれだけすみれを、引いては真宮寺さくらを侮辱したものであったか。

神山から事実上隊員失格の烙印を押されて突き放されたことも、甘い処分だとさえ思えた。

 

「分かればよろしい。後は行動と結果で示しなさい。……ここに来たという事は、覚悟は決まったのね?」

 

「……はい。もう私は迷いません! 例えあの人が本人だとしても、この手で倒して正義を示します!!」

 

あの夜、シャオロンが教えてくれた。

こんな自分が立ち上がれると、帝都を守る剣になれると、本気で信じてくれる人がいる。

その人の気持ちを信じる。

その人が思い描く『天宮さくら』ならやれると、信じる。

その思いが胸にあれば、自分は戦える。

例え相手が、自身の憧れ、目標に定めた人であろうと。

 

「……澄んだ目をしてはるな。吸い込まれそうや」

 

ふと、すみれの横に立つ眼鏡をかけた女性がこちらを懐かしみように見やる。

そうか、この人が……、

 

「その一途さ……、健気さ……、外のパチモンよりよっぽどさくらはんに似てはるわ」

 

「紅蘭さん……」

 

「天宮はん、ウチから一つ提案があるんや……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、あの時の記憶とほとんど同じ光景であった。

唯一違いがあるとするならば、その場の誰もが咄嗟に回避に成功し、直撃を免れていたこと。

だがその衝撃は大きく、どの霊子戦闘機も少なからぬダメージに膝をついてしまった。

 

「ミライ……、みんな……、畜生……!!」

 

本殿に立て篭もって刀身を守っていた初穂は、その光景に悔しさをあらわに歯を噛んだ。

何も出来ない。

文字通り、何も出来ない。

誰かを助け起こすことも、代わりにあの仮面の女に殴りかかることも。

今の自分は、何も出来ない小娘に過ぎないのだ。

 

「たがだか数十年しか生きていない人間風情が、何百年という怨念を背負い続けた我らに敵うと思いますか? 学ばないネズミ共ね」

 

いつもなら我先に大槌片手に飛び込んでいた。

あんなことをほざく奴らに片っ端から殴りこんでいたのに。

今の自分は、それすらも出来ないのか。

 

「全員まとめて、塵にしてあげましょう!!」

 

再び妖力を纏った刀が振り上げられる。

今度同じ技を喰らったら、みんなは……、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこまでよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

絶望のかまいたちが襲う寸前、凛とした声が響き渡る。

聞き覚えのある声だった。

儚く、美しく、優しく、そして……、

 

「蒼天に咲き誇る桜の如く……、咲かせて見せます、希望の桜!! 帝国華撃団花組、天宮さくら!! ここに参上!!」

 

「さくら……」

 

誰よりも強い、友の声だった。

 

「あら、随分無骨な衣替えね。もうアタシの前に現れることは無いと思っていたけれど」

 

「私はもう迷いません。例えあなたが真宮寺さくらその人だったとしても……、帝都に牙をむくのなら戦います!!」

 

あの時とは別人のような、芯の通った強い声。

その瞳に、一切の迷いは無かった。

 

「降魔夜叉……。父の遺した希望は渡さない。私が相手よ!!」

 

「フッ、霊子戦闘機を強化した程度で図に乗らないことね。いいわ、貴方から殺してあげましょう!!」

 

漆黒と桜花。

二色の機体が同時に地を蹴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遡ること10年前。

降魔大戦と呼ばれる死闘が始まって間もなく、神埼重工は時の帝国華撃団に一つの提案書を持ち込んだ。

霊子甲冑に代わる新たな力、その名も『霊子戦闘機』。

軽量に特化したシルスウス鋼を敢えて何重にも重ねて強度を跳ね上げ、内蔵する霊力接続部を3倍に増やして従来とは比較にならないレベルの出力を獲得したその機体に、一度は起死回生の期待がかけられた。

しかしその試作機において、重大な問題が露呈してしまった。

これまでの4倍近い重量の機体を動かすためのブースターに送り込む霊力の負担が凄まじく、試乗した真宮寺さくらは起動から10秒までしかそれを維持できなかった。

加えて搭乗者への負担の大きさを加味し、時の総司令『大神一郎』は、この霊子戦闘機の実戦運用を見送り、当面の間凍結するよう命じた。

それが大帝国劇場地下に1機のみ安置されていた、世界初の霊子戦闘機。

 

『試製桜武』である。

 

「何だあの機体は……、無限じゃないのか……?」

 

もし当時の設計のままだったら、自分でも到底起動させることなど夢のまた夢だっただろう。

しかし今回、帝国華撃団整備班長と上海華撃団総司令、そして整備班たちの文字通り血の滲む努力の末、大幅な改良が施されていた。

 

「速い……、そして力強い……。まるで、今のさくらみたい……」

 

物理防御力を高める為に何重にも補強されたシルスウス鋼をアンシャール鋼に取り替えて軽量化に成功。

更にブースターに接続するシナプスを一本化することで搭乗者の接続部を減らして負担を軽減。

そして他ならぬ無限に搭載されていた霊子水晶を移設したことで、搭乗者に則した霊力伝達を実現。

この全てが歯車の如くかみ合ったことで、名実共に天宮さくらのみが操ることの出来る最強の霊子戦闘機が誕生したのである。

 

「あれほど熱く激しいのに……、桜の舞いを見ているかのようね……」

 

意図してか意図せずか、通信を入れたままのアナスタシアの呟きに、誰もが頷く。

まるで桜が舞い踊るかのように優雅に、華麗に、桜武はその太刀を振るっていた。

 

「はああああっ!!」

 

力強い気合と共に、横薙ぎに太刀が一閃した。

自身の太刀を盾代わりに防ごうとした神滅は、その勢いに押されて外へと押しやられる。

何ということだ。

今まで自分達が手も足も出なかった相手を、明らかに追い詰めている。

そしてその事実に、誰よりも驚いているのがさくら自身だった。

 

「(凄い……、敵の動きも……、霊力の流れも……、見えるように分かる……!!)」

 

目で追う事はおろか、反応すら出来なかった相手の剣速が、手に取るように分かる。

抗いようの無いほどに重い一撃が、強引にでも押し返せる。

まるで生まれ変わったかのようだ。

 

「クッ……、ネズミにしては中々やるようね……!!」

 

数十回の切りあいの末、遂に夜叉の口から負け惜しみの言葉が漏れた。

仮面で目元を隠していても、明らかにその表情には焦燥の色が伺える。

戦況は今、確実にさくらに傾きつつあった。

 

「でも所詮はネズミの浅知恵。あの御方の加護を受けた我が太刀の敵ではないわ!!」

 

神滅が刀を青眼に構え、膨大な妖力を刀に注ぎ込む。

それを見たさくらも自身の太刀に霊力を集中させた。

まさか、奥義で打ち合うつもりか。

 

「破邪剣征……」

 

「蒼き空を駆ける……、千の衝撃!!」

 

その一瞬、視認できるほどの膨大な霊力と妖力が一帯を染め上げた。

そして、

 

「百花繚乱!!」

 

「天剣・千本桜ーーーっ!!」

 

すべてを飲み込む漆黒の竜巻に、桜吹雪を纏った斬撃が真正面からぶつかった。

拮抗すること数秒。

趨勢を破ったのは、桜吹雪だった。

 

「ぐっ……!! バカな……、こんな事が……!!」

 

その一撃を以ってしても、神滅の装甲は破れていない。

だがその身に纏っていた妖力は、明らかに弱まっていた。

夜叉自身がその場に膝を着いているのが、何よりの証拠である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だ何だぁ? 少し見ねぇ内に小汚くなっちまったじゃねぇか」

 

「朧……!!」

 

立ち上がれない神滅の横に、いつものふてぶてしい態度で現れた朧が嘗め回すように周囲を一瞥する。

そして、始めてみるであろうさくらの桜武に目をつけた。

 

「何をしにきたの朧……、戻りなさい……!!」

 

どうやら夜叉にとっても想定外だったのか、撤退を命じる。

だが素直に従っていたこれまでとは打って変わって、朧は気だるげに言い返した。

 

「うるせぇなぁ! あの御方からの許可は頂いてるよ。撤退しろ夜叉、これはあの御方からの命令だ」

 

「……!!」

 

一瞬驚いた表情を見せるも、夜叉は僅かに躊躇いつつ異空間に姿を消す。

俄かには信じがたいが、あの朧が仲間を助けに来たとでも言うのだろうか。

 

「朧……、夜叉に代わって刀身を狙うというなら、私が相手になります!!」

 

油断無く太刀を突きつけるさくら。

しかし朧はそれを鼻で笑い返した。

 

「生憎だが今日は気が乗らなくてな。代わりにコイツらと遊んでもらえ」

 

「なっ、これは……!!」

 

瞬間、巨大な魔方陣から現れた二つの影に、誰もが戦慄した。

華撃団大戦会場で圧倒的な実力でウルトラマンをねじ伏せた戦闘機怪獣『メタルダイナス』。

もう一つは、あろうことか戦闘機怪獣と同じ巨躯を持つ降鬼だった。

冗談ではない。

神器を失い、後釜が未完成の今、降鬼を人間に戻す手段など……。

 

「俺は夜叉みたいに面倒なことはしねぇ。まとめて踏み潰されちまいな!!」

 

そう吐き捨てて自身も異空間に消える朧。

同時に二大怪獣が進撃を開始する。

そのときだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メビウーーーーーースッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

本殿に迫り来る二大怪獣を遮るように現れた閃光。

そこから立ちはだかったのは、あの夜海中に没したはずの光の巨人だった。

 

「……メ、メビウス……!?」

 

「セアッ!!」

 

一時は生死も危ぶまれた巨人の無事に安堵する初穂に、応えるような声が返ってきた。

だがそれも一瞬で、メビウスはすぐに二大怪獣に向き直ると、正面から飛びかかった。

 

「セアアッ!!」

 

全体重を乗せたドロップキック。

それを頭部に受けたメタルダイナスはバランスを崩して後ろに倒れる。

メビウスはそのまま、隣にいる降鬼に掴みかかった。

 

「タァッ!! ハァァァ……!!」

 

「グゥゥ……!!」

 

一瞬反応が遅れながらも、降鬼もメビウスを押し返そうと踏ん張り始める。

だが、突如真後ろから背中に衝撃が走る。

いつの間にか起き上がっていたメタルダイナスが至近距離からレーザーを発射したのだ。

 

「ゥアアッ!!」

 

「メビウス!!」

 

大きく前に吹き飛ばされるメビウスに、思わず初穂が叫ぶ。

頭の泥を振り払い、尚も立ち上がるメビウス。

しかしそれを嘲笑うかのようにカラータイマーが点滅を始めた。

このままでは……、

 

「ウアアアアッ!!」

 

接近すら許さぬマシンガンとレーザー攻撃の嵐がメビウスを襲った。

激しい攻撃に再び倒れこむメビウス。

もう、限界だった。

 

「初穂!?」

 

誰かが叫んだ気がした。

もう、居ても立ってもいられなかった。

 

「初穂! 何してるんだ!?」

 

「セアッ!?」

 

仲間達のみならず、メビウスも驚きの声を上げたのが分かった。

無理も無い。

何故なら今、初穂は生身の体で、メビウスを庇うように両手を広げて立ちはだかったのだから。

 

「もう……、もう我慢できねぇ……!! 霊力が無いから何だ……!? 戦えないから何だ!? 大事な仲間が痛めつけられてるのに、アタシだけ指くわえて見てられるか!!」

 

「無茶だ初穂!! 今のその体で何が出来るって言うんだ!!」

 

「出来ねぇよ!! 今のアタシには何も出来ねぇ事は分かってる!! でも……、それでも……アタシは……!!」

 

怖い。

このままレーザーで焼かれても、あの巨体に踏み潰されても、今の自分はあっけなく死んでしまう。

そんな事は分かってる。

でも、それでも、もう心が張り裂けそうなまでに悲鳴を上げていた。

みんなの下から逃げた自分を、ミライが励ましてくれた。

傀儡騎兵に襲われた自分と家族を、花組のみんなが助けてくれた。

夜叉に追い詰められたみんなを、上海華撃団が助けてくれた。

あんなに酷い言葉で傷つけた自分を、さくらは助けてくれた。

そして今、勝ち目が無いとわかっているだろうに、メビウスは自分を助けに来てくれた。

もう限界だった。

もう自分の為に誰かが傷つくのは耐えられなかった。

これ以上はやらせない。

もう傷つけさせてたまるか。

例えこの身がどうなっても。

 

「……悔しいよ……」

 

搾り出すように、初穂は呟く。

その目には、大粒の涙で溢れていた。

悔しかった。

せめて、せめて自分に霊力があれば。

こんなにむざむざやらせはしないものを。

 

「なぁ御魂神様……アタシも巫女なら……東雲の端くれなら……」

 

滲む視界の先で、機械獣がレーザー光線を放とうとエネルギーを充填し始める。

仲間が息を呑む悲痛な声が聞こえた。

 

「頼むよ……今だけで良い……、みんなを……みんなを守る力を……!!」

 

視界が白に染められる。

死の熱が、迫った。

 

「アタシに力を、くれえええぇぇぇ……!!」

 

魂の絶叫。

それすらも掻き消す灼熱の光線がすべてを飲み込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

はずだった。

 

 

 

 

 

 

 

「え……?」

 

一瞬何が起こったのか誰も、初穂自身も分からなかった。

東雲神社の本殿から、帝都中に青白い線が無数に飛び交い、地上絵のように折り重なっていく。

 

「地脈じゃ」

 

キクが、驚きに目を見開き、告げた。

 

「御魂神様の神力が、地脈を通じて帝都を覆っておる。初穂の想いに、御魂神様が、お応えくださったのじゃ……!!」

 

「御魂神様が、アタシに……!?」

 

俄かには信じられないが、初穂は実感していた。

自身の体の細胞に至るまで、抜け落ちていた何かが溢れているのを。

それが何であるか、帝国華撃団隊員東雲初穂は知っていた。

 

「隊長さん!!」

 

「分かった! これから初穂の無限を射出する!! 初穂、ウルトラマンメビウスを援護し、敵怪獣を撃破せよ!!」

 

「了解!!」

 

直後、大帝国劇場へ直結する轟雷号の汽笛と共に、見慣れた赤の無限が地上へ放たれた。

巫女装束のまま中へ乗り込み、霊力を集中させる。

その瞳に、光がともった。

 

「行くぜメビウス! 今度は、今度はアタシがお前を守る番だ!!」

 

「セアッ!!」

 

力強い返事と共に、メビウスが立ち上がる。

大槌を振り回し、赤の無限が地を蹴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは最早、人知を超えた超常現象と呼ぶほかに無かった。

古来より人々に崇められてきた御魂神。

それが初穂の思いに応え、神力を授けたという。

だがそれを指し示すかのように初穂の力は信じられない体格差の機械獣相手に優勢を保つほどのパワーを見せた。

 

「おりゃあああっ!!」

 

横に振り回した大槌から霊力を具現化した炎が玉となって放たれ、機械獣の顔面を直撃する。

たじろぐ機械獣に、今度はメビウスが殴りかかった。

 

「セアアアッ!!」

 

神力のオーラに包まれたメビウスもまた、今までとは桁違いのパワーを発揮していた。

以前なら鉄壁の余り逆にダメージを受けていたメビウスの拳が、件の巨体を数メートル吹き飛ばして見せたのである。

 

「初穂! その大槌を降鬼に振るえ!」

 

降鬼の様子に何かに気づいたのか、キクが叫んだ。

そういえば御魂神の神力が地脈から解放されてから、暴れることもなく棒立ちになっている。

 

「恐らくあの降鬼は正気を取り戻しかけておる! 今のお前ならその神力で元に戻せるはずじゃ!!」

 

「分かった、ばあちゃん! メビウス!!」

 

「セアッ!!」

 

初穂の言葉に頷き、メビウスが仰向けに倒れている機械獣が邪魔をしないよう馬乗りになって押さえ込む。

それを確かめると、初穂は大槌にありったけの霊力を練りこみ、跳躍する。

神力によって強化された初穂の無限は、そのまま降鬼の頭上を捉えた。

 

「何処の誰だか知らねぇけど……、ちょっとばかし我慢しろよおおおぉぉぉっ!!」

 

そのまま前方に乱回転し、落下と遠心力を加えた豪快な一撃が降鬼の脳天に見舞われた。

地面が割れてしまうのではないかというほどの衝撃と共に、降鬼の巨体が地面に沈む。

するとキクの読み通り、程なく神力に包まれた降鬼の肉体が崩壊し、中に人影が見えた。

瞬間、さくらが驚きの声を上げる。

何故なら、

 

「お、お父さん!?」

 

「鉄幹さんだって!?」

 

それは降魔の襲撃を受けて死んだとばかり思っていたさくらの父、鉄幹だった。

降鬼から解放された状態で意識を失っているが、心臓の鼓動はハッキリしている。

 

「良かった……お父さん……本当に良かった……」

 

「ああ……初穂のおかげだ……」

 

思わず桜武から飛び出して歓喜に涙するさくら。

だがまだ安心は出来ない。

 

「ゥアッ!!」

 

メビウスを跳ね除けて立ち上がったメタルダイナスが、本殿を踏み潰さんと迫る。

すかさず立ちはだかったメビウスは、一縷の望みを駆けてメビュームシュートを放った。

 

「セアアッ!!」

 

神力をまとった光線が激しいスパークを発する。

だが、これほどの爆発を以ってして尚も機械獣は倒れない。

既にカラータイマーの点滅は速度を上げている。

このままでは……、

 

「巨人よ、聞こえるか!?」

 

声を上げたのは、やはりキクであった。

 

「今のお前は神力の余波を受けているに過ぎぬ。真に神力を纏うには共に戦う仲間と心を重ねよ! 初穂を介して、神力を己の中に取り込むのじゃ!!」

 

「アタシを介して……、メビウス!!」

 

「スァッ!!」

 

初穂の言葉に頷き、メビウスは彼女の前に立つ。

初穂は大槌を正面に構えると、目を閉じて意識を集中させた。

 

「御魂神よ……、共に立つ仲間に、メビウスに、力を与えたまえ……!!」

 

瞬間、不思議なことが起こった。

初穂の全身を包む神力が徐々にメビウスへと移って行ったかと思うと、その奔流が炎に具現化され、メビウスの全身を鎧のように包み込んでいくではないか。

やがてその炎の鎧は胸元に炎を思わせるシンボルを描く。

メビウスの不屈の闘志と初穂の神力が一体となった新たな姿、『バーニングブレイブ』覚醒の瞬間だった。

 

「行け巨人よ! 神力の炎で、かの敵を焼き払うのじゃ!!」

 

「セアッ!! ハァァァァ……!!」

 

キクの言葉に頷き、メビウスは全身に迸る灼熱の奔流を胸のシンボルに集中させる。

するとシンボルに沿って炎が具現化され、圧縮された炎が球体を作り出す。

メビュームシュートに代わる新たなメビウスの必殺技、『メビュームバースト』だ。

 

「行けぇーっ! メビウスーーーっ!!」

 

「セアアアァァァッ!!」

 

放たれた灼熱の火球が、機械獣を包み込むとたちまち肥大化する。

やがてそれは機械獣の全身を焼き尽くし大爆発と共にその身を粉砕した。

瞬間、周囲の魔幻空間と地脈の光が解け、下町の青空が戻る。

さくらにとって、初穂にとって、そしてミライにとって、長い夜が明けた瞬間だった。

 

「セアッ!!」

 

平穏が戻ったことを確かめるように頷き、空へ飛び立つメビウス。

その背中に、初穂は呟いた。

 

「ありがとう、メビウス……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さくら……」

 

戦いを終え、無限から降り立った面々が神社の被害状況を確かめる中、初穂がふとさくらに声をかけた。

 

「この前は、ごめんな。癇癪に任せて、酷い事言っちまって……」

 

「ううん。私こそごめんね。それに初穂、お父さんを元に戻してくれたじゃない」

 

「それを言うならさくらだって、アタシらを夜叉から助けてくれたじゃねぇか」

 

堂々巡りになりかけ、互いに微笑みあう。

昔からそうだ。

下らない事でケンカをしては、すぐに仲直りできる、そんな関係。

今回は事が事だけに流石にダメかとも思ったが、結局同じだった。

 

「それがお前の、お前にしかない力だよ初穂」

 

そんな初穂に、キクが語りかける。

表情は穏やかなままだが、その言葉には並々ならぬ力がこもっていた。

 

「御魂神様が神力をお授けになったのは巫女だからでも、巨人がいたからでもない。初穂、お前だったからだ」

 

「ばあちゃん……」

 

「何年も下町の大人と子供と、そして華撃団の皆さんと、そしてあの巨人とも心を通わせられる。そんなお前だから、御魂神様はお前をお認めになったんだよ」

 

「ああ……ありがとう……」

 

胸に熱いものを感じながら、初穂は力強く頷く。

するとそこに、ミライがいつもの笑顔で囃し立てた。

 

「それじゃあ今回はMVPということで初穂さんに決めてもらいましょうよ!! シャオロンさんたちも一緒に!」

 

「お、いいのか?」

 

「構わない。あざみも一緒が良い」

 

「へっ、しゃーねーな。ついて来いよ!?」

 

一瞬鼻をすすり、いつもの笑顔で初穂が音頭を取った。

まるでお祭りの一幕のように。

 

「どんなに時代が変わろうと、人を繋ぐのは義理人情! 笑って騒いで時には泣いて、心と心は繋がっていく!! 勝利のポーズ!!」

 

「「決めっ!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何故、あの降鬼を放った?」

 

そこは何も無い空間だった。

ひたすらに闇だけが包む世界。

そこに一人、ポツンと佇む影があった。

上級降魔、朧である。

 

「奴は支配が十分ではない木偶の坊だったはず。人質としてでも使えば帝鍵だけでも破壊できたものを」

 

「るせーな、いちいち。しょうがねぇだろ、ああでもしなきゃ貴重な駒が一匹消えてたんだぜ?」

 

「解せんな。何故今になって庇おうとする」

 

「別に庇った訳じゃねーし。いつも口うるさいアイツのボロ雑巾になってる様拝みたかっただけっつーか」

 

暗闇からの声にのらりくらりとした様子ではぐらかす朧。

やがて声は呆れたのか諦めたのか、何も返さなくなった。

そして誰もいない闇の中で、朧は一人呟くのだった。

 

「……俺だって知らねーよ。なんであんな女助けちまったのかなんて……」

 

<続く>




<次回予告>

遂に始まった華撃団大戦。

初戦の相手は俺たち上海華撃団だ。

何? 手合わせと思って肩の力を抜けだぁ?

悪いが、そういうわけには行かねぇんだよ。

次回、無限大の星。

<龍嵐相打つ>

新章桜にロマンの嵐。

神山、これは男と男の勝負だ!!


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第7話:龍嵐相打つ

更新が半年近くかかり申し訳ありませんでした。

実生活で色々な変化があり、気づけば冬が終わってしまうという……。

今回は世界華撃団大戦、上海編です。

遅くなった分ボリュームはとんでもないことになってます汗

予告にあったとおり、サクラ大戦にまつわるレアな方々が沢山登場しています。

全部分かったアナタは凄い!!



 

 

 

それは、まったくの偶然であった。

 

「いやぁ、ありがとうございます。初対面なのにお世話になって……」

 

目の前で恥ずかしげに頬をかく大人しげな雰囲気の青年に、思わずこちらも笑みをこぼす。

丁度入用で病院前に立ち寄ったところ、目の前で派手に転んで見舞い用の荷物を往来にぶちまけてしまったこの青年を不憫に思い手助けしたところ、成り行きで青年の妻と思しき女性の下へ面会に来る羽目になってしまった。

病室に下げられていた名札にあった名前は『青島彩香』。

聞かずとも眼前の青年『青島信行』の妻であろう事は容易に想像できた。

そして、そこに信行が喜びを隠しきれない理由を、敏泰然は察した。

 

「妻は生まれつき体が弱くて……、不妊治療を続けて、やっと授かった女の子なんです」

 

「恭喜你怀孕。……元気なお子さんが生まれるといいですね」

 

「ありがとうございます。主人と二人で、ずっと待ち望んでいた子ですから……」

 

「……!!」

 

そう呟き、彩香は胎動を続ける命を優しく撫でる。

生まれ来るであろうわが子を慈しむ聖母のような佇まいを見たとき、泰然の脳裏に一瞬、あの姿が過ぎった。

 

『貴方のように、優しい心を持った命でありますように……』

 

幾たびの季節を過ぎても、少しも色褪せる事の無いいつかの思い出。

それは、決して記憶の片隅から離れることは無い。

呪縛のように、その心をしめ続けているのだ。

 

「………依然………」

 

「……泰然さん?」

 

その表情を不審に思ったのか声をかける信行に我に返りつつ、泰然はその姿を回顧する。

例えそれが、もう叶わぬ夢だとわかっていても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<第7話:龍嵐相打つ>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大帝国病院は帝都はおろか日本全国でも有数の総合診療施設として、日夜様々な患者を死の淵から救ってきた。

蒸気核機関の技術を余す事無く費やした病院の規模は帝都最大を誇り、病床数はおよそ200床。

主な疾患ごとにフロアとエリアを区分し、上層階に軽微な患者を収容している。

その最上階の一室に、一人の壮年の男性が運び込まれてきたのは、数日前のことであった。

住居を謎の火災で失い、一時行方不明となって生死を危ぶまれていた刀鍛冶。

彼の生還を知り何人もの村の人間が遠路はるばる訪ねてくれた。

そして……、

 

「お久しぶりです、鉄幹さん」

 

娘と入れ違いに入ってきた青年が、あの記憶の少年だと気づくまでに時間はかからなかった。

 

「誠ボン……。話には聞いていたが、見違えたな」

 

「いえ、そんな……」

 

「謙遜することは無い。今こうして娘と顔を会わせることが出来たのも、間違いなく君と、皆のおかげだ」

 

あれから自身の身に起きた一部始終を、鉄幹は娘の口から知らされた。

夜叉との戦いで囚われ、降鬼にされたこと。

怪獣とともに尖兵としてさくらたちの前に現れたこと。

そして娘の親友の手で、妖力の鎧をはがされ、助け出されたこと。

一度は預言者の警告に応えられない自身の無念を詫びたが、それは杞憂に終わったようだ。

 

「鉄幹さん、俺は……」

 

何かを口に仕掛け、口をつぐむ神山。

普段の彼らしからぬ煮え切らない様子に一瞬違和感を覚えるも、程なくその理由は解せた。

 

「誠ボン。君が娘にしたことは、決して間違いではない」

 

「え……?」

 

「君は何よりも帝国華撃団の隊長だ。部隊の結束を守るために制御の利かないものを戦場から遠ざけることは当然のことだ。その事で責められるべきは娘の方だ」

 

あの時は聞けなかった娘の除名処分のいきさつも、本人の口から聞いた。

羨望の象徴であった女性と瓜二つの敵が現れ混乱し、部隊の結束を乱す原因となってしまったと。

だがその事で娘を処分した神山を責める事は違うと、鉄幹は思っていた。

幼馴染として、彼女の心の傷に寄り添う事は、出来たかもしれない。

しかし部隊の規律を乱し、要らぬ諍いを生んだのは他ならぬさくらである。

その事実を無視して彼女を贔屓目に見ることこそ、部隊の隊長としてあるまじき事であろう。

言うなれば正義と娘を天秤にかけているようなものである。

これはあまりに神山に対して酷というものだ。

 

「しかし俺は……、部隊を守ることは出来ても、さくらの心の傷を癒せなかった……」

 

だからこそ、不謹慎ながら彼の言葉に僅かに安堵した。

これだけのことがあって尚、彼は娘と共にあろうとしている。

故に鉄幹は決断する。

示された運命を覆す希望を、他ならぬ彼に託すと。

 

「……誠ボン。天川銀河という男を知っているか?」

 

「銀河さん……? はい、あざみの事件では白秋さんと一緒に降鬼打倒の道を示してくれました」

 

天川銀河。

またの名をウルトラマンギンガ。

自身をあの海の上で、そして悪夢の開会式で助けてくれた、その多くを謎に秘めた巨人。

さくらの剣の師『村雨白秋』と同様に、生身の体で以って降鬼に相対できる力を持つ、明らかに人智を、ウルトラマンの常識さえも超えた存在。

白秋と少なからぬ関係のある鉄幹もまた、かの巨人を見知っていたとしても何ら不思議ではない。

 

「彼と初めて会ったのは10年前……。降魔皇の脅威が去り、妻の葬儀を終えた後のことだった」

 

最愛の女性を失い、哀しみに暮れる間もなく遺された娘を守るために金槌を手に取る自身の前に、彼は現れた。

当初は得体の知れない不審な人物かと警戒したが、意外な人物がその間を取り持ってくれた。

 

「帝国華撃団総司令神崎すみれ殿……。彼女もまた、銀河殿の話す『未来』を信じた一人だった」

 

「未来……。じゃあ、やはり銀河さんは……!」

 

兼ねてから抱いていた疑問は確信へと変わる。

鉄幹もまた、肯定するかのように重々しく頷いた。

 

「俄かには信じられない話ではあったが……銀河殿は、遥か先の未来から来たと話した。この世界の、運命を変えるために来たのだと」

 

「この世界の……、未来から……」

 

改めて鉄幹の口にした言葉に、神山は少なからぬ衝撃を受けたようだった。

無理も無い。

ドイツの権威たるアインシュタインの提唱している『相対性理論』ですら、未だ実証に至っていないこの状況下。

タイムマシンのような未知の科学を実現してタイムスリップを成功させてきたなどと言われても、到底信じられる話ではない。

だが件の人物の語る言葉が虚言でないという確固たる根拠が、鉄幹にはあった。

 

「銀河殿は知っていたのだ。これから先、帝都に起こる未来のすべてを。そして……他ならぬ、娘の運命を……」

 

「さくらの……運命……」

 

「誠ボンには話しておこう……。銀河殿が語った……、帝都に起こる未来のすべてを……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大正29年。

 

それは彼の知る限り、帝都が破滅への一途を辿った忌まわしき年だったという。

 

結成直前の帝国華撃団月組の壊滅と、降魔の襲撃を受けた軍艦の隊長候補の殉職。

 

その軍艦の名は『摩利支天』。

 

そうだ、誠ボン。

 

銀河殿の知る未来では、そこで君の命運は閉ざされていた。

 

だがそれは終わりの始まりに過ぎなかった。

 

直後に上海華撃団2名の戦死と、止む無く存在を公表した帝国華撃団。

 

しかしその初陣の日に1名が脱走し消息を絶った。

 

今花組に在籍している、クラリスという少女だ。

 

そして程なく、月組に代わって隠密任務に当たっていたあざみという少女が遺体で発見された。

 

事態を重く見た神崎司令は、海外に残存していた倫敦・伯林華撃団に協力を求めた。

 

そして降魔対抗の決起会を開き、もう一度降魔殲滅へ帝都民たちと意志を固めるはずだった。

 

……そう、それが敵の最大の狙いだった。

 

狙い済ましたかのような軍勢に囲まれた決起集会場は、地獄絵図になった。

 

空輸中だった倫敦と伯林の華撃団は上空で撃墜され戦死。

 

残された初穂はたった一人で都民を守ろうと奮戦するが、最後は降魔の軍勢になぶり殺しにされた。

 

そして……、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……降魔たちは奪い取った帝鍵と、無数の帝都民の屍を依り代に、降魔皇の封印を解き放った。全ては降魔大戦の生き残り、『幻庵葬徹』が仕組んだことだった。……そう聞いている」

 

淡々と語る鉄幹の声に、神山は目を見開いたまま声を失っていた。

当たっていた。

降魔に摩李支天と共に襲われた自身をはじめ、これまで自分たちが直面してきた窮地を、天川銀河の予言は的中させていた。

そしてそれぞれが最悪の結末を迎え、それが更なる悲劇を呼ぶ。

身の毛もよだつ悪夢の連鎖の果てに突きつけられたのが、封印の解放と、10年前の絶望の再来だった。

 

「……勝てたんですか? 帝都は……、銀河さんは、降魔皇に……」

 

神山は、そう問うのが精一杯だった。

こちらの戦力がほぼ壊滅同然の状況で生き残っているとしたら、銀河を含め三人。

まだ名前の挙がっていないさくらと、その師匠である村雨白秋だ。

だが、鉄幹は沈痛な表情のまま、首を振った。

 

「結論から言えば……再封印は成った。だが、あまりにも犠牲は大きすぎた」

 

「犠牲……、それは……」

 

「さくらは白秋殿と共に降魔皇封印のために無謀も同然の特攻を挑んだ。そして天宮國定に代わる新たな刀身を手に、再び次元の壁を切り裂き、降魔皇を再び封じ込めた。……自身の命と引き換えにして」

 

「それが……、さくらの運命……」

 

言いようのない衝撃が、神山の全身を震わせていた。

銀河の知る未来では、間もなく降魔皇が復活を遂げる。

その封印と引き換えに失われたのが、さくら……。

 

「娘は、いつか大きな運命と戦うことになる。一人では抗いようの無い運命に。それが銀河殿が最後に残した言葉だ」

 

天宮さくらと、夥しい犠牲の果てに成し遂げられた、銀河の世界における降魔皇の封印。

銀河が覆そうとしていた未来は、この降魔皇の復活にあったのだ。

 

「天宮さん、間もなく検診と昼食のお時間です」

 

「ああ、すまない」

 

看護婦の連絡を受け、診察着に着替えるべく体を起こす鉄幹。

しかしふと、何かを思いやるように神山に告げた。

 

「誠ボン……、娘を頼む……」

 

「鉄幹さん……!」

 

何かを言いかける前に、その背中は見えなくなってしまった。

 

「さくら……」

 

もう一度やり直そうと思っていた。

彼女の心に寄り添い、彼女の思いを汲んで、彼女と共に平和を守るために立ち上がろう。

そう思っていた矢先に突きつけられた事実に、神山の心は揺れていた。

 

「(私、絶対に花組に入る! 真宮寺さくらさんみたいに、強いさくらになる!!)」

 

「(じゃあ、俺は花組の隊長になる! この手で、さくらちゃんを守る!)」

 

脳裏に過ぎる、すべての始まりとなった約束。

まさか、あの日の約束さえも、後の死の運命の遠因だったというのか。

だとすれば……、

 

「俺は……、どうすればいいんだ……」

 

自分のものとは思えないほどに情けない声が、閉ざされた部屋の中に虚しく木霊する。

その先に、答えは見えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

銀座に構える中華料理店「神龍件」の地下には、即席ながら即席とは思えない規模の蒸気工学設備が充実していた。

その一角に用意されたフリースペースで、一人カンフーの型に集中する人物がいた。

上海華撃団五神龍隊長、ヤン・シャオロンである。

 

「ハッ!! ダァッ!!」

 

まるで舞い踊るかのような身のこなしと共に、四方八方に繰り出される拳や蹴撃が風を切る。

だがその表情は、黙々と鍛錬に集中するものではない。

何かの雑念を振り払おうと、焦燥に駆られている。

 

「ハァ……、ハァ……!!」

 

己の中に巣くう何かと対峙すること実に2時間。

それまでの疲労が遅れて現れたように、全身から汗が噴き出、呼吸で肩が上下する。

ダメだ。

以前まで無心で没頭できたはずの稽古すらおぼつかない。

料理の次にのめりこめる鍛錬にさえ、シャオロンの雑念は影響を及ぼしていた。

無理も無い、と自分でも思う。

何故ならそれは……、

 

「……、……さくら……」

 

天宮さくら。

ほんの数ヶ月前まで自分たちが守り続けてきた蕾の一つ。

それは深遠の闇に包まれて尚も凜と輝く美しさと強さを持ち。

それでいて少しでも包む手に力を込めれば容易く手折れてしまいそうなほどにか弱い。

折れかけたその芯を、花弁をこちらに傾けたあの儚げな姿が、どうしても払えない。

不謹慎の極みだがあの瞬間、他ならぬ自分にもたれかかる彼女に、背徳的な喜びすら感じてしまった己の浅ましさを一人恥じる。

一体いつから自分は、こんな下劣な男に成り下がってしまったのだ。

 

「オレは……」

 

あの時、感情のままに彼女と唇を合わせかけた自分を、他ならぬ自身の理性が止めた。

あまりにも卑怯だ。

彼女は自分を慕って来たのではない。

心に傷を負い、癒す場所が欲しかったのだ。

ただそれだけの理由のために、自分が選ばれただけに過ぎない。

それは自分でもわかっていた。

わかっていた、はずだったのに。

 

「どうすりゃ……、いいんだろうな……、さくら……」

 

自分のものとは思えないほどに情けない声が、閉ざされた部屋の中に虚しく木霊する。

その先に、答えは見えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どういうことですの?」

 

眼前の人物から放たれた衝撃の言葉に、一瞬理解が追いつかなかった。

共に今回の催しに異議を唱え、中止を訴えていたはずの同志。

だが……、

 

「……堪忍や……」

 

そう深々と頭を下げる彼女の姿に、先の言葉は聞き間違いではなかったのだと悟る。

続いて湧き上がるのは、疑念だった。

 

「……何が、ありましたの……?」

 

だが返事は無く、代わりに頭を下げたまま、力なく首を振る。

だがそれだけで、共に10年以上共に戦い続けて来た盟友の心情を、すみれは手に取るように分かった。

こうなった原因や経緯すら、この場で言えない事情がある。

月組の応答がないことから、監視の目があるわけではないようだ。

だが普段なら大抵のことに動じない彼女が身を震わせてまで憤怒に耐えるこの状況。

姿さえ見えぬ影の存在に、すみれもまた袖に隠れた握り拳に力を込める。

 

「……手段は問わない、という事ね……!」

 

出来る限りの策は講じたはずだった。

少なくとも帝都、中国双方の国防軍各位には今回の降魔事件の一切に政治的関与をしないよう呼びかけ、同時にWLOF側の要求や口添えには耳を貸さないよう働きかけておいた。

もしプレジデントが開催にこぎつけるために利用するとしたら二つ。

一国の存亡を担う国防組織の上層部を取り込むことと、民衆の不安を煽って今回の世界華撃団大戦を正当化させるというものだ。

しかし国内組織側への口利きは済ませたし、開会式の敗戦で離れかけた民衆の信頼も、先の東雲神社での一件で一応の沈静化を見た。

更に切り札として極秘に開発を続けてきた霊子戦闘機・試製桜武の存在。

これを以って、少なくとも帝国華撃団はかの世界を牛耳る霊的組織に対して少なからず中立の立場を貫くことが出来るはずであった。

だが、その決行の日を目前にして、突きつけられたのは姿さえ見えない巨大なまでの悪意だった。

これまで相対してきた魔の存在とはまた違う、欲望に塗れ狡猾な意志。

 

「……止むを得ませんわね」

 

こうなれば最早腹を括るしかない。

すみれは背を向けると、姿の見えぬ悪意を壁に映し、睨みつけた。

 

「世界華撃団大戦……。真意は何処にあるというの……?」

 

時が経てば経つほどに湧き出る疑念の泉。

それはやがて穢れを帯びてすべてを闇に包み込まんとするほどにどす黒いものへと変わって行く。

まるで、自分達を底さえ見えぬ底なし沼に引きずり込もうと手招きしているかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

季節は秋口に差し掛かるとはいえ、その部屋の空気はどこまでも冷たく、禍々しくさえあった。

理由は二つ。

その空間は地上より遥か数十メートル下に位置する地底の内部に位置していたこと。

そしてもう一つ。

 

「……」

 

闇に覆われたその先に、明らかに異質としか言いようのない「何か」が蠢いていたことだった。

 

「……!」

 

ふと、金属同士の擦れ合う音が空間を震わせた。

一瞬と思われたそれは断続的なものへと変わり、次第に激しさを増してゆく。

まるで、この空間に恐怖しているかのように。

 

「……! ……!!」

 

やがて金属音に混ざってくぐもったうめき声のようなものが聞こえ始める。

そして……

 

「!!!」

 

一瞬の身の毛もよだつ悍ましい咆哮を残し、空間は沈黙した。

何かを咀嚼するような、不気味な音を残して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気が付けば時刻は12時を回ろうとしていた。

あの病院での一件から今までどんな風に過ごしてきたのか、よく覚えていない。

気づけば支配人室でいつになく険しい顔の総司令から、明日の華撃団大戦の正式な出場が取り決められたのだと伝えられた。

いつかは手合わせ程度にと深く考えないつもりであったが、こうしてみると様々な思惑が渦巻いているであろう陰謀に巻き込まれているかのようで、一抹の不安をぬぐい切れない。

そしてもう一つ、神山の胸中には言い知れぬ不安が枷のように括り付けられていた。

 

『娘は、いつか大きな運命と戦うことになる。一人では抗いようの無い運命に。……娘を頼む……』

 

幾たびの脳内を、まるで残響のように木霊するその言葉に、連想するのは破滅の未来。

そして、平穏と引き換えにすべてを失った少女の最期。

その命運が今、外ならぬ自身に委ねられようとしていると認識したとき、帝国華撃団隊長の深層心理に去来したのは、自問だった。

 

「(帝都の……さくらの未来を……、俺が変える……)」

 

思えばこれも、何かの因果だったのかもしれない。

あの大海で巨人に命を救われたことも。

幼き日に交わした、あの約束も。

かつての海軍少尉神山誠十郎ならば、敬礼をもって拝受していたことだろう。

そう、まだ現実を知らないかつての神山少尉ならば。

 

『やはり烏合の衆ですね帝国華撃団。この程度の雑魚が隊長とは』

 

『……嘘つき、……大嫌い……!!』

 

何度忘れようとしても拭い去ることのできない、忌まわしい敗戦の記憶。

隊長としても幼馴染としても歩み寄ることのできなかった心。

これまでの度重なる不覚が、神山の心に暗い影を落としていた。

その影は巣くった心の片隅に、疑念という名の闇を生み出す。

それは、ほかならぬ自らへ向けられたものだった。

 

「出来るのか……? 今の俺に……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「出来んだろうな。少なくとも、今のお前なら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不意に背後から聞こえた声に、はじかれたように振り向く。

そこにいたのは、士官学校時代から共に歩んできたもう一人の盟友だった。

 

「令士……、いつの間に……」

 

「2分ほど前だな。いつものお前なら、足音で気づいていたはずだぞ?」

 

そう言って手元に握られた焼酎の瓶を床に置くと、その場に胡坐をかく。

何の目的できたのか、聞くだけ野暮というものだろう。

 

「あの開会式の事件から、随分と精彩を欠いちまった盟友に、荒療治ってな」

 

言いつつ差し出されたグラス一杯の焼酎。

強めの香りからして芋か。

こんなもの薄めもせずに飲んだら……

 

「……ありがとう」

 

いつもなら冗談交じりに出てくる注意を飲み込んで、神山は一気に流し込む。

今だけは、この胸中の不安もすべて飲み込んでしまいたかった。

今だけは、楽になりたかった。

 

「……何があった?」

 

それまでのふざけた態度を改め、司馬が真剣な眼差しで問いただした。

今の神山にとって、その言葉は頼もしく、ありがたかった。

普段とは違い要領を得ない自身の言葉にも、司馬は一切の疑いなく耳を傾けてくれた。

それだけでも、心の重荷が軽くなった気がした。

 

「……なるほど。銀河殿曰く、近いうちに降魔との戦いでさくらちゃんに危険が及ぶと……」

 

「……正直、自信を失いかけているんだ。この間も、俺は隊長としてさくらをなだめられなかったし、戦闘では夜叉に手も足も出なかった」

 

「だから今の自分に、さくらちゃんを守り切れる自信がない、って所か」

 

情けないが、言葉にするとその通りだ。

まるで今までがうぬぼれだったのではないかと邪推してしまうほどに、神山は自身のアイデンティティさえも失いつつあった。

日常でも戦闘でも、隊員たちを率いて最前線に立つはずの自分が、何の役にも立っていない。

そんな組織の行く末を、これまでいくつも目の当たりにしてきた。

だからこそ、自信を持てない自分がいた。

鉄幹の言葉に、決意の言葉を返せない自分がいた。

向こうは、間違いなく自分を信じてくれたはずなのに。

あまりに不甲斐なく、女々しく、情けなかった。

 

「……神山。いつかお前が俺にかけてくれた言葉を覚えてるか?」

 

「え……?」

 

「例え霊力がなくても、志があれば帝都の力になれる。その言葉に、俺は確かに救われた。それは、ゆるぎない事実だ」

 

覚えている。

それはかつて共に霊的組織の一員を目指していた、士官学生時代。

組織の一員として不可欠な霊力測定試験に合格した神山に対し、司馬は及ばず不合格となった。

事実上、霊的組織への道が断たれた司馬は、一時目標を見失い苦悩する日々を送っていた。

そんな彼に、盟友は一本の焼酎を片手に歩み寄ったのだ。

今、こうして自分が振舞われているように。

 

「あの時の俺は生きる意味さえ見えなかった。だがそんな気持ちを、お前と二人で笑いながら飲み込んで、前を向けたんだ。それは、間違いなくお前の力だ。誰にも文句は言わせない」

 

「令士……」

 

「もちろんお前に今更別の道を探せなんて言わないさ。だから……アドバイスをしてやる」

 

言いつつ自身も並々注がれた芋焼酎を流し込む。

浮かべたのは、満面の笑みだった。

 

「戦いたくても戦えない。見守ることしかできない。中々辛いもんなんだこれが」

 

「……」

 

「確かに銀河殿の言う運命とやらからさくらちゃんを守り抜くというのは、並大抵の事じゃない。……さくらちゃんはそれを望んでないからだ」

 

「え……?」

 

「お前が隊長としてあの娘を守ると決めたように、さくらちゃんもまた一隊員として帝都のために戦うと決めた。そうだろう?」

 

瞬間、神山はハッと顔を上げた。

何かつきものが取れたような感覚だった。

軍人が護衛対象を命と引き換えにしてでも守り抜くように。

いつの間にか、自分はさくらを守る対象として見ていた。

だが、違う。

さくらは、ただ守られるだけでいることを望んでいるのではない。

帝都を守る一員として、自分とともに戦うことを目指していた。

何故なら彼女は、誰かの枷になることを、そのために命が失われることを決して是としなかったから。

自分はまた、過ちを犯すところだったのだ。

 

「……道は、見えたみたいだな」

 

「ああ。ありがとう令士」

 

「礼には及ばん。何でも一人でできる人間なんていないんだ。俺が霊子戦闘機の整備をして、お前がその戦闘機で平和を守る。それをさくらちゃんが一緒に戦ってサポートする。それが、俺たちの目指す帝国華撃団の在り方ってもんじゃないか?」

 

「そうだな。……その通りだ」

 

影を飲み込んだ心に刺したのは、光明という名の光だった。

最初から自分だけが気張る必要などなかった。

少しだけ、力を貸してもらえばよかったのだ。

今までのように。

 

「さくらちゃんは強い。時に危うさを感じることもあるが、そこを俺たちがサポートするんだ」

 

「そうだな。運命から守り抜くんじゃない。さくらが乗り越えられるよう、支えるんだ」

 

行き場を失った右手が、力強く握られる。

そうだ。

鉄幹の話した銀河の未来から、いくつもの悲劇が覆されてきた。

瓦解していたはずの帝国華撃団は、世界に引けを取らない結束を以って強固な組織になった。

ならば、きっとできる。

自分一人の力だけでなく、みんなで力を合わせれば、来る降魔皇の復活を阻止できるはず。

今までのように。

 

「神山。明日の世界華撃団大戦……、間違いなく裏がある。相手は身内だが、油断するな」

 

「そうだな。司令もプレジデントが上海に何らかの圧力をかけていると見ているらしい。こちらも動く必要がある」

 

「よし、だったら今夜は、徹夜で作戦会議といくか」

 

「呑みながらか?」

 

「酒に負けるようじゃ花組隊長は務まらんぞ、ってな」

 

どちらからともなく、腹から笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、多くの人々が待ち望んでいた瞬間のはずであった。

世界中の華撃団を束ねるWLOFが威信を賭けて開催した『世界華撃団大戦』。

いつしか平和の祭典は開催国である大日本帝国の霊的組織へその是非を問う場と代わり、その目的はやがて来る降魔の軍勢を迎撃する囮と代わった。

その長の才に長けた話術に、世界各国の融資家は言いくるめられるままに傀儡同然に多額の資金を湯水の如く出資した果てが、人っ子一人いない閑散とした大戦会場だった。

 

『世界各国の皆様! ご覧頂いておりますでしょうか!? たった今この瞬間、新生帝国華撃団の存亡を賭けた試練の時が訪れようとしております!!』

 

主催者が発表したルールは至極単純。

今日、その存在意義を問われることとなった帝国華撃団と、WLOFの名の下に呼び寄せられた三カ国の華撃団との総当たり戦である。

最初に指名された相手は、これまで帝都防衛を長年兼任してくれた恩師にして盟友『上海華撃団』。

互いに望まぬ戦いとなった事への当惑と悔恨を、かつて戦友同志であった二人の総司令は隠し切ることが出来ずにいた。

 

「……掴めました?」

 

背後に戻る『月』に、厳かに問う。

知る者でなければ到底理解できる言葉。

だが、それ以上のことを口にすれば、気取られてしまう。

 

「確証は未だ……。ですが向こうの陣営には、一人……」

 

「……泰然さんね」

 

相対する対戦国には、ただ一人、重要な関係者の姿が忽然と消えていた。

敏泰然。

一代にして上海はおろか世界有数の航空会社である上海空路総公司を築き上げた若き経営者にして、上海華撃団創立に多大な貢献を果たした後見人である。

盟友を上海の母とするならば、さしずめ上海の父という言葉を与えても良いほどに五神龍を愛し、育ててきた人物が、忽然と姿を消していた。

まるで、神隠しにでもあったかのように。

 

「こちらは可能な限り続けるわ。頼むわよ」

 

「はっ!」

 

僅かな風を残し消えうせる月。

その姿を一瞥することも無かったすみれであったが、他の面々は呆気に取られて目を丸くした。

 

「司令、我々も……」

 

「なりませんわ」

 

我に返った隊長の口から、その先を阻止する。

言いたいことはわかっている。

月組が調査に動いている今、花組からも人員を割くべきというのだろう。

だがWLOFの監視の目が四方八方に動いている今、堂々と動くのはあまりにも危険だ。

あくまで相手の狙いに気づいていないかのように平静を装い、この無意味な親善試合を消化すること。

それが今の自分たちにできる精一杯である。

だが不安はない。

なぜなら今この瞬間、華を支える志を共にした気高き意志たちが、この帝都に集いつつあるからである。

 

「(既に帝都内に帰参しているはず……。頼みますわよ、みなさん……!!)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帝都の大通りを僅かに逸れた下町近くに、その建物はある。

かつては20人弱の若き音色で包まれていたその場所を知るものは、あまりにも少ない。

 

「……あら、久しぶりね」

 

辛うじて「かなで」と読むことのできるその正門を箒で掃く和装の女性が、何かに気づきつぶやく。

それは、顔なじみを見た時のようにわずかな安堵と小さな驚きを含んだ、そんな音色だった。

 

「少し見ないうちに、やせたんじゃないの?」

 

「……ありがたいことだわ。最近太り気味で……」

 

「嘘おっしゃい」

 

誤魔化すような乾いた笑いは、ピシャリと訪問者に一蹴された。

やはり顔なじみにはお見通しか。

 

「懐かしいわね。あれからもう10年だもの」

 

「そうかしら? 私にはあっという間だったわ。こうして懐かしむ余裕さえ、なくなるくらいに……」

 

「軍務は?正式に復帰してたんでしょ?」

 

ふと思い出し尋ねる。

訪問者は軍部、帝国陸軍ではそれなりに名の知れた人物だった。

数々の武勲を立てながら、その特異な人柄で名を馳せた人物でもある。

例えるなら、その美貌の中にとげを隠し持った「薔薇」のように。

 

「気が付いたら何も言われなくなったわ。冗談じゃない、何で彼の愛したこの街を見捨てて訳の分かんない軍備に従事しなきゃなんないのよ」

 

奇しくも人間という生き物は、様々な困難に直面した時にその常識や良心といった仮面が剥がれた本性があらわになる。

恥ずかしいことだが、この国の少なからぬ軍部の人間も、同類であった。

10年前の大災害において英雄のごとく戦い抜いた彼らと対照的なまでに、本来国土と国民を守るべきはずの防衛機関はこけおどしの役にすら立たなかった。

無理もない話だ。何せ降魔には通常兵器の一切が通用しないのである。

最新技術を駆使した大砲や戦車も、ただ固いだけの張りぼてに過ぎなかったのだ。

しかしそれを彼らは、国の恥として頑なに受け入れようとしなかった。

そうして10年に渡り英雄であるはずの霊的組織に冷遇を貫き、こうして蘇った若葉たちに手のひらを返したように恩を売ろうとすり寄ってくる。

だからこそ『彼』は、地位よりも義を貫いた。

僅かな間でも自分を受け入れ、仲間でいてくれた大恩ある彼に、少しでも報いるために。

 

「宍戸さんにも聞いてるわ。月組の支援で、動いているそうね」

 

「まぁね。って、アンタこそ人の心配してる場合? 雛がみんな巣立っちゃった鳥かごみたいになってるじゃないの」

 

核心を突かれ、乾いた笑みの代わりに肩をすくめる。

10年前、この場所は人々に安らぎを届ける音色たちであふれていた。

だが今、その痕跡すらここには残っていない。

華撃団という存在が機能不全に陥った空白の10年間の間、音色たちは世界中に散って数え切れぬ魔音と戦い続けているからだ。

今は自身の動かす箒の音だけが、かつての残照を残すばかりである。

 

「……今更だけど、あの子の気持ちがわかった気がするわ」

 

脳裏に浮かぶのは、10年前にこの寮の門を叩いた若きマエストロ。

音を視認できる素質と、純粋なまでに仲間を思う温もりで、瞬く間にこの寮の音色たちをまとめ上げた稀代の少女。

だが、今は……

 

「な~に言ってんの。アンタもしっかり戦ってんじゃない」

 

「え?」

 

思いがけない返事に、思わず聞き返す。

見えた先の表情は、優しく微笑んでいた。

 

「母の役目は、帰りを信じて家を守ることでしょ? しっかり守り続けてるじゃない。胸を張りなさい!」

 

そう言って訪問者は頭上に掲げた両手を叩いて合図を出す。

すると真後ろから割烹着に身を包んだ屈強な男性と小柄な青年が並び立った。

同時に彼もまた軍服を脱ぎ捨て、中に着込んでいたと思われる割烹着姿に早変わりする。

 

「来るべき時に向けて、華麗に、美しく、蘇らせてあげるわ!!」

 

「……琴音」

 

今に至り、理解する。

彼が何故、ここを訪ねてきたのか。

 

「塵に埃共覚悟なさい!! 帝国華撃団・薔薇組、出撃よ!!」

 

「「了解!!」」

 

武器の代わりに掃除道具を手に、我先にと寮内へ突進していく3つの背中に、気づけば自分も笑みを浮かべていた。

何年ぶりだろう。

こうして誰かに笑顔をもらったのは。

 

「そうね。私には、私の戦場がある。だから……」

 

ふと、祈るように空を見上げた。

まぶしい日差しが輝く澄み切った青空。

まるであの子の笑顔のように。

 

「帰ってくるのよ。音子ちゃん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その病院では、奇妙な噂が流れ始めていた。

 

『神隠し』

 

とある新聞記者は、噂の意味をそう表現した。

曰く、回復傾向にあった入院患者が、突如姿を消した。

曰く、見舞いに訪れた家族が忽然と病院内で姿を消した。

まるで、神隠しにでもあったかのように。

 

「……あの事件と同じか」

 

晴れ渡る帝都の青空をカーテンで隠すように闇に包み、デスクランプのみの限られた光の中で、西城いつきは厳しい表情のまま握り拳に力を籠める。

以前もよく似た手口の誘拐事件を、自分たちはよく知っている。

当時でさえ号外が作られるほどに帝都を賑わせた怪奇事件の真相を知るものは極めて少ないが、今回の件に至っては当該の事件に比較して被害者数も発生期間も上回っているというのに、全くもって話題に上がらない。

何かの圧力がかけられていると考えるのが自然だ。

そして、国単位でそれほどの権力を行使できる存在といえば……、

 

「やはり、大帝国病院が……」

 

「間違いないわ。私たちがどんなに訴えても、上はこれを公にしたがらない。何人か潜入取材を試みたみたいだけど、誰も帰ってこなかったわ」

 

「……では、『彼』も……」

 

核心を突く問いに、わずかな沈黙。

それこそが、いつきがここに訪れた真の理由だった。

 

「……ここに来たのは昨日のことよ。まだ、可能性は残されているわ」

 

躊躇いがちに、それでも示された生存の可能性に、いつきは改めて『彼』が見たという数少ない資料に視線を落とす。

ところどころ誤字も目立つ、劣悪な環境で書き溜めたであろう乱雑な文字の中に、いつきは一つの名前を見た。

 

「『敏依然』……」

 

2年前、帝都に出産のため来日した女性の名前だった。

既に戸籍上は死亡扱いとなっているその女性と『彼』との関連性は、疑う余地などない。

 

「いつきちゃん」

 

ふと、飛び出そうとする背中を呼び止められた。

振り返った先には、暗がりに似合わない笑顔が見えた。

 

「薔薇と音色も動き出しているわ。何かあれば頼りなさい」

 

「……、ありがとうございます、由里さん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『世界の皆様、ご覧頂いておりますでしょうか!? 降魔たちによる襲撃という恐るべきハプニングに見舞われた開会式を乗り越え、今正に帝国華撃団の洗礼の試練・・・・・・もとい、WLOF華撃団配属を賭けた戦いが始まろうとしております!!』

 

観客を失い無人となった華撃団大戦会場に、僅かに緊張気味の実況者の声が響き渡る。

蒸気遠隔配信で帝都各所から中継されているとはいえ、閑散とした空間を見ていると今回の催しがいかに空虚なものであるかと、その存在意義に疑問を禁じえない。

 

『国家基準の垣根を越え、世界基準という新たな華撃団構想。用意された9つの椅子に、果たして帝国華撃団は名を連ねることが出来るのか!? 迎え撃つのはかつては帝都防衛を兼任したこともある亜細亜の龍、上海華撃団です!!』

 

勝負は各々隊員を1名選抜しての勝ち抜き戦。

上海華撃団は3名構成であるため、こちらもそれに合わせて1名ずつ選抜することになる。

そして敗北した隊員はその時点でWLOF華撃団所属権を剥奪される。

降魔に対抗しうる貴重な戦力を潰しあいに使っていることにこの上ない違和感を感じながらも、帝国華撃団は懐疑心を押し殺しつつかつての恩人であり盟友と対峙していた。

神山が初手に選抜したのはさくら。彼女だけが操ることの出来る試製桜武のスペックを加味して、確実性を求めて選ばれた。

勝ち抜き戦ならば最初から出し惜しむ必要はない。

ここで勝利しても先の対戦が増えるに過ぎないが、まだ実戦経験の少ない桜武の訓練と考えれば、この上ない環境である。

不本意極まりないが、どうせ逃れられないなら最大限利用させてもらう。

それが今の帝国華撃団のスタンスだった。

 

「久しぶり。・・・・・・さくら、緊張してる?」

 

一方の上海華撃団は、やはり副将に位置するユイが選ばれた。

最前線を切ってくるであろうシャオロンが先鋒でなかった事は意外だが、何か理由でもあったのだろうか。

 

「ユイさん・・・・・・、この間はありがとうございました」

 

「こうして戦場に立てたことが何よりのお返しよ。・・・・・・ゴメンね、巻き込んじゃって」

 

「理由があることは分かってます。今は・・・・・・お互いに全力を出し切りましょう」

 

まだ開かぬ蕾だった頃から、自分達を守り、育ててくれた存在。

そんなユイと同じ土俵に立てたことに素直に喜ぶさくらに、ユイもまた迷いを振り切った様子で笑った。

 

「ありがとう、さくら。今の貴女がどこまで私に通じるか、試してあげる!!」

 

「ユイさんこそ、今までの私と思ってたら大間違いですよ!?」

 

『帝国華撃団1番手、天宮さくら隊員と、上海華撃団1番手、ホワン=ユイ隊員! WLOF華撃団1番乗りを果たすのはどちらか注目の一戦です!!』

 

瞬間、二体の霊子戦闘機が同時に地を蹴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大帝国病院2階の食堂は患者用のスペースでありながら、見舞い客にも有料でメニューを提供するランチスポットとなっている。

病院内ということもあり、外の喧騒とは対照的に物静かな雰囲気が来るものの心を和らげる。

が、今日はいつもと違うオーラを放つ人物がいた。

 

「ガツガツガツガツガツガツガツガツ……!!」

 

何処から持ってきたのか想像もつかない巨大などんぶりに富士山を思わせる山盛りの白飯を豪快にかき込み、空っぽになるや向かいの机に放り出す。

そんな事を何十回と繰り返すうちに、向かいの机は空っぽになったどんぶりのタワーが出来上がっていた。

見てるこちらが胃もたれを起こしそうな勢いだ。

 

「おばちゃーん! めしお代わりー!!」

 

そんな周囲の奇異の視線を気にすることも無く、件の青年が子供のようにキラキラ輝いた瞳で追加をねだる。

厨房の初老の女性は、ため息と共に空になった釜を見せた。

 

「なーんだ、売り切れか。ま、腹八分目って言うしな!」

 

傍から見れば明らかに人間の異の許容量を裕に超えているはずの量を腹八分目で片付ける青年。

すると、向かいの机に積まれたどんぶりが、正確にはその奥に座る青年が呆れ顔で呟いた。

 

「満腹中枢イカレてるんじゃないの? あ、頭がそもそもパーなんだっけ」

 

「コラ源三郎。人前で頬杖突くな、みっともない」

 

どんぶりで視界に入っていないはずなのに見透かしたように、源三郎と呼ばれた呆れ顔の青年を咎める大喰らいの青年。

まるで母親のような物言いに源三郎は白け顔で嘆息した。

 

「人前で豪快にご飯かき込んでる方がよっぽどみっともないと思うけど? 恥ずかしいったらありゃしない……」

 

「腹が減っては戦は出来ん!お前こそ遠慮しないでお代わりしていいんだぞ?」

 

「兄さんの場合食い気が全てって感じだけどね」

 

源三郎の口にした「兄さん」という単語に、素性を知らない人間は驚いたことだろう。

それもそのはず。

大喰らいの青年は源三郎より明らかに頭一つ小さいからだ。

加えて子供のような無邪気な素振りで下手をすれば親子に間違われるかもしれない。

だがこの大喰らいの青年『桐朋源二』は、向かいに座る『桐朋源三郎』の正真正銘の兄である。

そして彼らは、帝都の中でもごく一部しか知りえない、ある約束のためにはるばる東は青ヶ島から戻ってきたのである。

 

「お久しぶりですね、源二さん。源三郎さんも」

 

そんな二人に、一人の看護婦の女性が声をかけた。

振り返った源二は一瞬目をぱちくりさせるも、すぐに満面の笑顔で立ち上がった。

 

「おー! かすみじゃねぇか! 久しぶりだなぁ! 元気してたか、おい!?」

 

「兄さん、病院で騒ぎすぎ。……でも、元気そうで安心したよ、かすみさん」

 

憎まれ口を挟みながらも穏やかに再会を喜ぶ二人に、かすみとよばれた看護婦の女性もまた、柔らかい笑顔で応える。

彼女、『藤井かすみ』は元々看護職に就いていた訳ではない。

彼ら桐朋兄弟と共に、この町の平和を守る風として戦っていた、彼女もまた『華』の一人であった。

今や、それを知る者はあまりにも少ない。

 

「どうです? 2年ぶりに帰って来た帝都は?」

 

「ああ……、すっかり様変わりした感じだね。でも、変わらない物もあって安心したかな」

 

「おう! 飯は相変わらず美味いぞ!」

 

「由里さんや椿さんは? 元気にしてる?」

 

やや質問の意図を聞き違えた様子の兄の言葉尻を食って、源三郎が問い返す。

『榊原由里』と『高村椿』。

彼女達もまた、かすみと共に10年前までこの町の平和のために戦った『華』であった。

かすみは懐かしむように、それでいて何処か寂しさを漂わせるように視線を窓の外に見える帝都の景色に移した。

 

「椿は実家の煎餅屋を継いで、下町を盛り上げているわ。由里は、帝都新聞社で働いているそうよ」

 

「何というか、らしいね……」

 

ちゃきちゃきの江戸っ子気質で向日葵のような笑顔が絶えなかった椿。

情報通で時に月組も彼女の情報を頼りにしたとされる程に世情に鋭かった由里。

あれから各々道は別れてしまったが、今もこの町で強く生きて欲しいと願って止まない。

 

「……お二人も、『彼女』に会いに……?」

 

ふと、微笑を消した真剣な眼差しが二人を射抜く。

彼らもまた、それに応えるように頷いた。

 

「ああ……、約束だからな」

 

「間もなく運命の日……、だからね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、一言で言うなれば彼女にとっての憧憬であった。

まだ舞台に立つこともなければ戦場に立つこともなかった頃。

同い年でありながら亜細亜諸国を又に駆ける彼女の勇姿はどこまでも勇壮であり、美麗であった。

その姿は、自身が理想として心に描いた女性と重なってさえ見えた。

だからこそ、今こうして好敵手として相対できるこの瞬間が、嬉しくて堪らなかった。

 

「はああああっ!!」

 

「やああああっ!!」

 

桜色の剣が風を切るたびに相手はそれを華麗にかわし、反撃とばかりに放たれた蹴撃を相手は剣で弾いて返す。

傍から見れば舞い踊る演武のような戦いぶりは、華撃団大戦の前哨戦としてこれほど相応しいものはないであろう。

 

『我流と思しきさくら隊員の剣捌きに対し、ユイ隊員は持ち前の身のこなしを活かして俊敏に攻める! 双方の長所を最大限に発揮した先の読めない激戦が繰り広げられております!!』

 

一進一退、双方共に有効打を一撃も加えられていない互角の状況。

だが実際は、徐々にだが確実に、さくらの方が追い詰められつつあった。

何故ならば攻撃のすべてを回避できる相手に対し、こちらは防御を強いられているためだ。

機動力に優れた王龍はその代償として純粋な馬力や耐久性が無限を下回る。

よって世界最強の打撃力を誇る桜武の攻撃を一度でも受ければ、致命傷は免れない。

だがその一方で、世界最強の霊子戦闘機にも、重大な弱点が存在していた。

起動時に莫大な霊力を要求し、尚且つその状態を維持しなければならない都合上、長期戦や持久戦ではスタミナが持たず、限りなく不利になってしまうのである。

加えて桜武は王龍と違い、重量級であるが故に防御を行う必要がある点も、弱点に拍車をかけていた。

霊力を纏った強靭な一撃を防ぐには、相応の霊力を込めた太刀を盾として使う必要がある。

回避より確実に霊力を消耗する都合、理論上一撃で沈められるはずの王龍は搭乗者の力によって最大級の天敵へと昇華させられていた。

霊力が枯渇する前に一撃を加えて相手を沈黙させる。

それが天宮さくらに与えられた、唯一無二の勝機である。

 

「すごいよさくら。この短期間でそこまで桜武を使いこなせるなんて」

 

相対するユイも素直に賞賛を送る。

嬉しい言葉だが、ここで終わりたくは無い。

曲がりなりにも華撃団の一人として、共に死線を潜り抜けた戦友として、最後まで足掻きたい。

 

「はぁ……はぁ……」

 

試合開始から10分弱。

この時点で前回の東雲神社での戦闘時間を超過している。

全身からは汗が噴出し、肩を上下させなければ呼吸が間に合わない。

鍛錬はよりいっそう厳しくしてきたが、やはり霊力の枯渇はすぐには克服できるものではなかったようだ。

 

「でもそろそろスタミナもきつくなってきたんじゃない? 動きが少し鈍くなってきたよ」

 

「はぁ…・・・はぁ……、やっぱり、気づきました……?」

 

「桜武のスペックは司令からも聞いてたからね。寧ろこんなに長時間維持するのは、私でも出来ないと思うよ」

 

やはり最初からこちらのスタミナ切れを狙っていたようだ。

出来る限り平静を装っていたが、流石に歴戦の龍の目は誤魔化せなかったか。

 

「それじゃあここからは、私の番!!」

 

言うやそれまで回避に専念していた王龍が、豹変したかのように桜武に襲い掛かった。

流れるような美麗な動きはそのままに、苛烈な猛攻が絶え間なく突き刺さり傷を与えていく。

 

「くっ、ううっ……!!」

 

「そこっ!!」

 

懸命に太刀を構えて防ごうとするさくら。

しかしユイはその僅かな隙を逃さず打ち込み、確実にダメージを蓄積していく。

こうなれば最早世界最強の鎧といえど硬いだけの獲物に他ならない。

 

「ああっ!!」

 

何十発目かも分からないあびせ蹴りの衝撃に、桜武の巨体が大きく後ずさる。

その先は、大戦会場のフィールド端の角だった。

もう後が無い。

恐らく次の一撃を受ければ、桜武といえども耐えられないだろう。

 

「尊重强者……、王龍の奥義で終わらせてあげる!!」

 

「だったら私も、天剣の奥義で応えます!!」

 

中国拳法独特の構えと共に、その武脚に渾身の霊力を集中するユイ。

確かにこれ以上の霊力維持は不可能。

ならば、こちらも最強の一撃を持って応えよう。

比類なき好敵手に、最大限の礼を以って。

 

「蒼き空を駆ける、千の衝撃!!」

 

「把它拿给自己,撼动大地的龙腿!!(その身に受けよ、大地を震わす龍の脚!!)」

 

天高く掲げられた武脚を見据え、さくらもまた太刀を青眼に構える。

残されたすべての霊力が刀身を包み、鮮やかな空色のオーラとなって顕現した。

 

「天剣・千本桜ーーーっ!!」

 

「龍脚砕撃ーーーっ!!」

 

黄金色に包まれた武脚が大地を砕いたその衝撃に、突き一閃の斬撃が真正面からぶつかり合うこと数秒。

互いに渾身の霊力を練りこんで放った最大級の一撃は、相殺しあって霧散する結果となった。

そして・・・・・・

 

『……こ、ここでさくら隊員の霊子戦闘機が制御臨界点を下回りました。この時点で戦闘続行不能とみなし、ユイ隊員の勝利となります!!』

 

辛うじて聞こえた実況の声に、大きく息を吐きシナプスの接続を解除する。

蒸気を噴出しながら開かれたコックピットから吹き込む風が、汗と熱気に火照った体を吹き抜けた。

 

「さくら、大丈夫?」

 

こちらを気遣ってくれたのか、目の前には王龍から降りたユイが不安げにこちらの顔を覗き込んでいた。

結局最後まで一撃を加えることは出来なかった。

見事なまでの完敗である。

だが不思議と、さくらの心に悔しさは沸いて来なかった。

寧ろ戦友である上海華撃団を相手に本気の勝負が出来たのだ。

同じ霊的組織の一員として、これほど光栄なことは無い。

 

「……参りました。桜武に競り勝っちゃうなんて、さすがユイさんです」

 

「さくらこそ、こんなに強くなってたなんてビックリよ。……谢谢」

 

「こちらこそ……ありがとうございました……!」

 

差し出された手を掴み、そのまま身を起こす。

戦いが終われば、目の前にいるのは好敵手ではない。

共に舞台で笑いあう、花同士である。

 

『両者が互いに健闘を讃えあう、爽やかな幕切れとなりました1回戦! 勝者は上海華撃団・五神龍 ホワン=ユイ隊員となりました。次の2回戦は、30分後に開始いたします!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その部屋は、主に重傷者を収容する中層階に位置していた。

ベッドの片割れに置かれた白いハットとウクレレと呼ばれる弦楽器。

一瞬何者か第一印象では計りかねる男の病室は、決まって昼過ぎに訪問者に開かれる。

 

「調子はどう?」

 

それは、楓色のジャケットを羽織った妙齢の女性だった。

彼女の姿を認めるや、彼もまた穏やかに微笑む。

 

「今、かなり良くなりましたよ」

 

「フフ、相変わらずのようね。何だか安心したわ」

 

冗談を交えながら笑いあう二人は、かつて共に平和のために幾度もの死線を潜り抜けた戦友であった。

片や生身で敵陣を調査する隠密行動部隊隊長として。

片や部下の無事をひたすらに祈り指示命令を発する副指令として。

そんな今の二人がどんな関係にあるのか。

それは、互いの薬指に輝く銀の指輪が物語っていた。

 

「新しい月は、懸命に照らそうとしているわね。この町を」

 

「ええ。あの若さで、良くやってくれているものです」

 

そう呟き、かつて帝都を照らす月であった男『加山雄一』は、陰りを帯びた笑みのまま、ベッドに投げ出された己の足の残骸を見る。

かつては帝都のため、盟友のため海を越え山を越え、時に卑劣な敵の罠を掻い潜り、隠密部隊最大の武器である情報を奪取してきた己が半身。

それが失われてから、実に10年という月日が流れていた。

 

「故人曰く、『人事を尽くして天命を待つ』……俺はまだまだ未熟なようで……」

 

それは、加山雄一という男が唯一目の前の女性に見せられる自身の弱さでもあった。

本当ならば誰よりも彼らを、心を分かつ親友を助け出さんと駆け出したかった。

だがそれは、最早叶わぬ願いであることを、先代月組隊長は知りすぎるほどに知っていた。

 

「でも……だからこそ繋がった命があるわ。貴方がその身を投げ出してまで、守り抜いた命が……」

 

「ええ……俺の、宝物ですよ……」

 

あの降魔大戦の中、月組は生存者救助のため帝都中を奔走していた。

その果てに加山は、瓦礫の雨に埋もれかけた二つの命を、身を挺して救い出した。

己のその体を盾にして。

 

「……あら」

 

その時、換気のために開かれた窓から、そよ風と共に管楽器の重低音が響き始めた。

ジャズバーなどで好まれるアルトサックス。

恐らく一人のようだ。

 

「……そういえば、間もなくでしたね」

 

ふと、柔らかな笑みが消え、抜き放たれた刃の如き眼光が窓の先の虚空を睨む。

今も忘れぬ忌まわしき戦いの場所。

その時、共にあったこの音色を、彼らは覚えていた。

自分たちが帝都の夜を照らす月であるように。

この帝都を10年に渡り包み守り続けてきた『音色』たちがあることを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

物心ついた頃から、ガラクタに触れることが当たり前になっていた。

育児の傍らで常に何かしらの整備に追われる母の姿を見続けていたからかもしれない。

見よう見まねでガラクタから何かを作り出しては、壊れて、また作り直しての繰り返し。

その結果が、今日の五神龍の片割れになるまでの自身を築き上げたきっかけであることは、疑いようの無い事実である。

 

「仔空……」

 

準備を進める背中に、母の声が聞こえた。

見らずともその声色だけで、困惑に躊躇しているであろう事は窺い知れた。

 

「请不要道歉……(謝らないで下さい)」

 

だから、先に伝えておいた。

知っている。

母は何の理由も無しにこんな馬鹿げた催しに加担する人間ではないと。

そしてこの場にいるはずの人間が一人姿を消しているという事実だけで、おおよその状況は読めていた。

 

「假装被骗(騙されたふりをすること)が、僕の角色(役割)、です」

 

聡い帝国華撃団ならば、既に動き出しているはず。

だからこそこうして表向きは花組全員をこの会場に集め、筋書き通りに事を進めているように見せかけているのだ。

ならば、自分が成すべきことは不用意に事を荒立てることではない。

筋書き通りに事を運ぶ駒の役目を果たすことである。

そして……、

 

「我会回来的(行って来ます)、母さん」

 

「うん、気ぃつけてや……」

 

まるで登校前の学童のように、にこやかに交わす挨拶。

だが少年にとって、それは何よりのお守りなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1回戦終了後に令士たち整備班の下へ移送された桜武の状態を確認してすぐ、あざみは自ら2回戦に立候補した。

次に今回の華撃団大戦では双方の隊長はいずれも最後に登場することが定められている。

そうなれば必然的に次に登場するのはあの総司令の息子である少年『李仔空』と見て間違いない。

母譲りの工学知識は天性の才を持つであろうあの少年に対抗するには、忍術の粋を以って相対するほか無い。

接近戦主体の初穂やミライは言わずもがな、遠距離タイプのクラリスやアナスタシアであっても、一度攻略パターンを構築されればなす術が無い。

無論自身の戦闘スタイルも看破されてしまえば同じことだが、少なくとも奇襲を得意とする自身の戦い方ならば、その前にケリをつけられる可能性はある。

そして何より、曲がりなりにも自分達の存在意義をかけた戦いと銘打たれている以上、それなりに勝ちに拘っている姿勢を見せなければ自分達のパフォーマンスを見抜かれる恐れがある。

だとすれば、適任は自分であろうと、花組最年少のくノ一は結論付けた。

 

『さあまずは上海華撃団の勝利に終わりました1回戦。続いては帝国華撃団 望月あざみ隊員と、上海華撃団 李仔空隊員の対戦です! 互いに最年少、特に仔空隊員は李紅蘭司令の実子に当たります!』

 

「久しぶりです、あざみさん。いい勝負、するです」

 

「里の掟45条。如何なるときも手を抜くべからず。……のぞむところ」

 

現役時代から様々な発明で公私に渡り帝都をにぎわせたという発明女王、李紅蘭。

そのDNAが継承されていることは、過去に自身を見つけ出したあの発明から明らかだ。

面白い。

ならばこの戦いでその先の境地へたどり着いて見せようではないか。

 

『代々受け継がれし伝統の忍びの業が、果たして最先端蒸気工学に何処まで通用するか、注目の一戦です!! それでは参りましょう! 華撃団大戦2回戦、開始!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その音色は、大帝国病院では風物詩の一つとしていつの間にか親しまれていた。

何の前触れも無く、時を選ばず、何処からともなく鳴り響く管楽器の重低音。

誰の音色か、何の曲か、誰も知らない。

だがその優しく包み込むような音が、聞く者全ての心を癒していく。

日も時間も場所も問わず、それでも病院に鳴り響く誰かのソロコンサート。

もしも聞くことが出来れば幸運と呼ばれるようになった題名すらない誰かの音楽会は、いつしか大帝国病院の風物詩として親しまれるようになっていた。

 

「……」

 

ふと、真後ろから聞こえてきた小さな拍手に振り返る。

見知った顔が、穏やかな笑みとともにこちらを見ていた。

 

「中々に美しい霊音だった。時が移ろうとも、君の心は未だ変わらぬということか」

 

「戻っていたのか」

 

「今回の催しに乗じてな。諸国の懸念に反して、ここ数ヶ月の降魔出現の報はこの帝都に集中している」

 

「……そうか」

 

僅かな間を置き、かつて告げられた『予言』を思い出す。

曰く、程なく世界の霊的組織は一人の男によって掌握され、再編されると。

そして長い時を経て降魔と華撃団が帝都に集結した時、運命の日を迎えると。

 

「……ジオ」

 

ふと、傍らに立つ青年に尋ねた。

 

「だとしたら……、これは運命だったのだろうか」

 

「そうだ、と応えたら……?」

 

まるで試すような返答に、フッと笑みをこぼす。

そういえば彼はそういう甘えを許さない人物だった。

 

「……いや、聞いてみただけだ」

 

そうだ。

例え運命であろうと無かろうと、答えに変わりはない。

あるとすれば自身の背負う十字架の重みが変わるだけの話だ。

ヒューゴ=ジュリアードという名の男が背負う、三つめの十字架の。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全世界が注目する世界華撃団大戦。

その2回戦は、初戦と打って変わって多種多様な攻撃が飛び交う戦場と化した。

黄色の忍が懐から手裏剣を放てば、青の龍は即座に展開した砲塔で打ち落とす。

続けてお返しとばかりに弾丸を放てば、忍はまるで幻のようにその姿を掻き消した。

直後に背後に現れて鉤爪で切りかかる寸前、背後の鎧からガーターが展開して弾き返す。

互いに裏を読みあい、陽動と本命を使い分け、奇襲をかける頭脳戦。

もし観客たちがこの場にいれば、会場は興奮の渦に飲まれていたことだろう。

 

「流石は東洋の神秘、忍術……。僕の『さきよみくん』でも、見切れない、です……!!」

 

「忍びとは、元来知られてはならぬ者。演算機一つで望月流を見切ろうなど、甘い!!」

 

言うやあざみが仕掛けた。

手持ちのクナイを放つや、目にも留まらぬ速さで印を結ぶ。

 

「望月流忍法、奥義! 無双手裏剣・影分身!!」

 

一瞬にして一本のクナイが瞬く間にその数を増やし、四方八方から青龍を包囲する。

だが、仔空もまた砲塔を投げ捨てて刀身を出現させ、身構えた。

 

「これしき……、传承的狼虎牙,现在来了(受け継がれし狼虎の牙、今ここに)!」

 

殺到する無数の刃を前に、両手の仕込み刀に溢れんばかりの霊力が宿る。

もし少年の父を知るものがいれば、瞠目したことだろう。

その構えは、かつての英傑と瓜二つであることに。

 

「狼虎滅却……、龍跳虎臥!!」

 

まるで荒れ狂う竜巻の如く自身を回転させ、その二刀で、或いは尾で、全方位から放たれた刃を次々と叩き落す。

やがて周囲には打ち捨てられた無数のクナイが転がり、その中心に無数の傷を負った龍が佇んでいた。

 

「はぁ……はぁ……!!」

 

一つの波が超えたことに安堵し、大きく息を吐く仔空。

元々技術畑の少年にとって、剣術はまだまともに習ったことも無い。

今の大技も、演算機と砲塔による中距離戦を突破された際に相手を迎撃する、いわば最終兵器だ。

一度射出した砲塔を取りに行く暇は無いだろう。

まだ相手の本体を見つけ出して叩かなければならない。

 

「……急いで、見つけないと……」

 

ただでさえ霊力を大きく消費し、手の内はほぼ全て出しつくした状況。

素早く演算機を再起動し、霊力の痕跡を追う。

だが、見つからない。

左右を見渡しても、上空を見ても、黄色い忍の姿は見えない。

それもそのはず。

何故ならこのとき、件のくノ一は、青龍の真下の地中に身を隠していたからだ。

 

「なっ……!?」

 

仔空が気づいたのは、地面から現れた腕が自身の足をつかんだ時だった。

瞬間、舗装された地面を割って、黄色の無限が飛び出した。

 

「隙あり!! 土遁・早葬殺法の術!!」

 

ギラリと眼光が光った一瞬、下段から繰り出された鉤爪の一撃が、青龍の尾を切り落とした。

数秒宙を舞い、地面にたたきつけられる尾。

それにつられるかのように、尾を失った青龍は、うつ伏せに地面に倒れこんだ。

上海華撃団の霊子戦闘機『王龍』は、その前面の武装強化と衝撃緩和のための装甲装備のために、前方に比重がかかる弱点が存在した。

それを解消するために取り入れられたのが、武器としても使用可能な尾のパーツである。

敢えて先端に重量を持たせることで遠心力を加えて武器として使用できることもそうだが、一番の狙いは重心のバランスを安定させることにあった。

その重要不可欠なパーツを失った今、青龍に立ち上がる術はない。

 

『け、決着ーーっ!! 互いに裏をかく奇襲合戦を制したのは、帝国華撃団 望月あざみ隊員!!』

 

所詮は見せかけの、意味を持たない戦い。

だが少なくとも、自分も相手も各々の矜持を持って相対した。

故に今地に伏した自身に誓う。

より知識を得ようと。

より技を磨こうと。

より強くなろうと。

全ては……、

 

「爸爸,我会让你变得更坚强……直到遇见你的那一天……(強くなって見せます、父さん……。あなたに会うその日まで……)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『5月3日 やはり予算が大きすぎるのが原因なのか。この病院でも孫娘を含め4名の原因不明の心疾患を患った人間がいる。感染の疑いが限りなく低いことは幸いだが、それだけでは前進とは言えない。せめて施術の確実性を上げる事ができれば、金に取りつかれた上層部を納得させられるかもしれない』

 

『6月7日 だめだ。どうしても心臓のドナーを確保できない。そもそも脳死判定に至る人間はごくまれであるというのに、心臓移植手術は非現実的すぎる。何か代案を考えなくては……』

 

『6月17日 海外でバチスタという人物が移植を伴わない心臓手術に成功したらしい。なんでも心筋が伸びすぎたことによる心筋症を、一部切除および縫合することで正常な伸縮を取り戻すのだとか。本当にそんなことが可能なのだろうか。いや、迷っている暇はない。やるしかないのだ』

 

『9月12日 22回目の臨床実験で、ようやく海外の「バチスタ」と呼ばれる手術方式の流れが確保できるようになってきた。今は遺族の許可のもと霊安室の遺体をお借りしている状態だが、これが72%をマークできれば、理論値に達する。もうすぐだ』

 

『10月14日 長年の研究と努力が実を結んだ。成功だ。30歳男性の心疾患を、バチスタで回復させることに成功した。協力してくれた医師たちにはこころから感謝したい。そして、かりん。もうすぐお前を助けてやれる』

 

『10月19日 遂に3名の患者のバチスタ手術が成功した。のこるはかりん。私の孫娘だけだ。ずっとつらい思いをさせてすまない。治ったら今までできなかった分、外でいっぱい遊ぼう。色んな所に行こう。そして二人で、母さんの墓参りに行こう。君江、真一君、やっと約束が果たせるよ。やっと……』

 

正常に読める記述は、ここで途切れていた。

限られた環境下での、バチスタ手術の敢行。

それらはすべて、このかりんという孫娘の快復を目指していたものだとわかる。

問題は、この書類が保管されていた場所だった。

 

「予測はしていたが……」

 

大帝国病院理事長『佐津間忠司』の執務室で、いつきは眼前に迫る真実にわずかな戦慄を覚える。

何故ならその日記帳は、この次のページがまとめて破り捨てられていた。

それだけではない。

デスクの奥が二重底になっており、そこにもう一冊、付箋が大量に張られたノートが入っていたのだ。

 

『-月-日 何が悪かったのだ。どこで誤ったというのだ。確かにバチスタは成功した。孫娘の心臓は不規則な痙攣もなく、正常に動作している。なのに、なのに何故かりんの意識は戻らないのだ!』

 

『-月-日 調査の結果、孫娘の手術の際に投与した全身麻酔の濃度が基準値を大幅に超えていたことが発覚した。なんということだ。こんな、こんな初歩的な人的ミスで、かりんは……』

 

『-月-日 あらゆる手を尽くした。かりんを目覚めさせるためにできる限りのことをし尽くした。だが、ダメだ。私は何を間違えたのか。神よ、そこまで私を憎むか!? 娘夫婦のみならず、かりんまでも私から奪おうというのか!?』

 

『-月-日 今まで面会を断ってきた真田教授から、信じられない話を聞いた。かつて帝都を襲った『降魔大戦』。その中で採取された降魔の細胞片に、強い生命反応が残されているというのだ。キツネにつままれたような気持ちだ。だが、賭けてみる価値はある』

 

『-月-日 真田教授に詳細な説明を受けた。細胞片単体では効果はなく、やはり不完全な部分の移植が必要なようだ。細胞片はその生命力で、被験者の生命維持に貢献してくれるらしい。確かに、これなら移植手術の成功率を高められる』

 

『-月-日 「マガ細胞」と名付けられた細胞片を娘の体内に投与して1週間。今のところ生命反応に変化は見られない。問題は心臓のドナーの確保だ。できる限り被験者と同じ年齢、性別のものがよいのだが、7歳の少女の心臓のドナーなどあるのだろうか?』

 

『-月-日 真田教授の伝手から、信じられない情報が入った。かりんの麻酔による脳死事故。あれは事故ではなく故意に引き起こされたものだった。軍部内での極秘情報だったそうだ。自分でも不思議に思う。人間は怒りが頂点に達すると信じられないくらいに冷静になれるのだ。あの麻酔科の医師は確かに出世欲の強い人間だった。私に幾度か突っかかって来たこともある。医療には誠実と思っていたが、私の目が節穴だっただけのようだ。どうしてくれよう。下らん出世欲のために未来を絶たれた孫娘の無念をどうやって晴らしてくれよう』

 

『-月-日 産婦人科に新しく患者が入った。私は今狂喜している。その患者はあの麻酔科医の妻だった。そしてその見舞いに来ていたのは、6~7歳ほどの少女だった。病気にかかったこともない活発な少女だそうだ。素晴らしい……、この上なく素晴らしい……』

 

『-月-日 私は今ほど自分の地位に感謝したことはない。大帝国病院理事長の立場を有効活用すれば、病院内の施設など思うがままだ。あの患者と見舞に来た娘は私を疑うそぶりも見せない。睡眠薬を仕込むのも、研究室に拉致するのも簡単だった。そしてあの男にも、軍部の秘密をばらすと書置きをすればノコノコ現れた。これで準備は整った。かりん、今度こそ助けてあげよう。今度こそ……』

 

真田教授と呼ばれる謎の人物と、マガ細胞という言葉を皮切りに、徐々に正常な思考を失い、狂気に取りつかれていく様子が克明に描かれた二冊目の日誌。

これが大帝国病院内の神隠し事件の始まりなのだと、いつきは直感した。

これは、まだ始まりに過ぎないのだと。

そして、彼もまたこの情報を見たのだと。

 

「急がなくては……!!」

 

人に見られる前に部屋を後にしようと扉へ急ぐいつき。

だがその手を、誰かがつかんだ。

 

「……あ、あなたは……!!」

 

その人物に、いつきは思わず驚きの声を上げる。

それもそのはず。

何故ならそこにいたのは……、

 

「ここからは、専門家に任せてください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ともすれば一方的な試合展開になるのでは予想されていた華撃団大戦でありましたが、今や一進一退! 亜細亜の龍を相手に帝国華撃団、大健闘を見せております!!』

 

2回戦までで破壊されたフィールドはそのままに、興奮気味の実況のアナウンスが会場内に響き渡る。

気づけば会場の外からは、僅かに双方の華撃団を応援する声が上がり始めていた。

恐らく配信されていた試合内容に興奮を抑えられなかったのだろう。

会場内にこそ人間はいないものの、その周辺には徐々に人が集まり始めているようだった。

 

『現在我等がWLOF華撃団への椅子を確保したのは上海華撃団 ホワン=ユイ隊員と、帝国華撃団 望月あざみ隊員。いよいよ両華撃団隊長同士の、プライドをかけた戦いが始まろうとしております!!』

 

相対する銀の無限と緑の王龍。

最終戦は最初から定められていた通り、互いの隊長が相見える形となった。

 

「(無意味な試合とはいえ……やはり相当な威圧感だな……)」

 

改めて、神山は相対する若き龍の存在の大きさに驚かされる。

これまでの帝都防衛で幾度と無くその力に助けられてきた自分達。

味方の時は心強いことこの上ない亜細亜の龍が、一度敵に回るととてつもない手ごわさを感じさせる。

本来なら双方望むことの無かった戦いに、煮え切らない感情が決心を濁らせる。

そのときだった。

 

『……さて、ここで上海華撃団のヤン=シャオロン隊長より、今回の試合について決意表明があるとの事です』

 

「……決意表明?」

 

予想外の展開に、神山は思わず無限の中で素っ頓狂な声を漏らした。

実況の案内があるという事は、事前に打ち合わせていたのだろうか。

あくまで行方の分からない泰然を探し出すための時間稼ぎでしかないこの試合。

真剣味を持たせるための演出か何かだろうか。

 

『……神山。俺たちがこうして人前でやりあうなんて、何の運命の悪戯だろうな』

 

周囲に映し出されたモニターに合わせて、相対する緑の龍が憂いを帯びた表情で語りかける。

自身がそうであるように、彼もまた望まぬ戦いに苦悩していたのだろう。

決して仲間や心を許した人間に拳を向ける男ではないことを、神山は知っている。

 

『だが剣と拳を交える以上、生半可な真似はしたくない! だから、お前にはこの戦いに誓いを立ててもらう!!』

 

「誓い?」

 

だからこそ、他ならぬ彼の放った言葉が信じられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

『この試合、もし俺が勝ったその時はアイツを……、天宮さくらをもらう!!』

 

 

 

 

 

 

 

「……は?」

 

その一瞬、神山はシャオロンの言葉が理解できなかった。

誓い?

もらう?

さくらを?

 

『聞こえなかったか? だったらもう一度言ってやる!! この勝負で俺が勝ったら、天宮さくらを『嫁』にもらうって言ってんだ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「えええええぇぇぇぇぇーーーーーっ!?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数秒の間をおき、今度は会場のそこらじゅうで異口同音の絶叫が響き渡った。

無理も無い。

こんな公衆の面前で、勝負に勝ったら女を嫁によこせなど、恥もへったくれもない。

というか今の今までそんな素振りを見せたことも無いのに、一体何がどうしてこんな事になってしまったのだ。

 

『神山。悪いが今までのお前達を見て、俺はさくらを任せて置けないと思った。だから、俺はこの戦いに勝ってさくらをWLOF華撃団に連れて行く!! アイツに……もうあんな涙は流させない! 俺が側にいて、守り続ける!!』

 

驚愕の余り声を失う神山たちを差し置いて、淡々とさくらへの想いを堂々と語り続けるシャオロン。

モニターに中継されているという事は、当然周囲にも筒抜けになっているに違いない。

それこそさくら本人にも、聞こえているのではないのか。

 

『素晴らしい!! 確かに敗退したとはいえ天宮さくらは試製桜武を操ることの出来る唯一無二の存在。それを飼い殺してはならないというシャオロン隊長の想いに、私は応えたい!!』

 

「ま、待ってくれ! 突然そんな事を言われても……!!」

 

『WLOF事務総長の権限において宣言する! 今この瞬間を以って望月あざみの暫定を解除し、ヤン=シャオロン隊長勝利の暁にはその枠に天宮さくらを内定させる!!』

 

「な、何て強引な……!!」

 

気づけばシャオロンだけでなく自分の顔もモニターに表示されている。

まさかさくらの処遇を巡って争う羽目になった自分達を見世物にしようとでも言うのか。

 

『じ、事務総長の驚きの決定ですが、何やら複雑な事情を孕んだ3回戦になりそうです! 果たして帝国華撃団はWLOF華撃団の椅子に滑り込むことは出来るのでしょうか!? またしても目が離せない一戦となります!!』

 

「さあ、始めようぜ神山! これは男と男の勝負だ!!」

 

「……止むをえん。全力でお相手しよう」

 

周囲の空気を完全に味方につけたシャオロンの宣言を覆すことはほぼ不可能だろう。

だがこちらもいきなりさくらを寄越せといわれてはいそうですかと渡せるものではない。

図らずも決して負けられなくなった戦いに、神山の顔から迷いは消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2年前のことだった。

出産のために単身帝都へ渡ったはずの妹が、そのまま消息を絶った。

数え切れぬ問答にも関わらず大日本帝国からの返答は曖昧なまま、今日を迎えるに至る。

それこそが、自分が総司令の反対を押し切ってWLOFの催しを呑んだ最大の理由であった。

 

「くっ……」

 

今になって自身の非力さを恨めしく思う。

本当は証拠さえ掴めば直ちにWLOFを離反するつもりだった。

そのために双方の憎まれ役のようなこうもりの立場となって動き続けてきた。

木乃伊取りが木乃伊になるとはこのことだ。

 

「気分はいかがかな?」

 

「貴様……!!」

 

闇の中から聞こえた声の主に、泰然は怒りを通り越して殺意をはらんだ視線を突き刺す。

その先にいたのは、大帝国病院理事長にして凶器に魂を売り渡した男、佐久間忠司その人であった。

 

「ようこそ敏泰然君。頭部の打撲は出血こそあるが適切に処置しておいた。安心したまえ」

 

「ふざけるな! 全部知っているんだぞ……、貴様がここで、妹に何をしたのかも!!」

 

あの時、理事長室ですべてが書かれた日誌を読んだとき、冷静さを欠いた一瞬を突かれた。

後頭部を鈍器で殴打され、昏倒されたまま拘束されてしまったのだ。

今まで、獲物にされてきた人々と同様に。

 

「懐かしいな。そう言って乗り込んできた新聞記者がいたよ。最も、最後は泣き叫んで命乞いをしたがね」

 

泰然の殺気すら意に介していないかの如く、佐久間は手元の機械を操作する。

闇の空間に、閃光が走った。

 

「うっ……、これは……!!」

 

閃光の正体は、手術の際に用いる無影灯だった。

その真下には、使い古されたであろう血にまみれて赤黒く汚れた手術台。

そこに、見覚えのある女性が横たわっていた。

 

「綾香さん!?」

 

それは、先日図らずも面識を持つことになった産婦人科の患者、青島彩香だった。

手際が良すぎる。

一人でいつの間に簡単に拉致したというのだ。

 

「最初はあの麻酔科医の家族だった。軍部に脅されて仕方なくとかみっともなく言い訳していたがね、私の心にはかけらも響かなかったよ」

 

「そのために命を救う立場でありながら、命を踏みにじったというのか!?」

 

瞬間、穏やかな笑顔の仮面が、剥がれた。

 

「滑稽な見世物だったよ。ここに長女を寝かせておいてね。隣にはもう撤去したがもう一台手術台があったんだ。そこに奴の妻を寝かせておいた。そして奴に刃物を放り出してこう言ったんだ。『お前の手で妻と第二子を殺せ。そうすれば娘は助けてやろう』とな。実に滑稽だったよ、いつもは若いくせに理知的にふるまっていた顔がみるみる青ざめていくんだ。私に孫娘のことは諦めろと諭しておきながら、自分の家族になるといつまでたっても煮え切らない。そこで私は言ってやったんだ。お前が孫娘にしたように妻は脳死させた。このまま放っておけばおなかの子も死ぬとな。そしたらアイツはどうしたと思う。少し悩んだと思ったら自分の嫁に刃物を突き刺したんだよ。狂ったように叫びながらね。私は笑いが止まらなかったよ。脳死させたのは娘のほうだったのにな」

 

「貴様……、それでも医師……、いや、人間か……!?」

 

「ああ人間さ。愛する孫娘のためなら悪魔にでもなれる人間さ。あの麻酔科医だって娘のために嫁さえ殺せる悪魔なのさ。最後は狂ったのは自分ののどに刃物を突き立てて自殺したがね」

 

信じられないような悪夢の瞬間を、まるでサーカスにはしゃぐ子供の様に嬉々として嗤う佐久間。

もしここにかの少女忍者がいれば吐き捨てたことだろう。

その醜悪な顔は、あの悪魔とそっくりであると。

 

「肝心の帝国華撃団とやらも大会に駆り出されて無防備な状態だ。助けを呼ぶ事など出来はせん」

 

「くっ……!!」

 

「真田教授は例の事故で死んでしまったが、マガ細胞はここにある! 貴様もかりんの血となり肉となれ! 何も知らずにノコノコやってきた妹のようにな!!」

 

にじり寄る仇敵を前に身動き一つ取れない泰然。

だがその時、空気を切り裂く鋭い音を纏い、銀色の閃光が矢のように佐久間の右腕をかすめた。

 

「ぬぐっ!? な、何者だ!?」

 

突然の不意打ちに佐久間も余裕を失い傷をかばう。

すると閃光はブーメランのように放たれた方角へ帰っていく。

円盤状の刃物、あれはチャクラムか。

 

「この帝都に、世界に仇なす魔音ある限り、私たちは駆けつける」

 

暗闇を切り裂く凛とした声と共に、一つの足音が響き渡る。

やがてそれは近づくにつれて二つ、三つを増えていき、五つの足首が無影灯に照らされた。

 

「き、貴様らは一体……!?」

 

 

 

 

 

 

「長き眠りについた華に代わり、帝都を、世界を守るもの」

 

 

 

 

 

「瘴気と怨念に囚われた世界を癒しの音色で包むもの」

 

 

 

 

 

「可憐に舞う花々に、音色のドレスを添えるもの」

 

 

 

 

 

「闇に蠢く悪の影を、人知れず暴き滅するもの」

 

 

 

 

 

 

 

 

「合言葉は、『事件は前奏曲のうちに』」

 

 

「「帝国華撃団・奏組、参上!!」」

 

 

 

 

 

 

 

異口同音の元に現れたのは、身長も国籍も違うであろう5人の若い男たちであった。

そういえば総司令に聞いたことがある。

花組とは別に、小規模の降魔を月組と連携して鎮圧する『魔障隠滅部隊』が存在すると。

まさか、彼らが……

 

「奏組だと……!? 帝国華撃団は花組だけではなかったのか!?」

 

「佐久間忠司! 貴様が自身の地位を利用して幾人もの罪なき命をもてあそんだその所業、断じて許すわけにはいかん!」

 

「黙れ! 貴様らごときに私の長年の夢を奪われてたまるものか!!」

 

眼鏡をかけた青年がサーベルを突きつけ威嚇するも、佐久間は手早く手元の機械を操作する。

瞬間、周囲のカプセルらしきものから蒸気が噴出したかと思うと、灰色のゾンビのような化け物が次々とはい出てきた。

それはまるで、翼をはぎ取られた降魔のような……

 

「人造降魔……。やはりその研究もしていたのですね」

 

「フハハハハ! 研究を始めた時から真田教授に助言されていたのだ。貴様らのような邪魔者が入ったときに確実に始末できるようにな。かかれ!!」

 

佐久間の命令に従い、およそ10体の人造降魔が一斉に襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界華撃団大戦初日最終日。

その最終戦とも言うべき隊長同士の戦いは、天宮さくらという女性を巡る男の戦いへと変わってしまった。

それまでの手合わせの域を出なかった爽やかな競技は、互いの矜持をかけた、文字通りの決闘へと姿を変えた。

 

『おらあああっ!!』

 

軽やかな身のこなしで宙を舞い、緑龍が豪快に拳をたたきつける。

相対する白銀の双剣士は最小限の動きでそれを受け流すと、間髪入れずに切りかかった。

 

『はああああっ!!』

 

だがその斬撃が届くかと思われた一瞬、足元に殺気を感じ咄嗟に跳躍して距離をとる。

刹那、先ほどまで脚をつけていた空間を唸りを上げた尾が一閃した。

一瞬でも気づくのが遅れていたら、確実にやられていただろう。

 

『凄まじい攻防が絶え間なく繰り広げられております、華撃団大戦大将戦!! 世界で唯一無二の試製桜武の使い手を手放せないという決意の表れか!?』

 

実況の声も耳に入らないくらいに、さくらは声すらも出せないまま、ただ二人の男の戦いを見つめることしか出来なかった。

本気だ。

本気でシャオロンは、あの気さくで屈託の無い笑顔で見守ってくれていた青年は、兄も同然の神山を叩きのめして、文字通り力尽くで自分を奪い取ろうとしている。

あの決意の言葉に、自分を『嫁』としてもらうと、ハッキリ聞こえた。

つまりシャオロンは、自分を……、

 

『やるじゃねぇか神山! さすがに神速の嵐の異名は伊達じゃねぇってな!?』

 

『当然だ。さくらは帝国華撃団の一員だ! 隊長として、さくらをくれてやるわけにはいかない!!』

 

『本当か!? 本当にそれだけか!?』

 

『何が言いたい!?』

 

『男として、アイツを守りたいんじゃねぇのかって聞いてんだよ!!』

 

『……っ!?』

 

見たくはない光景だった。

片や兄のように慕い続け、共に在り通けた男。

片や絶望の雨の中で寄り添い、守ってくれた男。

そんな二人の男が、他ならぬ自分という女を巡って、雌雄を決しようとしている。

 

『忘れたとは言わせないぜ。あの日、さくらは何時間も雨の中路地裏で泣いてた……。俺が見つけてなかったら、どうなってたか……』

 

『シャオロン……。あの時の事は礼を言うし、さくらには済まなかったと思っている。だが、オレは隊長として……』

 

『そんなもんは言い訳だ! 我侭だと断じるのは隊長として正しいかもしんねぇよ……。アイツだってきっと分かってるはずだ!』

 

やはりあれは、勘違いではなかった。

もし帝国華撃団に居場所が無ければ上海へ行こうというのは、紛れも無いシャオロンの本心だった。

彼が出来る最大限の愛情であり、プロポーズだった。

 

『それでもガキみたいな癇癪起こしちまったって事は……、お前に別の言葉をかけて欲しかったんじゃねぇのか!? 隊長じゃねぇ、神山誠十郎の言葉をよ!!』

 

『それは……うぐっ!?』

 

「神山さん!!」

 

不意を突くかのような一撃。

咄嗟に二刀を交差させて防ぐが、その勢いの余り無限は大きく後ずさる。

 

『言えねぇか……? そうだよな、言える筈がねぇ。お前はさくらを一隊員や妹分としてしか見ていない。だからあの時も突き放したんだろ!?』

 

『ち、違う……!!』

 

やめて。

もうやめて。

自分のためなんかに、自分を取り合う目的なんかのために、争う姿など見たくない。

 

『俺は言えるぜ。アイツは可愛い。花の様にキレイで強くて……そのくせ今にも折れそうなくらいか弱くて……、でもそれをどうしても人に見せられなくて……そんなアイツが唯一寄りかかれるのが、お前だったんじゃないのか!?』

 

『……そうかも、しれない……。あの時……、俺は隊長として彼女を罰することしか出来なかった……だが!!』

 

悔しい。

何も出来ず、親しい二人の男が傷つけあう様を見ていることしか出来ない自分が。

そして恨めしい。

 

『俺は約束した! さくらが帝国華撃団に入った時、隊長として側で守ると! 支えてみせると!! あの時の言葉は、決意は、一瞬たりとも忘れたことは無い!!』

 

『だったら……、何で突き放した!? 何で守ってやらなかった!? お前のその一言さえあれば、アイツの心は救われたはずだ!!』

 

今こうして眼前でぶつけられあう二つの心に、高鳴っている女としての鼓動が。

想われていると実感して、悦んでいる女としての胸の高鳴りが。

涙が出るほどに、恨めしかった。

 

『信じたかったんだ……。さくらは、例え正義と憧憬の狭間で揺さぶられても、最後は必ず帝都のために戻ってくると……俺は信じたかった!!』

 

『笑わせんなよ……!! 男なら、惚れた女くらい守って見せろよ!! 周りの全部を敵に回しても、自分だけは味方であり続けろよ!! それが愛情ってもんじゃないのか!?』

 

苦しいはずの心が、あの時の温もりを思い出していた。

居場所が無ければ、攫ってくれると言ってつつんでくれたあの温もり。

結果として今自分はこうしてここにいるが、もし僅かでも運命が違えば、きっと温もりの中に堕ちていただろう。

あの腕の中にもたれ、あの唇に自身を重ね、そして、あの鳥かごのような温もりに身も心も委ねてしまっていただろう。

 

『だから俺は決めたんだ! 俺の全てを懸けて、一生を懸けてアイツを、さくらを守る!! 例えお前をねじ伏せてでもな!!』

 

これは、愛だ。

ヤン=シャオロンという男が表現できる、不器用で無骨で、何処までも真っ直ぐな愛だ。

彼は本気で、自分を、心の底から好いてくれていたのだ。

 

『咆哮于天地间的龙爪(その身に味わえ、天地に轟く龍の爪撃)!!』

 

右腕の拳に、霊力が具現化された炎が宿る。

それは龍の咆哮が如く猛り狂いながら、包み込むような温もりを讃えていた。

そう、あの日の夢の温もりの様に。

 

『この拳で、炎で、俺は一生さくらを守り続ける!! 龍爪斬波!!』

 

灼熱の爪撃が、波動となって地を割り、白銀の無限に殺到する。

対して無限は右の太刀を杖代わりに膝を突き、身動きが取れない。

勝負あったか。

誰もがそう思った。

だが……、

 

『違う!!』

 

それまでの龍の咆哮を超える雷鳴の如き一喝が、会場を振るわせた。

直撃したはずの衝撃が霧散する。

いや、違う。

それまで杖にしていた右の太刀で切り伏せ、相殺したのだ。

 

「神山さん……」

 

モニターに写る青年の顔は、明らかに苦悶を残した今までとは違った。

何かを心に決めた、シャオロンと同じ、決意の眼差しだ。

 

『……シャオロン。君は言ったな? 一生さくらを守ることが君の愛だと』

 

『ああ』

 

『ならば、決して、断じて! 君にさくらを渡すわけには行かない!!』

 

言うや、視認できるほどの霊力が無限から溢れ始めた。

まるで抜き身刀のような鋭い眼光。

別人のようなその佇まいに、さくらは瞬きすら忘れて魅入られる。

 

『確かに君の拳ならさくらを守り続けることが出来るだろう。真っ直ぐな君の心なら一生さくらに愛を注ぐことも出来るだろう。だがそれを認めることは出来ない。何故なら、さくらはそれを望まないからだ!!』

 

『何……?』

 

『何年も共に過ごした俺には分かる。さくらは強い。剣だけではなく心も。か弱い体の中に決して折れることの無い心を持って、何処までも美しく咲き続ける花のように……』

 

それは、あの日の約束から、幼心のままに夢見ていた瞬間でもあった。

数え切れないくらい夢見続け、夢の中で聞き続けた言葉だった。

 

『あの日さくらは俺と約束した! 真宮寺さくらのように、帝都を守る華になると! そして俺は隊長としてさくらを助け、支えて見せると!!』

 

「(わたし、おおきくなったら帝国華撃団に入る! 真宮寺さんみたいに強くてキレイな人になるの!)」

 

「(じゃあ僕は、帝国華撃団の隊長になる! 立派な隊長になって、さくらを守るんだ!)」

 

今も決して色褪せぬ始まりの約束。

あの思い出の笑顔が、凛々しき姿に重なった。

 

『俺はさくらを信じる!! これから起こるだろう苦難も、運命も、必ず乗り越えられる!! それを信じて、俺はさくらを隣で支え続ける!! 折れそうなとき、迷ったとき、側で手となり足となり、共に乗り越えて明日を掴む!!』

 

「神山さん……」

 

『守ることが君の愛なら……、支えることが俺の愛だ!!』

 

何と残酷な心だろう。

何と冷酷な心だろう。

もしその言葉をあの時、聞かされていたならば。

自分の心は、砕けなかったに違いないのだ。

その事実を知りながら、自分は喜んでいるのだ。

何年も想い続けていた男が叫んだ愛に、悦んでいるのだ。

 

『……上等だ』

 

再び龍が爪を構えた。

対する無限も二刀を構える。

まるで果し合いのような張り詰めた空気が漂う一瞬。

さくらは直感する。

終わるのだ。

二人の男の激突が。

一人の女を賭けた決闘が。

何処までも苦しく、何処までも残酷で、何処までも甘美な悪夢の時間が。

 

『うおおおぉぉぉ……!!』

 

『だあああぁぁぁ……!!』

 

理性を捨てた獣のような咆哮と共に、緑龍と銀嵐が地を蹴り、肉薄する。

さくらは思わず目を閉じ、そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「負けないで……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「負けないでぇぇぇっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「神山さあああぁぁぁーーーんっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その絶叫は、果たして聞こえていたのだろうか。

答えを知るものも、確かめる術も、ここにはない。

唯一つ、確かなのは……、

 

「……、そっか……」

 

地に付していたのは、龍のほうだった。

何処までも不器用で、何処までも真っ直ぐで。

何処までも純粋な、龍のほうだった。

 

「……届かねぇ……、……か……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前で起きたことの一部始終が、理解できなかった。

いや、視覚的情報は確実にシナプスを通し脳内に伝達されている。

その情報を理解する事を、自身の脳が拒んでいるのだ。

なぜならば、それは自身のこれまでを一切否定する真実だったからである。

 

「ば、バカな……」

 

眼前の光景を拒絶するように、そう搾り出すのが精一杯だった。

無理も無い。

 

「終わりのようだな」

 

「意外とあっけなかったね」

 

護衛兼始末屋であったはずの人造降魔たちが、獲物となるはずだった5人の侵入者に傷一つつけることすら叶わず、瞬殺されてしまったからである。

それも各々が手にした管楽器の音色を聞いた途端、苦悶にのた打ち回った挙句に消滅してしまったのだ。

そんなバカな。

通常兵器の通じない降魔を生身で倒せるものなど、存在するはずが……

 

「俺たちは花組に代わって10年間帝都を、世界を影で守り続けてきた」

 

「この程度の相手なら、5小節もかからないんですよ」

 

「くっ……!!」

 

秘密兵器として繰り出したはずの降魔達はいずれもあふれ出した自身の体液の海に沈み、ピクリとも動かない。

魔障隠滅部隊・奏組。

信憑性の低い噂でしか耳にしたことのない存在だったが、まさか水面下で10年も活動していたとは思わなかった。

 

「佐久間忠司。もはや貴様のみを守る私兵は無い! 大人しく投降し裁きを受けろ!」

 

ドイツ人と思しい金髪の青年が、鋭い眼光と共にこちらを指差す。

瞬間、脳内を支配したのは恐怖ではない。焦燥でもない。

 

「……ふざけるな……!」

 

怒りだ。

 

「ふざけるな小僧共!! もう少しだ……もう少しで孫は……かりんは目覚めるのだ……!! 貴様らのような何も知らん若造共に、私の最後の夢を邪魔されてたまるか!!」

 

3年だ。

あの絶望の底に立たされてから3年。

文字通り地獄の底から僅かな光明だけを頼りにここまで這い上がってきた。

全ては、あの日消えてしまった娘夫婦の形見を取り戻すために。

 

「かりんは……私に残された最後の家族なのだ……!! 私が今日まで生き続けてきたのも、全てはかりんの未来を、かりんの笑顔を取り戻すためだ!!」

 

「そのために他の罪無き命を犠牲にしても構わないというのか!?」

 

「私が手掛けてきたのは前人未到の『マガ細胞』を用いた生命臨床だ!! 成功すればかりんだけではない! 地球上の人類みなが、降魔の生命力をも利用してよりすぐれた進化を遂げられるのだ! そのためならたかが100人や200人の犠牲など、安い経費だ!!」

 

「バカな事言ってんじゃねぇ!! それでも人の命を守る医者かよ!!」

 

「もう少しだ……、もう少しなのだ……!!」

 

何故理解しないのだ!

かりんの、人類の崇高なる進化の瞬間が、もう目の前にまで見えてきたというのに。

ただの実験ネズミの死骸に何を喚きたてているのだ。

その程度の屍の山など、これから起こりうる奇跡の連鎖の前には些事ですらないのだ。

かりんさえ、かりんさえ目覚めれば……、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………、………ぅぁ…………ぁぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

闇に閉ざされた空間の中で、何の前触れも無く『それ』は呻いた。

およそ自分の知る限りの生物の形態とは思えないほどにおどろおどろしく、苦悶と怨念に満ちた負の吐息。

三半規管から全身を駆け抜ける不快感と悪寒に身の毛がよだち、同時に第六感が告げる。

 

今すぐここから逃げろ、と。

 

「おおお、かりん!! かりんなのか!?」

 

そんな中でただ一人、異質な反応を見せた人物がいた。

この地獄を生み出し、無数の惨劇を生み出してきた佐久間である。

 

「信じられるか!? 麻酔で脳死したかりんが、生きて動いているのだ!! こうして自分の意思で動いているのだ!!」

 

待ち焦がれていたであろう孫の覚醒に、人目をはばからず狂喜する佐久間。

だがその場に居合わせた泰然も、奏組も、その姿を目にした瞬間言葉を失った。

何故なら……、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァ……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、最早言葉では形容できないほどにおぞましい継ぎ接ぎの生命体だった。

無数の死体から切り取ったであろう臓器や手足を乱雑に縫合し、継ぎ目からは肥大化した筋組織や内臓が見え隠れし、唯一発達した口は人間三人は丸呑みに出来るほどに広がった顎にビッシリと生え揃った鋭利な牙が並ぶ。

最早生き物であるかさえ疑わしいほどに醜悪なまでの怪物。

そこへ佐久間は焦点の定まらない目で、赤子をあやし慈しむように、語りかけていた。

 

「いたかっただろう、苦しかっただろう……。もう大丈夫だぞかりん。おじいちゃんが、おじいちゃんがお前の悪いところをみんな治したんだ。やっと、やっと叶ったんだ……!!」

 

俄かには信じがたい。

だが他に考えられない。

あの佐久間が狂ったように愛でている怪物は、無数の人間を喰らってきたのであろう怪物は、佐久間かりんであったものなのだと。

 

「なんて濃度の魔音だ……。何十倍ってレベルじゃねぇ……!!」

 

「瘴気どころか吹き溜まりを3、4つ抱えている位じゃないの、これ」

 

先ほどの人造降魔とは桁違いの瘴気の強さに、流石の奏組も気圧される。

一方の佐久間は先ほどまでの動揺が嘘のように消えうせ、孫娘だったものへの愉悦に狂ったように笑い続けた。

 

「グアアアアアァァァァァ……!!」

 

「そうかそうかお腹が空いたのか。餌ならたくさんいるぞかりん。どれも若くて新鮮な肉だ」

 

怪物の目が獲物を見つけたようにギラリと光った。

だが……、

 

「……どうしたかりん? おじいちゃんに何か……」

 

そこまで言いかけて、佐久間の声が途切れた。

いや、途切れざるを得なかった。

何故ならその瞬間、佐久間の首は他ならぬ怪物に食いちぎられていたからである。

 

「なっ……!?」

 

「迷わず、喰っちまった……」

 

「理性は、残っていないということか……」

 

微塵の迷いも無く祖父だった男の肉を骨ごとムシャムシャと咀嚼していく様に、恐怖を通り越して唖然とするしかない泰然達。

そのときだった。

 

「当然だ。覚醒の瞬間からその支配は皇のもの。人間如きに制御できる代物ではない」

 

「お前は!?」

 

闇の中から放たれた声に各々が身構える。

やがて見えた姿に、泰然は見覚えがあった。

あの開会式の日に他の降魔たちと共に襲撃を仕掛けた上級降魔。

名は確か、陰火。

 

「やはり人間とは何処までも無知で無謀極まりないな。霊子水晶に頼らねば太刀打ちできぬ我等が力を、利用しようなどと考えていたとは」

 

「陰火! 貴様、一体何をした!?」

 

「この歪な入れ物に細工を施しただけだ。……さあ、食事の続きと行こうではないか!!」

 

高らかに嗤い、陰火は右手を掲げる。

瞬間、怪物の体内で何かが共鳴を始めた。

やがてその鼓動は見る見る激しいものへと変わり、空間全体を揺るがしていく。

一体何が起ころうとしているのだ。

 

「我等が皇の一欠片、その偉大さに震えながら死ぬが良い!! さあ目覚めろ!! マガタマグライよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『緊急警報発令!! 緊急警報発令!! 大帝国病院及び周辺に強力な降魔反応を感知!! 帝国華撃団各隊員は、臨時作戦室に急行してください!! 繰り返します!! 大帝国病院に……!!』

 

試合終了から僅か数分で発生した緊急招集に、控え室では試合を終えたばかりの神山を含めた7名の隊員が勢ぞろいしていた。

何せ大会当初から危惧されていた別所での降魔襲撃である。

事前に発生時の初動をシュミレーションしていて本当に良かったと、神山は内心安堵した。

 

「被害状況は?」

 

「現在大帝国病院を中心に広範囲にわたり魔幻空間が展開。内部には上級降魔陰火の姿と、恐らく彼が召喚したと思われる巨大生命体の姿が確認できます!!」

 

「病院内部にはかなりの数の患者さんや見舞い客が閉じ込められとる。病院内の設備も止まっとるさかい、急がなえらい死人が出るで」

 

ただでさえ鉄幹を始め、これまでの降魔事件で数多くの負傷者、疾病者を収容してきた大病院の襲撃。

病院内では様々な機材で生命を繋いでいる患者も少なくない。

事態は、一刻を争う。

 

「神崎司令! 大会に使用した桜武及び無限は応急処置完了しました!」

 

「流石ね。神山君、ここからは貴方達の仕事よ!!」

 

司馬の報告とすみれの激に、力強く頷く。

帝国華撃団花組の、真に立つべき舞台である。

 

「帝国華撃団花組、出撃せよ!! 目標、大帝国病院!! 降魔及び怪獣を掃討し、内部の民間人を救出する!!」

 

「「了解!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帝都最大の規模を誇る大型医療施設、大帝国病院。

その地下から、怪物は何の前触れも無く現れた。

変異降魔皇獣マガタマグライ。

かつて帝都中央駅を襲撃したその醜悪な見た目はそのままに、その巨大な全身からあふれ出す瘴気で空間内を包み込もうとする恐るべき怪物である。

 

「フハハハハ!! 何処へ逃げても無駄だ! この空間はもうじき超濃度の瘴気に満たされる。人間どもよ、貴様らは一匹のこらず、我等が皇復活の贄となるのだ!!」

 

「グガアアアアァァァァッ!!」

 

主に応えるかのごとく、怪物は醜悪な咆哮と共に膨大な瘴気を吐き出した。

それに触れた瞬間、草木は瞬く間に枯れ落ち、建物は瓦礫へと崩れ落ちていく。

目に写る全てを焦土に変える地獄が、そこには広がっていた。

だが、それを阻止する者達がいた。

 

 

 

 

 

 

「そこまでだ!!」

 

 

 

 

 

凛とした声に続いて、空間内に飛び込む7つの影。

その姿を、その名を、帝都の誰もが知っている。

 

「「帝国華撃団、参上!!」」

 

かつての威光をそのままに、凛々しく帝都に咲いた華。

新生帝国華撃団である。

 

「陰火!! これ以上の悪事は俺達が許さんぞ!!」

 

「来たか、帝国華撃団。だが帝鍵を失った今のお前達に、我等が皇復活の邪魔立てはさせん!!」

 

陰火の宣言に呼応するかのごとく、充満した瘴気の中から次々と降魔や傀儡騎兵が姿を現す。

たちまち一個大隊の大軍勢が、花組を包囲した。

 

「数で攻めようと、俺達花組には支えあう強さがある!! 花組各機、攻撃開始!! 俺に続け!!」

 

「「了解!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花組と降魔軍が戦闘を開始して数分。

既に半壊した大帝国病院から、人目を盗んで動く一団があった。

陰火の襲撃時、この大帝国病院に訪れていた人々である。

通常ならパニック状態に陥るであろうこの状況下で、冷静に身を寄せ合って避難を実行できていることには、ある理由があった。

偶然か作戦か、こうした事態に場慣れした人間たちが、病院内に多数いたためである。

 

「……よし、敵が動いた。南に向かうぞ」

 

松葉杖を突きながら遠めに花組の様子を伺いながら指示を出しているのは、入院患者の一人であった『加山雄一』。

かつて隠密諜報部隊『月組』に所属していた、影の大いなる功労者である。

その隣には、かつて花組の副指令を勤めた『藤枝かえで』や、支援部隊『風組』に所属していた『藤井かすみ』の姿があった。

 

「自力で動けない方は申し出てください。全員で力を合わせれば、きっと生還できます!」

 

「皆さん、お辛いでしょうが、決して諦めないで下さい!」

 

「師匠!!」

 

続々と瓦礫の隙間から出てくる患者達に割り込むように、小柄な影が加山の前に現れた。

現月組隊長、西城いつきである。

 

「おお、いつき。ひろみも来てくれたか!」

 

「遅くなって申し訳ありません。花組には既に脱出作戦をリークしております」

 

「よくやってくれたわ。患者達の脱出に力を貸して頂戴」

 

「「了解!!」」

 

再会の喜びもそこそこに、瓦礫の奥に蹲る人々に駆け寄る月組。

それと入れ替わるように、屈強な男性が足腰の弱った老人を抱えて現れた。

 

「地上の人間は我々で最後だ。後は奏組が戻れば……」

 

「鉄幹殿。協力、感謝します」

 

「礼には及ばん。娘がああして戦っているのだ。私も私に出来ることをしなければな」

 

そう呟き、鉄幹は剣戟の音が絶えない北方に目をむける。

父として、唯一の家族である娘が戦場に立つのは言葉に出来ぬ不安があることだろう。

今や至上唯一の桜武の使い手となった天宮さくらの父。

娘同様に強い芯を持つ人だと、加山は思う。

 

「隊長!! 奏組と泰然さんです!!」

 

「何!?」

 

いつきに連れられて瓦礫から姿を見せたのは、花組の陰で人知れず戦ってきた気高き音色、奏組の面々だった。

一瞬安堵しかけるも、加山はすぐに異変に気づいた。

足りない。

5人いるはずの隊員が、4人しかいない。

一体どういうことだ。

 

「……すまない、加山隊長」

 

眼鏡をかけた隊員、G・O・バッハが悔しげに歯を噛む。

 

「あのバカ、一人で……」

 

「止めるのも聞かずに……」

 

「……、まさか、ヒューゴは……!!」

 

ただ一人この場にいない人物、ヒューゴ=ジュリアードの名をハッとしてつぶやく加山。

そうだ。

この病院にはもう一人、自分達の身内がいる。

男性で構成された奏組の紅一点。

奏組にとって無くてはならないマエストロ。

ルイスの口から帰って来た言葉は、肯定だった。

 

「はい。……ヒューゴは病院内に戻りました。……マエストロを探しに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……始まったか」

 

自分以外誰もいない部屋で、ひとり呟く。

いや、ひとりではない。

正確には目の前の病室のベッドに一人、眠り続けている女性がいる。

記憶のそれより少しだけ大人びたように見えるが、子猫のような愛くるしい顔つきはそのままだ。

 

何故だ。

 

何故自分は、この女に見覚えがある。

この場所に来たことさえもないはずなのに、どうして……。

 

「(だいじょうぶ、ここにいるよ。ちゃんとあなたを見てるから……)」

 

誰だ……。

 

「(わたしにとっては、守りたい仲間の一人なの……!)」

 

誰だ……。

 

「(だから、その悲しい音色を止めて……!!)」

 

誰だ……。

 

「(……宗君!!)」

 

「……くそっ!!」

 

振り払うように吐き捨て、乱暴にその体を抱き上げる。

瞬間、花のような香りが一瞬ふわりと自信を包み込んだ。

こらえようのないほどの、ぬくもりと共に。

 

「どうしちまったんだ、俺は……」

 

最近、どうもおかしい。

人間どもを殺せば楽しい。

人間どもが苦しむさまを見れば楽しい。

それが自分だったはずなのに。

何故だ。

何故今自分はこの女を助けようとしている。

何故人間を助けようとしている。

まるで自分の心に他の誰かが入り込んだかのように、今、自分は無意識にこの女を助けようとしている。

自分の腕に抱いたこの女の香りに、微睡みかけている。

 

「チッ……」

 

激しい振動が部屋を襲い始めた。

恐らく陰火が仕掛けたのだろう。

予定では地下に眠るころ合いの物を解放し、病院もろとも食い尽くす算段だ。

だから……、

 

「まあ……、いいだろ。女の一匹くらい……」

 

そう無理やり自身を納得させ、崩落する部屋を後にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 

その後姿を、見られていることにも気づかずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦闘開始から15分。

花組は当初の予定通り、徐々に戦線を北に後退させ、敵の注意をひきつけることに成功していた。

戦闘開始直後に月組からの連絡を受け、南に避難できるよう自分達が囮になる。

最初からそういう作戦だったのだ。

 

「グアアアアアッ!!」

 

だがここにきて、順調だった作戦に不安の吉兆が現れ始めた。

理由は言わずもがな、敵戦力の半分以上を担う大怪獣である。

 

「そこっ!!」

 

「忍っ!!」

 

遠距離からの飛び道具は強固な皮膚に弾き返されてまるで効果なし。

 

「おらあああっ!!」

 

「いきますっ!!」

 

接近戦で傷を与えても、攻撃した側からすぐに再生されてしまう。

この再生速度、かつてのグロッシーナかそれ以上だ。

既に傀儡騎兵こそ姿を見せなくなったが、ハッキリ言ってマガタマグライ一体で一騎当千の勢いである。

 

「小賢しい! やれ、マガタマグライ!!」

 

「グアアアアアッ!!」

 

巨大な口から咆哮と共に、強烈な瘴気が真正面から襲い掛かる。

あまりの濃度に一瞬、視界が灰色に染まった。

 

「うぐっ……!! 何て濃度だ……!!」

 

無限のフィルターを介しても呼吸が苦しいまでの瘴気に、瞬く間に沈黙する花組。

無理も無い。

元々瘴気は人間にとって有害な毒ガスに近い存在だ。

いくら霊子戦闘機にリンクして霊力を纏った状態とはいえ、何時間も耐えられるものではない。

 

「い、息が……!」

 

「苦しい……!!」

 

「か、神山さ……!!」

 

苦しげなうめき声と共に、次々と倒れこむ隊員達。

まずい。

このままでは全滅だ。

どうすればいい。

麻痺しかけた脳内で必死に迫る死に抗おうとしたその時、神山は確かに、その声を聞いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メビウーーーーーースッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何の前触れも無く現れた閃光が、怪獣諸共瘴気を吹き飛ばした。

一瞬だが消えうせた瘴気に、各々慌てて酸素を体内に取り込む。

 

「メビウス!!」

 

最初にその名を叫んだのは初穂だった。

瞬間、花組の顔に安堵が浮かぶ。

閃光の中から現れたのは、今や共に帝都を守る仲間となった光の巨人、ウルトラマンメビウスだったのだ。

 

「セアアアッ!!」

 

およそ4万トンの巨体が華麗に宙を舞い、蹴りの姿勢で急降下する。

 

「グアアアッ!?」

 

重力さえも味方につけた一撃が、大怪獣の右肩を掠めた。

すぐに再生できるとは言え、虚を突かれた怪獣はバランスを失ってそのまま後方へ倒れこむ。

そこへ先回りしたメビウスがすかさず掴みにかかった。

 

「スァッ!! ハァァァァ……!!」

 

馬乗りになって動きを封じ込め、打ち込んだ左腕にそのままエネルギーを集中する。

なるほど、ライトニングカウンター・ゼロで内部から焼き尽くす作戦か。

やはりダメージが大きいのだろう。

身動きを封じられたマガタマグライは激しく苦悶に体をバタつかせている。

だが、ここで予想外の反撃がメビウスを襲った。

 

「グアアアアアッ!!」

 

「クッ!? ウゥッ……!!」

 

何と左腕を打ち込まれた箇所からも高濃度の瘴気があふれ出し、メビウスを襲う。

勝機を離すまいと懸命に耐えるメビウスだったが、数秒の拮抗は怪物の怪力によって崩された。

 

「ウアアアッ!!」

 

怪物は強引に起き上がると、左腕が突き刺さったまま体を豪快に回転させ、遠心力で巨人を振り払った。

 

「グアアアアッ!!」

 

それだけではない。

それまで内部に流し込まれていた光エネルギーを圧縮して、逆に光弾として打ち返してきたのだ。

 

「クッ!?」

 

咄嗟にこちらをを庇うように巨人がバリアを張って光弾を相殺する。

炸裂したエネルギーはそのまま霧散し、一瞬視界を遮る。

だが、怪物にはその一瞬で十分だった。

 

「グアアアアアッ!!」

 

醜悪な咆哮と共に夥しい邪念の瘴気が、破裂した風船のように空間内に広がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……無事か?」

 

目覚めて最初に耳にしたのは、記憶のある人物の声だった。

やがて開かれた世界に見えた声の主は、予想通りの人物だった。

 

「あなたは……、!!」

 

痛む体に鞭打ち立ち上がりかけたところで、視界に入った女性に目を見開く。

そして思い出す。

意識があったとき、自分が何をしていたのか。

 

「大丈夫だ。危害は加えられていない」

 

「そうか……」

 

よろけそうな体で必死にバランスを取り、横たわる彼女の頬にそっと触れる。

幼き頃の童話のように眠り続けるその姿に安堵し、理解した。

自分もまた、彼に助けられたのだと。

 

「やはり、今日が……」

 

「ああ。だが奴の姿はない……。敵も馬鹿ではないということだろう」

 

そう力なく首を振る様子に、瘴気に包まれた戦場を見やる。

本来ならば今日、この日を以って帝都は、世界は一度破滅を迎えるはずだった。

少なくともその絶望と終わりなき悲劇の連鎖の果てに見えた世界の終わりの一つを、彼は知っていた。

 

「……行くのか?」

 

向けられた背中に問う。

数秒の沈黙を置いて、彼はその右腕を掲げた。

刹那、青の閃光が世界を包んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウアアアアッ!!」

 

何度目かも分からない圧縮瘴気弾が、巨人を吹き飛ばした。

 

「メビウスッ!!」

 

「くそっ、これでは敵の位置が把握できない……!」

 

ただでさえ降魔たちの力を高める妖力に支配された魔幻空間内。

太陽光さえも制限してしまうこの環境は、霊的組織のみならず対ウルトラマンの観点から見ても、敵にとってこの上ない有利な環境といえるだろう。

 

「クッ……!!」

 

霊子計もウルトラマンの透視能力でも判別できない程の瘴気に取り囲まれた状況に、心の奥底に潜む焦燥が段々と顔を出し始める。

時間が過ぎれば過ぎるほどこちらのエネルギーは枯渇し、空間内は敵の瘴気で満たされる。

このままではジリ貧だ。

だが崩壊しかかった大帝国病院をはじめ、空間内には数多くの民間人が閉じ込められているこの状況。

闇雲に攻撃して、もし民間人の避難先に当たってしまったら。

正確な避難経路が確認できないまま囮作戦を決行したことが仇となった。

チャンスがあるとすれば敵の攻撃の瞬間に隙を突くことだが、確実に後手に回る作戦である以上こちらが受けるダメージが大きすぎる。

何か、何か手は無いのか……。

悔しげに歯を噛んだ、そのときだった。

 

「な、何だ!?」

 

突如空間内に、青白い光が柱となって出現した。

周囲の瘴気を瞬時に消滅させ、さながら灰色の世界に一筋のクレーターを生み出したその光柱の中から姿を見せたのは、

 

「あれは……!!」

 

「ウルトラマン……、ギンガ……!!」

 

開会式のあの戦いで自分達の窮地を救った、もう一人の巨人だった。

 

「ギンガさん!!」

 

驚きを隠せないメビウスに重々しく頷き、ギンガは右腕のオーブに力を込める。

膨大なエネルギーを集約すること数秒。

ギンガは右腕を虚空へ突き上げ、光を上空へ飛ばす。

瞬間、光は花火のように弾け、瞬く間に空間内を優しい光の雨に包み込む。

すると不思議なことが起こった。

魔幻空間内に充満していた瘴気が霞のように消えてしまったのである。

 

ギンガサンシャイン。

 

降魔達が持つ怨念特有の負の力を媒介としたオーラを打ち消すことの出来る技だ。

 

「やはり現れたか、ウルトラマンギンガ」

 

二人目のウルトラマンを前にして尚、陰火の表情から余裕が崩れることは無かった。

虚勢を張っているのか。

それともまだ隠し玉があるとでも言うのか。

得体の知れない相手に油断無く身構える花組と二人の巨人。

 

「夜叉とあのガラクタは不覚を取ったようだが、このマガタマグライは同じようにはいかんぞ? 我等が皇の欠片、その絶大なる力の前に平伏すが良い!!」

 

「グガアアアアッ!!」

 

主の命に応えるように、怪物が醜悪な咆哮と共にこちらへ進撃を開始した。

二人の巨人は一瞬どちらからとも無く顔を見合わせると、互いに力強く頷いた。

 

「フッ……」

 

「セアッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の知る限り、その日は文字通りすべての希望が潰えた、『運命の日』であった。

この世の華撃団が全滅し、守るもののいなくなった帝都を、世界を降魔の軍勢が蹂躙し、人類の歴史が崩壊へと決定付けられた終わりの始まり。

その悲しみの戯曲の一部始終の残像は、ここまで目に見えて世界が変貌を遂げて尚、脳裏に色濃く焼きついていた。

 

「セアアッ!!」

 

降魔大戦と、そしてその後の華撃団を全滅に追いやった仇敵、『幻庵葬徹』。

降魔皇が腹心の一人にして、その知略に懸けては右に出るものがいないと称された上級降魔きっての策略家。

その男が文字通りこの帝都にトドメを刺した瞬間こそ、今日この日なのだ。

 

「ハアアッ!!」

 

だが、未だ件の策略家の姿は無い。

計画を遅らせたのか。

それとも水面下で、何か画策しているというのか。

 

「「ダアアッ!!」」

 

思考を巡らせる中で繰り広げられる肉弾戦の果て、二人の巨人が同時に怪物のどてっ腹に各々の片足を突き刺した。

二人分の勢いに押され、ビル一件は優に超える巨躯が豪快に吹き飛ぶ。

これを勝機と見た巨人は、それぞれの必殺技を放つべく構えた。

 

「スァッ!! ハアアアァァァ……!!」

 

「ギンガ・クロスシュート!!」

 

頭上でエネルギーを∞の文字に見立てて集約させるメビウスの横で、ギンガはオーブの光を両手で横倒しのSの字を描くように引き伸ばした。

 

ギンガ・クロスシュート。

 

右腕のオーブに秘められた力を解放し、L字に組んだ腕からエネルギーを発射するギンガ最大の必殺技である。

 

「セアアアァァァッ!!」

 

「ハアアアァァァッ!!」

 

メビュームシュートの動きに合わせ、虹色の眩い光線が怪物の顔面を直撃した。

直撃箇所から一気に全身に広がる光のスパークに、花組の誰もが勝利を確信する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……これは……!?」

 

「スァッ!?」

 

瞬間、その光景に誰もが目を疑った。

二つの光線は確かに直撃した。明らかに怪獣の全身を包み込んだはずだ。

なのに、

 

「グアアアァァァッ!!」

 

まるで何事も無いかのように、怪獣は平気でいるのだ。

まさか、あの同時発射さえたエネルギーを全て吸収してしまったとでも言うのか。

かつて帝都中央駅で相対したタマグライは、そんな膨大なキャパシティは持っていなかったはずなのに。

 

「無駄だ。皇の欠片を埋め込み、数多の贄を喰らい、無数の怨念と同化したこのマガタマグライに、貴様ら如きの攻撃など蚊が刺すよりも些事でしかないのだ!!」

 

「グアアアァァァッ!!」

 

浮き足立つ巨人達を前に、マガタマグライが処刑宣告と思しい咆哮をあげる。

再び、蹂躙が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、何処か遠い世界の話だと思っていた。

不思議な力を持つ少女達が、無骨な甲冑に身を包み、人々の暮らしを脅かす悪魔達と戦う物語。

幼き頃に母から聞かされたそれを、自分は心のどこかで御伽噺だと思っていた。

だからこそ、

 

「……」

 

眼前の光景に、震えた。

 

「あれが、帝都の悪魔だ」

 

隣に立つ主が、静かな声で、厳かに告げる。

瞬間、身が引き締まる感覚を覚えた。

決して抗ってはならない、疑問を抱いてはならない。

何故ならそれは、決して違うことのない、『絶対』なのだから。

 

「さあ、祈りたまえ。我が剣に乗せ……」

 

その言葉に身を委ねるように、胸のロザリオを握り締め、力を込める。

幾度と無く人々を癒してきた母のように。

あの夜、子猫を人知れず癒したときのように。

この場の全てを、この空間に漂う全てを、ただ救いたいと願う。

そして、その握られた掌に、淡い光が宿った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その一瞬、何が起きたのか誰もが信じられなかった。

胸部のタイマーが点滅を開始し、いよいよ追い詰められた花組と二人のウルトラマン。

そこへいよいよトドメを刺そうと怪物がその大口を開けたその瞬間、先ほどのギンガ以上の閃光が一瞬世界を支配した。

神山も、ギンガも、そして陰火さえも、何が起きたのか理解することが出来なかった。

唯一つ、言えることは、

 

「グアアアアアアアッ!?」

 

突如として怪物の体の一点が、光を放ち始めたということだった。

先ほどの光に呼応するように明滅し、そのたびに怪獣は苦悶にのたうつ。

 

「な、何だ!? ここに来て拒否反応だと!?」

 

「何が、起こっているんだ……!?」

 

やがて光は怪獣の全身に次々と広がって行き、遂には怪獣そのものを光が包み込む。

そしてその先に見えた光景に、ある人物が呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……、……麒麟……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鮮やかな五色の色彩で彩られた体毛に、牛の尾と馬の蹄、そして聖獣を思わせる神々しき威光を纏い、それは動かなくなった異形の隣に佇んでいた。

 

「泰然さん、麒麟とは……」

 

「我々の国に伝えられし聖獣です。心清らかなる魂が、後に世を治める聖人の誕生を教える為に遣わす者……」

 

その言葉に、いつきは思わず真後ろを振り返った。

ひろみと共に病院地下から救助した妊婦の女性。

加山たちが先立って救助していた夫の腕の中で、臨月でありながら昏睡状態に陥っていた。

だが、ここに来て信じられないことが起きていた。

あの光が空間を包み込んだ一瞬。

本当に信じられないことに、女性は意識を取り戻し、同時に産声が上がっていたのだ。

分娩状況など整っているはずが無い。

ましてや母子共に危険極まりない状態で出産に成功するなど、それこそ奇跡でも起こらない限り……、

 

「谢谢你的奇迹,我无辜的妹妹……」

 

驚くばかりのいつきを背後に、泰然は遥か先の光に微笑みかける。

かの聖獣は、命を持たない。

曇りなき魂が昇華するとき、その清らかさを借りて、幻となってその世の平定者の生誕を予言するのである。

だからこそ、泰然は確信したのだろう。

あの聖獣の依り代に選ばれた魂こそ、最早生死を分かつこととなった最後の肉親であったのだと。

 

「素敵な言い伝えですね……」

 

振り返った先には、へその緒が繋がったままのわが子を慈しむように抱く、母となった女性が微笑んでいた。

 

「泰然さん……、私、決めました……」

 

「……何を?」

 

「この子の……名前です……」

 

ほとんどの者は知らない。

今この瞬間に生まれた一つの命を、遥か万里の聖獣が祝福した事を。

そして泰然もまた知らない。

この命こそが、後に帝都を、世界を揺るがす厄災を平定へ導く聖人となることを。

そう、この瞬間こそ、あの世界から来た巨人しか知りえない。

後の帝国歌劇団トップスタァにして動乱の帝都を治めるべく華たちを導いた女傑。

 

『青島きりん』生誕の瞬間だったことを。

 

<続く>




<次回予告>

騎士とは主に剣を捧げ、生涯の忠義を誓うもの。

剣も、意思も、その命さえも……、

全ては王の名誉の為に……。

だから、私は……

次回、無限大の星。

<さまよう騎士道>

新章桜にロマンの嵐!!

拝聴せよ。

ここに王命を言い渡す……


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第8話:さまよう騎士道

GWまでの完成を目指していたのに、気づけば梅雨になってしまった泣

今回は世界華撃団大戦、倫敦編です。

新サクラ大戦の舞台もコロナ収束傾向から無事に開催されていますが、見に行けてねぇ……

原作ではあまりただの良い人だったアーサーと、ただのバトルジャンキーなランスロットで終わってしまいましたが、こちらでは大変なことになっております。

もしかしたらアーサーファンにはちょっと辛い展開になるかもしれませんが、彼の出番はこんな所で終わらないので、そこだけはご安心下さい。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地獄だ。

 

そう思った。

 

四方八方で鳴り止まぬ剣戟と、時折聞こえる異口同音の奇声。それに飲み込まれる誰かの断末魔。

 

痛い。

 

怖い。

 

助けて。

 

母さん。

 

父さん。

 

必死に頭を振り、聞こえないふりをして、ただひたすらに眼前に迫る悪魔に剣を振るう。

 

正義ではない。

 

義憤でもない。

 

ただ、自分が屍になりたくないだけだ。

 

どんなに誓いの言葉で自身を縛っても、どんなに高貴な鎧に身を包んでも、その中にいるのは本当にちっぽけな人間に過ぎないのだ。

 

だから、剣を振るう。

 

ひたすらに剣を振るう。

 

せめて一人でも多く、この地獄から生きて帰れるように。

 

それが、それだけが今の自分に出来る精一杯の騎士道だと信じて。

 

「……危ないっ!!」

 

だから……、

 

「……、ガウェインッ!!」

 

悔しい。

 

死にたいほどに悔しい。

 

一瞬でも背を取られた自身の未熟さが。

 

その死線に身を投げた友の最期が。

 

そして……、

 

「唯一にして偉大なる騎士ガウェインよ。円卓の騎士王アーサーの名において、ここにその名誉を讃える」

 

「……イ……ェス……、マイ……ロー……」

 

「……、……ガウェ……イン……!!」

 

最期まで、友の名を、呼ぶことさえも出来なかった王命が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……夢……」

 

紅の海に沈んだ友に手を伸ばした瞬間、世界が反転した。

返り血に塗れ鉄の腐臭に包まれた鎧は肌を包むシーツに変わり、耳を塞ぎたくなるような剣戟と悲鳴は扉に隔たれた先の喧騒へと変わる。

そうだ。

先の帝都と上海の両華撃団の対戦と、その最中に現れた降魔獣。

尽きることを知らない奴らの執念は帝都唯一にして最大の医療施設を崩壊に追い込み、行き場を失った無数の患者達が自身らの滞在先へ難民の如く流れ込んできた。

何せ本来ならば各々の疾病が治癒するまで安静を言い渡された身だ。可能な限り多くの人間を雨風を凌げる空間に隔離するという点において、この宿泊施設はこの上ない好物件であろう。

深夜から夜通しの患者の受け入れ作業に従事し、残された僅かな時間を睡眠に当てていたことを、ここに来て思い出す。

 

「あれは……」

 

徐に熱を帯びた喧騒に、自室の扉を開きホールを見下ろす。

果たしてそこに見えた光景に、目を見開いた。

なぜならそこにいたのは、自身が良く知る一人の少女だったからである。

 

「ツバサ……!?」

 

 

 

 

 

 

 

<第8話:さまよう騎士道>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……集まりましたね?」

 

大帝国ホテル最上階の最奥。

さながら野戦病院の様相を呈しつつあるその空間に、複数の男女が円を囲むように顔を揃えていた。

彼らが集まった理由はただ一つ。

その中心に立つ男の予言に、従ったためである。

 

『10年後、帝都の太平を脅かす運命が現れる』

 

あの降魔大戦でそのほとんどの戦力を失った都市防衛構想。

当然ながらドイツの伯林を筆頭に急ピッチで華撃団構想が各国で着手されたが、一日二日で構築できるような組織ではない。

希少金属である霊子戦闘機の素材と中枢を担う霊子水晶。

そしてその鎧に同調しうる希有な霊力を持った人間。

既に着手されていた伯林華撃団でさえ、実戦運用に至ったのが大戦の翌年である。

それでも現在のアイゼンイェーガーのプロトタイプである『アイゼンクライトⅣ』はシリスウス鋼の脆弱性という弱点を露呈した張りぼてに近い構造であり、決して今日のような屈強な集団にはなりえなかった。

だが今日に至る歴史の中で、降魔による襲撃事件は世界各国に無数にあれど、それが多数の死者を出すような大惨事にまでは至らなかった。

これには理由があった。

伯林華撃団より以前に世界に散り、人知れず降魔の脅威から都市を、人々を守る者達がいたからである。

 

彼らの名は、『帝国華撃団・奏組』。

 

主に帝都に蠢く降魔たちを霊力を込めた音楽『霊音』の力で秘密裏に滅し浄化する、魔障隠滅部隊である。

総勢30名弱の楽団員のうち、降魔との戦闘をこなせる管楽器部隊「ブラス隊」は5名。

彼らは降魔大戦で混乱に陥った帝都ではもちろんのこと、この10年間世界各地で発生した降魔事件に人知れず立ち向かい、世界華撃団の影でその被害を最小限にとどめ続けてきたのである。

 

『事件は前奏曲のうちに』

 

結成当時より変わらぬ信念の元に。

 

「まずは礼を言わせて欲しい。私の言葉を信じてこの10年、これほどまでに力を添えてくれたことには言葉も無い」

 

集った音色たちに、厳かに礼を述べる銀河。

返事を返したのは、眼鏡をかけた青年『G・O・バッハ』だった。

 

「礼には及ばない。こちらこそ、貴方の先見の明があったからこそ、多くの悲劇を回避できたのだ」

 

「限りないアンゴーレを止められた事……、それは奏組としてこの上ない喜びです」

 

ジオに続き横に立つ青年『フランシスコ・ルイス・アストルガ』も、胸に手をあてこれまでの日々を懐かしむように続く。

常に民のことを第一に考える貴族の誇りを重んじるジオと、その柔らかい物腰からは想像もつかない壮絶な半生を歩んできたルイス。

彼らは大戦の後に程なく世界各国へ飛びまわり、今や世界を牛耳っている男が予言した世界規模の降魔事件に10年に及び対処し続けてきた。

それが、いずれ希望の華を芽吹かせると信じて。

そしてその始まりとなった銀河の進言と、それを信じていち早く海外へ散ったことで、迅速に世界中の降魔の蛮行を阻止できたといえる。

降魔は人々の負の感情から生み出される音色、『魔音』を何よりの糧として成長する。

その終わり無き音楽悲劇を食い止め、希望の音色を響かせた彼らもまた、大いなる功労者といえるだろう。

 

「霊脈調査は?」

 

「おう! 南は斎場御嶽から北は旭岳まで、47箇所の霊脈地点の調査及び瘴気浄化、完了してるぜ!」

 

「どこかの誰かが道草食ってなければ1ヶ月は早く終わってただろうけど。……まあ、束の間でも平穏が保たれていたことには感謝してるよ」

 

2年前まで上海華撃団結成に前後して主にアジア諸国を引き受けていた桐朋兄弟は、他ならぬ銀河の進言を受けて2年前に帝都に帰国。

『霊脈』と呼ばれる日本列島に総じて50箇所以上存在するという霊気の吹き溜まりとも言うべき地点の調査と、周辺の魔音の浄化を行ってきた。

人好きでおせっかいな源二の性格と、源三郎の証言から恐らく諸国漫遊にやや時間を浪費した感は否めないが、概ね銀河の望む回答が帰って来た。

銀河曰く、『霊脈』はこの列島を覆う霊音が自然界の中でもより強く出現する場所であるらしく、来る『運命の日』にそのすべてを左右するという。

 

「本当は……、一緒に連れて行きたかったんだけどね」

 

「そう言うな源三郎。また不幸を招いたって落ち込むぜ?」

 

いつもの軽口が、僅かな陰りを帯びる。

その理由は、語るまでも無い。

いないのだ。

本来ならば運命の日を前にして、ここにいるべき人物が。

この音色たちを纏める、最後のピースが。

 

「状況は好転せず。……だが悪化もしていない」

 

「……辛い役を押し付けてしまいましたね、ヒューゴ」

 

「構わない……。それが、俺の背負うべき罪であり、罰だ……」

 

謝意を述べるルイスに抑揚の少ない声でそう返すと、ヒューゴは部屋の先に続く暗がりに視線を移す。

そこには、最後のピースが穏やかな表情のまま、時を止めて眠り続けていた。

2年前の、『あの日』から。

 

「そして、決して諦めない……。俺をそうさせたのは、お前だからな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そうだろう……、ミヤビ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼間だというのに、そこは都会の真ん中にあることを忘れさせる静けさを持って聳えていた。

パンクラス通りに面した場所に存在する、大英博物館図書館。

英国最大の知的財産の全てを集約したこの場所の一角には、かの福沢諭吉や夏目漱石が足を運んだことでも知られる史書閲覧室が存在する。

時折次の知識を探して闊歩する足音と、度々ページをめくる以外に一切の音が遮断されたこの空間で、男は静かにため息を吐いた。

 

「……やはりここもダメか」

 

落胆の息と共に戻したのは、英国新聞の特集を纏めたスクラップ記事の原本だった。

再掲された書物では検閲対象であるからと、唯一保管が許されたこの場所に一縷の望みを懸けてはいたが、やはり無駄骨に終わってしまったようだ。

しかし逆にその事実は、男の脳内のロジックにある反証を築き上げつつあった。

 

「(一般市民の知りうる限りの情報経路における徹底された遮断……。情報が遺棄されていたのではない。意図的に封鎖されている。それも国家ぐるみで)」

 

男が辿っているのは今から5年前。

この英国の地に誇り高き円卓の騎士が蘇った、その瞬間である。

当時の瞬間は、英国新聞にも大々的に報じられ、隣国にて咲き誇った御旗に代わる新たな剣とさえ称された。

その始まりとなったはずの『あの事件』の顛末が、確認できない。

当時の新聞記事も、各種メディアの記録も当たってみたが、何一つ残されていない。

そしてこの新聞記事の原本にいたっては、ご丁寧にその記述があったであろう部分が破りとられているときた。

通常ならばここで足取りが終えないと背を向けてしまうところなのだろうが、何せ不明な事実にはしつこいくらいに食らいつくこの男だ。

何も手がかりが無いという一点から、男の脳内に導きだされた論理の答えは、

 

「こちらでしたか、明智さん」

 

ふと名前を呼ばれて振り返る。

見知った顔が見え、こちらも自然に笑顔になった。

 

「お勤めご苦労さん、ミス・レゾン」

 

互いの関係性を勘ぐられる都合上、ファーストネームを呼べないのが何とも歯がゆい。

だがそれをおくびにも見せず、明智と呼ばれた男は、レゾンと呼んだ女性、メルと連れ立って図書館を後にする。

朝一番から入り浸っていたと思っていたが、気づけば外は昼下がりのロンドンが広がっていた。

 

「収穫はありました?」

 

「何も。だがこれで確信が持てた」

 

「やはり、現地に行くしかないということですね」

 

「そっちは? 例のガードは固いかい?」

 

「ええ。少なくとも外部は入れたくないようです」

 

周囲に悟られぬよう、主語を省いた最低限の会話で双方の状況を確認しあう。

それが終わるあたりのタイミングで、通りから離れた場所に立つカフェに並んで入った。

可愛らしいデザインの看板には「カプリコーン」の文字がケーキを持ったヤギのイラストと共に客を出迎えた。

自分達と同じ頃に開店した、洋菓子と紅茶の美味しい店である。

 

「ヒューヒュー! いらっしゃいませお二人さーん! 今日も昼間からお熱いねー!!」

 

「シー、茶化さないで」

 

「いつもの奴、頼むよ」

 

豪快なウエイトレスのウェルカムに苦笑を浮かべつつ中に入るまでが、二人のルーティーンであった。

とはいえこの英国に移住して以降毎週のようにこのテンプレートである。

傍目から見てもそれなりの関係を感じさせるといわざるを得ないなら、いっそそれっぽく振舞ったほうが自然というものだ。

 

「ベル、ダージリンとペコお願ーい」

 

「マスター、ランチ終わりで?」

 

「終わりー」

 

表情に乏しいベルと呼ばれたウエイトレスが、手馴れた様子で紅茶を注ぎつつ、看板をひっくり返す。

相変わらず手際が良いと、明智は一人感心した。

 

「さて……、状況は変化無しって所?」

 

調子の良い声色はそのままに、僅かに表情を戻したマスター、シー・カプリスが問う。

頷いたのは、向かいに座るメル・レゾンだった。

 

「特に海上事件があるわけでもないのに、ヴァージン諸島周辺だけは警備が厳重なままよ。海上警備の半分を割いているといっても過言ではないわ」

 

「ご丁寧に大英国博物館の史書閲覧室まで検閲済みと来たもんだ。余程よそ者に見られちゃ困るものがあるってことだろうな」

 

隣に座る男、明智小次郎もまた私見を述べた。

明智小次郎は、元帝国陸軍に所属していた経歴を持つ私立探偵である。

ここにいるメル、シーとは、ある経緯で知り合い今に至る。

というのも、かつて彼女達はフランスの首都パリで一番の有名どころであるテアトル・シャノワールの従業員であり、同時にその地下に建設されていた霊的組織『巴里華撃団』のオペレーターでもあった。

そのシャノワールには明智の妹がレビューダンサーとして勤務しており、そこでウエイトレスであるベルことベルナデット・シモンズと共にある事件に巻き込まれて互いの素性を知ることとなった。

5年前に巴里華撃団に代わり欧州に編成された倫敦華撃団の設立と共にはるばる英国へ渡り、ある人物の依頼で調査を続けていたのだ。

その人物は言った。

 

『倫敦華撃団の設立には裏がある。これは陰謀だ』

 

かつて政界で『鉄壁』の異名を持つほどの彼がそこまで動揺させた陰謀を突き止めるべく、メルはロンドン市警の一巡査として内部から、明智はダンサーの妹に養われる流浪人のふりをして周辺から探りを入れていた。

その仮のアジトとして機能しているのが、シーの開店したこのカフェである。

 

「ヴァージン諸島の多くは無人島という話……。でも一部の島には植民地時代の子孫が隠れ住んでいるとも言われているわ」

 

「降魔大戦後に英国で最も降魔の被害が甚大だった場所ね」

 

それは、言うなれば重なった不幸によって滅んだ島であった。

降魔大戦の後、帝都より世界に散った奏組は文字通り世界各国で暴れまわる降魔相手に奮戦し、伯林華撃団を始めとする世界華撃団の設立まで被害縮小に尽力し続けた。

そんな彼らの守護の手が唯一届かなかった場所が、この英国領ヴァージン諸島である。

何せ月に数回の警備巡回で連絡を取る程度の小民族の島々だ。

件の怪物に襲われたとしても、本土を経由して連絡が届くまでに時間がかかりすぎる。

そして英雄王の誕生の前日、『アヴァロン』と名づけられた諸島内でもとりわけ小さな無人島において、件の聖剣が発見された。

 

「情報筋のほとんどは、降魔たちの狙いがアヴァロンに眠る聖剣エクスカリバーであり、それを手にした現団長アーサーの一振りで降魔は全滅した……それがシナリオのようね」

 

1週間。

それが聖剣と英雄王の生誕から円卓が揃うまでに要した時間である。

世界華撃団連盟の後ろ盾を得て花の都に眠る霊子核機関と技術の全てを吸収し、今や伯林と双璧を成す西方の剣として騎士たちが名声を上げるまで、あまりにも期間が短すぎる。

まるで、誰かが最初から仕組んでいたかのように。

 

「その答えなら、既に出ているよ」

 

裏口から飛んできた声に、4人の視線が集中する。

やがて店の奥から顔を見せたのは、他ならぬ彼らの依頼人だった。

 

「迫水支部長!」

 

かつてライラック伯爵夫人と共に巴里華撃団を創設し、超古代の伝説から巴里を守った巴里花組の生みの親。

賢人機関を始め政界に広く顔を知られていた壮年の功労者も、今は立場を追われ人目に隠れながら息を潜めるように生き永らえている。

心なしか、こけた頬や青白い顔色に、明らかな疲労と衰弱を感じさせた。

 

「件のヴァージン諸島の一つ、アヴァロン。そこに伝説の通りかつて英雄王と呼ばれた男の聖剣が眠る遺跡の跡が残されていた。既にほとんどが焼き払われてしまっていたが、人間を収容できる施設のようなものも建設されていたようだ」

 

「一体どうやって……!? 私達でも下手に接触できなかったのに……」

 

メルが驚愕に目を見開く。

ロンドン市警に配属されて情報を得ようと試みても手も足も出なかったというのに、上陸しなければわからないような情報をどうやって掴んだというのだ。

そもそも迫水は10年に及ぶ隠遁生活の為に健康を崩しがちで、このカフェの地下室に身を寄せていたはず。

一体どんな手品を使ったというのか。

その種は、実に単純且つ衝撃的なものであった。

 

「伝手を頼らせてもらったんだ。人間だったら島には近寄れないだろうけど……、ウサギなら怪しまれないよね?」

 

意味深に笑う迫水に、明智は以前妹に聞いた奇妙な話を思い出した。

曰く、タキシードに身を包んだウサギにニンジンを求められた事があったと。

効いた当初こそ夢でも見たのではないかと一笑に付したが、まさか……。

 

「そして彼らが警備船の中から持ち出してくれたこの中に、見逃せない名前があった」

 

そう言って懐から取り出した紙片に、一同はまたも驚愕した。

ページ1枚分しかないが、そこに列挙されている警備船に乗船した市警の人間の名前から、乗船者の名簿と分かる。

その中の一つの名前を、迫水は指差した。

 

「ヤスヒロ・サナダ……。帝都で生物進化学を研究していた、生物学の権威『真田康弘』教授だ」

 

「日本人……? でも何で……」

 

「それに真田教授と言えば、2年前に……」

 

重々しく迫水が頷く。

そう、帝都の誇る生物進化学の権威は、2年前にその研究を永遠に止めていた。

当時極秘に研究を続けていた、忌まわしき欠片の為に。

 

「発見されたんだよ。焼き払われた施設の残骸から、その痕跡が」

 

「痕跡って、まさか……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……マガ細胞……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月組からの報告に、すみれは忌々しげに呟いた。

10年前の死闘の中で人知れず回収されていた、言わば『破滅の欠片』。

人類を大きく凌駕し、天変地異に匹敵する脅威であった降魔皇ならば、その細胞片一つでも大きな妖力を秘めているに違いない。

そう睨んだ国内の一部官僚や軍部が結託し、密かに研究を進めていた事実を知ったのが2年前。

あの時、研究所諸共消滅したと思われていた細胞片が未だ現存し、この帝都社会に潜んでいたとは。

 

「佐久間理事長の手記の中には、提供者として『真田教授』の名前が確認されています。恐らくあの事故の前後で一部が譲渡されていたものかと」

 

「そう考えるのが自然ね。時期的にも泰然さんのご親族が失踪した頃と重なる……」

 

上海華撃団支援者にして中華民国の空を牛耳る若き実業家の無謀な潜入操作の動機は、やはり不可解な失踪を遂げた家族の生死を突き止めるものであった。

2年前に出産のためこの日本に渡ってきた女性、「敏依然」。

幼くして両親をなくした泰然の唯一無二の家族であり、文字通り身を売って生活の糧を稼ぐ中で、予期せぬ命を授かったという。

それが発覚したのは泰然が現在の事業の拡大に成功し、ようやく生活が安定して来た矢先のことであった。

例えどんな形でも、この命を祝福し、大きな愛情を持って育てたい。

生前そう話していたという依然に、すみれは母となった女の強さを見た。

そしてそれは、数多の命と溶け合い、大いなる神獣を遥か異国のこの地へと呼び寄せるに至った。

 

「奏組の報告では、真田教授は佐久間理事長に人造降魔のサンプルを複数渡して独自に研究を促していました。さすがにデノンマスターがいない分苦戦はしなかったと言いますが……」

 

「逆ですわ。デノンマスターの力を持たない佐久間が使役できるほどに人造降魔の制御難度が下がっている……。生物兵器としての改良が進んでいたということよ」

 

デノンマスター。

その名はかの音色たちにとって、何よりも憎むべき仇敵たちの総称を意味する。

都市部に集中する人々の負の感情を糧とする降魔達を、「魔音」と呼ばれる音色で使役し、降魔大戦の1年ほど前から暗躍を開始していた者たち。

一匹一匹ではさして知能も高くない降魔を纏め上げ、一個大隊に匹敵する統率力で率いてきた彼らは、吹き溜まりと呼ばれる瘴気のたまり場に降魔を集めて暴れさせるなどゲリラ戦を展開してこちらに揺さぶりをかけていた。

特に大規模な戦闘が展開された聖アポロニア学園での一件以降帝都全体に瘴気が蔓延した事で、帝都内の降魔の動きが活発化し、最終的に降魔皇の復活に至ったものと推測されている。

件の真田教授も、その悪夢の楽団への協力者の一人だった。

 

「それでは、やはり彼女も……」

 

秘書の問いに、すみれは沈黙を持って肯定する。

それは2年前、まだ帝都の防衛を魔障隠滅部隊に頼っていた頃のこと。

降魔大戦によってそのほとんどが戦死したはずのデノンマスター集団「モナダ」が密かに降魔軍団を組織し、帝都主要部への奇襲を企てているという一報が入った。

その情報提供者であり、帝国華撃団に救助を依頼した人物こそ、日本における生物進化学の権威の一人であった『真田康弘』であった。

曰く、モナダ残党に脅迫され、人造降魔の改造に着手させられている、助けて欲しいと。

当時結成間もない上海華撃団の協力を得て、帝国華撃団奏組が出撃。結果として総攻撃は未然に阻止され、残るデノンマスターも研究所の崩壊と共に全滅した。

だが、その代償は大きかった。

救助を要請し、月組隊員と奏組隊長が保護していたはずの真田は、何者かの手によって殺害されていた。

居合わせたと思われる月組隊員『望月ハツネ』も死亡。

同じく奏組隊長『雅音子』は一命こそ取り留めたものの、未だ昏睡状態にある。

モナダ残党によって口を封じられたのか。

それとも降魔の襲撃を受けたのか、真相は定かではない。

しかし今考えれば、その後にハツネの死に納得できなかった夫のバランがあのような狂気に走ったことにも、何か理由があったのかもしれない。

現に真田は生前自ら人造降魔やマガ細胞の技術を提供するなどコネクションを広げるよう働きかけを行っている。

その積極的な様子は、第三者の強要を受けたようには見えない。

寧ろ自ら進んでこの破滅の欠片をばら撒こうとしているようにさえ見える。

だとすれば……、一つの仮説が成り立つのだ。

 

「恐らく……護衛ではなく、獲物でしかなかったのよ。そしてそれを、他ならぬバランが知ったのだとしたら……」

 

真田がモナダ側の協力者であり、自ら進んでマガ細胞の研究を行っていたとしたら、あの状況で彼の立ち居地は大きく変わって来る。

被害者を装って自分達を誘い出し、司令塔である音子を殺害して奏組の統率を狂わせようとしていたとしたら。

そうすれば彼女を守ろうとしたハツネを殺したとしても、それを見たバランが矜持を捨てるほどに狂気に支配されたことにも納得がいく。

最も当事者である真田もバランもハツネも死んでしまった今、その真相を確かめる術はないが。

 

「すみれ様、明日の華撃団大戦の予定ですが……」

 

一瞬言葉を濁すカオル。

この状況において、やはりWLOFは退くつもりはさらさらないと言う事か。

予想していたことだ、驚きは無い。

 

「倫敦華撃団より、対戦を敢行するとの通告がありました」

 

「……なんですって?」

 

はずだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帝都最大規模の医療施設、大帝国病院の損壊は、日本全土に衝撃を走らせた。

世界規模の華撃団大戦の真っ只中にあり、距離もさほど離れておらず、十分な戦力が揃っていたはずの現状。

にも拘らず降魔と怪獣を退けることこそ出来たものの、肝心の病院は半壊してその機能を麻痺。

数多の患者達が路頭に迷うという、またも痛み分けに近い形で決着してしまったのである。

既に開会式での手痛い敗戦を喫している状況だけに、例え人智を超えた存在であろうと、それに対抗しうる戦力として期待がもたれていたはずの帝国華撃団。

その唯一無二であるはずの彼らへの期待と信頼が、ここに来てほころびを隠し切れないものとなっていた。

 

『……申し上げております通り、先ほど大帝国ホテルにて滞在中の倫敦華撃団隊長アーサー氏より、明日に予定されていた華撃団大戦の実施が明言されました! 先日の上海華撃団との大戦時に出現した怪獣事件への懸念から、中止を危ぶむ声も聞かれていた今回の催しですが……』

 

中継先のリポーターが務めて冷静に状況を報告するも、その声色と冷や汗まみれの表情からは困惑がありありとうかがい知れる。

その渦中の人物は、大歓声の中に立っていた。

大帝国ホテルのフロントに簡素に組み立てられた会見場。

四方八方を取り囲む群衆は、一様に喝采を上げて英雄王を讃え崇める。

その姿はまるで神話の一説の如く神々しさを纏ながら、何かが蠢くような歪さを残していた。

 

『遥か異国の東に生きる民達よ。此度の戦いにおいては、拭いきれぬ傷を各々が抱えていることだろう』

 

まるで飢えに耐える民を慈しむかのような、天から舞い降りる甘美な声。

群集は、瞬きすら忘れて魅入られる。

 

『だがもう心配は要らない。我ら円卓の騎士が齎して見せよう。何年にも及ぶ闘争を経て未だ見えぬ光明を、雄雄しくも美しい勝利の凱歌として』

 

おお……、と群集が僅かにどよめく。

何を根拠にそんな事を断言できるのか。

だがその視線の中心に立つ英雄王は微笑と共にその懸念をも一蹴して見せた。

 

『何故なら、先の戦いでそれは顕現した。英雄王の名の下に生み出された聖剣と、それに認められし救世の聖女が覚醒したのだ』

 

その言葉と共に、アーサーは何かを迎え入れるように右手を仰ぐように広げる。

するとその先から、一人のあどけなささえ残る少女が歩み出た。

まるで差し出された右腕を宿木にするかのように、まるで王に抱かれる聖女のように。

 

『彼女が賜りし名はギネヴィア。この聖剣エクスカリバーが認めた、真にこの帝都を、世界を救う使命を帯びた聖女なり』

 

英雄王がその由来とも称される唯一無二の聖剣を天へ掲げたときだった。

それまで群集は、かの少女が何の根拠を持ってこの場にいるのか、皆目見当がついていなかった。

だがその瞬間、胸中の不安と脳内の疑問は全て光の中に消えうせた。

無理も無い。

掲げられた聖剣に応えるかのように、かの少女の背中から、純白の神々しい光を讃えた翼が現れたからである。

そしてその全てを包む込むような聖なる輝きに、人々は見覚えがあった。

だが、目の前にもたらされたのは驚愕の輝きだけではなかった。

 

『……、傷が治ってる!?』

 

『ほ、ホントだ! 目が見えるぞ!!』

 

『脚が戻ってる!! 立てるわ!!』

 

四方八方から聞こえてくるのは、驚愕と歓喜の声。

度重なる降魔の蹂躙によって蝕まれてきた群集の傷が、心が、その一瞬の光によって嘘のように消えうせたのだ。

 

『これが聖女の力だ。エクスカリバーに宿る歴代の騎士たちの魂が共鳴し、皆の傷を癒したのだ。そう。あの恐ろしい降魔の下僕を浄化させたのは、他ならぬギネヴィアと、このエクスカリバーの力。』

 

それを何と呼ぶか、人々は知っていた。

 

『案ずるな民よ! 恐れるな民よ! 君達の目の前にいるのは、すべての悪を地上より滅する王と聖女なのだ!!』

 

その言葉を引き金に、割れんばかりの歓声が沸きあがった。

長きに渡りこの世に蔓延り続けてきた降魔を打ち破る、絶対的な奇跡の力を目の当りにしたのである。

すでに彼らの心の中に、これまで町を守り続けてきた華撃団という存在は、跡形も無く消えうせていた。

まるでその心を、眩い光によって染められているかのように。

 

『ツバサッ!!』

 

大歓声を割って悲鳴のような叫び声がロビーに響き渡ったのは、その時だった。

黒の修道服に身を包み、ややおぼつかない足取りで、妙齢の茶髪のシスターが入ってきた。

その顔に、群集の何人かは見覚えがあった。

このホテルに円卓の騎士らと共に滞在し、その治癒の霊力で幾人もの怪我人を治してきたシスターだ。

 

『どういう事ですか!? 何故!? 何故娘が神託を!?』

 

その言葉に、顔を知る何人かはハッとする。

確かシスターには、まだ齢10にも満たない修道士見習いの娘がいた。

母親の手伝いをする程度のことしか出来なかったが、それでも向日葵のように明るい笑顔で多くの患者の心を癒してきた。

その少女が今、神託の名の下に王の横に立っていた。

円卓の騎士の一人、聖女ギネヴィアとして。

 

『シスター。娘を案ずる母としての憂いの心、理解する。だが神託は絶対だ。聖剣に宿りし騎士たちの魂が、今ここに使命を成せと、かの少女に奇跡の力を齎したのだ』

 

『その子は聖女ギネヴィアじゃありません! 私の……あの人と私の娘です!!』

 

尚も食い下がるシスター。

するとその両脇を、黒服の男達が取り押さえた。

 

『や、やめて下さい!! 離して!!』

 

抵抗するシスターだが、屈強な男二人を非力な女性が押し返せるはずも無い。

そこへ、一際高らかな声が割って入った。

 

『素晴らしい!! アーサー団長、今回の会見に私は感銘を受けた』

 

その声と共に会見場に現れた人物に、群集は再びどよめいた。

無理も無い。

現れたのはWLOF事務総長プレジデントGその人だったからである。

 

『数多の屍を超え、死さえも恐れず、正義の為に剣を振るう気高き騎士たちの生き様と、新たな姫騎士の誕生を心より祝福する!』

 

『では事務総長。例の話は?』

 

『無論、受理しよう。私は世界華撃団連盟の代表として、君達の濁ることなき清らかな犠牲心と、命を賭して世界を救わんとする少女の決意に応えたい!!』

 

一瞬の沈黙。

静まり返った群集に、事務総長は口端を上げて宣言した。

 

『今ここに帝都民に、そして世界に宣言する。続行の是非を議論していた世界華撃団大戦は、明日の正午にて、帝国華撃団と倫敦華撃団の大戦を予定通り実施する!!』

 

それまでで一番の歓声が、大帝国ホテル中に、帝都全域に響き渡る。

只一つ違うのは、彼らの希望の眼差しの向く先が、かの英雄王の掲げる聖剣の切っ先であったことだろうか。

 

『明日の正午を以って、この世界の真の守護者が英雄王であると証明されるだろう!! 我々は、歴史の証人となるのだ!!』

 

『やめて下さい!! 娘を勝手に巻き込まないで!! ツバサ!! 貴女もこっちに……!!』

 

歓声の中で尚もシスターが叫ぶ。

だが次の瞬間、娘の口から返ってきた答えは、信じられないものだった。

 

『黙りなさい、不敬者』

 

『え……?』

 

表情一つ変える事無く、目線だけを動かして、まるで汚物を見るかのように聖女は吐き捨てた。

その一瞬、言葉が理解できず固まるシスター。

聖女はそんな母に徐に手をかざすと、その手が淡い光に包まれ、

 

『やめろおおおぉぉぉっ!!』

 

遥か頭上から別の声が飛んできたのは、その光が一気に輝きを増したときだった。

直後にシスターを庇うように割って入った黒い影。

やがて閃光の果てに見えたのは、愛用の双剣を交差させて肩で大きく息をする黒騎士の背中だった。

 

『カ、カトリーヌ……』

 

『ツバサ……、アンタ今何しようとしたの!?』

 

煤けた礼服と煙を見て、初めて何が起きたのか察する。

聖女は霊力を圧縮させ、母親目掛けて放ったのだと。

 

『ちょうどよかった。ランスロット、シスターをここから連れ出してくれないか。どうやら足がすくんでしまったみたいだ』

 

『……、シスター・エリカ!?』

 

アーサーの言葉で弾かれたように背後のシスターを見やるランスロット。

だが彼女には、もう自身が移っていない事は容易にうかがい知れた。

 

『どうして……ツバサ……ツバサ……』

 

『シスター、しっかり。奥で休みましょう』

 

放心したまま反応すらしないシスターを肩に抱え、群集に道を開けてもらいながら入り口へきびすを返す。

だがその扉の前にたどり着いたとき、黒騎士は一瞬だけ振り返った。

 

『……ツバサ……』

 

視線だけがかち合う。

だが、その表情が変わることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「華撃団大戦が、続行……!?」

 

作戦司令室で開口一番放たれた言葉に、神山もそう返すのが精一杯だった。

昨日の大帝国病院が事実上機能不全に追い込まれた陰火と降魔獣の襲撃。

居合わせた旧花組関係者らの尽力で死者こそ出なかったものの、大会中に発生した遠方の降魔事件に、自身らの対応が後手になったことは否めない。

そのことから現在の降魔事件が収束するまでは華撃団大戦を延期、もしくは中止を検討すべきだという意見が、そこらかしこで上がり始めていた。

さしもの独断専行が代名詞となっている事務総長も、そうした世論の声を無視することは出来まいと思っていた矢先の出来事である。

しかしその宣言が他ならぬ円卓の騎士団長のものであるという事実が、一同に更なる衝撃を与えた。

 

「アーサー団長は今回の会見で、3番目の騎士団員として10歳の少女を迎えています。昨日の変異降魔獣の消滅は彼女の霊力覚醒によるもので、この大戦を以って世界各国を円卓の騎士団によって統治・守護すると明言しております」

 

「会見でもその娘……、ギネヴィアっちゅうコードネームを与えたらしいねんけど、その娘の霊力で集まった人たちのケガが悉く治ったそうや」

 

口にこそ出さないが、まるで奇跡のようだと神山は思った。

あのマガタマグライとの戦闘時の出来事は良く覚えている。

降魔皇の細胞片ことマガ細胞を移植された降魔獣は、メビウスとギンガの二人がかりの攻撃を受けて尚も立ち上がるほどに驚異的な生命力を誇っていた。

それを一撃で死に追いやったあの眩い奇跡のような光が、新たに円卓に加わった少女のものであるという。

確かに過去のデータベースで霊力を用いた治癒能力は認知されているが、一度に大多数の人間の傷を治すというのは理論上不可能に近いはず。

その少女は何者だというのか。

 

「先の会見で実際にその力を見せ付けたことで、帝都民の間からも円卓の騎士に霊的組織の全権譲渡を望む声すら上がってきているわ。これが何を意味するか、分かるわね?」

 

厳しい表情のすみれにつられ、隊員達の表情が曇る。

そんな中、ミライが思い立ったように疑問をぶつけた。

 

「どうして、争わないといけないんでしょうか? これまで通り僕達が帝都を、アーサーさんたちがロンドンを守る……。それの何がいけないんでしょうか?」

 

「異を唱えている声があるのよ。少なくとも連盟に所属していない私達よりも、連盟の重鎮たる円卓の騎士に世界を委ねるべきだと。他ならぬ事務総長がね」

 

繰り返されてきた連盟の独断に近い姿勢に、ミライは煮え切らない様子で俯く。

普段明るく無邪気で、人を疑うことを知らない彼のことだ。

様々な政治的な思惑がうねりを帯びて澱んでいる今の華撃団の実態に、戸惑っているのだろう。

 

「そして今回の大帝国病院の戦闘で、私達よりその3人目の騎士の存在がよりアピールされてしまった。連盟からすれば、格好の宣伝材料になるわ」

 

もとよりその存在意義すら不透明だった華撃団大戦。

最初の上海華撃団との対戦こそ、敏泰然氏の拉致という不幸が重なったために敢行せざるを得なかったが、ここに来て倫敦華撃団が連盟に歩調を合わせて自分達の排除に乗り出してくるとは想像していなかった。

 

「……何か、嫌な感じだよな」

 

ふと、初穂がこぼした。

 

「今までアタシらが体張って、命張って、この帝都を守ってきた……。守れる存在に近づいてきたって思ってたのに……」

 

「今の私達以上に倫敦華撃団の方が頼もしいと、世論が動いてしまったんですね」

 

「里の掟52条。信頼は積み立て千日、崩落は一瞬と心得よ……。けど……、」

 

「私も納得できません。こんな事で花組から帝都の心が離れてしまうなんて……」

 

初穂の言葉を皮切りに、隊員達も各々の心の葛藤を搾り出す。

難しい話ではない。

今まで頼っていたものより更に上を行くものが現れたため、そちらに関心が移っているだけのことである。

だがこれまで文字通り0から全てを築き上げてきた自分達にとって、帝都を守る唯一無二の霊的組織というアイデンティティは決して崩されてはならない土壌だった。

人も、霊力も、戦闘機も、鍛錬も、資金も、そして信頼も。

ひけらかすつもりなどないが、自分達がかつての花組に代わって帝都の守護に就くという覚悟を持ってここに集まっているのだ。

その根幹が、あの一瞬でひっくり返りそうになっている現状が、歯がゆかった。

 

「……明日の華撃団大戦、受けましょう」

 

それまで沈黙を守っていた神山が、静かに、だがハッキリとそう言った。

 

「確かに倫敦華撃団の力は今の俺達より大きいものがあるのかもしれない。だがそれと、帝都を守ってきた、そしてこれからも守っていくと決めた俺達の決意は別問題だ」

 

「神山くん……、いいのね?」

 

念を押すようにすみれが尋ねる。

倫敦華撃団の挑戦を受けるという事は、少なくとも帝都を守るという任には当たらない、自分達の存在意義を勝敗を持って証明しようという独善と言われてもやむをえない行為だ。

自分達は帝都に生きる人々の生活と心を守るために存在するのであり、決して自分達の力を誇示して不遜な振る舞いが許されることは無い。

神山とてそれは百も承知であるし、自分達のプライドのために戦おうというのではない。

自分達が円卓の騎士に引けをとらぬ力を持ち、これまでどおり帝都を守る任務を継続することに何も不安要素も援助の必要性もないことを証明するのである。

本来ならば華撃団同士がその存続すらも賭けて勝負をするのはきわめて異例であり、禁忌と言っても過言ではないであろう。

しかし、向こうがこちらの存在をあくまで否定してくるというならば、それは力を以ってしても否定しなければならない。

自分達は羨望や自尊のためにここにいるのではない。

かつてこの帝都を守るために命を懸けた人々の帰還を信じ、代わって帝都を守りぬくため、決意と覚悟を共に集まった同志達である。

その絆と覚悟は、何者であろうとも否定はさせない。

 

「みんな、降魔から人々を守る立場の華撃団同士の戦いに納得が行かないこと、俺達と円卓の騎士との間で帝都の人々の心が揺れていることに心が静まらないと思う。だが少なくとも、俺達はこんな形で存在を否定される組織ではないはずだ」

 

「そうね。明日の対戦で勝利すれば、寧ろ私達にこそ帝都を守るに相応しい力があると間接的にも証明できるわ」

 

最初に肯定の返事を返したのは、アナスタシアだった。

それに続き、隊員達は迷いを振り払うように続々と立ち上がる。

 

「やりましょう! もう一度私達の力を証明すれば、帝都の人たちもきっともう一度私達を信じてくれるはずです!」

 

「里の掟63条。逆境こそ勝機と心得よ。あざみもあきらめない。やっとたどり着いたあざみの居場所、こんな形で失いたくない」

 

「やっとつむぎ始めた私達の物語、こんなところで打ち切りなんてあんまりです」

 

「言って分からなきゃ拳で分からすってな! やってやろうぜ! なあミライ!」

 

「え……? そ、そうですね……!!」

 

隣の初穂に背中を叩かれ、出遅れながらも立ち上がるミライ。

花組の相意は揃った。

 

「明日の華撃団大戦……。本意ではなかったが、相手になるなら全力で応じる! 必ず勝つぞ、みんな!!」

 

「「了解!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何故だろう。

何度目かも分からない自問が、いつまでも心で跳ね返る。

何故いつものように、心を合わせられなかったのだろう。

いつもなら、寧ろ自分から倫敦華撃団に挑戦しようと、自分達の存在意義を証明しようと発言さえしていたはずなのに。

 

「……」

 

ふと、視線を遠く離れた故郷に移す。

地球からは煌びやかに輝く星の一つに過ぎない、されど自分にとって唯一無二の故郷。

話には何度も聞いていた。

豊かな自然と溢れる生命。

そして高い知力で発展してきた地球人類。

互いに絆を尊重し、強大な敵にも手を取り合い立ち向かう。

そんな勇敢さと美しさ、気高さを備えた彼らを、自分もまた守れる存在になりたい。

かつて自分が憧れた戦士がそうであったように。

 

瞬間、理解する。

 

他ならぬその決意が今、揺らいでいるのだと。

 

「……だめだ、こんなことでは……」

 

頭を振って、脳内の疑念を振り払おうともがく。

迷ってはならない。

何故ならこの星と、この星に生きる生命を守ることこそが、自分の使命なのだから。

だから……、

 

「信じるんだ……、僕だけは、絶対に……」

 

自分自身にそう言い聞かせるように、何度も何度も呪文のように呟く。

怖かったのだ。

そうしなければ、自分が本当に人間というものを信じられなくなりそうで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カトリーヌは、雪の降る朝に墓地に置かれていた。

 

母の顔も父の顔も知らない。

 

その名前も、置かれていた墓から取ったものだった。

 

拾ってくれたのは通りかかった辺境伯だった。

 

だがそれは善意ではない、戯れだった。

 

学も無く、教養も無い少女は、蔑まれるための玩具となっていた。

 

齢8つの時、1つ下の令息に殴られたお返しに張り倒した罰として、鞭打ちの末に雪の町に放り出された。

 

ボロボロの薄着一枚で夜通し彷徨う少女に、雪の夜は容赦なく体温を奪う。

 

やがて道端に倒れた彼女を見つけたのは、教会のシスターだった。

 

熱にうなされていたカトリーヌに、シスターは優しく微笑み、手をかざした。

 

淡く優しい輝きを帯びたその光が全身を包むと、心地よい涼しさがカトリーヌを包んだ。

 

それが、母親とも言うべき恩人、エリカ・フォンティーヌとの出会いであった。

 

「シスター……」

 

彼女がかつて世界の平和を守る霊的組織の一員だったことを知ったのは、小さな偶然だった。

 

教会を尋ねた若い男性が、何かに思い出したように叫んだのだ。

 

「エリカ・フォンティーヌさんですよね!? あの巴里華撃団の!! ウルトラマンと一緒に平和を守った!! 僕、ファンだったんです!!」

 

興奮気味にまくし立てる男性の口から出てきた言葉に、カトリーヌは驚愕した。

 

カトリーヌは知っていた。

 

ここから海を隔てたフランスには、かつて平和を守る霊的組織が存在したと。

 

平時はレビューダンスで人々の心を和ませ、有事には特殊な甲冑に身を包み、世のため人のために戦う女性達がいると。

 

「シスター! シスターは華撃団の人だったの!? 強かったの!?」

 

思わずまくし立てると、シスターは少しだけ困ったように微笑み、

 

「……昔の話です。今はもう……」

 

そう返して、娘の声で立ち上がる。

 

その背中に、カトリーヌは誓った。

 

ならば自分が華撃団に入ろうと。

 

恐らくは何らかの事情で戦えなくなった彼女に代わり、人々の平和を守るのだと。

 

そうして4年の歳月が過ぎた時、待ち焦がれてきた瞬間がやってきた。

 

英国はロンドンにおいて英雄王が覚醒し、円卓の騎士団こと倫敦華撃団が結成されることになったと。

 

その日から、人知れずカトリーヌは剣術の鍛錬を始めた。

 

型にはまった騎士の鍛錬ではない。

 

相手を倒す、仕留める事だけに特化した自己流の剣術だ。

 

それは今まで貴族という存在に抑圧されてきた自身の下克上だった。

 

生まれついた身分で劣るというなら、実力でそれを覆せば良い。

 

例え自分のように身分の低い人間でも、世のため人のために戦えることを証明してみせる。

 

只そのためだけに剣を振るい続けて2年後。

 

教会の誰にも、シスターにさえ内緒で受けた騎士団の試練に、カトリーヌは合格した。

 

若干14歳にして類稀なる剣術と霊力の強さを見せ付けた彼女は、円卓の中でも指折りの猛者として知られるランスロットの名を賜った。

 

その名に恥じぬ、気高く慈しむ騎士になるのだと、仲間と共に志を立てた。

 

そう、あの時までは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……」

 

懐かしい思い出に、いつしかまどろんでいたようだった。

まだ世界を知らなかった、子供だった頃の思い出。

無邪気で純粋で、真っ直ぐに憧れを夢見ていた思い出。

それを実感すればするほどに、今の言う瞬間の全てを呪わずにはいられない。

あの時、自分が騎士を志さなければ、何も知らずにいられたのにと。

目の前に眠る母親も、その娘も、只平穏に日々を過ごしていたはずなのにと。

 

「シスター……」

 

シスターがここへ来ることになったのは、偏に運命の悪戯であった。

書置きを残して騎士団に入り3年。

中央駅に出現した降魔の軍勢を鎮圧した際に負傷者の救護に当たっていたのが、彼女だった。

遠目からでもこちらを一目見るや、駆け出して転ぶ姿に思わず吹き出し、再会を喜び合う。

せめて彼女の前でだけは、真実をさらしたくなかった。

何事も無く任務を全うする、騎士ランスロットでいたかった。

それが、すべての間違いだったのだ。

 

「……、……ツバサ……待って……ツバサ……」

 

眼前のベッドの上で、シスターは魘され続けていた。

愛する我が子が変貌の果てに消え去る光景に、苦しみ続けているのだろう。

本当なら全てを放り出して付きっ切りで看続けたい。

だが悲しいかな、既に窓の外には朝日が昇っていた。

裁定の瞬間が、眼前に突きつけられていた。

 

「……フッ」

 

一瞬、自重するように鼻を鳴らした。

何の資格があって自分は彼女を看ているのだ。

元凶たる自分に、そんな価値などとうにないはずなのに。

 

「……シスター。ツバサは必ず……、必ず守り抜いて見せます。……黒騎士ランスロットの誇りにかけて」

 

少女の顔から騎士の顔へと変わり、ランスロットはきびすを返して部屋を出る。

その時だった。

 

「……カト……リーヌ……?」

 

騎士の背中が一瞬震える。

まだ、彼女は呼んでくれるのだ。

自分の名前を。

まだ漆黒に染まる前の、無垢な少女でいられた頃の自分の名前を。

 

「シスター……、カトリーヌは……幸せでした……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『全世界の皆様、ご覧頂いておりますでしょうか!? 世界華撃団連盟主催による華撃団大戦! 一時は中止も検討されましたが、他ならぬ倫敦華撃団アーサー団長の希望により、2日目を迎えることとなりました!!』

 

最早聞き慣れた実況が、相変わらず無人の競技場に鳴り響く。

だが場外からは帝都民たちの声援がまばらながら聞こえてきた。

そのほとんどが円卓の騎士と英雄王に送られる賛辞であることに、異様な居心地の悪さを感じないといえば嘘になる。

 

『尚、今回の対戦について、一部ルールの変更があるそうです! それでは事務総長、詳細をお願いいたします!』

 

『前回は上海華撃団との対戦で各隊員個人の能力を存分に披露してもらった。しかしながら華撃団にはもう一つ、不可欠な力が存在する』

 

『それは部隊の統率力、チームワークだ! よって今回の帝国華撃団と倫敦華撃団の対戦は3対3のチーム戦とする!! 互いの力を引き出しあう素晴らしい連携を見せてくれることを期待しているぞ? フハハハハハ……!!』

 

「……チッ。相変わらず耳障りな笑い方するヤロウだぜ……!!」

 

控え室で準備を進めていたところで飛び込んできた一報に、初穂が嫌悪感を露に吐き捨てた。

こちらは前回同様個人戦と考え、それに沿って出場する隊員を選定し申請を済ませている。

その上でこのようなルール変更を持ち出されるのは、後出しじゃんけんをされるようなものだ。

今回はさくらの試製桜武の修繕が間に合っていないことから、神山の他にミライと初穂が選定された。

倫敦華撃団の擁する霊子戦闘機『ブリドヴェン』はいずれも騎士らしく剣を操る近距離戦タイプの装備が特徴だ。

個人戦を想定した場合、遠距離タイプのクラリスとアナスタシアは一方的に攻撃を受ける恐れがあるため、こちらも接近戦の得意なメンバーで構築した。

もしチーム戦であることが分かっていたならば、対策を取れる余地もあったことだろう。

邪推すると、この唐突なルール変更も、明らかに相手側によっている連盟の忖度なのかもしれない。

そう考えると、自分たちをあくまで連盟に逆らう無能な弱者の集まりとして晒し者にしようとする連盟の意図が透けて見え、虚しさを禁じえない。

 

「倫敦華撃団の戦歴ですが……、データはランスロットさんのものしか確認できませんでした」

 

「団長が打って出ることはほぼなし。あのギネヴィアって呼ばれとる子も言わずもがな。ほとんどの降魔事件はランスロット一人で鎮圧しとったみたいや」

 

予測はしていたが、手の内はさっぱりだ。

最もランスロット以外の団員が殉職している以上、他にデータがないことは自明ではあったのだが。

 

「神山さん、どうかご武運を……」

 

「私達は万一に備えて出撃準備に入るわ」

 

「大会のほうはお願いします」

 

「月組も動いている。今日は何か裏がある。気をつけて」

 

今回裏方に入る隊員たちには、それぞれ月組のサポートと出撃準備を命じていた。

何せ前回も大会中に怪獣が出現して対応に苦慮した苦い思い出がある。

降魔たちが何処まで情報を掴んでいるかは不明だが、あの様子では明らかに大会中で迅速に動けない状態であることを狙った上で事を起こしていたはずだ。

ならば二の舞にならぬよう、控えに入った隊員は秘密裏に霊子戦闘機近くで待機し、必要に応じて動けるように手配していたのである。

 

「よっしゃあ! いっちょ暴れてやるか!」

 

「やりましょう、隊長!!」

 

両脇を固める隊員達の激励を背に、神山は競技場の入り口に手をかけた。

 

「帝都の平和は俺達が守る! 帝国華撃団花組、出撃する!!」

 

「「了解!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さあいよいよ世界華撃団大戦2回戦の火蓋が斬って落とされようとしております!! プレジデントGの決定により、先日の上海華撃団とは異なる3対3という異例のチーム戦となりました今回、互いのチームワークが問われる戦いとなりそうです!!』

 

実況にアナウンスに競技場の外部が俄かに熱気だった華撃団大戦会場。

その両端には、それぞれ3機の霊子戦闘機が各々の獲物を手に開戦の狼煙を待ちわびていた。

帝国華撃団の擁するは、神山誠十郎以下東雲初穂、御剣ミライの二名。

対する倫敦華撃団は団長アーサーと黒騎士ランスロット、そして先の会見を持って3人目の円卓を得た聖女ギネヴィア。

かつて巴里華撃団で運用されていた工学技術によって作り上げられた騎士の鎧『ブリドヴェン』は様々な改良が施され、その剣術を以って近距離から中距離において無類の強さを発揮する近接戦闘のエキスパートとして世界中に名を馳せる。

件の3号機については巨大な大盾を装備させている辺り、やはり後衛を任せるということだろうか。

会見の時に披露したという規格外の治癒能力を活用されると、持久戦に持ち込まれたときに分が悪い。

可能な限り早期に決着をつける必要がありそうだ。

 

『聖剣エクスカリバーと、先日覚醒したとされる3人目の団員ギネヴィア隊員の能力は未知数。果たして帝国華撃団は、このまま存在意義すらも円卓の騎士たちに奪われてしまうというのか? 互いに譲れぬ矜持を持ってこの勝負に挑みます!!』

 

「……神山隊長、正直なところ僕は驚いているよ」

 

世界を熱狂させる実況が響き渡る中、唐突に英雄王が語りかけてきた。

開会式前に初穂らに見せたときと同様、あくまで紳士的に穏やかな笑みを浮かべた声色。

だが今の神山にとって、それは明らかな挑発にしか見えなかった。

 

「君達は時に自らの力を過信することがあったとしても、大局を見誤ることは無いと思っていた。故に今回も互いに手を握れると信じていたんだけど……」

 

「アーサー団長。貴方の申し出は確かに帝都を守る大儀に沿っているのかもしれない。だが帝都には我々がいる! 先代花組の志を受け継ぎ、この帝都の平和を守る帝国華撃団が!」

 

迷い無く決別を明言する神山。

言葉こそ丁寧だが、英雄王の言わんとするところはこうだ。

 

「(お前達では役に立たない。代わりに帝都も世界も守ってやるから引っ込んでいろ)」

 

百戦錬磨の黒騎士と、奇跡の力を携えた聖女を侍らせるその神々しささえ讃えた姿に、誰しもが魅入られることだろう。

だが自分達はそうであってはいけない。

それでは今まで上海華撃団に頼りきりであったかつての帝都と同じことだ。

たとえ自分達より遥か高みに座する存在がいたとしても、それに頼り切っていてはいけない。

その背中を目指し、己を高めることにこそ意味があるのだから。

 

「一昨日の戦闘で助けていただいたことはありがとうございました。でも、だからこそ、僕達は貴方達に勝たなければならない!」

 

「アタシらみたいな新参者でも、足元見てると掬われちまうぜ? 帝国華撃団を舐めんな!!」

 

両脇に控えるミライと初穂も、それぞれ自身に続いて啖呵を切る。

英雄王が見せたのは、落胆だった。

 

「その虚勢こそ、自分達の小ささを象徴していると気づいて欲しいものだね。……ランスロット」

 

名を呼ばれた漆黒の鎧が、一歩前に進み出る。

やはり彼女が最前線を担うか。

各々武器を手に身構える中、王の口から放たれた命令は想像を遥かに超えるものだった。

 

「5分の猶予を与える。敵を駆逐せよ」

 

「なっ……!?」

 

一瞬、神山は目を疑った。

最前線に進み出た黒騎士の背後に下がった群青の鎧は、あろうことかその剣を鞘に収めてしまったのだ。

それだけで現状が何を意味するか、神山は理解してしまった。

自分達如き、相手にするまでも無い。

ランスロット一人で十分だと。

 

「僕達は……、相手にもされてないんですね……」

 

「バカにしやがって! 望みどおりアイツからやってやろうぜ、神山!!」

 

「ランスロット隊員……。君は、それでいいのか……?」

 

対峙したまま沈黙を守る黒騎士に、一言だけ問う。

返ってきたのは、宣戦布告だった。

 

「抜け。王の前に立ちはだかるものは全てこの手で排除する」

 

少女とは思えぬ気迫に満ちた言霊と共に、漆黒の鎧が腰に下げた二刀のサーベルを抜いた。

対する神山も、二刀を握る手に力を込める。

それが、合図になった。

 

『こ、これは黒騎士の絶対不変の自信の表れか!? 奇跡の聖女をも従える円卓の騎士を相手に、果たして帝国華撃団に勝機はあるのか!? それでは参りましょう!! 華撃団大戦2戦目、開始です!!』

 

「我が名は黒騎士ランスロット! この命ある限り、王の、聖女の御身に指一本触れさせん!!」

 

漆黒が地を蹴り、風となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日、総統官邸に響く足音はいつになく慌しかった。

手元の資料から視線を柱時計に移すが、まだ時計の針は定期報告の時刻から30分の間隔がある。

 

「ゲルダ女史」

 

横でタイプライタと格闘していた秘書の名を呼ぶ。

怪訝な顔で振り向く秘書だが、近づいてくる足音を察し立ち上がった。

 

「念のため宣伝相を呼んでくれ。それから副官を」

 

その言葉の意味するところを察したか、僅かに表情を強張らせて退室する秘書。

入れ違いに息を切らせて執務室になだれ込んだのは、予想通りの人物だった。

 

「そ、総統閣下! 至急報告すべき情報が……」

 

「続けたまえモーンケ。息を整えてからでよい」

 

ヴィルヘルム・モーンケ。

自身が組織した秘密警察の諜報部副官を務める、ドイツの裏を監視する人間だ。

普段は冷静沈着を形にしたような彼がこうして焦燥を隠しきれない様子から、それに比例するだけの事態であることは間違いない。

だがしかし、このときばかりはその焦燥をヒトラーは内心喜んでいた。

何故ならそれは、兼ねてから危惧されていた一つの漠然とした不安が幻想でないことを証明するものだったからである。

 

「先ほど、アメリカ合衆国保安局より、電報と写真が送られました」

 

「内容は?」

 

「イギリス領ヴァージン諸島、無人島と認定された島の焼失した遺跡地中より、複数の人骨が発見されました」

 

「……やはり、そうか」

 

瞬間、疑念は確信へと変わった。

流石に証拠を残すようなことは下手は打たないとは考えていたが、やはり末端の人間の動向の全てを把握しきれるものではない。

ヴァージン諸島は倫敦華撃団結成前に度重なる降魔の襲撃の為に多くの先住民の人命が失われたと報告を受けていたが、ならば何故新しい人骨が無人島に存在するのか。

そして貴重な文化遺産であろうはずの遺跡群を、何故わざわざ火器を用意してまで処理する必要があったのか。

ナチスドイツのトップに君臨する男の脳内では、その全ての謎が一本に繋がった。

事前にリークを受けていたからだ。

フランスに住むある貴婦人から、恐るべき悪魔の名前を。

 

「良く出来た話だ。本来人間の集まる都市を離れ、海に囲まれた天然の要塞ばかりを襲った降魔。そして間を置かずに発見、覚醒したとされる英雄王と聖剣。まるで大衆向けの芝居のようじゃないか」

 

「では総統閣下。やはり倫敦は……!」

 

「2年前、ある日本の学者が降魔の細胞片を用いた人体実験をしていたことが分かった。そしてその学者の名前が、かつて無人島に向かう巡視船の同伴者の中に含まれていた」

 

皮肉なものだ、とヒトラーは思う。

かつて英国に生きた劇作家はこんな言葉を残した。

 

慢心は人間の最大の敵であると。

 

強固な城に守られていても中に入り込まれれば無防備な首をさらすことになる。

人もまた同じ事。

高貴な血筋に生まれ、剣と甲冑に身を包んだとしても、その中にいるのは人間でしかない。

その人間が平穏を享受し怠惰を貪れば、身につけたすべての鎧はその意味を失うのだ。

 

「果たしてどこまでがシナリオなのだろうね、アルタイル女史……」

 

近づいてくる足音に、ヒトラーは静かに呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

平時においてその名は畏敬を意味した。

そして一度戦場に移れば、それは畏怖へと姿を変えた。

空を覆わんばかりの悪夢の使者達の群れに臆する事無く対峙し、まるで舞い踊るかのように切り伏せていく。

そうしておぞましい断末魔のコーラスが終わったとき、数え切れない屍の中央に、赤黒く汚れた鎧だけが佇んでいたという。

これまで斬り捨ててきた数多の敵の返り血に塗れたその鎧は、いつしか底無き深淵の闇を思わせる混沌の漆黒へと変わり、やがて人々は彼女をこう呼んだ。

 

『黒騎士』と。

 

『凄まじい!! まさしく圧巻というほかありません!! 円卓の騎士最強と目される黒騎士ランスロット。帝国華撃団3名を相手に、劣勢どころか圧倒的攻勢を仕掛けております!!』

 

その身のこなしは、霊子戦闘機であることを疑わせるほどに早く、軽い。

その一撃は華奢な少女が放つものとは思えないほどに重く、激しい。

常人ならば目でその姿を追うことすら困難と思わせるほどに。

 

「くっ!?」

 

決して侮っていたわけではない。

任務遂行に際して多くの殉教者を出したという組織内において今まで生きながらえてきたという事は、それだけ他者より秀でた非凡な才が会ったことの証左に他ならない。

だからこそ自分達も出し惜しみはせず、真正面から全力で対峙した。

そのはずだった。

 

「うわっ!?」

 

「ミライ!?」

 

「遅いっ!!」

 

しかし試合が始まるや、漆黒の鎧は突風の如き突進でこちらの陣形を崩しにかかった。

初撃を抑えて反撃しようとしても、今度はこちらの獲物に脚をかけ、華麗に跳躍する。

迎撃に出る二人の隊員を、霊力を帯びた斬撃の波動が襲い掛かった。

まるで隙が無い。

3人がかりで挑んでいるのに、不意を突くどころか反撃の糸口すら見えない。

 

「へっ、冗談きついぜ……!!」

 

さしもの初穂も、息を乱しながらそう呟くのが精一杯だった。

戦闘開始から既に2分。

その僅かな時間の間に、3機の無限は少なからぬ損傷が積み重なりつつあった。

接続されたブースターは加速するたびに消耗が激しくなる。

だがあの黒騎士の攻撃はいずれも最大出力で受けなければ押し切られる。

故に霊力の温存といった消極的な戦法は自殺行為に等しい。

 

「はぁっ……はぁっ……!!」

 

だがしかし、この現状が神山たちばかりに不利に働いているかというと、そうとも限らないようだった。

攻撃の手こそ緩めないながら、黒騎士の太刀筋は明らかにその精彩を欠き始めていた。

 

「……そういうことか……」

 

瞬間、神速の戦略家の脳内はある限りすべての情報を集約し、最適解を構築する。

あの漆黒の狂戦士を攻略する策は、成った。

 

「花組各機に通達。 これより3分間、敵機の攻撃に対し連携して防御せよ! こちらからは反撃を仕掛けない!」

 

「どういうことだ、神山?」

 

「説明している時間はない。現状は防御に徹するんだ!」

 

流石に突貫工事の作戦だけに、説明もなしに下す命令としては些か不明瞭であった点は否めない。

だが悠長に説明させてくれるほど相手も甘くないだろう。

時折迫る裂帛の一撃を紙一重でかわしつつ、神山はやがて来るであろうその時を待ち続ける。

そして……、

 

「……ぐっ!! ……はぁ……はぁ……!!」

 

戦闘開始から4分。

それまで競技場を暴風のように暴れまわっていた漆黒の鎧が、突如その脚を止めた。

全身からは一斉に熱せられた蒸気が噴き出し、片膝を突いてサーベルを杖代わりに息を整えている。

予想通りだった。

ブリドヴェンの構造、ランスロット自身の戦い方。

それはいずれも強敵との1対1の勝負ではなく、1対多数の集団戦に特化したものになっている。

降魔に対してはほぼほぼ一撃で。

そうでなくとも指揮官に該当する敵に対しては速攻で決着がつくように、先手必勝の短期決戦を挑むスタイルなのだ。

初手からありったけの霊力を練りこんだ剣戟で絶え間なく仕掛けてきたのも、うまくいけば最初の突撃で敵の数を減らそうと考えていたからだろう。

こうした相手には、真っ向から迎撃するよりももっと効果的な方法がある。

それがこちらから攻撃を仕掛けず、ひたすら相手の攻撃をいなし続けるというものだ。

どんな生物でも生物である以上体力が存在し、それが枯渇すれば疲労状態に陥る。

ましてや霊力という希少な力を霊子水晶に注ぎ込んで機械を動かしているのだから、その消耗は計り知れない。

最初にアーサーが告げた5分の刻限を待つつもりでいたが、どうやら先に相手の鎧が音を上げてしまったようだ。

 

『おぉっと、これは誤算か!? ランスロット隊員のブリドヴェン、ここに来てオーバーヒートを起こしてしまったようです』

 

競技場をどよめきの声が包んだ。

無理も無い。

常勝無敗、百戦錬磨の異名を欲しいままにしてきた円卓の騎士の一角が、あろうことか自滅に至ったのである。

これで状況は3対2。

加えて大盾を装備したギネヴィアは明らかに接近戦に向いたタイプではない。

これならば実質脅威となるのはアーサー一人。

不完全ながら、戦局はこちらへ傾いたとさえ言えるだろう。

 

『帝国華撃団3名を相手に善戦したランスロット隊員でありましたが、これ以上の競技続行は困難と見られます。従ってこの時点で、ランスロット隊員は離脱ということに……』

 

「まだだっ!!」

 

だが、最早沈黙しかけた鎧の中で、黒騎士は尚も吼えた。

 

「まだやれる……。まだ、まだ私は戦える!!」

 

部品が限界を起こし、火花が散る鎧を強引に動かし、ランスロットが再び剣を構える。

もし内蔵された霊子核機関に深刻なダメージが発生すれば、場合によっては霊子水晶の爆発に巻き込まれる可能性すらある。

その危険すらも侵して尚も立ち上がるというのか。

一体何が彼女をそこまで駆り立てるというのか。

 

「私は負けない! 絶対に、負けるわけには行かないんだっ!!」

 

先ほどまでとは比にならない、視認できるほどの濃度の霊力が、両手の刃に輝きを与える。

 

「聖なる泉に零れし清らかなる雫よ。今この刃に集い、敵を滅せよ!!」

 

地を蹴り跳躍した漆黒が、双剣を頭上に掲げる。

刀身に集まる霊力は水の如く膨らみ、断罪の光となって天に宿った。

 

「パニッシャー・アロンダイトオオオォォォッ!!」

 

「……やむを得ん!!」

 

瞬間、動いたのは神山だった。

二刀を交差させ、天上の閃光に真っ向から挑む。

そして……、

 

「た、隊長!?」

 

「神山! 大丈夫か!?」

 

一瞬視界が閃光に阻まれ、神山の安否を案じる隊員達。

だがやがてその先に見えた光景に安堵する。

無限は、間一髪で漆黒の双剣を押さえ込んでいた。

そして相対する黒騎士は、全身から煙を上げて沈黙していた。

最早自力で動くことも叶わないだろう。

 

「ランスロット隊員、これ以上の戦闘は不可能だ。貴女も分かっているだろう」

 

「う……、うう……!!」

 

最早檻となった鎧の中で、黒騎士は感情に肩を震わせていた。

神山は、務めて穏やかに戦線離脱を訴えかける。

これ以上の戦闘は、何より彼女が危険だ。

 

「……ダメだ……」

 

搾り出すように返ってきたのは、躊躇いだった。

 

「ダメなんだ……全部……全部私が倒さなきゃ……、あの子に戦わせちゃ……ダメなんだ……!!」

 

「どういうことだ? ランスロット隊員、何が……?」

 

それは勝利に固執する未熟な騎士の未練ではない。

自分達の知りえない事情から、危険を侵してでも戦い続けなければならない者の恐怖だ。

その正体を問いただそうとする神山。

だが、その奥から放たれた厳とした声がそれを許さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「刻限だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!?」

 

葛藤に潤んだ瞳が、恐怖に見開かれた。

まるで定められた罰が決まった囚人のように、黒騎士が恐怖に震え始める。

 

「おい、一体どうした!?」

 

「ランスロットさん!?」

 

明らかな彼女の異変に、初穂もミライも身を案じる。

その時だった。

 

「ぐあっ!?」

 

「神山!?」

 

それまで沈黙していた漆黒のブリドヴェンが、突如弾かれたように眼前の無限を組み敷いた。

両腕に双剣を突き刺し、その上から押さえ込む。

だが一連の行動がかの黒騎士の意思でないことは、彼女の様子から明らかだ。

 

「……いや……、そんな……いや……いや……!!」

 

「拝聴せよ、英雄王の名の下に、ここに王命を言い渡す」

 

知る限りの紳士然とした彼とはまるで別人のような、威厳に満ちた声がその場を支配する。

その場の誰もが、まるで魅入られたかのように動けない。

自らの一挙一動側さえ、彼の許し無くして行うことが許されないかのような、そんな感覚だった。

 

「その気高き心を以って数多の悪魔を討ち取った偉大なる騎士ランスロット」

 

「ひっ!?」

 

何かに怯えていたランスロットが、凍りついたように声を失う。

瞬間、一つだけ理解する。

彼女がここまで恐れているのは、かの英雄王その人なのだと。

 

「円卓の騎士王アーサーの名において、ここにその名誉を讃える」

 

「……イ……エス……、マ……マイ……ロー……」

 

途切れ途切れに服従の言葉を返すランスロット。

その背後に、巨大な光の柱が出現した。

それは、英雄王が天に掲げた聖剣から伸びた光だった。

まさか……、

 

「英雄王アーサーの名の下に、栄誉ある安らかな死を」

 

「……、……!!」

 

すべてを理解した一瞬、我に返った神山は、自身の霊子水晶にありったけの霊力を練りこんだ。

そして……、英雄王の名の下に審判が振り下ろされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オーバーロード・エクスカリバーーーーッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

懐かしい夢を見た。

まだ自分が、何も知らない少女だった頃の夢。

仲間と、恩人と、そして最愛の少年と共に平和のために戦った、かげがえのない夢。

遥か3000年という途方も無い時の輪廻の中で、ようやくめぐり合えた彼と家族になる夢。

自身に宿った命に思いを馳せるたびに、言葉にならない幸せがこみ上げてきた。

ありきたりな、平穏な、待ち望んでいた平和の中で、幸せを噛み締めながら生きていく。

そんな、あまりに儚い夢を見た。

 

「あ……」

 

ふと、光に消えた笑顔が、見慣れた天井に塗り変わった。

瞬間、横に置かれた粗末な人形のような置物が、せわしなく手に下げたベルを鳴らし続けていた。

 

「おー、お目覚めみたいやな。流石『目覚ましくん』はええ仕事してくれるわ」

 

その声を聞いた一瞬、夢の中で感じた懐かしさが、唐突に蘇った。

もう何年も会えずにいた、遠い島国の戦友の声だった。

 

「よっ、おはようさん。久しぶりやなエリカはん」

 

「紅蘭……さん……」

 

トレードマークの眼鏡とそばかすはそのままに、体つきの良くなった彼女を、エリカ・フォンティーヌ・モロボシは知っていた。

李紅蘭。

かつての帝国華撃団花組隊員にしてメカニックの兼任者。

そして古巣で立ち上げた上海華撃団の総司令も務めていた女性だ。

隣には見慣れない男性の姿もある。

 

「しばらく会わん内に、ちょっと痩せたんちゃう? キレイな髪も短くしてもうて……」

 

「ど、どうしてここに……?」

 

倫敦華撃団と共にこの帝都に来たことを、ましてやこのホテルに滞在していることを、エリカはかつての関係者に誰にも伝えていなかった。

元々エリカが帝都に渡ったのは、ある偶然によるものだった。

移り住んだロンドンの小さな教会に保護した一人の少女が、件の円卓の騎士に入隊し、かつての自分のように平和のために戦う戦士になった。

あれから10年。

世界の脅威こそ落ち着きを見せたものの、未だ帝都では降魔事件が耐えない。

最早霊子甲冑すら持たない今の自分に出来ることを模索したときに思いついた唯一の方法が、自身の霊力で人々を治癒する医療支援だった。

結果として年幼い娘を連れてこなければならなかったことが痛手ではあったが、黙って何もしないままでいることを、エリカという人間は出来なかった。

10年前に、命を懸けて戦ったあの人たちに、必ず帰ってくると約束してくれた最愛の彼に、少しでも応えるために。

 

「今の帝都月組から情報貰うてな。元々倫敦の設立云々できな臭い話が上がっとったさかい、ウチらも張り込んでたんやけど、まあビンゴやったわ」

 

そう言って部屋の隅を顎でしゃくる。

そこには黒ずくめのスーツにサングラスをかけた屈強な男達が布団のように積まれていた。

全員が全員たんこぶや青タン姿でのびているところを見ると、手荒い歓迎を受けていたようだ。

 

「外部に情報が漏れたと察知した円卓の騎士の支援貴族らが、交渉材料として君の身柄を狙っていたようでね。本当は外交で解決できればよかったんだけど」

 

「しゃあないやろ、最初に奴さんがハジキ向けて来たんやで? 大人しく蜂の巣になれっちゅうんか?」

 

「しかしまあ、WLOFと必要以上に軋轢を起こせば中国政府にも影響が……」

 

「ほんならしばらく中国人やめたったらええねん。大体何処の誰やったかいな? ろくに準備もせんと怪しい病院に乗り込んであっさり捕まったどこぞのアホ社長は」

 

その言葉に紅蘭を嗜めようとした男性はばつが悪そうに黙り込んだ。

強い、と思う。

共に最愛の人と離れ離れでありながら。

わが子を一人で育てながら。

彼女は何故、ここまで心を強く持てるのだろう。

ましてや紅蘭の愛息は、自らの意思で父親と同じ華撃団の一員として生きる道を選んだという。

自分ももし娘が望むなら、人々の希望のために戦う未来があってもいいかもしれない、そう思っていた。

だが……、

 

「エリカはん、それでええねんで?」

 

ふと、紅蘭が優しい声で語りかけた。

 

「頭でなんぼ分かっとっても、母親っちゅうんは子供を大げさに心配してまうねん。ウチの子やら無鉄砲やし何か発明しては爆発さすしで誰に似たんやろか……」

 

「鏡があるが貸そうか?」

 

「せやからあんな形で巻き込まれる子供が心配で苦しいのも当たり前や。ただ、そこで子供を守るために踏ん張らなアカンねん」

 

「紅蘭さん……」

 

何もかも見透かしたように、紅蘭の言葉は心のつっかえをあっさりと取り除いてくれた。

やはり、彼女は凄いと思う。

女性としても、人としても、そして母親としても。

 

「ハイこちら元上海華撃団。……ああすみれはん、こっちは予定通りやで。……了解や」

 

唐突に紅蘭の端末に連絡が入った。

そうだ、帝国華撃団は現在すみれが指揮を執っていた。

こうして人目もはばからず連絡を入れたという事は……、

 

「試合中に重傷者発生。連盟は継続して試合を強行、だそうや」

 

瞬間、自分でも信じられないくらいに素早く、頭が判断していた。

もしかつての装備でいたなら、マシンガンを取り出していただろう。

 

「連れて行ってください! 娘達は、私が守ります!!」

 

「決まりやな」

 

差し出された手を、力強く握り返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「イデデデデ!! 加減してーや!!」

 

「あ~ん、ごめんなさ~い!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

華撃団大戦の会場は、混乱の最中にあった。

アーサーの放った一撃は漆黒の鎧諸共に銀色の無限を包み込んだ。

だがその一瞬、無限は眼前の少女を咄嗟に突き飛ばし、その身に裁きのすべてを受けたのである。

 

「う、うう……」

 

霊子水晶に損傷を受けた無限は大破。

神山自身も意識こそあったが、爆撃の衝撃で重傷を負い、離脱を余儀なくされた。

 

「隊長!」

 

開いたコックピットから引きずるように這い出る神山。

隣のミライが駆け寄ろうとするが、無言のまま手で制する。

怒りに震えるその目は、英雄王に向いていた。

 

「何のつもりだ?」

 

「死の名誉を讃えたまで」

 

「ふざけるなっ!!」

 

微塵も悪びれないアーサーに、抑えていたであろう怒りが波浪のように爆発した。

あの男は、仲間の命をまるで省みていない。

使えなければ迷わず斬り捨てる、捨て駒程度にしか考えていないのだ。

そして何より神山が許せないのは、ランスロットと、そしてギネヴィアにも施しているであろう『何かの誓約』だった。

 

「名誉の死だと……? 王命だと……? 聖剣の力で無理やり従わせた誓約に、何の意味があるって言うんだ!?」

 

「不敬な。我ら円卓の騎士の誇りを否定するつもりか? 我らは神の御前にて人の名を捨て騎士として生まれ変わった。その瞬間から邪な雑念など必要ない」

 

あの瞬間、神山は確かに見た。

死の名誉を受け入れたはずの少女の口元が、助けを求めていたことを。

 

「お前が攻撃を加えるとき、彼女は、ランスロットは確かに助けを求めていた! 同じ仲間に襲われる恐怖におびえていた! そこにいる聖女とやらも、まるで挙動に人間味を感じない!! アーサー!! 彼女達に何をしたんだ!!」

 

これまで様々な人間を見てきた神山誠十郎の、第六感が告げていた。

円卓の騎士は若き高潔な意志が集った気高き騎士道を重んじる集団ではない。

聖剣を握る男がまるで操り人形のように人々の自我を殺し、騎士を演じさせる狂気の部隊だったのだ。

 

「騎士とは常に他者を重んじなければならない。無様に生きる恥を晒すより、名誉ある死を賜る事こそ騎士道」

 

「お前一人の価値観を押し付けるな! その志に賛同して集まったのならともかく、無理やり従わせているなら洗脳と同じだ!!」

 

「何がおかしい? 我々は悪魔共から世界を守るために存在する。惰眠を貪るお友達集団ではない。同志の屍が増えようと、勝利のためなら安いものだ」

 

倫敦華撃団は、戦場の死を恐れない。

死すらも最高の名誉として受け入れる。

かつてアナスタシアからその話を聞いた時から、神山は心の中で危惧していた。

先代の信念を守り、全員絶対帰還を至上命題とする花組の理念を、その話は根底から否定するものだったからだ。

だがしかし、まさか西欧の誇り高き騎士団が狂気の暴君に支配された傀儡組織だとは思ってもいなかった。

これならば先ほどの自身を省みずに戦い続けようとするランスロットの心情も理解できる。

彼女は、あの聖女に祭り上げられた少女を守りたかったのだ。

この騎士団の真実を知るものとして、逃れられない鎖を埋め込まれた自分を犠牲にしてでも、彼女だけは守りぬくつもりでいたのだ。

そしてその決意すら、英雄王は一太刀に切り捨てた。

 

『その通り!! 華撃団はお遊戯ではない。 如何なる犠牲を払おうとも、約束された勝利を齎す!! 気高きアーサー団長の決意に、私は応えたい!!』

 

もはや狂気とも言うべき暴君に諸手を挙げて賛同したのは、やはり華撃団連盟を操る独裁者だった。

瞬間、理解する。

あくまで勝利至上主義に傾倒し、仲間の命を軽んじるというならば、自分達が連盟と手を握る日は永遠に来ないだろうと。

 

『WLOF事務総長権限において命ずる! 引き続き帝国華撃団と倫敦華撃団の試合を続行! そして帝国華撃団が敗北した暁には即時解散を言い渡す!!』

 

「くっ……!」

 

ハッキリ言って状況は絶対的に不利だった。

戦闘不能となった自身は言わずもがな、初穂もミライもランスロットの猛攻で少なからぬダメージを受けているのに対し、相手はまるで無傷である。

加えて先ほどの強烈無比な一撃。まともに喰らえば無事ではすまないだろう。

何か有効な策はないかと、神山は少ない時間で思案する。

が、それは意外なところから否定された。

 

「手出しは無用だぜ隊長さん。こういう奴にはとっておきのやり方があるんだ」

 

「初穂……」

 

「真正面からやっつける、ですよね!」

 

「ミライ……」

 

自分を庇うように並び立つ2機の無限は、僅かな恐れさえ抱いていなかった。

もとより正義感の強い二人のことだ。

すべてを知った今、仲間の命を簡単に切り捨てる暴君を、許すわけには行かなくなったのだろう。

 

『時に非情なまでに勝利を求めるアーサー団長に対し、あくまで全員生還をいうスローガンを覆さないという帝国華撃団! 今回の対戦は、最早一華撃団同志ではなく、華撃団そのものの正義の在り方を問う様相を呈してまいりました!!』

 

「残念だよ。君達もまた、騎士道を体現できない愚者に過ぎなかったということか。もう少し賢い判断が出来ると思っていたけれど」

 

「なめんなよ。アタシらの掲げる全員生還は、先代花組から受け継いだ信念だ! 英雄王だか何だか知らねぇが、そんなもんクソ喰らえだ!!」

 

「愚者と呼ばれても構いません。勝利の為に、仲間を見捨てることが賢いというなら、僕は一生バカのままでいい!!」

 

言うや、2機の無限が地を蹴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再び始まった熾烈な戦いを尻目に、一人の初老の男が自室でうろたえながら身支度を整えていた。

しがない没落貴族として生きてきた彼がここに来た理由は、偏に取引によるものだった。

 

『こちらにつけ。さもなければヴァージン諸島における全てを暴露する。一族郎党無事でいられると思うな』

 

切っ先を突きつけて迫る男にあっさりと屈し、以来この傀儡組織の審判員として立ち回り続けてきた。

だがその結果はどうだ。

頼みの綱であった黒騎士は恐らく再起不能に陥り、秘匿されていた情報はリークの果てに海外に掴まれ、たとえWLOFの傘下にあっても世界を敵に回しかねない状況。

冗談ではない。もう一度上流貴族に返り咲くために話に乗ったというのに、社会の敵となっては一巻の終わりだ。

こうなったら持てるだけの財産で身を隠し、ほとぼりが冷めた所で被害者を装って伯林あたりに泣きつけば良いだろう。

沈み行く船に巻き込まれるなど死んでもごめんだ。

 

「よし、あとは聖杯を……!!」

 

必要最低限の荷物を纏めて部屋を後にしようと立ち上がる。

だがその時、異変が起こった。

 

「な、なんだ!?」

 

突如室内の空間がグニャグニャと骨抜きになったようにゆがみ始めた。

瞬く間に壁と天井と柱の境目が曖昧になり、絵の具を混ぜたかのようにかき混ぜられていく。

そして……、

 

「……いよ……痛いよ……」

 

「家に……母さん……」

 

四方八方から、怨唆に塗れたうめき声が溢れ始めた。

瞬間、全身の毛が逆立つ。

何故なら自分は知っているからだ。

そのうめき声たちの正体を、そして断末魔たちの末路を。

 

「ば、バカな……! 何故今になって……!!」

 

まさか器からあふれ出したのか。

何処までも役に立たない暴君め。

共倒れなどしてたまるものか。

 

「ええい煩い!! 私はこんなところで終われないのだ!! 今度こそ巨万の富を得て……!!」

 

そこまで叫んだときだった。

ない。

大事に持っていたはずの聖杯が、ない。

 

「ほう、随分と魂を溜め込んでいる。中々面白い玩具ですね」

 

「なっ!? き、貴様は……!!」

 

背後の声に振り返り、言葉を失った。

顔のあらゆる器官を失い、何本もの管を伸ばした顔。

巨漢を思わせるほどに肥大化し、病的なまでに青白い四肢。

まさか、開会式に現れたという上級降魔か。

 

「本来は陰火の得意分野ですが……、これなら楽しく遊べそうです。感謝しますよ」

 

「……そ、そうだ! 私はあの暴君に脅されていたんだ! それを渡すから、奴らを消してくれ!」

 

友好的な態度に、秘策を思いついた。

そうだ。何も他所の国に固執することはない。

この降魔こそ、この地上で今最強の存在ではないか。

その庇護に入ってしまえば、たとえこれまでの悪事が露見したところで痛くもかゆくもない。

自身の処世術を使えば、この化け物のコミュニティで成り上がることも……。

 

「では、対価をいただきましょうか」

 

「ああもちろんだ。金か? 宝石ならここにいくらでも……!?」

 

そう言って袋から隠して金属類を取り出そうとした時、突如周辺が暗闇に覆われた。

だが男の口から悲鳴は出ない。

それもそのはず。

何故ならその瞬間、男の頭は異形の手によって握りつぶされていたのだから。

 

「貴方の魂で結構です。これで丁度満杯ですね」

 

赤黒い血を垂れ流すばかりの死体に、興味なさげに異形は呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

殺到する2機の無限を前に、英雄王は微動だにしていなかった。

まるで敵としてさえ認識していない佇まいに、容赦なく同時に切りかかる。

だが次の瞬間、ブリドヴェンを守るように金色の波動がバリアとなって展開され、攻撃を弾き返した。

理由はすぐに分かった。

王の隣に控える聖女である。

 

「無駄だ。我が傍らに聖女ある限り、王に傷つけることなど叶わぬ」

 

再び聖剣が天に掲げられる。

恐らくもう一度先ほどの一撃を加えようというのだろう。

その霊力の集約が終わるまで、聖女のバリアで身を守ろうというわけだ。

 

「笑わせるぜ。結局部下を盾にして、自分だけ安全な場所で攻撃してるだけじゃねぇか」

 

「王とは絶対的存在。王に劣勢などあってはならない。敗北など以ての外」

 

「何故貴方はそうやって、仲間すら見捨てて勝利ばかりに拘るんですか!? 自分の為に他者に犠牲を強いるなら、貴方も降魔と同じだ!!」

 

「王のために死ねるのだ。この上ない名誉である」

 

いつになく強い言葉で非難するミライに、さも当然のように返すアーサー。

その間にも英雄王の聖剣には黄金の霊力が集まりつつある。

させまいとバリアに絶え間なく攻撃を加えているが、強固な霊力により生成された障壁には効果的なダメージが入っていない。

そして……、

 

「終わりだ。王の前に跪け、帝国華撃団!!」

 

再び集まった裁きの光が天へとのびる。

最早万事休すかと思われた、その時だった。

 

「……あぁっ!?」

 

それまで人形のように無言を貫いていた聖女が、突如悲鳴と共に倒れこんだ。

瞬間、王を包んでいた絶対防御の黄金が、消えた。

 

「な、何だと!?」

 

これに驚いたのはアーサーだった。

何せ攻撃を加えるために練り上げた霊力は膨大極まりなく、すぐに防御体制に移ることも出来ない。

千載一遇の逆転のチャンス、逃す帝国華撃団ではない。

 

「行くぞミライ!!」

 

「はい!!」

 

既にバリア破壊の為に至近距離まで間合いを詰めていた二人は、同時に聖女を押しのけて王の鎧に殺到する。

 

「くっ、なめるなぁ!!」

 

苦し紛れに強引に剣を振り下ろすアーサー。

だがその軌道は、あまりに単調で読みやすい。

 

「そこです!!」

 

当たればまともには受けきれないだろう一撃。

だが割って入ったミライの光剣に、それは封殺された。

 

「今です、初穂さん!!」

 

「おっしゃあ!!」

 

攻撃を封じ込められ、身動きの取れないブリドヴェン目掛け、橙の無限が大槌を振りかぶる。

練りこまれた霊力が、焔色の炎となって燃え上がった。

 

「悪い奴には神罰覿面!! 東雲神社の、御神楽ハンマアアアァァァーーーッ!!」

 

がら空きの腹部に、強烈無比な一撃だ容赦なく叩き込まれた。

衝撃のあまり声すら出せぬまま、競技場の端まで吹き飛ばされたブリドヴェンは、壁に巨大なクレーターを残して倒れ伏した。

 

『こ……これは何という大番狂わせでしょうか!? 一瞬の隙を突いて帝国華撃団の東雲初穂隊員、格上のアーサー団長に強烈な一撃を加えました!!』

 

「く、くそっ!! こんな……バカな……!!」

 

全身から火花を散らし、明らかに起動限界を超えているアーサーの霊子戦闘機。

ギネヴィアのブリドヴェンも反撃の様子を見せない。

この瞬間、戦いの趨勢は決まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが……、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何だ!?」

 

それは、やはり何の前触れも無く現れた。

 

「これは……!?」

 

突如鳴り響いた警報と、それを掻き消すようにそれに広がる赤の煙。

間違いない。

この禍々しい妖力の空間は……、

 

「花組本部、応答せよ! 競技場周辺に魔幻空間が展開! 応答せよ!!」

 

反射的に通信機に叫ぶミライだが、帰ってくるのは雑音ばかりで反応がない。

どうやら競技場内と周辺で分断されてしまったようだ。

 

「開会式以来ですね、帝国華撃団。中々面白い見世物でしたよ」

 

「テメェは、獏!?」

 

遥か頭上から降り注いだ声は、見覚えのある上級降魔のものだった。

人の記憶を覗き見て闇に落とす醜悪なる降魔、獏。

だが立ち上がったアーサーは獏自身ではなく、その手にある何かに反応した。

 

「貴様……、何故だ! 何故聖杯を貴様が!!」

 

その言葉に、初めてミライは獏の手に何かがあることに気づいた。

聖杯、というものが何かは分からないが、なにやら高級なグラスのように見える。

だがそれ以上に感じるのは、その聖杯というグラスからとてつもない妖力が溢れているということだ。

 

「近くでネズミが一匹騒いでいたもので。そいつの魂を混ぜたら丁度一杯になりましたよ」

 

「メヌウ……、ぬかったな……!!」

 

「獏! 一体何をするつもりだ!?」

 

「知れたこと。こうするんですよ!!」

 

言うや獏はもう片方の手に生み出した妖力の波動で聖杯を包み込むと、上空へ放り出した。

瞬間、四方八方に電撃が迸り、周囲を無差別に破壊していく。

その時だった。

 

「あ、あれは!!」

 

最初に気づいた初穂が驚愕の声を上げた。

何と少女を乗せたブリドヴェンが聖杯に引きずり込まれたかと思うと、巨大な怪獣へと変貌を遂げたのである。

全身を黒い岩石のような外骨格に覆われた巨躯と、鋭利な牙を生やした顎を左右に供えた凶悪な面構え。

こちらを見下ろすと、口元がニヤリと笑った。

 

「無数の怨念が彷徨う断末魔……。最高の悪夢を味わえそうですね。さあ行きなさい! 我が僕、トロンガー!!」

 

「グオオオオオッ!!」

 

無数の傀儡騎兵を従え、絶望の咆哮が轟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最初に感じたのは、懐かしいぬくもりだった。

真っ白に覆われた世界の中で、何かが羽のように自分を包み込む感覚。

まるで、母親の腕に抱かれているかのような……、

 

「あ……」

 

やがて開かれた瞼に、その顔が見えた。

穏やかに優しく、全てを包み込むように柔らかい、母の笑顔だった。

 

「気がつきましたか、カトリーヌ」

 

「……シスター……エリカ……」

 

彼女の膝の上で眠っていたことを悟ったのは、体を起こしたときだった。

瞬間、眼前に見えた漆黒の鎧を見るや、それまでの記憶が一気に蘇る。

 

「そうだ! ツバサが!!」

 

起き上がるが、すぐにそれ以上進めないと理解する。

何故なら彼女がいるであろう空間は、あの禍々しい球体の波動に包まれていたのだから。

 

「魔幻空間……! まさか、降魔……!?」

 

「娘は……あそこにいるんですね……」

 

人外の力を目の当りにして、僅かも動揺しないエリカ。

その眼差しに、カトリーヌは改めて彼女がかつてこの戦場に生きた戦乙女なのだと実感する。

 

「紅蘭さん、どうでしょうか?」

 

ふと、先のほうで二人に人物が一部分解した霊子戦闘機を前に議論を交わしていた。

男性のほうは分かる。

先ほどまで戦っていた、帝国華撃団の隊長だ。

もう一人の女性は、服装からして中国の人だろうか。

 

「アカンな。霊子水晶もそうやし装甲板自体が歪んでもうてる。もし起動できたとしてもまともに動かれへんで」

 

「そうですか……。まさか前回の反省が仇になるとは……」

 

「仕掛けてくるんは向こうやさかい、後手に回るんは当然や。それに……」

 

そう言って、紅蘭と呼ばれた女性はこちらのブリドヴェンを見て笑いかけた。

 

「こっちは動かせんとまでは、言ってないで?」

 

分からない。

無効はダメだがこちらは動かす、どういうことだ。

 

「カトリーヌ」

 

状況の飲み込めないカトリーヌに、エリカが真剣な眼差しで語りかけた。

 

「あの子を……ツバサを助けるために、貴女の力を貸してください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

閉鎖された空間内で出現した降魔獏との戦闘は、圧倒的不利を通り越して絶体絶命と言って良いほどの窮地に追い込まれていた。

見渡す限りの傀儡騎兵の軍勢に、中央を陣取る再生怪獣トロンガーの電撃攻撃。

2機の無限はそれぞれ背中を守りあうように迫り来る軍勢を迎撃するも、際限なく現れる傀儡騎兵に徐々に追い詰められつつあった。

そして、それは彼もまた同様であった。

 

「どけっ!!」

 

剣を一閃し、眼前の傀儡を纏めてなぎ払う。

これまで作戦上、一個大隊に匹敵する降魔たちを相手にしてきたことも少なくはない。

だが平坦な地形で身を隠す場所もなく、背後を取られるような悪条件は経験したことがない。

ましてや今まで戦闘の大部分はランスロットが担っていたこともあり、ブランクのある最前線は大きな負担となってのしかかっていた。

加えてブリドヴェンも無限も今の今まで真剣勝負でぶつかっていた状況だ。

ただでさえ満身創痍の霊子戦闘機3機でこの無数の敵を撃退するなど、無謀以外の何者でもない。

そして、

 

「……嫌だ……嫌だ……」

 

「ああ……目が……腕が……」

 

「くっ……!!」

 

敵を切り伏せるたびにどす黒い波動のようなものが空間に広がり、何処からともなくおぞましい声が反響する。

その内のいくつかに、アーサーは聞き覚えがあった。

 

「フフフ、踏ん張りますねぇ。流石に無数の血に贖われた玉座は、そう簡単に奪われてはたまりませんからねぇ」

 

「っ! 貴様、何を……!!」

 

「受け継がれた高貴な血統……、由緒正しき精錬の鎧……、そして自らを律する誓いの言葉……。 どんなにそうしたまやかしに身を包んでも、隠し通すことは出来ない」

 

「黙れ!!」

 

「何故なら……、人間とは生まれながらにして醜悪な存在なのだから」

 

「黙れえええぇぇぇっ!!」

 

怒りに身を任せた一閃が、周囲の雑兵を纏めて吹き飛ばす。

だが同時に、怨念の合唱が勢いを増した。

 

「ハハハ……、ここまで……間抜けめ……」

 

「嘘だ……、……で、彼女が……!!」

 

「……魔だ……を殺……!!」

 

「うっ……! 違う……!!」

 

「最初から……訳ないだろ……」

 

「……でなければ……、英雄で……」

 

「どうせ獣と……何が……」

 

「違う……違う……!!」

 

脳内に巣くう悪夢の記憶が掘り起こされる。

必死に頭を振る瞬間、聞き覚えのある声が流れてきた。

 

「……トリア……、アストリア……」

 

それは、幼い少女の声だった。

瞬間、王の聖剣が音を立てて落ちた。

憤怒の形相は凍りつき、たちまち全身が震え始める。

 

「アストリアさんは……立派な騎士に……」

 

「私は信じてます! きっと……きっと……!!」

 

「あ……、ああ……!!」

 

やがてそれは全身を黒の邪念となって包みこみ、

 

「……ヴ……ゾ……、……ヅ……、……ギ……」

 

「ああああああああああぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁ……!!」

 

決壊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アーサー!? クソッ! 一体どうなってんだ!?」

 

突然のアーサーの発狂としか思えない豹変に、混乱を隠せない初穂。

ミライもただ事でないことは察していたが、大群の迎撃に手一杯で返事を返す間もない。

その時、突如空間の外部から一閃した斬撃が、周囲の傀儡騎兵を吹き飛ばした。

斬撃はそのままかまいたちとなって直線距離の敵を纏めて吹き飛ばしていく。

今度は一体何者か。

振り向いた先に見えた漆黒の鎧に、疑問は氷解した。

 

「大丈夫!? 帝国華撃団!」

 

「ランスロット! それに、あの時のシスターさん!?」

 

ランスロットに続いて空間内に入ってきた思いがけない人物に、初穂は驚きに目を疑った。

無理もない。

あの開会式直前の挨拶にホテルを訪れたとき以来会っていなかったし、名前も知らなかったのだ。

まさか倫敦華撃団の関係者だったとは、夢にも思っていなかった。

 

「ツバサは……、娘はどちらに?」

 

優しげな声のまま、凛とした表情で問われる。

気づいたのは、ミライだった。

 

「まさか、あの聖女と呼ばれた子が……!」

 

思わず怪獣に目線を移すミライ。

それを追った先に見た光景に、シスターは全てを察したようだった。

 

「お願いします。私を……、娘の下へ連れて行ってください……」

 

その言葉に、初穂もミライも悟った。

彼女が生身でこの戦場に来た理由を。

そしてその果たすべき目的を。

 

「……じゃあ、私は足止めをしておくよ」

 

ふと、ランスロットが横に進み出る。

そこには、最早面影すらも無くした王であったものがこちらに殺気を向けていた。

 

「……殺す……、殺す……、殺してやる……!!」

 

「どうやら正気じゃなさそうだし、助けてもらった借りがあるもんね」

 

「ありがとうございます、ランスロットさん」

 

「シスター! しっかり掴まってな!!」

 

シスターを肩に乗せ、怪獣目掛け突進する無限。

それを確かめると、ランスロットは構えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それを知ることが出来たのは、偏に偶然だった。

エリカと共に突入を開始する前、帝国華撃団に突如として連絡が入ったのだ。

内容は、総司令が倫敦在住の迫水なる知人からリークされたという、円卓の騎士設立の真実と、その影に隠された一つの悲劇。

図らずも耳に入れた瞬間、ランスロットは全てを理解した。

英雄王が何故、仲間の命をも平然と斬り捨てる暴君になったのかも。

 

「うおおおおっ!!」

 

「はああああっ!!」

 

アーサー、真名はアストリア・アシュフォード。

アシュフォード家の次男として生まれ、3歳年上の兄マクベスと共に育った。

剣術においては兄を超える才を持ちながら、指揮に長けた兄こそ円卓の騎士を率いる器であると団長を固辞。

そのため将来は参謀として兄を支えるはずであったが、結成直前の事件において兄が戦死し、団長に就任した。

これが、誰もが知りうる英雄王誕生の歴史であった。

 

「死ねえええぇぇぇぇっ!!」

 

「遅い!」

 

だがその事件、ヴァージン諸島で発生した最後の降魔殲滅作戦には、恐るべき陰謀が隠されていた。

50日にも及ぶ降魔の執拗な襲撃。

しかし実際に降魔が進行を続けていたのは6日程度。

その間に遠征した円卓の騎士たちは、異国の学者の協力を得て、ある実験に着手していた。

帝都の生物学の権威であった、故・真田康弘教授である。

そして実験とは、降魔の細胞を保護した先住民に移植したのちに解剖・殺害するという人体実験だった。

 

「ぬああああっ!!」

 

「ブレブレよ!」

 

それは利害の一致による協力関係だった。

真田教授は降魔の細胞による実験データ確保のため。

団長マクベスは霊力を蓄えることで所有者の力を増幅するという『聖杯』に贄の血を集めるため。

そして無数の降魔を撃退し続けたという偽りの栄誉に私腹を肥やすため。

悪魔から人々を守るという大義名分の下で、彼らは密かに非道な殺戮を繰り返していた。

そして運命の日はやって来た。

兼ねてから参加を熱望していたヴァージン遠征に、何も知らないアシュフォード家の次男が同行することになったのだ。

 

「返せ……!! グィネを……グィネをおおおぉおぉぉ……!!」

 

現場で発見された最も新しい人骨は、推定8歳前後の少女のものということだった。

彼は目の当りにしたのだろう。

親しくなった現地の少女が、狂気の実験の果てに惨たらしくその生を終えた瞬間を。

 

「そうだ!! お前達は悪魔になったんだ!! 高貴な血を引きながら……、騎士の鎧に身を包みながら……、人々の平和を守ると誓いを立てながら……、心の腐った醜い悪魔に成り果てていたんだ!!」

 

「アーサー……」

 

「これが……これが……、僕がずっと憧れ続けていた、円卓の騎士の正体かあああぁぁぁっ!! 消えうせろおおおぉぉぉっ!! 悪魔共めえええぇぇぇっ!!」

 

その遠征で、アーサーを除く団員は全て殉教した。

後に加わった騎士たちは、いずれも団長と誓いを立てていた。

あらゆる欲を捨て、人々の平和の為に己の全てを捧ぐ事。

分け隔てなく平等に接し、何者にも弱音を吐かぬ事。

有事には自ら死地へ赴き、死を名誉と喜ぶ事。

 

「そうだ……。人は弱い……醜い……、ならばそんな心など要らない……。心があるから欲が生まれ、欲を持つから悪魔になるんだ!!」

 

「……」

 

「だったら僕が体現してやる! 平和のためだけに生き、名誉のために死ぬ理想の騎士団を!!」

 

地獄を味わった彼が唯一見つけた贖罪の道は、人間は心ある限り悪魔であり、それをなくして初めて騎士となれるというものだった。

 

「出来やしないよ、アーサー。今のままじゃ、永遠に理想の騎士団なんて出来っこない」

 

「邪魔をするなあああぁぁぁっ!!」

 

かつて地獄で叫んだであろう悲鳴をそのままに、理性すらなくして突撃する王の鎧。

幾度と無く恐れ、時には殺意さえ抱いた今の彼にランスロットが抱く思いは、哀れみだった。

 

「人を信じられなくなった今のアンタに、人を守れるわけないだろうがっ!!」

 

一撃だった。

すれ違い様に振るった二刀が、青の鎧の両腕を切り落とした。

瞬間、まるで糸の切れた人形のように、王は黙したまま地に伏した。

 

「……背負ってやるよ。私も、一緒に……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エリカを肩に乗せた初穂を背後に庇い、ミライは猛スピードで最前線の敵に突撃をかけた。

何せ初穂の大槌による攻撃は威力もさることながら衝撃も半端ではない。

生身の人間を乗せて走ることなど想定しているはずも無い。

ならば可能な限り彼女が戦わずに済むように先陣を切るのが役目である。

 

「希望の未来に、描くは無限の可能性! ホープ・ザ・インフィニティーッ!!」

 

左腕に生み出した光剣を、無限の文字を描いて放つ。

閃光の斬撃は、前方の傀儡騎兵を多数巻き込み、怪獣の足元で爆ぜた。

 

「グオオオオッ!!」

 

今の衝撃を威嚇と取ったか、トロンガーは咆哮と共にこちら目掛け電撃を放ってきた。

だが、それはミライの狙っていた反撃だった。

 

「(今だ!!)」

 

眼前に迫る電撃に身を投げ出す。

背後に聞こえる声に心の中で詫びながら、ミライは左腕の宝珠を掲げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メビウーーーーーースッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雷撃を掻き消す光と共に、白銀の無限を抱きながら、巨人は姿を現した。

未来を変える可能性を秘めた光の巨人、ウルトラマンメビウスである。

 

「来てくれたか、メビウス!!」

 

「光の巨人……。あれが、メビウス……!」

 

「セアッ!!」

 

橙の無限を庇うように怪獣と対峙するメビウス。

先に仕掛けたのは怪獣だった。

 

「グオオオオッ!!」

 

「スァッ!」

 

口から電撃が放たれる瞬間を狙い、至近距離からメビュームスラッシュを放つ。

普段は牽制技でしかないが、攻撃の隙を突いて放てば有効打になりえるのだ。

 

「グオオッ!?」

 

不意を突く反撃に思わずたじろぐ怪獣。

その隙を逃さず、メビウスは力を蓄えた左腕を振りかぶり、怪獣のどてっぱらに突き刺した。

かつてグロッシーナに取り込まれたクラリスを覚醒させるために用いた必殺技、『ライトニングカウンター・ゼロ』である。

 

「ハアアアア……!!」

 

体内に突き刺した腕にエネルギーを集中する。

このままエリカの娘が覚醒すれば……、

 

「グオオオオッ!!」

 

「ゥアッ!!」

 

だがその前に、トロンガーの容赦ない反撃が襲い掛かった。

竹箆返しとばかりに至近距離からあびれられた電撃に、およそ4万トンの巨体が易々と吹き飛ばされる。

 

「メビウス!!」

 

「クッ! スァッ!!」

 

初穂の声に起き上がるも、続けざまに遅い来る電撃に横に飛んで回避する。

これでは接近することもままならない。

 

「無駄ですよメビウス。以前の小娘の時と違い、トロンガーには小娘のみならず、この聖杯の無数の怨念を吸わせているのです。その状態で意識に触れるなど不可能!!」

 

「クッ……!!」

 

考えうる限り状況は最悪だった。

敵の体内にエリカの娘がいる以上、迂闊に攻撃することは出来ない。

下手に光線を放って爆発に巻き込んでしまえば、考えただけでも恐ろしい事になる。

その時だった。

 

「グゥゥゥゥ……」

 

「な、何だ?」

 

突如、怪獣が元気をなくしたように大人しくなった。

霊子計を見れば、それまで測定不能なレベルの妖力が目に見えて落ちている。

 

「……、シスター……!!」

 

最初に気づいたのは、初穂だった。

自身の肩に立つエリカが、胸の前でロザリオを握り、静かに祈りを捧げていた。

まるで神話の聖母のように、全てを許すかのように。

 

「この期に及んで……、邪魔立てはさせませんよ! トロンガー!!」

 

「グ……オオオッ!!」

 

獏の命令で沈黙していた怪獣が思い出したように電撃を放つ。

だが、それが届くことは無かった。

何故なら割って入った巨人が、身を挺して攻撃を防いだからである。

 

「セアッ!! クゥゥゥゥ……!!」

 

咄嗟に展開したバリアに直撃した電流が激しくスパークを起こし、周囲に飛散する。

最早すぐ側に死が見える状況下において、エリカは微動だにしていない。

 

「この空間に囚われし数多の魂よ……。痛かったでしょう、辛かったでしょう……私には、貴方達の哀しみに寄り添い、祈ることしか出来ません」

 

聖杯から解き放たれ、魔幻空間内に木霊する無数の無念に、静かに子を諭すように語り掛ける。

ロザリオを握る手に、淡い光が宿った。

 

「ですが、神は申されました。全ての命は生まれては終わり、終わっては生まれ、果てることの無い時の輪廻の中にいるのだと。だから……」

 

ロザリオの光が僅かに強まる。

同時に周囲の怨唆が、弱まったように見える。

 

「私は今生の全てを懸けて祈ります。どうか次の輪廻では、皆さんが幸せと思える生に巡り会えますように……」

 

その時だった。

それまでメビウスに絶え間なく攻撃を浴びせ続けていたトロンガーが、再び動きを止めたのである。

それだけではない。

怪獣の中心部分から、エリカと同じ霊力が、淡い光を伴って漏れ出していた。

 

「貴方達の次なる生に」

 

 

 

 

 

「「幸あれ」」

 

 

 

 

最後の言葉に、幼い少女の声が重なった。

その瞬間、信じられないことが起きた。

怪獣の体内に取り込まれた黄金の鎧が光と共に分離し、巨人の腕の中に納まったのである。

 

「ツバサッ!!」

 

静かに地面に下ろしたブリドヴェンに、思わず飛び出すエリカ。

するとそれに応えるようにコックピットが開き、中からツバサと呼ばれた少女が飛び出してきた。

 

「お母さんっ!!」

 

まるで人形のようだった表情が嘘のように、満面の笑顔で母親の胸に飛び込むツバサ。

エリカもまた、両腕一杯に娘を抱きしめる。

娘のためなら危険を承知で戦場まで駆けつける。

まるで奇跡のような親子の愛を、初穂は、メビウスは、まざまざと見せ付けられた。

 

「おのれぇ……、一度ならず二度までも……! 只では殺さん!!」

 

この一連の出来事に憤激しているのが獏であった。

聖杯の怨念をも利用し、勝てると踏んでいた戦況が覆った事実に焦っているのだろう。

自身の妖力を練りこみ、再び怪獣に命令を下す。

 

「こうなれば貴様らだけでも皆殺しにしてくれる!! やれ、トロンガー!!」

 

「グオオオオッ!!」

 

「セアッ!!」

 

取り戻した闘争本能をむき出しに、三度こちらへ襲ってくるトロンガー。

だがツバサを取り戻した今、もう攻撃を躊躇する必要はない。

メビウスも真正面から迎え撃った。

 

「クゥゥゥゥ……、スァッ!!」

 

「グオッ!?」

 

正面から相撲のように組み合うこと数秒、巨人の足が怪獣を掬い上げた。

元から体の大きい怪獣は、ボールのように地面を転がる。

すかさず起き上がる前にメビウスは両腕で怪獣を持ち上げた。

 

「セアアッ!!」

 

高々と掲げた怪獣を、再び脳天から地面にたたきつける。

激しい衝撃に脳震盪を起こしたのか、トロンガーは平衡感覚を失い、立ち上がることが出来ない。

チャンスは今だ。

 

「よし、行くぜ! メビウス!!」

 

「スァッ!」

 

初穂の声に頷き、立ち上がったメビウス。

橙の無限から溢れた神力が、並び立つ巨人へと流れていく。

 

「ハァァァァ……!!」

 

やがて巨人を包む神力は、灼熱の奔流へと具現化され、紅蓮の炎を巨人に宿した。

メビウスと初穂の絆が生んだ強化形態、バーニングブレイブである。

 

「スァッ! ハァァァァ……!!」

 

左腕の宝玉に右腕を重ねるように交差させ、力を集中しながらゆっくりと左右へ広げていく。

すると両腕を囲むように炎の帯が生み出され、眼前に巨大な火球を形成した。

 

メビュームバースト。

 

メビュームシュートを遥かに超える火力で敵を焼き尽くすバーニングブレイブの必殺技だ。

 

「グオオオオオッ!!」

 

「セアアアァァァーーーッ!!」

 

トドメを刺さんと放たれた電撃目掛け、メビウスもまた火球を放つ。

激しい火花を散らしてぶつかり合う二つのエネルギー。

趨勢を決したのは、後者だった。

 

「グオオオオオ……!!」

 

電撃を易々と押し返し、超火力の一撃をまともに受けた怪獣は、数秒苦悶の叫びを上げた後、木っ端微塵に吹き飛んだ。

同時魔幻空間も解除され、元の青空が蘇る。

獏の気配も無い。

恐らくトロンガーが敗れたことで退いたのだろう。

 

「セアッ!!」

 

隔たりの先にいた声が近づくことを確かめ、メビウスは空へと飛び立っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご苦労だった」

 

周囲を闇に閉ざされた空間で響いた声は、労いだった。

それもそのはず。

最初から命じられていたのは、陽動だったからだ。

 

「蓄えは、順調ですか?」

 

そう問うと、声は論より証拠とばかりに刀身を見せる。

曇り一つ無いその身を包む光は、以前見たときよりその強さを増していた。

 

「あの王様には感謝しなければならんな。おかげでかなり集まった」

 

明らかに機嫌の良い声に、こちらもまた笑みがこぼれる。

きっと今頃、奴らは自分達の勝利だとでも解釈してポーズを決めて盛り上がっていることだろう。

それすらも、こちらの狙い通りであるとは気づかずに。

 

「今のうちに精々夢見ておくと良いでしょう。平和などという束の間の夢をね」

 

<続く>

 




<次回予告>

見えるものだけがすべてではない。

感じたものだけがすべてではない。

だから今貴方の前にいるのは、真実とは限らないの。

そう、こんな風に……

次回、無限大の星。

<夢幻の果て>

新章桜にロマンの嵐!!

嘘だと言ってくれ、アナスタシア!!


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第9話:夢幻の果て

転職が重なり半年間の空白期間。

大変長らくお待たせしました。

ようやく、ようやくです……!!


 

「説明してもらえるかしら?」

 

身を切るような冷たい声が、喉元に突きつけられる。

理由は言わずもがな、眼前に立つ女の殺気だ。

仮面に隠した目元からは、それこそ放たれた刃のようなむき出しの殺意があふれ出している。

それが他ならぬ自身に向けられていることも、自覚していた。

 

「何の話だ?」

 

「命が惜しければとぼけない事ね。貴方はいつあの御方に代わって命令を下せる立場に就いたのかしら?」

 

やはりそのことか。

そう言葉を発せぬまま口元に笑みを浮かべると、それを制するように抜き身の刀が眼前に突きつけられる。

 

「言っとくが、俺が気を回してやらなかったら今頃お前はあの世だぜ? 感謝こそすれ恨まれる筋合いはないと思うんだがな?」

 

「ふざけないで。我々の命は偏にあの御方の為だけに存在するもの。その命に背き、あまつさえ刀身の儀を阻止できぬまま生き恥を晒すなど、一生の汚点だわ!」

 

思えばここまで感情を露にした事は珍しいように思う。

これまで自身を含め上級降魔の中でも抜きん出た実力を持ち、事実上自分達のリーダー格として作戦指揮に当たってきた夜叉。

まるで氷のように冷徹にして氷麗な笑みを浮かべ、瞬きの間に敵を屠るその仮面が崩れた唯一の瞬間が、あの東雲神社における戦闘だった。

 

「汚点……ねぇ。ならあの場で犬死することが、あの御方の意思だと思うのか?」

 

「あの御方の意思……?」

 

返ってきた反応は、やはり軽薄なものだった。

答えが分からないというより、質問の意図が分からない反応だ。

無理もない、と思う。

何故ならこの女は元より、与する誰もが僅かも疑念を抱かない、聖域に等しい統合意識への侵入だ。

他ならぬ自分も、少し前までその一人だった。

 

「少なくとも天宮さくらが現れた段階で、もうお前の勝機は潰されていた。それも相手の策じゃなく機体の性能差だ。あの場で足掻いてどうにかできるレベルじゃねぇ」

 

「それが何? あの御方の栄光の贄となれるならば、あたしは喜んで死を選ぶ!!」

 

「どこがだよ。帝鍵も新たに生み出され、それを振るう天宮の血筋が健在。しかも史上最強の霊子戦闘機を引っさげてきたんだぜ?考えうる限り最悪じゃねぇか」

 

「くっ……」

 

反論できる余地を失い、さしもの夜叉も沈黙を返した。

その姿に、朧もまた仮面の奥に隠した狐のような細い目を更に細めて夜叉を見る。

恐らくはあの大戦を生き延びた上級降魔の一人として自身の前に現れた時、その佇まいに感じたのは畏怖の念だった。

身内の仲間意識は皆無に等しく、あの御方の命に逆らおうものなら即座に刀の錆に消える。

自身の動物的本能がそう絶えず警告を発するほどに、眼前の女からは一部の感情が欠落していた。

だが……、

 

「なあ夜叉。お前が後生大事に守り続けてるあの御方の意思ってなぁ……、いつのもんだ?」

 

「な、何を……!?」

 

「じゃあ質問を変えるぜ。夜叉、お前は一度でもお会いしたことがあるのか? あの御方……『降魔皇』様に」

 

「!?」

 

その名を口に出した瞬間、眼前の女は凍りついたように固まった。

無理もない。

かの大戦で遥か異次元に封印された偉大なる皇の姿を、自分でさえ見たことがない。

当初こそこの女はその実力を見込まれて皇の御前を守護していたのかとも邪推したが、それは見当違いだったようだ。

だとすればこの女は、会った事もない皇の命令を勝手に思い描き、命を懸けて守ろうとしているのだ。

こんな滑稽な話があるだろうか。

氷のように冷たく命を刈り取る女の仮面の下には、まるで生娘のように純粋で一途な女がいるというのだ。

初めてそう思ったとき、気づけば怪獣を伴い、口八丁を交えてまで退かせていた。

あのまま放って置けば目の上のたんこぶだった女を始末して、自身がのし上がれていたかも知れないのに。

 

「それはお前とて同じではないのか、朧よ」

 

変わりかけた空気を戻したのは、聞きなれた低い声だった。

見ればその横には、獏の姿もある。

 

「我らはみなかの大戦を生き延び、人類への報復を託された同志。下手な揺さぶりは綻びを産むことになる」

 

「それに、貴方は無断で駒を一つ無駄にしている身。あまり大きな態度を取らない方が懸命なのでは?」

 

「ケッ、お前らこそあっさり作戦に失敗してるじゃねぇか。魔皇獣やら聖杯やら、大掛かりなことして何の成果も上がってねぇじゃねぇか」

 

話を邪魔された腹いせに、盛大に先の敗戦を当てこする。

上海華撃団との試合に合わせて仕掛けた魔皇獣を用いての大帝国病院制圧と、倫敦華撃団との試合に合わせて仕掛けた聖杯強奪及び華撃団殲滅計画。

その双方が失敗に終わった今、実質的な機能不全に陥った倫敦華撃団以外は未だ健在で、こちらは帝都陥落の中枢を担うはずであった肝心の駒を二つも失っている。

作戦の成功とは程遠い現状を鑑みれば、少なくとも今の自分達に大きい顔が出来るはずはない。

だが、返ってきたのは明らかな嘲笑だった。

 

「フッ……、結局お前だけは何も聞かされていないのだな」

 

「何?」

 

「既に目的の9割は達成されている。次の伯林華撃団との試合で、すべての欠片が揃うのです」

 

どういうことだ。

そう問いかけようとしたとき、陰火たちの奥からもう一人、こちらに歩み寄る人物がいた。

瞬間、朧は瞠目する。

何故ならそれは、あの大戦以降一度しか顔を合わせなかった人物だったからだ。

そして同時に理解する。

結局すべては、この男の掌の上でしかなかったのだと。

 

「全ての準備は整いつつある。そして今日、人類は真実を知ることになるのだ。この10年余りの平和が、張りぼての上に成り立つ仮初に過ぎなかったのだと」

 

かの10年前の大戦の生き延び、そうして自身を含む降魔達を集め、数多の策を弄して皇の復活に心血を注ぎ続けた忠実なる皇の腹心。

幻庵葬徹は絶大な自信を持って言い切った。

 

「最後の花を添えようではないか。我等が『人形達』の演じる悲劇の舞台に、慟哭という花をな!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドイツ北東部に位置するベルリン総統官邸。

その応接間に、一人の女性が通されたのは、今しがたのことであった。

 

「良く来てくれた、アルタイル女史。楽にしてくれたまえ」

 

向かいの席に腰を降ろし、珈琲を振舞うのは、鼻下に髭を蓄えた壮年の男性だった。

その男の名を、今やドイツ国内で知るものはいない。

対するアルタイルと呼ばれた女性は、一礼と共に腰を下ろした。

まるで舞台女優のような美麗さと、様々な視線を潜り抜けてきたことを感じさせる堂々とした佇まい。

しかしそれも、彼女の素性を良く知るヒトラーにとっては何ら疑問も驚きも生じさせるものではなかった。

彼女『ラチェット=アルタイル』は、ドイツはおろか欧州、引いては国外においてもその名を轟かせた女傑だ。

曰く、幼少期より開花させた類稀な霊力と天才的な頭脳を用いた作戦構築とリーダーシップで、若干11歳にしてかの欧州星組を率いて戦線を渡り歩いた神童。

曰く、その美貌と役に憑かれたかのような圧倒的な演技で観客を魅了するブロードウェイのスーパースター。

曰く、発足間もない紐育華撃団星組を副指令として全方位からサポートし、第六天魔王や異星の侵略者からアメリカを守り抜いた英雄。

およそ人間の得られるほぼ全ての名声を欲しいままにした稀代の才女がこうしてここにいる事にも、ヒトラーはある種運命染みたものを感じていた。

足掛け10年に及ぶこの壮大な演目に、いよいよこのドイツが上がる時が来たのだと。

 

「……舞台のほうは、順調かな?」

 

「こうしてお会いできたことで、ご判断いただければ」

 

流石に直接口にする事は憚られるか。

だが無理もないと思う。

今から自分達が担う演目こそが最も重要な局面であり、最も憎まれるべき瞬間であるからだ。

 

「コマンダントは、よく了承してくれたね。僅かな間でも、そうした視線を向けられるのは辛いものがあると思うが」

 

「彼女の立案です。元より冷徹に接することにも、慣れていますから」

 

「頼もしいことだ。それが自虐とならないよう、配慮せねばならんな」

 

相変わらず強い女性だと思う。

自身の心血を注いで一から築き上げた精鋭部隊を迷う事無く作戦の中枢に投入し、情報展開にも隙がない。

仮にもその精鋭の中には、他ならぬ女傑の遺志を受け継ぐ令息がいるというのに。

いや、だからこその大胆さなのかもしれない。

何故なら……、

 

「総統閣下!」

 

親衛隊の若い将校が電報を片手に駆け込んできたのは、2杯目の珈琲をもらおうと立ち上がったときだった。

どうやら、早速のようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「伯林華撃団との対戦を、実施……!?」

 

突如として総司令から齎された一報に、作戦司令室の誰もが言葉を失った。

アナスタシアの古巣の一つでもある、世界華撃団の中でも特に長いキャリアと、歴代最強と目される実力を以って、長きに渡り世界最強の名をほしいままにしていた最強の華撃団。

総司令を務めるレニ・ミルヒシュトラーセは、他ならぬすみれと共に初代花組の一員だったと聞く。

そんな彼女が今回の、未だその意義さえも見出せない不毛な戦いに承諾を返すとは思えなかったからだ。

 

「そんな……、エリスさんやポール君たちとも、戦わなければならないんですか……?」

 

一度挨拶に訪れて面識のあるクラリスが、悲痛な面持ちで顔を伏せる。

鉄の星と呼ばれる彼らは、単に霊力と実力だけで華撃団にいるわけではない。

エリスの統率、マルガレーテの知略、ポールの蛮勇。

方々に抜きん出た3つの才能が三位一体となって、初めて大陸間最強のチームワークを発揮するのだ。

そして何より、彼らは皆立場に奢る事無く、互いを認め合い、互いに助け合える、人としての心の絆も持ち合わせていた。

そんなエリスたちが、例えあの華撃団連盟の支配者の命令であっても素直に承服するとは考えにくい。

だが一方で、神山は冷静に鉄の星が今回の蛮行に与した理由を分析していた。

 

「世論から華撃団への信頼を回復させるため、ですね?」

 

「確かに、あの事件は酷かったもんな……」

 

倫敦華撃団との対戦中に発覚した、ヴァージン諸島での大量殉職事件の真実。

大帝国病院の神隠し事件にも裏で糸を引いていた真田教授によるもう一つの陰謀の被害者であり、同時に加害者でもあるアーサー団長をはじめ、倫敦華撃団にはそれまでの崇拝が一転して非難の嵐に見舞われた。

無理もない。

聖杯の力を用いて他の騎士団を服従させ、あろうことか死の名誉と称して望まぬ特攻を繰り返させていたのだ。

同日中に倫敦華撃団はWLOFから即時解散が命じられ、関係者各位はイギリス本国に身柄を拘束されるよう手筈が整えられた。

だが一方でランスロット以下所属騎士団員については一連の事件への関与がないことから身柄の監視に落ち着いた。

その監視を申し出たのが、フランスは巴里に居を構えるライラック伯爵夫人である。

一見すれば他国の要人がこうした問題に口を出すのは異例であり、イギリス側もいい気はしないだろう。

だが件の夫人には英国にこの上ない貸しがあった。

何せ倫敦華撃団の中核を成す霊子戦闘機「ブリドヴェン」の開発に携わったアヴァロン工房の技術と作業員は、いずれも元はフランスは巴里華撃団のシャノワール工房にて花組支援に従事していたからである。

その彼らが口を揃えて今回の伯爵夫人の進言を受けなければ一斉に辞職すると言い出したのだ。要はストライキである。

そうなっては事実上華撃団の運用は出来ない。

よってイギリスは隣国のフランスに倫敦華撃団の全権を一時的に譲渡することになったのである。

 

と、ここまでが倫敦華撃団の過去が明るみに出たことでの動向だ。

問題はここからだった。

 

同日中にプレジデントGは世界各国に華撃団大戦の続行を敢行する事を宣言。

その理由付けとして、あろうことか今回の事件に関与したとされる真田教授の存在を槍玉にこちらを批判しにかかったのだ。

 

『世界各国の諸君!! この恐るべき未曾有の惨劇は、決して降魔だけの手で引き起こされたのではない。真田康弘という、一人の狂った日本人によってすべては始まったのだ。それだけではない! サナダは例の大帝国病院の理事長を言葉巧みに誘導し、入院患者の人体実験を行わせたことも明らかになっている!!』

 

『降魔皇の細胞を人的に利用しようなどという狂った思想! こんな恐ろしい人間を何故帝国華撃団は察知し、阻止できなかったのか!? 最初から我々WLOFに委ねておけば、僅かでも被害を少なく、いや未然に阻止できただろう! これは彼らの怠慢以外の何者でもない!!』

 

『故に私は次の伯林華撃団との対戦で確かめたい! 真に都市を、いや世界を守護するに相応しい存在は誰なのか! 彼らがそれを実力を持って証明してくれるはずだ!!』

 

この言葉を皮切りに、倫敦華撃団に向かっていた批判の矛先は一転して帝国華撃団へと変わってしまった。

マガ細胞という存在と共にあらぬ混乱を招かぬよう上層部のみの秘匿事項としていたはずの真田教授の陰謀。

プレジデントはそこを巧妙に突き、あたかも帝国華撃団がその事実を隠蔽し、保身に走っていたというマイナスイメージを持たせようとしたのだ。

結果それはこちら側がマガ細胞を用いた人体実験を事実上黙認していたと邪推された事も説得力を持たせる結果となり、今や世間の帝国華撃団への信頼は急落しつつあった。

 

「既に国内外から、我々帝国華撃団のみならず、都市防衛構想そのものに異論が噴出しています」

 

「このままやと、今後の帝劇運営の見通しも立たんくなってきてまうな」

 

「……どうして……」

 

カオルとこまちの告げる現状に、搾り出すようなミライの呟きが、その場の全員の真情を物語っていた。

未だ世界各国が降魔の脅威に晒され、世界中の人間達が一致団結してこの脅威に立ち向かっていかなければならないという時に。

あろうことかその最前線に立って相互協力の姿勢を見せるべき華撃団が、自分達の地位や立場を守るためだけに争わなければならないという。

自分達が示すべき正義の見えなくなった現状は、どこまでももどかしく、歯がゆい。

 

「……気持ちは分かるけれど、今は対戦への策を考えるべきではなくて? 鉄の星は真正面からぶつかって無策に勝てる相手ではないわ」

 

堂々巡りの不安の並をせき止めたのは、この中で唯一伯林に所属した経験のあるアナスタシアだった。

確かに華撃団連盟の下で対戦の実施を決められた今、こちら側に拒否権はない。

断ればそれこそ今回のマガ細胞と真田教授に関わる疑惑のすべてを事実上認めたことになり、今度こそ帝国華撃団の信用は地に落ちてしまうだろう。

そしてそれは、あの世界華撃団連盟最強の名をほしいままにする鉄の星に土をつけられた場合でも同じ事が言えた。

故に今、帝国華撃団を存続させる最善の手段が、明日の対戦に勝利し帝国華撃団の実力を今再び知らしめる以外にないのである。

 

「……」

 

アナスタシアの言葉で気持ちを切り替え、各々対抗策を講じる面々。

その中で、ミライだけは只一人、やりきれない様子で俯き、沈黙していた。

それに周囲が気づかなかったのは、果たして幸運だったのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……Verstanden」

 

了承の言葉と共に通信を終え、ログを消去する。

かねてから通達されていた、伯林華撃団極秘作戦。

通信相手からの内容は、その前段階を終えたというものだった。

同時に速すぎる逸材と謳われた頭脳をフル回転し、考えうる幾つものパターンを照合、無数の確率と結びつけ、最適解を導き出す。

 

「コマンダントからか?」

 

隊長から確認が入ったのは、その構築がほぼ終わる頃だった。

その間実に8秒。

 

「作戦は予定通りパターンγ。 現状の達成率は敵の心理状態を加味して、92.98%」

 

「いつになく弱気な数値だな。まあ、理由は想像できるが……」

 

「sicherlich。 少なくともポールには、重荷を背負わせることになるわ」

 

そう呟き、外でランニングに勤しむ幼き星に目を向ける。

最初は理解できなかった。

当時10にもならない子供が、母親が元欧州星組と紐育華撃団副指令を歴任したベテランであるだけの七光りだけで入ってきたと、そう思っていた。

しかしその子供は、型破りながらも今までの鉄の星にはない違う輝きを見せてくれた。

彼の母が告げた、

 

『この子には理論値で示せない可能性、<Something else>があるわ。きっと貴女達も、それを実感するときが来るはず』

 

その言葉が買い被りではないのだと、そう見せ付けられた気がした。

 

「……jedoch、それが彼の危うさでもある。今回の作戦も、それだけが気がかり……」

 

それは、幾つもの可能性を確率で見ることが出来る智将だからこその苦悩だった。

人間は生存本能的に危険を避ける。

もしくは理論的に先を読み、危険を予知してその回避に努める。

故に、だからこそ、その危険をお構い無しに真っ向から突っ込むポールの心理を、マルガレーテは危惧していた。

今までそうであったように、戦場で文字通り命の危険に晒されたことは数知れず。

いくら数値を出して危険を回避するよう促しても、本人は意にも介さない。

当初こそ何の結果も残せぬまま新兵として生涯を終えるのが関の山だと蔑視していたその感情は、いつしか拭いきれない死亡率へのもどかしさへと変わっていく。

その変化に気づきながら、マルガレーテはその理由を見出せずにいた。

何故自分はあの少年の生存率を上げるために全力を注いでいるのだろう。

本来なら作戦中に死亡した場合の策を練らなければならないところで、何故それを避けることに全力を注いでいるのだろう。

まるで自身が、彼の死を心の底から拒み、阻止しようとしているように。

 

「エリスー! レーテー! プログラム終わったぞーっ!」

 

「おおよくやったぞポール!! ご褒美に姉さんが今すぐナデナデしてやるぞ!!」

 

いつのまにかこちらを呼ぶ声にすぐさま飛んで行くエリス。

その後姿に肩をすくめつつ、マルガレーテも腰を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やはりブリドヴェンもか」

 

伯林華撃団との対戦を明日に控えた深夜、神山誠十郎の姿は地下作戦司令室にあった。

司令室に保管されるデータは隊員毎に閲覧できる内容に違いがあり、神山には作戦立案上必要とされる各種霊子戦闘機と過去の魔幻空間における戦闘履歴の確認が認められている。

そして今回、神山はカオルの了解を得て、倫敦華撃団のその後の動向について履歴を追っていた。

あの対戦の後、倫敦華撃団は無期限に活動停止命令が下された。

通常ならばそのまま霊子戦闘機各機と関係者全員が本国へ送還される所、フランスのライラック伯爵夫人が異議を唱え、フランス側にて身柄を保護すると提案。

イギリス側がこれに同意した所で記録は終了している。

これは、自分たちとも深い協力関係にある上海華撃団にも同じ事が言えた。

つまりは、『WLOF側がその身柄を確保していない』事の証左である。

この時点で、神山の脳内ではある仮説が浮かび上がりつつあった。

 

「だとすれば……」

 

俄かには信じがたいが、この仮説が正しければ様々な疑問に答えが出る。

しかしそれは同時に、新たな一つの大きな疑念を生み出すに至った。

それは……、

 

「あらキャプテン。何か調べものかしら?」

 

「……アナスタシア」

 

背後からの声に、平静を装い振り向く。

そこにいたのは、今や帝劇の舞台で大黒柱を担うベテラン女優だった。

 

「気になるところがあってね。司令やカオルさんに許可を貰って、過去のデータの確認をしていたんだ」

 

「あら、キャプテンの管轄外だったのかしら?」

 

「まあね。王龍とブリドヴェンの行き先、って所かな」

 

わざわざ隠すことではない。

隊長が他部署のデータを許可を貰って閲覧していた。

只それだけのことだ。

 

「アナスタシアは? データの確認なら代わるけど」

 

「ありがたいわ。……連絡したい相手がいるから」

 

こちらの返答に僅かに目を細め、含ませた返事を返す。

流石に人の機敏に聡い。

もうこちらの思考は読めているのだろう。

 

「……アナスタシア」

 

故に神山は、その場でそれ以上の言葉を使わない。

只一つ、

 

「……信じているぞ」

 

「得意分野だわ」

 

すれ違い様に互いに一言ずつ、最低限の言葉を交わす。

仮説は、確信へと変わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どういうことか説明しろ!!」

 

「マガ細胞って何だ!? お前らも加担してたのか!?」

 

「正義の味方だって信じてたのに!! 裏切り者!!」

 

翌日、世界華撃団大戦の会場は、これまでにない物々しい雰囲気に包まれていた。

今までは安全の為に会場にこそ入れないものの、会場の外側からこちらないし相手国に声援を送る人々で周辺は溢れていたはずだった。

しかし今や、閑散とした空気の中に混じって掌を返したような罵詈雑言が飛び交っている状況。

あの日を境に、まるで国賊のような扱いである。

 

「……酷いもんだ」

 

「里の掟44条。信頼は積み立て千日、崩壊は一瞬と心得よ……でも……信じてもらえないのは辛い……」

 

控え室の窓からその様子を見下ろし、初穂が呟く。

周囲も皆、沈痛な面持ちで沈黙する。

無理もない。

あの復活の日から築き上げてきた帝都民との信頼が、こうも簡単に崩れてしまったのだ。

自分達の信じてきた正義が、華撃団の存在が否定される現実が、重くのしかかってくる。

何のために戦うのか、その指標のない部隊が以下に脆いかを、神速の異名を持つ隊長は知っていた。

 

「不本意極まりないが、帝都民の信頼はまた築き上げていくしかない。そしてそれも、この対戦で敗れれば残された僅かな可能性が摘み取られてしまう」

 

「あくまでも連盟は……、プレジデントは私達を排除しようというのですね……」

 

「こうなっては、最早この対戦に勝利した後に真田教授の引き起こした事件を公開し、改めて帝都民に理解を得るほかありません」

 

カオルの言葉に頷く一同。

果たして一度疑念を抱いた帝都民の心が再び自分達に向いてくれるかは分からないが、今はその可能性にかけるしかない。

だがもう一つ、神山たちには懸念があった。

 

「もう一つ、俺達の無限の修理が間に合っていない。動けるのはあざみ機、クラリス機、アナスタシア機、さくら機だな」

 

昨日の倫敦華撃団との対戦と、その後の獏との戦闘で、出撃した3機は激しい損傷に見舞われていた。

特に途中離脱に追い込まれた神山機の損傷は激しく、霊子水晶の復旧が完了するまでは始動不可。

ミライ機、初穂機についても、始動が出来ても伯林相手に立ち回るのは無謀と判断された。

そして……、

 

「対戦中、俺とあざみは別行動をとる。今回の世界華撃団大戦と連盟のことで、月組と連携して至急調査することがあるんだ」

 

「そうなると……、対戦に出るのは私とクラリス……、さくらという事になるわね」

 

「わ、私が……!?」

 

アナスタシアの言葉で、その場の視線がさくらに集まる。

だが、それは決して消去法で決められた人選ではない。

伯林華撃団の霊子戦闘機はアナスタシアが使用するものと同様にアイゼンイェーガー。

狩人の名が示すとおり、両腕に供えられた砲塔による中~遠距離からの狙撃を得意とするタイプだ。

ならば同じく遠距離からの攻撃に長けたアナスタシアとクラリスを選出するのは、ある種自明とも言うべきである。

しかしここで伯林のイレギュラーを考慮しなければならない。

接近戦と主とするスタイルのポールの存在である。

銃撃戦の状況下で接近戦を挑むのは常識的に考えて自殺行為であるが、一度相手の懐にもぐりこめれば、それは相手にとって最大級の脅威となる遊撃兵へと早変わりする。

もしこのとき、接近戦に秀でた人物がこれを食い止められなければ、戦線はたちどころに瓦解する。

それを回避できる存在として神山が選んだのが、唯一整備の間に合った試製桜武を操るさくらだったのである。

 

「初穂とミライの霊子戦闘機は、引き続き改修作業中だ。また降魔がこの会場を狙ってくる可能性はある。会場で待機して、万一の時は加勢してほしい」

 

「確かにあたしらまでいなくなったら、怪しまれるもんな。引き受けたぜ!」

 

「隊長、皆さんもお気をつけて!」

 

二人の力強い返事に頷き、神山はさくらの前に近づく。

 

「か、神山さん……」

 

突然の指名に戸惑っているのだろう。

神山は僅かに顔を緩めると、そっとさくらの肩に手を置き、優しく語りかけた。

 

「さくら、突然のことで不安に思う気持ちは分かる。だが今俺達の中で唯一最前線に立てるのは君だけだ」

 

「神山さん……」

 

一瞬目を閉じて逡巡する仕草を見せるさくら。

やがて目を開くと、真っ直ぐに見つめ返し、一つだけ尋ねた。

 

「信じてくれますか?」

 

「え?」

 

「私に出来ると、神山さんは信じてくれますか?」

 

「……ああ、もちろんだ!」

 

その言葉に、こちらを見つめる視線が熱を帯びる。

その眼差しに神山も一瞬だけ優しい目で返すと、改めて隊員達に命令を下した。

 

「今はもとより、この催しが始まったときから本来の俺達の正義は示されていない。伯林や倫敦、上海と共にもう一度華撃団構想を世界に認めてもらうために、みんなの力を貸してくれ!!」

 

「「了解!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『全世界の皆様、ご覧頂いておりますでしょうか!? 今日この日、世界華撃団大戦は最終局面を迎えようとしております!!』

 

『先日判明した、倫敦華撃団の背景にあった衝撃的事実。プレジデントGはこれを踏まえ、倫敦と上海のWLOF華撃団登録を抹消。最早華撃団として存続するのは帝国華撃団か伯林華撃団か、生き残りをかけたサバイバルの様相を呈してまいりました!!』

 

可能な限り波風が立たないように言葉を選ぶ司会者の声色も、いつになく緊張が漂っているように思えた。

既に世界は華撃団大戦という催しどころではない。

降魔に関する非道な人体実験を、一人の日本人が極秘で行っていた。

それも様々な国を巻き込み、夥しい惨劇を生みながら。

今や華撃団連盟、都市防衛構想の中核であるはずの霊的組織そのものに疑惑の目が向けられつつあった。

 

『尚、プレジデントGの意向により、今回も倫敦華撃団との対戦と同様、3対3のチーム戦となりました! 先に3機全てが戦闘不能になったチームが敗北となります!!』

 

「……やはりあの3人で来たか……」

 

対峙する3機の霊子戦闘機を前に、自身の機体の感触を確かめながらエリスが呟く。

前回と同様のチーム戦と聞いた段階で、相手がどういった人選で来るか、マルガレーテは読みきっていた。

帝国華撃団の擁する無限の構成と整備環境、各々の得意分野と戦闘スタイル。

これらを総合した結果、前回使用した神山誠十郎、東雲初穂、御剣ミライは整備が間に合わず参戦不可。

こちらが遠距離攻撃に特化したことへの対処として前衛要員として試製桜武を擁する天宮さくらが前線に立ち、こちらの動きを知っているアナスタシアとクラリスでサポートすると読んでいた。

結果その読みは的中。

開始前の布陣で、桜武はこちらの射程に入るか否かの距離まで接近した。

 

「マルガレーテ」

 

「Verstanden。 まずはパターンα’。後に10秒でパターンλ、直後にυ」

 

「お、いいのかよレーテ」

 

「その代わり失敗は許さないから」

 

「フッ、そういう時は怪我しないでというものだぞマルガレーテ」

 

「なっ……!? し、心配とかじゃないから……! 私の作戦で怪我されたら寝覚めが悪いというか……」

 

「怪我でもされたら夜通し泣いてしまうそうだ。無傷で帰ってきてやれよポール」

 

その言葉に羞恥からか完全に沈黙してしまうマルガレーテ。

幸いなのは最前線の任命に喜んで公判は聞き流しているであろうポールの様子だろう。

少々いじめすぎたかと自省したところで、狩人全機に一斉通信が入った。

 

「benachrichtigen。ターゲットは予定通り行動を開始。各機作戦を遂行せよ」

 

「「Verstanden!!」」

 

彼女と唯一コンタクトの取れる人物からの命令に、3人の顔つきが変わる。

鉄の星最大の任務が、幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鉄の星、4番星ポール=アンバースン!! 行くぜえええぇぇぇっ!!」

 

開幕一番、案の定伯林の鉄砲玉がいの一番に突っ込んできた。

予期した通りの展開に、さくらも油断なく身構える。

 

「受けて立ちます! 行くわよ、ポール君!!」

 

抜き放った刀を構え、迎撃のために霊力を集中する。

だがポールは臆する事無く、尚も突進を緩めない。

 

「おりゃあああっ!!」

 

「そこっ!!」

 

こちらに向けられた砲塔からの銃撃を阻止すべく、刀を振るう。

しかしその瞬間、思わぬ衝撃が刀身を襲った。

 

「なっ……!?」

 

その一瞬で眼前に接近していたはずのポールの姿が掻き消える。

瞬間、その先でこちらに狙いを定めたマルガレーテ機の姿が見えた。

砲塔の先から昇る白煙。

まさか……、

 

「まずは……」

 

「一人!!」

 

「……、しまった!!」

 

直後、金属音と共に足の自由が利かなくなった。

迂闊だった。

ポールの接近に気をとられて、エリスとマルガレーテの連携攻撃を許してしまった。

恐らく霊力伝達を阻害する断裂弾。

このままでは格好の的だ。

 

「さくら……、くっ!!」

 

「さくらさん……!!」

 

さくらの異変に気づいた二人も援護に動くが、近距離まで近づいたポールの撹乱掃射に牽制され、思うように近づけない。

その時だった。

 

「ぬかったな、アナスタシア」

 

「っ、クラリス!!」

 

背後からの声にいち早く気づいたアナスタシアが、間一髪クラリスを突き飛ばす。

瞬間、その足が脱力感と共に地面に縫い付けられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……では、お願いします」

 

そう一礼する宮司に挨拶もそこそこに、黒服たちがいそいそと荷物を纏めて車を走らせる。

車が完全に見えなくなると、宮司はため息を吐きつつ独り言のように呟いた。

 

「言われたとおりでしたよ、神山さん」

 

「ありがとうございます、銀次さん」

 

そう言われて茂みから顔を出したのは、帝国華撃団花組隊長と、忍者隊員だった。

月組からある情報をリークされた神山は、ある確認の為にこの東雲神社を訪れた。

そうして一つの手を打って裏をかくために、東雲神社に協力を願い出たのだ。

果たしてこちらの狙いを知ってか知らずか、相手は何ら疑いもせずに目的の品を運び出していった。

あとは、相手が墓穴を掘るのを待つだけだ。

 

「誠十郎、これで何が分かる?」

 

「この歪な催しの……いや、連盟の正体といったところかな」

 

事情を知らないあざみの問いを煙に巻き、神山は会場に控えているであろう部下に連絡を入れた。

 

「こちら神山。やはり予想通りの動きがあった。念のために準備を頼む」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『こ、これは一方的な展開だ!! 伯林華撃団の計算しつくされた作戦の前に天宮隊員とアナスタシア隊員が沈黙! クラリッサ隊員のみの状況で、はたして勝機はあるのか!?』

 

前情報から言えば、誰もが予想できた展開だった。

世界華撃団連盟随一の強さを持つ伯林華撃団を前に、正面から無策に挑んでまず勝ち目はないに等しい。

所属経験のあるアナスタシアの存在があったところで、それは微々たる物でしかないだろう。

少なくとも脅威である桜武とアナスタシアの戦力は奪い、作戦は90%以上成功。

後はいかに負担を少なくクラリッサにトドメを刺すか。

 

「うおおっ!?」

 

そう思考をめぐらせていたマルガレーテは、突然の出来事に一瞬理解が追いつかなかった。

突如眼前を舞うポール機。

勢い余ったか。

いや、アナスタシアを止めた段階でポールも攻撃の手を止めたはず。

ならば今のは一体……、

 

「隙ありです!!」

 

「なっ……、クラリッサ!?」

 

その言葉と共に眼前に突っ込んできたのは、巨大なつむじ風だった。

迎撃も防御も間に合わず、自身の機体もポールと同様に宙を舞う。

その頭上に見えた光景に、マルガレーテは今度こそ絶句した。

 

「こ、これは……!?」

 

それはクラリッサの霊力、重魔導で生み出した無数の圧縮霊力弾だった。

瞬間、マルガレーテの頭脳は一つの推論にたどり着く。

戦闘開始からポールの誘導とエリスの攻撃。

その間、クラリッサのアクションはなかったが、それは作戦の範疇だった。

元より戦闘に不慣れで消極的だった彼女のこと、戦闘では積極的に仕掛けるタイプではないと、過去の記憶からそう行動パターンを読んでの策だった。

だが、失策だった。

クラリッサは最初から自分以外が狙われることを承知の上で、上空に罠を仕掛けていたのだ。

 

「グラース・ド・ディアブル……」

 

「させんぞクラリッサ!!」

 

「アルビトル・ダンフェール!!」

 

阻止せんと放たれたエリスの霊力弾が緑の無限を打ち抜くと同時に、上空の霊力弾の雨が一斉に牙を向いた。

激しい轟音と共に2機の狩人が煙を上げて倒れ、同時に緑の無限もまた倒れ伏す。

だが、状況は最悪だった。

 

「見事なコントロールだったわ、クラリス」

 

「助かったよ!!」

 

「ふふ……、作戦成功ですね」

 

何と序盤に無力化させたはずのさくらとアナスタシアの楔が外され、2対1の状況に持ち込まれてしまったのだ。

そんなバカな。

あのクラリッサが、こちらに気取られずに罠を張っていたなど想像もできない。

 

「くっ……、エリス……!!」

 

ダメだ。

策が構築できない。

元よりこちらに戦闘不能者が出ることは想定していたが、ポールはまだしも自分まで同様の状況になるとは思っていなかった。

しかも相手は接近戦と遠距離戦に秀でた最悪の組み合わせ。

これではエリス単独で正面切って戦う以外にまともな策など……、

 

「無用だ、マルガレーテ」

 

それを振り払うように声をかけたのは、残された隊長だった。

モニター越しに見えるその目は、顔は、勝負を諦めた顔ではない。

 

「鉄の星は逆境でこそ輝く。追い詰められた伯林の底力、見せてやろうではないか」

 

言うや、最後の狩人が地を蹴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐっ……」

 

会場より数キロ離れた場所で、銀河は一人身を隠すように腰を下ろしていた。

元から予兆は感じていた。

力を解放するたびに、疼き肥大化が進む自身の右腕。

だがあの大帝国病院での戦い以降、それは目に見えて頻度を増やし、症状を重いものへと変えていた。

無理もない、と思う。

何故ならこの力は、歪につないだ『紛い物』だったからだ。

 

「頼む……、もう少し……、もう少しなんだ……!」

 

脳裏を過ぎる幾つもの悲鳴、幾つもの涙、幾つもの怒号。

歪められたその全てを変えるため、一縷の希望を託して身を委ねた。

長い道のりだった。

一つずつ欠片をつなぎ合わせ、昨日ようやく運命の日を乗り越えた時、銀河はようやく自身の胸に希望の未来を想起し、僅かに安堵した。

だからこそ、多くの命を繋ぎ止めた今こそ、この力を押さえ込まなければならない。

自分はまだ、ウルトラマンであり続けなければならないのだ。

 

「……、あれは……!!」

 

僅かに痛みが引いた時、言い知れぬ悪寒にハッと会場を見る。

会場全体を、昨日と同様に覆い尽くす瘴気の霧、魔幻空間。

やはりまた仕掛けてきたか。

 

「くっ……!!」

 

激痛を堪え立ち上がる。

このまま耐え続けて戦えるかは分からない。

しかし希望の光を絶やすわけには……、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこにいたか、異端の光よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瞬間、何が起こったのか銀河は理解できなかった。

だが気配もなく背後から聞こえた声と、止まった世界。

そして何より、自身の胸から突き出た血濡れの腕に、遅れて思考が追いついた。

 

「まさか同類だったとは興味深い。その力、有効に使わせてもらうぞ」

 

「き、貴様……ぐぼっ……!!」

 

背後の声に反論しようにも、吐き出せるのは血泡のみだった。

やがて全身を、痛みすら掻き消す瘴気が包み込む。

この感覚に、銀河は覚えがあった。

そうだ。

『あの時』も、そうだった。

 

「……せ……星也……、……し……の……」

 

残された意識で呼んだのは、最愛の弟と、少女だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『こ、これはとんでもない大番狂わせだ!! 一方的な勝負になるかと思われたこの勝負! クラリッサ隊員の捨て身の攻撃が起死回生となりました! 今や伯林華撃団、エリス隊長一人で闘わなければなりません!!』

 

遡ること数分前。

クラリスの捨て身の攻撃で一気に形成を逆転したさくらとアナスタシアは、互いに連携をとって連盟最強の星に勝負を挑んだ。

だが相手もさるもの。

桜武の動きを紙一重で見切って回避、または砲塔で弾いて凌ぎ続ける。

その隙をアナスタシアが突こうにも、上手く桜武を間に挟んで射程距離から離れるからたまったものではない。

2体1という状況さえも利用できる咄嗟の勝負強さ。

今さらながら経験値の差を、アナスタシアは元よりさくらの実感せざるを得ない。

 

「それなら……、アナスタシアさん!!」

 

「了解よ!」

 

さくらは最後の勝負に出た。

再び足を止められるのを覚悟し、真正面から再度エリスに切りかかる。

 

「させるか!」

 

予想通り足を止められる瞬間、抜き放った刀を構えなおした。

瞬間、エリスの目が見開かれる。

それもそのはず。

隠すように構えていた刀には、既に膨大な霊力を練りこんでいたのだから。

 

「蒼き空を駆ける、千の衝撃!!」

 

「くっ……!!」

 

「天剣・千本桜ーーーっ!!」

 

刃に沿って放たれた霊力の斬撃が、波浪のように競技場を押し流す。

辛うじて砲塔の弾丸を直撃させて自身への被弾は防いだが、その瞬間こそが勝敗を分けた。

 

「……勝負、あったわね」

 

「ああ……、見事だよ」

 

遥か後方から聞こえる旧友の声。

その言葉の意味は、狩人の足に突き立てられた霊力弾の楔が物語っていた。

 

『け、けけけ、決着ーーーっ!! 天宮隊員の捨て身の攻撃で生まれた一瞬の隙を突き、アナスタシア隊員がエリス隊長を竹箆返しの如く無力化に成功!! この瞬間、伯林華撃団の敗北が決定しましたーーーっ!!』

 

さしもの司会も予想外の展開に驚きを隠せないのか、声が上ずっている。

まあ、仕方のないところだろう。

本来なら今度こそ引導を渡すはずの帝国華撃団が勝利し、連盟は戦わせる華撃団のカードを全て切ってしまった状態なのだから。

 

『えー、それでは総評の方を事務総長にお伺いしましょう。事務総長……』

 

いつもなら司会の声を遮ってでも歓喜や抗議に忙しい特別観覧席。

しかし今は、司会に応えることもなく不気味な沈黙を保っていた。

それには理由があった。

何故なら……、

 

『……ここは連盟関係者以外立ち入りのはずだが?』

 

『事務総長、プレジデントG……。話をつけにきました』

 

連盟にとって聖域とも呼べるその場所に、御剣ミライの姿があったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

伯林華撃団とさくら達の対戦が始まって数分後、ミライたちの下に神山から通信が入った。

 

『連盟関係者が東雲神社から帝鍵の刀身を預かって輸送した』。

 

その行き先こそが、この世界華撃団大戦競技場の特別観覧席。

即ち、プレジデントGの懐だった。

 

「話をつける? 何の事か。君こそ誰の許可を得て入ってきたんだ?」

 

「新たな帝鍵の刀身……、これを輸送させましたね?」

 

「それがどうした。誰か! この侵入者をつまみ出せ! 帝国華撃団解散の口実にしてやる!」

 

マイクが入っている事に気づいているのかいないのか、大声でまくし立てる事務総長。

だが護衛の返事はない。

代わりに返ってきたのは、豪快に開け放たれたドアと顔面を鼻血で汚した黒服たちだった。

 

「やりすぎですよ、初穂さん」

 

「しょうがねぇだろ。むしろ一発ずつで許してやったんだから、感謝しろってんだよな」

 

奥からスッキリした表情で踏み込んできた初穂に苦笑いを返しつつ、再び向き直るミライ。

護衛を失い多少は動揺するかと思ったが、相手は眉一つ動かさず不敵な笑みを崩さない。

 

「さて事務総長さんよ、説明してもらおうか? 一体誰の許可で帝鍵の刀身をふんだくりやがった?」

 

「ふんだくるとは人聞きの悪い。より安全な場所に輸送しただけのことではないかね」

 

「過去に降魔の襲撃があったこの場所にですか? あわよくば奪い取らせようとしている風にしか見えませんよ」

 

「増してや帝鍵の新造の話も、その刀身の安置場所もアタシらは秘匿にしてきた。プレジデントG、アンタが何故それを知ってるんだ!?」

 

当初こそ驚いた。

花組内でも特に極秘事項としていたはずの、帝鍵の再建と刀身の安置場所。

その場に居合わせた上海華撃団も、全員が口止めに同意し漏洩はしていない。

ならば何故目の前の男がそれを知っていたのか。

それは、隊長が導き出したある『仮説』に沿って考えると、パズルのように合致した。

 

「ずっと疑問に思っていました。何故世界規模で降魔事件が頻発する状況下で、こうした華撃団を一カ国に集中させる催しを強行したのか……」

 

「やる事なす事全部が裏目……。それでもアンタは頑なに中止を決断しなかった。あの開会式の時から、お膳立てしてやがったんだな!?」

 

思えば不思議な話だった。

何故霊的組織に属したこともない人間が、降魔の出現地域と時期を明確に判別できたのか。

本来なら希少金属であるはずのアンシャール鋼の素材を、何故苦労することもなく入手し、湯水のように提供できたのか。

世界規模で降魔事件が発生している中でこの催しを敢行し、何故その途端に降魔事件が帝都に集中するようになったのか。

長年連盟に所属していたはずの倫敦華撃団結成の裏にあった事実を、何故今の今まで知りえなかったのか。

開会式での襲撃から競技場だけで2度も降魔の襲撃を受けて甚大な被害を出しておきながら、何故頑なに世界華撃団大戦を強行し続けたのか。

そして……、

 

「な、何だ……?」

 

突如、観覧席に備えられた掛け軸が光を放ち始めた。

事ここにいたり、初めて事務総長の顔から笑みが消える。

その理由を告げたのは、ミライだった。

 

「事務総長。刀身が入っている箱を開けてみてください」

 

「は、箱だと? ……こ、これは!?」

 

言われるままに箱を開いたプレジデントGは、驚愕に目を見開いた。

それもそのはず。

箱の中に入っていたのは聞き及んでいたであろう帝鍵の刀身ではない。

帝国華撃団整備班長が苦心の末作り上げた霊力探知装置『みつけてちゃん』である。

そして……、

 

「そのみつけてちゃんは特別製でな。ある血筋の霊力にしか反応を示さない。そしてその霊力を光で可視化してくれるのさ」

 

「な……、ま、まさか……!!」

 

言い終わらぬ内に、ミライが掛け軸を力任せに引き剥がす。

果たして壁に埋め込まれたガラスケースに、それはあった。

 

「さあ、今度こそ説明してもらおうか事務総長さんよぉ!!」

 

「何故貴方の部屋に、降魔に奪い取られたはずの帝鍵、『天宮國定』があるんですか?」

 

そう、東雲神社が黒服に持たせていたのは、帝鍵の刀身ではなかった。

仮説を元に神山が動かぬ証拠を見つけ出すために初穂の家族に協力してもらい、刀身と偽って探知装置を持たせていたのだ。

そして神山の読みどおり、動かぬ証拠が見つかった。

本来自分達以外は降魔以外知りえるはずの無い、帝鍵新造と刀身の安置場所。

そして夜叉に奪い取られたはずの天宮國定を隠し持っていた事実。

これは最早、仮説が事実であることを決定付ける決定的な証拠だった。

 

「……フッ。帝鍵がここにある理由だと?」

 

世界華撃団連盟トップに君臨するこの男こそが、降魔たちと繋がっていたという事実に。

 

「ああいいとも。教えてやろう……、こういう事だ!!」

 

「なっ!?」

 

その一瞬、何が起きたか分からなかった。

怒号のような声が観覧席を、いや競技場全体を震わせ、強烈な波動が襲い掛かる。

その衝撃に耐え切れず、観覧席の窓が粉々に吹き飛んだ。

 

「ぐあっ!?」

 

辛うじて耐えたミライだったが、突然の不意打ちに反応が遅れた初穂はそのまま真後ろの壁にたたきつけられてしまった。

 

「初穂さん!?」

 

「……う……ぁ……」

 

すかさず駆け寄り助け起こすミライ。

恐らく頭を打ってしまったのだろう。

出血こそないものの、脳震盪を起こして意識を失ってしまったのだろう。

 

「ククク……、してやられたよ帝国華撃団。まさかこんな形で露見してしまうとはね」

 

「貴様……!!」

 

初穂を庇うように抱き寄せたまま、ミライが睨み返す。

最早傍若無人な事務総長の仮面を捨て去った男は、勝ち誇った笑みと共に帝鍵を握っていた。

 

「ずっと忌々しいと思っていた。この私の手中を幾度となくすり抜け、常に予定外の結果を以ってこちらを妨害してくる。まるでゴキブリのようなしつこさだった」

 

「やはり……、お前も降魔の仲間……、いや、一員だったんだな!?」

 

今の波動の一撃を身をもって受けて分かった。

明らかに人間業ではない攻撃。

それは目の前の男が降魔に与した人間ではなく、世界に仇なす降魔の一員であることを意味していたと。

 

「一員? 違うな……、私こそかの大戦の生き残りにして、降魔達を統べる存在、『幻庵葬徹』だ!!」

 

禍々しい波動が一層強まった。

同時に競技場全体を瞬く間に瘴気が包み込んでいく。

 

「長かったよ。降魔大戦から10年。人知れず人間界に溶け込み、プレジデントとして賢人機関を排除し成り代わり、華撃団に首輪をつけるまで」

 

「降魔皇復活の為に世界を、人類を利用しようとしていたのか! お前達降魔のせいで、どれだけの悲劇が生み出されたと思っているんだ!!」

 

「悲劇だと? 人聞きの悪い。すべては人類の自業自得というものだ」

 

「何っ!?」

 

悪びれる様子のない事務総長だった男、幻庵葬徹の言葉に義憤を隠さないミライ。

だが対する幻庵は、それこそ理解できない様子で語り始めた。

 

「霊的組織が発足することになった降魔の出現。その起源は戦国時代にまで遡る。当時の大名の一つだった北条氏綱が行った人体実験の末に投棄された幾万もの怨念が具現化した存在。それが降魔だ」

 

「昔の、怨念……」

 

「疑問に思ったことはないか? 幾代もの霊的組織がそれこそ命を賭して立ち向かいようやく封印し続けたはずの降魔が、何故際限なく蘇り牙をむき続けるのか。降魔の存在こそ悪だと信じて疑わないが、そもそも降魔を生み出し育てたのは誰なのか」

 

「……まさか……!!」

 

ここに来て、ミライの脳裏に一つの仮説が思い浮かぶ。

降魔が時代を超えて世界に猛威を振るい続ける理由。

それは……、

 

「そう、人間だ。人間の絶えることなき負の感情が餌となり、闇の中から降魔を生み出し続ける。人間が人間である限り、降魔の脅威が消えることなどありえないのだ」

 

「違う!! 人類は、人類はそんな汚い存在じゃない!! 互いに手を取り、弱いものを助け合い、愛と平和を願う心を持って……!!」

 

「……いるばかりが人類ではない。君も幾度となくそれを目の当りにしてきたはずだろう、御剣ミライ。いや、ウルトラマンメビウス!!」

 

「くっ……!!」

 

心の中で蓋をしていた事実を突きつけられ、反論の言葉を失うミライ。

言い返せない。

違うと叫びたい。

そんな事はないと否定したい。

だがしかし、ここに来て今まで目の当りにしてきた様々な出来事が、それを阻んでいた。

妻を喪った悲嘆から霊的組織に絶望し、降魔に魂を売った者。

子孫の存命の為に幾人もの命を弄び、食わせた者。

誉れと名声の為に罪なき命を実験と称して甚振りつくした者。

信じた正義に絶望し、仲間の命を駒としか見なくなった者。

そしてそのすべての悲劇の起源もまた同じ人間にあったのだと理解した瞬間、ミライは自身の中に描いていた地球と人類の姿が歪み、薄れていくのを感じていた。

 

「心配は要らない。私が全て終わらせてあげよう。君達人間の破滅を以ってな!!」

 

「……っ、待て!!」

 

制止の声も虚しく、幻庵は帝鍵を手に観覧席から身を投げる。

瞬間、巨大な影が競技場を覆いつくすように現れた。

 

「あ、あれは……!?」

 

その姿に、ミライは戦慄した。

無理もない。

それは今までにない巨躯を持った、降鬼だったのだから。

 

「グオオオオオッ!!」

 

おぞましい咆哮が、瘴気に満ちた競技場を揺るがした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突如競技場に出現した巨大降鬼に、その場は大混乱に陥った。

何せ対戦の真っ只中での突然の奇襲である。

只でさえ今までの対戦で疲弊している現状では、手に余るどころの話ではない。

 

「グオオオオッ!!」

 

加えてあの規格外の降鬼の豪腕が、こちらの攻撃の手を鈍らせる。

動きこそ鈍重で回避にさほど労することもないが、反撃しようにも体格差がありすぎて反撃に移れない。

 

「各機パターンβ!! 掃射開始!!」

 

「「Verstanden!!」」

 

しかし浮き足立つさくらとは対照的に、鉄の狩人達は瞬時に立ち上がり、それまでのダメージが嘘のように猛然と反撃を開始する。

実際のところ、伯林華撃団側にとってこの降魔の襲撃は想定の範囲内であった。

昨日の倫敦華撃団の対戦時の状況から、敵がこちらの対戦後まで待ってこちらの疲労困憊を狙ってくると踏んでいたエリスたちは、当初から自身たちの霊力を温存し、迎撃のための準備を整えていた。

先ほどの対戦でわざわざ足元を封じ込めるダメージの低い戦い方をしたのも、有事の際に帝国華撃団側にも可能な限り負担がかからないようにするためである。

 

「アナスタシア、行けるか!?」

 

絶え間ない霊力弾の掃射で降鬼を牽制しながら、エリスが叫ぶ。

見ればアナスタシアもまた、先ほどまでの激闘を感じさせない佇まいで降鬼に照準を合わせている。

即興でここまで息を合わせられるところは、流石に元同僚といったところだろうか。

 

「運命を切り裂く、青き流星!! アポリト・ミデン!!」

 

突きつけられた銃口から、絶対零度の氷撃が巨人目掛けて放たれた。

直撃箇所から一気に巨体の全身を氷が包み込み、巨大な氷柱を形成する。

だが相手は降鬼。

神器を用いてその身を包む邪気を切り払わない限り、何度でも復活する不死身の力。

それが降鬼の恐ろしさだ。

 

「……、氷柱が……!!」

 

10秒も立たぬうちに分厚い氷の壁がミシミシと音を立て、四方八方に亀裂を生じさせる。

そしてこちらの焦燥を嘲笑うように、降鬼は身の毛もよだつ咆哮と共に氷の封印を力任せに破壊して見せた。

 

「グオオオオオォォォオオオォォォッ!!」

 

超濃度の圧縮された妖力が、咆哮と共に瘴気を伴って一帯を包み込む。

大地さえ揺るがすその勢いに身動きがとれず、霊子戦闘機たちはその場に膝をついて堪えることしか出来ない。

 

その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メビウーーーーーースッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瘴気の闇を切り裂き、さくらたちを守るように一筋の光が降り立つ。

それが共に平和を守る巨人だと気づくまで、時間はかからなかった。

 

「メ、メビウス……!!」

 

「セアッ!!」

 

さくらの呼びかけに応えるように、メビウスは眼前の巨大降鬼目掛け正面から飛びかかった。

数万トンを誇る質量同士がぶつかり合うこと数秒。

制したのは、降鬼だった。

 

「ウオオオォォォッ!!」

 

「ゥアッ!?」

 

巨体が宙を舞い、背中から地面にたたきつけられる。

そのまま標的をメビウスに見定めたか、両手を組んでスレッジハンマーの要領で叩き潰しにかかった。

 

「クッ!?」

 

間一髪横に転がって回避し、起き上がる。

降鬼はそれでも腕を横になぎ払い追撃を仕掛けるが、今度はメビウスも身構えていた。

肥大化した豪腕に自身の肩を割り込ませて懐へ入り込み、エネルギーを集中させた左腕を降鬼の核目掛けて打ち込む。

敵の内部からエネルギーで攻撃するライトニングカウンター・ゼロだ。

 

「グオオオォォォ……!!」

 

「クッ!? ウウゥ……!!」

 

激しい抵抗に晒されながらも、内部にエネルギーを送り込み続けるメビウス。

神器が手元になくとも、自身の光エネルギーを触媒にすれば……、

 

「ゥアッ!?」

 

だがもう少しで核に届こうというとき、敵の内部に残るエネルギーがそれを押し返してきた。

まさか、降鬼にもこれほどの質量のエネルギーを保有している敵がいるというのか。

 

「グオオオオオッ!!」

 

怒りを帯びた咆哮を上げ、降鬼が迫る。

しかしそこへ、地上から無数の霊力弾が放たれ進撃を妨害した。

クラリスである。

 

「メビウスさん、私が抑えます! もう一度……、キャアアアァァァッ!!」

 

「クラリス!!」

 

だが絶え間ない霊力弾の嵐を、降鬼は力任せに腕を振りぬきクラリス毎吹き飛ばした。

緑の無限は抵抗の間もなく後方の壁にたたきつけられ、完全に沈黙する。

ならばこちらも全力で倒しにかかるほかない。

 

「スァッ! ハァァァァ……!!」

 

左腕のブレスレットからエネルギーを解放し、頭上で集約して∞の文字を形作る。

メビウス必殺光線、メビュームシュートだ。

 

「グウウウゥゥゥ……!!」

 

対する降鬼も、自身の肥大化した右腕に膨大な妖力を集約させ始める。

まさか、こちらと撃ち合うつもりか。

 

「セアアアァァァッ!!」

 

「グオオオオォォォッ!!」

 

10万℃を誇る熱光線と、瘴気を圧縮した波動が正面から激突した。

衝突の余波が周囲に飛び交い、無差別に競技場を破壊していく。

拮抗した力が膠着すること数秒。

打ち合った膨大なエネルギーが爆発し、二つの巨体が互いに押し戻される。

 

「クッ……!!」

 

程なくメビウスが、疲労を露に片膝をつき、倒れこんだ。

今の攻撃でエネルギーの枯渇に見舞われたのか、既にカラータイマーが点滅を開始している。

だが一方の降鬼もまた、人間の意識を取り戻しかけているのか、膝を突いたまま動かない。

その時だった。

 

「その男を助けたいか?」

 

何処からともなく、空間内に謎の声が響き渡った。

周囲を見渡すが、それらしい姿も気配も見えない。

その時、桜武の眼前に、一振りの刀が突き立てられた。

瞬間、さくらは驚愕する。

無理もない。

それはあの開会式の日に奪われたはずの、

 

「天宮……國定……!?」

 

母が遺した雨宮の神器、『天宮國定』だったからだ。

降魔に奪われたはずの神器を何故このタイミングで。

一体誰が。

だがこれが千載一遇のチャンスであることに変わりはない。

さくらは意を決して桜武のコックピットを飛び出し、神器を手に取る。

そして……、

 

「天宮の名の下に……、邪なる力を切り払う!! 天剣・桜花乱舞!!」

 

抜き放たれた神器の刀身に蒼き霊力が宿り、巨体を形成する妖力の壁を真一文字に切り伏せる。

やがて肥大化した黒の体表に瞬く間に亀裂が走り、充満した瘴気を放出しながら爆砕した。

その中に見えた正体に、一同は今度こそ言葉を失った。

 

「ギ、ギンガさん!!」

 

「スァッ!?」

 

何と、巨大降鬼の体表から現れたのは、開会式の時から幾度も自分達の窮地を救ってくれた天川銀河、ウルトラマンギンガだったのだ。

何らかの形で敵の手に墜ちてしまっていたのか、エネルギー切れを示すように胸部のカラータイマーは弱弱しく点滅し、自身は立ち上がることすらままならない。

 

「ギンガさん!? 大丈夫ですか!?」

 

思わず駆け寄るさくら。

だが、ギンガはかすかな気力を振り絞り告げた。

 

「逃……げろ……!! 絶界……が……解……かれ……る……!!」

 

「絶界……、まさか……!?」

 

天宮の力を示す言葉にハッとして空を見上げるさくら。

果たして瘴気に覆われていた競技場上空には、まるでひび割れたガラスのように空間全体に亀裂が走っていた。

どういうことだ。

まさか、今の神器の力が封印に作用していたというのか。

 

「いやはや、感服するよ天宮さくら。まさかここまで我々のシナリオ通りに動いてくれるとはね」

 

「誰っ!?」

 

横から聞こえた先ほどの声に、油断なく神器を構えるさくら。

姿を現したのは、今まで相対したことのない異形の降魔だった。

法衣を纏った僧のような出で立ちでありながら、顔面は左目を残して異次元のような空間を形成した異形の存在。

そしてその全身を覆いつくす筆舌尽くしがたいほどに膨大な妖力。

あの夜叉を超える波動を感じ、さくらは直感する。

この人物こそが降魔達を従えて事件を引き起こし続けた首謀者であると。

 

「我が名は幻庵葬徹。人間を、世界を滅ぼし、この終わりなき業の輪廻に終止符を打つもの」

 

「schießen!!」

 

言い終わらぬうちに、3機の狩人が一斉に火を噴く。

だがその弾丸が当たるかと思われた一瞬、突如としてその姿が掻き消えた。

 

「何っ!? 何処に……!?」

 

急ぎ周囲を警戒するエリス。

だが、そこで動きが途切れた。

何故ならその瞬間、背後からゼロ距離で妖力の波動の一撃をもろに受けてしまったからだ。

 

「エリスッ!!」

 

「このやろっ!!」

 

一瞬遅れて反応する二人。

だが幻庵はまるで退屈といわんばかりに嗤うや、エリス同様に2機のアイゼンイェーガーの間に瞬間移動し、やはり両手からの強烈な波動で沈黙させる。

何ということだ。

世界屈指の実力を持つはずの伯林華撃団が、ものの数秒で壊滅してしまった。

あの夜叉という降魔も恐ろしい力を持っていたが、この降魔はその比ではない。

何故、これほどの妖力をもつ存在に、今の今まで気づかなかったのだろうか。

 

「さくら、私が背後を担うわ!」

 

「アナスタシアさん……、分かりました!!」

 

アナスタシアの声にハッと意識を引き戻し、神器を構えるさくら。

そうだ。

敵が瞬間移動の能力を持っていたとしても、こちらが囮になってその隙を突けば……、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「隙ありよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その一瞬、何が起きたのか分からなかった。

囮役を買って真正面から切りかかった刹那、後方で銃声が轟いた。

同時に、体の感覚が消え、手足の自由が消える。

視界が急速に歪み、地面が、目の前に……

 

「(あれ……、私……何で……?)」

 

何も分からないまま、消えていく意識。

夢か幻か、その最後の糸が切れる寸前、あの声が、聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さくらあああぁぁぁーーーっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前に移ったその光景に、神山は我を忘れて絶叫した。

予想通り東雲神社から刀身を輸送したという連絡を受け、待機していたミライと初穂に先を託したまでは良かった。

だが程なく出現した魔幻空間に競技場が包囲されたという報告と、アナスタシアから受けた救難信号に一抹の不安を抱え、あざみと共に急ぎ競技場まで舞い戻った。

果たしてその先に見えたのは、敵陣の真ん中に倒れ伏す幼馴染の少女だった。

 

「嘘だ……」

 

壁にめり込み動かなくなった緑の無限。

その場に倒れ伏す二人の巨人。

そして、少女の背後に砲塔を突きつけた一機の狩人。

目に映るすべての情報を、神山の心は一瞬拒絶した。

 

「さくら……、嘘だ……嘘だ!!」

 

「誠十郎、落ち着いて!! まずはさくらの容態を確かめる!!」

 

これまで窮地に驚きこそすれど取り乱すことのなかった神山に、戸惑いつつも呼びかけるあざみ。

しかしその言葉で辛うじて冷静さを僅かながら取り戻した辺りは、やはり軍人というべきだろうか。

だが次の瞬間、更に衝撃的な言葉が神山を襲った。

 

「よくやったぞ『アイスドール』。まがりなりにも天宮の血筋の裏を突くとはな」

 

「……任務を遂行したまで」

 

倒れたさくらの手から悠々と神器を奪い取る異形の怪物。

そしてその後ろにつき従う、青の狩人。

どういうことだ。

あの機体に乗っているのは、仲間だったはず。

共に舞台を舞い踊り、戦場を駆け抜けた仲間だったはず。

 

「アナスタシアッ!!」

 

気づけば、神山はその名前を叫んでいた。

こちらに振り向いてくれると信じて。

だが……、

 

「いかがだったかしら、キャプテン。……名演技だったでしょう?」

 

「どういうことだ、アナスタシア!!」

 

「見ての通りよ。貴方達華撃団に潜入して情報を流し、絶界の封印を破壊する一助とする。それが私『アイスドール』の任務」

 

一縷の望みを懸けて問いただすが、返ってきた答えは冷たいものだった。

信じられない。

信じたくはない。

だがこの状況、そうだとしか考えられない。

 

「……騙していたのか。俺達を……花組を……」

 

「アナスタシア……!!」

 

隣のあざみもまた、縋るような眼差しで見る。

だが、その瞳に応える事無く、青の狩人は背を向ける。

 

「待ってくれ、アナスタシア!!」

 

「無駄だよ神山誠十郎。君達はそこで見ていたまえ。この世界が灰燼に帰する瞬間を!!」

 

異形が神器を空に向かい一閃した。

瞬間、空間に走っていた亀裂が一気に広がり、ガラスが割れるような音を立てて砕け散る。

その先に見えた光景に、神山は言葉を失った。

 

「な……、何だ……これは……!?」

 

それは、禍々しい邪念に覆われた空間だった。

金色にギラギラと光る廃墟を覆いつくす漆黒の植物のような生命体。

それらは不規則に核のような器官を紫色に明滅させ、生物の血管のように脈動する。

まさか、これが10年前に降魔皇が封印されたという絶界の異次元世界なのか。

 

「フハハハハ……、目障りだった大神一郎はもういない!! この幻庵葬徹が、全てを消し去ってくれる!!」

 

絶望の波動が競技場一帯を包み込む。

やがてそこから現れたのは、上空の廃墟を模したような禍々しい不規則な魔城だった。

 

「絶望せよ、帝都!! 絶望せよ、世界!! 今日この日を以って、人類の歴史は終わりを告げ、理想の世界が訪れるのだ!!」

 

<続く>




<次回予告>

降魔皇復活まで、残り僅か。

だが俺は諦めない!

さくらとアナスタシアを取り戻し、

幻庵葬徹を止めてみせる!!

次回、無限大の星。

<決戦!命を懸けて!!>

新章桜にロマンの嵐。

未来を……、頼む……!!


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第10話:決戦!命を懸けて

ようやく完成いたしました。

そういえば広井王子先生の出席されたイベントでサクラ大戦っぽい

「東京大戦(仮)」というプロジェクトが発表されたそうですね。

まだタイトルしか決まってないそうですが、どんな作品になるのか楽しみな今日この頃です。

今回は原作で最終回となったプレジデントGこと幻庵葬徹との決戦編。

そしてこのお話で一人、仲間が退場します。

「彼女」が誰か、知っている人は知っている……と思う。


 

 

 

<無限大の星:第9話~決戦!命を懸けて~>

 

「(私、絶対に花組に入る! 真宮寺さくらさんみたいに、強いさくらになる!!)」

 

その言葉が、ただ純粋に嬉しかった。

涙に濡れ続けたその顔が笑顔に変わるなら、何だって出来る。

そう思っていた。

 

「(じゃあ、俺は花組の隊長になる! この手で、さくらちゃんを守る!)」

 

その瞬間から、志していた。

帝国華撃団花組の隊長……、それは……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さくらっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

その笑顔が遠のいた一瞬、手を伸ばしかけた時に世界が反転した。

荒い息を整え、頭に手を置く。

視界には人肌の濡れた手ぬぐい。

自分は隊長服のまま、医務室に寝かされていたのだ。

 

「そうか……、あの時……」

 

徐々に、記憶が脳内に蘇り始めた。

何故自分がここにいるのか。

あの時、何が起こったのか。

 

「(いかがだったかしら、キャプテン。……名演技だったでしょう?)」

 

アナスタシアが、敵側についた事。

 

「(この幻庵葬徹が、全てを消し去ってくれる!!)」

 

幻庵葬徹と名乗る降魔の手によって、絶界の封印が解かれようとしている事。

 

「(神山さん……)」

 

そして……、目の前でさくらを奪われた事。

 

「誠十郎!!」

 

突然の声に顔を上げると、そこには共にあの場にいたあざみの姿があった。

いつも切れ長の細目が、驚きに見開かれている。

どうやら少なくない時間、意識を失っていたようだ。

 

「あざみ……、丁度良かった。聞きたいことが……、うっ!?」

 

「誠十郎!?」

 

立ち上がろうとしたとき、わき腹に痛みを感じ蹲る。

そういえば倫敦との一件でのケガは完治していなかった。

 

「大丈夫? 無理しないで」

 

「いや、いいんだ。それよりさくらは……? アナスタシアも……!!」

 

わき腹を押さえつつ、あざみの静止を振り切って立ち上がる。

覚醒した脳内で、様々な不安が波のように押し寄せてくる。

さくらを始め隊員達の安否。

競技場周辺の被害状況。

それらを思うと、怪我どころではない。

 

「……」

 

返ってきたのは、沈黙だった。

あざみは神山の問いに、躊躇うような表情で俯き、応えなかった。

瞬間、神山の脳裏に薄ら寒い予感が走る。

 

「目が覚めたのね、神山君」

 

「支配人!!」

 

代わりに応えたのは、廊下の先から現れたすみれだった。

やはり彼女の表情も、僅かに冷静さを欠き憂いを隠し切れずにいる。

不安が、更に高まる。

 

「作戦司令室に来て頂戴。……最悪の事態になったわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わかっていると思うけど、上級降魔・幻庵葬徹の手によって、絶界の封印が解かれようとしています」

 

作戦司令室には、既に自分以外の全員が揃っていた。

少なくとも神山はそう聞いていた。

 

「みんな……」

 

だからこそ、眼前の光景が現実となって突き刺さっていた。

自分達隊員席の周囲には、現場に居合わせた伯林華撃団、上海華撃団、そして天川銀河の姿がある。

だがその隊員席が二つ、空室のまま残されていた。

 

「幸いギンガさんが咄嗟に張ったバリアと、その際に乱入してくれた上海華撃団のおかげで、その場にいた人間は避難できましたわ。……二人を除いて」

 

「さくらと……アナスタシア……」

 

上海華撃団が来たタイミングでいなかったという事は、アナスタシアは既に離脱していたのだろう。

恐らくは、意識のないさくらを捕えた状態で。

 

「……神山」

 

ふと、名を呼ばれて顔を上げる。

目の前には、自分達を助け出してくれた旧友が立っていた。

俯いて表情は読めない。

 

「シャオロン。ありがとう、助けてくれて……」

 

「歯、食いしばれ」

 

「え……?」

 

聞き直す間もなかった。

シャオロンは突然、硬く握った拳で神山を殴り倒したのだ。

 

「シャオロン!」

 

「神山ぁ……ふざけんなよ、このクソヤロウ!!」

 

ユイの静止を無視し、シャオロンは倒れた神山の胸倉を掴んで引き寄せる。

その顔は、最早怒りを通り越して殺意すらむき出しにした獣の顔だった。

 

「お前言ったよなぁ? さくらは自分で支えて見せるってよぉ、支えることが俺の愛だってよぉ!! 言ったよなぁ神山ぁ!?」

 

「シ、シャオロン……」

 

「このザマは一体なんだ!? 女一人戦場に放って何処ほっつき歩いてやがった!! 挙句の果てにおめおめと連れ去られましただぁ!? 寝言は寝て言いやがれ!!」

 

「止めるですシャオロン!!」

 

「神山は病み上がりよ! アンタ喧嘩しに来たの!?」

 

仔空とユイに止められたところで、シャオロンは舌打ちと共に神山を突き放す。

ここまで怒りを露にされたのは初めてだが、無理もない、と神山は思った。

シャオロンはさくらに、仲間以上の気持ちを持っていた。

それをあの公の場で表に出してまで気持ちをぶつけ、今に至る。

もし立場が逆だったら、もし自分だったら、冷静でいられたかと言われれば自信はない。

故に、神山はシャオロンを責める気持ちにはならなかった。

 

「神山さん、お怪我は……」

 

「大丈夫だ。カオルさん、状況は?」

 

殴られた箇所を心配してくれるクラリスを制し、カオルに尋ねる。

だが結論を聞く前から、その表情から結果は読めていた。

 

「……華撃団大戦競技場には高濃度の魔幻空間が展開。上空には虚数空間が出現しています」

 

「幻庵葬徹が帝鍵を使って、降魔皇封印の異次元を開こうとしてるっちゅうことやな」

 

「異次元空間……。あれが……」

 

以前他ならぬすみれに話を聞いた。

大神一郎率いる時の全華撃団とウルトラマン達の総力を結集し、降魔皇を封じ込めた異次元空間。

それを、あの幻庵葬徹と名乗る降魔が解き放とうとしているのだ。

 

「ええ、10年前に絶界の力で生み出した異空間『幻都』ですわ」

 

「しかし、霊力を持たない降魔が何故……?」

 

最初に神山が抱いた疑問は、そこだった。

降魔皇封印に必要なものは帝鍵『天宮國定』、そこまでは分かる。

だがその力を解放するためには、膨大なまでの霊力が必要だったはず。

降魔たちの妖力では代用が効かない代物であることは、開会式後の話で明らかになっている。

ならば幻庵葬徹は、何を以って帝鍵を扱うことが出来たのか。

 

「それは、こちらが説明しよう」

 

すみれの横にいた見慣れない人物が、一歩前に進み出た。

神山より低い身長ながら、軍人気質の感情の読めない表情で、特有の威圧感を感じる女性。

まるで伯林華撃団のようだと感じたとき、ある人物の名前が浮かび上がった。

 

「まさか、貴方は先代帝国華撃団の……」

 

「伯林華撃団総司令、レニ=ミルヒシュトラーセ。君と会うのは初めてだね、神山誠十郎隊長」

 

その名前を、神山は知っていた。

初代霊的組織の欧州花組から帝国華撃団花組へと移り渡り、降魔大戦を生き延びて伯林華撃団発足を成し遂げた女傑の一人。

この状況下において僅かも平常心を揺さぶられないというのは、流石にすみれや紅蘭に並ぶ戦歴ゆえか。

 

「我々伯林華撃団はドイツ本国と連携を取り、世界華撃団大戦の間に関係各国での連盟の動向を確認させていた。その結果、アメリカから対魔防衛兵器の残骸を秘密裏に輸送していたことが分かった」

 

「対魔防衛兵器?」

 

「ネオマキシマ砲。元は巴里華撃団整備班の建造した霊力砲台だ」

 

そういえば過去のアーカイブで閲覧した記憶がある。

アメリカにおける第六天魔王・織田信長と紐育華撃団星組との戦闘で使用された、超弩級対魔防衛兵器の名称だ。

その後のバルタン星人との戦いにおいて逆に生物兵器デスフェイサーに改造利用され、その後破棄されたと聞いていたが、残骸が残存していたとは驚きである。

 

「連盟……幻庵はその残骸に霊力を備蓄できる事を利用したんだ。秘密裏に競技場に安置し、我々華撃団同士の対戦で発生する霊力の余波を取り込ませ続けていた」

 

「そうか……、だから意地でも対戦を中止させなかったのか」

 

「つい先日その物流記録の証拠を掴み、今日連盟を糾弾する手はずだったんだが……間に合わなかったようだね」

 

ここにいたり、伯林華撃団が何故揃って霊力を出し惜しむ戦い方をしていたかが理解できた。

帝鍵を使うために幻庵は自分達の霊力を取り込もうとしていた。

逆を突けば霊力を出し惜しむ動き方をすれば幻都を出現させるだけの霊力練成に時間がかかり、必然的にその決起は後ろ倒しとなる。

そうして時間を稼いだところで動かぬ証拠を持って連盟の、プレジデントの化けの皮をはぐという作戦だったのだ。

 

「……私の責任だ」

 

ふと、包帯姿のまま隅に座っていた銀河が重い口を開いた。

そう言えば、あの戦いで彼は敵の手によって降鬼に変えられていた。

ウルトラマンでさえもしもべに取り込んでしまう敵の恐ろしさもそうだが、銀河ほどの人間が何故不覚を取ったのかは疑問だった。

それは、ひとつの理由があった。

 

「私のこの力は……、正しい光の力ではない」

 

「どういうことですの?」

 

「……今より遠い大正84年。それが全ての始まりだった……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その年……、何の前触れも無くそれは起こった。

 

『帝都大厄災』。

 

それまで何の問題もなかった霊子各機関が一斉に暴走し、蒸気機関文明は一夜で終わりを告げた。

 

その後発表された未知のエネルギー『ミライ』に、日本は移り変わって行った。

 

だがそれを境に、帝都周辺で降魔に代わる怪物『降鬼』が現れるようになった。

 

私は時の大帝国華撃団BLACKの司令として、ミライの力で動く霊子スーツを纏った仲間と共に降鬼鎮圧に明け暮れていた。

 

そして……、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「帝都の地下には、朽ち果てた人工の石像が安置されていた。かつてアメリカで凍結されたウルトラマン計画……。何らかの形でプラズマ=オーブを入手した人間達は、降鬼の脅威から逃れるためにウルトラマンを頼った」

 

銀河は肥大化した腕の先に輝くオーブに視線を落とす。

僅かな輝きを帯びて静かに明滅を繰り返すその様は、まるでこれ以上の暴走を押さえ込むために拘束具のようにさえ思えた。

 

「本来このオーブが選んだのは、私ではない。私に移植されたこの腕の持ち主だった者だ。時代を超えて光に認められたものとして、オーブが選定したのだろう」

 

「腕の、持ち主……?」

 

「天川星也……私の弟だ。厄災で命を落とし、その遺体がある実験に使われていた」

 

「それでは、その人造ウルトラマンというのが……」

 

重い表情のまま、銀河が頷いた。

肥大化の影響は、移植元の弟の遺体が既に降鬼化していたということ。

恐らく望月バランが行っていた人体実験のようなことが、弟の身にも起きていたのだろう。

多くの過程は謎に包まれているが、その降鬼実験の行く末が、人造ウルトラマン起動への帰結とされていたと見てよさそうだ。

そしてそれこそ、この時代で銀河が変身したウルトラマン、『ウルトラマンギンガ』ということになる。

本来ならば他人の異形と化した腕を、妖力を押さえ込みながらオーブの力を合わせて変身する歪な光の巨人。

それがウルトラマンギンガ誕生の背景だった。

 

「今まではオーブの力で制御してきたが、やはり誤魔化しはきかないということだな」

 

本来ならば別人の腕を移植し、降鬼の力とオーブの力を制御する。

常人ではまず不可能なことを何度も続けていれば、生命の危機に瀕するほどに負担がかかることは自明である。

降魔達は、そこを突いたのだ。

 

「……すまない。君達の、この時代の悲劇を食い止めるはずだった私が……、その足かせになってしまったとは……」

 

自身の不甲斐なさを、頭を下げて詫びる銀河。

それに応えたのは、意外な人物だった。

 

「頭を上げてください、銀河さん。私達は……この場の全員が、貴方に非があるとは思っていません」

 

「クラリス殿……」

 

それは、仲間に向けるものと同じ優しい微笑を湛えたクラリスだった。

 

「司令からお話は聞いています。貴方の時代では、私達全員が、この戦いまでに命を落とし、さくらさんの命と引き換えに再封印を成し遂げたと」

 

「みんな、知っていたのか……!?」

 

「あざみ達はついさっき、司令から聞いた。銀河が未来から、あざみ達を助けるために来てくれた事も」

 

「元々アンタが神山を助けてくれてここまで繋がった命だ。これで恨んじゃ罰当たりってもんだぜ」

 

「君達……」

 

口々に感謝を口にする隊員達に、驚きを隠しきれない様子の銀河。

そこへまた別の声が割って入った。

 

「そうだ。まだ……手段は残されている」

 

「鉄幹さん!!」

 

司令室に入ってきたのはさくらの父、天宮鉄幹だった。

あの大帝国病院の倒壊後は仮設の自宅で療養していたと聞くが、もう動いて大丈夫なのだろうか。

 

「鉄幹殿! それでは例の物は……!」

 

「ここにある。新たな帝鍵の器だ」

 

鉄幹の手に握られていたのは、刀身を収めた新しい一振りの刀だった。

まだ霊力を練りこまれていないため通常の刀と相違ないが、恐らくはこれをさくらが振るえば……。

 

「例え天宮國定を手に幻都を解放したとしても、天宮の血を引くさくらがこの刀を覚醒すれば、神器の力は引き継がれ絶界は閉じる。神器の継承はそのために行うのだ」

 

「だから幻庵はさくらを攫ったのか……!」

 

失念だった。

新たな帝鍵の出現を死力を尽くして阻止しようとして来た敵の様子を鑑みれば、刀身を狙えないならば天宮の血筋、即ちさくらの身柄を狙うことは容易に想像できていたはずだった。

今さらながら自身の詰めの甘さを、神山は呪う。

 

「最早幻都封印の手段は只一つ。敵の手からさくらを取り戻し、この帝鍵を以って絶界を再び閉じこめる事だ」

 

「……出来るわね、神山君?」

 

念を押すようにすみれが尋ねる。

だが、神山の心は決まっていた。

 

「出来ます。行かせてください! みんなで……、この手でさくらを取り戻す!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから10分後。

整備班から無限各機の修繕作業が終わり次第、魔幻空間突入作戦の段取りが組まれ、各隊員は一時解散となった。

霊力の回復や一時の休息など各々が準備に入る中、ミライの姿は大帝国劇場の屋根裏部屋にあった。

普段は物置として封鎖され、人の出入りのない空間。

しかし、ミライは夜な夜な人知れずこの場所を訪れ、空を眺めるのが好きだった。

何故なら『彼』もまた、この場所から見える故郷を思いを馳せていたと、そう聞いていたからだ。

 

「ウルトラの星……、こんなに見えなかったっけ……」

 

だが今、晴れ模様だったはずの青空は、どす黒い紫色の瘴気に包まれていた。

一度復活を遂げれば全世界を破滅に導くという降魔皇の力。

この段階でさえその片鱗を見せていることに、驚きと戦慄を隠せない。

 

「……」

 

それを目の当りにして尚、義憤に駆られない自身の心に、ミライは当惑していた。

いや、理由は分かっていたはずだった。

この地球に来てから幾度となく対峙した諸悪の根源たる降魔。

だが人類に仇なす絶対悪だと思っていたその方程式が、根底から覆されつつあった。

 

降魔は元来、人間の手によって生み出された怨念だった。

 

あの時、幻庵は確かにそう言った。

だとすれば、もしそれが真実であるなら、自分の正義は本当に正義になりえるのだろうか。

それを自問する自身に気づいたとき、ミライは自分自身へのどうしようもない情けなさと悔しさで心をかき乱された。

恐ろしかった。

今この瞬間、あろうことか人類を見限ろうとしている自身が存在することが。

 

「ここにいたか」

 

「……銀河さん」

 

未来からの使者が姿を見せたのは、その時だった。

ここに来ることは告げていないが、自身の光の力を感じて来たのだろう。

 

「銀河さん……教えてください。先ほど司令が話していた内容は……!」

 

「……事実だ。私の生きた世界では、華撃団はおろか霊的組織そのものが犠牲になった」

 

すみれから聞かされた、銀河の世界での幻庵葬徹との戦いの顛末。

僅かでもと一縷の望みを懸けたミライの問いに返ってきた答えは、非情だった。

 

「では……その時はさくらさんが……」

 

「そうだ。師の村雨白秋と協力し、捨て身で降魔皇を再び幻都に封じ込めた。……それが、後の悲劇を生むことになった」

 

「それが……、帝都大厄災……」

 

先ほどの話では実に55年後の未来に起こるという、霊力に起因した未曾有の大災害。

その後に降鬼の事件が頻発したという。

 

「あの災害は、人為的に引き起こされたものだった。人々の世論を霊力から遠ざけ、霊的組織の影響力を弱めるための策略だった」

 

「策略……? 降魔もいないのに一体、誰がそんな事を……」

 

「吉良時実。時の帝国政府の首相だ」

 

そこから語られた銀河の未来は、想像を絶するものだった。

鎮圧の気配を見せない降鬼事件に、政府は大厄災の原因となった霊力が原因と市民を煽った。

その結果日本各地で『霊力狩り』と称される悪魔狩りが始まった。

政府に支給された霊力測定装置で基準値以上の霊力を持つ人間は降鬼事件への関連、または危険性ありと判断され、老若男女問わず片っ端から処刑されていったというのだ。

次第にその動きは激化し、住む場所を追われた霊力持ちは互いに徒党を組んでレジスタンスを名乗り、各地でゲリラ行為など反政府運動を加速。

その鎮圧は次第に無差別攻撃へと形を変え、霊力持ちの家族や親戚、さらには近隣に住むというだけで処刑対象となり、最早人間が人間を殺しあうようになった。

最早日本での居場所をなくした各地のレジスタンスの生き残り達が最後に結集したのが、本土から海を隔てた先にある青ヶ島だった。

そして……、

 

「その生き残りの殲滅を担っていたのが大帝国華撃団BLACK。私はその司令として、最前線に立っていた」

 

「……そんな……」

 

「そして私は青ヶ島で最後の生き残りの少女に出会い、そこで初めて知った。世界で起きた真実と、私の起こした業の深さを……」

 

帝国政府は、そこで銀河を用済みとして殺すつもりだった。

銀河はそこで大帝国華撃団を離反し、青ヶ島を脱出。

生き残りの少女と共に本土に潜伏して各地を回り、一人でも多くの霊力持ちの同志を探すという、途方もない逃避行を続けた。

だが全土が焦土と化した日本列島は既に解き放たれた降鬼や降魔が跋扈していた。

その中で見出した唯一の希望が、帝国政府官邸に秘密裏に建造されていたという、人造ウルトラマンだった。

 

「帝国政府は霊的組織に見切りをつけ、ウルトラマンの力を我が物にしようと画策していた。私は共に死地へ赴いた少女と共に、ウルトラマンの力を得ようとした」

 

だがウルトラマンの石像に触れた時、思いもよらないことが起こった。

石像にはウルトラマンの力を目覚めさせるために、何万何億という無数の命が捧げられていた。

石像から溢れ出たそれらは怨念となり、銀河達に襲い掛かった。

辛うじて少女を逃がし、銀河は僅かに残された光の力で巨人となった。

そして……、

 

「激しい戦いの末、私は勝った。怨念を打ち倒し、少女と共にもう一度日本を立て直そうと。だが……」

 

満身創痍の体を引きずって外へたどり着いた先に見えたのは、絶望だった。

少女は民衆によって全身を竹槍や刃物で滅多刺しにされ、見るも無残な屍となってさらされていた。

それを周囲で嘲笑う民衆を目の当りにした瞬間、銀河の中に残っていた僅かな理性は消えうせた。

 

「そんな……、人間が……人間が互いに殺しあうなんて……!!」

 

何て醜いのだ。

何て愚かなのだ。

人々の希望となるはずだった霊的組織が、ウルトラマンが、あろうことか人類にその力を振るうとは。

考えてはいけないと何度も脳内で静止をかけながらも、ミライの脳は自問をやめない。

果たしてこの地球人類は、本当に守るに値する存在なのかと。

 

「全てを終えた私が最後に願ったこと。それが悲劇を変えることだった。全ての始まりとなったこの時代の悲劇を食い止め、未来に希望の可能性を残すこと。思えば、それにオーブが力を貸してくれたのかもしれない」

 

だからこそ、ミライは横に立つ男の不屈とも言うべき精神に圧倒された。

彼は、まだ人類を信じ、自身の全てを懸けて希望を託そうとしている。

幾度も蔑まれ、幾度も傷つけられ、幾度も裏切られ、文字通りの生き地獄を味あわされて、それでも人類の為に戦おうとしている。

何故、信じられるのだろう。

何故、信じたいと思えるのだろう。

自分はこれまでの人類の負の側面を垣間見続けて、戦う理由さえ見出せなくなろうとしているのに。

 

「出来るでしょうか、僕達に」

 

気づけばその胸中を、ミライは吐露していた。

情けなかった。

彼らの志を継いでこの星に来たはずの自分が、こんなにも心が弱かったことが。

 

「悔しいんです。ゾフィー隊長も、ジャックさんも、みんなこの星と人間を愛し、信じて戦ったからこそ今があるのに……、僕はそれに疑問を持ち始めている……」

 

「……」

 

「もしもこの戦いでさくらさんを助けられなかったら……、アナスタシアさんと戦うことになったら……、降魔皇の復活を止められなかったら……、僕はきっと自分自身と人間と、両方を許せないかもしれない」

 

だが、

 

「……それでいいんだ、ミライ君」

 

「……、え……?」

 

返ってきたのは、意外に尽きる返事だった。

 

「ウルトラマンは、神ではない。罪なき命を守りきれないことも、思いが届かないこともある。あくまでそれは、強大な力を持った外宇宙の命に過ぎないんだ。心一つでそれは正義にも悪にも成り得る」

 

「銀河さん……」

 

「人もまた同じだ。心ある命ならば、必ずそこには光と影、両方がある。優しさがあれば冷たさが、強さがあれば弱さが、尊さがあれば醜さが……。だがそれは人も、我々も同じなんだ」

 

ミライは言葉を失った。

思い上がっていたつもりはない。

だがこの地球に訪れたときから、人智に余る脅威に立ち向かえるのは自分だと、心のどこかで自身を縛りつけ続けていた。

人類を脅威から守れる最後の砦が自分だと。

だから自分だけは何が遭っても人類の味方でなければならないのだと。

そこに疑念を持つことは、禁忌なのだと。

 

「彼らもまた人として悩み、人として戦い続けてきた。それは決して人間のうわべの美しさだけを見ていたわけではない。人間の心の影を目の当りにして尚、信じ愛すると決めた。だからこそ、その心の強さは揺るがないのだ」

 

「……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その空間は、むせ返るほどの瘴気に包まれた魔城と化していた。

世界華撃団大戦競技場。

その最上階に位置する観覧席のあった場所は、下界を見下ろす天守閣の如く聳え立って眼下の惨劇を眺める舞台となっている。

半透明の水晶に隔たれたそこに、絶界の末裔は囚われていた。

 

「ククク……、天宮の血筋といえど、神器を奪えば赤子も同然だな」

 

「くっ……!!」

 

朦朧とした意識のまま、眼前の仇敵を睨む。

その後方に控える4人の降魔たち。

絶体絶命とはこのことだ。

 

「我らの野望を悉く阻んだ帝国華撃団……、それも今日で見納めということですね」

 

「あいつらには散々煮え湯を飲まされて来たんだ。盛大に迎えてやらねぇとな」

 

「奴らの屍を貢物に、我等が皇の復活を祝すとしよう」

 

「貴方にはその一部始終を特等席で見物させてあげるわ。光栄に思いなさい」

 

「無駄よ……! 降魔皇の復活なんて、みんなが……神山さんがさせない!!」

 

これまでの意向返しとばかりに口々に煽る降魔の幹部達。

せめて弱みは見せまいと言い返すが、それが虚勢であることは誰の目から見ても明らかだった。

 

「盲信もここまで来ると立派だな。……アイスドール」

 

「はい」

 

だが次の瞬間、精一杯の虚勢は跡形もなく吹き飛んだ。

何故ならその言葉と共に現れたのは、これまで苦楽を共にした戦友だったからである。

 

「ア、アナスタシアさん!? そんな……どうして……!?」

 

状況が分からず困惑するばかりのさくら。

対してアナスタシアは、別人のように凍てつくような冷たい視線を正面に向けたまま、さくらに見向きもしない。

 

「おやおや、感動の再会だってのに冷たいねぇ」

 

「所詮仮初の繋がりだ。その程度だった、という事だろう」

 

「夢を見ていたのは片方だけですか。何とも滑稽ですね」

 

その様子をせせら笑う降魔達。

その時だった。

 

「幻庵様。ネズミ共がやってきたようです」

 

「フッ、些か命知らずなネズミ共だな。相も変わらず正面突破か」

 

言い終わらぬうちに見知った輸送空船が、瘴気の壁を突き破って飛び込んできた。

瞬間、胸に熱いものがこみ上げる。

 

「面白い、ならば奴らの首を手に前夜祭と行こうではないか!」

 

言うや降魔達は獲物を見つけた野獣の如く目を光らせ、転移魔法でその場から消えうせる。

その場にはさくらと、仲間だった女性だけが残った。

 

「……アナスタシアさん。本当に……本当に降魔の味方になってしまったんですか?」

 

依然として背を向けたまま、返事はない。

その沈黙が、否定の言葉が来ないことが、もどかしく思えた。

 

「嘘ですよね……? 嘘だって言ってください……!!」

 

世界に轟くその名を初めて聞いたとき、雲の上の人だと思った。

そんな人が伯林からわざわざ来日し、その言葉と背中と生き方に多くを学んできた。

舞台でも戦闘でも卵同然だった自分達を、一から鍛え上げてくれた恩人。

なによりアナスタシアはさくらにとって追いつくべき、いつか超えるべき目標だった。

 

「アナスタシアさん……」

 

「……ごめんなさいね。これも任務なの」

 

最後までこちらに視線を向ける事無く、その場を歩き去るアナスタシア。

その背中が消えたとき、視界が滲んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「帝国華撃団、参上!!」」

 

幻庵葬徹による幻都解放より実に2時間。

魔を討つ正義の使者たちの姿は、競技場入り口に位置する魔幻空間の先端にあった。

霊子核機関を使用する輸送空船『翔鯨丸』では、妖力の充満する空間内での飛行に支障が出る。

故に神山たちは競技場の南端から地上を伝いに魔城の頂を目指すことになった。

 

「競技場の面影が何処にも残ってねぇな。まるで悪魔の城だぜ」

 

「あの空の幻……、あそこに降魔皇が……!!」

 

かつて先代霊的組織が文字通り死力を尽くした末に封印を遂げた史上最悪の破壊神『降魔皇』。

未だその姿を見せないということは完全な復活を遂げたわけではないようだが、それでも身震いするほどに強烈な妖力に、人智を超えた恐るべき力を予感する。

 

『神山さん、特別観覧席に当たる最上階に、天宮さんの霊力反応があります』

 

「だとすると、そこにさくらが……!」

 

『あと……アナスタシアはんの反応も一緒や。多分、護衛か……それとも……』

 

こまちらしくない歯切れの悪い返事だった。

だが神山は、彼女の心情を慮る。

裏切りとしかとれないアナスタシアの行為に、自身もそうだが皆の理解が追いついていないのだ。

無理もない。

今まで自分達にとって舞台のイロハを教えてくれた師匠であり、豊富な経験で幾たびも視線を救ってくれた戦友である。

混乱するのは自明の理だ。

 

「神山さん……、本当にアナスタシアさんは、敵についてしまったのでしょうか……?」

 

「確かにあの時、さくらを撃ったのはアナスタシアだった……。だがきっと真意があるはずだ。さくらが今無事でいることが、何よりの証拠だ」

 

それでも花組隊長は、彼女があくまで理由の上で降魔側に与しているという考えを曲げなかった。

降魔たちが最も危惧していたことは、新たな帝鍵を覚醒されることと、それを用いて再び幻都を封印する手筈を整えられること。

だから刀身が奪えないと知るや絶界の力を受け継ぐさくらの身柄を奪い、間接的に帝鍵を無力化させようとして今に至る。

ならばこの時点で、敵の立場からするとさくらを生かしておく理由がない。

例え帝鍵が残っていようと、天宮の血筋を持つ人間が死に絶えていれば、その力を使うことは出来ないからだ。

それは神山に、一つの仮説を導かせていた。

 

「一刻も早くさくらを救出して、アナスタシアと合流する! 行くぞ!!」

 

「「了解!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時に志を共にした仲間と、時に許されざる怨念と対峙し、幾たびも死闘を演じてきた広大な競技場一帯は、散乱した瓦礫や根のように張り巡らされた妖力の蔦に汚染され、荒地のように様変わりしていた。

そしてこちらの進撃を予期していたかのように、無尽蔵に湧き出る傀儡騎兵の大軍団。

まるで歩行者天国のような大群の群れに、5機の霊子戦闘機は真正面から突撃をかけた。

五神龍と鉄の星も改修が済み次第合流してくれる手筈になっているが、それまで腰を下ろして待っているつもりなど毛頭ない。

 

「討ち漏らした敵は無視しろ! 最短距離で城内へ突入するんだ!!」

 

敵との物量差は歴然。

これまでのように各個撃破していてはとてもではないが霊力が持たない。

故に神山は自身を先頭に突撃陣形を敷き、神速の異名に相応しい電撃作戦を実行した。

布陣に用いたのは、『五光星の陣』。

星の角に位置する5箇所にそれぞれが配置につき、先頭の速度に合わせて陣形を維持して突撃を仕掛ける作戦だ。

当然ながら進軍が止まればその瞬間に後方ががら空きになるため、勢いを維持したまま一歩も止まらず押し切らなければならない。

神山は最も重要で危険な位置である先頭に立ち、前線となる左右にはミライと初穂を配置。

後方には援護射撃要因としてあざみとクラリスが立ち、前方の敵に牽制をかける。

 

「闇を切り裂く、神速の刃!! 縦横無尽・嵐!!」

 

作戦の肝となる進軍スピードを維持するため、惜しみなく霊力を込めた二刀を振るい、暴風雨が如く敵を蹴散らす神山。

初穂とミライもそれに続いて浮き足立った前方の敵を纏めて吹き飛ばし、あざみとクラリスがそれに続く。

圧倒的な物量差も、相手にしなければ問題はない。

だが城内の入り口に迫ったとき、強烈な殺気が真上から襲い掛かった。

 

「止まれ!!」

 

瞬間、咄嗟に交差させた二刀に、朱色の大鎌が金属音を立ててぶつかった。

数秒の拮抗の後宙を舞いこちらに対峙したのは、見覚えのある死神だった。

 

「性懲りもなくやってきましたね、帝国華撃団!!」

 

「獏……、俺達の足止めをするつもりか!!」

 

「足止め? とんでもない。降魔皇様復活の供物として、あなた方の首を頂くだけですよ!!」

 

浮遊する傀儡騎兵『夢惨』に獲物を遊ばせ、凄絶に嗤う獏。

これも降魔皇の力が影響しているのか。

以前相対したときより、明らかに妖力が上がっている。

ただでさえ時間の少ないこの状況で戦えるのか。

 

「今宵は我等が悲願成熟の時。甘美な悪夢へいざなってあげましょう!!」

 

言うや再び鎌を振り上げる獏。

止む無く迎撃体制に入ろうとしたその時、一人の人物が前に進み出た。

クラリスである。

 

「神山さん、ここは私が引き受けます。さくらさんの下へ急いでください」

 

「ク、クラリス……!?」

 

突然の進言に、神山は一瞬躊躇う。

確かに敵がいつまでさくらに手を出さないか分からない関係上、一刻の猶予もない。

だが今の花組全員で戦って勝てるかどうかもわからない相手である。

増してや先ほどの伯林華撃団との対戦で疲弊したクラリス一人で相手をするなど無謀もいいところだ。

だが、クラリス本人の意志は固かった。

 

「私達花組はみんなで一つ。誰か一人でも欠けたら、ハッピーエンドには辿り着けません。増して王子様がお姫様のところに間に合わないお話なんて、辛すぎるじゃないですか」

 

「しかし、君一人では……!」

 

「勝ちます。貴方が信じてくれた重魔導の力で……スノーフレイクの名にかけて、必ず生きて追いつきます!!」

 

そこにかつて戦いを恐れた文学少女の面影は何処にもなかった。

守るべき仲間と、貫くべき正義。

そして必ず勝ち、生きて辿り着くという強い信念が、神山の心を決めた。

 

「分かった。クラリス、必ず……必ず生きて会おう!!」

 

「了解!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不思議なものだ、と思う。

少し前まで忌み嫌っていた家紋の名に、恐怖の象徴でしかなかったこの力に、これほど感謝する日が来ようとは。

 

「中々感動的なシーンでしたね。部隊のために自ら捨て駒になろうとは」

 

以前なら我先にでも逃避していただろう死神を前にして、尚も恐怖が芽生えることはない。

守るべき仲間と、揺るがない信念が心に芽生えたとき、人は強くなるのだと、あの人が教えてくれたから。

 

「私は帝国華撃団花組、クラリッサ=スノーフレイク。主の命により今度こそ、貴方を地獄に落とします……!!」

 

何処からともなく吹き荒れるつむじ風が、緑の無限を包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突入した魔城内は、想像以上に神山達の進軍速度を鈍らせる構造になっていた。

何せ陽の光が一切遮断された薄暗い空間は元々人間用の通路でありこのような大型の霊子戦闘機が通行することなど想定していない。

加えて城内にも張り巡らされた無数の妖力の蔦が足がらめとなり、思うように進むことが出来ない。

 

「くそっ、こんなところで時間を取られる訳には……!!」

 

囚われたさくらと、死地同然の空間に孤立しているクラリス。

一刻も早く合流しなければという焦燥が、徐々に冷静な判断力を蝕んでいく。

その時だった。

 

「よぉよぉ、お早い到着じゃねぇか帝国華撃団ご一行様よぉ!!」

 

「貴様は、朧!!」

 

懸命に道を急ぐ彼らを嘲笑うように、巨大な影が2回へと続く踊り場に現れる。

巨大な両手を模したような下半身で浮遊する幻術使いが操る傀儡騎兵『荒吐』だ。

 

「そこをどけ! 今はお前の相手をしている暇はない!!」

 

「つれねぇ事言うなよ神山ぁ。今日は我等が皇の復活の宴席だぜ? 楽しもうじゃねぇか!!」

 

言うや周囲の空間がゆがみ始めた。

朧の十八番、幻術の類か。

 

「さあ、踊れ帝国華撃団!! 血と断末魔に塗れた死のダンスをよぉ!!」

 

言うや四方八方から無数の荒吐が現れ、一斉に襲い掛かってきた。

朧の得意とする幻術の類か。

互いに円陣を組んで迎撃にかかるが、敵の幻は攻撃を加えると誘爆し、逆にこちらにダメージが来る。

本体を叩こうにも妖力の根源が見つからない。

このままでは反撃の糸口が掴めずジリ貧だ。

 

「いいねぇその表情! 残してきた仲間と囚われのお姫様が気になるってのに足踏みしてる悔しさ! 最っ高じゃねぇか!!」

 

「くっ……!!」

 

さくらの安否やクラリスの状況を考えれば、ここで下手に時間を取られることは限りなくナンセンスだ。

どうする。

最早ここで霊力を解放して突破口を開くか。

だが僅かに二等を握る手に力を込めたとき、黄色の影が動いた。

 

「望月流忍法、奥義!! 無双手裏剣・影分身!!」

 

頭上に放たれた一枚の手裏剣がたちまち無数の刃となって周囲の幻を纏めて切り刻む。

その影響で幻術が破れたか、空間の歪みが消えうせた。

 

「ありがとうあざみ、助かった……!」

 

礼を言いかける神山を、あざみは無言で制する。

その視線は、眼前の仇敵に向けられていた。

その背中に先のクラリスが重なったとき、神山はその胸中を悟った。

 

「あざみ、まさか……」

 

「里の掟11条。時は金なり、決断を遅らせるな。……コイツはあざみがやる。先を急いで」

 

鉤爪の如くクナイを構え、忍び特有の鋭い殺気を漲らせるあざみ。

確かに朧の得意とする幻術の類に最も精通しているのは、月組と協力して隠密任務に従事した経験のある彼女だ。

クラリスに続き敵陣に孤立させるのは心苦しいが、他に有効な策がない。

 

「分かった。ここは任せる! あざみ……、死ぬなよ!!」

 

「忍!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「青臭ぇガキでも忍者の端くれってかぁ? 泣かせるじゃねぇか、あざみちゃんよぉ」

 

「黙れ」

 

思えば、何の因果だろうか。

戦火と共に里が絶えたあの日から、密かに誓いを立てていた。

 

「降魔・朧……、あざみはこの日を、この瞬間を待っていた」

 

花組という新たな家族を、居場所をこの手で守り抜くと。

 

「絶望した同志の心につけこみ、里を滅ぼし……あまつさえ帝都に仇なし、みんなを苦しめる……!!」

 

そして望月を滅亡へ追いやった怨敵を、

 

「貴様を……、引導を渡すその瞬間を!!」

 

必ず、この手で葬り去ると。

 

「面白ぇ、あの腑抜けきったクズ忍一族の弔い合戦ってかぁ!? 仲良くあの世に送ってやるよ!!」

 

「里の掟105条。望月に仇なす者には、死の餞別を。……帝国華撃団花組・望月あざみ、参る!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上層階へ進むにつれ、一帯を包む瘴気の濃度はより一層強くなる。

まるで先に待ち受けるであろう魔の権化の凄まじさを、物語るかのように。

 

「……、止まれっ!!」

 

先頭をひた走っていた神山が、何かに気づき叫んだ。

瞬間、眼前に爆発と共に巨大な火柱が立ち上る。

その奥にあの人型の焔が見えた。

 

「よくあの死地を生き延びてこられたな。久しぶりの獲物に心が躍るぞ帝国華撃団」

 

「陰火……!!」

 

大帝国病院以来、遭遇することのなかった上級降魔の一角。

ここまで張り巡らされていた強固な防衛線から予想はしていたが、最早敵側も出し惜しみのない総力戦の様相を呈してきた。

やはりさくらとこちらにある帝鍵の刀身を会わせることを阻止しようということか。

 

「隊長」

 

それまで陣の左翼を守っていた赤と銀の無限が一歩前に進み出る。

神山は返事を仕掛けて、止める。

何故なら既に彼は、左手の霊力剣を最大出力で構えていたからだ。

 

「ミライ……、頼んだぞ……!!」

 

「さくらさんとアナスタシアさんの事……、お願いします!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「意外だな、あの天宮の娘の身柄を優先するならば、お前が向かうと思っていたが」

 

「お前には分からないだろう。僕は……、花組の誰もが信じている! 隊長ならさくらさんもアナスタシアさんも助けだせると!!」

 

一切の迷いなく言い放つミライ。

返ってきたのは、嘲笑だった。

 

「無駄なことだ。最早我等が皇の真なる復活まで僅か。貴様らの存在など、その前祝でしかないのだぞ?」

 

「そんな事はない! さくらさんの下に帝鍵の刀身を届ければ、きっと……!!」

 

「だからこそ一人ずつ残って戦おうというのか? 舐められたものだ。不完全とはいえ、降魔皇様のお力を得た我らをこれまでと同列に語ろうなど、とんだ身の程知らずではないか」

 

言うや陰火は掌に炎を宿し、頭上に放る。

霧散した火の粉がその全身を包んだ瞬間、四肢を燃え盛る猛火に包んだ魔躁騎兵が現れた。

陰火の操る傀儡騎兵『凶炎』である。

 

「最早動き出した輪廻の輪は止められん。精々醜く足掻くが良い!!」

 

「僕は信じる……! 隊長を……アナスタシアさんを……みんなを……人間の可能性を!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

下層から聞こえる激しい剣戟と爆発音に焦燥を誤魔化しながら、辿り着いた特別観覧席手前の通路。

果たしてそこには、二つの戦闘機が鎮座していた。

 

「良く来たわね、帝国華撃団。あたし達の余興は楽しんでいただけてるかしら」

 

一つは漆黒の邪念を纏う傀儡騎兵『神滅』。

そしてその横に、見知った顔があった。

 

「アナスタシア……」

 

返事はない。

変わりに返ってきたのは、仲間であった頃からは考えられないほどに冷たい視線だった。

 

「この期に及んで仲間面とは滑稽ね? それとも認めたくないのかしら。未練がましいのね」

 

「うるせぇ! アタシら花組の絆を舐めんな!! 戻ってこないなら腕ずくで連れ戻してやる!!」

 

「アナスタシア……、そうまでして降魔につく理由があるのか?」

 

あくまで冷静に、問いただす神山。

この時点で脳裏に浮かぶ可能性は二つ。

だがいずれにしても、ここで無抵抗に彼女と争わない姿勢を見せるのはナンセンスだ。

恐らく……、

 

「理由なんて至極単純よ。彼女の純粋な一つの願いを叶えてあげるから。貴方達人間では出来ないことを、あたし達降魔ならね」

 

「彼女の願い……?」

 

「そう……、人間同士の争いで失った大切な家族を取り戻すという、可愛い願いでしょ?」

 

瞬間、思わず声を失う。

そういえば、アナスタシア自身の経歴こそ知ってはいたが、それ以前の生い立ちは聞いていない。

仲間とはいえプライバシーに関わることであり、何よりアナスタシア自身が話したがらなかったからだ。

 

「貴方達に出来るの? 仲間だ家族だと大層に訴える貴方達人間に。命を蘇らせることができるの?」

 

「くっ……、アナスタシア……そうなのか……?」

 

人の命を取り戻すことは人間には出来ない。

反論できぬ定義を突きつけられた神山は、あくまでアナスタシアに尋ねる。

 

「今まで君と共に過ごした期間は、長いものではなかったかもしれない。それでも、君は俺達花組に多くを齎してくれた! 君は、それも偽りだったというのか!?」

 

言いつつ二刀を構え、応じなければ戦闘も辞さないと暗に示す。

返事は、無言で向けられた銃口が示していた。

 

「止むをえん……。夜叉を倒し、アナスタシアを無力化する。初穂……、手を貸してくれ!」

 

「当ったり前よ!!」

 

力強い返事に頷き、白銀の無限が地を蹴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フランスの首都、巴里。

蒸気自動車の交通の要となっている凱旋門の前で、黒騎士ランスロットは混乱の最中にあった。

無理もない。

身柄拘束という名目で保護されたエリカの古巣に着くや、生活拠点であるはずの教会から急遽この場所に出頭するよう命令が届いたのだ。

流石にツバサは呼ばれていないようだが、霊的組織の権限の一切を失った小娘一人に何をさせようというのか。

 

「ご苦労さんエリカ。その子が、例の黒騎士とやらだね?」

 

「グラン・マ!!」

 

エリカの案内で現地に到着したランスロットを迎えたのは、薄紅色のコートに身を包んだ壮年の女性だった。

その姿を認めるや、エリカはまるで家族にあったかのような満面の笑顔を向け、年甲斐もなくその胸に飛び込んだ。

 

「出迎えに来てくれたんですね! エリカ大感激です!!」

 

「おやおや……、これじゃどっちが子供かわかりゃしないよ」

 

まるで再会を喜ぶ母娘のような光景に、一瞬羨望の眼差しで見とれるランスロット。

だがすぐに意識を引き戻すと、慌てて騎士の礼を取った。

 

「倫敦より参りました、ランスロットと申します! ライラック伯爵夫人、お噂はかねがね……」

 

円卓の騎士結成当初から、西欧は巴里の戦士達の武勇は耳にしていた。

超古代民族パリシィの怨念を鎮め、更に超古代の邪神をも打ち滅ぼした帝国華撃団の総司令たる大神一郎以下6名からなる霊的組織、巴里華撃団。

そして眼前でエリカから暑苦しいハグを受けているこの女性こそ、巴里華撃団総司令グラン・マことライラック伯爵夫人なのだ。

 

「楽にしとくれ。堅苦しいのは苦手でね。それに、今は火急の用件があるんだ」

 

「火急の……?」

 

「帝都・東京で降魔皇の封印が解かれようとしている。現地へ急行して、帝国華撃団を助けてやっておくれ」

 

「降魔皇の……!?」

 

話に聞いたことがある。

10年前、当時の三都華撃団と光の巨人がその身を犠牲に封じ込めた諸悪の権化。

その封印が、破られようというのか。

 

「そのための足なら用意してるさ。ただし……、腰抜かすんじゃないよ?」

 

そう言ってこちらを煙に巻き、グラン・マは意地悪そうに笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

魔幻空間に取り込まれた華撃団大戦競技場。

その広大なエリアでクラリスは、獏率いる無数の傀儡騎兵の大群相手に孤軍奮闘を続けていた。

本来クラリスの無限は霊力弾による中距離・遠距離からの援護攻撃を目的に設計されており、最前線に立って打ち合うタイプのものではない。

そのため敵の接近を許すような戦力差の状況に孤立することは、ある種自殺行為と呼ばれても仕方のない状況である。

しかし先の伯林との対戦をヒントに、クラリスは大胆な作戦を講じていた。

 

「はああああっ!!」

 

ありったけの霊力を練りこんだ無数の霊力弾を周囲に展開し、暴風の如く敵陣目掛けて突進を仕掛ける。

小柄な傀儡騎兵はそれこそ暴風に煽られて紙くずのように吹き飛び、大型の降魔兵器たちは至近距離からの霊力弾の直撃に耐えられず次々と爆散していく。

標的となることで危険が生じるなら、いっそ自身が武器となって絶えず動き回ればよい。

結果それは功を奏し、既に会場を埋め尽くさんほどの傀儡騎兵の大群はそのほとんどが鉄くずへと変わり、獏の周囲を守る数体までその数を減らしていた。

 

「ハッタリだと思っていましたが、中々やるではありませんか。さすがは人間兵器と呼ばれるスノーフレイクの重魔導ですね」

 

「悠長に笑っていられるのもここまでです! 貴方こそ覚悟しなさい!」

 

「その割には、随分息が上がっているみたいですねぇ……?」

 

やはり誤魔化せないか。

あの十個大隊を裕に超える傀儡騎兵を相手にしてきたのだ。

これで霊力が枯渇しないほうが不思議である。

 

「ここは妖力に支配された我等が降魔のテリトリー。そこに高々一人の人間を放り出すことが何を意味するか、子供でも分かるでしょうに」

 

「何が言いたいのですか?」

 

「捨て駒だと言ってるんですよ。所詮死地を脱することさえ出来れば、彼らは貴女の安否などどうでも良い。そうでなければこの戦力差で置き去りになどしないでしょう?」

 

勝ち誇った様子で獏が嗤う。

確かに普通に考えればそうだろう。

さくらの救出と幻都再封印の為に部下を切り捨てた。

傍から見ればそうとしか見えないかもしれない。

だが、クラリスにはそれを否定する絶対不変の根拠があった。

 

「いいえ。私は捨て駒になんてなりません。貴女を倒し、生きてみんなと帝都へ帰ります。そう約束しましたから」

 

「この期に及んで認めないとは見苦しいですね。既に満身創痍の貴女如き、その気になれば一瞬で屠れるというのに」

 

「ですが獏さん。あなたの言う捨て駒という言葉……、貴方こそそうなんじゃないですか?」

 

「……何?」

 

クラリスからの反論に、初めて獏の顔から余裕の笑みが消えた。

構わず、クラリスは追い討ちをかける。

 

「私達がこうして乗り込んでくることを想定して、しかもその奥に何人も幹部が控えているのなら、貴方は最初から私達を全滅させられるとは期待されていない。つまりやられる前提なのはあなたの方じゃないですか?」

 

過去相対したときから、クラリスは目の前の降魔に対し精神的な不安定さを感じていた。

普段は丁寧な口調で尊大に振舞うが、それは自身が優勢、安全圏にいる事を保障されているから。

一度その優勢が崩れれば、たちまち別人のように凶暴化し、なりふり構わず排除に動く。

そんな未成熟の子供のような不安定な精神ならば、揺さぶりを懸ければ激高し隙が生まれると、クラリスは読んでいた。

 

「……良いでしょう」

 

果たして、その狙いは的中していた。

 

「ならば私自らの手でその希望、首毎切り落としてくれる!!」

 

予想通り夢惨は部下を置いてけぼりに、こちら目掛けて突進してきた。

 

「グラース・ド・ディアブル……!!」

 

瓦礫を死角にして忍ばせるように構えた魔導書に霊力を練りこむ。

この一撃で仕留める。

 

「死ねえええぇぇぇっ!!」

 

「アルビトル・ダンフェール!!」

 

地獄へ導く仲裁人。

殺意に満ちた鎌が振るわれる直前、眼前に迫った死神目掛け、渾身の霊力弾を直撃させた。

 

「……え?」

 

はずだった。

 

「残念でしたねぇ。最大のチャンスだったというのに」

 

煙幕の先に見えたのは、傀儡騎兵の残骸を手に凄絶に笑う獏。

そして無傷同然の夢惨の姿だった。

しまった。

頭に血が上って突撃してきたと思っていたのに。

直前でこんな機転を利かせてくるとは。

 

「この私を翻弄しようとは、人間風情が舐めてくれるじゃありませんか!」

 

「くっ……!!」

 

反射的に距離を取ろうと飛び退るも、その前に眼前に鎌が突きつけられる。

既に周囲も傀儡騎兵に取り囲まれたこの状況。

今度はこちらが追い詰められてしまった。

 

「地獄に落ちるのは、貴様の方だ!!」

 

逃れようのない殺意が、無限諸共その首を撥ねる。

はずだった。

 

「ぐあっ!? な、何だ!?」

 

突如放たれた弾丸が、鎌の起動を僅かに反らす。

直後、大きな影が横から死神にぶつかってきた。

 

「よっ、無事かクラリス!」

 

「ポ、ポール君!?」

 

自身を守るように立ちはだかる赤のアイゼンイェーガーに、クラリスは思わず目を見開いた。

更にポールの左右に、2機の色違いの狩人が降り立つ。

 

「Lob, seine Herrlichkeit(讃えよ、その栄光)」

 

「Lob, dieser Sieg(讃えよ、その勝利)」

 

「Wir, heilige Wunder(我ら、神聖なる奇跡)!!」

 

「「伯林華撃団、参上!!」」

 

ドイツは伯林より立ち上がった、連盟所属最強の華撃団。

3機の狩人が、死神を前に対峙していた。

 

「おやおや、誰かと思えば人形のなりそこない達ではありませんか。もう華撃団連盟ごっこは終わりですよ」

 

相対する獏は汚いものを見るように侮蔑の言葉を吐きかける。

対してエリスはその侮蔑を鼻で笑い返した。

 

「フン、我々人間を甘く見るなよ?最初から連盟が、プレジデントがきな臭い動きを見せていたことなど分かりきっていた」

 

「そもそもこの華撃団大戦だって、Gの独断で急遽開催を決めたもの。競技場の座標とアーカイブを参照すれば、降魔大戦の跡地。疑わない方がおかしい」

 

「大方俺らをダシに降魔皇復活でも狙ってんのかと思ってたら、とことん予想通りだったぜ!!」

 

「戯言を……、目論見が読めていたからなんだというのです! アイスドールの潜入も読めなかった貴方方ごときに……!!」

 

「ああ、その事か」

 

買い言葉とばかりに当てこする獏に、エリスは予想外にあっけらかんとした様子で答えた。

いや、この様子は明らかに元から知っていたという顔だ。

待てよ。

ということはもしかして……、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさかとは思うが貴様ら、アイツが本気でスパイに従事していたと思っていたのか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何が起きたのか、一瞬信じられなかった。

眼前の夜叉との何度目かの打ち合いの折、夜叉が援護を命じたとき、背後に控えた青の銃口が火を噴いた。

凍てつく一撃が、獲物の全身に薄氷が張るほどのダメージを与えたその瞬間、最も驚愕した人物がうめき声を上げた。

 

「……な……何故……!?」

 

無理もない。

誤射するような距離ではないし、増してやそんな兆候など見られない。

この状況で自分が狙われるなど、夢にも思っていなかったはず。

 

「何故裏切った……、アイスドール!!」

 

自由の利かない体で必死に殺意をむき出し、吼える。

返ってきた言葉は、何処までも冷ややかだった。

 

「裏切った? 不思議なことを言うのね。……最初から貴方達に与した覚えなどないということよ」

 

「ア……、アナスタシア……!!」

 

「ごめんなさいねキャプテン。私の真の任務は二重スパイ。各地の華撃団の情報をリークするふりをして、降魔側の情報を探っていたの」

 

「じゃあ、さくらは……」

 

「ええ、一番近くで守るためよ。こうして貴方達が突入を仕掛けることはわかっていたもの。それまでは、私が時間を稼いでおかなくちゃ、ね」

 

そう笑ってみせる彼女は、今まで苦楽を共にした仲間の顔をしていた。

降魔の手先として送り込まれていたアナスタシアは、恐らく帝国華撃団に来る以前にその素性を明かし、逆に各国の華撃団のアシストに動いていたのだ。

ひと時でも裏切り者の汚名を着たのは、敵すらも欺いてさくらを守るため。

ともすれば月組以上に危険な任務に長年従事し、味方すらも欺くその手腕に、神山は内心舌を巻いた。

 

「やっぱり……、俺達の為に動いてくれていたんだな、アナスタシア!」

 

「流石トップスタァだよなぁ! 演技上手すぎなんだよ、騙されちまったじゃねぇか!!」

 

信じていたとはいえ、ようやく見せたその優しい微笑みに、神山も初穂も喜びを隠せない。

対する夜叉は、明らかに殺意を漲らせた双眸で、裏切り者を睨んだ。

 

「人間風情が……! 家族の下へ行かせてやろうとしていたのに……!!」

 

「そうだったわね。でもそれ、もういいわ」

 

言いつつアナスタシアは、神山を庇うように間に立ち、改めて神滅に向き直る。

 

「私にはもう幾つもの居場所がある。家族と呼べるほどの仲間がいる。それを捨ててまで叶えて貰おうなんて思わないもの。それに……、最初から約束を守るつもりなんてなかったんでしょ?」

 

見透かしたようなアナスタシアの言葉に、神山は納得する。

確かに亡くした家族の命を生き返らせるというのは、人智を超えた降魔の力なら可能かもしれない。

しかしそれをしたところで降魔側にはメリットはないし、そこでアナスタシアに掌を返されるとも限らない。

そして相手を裏切り陥れることを何とも思わない連中だ。

大方用済みになったら始末する算段でいたのだろう。

 

「キャプテン、これより通常任務に戻らせていただくわ。奴は私が始末するから、さくらの下へ急いで頂戴」

 

「アナスタシア……、ありがとう!!」

 

帰参してくれた喜びを噛み締め、観覧席へ疾駆する神山。

と、アナスタシアは隣に並び立つ無限に気づいた。

 

「あら、貴女は行かなくて良いの?」

 

「せっかくのムードを邪魔するほど、初穂ちゃんは無粋じゃねぇよ。それにアイツには、神社壊された恨みとさくらを散々いじめられた恨みがあるからな」

 

燃え盛る大槌を手にしめしめと指を鳴らす初穂。

そのどちらが悪者か分からない様子に、アナスタシアは思わず噴出した。

 

「丁度良いわ。私も色々鬱憤が溜まってたから、発散させてもらおうかしら」

 

「そういうこった。覚悟しろよニセ真宮寺!!」

 

いつになく闘争本能を前面に押し出す2色の霊子戦闘機。

対する神滅も力任せに薄氷の拘束を破壊すると、殺気をむき出しに吼えた。

 

「このあたしをここまで愚弄するとは……、楽には殺さないわ虫けら共!!」

 

全身から邪気を滾らせ迫り来る夜叉。

それに合わせ2機の霊子戦闘機も、同時に駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こいつで塵になっちまいな!!」

 

荒吐から放たれた分身が、巨大な握り拳となって迫る。

なるほど、妖力で練り上げた爆弾と言う事か。

 

「甘い!」

 

だがこの程度の攻撃への対処法などいくらでも知っている。

あざみはすかさずクナイを放ち、印を結んだ。

 

「風遁・旋風結界の術!!」

 

果たして起爆した炎が舞い上がる寸前、クナイに結ばれた霊力札から解放された爆風が球状に火炎を包み込み、たちまち鎮火させてしまった。

 

「土遁・土流壁の術!!」

 

お返しとばかりに、黄色の無限が霊力を帯びた両手を勢い良く地面に叩き付けた。

衝撃でひび割れた地面が一気に砕け、土石流となって襲い掛かる。

 

「ハハハハハ、何処狙ってんだバーカ!!」

 

「くっ……!!」

 

だがそれは朧の幻だった。

恐らく幻術の類で自身の実態をどこかに隠しているのだろう。

居場所を探ろうにも分身に妖力を分け与えている状態では判別がつかない。

その間にも朧は続けざまに仕掛ける。

 

「だったらコイツはかわせるか!?」

 

途端に周囲を無数の荒吐の幻影が取り囲む。

以前ミカサ記念公園で初穂たちを襲った戦法か。

ならば、

 

「無双手裏剣・影分身!!」

 

頭上に放った手裏剣を、一気に分身させて幻影を纏めて切り刻む。

だがこれこそが朧の狙った瞬間だった。

 

「引っかかったなクソガキ! 隙ありだ!!」

 

「……、しまった!?」

 

突如真下の地面から突き上げる衝撃が襲い掛かった。

手裏剣の届かない地中に身を潜めていたのか。

これでは足元は死角になってしまう。

 

「くうっ!!」

 

回避の間もなく強烈な一撃が襲い掛かった。

反射的に手甲を盾代わりに防いだが、黄色の無限はボールのように吹き飛ばされた。

あざみの身のこなしを最大限発揮するために軽量設計にしていたのだが、それがこんな形で仇になろうとは。

 

「ヒヒヒ……、中々良い音がしたなぁ。こりゃ結構致命傷なんじゃねぇか?」

 

「く、くそっ……!!」

 

完全にしてやられた。

急所への直撃こそ避けたが、衝撃で攻撃の起点である手甲は破壊され、最早印を結ぶのも難しい。

反射的に右手でクナイを放つも、荒吐はあっさりと霞がかったように消えうせてしまった。

 

「ハハハ、無駄無駄ぁ! さっきの威勢はどうした、あざみちゃんよぉ!!」

 

こちらの焦燥を見抜き煽り立てる朧。

反撃を仕掛けようにも印を殺されたこの状態では……、

 

「おーおー可哀想に。だったら優しい朧さまが、一思いに殺してやるよぉ!!」

 

大声と共に強烈な殺気が迫る。

その時だった。

 

「右です!!」

 

「え?」

 

「早く!!」

 

言われるままに右にクナイを一閃させる。

瞬間、驚くべきことが起こった。

何もなかったすぐ右隣に、荒吐が迫っていた。

間一髪クナイで弾いたことで勢いが殺され、大きく跳んで距離を取る。

 

「バ、バカな……! 何故俺の位置が分かった……!!」

 

あざみ同様に朧も状況が分からず困惑する。

それに応えたのは、真上からの声だった。

 

「それは僕、開発した『かくれんぼくん』のおかげ、です!!」

 

「お、お前らは……!!」

 

言い終わらぬうちに3つの影が間に立つように舞い降りる。

色違いの龍を模した霊子戦闘機。

義憤に燃える正義の龍を、望月あざみは知っていた。

 

「千辛万苦,一百万泪!!(千の苦難と万の涙を超えて!!)」

 

 

 

「约定吧,带我去彩虹的另一边!!(約束しよう、虹の彼方へ連れて行くと!!)」

 

 

 

「以我们的五神为荣,为邪恶报仇!!(我ら五神龍の誇りにかけ、悪を討つ!!)」

 

 

 

「「「上海華撃団、参上!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

過去3度相対し、その都度変異降魔獣を差し向けてきた上級降魔・陰火。

全身が炎と化した不気味な男が操る傀儡騎兵『凶炎』は、こちらの常識を真っ向から覆す能力で襲ってきた。

 

「はあああっ!!」

 

霊力を纏った斬撃を繰り出す。

しかし四肢を炎に包んだ機械はまるで操り人形のように全身のパーツを切り離してそれを回避すると、何事もなかったかのように元に戻る。

まるで燃える軟体を相手にしているかのようだ。

これではいくら攻撃を加えてもキリがない。

 

「無駄なことだ。斬撃とは形を持つものを切断する力。形すらなき私に傷を負わせることなど不可能」

 

「くっ、それなら……!!」

 

一縷の望みを賭け、ミライは霊力剣の出力を一気に上げる。

斬撃が通じないなら極限まで圧縮した霊力を広範囲に放つしかない。

これを逃せば、勝機は……、

 

「希望の未来に、描くは無限の可能性! ホープ・ザ・インフィニティーッ!!」

 

∞の文字を描いた光の斬撃が、前方に一斉放射される。

斬撃が効かないなら広範囲を纏めて攻撃するほかない。

起死回生を懸けた一撃の先に見えたのは……、

 

「無駄だと言ったはずだ」

 

何事もなかったかのように地獄の炎が燃え盛る、最悪の光景だった。

 

「この城内は我ら降魔の養分となる高濃度の妖力が無尽蔵に充満している。幻都に繋がる空間ある限り、私は不死身なのだ」

 

全身に焔を漲らせ、勝ち誇る陰火。

だがその時、思いもよらない救援が駆けつけた。

 

「うわっ!?」

 

風を切るような音と共に、巨大なカプセルのような何かが壁を砕き、間を遮るように突っ込んできた。

 

「何者だ!?」

 

突然の乱入に、陰火も余裕を殺して警戒を強める。

返ってきたのは、予想外の人物の言葉だった。

 

「何者か……、そうね。無数の業を背負った没落騎士って所かしら?」

 

「あ、あなたは……!!」

 

カプセルの中から現れた姿に、今度はミライが驚く番だった。

先日の事件で解散が言い渡され、一足先に帰国していたはずの漆黒の鎧が、そこにいた。

 

「我が名は黒騎士ランスロット!! 恩ある帝都に報いるため、馳せ参じた!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここは悪夢だ。

そう思うことが自身の唯一の自己防衛の手段であり、目の前の地獄から逃れる唯一無二の手段だった。

 

「おらあああっ!!」

 

かつての記憶など、おぼろげにしか覚えていない。

誰も彼も自分を化け物と罵り、ゴミのように捨て去った。

 

「2時方向、次に9時方向」

 

只人並みに扱って欲しい。

周りと同じように受け入れて欲しい。

願い続けていたのは、それだけだった。

 

「遅いな、それに隙だらけだ」

 

悲鳴と激痛に塗れた記憶。

いつしか人だったはずのその体は、継ぎ接ぎだらけの異形へと変貌していた。

嬉々として自分をいじり続けていた奴らは肉塊に変わり、見知らぬ男が目の前に立ってこう言った。

 

『今日からお前は生まれ変わる。名を名乗れ。お前が最も誇れる名を』

 

歓喜した。

自身を蔑み、ないがしろにした奴らを、思う存分甚振りつくして殺していくんだ。

醒めることのない永遠の悪夢の中に閉じ込めて、とことん苦しめて殺してやるんだ。

その瞬間から、自身の新たな名は決まった。

夢を食べ、自由に夢を操る獣の名を、自身に与えた。

 

「機体損傷率78%。被弾危険率3%未満。攻撃対象からも外せるわ」

 

「ぐっ……、うう……!!」

 

だからこそ、眼前に相対する敵は理解の範疇を超えていた。

こちらの攻撃の一切が通じない。

精神的な揺さぶりもまるで動じる気配すらない。

オマケに傀儡騎兵を利用して不意打ちを仕掛けても、まるで背中に目があるかのように反撃してくる。

まるで、悪夢を見ているかのように。

 

「ふざけるな……、この私が……、降魔となったこの私が……、高が人形如きに……!!」

 

得体の知れない相手への不安。

全身を駆け巡る悪寒。

激しい動悸。

それがこれまで無数の人間に与え続けてきた恐怖だと気づくのに、時間はかからなかった。

 

「認めん……、認めんぞ伯林華撃団……!! 上級降魔たる私が貴様ら如きに恐怖するなど……認められるかあああぁぁぁっ!!」

 

最早理性などかなぐり捨てていた。

ただ目の前の恐怖を振り払うために。

自身が恐怖しているなどと気取られないように。

殺す。

一人残らず殺す。

怖い奴らは一人残らず殺してやる。

 

「貴様ら一人残らず……!!」

 

「ポール」

 

「Verstanden」

 

「死ねえええぇぇぇ……!!」

 

進み出た赤の狩人に狙いを定め、目一杯に鎌を振り上げる。

そして渾身の力で振り下ろし、

 

「Das ist das Ende」

 

瞬間、一発の銃声と共に死神の首が吹き飛ぶ。

最後まで降魔であろうとしがみつき続けた名もなき獣の悪夢が、終わった瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

理解が追いつかない。

ここまでペースが掴めないのは初めてだ。

 

「……へへっ、どういうこったこいつぁ……!!」

 

目の前の忍者の小娘と戦闘を開始して間もなく、豪快に戦艦を叩き付けて乗り込んできた邪魔者がいた。

元連盟所属の霊的組織、上海華撃団だ。

知る限りでは隊長のヤン=シャオロン以下脳筋揃いの単細胞だったはず。

ならばと幻術で姿をくらませて不意打ちを懸けようとしたところにそれは起こった。

 

「見たか! これが『かくれんぼくん』の力、です!!」

 

チビが突然珍妙なガラクタを取り出したかと思うと、それまでこちらを見つけられず右往左往していた奴らが一斉にこちらに気づいて集中砲火をかけてきた。

持ちうる幻術の粋を駆使して搦め手を仕掛けても、全く以って動じない。

こうなっては最早こちらがピエロだった。

 

「そこっ!!」

 

忍者の放った数本のクナイが荒吐の四肢を壁に縫い付ける。

これでもう幻術を使うどころか身動きさえ取れない。

 

「……へっ……」

 

ふと、笑みが漏れる。

不思議なものだ。

いつもの自分なら悔しさと恐怖のあまり喚き散らしていたかもしれない。

最後まで自分の負けを認めず、虚勢を張り続けていたかもしれない。

しかし何故だろう。

ここまで手も足も出ないと分かると、妙に清清しい気分になってしまうというのは。

 

いや、違う。

 

本当はあの時から、疑問を抱き続けていたのかもしれない。

自分はいつから暴虐を楽しんでいたのだろう。

いつから人間を貶め、辱める事を楽しいと考えるようになったのだろう。

四六時中ずっと虫唾が走って仕方なかったのに。

むしろあの人の皮を捨てた悪魔を甚振り殺したときの方がずっと心が晴れたというのに。

だからこそ、思う。

 

「……結局、俺はなりきれなかったんだな。降魔にも……、人間にも……」

 

迫り来る拳を前に、一人呟く。

そうだ、今の俺は上級降魔・朧だ。

人間を見下し人間を苦しめることに無情の快楽を覚える卑劣漢だ。

だから、これが相応しい。

 

「……あばよ……」

 

その灼熱の龍が全身を焼き尽くす寸前に呟いた最後の言葉。

それが誰に向けられたものなのか、知る者は、いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その焔は、自身の象徴だった。

全ては自身を陥れたあの男への復讐の為に。

引いては陰謀に巻き込まれ非業の死を遂げた家族の為に。

自身にとって彼らもまた、復讐の炎に薪をくべる愚物に過ぎないのだ。

 

「ぐふっ……、これは……まさか……!!」

 

故に今、自身のおかれた現状を理解することが出来なかった。

一時は優勢と思われた無限との戦闘。

しかし壁をぶち破るように飛び込んできた弾丸から現れた謎の女が現れたことで、状況は一変した。

いや、その名前は聞き覚えがある。

黒騎士ランスロット。

同胞の拭え無き罪を背負い、数多の同属を切り伏せてきた女。

解散と身柄拘束という名目で帝都から追い払ったはずのこの女が、まさかこのタイミングで現れるとは思っていなかった。

そしてもう一つ、不運だったことがある。

 

「何だ、その力は……、瘴気が……妖力が薄れていく……!!」

 

一つだけ思い当たる節があった。

倫敦にはたった一つ、古の戦いで用いられた超古代遺物があった。

あの倫敦の腐敗騎士共が無数の現地民を用いた実験に使われた『聖杯』。

戦闘の後、獏は破棄したと言っていたが、まさか……、

 

「何故だ……、何故貴様が聖杯を持っている……!?」

 

「……コイツのこと?」

 

言うや右の剣を地面に突き立て、黒騎士が胸部の装甲を外してみせる。

そこには黄金に光り輝く杯が、神々しい光を放っていた。

数多の地と怨念に塗れていた事が、嘘であるかのように。

 

「シスター・エリカとその娘の力よ。超古代民族パリシィの祈りの力が呼応して、お前達の妖力に相反する力を齎したの!!」

 

自分達降魔の妖力と、人間共の霊力は常に相反する存在。

そして聖杯はそのどちらでもなく、双方どちらかの力を蓄積できる力を持っていた。

かつて巴里華撃団の一員として戦場に立っていたエリカと娘のツバサがパリシィの遺伝子に起因する霊力を送り込んだことで、降魔に対して特効薬とも言うべき力を得たのだ。

そしてそれは、この皇の妖力に支配されたはずの空間でも例外ではなかった。

 

「くっ……、まさかこんな形で……!!」

 

妖力を集中して火炎を放つ。

だがその力は明らかに弱まり、黒騎士の霊力を纏った斬撃であっさり消滅した。

勝てない。

まさか、こんな事が……、

 

「一気にやるよ、ミライ!!」

 

「はい!!」

 

これを好機と見た2体の霊子戦闘機がそれぞれの獲物に霊力を集中する。

先程のそれとは比較にならない輝きを放つ霊力を前に、反射的にこちらも妖力を練りこんだ。

 

「聖なる泉に零れし清らかなる雫よ。今この刃に集い、敵を滅せよ!!」

 

「希望の未来に、描くは無限の可能性!!」

 

地を蹴り跳躍した漆黒が双剣を頭上に掲げ、隣の霊剣には黄金の刃が輝きを与える。

勝てない。

死力を尽くして練りこんだありったけの妖力が、遠く及ばない。

 

「パニッシャー・アロンダイトオオオォォォッ!!」

 

「ホープ・ザ・インフィニティイイイィィィッ!!」

 

「ぐ……ぐおおおぉぉぉっ!!」

 

目が眩まんばかりの閃光と共に放たれた霊力の一撃。

それでもせめてもの抵抗として、真正面から迎え撃つ。

数秒の拮抗、そして……、

 

「例え……、例え我が身が消えようと……、怨みは……滅びぬうううぅぅぅ……!!」

 

最後の叫び諸共、燃え盛る全ては閃光の中に包まれ、消えうせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おかしい。

戦い始めて間もなく、違和感に気づいた。

自身に与えられた傀儡騎兵『神滅』は、かつて降魔を率いた事のある悪魔皇サタンの化身、山崎信ノ介が操ったとされる魔躁騎兵をアンシャール鋼で再強化させたもの。

当時最新鋭だった神武と呼ばれる霊子甲冑相手に善戦できるスペックを持つこの機体は、他の3体とは比較にならない強化を施されていた。

とりわけあの桜武という霊子戦闘機に土をつけられてから、あの御方直々に幻装『武御雷』を装甲に施されたのだ。

これにより奴らの攻撃など蚊が刺したようなものでしかない。

はずだった。

 

「おりゃああああっ!!」

 

あの大槌の一撃が、とてつもなく重い。

装甲こそ破られないまでも、妖力を練りこんで高めた防御力が一撃ごとに皮を剥ぐかのようにみるみる剥ぎ取られていく。

 

「余所見をしてる暇はないんじゃないの?」

 

そうして距離を取ろうと離れれば、裏切り者の弾丸が容赦なく襲い来る。

どこかで神滅の改修を見ていたのか。

そうでなければここまで的確に装甲のつなぎ目を狙えるはずがない。

降魔皇復活の暁には、用済みとして醜く殺してやるはずだったのに、その人形に自分がまるで玩具のように弄ばれている。

東雲神社ではあの桜武が来るまで敵なしだったはずの自分が、高々二人の人間に劣勢に立たされている。

何故だ。

いつの間に力の差が逆転した。

 

「フフ……、何故追い詰められてるのか不思議そうね」

 

何度目かの大槌の攻撃を耐え凌いだとき、ふと裏切り者が呟いた。

 

「教えてあげましょうか。初穂はあの神社の戦いの時、貴女が敗走した跡で御魂神様に認められ、その神力を授かった。妖力を媒介とするあなたの幻装は無意味という訳」

 

「神力……?バカな、報告にはそんな事一言も……」

 

「知るわけ無いでしょうね。わざと言わなかったんだもの」

 

謀られた。

今回の作戦において各上級降魔が分散して迎撃に出たのは、各華撃団の戦力は各々の傀儡騎兵に及ばないという報告を基にしていたからだ。

死んだ家族を生き返らせる。

人智を超えた降魔だからこそ騙れる甘言を盾に、決して逆らうことのない手駒だと思っていた人間風情が、こんな形で反旗を翻して来ようとは。

 

「ありえない……。このあたしが……、花組最強の、真宮寺さくらの遺伝子を持つあたしが……!!」

 

「それこそがあなたの敗因よ、夜叉。私達人間は一人ひとりが弱くとも、互いに支えあい、助け合いながら強くなれる。貴方達のように他者を見下し、利用するしか考えない者には出来ない事よ」

 

「知ってるか夜叉。アタシらのこの繋がりをな、『絆』って呼ぶんだぜ」

 

瞬間、全身の血液がマグマのように煮えたぎる。

人間風情が、あのお方の寵愛を一身に受ける自身に、上級降魔の頂点たる自身に、哀れみを向けている。

ありえない。

自分は最強の降魔だ。

こんな人間如きに、増してや人形如きに劣っているはずがない。

 

「黙りなさい……、この、虫けら共があああぁぁぁっ!!」

 

残された妖力のすべてを練りこみ、魔刀に注ぎ込む。

その溢れ出る邪念は刀身を漆黒に染め上げ、瘴気が蠢く。

 

「受けてみよ……真宮寺最強の剣技!!」

 

「初穂」

 

「あいよ!!」

 

正眼に剣を構える神滅を前に互いに目配せする。

瞬間、赤の無限が駆け出した。

気づいた夜叉も、無限に狙いを定める。

 

「運命を閉ざす、蒼き流星……!!」

 

しかしもしここでその奥で照準を定める青の狩人に気づいていれば、勝負はまだ分からなかったかもしれない。

 

「破邪剣征……、百花繚乱!!」

 

「アポリト・ミデン!!」

 

漆黒の桜吹雪に、凍てつく弾丸が真正面から直撃する。

瞬間、万物を飲み込む瘴気の波動は諸共氷柱に飲み込まれてしまった。

 

「そ……、そんな……、あたしの奥義……破邪剣征が……!!」

 

眼前で起きた事実が信じられず、呆然とする夜叉。

だが直後、背後からの声に凍りついた。

 

「おいたの過ぎる悪い子にゃあ、キツイおしおきが必要だな!!」

 

「し、しまっ……!!」

 

慌てて防御体制をとるが、相手はゼロ距離。

逃げられない。

 

「悪い奴には神罰覿面! 東雲神社の、御神楽ハンマアアアァァァーーーッ!!」

 

灼熱を通り越してビッグバンと思わせるような超高温の一撃が、容赦なく神滅の装甲に力任せに叩きつけられた。

帝都はおろか日本列島に走る地脈から授かった神力の一撃。

付け焼刃の幻装など、最早何の役にも立たなかった。

 

「いや……、あたしは……、あたしは……、降魔皇様あああぁぁぁ……!!」

 

その断末魔は、志半ばで塵行く無念か。

幾たびも帝都を脅かした妖花夜叉の、散華の瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神山は一人、最上階へと続く階段を上っていた。

時折現れた傀儡騎兵を切り伏せながら、ひたすらに駆け上がっていく。

その先にさくらがいる。共に平和を取り戻すと約した少女がいる。

 

「さくらっ!!」

 

上りきった先の扉を叩き切り、叫ぶ。

果たしてその先に、水晶のような拘束具に捕えられたさくらがいた。

無限の太刀では大きすぎて加減が効かない。

神山は一瞬思案しながらも、帝鍵の刀身を手に無限を降りて駆け寄った。

 

「さくら! しっかりしろ、さくら!!」

 

安否を確かめるために肩に手を置いて呼びかける。

すると程なく、閉じられた瞼が僅かに開いた。

 

「……神……山……さん……?」

 

「大丈夫ださくら。今助けてやるぞ」

 

僅かながらも意識を取り戻したさくらに安堵し、拘束を外そうとする神山。

しかし金属製と思われるそれは溶接しているかのようにさくらの手足を飲み込んでおり、とてもではないが人力では外れる気配がない。

みんなが囮代わりに時間を稼いでくれているとはいえ、このままではいつ敵がここへ戻ってくるか分からない。

少しずつ焦燥に囚われる神山に通信が入ったのは、その時だった。

 

『誠ボン、聞こえるか?』

 

「鉄幹さん!」

 

それは意外にも、さくらの父、天宮鉄幹だった。

 

『誠ボン、さくらは……』

 

「安心してください鉄幹さん。さくらは発見しました。目立った外傷もなく、意識もあります!」

 

『……そうか……』

 

「……鉄幹さん?」

 

娘の安否を気にしていたのだろう。

元気付けるように報告する神山の予想に反し、返ってきた返事は歯切れの悪いものだった。

 

『誠ボン……、帝鍵の刀身は……?』

 

「はい! こちらも手元にあります! あとはさくらの力で絶界を……」

 

『そうだ。……さくら』

 

「……はい……」

 

ここで、神山が感じたのは、僅かな違和感だった。

当初の予定通り、帝鍵の刀身を持ってさくらと合流し、絶界の力で幻都を再封印し、降魔皇復活を阻止する。

仲間達の決死の援護もあり、事実こうしてさくらの下に辿り着くことはできた。

しかし何故だ。

何故さくらの表情は、僅かも晴れない。

安心した様子はなく、明らかに重い顔で俯いている。

 

『神山君、天宮さんの容態は大丈夫なの?』

 

通信が切り替わり、聞こえてきたのは総司令の声だった。

 

「司令、さくらは意識はありますが、敵の拘束で手足の自由を奪われています! 今拘束を外そうとしておりますが……」

 

『構わん、誠ボン。その状態でも、帝鍵の覚醒は可能だ』

 

「ほ、本当ですか!?」

 

再び割り込んできた鉄幹の言葉に、神山も驚く。

霊力は通常持つものの手を媒介に神器に注がれるもの。

手足を閉ざされたままそれを可能にするのも、天宮の血筋の特徴なのだろうか。

いや、だとしても何故さくらは思いつめた顔をしているのだ。

まさか帝鍵の覚醒には、大きな負担がかかるのか。

 

『良く聞け、誠ボン。帝鍵の力を完全に覚醒させるには、天宮の血を引く者にあることをしなければならない』

 

「……それは?」

 

只ならぬ緊張と共に尋ねる。

そして……、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『その刀身で、天宮の心臓を貫くことだ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……、……え……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瞬間、作戦司令室の空気は時を止めたかのように凍りついた。

 

「……何……だと……?」

 

「……心……臓……?」

 

状況確認に追われていた司馬もカオルも、言葉を失う。

 

「……は……、はは……。冗談キツイて……、心臓やら……、刺したら……お陀仏やんけ……」

 

隣にいるこまちは、上ずった声でうわ言の様に戸惑う。

 

「……どういう事ですの……?」

 

ここで初めて、すみれが口を開いた。

必死に平静を装うも、その体は何かに震えている。

 

「天宮の絶界の力は、代々その女系に受け継がれる。誠ボンの刀身でさくらの心臓を貫き、霊力を纏わせたとき、その刀が新たな神器となる」

 

「まさか……、では天宮國定は……!!」

 

ケガの痛みも忘れたように、銀河が立ち上がり問いただす。

その目は他のものと同様驚嘆に見開かれ、全身をワナワナと震わせている。

 

「そうだ。天宮國定は妻、ひなたの心臓を貫き覚醒した神器だ。神器を受け継ぐには、さくらを……」

 

「……自分が何を言っているか分かっておりますの?」

 

「こんな事は……私の未来でも知りえなかった事だぞ……!!」

 

瞬間、すみれはハッとした様子で口元を手で隠す。

 

「まさか……、あの時大尉が詫びていたのは……」

 

10年前の降魔大戦勃発後。

大日本帝国軍部と賢人機関が、帝国華撃団総司令に一つの手紙を出した。

その中で紹介されたのが、天宮。

代々神器と共に帝都の守護に一助を続けてきた一族だ。

彼らの持つ神器『帝鍵』と絶界の力を用いた降魔皇封印の案が提示された。

だが、時の総司令『大神一郎』は、その提案を断固として拒否した。

詳細は不明だが、その怒り様から察するに今なら理由が分かる。

だがその押し問答が何度か繰り返されたある時、予想だにしない出来事が起こった。

天宮の一族が暮らすという寺島町が、降魔の大群による奇襲を受けたのだ。

度重なる緊急出動の折の事態に、向かう事が出来たのは真宮寺さくら只一人。

奮戦も虚しく一人の女性が、その戦火の中に命を落とした。

その女性こそ天宮鉄幹の妻にしてさくらの母、『天宮ひなた』である。

 

「大神司令は我々家族の心情を鑑み、他者に犠牲を強いる作戦は行わないと固辞してくれていた。だが、それが何らかの形で降魔に漏れ、裏を突かれた」

 

不思議に思っていた。

あれほど帝鍵を用いた作戦を拒否していた大神が、寺島街での事件後にそれを承諾して最終作戦に踏み切った事が。

そしてその前後で、ひなたの墓前に深く頭を下げて涙ながらに詫びる大神の姿を、すみれは覚えていた。

何年もの付き合いの中で、あの如何なる逆境においても仲間を鼓舞し、全員絶対生還を貫徹させ続けた大神が人目も憚らず涙するというのは、後にも先にもあの時だけだ。

だが今ならその理由が手に取るように分かる。

大神は帝鍵を用いた作戦にひなたの命を犠牲にする必要があると聞かされ、拒否していたのだ。

それが後に寺島町が襲撃される遠因となり、ひなたは恐らく今際の際に帝鍵覚醒を託した。

例え故人の本望であろうと、他者への犠牲を断固として許せなかったのが大神一郎という人間だ。

結果として守るべき帝都民を死なせてしまった自責だけではなく、人の命の上に立つ作戦を実行せざるを得なかったその心情は、察するに余りある。

天宮國定は、そうした悲劇の末に生み出された神器だったのだ。

 

「何故10年も隠していた……!! 知っていれば……、こんな事はさせなかったぞ!!」

 

銀河が怒りを露に鉄幹に掴みかかった。

あの様子では、この帝鍵の事実を知らなかったのだろう。

 

「だからこそだ。言えばお前は絶対に止めていただろう。最終手段としておくために、伝えるわけには行かなかった」

 

「最終手段だと……? 自分の娘を捧げることがか? それが全員生還を守りあう帝国華撃団への……娘の幸せを願った奥方への侮辱だと分からんのか!?」

 

「黙れ余所者が!!」

 

ここに来て鉄幹も銀河の胸倉を掴み返し、烈火の如き怒りで叫んだ。

 

「これは我ら天宮の宿命だ!! 既にさくらとて承知の上!! 然るべき時にもし幻都の封印が暴かれたとき、その身を以って天宮の務めを全うせよとな!! 余所者が知った風な口を利くな!!」

 

「貴様に人の心はないのか!? 死線を潜り再会した父にそんな言葉を、死の宣告も同然の言葉をぶつけられた娘の心も分からんのか!? 私は……私はこんな事をさせるために歴史を変えてきたのではない!!」

 

「ならば方法があるのか!? 帝鍵の覚醒なしにあの幻都を封印し、降魔皇の復活を阻止する方法が! 降魔皇が復活すれば、妻は犬死ではないか!!」

 

10年間、共に帝都の平和の道を模索し続けていたはずの盟友同士のすれ違った正義のぶつかり合い。

やがて何かを諦めたように、銀河は乱暴に鉄幹から手を離した。

 

「方法か……。あるとも、一つだけな」

 

「……何?」

 

眉をひそめる鉄幹。

しかし銀河はそれには応えず、司令室を後にする。

 

「騒がせてすまない。必ず、全員を助け出してみせる」

 

「……信じておりますわ」

 

すれ違いざまにすみれに一言、そう告げて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

途中から聞こえる通信先の雑言は、何一つ耳には入ってこなかった。

何と言っていた。

通信先の男は、何と言っていた。

帝鍵の覚醒の為に天宮の女系の心臓を。

それはつまり、さくらの……、

 

「……神山さん」

 

ふと、さくらが口を開いた。

 

「父を、責めないで下さい……。父の言うとおり、これは……天宮の宿命……、私にしか出来ないことなんです……」

 

「……、さくら……」

 

呆然としたままさくらを見る。

何かを受け入れたように、穏やかに微笑む顔が、そこにあった。

 

「……あの日……、母が旅立った日……、真宮寺さんは私に話してくれました。『お母様は最後の力で、神器を託された』と……」

 

その話は、幼い頃に聞いたことがある。

降魔の襲撃に遭い、あわやという所で駆けつけた真宮寺さくらの手によって救われたさくら。

その一件が今日に至る、帝国華撃団への並々ならぬ羨望であることは、良く知っている。

今思えば、それはひなたが僅かな命を懸けて神器を生み出したのではなく、瀕死の自身を犠牲に神器を生み出す決断をしたのだろう。

そうしなければ、娘の命を差し出さなくてはならなくなるから。

 

「やってください……、神山さん……。私は……宿命を受け入れます……」

 

「本気なのか……、さくら……、君は、死ぬつもりなのか……!?」

 

突然の衝撃で、頭がどうにかなりそうだった。

自分はさくらを助けるためにここへ来た。

仲間達の決死の助けで、辿り着いた。

その先に待っていた答えが、さくらへの介錯だった。

彼女の無事を願い続けた、他ならぬ自身の手で。

 

「母の……、先代花組の願い……、今度は、私が……それを繋ぐ番です……」

 

頭では分かっていた。

天宮國定が敵の手に落ち、幻都が姿を現し始めた今、降魔皇の復活を止める手立ては新たな帝鍵の覚醒しかないということを。

そしてそのために天宮の女系の命を捧げなければならないということを。

 

「……」

 

静かに立ち上がると、神山は震える手で帝鍵の器を鞘から抜き放つ。

職人の技術のすべてを捧げて生み出されたその刀身は、まるで芸術品のように曇りなく、かすかな神力を纏い輝きを放つ。

この刃を、目の前の少女の心の臓に突き立てなければならない。

さもなくば……、

 

「神山さん……、最期に……聞いてくれますか……?」

 

言葉が出ない。

無言のまま頷く。

 

「あの日……、帝都中央駅で貴方と再会できると知ったとき……、運命だと思いました……。あの頃の約束を覚えていてくれたこと……、私を支えて行きたいと言ってくれた事……」

 

忘れたことはない。

忘れられるはずがない。

何故なら今の自分があるのは、他ならぬさくらがいたからだ。

 

「とても嬉しかった……。心の底から体が温かくなって……、恐怖や不安がなくなって……、この人のためなら、何も怖くないって……、そう思えた……」

 

「さくら……、俺は……!!」

 

刀を突きの姿勢に構え、見据える。

 

「神山さん……、私は……さくらは……」

 

見上げた先の少女は、笑っていた。

両の瞳に溢れんばかりの涙を溜めて、震える顔で、笑っていた。

 

「好きでした……。貴方が……、誰よりも……貴方が好きでした……。だから……」

 

「……俺は……、俺はっ……!!」

 

「散らせて下さい……。この命……、この想い……、貴方の手で……」

 

そして……、

 

「う……、う……、うおおおおおぉぉぉぉぉぉ……!!」

 

目の前の全てを振り払うように、その刀身を、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……、……、……え…………?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その一瞬、何が起きたのかさくらは理解できなかった。

覚悟していたはずだった。

自信の命を以って、降魔の企みは阻止される。

そのはずだった。

 

「……神……山……さん……?」

 

痛みはない。

心臓も動き、五感も働いている。

目の前にはぶつかるように自分に飛び込んできた神山が、

 

「……、さくら……」

 

自分を拘束具ごと抱きしめていた。

帝鍵を、幻都を封じる手段を、窓から虚空へ投げ捨てて。

 

『誠ボン! 一体何を……!!』

 

開け放たれたままの無限から、父と思しき声が聞こえる。

信じられなかった。

誰よりも理知的で、隊員の命が危険に晒されない限り決して取り乱すことのない神山が。

 

「さくら……、俺は認めない……。こんな形で君を失うなんて……、俺は絶対に認めない!!」

 

「で、でも……このままじゃ幻都が……、降魔皇が……」

 

「見くびるな!! そうして取り戻した帝都で……君を失った帝都でみんなが……俺が笑って生きていられると思うのか!?」

 

こんなに自身の感情をむき出しにするなんて。

 

「俺は約束したはずだ! 花組の一員となって帝都を守る君を、隊長として守って見せると!! 一番側で支えて見せると!!」

 

こんなに自分を、求めてくれるなんて。

 

「ひなたさんが命を懸けたのは、帝都のためだけじゃない!! 誰よりもさくら、君を守るためだったはずだ!! 愛する娘に幸せな未来を歩んで欲しいと、そう願っていたんじゃないのか!? こんな形で君が殉じることを望んでないんじゃないのか!?」

 

「か、神山さん……!!」

 

「例えもし違うとしても、俺は絶対に認めない!! 俺は絶対に許さない!! 君を失って得られる勝利も平和も、これっぽっちも欲しくはない!!」

 

神山は、泣いていた。

大粒の涙を流し、激情に身を震わせていた。

瞬間、自身の心の奥底に閉じ込めていた何かが、雪崩の様に押し寄せてくる。

 

「神山さん……、私も……、ない……!」

 

もう止められない。

目の前でその言葉を言われたら。

目の前でその思いをぶつけられたら。

もう、誤魔化すことなどできない。

 

「私も……、私も……まだ死にたくない……!! もっとみんなと一緒に……、あなたと……一緒にいたい……!!」

 

「ああ、そうださくら! それでいい!! それでいいんだ!!」

 

涙を拭うこともせずに笑いかける神山。

10年間すれ違いながらもようやく確かめられた気持ちに、さくらはようやく心から微笑む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、何だ!?」

 

突然の振動に、二人の意識は現実に引き戻された。

まるで地震のような激しい揺れに、神山は身動きの取れないさくらを庇うように周囲を警戒する。

 

「か、神山さん! 観覧席が、上がっています!!」

 

「何だって!?」

 

先に気づいたさくらの言葉に窓の外を見た神山は、驚愕した。

自分達の居る観覧席の最上階のみが魔城から切り離され、ゆっくりと上昇しているのだ。

しまった。

これでは下層で戦っている仲間達と分断されてしまう。

 

「フハハハハ、中々感動的な見世物であったぞ神山誠十郎!!」

 

「その声は、貴様か幻庵!!」

 

すかさず無限に乗り込み、さくらを背に庇うように周囲を警戒する神山。

すると上昇を止めた部屋の外壁が崩れ落ち、瘴気に満たされた魔幻空間が広がる外界が現れた。

そして……、

 

「よもやこの力を振るうことになるとは思わなかったぞ。我が傀儡騎兵『煉獄』のな!!」

 

相対するのは、これまで相手にしてきた者達と一線を画する巨大な傀儡騎兵であった。

まるで観音像を思わせる煌びやかな色合いでありながら、滲み出る邪念がどす黒いオーラとなってその巨躯を包み込む。

これこそ上級降魔・幻庵葬徹の操る最強の傀儡騎兵『煉獄』である。

 

「時は来た。人類の栄華は終わりを告げ、我ら降魔の世が始まる!! 霊的組織の殲滅を以ってな!!」

 

「そんな事は俺達が許さん! 幻庵葬徹、先代花組に代わって貴様を倒し、俺達が正義を示す!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、天川銀河の姿は崩壊した競技場の一角にあった。

自身のオーブに感じる僅かな霊力の反応を確かめながら、一縷の望みを託して探し続ける。

そして、

 

「……あった」

 

気取られぬよう妖力の障壁に包まれた空間の中に、捜し求めていたものはあった。

改めて上空を見る。

地上と切り離されたあの場所に、未来を託す命がある。

崩壊の近い右腕に、最後の力を込めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地上から孤立した神山とさくらを強襲した、幻庵葬徹の操る『煉獄』との死闘。

並み居る上級降魔たちを束ねるだけあり、その妖力の大きさは夜叉たちの比較にならない。

阿修羅の如き6本の腕から放たれる妖力の波動が怒涛の如く襲い掛かり、反撃の隙すら伺うことが出来ない。

それだけではない。

依然拘束具に囚われ自由の利かないさくらを守るために、神山は自身を盾に防戦一方を強いられているのだ。

 

「フハハハハ、どうした神山誠十郎。威勢よく吼えていたわりに何も仕掛けてこないではないか」

 

「くっ……!!」

 

絶え間ない妖力の津波を交差させた二刀で凌ぎ続ける神山。

さくらの拘束具を外せられればチャンスはあるかもしれないが、無限の太刀では大振りすぎて生身のさくらに重傷を負わせかねない。

無限を捨てて生身で脱出を試みるとしても、既に地上から100メートルは離されている。

飛び降りればそれこそ一巻の終わりだ。

 

「面白い。ではこれは食い止められるかな?」

 

不敵な笑みと共に、煉獄の手にとてつもない妖力が圧縮されていく。

悪い冗談だ。

まさか今までの攻撃が手加減されていたとでも言うのか。

 

「地の底に眠りし怨念たちよ、今こそ世界を蹂躙せよ!! 破獄乱舞!!」

 

圧縮された超濃度の妖力の波が、容赦なく白銀の無限を飲み込んでいく。

幾度目かの波の直撃に耐えたとき、無限の足が火花を散らして蹲った。

 

「神山さん!?」

 

背後のさくらが身を案じ叫ぶ。

体制を整えようとしても、動作が効かない。

今の攻撃で内部の霊子水晶に損傷が出たのか。

ただでさえさくらを半分人質に取られ、尚且つ仲間達と分断され脱出も援軍も叶わないこの状況。

万事休すとは、正にこのことだ。

 

「ククク……、効くだろう? 幻都に溢れる邪念を糧にした一撃だ。人間一人の霊力を押さえ込むなど造作もないこと。さあ二人仲良くトドメを刺してやろう!!」

 

完全勝利を確信し、掌を突きつける煉獄。

せめてさくらだけでも守ろうと、神山は必死に無限を立たせて庇い立つ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、幻庵は失念していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今この時、地上の降魔は全滅し、世界で最も異端の存在が機を窺っていた事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それはどうかな?」

 

突然の声に、神山とさくら、そして幻庵は頭上を見る。

そこには、肥大化した腕に一つの霊子戦闘機を抱え宙に漂う異端の男がこちらを見下ろしていた。

 

「銀河さん!!」

 

「天川銀河……!? バカな、貴様の霊力は降鬼化させて吸い尽くしたはず!!」

 

「私の力は少々歪でね。霊力より融通が利いているのだ。さくら殿!!」

 

言うや、銀河が左手に抱えた一振りの刀を拘束具に放つ。

刀は深々と突き刺さると水晶全体に亀裂を走らせ、粉砕してしまった。

そしてその力の正体を、天宮の末裔は知っていた。

敵の手に落ちていたはずの、亡き母の忘れ形見。

 

「これは……、天宮國定!!」

 

「バカな!! 桜武と共に封印していたはずのものを……、まさか銀河! 貴様が……!!」

 

「探知にかからないよう妖力で誤魔化していたのだろうが、少々お粗末だったな。 今こそ好機! 正義を示せ、帝国華撃団!!」

 

続けざまに投げ落とされた霊子戦闘機にすかさず飛び乗るさくら。

起動した桜武が瞳を光らせ、太刀を手に並び立つ。

同時に銀河のかざした手の波動から、無限を包む妖力が引き剥がされた。

 

「これ以上、私の大切な帝都を、大切な人を傷つけさせない! 神山さん、私も共に参ります!!」

 

「勿論だ! 幻庵葬徹を倒し、帝都の平和を取り戻す!! 行くぞ、さくら!!」

 

「はい!!」

 

思いもよらない番狂わせだった。

一度は死をも覚悟した状況で、帝鍵と桜武が戻ってきたのだ。

幻庵を、幻都を打ち倒す千載一遇のチャンスである。

 

「小賢しい真似を!! 霊子戦闘機2機で敵うと思うか!? 返り討ちにしてくれるわ!!」

 

再度練りこまれた妖力の波動が、四方八方から襲い来る。

だがそれを前に、神山は笑っていた。

 

「闇を切り裂く、神速の刃……、縦横無尽・嵐!!」

 

練りこんだ霊力を二刀に纏わせ、さながら荒れ狂う暴風の如く波動に切りかかる。

威力こそ驚異的な妖力の波とはいえ、その軌道はあまりに直線的。

恐らく幻庵自身が前線に立って戦闘に臨んだ経験がないのだろう。

直線的過ぎる攻撃ほど避けやすく、対処しやすいものはない。

そして、

 

「蒼き空を駆ける、千の衝撃!!」

 

「……、しまった……!!」

 

背後に構える桜武を前に、余裕をなくした幻庵が僅かに後ずさる。

先の攻撃を一手に引き受けたのは神山の作戦だった。

戦い慣れしていないものほど戦場全体を見通すことが出来ず、狭い視野で戦いがちである。

最前線に立つ自分に気をとられれば、うしろのさくらから意識が逸れる事は見越していた。

 

「天剣・千本桜ーーーっ!!」

 

正眼に構えた突きの一撃が、凄まじい霊力の奔流となって放たれる。

咄嗟に妖力の障壁を精製して耐えようとするが、不意を突いた一撃に練成が間に合わない。

 

「ぐ、ぐおおおぉぉぉ……!!」

 

数秒の膠着の後、絶界の力を秘めた霊力の一撃が煉獄諸共飲み込み、大爆発を起こした。

やがて爆炎の先に見えたのは、全身に傷を負い瀕死の姿を曝け出した上級降魔の姿だった。

 

「あ……、ありえない……私の策は完璧だったはず……!!」

 

「幻庵葬徹! 最早帝鍵はこちらに戻り、貴様の身を守るものは何もない!! さくら!!」

 

「はい!!」

 

神山の指示で、さくらが手にした神器を空へ突き立てようと構える。

だがその時、信じられないことが起こった。

 

「まだだ……、まだ最後の手段が残っている……!!」

 

「何だと!?」

 

「あ、あれは……!?」

 

幻庵がその手を空に突きつけた瞬間、突如として幻都から複数の黒い管のようなものが放たれた。

管はそのまま真下の幻庵に突き刺さり、妖力を送り込んでいるのか明滅を始める。

 

「お……、おぉ……!! 素晴らしい……、これが……これが降魔皇様……、いや、降魔皇の力だ……!!」

 

瞬く間にとてつもない妖力を取り込んで全身を瘴気に包み込む幻庵。

その体を毒々しい紫色の霧に包み込んだかと思うと、たちまちその霧は何十倍にも巨大化。

中から見えたその光景に、誰もが絶句した。

 

「幻庵が、巨大化した……!?」

 

「まさか、幻都から降魔皇の妖力を吸収したというのか!?」

 

これには銀河も驚愕せざるを得なかった。

降魔皇の復活が困難と見るや、自身がその妖力を取り込んで新たに降魔皇となる。

それが幻庵葬徹の最期の作戦だったのだ。

 

「ウオオオオォォォォッ!!」

 

獣のような雄叫びを上げ、幻庵が拳を握り振りかぶる。

まずい。

逃げ場を失ったこの空間では、あの巨腕から逃れるすべがない。

その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ギンガーーーーーッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

巨腕が全てを砕くその一瞬、天の川を思わせる光の奔流が、観覧席の空間を包み込んだ。

やがて粉砕された空間から光がゆっくりと真下へ降り立ち、徐々に人型を形成する。

 

「さくらっ!!」

 

「隊長!!」

 

その手から下ろされた神山たちに、異変を察して降りてきた初穂たちが一斉に駆け寄る。

瞬間、光の中から一人の巨人が悠然と立ち上がった。

遥か未来からこの時代の悲劇を食い止める使命を帯びて推参した光の巨人、ウルトラマンギンガである。

 

「フハハハハハ、そうだ、この力だ!! 私が何十年捜し求めていた、すべての生物を超越する力だ!!」

 

溢れ出る妖力に酔いしれるかのように愉悦の顔で天を見上げる幻庵。

ギンガは神山たちを庇うように、幻庵と対峙した。

 

「やはりそうか。あの時、帝国政府官邸で相対した時と何も変わらないその邪悪な波動……!!」

 

「何のことかな? 大方貴様の生きた時代のことだろうが、私には確信が持てたよ。この研究は間違っていなかったとね」

 

おかしい。

幻庵葬徹は、降魔皇の復活を目論む忠実な部下だったはず。

なのに何故ここに来て、その忠誠を投げ捨てるかのような振る舞いを繰り返すのだ。

まるで降魔の皇すら、自身の駒であるかのように。

 

『……みんな、落ち着いて聞いて頂戴。たった今月組から、調査報告が届いたわ』

 

困惑する神山達の下にすみれからの通信が届いたのは、その時だった。

 

「司令、一体どういうことです? あの幻庵葬徹は、只の降魔ではないということですか?」

 

『そうよ。奴こそ……、この10年に及ぶ帝都と世界の降魔事件の全てを引き起こした元凶……!! わざわざ自身の死を偽装してまで社会の目から逃れて、まさか降魔に身も心も売り渡していたなんて……!!』

 

「死を偽装って、まさか……!!」

 

その言葉に、神山の脳裏に一人の人物の名前が思い浮かぶ。

まさか、だとしたら……。

 

「全ての始まりは邪念に満ちた人間集団『モナダ』と接触したことだ。奴らが降魔を出現させる吹き溜まりとやらに、一枚かませてもらった」

 

曰く、魔障隠滅部隊・奏組が交戦し、後の降魔皇出現の発端となった、聖アポロニア学院での降魔事件。

 

「軍部というのも存外脆いものさ。とある麻酔科医に聞こえの言い話を持ちかけたらあっさりとね」

 

曰く、麻酔科医の意図的に起こした医療ミスを発端とする、大帝国病院の神隠し事件。

 

「異国というのもまた興味深いものでね。承認欲求に駆られた歪んだ若者達は扱いやすかったよ」

 

曰く、倫敦華撃団の前身たちをたき付けて引き起こされた、ヴァージン諸島の惨劇。

 

「流石に月組と奏組は厄介だった。最も、利用するのも簡単だったがね」

 

曰く、護衛を依頼した任務で月組の隊員一人が殉職し、奏組の隊長が今もこん睡状態のまま。そして月組の一人が降魔に寝返り暗躍する遠因を生み出した。

 

何故この男がその全てを知っている。

それも連盟を率いていただけでなくそれ以前から帝都の要人をコネクションを持っていた。

帝都で、世界で、自らの死を偽装してまで暗躍し続けた狂気の人間を、神山誠十郎は知っていた。

 

「そうか……、全てはお前の……、降魔さえ利用した企みだったのか!! 真田康弘!!」

 

その名前に、その場の誰もが戦慄する。

10年前に降魔皇復活を手引きし、様々な降魔事件の裏に暗躍していたのは、降魔ですらない。

狂気に駆られ人道を踏み外した、一人の研究者だったのだ。

 

『移植した全ての生物を恐るべき怪物へ変貌させるマガ細胞……。その力で世界を支配するつもりだったのね!?』

 

「支配とは語弊があるな。私の追い求めるのは人類の進化だ。いや、救済といったほうが良いかもしれないな」

 

「ふざけるな! 降魔を利用して人々を苦しめる事の何が救済だ!」

 

「そこだよ神山誠十郎。手引きしたのは私だが、降魔はそれ以前の、江戸時代より以前から人類の前に現れ物の怪の一種として牙をむいてきた。その発端を君達は知っているか?」

 

すかさず噛み付く神山に幻庵……、真田は煙に巻くように問う。

応えたのは、マルガレーテだった。

 

「発端は、北条氏綱主体による人体実験。しかしその余波で怨念が満ち溢れ、災害に見舞われた北条は、実験地の大陸大和諸共封印を施した」

 

「正解だマルガレーテ嬢。そう、降魔は何の前触れもなしに現れたわけではない。かつての人類が意図的に生み出し、意図的に捨てた哀れな命たちの怨みなのだよ」

 

さて、と真田が指を立てる。

 

「その時に行われていた研究こそ、かの大久保長安や織田信長が研究していた反魂の術だった。それを踏まえて問おう。かつての恨みを晴らさんとする降魔の所業は悪か? その降魔を駆逐する君達は善なのか?」

 

「どういう意味だ?」

 

「かつて人間の手によって苦しめられ死んでいった者達が恨みを晴らそうとするのは自然の摂理だ。対して君達は、この脅威に対抗しようとあらゆる犠牲を払ってきた。希少な金属を仕入れるために各国の経済を逼迫させ、様々な怨念に対してはその場その場の対処療法しか取れない。そんな事をこれからも未来永劫続けるつもりなのか?」

 

それは、霊的組織の根本への問いだった。

対降魔部隊が発足してから25年。

確かに降魔事件の規模が拡大した原因こそ真田にあるが、それ以前からモナダに代表される一部の者達の暗躍は続いていた。

その都度解決しても、間もなく次の敵は現れ平和は束の間に終わる。

悔しいがそれは確かに事実だ。

 

「だからこそ私は、降魔の細胞片、マガ細胞に希望を見出した。降魔が絶えず出現するなら、降魔など脅威ではないように人類が進化すれば良い。降魔如きそこらの民衆が片手で追い払えるような進化を遂げれば、君達霊的組織が存在する必要もないだろう」

 

「だから連盟を設立して世界華撃団構想を私物化しようとしたのね。自分の手中に収めて、不要になればすぐに排除できるように」

 

アナスタシアの言葉に、真田は不敵に笑う。

わざわざ自身の死を偽装してプレジデントGとして霊的組織の中枢に入り込んだのは、霊的組織の社会的地位の没落と、マガ細胞を持つ自身への人々の求心にあったのだ。

そのために自作自演で世界各国の信用を得て邪魔な賢人機関を排除し、邪魔者を無くした状態で徐々に世界中の華撃団を掌握する。

それがこの男の真の目的だったのだ。

 

「どうだね、ウルトラマンギンガ。君にとっても有益な話ではないのか? 君の世界ではマガ細胞がないが故に、世界は破滅の道をたどったのだろう?」

 

「私の世界が滅んだのは、人々の心が散らばってしまったためだ。貴様の野心に満ちた進化など、認めん!!」

 

「そうだ! マガ細胞の力がなくとも、俺達は必要とされる限り、正義の名のもとに戦い続ける!!」

 

「未来ってもんは与えられるもんじゃねぇ、自分で掴み取るもんだ! 増してやテメェみたいな人ですらなくなったヤロウに施しなんざ受けたくもねぇ!!」

 

「お前の生み出した犠牲は、必要なものではない! お前の身勝手で、命の重さを決めるな!!」

 

「貴様は人類の敵であり、降魔の敵でもあった。只それだけのことだ!!」

 

銀河に続き、神山もシャオロンもランスロットもエリスも、真っ向から撥ね付ける。

降魔の邪念に満ち溢れた細胞が何を齎すか、何度も見てきた。

自我を失い、心を失い、欲望と本能のままに暴れるだけの怪物に変わることの何が進化だというのか。

そしてそのためにゴミのように利用され捨てられていった無数の命。

その重みを感じない目の前の狂人に歩み寄る余地は、ない。

 

「そうか。だったら仕方ない。降魔の力さえも我が物としたこの力、思う存分見せてやろう!!」

 

言うや真田の巨腕が天に掲げられ、視認できるほどの妖力が圧縮されていく。

その規模、これまでの戦闘の比ではない。

対するギンガも、右腕のオーブに力を集約させる。

 

「滅びの祝福を……、魔ヶ烈波!!」

 

「ギンガ・ドームバリア!!」

 

自身を中心に巨大なドーム状のバリアを形成し、邪念に満ちた一撃を押さえ込む。

その勢いが弱まるや、すかさずギンガは反撃に出た。

 

「ギンガ・クロスシュート!!」

 

L字に組まれた右腕から、ギンガ最強の破壊光線が放たれた。

だが……、

 

「な、何だと!?」

 

信じられないことが起こっていた。

直撃したはずのギンガの破壊光線を受けて尚、真田の体には傷一つついていない。

 

『あの黒管から、真田の体内に夥しい妖力が流れ込み続けています!! 恐らくその力で受けたダメージをその場で治癒しているようです!!』

 

カオルの報告に戦慄が走る。

自分達の攻撃ならまだしも、ウルトラマンの必殺技まで通用しないというのは次元が違う。

さらに追い討ちとばかりに真田は先程より更に大きな妖力光線を放ってきた。

 

「させん! ギンガ・ドームバリア!!」

 

再びバリアを形成し攻撃を防ぐギンガ。

だがその直後、異変が起こった。

 

「……、こ、これは……!!」

 

信じられないことが起こった。

何と先程は攻撃を防ぎきったはずのバリアに亀裂が入り始めたのだ。

そして、

 

「ヌウウウッ!!」

 

バリアが破られ、咄嗟に両腕を交差させて光線を耐えるギンガ。

しかしそのダメージは凄まじく、たちまち膝を突き、カラータイマーが点滅を開始した。

あの無敵に等しい力を持っていたはずのギンガが追い詰められる姿に、神山たちも身震いする。

何とかギンガを助けようにも、対格差がありすぎて接近することすら困難であり、先程の上級降魔との戦闘でのダメージもありまともな戦力にならない。

何か突破口はないのか。

そう考えをめぐらせたとき、一人の人物がその場の全員に通信を繋いだ。

 

「皆さん、一つだけ方法があります」

 

「ミライ?」

 

それは、帝国華撃団の一員、御剣ミライだった。

彼の無限も少なからぬ損傷があるはずだが、何か妙案があるのか。

 

「真田は幻都の妖力を吸収することであの強さを持っているんですよね? だったらそれを断ち切ることが出来れば……」

 

「しかし、ギンガですら窮地の状況で、そんな隙が生まれるのか……?」

 

方法なら誰しも思いつくものが一つだけある。

先程実行しようとしたようにさくらが神器を用いて絶界の力で幻都の再封印を施すというものだ。

幻都との接続を遮断してしまえば、真田に無尽蔵な妖力を送り込むことは不可能。

だが相手もそれは承知のはず。

無策に挑めば間違いなく阻止されるだろうし、今の自分達では一度攻撃を喰らえばひとたまりもない。

だが、それでもミライの自信は揺るがなかった。

彼には、彼にしか知りえないある秘策があったからだ。

 

「司令」

 

ふと、ミライが通信先のすみれに問いかける。

何かの許可を得ようとするような、そんな素振りだ。

 

『ミライさん……、よろしいのね?』

 

何かを悟り、確かめるようなすみれの問いに、重々しく頷くミライ。

まるで重大な何かを決めたかのようだ。

 

「隊長、皆さん。今まで隠していたことがあります」

 

「隠していたこと……?」

 

「ある人との約束です。彼のように星を愛し、人々を愛し、あの人に代わってこの星を守る事……。それが、僕の使命だから」

 

「お、おいミライ……!!」

 

そう言って、ミライは驚くべき行動に出た。

自ら無限のハッチを開き、ギンガの元へ進み出たのだ。

まさか生身で立ち向かおう等と言う事はあるまい。

突然のことに驚く面々の中、初穂だけはハッと目を見開く。

彼女だけは聞いていた。

かつてミライがその身を救われ、憧れたという戦士の名前を。

 

「ミライ……、まさか、お前……!!」

 

「僕が突破口を開きます。初穂さん、見ていてください!!」

 

ミライが左腕を顔の横にかざした瞬間、真紅の宝珠を包んだ見覚えのあるブレスレットが現れた。

ゆっくりと宝珠を隠すように右手を沿え、右下に切り落とす。

宝珠が光に包まれ、やがてその身を包み込んだ。

そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メビウウウウゥゥゥーーースッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その光景に、誰もが驚愕を隠せなかった。

突き上げられた左腕から出現した光の柱がミライの体を包み込み、やがてその中から一人の巨人が現れる。

ウルトラマンメビウス。

遥かM78星雲から現れた、宇宙の平和を守る光の巨人。

その正体は帝都中央駅の奇妙な邂逅から今まで共に戦ってきた御剣ミライ。

彼こそが自分達の窮地を幾度となく救ってきた、ウルトラマンメビウスその人だったのである。

 

「現れたかウルトラマンメビウス。大方私の隙を突こうというのだろうが、貴様一人増えたところで状況は変わらん!!」

 

「……メ、メビウス……!!」

 

「セアッ!!」

 

満身創痍のギンガを庇うように相対するメビウス。

帝都の、世界の未来が巨人の双肩に託された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「スァッ!!」

 

メビウスが最初に仕掛けたのは、メビュームスラッシュによる牽制だった。

当然着弾したところで効果はない。

そこですかさず次の手に移る。

 

「ハァァァァ……!!」

 

「無駄だ! 内部から攻めるつもりだろうが……」

 

阻止しようと波動を放つ真田。

メビウスは構わず左腕のブレスレットにエネルギーを集約し、

 

「スァッ!!」

 

それを眼前で破裂させて閃光を放った。

ウルトラ閃光。

ライトニングカウンターの応用で、威力を捨てて光に転用する、一種の目くらましだ。

普通に攻撃しても通用せず反撃を受ける。

そう考えたメビウスは、相手の五感に対する攻撃で隙を生み出したのである。

 

「グオオッ!? 目、目がぁっ……!!」

 

案の定防御体制を取っていなかった真田はモロに閃光を喰らい視界を失う。

初撃に光弾を使用して相手を油断させたところで本命の搦め手に持っていく、作戦通りである。

 

「スァッ! ハァァァァ……!!」

 

一瞬の隙を突き、頭上にエネルギーを集約する。

メビウスの必殺光線、メビュームシュートだ。

 

「セアアアアアッ!!」

 

10万度の威力を誇る熱光線が、敵の背中に生えた黒管を直撃する。

果たして数秒の後、黒管は煙を上げて焼ききれた。

 

「さくら、今だ!!」

 

「はい!!」

 

神山の指示に、さくらが抜き放った神器を構える。

メビウスの作り出した好機、絶対に逃してはならない。

天に突き上げられた刃から溢れる霊力が、遥か天井の裂け目を包み込み始めた。

絶界の力を霊力の余波で代用して切り開いた亀裂に霊力が纏わり、その邪念を押さえ込んでいく。

 

「天宮の命の宿る絶界の力、今ここに!! お母さん、さくらに……さくらに力を!!」

 

神器を媒介に何倍にも増幅された絶界の力が、邪念を包み込み幻都を元の異空間へと押し込む。

そして……、

 

「はあああああぁぁぁぁぁっ!!」

 

気合の一声と共に、幻都が文字通り幻と消えうせた。

同時に源泉を立たれた妖力が霧散し、魔幻空間が消えうせる。

瘴気に満ちた魔城は、崩壊した世界華撃団競技場へと姿を変えた。

 

「魔幻空間が消えた……、やったぞ!!」

 

神山の言葉に、一斉に沸き立つ仲間達。

その一方、妖力の供給を絶たれた怪物は憤怒の叫びを上げた。

 

「バカな……、こんな小手先の策で……!! 私の進化が……私の野望が……!!」

 

「無駄だ真田!! 最早幻都は切り離され、配下の降魔たちも全滅した! 貴様にまだ人としての矜持があるのなら、法の下に裁きを受けろ!!」

 

「馬鹿にするな! 元よりこの力を得た時点で、人の矜持など捨てて……うぐっ!!」

 

その時、真田の体に異変が起こった。

体中を蛇のような何かが這い回り、瞬く間にその体をどす黒く侵食し始めたのだ。

 

「……その姿、まさか貴様、マガ細胞を……!!」

 

「ぐうっ……、ククク……素直に忠告を聞いていれば楽に死ねたものを……、どうせ死ぬ命、貴様ら人類も道連れだあああぁぁぁ……!!」

 

それが、人としての知的生命体真田康弘の最期の言葉となった。

巨大化したその体を異形の細胞が瞬く間に変化させ、四肢は巨大な岩盤のように硬質化し、背中には無数の棘を生やし、腹部にも巨大な口を生やした異形の怪物が、神山たちを見下ろしていた。

真田が残した最期の悪意、変異降魔皇獣『マガビースト』である。

 

「これが未来を阻む最後の障害……。この手で打ち倒す!」

 

「ギンガさん、僕も手伝います!!」

 

二人の巨人は互いに頷きあい、最期の怪獣に対峙する。

神山もまた、刀を突きつけ叫んだ。

 

「帝国華撃団・花組、そして世界華撃団出撃!! ウルトラマンを援護し、真の平和を取り戻す!!」

 

「「了解!!」」

 

「「理解!!」」

 

「「Verstanden!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

変異降魔皇獣、マガビースト。

自然界の生態系の常識を一切無視したその力は、最初こそ神山たちを翻弄したものの、程なく意味を成さなくなり始めた。

正面から二人の巨人が猛攻をかけて注意をひきつけていることもそうだが、理性をなくし本能でしか動かないために単純な攻撃しか出来ず、対策しやすかったのだ。

 

「こっちだノロマ!!」

 

「鬼さんこちら!!」

 

シャオロンとユイが足元を攻撃して注意をひきつけ、

 

「全弾発射、です!!」

 

「忍!!」

 

「援護するわ」

 

「私も続きます!」

 

あざみたちが連続して反対側から攻撃して注意をそらし、

 

「セアアアアッ!!」

 

「ハアアアアッ!!」

 

正面から二人の巨人の拳が怪獣の顔面を捉えた。

右往左往していた怪獣は豪快に宙を舞い、地面にたたきつけられる。

如何に並外れた生命力があっても、人智を超えた力を持っていたとしても、代償として人の理性を失えば只の獣でしかない。

真田の研究は、ある意味彼自身が逆説を証明するという、皮肉な結果となっていた。

 

「ミライ!!」

 

「スァッ!!」

 

初穂の声に、メビウスが並び立つ。

そして初穂の無限を介し、巨人の全身に灼熱の奔流が流れ込んだ。

 

「ハァァァァァ……!!」

 

灼熱はその前身を赤に染め上げ、胸部に炎を描き出す。

ミライと初穂の生んだ絆が一つとなった、バーニングブレイブだ。

 

「真田……、いや真田であった獣よ……、お前の滅亡で世界は……、未来は変わる……!!」

 

ギンガもまた残されたエネルギーの全てを集約し、全身に纏わせる。

ギンガエスペシャリー。

体内のエネルギー全てを解き放って邪悪を滅するギンガ最大の必殺技だ。

 

「スァッ!! ハァァァァァ……!!」

 

メビウスも胸部のシンボルから具現化したエネルギーを球状に圧縮する。

バーニングブレイブ最大の必殺技、メビュームバーストだ。

 

「ハアアアアアアアァァァァァァァッ!!」

 

「セアアアアアアアァァァァァァァッ!!」

 

七色の輝きに包まれた怪獣目掛け、超温度の火玉が直撃し、特大の爆発を起こした。

数秒の後に煙が晴れた先には、怪獣は影も形もなく消えうせていた。

 

「セアッ!」

 

「ハッ!」

 

互いに頷きあい、空へと飛び立つ二人の巨人。

10年に及ぶ狂気に取り付かれた一人の男の暴走が終わった瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして、一人の日本人が引き起こした通称『真田事件』は、二人の巨人と世界華撃団によって解決された。

人々は降魔をも従え世界すらも手玉に取った恐るべき男の所業に震撼すると共に、その口車に踊らされあらぬ疑いを霊的組織にかけたことを口々に謝罪。

帝国華撃団は帝都の、そして世界の人々と再び平和を歩んでいくためのシンボルとして、特別公演を実施した。

帝都復興に当たっていた上海、倫敦、伯林華撃団の面々も参加を表明し、結果4ヶ国の華撃団が一堂に会するという、歴史上類を見ないビッグイベントとなった。

 

「銀河さん」

 

その千秋楽の夜、ミライは打ち上げパーティを抜け出し、夜の上野公園に足を伸ばしていた。

あの戦い以降行方をくらませていた人物に、呼び出しを受けていたからだ。

 

「一体何処行ってたんですか? みんな心配してたんですよ?」

 

「すまないな、ミライ君。最後に済ませることがあってね」

 

そう薄く笑うと、銀河は右腕のオーブをかざす。

瞬間、不思議なことが起こった。

 

「……ブレスが……!!」

 

オーブの淡い明滅に合わせ、自身のブレスレットの宝珠が明滅を開始していた。

まるで、互いの光を求め合うかのように。

 

「本来私は、この時代に来ることのなかった異端の存在だ。その私を、オーブは認め、この世界に留まらせてくれた。不思議なものだ」

 

「銀河さん……、不思議なんかじゃないですよ。貴方だって、人々の平和のために戦った、立派なウルトラマンじゃないですか」

 

あの決戦の前に聞いた、銀河の世界で起きた悲劇の全て。

この勝利が未来を変える一助となればという銀河の願いが果たされた今、オーブはその役目を終えようとしていた。

 

「さあミライ君、君の光を……」

 

「はい……」

 

銀河の眼差しに何かを察し、自身の宝珠をかざす。

互いの明滅がどちらともなく激しくなり、やがて大きな閃光が周囲を包んだ。

 

「……」

 

一瞬の後、閃光が消えうせたとき。

そこにはミライだけが、一人佇んでいた。

左腕の宝珠には、それを包むようにオーブが一体となり、より強い輝きを放つ。

ゾフィーに始まるウルトラの至宝、プラズマ=オーブが継承された瞬間だった。

 

「銀河さん……」

 

もう一度だけ、その名を呟く。

冷たくなり始めた秋の夜風は、只木々を揺らすことしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、数奇な運命だったのかもしれない。

 

「(理由なんて知らねぇよ。ただオーブはあんたを継承者と認めた。ただそれだけだ)」

 

その言葉だけで、かの真紅の巨人は自身のオーブを託した。

封印を免れた残る霊的組織の人間と共に来る10年後の戦いに備え動き続けた結果、今日を迎えることが出来た。

蹂躙の末に全てが失われた夜は、多くの笑顔と希望に満ち溢れた夜となった。

思えば、彼女もずっとそれを待ちわび続けていた。

 

「(司令!! ご指示を下さい!!)」

 

どんな絶望下の中でも、自分を信じてともに歩み続けてくれた少女。

どんなに忌み嫌われても、どんなに裏切られても、人を信じることをやめなかった少女。

記憶の中の屈託のないあの笑顔は、一瞬たりとも色褪せない。

それは、この10年というときが流れた後でも変わらなかった。

 

「また……会えるだろうか……その時は……」

 

ふと、あの笑顔を思い返し、笑みがこぼれる。

どこまでも純粋で。

どこまでも無邪気で。

どこまでも美しかった。

あの、笑顔に会えたら……

 

「そうだな……」

 

「(司令! 褒めてください、です!)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………、褒めて、ほしいな……」

 

<続く>

 

 

 




<次回予告>

真田事件も解決し、平和が戻りましたね。

あてらは平時でも大忙しや! 

何たって今年のクリスマスは特大イベントが待ってるねんで!!

次回、無限大の星。

<別れの日>

新章桜にロマンの嵐。

何故だ……何故今になって……!!


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最終章Ⅰ:別れの日

お待たせいたしました。

無限大の星、いよいよ最終章に突入します。

ウルトラマンと共演するに当たって、どうしてもやりたかった演出でした。

ハーメルン様でないと実現できなかったシーンです。

皆様も是非、一度聴いてみてください。


世界は、暗黒に包まれていた。

 

空は灰の曇天に染め上げられ、汚れた雨が絶え間なく降り注ぎ、朽ち果てた大地を染め上げていく。

 

最早生命のかすかな息吹すら感じられない死の世界の只中に、二つの影が見えた。

 

一つは、混沌。

 

この世の創造しうる全ての邪念すべてを混ぜ込んだような、恐ろしくもおどろおどろしく、そして抗いようのない威圧感を持って万物を見下ろす。

 

対するは、光輝。

 

人型を形作りながら、その巨躯を包む後光が如き光が暗黒の世界に尚も光を灯そうと抗い続ける。

 

その胸部に空色の輝きを見たとき、雷に打たれたかのような衝撃が脳内を駆け巡る。

 

知っている。

 

あの輝きを。

 

知らない。

 

この戦いを。

 

だが眼前の闇に立ち向かう大いなる光輝の名を、自分は知っている。

 

『シュッ……!!』

 

左右に広げられた光輝の両腕に、全身を包む光の粒が集まり、眩い光を放つ。

その腕が十字に組まれたとき、溢れた光が眼前にリングを映し出し、真ん中を射抜くように光線が発射された。

 

『グギイイイィィィ………!!』

 

対峙する混沌もまた、おぞましい咆哮と共に暗黒の雷を口から放つ。

二色の強烈なエネルギーのぶつかり合いは、勢いそのままに真正面からぶつかった。

 

『ヌッ、ウウウゥゥゥ……!!』

 

光輝が僅かに足を踏みしめ、力を込める。

対して混沌が返したのは、嘲笑だった。

 

『オロカナ……カミデモナキキサマヒトリノイノチガ、イクマンノオンネンニカテルトオモウカ?』

 

口元が醜く歪んだ瞬間、拮抗し続けたエネルギーが中心地で巨大な爆発を起こす。

疲労を露に足をつく光輝。

その様子に、混沌は勝ち誇るように笑う。

 

『ワレハクラウ……、コノホシノスベテヲ……ソレガワレダ!!』

 

トドメを刺さんと、混沌の全身から漆黒の瘴気があふれ出す。

だがその瞬間、光輝は動いた。

 

『シュッ!!』

 

既に赤く点滅を始めたタイマーに、全ての光を集約する。

先程の光線とは比較にならない眩さに、漆黒の世界は純白に染められた。

 

『グギイイイィィィッ!?』

 

今度は混沌が苦悶に叫ぶ番だった。

全身を包む瘴気を剥ぎ取られ、無数の閃光が全身を突き刺していく。

 

『……グ……グハハ……、ワルアガキヲ……』

 

それでも尚、混沌は嗤っていた。

 

『……ワレハキエヌ……、ワレアルカギリ……ヤミモキエヌ……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ワレノメザメガコノホシノハメツ……オボエテオクガイイ……、オーブ……!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ハッ!!」

 

閃光の果てに飛び込んできたのは、見慣れた自身の部屋だった。

窓からカーテン越しに差し込む日差しと鳥のさえずりが、目覚めの時刻を告げる。

そこにいたり、今までの光景が何なのか理解するに至った。

 

「夢……」

 

そう形容するにはあまりに生々しく思えた。

自身の研鑽の為に過去の英雄達の戦歴を思い返すも、あのような戦いは聞いた覚えがない。

だが、邪念に満ちた闇の瘴気と、対峙する光輝の胸に光った輝きに、心当たりがあった。

 

「……」

 

ふと、自身の左腕に視線を落とす。

プラズマ・オーブ。

今や自身の半身たるブレスと一体化したその宝珠の輝きは、夢に見た巨人の輝きと重なって見えた。

だとすれば、あの夢はオーブの……、

 

「あ……、もうこんな時間か」

 

視線の隅に見えた時計の時刻に、思考を止め立ち上がる。

横のカレンダーには途中まで順番に×印が記され、最後の×の隣には赤いペンで『クリスマス公演』と書かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

華やかな町並みに囲まれた帝都銀座の一角に、一軒の古びた屋敷が存在する。

今時珍しいレンガで建てられた佇まいは、周囲の建物との異質さから小さい規模ながら不思議な威圧感を感じさせる。

そして長年手入れが施されていないであろう証拠に、壁全体を覆うように伸びた無数の蔦。

主無き屋敷は10年間の間に、『幽霊屋敷』と俗称がつけられるに至った。

その玄関が実に10年ぶりに開かれたのは、つい先程のことである。

 

「長生きはしてみるものだな。……この10年、よく耐え忍び続けてくれた」

 

「もったいないお言葉ですわ。……貴方様こそよくぞご無事で、花小路伯爵」

 

正面に座る女性に伯爵と呼ばれた男は僅かに口端を上げる。

齢は既に92を過ぎ、かの世界を牛耳った仇敵から逃れ続けること10年。

その間に既に老衰の兆候が見え隠れしていたその進行は、抗いようのないものであった。

いや、寧ろ10年前の記憶を忘れる事無く会話が出来ていく現状こそ驚くべきであろう。

 

「悪の芽を摘んで間もなく、こんな形でご老体に鞭打つことになり、深くお詫び申し上げます」

 

「構わん。人は心で動くもの。頭で理解したところで、その怒りを飲み込み続けることなど出来ん。行き場を失った怒りをぶつけ合うことの方が余程危うい」

 

去る『真田事件』の後、程なく解体されたWLOFに代わる形で、存命する各国の賢人機関の人間が形式上の霊的組織統括に収まった。

本来戻るべき鞘に収まったという形である。

しかしそれで10年間の贖罪を果たしたと公言して納得する国は存在しない。

一人の狂気に駆られた人間が無数の人々を巻き込み数え切れないほどの悲劇を齎し続けてきた現状は、当事者が亡き今、その男の生まれ育った祖国へと向けられることになった。

 

「行き場を失った怒りや怨みが吹き溜まりとなり、新たな魔を生み出す。それを食い止めるのもまた、霊的組織と我々賢人機関の仕事だ」

 

「感銘に堪えませんわ……。私達もまた秘密部隊に戻るだけのこと。それでは欧州の方も……」

 

「うむ。正式に復帰したそうだ。まさか欧州の連中も鉄壁が海峡を跨ぐとは夢にも思うまい」

 

WLOF解体と共に、世界各国は止まっていた時計の針のように一斉に動き始めた。

かつての巴里華撃団の古巣たるフランス政界では『鉄壁』の異名を持つ日本大使の迫水典通と、かつての総司令ライラック伯爵夫人が。

紐育華撃団の古巣たるアメリカではかつての総司令マイケル=サニーサイドが。

そして欧州星組の活躍したドイツではかつての隊長ラチェット=アルタイルが。

10年間の間に失われた霊的組織の真の理想に向け、世界の団結を目指し動き始めていた。

その唯一にして絶対の障害となる故・真田康弘への戦犯意識を少しでも緩和させるため、花小路が選んだのはその矢面に立ち、帝国華撃団の一時凍結と権利停止処分というものだった。

勿論これに帝国華撃団そのものの拘束はない。

あくまで国際責任を全うした形を取るための政治的パフォーマンスである。

この10年の間にWLOFによってその存在を白日の下にさらされた霊的組織。

それを表向き凍結扱いとして、元通り秘密部隊として水面下で活動するだけの話である。

 

「すみれくん……。奴は、真田は確かに死んだのだな?」

 

「はい。降魔皇の力とマガ細胞に飲まれ、最期は帝都に仇なす獣として果てましたわ」

 

力強い応えに重々しく頷く花小路。

しかしその表情は、依然として和らぐことはない。

 

「だが真田の残した怨唆の種は、今や世界にばら撒かれた。それらが胎動を始める前に、手を打たねばならん」

 

降魔大戦から始まる全ての元凶は死んだ。

だが世界平和の象徴を成していたWLOFが消滅したことで、世界各国の動揺と不安は計り知れないものであった。

自分達賢人機関の人間が表舞台に戻ったところで、その組織構造が張りぼて同然の付け焼刃である印象は到底拭い去れるものではない。

特に真田は霊的組織の中枢として潜り込み悪事を働いてきた。

その事実もまた、人々の霊的組織への信頼に影を落とす結果となっていた。

死して尚亡霊のように世界を蝕む狂人の底知れぬ執念には、ただ末恐ろしいと思う。

 

「お任せ下さいな。それこそ我ら霊的組織の十八番ですわ」

 

対照的に、視線の先に見えた彼女は一笑に付した。

理由と問えば、返事の代わりに懐の紙を差し出す。

その表紙に目を通したとき、花小路もまた笑みをこぼした。

 

「懐かしい名前を見たものだな……やはり長生きはしてみるものだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

降魔皇という人智を超えた力に取り憑かれた一人の狂人が引き起こした悪夢から、気づけば4ヶ月。

日差しや木枯しを過ぎ、季節は白い雪が平和を取り戻した帝都に降り注いでいた。

吐く息も白く染まる寒波の中、それでも帝都民の活気は僅かも衰えない。

それには、理由があった。

 

『世界華撃団、クリスマス公演』決定の一報である。

 

折りしも国際社会に真田康弘という悪魔を世に放った責任を問われた大日本帝国政府は即日のうちにその責任を賢人機関代表と霊的組織へと転嫁。

両者の半永久的な権限剥奪と規模縮小という内輪から見れば滑稽極まりない茶番劇において、帝都民の不安が濃厚になりつつあった中での朗報である。

これまでは降魔の脅威から武力を以って帝都民を守り続けてきた帝国華撃団のもう一つの至上命題。

それこそ平時に舞台で舞い踊り、人々の心に安らぎと喜びを与えることだ。

言わば平和の象徴の一つと認識されている華撃団のクリスマス公演は、それまで不安に駆られていた帝都民の心を沸き立たせるには十分すぎる起爆剤となった。

 

「ようし、配線は問題ないな? 照明は観客に向き過ぎないように!!」

 

メガホンを片手に大勢のスタッフに指示を飛ばすのは、帝国華撃団整備班長の司馬令士だった。

これまでは降魔事件や世界華撃団大戦に対しての霊子戦闘機開発に尽力してきた彼のもう一つの顔は、帝国華撃団の役者に告ぐ花形の大道具である。

上海の李紅蘭直伝の蒸気工学技術の粋を駆使して生み出された舞台装置の数々は見る者達を感動に引き込み、花組団員演じる夢の世界へ観客達を誘ってきた。

その舞台演出の司令塔が意気揚々と準備に励んでいる代物に、様子を見に来た誰もが驚愕に目を見開くこととなった。

無理もない。

何故ならそれは、これまでの舞台演劇の常識を覆す革新的な代物だったからだ。

 

「しかしこれは……、思い切ったものだな……」

 

折りしも、それは帝国華撃団隊長神山誠十郎であっても例外ではなかった。

無理のない話である。

何せ舞台の上部と両脇に、それぞれ大きなモニターが備え付けられているのだ。

活動写真を写すスクリーンと言うより、蒸気テレビを巨大化させたようなモニターを一体何に使うというのか。

その答えを聞いて、誰もが二度驚いた。

 

「何せ世界の華撃団との同時中継だ。史上初のコラボレーション、節目の公演にはピッタリだろう?」

 

今回のクリスマス特別公演に際して司馬とすみれが出した驚愕のサプライズ。

それは最新鋭の蒸気モニター『中継ちゃん』を用いた世界華撃団との同時生中継による共演だった。

これまでならば日程調整や資金確保、さらには公演中に不在となる都市防衛の懸念から滅多に実現できなかった海外の華撃団との共演。

そのハードルを一気に下げる革命と言って良い今回のプロジェクトに、準備の段階から興奮が冷め止まらない。

 

「そっちの方はどうだ? 広報宣伝担当さんよ」

 

「ハハハ……、手ぶらな所を見て察してくれよ」

 

そう返すと司馬もまた満足げに笑い返す。

普段は主にモギリと雑用が中心の神山も、別段サボっていたわけではない。

広報宣伝として考案されたマスコットキャラクター『ゲキゾウくん』の中の人として、実に2ヶ月に及ぶ宣伝活動を帝都各所で展開してきたのだ。

その正体は帝都民は勿論のこと、帝劇内でも限られた人間しか知らない。

かくして前代未聞の中継出演と泥臭いまでの宣伝活動も功を奏し、既に前売り券は増刷分含めて即完売。

かつてない規模での一大イベントの準備が整ったのである。

 

「それにしても……」

 

ふと、神山は舞台中央で最後のリハーサルに熱を入れる隊員達に目を向けた。

支配人の悲願でも会った帝国華撃団の復活。

それから間もなく連続した降魔事件と、世界華撃団を巻き込んだ真田事件。

息もつかせぬ戦いの中、やはり舞台に立てないことへのわだかまりを誰もが感じていたのだろう。

今日の特別公演が決まったときの喜びようと、成功に向けて邁進する姿は感服に尽きる。

 

「やっと実感が沸いてくるな。帝都に平和が戻ってきたって」

 

「お前と、みんなの力だ。そして……」

 

「ああ。この平和を、人々の安らぎを舞台の上で守り続ける。それが今の、俺達の任務だ」

 

帝国華撃団としての戦いを終えた後は、帝国歌劇団として舞台の上から人々に夢と感動を与え、その心に癒しと安らぎを齎すこと。

それが都市防衛構想における魔障隠滅に何よりの意味がある。

平和を勝ち取った喜びと、それを守り続けられることへの感謝。

神山は改めて心の中で、共に幾多の窮地を乗り越えてくれた仲間達に礼を述べる。

 

「そう言えば神山……、考えてるか? アレ」

 

「え? ああ……」

 

司馬に手渡された一枚の紙片に、神山は思い出したようにペンを手に取る。

そういえば宣伝活動が過密化して後回しになっていた。

見れば他の皆はもう書き終えているらしく、自分の担当箇所だけが不自然な空白になっている。

 

「丁度本人がいないんだ。今のうちに纏めておけよ」

 

「ああ、そうさせてもらう。……ミライは?」

 

ふと、不在の人物の居場所を問う。

だが返ってきたのは、首をかしげて肩をすくめる昔なじみのおどけた顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、大帝国劇場の支配人室はいつになく張り詰めた空気が漂っていた。

理由は言わずもがな、部屋の主の前に立つ青年の発した言葉である。

 

「……それは確かなのね?」

 

念を押す問いかけに、返ってきたのは肯定の返事だった。

やはり年の功を侮ってはならないと、沈黙の中に驚嘆を飲み込む。

だが懸念がないわけでは決してなかった。

自分達が成したのはあくまで幻都の再封印であり、根源の降魔皇については未だ結界に隔たれた先にて再起の時を待ち続けているのが現状だ。

いわば10年前の奇妙な沈黙による平和に時を戻したに過ぎない。

故に彼の話したその光景は、単なる夢とは思えない。

 

「それがどこなのかは分かりませんでした。でも、あの怪物も、あの巨人も、僕が知るものではありませんでした……」

 

記憶の中に見える降魔たちの皇は、あくまでも人型に近い容姿のまま、言いようのない怪物然としたものではなかった。

こちらの言語や思想をも理解する高い知能を有し、人類の敵であることを除けば務めて紳士的な立ち振る舞いを欠かさない高貴ささえ兼ね備えていた。

そして相対する巨人にミライが心当たりがないというのも不思議な話であった。

世界を無に帰す混沌の闇と、それに抗う光の巨人。

夢の中で混沌は、巨人を『オーブ』と呼んでいた。

それが、目の前の青年が齎した情報のすべてだ。

 

「支配人、これは……」

 

「ええ……、闇の怨念に満ちた存在と、それに抗うオーブという名の巨人。単なる夢にしては、あまりにも辻褄が合い過ぎる……」

 

ふと、すみれはミライの左手首に輝くブレスに目を落とす。

赤の宝玉を包み込む、青いリング状のオーブ。

これまで幾人もの巨人達の力となり、この都市の、この星に勝利を齎し続けてきた光の至宝。

その中に眠るかつての戦いが、何らかの形で今の宿主であるミライに何かを伝えようとしている気がしてならない。

まだ脅威は去っていない。

そう自分達に警鐘を鳴らしているかのように。

 

「支配人……、宇宙警備隊からの連絡は……?」

 

「二つありますわ。良い知らせと悪い知らせと」

 

怪訝な顔の部下に、そのまま続ける。

 

「まずは悪い方から。現状私達の星以外でも怪獣事件が頻発して、宇宙警備隊は人員派遣が難しいとの回答があったわ。よって援軍は望めそうにありません」

 

「そうですか……」

 

「次に良い方。宇宙警備隊は貴方に地球での滞在期間延長を許可しました。依然として残る降魔皇の脅威に対抗するために、貴方の力が必要不可欠と判断したそうよ」

 

とはいえ、ミライの表情から憂いの色は消えない。

無理もない。

ゾフィーたち宇宙警備隊の主戦力となるウルトラマンはいずれも降魔皇諸共別次元に封印されたまま。

銀河が去った今、この地球を守れるのは文字通り御剣ミライ=ウルトラマンメビウスただ一人ということになった。

帰還命令が下されなかった事だけは幸いだが、果たして今の体制だけで十分な都市防衛を成し遂げられるかは不安定の一言に尽きる。

だからこそ、今尚胎動を続ける降魔皇復活への懸念という人々の不安を和らげ、僅かでもXデーの到来を遅らせる必要があった。

 

「どうぞ」

 

支配人室の扉がノックされたのは、僅かな沈黙を挟んだ時だった。

入ってきたのは、宣伝活動に従事していた隊長だった。

 

「最終リハーサル、全て完了しました。後は本番を待つばかりです」

 

「よろしい。アレも用意は終わっているわね?」

 

「はい、滞りなく」

 

申し合わせたように頷きあう二人。

一方、ただ一人蚊帳の外に置かれたミライは双方の顔を見比べつつ首をかしげた。

 

「あ、あの……アレって何ですか?」

 

リハーサルというのは分かる。

午前中一杯を見込んでいたクリスマス公演の準備だ。

中継ちゃんを用いた初の同時生中継公演。

その誰もが待ちに待った一夜限りの特別ステージの本番が今夜、クリスマス・イブに開催されるのだ。

自身も裏方に回り、昨日まで機材の準備と調整に奔走していたのはいい思い出だ。

だが、何かサプライズ要素はあっただろうか?

 

「オホホホホ、そういえばミライさんはまだご存じなかったわね。今夜のクリスマス公演では、お客様に内緒で一つ準備しているものがございますのよ」

 

「準備? 一体何ですか?」

 

「まあ、大層なものじゃないんだが……、せっかくだ。ミライも楽しみにしてたらどうだ?」

 

「え……?」

 

明らかにはぐらかされ、困惑するミライ。

それを尻目に、神山もすみれもスケジュール確認と称して支配人室を後にしてしまった。

かくして、部屋には状況が分からず首を傾げるばかりのミライだけが残された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リハーサル終了から1時間の後、神山誠十郎は自室にて珍しく姿見で入念に身だしなみのチェックに勤しんでいた。

普段から仕事柄清潔感を大事にしている分さほど神経質になることではないが、今回ばかりは気合の入り様が違う。

理由は1時間前、準備を終えた自分達に支配人が告げた一つのサプライズにあった。

それが夜の公演時間までの自由時間。要は半休である。

思いがけない憩いの時間に、自分以下隊員たちはようやく張り詰め続けた肩の力を抜くことが出来ると喜び、各々が休息に入っている。

当然自分もと思った神山だったが、事ここに来て何をするべきか困惑してしまった。

何せ帝国海軍将校時代から真面目を絵に書いたような人間だ。

勿論休日というものは存在していたが、結局手持ち無沙汰になって自ら軍事書を読み漁って戦術の研究を深めたり、修練場で剣術の稽古に励む事に時間を費やすことしかしていなかった。

今まではそれで何の違和感も感じていなかった。

時間はとかく有限で、敵はいつ現れるか分からない。

故人の言葉を借りるなら、『治にいて乱を忘れず』。

そんな危機感が全てだった過去の神山には、そうした寸暇を惜しんで鍛錬に集中する事に邁進し、そのことに一切の疑問を持たなかった。

だが、今はそのアイデンティティは大きく変化を遂げていた。

 

「……よし」

 

普段のモギリ服を黒のシャツに取替え、少々バタ臭いが赤いジャケットを羽織る。

いつもなら専用の革ケースにしまいこむスマァトロンは胸ポケットに隠れるようにしまい込み、違和感のないことを確かめる。

通常ならマントなどを羽織ったりするかもしれないが、流石にそれは堅苦しすぎるためとりやめた。

今までの自分ならここまで着飾るようなことはしないだろう。

だが今日だけは話が別だ。

何故なら……、

 

「さくら、いるかい? こっちは準備できたよ?」

 

扉をノックすると、程なく開かれた隙間から普段と違う装いの少女が顔を見せた。

 

「……お待ちしてました、誠十郎さん」

 

一瞬、神山は反応に遅れてしまった。

所々に花柄をあしらった桜色のスカートと白のカーディガン。

黒髪にはいつも結わえていたリボンではなく、銀のカチューシャが光る。

昔から袴姿ばかりを見続けてきたからだろうか。

あまりにもその姿が、佇まいが違いすぎて、

 

「……キレイだ……」

 

気づけば、無意識にそう呟いていた。

 

「実は今日の為に、クラリスたちに頼んでコーディネートしてみたんです……」

 

「あ、ああ……その……何ていうか……綺麗だよ……とても……」

 

おかしい。

いつもなら冗談の一つでも言えるような彼女に、自然な言葉を返せない。

見つめようとすればするほど、顔から火が出るような感覚を覚え、無意識に視線をそらしてしまう。

 

「フフフ……、そういう誠十郎さんこそ」

 

「え?」

 

「似合ってますよ、そのハイカラな感じ。なんだか別人みたい……」

 

「そ、そうか……?」

 

こちらの羞恥を知ってか知らずか、さくらは目を細めて意地悪げに微笑む。

視線だけ返す事数秒、吹き出したのは同時だった。

 

「……行こうか」

 

「……はい!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それを見たのは、偏に偶然だった。

 

「……行こうか」

 

「……はい!!」

 

聞き慣れた声に、最初はてっきり中庭で剣の鍛錬でも始めるのかと思った。

だが僅かに開いた扉の隙間からこっそり盗み見ると、いつになくお洒落に着飾った姿の幼馴染と隊長が、どこか気恥ずかしげに腕を組みながら並んで歩いていた。

いつか休みの日に見た活動写真の恋人のようで、見知った二人のはずなのに、ひどく他人の様に思えた。

 

「……そっか。まあ、そうだよな……」

 

あの真田事件の後、帝鍵に纏わる騒動を経て、晴れて神山とさくらは幼馴染から恋人へとその関係を昇華させていた。

これまでも任務内外で二人して出歩くことはそう珍しいことではなかったが、その表情は兄妹然としたものから明らかに男女のそれへと変化している。

年齢は代わらないはずのさくらが、ここ最近になって妙に色気づいた、というのは失礼だが、大人びてきたように思う。

良い事だと思うし、親友がこうして長年の想いを実らせた事も大変喜ばしい。

ただ、同時に自分だけが何も変わっていない様な、どこか置いてけぼりにされているような、そんな漠然とした不安が心の片隅にのさばっていた。

 

「……どうすっかなぁ……」

 

ふと、自室の姿見でいつもの自分にそう呟く。

今までなら何の違和感も持たなかったが、先程の二人を見ていると、いつものお祭り感満載の自身の姿が中々滑稽に見えて仕方ない。

ふと窓から眼下の帝都を見下ろせば、道良く誰もが今日だけの特別な装いで今日だけの笑顔で、恐らく今日だけの思いを胸に行き交うのが見える。

年中お祭り女を自称する自身のアイデンティティを否定する気など毛頭ない。

実家ではもとより、これは自身にとって何物にも代えがたい正装だ。

でも今日は……、少しくらい趣向を変えてみても罰は当たらないのではないか。

 

「そうだな……、偶にはアタシも……ちょっとくらい……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「心得た」

 

 

 

 

「へっ?」

 

突然の背後からの声に、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

振り返ると声の主とついでに二人ほど人影が見える。

両手には溢れんばかりの大量の衣装と化粧道具。

まるでお屋敷で女主人をおめかしするメイド集団のようだ。

 

「さくらさんに頼まれて腕によりをかけたんですけど……」

 

「こっちはこっちで腕が鳴るわね」

 

「ちょ……ちょっと待てお前ら……い、いつの間に……」

 

満面の笑顔の奥に鬼気迫るようなオーラを感じ、本能的に距離を取ろうと一歩下がる。

瞬間、目の前にいたはずの人間が背後で無慈悲な宣告を下した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「問答無用、ご覚悟」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一瞬、失礼かもしれないが誰かミライは分からなかった。

待ち合わせ時間5分前に突如あざみから少し待つように言われ、放置されること20分。

 

「……お……お待たせ……」

 

リンゴのように真っ赤な頬で彼女は扉から姿を見せた。

普段は右上に結った橙の髪は真っ直ぐ降ろし、向日葵を思わせる黄色の明るいフレアスカート。

まるで御伽噺の少女が絵本の中から出てきたような、普段の豪快な姿に隠れて見えない華奢な少女がそこにいた。

 

「……初穂……さん……?」

 

一瞬、その普段と全く違う姿に言葉を失うミライ。

だがそれを悪い意味に捉えたのか羞恥に堪えられなくなったのか、初穂は部屋に引っ込んでしまった。

 

「ほ、ほら! やっぱり変だって! ミライも唖然としてるじゃんか!!」

 

「そんな事ない。ミライは似合ってなかったらそう言う人」

 

「そうですよ! 初穂さんだって素材が素晴らしいんですから、お手入れすればお姫様にだって……!!」

 

何やら部屋の中から聞こえる騒ぎ出す声に、ようやく我に帰る。

そうだ、今の自分の反応で傷ついていたらいけない。

 

「は、初穂さん!」

 

着替え始めた最中かもしれないと思い、扉越しに声をかける。

途端に止まる話し声に、尚も続けた。

 

「す、すみません! とっても綺麗だったので、見惚れちゃいました!!」

 

「……ホント?」

 

「はい!! いつもの凛々しい初穂さんも素敵ですけど、今の可愛い初穂さんも素敵ですよ!!」

 

おずおずと顔を出す初穂に、元気付けようと念を押す。

やがてドレスアップをしてくれたと思われる3人に促されて、赤い顔の初穂が恐る恐る部屋から出てきた。

 

「……その……、ごめんな、待たせちゃって……」

 

「平気ですよ。こんなに可愛い初穂さんと休日を過ごせるなんて、今から楽しみです!!」

 

「ですってよ?」

 

満面の笑顔で力強く返すミライに、初穂はいよいよ顔から湯気を出す勢いで縮こまる。

すると、ミライはそんな初穂の手を取り我先に歩き始めた。

 

「さあ、行きましょう! デートって男の人がリードするんですよね!?」

 

「お、おいミライ……!!」

 

「大丈夫です! 今日は一杯楽しみましょう!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大帝国デパート。

帝都最大の繁華街として知られる銀座の中央に位置する大型商業ビルは、長年上流階級ご用達の道楽場所として広く名を知られていた。

貴金属類や西洋の織物文化を昇華させたブランド服、もしくは最新鋭の蒸気家具といった幅広い品揃えを誇るその建物は、今日も買い物や市場調査に明け暮れる人々で溢れ変える。

そしてその屋上に、一際周囲の目を引く男女が姿を現したのは先刻振りであった。

恐らく銀座に初めてきたカップルだろうと、誰もがあたりをつける。

子供のようにスキップを踏む女の後ろを、明らかに疲れた顔の男が追いかける。

その両手には幾つもの紙袋に溢れんばかりに詰め込まれた洋服たちが見えることから、大方2階の婦人服コーナーでファッションショーにでもつき合わされたのだろう。

典型的な若いカップルの縮図である。

 

「はい、お疲れ様でした」

 

そう言って差し出された緑茶を啜り、付け合せの串だんごを頬張る神山。

すると、さくらはその様子に微笑みつつ隣に腰を下ろす。

意図しているのかいないのか太もも同士が触れ合うような近さに、神山はとりあえず両脇においていた紙袋を反対側に寄せた。

 

「ありがとうございました。一度見始めたら止まらなくなっちゃって……」

 

「ハハハ……、仕方ないさ。初めての洋服だったんだろ? 全部似合ってたし、これから色んなさくらが見られるんだから、安いもんさ」

 

そう言うと、さくらはほんのり頬を赤らめ、そのままこちらの袖にもたれる。

一瞬周囲の様子を窺うも、神山は程なく腕をさくらの方に回し、肩へと抱き寄せた。

こんな大胆なこと、数ヶ月前の自分では、とても気恥ずかしくて出来なかっただろう。

 

「……何だか、不思議な気持ちです」

 

ふと、まどろむように瞳を閉じたまま、さくらが呟いた。

 

「ついこの前まで、世界中に降魔があふれ出して、世界中の華撃団が戦って……、幻都の再封印を、私達の手で成し遂げて……」

 

「ああ……、この平穏も、この平和な暮らしも、俺達が勝ち取ったんだ」

 

それは神山も同じ感覚だった。

新生帝国華撃団として真田事件を解決してから実に4ヶ月。

史上最強の霊子戦闘機を駆り、誰よりも隣で支えてくれた少女は、こうして隣に抱くと改めて普通の女性と何ら変わりないか弱い存在だと気づかされる。

絶界の血を引く一族の宿命と、果て無き羨望の果てに見た帝都を守る華として生きる道。

それを除けば、さくらもまた帝都で笑う一輪の華に過ぎないのだ。

これまで平和の為に、かつての女傑たちに報いらんと気を張り詰め続けた彼女が、こうして気兼ねなく平和を謳歌できること。

その一番側に自分という存在を求めてくれたことに、神山は喜びを禁じえない。

 

「神山さん、ご存知ですか? 今夜の演目……」

 

「ああ。『奇跡の鐘』……、先代花組が聖夜に演じた演目だったね」

 

初めてそれを聞かされたとき、神山は勿論花組の誰もが驚愕に目を見開いた。

奇跡の鐘。

それはかつて帝国歌劇団が聖夜を祝して行った一夜限りの特別公演の演目である。

復活と共にアナスタシアを迎えて舞台演劇に本腰を入れた花組ではあったが、すみれはあくまで新規かオリジナルの脚本を演目に指定し、かつて花組が演じた演目は避けるようにしていた。

無論脚本担当となっているクラリスの立場を考慮してのこともあるのだろうが、今の自分達の舞台上での実力が先代に遠く及ばないことは一目瞭然である。

誰よりも舞台にストイックであり続けるすみれから、そんな先代達の特別な想いを持って生み出された感動の舞台が任された意味の大きさを、神山たちは自覚していた。

 

「必ず成功させよう。俺達の掴んだ平和が束の間ではなく、永久に続くように……」

 

「はい……」

 

静かな風の音と、人々の喧騒。

その中に自分達が一部として溶け込める喜びを噛み締めながら、神山もまた目を閉じるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帝都の下町、浅草では今年も恒例の『聖夜祭』が執り行われていた。

商店街の中心部に位置する東雲神社主催の下、翌年の祈願を行ったり、時にはクリスマスツリーを模した神輿を担いだりとその様相は多岐にわたる。

今年は神社中央に設置したツリーに、初詣よろしく願い事をしたためた紙を結ぶというものだ。

商魂逞しいと言っては些か語弊があるが、型に嵌らずに節目の行事を祝える柔軟性は、人情と懐の深い浅草ならではのものだろう。

 

「お、おい初穂!? お前……、何て格好してんだ、お人形さんみてぇに!」

 

「まあまあまあ! あらあらあら! 貴方達もうそんな所まで……!!」

 

ひっきりなしの客ににこやかに挨拶していた権宮司と妻が、変わり果てた姿の娘に絶叫したのは、到着して程なくしてのことだった。

無理もない。

ただでさえこんな和風然とした神社の中で普段着付けない洋服をあしらったのだから、嫌でも目立つに決まっている。

それが自分達の一人娘となったら尚のことだ。

 

「ホラ見ろよ~。だからここだけは来たくなかったんだよ~……」

 

「だってもったいないじゃないですか! こんなに綺麗な初穂さん、ご家族にもお見せしないと!!」

 

深いため息をつく初穂の横で、瞳をキラキラ輝かせるミライ。

根拠もないのにえらく自信満々にリードすると言い張る様子に、どこかおかしいと思っていた。

任務中は実直で頼もしい自慢の彼氏だが、どこか世間とずれていると言うか突拍子もないことを悪気のないまま行ってしまう。

それが御剣ミライだということを、東雲初穂は失念していた。

 

「アタシは銀座の喫茶店とかで一緒にお茶飲んだりとか、活動写真館に洒落込むとかそういうのを期待してたんだよ!」

 

「だって銀座に初穂さんのご家族もお知り合いもいらっしゃらないじゃないですか」

 

「恥ずかしいだろうが! この辺じゃアタシを知らないやつの方が珍しいわ!!」

 

「そんな事ないですよ! 初穂さんとってもキレイですよ! ですよね、皆さん!!」

 

羞恥で真っ赤になった顔を両手で隠して縮こまる初穂に、ミライが大声で問いかける。

すると一部始終を見ていた周囲からは

 

「おうおう、めんこくなったじゃねぇか初穂ちゃん!!」

 

「馬子にも衣装ならぬ、巫女にも衣装ってか? いっでぇ!!」

 

「バカ亭主! そういうのはフランス人形みたいだって言ってやるんだよ!」

 

「あのガサツっ娘が一丁前になってるじゃないか。彼氏さん、大事にしなよ」

 

「う~む、わしがあと50年若かったらのぉ……」

 

「爺様、帰ったら話があるだ」

 

「だあああぁぁぁっ!! もう止めてくれえええぇぇぇ……!!」

 

とうとう堪えられなくなったのか、止める間もなく神社の奥へと消えてしまう初穂。

見物客達が爆笑する中、その後ろをバタバタと銀次と火乃香が追いかける。

その際火乃香が去り際に

 

「今夜はお赤飯かしらね」

 

と呟いていたのは気のせいだろうか。

 

「おやおや、珍しいと思ったらやっぱり騒がしい孫だねぇ」

 

騒動がひと段落して神社の喧騒が元通りになったあたりで、ふと背後から声が聞こえた。

振り向くと、そこには神社の宮司がにこやかな笑みと共にこちらを見ていた。

 

「帝鍵の儀以来かね、元気そうで安心したよ」

 

「キクさん、お久しぶりです お変わりないようで何よりです」

 

「眩しい笑顔だねぇ。まるで鏡のように曇りがない……、昔を思い出すようだ」

 

「昔……?」

 

キクは懐かしむように空を仰ぐ。

 

「あの子もお前さんのように、どこまでも透き通った若者だった。人より人を愛し、人より人を信ずる……、思えば全ての礎を、あの子が築いてくれていたのかもねぇ」

 

「キクさん、あの子とは……?」

 

「ミライくーん、せっかくだからお茶飲んでいきなさーい!」

 

ミライの問いかけを遮るように、火乃香の声が飛んできた。

一瞬躊躇するも、一言残してその場を離れるミライ。

その背中を眺めつつ、キクは一人呟いた。

 

「だとしたらこれはあの子達に……、いや、私達に課せられた試練なのかもしれないねぇ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大正29年12月24日。

クリスマス特別公演を迎えた大帝国劇場内は、この日を待ち望んでいた帝都民たちで埋め尽くされた。

演目はかつて帝国歌劇団花組が聖なる夜の平和を祝福したときと同じ、『奇跡の鐘』。

その意志を受け継ぐ新生帝国華撃団が同じ日に同じ歌を届けるその意味を誰もが噛み締め、誰もが心待ちにしていた。

 

「いよいよか……」

 

舞台袖で一部始終を見守るミライもまた、その一人だった。

結局朝方にすみれや神山が話していたというサプライズが何なのか、聞かされないままだった。

今回は舞台演劇というより歌謡ショウと聞いていたが、一体何を予定しているのだろうか。

 

『今日は、全てが輝く特別な日……』

 

『今日は、誰もが希望に胸を灯す日……』

 

『ふたりの愛が、あふれ出す日……』

 

『今宵、この暖かい星の輝きの下で……』

 

『忘れられない奇跡が起こります……』

 

白の衣装に身を包んだ5人の天使達が、聖なる夜に祝福の賛辞を送る。

瞬間、暗転していたモニターが一斉に異国の天使達を映し出した。

中国は上海、英国は倫敦、独国は伯林。

かつて降魔の脅威から人類の平和と希望を守るために戦った同志達が、今海を隔てた先で繋がった。

 

『あの鐘の音と、共に……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、祝福の夜が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

奇跡の鐘。

年に一度のクリスマスという聖なる夜の奇跡を歌ったその姿は、ミライの心に深く焼きついた。

自分がこの星に降り立ってから早半年。

長きに渡る降魔達の終わりなき脅威に晒され続けた人々の心は目に見えて荒み、苦しんでいた。

その戦いが終わり、ようやく見えた平和の兆し。

それを象徴するかのように、聞き入る人々の表情はどれも幸せと喜びに満ち溢れている。

それが、ミライは堪らなく嬉しかった。

 

「……素晴らしい舞台だな」

 

「……、隊長……!」

 

声を出しかけ、既の所で止める。

そう言えば広報活動とモギリを終えた今、神山も手が空いた状態だ。

こうして裏の特等席で舞台を堪能しに来たのだろうか。

 

「今、この空間には幸せが満ち溢れているのが分かる……」

 

「はい……、僕達がみんなで勝ち取った平和なんですね……」

 

誇りに思う。

今この場に、貢献できたと思えることが。

晴れやかに、鮮やかに歌う彼女達の力になれたことが。

だからだろう。

曲が終わり、観客達が総立ちで拍手する姿につられて、自分達も拍手を送っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのときだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『皆さん、少しだけ時間をいただけますか?』

 

ふと、中央に立つさくらが口を開いた。

一体何事かと客席がどよめき立つ。

無理もない。

今回は中継ちゃんの消費電力の関係上、アンコールは出来ない旨の連絡があったはず。

 

『霊的組織発足からようやく、降魔の脅威が去り、平和への一歩が踏み出せるようになりました』

 

『私達がそれを成し遂げられたのも、私達を信じてくれた皆さんのおかげです』

 

紆余曲折あれど、最後は自分達を信じてくれた帝都民に素直な感謝を述べるさくら。

拍手で返す観客達に礼を返し、さくらは続けた。

 

『実はもう一人、私達が感謝を伝えたい人がいます』

 

さくらは胸に手をあて、祈るように目を閉じて続けた。

 

『その人の名は、ウルトラマン……』

 

「え……?」

 

突如名を呼ばれたことに、一瞬ミライの時が止まった。

舞台の天使達は、さくらに続き祈りを続ける。

 

『遠い宇宙のかなた……M78星雲からこの星を見守り……、共に平和のために戦い続けてくれた光の勇者』

 

『どんな強大な敵でも、どんな僅かな可能性でも諦めず、共に勝利を掴んでくれた大切な仲間……』

 

『かつての戦士達に代わって私達を信じ、私達を愛し守り続けてくれた貴方の名前は、ウルトラマンメビウス』

 

『海も空も、星さえ隔てた先にいる貴方に、私達は礼を述べることすら出来ません』

 

『だからこの感謝を、この気持ちを、皆で詩にしたためました。今も宇宙を飛び続けているであろう貴方に、届くと信じて……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ウルトラマンメビウス……、この詩を、貴方に捧げます』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

口火を切ったのは、いつの間にかモニターに並んでいたシャオロンだった。

 

『……今すぐできることは何だろう?』

 

その言葉を皮切りに、伴奏もなしに次々と素直な言葉を歌い上げていく。

ウルトラマンメビウス。

自身の名を冠した歌にして。

 

『悲しみなんかない世界 愛を諦めたくない』

 

『どんな涙も必ず乾く』

 

『僕らが変えてく未来 絆は途切れやしない』

 

『無限に続く光の中へ』

 

やっと理解が追いついた。

すみれ達がひた隠しにしていたサプライズ。

他ならぬ自身への、自作の歌を届けてくれたのだ。

仲間達からの心の篭ったささやかなクリスマスプレゼント。

ミライは声を押し殺したまま、喜びの余り滝の涙を溢れさせた。

 

 

 

 

 

 

『微笑みを繋ぐ世界 夢を諦めたくない』

 

『どんな希望も積み上げながら』

 

『僕らが叶える未来 仲間を信じていたい』

 

『無限に続く光の国へ』

 

 

 

 

 

 

 

「(みんな……、ありがとう……!!)」

 

 

 

 

 

 

 

 

『ウルトラマン……メビウス……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして数多の人々の愛と幸せと希望に満ち溢れ、聖なる夜は眠り行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はずだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜の風が、強い。

皆が寝静まった中、東雲キクは一人雪の降り止んだ空を見上げる。

昼間はあれほど澄み切っていた空に、曇天ではない何かが霞がかったように空を濁らせる。

だがその名を、東雲神社の宮司は知っていた。

 

「『オモンサマ』……。あなたほどの存在が動かれるとは……!!」

 

その名が意味する全てが、キクを戦慄させた。

この帝都で、そして世界に生きた賢者たちが一様に危惧していたその瞬間は……、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゴアアアァァァ……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、何の前触れも無く寝静まった平和の町に牙を向いた。

激しい地鳴り。

吹き荒れる熱風。

たちまち変形する地面。

混乱の渦に包まれる町は、一瞬にして灼熱の地獄と化した。

 

「ゴアアアァァァッ!!」

 

この世のものとは思えない、おぞましい咆哮と共に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突然の異常事態に、真夜中の作戦司令室は騒然としていた。

 

「司令、これは一体……!?」

 

長らく着る事が無いと思っていた戦闘服に身を包み、必死に冷静さを保ちながら神山が尋ねる。

一瞬間をおいて返ってきた返事は、明らかに震えていた。

 

「……マガ細胞……!!」

 

辛うじて返ってきたその言葉は、その場の全員に電撃を走らせた。

マガ細胞。

かの事件で葬り去った狂気の科学者が生み出した悪夢の種。

皆で祝った平和の夢は、僅か一夜にして儚く散った。

 

「現在原因不明の地震は収束。震源地に出現した巨大生命体は現在上野公園で破壊活動を継続。銀座市街地に進撃を続けています!」

 

「全身にどえらい発火性物質抱えとるで。しかも頭部にある角のような器官は、マガ細胞と解析結果が一致しよった」

 

カオルとこまちの報告から神山の脳裏に過ぎるのは、大帝国病院で相対した悲劇の怪物。

変異降魔皇獣マガタマグライである。

自分達の攻撃はおろか、メビウスやギンガの集中攻撃を受けて尚も立ち上がる強靭無比な生命力を武器にこちらを蹂躙したことは記憶に新しい。

あのモニターに映し出された化け物も、それと同等の力を持つというのか。

 

「集中解析結果が出ました。巨大生命体は大正12年帝都築地に出現した怪獣タッコングと酷似しています」

 

「ちゅうことは発火性物質は油やな。下手に引火でもさせたらどえらいことになるわ」

 

「だとしたら、少なくとも市街地から遠ざけないと被害の縮小は図れないという事ね」

 

アナスタシアの言うとおりだ。

かつて帝国華撃団と交戦した怪獣タッコングは油分を食料とし、全身にオイルを滾らせていた。

幸いにして出現が海上であった事と、早期にウルトラマンジャックによって倒されたから大きな問題にこそならなかったが、万が一市街地に出現していたら大火災に繋がっていたに違いない。

 

「最早一刻の猶予もありません。こちらは他国の華撃団と連絡を取ります。神山君、何としても怪獣の進撃を阻止するのよ!」

 

あまりにも情報が不足しているが、悠長に構えている時間はない。

今こうしている間にも怪獣は本能のままにこの帝都を蹂躙し続けているのである。

数々の苦難の果てに取り戻したはずの平和を、こんな形で壊されてなるものか。

皆の気持ちを代弁するかのように、神山は出撃命令を下した。

 

「帝国華撃団花組、出撃せよ! 目標、上野公園!! 怪獣の進撃を阻止し、帝都の平和を守りぬく!!」

 

「「了解!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帝都、上野公園。

大帝国劇場より公共交通で30分とかからない場所にある自然の空間は、既に悪魔の瘴気によって地獄と化していた。

春先には立派な桜が咲き誇る桜並木は、灼熱の風に晒されほとんどが炎上または炭化し、大火事のようになっている。

 

「ひどい……、桜がみんな焼けてしまって……」

 

「それにこの熱さ……、まるでサウナの中にいるみたいね……」

 

季節は日中でも雪がちらつく真冬だというのに、焼け付くような温度に汗が止まらない。

吹き荒れる熱風だけではない。

まるで一帯の地熱が異常なまでに活性化しているかのようだ。

 

「あれか……!!」

 

その元凶を目の当りにした初穂が、大槌を握る手に力を込める。

以前過去の帝国華撃団の戦歴を確認したときに閲覧した事のある怪獣だった。

オイル怪獣タッコング。

文字通り球体の体にタコを思わせる吸盤を持ち、それを利用してオイルを吸引する性質を持つとされている。

だが眼前で我が物顔で居座る怪獣は面影こそ残しながらも、最早別物と呼ばざるを得ない姿形をしていた。

吸盤と思わしい全身の器官からは鋭い棘を生やし、こじんまりとしていたはずの四肢は肥大化し、獰猛な面構えとなった額には炯炯と怪しく紅に輝く一本角が見える。

忌まわしき降魔の皇が残した悪夢の欠片、マガ細胞。

その力により人智を超えた灼熱の怪物。

火ノ魔皇獣『マガタッコング』である。

 

『ゴアアアァァァ……!!』

 

身の毛もよだつ醜悪な咆哮が、一帯の空気を震わせる。

焼け付いて脆くなった木々が倒れ、その火種が周囲に飛び火し、火炎地獄が治まる気配は一向に見えない。

 

「どうしますか、隊長?」

 

「まずは怪獣の注意をこちらに向けさせる。進行方向を銀座から逸らすんだ」

 

状況を見る限り、怪獣は単独で出現し、特に明確な作戦を立てて破壊活動を行っている様子はない。

傀儡騎兵のような部下を引き連れる事もなく、指揮官に位置する上級降魔のような存在も見当たらない。

怪獣自身もあくまで生物的な生存本能による行動が破壊に結びついているだけで、どうやらそこまで知能は高くないようだ。

だとしたら、撃破はともかく進撃を妨害することはそう難しくはない。

音や光、刺激などで注意をひきつけ、興味をそらせばいいだけだ。

 

「アナスタシア、切り込みは頼めるか?」

 

「お安い御用よ」

 

言うや、青の無限が番傘の銃口を突きつける。

超高温を有する敵に、アナスタシアの霊力は氷を纏わせるといえど致命傷にはならないだろう。

しかし敵の注意をひきつける囮としては最も適し、遠距離攻撃なら接近による反撃の心配もない。

 

「運命を閉ざす、蒼き流星……、アポリト・ミデン!!」

 

放たれた霊力の一撃が、寸分違わず巨獣の足を撃ち抜いた。

具現化した霊力は絶対零度の氷柱となり、その歩を物理的に遮断する。

 

『ゴアアアアアッ!?』

 

突然の不意打ちに一瞬悶えるも、怪獣は事も無げに薄氷を砕いて眼下を睨む。

その凶悪に歪んだ双眸がこちらを捉えた時、神山は叫んだ。

 

「来るぞ! 総員、後退用意!!」

 

「「了解!!」」

 

打ち合わせどおり、一斉に7機の無限が四方へ飛び退る。

瞬間、怪獣は怒りをむき出しに吼えた。

 

『ゴアアアアッ!!』

 

それは自身に抗う人間への憤怒か。

咆哮と共に放たれた灼熱の火炎が、それまで自分達のいた場所のすべてを焼き尽くしていく。

もし直撃していれば、とても無事ではすまないだろう。

 

「ミライッ! さくらっ!」

 

「はい!!」

 

「了解!!」

 

次の攻撃が来る前に、神山は素早く指示を飛ばす。

先のアナスタシアの攻撃で進撃を止めたという事は、少なからず四肢に痛覚は存在している。

ならばより強力な攻撃を加えて身動きを止めれば、大きな対格差であっても戦力差は確実に縮まるはず。

即ち、先程の足により深い傷を残すこと。

 

「希望の未来に、描くは無限の可能性……、ホープ・ザ・インフィニティーッ!!」

 

「蒼き空を駆ける、千の衝撃!! 天剣・千本桜ーーーっ!!」

 

霊力を具現化した無数の斬撃が、一斉に大怪獣の足元を襲う。

息もつかせぬ連続攻撃に、さしもの怪獣も膝を折り、轟音と共に地に倒れる。

 

「今だ! 一気に畳み掛けるぞ!!」

 

二刀を抜いて突進する神山。

残る無限もそれに続く。

だが……、

 

『ゴアアアアアッ!!』

 

「……、いかん! 散れっ!!」

 

唐突な殺気に反射的に指示を飛ばし、7機の戦闘機が一斉に散開した直後だった。

大怪獣は全身を丸めるとまるでハリネズミのように高速回転し、ローラーのように眼前のすべてを押しつぶしていくではないか。

冗談ではない。

これでは進撃を止めるどころか近づくことすらままならない。

おまけに敵はこちらに感づいているようで、隙を突こうとしても器用に進行方向を変えて襲ってくる。

これでは防戦一方だ。

 

『神山さん! 賢人機関より許可が下りました。敵怪獣撃破を最優先とし、上野公園景観保護は放棄せよとの命令です!』

 

「こんな状態で景観もクソもあるかって……」

 

「だがチャンスだ。一つだけ突破口がある!!」

 

カオルからの連絡に軽口を突く初穂をたしなめつつ、神速の脳内は瞬時に最適解を導き出す。

賢人機関の言質は取ったのだ。

今さら文句は受け付けない。

 

「花組各機に通達! これより敵を後方の不忍池に誘い込む! あざみ、クラリス、アナスタシアは波状攻撃で敵を誘導!! さくら、初穂、ミライは俺と一緒に3人の移動に邪魔な障害物を排除する!!」

 

「「了解!!」」

 

上野公園の南西部には、広大な湖が広がっている。

建造物を除外すれば実に10万石に匹敵する規模を誇る水源『不忍池』である。

応戦はおろか接近も憚られる所以は偏に敵の纏う熱と刃の鎧と睨んだ神山は、この自然の生んだ天然の落とし穴に敵を誘い込み、莫大な水とぬかるんだ土で敵の鎧を剥がそうと考えたのだ。

 

「あざみさん、行きます!!」

 

「忍!!」

 

精製した霊力弾と放たれた無数の手裏剣が大怪獣の周囲を飛び交い、暴走車輪の軌道を逸らす。

 

『ゴアアアアアッ!!』

 

進撃を邪魔された怒りか驚きか、真っ向から襲い掛かるマガタッコング。

すかさず左右に飛び退った二人に代わって待ち構えていたのは、凍てつく狙撃主だった。

 

「チェックね」

 

放たれた一撃が、大怪獣の進行方向だった地面を僅かに抉る。

球体は突然の段差に足を取られ、勢いそのままに広大な湖に飛び込んだ。

瞬間、熱せられた水しぶきが高温の蒸気となって周囲に立ち込める。

 

『敵怪獣の体温、急速に低下しています!!』

 

『今よ、神山君!!』

 

その言葉に待ってましたといわんばかりに神山が飛び出した。

千載一遇の勝機、逃してなるものか。

 

「闇を切り裂く、神速の刃!! 縦横無尽・嵐!!」

 

霊力によって研ぎ澄まされた二刀の斬撃が、その名の通り荒れ狂う嵐となって大怪獣に牙をむいた。

ふんだんに練りこんだ霊力は吸盤に生えた刃という刃のほとんどを叩き折り、その岩肌のような全身に無数の傷跡を刻み付ける。

人智を超えた相手には、人智を超えた自然の力で対抗する。

型に嵌らない定石破りの戦略に長けた神山だからこそ構築できた、起死回生の一手だ。

だがまだ安心は出来ない。

敵はマガ細胞によって驚異的な進化を遂げているであろう相手だ。

当然マガタマグライのような不死身に等しい生命力も備わっているに違いない。

 

「来るぞっ!!」

 

予想通りギロリと睨んだ目に、神山は距離を取りつつ叫んだ。

まだ立ち上がるか。

突進か。

それとも火炎放射か。

考えうる敵の攻撃手段に身構える神山。

だが敵の反撃は、そんな神速の予想を超えてきた。

 

『神山さん! 敵体内の温度が急速に上昇しています!!』

 

『熱が全身の吸盤に移っとる! 何か来るで!!』

 

「まさか……!?」

 

瞬間、驚愕の光景に神山は言葉を失った。

刃を折られた全身の吸盤が視認できるほどの瘴気を熱へと変換し、次々と火炎弾を上空へ打ち出したのだ。

そんなバカな。

体内に燃料となる油を抱えた状態で、どうやってこんな芸当を……。

 

『ゴアアアアアァァァァァッ!!』

 

これまでの攻防を嘲笑うかのような声と共に、無数の火炎弾が一斉に襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「無限各機、応答してください!! 神山さん!!」

 

「あかん……通信もイカれとる……。なんちゅう化けモンや……」

 

突然遮断された通信状況に、作戦司令室はこれまでにない緊張に包まれた。

そんなバカな。

帝都全域に張り巡らされた連絡系統が、今の一撃で寸断されたとでも言うのか。

これでは被害状況はおろか、隊員達の安否確認すらままならない。

 

「司令!!」

 

血相を変えた隠密部隊が飛び込んできたのは、整備班長に通信状態の回復を命じた時だった。

普段なら決して感情を表に出さないいつきが、ここまで冷静さを失っていたことがあるだろうか。

 

「奏組より緊急報告!! 帝都全域の瘴気が活性化! 各所で吹き溜まりが出現し、降魔が出現を開始しました!!」

 

「何ですって!?」

 

今度はすみれが冷静さを失う番だった。

そんなバカな。

降魔の皇は絶界の果てに閉じ込め、元凶の科学者は果てた。

事ここに至り、何者が降魔復活の手引きを整えられるというのか。

信じられない。

自分たちが死力を尽くして取り戻したはずの平和が。

ようやく踏み出し始めた未来への一歩が。

砂上の楼閣のように跡形もなく崩れ去っていく。

まるで、想像を絶する巨悪に嘲笑われているかのように。

 

「現在奏組が応戦し一般市民の避難を開始しましたが、とても間に合いません! 至急花組の増援を!!」

 

瞬間、すみれは確信する。

あの怪獣は、囮だ。

花組を誘い出し、無防備な市民を蹂躙する。

それこそが姿さえ見えぬ敵の真の狙いだったのだ。

いや、それどころかこの束の間に終わってしまった平和すらも……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ……!!」

 

全身に纏わりつく激痛と熱気の中、ミライは目を覚ました。

相対した大怪獣の放った火炎弾の銃弾爆撃に、自分達は回避もままならず一方的に蹂躙された。

無限も完全にオーバーヒートを起こし、通信も機能しない。

 

「初穂さん……、隊長……、みんな……!!」

 

意識を取り戻して最初に過ぎったのは、仲間達の安否だった。

未だ止まない咆哮に降りかかる悪い予感に頭を振り、ミライはハッチに手をかけた。

高温と衝撃で変化した無限のハッチを力ずくでこじ開け、

 

「……そんな……」

 

眼前の光景に、ミライはそう呟くのが精一杯だった。

隊長が起死回生を賭けた不忍池は完全に干上がり、乾きかけた汚泥に埋め尽くされていた。

それだけではない。

見渡す限りの帝都のそこら中で火の手が上がり、町全体が火の海に包まれていた。

まさか、あの一撃だけで。

 

『ゴアアアアアア……!!』

 

まるで勝ち誇ったかのように、元凶たる火ノ魔皇獣は高らかに天を仰ぎ勝鬨を上げる。

街が。

平和が。

人が。

何もかもが燃えていく。

 

「……許さない……!!」

 

それを理解した瞬間、身を震わせる言いようのない怒りが全身を包み込んだ。

自身が、仲間たちが、そして人々が死力をつかんで得たはずの平和を、未来を、この化け物が。

義憤を通り越した怒りの炎が、左腕の宝珠に宿った。

 

「お前だけは……、お前だけは……絶対に許さない!!」

 

眩い光を宿した左腕を天に掲げ、叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メビウウウウゥゥゥーーースッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暗黒の瘴気に覆われた帝都の空に、一筋の閃光が貫いた。

瞬間、光柱から赤と銀の巨人が姿を現す。

オーブに認められし6人目の光の巨人、ウルトラマンメビウスである。

 

「セアッ!!」

 

眼前の大怪獣に構えるや、メビウスは正面から飛びかかった。

 

「ハッ! ハッ! セアアッ!!」

 

右手で頭を押さえつけ、淡い光を宿した左拳で何度も殴りつける。

 

「ゴアアアアアッ!!」

 

「ゥアッ!?」

 

だが怪獣はまるで意にも介さないとばかりに巨体を揺らして巨人を振り払う。

4万トンの巨体が、紙くずのように宙を舞った。

 

「ゴアアアアアッ!!」

 

「クッ!?」

 

すかさず襲い来る火炎放射を側転で回避し、起き上がりざまに宝珠にエネルギーを集中する。

ウルトラマンメビウス必殺光線、メビュームシュートだ。

 

「セアアアァァァッ!!」

 

10万度の熱線が十字に組んだ腕から一直線に発射され、大怪獣の顔面を捉える。

だが……、

 

「クッ……!?」

 

着弾箇所からは小さな爆発が起きたに過ぎなかった。

マガタッコングはまるで何が起きたかすら気づいていないかのように平然と立ちはだかる。

 

「(それなら……!!)」

 

外部から引火させられないなら、内部に高熱のエネルギーを打ち込むまで。

そう考えたメビウスは、庇うように構えた左拳に再びエネルギーを集中する。

敵の体内にエネルギーを打ち込んで攻撃する、ライトニングカウンター・ゼロだ。

 

「ゴアアアアアアアッ!!」

 

三度放たれた火炎放射を前転で回避し、一気に距離をつめる。

そして敵が後退する隙を与えず、一気に拳を打ち込んだ。

 

「セアァッ!!」

 

渾身の力を込めた気合の一撃が、至近距離から打ち込まれた。

このまま内部から敵の体内を焼き尽くす、はずだった。

 

「クッ!?」

 

メビウスは目を疑った。

渾身の力を込めた拳が、深々とめり込んだはずの一撃が、まったくと言っていいほど食い込んでいない。

岩盤のように強固な外皮に、いとも容易く防がれてしまったというのか。

 

「(しまった……!!)」

 

眼前の魔皇獣が、ニヤリと口角を上げる。

食い込んだ腕が外れない。

この至近距離で攻撃を受ければ……、

 

「ゴアアアアアアアアアッ!!」

 

悪意に満ちた灼熱の本流が、情け容赦なく襲い掛かった。

苦悶の声を上げる間もなく無数の火炎弾に滅多打ちにされた巨人は再び宙を舞い、汚泥に満ちた瘴気に沈む。

瞬間、胸部のタイマーが絶望へのカウントダウンを開始した。

 

「くそ……っ……何て……力だ……!!」

 

メビウスは直感した。

灼熱の奔流の奥底にうずまいている、言いようのない瘴気の吹き溜まり。

その穢れはあの夢に見た怪物とそっくりであったと。

まさか、オーブが自身を介して与えた警告というのは……、

 

「ゴアアアアアアアッ!!」

 

魔皇獣の咆哮が、再び戦場を震わせた。

眼前に迫る悪魔の火炎。

エネルギーの尽きかけた今の自身に、逃れるすべがない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミライイイイィィィーーーッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「スァッ……!?」

 

突如眼前に出現した光のオーラが、灼熱の波を左右に割って防いだ。

霊力による障壁。

それはひとしきり牙を剥く紅蓮の瘴気を遮り続けた末に、自身を包み込む。

まるで羽衣のような温もりが、熱き力をその身に宿したとき、メビウスはその正体を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「初穂……さん……!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紅蓮の黒炎に焼き尽くされ、汚泥に沈んだ橙の無限を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最初に感じたのは、全身に纏わりつく不快な暑さだった。

続けて全身を蝕む痛み。

意識が徐々に覚醒するに連れ、それは増して行くばかりであった。

 

「う……、ミ……ミラ……イ……?」

 

汚泥に沈んでいた半身を力任せに引き上げる。

だが既に霊力伝達が寸断されかけた無限には十分な動きがとれず、大槌を杖代わりに何とか堪える。

瞬間、モニターの先に見えた光景に、初穂は絶句した。

 

「な……なんだよ……これ……!!」

 

帝都が、浅草が、銀座が、上野が……炎に包まれていた。

そして眼前に聳える大怪獣と、倒れ伏す光の巨人。

まるで悪夢のような光景が、広がっていた。

 

「ミライ……!!」

 

既にエネルギーが尽きかけているのか、けたたましく鳴り響くタイマーの警告音。

地に伏したままのメビウスに、魔皇獣が勝ち誇ったかのようにアギトを開く。

その姿にあの無邪気な笑顔が重なった一瞬、初穂は全身の痛みも忘れて叫んだ。

 

「ミライイイイィィィーーーッ!!」

 

もう自身の体も、街への心配も、考える余裕すら残ってはいなかった。

唯一つ。

自身に残る霊力を、全てを賭けてミライを守る。

眼前に迫る灼熱。

だが、不思議なことに恐怖も痛みも何もない。

フワフワと漂うような浮遊感。

まるで夢見心地のようなその感覚に、初穂は何かを悟った。

 

『僕、もっと強くなります。帝都もみんなも、初穂さんのことも守れるように』

 

誰よりも無邪気で……、

 

『そして出来るなら……、僕が貴方を支えたいです』

 

誰よりも優しくて……、

 

『こんなに可愛い初穂さんと休日を過ごせるなんて、今から楽しみです!!』

 

誰よりも自分を女にしてくれて……、

 

 

 

 

ああ……こんなことなら……

 

 

 

 

もっと……甘えてりゃ良かった……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気づけば空は雲に覆われ、一つの星も見えなくなっていた。

轟く雷鳴は雨雲を呼び、気づけば汚れた雨が叩き付けるように降り注ぐ。

 

「初穂……さん……」

 

呆然としたまま、巨人は愛し少女の鎧に触れる。

だが、感じない。

普段は触れ合わずとも語り合うだけで感じたあの溌剌な霊力の輝きが。

情熱的に燃える命の輝きが。

それはまるで……、

 

「嘘だ……」

 

命を燃やし尽くし……、

 

「嘘だ……!」

 

死に絶えた星のように。

 

「嘘だあああぁぁぁ……!!」

 

目の前の全てを忘れ、巨人は声の限り叫んだ。

無情なまでの雷鳴と豪雨に掻き消されるその叫びを聞くものはない。

雨とは違うものが顔を伝い、自身の心を覆い尽くしていく。

 

「ゴアアアアアアアアアッ!!」

 

「……!!」

 

だが寸前、左腕の眩い輝きが、巨人に示す。

この場を託された運命と、その意味を。

 

「オーブ……、それが……僕に求める答えなのか……!!」

 

脳裏に過ぎるは、かつての日々。

仲間と笑いあい、共に助け合い、平和を掴んだ希望の記憶。

その片隅に見えた彼に、巨人は託された全てを察した。

 

「スァッ!! ハアアアァァァァ……!!」

 

眼前の少女が己が命をも賭して残した希望の灯。

その熱き奔流と左腕の輝きが混ざり合い、巨人を光輝の炎が包み込む。

 

メビュームダイナマイト。

 

自身の全身を爆薬と化し、相手を纏めて焼き尽くす最終兵器だ。

信じよう。

これが彼と、彼女と、オーブの出した答えなら。

 

「スァッ!!」

 

具現化した炎に身を包み、火達磨と化した巨人が走り出す。

真正面から放たれる無数の火炎弾を物ともせず組み付くと、瞬く間に炎が勢いを増し、全身を包み込んだ。

 

そして……、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

上野公園一帯を、想像を絶する大爆発が包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ……ハァ……!!」

 

二つの巨大な炎が爆ぜた後、光の粒が集まり巨人の姿を形作る。

だがその命の灯が消えるまで、もう幾ばくもないことは明白だった。

 

「まだ……まだだ……!!」

 

歩を進めようとして、倒れこむ。

それでも這うように、泥に塗れて巨人は橙の棺に手を伸ばす。

 

「死なせない……」

 

そして……、

 

「貴女は……」

 

その棺を胸に抱いた時……、

 

「貴女だけは……」

 

最後の灯が……、

 

「絶対……に……!!」

 

 

 

 

<続く>




<次回予告>

全てを無に帰すときは来た。

屍の上に生き続けた魂達よ。

今、その業を払う時が来たのだ。

次回、無限大の星。

<君、死にたもうことなかれ>

新章桜にロマンの嵐。

言ったはずだ……必ず生きて帰ってくると!!


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最終章Ⅱ:君、死にたもうことなかれ

気づけばあの新サクラ大戦の衝撃から早4年。

ずっと、ずっとこの瞬間が書きたくて仕方なかった。

あの日、思い出と再会できなかった全てのサクラファンに、贈ります。


 

 

 

大正29年12月。

帝都は、世界は、混乱の最中にあった。

未だ衰えることなき怨念の源泉から際限なく湧き出る、魔の下僕達によって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おらあああぁぁぁっ!!」

 

中国、上海。

幾つもの商業ビルが立ち並ぶ一帯が、何の前触れも無く炎に包まれた。

当ても無く逃げ惑う獲物となった人々を、無数の降魔たちが容赦なく襲い掛かる。

程なく出撃した三色の龍が迎撃に出るも圧倒的物量差にほとんど意味を成さない。

 

「クソッ!! 何だってまた降魔共が一斉に……!?」

 

「それだけじゃない……! 明らかに降魔の戦闘力そのものが上がってる……!!」

 

「シャオロン! ユイ!! 北東に新手、です!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

英国、倫敦。

臨時の避難場所として解放されたテンプル教会一帯に、無数の英国民が押し寄せたのは先程のことだった。

程なく獲物の臭いをかぎつけ続々と集まり始める降魔たち。

だがその入り口に、突如漆黒の鎧に身を包んだ霊子戦闘機が立ちはだかった。

倫敦の円卓に残された最後の一人、黒騎士である。

 

「来い、悪魔共……!! 民には指一本触れさせん!! 我が剣技の全てを見せてやる!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

独国、伯林。

降魔達の急襲に際し独国は直ちに総統官邸地下に建設していた緊急地下壕へ市民を避難誘導。

追撃にかかる悪魔達をせき止めたのは、世界最強の狩人達だった。

 

「最前線は任せろ!! 片っ端から打ち落としてやるぜ!!」

 

「フォーメーション、Δ! 生存確率0.27%上昇は見込めるわ!」

 

「それだけあれば十分だ! 行くぞ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何ということなの……!!」

 

そう搾り出すようにつぶやくのが、精一杯だった。

原因不明の通信切断を辛うじて復旧させて3時間。

事態は、最早絶望的という状況すらも通り越していた。

上野公園で交戦した火ノ魔皇獣マガタッコングは、ウルトラマンメビウスの捨て身の自爆という奇策によって、痛み分けに近い形で撃破に成功した。

だが、その代償はあまりにも大きすぎた。

帝国華撃団は神山誠十郎以下4名の隊員が重傷。

隊員の一人東雲初穂は、著しい霊力減退から集中治療が開始されたが、今尚意識不明のまま余談を許さない。

そして極めつけは、現時点で一名の隊員が未だ行方不明となっている事だ。

御剣ミライ。

またの名を光の巨人、ウルトラマンメビウス。

帝都を、世界を守るべく遣わされた青年がその素性を明かし、名実共に仲間となった祝福の夜は、地獄へと一変してしまった。

辛うじて残された戦闘記録から、発動したのは光エネルギーを纏って相手諸共自爆するウルトラダイナマイト。

過去にウルトラマンタロウが使用した事のある、捨て身の大技だ。

発動後に使用者は存命だったという記録こそあるが、それが確定的なものかは甚だ疑問が残る。

もしも最悪の可能性が正しいとしたら、同様の怪獣が出現した際には打つ手が無い。

 

「……ダメです。他国の華撃団とも連絡が取れません」

 

落胆に肩を落とすカオルに、力なく首を振る。

既に世界各国に再び降魔が大挙して押し寄せてきたというのは、先のニュースで見知っていた。

各々が自国の都市を防衛することに手一杯で、とても支援に動くことなどできるはずもない。

かく言う自分達も、主用戦力である花組がほぼ戦えなくなった状態で、奏組の面々が帝都民の避難を主導している状態だ。

だが霊音を武器に生身で戦う彼らにも限界がある。

恐らく2日も持たないだろう。

 

「……大尉……」

 

ふと、すみれは一人目を閉じ、苦痛な表情のまま呟く。

脳裏に浮かぶのは、在りし日の自身の隊長。

初めて心の底から尊敬し、一度は恋慕の情すら抱いた完全無欠の殿方。

彼がそこにいるだけで、どんなに絶望的な劣勢も、どんな強大な敵でも勝利できた。

 

「貴方が……貴方さえおられれば……!!」

 

悔しい。

情けない。

この古巣を託されておきながら、守ると誓っておきながら、このざまは一体なんだ。

すみれは今この時ほど、無力同然の自身を恨んだことは無かった。

 

「米田中将……、貴方も、こんなお気持ちでいらっしゃったのね……」

 

かつて自分がまだ帝都を守る一人の乙女であったとき。

父同然に公私を見守る稀代の軍人がいた。

昼間から支配人室で豪快に酒をあおっては周囲に呆れられるその姿は仮初。

実際は魔の出現のたびに自分達を戦場を送るばかりの自身の罪悪感と戦い続けた老師であった。

昔は幾たびも衝突したものだが、今になって痛いほど分かる。

代われるものなら代わってやりたい彼らの痛みも苦しみも分かち合えぬままに戦場へ送り続けるしかない自分が、呪いたくなるほどに憎い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、何や!? 降魔達の反応が急に消えおったで!?」

 

「すみれ様! 使用中の通信回線のひとつが……!!」

 

報告が終わらぬうちに、それは現れた。

突如司令室のモニターに移った、青白い球状の浮遊物。

胎児の胎動のような微かな明滅を繰り返すその物体を凝視したとき、何かの衝撃が脳を揺さぶった。

 

『この星の支配者たる人類に告ぐ』

 

それは、強い威厳に満ちた低い男の声だった。

遥か天井より下界を見下ろす神を思わせるその声に、すみれは聞き覚えがある。

だからこそ、信じられなかった。

 

『全てを無に帰すときは来た。屍の上に生き続けた魂達よ。今、その業を払う時が来たのだ』

 

忘れない。

忘れられる訳が無い。

何故ならそれは、一度はこの帝都の、世界の終焉すらも告げた悪魔の宣告だったのだから。

 

『恐れることは無い。嘆くことも無い。命はやがて枯れ行き、また別の命へと輪廻する』

 

『人と呼ばれる命の栄華が終わりを告げ、新たな命がこの星を支配するのみ』

 

『委ねよ、新たな支配者に未来を。捧げよ、新たな輪廻にその天命を』

 

あの時もそうだった。

想像を絶する力をまざまざと見せ付けた後、こちら側へ迫ったのは文字通りの全面降伏。

即座に徹底抗戦を宣言した時の総司令がいなければ、どれだけの人間がその恐ろしさに屈したか分からない。

 

『滅び行く命に未来はない。だが終わり方を決めることは出来る』

 

『自ら天命を新たな輪廻に捧げる者には、安らかな眠りを約しよう。あくまで抗うものには、苦痛と慟哭に満ちた終焉を約しよう』

 

『この日が沈んだ時を刻限とする。見知ったものとの別れを済ませておくが良い』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『我が名は降魔皇……。この世界を、この星を支配するものなり!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「降魔皇……!?」

 

地下格納庫に用意された臨時の治療室でカオルに聞かされた顛末に、さしもの神山も衝撃に耳を疑わずに入られなかった。

10年前の降魔大戦で、時の華撃団達の多大な犠牲と引き換えに封印に成功したはずの、すべての魔の源泉にして最強の敵。

それが青い球体を通して、こちらに全面降伏を迫ってきたというのだ。

証拠としてそれまで世界各地を我が物顔で暴れまわっていた降魔たちが幻のように掻き消え、世界は傷跡を残したまま不気味な日常を取り戻していた。

そんなバカな。

幻都の再封印は確かにさくらが成し遂げたはず。

その復活の為に暗躍した元凶の真田は自分達の手で倒したはず。

ならば今、降魔の皇を騙り世界中を文字通り地獄に変えた敵は何者だ。

僅か一夜にして世界中に降魔の大群を呼び寄せ、更には恐ろしいまでの力を持つ魔皇獣までもけしかけてきた黒幕は何者なのだ。

冷静にそう思考をめぐらせても、無駄だった。

その黒幕のおおよその見当を、帝国海軍きっての戦略家は読みきってしまっていた。

降魔皇の細胞片からなるマガ細胞を持つ魔皇獣を使役し、世界各国に降魔達を出現させ、その上でこちらに精神的な屈服を強いる狡猾な知性。

そのすべてに当てはまる存在を、神山誠十郎は一人しか知らない。

 

「まさか……、封印が不完全だったのか……?」

 

考えうる唯一の可能性は、あの世界華撃団大戦会場における戦闘での封印が不完全であり、そこを敵に突かれたとするものだった。

本来神器を用いた封印は神器単体で行えるものではない。

膨大な霊力を持つ集団が特定の陣を描き、その上で対象に神器を突き立てなければ、幻都への封印は成しえないのだ。

あの時は用いられた五輪柱の陣とファイナル・クロス・シールドはいずれも降魔皇を閉じ込める空間を精製するためのもので、同じ場所に押し込んで出口を閉ざせば良いと思っていた。

だが今考えると、その過程で何らかの綻びを見逃していた可能性もありうる。

 

「分かりません。あの球体が降魔皇本人か判明しないことには、何とも……」

 

力なく首を振るカオルに、神山も出口の見えない思考を中断した。

情報があまりに少ない今、例の球体の正体を考えても結論には到底辿り着けない。

それよりも問題は、先の戦いで壊滅的な被害を受けた花組の現状だった。

火ノ魔皇獣マガタッコングとの戦闘で、7機の無限はいずれも大破。

司馬を中心に懸命な修復作業が続けられているが、今日中に完了させるどころか目処すら立っていない。

加えて隊員達の受けた傷も深刻だった。

特に初穂は火炎放射の直撃を受けてしまったらしく、発見時は心肺停止の状態で、今も尚医療ポッド内で治療が続けられている。

自分を含む他の隊員4名も打撲や火傷の重傷があちこちに残り、傷の痛みに堪えながらリハビリを行っている状態だ。

そして何より神山の心を抉るのは、今尚行方が知れない一人の戦友だった。

 

「ミライは……」

 

返ってきた数秒の沈黙に、神山は僅かな期待を胸にしまう。

御剣ミライ。

子供のように無邪気で明るく、まるで太陽のように自分達を照らしてくれた青年。

そんな彼が花組と共に戦った光の巨人、ウルトラマンメビウスと知ったのは、つい最近のことだった。

救世の光として、時に公私を共に過ごす仲間として、かけがえの無い存在だったはずのミライ。

そんな事は無いと心の中で自身をいくら叱咤しても、脳裏を過ぎる最悪の可能性は拭い去ることは出来なかった。

何とも情けない話だ。

こんな時に誰よりも強く彼の生還を信じてやれるのが仲間であろうに。

 

「現在月組が帝都民の避難誘導の合間を縫って捜索を継続していますが……、あの状況では……」

 

そこまで言いかけたカオルを、神山は手を突き出し制する。

言わせてはいけない。

自分はともかく、状況を理知的に分析し、尚且つ戦場というものになれていないカオルに、その予想を口に出させるのはあまりに酷だ。

 

「……俺は信じています。ミライは必ず、必ず生きて戻ってくる」

 

「神山さん……、今は憶測で希望を持てる状況ではありません……! 酷かもしれませんが、最悪の事態は想定して動かないと……」

 

「憶測だろうと根拠が無かろうと、俺は信じる。それが、仲間だと思っています……!!」

 

真っ直ぐカオルの目を見て、ハッキリと神山は告げる。

論理的でないことなど百も承知だ。

これまでの帝国海軍少尉神山誠十郎ならば、現時点で生死不明の部下に死亡宣告を下すことなど当たり前だったに違いない。

だがしかし、今この場にいる帝国華撃団花組隊長神山誠十郎は違う。

全員絶対生還という先代の理念を至上命題とし、これまでも幾度もの死線を共に乗り越えてきた。

勿論これは理想に過ぎない。

最終的に待っている現実は、受け入れがたい結果になっているかもしれない。

それでもその瞬間まで仲間の生還を信じ続けられなければ、それは花組ではないと、神山は断じる。

何故なら、仲間を失った先にある平和など、誰も望んではいないのだから。

 

「その通りよ。生きている限り希望を捨ててはならない。それが花組の隊長として何より必要な資質だわ」

 

「すみれ様……!!」

 

突如聞こえた声に立ち上がる。

入ってきたのは、僅かな憔悴を残しながらも気丈に振舞う総司令の姿だった。

 

「神山君、カオルさんから事情は把握しているわね?」

 

「はい。降魔皇を名乗る者が降魔、そして魔皇獣を率いてこちらに降伏を迫っていると……」

 

「賢人機関は未だ回答が揃わないわ。霊的組織の無い国家は既に半数が全面降伏を受け入れる意思を示している……。あの方がいれば怒鳴り込んでいたでしょうね」

 

そう力なく笑うすみれの姿に、神山は彼女の心痛を慮る。

人智を超えたとてつもない脅威に対抗するには、自分達霊的組織のみならず各国の人々が国家間という垣根を越えて結束し、一致団結して立ち向かうことが必須である。

だが現状は、その足並みすら揃っていない。

この地球上の人間の半数が、魔の甘言に誑かされ生きる義務を放棄しようとしている。

大神司令に代わってその場所を守り続けているすみれにとって、今まで守られて来た側の人間達の報いる意志すら見せられない現状がいかに歯がゆく情けないか。

何よりそうした国の姿勢から滲み出る不安や恐怖は伝染する。

立ち向かおうと必死に心を奮い立たせている国も、その心を折られてしまうことすらあるのだ。

だからこそ、神山は真っ直ぐに言った。

 

「ならば司令。我々が陣頭に立ちましょう。帝国華撃団花組が世界の先頭に立ち、降魔皇の脅威から人類を救い出す……!!」

 

その一瞬、すみれは驚愕に目を見開く。

神山は気づいていない。

この瞬間の自身の顔が、かの黒髪の貴公子と同じ目をしていたということを。

 

「……やはり貴方を選んだ決断に狂いは無かったようだわ。……勝つのよ、神山君」

 

「はい!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数刻後、神山は一人、帝劇内に歩を進めていた。

既にリハビリを開始している花組隊員達には、すみれ自身から現状を伝えられている。

反応は即座に徹底抗戦を主張するもの、返答に猶予を求める者、沈痛な面持ちで沈黙する者と分かれたという。

無理の無い話しだ。

かつては当時の霊的組織すべての戦力を結集し、初めて渡り合えた相手である。

満身創痍どころか戦意すら喪失しつつある現状で、ともすれば自分達だけで立ち向かわなければならないかもしれない。

迷うなと言う方が酷な話である。

 

「(みんな……思い詰めていなければ良いが……)」

 

その話を耳にした神山は、各隊員の様子を窺うことを進言した。

絶対無敵に等しい降魔の皇に立ち向かう決意は、自身の中では欠片も揺るがないが、それを仲間達に押し付けることは出来ない。

こんな時だからこそ、心に寄り添い、希望の芽を育まなければならないのだ。

帝都を守る華たちの触媒となる。

帝国華撃団隊長のもう一つの任務である。

 

「よ、神山はん。ケガは良うなった?」

 

地下格納庫から出てきた神山に、朗らかな声がかけられた。

同時に厨房から腹の虫を起こすような食欲をそそる香りがする。

 

「こまちさん。それは……?」

 

覗き込むと、厨房には並べられた大量の笹の葉に、大量の握り飯が並べられていた。

ざっと10升分はあるだろうか。

良く一人でここまで準備できたものである。

 

「月組が浅草に臨時の避難所を開設しとるさかい、炊き出しや。折角助かった命でひもじい思いしとったら救われへんやろ」

 

相変わらず強い人だ、と思う。

花組復活当時から在籍し、主に帝劇の財政面を一手に引き受け黒字へひっくり返したその豪腕もさることながら、一連の実績を欠片もひけらかさない。

どんな苦境においても笑顔で、

 

「苦境は逆境、あてら次第で何とかなるやろ」

 

と豪快に笑い飛ばすその姿に、自分もまわりもどれだけ助けられてきたことか。

 

「手伝いましょうか?」

 

そして神山も、務めて自然に振舞う。

元よりこまちは、そうした自身の功績を他者から意識されることを嫌っていた。

褒められるためにやっているのではない。

当たり前の勤めを当たり前に果たしただけだと。

 

「……おおきに」

 

そして他者の気遣いに強がる事無く甘えられるのも、こまちの魅力の一つだった。

静かに笑い返し、神山は既に並べられた握り飯を笹の葉に包み始める。

湿り過ぎないようにあえて硬めに炊き、ふわりと香る梅と昆布の香りが少しでも日持ちさせるための気遣いを思わせる。

 

「神山はん、知ってる?」

 

米を握る手を止めぬまま、こまちが呟くように語り始めた。

 

「人間、結局は動物の本能は変わらんねんて。今は勉強して頭働かして、理性でブレーキかけてんねんけど、精神いわしてもうたらおっかない猛獣と変わらんねんて」

 

「……」

 

「難儀な話やな。何ぼ強い心もっとっても、腹空かせて疲れてもうたら、心まで疲れていわしてまうなんて。……そう思ったら、あて、居ても立ってもおられんかったわ……」

 

「だから……、今回の炊き出しを思い立ったんですね?」

 

「……親父も、こんな気持ちやったんかもな」

 

最後の握り飯を結び終え、空になった釜を少々乱暴に水に漬け込む。

いつもと同じはずだった笑顔は、陰りを帯びていた。

 

「あての実家はお世辞にも裕福やのうてな。親父の商店は赤字続き、借金続きの自転車操業。おかげでお袋も、あてが物心つく前に蒸発してん」

 

それは、今までこまち自身が語りたがらなかった身の上だった。

時折自身や仲間が彼女にそれとなく興味本位で聞いてみたことがある。

だがそのたびに彼女は話題を変えたり濁したりと、話すことを躊躇ったため、無理に聞くのは良くないとして触れないようにしていた。

 

「商売の才が無いわけやない。けど親父は金より人情って曲げへん人やった。何ぼ火の車になっても、客が笑って、あてが育つのが何より嬉しいって。終いには借金取りまで娘の自立まで何も言わんって言い出すねんで。そんなアホな話があるかいな」

 

浅草下町は、損得勘定より義理人情を重んじるとは聞いている。

その前提を持って考えても、こまちの父は人が良すぎるくらいの人情人だったのかもしれない。

自分の懐も腹も二の次で、とにかく客と娘の幸せの為に身を切り続ける生き様は、正しいのかはさておき真似できるものではない。

 

「今は、お父上は……?」

 

「もうおらん。 2年前にポックリ逝ってもうたわ」

 

瞬間、こまちの顔から笑顔が消えた。

 

「寝耳に水やったわ。 前々から世話になってた煎餅屋のお姉ちゃんにコネてもろうて、帝劇の建て直しなんて最高にええ話もろうた直後に、あてが家を出てからあっちゅう間やで。 次に会うた時は骨壷になってんで。 焼香ブチまけて叫んでもうたわ。 『別れくらい言わせんか、ドアホ!!』ってな」

 

辛うじて見せた笑顔の仮面は、見ているこちらが苦しくなるほどに引きつっていた。

目じりの涙に、神山は彼女の本心を見る。

 

「親父は死ぬ前何て言ったと思う? あてが立派になって満足やて。 救いようないやろホンマ、自分ばかり満足して幸せもクソもあらへんやろ。 腹いっぱい飯食わす事も、孫の顔見せることも叶わんまんま、あては心残りばかりや」

 

「それだけ、こまちさんを支えることに必死だったんですよ……」

 

「……せや。アホやねん。相手の気持ちも考えんと自分だけ満足して逝くなや……」

 

僅かな沈黙が厨房を支配する。

それを破ったのは、こまちだった。

 

「……なんか吐き出したらスッキリしたわ。おおきにな、神山はん」

 

「こまちさん……俺達はみんな、貴方の明るさに救われています」

 

でも、と神山は続ける。

 

「時々は、俺達のことも頼ってくださいね。知らないところで貴女が傷ついているのは、俺達も辛いですから」

 

「おおきにな。そのときは、とことん付き合ってもらうわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その空間は、光の差し込まぬ虚無に包まれていた。

大帝国劇場の誇る大舞台。

様々な感動と喜びを見る者に与え、夢と希望を齎してきた場所。

そこに、アナスタシア・パルマはいた。

 

「アナスタシア、ここにいたのか」

 

特に何をするでもなく、一人佇む彼女に舞台袖から声がかけられたのは、その佇まいに一瞬目を奪われた後だった。

 

「キャプテン……、何かご用事かしら?」

 

「みんなの様子を見て回っていたんだ。……支配人から話は聞いた」

 

「そう……」

 

一言だけ返し、アナスタシアは背を向ける。

すみれから告げられた皇の宣告に、彼女は返答を控えていた。

その意味が、神山には分かるような気がした。

 

「思い通りには行かないものね……。冷静でいようとしても、心が恐怖にかき乱される……。いっそ演目だと思い込めればどんなに楽か……」

 

「アナスタシア、一人で抱え込むことは無い。俺達は仲間だ。苦しければ互いに支えあうもの。それは心だって同じだ」

 

世界屈指の舞台女優の名を、最早知らないほうが珍しい。

だが幾つもの名声を得てきた彼女も、その舞台を降りれば一人のか弱い女性でしかない。

完全無欠の女傑という印象は、色眼鏡でしかないのである。

 

「強いのね、キャプテン」

 

「そんな事は無いさ。俺だって怖い。ここに来る前の俺なら弱音を吐いて逃げ出していたかもしれない」

 

でも、と神山は続ける。

 

「俺は知っている。例えどんなに強大な相手でも、僅かな希望でも、仲間を信じて戦い続ける事が、やがて奇跡を必然に変えると」

 

「……感化されてしまったようね。私も貴方も」

 

あの日。

幾つもの感動を生んできた、自分達にとっては平和と日常の象徴だったこの空間で、一人の戦友に感謝をしたためた。

彼は誰よりも、人間を信じていた。

時に無慈悲な現実に打ちのめされても、それでも人より人の温もりを信じ、人より人のためにあり続けた。

冷静に考えれば考えるほど、こちらに勝機など雀の涙ほども無いことは一目瞭然だ。

だがそれすらも皮算用に過ぎないと、記憶の中の戦友は言ってのけるだろう。

 

「勝とう、アナスタシア。例え僅かな可能性でも……」

 

「そうね。仲間を信じて最後まで……、私が期待していた言葉だわ」

 

初めてアナスタシアの微笑から緊張が消える。

求めていた何かを得て安堵したような、そんな顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大帝国劇場の2階には、創設時から長年愛用され続けてきた図書室がある。

過去の霊的組織の戦歴や上演してきた舞台を記した資料室としての側面を持つその場所は、偏に活字に慣れ親しんだものならば時間を忘れて入り浸れるほどの情報の宝庫だった。

 

「……」

 

その奥にある閲覧用のスペースに、クラリッサ=スノーフレイクは黙したまま腰掛けていた。

入隊当初から本の虫といわれて久しい彼女は、一度文字を読み始めると周囲の雑音も全てシャットアウトしてしまう集中力を見せる。

だが、この時ばかりはいつもと様子が違っていた。

 

「……はぁ……」

 

ふと、視線をずらしてため息をつく。

先刻から、文字はまるで頭に入ってきていない。

同じページを端から端まで眺めては、ため息を突くばかりの時間の浪費を、ただ無意識に繰り返していた。

 

「クラリス、ここにいたのか」

 

突然の背後の声に、ハッとして振り向く。

そこには、先程まで治療を受けていた隊長が怪訝な顔でこちらを見下ろしていた。

 

「か、神山さん……どうかされました?」

 

妙な居心地の悪さを感じつつも、務めて平静を装い尋ねる。

神山もばつが悪そうな表情のまま、応えた。

 

「ああ、みんなの様子を見て回ってたんだ。……司令から、現状を聞かされたんだろう?」

 

「……はい……」

 

優しい人だ、とクラリスは思う。

あと1日もしないうちに、歴史上類を見ない最大の敵との対峙を決断しなければならない、その心中は決して穏やかではないだろう。

それをおくびにも出さず、こうして自分達隊員のケアに心を砕ける自己犠牲にも近いぬくもりに、クラリスは表現しがたい心地よさを感じていた。

だからこそ、思う。

彼の前では、素直であろうと。

強がりも虚勢も、結局は巡り巡って彼の重荷になってしまうだけなのだから。

 

「怖くないと言えば、嘘になります……。今の世界華撃団……、もしかしたら私達だけで立ち向かわなければならないとしたらと思うと……」

 

「そうだな……。どんなに心を強く持っても、人の心から恐怖が消えることは無いし、誰も彼もが強い心を持っているわけでもない」

 

だからこそ、と神山は続ける。

 

「俺達がその指針になる。諦めず立ち向かう俺達の背中を見て、共に戦おうと奮い立つ人もきっといるはずだ」

 

強い人だ、とクラリスは思う。

この状況下において尚も、彼の瞳に燃える闘志は僅かな衰えも見せていない。

どんなに不安に陥っても、彼ならば容易くそれを跳ね返してくれる。

 

「……できるでしょうか。私達に、そんな夢みたいなハッピーエンド……」

 

だから、あと少しだけ甘えていたい。

彼の強さと優しさに。

 

「出来るさ。俺達ならきっと出来る!」

 

それさえあれば、自分はどんな苦難にも立ち向かえるのだから。

 

「ありがとう、神山さん。このクラリッサ=スノーフレイク、最後まで共に参ります……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あざみ……やはり出ているのか」

 

ノックしても応答の無い部屋を前に、神山は落胆に肩を落とした。

月組が帝都各地で奔走していると聞いてから、内心予想はしていた。

だが自身がそうであるようにあざみも心身ともに浅くは無い傷を負っている事に間違いない。

故にそんな彼女がケガを押して捜索に参加しているという現状は、神山にある確信を抱かせる。

未だ意識の戻らない初穂と、今も行方の知れないミライ。

二人の喪失が彼女の心に深い影を落としているのだろうと。

 

「誠十郎?」

 

背後で声がしたのは、一人心を痛めていたそのときだった。

聞き覚えのある声に振り向くと、そこには首をかしげる幼いくのいちが不思議そうに佇んでいた。

瞬間、神山は思わず安堵に息を吐いた。

 

「どうしたの? あざみに何か用事?」

 

「いや……、みんなの様子を見て回っていたんだ。あざみは……?」

 

大方の予想はついてはいたが、神山はあえて尋ねる。

あざみは一瞬躊躇った様子を見せながらも、視線を逸らして重い口を開いた。

 

「……月組と一緒に、ミライを探していた……」

 

やはり、と神山は安否の分からない最後の隊員に顔を歪める。

結束は固く結ばれれば結ばれるほど、僅かな欠片が綻びを産み、敵に付け入る隙を与えることに繋がる。

それに隠密のプロである月組が現時点でミライの行方を掴めていないという事実がまた、この綻びを大きく広げる結果となっていた。

花組の結束のためにも、そしてミライの生還を信じるからこそ、あざみは治療中の体をおして捜索活動を続けているのだ。

 

「あざみ、司令から聞いているとは思うが……」

 

「分かっている……。刻限の日没を以って、花組は降魔皇との全面対決に入る。それに支障はきたさない」

 

幼くも曇りなき視線が、明らかに同様に揺れているのが見て取れた。

 

「でも……、それでもあざみは諦めたくない。ミライに生きていて欲しい。そして……初穂の側にいてあげて欲しい……」

 

「あざみ……、その気持ちは俺達も同じだ」

 

片膝をつき、目線を合わせて笑いかける。

僅かに紅潮した頬と潤んだ瞳が見えた。

 

「俺は信じる。ミライは絶対に生きている。初穂を置いていなくなるはずがない。時が来れば、必ず俺達と一緒に戦ってくれるはずだ」

 

「誠十郎……」

 

あざみは潤んだ瞳を閉じる。

一滴の雫が、こぼれた。

 

「あざみは、悔しい。初穂が苦しんでるのに……ミライもどこかで苦しんでいるのに、何もしてあげられない……」

 

自分では現状をどうにも出来ない歯がゆさ。

ましてや初穂を姉のように、ミライを兄のように慕うあざみにとって、それは耐えがたい苦痛だった。

神山の脳裏に、かつてのあざみの恩師の言葉が過ぎる。

人に頼ることになれない事がどれほど辛く苦しいことか。

 

「出来るさ。あざみに、俺達にしかできないことが」

 

「え……?」

 

涙に濡れた目が見開かれる。

小さな両肩に優しく手を置き、語りかけた。

 

「信じるんだ。初穂は必ず目覚める。ミライは必ず帰ってくる。どんな状況になっても他の誰が信じなくても、俺達は絶対に信じるんだ」

 

「誠十郎……」

 

「忍びとは、忍び堪えるもの……ならば今、俺達みんなで忍び堪えるんだ。今度こそ、真の平和をみんなで取り戻すために」

 

心が傷ついた時の最良の治療薬。

それは、心を癒すための思い出や、心の指針を取り戻させることだ。

あざみにとっての指針とは、即ち里の掟第一条。

あの一度きりの邂逅で、かの生ける伝説が伝え残した教えだ。

酷なことをしている、と神山は思う。

目の前に居るのは、まだ年幼い少女である。

霊的組織の一員であろうと、忍びとして影の世界に行き続けてきた経緯があろうと、その事実は決して変わらない。

今の彼女を突き動かしているのは、責任感だ。

姉のように慕う初穂が目覚めたときの為に、何としてもどこかで傷つき動けなくなっているであろうミライを見つけて助け出そうとしているのだ。

だがそれは、幼い少女が心に押し寄せる不安の波を防ぐために突貫工事で作り上げた継ぎ接ぎの防波堤だ。

いずれ決壊し、取り返しのつかない傷になることは想像に難くない。

だからこそ、神山はその不安の波を少しでも和らげるために、それを分かち合うことを選んだ。

彼女の不安を花組全員で、共に忍び堪えようと言ったのだ。

 

「……わかった」

 

その言葉を噛み締めるように目を閉じること数秒。

あざみは、微笑んだ。

 

「里の掟66条。生きる希望を失うな……。あざみも、一緒に信じる。ミライは必ず、初穂の所に戻ってくるって」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大帝国劇場の窓から見上げる空は、今までと同じ青空だった。

一見すれば、静かに風がそよぐ平時の昼下がりと何一つ変わりない。

だが時折風に乗って鼻につく焼け焦げた煤のような臭いが、この時間が戦果の中で意図的に生み出された仮初であることを思い知らせてくる。

 

「さくら……」

 

その中心部である大帝国劇場の中庭に、天宮さくらはいた。

静かに瞳を閉じ、愛刀を手に座したまま黙するその様子に、神山も一瞬息を呑む。

そういえば、いつものこの時間はさくらは鍛錬に勤しむのが日課だった。

 

「ハッ!!」

 

目を見開き、声を上げて居合いの如く刃を横一文字に一閃させる。

相手が降魔だろうと怪獣だろうと両断してしまいそうな勢いであったが、その表情は晴れない。

 

「……誠十郎さん?」

 

ここに来てこちらに気づき、汗を拭きつつ立ち上がるさくら。

神山も我に帰り、歩み寄る。

 

「ケガの具合は大丈夫かい? 無理は良くないぞ」

 

「平気です。今は、ただ時間が惜しくて……」

 

思い詰めた様子で俯くさくら。

普段見ることの少ない、他人には見せないであろう表情から、その心痛を慮る。

 

「雑念があるまま剣を振るっても、体力が減るだけだ。……不安なんだろう?」

 

ややあって、さくらは無言のまま頷いた。

その表情は硬い。

何かに思い詰めているのか。

尋ねると僅かな間を置いて、さくらはそれを吐露した。

 

「あの時……、確かに感じたんです。帝鍵を通して母の温もりが。降魔皇の妖力が断ち切られる感覚が……」

 

「さくら……、それは俺も同じだ。君の力が及んでいなかったなんて事は絶対にない。君はあの時、全てを懸けて絶界を閉じて見せたんだ」

 

真田事件で起死回生となったさくらの帝鍵「天宮國定」を用いた一撃。

その一部始終を見ていた神山も、確かに真田に送られていた降魔皇の力が絶界の果てに消えるのを確かめた。

だからあの戦いで平和が戻ってきたと信じて疑わなかったのだ。

故に彼女が封印の是非を疑問視することも、その後の魔皇獣の出現を悔やむ理由も無いはずなのだ。

 

「ありがとうございます。……でも、どうしてなんでしょう。こんなに心が休まらないのは……」

 

言いつつ中央の噴水に視線を向けるさくらに、神山も記憶を重ねる。

いつもここには、笑顔と笑い声が溢れていた。

日課である霊子水晶の浄化に勤しむ彼女の傍らで、趣味になりつつある草むしりに興じる青年。

二人が毎日のように笑いあう様子に気づけばこちらまで笑顔になり、一日を楽しく過ごせそうな晴れやかな気持ちにさせてくれる帝劇の一つのルーティーン。

その喪失が心に言いようのない影を落としたとき、改めて思い知る。

この帝国華撃団という組織の中で、二人の存在がどれだけ大きかったのか。

 

「さくら……」

 

神山はそっと隣に寄り添うと、静かにさくらの肩に手を置き、やさしく抱き寄せる。

さくらもまた、一瞬驚くように目を見開くも、やがて身を委ねるようにもたれかかった。

 

「信じるしかない……。初穂を……ミライを……」

 

「誠十郎さん……」

 

肩を抱く手に自身の手を添え、さくらが目を閉じたまま問いかける。

 

「戦うんですね、私達……。あの降魔皇と……」

 

「ああ……」

 

自分もさくらも耳にしている。

かつての英雄達の総力を結集して尚歯が立たない、途方も無い絶望。

その脅威に、ともすれば自分達だけで立ち向かわなければならないというのだ。

これまでの敵とは次元が違う話だ。

使命感や勇気だけで心を鼓舞できれば、それはただの命知らずに他ならない。

 

「さくら……、一つだけ約束してくれ」

 

行くなとも行こうとも言えない。

そんな無責任な言葉を吐けるはずが無い。

 

「何があっても、決して命を捨てようとするな。もし君を失えば、俺は……」

 

「誠十郎さん……」

 

「分かっている。だが、それでも俺は……!!」

 

そこまで口にした時、前触れの無いぬくもりにその先の言葉は押し込められた。

瞬間、時が止まる。

身を委ねたくなるほどに、甘く切ないぬくもりだった。

 

「……言わないで……」

 

僅かに離れたその美貌が、別人のようにか細い声で囁いた。

 

「もしその先を聞いてしまったら……、私は……きっと命を惜しまなくなってしまう……」

 

「さくら……」

 

「さくらは側にいます。たとえ行き着く先が地獄の果てでも、さくらは……、貴方について参ります……」

 

互いに見つめあう一瞬。

瞳を閉じたとき、また温もりが心を包んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空はいつしか、眩しい夕陽が差し込んでいた。

 

「間もなく刻限か……」

 

旧世界華撃団大戦跡地にて、神山誠十郎以下4名の隊員は、応急処置を終えた無限に乗り込み臨戦態勢を整えていた。

相対するにはあまりに強大で、あまりに謎が多すぎる降魔皇。

だが僅かに残された可能性として、神山たちは絶界の裂け目が存在するすべての始まりとなったこの場所を出現予測地点と断定。

出現と同時に迎撃を開始し、世界に散らばる仲間達の救援まで敵を押さえ込むというものだ。

我ながら、何とも無謀な作戦だと神山は一人笑う。

昔の自身ならその場で作戦書を破り捨てていただろう。

圧倒的に少ない戦力差で、来るかどうかも分からない援軍を信じて最前線に立つなど正気の沙汰ではない。

そんな無謀な死地へ赴く決意が出来たのは、偏に……、

 

「みんな……」

 

自分と共に、最後まで戦うことを選んでくれた仲間達。

思えばこの組織に所属してから、少なくとも自分達に有利な局面で戦闘に持ち込めたことは皆無と言って良かった。

何せ相手は通常兵器の一切が通用しない人外の怪物だ。

霊子戦闘機という特殊兵器を用いてようやく互角に戦える相手に優位に立つなど不可能に近い。

そんな中でこれまで勝利を収め、生き残り続けることが出来たのは、様々な外的要因によるものだった。

各々の隊員の出自。

メビウスという心強い戦友との邂逅。

未来を変えるべく時を越えてきたギンガというイレギュラー。

そして10年の約束を信じて奔走し続けてきた旧華撃団の関係者達。

紙の上の戦略盤を幾度もひっくり返す逆転劇を見せられ続け、いつしか自身も信じるようになっていた。

時として戦略や常識を覆す、それこそ奇跡のような人間の絆、可能性を。

 

「(俺達は必ず勝つ……、初穂……、ミライ……、見ていてくれ……!!)」

 

この場になき戦友に語りかけたその瞬間、夕陽は地平に沈み、

 

『刻限だ。人類よ、別れは済んだか?』

 

青の邪念は再びその姿を現した。

やはり幻都の存在するこの場所から復活を目論んでいたか。

 

「現れたな降魔皇! 俺達帝国華撃団花組が、貴様の好きにはさせん!!」

 

神山の声に、5色の無限が一斉に武器を構える。

僅かな沈黙。

元より座して死を待つつもりなど毛頭ない。

ギンガが捨て身で繋いでくれた自分達の命と、希望。

それをこんな形で失ってたまるものか。

 

『その言葉は……、人類の総意ではなかろう』

 

流石に見抜かれているか。

それもそうだ。

世界中の人間が結束して今日この場に決戦を挑むなら、伏兵にしても人間が少なすぎる。

 

『かつて我に抗った人間共も、もう少し策を弄し、身を捨てたもの……。脆くなったものだ』

 

「どんなに可能性が低くても、この命ある限り私達はあきらめません!!」

 

「里の掟66条。生きる希望を失うな。……あざみはみんなを……、花組を信じる!!」

 

「沢山の人たちが命を懸けて望みを繋いだハッピーエンド……、こんな形で潰させたりはしません!!」

 

「例え人々の心が揺らいでいたとしても、今こうして対峙する私達の背中が、彼らを導く星になる。それが私達の希望よ!!」

 

恐らくは分身体であるにも関わらず、こちらを圧倒する強烈なまでの妖力と自身に満ち溢れた威圧感。

だが隊員達は物怖じすらなく真っ向から言い返す。

その頼もしい姿と声に、神山もまた二刀を握る手に力を込めた。

 

「降魔皇! 俺達は諦めない!! 例えどんなに僅かな希望でも、勝利を信じて戦い、悪を蹴散らし正義を示す!!」

 

『……よかろう。ならばお前達の屍を晒し、人類の希望とやらも砕いてくれるわ』

 

瞬間、周囲に漂う瘴気の濃度が一気に跳ね上がった。

同時に発光体の妖力が一瞬にして振り切れ、まるで心臓の胎動のように禍々しい光の明滅を繰り返す。

 

「……、伏せろっ!!」

 

神山の声と同時に、青い球体が強烈な閃光と爆音を轟かせて爆ぜた。

立ち上る黒煙。

その奥に、巨大な影が見えた。

 

「……これは……!!」

 

脳裏に過ぎったのは、過去にこの帝都に出現した怪獣のアーカイブだった。

再生怪獣にも関わらず二人のウルトラマンを相手に終始優位に立ち続け、一時は敗北寸前にまで追い込んだ大怪獣。

まさか、これも降魔皇の……、

 

『天命を捧げる者に安らかな眠りを、抗うものには苦痛と慟哭に満ちた終焉を齎す我が僕。やれ、マガゼットン!!』

 

「……ゼットン……」

 

主の命に呼応するかのように、怪獣が低い唸り声と共に眼下を睨む。

瞬間、再び閃光が襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

激しい地鳴りが、また轟いた。

帝国華撃団が降魔皇に徹底抗戦を宣言した瞬間、地獄の使者たちは再び町に跋扈し、我が物顔で暴れ始める。

通常兵器では太刀打ちしようの無い怪物の軍勢は百鬼夜行の如く。

希望を託された鉄の星のささやかな抵抗さえ、何の意味も持たなかった。

 

「総統閣下。敵は既にベルリン市内全域から進行範囲を拡大。南のトレッピン、北のリーベンヴァルデまで被害が及んでいます」

 

緊張を隠しきれないまま、側近のクレープスが皺の寄った地図を指差し説明する。

こちらの人員が僅かしかないことを利用して人海戦術に出たのだろう。

いかに優れた少数精鋭の部隊であっても、圧倒的物量差を跳ね返すことは不可能に近い。

それが人智を超えた力を持つ降魔とあっては尚のことだ。

 

「希望を捨てるな。シュタイナーが程なく市民の避難を完了させるはずだ」

 

ドイツ正規軍の司令官で埋め尽くされた地下壕の一室で、ヒトラーは出来る限り冷静に言葉を返す。

これまでの降魔の出現が各国の主要都市に集中していることから郊外の地域は比較的安全と考えたヒトラーは、親衛隊を含め全軍に市民の計画的避難を命じていた。

相手はあの降魔たちの長だ。

どんなに紳士的に言葉を取り繕うとも、それをこちらに報いる気も義務も必要性もない。

安楽死か虐殺か、死に方を選ばせているだけだ。

故に選んだのは、一人でも多くの市民を戦火から遠ざけ、少しでも生きる希望を絶やさないことだった。

その最前線に立つことを願い出たのが、厚い信頼をかけていたシュタイナー大将だった。

 

「総統閣下、シュタイナーは……」

 

だからこそ、齎された報告を、一瞬理解することが出来なかった。

 

「シュタイナーは任務を放棄し自決しました。避難予定の市民は未だ市内に取り残されています」

 

一瞬の沈黙を挟み、室内を動揺が支配した。

ややあって、手の震えを押さえながら老眼鏡を外す。

 

「中将以下、動けるものは直ちに市民の避難誘導を。後のものは残ってくれ」

 

自分でも驚くほど冷静な声だった。

人間は怒りが頂点を通り越すと冷静になってしまうものなのだ。

若き将校達は一瞬だけ困惑する様子を見せながらも、我先に部屋を飛び出していく。

部屋に残されたのはクレープスを含め年老いた将校ばかり。

それも独軍陸海空の総司令官ばかりだ。

こうなればモーンケやヴァイトリングが前線から戻っていないことが悔やまれる。

彼らがこの場にいてくれれば、少なくともシュタイナーと連携を取らせることもできただろうに。

果たして市民は無事なのか。

戦渦に巻き込まれてはいないか。

そう不安が過ぎった瞬間、押さえ込んでいた激情が爆発した。

 

「私は命じたのだ!! 市民を戦地から遠ざけよと!! 独軍の名誉と誇りにかけてドイツ国民を守ると誓い!! 悪魔の手先の盾となって守り抜けと命じたのだ!! 一体何処の誰が崇高なる使命を放棄し、守るべき市民を戦火の真っ只中に置き去りにしたのだ!!」

 

それは、未だかつて他人の前では見せたことの無いアドルフ=ヒトラーの心の叫びだった。

あろうことか全幅の信頼を寄せていたはずの腹心が、その使命を放棄して自ら死を選ぶなど、とてつもない愚行だ。

 

「我々とて同じだ!! 安全のために地下壕に身を隠し、年端も行かない少年少女を戦場に送り込んで何が誇りあるドイツ軍人だ!!」

 

「総統閣下、しかしながら霊的組織のほかに降魔に対抗できる人間はおりません!!」

 

「だから尻尾を巻いて逃げ出せというのか!? これではあの税金の恩恵を享受し続けておきながら、我先に守るべき国民を見捨てて身を隠した裏切り者どもと同じではないか!?」

 

ヒトラーの怒りが向けられていたのは、自身を除く独国政府の高官達だった。

緊急会議は恙無く終わるはずだった。

そう、他ならぬ自分が安らかなる死を受け入れていれば、ものの5分も立たずに終わるはずだった。

我がドイツは新たな世界の支配を譲り、誇り高き民族自決を受け入れる。

満場一致で決まりかけていたその決断に、ナチスドイツ首相にして現総統は烈火のごとく怒り狂い、緊急会議は紛糾した。

今まで幾度となく、そして今もまだ希望を示すべく戦い続けている伯林華撃団を差し置いて、自分達だけ早々に匙を投げようとする恩知らずな老人達。

だがまざまざと見せ付けられた圧倒的な人外の恐ろしさを前に、人々は恐怖していた。

それまで自身の言葉が国の意志とまで言われていたヒトラーの叫びは、何の力も持たなくなっていた。

 

「確かに私達は弱い。故に社会を築き、秩序を生み出し、人類の文明を維持してきた。いずれそれが終わり新たな命が台頭することもあるだろう。それを受け入れることは自由意志だ」

 

だとしても、とヒトラーは荒い息のまま続ける。

 

「私は自由意志の下に、一人類として戦い続ける。多くの若い命が託してきた希望を踏みにじることは出来ない。命を捧げるくらいなら、私は人類の未来の為に命を懸ける」

 

「総統閣下……」

 

「愚かだと思うか? だが今この瞬間、希望を繋ぐべく戦い続けている者達がいる。彼らに背を向ける事こそ、人の恥だ」

 

数分後、ドイツ本国より賢人機関へ、複数の電報が送られた。

一つはドイツ政府名義にて、『降魔皇及び勢力への全面降伏』。

続く形で送られたアドルフ=ヒトラー個人名義にて、『ナチスドイツ親衛隊及び軍部は、霊的組織支援を最後まで継続する』。

 

「Wer kampft, kann verlieren; wer nicht kampft, hat schon verloren」

 

戦う人は負けるかもしれない。

戦わない人は既に負けている。

その一文を添えて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、断罪の刃を待つのみとなった自身にとって晴天の霹靂というべき言葉だった。

 

『悪いが、これだけの事をしでかしといてギロチン一発で終われると思ってんのかい?』

 

『アンタの死刑宣告書は頂いてるよ。アタシにかかれば、巴里の悪魔だろうと従うのさ』

 

鉄格子を隔てた先で、フランスの名家たるライラック伯爵夫人はそう笑って見せた。

よもや煌びやかな王の威厳は地の底へと堕ち、英雄王の名は大罪人の戒名に変えられた。

そんな男を野に放つ物好きが、海峡を隔てた先にいたというのだから、笑うほか無い。

 

『アタシの娘も同然の女を泣かせたんだ。ただの死刑で済むと思わないことだね』

 

汚物を見るような蔑みの視線を突き刺して言い渡された懲役。

それが、生涯をかけた霊的組織への無償奉仕だった。

よもや再びこの鎧を身に纏う日が来るとは思わなかったが、これは温情なのか。

だとしたら言葉と裏腹に、とてつもないお人よしだ。

反吐が出る。

まるでかつての、何も知らなかった頃の自分のようで。

 

『アストリア……、貴方の無事をお祈りしております……』

 

脳裏を過ぎるのは、あの声。

かつて血塗れた陰謀の中で自身と心通わせた少女の、どこまでも屈託の無い笑顔。

もしこのまま戦場で果てれば……、

 

「……愚かな」

 

ふと過ぎった浅はかな妄想に、自嘲して吐き捨てる。

あの少女は遥か天上の果てにいるのだ。

魂まで汚れきった自身の行く先など、地獄でしかありえない。

ならばせめて……、

 

「誇りなき王の首が欲しければ来るが良い。地獄への道連れにしてやろう……!!」

 

輝きを失いくすんだ聖剣を手に、かつて英雄だった男は戦場へ疾駆する。

願わくばその一太刀が、僅かでも償いになることを信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

西欧はフランスの大都市、巴里。

花の都と讃えられ、伝説の守護神によって守られていたこの街に闇の権化が再び牙を剥いたのは、遠き東の地で夕陽が沈み始めたときであった。

かつて美しくも凛々しき花々が天使の如く微笑み、遥かな伝説と共に蘇った巨人が、御旗の下に集いて超古代の闇を討伐した光のティガ伝説。

十数年の平和を蹂躙せんと現れた異国の怨念に、光去りし花の都は地獄の業火に包まれた。

フランス陸軍と現地警察の懸命な抵抗も虚しく戦火は拡大の一途を辿り、避難の間に合わない市民の多くが巴里市内の聖堂や教会に落ち延びていた。

そこへ建物諸共焼き討ちにしようと降魔がにじり寄るとき、一発の弾丸が悪魔を撃ち抜く。

それは、かつて翼をもがれた筈の赤き天使の姿だった。

 

「これ以上……私の町を傷つけることは許しません!!」

 

何箇所も錆の目立つ間接部を器用に動かし、併設された機関銃が次々と上空の悪魔を狙い撃つ。

銃声と同族の悲鳴を聞きつけた周囲の降魔に包囲されて尚、その気迫は僅かも揺らぐことは無い。

何故なら、命を懸けて守るものがあるから。

 

「私は巴里華撃団花組、エリカ=フォンティーヌ=モロボシ!! 巴里華撃団ある限り、貴方達の好きにはさせません!!」

 

純白の翼を広げ、背後に震える多くの人々を庇うように、教会の前に立ちはだかるエリカ。

その背中を見たものは語る。

神話に見た、天使のようであったと。

 

「私はもう逃げない……。ツバサ……、カトリーヌ……」

 

一瞬目を閉じ、大切な家族の顔を思い浮かべる。

離れ離れになって10年。

それでもあの日の約束は、一度として忘れたことはない。

 

「ダイゴさん……、エリカは、戦います……どうか見守っていて……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今や空前の発展を遂げた自由の国、アメリカ。

その中心部たる摩天楼に飛来した無数の降魔は、一夜にして煌びやかな大都市を地獄へと変えた。

まだ見ぬ明日を夢見て高く聳える鉄塔は次々と焼け落ちて瓦礫の雨となり、破滅の欠片となって地上へと降り注ぐ。

だが人々を絶望へ追い落とす悪魔達に、敢然と立ちはだかる影があった。

辛うじて仕立てた白銀のドレスに身を纏い、正確無比なナイフの腕は少しもさび付かぬまま。

いや、いつかこの日がくることは分かっていた。

かつての同志と共に独国に希望の芽を育ませる傍ら、自身は来るXデーの為に準備を整えていた。

最も、自身の身の安全を苦慮するかつての総司令を説き伏せるのは大変なものであったが。

 

『先生からの診断では、保って30分だ。……行けるかい?』

 

出撃直前のあの言葉。

普段は気楽なくせにこんなときは妙に慎重になる。

だが犠牲を許さないその精神は見事なものだ。

故に、返した言葉は自信に溢れていた。

 

「当然でしょ。それだけあれば充分よ」

 

『自信家だね。息子共々』

 

「諦めが悪いのよ。私とあの人の子だもの」

 

そうだ。

霊力の減少がどうした。

スターの劣化がどうした。

今この瞬間も、息子は遠く離れた戦場で戦っている。

今この瞬間も、夫は隔絶された異世界で戦い続けている。

ならば今、自身が戦わずしてどうするのか。

世界が恐れた終末の日。

絶望的なまでの戦力差に、動じることなど微塵も無い。

かつて戦場を駆け、舞台を舞い踊ったブロードウェイの大女優に、これほど相応しい舞台があるものか。

 

「来なさい降魔。10年間募らせ続けた別離の恨み、とことん味あわせてあげる」

 

自分でも驚くほどに血が沸き立つ感覚に僅かな悦びを見出しながら。

銀幕の星、ラチェット=アンバースンは地を蹴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目に映るすべては、闇に閉ざされていた。

ここがどこなのか。

何が起きているのか。

分からぬままに、ただ感じるのは、漂うような浮遊感。

少しだけ冷たい心地良さに身を任せ、自身の全てが融けてゆく。

 

「……」

 

ふと、何かが聞こえた気がした。

何かが、煌いた気がした。

 

「……、……さん……」

 

それは、優しかった。

それは、暖かかった。

それは、懐かしかった。

 

「……初穂さん……」

 

「……、え……?」

 

それは、

 

「……初穂さん……!」

 

眩しいくらいに暖かい、光に満ちた声だった。

 

「……!!」

 

暗闇が一瞬にして閃光に染め上げられ、眩い光が世界を包む。

その先に、見えた。

 

「……ミ……」

 

無邪気で明るくて、子供みたいに人懐っこくて。

それでいてどんな脅威にも怯む事無く立ち向かえる強さを持っていて。

そして……、

 

「……ミラ……イ……!!」

 

他ならぬ自分に、特別な想いを重ねてくれた人。

 

「初穂さん!!」

 

目の前で、両手を広げて……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミライッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その胸に飛び込んだとき、世界は反転した。

光に包まれた世界は薄暗い室内に様変わりした。

周囲に置かれた薬品や医療器具。

そして自身が医療用の簡素なベッドに横たわっていた事実を認識して、ようやくそこが大帝国劇場の医務室であることに気づく。

 

「ここは……、アタシ、どうして……!?」

 

理解が追いつかない。

記憶を辿る。

そうだ。

あのクリスマス公演の後、正体不明のタコのような大怪獣が現れた。

自分達ではとても歯が立たず、ミライがメビウスに変身して……、

 

「そうだ……、ミライ……、みんなは……いっ!?」

 

咄嗟に起き上がろうとした時、全身に電流のような痛みが走る。

見ればさらしの上から真新しい包帯が厳重に巻かれている。

じゃあ、あの怪獣は……

 

「畜生……、何がどうなってんだ……!?」

 

痛みに堪えながら扉を開く。

その瞬間だった。

 

「うわあああっ!?」

 

激しい衝撃が建物全体に襲い掛かった。

自由が利かない体ではなすすべが無く、目の前の床に体を放り出し、強かに叩きつけられる。

その時だった。

 

「……え……?」

 

感じるはずの衝撃も痛みも、一切伝わってこなかった。

見れば自身の手が、体が、淡い光を放っている。

一体なんだ。

羽衣のように自分を包み込み、胸の奥に熱い何かを灯そうとしているような。

この光は、一体……、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『初穂さん……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え……?」

 

それは、あまりに突然だった。

どこからとも無く、まるで脳内に直接語りかけるような声。

その優しい声を、自分は知っている。

ぬくもりに溢れて、優しさに溢れたその声を、自分は知っている。

 

『初穂さん……、聞こえていますか……?』

 

「……ミライ……、ミライなのか!?」

 

再び聞こえた声に、弾かれたように周りを見渡す。

あの笑顔に会いたい。

あの胸に飛び込みたい。

 

『大丈夫……、僕はここにいます。貴方の一番側に……』

 

混乱する自分を諌めるように、胸の熱が増した。

心地よかった。

まるで、抱きしめられているかのような。

 

「どうして……、一体何が……」

 

何が起きているのか理解が追いつかず、困惑する初穂。

すると、ぬくもりの中に淡い人影が生み出され、後ろから自分に手を回してくれた。

その感触が、そのぬくもりが、堪らなく心地よかった。

思わず、涙が滲んでしまうほどに。

 

『覚えていますか? あの時、マガタッコングから僕を庇ってくれたあの時を』

 

「ああ……」

 

『僕にすべての霊力を託した初穂さんは、命を落とす寸前でした。それは……』

 

今度こそ思い出した記憶に、初穂は思わず声を詰まらせる。

そうだ。

あの時、自分はすべてを覚悟していた。

ただミライを失うことが、目の前で助けられないことが怖くて。

自分の命すらも、顧みていなかった。

 

「ゴメン……、何も考えられなかった……。もしミライが死んだらって思ったらアタシ……、どうして良いかも分からなくて……」

 

初穂は直感していた。

今ミライは、自分の想い人は、肉体を失っているのだと。

恐らくは自分の命を繋ぎ止める代償として、その身を捧げていたのだと。

そう理解した瞬間に押し寄せたのは、耐え難い罪の意識と、途方も無い喪失感だった。

なんてことだ。

自分の為に彼は、取り返しのつかないものを失っていたというのか。

もしそうなら、自分は……、

 

『……良かった』

 

「え……?」

 

だからこそ、耳元で聞こえた安堵の声に、初穂は混乱した。

恐る恐る振り向いた先に、ミライの顔が見えた。

ミライは、泣いていた。

大粒の涙を流しながら、微笑んでいた。

 

『僕は怖かったんです。僕を守るために貴女が死を受け入れてしまうことを。もしそうだったら、僕は貴女を繋ぎ止められなかった……』

 

「そ、それって……」

 

『今、僕達はプラズマ=オーブの力で一体化しています。しかしそれはオーブに宿る力だけでは意味を成しません。一体化するもの同志の生きる意志があって初めて形を成すんです』

 

「一体化……? アタシとミライが……」

 

それは、ウルトラマンの持つ宝具が秘めた奇跡の力だった。

地球人とウルトラマン。

種の異なる者同士が心を通わせたとき、その身を重ねることができる一体化の力は、主として片方の生命の危機を脱する目的で使われる。

そこまで説明を聞き、初めて初穂は現状を理解した。

ミライはその力を用いて、消え行く自身の命を紙一重で繋ぎ止めてくれていたのだと。

 

「それじゃあみんなは無事なのか? あの怪獣は……?」

 

『マガタッコングは倒しました。皆さんも無事です。しかし、これは全て降魔皇の策略でしかなかったんです』

 

「降魔皇!? そんなバカな! あの時さくらに幻都へ追い返されたはずじゃあ……!?」

 

『はい。しかし降魔皇は何らかの方法で配下の怪獣をこちらに呼び寄せたんです。そして今、圧倒的な力を見せ付けて人類の屈服を狙っているんです』

 

ならば先程の衝撃は別の怪獣か。

咄嗟に見えた階段の先の窓から外を見た瞬間、初穂は絶句した。

 

「な……なんだよこれ……!!」

 

見渡す限り、町中で煙が上がっていた。

夕日が落ち、徐々に暗闇が空を包み込むその光景は、世界の終わりにすら見える。

そしてその真っ只中に、それはいた。

黒と銀の体色と、胸部で不気味に青白く光る発光体。

昆虫を思わせる二本の角の間に怪しく光るのは、あのマガタッコングにも見られた赤い水晶のような発光体。

降魔皇が最後の希望たる花組殲滅の為に送り込んだ光ノ魔皇獣『マガゼットン』である。

 

『皆さんは今、あの怪獣と戦っています。世界にもう一度、降魔皇に立ち向かう希望を与えるために』

 

「そんな……!!」

 

遠目から見ても、勝ち目が無いことなど一目瞭然だった。

赤い発光体から光弾が撃ち出されるたびに、閃光手榴弾を大量に投擲したかのような大爆発が襲い掛かる。

時折見える霊力弾はクラリスかアナスタシアの攻撃か。

だが相手は効いていないどころか気づいてすらいない。

これまでの敵とは次元の違う、どうしようもない力の差が見て取れた。

 

『初穂さん』

 

圧倒的どころか絶望的なまでの魔皇獣を前に言葉を失う初穂に、ミライが語りかけた。

 

『もう一度だけ、僕に勇気を分けてくれませんか?』

 

「え……?」

 

突然の言葉に、一瞬困惑する。

だが真っ直ぐに自分を見つめるミライの目は、真剣だった。

 

『今までの僕なら、迷わずに飛び込んで行ったでしょう。でも今は違う。今の僕は貴女であり、貴女は僕……。僕一人の感情で、貴女を危険に晒せません』

 

「ミライ……」

 

瞬間、初穂も感じ取る。

目の前で冷静に振舞う彼は今、自身の中の激情を必死に押さえ込んでいるのだと。

かつてない強敵へ挑むために、自分に命を預けて欲しいと。

理解したとき、初穂は、笑った。

 

「誰に聞いてんだよ。アタシは泣く子も黙るお祭り女、東雲初穂ちゃんだぜ? 仲間のピンチに指咥えて見てられるかってんだ」

 

『初穂さん……』

 

「降魔皇だろうがなんだろうが、上等じゃねぇか。一発ぶちかましてやろうぜ!!」

 

『……、はい!!』

 

驚愕の顔が、無邪気な笑顔に変わった時、初穂の左腕に光が宿った。

それは目の前の青年が光を収めた器。

自身を包む光の奔流が、全身を駆け巡る。

 

「さくら、神山、みんな……待ってろよ!!」

 

『僕達も、今行きます!!』

 

重なったミライの幻影と共に、左腕のブレスに右手をかざし、斬り捨てる。

そして輝きを増した朱の宝玉を天に掲げ、叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『「メビウウウゥゥゥーーースッ!!」』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光ノ魔皇獣マガゼットン。

一切の表情が見えない不気味な様相と頭部と胸部の発光体が、徐々に夜の闇に覆われていく戦場で炯炯と輝く。

その佇まいはまるで人智を超える破滅の使者を想起させる。

 

「ゼットン……」

 

そしてその攻撃は微塵の容赦も無かった。

突き出された両腕や胸部から際限なく撃ち出される光弾は轟音と閃光を伴う大爆発を際限なく轟かせ、周囲をたちまちのうちに焼け野原に変えてしまう。

只でさえ圧倒敵対格差を持つ相手にまともに反撃に転じる手段すら見つからない。

更に悪いことに、僅か1日では隊員達の治療も無限の修復も到底間に合うはずが無く、満身創痍での戦闘を余儀なくされていることも、只でさえ薄い勝機をさらに遠のかせる遠因となっていた。

いや、ともすれば降魔皇は最初からこれを目的としてマガタッコングを囮にしていたのかもしれない。

一方的にこちらを蹂躙してウルトラマンメビウスを呼び寄せ、痛み分けにまで持ち込んでいれば、マガゼットンとの戦闘で花組を成す術なく全滅させ、更にはその一部始終を人類に見せ付けて降伏に追い込むことすら出来るかもしれない。

それだけではない。

マガゼットンの攻撃の際に発生する妖力に呼応し、帝都中どころか世界中で降魔が大量発生を始めたのである。

 

「くそっ! これではキリがない……!!」

 

また一匹眼前に迫る降魔を切り伏せ、神山が吐き捨てる。

最早魔皇獣はこちらに興味をなくしたのか、見向きもしない。

時折あざみやアナスタシアが意識を反らそうと波状攻撃を仕掛けるも、まるで意に介さず眼下の家屋や建造物の破壊に注力する始末。

必死に追跡し攻撃を仕掛けるも、次々に湧き出る降魔たちに行く手を阻まれ、最早前進すらままならない。

これでは無限の動力限界か霊力の枯渇が発生して全滅するのも時間の問題だ。

 

「神山さん、あの先は……!!」

 

クラリスの言葉に、切り伏せた降魔を踏みつけて振り向き、神山は絶句した。

何故ならマガゼットンの進行方向に見えるのは花やしき支部。

無数の帝都民が避難している場所だ。

まさか、こちらに目もくれず市民を狙うつもりか。

 

「ゼットン……」

 

「くそっ! あざみ!! アナスタシア!!」

 

「了解!!」

 

「忍!!」

 

辛うじて動ける二人が同時に真下から一斉攻撃を仕掛ける。

これまでの傀儡騎兵ならばそのまま爆砕するのではないかというほどに練りこまれた霊力の一撃。

それが蚊に刺されたかのように、まるで効いていない。

 

『敵怪獣の体内に高濃度の妖力反応!!』

 

『アカン! あのまま避難所に撃ち込むつもりや!!』

 

通信先の司令室でも明らかに焦燥の声が感じ取れる。

まさか降魔皇本人ならばいざ知らず、末端の魔皇獣がこれほどまでの力を持っていたとは予想だにしなかった。

何ということだ。

共に戦うと決意したのに。

今度こそ平和を守りぬくと決意したのに。

自分は、自分達は、何も守れないのか。

 

「ゼットン……」

 

抑揚の無い声と共に、眩い閃光が一直線に放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが……、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『「メビウウウゥゥゥーーースッ!!」』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聞こえてきたのは、異口同音の男女の声だった。

刹那、飛来した橙色の光が遮るように閃光を直撃し、轟音と共に爆ぜる。

立ち上る焔の中に、空色の輝きが見えた。

 

「あ、あれは……!!」

 

最初に歓喜の声を上げたのは、さくらだった。

見間違いではない。

見間違えるはずが無い。

胸に輝く空色のカラータイマー。

赤と銀の体色に、胸に縁取られた闘志の炎。

あの不忍池での戦いで生還が絶望視されていた光の巨人。

 

「セアッ!!」

 

ウルトラマンメビウスがそこにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その降臨は、残された最後の希望であった。

 

「……ウ、ウルトラマンだ……ウルトラマンメビウスだ……!!」

 

誰かがうわ言のように呟いた。

それまで恐怖に打ち震えるばかりだった人々に、小さな行灯のような灯が燈る。

もしかしたら、ウルトラマンなら……

 

「頑張れー、メビウスー!!」

 

子供の一人が大声で叫んだ。

それに続き、周囲の誰もがあらん限りの声で声援を送り始める。

 

『初穂さん……!!』

 

『ああ、行くぜミライ!!』

 

背中に浴びる無数の声を揺るぎない闘志に変え、メビウスは猛然と魔皇獣に挑みかかった。

 

「ゼットン……!!」

 

真正面からの突撃に、マガゼットンは嘲笑うかのごとく邪念の弾幕を次々と放つ。

だが突進する巨人の全身を淡い光の膜が包み込んだかと思うと、直撃する無数の弾丸が次々と誘爆され攻撃が届いていない。

マガゼットンの攻撃手段である『マガ光弾』は、自身の体内にある妖力を練り上げ、数千万度の高温を伴って発射するものである。

一見すればマガタッコング以上の熱量を誇る恐るべき能力だが、こと今の巨人にとってはそれが幸いした。

メビウス自身は元より、初穂の霊力は主として火炎や熱として発現する。

用は火柱に火を投げ込んでも効果が無いようなものだ。

加えて初穂は御魂神の加護を受けて一層降魔の妖力に対し極めて強い耐性を得るに至った。

その力はかつて花組の誰もが苦戦を強いられた夜叉の装甲を容易く砕いて見せたほどである。

それに光エネルギーを上乗せした今のメビウスに、熱を纏った妖力など何の脅威にもならないのである。

 

「セアアアアアッ!!」

 

お返しとばかりに振りかぶった右の拳が、魔皇獣の顔面を捉えた。

見ているこちらが爽快感に浸るほどに巨体が宙を舞い、地面に叩きつけられる。

 

「スァッ!!」

 

起き上がる隙を与えまいと、馬乗りになって追撃をかけるメビウス。

だが次の瞬間、信じられないことが起こった。

 

「き、消えた!?」

 

「クッ!?」

 

何と、魔皇獣の巨体が一瞬のうちに幻の如く掻き消えたのだ。

そして次の瞬間、明後日の方角から光弾が飛んできた。

 

「ハッ!!」

 

寸前に気づき、左腕でなぎ払う。

その先には、殴り倒したはずの魔皇獣が悠然と立ちはだかっていた。

 

「スァッ!!」

 

反射的にメビュームスラッシュを放つ。

だが再びその姿が掻き消えた。

瞬間移動の能力を持っているとでも言うのか。

だとしたら持久戦に持ち込まれたらかなり厄介なことになる。

 

「……、メビウス! 後ろだ!!」

 

「クッ……、ウァッ!!」

 

またしても背後を取られた。

同時に後ろから凄まじい怪力で首を絞めてくる。

光弾が通用しないことで戦法を切り替えたのだろう。

比較的細身の体とは思えない腕力が気道を潰しにかかってくる。

 

「まずい! 花組各機、ウルトラマンメビウスを援護せよ!!」

 

「「了解!!」」

 

この窮地にいち早く動いたのが花組だった。

既に無数の降魔の軍勢を相手にして尚も霊力を搾り出し、懸命に魔皇獣に攻撃を加える。

効果が無くても良い。

ただメビウスが窮地を脱する切欠にさえなれば良いのだ。

 

「アルビトル・ダンフェール!!」

 

「無双手裏剣・影分身!!」

 

既に枯渇しつつある霊力を振り絞り、クラリスとあざみが同時に総攻撃を放つ。

だが魔皇獣の両足に向けて放たれた最後の底力も、やはり意識を反らすことさえままならない。

 

『神山さん! 敵怪獣の解析が完了しました!!』

 

司令室からカオルの連絡が届いたのは、ダメ元で自身の最後の攻撃に賭けようと二刀を構えたときだった。

 

『過去の花組が交戦したアーカイブから、宇宙恐竜ゼットンとデータが酷似しました。降魔皇の力で妖力が増幅されているとしても、その身体的特徴は同じはずです!』

 

『ゼットンには顔の器官があらへん! 触覚みたいな頭の角が代わりになってるんや!!』

 

増幅された妖力。

五感を代用する角。

瞬間移動の能力。

これらの情報を記憶した一瞬の思案の後、神速の脳内で突破口の構築が完了した。

 

「さくら!! もう一度だけ千本桜を放てるか!?」

 

「は、はい!」

 

恐らく前代未聞の作戦だろう。

だが現時点で最も可能性があるのはこれだけだ。

恋人の驚く顔を想起しつつ、神山は指示を飛ばした。

 

「俺に向かって千本桜を放ってくれ!! 君の斬撃を足場に敵に接近する!」

 

「はい……って、ええっ!?」

 

予想通りの反応に一瞬噴出しそうになるも、今は一刻を争う状況だ。

返事を待たず魔皇獣の頭上を睨み構える神山に、さくらも覚悟を決めたように刀を構えた。

 

「行きますよ誠十郎さん!! 蒼き空を駆ける、千の衝撃!! 天剣・千本桜!!」

 

横薙ぎに一閃されたカマイタチに、タイミングを合わせて白の無限が飛び乗った。

文字通り神速の速さで魔皇獣の背中を通り過ぎ、頭上を捉える。

 

「この一撃に懸ける!! 縦横無尽・嵐!!」

 

落下の勢いを加えた凄まじい乱撃が、至近距離から嵐の如く襲い掛かった。

 

「ゴオオオオオオ……!!」

 

野太い絶叫が轟いた。

魔皇獣の角が火花を散らし、音を立てて崩れ落ちる。

衝撃で力が緩んだか、巨人は前転で距離を取って難を逃れた。

数秒遅れて、魔皇獣は数キロ先に逃避している。

 

「ゼットン……!!」

 

だが器官を失い平衡感覚すら読めなくなったのか、明らかにその様子は焦燥が窺える。

今なら……、

 

「ゼットン!!」

 

だが反撃を試みようとした瞬間、魔皇獣は破れかぶれになったのか周囲へ無差別にマガ光弾を乱射し始めた。

さながら銃弾爆撃の如く飛び交う邪念が、またしても帝都中に飛散し無数の火柱を上げる。

 

「セアッ!!」

 

その内の一発がこちらへ向かっていることを察し、メビウスが飛び込む。

落下する白の無限を掌に包み巨体が横切った直後、すれ違いざまに飛んで来た光弾の一発が至近距離で着弾し、爆炎に姿を変えた。

もし一瞬でも遅かったら、白の無限は跡形も無かっただろう。

 

「……また助けられたな、ミライ……」

 

礼を述べる神山を地に降ろし、魔皇獣と退治するメビウス。

対する魔皇獣は、こちらに気づく様子もなく弾幕を撃ち続けている。

メビウスは左腕を庇うように構えると、ブレスの宝玉にエネルギーを集中した。

 

『行くぜミライ!!』

 

『はい!!』

 

初穂の灼熱の神力が合わさった輝きは紅蓮の炎となって拳を包む。

二人の力が一体となった必殺技、バーニングカウンター・ゼロだ。

 

「ハッ!!」

 

静かに構えたメビウスが、弾丸の如く飛び出した。

数万トンの巨体が無数の火炎弾を物ともせずに、魔皇獣へと肉薄する。

そして、

 

「セアアアアアァァァァァッ!!」

 

全ての霊力とエネルギーを合わせた渾身の一撃が、大怪獣のどてっ腹に深々と突き刺さった。

溢れんばかりの光の奔流。

それは一瞬の膠着を挟み、魔皇獣の巨体を易々と遥か天上へ吹き飛ばす。

 

「……ゼッ……トン……!!」

 

その声は本能が呼び起こした断末魔か。

光ノ魔皇獣は、閃光と共に上空で轟音を轟かせ爆散した。

 

「……勝った……」

 

数秒の静寂の後、ふとあざみが呟いた。

魔皇獣を、降魔皇のしもべを倒した。

その事実は言葉に乗って波紋のように漂い、やがてそれは無数の歓声に変わった。

同時に世界はようやく一筋の光明を見出すに至る。

帝国華撃団とウルトラマンメビウス。

彼らならば人類の未来を託すに値すると。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが……、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……ま、待ってください!! 帝都全域で、急激に地下の妖力反応が高まっています!!』

 

『それだけやあらへん!! 巴里と紐育でも同じ規模の妖力反応が……、それも上昇が止まらへんで!?』

 

最初の異変は、突如司令室から飛んで来た不穏な情報だった。

地下の妖力反応。

さらに海外でも同様の異変。

バカな。

魔皇獣まで倒した今、これ以上何が起こるというのだ。

 

『……愚かな』

 

それを指し示すように聞こえてきたのは、元凶の声だった。

 

「降魔皇!? どこだ!? 一体何の真似だ!?」

 

ボロボロの体に鞭打ち、再び二刀を構え吼える神山。

だが姿すら見えぬまま、邪念の声が下したのは非情なまでの宣告だった。

 

『我があの程度の獣で挑むと思っていたのか?あれはただの捨て駒だ。お前達に、巨人に始末させるためのな』

 

「何だと? 一体どういう……!?」

 

そこまで口にした時、異変が起こった。

帝都全域。

いや、世界中で地球そのものを揺るがすような地鳴りが始まったのだ。

立つことすらままならず、その場に膝を突く神山たち。

だが地震は秒を追う毎にその勢いを増して行き、

 

『邪念の光が空を覆うとき、眠りし邪念が目を覚ます……。これが終焉の始まりだということだ』

 

その言葉と共に、おぞましい咆哮が轟いた。

 

「グオオオオオオッ!!」

 

舗装された大地に無数の亀裂が入り、中から巨大怪獣が姿を現した。

二本の角と凶悪な面構え。

両腕の位置に生えた二鞭と、胸部に輝く禍々しい赤の発光体。

マガゼットンの光に呼応して地中より目覚めた地ノ魔皇獣『マガグドン』である。

 

「くっ……、ここに来て新たな魔皇獣だと……!?」

 

突然の出来事に、最早戦慄を通り越して呆然とするしかない神山。

だが直後、更に絶望に追い落とす連絡が飛び込んできた。

 

『た、大変です!! 不忍池跡地の地下より、高濃度の妖力反応が……!!』

 

『ありえへん……、あの怪獣と同じくらいあるで!?』

 

「な、何だと……?!」

 

言い終わらぬうちに、またしても強烈な地鳴りが襲い掛かった。

地中から水脈をこじ開けて現れたのは、やはり二鞭の怪獣だった。

 

「グワアアアァァァ……!!」

 

足元に頭部を持ち、海老のようなのけぞった胴体の先に二鞭を持つ大怪獣。

そして頭部にはやはり降魔皇の配下であることを指し示す赤の発光体。

マガゼットンの光に呼応して水底より目覚めた水ノ魔皇獣『マガテール』である。

冗談ではない。

一体でさえとんでもない力を持つ魔皇獣を、疲労困憊した状況で2体同時に戦えというのか。

 

「クッ……!!」

 

予想だにしない連戦に、さしものメビウスも後ずさる。

無理も無い。

先程の一撃に多大なエネルギーを消費した影響で、既にカラータイマーが点滅を始めているのだ。

まさかここまで堅牢な策を講じてきた降魔皇の事、ここまで折り込んで配下を繰り出してきたということか。

何ということだ。

死力を尽くして手繰り寄せたはずの勝利すら、敵の掌の上でしかなかったのか。

 

「グオオオオオオッ!!」

 

「グワアアアァァァ……!!」

 

二つの絶望が、血に飢えた咆哮を轟かす。

絶望の続きが、始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

始まりは、空に出現した黒い霧のような物体だった。

それは見る見るうちに濃度を上げていき、遂には巴里近海に巨大な影を形作る。

その奥から、醜悪な咆哮が轟いた。

 

「グギエエエェェェ……!!」

 

その姿は、見るものすべてを戦慄させた。

その声は、聞くものすべてを絶望させた。

無理も無い。

何故ならそれは、遥か3000年の戦いの果てに巴里の守護神によって葬り去られたはずの、闇の権化だったからだ。

アンモナイトを思わせる甲羅を背負い、腰から下に無数の触手を蠢かせ、上下反転させた顔に見えるは邪念に満ちた赤き角。

マガゼットンの光によって覚醒した、遥か3000年の超古代より巴里を幾度も恐怖のどん底に突き落としてきた悪夢の邪神。

その真の姿が、今蘇ったのである。

闇ノ魔皇獣『マガタノゾーア』として。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それはまるで隕石の如く、空を切って混沌とした摩天楼に飛び込んできた。

五忘星を思わせる凧のような体に、万物を吸い込む腹部と醜悪な双眸。

そして頭部の角は、偉大な邪念の皇の配下の証たる赤の角へと変化していた。

風ノ魔皇獣『マガスター』である。

 

「随分な大盤振る舞いね。……とことんやってあげるわ」

 

先程から退却を要請する本部との通信を遮断し、ラチェットは疲労を笑みの中に隠してナイフを構える。

噂に聞いていた、これが降魔皇直属の配下、通称『魔皇獣』とやらか。

 

「グビイイイィィィ……!!」

 

野太い叫び声と共に、両翼が大きくはためき、激しいつむじ風が襲い掛かる。

一瞬目を見開きながらも、正面から飛び込むシルバースター。

直後、アメリカ史上類を見ない規模のハリケーンが、摩天楼に襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最早戦いにすらならなかった。

かつて帝都深川にて封印されていた二鞭の怪獣、グドンとツインテール。

降魔皇の力によって本来の姿を取り戻し、人智を超える力を振るう2体の化け物相手に、今の自分達はあまりに傷を負いすぎていた。

連戦に次ぐ連戦で疲弊し、霊力は枯渇。

無限ももう動かすだけで精一杯だ。

 

「グワアアアアアッ!!」

 

マガテールが天を仰ぎ、鞭を振るって吼える。

瞬間、地下の割れ目から大量の水が噴出し、津波となって襲い掛かる。

 

「クッ!!」

 

自身の巨体を支点に、津波を割ろうとするメビウス。

だがそこへマガグドンの巨体が容赦なく襲い掛かってきた。

 

「ウァッ!!」

 

防御も間に合わず吹き飛ばされるメビウス。

何とか立ち向かおうとするも疲労しているのは明らかで、その上2対1という劣勢に追い込まれて反撃の糸口すら見出せない。

どうする。

どうすればいい。

このままではいずれ攻撃に晒され全滅だ。

冗談ではない。

仲間達みんなで今度こそ平和を掴み取ると約束したのに。

こうしてミライも戻ってきてくれたというのに。

世界中の人々が自分達を信じて、立ち上がってくれたというのに。

 

「闇を切り裂く、神速の刃……!!」

 

こんな所で、終わってたまるか!!

 

「縦横無尽・嵐!!」

 

邪魔な降魔を次々に切り伏せ、手近な距離にいたマガテール目掛けて二刀を振り下ろす。

だが、

 

「ぐあああああああっ!!」

 

刃が迫った一瞬、マガテールの角が光ったかと思うと、赤黒い雷が白の無限に襲い掛かった。

マガ迅雷。

妖力を雷に変えて敵を焼きつくすマガテールの必殺技だ。

そしてその雷は、水路に足を取られた仲間達にも容赦なく牙を剥いた。

 

「きゃああああっ!!」

 

「うあああああっ!!」

 

苦悶の絶叫を上げ、半身を水路に沈める色違いの無限。

自分だけでも立ち上がろうとしたそのとき、恐れていたことが起きた。

 

「何だ……? まさか、活動限界か……!?」

 

無理からぬ話ではあった。

マガタッコングとの戦闘で大破した7機の無限を、僅か20時間で戦闘に耐えるだけの応急処置を施しただけでも奇跡に等しい。

マガゼットンとの戦いで当に限界を迎えていたであろう霊子戦闘機は、沈黙していた。

 

「グオオオオオッ!!」

 

倒れ伏すメビウスにトドメを刺さんと、マガグドンが鞭を振り上げる。

最早これまでなのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だがその一瞬、誰もが気づかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暗黒に覆われた先に見える一つの星が、光輝いていたことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヘアアアアアァァァァァッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、まるで流星の如く。

巨大な影が光を纏い、地ノ魔皇獣の顔面に強烈な飛び蹴りを食らわせた。

まるで紙くずの如く吹き飛ぶマガグドン。

一体何が起きたのか、誰もが分からず混乱する。

だが彼だけは、その姿を知る彼だけは叫んだ。

 

「ジャック兄さん!!」

 

瞬間、光が消失し、影の全身が露になった。

赤と銀の体色と、胸に輝く空色のタイマー。

そして何より、左腕に輝くブレスレット。

 

「帰ってきた……、ウルトラマンが……、帰ってきた!!」

 

年老いた帝都民の誰かが叫んだ。

それはかつてこの帝都を悪魔王の脅威から守り抜いた光の巨人。

 

「シュワッ!!」

 

ウルトラマンジャックの勇姿であった。

そして、

 

「そこまでだ降魔皇!!」

 

若い男の声が、暗黒の闇を切り裂いた。

瞬間、空に隔たれた空間を切り裂き、6つの影が次々と蒸気を噴出し地に舞い降りる。

その姿を、神山たちは知っていた。

 

「あ……、貴方達は……!!」

 

見間違いではない。

見間違いであろうはずが無い。

それらは今や旧型とさえ呼ばれて久しい霊子甲冑『光武二式』。

5機の色違いの霊子甲冑を従えて先頭に立つその姿を知らぬ者など、この帝都には存在しない。

 

「言った筈だ。俺達は、必ず生きて帰ってくると!!」

 

白銀の光武が二刀を抜き放ち叫んだ。

 

「「帝国華撃団、参上!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

西欧は花の都、巴里。

闇ノ魔皇獣によって勢いづいた降魔の軍勢は一気呵成の勝鬨を上げんとしていた。

かつての伝説をなぞるかのごとく、傷に塗れた天使目掛けてその闇が牙を剥こうとした、その時だった。

 

「グギエエエエエッ!?」

 

突如飛来した閃光が、天使を庇うように眼前に光柱となって現れた。

まるで天上の女神の慈愛の如く。

神々しいまでの光を携えて降り立ったのは、やはりかの伝説だった。

 

「「巴里華撃団、参上!!」」

 

「チャッ!!」

 

10年の時を経てこの巴里に戻ってきたのは、麗しき天使『巴里華撃団』。

そして、長きに渡りこの地を守護し続けた、巨人『ウルトラマンティガ』であった。

 

「待たせたなエリカ。よくぞ今まで耐え続けてくれた」

 

「グリシーヌさん……」

 

「もう大丈夫だよ。ボク達がついてるから!」

 

「コクリコ……」

 

「私達の絆は、時を、世界を隔てても切れません」

 

「花火さん……」

 

「もう充分稼いだろ? 後はアタシらに任せて寝転がってな」

 

「ロベリアさん……」

 

「エリカさん……、やっともう一度、君を守れるときが来た……!!」

 

「ダ……、ダイゴさん……!!」

 

目の前に立つ姿が幻ではないと悟ったとき、涙で視界が滲んだ。

長かった。

世界が動乱に揺らぎ続けた10年間。

娘と共にひたすらに帰還を信じ、耐え続けた10年間。

愛する人たちは今、目の前に戻ってきたのである。

 

「10年ぶりの出撃だ。遠慮はいらねぇ、一匹残らず血祭りにあげろ!!」

 

「「了解!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

米国は大都市、紐育。

風ノ魔皇獣が巻き起こす竜巻が聳えるビルを玩具のように吹き飛ばす。

真っ只中に突っ込んだ銀幕の星もまた、夜空に打ち上げられ藻屑になるかと思われた。

だが、遥か空の果てから飛来した真紅の光がその身を受け止め地上に下ろす。

遅れて摩天楼の空を駆ける6つの星。

それは、紐育に生きる人々全てが待ち望んでいた希望の星だった。

 

「紐育を駆ける駿馬、ジェミニ=サンライズ参上仕り!!」

 

双子の姉と共に数奇な運命を乗り越えた無双の星、ジェミニ=サンライズ。

 

「最終弁論には間に合ったかい? 開廷と行こうじゃないか!!」

 

法の鎖に縛られた過去を断ち切り、真の正義を取り戻した烈風の星、サジータ=ワインバーグ。

 

「ラチェットやみんなをいじめた奴、リカがやっつける!!」

 

心通わせた仲間を守るべく銃を取る狩人の星、リカリッタ=アリエス。

 

「これ以上、この星に生きる命を脅かすことは許しません!!」

 

生きる希望を胸に命の冒涜を許さぬ慈愛の星、ダイアナ=カプリス。

 

「昴は感謝する。この10年……良く耐え続けてくれた」

 

たゆまぬ努力と非凡な才を併せ、かつては共に戦場を駆けた変革の星、九条昴。

 

「ラチェットさん、サニーサイド司令、遅くなってすみません。紐育華撃団星組、ただいま全員帰還しました!!」

 

数多の可能性、机上の不可能を根底から覆すサムシングエルスを秘めた希望の星、大河新次郎。

 

「……待たせたな」

 

「ええ……、おかえりなさい」

 

そして紐育の守護する真紅の巨人『ウルトラマンタロウ』。

またの名を、この世で自身が最も愛した摩天楼の星、ハワード=アンバースン。

 

「星組各機、敵を掃討します!! 紐育華撃団、レディ・ゴー!!」

 

「「イェッサー!!」」

 

「ムンッ!!」

 

記憶のそれと何ら変わらぬ背中を見送った時、初めてラチェットは自身が涙を流していることに気づいた。

それは、安堵の涙だった。

10年間、遠き異界に連れ去られた仲間を憂い、孤独に舞い続けた最低の戯曲。

その待ち望んでいたカーテンコールに、安堵した涙だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日における霊的組織による都市防衛構想は、彼らの勇姿から始まった。

当時賢人機関をはじめ各国から会議の目を向けられていたにも拘らず、彼らは舞台で、戦場で、まざまざとその存在を見せ付けてきた。

 

「静寂が支配する、銀の楽園……! リディニーク!!」

 

発足当時から隊員達を公私共に支え続けたロシアのヒットマン、マリア=タチバナ。

 

「桐島流派奥義……、公相君!!」

 

琉球空手の継承者にして、最前線で魔を打ち倒してきた橙の虎、桐島カンナ。

 

「熱く、激しく、輝け!! オーソレ・ミーオ!!」

 

霊的組織の前身たる欧州星組にて数多の戦場を駆け、その類稀なる力で幾多の死線を潜り抜けてきた伊の華、ソレッタ・織姫。

 

「悪い奴らは、吹き飛んじゃえ!! イリス・エクスプロージョン!!」

 

若干10歳にして幾度も仲間の傷を癒し、魔を滅してきた麗しの令嬢、イリス=シャトーブリアン。

 

「破邪剣征……、桜華天昇ーーーっ!!」

 

その一太刀は全ての魔を切り伏せる破邪の一閃、真宮寺さくら。

 

「狼虎滅却……、天地神明!!」

 

帝都に轟くその名は、絶対正義の白狼。

西欧に轟くその名は、黒髪の貴公子。

長きに渡るその戦歴に、殉じた名は一つとしてなし。

今日に至る霊的組織の礎を築いた名君にして、帝国華撃団総司令、大神一郎。

 

「す、すごい……!!」

 

さしもの神速も、そう呟くのが精一杯だった。

霊子甲冑の性能差を物ともせず、戦場を埋め尽くす勢いの降魔の軍勢を一網打尽に吹き飛ばす。

決して一日の長に甘んじることの無い、歴戦の猛者たちの鮮やかなまでの戦いぶり。

開いたばかりの若葉たちは、圧倒される以外の道が無い。

 

「シュワッ!!」

 

それは、遥か頭上で強大なる邪念と退治する巨人もまた同様であった。

今より17年前。

この帝都を襲った宇宙忍者の侵略に始まる数多の危機に、完全と立ち向かった巨人がいた。

帝国華撃団花組7番隊員、御剣秀介。

またの名を光の巨人、『ウルトラマンジャック』。

 

「ヘッ!!」

 

水流を呼び出す暇すら与えず、二鞭をつかんでひねり上げ、お返しとばかりにチョップの連打を打ち込む。

さらに背後を取ろうとにじり寄る二匹目に気づくや、マガテールを放り投げてどてっ腹に強烈な回し蹴りを叩き込んだ。

 

「グオオオオッ!?」

 

「ヘアアッ!!」

 

たじろぐマガグドンの首を掴み、容赦なく拳の連打を浴びせる。

今度は体勢を立て直したマガテールを蹴りつけ、怯んだその体目掛けてその巨体を豪快に放り投げた。

信じられない。

自分達では死力を尽くした末にようやく痛み分けに近い形で倒した魔皇獣を、複数相手にたった一人で互角以上に渡り合えるとは。

 

「グオオオオッ!!」

 

憤怒の雄叫びを上げ、マガグドンが大地をかち割る鞭の一撃を放つ。

だが巨人は左腕のブレスレットを槍状に変化させるや、事も無げに打ち払って見せた。

それだけではない。

がら空きになった腹部に深々とその刃を突き刺したのである。

 

「グオオオオオォォォォォォ……!!」

 

全身を痙攣させ、口から血を吐きながら断末魔の叫びを上げる魔皇獣。

槍を抜き放つと支えを失った巨体がユラリと倒れ、爆炎に飲み込まれた。

 

「グワアアアァァァッ!!」

 

その隙を突かんと水ノ魔皇獣が雄叫びを上げ、再び大津波を呼び起こす。

先程は自分たちが一網打尽にされた雷に飲み込むための大水害。

だがしかし、それすらも歴戦の光の巨人の前では児戯にすらならなかった。

 

「シュワッ!!」

 

逃げも構えもせず、巨人は槍を眼前に突き出す。

一瞬の間をおき、光に包まれた槍が盾に変化した。

ウルトラブレスレットを盾に敵の攻撃を防ぐ技、ウルトラディフェンダーである。

万有引力さえも無視するその力は、すべてを飲み込む濁流さえも、鏡返しのように跳ね返して見せた。

 

「グワアアアァァァッ!?」

 

跳ね返された濁流が魔皇獣を飲み込み、その巨体を後ろへと押し流す。

巨人はその好機を逃さず、魔皇獣目掛け腕を十字に組んだ。

 

「ヘアアアアアッ!!」

 

十字に組まれた腕から、青白い光線が発射され、マガテールの胸倉を撃ち抜いた。

数多の怪獣を爆炎の中に消し去ってきたウルトラマンジャックの必殺光線、スペシウム光線だ。

 

「グワアアアアアァァァァァ……!!」

 

その断末魔は、仇敵へ報いぬまま滅びる悔恨か。

地ノ魔皇獣に引き続き水ノ魔皇獣マガテールも、歴戦の巨人の手によって完全に消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今より遡ること14年前。

超古代の闘争より蘇りし怨念が、花の都に牙を剥いた。

人智を超えた力で人々を襲う怨念に、完全と立ち向かう乙女たちがいた。

東方より来る一人の貴公子の誇り高き信念が掲げし御旗の下に集う彼女達を、人々はこう呼んだ。

天使の如く麗しくも戦乙女の如く雄雄しき巴里の華、巴里華撃団と。

 

「戦士の神話、ここに刻まん!! ゲール・サント!!」

 

海賊皇の時代より武の道に生きる蒼の貴族、グリシーヌ=ブルーメール。

 

「ネコネコ子ネコ、この子に決まり!! マジーク・プティシャ!!」

 

儚くも健気に道化に身をやつし、他者の笑顔の為に生きる少女、コクリコ。

 

「北大路花火三の舞……、雪月風花!!」

 

慎ましき眼差しに熱き血潮を滾らせる烈火の華、北大路花火。

 

「朽ち果てろ……! デモン・ファルチェ!!」

 

人の悪意に塗れながら貴公子の愛に触れ、一度は貴公子の心をも盗んだ巴里の悪魔、ロベリア=カルリーニ。

今や懐かしささえ感じさせる旧式の光武F2を駆り、舞台を舞う舞姫の如く降魔を駆るその様は、見るもの全ての心を奪う。

そしてその只中に悪の権化と対峙する、光の巨人がいた。

遥か3000年前の闘争の中、一人の少女の光に触れたことで闇に反旗を翻した伝説の光の巨人。

運命を継ぐ青年ダイゴ=フォンティーヌ=モロボシ。

またの名を伝説の巴里の守護神、『ウルトラマンティガ』。

 

「ハッ!!」

 

眼前に対峙する邪神であった怪物目掛け、ティガは自身のカラータイマーから眩い閃光を放った。

タイマーフラッシュスペシャル。

かつて3000年前の伝説の地で闇の権化を消滅させた、光の巨人の大技である。

被害の拡大を防ぐために初手で倒しにかかったか。

だが真の力を取り戻した魔皇獣は、かつて自身に死を齎した一撃を一笑に付した。

 

「グギエエエェェェッ!!」

 

醜悪な咆哮と共に放たれた闇の波動が真っ向からぶつかり、相殺された閃光が霧散する。

だがこの一瞬こそ、かの巨人が狙っていた好機だった。

 

「ンゥゥゥ……、ハッ!!」

 

閃光が爆ぜる一瞬、ティガは自身の顔の前で両腕を交差し、力を込める。

その両腕を振り下ろした瞬間、額のクリスタルが輝き、巨人の体を紫に染め上げた。

筋力を落とす代わりに飛躍的に瞬発力を向上させたスカイタイプである。

 

「グギエエエッ!!」

 

爆炎の先に見えた巨人の首を刈らんと、魔皇獣の鋏が弾丸の如く放たれる。

だがその殺意が首を撥ねる寸前、巨人の巨体が勢い良く巴里の上空へ飛び出した。

 

「ハァァァ……、ジュッ!!」

 

その姿を追う無数の触手目掛けて、数多の光の矢が手裏剣の如く放たれた。

ランバルト光弾。

光エネルギーを鋭い鏃に変えて弓矢のように敵を射抜くスカイタイプの必殺技だ。

天空より放たれた無数の裁きの矢は、地上より湧き出た無数の悪意を貫き、霧散させた。

 

「チャアアアッ!!」

 

そのまま鋭角を刻むようにセーヌ川の水面すれすれに急降下させると、そのまま拳を突き出し魔皇獣の横っ腹に勢い良く突っ込んだ。

数十万トンを誇るであろう邪神の巨体が、まるで紙くずの如く吹き飛び、建造物をなぎ倒しながら地面を転がる。

対するティガは遥か上空よりその姿を捉え、蹴りの姿勢で飛び込んだ。

ティガスカイキック。

落下の速度を加えることで軽量化の弱点を補った、スカイタイプの必殺技だ。

まるで隕石の如くとてつもない質量を持った蹴撃は、邪神の巨体をまたしても豪快に吹き飛ばした。

 

「ンゥゥゥ……、ハッ!!」

 

再び額のクリスタルが巨人の体に変化を齎した。

紫の体色が一瞬のうちに真紅に染められる。

瞬発力を全て怪力に振りぬいた、パワータイプである。

 

「グギエエエェェェッ!!」

 

瓦礫より顔を出したマガタノゾーアが、今度こそその体を貫かんを鋏状の腕を繰り出す。

だが怪力を付した巨人は、万物を断ち切る勢いの殺意すら、容易く掴んで見せた。

それだけではない。

掴んだ腕を支点に敵を引き寄せ、豪快な拳の一撃を見舞ったのである。

 

「チャアアアッ!!」

 

轟音と共に地に叩き伏せられる魔皇獣。

巨人はすかさずその巨体を持ち上げ、今一度脳天から地面に叩き付ける。

ウルトラヘッドクラッシャー。

パワータイプの怪力だからこそ可能なティガの怪力に物を言わせた力技だ。

 

「ハッ!!」

 

地に沈んだ魔皇獣目掛け、容赦ない両拳が見舞われた。

轟音と共に数万トンの巨体が空を切り、ボールのように巴里の大地を跳ねる。

 

「グギエエエェェェッ!!」

 

だが、腐ってもかつては邪神とまで呼ばれた生命体か。

これほどの猛攻を受けて尚、マガタノゾーアの破滅への執念は僅かも揺らいではいなかった。

それどころか無数の傷に覆われた体で尚も双眸をギラギラと輝かせ、こちらを睨み続ける。

 

「グギエエエェェェッ!!」

 

邪神の口から、禍々しい閃光が放たれた。

一度は超古代都市の決闘で、巨人の息の根を止めて見せた一撃。

だが今度は、巨人も身構えていた。

 

「ハッ!!」

 

胸の前で交差した両腕を前に突き出し、半透明のバリアを形成する。

ウルトラシールド。

文字通り光エネルギーを障壁として展開し、敵の攻撃を防ぐ防御技だ。

だがこの技は、ある種の応用を効かせるためのものでもあった。

マガタノゾーアの不幸は、かつてその光景を見たことが無かったことであろう。

 

「ハァァァァ……!!」

 

ティガはそのまま両手を外側から大きく回し、受け止めた閃光を掌に収まるほどのボール状にまで圧縮して見せた。

デラシウム光流。

ランバルト光弾と対を成す、パワータイプの必殺技だ。

 

「ダァッ!!」

 

ハンドボールのシュートを思わせるフォームで、凄まじいエネルギーを秘めた光球が勢い良く放たれた。

不意を突かれた魔皇獣はその一撃をもろに顔面に喰らい、またしてもその巨体を泳がせる。

 

「ンゥゥゥ……、ハッ!!」

 

三度額のクリスタルが輝いた。

巨人の体色の半分が紫に戻る。

ウルトラマンティガ基本形態にして最も光エネルギーを最大出力で放つことの出来るマルチタイプである。

 

「ハァァァ……!!」

 

胸の前で突き出した両腕を、ゆっくりと左右に広げるティガ。

その軌道に沿って光の筋を生み出され、膨大なエネルギーが集約されていく。

ゼペリオン光線。

ウルトラマンティガ最強最大の必殺技だ。

 

「ハッ!!」

 

L字に組まれた右腕から、眩い光線が一直線に闇ノ魔皇獣の顔面を狙い撃った。

 

「グギエエエェェェェ……!!」

 

生きとし生けるものすべてを戦慄させる邪神の断末魔。

それすらも掻き消す閃光が、暗黒に包まれた巴里の夜空を白に染め上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

蒸気革命=スチーム・レボリューション。

かつて世界産業の最前線を独走しつつあったアメリカを象徴する言葉が生まれて早12年。

その筆頭とも言うべき存在が、紐育華撃団星組擁する当時最新鋭の技術を満載した霊子甲冑『スター』であった。

 

「ミフネ流剣法……!!」

 

「良い構えだ!!」

 

「僕も手伝います!!」

 

既出の霊子甲冑より明らかに大きな巨躯から繰り出される一撃は豪快にして一撃必殺。

かつては異国より取り込まれし数多の怨念相手に勇躍した。

 

「銀のメスと!!」

 

「金の銃!!」

 

「仕上げと行こうか!!」

 

そしてこのスターの最大の特徴こそ、対巨大生命体との空中戦を想定した唯一無二の変形機能、『フライトフォーム』である。

かつて帝国華撃団に所属した御剣秀介が使用した戦闘機『流星』のデータから光武が奇跡の融合を遂げたその力は、かの『信長事件』および『バルタニコス襲来』においてまざまざとその力を見せ付けた。

異国から放たれた降魔たちも、まさか自分達の領域である空中から攻められてはひとたまりもなく、星組の連携の前に次々と爆炎の中に沈んでいく。

 

「グビイイイィィィッ!!」

 

「ムンッ!!」

 

その大乱戦の中央で、巨大な二つの影が真正面から激しくぶつかり合った。

爆風で全てをなぎ倒す風ノ魔皇獣、『マガスター』。

これまでの怪獣とは明らかに一線を画する降魔皇直属の大怪獣と対峙したのは、かつて夢に破れてこの町に落ち延びた地球人だった男だった。

その名はハワード=アンバースン。

かつてスターの原型案を若くして完成させた天才工学者ロビン=アンバースンを父に持つ、紐育華撃団メカニックチーフであり、一隊員でもあった男である。

そんな彼が数奇な運命を経て光の巨人ウルトラマンタロウとして生まれ変わった経緯は今尚最重要機密として取り扱われ、全てを知るものはあまりにも少ない。

 

「デヤァッ!!」

 

数秒の膠着の後、怪物の巨体を真紅の巨人が片手で高々と持ち上げた。

そこから腹部に拳を打ち込み、打ち上げ花火のように遥か上空へ吹き飛ばす。

 

「今です!! スター各機、上空の怪獣を一斉攻撃してください!!」

 

「「イェッサー!!」」

 

待ち構えていたかのように、6機の星が全方位から旋回するように霊力弾を連射する。

アーカイブによればあの怪獣の原種と思われる宇宙大怪獣ベムスターは、高い飛行能力と腹部のエネルギー吸収能力で相手を翻弄し、疲弊したところでトドメを刺すタイプだ。

記録では明治神宮での戦闘で、かのウルトラマンジャックを唯一敗北に追い込んだ事でも知られている。

 

「正面からの攻撃は腹部から吸収されます! 敵の死角から攻撃してください!!」

 

故に新次郎は敵の強みであるエネルギー吸収と持久戦を回避すべく、背後からの攻撃を命じた。

初撃でタロウに真上へ打ち上げてもらったのは、攻撃の余波で周囲への被害を僅かでも減らすためだ。

ここまでは作戦通りである。

 

「グビイイイィィィッ!!」

 

だがその無数の光弾が直撃するかと思われた瞬間、邪念の星は醜悪な咆哮をあげた。

呼応するかのごとく明滅を始める頭部の角。

直後、信じられないことが起きた。

 

「何だ!? 攻撃が遮断された!?」

 

魔皇獣の角から全身を包むように球状のバリアが形成された。

半透明の禍々しいくすんだ赤色のバリアに阻まれ、霊力弾は悉く飲み込まれていく。

まさか、あの角は攻撃性能だけでなくこちらの攻撃をセンサーのように感知できるというのか。

 

「……、敵怪獣内部の妖力が急激に上昇!! 来るぞ!!」

 

気づいた昴が言い終わらぬ内に、角から閃光と共に吸収されたエネルギーの塊が打ち出される。

直後、障壁の中の魔皇獣は両翼をはためかせ、その塊を強風で拡散させた。

吸収したエネルギーをカマイタチの如く展開させて周囲を無差別に切り刻む『マガ旋嵐』である。

昴の連絡で辛うじて回避できたが、これでは追撃どころか接近もままならない。

 

「デヤァッ!!」

 

その時、真紅の巨人が動いた。

拳を突き上げた状態で地を蹴って弾丸の如く上空の嵐の目の中に突っ込んでいく。

5万5千トンの巨体を活かした猛スピードのロケットパンチ。

真下からの奇襲にマガスターも迎撃しようと無数の光弾を放つが、タロウはものともせず突っ込んでいく。

そして、

 

「タアアアァァァッ!!」

 

超重量の一撃が、真正面から障壁にぶつけられた。

圧縮されたエネルギー同士の衝突が激しいスパークを起こし、電撃となって周囲に飛び交う。

拮抗すること数秒。

競り勝ったのは、巨人の拳だった。

 

「グビイイイィィィッ!!」

 

今度は魔皇獣の源泉たる角に拳が直撃した。

エネルギーを吸収されるならば物理攻撃で壊してしまえば良い。

単純ながらこの場の最適解を証明するかのごとく四方八方に亀裂が走り、邪念の源は砕け散った。

 

「ボギャアアアァァァッ!!」

 

だがそれで敵の戦意が削がれるという予想は、真っ向から覆された。

マガスターは明らかに憤怒の雄叫びと共に至近距離から爆風を浴びせてきたのだ。

 

「デェッ!?」

 

不意打ち同然の攻撃に吹き飛ばされながらも、回転で勢いを殺して地上への激突を回避する。

この状況で尚も挑みかかってくるのは、闘争本能か降魔皇への使命感か。

いずれにしてもこれ以上ない好機、逃してはならない。

 

「今がチャンスです!! スター各機、敵怪獣に一斉攻撃してください!!」

 

「「イェッサー!!」」

 

「デヤァッ!!」

 

6つの星が次々と接近し、霊力弾を打ち出す。

対する魔皇獣は吸収が不可能と見るや、凄まじい速度で回避を始めた。

それを追撃するスター。

紐育上空はたちまち大乱戦に陥った。

 

「ボギャアアアァァァッ!!」

 

激しく翼を動かし、絶え間なく突風を生み出してこちらを妨害するマガスター。

さらにこぼれた羽が弾丸の如く打ち出され、霊力弾の直撃をかわしていく。

攻防一体の要であるはずの角を破壊して尚この戦闘力。

降魔皇直属の怪物の名は伊達ではないと言う事か。

 

「僕が突破口を開きます! 皆さん、力を貸してください!!」

 

「「イェッサーッ!!」」

 

敵の攻撃を掻い潜ってはキリが無い。

そう判断した新次郎は、いちかばちかの賭けに出た。

隊員達の霊力を借りて自身のスターを僅かな間限界突破させ、高濃度の霊力を纏って突撃する合体攻撃、『超新星』である。

 

「判決の時間だな!」

 

「おーっ、リカもやるぞーっ!」

 

「大河さん、私達の霊力を託します!」

 

「昴の力、預けるぞ!」

 

「新次郎、受け取って!!」

 

5色の光がそれぞれのスターから放たれ、フジヤマスターの全身を虹色の霊力が覆う。

すべての準備は整った。

 

「紐育の平和は僕たちが守る!! 狼虎滅却……、超新星ーーーっ!!」

 

機動限界を突破した神風が、魔の暴風を正面からぶち抜いた。

 

「グビイイイィィィッ!?」

 

吸収する間もなく腹部に巨大な風穴を開け、フジヤマスターが虚空を突き抜ける。

直後、地上に降り立った巨人が頭上で両手を重ね、全身にエネルギーを集約する。

 

「ムンッ!!」

 

常識を逸した戦闘力をもつ魔皇獣だ。

致命傷を与えて尚も倒れない生命力も、今さら驚くに値しない。

ならば跡形もなく吹き飛ばすまでだ。

 

「ストリウム光線!!」

 

T字に組まれた腕から眩い光線が発射され、遥か上空の魔皇獣を寸分の狂いなく狙い撃った。

超新星に匹敵する凄まじいスパークが全身を包み込む。

 

「グビイイイィィィ……!!」

 

回避も吸収もままならず超威力の攻撃の連続に、遂に断末魔の叫びを上げるマガスター。

やがてそれは昼間を思わせる閃光を伴い、大爆発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが……、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、何だこれは!?」

 

最初に異変に気づいたのは、活動限界を迎えた無限から脱出した神山だった。

撃破された魔皇獣の破片から黒い靄のようなものが漂っているかと思うと、まるで意志を持つ魂のように上空へ浮かび上がったのだ。

そんなバカな。

あれほどの猛威を振るってこれ以上、まだ襲ってくるというのか。

 

『神山さん、巴里華撃団、紐育華撃団からも同様に魔皇獣の破片から妖力の塊が出現した報告が!!』

 

『ありえへん……、猛スピードでこっちに向かって来よるで!?』

 

その一瞬、神山は確かに見た。

飛来した4つの怨念に、相対した魔皇獣たちの醜悪な形相を。

それらはまるで水に溶かした絵の具のように周囲の怨念をも取り込んで混ざり合い、瞬く間に巨大化していく。

 

「ヘッ……!」

 

帰ってきた巨人が隣で膝をつく戦士に手をかざしたのは、その怨念の塊が徐々に生物を体を形作っていたときだった。

翳した手から淡い光が伝い、戦士の体を包み込む。

 

『この力は……光エネルギー……』

 

『すげぇ……あの時みたいに……優しくて暖けぇ……』

 

全身の疲労と傷を癒していく感覚に、思わず恍惚の声を漏らすミライと初穂。

その治癒を示すかのごとく、点滅を繰り返していたカラータイマーが空色の輝きを取り戻した。

 

「メビウス……。辛いかもしれませんが、もう少しだけ力を貸してください」

 

「はいっ!!」

 

優しく語りかけるジャックに、力強い返事を返すメビウス。

瞬間、怨念がまたしても自然の摂理に逆らい、魔獣となって現世に再臨した。

 

「グエエエエエッ!!」

 

その姿は、辛うじて見覚えのあるものだった。

かつて帝都を襲った超獣バラバの腕。

闇のしもべに身を堕した怪獣ガゾートⅡの足。

二度にわたり浅草雷門を強襲した怪獣シルバゴンの頭部に赤く角が輝き、その両脇にゼットンの角が見える。

それに加え、背中にはタッコングの吸盤が生え揃い、尾は明らかにグドンのそれと酷似している。

胴体にはベムスターの腹部が張り付き、その下に覗かせるのはツインテールの頭部。

そして全身から伸縮を繰り返しているガタノゾーアの触手。

 

「……タイラントまでもか」

 

辛うじてそう呟いたのは、以前相対したことのある大神だった。

帝国華撃団擁する最強の戦艦ミカサすら駒とした大久保長安の繰り出した最強最悪の怪獣タイラント。

その悪夢が、今再び降魔皇の手により目覚めてしまったのだ。

 

「グエエエエエッ!!」

 

合成魔皇獣、マガタイラントとして。

 

「シュワッ!!」

 

「セアッ!!」

 

だがそれほどまでの強敵を前に、メビウスの胸中に僅かの恐れも無かった。

自分は一人ではない。

その確信が、かつて無いほどの勇気を自身に齎してくれたからだ。

 

「グエエエエッ!!」

 

「ヘッ!!」

 

共に戦ってくれる花組の仲間がいる。

 

「スァッ!!」

 

自分達を信じてくれる帝都の人々がいる。

 

「シュワッ!!」

 

「グエエエエッ!?」

 

志を共にしてくれた世界の華撃団がいる。

 

「ハッ!!」

 

こうして10年の時を経て戻ってきた先代の花組が、憧れの巨人がいる。

 

『行くぜミライ! アタシらの魂の一撃だ!!』

 

『やりましょう、初穂さん!!』

 

そして何より、自分の隣に大切な人がいる。

 

「ハァァァァ……!!」

 

自身の光と、初穂の神力。

そして言葉では表すことのできない、二人だけの絆。

その全てが眼前の炎となって結実した。

バーニングブレイブとなったウルトラマンメビウスの必殺技、メビュームバーストだ。

 

「セアアアァァァッ!!」

 

「ヘアアアァァァッ!!」

 

それに合わせてジャックも渾身の力でスペシウム光線を放つ。

同時に魔皇獣に殺到する火球と光線。

 

「グエエエエエッ!!」

 

だが怪獣も三本角を輝かせ、口から吐き出す漆黒のブレス『マガ念波』で対抗する。

激しくぶつかり合う3つのエネルギー。

しかも敵は明らかに余裕を残し、徐々にブレスの勢いを上げていく。

やはり降魔皇の配下故に多くの怨念を吸収しているためか、その無尽蔵な妖力で押しつぶすつもりか。

 

『負けない……、僕達は、負けるわけには行かないんだ!!』

 

『アタシらにも、アタシらなりの意地ってもんがあるんだよ!! 往生しやがれ!!』

 

最後の力を振り絞り、火球の勢いを押し上げるメビウス。

しかし膠着状態を打開するまでには至らない。

このままでは……、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「諦めるな!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遥か頭上から声が飛んできたのは、今にもこちらの攻撃が押し戻されそうになったときだった。

直後、どこからか発射された強烈な光線がマガタイラントの首元を直撃する。

その威力、ブレスを吐きながらも魔皇獣が僅かに後退したほどである。

 

「あ、あれ!!」

 

その光線の軌道を目で辿ったあざみが、天空を指差し叫んだ。

程なくそれは、発射の姿勢のまま華麗に巨人達の横に降り立つ。

その姿に、メビウスは驚愕の声を上げた。

 

「ゾフィー隊長!?」

 

隣に立つジャックと瓜二つの顔。

胸に光るのは宇宙警備隊長を指し示すスターマーク。

すべての始まりとなった対降魔部隊の一員として初めて人類と共闘した最強の光の巨人。

ウルトラマンゾフィーがそこにいた。

 

「メビウス、決してくじけるな。今の君の命は、もう君一人のものではないのだ」

 

「隊長……!!」

 

「人類の信じた僅かな希望を、不可能を可能に変えて勝利する! それが我らウルトラマンなのだ!!」

 

「はい!!」

 

夢にまで見た光景だった。

憧れだった戦士と、すべての頂点に立つ隊長と、肩を並べて正義のために戦える。

ウルトラマンとして、これほど心躍る瞬間があるだろうか。

その震えるほどの幸福感は、メビウスの最後の闘志を奮起させた。

 

「ダアアアァァァッ!!」

 

「ヘアアアァァァッ!!」

 

「セアアアァァァッ!!」

 

二つの光線が火球を押し込み、ダメ押しの一撃となって遂に拮抗が破られた。

 

「グエエエエエェェェェェ……!!」

 

あまりに膨大な光エネルギーに、ベムスターの腹部による吸収も、ゼットンの角によるバリア展開も間に合わない。

醜悪なる断末魔と共に、歪な魔皇獣は今度こそ爆炎の中に消え去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その一瞬、静寂の安堵が大帝国劇場前を支配していた。

眼前に並び立つのは、紛れもなく10年前の降魔大戦までに数多の功績を残してきた先代帝国華撃団。

自分たちが目標としてきた人たちだった。

 

「帝国華撃団花組、大神一郎だ」

 

「帝国華撃団花組、神山誠十郎です。大神大尉、お噂はかねがね……!!」

 

差し出された手を握り返し、力強く返す。

対する大神は、穏やかな笑みのまま満足げに頷き、隊員たちを見渡した。

 

「みんな良い眼をしているな。仲間を信じ、決して命を捨てない事……素晴らしい隊員たちが育っているようだ」

 

ふと、大神の視線が現在の司令に向けられた。

彼女もまた、静かに一歩進み出る。

 

「長い間、辛い思いをさせてすまなかった。よくここまで帝都を、世界を守り続けてくれた。……ありがとう、すみれくん」

 

「全くですわ……と言いたいところですが、止めておきます。そんな文句を並べていたら一昼夜では終わりませんもの」

 

「何だよ、歳食って少しはマシになったと思ったのに高飛車は相変わらずか~!」

 

「あ~ら、10年成長していないのは貴女の方ではございませんの?」

 

売り言葉に買い言葉で、同時に笑い合う。

その表情は、明らかに歓喜に溢れていた。

司令は同期の桐島カンナとはかつては犬猿の仲だったと聞く。

きっとこうした口論が絶えなかったのだろう。

その口論すらも、感慨深くて仕方が無いのだ。

 

「大神司令、まだ全ての危機が去った訳ではありませんわ。思い出に浸るのは、全てを終えてからになさいましょう」

 

それでも決して一時の感情に流されて趨勢を見誤らないのは、神崎すみれの経験則に基づく心の強さであった。

かつての一人の戦乙女の頃であったように、仲間達との再会を喜びたいはず。

それを押し殺し、あくまで平和を脅かす元凶を断つまでは油断をしてはならない。

その意図を察したか、大神もまた表情を戻した。

 

「現時点を持って帝国華撃団花組の全権を、返上させていただきますわ。大神司令、どうか今一度、世界華撃団出撃の指示を!」

 

「分かった。これが帝都の、世界の平和を賭けた最後の戦いになるだろう。みんな、どうかもう一度力を貸してほしい!!」

 

「「了解!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帝都近海。

かつて歴史の海の中に眠る数多の怨念が静められし魔の島が眠る場所。

その封印を解いたのは、未だかつて悪魔王と呼ばれたただ一人である。

 

「……時は来た」

 

人々は知らない。

その悪魔王すら、所詮は怨念に塗れた一人の人間に過ぎないまがい物であることを。

そして、この場所に封じ込められた本当の絶望を。

 

「我の復活がこの星の破滅……、残念だったな……『オーブ』よ……」

 

やがて海水を割り、降魔達の城が存在した幻の大地が再びその姿を現した。

大和。

降魔の全てが始まり、一度は終焉を迎えた地。

今尚無数の怨念に溢れたその場所で、降魔の皇は静かに座していた。

 

<続く>




<次回予告>

僕は信じる。

人の絆を、人の夢を、人の愛を。

そして、人の未来を!!

次回、無限大の星最終話。

<∞(メビウス)の未来へ>

新章桜にロマンの嵐。

可能性は、無限大!!


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最終章Ⅲ:∞(メビウス)の未来へ

お待たせいたしました。

拙作の始まりから7年。

あの日夢見た新サクラ大戦に望んだ全てが詰まっています。

最後の戦い、どうか心行くまでお楽しみ下さい。


 

 

「……これで全員だな」

 

かつてない緊張感の漂う中、その場の全員を見渡し、大神一郎は厳かに口を開いた。

眼前に揃うのは、手当てを済ませたばかりの新生帝国華撃団と、10年ぶりにこの場所に戻ってきた先代帝国華撃団。

更に現在の整備班長が手掛けたという蒸気モニターには、懐かしい顔や見知った顔、初めて顔を合わせる者達もいる。

 

「よく戻ってきてくれたねムッシュ。あんまり女を泣かせるもんじゃないよ」

 

「グラン・マ、すべてが終われば、とことん怒られてきますよ」

 

フランスは巴里華撃団の本部、テアトル・シャノワール。

 

「ミスター大神。こうしてまた共に戦えること、光栄に思うよ」

 

「こちらこそ、よろしくお願いします。サニーサイド司令」

 

アメリカは紐育華撃団の本部、リトルリップ・シアター。

 

「伯林華撃団、総員確認。……隊長、信じていた」

 

「レニ……、君こそよく持ちこたえてくれた」

 

ドイツは伯林華撃団の本部、国立歌劇場。

 

「若輩ながら我らの剣、今一度存分に使っていただきたい」

 

「アーサー隊長、ランスロットくん……。よろしく頼む」

 

イギリスは倫敦華撃団の本部、セント・ポール大聖堂。

 

「何や不思議な感じやなぁ。ウチらからしたら途方もないはずの時間やったんに……」

 

「紅蘭……」

 

「分かってるて。今はまだ……な」

 

中国は上海華撃団の本部、神龍件。

出自も文化も違えど、こうして世界の平和の為に互いに助け合う正義の魂は、確かに若い世代へ受け継がれている。

そのことを噛み締めながら、大神は表情を戻した。

 

「今聞いたとおり、帝都近海に謎の大陸が出現した。座標データが一致している以上、間違いない」

 

降魔皇による世界各地への大進攻。

その第1波を防ぎきった直後、作戦司令室から齎されたのは、驚愕の報告だった。

 

『帝都近海に巨大大陸が出現。中心部にて超濃度の妖力を確認』

 

その場所は、大神一郎以下旧花組の人間にとって、決して忘れられぬ場所だった。

大和。

かつて人類が欲望のままに降魔という怨念の怪物を生み出し、深き海底に沈めた業が眠る場所。

そしてその業に絶望した一人の悪魔王が、降魔に代わり人類を罰しようとした忌まわしき決戦の地。

この世界の破滅を目論む降魔の皇がその場にいるという事実そのものに、誰も驚きこそすれ疑問に思う事は無かった。

仮初の王が利用した玉座に、本来の皇が舞い戻っただけの話である。

 

「現在世界各国の降魔の出現は止まっています。目的は不明ですが、降魔皇自身が撤退を命じているようです」

 

大和の出現から程なく、世界各地で破壊の限りを尽くしていた降魔達は、忽然とその姿を消した。

同時に大和に世界中の妖力反応が集まっていることを加味すると、明らかにこちらの手段で押さえ込んだのではない。

降魔を統べる皇命によって、魔のしもべたちは皇の待つ呪われた地へ集結しているということだ。

 

「一之瀬大尉、これは……」

 

すぐ横に立つ壮年の男に、大神が尋ねる。

宇宙警備隊隊長、ウルトラマンゾフィーの地球人としての姿、一之瀬豊。

かつて霊子甲冑すらない時代、己の身一つで降魔と渡り合い、封じ込めた霊的組織の祖たる帝国陸軍・対降魔部隊の一員にして唯一の歴史の生き証人。

その表情は、明らかに憂いの色を示していた。

 

「話す必要がありそうだな。我ら人類の破滅をかけた、日本橋の戦いを……」

 

思えば大神をはじめ先代花組の誰も、その降魔戦争の顛末の詳細を耳にしたことはなかった。

当時の資料は既になく、先代司令の米田一基もまた好んで語ろうとしなかったためである。

 

「日本橋、という事は真宮寺大佐が?」

 

一瞬の躊躇いの後、沈黙を破ったのはマリアだった。

かつて黒之巣会首領との決戦に際し、米田は二つを語った。

自身らの降魔戦争の最後の舞台となった魔を封じた門、日本橋。

そしてその戦いで、真宮寺大佐は命と引き換えに封印を成し遂げたと。

 

「そうだ。魔神器に用いる莫大な破邪の霊力。それを準備し終わるまで降魔の軍勢を、私が陽動部隊を率いて引き離し時間を稼ぐ。それが当初の作戦だった」

 

豊は重々しく頷き、厳しい表情のまま目を閉じる。

彼にとっては忘れようとも忘れられぬ、仲間が殉職した忌まわしき記憶である。

思い出すだけでもつらいものがあるだろう。

 

「同時期に対降魔部隊の一人であった山崎少佐は、当時戦線に用いられていた人型蒸気に霊力のテクノロジーを組み合わせ、都市防衛構想の一環に加えることを思案していた。そしてこの作戦で、神埼重工の試作霊子甲冑を用いる予定だった」

 

だが、と豊の眉間に皺が寄る。

 

「その作戦は降魔側にリークされていた。当時の陸軍の中に、降魔と内通していた者がいたのだ」

 

「陸軍側に、内通者が……!?」

 

これまで秘匿されてきた事実に、作戦司令室内に衝撃が走る。

一体何者がそんな愚考に走ったというのか。

誰もが混乱する中、豊の口から出てきたのは更に衝撃的な言葉だった。

 

「いや、陸軍の名誉の為に言い換えるならば、すり替わっていたのだ。宇宙忍者達に」

 

宇宙忍者バルタン星人。

この星の侵略を企み、帝都や紐育で幾度も配下の怪獣を差し向け自分達に立ちはだかった、高い知能を持つ異星人だ。

そう言えば明治神宮で彼と相対したときも、確かにバルタン星人は深い因縁を仄めかす言動を見せていた。

それがかつての降魔戦争に干渉し、他ならぬ豊に目論見を打破されたことへの悔恨だとしたら、説明がつく。

 

「奴らは降魔の……、正確には奴らの持つ高純度の妖力に目をつけていた。その根源の力を自身の配下の怪獣に科学的に移植させ、飛躍的なまでに力を与えようと企んだ」

 

「それでは、降魔戦争では……!!」

 

「私が事態に気づいたとき、8割完成していた封印が一気に押し返されていた。覚醒を始めていたのだ。日本橋の地下深くで、バルタン星人の手引きにより降魔達の源泉が……!!」

 

「それが、降魔皇ですわね……!!」

 

引っかかる疑問ではあった。

かつてその身を犠牲に降魔を封じ込めた真宮寺大佐は、娘よりも強い霊力をその身に宿しており、助からなかったのは偏に霊力増幅に使用する魔神器の負担によるものと考えられていた。

だがそれに加えて、封印の最中に降魔皇というとてつもない悪夢が横槍を入れてきたのなら話は別だ。

復活から10年をかけて尚も脅威を晒し続けるあの怪物を一人で封じ込めようなど、無謀という話ではない。

 

「疑問が残る。バルタン星人は、如何にして降魔皇の存在を掴んだのだろうか。沢山の外宇宙を侵略しているとはいえ、その力が自分達に益する確信があったのだろうか」

 

ここに来て、レニの口から新たな疑問が噴出した。

長きに渡り人類に牙を剥き続けてきた降魔。

その妖力に目をつけ、バルタン星人が我が物にしようと画策したことは理解できる。

だがその虎穴に自ら首を突っ込むようなリスクをあの狡猾な異星人が企むかと問われると、確かに不自然であった。

降魔皇の常識を逸した強大さは自分達もいやというほど味わいつくしている。

いくら外宇宙の科学力があるとはいえ、その手綱を一異星人が握れるとは考えにくいし、それに気づかないバルタンではないだろう。

だがその疑問は、あまりにも衝撃的な核心を明かす切欠となった。

 

「……そうだ。バルタン達は、我々もまた、その源泉の正体を知っていた。そして、それこそ私がこの地球へ訪れた理由なのだ」

 

敢えて含むように口にした時、秀介が何かに気づき目を見開く。

何か予想だにしない事実に辿り着いた、そんな表情だ。

 

「まさか……、星喰い……!?」

 

「秀介さん……?」

 

目を合わせること数秒。

豊は、肯定するように頷いた。

 

「この星に蔓延する降魔とその源である妖力は、この地球から生まれたものではない。外宇宙から齎されたのだ。恐るべき『星喰い』と呼ばれる怪物によって」

 

「じ、じゃああの降魔皇も……!?」

 

「宇宙怪獣だったって事デスか!?」

 

カンナや織姫のみならず、誰もが予想だにしない事実に驚きを隠せない。

江戸の時代から人類の歴史に幾度となく百鬼夜行を重ねてきた根深い因縁を持つ悪魔たちが、まさか遠く離れた宇宙から飛来した脅威だったとは想像もつかない。

そもそも人間や自然の怨念が根源にある降魔という概念に、宇宙との関連を結ぶ時点で怨念を起源としていない矛盾が生じている。

その理由こそ、秀介がその名を聞いただけで身を震わせる『星喰い』の存在だった。

 

「奴は星そのものに寄生し、その星に生きる生命体や怨念を問わず養分にして成長する。進化には数千年を要する事だけが唯一の救いだが……」

 

「数千年!? ロベリアさんより長生きですね~!」

 

「驚くところはそこじゃねぇだろ!!」

 

唯一普段と調子の変わらないエリカを怒鳴りつけるロベリア。

だが流石に状況が状況だけに、場が和むまでには至らない。

 

「そして万一覚醒してしまえば、最後には星そのもののエネルギーを食い尽くして死の星に変えてしまうのだ」

 

「星そのものを……!?」

 

「なるほど、北条家の大和での降魔実験は、その力の片鱗を図らずも覚醒させてしまったという訳か……」

 

モニターの先で驚愕に目を見開く新次郎の隣で、納得した様子のサニーサイドが頷く。

 

「我々宇宙警備隊の長い歴史の中で、未だかつて討伐を成しえていない最強にして最大の力を持つ破滅の怪物『星喰い』……、またの名を、大魔皇獣『マガオロチ』」

 

「マガオロチ……!!」

 

遂に辿り着いた降魔皇の真名。

まさか降魔の起源が外宇宙から飛来した最強最悪の怪獣だったとは驚きだが、同時に納得している自身を大神一郎は自覚していた。

霊力を用いて怨念を沈めなければ決して倒すことの出来ない降魔と、単体で一騎当千の破滅的な力を誇る魔皇獣を何体も従え、自身は不死身に近い生命力でこちらを圧倒し続ける。

人智はおろか神の領域にさえ踏み込んだ力を持つその正体が、ウルトラマンですら恐れを成すほどの外宇宙の生命体だとなれば、充分腑に落ちる話だった。

 

「天海、織田信長、大久保長安……、彼らの反魂の術は、マガオロチの力を媒介に怨念を操る術だったのか……」

 

「それだけではない。3000年前に巴里を襲った邪神ガタノゾーアも、マガオロチの怨念から生まれた存在だ」

 

そこは長年不明確な部分であった。

3000年前の超古代に巴里を突如として襲った闇の邪神ガタノゾーア。

先住民族のパリシィとの触れ合いで光に覚醒したウルトラマンティガの力で辛うじて退けられたことは周知の事実だが、そもそも何故ガタノゾーアが巴里に出現したのかの詳細は未だ謎に包まれていた。

だが、それも降魔同様に星の地脈深くに眠っているであろう大魔皇獣の手引きによるものならば理解できる話だ。

今日に至る全ての霊的組織の宿敵たち。

それら全てが、この星に潜む星喰いの怪物に繋がったのである。

 

「でも不思議ね。それだけの力を持ちながら、何故マガオロチは人類への攻撃を徹底しなかったのかしら。邪魔者がいなくなれば自身の目的も達成しやすくなると思うけど」

 

ここに来て、アナスタシアの口から疑問が飛び出した。

確かにそうだ。

3000年前の時点で復活を遂げたガタノゾーアは、ティガというイレギュラーさえなければ巴里はおろか世界中を暗黒に包み込むだけの力を秘めていたはず。

同様に深川に封じ込められていたグドンとツインテール。

これらも黒之巣会の介入があるまで封印覚醒を先送りにする意味があったとは思えない。

それこそ3000年前に覚醒させられるのならさっさと手を打っておけば、こちらが力をつける前に一網打尽に出来ていたはずだ。

この10年間で、これほどまで苛烈に人類殲滅に動くのは何故だろうか。

だが、それには理由があった。

 

「しなかったのではない。出来なかったのだ。マガオロチは、今もまだ本体が封印されているのだ」

 

「本体が、封印……?」

 

「今からおよそ1万年前に、一人の巨人が星喰いの怪物に立ち向かった。結果は痛み分けに終わったが、巨人はマガオロチを、奴が生み出した6体の魔皇獣と共に封印したのだ」

 

「封印……、まさか……日本橋の!!」

 

「そうだ。帝都日本橋は、大和より魔の通じる門。その門を閉ざし封印を施していたのが、プラズマ=オーブだったのだ」

 

「……こいつが!?」

 

予想だにしない事実に、初穂が自身の左腕に光る宝珠を見た。

プラズマ=オーブ。

ゾフィーを始め、数多の戦士達に受け継がれてきた伝説の宝珠。

元々その宝珠は、この恐るべき大魔皇獣を地中深くに封じ込めるためのものだった。

だがそう考えれば、目の前の男がそのオーブを受け継いだ理由が推察できる。

 

「マガオロチに封印を施したその巨人の名は『ウルトラマンオーブ』。遥か1万年前に星喰いからこの星を守りぬいた、宇宙警備隊の祖たる原初の戦士。その魂が、オーブを通じてこの私を、時の帝都に呼び寄せたのだ」

 

全ての疑問が繋がった。

今より1万年前、まだウルトラマンたちの警備体制も整わない頃、マガオロチは地球に襲来した。

地球の生命を食い荒らそうとした星喰いに、敢然と立ち向かったウルトラマンオーブ。

激闘の末、巨人はマガオロチを、更には新たに出現した魔皇獣たちを次々と封じ込めた。

恐らく最後の相手となったマガタノゾーアだけは、光エネルギーが枯渇し封印が不十分だったのだろう。

だとしたら、闇の邪神だけが3千年前に一足早く蘇って猛威を振るったことにも納得が行く。

そして大正7年。

降魔の核たるマガオロチが封じられた大和へ通じる門、日本橋に封印があることを知ったバルタン星人は、様々な策を弄して宇宙最大の悪魔の力を手に入れるために暗躍。

奇しくもプラズマ=オーブに残された巨人の思念に導かれたウルトラマンゾフィーと対峙し、長年に渡る地球侵略の因縁を生むこととなった。

 

「真宮寺大佐の封印により、魔の門は閉じられ、バルタンの野望も潰えた。だがあの宇宙忍者が諦める筈が無い。そう睨んだ私はオーブを光の国へ持ち帰り、エネルギー回復を試みたのだ」

 

「そして黒之巣会……、葵叉丹が出現し、私にオーブが引き継がれた……」

 

皆の視線が、今は初穂の左腕にある宝珠に集まる。

人類繁栄より遥か前にこの星へ飛来し、誰にも知られることなく密かに魔の脅威から人類の、この星の生命を守り続けてきた原初の巨人。

何人もの巨人の手を渡り歩きながらその端々で自分達の窮地を救ってきた神秘の力に、圧倒されるばかりだ。

 

「昴は推察する。恐らく降魔皇そのものは、マガオロチから抜け出した精神エネルギーの状態だ。その本体は、今も大和の地下に封じ込められているはず」

 

「世界の蹂躙より本体の復活を優先するために、残存勢力を大和に集結させた……こんな所でしょうね」

 

昴の結論に、ラチェットが補足を加えたそれが、恐らく最適解だった。

真田の策略によって図らずも精神体で蘇った降魔皇、マガオロチは未だ霊的組織の主戦力が封印されたままであることを良い事に魔皇獣による殲滅を開始。

しかし予想より早く大神達が戻ってきてしまい、配下の怪獣達も全滅してしまったため、急遽大和に降魔を集め復活までの守備を固めようとしたのだろう。

だとすれば、

 

「降魔皇の肉体……、マガオロチ復活を止めるには今しかない」

 

大神のこの言葉が、全てを物語っていた。

かつて未来から現れた歴史の修正者が辿った悲劇の結末。

その全てを回避するためには、この最強最悪の大魔皇獣の復活を、何としても阻止しなければならない。

例え10年前のように絶界の力による封印を行ったとしても、真田事件の余波で漏れ出た妖力で干渉できる相手である。

封印ではなく、文字通り消滅させるしかない。

現在の戦力、その全てを以って。

 

「最早猶予は無い。世界華撃団全軍を以って大和へ出撃! 降魔皇を今度こそ倒し、マガオロチ復活を阻止する!!」

 

最後の戦いへ向けて、世界が動き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幻の大地、大和強襲作戦が発令されて30分。

各国の整備班による霊子甲冑及び霊子戦闘機、輸送手段の準備が急ピッチで進められる中、各隊員は僅かな休息に入っていた。

 

「メビウス……、この星の名では御剣ミライ。よくぞ今までこの星を守り抜いた」

 

人のいなくなった作戦司令室で、一之瀬豊は眼前の精神体となった若き戦士に労いの言葉をかける。

一体化した少女を介して現れた青年は子供のようにはにかんだ。

記憶の中の青年は、入隊も間もなく実戦に耐えうる経験が無い事を危惧していたが、その佇まいは見違えている。

 

「ゾフィー隊長、あの時のウルトラサインは……」

 

ふと、ミライはこれまで疑問に思っていたであろう、すべての始まりとなった瞬間を尋ねた。

治療を終えたタロウと共に、未曾有の危機に見舞われた地球へ急行したゾフィーから送られた、10年後の地球を託すウルトラサイン。

豊は、力強く頷く。

 

「あの言葉に誤りは無い。降魔皇封印に際し、我々4人はファイナル・クロス・シールドを使用した。その時点でオーブは修正者に10年間の沈黙を託したのだ」

 

10年前の降魔大戦。

絶望的なまでの力を持つ降魔皇を食い止めるために発動した、起死回生の封印。

その直前に、豊たちはこの歴史を変えるための現れた巨人と邂逅した。

ウルトラマンギンガ。

遥か未来においてすべてが失われた帝都からやって来た歴史の修正者だ。

彼を10年間の宿主に選んだのは、オーブの意思であった。

時を挟んで来訪する、真の宿主である自身へ希望を繋ぐための。

 

「隊長、だったら尚のこと……!!」

 

そこまで口にしたミライを、豊は静かに手で制し、首を振った。

 

「メビウス……、今の君はそこの少女と一体化して命を繋いでいる状態だ。分離できるほどに回復するまではかなりの時間を要する。その状態で変身できたとしても、あれほど強大な敵と戦うのは無謀だ」

 

「け、けどよ! さっきはアタシもミライも戦えたぜ!?」

 

「その傷が、双方の命を蝕んでいる事を無視してもか?」

 

事実を指摘され、ミライも初穂も押し黙る。

確かにそうだ。

先程の魔皇獣との連戦は、寸での所で二人の巨人が助太刀に入り事なきを得た。

あのまま単独で戦い続けていたら、今度こそ自分達の天命が尽きていただろう。

 

「忘れるな。命を懸ける事と捨てる事は違う。君達を犠牲にしての勝利は誰も望まない。大神司令が何より大切にしている言葉だ」

 

先程の出撃命令において、神山以下新生帝国華撃団は出撃部隊から外す事が明言された。

無理からぬ話であった。

魔皇獣との連戦で各無限は大破し修復不能状態に陥った。

各隊員も意識こそあれど重傷の体である事に変わりはない。

誰もがここまで持ちこたえただけで充分だと労ってくれたが、それでも無力感は消えない。

 

「メビウス。お前のその光は、未来へ繋ぐ希望だ。降魔皇は我々が必ず食い止める。この決意を、信じてくれないか……?」

 

黙したまま、ミライは静かに頷く。

背を向けて去るその背中は、死地へ赴くようにさえ見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これを、あたしに……?」

 

かつて自室であった部屋の前で、真宮寺さくらは若き蒼の少女から一振りの刀を託された。

目にしただけで、鋭い霊力を纏っていると一目で分かるその刀は、手にした瞬間により強く伝わってくる。

瞬間、脳裏に過ぎるのはあの瞬間。

絶界の血を絶やすために遣わされた降魔から、辛うじて娘を守った、あの戦いの記憶。

その少女の涙が目の前の少女と重なったとき、全てを悟った。

 

「じゃあ、貴女が……」

 

「はい。あの時助けていただいた、天宮さくらです」

 

その言葉に、自分たちが置いて行かれた時間の無情を感じる。

あの時は容易く手折られてしまいそうな花だった少女は、身も心も凛とした華となっていた。

聞けば自身ですら動かすことの出来なかった試製桜武すら使いこなしたというのだから、驚きだ。

 

「帝都も、人も、この10年の間に大きく変わっていたのね……」

 

「それでも、真宮寺さん達のお姿は今でも鮮明に覚えています! 私も、本当はお力になりたかった……」

 

「いいのよ天宮さん。今まであたし達の代わりに、平和を守り続けてくれた。それだけでも……」

 

肩を落とす少女に優しく語り掛ける。

少女は、僅かに緊張を残したまま顔を上げた。

 

「だからせめて……、母の形見を、天宮の神器を託します! 絶界の加護が、少しでもあるように……」

 

懐かしさを覚える表情だった。

まだ花組に入隊して間もない頃、こうして緊張して色んな場面で失敗してきた。

今尚色褪せることのない記憶。

それが、目の前で全て遠い過去に過ぎ去りつつあることを、真宮寺さくらは実感していた。

だからこそ、思う。

次代の桜が、もう芽吹いているのだと。

 

「だから……、だからお願いです! どうか、無事に帰ってきてください!」

 

両目に涙を溜め、唇を噛み締める少女。

優しく抱き寄せると、その肩は震えていた。

 

「ええ……、必ず。平和が戻ったその時は、一緒に舞台に立ちましょう」

 

「はいっ……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帝都浅草、東雲神社前。

かねてより人の繋がりが厚く、義理人情という言葉が生まれて久しいこの場所は、今や戦火を逃れた人々を匿う砦の様相を呈していた。

明日の衣食住すら追われ、途方に暮れる人々が列を成す中、ごった返した人波の最前列に一軒の看板が見える。

煎餅屋『高村』。

浅草でも老舗の煎餅屋である。

文字通りしょうゆの香りを聞かせた海苔煎餅のみを売り続けて半世紀。

世代交代したばかりの若女将が一人で切り盛りする憩いの場であった。

 

「椿ちゃん! こっちも!」

 

「すまねぇ、子供がいるんだ!!」

 

「はいはい順番!! あるだけ焼いてくからね!!」

 

我先にと押し寄せる難民達に、焼けた煎餅を慣れた手つきで取り紙に包んで手渡していく。

彼女の名は高村椿。

この老舗煎餅屋の4代目女将である。

短く切りそろえた茶髪にそばかすと半被姿が愛らしいちゃきちゃきの江戸っ子として親しまれてきた。

そんな彼女がかつては帝都の平和を守る輸送部隊の一員であったことを知る者は、ほぼいない。

いるとすれば、4つ年下の、商売の縁で帝劇を託した彼女くらいであろう。

 

「椿はん!! お待たせ!!」

 

人並みの奥から、一際大きいがなり声が飛んで来た。

何事かと割れた人並みの奥に、懐かしい顔が見える。

 

「こまちちゃん! 来てくれたのね!」

 

「あての第2の故郷や! 今助けんでいつ恩返しすんねん」

 

わざわざ人を連れてドデカイ風呂敷を4つ抱えてやってきた後輩は、いつも以上に溌剌としていた。

元より商売根性もそうだが、それ以上に他人への奉仕に喜ぶ女性である。

本人は決して認めようとしていないが、今は亡き彼女の父と同じ、博愛精神の賜物ではなかろうか。

そう考えをめぐらせつつ荷解きを始めようとしたとき、初めて椿はこまちに並んで風呂敷を担いで来た人物に気づいた。

そう言えば総重量10升はあるだろう米を担いで来るとは一体誰だ。

 

「よっ、久しぶりだな椿!!」

 

「カ、カンナさん!?」

 

下ろされた風呂敷の奥からのぞかせた顔に、椿は仰天の余り大口を開けてしまった。

無理も無い。

今目の前にいるのは、10年前に降魔大戦で異次元の果てに閉じ込められたはずの先代花組隊員、桐島カンナその人だったからだ。

 

「お、おいカンナってまさか……!!」

 

「間違いねぇ! 帝国歌劇団の桐島カンナ嬢!!」

 

「おったまげたぁなぁ! カンナちゃん今までどこほっつき歩いとったんだ!?」

 

椿の声に周囲の人々も10年来の女優の帰還に驚きと歓喜の声を上げ始める。

一瞬照れくさそうに笑ったカンナだったが、流石に収拾がつかなくなると思ったのか頭上で手を叩いて周囲を止めた。

 

「はいはい細けぇ話は後回しだ後回し! それよりこまちが握り飯山ほど持ってきてくれてんだ! 順番に並んで食ってけよ!!」

 

長年下町で過ごしてきただけあり、がなり声一つで人並みがキレイに並び始める。

そうして長い大名行列がそこら中で握り飯と煎餅を頬張る歓談に変わった所で、カンナも腰を下ろした。

 

「しばらく見ねぇ内にと思ったけど、浅草は変わってねぇな。椿も元気そうで何よりだ」

 

「あれから大変だったんですよ! 霊的組織が一度解体されて、すみれさんが支配人を代理してやっと持ち直したところだったんですから……」

 

「あてもカオルはんも、右も左も分からん状態やってん。すみれはんが陣頭に立ってくれたんや。ホンマに恩人やで」

 

「……そっか。アイツがなぁ……」

 

ふと、カンナが空を見上げる。

その表情は、どこか遠くを懐かしむように見えた。

 

「……あてが言うんもアレかもしれんけど、すみれはんの信念は10年間揺るがんかったで。大神司令も、みんな必ず生きて帰ってくるて、一瞬も疑わへんかった」

 

「……すみれさんは、私達にも決して弱みを見せない人でしたから」

 

「そうだよな。ホントなら山ほど文句言いたかっただろうに、アイツにばかり背負わせすぎちまった……」

 

内外に犬猿の仲で知られるカンナとすみれ。

10年来の再会で交わされた軽口に周囲は安心する中、カンナだけはその違和感に気づいていた。

確かにあの場で気を許すことができなかったのも事実だ。

だがそれ以上に、すみれ自身の心の余裕が無かったのだろう。

無理も無い。

10年間、生きているかどうかすら分からない仲間の生還をひたすらに信じて、壊滅同然の帝国華撃団を一人で立て直していたのだから。

とても自分とこれまでどおり軽口を言い合う余裕など、残っていなかったのだ。

 

「カンナさん、一つだけ約束してください」

 

ふと、椿が見据えて言った。

 

「必ず、みんなで生きて帰ってきてください。すみれさんも私達も、下町の人たちもみんな、信じていますから!」

 

「……ああ、もちろんだ。アタイら花組は、こんな所で終わらせねぇよ……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すっご~い!! これみんなクラリスのお話なの~!?」

 

部屋に入って開口一番、アイリスは瞳を輝かせて駆け回り始めた。

その様子はかつて耳にしていた、『帝劇の妖精』という言葉がよく当てはまる。

やはりこの10年間、異空間の時間は働いていなかったというのが本当だと、改めて思い知らされた。

 

「ねえねえ、これは~?」

 

「それは『迷宮のリリア』。初めて書いた脚本ですよ」

 

「へ~、お芝居かけるなんてすっご~い!!」

 

本来なら自分より年上になっているであろう少女が、背の低いまま駆け回っているというのは何となく違和感を感じざるを得ない。

だが何だか妹が出来たような感覚に、不思議と笑みがこぼれる。

 

「いくつになっても、お淑やかじゃないデ~スね。ある意味反則デ~ス」

 

「昔から、あんな感じなんですか? アイリスさんって」

 

目付け役を買って出た織姫に問うと、肩をすくませて返事が帰ってきた。

 

「天真爛漫というか自由奔放というか……、きっと昔の反動でしょうね。ここに来る前は霊力がありすぎて外に出るのも難しかったって聞きマ~ス」

 

「そうですか……」

 

僅かに耳にした記憶がある。

アイリスは、幼少期から強すぎる霊力を制御できず、自宅からほとんど出ることが出来なかったという。

故にぬいぐるみたちと遊ばざるを得ない幼少期を過ごしていたと。

だとしたら、織姫の言うとおり帝劇で仲間や観客に囲まれる日々は、例え戦場に身を置くことになっても楽しいものなのだろうと、クラリスは思った。

何故なら、自身もまた同じ気持ちを感じていたからである。

 

「……怖くは、ありませんか?」

 

ふと、クラリスは尋ねた。

 

「10年間閉じ込められたような強敵に、また立ち向かわなければならない……。それが、恐ろしく感じたことはありませんか?」

 

「……分かりませんね。慣れてしまったのかもしれないデス」

 

幼少期、ソレッタ=織姫は欧州星組として戦場で過ごした。

感覚の無いまま霊力を存分に振るい、命令のままに暴れ回る内に、恐怖などというものは無くなってしまったという。

何故なら、それを吐露したところで戦場からは逃げられないからだ。

 

「そう思えば、花組は余程温かい組織ですよ。全員絶対生還。そんな主義を抱えてる組織なんて聞いたこと無いデスから」

 

「織姫さん……」

 

「だから今はワタシ、パパやママ、花組のみんなの顔を思い浮かべるんデス。みんな泣かせたくない。なら、絶対生きて帰ってやるって」

 

揺らぎの無い瞳に、思わず吸い込まそうに息を呑むこと数秒。

沈黙を破ったのは、幼い声だった。

 

「私は信じる。だって、私を信じてくれる人がいるから」

 

「えっ……!?」

 

不意を突く声に、ハッと振り向く。

そこには、原稿用紙を持ってしたり顔のアイリスが顔を覗かせていた。

 

「えへへ~、セリフ読んでみたの。上手だった?」

 

「……受賞ものデ~スね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そうだったのね。まさか降魔皇の細胞を悪用する人間がいたなんて……」

 

10年ぶりのサロンで聞かされた10年間の顛末に、マリア=タチバナは考え込むように顎に手を当てる。

盲点だった、と言えばそれまでだが、予見するべき事実だった。

その前後には聖アポロニア学院を中心とした『モナダ』による降魔事件が頻発しており、対応に当たっていた奏組の情報では複数の人間が意図的に降魔を召喚して瘴気の吹き溜まりを計画的に増やしていたというのだ。

そこに真田康弘の関与を暴けずに最大の敵を呼び起こさせてしまったことは、猛省すべき点だろう。

だがそれ以上に恐ろしいのは、マガ細胞の力を得るためだけに真田の起こしてきた悪行の数々だ。

帝都に恨みを募らせたモナダの人間達を唆して降魔事件を引き起こさせ、出現させた降魔皇と自分達を結果として排除に成功し、採取した細胞片を用いて秘密裏に実験を繰り返し、自作自演で降魔事件解決の急先鋒に成りすまして世界を誑かし、世界華撃団を称して霊的組織の支配まで図った。

かつて帝国陸軍に同様の思想を持った男が帝都に猛威を振るったが、真田の立ち回りはそれ以上と言っても過言ではない。

事実ギンガの尽力がなければ、花組復活はおろか世界そのものが破滅を迎えていただろう。

 

「ホントにいけ好かないクソメガネでしたわ。自分の私利私欲のためにどれだけの犠牲を出してきたか……」

 

今になり、ようやく義憤を吐き出しつつ、すみれがアールグレイに口をつける。

思えば初めてかもしれない。

いつも一人で優雅に茶を嗜んでいた彼女から、同席を誘われたのは。

だが同時にその理由を察する自身がいた。

 

「本当に良く耐えたと思うわ。貴女も紅蘭も、レニもエリカも……」

 

そう笑いかけると、テーブルを挟んだ先にいる彼女は記憶と同じ声で笑った。

 

「ホホホホホ……、伊達に花組でやってきてはおりませんわ! この程度、私にかかればお茶の子さいさいですもの!」

 

「フフッ、今の花組もいい子が揃っているわね。貴女の教育の賜物かしら」

 

ふと、高笑いが止んだ。

いつもの顔が、柔らかい微笑みに変わる。

まるで、娘を思う母のように。

 

「ええ……、素晴らしい方々ですわ。本当に……いつ振りかしら、こんなに味のする紅茶が飲めたのは……」

 

「すみれ……」

 

「今さらになって……、本当に今さらになって分かりましたの……。娘を戦場に送り出すことしか出来ない辛さも……、待つことしか出来ない辛さも……」

 

それは、今は亡き恩師への言葉だろうか。

憂いに潤んだその瞳が、酒瓶で誤魔化していたあの苦笑いと重なって見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、先客かしら?」

 

その言葉に、御剣秀介は視線を夜空から戻した。

見慣れぬ影ながら、声色に覚えがある。

 

「アナスタシアさん……、貴女も星を?」

 

「ええ。昔からね」

 

そう返し、隣に並んで空に視線を移す。

 

「どの星を見ているの? やはり故郷かしら?」

 

「聡いですね。ええ……10年ぶりですから」

 

「何か変わってて?」

 

「何も……」

 

そこで会話が途切れ、僅かに星に瞳を奪われること数秒。

沈黙を破ったのは、アナスタシアだった。

 

「一つだけ聞かせて。……何故、貴方達は外宇宙の平和のために戦うの?」

 

それは、率直な疑問だった。

作戦司令室で語られた、1万年前から続く光の巨人達の地球防衛のための戦いの歴史。

今や宇宙警備隊を組織して宇宙平和のための戦う彼らの信念はどこにあるのか。

この地球を守る事に、何のメリットがあるのか。

 

「理由が必要ですか?」

 

だが、秀介の答えはどこまでもあっけらかんとしていた。

 

「目の前で倒れて傷を負った人がいたら、放って置けません。それと同じです」

 

「そのためだけに、貴方達は戦えるの? 見ず知らずの外星人のために、命を懸けてまで」

 

「見ず知らずではありませんよ。私にとって、何よりも代え難い仲間であり、友です」

 

その言葉は、力強かった。

どこまでも揺るぎなく、力強い意思があった。

 

「私たちにとって、外宇宙の星々はただ守る対象ではありません。その星を愛し、守りぬく決意を固めるからこそ、私たちは命を懸ける。……理由があるとすれば、星を愛するからです」

 

「……じゃあ、あなたはこの星を?」

 

「ええ。この星の桜を……、今までも、これからも……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大帝国劇場の屋根の上で、あざみは懐のスマァトロンを手にその時を待っていた。

初めて聞いたときは半信半疑だったが、今ではこちらから連絡したり、連絡をもらうのが密かな楽しみになっていた。

何より他のみんなに内緒にしているというのが、何ともいえない背徳感を与えていた。

 

『あざみ、聞こえる、ですか?』

 

「聞こえる。でも会議中のサインは良くない」

 

それはこの秘密の会話が始まる頃に自然と決まっていた連絡のサインだった。

と言っても、互いのスマァトロンを1コールだけ鳴らすといういたってシンプルなものなのだが。

 

『ごめんなさい、です。ビックリさせたですね』

 

「……でも、あざみも仔空とは話しておきたかった」

 

思えば不思議な縁である。

画面の先に見えるあどけない少年を知ったのは、件の世界華撃団大戦の折だ。

来日に際し「神龍軒」の分店を期間限定で構え、その中華料理の真髄を存分に振るっていたことは記憶に新しい。

賑やかな声の止まない店内で母親と一緒に様々なカラクリを組み立てては調理、配膳、清掃と業務に勤しんでいた少年。

まさか自分より歳幼い彼が、あの先代司令の実の息子と知ったときの衝撃は、今でも思い出せるほどだ。

 

『あざみ、今度暇が出来たら神龍軒本店、来るです。新しい『ごあんないくん』、お披露目したいです!』

 

まだ覚束ない日本語で、身振り手振りを交えながら話し始めたのは、意外にも今後のお誘いだった。

言葉だけなら、これから起こることを忘れてしまうくらいの和やかな話題に、あざみは不覚にも一瞬呆気に取られてしまった。

間もなく幻の大陸で待ち受ける最強最大の敵との決戦への不安を吐露するものと思っていたし、勇気付ける言葉を自分なりに考えてきたつもりだった。

だが、画面の奥の少年は笑っていた。

 

「仔空……、怖くないの……?」

 

恐怖を押し殺しているのか。

それともまだ、この戦いの意味を理解していないのか。

普段冷静な胸中がかき乱される中、画面の奥の少年は一瞬キョトンとした顔を見せるも、次の瞬間には微笑み返していた。

 

『はい。怖くないです』

 

「これから戦う敵は、降魔皇……。それでも……?」

 

『はい』

 

「どうして……?」

 

まるで当然のように返す仔空。

分からない。

戦う事すら出来ない自分でさえ、無意識に震えが止まらないというのに。

何故彼は、こんなにも真っ直ぐに、自分を見つめ返せているのだろう。

 

『あざみ……』

 

「え?」

 

不意に名を呼ばれ、潤んだ視界を自覚した。

無意識のうちに涙を堪えていたようだ。

 

『あざみと、僕、これからも仲良し、したいです。そのためなら、どんな敵来ても、怖くないです!』

 

「仔空……」

 

『あざみのためなら、僕は、戦えます!!』

 

瞬間、目じりに残った涙がはじけた。

代わりに心臓の鼓動が、瞬く間に激しく高鳴っていく。

何だろう、この違和感は。

年下のかわいい男の子と思っていた少年が口にした言葉が、あまりに頼もしすぎて。

 

『あっ、そろそろ準備始まる、です!』

 

「……、仔空!!」

 

通信が切られる。

そう気づいた瞬間、彼の名を叫んでいた。

怖かった。

このまま途切れてしまったら、もう二度と会えないような気がして。

 

「帰ってきて……。絶対、絶対無事に帰ってきて……!!」

 

『……はい、約束です!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中国は上海に看板を構える大衆飯店「神龍軒」。

この日最後のまかないを出し終えた看板がひっくり返されると同時に、上海華撃団は一斉出撃の準備に入った。

幸いにして魔皇獣の襲撃を受けていなかった王龍たちは、いずれも損傷を軽微に留め、戦闘に支障をきたすことはない。

寧ろ満身創痍に違いない三都華撃団に代わり自分たちがその急先鋒となろう。

そう決意を固めた総員の瞳に、一切の揺らぎも無かった。

これらの迅速な準備は、いずれもWLOF時代の空中戦艦を賢人機関経由で廃棄前に取り戻せたことが何より大きいだろう。

その意味でも、彼には感謝してもしきれない。

 

「出撃準備は、整ったようですね」

 

「おかげさまでな。大分無理言うてすまんかったわ」

 

隊員達の搭乗を確かめ、上海華撃団総司令はこれまで公私を共にしてきた相棒を労う。

この戦闘において、彼は足手纏いにはなれないと同行を固辞した。

今後は自社にて避難民の受け入れと防衛体制を整える予定だ。

 

「……泰然はん、一つだけええ?」

 

「はい」

 

「ウチら、結成から今までホンマに世話になったわ。でも、泰然はんがここまでしてくれたんは、どうしてなん?」

 

目の前で微笑む実業家に、今日まで晴れることの無かった疑問をぶつけた。

結成当初からWLOFに不信感を抱いていた紅蘭は、当然世界華撃団への勧誘を断固拒否し、一時は緊迫した空気が漂った。

そこに間に立ってこちらの不利にならないように上手く立ち回ってくれたのが、目の前の上海空路総公司を牛耳る若き実業家だった。

正直不思議だった。

これまで自身がかの実業家と接点を持ったことも無ければ、中国有数の一代航空企業と取引をしたこともない。

そんな自分と関わりを持つことに、何のメリットがあったのか。

 

「やっぱり、ご家族の……」

 

思い当たるのは、日本で消息を絶った彼の妹の行方を突き止めることだった。

自身の身の危険も省みず疑惑の病院に単身乗り込んだことからも、そこに傾ける執念は明らかだ。

 

「……半分、と言ったところかな」

 

「え?」

 

だが目の前の男が語ったのは、予想外の答えだった。

まさか他に何か……、

 

「司令! 出撃準備完了です!!」

 

だがそれを聞く間もなく、刻限が訪れた。

一瞬躊躇うも、エンジンを轟かせ始める地下へ急ぐ紅蘭。

彼女の耳に、去り際の独り言は聞こえていなかった。

 

「守りたかったのさ……。初めて恋した、届かぬ花をね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

英国は倫敦の中心に位置するセント・ポール大聖堂。

古来よりイギリス王家の公務の場として歴史を刻み続けてきたこの場所に、一度は去ったはずの船が戻ってきたのは、先日のことであった。

 

「まさかまたコイツに乗ることになるとはね……」

 

眼前に聳える空中戦艦に、黒騎士は嘆息を漏らす。

かつては欲望に塗れ、穢れきった正義の温床とも言うべきこの船に乗って死地へ赴くとは、何という皮肉だろうか。

最も、海を隔てた先にある弾丸旅行だけは勘弁願いたいところだが。

 

「誇り高き死を賜らんと……かつての僕ならそう言っていただろうな」

 

隣に立つ王であった男もまた、記憶の愚王に冷笑を返す。

今や地に堕ちた名声も、飛び交う罵声も気にならない。

かつての汚名をそそぐ事さえ出来るのならば、これ以上の温情はないだろう。

 

「……良かったの、ツバサ?」

 

黒騎士が目を向けたのは、真新しい赤の鎧を身に纏った、幼き天使と見紛う少女であった。

幾つもの陰謀によって聖女の名を受けた少女は、何ら抵抗も叶わぬままに戦場に引きずり出され、その命を脅かされた。

だが、彼女はその全てを赦し、改めて円卓の一員として共に戦うことを誓った。

あの時の聖女の名を、再びその大盾に刻んで。

 

「神は申されました。赦しなさいと、赦さなければその罪は恨みとなり、永劫に罪を生み続けると……」

 

その微笑みは、どこまでも慈愛に満ちていた。

まるで、記憶の中の母と同じように。

 

「……耳に痛い言葉だな」

 

フッと、十字架を背負う男が笑う。

だが、同時に何かの重荷が外れたようにも見えた。

 

「だが今は、敢えてその痛みすらも感謝しよう。我らの剣が、明日への光になると信じて」

 

「私たちには私たちの戦い方がある。誇りにかけて、悪を討つ」

 

「お母さん……お父さん……、ツバサは逃げません。お母さんが、お父さんが光であるように、私も共に戦います!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10年という月日の間に、故郷は大きく変貌を遂げてしまった。

 

「久しいな……」

 

そう告げると、玄関の掃除に奔走していた老齢のメイドが背筋を正した。

遠目からでも分かる。

忘れられる訳が無い。

 

「お嬢様……、お帰りなさいませ」

 

「ありがとうタレブー。他の者たちは?」

 

「は……、戦火から民を守るべく私財を投売り先導し、3年前にこの巴里を離れてございます」

 

予想通りの応えに、グリシーヌ=ブルーメールは納得と安堵に胸を撫で下ろした。

大事において民を最優先に行動することは貴族の責務である。

聞けばパリ市民の8割近くは無事に郊外に脱出できたと聞く。

その筆頭たるブルーメール家が迅速に行動を起こしてくれていたことに、グリシーヌは心の奥で謝辞を述べた。

 

「お嬢様……、このタレブー力及ばず、皆お嬢様の経緯を存じる次第でございます」

 

「良い。事が事なのだ。10年も不要な心配をかける訳にはいかぬ。他の者は?」

 

「避難指示に際し、多くの者は事態が静まるまで暇を与えられております。私はお嬢様の帰還まで、このお屋敷を守る事を命じられておりました」

 

既に齢70は超えているだろうに、この大きな家を一人で守り続けてくれていたとは。

無理をするなと憤る感情も、それでこそ彼女だという賛辞に代わってしまった。

 

「お嬢様。当主様より伝言を言付かっております。『志半ばで倒れること即ち、責務の放棄と心得よ』」

 

「無論だ。私は……我らは皆生きて戻ってくる。そのためにここに戻ってきたのだ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おおコクリコ。無事に戻られたんですね!」

 

「おじさん!!」

 

市場で声をかけられたのは、かつてのサーカス跡地から肩を落として戻る道中だった。

聞き覚えのある声に振り返ると、懐かしい顔が見えた。

ロランス=ロラン。

巴里でも有数の資産家で、コクリコの数少ない友人だ。

 

「風の噂で貴女が巴里華撃団の一員と聞いたときは驚きましたよ。まさか貴女が……」

 

「……隠しててゴメン。あの時は、霊的組織は秘密にしてなきゃいけなかったんだ……」

 

「とんでもない。それを知ったからこそ、あの市場の方々も、シルクドユーロのみなさんも、今の平和がコクリコ、貴女の頑張りのおかげだと知ることが出来たんです」

 

やはり10年という月日は、明らかに自分たちの時間のつながりにゆがみを与えていた。

原理は不明だが、あの空間の中では時間が止まっているのか、誰も空腹に飢えたり老いたりすることは無かった・

だからこそ、奥に見える市場もほとんど知らない人ばかりだ。

ロランスもまた、歩行に杖を用いていることからも老衰が進んでいることがわかる。

 

「だからコクリコ。きっとまた帰ってきて、シャノワールや市場で元気な姿を見せてください」

 

「おじさん……」

 

「これから、平和を取り戻す戦いが始まるのでしょう? 私たちは貴女を、そして共に戦う大神君たちを信じています」

 

だからこそ、その言葉が嬉しかった。

戻ってくる場所がある。

自分の帰りを待っていてくれる人がいる。

それが、これから命がけの戦いに向かう自分にとってどれほど頼もしいか。

 

「……約束する。ボクもみんなも、絶対無事に帰ってくる! そして、またみんなで笑いあうんだ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

巴里の大通りから少し道を外れると、そこからは日陰に覆われた別世界が広がっている。

昼間でも薄暗いその空間は夜になれば途端に闇に包まれ、慣れない人間ならば足を止めてしまうほどに異質な冷たい空気。

その奥に、知る者以外を拒むかのようにひっそりと看板を構える一軒のバーがある。

まるで日の光を避けてきたかのようなその場所でひと時のまどろみに身を任せるのは、酒とタバコと薬莢の臭いに塗れた闇の住人ばかり。

和やかさなど欠片もない鋭い視線が飛び交う空間にどよめきが走ったのは、先程のことだった。

 

「これはまた随分と驚きのゲストの登場だな?」

 

見慣れたマスターの詰りに、ジム=エビヤンは僅かな笑いを持って返す。

当然だ。

普段は一人で利用する定年間近の醜男が、自他共に認める美女を引き連れて扉を潜るなど誰が想像できただろう。

何を隠そう、再会した時は自分も大層驚いて声すら上げられなかったのだ。

今となっては懐かしくさえ思う、あの巴里全土を股にかけた追走劇から、もう10年以上が経つというのだから。

 

「まあね。アタシの美貌は10年やそこらじゃ変わらないのさ」

 

それはタイムカプセルに入っていたからだろう。

得意げにスコッチを煽る彼女を尻目に、エビヤンはグラスに揺れる老いた顔を眺めつつ氷を揺らす。

彼女、ロベリア=カルリーニが他ならぬ巴里華撃団の一員という事実が世間を揺るがしたのが10年前。

遥か東の災厄に他の少女達と共に姿を消して、程なくの事であった。

それまではパリ市警の間でも最重要機密とされていた情報も、賢人機関の解散と共に台頭したGという男によって白日に晒され、巴里華撃団は当初世間の評価が逆転し国賊という汚名までかけられることになった。

今思えば、賢人機関と共に巴里華撃団凍結を決断したグラン=マの判断の裏は、そうした世論を先読みした迫水支部長の頭脳があったためだろう。

だとすれば霊子甲冑開発維持のための技術と科学力を持つ整備班が一晩で海峡を隔てた先の英国に移ったことも頷ける。

 

「アンタたちこそ、しばらく見ないうちに老けちまったね。アタシに会えなくて寂しかったのかい?」

 

あからさまに胸元の張りを見せ付けながら、妖艶な声が煩悩を弄ぶ。

 

「寂しいなんてもんじゃないさ。こっちはあのダンスを10年もお預けにされてるんだからね」

 

「当たり前だろう。サフィール様のダンスを気安く拝もうなんざ、虫が良すぎるのさ」

 

タイミングが合ったように笑いあう。

かつて正義感のままに巴里の悪魔を捕えようと躍起になっていた頃が嘘のようだ。

 

「……ロベリア。一つ聞かせてくれ」

 

グラスのバーボンを一気にあおり、エビヤンはふと口を開いた。

 

「何故、私を誘ったのかね?」

 

突然すぎる再会に、エビヤンはひっくり返らん勢いで驚いた。

10年ぶりに突然目の前に現れ、一杯付き合えと半ば強引に連れ込まれたのだ。

聞けば間もなく世界中の華撃団は、帝都近海に浮上したという無人島で宿敵に挑むという。

その僅かな憩いの相手に選ばれた理由を、エビヤンは不思議に思っていた。

 

「……深い意味は無いさ。ただ、全部が終わった後に一番関わるのはアンタだからね」

 

首もとの鎖を遊ばせ、呟くロベリア。

その表情が遠い誰かに向けられていることを、エビヤンは知っている。

懲役1000年という鎖は、未だ彼女を縛り続けている。

その理由がなくなったとしても、華撃団の恩恵に甘んじることを彼女自身が赦さなかった。

もうすぐ全てが解き放たれるのだ。

巴里の悪魔でもなく、巴里華撃団花組でもない、一人のパリジェンヌに。

 

「何だ? また独房が恋しいのか?」

 

「さぁね。それかまたアンタと追いかけっこに興じるのも楽しそうだね」

 

「おいおい、こっちはもうすぐ定年なんだぞ? 年寄りをいじめないでくれよ」

 

「ハッ、アタシに目をつけられた時点で、静かな老後なんてありえないんだよ」

 

だからだろうか。

かつては憎たらしくて仕方なかったその表情が、反抗期の娘のように見えて仕方ない。

 

「覚悟してろよ。……一生迷惑懸けてやる」

 

「望むところさ。……飽きるまで付き合おう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かつての想い人が眠るその場所に、北大路花火は10年ぶりに足を踏み入れた。

生い茂った草を用意した鎌で丁寧に刈り取り、墓石に纏わりつくコケと土を丁寧に拭きあげて行く。

 

「フィリップ、覚えていますか? まだ実感が沸きませんが、10年も放ってしまってごめんなさい」

 

自分も彼も、何もなく生きていれば三十路に差し掛かっていただろう。

もしかすると新たな命も授かっていたのかもしれない。

この巴里の地に戻ってきて、ふとそう思った。

何も知らずに、一人の女として幸せに生きていたかもしれない未来。

だが、そんな眩しい未来が見えても尚、花火は今の人生を否定する気には毛頭なれなかった。

 

人間万事塞翁が馬。

 

そんな言葉を聴いたことがある。

グリシーヌと大神と、そして巴里華撃団として平和の為に人知れず戦い、人の心を癒すために舞い踊る日々。

これまでの思い出に浸り自身の時を止め続けた人生が嘘のようなめまぐるしさが、とても心地よかった。

時折夢の中に見る彼に、何度も今が幸せと語り、笑いあった。

愛する人との別離は、恐らく一生消えることの無い傷になるだろう。

だがそれがあるからこそ、他者の痛みを理解し寄り添い、絆を広げていくことができる。

だから、信じられる。

これから先の未来を信じて、かつてない戦乱に身を投じる覚悟が出来るのだ。

 

「フィリップ……、これから私は、皆さんと共に戦います。恐らくかつてないほどの強大な敵……命がけの戦いになるでしょう」

 

もし彼が生きてここにいたら、どうしているだろうか。

優しい彼のこと、恐らく止めようとするだろう。

世界の平和と自身の命。

これを冷静に天秤にかけられる人間ではない。

 

「それでも、花火は戦います。たとえあなたに止められたとしても、その手を振りほどいて、戦います。……そして、必ず生きて戻ります」

 

穏やかな声のまま、揺るぎない決意を述べる。

一礼の後に去り行く背中が、振り返ることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テアトル・シャノワール。

かつて巴里有数のシアターにして、平和を守る霊的組織の仮の姿。

そこが10年という時間を置いて臨時の避難所として解放され、多くの人間でごった返していた。

衣食住を追われた人々の力にならんと手を上げた自分達を、

 

「万全の状態でアンタ達を戦わせるのがこっちの仕事さ」

 

と固辞されたことは記憶に新しい。

そうして僅かな休息の間、向かった先は自身が育った懐かしい教会だった。

扉を開くと、神父ルネ=レノは両目に涙を溜めて出迎えてくれた。

 

「エリカさん……、ダイゴさんも、よくご無事で……!!」

 

「神父様、10年ぶりになるのかな……無事でよかった」

 

長い間会うことのなかった育ての親は、思い出の頃より皺が増えているようだった。

エリカが奉仕心を燃やし、レノ神父が失神しかけ、自分がフォローに奔走する。

そんな騒がしい日常が、随分と遠い昔のように感じられた。

 

「そういえばエリカさん、ご息女は……?」

 

「娘は、円卓の騎士と共に戦場で落ち合うと言ってました。私たちの娘として、共に戦うと……」

 

解散直前、倫敦から他ならぬツバサ自身の連絡には、エリカ共々大いに驚かされた。

記憶の限りでは妻の胎内で育つばかりだった娘は、画面越しにも涙を堪えるほどに身も心も成長を遂げていた。

 

『私は、ツバサは戦います! お母さんの慈しみの心と、お父さんの光の意思を継ぐ者として、ツバサは共に戦います!!』

 

「戦う前に、祈っておきたいんだ。10年間の懺悔と、これからのために……」

 

そう言うと、レノ神父は快く奥に通してくれた。

今までは人生を過ごして来たこの場所が、懐かしくも神聖に感じられた。

傲慢かもしれないが、主が受け入れてくれたような気持ちにすらなれた。

 

「主よ……。僕達はこれから、世界の平和を懸けた決戦に挑みます。どうかこの戦いで、真の平和が戻らんことを……」

 

「そして、共に戦う大切な人たちが、欠ける事無く生きて平和に戻らんことを……」

 

かつては互いの気持ちを通じ合わせ、愛を生んだこの場所で。

二人はただ、膝をつき祈り続けた。

 

「……生き延びよう。絶対に」

 

そう語りかけるダイゴに、エリカはかつての力強い声で返した。

 

「はい……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

休息という言葉ほど、自身にとって困るものは無かった。

幼少期より、頼る親も無く、心通う友もなく、力なき女児だった自身にとって唯一無二の武器であり鎧となったのが、偏に知識だった。

寸暇を惜しみ、ひたすらにありとあらゆる知識を身につけ、気づけば周囲の学童など及びもつかない高みへと上り詰めていた。

それまで自身を侮蔑の視線で見下ろす周囲は、いつの間にか恩恵を享受しようとゴマをすり寄る寄生虫に成り下がった。

だがその滑稽なまでの掌返しに僅かに溜飲を下げながらも、果て無き知識への探求は留まるところを知らなかった。

そしてたどり着いたのが、降魔大戦の折に機能不全に陥った霊的組織の復活と、その第一歩となる伯林華撃団鉄の星への参入だった。

生半可な精神や中途半端な実力では決して到達することの無い、選りすぐりの精鋭部隊。

その一員として秀才を遺憾なく発揮できることが、自身の何よりのアイデンティティであった。

 

「……はぁ」

 

だからこそ、かつてない現状に内心焦燥を隠しきれていない自らの醜態を、マルガレーテは恥じた。

降魔皇。

その真名を、大魔皇獣マガオロチ。

星そのものの生命力を喰らい、図らずも人類が復活させた怨念の実体たる降魔の正体にして源泉たる存在。

10年前に歴戦の勇者たる大神達先代華撃団が手も足も出なかった最強の敵を前に、伯林一と言っても過言ではない少女の頭脳は、既に白旗を揚げつつあった。

星単体から吸い上げた莫大な妖力と、無尽蔵な生命力。

言わば数匹のミツバチで巨大な大スズメバチの巣に挑むようなものだ。

こんな馬鹿げた勝負など、挑むほうがどうかしている。

それが理解できているからこそ、マルガレーテは抗い続けた。

僅かでも全員の生存率を上げられる作戦を。

世界最大の脅威を生き延びられる手段を。

しかし考えれば考えるほど、下がり続ける勝利確率。

どれだけの策を脳内の樹形図に書き加えても、0から動くことの無い生存確率。

焦燥と不安が、まるで底なし沼のように全身に纏わりつき、引きずり込もうとする。

今まで、こんな事はありえなかったのに。

 

「レーテ、いるか?」

 

聞きなれた声と共に扉がノックされたのは、その時だった。

一瞬送れて返事を返すと、怪訝な顔の少年が顔を覗かせてくる。

 

「大丈夫か? 何回かノックしたけど聞こえてなかったんだろ?」

 

「……別に。調べものしてたから」

 

「嘘つけ。……作戦が固まらねぇんだろ?」

 

咄嗟に平静を装うも、被せるように見破ってずかずかと入り隣に腰を下ろす。

いつもなら誰が入室を許可したんだと文句を言うところだが、正直そんな余裕が無い。

普段後先考えない無鉄砲な少年が、何故こんな時に限って聡いのだろうか。

 

「……今回の敵は今までとは訳が違う。無策に正面から挑んで、勝てるはずが無い……!!」

 

「だからって、策が出来るとは限らねぇだろ。結局いつもみたいにやるしかないんじゃないのか?」

 

必死に選んだ言葉に返ってきたのは、あまりにもあっけらかんとした気楽な返事だった。

こいつは本当に状況を理解しているのか。

いつもみたいに戦えないからこうして必死に時間を惜しんで策を練っているのではないのか。

 

「怖がるなって」

 

だが、それを口に出そうとしたとき、不意に頭を抱え込まれた。

初めての感覚だった。

一瞬、何をされたのか理解が追いつかなかった。

目の前に居るのは、自分より5つも年下の子供なのに。

その腕が、胸板が、妙に大きく感じられた。

 

「そんな小手先の作戦が無くたって、俺が突破口を開いてやる。お前にばかり背負わせるか」

 

理解が追いつかない。

突破口を、あの降魔皇相手に切り開く。

どれだけ無謀で根拠の無い暴論だと、いつもなら冷ややかに切り捨てていたはず。

そのはずなのに、言葉が出てこない。

このまま、押し付けられた大きなぬくもりに、全て委ねてしまいたい。

何年も前に捨てたはずの、突きつけられた自身の弱さが気恥ずかしい。

それがよりによって年下の、あどけなささえ残る少年に背負わせようとしている自分が情けなく、悔しい。

 

「……貴方のせいよ」

 

辛うじて口に出た言葉さえ、素直な礼に出来ないのがもどかしい。

何て言えば良いのか、何て応えれば良いのかも分からない。

何年も積み上げてきた心の壁をあっさりと壊しておいて、何とも思っていないその顔が、

 

「貴方が無茶ばかりするから……、ずっと気が気じゃなくて……、心配でたまらなくて……」

 

引っぱたきたくなるくらい憎くてたまらないのに……、

 

「必死に貴方を守る策ばかり考えて……、堂々巡りで躓いて……、それなのに貴方だけ何も心配してなくて……」

 

これでもかというほど言葉攻めにしてやりたくて堪らないはずなのに、

 

「寝ても醒めても……、何をしても貴方のことばかり……、そのくせ私の気持ちも知らないで笑ってばっかりで……私だけ……!!」

 

時が止まれば良いと思う程、愛しくて堪らないのか。

 

「……俺を信じろ、レーテ」

 

まただ。

何の根拠も無く、纏わりつく闇を根こそぎ剥ぎ取ってしまう。

 

「誰も死なせねぇ。大神さんたちも、親父もお袋も、隊長も、お前も……、誰一人死なせたりしねぇ。俺がみんな守ってやる!!」

 

「……ポール……」

 

本当に目の前にいるのは年下の少年なのか。

そう疑ってしまうほどに、目の前の男は大きく見えた。

何もかも投げ捨てて、このまま攫ってと叫んでしまいたくなるほどに。

 

「貴方こそ……、死んじゃ嫌……、絶対死んじゃ……許さないから……!!」

 

その背中に手を回し、叫ぶ。

そうしなければ、今度こそ手の届かない遠いところへ行ってしまいそうな気がしたから。

 

「貴方のせいよ……、こんなに私の事ぐちゃぐちゃにして……、かき乱しておいて……信じさせておいて……、勝手に死んだりしたら……、絶対……絶対許さないんだから……!!」

 

返事は無い。

代わりに、抱きしめ返された。

息苦しいくらいに、強く、抱きしめ返された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自室がもぬけの殻だったことを不審に思い、もしやと思って寄ってみると案の定だった。

 

「……流石に無粋な真似はするまい」

 

出撃前に愛でてやれない事は心残りだが、それはすべてが終わってからでも良いだろう。

自身の場合は母性によるものだろうが、彼女のそれは明らかに無自覚な恋慕の情だ。

そしてポール自身も、彼女を思うからこそこうして様子を見に来たのだろう。

 

「墜とさせるものか。お前達の命は、私が預かった……!!」

 

秘めたる決意を胸に、エリスは音を殺したまま踵を返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分は今夢を見ているのか。

その場にいる誰もがそう思ったことだろう。

何故ならそこに立っていたのは、もう10年も前に行方が知れなくなった自分達の仲間の姿だったからだ。

 

「待たせちまったね、みんな……。今戻ったよ」

 

「あ、姉さん!!」

 

カルロスの言葉を皮切りに、一斉に駆け寄る。

最初に飛び出したジンジンを抱きとめ、続くバーバラとハイタッチをかわし、ブライアンと熱いハグを交わす。

間違いない。

あの時、異国の戦いに救援に行ったきりだったサジータ=ワインバーグが、目の前に帰ってきたのだ。

 

「みんな聞いてくれ。これからアタシら星組は、最後の勝負に挑まなきゃならない。全ての元凶が、新次郎の故郷の近くで陣取ってやがるんだ」

 

「シンジロウの……、そうだったのか……」

 

ハーレムのケンタウロスは、みな一つの誓いを立てている。

一人はみんなの為に、みんなは一人の為に、ただハーレムを愛する。

そしてそのために尽力してくれた大河新次郎という青年を、皆が覚えていた。

かつて自分達の街を守るために尽くしてくれた彼の為に、サジータは再び戦うというのだ。

それを誰が止めるというのだろう。

 

「アタシの帰りを信じて10年間待ち続けてくれたんだ。その思いを無駄になんてさせやしないさ」

 

「……ずるいぜ姉さん。そんな顔で言われちゃあ、送り出すしかないじゃないですか」

 

「おいおい、揃いも揃ってアタシより歳食ってるくせに何言ってんだい。……必ず帰ってくるさ、約束だ」

 

そう応えて挨拶もそこそこに歩き去る背中に、声援を送る。

かつての信長事件の時のように、また笑顔で帰ってきてくれると信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベイエリアに立ち並ぶ倉庫外の一角には、奇妙な噂が流れていた。

ハンモックやランタンなど、流浪人のような人物の生活の跡があると。

その周辺には、スカーフを巻いたフェレットが徘徊していると。

 

「ただいま、ノコ!!」

 

時にギャングすら練り歩く危険地帯に、不釣合いなまでに快活な声が響き渡る。

瞬間、部屋の隅に身を隠していたフェレットが、ボロボロになったスカーフを揺らしながら飛んで来た。

ノコ、と呼ばれたフェレットは、まるで飼い主に懐くペットのようにその胸に飛びつく。

それもそのはず。

何故なら訪問者、リカリッタ=アリエスは、10年前までこのフェレットと共にこの場所で生活をしていた凄腕の賞金稼ぎだったからだ。

紐育華撃団星組の一人であり、同時にメキシコから渡米したこの少女は、壮絶な半生の中で父の形見である2丁の銃を頼りに生きてきたガンマンであった。

 

「ありがとなヘビーフェイス!! リカの住みかとノコ、守ってくれて!」

 

そう笑顔を向ける先には、白のハットとスーツに身を包むベイエリアのボスが葉巻を加えて立っていた。

思えば不思議な縁だと、ヘビーフェイスは思う。

かつてはこのベイエリアの覇権をかけて対立するかとも思っていたが、例の信長事件とやらの折のドサクサですっかり腐れ縁が出来てしまった。

そんな相手から一方的に信頼できると来たもんだ。

応えてやらねばマフィアではないと、以来この場所を横取りしようとするゴロツキの掃除に当たり前のように手を焼いていた。

 

「……お嬢、まだ時間はあるか?」

 

だからだろうか。

無意識のうちに、自分から誘っていた。

 

「あるならそいつも連れてきな。シシカバブくらいなら奢ってやるぜ」

 

「ホントか!? ありがとう!! ノコも良かったな!!」

 

不条理なものだ。

着の身着のままで生きてきて、辿り着いた先が人智を超えた化け物との終わりなき戦いの日々。

それでよくここまで心が磨り減らずに生きてこられたものだ。

まだ自分より二周りも年下の子供だというのに。

 

「お嬢」

 

「ん?」

 

「お前の背中には俺たちがいる。徹底的にやって来い。お前の紐育は俺たちが守ってやるからよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紐育の中心部より北に数キロ。

高層ビル群に囲まれた一角には、まるで森林をそのまま切り取ってきたかのような美しい緑豊な空間がある。

セントラルパークと呼ばれるその場所は、普段は森林浴やバードウォッチングに興じる人で賑わっているが、今回の降魔事件に際しては臨時の避難テントが連なる避難所として機能していた。

人智を超える怪物によって心身ともに蝕まれた人々に、衣食住の提供こそ間に合ったものの、緊急医の確保がままならない。

しかしそこへ、まるで虚空の中から現れたかのような一人の女性が、臨時の診療所を構えると申し出てきた。

僅かな時間だがその間にセントラル病院からも医療従事者が派遣できるという知らせもあり、そのつなぎとして彼女の申し出に甘えることにした。

 

「傷口が化膿しないよう、適宜消毒してください。次の方、どうぞ」

 

通常ならば体調不良者でごった返したまま5~6時間待たなければならないところ、こうして少しずつだが診療を開始することが出来た。

これで少なくとも患者達の心理的負担は減ることには違いない。

そして女性は無償で休み無く立ち続け、気づけば3分の1の患者の初診を終えて派遣された後任に交代することになった。

 

「……失礼ですが、どこかで医学を学ばれた経験が?」

 

これほどの混乱と設備も揃わない中、何故冷静に処置を続けられたのか。

不思議に思い尋ねた医師に、女性は躊躇いがちに答えた。

 

「……かつてボストンで医療について学んでおりました。それにここは、私にとって思い出が深い場所だったので……」

 

そう答えて足早に去る女性。

その後姿を見送った時、ふと医師の脳裏に一人の名前が過ぎった。

もう10年以上も前のこと。

一人の医学生がこのセントラルパークで、霊力という未知の力を用いた毒素の除去に成功したという報告だ。

当時は半信半疑だったこの力が、霊的組織とそれに敵対する降魔という存在が知られるようになってから、一般的に広く周知されるようになった。

曰く、その力は若い成人前の人間に発現することが多く、とりわけ女性に多く見られる現象であると。

その中でも特に高い力を持つものだけを選りすぐって結成されたのが、あの信長事件でこの街を守りぬいた紐育華撃団星組であったと。

その中の一人に、ボストン大学医学部に在籍する少女の名前があった。

 

「……まさか、貴女は……!!」

 

叫びかけたとき、女性は振り返り口に指をあてサインを促す。

瞬間、医師は確信する。

彼女こそあの星組の一人。

10年前に他ならぬ自身が助けられ、医師を志す切欠を与えてくれた人。

紐育華撃団星組、ダイアナ=カプリスであったのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やはり、君は動かないんだね」

 

作戦司令室から外に見えるリトルリップシアターのテラスで、サニーサイドは静かに街を見下ろす人物に声をかけた。

元欧州花組の一人にして、現紐育華撃団星組隊員の一人、九条昴。

加入当初から性別を含めた一切を明かさない変革の星は、10年ぶりの帰還に際してもその動向に変化を見せることは無かった。

 

「昴は懸念している。あの降魔大戦の封印から復活まで昴を含めた全員の身体機能は停止していた」

 

「まるで時が止まったように、と言う事かい?」

 

それは星組帰還の報を受けてすぐにサニーサイド自身も感じた大きな違和感だった。

10年間閉じ込められた異空間は、恐らくこの世界の常識の一切が通用しない。

通常の人間なら10年間もの間飲まず喰わずではどんなに屈強だろうとミイラになってしまう。

ところが帰還した彼らはいずれも衰弱どころか霊力すら残した状態で戻ってきた。

封印発動に際しその身に宿るほとんどの霊力を使い果たしていたにも関わらずである。

そう考えると、先の戦いであの魔皇獣相手に終始優位に戦いを進められたことにも、大いに疑問が残る。

現存していた帝国華撃団の最新鋭の霊子戦闘機とウルトラマンメビウスの連携を以ってようやく倒せた相手だ。

それをいかに経験値の差があろうと、機体の性能差と霊力の疲労度合いから考えてまともに敵うとは到底思えない。

だがしかし、三都華撃団と4人の巨人は、その常識的な演算を根底から覆す大勝利を齎した。

現状こそ結果オーライという感覚で気にする余裕が無い事も確かだが、よくよく考えれば不自然というよりありえない話である。

 

「実際に封印されている間はどうだったんだい?」

 

「自覚することさえ出来なかった。封印のショックで眠りについていたか、仮死状態になっていた可能性が高い」

 

「じゃあその間、意思疎通を取ることもできなかったという訳か。……降魔皇は例外だったみたいだけど」

 

言いつつもサニーサイドは、彼らが辿った流れに一定の見解を見つけつつあった。

帝鍵による封印に際し、膨大な霊力を使用した彼らは封印の際に意識と共に仮死状態に陥った。

それは昴の証言からも明らかである。

そして降魔皇が現世に干渉できたのは、一つだけ切欠となる出来事がある。

それが世界華撃団大戦における真田の幻都封印の解除だ。

実際は降魔皇の力の一端を吸い取って再度封印に至るわけだが、少なからずこの時点で降魔皇にはコンタクトが試みられていた事になる。

だとしても疑問は尽きない。

自分だけ意識を取り戻していたというなら、その時の降魔皇にとって現世への干渉は無理でも、大神達は格好の餌食だったはず。

にも関わらず彼らは無傷のまま、それどころか霊力や光エネルギーを漲らせて戻ってきた。

まさか10年間の間に霊力を回復させ続けていたとでも言うのだろうか。

 

「これは主観に過ぎないが、目覚めた時の昴たちは皆、暖かい光に包まれている感覚を覚えていた。先代花組の言葉を借りるなら、それはかつてウルトラマンと一体化しているときと酷似していたらしい」

 

「……ふむ」

 

一つだけ考えられるのは、1万年前に降魔皇の本体であるマガオロチを死闘の末に封印したという原初の巨人である。

彼に残された残留思念が幻都に通じており、大神達を10年間守り続けていた、と仮定すれば一応の納得は出来る。

しかし幻都という異空間が謎に包まれている以上、これは机上の空論の域を出ない。

それにオーブの思念であるプラズマ=オーブはウルトラマンゾフィーの手によってM78星雲に運ばれた後にウルトラマン達を介してその力を振るってきた。

封印発動直前にハワードが銀河にオーブを受け継がせた以上、その宝珠の力で生きながらえたという線はない。

今さら他に地球に思念を残す方法があるのだろうか。

もしあるとすれば、何故そうした形でしかオーブの思念は干渉できないのだろうか。

 

「幻都、という存在をもっと調べる必要がありそうだな」

 

「昴も同意する。この降魔皇という存在は、あまりにも異質すぎる。まるでマガオロチとしての生命が何かを狙っているかのように……」

 

10年という長い戦いを経て、尚もその尻尾をつかませない大魔皇獣。

果ての見えない宇宙からの脅威は、地平線を隔てたここからでさえ自分達を威圧する。

逃れようの無い大きな運命が、うずまいているかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紐育ビレッジ地区。

住居マンションが立ち並ぶ一角に、都会に不釣合いな一頭の馬がいた。

飼い主の姿が無いにも関わらず人に迷惑をかけることもなく、時に強盗など軽犯罪が近くで起きれば犯人の逃走を妨害して治安維持に貢献したことも少なくない。

ラリーという名札を下げたその名馬はいつしかビレッジ地区のマスコットのような印象を感じさせ、紐育の人々に可愛がられるようになっていた。

 

「ラリー!!」

 

そんなラリーが、自身の呼ぶ声に一際大きく嘶き、駆け出す。

無理も無い。

何故ならその声の主は、10年ぶりに帰ってきた自身の大切なパートナーだったのだから。

 

「ラリー! 良かった……!! ごめんね……今まで独りぼっちにして……」

 

涙を浮かべ顔を撫でるその手に、ラリーも慈しむように目を細める。

ラリーとパートナーであるジェミニ=サンライズとは、共にテキサスで生まれ育った。

太陽が輝く広大な荒野を、風を切って共に駆けた記憶。

時に肩身の狭い思いをしながらも、紐育華撃団という星になる夢を叶えたジェミニと過ごした二人三脚の日々。

そして……、

 

「久しぶりだね、ラリー……。無事でよかったよ」

 

ジェミニの後ろから穏やかに微笑みかける青年は、この紐育に来てからの縁だった。

大河新次郎。

ジェミニが所属する紐育華撃団星組の隊長であり、ジェミニの恋人だ。

長く息の詰まる暮らしを続けてきたジェミニを、自分には出来ない形で支えてくれた恩人でもある。

 

「……何だか、不思議な気持ちだよね。ボク達は何も変わってないのに、周りだけがすっかり変わっちゃって……」

 

どこか寂しげに、懐かしむようにジェミニが呟く。

幸い二人の住居はそのままだが、近隣の図書館やカフェをはじめ多くのアパルトメントが建て替えられていった。

10年ぶりの来訪とあっては、目印も無く分かりにくかっただろう。

 

「知ってる、新次郎? 馬の寿命って、長くても30年くらいしかないんだって」

 

やはり誤魔化せなかったようだ。

ラリーにとって、パートナーと離れ離れの10年はあまりに大きかった。

子馬の頃から共に過ごしてきたラリーは、既に齢25を超えている。

今日まで再会を信じて生きながらえてきたのも、気力によるものが大きいのは事実だった。

 

「ごめんね……、ずっと寂しかったよね……。ずっと心細かったよね……」

 

瞳に涙を溜めて、頬ずりするジェミニ。

その視界さえ気を抜けばぼやけてしまう事が悔しい。

 

「ジェミニ……、覚えてる? 昔話した君の故郷の事」

 

彼女の肩に手を置き、語りかけたのは新次郎だった。

 

「君が生まれ育ったテキサスに、帰る時は連れて行って欲しいって……。僕は今でも覚えているよ」

 

「新次郎……」

 

「だから、この戦いが終わったら、本当の平和を取り戻したら、テキサスに行こう。僕と君とラリーで、10年分の思い出を取り戻すんだ」

 

妬ましい。

震える肩を抱くことも、優しく甘い言葉で癒すことも、何一つ自分には出来ない。

だからこそ、信じられる。

彼なら、心からジェミニを慈しむ彼ならば、きっと……。

 

「ラリー、あと少しだけ僕達を信じて待っていて欲しい。これから僕達は、世界の未来を賭けた決戦に挑まなければならない。きっと今までで一番手ごわい相手だろう」

 

真っ直ぐにこちらを見据えるその目は、鋭く澄み切っていた。

まるで彼が振るう曇りなき刀の輝きのように。

 

「でも約束する。僕は必ず、ジェミニと、みんなと一緒に生きて帰ってくる。必ずだ!!」

 

言葉を返すことは叶わない。

だからこそ、あらん限りの声で嘶く。

それが彼らの背中を押す、激励になると信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それを耳にした時、ハワード=アンバースンは己の耳を疑った。

嬉しさよりも、衝撃に震えた。

無理も無い。

目の前の女性が放った言葉は、想像を遥かに超えていたからだ。

 

「そうよね。可能性があったのはあの運命の夜の1度だけだもの」

 

あっけらかんと答える彼女は、記憶の残像を残しながらも成熟した艶やかな笑みを浮かべて寄りかかる。

宇宙忍者の侵略から、身を挺して紐育を、世界を守り抜いた運命の夜から、自身のの辿った軌跡は波乱に満ちていた。

辛うじて辿り着いたM78星雲で治療を施し、名実共にウルトラマンとなった。

その際に引き合わされた見習いの戦士に、戦いの手ほどきを加えたのも束の間。

地球に未曾有の危機を知らせる謎の信号をキャッチし、警備隊長共々地球へと舞い戻った。

そうして再会を喜ぶ間もなくあの人智を超えた怪物との死闘である。

この星に残していた彼女のみに何が起きていたのかすら、窺い知る事は叶わなかった。

だからこそ、ハワードは驚愕した。

隣にまどろむ女性はいつのまにか妻となり、母となっていたことを。

彼女との結晶が、今や遠き伯林を照らす星となっている事を。

 

「貴方にそっくりよ。無鉄砲なところも、危なっかしいところも、何者にも恐れない不屈の心も」

 

「……そっか」

 

手元の写真に写るのは、屈託の無い笑顔で歯を見せて笑う少年だった。

名はポール=アンバースン。

いつか戦友が語った、人々を導く指針『Polar Star』から授けられた名前の少年は、今や伯林華撃団鉄の星の一員として世界を守っているという。

かつて自身も、運命の歯車によって戦場に身を投じた記憶が脳裏を過ぎる。

同じ道を歩む息子の笑顔は、不安を感じさせながらも誇らしく見えた。

 

「ハワード……」

 

ふと、隣の女性はこちらの肩にもたれかかる。

後ろからその肩を抱き、優しく引き寄せると、そのまま顔を埋めてきた。

いっそこのまま時が止まればと、ハワードもまた目を閉じる。

そして心に誓うのだ。

彼女と、そして戦場で邂逅する愛息子と共に、未来を勝ち取ると。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10年ぶりに腰掛けた支配人室の椅子は、僅かに感触が良くなっていた。

恐らく空白の期間に新しく変えられていたのだろう。

見れば周辺の小物も、様々に変化したように見える。

特に入り口の薙刀は、現役当時から使い続けてきた業物に違いない。

自身の帰還を信じて耐え続けた時間の長さを、改めて思い知らされる。

 

「失礼します」

 

支配人室の扉がノックされたのは、そんな感傷と共に部屋を見渡していた時だった。

 

「大神司令、お呼びですか?」

 

遠慮がちに部屋に入ってきたのは、今の花組を取りまとめる若き侍だった。

その表情は、どこか居心地に違和感を感じているようで、かつての自身が重なって見えた。

 

「神山君。まずは礼を言わせて欲しい。若き花組隊員たちを触媒としてとりまとめ、世界華撃団と共に真田事件を解決に導いてくれた」

 

「勤めを果たしたまでです。それに、あの戦いに勝利できたのは皆のおかげで……」

 

返ってきた言葉は、謙遜に尽きた。

言葉に一切のごまかしが無い。

部下を大切な仲間と認識し、自分達と同じ絶対生還を掲げる隊長の資質を、大神は確かめた。

 

「(やはり君の目に狂いは無かったな、すみれくん……)」

 

真田の謀略と経済、人事の双方で揺れる中、よくここまで立て直したものだと驚きを禁じえない。

今頃はサロンで肩の荷を下ろしてくれているであろう戦友に心の中で感嘆した。

 

「……大神司令、お尋ねしたことがあります」

 

ふと、若き触媒が口を開いた。

 

「10年前の降魔大戦……、帝鍵の使用を躊躇われたのは……?」

 

忌まわしき記憶のひとつが、脳裏を過ぎった。

聞けば隊員の一人はその女性の実子という。

顛末は聞かされているだろうが、やはり自分の口から聞きたいということなのか。

 

「……神山君。俺は、名誉の戦死という言葉が一番嫌いだ」

 

それは、まだ霊的組織の若き隊長であったときの頃。

人智を超えた怪物である降魔の本拠地たる聖魔城に突入し、相次いで戦死を遂げた仲間達。

そして情に流され手を打てずに敵方へ下ってしまった時の副司令。

すべての出来事を、大神は心に楔として打ち込んでいた。

負けてはならないときがある。

全てを捨てて進まねばならないときがある。

だから、自分は決して誰も死なせない。

自分の指揮でそれが叶うなら、仲間との絆がそれを可能にするのなら、誰一人として死なせたりするものか。

その思いがあったからこそ、時の帝国政府に逆らい処刑覚悟で魔神器を独断で破壊した。

西方はパリシィの怨念たるオーク巨樹との戦いでも、玉砕を命じた司令部に反抗し、絶対生還を誓った。

これらは全て、自身のエゴなのかもしれない。

だが誰か一人でも欠ければ、それは待ち望んでいた勝利で無い事を誰もが理解し、共感し、付き従ってくれていた。

だからこそ10年前。

一人の天宮の女性を凶刃から守れなかった事実が、今も自身の心に深く突き刺さっていた。

 

「確かにもっと早くに帝鍵の使用を決断していれば、降魔皇の被害を抑えることは出来たかもしれない。だとしても、俺には天宮くんの母君の命を天秤に賭けることが出来なかった」

 

それは、軍人としては失格なのだろう。

事実最終的に自分達は、すみれ達一部の同志を除いて帝鍵の封印に巻き込まれ、今まで帝都を、世界を無防備に晒してしまった。

それは、決して大神の本位ではない。

 

「この帝都の平和を預かる人間として、それは甘いのかもしれない。だが犠牲を受け入れてしまえば、例え勝利したとしても絶対に後悔が残る。それだけはしないと、俺は誓っているんだ」

 

ともすれば、失望されるかもしれないとも思った。

自分の発言は、少なくとも帝国陸海空軍ならば懲罰どころの騒ぎではない。

故に目の前の将校が幻滅したとて無理の無い話だと思っていた。

 

「……安心しました」

 

だからこそ、大神は一瞬呆気に取られた。

目の前の青年は、自身の言葉に安堵の息を漏らしていたからである。

 

「大神司令、貴方の指針は花組再結成当初から、すみれさんに聞かされていました。全員絶対生還、これを貫徹しなければ花組ではないと」

 

「すみれくんが……」

 

「帝都に仇なす敵を討ち、全員で生きて帰る事。俺も、みんなも、その思いに共感したからこそ、花組の一員であることに誇りを持てています」

 

一瞬、こちらを見る若き視線に射抜かれる。

どこまでも真っ直ぐな瞳で、彼は心からの言葉を告げていた。

自身の思想を受け継ぎ、それを守り続けてきたのだと、教えてくれた。

 

「自分は、正直不安でした。我々後任の存在が出来たことで、大神司令も皆さんも、玉砕を覚悟して挑むのではないかと」

 

「そうか……、心配をさせてしまったな」

 

若輩に心を砕かせるとは、自分もまだまだだ。

そう心の中で独りごちて、大神は徐に席を立つ。

 

「神山君」

 

今度は正面から真っ直ぐに向き合い、その肩に手を置き微笑みかける。

視線の合った顔は、少し緊張に強張っていた。

 

「約束しよう。俺達は必ず勝つ。そして全員で生き残って、また君達の元に戻ってくる……!!」

 

根拠も策も無い事など、目の前の聡い将校は気づいているだろう。

自分でも自信は無い。

だが言葉にすることで、そこには希望が生まれることを、大神一郎は知っていた。

僅かな可能性という、決して消えない希望の火が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遡ること420年前。

時の大名たる北条氏綱は、大永年間の折に江戸湾にて陰陽師を集め、巨大な大陸を浮上させた。

相州太守という数多の宝殿の権力者であることを世に知らしめるための工作の一環として生み出されたこの場所で、氏綱は上杉方に挑むための禁忌を犯した。

平安より伝えられし幾万の業と怨念が眠るこの地において、その怨念を使役せんとする放神の儀を秘密裏に行ったのだ。

現地に生きる農民らを生きたまま供物とする狂気の実験、後の降魔実験の始まりである。

結果から言えば、実験は成功だった。

怨念は苦悶の果てに魂を手放した肉体を喰らい、異形の化け物となって現世に降臨した。

しかし程なく人の手に余ると判断された化け物たちは、大陸諸共江戸の海底深くに封じ込められたという。

 

それが、『大和』の始まりである。

 

「……来たか」

 

ただ一言。

眼前に見える光景に降魔皇は呟いた。

大陸そのものに、かつての聖魔城のような建造物は無い。

悪魔王との戦いで残った平坦な陸地が地平線となって広がるばかりだ。

そしてその中心に置かれた簡素な玉座に、怨念の主は座していた。

まるで自分達の到着を待ち望んでいたかのように。

 

「こうして相対するのは2度目だな。……まさか我が配下をも破るとは思わなかった」

 

その姿が未だ仮初に過ぎないと聞いていても、眼前から放たれる妖力の濃度は桁違いというレベルではない。

元々この場所が降魔達の本拠地であることもそうだが、やはりこの地下に眠っているのだろう。

奴の本体である大魔皇獣の肉体が。

 

「降魔皇……いやマガオロチ!! 今度こそ全ての決着をつける!! 貴様の帝都……、地球侵略もここまでだ!!」

 

一歩前に進み出て、大神が刀身を突きつけ叫ぶ。

並みの者ならば腰を抜かさんばかりの気迫。

だが降魔の皇は、それすら一笑に付した。

 

「ほう……、ならばお前達は理解しているのか? 我が世に欠片を放った狙いを」

 

「考えるまでもねぇ! テメェが降魔をけしかけて世界中の都市を瘴気で包むつもりだったんだろ!?」

 

「昴は確信している。世界の各都市に死を蔓延させ、その怨念を糧に肉体の復活を進める算段だったと」

 

すかさず噛み付くサジータと昴。

だが、嘲笑と共に返ってきたのは驚愕の言葉だった。

 

「……下らん。高が地上の人類如きの怨念を集めた程度で何になる。我の目的は侵略などではない、この星を浄化することだ」

 

「じ、浄化!?」

 

「戯言を! 怨念に塗れた降魔たちで人類を脅かし、世界を恐怖に包んでおきながら何が浄化だ」

 

一瞬言葉を失うコクリコの横で、グリシーヌが怒りを露にバトルアクスを握る手に力を込める。

グリシーヌの言う通りだ。

地球の生命の筆頭である人類の平和を脅かしておいて、地球を浄化するなど矛盾も甚だしい。

だがその怒りすら、皇は嘆息と共にいなす。

 

「お前達の中にも言語の通じぬものがいるのか? 我は地球人類を浄化するなどとは言っていない。星を浄化すると言ったのだぞ?」

 

「どういう事かしら?」

 

油断無く身構えたまま、マリアが問いただした。

もしや地球人類に危害を加えることが、この星の浄化とやらに寄与するなどという詭弁を語るつもりか。

 

「我とて伊達に何千年もこの星に巣食っておらぬわ。幾つもの種の繁栄を見届け、衰退を見届けてきた。その中でも特にこの星にとって有害な存在、それがお前達地球人類だったのだ」

 

「ハッ! お前みたいな寄生虫と比べたら、アタシらの方が何万倍とマシに決まってんだろ!!」

 

「……果たしてそうかな? 確かに我がこの星に有害な存在であることは認めよう。いずれは星の生命全てを吸い尽くしていくのだからな」

 

すかさず悪態を突くロベリアに、皇は含むように笑みを浮かべる。

一体奴は何を語ろうというのだ。

この期に及んで自身の行為を正当化するとでも言うのか。

 

「我とて喰らう星の質を落とす真似はせん。故にお前達では到底及びもしない間星に留まり、生命の行く末を眺め続けていた」

 

だが、と皇の視線がこちらを射抜く。

 

「この星に繁栄する種の中で唯一、星そのものに害を与える者達がいた。 奴らは文明の発展の為に他の種の犠牲に目もくれず、星の生命そのものを私利私欲のための汚し始めた。そして、挙句の果てには地中深くに眠る我が力に目をつけ、我が物にしようと企んだ。これほどまでに欲望に塗れた種を、我は見たことが無い」

 

それは、生命の寿命を超越してこの星の栄枯盛衰を目の当りにしてきた降魔皇だからこその理論だった。

地球人類は、これまでの生命の中でも知的な発達を遂げた種族だった。

故に途方も無い年月の間に無数の文明を築き上げ、今日の蒸気革命による発展を成し遂げた。

だがその平和が、あくまで人類視点によるものだと言われれば、反論の余地はない。

自分達の繁栄は、他の種の衰退によって贖われたものだからである。

 

「お前達とて同じだ、M78星雲人。我から星を防衛しようというのは理解しているが、何故これほど星に有害な影響を及ぼす地球人類を身を挺してまで守ろうとするのだ? こんな種など守ったところで星を壊されるのがオチだろう?」

 

「我々はこの星を、そして人々を愛し守ろうとする霊的組織、彼らの姿を認めた! 地球人類は他の星に無い、互いを愛し守りあうぬくもりがある!」

 

「確かに歴史の中で手に余る闇に手を出した事実もありますが……、それを正し、癒し、導くために私達霊的組織はいるのです!!」

 

すかさずウルトラマンの視点から反論する豊と秀介。

そうだ。

ウルトラマンオーブはこの星の未来を託した。

そして人類は霊力という力に基づき、平時は舞台の上で人々の心を癒し、戦場では正義の志を持って悪を討つ。

そんな絆を知ったからこそ、自分達宇宙警備隊は地球人類との連携を決意したのだ。

 

「本気でそんな事を言っているのか? 元はと言えば降魔に始まる妖力の脅威も、お前達人類の欲望で引き起こしたことだろう? その尻拭いをしているだけのお前達が人類にこそ良い顔をすれども、何故星の維持に貢献しているなどと言えるのだ?」

 

「くっ……!!」

 

言われてみれば痛い指摘であった。

人類によって生み出された闇が人類に牙を剥いたとき、その脅威を払うことは地球人類の大きな助けになるだろう。

だがそれが地球そのものの影響になるかと問われれば、答えられない。

人類が生み出した闇を人類が打ち消したところで、地球への影響は相殺に留まりプラスに働くことは無い。

降魔皇からしてみれば、自分達は正義を語って先達の尻拭いを行っているに過ぎないのだ。

それこそ、都市防衛構想という舞台の上で、正義の役を演じているだけの話なのである。

 

「我とて意味も無く目覚めようとも思わぬ。星を食らうその時に目覚めればよいだけの話だ。その我を呼び起こした者が誰だったか、知らない事はあるまい」

 

今度こそ言葉に詰まる。

そうだ。

経緯はどうあれ、降魔皇という精神エネルギーが覚醒を果たしたのは、降魔の力を用いて帝都に混乱を齎そうと画策した一部の人間である。

だとすれば今日に続く脅威さえも、元をただせば人類に原因があることになってしまう。

 

「用が無ければ我も目覚めぬ。だがお前達は欲望をむき出しに人類同士で下らない小競り合いを繰り返し、無駄に血を流し合って瘴気を蔓延させてゆく。この瞬きの間に星の質がどれほど落ちてしまったか……」

 

「だから自ら干渉し、私達人類を排除しようとしたですのね……」

 

「その通り。お前達も食事に害虫が寄ってきたら振り払うだろう。それと同じことだ」

 

搾り出すような花火の言葉に、持論を展開する降魔皇。

星の捕食者という観点から見れば、確かに自分達のしてきたことは自己満足の域を出ないかもしれない。

人類の自由と平和の為に戦ってきたすべても、星そのものにとっては何の意味も持たないのかもしれない。

 

「確かに俺達人間の中には、他の命を軽んじる者もいた……。欲に溺れ、闇に魅せられ、人の矜持を捨てて魔の軍門に下る不届き者もいた……」

 

一瞬瞳を閉じ、大神は呟く。

だが次の瞬間、その双眸を見開き睨み返した。

 

「だが、それが人類の全てではない!! 何より星そのものの脅威である貴様の言葉など、聞く耳もたん!!」

 

「そうよ! あたし達は人の世を守るために、正義の為に戦う!! この星そのものを喰らう脅威さえも!!」

 

「貴方のメインディッシュをお膳たてするつもりは毛頭ないわ。安心して地獄へ堕ちなさい!!」

 

「黙って聞いてりゃ都合の良い御託並べやがって。アタイはテメェみてぇな偽善者ぶった野郎が一番嫌いなんだ!!」

 

「地球はおじさんのご飯じゃないもん!! アイリスたちがやっつけてやるんだから!!」

 

「所詮あなたを倒せば万事解決デース!!」

 

「この世の命全てを喰らわんとするその所業、神に代わって天罰を下します!!」

 

「この瞬間を待っていた。ブルーメール家の、人類の誇りにかけて貴様を討つ!!」

 

「やっと手に入れたボクの居場所、ボクの未来……、お前なんかに食べられてたまるか!!」

 

「長生きしてるくせに肝心なところ分かってねぇな降魔皇とやら。アタシら人間の恐ろしさってモンをよぉ!!」

 

「世界の、人類の未来の為に……、北大路花火、参ります!!」

 

「僕達は絶対に諦めない!! 降魔皇、お前を倒す!!」

 

「師匠……、お姉ちゃん……、ボクに力を……!!」

 

「開廷と行こうじゃないか。世界を賭けた裁判のね!!」

 

「リカはお前を許さない! みんなの地球を食うなんて、絶対に許さない!!」

 

「この世に生きとし生けるものの為に、貴方を討ちます!!」

 

「昴は宣告する。僕達を、人類を舐めるな……!!」

 

「お前に奪われた10年間……、倍にして返したるさかい、往生せいや降魔皇!!」

 

「相手にとって不足はねぇ。住処を荒らされた龍の怒り、存分に味あわせてやるぜ!!」

 

「さくらたちに代わって、私達が相手してあげるわ!!」

 

「母さんから受け継ぎ、中国の秘伝! 父さんから受け継ぎ、正義の意思!! 受けてみる、です!!」

 

「目標補足。鉄の星各機、戦闘態勢に突入せよ」

 

「全ての災いの根源を、断つ!!」

 

「私も諦めない……。最後まで、皆が生き残る策を見つけ出す!!」

 

「冥土の土産に覚えとけ降魔皇!! 伯林を照らす星、ポール=アンバースンをな!!」

 

「これも天命か……、最高の償いの舞台をくれたこと、感謝する!!」

 

「黒騎士の名にかけて……、貴様を討つ!!」

 

「主よ……、どうか人類に神のご加護を……私達に勇気を……!!」

 

大神の啖呵を皮切りに、次々と武器を構える仲間達。

その前に立ちはだかるように、4人の巨人が閃光と共に並び立つ。

 

「降魔皇……、いやマガオロチ。我々は人類と地球の未来を信じる!!」

 

「他者を慈しみ、己を省みる心がある限り、人類には可能性がある。その邪魔はさせません!!」

 

「僕のように、例え闇から生まれた命でも光になれる! その力を見せてやる!!」

 

「俺達がいる限り、人類の希望は消させねぇ。覚悟しろよ!!」

 

絶望の暗雲に包まれた呪われし大陸で。

世界を賭けた決戦が、遂に幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、全て夢の中の幻のように見えた。

 

先程まで夫の馴れ初めを恥らいながら語る女性が、変わり果てた姿で血の海に沈んでいたのも。

 

眼前に迫った、毒に染められた刃も。

 

倒れた私を前に、小声で何かを打ち合わせる男の声も。

 

そして……、

 

『地獄に落ちるのは……、やっぱり俺だけで良い……』

 

もう聞けるはずの無い、友になれたはずの声も……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……目覚めよ……、音の番人……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『今こそ……この星の音を……穢れを払う時……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分は今、幻を見ているのだろうか。

大帝国病院の一室で、ヒューゴ=ジュリアードは眼前の光景に言葉を失っていた。

 

「……え……?」

 

視線が合った。

漏れた言葉の音色は、戸惑いだった。

 

「……ミ……ミヤ……ビ……?」

 

恐る恐る、その名を呼ぶ。

もう何年も応えてもらえずにいた名前。

かつての同志達との希望の音色に包まれた記憶に蓋をして、ただひたすらに世の魔音を消し去ることだけを糧に生きてきた。

そんな自分の心に、瞬く間に眩い音色が溢れていく。

待ち焦がれていた、夢にまで見た瞬間だった。

 

「……ヒューゴ……、さん……!」

 

「ミヤビッ!!」

 

その言葉に、ヒューゴは弾かれたように飛び出し、華奢な体を抱きしめていた。

人形のように眠り続けた数年の間に、只でさえ細い彼女の体は、枯れ枝のように弱くなっていた。

驚いているだろう。

あの悪夢の空間が白の病室に変わっていることも。

目の前の男が辛うじて輪郭を残しながらも、若々しさを失っていることも。

 

「良かった……、ミヤビ……本当に……!」

 

「ヒューゴさん……、ここは? それにハツネさん……真田教授は……!?」

 

その言葉に、ヒューゴはようやく現実に意識を戻した。

冷静に自身の心を押し留め、その体を離す。

そうだ、彼女は知らない。

あの悪夢の夜の真実も、世界を巻き込んだ動乱も。

そして、今正にすべてに終止符が打たれようとしていることも。

 

「順番に話そう。この2年間、本当に多くの事があった。本当に……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不気味な静寂に包まれていた邪念の大地は、一瞬にして轟音と怒号が飛び交う戦場と化した。

未だ座したままの皇を守護せんと、地中から次々と湧き出る降魔の大群。

世界の命運を託された戦士達は、真っ向から直接勝負を挑んだ。

霊力と妖力が激しくぶつかり合い、いたる所で爆炎が立ち上り、剣戟の音が鳴り響く。

 

「狼虎滅却……、国士無双!!」

 

先陣を切って敵陣に飛び込んだ白の光武二式が、霊力を帯びた二刀を手に豪快に敵を切り刻む。

刀の軌道に沿って無数の霊力が具現化したカマイタチが、瞬く間の周囲の降魔を地に沈めた。

そうして切り開かれた前線に、次々と霊子甲冑たちが飛び込んでその傷を広げていく。

かつては都市部の真ん中での戦闘ゆえに、一般市民の避難を同時併行で進めなければならなかった。

そのため隊員の3分の1以上を市民の避難と護衛に割く必要があり、どうしても敵の撃退は後手後手に回らざるを得なかった。

だが敵の本拠地ならば攻守の立場は逆転している。

文字通り全身全霊で、目の前の元凶を倒すことだけに集中できるのだ。

そして世界規模に降魔を出現させられる降魔皇が、自身の肉体を復活させるために自身の砦の守りに入ったこのタイミングは、千載一遇のまたとない好機であった。

 

「どうだ降魔皇!! 雑魚をどれだけ呼んでも同じだ!! こんなもので俺達は止められないぞ!!」

 

また一匹降魔を切り伏せ、大神が叫ぶ。

だが徐々に迫る霊子甲冑の群れを前にして尚、皇の余裕は揺るがない。

 

「なるほど……高が人類一匹と侮っていたが、我が配下が敗れたのも偶然ではないと言う事か」

 

一瞬認めるように口端を上げる。

そして徐にその右の掌が向けられた。

 

「良かろう。我自らの手で消してやろう」

 

「来るぞっ!!」

 

言い終わらぬうちに、巨大な妖力の波動がレーザー光線のように襲いかかった。

その一撃は回避の間に合わなかった降魔達を巻き込み、深々と大地を抉っていく。

直撃すれば、文字通り跡形もなくなるだろう。

 

「みんな、無事か!?」

 

「ああ、相変わらず反則じみた威力しやがって……!!」

 

大神の通信に返事を返しつつ、ロベリアが悪態を突く。

不意打ちで地形を変えるレベルの攻撃など冗談ではない。

過去に相対した悪魔王や悪念将機、魔皇獣ですら可愛いレベルである。

だが、視線を戻した瞬間、誰もが言葉を失った。

 

「な、何だと……!?」

 

皇の背後には、先程猛威を振るった波動の塊が曼荼羅のようにいくつも浮遊していた。

一撃でその場のすべてを消滅させる威力。

それを連続で撃たれでもしたら……、

 

「下がれっ!!」

 

閃光が視界を覆う一瞬、割って飛び込んだ巨人が巨大なバリアを形成する。

万物を飲み込む邪悪の奔流が障壁に津波の如くぶつかり、空間を揺るがせること数秒。

障壁はガラスのように、波動を巻き込んで砕け散った。

 

「今だ! 奴に反撃の隙を与えるな!!」

 

「シュワッ!!」

 

ゾフィーの指示に、3人の巨人が一斉に玉座へと迫った。

先頭に立つウルトラマンジャックが、牽制のウルトラショットを放つ。

まるで虫を払うかのように豪腕が一閃し、光線をなぎ払った。

だが直後、頭上から真紅の影が躍り出る。

摩天楼の星、ウルトラマンタロウだ。

 

「デヤァッ!!」

 

上空で旋回し、乱回転を加えたスワローキックが皇の顔面を捉える。

だが直撃の瞬間、驚くべきことが起きた。

皇の姿が霞のように掻き消えたのだ。

標的を失った巨人の蹴撃は、勢いそのままに玉座を粉砕するに留まる。

 

「き、消えた!?」

 

「どこだ、降魔皇!?」

 

本丸の敵の姿が無い事に気づき、誰もが攻撃を続けつつも周囲へ警戒を強める。

すると、どこからとも無く地響きが大和の大地を揺るがし始めた。

 

「……下だ!!」

 

「散れっ!!」

 

最初に気づいた昴の言葉に、一斉に四方へ散開する。

直後、地中から膨大な妖力を伴い、巨大な影が姿を現した。

全身を岩盤のような強固な皮膚で覆った、ウルトラマンとタメを張れる程の巨人。

まさか、これが降魔皇の肉体か。

 

「マガオロチ……、間に合わなかったのか……!?」

 

予期されていた最悪のシナリオの到来に、大神は悔しげに歯を噛む。

精神エネルギーの状態であった降魔皇を早期に消滅に追い込み、大魔皇獣の復活を阻止するはずだったミッション。

だが敵は、まるでこちらが仕掛けてくることを想定して、敢えて待っていたというのか。

 

『こ、こちら帝国華撃団本部!! 大神司令、緊急事態です!!』

 

「どうした!?」

 

唐突な通信に、務めて冷静に言葉を返す大神。

だが次の瞬間、予想だにしない言葉が飛んで来た。

 

『現在帝都及び世界各国に降魔が出現!! 避難区域が襲撃されています!!』

 

「な、何だって!?」

 

大神をはじめ、その場の全員が驚愕の余り言葉を失った。

そんなバカな。

敵はこの地を防衛するために全戦力を集結させて待ち構えていたはず。

先程の十個大隊にも及ばない数がそう戦力のはずも無いと思っていたが、ここに来て戦力を分散させてくるとは考えていなかった。

 

「言ったはずだ。あくまで抗う者達には、苦痛と慟哭に満ちた終焉を約するとな」

 

「降魔皇……、まさか貴様……!!」

 

嵌められた。

魔皇獣の損失により、功を焦った降魔皇は自身の本拠地の守りを固め、自身の復活の準備を整えていたを踏んでいた。

だからこそ自分達は戦闘不能に追い込まれた神山以下新花組の面々を除く全戦力を結集し、決戦を挑んだ。

だがそれこそがかの皇の狙いだった。

自身を餌に人類の戦力を集中させ、無防備になった世界各国を襲わせる。

それが真の目的だったのだ。

 

「お前達が人類の希望を託されたと言ったな? ならばその源を滅ぼすまでのこと」

 

「くそっ! せめて星組だけでも救援に……!!」

 

飛行機能を搭載した星組のスターならば近隣の都市部の防衛には間に合うかもしれない。

だが作戦変更を命じる前に、その僅かな可能性は無残にも刈り取られた。

 

「大神司令! 大陸全体が妖力の壁に覆われています!! スターでは突破できません!!」

 

「何だと!?」

 

星組隊長の報告に、大神は血の気が失せた。

冗談ではない。

このまま世界中の人々が無残に殺される様を見せ付けられるというのか。

自分達の決意も、結束も、あの強大な悪魔の掌の上でしかなかったというのか。

 

「血が踊るとはこの事か。さあ人類よ、宴の続きを楽しもうではないか!!」

 

焦燥を隠し切れない人類に、星喰いが凄絶に笑う。

轟音と閃光が、容赦なく襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

緊急の避難所として解放された大帝国劇場には、既に住居を追われた多くの人々でごった返していた。

傷を負い苦悶にうめく者、両親とはぐれ泣き叫ぶ子供の泣き声。

そして外部からの絶え間ない衝撃と轟音が、眼前に迫る死と絶望を予期させる。

 

「……酷い……!!」

 

ヒューゴと合流した月組のいつきに連れられ戻ってきた思い出の場所は、無数の魔音に包まれた地獄と化していた。

かつては敵の出現を知るための重宝したオモンサマの加護の力も、圧倒的なまでの絶望に霞んでしまう。

 

「……ダメだ……、今度こそおしまいだ……!!」

 

「バカ言うんじゃねぇ!! 先代の帝国華撃団が帰ってきたっていうじゃねぇか!!」

 

「でも花組でもウルトラマンでも勝てないのに、どうやって勝つって言うのよ……!!」

 

そこかしこから聞こえてくる無念と絶望の声。

それが邪念の糧となる魔音と知る自身にとって、これほど耐え難い光景は無い。

 

「……あれは、モニター?」

 

ふと、見慣れぬ巨大なモニターが目に映る。

そういえば道中いつきが話してくれた。

クリスマスの日、真田教授が起こした事件が解決したことを祝い、世界の華撃団と合同の生中継公演を行ったと。

それなら……、

 

「……ヒューゴさん、いつきさん」

 

瞬間、病み上がりの女性の顔つきが変わった。

帝国華撃団奏組隊長、マエストロの顔へと。

 

「奏組隊員全員と、各国の華撃団本部に連絡を。私達の音色で、希望をつなぎます!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方的な蹂躙が続いていた。

尖兵が人っ子一人姿を消し、ただ一匹だけとなったはずの降魔の皇は、一騎当千どころか星そのものを喰らう悪魔の力をまざまざと見せ付けた。

 

「アァッ!?」

 

「デェッ!?」

 

一度腕を振るえば眼前のすべてをなぎ倒し、

 

「ムゥッ!?」

 

「ジュワッ!?」

 

一度地を踏めばたちまち大地が震え、

 

「……、総員回避!!」

 

莫大な妖力を圧縮した攻撃を無尽蔵に繰り出してくる。

今までいくつもの強大な敵と相対してきたが、奴はそのいずれにも当てはまらない。

強すぎる。

圧倒的や歯が立たないいう言葉で形容できる次元ではない。

破滅を運命付けられた、黙示録のようなまでの絶望が身を震わせていた。

 

「最初の威勢はどうした? 我を倒すのではなかったのか?」

 

言葉すら返せない。

一撃一撃が明らかに10年前とは比較にならない程強力無比な力だ。

いや、寧ろあの降魔大戦で、降魔皇は本当に戦ってすらいなかったのだろう。

死力を尽くして戦っていた自分達は、文字通り見向きもされていなかったのだ。

 

「お兄ちゃん! このままじゃみんな……!!」

 

「世界中の人たちが襲われてるのに、助けにも行けないなんて……!!」

 

「分かっている! 分かっているが……!!」

 

アイリスとコクリコを勇気付けようとするも、打開策が見えてこない。

仲間の一部を都市防衛にまわすとしても、大和全体が強力な妖力のバリアに阻まれ脱出も退却も叶わない。

かといって眼前の敵を倒して防衛を急ぐとしても、そもそも総力をぶつけて手も足も出ない状況だ。

これでは早期撃破どころか全滅も免れない。

 

『こちら帝国華撃団本部!! 世界の皆さん、聞こえますか!?』

 

だがその時、予想外の人物から連絡が飛び込んできた。

入院服の上から直接制服を羽織り、艶を失いながらも凛とした瞳の女性。

見覚えの無い顔に一瞬戸惑うも、それは無理からぬ話であった。

何せ彼女は未だ帝国華撃団の誰も、顔を合わせたことがなかったからだ。

 

『私は帝国華撃団奏組隊長、雅音子! 世界の皆さん! 今私の声が届いているなら、どうか力を貸してください!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『今帝都近海の大陸で、帝国華撃団と世界中の華撃団、ウルトラマン達が私達のために戦っています!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『かつてない恐ろしい敵に不安な気持ちも分かります! でもどうか希望を捨てないで下さい!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『私達の不安な気持ちは魔音となり、降魔たちの糧になってしまいます! でも私達が希望を強く持てば、それは霊音となって花組の皆さんの力になります!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『私達が世界を超えて、心を一つに合わせ、人類の勝利を信じるんです!! そのための導きの音色を、私達奏組が先導します!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『皆さんの思いを歌に乗せて、皆さんの歌声を希望の霊音に変えて!! 届けましょう、勝利の唄を!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帝国華撃団奏組。

かねてより月組と連携し、小規模の降魔事件に対応する魔障隠滅部隊。

降魔大戦の折から自分達に代わり世界各国で降魔の脅威に人知れず立ち向かってきた彼らを取りまとめるマエストロは、大帝国劇場に設置された蒸気モニターを目にした際に起死回生の奇策を閃いた。

クリスマス公演で実現した、モニターを介しての同時中継。

これを利用し、世界各国と中継を繋ぎ、自分達の演奏を以って人々の心にもう一度希望の火を灯そうというのだ。

口火を切って流れ出す前奏は、帝都では知らぬ者はない花組の応援歌、『檄!帝国華撃団』。

始めこそ突然のことに呆然とするばかりだった人々も、周囲の子供が口ずさみはじめると、それに釣られるように歌い始める。

やがてそれは歯止めの利かない津波のように、大帝国劇場を包み込んだ。

続けて奏でられていく音色は、帝都を飛び出し世界をも包み始める。

 

フランスは巴里華撃団の『御旗のもとに』。

 

アメリカは紐育華撃団の『地上の戦士』。

 

中国は上海華撃団の『虹の彼方』。

 

イギリスは倫敦華撃団の『円卓の騎士』。

 

ドイツは伯林華撃団の『鉄の星』。

 

国も違えば文化も違う、意思を伝える言葉すら異なる人々が、音楽という道しるべを頼りに一つの希望に辿り着いた時、圧倒的だった戦況に明らかな変化が生じた。

 

「何だ……、我の力が弱まっているのか……?」

 

最初に異変に気づいたのは、他ならぬ降魔皇だった。

全身から湧き出る妖力の勢いが、目に見えて失速を始めていた。

間違いない。

世界中の人々の絶望から生まれた魔音が希望の霊音に塗り替えられた事で、妖力の源泉が弱まったのだ。

 

「ありがとう雅くん! このチャンス、無駄にはしないぞ!! 総員、一斉攻撃をかけろ!!」

 

「「了解!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界を巻き込んだ題名の無い大演奏会。

それと同日同時刻。

世界の様々な場所で、人知れず平和のために立ち上がる者達がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オーホッホッホッホ!! 甘く見たわね降魔共!! この帝都には私達が残っていたことを忘れていたようね!!」

 

帝国華撃団・薔薇組。

かつて魔神器の防衛、一般市民の避難先導など、月組と併行して隠密任務に当たっていた陸軍将校3名で結成された異色の部隊である。

その彼らが、何と年季が入った霊子甲冑の残骸を纏って無数の降魔を相手に戦っているではないか。

 

「一郎ちゃんたちの10年ぶりの晴れ舞台、邪魔はさせなくってよ!!」

 

無論霊力を持たない彼らに霊子甲冑を起動させる術はない。

ならば何故こんな事が出来るのか。

答えは至極単純。

何と両手足に装着した霊子甲冑の残骸を、あろうことか『力ずく』で動かしているのだ。

 

「情に燃ゆる美しき乙女の一撃、受けてみなさい!!」

 

避難所である大帝国劇場の入り口に仁王立ちとなり、自称うら若き乙女達は鬼神の如く暴れまわった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帝都・銀座。

人々の代わりに往来する降魔を、また一匹斬り捨てる影があった。

天使と見紛う翼を広げ、疾風の如く魔を斬るその姿は神々しき美しさを持ちながら、禍々しい妖艶さを兼ね備える。

何故なら彼女もまた、人を外れたものだったからである。

 

「銀河……、この未来もまた、君が知りえたのだろうか」

 

憂いの瞳に写るのは、かつて共に未来を変えることを約した戦友か。

決して見えぬ答えを胸に秘めたまま、村雨白秋は勇躍する。

その一閃が、遠き未来の一助になると信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帝都・上野。

かの魔皇獣の襲撃で荒廃したその場所で、男は太刀を手に無数の降魔たちと対峙していた。

その表情に一片の恐れは無い。

その構えに一分の隙も無い。

何故ならこの男にとって、眼前の恐怖の欠片と相対することなど慣れ親しんだことだからである。

 

「喜ぶべきか憂うべきか……、土産話にはなるだろうな」

 

手元に誤魔化すための酒がない事だけが心残りだが、顔を合わせなければ良いだけだ。

この老いぼれの命が、こんなことで役に立つなど誰も気づくまい。

 

「いい若葉が育ってるじゃねぇか大神。ちょっとばかし年寄りの意地ってもんを拝ませてやるぜ」

 

かつて同志と共に相対したときのように。

舞い戻った老兵は地を蹴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帝都・品川。

長屋の立ち並ぶ住宅街に逃げ込んだ人々を降魔の手から救ったのは、仮面に目元を隠した壮年の男性だった。

 

「江戸より伝わりし望月の秘伝、見せてやろう。影分身の術!!」

 

複雑な形に指を組み、霊力を集中する。

瞬間、沢山の男性の影が横一列に増えていき、瞬く間に通りを埋め尽くした。

生きた伝説という異名さえ納得させる、400年の伝統の業の一端が、見る者全てを圧巻する。

 

「帝都の影に我らある限り、うぬらの好きにはさせん! この望月八丹斎がお相手しよう!!」

 

瞬間、無数の影が疾風のごとく空を裂いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帝都・大帝国病院。

一度は真田事件の折に大きく損壊した病院はギリギリの所で建て直しに成功し、絶えぬ怪我人や病人を抱え込み続けていた。

その最中の降魔の襲撃に多くの患者と見舞い客が取り残されるも、その中でただ一人入り口を守る巨漢がいた。

寺島町の刀鍛冶にして、天宮一族の末裔が一人、天宮鉄幹である。

 

「娘と息子が今まで戦場で戦ってきたのだ。こんな時に父が体を張れずしてどうする」

 

さも当然の如く言い放ち、一振りの刀を手に降魔の大群に対峙する。

それはまるで武蔵棒弁慶の如く、悪魔の手先達を圧倒した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全てが理解できなかった。

何故自分だけが3度目の生を得たのか。

何故あの憎たらしい奴らはいないのか。

そして……、

 

「ウサギさ~ん、がんばって~!!」

 

「ちょっとミキ危ないって! 中に下がって!!」

 

何故自分は、あんな能天気な小娘のためなんかに、かつての仇敵の古巣を守っているのだろう。

いくら考えても何一つ答えは見つからない。

偉大なるパリシィの意志は、自分を監視者に選んだのだろうか。

どれだけの時間を費やして考えても、答えは何一つ浮かんでこない。

 

「……これはニンジンのお礼だピョン。お前らのためなんかじゃないんだピョン」

 

遠く離れたアイツらに届くはずも無い小さな声で、己に言い聞かせるように呟く。

アイツらのような立場に自分がなったと知ったら、同胞達はどんな顔をするだろうか。

 

「この巴里はオイラの縄張りだピョン!! よそ者はとっとと出て行くピョン!!」

 

眼前ににじり寄る東の悪魔達を前に、自身の愛用していた蒸気獣が頭部の鋏を展開して威嚇する。

いいだろう。

今は、今だけは自分が巴里を守るパリシィだ。

 

「死にたい奴らはかかって来い!! このシゾー様が真っ二つにしてやるピョン!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10年前、その名はどこからとも無く現れ、時の紐育を騒がせた。

曰く、疾風の如き早馬を駆り、風のように消えていく。

曰く、侍のように刀を振るい、人知れず悪を打ち倒す。

曰く、その仮面に隠した素顔を知るものは無い。

いつしか幻のようなその存在を、人々は『仮面の剣士』と呼んだ。

 

「ハイヤーッ!!」

 

暗黒の雲に包まれた紐育の空に、鋭い声が響き渡る。

周囲の建物に無差別に取り付いていた降魔達は、一斉に振り向き飛びかかり始めた。

だがそのほとんどが、まるで弾丸のように飛び出した影に触れることすら叶わずに、一太刀の下に切り伏せられていく。

彼女の師たるミフネ流の極意、ツバメ返し。

またの名を、ターニング・スワロー。

 

「恨むなら己の不運を恨め。このオレが守る都市に踏み入った己の不運をな」

 

容赦なく刀を構えるその姿に、降魔たちも後ずさる。

もしここに紐育の星たちがいたら、口々に叫んだことだろう。

かつてこの都市を守るためにその命を賭けた6番目の五輪の戦士。

 

「行くぞ降魔共! 我が師の極意……、その全てを見せてやろう!!」

 

『ジェミニン=サンライズ』の名を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

奏組によって鼓舞された人々の希望を込めた大合唱は、それまで絶望的な状況に陥っていた大神達を奮起させた。

無数の降魔たちに囲まれて尚、自分達の勝利を信じて応援し続けてくれる。

その信頼と絆をまざまざと見せ付けられた全身に、熱き血潮の如く霊力が迸る。

 

「紅蘭! チビロボで敵の装甲の弱点を探ってくれ! 遠距離攻撃に長けた者は援護を頼む!!」

 

「了解!!」

 

言うや口火を切ったのは、歴戦の狙撃主であるマリアだった。

彼女の攻撃に続いて花火、コクリコ、リカリッタ、ダイアナが続く。

 

「無駄なことを……!」

 

翳した左から障壁を展開し、全ての攻撃を霧散させる降魔皇。

が、それは大神がわざと見せた隙だった。

直後、降魔皇の周囲を無数の小型ロボットが旋回し解析を始める。

帝国華撃団一の発明家である紅蘭の力作の一つ、チビロボ二式である。

 

「見えたで、岩肌の継ぎ目が脆くなっとる。さては間に合わせで復活させおったな」

 

「よし、エリスくん!!」

 

「Verstanden!! 行くぞ、ポール、マルガレーテ!!」

 

狙撃に長けた伯林華撃団に追撃を命じる大神。

だが敵はそれを読んだか、妖力の障壁を生み出して先手を取りにかかる。

 

「させるか! カンナ、障壁をぶち破れ! グリシーヌ、シャオロン、ユイくん、援護するんだ!!」

 

「「了解!!」」

 

「「理解!!」」

 

4つの影が同時に疾駆し、展開された障壁に豪快な一撃を加えていく。

 

「何だと……!?」

 

今度こそ降魔皇の表情から余裕が消えた。

無理も無い。

先程までこちらの攻撃を無視のように払っていた防御が、ガラスのように容易く破壊されてしまったのだから。

 

「おらあああぁぁぁっ!!」

 

がら空きの胸部目掛け、ポールのアイゼンイェーガーが勢いよく飛び込んだ。

反応が遅れた一瞬、弱点の継ぎ目にゼロ距離からの砲塔が火を噴く。

 

「今だ! 昴くん、サジータ、アーサー、ランスロットくん、奴の身動きを封じ込めるんだ!!」

 

続けざまの狩人の攻撃でたじろいだ所へ、最初に突っ込んだのは陽炎を纏ったランダムスターだった。

撹乱するような動きに注意をひきつけた一瞬、逆方向から飛び込んだ漆黒のブリドヴェンが目にも止まらぬ速さで巨体の足を斬りつける。

更にハイウェイスターが無数の鎖を展開しその巨体を一瞬地面に縫い付けた所で、本命の蒼きブリドヴェンが断罪を振り上げた。

 

「オーバーロード・エクスカリバーーーッ!!」

 

万物を断ち切る黄金色の刃が、眼前の悪魔の皇めがけて振り下ろされる。

障壁を破られ回避も間に合わないその巨躯は、遂に左腕の肘先を両断された。

 

「グオオオオオッ!?」

 

寸断された断面から、血の様に溢れ出す妖力。

このまたとない好機を逃しては勝機はない。

大神はすがさず追撃を命じた。

 

「畳み掛けるぞ! 新次郎!!」

 

「はい!!」

 

二刀を構え、突進する大神。

それに合わせて上空のフジヤマスターも、霊力を纏って突進をかける。

 

「小賢しい……!!」

 

だが、降魔皇もしぶとかった。

残された右腕に妖力を集中し、再び強固な障壁を展開して二つの霊子甲冑の突撃を押さえ込もうと耐える。

 

「一斉攻撃だ! 大神司令の攻撃を貫通させるぞ!」

 

「ヘアアアァァァッ!!」

 

「チャアアアァァァッ!!」

 

「ストリウム光線!!」

 

動いたのは4人の巨人だった。

各々の最高威力の必殺技を障壁にぶつけて一気に削っていく。

拮抗すること数秒。

暗黒の障壁に亀裂が走り、遂に鉄壁が破れた。

 

「「狼虎滅却……、」」

 

眼前に迫ったその一瞬、二人の声が重なる。

背後に構える仲間達の思いのすべてが、その全身に漲った。

 

「震天動地!!」

 

「超新星!!」

 

二刀の斬撃によって生まれた傷に、光速に達した白虎が弾丸の如く貫いた。

やがてその傷が全身に駆け巡り、地に伏せた巨躯が破片となって大爆発を遂げる。

 

「……」

 

数秒の静寂。

それが勝利の余韻と気づいた時、大神一郎は静かに呟いた。

 

「終わった……。俺達の勝利だ!!」

 

その言葉を皮切りに、仲間達が、世界が、喝采を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが……、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「中々楽しい芝居であったぞ、人類よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、この声は!?」

 

聞こえてはならない声に、一瞬世界が時を止めた。

そんなバカな。

たった今、降魔皇は肉体諸共粉々に吹き飛ばしたはず。

だがその混乱を嘲笑うかのように呪いの大地を振動が襲う。

そしてその中心部が崩落し、それは見えた。

 

「あれは……!!」

 

さしもの宇宙警備隊隊長も、眼前の光景に絶句するほか無かった。

地盤を揺るがし、大地を切り裂いて地底から姿を現したのは、この世の邪念の全てを身に纏った怪物だった。

全身を返り血に塗れたかのような赤の鱗で包み、長い尾と首を伸ばしてこちらを見下ろす威圧感。

鋭利な牙を並べた顔面には、あの赤い発光体が一本角のように夜の闇を炯炯と照らす。

これこそ1万年前に原初の巨人の力によって封印を施された真なる邪悪の源泉。

降魔に始まる全ての悪夢を生み出してきた最強にして最大の敵。

 

「グギイイイィィィ……!!」

 

星すらも喰らう大魔皇獣、マガオロチの復活だった。

 

「実に滑稽であった。我が肉体ですらない木偶の坊に、貴重な霊力とやらを惜しみなく搾り出していく様はな」

 

「何故だ……!! さっきの降魔皇は肉体ではなかったのか!?」

 

「あんなもの、我が力の搾りカスに岩石を貼り付けただけの張りぼてだ。いい加減身の程を弁えてもらいたいものだな」

 

「で、でも……確かに妖力が弱まって……!!」

 

「戦闘の最中に本体に妖力を移し続けていただけの話だ。それとも……お前達の友情ごっことやらが本気で奇跡を起こしたとでも思っていたのか?」

 

何ということだ。

世界各国の人々の希望を、信頼を一身に受けて、死力を尽くした総攻撃も、大魔皇獣の手の上だった。

一縷の望みを託したあの大合唱で、降魔皇の力は弱まり、勝機が生まれたと誰もが思った。

だが、それは大魔皇獣復活の一助となっていただけに過ぎなかった。

降魔皇は今の今まで、戦ってすらいなかったのである。

 

『こ……こちら帝国……、降……激化……止まらな……!!』

 

ノイズ交じりに聞こえてきた通信に、いよいよ大神の表情が絶望に歪む。

大魔皇獣の復活と同時にあふれ出した桁違いの妖力の波動。

世界中に散らばった降魔たちにとって、これ以上の起爆剤はない。

 

「人類の意志は受け取った。……望みどおり、苦痛と慟哭の終焉を齎してやろう!!」

 

再び、世界を絶望が覆った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一度は帝国華撃団奏組の尽力によって団結した世界の人々。

しかし更に激しさを増す降魔達の暴虐に足並みを崩され、希望の歌を繋げる事もままならない。

そして、その絶望は降魔のみに留まらなくなった。

魔躁騎兵・脇侍。

蒸気獣・ポーン。

傀儡・悪念機。

かつて世界中の都市に出現した魔の亡霊たちが、軍勢となって各国の避難所を取り囲んでいるのだ。

無慈悲に振り上げられる獲物がギラリと光り、眼前に迫った恐怖に、人々は終焉を覚悟する。

 

「え……?」

 

だが、その殺意が終焉を告げることはなかった。

恐る恐る目を開くと、その先に見えた光景に絶句する。

 

「ギイイイイイッ!?」

 

無理も無い。

何故なら振り上げられた脇侍の太刀は、並び立つ降魔を袈裟懸けに切り裂いたからである。

それだけではない。

今の攻撃を合図に避難所を囲んでいた脇侍達が一斉に反転し、降魔達に一斉攻撃を開始したではないか。

一体どうなっているのか。

誰もが不思議に思っていた中、遥か上空からその声は轟いた。

 

「ヌハハハハ……、貴様こそ人類を甘く見たな降魔皇とやら!!」

 

上空から、観音を思わせるような金色の魔躁騎兵が姿を現した。

かつて帝都で正義の為に戦っていたものは、その姿に驚愕する。

何故ならそれは、かつて帝都に幕藩体制の復活を目論んだ一人の僧正が生み出した悪意だったからである。

 

「我が名は南光坊天海!! どんなに腐っても我が黒之巣会の栄光は徳川の世!! うぬら怨念が傀儡にしようなど、万年早いわ!!」

 

言うや阿修羅の腕から、無数の光弾が放たれ降魔達を狙い撃つ。

かつて帝都を動乱に陥れた江戸幕府の亡霊、天海。

マガオロチの力で蘇った怨念が自我を取り戻し、何と人類のために立ち上がったのである。

 

「さあ集え黒之巣会四天王!! 人に仇成す怨念どもを、冥府に送り返してくれるわ!!」

 

その言葉と共に、天海の眼前に3つの陣が生み出され、3体の魔躁騎兵が出現する。

かつて帝国華撃団花組と相対した、黒之巣会の幹部達だ。

 

「天海様のご命令とあらば……」

 

「今だけは、人の世に与するとしましょう」

 

「この羅刹、兄者と共に!!」

 

紅のミロク。

蒼き刹那。

白銀の羅刹。

一度は帝都に牙を剥いた者達が、我先に眼前の怨念目掛けて飛びかかる。

とてつもない手ごわさを持った彼らが一度味方に寝返ると、ここまで頼もしくなるものか。

 

「堕ちて開くが女……、妖・雷波!!」

 

「切り刻んでくれる……、魁・空刃冥殺!!」

 

「冥土の土産だ!! 轟・爆裂岩波!!」

 

かつての力をそのままに、無数の降魔の尖兵を纏めて吹き飛ばす。

突然の伏兵に浮き足立つ降魔に、金色の魔躁騎兵が容赦なく襲い掛かった。

 

「見せてくれよう、奈落の極み……!! 六星剛撃陣!!」

 

天空から放たれた無数の金色の槍が、上空に逃れていた降魔達を次々と貫き、打ち落としていく。

大帝国劇場前は、予期せぬ形で難攻不落の要塞と化した。

 

「立てい小僧!! 立てい帝国華撃団!! 我らを冥土に送っておきながら、これ以上醜態を晒すでないわ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、帝都浅草・花やしき支部。

いよいよ降魔の大群に防衛線を突破されかけたとき、それは閃光を伴い現れた。

 

「帝都……、我生まれし都……、その行く末……見届けるものなり……!!」

 

能楽師を思わせる面を持って現れた男の声。

同時に紅白の大型魔躁騎兵が、避難所を守るように立ちはだかる。

その姿は、畏怖の象徴ですらあった。

 

「怒れ……シカミ……、罰せよ……ハクシキ……、我と共に……神楽舞うものなり……!!」

 

紅の魔躁騎兵シカミ。

白の魔躁騎兵ハクシキ。

どちらも金色の蒸気を噴出しながら、猛然と降魔たちに向かって挑んでいく。

そして男も、己が執念を具現化した分身を纏う。

かつて帝都最大の防衛戦艦ミカサをも飲み込んだ自身の怨念の全て。

魔躁騎兵『神体』と共に。

 

「我が名は大久保長安……。未来を約した彼奴らに変わり……、この帝都を守護するものなり……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

西方はフランスの花の都。

その街を寸断するセーヌ川のほとりに浮かぶノートルダムの地底より、地響きと共にそれは現れた。

かつて3000年前の光と闇の闘争の中、この地に生きた民族の守り神。

光のティガ伝説に記されたその名は、『オーク巨樹』。

瞬く間に巴里全土の大地を守るように張り巡らされた無数の根から、次々と手裏剣のような生態兵器『カラミテ』が射出される。

それらは統率の取れた兵士の如く、空を支配していた降魔たちに襲い掛かっていった。

 

「オ……、オーク巨樹様……? どうして……」

 

全身から煙を上げて息も絶え絶えの中、突然のことにシゾーは呆然と空を見上げた。

自分以外に生き残りも無い中、一体誰がパリシィの守り神を呼び出すことが出来たのか。

それに答えたのは、一度は閃光に消えたはずの代弁者だった。

 

「全てはボクらの、超古代の意思さ。例え怨念の力であろうと、この崇高なる意志まで奪うことは出来ない……」

 

「あ、貴方は……!!」

 

サリュはシゾーの言葉に応えず、眼前に手を翳す。

瞬間、5つの光柱が出現し、横一列に並び立った。

 

「待たせたな巴里よ。待たせたな同胞よ。我らパリシィが、正義のもとに悪を駆逐してくれようぞ」

 

パリシィを支配する長、カルマール。

 

「全く情けない面晒してるじゃないか。アタシがみんな食ってやるよ!」

 

地を這いすべてを飲み込む妖蛇、ピトン。

 

「薄汚い降魔の分際で我らの町を汚すとは良い度胸だ。誇り高き守護者の力、思い知らせてくれよう!!」

 

パリシィの誇りを尊ぶ猛獣、レオン。

 

「美しき我らが花の都、汚物は消毒しないとね!」

 

妖艶にして苛烈なる蠍華、ナーデル。

 

「これも泡沫、一夜限りの夢物語……。活目せよ、遥か3000年の伝説を! 守護神パリシィの戦いを!!」

 

悪夢を演じる漆黒の翼、コルボー。

失われし先祖の栄華を取り戻すため。

子孫の怨念を晴らすために、かつて花の都を襲った超古代民族パリシィ。

かの神楽と徳川の意志と同様に、彼らもまた怨念から蘇りながら、怨念に対峙する事を決めたのである。

 

「パリシィの子供達……。今だけは、君達の帰る場所は我らが守ろう。パリシィの名の下に……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、アメリカの一大都市・紐育。

天空を縦横無尽に飛び交い、幾つものビルを片っ端から破壊していく破壊の徒に、それらは猛然と立ち向かった。

 

「下がれ愚物が! この黒龍姫の前に立って、生きて帰れると思うな!!」

 

雷の竜を従え、雷鳴が如き斬撃で降魔を切り裂くは、黒龍姫。

 

「ガッハッハッハ!! 目に付いた者からすかさず叩き潰す!! 即ち電光石火!! 我ながら天才の策である!!」

 

自ら砲台を抱えて片っ端から降魔を叩き潰していくは、髑髏坊。

 

「さあ歌え虫達よ。彼奴らの断末魔の歌声を、我らが主に献上するのじゃ!!」

 

毒虫たちを従え、怨念の断末魔を奏でるは、夢殿。

 

「フハハハハ、折角の現世の余興だ。存分に楽しませてもらおうではないか!!」

 

灼熱の焔を振るい、怨念の使者を火刑に処すは、東日流火。

 

「我が名は森乱丸! 我らが第六天魔王信長様の命により、驕り高ぶる怨念に天誅を下すものなり!!」

 

魔王の腹心にして、幾度の輪廻転生を隔てようと揺るがぬ忠義を貫くは、森乱丸。

 

「見くびるな降魔皇!! 例え怨念にその身を堕とそうとこの信長、他者の傀儡になど堕ちぬわ!!」

 

己の覇道の為に、人のすべてを投げ打って理想を追い求めた第六天魔王・織田信長。

かつて紐育に猛威を振るった悪念将機たちが、無数の配下を揃えて鉄壁の陣を構えていた。

 

「光秀……そして長安とやら……。よもや、このワシが貴様らと手を組む日が来ようとはな……」

 

かつてはこの日ノ本の覇権をかけて戦い、自身を謀略に嵌めた男。

その後の世で怨念を操る術を完成させ、手柄を掠めた男。

揃いも揃って冥府に沈んだ愚物ながら、ここまで面白い戦も初めてだ。

 

「言うたであろう小童、世界の覇権を賭けた戦が始まるとな。ワシの首を取っておきながら人の世をみすみす奪われるなど許さん!!」

 

その瞳は烈火のごとく、遥か地平の先にいる星へ一喝した。

 

「我が天下不部を阻んだ貴様らが歩みを止めることは許さん!! ワシが与するのは、ワシの首を取った強者のみ!! 立て、摩天楼のサムライよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「黒之巣会……、長安……、パリシィ怪人……」

 

「それに、信長まで……!!」

 

かつて都市の、世界の平和を賭けて自分達と雌雄を決した宿敵たち。

恐らくはマガオロチの邪念の余波で蘇った彼らが、共通の人類の敵に団結して立ち向かっていた。

例え理想の形は違えども、相容れない相手だとしても、人類の未来の為に力を尽くす。

その姿に、大神も、新次郎も、仲間達も奮起した。

 

「そうだ、僕達は絶対に諦めない!! どんな苦難も乗り越えて、悪を蹴散らす礎となる!!」

 

「そしてどんな敵が相手でも、悪を蹴散らし正義を示す!! 行くぞみんな!!」

 

残された霊力を振り絞り、再び大魔皇獣に挑みかかる世界華撃団。

その尾撃に振り払われても、角から放たれる電撃に焼かれても、尚も挑み続ける。

否、一つだけ希望は残されていた。

本土に残してきた若き桜が託した、最後の希望が。

 

「新次郎!!」

 

「エリカさん! みんな!!」

 

二人の巨人の言葉に、それぞれ意図を察し霊力を集中する。

結集した霊力が巨人と同化し、眩き黄金の光がその巨躯を包み込んだ。

 

「チャアアァァァッ!!」

 

「コスモミラクル光線!!」

 

グリッターゼペリオン光線。

コスモミラクル光線。

かつての決戦で勝利を掴んだ最大威力の必殺光線。

 

「グギイイイィィィッ!!」

 

だがその最高威力の一撃も、大魔皇獣は真っ向から張り合って見せた。

咆哮と共に口から放たれたマガ迅雷が、二つの最強光線と火花を散らし合い、凄まじい衝撃を以って霧散する。

直後、その背後に光剣を構えた巨人が回りこんでいた。

 

「ヘアアアァァァッ!!」

 

裂帛の気合を込めたスパークソードが十文字を描き、大魔皇獣の翼を切り裂く。

反撃の尾撃をかわしたところで、頭上に待ち構えたウルトラマンゾフィーが仕掛けた。

 

「ダアアアァァァッ!!」

 

最高威力のM87光線。

魔皇獣の角を捉えたその一撃が全身にスパークを起こし、遂にマガオロチが膝をつく。

 

「今だ、さくらくん!!」

 

「はい!!」

 

全ての可能性を賭け、桜色の光武二式から飛び出したさくらが、マガオロチの足元目掛け託されし帝鍵を一閃する。

大神達が最後に賭けた最終作戦。

それは残された最後の猛攻で敵の動きを一瞬でも長く封じ込め、さくらが持つ帝鍵で再度幻都に封じ込めるというものだった。

前回は攻撃の一切が効かない故に結界を張ることになり巻き込まれてしまったが、今度は同じ徹は踏まない。

 

「はあああぁぁぁっ!!」

 

破邪の霊力を込めた一撃が帝鍵を通して絶界の力を呼び覚まし、大魔皇獣の足元に異次元の空間を切り開く。

 

「ジャック! ティガ! タロウ!」

 

「シュワッ!!」

 

「チャッ!!」

 

「ムンッ!!」

 

すかさず大魔皇獣の上空を制圧した4人の巨人が、上空に封印の蓋を生み出す。

ファイナルクロスシールド。

膨大なエネルギーと引き換えに対象を物理的に押さえ込むウルトラ族の禁忌ともされる封印術だ。

このまま異次元に押し込めば……、

 

「なるほど……、確かに我を消し去るには最も適した方法だ」

 

付け焼刃ながらの最適解に、大魔皇獣もまた舌を巻く。

だが……、

 

「最も、我がそれを破れなければの話だがな」

 

「な、何!? これは……!!」

 

信じられない光景だった。

10年前は押さえ込めていたはずの絶界の力が、ウルトラ最大の封印が、易々と押し返されていく。

そして……、

 

「グギイイイィィィッ!!」

 

身の毛もよだつ咆哮が響き渡り、黄金の棺が、異次元の裂け目が粉々に吹き飛んだ。

巨人も霊子甲冑も吹き飛ばされ、受身もままならず地面に叩きつけられる。

 

「言ったはずだ。幾千の恨み……、幾万の業……、その全てを糧とするこの我に、お前達は小さすぎる」

 

地面に落ちた神器が、まるでゴミのように踏み潰された。

今の特攻で全員の霊力も枯渇状態。

ウルトラマン達も既にカラータイマーの点滅が高速化し、最早立ち上がることさえままならない。

万策尽きたとは、正にこのことだ。

 

「楽しい余興であった。礼として、苦しまずに消してやろう」

 

死刑宣告と共に、赤き角が禍々しい光を圧縮する。

ダメだ。

迎撃も、防御も、退却もままならない。

 

「さらばだ、この星の勇敢なる戦士達よ」

 

全てを無に帰す閃光が、轟音を帯びて襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、彼らは知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この星にはまだ、希望が残されていたことを、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あった……!!」

 

遡ること数分前。

大帝国劇場の資料室で、神山誠十郎は最古の帝国華撃団の戦歴を確認していた。

大正12年2月。

帝都近海に浮上した「大和」に聳える聖魔城における最後の戦闘。

当時最先端の技術の粋を結集して生み出された霊子甲冑『神武』は上級降魔『黄昏の三騎士』との戦闘でいずれも大破。

帝都上空の悪魔王サタンとの最終決戦においては、花組全員がウルトラマンと一体化したことで辛くも勝利を得たという。

そこに、神山は最後の希望を見出す。

霊子戦闘機も、自身らの霊力が間に合わずとも彼らの、先代花組たちを助ける最後の希望が。

 

「よし……!!」

 

もはや一刻の猶予も無い。

神山は一縷の望みをかけ、スマァトロンに連絡を繋いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数分後。

神山の招集を受けた仲間達は、大帝国劇場の入り口に集まっていた。

 

「誠十郎さん、話とは?」

 

全員が集まったことを確認し、さくらが本題に入る。

神山は、神妙な面持ちのまま、資料室で確認した出来事を順を追って話し始めた。

過去に先代花組は全員がウルトラマンと一体化して、悪魔王との戦闘に臨んだこと。

そしてそれは、花組全員の心をオーブを中心に一つにしたためだということ。

 

「しかし……、一体化している間に僕が受けた傷は皆さんにも跳ね返ります! 今の皆さんの体ではとても……!」

 

今だ魔皇獣との連戦の傷が癒えていない事を懸念するミライ。

だが、仲間達の心は既に決まっていた。

 

「ミライさん……、だとしても私達は迷いません。このまま何も出来ずに世界が終わってしまうバッドエンドなんて辛すぎます……!!」

 

「クラリスさん……」

 

「互いに信じ守りあい、悪を蹴散らし正義を示す……、それが花組だから」

 

「あざみさん……」

 

「貴方達の運命も苦しみも、すべて私たちが引き受けるわ。今度は私達が帝都を、世界を照らす星になる番よ」

 

「アナスタシアさん……」

 

「それが命を賭ける戦いでも、私達は共に参ります!!」

 

「さくらさん……」

 

「どんなに僅かな希望でも、勝利を信じ、可能性に賭ける。……それが俺達花組だ」

 

「隊長……」

 

口々に覚悟を述べる仲間達に、心が揺れるミライ。

その最後の背中を押したのは、他ならぬ初穂だった。

 

「お前らしくないぜミライ。アタシらはみんなで花組だ。今までも、これからも……」

 

「初穂さん……」

 

「アタシらを信じろ! 全員で必ず生きて帰ってくる! それだけの事じゃねぇか!!」

 

「……はい!!」

 

心のどこかで、自分は怖がっていたのだ。

命の危機に瀕した仲間達を、守れなくなることを。

だが違う。

今まで自分が戦えていたのは、側にこんなにも暖かい仲間達がいるからだった。

花組の絆があるから、自分はどんな強敵とでも戦ってこられた。

だから、もう迷わない。

帝国華撃団花組・御剣ミライとして。

プラズマ=オーブを受け継いだ光の巨人ウルトラマンメビウスとして。

仲間も、世界も、未来も、守り抜いてみせる。

例え、どんなに強大な敵が相手でも。

 

「みんな!!」

 

メビウスブレスを具現化させた左腕を前に差し出し、初穂が叫ぶ。

順番に自身の左手を重ねていき、最後に神山の手が乗せられたとき、眩い光がミライの体を形作り、その左手が重ねられた。

 

「……行くのね」

 

いつから見ていたのか、どこか寂しげな表情ですみれが微笑みかける。

 

「みんな……、必ず、必ず生きて戻りなさい! 一人でも欠けたら、承知しません事よ!!」

 

瞬間、重ねられた手から七色の光が虹のように空へと伸びる。

そこから全身に伝わる熱い力の奔流に、神山は叫んだ。

 

「よし……帝国華撃団・花組、出撃!! 目標、帝都近海・大和!! 大魔皇獣マガオロチを撃破し、帝都に、世界に平和を取り戻す!! 全員、必ず帰還せよ!!」

 

「「了解!!」」

 

その言葉と共に、奔流が閃光となって全身を包む。

七つの光は同時に決意の左腕を天に掲げ、叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「「「メビウウウウゥゥゥーーースッ!!」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、絶望の暗雲に覆われた曇天を切り裂き現れた。

大和を包む邪念の牢獄を容易く粉砕し、眼前に迫った破滅の閃光にぶつかり、轟音と共に相殺する。

 

「……その光……、まさか……!!」

 

最初に気づいたのは、星の破滅を目論む大魔皇獣だった。

続いて爆炎の中から現れた最後の希望に、大神達も言葉を失う。

 

「君は……、いや君達は……!!」

 

「まさか……、全員と一体化しているのか……!!」

 

その身を包むは、虹を思わせる七つの光。

文字通り身も心も通わせ、オーブの奇跡で一体となった無限の力を秘めし奇跡の巨人。

 

「セアッ!!」

 

ウルトラマンメビウス、インフィニティーブレイブ降誕の瞬間だった。

 

『大神司令! ここから先の戦いは、我々が引き受けます!!』

 

『真宮寺さん、今度は私が、私達が守ります!!』

 

『アタシら新生花組の、最後の祭りだ!!』

 

『守られてるだけというのも性に合わないの』

 

『仔空達にばかり背負わせない……、あざみも戦う!!』

 

『世界も、そして皆さんもバッドエンドにはさせません!!』

 

「神山君、みんな……!!」

 

これが、あの若々しい霊的組織の面々なのだろうか。

そう思わせるほどに、七色の背中はどこまでも頼もしかった。

今こうして戦えない自身を呪ってしまうほどに。

 

「なるほど……、忌々しいオーブの力……お前が受け継いでいたのか……!!」

 

「降魔皇……、いや大魔皇獣マガオロチ!! お前を倒し、世界に平和を取り戻す!!」

 

呪われし大地に差し込んだ最後の希望。

ウルトラマンメビウスと、帝国華撃団最後の戦いが幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『聞こえますか皆さん!! 今、最後の希望が……ウルトラマンメビウスが駆けつけました!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『彼は最後の希望です!! 信じましょう、彼の勝利を!! 信じましょう、人類の未来を!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『私達が奏でます!! 皆さんの勇気と思いを歌に乗せて、歌ってください!! ウルトラマンメビウス!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大魔皇獣マガオロチ。

この世の邪念のすべての源泉たる最強にして最大の敵を前に、虹色の巨人は真っ向から挑みかかった。

意識も感覚も、7人全員が共有している。

各々の長所を最大限に活かしてその都度主導権を入れ替えて戦う手数の多さで、メビウスはかの大魔皇獣相手に互角の勝負を繰り広げていた。

 

「グギイイイィィィッ!!」

 

頭上に無数の閃光弾を召喚し、一斉に発射するマガオロチ。

対するメビウスの意識の中で名乗り出たのは、異能の忍びの末裔だった。

 

『望月流忍法・奥義!! 無双手裏剣・影分身!!』

 

ブレスの宝玉から放たれた光の刃が頭上に放たれ、巨人の十指が瞬時に複雑な印を結ぶ。

刹那、回転する光の刃が無数の分身を生み出し、一斉に閃光弾を直撃し相殺せしめた。

それだけではない。

閃光弾の衝突を免れた幾つもの刃が、マガオロチの鱗の隙間に滑り込むように次々と突き刺さる。

 

『今です!! グラース・ド・ディアブル、アルビトル・ダンフェール!!』

 

すかさず交代した重魔導の少女が、宝玉から念力で制御する巨大な霊力弾を精製し発射する。

それらは突き刺さっていた光の手裏剣に触れた瞬間に誘爆し、大魔皇獣の全身を次々と小規模の爆発が包み込む。

 

「無駄なことを……! この程度の攻撃が何に……!?」

 

立ち上る爆煙に視界が遮られた一瞬の後、身構えていたのは世界を変える氷獄の狙撃主だった。

 

『運命を閉ざす、蒼き流星! アポリト・ミデン!!』

 

敵の身動きが止まっていた一瞬を見逃さず、絶対零度の弾丸が指銃から放たれた。

大魔皇獣の足元を狙い済ました一撃は、たちまちその両足を地面に縫い付ける。

 

『闇を切り裂く、神速の刃……!!』

 

続けて主導権を引き継いだのは、うら若き花々を取りまとめる若き神速の触媒だった。

宝玉に翳した右腕と左腕に、光の剣を纏わせて突進する。

 

「小賢しい真似を……、消えよ!!」

 

『縦横無尽・嵐!!』

 

その荒れ狂う暴風の如き息もつかせぬ怒涛の剣技は、紛れも無く帝国海軍に語り継がれし『神速』の太刀筋。

角から離れた電撃を容易く切り裂き、オーブの力を上乗せした激しい斬撃で攻め立てる。

あざみとクラリスの連撃で損傷した鱗が瞬く間にはぎ落とされ、その全身を幾度と無く切りつけていく様は、見るもの全てを圧倒した。

俄かには信じがたい光景であった。

プラズマ=オーブの力を受けているとはいえ、それまで全員がまったくと言って良いほど手も足も出なかった異次元の怪物が、明らかに劣勢に追い込まれつつある。

原初の戦士に認められた巨人と、心を通わせた若葉たちによって。

 

「グギイイイィィィッ!!」

 

大魔皇獣が憤怒の咆哮を上げた。

万物をなぎ倒す尾撃が至近距離から襲い掛かる。

 

『悪い奴には、神罰覿面!!』

 

だが、主導権を交代した東雲家の巫女は、回避どころか真っ向から待ち構えて音速の尾を掴み返した。

それだけではない。

まるで無限の際に振るっていた大槌の如く、大魔皇獣の巨体を豪快に振り回し始めたではないか。

 

『東雲神社の、御神楽ハンマアアアァァァッ!!』

 

8万トンの巨体が独楽のように回転し、ジャイアントスイングの要領で投げ飛ばされた。

周囲の瓦礫を巻き込み、大魔皇獣は大地に沈む。

信じられない。

先程までの絶体絶命の状況が、一気に逆転していた。

 

「バカな……! この我が……原初の戦士ですら消滅せしめなかったこの我が……、こんなちっぽけな人類如きに……!!」

 

それに一番驚いているのは、他ならぬ星喰いだった。

1万年の長きに渡る雌伏を経て遂に動き出した自身の野望が、まさかその星のか弱き人類と一人の巨人に阻まれるなど、どうして予測できただろうか。

追いつかぬ理解は焦燥を呼び、焦燥は憤怒となって心をかき乱す。

 

「我は大魔皇獣マガオロチ!! 怨念の全てを統べる皇にして、星すらも喰らう宇宙最強の存在!!」

 

その憤怒は、魔皇の象徴たる赤き角に宿った。

先程とは比較にならない規模の電流が迸ったその時、名乗りを上げたのは絶界の力を引き継ぐ女傑であった。

 

『蒼き空を駆ける、千の衝撃!!』

 

「貴様ら如きに……我が敗れるはずが無いのだっ!!」

 

宝玉から精製した光の剣を右手に持ち替え、居合い抜きの形で構える。

天剣最高位、あの史上最強の霊子戦闘機でのみ可能となった究極の煌き。

 

『天剣・千本桜ーーーっ!!』

 

眼前に迫ったマガ迅雷に、絶界のカマイタチが真っ向からぶつかった。

すべての邪を切り裂くその斬撃は魔皇の裁きを易々と押し返し、その顔面を直撃する。

 

「グギイイイィィィッ!?」

 

その衝撃に、再び大魔皇獣の巨体が大地に叩き伏せられた。

瞬間、直撃を受けた魔皇の象徴に亀裂が入り、音を立てて砕け散る。

 

「な……何故だ……!? この力……、あの原初の戦士とも似つかぬ……!!」

 

最早瀕死の状態で、大魔皇獣が狼狽する。

かつて相対した最強の巨人ですら、その無尽蔵な生命力で圧倒し痛み分けにまで持ち込んだ。

それから1万年、相手にした巨人も生命も、相手にするまでも無い小粒に過ぎなかったはず。

なのに何故、目の前の巨人に手も足も出ないのか。

あの魔皇獣1体に苦戦し、連戦では疲弊しきっていたはずの青くすらある巨人如きが何故……。

 

「マガオロチ……、お前の敗因は、見くびっていたことだ。僕達ウルトラマンと、地球人類の固い絆の力を!!」

 

その答えを知っていたのは、他ならぬ若き巨人だった。

 

「例えどんなに僅かな希望でも、勝利を信じて手を取り合う。共に愛し守りあい、可能性を信じて進み続ける。未来に待つ無限の可能性を信じて。それが僕達の力だ!!」

 

瞬間、メビウスは自身の右手を宝珠に翳し、頭上にエネルギーを集約する。

それを合図に、神山たちが動きを合わせて続く。

7人の霊力を結集して放つメビュームシュートの究極形態。

超必殺光線、インフィニティーシュートである。

 

『この命ある限り、未来は、可能性は無限大!! 行くぞみんな!!』

 

「『インフィニティーシュート!!』」

 

「セアアアアアァァァァァッ!!」

 

7人の声が重なり、集約されたエネルギーが∞の文字を形作る。

十字に組まれた腕から眩い光線が発射され、一直線に大魔皇獣を狙い撃った。

 

「グギイイイイィィィィ……!!」

 

邪念の源を破壊され、迎撃も防御も叶わず光線の直撃をまともに受けた大魔皇獣が、断末魔の咆哮を上げた。

その全身に、閃光が亀裂となって走っていく。

 

「グギイイイィィィ……、わ……我は死なぬ……! 例え肉体が滅ぼうと……、必ずや……我が邪念が星を喰らう……!!」

 

一瞬、苦悶に満ちたはずの顔が凄絶に笑った。

 

「いつの日か……、必ず……、忘れるなあああぁぁぁ……!!」

 

天を仰ぎ絶叫したその瞬間、大魔皇獣の全身を閃光が突き抜けた。

黒雲を吹き飛ばす純白。

直後に轟く轟音。

そして……、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこは、全てが神々しい純白に染められた空間だった。

攻撃の余波で生まれたものではない、優しい温もりが包む夢心地のような空間。

 

「貴方は……」

 

その奥に、彼はいた。

宇宙警備隊で相対したことはない。

だが目の前の巨人を、ウルトラマンメビウスは知っていた。

左腕のオーブが告げていた。

目の前に立つ巨人こそ、あの夢に見た原初の戦士であると。

 

「貴方が……オーブ……」

 

黙したまま、巨人が頷いた。

同時に胸のリング状のタイマーが明滅し、それに合わせて宝玉を包むオーブが共鳴を始める。

瞬間、メビウスはオーブの意図を察した。

 

「……分かりました」

 

迷う事無く、左腕のブレスからオーブを分離する。

オーブは淡い光を放ちながら、原初の巨人のタイマーと一体化した。

元あるべき場所に安置されたかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その先に、邪念の源泉はいなかった。

代わりに魔皇がいたその場所には、黒の爆炎がただ立ち上っていた。

 

「……終わったのか」

 

静寂が支配した一帯で、大神が静かに呟いた。

地平線の先には、登り始めた朝陽が夜明けを告げる。

終わったのだ。

この大陸から始まった、長い長い怨念との戦いが。

 

「ありがとう、神山君。……いや、帝国華撃団花組」

 

その言葉に、メビウスはその体を光に包み、7人の若き戦士へその姿を還す。

 

「一之瀬大尉……、降魔皇は、死んだのでしょうか……」

 

「そのはずだが……、あの最後の言葉は妙だ。元より悪知恵の働く相手、何らかの保険が無いとも言い切れん」

 

厳しい表情で告げる豊。

あの一瞬、確かにメビウスと花組の最後の一撃は、かの星喰いの大魔皇獣を完全に消滅せしめた。

ただの負け惜しみなのか。

それとも、何か意味があったのか。

 

「邪念ある限り……、即ち人類が欲と恨みに塗れたとき、それが奴らのような悪を呼び寄せる餌になるということだ」

 

記録において、星すら喰らう脅威の生命体は後にも先にもあのマガオロチただ1匹。

生殖機能すら持たぬ存在が子孫を残すとも思えない。

可能性があるとすれば、あの狂気の科学者のような人間の悪意が星を包んだとき、その星が格好の餌になるということではないか。

それが、宇宙警備隊隊長の辿り着いた答えだった。

 

「何だよ、だったら話は単純じゃねぇか」

 

「そんな事が起きないように、私達が人々の心を癒し続けましょう。今までのように、舞台の上で」

 

だがその見解を前にして、若き花々は一部の心配もしていないようだった。

それもそうだ。

平時に人々の心を舞台の上で癒し邪念を取り除くのは、霊的組織の十八番。

未来永劫、伝え続けるだけのことである。

 

「……大神さん、それじゃあ久しぶりに……」

 

「ああ、神山君たちも一緒にやろう!」

 

安堵の沈黙に、大神達の表情が変わる。

無論神山たちも知っている。

霊的組織の慣わし、仲間達の信頼と感謝、団結を確かめる儀礼の一つ。

そういえば、世界華撃団大戦の混乱からしばらく出来ていなかった。

 

「それでは音頭を取ってもらおう。御剣ミライ君、頼んだよ」

 

「……、はい!!」

 

それまでの勇敢な顔から、屈託の無い無邪気な笑顔に戻り、指名を受けたミライが中心に駆け寄った。

 

「この星に命ある限り、思いは受け継がれ、希望の未来が花開く。まだ見ぬ明日がある限り、可能性は無限大!! 勝利のポーズ!!」

 

「「決めっ!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大正30年1月1日。

復活を遂げた降魔皇の暴虐により未曾有の危機に晒された世界は、諦めかけていた未来の到来に歓喜した。

星すら喰らう大魔皇獣の死と共に世界中を跋扈していた降魔は靄のように消えうせ、同様に都市を守護していた亡霊たちも幻のように消えうせた。

夜明けと共に帰還した世界華撃団を、人々は感謝と共に迎え入れた。

賢人機関はこれまで秘匿としていた江戸時代に始まる降魔の真実と、今日に至る霊的組織の全てを開示。

降魔事件と、それに付随するマガオロチの脅威が去ったことで、遂に霊的組織は都市防衛構想から外されることとなった。

しかし一之瀬大尉が危惧したように、格好の餌となる人々の負の感情が蔓延すれば、第2のマガオロチのような存在が現れることは自明である。

そうした事から賢人機関は、各国の民衆の強い要望もあり、平時の歌劇団としての任務続行を決定した。

時を同じくして、10年ぶりに帰還した先代帝国歌劇団、巴里歌劇団、紐育歌劇団はこの元旦に特別公演を実施。

自分達の帰還を信じ待ち続けてくれた人々への感謝と、次代の歌劇団へのバトンタッチを最高の形で行うことになった。

最後の挨拶には彼女達の隊長であり、普段はモギリとして親しまれていた大神一郎、大河新次郎が登壇し、観客達を驚かせたことは言うまでもない。

 

花が儚く枯れ行きながらも凜と咲くのは、次の花に夢を託すから。

 

その言葉と共に舞台を去る彼女達は、最後まで暖かい拍手に包まれていた。

 

「大神司令、お呼びですか?」

 

神山誠十郎が突然の呼び出しを受けたのは、圧巻のグランドフィナーレを終えた夜のことだった。

呼び出されたのは大帝国劇場の屋根裏部屋。

そこから窓の先の屋根の上に、帝国華撃団総司令の姿はあった。

 

「突然すまない。……少しだけ二人で話しておきたいんだ」

 

誘われるままに、隣に腰掛ける。

穏やかに微笑むその姿は、どこか陰りを感じた。

 

「……ありがとう、神山君」

 

視線を街に向けたまま、大神が切り出した。

 

「あの戦い、俺達だけでマガオロチを打倒することはできなかった。君達がいなければ、最悪の結果は避けられなかっただろう」

 

「……司令の責任ではありません」

 

世界の運命を決めたあの戦い。

その一部始終は、いまでも昨日の事の様にはっきりと思い出せる。

 

「俺はこの帝国華撃団……霊的組織の触媒として戦ってきた。だが……、」

 

そこまで口にして、大神は悔しげに自身の手を見やる。

その理由を、神山は知っていた。

大神は、あの戦いを最後に霊力を失っていた。

一時的な減退ではなく、完全な消失。

それは、帝国華撃団司令としての生命線が断ち切られた状態だった。

 

「司令、何も霊力があることが絶対条件ではありません。戦場に出なくとも、司令室で統率を取れば……」

 

大神は言葉を返さない。

力なく首を振った。

 

「司令、何故そこまで……?」

 

それは、神山の純粋な疑問だった。

霊力の喪失は、確かに大きな損失である。

自ら霊子甲冑で打って出る大神にとって、これほど酷なことはないだろう。

しかしだからといって、出来ることが何も無いわけではない。

最前線に立たずとも、作戦司令室で隊員達に的確に指示を飛ばし、生還させる。

それではダメなのだろうか。

 

「すまない、これは俺自身が決めていたことだ。いつか戦場に立てなくなる日が来たその時は、俺は総司令の座を降りる」

 

「まだ、貴方が求められていたとしても……?」

 

「ああ……、俺達の使命は彼女達に命じることだけじゃない。それぞれの心を理解し、互いに心を通わせあう触媒でなければならない。それは、戦場を離れてしまっては決して到達し得ない」

 

それは、長年霊的組織の隊長として、または総司令として戦ってきた大神一郎だからこそ口に出来る経験則だった。

霊的組織は、一介の軍隊ではない。

全員絶対生還を掲げ、触媒である隊長と隊員達が互いに強い絆で結ばれているからこそ、今日に至る強固な組織に結実している。

それを維持するために、互いに戦場に立つという共通意識が揺らぐことが崩壊に繋がることを、大神一郎は知っていた。

 

「俺が戦場に立てなくなったときに真っ先に行うこと……。それはこの先帝都を、世界を見守り続けてくれる若き触媒に次代を託すことだ」

 

その言葉が意味するところを、帝国華撃団花組隊長、神山誠十郎は知っていた。

 

「……自分はまだ未熟すぎます」

 

「謙遜するな。君は若い花組を纏め上げ、俺達では打倒し得なかったマガオロチを倒し、俺達が10年かけて成し得なかった世界の平和を成し遂げたんだ」

 

目の前に差し出されたのは、一振りの年季が入った刀だった。

 

「これは俺がこの場所で、総司令を任命されたときに受け取った神刀『滅却』。……神山誠十郎少尉、君が総司令だ」

 

「……承知しました」

 

受け取った神刀は、軽い作りながらも年代と重みを感じさせた。

この帝都を、世界を守る意志を受け継いできた歴史が伝わってくるかのようだ。

 

「……心残りがないといえばウソになる。俺自身、米田前司令のように、年齢のギリギリまで司令を勤め上げるつもりでいた」

 

再び夜の帝都に視線を移し、大神は呟く。

この場所を引き受けるまでの道は、決して平坦ではなかったはず。

その胸中は、神山でもうかがい知ることは出来ない。

 

「でも、もう今は君達がいる。新次郎、エリスくん、アーサー、シャオロン、そして神山君。君達若い世代が、これからは帝都を、世界を守っていって欲しい」

 

「大神司令、……謹んでお受けいたします」

 

だからこそ、力強い返事を返す。

せめて去り行くその心を、少しでも軽く出来るように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冬の只中に吹きぬける夜風が、妙に冷たかった。

 

「ミライ……」

 

呼ぶ声に振り返る。

月夜に照らされた可憐な顔は、どこか寂しげに見えた。

無理も無い。

寧ろ、よく取り乱さずにいてくれたものだ。

 

「行くんだな」

 

「はい……」

 

大魔皇獣マガオロチの消滅には成功した。

だが、その代償は決して小さいものではなかった。

自身の除く4人の巨人、ゾフィー、ジャック、ティガ、タロウはいずれも光エネルギーの消耗が激しすぎて体が限界に達してしまっており、エネルギーの貯蓄すら不可能になった。

それは未来永劫変身すら叶わない、ウルトラマンとしての死すら意味していた。

唯一の救いは、これまでの銀河系一帯での怪獣事件の全てがなくなったという報告を受けていること。

かねてよりこの地球に巣食っていたマガオロチの波動の余波が外宇宙からの怪獣を呼び寄せていたとする有力説が、皮肉な形で立証されたという事になる。

これを受け、宇宙警備隊隊長は同組織を解除。

同時に唯一無二のウルトラマンとなったメビウスに、銀河系最後のパトロールを命じたのである。

 

「いつぐらいに帰れるか、分かりそうか?」

 

「早くて5年……、もし道中イレギュラーに遭遇したら、この限りではありません……」

 

断言できないのがもどかしい。

本当なら少しでも安心させたいのに。

 

「初穂さん」

 

だから、せめてこれだけは約束しよう。

信じる限り、未来には無限の可能性があるのだから。

 

「一日でも早く、貴女の元へ帰ってきます。宇宙で一番大切な貴女の側へ、僕は必ず帰ってきます」

 

「ああ……、早く戻って来いよ。美人な初穂ちゃんは男がほっとかないぜ?」

 

気を遣って気丈に振舞うその肩を、優しく抱き寄せる。

胸に埋めたその顔は、震えていた。

 

「好きだ、ミライ……愛してる」

 

「初穂さん……僕も……愛しています」

 

涙で滲みかけた先に見えた顔は、涙で濡れていた。

そのまま目を閉じ口をすぼめる彼女に、自身も目を閉じ応える。

必ず帰ってこられるように。

この唇のぬくもりを目印にして。

 

その夜、一つの星が帝都の夜空を飛び去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かくして、1万年に及ぶ魔の脅威との戦いは決着に至った。

星をも喰らう未曾有の怪物については今尚多くの謎が残されているが、少なくとも現在まで続く平和がその心配が杞憂であることを裏付けるに至っている。

かの幾つもの知られざる戦いに身命を賭した勇士達が、その平和の中に余生を送ることができた事は何よりも幸いといえよう。

 

後の英雄達の一部の動向について、史書「サクラ大戦」では次のように纏められている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マリア=タチバナ。

帝国華撃団花組創設時より初期隊長を兼任し、長きに渡り帝都防衛に従事してきた。

彼女は引退の後に古巣のロシアに帰国し、水面下で編成が行われていたモスクワにて歌劇団を設立。

各国の知り合いの援助を受けつつ、寒波に厳しい祖国に一筋のぬくもりを齎す。

かつては戦場で厚い信頼を置かれていたペンフィールドの腕前は、後の生涯で披露されることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桐島カンナ。

マリアと同じく創設期より花組に在籍し、引退後は地元沖縄へ帰郷。

道場を建て、亡き父の念願だった桐島流空手の伝承に心血を注ぐ。

その太陽のような大らかな人柄は人々の心を掴み、道場は空前の発展を遂げることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神崎すみれ。

一連の事件において失われた10年を最も耐え忍んでいたのは、彼女であろう。

霊的組織としての任を全て成し遂げた彼女は正式に神埼重工の経営を引き受ける。

華撃団時代の人脈をふんだんに利用した常識破りの経営戦略は前代未聞と話題を掻っ攫い、後年は経営者として波乱に満ちた生涯を送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イリス=シャドーブリアン

全ての戦いを終えた後、祖国フランスへ戻ったイリスを、両親は涙を流して迎えた。

それまで歳相応の子供だった彼女も精神的に飛躍を遂げ、一人娘でありながら勉学に励み父より商会を引き継ぐようになる。

専らフランスでその手腕を振るっていた彼女であったが、それは一人の親友とのある約束を果たすためであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

李紅蘭

時の帝国華撃団花組隊長と大恋愛の末に家庭を設けた彼女にとって、降魔大戦は青天の霹靂であった。

にも拘らず10年の別離とその間の上海華撃団の創設、数多の苦難を乗り切ったのは、偏に夫を信じる絆に他ならない。

しかしそんな彼女も、引退と共に祖国へ戻ってきた夫を前にしたときは人目も憚らず10年分泣きはらしたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

李仔空

父の揺らぐことなき正義の魂と、母の尽きることなき発明の情熱を受け継いだ若き龍は、その後も上海を拠点に蒸気工学や都市防衛構想に尽力していく。

だがそんな栄光の姿よりも父母が最も感動した瞬間は、再会したときの父への一喝だったという。

「父さん! 母さんにしっかり謝る、下さい!! 母さんは10年間、一度も泣けなかったです!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヤン=シャオロン

五神龍の戦いを得た後の、「神龍軒」の料理長として変わらず手腕を振るい続ける。

その味は中国全土どころか世界を席巻し、幾度も海外の商家や大手企業から勧誘を受けたが、その首が縦に振られることは無かった。

数回、レシピを盗もうとする不届き者が現れたそうだが、いずれも『手厚い歓迎』でもてなしたといわれている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ホワン=ユイ

戦場を去った後、「神龍軒」を手伝う傍ら、上海警察に就職。

治安維持の為に、その類稀なる拳法の腕を遺憾なく発揮したといわれている。

難点は容疑者を毎回病院送りにしてしまい取調べが難航したことだとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ソレッタ=織姫

戦いを終えた後、織姫は父母の待つイタリアへ帰国。

その後も冷めない女優への情熱から、ローマの新興劇団に入り一躍イタリアのスターに上り詰める。

出自や人柄だけで相手を差別しない公平な人当たりは多くの観客に愛され、大女優ソレッタ=織姫の名はたちまち世界に轟いたといわれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レニ=ミルヒシュトラーセ

ブルーメンブラッド、欧州星組、帝国華撃団花組、名だたる霊的組織を兼任してきた彼女もまた、伯林華撃団の総司令を最後に最前線から退いた。

後年はヴァックストゥーム計画の後遺症に悩まされることも増えたが、それでも平和の為に舞い踊る伯林歌劇団の発展に力を尽くす。

その姿勢が精神的に良い影響を及ぼしたのか、彼女は最終的に医師の診断した余命を10年も超えていたと言われている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

御剣秀介

この戦いを最後に、光の巨人ウルトラマンジャックの余生は完全に閉ざされることとなった。

命を削り戦い続けた代償として著しく失われた寿命にも悲観する事無く、秀介は最後まで後悔を口にしなかった。

その最期は誰より愛する妻に看取られた、安らかなものであったといわれている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真宮寺さくら

多くの人々に惜しまれながら舞台を降りたさくらは、程なく夫と共に地元仙台へ帰郷。

二人の夢であった夫婦としての余生に費やし、旅立つ夫を見送った。

その後は生涯独身を貫き、夫の遺品である腕輪と共に旅立つ。

ただ、破邪の力を求められる未来が来ないことを切に願いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大神一郎

帝国華撃団隊長として、時に司令として、実に5度に渡る都市防衛の多大な功績に世界中がその手腕を求めた。

しかし当人は総司令引退後にいずれも固辞。妻子の待つ上海へ移り住む。

誰にでも分け隔てなく接する心優しき姿は変わらぬまま、家族に一際愛情を欠かさない彼らは多くの夫婦の羨望を受けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グリシーヌ=ブルーメール

誇り高き貴族として、巴里花組の一人として戦場を駆けた蒼き戦乙女は、全てを終えた後に実家のブルーメール家に戻る。

しかしながら蒼き貴族としての未来より巴里に尽くす方針は僅かも揺らぐことが無く、結果として同家は彼女が最後の後継者となった。

様々な仲間と連携して人々に尽くす人生は波乱に満ちたものでありながら、生涯で最も彼女の笑顔が輝いていたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コクリコ

両親との別離、一座の一員としての全国行脚と、孤独と戦いながら半生を歩んできたコクリコは、全てが終わった後に第2の故郷としていたフランスに戻る。

大道芸人として日々を生きる傍らで孤児院を開設し、身寄りの無い子供達に寄り添い続けた。

時に経済面で苦境に立たされた際には、幼少期より親交のあったシャドーブリアン家の援助に助けられたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ロベリア・カルリーニ

巴里華撃団解体後、歌劇団としての任務を継続していたが、晩年はその姿を消す。

再び闇に堕ちたのか、それとも世を去ったのか。

様々な憶測が流れている中で長年その背中を追い続けてきた一人の刑事部長は、含むように笑った。

「老いた猫は他者にその姿を見られたがらない。そういう事さ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

北大路花火

フランスに帰参後、程なく実家の北大路家の元へ戻る。

幼少期より文武両道の際を遺憾なく発揮し、多くの若き撫子へ己の技の全てを伝え続ける人生を歩んだ。

その慎ましくも柔らかな美貌の微笑みへの求婚は耐えなかったが、彼女は生涯独身を貫いたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エリカ=フォンティーヌ=モロボシ

すべての戦いを終えた後、生まれ育った巴里の教会でシスターとして奉仕の日々を送る。

海を隔てた先の娘を心配する姿も頻繁に見かけられたが、他ならぬ娘の手紙を宝物にして見守っていた。

一方で再会を果たした夫には昼夜を問わず人目も憚らず甘えたがるため、周囲は赤面することも多かったといわれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダイゴ=フォンティーヌ=モロボシ

超古代の光を受け継いだ運命の少年は、遂にその運命に終止符を打った。

その後はかつての教会で、伴侶の女性と幸せを存分に謳歌したという。

没後、一族の形見である翼の彫刻は教会に安置され、人々に伝説の歴史を伝え続けている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ツバサ=フォンティーヌ=モロボシ

数奇な運命に巻き込まれながらも、主の教えを守った彼女はそのまま円卓の騎士として英国で奉仕の日々を送る。

全てを包み込み人々の心を癒す姿を、後年の人々は『聖母』とまで呼ぶようになった。

その晩年は両親の生きたフランスのとある教会で、かの翼の紋章に看取られながらであったと言われる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カトリーヌ

かつて黒騎士ランスロットと呼ばれた少女は、ついにその血にまみれた鎧を脱ぐ決断に至った。

その後は倫敦市警の特別捜査員として、英国の治安維持に協力していくことになる。

どんな凶悪犯でも顔を合わせた瞬間自首を決意するほどの彼女の気迫と名声は、英国の平和に長く貢献したとされる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アストリア=アシュフォード

かつて英雄王アーサーと呼ばれた青年は、大魔皇獣討伐という大儀を成した事で酌量の余地が与えられる。

しかし本人はこれを拒否。その後も奉仕者としての生涯を送り続ける。

その彼が最後に一つだけ望んだ事。

それはヴァージン島の名もなき墓の一つに、自身の遺骨を埋めて欲しいというものだった。

没後その任を引き受けたのが、英国の聖母であったことは運命の悪戯なのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サジータ=ワインバーグ

戦場とステージを去った彼女であったが、その後の安らぎは束の間に過ぎなかった。

本来の姿である女性弁護士として、その後も軽犯罪の耐えない紐育の治安維持に貢献し続けていくことになる。

そんな彼女も、時折旧友達とハイウェイを爆走して昔を懐かしんでいたようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リカリッタ=アリエス

これまでの功績を讃えられた賞金稼ぎの少女は、ベイエリアの一角に正式な住居を与えられた。

それでも生業とする自身の生き方は変わらず、時には紐育を飛び出してアメリカ中を駆け回ることもあったと言われる。

その傍らに付き従う家族のフェレットは、代々彼女がその銃を置く瞬間まで寄り添い続けたといわれている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダイアナ=カプリス

すべての戦いを終えた後、ダイアナは正式にボストン大学病院に就職。

霊力を失っても、その豊富な知識と技術で日夜多くの患者の治療に尽力し続けた。

多忙の中、彼女の一番の心の支えとなったのが、今は亡き小さな友人の姿であったことは彼女しか知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

九条昴

気がついたとき、九条昴という人間は紐育から姿を消していた。

結局誰も、この人間の全てを解明することは叶わなかった。

同時期に京都の町に突如美貌の舞姫が現れたと話題になったが、彼女との関連は未だ分かっていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ラチェット=アンバースン

すべての始まりとなった欧州星組で過ごした幼少期から、彼女の人生に日常というものは存在していなかった。

常に死と隣り合わせの戦場を駆け抜けた日々。そんな彼女にとって、最も身近にいた彼に心惹かれていくのは、ある種当然の帰結だったのかもしれない。

全てを終えてドイツに定住したラチェットは、そこから夫と息子を見送っては迎える母親としての生活を心から謳歌したといわれている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハワード=アンバースン

かつて摩天楼を照らす星となった彼は、数奇な運命を経て戻ってきた。

昼は蒸気工学に心血を注ぎ、夜は息子と空の星を眺め、時折妻と束の間の逢瀬にまどろむ。

ようやく掴んだ幸せに、ハワードは亡き父の形見の星を空に掲げて微笑むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ポール=アンバースン

伯林華撃団の若き星は、かの一戦でその勇名を世界に轟かせた。

成人後も無鉄砲さこそ鳴りを潜めつつも勇猛果敢な姿は僅かも色褪せる事無く。

両親の没後はその腕に、父から託された始まりの星が輝いていたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マルガレーテ=アンバースン

伯林の宝とも揶揄された若き智将は、その後もドイツの平和と治安維持に明晰な頭脳を遺憾なく発揮する。

寝食以外全てで職務に没頭するその様に同僚は時に将来を不安視したというが、彼女自身はそれに動じることすらなかった。

しかし数年後、幼少期から喧嘩の絶えなかった一つの星と、波乱の末に結ばれたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エリス

エリスというコードネーム以外、彼女の情報の手がかりとなるものは残されていない。

一説によれば伯林華撃団総司令が戦地で保護した戦災孤児であったとされているが、それも根拠なき憶測に収まる範囲である。

しかしながら総司令退官後はその任を引き継ぎ、生涯をドイツの平和に捧げたといわれている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジェミニ=サンライズ

ステージを降りた彼女は、その足で故郷のテキサスへと戻った。

姉と師匠への墓前に報告を済ませ、懐かしいぬくもりの大地に生きることを決める。

そんな彼女に、わざわざ帝都から追いかけてきた想い人が一波乱を起こすのは別の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大河新次郎

紐育華撃団隊長の任を終えた若き青年将校は、帝都に帰参し軍務に従事するも、3年後に退官を申し出る。

理由は些か理解に苦しむといわれながらも、本人は強い意志で帝都を去った。

その瞳が追い続けていたのは、遥か海の向こうにいるという恋人だったといわれている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アナスタシア=パルマ

星の導くままに世界各国を渡り歩いてきた彼女は、最後に訪れた帝国華撃団に足をつけることを決める。

稀代のトップスタァの熱演する舞台の数々は人々を魅了し、帝国歌劇団はかつてない盛況を見せることとなった。

同時に次のトップスタァを夢見て彼女の門を叩く女性は後を絶たず、その中の一人が後に総司令の目に留まることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クラリッサ=スノーフレイク

帝国歌劇団初の舞台脚本を手掛ける美貌の女優は、その後も多くの名作を生み出し帝都を熱狂させた。

没後はその全てが収められた書物が発行され、空前の人気を博することになる。

中でも人々が稀代の名作と口を揃えるのが、最初の脚本「迷宮のリリア」だったとされる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

望月あざみ

帝国歌劇団としての任務を長きに渡り勤め上げた後、望月流の末裔はその後進育成のため、惜しまれながらも引退を決意する。

その後は隠れ里を帝都外に興し、身寄りの無い少年少女を迎えて時代を超えた忍びの粋を教え続けた。

現在花組所属の内、明確に死去が確認できていないのは彼女だけである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天宮さくら

真宮寺さくら引退後、帝国歌劇団の名女優としてその名を轟かせた彼女は、当時の花組の中で最も長い期間務め続けた。

かつて羨望の眼差しを向けた大女優の背中を追う彼女もまた、いつしか多くの大和撫子の羨望の的となり、真宮寺さくらの再来とまでうたわれるほどになった。

その引退の際に未来を託した女性が、後の帝都を運命を賭けた最後の女傑となることを、彼女は生涯知ることは無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神山誠十郎

かつて憧れた霊的組織の隊長として、十二分の戦果を収めた若き青年将校は、その双肩に総司令の任を引き受けることとなった。

それまでとは比較にならない膨大な業務と責任の重さに疲労を見せつつも、仲間達の支えもあり半世紀にわたり世界の安全を守り続けた。

晩年は婚儀を結びながらも中々夫婦の時間を過ごせずにいたさくらと、寺島町で過ごしたとされている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東雲初穂

絶界の力を持つ天宮家と共同で帝鍵を守り続けた一族は、彼女の代でその伝統を終えることとなった。

魔の脅威が去った今、人命を要する儀が残っていては要らぬ争いや悔恨を生みかねない。

そう告げて穏やかに過ごす彼女の元に長年の想い人が戻ってきたという知らせを下町の人々が知るのは、7年の後のことである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

御剣ミライ

かくして、最後の光の巨人ウルトラマンメビウスは地球を後にした。

それまで数多の怪獣が跳梁跋扈していた広大な宇宙は平定を取り戻し、宇宙警備隊は正式に解散。

ウルトラマンと呼ばれた巨人達も、M78星雲人として日常へと戻っていった。

ゾフィーの後任としてメビウスはその一連の手続きを隊長代行として勤め上げた後、母星を後にする。

向かうのは地球。

 

かつて原初の巨人が身命を賭して守り抜いた星。

 

人間と触れ合い、人間を愛した勇者が人間と共に戦った始まりの星。

 

生涯をかけて守ると誓った、桜舞う星。

 

遥か3000年の伝説が今も生き続ける、超古代の星。

 

星々を指針に宙を目指し輝く、摩天楼の星。

 

そして、この宇宙で最も愛する人が住まう、無限の可能性を秘めた星へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<無限大の星・完>




<緊急告知>

命短し恋せよ乙女。

美しき花は儚く散り行く。

されどその意志は新たに芽吹き、そして可憐に咲き誇る。

例え時代を隔てても、希望の意志は花開く。

蒼天の空に、今また桜が凜と咲き誇るとき。

世界中が、君を待っていた。

桜舞う星シリーズ、最終章。

<桜武伝の星>

受け継がれし力、お借りします!!


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