ラブコメしか許されない世界で俺達は性癖を叫ぶ。 (胡椒こしょこしょ)
しおりを挟む

世界は恋に堕ちている

朝。

俺達学生にとっては憂鬱でもありながら、友人との学校生活で期待に胸膨らませる瞬間。

俺は、そんな時間を親友の家で過ごしていた。

 

俺の目の前で机に座る親友。

そして.....。

 

「はいリク、朝ごはん出来たよ。」

 

「おっ、ありがとう!わりぃ、邦彦。飯目の前で食うぞ。」

 

「あ、あぁ....。」

 

緑髪で同じ高校の制服を着た少女が目玉焼きなどの料理を運んでいた。

彼女は橘優花里。

親友であり、今目玉焼きを貪り喰らっている男は杜若リク。

そんな彼の幼馴染が橘優花里なのだ。

そして....。

 

「もぉ~、リク。ネクタイ歪んじゃってるよぉ。まったく私が居ないとダメなんだからぁ。」

 

「飯食ってる途中だから、やめろよなぁ~。」

 

ふらりとやってきた赤髪の少女。

彼女もまた同じ高校の制服を纏って、うっとおしそうにするリクのネクタイを直していた。

彼女の名前は橘茜。

優花里の双子の妹だ。

そしてこれまたリクの幼馴染である。

 

「そう言えばリクくん、中間テストあるでしょ?大丈夫?お姉さんが教えましょうか?」

 

「いや、俺自分でやるよ。」

 

すると今度はソファでテレビを見ていた一つ年上の青い髪の少女がリクに提案した。

彼女は橘葵。

双子橘二人の姉だ。

そして、コイツもリクの幼馴染だ。

なんか...幼馴染多くね?

まぁでもみんな姉妹みたいだし、あり得るのか?

 

「ご馳走様でした。悪いな、邦彦。待たせちまった。」

 

「い...いや、気にすんなよ。」

 

いや待ってるって条件だったら他の幼馴染たちも同じなんだけど....。

ただ他の幼馴染たちはにこやかにリクを見つめている。

なんだお前ら....リクのこと、好きなのか?(青春)

そう思ってると、またドアが開く。

 

「ふわぁぁ~ん、おはようございマース!」

 

「あっ、リズ!今日もまた遅く起きて!もうみんな用意終わってるんだぞ!こっち来なさい!」

 

「えへへ~リクお兄ちゃんに着替えさせてもらうからいいも~ん。」

 

「リズ...まったく、俺が居なくなったらと思うとお前の将来が心配だよ。」

 

金髪の精々中学一年生くらいの少女が寝ぼけ眼を擦りながら部屋に入ってくる。

他の姉妹は呆れた様子で彼女を見ており、そしてリクはいつものごとく朝の支度を手伝いに行っている。

彼女は橘・エリザベス・アンナ。

なんでも腹違いの妹なんだって。

なんか複雑そうな背景がありそうだ。

だが、そんなことよりも実年齢的に中学生の彼女はどうやら学力が卓越しているらしく飛び級して俺たちの高校に行っているらしい。

いや、それは流石に無理があるだろ。

飛び級ってなんだよ日本の教育制度にそんな物あったか?

何回目か分からないような突っ込みを心の中でしつつ、俺は溜息を吐いた。

 

そして、リズの支度が終わり皆が家から出る。

俺とリクが前に。

そしてその後ろには四人もの橘家の少女達。

俺の親友には5人もの幼馴染が居る。

そして、それは昔は居なかったはずだ。

俺を置いて、世界が変わっている。

質の悪いラブコメみたいな世界に。

 

 

 

 

 

歩いていると、学校に着く。

私立笠野樹学園....前はそんな名前だった。

しかし、今ではその名前は跡形も残っていない。

目の前に聳える大きな校舎、その高校の名前は第一羅撫米学園。

なんだその間抜けな名前。

バカなんじゃないだろうか?

 

しかし、誰も不思議には思わない。

まるで俺だけ世界から弾かれたかのようんだ。

それに.....。

 

「べ、別にアンタの為にやったわけじゃないんだからねっ!」

 

「この謎、気になります....太郎丸さん、ついて来てください。」

 

なんかツインテールの勝気そうな美少女が違うクラスの秋坂にツンデレており、眼鏡をかけたなんか推理とかしてそうな文学少女が同じ部活の太郎丸先輩の腕を引いていた。

なんだろう、見覚えのない人間が多すぎる。

てか全体的に学校の人口が2倍以上になってないか?

全体の顔面偏差値がなんか倍増したような気がする。

どういうことなの.....?

 

「なにキョロキョロしてんだよ、邦彦。」

 

「は...?い、いや別に.....。」

 

俺が言葉を濁すと、そうかと軽く済ませてまた姉妹たちと仲良くいちゃつき出す。

周りをキョロキョロと見回しながら、歩いていると自分たちの教室に着く。

てか心なしか教室の廊下も長い。

きっと人数が増えているから、収容人数も増えているんだろうな。

いつ増やす工事をしたか知らないし、外から見ても別に校舎は大きくなっちゃいないのにな。

教室では、がやがやと生徒たちが騒いでる。

しかし....その半分以上の顔が朧気だった。

なんだろう、確かにちゃんと顔はあるが見ても覚えることが出来ないというか.....。

頭が....ぼやける感じだ.....。

どこか、どいつもこいつも...色がない。

 

色があるのは...

 

「せっかくお姉ちゃんたちとは別でリクと二人きりで居られる時間は教室しかないんだから、もっと話そうよ!」

 

「ちょっ!優花里...近い!」

 

「お姉の中では...私居ないことになってるんですか?茜...地味にショックです。」

 

リクや橘姉妹たち。

そして...リクたちのような境遇で女が横に居る奴とそういう奴の腰巾着みたいな野郎。

つまりは俺みたいな奴ってことだ。

楽しそうに話しているコイツ等も、俺にはどこか薄ら寒い物にしか感じなかった。

すると廊下からコツコツコツとハイヒールの踏みしめる音が鳴る。

そして、その扉が開いた瞬間みんなが静まり返った。

 

「HRを始めるぞ。それじゃまず出席確認から....」

 

教壇の前に立つのはこれまた眼鏡をして、レディーススーツ越しで体のラインが出てるようなグラマラスな女教師。

30歳独身の国語教師、斉加年晶。

生徒人気も強く、男子生徒の憧れだったりする。

 

だが、俺は知っている。

目の前に居る女教師は斉加年晶は男だったはずだ。

やさぐれた髭面のガタイの良い男だったはずだ。

それが、まさかいきなり女になっているなんて....。

誰もそれを不思議に思わないし、まるで最初から女だったかのような感じだ。

そして、恙無くHRは終わり、授業が始まった。

どの教師も女になってるか、分かりやすいキャラに誇張されているかのような有様だった。

なんだか頭が痛く成りそうだ。

人の人数が増えていたり、校舎がまるで外から見た景色とは無理があるような規模で中が増築されていたり、人の性別や性格が変わっているのを見てもなんとも思わない周りの人達。

これでは、気にしている俺がおかしいみたいじゃないか。

それとも....俺がおかしいのか?

いつも、こうやって思い悩む日々だ。

この日々はいつから始まったのだろうか?

もう....覚えていない。

 

 

 

昼休み。

リクとは親友だが、一緒には居ない。

ここで誰かと一緒に居ると、頭がおかしくなりそうだ。

中庭に出て、売店で買ったサンドイッチでも食べるのだ。

 

そう思って廊下を歩いているとラブコメとかエロゲでありがちな乳袋が付いている俺達他の生徒とは違った格好の生徒が歩いていた。

彼らは皆、一様に腕に腕章を付けていた。

腕章には『治安維持委員会』と書かれている。

 

そんな委員会は本来存在してはいなかった。

どういうことなのか?

ただ奴らがどういう組織なのか大体は察しがついている。

そう考えていると、中庭の方が何やら騒がしい。

なんだなんだ、中庭で飯を食べようと思ってたから何か起こられては困るのだが....。

 

人混みを掻き分けながら見に行く。

するとそこには二人の男女が立っていた。

どちらも顔立ちが整っている。

しかし、女の方は廊下などで見たことはあるが男の方は見たことのない。

その姿はいかにも王子様系と言った感じだ。

そして少女の方は、いたく困惑している。

 

「どうしたんだい?城ケ崎さん?そんなに慌てて...」

 

王子様系男子は笑顔を浮かべて彼女の手を取ろうとする。

それを見て、彼女はその手を払った。

 

「ひっ...やめて!近づかないで!!」

 

「本当にどうしたんだい?...僕たちは幼馴染じゃないか。何かあるなら、なんでも相談してよ....。」

 

どうやら彼女と男は幼馴染のようだ。

しかし、少女はそんな彼に向かって怯えるように身体を委縮させて怯えていた。

その目は、最早人間を見るような目ではなかった。

 

「幼馴染...じゃない。...幼馴染なんかじゃ...ない!」

 

「何を言って....」

 

男は笑っている。

しかし、少女は決定的な言葉を言い放った。

 

「私は、貴方なんか知らない....。私に、幼馴染なんか居ない...貴方、誰?なんで...私の幼馴染だって言い張るの.....?」

 

そう言った瞬間。

目の前に立って笑顔を浮かべていた彼の表情が変わった、豹変した。

にこやかな笑みは真顔に。

輝いていた瞳は乾いてまるで人形のようだ。

そして、俺の周りに入る人間もみんな、さっきまで騒いでいたのが嘘のように真顔で彼女をジーッと見つめている。

数多の乾いた目が彼女を射抜いていた。

あぁ....またか。

どこか不気味さを感じながらも、周りの人間に気づかれない為にも俺も彼女を乾いた目で見つめた。

 

「ひっ!なにっ...なんなの....?」

 

すると、男がポケットに手を突っ込む。

そして、取り出したのは防犯ブザーのような物。

その線を引いた。

 

鳴り響くビープ音。

肩が跳ねる少女を他所に、どこからともなくバタバタと足音がする。

そして、廊下や学校の駐車場、噴水からも続々と治安維持委員会の腕章を付けた生徒たちが出てきた彼女を包囲した。

 

「彼女です。」

 

王子様系の男は能面のような顔で彼女に指を指す。

すると、委員会の一人がその指の先を見て頷いた。

 

「ご苦労....、そこの一年。貴様を反ラブコメ勢力として拘束、再教育を行う。」

 

その言葉を聞いて青ざめる少女。

それも当然だ。

曲がりなりにも彼女は今日までやって来たのだ。

拘束、及び再教育がどのような意味かは先達を見れば分かるだろう。

 

「ま、...まさか...!い、嫌だ...私は......、私はまだ、まともでありたい!!」

 

そう言って逃げようとするも、そんな彼女を彼らが逃がすわけがない。

数の暴力というのは残酷だ。

みるみる内に集まって彼女を取り押さえた。

そして、警棒のような物を押し当てる。

 

「ひっ、やめて!お願いします!!そんな...知らない男を幼馴染とか言ってヘラヘラ笑っていたくないの!分からない!?がっっ!!!」

 

委員会の連中は押し当てた警棒のスイッチを押す。

すると、びくっと痙攣する少女。

そしてぐったりと動けなくなる。

そんな彼女を委員会の一人が俵持ちした。

彼らはそそくさとその場を去っていく。

 

「...あっ~!もうこんな時間じゃん!ここでご飯食べたら昼休み終わっちゃうわ!ねぇ京、どうすんのよ!?」

 

「やれやれ....中庭で食べようと言い出したのはお前だろう?良いから教室に戻るぞ。教室で食べるとしようか。」

 

「はぁ...まぁそれで我慢してあげるわ。」

 

周りの人間はまるで先ほどの出来事がなかったことかのようにざわざわとした日常に戻る

それはさっきの王子様系イケメンも同じだ。

彼らはさっきまでの能面のような表情から人間らしい表情に戻っていた。

いや、そう見えるだけなのかもしれない。

 

あの後、6時限目と7時限目の間の休み。

廊下際で昼休みに連行されていた少女を見かけた。

彼女はさっき怯えていた王子系のイケメンと一緒に仲睦まじく歩いていた。

 

「そ、その迎えにまで来なくても良いのに....。」

 

「何言ってるの?大切な人なんだから迎えに行くのが当たり前でしょ。」

 

「た、大切って.....えへへ.....。」

 

手まで繋いで廊下を歩いていた。

それを眺めていると、隣のリクが不思議そうにする。

 

「ん?どうしたんだ?」

 

...あまり、下手な事は喋りたくない。

だから、どうでもいい事を伝えることにした。

どうでもよくて、それでいて追及する気にもならないこと。

 

「....あそこの雲、TENGAみたいな形してないか?」

 

「おいおい...、いつもそういうこと言ってるから女子に引かれてるんだろ?」

 

呆れた顔をするリク。

だが俺は別にいつも下ネタを言っているわけではない。

それどころかこうなってからは必要に瀕して以外は揚げ足取られて治安維持委員会を呼ばれると怖いので無言でいるようにしている。

でも、彼の中では俺という人間のキャラクターはそういう認識なんだろう。

そこの違いに触れれば、俺がまだ正気...いや正気ではないかもしれないが周りとは違うということが露呈してしまう。

だから、彼の中での認識には触れないようにしよう。

 

これが治安維持委員会だ。

俺やあの子のようにこの質の悪いラブコメ物の闇鍋のようになっている現状に対して懐疑的だったり、拒否感を抱いている人間を拘束して、調整する。

方法は分からないが、そういう役割の連中だと分かる。

よく哨戒しているのが見える為、油断も隙もない。

 

周りをこっそり見れば顔の分からない連中や俺のような腰巾着役以外は皆いちゃついている。

一見幸せそうに見えるが、それは本当に幸せなのだろうか?

彼らは決められた役割の上で生きているのであって、自分の意思で相手を決めたりしているわけではない。

ラブコメのテンプレートに沿って生きているだけだ。

そこに、彼らの自由意思はあるのだろうか?

 

だが、だからと言って出来ることなどない。

世界は否応なしにラブコメへと変わっていってる。

そして、抗う事は許されていなかった。

 

 

 

 

 

 

放課後。

俺は一度学校から出た物の、また学校に戻っていた。

なんでも明後日体育があるので、明日のまでに選択を終らせたかったからだ。

まだ治安維持委員会が巡回しているかもしれないので、放課後とはいえ気が休まらない。

だが、ヘマしなければ捕まることはないだろう。

大丈夫だ。

俺はさっきの女の子のようによく分からない相手とイチャコラしなければいけない立場ではないようだし、一人で居るのなら安全だろう。

 

そう考えて校舎に入ったのだ。

校舎内部には不思議と人は居なくて、昼間の喧噪が嘘かのように静寂に包まれている。

廊下を歩く。

ふと目線の先の棚に本が詰まれているのが見えた。

 

『吾輩は嫁である、苗字はまだ変えてない』

 

『ぼっちゃんと』

 

『少年の日の思い出』

 

このように文学の領域にまでクソラブコメの影響が出始めていた。

名の知れた作品はどれもが擦りつくされた陳腐な恋愛模様を綴るだけに落ちぶれており、そこに元の文など存在しない。

世界は徹底的にラブコメに吞まれている。

 

教室に着いた。

しかし、それにしてもこの教室の前に着くのにここまで歩いたか?

心なしか廊下が長くなっているような気がする。

それに、どこか重苦しい感覚。

 

「...さっさと取って、帰っちまおう。」

 

そう思って、扉を開けて中に足を踏み入れた。

...その瞬間、何か膜のような物を潜り抜ける感触と共にある場所が目の前に広がった。

それにはマネキンのような物が数多壁に括りつけられた場所。

まるで講堂のように広く、元の教室の倍以上はある。

そして、そこには数人の治安維持委員と一人色の違う腕章を付けている男が居た。

 

そこは明らかに教室の中ではない。

マジかよ...なんでこんなことに、ここはどこなんだよ.....っ!

そう思っていると、彼らは敏感にも後ろを見た。

 

「...なんだ君は?委員ではないのに管理空間に入っているということは、まさか<リアリスト>の一人か?」

 

腕章の色の違う男は俺を見ると、そう呟く。

すると隣の治安維持委員の女は、俺に持ってるタブレットを翳した後、彼に言葉を掛ける。

 

「いえ、検索したところによると彼はそのような人物ではないようです。警備の交代時間中に偶然紛れ込んできた二等人物、親友キャラの男でしょう。」

 

彼女は淡々とそう彼に告げる。

二等人物....、親友キャラ。

つまりは、この校舎内に居る人間はみんなランク付けされているってことか?

では、一等と三等人物とは誰だろう?

予想ではあるが、一等はリクや橘姉妹のような連中。

そして三等とは何故か記憶に残らない彼らだろう。

 

しかし、これはまずい。

俺は今、明らかに普段生活していては知り得ないことに片足突っ込んでいる。

どう、なってしまうんだ.....?

くそっ、いつも気を付けて来たのにこんなのってないだろ!!

 

心中で歯噛みする俺を他所に、男は笑みを浮かべる。

 

「そうか....であれば、処理するしかないな。」

 

「なっ、処理だって!?」

 

拘束でも再教育でもなく処理。

彼らがそれを口にするということは文字面よりも恐ろしい末路が待っていると思って間違いないだろう。

 

「あぁ、この管理空間を見られたんだ。治安維持委員会第4隊隊長として貴様を執行する。」

 

「ま、待って欲しい....俺は、ただ偶然入り込んだんだ。と、当然このことについては他言はしない。ただ体操服を取って帰りたいだけなんだ....。」

 

そう言って彼に懇願する。

しかし、4番隊隊長はそれを聞いて鼻で笑った。

 

「ハッ、貴様の意思など聞いてはいないんだよ。分かるかね?管理権限を持っている物及び許可を得た者でない限り、この管理空間に入った時点で人物格が一つ降格する。二等人物である貴様は、降格して三等だ。モブキャラになるんだよ。であらば.....三等人物に自意識も必要なければ誰かの記憶にも残る必要はない。それにその反応、どうやら貴様は<リアリスト>ではなくても、潜伏していた反ラブコメ勢力のようだな。人格を粉々にして無意識に封じ込め、物言わぬ舞台装置にしてやる。」

 

しまった...焦って、ボロが出た....!

そう言うと、殺気をこちらに放ってくる。

ここに居ては、まずい。

本能的に理解した俺は踵を返して扉に直進する。

だが、あと一歩のところで扉が消失した。

そんな.....。

そして振り返ると、維持委員会たちは手を天に掲げていた。

 

「<舞台装置の神(デウス・エクス・マキナ)>...Type S」

 

「ごっ...ごぎゃっ☆あぎぎぎぃぃ...!!」

 

手を掲げた隊長の背後に巨大な蜘蛛のような物に人の身体がくっついたかのような何かが現れる。

その人間は顔に八つの目が付いていて、背には幾つもの手が生えており、その意図は治安維持委員たちに繋がっている。

その姿はまるで阿修羅のようだ。

その糸が引かれた瞬間、維持委員会たちはそのように珍妙な声を出しながら泡を吹く。

すると、その背後から糸に引っ張られるようになにやらうねうねと不定形の触手の塊のような物が出てくる。

それらは手にナイフを何本も持っていた。

そしてこちらににじり寄ってくる。

 

「く...クソッ....どうして、こんなことにッ!」

 

触手の内、一人が飛んでくる。

それをヘッドスライディングして避ける。

そして、立ち上がろうとした瞬間にナイフが飛んできた。

 

「っ...!がぁっぁあああああ!!!」

 

肩に突き刺さる。

肉を裂くような感触と共に、痛みが猛烈に襲い掛かってくる。

なんだ...刺されるって、こんなにも痛いのか....。

殺す気の相手と相対するのが、こんなにも怖かったなんて.....。

知りたく...なかった。

 

肩を抑える。

その瞬間、蜘蛛のような何かがその足を近くの地面に振り下ろした。

壊れ散る床板に、舞い上がる粉塵。

踊り狂うように地面を舞う椅子と木片たち。

その衝撃は凄まじく、俺も吹き飛ばされると後ろの壁に激突した。

 

「かはっ.....!」

 

瞬間、息が苦しくなったと思えば口から血が出ていた。

こんなの、滅茶苦茶だ.....。

動くことすら出来ない。

殺されて....しまう.....。

 

「がっ...がふっ...かっ!...こほっ....ごぼっ....!」

 

血を吐く俺を見て、隊長は関心を失ったかのように真顔になる。

 

「ハンッ、体操服など気にしなければ良かったものを...。どうせ貴様は二等人物で、女なんぞに見てもらえるわけもないのだから色気づく必要もなければ、印象も変わることもないから匂いも気にする必要なんてないというのに....。決められているんだよ、ここでは誰が主人公とヒロインで、誰が引き立て役かなんて。こんなくだらない事で人格を壊されるなんて、馬鹿らしいと思わないかね?せめて意識があるうちにしっかりと呼吸でもしておくんだな?それが君が生きていると実感できる最後の瞬間なのだから。」

 

そう言うと、本当にゆっくりと触手のような物は近寄ってくる。

それは猶予のようでいて、終わりと相対する時間を無駄に引き延ばす拷問のようにも思えた。

やっぱり...そうだ。

三等人物に自我はない。

他の人物だってこの口振りでは十分な自意識があるとは言えないだろう。

 

刻一刻と時間が過ぎて、彼らが近づいてくる。

終わりが近い。

抵抗することもなく、足を踏み外して。

俺も世界に呑まれて、ラブコメになる。

ここで俺は一度死に、俺のような何かは意志のない世界の奴隷となってしまう。

 

『....本当に、それで良いのか?』

 

「...え?」

 

声が、聞こえた。

確かに、声が。

どこからともなく聞こえたんだ。

 

『自由のないまま糸で繋がれ、人形として舞台の上で誰かの意思で踊らされる。それを貴様は良しとするのか?貴様はつねづね疑問を抱いていた筈だ。それで本当に生きているのか、それは本当に人間なのか?』

 

「人...間.....。」

 

正体の分からない声。

それでも、なぜか俺は聞き入ってしまう。

 

『そうやって諦め、終わりを待つようでは結末を甘受することしか出来ぬ人形と相違ない。貴様は、自分が間違っていたと認めるのか?自分が狂っていたと、人に自由意識など必要ないと。』

 

違う。

違う....。

俺は、間違っちゃいない。

人は、考える葦だ。

考えて、自分で決めるからこそ出会いがあって別れがある。

自分の意思で決めるからこそ、喜びも悲しみも鮮烈に感じられるんだ。

自由意識があるからこそ、俺たちの人生は唯一無二だ。

与えられた役割で生きてしまえば、それは自分である必要がない。

他人でも代えが効いてしまう。

それは....ただ死なないだけだ。

生きているとは....言えない。

俺は、俺は....自分の人生を....

 

「生き...たいんだ.....!」

 

『そうだ。それでいい。この世界は、間違っている。』

 

彼は俺に同意した。

同意してくれた。

唯の一人も味方はいなくて、ただ耐えるしかなかった俺に。

君は...一体.....?

 

『我は貴様の<生の象徴(セックス・シンボル)>。貴様が持つ人間特有の一括りになど到底出来ない自我の権化。』

 

自我の...権化。

そう復唱した瞬間、目の前に影が見える。

彼らに対峙するように線はブレながらも確かに存在している影。

どうにも彼らの反応を見るに俺にしか見えないよう。

 

『さぁ、生きると決めたからには反逆の時だ。この世界では死ななくても生きてはいられない。舞台を、台本を、物語を破綻させるためにはどうするべきか?人の心を人形のように決められた台本で縛ることなど不可能だと思い知らせろ。配役を与えられたお前が、溢れ出さん自我と突き破らんとするほどの衝動を持って、自分の生をこの舞台に叩きつけて、舞台を叩き壊してしまえ。もとより、お前はラブコメは好きじゃないだろう?』

 

俺の生。

台本で縛ることが出来ない程に、複雑で。

身勝手で気儘で自分本位でいて、唯一無二の俺自身。

そう思うと、手に感覚があった。

そこには万年筆。

それを見ると、彼は言葉を告げる。

 

『心に突きつけ、殻を破れ!喉を振るわせて貴様の生きざまを、在り方を、受け入れられぬ捻じれたサガをこの世界に刻み込め!!』

 

その言葉を聞いた時、おのずと俺がこの手に握る物でどうするべきか。

俺の受け入れられぬ捻じれたサガとは何かが頭ではなく、心で分かった。

息が荒くなる。

今、やろうとしていることは普通ならただの自殺だ。

でも....相手は続々と迫ってきている。

もはや、選択の余地はない。

人形になるくらいなら、最後まで生きて...死んだ方がマシだ。

 

「うわぁぁああああああああああああ!!!!!!」

 

喉が割れんほどに叫ぶと、俺は胸に...心臓に万年筆を突き刺した。

噴き出す血潮。

抜けていく体の感覚。

それを見て、隊長とやらは笑った。

 

「なんだ....狂ったか。自殺などと...愚かしい。...なにっ!?」

 

だが、その表情をすぐに強張らせた。

噴き出した血潮は目の前に誰もいないハズだというのに人の形を染め上げて顕わにする。

ブレていた線がはっきりと纏まり、それは現実に顕現する。

 

だからこそ、俺は自分のサガを叫んだ。

 

「あぁぁああっぁあああ!!!後輩チン嗅ぎメス顔バキュームフ〇ラエロ雌豚奴隷孕ませ首輪付きスパンキング後背位獣ックスゥゥゥうううぅぅぅううう!!!!!!」

 

「何を言って....!?しかもこの感じ、なぜ貴様が...管理権限も持たない貴様がイデアを!!」

 

俺のラブコメでは到底受け入れられぬ捻じれたサガ。

それは俺の性癖。

今まで生きてきた中で累積し、培われた人生の縮図。

雑多で、醜悪で、聞くに堪えない。

それでも確かに俺が背負い、そして他の誰にも抑えることのできない業だった。

 

その言葉と共に、彼は風圧を起こして付いた血を拭き飛ばし、その姿を露わにする。

顔はまるで牛の頭骨。

身体には黒い外套を身に纏い、手にはとても長い刃物と手首に鎖で繋がれた首輪を持っている。

そして、それは口を開き確かにこの世界に存在を主張した。

 

『イデア...?違う、我は<生の象徴(セックス・シンボル)>。物語に受け入れられぬ禁忌そのもの。屠殺者、グリムリーパーである。』

 

「グリム...リーパー....。」

 

それが君の名前。

俺の...衝動の、名前。

そう呟くと、あることに気づく。

身体が軽く、痛みもない。

触れば、傷口の出血は止まり心臓は正常に鼓動を続けている。

 

「...何を、馬鹿な事を口走ったかと思えば.....っ!やはり貴様も<リアリスト>の一人かぁっ!!消してやる...貴様らのようなバグは即刻、処刑してやるっ!!!」

 

すると、さっきまでの緩慢さはどこへやら触手たちは機敏な動きでこちらに肉迫する。

 

「なっ....!?」

 

『案ずるな....前を見て、己の欲望のままに蹂躙せよ。たかが人形に人が負けるわけがないだろう?』

 

そうだ、中身のない人形なんかに負けるわけがない。

俺の欲望が、性癖が御しきれるわけが....ないっ!!

 

「やっちまえ!グリムリーパーァァ!!!」

 

「グゥゥゥ、グガァッ、グゥォォオォォ!!!」

 

まるで獣の寄せ集めのような唸りを高らかと上げながらグリムリーパーは奴らの前に躍り出た。

投げられたナイフを全て素早い斬撃で叩き落とし、牛刀と首輪を振り回して暴虐の限りを尽くす。

触手共は叩き斬られ、首輪で潰されて地面や壁にシミのようになる。

 

「そんな...馬鹿な...管理権限を持つ私が、こんなこと.....。ッだが、この教室は私の世界だ!私の世界で、私が負けるわけがないっ!!」

 

そう言うと、彼の背後に居た何かが腕を振り下ろそうとする。

身構えると、それをグリムリーパーが楽々押さえつける。

そして、殴り飛ばした。

 

『こんな矮小な世界で驕るなどと、笑わせる。ここが貴様の世界なら、我こそが奴の世界。そして奴の生は留まるところを知らない!!』

 

「強い....。」

 

グリムリーパーは地面を蹴って、宙を舞う。

それに向かって腕を振ろうとする敵に対して、首輪を投げ放った。

すると、その首輪は奴の首に嵌るほどに大きくなる。

そして首輪に何かが繋がれた。

 

「こんな...こと、あって良い訳が.....!」

 

言葉を吐こうとする隊長を無視して、グリムリーパーは首輪を振り回す。

すると、奴の巨体が壁や床にたたきつけられていく。

講堂は崩れて、瓦礫の山を形成していく。

彼の世界が、舞台が粉々に破壊されていく。

 

そして、叩きつけるとそのまま何かに飛び乗る。

そのまま牛刀を腹に突きつけてぐしゃぐしゃと切開していく。

中から血に濡れた歯車が飛び出し、それをブチブチとちぎっていく。

抵抗するその手を切り落とし、最後には首を牛刀を突き刺した。

 

そのままピタリと動かなくなる何か。

そして溶けるように消えていく。

唖然として膝を突く隊長。

 

「こ、こんなことって....や、やめろ....私が賜った...私の管理権限が、消えていく....私の世界が....舞台がぁ...っ!!」

 

そう言った瞬間、周りの風景が彼ごと何もかも砕け散った。

咄嗟に目を閉じる。

そして開くと、そこはもう既に夕暮れ差し込む教室。

床には普通の制服を身に纏っている彼が倒れていた。

傍らに居たグリムリーパーはもう居ない。

 

ロッカーに向かう。

開けると、そこには俺の体操服。

それを手に取ると、ゆっくりと彼が起き上がった。

 

「んぅぅ....ここは....?」

 

寝ぼけてるように辺りを見回す。

すると、俺を見た後に外を見てすぐに立ち上がった。

身構える。

だが、彼の吐いた言葉は予想の斜め上を行っていた。

 

「い、今何時!?」

 

「えっ?....えーと、もう6時だけど。」

 

そう言うと、彼は顔を青くした。

 

「まっ...マジかよ....、塾に遅れちゃう!!」

 

そう言って急いで荷物を纏めると、彼は走って教室を出た。

...どうにも敵意は感じられない。

それどころかさっきと同一人物とは思えなかった。

彼も....人形にされた一人だったのだろうか?

 

...まぁ、考えていたって仕方がない。

体操服をちゃんと手に持ち、俺は教室を出る。

色々と分からないことは多いが、やはり少し疲れた。

早く帰ってお風呂に入りたい。

 

そう一重に思って帰路に就く。

疲れていたが、なんだかとても清々しい気分だった。

押し込んでいた自分を解き放ったかのような解放感。

そして、ただ怯えるだけだった日々への反逆。

これから何が起きるかは分からないけど、でも今までのようにただ与えられた役割を受け入れるだけでなく、自分で選ぶ力を手に入れた思うから。

...それにしても、改めて口に出すと中々ヤバい性癖してんな俺は。

 

そう思いながらも、少年は意気揚々と教室を出る。

 

「へぇ....中々見どころのある<性癖>してるじゃん。」

 

ただ一人、隠れて自分を窺う視線に気づくことなく。




グリムリーパーのモチーフはグリム童話にて削除された子どもたちが屠殺ごっこをした話です。
主人公の性癖が後輩チン嗅ぎメス顔バキュームフ〇ラエロ雌豚奴隷孕ませ首輪付きスパンキング後背位獣ックスなので、相手を飼った状態でどうこうするという側面と、物語の中で受け入れらず削除されたという側面と世界から見た主人公から来ています。

なので生の象徴を出す時は多分童話と性癖とそのキャラの立ち位置から決めると思います。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。