五河士道に憑依した (山羊次郎)
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プロローグ

デート・ア・ライブアニメ見てハマったけどコロナのせいで書店いけない。
むしゃくしゃして書いた、反省も後悔もしている


「えーっと……落ち着け、素数を数えるんだ……1,3,5,7……って、1は素数じゃねーじゃん」

 

 混乱から、俺は自分でも訳の分からないことを口走りまくっていた。

 俺が何故そこまで混乱しているのか。

 その理由は極めてシンプル。

 

「鏡を見るとそこには別人が……こんなの誰だってビビるだろ? 俺がおかしいわけじゃないよな?」

 

 俺の容姿は、世間的には平凡と言う奴だったと思う。

 黒い髪に黒い瞳。平々凡々とした男……それが俺だったはず……ん?

 あれ? そもそも、()()()()()()()……?

 

「おかしい……名前だけが分からねえ……え、あ、え……? いや、待って……なんだよ、それ……?」

 

 顔も一致しない、名前も分からない。だったら、俺は一体なんだというんだ……?

 

「あ、あああ……っ!」

 

 …………………………………………………………落ち着け。

 まだ、……いや、十分慌てる時かもしれないが、ここで慌てても何も解決しないんだ……落ち着け、俺……。

 ゆっくりでいいんだ。ゆっくりで。自分を証明するものを探すんだ……!

 そう、自分に言い聞かせ、俺は体の隅々まで、自分を証明するものがないかをチェックする。

 

「……ない。いや待て……この部屋に何かあるかもしれない……!」

 

 半ば焦り気味に、早口に捲し立て、誰に言い訳するでもなく部屋を捜索する。

 

「……ダメだ、何一つ分かんねえ。よく考えりゃ、部屋に名前の分かるモン何て……」

 

 あるわけない、と。

 諦めながら呟きそうになった……その時だった。

 

『おにーちゃーん。いるかー?』

「――ッ⁉」

 

 お兄ちゃん。

 つまり、俺には妹が……?

 ――いや、いなかった、はずだ。ああ、殆どない家族の記憶を漁ったが……確か、家族構成は……父、母、俺、そして……弟だ。妹じゃない。

 ていうか、家族構成についても忘れてるとか……俺、相当やばいんじゃ。

 そんな風に頭を悩ませていると、ガチャリ、とドアノブが音を立てた。

 まさか、入ってくるのか……? 妹よ、ここはお兄ちゃんの個室だぞ? いや、知らないけど。

 

「おいおにーちゃん、何やってんだ、そんなトコに蹲って」

「………………………………ぃ、つか……()()?」

「ん? そうだぞ。当たり前のことだぞ?」

「……そ、か」

 

 炎……というより、薄紅色に近い、しかし薄くない……そんな濃さの赤い髪を、ツインテールの形にまとめ、白いリボンを装飾した少女が首を傾げる。

 俺は彼女の名前を本能的に察していた。そう、自分の名前も、家族の名前も分からないのに、だ。

 そして、名前を確認して確信した。やはり、俺は……別人になっている、と。

 それならば、自分の顔が記憶と一致しないのも納得だ。いや、自分の身に何が起きているのか理解できたわけじゃないけどさ。

 とにかく、今は怪しまれないように演じ切るしかない。

 そう、

 

「ああ、心配するな妹よ。で、なんか用か?」

「えっ……」

 

 至って普通に、自然に、記憶にある()()()()を演じたと思った。

 五河士道(いつかしどう)

『デート・ア・ライブ』と言うラノベの主人公だ。キスで精霊の持つ霊力を封印する能力を持っている。

 どう言う訳か、俺はこの士道に成っているらしい。もしや、これが憑依とかいう奴か……?

 俺がこの結論に至ったのにはもちろん理由がある。士道には、五河琴里(ことり)という妹がいる。そう、俺の目の前でキョトンとしている……あれ?

 そこで、俺は何かがおかしいことに気づいた。

 琴里の身長が、やけに()()のだ。おかしい、原作では彼女は中学二年生のはずだ。しかし、今の彼女は小学生くらい……。

 

「おかーさん! おとーさん! おにーちゃんが元気になってる‼」

 

 ………………………………………………えっ?

 いや待て。まさか今って……士道が拾われて一年の間の時系列なのか……⁉

 うっわメンドクセェ……あり得ねえだろ。いや、憑依した身で文句言うのもダメだろうけどさ。いや、マジで失礼だわ俺。反省しよう。

 つか、これまた面倒なことになるんじゃ……。

 

 だが、意外なことにそんな俺の懸念は外れ……。

 この後両親(ということになっている)五河両親と普通に会話をした。

 なんていうか、物凄い申し訳ない気持ちが溢れてくるんだが……やっぱり憑依って良くないよ。士道にも申し訳ないし……よし。当面の目標は、五河士道に体を返すこと、かな? 今は無理だろうけど、精霊とか魔術師関係ならこういうの何とか出来るかもしれないし……。

 

「それで士道に許してもらえるのかは別問題だけど……うん」

 

 何だろう、今は落ち着いてきたけど……。

 もの凄い異物感がある。俺が今いる場所は、本来なら『五河士道』がいる場所であって『俺』のいる場所じゃないからな。

 どうせなら原作にも出てないキャラっていうか、人物に憑依したかった。それなら誰にも迷惑なんて掛けることもなかったのにさ。

 しかし、どれだけ悩んでも嘆いても、俺が士道の中から出ていくなんてことはない。

 

「……つか、俺がここにいるってことは”始原の精霊”は知ってんのか? 気付いた上で見過ごしてるのか、それとも本当に気づいてないのか……分かんねえな」

 

 分からないことが多い。

 しかし、それを知ることは俺には出来ない。それこそ、アカシックレコードでもない限り……。

 

 いや待った、それっぽい能力の奴がいたな……名前なんだっけ? 確か、えっと……二亜だっけ? アニメしか知らねーからほとんど覚えてねーけど……ソイツの天使が知りたいこと知れるアカシックレコードだって聞いたことがあるぞ。だったら、それで俺の情報を知れるかも……。いや、そのためには二亜とかいう奴に接触する必要がある上に、俺が精霊との対話を行うということでもある。正直に言うと、俺はこれについては反対だ。確かに精霊は救われるが、始原の精霊の思うつぼな上、下手に力が失われれば『DEM社』がちょっかい掛けるかも……それは流石に心配しすぎか。

 

 というか、あくまでもギャルゲーっぽいやり方である以上、ヒロインを自分に惚れさせないといけなくなるというシステムが非常によくない。原作を知っている俺からすれば、それは酷い寝取られを視ているようで非常に気分が悪い。俺は美少女精霊が五河士道とイチャイチャしているのが見たいのであって、自分がイチャイチャしたいわけではないのだ。

 

「……誰か何とかしてくれよマジで……」

 

 そう、泣き言を漏らして頭から布団を被った。

 俺は自分を証明できるものが、その物的証拠がない。その癖、他人に成り代わったという証拠だけはゴロゴロと出てくる。

 辛い。憑依がこんなにも精神的に疲弊するものだとは思わなかった。いや、多分俺の場合は余計なことを考えて勝手に自滅してるだけなのかもしれないけど……。

 それでも、考えてしまうから仕方ないのだ。

 俺はこれからどうなる? 原作通りの日々を過ごすのか? それでいいのか? それは本当に俺の人生なのか? そもそも、俺の人生って何なんだ? 他人の人生を奪った奴が自分の人生を求めていいのか?

 疑問が湯水のように溢れ出てくる。自己嫌悪が頭を埋め尽くす。心の中には後悔と疑問しか残っておらず、現状への不満とやり場のない怒りが沸き上がる。

 どうしてこうなった? 俺が……いや、五河士道が何をしたんだ? 俺に人生を奪われなければいけないようなことをしたのか?

 

「答えろよ……誰か。……ちくしょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 …………。

 ……。

 気が付けば俺は、自室のベッドの上で目を覚ましていた。

 よく見れば、頭を支える枕は僅かに湿気ており、涙を流していたことが容易に想像できた。

 

「……結構前の夢だったな。つか、この年になって泣いてんじゃねえよ情けねえ……」

 

 先程の夢は、過去の記憶だ。

 俺が五河士道になった日の出来事を、偶然思い出していたらしい。

 目元の雫を拭い、欠伸をしながら布団を蹴っ飛ばす。俺は今年に入り、気の抜けない日々を送っていた。

 何故なら、今年は原作開始の五年前。つまり、琴里が精霊になり、鳶一折紙が両親を失い、記憶を頑張って掘り起こして思い出した限りでは、本条二亜も本編開始五年前にDEMに捕まっていたはずだ。

 最近『SILVER・BREAD』を読んだが、まだ休載はしていなかったので囚われてはいないと思われる……多分。いや、原作知らないから分からんですハイ。

 

「一応、他の精霊と出会えるか試す為に歩き回ったが、そう都合よく会えるわけでもなかったしな」

 

 しかし、ここで寝ていてどうにかなるわけでもない。

 

「今日は休みだし、いつも通り見回りするか。何もないといいけどな」

 

 そう呟いて、俺は自室を出た。

 

 



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炎の精霊

 八月三日。

 今日は琴里の誕生日だった。

 だから俺は、彼女に内緒でこっそり溜めた貯金で何かプレゼントを買おうと思っていた。

 

「なん、だよ……これ……⁉」

 

 俺は呆然と街を眺めるしかなかった。

 正確には、()()()()()、だ。

 そう、天宮市は火災に包まれ、文字通り地獄と化していたのだ。

 この現象を、俺は知っている。

 

「……そうだ、何で忘れてたんだ⁉ 八月三日は……クソッ、まさか琴里が……ッ⁉」

 

 走りながら、何を馬鹿なことをしているんだと自嘲した。

 俺はこうなることを知っていた。最初から分かっていたはずだ。なのに、琴里は精霊となって街を燃やしている。

 何もしてやれなかった。本当なら、俺が止めてやるべきだったのに。俺が助けてやらないといけなかったのに―――――。

 

 ………本当に?

 

 それは本当に俺がやるべき事なのか? そんな疑問が俺の脳裏を翳める。

 だって、そうだろ? 力があるからやらないといけない。そんなルールが通用するなら、例えば、野球が好きだけどサッカーの才能があるやつは、好きでもないサッカーをやらされ続けるということだ。

 だから俺がここで走るのは間違っているんじゃないか? 今はそんなことより、街から逃げることを考えるべきなんじゃないか?

 琴里は精霊だから死ぬことはない。折紙の両親が死ぬのは原作の流れだ。二亜についてもそうだ。俺が余計な介入をする余地なんて……。

 

「……………………………………ぁ」

「……――ッ⁉ お、おにぃちゃん⁉」

 

 走っているうちに、俺は琴里のもとに辿り着いていた。

 琴里は俺の存在を認識するや否や、目元の涙を振り払って叫ぶ。

 

「ダメ! こっちに来ないで!」

 

 瞬間、琴里の背から凄まじい熱気が吹き荒れる。

 それは大きな波となって俺の全身を嬲った。全身で感じる高熱と力を入れてないと吹き飛ばされそうな風圧を、俺は歯を食いしばって耐える。

 熱い。熱い! 熱い‼

 まるで体が燃えているみたいだ。目も開けていられない。その上、衝撃は常に体を襲う。

 ―――でも。

 

「あ、嫌ぁ……早く、早く逃げてっ‼」

 

 琴里が懇願するように叫ぶ。

 悲痛に歪んだその顔は、見ている自分が痛々しく感じる。

 その表情を見ていると胸の中に怒りが込み上げてくる。

 それは、始原の精霊に対する物ではない。

 他ならぬ、俺自身に対する怒りだ。

 

(アイツはあんなに苦しんでのに……俺は一人で逃げようとしてたのか――っ‼)

 

 情けない。

 心底自分を情けなく感じた。

 そんな自分が許せなくて……その怒りが、俺の足を一歩前に進ませた。

 助かる。火事場の馬鹿力と言う奴だろうか。とにかく、一歩進むなら、二歩だって進むし、三歩だって進められる。

 俺は二本の腕で目元を覆い、熱気を逸らし、その状態で歩行速度を加速させる。

 

「俺は」

 

 その言葉は、俺自身も気づかないうちに口をついて出ていた。

 

「俺は……おにぃちゃんには――なれない」

「っ?」

「でも」

 

 琴里に近づけば近づくほど、体が焼ける。今では節々から煙が噴き上げており、間違いなく何処かを火傷しているだろう。

 自身が傷つくと、死を身近に感じてしまう。

 こんなにも恐ろしい力を、琴里(せいれい)は身に宿しているのか。

 だから、そんなに苦しそうな顔をするのか。

 いや、それとも。

 

 お前が笑えないのは、俺のせいなのかもな。

 

 ……だったら。

 俺は守る。

 本当は琴里だけを守りたい。それだけに集中するのは一番楽だ。でも、それじゃあ駄目だ。楽だから誰か一人だけを助けるなんてのは、絶対に後悔する。そんな気がする。

 俺は精霊(ことり)を助ける。()()()()()を助ける。

 もう逃げない。楽な道には駆けない。

 俺はもう、琴里(せいれい)が苦しむ姿を見てしまったから。

 自分だけが楽になる道には行けない。

 

「俺がお前を助ける。これからもずっと。だから、今は俺を認めてくれ」

「お、にぃ――?」

 

 琴里が困惑するように首を傾げる。

 俺は彼女を安心させるように笑いかけ、その頭を撫で――――

 

 ―――そっと、彼女の唇に、己の唇を重ねた。

 

 瞬間だった。

 瞬く間に琴里の身に纏っていた霊装が消え、彼女の精霊の力が失われた。

 ……よかった。

 彼女は()()()()をちゃんと好きでいてくれたらしい。

 ……本当に、琴里にも……五河士道にも申し訳ないと思う。

 

「……えっ、嘘……?」

「琴里、早く家……は駄目だな。避難所があるはずだ。早く行くんだ」

「……お、おにぃちゃんは……?」

 

 お兄ちゃん、か。

 その言葉を掛けられると、胸が苦しくなる。彼女が見ているのは()()()()であり、()ではない。

 でも、それでいい。

 人の人生を、好意を踏み躙るような男には、丁度いい……いや、むしろそれでも足りないくらいの罰だ。

 もっと苦しい目に遭う……とまでは言えないが、苦行を強いなければ、俺の罪は償えない。

 

「大丈夫だ」

「いや、嫌だ! 一緒に、一緒に行こうよ……?」

「……ごめん」

 

 小さく謝罪し、俺は琴里の傍を離れる。

 背を向けて彼女のもとを去る俺を、琴里が大声で呼び止めた。

 

「待ってっ、おにぃちゃん。お兄ちゃん‼」

 

 その声を聴いた瞬間、後ろ髪を引かれるような気持ちが芽生えた。

 だが、それを振り払うように勢い良く頭を振り、俺は走った。

 目指す場所は、一つだ。

 

 

 

 それから、数分ほど走った先で。

 俺は目的の人物を見つけた。

 

「白い髪……間違いない、鳶一折紙だ。奥にいるのが……両親か? そうだ、未来から来る折紙は――」

 

 鳶一折紙。

 ASTと呼ばれる部隊に所属する少女で、未来から来た自分に両親を殺されるという悲しい運命を背負った少女だ。

 その因果を破る。運命を破壊する。原作では過去改変でなかったことにしようとして失敗していたが、今俺がいるのは現在だ。過去じゃない。つまり、折紙の両親を助けられる可能性があるということ。

 それが原作とはどんな風に違う結末になるのかは分からないが、俺は俺が目指せる最良を取る。精霊を助ける、その関係者も……俺が救える限り救い尽くす‼

 

「……いた」

 

 空を見上げると、白い霊装を纏った()()の少女が、奇妙なノイズで全身を覆った謎の生命体<ファントム>が戦闘を繰り広げていた。

 今のところ被害は大きくないようだが、放置していたら増えるのは確実だ。何とかしなければならない。それをしたいのも、出来るのも、俺だけだ。

 

「待て、長髪……? いや、今はそこはどうでもいい。まずは―――ッ⁉」

 

 俺が行動を開始しようとしたその時。

 光の柱が、建物を、家屋を、地面を抉りながら迫る……()()()()()()()と。

 

「なっ――⁉ ちくしょうッ!」

 

 悪態をつきながら俺は走る。

 咄嗟の判断で行った行動は至ってシンプルだった。

 

 俺は、目前に迫るレーザーを前に動けずにいた折紙を突き飛ばした。

 

 極太の波動は、俺の下半身を消し飛ばした。

 

「……? ……あがッ⁉」

 

 最初の一瞬は、痛みなんてなかった。

 だが、僅か一秒の後に下半身が激痛と、焼いた鉄板を押し付けられたような灼熱が感覚を襲った。

 声にならない獣のような呻き声を上げて、俺は蹲る。

 

「ぐぁぁぁぁぁぁァァっああああああああああああああああああああああああ――ッッッ‼⁉」

 

 目の前の折紙は何が起こっているのか分からないと言った表情で呆然としている。

 ……ダメだ。これ以上叫ぶな。もし彼女が気づいてしまったら、取り返しがつかなくなるかもしれない。

 耐えろ。耐えろ、耐えろ! 耐えろ‼ 耐えろっ! 耐えろッッッ‼‼‼

 

「フゥ―ッ、フゥーッ、……うぐっ⁉」

 

 深呼吸で息を整え、痛みを和らげようとするも、まったくの無意味だ。

 だが、次の瞬間。

 俺の下半身を、紫色の炎が覆った。

 その光景に呆気に取られている間に、瞬く間にして失われた下半身が再生した。

 これが、琴里の精霊の超再生能力、か。そう言えば、下半身吹き飛ばされても生きていたのは、精霊の力を封印して生命力でも上がっていたのかもな。

 とにかく、これで一件落着だ。

 

「そうだ、未来の折紙は……?」

 

 俺は頭上を見上げる。

 だが、そこにはもう、鳶一折紙も<ファントム>もいなかった。

 俺は目の前で唖然として言葉を失っている折紙に対し、

 

「よかったな。誰も死ななくて」

「ぁ……」

 

 折紙が何かを言おうとするのを無視して、無言でその場を去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私のお兄ちゃんは、率直に言えば変な人だ。

 最初家に来たときは、暗くて何考えてるか分からなかった。

 けど、ある日を境に見違えるように変化した。

 一体何があったのかは分からないけど、嬉しいと素直に思った。それからのお兄ちゃんはとっても優しくて、私が困ってると必ず助けてくれるようになった。

 ただ、料理だけは二度としないで欲しい、というかするな。あれは食い物じゃなくて生物だった。クトゥルー的な、形状しがたきものだった。

 そんなこんなで、日常はあっという間に過ぎていき。

 

 八月三日、私は『精霊』となった。

 

 この日は私の誕生日だった。

 けど、私はノイズで覆われた妙な生物に言葉巧みに乗せられ、宝石のようなもの、霊結晶(セフィラ)を受け取ってしまった。

 結果私は精霊となり、その際に街を燃やし、お兄ちゃんを傷つけてしまった。

 なのに、お兄ちゃんは自分が傷つくことなんかお構いなしで、私のもとにやってきた。

 どうして、と言う疑問が湧いた。しかし、それは言葉にならなかった。

 

 ―――――お兄ちゃんが私にキスをして、唇を塞いでしまったからだ。

 

 羞恥や驚愕より、まず困惑が私の胸の内を占めていた。

 単純にまだ幼かった私は、その時の行為を正しく理解していなかったというのもある。

 だが、それ以上に私を困惑させたのは、私の身体から精霊の力が失われたことだ。

 お兄ちゃんがどこかに行ってしまった後、私に力を与えたノイズが再び現れて、お兄ちゃんには精霊の力をキスで封印する力があると知った。

 どうしてお兄ちゃんにそんな力があるのかは分からない。けど、一つだけハッキリしていることがある。

 あの時、あの瞬間、私を助けてくれたのは―――紛れもなく、お兄ちゃんだったということ。

 

「お兄ちゃん」

「……何だよ琴里」

「私が何に怒ってるか、分かる?」

「………………えっと」

 

 頭や腕に包帯を巻いて、いかにも怪我人ですと言った格好のお兄ちゃんに、私がジト目で問い詰める。

 お兄ちゃんは私の恩人だ……だからこそ、もうこんな目には合ってほしくない。

 

「す、すいません……」

「……ねぇ、私はもう、大丈夫なの?」

「? 大丈夫って何が……ああ。……うん、そうだな。大丈夫だよ」

「でも、怖い……また、あの力が出たら……」

 

 ギュッ、と。

 私は怪我をしていない方のお兄ちゃんの手を強く握った。

 

「その時は、また俺が助けてやる」

「でも……」

「……よし、じゃあお前にプレゼントだ。丁度誕生日だしな」

 

 私はそれを無言で手に取り、中身を確認する。

 

「これは……?」

 

 箱の中身は、花の髪飾りだった。

 

「カモミールの花。花言葉は……そうだな、『逆境に耐える』『逆境で生まれる力』だったはず。……うん、琴里なら何があっても絶対に大丈夫だ」

「………本当に、大丈夫……かな?」

「ああ。何かあったら、いつでも俺が助けるからな」

 

 お兄ちゃんはそう言って笑う。

 その笑顔は、何処か陰りを見せているような気がしたが……。

 ……うん、分かった。じゃあ、信じる。

 だって―――――私の大好きなお兄ちゃんだもん。

 

 

 




ドンドン憑依士道くんにストレスを与えていきたいですねぇ(愉悦)


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<シスター>

 琴里が精霊となってから数日が過ぎた。

 俺はその日の夜、家族に気づかれないようにこっそりと家を抜け出し、山へと走っていた。

 その目的は至ってシンプル。

 トレーニングだ。

 

「はっ、はっ、はっ」

 

 とはいえ、俺は別にアスリートや格闘家になりたいわけではない。

 走っているのはなるべく早く到着したいからであって、他意はない。

 俺がしたいトレーニング、それは――――。

 

「……ふぅ、よし。……来い、〈灼爛殲鬼(カマエル)〉!」

 

 満を持して、俺は右手を空に突きあげ、天使の名を叫ぶ。

 ……しかし何も起こらない。

 そう、俺は天使を顕現させるトレーニングをしていたのだ。というか、今も絶賛している最中だ。

 死にかけた時、再生の炎が出たから霊力を封印できたのは間違いない。

 

「……駄目だな。いや、分かってはいるんだけど、俺としては今後の為には早めに顕現できるようにしておきたいんだよなぁ」

「ほうほう。それは大変だね少年くん」

「そうなんだよ、ホント大変で―――」

 

 ちょっと待った、今の何だ?

 俺は慌てて振り返る。すると、木の陰からこちらをジッと観察する謎の女性がいた。

 ショートカットの灰色の髪にトルコ石のような瞳をした眼鏡の女性だ。

 

「……えっと」

「あ、気にしないで。どうぞ続けてください」

「いや無理だろ」

 

 こういう状況になるのが嫌だったからわざわざ山に来てたのに……そして人の少ない夜の時間にやってたのに。

 

「つか誰だ⁉」

「いやホントに気にしないでいいよ?」

「何で疑問形……いや待て、お前の持ってるその本は……」

 

 少女は奇妙な形状の本を片手に持っていた。

 明らかに普通の本とは一線を画すそれを、俺は知っていた。

 

「本条……二亜?」

「あ、やっぱり()ってるんだね。〈囁告篇帙(ラジエル)〉に書いてる通りじゃん」

「なっ――」

 

 俺はこの時、心臓が止まるかと言うほど動揺していた。

囁告篇帙(ラジエル)〉。

 本条二亜の天使にして、この世現在の全てを知ることが出来る本だ。分かりやすい話、FGOマーリンの千里眼みたいなものだ。未来は知れないが、現在は余裕。更に未来の事象を自分で決められるとかいうチート機能……それどこの白ウ〇ズ?

 そして、だ。

 彼女の口ぶりから、〈囁告篇帙(ラジエル)〉で俺のことを知り、俺のもとを訪ねてきた、という解釈でいいはずだ。そうでなきゃ、こんな山奥で偶然精霊と出会いましたなんてこと、あるはずがない。

 だが、〈囁告篇帙(ラジエル)〉を開いたということは……。

 

()()()()()()()()()?」

「ハハハ、おかしなことを聞くね少年? 君はよく知っているだろう? ……全部だよ」

 

 俺の尋問に笑いながら飄々と返す二亜。

 しかし、顔に浮かぶ底の知れない笑みはやはり、長年精霊をやっている賜物なんだなと理解した。

 彼女に高い戦闘能力はない。ぶっちゃけ、精霊の中じゃ最下位に等しい。だが、その全知の天使はあまりにも反則(チート)だ。俺の隠していることすら知れるんだから。

 

「で、何の用?」

「あっはっは、冷たいじゃないの。キミの役目は精霊の霊力を封印することなんじゃないのかい?」

「それはそうだけど、それをすると後々面倒になるのも事実だしな」

「やっぱりキミって特別だね。あたしの〈囁告篇帙(ラジエル)〉も、未来のことは分からないってのにさ」

「そうだな。……そうだ、一応、そんな未来の分かる五河せんせーが忠告してやるぞ? 闇討ちには気を付けな。特に今年は、な」

「忠告痛み入ります」

「いつの時代の人間だよ」

 

 やっぱり二亜には独特のノリがあってやりずらいな。

 まあ、こっちの事情を全部把握してくれるって言うのは、説明の必要もなくて楽だ……け、ど……。

 

「何か、おねーさんに言いたいこととかないのかい、少年?」

 

 ……………。

 俺は一瞬だけ押し黙るが、直ぐに虚勢を張って言い返す。

 

「バーカ、ンなもんねえよ。もういいだろ? お前が何を目的に接触してきたのかは知らんが、お前としても、俺なんかと関わるのは御免だろ?」

()()()?」

「……しつこいな。識別名〈シスター〉だからって聖女気取りか? 俺は別に――」

 

 二亜がしつこく聞き返してくるものだから、ついカッとなって強い口調になっていた。

 しかし、二亜はそんな俺の態度に気を悪くすることもなく、むしろ慈しむような笑みを見せ、

 

「ほーらほら! おねーさんの胸に飛び込んでみなさーい!」

「⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉⁉」

 

 何故か抱き寄せられた。

 固い平面が俺の頬を打ち付ける。俺は慌てて振りほどこうとするが、相手は腐っても精霊、簡単には振りほどけない。

 

「ちょ、お前、いきなりなんだって――」

「分かるでしょ? 〈囁告篇帙(ラジエル)〉は人間の心の中だって分かるんだ。だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()のも分かるし、そこに裏表なんてない、完全な善意で言っていることも分かるんだよ。それに、君が()()()()()()()()()()()()()()のも分かるんだ」

「……〈囁告篇帙(ラジエル)〉は使わない主義なんじゃないのか?」

「少し前に偶然キミのことを知ってね。その時に興味が湧いたんだ」

 

 少し前……か。

 俺が二亜の興味を惹くようなことをした覚えはないが、心当たりはある。

 八月三日。つまり、琴里が精霊になったあの日のことだろう。あの日、何処かのタイミングで二亜に見られていたのかもしれない。まあ、街を覆う大火災なんだし、誰しも関りはあるだろうけど。

 

「正直、開いて少し後悔したよ」

「? ネタバレ喰らったからか?」

「いいや。()()()()()()()()()()()()()って思ってね」

「――――」

 

 俺は、自分の存在がどれほど影響を与える物なのかを、この時改めて認識した。

 そうだ。二亜は現実に人間の黒い部分を直視できなくて、二次元に傾倒(とうひ)した。

 だが俺からすればこの世界は二次元の世界同然。つまりそれは、俺の事情を知る彼女から見れば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 俺は間接的に、彼女の逃げ場を奪ってしまったことになるのだ。

 ……クソッ、俺は存在するだけで誰かに迷惑をかけるのか……っ!

 

「……すまん」

「どうしてキミが謝るんだい?」

「……お前の救いを潰しちまった」

「キミに責任はないよ。全部あたしの自業自得さ。〈囁告篇帙(ラジエル)〉は多用しないって自分で決めてたのに破ったんだし」

「じゃあ俺のせいだ。俺がいなきゃ、〈囁告篇帙(ラジエル)〉を使おうとすることもなかっただろ」

「うっわ、重症だなこれ……」

 

 うっわとはなんだ。てか、重症ってどう言う意味だよ。

 

「キミはテレビの奥で事故に遭って死んだ人間に、自分がいなきゃ死ななかったって言うのか?」

 

 二亜の問いは、非常にシンプルだが、それゆえに何を言いたいのか分かりやすい。

 

「事故とは訳が違うだろ。明らかに俺のせいだ」

「そう言うところが重症なんだよねぇ。キミ、結構主人公気質?」

「どう言う意味だよ……つか、いつまで抱き着かせてんだ」

「おっと」

 

 軽い声を出すと、バッと俺を話す二亜。

 俺は首を振って音を立てつつ、彼女に向き直る。

 

「そうだ、俺に出来ることなら何でもするが……」

「ん? 今何でもするって――」

「淫夢やめろ」

「冗談冗談。というか、あたしは別に……ふむ、そうだ」

 

 二亜が右の人差し指を立て、提案をする。

 

「これから家に来てマンガ書くの手伝ってよ。詳しい話もそこでしようか」

 

 詳しい話……?

 よく分からないが、彼女がそれを求めるなら、俺は答えるだけだ。

 多分、二亜は自分のことを心底憎んでいるだろう。反転体になっていなかったのは奇跡に等しい。

 自分が唯一居られる場所だった二次元を破壊した俺を、彼女がそう簡単に許すとは思えないが、かと言って彼女が拷問を好む性格かと言われれば違うだろう。

 大方、コミケで売り子をやらされたり、今回みたいにアシスタントをやらされるのが関の山。しかし、だからと言って手を抜けない。

 漫画なんて描いたことないから分からないが、知れば俺にも出来るだろう。最悪、二亜の天使で俺の未来を制限すればいいだけだ。

 とにもかくにも、彼女の気が済むまで付き合う。彼女を危険から遠ざける。両方やるのが、今後の方針だと定まった瞬間だった。

 

 




二亜の喋り方難しい……原作買おう()


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最強の魔術師

「ぐおおおおおおおおおお―――ッ⁉」

 

 雄叫びを上げ、俺はラストパートを駆ける。

 時間は深夜を越え、もうじき朝になる時間帯だ。中学生である俺の身体には非常に不健康である。

 しかし、そんなことは知らない。俺はこれを描き切るだけに、命を燃やす……!

 

 そう、この――――――ベタ塗りを終えるまではッッッ‼‼‼

 

 ……何やってんだ、俺……。

 

「おっ、終わったかい少年?」

「ぜぇー、ぜぇー、お、終わりましたよ……」

「いやーすまないね。キミ、絵を描くの苦手なんだね。締め切りも近いからって頑張ってもらっちゃってさ」

「い、いや……これくらい、大丈、夫です……よ」

 

 正直眠気に勝つことのほうが大変だった。

 俺はぐったりと机に倒れこむ。

 

「あっはっは、こりゃあ駄目そうだね?」

「……そもそも、漫画なんて描いたことなかったからなあ。絵、下手糞だし……」

「初心者にしてはよくやってる方だと思うけどね。いや、感覚を掴むのが上手いのかな」

「まあ何でもいいけど……」

「あ、目が死んだ」

 

 失礼な、と俺が抗議しようとすると、部屋の窓が俺の顔を映した。

 俺の視線は偶然その窓に向いてしまい……見えてしまった。死んで一ヶ月経った魚のような目をした自分の濁った瞳が。

 

「……曇ってるな」

「曇り系はあたし得意じゃないなぁ」

「……なあ、そろそろいいか?」

「?」

「いや、? じゃなくてだな。話があるんじゃないのか?」

 

 おお、そうだった、と言わんばかりにポンと手を叩き、机の上の物を大急ぎで片付け出す二亜。

 あっという間に綺麗になった部屋の中で、俺と二亜が向かい合う。

 

「さて、それでは個人面談を始めます」

「学校かよ」

「まずキミの性格ですが、とても人間とは思えません」

 

 えっ、いきなり人格否定? 面談とはいえやり過ぎじゃない? 泣くよ俺?

 唐突な宣言に若干困惑していた俺だったが……次に発せられた二亜の言葉に固まった。

 

 

「――なあ、少年。キミはどうして、そんなにも自分を大切に出来ないんだい?」

 

 

 ――――――。

 俺は二亜の言葉を理解するのに五年は掛かるかと本気で思った。

 

「何を、言って……」

「五河琴里……キミの妹の時もそうだった。キミは自身が傷つくことも厭わず彼女を助けに行った」

「そんなの……妹が苦しんでるんだ。助けるのは当たり前だ」

「ダウト」

 

 二亜は俺の返答をバッサリと切り捨てる。

 

「キミはそんなお兄さんじゃなかった。むしろキミは、彼女の兄であることの方が苦しいのだろう? 少なくとも、あの時まではそう感じていたはずだ」

「…………」

 

 言い訳も何もなかった。

 …………確かに、そうだ。否定はできない。俺は自分が五河士道であることが苦しかった。自分が別人であるということはハッキリとわかるのに、自分に関する記憶がなくてそれを打ち明けられないのも拍車をかけた。俺は、琴里の兄には相応しくない。それは端からわかっていたことだった。それでも、彼女を苦しませない為に兄であり続けた。

 だが、俺はあの時……逃げようとしたのだ。琴里の兄であるという役目を放って、くだらない言い訳を重ね、自分一人で助かろうとしたんだ。

 

「俺は……最低だよ」

「そう思うのはキミだけさ」

「そんなことない! 誰から見たって、俺が一番悪いんだ! 人一人の人生を奪って、家族の団欒も、いずれ掴める幸せも……その全ての機会を、未来を‼ 俺は奪ったんだ……ッ!」

 

 そうだ。全て俺が奪った。

 だと言うのに、与えられた役目もこなさないまま逃げようとした。そんな男が最低でなくて何だというのだ。

 

「お前の言う通りだ。俺はただの下衆野郎だ」

「そこまでは言ってない。ったく」

 

 俺の言葉を否定する二亜は、立ち上がり俺の元へやってくる。

 

「キミは精霊を救うんだろう?」

「……ああ」

「どうやって?」

 

 それは、と言おうとしたところで詰まった。

 精霊の対処法は主に二つ。武力を持って制するか、対話による和解と霊力の封印。この二つだけだ。

 だが、どちらとも俺に出来るとは、改めて考えてみれば思えなかった。こんな最低な奴に、精霊たちが心を開くはずがない。

 

「そうかな? あたしはそうは思わないよ」

 

 まるで俺の考えを読んでいるのかのような言葉を、そしてそれらを否定するモノを、二亜が発した。

 

「……は?」

「だって、キミはあたしを()()()から。それは間違いないよ」

「……何を」

 

 何を言っているんだ。俺が、お前を救った……? そんなはずがないだろう。むしろ逆だ、俺はお前の救いを潰したんだぞ……。

 

「そうでもないさ。キミは確かに、あたしの逃げ場を奪ったんだろうけど……同時に、最後の希望になったんだ」

 

 分からない。

 俺には、二亜が何を得たのかが分からない。

 

「二亜……?」

「あたしはね、現実の人間の黒い部分を受け入れられなかった。だから、二次元にしか恋をしたことがなかったし、他人に対しては達観と言うか、何というか……まあ、キミはよく知ってると思う」

「…………」

「でもね、〈囁告篇帙(ラジエル)〉でキミの心を読んでね……ちょっと、感動したんだ」

「えっ……?」

 

 予想外の台詞に、俺は間抜けな声を上げる。

 感動? 現実の人間に、二亜が……?

 

「命を懸けて誰かの為に、精霊の為になる――なろうとする……その本心を知ったから。そんな、漫画の主人公みたいなキミが……そんな人間であるキミは、あたしの全てを奪ったキミが、最後の希望になってくれたんだ」

 

 それは、何て皮肉な話なんだろう。

 彼女の居場所を奪った自身が、彼女が最後に縋り付く場所になったということなのか。

 正直に言うと、俺にはその話はとても信じられなかった。奪った人間が、奪われた者の居場所になり得るなんてことが、本当にあるのか……。

 二亜は宝石のように輝いた笑みを浮かべ、

 

 

「ありがとう。あたしはさ、逃げる場所を無くしたけど……そのおかげで、ようやく前に進める。そんな気がするんだ」

 

 

 俺はただ、彼女の言葉を無言で聞いているだけだった。

 いや、ちゃんと聞けていたのかも怪しい。それほどまでに、俺は放心していた。

 ありがとう、と。

 そんな風に言われたことは初めてで……自分の存在を認めて貰えた気がして……。

 自然と、俺の目の端から涙が零れていた。

 ……だから。

 

 バリィィィィィンッッッ‼‼‼ と。

 部屋の窓が凄まじい音を立てて吹き飛んだ。

 そして、目にも止まらぬ速度で何かが部屋に侵入し――

 

 

「――ごふッ⁉」

 

 その光景を、俺の心は、脳は、一切受け入れようとしていなかった。

 ――二亜の胸を刃が貫き、彼女が血の塊を吐き出して倒れ伏す姿を、俺は呆然と眺めていた。

 

「……え、は……?」

「目標、制圧完了」

 

 女がいた。

 倒れ伏す二亜を道端の(ごみ)を見るような目で見降ろし、左手を耳元に当てて独り言を呟いている。

 背中にはメカメカしい機械、右手には鮮血が流れる光の剣―――それを、思い出したかのように二亜の身体から強引に引き抜く。

 瞬間、彼女の身体からさらなる出血が発生し、俺の左半身を紅く染め上げる。

 

「ええ、はい。重症ではありますが、霊結晶(セフィラ)は傷ついていません。すぐに目覚めるでしょう。はい、ネリル島行きの飛行機を、二時間以内に。ええ――」

「……待てよ」

「頼みます。それでは――」

「待てって言ってんだよッ‼」

 

 憎悪を全て拳に乗せ、俺はノルディックブロンドの長髪の女に殴りかかった。

 無論、敵わないのは理解していた。彼女の正体など、一々確かめなくても分かる。

 エレン・ミラ・メイザース。

 世界最強の魔術師と呼ばれ、DEM社の第二部執行部部長。全ての元凶、アイザック・ウェストコットの秘書でもある。

 対し、俺は未だ一般人の中学生。霊力もまともに扱えず、天使を顕現させる力もない。そんな俺が、逆立ちしたって、百回やったって、千回やったって、こいつには勝てないだろう。

 しかし、そんなことは俺にはどうでもよかった。ただ目の前の理不尽を殴り飛ばすこと以外、頭には無かった。

 

「ガッ⁉」

「? ……ああ、貴方、まだいたのですね。もう既にこの場を去っているものとばかり」

 

 殴りつける瞬間、俺の体がまるで磁力に弾かれるように吹き飛んだ。

 背中から壁に叩きつけられ、肺の中の酸素がすべて吐き出され過呼吸に陥る。

 激しく呼吸を繰り返しながら、俺は冷静に敵の手の内を思い出す。

 CR-ユニット。

『戦術顕現装置搭載ユニット』の略称であり、魔術師の要でもある〈顕現装置(リアライザ)〉を運用するための装置の総称だ。

 詳しい説明は省くが、これらには『随意領域(テリトリー)』と呼ばれる不可視の領域を展開する機能が備えられており、今弾かれたのはこの『随意領域(テリトリー)』に妨害されたからだ。

随意領域(テリトリー)』は文字通り使用者の思い通りになる空間であるため、これらを破るのは並大抵の武器では不可能だ。ましてや、素手なんて話にならない。

 

「ち、くしょう……ッ!」

「目撃者ですから、始末させてもらいましょう。私に意識を向けさせなければ、長生きできたかもしれないのに……哀れな方ですね」

 

 言葉通り、エレンは心底憐れむように俺を見下す。

 殺される。俺は死ぬ。

 その事実は、ストンと俺の胸の中に落ちた。自分でも予想外なほど簡単に受け入れられた。いや、むしろ心のどこかでそれを望んでいる節がある。

 なのに。

 俺の脳裏には、琴里や両親、二亜やまだ出会ったことのない精霊たちが笑う姿があって……。

 

「に、あァ……ッ!」

「さようなら、名も知らぬ少年」

 

 死んだように倒れる二亜に、届くはずもない手を伸ばし続け……。

 俺の心臓に、無慈悲な刃が振り下ろされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女は、夜の街を一人眺めていた。

 黒い髪に赤い右目、片方は眼帯で隠されている――その、異様な雰囲気を纏った少女は。

 何かを見下ろすように、ビルの屋上の()()()に立っていた。

 

「あらあら、これは……面白いことになりそうですわねぇ」

 

 心底愉しそうに、少女はきひひひと嗤う。

 少年の無念を嘲笑うように……しかしどこか、鬱陶しい物を見るような、イラつきが、彼女の胸にあった。

 重なるのだ。自らが討った友人の姿が、あの第二の精霊と。

 それらに対し、己の無力を呪う姿が、かつての、そして今の自分と……。

 何度も何度も頭の端を掠め、彼女は不快になり……それを少年の無様を見て解消する。そのサイクルの繰り返しだった。

 

「はァ、いい加減見ているだけなのも退屈ですし、そろそろ鬱陶しいですし、あの精霊さんには用もありますし」

 

 少女―――時崎狂三は、口の端を吊り上げ、柵を飛び降りた。

 少なくとも、まともな人間ならまず助からないだろう高さ―――しかし、彼女の表情に、自殺者のような悲壮感など一切ない。

 数メートルほど落下したところで、彼女の体が影に包まれた。

 その姿が、至って普通のお嬢様と言った装いから、赤と黒を基調としたドレスに変化する。黒髪は左右非対称のツインテールに、眼帯で隠れていた片目は解放され、黄金に輝く時計のような目が露出する。

 識別名〈ナイトメア〉。

 最悪の精霊と呼ばれる少女が、動き出した瞬間だった。

 

「きひ、ひひひひひ! さあ、わたくしの戦争(せんそう)を始めましょうか!」

 

 




最後に全部持って行った精霊がいるんだが……(困惑)
きょうぞうちゃんまじパネェわ


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士道スタートアップ

「……がッ⁉」

 

 咳き込むと同時に、俺は目を覚ました。

 起き上がり、目を擦りながら周囲の状況を把握する。

 ……俺の家か?

 俺が寝ていたのは、間違いなく俺の自室のベッドだ。部屋も俺の部屋で、ここは間違いなく俺の家だった。

 

「……ちょっと待て、俺は――ッ⁉」

 

 思い出していく。忘れていた記憶が徐々に掘り起こされていく。

 そうだ。俺は……。

 

「二亜、二亜……!」

 

 彼女を探さなくては。

 そう思い、俺はベッドを降りようとする。

 が、途端、凄まじい激痛が胸のあたりに走り、俺は転げ落ちてしまった。

 これは……心臓を潰された痛みが残ってるのか……?

 

「くそっ、こんなモン……ん?」

 

 机を支えに立ち上がると、その上に手紙のようなものが置いてあることに気づいた。

 何となく俺はそれを拾い上げ、中身を確認する。

 

「……なっ」

 

 差出人は――二亜だった。

 俺は慌てて中身を黙読する。

 

『やっほー少年。定番ではあるけど、一応書いとくね。この手紙をキミが読んでいる頃には、あたしはもうDEMに連れ去られてると思うんだ。

囁告篇帙(ラジエル)〉で既に魔術師が潜伏してることは知っててさ、なるべく早めに話をしておこうと思った。

 それで、少しでもキミがキミを好きになってくれたらいいんだけど、あたしにそれが出来るかは正直不安。

 ……でも、あたしはさ。本当にそれを望んでるの。自分を裏切らない存在を求めていたあたしだけど……それは、自分勝手な理想を押し付けていただけなんだって、キミが気づかせてくれた。

 キミはあたしの理想の人間そのものだけど、それはとても……悲しい存在だって分かったから。

 だからできる事なら、あたしはこれ以上キミの人生を他人の為に使うのはやめて欲しい。キミはきっと、一生をかけて、見ず知らずの誰かの為に全てを費やすだろうから。

 こんなこと言ってもキミは聞かないかもしれないけどさ、場合によっては遺言になるかもしれないし、できれば聞いてほしいかな。二亜せんせーのありがたい忠告だぞ。

 ――誰のことも裏切らない、全てを背負い、全ての精霊を救うだろうキミへ。

 どうか、キミが救われることを祈ります』

 

「……何だよ、これ……」

 

 手が震える。

 別に寒いわけでも、風邪を引いたわけでもないのに、俺の手はガタガタと震える。

 俺は知っている、この震えの原因を。

 恐怖だ。

 怖い……何が怖いのかと言うなら、この手紙の真意を知ってしまったことだ。

 二亜は自分がDEMに連れ去られることを予見していた。しかし、逃げも隠れもせず、()()()に時間を使ったんだ。

 彼女は精霊だ。その気になればいくらでも逃げられたはずなのに。

 それでも、俺を変えることを選んだ。

 自分を犠牲に、他人を救う。

 そんなことを、彼女は平然とやってのけたのだ。

 では、彼女のその尊い行動に、俺が横やりを入れていいのだろうか……?

 

「……俺は、どうしたらいいんだ……ッ!」

 

 彼女の望みは俺を救うこと。

 俺の望みは無論、彼女を救うことだ。

 二人とも同じ思いでいるがゆえに、決して相容れない。

 俺は、彼女を救うために彼女の意思を尊重すべきなのか。それとも、彼女の意に反して助けに向かうべきなのか。

 

「おにーちゃん?」

 

 悩み続ける俺のもとに、心配そうな顔をする琴里がやってきた。

 声が漏れていたのだろうか。今は深夜だ、琴里が起きているなんてこと、普通はあり得ない。

 

「ど、どうした……? 兄ちゃんうるさかったか?」

「……ううん。心配だったから……あの黒い髪の人がおにーちゃんのこと連れてきて」

 

 黒い髪? 日本人は基本的に黒髪だから誰かは分からない。

 そう言えば思い出したが、俺が殺されそうになったのは二亜の部屋だ。ここじゃあない。つまり、誰かが俺をあの部屋から連れ去ってここまで運んだのか……?

 

「ねえ、おにーちゃん。またどこかに行っちゃうの?」

 

 不安げに見上げてくる琴里に対し、俺は押し黙るしかない。

 琴里がこんなに心配しているのに、俺はまた琴里を泣かせるのか? ならやっぱり、助けに行かない方がいいんじゃ……。

 そうして浮かんだ思考を振り払うように、俺は首を振る。

 しかし、琴里はその動作を否定と受け取ったのか、安堵の表情で胸を撫で下ろす。

 

「よかったぁ。あ、今日は……おにーちゃん?」

「……えっ」

「……ねえ、ホントのこと言って。どうなの……?」

 

 琴里は再び泣きそうな顔で、同じ質問を繰り返す。

 どういうことだ? 何故また同じことを……。

 

「おにーちゃん、誰かのとこに行きたいの……?」

「……行きたい」

 

 よほど精神が追い詰められていたのか。

 俺は、琴里の問いに、うっかり本心で答えてしまった。

 慌てて言い直そうとするが、それより早く琴里が一言呟く。

 

「そっか」

「あ、いや……琴里、今のは……」

「いいの」

 

 琴里はこちらに顔を見せないようにしながら歩き、俺のベッドに腰掛ける。

 

「おにーちゃんはいつも、私以外の人の為にも頑張るから。おにーちゃんは誰かを助ける正義の味方なんだって、もう分かってるから」

「……………」

「だから、ね?」

 

 せめて、と。

 そう言って、琴里は俺がプレゼントした花の髪飾りを付けながら、毅然と言い放った。

 

 

「絶対に帰ってきて。おにーちゃんが助けたいって人のとこ行って、その人も連れて帰ってきて。……ううん、帰ってきなさい」

 

 

 いつもより強い命令形。

 まるで司令官のような彼女の言葉に、思わず頬が緩む。

 そうか……俺の知らない間に、琴里は逞しくなったんだな……。

 

「……なあ、琴里」

「なに?」

 

 俺は部屋の入口に立ち、振り返らずに琴里に注文する。

 

「蹴っ飛ばしてくれ。俺が一歩を踏み出せるように――ッ!」

 

 瞬間。

 俺の背中に、稲妻のような激痛が走り、全身が前に押し出される。

 琴里が放った無言のドロップキック。しかし、その一撃に悪意は一切ない。

 俺は後ろを見てはいないが、不思議と彼女は笑っている気がした。

 

「行ってきなさい、()()―――ッッ‼」

「――ッ!」

 

 その言葉を背に、俺は走った。

 ドタドタと我が家を騒がせながら、靴を履いて家を出る。

 目指すは最寄りの空港だ――――!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とは言ったものの。

 今の時刻は深夜を回っている。こんな時間帯で交通機関がまともに動いているはずがない。

 自転車を拾うタイミングを逃したので、俺は走るしかないわけだが、どう考えても間に合う気がしない。

 携帯で地図を見てそう判断した俺は、それでも走った。

 琴里に背中を蹴っ飛ばしてもらったのに、今更立ち止まるなんてできない。

 

「あらあら、勇ましい事ですこと。ですが、それは無謀と言うのですわよ?」

 

 ……誰かが、俺の背後にいた。

 腰のあたりに銃口のようなものが押し付けられ、俺は足を止めさせられた。

 

「……誰だ?」

「誰、と言われましても……貴方を助けたものとしか答えられませんわ」

 

 なっ――⁉

 俺は拳銃を押し付けられていることも忘れ、凄まじい勢いで振り返る。

 

「……お、前は……」

「初めまして。時崎狂三(ときさきくるみ)と申します。……尤も、()()()()()()()()()()()()()()

 

 その言葉に、俺は心臓が止まるかと思った。

 彼女が発した今の言葉は、俺の事情を知っていなければ間違いなく出てくるはずがないモノだ。

 そして、彼女には〈刻々帝(ザフキエル)〉という時間を操る天使と、その力の一つ【一〇の弾(ユッド)】という対象に込められた過去の記憶や経験を知る力がある。

 これらの情報を組み合わせた俺の推論は、探偵でなくても分かる簡単なものだった。

 

「俺を連れてきたのがお前なら、その時に俺の記憶を見たんだな?」

 

 俺は疑問と言うより、確認の意味を込めて彼女に問いかけた。

 時崎狂三は道化(ピエロ)のような歪な笑みを浮かべながら、ハイテンションに返す。

 

「ええ、ええ! 本当に……大当たりでしたわ! 貴方のお陰で、私の計画の最後の欠点も、その修正の為に必要な物も、全て知ることが出来たのですから!」

 

 彼女の知りたいことと言えば、やはり始原の精霊のことだろう。

 時崎狂三の目的は、三十年前に跳び始原の精霊を殺すことだ。

 しかし、時崎狂三の実力では始原の精霊には逆立ちしたって勝てない。そもそも、彼女の力を生み出したのも始原の精霊である以上、対抗はできても勝利はできないのは当然だ。

 原作の彼女は始原の精霊の誕生を阻止するという形に計画を変更した。尤も、過去を変えるというのは非常に難しい上、下手に干渉したところで世界に修正される可能性もある。

 それでもなお、彼女は自分の罪に決着を付けたいのだろう。

 だが、俺には関係ない。

 

「頼む、手を貸してくれ」

「……へえ」

 

 俺は時崎狂三に頭を下げて助力を乞う。

 

「俺は……俺は二亜を助けたい。知らない誰か(いつかしどう)の代わりとか、そんなんじゃない……俺自身の願いとして。――頼む、協力してほしい‼」

「ええ、いいですわよ」

「……分かった、お前の望むことなら……えっ?」

「だから、いいと言っているではありませんの」

 

 ……えっ、嘘だろ? あの時崎狂三が? 何の条件もなく? 俺の要求を呑んでくれる?

 

「……お前本物なの?」

「失礼ですわね、ぶちころしますわよ」

「すいません」

 

 笑顔で殺気を放つ狂三の怒りを抑えようと、流れるように土下座をする。

 

「まったく……強いて言うなら、わたくしは既に前金を頂いているので」

「前金……? 俺の寿命でも盗ったのか?」

「違いますわ。盗ったのは情報の話です」

 

 ああ、そっちの話か。

 

「……とにかく、二亜さんのもとへ向かうのでしょう? 破格の情報料に答えるために、こちらも手厚くサポートして差し上げますわ」

「……それは、助かるな」

 

 純粋な意見だった。

 彼女の戦闘能力は作中でも上位であるし、先ほども言ったが始原の精霊に唯一対抗できる精霊でもある。

 そんな彼女が全面バックアップしてくれるというのだから、心強い事この上ないだろう。

 

「……頼む、時崎狂三。俺に力を貸してくれ」

狂三(くるみ)、と呼んでくださいまし。士道さん」

 

 その呼び方は正直……まだそこまで仲いいわけじゃないし、せめて時崎で、と俺がお願いすると、彼女は渋々だが受け入れてくれた。

 

「ハァ……では、参りましょうか」

 

 すると、彼女の足元から影のような物が、染みのように領域を広げていく。

〈時喰みの城〉。

 影を踏んでいる人間の時間を吸い上げる、時崎の〈刻々帝(ザフキエル)〉に必要不可欠な能力だ。

 また、内部は異空間になっており自らそこに潜伏したり、特定の存在を引きずり込んで捕食、または保護が可能となり、これを利用してどんな場所にも行き来することも可能である。

 一見すれば、俺を喰らおうとしているのかもしれないが、俺には精霊一人分の霊力しかないうえ、自分以外の全ての精霊の霊力を封印させた後に俺を殺す方がずっと効率が良いはずだ。

 だから、彼女はこのタイミングで俺を殺すことはない。俺は抵抗せず、時崎の影に呑み込まれた。

 

 




やっぱり王道もしゅきぃ……


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再会

 某空港にて。

 深夜であるにも拘らず、DEM社製の貨物輸送用飛行機が飛び立とうとエンジン音を鳴らしていた。

 そこに運び込まれるのは、奇妙な機械を身に纏った少女たちが護衛する『資材A』だ。

 外から中は見えない。しかし、少女たちはそこに何が入っているかを正しく認識している。

 ……ただ一人を除いて。

 

「しっかし、こんな深夜から出勤なんて、偶に人使い荒くねーですか?」

 

 青い髪に黄色い瞳。左目の下にある泣きぼくろが特徴的の少女だ。

 彼女の名は崇宮真那。過去の記憶を失い、身寄りのないところをDEMに保護された少女だ。

 そんな彼女の愚痴に、隣にいるエレンが端的に答える。

 

「仕方ありません。アイクの指示なのですから」

「まあそこは割り切ってんですけど。……そーいや、この荷物って何なんですか、エレンさん」

「さあ、私も聞かされてはいません」

 

 エレンは真那の存在をそれなりには認めている。

 自分に敵うことがないにしても、最も近い人間は彼女だと認識しているほどだ。

 尤も、それはあくまでもASTという括りに置いての話だが。

 それはともかく、自分たちにとって都合よく立ち回ってくれる彼女は、別に居なくてもいいがあった方が便利。エレンは少なくとも、そう認識している。

 だからこそ、くだらない嘘で誤魔化すのだ。

 

「〈アデプタス1〉! 報告が!」

 

 コードサインで呼ばれたエレンが声の方に振り返ると、空港の外を警備していたはずの部隊の少女が息を切らしてそこにいた。

 そのあまりの様子にエレンの他の少女たちも訝しむ。

 

「どうかしましたか?」

「〈ナイトメア〉が出現しました! 半径二百メートル圏内に、その数およそ()()()‼」

「なっ⁉」

 

 驚きの声を上げたのは、真那のほうだった。

 識別名〈ナイトメア〉。

 最悪の精霊と呼ばれるそれは、今まで何度も出現しては真那に殺されるというサイクルを繰り返している。

 一体なぜ、殺されたはずの精霊は生きているのか……長年の謎であったソレが、意外な形で明らかとなった瞬間だった。

 

「さ、三〇〇……⁉ ど、どういうことですか⁉」

「わ、分かりません……で、ですが――」

 

 隊員の声を遮るように、バンッ‼ という破裂音と共に空港の一部から火の手が上がった。

 直後に、暗闇から無数の人影が飛行機に向けて飛来してくる。

 赤と黒のドレスの少女―――――〈ナイトメア〉だ。

 

「出やがりましたね……! ここで会ったが百年目。奴が死なない理由も何となく分かりましたし……全部片づけてやりますよ‼」

「貴女達も彼女に続きなさい。私は『資材A』の積み込みを完了し次第、応援に向かいます」

『はい‼』

 

 真那が意気揚々と一番手に出て、他の隊員もエレンの指示に従って〈ナイトメア〉の迎撃に向かった。

 それらを見送ったエレンは、すかさず荷物を飛行機に積み込む。

 

「着きましたよ」

 

 そう言って、彼女は荷物をその手に持つ剣で細切れに破壊した。

 すると、細切れになった箱から一人の少女が現れた。

 色濃く疲れの見える表情をする、手錠で拘束された眼鏡少女。

 本条二亜。

 この世に出現した第二の精霊だ。

 

「……何のつもり?」

「生憎、貴女一人に構っている時間はないのです。安心してください、こちらの事情が片付いたら、すぐに目的地に送り届け―――――拷問を執り行います」

 

 なにも安心できないよ、という二亜の小さな声は意図的に無視された。

 エレンはそのまま彼女を放って、〈ナイトメア〉迎撃に向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ああ、遂にその時が来たんだな、とあたしは何となく達観した気持ちになった。

 ついさっきの話だ。あたしはDEMの刺客に捕まって、こうして輸送されそうになっている。

 さっき拷問とかいう単語が出てたけど、一体どんなことをされるのだろう。

 脳を弄るとか、体を改造するとかは二次元の定番だけど……人間は目的のためならどこまでも残酷になれる。

 これは現実だけじゃなく、二次元でもそうだ。

 悪役をとことん悪く描くために、底なしの悪党にする……そのために、考え付くだけの悪事をさせる。

 それをされる側としたら堪ったものじゃないだろう。実際、あたしもそう思っている。

 ふと、あたしは何となくあの金髪の女が出て行った方に足を動かす。

 けど、途中で見えない壁のような物に阻まれた。

 どうやら、逃がすつもりはないらしい。

 

「しっかし、拷問かぁ……」

 

 ふと、自分の手を見た。

 震えている。まるでこの部屋の温度が低温に下がったかのように、それに呼応するように……。

 けど、この震えの正体は、寒さなんかじゃない。

 

「……怖いよ」

 

 一人きりだからだろうか。

 あたしの口からは、偉そうな手紙を書いて、カウンセリングをした時とは百八十度別人になったかのような弱々しい嗚咽が漏れていた。

 怖い。これから自分がどんな目に遭うのか……それを想像することすらできないのが、さらにあたしを恐怖させる。

 でもそれ以上に、あたしを恐怖させているものがあるとするなら……。

 

「会いたいなぁ……!」

 

 あたしは絶対に叶わない望みを口にする。

 分かってはいる。そんなことが起きるはずがない、彼がここに助けに来るはずがないんだって。

 なのに、心の何処かはそれを求めていて……同時にあたしは、それを強く否定している。

 彼が助けに来たら、あたしが今までやったことすべてが無意味になる。

 あたしは彼を助けたかったのに、彼がここに来たら……彼はすべてを受け入れてしまう。

 だから、どうかあたしを助けに来ないで欲しい……そう思いながら、あたしは彼にもう一度会いたいと思って、そんな自分に嫌気が差す。

 どうしてあたしは、こんなにも自分勝手なのだろうか。彼の気持ちも考えず一方的に救おうとし、その癖彼に救いを求めている。

 最低だ。こんなに醜い女は見たことがない。

 

「……ああ、そっか」

 

 これが、人の心なのか。

 矛盾した気持ち。底のない悪意。果ての見えない闇。

 どこまでも醜い心を持った生物で―――――けど、そんな混沌の中に、一筋の光を持っている。

 そんな、希望にあふれた生き物。

 

「なんで」

 

 震えた声で、あたしは疑問を呟く。

 答えなんて分かりきっていることだ。重要なのはそこじゃないのに……あたしの口は留まることを知らない。

 

「なんで、キミは来るんだよ……‼」

「決まってんだろ。お前の為……と、俺の願いの為だ」

 

 五河士道。

 あたしが初めて、心の底から信頼し、心の底から救いたいと思い、心の底からこの場に来て欲しくないと思った少年は。

 やはり、あたしの願いも救いもすべて踏みつぶし、あたしに新しい希望をもたらしに来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 間に合った。

 まだ飛行機が飛び立つまで時間はある。

 俺は時崎に連れられ、空港にやってきた。そこで彼女と別れ、俺は二亜の元へ。時崎は陽動と、作戦通りに動いた。

 遠目に見て、敵の中に崇宮真那がいたのは想定外だったが……まあ、時崎なら何とかしてくれるだろうし、彼女が死ぬことはないだろう。

 ならば、今の俺がやるべきことは一つだけ。

 

「さあ、行こう」

「……あたしはさ」

 

 二亜が俺の言葉に答えず、俯きながら何かを言う。

 

「あたしはさ、キミに救われて欲しかった。そのために手を尽くしてきた」

「……うん」

「キミが救われてくれるなら、あたしもそれでよかったんだ! なのに、なんでキミは……そうやって、あたしの望みを……‼」

「……その望みは間違っているからだ」

「――ッ!」

 

 俺はこれ以上ないくらいハッキリと、堂々と二亜を否定する。

 ああ、かつての俺なら考えられなかっただろうな。こんな残酷な事、頭に浮かぶことすらなかっただろう。

 でも言わないと。そうじゃないと……俺には、そうしないと、二亜を救えない。

 

「お前は自分と一度だって向き合おうとしない。だからいつも、本当の望みを押し殺すんだ」

「……うるさいよ」

「それじゃあ駄目なんだ。キチンと自分の本心と向かい合わないと――」

「じゃあ‼」

 

 二亜の怒号のような叫びに、俺は言葉を詰まらせる。

 それに構わず、彼女は感極まったように叫ぶ、叫ぶ、叫ぶ――。

 

「どうすればよかったんだよ‼ あたしはどうやったらキチンと向かい合えるの⁉ 人間に失望しなくていいの⁉ ……キミを、救えるの……ッ⁉ ……あたしは――」

 

 彼女の両眼から涙が零れる。

 それを見て、やっぱり俺は、五河士道に成れないんだなと納得した。

 彼ならきっと、こんな風に女の子を泣かせることはしないだろう。

 

「あたしは、どうやったら救われるの……? もう、分かんないよ……全部一杯一杯で、分かんないよ――ッ‼」

 

 見えない壁があって、二亜の元へ行けない。

 それでも、と俺はその不可視の壁を叩き、彼女に叫ぶ。

 

「俺を求めろ‼ 俺が救う、必ず救う! 何があっても救う‼ 絶対にお前を裏切らない、絶対にお前を見捨てない‼‼‼」

 

 俺には人の心なんて分からない。

 だから、二亜に対し掛ける言葉がこれで本当に正しいかなんて分からない。

 でも、俺はこの言葉を、頭で考えて言ったわけじゃない。

 心からの叫びだった。この言葉だけは紛う事なき俺の本心―――――だからこそ、伝わって欲しい。

 

「――――本当に……?」

 

 二亜はゆっくりと顔を上げ、

 

「本当に……あたしを、裏切らない……? 救って、くれる……?」

 

 まるで、雨の中で涙を流す少女のような……その表情を見た時。

 俺は頭で考えるより先に、言葉を発していた。

 

「ああ、俺が救う。……代わりに――――お前も俺を救ってくれ」

 

 俺の続けた言葉に、二亜は目を丸くして、

 

「……しょうがないなぁ」

 

 そこには、悲哀に塗れた少女の姿はなく。

 涙ながらも、お調子者のような、彼女本来の姿を取り戻していた。

 

「でも、あたし一人じゃちょっと荷が重そうだしなぁ。あと()()くらいには協力してもらうか」

 

 そう言って、彼女は笑う。

 ()()()()()()()()()()、彼女の心は立ち直っていた。

 それを確認し、俺は安堵の息を吐く。

 ……同時に―――。

 

 ヒュウッ‼ という風を切るような音と共に、飛行機の出入り口から何かが飛来した。

 

「「――ッ⁉」」

 

 飛来物は、見えない壁に激突し、蜘蛛の巣のようなひび割れを生み出した。

 それは、一人の少女だった。

 赤と黒のドレスを着た、拳銃を二丁、両手に構える少女。

 時崎狂三。

 最悪の精霊と呼ばれる彼女が、口の端から血を流し、倒れていた。

 

「なっ、時崎⁉」

「ぐっ……士道さん。どうやら、まだ目的は達せられていないようですわね」

「お前……どうしてこんな……!」

「迂闊でした。あれだけの大軍を一度に操りながら、それらが天使の能力の一端でしかないとは」

 

 俺は背筋が凍るのを感じた。

 まさか……いや、時崎程の精霊をここまで追い詰めることが出来るとしたら、それは彼女しかいないだろう。

 けど、こんなに早く……しかも、本体(オリジナル)の方を追い詰めるなんて。

 

「おや、貴方は何処かで見たことがあるような……思い出せませんが、〈ナイトメア〉の協力者ですね。ならば、遠慮はいらないでしょう」

 

 彼女がその矛先を俺にも向けた。

 自分に殺気が放たれているのを肌で感じながら、俺は打開のために頭を回転させる。

 

「に、兄様⁉」

「えっ……?」

 

 しかし、回転が止められる。

 俺のことを兄と呼ぶものが現れたことに、一瞬だけ動揺してしまった。

 

「ど、どうしてここに……⁉ こ、これは一体……⁉」

 

 崇宮真那。

 崇宮真士の妹であり、記憶を無くしてDEMに従っている少女が、俺を見てその顔を驚愕に染めていた。

 

 




おかしいな……初期の頃はオリ主道くんをとことんまで曇らせるはずが、いつの間にか王道主人公になってる……。
そんな馬鹿な、僕のデータにないぞ⁉


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狂三vs

今回は狂三の戦闘です


 狂三が士道の下に飛ばされる十分ほど前。

 きひひひひ、という悪魔のような高笑いが闇に木霊する。

 黒の少女はただひたすらに、迫り来る敵を排除し、その時間を一年ほど強奪する。

 

「あらあら、随分と数が減ってきましてよ? 真那さんも、いつもより威勢が足りないのではなくて?」

「うるっせーですよ。黙って戦いやがれってんです。というか、この期に及んで天使を開放するとは……どうやら、本気みてーですね」

 

 空に、二人の少女が向き合っていた。

 崇宮真那と時崎狂三。因縁の二人が本気で殺し合う……その寸前まで、場の緊張は膨れ上がっている。

 

「ええ、まあ。本気とは言えば本気ですわね。こうして本体(オリジナル)であるわたくしが出迎えているのですから」

 

 真那の額から脂汗が流れる。

 今まで戦ってきた〈ナイトメア〉とはまるで別人のようだった。

 動きも、覇気も……そして、彼女から発せられる狂気も。

 

「〈刻々帝(ザフキエル)〉――――【一の弾(アレフ)】」

 

〈ナイトメア〉―――時崎狂三の背後に、その身の丈の倍はある巨大な時計塔が出現する。

 そこから狂三が持つ歩兵銃に、時計の刻まれた『Ⅰ』の数字から影のような物が噴出、銃口に吸い寄せられていく。

 思わず真那が身構えるが――――彼女はその銃口を、()()()()()()に突き立てた。

 その奇怪な行動に、真那は呆気に取られ――。

 

「きひひひ!」

 

 響く銃声。

 彼女は一切の迷いなく、むしろ狂気の笑みを浮かべ、引き金を引いた。

 その瞬間、まるで瞬間移動のように彼女の姿が消失した。

 突如消えた狂三に、真那が訝しんだ―――その一瞬の隙を突くように。

 真那の背後から狂三が姿を見せ、彼女を叩き落とすように踵落としを放った。完全な不意打ちを頭の天辺から喰らい叩き落とされる。

 迫る地面、コンクリート―――僅かに開く視界から状況を察した彼女は、咄嗟に身を(ひるがえ)して、着地の衝撃に備えて受け身を取る。

 瞬間、巻き上げられる土煙。その中から、苦し気に顔を歪ませた真那が、頭を抑えながらゆっくりと立ち上がった。

 

「……やってくれやがりましたね。いきなり自分を撃つなんてイカれたことするもんだから、動揺して隙を見せちまいました。けど――」

「次はねーですよ……ですか?」

「――ッ⁉」

 

 いつの間にか。

 先程まで上空にいたはずの狂三は、真那のすぐ背後、ほぼゼロ距離まで接近していた。

 咄嗟に振り返り、その手に持つ刃を水平に振るう。

 狂三はまるで体操選手のように腰を折ってギリギリで斬撃を躱し、地面を蹴る力だけで後方転回しながら真那の顎に足の爪先を突き立てる。

 迫る足蹴りを、真那は研ぎ澄まされた直感と動体視力で捉え、僅かに仰け反る形で回避する。

 即座に狂三が迎撃のための牽制として銃撃を開始。真那はCR-ユニットの推進力に身を任せ、稲妻のように駆け銃撃を回避する。

 ジグザグと攪乱するように動き回り、少しづつ狂三へと距離を詰める真那。それに対し、狂三の取った行動は至って単純。

 

「〈刻々帝(ザフキエル)〉―――【五の弾(ヘー)】――【七の弾(ザイン)】」

 

 背後の時計の文字『Ⅴ』と『Ⅶ』から影が噴出、狂三の持つ二丁の銃に吸い込まれていく。

 しかし、真那は勝利を確信していた。今の工程の間に二人の距離は既に三メートル圏内。どれだけ狂三が早撃ちに長けていたとしても、銃口を自分の方向に向けるより先にその腕を斬り飛ばせる。

 万が一自分に撃って、先程のような瞬間移動―――正体は分からないが、それをしようと打ち勝てる自信があった。

 その力が天使の能力であることは間違いない。しかし、その動きを真那は既に見切っている。

 狂三がどう打って出ようと、今の真那に死角はない……それ故、彼女は勝利を確信して揺らがなかった。

 

「きひひひ! 甘いですわ‼」

 

 時崎狂三が選択したのは自身への銃撃。すなわち、あの瞬間移動――!

 瞬間、真那の移動速度が更に上昇し、一気に狂三との距離を詰める。瞬時に手の中の刃を縦に振り下ろす――――と、()()()()()

 放たれた攻撃を狂三が横に跳んで回避した瞬間に、それを待っていたとばかりに軌道をLの形に変え、狂三の胴体を輪切りにしようとする。

 取った――! 彼女がそう確信した瞬間――。

 狂三の体が()()()()()()

 

「は――ッ⁉」

残念(ザァンネェン)ですわねェ‼」

 

 背後からの奇声。真那は振り返ろうとするも、背中に衝撃を受け―――。

 次の瞬間、彼女は無様に地を舐めていた。

 

「……なっ⁉」

 

 驚き、急いで起き上がろうとする……が、何故か体は動かない。

 いや、理由はすぐに分かった。今の真那の体は、深刻なダメージを受けている。少し休めは回復するが、直ぐには治せない……そんなダメージを。

 だとしても、いつの間に? そもそも、攻撃されたという感覚すらなかった。痛みだって、今になってようやく感覚に伝わっているほどだ。

 グシャっ、と頭が圧力を受け、額が地面とキスをする。

 悔し気に呻きながら、真那は吼える。

 

「……このままでは終わらねーですッ」

「不可能ですわ。貴女はもう、詰んでいるんです」

 

 ガチャリ、と。

 真那の脳天に付きつけられる歩兵銃。まさしく詰み(チェックメイト)。彼女の敗北は、もはや火を見るよりも明らかだった。

 それでも、真那は諦めない。空いている左手で地面を握り、戦闘の意志を見せつける。

 まるで戦闘狂――もしくは、一昔前の軍人のような彼女の姿に、狂三は呆れたようにため息をつく。

 

「あらあらまったく、貴女と言い士道さんと言い、どうしてこうも諦めが悪いのでしょうか」

「……しどう、さん……?」

「おっと。貴女はまだ知らないのでしたわね。失礼、失言でしたわ」

 

 まったく悪びれた様子もない謝罪をし、狂三はさらに銃口を真那の頭に押し付ける。

 

「わたくしはわたくしの目的が達せられればあとはどうでもいいので、正直ここで貴女を殺すのを躊躇う理由はないのですが……貴女の返答次第では、見逃して差し上げてもよろしくてよ」

「……何ですって?」

 

 まさか、だ。

 あの最悪の精霊が、自分が何度も殺し続けた精霊が、自分を見逃してもいいなどとほざいたのだ。

 流石の真那も、冷静ではいられない。

 

「……何のつもりか知らねーですけど、調子に乗らねーでもらいましょうか。殺しますよ?」

「出来もしないことを語っても滑稽なだけでしてよ? ……嗚呼(ああ)、それにしても、悲しいですわね」

「何が――」

 

 狂三の話に付き合っているのは別に彼女に共感しているわけではない。

 今、真那は準備を整えているのだ。反撃のための一手……形勢逆転の為の行動の備えを。

 それを悟られない為に狂三の戯言に付き合う……少なくとも、彼女はその程度の認識だった。

 だから、彼女の口から語られた言葉を聞いて、思考が止まってしまった。

 

 

「まさか、貴女の体はDEM社に弄繰り回され、既に余命十数年程度しかないだなんて。本当に、本当に……悲しいですわァ」

 

 

 わざとらしく泣き真似をし、雰囲気だけは悲しみに暮れる少女を演じる狂三。

 しかし、真那はそんなことが気にならないほど動揺していた。

 

「な、にを……言って……?」

「あらあら、気づいていらっしゃらなかったんですか? そもそも、ただの人間が、CR-ユニットなんてものを担いだ程度で、精霊とまともに相対できるとお思いで?」

 

 狂三は真那から戦意が失われるのを察知した。

 この少女はもう立たないだろう。もう自分に歯向かうことはないだろう。

 そう確信し、内心ほくそ笑みながら真那の頭から足を退ける。

 ついで銃口も外してやるか、と善意でそう思った―――その瞬間。

 真那の左手が僅かにブレて、狂三の両目に向かって砂粒が投げられた。

 

「⁉」

 

 反撃はないだろうという油断からのこの事態。

 狂三は咄嗟の判断で後方に下がり……すぐに失態を悟る。

 そもそも、精霊の身である自分がたかが砂粒を恐れる理由などない。無論、目に入れば視力を奪われるだろうから回避するのは間違いではないが、それでもこれは大げさに過ぎた。

 こんな大きく動いて避けなくても、ほんの僅かに身を捩れば済む話だ。つまり、これは狂三の失敗。

 忌々し気に、狂三は真那を睨む。対し、彼女はしてやったりと言った表情で挑発的な笑みを浮かべている。

 

「はんっ、何を狙っていたのかは知らねーですが、当てが外れましたね。そんなくだらない妄言で、真那を騙せると思ってんですか?」

「……ハァ」

 

 狂三は疲れたような息を吐き、やれやれと言った様子で肩をすくめる。

 

「盲信も度が過ぎると煩わしいですわ。……いい加減、その目を覚まして差し上げます‼」

「――っ」

「おいでなさい! 〈刻々(ザフキエ)――」

 

 狂三が天使を顕現させ……()()()()

 その様子に、真那はニヤニヤとしながら挑発する。

 

「どうしたんです? お得意の天使は使わねーんですか?」

「……真那さん、貴女……気づいてますわね?」

「そりゃ、そんなに堂々とヒント出されりゃ、誰だって気付くでしょーよ。……時間を操る、そう言う能力……当たっていやがりますか?」

「……先ほどから()()()()()()()()()()()()()()のは……なるほど、そう来ましたか」

 

 時間を操る天使。

 真那がこれまで身を以て体感した不可思議現象と、天使の発動の際に必ず現れる時計。それらを組み合わせた推論だったが……狂三の発言で確信を得ていた。

 時計の数字からエネルギーを吸い出している様子と、発現する能力が異なることから、数字に対応し複数の能力があると推測できる。

 そこまではいい。問題は、どの数字がどんな能力を持つのかがイマイチ掴めないことだ。

 だが、どんな手品(マジック)も、(トリック)がないと話にならない。種の無い手品は魔法だが、天使の能力には(トリック)がある。

 

「天使の破壊……すぐに再生するでしょうけど、それまでは天使の行使はできなくなる」

「無粋な方ですこと。しかし、実に合理的ですわね……ならば、敢えて貴女の策略に乗って差し上げますわ!」

 

 狂三は真那の戦法を理解し……その上で、彼女の土俵で戦うと宣言。

 その言葉通り、彼女の背後に時計……〈刻々帝(ザフキエル)〉が出現した。

 

「悪ぃーですけど。こっちは別に、貴様との決着とかどーでもいいんです」

「?」

 

 突然、真那がそんなことを言い出した。

 脈略の無い発言に、狂三が訝しむが。

 直後に、まさか、と思い振り返り、〈刻々帝(ザフキエル)〉を見る。

 

「間に合ったようですね」

 

 いた。

 ノルディックブロンドの長髪。CR-ユニット〈ペンドラゴン〉を身に纏った最強の魔術師。

 エレン・ミラ・メイザース。

 女性は魔王の如く佇み、無言で〈刻々帝(ザフキエル)〉を()()()()()

 

「なっ⁉」

「遅いですよ」

 

 自身の天使がいとも容易く破壊されたことに驚愕する狂三。

 そんなことはどうでもいいとばかりに、エレンは彼女の傍に迫り、刃を下から振るった。

 光り輝く切っ先が狂三の細腕を捉え、弾き飛ばす。余りにも綺麗な傷口……だがそれ以上に、自身の霊装すら簡単に切り裂く力。

 狂三は瞬時に己の不利を悟る。よくよく見れば、いつの間にか自身の分身たちは活動時間が切れた、もしくは倒されて消えている。

 彼女は即座に影に潜伏。そこで〈刻々帝(ザフキエル)〉を使って時間を戻し、ダメージを無かったことにする。

 腕が再生したことを確認し、彼女は再び地上に()()()()姿を現した。

 

「やってくださいましたわね。ですが、次はこうはいきませんわよ」

「出やがりましたね、今度は逃がさねーです‼」

 

 瞬時に対応した真那の攻撃。肩の機構が変形し、細い六閃のレーザーのような物が射出され、狂三の心臓を含めた致命的な部位を正確無比に狙う。

 たまらず、狂三は舌打ちしながら影の中から脱出。真那の攻撃を回避する……しかし、自動追尾機能でもあるのか。彼女の攻撃は逃げた後も狂三を追い続ける。

 いや、よく見れば、真那の手の動きに連動してレーザー軌道を変えている。つまり、この攻撃は彼女が手動で操作しているのだ。

 素早い動きで、影を出た後も自身を追尾するレーザーを避け続ける。手に連動しているのなら、その動きから攻撃先を予測するのは容易いことだ。

 だが、忘れてはならない。敵は真那一人ではないことを。

 

「不注意です」

「⁉ っ――!」

 

 速い――!

 気が付けば自身のすぐ近くにやってきているエレンに、狂三は背筋がゾッとするのを感じた。

 最強の魔術師と呼ばれるだけのことはある。その動きに対応し、完璧にサポートする真那も流石だ。

 これと、自分は戦わなければならないと思うと、気が滅入ってしまいそうだ。

 だが。

 

()()に比べたら十分難易度は下がっている……ッ! わたくしは、必ず成し遂げて見せます! いえ、しなければならない……こんなところでは躓けません‼)

 

 銃声銃声銃声銃声銃声銃声。

 発砲音が喧しく反響する。連続して放たれた弾丸は、正確無比にエレンの眉間と両手両足の関節、心臓を狙う。

 だが、彼女はその全てをほぼ同時にすべて叩き払った。恐るべきことに、それらの動作を剣一本で、一秒も経たずにやってのけたのだ。

 怪物というのは、彼女のためにある言葉だろう。少なくとも、狂三はそう思った。……尤も、同時に、()()()()()()とも感じたが。

 

「覚悟‼」

「〈刻々帝(ザフキエル)〉――【七の弾(ザイン)】‼」

 

 ギリギリで、迫る斬撃を左の銃で受け、空いたほうの銃で能力を込めた弾丸を発射。まともに受けたエレンの体が、石造のように停止する。

 危なかった。もし攻撃を停止させなければ、銃は簡単に折られ、自身の霊結晶(セフィラ)ごと体は引き裂かれていただろう。

 しかし、攻撃の残り香のような圧力と重さが、狂三の華奢な体を冗談のように吹き飛ばした。

 土煙を巻き上げながら飛ばされる彼女の体は、凄まじいスピードで飛行機の内部に吸い込まれるように入っていった。

 直後に、何かに叩きつけられるような衝撃が狂三の背を襲い、口から鮮血が吐き出される。

 

「なっ、時崎⁉」

 

 これが、狂三の今までの戦い。

 ここからは、視点を変えてみよう。

 

 




次回、漸く状況が動きます


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戦闘開始

あと大体三話くらいで二亜編終わる予定。
それ以上は多分私の脳が溶ける……


「に、兄様ですよね⁉」

「うっ……」

 

 若干半泣き気味の真那の姿に、俺は思わずたじろぐ。

 いや無理だろ? 妹がこんな泣きそうな顔してたら誰だって思わず身を引いちまうだろ……⁉

 てか、今はそんな場合じゃないんだよなぁ。

 

「時崎、動けるか?」

「……ええ、まあ。しかし、どうなさるおつもりで?」

「真那に関しては……無視する。アイツには悪いけど、俺はアイツの兄貴じゃない。それより問題は、エレンの方だ」

「では、貴方は真那さんを。わたくしがエレン・メイザースを足止めしますわ」

「えっ、出来るのか? さっき吹っ飛ばされてたんじゃ――」

「二対一でしたので。一対一なら何とかなりますわ……恐らく」

「分かった、信じるぞ」

 

 時崎が出来るというなら、大丈夫だろう。

 

「(……よくそんな簡単に信頼できますわね)」

「?」

 

 時崎が何かを呟いた気がしたが、よく聞こえない。

 聞こえないのは仕方ないので、俺は自分の敵を見据える。

 エレンは俺たちが話を終えるのを確認すると、見せつけるように剣の切っ先を向ける。

 

「作戦は決まりましたか? では――」

「ま、待ってください!」

 

 戦闘に移ろうとしたエレンを、真那が割り込んで制止する。

 

「何のつもりですか?」

「兄様がここにいるなんて聞いてねーです!」

「それはそうでしょう。私も知りませんでした」

「そ、そうじゃねーです! とにかく、兄様を攻撃するのは待ってください! きっと何か事情が……真那が兄様を説得します! だから――」

「邪魔です」

「――! 真那!」

 

 俺は真那の名を呼び、彼女の元へ駆ける。

 真那は俺の方を振り向き……そのせいで、エレンが自身に向かって刃を振るうのを見逃してしまっていた。

 エレン自身も威嚇のつもりだったのか、そこまで速い攻撃ではなかった。俺の肉眼でも捕らえられる程度の物だ。

 俺は真那の体を抱き寄せ、エレンの一撃を背に受けて彼女を守る。

 

「ぐっ‼」

「に、兄様⁉ え、エレンさん、何を――⁉」

「真那、貴女はもう使えません。()()()()

「えっ……?」

 

 酷く間抜けな声が真那の口から洩れる。

 それに構わず、エレンは俺を見て、

 

「兄……ですか。しかし、不自然ですね。どう見ても真那と同年代程度にしか見えませんが」

「……知るか。お前には関係ねーだろ」

 

 背中の傷が炎で癒されるのを感じながら、俺は真那を背に庇うように、エレンに立ち塞がる。

 

「兄、さま……?」

「……ごめん、真那。俺は気安くお前の兄を名乗れない……でも、守る」

 

 大切なものとは簡単に増える物なんだなと、俺は奇妙な感覚で感じていた。

 いや、違うな。俺は、全部が大切なんだ。優劣なんてない、俺の傍にあるものすべてが……。

 欲張りな奴だなと自分でも思う。でも、だからこそ―――。

 俺の、みんなを守りたいという気持ちは、本物だ――!

 

「エレン、お前に勝つぞ」

「気安くファーストネームで呼ばないでください。それと――」

 

 僅かに不愉快そうに眉を寄せた後、エレンの姿が()()()

 俺が驚く暇もなく、エレンは俺の眼前に立っていた。

 既に彼女は、その手の刃を振り下ろす寸前だった。

 

「出来もしない妄言を吐くのも、非常に不愉快です」

「くっ――⁉」

「士道さん、伏せてくださいまし!」

 

 背後から飛ぶ時崎の叫び。

 それを背に受けた俺は、彼女の指示通りしゃがみ込む。

 瞬間、銃声が鳴り、同時に金属音が俺の耳を突き刺した。

 

「これは……」

 

 エレンの体が凍ったように止まっていた。

 間違いない、時崎の天使の能力の一つ【七の弾(ザイン)】の時間停止だ。

 すると、俺の体が地面の中に引きずり込まれ……何故か二亜の隣にいた。

 

「「えっ?」」

「そこにいる方が安全でしょう。あとはわたくしにお任せくださいまし」

「ちょ、ちょっと待て。真那は――!」

 

 どうやら、時崎の影に引きずり込まれ、二亜のいる隔離エリアに移動されたらしい。

 しかし、近くには二亜の姿だけ。真那は見えない壁の外側だ。

 

「時崎! 頼む、真那もこっちに――!」

「申し訳ありませんが、もうその余裕はありませんわ‼」

 

 その時崎の宣告と共に。

 戦闘が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 銃声が轟き、金属の弾ける音が反響する。

 悪魔と最強が躍る戦場を、真那は一人呆然と眺めていた。

 分からない。どうしてエレンは自分を攻撃したのか。

 分からない。どうして兄は、自分の兄じゃないと言ったのか。

 分からない。どうして自分は、指の一本も動かそうとしないのか。

 どうして。どうして。どうして。

 疑問は繰り返し真那の頭で反復される。しかし、それに答える解答を、彼女は持ち合わせてはいなかった。

 

「あ」

 

 戦闘の余波に巻き込まれた真那の体が、端まで吹き飛ばされる。

 ああ。本当なら、今はエレンの味方をしているべきのはずだ。記憶をなくし、身寄りのない自分を引き取り、仕事までくれた、命の恩人。

 なのに、彼女の体は動かない。正確には、動かそうとしているのに、体が鉛のように重く、動かせない。

 その時、狂三に言われた言葉が突如浮上してきた。

 

『まさか、貴女の体はDEMに弄繰り回され、既に余命十数年程度しかないだなんて。本当に、本当に……悲しいですわァ』

 

 憎たらしく言う狂三の顔を想像し……しかし、気力は湧き上がらない。

 なんだ、簡単な話ではないか。エレンが自分を攻撃したのも……つまり、そう言うことだ。

 

「真那は……騙されてたんですね……」

 

 ポツリ、と真那の瞳から涙が伝う。

 ずっと信じてきた。ずっと頼りにしていた。ずっと……そこが自分の居場所だと思っていた。

 でも、そう思っていたのは自分だけで……彼女たちからすれば、自分は都合のいい人形でしかなかったということか。

 

「……真那は……今まで、何の為に……」

 

 体が震える。

 寒さではない―――これは、恐怖だ。

 何もなかった自分に意味をくれたDEMが、自分の信じていたDEMが死んだ。

 その事実が、真那の精神に深刻なストレスを与えた。何より、自分が殺されそうになったというのが……その理由が、自分はもう使えないと判断されたからだなんて。

 とても、耐えられることじゃなかった。

 

 

「真那ァ――――――‼」

 

 

 鼓膜が震えた。

 壊れたブリキのような動きで、真那は声の主に向けて首を動かす。

 五河士道。

 自身の持つロケットペンダントにある写真と瓜二つの少年。

 彼は見えない壁に両手をつき、懸命に叫ぶ。

 

「絶望するな‼ お前は今まで頑張ってきただろ⁉ だったら大丈夫だ、これまでも、これからも‼ お前は絶対に挫けない‼‼」

 

 不思議だ。

 彼は何も知らないはずだ。自分が時崎狂三を何度も殺してきたことも、精霊の存在も……。

 しかし、不思議と……彼はすべてを理解してくれていると思った。

 兄の存在が、壊れかけた真那の心を埋めていく。

 ああ、暖かい……この感覚を、真那はよく覚えている。

 即ち……生きている。

 彼女は今、心から生き返った――再び。

 

「……当ったり前じゃねーですか。真那はいつだって、全力全開でいやがりますよッ‼」

 

 少女は立つ。

 そして、向かう場所は――――戦場だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「真那……」

 

 真那は再び立ち上がった。それはいい、あそこまで落ち込むのは予想外だったから発破をかけたが、上手くいって何よりだ。

 もしかしたら時崎は、真那が再び立ち上がって戦うことを分かっていたのかもな。

 

「で、どうするの……?」

 

 その言葉に、俺は思わず黙り込んだ。

 相手は最強の魔術師。そう簡単に崩せる城ではない。真那と時崎が手を組んで戦っていても、戦力は五分五分……。

 

「うぐっ⁉」

「真那⁉」

 

 エレンの攻撃に吹き飛ばされた真那が、俺の前に聳え立つ壁に叩きつけられる。

 

「ぐっ、情けねーです。意気揚々と混ざってこのザマは……ホント、笑えねーです」

「だ、大丈夫か真那⁉」

「ええ、何とか……ただ、このままだとホントにまずいです、兄様……早く逃げないと」

「させません」

 

 突如。

 俺たちを守っていた見えない壁が、吸い込まれるように下にスライドする。

 それを認識できたのは、スライド音と、ひび割れが地面に向かって進んでいたのを見たからだ。

 だが、問題はそこではない。

 

「まずい……! 兄様‼」

「邪魔です」

「あがッ⁉」

「真那‼」

 

 俺を守ろうと立ち上がった真那が、エレンの蹴りを顔面に受けて吹き飛ぶ。

 彼女の小柄な体はサッカーボールのように飛び、壁を突き抜け外に追い出された。

 瞬間、銃声が響く。

 エレンは振り向きざまに剣を盾のように構え、銃弾を弾く。

 

「その程度の不意打ちで、私が倒せるとでも?」

「ハァ、ハァ、ハァ……ちっ、面倒ですわねェ……!」

 

 息を切らしながら、時崎がエレンを牽制する。

 その様子を……俺は黙って見ているしかできない。

 二人の少女が命を懸けて戦うのを、俺は指を咥えて見ているだけ。

 どうしてだ。本当なら、俺が最前線に出て戦わないといけないのに――!

 俺はいつも傍観者だ。霊力が封印できても、それを扱えない無能。だから俺は、あの時も二亜を守れなかった。今も、彼女たちが傷つくのを見ているしかできない。

 無意識に、そして意識的に強く拳を握る。戦いたい、守りたい……その気持ちだけが独り歩きしている。

 そんな俺の手を、背後から握る者が一人。

 本条二亜。

 俺を理解し、救えるであろう精霊の一人だ。

 

「二亜……」

「大丈夫だよ」

 

 彼女は安心させるように、俺に微笑む。

 何が大丈夫なのか、俺にはさっぱり分からない。

 

「キミの道はキミの想いが、願いが……必ず切り開く。その時を、今は待つんだ」

「待つって、言われても……がッ――⁉」

 

 いきなり、脇腹に衝撃を受けて壁に叩きつけられる。

 痛みを堪えながら自分が先程までいた場所を見ると……。

 

「二亜‼」

「うぐっ……!」

 

 二亜の首を片手で締め上げ、その首筋に刃を添えるエレンの姿が。

 まさか、時崎がやられたのか……⁉

 

「ま、だ……負けて、いませんわよ……!」

「ええ。しかし、この室内ではあの分身を出すには不向きでしょう。影の潜伏、不意打ちも既に完璧に対応させていただきました。負けはなくとも、貴女に勝ち目はありません」

「時崎!」

 

 ボロボロだった。

 霊装は綻びだらけ、体中傷だらけ。息も絶え絶えで、銃を持つ手が、力が入らないからか震えている。

 そんな状態になっても、彼女は立ち続けている。

 でも、俺は何も出来ない。

 

「先ほど貴方に喰らわせた傷が塞がっていますね。貴方も精霊なのでしょうか?」

「……ちげーよ、それより、二亜を離せテメェ……‼」

「ふむ、では……こうしましょうか」

 

 ズシュッ、という肉が貫かれる音がした。

 

「あ、がァ……⁉」

「二亜ァァァァァァァああああああああああああああああ――――――‼‼‼」

 

 穴が開いているようだった。

 二亜の脇腹から、生えるように剣が突き出ていた。一切の呵責なく、何の躊躇いもなく、エレンは二亜の脇腹を貫いたのだ。

 許せない。腹の底からマグマのような怒りが湧き出てくる。

 俺は痛みなど無視して立ち上がり、エレンに殴りかかる。

 

「それは要りません。私が求めているのは、貴方が天使を行使できるのか、否か。それだけです」

「ふざけ――」

 

 あまりにも身勝手な物言いに抗議する間もなく、俺の左目が裂かれた。

 激痛から苦悶の声を漏らし、俺は蹲る。

 

「少年‼」

「さて、次は貴女の左目を裂きましょうか」

「――ッ! ま、ちやが、れ……‼」

 

 立つ。立って、立ち向かう。

 目が熱い。しかし、痛みは柔らいでいる。再生するのを感じながら、ゆっくりと目を開け、俺は両目でエレンを見据える。

 

「やるなら俺にしろ……二亜に手を出すな‼」

「な、にを……何を言ってるんだ少年! そんなこと――」

「止めたいのなら、貴方が天使を出せばいい……安心してください、()()()()()()()()()。それは不味いので、ね」

 

 そう言いつつ、今度は首元に光の剣が添えられる。

 つ、と剣先に僅かに触れた皮膚が裂け、少量の血を流す。

 

「では、精霊は首を斬っても死なないのか、試してみるのも一興でしょう」

「待、て……‼」

「いざ」

「待てェェェェェェえええええええええッッッ‼‼‼」

 

 走る。

 だが、俺がエレンのもとに辿り着くより、二亜の頭と胴体が泣き別れする方が早いだろう。

 それを頭が理解し……瞳から涙が溢れる。

 嫌だ。そんなの嫌だ、絶対に嫌だ……‼ いくら霊結晶(セフィラ)がある限り死なないと言っても、そんな無残な姿になる二亜を見たくない。

 その、ほんのわずか一瞬の時。

 二亜が俺の方を見て……薄く、儚く笑った。

 

「やめろォォォォォォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ‼‼‼」

 

 俺は二亜に向かって手を伸ばし―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 五河琴里は、兄のベッドの上で目を覚ました。

 どうやら、兄を待ち続けそのまま眠ってしまったらしい。

 眠気眼を擦り、琴里は周囲を確認する。

 士道はどこにもいない。もうじき夜が明ける時間だというのに、家に戻ってもいない。

 琴里は脇にある枕を手に取り抱き寄せる。

 

「……おにーちゃん」

 

 寂しい思いを押し殺せず、琴里は兄の名を呼ぶ。

 駄目だ。どれだけ強がっても、心に穴が開いたような空虚な気持ちが押し寄せてくる。

 傍にいてくれないと、一人ぼっちにされると……とても辛い。

 

「――ッ⁉」

 

 バッ、と琴里が振り返る。

 視線は窓の奥、遥か彼方の空へと向けられる。当然、そこには何もない。

 ないのに……言いようがない不安が込み上げてくる。

 

「……お願い」

 

 神様がいるかは分からない。

 仏様が助けてくれるかは不明瞭だ。

 だから、今自分がその存在を確かに認識し、縋れるものに祈る。それが、自分の忌み嫌うものだったとしても。

 その名を、彼女は呼ぶ。

 

「〈灼爛殲鬼(カマエル)〉……士道を助けて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 振り下ろされるはずだった刃が、甲高い金属音を立てて弾かれる。

 その状態を、エレンは僅かに訝しみ……すぐに口元に笑みを作った。

 彼女の見据える先には、二亜を背にした俺が、()()()()()()()()()を構えている。

 

「これは……?」

 

 その困惑は俺の発した物だった。

 どうして俺の手に〈灼爛殲鬼(カマエル)〉が……? 確かに琴里の力を封印したし、これを使えるようにしたいと思ってはいた。だが、どうして今になって……。

 原因は分からない。何かのピースが偶然揃ったということだろうか。だとしても、それが何なのかは結局分からず仕舞いだ。

 けど、ありがたい。

 

「琴里……力を貸してくれ!」

 

 俺は〈灼爛殲鬼(カマエル)〉をエレンに向け、宣戦布告する。

 

「勝負だ……エレンッ‼」

 

 

 

 




あれ、真那ってこんなにDEMのことで思い詰めてたっけな?
それはそうとカマエル登場! 二亜編最初の特訓パートは伏線だったのか……


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妹が二人、あと漫画家の精霊がいる日常

前回、あと三話は続けると言ったな。
あれは嘘だ(茸並感)


「はぁぁぁあああああああああああああああああ―――ッッッ‼‼‼」

 

 雄叫びを上げ、俺はエレンに向かって斧を振り下ろす。

 バリンッ! とエレンの『随意領域(テリトリー)』がガラスのように割れた。

 少しだけ感心したような顔をしたエレンは、その威力を見極めるためか、敢えて剣で攻撃を受ける。

 瞬間、凄まじい圧力が掛かりエレンの足元が僅かに凹む。思い過ごしか、エレンの口元が苦し気に歪んでいる気がした。

 

「……な、るほど。大したパワーです……ですがッ!」

「――ッ⁉」

 

 エレンが剣を滑らせるようにスライドさせ、俺の攻撃をいなす。行き場を失った斧が地面に刺さる前に、俺は前転し体制を整える。

 上手い。戦い慣れているのを肌で感じる。今のは敢えて俺の一撃を受け、自分の身体能力が俺の天使にどこまで通用するかを測ったのか。

 しかも、俺が〈灼爛殲鬼(カマエル)〉を完全に使いこなせていないのを見抜き、この受け流し……。

 実際に戦うからこそわかる。エレンは……強い!

 

「ふっ!」

「ダラァ‼」

 

 光の刃が十字型に振るわれる。一瞬で二度の攻撃を重ねる技量は本当にイカレているが……。

 俺は気合の叫びと共に横一線に〈灼爛殲鬼(カマエル)〉を振るう。鈍い金属音と共に火花が散り、衝撃で互いに後方へ滑る。

 互角。いや、きっとエレンは手加減している。確かに琴里は時崎に競り勝つほどの再生能力と破壊力のある精霊だ。けど、俺がそれを十全に使いこなせているとは思えない。

 まだ見極めようとしているのか……。

 だが、俺にだけ注意を向けているのは慢心だぞ、最強――‼

 

「隙在りですッ!」

「――ッ⁉」

 

 壁をぶち破り、真那が外から介入してくる。

 あまりにも予想外だったのか、エレンは若干焦り気味に迎撃する。大雑把な攻撃は、真那の機動力には敵わず容易く躱された。

 上を取った真那が天井を蹴り、一気にエレンに向かって急降下する。

 エレンは体制を崩しながらも横に跳んで攻撃を避ける。

 そして、俺はその先で待ち構える。

 

「喰らえ‼」

「ぐぁっ⁉」

 

 斧の腹でエレンを叩き上げる。

 決まった。今のは素人目で見ても分かるほど完璧に決まった。俺がバッターならホームランを確信するほどの手応えだ。

 天井に打ち付けられたエレンが血反吐を吐き、重力に従って落下してくる。

 ……よし、何とかな―――

 

「………ぁぁあああああああああ‼‼‼」

「なっ⁉」

「くっ⁉」

 

 頭から落ちる瞬間、エレンが扇風機の如く高速回転。その風圧と目にも止まらぬ斬撃が肉体を切り刻む。

 血飛沫が舞う中、俺の体は壁を抜け外に追い出された。

 落下の衝撃で頭が回らない。視界が紅いのは恐らく、血が目に入ったのだろう。片目を閉じると、赤の色は消失した。

 と、背後に誰かが降りたつ音を聞いた。しかし、振り返ることはできない。

 既に冷たい感触を首元に感じる。間違いなく、エレンだ。

 

「ハァ、ハァ……やってくれましたね」

「……息が荒いな。疲れたのか?」

「舐めないでいただきたいですね。私が、貴方如きに……! ただの子供に、敗れるなど、あってはならない――!」

「……ウッドマンの方が強い癖に」

「⁉」

 

 生唾を呑む音が聞こえた。

 余程の衝撃だったのか、剣が震え、その影響で首元から血が伝う。

 

「な、ぜ……何故そのことを……! 貴方は一体、何者――⁉」

「……答える義理はねぇ」

「いいえ、答えなさい‼」

 

 肉が断たれる音がする。

 俺の右肩から血の噴水が発生した。

 カランコロンと〈灼爛殲鬼(カマエル)〉が音を立てて地面に転がる。

 

「あ、がぁぁ……ッ‼⁉」

「次は左を行きます。その次は足……いずれは首を刎ねるつもりですが、その前に答えなさい……!」

「……そうすれば」

 

 エレンは俺がウッドマンについて何故知っているのか意外に興味ないのか、俺が口にしようとする台詞と同じことを言った。

 

「「そうすれば、楽に殺して差し上げますよ」」

 

 エレンの声と俺の声が重奏のように重なる。

 

「……てか? 三下の吐く言葉だ。誰にだって読めるさ」

「……楽には死ねませんよ……!」

 

 俺が言葉を返すより早く、背中に痛みが走った。

 いや、正確には、痛みを感じる暇もなかった。気が付けば地面に倒れ伏し、右肩の傷口を覆う紫炎を眺めていた。

 再生能力が僅かだが弱くなっている。繰り返し再生したせいか、それとも体力が失われたからか。

 だが、この分なら右肩の修復だけは終わらせられそうだ。

 

「くっ!」

 

 銃声と共にエレンの気配が遠ざかった。

 視線の先に黒い靴を履いた少女が降りたつ。

 

「と、きさき……?」

「まったく、しっかりしてくださいまし」

「兄様、無事ですか⁉」

「…………おお、もうすげえ無事だ」

「いや右肩ねーですけど⁉ てか、その炎は一体……?」

「説明は後ですわ真那さん。……士道さん、二亜さんはすでに〈時喰みの城〉で保護しました。あとは貴方と真那さんだけですわ」

「私は貴様の保護なんか受けねーです! に、兄様がどうしてもって言うなら話は別ですけど……」

「真那、アイツ相手じゃ分が悪い。今回だけは時崎に協力してやってくれ……」

「任せてください兄様!」

 

 掠れ、消えてしまいそうな声で俺が言うと、手の平ドリルで賛同する真那。

 よかった。これなら全員逃げられるか。

 そう、安心した時だ。

 ドクン、と。俺の心臓が鼓動した。動悸の速度は徐々に加速し、胸が締め付けられるように苦しくなる。

 

「ぐぅ……ッ⁉」

「士道さん?」

「兄様⁉」

 

 轟‼ と勢いよく肩の炎が燃え盛る。先程までの弱々しさが嘘のような火力に、思わず舌打ちしたくなった。

 だが、これはまずい。〈灼爛殲鬼(カマエル)〉を使った戦闘が長引いた影響か、俺が使いこなせていないだけかは分からない。

 今俺は、〈灼爛殲鬼(カマエル)〉の副作用である破壊衝動に吞まれそうになっている。

 何とかしなければ……!

 と、俺の腕が綺麗に再生を果たす。見えないが背中の痛みが治まったので、そちらも回復したのだろう。

 立ち上がりながら、斧を手に戻す……無意識にやったが、斧の方を呼び寄せるとか何気に凄いな。

 

「仕方ない。逃げるしかないか」

「賢明ですわね。しかし、どうしますの? 影に逃げる暇も与えてくれそうにありませんですが……」

「与えてくれないなら、こっちで創るしかない。俺が殿をする。時崎、頼むぞ!」

「兄様! 真那も加勢に――ってうわッ⁉ は、離せ時崎狂三ィ――――‼」

 

 真那の叫びが遠ざかっていく。

 どうやら、彼女の保護は終わったらしい。しかし、一瞬そこに意識を割いた隙に、エレンが目前まで迫っていた。

 打ち合う二つの刃。火花を散らし、互いに譲らない一進一退の攻防。

 パワーでは今のところこっちが上。だが技術では圧倒的に負けている。どれだけ撃っても、エレンと言う城を崩せそうにない。

 だが、互角で戦えるなら……俺達の作戦勝ちが出来る!

 

「そうは……いきません‼」

「何ッ⁉」

 

 突如、エレンに襟首を掴まれ、上空に投げられる。

 しまった……! ここからじゃ時崎の影に潜れない……ッ! アイツ、俺だけは逃がさないつもりなのか……!

 真下からエレンが滝登りしているのかのように上昇している。無論、標的は俺以外いないだろう。

 

 ……いや、これはチャンスだな。使うか、()()を。

 俺はエレンに対し斧の先端を向ける。

 

「無駄です。一定の距離を保った後、貴方の肉眼でとらえられない速度で接近すれば良いだけのこと‼」

 

 俺が近づいたところを攻撃するつもりと読んだのか、エレンがそんな的外れなことを抜かした。

 そこで、回り込んで俺を殺そうという考えを浮かべないのは、余程俺を舐めてるんだなってのが伝わってくる。

 だが、それでいい。今はその慢心だけが、俺の求めるモノだ。

 

「エレン! 行くぞ‼」

「――っ?」

 

 戦斧が変形する。

 本体の根の部分が腕部に装着され、巨大な大砲のような形を形成した。

 砲門にはすぐさま膨大な熱量が圧縮され、赤や黄色を通り越し白い輝きを放っている。

 最大火力……これで死んだら、墓くらいは作ってやるよ、エレン……ッ!

 

「〈灼爛殲鬼(カマエル)〉―――――【(メギド)】ォォォォォォォ―――――ッッッ‼‼‼」

 

 炎が解放される。

 俺の叫びを開門の合図とし、膨大な熱エネルギーが魔術師に向けて放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 灰燼と化す地表。

 まるで隕石でも落ちたかのようなクレーター。

 中心に行くほど深い穴のそれは、所々に火が燃え盛っていた。

 その中心に、一人の女が寝そべっていた。

 いや、正確には寝ていたのではない。彼女はつい先ほどまで、気絶していたのだ。

 ノルディックブロンドの女……エレン・メイザースは、周囲を確認し、目標を全て見失った(ロスト)したことを認識すると、連絡を取るために耳元に手を当てた。

 

「……申し訳ありません、アイク」

『謝る必要はないよ。面白いものが見れたしね』

 

 耳元の通信機から男の声がした。

 何故か男は海外にいるはずなのに、自分たちの動向を見てきたように言うが、エレンはさして気にすることもなく話を続ける。

 

「ですが――」

『構わないよ。ああ、彼らを追うのも無しだ。そうだな……あと五、六年ほどしたら、もう一度追いかけ回すのもいいかもしれない』

「……了解しました。では、生き残りのメンバーを回収し次第、帰還します」

『そうしてくれ。幸い、()()()()()()()()()みたいだしね』

「……」

 

 電子音と共に通信が切断される。

 エレンは僅かに違和感を抱いた。確かに、あの最後の一撃は凄まじい物だった。まともに喰らえば、下手をすれば命すら危うかった。

 だからこそ、言える。()()()()()()()()()()()()

 不思議だった。あの時、自分が攻撃を認識した瞬間には、既にエネルギー砲は目と鼻の先だった。

 躱す余裕などなかったし、自分の『随意領域(テリトリー)』をもってしても防げない一撃だった。

 なのに、生きている。気絶したのは、死を悟った故の意識放棄。断じてダメージではない。

 

「……まさか、何者かが介入を……? しかし、あの一撃を防げるほどの存在……まさか」

 

 では、彼もそれを知って……?

 エレンの頭にそんな考えが浮かび……小さくため息をつく。

 

「……可能性の域を出ませんが、間違いないですか。何故そんな無意味なことをしたのかは分かりませんが……ええ、いいでしょう」

 

 エレンの目には、復讐に燃える憎悪が宿っている。

 遥か彼方を見据え、彼女は呟いた。

 

「今回は運がよかったようですが、次はこうはいきません。五年後……その時こそ、貴方を殺してみせましょう。……シドウ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん?」

 

 窓から差し込む光に起こされ、俺は目を覚ました。

 欠伸をし、辺りの様子を確認する。俺の部屋、俺のベッド……間違いなく、俺の家だ。

 帰ってきたんだ、この家に。

 たったそれだけのことが、とても感慨深く、尊い事のように思えた。

 

「オラァ‼」

「ぐぼらぁ⁉」

 

 しかし、平穏は突如終わりを告げる。

 そこには凄まじく悪い顔をした我が妹である琴里が、俺の腹を踏みつけにしていた。

 

「ちょ、待っ……マジで死ぬゥ……!」

「フハハハハ‼ 深夜帰りどころか朝帰りの不良おにーちゃんにはこれが良い薬だとおかーさんも言ってたぞ!」

「うっそだろ……親公認とかマジふざけんな」

「喰らえ必殺五月雨(さみだれ)蹴り‼」

 

 地味にセンスのあるカッコいい名前で俺に容赦ない踏みつけを行う我が妹をベッドから放り出す。

 

「うわー!」

「ったく、お前ってやつはよー……」

「ぶー……だって、おにーちゃん、昨日帰ってきたらすぐ寝ちゃったじゃん」

 

 ……確かに、そうだけど。

 ゆっくりと、昨日のことを思い出す。

 そう、俺は見事に朝帰りを果たしてしまった。中一にも拘らず、だ。当然親はガチギレ。しかもその上、俺の衣服がボロボロだったりしたのが災いし、説教は一日中続く……かに思われたが。

 俺が疲れで気絶してしまったせいか、そこから先はあまり覚えていない。因みに、二亜と真那も一緒に帰ったのだが、どうなったかはまだ知らない……。

 そうだ! 二亜と真那だ! まだ何も説明してない……いや、最悪二亜は誤魔化せる。無理っぽいけどワンチャンある。けど、真那はヤバい……!

 真那と五河家は友人関係にあった。下手をしたら何か面倒なことになっているかも……。

 

「むん」

「いや、むんって……」

 

 何故か琴里は両手を無言で差し出し、頬を赤らめながら何かを待つような仕草をする。

 ……数秒考えた後、ため息をつく。彼女の求めているものを、何となく理解したからだ。

 俺は彼女の意図を汲み取り、琴里は抱き寄せ、頭に手を置いた。

 

「ありがとな、琴里。……お前に、何度も助けられた」

「……えへへ」

 

 えへへって。滅茶苦茶可愛いなこいつ。

 と、バンッ! という音を立て俺の部屋の扉が開かれた。

 扉の奥には、何故か俺の親の衣類を着た二亜と、琴里の私服を着た真那が待ち構えていた。

 

「……ふむ、少年は近親相姦マニア、と」

「に、兄様……!」

「いや待て、ホント待て‼ お前何トンデモナイこと口走ってんだ‼」

「きんしんそーかん?」

 

 琴里が無知な感じで俺に小首をかしげている。いや、本気で分からないんだろうけどこのあざとさがまた……!

 じゃなくて!

 

「つか、なんでお前ら普通に我が家になじんでるの⁉」

「そりゃ、家族会議(士道抜き)の結果、あたしらの居候が決まったからね」

「です」

「なんでさ⁉ いやそっちの方がいいんだろうけど!」

 

 まだ琴里は〈ラタトスク〉の司令やってないし、精霊マンションがないから仕方ない事だろうけど。

 すると、二亜が俺の耳元で何があったかを説明してくれた。

 

「(うん、実はさ……真那ちゃんがキミのお母さんの昔の友人にとても似てるってことで、変なシンパシー感じたキミのお母さんが居候してもいいよって。あたしは漫画家だし、働くならいいよって)」

「(その話に違和感ゼロなの⁉)」

「(流石のあたしもビビった。多分記憶操作されてんじゃない? キミと実の兄妹って言っても、何か違和感感じてなさそうだったし)」

 

 あ、やっぱり記憶弄られてる臭いのか。

 まあ流石に昔の友人と似てるのに何も言わないし、しかもソイツ死んでるはずなのに似てるやつ見ても何も思わないなら、消されてるって考えるのが自然か。

 

「ほら兄様! もうすぐ昼ご飯の時間でいやがりますよ!」

「ちょっとマナ! おにーちゃんの妹はわたしなんだからね!」

「実の妹の方がつえーに決まっていやがりますよ!」

「どう見てもアンタの方が年上じゃない‼」

 

 ……うん。そうなんだよ、俺は中一で、真那の見た目の年齢は琴里よりも上。無論俺よりも上。原作だと、琴里と2㎝違いだった。

 ……なんで違和感ないんだろうな。ロケットだって不自然だろうことはすぐわかるはずなのに……いや、あの親、結構能天気なとこあるからなぁ。

 

「先行っててくれ二人とも。あとで行くよ」

「分かりました兄様」

「早く来てよねおにーちゃん。あっ、おかーさんたちがあとで話があるって言ってたよ」

 

 バックれるか。

 二人が部屋を出るのを確認しながら、俺はそっと扉を閉じる。

 部屋には俺と二亜の二人だけ。無論話す内容についても一つだけだ。

 

「で、どうしたんだい少年?」

「……その、お前はどうしたい?」

「……精霊の力を封印するかどうか、ってこと?」

 

 ……俺は静かに、二亜の言葉に頷く。

 そうだ。俺はまだ彼女に封印を施していない。このままではいずれASTに霊力を観測され襲われるかもしれない。

 しかし、無理に彼女の唇を奪っていいはずがない。俺に対する好感度も分からない……。だから、迂闊には手が出せない。

 

「ハァ……少年ってさ、結構鈍感だよね? そう言うトコまで主人公なんだ」

「えっ、と……どう言う意味?」

「ん~? つまり、ね」

 

 突然、二亜は霊装を身に纏った。

 その行動に首を傾げる俺を尻目に、スっと物音ひとつ立てず俺のすぐ近くに寄ってくる。

 急に近づく彼女の顔を避けるように、俺が無意識に身を引くが……彼女はそれ以上に俺に顔を近づけ。

 

 あっさりと、俺と唇を重ねた。

 

 途端。

 彼女の体から霊装の光が消えていく。

 封印が完了した合図だ。

 

「に、あ……?」

「ねえ、()()。聞いてほしい事があるんだ」

 

 普段の小悪魔のような笑みは鳴りを潜め、うら若い乙女のように頬を染め……しかし、何処か向日葵のような雰囲気を纏った笑みを見せ。

 二亜は精一杯の告白を俺にした。

 

 

「あたしさ、初めて三次元に恋をしたんだ」

 

 

 




一応捕捉しますと、崇宮家に関する記憶が消されてる設定なのはこのssだけです。公式ではないので、あしからず
てか、エレンが質の悪いヤンデレ見たくなってるんだが……気のせいだよな? こいつはアイザックにゾッコンだよな?















しかし、恋愛って難しいですね。こればっかりはどれだけラブコメ読んでもちゃんとしたもの書ける気がしねーや。
違和感が多少あってもスルーしてくだせい。私の力量不足なんで


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俺はある日、カエルと出会った

カエルというデアラだと割と不穏なワード。一体誰のせいなんだ……。
あっ、今回はいつもより短いです。導入なんでね。あとギャグ回です、苦手な人はブラウザバック推奨です


「なんだこれ?」

 

 それは、俺が中学二年生に進級した時のことだった。

 あの事件……というか、バカ騒ぎから一年が経過していた。

 二亜とはあのキスの後ちょっとだけ気まずくなったけど、今では取りあえず普通の生活に落ち着いている。

 えっ、据え膳食わぬは男の恥? いや、だってさ……あれだよ、俺もいきなり告られると思ってなかったし……その、嬉しかったけど、さ……?

 いやいやいや! 別に俺はそう言うの目的でデレさせてる訳じゃないし! た、ただ! ただだよ⁉ 俺はそのぅ……ほら、えっと……そうだ!

 二亜が心配だったし! えっ、そう言うのいいからさっさとやること済ませろ? なんてこと言うんだ! 俺は中学二年生だぞ‼

 ……何やってんだろ、俺……。

 

「……ハァ」

「ゲコ」

「……お前もお前で何なんだよ……ハァ」

 

 カエルだった。

 緑色に体色。つぶらな瞳。時たま口からはみ出る長い舌。

 何処をどう見ても、カエルだった。

 

「……えっ、怖っ。なんでこいつ野生なのにこんなに大人しいの? 怖いんだけど……」

 

 どう見ても普通のカエルじゃないのは一目瞭然だった。

 しかし、どうしたものか。

 いつの間にかカエルは俺の腕を伝い、肩に上り、まるでそこが定位置であると主張しているかのように俺の脳天に上った。

 ……うん、普通じゃない。このカエルは絶対に普通じゃない!

 

「……やってみるか」

 

 天使の力を使う時が来た。

 無論、〈灼爛殲鬼(カマエル)〉ではない。そんなもの出しても全く意味がない。

 俺が呼び出すのは、もう一つの天使。

 即ち。

 

「来い、〈囁告篇帙(ラジエル)〉」

 

 途端、俺の右手に光が溢れる。

 僅か数秒で止んだ光の中には、一冊の書物があった。

 これが〈囁告篇帙(ラジエル)〉。その能力は至って単純、超々々高性能検索エンジン。この世界で知りたいことはすべて知ることが出来るというアカシックレコードそのもの。

 無論、俺はこれを悪用することはない。それは二亜に対する侮辱だ。なので、こうやってどうしようもない時だけ使うことにしている。

 

「ええっと、何々……は?」

 

 そのカエルについて書かれた項目を見て、俺は言葉を失った。

 

「……最悪」

 

 俺は途方に暮れた。

 とんでもない厄ネタを拾ってしまった。こんなのは即刻処分したい……けど。

 

「……正体を知ると下手に手を打てないんだよなぁ」

 

 存在するだけでここまで厄介となると、流石の俺も辟易する。

 いや、マジでどうしようかコイツ……放置したいけど、マジでそのままにするのは不味いよなぁ。

 

「……仕方ねえ。探すか」

 

 覚悟を決め、俺はカエルを連れて立ち上がった。

 目的地は〈囁告篇帙(カーナビ)〉が教えてくれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……えっと、多分この辺だよな」

 

 ナビに従ってやってきたのは、寂れた遊園地だった。

 もうすぐ閉園することが決まったせいか、人っ子一人いない。きっと、こんなとこに来る物好きは俺くらいだろう。

 俺はこの場所で、目的の人物を探す。

 

「あのー! すいまっせん-! 誰かいらっしゃいませんかー?」

「あらぁ? 珍しいわね、こんな寂れた場所に来る物好きさんは」

 

 あれま。呼んだら割とすぐに出てきてくれた。よっぽど暇だったのだろうか。

 俺に声を掛けたのは、まるで魔女のような女性だった。

 艶やかな緑色の髪に翠玉の瞳をしたグラマラスな二十代の容姿に、整った顔に浮かぶ妖艶の笑みは、まさしく魔性の女と言った風貌だった。

 彼女の名は七罪。本名鏡野七罪(きょうのなつみ)で、識別名〈ウィッチ〉。つまり、精霊だ。

 カエルの正体を知った時点でまさかとは思っていたが、やはりもうこの時点では精霊だったらしい。

 

「坊やみたいな子供が一人で何をしに来たのかしらぁ?」

「あー、そのですねー」

「? 歯切れが悪いわね、何か隠し事?」

「あー……はい、決心しました。……届け物にきました」

「は? 届け物……?」

 

 ………………うん、凄い気が引ける。

 ストレスで反転するんじゃあないかこれ? もしかしたら、俺ヤバいことしてるかもしれないぞぅ……。

 

「はい、これ……」

「これは……蛙? これが届け物……?」

「えっと、その……言い難いんですけど、これ……()()()()()です」

「――――ッッッ‼⁉⁇」

 

 ボンッ、と俺の言葉に心底仰天した七罪は、反動で変身が解けてしまった。

 本来の姿である、手入れのされていないボリューム感のある緑色のロングヘアに、翡翠の色の瞳を持つ細見の少女が姿を現した。

 自分が元の姿に戻ったことすら忘れ、ガタガタと震えながら七罪がカエルにゆっくりと手を伸ばす。

 

「か、カエルが母親……? は、はは……そう。言われてみれば納得ね、道理で私みたいな汚くてみすぼらしい女が存在してるはずだわ……」

「いや、そう言う意味じゃなくて……」

「あ、ありがとうね……ちょっと衝撃だったけど、十分に納得のいく展開だわ。うん……流石にビックリしたけど――」

「いやそうじゃなくて! これは元人間なんです!」

「へ?」

 

 そう。このカエルについて調べた結果、彼女の母親であることが分かった。

 尤も、その経歴はあまりにも劣悪。とても同じ人間とは思えない所業を繰り返していた。

 自分の娘には一切の教育を行わず、夫からは金を毟り取り、金蔓が死んだら娘に売春させようとする。まさしく吐き気を催す邪悪だ。

 それでも、だ。

 七罪は心の何処で望んでいたのだ。母親に愛される自分を……当たり前のように、子どもとして愛される自分の姿を……当然のように愛してくれる母の姿を。

 だから、連れてきた。

 もしかしたら、このカエルは何も変わっていないのかもしれない。正直、その可能性か、カエルになったショックで人間の人格を失ったか、記憶を失ったかだ。

 これは俺の立てた推測で、〈囁告篇帙(ラジエル)〉で実際に確認したわけではないので分からない。

 なので、かなり分の悪い賭けだ。下手をしたら、七罪が反転してしまう可能性すらある。

 

「……君の天使の力でカエルに変えられた、君のお母さんなんだ」

「……嘘」

 

 呆然と、信じられないとばかりに七罪が目を見開いて言う。

 そりゃあそうだろう。自分が母親をカエルにしたなんて、とても信じられるものじゃないし、信じたくもない。

 けど、事実だ。もう事実なんだ。

 

「君の天使の力で変身させられたなら、元に戻せるはずだ」

「……そもそもよ」

 

 七罪は肩を震わせながら俺を指差し、

 

「そもそも! なんでアンタがそんなこと知ってんのよ⁉ おかしいでしょ⁉」

「俺も天使を持ってる」

「なっ――⁉」

 

 あっけらかんと言い放った俺に、七罪は言葉を失った。

 畳みかけるように、俺は次々と捲し立てる。

 

「お前がこの人にどんな感情を抱くのかなんて分からないし、無責任だと思う。だから、もし心が傷ついたら俺を殺せ! カエルだろうが何だろうが、好きなものに変えて踏みつぶせ! 俺はそれを甘んじて受け入れる。だから頼む! この人を……元に戻してやってくれないか?」

「……なんで、アンタがそこまでするのよ……? 意味わかんない……私の姿を見ても何も言わないし」

 

 えっ、あっ、知ってたから普通に忘れてた。

 

「えっと、可愛いよ?」

「はぁ⁉ 嘘ついてんじゃないわよ‼」

 

 疑問形になったことにはツッコまないんだな。

 

「わ、私が可愛いわけないでしょ! さっきの大人の姿ならともかく、こんなチビッ子がそんな……‼」

「まあ俺もチビッ子だしな。ストライクゾーンもばっちり入ってるぞ」

「……そういやそうだったわね」

 

 俺の見た目が自分と同じくらいであることに納得したのか、七罪は呆れ顔で納得した。

 

「……でも、信じられないわ。私が母親を……その、カエルに変えるなんて」

「ダジャレ?」

「〈贋造魔女(ハニエル)〉‼」

「すみません」

 

 神をも射殺さんばかりの鋭利な殺気を向けられ、俺は流れるようにスリッピング土下座を繰り出す。

 あ、スリッピング土下座と言うのは、空中で高速回転し、額両膝両手を地面につけ、心身深く謝罪する俺の奥義だ。最近編み出した。

 

「……とりあえず、戻してみるわ。言われてみれば、僅かだけど私の霊力の残り香を感じるし」

 

 ……さて、と。

 ここからが本題だ。

 ポン、と言う軽快な音とともに、俺の頭に乗っていたカエルが煙に包まれる。

 その瞬間、俺は頭に凄まじい圧力を感じ、顔面が地面に埋まった。

 

「なっ……」

 

 何となく、七罪が言葉を失っているのは分かった……というか。

 

ほげ(どけ)て! ほげぼべで(これどけて)!」

「あ、ああ……悪いわね、今退かすわ」

 

 頭から重りが無くなるのを感じ、俺は地面から顔を上げる。

 ……いた。

 七罪によく似た緑色の髪。少し瘦せこけた顔は、病気を患っているのではと思わせるほど顔色が悪い。

 身長は平均の成人女性より幾分か小さめ……しかし、最も衝撃だったのは。

 

 

 何故か、この人は全裸だった。

 

 

 ……………………………………………………………………………???

 

「アイエエエ⁉」

「ちょ、何見てんのよ変態‼」

「ブべッ⁉」

 

 なんでさ。

 思いっきり殴り飛ばされた頬を擦りながら、俺は壁を支えに起き上がる。

 

「……ってか、何で全裸なんだ?」

「何でもう動揺一つしてないわけ⁉」

 

 いやー……コイツの経歴知ってるとどうにも興奮出来ないというか……。

 凄いな、ガチクズキャラって抜かれることもないのか。

 って、やばいな、下ネタ多いぞ今日。

 自重自重。

 

「……まあいいわ。……多分、カエルになった時、衣服は含まれなかったんじゃない? だから――」

「あー、なるほどな。大体わかった」

 

 よくあるやつだな。

 俺はこんなこともあろうかと着ていたジャケットを脱ぎ、母親に着せる。

 にしても、こいつマジでどうしようか……流石に家に連れ帰ったら両親が殺しに来るかもしれないな。いや、ワンチャン琴里や真那、下手すれば二亜も混ざるかも……。

 

「というか、この人の名前は……ふむ」

 

 鏡野……死名(しいな)……これでどうやって『しいな』って呼ぶんだよ……。

 明らかに考えたやつは中二病だな。それか痛い妄想から抜けられないおっさんみたいな奴だ。

 ……なんか、次元を超えた場所で誰かが傷ついてる気がする。

 

死名(しいな)……とりあえず、この人を家まで届けるか」

「家? 知ってんのアンタ……?」

「お前の家でもあるんだが……とりあえず検索エンジン掛ければ一発だ」

 

 俺の話の内容が理解できないのか、七罪は小首を傾げるだけだった。

 

 




前回までとの温度差ェ……。
あ、七罪の母の名前はオリジナル設定です。独自解釈です。……士道君のツッコミが心に刺さる。


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反転

大変長らくお待たせいたしました!(土下座)
リアルが死ぬほど大変で……今後もこう言うことが多発すると思うので、長い目で見ていてくださいお願いします三百円上げるからぁ!
なお、あげるとは言ってない。
そういうわけでいきなり不穏なタイトルと共に開始!


「ふぅ~ん。つまり、アンタには精霊の持つ霊力を封印できる力があって、その関係で既に二人の精霊の力を封印していて、その天使の能力も扱えて、たまたまアンタのとこに来たお母さん? を、天使の能力で態々見つけて、義理立てして連れてきて、あわよくば封印しようって魂胆ね」

「……不信感凄いっスね」

「当然でしょ。どうせ封印の目的だって、私のことが邪魔だとか、迷惑だからとか、そんな風に思ってんでしょ?」

 

 う~ん、分かっちゃいたが随分卑屈だよなこいつ。

 死名(しいな)さんを背負って鏡野家に向かう俺は、道中でこれまでの経緯を七罪に説明していた。

 

「別に邪魔ってわけじゃないんだがなぁ……」

「いいのよ気を使わなくても。私なんて……生みの親をカエルに変える親不孝なんだし……」

 

 それは別に正当防衛だしなぁ……あとまたダジャレ言ってる。

 

「……着いたぞ、ここだ」

「へぇ……なんか、随分ボロくない?」

 

 七罪の言う通り、目の前に聳え立つ一軒家は、壁のあちこちにつるが巻き付き、コケが生え、ギシギシと不快音を立てている。

 これ、下手すりゃ今にも崩れるんじゃないか?

 

「……まあいっか」

「よくないわよ⁉ くっ、こうなったら……〈贋造魔女(ハニエル)〉!」

 

 七罪が右手を翳すと、鏡のような物が取り付けられた箒が召喚される。

贋造魔女(ハニエル)

 鏡野七罪の持つ天使であり、その能力は、生物・非生物問わずあらゆる存在を、取り付けられた鏡から発せられる光に当てることで変身、変化させることが出来る。

 また、鏡の中に対象物を閉じ込めるという能力も有している。

 もう一つの能力として、【千変万化鏡(カリドスクーペ)】という、性能こそ劣化するが、他の天使に変化させ、その能力を行使できるようになる。

 うん、平たく言えば某型月の投影魔術ですねはい。

 で、そんな素晴らしい天使を取り出して七罪が行ったのは……。

 

「……勝手に改築して大丈夫なのか?」

 

 家の修理。

 正確には、ボロボロの家を、新品同然の綺麗な家に造り替えたのだ。

 

「別にいいでしょ。さっ、さっさと中に入るわよ」

 

 ……何故か七罪は家の塀を乗り越えて中に入ろうとする。

 

「泥棒みたいだからやめない、それ?」

「……だって、鍵無いし……正面から入るの緊張する……」

「えぇ……まあいっか」

 

 七罪は〈贋造魔女(ハニエル)〉でガラス窓を人形に変え、ささっと中に入っていく。

 俺は七罪に続いて不法侵入を開始した。

 ――いや、ここは七罪たちの家だから不法侵入にはならないのか?

 まずいな、定義が曖昧だ……もっと法律の勉強しておくべきだったな……!

 

「……とりあえず、このソファに寝かせておくか」

「オッケー。一応私が看病するわね」

「――ッ⁉」

 

 驚愕のあまり、俺は七罪を二度見してしまった。

 どういうことだ? 七罪はもっと引っ込み思案だし、そもそも常にネガティブ思考をしていて普段の会話すら面倒なはず。

 しかし、ここに来るまでに彼女がしたネガティブ発言はほんの数回。これではただのちょいネガティブな可愛い女の子ではないか!

 

「……元からそんなんか」

「今何か失礼なこと考えなかった?」

「えっ、いや、そんなことは……」

「あっ、私の存在が失礼だったわねごめんなさい死にます」

「死ななくていいです! あ、死名さんよろしくな! 俺は飯作るから!」

「えっ、ちょっとー⁉」

 

 実は俺、最近料理を練習している。何故か誰も俺が作った料理を食べたがらないのだが……。

 ……よろしくとは言ったものの、何をするべきだろうか。俺はキッチンへと足を運びながら思案する。

 実はすでに食材は買い揃えてある。

 で、飯を作るのはいいとして、だ……七罪の霊力封印、これは相当難しい問題となるだろう。

 母親である鏡野死名との関係も改善するべき……というか、したい。これに関しては俺のエゴだが、下手を打てば七罪が反転する可能性もある以上、やるしかないだろーな。

 あー、もうホント……やること多いな。

 まあ、全部俺が自分で勝手にやってくることだし、文句言うのも筋が違うか。

 そんな風に考えていると、手元で焼きそばが出来上がった。

 ……なんか、ちょっと黒いな。

 俺は味見の為に一口、焼きそばを運ぶ。

 

「……うん、いけるな」

 

 やはり美味い。

 こんな美味い物を作れるようになるなんて、流石は五河士道だ。

 俺は出来上がった焼きそばを二人のもとに運ぶ。

 

「どうだ、起きそうか?」

「うぅん、なんかさっきから魘されてるっぽいのよね」

「えっ」

 

 俺は慌てて死名さんの顔を覗き込む。

 額にはびっしょりと脂汗が流れ、顔色は青を越えて蒼い。もはや病気を疑うレベルだ。

 と、俺達が心配していると、死名さんが寝言を呟きだした。

 

「うっ……だ、だめ……食べないでくださいお願いしますぅ」

「ひぇっ」

 

 素でビビった。

 この人まさか、カエルになった時の夢でも見てんのか? 相手は鳥か蛇かそれとも……。

 考えるだけで身の毛がよだつ。どんな壮絶な人生を送ってきたのだろうか……もはや哀れみすら感じた。

 

「おーい、起きろコラー。鼻から焼きそば食わすぞてめー」

「うっわアンタ最っ低」

「そこまで言われること?」

 

 マジ引くわーとでも言いたげに、身を引いて侮蔑の視線を俺に突き刺す七罪。

 まさか七罪にそんな目で見られる日が来るとは思わなかったぜ。

 ………………。

 …………。

 ……。

 

「う、うぅん……?」

 

 それから数分後。

 ようやく死名さんが目を覚ます。

 彼女は半開きの目で周囲を見渡し、()()()()()()()()()()()()()()の姿を見て悲鳴を上げた。

 

「あっ、起きた」

「ひっ、し、死んでる……?」

「いや生きてますよ。……でも、いまいちなんで気絶したのか分かんないですよね。俺の飯が美味すぎたのかな……?」

 

 すると、死名さんは今度は机に置かれた俺の焼きそば(ちょっとしか減ってない)を眺め、ぼそりと呟いた。

 

「不味そう」

「―――ッッッ⁉⁉⁉」

 

 たった一言。

 そのたった一言に、俺は衝撃を受けた。

 不味、そう……? そ、そんな馬鹿な……俺の料理がまずそう、だと……?

 ……そうか、確かに……この色、普通じゃないもんな。……………………そっか、俺、料理できないんだ……。

 

「……ありがとう」

「何が⁉ えっと……その、頑張って?」

「うん。うん……アンタ、いい人だな」

 

 色々と傷心していた俺が若干半泣き気味に言うと、死名さんは僅かに目を伏せ、

 

 

「……違う」

 

 

 そう、言った。

 

「……違うって、どういう……?」

「わたしは……最低な人間だよ」

 

 ……。

 死名はそれが当然であるかのように自嘲気味に笑い、

 

「……()()

 

 己の娘の名を呼び、頭にそっと手をのせる。

 その――俺が知る人物とのあまりの乖離に、言葉を失った。

 人はこんなにも変わる物なのかと、感銘を受けた。

 彼女は今―――本心から、七罪のことを想っていた。そして、己の所業を蔑み、後悔していた。

 それらはすべて……この〈囁告篇帙(ラジエル)〉が正しく示している。

 

「……変われるんだな、人って」

「?」

「……いや、気にするな」

 

 すると、死名さんは薄く笑いながら、

 

「……変わった、か。確かに、わたしは変わったよ。前の自分が見たら殺しに来るんじゃないかってくらい。……でも、それでわたしのやったことが消えるわけじゃない」

 

 と、自分に課せられた罰を懺悔するように呟いた。

 …………。

 ……そ、うだ。そりゃあ、そうだ……。

 既に起きた事は、過去を変えたって無くならない。なかったことになんて、できない。

 そして、それは俺にも言えることだ。

 俺が今の俺になって……でも、せめてもの罪滅ぼしにと精霊を救う決意をした。実際に二人、救えた。

 でも、それで俺が一人の人生を奪ったことには変わりない、のか。

 ……俺は、どうやったらこの罪から逃れられるんだ……?

 

「……正直」

「――ッ⁉」

「……七罪?」

 

 俺たちが葛藤していると、いつの間にか目を覚ました七罪が話しかけてきた。

 というか、もしかしたら最初っから起きてたのかコイツ……?

 

「私はさ、アンタに何されたかなんて覚えてないし、アンタが私の母親だってのもちょっとだけ信じらんないんだけど……」

 

 それでも、と。

 七罪は、少しだけ照れ臭そうに頬を染め、そっぽを向きながらしどろもどろに言う。

 

「……今の、ちょっと……嬉しかった」

 

 不器用ながらの、感謝の言葉。

 もとより、七罪は家族の……母からの愛に飢えていた。そんな彼女の望む物が、例え忘れていたとしても、与えられたのだ。

 嬉しいに決まっている。

 しかし、そんなことを露ほども知らない死名さんは、むしろ罪悪感に表情を歪ませる。

 

「や、めて……そんなこと、思ってるはずがない……‼ アンタが……わたしを……‼」

「……ねえ」

 

 頭を抱えて、逃げるように蹲る死名さんに……七罪は、赤子をあやすように抱き寄せる。

 

「もう一度、やり直そう。家族ってやつを、さ」

 

 ハッと死名さんは顔を上げる。

 

「……ど、うして……アンタは、わたしを……」

()()()()()()

「そんなこと、あるはずが……ッ‼」

「あっていいの」

「都合が良すぎる……‼ 絶対にダメ、アンタはわたしのとこにいても、不幸になるだけなのよ‼」

「それは違う」

 

 えっ、と呆けた声が洩れた。

 七罪は確固たる意志を持って、死名さんの言葉を否定する。

 

「私は不幸になんてならない、確信がある……! 私たちは……絶対に、やり直せるの。だから――」

 

 ぽたっ、と雫が地面で弾ける音がした。

 気が付けば、七罪は大粒の涙を両の目から流し、泣きじゃくる子供のように顔をくしゃくしゃにして抱き着いた。

 

「もう、いなくならないでぇ……‼ 今度こそ、私を愛してよ――――‼」

 

 その言葉は。

 死名さんの心を穿つには、十二分だった。

 

「本当に……わたしでいいの?」

「……うん」

「……また、酷いことするかもしれない……もしかしたら、今度こそアンタを……」

「しないよ」

 

 死名さんの何か言い訳染みた弁論を七罪は瞬時に切り捨てる。

 七罪は満面の笑みを浮かべ、

 

「だって……こんなに暖かいんだもん!」

 

 その言葉に余程衝撃を受けたのか。

 少しの間、石像のように固まる死名さん。

 しかし、直ぐに正気を取り戻し、一言呟いた。

 

「……うん、そう、だな。……暖かい」

 

 

 

 

 

 

 

 最高の結末(ハッピーエンド)

 驚くほど幸せな結末だった。悪意のある障害もなく、二人の母娘は和解し、幸せを歩むだろう。

 だが。

 それが簡単に許されるほど、この世界は甘くない。

 ――この世で最も非情で残酷な世界が、動く。

 

 

 

 

 

 

 それは、突然のことだった、

 二人の(わだかま)りが解け、新しい一歩を踏み出す。

 ……少なくとも、俺はそうなると思っていた。

 それは、ほんの刹那の間だった。

 視界が眩い白光に包まれ、視界が奪われる。

 次に俺が目を開いた時、そこには―――。

 

「う、うぅぅ……ッ‼」

 

 苦し気に顔を歪め、頭を抱え蹲る七罪の姿が。

 突如苦しみだした彼女に呆気に取られ、死名さんは呆然としている。

 だが、即座に彼女の異変を察した死名さんが七罪に駆け寄る。

 

「おい七罪‼ どうした急に――」

「ひっ!」

 

 離れた。

 七罪はまるで、化け物を見るような目で死名さんを見て、怯えている。

 その様子に、死名さんは何も言えなくなってしまった。

 

「あ……あ、ああああ―――!」

 

 すると、七罪がとんでもない事をしでかしてしまったかのように嗚咽を漏らし。

 絶叫を上げた。

 鼓膜が破れんばかりの叫び、流石に俺も死名さんも耳を塞ぐ。

 しかし、直後に彼女の体から衝撃が発せられた。七罪を中心として広がる円柱型の黒いエネルギーが、家を破壊し広がり続ける。

 俺は鼓膜が破れることも厭わず死名さんの元へ行き、彼女を抱えて家を飛び出した。

 塀を飛び越え、チラリと背後を見る。

 円柱のエネルギーは、家の破壊で留まっていた。と、俺達が呆然としていると、空間震警報のサイレンが夜の街に木霊した。

 今のを空間震の予兆と判断したのか、それとも……。

 と、俺が物思いに耽っていると、黒い光が沈んでいった。

 家は無くなっていた。

 文字通り、一欠けらすら残さず。

 

「……七、罪……?」

「っ……」

 

 死名さんの感情を感じさせない声を聴き、唇をかみしめる。同時に鼓膜も再生を終えていたことを知ったが、こっちはどうでもいい。

 失敗した。何が原因かは分からないが、とんでもないことになった。

 まるで隕石が落下したかのようなクレーターの中心。

 そこに、一人の少女がいた。

 

「……くそ、一体どうして……っ⁉」

 

 反転していた。

 まるで本物の魔女のような装い。黒より黒い、闇色の長髪。まるで死人のように光の無い目。そして、手に握られるひび割れた鏡の取り付けられた箒。

 精霊の反転。精霊の心が絶望に塗りつぶされた時、霊結晶(セフィラ)そのものが反転する現象。

 これの対処は容易ではない。反転を防ぐならともかく、すでに起こった後で救う方法と言うのはそう無いのだ。

 と、後頭部に突き刺さるような視線を感じ、俺は勢いよく振り向いた。

 

「……なっ」

 

 遥か先。

 小さな陰であったため、よく見えなかったが。

 今、一瞬……奥の電柱の上に、全身が()()()()()()()()()()()がいたような気がした。

 ……まさか、これを、アイツが……? いや、そんなことあるはずが……。

 

「……いや、それは後回しだ。まずは」

 

 七罪を救わないと。

 そう決意し、俺は改めて、魔王(なつみ)に相対した。

 

 




……なんだろう、オリ主道くんのキャラが変わった気がするような質問するのやめてもらっていいですか?(吐血)
おかしい……こんなギャグっぽい奴じゃなかったはず……こいつ人格入れ替わるスイッチでもついてんのか?
期間開けたせいでイマイチキャラが掴めない……やっべー。
えっ、お母さんの方が変わり過ぎ? 言わないで。そもそもお母さんどんなキャラだっけクズってことしか分かんねえや


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絶望の理由

お久しぶりです皆さん!
毎度毎度更新遅い上に不定期で申し訳ないです……!


 星が地上を照らす夜。

 月は雲で隠されながらも、家の光が必死に世界を照らしている。

 そんな世界を眺めながらある山の崖にナニカが立っていた。

 ノイズを全身に纏った怪物―――そうとしか言いようのない容姿をした人物だ。

 

【……()()()()、すまないね】

 

 何故かソレは、心底申し訳なさそうに、誰に聞こえるでもなく謝罪をする。

 

【君には苦行を強いる……分かってくれとは言わないよ。けど、()()()()()()()()……どうか、これからも、私のもたらす試練を乗り越えてくれ】

 

 尤も、と。

 僅かに気を落としたような声色で、

 

【それで、君に何かがあるわけではないけどね】

 

 そう呟いた―――始原の精霊、〈ファントム〉は。

 まるで蜃気楼のようにゆっくりと、あっさりと。

 その姿を虚空へと消した。

 

 

 

 

 

 そこは、地上から遥か先。

 高度数百メートルに位置する、空中戦艦。

 名を〈フラクシナス〉。搭乗しているのは、精霊の保護の名のもとに集った様々な有志達。

 彼らは〈ラタトスク〉という、精霊との対話をもって空間震災害の平和的解決を目指す組織に所属する人間であり、同時に五河士道をサポートするために存在している。

 

「司令! 突如として巨大な霊力反応を補足!」

「モニターに出しなさい」

 

 司令――そう呼ばれた、中学生ほどの少女が、冷徹な視線で画面を見上げていた。

 薄紅色の髪を()()()()()()に括り、髪留めとして()()()()()()()を代用している。

 五河琴里。

 士道の妹であり、つい数週間前、この〈フラクシナス〉の艦長、司令となった少女だ。

 

「これは……」

 

 空中に映し出されるスクリーン。

 そこには、まるで魔女のような装いをした少女が、苦しそうに胸を抑え悶える姿が。

 そして、そんな少女に泣きながら手を伸ばす女性の姿があった。

 

「霊力値マイナス! 依然として降下を続けています!」

「司令」

「分かってるわ、神無月。付近に民間人は?」

「既に空間震警報が発令されています」

「いないってことね。じゃあ……――待ちなさい、そこの部分、もっと拡大して」

 

 指示を出そうとした琴里は、映し出される画面に違和感を感じ、拡大を要求した。

 クルーの一人が指示に従い、スクリーンの一部分が拡大される。

 反転精霊に手を伸ばす女性―――より正確には、そんな彼女の背後に控える少年の姿。

 女性の方はともかくとして、琴里は少年の姿に見覚えがあり過ぎた。

 

「……はぁ、なんでアンタはそう……」

 

 呆れたように、諦めたように。

 琴里が息を吐いた。

 

「いかがいたしましょうか、司令」

「……とりあえず、二人をここに転送して」

「あっ、兄様が映ってますよ二亜さん!」

「おー、相変わらずやってるなー少年は。それでこそ、ビバっ、王道主人公! って感じー?」

「……ねえ、大人しくしててって言ったわよね?」

 

 背後の扉から現れたのは、二亜と真那の二人だ。

 彼女たちはその特殊な現状に対応するために〈フラクシナス〉のメンバーの補欠要員的な奴として色々頑張ったりしている……。

 

「……はぁ……」

「大丈夫ですか、司令? ストレスが溜まっているなら、私を踏んでくだされば――」

「貴方も私の悩みの種の一つよ、神無月」

 

 副司令官がシリアス顔で言い放ったドМ発言に、琴里は内心頭を抱えるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くそっ、てめぇ離しやがれ! 七罪、七罪――――ッ!」

 

 俺は我武者羅に七罪の元へ駆け寄ろうとする死名さんを羽交い絞めにして拘束する。

 七罪の天使の力の前では、核兵器だろうとクラッカー同然と化す。無策で突っ込んでも天使……いや違った。魔王の餌食になるだけだ。

 

「近づくなっての! 前みたいにカエルにされんぞっ!」

「――っ!」

 

 俺の忠告に、かつてのトラウマを思い起こしたのか、一瞬硬直する死名さん。

 流石にカエルにされるのは堪えたらしい。俺は安堵しながら、拘束する力を緩める。

 と、次の瞬間。

 死名さんはあっという間に俺の拘束を振りほどき、七罪の元へと駆けだした。

 

「ちょ――ッ⁉」

「五月蠅い。もう、どうでもいいんだよそんなのは」

 

 荒々しい口調で、死名さんは懺悔するようにぼやく。

 

「今更こんなことして、許されるとは思ってない。これが七罪(アイツ)への贖罪になんてならないことも分かってる。

 それでも、だ。私と一緒に、やり直したいって言ってくれたんだ……! あの子が、こんな罪深い私にだッ‼

 ……誰かに任せたりしたら、駄目だろ……?」

 

 僅かに肩を震わせながら、死名さんは確認するように言う。

 恐怖がないはずがない。彼女は一度、〈贋造魔女(ハニエル)〉の恐ろしさを身を以て知っている。

 だが、彼女はそれでも。

 七罪を助ける、と。それが自分の役目だと。

 ……アンタは、そう言うのか。

 

「……〈灼爛殲鬼(カマエル)〉」

「――っ⁉」

 

 俺は虚空に手をかざし、息をするようにできるようになった天使の召喚を行う。

 上空に掲げた右手に収まる戦斧。豪炎をまき散らし、七罪に向かって牽制を放つ。

 

「てめぇ、何を――」

「どっちみちあいつを止めなきゃ話になんねえ」

「なっ……」

「悪いが、俺も長くは持たない。加減はするが、期待はするな」

「お、おい……ッ!」

 

 死名さんの呼びかけを振り切り、俺は七罪へと突貫する。

 と、俺の接近に気づいた七罪が箒を俺に向けて構え、

 

「――〈真造魔男(バール)〉」

「あ、そう言う名前なのね」

 

 バール……エクスカリバールかな?

 とかふざけたことを考えていると、箒の先から光が噴き出された。

 俺は〈灼爛殲鬼(カマエル)〉から炎を発生させ、壁のように前方に構える。

 光は俺の炎に当たり、それらすべてをぬいぐるみに変えてしまった。ぬいぐるみが重力に従い落下するのを眺めながら、俺は安堵する。

 直撃してたらやっぱりヤバいな、性能も前と変わってないみたいだし。

 

「――うごっ⁉」

 

 刹那。俺の目の前に接近していた七罪が、箒を鈍器のように振り下ろした。

 直前で躱せたが、続く二撃目は喰らってしまい、地面を氷の上にいるかのように滑る。

 いってぇ……くそ、油断した。まさかそんな物理攻撃をしてくるとは思わなんだ……。

 っと、俺が腰を抑えて立ち上がると、いつの間にか頭上にいた七罪が、箒を掲げて輝かせる。

 あまりの眩しさに俺が手で目を覆う。そして数瞬後、七罪の手にとんでもないものが顕現していた。

 

「……〈灼爛殲鬼(カマエル)〉」

 

 ――【千変万化鏡(カリドスクーペ)

 反転前の七罪の天使、〈贋造魔女(ハニエル)〉に備わった能力の一つで、自分が視認した天使を能力事再現することが出来る。

 恐らくあれは、その魔王版。

 つまり、〈灼爛殲鬼(カマエル)〉の能力をそのまま再現できるというわけだ。

 しかも今回は天使ではなく魔王。前までの常識は多分通じない。俺ですら知らない、隠された性能があるかもしれない。

 なにしろ、原作では七罪は反転しなかったのだから。無論、〈囁告篇帙(ラジエル)〉なら調べられるのだろうが、今それをしている暇はない。

 よって、俺が今からとるべき行動は一つ。

 

「……【(メギド)】」

「上等だ。【(メギド)】――ッ!」

 

 全身全霊全力の一撃を以て、七罪の攻撃を防ぐしかない。

 七罪が俺を殺さんと放った炎の衝撃波。それに対抗するように、俺もまた同威力の一撃を返した。

 攻撃は最大の防御とはよく言ったものだ。互いの砲撃が上空で衝突し、衝撃を、旋風の如く周囲に巻き起こす。

 瞬間、俺の全身に途轍もない重圧が掛かる。強烈な重力と圧力に、俺の全身は即座に悲鳴を上げた。

 筋肉が軋み、骨にヒビが入る音を聞いた。足場が少しづつ崩れ、地盤が緩まっていく。

 ……それでも。

 俺は攻撃をやめるわけにはいかない。

 

「ぐ、ぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――ッ!」

「――ッ⁉」

 

 咆哮と共に、俺の放った【(メギド)】が火力を増した。

 七罪の砲撃を徐々に、徐々にと押し上げ――

 

「くぅ――っ⁉」

 

 ――競り勝った。

 が、突き抜ける炎柱は七罪に直撃はせず、彼女の柔肌を僅かに掠めるだけだ。尤も、殺すつもりはなかったからそれで十分だが。

 七罪は感情の見えない表情のまま魔王を元の状態に戻した。

 ちっ、撃ち合いでは俺に勝てないと見たのか、面倒な……!

 俺は霊力を操作、身体能力を強化して跳躍する。七罪が俺を迎え撃つために箒を向けるが、俺はそれよりも早く彼女の頭上を取る。

 

「はぁ――ッ!」

「っ――」

 

 やはり接近戦は不慣れなのか。

 俺が振り下ろした斬撃を慌てて身を捻り躱す七罪。だが、隙だらけの背中を俺は蹴りつけ、さらに彼女の腕を引っ張って目前に引き戻し、頭突きを放つ。

 くらり、と七罪の体が後方に傾くのを、俺は左手で支える。

 

「悪い。許せ」

 

 七罪の瞼がゆっくりと閉じられる。

 どうやら気を失ったらしい。助かった、これ以上戦闘をしなくていいなら、それに越したことはない。お互いの為にもな。

 七罪の膝の裏に右手を通し、背中を左腕で支える。所謂、お姫様抱っこと言う奴で、七罪を地上まで運んだ。

 そこで、瓦礫に身を隠して衝撃を往なしていた死名さんが顔を出した。

 

「とりあえず何とかした。あとはアンタの仕事だ」

「……ああ。すまん……あと」

「ん? ……いてっ」

 

 何故か頭を小突かれた。

 

「七罪に頭突きしたろーが」

「あーはいはい、悪かったな」

「ふん。……ん?」

 

 するとその時。

 死名さんと俺の周囲を緑色の光が包んだ。

 

「「へっ?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然のことだった。

 胸の中を埋め尽くす暖かい気持ち、頭の中で渦巻く感情の嵐。

 それらを纏めて掻き消す、爆撃のような閃光だった。

 瞬間、七罪の脳裏に目まぐるしい記憶の羅列が走り抜けた。

 そして、その全てが……辛く、苦しい物だった。

 

(……なに、これ……?)

 

 呆然と、七罪は蘇る記憶を覗いていく。

 やめておけ、引き返せ。そう、理性が訴えてくるのを、彼女はすべて無視した。……無視せざるを、得なかった。

 かつて、母親と二人で暮らしていた七罪。

 だが、そこは幸福という二文字が辞書にすら存在しないのではないかと疑うほどの、劣悪な環境だった。

 母親はつい先ほどまでの彼女とは別人のように、口も素行も悪く、七罪への対応も辛辣を通り越してもはや虐め。

 その上薬物にまで手を出しており、とことん救いようがない。

 ……そう思わせるほどの―――悪人だった。

 いや、悪なんてチープな言葉で片づけられない、まさしく邪悪。七罪は一瞬、そんな風に考えてしまった。

 そして、意識が現在に帰還する。

 目の前には、記憶の中にいた母親(クズ)と同一人物が――

 

「ひっ――」

 

 つい。

 七罪は、恐れてしまった。仕方のない事とは言え、彼女は母のことを思い出し、死名を恐れてしまったのだ。

 それがダメだった。

 七罪は聡明だ。故に、自分が取った行動が、どんな感情に基づき、下された判断であるか、瞬時に理解した。

 したからこそ、彼女は後悔した。

 不幸になんてならないと言ったのに、絶対にやり直せると言ったのに……ッ!

 

 拒絶、してしまった―――ッ!

 

 その事実が。己の心の脆さが。

 より一層、七罪を絶望へと誘った。

 

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――ッ!」

 

 絶叫。金切り声が天高く突き抜け、爆発するように膨大な霊力が溢れる。

 これが、彼女の見た絶望。

 これが、彼女の感じた後悔。

 これが、七罪の心を、再び閉ざした悲しみ。

 そして精霊は生まれ変わる。

 ただ一人の悪魔。

 後悔と絶望を背負った、反転精霊として―――

 

 




今回で色々たくさん詰め込まれていた気がする……。
あ、次回で七罪編終了だと思います。長いようで短かったな……


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