セーラームーン×モンスターハンター 月の兎は狩人となりて (Misma)
しおりを挟む

ココット編
オープニング:咆哮


 モンスターハンターとセーラームーンのクロスオーバーです。小説の挿絵やイラストなどもTwitterやPixivで投稿してます!


 森が、どこまでも鬱蒼と広がっていた。

 思う存分伸びた梢は日光を遮り、その先にある葉が風に擦れ合って音を奏でていた。

 

 その中をある一つの人影が駆け、パキリと枝を踏みつけたところで一旦止まった。

 息を堰切らせているその影の正体は、セーラー服の少女だった。

 彼女は、お団子でまとめて腰まで届くほど長いツインテールを垂らしている。シルクのように滑らかな金髪は、この薄暗い森の奥では一層輝いて見える。

 

「まだ、来てる……?」

 

 少女は、しゃがんで息を整えながら背後にひしめく木々へと振り返る。

 微かに聞こえる、大地を何かが踏みしめる音。

 直後、そこに牙の並んだ大きな口が現れ、木々を小枝のように薙ぎ倒した。

 

「ひーーっ!」

 

 少女は自らに向かう大口に対して横に飛び込み、一難を逃れる。

 顔に泥を付けた少女が急いで振り返った先に、赤い飛竜がこちらを青い瞳で睨んで立っていた。

 飛竜の全身は黒と赤の刺々しい鱗で覆われ、口の中に豪壮な牙を見せている。その2本の脚は大木のごとく大地に屹立し、その先には刃物のように鋭い爪が鈍く光る。

 少女が再び逃げ出すのを見た飛竜は、脚の上で畳んでいた翼を広げた。

 

 走っている少女の身体が影に包まれた。

 彼女が背後にある太陽を見上げると──

 

 陽を遮り、翼をはためかす巨大な影。

 間もなく、そこから燃え盛る球体が落ちてくる。

 

 着弾、炸裂。

 

 それは少女のすぐ後ろだったため直撃こそしなかったものの、爆風で少女はあっけなく吹き飛ばされ、森林の中で開けた所に転がり出る。

 

 少女は、腰を庇いながらよろよろと立ち上がる。所々かすり傷こそあれ、奇跡的に重傷は負っていない。

 少女に落ち着かせる暇もなく飛竜が目前に舞い降り、地を鳴らした。

 両者の視線がぶつかり合う。

 飛竜の喉が大きく膨らんだ。

 

 咆哮。

 

 草が揺れ、木々がきしむ。

 少女のツインテールとスカートが激しくたなびき、彼女はうずくまって目と耳を塞いだ。

 それが収まってから、やっと彼女は前に視線を戻す。

 

「こうなったら…!」

 

 飛竜は口元に炎を燻らせる。

 彼女は、胸のリボンに付いているコンパクトを掴んで叫んだ。

 

「ムーンコズミックパワー、メイク・アップ!!」

 

 コンパクトの蓋が開く。その中央にはピンクのハート型の水晶がはめ込まれている。

 指を水晶に走らせると、それはオルゴールの音を響かせながら突如マゼンタの輝きを放ち、炎を吐こうとした飛竜の視界を遮った。

 

 バレリーナのように片脚を上げて回る彼女の肢体を無数のリボンが取り巻き、光が弾けると同時に衣装を形作っていく。

セーラー服とレオタードを融合したような、身体にフィットした白い服。赤いブーツ。青いスカート。最後に月のマークが付いたティアラとアクセサリーが現れ、彼女の顔を鮮やかに彩る。

 光の中から1人の女性が現れた。さっきまで逃げ惑っていた無力な少女の姿はもう、そこにはない。彼女は怖れることのない凛々しい顔で相手を見つめ、優雅にブーツの音を響かせながら前に進み出た。

 

「乙女を追っかけ回す悪い子には、痛い目にあってもらうわ!!」

 

 口上を叫びながら彼女は両手を交差させ、人差し指を突きつけた。

 

「愛と正義の、セーラー服美少女戦士『セーラームーン』!月に代わって、お仕置きよ!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 飛竜が、咆えながら突進してくる。

 セーラームーンは華麗な身のこなしで跳躍し、軽々とその攻撃を避け飛竜の背後に着地する。

 飛竜は振り返り、火球を吐こうと口内を光らせた。

 

「セーラームーン・キック!」

 

 かけ声と共に彼女は飛び上がり、飛竜の頭に横回転蹴りを入れる。その威力は華奢な少女が繰り出したものとは思えないほど強く、飛竜の頭は大きく仰け反った。

 飛竜が蹴られた方向に視線を戻した時、既に少女は高い木の枝の上から飛竜を見下ろしていた。

 

 彼女は懐から変わった形状の杖を取り出す。ピンク色の柄の先には王冠のついたハート型の宝石が付いており、それを金の枠組みとリボンが彩っている。

 

 飛竜は既に炎を口に溜め、火球を放とうとした。

 彼女はそれをバトンのように回してから、飛竜に対して真っ直ぐ構える。

 

「ムーン・スパイラル・ハート・アタック!」

 

 宝石から、マゼンタ色の光線が放たれた。

 鮮やかなピンク色のフラッシュが飛竜を包み、甲高い悲鳴が響く。爆音と爆煙が一帯を覆い、生命の気配を示す音は消え失せた。

 少女は、沈黙の中飛び降り、煙の中に竜の居所を探す。

 

「……倒した……?」

 

 突如、鉤爪が煙をかき分ける。

 

 が迫り、少女を捕える。

 飛竜は少女を摑まえたまま空中へと飛び上がった。

 赤と黒の鱗に覆われた身体は全くの無傷であり、弱るどころかその目に激しい怒りを滾らせている。

 飛竜は、少女を掴んだまま地面にたたきつける。

 

「きゃっ!」

 

 飛竜は鷹のように爪で獲物を縛り付け、全体重を乗せて圧迫し続ける。

 少女の身体が、少しずつ地面に埋まっていく。

 次第に少女の息が苦しげになり、目から光が消えて虚ろになっていく。

 飛竜は怒りに任せたまま胸をそらせ、口に炎を走らせた。

 

「ファイアー・ソウル!!」

 

 飛竜の頭を巨大な渦を巻いた火柱が包み込む。飛竜は業火に包まれて怯んだ。

 

「その技は……」

 

 セーラームーンが、少し離れた先に2つの人影を認める。1人は火柱の出所であり、手を組んで印を結んでいた。もう1人は両手をクロスさせて構えている。

 

「シャボン・スプレー!!」

 

 その手から泡が放たれたかと思うと、辺り一面が霧に包まれる。飛竜は突然視界が遮られたせいで、戸惑って周りを見渡す。

 2人は同時に跳躍し、セーラームーンの近くに着地する。

 彼女たちもセーラームーンと同じような恰好をしているが、泡を出した少女はリボン、襟などが青を基調した色をしており、容姿も青色のセミショートヘアー、水色の瞳とおしとやかなイメージだった。

 もう一方の炎を出した少女は、赤を基調とした色のスーツであり、黒髪ロングにきつめな印象を与えるつり目と黒い瞳で、大和撫子らしい雰囲気をまとっている。

 

「さあ、今のうちに逃げるのよ、セーラームーン!」

 

「まったく、あんたはいっつも手間かけさせるんだから!」

 

 彼女たちを見つめ、セーラームーンは目に涙を浮かべる。

 

「セーラーマーキュリー……セーラーマーズ……」

 

 霧の中で咆哮する飛竜を背にして、3人はその場を去っていった。

 

────

 

「うさぎ、何勝手にあんなデカブツと1人で戦ってんのよ! ちょっとでも私たちが遅かったら大変なことになってたわよ!?」

「そ、そんなこと言われても怖かったんだからしょうがないじゃん!」

 

 丘に生える1本の木の下に、三人の少女が制服姿になって座って身を寄せ合っている。

 先ほど『セーラーマーズ』と呼ばれた黒髪の少女がうさぎと呼んだ金髪の少女を怒り、その横で『セーラーマーキュリー』であった青い髪の少女が、電子辞書のような機械のキーボードを叩いている。

 

「ほんっとあんたの動物並みの単純さには呆れるわ!」

 

 言葉の端々に棘がある黒髪の少女の名は、レイと言う。彼女に指を額にぐりぐりと押し付けられたうさぎは、一気に顔を険しくした。

 

「な、なによ! レイちゃんだってお高くとまって、威張りん坊で、意地悪でー!」

 

 子どもじみた反論に対し、レイはつんとした表情でそっぽを向いている。それに対し、青い髪の少女、亜美が、見かねたように横から口を出した。

 

「2人とも、そんなことで喧嘩してる場合じゃないわ。この間にも、あんな怪物がここに飛んでやってくるかも知れないのよ」

 

 彼女の諭す口調は穏やかだったが、飛竜の脅威を間近で経験したうさぎはぶるっと身体を震わせた。

 レイもため息を吐きつつも立ち上がり、空を見上げた。

 

「そうね。とにかく、今日中に安全そうな場所を見つけないと」

 

 空では既に陽が傾き、少しずつ赤みが混じり始めていた。

 3人はなだらかに続く丘陵地帯を練り歩き、見晴らしの良いところを探す。

 幸運なことに、彼女たちは脅威に出くわすことなくここ一帯で最も高い丘を見つけた。

 丘の頂点に登ると、彼女たちの視界は一気に広がる。

 

「なんて広いのかしら」

 

 レイが、思わず声を上げて感嘆した。

 丘を彩る緑が、風に合わせて橙色を混じらせながら波打っている。はるか遠方まで大小の山を覆う森林が深緑色の絨毯となって広がり、その間を縫うように大河が流れていた。

 何より彼女たちの目を引いたのは、その川の近くにある点の集まりだった。よく目を凝らすと、それら一つ一つが動いており、生き物の群れであることが分かる。

 うさぎは壮大なパノラマを見下ろしたまま、呆然とした様子で呟いた。

 

「……本当に一体、ここはどこなの?」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

そこは、乙女の知らない世界①

 時は、あの恐るべき飛竜からうさぎが逃げていたときから数刻前に遡る。

 部屋に柔らかな日差しが差し込み、壁紙の淡いピンク色が光を鮮やかに反射している。その光から逃げるように、月と星の模様が入った布団の中で眠そうに唸っている少女がいた。

 その上に額に三日月のマークがある黒猫と、ピンクのツインテールが特徴の幼女が乗っかってうさぎの顔を覗き込み、何度も呼びかけている。

 

「うさぎちゃん、起きてー! 遅刻しちゃうわよー!」

「うさぎ! いい加減に起きなさーい!」

 

 目覚まし時計は既に限界の時間に達して、やかましく鳴っている。

 

「うーん、ルナ、ちびうさ……もうちょっと寝かして……」

 

 寝ぼけ気味の彼女に、ルナは片方の前脚でその肩を揺さぶりにかかる。ちびうさと呼ばれた幼女は、むすっとした顔で腕を組んでいた。

 

「ほら、今日は朝テストの日でしょ! また赤点取ってもいいの!?」

「そうよ! またみんなに笑われるわよ!」

 

 それを聞いて、うさぎの動きはしばらく固まっていた。

 

「そうだったー!!!!」

 

 2人まとめて一気に布団をひっくり返しベッドから飛び起きると、うさぎは2階から滑り落ちるように階段を駆け下り、リビングの食卓に飛び込んだ。

 母の呆れ返った顔を横に、冷え切った食パンを口いっぱいに加え込む。

 

「やばいやばいやばいやばい!」

 

 彼女は制服に着替えて家を飛び出し、見慣れた路地を駆け抜けていく。

 住宅街を抜けて店が並ぶ大きな通りに出た時、彼女の目にバイクに乗った大きな男が横切るのが見えた。

 

「あっ!」

 

 彼女はぱっと目を輝かせる。うさぎは後ろからその男を追いかけながら、大声を張り上げ呼びかける。

 

「おっはよー、まもちゃん!」

 

 そう呼ばれて気づいた彼はバイクのスピードを落とし、路肩に一旦停める。ヘルメットを外してうさぎの方を振り向くと、男は気づいて「うさこ!」と声を返した。

 紺のライダースーツに身を包んだその男の顔つきは、細めで優男に見えながら、その肌は浅黒く活発な印象。

 彼の名前は地場衛。うさぎの彼氏の大学生だ。

 

「……その様子から見ると、また遅刻か?」

 

 うさぎはパンッと両手を合わせて頭を下げた。

 

「ごめん。バイク乗っけて!」

 

「はぁ、しょうがないな」

 

 衛は呆れ半分で、「ほら、ここに座って」とバイクの後部座席を指差した。彼女がそこに乗ると、さっきとは比べ物にならないスピードで風景が通り過ぎていく。

 うさぎは衛の身体にしっかりと手を回して抱きつき、彼と駄弁っていた。

 

「でさでさ、レイちゃんったらあたしに『そんな平和ボケじゃこれからやっていけない』なんて言ったのよ! もう、ほんといやんなっちゃう!」

「そりゃあ、うさこのことを心配してたからだろ。ちょっとぐらい許してあげたらどうだ」

「いーや、絶対あれはいっしょーぜっこーだもん!」

 

 そうしている間に、バイクは学校の正門に到着する。学校の大時計の時刻を見るに、何とか遅刻は免れそうだった。

 バイクから降りると、うさぎは周りに誰もいないことを確認してから、衛にそっと口づけした。彼も、目を閉じてそれを受け入れる。

 唇を離した時、彼女の頬は紅く、瞳は感情に溺れるようにとろんとしていた。衛も、うさぎを愛おしそうに見つめて唇を丸く緩ませている。

 

「ありがと、まもちゃん。これはお礼ね」

「全く、今度から遅刻なんかするなよ」

「まもちゃんと一緒に登校できるなら、何回でも遅刻しちゃうかも」

「再来年は受験だろうが。さ、早く行ってこい」

 

 衛はうさぎの両肩を持つとその身体をくるりと回して、学校の方角へ向けた。

 後押しするように背中を押された彼女は、不満そうに口を尖らせる。

 

「ああんもうっ、まもちゃんの意地悪っ」

 

 うさぎは悪態をつきながら、彼女が通う区立十番中学校の校門へと走っていった。

 

────

 

「霧から現れる恐竜?」

 

「ええ。ここ最近、巷の噂になってるらしいの」

 

 昼休み、学校の敷地内のベンチでうさぎが弁当を口いっぱいに頬張りながら顔を上げると、隣に座っている亜美は真剣な顔で頷いた。

 彼女は弁当の蓋も開かず、その上で新聞を広げてうさぎに見せている。

 

「犠牲者はいないみたいだけど、次の敵の刺客じゃないかと気になってて。それに、こっちの新聞には……」

 

 うさぎは、新しい新聞を出そうとする亜美の手を押さえた。

 

「もう!亜美ちゃんったら悩み過ぎるのはお肌によくないわよ。この前敵を倒したばかりなんだから、もっと気楽にすればいいのに」

「そうかしら……」

 

 亜美は、いまいち納得していない表情で呟いた。

 これまで彼女たちは世界の平和を守る愛と正義のセーラー服美少女戦士として、あらゆる敵と戦ってきた。日常に潜みあの手この手で侵略を狙う敵に、彼女たちは常に打ち勝ってきたのである。

 

「よっ、うさぎちゃん、亜美ちゃん。あたしも混じらせてもらっていいかな?」

「あ、まこちゃん」

「もちろん。隣に座って」

 

 並みの男より背が高く、茶髪をポニーテールで束ねたボーイッシュな少女、木野まことが弁当を持ってベンチの後ろに立っていた。彼女の制服は、白のシャツに亜麻色のロングスカートだった。

 彼女が礼を言って亜美の隣に座り弁当を開くと、その中身を見たうさぎが黄色い声を上げた。

 まことの弁当はオムレツ、ミートスパゲッティ、ほうれん草と人参のバター炒めなど彩りとバラエティに富んでいて、うさぎは見ているだけなのに既に涎を垂らしつつある。

 

「うわー!やっぱりまこちゃんの手作り弁当、美味しそう!さすが女子力のかたまり!」

「そいつもの通りに作っただけさ」

 

 思わず照れて顔を赤くするまことに、亜美が助けを乞うように話しかけた。

 

「まこちゃん、聞いて。うさぎちゃんが最近の異変の話を聞いてくれないのよ」

「ああ、世紀の大発見とか騒いでるやつだろ?大丈夫さ、何が襲ってきたところで、あたしたちがいつも通りバシッとやってやれば……」

 

 その時、勢い込んで箸を握ったまことの拳の中で、バキッと嫌な音が鳴った。

 折れた箸の片方が落ち、それを見る彼女は気まずい表情をして舌打ちした。

 

「あっちゃー。やっちゃった」

「でも、やっぱり調査だけはしておいた方が……」

「そうよ、我ら美少女戦士に向かう敵なし! まさに『外周もう一周』てところね!」

 

 3人が振り向くと、金髪ロングヘアーとその後ろに結んだ赤いリボンが特徴的な少女が胸を張って仁王立ちしていた。

 その手に持ったバスケットから、ルナと同じく額に月模様が入った白猫、アルテミスが白い布を押しのけ顔を出す。

 

「美奈、それを言うなら『鎧袖一触』だろう? 漢字も意味も全然合ってないぞ」

「うふふ、そうとも言うかもねー」

 

 少女、愛野美奈子は適当にニコニコしながら彼からの指摘から逃げると、うさぎの隣のスペースにスカートを畳まずどさっと腰を下ろし、冷凍食品が並んだ弁当を開けた。

 

「でも、あたしは亜美ちゃんの提案に賛成よ。なんでも昨日レイちゃん、変な夢でうなされてたらしいわ。変な生きものがうじゃうじゃいる夢だったんですって」

 

 美奈子はたこさんウィンナーを口に入れてもごもごしながら、箸で空をかきまわす。

 

「えっ、それ大丈夫?」

「電話したら、誰かさんのせいでストレス溜まってるのかも、なんてぼやいてたわ」

 

 美奈子が何とはなしに言うと、心配していたうさぎは一転してむっと頬を膨らませた。

 

「……心配して損した! あっかんべーだ!」

 

 彼女は、今頃私立T.A女学院にいるであろうレイに対し舌を突き出した。

 うさぎは怒りに任せるように爆速で弁当を口の中へ片付けると、ベンチからすっくと立ちあがる。

 

「気、変わった! 調査に行ったついでに直接交渉してやるんだから!」

 

 いかり肩で教室に戻っていったうさぎの背中を見ながら、アルテミスが美奈子に呆れた様子で話しかけた。

 

「美奈……。昨日2人が喧嘩してたの見てただろ?」

「あっ、しまったー……」

 

 美奈子は、残された友人たちの視線を浴びながら、しおらしく自らの頭を小突いた。

 かくして、調査は美奈子の『説得』によって決行された。

 

────

 

「おまたせ。ごめんなさい、ちょっと遅れちゃったわ」

 

 夕暮れの公園に、レイを最後にして少女5人と猫2匹が集まった。

 うさぎだけが、彼女に対しつんとした表情ですましている。

 

「……なにようさぎ、そんなに口尖らして」

「別に!」

 

 気まずい雰囲気の中睨み合った後、そっぽを向いたうさぎをよそにルナは皆に呼びかけた。

 

「よし、みんな集まったわね? じゃあ、早速調査を始めるわよ!」

 

 戦士たちはそれぞれ手分けして問題の恐竜を探すことになったが、うさぎだけは開始直後にレイの近くに直行した。

 

「レイちゃんっ! 昨日、でたらめなこと言ったでしょ! あたしのためとか言ってひぼーちゅーしょーの口実にしちゃって! ほんと、最近のレイちゃんの暴言には、寛大な私でも目に余っちゃうわ!」

 

 うさぎの言葉に対して、レイは木の近くでしゃがみ込んだまま振り向かない。

 

「じゃあ、うさぎ……あなた、悪意がなくてやったことは全て許すべきだと思う?」

「そ、そりゃあ、あたしたちは悪意を持ってる奴らから世界を護ってるんだから、そうじゃない人たちは助けてあげるべきよ」

 

 やけに落ち着いた口調に戸惑いつつも言葉を返したうさぎを、レイは少し振り返って横眼で見た。

 

「人の形をしてなかったら? 人のように考えなかったら?」

 

 レイはうつむいて立ち上がり、更に問いを浴びせかける。

 

「いくらあなたが優しさを見せたって、必ず相手がその優しさを理解してくれるとは限らないのよ」

「もしかして、その変な夢って本当に」

 

 レイは顔をしかめて視線を横にずらし、組んだ腕を恐怖に耐えるように振るわせていた。

 

「見たこともない、訳の分からない生き物ばかりよ。まるで別世界を見てるみたいだった」

 

 意を決したように、レイはうさぎと視線を合わせた。

 

「特にあなたが心配なのよ、うさぎ。もし本当のケダモノを前にしたら、あなたはちゃんと戦える?」

「え……」

 

 うさぎが言葉を迷っていると、少し遠くにいた美奈子が振り返って叫んだ。

 

「みんな、霧が出てきたわ!変身して物陰に隠れるのよ!」

「早速お出ましのようね」

 

 亜美が懐からペンのような物体を取り出して構えると、時をほぼ同じくしてレイ、まこと、美奈子も同じようなペンを取り出す。

 

「マーキュリースターパワー、メイクアップ!」

「マーズスターパワー、メイクアップ!」

「ジュピタースターパワー、メイクアップ!」

「ヴィーナススターパワー、メイクアップ!」

 

 それぞれの指に鮮やかなマニキュアが彩られ、亜美を青色の水、レイを赤色の炎、まことを緑色の雷、美奈子をオレンジ色の光が裸体を取り巻いて包んでいく。

 

 亜美は、水星を守護に持つ、水と知性の戦士「セーラーマーキュリー」に。

 レイは、火星を守護に持つ、炎と戦いの戦士「セーラーマーズ」に。

 まことは、木星を守護に持つ、雷と保護の戦士「セーラージュピター」に。

 美奈子は、金星を守護に持つ、愛と美貌の戦士「セーラーヴィーナス」に。

 

 光とともに、レオタード、リボン、ミニスカート、ブーツやハイヒールに煌びやかに飾られた戦士の姿が現れた。セーラー服とレオタードが組み合わさったような、華やかな衣装だ。

 

「ムーン・クリスタルパワー、メイクアップ!!」

 

 続いて、うさぎもコンパクトを握りしめセーラームーンへと変身した。

 全員が変身を終え、5人の戦士は茂みに隠れて敵の出現を待つ。

 しばらくすると、霧の中で何かが地面を踏みしめる音が聞こえた。

 3つの影が現れる。その体は彼女たちより一回り大きい。

 

「クルルル……」

 

 それらの姿は、正にラプトルのような群れを作る肉食竜そのものだった。細身の身体に派手な青と黒のストライプ模様、赤みがかったトサカと黄色の嘴が特徴的だった。肉食動物の例に漏れず、嘴の中には立派な鋭い牙を備えている。しかも、足には大きな鉤爪と手に計7本の爪と、過剰と思えるほど多くの武器を備えている。

 

『あれね……』

 

 亜美が静かに独り言ち、その他の戦士も息を呑んだ。

 爬虫類らしい感情の見えない冷徹な視線が、空を彷徨っている。

 

『こんなヤツらが街に出たら、とんでもないことになる』

 

 まことが額に冷や汗を浮かべる。

 何せ大木をバターのように切り裂くような肉食生物だ。人に出会えばどうなるか、大方の予想はつく。

 

「う、うわあああ!!」

 

 その時、叫び声が彼女たちの背後から飛んだ。振り返ると、そこにはスーツ姿の眼鏡をかけた男がカバンをひっくり返して腰を抜かしている。

 

「……パパ!!」

 

 ムーンが思わず目を丸くして叫んだ。彼はセーラームーン、月野うさぎの父親だった。どうやら仕事からの帰りの途中だったらしい。

 恐竜のうち1頭が彼に気づく。首をもたげて低く一声吼えると、他の2体もそちらに振り返った。

 彼らの口元が笑うように開き、ナイフのように細く鋭い牙が光る。

 

「く、食わないでくれぇー!!」

 

 命乞いをする彼に構わず、3体の恐竜は助走をつけて飛び上がり、爪と牙を振りかざした。

 

「ファイアー・ソウル!」

 

 恐竜たちの爪が彼を捕える直前、マーズの放った火柱が彼らを吹き飛ばした。

 

「大丈夫ですか!?」

「だめだわ、泡吹いて気絶してる。一旦ここから避難させるわ」

 

 ジュピターとヴィーナスが2人がかりで失神状態のうさぎの父を両脇から抱え上げ、ムーン、マーズ、マーキュリーに呼びかける。ヴィーナスの相棒であるアルテミスも傍に付いて戦士たちに叫んだ。

 

「この人は安全な所に連れていく! 3人はここで奴らを仕留めきってくれ!」

「わかったわ。くれぐれも気をつけて」

 

 マーキュリーが了承して注意喚起すると、2人と1匹は頷いて飛び上がり、茂みの中へ去っていった。

 

「さて……続きをやるとしましょうか?」

 

 マーズがそれに一瞥した後向き直ると、既に恐竜たちはよろめきながらも立ち上がって威嚇するように鳴いていた。

 ムーンがスパイラルハートムーンロッドを構えてマゼンタ色に光らせ、マーキュリーが手中に水流を滾らせる。

 数秒の睨み合いの後、恐竜たちは一挙に踵を返し、彼女たちに背を向けた。

 

「待ちなさい!」

 

 ルナが叫んだ時には、既に彼らは姿をくらませていた。

 まだ彼らに走るほどの余力があったとは予想がつかず、3人と1匹は急いで後を追いかける。

 ふとムーンが辺りを見回すと、また視界が白くぼやけつつあった。

 

「また霧が!」

「気にしちゃだめよ。足音と鳴き声を頼りに進みましょう!」

 

 マーキュリーは声を張り上げ、走る速度を上げた。マーズとルナ、そしてムーンもそれに続く。

 だが、ますます濃くなっていく霧と複雑に入り組んでいく森林を走るうち、ムーンは2人の姿を捉えられなくなってしまった。

 

「ちょっと、2人とも早いわよ!」

 

 そう叫んでいた彼女だったが、走っているうちにやがて、2人の足音も消えた。

 

「あれ……?」

 

 彼女は立ち止まって地面に視線を移す。

 手入れされていない雑草が、地面を覆っている。周りにある木も、枝が自由勝手に伸びきって風にわさわさと音を立ててそよいでいる。

 

「ここ、どこ?」

 

 いつの間にか霧は晴れていた。青空にある大きくて黒い影が、彼女の身体に落ちた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

そこは、乙女の知らない世界②

 セーラームーンたちが十番街から姿を消したその夜、衛は自宅であるマンションで夕飯を終え、読書をしている最中だった。

 

「……?」

 

 衛はページをめくる手を止め、本をパタリと閉じた。

 

「おかしい。この不安な感情は一体何なんだ?」

 

 その時、ベランダの方で何者かが床に降り立つ音がした。

 はっとして窓の方を見ると、窓ガラスを隔てて向こうにセーラージュピターとセーラーヴィーナスが控え、真剣な表情で衛を見つめていた。

 ヴィーナスの肩にはアルテミス、ジュピターの背中には今朝うさぎを寝坊から起こしていた少女、ちびうさがパジャマ姿でおぶられていた。

 衛が窓を開けると、ヴィーナスが先に口を開く。

 

「ごめんなさい。どうしても今すぐ伝えなくてはいけないことが」

 

 それを聞き、衛の表情はたちまち強張った。

 

「どうやら、ただごとではないようだな」

 

「どうか、落ち着いて聞いてください。今日の夕方の調査で、セーラームーン、セーラーマーズ、セーラーマーキュリー、そしてルナが、敵を追った後行方不明になったんです」

 

 衛はそれを聞いて、近くの壁にふらふらと近づき、頭を抱えながら寄りかかった。

 

「嘘だろ……!」

 

「すみません、私たちがもっとしっかりしていれば!」

 

「みんな違うわ。元はと言えばうさぎのせいよ!!」

 

 ちびうさが、耐えきれなくなったように叫んだ。

 

「あいつ、あたしやまもちゃんに何も言わず、自分たちだけで解決しようとしたのよ。あのバカうさぎったら、何の考えもなしに!」

 

 ちびうさはうつむき、瞳を潤ませながら独白していた。

 だが、ちびうさはそれまでの感情を振り払うように一旦ぎゅっと目をつぶると、ジュピターに冷静に問いかけた。

 

「……ねえ。その恐竜やうさぎたちは、霧と一緒に消えたんだよね?」

 

「ああ。恐竜の足跡も途中からぷっつり切れていた」

 

 なんとか平静さを取り戻した衛は、ジュピターの言葉を真剣に聞いていた。

 

「となると、やはり霧が気になる。霧はどこかの場所に続く門になっていて、うさこたちも霧と一緒にその場所に入った可能性がある」

 

 衛とジュピターの視線がぶつかり合う。

 

「明日の夕方に、みんなですぐ向かおう。早くしないと、うさこがどんな目に遭うか」

 

「あたしも行く。このままほっとけるわけがないわ」

 

「すいません。これは、私たちジュピターとヴィーナス、そしてアルテミスの3人にやらせてください」

 

 一瞬だけ、無言の時間が流れた。

 

「衛さんも、ちびうさちゃんも、私たちが今も、これからも絶対に護らなければならない人。そんな人たちを、未知の敵と会わせるわけにはいかない」

 

「だけど!」

 

 ヴィーナスに口を開きかけたちびうさに、アルテミスが諭すように言葉をかけた。

 

「それだけじゃない。この街を護る人が1人もいなくなったら、怪物がまた現れた時に倒せる人がいなくなる。だから……」

 

「その役を、俺とちびうさに頼みたいっていうことか?」

 

 ジュピターは真剣な表情で衛を見つめ返す。

 

「どうか、お願いできませんか」

 

「まもちゃん……」

 

 ちびうさが、願うような視線を衛へと注ぐ。

 

「分かった。引き受けよう」

 

「まもちゃん!」

 

 引き留めようとするちびうさに衛は屈んで目の高さを合わせ、穏やかに笑いかけた。

 

「いいんだ、ちびうさ。2人の言うことはよくわかる。この街の人々も、仲間たちと同じくらいとっても大事だ。ちびうさだって、友達が恐竜に食われるのを見たくはないだろう?」

 

 ちびうさは、横に視線をずらして少しの間考えていた。

 

「……そこまで言うなら分かったわ。でも」

 

 彼女は、ジュピターたちに小指を立てて差し出し指切りを求めた。

 

「それなら約束して。必ずみんなで帰って来るって。あなたたちも一緒じゃないと、絶対に許さないわよ」

 

 ヴィーナスは笑顔を浮かべて屈み、指切りに応じた。

 

「合点承知よ。ここはお姉さんたちに、ドンと任せて!」

 

「帰ってきたらみんなでいつもみたいにお茶会しような」

 

 ジュピターも同じことをすると、立ち上がって衛に一礼した。

 

「では、私たちはこれで失礼します。衛さんも、どうかご無事で」

 

 再び彼女たちは来た時と同じ格好でベランダの上に飛び乗った。

 

「君たちも達者でな」

 

 2人の戦士と1匹の猫は静かに頷くと、後方へ飛び上がって下へと消えた。

 再び1人きりになった衛は、静かに薔薇を胸の前に掲げる。

 すると彼をたちまち眩い光が包み込み、黒いタキシード姿の美男が現れた。

 白いアイマスクとその手に持ったステッキが特徴のその男は、物憂いに沈んだ表情で空の満月を見上げた。

 タキシード仮面。

 セーラームーンを助け、また自らも彼女に助けられる存在である。

 

「セーラームーン」

 

 彼は月と見比べるように、手中に取った懐中時計を握りしめる。

 タキシード仮面は目を細め、静かに懐中時計へ口づけをした。

 

「分からない。取り残された俺は、どうしたらいいんだ。どうやって、君のいない日々を過ごせばいいんだ」

 

────

 

 3人の美少女戦士たちは、丘の上で満月の下、焚火を囲んでいた。

 火に炙られるキノコや木の実を見つめていた亜美は、視線を上げてレイに微笑みかける。

 

「レイちゃんの、セーラーマーズの能力があって助かったわね」

 

「あらー、案外あたしってサバイバル向きかも?」

 

 レイが得意げになっている横で、うさぎは三角座りで物思いに耽り、足元から立ち昇る火の粉を見つめている。その瞳は、涙でうっすらと潤んでいた。

 亜美がふとそれを見て黙り、レイもすぐに彼女を取り巻く暗い雰囲気に気づいた。彼女はため息をついてうさぎの近くに寄り、その顔を覗き込んだ。

 

「もう、うさぎ。あんたのバカがつくやかましさはどうしちゃったのよ?」

「だって、みんなに会えないんだもん。レイちゃんや亜美ちゃんがいるから、まだマシだけどさ?こんな怖い世界であたし生き残れるのかなって」

「大丈夫に決まってんじゃない。あたしたちがそんな簡単にやられてたまるもんですか」

「でもあたし、あのドラゴン怒らせちゃったし……」

 

 その時、ぎゅうう、と明らかにそれと分かる音が鳴る。

 亜美とレイは思わず一緒になって吹き出し、うさぎは顔を真っ赤にして自身の腹を隠すように両腕で庇った。

 

「こんな時でもあんたの食欲は嘘つかないみたいね」

「もうそろそろ焼ける頃だし、まずはそのことは置いといて食べるとしましょう。スパコンで毒性はないと分析できたけど、お味の方は如何かしら?」

 

 3人は早速、大きな褐色のカサが特徴のキノコを手に取った。匂いは非常によく、森を疲れ果てるまで歩き回った彼女たちの食欲をそそってくる。

 一番美味しそうなカサから頬張ると、キノコ独特のうま味とステーキのようなジューシーさが同時に舌を刺激した。これ1本だけでも十分にボリューミーな一品だ。

 

「ん、おいしい!」

 

予想斜め上の美味しさに、うさぎは目を宝石のように青くキラキラと輝かせる。あとの2人も同じ感想のようで、口一杯にキノコを頬張って揃って目をまんまるにしている。

 

「すごいわ!キノコを焼いただけでこんなに美味しいだなんて!」

「レイちゃん、亜美ちゃん!こっちの木の実も美味しいよ!」

 

 いつの間にかうさぎは木の実を刺した串を持って、ハムスターのように頬を膨らませてもごもごさせていた。

 

「ちょっと!なに勝手に先に食べてんのよ!」

 

 その夜、闇に支配された丘陵の上に、一点だけ生命の火が灯っていた。

 

────

 

 うさぎたちが野宿していた時、ルナはただ1匹大木のうろの中にいた。

 

「大丈夫かしら、うさぎちゃん……」

 

彼女がうろの外の景色を眺めていると、黒い塊がにゅっと上から顔を出してきた。青色の瞳をした、黒猫の顔である。

 

「ああ、疲れてるのかしら。鏡もないのに自分の顔が見えるなんて、そんな……」

 

 その直後ルナは絶叫して盛大にずっこけ、後頭部を打って気絶した。

 相手はルナを興味津々に見つめ、地面に飛び降りるとうろの中にそっと足を踏み入れた。

 黒猫は人間のように2本足で立ち、昔ながらの泥棒よろしく口元を緑のマスクで覆い、肉球の意匠が入った熊手のような武器を手にしている。

 黒猫が後ろに振り向いて腕を振って合図すると、猫たちが5匹ほど姿を現わして駆け寄ってきた。その中には、黒色でない黄色っぽい毛並みでマスクをしていない個体もいる。

 彼らは何かを話し合うと気絶しているルナを担ぎ上げ、木製の台車に載せて森林の奥へと静かに消えていった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

そこは、乙女の知らない世界③

 ココット村は、豊かに生い茂る森林の間に点を穿つように存在している。

 柵の中には質素な茅葺屋根の家屋が立ち並び、煙を立ち昇らせている。

 人々は麻で縫われた衣服に身を包み、今朝も薪に使うための木を割り、米の田植えを行っていた。

 

 その中を、鉄の鎧と毛皮の腰当てで武装した大男が、見の丈を裕に超す剣とは名ばかりの骨の塊を背負って歩いていく。傷と皺がいくつも折り重なった顔の上からはほつれた白髪が覗き、風に揺れた。

 一見強面に見える彼に、住民たちは彼に気づくと「おはよう、ハンターさん」と顔を上げて平然と声をかける。それに彼も、「おはよう」と答えて手を振り返した。

 男は、粗末な家の前に立つ小さな老人の前で足を止める。

 その老人は明らかに他の住民と外見が違う。耳は兎のように垂れ下がり、口元には立派な髭を蓄えて、まるで山奥に住む仙人のような印象である。

 

「おはよう、ハンターさん。依頼の件は聞いたかね」

「ああ、村長。手負いのランポスの討伐と聞いた」

「そうじゃ。オヌシにはそれと同時に、周辺地域の異常について調査を頼みたい」

 

 村長は親しげに話しながら、『ハンター』と呼んだ男に数枚の紙を手渡した。それらは、最近の異常をまとめた報告が事細かに記されている。

 ハンターは報告書を読みながら眉を上げ、村長の顔を覗いた。

 

「焚火の跡に大規模な爆発音……。中々厄介そうな内容だな」

 

「だからこそ、オヌシに頼みたいのじゃよ。最近では噂にある『魔女』のせいではないかという憶測も出てきておる。どうか真相を伝え、皆を安心させてほしい」

 

「分かった。早速『森丘』に向かってみる」

 

 頷いたハンターは、背中越しに手を振りながら荷車へと歩いていった。

 

 そして、その翌日。

 小さな洞穴を抜けると、ハンターの眼下に見慣れた森と丘が広がった。この地を支配するのは、緑と青。それのみである。

 真っ先に、彼は手前の大河に集まる草食竜の巨大な群れを眺めた。灰色の背中が絨毯のように岸を彩る光景は、かなりの圧巻だ。

 

「繁殖期でもないのに、こんな群れを見るのは珍しいな。森の周辺から逃げてきたのか」

 

 彼は懐からオレンジ色の薬液を取り出し、一気に飲みほした。これは『千里眼の薬』と言って、使用者の五感をしばらく獣並みに高めてくれる。こうした調査では必須のアイテムである。

 ハンターは目を閉じ、感覚を研ぎ澄ませた。不意に、鼻が何かを感じ取ってひくついた。

 

「やはり、肉食竜ランポスの臭いと……香水のような匂いか。なんだこれは?」

 

 疑問を抱きつつもハンターは坂を下り、左手にある森に続く道へと歩を進めた。

 森に足を踏み入れると様々なものが発する臭いがより一層きつくなり、嗅覚が敏感になっているハンターは思わず鼻を押さえた。

 ここまできつい香りは獣たちを引き寄せる。これほどきつい匂いをつけてこの森を歩くのは、自殺行為そのものだ。

 引き続き匂いを辿って歩を進めると、今度は森の中でも開けている広場に出た。

 

「これは……ひどいな」

 

 ハンターは、最も目につく破壊の激しい大木の近くに腰を下ろした。

 根っこは地面ごとえぐれ、枝や表皮は焼け焦げ朽ち果てている。どうやら相当な乱戦が行われたようである。

 

「ここでリオレウスと何者かが戦ったのか」

 

 一旦立ち上がったところで、彼は地面のある点を見つめた。

 そこには、明らかに人の足跡と分かる凹みがあった。そのような足跡が、モンスターの足跡に混じっていくつもある。

 

「この足跡の持ち主が、モンスターと戦ったのか?」

 

 その時、甲高い鳴き声が木霊した。何者かがこちらに向けて駆け寄ってくる音が聞こえる。

 ハンターは怯まず、迷わず背負っていた巨大な剣の柄に手を伸ばした。

 

「探す手間が省けたな」

 

 同時にすぐそこの茂みから青く、赤みがかったトサカと黄色の嘴を持つ怪物『ランポス』が飛び出した。

 ランポスは、目の前の獲物を喰らわんと大口を開けた。

 

────

 

「ギシャアッ」

 

 突如響いてきた獣の悲鳴に、制服を脱いで水浴びをしようとしていたうさぎたちはびくりと身体を震わせた。

 談笑していた亜美とレイは、互いに顔を見合わせた。

 

「ねえ、今の音って」

 

「聞き覚えがあるわ」

 

 間違いなく、彼女たちが戦った恐竜たちだった。

 

「やっぱり、あの恐竜たちもこの世界の生き物だったのね」

 

「となると、彼らを追って霧に入れば、また元の世界に帰れるかも知れないわ」

 

 見えてきた希望に、レイと亜美は顔を明るくして見合わせる。

 

「よし、じゃあ早速着替えて変身したら、恐竜たちを捜しに行きましょ!」

 

 うさぎが顔を引き締めて服を戻して羽織ると、あとの2人も続いて頷いた。

 セーラームーンたちが用心しながら鳴き声が聞こえた方角へ進んでいると、突如、悪臭が彼女たちの鼻を刺激した。

 

「く、くさい……」

 

 ムーンが思わず鼻を塞ぐ。後の2人も、同じくしかめっ面をして続いていた。

 

「一体なにがどうなればこんな臭いが……」

 

 マーキュリーが何かに気づき、後の2人もその視線の先を追う。

 

 大きな血の池が、木漏れ日に照らされ豊かな緑に覆われた大地を、そこだけ赤黒く染めていた。

 陽に照らされながら草から滴り落ちる血の色はワインのように鮮やかだった。

 

 その中心に浸かっていたのは、かつてセーラームーンたちが対峙した恐竜「だったもの」だった。蠅がそこら中を飛び交っている。しかも、3頭のうち1頭は本来の縞模様の皮が丸ごとなくなり、その中身がそのまま曝け出されていた。

 

「あ…………」

 

「見ちゃダメ!」

 

 マーズはすぐにムーンの目を手で覆った。そこからは涙が指の間から溢れ出していて、今の彼女の心情を偽りなく表していた。

 マーズはムーンを抱えながら向こうを向かせ、心配げに見つめるマーキュリーに言った。

 

「大丈夫。この子は少しあっちで休ませるから」

 

「……分かったわ。私はこれを何とか分析してみる」

 

 マーキュリーは、まず皮だけが集中的に剥ぎ取られていることに注目した。

 

「単に捕食が目的なら、栄養豊富な内臓も消失しているはず。なのに、皮だけが綺麗さっぱり無くなってる」

 

 よく見てみると一部だけ皮が残っている。切断線は異様に綺麗な直線だった。

 

「この皮を引き裂いたのが歯や牙だったなら、もっと乱雑なはず……。こんなに綺麗なものはあり得ないわ」

 

 そのあまりにも「理性的」な死体の扱いと傷のつけ方に、マーキュリーの脳内である答えが急速に浮かびつつあった。

 続いて傷の状況を見ると、ある個体は心臓らしき器官が破壊され、他の個体は首を切り落とされて絶命している。的確に相手の急所を狙った攻撃である。しかも、あれだけ生命力が高い生物の首を一刀両断するのだから、その武器はかなりの重量と鋭さを兼ね備えていなければならない。

 高度な理性と大胆さを兼ね備えた動物を彼女はいろいろと思い浮かべたが、こんな芸当が出来る生き物は限られてくる。

 

「彼らを狩ったのは、人間……?」

 

 だが推測通りなら、その人間は生身でその巨大な武器をぶん回して、あの恐竜たちを真っ二つにしたことになる。

 

「こんな怪物を剣一つで仕留める人間が、この世界にいるというの?」

 

 とにかく彼女たちにとって不幸だったのは、元の世界へ帰る手掛かりを失ったことだった。これから彼女たちは、この魑魅魍魎が住まう森で行く宛もなく放浪しなければならない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

そこは、乙女の知らない世界④

 ルナが大きなたんこぶを押さえながら目を覚ました時、ぼやけた暗い視界に真っ先に入ったのは、大きな焚火の暖かな明かりだった。

 その明かりの周りを黒い影たちが取り巻き、楽しそうに飛び跳ねている。それを捉えた瞬間、記憶が鮮明に蘇ってきた。

 

(そ、そうよ!確かこの子たちの1匹がいきなり出てきて……!)

 

 猫によく似た彼らの背後には、石が積まれた原始的な建造物が見える。そこには赤い染料で謎の壁画が描かれていた。

 こんな危険な森に一つの文明があったことに思わず感心してしまうルナだったが、魚や野兎が串に刺されて炙られているのに気付いた途端に毛並みが震え、逆立った。

 

(……ま、まさかあたし、この子たちに生贄にされるんじゃあ)

 

 第一印象だけで文化を推測するのは失礼な話ではあるが、どうしても拭い去ることのできない不安が彼女の心臓をバクバクと鳴らす。

 その時、彼女の尻尾を誰かが掴んだ。

 

「ぎにゃあっっ!」

 

 思わず叫んで飛び上がるルナに、火を取り囲む面々も気づいて振り返った。彼らの青い瞳が、焚火に背を向けたことで暗闇に紛れ、鋭く光っていた。

 震えあがった彼女はその場に土下座して頭を下げた。

 

「お、お願い!どうか今日の晩御飯にするのだけはやめて!」

 

 だが、彼らは互いに顔を見合わせ小首を傾げるだけだった。

 それを見た彼女は、今度はやけくそになって立ち上がって爪を出し、怖い表情をして唸ってみせた。

 

「あ、あたしを舐めてたらひどい目にあうわよ!ほーら、この研ぎ澄まされた爪が見えない!?」

 

「ニャ」

 

 彼女の前に進み出た黒猫の一体が、背中から何かを取り出す。

 

「な、なによっ!?」

 

 彼女の前に出されたのは、焼き魚を刺した串だった。

 

「え、これ……くれるの?」

 

「ニャ!」

 

 屈託のない笑顔でその串を目の前に出してきたその黒猫は、これを食え、と言っているようだった。

 

「あ、ありがとう」

 

 お礼を言うと同時に、見知らぬ地での思わぬ親切と申し訳なさに、ルナはついつい涙ぐんでしまった。

 

 揺らめく焚火の周りで、猫たちは歓迎の舞を舞っている。ルナの前には他の仲間と同じくマタタビの匂いのする飲み物と食べ物が置かれて、彼女はその場の雰囲気に同調してすっかりいい気分になっていた。

 だが、途中で彼女の頭に、ふとあの少女たちの姿が浮かび上がった。

 

(そうだわ。あの子たちを早く探さなきゃ)

 

 ルナは隣で舞いに合わせて手拍子している褐色の猫の肩を叩き、足元の地面を指さした。舞っていた猫たちも舞いを中止し、彼女の手元を見やった。

 彼女は地面を手でなぞり、人の形を描いていく。描き終わった後には、3つのスカートを履いた人の絵にそれぞれツインテール、ショートカット、ロングヘアーを追加したものが出来上がっていた。セーラームーンたちの絵だ。

 ルナが周囲を見やると、彼らはその意味を理解したようで、口々に謎の言語で話し合い始めた。

 それが数分続くと、やがて猫たちの間から3匹が顔を出した。自信ありげに胸を張っている様子からして、どうやら彼らが彼女たちを目撃したらしい。

 

「あなたたちが!じゃあ、そこまで案内してくれるかしら!?」

 

 思わずルナは前のめりになったが、それを1匹の猫が手を突き出して制止する。するとその猫は真っ暗な空を指さした後、ルナに向かって牙を剥いて飛び掛かる獣のようなポーズを取ってふしゃあああ、と鳴き、次にその獣に怯えて耳を塞いで丸くなるポーズを取った。

 

(ああ、なるほど。夜はあの恐竜みたいな輩が怖いから……)

 

 続いて、彼は枝で太陽の絵を付け足してから、その下のセーラームーンたちを指さし、そこに向けて全速力で走るような動作を取った。

 

(明日になったら案内してくれるってことね)

 

 寸劇が終わって息を荒くしながら寝転がっているその猫に、ルナは感謝代わりに彼らの鳴き方を真似して「みゃあお」と鳴いた。

 再び舞宴が始まりにぎやかになると、彼女は星が満天に広がる夜空を見上げた。

 

「うさぎちゃん、必ず見つけるからね。それまで我慢してるのよ」

 

────

 

 うさぎたちが、誰かに狩られた怪物たちの無残な姿を発見したその日の夜。

 うさぎは洞穴の入り口から、ルナと同じ空を焚火の色が混じった蒼い瞳で見つめていた。

 今のうさぎは、放心状態に近い状態だった。

 

「ほら、うさぎちゃん落ち着いて」

 

「ごめんね、亜美ちゃん、レイちゃん。こういう時こそあたしがしっかりしなきゃいけないのに」

 

「そんなことないわ。むしろ、うさぎちゃんのが普通の反応よ」

 

 見かねたレイが、ぽんとうさぎの背中を軽くたたく。

 

「もー、ほら、しゃんとする!あんたが落ち込んでたらこっちにも感染してくるわ。今日はもう早く寝なさい!」

 

「……そうね、今日はもう寝た方がいいかも。じゃあ、おやすみ」

 

2人もおやすみ、と答えるとうさぎはツインテールを解き、落ち葉と枝で作った寝床の上で横になると、すぐにすぅすぅと安らかな顔で寝息を立て始めた。

 それを見届けると、レイは亜美を焚き火を挟んで見つめ、亜美の耳に手をかざした。

 

「……それで、亜美ちゃん。夕方に言ってたけど、奴らを狩ったのが生身の人間って本当?」

 

「可能性は高いわ。どうやら犯人は、あの焦げた皮だけを持ち帰ったようなの」

 

「じゃあ、その『狩人』が本当に奴らを狩ったとするなら、その剥いだ皮をどうするつもりかしら。バッグにしたりとか?」

 

 亜美は「もう、こんな時に冗談言わないの」と苦笑した。

 

「それならまだ良いけど、厄介なのはその人に仲間がいた場合よ。もしかしたら他の誰かに見せたかも知れない」

 

「もしそうなったら、かなり面倒なことになるわね」

 

 レイは、憂鬱そうな顔で洞穴の中から僅かに見える夜空を見た。

 

────

 

 その日の夜のココット村の灯りは、いつもより明るくなっていた。

 大量の蝋燭ランプが置かれた大机の周りに、大勢の人間が集まっている。その中心近くに、村長とハンターがいた。

 皆の視線の先には、大きく一面が焦がされたランポスの皮が開かれて置かれていた。

 そのすぐ隣に、『森丘』の地形や環境を簡易に示した地図が広げられている、。そこには、まばらに赤いバツ印が付けられていた。

 白髪のハンターが「みんな、聞いてくれ」と言うと、住民たちは一斉に彼に注目した。

 

「まず、結論を言わせてもらう。恐らく、ハンターズギルドも把握していない未知の存在が、これらの異常現象の中心にいる」

 

 たちまちその場が騒然となった。村長が「静粛に」と呼び掛けても、完全に大人しくなるまで数分ほどかかった。

 

「だけどよ、ハンターさん。そいつは丸焦げになって火傷してたんだろ?じゃあ、犯人はモンスターしかいないじゃないか」

 

 興奮気味にまくしたてる中年の女性に、ハンターは静かに頷いた。

 

「俺も最初そう思った。だが、リオレウスが吐く火炎は対象に接触すると爆発する。ランポスは一撃で骨も皮も砕け散り、焦げるどころではない。この皮は、どちらかというと『炙られた』ように、俺には思える」

 

それを聞いて、彼女はごくりと生唾を呑み込んだ。

 

「じゃあ、一体誰がランポスを?」

 

「それに迫る手掛かりとなったのが、リオレウスと何者かの戦いの痕跡だ。爆発の痕跡があっただけじゃなく、草木が広範囲にわたって結露していた。恐らく、その『何者か』の仕業だ」

 

 ハンターの指が、森林が密集するエリアにある大きな×印を指す。そこから、彼は隣の印へと指を滑らせていく。

 

「その痕跡は、丘の上の焚火跡へと続いていた。明らかに人工的なものだったが、近くに着火石はなかったから、恐らく別の手段で火をつけたんだろう。

 更に足跡と香水の匂いを辿ると再び森の奥に入り、明らかに食糧を採取した跡があった。主にキノコ類や薬草が摘まれていて、薪を取った跡もあった」

 

 ハンターは、一旦息を吐くと、覚悟を決めるように口を開いた。

 

「この謎の存在の正体は、恐らくは人間だ」

 

 結論を聞いて、いくつもの視線が交差した。

 

「とは言っても、本当に相手が噂にあるような『魔女』かは分からない。これは単なる俺の憶測だからな。明日、エリア12の獣人族の巣に赴いて情報を集める。俺からはこれで以上だ。みんな、今日はゆっくり寝て身体を休めてくれ」

 

 住民たちは頷くと、家族や親しい者の間で話をしながら自分たちの家へと散らばっていく。

 後には、村長とハンターだけが取り残された。

 

「『魔女』か。長いこと生きてきたが、今日の今日まで御伽噺だけの存在かと思うておったわい。とにかく、気をつけてくれ。相手は何をしでかしてくるか分からん」

 

「そもそも御伽噺にあるような魔女かどうか分からないし、魔女だからと言って、悪を及ぼすかどうかも分からん。もしかしたら、善良な存在かも知れない」

 

「善良な『魔女』か……。オヌシのそういうどこかで夢を見がちなところは、その歳になってもまだ変わらんみたいじゃの」

 

 村長の言葉は、まるで祖父が子どもか孫に諭すかのような口調だった。

 ハンターは、星が無数に散らばる夜空を見上げていた。

 彼女たちも、今頃森のどこかで同じ空を眺めているのだろう。

 

「森のどこかに潜んでいる、見知らぬ人よ。この老いぼれの俺が戦うのは、怪物どもだけで十分だ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

そこは、乙女の知らない世界⑤

 セーラームーンたちはこの世界からの脱出の手がかりを求め、洞穴から出て森の中を探索していた。だが、数時間森を歩いてもそれらしきものは見つからない。

 やがて彼女たちはちょうどそこにあった倒木に腰を下ろした。マーキュリーが、空を見上げてため息をつく。

 

「今のところ収穫ゼロね。霧さえ見つければ解決する話なんだけれど、こうも広いと大変だわ」

「そうね。『霧がない』だけに……」

 

 途端に3人の間に白けた空気が漂い、ムーンは顔を赤くする。彼女は咄嗟に四つん這いになって倒木の下を探り出した。

 

「ほ、ほらー!案外こういうところに秘密基地への入り口があったりするのよねー!」

「ほんっと真面目にやりなさいよあんた……」

 

 マーズは呆れるあまり、思わず額に手を当てた。

 その時ピコン、ピコンとマーキュリーのスパコンの通知音が鳴った。

 マーキュリーがそれを開いて確認すると、画面から顔を上げて叫んだ。

 

「気をつけて、囲まれてるわ!」

 

 マーズはすぐさま立ち上がって空拳の構えを取り、ムーンもロッドを手に取って構え、臨戦態勢を取る。

 間もなくいくつもの影が木陰や茂みから飛び出し、彼女たちを取り囲んだ。

 マーズはそのならず者たちを見て目を見開いた。

 

「あんたたちは……!」

 

 影の正体は、かつて彼女たちが戦ったのと同じ姿をした恐竜だった。

 しかも、今回は前よりも遥かに数が多い。

 恐竜たちは天に向かって何かを知らせるように吠えたて始める。

 

「クァオ、クァオ!クァオ、クァオ!」

 

 すると、茂みの向こうで影が動き飛び出した。

 それは恐竜たちとほぼ同じ外見をしているが、その図体は今までのより一回り大きい。

 中でも目につくのは、取り巻きより大きく鮮やかなオレンジ色のトサカと巨大な爪だった。

 

「……群れのボス!?」

 

 マーキュリーが言うと、その大きい恐竜は「グオゥッ、グオゥッ」と激しく吠えたてた。

 すると取り巻きは嘶きながら彼女たちの周りを駆け回り始める。マーキュリーの予想は当たっているようだ。

 

「あたしたちを舐めるんじゃないわよっ!!」

 

 1匹が飛び掛かると、マーズはその横っ面を殴りつけ吹き飛ばした。ムーンはまるでそこの空気から取り残されたかのように、呆然とその光景を目で追っていた。

 

「まだまだ来る!」

 

 マーキュリーの声を聞いて我に返ったムーンは、横眼でこちらに飛んでくる恐竜にロッドを構えた。ロッドをびっしりと並んだ牙が捕え、ガリッと鈍い音が鳴る。

 

「お願い……あっちに行って!」

 

 ロッドをマゼンタ色に光らせると恐竜は驚き、口から離して飛びのく。それを見た他の恐竜たちも動きを止め、戦いは中断された。

 ムーンはロッドを真っ直ぐに構え、前に突き出して点滅させた。

 

「あたしたちだって、できればあなたたちを攻撃したくないのよ!」

「セーラームーン……」

 

 マーキュリーは彼女を見つめ、マーズは攻撃に備えて構えながらそれを見守っている。

 部下たちは、指示を乞うように長に視線を集中させる。長は、感情の見えない顔でじっと彼女たちを見つめている。

 やがて、長が天を仰いだ。それに、ムーンは期待と不安が入り混じった表情を浮かべる。

 群れの長は、「グオーーーッ」と攻撃的な鳴き声を周囲に響かせた。

 部下たちは即座に彼女たちに視線を戻し、細く鋭い牙を剥く。

 

「お願い、思い直して!」

 

 彼女の叫びも虚しく、一斉に5匹の部下が地を駆ける。

 敵意をむき出しにした歯牙が、彼女らに集中していく。

 セーラームーンは覚悟を決めて、ぎりっと歯を食いしばった。

 

「ムーン・スパイラル・ハート・アタック!!」

 

 マゼンタ色の光の洪水が、恐竜たちを襲う。

 それが止んだ、その先にあるものは──

 全く無傷な、生物たちの姿だった。

 

「……効いて……ない……?」

 

 彼女の放った光線は、彼らを『浄化』することはなかった。

 長は「グアアッ、グアアッ」と短く2回吼えた。

 戦闘再開の合図だった。

 

────

 

「ふんふんなるほど、ここでうさぎちゃんたちが水浴びしていたってわけね」

 

 約束通り、池の近くに猫たちから情報を教えてもらいに来ていたルナは、1匹の黒猫がそこに入って頭を水で濡らし、手で髪を梳くような動作を見ていた。

 その時、後ろの茂みがガサガサと揺れた。

 

「えっ、何……」

 

 そう言ったきり、ルナは言葉を失った。その茂みから出てきたのが、あの恐竜の黄色い嘴だったからだ。

 

「ぎゃーっ!!」

 

 ルナは飛び上がって尻もちをつき、猫たちもある個体は逃げ出し、ある個体は熊手を持ち出して応戦の構えを取る。

 みなが注目する中、ゆっくりとその恐竜は前に進み出て姿を現わしていく。

 だが、何かがおかしかった。

 彼の動きはあまりに鈍く、よたりよたりと自身を庇うように歩いている。

 

「い、一体何なのよ……?」

 

 ルナの前でその恐竜は遂に力尽き、倒れた。

 その恐竜は、背中から尻尾にかけての部分が黒焦げていた。下半身からは煙がもうもうと噴き出ている。

 

「誰がこんなことを……」

 

 ルナだけでなく、猫たちも恐竜の周りに群がってこの現象をまじまじと観察している。

 その時、何処からか爆発音が聞こえた。

 

「……まさか!」

 

 ルナはその場から飛び出し、茂みの向こうへと駆けていく。それに気づいた猫たちも、急いでルナを追った。

 

────

 

「ファイアー、ソウル!!」

 

 マーズが放った火炎放射が恐竜を包み込み、瞬く間に骨の髄まで焼き尽くす。

 

「シャイン・アクア・イリュージョン!!」

 

 マーキュリーの両手から冷気を纏った水滴が放たれ、飛び掛からんとしていた恐竜はそのまま氷像となる。

 

「……」

「セーラームーン! あたしたちから離れないで!」

「う、うん……」

 

 セーラームーンは2人の戦士に護られていたが、多方面からの攻撃の対処に追われどうしても死角ができてしまう。

 不意に群れの長が大きく横っ飛びして、ムーンの横に入り込んだ。

 

「あっ……」

 

 長は反応が遅れた彼女に飛びつき、足で組み付き、押し倒す。

 

「きゃあっ!」

 

 体を振り払おうとしても、周りを爪で地面にしっかりと固定された彼女は動くことができない。

 

「セーラームーン!」

 

 マーズもマーキュリーも助けに向かおうとするが、手下が行く手を阻む。

 長が嘴を開けて牙を光らせた、その時。

 

「やめなさああああいっ!」

 

 オレンジ色のトサカに、一つの影が飛びつき噛みついた。

 突然の横槍に長は驚き、首を振って振り払う。

 

「いたっ!」

 

 地面に転がり落ちた1匹の黒猫を見て、ムーンはすぐに彼女を救った存在の正体に気づいた。

 

「ル……ルナ!!」

 

 急いでムーンはルナの近くに歩み寄った。

 

「ルナ、無事だったのね!」

「どうしてこんなところに!?」

「まぁ……いろいろとお世話になっちゃってね」

 

 マーキュリーとマーズの問いに少しだけ苦笑いを浮かべて答えたルナだったが、すぐに立ち上がり戦士たちに呼びかけた。

 

「それよりもみんな、今は目の前の敵の討伐が最優先よ!」

 

 恐竜たちは体制を立て直し、長の元に集って雄たけびを上げ始める。

 

「どうやら、まだまだやる気のようね……」

 

 マーズが手元に炎を燻らせたとき、後ろから大きく茂みを搔き分ける音がした。

 はっとして彼女たちが振り返ると、多くの猫たちが呆然とした様子で立ち竦んでいた。

 

「あ、あなたたち!」

「あなたたちって……ルナ、あの猫ちゃんたちと知り合いなの?」

「えっと、知り合いっていうか何ていうか……あっ!」

 

 ルナはムーンにこれまでの経緯を説明しかけたが、すぐにそんな暇がないことに気づいた。

 彼女たちを無視して目の前を横切った恐竜たちが、素早く猫たちを取り囲む。

 

「ニャ―!」

「ニャニャ、ニャニャ!」

「ミャオーン!!」

 

 猫たちの中でも勇気のある者は前に出て熊手を構え、そうでない者は後ろに引き籠って頭を抱えぶるぶる震えている。恐竜たちは、非力な猫たちを次の獲物に選んだようだった。

 

「セーラームーン、あの猫ちゃんたちを助けて!私の命の恩人なのよ!」

 

 ルナの話を聞き、ムーンは猫たちと恐竜たちを互いに見やる。

 選択に残された時間はほんの僅かだった。

 

「分かったわ」

 

 ムーンは頷くと、猫たちを取り囲む恐竜の輪に向けてロッドを向ける。

 

「ムーン・スパイラル・ハート・アタック!!」

 

 光線が、恐竜の輪に着弾する。

 攻撃が全く効かないとはいえ、強烈な光に恐竜たちは一瞬目が眩む。

 

「ファイアーソウル!」

「シャイン・アクア・イリュージョン!」

 

 その意図を知ったマーズとマーキュリーも技を放ち、恐竜たちを一網打尽にする。

 一部始終を見ていた猫たちはしばらく呆然としていたが、やがて我に返るとパニック同然の状態になって散り散りになってしまった。

 再び、恐竜の群れと戦士たちが向き合い、睨み合う。

 

「さあ、仕切り直しといきましょうか」

 

 マーズが言った直後、頭上の木から影が落ちてきた。

 それに気づいた群れの長がその場から飛びのくと、突如その地点の地面が跳ね上がった。

 戦士たちは反射的に土煙を腕で防ぎ、目を細める。

 

 晴れていく土煙。その中にある影は、人の形をしていた。

 それは彼女たちより遥かに背が高く、肩幅も大きい男性だった。

 今地面に接している彼の背をも超える巨大な物体の正体は、巨大な骨を切り出して作られた、無骨というにも程がある大剣だった。

 泥にまみれ野生的な雰囲気を漂わすその男は、ふと彼女たちの方に視線を寄越す。

 傷だらけになった鉄製ヘルメットの奥に覗く瞳が、一際大きく光る。

 皺の刻まれた顔が、驚きに歪んだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

そこは、乙女の知らない世界⑥

「な……何、あの人!?」

 

 ムーンは、目の前の人物に呆気にとられていた。

 狩人も、しばらくは彼女たちの存在に気を取られていたようだった。

 だが、マーキュリーは何かに気づき、それを指さして叫んだ。

 

「あ、危ない!!」

 

 男が大剣と共に横に倒れ込んで転がり込むと、男のいた地点を群れの長が踏みつけた。

 彼はちらりと視線を巡らせると大剣を柄にしまい、手下の攻撃の間を縫うように走る。

 懐から棒状の手榴弾のような物体を取り出すと、男は戦士たちに向けて手で顔を庇う動作をしてみせた。

 

「な、何!?何なの!?」

 

 戸惑いつつも戦士たちがその通りにすると、男は物体についたピンを外し恐竜たちの目の前に投げた。

 強烈な閃光が、森を照らす。

 

「きゃあっ!」

 

 目を塞いでいても感じる眩さに、戦士たちは悲鳴を上げた。

 彼女たちが恐る恐る視界を開くとそれは恐竜たちも同じだったようで、手下も群れの長も目をちかちかと瞬かせて、頭をふらつかせていた。

 男は悠々と群れの長に向かっていく。

 彼は大剣を群れの長の前で大きく振りかざし、抜刀したまま力を溜めた。

 無抵抗な群れの長の肩から脚にかけての部分を、全体重をかけた大剣の刃が抉る。

 

「ギゥアッ」

 

 大きく傷ついた長は身を捩り、仕返しにと大きく口を開けて反撃に出た。

 だが、それも既にお見通しとでも言うように、お次は恐ろしい重量であるはずの大剣を思いっきり斜め上へと斬り上げた。その刃は見事に相手の口内を真横に捉えて割き、柔らかい肉を深く傷つけた。

 

「グエッ…………」

 

 吹っ飛ばされ激痛にもんどりうつ群れの長を注視しながら、男は表情を変えず大剣を柄へと仕舞う。セーラー戦士たちは、あまりに壮絶な戦いに目を見張るしかなかった。

 男は真っ直ぐに相手を見つめながらゆっくり歩み寄っていく。

 

「やっぱり、あの人が恐竜たちを倒していたのね」

 

 マーズが口を開き、呟いた。

 長を見下す男の黄土色の瞳が、爛々と獣のように光っている。

 不意に、セーラームーンが肩をぶるりと震わせる。マーズとマーキュリーがそれに気づく前に、彼女はその場を駆けだしていた。

 

「やめて!!」

 

 柄に再び手をかけた男の腕をセーラームーンが掴み、呼びかけた。

 男はまさか止めてくるとは思っていなかったのか、掴まれた腕を見てから訝しげな視線を彼女の顔に寄越した。

 ムーンは涙を蒼い瞳に溜めながら、真っ直ぐに男の目を見つめていた。

 

「あの子はもう十分に分かったはずよ、私たちを襲ったらひどい目に遭うって!だから、お願い……やめてあげて」

 

 ムーンは男の胸を覆う装甲に頭を埋め、拳を必死に胸元にたたきつけた。

 当然日本語が彼に通じるはずもなく、男はただただ困惑し、目の前で何かを必死に訴えているふんわりとした金髪頭の娘と、向こうに控えている少女たちや猫に視線を投げかけるだけだった。

 

「ダメよ……彼に言葉が通じるわけないわ」

 

 マーキュリーが、悲しそうに首を横に振る。

 

「まずいわ!相手が立ったわよ!!」

 

 ルナの言葉通り、長は脚をがたつかせながらも立ち上がっていた。傷口は既に塞がりかけており、その目はますます殺意を増してギラギラと光っていた。長は牙を、前脚の爪をいよいよ露わにし、今にも飛び掛からんとしていた。

 狩人はその生物を睨みながら大剣に手を伸ばし、ムーンの肩に手をかけるが、この背を向けた状態では間に合いそうにもなかった。

 

 ムーンは、男を押しのけロッドを構えた。

 目の前に迫りつつあった長の頭部を、マゼンタの光が包み込む。

 男は、はっとした表情でムーンの後ろ姿を見つめる。

 

「ギシャッ…………」

 

 群れの長の頭は、悲鳴を上げ切る前に白い灰へと分解された。

 後に残ったのは首から上がなくなった虚ろな肉の器だけだった。

 それは糸が切れた操り人形のようにその場に倒れ込み、動くことはなかった。

 

 ずっと男の傍で見守っていたセーラームーンは、亡骸の近くまで寄っていった。そこで彼女は膝をついて屈み込み、両手で灰を両手に取った。

 手の中の物体がはらはらと風に吹かれていくのを見た瞬間、彼女の目から静かに涙が零れ落ちた。

 男はじっと眉間に皺を寄せて、彼女の周りに戦士たちが心配そうに駆け寄っていくのを見つめていた。

 

「…………」

「あの……」

 

 彼女たちに背を向け歩み始めた狩人にすかさずマーキュリーが呼びかけると、彼はしばらく思案して立ち止まった後、視線を肩越しに寄越して自分を指し示してくいっと指を曲げる動作をした。

 

「ついてこい、てこと……?」

 

 マーズが自分たちを指さしてから次に男を指さすと、彼は静かに首を縦に振った。

 狩人は高齢ながら逞しく、顔も強面で表情に乏しくて感情が読み取りにくかった。

 

「あたしたちを見て全く動揺しないなんて、何か考えてるんじゃない?」

「もしかしたら、あの群れも、自分を信用させるためわざとけしかけたものなんじゃ……」

 

 マーズとマーキュリーの表情が疑念に満ちてきた時、一声が上がった。

 

「あの人についてこう、みんな」

 

 そう言ったのは、他でもない、一番狩人の近くにいたセーラームーンだった。涙は引きつつあったものの、代わりに胸の前で灰を掴む拳をぎゅっと強く握りしめた。

 

「あの恐竜が襲ってきた時、あの人はあたしを押しのけて庇おうとしたわ」

 

 仲間たちは、大木のような男を改めてもう一度見やった。

 彼は彼女たちの答えを待つように、腕を組んでこちらを見つめるのみ。彼女たちは覚悟を決め、男に向かって頷いた。

 男はそれを見ると、何も言わず森の奥へと歩みを進める。

 仲間たちがそれに続く中、セーラームーンは去り際にもう一度群れの長の遺体を一瞥し、振り切るように目を瞑って走っていった。

 

──

 

 男は一度も振り返ることも話しかけることもなく、野を越え山を越え歩き続けた。

 幾千の戦いを経た戦士たちといえども、疲れて足取りもふらふらしてきた頃だった。 

 不意に男は足を止め、戦士たちに振り向いた。彼女たちはそこに広がる光景を見て、思わずため息を漏らした。

 巨大な骨で枠組みが作られた、黄色のテント。2つのそれぞれが赤と青に塗られた、木製のボックス。効率よく燃えるよう井桁式に組まれた薪。水を豊かに湛えた池と、釣りが出来るように渡された橋桁。

 今まで見てきた大自然の中で、唯一そこが人がこの世界に存在していることを証明していた。

 男はテントの中を覗いてまさぐると、その中から大きな布を取り出した。彼はそれを彼女たちに手渡し、それを頭の上から身体に被せるようなポーズを行った。そして、灰色の草食恐竜らしき生物が引く荷車を指さした。

 

「あれに乗れってこと?」

 

 マーズが怪訝な表情を見せるが、男は黙って行動を促すように腕を組み、荷台の方向へ顎をしゃくった。

 覗いてみると荷車の荷台は革製の屋根で覆われていて、奥は暗くてよく見えない。

 

「一体どこに連れていかれるのかしら……」

 

 マーキュリーは不安そうにつぶやいたが、セーラームーンは信用しているようですぐ男の指示に従った。

 仕方なく全員が指示通りに布を被って荷台の奥の空いたところに座ると、男は一旦荷台に登り口の前に人差し指を当てる動作をしてみせた。

 

「静かにしろってこと?注文が多いおじ様ねえ」

 

 ルナが少し嫌味を言ったが、男はそれを無視して荷台から降りると、大樽やら液体が入った瓶やらを荷台に放り込み、最後に荷台後方の幕を下ろした。

 その後、何やらぱしゅっと花火が打ちあがるような音が外でしたかと思うと、前方で草食竜の牛のようなのんびりとした鳴き声が響き、車輪が動く振動が彼女たちの足に伝わってきた。

 戦士たちは、これからの自分たちの行く末を案じながらも、取り敢えずは3人と1匹揃って毛布の上で並び横になったのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

そこは、乙女の知らない世界⑦

「ふわあー、もうだいぶ夜も更けてきたわねぇ」

 

 ルナは、そう言って大きな欠伸をした。

 月が天高く上った夜、変身を解いたうさぎたちを乗せた荷車は森の中休憩のために停泊していた。うさぎ以外の2人も、変身を解いて元の姿に戻っていた。

 亜美は、ちろちろと小さな光が走るランプを見てため息をついた。

 

「本当に今日はいろんなことがあったわね」

 

「ええ。恐竜どもの親玉に、謎の狩人に……ほんと、一生分驚いた気分よ」

 

 レイが藁の上にどさっと身体を下ろして呟く。

 その横で、うさぎは心ここにあらずといった様子で膝を抱えて座っていた。彼女の見つめるロッドの球の部分に、彼女の顔が歪んで映っていた。

 

「やっぱりうさぎちゃん、あの戦いを思い出してるのね」

 

 痛ましそうな表情で聞いた亜美に、聞こえているのか聞こえていないのか、うさぎは首を僅かに動かしただけで、はっきりと答えることはなかった。

 

「……もっといい方法があったんじゃないかな、あの子たちを傷つけなくて済む方法があったんじゃないかなって、どうしてもそう思っちゃうの」

 

「あれは何も間違ってなんかないわ。紛れもない正当防衛ってやつじゃない。ただ、とんでもなく運が悪かっただけよ」

 

 毅然と答えるレイだが、それとは反して、うさぎの顔は段々と悲しみの感情に支配されていく。

 

「でも、あの子たちは何も悪いことなんかしてないのに……あたし、あんなこと……」

 

 言っているうちに顔を涙と鼻水で濡らし始めたうさぎに、ずっと隣で見ていたルナが声をかける。

 

「うさぎちゃんって、ほんとこういう時繊細すぎるほど繊細よね」

 

 彼女の口調はぞんざいなものだったが、それを言っている目つきは子をあやす親のように優しかった。

 

「うさぎちゃんは優しすぎるのよ。悪意がない相手なら、誰とでも分かり合おうとしちゃうのよね。そういうところが私たちはむしろ大好きなんだけど」

 

 亜美がうさぎに柔らかく笑いかけ、彼女は迷うような表情を見せた。

 それでも中々踏ん切りをつけられないうさぎの顔を、レイが両手で押さえて無理やり彼女の方に向かせ、真っ直ぐ見つめた。

 

「あいつらはうさぎの優しさが通じる相手じゃなかった。ただそれだけのお話。一々気に病む必要なんかないわ」

 

「ほら、今日はみんなで身体を休めましょう。私もどこかの誰かさんみたいに、夜更かししちゃうと必ず翌朝寝坊しちゃうタイプなのよねー」

 

 そう言ったのは、既にランプのすぐ横で丸くなって眠そうな顔をしたルナだった。うさぎはそこで、やっと安心した笑みを僅かながら浮かべた。

 

「……もう、ルナったら」

 

 ルナと落ち着いた様子で話すうさぎを見て、亜美とレイはほっと胸を撫でおろした。

 

────

 

 翌朝。

 陽が次第に昇り、彼女たちの横顔を隙間から漏れた陽光が照らした。

 

「うーん……よくねた……」

 

 うさぎは目をこすりながら起き上がり、差し込んだ光に照らされた自分の髪を束にして手に取った。

 寝返りを打たないよう気をつけてはいたはずだが、自慢の金髪はかなりばらけてパサついていた。

 昨日から、相も変わらず木々の葉っぱが風に吹かれる音が聞こえる。

 だが、いま、その音の中に人の賑わいの声が混じっていた。

 

「もう何よ、やけに騒がしいわねえ……」

 

 今しがた目を覚ましたルナが気に掛けるが、ここからむやみに動くことは出来ない。

 前方で子どもたちの歓声が上がり、それに続いて大人の声も多く聞こえてきた。

 やがて、そんな明るい声が彼女たちの四方八方から、荷車の壁越しに飛んできた。人だかりの中に入ったようだ。

 

「いろんな人の声が聞こえるわ。男や女、子どもから老人まで」

 

「ということは、あの狩人が所属する集落ね」

 

 いつの間にか、レイと亜美が目を覚ましていた。

 その荷車を包み込んでいた喧騒も後方に行って静まり、荷車はそのまましばらく進んでから停止した。

 後ろの幕が上がり、男が顔を覗かせると彼は戸惑うように3人の顔を凝視する。

 

「あっ……私たち、変身を解いたから別人に見えてるんだわ!」

 

 亜美が言うと、うさぎは布を被ったまま荷車を降りて狩人の前に立ち、布の間からロッドを見えるように差し出した。

 それを見た狩人は、ロッドと布にくるまれたうさぎの顔を見合わせた。亜美とレイが視線を合わせて黙って頷くと、まだ驚きを隠せないながらも彼は背を向けて先導を続けた。

 うさぎたちは狩人を追う途中でさっと頭の布を持ち上げて周りの様子を確かめたが、正に森にある中世ヨーロッパ風の素朴な村、という印象が強く残った。人々の集まりも見えるが、ここからは遠すぎてその表情までは見えない。

 

 狩人が案内したのは、茅葺屋根で小さな木製の、素朴な小屋だった。

 玄関に入ると、25平方メートルほどの石造りの床と白い漆喰で塗られた壁の景色が広がった。壁には木製の雨戸付の窓、部屋の中心にはかまどとテーブル、部屋の端っこには3つのベッドがあった。そして、そのいずれもが綺麗に掃除されている。

 

「なんだ、案外普通の家じゃない」

 

 荷車を出てから気を張り詰めていたレイが、やっと警戒の表情を解いた。

 亜美は玄関の外に立っている狩人をちらりと見た。

 

「あの人があらかじめ話を付けてくれたのかしら?」

 

「何にせよ、うさぎの言葉に間違いはなかったってことね。あの人、一応信用は出来るみたいだわ」

 

「でも……彼は一体、何のためにここに連れてきたのかしら。今でもそれがいまいち分からないわよね」

 

「ま、危害を加えてくる意図はないみたいだし、しばらくここでゆっくりさせてもらいましょ」

 

 ルナはベッドの上に飛び乗ると、思いっきり伸びをしてからくつろいで丸くなった。

 

「ああっ、ルナったら先にずるいー!!」

 

 うさぎは口をとがらせると、ルナの隣に勢いよくダイブする。

 

「……しあわせ……ふかふか……」

 

 久々の感覚に、毛布を頬にすりすりしてにんまりとしているうさぎを他所に、亜美とレイは並んでベッドに腰を落ち着けた。

 

「……で、これからどうするわけ?まさかここにいつまでも観光気分でいるわけないわよね?」

 

「そうね。いつかはあの森と丘が広がる地域を調査し、この世界からの脱出方法を探さなくてはならないわ。そのためには、まずこの世界がどういう仕組みで成り立ち、人々はどのような価値体系で生きているかを知り、次にコミュニケーションの方法を探らなくては……」

 

「あーもう始まった。亜美ちゃんの特別講義」

 

やっと落ち着いたと思ったところなのにと、うさぎはぶすっと不満げな顔をしながら毛布に顔を埋めていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

戦士よ、前へ①

 

 ……ちゃん。

 ……もちゃん。

 ……まもちゃん。まもちゃん。ここよ。あなたの愛しいうさぎは、ここにいるよ。

 だから……

 

「うさこっ!」

 

 衛が飛び起きると、そこは変哲もない、いつも通りの自分の部屋だった。

 手元には、手汗でぐっしょり濡れた星型のオルゴール。身体も汗だらけで湿っていて気持ちが悪い。

 

「……夢か」

 

 どうやらソファーの上でそのまま眠ってしまったらしい。ぼんやりとした頭のまま、彼はのっそりと立ち上がる。

 寝ぼけまなこで洗顔し、髭を剃ったあと朝食を作るが、今日は簡単に牛乳とピーナッツバタートーストで適当に朝食を済ませる。

 

「今日のニュースは……と」

 

 最近出現し始めた生物たちはまさに『動物』で、目につくものに興味を示して被害を出す。そのため、今回はメディアを駆使して情報を仕入れ、奴らが出た時はすぐ直行せねばならない。

 

 テレビでは緊急ニュースが報道されていた。

 

『複数の猿型の未確認生物が十番商店街に出現か』

 

「これはまずいな……」

 

 今日は休日だ。

 時間帯はそろそろ人通りが多くなりはじめる頃。

 衛は胸ポケットから薔薇を取り出すと、タキシード仮面へと変身した。

 タキシード仮面は窓を開けてベランダに出ると、そのまま跳躍して姿を消した。

 

────

 

 日頃、ショッピングに訪れた多くの人で賑わい活気を見せる十番商店街。だが、この日はいつもと様子が全く異なった。

 商店街は、霧の中どこもかしこも悲鳴と喧騒に包まれている。

 何かから逃げ惑う人が大勢いるなかで、その何かを囲んで恐怖と好奇心の狭間で見物をしている人もいた。

 

 人々の輪の中に、桃色の毛に覆われた生物が4体、呑気な様子でふんぞり返っている。

 彼らは一見腹の出た桃色の毛並みを持ち、太ったゴリラのような見た目をしているが、その顔はまるでカバのようだった。その頭からは緑がかった毛が無造作に生え、前脚の爪は鋭く細い。姿こそどこか間抜けてチャーミングだが、その大きさは四つん這いの状態でも人の背ほどはある。

 

 奴らは人間たちの動向など気にすることなく、通行人から奪った食料品を漁っている。

 そんな中、猿の一体が1人の若い女性に目を付けた。彼女は焼き立てのパンの入った袋と一緒に大きなフランスパンを抱えていて、一番匂いと見た目が目立っていたのだろう。

 猿は好奇心ありげに後ろ脚で立ち上がり低く嘶くと、彼女の方へと走り始めた。

 

「だ、誰か助けて!」

 

 女性は助けを求めて叫び声を上げた。周りの人々は思わず女性から離れ、彼女は絶体絶命の危機に晒された。

 その時、女性と猿の間の地面に、両者を隔てるように紅い薔薇が一本突き刺さる。

 猿はその直前で立ち止まり、仲間たちも何かの気配に気づいてビルの屋上を見た。

 2つの人影があった。1人は男性、もう1人は幼い少女だ。

 

「恋人が、家族が、共に時を過ごして憩う商店街……そこに無粋な獣どもの姿は似合わない。そんなに食べものが欲しいのならば、動物園の飼育員さんに頭でも下げてくるがいい!傍若無人な猿どもめ、このタキシード仮面が成敗してくれる!」

 

 そう口上を上げるタキシード仮面の横で、ピンク色の戦闘服を着た小さなセーラー戦士が、桃色のツインテールを揺らせて背中を向け合っていた。彼女の顔はタキシード仮面よりもぶすっとしていて、非常に機嫌が悪いように見える。

 

「いっつもママたちと来る商店街!そこで今日もたくさんお洋服やお菓子を買ってもらうつもりだったのに!そこを汚す下品なお猿さん!絶対に今日という日は許せないっ!そもそも何よ!この前でもでっかい虫を相手するだけでも嫌だったのに……」

 

 しばらく少女は俯いて文句を垂れていたが、タキシード仮面に時節見られているのに気づくと、顔を赤くし慌てて前を向き直す。

 

「あー、こほん!と、に、か、く!!この、愛と正義のセーラー服美少女戦士見習い、セーラーちびムーンが!未来の月に代わって、おしおきよ!!」

 

 セーラームーンと同じ決めポーズをしたちびムーンだったが、当の怪物たちは既にこちらから興味をなくし、先ほどの女性が落としたパン袋を物色していた。

 

「あっ、無視された!」

「こうもいつもと違うと、調子が狂うな……」

 

 仕方なく、タキシード仮面とちびムーンはビルの屋上から飛び降り獣たちのすぐ近くに降り立つ。

 ちびムーンは、一番人々に近い距離にいる1体に声をかけた。

 

「ちょっとぐらいはこっちを見なさいよ、あんた!」

 

 だが、そいつはわざとなのか聞こえてないのか、2人にピンク色の背中を見せながらフランスパンを美味しそうにつまんでいる。

 しびれを切らしたちびムーンは、薄いピンクのハート型の水晶が飾られたスティックを取り出し、真っ直ぐ天上に掲げた。

 

「喰らいなさいっ!ピンク・ハートシュガー・アタックゥー!」

 

 ピンク色のハートの輪っかのビームが水晶から走る。

 

「アガガガガガガガ!!」

 

 それは猿の後頭部に直撃してフランスパンを落とさせたが、そのビームの威力自体は弱く身体が傷つくことはなかった。

 その猿は苛ついたように唸ると、振り向いてタキシード仮面とちびムーンに初めてまともに視線を向けた。

 

「よーし、やっとこっちと付き合う気になったわね!」

 

 だが、そう言ったちびムーンの背後から、同じような唸り声が聞こえてきた。

 獣たちは後ろ脚で立ち上がり、尻を震わせ低い声で威嚇するように鳴いた。

 

「……何だかみんな怒らせちゃったみたい」

 

 予想以上にいきり立つ猿たちを見回し汗を垂らすちびムーンだったが、そこにタキシード仮面の声が飛ぶ。

 

「いや、これは好機だちびムーン!少しでも奴らを人々から遠ざけるんだ!」

「は、はい、タキシード仮面さま!」

 

 気を取り直して表情を引き締めてスティックを構えたちびムーンだったが、振り向いた先には猿の黒く固そうな皮膚に覆われた尻が向けられていた。

 

「な、なによあんた」

「ブフゥッ」

 

 謎の行動に戸惑ったちびムーンの顔面に、猿は尻から黄土色の気体を見舞った。

 彼女はしばらくその霧の中に呆然と座っていたが、やがて身体がわなわなと震えはじめる。

 

「く……くっちゃあああああああっっっっい!!」

 

 ちびムーンは悶絶しその場を転げまわった。地獄に落とされたかのような表情で苦しみもがくちびムーンに、タキシード仮面は急いで駆け寄った。

 

「放屁かっ!汚いやつめ……」

 

 あまりの臭さにタキシード仮面は顔をしかめて腕で鼻を覆い、彼女を抱きかかえて猿の傍から引き離した。

 ちびムーンは早くもダウンして、死にかけの虫のように足をピクピク動かしている。その一方、先ほど屁を出した猿はスッキリした様子で伸びをしていた。

 

「しっかりするんだ、セーラーちびムーン!」

「タキ……シード……仮面……様……あたし、もう……」

 

 呼びかけも虚しく、ちびムーンは「ダメ」と言ったきりがくりと項垂れた。

 

「くそっ、なんて下品な猿どもだ……」

「ブフォオォーーーーッ!」

 

 猿たちは、一斉にタキシード仮面らに跳躍して飛び掛かる。

 タキシード仮面はそれを真上に大きく跳ぶことで回避する。

 

「そいやっ!」

 

 タキシード仮面が構えたステッキが如意棒のように伸び、空中から猿たちの後頭部を次々に叩く。

 思わず悲鳴を上げて仰け反った猿たちの輪の中に降り立つと、彼はマントを翻すと共に全方位に紅い薔薇を乱れ投げした。薔薇は瞬く間に猿たちの身体中に突き刺さり、彼らは痛みに転げまわった。

 

「しぶとい……まだ生きているとは!前回の虫とはえらい違いだ!」

 

 彼は薔薇を投げて追撃し、そのうちの2つは的確に猿の脳天を貫いたことで止めを刺せたが、あとの2匹は間一髪で飛び跳ねて避けた。

 それらは恐れおののいた様子でその場を駆けだし、逃走を図る。その先にあるのは、見物をしていた人々だった。

 

「危ない!」

 

 先ほどの呑気な彼らからは想像できないほどの圧倒的なスピードに、タキシード仮面が思わず大声を上げた時だった。

 

「デッド・スクリーム」

 

 後ろから飛んできた大きな紫色の光球が、猿たちを纏めて包み込み爆発した。煙の中から出てきたのは、丸焦げになった哀れな獣たちの姿だった。

 

「まさか……!」

 

 タキシード仮面が振り向くと、その人物はゆっくりとした足取りでこちらに向かってきていた。

 

「前回は助太刀できず、申し訳ございません」

 

 褐色の肌、マゼンタの瞳、後ろをお団子で留めた新緑の長髪。大人びて神秘的な雰囲気を醸し出すセーラー戦士は、タキシード仮面の前まで来ると恭しく目を伏せ、その場に膝まづいた。

 

「キング、どうかお許しを」

「セーラープルート……顔を上げてくれ。一体、何故君がここに?」

 

 プルートは静かに目線を上げて、キングと称したタキシード仮面を見上げる。

 

「それは、今この世界に起こっている異変についてキングにお伝えするためです」

 

 タキシード仮面はごくりと唾を吞み込んだ。

 

「……君も、既にこの事態は把握しているということか」

「はい。そして、今この時クイーンと内部太陽系戦士が、この世界の何処にもいないということも」

 

 緊張が走る。

 

「今、この世界の未来は大きく本来の道からそれ、予想外の方向へ動こうとしています。それについて数日前より調べておりました」

 

 タキシード仮面の胸元で、既に目を覚ましていたちびムーンが、マントの間から這い出して顔を出す。

 

「ねえ、プー。まさかそれって、未来にも関係することなの?」

 

 彼女の顔を見たプルートは、それまでのミステリアスな表情を一転させ、包み込むような温かみのある表情で優しく微笑んだ。

 

「スモール・レディ、詳しいことは後でお話します。この場では目立ちますから」

 

「ああ、そうだな。まずは私の家に向かおう」

 

 3人は、そう話すと高く跳躍してその場を去っていった。

 残った4体の猿の遺骸は、黒ずんだ灰となって空間に溶けるように消えていった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

戦士よ、前へ②

「……さて。落ち着いたところで話を聞かせてくれるか、せつなさん」

 

 変身を解いた衛、ちびうさ、そしてセーラープルートの普段の姿である冥王せつなは、衛の家にて、机を挟んで向かい合っていた。

 彼女は、上司に対するかのように品よく座った姿勢を崩さず「それでは」と口を開いた。

 

「私は時空を監視する門番として、引き続き観測を続けてきました。以前の戦い以降、特にこれといった異常は見られませんでした。ですがこの1週間ほどで、この十番街の空間に揺らぎが生じ始めたのです」

「そして奴らが現れた、と」

 

 衛の言葉に、黙ってせつなは頷いた。

 

「彼らは時空の割れ目よりこちらに侵入したものでした。全く未知の生物です。個人的には、単なる自然現象にしてはやや出来過ぎだと考えています」

「つまり、誰かが糸を引いている?」

「可能性としては否定できません」

 

 話は一気にきな臭くなってきた。時空を知り未来をも見通すセーラー戦士でさえも把握できない「あちらの世界」。

 

「ねえ、プー」

 

 それまで黙って話を聞いていたちびうさが口火を切った。

 

「このままだったら未来はどうなっちゃうの?前にプーも言ってたよね。未来は変わることがあるって」

「私もこのような事態は初めてなので確信は出来ませんが……セーラームーンがこの世界に存在しない状況が続いた場合、変化は避けられないでしょう」

 

 普段あまり感情を表沙汰にしない彼女の厳しく歪んだ表情からして、今回はかなりイレギュラーな事態のようだった。

 

「せめて、あちらの世界について何か一つでもわかっていることはないのか?」

 

 それを聞いたせつなは、俯いてしばらく黙った後ぽつりと呟いた。

 

「一つだけなら」

 

 せつなは衛の答えを聞くと、覚悟を決めたように目線を上げ、衛とちびうさを真っ直ぐに見つめた。

 

「双方の世界の間で、時間のズレが生じています」

「時間のズレ?」

「はい。こちらの世界の1日が、あちらでは1ヶ月ほどに相当します」

「……今頃、うさこたちは3日前に異世界に行ってから、3ヶ月以上はあっちにいるということか?」

「そういうことになります」

「一昨日の夜、助けに向かったジュピターやヴィーナスたちは……」

 

 恐る恐る聞いたちびうさに、せつなは表情を変えず答えた。 

 

「あちらの世界から見れば、うさぎさんたちが行ってから約1ヶ月後に、あちらの世界に入ったことになるでしょう」

 

 ちびうさは、壁にかかっている時計を見やった。今はちょうど昼の11時頃。ジュピターたちが出発したであろう一昨日の夜からは、ほぼ半日ほど経っている。

 

「じゃあ、もうそれから更に半月経ってるのに、みんな帰ってきてないってことじゃない!」

「そんな恐ろしい事態になっていたとは……一刻も早く彼女たちを!」

「行ってはなりません」

 

 衛の言葉をせつなは冷たく遮った。

 

「衛様なら猶更のこと、未知の場所に安易に足を踏み入れるようなことは避けるべきです」

 

 衛は唇をかみしめた。確かに、彼女の言うことは一つの正論だ。それこそ彼女たちとの約束を破る行為だ。

 

「衛様も、今までのことで分かっておられるはずです。向こうの世界は現在のところ、全くのブラックボックス。少なくともあちらの世界との出入り口を確保してから調査を進めるべきです」

 

 衛はしばらくせつなを睨んで立っていたが、やがて打ちひしがれるようにソファに腰を下ろし、項垂れる。

 

「つまり……俺たちはここにいろ、ということか」

「どうか、衛様にはご自分の立場をもう一度理解して頂きたいのです。貴方は将来、国王となられるお方。その守護戦士たる私としては、ここでお引止めする他ありません」

 

 彼女の言うことは紛れもなく正しいだろう。だが、このまま帰りを待ち続けることは果たして正解なのだろうか?

 こうやって話している間にも、時間は過ぎ去っていく。こうしている間にも、彼女たちに危険が迫っているかもしれない。

 そんな思いが心中に渦巻く衛を、ちびうさは心配そうな目をして見ていた。

 

「まもちゃん……」

 

 気づくと、ルビーのように明暗の輝きを秘めた赤い瞳が衛を覗いていた。可愛らしいピンクのお団子と、ふわりとしたボリュームのあるツインテール。そして、ぴょこんと円を描いて跳ねた後れ毛と、自分の袖を掴む小さな手が目に入る。

 そう遠くない未来、うさぎとの間に授かる宝物。

 無言ながら慰めようとしているのか、肩に抱きつくちびうさを見つめ、衛はしばらくの間熟考を重ねた。

 そして最後に「分かった」と一言だけ返事をした。

 

「……ありがとう、せつなさん」

 

 突如感謝の言葉を向けられたせつなは、僅かに目を丸くした。

 

「君の助言がなかったら、俺は危険も顧みずうさこを探しに行っていただろう。そうしたら、更にみんなを不安にさせる。これが正しいんだ」

 

 彼の顔は穏やかに笑っていたが、隣で見ていたちびうさは、その笑顔の裏で必死に抑えつけたであろう感情を、憂いを帯びた瞳から感じずにはいられなかった。

 

「俺は、引き続きこの街を君たちと一緒に護る。はるか君やみちる君とも協力して、何とか方法を探してみれないかな」

 

 それを聞いたせつなは深々と頭を下げ、口角を僅かに上げた。

 

「衛様、賢明な判断に感謝致します。どうか、ほんの少しだけお待ちください。その2人にも既にこの件は報告してありますから、近いうちにこの街に到着するはずです。その時になりましたら、またここに参ります」

「わかった」

 

 せつなは立ち上がって玄関へと足を運び、衛とちびうさはそれをドアの前で見送る。

 

「それでは、私はこれで」

 

 にこりと笑った彼女に、衛とちびうさは手を振った。

 

「ああ、それでは」

「プー……元気でね」

 

 会釈してマンションを後にしたせつなだったが、離れていくに従ってその表情は暗くなり、深刻そうに「危ういわね」と呟いた。

 

────

 

夕日が今にも海岸線に消えようとしている。

ここは、うさぎたちが住む東京の十番街から少し離れた、どこかにある沿岸道路。

そこを、一台の黄色いオープンカーが風のように駆け抜けている。それに乗っているのは2人。

 

 1人は車を運転している、男性的なスーツ姿の麗人。

 長身、淡い金髪のショートボブ、きつめの目つきが特徴的だ。誰からも言われなければ、この人物が女子高校生とは誰も思うまい。僅かにその証拠を漂わすように、ハンドルを握るその身体からはコロンの華やかな香りが漂う。

 

「また忙しくなりそうだな、みちる」

 

 口調は男性的でありながらどこか色気を含んだ声で、彼女はみちると呼んだ女性に話しかけた。

 それはカシュクールを身にまとい、緑のウェーブロングヘアーが風にそよぎ、気品の高さを醸しだしている美女。こちらも、隣と合わせて高校生らしからぬ神秘的なオーラを纏っている。彼女からも、その隣の人物と同じコロンの香りが後ろへと流れていた。

 彼女も、微笑してそれに答える。

 

「そのようね、はるか。ダイモーンもいなくなって平和な時が来てくれると思ったのは、どうやら甘い幻想だったようだわ」

 

 みちるは、ふと上方を見上げた。

 空は、燃えるようなオレンジから星が浮かぶ深い瞑色へと、今この時に移ろいつつある。

 それを見ている彼女の唇が、意図しない間に自然と開かれた。

 

「人が支配する昼の刻は終わり、獣が支配する夜の刻へ……」

「やっぱり、君が見ていた夢は本当になってしまったようだな」

 

 そう返すはるかの顔には、深刻な表情が浮かんでいた。

 

「異世界からの未知の生物……。聞いている限り、僕たちが今まで相手にした奴らとはかなり勝手が違うだろう。根拠はないが、とても嫌な予感がする」

「貴女にしては弱気ね」

 

 からかいを込めた口調で言ったみちるに、はるかは茶化してくれるなよ、と笑った。

 

「僕だって人並みには怖がるさ。人間は常に分からないものを恐れると言うだろう?」

 

 確かにそうね、でも、とみちるは言葉を紡いだ。

 

「何が来ようと同じよ。私たちは生き、戦い、死ぬ。ただそれだけ」

 

 その容姿と穏やかな表情には似合わぬ言葉を言い放った彼女の横顔を、夕陽が真っ赤に照らしていた。

 

「私たちセーラー戦士は戦いを宿命づけられた存在。そうでしょう?」

「ああ、そうだったな。しょうがない、二人旅は怪物退治が終わってからにするか。まずは僕らの王子様のご様子を窺いにいかないと、な」

 

 はるかがアクセルを踏み込むと、2人を乗せたオープンカーは風のような速度で海岸を駆け抜けていった。 

 いつの間にか日は沈み切り、地平線の一点に、僅かに残照の朱色が残るばかりとなっていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

戦士よ、前へ③

 ココット村に来てうさぎたちがまずやらなければならなかったことは、少しでも早くこの村の生活リズムに慣れることだった。この世界に来てから、彼女たちの生活はすっかり激変した。

 

 まず、毎朝7時から8時に起床。時計もないので、先に起きた者が後の者を起こす習慣になっていった。これについては、うさぎは「ラッキー!遅刻ではるなに怒られる心配なしなしじゃーん!」などと喜ばしげだったが、やがてクラスメイトたちにも会えない、ママのお弁当も食べられないことに気づくと、途端にホームシックになっていじけた。

 

 その後、準備運動をしたら朝の散歩をする。途中村の住民と目が合うこともあったが、やはり言葉の通じないからか何処か彼らの態度はよそよそしく、会話をする機会は得られない。

 

 それをやったら、基本的に家の中で過ごす。たまには家の外で自然観察や人間観察をしたり、3人と1匹で昔ながらの遊びをしたりする。昼食と夕食、そして川べりで湯浴みをしたら後はベッドにまっしぐらの生活だ。

 

 衣服についても、この村の誰かの着古しではあるが十分にもらうことが出来た。どれも麻で織られた素朴なもので、おしゃれ好きな彼女たちにとっては小さくない不満点ではあったが、わがままを言うことはできない。

 

 そして、彼女たちにとって何より群を抜いて不愉快だったのは夜中に家の中に入って来る虫だった。

 夜寝る前に明かりを灯していれば、いつの間にか傍にカサカサと何かが忍び寄る音が聞こえてふと見て見れば、途端に家がひっくり返るほどの大騒ぎ、ということも少なくなかった。

 

────

 

 彼女たちがこの村に来てから1週間ほど経とうとした日、この日も彼女たちは持て余した時間を部屋の中で過ごしていた。

 レイが手鏡を見て自分の顔を覗き、不愉快そうに眉をひそめていた。

 

「ここに来てから肌はがっさがさだし唇はひび割れるし、これじゃあ美少女戦士の名が廃っちゃうわ!」

 

 うさぎがベッドに座ってぱたぱたと脚を振りながら、つまらなそうに天井を見上げて呟く。

 

「はあー、デパートもゲームセンターも懐かしいな~」

「それだけじゃないわ」

 

 2人が横を向くと、そこには眼鏡をかけてくいっと指で押し上げる、亜美の姿があった。

 

「ねえ、2人とも。今、私たちに欠けていて、しかもお化粧やお菓子よりずーっと大切なもの……それはなにか分かるかしら?」

「さ、さあ……」

「何なのかしら、ねぇ?」

 

 うさぎとレイは厳格な雰囲気の亜美に対してはにかみ気味で答えをはぐらかした。

 そこに、亜美はびしっと指を真っ直ぐに差してきた。

 

「それは、お勉強よ!」

 

 レイはそれを聞いて大きなため息をついた。

 

「……まあ、そう言うことと思ったわ」

「てか亜美ちゃん、眼鏡持ってきてたんだ」

「私たちはこの世界について知識を身につける必要があるわ。フランシス・ベーコンもこう言っているのよ。『知は力なり』って!文字も読めない、言葉も話せない、文化も分からない状態のままでいいと思う?」

「うーん……」

「何も言えない……」

 

 うさぎとレイは何の言葉も返せなかった。

 そこに、横のベッドで丸くなっていたルナが口を出す。

 

「何にも分からなくても、今のところ衣食住は保たれてるからねー。みんな、ここの村の人たちの厚意に甘え始めてるのかも」

 

 村人たちからは、よそよそしいとは言ってもあからさまに化け物に向けるような冷たい視線を向けられているわけではなかった。単に互いに言葉が通じないから、彼らも接し方が分からないのだろうと、彼女たちはこの1週間を経て結論づけつつあった。

 

「まあ、そうね。そろそろここの生活にも慣れてきたことですし。中学生にもなってずっとおんぶにだっこなままじゃ申し訳ないわ」

 

 レイもルナに同意するが、それにうさぎが反駁する。

 

「でもさ、コミュニケーションなんて言ってもどうすんのよ?」

「そこでこれよ」

 

 亜美はスパコンを取り出した。

 

「実は、3日くらい前から電子辞書機能をプログラムしてたところなの」

 

 それを聞いたうさぎは、青い瞳をキラキラさせて亜美に詰め寄った。

 

「どっひぇー!亜美ちゃん、てんさーい!」

「IQ300、模試荒らしの天才少女の名は伊達じゃないわね」

 

 レイも感心して褒めると、亜美は少しだけ頬を紅く染めて謙遜気味に目を伏せた。

 

「こんなの、ちょっといじっただけよ」

「え、それでそれで?スマホみたいにスパコンに話しかければ、勝手に読み取ってくれんのよね!?」

 

 満面の笑みでスパコンを指さしたうさぎに、レイが呆れた視線を送る。

 

「話聞いてたのうさぎ?さっき亜美ちゃん、電子辞書って言ってたでしょーが。単語一つも分かんないのに自動翻訳できるわけないでしょ?」

「えっ、それってつまり……」

 

 言い淀んだうさぎに対して亜美は、屈託のない笑顔を見せて言い放った。

 

「一から単語の意味と発音を入力していくのよ。みんなで」

 

────

 

 よく晴れた昼下がり、ココット村の住民たちは、貸家から出てきた少女たちの存在に気づいた。

 狩人からはただの遭難者と言われているが、それでもやはりその立ち振る舞いから自分たちとは違うものを感じてしまう。自分から好んで近寄っていく者はいなかった。

 そんな中、3人のうち青い髪の娘が、木の下で母親と一緒に近くで石ころを積み上げて遊んでいた3歳くらいの女の子に、巻いた羊皮紙を手に持ちながら近づいていく。

 

 亜美は、目線を低くしながら女の子に接近した。隣にいる母親とも顔を合わせ、にっこり微笑んで悪意がないことを証明する。

 母親は警戒の表情を見せ、同様に怯えた表情をした女の子をすぐに胸元に抱き寄せた。

 

「大丈夫、大丈夫だから」

 

 そう優しく語りかけ一定の距離を保ちながら丸めた羊皮紙を広げようとすると、母親は顔を強張らせて女の子を抱き上げ、背を向け坂の下へと走り去ろうとした。

 

「あっ、待って!」

 

 亜美が必死に呼び止めようとしたが、すぐにそれは必要ないことが分かった。

 坂を下った先には人だかりができており、そこからあの高齢の狩人がこちらに歩いてきているのを見て、母親は足を止めた。

 母親は狩人の傍に駆け寄ると、彼に差し迫った表情で必死に何かを訴える。

 狩人はその話を聞き終わると毅然とした表情で言い返し、なだめるように肩を叩いたり抱かれた子どもの頭を撫でたりした。

 そのあとに母親がこちらに向けてきた表情には、先ほどのような激しい色はいくらか鳴りを潜めていた。

 狩人は母親を村に帰すと、そのまま彼女たちの方に歩いてきた。

 

「お……怒られちゃうのかな」

 

 瞳をうるうるさせるうさぎの横で、レイもやや身構えるように彼女にひそひそと囁く。

 

「ああいう寡黙なタイプの人って、怒らせたら本気で怖いっていうわよね」

 

 だが、彼の表情からは怒りらしきものは読み取れない。

 狩人は亜美の前に来ると、黙って手の平を差し出した。

 

「これをくれってこと?」

 

 狩人が手渡された紙を開くと、そこには何の意味もなさないような乱雑な模様や記号がでたらめに描かれていた。

 それを見た狩人が戸惑ったように視線を相手に向けると、すぐに亜美が手元に別の紙とペンを用意し構えていることが分かった。

 狩人は何かに気づいたように目を少しだけ見開くと、仕切り直すように一度ごほんと横を向いて咳をした。

 彼はもう一度真っ直ぐに亜美に視線を合わせ、模様を指さしながらゆっくり、はっきりと言った。

 

『これは、何だ?』

 

 亜美はぱっと顔を輝かせ、紙に聞こえた単語をカタカナで羅列した。

 

「おー。上手くいってる!」

 

 うさぎが興奮していると狩人は後ろを向き、何やら大きな声でがなり立てた。

 それを聞いた住民たちが、恐る恐るでありながら彼女たちの方に向かってくる。

 亜美は住民たち一人一人に同じ紙を手に取って見せてもらい、手当たり次第に聞こえた単語を書きとった。

 そして彼女は、幾多もの単語の中から共通した単語の発音を先ほどと同じように書き出し、それを何回か繰り返すと確信の表情を浮かべた。

 

「やった!これで第一段階は突破ね!」

 

 彼女たちは、「これ」と「何」という二つの単語を覚えた。

 

「最初の手がかりは掴めたわ!これでものの名前を聞いて、単語を登録していけば……」

 

 レイが亜美と顔を見合わせて目元を緩ませる。

 

「私たちだけの辞書が完成ってことね!」

 

「じゃああたし、早速亜美先生の役に立っちゃおうっと!おにーさん!『これなーに!?』」

 

 うさぎは早速張り切ってそこらに落ちていた石を屈んで指さし、青年を見上げて言った。

 青年はしばらく硬直していたが、間を置いて静かに『……石』と答えた。

 

「『石』、『石』ね!!ありがとー!じゃあ次はそこのお姉さん!ねえねえ『これってなーにっ!』」

 

 そのお姉さんは、はにかんだ表情で『草よ』と答えた。

 うさぎは小鳥のようにちょこちょこと飛び回ってさえずり、遠慮もなく言葉を覚えたばかりの子どものように村人に単語を聞いていく。

 しばらくすると、住民の誰かが思わず吹き出した。

 笑いは人だかり全体に広まり、彼女たちを家の中から観察していた住民も何事かと外に出てきた。

 

「あ……あれ、あたし、そんな変なことした?」

 

 きょとんとした様子のうさぎを見て、レイと一緒に笑いこけていた亜美が笑い涙を拭いながら答えた。

 

「ふふ。やっぱりうさぎちゃんって、お友達を作る天才ね」

 

 それを聞いてもうさぎは未だに状況が理解出来ず、首を傾げた。

 狩人はその様子を口元に僅かな笑みを浮かべながら眺め、村長はその隣で静かに考え深げに立って見守っていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

戦士よ、前へ④

「おねーちゃん、できたー!」

 

 ココット村の一角の木の下で、幼い少女が可愛らしい白い小さな花を編んだ花輪を取り上げて見せびらかした。

 

「まあ、すごいわ!とてもよく出来てるじゃない!」

 

 それに顔を綻ばせ手を叩いたのは、亜美だった。褒められると少女は「えへへ」と照れて顔をくしゃっとさせた。

 

「すごいじゃないの!うさぎなんかよりよっぽど手先器用ねぇ」

 

「レイちゃん?その言葉は余計じゃない?」

 

 花と茎で出来た謎の塊を手にしたうさぎが笑顔を引きつらせているところ以外は、至って平穏な雰囲気が漂っていた。その少女の隣では、母親がその様子を暖かい視線で見守っている。

 この少女は、以前うさぎたちがコミュニケーションを試みたが怖がって逃げた娘だった。あれから少しずつ誤解も解けて、一緒に遊ぶ仲にまでなった。

 まだ完全に言葉が通じるわけではないが、あのうさぎの無邪気さがいい方向に作用している証拠だった。

 

「お嬢ちゃんたちもどうだい、そろそろこの村にも慣れてきたかい?」

 

「ええ。村の皆さんが親切にして下さるおかげです」

 

 母親の問いに、亜美が答えた。言語に関しての物覚えは彼女が一番ダントツで早く、話しかけてきた村人に一番答えているのも彼女だった。

 

「……初めて会った時は、悪いことをしてすまなかったね。あんたたちのことをよく知らなかったから、噂の魔女かと疑ってかかっちまった」

 

「今更の話よ、おば様!もう私たち村の仲間なんだから、そんなこと気にする必要なんてないわよ!」

 

 うさぎは、未だに目の前の課題と格闘しながらも笑顔で答えた。

 一方でレイは、彼女の言葉尻に気になるところがあるようだった。

 

「前からよく聞きますけど、その『魔女』ってどんな奴なんですか?」

 

「うちの旦那が持ち込んできた噂話だから本当か分からないけど、ここから遠く離れた森の中に家を築いてそこに居座り、変な器械で森を切り開いたりモンスターを捕まえたりしてるらしい。まあ、馬鹿らしい話だけど」

 

「……そいつらは、性別は女なんですか?どんな力を使ったりとかは」

 

 レイが突っ込んだ質問をするとうさぎと亜美はぎょっとした表情をし、母親は訝しげな顔を見せた。

 

「さあねぇ。私が言った以上のことは分からないよ。えらく興味があるんだねえ」

 

「あっ、いえ。あたしたちが間違われるくらいだから、その魔女たちも似たような人たちなのかなー、て思ったのでー……あはははは」

 

 レイがそっぽを向いて頬を掻いていると、少女は近くに落ちていた細い枝を拾い上げ、立ち上がってそれを剣のように見立てると、そのままうさぎの頭上に振り下ろした。

 

「まじょなんか出てきても、ハンターさんがまっぷたつにするんだから、えーい!」

 

「あ、あたしは魔女じゃなーい!」

 

「あんた、やめなさい!失礼でしょうが!」

 

 止めに入った母親に、亜美は苦笑した後に村の風景を何かを探すようにざっと見回した。

 

「そういえば、さっき仰ってたお父様の姿が見えませんけど、今はどこにいらっしゃるんですか?ずっと前からお二人だけですけど……」

 

 何気なく出た質問に、子を止める母の肩の動きがぴたりと止まった。

 

「あぁ、それは……」

 

 母親が少しためらって黙っていたところに、少女が口を開いた。

 

「おとうちゃんはね、このまえ、きりから出てきたきずだらけのランポスにくわれたの」

 

────

 

 その日の夕食は、この村の特産、ココット米と『ベルナ村』なる村から仕入れたチーズを使ったチーズリゾットだった。

 談笑していた途中で、亜美がふとスプーンを持つ手を止めた。

 

「そろそろ、外に出てみない?」

 

「どうしたのよ、急に?」

 

 うさぎが、口に入れようとしていたチーズの零れるスプーンから顔を上げて言った。

 

「あたしたち、ここに来てからもう1ヶ月にもなるわ。そろそろもとの世界に戻る方法を探したほうがいいと思うの」

 

「あっ、そんなに経ってたっけ?」

 

 軽く驚いてうさぎがレイの顔を見ると、彼女は黙って頷いて答えた。

 

「そっかぁ。でも、確かにそろそろ行かなくちゃかもね。で、どうやって探すの?」

 

「あたしたちがハンターになるの」

 

 その一言を聞いて、いまリゾットを呑み込もうとしていたうさぎは驚きのあまり喉を詰まらせかけて、胸をどんどんと叩いて激しく咳き込んだ。

 レイも、思わず目を見開いて亜美に振り向いた。

 

「な、なんでよ!?」

 

「狩猟のついでにこの世界について調査して、もとの世界への脱出方法を探すの。危険な仕事だけど、ハンターになれば取り敢えずこの世界で暮らせるだけのお金はもらえるし、村の外に出るにはうってつけの仕事だわ」

 

 未だに動揺しているうさぎに対して、レイはひとしきり考えたあとは冷静な表情を見せていた。

 

「……確かに、合理的ね。あたしたちの戦士の力を使えば、あの重そうな武器でもなんとか担げそうだわ」

 

「ダメ。そんなのできないよ」

 

 唯一険しい顔をして反論したのは、うさぎだった。

 

「あたしたち、愛と正義のセーラー戦士だよ?邪悪な敵と戦うための力を、何の悪意もない生き物に向けることなんて、あたしはしたくないしみんなにもしてほしくない」

 

「うさぎちゃん、あくまであたしたちは手段としてハンターという仕事をするだけで、戦士の心を捨てるわけじゃないわ。むしろ脅威から人々を護るという点では、セーラー戦士にも共通したところがあると思わない?例えば、今日のあの子のお父さんみたいな人を守れるかも知れない」

 

 うさぎは、はっとした顔をして、なにかを迷うように固まった。

 彼女は椅子から突然立ち上がると、顔を見せずに玄関に向かった。

 

「ごめん……ちょっと頭冷やしてくる」

 

 2人は立ち上がって呼び止めようとするが、ルナが彼女らの前に飛び出し、腕を上げて制止した。

 

「今は、そっとしておきましょう」

 

────

 

 うさぎは満月に見下ろされながら歩き、物思いに耽っていた。

 ふと見ると、仄暗い村の景色に一つの光が揺れながら動いている。その正体を、うさぎは知っていた。 

 

「おじいちゃん」

 

 それは、彼女たちと最初に出会った老ハンターだ。慣れ親しんだ今は、こんな砕けた名前で呼んでいる。

 

「うさぎか。どうしたんだ、こんな遅くに」

 

 手に持ったランタンで薄く顔を照らし出されたうさぎは、ハンターの顔を見て少し何かを考えた後に口を開いた。

 

「今、ちょっと話してもいい?」

 

 2人は村の中でも高い丘の近くに赴き、腰を下ろした。

 

「どうだ、最近の調子は?」

 

「うん、大丈夫」

 

「ふむ……どうやらその言葉は本当みたいだな」

 

 ハンターは胡坐をかきながら感心したように、髭が生え揃った四角い顎に手をやった。うさぎは最初その意味が分からず首を傾げていたが、

 

「改めて思ったが、言葉が様になってきたじゃないか。『石』やら『草』やら元気にさえずってた時が懐かしいな」

 

 思いがけなく恥ずかしい過去を掘り返され、うさぎは頬を小さくぷくーっと膨らませた。あの時以後、彼女は住民たちから『インコ娘』『金色オウム』などという不名誉なあだ名でしばらく呼ばれていた。その意味を理解して顔を真っ赤にしたのはつい最近のことである。

 

「もう、茶化さないでよ!」

 

 分厚い胸の鎧を勢いよく押すと、老ハンターは威厳のある顔を崩して笑った。

 この人が外見と普段の堅苦しい口調に似合わず、意外にからかいや冗談が好きなことも、つい最近分かってきたことだ。

 

「で、なんだ、話ってのは」

 

「一つ、聞きたいことがあるの」

 

 うさぎは決心するように、ぎゅっと膝の上に乗せた拳を握った。

 

「おじいちゃんは、なんで狩りをしてるの?なんでモンスターを倒すの?」

 

「俺が必要とするし、周りからも必要とされるからさ」

 

 ハンターは即答した。まるで、何回もこの問いを聞いてきたかのような速さだった。

 

「それはもう分かってる。ハンターさんが無いとみんなが生活できないからでしょ」

 

 だが、彼女の無垢な蒼色の瞳は、そんな答えを望んではいない。

 ハンターは、そんな彼女の表情を見ると肩をすくめた。

 

「もっと高尚な理由を聞きたかったなら、すまんが答えられんな。俺は確かにこの村を護る役割を背負ってるが、実際そんな大層なことなんかしてない。ただのしがない狩人さ」

 

 少しがっかりしたように肩を落とすうさぎを見て、ハンターの目が興味ありげに光った。

 

「そういえば、俺もずっと聞きたかったことがある。確か『セーラー戦士』と言ったか──君らは何のために戦っている?」

 

 突如吹っ掛けられた質問だったが、彼女はそれに戸惑いを見せることは一切なかった。

 

「みんなが住む星の平和と未来を護るためよ。そのために、世界の征服を企む悪の組織と戦ってたわ」

 

 彼女も、ハンターがそうしたのと同じく即答した。

 

「じゃあ、なんで君は戦いをあんなに避けたがってたんだ?立派に戦えるほどの勇気と、ランポスどもを一撃で葬ってやれるほど巨大な力があるのに」

 

「……ちょっと長くなるけど、いい?」

 

 うさぎが間をしばらく置いてから聞くと、ハンターは無言で続きの言葉を促した。

 それに応え、うさぎは「私にも理由はこれってはっきり分かるわけじゃないんだけど」と前置きした上で話し始めた。

 

「私には、女の子の友達がいるの。その女の子は私たちが戦ってた悪の幹部の1人と恋に落ちてしまって……最後は、その子を同じ組織の仲間の攻撃から庇って、私たちの目の前で亡くなってしまった」

 

「……」

 

「私たち、ずっとその人を倒すべき敵だと思って、それを信じ切って戦ってた。でも、もしあの時私たちが彼を助けられていたら……そして早いうちに話し合っていたら、もっと違う結末になってたかもしれないって、今でも私はそう思ってるの」

 

「……その子はなんて言う名だ?」

 

「『大阪なる』ちゃんよ」

 

 その名を口にしたうさぎは、今もいつも通り学校に通い、自分たちのことを気にかけているであろう大親友の姿を想った。




次回はネフなる要素ありの回です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

心に秘める宝石①

 大阪なるは、宝飾店「ジュエリーOsa-P」のオーナーの娘だ。緑色のリボンで止めた、ウェーブのかかった波打つ茶髪が特徴の少女である。

 ここ最近、彼女は大きな不安を抱えていた。

 

 彼女の親友である月野うさぎと、その友達である4人の少女……水野亜美、火野レイ、木野まこと、愛野美奈子の失踪である。

 

 うさぎ、レイ、亜美の3人は、3日ほど前から忽然と姿を消しており、その後を追うようにまことと美奈子もその翌日に姿を消した。

 学校側も警察に連絡して捜索をしてもらっているが、一向に彼女たちの情報は出てこない。イジメなどもなく、家庭でも極々平和に生活を送っていたというから、全くその具体的な原因も判明しなかった。

 なる自身も、失踪直前のうさぎにこれといった違和感を抱くことはなかった。そもそもあの快活、元気というワードをそのまま少女の形にしたようなあの子が、わざと家を抜け出すような真似をするだろうか。

 理由は何であれ、彼女とその仲間たちに早く戻ってきてほしいという願いは切実なものだった。クラスの雰囲気も、特にうさぎがいなくなってからかなりどんよりとしている。

 こういう雰囲気は、何よりもなる自身に体調不良という目に見える形で重くのしかかっていた。今日も朝起きると体のだるさ、重さ、頭痛と吐き気が彼女を苦しめたが、今日教室にいたらしれっと彼女が席に座っていて手を振って「なるちゃん、おはよう!」とあの元気な声で言ってくれるかもしれない。

 

 そんな僅かな希望を頼りに、なるは今日も廊下を歩いていたのだった。

 ガラガラと引き戸を開ける。そこに、あの金髪ツインテールの幼馴染の姿はなかった。

 

「……まだ、なのね」

 

 がっくりと肩を落とす。

 席に座ると、ぐりぐり眼鏡をかけた学ラン姿の少年が気づかわしげな様子で「おはようございます、なるちゃん」と声をかけてきた。

 

「……おはよう、海野」

 

「大丈夫ですか?あまり無理はしない方が……」

 

「大丈夫よ。大丈夫ったら」

 

「で、でも顔も青ざめてるし、目にクマまで……」

 

「もう。私が大丈夫と言ったら大丈夫なのよ」

 

 笑いながら応対しつつ、心の中で彼女は大丈夫なわけないじゃない、と独り言ちた。

 確実に、日に日に自分がやせ細っていくのを感じる。それだけ彼女は自分にとって大切な存在だったのだろうと、改めてその存在の大きさを実感した。

 海野は彼女の大切な友達の1人で、優しいしいざという時は頼れる男だが、こういう時の人の扱いは下手な方だ。彼なりに気遣ってくれているのは嬉しいが、正直今は無理して構わないでほしいところだった。

 

「そうだ!気晴らしにここ最近話題の怪物の話題でもしましょう!」

 

 ピンと指を立て彼がカバンから取り出してきたのは、新聞の束だった。まるでマジックで使う帽子のようにいくらでも綺麗に折り畳まれた様々な種類の新聞が飛び出してくる。

 

「うっ……。どんだけ入ってんのよそこに」

 

 思わず眉を顰めるなるだったが、「情報集めは男の常ですから」と、海野は得意気に言った。

 

「ほら、見て下さい。今日の日付のこの新聞……。中々面白いことが書いてありますよ!」

 

 そこの見出しには「古代の生物、発見か!?トラックを襲った謎の怪物」と書かれ、写真には横転したトラックと散乱した魚介類が映されていた。

 

「なんと!今この文明が地上を支配する時代に古代からの来訪者が現れつつあるようなんです!それも決してガセでも何でもなく、この現実において!」

 

 海野は熱っぽく語るが、一方のなるは全くと言っていいほど興味を惹かれなかった。そんなことより、うさぎたちが戻ってきてほしいという思いの方がずっと強かった。たとえ恐竜たちがこの地上を支配しようが、うさぎが戻ってこないことに比べれば何倍もましな方に思えた。

 

「ほらほら~、見て下さい。姿こそ目撃出来なかったが、関係者はこの存在のサンプルを採集出来れば、科学と文明の発展に大きな一歩に……」

 

 海野が紙上に指をなぞり読み上げるのを、なるは適当に目で追っていた。

 だが、途中で彼の手は突如としてピタリと止まった。自然に、近くにあった小見出しが視界に入る。

 

 

『中学女子生徒ら5名の失踪とも関連か』

 

 

 なるの表情が固まったのを見て、海野は慌てて新聞をしまい、そして沈黙した。

 

「……すいません」

 

「……いいのよ。あんたは悪くないわ」

 

 頭を下げて謝った海野を前に、なるは笑って答えたが、やがて机に向かって目を伏せると、その笑みは消えた。

 

「ごめん、お願い。今日はほっといて」

 

 

 その日は結局、勉強もクラスメイトとのお駄弁りも、すべてが自分の頭をすり抜けて後には何も残らない。心にあるのはただ、自分の心を根っこで支えているものが消え、足元の地面がまるごとなくなったかのような浮遊感。

 こんな感覚を、前にも感じたことがある。忘れもしない、あの憎々しいほどに夜空が美しかった、あの日。

 そんな思いが、夕陽を背負って帰途についていた時からおもむろに大きくなっていった。

 家に帰ったなるを母が心配して玄関で出迎えてくれたが、返事も虚ろなまま上の階に上がってしまった。

 部屋に入ったなるは、急いで机の中を探り、ある立方体の落ち着いた群青色のケースを取り出す。

 

 かちりと音を立てられ開けられたそれには、緑色の宝石がはめ込まれたネックレスが入っていた。

 彼女の家は宝石店だからそれ自体はこの家では珍しくないはずだが、彼女にとっては違うようだった。

 なるはネックレスをそっと首にかけると、手のひらに宝石を乗せてじっと見る。

 

「まるで、あの人が見守ってくれてるみたい」

 

 ネックレス自体は、彼女が毎月母からもらうなけなしのお小遣いをはたいて買ったもので、決して大人の女性が付けるような手間がかけられたものではない。黒い不純物があるし、艶のある深緑色も見られない。だが、彼女にとってはそれが今、絶望の底辺にいる自分にとって唯一救いなのだ。

 彼女はその煌めきに縋るように宝石を両手で包み込むと、それと額をぴったりと合わせた。

 この宝石はかつて、彼女が愛し、そして自分を愛してくれた男から貰ったものだった。

 その名は、この石のそれと同じ。濃く長い茶髪と浅黒い肌、そしてきりりとした眉と青い瞳が、鮮明に頭に浮かんだ。

 

「ネフライト様……こんな時に貴方がいてくれたら、私、もっと強い女の子になれたのかしら」

 

 その時、不意にガラスが一斉に割れるような破裂音が聞こえた。少し遅れて母親が慌て、怒鳴るような声が下から聞こえてきた。

 

「ママ……!」

 

 いろんな人が騒ぎ立てる音が聞こえる。まだ今は客がいる時間帯だ。

 居ても立っても居られなくなり、彼女は思わず立ち上がった。

 急いで階段を駆け下りるにつれ、騒ぎはひどくなっていく。途中で従業員に気づかれ、何か言われて行く手を阻まれたが、無理やりに押しのけていった。

 騒ぎは1階の広間に広がるショップエリアからだった。

 ドアを開け放ったなるの前に、ガラスの破片が飛び散る。

 なるの視界には、怯え固まってうずくまる人々の姿がいた。その中に、この店のオーナーである母の姿があった。彼女だけが立って、何かを睨んで客を護るように先頭に立っている。

 

「皆さん、落ち着いて!後ろにいる方から順に裏口から……なるちゃん?」

 

 消火器を持った彼女は後方に振り返って指示を出していたが、視線がなるのそれとぶつかった。

 

「ママ……無事だったのね!」

 

「なるちゃん、今すぐ戻って!」

 

 なんで、と問う前に、答えは分かった。

 またしてもガラスが割れる音がしたその先に、灰色のとんがった大きな塊が砕け散ったディスプレイの陰でもぞもぞと蠢いていたからだ。

 

「なんなの……あれ……」

 

 なるはずっと前、この宝石店が妖魔に襲われた時を思い出した。

 だが、この怪物はそれらと種類が異なることが一目見て分かった。

 やっと後ろの気配に気づいたのか、怪物は長い首をもたげて立ち上がり、ゆっくりと振り向いた。その全貌に、なるの母と利用客たちは身構えてたじろぎ、なるは驚愕した!

 

 灰色の塊のように見えていたのは、奴の背中を覆うゴムで出来た皮膚のようなものだった。そいつには暗い橙色の膜が付いた翼が生えており、その後ろには翼膜と同じ色をした鞭のごとき尻尾がぶらぶらと遊ぶように揺れていた。

 何よりも目を引いたのはその頭である。上に伸びた槌のように厚く固そうな嘴に、葉巻のように奇妙な形状をしたトサカ。その双眸は黄色く濁り、高い知性は感じさせない。

 間抜けな印象を与える不揃いの平たい歯の間からは数多の輝く宝石が見え隠れし、口内からは毒々しい紫の液体が垂れていた。

 

 あまりに不細工で、汚らわしく、醜い。

 『豚に真珠』ということわざがあるが、まさにそれを体現した生き物だ。

 

「ギャアアアアアアアアアッッッ!!」

 

 その『鳥』は驚いたように大袈裟に想えるほど飛び上がって叫び、ジタバタと激しく翼をはためかせた。

 口に咥えられた宝石がゴロゴロと落ちる音と共に、客の間に悲鳴が広がる。

 自分が宝石を落としたことにはっと気づくと、もう一度『鳥』は散らばった宝石をわざわざ丁寧に飛び跳ねながら一つずつ啄み、今度は確実に呑み込んでいく。

 

「ま、まさか宝石だけが目当てなの……?」

 

 どこか間の抜けた動作を見つめながら、なるはぽつりと呟いた。

 そのうち、『鳥』の嘴が宝石の一つを取り誤った。カラン、と音を立て、宝石がなるの足もとに転がって来る。

 

「なるちゃんっ!!」

 

 母の詰まるような声が聞こえて、彼女が宝石から目線を上げると、そこにはにやけたような『鳥』の顔がこちらを向いていた。

 奴の視線は、なるの胸元に注がれている。

 

「……あ」

 

 奴の狙いはすぐに分かった。彼女がかけてきたネックレスだ。

 宝石はかなり小さいが、変わった色をしていてよほど欲しくなったのだろう。嬉しそうにぎゃあぎゃあと騒ぎ立てて飛び跳ねている。

 

「い、嫌!」

 

 思わずなるは宝石を手の中に取って隠した。だが、『鳥』はそれに構わず、涎をまき散らしながら真っ直ぐに突進してきた。

 

(ネフライト様っ……!!)

 

 『鳥』が、目前に迫る。ぶつかれば、彼女の小さく細い身体はひとたまりもない。

 目をつぶり、祈った矢先──

 

「なるちゃんから離れなさい!!」

 

 勇ましい少女の声が上がった。『鳥』は立ち止まり、ぐりんと首を回して振り向く。

 宝石店の玄関口に、月と都会の光を背に受けた人影がひとつ。

 この光景にも、なるは見覚えがあった。そう、妖魔に自分が殺されかけた時もこうやって『彼女』が駆け付けたのだった。

 

「セーラー……ムーン……?」

 

 だが、その背はあの時のそれより遥かに小さい。印象的だったあのお団子ツインテールも、あの腰まで届くほどすらりとした長いものではなく、短く丸っこくまとめたものだった。

 

「ギヤオオオオオオッッッ!?」

 

 せっかくの機会を邪魔されたのが気に食わなかったのか、『鳥』は腹立たしげに低く唸った。

 

「な、何言ってんだかわかんないけど……取り敢えず!愛と正義の、セーラー服美少女戦士見習い、『セーラーちびムーン』!未来の月に代わって、お仕置きよ!!」

 

 果たして、その正体はセーラームーンではなく、彼女よりは幼い、ピンク色の髪とコスチュームが特徴の美少女戦士、セーラーちびムーンだった。

 続いて、部屋の上方でぎぃ、と窓が開いた音がした。

 音がした先、大きく開かれた大窓に立つは、セーラームーンと行動を共にする謎の男、タキシード仮面。

 

「鳥の化け物よ!女の子たちの憧れと夢がたくさん詰まった宝石店を、好き放題荒らすその鬼畜の所業。このタキシード仮面が成敗してくれる!」

 

 『鳥』はますます不機嫌になったように、しわがれた雄たけびを上げた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

心に秘める宝石②

 『鳥』はちびムーン、タキシード仮面と互いに円を描くように歩き、牽制し合う。

 ちらりとタキシード仮面が後方を見ると、利用客たちは飛び火を恐れて静かに室内から脱出していた。

 一瞬ぴたりと動きが止まったかと思ったその時、『鳥』はその槌の如き嘴をもって啄もうと2人に飛び掛かる!

 それを見たタキシード仮面はステッキを構えて伸ばし、真正面から嘴を打ち付けた!

 ガリッと木の幹のような嘴の表面を激しく削る音が鳴り、それは本来行くはずだった方向から大きくそれる。

 忌々しげに鳴くと『鳥』は羽ばたいて飛びのき、体制を立て直す。接近戦は無理だと判断したのだろう。

 『鳥』は喉を膨らませると、その口から先ほど歯の間から垂らしていた紫色の粘液を、塊にして吐き出した。

 

「危ないっ!」

 

 粘液はちびムーンに向かって吐き出されていた。タキシード仮面がさっと彼女を拾い上げると、液体はその後ろにあった観葉植物に直撃する。

 すると先ほどまで生き生きとした青色の光沢を放っていた植物は一瞬のうちに萎れ、黄と茶色にひなびきった姿に変貌してしまった。

 

「ど、毒!?」

「なんて威力だ!当たったら恐ろしいことになるぞ!」

 

 あの毒のほんの一滴でも肌に当たれば、いくら一般人よりある程度頑丈な彼らでも無事ではすまないだろう。『鳥』はこれに味をしめたのか、次々と2人に向かって毒を吐き出し続ける。

 まだ利用客たちは逃げきれていない。否が応でも動きが制限され、戦士たちは逃げに徹する他なかった。

 

「なるちゃんのお母さん!早く逃げるように言って!」

 

 抱きかかえられながら、ちびムーンがなるの母に叫ぶ。

 それを聞いた彼女は迷いなく利用客たちに振り向いた。

 

「皆さん!今のうちに!」

 

 目の前の戦いを呆然と見ているだけだった彼らも、危険な状況にあることを理解したようだった。

 彼らはすぐに避難を始め、1分も経たない間にこの大広間にはなるとなるの母以外に一般人は1人もいなくなった。

 なるは、ちびムーンを抱えて1人佇み、相手を見据えるタキシード仮面の横顔を見ていた。

 

「ほらなるちゃん、いつまでぼーっと突っ立ってるの!早く逃げるのよ!」

「う、うん……」

 

 なるは母に背中を押され、やむを得ず部屋から出ていく。タキシード仮面はそれを横目で見届けた。

 

「これで、周りを気にせず戦えるな」

「タキシード仮面!前を見て!」

 

 何、と言おうとしたその時に、既に紫色の液体は目前にあった。

 マントを翻し、ちびムーンを護ると、液体はばちゃりと音を立ててマントにかかった。

 幸い顔にはぎりぎり当たらなかったものの、彼は液体から出る煙を僅かに吸ってしまった。

 たちまち肺を不快感が支配し、タキシード仮面はその場に崩れ落ちる。

 

「タキシード仮面!」

 

 そのチャンスを『鳥』は決して見逃さず、駆け寄って来るとくるりと身体を翻す。

 するとその尻尾はその勢いのまま数倍の長さに伸び、まさしくゴムの鞭のごとく大きくしなって、タキシード仮面をちびムーンごと吹っ飛ばした。

 壁に打ち付けられ、落ちたタキシード仮面を狙って鳥がもう一度歩み寄ってきたところに、ちびムーンがその胸の中から這い出し必死の形相でロッドを構えた。

 

「ピンク・シュガー・ハート・アタック!!」

 

 ピンク色の光線が『鳥』の鼻先に当たり、思わず奴は嫌がって顔を背けた。

 それと同時に尻尾がしなってこちら側に曲がってきたのを、タキシード仮面は口から血を垂らしながらも確かに確認した。

 

「喰らえっ……!」

 

 言葉を口にするのもやっとな彼の手から放たれた複数本の薔薇が、伸縮性のある、つまり柔らかい尻尾に真っ直ぐに刺さった。

 

「ギョアアアアアアアアアアッ!!」

 

 そこはまさしく泣き所だったらしく、『鳥』は奇声を上げて大きく飛び上がった。

 

「お願いだから早くどこかに行って!」

 

 ちびムーンは、涙目になりながらロッドを構えたまま、後ろで横たわるタキシード仮面を護るように立っていた。

 散々暴れまわり尻尾を振り回してやっと薔薇を取った『鳥』は、目の周りを真っ赤に充血させた状態で立ち止まり、頭を縦に振り始めた。その上に伸びた形状の嘴が頭頂にある葉巻型の茶色の器官とぶつかり、それは打ち付けられるたび「バシン」とスイッチを入れるような音と共に白い光を点滅させた。

 

「な、何をする気!?」

 

 奇妙な行動に、ちびムーンもタキシード仮面も怪訝な表情を浮かべる。ちびムーンは、ロッドを持って戦闘態勢を崩さないままタキシード仮面へと身を寄せた。

 4回が終わり、次に5回目が来ようとした時、突如『鳥』はすっくと胸を張って羽根を大きく広げ、叫びながら頭を天高く掲げた。

 同時に白い閃光が辺り一面に広がり、2人の視界を奪う!

 

「きゃあっ!」

「うわっ!」

 

 強烈な光で目がくらんだ彼らが頭を振って意識を取り戻すのには、かなりの時間がかかった。

 やっと歪んだ視界が元通りになって来た時、そこに『鳥』はいなかった。

 急いでちびムーンが宝石店の敷地外に出ると、上空で大きく黒い影が翼をはためかせているのが見えた。

 

「逃げ……られちゃった」

 

 ちびムーンが肩を落としていると、後ろから胸の痛みを庇うようにしてタキシード仮面がやってきた。

 

「タ、タキシード仮面!大丈夫なの!?」

 

「大丈夫だ」  

 

 そう言いながらも彼の表情はまだ苦し気で、ちびムーンは不安の表情を崩すことは出来なかった。

 

「あの程度では、恐らく明日も来るだろうな……。今日のところは帰って、また作戦を考えよう」

「……はい」

 

 無理に作った優しい笑顔を前に、ちびムーンは素直に頷くことしか出来なかった。

 

──

 

 大阪なるが衛をゲームセンター2階の喫茶店に呼び出したのは、その翌日、昼下がりのことだった。

 衛がうさぎの口から大親友である彼女の話を聞いたことは多々あれど、実際に面と向かって話したことはほぼなかった。

 テーブルに2人分のジュースが置かれているのを境にして、両者は向かい合って座っていた。

 

「うさこの話にはしょっちゅう聞いてたよ。よく仲良くしてくれてるんだってね」

「こっちも。うさぎがいっつもあなたのことばかりくっちゃべてはっきりイメージ付いちゃってるから、こうやって見てもあまり驚きませんね」

「まったく、あの子にはプライバシーの概念がないな」

 

 そうやってひとしきり笑った後、衛はあの昨日の事件から気になっていたことを口に出した。

 

「昨日のことは、大変だったね。怪我人はいなかったかい?」

 

 本来なら平日である今日はなるも学校に行くはずなのだが、昨日の騒ぎでそれどころではなかったのだろう。心なしか、彼女の目元にクマが出来ているようだった。

 

「ええ。これも、タキシード仮面さんたちがあの『鳥』と戦ってくれたおかげです」

「それで、何だい?俺に聞きたい話ってのは?」

 

 本題に入ろうとすると、なるは遠慮するように声を顰めた。

 

「はい。……あまりこういう話って首を突っ込まない方が良いとは思ってるんですけど」

「構わないよ。気を遣ってくれてありがとう」

 

 それを聞いたなるはきっと顔を引き締め、姿勢を正した。

 

「私、知りたいんです。どうやったら地場さんみたいに、1人だけでも強くなれるんだろうって。」

「俺が?」

「うさぎがいなくなってとても辛い気持ちのはずなのに、とても堂々としているもの。私なんか、うさぎや亜美ちゃんたちが消えてからずっと落ち込んで……」

 

 真剣な相手に対していささか失礼とは思いつつ、衛は思わず苦笑を浮かべてしまった。

 

「そうか。君から見ると、そう見えるのか」

「え……」

 

 意外そうに目を丸くしたなるを相手に、衛は自嘲気味な調子で話し始めた。

 

「正直、俺も今どうすればいいのか分からないんだ。本当は、すぐにでもうさこを助けに行きたいさ。だが、俺にはそれが出来るような大した力もないし、出来る状況でもない」

「そうなんですか……」

 

 なるは、何かを考えるように衛の表情を見つめていた。

 

「衛さんも、そういう気持ちになることあるんですね。意外だったな、うさぎはいつもクールで何でも出来ちゃう人みたいに言ってたから」

 

 なるは物思いに耽るように視線を窓の外の景色にそらした。

 彼女が、胸に付けてある緑色の宝石のアクセサリーの鎖を大事そうに握りしめているのが見えた。

 

「衛さん、こういう時って一体どうしたらいいんでしょう?やっぱり、耐えるしかないってことですか?私に出来ることって、本当にないんですか?」

 

 衛は、一考してから口を開いた。

 

「取り敢えず、家からは離れておいた方がいい。あとのことは、タキシード仮面やセーラー戦士たちが何とかしてくれるはずさ。うさぎたちのことも、ね」

 

 不安そうに顔を歪めたなるに、衛は口調を強める。

 

「気に病む必要なんてない。誰だって1人じゃ生きていけないのは同じだ」

 

 だが、それを聞く彼女の表情はどこか不満げだった。

 なるはまだ何か言おうとしたが、その時手元のスマホが唸ったのに気づき、その画面を見てはっとした表情をした。

 

「ごめんなさい!ママがそろそろ戻ってきなさいって言ってる。急がないと」

「分かった。くれぐれも気をつけてな。『鳥』がまたやって来るかもしれないから、気を付けておきなさい」

 

 あんな大惨事の後だ。家族や警察とのやり取りなどもあるのだろう。

 彼女の身を案じて言うと、なるは深く頭を下げて喫茶店を後にした。

 1人残された衛は、なるが座っていた空席を見つめていた。

 衛は残りのジュースを片付けに行った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

心に秘める宝石③

 なるが帰路を急いでいたところ、スマホに新たな着信が入った。

 彼女が送信者の名を目にした時、なるは怪訝な表情を浮かべた。

 

「え?なんであいつから……」

 

 送信者は海野だった。メールの内容は、なるの家の前で話したいことがあるとのことだった。

 どうやら、今日中でなければならない緊急の話らしい。

 

──

 

「なるちゃん、この度は誠に申し訳ありませんでした!!」

 

 夕暮れ自宅の前で会うや否や、海野は土下座して頭を深々と下げた。

 

「ちょっと、止めてよこんな人前で!目立っちゃうじゃない」

「あの時、僕の配慮が足らなかったばかりに、なるちゃんの心を傷つけて……何とお詫びを申し上げたらいいものか!!」

 

 頭をじりじりと地面に押し付け謝る海野を前にし、なるは腕組みをしてそっぽを向いた。

 

「別にあたしは怒ってないわよ。あの時は身体の調子が悪かっただけ。ほら、そんなことしてないで早く立ってよ」

「いえ、これは全て僕の責任です……これ以上、なるちゃんの笑顔が曇るのをもう見たくはありません。そこで、僕からなるちゃんにある提案をしたいんです」

 

 海野はすっくと立ちあがって、胸の前で拳を握る。

 

「なるちゃん!ここはせめて、なるちゃんの家を荒らしたあのおっかない『鳥』を懲らしめて……!」

 

 なるは、反射的に顔を歪めて海野の頬を平手で引っ叩いた。

 彼女の表情は、激情に駆られていた。

 

「あんた、馬鹿なの!?あの『鳥』は、タキシード仮面とちびムーンでも敵わなかった奴よ、私たちの出る幕なんかないわ」

「し、しかし、なるちゃんはそれでいいんですか?」

 

 それを聞いた彼女の口元が歪み口調が淀む。

 

「……そりゃあ、出来るなら私だって戦いたいわよ。でも、実際は私たちはこうやって嵐が過ぎ去るのを待つしかないの」

「やってみなくちゃ分かりませんよ!もう僕は、このまま何もせずなるちゃんが悲しむ表情を見ていたくないんです!」

 

 彼のぐるぐる眼鏡の淵から涙が漏れ出た。

 

「何でもお申し付けください。この海野ぐりお、なるちゃんの手足にでも何でもなります」

「……海野」

 

 胸に付けた宝石が、今にも沈みそうな夕日を反射して光っている。

 

「それなら、一つ条件を付けるわ。あたしも一緒に戦わせて」

 

 一瞬、海野の表情が揺らいだ。

 

「そ、それは……」

 

「何なの?女は後ろに下がってろって?」

「そそそ、そんなことは言ってませんが、当のなるちゃんを危険に晒すなど……」

「あんた、『鳥』について何も知らないでしょう?実際に奴を見たことのある私の方が詳しいわ」

 

 結局、その後もなるはしつこく食い下がり、海野は渋々ながら彼女との共闘を認めた。その後は、落ち込んでいるから友達の家に寄ると言ってどうにか母の目を誤魔化し、作戦を立てることとなった。

 

──

 

 月明かりに照らされながら、タキシード仮面とセーラーちびムーンは宝石店で『鳥』の飛来を待っていた。

 ガラスが割れて荒れ放題となった宝石店に玄関口から隙間風がびゅうびゅうと入って来るのを、彼ら2人は真正面から全身に受けていた。

 

「タキシード仮面は、セーラームーンがいなくて寂しくないの?」

「何を言っているのだ。私は君がいるだけでも十分心強いよ」

 

 その大人びた笑みを前にしても、彼女の微妙に曇った表情は変わらなかった。

 

「……嘘よ」

 

 唇から発せられたその言葉は、口元ですぐに消えてしまうほど小さかった。

 

「セーラーちびムーン?」

「何でもない」

 

 諦めて横を向いたちびムーンの耳に、何かが風を切る音が入る。

 

「来るぞ!」

 

 第二ラウンドが始まろうとしていた。

 鳴き声から、すぐに察しはついた。夜空に、月を背景にこちらに羽ばたいてくる影が見える。

 『鳥』は店内に滑空してガラスの破片を踏みながら侵入してくる。奴はすぐに戦士たちの姿を認め、忌々しげに鳴く。

 

「これ以上宝石は盗ませんぞ!」

 

 タキシード仮面が弱点の尻尾目掛けて投げた薔薇を、『鳥』は横に走りだして避ける。

 奴は首を激しく横に振り手足と翼をばたつかせ、狂ったように疾走を始めた。

 不格好な走り方だがそのスピードは尋常ではない。奇声と共に毒液が吐き散らされ、それは止まることを知らない。

 しかもこんな激しい動きをしておきながら、動きに疲れは全く見えなかった。

 

「なんて多芸な奴だ!」

 

 タキシード仮面は突進してくる『鳥』とそれが吐く毒液をかわしながら密かに毒づいた。

 奴に向かって薔薇や光線が浴びせられるが、足元に広がる毒液と動き回る標的が災いして狙いが定まらない。

 その隙を狙って2人の目の前で急停止した『鳥』は、背中を向けたかと思うと8の字を描くように尻尾を振り回した。伸びた尻尾が2人を打ち付け、突き飛ばす。

 そのまま2人は壁に当たって床に落ち、壁際に追い詰められた。両者とも立ち上がるが、それだけで精一杯だった。

 

「な、なんて強さなの……」

「しっかりするんだ、セーラーちびムーン!」

 

『鳥』は勝利を確信したようにのっしのっしと歩いてくる。その口に紫の涎が充満し、もはや死を待つのみかと思われたその時だった。

 

「待ちなさい!」

 

 少女の声が室内に轟く。

 彼らの視線の先にあったのは、大阪なるその人だった。

 彼女は、昨日逃げ込んでいった出入り口に、今度は自分からその姿を現わしていた。

 

「なぜここに君が!?」

 

 彼女はタキシード仮面の呼びかけをよそに凛とした表情で腕を上に突き出す。

 

「ほら!欲しいのはこれでしょう!?」

 

 声を張り上げて真上に掲げた手からは、緑色の輝きが月の光を受けて放たれた。

 

「それは昨日の……!!」

「やめて!そんなの自殺行為よ!」

 

 ちびムーンは制止しようと叫ぶが、既に『鳥』はなるに向かって走り出していた。彼女はその場から動こうとしない。

 その身体が触れようとした瞬間、『鳥』の身体がドサッと鈍い音を立てて沈み込んだ。

 

「ギャアアアアアア!!」

「な……なんだ!?」

 

 落とし穴だ。よく見れば、落とし穴の周囲に毒液によって木材が溶かされた跡があった。恐らく毒液で腐った床を崩して作ったのだろう。

 

「えいやああぁぁぁっ!!」

 

 続いて入口から飛び出てきたのは、なるのクラスメイトである海野だった。その手には火を灯した松明が握られており、彼はそれを『鳥』の前に差し向けた。

 

「ウギョオッ」

 

 『鳥』は、それを見て明らかに怯んだ。どうやら火を激しく嫌がっているようだ。

 

「そうか、ゴムは火に弱い!」

「ほれ、ほれ、ほれーっ!」

 

 海野は奇声を上げながら、松明を鬼の形相で何度も『鳥』の眼前を突きまわす。

 

「タキシード仮面、セーラーちびムーン!今のうちに『鳥』のトサカを攻撃して!!」

 

 なるの叫びを、タキシード仮面はしかと聞き届けた。

 

「セーラーちびムーン!!」

「わかった!」

 

 ちびムーンは頷き、ロッドをピンクに光らせる。

 

「ピンク・シュガー・ハートアタック!!」

「さあ、受け取れ!」

 

 タキシード仮面の手から薔薇が螺旋を描いて放たれた。

 それにピンクの光線は互いに絡み合って威力を増し、空気を切り裂く閃光となって『鳥』のトサカに直撃する。

 

「ギャアアアアアアッ!!」

 

 トサカは砕け、『鳥』は頭ごと光線に焼かれた。

 たまらずそれは落とし穴から首を振ってのたうちながら這い上がった。そこから無理やり閃光を放とうとするが、肝心のトサカはもうそこにはない。それにも気づかず必殺技を放とうとする『鳥』に、タキシード仮面が薔薇を放つ。

 それらは一瞬下げた頭に突き刺さり、ビクッと痙攣して動きを止めたかと思うと、『鳥』はゆっくりとその場に崩れ落ちた。

 

「『鳥』を倒したわ、タキシード仮面!」

 

 セーラーちびムーンがタキシード仮面に飛びつき、彼は安堵と疲労、両方によるため息をついた。

 なるも海野を伴って寄ってきて、ぺこりと丁寧に頭を下げた。

 

「ごめんなさい、タキシード仮面様。危険なことをしてしまって」

「なんて無茶なことを、と言いたいところだが……ありがとう。君たちが来ていなかったらやられていたところだった」

 

 緊迫が解け、宝石店に和やかな雰囲気が流れる。

 

「……グルル……」

 

 だが、事態はまだ終わっていなかった。

 『鳥』の目がかっと見開かれる。

 

「ギャアアアアアアッッッ」

 

 『鳥』は、死んだフリをしていたにすぎなかった。

 奴はじたばたと暴れまわり、嘴ですぐ近くにいたタキシード仮面を突き飛ばした。あまりのパワーに燕尾服から星型のオルゴールが外れ、カラカラと音を立てて『鳥』の前に転がった。

 

「オルゴールが!」

 

 タキシード仮面が腕を伸ばすが、『鳥』の方が少しばかり早かった。

 『鳥』はオルゴールを咥えて奪うと、そのまま羽ばたいて飛び去っていった。

 彼が宝石店の外に出た時には、もうその影は遠くにまで行ってしまっていた。

 

「タキシード仮面!」

 

 『鳥』の後ろ姿を見つめていたタキシード仮面が振り返ると、なるたちが彼の後を追ってきていた。

 

「あの『鳥』を逃したのは残念ですけど、本当に今回はありがとうございました」

 

 感謝の言葉を述べるなるの表情からは、以前のカフェの時に感じ取れた曇った感情が消えているように見えた。 

 彼女の手には、あの宝石が大事そうに握られている。

 なるは何か言うのを躊躇して一旦視線をそらしたが、意を決したように真正面に向き直った。

 

「あの……セーラームーン、いないんですよね?」

 

 タキシード仮面は何も答えなかったが、静かに彼女の言葉に耳を傾けていた。

 

「あなたがもし、セーラームーンがいないことで何か葛藤を抱えてたら……。貴方が本当にしたいことをして欲しい。貴方には、大切な人を護れる大きな力があるから」

 

「……」

「なるちゃんの言う通りよ、タキシード仮面」

「セーラーちびムーン」

「あたしは一人で大丈夫。プルートもいるし、ウラヌスやネプチューンだってきっと一緒に戦ってくれる。もう、寂しくて泣いたりなんかしないから」

「だが、私は」

 

 なおも反駁するタキシード仮面に、ちびムーンは月の夜空に浮かぶ、小さくなってゆく影を指さした。

 

「ほら、貴方のオルゴールを奪い返さなくていいの?早く行かないと、何処かに消えてしまうわ」

「……すぐ戻って来る。約束だ」

 

 ハットの鍔を押さえて、タキシード仮面は呟く。

 

「うん、約束ね」

 

 彼は高く跳躍すると、月明かりに照らされるビルの屋上を跳ねながら、『鳥』の影を追いかけていった。

 

「いってらっしゃい、タキシード仮面」

 

 ちびムーンの瞳には涙が浮かんでいたが、背中を見ていたなるたちはそれを知ることはなかった。

 鼻をそっとすすって涙を引っ込めると、ちびムーンはさっきと同じ明るい表情で振り向いた。

 

「さあ、なるちゃん、海野くん。早く帰らないとお母さんにバレて怒られるわよ」

「分かった。貴女も気を付けてね、セーラーちびムーン」

 

 そう言って別れを告げた後、なると海野は並んで帰途につく。

 

「海野、ありがとう。あたしの我儘に付き合ってくれて」

「いえいえ。なるちゃんが作戦を考えてくれたおかげで、何事もなく終わりました。なるちゃんの笑顔に貢献できただけで、私は幸せでございます」

「これからあたし、胸を張って生きられる気がする。こんな自分でも、自分なりに出来ることがあるんだって」

「それは良かった。……で、今思ったんですけど、その前から付けてた宝石は何て言うんですか?とても綺麗ですが……」

 

 海野はそれとなく宝石を指さして言った。

 

「え、これ?これはねー……」

 

 少し頬を指で押さえて考えた後、なるはいたずらっぽく人差し指を唇に当てて笑う。

 

「ヒミツ!」

「な、なるちゃん!そりゃあ無いですよー!」

 

 彼女の頭上の夜空に、月光を遮る雲は一つたりともなかった。

 怪物が出る街にしては煌びやかな光の点の集合が、オレンジに光る東京タワーの元を壮大に彩っていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

狩猟生活への扉①

 所は、うさぎとハンターが話している丘に戻る。

 

「なるほど、お前たちの敵はいずれも訳ありだったっていうことか」

 

 ハンターは彼女のこれまでの経緯──時には相手を赦し、分かり合った戦いの記憶を聞き、納得した様子で頷いた。

 

「……で、お前はお互いに怪物と戦う理由を聞き合ってどうしたいんだ。ハンターにでもなるつもりか?」

「!」

 

 何で分かっちゃったの、と言わんばかりにうさぎは目を見張った。

 

「会ったなり思いつめた顔でいきなりあんな話を振って来たら、普通はそう思うだろ」

 

 呆れた表情のハンターが、眼下に広がる丘陵を俯瞰してしばらく経ってから、

 

「この際そろそろ言っておくべきかな」

「何を?」

「俺がお前たちを村に連れてきた理由さ」

 

 きょとんとしていたうさぎの表情の色が変わった。彼女たちはここに来てから1ヶ月近くは経っていたが、言語が不自由だったこともありこれまでしっかりと聞いたことはなかった。

 

「霧で災いを寄越してくるという魔女の話。お前たちもよく村の奴らから聞いただろう?」

「それ、あたしたちのことじゃないの?」

「いいや。全く違う。不自然な自然破壊やモンスターの凶暴化がお前たちがここに来てからも頻発しているんだ」

「えっ……」

「俺たちの知らないどこかで、何かが起ころうとしている。だが、その原因がどうにも掴めない。そんな中、お前たちと出会った」

 

 鋭さと穏やかさが共存した目線が、少女の目線とかち合った。

 

「瞳が合った瞬間、俺はこの少女たちは俺たちと何か根本的に違うところがあると、そう思った。……有体に言えば、希望の光に見えたのさ」

「つまり、私たちは見込まれたってこと?」

「少なくとも悪い奴には見えなかった。ランポス1匹殺すのだけでも泣き喚いてる奴が、村を滅ぼせるわけないだろう」

 

 そう言って笑う彼に対してどういう顔をすればいいか分からず、うさぎは座ったまま立てた膝の間に顔を埋めた。

 

「まあ、そういう事情があったってことだ。お前たちがハンターになって異変の解決に協力してくれるのなら、俺はいつでも歓迎する」

 

 巡回に戻るためにランタンを持ち、ハンターは立ち上がった。

 

「まあ無理強いはしないが、自分の意志に素直になれば良い。お前が護りたいと思ったもののために戦えばいいのさ」

 

 うさぎの脳裏に、衛とちびうさの顔が浮かんだ。続いて仲間たち、家族、友達、クラスメイト。

 そして、この村の人々の顔もそこに加わる。気難しい顔をした村長、いつも遊んでくれる女の子と母親、気さくに挨拶をしてくれる若い男……。彼らの身に、この熟練したハンターでさえも危機感を抱くような脅威が迫りつつある──

 

「うん、分かった。考えてみる」

 

 顔を上げたうさぎの顔は、既に『戦士』の表情になっていた。

 

────

 

 うさぎはその夜仲間たちの元に戻り、迷いつつもハンターとしての第一歩を踏み出すことを決意した。

 

 それをハンターに伝えた翌日から早速、ハンターになるための訓練が始まることになった。

 訓練初日、村はずれに作られた練習場に向かおうと、彼女たちは事前に支給された練習用の防具を着こんで、木に囲まれた道を歩いていた。

 防具は3人とも『レザーシリーズ』と呼ばれる安価なもので、黄色っぽい革製でぴっちりとした肌触りだった。何といってもその特徴は身軽さと扱いやすさであり、彼女たちはいつもの普段着とさほど変わりない感覚で歩くことができた。

 

「大丈夫なのうさぎ?あんた、また戦う時になってピーピー喚かないでしょうね?」

「もう、レイちゃんったら私を甘く見過ぎよ。流石に同じことは繰り返さないって!」

「あら、本当かしら?」

「むっ、そんなら今日堂々と見せつけてあげる!私の堂々とした立ち回り見といてよね!」

「ふーん、それは楽しみだこと」

「もう……昨日の言い争いがなかったことのようね」

 

 強がるうさぎをレイが煽るといういつもの光景が繰り広げられていることに、亜美は安堵と呆れ両方を含んだ苦笑を浮かべた。レイもいつもの調子で喋れるほど、うさぎのハンターになることに対する忌避感がましになってきているということだ。

 

 駄弁りながら到着した村はずれの広い直径20mほどの天然の広間で、ハンターは仁王立ちして待ち構えていた。周りには、見物に来た村人たちも集っている。

 うさぎたちが視界に入った村人の1人が他の人々に知らせると、一斉に歓迎を表す拍手や口笛が飛んできた。

 ハンターは手ぶりで彼女たちの入場を促し、うさぎたちはそれに従う。

 少女たちが村人に囲まれながら練習場の中心へ踏み込んでいく様子は、訓練というよりは一種の儀式のような光景だった。

 

「よし、時間通り来たな」

 

 ハンターが掌を出して歩いてきたうさぎたちにそこに留まるように指示すると、彼は後方に向かって顎をしゃくった。

 すると後ろから屈強な男たちが束になって、広場をまるごと横切るほど横に長い台車を引いてきた。台車の上には木製の箱のようなものが据え付けられており、手前が柵のようなもので覆われている。

 

「さあ、どれでも好きな武器を取れ。実際に振り回して、自分の身体に合うものを選ぶんだ」

 

 箱の両側に回った男たちが野太い声を上げて太い手綱を引っ張ると、滑車によって柵が上がり、その中から14つの巨大な鉄と骨の塊が姿を現わす。

 

「い、意外に大きいわね……?」

 

 レイが上げた第一声の通り、武器はいずれも巨大だった。中でも強烈なインパクトを残すのはハンター自身も背負っている『大剣』で、柄の先から刃の先まで彼女たちの身長の2倍以上はある。

 姿形も実に様々だった。

 長い槍と分厚い盾。槍に火砲のような機構が付いた銃剣。バグパイプのような形をした奇妙な武器。カブトムシのような生物が先にくっついた棍棒。巨大な大砲……。

 どれも、成人してすらいない少女が背負って扱うにはあまりにも大きく、猛々しく見えた。

 

「うわー、どれも強そう……」

 

 迫力に気圧されそうになるが、うさぎは仲間たちと一緒に武器を一つ一つ吟味していく。

 

「じゃあ一番軽そうなこれでっ!」

 

 真っ先にうさぎが手を伸ばしたのは、盾と小さな剣が一式になった『片手剣』と呼ばれる武器だ。『小さな』とは言ったが、柄も合わせるとその全長は1m近くはある。

 この包丁の刃の真ん中を窪ませたようなシンプルな片手剣は、この武器種の中でも『ハンターナイフ』と呼ばれる、基礎中の基礎の種類に当たる武器だった。

 

「それか。片手剣は初心者向けの武器と言われているから、賢明な選択だ。試しに左手で剣を持ってみろ」

 

 ハンターからの指示通り剣を左手に取った瞬間、彼女の腰ががくんっと下がった。

 

「お、重っ……」

 

(噓でしょ!?あたし、セーラースーツ忍ばせてるのにっ……!)

 

 実は、彼女たちはセーラー戦士に変身した状態で防具を着込んでいる。それは無論、ハンターとして活動するにおいて、普段の彼女たちでは到底戦うことは出来ないからだ。そもそもハンターになるという選択が出来たのも、彼女たちにセーラー戦士という手段があってのことだった。

 流石に村人の前に戦士の姿を見せるわけにはいかないので、防具の形状に合うよう完全な変身状態にはなっていないが、この状態でも戦士としてのパワーは十分に発揮できるはずだ。

 なのにそれでもかなりの重量を誇る片手剣に、うさぎは驚愕した。

 

「あらまあ。強がってた割には上手くいってないみたいね……なにこれ重っっ!!」

 

 レイは『太刀』を手に取ち、うさぎと同じ運命を辿った。太刀は大剣よりも細い日本刀風の両手剣で、黒髪ロングの大和撫子である彼女にはよく似合っていた。なおその凛とした風貌は、重さのあまりガニ股になって台無しになっているのだが。

 うさぎはレイのからかいを聞く暇もなく、ぐらつく左手で一生懸命片手剣を操ろうとしていた。

 

「な、何のこれしきっ……とりゃあっ!!」

 

 無理やり持ち上げ思い切りぶん回すと片手剣がするりと手から抜け、くるくるとブーメランのように飛んでレイの方向に直行する。

 

「ちょっとおおおおっっっ!!!!」

 

 片手剣はちょうど姿勢が下がっていたレイの頭上をすり抜け、後ろの木に真っ直ぐ刺さった。

 彼女は後方に光る刃を見ながら口をパクパクとしている。

 

「あんた何やってんのよ!危うく死にかけたじゃないっ!!」

 

「ご、ごめんレイちゃん!」

 

 うさぎは勢いよくパンっと両手を合わせ頭を下げたがレイの激昂は収まらなかった。

 

「ごめんじゃなーーい!冗談じゃないわよこんなの!」

「大丈夫なのかしらこれ……」

 

 ルナがため息をつく横で、亜美は猟銃に弓の機構がついたような武器『ライトボウガン』を手に取った。

 ライトボウガンは『軽弩』とも呼ばれ、遠距離から弾を撃って援護するサポート役の武器だ。様々な種類の弾丸を扱うことができ、使いようによってはモンスターを翻弄し、戦況を完全に支配することも可能。頭脳を駆使して戦略的に戦う彼女にはよく合いそうな武器だった。

 

「なるほど、これが通常弾、これが貫通弾、これが水冷弾……弾種も後で見ておかなくちゃ」

 

 亜美は元々置いてあった弾のポーチを探り、弾の種類を覚えていく。彼女が手にしているのはライトボウガンの中でも『ハンターライフル』と呼ばれるもので、これも初心者向けの武器だ。まだ使える弾の種類は少ないが、他にも麻痺弾、睡眠弾など便利な弾がある。

 

「流石は頭脳派。脳筋な人たちとはやることが違うわね~」

「「ルナ?」」

 

 うさぎとレイがルナを睨んだが、一方でハンターは概ね満足そうな顔をしていた。

 

「今の時点でそれだけ出来てりゃ、十分上出来だ。後は専門家である教官殿に任せることにしよう」

 

 初めて聞く言葉に、うさぎは首を傾げた。

 

「専門家?教官?」

 

 ハンターがおーい、と大声で呼び、それを受けて練習場にずかずかと入り込んできたのは、オレンジの額当てに肩と腹、太ももを露出した黒インナー、鉄と鱗で出来た鎧という奇妙な身なりをした女性であった。彼女の肉体はやや筋肉質で、顔にはハンターほどではないが多少の皺が刻まれている。およそ30から40代と言ったところだろう。

 

「ふむ、ハンター、こいつらが新入りか?えらくひょろひょろした外見だが、こんなのでハンター稼業が務まるのか?」

 

 彼女の声は野太くて低く、どことなくぞんざいさを感じさせる口調だった。

 

「大丈夫、あの森の中で数日生き抜いた強者だ。俺が保証する」

 

 まあ、お前がそう言うならいいが、と教官は鼻を鳴らす。

 彼女は一瞬の間を置いた後、かっと目を見開いた。

 

「良いか、お前ら!ここでは私がルールブックだ!ハンターになると言った以上、私の前では男も女も、大人も子どもも都会も田舎も関係ないっ!これからみぃーーっちり狩猟の技術を叩き込んでやるからな、覚悟しておけ!!」

 

 教官の喋り方は威圧的な口調でありながら、どこかしら得意げな感情が抜け切れていない。

 彼女のやけに芝居かかった立ち振る舞いからは、厳つい恰好の割にはおよそ、教官という肩書に見合うだけの威厳はあまり窺えなかった。

 

「いいか、お前らには3日後に森丘に出向いてアプトノスを狩ってもらう!それまでこの指南書を読み込み、己の武器を練習しておくように!!」

 

 教官は懐から取り出した本を唐突に3人にそれぞれ放り投げる。

 本の表紙には、『月刊 狩りに生きる~特集!全武器総合指南編~』とあった。

 

「えっ!教官が教えてくれるんじゃないんですか!?」

 

 思わず亜美が聞き返した。うさぎとレイも、今回だけは仲良く首を縦に振る。

 

「私は生ぬるいやり方は好まない主義でな!まずは習うより慣れよ、というわけだ!ぬはははは!」

 

 やけにやかましい高笑いを聞きながら、レイは露骨に嫌な顔をしてハンターの耳元に手を当てる。

 

「……大丈夫なんですかこの人?」

「歴代のハンターたちもこいつの元で育ってきた。実力は本物だ。……まぁ、やや教え方に少しばかり癖があるがな」

「少しばかりじゃない気がしますけど」

 

 教官はそんな嫌味を言われているとも知らず、少女たちの手元にある武器を指さす。

 

「まずはその武器の重さに慣れろっ!振り回せるようになれっ!細かい話はそれから!では、3日後にここで待ってるぞ!ぬはっはっはっはっは!!」

 

 それだけ言うと、教官は颯爽と練習場を後にしていった。

 

「やっぱあたしハンターなるのやめとこかな」

「うさぎちゃん!」

 

 後ろ姿を見送りながら真顔で呟いたうさぎに、亜美が突っ込んだ。

 

「ま、こうなった以上本当に自力で慣れるしかなさそうね」

 

 取り敢えず、うさぎたちはハンターの言葉を信じ、『狩りに生きる』を参考に武器の練習をすることとなった。

 3日後の目標は『アプトノス』。

 彼女たちが最初野宿した丘で見た、群れを成す草食竜だ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

狩猟生活への扉②

「さあ、ひよっこども!これまでの鍛錬を生かし、その手にこんがり肉を手にするのだ。その材料となる生肉を1人最低3つは入手するように!!制限時間は日が暮れるまでだ!!」

 

 ココット村に最も近い狩場、森丘のベースキャンプに、胸を張って後ろで腕組みした教官の声が大きく響いた。

 

「良いか!相手が草食竜だからと気を抜くな。相手を可哀想などと思った次の瞬間、ぺちゃんこにされるぞ!」

 

 うさぎだけでなく、並んで話を聞いているレイと亜美の顔も緊張で固くなっていた。

 

「では、私は影から見守っている!獲物を狩った時にまた会おう!ぬははははは!!」

 

 高笑いした後、教官は草むらに飛び込んで消えていった。レイはまだ彼女の第一印象を引きずっているのか、未だ教官に対する視線は冷たかった。

 

「もう、ほんとに何でも『習うより慣れよ』ね、あの人」

 

「……ていうか」

 

 うさぎは足元へ視線をずらした。

 

「ルナ!なんであんたがここにいんのよ!」

 

 この狩りへの参加者は、3人だけではなかった。木でできた緑のヘルメットと茶色の鎧を着こんだルナが、当然のように腕組みをしてそこにいた。その手には骨で出来た粗末なピッケルが握られている。

 この装備は『オトモアイルー』と呼ばれる、かつて彼女自身も出会った言葉を喋る猫『アイルー』の中でもハンターをサポートする者が本来付けるものだ。

 

「なんでって、当然私がうさぎちゃんの御付きだからに決まってんでしょうが!初の狩猟でヘマしないか心配だから、武具屋さんに無理言ってこしらえてもらったのよ」

 

「まあ、よく似合ってるわよルナ」

 

 亜美が褒めると、ルナは得意げに胸を張った。

 

「ふふん、そうでしょ。これで私もお揃いってわけ。さあ、早く行くわよ!」

 

「はぁ~~、もう。そっちこそ変な真似しないでよ?」

 

 うさぎがルナの後を追いかけるように天然のトンネルをくぐり、亜美とレイもそれに続いた。

 出口に出ると、眼下に悠久の時を感じさせる大河、そして緑豊かな渓谷と大地が再び彼女たちの前に姿を見せた。しばし、彼女たちは景色に見とれて前に進むのを忘れていた。

 

「1ヶ月かそれ以上ぶりね、ここも」

 

 かつて来た道を振り返って懐かしんでいると、レイは眼下に何かを見つけた。

 

「……早速いたわ」

 

 大河よりも手前、つまりこちら側の岸に、あの平和的な草食竜『アプトノス』たちが、群れて地面に座り、憩っていた。

 

「牧歌的な風景ね」

 

 それを見る亜美の表情は柔らかい。

 だが、彼女たちはそれに、今から亀裂を入れなければならない。

 それも、綺麗に相手を灰にして消し去ってくれる魔法ではなく、その手にした刃物と銃によって。

 

「行くわよ」

 

 もう、ここから先、後には戻れない。そのことを確かめるようにレイが言い、うさぎと亜美は頷いて答えた。

 うさぎたちは、少しずつアプトノスたちに歩み寄っていく。

 アプトノスたちは、その様子を遠巻きにじっと見つめていた。

 

 うさぎがゆっくりと片手剣を柄から抜き、中腰になって剣を立てるようにして握りしめる。

 レイは太刀を右前方に突き出すようにして前を見て構える。

 亜美は銃床を腰に当てスコープを覗かない、いわゆる『腰だめ撃ち』の姿勢を取る。

 いずれも、それぞれの武器を構える際の基本姿勢だ。

 

「ブモォッ」

 

「ブオオッ……」

 

 アプトノスたちは異変に気付き、低い声で威嚇するように唸り始めた。彼らの危険察知能力は異常に鋭い。相手が自らを襲おうとするほんの兆候も見逃さず、たちまち仲間に知らせて逃げ出してしまう。仕留めてしまうなら今しかない。

 駆けだそうとした。だが、止まってしまう。

 ここまで来て、彼女たちは及び腰になっていた。自分たちがしようとすることを前にして、武器を持つ手が震え、脚が竦む。

 三人の間に、纏わりつくような重い空気が流れ始めた時だった。

 

「私があの一番手前の個体を狙う」

 

 亜美がその空気を断ち切った。

 

「逃げられないように足を撃つわ。2人は首を斬って仕留めて」

 

 既に彼女は弾を込め始めていた。冷静できっぱりとした口調に反して、わずかに手は震えていた。そんな自分自身に鞭うつような鋭い手つきで『通常弾』を装填する。

 

「今の私たちは戦士じゃない、狩人よ。それを肝に命じなくては駄目」

 

 彼女の姿勢は既に発射の準備に入ろうとしていた。

 

「……三人とも。戦士になりたての頃とは違って戦う力は十分にあるわ。後は、勇気を出すだけよ」

 

 ルナが静かに背中を押すように言った。

 何の変哲もない少女たちが魔法戦士となり成長していく過程を見届けてきた彼女の言葉は、誰よりも重かった。

 レイとうさぎは息を吐き出し、足並みを揃えた。

 

「はああああっっっっ!!」

 

 息を合わせ、同時に獲物へと駆けだす。

 後ろでパァン、と乾いた銃声が青空に鳴った。空気を裂く音が耳を通り過ぎ、次の瞬間には脚を撃ち抜かれたアプトノスが悲鳴を上げて倒れていた。

 平和な空気は一変し、混乱に陥った草食竜たちの叫びがこだまする。だが、気にしてはいられない。

 

「ごめんなさいっ!!」

 

 うさぎは、ハンターとして初めて、アプトノスに刃を振りかざした。

 鉄の刃が、首筋を捉える。掌に管や肉を切り裂く手触りが伝わる。思いのほか刃は深く食い込み、骨にコツンと当たった。

 傷口から鮮血が迸り、うさぎの頬に飛び散る。

 

「あっ……」

 

 うさぎの背中に寒気がぞわりと走る。そのせいで、刃を持つ手が途中で止まってしまった。

 アプトノスが抵抗して身を捩り、うさぎはそれにつられて倒れた。このままでは、この巨体に踏み潰される!

 

「きゃあっ!」

 

「危ない!!」

 

 レイの判断は早かった。すぐさまうさぎの反対側に回り、うさぎに当たらないよう傷口へ刀を真っ直ぐ振り下ろした。

 赤い噴水がもう一度。

 アプトノスは即死した。

 

「うさぎちゃん!」

 

 急いでルナと亜美が駆け寄り、レイと協力して呆然とした状態のうさぎを何とか立たせた。幸い怪我はなかった。

 

「うさぎちゃん、大丈夫?」

 

「……平気、よ」

 

 ルナから聞かれると、うさぎは絶命したアプトノスからぎゅっと目を瞑って背け、息を荒くしながら呟いた。 

 亜美はライトボウガンを抱えたまま、脱力してその場にへたり込んだ。

 

「うぬ、よくやった!都会から来たにしては手際が良い!血を見て吐きもせず、よく頑張った!!まぁ、スーパーベテランハンターの私に比べりゃまだまだだがな!」

 

 気づいた時には既に、四人のすぐ傍で教官が腕組みをして立っていた。

 

「さあ、獲物を狩ったらすぐに剥ぎ取りを行うのだ。そうしないと、すぐに微生物が分解してしまうか、臭いを嗅ぎつけて肉食モンスターがやってくるぞ!」

 

 残念ながら、今の彼女たちの心情を慮ってくれるほど教官は甘くはなかった。

 言葉に間違いはないようで、早くも頭の突起の先が腐りかけ、薄く黒ずみかけていた。

 

「……剝ぎ取りナイフってやつ、持っていないんですけどそっちが支給してくれるんじゃないんですか?」

 

「ぬうっ!?」

 

 レイが聞くと教官は素でびっくりした声を上げ、焦った表情で懐のポーチを探る。やがてぱっと表情を輝かせた彼女は3つの革に入った小型の(といっても掌以上のサイズを誇る)ナイフを取り出し、渡した。

 

「ぬ……ぬはは、そそ、そうだ、これが剥ぎ取りナイフだ!どうだ、都会の肉屋でもこんな代物は使わんだろう!?今日からこれらはお前らが自身をハンターとして証明する、一生を共にするものだ!大切にするといいっ!!」

 

 沈黙の中、レイの厳しい視線が教官に刺さった。急いで教官は必死の表情でぶんぶんと音がするくらいに首を横に振る。

 

「忘れてないから!忘れてはないからな!?」

 

「……はぁ、もういいです。で?剥ぎ取りどうすればいいんですか?」

 

 レイがあきれ顔で聞くと、教官はにかっと笑って、膝をぱんっと景気のよい音を出して叩いた。

 

「よぉく聞いてくれたっ!良いか、まずは喉の頸動脈を切って血を抜く。お前ら、よく見ていろよ!」

 

 張り切った様子で教官は自分が言った通りのことをした。どくどくと赤い濁流が地面に広がる。

 再びショッキングな光景に三人は青ざめて顔をしかめるが、戦士の意地なのか、そこから決して目を離すことはなかった。

 うさぎがふらつきそうになり亜美とレイが支えようとするが、彼女は首を振ってそれを拒否した。

 

「おい、金髪!!お前、こんぐらいの肉を丸ごと焼いたことあるか?」

 

 口を押えていたうさぎは突如話を振られた。教官は自分の肩幅よりも広く両手で空間を仕切り、架空の肉の大きさを見せた。

 

「そ、そんな大きいのはないですけど……」 

 

 それを聞くと教官は不敵な笑みを浮かべた。

 

「いいぞお、自分で狩った獲物の肉をかっ喰らうのは。この肉の旨さを知ったら都会になんぞ戻れなくなる」

 

 教官は、アプトノスの腿にナイフを突き立て、引く。皮を丁寧に剥すと、牛の霜降りに近いような綺麗な肉が姿を現わした。

 

「質のいい生肉を取るにはモモがオススメだ。何と言っても私の好物はミディアムで焼いたモモステーキでな、噛み締める度に溢れ出る肉汁が絶品なのだこれが……!」

 

 教官は口元からじゅるりと音を立てると、尻尾を持ってそちらを持ち上げ、脚の方の血も余すことなく流しきる。

 彼女の口調はあくまで明るい。まるでこれがいつもの日常的な行為であると言わんばかりだった。

 

「お前らにも後で実際に肉を焼いてもらう!ま、どうせ最初は初心者ハンターにお決まりのパターンで、生焼けにするか黒っこげにするだろうがな!ぬははははは!」

 

 ちょくちょく関係のない雑談を交えてご機嫌に笑う教官の顔を見て、さっきまで青かったうさぎの顔に少しだけ血色が戻ってきていた。

 

「さあ、次からはお前らがやってみろ!これはお前らの獲物なのだからな!」

 

 意を決して、三人は剥ぎ取りナイフを手に取った。

 その後、彼女たちは教官から肉の剥ぎ取り方について目の前で伝授してもらい、実践した。手つきは恐々としてぎこちなかったが、赤い景色と血の臭い、そしてさっきまで生きていた肉を切る手触りに何とか耐えてやり切った。

 数十分後、肉を剥ぎ終えた時には彼女たちの顔は汗で真っ赤になっていた。その時点で死体はかなり腐ってしまったが、教官によればきちんと慣れればものの数分で剥ぎ終えることが出来ると言う。

 

ーーーー

 

 その後も何頭かアプトノスを狩り最低量の生肉を確保した後、彼女たちはキャンプに帰った。

 初めての狩りで野原を駆けまわったせいで、彼女たちの体力は身体的・精神的に共に限界に近い。

 もう日は暮れかけていて、オレンジ色の夕陽が眩しかった。

 キャンプの前には既に教官が控えていて、その前に三人分、バーナーが付けられた台座に支柱が二本、そしてハンドルが据え付けられた奇妙な機械が置いてあった。

 

「さあ、座れ!肉焼きを始めるぞ!」

 

 ここにいる中で誰よりもウキウキした表情をしているのは教官だった。この行為は何回も経験しているはずなのにも関わらず。

 子どものような無邪気っぷりを見て四人は思わず苦笑しあい、席についた。

 

「取ってきた生肉をこの支柱に置け!そしてハンドルを回す。超簡単だ!」

 

 言われた通りに肩幅より大きい、1本の骨に肉の塊を突き刺したような、いわゆる『マンガ肉』の形にした生肉を置き、ハンドルを回す。火力はかなり強いらしく、なんと数分もしないうちにいい匂いが辺りに立ち込めてきた。

 

「それそれ、焼き目が付いてきたぞ。ここで『肉焼き歌』を……」

 

 聞きなれない単語に、うさぎが首を傾げる。

 

「肉焼き歌?」

 

「いい焼き加減を計るため、ハンターならだれでも知ってる歌だ。それいくぞ。チャンチャチャン、チャチャチャチャンチャチャン、チャカチャ……」

 

 急いで三人も一緒に小声で合わせて口ずさみ、ルナも唾を呑み込んで首を振った。

 

「チャカチャン、チャカチャン、チャカチャン、チャカチャン、チャカ・チャカ・チャン!」

 

 教官は歌い終わってから2拍ほど置いて勢いよく生肉を振り上げ、彼女たちもそれに続く。

 

「上手に、焼けました~~!!」

 

 油を弾けさせ、火を受けて金色に輝く、肉!ジューシーな味わいが魅力の『こんがり肉』の完成だ。

 

「きゃああああああ!美味しそう~~!!」

 

 街中でイケメンを見かけたくらいの勢いで、彼女たちは黄色い声を上げる。食欲が、その他一切すべての感情を上回った瞬間である。

 

「さあ、がぶりつけ!!」

 

 真っ先にうさぎが恥じらいもなくかじりつく。途端に、肉汁がてらてらと光って溢れ出した。

 

「お、おいひ~~~~!!!!」

 

 うさぎは肉を頬張ってキラキラさせた。カロリーなど気にする暇もない。今日の彼女たちは動き回って死にそうなほど腹ペコだったのだから。

 流石に亜美辺りは何とか口元を手で隠すくらいのことはしていたが、それでも湧き出る食欲を我慢することは出来なかった。

 

「自分で狩った獲物の肉は美味い!!これがハンターの醍醐味だ!!」

 

「あ……」

 

 うさぎが思い出したように、骨を持つ自分の泥と血で汚れた手を見る。近くの川で散々手は洗ったのだが、今日だけでは中々取れなかった。

 そう、今口にしているのは、他でもなく他の命を奪って得た肉だ。この事実は、何をやっても拭うことはできない。

 

「その感覚を忘れるな」

 

「……」

 

 火が、キャンプの中をくまなく照らしていた。テントの中も、雑草も、それに止まる虫も、異世界から来た戦士も、教官も、肉も、余すことなく、等しく。

 

「己の血肉が他の血肉によって成り立っていることを理解しろ。己が、他者の助けを借りねば一日とて生きられぬ儚き命と知れ。それが、ハンターにとって大切なことだ。これを忘れたハンターは、ただの殺戮者になる」

 

 いつもの彼女からは信じられないくらい、今の教官の顔は『教官』然としていた。

 

「人もモンスターも、同じ大自然の環を形作り紡ぐ者たちだ。それを決して忘れるなよ!」

 

「……はい!」

 

 この時だけは、三人の返事が同時に揃っていた。

 それを確認すると、不意に教官はにやりと笑って手を後ろに回した。

 

「さあ、今日はお前らの大きな船出を祝って乾杯だぁ~~!」

 

 教官が出してきたのは、溢れんばかりの泡が載った木製のジョッキ。亜美はそれを見て仰天して目をぱちくりさせた。

 

「きょ、教官、私たちまだ未成年……」

 

「未成年だとぉ~~!?そんな概念、ここにはなーーい!!」

 

「ア、アルハラーー!!」

 

 結局その後はしばらく食事どころでなくなってしまったが、何もかもが新しかったこの日は、彼女たちにとって忘れられない夜になったのは間違いなかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

狩猟生活への扉③

 アプトノスを狩ってから、彼女たちは村民からの様々な依頼をこなしていった。

 

 ハンターの生活は、基本的には同じことの繰り返しだ。

 まず、張り紙を見て実力に見合うクエストを契約金を払って受け、準備をしてから狩場に荷車で向かう。そこでモンスターを狩って素材を剥ぎ取ったら村に帰り、元締め役の組織であるハンターズギルドから報酬金と素材を貰う。こうやってハンターは生計を立てていくのである。

 当然、ハンターは金を貯めるだけで終わらない。更に強者に挑もうとする者は、入手した素材を加工屋に持っていき、新たな装備の作成やより強力な装備への強化などにつぎ込むのだ。

 

 そして、今日も彼女たちは狩猟依頼を受け、森丘に来ている。ただその一方、狩猟に参加していない者が1人──いや、1匹いた。

 

「うんしょ、うんしょ……」

 

 ルナは見晴らしのいい渓谷の断崖絶壁の上でただ1人、目の前の岩の割れ目にピッケルを何度も振りかざしていた。トンビの鳴き声と風の唸りだけが聞こえる高所で、カツン、カツンと金属と岩石がぶつかる音だけがこだまする。

 何度か頑張るうち、鈍い音を立てて白く濁った石が零れ落ちた。

 

「えーと、これは『大地の結晶』……」

 

 石を袋に投げ入れ、もう一度ピッケルを振るうと、今度は小気味のいい音を立てて蒼く光る鉱石『マカライト鉱石』が姿を現わした。

 

「やった!これで武器の強化が出来そうね!」

 

 マカライト鉱石は、武具の作成や強化に広く使う、固く良質な石だ。

 そう言ってふんふんと鼻歌を歌いながら袋にそれを入れようと振り向いた瞬間、彼女の肩や腰に強烈な電撃が走る。

 

「あだーーーっ!!」

 

 ひどい筋肉痛に、ルナはあちこちをのたうち回った。数時間も屈んでキノコや薬草を摘み取り、固い岩にピッケルを振り下ろしていた彼女の身体にそのツケが回ったのである。

 しばらくその場を転げまわっていたルナだが、何とか回復し一息ついた。

 

「はぁ~、もうやだ。いくら私が戦闘向きでないからって、採取ばかり押し付けないでよね!こっちだって一応ハンターなのに!」

 

 ハンターの仕事はモンスターを狩るだけではない。現地の鉱石や植物を一定数納品する『採取』も、重要な仕事内容の一つだ。入手した品は依頼人との取引に使うだけでなく、防具や武器に使われる場合も多い。ルナはいわば、三人が本来やるべき仕事の一端をその身一つに担わされているのだ。

 

 その時、森に甲高い獣の鳴き声が響く。ルナははっとして後方の何処までも続く森の奥へ振り向いた。

 

「うさぎちゃん、あたしたちが村のみんなを護るんだーなんて張り切ってたけど大丈夫かしら……」

 

 今日、ルナと別行動を取っている彼女たちが森の中で狩っているのは『ドスランポス』。そう、以前に戦士の力によって倒した、群れを率いる青きモンスターの別個体だ。今回は、彼が新たにやって来たお陰で商人の通行の邪魔になっているから退治してほしいとの依頼内容だった。

 そのモンスターには、うさぎたちはセーラー戦士としてある種の因縁がある。戦いとしては2回目だが、狩人として戦うのは初めてだった。

 

────

 

「せやあっ!」

「ギヤアアアアッッッ」

 

 うさぎたちのドスランポスとの接敵から、数時間が経っていた。

 レイの『鉄刀』から繰り出される突きが、ドスランポスの胸に直撃する。そこから更に斬り上げへと繋げ、胸から肩にかけての表皮を一直線に斬る。

 

「良い調子よ!今から相手を麻痺させるわ!」

 

「お願い、亜美ちゃん!」

 

 亜美が『ハンターライフル』を構え、『マヒダケ』というキノコの毒が塗られた『麻痺弾』を銃口から放つ。それが三回ドスランポスを穿つと、突如彼の身体がビクンッと痙攣し、痺れて震えはじめる。これが相手の行動を一時的に封じる麻痺状態、ここからは完全にこちらのターンだ。

 

「ナイス、亜美ちゃん!うさぎ、一緒に畳みかけるわよ!」

 

「う、うん!」

 

 うさぎはやや尻込みしながらも、思い切ってドスランポスに斬り込んでいく。

 その後の数秒間の攻勢は、正に血の舞であった。うさぎの片手剣が浅い傷を作り、そこをレイが大きく広げていく。

 都合の良いことに、相手は取り巻きとなるランポスを引き連れていなかった。以前、彼らを根こそぎ排除したからだろう。余計な邪魔が入らない分、遥かに難易度は低い。

 やっと麻痺が解けた時、彼は切り傷だらけでかなり弱った状態だった。ドスランポスはふらつきながら逃走を図る。

 

「逃さないわっ!」

 

 レイが駆け寄りながら太刀を振りかざし、脚の裏側を薙ぐ。腱が切れ、ドスランポスはその場に屈み込むように崩れ落ちた。

 うさぎが即座に獲物の前側に回り込み、『ハンターナイフ』を構える。激しい戦闘で血が錆びついて切れ味は消耗していたが、その威力は相手の皮を切裂くには十分だ。

 

「っ……」

 

 弱り切って閉じかけられた獲物の眼を前にうさぎの剣の動きが鈍りかけたが、その思いを断ち切るように思いっきり踏み込み、斬る。

 

「ギャッ」

 

 喉笛を掻っ切られたドスランポスは、泡を吹いてその場に倒れ伏した。

 うさぎが盾を構え、レイと亜美は隣合って武器を構えたまま様子を見る。

 しばらく経っても、彼は起き上がることはなかった。

 

「……狩猟、成功!」

 

 レイは亜美、うさぎとハイタッチすると拳銃のようなものを空に向け、引き金を引いた。すると赤い煙が花火のように打ちあがる。クエスト完了を報告する狼煙だ。

 すると、木陰から老ハンターがどこからともなく姿を現わした。

 

「おめでとう。よく頑張ったな」

 

 彼は、今回の狩りのお目付け役だった。初心者である彼女たちが危なくなった時のためである。

 

「すごいでしょー、もっと褒めてくれていいのよ?」

 

 うさぎは表情を明るくして得意げに胸を張った。自身の肩よりも身長の低い彼女を、ハンターは笑いながら見下ろした。その様子はまるで孫を見守る祖父のようだ。 

 

「正直、初心者ハンターとしては快進撃だ。流石は元戦士、と言ったところかな」

 

「だって、私たちには元の街のみんなとここの村のみんなを護る『使命』があるんだもの!あの子たちには申し訳ないけれど……ハンターになったならしょうがないわ」

 

 うさぎの表情は、言葉の最後だけ悲しそうな色を帯びていた。

 その後ろで、事切れたドスランポスの遺骸が、苦しげに口を開けたまま横たわっていた。

 

「そうでしょう、亜美ちゃん、レイちゃん?」

 

 ドスランポスに目が行っていた二人が目線を戻し、頷いた。

 老ハンターは、そのやり取りを見て複雑な表情を浮かべたが、彼女たちはそれに気づくことは無かった。

 

「『使命』か……お前たちらしいな。さあ、剥ぎ取りを終えたらすぐにキャンプに戻るぞ」

 

「はい!」

 

────

 

 剥ぎ取りを終えて南にあるベースキャンプへと帰還途中、彼女たちは右手に高台がある見晴らしのよい高所に差し掛かった。ハンターの間では『エリア2』と呼ばれる場所だ。

 普通なら肉食竜ランポスか、その獲物となるアプトノスが居座っている。だが、今日は違った。

 海老を思わせる鎧のような甲殻を付け、巨大な鋏を持ったダンゴムシのような小型モンスターが5匹ほどうろついている。

 

「あ、クンチュウだ」

 

 うさぎが物珍しそうに言うと、後ろに付いていたレイが眉を顰める。

 

「やぁねえ、いつ見ても気持ち悪い……」

 

 クンチュウは(特にひっくり返って裏返しになった時の)見た目と、刃も銃弾も寄せ付けない甲殻の硬さから、多くのハンターに厄介がられるモンスターである。

 肉食のモンスターに比べればさほど脅威ではないが、相手にすると中々厄介な相手だ。彼女たちがそのまま群れからそれて素通りしようとした瞬間、先行する老ハンターの制止する手が伸びた。

 

「待て」

 

「どしたのじっちゃん?」

 

「飛竜か……それとも鳥竜か……」

 

 うさぎたちがきょとんとしている前で、老ハンターは静かに呟いていた。

 何者かが風を切る音が遠くから近づく。彼はそれを察知したのだ。

 

「キョアアッッッ」

 

 上空から、甲高い鳴き声が響いてくる。

 

「この鳴き声……イャンクックだ!」

 

 慌てふためき始めるクンチュウたちの前に、全長9mほどの巨体が舞い降りた。

 

 大怪鳥『イャンクック』。

 彼女たちも、絵と名前だけは聞いたことがあった。

 彼らは、竜のような翼と桃色の鱗を持ちながら巨大な扇状の耳と鳥のような嘴を有する。性格は臆病で大人しいが、一度怒らせれば火球を吐かれ固い嘴で突っつかれることになる。決してモンスターたちの中で強い部類ではないが、駆け出しハンターにとっては十分すぎるほど危険な相手だ。

 

「あれが……やっぱり、直で見るとスゴイ迫力だわ」

 

 亜美は感嘆するが、これでも以前彼女たちが対峙した赤き竜『リオレウス』よりは小さい。この世界の生物のスケールの違いがよく分かった瞬間だった。

 着地したイャンクックは、グワガガ、と喉を鳴らし、逃げようとするクンチュウたちの前を、逃さないぞ、とでも言うように通せんぼして小さく飛び跳ねる。

 その大きさに見合わない小鳥が戯れるが如き光景を、うさぎたちは木に隠れて観察していた。

 

「あれ、なんか意外に可愛いかも?」

 

「どこがあ?あの感情のない目なんか、怖すぎて見れたもんじゃないわ!」

 

「怒ったレイちゃんよりはましー」

 

「はぁ!?もう一度言ってみなさいこのあほうさ……」

 

「静かにしろ!」

 

 老ハンターがうさぎとレイに一喝する一方、逃げ場を失ったクンチュウは身体を丸め、防御を固める。この状態ではいかなる攻撃も寄せ付けない……はずだった。

 イャンクックはすかさずクンチュウを丸ごと咥え込み、目を薄めて味わうように嚥下する。こうなってはクンチュウの自慢の甲殻も意味をなさない。

 その様子は顔に表情筋がないのに何とも満足で幸せそうな動きであり、いつの間にかそれを見るレイの表情も緩んでいた。

 

「……なんか見た目とそぐわないわね」

 

「ほら、あたしの言う通りでしょ!」

 

 一方、亜美はハンターがイャンクックを観察しながら手元の手帳にペンを走らせていることに気づいた。

 

「ハンターさん、何してるんですか?」

 

「あのモンスターの状態を記録してるのさ。あれが村に危害を加えるような状態にないか、見かける度こうしてチェックしてギルドに報告しているんだ」

 

 彼はチェックリストを埋めていき、最後に『異常なし』と付け加える。

 

「村に危害を及ぼさなければ、必要以上に狩ることはないってことさ」

 

「……良かった。あの子を狩らなくてよくって」

 

 話を聞いていたうさぎは、安堵したように微笑む。

 

「今は狩らないが、もっと修練を積んだ上で奴らの数が狩るべき数まで多くなったら、お前たちにもいずれ相手をしてもらうぞ。イャンクックは、多くのハンターにとって登竜門のような存在だからな」

 

「……うん、わかった。仕方ないものね」

 

 念を押されたうさぎは、少し落ち込んだように、俯いて頷いた。

 

「さあ、奴さんが食事に夢中の間に通るぞ。ルナも今頃キャンプでミャーミャー言って帰りを待ってるだろうからな」

 

 老ハンターが立ち上がり、うさぎたちはそれに続いてイャンクックから離れた所を通って南下していった。

 彼らが去った後も、イャンクックは脇目も振らず最後のクンチュウを呑み込み終わり、まだ他に食い物はないかとしゃくれた嘴で土をショベルのように掘り返していた。

 

 そこに、複数の視線が彼の後ろを走り──迫っていった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

霧の先に出会うもの①

「さて、この辺りのはずだ……」

 

 公園にて、衛は自身の懐中時計を奪った毒怪鳥を追っていた。

 連続する怪物出現のせいで立ち入り禁止区域のテープが張られていたが、当然のように無視する。

 進むうちに、早速足元から霧が這い出てきた。向こうの世界に繋がる合図に違いない。

 

「待ってろよ、うさこ」

「衛さん、いえ、キング・エンディミオン。どこに行かれるおつもりですか?」

 

 更に奥へと足を踏み入れようとした彼の顔に、不意に影が落ちる。

 この気品ある声に衛は聞き覚えがあった。

 彼は薔薇を取り出し、タキシード仮面へと姿を変える。

 見上げると、樹の上に2人の影が居座っていた。

 

「やはり、君たちか。はるか君、みちる君……いや、この場合、セーラーウラヌスとセーラーネプチューン、か?」

 

 雲が晴れ、月が彼女たちの顔を横からはっきりと照らし出す。

 ざわざわと唸る葉が、三人の間の緊張に満ちた静寂を埋める。

 

「覚えて下さって、光栄ですわ」

「キング。今回、我々は貴方を諫めに馳せ参じました」

 

 ネプチューンが、深海色のウェーブヘアーを風に波立たせながらにこりと笑った。

 ウラヌスもショートボブの金髪を揺らし、枝の上に立っていた。

 ウラヌスの表情は厳しく歪んでいる。口調は丁寧だったが、どこかこちらに有無を言わせぬ威圧感を感じさせた。男性寄りの精悍な顔立ちからか、余計にその印象が強い。

 

「ほう、君たちはプルートと共にあちらの世界について調査していたのではなかったのか?」

「それには相違ありませんわ。ただ、貴方様の行動もそれとなく見させていただいておりましたの」

「流石は外部太陽系戦士、このくらいのことはお見通しというわけか」

 

 王国を護る戦士として高い能力を与えられ、強い使命感を持つウラヌスとネプチューン。将来この地を治める王となる人物の動向を、彼女たちが知らないはずがなかった。

 彼女たちの間で、互いに視線が交わされる。

 

「キング、未来のプリンセス、セーラームーンとその仲間たちを取り戻したい心情は我々も同じです。ですが……」

「危険な行為であることは分かっている。だが、もうこれ以上私がここに留まっているわけにはいかない。誰が何を言おうとも、この足を止めるつもりはない」

 

 タキシード仮面の覚悟のこもった言葉に、もう話し合いは無駄だとあきらめるようにウラヌスは首を振った。

 

「ならば仕方ない。この手で直接、貴方をお止めするのみだ」

 

 ウラヌスとネプチューンの足が樹から離れる。

 タキシード仮面に、ウラヌスの手刀が迷いなく一直線に振りかざされた。

 

「キング、どうかご容赦願います!」

 

 彼は身体を反らしウラヌスの鋭い一撃を間一髪で交わしたが、もし当たっていれば一発で気絶は免れなかっただろう。

 だが、その隙を付くようにネプチューンの膝蹴りが、みぞおちを目掛けて迫って来る。

 

「ぐっ……」

 

 辛うじてステッキで防御するが、連撃は止まない。

 相手は身体格闘、魔法攻撃共に高い練度を誇り、抜群のコンビネーションで敵を殲滅してきた歴戦の戦士たち。それを抜いても2対1という戦況は、お世辞にもこちら側に有利とは言い難い。

 どうしても防御一辺倒を強いられるタキシード仮面。

 何とか反撃しようと彼が伸ばしたステッキを、ネプチューンが軽やかに身を翻して避け、その回転の勢いで裏拳を叩きつけた。

 それは顔面に直撃するかと思われたが、実際はタキシード仮面の眼前の空気をなびかせるのみで終わる──

 だが、それは目くらましだ。

 続いてのウラヌスによる本命の蹴り上げによって、ステッキが空高く打ち上げられた。

 

「しまった!」

 

 ステッキは円を描き、ウラヌスたちの背後に落ちる。

 もう戦いの決着は着いたとばかりに、2人はタキシード仮面に真っ直ぐ向かい直した。

 タキシード仮面の荒くなった息づかいだけが、木々の間に響いていた。

 進み出たネプチューンは不意にぴた、と動きを止めた。

 足元の霧の色が、次第に黒紫の怪しげな色に置き換わりつつあったのである。

 気づいた時には、腰ほどにまで紫の霧が達しようとしていた。

 

「ネプチューン!」

「ええ!」

 

 呼び合ったウラヌスとネプチューンは、一転して彼を護るように戦闘態勢を取る。

 

「なんだ、これは!?」

「キング!早く退いてください!何かが来ます!」

 

 ウラヌスの忠告は、早くも現実のものとなった。

 紫の霧の奥から紅い目がいくつも覗く。

 赤い顔と肌、花のような冠、緑色の羽毛。南米の熱帯林を思わせる色鮮やかな恐竜たちがわらわらと走り寄って来る。

 彼らはたちまち戦士たちを綺麗な円陣で取り囲むと、天を仰ぎ見てホーゥ、ホゥホゥホゥホゥ、と互いを呼び合うように甲高く鳴いた。

 

「来たわね、異世界の怪物たちが!」

 

 ネプチューンが叫ぶと、彼らはなんとカンガルーのようにその扁平に膨らんだ尻尾で全身を支え、自身を空中に持ち上げて嘶いた。少しでも自分を大きく見せて威嚇しているのだろうか。

 陣形に隙間はほぼ無い。恐竜たちは、タキシード仮面も含め、ここにいる全員を逃がしたくないようだ。

 

「キュエアアアッ」

 

 最前線にいる恐竜たちは、尻尾をばねのようにして飛び跳ねながら中段蹴りを浴びせてくる。休みなく蹴りを繰り出してくるその様は、ムエタイ(タイ式キックボクシング)にも似ている。

 

「お前たちがそのつもりなら、これでどうだ!」

 

 ウラヌスが彼らからの攻撃を難なくかわすと、今度はそのうちの一頭に強烈な中段蹴りをお見舞いする。恐竜は樹に強烈に叩きつけられ、一発でダウンする。

 

「とうっ!」

 

 ネプチューンが腕に嚙みつこうとした恐竜に肘鉄を叩きつけると、相手は遥か彼方にすっ飛んでいった。

 打つ、蹴る、回る、投げる……。

 彼女たちの肢体が生み出す曲線全てが、無駄なく恐竜たちを捉えていく。

 場は瞬く間に阿鼻叫喚の図に置き換わり、20頭以上はいた群れはたちまち壊滅の一途を辿っていく。

 

「さあ、次に来るのはどいつだ!」

 

 たった数分間の戦いの末、最後に立っていたのはウラヌスとネプチューンのみだった。

 ウラヌスの呼びかけに答える者はいない。

 汗一つかかぬ凛とした2人の佇まいと、足元に散らばる恐竜たちの姿が対照的だった。

 もはや勝負はついたと誰もが思えただろう。

 だが、現実はそうはならなかった。

 まるでこの状況に呼応するように、紫の霧が一斉に吹きだす。

 

「……これは……!」 

「邪悪なエナジー!やはり、そうだったのね!」

 

 ウラヌスたちは、周りを見渡しながら何かを悟っていたが、タキシード仮面はそれについて何も知る由もない。ただひたすらにこの状況に疑問と苛立ちを募らせるばかりだった。

 

「さっきから君たちは何を言って」

 

 言葉は最後まで続かなかった。突如タキシード仮面が胸を押さえ、咳き込み始める。ウラヌスたちも例外ではない。彼女たちも口元を押さえ、その場に崩れ落ちた。紫の霧が原因であることは明白だ。

 変化はそれだけでなかった。さっきまで倒れていた恐竜たちがゆっくりと身体をもたげ始めた。

 ただでさえ紅かった瞳は、今は爛々と光って嘲笑するようにこちらを向きつつある。ゾンビ映画さながらに不気味な光景だ。

 

「くそっ……」

 

 タキシード仮面が目を閉じかけた瞬間、何かが風を切る音が聞こえた。

 

「ピンク・シュガー・ハートアタック!!」

 

 上空からピンク色の光線が円陣の中に降り注ぎ、一挙に霧を晴らし恐竜たちを遠ざけた。

 見上げた先に、光線に遅れてこちらに落ちてくるピンク色のツインテールの少女の姿があった。

 

「セーラーちびムーン!」

 

 この少女の登場に、先ほど別れの挨拶をしたはずのタキシード仮面は勿論、流石のウラヌスたちも驚きの表情を隠せなかった。

 

「やっぱり2人とも、タキシード仮面を邪魔しにきてたのね!心配して来て良かったわ」

 

 着地した後、すっくと立ちあがったちびムーンは、恐れて遠巻きに威嚇する恐竜たちに目も暮れずタキシード仮面に振り向いた。

 

「さあ早く行って、タキシード仮面!セーラームーンを救いに行くんでしょう!?」

 

 ちびムーンが、恐竜たちの真ん前に壁のように立ちはだかって叫んだ。

 既に、霧が再び円陣の中に立ち込め始めている。早くしなければ再び身動きが取れなくなるだろう。

 その言葉に背中を押されるように、タキシード仮面は覚悟を決めた顔で頷き、霧の濃い方へと走り去っていった。

 

「キング、お待ちを!」

 

 追いかけるため駆けだそうとしたウラヌスとネプチューンの前に、ちびムーンが手を広げて立つ。

 2人と睨み合った彼女の頭上から長い溜息が聞こえた。

 

「全く、正義の戦士ごっこをいつまでも見てるのは退屈なもんねぇ、今日はもう定時で帰るって決めてるんだけど?」

 

 正に残業疲れのOLの如く、気だるさと苛立ちが入り混じった大人の女性の声だ。

 

「やっぱ小さい奴らは役に立たないわね。『ドスマッカォ』ちゃん、さっさとその小娘をあっちにぶっこんであげちゃって!後の2人は厄介だから後回しでいいわよ」

 

 闇が濁流の如く広がった。今度こそ、戦士たちは完全に行動を封じられる。

 

「そ、その声は、まさか……!ありえない……!」

 

 ちびムーンの動揺をかき消すように、「ギャオオオオオッッッ!!」と野太い鳴き声が響いてきた。

 姿を現わしたのは、恐竜たちより更に大きく、子分たちより鮮やかなオレンジ色の頭に立派な羽根飾りのような羽根を生やした怪物だった。これが先ほどの女性が言っていた『ドスマッカォ』であろう。 

 彼は子分と同じく尻尾だけで立って飛び跳ね、ちびムーンの前に躍り出る。

 ばねのようにそれをぐっと縮ませて一鳴きすると、その尻尾に溜めた力を解放。その反動でこちらに向かって一直線に飛び込んできた。

 ちびムーンが震える手に持ったロッドで必殺技を放とうとするが、その圧倒的瞬発力の前には無駄なあがきだった。

 彼女は蹴っ飛ばされ、一瞬にして霧の向こうに消える。

 

「ちびムーンっ!!」

 

 悲鳴にも近い叫びをあげるウラヌスたちの前で、勝鬨を上げるようにドスマッカォが首をもたげて咆哮すると、彼らも次々に霧の中に飛び込んでいった。ウラヌスたちは、それをただ屈辱に満ちた表情で見送るしかない。

 霧が次第に晴れていく。

 いつもの、平和な公園の光景が広がっていた。

 あの謎の女性も、ドスマッカォたちも、跡形もなく消え去っていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

霧の先に出会うもの②

ジュピターたち再登場。


 うさぎたちがイャンクックを発見したその夜、霧が立ち込める森奥に、少女2人と1頭の白猫が現れる。

 

「どうやら来たようだな」

 

 そう呟いた白猫、アルテミスの鼻先がひくりと震える。

 辺りは暗闇に沈み、聞いたことのない鳥のさえずりだけがここに生命があることを知らせている。

 セーラージュピターは途方が暮れたように方角も分からない森の中を見回す。

 

「……て言ってもこれじゃあ、恐竜の足跡を見つけるのにも難儀するよ?」

「ふふーん、こういう時こそぴったりな諺があるじゃない!『家宝は猫と松ぼっくり』って!」

 

 セーラーヴィーナス、その正体である愛野美奈子お得意の頓珍漢な諺に、アルテミスはがくりと頭を下げた。

 

「それは『果報は寝て待て』だろ。大体そんな都合よく恐竜が姿を見せに来てくれるわけ……」

「ギャアッ」

 

 鳴き声とともに、アルテミスの横で紅い目が狡猾そうに光った。

 

「きたーーーーー!!」

 

 三者は悲鳴を上げ、後ずさる。

 嘶きと共に、緑の鱗に赤い頭の生物が5頭ほど躍り出た。彼らは『マッカォ』とこの世界で呼ばれている。

 ジュピターもヴィーナスも空拳の構えを取り、即座に戦闘態勢に入る。

 

「早速来やがったな、恐竜ども!」

「あたしたちを倒そうたって、そう簡単に行くもんですか!」

 

 彼らの目は不気味なほど真っ赤に染まり、口元から紫の吐息を滲ませ、獲物を今にも引き裂かん勢いで唸っている。

 ジュピターがふと違和感に気づき、じっとマッカォたちを覗き込んだ。

 

「……あれ、なんか追ってた奴と違わなくないか?」

「ホントだー、イメチェンでもしたのかしら?」

「2人とも!そんなこと気にしてる場合じゃないよ!」

 

 ヴィーナスが呑気に呟いたが、お構いなくマッカォたちは一斉に飛び掛かってきた。アルテミスが間一髪で1頭の尻尾の一閃をしゃがんでかわした。

 それに、ヴィーナスはグッドサインで答えた。

 

「オーケィ!!それじゃあフルスロットルで行くわよ!」

 

 かけ声と同時に彼女の周りを光の鎖が取り囲み、彼女が恐竜を指さすと同時に鎖がその方向に真っ直ぐ伸びていく。

 

「ヴィーナス・ラブミー・チェーン!!」

 

 飛び掛かろうとしたマッカォを、光の鎖がひっ捕らえる。

 

「レディーへのマナーがなってない悪いコちゃんには──愛の女神ことセーラーヴィーナスが、この手でお仕置きさせて頂きますっ!」

 

 マッカォはその仲間たちをなぎ倒しながら終いには投げ飛ばされ、森の中遥か彼方へと消え去る。

 

「こっちも負けちゃいないよ!シュープリーム・サンダー!」

 

 ジュピターの額にあるティアラから避雷針が長く伸び、そこに蓄積された電撃が落雷のごとく一挙に放出される。

 電撃の柱がマッカォたちを貫き、木々も容赦なく焼いて焦がしていく。

 実力差は圧倒的だった。

 

「さあ、何処からでもかかってきな!」

 

 ジュピターの睨みに射竦められたかのように、マッカォたちは踵を返し走り去った。

 

「追いましょう!」

 

 ヴィーナスの言葉に、ジュピターとアルテミスが頷いた。まるでこの世界に来た彼女たちを迎えるようにすぐさま襲ってきたのは、流石に偶然とは言い難い。

 急いで遠ざかっていく足音の後を追う。 

 山を下るうちに、霧は薄くなり生い茂る樹の数は少しずつ少なくなっていく。次々と樹が視界の横を通過していくうち、向かう先にちらり、ちらりと灯りが視界に入るようになる。

 

「何だ?こんな森の中に光があるわけ……」

「ギャ―――――ッ!!」

 

 アルテミスがぼやいた直後、その灯りが見える方向から特大の悲鳴が聞こえた。

 ヴィーナスの顔が、驚きに満ちる。

 

「ちょっと!この世界にも人がいるの!?」

 

 恐竜たちが逃げた先での悲鳴。

 戦士たちに嫌な予感がよぎる。ならば猶更のんびりなどしていられない。

 幸い、森の出口は近い。戦士たちは草木をすり抜け倒木を乗り越え、河を飛び越えていく。

 

 遂に森を抜け、彼女たちの視界は一挙に広がった。

 眼下にある森の中の一本道の上で、横倒しになった馬車らしき乗物と、その前で鞍や荷物、手綱を付けられたアプトノスが興奮して暴れていた。恐らくは周りをマッカォたちが通りかかったことでパニックになったのだろう。

 そして荷車の横に1人、頭を抱えてうずくまり震えている男がいる。

 予想外の現地人との出会いに、3人は目を丸くした。 

 

 彼はとんがった帽子にゆったりとした服を着た商人風の男で、背中には大きな荷物を背負っていた。

 周りに誰もいないことを確認しようとしたのか、彼の目線が次第に上がり、不安げに左右する。

 やがて、彼は何かの存在に気づき、上を見上げる。そこに映ったものを確認した途端、呆然としていた彼の表情はすぐに恐怖に支配された。

 色鮮やかなリボン、セーラー服風のレオタードとミニスカートに身を包んだ少女たちの姿は、彼の目にはこの上なく奇異に映っただろう。

 

「……あ……ああ……」

 

 言葉を失っている男に、アルテミスは必死に呼びかける。

 

「大丈夫だ!僕らは貴方を襲おうとしてる訳じゃない!」

 

 当然言葉は通じず、男は意味不明の言語にますます竦みあがるばかりだった。

 その時、3人の後ろから何かが地面を踏みしめ駆けてくる音が急速に近づいてきた。

 

 大きな影が、3人の背後の木々の茂みを破る。

 巨大な嘴が振りかざされたが、あからさまな予告音のおかげで回避が間に合った。

 怪物はそのまま荷車を突き飛ばし横倒しにした。

 男はそれですっかり怯え、尻尾を巻いて逃げていく。

 

「グルルル……」

 

 扇子のような耳を開き、怪物は振り向く。

 その正体は怪鳥イャンクックだった。

 だがその目は紅く染まり、紫の息を荒く吐いていた。

 

──

 

「おっちゃん!もっとカワイイ装備とかないのー!?」

 

「今のお嬢ちゃんには無理だよ!文句言うのは、ドスランポスなんか一撃で葬れるようになってからにしな!」

 

 そんな騒ぎが森であったとは露知らず、その頃うさぎはココット村のとある家の手前のカウンターにもたれかかり、文句を垂れていた。ルナは、その肩に仕方なさげにぶら下がって主人のきいきい声を聞いている。

 

「うさぎちゃん、ここは家じゃないんだからぁ……」

 

 ルナはいい加減言うのも疲れた、とでも言うように項垂れながら声を漏らした。

 それに対し、対面している青い服とオレンジのとんがり帽子を身につけた男性は頑なに首を横に振っている。

 軒先にぶら下がる丸い看板には金床を叩くハンマーの絵が描かれており、簾の奥からは熱された鉄の臭いがしている。

 ハンターは一般的に、モンスターの素材を集めたらそれを武器や防具の更なる強化に使う。より強いモンスターに挑むときは、当然強い武具を身につけて挑むもの。その上で欠かせないのが『加工屋』の存在。彼らは素材を加工して新しい武具を作り、今ある武具を強化してくれているのだ。

 当然ながらうさぎたちも例外でない。彼女たちもドスランポスをいなせるようになって、これからは大物に備えて次第に装備を更新していく頃合いだった。

 

「このままずっと茶色三人組なんて、私は断固としてお断りだわ!加工屋さん、防具じゃなくても良いから、せめてインナー(普段着)くらいちょっとはカラフルなの作れないの!?」

「インナー作れなんて言われたの、この道始めて以来だよ!なあ、お前のとこにそういう在庫あるか?」

 

 うさぎの隣にいたレイが不服そうに食い下がり、加工屋は代わりに彼が隣に立って話を聞いていた緑の服を着た男に聞いた。

 が、彼も渋い顔をしていた。

 

「そんな洒落たものあるわけないだろ!お門違いだよお門違い!」

 

 緑の服の男の担当は『武具屋』で、ハンター向けに仕入れた新品の武器や防具を売っている。だが、それらの多くは駆け出しハンター用の、実用的で地味なものばかりだ。

 カウンターの上には、華やかで煌びやかな意匠が施された武具がずらりと並べられている。だが、そのいずれも、彼女らが未だかつて見たこともない素材を使わなければならなかった。狩猟生活においては、おしゃれするのにも一苦労というわけだ。

 

「あたしは着る服を考える手間が省けると考えたら、楽だと思うんだけれど……」

「いいわね~、亜美ちゃんは考え方が合理的で」

 

 レイが薄目で睨んで皮肉を亜美にぶつけていると、さっきまで腕を組んでうんうん唸っていた武具屋の顔がぱっと明るくなった。

 

「あっ、そういえばあったぞ、いい感じの防具……というか服が」

「え、うそうそ、見せて見せて!!」

「んも~!あるなら早く見せてよ、いじわる~」

 

 うさぎとレイはその一言を聞いた瞬間に声を上擦らせ、亜美を差し置きカウンターに膝をつくように飛び乗った。武具屋は家の中をまさぐった後、カラフルな何かが描かれた5つの紙切れを持ってきた。

 

「ほれ、これだ!これなら絹の生地を組み合わせればいけるぞ」

「きゃーっ!なにこれ、きれーい!」

 

 差し出された紙に、頬同士を所せましとつき合わせた3人の少女と1匹の猫の顔と視線が集中する。

 だがその紙を覗き込んでいるうち、亜美を除いた2人の声とテンションの高さは急速に下がっていった。

 設計図には、確かに言葉に違わず、今までの装備とは一線を課す華やかさを放つ衣装が描かれていた。

 だが、彼女たちにとって問題はそこではない。

 

「……なんだその顔。これで不満なのかい?都会の連中のセンスは分からんなあ」

「こ、これ、わたした……」

 

 うさぎが続きを言う前にその口を頭の上に載っていたルナが塞ぎ、ツインテールの片側をレイが引っ張る。

 

「ななな何でもありませーん!おじ様ー、こんなヘンテコな設計図、どこで入手したんですかー?」

「ああ。最近噂の『魔女』の姿を模した防具さ。前に会った赤い衣を纏った女の話でね。それを聞いたうちの娘が図面を描け描けとうるさくてなぁ」

 

 図面に描かれていたのは、短いスカート、鮮やかなリボン、襟付きの白レオタードを身にまとった女性の姿だ。しかも5体のカラーリングはそれぞれ青色、水色、赤色、緑色、黄色だった。

 多少の差異こそあったが、明らかにセーラー戦士の姿そのものである。

 うさぎもレイも亜美も、動揺を隠せない。

 

「赤い衣の女?武具屋さん、それって一体……」

 

 亜美が聞こうとした時、村に設置された鐘が激しく打ち鳴らされた。あまりに突然のことだったので、思わずその場にいる全員が耳を塞ぎ、顔を顰める。何度も激しく鳴らされるのは、緊急事態を知らせる合図だ。

 家から出てきた村民たちの松明で照らす中、村の正門をくぐって走ってきた1人の男が目の前に転がり込んできた。彼は、この村出身のうさぎたちとも面識のある商人だった。

 その男の周りにはすぐ村人たちによる取り巻きが出来、村長が杖をつきながらよたよたとした足取りで前に進み出る。その横に老ハンターがしゃがみ、混乱した商人と目線を合わせる。

 

「何があった。まずは落ち着いて話せ」

「ま、魔女だ、魔女が出たんだよ!」

「魔女?」 

「緑と黄色の服を纏った2人の魔女……それに白い毛並みのアイルーが、マッカォとイャンクックをこちらに差し向けて来たんだ!やはり最近の噂は本当だった!」

 

 うさぎも慌てて商人の前に歩み出た。

 

「おじちゃん!その人たち、どこにいるの!?」

「外の一本道の先、一つ丘を越えた先の森林の中だ!だがペーペーの嬢ちゃんたちだけじゃ、あんな奴らに叶うかどうか……」

 

 今のインナー姿のまま今すぐにも飛び出しそうな勢いのうさぎたちだったが、彼の言うことも確かだった。

 

「ならば俺が行こう。3人にはサポートと、万一の場合の村への伝令役を頼む」

「ハンターさん……そうだな、あんたが言うなら」

 

 老ハンターが一言言うと、それだけで村民たちの動揺もある程度の収まりを見せた。

 

「相手が魔女であれ何であれ、この村の脅威となるのであれば対処しよう。だが、『討伐』は出来ん。ハンターが狩れるのは、ギルドが公式に脅威と認めたモンスターだけだ」

 

 ハンターは冷静に答え、強調するように戦士たちに目配せをした。そこでやっと、うさぎたちも安堵して肩を落とす。

 

「それでは生け捕りが最適じゃな。出来たら、の話じゃが」

 

 安堵は束の間だった。村長の何気なく発した言葉が、再び戦士たちの表情を固くした。

 村長の目がこちらを見ているように感じて戦士たちはそちらを見たが、彼の目は垂れ下がった眼窩の奥にあってその視線の先はよくわからなかった。

 

「本当にそんな御伽噺の末裔がここに現れたのなら、いっぺんこの目でそれが誠の存在か確かめてみたい。その方がみなの長きにわたる心配も晴れるしの。何か、疑問がある者は?」

 

 結局その場で手を挙げる者はおらず、戦士と狩人たちは装備を確認してから現地へ赴いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

霧の先に出会うもの③

 うさぎたちは、商人が言う『魔女』の出現地点に到着した。

 老ハンターが操るアプトノスに引かせた荷車を全速力で走らせ、いよいよココット村も振り返れば丘の向こうに消えようかという頃だった。

 

 今から生け捕りにせねばならない『魔女』たちとの再会を目の前にして、揺れる荷車の中は緊張感に包まれていた。

 ふと周りの様子を見回したうさぎは、目を閉じて深呼吸した後に口の端を吊り上げ、明るい表情に切り替えた。彼女は四つん這いになると、床に置いていたランタンを手に取って突き出し、レイと亜美の顔を光で照らした。

 

「もう、2人とも顔が暗いわよ!もうすぐみんなと会えるんだから、楽しそうにしとかないと!」

「全くよ。村長さんがあんなことを言わなかったら、完璧な感動の再会だったのに」

 

 うさぎの努力も虚しく、レイは険しい顔を貫いて頭上すぐ近くの天井を見つめている。

 

「もう、レイちゃん!ちょっとは空気読んでよ!」

 

 ランタンを置き、いきり立ちながら立ち上がったうさぎに対抗するように、レイも立ち上がって反抗的な視線をぶつけ合った。

 両者の足元で、鎧姿のルナは『またやってる』と言わんばかりに肩を落とす。

 

「分かってるわよ!でもこの後のこと考えたら、明るくなんかしていられるわけないでしょ!?」

 

 レイはむすっとした顔のまま、再びどかっと腰を下ろして腕を組む。

 うさぎの発言に刺激されてか、彼女の表情は紅潮していた。

 レイは水筒を咥え、一気に上を仰いで喉を潤す。うさぎの発言に刺激されてか、いよいよ怒りを顔に剥きだしにし、空になった水筒を手に持ち床に打ち付けた。

 

「そもそもセーラー戦士が魔女なんて言った奴は、どこのどいつよ!そいつこそ本当の魔女なんじゃないの!?」

 

 一方、亜美はライトボウガンを抱いて座り込んだまま、じっと虚空を見つめ思考を巡らせていた。

 

「……不自然だわ」

 

 ぽつりと呟いたその言葉に耳を立てたルナが、傍に歩み寄った。

 

「不自然って、どういうこと?」

「よく考えてみて。『霧の魔女』の噂は私たちが来る前からあったのよ。そしてここ最近になって突然、そこにあたしたちが結び付けられようとしてる」

 

 亜美は荷車後方の垂れ幕の隙間から、丘の向こうより漏れ出る村の灯りをちらりと垣間見る。

 

「あの武具屋さんにセーラー戦士の姿を伝えた『赤い衣の女』……。彼女は私たちをよく知る者だと私は睨んでる。でも、私たちを知っているのは村の人たちだけのはずだし、彼らもジュピターとヴィーナスの姿は知らないはずなのよ。なのに、その女は私たち5人全員の姿を知っていた」

 

 レイが眉を顰め、ずいっと亜美に顔を近づける。

 

「それってまさか……」

「んもう、亜美ちゃんまで暗いこと言わないでよー!」

 

 うさぎはレイと亜美の間に割り込み、半ば懇願する形で叫んだ。

 その直後、荷車が急停止の衝撃で大きく揺れ、3人と1匹は大きく姿勢を崩し絡み合った。

 

「いたぞ!モンスターも一緒だ!」

 

 老ハンターの言葉が耳に入るや否や、うさぎたちは武器を取って荷車後方から飛び降り、前方へと駆ける。

 その先10mほどの地点で、2人の少女と1匹の白猫がイャンクックと向かい合って道の上を占領していた。

 

「みんないる……」

 

 いざ実際に、1ヶ月ぶりに仲間の背中を見たうさぎの反応はあまりに呆けたものだった。

 一方の少女は背の高い茶髪のポニーテール、もう一方は赤いリボンをつけた金髪のロングヘアー。

 

「ジュピター!ヴィーナス!アルテミス!」

 

 うさぎは必死に、呼び止めるように叫んだ。

 その姿は見間違いようもなく、うさぎたちが日常を過ごす友であり、共に敵に立ち向かう仲間そのものだ。

 臨戦態勢の彼女たちは、目の前に敵がいるのも忘れてこちらに振り向いた。

 姿を確認させる暇もなく、うさぎはジュピターとヴィーナスの手を両手で握りしめる。その力は少女のものとは思えないほどに強かった。

 当の本人たちの表情は最初、驚きの方が強かった。黄色と緑の服装に身を包んだうさぎの姿は、傍から見れば別人ではないかと思えるほどに以前と様子が異なり過ぎたからだ。

 

「本当に……いる……」

「うさぎちゃん!?うさぎちゃんなのね!」

「みんな、怪我はない!?病気とかしてない!?」

 

 3者の顔を見回して呼びかけるうさぎの顔を見て、ヴィーナスはようやく嬉しさと安堵の混じった表情を滲ませた。

 

「うさぎちゃん、無事だったのね!でも、なんでそんな恰好してるの?」

「一体何がどうなってんだ。ガタイのいい爺さんまで一緒にいるぞ?」

 

 困惑を隠せないジュピターの隣に並び立った亜美が、目を合わせてふっと表情を緩めた。

 

「説明は後にしましょう」

 

 亜美はすぐに表情を引き締め、背後からライトボウガンを取り出した。

 自身の真横に突如現れた銃口がきらりと光るのを見て、ジュピターは思わず悲鳴を上げて腰を抜かす。

 残念ながら、今の状況は和気藹々という言葉からは程遠い。

 

「嘘……あの子、一体どうしちゃったの?」

 

 うさぎは、怪鳥に目を向けてそのあまりの変わりように口を手で覆った。

 その身体からは黒い蒸気が昇り、口からは紫の息を荒く吐き、目からは赤い光をぎらぎらと迸らせている。

 先ほどから前方で相手と睨み合っていたレイは、何かに気づいて冷や汗を垂らしていた。いつでも抜刀出来るように刀に手を添えながら、彼女は慎重に口を開く。

 

「みんな、気をつけて。あの生物から、ほんの僅かだけれど妖気を感じるわ」

「妖気……妖気ですって!?あれが妖魔だって言うの!?」

 

 ヴィーナスが、思わずイャンクックからレイへ視線を戻して叫ぶ。

 レイの一言は、戦士たちの表情を一変させるには十分過ぎた。

 

「クォワアアアアッッッ」

 

 中々動かない敵に痺れを切らしたのかイャンクックが威嚇の鳴き声を上げると、そこに老ハンターが真っ先に前に進み出る。

 そこには何の躊躇もなかったが、かと言ってつけ入る隙は全く見せない剣呑とした雰囲気を醸し出す。

 彼は即座に柄に手を伸ばし、大剣を抜刀し正面に構えた。

 瞬間、その場の騒ぎは凍り付き、静まった。誰もの視線が、天に塔のごとく聳える無骨な骨塊に向けられたからだ。

 本来ならば骨本来の黄色か乳白色であるはずのそれは、長年泥や埃を吸ったからか全体的に黒ずんでいて──刃の付近にはいくつもの黒いシミがこびりついていた。

 

「正気がまだあるなら、今すぐここから去れ。さもなくば、数分も経たずこの『天竜ノ顎(テンリュウノアギト)』の錆になるぞ」

「クエッ……」

 

 剣先から棘が獰猛さを露わにして並び立ち、月光を反射する。

 イャンクックは怯えるように首をすっこませた。一瞬、目の爛々とした赤い輝きが弱まったように見えた。

 ほんの僅かに残された反抗心も完全に打ち砕かれ、イャンクックは襟巻を窄めて早々と翼を広げた。飛び立ったそれは、あっという間に森の中へと退散していった。

 

「こ、こえ~~~っ」

 

 恐怖のあまり、アルテミスの毛並みが身体が膨らんで見えるほどに逆立った。老ハンターは安全を確認すると柄に大剣をしまい、振り向いた。

 

「彼らが君たちが前から言っていた仲間たちか」

「あ……」

 

 その顔に刻まれた皺と傷、眼光が目に入った瞬間、2人と1匹は一斉にその場にひれ伏した。

 

「な、何でもします、何でもしますから命だけはご勘弁を……」

「そんなんじゃダメよジュピター!まだ頭を下げ切れてないじゃない!もっとこう、誠意を込めて!」

「そう言うヴィーナスだって頭上げてるじゃないか!僕みたいに、頭が地面に埋まるくらいやらないと!」

「……全く、俺を何だと思ってる」

「ああっ、何とかいってよ!絶対『次はお前らの番だ』とか言ってるに決まってるわよこれ!!」

 

 ただの呆れ顔も、ヴィーナスには殺意を込められているように見えるようだ。うさぎは急いでハンターの傍に寄り、背中を叩いて顔を見合わせてみせた。

 

「大丈夫!見かけに寄らずとてもいい人なのよ!」

「えっ、そうなの?」

 

 ヴィーナスは未だ信じられないようで、顔を上げると四つん這いのまま、美術館の展示でも見るかのように老ハンターを角度を変えては何回も眺め回している。

 

「すごいな、うさぎたちは……ものの1日で現地人と仲良くなったのか?」

「何言ってんのよアルテミス。私たち4人、ここに来てから1ヶ月以上は経ってるわよ?」

「……あれ?」

 

 ルナの一言で、話はパタリと止んでしまった。

 しばらくしてから、アルテミスが仕切り直すようにコホン、と小さく咳払いをした。

 

「まずは、お互い何があったのかを話そうか」

 

──

 

 一行は、お互いにこれまでの経緯を話しながらココット村への帰途についていた。

 ゆったりと動く荷車の中は総員が5人と2匹になったため一気に狭くなった。

 再会した2人はうさぎたちと同じく制服姿で、やたらと床に敷いた藁から汚れが付くのを気にしていた。

 

「なるほど、私たちがこっちに来るまでの1日の間にここの世界では1ヶ月経っていて、ああいうデカい怪物を狩る仕事に就いてたわけね」

 

 ヴィーナスの変身前の姿である愛野美奈子は、一通りの説明に納得しながらすっとうさぎの下半身に手を持っていく。

 

「通りで、前よりもどことなーく筋肉が付いてるわけか。あたしもハンターになったら、ちっとはナイスバディになれるかしら」

 

 突然防具の中でも露出して目立っている太ももをつつかれたうさぎは、顔を赤くして思わず飛び上がった。

 

「ひゃああっ!美奈子ちゃん、そこはやめてって!」

 

 帰りの道は穏やかな月明かりに照らされ、後方の幕の隙間からはそよそよと涼やかな風が吹いてきていた。

 

「で、これからはあたしたちもその村の一員に加わるんだな。これでそのココット村とやらも安泰ってことだ」

 

 ジュピターの元の姿である木野まことは自信たっぷりに力こぶを出してみせたが、それにうさぎたちは一瞬答えるのを躊躇った。

 うさぎは俯いて、少しの間を置いて口を開いた。

 

「あのー……ごめんなさい。村長からはみんなを魔女として『生け捕り』にしろ、て言われてるの」

「……は?」

 

 まことたちは一挙に怪訝な表情を浮かべるが、その中でも不服さが特段目立っているのは美奈子だった。

 

「まさかあたしたち、化け物か何かと思われてる訳!?なんでこんな可憐で美しい史上最強美少女を化け物呼ばわりすんのよ!どういうセンスしてんの、その偏屈爺さんは!」

 

 前方でアプトノスの老ハンターに向かって袖をまくってまくしたてる美奈子の姿は、まるで高い声でキャンキャンと吠えたてる子犬のようだった。

 

「私たちも村に所属するハンターである以上、村長の命令には従わなければいけないの。絶対にどうにかしてみせるから、ちょっとだけ我慢してくれないかしら?」

 

 亜美の懇願でも彼女たちの不満そうな表情は中々揺るがなかったが、やがてまことが折れてもたれていた壁から背を離した。

 

「分かったよ。またお互い離れ離れになるよりかは、遥かにマシだからね」

「ったく、せっかく余韻に浸りたかったのにしょうがないわねぇ。『泳ぐ鯵には針当たる』って本当なのね、アルテミス」

 

「……『歩く足には棒当たる』」

 

 美奈子とアルテミスのこのやり取りを久しぶりに聞き、うさぎたちはお互い顔を見合わせて笑った。

 今この時、荷車の中だけが元の世界そのままのスピードで時が流れていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

霧の先に出会うもの④

 ココット村はこの目で魔女を見ようとする老若男女でひしめき合い、村長へと続く道を作っていた。うさぎたちを先頭にして、『魔女』たちが縄で縛られ連れられて行く。彼女たちの服の色が松明の光を反射し、夜の闇にくっきりとその存在を示す。

 だが、何よりも不思議なのはその静けさである。人の道を作れるほどの人数にもかかわらず、聞こえてくるのはひそひそ話だけで、それが余計に気味悪くすら感じられた。

 

「けっ!各々好き勝手に言ってるってことだけは分かるわね」

 

 衆目の好奇の目に晒された『魔女』たちは、当然いい気分ではない。そのうちの1人である美奈子はそっぽを向いて舌打ちしながら、縄に縛られ歩いていく。

 商人の男も村長に並び、またあの奇妙な魔女と出会うとあってかその顔を緊張で強張らせていた。 

 だが、彼女らが近づくにつれ、彼はあれ、と戸惑うように首を傾げ始めた。

 それを無視し、うさぎたちは村長の前に並び立った。『魔女』たちも、彼の目によく見えるように横並びになる。

 

「連れてきたわ、村長。この子たちが、恐らくその人が『魔女』と呼んでいた子たちよ」

「おお、見事じゃ4人とも。よくやってくれたな」

 

 村長は制服姿の『魔女』たちを一瞥すると、満足げにそう言って衣のポケットをまさぐった。

 

「ほれ、報酬じゃ。緊急依頼じゃから、今回ははずむぞ」

 

 ジャラ、と金属の擦れ合う音を鳴らしながら麻袋が取り出される。それの膨らみの大きさは、以前ドスランポスを狩った時の3倍以上はある。この金があれば、装備の強化だけでなく生活に余裕を持たせることもできるだろう。

 だが、それを目の前にうさぎは眉を顰め、唇をぎゅっと歪ませた。

 

「いらない」

 

 うさぎは首を横に振り、拒否の意を示す。あとの2人と1匹も同様にして報酬を突き返した。

 

「なんじゃ、えらく謙虚じゃのぉ」

「おい、嬢ちゃんたち」

 

 『魔女』たちの姿を眺めまわしていた商人が会話に横槍を入れてきた。

 

「すまんが、本当にこいつらが魔女なのか?確かに変わった装いだが、俺が見たのはもっと眩しく、けばけばしい色をしていたはずだぞ」

 

 当然、『魔女』の正体が何の変哲もない少女であるなどという発想がこの男にあるはずもない。

 何時までも不審がってまじまじと観察してくる商人に、アルテミスがシャーッと威嚇しておののかせた。

 レイは、腰に手を当てて強気に出る。

 

「当然よ。だってその子たち、魔女じゃなかったもの」

「なんじゃと?」

「村長さん。念のためこうやって縛ってはいるけれど、彼女たちはただの人間よ。イャンクックに襲われ窮地に陥っていたところを、私たちが何とか救い出したの」

「ほお……」

 

 亜美は、捕われの少女たちを見ながら説明を続ける。

 

「恐らく、この人はモンスターに襲われたパニックで、この子たちを噂と結びつけてしまったのよ。だから、ひとまず彼女たちを保護できないかしら?あたしたちを助けてくれた時のように」

 

 『魔女』たちはいかにもしおらしく頭を下げていた。

 老ハンターは表情を何一つ変えず大山の如く屹立し、この話の行く末を見守っている。

 村長の表情は揺るがなかった。そもそも彼の表情は、何を言っていても基本的に変わることがない。ちょっとは村に慣れてきたうさぎたちでも、彼の心情を察するのには苦労してばかりだった。

 

「この娘たちは受け入れられない。森に帰しなさい」

 

 いつもと変わらない、淡々とした口調で、村長はそう言い放った。

 少女たちからすうっと血の気が引く。うさぎが、戸惑いの声を上げた。

 

「な、なんで?食べ物が少ないから?住む場所がないから?」

 

「そういう問題ではない。もうこれ以上、この村に外から危険を持ち込みたくないのじゃよ」

 

 レイは亜美より前に出て、顎を上げて胸を張り、村長を見下ろして睨んだ。

 

「危険ってどういうこと?根拠を言って!」

「1人は長身にして怪力、茶髪で後ろに一束を纏め、電撃を操る」

 

 村長の一言でまことに視線が集中し、彼女は思わず下を向いて視線の矢から逃がれた。

 

「もう1人は金髪で赤のリボンを付け、光の槍と鎖を操り白毛のアイルーを連れる」

「なによ、それ」

「今先ほどこの村に来た、赤い衣の女から聞いたのじゃよ。『森の中より来たる5人の娘たちには気をつけよ。さもなくば、娘たちの率いる闇の獣どもがこの村を呑み込まん』と」

 

 かすれかけたレイの言葉に、村長は平然と答えた。

 

「村長……?」

「1人はメラルーを伴い、金髪で腰ほどまで届く二束を垂らし、生命を灰と化す光を放つ」

 

 うさぎを見る村長の視線はどこかよそよそしく、冷たいものを感じた。

 村長は次に、亜美、レイを順に指さす。

 

「1人は青く短い髪で、専ら本と策略を好み水を操る。1人は身体を隠すほどの黒く長い髪で、戦いを好み火を操る」

 

 口を挟むのを許さず言い切った後、村長は老ハンターに振り向いた。

 

「とまあ、ここまでくると色々と疑いたくもなるもんじゃよ。なあ、『マハイ』よ」

 

 うさぎたちは、そこで老ハンターの名を初めて知った。

 彼の表情はほぼ変わらなかった。

 

「オヌシら、仲間同士で庇い合っているんじゃあるまいか?魔女と疑われず、この村に入り込むために」

 

 すぐに反論出来る者はいなかった。

 この住民たちの奇妙な静けさも、その女の話を聞いたとすれば自然なことであった。

 いつの間にか、松明で照らされた人の顔が、揃って少女たちを柵のように取り囲んでいる。

 彼女たちは赤の他人同士という体も崩れかけ、僅かに身を寄せ合った。

 

「……庇ってると思うなら、それでもいい」

 

 沈黙の後、うさぎが俯きながら呟き、村長の視線を奪った。直後、彼女は顔を上げる。

 

「でも、そうだったとしても、あたしたちもこの子たちもこの村を襲ったりなんかしない!」

「ならばそれをどう証明する?」

「あたしが身代わりになる。身体中を縄で縛って森に放り込んでくれたっていい。その代わりこの子たちを受け入れてあげて」

「うさぎちゃん!」

 

 ルナが声を荒げるが、うさぎの決意の表情に迷いはない。

 

「そこまでしてこの者たちを庇うとは。魔女だったとしても大した心がけじゃ」

 

 村長は感心したように頷く一方で、空を見上げ頬杖をついた。

 

「ふむ……だが、赤い衣の女はこう付け加えていた。その娘たちの中では、黒猫を連れたのが頭領なのだ、と」

 

 その情報に、少女たちは表情を厳しくする。

 やはり、赤い衣の女とやらはセーラー戦士たちのことをよく知っているらしい。

 

「オヌシが先頭に立って証明するのが最も手っ取り早い。オヌシらで闇に侵食されたモンスターたちを残らず狩猟し、村を脅かさないと証明するのじゃ。それまでこの者たちは離れの納屋で監視する。だが、わしが脅威が過ぎ去ったと判断すればそやつらは解放し、村の一員として認めよう」

 

──

 

 数日後、うさぎ、亜美、レイ、ルナは森丘の森林地帯の奥深くに足を踏み入れていた。

 梢の隙間から漏れた陽が、彼女たちの表情とは裏腹に薄く、柔らかく光を落とす。

 うさぎはバツ印が所々付けられた狩り場の地図と睨めっこしていたが、いよいよ不安そうにレイの横顔を横から覗いた。

 

「レイちゃん、本当にこの道であってるの?なんか、どんどん暗くなってきてるみたいだけど」

 

 レイは、お経のような文言が書かれた紙を左手の人差し指と中指で挟みながら、目を閉じ集中している。

 

「ええ。妖気が僅かに残ってるわ。この方角に向かえば必ず本体に突き当たるはず」

「今回のモンスターは初見のうえ、妖気を宿してる……。気を引き締めてかかった方がいいわね」

 

 亜美は警告するとライトボウガンを構え、いつでも撃てるようにした。

 今回のクエスト目標は『マッカォ』及び『ドスマッカォ』。本来ならば南方の熱帯地方に棲息すると言われる『鳥竜種』、ちょうどこの前戦ったランポスたちと同じ種族の生物である。

 何故そんな生物が妖気を宿してここにいるのかは、今のところ彼女らにも分からないが、いい予感がしないことは全員の表情から明らかだった。

 

「あの人がいなくて怖い、うさぎちゃん?」

 

 ふと、うさぎが誰もいない空間を見つめて考え込んでいるのに気付いたルナが、声をかけた。

 うさぎはかぶりを振り、安心させるように笑顔を見せた。

 

「大丈夫よ!元はと言えばあたしが言い出したことだし」

 

 今回から、老ハンター『マハイ』の支援を受けることは出来ない。本来なら単独で狩猟が行えるのはもう少し腕が上がってからだったのだが、魔女の疑いがかけられた彼女たちはこれから自力でこの異変を解決しなければならない。

 うさぎたちは、草を踏み木をかき分け、森の奥へと進んでいく。

 やがて彼女たちは、大木が聳える広場のような場所に出た。

 

「みんな、構えて!」 

 

 何かに気づいたレイが叫び、太刀の柄に手を添え中腰になる。

 既に、足元には紫の靄がうっすらとかかり始めていた。

 草むらの奥から、タタタタ、と素早く駆ける足音が近づく。

 

「ギャアアアッ」

 

 草むらから叫んで飛び出してきたマッカォを、レイは抜刀と共に斬りつける。

 白刃が首筋から肩にかけての肉を捕え、痛みに身を捩ったマッカォはそのまま地面に倒れ伏した。

 

「やっぱ小さいやつぁ使えないわね」

 

 聞き覚えのある声に、全員の視線が大木の枝の上に立つ人影へと導かれる。

 やけに若々しくハリのある声を持つ女性は、村の者たちが言っていたのと同じく赤い外套で全身を覆っていた。その隙間からは、眼鏡が僅かな光を反射して怪しげに光っている。

 

「不便で汚い狩猟生活お疲れ様、『セーラー戦士』の皆さん」

「……!」

 

 その声に、少女たちは聞き覚えがあった。

 しばらく経ってから、うさぎが確かめるように言葉を紡いだ。

 

「本当に……貴女なの、『ユージアル』!?」

「あら、今でも覚えていてくれて感謝するわ、()()()()()()()

 

 外套と眼鏡が宙を舞うと、その中から若い女性のシルエットが飛び出した。

 彼女は3つに束ねた赤い長髪を揺らし、上半身は真紅のスポブラに、下半身は黒い細帯の下に長くルーズな赤ズボン、そして赤ヒールに身を包んでいる。

 うさぎたちの目の前に着地した彼女は耳元で星型の大きな赤いピアスを揺らし、不敵な笑みを浮かべていた。

 

 ユージアル。

 

 今は亡き悪の組織『デス・バスターズ』に属する魔女軍団『ウィッチーズ5』の一員。

 かつてセーラームーンたちと戦い、苦しめた敵である。

 大自然と巨大生物が支配する世界で、彼女はセーラー戦士の前に再び姿を現わした。




実写版セラムン、観たい……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

霧の先に出会うもの⑤

「そんなこと、あるわけが……」

 

 かつての敵がこの世界にいて、目の前にいる現実を、うさぎは未だに受け止められず呆然としていた。

 それは当然のことで、このユージアルはもちろん、その属する組織『デス・バスターズ』も、前の戦いで完全に封印されたはずだったのだ。

 レイが、大木の枝の上に立つ女を見上げながら前に進み出る。

 

「ユージアル!配下であるお前がここにいるなら、デス・バスターズそのものも復活してるはずよね!次は何を企んでるの?答えなさい!」

 

 ユージアルは、余裕を含んだゆったりとした動作で木枝に腰を下ろした。

 

「ここで言っても意味ないわ。だってあんたたち、ここでおしまいだもの」

 

 彼女の顔が笑みに歪んだ。

 マッカォたちがぞろぞろと列をなし、這い出てくる。

 うさぎたちは覚悟を決め、武器を構える。

 高みの見物を決め込みながら、ユージアルは含み笑いを唇の隙間から漏らした。

 

「思う存分堪能なさい!前に戦ったダイモーンどもとは比較にならないわよ」

 

 その発言を聞き漏らさず、うさぎはさっと顔を険しくしてユージアルを睨んだ。

 

「やはり貴女なのね、この子たちをこの姿にしたのは!」

「しょうがないじゃない、手近にこんな便利な材料があるんだから使わない手なんかないわ」

 

 さもこんなことは当たり前だと言わんばかりに、ユージアルの表情は平然としていた。

 それを聞く亜美の表情はうさぎと同じく憤慨に満ちていたが、獣たちの唸り声を聞いてすぐに切り替える。

 

「落ち着いて!以前のランポスよりは小さいから、それだけ耐久力は低いはず!下手に恐れる必要はないわ!」

「どうかしらね。出てきていらっしゃい、ドスマッカォちゃん!」

 

 彼女が両手を2回叩くと、森の奥から黄色の花のような冠羽を頭になびかせた、一際大きいマッカォが闇の向こうから姿を現わした。

 マッカォの群れを統率する長、ドスマッカォ。

 やはりというべきか、彼も紫の息を吐いて赤く輝いた目をしている。

 その貫禄を見て、うさぎたちはより表情をきつくする。

 ユージアルは、唇を舐めて口を開いた。

 

「さあ、やっておしまい」

 

 血に飢えた獣たちは、少女たちへと飛び掛かった。

 ドスマッカォは一直線にうさぎに向かい、手下たちはレイや亜美を包囲する。

 手下たちは扁平な尻尾だけでその身体を支え、中距離を保って蹴りを繰り出し牽制する。

 

「戦力を分断するつもりね!」

 

 そうはさせまいと、亜美は散弾を撃ち、レイは自ら太刀で斬り込んでいき、対抗する。

 マッカォたちの頭部にあられのような弾丸が無数に降り注いだかと思うと、別のところでは一閃を受けた群れが派手に吹っ飛んでいく。

 

 一方のルナとうさぎは、ドスマッカォの攻撃を必死にいなしていた。

 ドスマッカォの動きは、ドスランポスよりも変則的で、軽快だ。

 マッカォと同様に棘のついた尻尾を第三の脚のようにして立ち、軽業師のごとくうさぎの周りを跳ねまわる。

 尻尾で跳ねて距離を取ったのを見て追おうとすると素早い蹴りで迎撃され、一旦引こうとすれば脚を地面につけて前腕によるパンチで距離を詰めてくる。

 仲間たちを囲む部下を気にするように背中を向けたのを、チャンスかと思えばそれはフェイントで、後ろ目で確認すると空中に跳ねてから尻尾を地面に打ち付けてくる。うさぎとルナは何回か斬撃を加えたが、その傷はあまりにも浅い。

 

「隙がなさすぎる!」

 

 ルナが言った通り、落ち着きがないと言えるほどの暴れっぷりにうさぎは息を荒くして、盾を構えたまま立ち尽くしていた。

 その時、ピコン、ピコンとうさぎの耳に何かを通知する音が入った。

 彼女は音の発信源である防具の懐が赤く光っているのに気づき、そこからハート型の宝石の付いたロッドを取り出した。

 

「妖気に染まったモンスターなら……」

 

 『スパイラル・ハート・ムーン・ロッド』。

 邪悪の気を祓い浄化する力を持つ、セーラームーンの必殺の武器。

 狩人となってから長らく使っていなかったが、いま、妖気に反応してハート型の赤い宝石が点滅している。

 ドスマッカォのキックを盾で受け止めながら、うさぎは自然と導かれるかのようにロッドに手を伸ばす。

 

「ダメよ、うさぎ!」

 

 鋭い声が飛んできてうさぎがはっとして見ると、レイが、いま絶命して肩に項垂れたマッカォから太刀を引き抜き、払いのけたところだった。

 

「村長との約束を破るつもり!?そいつを狩らなければ、あたしたちへの疑いは晴れないわ!」

「……っ」

 

 うさぎは、顔をひきつらせた。

 ロッドを持つ右手から、左手に持つ血にまみれた刃に視線が移る。

 その様子を見ていたユージアルは、心底汚いものを見るような目をして、鼻を鳴らした。

 

「ああ、愛と正義のセーラー戦士も堕ちたものね」

「え……」

「ついこないだまで罪なき命を奪うなんて許せないなどとほざいていたお前たちが、何のためらいもなくその手を血で汚しているもの」

 

 はっとした表情になったのは、うさぎだけでなくレイや亜美、ルナも同じだった。

 うさぎは明らかに動揺して、うつむいて固まった。

 それが大きな隙になった。

 うさぎがロッドから視線を上げた時、ドスマッカォは後方に飛びのいて尻尾で自身の身体を持ち上げていた。

 

「うさぎちゃん、危ない!」

 

 ルナが飛び込み、武器である骨のピッケルを振りかざす。

 渾身の一撃がちょうどうさぎに向かって飛んできたドスマッカォの横っ面に食い込み、自分を支えるものがない空中でバランスを崩したその長は、ひっくり返って地面に激突する。

 

「逃さない!」

 

 レイがマッカォの包囲陣を無理やり突っ切り、襲いかかる手下を切裂きながらドスマッカォに向かっていく。

 

 太刀による狩猟術の特性に『気を練り、斬れば斬るほどに威力を増す』というものがある。

 使用者は太刀に意識を集中させながら戦闘を行い、自身の戦闘本能を引き出すことでその攻撃力を底上げしていく。これを積み重ねることで、この細身の刀は、やがては鉄のような甲殻をも粉砕するのだ。

 レイは元々の戦闘的な性格と戦士という立場もあってか、その習熟は早い方だった。彼女は目を見開き、戦神のごとくドスマッカォの身体を斬りつけていく。

 

 一方の亜美は、なおもレイやうさぎに追いすがろうとするマッカォの掃討に携わっていた。

 ライトボウガンは、全体の状況を把握する冷静な判断力と、刻一刻と変化する戦況に合わせて即座に戦略を組み立て、実践する能力が必要である。この点彼女は役割に忠実で、レイが安心して攻撃できるよう周囲に散弾を撒き、マッカォたちを寄せ付けない。

 だがドスマッカォへの注意は漏らさず、隙を見ながら彼に出血性の毒を含んだ『毒弾』を撃ちこんでいく。

 毒が回ることでドスマッカォは消耗し、動きが鈍くなっていく。

 

「レイちゃん……亜美ちゃん……」

 

 うさぎはその様子を、その場の空気から取り残されたように呆然と見守っていた。

 

「はあああっ!」

 

 レイが練った気を開放して放つ連続斬りを放ち、頭めがけて最後の一太刀を振り下ろすと、ドスマッカォは僅かに身じろぎしたあと動かなくなった。

 ユージアルは、その光景を見て驚きの表情を隠せていなかった。

 

「……ちっ、思ったよりやるじゃないの。次の『材料』も考えなくてはね」

 

 彼女は舌打ちすると別の木へと飛び移り、残りのマッカォたちを連れながら消えた。

 

「あんたたち、今の村にはそうそう長くいれるとは思わないことね!この世界に、あんたたちの居場所なんてないのよ!」

 

 そう言い捨てられたうさぎたちは、ユージアルの消えていった森の奥を茫洋とした目で見つめていた。

 

──

 

 うさぎたちがドスマッカォ討伐に赴いた、その翌日。

 まこと、美奈子、アルテミスは約束通り納屋に監禁されていた。

 だが、部屋の中には太陽の柔らかい光が小窓から差し込んできて解放的な雰囲気を醸し出している。

 いま、彼女たちはやや粗末な昼食を摂ったばかりでどれもふて寝を決め込んでいる。

 見張りに挨拶してうさぎたちが木製の扉を開けると、三者とも音に気づいて重い目をこすりながら起き上がった。

 

「おかえり!もう帰って来たのか!」

 

 まことが出迎えの言葉を送ると、うさぎたちもただいま、とにこやかに答えた。それがどこかぎこちないことに、彼らは気づかない。

 

「どうだったんだ?妖気の正体は」

 

 アルテミスが真剣な表情で聞くと、2人と1匹が息を呑み見守るなか、うさぎたちはドスマッカォの討伐で起きたことを話した。

 

「信じられない話ね!」

 

 美奈子は眉根を寄せ、座り込んで膝に頬杖をついた。

 

「まさかデス・バスターズが復活するとはね。次は一体なにを企んでんのかしら」

「まずは、すぐイャンクックを狩りに行くわ。みんなを早くここから解放しないとね」

「前も思ったけど、なんでそんな素直に村長に従うんだい?あたしとしては、うさぎちゃんたちに嫌な思いをさせる奴らなんか、今すぐみんなぶん投げてやりたい気分だけどね」

 

 レイの言葉に納得できないようにまことが腕を組んで胡坐をかき、不服そうな態度を見せた。

 そんな彼女に、うさぎはしゃがんで真っすぐ視線を向ける。

 

「まこちゃんたちには辛かったと思うけど、みんな本当に良い人たちなのよ!誤解を解けばすぐ仲良くなれると思う!」

 

 そこで、うさぎは美奈子が笑顔を浮かべてこちらを見ていることに気づいた。

 

「あぁほんと、うさぎちゃんが変わってなくて安心したわ」

「変わってない?」

「ええ!そういう誰とも仲良しなところとかね」

 

 屈託なくそう言われたうさぎは、一瞬うつむいて視線を落とした。

 

「……ありがと!とにかく、行ってくる!」

 

 うさぎは元気のよい笑顔を見せて飛び出し、その後に亜美とレイも続いていったが、残された者たちは奇妙そうにその背中を見つめていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

霧の先に出会うもの⑥

 森の傍の道のように細い高台の上で、うさぎたちはイャンクックを待ち伏せしていた。

 レイの霊感能力が、操られたイャンクックは自分たちを迎え撃つべくここにやってくるだろうと告げているのだ。

 

「うさぎちゃん、いい?決して、ユージアルの言葉は真に受けちゃだめよ」

 

 ルナはうさぎの肩に乗っかって彼女に呼びかけていた。

 しゃがんで太刀の白刃を砥石で研ぎ終わったレイは、うさぎにその砥石を渡しながら、無言でルナの言葉に首肯した。

 それにうさぎは頷きつつも、その顔から憂鬱な表情は拭えていない。

 

「来たわ!」

 

 周りを見渡してライトボウガンをつがえていた亜美が、叫んだ。

 いつのまにか、空に動く点が見えていた。

 

「真っ直ぐ飛んでくる!」

 

 それを聞き、レイとうさぎは砥石を捨て、立ち上がって武器を構える。

 点がこちらに近づくにつれ、それは見慣れた形へと姿を変えてくる。

 イャンクックの身体は以前に増して妖気を夥しく帯びており、寒気がするほどの殺気を含んだ視線が、こちら目掛けて向かってくる。

 イャンクックは、滑空したままうさぎたちに勢いそのままに突っ込んできた。

 全員が横へダイブしてかわすと、その先の地面へ着地したその怪物は、首だけを振り向けて少女たちを睨み、唸った。

 

「ものすごい妖気の量だわ。恐らくユージアルが、あれからさらに妖気を植え付けたのね」

 

 レイが言っている横でうさぎは眉を顰め、目の前の哀れな操り人形を見つめていた。

 狂ったようにイャンクックが鳴き叫び、戦いは始まった。

 戦い初めてすぐ、うさぎたちはこの生物がハンターにとっては一つの関門であるという言葉の意味を知ることとなった。

 

 先陣を切って斬りかかろうとしたうさぎとレイの目前を、尖った桃色の尻尾が風を切りながら横切った。

 

「きゃっ……」

 

 うさぎが前に会った飛竜と同じように、前肢が変化した一対の翼を持つイャンクックは、回転しながら尻尾を振り回してくる。

 イャンクックはリオレウスよりも小さいが、それでも彼女たちの背を一回り上回る大きさはある。これでは、いくら攻撃専門のレイも無暗に近づくわけにはいかない。

 だがそこを補うように亜美が弾を撃ち、確実に攻撃を当てていく。

 

「みんな、今までのやり方は通用しないわ!ある程度の距離を空けて、つけいる隙を窺いましょう!」

 

 数発の弾がイャンクックの頭を掠め、嘴を削いで傷を作ると、それは亜美の方に振り向いた。

 イャンクックが何かを喉に溜めるように身体を仰け反らせると、その口から火炎が亜美に向かって吐き出される。

 慌ててそれを後ろに転がって回避すると、弓なりに目の前に落ちた火球は爆ぜ、大きく爆炎を上げて地面に焦げ跡を残した。

 

「これが……火炎液!」

 

 亜美はその実際の威力を目の当たりにし、恐ろしげに呟いた。

 いま彼女たちの身につける粗末な鎧、防具では、いとも簡単に燃え広がってしまうだろう。

 イャンクックは亜美ひとりに狙いをつけ、飛び込んでくる。

 次は横に走って避けた彼女の後ろの空間を、鋭い嘴が何度もつついた。

 

「やっぱり一筋縄ではいかないようね」

 

 亜美は、冷や汗を垂らしながら呟いた。

 その後は、防戦一方の状況が続いた。なにせ彼女たちの武器の性能や防具の状況も、この相手には十分とは言えない。あの『魔女』騒ぎのごたごたがあったせいである。

 従って、いかに攻撃を喰らわないかということばかりが注目され、肝心の攻撃は疎かになってしまった。

 

 狩猟開始から30分ほど過ぎたあとも、イャンクックは未だに健在だった。ここに来て、まったく疲れを見せることもなく暴れまわっている。

 しかも彼は妖気の影響か異常に執念深く、いくら撤退しようとしても追いかけてきて決して逃がそうとしない。

 その好戦的な性格、異常なタフネスと持久力は、以前の呑気な姿からは想像もできないほどであった。

 次第に、うさぎたちの動きにも疲れが出てくる。それだけ、実力にも差が顕著に出始める。

 

「このままじゃ……共倒れになるわ」

 

 ルナの分析は、まさしく今の危機的な状況をついていた。このままではいつ、誰が『狩られても』おかしくない。

 ここに来てうさぎの攻撃には、迷いがあった。確かに機敏には動けるが、それは敵の攻撃から身を護るときに限られ、いざ斬りつけるときとなるとその勢いが衰え、傷を自ら浅くしてしまうところがあった。

 

「どうしたのうさぎ、攻撃のキレが弱くなってるわ!」

 

 レイが叫び、うさぎは汗をたらりと垂らした。

 手が震え、足ががたつく。

 だが、それはレイの方も同様であった。

 肩が激しく上下させ、腕はだらんと下がり、太刀の切っ先を地面に摺っている。

 

 ふいに、イャンクックが身を屈めてから、翼を広げて突っ込んできた。レイはその対応が遅れ、硬い鱗が並んだ脚に跳ね飛ばされる。

 その場に倒れ込んだ彼女の手から太刀が飛んでいき、完全に無防備な姿を晒す。

 イャンクックはそれを見逃さず、レイをその視界に捉えゆっくりとにじり寄る。亜美が急いでその脚に弾を撃ち込むが、脚は弾を弾くほど固くて効き目がない。

 太刀に手を伸ばそうとするが、わずかに届かない。レイは後ずさろうとするがイャンクックの歩幅は大きく、あっという間に距離を詰められていく。

 

「レイちゃんっ!」

 

 そのとき、うさぎがツインテールを振り乱しながらレイの前に割って入った。

 咄嗟にうさぎが薙いだ刃が、偶然イャンクックの青い翼を深くえぐり取り、大量の血飛沫を高く舞わせた。

 イャンクックは絶叫を上げ、大きく身体をよろめかせる。

 うさぎは目を見開いて、自分でも信じられないように血まみれの片手剣を顔の前にかざし、わなわなと震わせていた。

 

「わかったわっ!」

 

 うさぎがびくっとして振り向くと、亜美が弾をリロードしながら叫んでいた。

 

「翼よ、翼が柔らかいわ!きっと、これまでの傷が一気に広がったのよ!」

 

 イャンクックが立て直そうとしたところに、亜美が傷ついた翼へ弾を集中させて撃つと、またしても痛みに飛び上がる。もはや、攻撃どころではないようだ。

 肩に手を置かれてそちらに振り向くと、レイが息を荒くしながら口元に笑みを浮かべていた。

 

「ありがと、ほんとに助かったわ。さあ、行くわよ!」

 

 レイは太刀を手に取って立ち上がり、イャンクックに斬ってかかる。

 うさぎはそれに同じく笑顔で返すもその口元は笑っておらず、たまらず逃げ出したイャンクックを追う2人の後に続こうとするときには目線を落として迷わせていた。

 

 弱点が分かってから、戦況は逆転した。

 

 それまで三人でばらばらに攻撃していたのを一つの部位に集中させることで、ダメージを与える効率は一気に飛躍した。

 追う側と追われる側は入れ替わり、あれほどの強さを誇っていたイャンクックは、巨城の一つの風穴が広げられ、崩れていくように追い詰められていく。あの恐ろしい攻撃も、直前の動作や癖を落ち着いて見抜き、攻撃が来る場所を避けて走れば回避は難しくはない。

 今までの地道な積み重ねが、弱点の露出と癖の把握というふたつの功を奏したのだ。

 

 森の中に狩りの舞台が移っても、彼女らの優勢は変わらなかった。

 じわりじわりと、イャンクックの傷が深くなり動きが鈍っていく。

 

 そんな中、イャンクックは決死の攻撃を仕掛けた。

 一気に口元を炎で燻らせ、何発もの火炎液を手当たり次第に吐き出したのである。

 だが、彼女たちにはもう通用しない。

 ろくに狙いも付けず、ただ恐怖から逃れるためだけに吐き出されたそれらを、少女たちはこともなく走って回避していく。

 レイの一太刀が胸から首にかけての部分を斬り上げて掻っ切ると、イャンクックはびくんと身体を震わせ、泡を吹いて脚を崩した。

 

「やったわ!もう、相手は虫の息よ……」

 

 ルナが興奮気味に叫んだが、次第に語尾を小さくしていく。

 その場の空気は、勝利の喜びを分かち合う雰囲気ではまるでなかった。

 

 地面に倒れ伏したイャンクックは、いままさに死の瀬戸際を迎えている。

 身体中に斬り傷と弾傷ができ、苦しげに唸っている。襟巻を窄めているのは、もはや戦えないほどに弱っている証拠であった。

 しばらく、少女たちは傷ついて呻いている怪物を沈黙の下で見守っていた。

 

 レイが、イャンクックの閉じかけの目を見つめるうさぎの横顔を、ちらりと見た。

 彼女は亜美、ルナと顔を見合わせて互いに頷きあい、口を開いた。

 

「……あたしが終わらせるわ」

 

 レイは太刀を振るって血を落とし、白刃を光に煌めかせながら獲物の前に歩み寄っていく。

 

 その直後、盾と片手剣が、一滴の涙とともに地面に落ちた。

 レイが反応する前にその腕が引っ張られ、彼女は後ろに倒れ込む。

 

「ごめん。やっぱりあたし、ハンターに向いてないや」

 

 前に飛び出していくうさぎのその手には、変身用コンパクトが握られていた。

 

「ムーン・コズミックパワー、メイク・アップ!」

 

 何束ものピンクのリボンが飛び出し、彼女の身体を覆う。

 つけていた防具が解き放たれて消え、眩い光とともに悪を撃ち祓う戦士、セーラームーンの姿が現れた。 

 うさぎ、セーラームーンはイャンクックの前に立ち、仲間たちと向かい合った。

 亜美が、彼女を引き留めようと前に進み出て叫んだ。

 

「うさぎちゃん、やめて!その力をここで使ってはだめよ!」

「……いつかはやると思った」

 

 レイは、立ち上がると厳しい視線でセーラームーンを見つめた。

 

「あんた、まこちゃんや美奈子ちゃんを助けられなくてもいいの!?こんなことじゃ、衛さんのところまで戻れないわよ!?」

「亜美ちゃんもレイちゃんも、本当は怖いくせに!」

 

 セーラームーンの叫びに、レイと亜美は言葉を詰まらせた。

 

「ドスマッカォと戦ったとき、2人とも完全にハンターの顔になってたわ。最初はもとの世界への戻り方を見つけるためにハンターになるだけだって言ってたのに、結局この世界にずぶずぶ浸かってきてる」

 

 彼女は、息が浅くなりつつあるイャンクックを見やった。

 その目尻から、涙が流れ始めていた。

 

「ここでこの子の命を奪ったら、あたしたち、正義の戦士を騙った偽物よ。もとの世界に帰ったとき、みんなに顔向けできない!」

 

 セーラームーンがそれ以上なにも言えなくなり、鼻をすすりながら涙を拭っているのを見て、レイと亜美は口を噤んでいた。

 ルナも、「セーラームーン……」と呟きながら、辛そうな表情で見つめていた。

 

 セーラームーンはイャンクックに向かうと胸元のコンパクトを空け、鏡面にその姿を映し出す。

 マゼンタの光が、オルゴールの音色とともに彼をまるごと包み込む。

 

「ムーン・クリスタル・パワー!」

 

 急速に、イャンクックの身体から妖気が抜けていく。

 同時に彼女たちがつけた傷も急速に癒えていき、光が収まったときには以前よりも生命力溢れる無傷の状態へと変貌していた。

 表情筋こそないが、まさに憑き物が取れたがごとくすっきりとした面持ちだった。

 彼は熟睡から覚めたように目を開けると、ゆっくりと立ち上がる。

 その目がうさぎたちを捉えた瞬間、驚いたようにびくっと身体を震わせる。

 

「ギャッ」

 

 イャンクックは怯えたような鳴き声をあげると、襟巻を窄めて背を向けてから、翼を広げ、飛び上がった。

 うさぎたちは、その青空に向かってゆく後ろ姿を、点になって見えなくなるまで見つめていた。

 クエスト失敗。

 理由は、狩猟対象が狩場から逃走したためとされた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

月の光、それは導①

 シダが一面に生い茂る、蒸し暑い密林の一角。

 その地面を踏みしめていた、黒い靴の歩みが止まった。

 黒ハットと白いアイマスクを付けた男の顔が、弾かれるように青空に向いた。

 

「くっ……どこまで行ってもキリがないな」

「もうダメー!くたくたー!」

 

 その隣を歩いていた、ピンク色のセーラー戦士の幼い少女も立ち止まり、汗を額から落としながら手と膝を地面についた。

 

「オルゴールすら見つからないなんて……」

 

 タキシード仮面とセーラーちびムーン。

 彼らはドスマッカォにこの世界に放り込まれたあと、行く当てもなくジャングルの道なき道を彷徨っていた。

 この世界に入ってから既に数時間が経っていた。

 セーラー戦士たちの力を感じ取ることさえできれば彼らの向かう方向は定まるのだが、ここに来て未だにそのような兆候はない。だから、彼女たちは生きているに違いない、という根拠のない希望を元に旅をするしかなかった。

 

 ただひたすら、道なき道を進む。大地を蹴り、崖っぷちや小山をひとっ飛びで登っては降りていく。

 やがて彼らは、周りを崖と大河に囲まれた広場に出た。

 濁流が、真っすぐに大地を割るように貫いて横を流れている。

 辺りはスコールにより、異常なほど視界が悪い。

 

 このときだけは慎重に歩いて進んでいた彼らの前に、突然黒い影が現れる。

 

「あっ、『鳥』!」

 

 ちびムーンが、驚いて小さく声を漏らした。

 彼女たちの世界でオルゴールを奪い逃走した『鳥』──正しくは毒怪鳥『ゲリョス』──は、いま、岸辺に立って頭を河に突っ込み、水を浴びながら飲んでいる。

 

「ずっとご無沙汰だったが、まさかここで出くわすとはな……」

 

 奪われた星型オルゴールは幸いにもまだ口の端からぶら下がったままで、彼が頭を上下させるたびにキラキラと光を反射する。

 

「オルゴールも無事か」

 

 タキシード仮面は、ほっと溜息をついた。

 その時、空に咆哮が轟き雨音を破る。

 はっと上を見上げると、翼を持った影が視界を横切った。

 ゲリョスははっと顔を上げ、周りを見回しながら不安げに低い声で鳴いている。

 

「ド、ドラゴン!?」

「しっ」

 

 タキシード仮面はちびムーンの口を押え、すぐ傍の木の陰に隠れた。

 巨影は羽ばたきながら高度を下げ、白い靄の向こうで着地し、地響きを立てた。

 

 その巨躯は、人間である彼らではその翼の下にすっぽりと収まってしまうほど。

 全身は薄緑の甲殻に覆われ、人で言う肩に当たる翼の付け根には、鋭く黒い棘が何十本も生えている。

 鋭い兜のような頭の遥か遠く、ちらりと覗く尻尾の先にも棘がびっしりと聳え立つ。

 そんな全身に武器を生やしたような竜が、こちらに向かってのし歩いてくる。

 

 振り向いてその存在に気づいたゲリョスは驚いて口を開け、足元にオルゴールを落としてしまった。

 怯えたように後ずさりするが、後方の濁流がその逃走を拒んでいる。

 飛竜は、低く唸りながら口元に炎を燻らせた。

 

 口が開いた直後、巨大な炎の弾が撃ちだされる。

 火球が、真っ直ぐゲリョス目掛けて飛んでいく。

 着弾したそれは轟音とともに周囲を強烈に赤く照らし、爆発を起こす。

 

 爆煙がしばらく立ち上っていたが、突如それが中から散され晴れ上がる。

 ゲリョスの身体には傷ひとつなく、その前でタキシード仮面が、黒いマントを翻して盾のようにし、オルゴールをその手にもぎ取っていた。

 彼自身に外傷はないがマントや服は焼け焦げてボロボロの状態で、彼はよろめいてその場に膝をついた。

 

「タ、タキシード仮面!」

 

 慌ててちびムーンが彼の隣に駆け付けたところで、ゲリョスは翼を広げてばたつかせながら走り去っていく。

 あとに残ったのは、緑の飛竜と人間2人だけだった。

 飛竜は忌々しげに鳴いたあと、目標を切り替え真っ直ぐこちらに向かって走って来る。

 巨体と重量に任せて、自身を阻む木をまるで小枝を折るかのように簡単に薙ぎ倒していく。

 その脚が地面を踏みしめるたび、地震のような振動が足を通して伝わって来た。

 

「アルテミスが言っていた通り、私たちはとんでもない世界に来てしまったようだな!」

 

 タキシード仮面がちびムーンを抱えて後方に飛びのくと、直後にそこを飛竜が通り過ぎ、大量の土や枝を高く跳ね上げた。

 そのまま駆け抜けると思いきや、飛竜は踏ん張って切り返し、反転して再び突進を仕掛けてくる。

 予想外の機敏さにすんでのところで避けると、耳のすぐ横で、牙が並んだ顎がばちん、と嚙み合わされる音がした。

 すぐさまタキシード仮面はステッキを伸ばし、飛竜の首を突いた。ちびムーンも一緒に、ロッドからピンク・ハート・シュガーアタックを放つ。

 だがそれらの攻撃は鎧のごとき隙のない甲殻に阻まれ、小さな火花を散らしただけだった。

 飛竜はあざ笑うかのように鼻を鳴らすと、棘だらけの丸太のような尻尾を持ち上げ、意味ありげに揺らした。

 

「危ないっ!」

 

 タキシード仮面は反射的にちびムーンを庇い、その背中に鞭のように飛んできた尻尾の一撃を受けた。

 ほぼ真横に2人は吹っ飛ばされ、木に背中をぶつけ、地へと落ちる。

 タキシード仮面の胸から這いだしてきたちびムーンが、ロッドを飛竜に向かって構えるが、その手は恐怖に震えていた。

 飛竜は走って追ってこなかった。その代わり、口内を先ほどよりも一層燃え滾る炎で照らしている。

 

「逃げろ、ちびムーン……」

 

 苦痛に歪んだ顔で、目を閉じかけながら呟いたときだった。

 彼の脳裏に、一筋の電撃のような感覚が迸った。

 あまねく者を等しく包み込み邪悪から解き放つ、慈愛に満ちた光だった。

 タキシード仮面の目が、一気に開かれる。

 

「……セーラームーン!」

 

 彼は、ちびムーンを抱えて跳んだ。

 直後、地面に青白さを伴った火球が着弾し、拡散するように連鎖して大爆発を起こした。木々や地面が焦げた破片となって弾け飛ぶ。

 2人は爆風に煽られながら遠くへ着地し、ちびムーンが下ろされると彼らは互いに顔を見合わせる。

 

「ちびムーン!」

「うん、感じた!あっちからよね!」

 

 タキシード仮面の呼びかけに、ちびムーンは激しく首肯してひとつの方角を指さした。

 今の感覚の意味は、この世界のどこかでうさぎがセーラームーンの力を使ったということだ。

 

「うさこが……生きている!」

 

 拳を握りしめたタキシード仮面の声は、感激に満ちていた。

 先ほどまでより、彼らの立ち姿に力が漲っている。

 そのとき、ちびムーンが何かに気づいて飛竜に注意を向けた。

 

「見て、あのドラゴン、元から怪我してるわ!」

 

 こちらに向き直った飛竜の顔には、大小の白い亀裂が入っている。いかにも固そうな鱗も、何枚か剥されたような跡があった。

 一番傷がひどかったのは翼だった。左の翼の先端にある爪が、根元から直線を引いたように寸断されている。

 タキシード仮面は静かに頷き、その手の指の間に薔薇を出現させて構えた。

 

「ならば、倒せなくとも目くらましはできよう」

 

 飛竜が、再び真っ直ぐこちらに向かってくる。だが、今度は避けようとはしない。

 タキシード仮面の投げた薔薇が、ダーツのように額の傷に深く突き刺さった。

 飛竜は驚いて顔を背け、悲鳴を上げながら頭をあちこちにぶつけ、擦り付ける。

 先ほどと同じく火球を吐くが、そのいずれも検討違いの方向である。

 それを見届けたタキシード仮面たちは、その隙に川と崖に挟まれた細道を急いで駆け抜けていった。

 

 走り続けて数分ほどが経ったが、何の気配も追ってこない。

 どうやら、飛竜は2人の追跡を諦めたようだ。

 大瀑布が望める崖の上で立ち止まると、ちびムーンはタキシード仮面の胸に飛びついた。

 

「やったわ、タキシード仮面!」

「いいや。これも君がしてくれたアドバイスのおかげだ」

 

 タキシード仮面は微笑して彼女を抱き下ろすと、胸元からオルゴールを取り出した。

 泥にまみれてはいるが、しっかりと原型は留めている。

 彼は、ちびムーンとともにその宝物を柔らかい表情で見つめたあと、それを合わせた両手の中に握りしめ、額にぴたりとつけて目を閉じた。

 

「セーラームーン……本当に君を信じて、よかった」

 

 ちびムーンもその大きな手に自分の手を被せ、笑顔で彼の言葉にゆっくりと頷いた。

 そのとき、上空を大きな影が通り過ぎていく。

 薔薇の花びらが、その影からはらりと離れ、風に煽られながら彼らの足もとに落ちてきた。

 

「あの方向……」

 

 緑の飛竜が遠くに飛んでいくのを見つめていたちびムーンが、不安げに呟いた。

 

「我々と同じ方角に向かうか」

 

 その向かう方向は、彼らが目指している方角と一致していた。

 タキシード仮面は、ぐっと表情を引き締めた。

 

「出くわさないよう、気を付けなくてはな」

 

 タキシード仮面のみならず、セーラー戦士の移動する速度はあの飛竜の飛ぶそれにも迫る。

 だが、この状況で下手に相手に姿を見せれば、また厄介な事態を招きかねない。

 そのため彼らの移動は、常に物陰に隠れながら飛竜を追うような形になった。

 更に不思議なことには、飛竜の飛ぶ方角はずっと一定だった。まるで、飛竜も何かを追っているような動きだった。

 

 その後も、2人はセーラームーンの力を辿って大地を駆け抜けていく。

 2時間ほど後、陽は傾き、ほぼ山脈の向こうに沈みかけていた。

 終わりがないように思われた鬱蒼とした密林も、少しずつ植物の密度が減って草原や低木が増えて来る。北方に向かっている証拠だ。

 

 事件は、再び森の中を跳び、駆けているときに起こった。

 2人が蔦をかき分けているとき、すぐ近くから聞きなれたやかましい鳴き声が聞こえてきた。

 げっ、とちびムーンが露骨に嫌な顔をした。

 

「ちょっと待ってよ、こんなところまで?」

 

 木陰と茂みに隠れて外の開けた空間を見ると、あの『鳥』、ゲリョスがこちらに向かって翼を広げて走ってきていた。

 トサカが取れた焦げた頭から、さっき出会ったのと同じ個体ということはすぐに分かる。

 

「さっきの『鳥』だ。あいつ、まだ逃げてるのか?」

 

 タキシード仮面は、数時間前とほぼ変わらない逃げ足の速さに呆れつつもそのまま様子を見守った。

 やがて、ジャラ、ジャラ、と金属同士が擦れ合う一定のリズムを刻みながら、3つの影が向こうから駆けてくる。

 

「なに、あれ……人?」

 

 ちびムーンが、そう言ったきり言葉を失った。

 叫び声からして、男女混成の3人組のようだった。見たこともない鎧や身の丈を超すほどの巨大な武器を身につけ、しきりに何かを怒鳴っている。

 大砲を背負った鎧姿の年配の男が叫ぶと、隣の長身の若い男が薙刀を振り回し、人の頭ほどのサイズがある甲虫を放った。

 虫はゲリョスの頭の周りを軽快に飛び回り、意識を撹乱させる。

 その隙を見て、一人の軽装の女が、細い身体からは意外に思えるほど筋肉質な腕で弓をつがえた。引き絞って放たれた数本の矢はその身体に深々と突き刺さり、ゲリョスは絶叫を上げる。

 

「何が、起こってるの」

 

 ちびムーンはただただ目を見開いて、目の前の光景を見つめることしかできない。

 ゲリョスは3人から振り返り、逃げだそうと森の方へ振り向いた。

 そのとき、タキシード仮面たちから少し離れた茂みが動いた。

 

 驚いて声を上げる暇もなく、もう一つの人影が戦場へと飛び出す。

 ほぼ裸同然の姿で全身に骨を纏った若く逞しい男が、鉄でできただけの無骨な鈍器を構えてゲリョスへ真っ直ぐ突っ込んでいく。

 頭の近くまでいくと、彼はぎらついた目で相手を睨んで雄たけびを上げながら、その得物を思い切り振りかぶった。

 

「え……」

「見るな!」

 

 ちびムーンの両目を、タキシード仮面が塞いだ。

 直後、固いものを叩き割る音が響いた。

 




実写版セラムン最高でした。バランス保つことは大前提で、もっとセラムン側の人物の心情描写をこだわりたいな。
あと、何故か旧アニ設定なのにまもちゃんのオルゴールが懐中時計になってました。修正しておきます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

月の光、それは導②

 今日も変わらず、空は青く、雲は白い。

 その下の緑の丘の上、うさぎはひとりで座り、空を見て黄昏ていた。

 周りに、仲間たちはいない。ここに最初に来たときと同じ、独りぼっちだった。

 

「そろそろ行かなくっちゃ」

 

 うさぎは呟くと立ち上がり、坂を下って川に沿って歩き始めた。

 

 手ぶらで村に帰ってきたうさぎたちに対する村長の反応は、冷たかった。

 彼女たちは最初、イャンクックから邪悪の気がなくなったことで村への脅威は去ったと主張したが、そんな言い訳が通じるわけもなかった。あくまで村長が要求していたのは『討伐』なのだ。

 ココット村に村民の姿はなく、あの老ハンター、マハイの姿もなかった。

 まもなく亜美、レイ、ルナまでが納屋へ拘束され、彼女の仲間たちとは一切の面会を禁じられた。

 納屋に連れていかれるときの彼女たちの表情は、悲しそうだった。

 

 本来ならば容赦なく村から追放であるところを、村長は村の者たちからの情状酌量と言って『特例中の特例』、つまりは最後のチャンスをくれた。

 

 その狩猟対象の詳細を聞かされたとき、うさぎは背筋を強張らせた。

 なんでも、そのモンスターは黒い霧に侵されてはいないものの、この数ヶ月で凶暴化したらしく、村長はこれも『魔女』のしわざと考えているらしい。

 

「奴を単独で完全に討伐するまで、この村への帰還は一切禁じる。失敗すれば、強制的にギルドへお前たちを引き渡すこととなろう」

 

 感情の見えない顔で、村長はそう言った。

 当然、防具は革と毛皮で出来ていて『鎧』というにはあまりに燃えやすく柔すぎるし、武器は、鉄の塊を剣の形にしただけである。

 まるで、ここでくたばれと言われているかのような装いだ。あるいは、魔女だからそう簡単に死なないだろうと村長は思っているのか。彼女にはその真相は分かりかねた。

 

 うさぎは前にイャンクックと戦った道を経由し、天高く聳える岩山へと向かった。

 やがて、高度がかなりある崖の上にできた、大きな広場に出る。狩人の間ではエリア4と呼ばれる場所で、前には高台の上に岩山へと続く洞窟、周囲には岩肌を覗かせた丘陵が見えている。

 彼女はあらかじめ、砥石で武器を研いでおく。だが、その手は途中で止まった。

 

 太陽を、大きな影が覆いつくす。

 うさぎは立ち上がってその影の正体を見上げた。

 

 空の王者、リオレウス。

 

 彼女が最初に対峙した赤き飛竜が、目の前に姿を現わした。

 改めて周囲を見渡したが、やはり誰もいない。

 

「……こんなことになることくらい分かってたのに」

 

 うさぎは虚しい笑みを浮かべ、零れるように涙を流しながら呟いた。

 

 彼の吐いた火球が、隕石のように落ちてくる。

 それはうさぎのすぐ目前に着弾し、少女の小さく、陶器のように白くて華奢な身体が真後ろにぶっ飛ばされる。

 

 後方にあった岩に後頭部を強打し、反動で弾かれるようにして仰向けに地面へ倒れ込んだ。

 しばらくして、頭を押さえながら立ち上がる。

 リオレウスは容赦なく空中から飛びかかってうさぎを右脚で捕えると、何度も地面に叩きつける。

 だが、彼女の身体は潰れない。

 防具の下にある魔法の力が彼女を護っている。擦り傷と切り傷だけがただただ増えていく。

 ふと彼は脚に込める力を緩めた。

 その飛竜は、うさぎの精気を失った顔をじっと睨み、見つめる。

 

「まさか……覚えてるの?」

 

 リオレウスは、より一層憎悪と憤怒の感情を剝き出しにして、歯を食いしばって唸った。

 

 彼は、彼女を掴んだまま飛び立った。遥か高く、身体が寒さを感じる高さまで。

 急速に、風が身体を吹き抜ける。

 うさぎは後ろに振り向かなかった、いや、振り向けなかった。

 

 突如、吹きつける風が止んだ。

 息が詰まるような時間を翼がはためく音がしばらく満たすと、直後、ふわっと身体を締め付ける感覚がなくなった。

 

「あっ……」

 

 リオレウスは、樹海の遥か上空でうさぎを手放した。

 この飛竜の王は、この小さな生き物は炙って締め付ける程度では死なないと、理解していた。

 ぐんぐんと、小さな身体が森の中へと落ちていく。

 重力に従うにつれ強くなる風が、体温を奪っていく。

 自分を見つめる影が、急激に小さくなっていく。

 

「まも……ちゃ……」

 

 その名を口にした直後、激しい衝撃とともに何もかも分からなくなった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

月の光、それは導③

 意識を取り戻したとき、うさぎはベースキャンプのベッドの上に寝転がっていた。

 クエスト開始から、3時間ほどが経っている。時は既に昼を過ぎ、傾きかけた太陽の木漏れ日が、キャンプの空間を柔らかく照らしている。

 

「……あたし、あの時落とされて……」

 

 クエストの失敗条件として代表的なものに、『3回戦闘不能になる』というものがある。

 あまりに大きな傷を受けて失神したハンターは、ギルドと契約したアイルー……猫の獣人のような種族が引く荷車『ネコタクシー』によってキャンプに戻される。

 無論生命を保っていればの話だが、命懸けの仕事であるハンターの生存率を少しでも上げるためのシステムだ。

 

 うさぎはまだ覚束ない足取りで立ち上がってテントから出ると、まず青いボックスを覗く。ここには狩りに使う薬や食料など、村やギルドからの支給品が入っている。彼女のような初心者は決まってお世話になるものだが、意外なほどその品揃えは潤沢だった。

 

 ビンに入った緑色の液体は応急薬。飲めば身体の回復力が急速に上がり、大抵の外傷はこれで治る。

 乾いた干し肉のような小さい固形食は携帯食料と呼ばれており、これを食べることでスタミナが上がる。

 

「うっへぇ……」

 

 うさぎはそれらを見て渋い顔をしたが、仕方なさそうにそれらを腰に付いてあるアイテムポーチに放り込んでいく。

 これらのアイテムが重要視されているのはあくまで保存性と効力であり、その味はお世辞にも良いとは言えない。だが、そんなことで文句を垂れている暇など、今の彼女にはなかった。

 アイテムを取り出すときにふと見ると、うさぎの白い腕にはいくつもの細かい切り傷が出来ている。上空から落下したときに、枝と擦れたのだろう。

 彼女はテント内の床に腰を下ろし、応急薬のビンを開けるとその中身を自身の傷に振りかけた。途端に白い蒸気が上がり、うさぎは目を細め痛みに耐える。傷は数秒もしないうちに塞がったが、肌にはどうしても跡が残る。

 

「傷、いつまで残るのかな……」

 

 うさぎはその傷跡を涙を浮かべて眺めたあと、直後に涙を振り払うように立ち上がった。

 

「しゃんとしなさい、あたし!絶対に村にいるみんなを救えるのはあんただけなのよ!」

 

 自らを鼓舞し、両頬を叩いて気合付けをした彼女は勢い込んで丘を下っていく。

 

 だが実際にリオレウスを目の前にすると、その言葉も意味を成さなかった。

 次に彼と出会ったのは、先ほどの戦場より山から離れた、崖っぷちの小道と木が生える広場で構成されたエリアだった。

 リオレウスは再び出会った因縁の相手に、容赦なく突っ込んでくる。

 

「動いて、あたしの腕……!」

 

 急いでその迫りくる巨体を避け、横から刃を首の鱗へ叩きつける。

 カァンッ。

 驚くほど軽い音とともに、刃は火花を立てて弾き返された。

 うさぎは、唖然として先っぽが欠けた片手剣を見やる。

 リオレウスはじれったがるように首を振るだけだった。

 

 突然、リオレウスがその場で飛び上がる。その風圧にうさぎは腕で自身の身体を守るが、そこで隙が生まれた。

 リオレウスは彼女の頭上を掠め、すれ違いざまに彼女の身体を弾くように爪で小突く。

 

「あうっ……」

 

 彼女が崩れ落ち、まずいと思ったときには既に遅し、リオレウスはうさぎの背後に回り込んでいた。

 すかさず彼が火球を吐くと、それはうさぎの背中に真っ直ぐ向かっていく。

 

 爆発。

 

 うさぎの防具の背中が蒸発してはじけ飛び、白いレオタード状の戦士服が露わになる。

 リオレウスは攻撃の手を緩めず、今度は口に溜めた炎を空中から火炎放射のように薙ぎ払い、追撃を加える。

 草原に大量の火の粉が舞い、たちまちのうちに辺り一面を黒く焦がす。

 

 うさぎの防具はほぼ破け、彼女はほぼセーラー戦士、セーラームーンとしての姿になっていた。

 いくら頑丈なセーラースーツといえども、何かの拍子で変身が解ければ彼女になすすべはない。

 彼をやらねば、こっちがやられる。

 それでも、彼女の剣の柄を掴む手には力が入らない。

 

 リオレウスは、翼をはためかせて遥か上空へと舞い上がる。

 それは、どう見ても逃げるためではない。彼の視線は、明らかに地上のセーラームーンに向いている。

 まさに鷹が獲物を狙うがごとく構えられた脚の爪が、太陽の光を受けて光った。

 

「もう、こんな世界、いや……」

 

 歪む視界の中、大きな影が真っ直ぐ脚を向けて落ちてくるのが見えた。

 意識が途切れる直前、彼女の身体を何かがさらった。

 

──

 

 月明りの下、衛とちびうさは見晴らしのよい丘の上で変身状態を解いて焚火を囲んでいる。

 彼ら2人も飛竜も、かなりの長距離を移動した。かなり植生も変わり、気温もかなり涼しくなっている。

 ちびうさは胡坐をかいた衛の脚の上に横向きに寝っ転がり、火を眺めながら頭を優しく撫でられていた。

 

「ねえ、まもちゃん」

 

「なんだ、ちびうさ?」

 

 呼びかけたちびうさは、寝返りを打って衛の瞳を覗いた。

 

「結構前の話だけど、あたしが『セーラームーンって強い?』て聞いたら、まもちゃんは無敵だよって答えてくれたよね?」

「ああ、そうだったな。もしかして、あのドラゴンを見て不安になったのか?」

「ううん。そんなことは全然ないんだけど……」

 

 首を振りながらも、ちびうさの表情は不安げだ。

 

「うさぎ、ここにいる間に変わっちゃってたりしないかな?」

「どういうことだ?」

「あの、今日の」

「……ああ」

 

 衛は、僅かに震えたちびうさの背中を優しくさすった。

 結局あの『鳥』が人間たちになぶられるのを垣間見たあと、すぐに2人は気づかれないようにその場を去った。だが、ちびうさの脳裏にはあの光景がまだ鮮烈に刻み込まれているようだった。

 

「多分、あのドラゴンの傷もああいう人たちが付けたんだよね?もしも、うさぎたちがあんなに躊躇なく生きものを傷つけて、殺すようになってたら……」

 

 ちびうさは一旦言葉を切ってうずくまり、赤い瞳で衛を見た。 

 

「まもちゃんは、うさぎを受け入れられる?」

 

 衛はしばらく黙って考えていたが、やがて口を開いた。

 

「受け入れるもなにも」

 

 視線をちびうさでなく焚火へと送る衛の顔は、いつの間にか厳しいしかめっ面になっていた。

 

「うさこは俺の一部だ。こんなに会いたいって気持ちが強まっているんだから」

 

 彼がちびうさに顔を向けたときは穏やかな表情に変わっていた。

 

「とにかく、俺はうさこがどうなっていたとしても受け入れる」

 

 それを聞いてからしばらくして、ちびうさは首を横に振って微笑んだ。

 

「……その言葉を聞けて、あたし、本当によかった」

 

 衛はゆっくりと頷くと目線を上げ、満天の星空を望んだ。その中に一つ、綺麗な満月が浮かんでいる。

 それを見つめながら、衛は呟いた。

 

「早く君に会いたい、いや、会わなきゃいけない」

 

 そのとき、ガオォォン、と金属を打ち鳴らすような音が遠くから聞こえた気がして、衛は眼下の森に目を向けた。

 夜の黒に覆われた森から鳥たちが一斉に逃げ出し、群れが海面のように乱雑に波立っている。

 遅れて大きな影が森から飛び立ち、鳥たちを更にかき乱しながら向こうに飛んでいく。

 大きな影は、目指す方向からしてあの緑の飛竜で間違いないだろう。だが、最初の金属音の正体は分からない。

 

「……何か、胸騒ぎがする」

 

 衛が声をかけようとしたときには、膝元の少女は既に安心したように、すぅすぅと寝息を立てていた。

 衛はタキシード仮面に変身し、ちびうさを起こさないようにそっと抱きかかえると、早速丘から飛び立った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

月の光、それは導④

 これで、2回目。

 ベースキャンプ前、うさぎの身体が荷車から放り出された。

 彼女は為すがされるまま転がり、仰向けになった。

 そのまま起き上がらず、彼女は呆然と空を見続けている。

 もう、夕方だ。

 既に陽は沈みつつある。

 

「……」

 

 そのままの状態で、5分、10分と時間が経った。

 空の色が、はっきり明るい部分と暗い部分へと分かれていく。

 

「やっぱり、あたしには無理なんだ」

 

 うさぎが目を閉じ、暗闇に意識を埋めようとした、その時だった。

 テントの陰から、ルナによく似た青い瞳の黒猫がひょっこりと顔を出した。

 思わず、うさぎは起き上がった。

 

「うさぎさん……でしたかニャ?」

「え?」

 

 黒猫は地を駆けてくると後ろ脚で立ち上がり、うさぎの顔をまじまじと見ながら聞いた。

 

「もしや貴女、あの時助けてくれた『魔女』様じゃないですかニャ?」

 

 それを聞いて、うさぎのツインテールが一瞬飛び上がった。

 彼は、彼女たちがココット村に着く前に出会った、ルナを助け、ランポスに襲われかけていた猫だった。

 

「え、ええ!?な、なんでよ!?」

 

 明らかに狼狽するうさぎを見て、その黒猫はポリポリと頭を掻く。

 

「いえ、ボクがリオレウスの前で貴女をタクシーに乗せたとき、救っていただいたときと同じ姿だったものですから……」

 

 その時うさぎははっとして、やっと自分の姿に目を向けた。

 防具が腰と脚の部分を残してほぼ焼け落ち、戦士服が丸見えになっている。

 

「え、えーっと、これは……」

 

 人差し指を突き合わせて次の言葉を迷っているうさぎを見て、黒猫は手を地面について何度も頭を下げる。

 

「やっぱり!本当に、あの時はありがとうございましたですニャー!この恩をどう返すべきか分かりませんですニャ!来週あたり、ボクらの住処で宴をやるから是非とも来て欲しいですニャ!」

 

 うさぎの瞳に明るい色が浮かんだが、すぐにその顔は哀しみに沈んだ。

 

「……ごめんなさい。あたしたち、もうすぐ村から出ていくの」

「え?どういうことですかニャ」

 

 首を捻った黒猫に、うさぎはこれまでの経緯をすべて話した。戦士の姿を見られた以上、もう正体を隠す意味もないので自分の正体についても喋った。

 事の真相を知るにつれて、黒猫の顔は驚愕に満ちていった。

 

「なんだか夢のような話だけど……あんな光景を目にしたら、認めざるを得ないニャ。それにしても、ありえないことですニャ!あのココットの英雄がそんなひどい意地悪をするなんて!」

「ココットの英雄……?」

「ご存じないですかニャ?村長はココットの英雄とも言われる、とっても、とーっても偉い御仁なのですニャ!」

 

 そこから黒猫は、村長の名誉のためにと言って、この世界に伝わる伝説を簡単に語ってくれた。

 

 ハンターという職業が生まれる以前、この世界の人々は今よりもっと過酷なモンスターたちの脅威に晒されていた。

 モンスターが来た時、人々は嵐が過ぎ去るのをただ耐え忍び、目の前で家が壊され、家族が食われるのを見届けるしかなかったのである。

 そんな中、とある小さい村を、一本の真紅の角を持つモンスター『モノブロス』が襲った。

 人々が絶望に暮れたとき、とある青年が立ち上がった。諦めて逃げ出す者もいるなか、彼は自然の脅威と単身で戦うことを決意し、奴の棲息する砂漠へと向かった。

 青年は二振りの片手剣と、ほぼ裸同然の簡素な防具しか持っていなかった。

 

 狩りは、1週間続いた。

 それは、狩りというよりは正に生き残りをかけた『死闘』であった。

 

 7日目。

 食料も水も尽きた末、彼は無心の境地から放った一撃で真紅の角を根元からへし折り、討ち倒した。

 この出来事は人々に『人はモンスターに立ち向かえる』という勇気を与え、今のハンター稼業の基礎となったのである。

 以来、モノブロスを単身で狩ることは、ハンターたちの間で『英雄』の条件となっている。

 一通りその話を聞いたうさぎは顔をしかめて、疑惑に満ちた視線を黒猫に向ける。

 

「あのよぼよぼのおじいちゃんが?」

「とは言っても、百年以上前の話だからあやふやなところもあるし、御本人もよく覚えていないととぼけてるニャ。でも、あの人がハンターという仕事の起源であることは紛れもない事実ですニャ」

「へー……って、百年以上前!?」

 

 納得しかけたうさぎから、思わず驚きのあまり素っ頓狂な声が出る。

 

「長命な竜人族の存在も知らないとは……さぞかしうさぎ様の故郷とは変わった場所なのでしょうニャ」

 

 そんなことより、と黒猫は話を戻す。

 

「とにかく、相手が何者だろうと、あの英雄様がそんな単純で短絡的なことをするわけがないニャ!ましてや、貴女のような御方に!絶対に何か、特別な訳があるはずニャ!」

「そうかなぁ……」

「それにしてもこんな事態、マハイ殿も黙って見ているとは思えないのですがニャ……」

「マハイさん?貴方、あのおじいちゃんも知ってるの?」

 

 そう聞かれた黒猫は、勢いよく頷いた。

 

「あの方はかつて、別の地域からボクらの集落を襲ってきた飛竜を、あっという間に退治してくださったのですニャ。普通なら誰も相手にしない依頼書を、あの人だけが受け取ってくれたのニャ。それが最初の出会いですニャ」

「えっ、貴方たちが困ってるのに、他のハンターさんたちは助けてくれなかったの?」

 

 黒猫は、ちょっときまり悪そうにうつむいて焚火を見つめた。

 

「ボクのような黒い毛並みの『メラルー』には手癖が悪い奴が多いから、ものを盗まれる側のハンターさんたちからはとっても嫌われるのニャ。だから、助けてくれた理由が分からなくて聞いてみたら、ボクらがなくなれば住処の一帯の植生への手入れがされなくなり、そこにある貴重な生物や生態系が失われるから、と」

「あの人、そんなところまで……」

 

 うさぎは、途方に暮れたように空を見上げた。もう、一番星が見えている。

 

「すごいなぁ、村長もマハイさんも。あたしには出来ないことばっかり」

「生命のありのままの姿と真っ直ぐぶつかり合い、その中で共に生きる境界線を考え、求め続ける。それが自分の思うハンターの在り方だからと、マハイ殿は仰られていましたニャ。ならば、これまでたくさん悩んで、頑張ってきたうさぎ様も……」

 

 必死に訴えるメラルーの瞳に、涙が浮かんでいた。

 

「うさぎ様も既に、立派なハンターですニャ」

「あたしが……立派なハンター?」

「そうですニャ!本当の姿がどうであったとしても、貴女は歴としたハンターですニャ!」

「でも、あたしは……」

 

 言葉が続かなくなったうさぎはしばし迷うように視線を巡らせたあと、目を閉じて膝の間に頭を埋めた。

 彼女がじっとうずくまっているのを、メラルーは静かに見守った。

 しばらくして彼女が再び立ち上がったとき、空には無数の星、そして満月が浮かんでいた。

 うさぎは残った支給品を持ったあと、キャンプの出口に向かった。

 

「行かれるのですかニャ」

 

 うさぎは足を止めて振り向き、頷いた。

 

「うん。ここでくよくよしてても、何も始まらないから」

「うさぎ様。こういう時にハンターさんたちの間でよく言われる言葉がありますので、それを貴女に贈りますニャ」

 

 彼女が首を傾げると、メラルーは言った。

 

「狩りは2回力尽きてからが本番、ですニャ」

 

 うさぎは微笑み、再び戦場に向かって歩いていく。 

 メラルーはうさぎが出ていく姿を見送ると、しばらく考えたあと身を翻し、全速力で駆けていった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

月の光、それは導⑤

 夜の森丘は、月明かりに包まれている。

 見慣れた曲がり角を曲がり切り、視界が開けた。

 リオレウスは仕留めたアプトノスを乗るように掴み、喰らっていた。

 まるで彼女の到来を待ちかねていたかのように、飛竜はゆっくりと鎌首もたげて振り向いた。

 

「……勝てる、かな」

 

 うさぎは、立ち竦んでいた。

 見つけたはいいものの、今の状況は絶望的である。

 目の前には、空を飛び火を吐く強大な竜。

 対して彼女を護っているのは、もはや脚の部分しか残っていない毛皮の防具、最悪な切れ味の武器。

 あの伝説と違うと言ったら、回復のための支給品はきちんとあることくらいか。

 

「あっ……」

 

 小さく声を上げ、目を見開いた彼女の髪を、リオレウスの咆哮が揺らす。

 

「村長、そういうことだったのね」

 

 咆哮が止み、束の間の沈黙が訪れた。

 場違いなほど穏やかな風が頬を凪ぐ。

 うさぎは、自らの胸のコンパクトに手を伸ばし、掴んだ。

 彼女は戦士の力を解放し、完全にセーラー服美少女戦士、セーラームーンの姿となった。

 彼女は、剣をリオレウスに真っ直ぐに向ける。

 

「あたし、やっと分かった!」

 

 セーラームーンは、剣を勢いよく引き抜いた。

 リオレウスは、もはや回りくどく空中戦を仕掛けることなどしない。

 ただ、真っ直ぐ突っ込んでくる。それだけで大概の獲物は蹴散らせるのだ。

 それを、セーラームーンはそれを真っ直ぐに見つめている。

 

 彼女は息を吐き出しながら、剣を力任せに振り下ろした。

 彼女の振り方は、あまりに拙く大雑把だ。

 その一撃は、リオレウスの目元に少しの傷を残しただけだった。

 

 だが通り過ぎたリオレウスの動きが止まり、振り向いてじろりと彼女の瞳を見つめてきた。

 さっきまでとは何かが違う、と感じたようだった。

 

「確か、あの人は……」

 

 見つめ合いながら、セーラームーンは思い出すように呟いた。

 その後も、彼女は攻撃をすることはない。

 ただ相手の攻撃を避けることに専念し、様子を見る。

 すると、次第に相手の動きの癖というものが分かって来る。

 それがマハイの教えの基本だった。

 

 口元に焔を溜めたら、遅からず何らかの形で炎を吐いてくる。その威力こそ圧倒的に高いが、動作は大振りだ。潜り込めば相手は空撃ちせざるを得なくなり、むしろ攻撃のチャンスに変わる。

 だが、欲張ってむやみに近づけば、尻尾を振り回したり噛みついてきたりする。これも十分に痛い。

 つまりは、攻撃できるところで攻撃する。無理はせず確実にチャンスを逃さないのが、狩りの基本なのだ。

 

 攻撃と攻撃の間の僅かな隙をついて、かすり傷を付けていく。

 数十分も経てば、戦場は穴ぼこだらけの焼け野原と化していた。

 セーラームーンも流石に疲労し、思わず足が地面の凸凹に引っかかってこけた。

 リオレウスが火を吐くため喉を仰け反らせたのを見て、彼女は剣と同じ、やや頼りない大きさの鉄製の盾を無理矢理に持ち上げ、構えた。

 

 だが、いつまで経っても衝撃は来ない。

 見てみれば、あれほどまでに猛り狂っていたリオレウスが弱々しく涎を垂らしている。

 彼はもう一度炎を吐こうとするも、一瞬口から燃えカスのようなものが漂っただけだった。

 続いて走って突っ込んでくるも、その動作は緩慢で避けやすく、途中で足がもつれるように倒れ込む。明らかに踏ん張りが足りていない。

 

「疲れてる……?」

 

 何度も敗北し、逃げ回っていた今までの時間は決して無駄ではなかった。

 セーラームーンは息をひとしきり吸うと、柄を握りしめ突進した。

 懐に飛び込み、既に治りかけた傷の上を新たな傷で上書きする。

 リオレウスの頭や脚の甲殻の隙間から、血が滲み出し始めているのがちらりと見えた。息遣いも、荒くなってきている。

 不意にリオレウスが翼を広げた。

 

 セーラームーンはポーチからピンク色に練られた玉を取り出し、投げた。

 彼女が放った『ペイントボール』は飛び上がりかけたリオレウスの表皮で弾け、ピンク色の靄を吐き出した。

 直後に巨体が地から離れ、たちまちのうちに遠ざかっていく。

 

「に、逃げた……」

 

 セーラームーンは力が抜けたようにその場にへたれ込み、自分の言葉そのものに信じられないように呟いた。

 あの空の王者リオレウスが、初めて彼女の前から逃げた。

 だが、見失うことはない。あの匂いが、獲物の位置を知らせてくれるからだ。

 少女は落ち着いて片手剣を砥石で研ぎ、匂いを辿って走っていった。

 

 やることは同じ。

 だが、たったの一時間が彼女には何日にも感じられた。

 次に赴いたのは、森の中の池の近く。その次は更に奥にある狭い小道。そのまた次は、峡谷に囲まれた谷底。

 双方が戦い、逃げ、補給し、また戦うということを何回も、何回も、繰り返す。

 

 ひたすらに、食い下がる。

 どれだけ跳ね飛ばされ、炙られ、痛めつけられようと、何度でも立ち向かっていく。

 傷を負うたびに応急薬をがぶ飲みし、乾いた携帯食料をかじり、泥にまみれ、獲物を追う。

 

 もう狩猟開始から5時間は経ち、何百回、何千回と斬った頃だろう。竜の体にも、戦士服にも、無数の傷と汚れが付いていた。

 両者の動きはもはや、見事なまでに一致していた。この狩りの光景そのものが一つの生命体のように躍動し、うねっている。戦場を飛び回り、走り回って、少女と飛竜は月下の舞いを踊っている。

 既に満月は空高く上がり、いま、夜は折り返しを迎えようとしていた。

 

 リオレウスが炎を吐き出そうと首を持ち上げたのを見て、セーラームーンは真っ直ぐ正面から向かっていった。

 火球が吐き出されるが、持ち前の身軽さで火球の下に転がり込んで避ける。

 その勢いで、頭に渾身の一撃を叩きつける。

 

「てやぁっ!」

 

 確かに、手ごたえがあった。

 思わずリオレウスは叫びながら仰け反った。

 王冠のような頭の鱗のあちこちが、ボロボロに砕け散った。

 

 再び彼女に視線を戻した時、彼の瞳の色は弱く、薄くなっていた。 

 不意に、リオレウスが背を向けた。片方の脚が、がくんと下がったような気がした。

 彼は飛び上がって逃げていくが、その羽ばたき方はやはりどこか弱々しく見える。

 それに。

 

「あっちの方角は……」

 

 セーラームーンは、ごくりと唾を呑み込んだ。

 傷だらけになったリオレウスは、巣に逃げ込んだのだ。

 

──

 

 初めて覗いた飛竜の巣は静けさで満たされていた。

 天井の大穴から月明かりが差し込んでいるので、リオレウスがいないことはすぐに分かった。

 だが、匂いは確かにここからしたはずだった。

 

「なに……この変な感じ」

 

 彼女は巣の中を見渡すが、その違和感の正体に気づくことができない。だが、ちょうど影になっているところに変な模様が見えた気がした。

 月明かりの下に出るが、やはり巣のどこにも彼の姿はない。

 

 彼女が首を傾げたところで、一瞬視界の上が明るくなる。

 正体は、穴の上から落ちてきた火球だった。

 リオレウスは、弱っていると見せかけ上空で待ち伏せしていたのである。

 彼女が飛び込んでこれを避けると、火球は地面で爆ぜて残り火となり、ちょうど後ろにあった壁を照らした。

 

 振り向いた先、巣の壁に、巨大な刃物で抉ったような深い溝が至るところに出来ていた。

 違和感の正体を知って愕然とする彼女の前に、リオレウスが月に照らされながら着地する。

 リオレウスはそのまま攻撃に移ると思いきや、奇妙な挙動を取った。

 彼は少しずつ後ずさり、ある一定の場所で立ち止まったのである。

 その後ろには、藁が円状のクッションのように敷かれていた。その中に埋もれるように、艶のある球体が複数置かれている。

 

「……卵?」

 

 その時、空から咆哮が聞こえた。

 はっとして目線をリオレウスに戻すが、彼は目の前にいる。これの鳴き声ではない。

 

 と、いうことは。

 

 見上げると、羽ばたく一つの影が巣の天井の穴を覆った。その形は、リオレウスと瓜二つだった。

 リオレウスは舞い降りてきたその影に向かい、咆えた。

 それは怒りや憎しみを込めたものではなく、まるで相手を迎え入れ、歓喜に震えるような優しげな鳴き方だった。

 

 降臨した飛竜は緑色で、翼と背中に棘が生えている。 

 同じ地に降りた飛竜たちは顔を寄せ合い、甘え合うように擦り付け合う。

 さっきまで戦っていたのが嘘のように、その光景は安らぎに満ちていた。

 

 真実に気づき、セーラームーンは思わず後ずさり、息を詰まらせる。

 卵と、それを護る2頭の飛竜。これが指し示す事実は、明らかだった。

 彼らは、卵を背にして共通の『敵』を睨んだ。

 

「まさか……そんな……あたし……」

 

 剣を持つ手が、微かに震える。

 彼女はいま、このなまくらで無理やり断ち切ろうとしているのだ。

 飛竜たちの純粋な愛と、その結晶を。

 

 セーラームーンはうつむいて心苦しげに眉を歪めるが、それでも決して目を背けることはしなかった。

 その目は戦う者のそれとなり、それにほんの抵抗を示すように、涙が一粒だけ流れた。

 彼女は、溢れそうな感情ごと鼻をすすり、息を呑みこんだ。

 

「本当に、ごめんなさい。でも、あたしはこうして生きていくって、決めたから」

 

 リオレウスが翼を広げて飛び上がり、その番が地面を踏みしめ、セーラームーンに真っ直ぐ向かっていく。

 少女は、唇を噛んでなまくらの剣を握りしめた。

 

 その時、飛竜とセーラームーンを分けるように、何か細いものが月光の円卓の中心に突き刺さった。

 2頭の飛竜は動きを止め、その物体を見つめた。

 彼女はそれが何かわかった途端、口を手で覆った。

 

 真紅の薔薇。

 

 瑞々しい輝きを放つ可憐な花が、ひとつだけ花弁を落とした。

 

「セーラームーン!」

「……えっ?」

 

 声がした方に振り向くと、一人の男と少女がいた。

 男はタキシード姿。少女はピンクのツインテールとセーラースーツ。

 

「セーラームーン、無事だったのね!」

 

 飛んできたのは、聞きなれた声。

 セーラームーンの手から、血と錆にまみれた片手剣が落ちた。

 

「タキシード仮面……それに、セーラーちびムーン?」

 

 いま、このとき、彼らは月の光に導かれ遂に巡り合った。

 

「夢……?こんなの、夢よね……?」

 

 目を擦ったが、確かに彼らは生きてここにいる。

 タキシード仮面とちびムーンが、こちらに向かって駆けだした。

 思わず、セーラームーンも手を伸ばし、駆け寄る。

 駆け寄った3人は、目の前に飛竜がいるのも忘れて抱き合った。

 呆然とするセーラームーンの脚にちびムーンが飛びつき、目線を合わせて涙の浮かんだ顔で笑いかける。

 

「夢じゃない。現実だ」

 

 タキシード仮面がセーラームーンを見つめ、優しい視線を送った。

 彼女は未だに熱に浮かされたような顔で、恋人の体を震える腕で強く抱きしめた。

 すぐに、確かめるように胸に顔を埋める。

 確かに、暖かい。

 一旦嗚咽が漏れると固かった表情が崩れていき、やがて堰を切ったように涙が溢れ出た。

 

 そのとき、目の前の敵に苛立たしげに唸っていた緑の飛竜が、何かを視界に捉えた。

 すると目つきは先ほどより一気に険しくなり、そちらに向き直って翼を広げ、威嚇する。

 それを見たタキシード仮面が導かれるように視線を向け、目を見開いた。

 

「……まずい!」

「えっ……」

 

 突然セーラームーンは身体を押されて突き放され、地面に尻もちをついた。

 ほぼ同時に、巨大ななにかが2人の間の地面を『叩き斬る』。

 地盤が割れ、砂の粒が飛び散る。

 セーラームーンは、突如再会の喜びを断ち切った元凶を呆然と眺める。

 

「なんなの、これ……」

 

 しゅうしゅうと煙が昇る中に見えるは、まさに巨大な「剣」。

 青い光沢を帯びたそれは動き出し、戻ってゆく。

 闇の中、双眸がぎらぎらと水色に光った。

 地面を踏みしめる重低音が、この剣の主がここに実在することを裏付ける。

 

 猛々しい性格を曝け出した、刺々しい藍に包まれた頭。

 細い前脚に比べ、恐ろしく強靭な筋肉に恵まれた後ろ脚。

 それを覆う、暗い金属質な赤と青の鎧。

 背中に、炎のように突き出した背ビレ。

 体長の半分はあろう、巨大な剣のような尻尾。

 それは全身を灼熱に燃やす、鬼武者であった。

 乱入者は尾を地に擦りつけて火花を散らすと、金属を打ち鳴らしたような咆哮を木霊させた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夜に燃える刃、朝に燃える陽①

 うさぎがリオレウスを討伐しに行った日の夕方、ココット村の村長は自宅の中、ランプの横で『緊急報告』と赤字で書かれた紙を広げていた。その隣にハンター、マハイが厳しい表情をして腕組みをして立っている。

 

「村長。大自然は人の思うようには動かないのが当たり前と、あんたも口酸っぱく言っていたな」

 

 村長は無言のまま、紙を片手でぎゅっと握りつぶした。

 マハイは背中を向け、扉を前にしている。

 

「まさしく、その通りになった」

「……」

「おい、村長ぉー!!」

 

 2人の間の静寂を、場をわきまえぬ大音声が乱した。

 はっと振り向くと、教官が勢いよく扉を開け放っていた。

 

「何をしておる!外出禁止の令をもう忘れたのか」

「それどころじゃない!先ほど森丘の集落の獣人族たちが一斉に村に入ってきたのだ!と、とにかく緊急事態だ!」

「なに?」

 

 村が騒然とするなか、納屋に幽閉された戦士たちはそんな事情も露知らず話し合っていた。

 

「……そうか。うさぎは結局、イャンクックを浄化して逃がしたんだな」

「ごめんなさい、うさぎを止められなかった」

 

 アルテミスが頷くと、レイは真っ先に頭を下げた。

 ルナがレイの足元に寄り、宥めるように首を横に振る。

 

「レイちゃんが謝ることじゃないわ。どちらにしろ、うさぎちゃんには無理だったのよ」

「多分、うさぎちゃんは次の獲物も狩れずに帰って来るわ。もうその時は、この村を出ていくしかない」

 

 亜美は机に肘をついて腕を組み、うつむいて言った。

 だが、暗い雰囲気の彼女たちに対し、まことや美奈子の表情は明るかった。

 

「何、どよよ~んてしてんのよ!むしろあたしたちはうさぎちゃんがあの化け物を見逃して、安心したぐらいなんだから!」

「いだっっ!?」

 

 美奈子がレイの肩を景気づけに引っ叩き、まことが腕を組んだ。

 

「大変なのは、いま、うさぎちゃんがやばい化け物と一人ぽっちで戦ってることだよ」

「そうよ。どっちにしろこんな村、とっととおさらばして助けに行きましょう!」

 

 まことと美奈子が立ち上がって変身ペンを取り出そうとしたその時、勢いよく納屋の扉が開かれた。その正体を見た瞬間、2人の顔は険しくなる。

 

「マハイさん!?」

「なんだい、爺さん。今更なにしにきた?」

「まずい事態になった。このままではうさぎが危ない」

「どういうこと!?」

 

 レイが立ち上がると、マハイは皺が付いた紙を広げてみせた。そこには、短く簡潔に状況を伝える文が書かれている。

 文字が読めるレイと亜美、そしてルナは、それを読むうちに冷や汗を滲ませ始めた。

 亜美はまことや美奈子たちに振り向き、叫んだ。

 

「モンスターが2体、うさぎちゃんが戦っている地域へ向かってるわ!1体はリオレウスの番、雌火竜『リオレイア』、もう1体は……『斬竜ディノバルド』!まずいわ、どれも強大なモンスターよ!」

「に、2体も!?」

「じゃあ、なおさらよ!早く助けに向かいましょう!」

「待て」

 

 マハイを押しのけようとしたまことと美奈子を、後ろから来ていた村長が呼び止めた。

 

「その前にわしから、お前たちに話すことがある。亜美よ、その者たちに通訳を頼む」

 

 言われてから何かに気づいた亜美は、驚いた顔で村長の後ろを指さした。

 

「村長!あの、その子たちは……」

 

 村長の後ろに並ぶように、アイルーとメラルーたちがおずおずとした様子でやってきている。

 彼は、言いたいことは分かっていると言うように、ゆっくりと頷いた。

 そのうちの青い瞳のメラルーを見て、ルナは思わず目を丸くした。

 

「あなたたち、あの時の!」

「お久しぶりですニャ、ルナ様」

 

 前に出てきたメラルーは、ぺこりと頭を下げた。

 見てみると、村人たちも彼らの後ろに真剣な面持ちで続いてきている。

 マハイはメラルーの隣に腰を下ろし、優しくその頭を撫でた。

 

「もう、こういう状況になってはな」

 

 そう言ったマハイに村長は深いため息を吐き、では、と咳払いしてから話を始めた。

 

──

 

「あの音の正体はこいつだったのか!」

 

 タキシード仮面が、ステッキを構えながら叫んだ。

 

「どういうこと?」

 

「私はあの緑の竜を追っていたが、その途中であの咆哮を聞いたのだ。あの剣の化け物も、恐らくあの竜を追っていたのだと思う」

 

 リオレウスはリオレイアと並んで、ともにディノバルドと睨み合っている。

 不意にディノバルドが尻尾を持ち上げ、噛みついた。

 火花を散らして刃に力を加えていくうちに、青かった尻尾が次第に赤みを帯びていく。それはまるで、自ら剣を研いでいるようにも見えた。

 次に尻尾を持ち上げた時、その研がれた天然の剣からは煤が除かれ、蒸気と熱を放って輝いていた。

 その灼熱の刃を、ディノバルドは目の前に持ち上げまざまざと見せつけた。

 お前たちはこれからこの刃の錆になるのだ、とでも言いたげに。

 

「色が……変わった?」

 

 ディノバルドが、今度は刃の向きを地面と水平にして、再び噛みついた。

 何をしだすのかとセーラームーンたちが戸惑っている一方、飛竜たちはそれを見て急いで飛び上がる。まるで、これから来る何かを恐れるかのような動きだった。

 戻ろうとする尻尾を無理矢理押さえこむので、噛まれている刃からはギャリギャリと音が鳴り、先ほどより激しく火花が散る。

 それはまるで、刃にわざと力を溜めているかのような──

 

「しゃがめっ!」

 

 タキシード仮面が、2人を抱き寄せて膝をついた。

 

 大回転する炎の一閃が、空間を斬る。

 タキシード仮面のハットの端が、セーラームーンのほつれた髪の先が、寸断された。

 

 それはまるで、居合抜き。

 顎の圧力から解放された剣が、すべてを水平に薙ぎ払ったのだ。

 彼女たちの頭上を掠めた剣先が後ろの壁に元々あった傷跡の上と交差して、「X」の印を刻み込んだ。 

 セーラームーンはそれを見ると、タキシード仮面に叫んだ。

 

「タキシード仮面!あのモンスターを優先して攻撃して!」

 

 ディノバルドは、次は飛び上がってから身を捩じらせ、剣を縦一文字に叩きつけてくる。

 彼女たちが何とかそれを避けるとその生物は剣の向きを反転させて2回目を振り下ろそうとしたが、横から飛竜たちに掴みかかられて攻撃は中断された。

 飛竜たちはセーラームーンたちを気にも留めず、夫婦そろってディノバルドに噛みつき、引きずり回す。その憎悪と執拗さは、先ほどセーラームーンと対峙した時とは比較にならない。

 

 一旦状況を確認したタキシード仮面が、再びセーラームーンの近くに寄る。

 

「何故だ!?」

「あの竜たちを引き離したのは、彼よ!あの壁の傷を見て!」

 

 彼女は叫んで、先ほどのX印を指さした。

 

「彼を追い払えば、余計な犠牲は出さなくて済むはず!」

 

 その声のあまりに強い調子に、タキシード仮面は面食らった顔を見せていた。

 

「あたしは今でもセーラー戦士だけど、ああいう生き物を狩るハンターとしてもここにいるの」

 

 タキシード仮面は争い合う3頭のモンスターを迷ったように見ていたが、やがて決心したように頷いた。

 

「分かった。どうやら君も、ここでいろんなことを学んだようだな」

 

 セーラームーンはちびムーンの方に振り向くと両肩を掴み、外へと繋がる洞窟の方へと押しやった。

 

「さあ、ちびムーン、あなたはここの外に出てなさい」

「な、なんで!あたしもセーラー戦士じゃない!ちっさいあたしは足手まといになるって言うの!?」

 

 セーラームーンは、ちびムーンの肩を強く持って視線を同じ高さにした。

 

「違うの……違うのよ、ちびムーン。これは『狩り』なの。あたしたちが世界を護るためにしてきた戦いと、ここでやる戦いとは、やり方も意味もまったく違うの。あたしは貴女に、これからやることを見せたくない」

 

 ふとちびうさが少し離れた地面に目をやると、落ちている片手剣から血がぽとり、ぽとりと滴っていた。

 

「……わかった」

 

 セーラームーンは、うつむいてしゅんとしているちびムーンに微笑んだ。それは、母が子に向けるそれとなんら遜色なかった。

 

「分かったら、行きなさい。終わったら呼びにきてあげるから」

 

 ちびムーンが駆け足で巣の外に向かっていくのを、セーラームーンは最後まで見守る。

 そして、再び剣を手に取る。

 

「……セーラームーン」

「タキシード仮面様、こんな姿見せてごめんなさい」

「いや、私はどんな君でも力の限り護る。君は、君の思うようにやるんだ」

 

 飛竜たちにもみくちゃにされているディノバルドが、喉元に赤々と光を宿らせる。

 それを見た飛竜たちが離れると、その口から焔が戦車砲のごとく2人に向かって偶然放たれ、目の前に着弾した。

 焔の正体はマグマのような半固体であり、それは燃え滾って火柱を上げながら急速に膨れ上がっていく。

 すぐさまタキシード仮面がセーラームーンの前に割って入り、翻したマントで爆風から彼女を護った。

 煙の中から2人は飛び出し、今も争うモンスターたちへ駆けていく。

 

「奴も生物である以上、つけ入る隙は必ずあるはずだ!まずは弱点を探そう!」

「はい!」

 

 されるがままにされていたディノバルドは、無理やり剣を振り払って飛竜夫婦を追い払った。

 既に剣からは熱が逃げて青色に冷え固まっていたが、その端が両者の胸や脚に掠っただけでそこに鋭く白い亀裂を作った。セーラームーンが使っていた剣とは、比べ物にならない切れ味だった。

 セーラームーンが足もとに近寄り刃物を振り下ろしたが、脚を覆う重厚な鎧が攻撃を防ぎ、蹄のような足の爪が俊敏に動いて彼女を寄せ付けない。

 タキシード仮面が伸ばしたステッキもカァン、と金属音を鳴らしただけでまるで効果がなく、投げた薔薇も咄嗟に薙ぎ払われた尻尾によって難なく弾かれる。

 

「こいつ……無敵か!?」

 

 タキシード仮面が、思わず毒づいた。

 更に言うなら、飛竜たちの攻撃もこの生物に大したダメージを与えられずにいた。

 まだ彼らには火炎という必殺の武器があるというのに、中々それを使おうとしない。

 すぐ背後に、彼らが決して侵してはならない『ハンデ』の領域を背負っているからだ。

 そのため彼らは強靭な脚や尻尾を使って卵からディノバルドを引き離そうとするが、その度に刃をぶん回すので迂闊に近づけない。

 

 そんな中、リオレウスが剣の届かない真上に舞い上がり、そこから急降下、ディノバルドの背中に掴みかかる。

 驚くことに彼はそこから翼を羽ばたかせ、相手の巨体を空中へと持ち上げた!

 ディノバルドは抵抗して脚をじたばたさせるが、この空中では全くの無力であった。

 

「す、すごい……!」

 

 戦いであれほどまで傷ついたリオレウスにまだこれほどの力が残っていたことに、セーラームーンは感嘆の声を漏らした。

 流石にそのまま飛び去るという芸当は出来なかったが、勢いをつけるとそのまま、卵から離れた巣の中央へと放り投げた。

 ドォン、と鈍い地響きが鳴り、横倒しになったディノバルドはその鎧の重量ゆえに立ち上がれない。

 攻撃のチャンスに飛び出そうとするセーラームーンを、タキシード仮面が制した。

 

「我々の出番は、ないのかもしれない」

 

 リオレウスはゆっくりと、もがいているディノバルドに歩み寄っていく。

 彼が睨んでいるのは、奴の喉だった。

 リオレイアがディノバルドにマウントを取り、動かないように自身の全体重で抑えつける。

 

「喉に噛みつくつもりだろう」

 

 いかなる生物でも、喉は共通の弱点だ。

 さっきまでもがいていたディノバルドは、自らの運命を悟ったのかやけに大人しくなった。

 タキシード仮面は結果を確信した顔で、戦いを最後まで見守ろうとしている。

 だが、セーラームーンはぞくりとして顔を青ざめさせた。

 その蒼い瞳の奥に、冷静に時機を待つ計算高さを孕んだ光があったのだ。

 リオレウスが、口を大きく開け、ディノバルドの喉に一気に牙を迫らせた。

 

 噛みついたのは、ディノバルドだった。

 

 諦めず、奴は待っていたのだ。相手の弱点がすぐ近くまでやって来るのを。

 首を鋭い牙でがっちりと捉えられたリオレウスが、短い悲鳴を上げた。

 リオレイアがすぐさま止めようとするが、ディノバルドは首に噛みついたまま逆にリオレウスをバットのように振り回し、自身の上にいたリオレイアに殴るように叩きつけて後ずらせた。

 拘束を振り払ったディノバルドは勢いをつけて立ち上がり、リオレウスを散々地面に叩きつけてから、おろおろしているリオレイアに投げつけた。

 巣の隅に両者が叩きつけられ、煙が立ち上る。

 幸い2頭は卵とは違う方向に吹っ飛んだが、2頭はぐったりしている。

 ディノバルドは、ゆっくりと勝ち誇ったように飛竜夫婦へと歩みを進めていく。

 

「だめっ!」

「お前の相手は、この我々だ!」

 

 セーラームーンとタキシード仮面が飛竜たちの前に飛び出し、それぞれ盾とステッキを構えた。

 ディノバルドは忌々しく唸ると、そのまま剣を背後の地面に振り下ろし、脚を震わせ力を溜めた。

 渾身の力を込めた縦斬りが放たれる。

 そこには何の迷いも躊躇もない。

 そのまま、4つの命がまとめて縦に断ち切られようかという時──

 

 もう一つの剣が、剣と十字を作って受け止めた。

 

 セーラームーンの片手剣ではない。

 正体は、骨と牙でできた大剣と、それを横にして盾として構える大男だった。

 男の脚が地面に埋もれ、両者の剣に込められた力がぎりぎり拮抗しているのが分かった。

 火花散る鍔迫り合いの末、男は大剣に加わる力をそらして受け流し、後ろにずり下がる。

 皺だらけの顔が白髪をちらつかせ、セーラームーンに振り向いた。

 

「よく持ちこたえたっ!」

「……マハイさん……?」

 

 老ハンター、マハイは、真っ直ぐにディノバルドを見つめ直し、剣を縦に構えた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夜に燃える刃、朝に燃える陽②

「セーラームーン!タキシード仮面!」

 

 聞き覚えのある声が、巣の中に響いてきた。

 うさぎは、声がした巣の外へと続く洞窟の方に振り向いた。

 

「みんな!」

 

 仲間たちが、みなセーラー戦士の姿でこちらに走って来る。

 ディノバルドは続々と増えてきた敵に剣を振り上げ、威嚇した。

 彼女たちは一番前に並んで、セーラームーンとタキシード仮面を護る壁となる。

 セーラーマーズが、ちらりとセーラームーンを見て笑った。

 

「ちびうさちゃんから話は聞いたわよ。あんたったらこんなになって、さっさと逃げればよかったのに」

「大丈夫。もう、あたし、モンスターを狩る決心はついてるから」

 

 それを聞き、仲間たちは驚いたように目を見開いた。

 セーラームーンは、刃こぼれした剣を皆に見えるように持ち上げた。

 

「きっと、みんなはあのモンスターを倒しにきたのよね。あたしも、タキシード仮面様と一緒に参加するわ」

 

 マハイは大剣を構えてディノバルドと睨みあったまま、ふっと笑いを浮かべた。

 

「そこまでもう分かっているとは、『読み通り』一皮剥けたな」

 

 セーラームーンとマハイの視線が、一瞬だけ交差した。

 

「あの『ディノバルド』を至急討伐せよとのお達しがギルドから来た。やれるか?」

「……追い払う、じゃダメなのね」

 

 セーラームーンは、そう確かめるように言いながら少しだけ視線を落としつつも、剣を手放すことはしない。

 

「……分かったわ。みんな、一緒に戦いましょう!」

 

 彼女は、すぐに視線を上げてセーラーチームに呼びかけた。

 それを聞いたヴィーナスが、ぐっと拳を握りしめる。

 

「よしきたっ!セーラーチームが揃えば、なんだろうがコテンパンのフライパンよ!」

「まずはマハイさんが言ってた通り、あの剣を狙いましょう!あれを斬り落とせば、数段狩りが楽になる!」

 

 セーラーマーキュリーの言葉を受け、戦士たちは巣の中で散開した。

 なるべくディノバルドを巣の中心に置き、その周りを囲むようにして、巣の隅に横たわっている飛竜たちや卵に攻撃が及ばないようにする作戦だ。

 散らばった相手にディノバルドは長大な剣をぶん回して牽制し、近寄らせようとしない。

 

「これを喰らいな!『シュープリーム・サンダー』!!」

 

 セーラージュピターのティアラから大放電が起こった。

 ディノバルドはそれを咄嗟に剣でガードするが、彼の体を電気が伝導することで痺れが回り動きが鈍る。

 

「大型モンスター相手に麻痺を伴うほどの高圧電流……『フルフル』並みの威力か……!」

 

 マハイが感心するが、当のジュピターは悔しげな表情をしていた。

 

「くそっ、これぐらいしか効かないか!妖魔相手ならこれだけでも止めを刺せたのに!」

 

 その肩を美奈子──セーラーヴィーナスがぽんと叩き、そのまま飛び出していく。

 

「あたしに任せて!『ヴィーナス・ラブミー・チェーン』!!」

 

 光の鎖が、ディノバルドが振り上げようとした尻尾の根元に巻き付いて攻撃を止めた。

 ディノバルドは驚いて抗うが、ヴィーナスは決して離そうとしない。両者の力は拮抗している。

 

「ありがとう、ヴィーナスちゃん!」

「さあ、攻撃だ!」

 

 セーラームーンとタキシード仮面はディノバルドの懐に潜り込み、腹を中心に攻撃する。

 やはりと言うべきか、奴の鎧の硬さは白い腹でも例外なく健在だった。

 だが、それでも先ほどよりは幾分か刃は通る。時節飛んでくる牙を避け、確実に傷をつけていく。

 

「さあ、おじいさんも今のうちにちゃっちゃと攻撃しちゃってー!」

 

 少しでも拘束時間を増やそうと踏ん張るヴィーナスが、顔を赤くしながら叫ぶ。

 

「まったく、うさぎの仲間らしい無茶苦茶ぶりだ」

 

 彼女の力技に笑っているマハイは、既にディノバルドの尻尾の真下に駆け込んでいた。

 彼は、大剣を振り上げて力を溜めている。

 それは戦士たちも目を見張るほどの覇気を放っていて、攻撃していたうさぎも思わず動きを止めて見入ってしまう。

 ディノバルドも恐怖を感じているのか、マハイを凝視しながら必死に拘束を解こうとしていた。

 

「はぁっ!!」

 

 得物が振り落とされる。

 ガアン、と固いものを固いもので穿った音がした。

 青い剣が深く抉られて真っ直ぐな縦の亀裂ができ、そのまま落ちきった大剣が地盤を盛大に割る。

 

「う、うっそぉ……」

 

 マーズが、口を開けたまま呆気に取られている。

 

「いいや、これじゃ足りない!あれを完全に断ち切るには、さっきのように熱が宿った柔らかい状態でなければならん!」

 

 マーズはマハイの言葉を受けてふとディノバルドの尻尾を見つめた。

 彼女は何かを思いついたように、瞳に光を宿らせた。

 

「ならば、これでどうかしら!?『ファイアー・ソウル』!!」

 

 マーズが叫びながらさっと印を結ぶと、火柱が螺旋の渦となって結んだ手の前の空間から放たれる。

 超高熱の火柱がディノバルドの剣を包み込むと、あっという間にその剣はあの眩い、危険な灼熱の輝きを取り戻した。

 

「さあ、今のうちに!」

 

 だがディノバルドはその瞬間、無理やり尻尾を振り回してヴィーナスによる拘束を解いた。

 

「しまったっ!」

 

 これ幸いと、すぐにディノバルドはあの居合抜きの態勢を取った。

 あの攻撃ひとつで、攻勢が一気にひっくり返る可能性がある。

 

「みんな、逃げて!」

 

 セーラームーンが叫んだが、数秒後にはあの万物を水平に断ち切る刃が飛んでくる。

 しかも、全員が伏せようとしていることを知ったディノバルドは、脚を折り曲げ姿勢を低くした。これでは、全員が確実に刃の餌食になる。

 更に運の悪いことに、ディノバルドの傍にはまだセーラームーンとタキシード仮面がいた。この距離では逃げきれない。

 その時、マハイが大剣を地面にガァン、と音を立てて振り下ろした。

 皆が振り向くなか彼は走りだし、力を溜めるディノバルドへと大剣を大地に擦って突っ込んでいく。

 

「マハイさん、やめて!!」

 

 マーズが叫んだが、彼の走りは揺るがなかった。

 マハイは、セーラームーンたちの前に走り出る。

 灼熱の刃が、顎という鞘から引き抜かれた。

 斬撃がマハイの頭に迫る。

 思わずそこにいる誰もが目をつむった。

 

「『地衝斬』ッ!!」

 

 突如振り上げられた大剣に弾かれたように、ディノバルドがよろめいた。

 切断された灼熱の刃の先端が空に舞い上がり、鋭い音を立ててマハイの背後に突き刺さる。

 ディノバルドは衝撃に負け、派手に転がった。

 

「す……すご……」

 

 ジュピターとヴィーナスは、初めて見るハンターの技に呆気に取られていた。

 マハイは振り向き、叫んだ。

 

「さあ、次は主に弱点の喉を狙うつもりだが、君たちはどう打って出る?」

 

 そのとき、ずっと何かを考えていたマーキュリーがマハイの横に駆け寄って囁いた。

 

「私に考えがあります。少し、任せてもらえませんか?」

 

 マハイは、無言で頷き彼女に前を譲った。

 立ち上がったディノバルドが、ますます怒りを滾らせセーラー戦士たちに咆えようとした。

 マーキュリーは足元から冷気とともに無数の水滴を生み出し、それを寄り集めて洪水の如き激流へと変化させる。

 

「貴方が炎の使い手なら、これはどうかしら!?『シャイン・アクア・イリュージョン』!」

 

 激流がディノバルドにぶち当たると、怯んだ鳴き声とともに一気に蒸気が広がる。

 ビキビキッ、と何かが割れる音がした。

 蒸気が止んだ後、ディノバルドの鎧からは金属質の艶が失われ、細かいひびが至るところに入っていた。

 

「やはりね。熱で膨張した金属は、急激に冷やせば脆くなる!これで喉以外にも攻撃が通るようになったわ!」

「マーキュリーちゃん、ありがとう!」

「よし、セーラームーン、畳みかけるぞ!」

「はい!」

 

 セーラームーンとタキシード仮面は、再び前線に出て攻勢に打って出る。

 今度は、セーラームーンの持つ剣でも、タキシード仮面の薔薇でも甲殻に深く傷がつく。明らかに、鎧の強度が低下していた。

 更に攻め立てようとしたとき、不意に、ディノバルドの背中で爆発が起こった。

 見上げると、リオレウスが空中から怒りの炎を滲ませて羽ばたいていた。

 

「リオレウス!貴方まで!」

「あいつめ、相方までやられてよっぽど頭に来ているようだな!」

 

 首の傷のせいでややふらつきながらも、リオレウスの攻撃は凄まじかった。それを、地に倒れ込むリオレイアはじっと見つめている。

 リオレウスが空中から放つ蹴りや掴みで、ディノバルドの背ビレや鎧がひび割れた岩を割るように壊れていく。

 

「いいぞ!鎧が脆くなったおかげで、リオレウスの攻撃も通りやすくなっている!」

 

 大切な卵と妻が戦場から離れているからか、その攻撃には容赦というものが全くない。

 もちろんそれは戦士たちにとっても危険だが、この状況では非常に強力な支援であった。

 

 だが、それでもディノバルドは倒れない。

 ある時は尻尾を地面に擦り付け、その摩擦熱を熱風として飛ばした。

 ある時は、口から吐き出した焔の爆発で視界を塞ぎ、その向こうから剣を振り下ろした。

 もう逃げ場がないと分かってか、その瞳の闘志が揺らぐことはなかった。まさに、手負いの獣そのものだった。

 

「これ以上動き回られたら、たまったもんじゃないわ!」

 

 ヴィーナスが再び拘束しようと、光の鎖を放つ。

 ディノバルドは咄嗟に振り向いて光の鎖に噛みつくと、そのまま馬鹿力で彼女ごと縦方向にぶん回し、空を飛んでいたリオレウスに直撃させた。

 

「きゃあっ!!」

「ヴィーナス!!」

 

 腹に直撃を受けたリオレウスが、姿勢を崩し仰向けになって墜落する。

 気を失って落ちたヴィーナスを、セーラー戦士たちが駆け寄って受け止めた。

 ディノバルドが狙ったのは、セーラーヴィーナスではなくリオレウスだった。

 奴はリオレウスの胸を脚で踏みつける。

 

「やめてっ!!」

 

 セーラームーンが悲痛な叫びをあげる。

 ディノバルドは、今度こそ確実に相手の喉笛に食らいつこうと口を開けた。

 その右目に──もう一つ、空に舞う影が映った。

 横で飛んでいた、大地の女王リオレイアの体が宙がえった。

 振り上げられた尻尾の棘が、ディノバルドの喉に突き刺さる。

 棘に含まれていた紫色の液体が傷口から急速に染み込んでいく。

 彼女は翼を羽ばたかせて正面に回り込み、ディノバルドの頭をがしりと掴む。

 そして、もう一発。

 

 ディノバルドはもんどりうって転がり倒れた。

 リオレイアは着地すると、リオレウスを気遣うように脚を引きずっていった。

 だが口から泡を吹きながらも、ディノバルドはリオレイアに向けて再び口元に火を宿らせていた。

 それを知らせるように喉元が赤く膨らむ。

 

「今がチャンスだっ!」

 

 マハイが叫ぶと、セーラームーンは駆け出した。

 それに気づいたディノバルドは、迎え撃とうとオレンジ色に輝く口内を開く。

 咄嗟にタキシード仮面がステッキを伸ばし、無防備な相手の眼を突いて攻撃を遅らせた。

 

「セーラームーン、今だッ!」

「はああっっ!!」

 

 顎の下で、剣を振り上げる。

 彼女のなまくらが先ほどの喉の傷に直撃し、遂にディノバルドの喉を突き通った。

 深く、深く、突き刺す。

 マグマがどくどくと噴き出してくる。

 ちらりと見ると、リオレイアはリオレウスの無事を確かめた後、力なくその場に倒れ伏すところだった。

 

「どうか……早く終わって!」

 

 半ば祈りに近い言葉を叫びながら、セーラームーンは精一杯剣を押し込んだ。

 ディノバルドは息を荒くするとセーラームーンを弾き飛ばし、剣が刺さったまま再び口を開けた。

 今度こそ焔を吐き出そうと喉を持ち上げて、より一層高温に輝く口内を見せ──

 

 爆発した。

 ディノバルドは何が起こったのかわからぬまま、目を見開いたままよろよろと後ずさる。

 喉にできた空洞から、マグマと火の粉が垂れ落ちた。

 声にならない声を吐き出しながら、彼は剣を地面に擦り付け身体を捩り上げた。

 

 それはまるで、最期にせめて闘志を表そうとするかのように。

 ディノバルドはそのまま横に倒れ込み、ぴくりとも動かなくなった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夜に燃える刃、朝に燃える陽③

あけまして、おめでとうございます。
今年も執筆を頑張っていきます。


 ディノバルドが倒れてからしばらくして、伴侶に近づこうとしたリオレイアが倒れた。

 女王の息は既に浅い。胸や腹の辺りにひどい痣が出来ていた。

 セーラームーンは、急いでリオレイアの元へと駆け寄っていく。

 

「セーラームーン、離れて!」

 

 ヴィーナスが叫んだが、セーラームーンは言うことを聞かずリオレイアの頭へと駆け寄った。

 リオレウスはよろめいて立ち上がるとリオレイアを気遣うように鼻同士を近づけ、擦りつけながら小さく長く鳴いた。

 セーラームーンたちのことなど眼中になく、ただ目の前の相手だけを見ている。

 

「リオレウスと一緒に叩きつけられたとき、内臓をやられたんでしょうね」

 

 亜美が言うと、戦士たちは痛ましい視線をリオレイアに向けた。

 彼女はしばらくリオレウスを見つめて首を持ち上げていたが、次第に目の光が消えていく。

 やがて首が力を失い、地に落ちた。

 あまりに呆気ないほどの幕切れ。

 

「嘘……でしょ……さっきまであんなに……」

 

 セーラームーンは言葉もそぞろにして立ち尽くす。

 やがてリオレウスは目を細めるとリオレイアから顔を上げた。

 セーラームーンには目も暮れず、彼は卵の方に視線を向けた。

 息を荒くして脚を引きずりながら、リオレウスは卵へと近づいていく。

 

 彼は楕円形の命の元にたどり着くと、それらを護るように覆い被さった。

 その下から紅い液体が流れ落ち、地面に溜まっていく。

 セーラームーンはそれを見た途端、耐えきれなくなりリオレウスの元に走っていった。

 

 彼女はわなわなと震える手でリオレウスの首を触る。

 生気を失った体組織は冷たくなり、今まさにただの物体になろうとしている。

 マーキュリーが、唇をきつく結んで首を振った。

 

「セーラームーン……残念だけど、彼は」

 

「だめよ!!死んだりなんかしたらだめ!!あなたたちにはまだ大切なものが残ってるじゃない!!」

 

 耳の近くで大声で呼びかけるが、リオレウスは何の反応も示さない。ただ、今にも消えそうなか細い息を吸い、吐くだけだった。

 本来であれば、死んでもおかしくない暴挙であろう。だが彼には、頭を持ち上げる力すら残されてはいなかった。

 

「あたしを倒そうとしてた元気はどこ行ったのよ!お願い、何でもいいから目を開けて!」

 

 セーラームーンは、彼の僅かに開かれた青い深海のような瞳を見つめながら訴える。

 彼女の拳が、虚しくリオレウスの鱗を叩く。

 しばらく頭を押し付けたあと、音がしたのでふと見ると、その目は完全に閉じられていた。

 まるで、眠りについたように安らかな表情だった。

 彼女の瞳から一滴の涙が零れ落ち、コンパクトを濡らした。

 胸元から、眩い光が放たれる。

 目に見えないエネルギーが押し寄せ、セーラームーンの金髪が後ろになびいた。

 

「あ……ああっ……」

 

 セーラームーンは胸を強く押さえつけるが、輝きはより一層増していく。

 マハイは目を片腕で塞ぎ、初めて見るその不可思議な光に目を奪われる。

 

「なんだ、あれは!」

「幻の銀水晶……うさぎちゃんに宿る、無限の力を秘めた宝石です!あれは、うさぎちゃんの感情や強い願いに反応してるんです」

 

 マーキュリーが答えると、マハイは怪訝な顔をした。

 

「無限の力?」

「文字通りの意味よ!あの宝石のパワーがあれば、リオレイアもディノバルドも生き返らせることが出来る!」

 

 マーズの言葉に、彼は信じられないように目を瞬かせた。だが、彼女たちの瞳はその言葉が現実であると物語っていた。

 ジュピターが、前に進みながらセーラームーンへと手を伸ばそうとする。

 

「ダメだ!あの暴走した状態で命を蘇らせるなんてことしたら、うさぎちゃんは……!」

 

 セーラー戦士たちは何とか近寄ろうとするが、凄まじいエネルギーにより後ろにずり下がるをえない。

 セーラームーン自身もどうにか止めようと目を閉じて祈るが、もがけばもがくほど光は強くなっていく。

 そんな中、彼女の肩に手を置いた人物がいた。

 タキシード仮面だ。

 だが、今はアイマスクもハットも吹き飛び、地場衛としての素顔を晒している。

 

「うさこは、本当はあの生き物たちを救いたいんだな」

「まもちゃん……」

 

 本来の愛称で呼び合ったあと、彼らは真っ直ぐ見つめ合う。

 

「なら、なんでその願いを止めようとする?」

 

 彼の問いかけ方はあくまで穏やかで、ただ真摯に彼女の想いを聞こうとしているようだった。

 

「ハンターって仕事、あたしは最初はただただ本当に怖かった」

 

 セーラームーンはうつむき、独白した。

 

「戦士の力を使って何の罪もない生き物を傷つけることなんて、絶対に出来ないしやりたくないって思ってた」

 

 彼女の瞳には透明な膜が張っている一方で、その奥には強い光が宿っていた。

 

「でもこれが、この子たちと一緒の世界で生きることなんだって、そうしなきゃ生きていけないんだって、あのお爺さんやココット村の人たち、そして──他でもないあの子たちから教えてもらったから」

 

 セーラームーンは、目を細めて目の前にいるリオレウスを見つめた。

 

「だから、この世界の在り方を──生命たちの生き方を、この銀水晶の力で歪めるようなことはしたくないの」

「そうか」

 

 恋人は優しい声で答え、コンパクトに添えられている彼女の手に自身のそれを重ね合わせた。

 

「わかった。なら、うさこは安心して力を止めることに集中してくれ」

 

 それを聞き、青い宝石のような瞳が歪み、潤んだ。

 少女は目をそっと閉じ、震える呼吸を統一した。

 

「そう、ゆっくりと鎮めて」

 

 銀水晶の輝きが、次第に弱まっていく。

 やがてエネルギーの流れも止み、傾いた穏やかな月光が巣の中を再び照らした。

 セーラー戦士たちの緊張は一気にほどけ、彼女たちは一斉に胸を撫でおろす。

 そんな中、こちらに駆け寄って来る小さな少女の姿があった。

 

「セーラームーン!終わったのね!」

 

 ちびムーンがルナとアルテミスを連れ、うさぎの胸に飛び込んできた。

 

「ええ。ルナ、アルテミス、ちびムーンを見てくれててありがとう」

 

 安堵した顔の猫たちに礼を言いながら、セーラームーンは抱きしめたちびムーンのピンクの髪を撫でる。

 

「正直に言っちゃうとね、あたし、再会したときは間違いなく嬉しかったけど、貴女がこれを持ってるのを見たときはちょっと怖かった」

 

 彼女はセーラームーンに、握りしめていた焼け爛れた鉄のかけらを渡した。

 

「でもね、怪物たちに立ち向かうときの瞳を見て分かった。やっぱり剣を持ってても、うさぎはうさぎなんだって。完全にまもちゃんの言う通りだった」

 

 セーラームーンが当の本人を見やると、彼は少し顔を赤らめて横を向き「そりゃあ……そうに決まってるだろ?」と呟いた。

 思わずセーラームーンの表情が緩み、それに伴って一滴の雫が目端に浮かんだ。

 

「ありがとう、2人とも。あっちにいた時から、ずっとあたしを信じてくれてたのね」

「お疲れ様、セーラームーン……うさぎ」

 

 ちびムーンの朗らかな笑顔に、セーラームーンは涙を滲ませて彼女と抱き合い、その暖かさに自らの身体を沈ませた。

 

「おい。リオレウスにまだ息があるぞ」

 

 リオレウスの口元に傍耳を立てていたマハイが言った。

 セーラームーンが、弾かれるように顔を上げた。

 

「今回の件で飛竜たちの狩猟依頼は取り消されているが、どうする」

 

 そう言ったあと、彼は「もちろん、最終的に決めるのは君たちだが」と付け加えた。

 仲間たちは、じっとセーラームーンがどう出るか見守っている。

 じっと考えたあと、彼女は愛しき人、そして仲間たちの顔を決意した表情で見回した。

 

「あたし、リオレウスを治すことにする。彼は本来、ここに生きてるはずの命だったと思うから。みんなはどう?」

「どうって、あたしたちもやるに決まってんじゃない!」

 

 ヴィーナスが真っ先に言うと、ちびムーンを含んだ他の戦士たちも口元を緩ませて互いに顔を見合わせ、頷いた。

 

「リオレウス、か……」

 

 タキシード仮面はアイマスクとハットを付け直しながら、その竜の名を小さく呟いた。

 

「ここまで私を導いてくれてありがとう」

 

 彼がしゃがみこんで直接リオレウスの首元に触れると、穏やかな光がぽわん、と手から浮かぶ。

 

「さあ、セーラームーン、ちびムーン。君たちも」

 

 セーラームーンとちびムーンが、その手にロッドを構える。

 目を閉じて彼女たちが祈ると、マゼンタの光が優しくリオレウスに届く。

 

「あたしたちも、力を貸すわ」

 

 セーラー戦士たちが、リオレウスと卵を囲むようにセーラームーンたちの外に並び、手を繋いだ。

 彼女たちの身体からオーラが上がり、より光の暖かさが増す。

 マハイはその輪から離れ、じっと成り行きを見守った。

 

 卵を護るリオレウスは虹色の光に包まれ、あっという間に傷が癒されていく。

 血溜まりが幻のように消え去っていく。

 光が止んだ時、彼はすっかり無傷の状態で安らかに寝息を立てていた。

 マハイは表情に驚きを隠せなかった。

 

「……こいつぁすごいな。君たちは、ハンターに出来ないことを軽々と成し遂げてみせる」

「それはこっちの台詞よ。貴方たちはあたしたちには考えられないくらい、たくさんのいろんな命と向き合ってる」

「だが、お前はそれを成し遂げたんだ。この一夜で」

 

 その一言を聞いて、セーラームーンは何かを答えようとしたが、次第にこみ上げてきたものを呑み込み、赤くした顔で深く頷くので精一杯だった。

 

「もう、褒められてんだから素直に喜びなさいよ」

 

 マーズが隣に立ち、涙を拭ってやる。

 

「だって……だってぇ……」

 

 周囲が彼女を見守る視線は、どこまでも優しい。

 仲間たちはやがて、緊張が解けて泣き崩れるセーラームーンを支えてやるはめになった。

 

「で、落ち着いたところでちょっと質問なんだが──」

「……えっ?」

 

 マハイは、タキシード仮面とちびムーンを交互に見やった。

 

「その男前と女の子は、君にとっての一体何だ?大切な人なのは何となくで分かるが」

「えっ……あ、うーん……」

 

 セーラームーンは言い淀み、マーズとマーキュリーの方に振り向く。

 二人はどう言ったものかと迷い、ジュピターとヴィーナスもマーキュリーから質問の内容を囁かれると、露骨に苦々しい表情をする。

 セーラームーンは紅くなって頭を掻きながら、タキシード仮面をちらりと見た。

 

「えぇーっと、このとーってもかっこいい人は確かにあたしの彼氏だけど、厳密に言うと許嫁と言いますか何といいますかぁ……あ、でもそうなるとちびうさは……」

「未来の夫と娘です、と伝えてくれ。彼に嘘はつきたくない」

 

 そうきっぱりと笑顔で言い放ったタキシード仮面に、セーラームーンとちびムーンはぎょっとした表情をする。

 その様子を見て、マハイは何かを感じ取ったらしく苦笑して手を振った。

 

「……また後で聞く。さあ、剥ぎ取りの時間にしよう」

 

 きょとんとしているタキシード仮面をよそに、セーラームーンたちはディノバルドへと歩を進めた。

 ふとセーラームーンは足を止め、深い眠りにつくリオレウスの横顔に額をつけるとじっと目を閉じた。

 

「リオレウス、一人にしてごめんね。どうか、これからはお父さんの貴方がこの子たちを守ってあげて」

 

 その後、狩人たちはディノバルドとリオレイアから敬意を込めて剥ぎ取りを行った。

 狩猟されたモンスターはハンターズギルドが一旦回収し、ハンターにクエスト報酬として分解した素材を追加で渡したのち、残った部分を地に帰して自然に還元する。

 ギルドに目的達成を報告する際、うさぎたちはある要求をした。

 

 リオレイアもディノバルドも、あの巣の場所で元通りに地に帰してほしい、と。

 




第一話からここまでシリアスな展開が続きましたが、ここの辺りから話の軸、テーマはブレさせないこと大前提で、楽しい明るめのお話にしていきたいです。(これからの作者のやる気と実力と努力によりますが)
うさぎちゃんが大切な仲間や恋人と出会えたので、本編で見せていたいつもの調子が少しずつ戻ってくると思います。

去年は評価などいただけてとても嬉しかったです。最初はこんな変わったクロスオーバーは見てもらえないかなと不安でしたが、ここハーメルンでもピクシブでも見て下さる方、褒めて下さる方がいて安心しています。
本当に執筆の励みになりますので、これからもお気軽に評価、感想など頂けると幸いです。
今年も、何卒宜しくお願い致します。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夜に燃える刃、朝に燃える陽④

 朝日に包まれてココット村に入ると、彼女たちは村人たちから拍手と賞賛の声の渦に包まれた。

 布を羽織ったうさぎは、村長に出迎えられた。

 

「本当にご苦労じゃった」

 

 村長の眼窩から瞳が見えた。

 

「そしてまずは君たちへの無礼を、心の底から謝りたい」

 

 村長は頭を下げたが、うさぎは微笑みを浮かべて首を振った。

 

「あたしを成長させるため再現しようとしてたのよね。あの伝説を」

「うむ。オヌシの大切なものを護りたいという想い。それはハンターとして忘れてはならぬ大切な心じゃ。だが、優しく純粋な心は、狩りの場においては時に諸刃の剣となる。だから、試した」

「だからってあたしたちを縛る必要なかったんじゃない?」

 

 美奈子が口を尖らしまことが頷くが、村長はホホホ、と飄々と笑う。

 

「その折はすまん。だが、そうでもせんとこの子のやる気が出んじゃろ?」

 

 うさぎが苦笑すると、「しょうがないわね」という顔で2人は受け入れた。

 村長は懐から手帳のようなものを5枚取り出した。

 

「さあ、『ギルドカード』を進呈しよう。これでオヌシらは正式なハンターじゃ」

 

 そう言うと村長はうさぎ、亜美、レイ、まこと、美奈子にそれを一人ずつ手渡していった。

 ギルドカードは、ハンターの世界での名刺のようなもの。これには狩ったモンスターの種類や数、何の武器を扱っているかなどの情報が記録される。初めて会う相手でも、これを見ればその経歴が分かるのだ。

 

「すごーい!」

 

 うさぎはいよいよ上がってきた朝陽にカードを透かしながら飛び跳ね、瞳をキラキラさせた。

 そこには既にこれまでの記録が記されている。

 ドスランポス1頭、ドスマッカォ1頭、リオレイア1頭、ディノバルド1頭の計4頭。

 この数字は、これから旅をするにつれてもっと増えていくのだろう。

 

「ほんと子どもね……」

「別に良いじゃない。あたしだってとっても嬉しいわ」

 

 レイは呆れていたが、亜美は素直ににっこりとカードを見つめている。

 

「これから新しい生活が始まるんだね」

「よーし、じゃあ心機一転の印に合図かけるわよ!」

 

 5人は輪になり、掌をひとつに重ね合わせた。

 

「セーラーチーム、ここに再結集よ!!」

 

 直後、この小さな村はこの一年で最も華やかで、忙しい日を送ることになる。

 

──

 

 宴は一日中続いた。

 戦士たちも村人も忙しなく駆け回り、御馳走や酒がテーブルを埋め尽くす。

 男女は火を囲んで踊り狂い、あちこちで歓声が交わされ、駆け巡る。

 

 夕方になってもその勢い冷めず、うさぎ、レイ、亜美、そしてちびうさと衛はテーブルで集って積もる話をしていた。

 まことと美奈子、ルナとアルテミスは宴のディナー作りや皿の後始末を手伝っている。

 その中で、うさぎはふと気になったことを口に出した。

 

「そういえば、まもちゃんもハンターにならないの?」

「もちろん考えているんだが、ハンターになるための登録とギルドカードの発行に少し時間がかかるらしくてな」

「よかったー!じゃあ、また一緒に戦えるのね!」

 

 顔を輝かせて彼の首に抱きついたうさぎは、衛の膝に座ったちびうさがむすっとした顔でこちらを見ているのに気付いた。

 

「ちびうさはダメよ。あそこはお子様の行くようなところじゃないからね!」

「言われなくても分かってますよーだ」

 

 ちびうさはつんとした顔で口を尖らせる。今までずっと一緒に戦ってきたのにこの扱いは、どうしても気に食わないようだった。

 その時、テーブルの端をこんこん、と叩く音がした。

 

「ちょっと隣、いいか?」

「マハイさん、教官!」

 

 席を開けると、恩師2人が腰を下ろす。ただ、顔を赤くしている教官の方は足取りが何やらおかしい。

 

「あなたたちが教えてくれたから、あたしたち……」

「水臭いっ!」

 

 うさぎの感謝の言葉を、教官はジョッキの底をテーブルにぶつけて一言でぶった切った。

 

「全く、もって、水臭いっ!まだワガハイに感謝するにはお前たちはぺーぺーすぎるな!ヌハハハハハーッ!」

「教官……相当酔ってますね」

 

 亜美が引きつった笑いを浮かべると、マハイは苦い顔で首を振った。

 

「ああ、こいつは勝手についてきてるだけだ。気にしないでくれ」

 

 とても女性とは思えないほど野太い声で豪快に笑う教官に、マハイは溢れんばかりの泡を湛えたジョッキを粗雑に差し出した。

 

「お前は取り敢えず黙ってビール飲んどけ」

「うぬっ!」

 

 素直に返事すると、彼女はぐいっと一気にビールを呷る。

 レイはそれを見届け、マハイの方をちらりと見やった。

 

「で、何か話があるんでしょ?」

「先ほど、今回の件の原因が分かった」

 

 戦士たちの意識が、一気にマハイに向いた。

 

「ディノバルドは主に、尻尾の刃を研ぐ鉱石が豊富な密林、砂漠、火山などの高温地帯に生息する。あの個体はここより南方の密林で暮らしていた」

 

 一瞬でジョッキを空にした教官が、顔を赤くして無理やり割り込んできた。

 マハイは鬱陶しげに眉根を寄せたが、教官はそれを気にする様子は一向にない。

 

「だが紫の『霧』が現れた瞬間、たった3日のうちに直径40キロの木が綺麗さっぱり枯れ果て、生態系が丸ごと崩壊したのだ。僅か3日だぞ!?3日!!」

 

 教官は何度も指で3の数字を示し、強調する。

 その言葉に息を呑み、戦士たちは顔を見合わせた。

 生気──エナジーを奪う『霧』。

 デス・バスターズの仕業であることは明らかだった。

 

「こうなると、それを喰う草食動物も、それを捕食するディノバルドも密林を出ていかざるを得ない。飢えて凶暴化したあいつはこの森丘に赴き……」

 

「あの夫婦を襲って、引き離したのね」

 

 マハイの言葉をレイが継ぐと、彼は静かに頷いて返した。

 

「だが、奴は逃げたリオレイアを追って密林に戻ってしまってな。それ以降はしばらく大人しくしていたんだが、彼女がこちらに帰ろうとしたことで状況が変わった」

 

 うさぎたちはそれを聞いて哀しそうに眉を顰め、衛とちびうさに同じことを説明した。

 

「デス・バスターズ……こちらでも相変わらずのようだな」

 

 衛の言葉に、うさぎは悲しそうに頷いた。

 

「うん……」

 

 うさぎは、決意のこもった瞳でここにいる戦士たちの顔一つ一つを見つめた。

 

「まだ何を企んでるか分からないけど、デス・バスターズの計画を止めるためにも頑張らなきゃね」

 

 その言葉に、そこにいたメンツの誰もが同意した。

 

──

 

 夜通しで行われる宴の様子を、赤い衣を纏った女が見下ろしていた。

 

「な……な……」

 

 彼女が覗く双眼鏡の視界には、村人に混じって楽しげに踊るセーラー戦士たちの姿があった。

 

「なによあれはぁー!」

 

 布を放り出し、中から白衣を纏ったユージアルが姿を現わした。

 

「なんであいつらがあの村にまだいんのよ!村の奴らは確かにセーラー戦士どもを恐れ、追放しようとしていたはず……!!」

 

 そこに、額に黒い星のマークが入った鷹が飛んできてユージアルの肩に乗った。

 

「ああ、もう何よこんなときに!!」

 

 それには、ピンクの紙が紐で括られ脚に結ってあった。

 ユージアルは渋々とそれを取り、さっと広げた。

 

『ユージアル先輩へ ご調子はいかがですかぁ~?お久しぶりです、ミメットで~す♡』

 

 やたら丸っこく判読が難しいマゼンタ色の文字で文章が始まっていた。

 

「ミ、ミメット……!」

『前世ではたくさんお世話になりました♡前回はお互いちょっとドジって失敗しちゃったけど、今回こそは協力してセーラー戦士どもを倒しちゃいましょうね~♡また、この世界でのお仕事についてもいろいろ教えてくださいっ。虫とか獣の扱いはちょっと苦手ですケド~』

 

「どうせ今回も利用してくる気の癖に、よくもぬけぬけとっ……!!」

 

 強く紙を握りしめたせいで、そこにぎゅっとしわが寄る。

 

「私の人生最大の敵を復活させるだなんて、教授とカオリナイトは一体何を考えて……」

『あ、それはそうと教授からの伝言です!以下をご覧ください♡↓↓↓』

 

 その文章の下には、不細工な長方形に切り取られた紙が妙に斜めに張り付けられていた。

 面倒くさかったから『教授』から送られた文を切り取って、そのまま張り付けたのだろう。終いには何かのスナックの食べかすが付いている。

 

『此度の計画では、セーラー戦士たちをとにかく原住民たちから孤立させることが重要である。ユージアル君の能力については高く評価しているが、最もセーラー戦士に近いところにいる彼女には、情報作戦の方を優先して頂きたい』

 

 タイプで打たれた文字が並ぶ下には、またあのミメットの字が続いていた。

 

『頼りにされて良かったですね、ユージアル先輩♡前世のことは前世のこと、今回は遠く離れてますけど、なかよぉ~~くやっていきましょ!ではサヨナラ~☆(ミメットより愛を込めて♡)』

 

 ぶるりと身体を震わせると、ユージアルはそのラメの入った紙を破り捨て風に乗せて捨ててしまった。

 

「はぁ……現世はリモートワーク方式で助かったわ。ウィッチーズ5とか言ってあいつら4人と同じ研究室なんて、もうまっぴらごめんよっ」

 

 ユージアルは白衣のポケットから紙を、襟から覗く胸の谷間からペンを取り出すと、手早く文章を書き進めた。

 

「『ユージアルです。今回の報告、確認しました。なお、次からは書面の基本的なマナーを守り、上司への言葉遣いには重々気を付け組織の目的のため全力を以て尽力して下さい。何でも「人に聞けばいいや」では、この仕事は務まりません。その点をご理解のほど、よろしくお願い致します。』……っと」

 

 達筆で書かれたその文章を彼女は来たのと同じように鷹に括りつけた。

 

「ほら、これ持ってって!」

 

 手慣れた様子で腕を振りかぶし押し出すと、鷹はピュイーと鳴いて飛んでいく。

 

「そんなことより!今は!取り返すしか……取り返すしかないっ!この、絶望的状況を!」

 

 ユージアルは歯を食いしばって歩み始めたが、すぐに森の中で咽び泣く声が響いた。

 

「ああ~、帰ってきてよ私の休日~!!」




ユージアルさんは見ての通りの人です。
旧アニ版ミメットさんはぶりっ子腹黒なキャラ。ユージアルさんとはいろいろと因縁があります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

襲雷①

 今日も、いつも通り朝日が部屋の中に差し込んだ。

 光が、毛布にくるまれた衛の整った顔を白く照らして浮かび上がらせる。

 

 扉がぎぃ、と音を立て、ゆっくり開けられた。

 入ってきたのは、うさぎだった。

 ゆったりとした白いネグリジェを着た彼女はベッドの横で靴を脱ぐと、音を立てないようにしてそっと彼に這い寄っていく。

 恋人は、まだ眠りから醒めない。

 うさぎは、その耳元にそっと唇を近づけて囁いた。

 

「まもちゃん、おはよ」

 

 彼の目が僅かに開き、うさぎに向かって柔らかく微笑む。

 

「おはよう、うさこ。ちょっと寝坊しちゃったかな」

 

「時計ないからわかんないけど、村の人はみんな起きてるみたい」

 

「そうか……」

 

 窓の方を見て、外から聞こえる子どもたちの笑い声に耳を傾けた衛は、うさぎへと視線を戻す。

 彼女は髪をまだ結っていなかった。

 絹のようにしなやかな金髪が、波打つように光を反射している。

 

「ん……」

 

 うさぎは、目を閉じて唇を恋人の前に差し出していた。

 

「それは……何してほしいんだ?」

 

 わざとらしく聞いてくる衛に、うさぎは眉根を寄せて反抗的な視線を向ける。

 

「んもう、分かってるくせにじらさないで」

 

「はいはい、ごめんな。じゃあ……」

 

 再び両者は目を閉じ、顔を近づけあっていく。

 うさぎの衛の腕を掴む手に、力が入った。

 

「おっはよーございまあーーーす!!」

 

 互いの唇が触れようかとした瞬間、ドアがバァンと勢いよく開け放たれた。

 

「……」

 

 衛もうさぎも強烈な光の中に曝け出され、驚いて一緒に飛び起きている。

 

「み、美奈子ちゃん……」

「……アーッ!シツレイシマシター!」

 

 笑顔を張り付かせたまま、美奈子は二人の方を向いたまま扉の外へと一瞬で脱出した。

 

──

 

 丁寧に扉を閉めて振り向いた美奈子の前には、ネギやトマト、カボチャなどの野菜が大量に入った籠を持ったエプロン姿のまことがいた。

 まことは状況を察し、扉の前で黙りこくっている美奈子の顔を覗き込む。

 

「……やっちゃった?」

「やっちゃったも何もっ!!」

 

 美奈子は怒りをこらえるようにぐっと拳を握りしめて震わせる。

 

「あのバカップル、再会した途端あんなにいちゃついて!っきぃー!貞淑も何もあったもんじゃないわ!」

「まぁまぁ、ずっと会えてなかったんだからしょうがないじゃないか。衛さんも特に何もしてないみたいだし」

「あのねぇ!相思相愛のピチピチフレッシュな男女がひとつの村で一緒に暮らすリスクってのを、みんな分かってなさすぎなのよ!衛さんだっていつ狼になるか……!」

 

 そう言う美奈子は、実際に牙を剥く狼の顔真似をしてまことを襲うそぶりをしてみせた。

 

「うさぎちゃんのお母さんかよ、美奈子ちゃんは……衛さんに限ってそんなことあり得ないよ」

 

 そのとき、二人の耳にカン、カンと鍋をおたまで鳴らす音が聞こえた。

 まことははっとして、音のした方に振り向いた。

 

「ほら、尻尾のムスメ、早く食材持ってくるニャル。早くせんと焦げちまうニャル~」

 

「あ、はーい!」

 

 まことは元気よく返事をし、その声の主に向かって走っていく。

 この緑に囲まれた村の中で、一角だけが異彩を放っていた。

 湯気を昇らせる巨大な中華鍋とその横にある蒸し器。

 所狭しと並べられた色とりどりの野菜、果物や香辛料に、衝立に張ってある縄にぶら下げられた無数の魚や肉。

 即席キッチンとも言えるそこで、白いチャイナ服を着たアイルーが忙しなく行き交っていた。

 

 まことはそのアイルーの横に並ぶと、3本のネギを籠から取り出してまな板に載せ、中華包丁でみじん切りにしていく。

 それは1分も経たないうちに完了し、アイルーはその刻んだネギをすぐさま豚や野菜を炒めている鍋へと投入する。

 まことの食材を取り扱うスピードも中々のものだったが、アイルーのそれはもはや達人級で、一方で肉を焼いていたかと思えば次の瞬間には人参を刻み、そのまた次の瞬間には中華鍋を豪快に振っている。

 

「尻尾のムスメ、中々上手くなったニャルね。私直伝の『おふくろの味』習得も現実味を帯びてきたニャル」

「いえ、料理長に比べたらまだまだ」

 

 数週間前に来たこのアイルーは、村の住人からは『屋台の料理長』と呼ばれている。

 その料理は言葉にできぬほどの絶品で、彼が来て以来うさぎたちもそのお世話になっている。

 なんでも彼はいま、各地で『おふくろの味』の研究をしているらしく、これでもまだ発展途上と言う。

 

 料理好きなまことはこの世界の料理に興味があるらしく、最初に一口を口に入れた瞬間から彼に料理を教わると決心したのだった。

 彼女が『尻尾のムスメ』と呼ばれているのは、その栗色の髪のポニーテールが、まさしくそのまま馬の尻尾に見えるからとのことらしい。最初はなんだか屈辱的なあだ名に反発していたが、悪意もないらしいので今では割り切っている。

 

「二人だけで大変そうねぇ……あたしも手伝ってあげていいのよん?」

 

 にこやかに笑う美奈子の両手に握られているのは、包丁と鎌。なぜ調理の場で鎌を構えているのかは謎である。

 それをまことは肩を持ってくるりと回し、近くの森の方に向かわせる。

 

「……美奈子ちゃんは窯にくべる薪を集めて駆け回っといで」

「ちょっと、まこちゃん!なんでいっつもそうやってあたしを雑用に回すのよ!」

「適材適所ってやつだよ」

「はあー!?適性検査だかなんだか知らないけどね!あたしだってこれでも……」

「はいはい」

 

 反発する美奈子の背中を、まことは無理やり叩いて押し出した。

 「ああ、もう!」とプンスカと怒って出ていく美奈子を見て、衛を連れて家の外に身だしなみを整えて出てきたうさぎは気まずそうな顔をしていた。

 キッチンに歩いてくると、彼女はまことの横にあるテーブルに腰かける。

 

「まこちゃん、おはよ。美奈子ちゃん、もしかして怒ってた?」

 

 おずおずとした様子で聞くと、まことは一旦魚を捌く手を止め、その顔をずい、とうさぎに近づけた。

 

「……一応言っとくけど今日の森丘の見回り、衛さんと一緒だからってデート気分でやらないようにね」

「ま、まこちゃん、あたしがそんなことするわけ……!」

 

 うさぎが顔を赤くしていると、どこからともなくルナが彼女の肩に飛び乗って、にこりとした顔で割り込んできた。

 

「そこは大丈夫。あたしが隣で見張ってるから」

「ルナ!」

「まもちゃんと二人っきりだなんて、ちょっと気が置けませんものね~」

 

 後ろから声が聞こえたので振り返ると、当たり前のようにちびうさが寝間着姿で胸を張っている。

 

「ち、ちびうさまで!!」

 

 うさぎは慌てて周りを見回す。

 

「ちょっと待って!あたしってそんな信用ない!?」

 

 むきになりながら聞くと、そこにいる誰もが、その問いに無言で頷いた。

 頼みの綱の衛もただ苦笑しているだけで、まるでフォローしてくれない。

 

「あーん、みんなの裏切り者ー!」

 

 わんわんと泣き出したうさぎの前に、肉球の焼印が押された巨大な中華まんが差し出される。

 差し出したのは料理長だった。元々糸目な彼だが、口を開けて笑うとそのひょうきんな表情が更に強調される。

 

「ニャハハ、賑やかで大変よろしいニャル。取り敢えず、たんこぶのムスメはこれでも食って機嫌治すヨロシ」

 

 うさぎはその料理長特製の中華まんを渋々手に取ると、はむっと咥えて口に入れた。

 そしてハムスターのように頬をもぐもぐとさせてそれを呑み込んだ直後。

 

「おいひ~!」

 

 目を輝かせて猛スピードで食べ始めたうさぎを見て周囲はほっと胸を撫でおろし、数分後、うさぎは艶々とした顔で衛、ルナと調査に出かけていった。

 

 まことと料理長の2人で皿の後片付けをしている途中、料理長がふと空を見上げる。

 

「それにしても竜人の商人、今日の昼にはここに付くって言ってたけど遅すぎニャルね」

「あ、それってこの前言ってた日頃からの賭け仲間……でしたっけ?」

 

 まことが聞くと、彼は頷いた。

 何でも、彼の所属するキャラバンでかつて旅を共にした仲間らしい。ココット村の村長と同じ『竜人族』で、その長命による豊富な経験と知識で、独自の素材の販路を築く商人の爺さんと聞いている。

 

「ほら、最近この辺りも『霧』やら『魔女』やらの噂で物騒ではないニャルか。それのせいで立ち往生でもしてたら、事は重大ニャルよ」

 

 まことは「ああ、それは」とまで思わず言いかけたが、最後までは言わなかった。

 ココット村の住民には、森に棲むアイルーたちの以前の『襲来』のおかげで既に正体を知られてしまっているものの、外からの来訪者である料理長には正体は隠している。

 

「こんなとき、まつ毛のハンターがいればモーレツに一安心ニャルが……」

 

 その言葉の端に現れた単語に、まことは反応した。

 

「あっ、確かその人も貴方が入ってるキャラバンにいた人でしたっけ?」

「ニャハ、興味あるニャルか。ちょっと話すと長くニャルけど……」

「ちょっと、みんな!」

 

 そこに、亜美とレイが防具を着た状態で走り込んできた。

 

「どうしたんだい、亜美ちゃん、レイちゃん?」

 

「緊急事態よ!料理長さん、これを!まこちゃんは、急いで美奈子ちゃんを呼んできて!」

 

 亜美の手には、手紙が握られていた。

 

「んー、なになに?」

 

 亜美が手紙を開き、よろめきながらその中にある字を目で追っていく。

 あるところまで行くと、彼は急に手に積んでいた皿を盛大にひっくり返し、その中に埋もれた。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

 

 レイが皿の山を払いのけようとあわあわしていると、中から料理長が顔を出してぶるぶると頭を振った。

 

「そんなことより、大パンチ……じゃない、大ピンチニャル!」

 

 彼は、まだ真相を知らず戸惑っているまことに向かって叫んだ。

 

「竜人商人が辿るこの村へのルート上に、モンスターが侵入したニャル!」

 

──

 

 うさぎと衛は、飛竜の巣──ディノバルドとのかつての決戦の地──の入り口近くからしゃがんで中の様子を隠れ見ていた。

 

 あの卵があった藁の中で小さな生き物が1匹、ぎゃあぎゃあと高い声で空に向かってしきりに泣き喚いている。

 その姿はリオレイアのそれと瓜二つで、しかしながらその鱗は鈍い茶色。

 

「ねえ、ちょっと遅くない?」

「うさぎちゃん、心配しすぎよ……あっ」

 

 ルナが耳をぴんと立てて見上げると、上空から雄々しい叫びが聞こえてきた。

 空の王者リオレウスが、巣の上空の穴からゆっくりと地上に舞い降りてゆく。

 その脚には、何かの生物からもぎ取ったであろう肉片が握られていた。

 

「まもちゃん、来たわ」

「ああ。今日もどうやら大丈夫みたいだな」

 

 衛は、安堵した顔で頷いて手元のリストに『異常なし』と記入した。

 リオレウスはいま、1匹の雛の子育てを行っている。

 通常、飛行能力に長けた雄のリオレウスは主に上空からの縄張りの監視と外敵の排除を、脚力に優れた雌のリオレイアは子どもの世話と餌の確保を概ね担っている。

 

 いま、彼には番がいない。だから彼は、必然的にリオレイアの役目も同時にせざるを得ない。

 当初は卵は4個あった。だが彼1頭ではどうしても手薄になる頃合いが生まれ、その間にランポスに卵を喰われるなどして最終的に孵ったのは1頭だけであった。

 この雛は特別やんちゃで、少しでも放っておくと巣の外に飛び出してしまうほど好奇心旺盛だった。

 その度にリオレウスは雛の首を咥えて巣に戻してやらねばならず、かなり手を焼いている様子である。

 

 今このときも、雛はリオレウスの口から直接餌を啄んでいる。

 親よりもずっと弱い力ながら、人間ほどの大きさしかない身体で一所懸命飛び跳ね肉を引きちぎろうとしている。

 中々上手く行っていないのに気付いたリオレウスは一旦餌を咀嚼し、柔らかくしてからもう一度差し出してすべて食わせてやる。

 あっという間にすべて食べきった雛は、次の餌をおねだりするように飛び跳ね喧しく吼えまくった。

 

「もうあんなにギャーギャー言って飛び跳ねて、まるでちびうさみたい」

「確かあの雛、女の子だっけ?かなりお転婆に育つかもなぁ。シングルファーザーは大変だ」

 

 衛とうさぎは小声でくすくすと笑い合う。

 リオレウスは雛に追い立てられるように飛び上がり、次の獲物を探しに行った。

 そのとき2人の目に、雛の首元辺りからきらりと一片の光が入り込んだ。

 それを見て、うさぎはふっと顔を曇らせる。

 

「前は気のせいかと思ったけど、やっぱり生えてるわね金色の鱗」

「……うん」

 

 ルナの言葉に、うさぎは頷いて答えた。

 金の鱗は、リオレイアの中でも非常に珍しい『希少種』の証。

 無事に育てば彼女の全身は荘厳な金色に包まれ、このリオレウスよりも遥かに強靭なリオレイアへと姿を変えると聞いている。

 最初は雛が宝石のような美しい姿になることを我が子のように嬉しがっていたうさぎだったが、間もなくして、そう呑気に喜んでばかりもいられないことに思い至った。

 

「これからあの子、生きていけるのかな」

 

 あの自然界では明らかに目立つ体色は、捕食者からは恰好の標的だ。力が弱いうちは大変な思いをすることになるだろう。

 

「多分、あたしがリオレウスに使った銀水晶のパワーが卵にも流れたんだわ。だとしたら……」

 

「うさぎちゃんが気負う必要なんてないわ。今のところあの雛には、身体が金色で成長がちょっと早いこと以外、何も変わったところなんてないじゃない」

 

 ルナが、うさぎが自分を責めるのを予見したように割り込んだ。

 

「ルナの言う通りだ。さっきの光景を見ても分かるだろう。彼女は彼女自身の意思で生きているし、リオレウスもあの子をきちんと親として、愛情を込めて育ててくれてる。うさこがやったことは、デス・バスターズなんかと一緒じゃない」

 

 衛は、うさぎに強く言い聞かせるように真っ直ぐ瞳を見て話した。

 

「いま、うさこ自身に宿っている『女王』も、決して君を恨んだりなんかしてないと思う」

「……そうかな」

 

 うさぎは、下を向き自身の姿を改めて見つめた。

 

 レイアシリーズ。

 

 金属の甲冑をベースとしながら、強靭なリオレイアの甲殻がヘルメットや胸当て、ロングスカートのように大きく広がった腰装備を要所要所で覆っている。

 その姿はパーティードレスのように華やかで、それでいて騎士のように凛としている。

 女王としての美しさと力強さを兼ね備えた装備が、彼女の身体を護っている。

 

 そして、爆発で無くなったハンターナイフに代わる彼女の片手剣は『プリンセスレイピア』。

 茨の意匠が織り込まれた、刺突に向く緑色の細い剣にはリオレイアが尻尾に有する猛毒が含まれている。

 どちらも、この巣で死んだリオレイアの身体から造られた強力な武具であった。

 

 うさぎは、自身の胸当ての右側を覆う緑色の鱗をそっと触り目を細めた。

 

「そうに決まってる。その姿も心も綺麗な君だから、きっと」

 

 彼女はうつむいたまま少し顔を赤らめ、瞳だけ動かして衛の姿を見た。

 衛が身につけているのは、『チェーンシリーズ』と片手剣『ハンターカリンガ』。

 全身を甲冑と鎖帷子で固めたまさしく騎士のような恰好に、大きく湾曲した鉱石製の片手剣を身に着けている。

 うさぎの武具より防御力も攻撃力も劣るが、細くて長身の彼が付けると元々持っていた繊細な雰囲気に勇ましさが加わったようで、より男っぽく仕上がっている。

 

「まもちゃんも、とってもかっこいいよ」

 

 ルナはそんな二人の頭上からのやり取りを聞いてため息をついた。

 

「はあ~、やっぱりいつでもどこでもいちゃついちゃうのねこの二人は……まあ喧嘩するよりかよっぽどマシだけど」

 

 その時、穴から差し込む光に影が差し込んだのをルナは見逃さなかった。

 

「あっ、もう帰って来た!えらく早いわねぇ!」

「次は何を持ってきたんだろうな?」

 

 うさぎと衛は、舞い降りてくるであろう父親の姿を今か今かと待ち構える。

 だが、衛は早くも異変に気づき始めていた。

 

「なんだか……影のシルエットが違うぞ」

 

 確かに、地面の巨大な影は羽ばたいている。リオレウスと同じ、翼を持つ『飛竜種』と呼ばれる生物の特徴だ。

 だが、その肝心の翼がリオレウスのそれとはまったく違う。

 透けているのだ。

 まるでトンボの翅脈のように、光をいくつもの四角形に区切って通している。

 そして上空から現れたその姿を見て、うさぎもルナも目を丸くした。衛が叫んだ。

 

「……リオレウスじゃない!」

 

 黒と黄の縞模様の刺々しい甲殻に、昆虫を思わせる、光を複雑な緑色に反射する半透明な翼。尻尾は鋏のように鋭く二又に分かれ、頭に戴く冠のようなトサカから僅かに電流が迸る。

 そしてその目は──どこまでも透き通る、冷徹な赤色だった。

 

 電竜『ライゼクス』。

 狡猾、残忍にして凶暴。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

襲雷②

 捕食者が赤い目をギラつかせ、翼を広げ鋭く滑空してゆく。

 何も知らない雛は、それを無垢な目で見つめている

 

「だめっ!」

 

 うさぎは雛に向かって飛び出していく。

 

「うさこっ!」

「うさぎちゃん、やめて!」

 

 制止の声を振り切って、彼女は雛を抱きすくめた。

 突然の乱入者にライゼクスは驚き、空中で制動をかけ真下へと降りる。

 雛は小首を傾げてうさぎをじっと見つめている。

 雛とは口で言っても、その頭はうさぎより少し小さいくらいだ。尻尾まで含めた全長は、彼女の背丈より少し小さいくらいである。

 

「ほら、早く逃げて!あの竜は貴女の命を狙おうとしてるわ!」

 

 彼女は座った雛の身体を動かそうとするが、その体重は人とは比べ物にならず、岩のように動かない。

 それどころか、雛はうさぎの胸元に顔を近づけて匂いを嗅ぐように鼻をひくつかせる。

 

「ちょっと、そんなことしてる場合じゃ……!」

 

 横から入った衛がうさぎの腕を掴みその身を抱き寄せてしゃがんだ直後、鋭い鋏のような尻尾がうさぎのいた空間を凪いだ。

 幸い尻尾は雛の頭上を通り過ぎ、攻撃は無駄に終わる。

 

「それはこっちの台詞だ!」

 

 うさぎは、衛に抱えられたまま巣の出口へと運ばれていく。

 普段穏やかな衛の表情は怒りに染まっていた。

 

「あそこの出口へ!」

 

 ルナが、巣の外へと続く洞窟を指さした。

 うさぎの意識は、未だに背後の雛へと向いている。

 ライゼクスがひび割れるような音で咆哮した。

 

「早く逃げて!」

 

 ライゼクスがもう一度雛に襲いかかろうとしたその時、背中にいくつもの爆風が起こった。

 

「きゃっ!?」

 

 見上げると、あの飛竜の王が陽の光の中で燦然と羽ばたいていた。

 馴染みのある雄たけびが聞こえ、火球がライゼクス目掛けて降り注ぐ。

 

「リオレウス!」

 

 うさぎは衛に抱かれたまま、巣の外へと連れ出されていった。

 

──

 

「ごめんなさい……つい突っ走っちゃった」

 

 巣の外に出た後、地面に降ろされたうさぎは息を切らしている衛に頭を下げた。

 洞窟の中からは、地鳴りと爆発音が鳴り響いてくる。巣の中は既に、飛竜たちの激戦区となっていた。

 

「まあ薄々予想は付いてたさ、うさこがあの子を見捨てられないってことくらい」

 

 腰を落ち着けた衛の表情は、いくらかいつもの冷静さを取り戻していた。

 

「だけど、もう次からこんな無茶はするなよ。俺だって、いつでも庇いきれるわけじゃないんだからな!」

 

 うさぎは、うつむきながら「うん、わかった」としょげた顔で頷いた。

 

「もう、うさぎちゃんの戦い方っていつも行き当たりばったりというかなんというか」

「キャッキャッ」

 

 ルナの言葉に応えるように甲高い鳴き声が響く。

 彼女は隣から真っ直ぐ見つめてくるつぶらな瞳に振り向き、にんまりと笑った。

 

「あら~、貴女も同意してくれる?」

「……ん?」

 

 相手は尻尾を犬のようにぶらぶらと揺らし、興味津々といった様子でうさぎたちを見つめている。

 

「えええええええええ!?」

 

──

 

 うさぎたちはライゼクスの追撃をかわすため、森の中へと入っていった。

 彼女は衛、ルナと一緒に立ち止まって振り向く。

 

 一歩、一歩。

 おぼつかない足取りで、雛が何とかうさぎに追い付こうとしている。

 周りを見渡しながら石を踏み、枝を脚で折り、その様子はまるで初めて見るものに目を輝かす子どものよう。

 それを見て、彼らは狐につままれたような顔をしていた。

 

「一体全体、何がどうなってんだ?」

 

 雛は、翼をばたつかせながらうさぎの後ろにずっと付いていく。

 

 あの後まさか巣にそのまま戻るわけにもいかず、かと言って村にそのまま連れて帰るわけにもいかず。

 彼女たちは雛を連れたままここまで来てしまったのである。

 

 ルナは雛と並列して歩きながら彼女をじっと観察していた。

 

「完全にこれ、うさぎちゃんに懐いてるわよね?」

「うさこ、何かしたか?」

「ううん」

「……もしかして、その装備が関係したりしてないかしら」

「えっ?」

 

 うさぎは立ち止まり、振り返って雛の顔を見た。雛は追いつくと、顔を上げて彼女をじっと見つめ上げている。

 衛は、そんな両者を交互に見ながら一考する。

 

「もしかしたら、臭いを嗅いで母親だと勘違いしているのかもしれない」

「あ、あたしが母親!?」

 

 飛び上がったうさぎはとんでもない、と言うように首をプルプルと振る。

 

「ちびうさに加えてこの子まで加わったら、大変どころじゃすまないって!」

「なんでうさぎちゃんが母親になる前提なの!」

 

 ルナに頭に乗っかられ、うさぎは「うげっ」と蛙が潰されたような声を漏らす。

 

「とにかく父親に返さないといけないが、あの竜がいるとな」

 

 行き詰まった3人はその場に座り込んで考え込むが、一向に答えは出ない。

 

「おーい」

「なあに?うさぎちゃんたら、真面目に考えてるときにふざけないでよ」

「え!?……まもちゃん!?」

「んなわけあるかよ」

「じゃあどこから……」

 

 そう言ったうさぎの頭を、上から巨大な鍵のような物体がちょん、ちょんとつつく。

 

「ここじゃ、ここ」

「……?」

 

 振り向くと、錠のついた巨大な箪笥のような物体が鎮座している。

 その上に小さな老人がぽつんと座って三人を見下ろしていた。

 

──

 

「でりゃあああっっっ!!」

 

 巨大な骨の塊がランポスの横面を殴り、青空に舞わせた。

 それを振るったのは、羽根飾りのついた赤いハットにポニーテールを舞わせる長身少女。

 緑色の羽毛が目立つ、弓の名手のような意匠が特徴の『マッカォシリーズ』が、まことが身にまとう装備だ。

 武器はハンマー『大骨塊』。臼のような形をしたその頭部の大きさは、彼女の頭の4つ分は裕に超える。

 とてつもない重量を誇るそれを彼女は軽々とぶん回し、迫りくる獣らを迎え撃っていく。

 

「どうだい、このハンマーの味は!」

 

 得物を構えながら不敵に笑ったまことの背後に迫る1頭のランポスを、一筋の太刀が切り裂いた。

 はっとして振り向いたまことの視界に、乱れうねる黒髪が映った。

 

「まこちゃん、油断は禁物よ!」

 

 その言葉とともに光ったのは、レイの太刀『鉄刀【神楽】』。

 まことはバツが悪そうに「わかったよ」と仕方無しに答えると、再び戦場に舞い戻っていく。

 

 いま、彼女たちは両脇を天然の壁に挟まれた道でランポスの群れと対峙している。

 山沿いの小道である『エリア3』から、巣に続く広場である『エリア4』に入る直前の地点で、ランポスたちに挟み撃ちにされる形となっている。

 

「いい加減に道開けなさいっ!しつこい奴は嫌われるのよ!」

 

 レイは一斉に飛び掛かるランポスを撫で斬りにしていくが、軍勢は衰える気配を見せない。

 

「亜美ちゃん、敵の数は!?」

 

 まことが叫ぶと、少し離れた後方でライトボウガン『ハンターライフル』を構える亜美が答えた。

 

「まだ15体ほど控えてるわ!牽制しておくけど、くれぐれも油断しちゃだめよ!」

 

 三人はなおも奮戦するが、あまりに大軍勢であったため彼女たちでも捌ききれない。

 その時、ランポスの1体が亜美に飛び掛かろうと跳躍した。

 亜美は、とっさにボウガンを盾にしようと構えた。

 

「クレッセント・ビームッッ!」

 

 2つの三日月の光が収束した指先からレーザーが一直線に放たれ、ランポスの身体を貫いた。

 貫かれた個体は派手に吹っ飛んで群れの前に放り出される。

 レーザーの発射地点は、壁の上にあるひとつの人影。

 さらにレーザーは弧を描いて控えているランポスたちの目前の地面を焼き、焦がしていく。

 取り巻きたちは勝ち目はないと見なしたのか、たまらず蜘蛛の子を散らすように退散していった。

 

「どーんなもんでぃ!」

 

 太陽を背に佇みながら、銃口に見立てた人差し指に息を吹きかけたのは美奈子であった。

 彼女が身につけている防具は『ボーンシリーズ』と呼ばれる。その露出度と引き換えに骨製であるがゆえの軽さがウリである。

 その隣にいるのは相棒である白猫のアルテミス。

 とは言っても、全身を合金の鎧『アロイネコシリーズ』で固めているせいで肝心の毛並みはほぼ隠れてしまっている。

 

 美奈子は相棒とともに、金髪ロングを靡かせ戦士たち飛び降りた。

 

「ちょっと美奈、それセーラーヴィーナスの技……」

 

「細かいことは気にしない気にしなーい」

 

 小声で指摘したアルテミスを、美奈子が手で物理的に口封じする。

 美奈子が背負うは、細長い柄の先に巨大な笛のような機構がついた『狩猟笛』。

 音楽を奏でることで仲間の士気を上げ様々な効果をもたらす武器である。

 攻撃の際は笛の部分を叩きつけるのだが、黒い留気袋から4つの管が伸びた『メタルバグパイプ』に傷らしい傷はほとんどなかった。

 

「で、邪魔者を跳ねのけたはいいけどライゼクスはまだいないの?かれこれ2時間くらい探し回ってるけど」

 

 一息ついて太刀を鞘に納めるレイの表情には、疲れが見え始めていた。

 

「もう平野にはいなさそうね。残すはここと奥の森だけど、正直今のパーティーで挑んで勝てる相手かしら?」

 

 亜美が不安げに地図を開いているところに、美奈子が顔を近づけ立てた人差し指をチッチッチッと左右に振った。

 

「まさか、あたしとまこちゃんがハンターの経験少ないからって不安に思ってる?」

 

 美奈子は亜美の驚いた顔をよそに、狩猟笛を勢いよく大地に突き立てた。

 

「まさか忘れた?あたしはこの四戦士のリーダーよっ!モンスターなんぞこの狩猟笛で華麗にバッタバッタと……」

 

 まことは、どや顔で胸を張る美奈子に疑いの視線を向けた。

 

「1週間前は双剣で戦場を舞ってみせるとか言ってなかった?」

「いや、やっぱモノ言うのは経験の数じゃない。ほら『亀の脳より牛のモー』なんて言葉も──」

 

「それ言うなら『亀の甲より年の功』だろ!?」

 

 美奈子は、手の拘束を解いて叫んだアルテミスの頭を笑顔のまま無言で押さえつけて黙らせた。

 

「ま、いかにもミーハーな美奈子ちゃんらしいけどね」

「……ふ~ん」

 

 まことの一言に、美奈子の視線が鋭くなる。

 

「ずーっと昔の先輩とハンマーしか見てないまこちゃんもどうかと思うけどね〜!」

「あたしの憧れの人と選んだ武器に、何の関係性があるってんだい?」

「大いにあるわよ~1つのことに拘って視野が狭いところが」

「美奈子ちゃんは逆に求めすぎなんだよ!これじゃオトコ作っても上手くいかないね」

「はぁ~ん!?なんですとぉっ!!」

 

 額を押し付け合ってバチバチと火花を散らす2人の顔を、アルテミスはそっと覗き込む。

 

「……2人とも意固地にならなくても」

「アルテミスは黙ってて!!」

 

 白猫が2人の少女に気圧されるのを見て、レイは呆れ返ったように額を押さえた。

 

「はぁー、てんでバラバラ……」

 

 亜美も、数ページほどしかないメモらしき紙を所在なさげにパラパラとめくっている。

 

「ただでさえ急いでたせいでモンスターの情報をほとんど調べられてないのに……こんなので大丈夫かしら」

 

 そのとき岩石が砕け散る音とともに、怒りに染まった獣の咆哮が周囲を駆け巡った。

 

「なんだ、この叫び声は!」

 

 まことが、背負っているハンマーに手をかける。

 

「見て!」

 

 亜美が指さした先の、巣穴へと続く岩山。

 その上空の雲から2つの影が飛び出し、もつれ合って飛んでいるのが見える。

 少女たちは急いで『エリア4』へと走り、足を踏み入れた。

 

「あいつがライゼクス!」

 

 美奈子が叫び、彼女たちは遂に狩猟対象と邂逅した。

 炎を燻らす竜と、電気を纏う竜が青空で激しく揉み合う。

 大きく羽ばたいて飛びのいたリオレウスが、毒爪を真っ直ぐ突き出す。

 ライゼクスは蝶のように身を翻して避け、真横に来た相手に雷を纏わせた斧状のトサカを一発叩きつけた。

 翼を焼かれたリオレウスは、尻尾を振りまわし相手を追い払って一旦距離を取る。

 

 戦闘は空中でのドッグファイトに移った。

 空中で圧倒的な制動力を誇る両者は空を自在に駆け、雲を散らし、太陽を何度も遮る。

 

「なんて速さなの!」

 

 亜美がその姿を目で捉えようとするも、その凄まじいスピードに動体視力が追いつかない。

 

 リオレウスが途中、疲れたように動きを緩めた。

 ライゼクスは、相手の喉元向かって一直線に滑空してゆく。

 だが、それはフェイントに過ぎなかった。

 リオレウスは宙返りして相手の背後を取り、何度も火球を撃ち出す。

 火球が何発かがライゼクスの背中に直撃するが、最後の2発ほどはかわされた。

 打ち漏らしは戦士たちの目前に着弾して爆発を起こし、彼女たちの髪を巻き上げる。

 

「きゃあっ!」

 

 低空飛行するライゼクスが彼女たちの頭上を掠め、追って通過したリオレウスが硝煙を吹き飛ばした。

 突風に目を閉じる戦士たちの髪が、風に煽られ凄まじい乱れ髪と化す。

 目を開けた直後には、既に彼らは遥か空の遠く。

 

「……あればかりは、間に入りようがないわね」

 

 陽光を手で遮るレイが睨む先は飛竜たちの聖域。彼女たちは戦いの行く末を見守ることしか敵わない。

 

 リオレウスに追いつかれそうになったライゼクスは、突如振り返って尻尾を前へ持ち上げる。

 鋭い鋏に電流が迸って飛んでくるリオレウスを迎え撃ち、その腹を槍のように突いた。

 傷ついたリオレウスがたまらず逃げるように旋回すると、今度はライゼクスが追う側に代わる。

 

「なんだかリオレウスの方、旗色悪くないか!?」

 

 遠くの風切り音を聞きながら、まことが叫んだ。

 亜美が急いでモンスターの情報が書かれたリストを取り出し、ぱらぱらとめくってリオレウスの項目を確認する。彼女はそれを見て合点が行ったように頷いた。

 

「彼の弱点属性は雷!押されてるのも当然だわ!」

 

 もう一度リオレウスが振り返りざまに火球を放つが、ライゼクスはそれを身体を傾け難なくかわす。

 雷を宿した鋭い牙が、リオレウスの喉元に迫り。

 

 遂にライゼクスの牙がリオレウスを捕え、背後にあった岩柱に身体ごと叩きつけた。

 彼は相手の身体を脚で抑えつけながら、翼を腕のように使って何度も滅多打ちにする。

 リオレウスがされるがままに殴られるうち、柱にひびが入っていく。

 

「あの空の王が……!」

 

 レイが信じられないように口で手を覆って呟いた。

 ライゼクスは脚と翼でリオレウスを柱に据えつけながら、空いている方の翼に電撃を這わせた。

 渾身の一発で胸を殴られた瞬間に岩柱が崩れ去り、リオレウスは真っ逆さまに墜ちてゆく。

 

 

 戦士たちは、ただただ立ち竦んで絶句していた。

 

 

 ライゼクスは森の方へ飛び去っていく。

 取り残された戦士たちは、森が見える崖の近くで後ろ姿を見送っていた。

 

「……どうする?」

 

 先頭でアルテミスが狼狽した様子で振り返った。

 

「……どうするって、すぐ行くに決まってんでしょうが!」

 

 真っ先に叫び、前に出てきたのは美奈子だった。

 彼女はアルテミスに代わって崖っぷちに立ち、森を鋭く指さした。

 

「あたしたちの護るべき人たちが、あそこにいるかも知れないのよ!?あんな強い奴なら尚更危険だわ!」

 

 もう片方で握りしめられた拳が汗ばんで震えているのは、恐怖か武者震いか。

 

「さあみんな、『エリア3』に戻ってそこから森へ行くわよ!」

 

 彼女は足を踏み出し、『エリア3』に続く小道へと駆けていく。

 

「美奈子ちゃん!」

 

 亜美が呼びかけるが、既に彼女は戦士たちを置き去りにしてしまっていた。

 その横で、まことが険しい顔をしながらしゃがんで前髪を直していた。

 

「……こっちも負けちゃいられないな」

 

 そう呟いた彼女は、立ち上がって風で乱れたポニーテールを結び直した。

 

「ちょっと、まこちゃんまで!」

 

「どんな奴が相手だろうと、あたしたちはあの子を護る!そうだろ!!」

 

 後ろに向けられた彼女の眼光は、誰にも何も言わせない凄みを含んでいた。

 

「あたしも先に行かせてもらうよ、美奈子ちゃんだけじゃ何かと不安だからね!」

 

 美奈子を追いかけていくまことの後ろ姿を、残された3人は心配そうに見ていた。

 

「うーん、心意気は十分なんだが……」

「2人とも、セーラー戦士の中でもハンターの経験が少ないからって焦ってんのよ」

 

 アルテミスが言った傍で、レイは太刀を研ぎながら分析した。

 

「……でも、言ってることはどれも事実だわ」

 

 亜美はそう呟くと、弾を込めてからメモを手早くしまい、ライトボウガンを背負った。

 

「リオレウスには悪いけど、一刻も早く向かいましょう、あの森へ」

 




武器&防具まとめ

うさぎ:片手剣『プリンセスレイピア』&レイアシリーズ

衛:片手剣『ハンターカリンガ』&チェーンシリーズ

亜美:ライトボウガン『ハンターライフル』&ランポスシリーズ

レイ:太刀『鉄刀【神楽】』&バトルシリーズ

まこと:ハンマー『大骨塊』&マッカォシリーズ

美奈子:狩猟笛『メタルバグパイプ』&ボーンシリーズ

ルナ:ボーンネコピック&どんぐりネコシリーズ

アルテミス:アイアンネコソード&アロイネコシリーズ 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

襲雷③

ライゼクスのBGMほんとすき。


 

「お、おばけーー!!」

 

 うさぎは叫んだそのままの勢いで衛に抱きつき、ルナは前に出て低い声で唸る。

 

「おばけとはちと失礼な物言いやな」

 

 頭を掻く彼の話し方は、彼女らが学んだ言葉とは違い気さくな親しみの湧く訛り方をしていた。

 

「来てくれて『ありがと300万ゼニ―』!最近はえらく若いカップルもハンターをしておるんじゃのう」

 

 座布団に座った紫の羽織と帽子の好々爺が、傘の下で満面の笑みを浮かべていた。

 

「……あ、貴方は?」

 

 うさぎは恐る恐る尋ねると、老人は意外に思ったのか少し首を傾げた。

 

「ん、あの手紙を見てないんか」

 

 彼はすぐに笑顔を取り戻し鍵の形をした巨大な杖をコン、コンと箪笥に打ち付けた。

 

「まあ、この際何でもええ。ワシはちょいと昔から行商を営んどるものでな。みんなからは『竜人商人』と呼ばれとる」

 

 彼はそう言うと、視線を三人から外してここからでも見える高い丘陵へと移した。

 

「前からの馴染みに会おうとココット村に行こうとしていたんじゃが、奴のせいでてんてこ舞い。護衛も逃げてしまい、この有様よ」

 

 よく見ると巨大箪笥には移動用の車輪が付いていて、惨状を表すがごとく所々に傷や汚れが目立っている。

 彼が言うにはこの箪笥は彼の商売を営むための屋台であり、珍しい品物やら生活用品やらが全て入っているらしい。

 やがて竜人商人はうさぎに視線を戻した。

 

「お嬢ちゃんの装備を見ればそれほど心配はいるまい。どうか、わしを村まで護衛してくれんかな?」

「えと、それがちょっと訳あって……」

 

 視線を下にそらしたうさぎの脚の陰から、雛の頭が片方だけ顔を覗かせた。

 

「リオレイアの雛か!!」

 

 竜人商人は前のめり気味に丸眼鏡をくいっと上げ、まじまじとその姿を見つめた。

 

「村にいる仲間がその手紙を見て助けに来ると思います。すみませんが、今の俺たちはむしろ……」

 

 衛がうさぎの前に出ようとしたとき、強く乾燥した風が彼らの身体に吹き付けた。

 

「ま、まさか、もう!?」

 

 うさぎが太陽を覆い隠した影を見上げて叫んだ。

 甲高い咆哮が、場に木霊した。

 周囲の空気が泡立ち、彼らの肌を激しめの静電気のような感覚が襲う。

 

「おお、ライゼクスじゃ、こりゃいかん!」

 

 慌てふためく商人と、屋台の近くに身を寄せた雛の前にうさぎと衛が立ち塞がる。

 

「くそっ、中々鼻が利くな!」

 

 2人は片手剣を引き抜いた。

 上空で半透明の翼が太陽を虹色に透かし、葉脈のような模様をステンドグラスのように美しく輝かせていた。

 

 竜は翼を畳んで急降下する。

 身体を重力のままに任せ、そのまま全員を吹き飛ばすつもりのようだ。

 2人は盾を構え、攻撃に備えた。

 

「目を塞いで!!」

 

 突如、手榴弾状の物体が彼らの前に放り込まれた。

 うさぎが目を見開いた直後、閃光が辺りを包み込む。

 

 ライゼクスは視界を奪われ、悲鳴を上げて地面へと墜落する。

 轟音。

 目の前で、一軒家ほどの大きさはある竜が呻く。

 うさぎたちがまだ状況を把握しかねていると、後ろから誰かが駆けてくる音がした。

 

「みんな!」

 

 果たしてそれは、亜美、レイ、まこと、美奈子、そしてアルテミスの5人だった。

 先頭の美奈子が息を切らしながらうさぎの肩を掴み、一旦息をついた。

 

「どうやらみんな、無事みたいね!」

「みんな、来てくれたの!?」

「ええ、大急ぎでね。間に合ったみたいで良かったわ」

 

 亜美は、ふと先ほどの閃光のせいで屋台に寄りかかって目を回している雛の存在に気づいた。

 

「うさぎちゃん、その子は……」

「えぇーっと、これはね……」

 

 うさぎが説明かねているところで低い唸り声が響いたので見てみると、早くもライゼクスが起き上がろうとしていた。

 レイは、うさぎと衛の背中を自分たちが来た方へと手で押しやる。

 

「事情を聞いてる暇はないようね!とにかく、ここはあたしたちに任せて!」

 

「みんな、大丈夫なの!?」

 

「とにかく、早く逃げて!」

 

 少女4人が、武器を構えてライゼクスへ駆けていく。

 迷ううさぎに衛とルナが目を合わせ、従おうと無言で促した。

 意を決するとうさぎは雛の背中を片手で押し、衛と一緒に商人の乗った屋台をもう一方の手で押す。

 あとは鬱蒼とした景色が晴れるまで、ただひたすら全速力で走るのみだった。

 

──

 

 所は変わり、森から抜けた丘の上。

 うさぎたちは屋台を後ろから押し、なんとか頂上にたどり着こうとしていた。

 

「うんしょ、うん……しょっ!」

 

 なんとか車輪が平面に安定し、うさぎたちはへとへとに息を切らして屋台に背中をもたれた。

 

 森から物音がしないことを確認してから、やっと休憩の時間に入る。

 うさぎが雛を解放すると、彼女は草や木の匂いを物珍しそうにくんくんと嗅いで周りを歩き回っていた。

 

 生き生きとしている雛をうさぎは見惚れたようにしゃがんで見つめていたが、そこに頭上から盆に乗った湯呑が差し出された。

 

「お疲れさん。ほれ、疲れに効く、あまーいお茶じゃよ」

 

「あ、ありがとうございまーすっ!」

 

 頭を下げて礼を言ったうさぎは、即座にそれを口に付ける。

 

「あれ、これって……」

 

 匂いを嗅いで首を傾げた衛の横で、うさぎがお茶を噴水のごとく噴き出した。

 

「しっぶーーー!!!!」

「こりゃ失敬。こっちじゃこっち」

 

 竜人商人は慌ててうさぎに手ぬぐいを差し出しながら、急須でお茶を入れ直す。

 

「もしかしてお嬢ちゃんは、お人よしな方か?」

 

 突然の質問に「へ?」とうさぎが口を拭きながら首を傾げている横で、ルナが悔やむような顔で頭を下げた。

 

「はい、恥ずかしながらホンットーにその通りです……」

「やっぱりそうか」

 

 竜人商人は嬉しそうに顎を撫でながら言った。

 

「お嬢ちゃんを見てると、まつ毛のハンターさんを思い出してな。偶然とはいえ同じことがまた起こるとは思わんかった」

「まつ毛のハンターさん?」

「キャラバンで一緒に旅したハンターさんじゃよ。一緒に旅をしとった時は、あの人の狩りが成功するか失敗するか料理長と賭けとったわい」

 

 うさぎはお茶を啜るのを止め、ジト目で竜人商人を睨んだ。

 

「……ケッコー不謹慎なことするんですね」

 

 竜人商人は高笑いを上げた。

 

「その通りじゃな。じゃが、あの人はそんな時に限っていつも依頼を成功させてきた。賭けが成立したことは1回もない」

 

 嬉々として語る商人の声は、まるでそのことを誇りに思っているようだった。

 やがて周囲の探索に飽きた雛が寄って来て、座っているうさぎの腰に頭を擦り付けた。

 うさぎは話を聴きながらそれをそっと撫でてやると、雛は気持ちよさそうに喉を鳴らした。

 

「お嬢ちゃんは、何となくあの人と雰囲気が似ておる。いつもの間の抜けた感じといい、いざという時の目つきといい」

「前の部分はいらない気がするんですけど?」

 

 うさぎが不服そうに口を尖らせている間に、雛は彼女が持っている湯呑に興味津々な様子で嘴を近づけていた。

 彼女は慌てて湯呑みを天上に持ち上げ、「だーめ!」と雛の顔を覗き込んで叱った。

 

「もう、代わりにこれね」

 

 うさぎが取り出したのは、焼き上げて昼ごはんにと持参していた生肉であった。

 雛はそれを見た瞬間喜んだように飛び跳ね、それを啄もうとする。

 

「ちょっとみんな、待っててね」

 

 うさぎは衛たちから少し離れたところで、雛を押しのけながら肉を切り分けて地面に置いていく。

 肉は少し固くなっていたが、小さくすれば問題ないようで雛はもりもりと肉を平らげていく。

 

「うさぎちゃん、ちびうさちゃんの時よりずっとお母さんしてるわね」

「……だな」

 

 いつの間にか、うさぎ以外の全員がその様子を見守っていた。

 ルナが皮肉っぽく言うと衛は苦笑して頷いた。

 

「既に親がいるモンスターがこれほど人に懐いたの見たのは、初めてやわ」

 

 一方で竜人商人は心の底から驚嘆しているようで、光景の隅々を眼鏡の位置を何度も直しながら観察している。

 

「その雛も、お嬢ちゃんの不思議な空気に絆されてしまったのかもしれんな」

 

 いつの間にか、衛とルナの視線は雛へ集中していた。

 うさぎが雛の顔を覗き込むと、彼女は小さく「ぴぃ」と鳴いた。

 それに対し、うさぎは愛おしそうにふふっと笑った。

 衛が、その光景を見てつられたように微笑む。

 

「……そうかも知れませんね」

「さ、そろそろ行くとするかな?」

「あっ、はい!」

 

 現実に引き戻されたうさぎは、やや名残惜しそうにしながらもすぐ立ち上がり、雛の背中を押してながら屋台の後ろへ歩み寄っていった。

 

──

 

「おりゃあああああっ!」

 

 森の中でのライゼクスの狩猟は、かなりの困難を極めていた。

 雄叫びを上げながらまことがハンマーを構えながら走ってゆくが、ライゼクスは後ろに跳び下がって攻撃を避ける。

 

「ちょこまかとすばしっこい野郎め!」

 

 舌打ちしたまことを迎撃するように、ライゼクスの口から雷球が放たれる。

 リオレウスの火球と違い、それは地面に接触すると竜巻のように稲妻の柱を形成し、屈折しながら走っていく。

 稲妻は草を焼き木を焼き、ライゼクスの動く盾となる。

 まことと同じく獲物の近くで攻撃せねばならないレイ、美奈子もこの影響を受け、なかなかライゼクスに近づくことができないのだ。

 

「さっきの閃光玉のせいでこちらの動きを警戒してるのね。だから隙を見せまいと……」

 

 転がって稲妻から身を躱したばかりのレイが、ライゼクスの赤い目を睨んだ。

 ふと彼女の視線が、狩猟笛の柄を握る美奈子の手に注がれる。

 

「ならば……猪突猛進あるのみよっ!!」

「美奈!」

 

 アルテミスが止めるのも聞かず、美奈子はライゼクスに向かって真っすぐ駆けていく。

 まことも呼びかけようとするが、彼女はそちらに振り返ると叫んだ。

 

「あたしがただのミーハーなんかじゃないってとこ、見せたげる!」

「おい、ちょっと待っ……」

 

 ライゼクスは美奈子を警戒し、電流を迸らせたトサカをシャカシャカと音を鳴らす。

 

「それで威嚇したつもり?ビリビリ虫ドラゴン!!」

 

 美奈子はライゼクスの懐に飛び込んで狩猟笛を高く持ち上げると、頭めがけて思い切り振り下ろした。

 ゴンッと甲殻を叩き潰すような鈍い音。

 頭に白いかすり傷が付いたライゼクスは、鋭く大きい爪の付いた翼を地面に擦り付けながら薙ぎ払うことで反撃を試みる。

 

「よっと!」

 

 美奈子は咄嗟にしゃがんで攻撃を避け、狩猟笛を再び頭に叩きつける。

 

「バレー部所属、体育実技学年トップクラスのあたしを見くびるんじゃないわっ!」

 

 身の丈を超すほどの武器を持って迫りくる牙を軽やかに飛びのき躱すその姿は、ただの女子中学生のそれではない。

 ちなみに彼女がハンターになったのは1ヶ月ほど前、狩猟笛を使い始めたのは1週間ほど前からである。

 亜美は、ボウガンから弾をライゼクスの背中に命中させて注意を引き、美奈子を支援する。

 

「すごい攻勢ね……あたしたちの中で一番戦士の経験が長いだけのことはあるわ」

 

 次弾をリロードしながら彼女が小さく呟いた。

 狩場は、実質美奈子の独壇場と言ってもいい。ライゼクスの頭は既に傷だらけになっている。

 だが、1人厳しい表情をしている者がいた。

 

「あいつ、やたら翼を使ってる」

 

 まことが、軽やかに舞う美奈子の背中を見ながら呟く。

 レイが「え?」と横を向いたとき、彼女はハンマーの柄を握りしめ再び構えていた。

 

「何か、嫌な予感がするよ」

「おい、美奈!そろそろ離脱した方が……!」

 

 アルテミスの声は美奈子に届いていなかった。戦いに熱中しすぎて、周りのことが見えていないのだ。

 

 ライゼクスの攻撃は異常なほど単調であった。見ようによっては、わざと美奈子に攻撃を許しているようにも見える。

 まるで、何かを待っているかのように。

 

 攻撃を行うたび、翼爪が電気を帯びてくる。人間で例えれば、走り続けて息が上がってくるイメージだろうか。

 美奈子の方は類稀なる身体能力でテンポについていけているが、永久には続かない。次第に攻撃の手が緩んでくる。

 ピリつくような乾燥した空気の感覚が、ますます大きくなってゆく。

 

「美奈ーっ!」

 

 アルテミスが走り出した。

 

 翼が森を飲み込むほどの緑の蛍光色に染まり、先ほどとは比べ物にならない電流を放出する。

 

 美奈子は思わず目を見開いて驚き、硬直を見せてしまった。

 ライゼクスが翼を大きく振りかぶる。

 

「あっ……」

 

 翼が降ってきた瞬間、アルテミスが美奈子に全力でタックルした。

 

「アルテミス!!」

 

 背後の大地に殴りつけた翼爪が突き刺さり、轟音とともに巨大な稲妻が走った。

 突き飛ばされた美奈子は地面を転がる。

 代わりにアルテミスが小さな身体に稲妻の余波をもらった。

 

 急いで美奈子はアルテミスの身体を抱き上げた。

 彼女は涙ながらに何度も名前を呼ぶが、応答はない。

 運悪いことに彼の装備は金属で出来ていたため、息はあるものの一発で気絶していた。

 

「野郎っ!」

 

 まことが怒って叫び、ハンマーを携え走ってゆく。

 それを見たライゼクスはトサカを地面に振り下ろして突進し、向かってきた彼女を迎え撃った。

 僅かに残された理性で彼女が避けたすぐ横、稲妻状の3列の模様が走るトサカが一際明るく輝く。

 美奈子、レイと一緒にアルテミスを介抱していた亜美が何かに気づき、戦慄の表情を見せた。

 

「まこちゃん、トサカを使った攻撃に気を付けて!恐らく、翼と同じように……」

 

 言い切る前に、トサカが翼と同じ蛍光色に輝いた。

 赤かった瞳が、電流に満ち溢れ黄緑に光っていた。

 まことは得物を頭めがけて振り下ろしたが、身体を後方にずらされ回避される。

 

 ライゼクスが頭を振り上げる。

 瞬時にトサカから電撃の刃がサーベルのごとく形成され。

 頭上の斧は形なき光り輝く剣と化し、振り抜きざまにまことの腹を横凪ぎに切裂いた。

 

「がっ……!」

 

 彼女は大きく地面とほぼ平行に吹っ飛ばされ、戦士たちの前に転がり込む。

 

「まこちゃん!!」

 

 うつ伏せになった彼女の息は荒く、胸当ては黒く焦げ、口からは血が滲みかけていた。

 まことがなんとか腕を支えにして上体を持ち上げ、辛うじて敵を睨みつける。

 

「くそっ、もっとあいつのことよく知ってりゃ……!」

 

 ライゼクスが大地を蹴って飛び立つ。

 精確に狙いを定め、右の翼を後ろに構えながら戦士たちにめがけて滑空。

 

 地面に接した瞬間に迸る、最大出力の電流。

 前に突き進みながら何度も殴りつけられる翼が、大地をえぐって粉砕していく。

 

 巻きこまれ打ち上げられる少女たちの身体。

 

「ぁっ……」

 

 防具が弾け、壊れ、破れた。

 戦士たちは砂埃とともに地面にモノのように転がされる。

 ライゼクスは振り返ると再び上空に飛び上がり、叫ぶ。

 電流がその竜の全身を巡り、明確な殺意を持って落ちてくるのが分かった。

 




エピソードごとに書いたおかげで、オチをどんな風に付けていくとか分かってきた気がする。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

襲雷④

 

『エリア4』。

 リオレウスの巣に続く広場は、再びランポスの群れで埋め尽くされていた。

 それを、うさぎたちは大きな岩の影に隠れて見守っていた。

 

「なんであんなに……」

「あいつら、飛竜の卵や雛を狙うんだったな?いま、巣ががら空きってことだろう」

 

 群れの先頭が周りを見回してから巣の中へ入っていき、仲間たちもそれに続いていった。

 

「リオレウス、一体どうしちゃったのよ!?」

 

「恐らくはあのままライゼクスと巣の外で戦ったんだろうが、今帰ってないとなると」

 

 衛はその続きを言うのを躊躇った。

 だが、うさぎはその先を促すまでもなくすぐさま立ち上がった。

 

「すぐ探しに行かなきゃ!このままこの子をあの巣に返したら……」

 

 縞模様の捕食者たちの瞳の輝きが、結果を容易に想像させる。

 うさぎの雛の首元に添えた手が震えた。

 そこにルナが正面に割って入る。

 

「お爺さんの護衛はどうするのよ!?」

「ルナとまもちゃんがついてくれればきっと……」

「また、1人だけで行くつもりか?」

 

 衛の視線に気づき、うさぎははっとして彼の顔を見た。

 ただただ悲しそうな表情だった。

 うさぎの視線は下をさまよい、やがて雛を抱きしめながらその場にうずくまってしまった。

 雛はうさぎの顔を不安げに見つめ、額を鼻先で軽くつつきながらピピピ、と鳴く。

 

「うさぎちゃん……」

 

 ルナもどう声をかければいいか分からず見つめるほかなかった。

 

「ふむ」

 

 ずっと黙って様子を見ていた竜人商人が、口を開いた。

 

「この場合、あの人ならなんと言うじゃろなぁ」

 

 自然と、3人の視線が商人に集まる。

 彼の視線は、地上のどこにも向けられてはいない。まるで、空の向こうにある何かを見ているようでもあった。

 

「まつ毛のハンターさん……のお話ですか」

 

 商人は無言で頷いた。

 

「その人は、かつて無垢な命を手にかけたことがある。幾千の命を奪った、悪意なき大災厄の化身をな」

 

 彼の語る口調は穏やかながらも、ゆっくりとした語り方が3人の意識をくぎ付けにしていた。

 

「言っておった。果たして自分はあの時あれを討つべきだったのかわからない。事実はただ、両者譲れぬものがあって戦い自分が勝った、それだけにすぎないのではないか、とな」

 

 商人は、優しくうさぎを見て言った。

 

「お嬢ちゃんがどう考えようと、結局は人の勝手なわがままに過ぎんのではないかの?」

 

 うさぎは、黙って話に聞き入りながら雛と見つめ合っていた。

 成体とは違って丸っこいアーモンド形の瞳。

 とても肉を引き裂くことも砕くこともできない、丸く未発達な牙。

 彼女は大人しく、うさぎの青い瞳をじっと覗き返していた。

 

「お嬢ちゃんが考えるなりに、気が向くままに決めればええんちゃうんか?」

 

 うさぎはしばらく雛の顔を見ていたが、ぐっと涙をこらえ顔を上げた。

 

──

 

 ライゼクスの背中を、大きな影が掴んだ。

 それを前に膝をつく彼女たちは、影の形に見覚えがあった。

 

「リオレウス!」

 

 空の王が反逆者をそのまま真下の地面に叩きつけ、めりこむほどに踏みつける。

 毒を含んだ爪が甲殻の間に食い込み、ライゼクスは悲鳴を上げた。

 

「生きていたのね……」

 

 戦士たちの表情が明るくなるが、亜美だけは何かを考えるように押し黙る。

 目の前の激しい戦いと相反する静けさに、仲間たちは怪訝そうにその顔を覗き込んだ。

 

「……どうしたんだい?」

「変だと思わない?」

 

 まことが聞いたのに対し、亜美は逆に問い返した。

 

「本来、自分の子が他人に攫われてたらどうする?」

「そりゃあ、取り返すに決まって……」

 

 アルテミスを抱きかかえている美奈子が自分がしていることを見て口を噤み、弾かれるように顔を上げた。

 

「そういや、うさぎちゃんが雛と一緒にいたわ!」

「恐らくライゼクスは雛を狙おうとしてうさぎちゃんに邪魔されたから、それを追いかけてたのよ」

 

 ライゼクスはもはや戦士のことなど視界にもなく、ひたすらリオレウスの拘束から逃れようと翼を羽ばたかせる。

 一方のリオレウスは同じ轍は踏むまいと、全体重で相手を押さえつけて決して離さない。

 ライゼクスの昆虫のように細い脚は、その岩をも砕く脚力に対抗するには貧弱すぎた。

 

「確かにうさぎならやりかねないわね、そうゆうこと」

 

 レイは苦笑しながら防具についた土を払い、頬の擦り傷を手の甲で拭った。

 

「でも、だったらリオレウスはなんでうさぎちゃんに構わないでこっちに?」

「突拍子もないけど……もしかしたらリオレウスは、うさぎちゃんが雛を護ってくれると信じてるんじゃないかしら」

 

 美奈子が聞くと、亜美は真面目な顔で答えた。

 まことは、驚きのあまり目を見張った。

 

「えっ!?いくらなんでもそんなこと……」

「あたしは信じるわよ」

「……レイちゃん」

 

 レイは片脚で踏ん張り太刀を杖にしてよたよたと立ち上がる。

 

「うさぎはおバカでお調子者だけど、いろんな人と仲良くなってきたもの。竜の1頭や2頭、味方につけるわよ」

 

 傷は決して浅くないのに、1人立った彼女はそう言って笑ってみせた。 

 美奈子は、鎧を脱がせて傷に回復薬を塗り終えたアルテミスを抱え上げた。

 彼女は木のうろの近くへ走り、彼をその中にそっと隠した。

 

「……バカだったわ、あたしたち。突っ走ってばかりで、お互いを信じるってことを忘れかけてた」

 

 相棒の傷ついた姿を見ながらそう独り言ちた彼女はまことに振り返った。

 

「飛竜ですらうさぎちゃんを信じてるってのに、最も近くにいるあたしたちがこんなんじゃだめだね」

 

 戻ってきた美奈子が差し出した手にまことが答え、両者は固く手を取り合った。

 戦士たちは、ポーチから回復薬が入った瓶を取り出した。

 

 一方、ずっと組伏せられていたライゼクスは尻尾に電流を流してリオレウスの尻尾をはたく。

 リオレウスが怯んだことで、彼はやっと拘束を払いのける。

 だが先ほどの毒爪が効いたのか、その足取りは不安定である。

 リオレウスが腹の傷でふらつきながらも眼下の敵に咆えようとしたときだった。

 その横っ面に、黄土色の物体が投げつけられる。

 砕け散ったそれは凄まじい臭気を発し、彼は嫌がるように首を振った。

 一方のライゼクスも、突然の臭いに驚き思わず後退する。

 リオレウスはたまらず顔を木に擦り付けたあと飛んでいった。

 

「あんたがヘマを犯したら悲しむ子がいるからね。後はあたしたちに任せな」

 

 リオレウスを追い払ったアイテム『こやし玉』を投げたのはまことだった。

 後ろ姿を見送った彼女は、木々の隙間から覗く傾きかけた太陽に思いを馳せるように目を細めた。

 

「あの子が繋いでくれたこの4人の絆……そう簡単に手放してたまるもんか!」

 

 4人は、再びライゼクスの元に向かっていく。

 

「さあ、行くわよ!!」

 

 美奈子が『メタルバグパイプ』の柄を握りしめて叫んだ。

 それに答えるようにレイ、亜美、まことは得物を取り出し構える。

 ライゼクスは少女たちを睨み、トサカと尻尾の鋏を震わせながら叫んだ。

 直後、尻尾の鋏まで蛍光色に変わり、彼の全身が電流の塊となった。

 

────

 

 2戦目、戦士たちはまとまって慎重に動くことを意識した。

 情報がない相手に対しては、この大原則に従って動く。

 何よりも、どんな能力や特徴を持っているか分からないモンスターに無暗に武器を振り回したことに失敗の原因があった。

 

「あたしなりに考えてたんだけど」

 

 飛んできた雷球をかわした亜美が、3人に向かって叫んだ。

 

「さっき美奈子ちゃんがつけた頭の傷、電流が通って広がってる気がしない?」

 

 空を飛ぶ彼のトサカの甲殻の間、稲妻模様に光る部分の白い傷跡が、確かに膨張して大きくなっていた。

 

「恐らくあの重なり合う甲殻が『圧電素子』の役割を果たしてるのよ」

「……『はつでんしょ』?」

「そ、そういう理解でもいいけれど……とにかくあの精巧な部分に衝撃を与えれば、かなりのダメージを狙えるかも!」

 

 美奈子へ向けた亜美の説明を聞き、まことがにやりと笑った。

 

「ピンチこそ、最大のチャンスってわけか!」

 

 ライゼクスは高度を下げ、尻尾の鋏を開いたままで蜂の針のように突き刺してくる。

 4人は後方に転がって回避し、雷を纏った鋏が頭上で空気を鋭く刈り取った。

 すぐさま美奈子は起き上がり、狩猟笛を肩の上に担ぎ直してからまことに視線を送った。

 

「なら、あたしとまこちゃんは頭を狙いましょう!相手の目標をこちらに向けさせ、ついでに『アレ』も狙う!」

「ああ、わかった!」

 

 まことはハンマーを構えライゼクスの横に回り込む。

 ライゼクスは2人を嘲るように叫んだ。

 

「……っと、そ・の・ま・え・に!」

 

 美奈子は空中から縦に振り回されたトサカを横に避け、狩猟笛をぶん回す。

 それは見事に空振りしたが、彼女の顔に動揺はない。

 楽器から伝わる振動を感じ取り、その表情は確信に変わる。

 

「よし、『旋律』は揃えた!」

 

 美奈子は叫ぶと、ぐるんと笛を回して中腰になった。

 

「みんなお待ちかね、攻撃力強化の演奏よ!!」

 

 彼女がマウスピースに息を思いっきり吹き込むと、郷愁を誘うような、短くも重厚な演奏が森林に響き渡る。

 それが大地にこだまとして共鳴して繰り返す度、その場にいる全員の身体に力が漲っていく。

 

 これが、狩猟笛の効果。

 

 ただでさえ高かった闘志が、更に湧いてくる。

 そして闘志は、身体へも影響をもたらす。

 

「美奈子ちゃん、単語の暗記テストは散々だったくせに武器の扱い方はすぐ覚えるんだね!」

 

 まことがハンマーをライゼクスの左頬に振るいながら叫んだ。

 

「仮にも内部太陽系四戦士のリーダーよ!こんぐらいできなくっちゃあ、セーラーヴィーナスの名が泣くわ!」

 

 美奈子は狩猟笛を更に振り回し、次はまた異なる旋律を演奏する。

 『自己強化』の旋律が発する音波は、彼女自身のただでさえ高い身体能力を更に底上げする。

 彼女の息ははずみ、矢継ぎ早に繰り出される攻撃を走るだけで難なくすり抜けてゆく。

 そこから繰り出される『メタルバグパイプ』がトサカを打ち付け、逃げようと頭を背けた先にはまことの『大骨塊』による連撃の嵐。

 

 まさにライゼクスにとってはどこを見ても重量物で頭を叩かれる、悪夢のようなコンボ。

 

 身軽さと破壊力を兼ね備えた2人のセーラー戦士による攻撃は、ライゼクスの頭に確実に傷をつけていく。

 この連携を目の当たりにしたレイは、亜美とアイコンタクトを取って獲物の周囲を走って回っていく。

 

「あたしと亜美ちゃんは面積の広い翼の左方を狙うわ!」

「りょーかいっ!任せる!」

 

 亜美は、レイに当たらないように的確にライゼクスの光る翼爪を撃ち抜いていく。

 レイはライゼクスの翼に一太刀入れる。翼爪に入った傷から僅かに電流が漏れ出た。

 

「やはり、『柔らかい』……!」

 

 レイは、亜美の言葉が真実であるとの確信を覚えた。

 ライゼクスは翼に走る衝撃を感じ、レイに噛みつこうとするが──

 

「なーによそ見してんのよっっ!!」

 

 その横顔を美奈子の狩猟笛にどつかれる。

 トサカに初めて、ひびが入る。

 

「もらったああああああっっっっ!!」

 

 まことが美奈子がつけたトサカの傷目掛け、力を溜めに溜めたハンマーを振り上げて叩きつける。

 打ち付けた部分が陥没し、『バチンッ』と何かが弾ける音がした。

 

「────────!!!!」

 

 ライゼクスは大絶叫を上げ、頭を大きく仰け反らせる。

 電流が放出するとともにトサカの輝きが消え、瞳の色も赤色に戻る。

 

「狙い通りだわ!」

 

 やっと上がった反撃の狼煙に、亜美は表情を明るくする。

 相手が怯んだ短い隙の間に、まことはハンマーを地面に叩きつけていた。

 ただ空ぶらせているのではない。『必殺技』の準備である。

 正気を保とうと首を振る相手の動きに、リズムと息を合わせ。

 

「せりゃああああああっっっっ!!」

 

 顎に打ち付け、振り抜く。

 

 見事なホームラン。

 

 超重量の骨の塊が脳を揺さぶり、巨大な飛竜の意識を顎ごとぶっ飛ばす。

 

 ライゼクスの口から涎が飛び散り、瞳がぐりんと回った。

 巨体が地面に倒れ込み、もがく。

 

 いま、ライゼクスは一時的な意識混濁状態に突入した。

 まことと美奈子が揃って狙っていた状態が、遂に訪れた。

 

「よし、じゃあこっちも畳みかけるわよ!」

 

 レイが相手が倒れたことで地面に落ちてきた翼に駆け寄った。

 

 ただひたすらに、斬る、斬る、斬る、斬る、斬る。

 

 集中して攻撃を重ねるほど、彼女から立ち昇る『気』は練られ、強くなっていく。

 亜美も斬り傷に弾を撃ちこむことで支援を行うが、ふと何かを考え付いたように動きを止める。

 彼女は懐から、セーラー戦士の変身アイテムである『スター・パワー・スティック』を取り出した。

 

「もしかしたら……『マーキュリースターパワー、メイクアップ』!」

 

 亜美はセーラー戦士の力を完全に開放し、セーラーマーキュリーへと姿を変える。

 

「レイちゃん、これでもっと傷を深くできるかも!『シャイン・アクア・イリュージョン』!!」

 

 彼女が放った冷水の激流は、レイを見事に避けながらライゼクスの翼に直撃した。

 翼の内部を電流が狂ったように迸り、茶色い甲殻の部分がひび割れる。

 

「亜美ちゃん、ナイス!」

 

 レイは亜美──セーラーマーキュリーに感謝を伝えた。

 

 ライゼクスは起き上がると同時に怒りの形相でレイに噛みつこうとしたが、彼女は怯まず太刀を振り回す。

 彼女の瞳は次に繰り出す攻撃について、確信めいたようなものを秘めていた。

 

 太刀に宿った『気』は最高潮。舞台は整った。

 狙うは、最も大きい翼爪に入った深い傷。

 左右に半円を描く連撃によって宿らせた気を解放していき、そして────

 

「『気刃大解放斬り』っ!!」

 

 『鉄刀【神楽】』から、凄まじい気が放出され大きな円を描いた。

 

 翼爪に一文字状に大傷が入った瞬間、翼からトサカと同じように電流が大放出される。

 ライゼクスはその衝撃に耐えきれず、またしてもその場に倒れ伏した。

 レイは獲物を背に太刀を鞘に納める。

 柄が鞘に触れるカキンという音が、彼女の意識を正常に戻した。

 そこで初めて驚きに光る瞳は、自分でもいまやったことが信じられないようでもあった。

 

「……成功したっ……!」

 

 レイが背負う太刀から、先ほどよりも強い『気』が溢れている。

 この感覚が太刀という武器の真髄の一端であることを、彼女は本能で理解した。

 

「レイちゃん、最高!」

「さあ、まだまだ行くわよーっ!」

 

 まことと美奈子が呼びかけ、レイは唇に笑みを浮かべて振り返る。

 

「言われずとも!」

 

 少女たちは豊かな髪を揺らし、意気揚々と狩りに臨む。

 傾いた太陽が木漏れ日となって照らす、昼下がりの森。

 間もなく、時刻は夕方の時分に差し掛かろうとしていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

襲雷⑤

 

「みんな、大丈夫かな……」

 

 昼が終わり、夕方に差し掛かったちびうさは村の入り口でマハイに肩車をしてもらって夕陽を眺めていた。

 

「きっと大丈夫さ。俺は見に行けんが、あの子たちならきっと……」

 

 その時、ここから見える丘の上に人影が複数現れた。

 影のひとつがツインテールを揺らしていることに気づいた瞬間、ちびうさの表情は明るくなる。

 

「うさぎ……!」

 

 ちびうさはマハイの肩から飛び降りるとすぐにその影の元へ走っていき、彼も彼女の後に続いた。

 うさぎも途中からそれに気づいて一人先に走っていき、ちびうさはそのままの勢いでうさぎの胸元に飛び込んだ。 

 

「ごめんちびうさ、遅くなっちゃって」

「遅くなったどころじゃないわよ!怪我とかはないの!?」

「大丈夫、大丈夫。あたしたちがそう簡単にヘマするわけないじゃん」

 

 ちびうさは、その言葉を聞いてやっと安堵するようにため息をついた。

 そこに、雛がゆっくりとうさぎの周りをうろつきながら歩いてくる。

 気持ちが落ち着いたところで、ちびうさは初めて変わった来客の姿に気づいた。

 

「あっ、何この子、綺麗でかわいー!もしかしてこの前言ってたリオレイアの女の子!?」

「ああ、ちょっと……」

 

 目をまん丸にしながら、ちびうさがうさぎが止めようとするにも関わらず雛の頭を愛おしげに撫でる。

 

「……おい、まさか……」

 

 ちびうさの後ろで、マハイは苦い表情でうさぎの顔へと顔を上げると、うさぎは苦笑いして答えた。

 

「……うん、そのまさか」

 

 うさぎたちは、ライゼクスが雛を狙いうさぎがそれを助けたこと、雛がうさぎに懐いてしまったこと、そしてライゼクスは戦士たちが相手をしていることを語った。

 話を聞き終わると、ちびうさは同情するように雛と視線の高さをそろえ、鼻の辺りを優しく手で包み込んで撫でながら話しかける。

 

「貴女、そんなに怖い思いしたのね……でも、おねえちゃんがいるからもう安心ですからね」

「もし仮にリオレウスが雛を追ってきたらどうする?」

 

 マハイの問いに、うさぎは拳を胸の前で握りしめながらうつむいた。

 

「ごめんなさい。この子を見捨てるなんてあたしにはできなかった。リオレウスが追ってきたら、その時はすぐ返してあげるつもり」

「すぐ返す?あの種族は家族のことに関しては非常に厳しい。怒って村を襲わない保証などあるのか」

「勿論村からずっと離れたところで、夜が明けるまで面倒を見るわ。あたしが決めたことだから、あたし自身が責任を持つ」

 

 マハイが何か言いかけたが、衛が彼女の肩を抱いて引き寄せる。

 

「俺も事態が収束するまで彼女と一緒に雛を見守る予定です。自分も彼女の決断を尊重します」

 

 マハイは、気難しい表情をしたまま2人の強い眼差しを見つめる。

 ちびうさとルナは、不安げな顔で両者の顔を見比べていた。

 

「……それでは駄目だ」

 

 うさぎは気落ちしたように視線を落とす。

 

「君たちだけでは心許ない、俺も今夜は見張る」

 

 その言葉を聞き、うさぎは顔を上げて衛と見合わせほっと胸を撫でおろした。

 マハイは表情を緩め、屋台の上の竜人商人と挨拶代わりの握手を交わす。

 

「何はともあれ竜人商人さん、貴方が本当に無事でよかった」

「なかなかあのお嬢ちゃん見込みがいがあるわな。うちの団長やまつ毛のハンターさんに紹介してやりたいぐらいや!」

 

 彼はうさぎたちを見ると、ゆっくりと頭を下げた。

 

「ようここまで、お疲れさんやった」

 

 屋台に村人2人が近寄り、村の中へと押していく。

 うさぎは商人が横を通りすぎようとした頃、振り向いて呼びかけた。

 

「商人さん、さっきはありがとう!」

「わしはただちょっと思い出話をしただけや。後はお嬢ちゃん、『あんたなら、できる、できる!』」

 

 「ではおおきにな」と言葉を最後にして、竜人商人は村の中へと村人の助けを借りて入っていった。

 向こうで料理長が商人を見て飛び上がり、駆け寄って再会を喜んでいるのが見えた。

 うさぎと衛がそれを見てから振り向くと、いつの間にかちびうさが雛の背中に乗って首の辺りに手を回し、目をキラキラさせていた。

 

「ねえねえ、あたしもこの子と一緒に……いだだだだだだ!!」

 

 そう言いかけたちびうさの耳をうさぎが摘まみ上げ、無理やり雛の背中から引きずり下ろした。

 

「お子ちゃまは大人しく村にいときなさいよ!どさくさに紛れてまもちゃんを横取りしようったってダメなんですからねー!」

「またそうやって仲間外れにするー!」

「しょうがないだろ、マハイさんが言ってた通りとても危ないことなんだから」

 

 膨れっ面のちびうさを衛がなだめたが、彼女の機嫌は燻ってばかりだ。

 

「こんなちっちゃい子を虐める悪い奴なんて、あたしがこの手でお仕置きしてやるのにー」

 

 ぶすっとした顔でそう漏らして仕方なく帰っていくちびうさを、マハイは複雑な表情で見送った。

 

「……マハイさん?」

 

 彼女の姿が見えなくなったところで、彼は一瞬視線を巡らせてから再び口を開いた。

 

「……一応君たちには話しておこうか、あのモンスターについて」

 

──

 

「はあっ、はあっ……」

 

 日が沈みかけた頃、戦士たちの身体はほぼ限界だった。

 いくらセーラー戦士といっても、体力は無限ではない。

 狩場は平野へ移り、周囲の生き物はみな逃げ出していた。

 ライゼクスも、身体のどこを見ても傷のない場所がない。

 

「まだまだ……やれるわよっ!」

 

 美奈子が、狩猟笛を杖代わりにして立ち上がる。

 仲間たちも傷と痣だらけの身体を起こすのを、片目に傷がついたライゼクスはじっと見ていた。

 翼がはためく。

 風圧で戦士たちが動けないでいるうちに、ライゼクスは既に山に向けて飛び上がっていた。

 この傷だらけの巨体が未だに空へと舞い上がる力を残していたことに、戦士たちは驚きを隠せない。

 

「ま、待ちなさい!」

 

 夜になれば、視界が悪くなるうえ夜行性の生物も動き出す。

 出来るならば早めに仕留めておきたいところだ。

 美奈子が駆けだそうとしたのを、亜美が腕で制止して「あれを見て」と指を差した。

 

 彼女たちは確かに見た。ライゼクスが飛ぶとき、ぶらりと脚を下げ身体をふらつかせていたのを。

 

「あれって……」

「ええ、弱ってるわ!」

 

 レイの言葉に亜美が答え、思わず全員の表情が緩む。

 

「遂に、ここまで来たんだね……!」

「ねーねーまこちゃん、帰ったら何する!?」

「そりゃみんなで祝賀会でしょ!またディノバルドの時みたいにさ!」

「そうそう、ジュースとかお菓子とかたくさん用意して!」

「レイちゃん、それこっちの世界にないわよ!」

「だったら作るしかないじゃなーい!ほら、まこちゃんも、料理長の下で積み重ねた腕の見せ所!」

「ちょっと、流石に狩りが終わった直後に料理はきちぃってー!」

 

 場は完全に女子会のノリと化す。

 取り残された亜美は場を収めようとするも、どう言ったものかわからずあわあわと視線と口を動かしてばかりだ。

 

「おい、油断したらダメだぞ!まだ狩りは終わったわけじゃないんだから!」

 

 木の側の茂みから出てきたのは、包帯を巻いたアルテミス。武器と防具は解き、身軽な状態にしている。

 ライゼクスの攻撃により気絶していた彼だが、冷静な手当の甲斐あって今は通常通りに動けていた。

 亜美は助け舟にほっとする一方で、残り3人の視線は少し冷たい。

 

「アルテミスったら、治った途端にこれよね。そんなんだからルナにつーんってされんのよ」

「しょうがないよ。乙女4人の中オス1匹、いろいろ必死なのさ」

 

 レイとまことの発言が深く刺さったのか、アルテミスは背を向けうつむく。

 

「へいへい、どうせボクなんかお邪魔ですよーだ……」

 

 それを見ていた美奈子はどんよりとしたオーラを纏うアルテミスを脇から抱え上げ、真正面から視線を合わせた。

 

「こんなの冗談に決まってんでしょ?貴方のお陰でみんなが再び団結できたようなもんなんだし、むしろあたしは感謝してるわよ」

「美奈……」

「まったく、アルテミスったら昔っからこういうところが『フケツ』よねえー」

 

 満面の笑みで言い放った美奈子に、一同が押し黙る。

 亜美がこほんと咳払いをして前に出る。

 

「……美奈子ちゃん、それを言うなら『ヒクツ』よ」

 

────

 

 飛竜の巣にて、ライゼクスは段差の上でうずくまって寝息を立てている。

 それを、洞窟の中から覗く者たちがいた。

 

「あいつ、空の王の寝床で寝るなんて中々いい度胸してるわねぇ」

「きっとそれほど余裕がないってことなのよ」

 

 アルテミスは背を向け巣の外へと歩を進めた。

 戦士たちが不思議そうに見つめていると、彼は振り返って彼女たちを目を細めながら見つめ上げた。

 

「じゃあ、僕は巣の入り口でじっとしてるよ。華は美少女戦士の君たちに持たせなくちゃあねぇ」

 

 歩いていく白猫の姿を、戦士たちは気まずそうな顔で見送った。

 

「……アルテミスのやつ、まださっきのこと根に持ってるわね」

「後で謝っておいた方がいいわね」

 

 大戦犯である美奈子が呟くと、亜美がさりげなくフォローを入れた。

 まことは獲物に視線を戻すと、掌でテープを巻いたボールをバウンドさせた。

 

「あとは罠にかけて、これを頭にぶつけてやるだけでおやすみなさいってわけか」

 

 『捕獲用麻酔玉』。

 衝撃を与えると強力な麻酔物質を含んだ煙幕を発する。

 モンスターを捕獲する際に用いられる道具で、これを弱ったモンスターに数発当てるだけで昏睡状態に陥らせることができる。

 

「ねえねえ、眠れないときにこれ使ったらぐっすりできそうって思ってんだけど、どうかしら?」

 

 美奈子が聞くと、まことはうへぇ、と舌を出して手を横に振った。

 

「ぐっすりどころか永遠に寝ちまいそうだからあたしは辞めとくよ」

 

 やり取りを聞いていた亜美はくすっと笑ってから、荷車の中を漁っているレイに話しかける。

 

「ねえ、荷車に積んでた『落とし穴』もあるかしら?」

「ええ、確かここに……あれ?」

 

 最初歯切れが良かったレイの言葉は、次第に焦りに満ちていく。

 

「あれ……ちょっと待って、ないわ……!おかしい、忘れたはずはないんだけど」

 

 手あたり次第にモノをどけ始めるレイを見て、まことは信じられないように目を丸くした。

 

「えっ、嘘だろ!?レイちゃんに限ってそんなこと……」

「探し物はこれかしら?」

 

 前から声が聞こえたと同時に、何かが前方、巣の中央から地面の上を転がってきた。

 正体は、中にネットが折り畳まれた筒状の物体。

 まさにレイが探していた『落とし穴』そのものである。

 だが、目の前にあるそれはズタズタに歪み、引き裂かれ、使い物にならなくなっていた。

 

「……え?」

 

 顔を上げた瞬間、亜美の表情が引きつった。

 

「……ユージアル!!」

 

 ライゼクスの前に佇む1人の女性。

 あの赤と黒の奇妙な衣装を身にまとった彼女たちの敵が不敵に微笑み、腕を組んで立っていた。

 

「セーラー戦士の皆さん、ご苦労様。数も増えて賑やかになったものねぇ」

「次はどんな悪巧みをするつもりだ!」

 

 まことが前に出て、ハンマーに手を添える。

 それを見て、ユージアルは驚いて思わず腕で身を庇う。

 

「ちょっ、ちょっと、それで私を殴る気!?そこまで野蛮になったのあんたたち!?」

「うるさい!今は関係ないだろ!」

「そーよそーよ!」

 

 まことを先頭に武器を掲げて騒ぐ戦士たちを前に、ユージアルはその迫力に押されてしまう。

 

「……たった数ヶ月でよくもま~女らしさの欠片もなくなっちゃって……」

 

 彼女は口に手をやり心底から引いた様子で毒づく。

 こほんと軽く咳払いした後、ユージアルは「と・に・か・く!」と大声で仕切り直した。

 

「悪巧みなんて人聞き悪いわね、私はこの子を助けてあげんの!動物愛護ってやつ!」

「はぁ?悪の組織が?でまかせ言うのもいい加減にしたらどう?」

 

 レイが睨むと、ユージアルはライゼクスの頭の近くまで歩み寄っていく。

 彼女は、眠るライゼクスの顎を優しく撫でながら戦士たちを流し目で見た。

 

「このライゼクスってのはね、可哀想なモンスターなのよ。生まれた時から独りぼっちで、ずっとずっと生きてゆくしかないの」

「独りぼっち……?」

 

 4人の表情が、僅かに揺れ動いた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

襲雷⑥

「ライゼクスという生物に、親の記憶はない」

「お母さんが……いないの?お父さんも?」

 

 村から十分に離れ、振り返ればぼんやり点々としか明かりが見えない丘の上。

 3人で焚火を囲み、雛を隣にして訝しげに聞いたうさぎに、マハイは頷いた。

 

「あの種は子育てをしない。たくさんの幼体が天敵に食われるし、共食いだって平気でする」

「赤ちゃん……同士で……?」

 

 うさぎは目を開いて息を呑み、雛を撫でる手を止める。

 眠りこけている雛は、座っているうさぎの腰に顔を擦り付ける。

 

「自分の身を自分で護る。自分の餌は自分で獲る。そうやって必死に生きようとするうち、より残忍で凶暴な個体が生き残っていく」

 

 マハイの語り口は淡々としていた。

 

「その中で力の弱いものを狙うのは、理に敵った生存戦略だと言える。むしろ、ライゼクスという種はそうでもしなければ生きていけない」

 

 うさぎは、そっと顔を上げて苦しげな表情で問いかけた。

 

「……あたしがやってることは間違いってこと?」

「いいや。ハンターは、英雄にはなれても正義の味方にはなれないということを言いたいんだ」

 

 彼はちょうど落ちていた長い枝で焚火を掻きまわし、空気を入れてから再び椅子に座った。

 うさぎの胸元に隠したハート型の変身コンパクトが、焚火の光を反射している。

 

「この世界で何のために何と戦うのか、仲間たちと少しずつ考えていって欲しい。あの桃色の娘っ子も一緒にな」

「……ちびうさも?」

「ああ、あの子は君と似て、正義感があるのは良いが周りが見えなくなるところがある」

「……そういうことだったんですね」

 

 衛は先ほどのちびうさの言葉を思い出し、マハイの言葉を真剣な表情で受け取った。

 しばらく経ったあとにマハイは立ち上がり、焚火から5mほど離れたところにあった木を指さした。

 もう太陽は沈みかけ、地平線が真っ赤に染まっている。

 

「俺は、ちょっとあっちで見張っておくよ」

 

 取り残されたうさぎと衛は、しばらく火を眺めて時を過ごす。

 

「生まれたときから独りぼっちか。リオレウスとはまるで真反対だな」

 

 衛は焚火の火がチラつくのを見続けている。

 

「……なのに、なぜあそこまで強いんだ」

「……まもちゃん?」

 

 うさぎが見る彼の顔は、取りつかれたように前しか見ていなかった。まるで、火の中に何かを見ているようだった。

 

「俺は、君と会う前から何も変わってない。うさこがいて、始めて俺はこの世に存在出来てる気がする」

 

 彼の顔が、申し訳なさそうに歪んだ。

 

「だから思わず怖くなって、昼の時もわがままばかり言って……ごめんな」

 

 うさぎは、雛を起こさないようにそっと衛の防具の隙間から覗く袖を引っ張った。

 

「謝らないで。あたしだって、まもちゃんやみんながいないと何もできないわ」

「……ありがとな。俺も、精一杯君を支えられるように頑張る」

 

 うさぎの顔に一抹の不安を読み取り、衛は微笑んだ。

 

──

 

「この子には、一生を通じて何の助けも来ないの。あんたたちだって、独りぼっちは嫌でしょう?」

 

 4人の戦士は、さっきとは打って変わって黙ったままユージアルを睨んでいる。

 レイがふと目元を緩め、皮肉っぽく虚しく笑った。

 

「ええ、本当に嫌ね。──で、あんたはそいつをどうやって救ってやるつもり?」

 

 彼女が続けて聞くと、ユージアルはその質問を待っていたとばかりに笑みを浮かべた。

 

「崇高な使命に奉仕できる喜びを教えてあげるのよ。あんたたちがセーラームーンに服従し、正義やら平和やらのために邪魔してきたようにね」

「服従?違うね」

 

 まことがきっぱりと言い、それにユージアルは眉を上げた。

 彼女は胸の前で拳をぎゅっと握りしめる。

 

「うさぎちゃんは、独りぼっちだったあたしたちを友達として受け入れてくれた。確かにあたしたちは守護戦士としてあの子を護る役目があるけど、決してそれだけのために戦ってるんじゃない」

 

 亜美はそれに頷き、まことの拳に己の手をそっと重ね合わせた。

 

「あの子は、目の前で苦しむ命を決して見捨てない。戦うときはいつだって、それを護るためだったわ」

 

 レイと美奈子も2人の近くに集い、四人の戦士たちは一斉に武器を構えた。

 

「あたしたちはそんなうさぎちゃんが大好きだから、こうやって命をかけて戦えるの。そこんとこ、勘違いしないでちょうだい!!」

 

 そう叫んだ美奈子を見て、ユージアルは不快そうに眉を顰めた。

 

「ああ、そう。ちょっとは分かり合えるかと思ったけど、やっぱりただの夢見がちなお嬢さんたちだったわね」

 

 ユージアルは、掌からつまめるほど小さく白い楕円球体を取り出した。それには受精卵のように十字模様が入っていて、掌の上で光りながら宙に浮いている。

 

「それは!」

 

 ユージアルはせせら笑いながらその手をライゼクスの方に差し向ける。

 

「さあお行きなさい、『ダイモーンの種』よ。何の意味もなく生きる獣に主に仕える喜びを教えてあげて」

 

 物体がライゼクスの目の横に接触すると、それは甲殻の間に分け入るようにして無理やり入り込んでいく。

 間もなく、ライゼクスの目が開く。

 だがそこには生気はなく、いつもにも増して爛々と輝く不気味な瞳があった。

 

 操り人形のような浮遊感のある足取りで起き上がると、その竜はトサカをカタカタカタ、と打ち鳴らす。

 黒い星模様が、両翼にはっきりと刺青のように浮かび上がった。

 無機質な音が更に裏返った不快感を催す叫びが、戦士たちの耳を直撃する。

 

「この霧はっ……!」

 

 レイはただならぬ妖気を感じ取って腕で口を覆うが、一気に力が抜けて膝を地面につく。

 

「我がダイモーンよ、この者たちのエナジーを吸収せよ!」

 

 ユージアルが手を振りかぶって叫ぶと、ライゼクスは天上に向かってけたたましく吼えた。

 周囲にわずかに生えていた雑草が片っ端から枯れていく。

 彼女たちの身体からも光が抜け出し、力を奪っていく。

 

「あんたたちが弱らせてくれたお陰で、今回は中々の成果を得られたわ。心の底から感謝するわよ、セーラー戦士の皆さん」

 

 背を向けて歩いていくユージアルに、まことが歯をくいしばって叫ぶ。

 

「待て、ユージアルッ!!」

「せいぜいそこで女の友情とやらの儚さを悟りながら眠りなさい、小娘たち」

 

 戦士たちは立ち上がろうとするも、その意思とは逆に身体は重くなっていく。

 

「……さて、最後の作業に取り掛かりましょうか」

 

 ユージアルは地面に這いつくばる戦士たちに振り向き不敵に笑うと、赤い衣を纏って姿を消した。

 

──

 

 マハイは、森丘へと続く道の風景が瞑色に沈んでいくのを見下ろしていた。

 ふとその中に、木の影から赤い布を纏った人間がどこからともなく姿を現わした。

 

「……あれは」

 

 その人物は、マハイに気づくと足早に慌てた様子で近づいてくる。

 

「これはこれは、マハイ殿!」

 

 声からして女性であることは確かだが、何かと大仰な口調だった。

 

「……また何か用か」

「村の中心に近い貴方なら話が早い」

 

 その人物は、周りを見渡すと厳かな声で耳元に囁いた。

 

「以前もあなた方に警告申し上げたのに、遂にあの娘たちを追い出しませんでしたね。いよいよ災いの時がやって参りました」

 

 マハイの目の色が変わり、「何?」と続きを促した。

 女性は手を振りかざし、マハイの鼻を真っ直ぐに指した。

 

「電竜ライゼクスが呪いを受け、闇を纏い村に迫っております!このままでは、偉大なるココット村は全て焼かれ灰と化してしまうでしょう!」

 

 彼女のやたら恐怖に震え上がった声は、うさぎと衛へも届いた。

 マハイが、そっと2人に目配せをする。

 彼らはそっと立ち上がって雛を連れて静かにその場を立ち去ろうとした。

 だが、そのとき雛が小枝を踏んで音を立ててしまったのが仇になった。

 

「はーい赤信号ーーっ!!」

 

 女性は懐から掃除機のような機械を取り出し、火炎放射を行く先に放った。

 やむなくうさぎたちは立ち止まり、マハイと女性の方に振り向いて歩いていく。

 うさぎと衛は雛を護るようにしながら睨んだが、布の下から見える女性の口元は勝ち誇ったようににやりと歪んだ。

 

「マハイ殿、この者たちからハンターの資格を剥奪し、私へ差し出しなさい!私の昇し……いえ、この村の運命がかかっているのですよ!?」

 

 マハイはしばし考え、目を細めて確かめるように聞いた。

 

「……本当に、この娘を追い出すだけでいいのか?それだけで、村は救われるのか?」

「ええ!今すぐ災いの元凶を村から排除しさえすれば!」

「マハイさん!?」

 

 腕を振り上げ嬉々として言う女性の前で、衛は驚いてマハイに呼びかける。

 うさぎは、こちらを向くマハイの顔を見て悲しそうな顔をしてうつむいた。

 

「……そうよ、あたしが災いを呼ぶ娘の1人」

「うさこ……?」

 

 うさぎが前に出ると衛は彼女を止めようとしたが、彼女は首を振って雛の背を押して衛に預けようとした。

 雛は嫌がり、けたたましく鳴いてうさぎの方に懸命に首を伸ばそうとしている。

 

「……お願いだから、村には手を出さないで」

「小娘は黙って付いてきなさい!!勿論隣の男もね!!」

 

 無情にも女性は言い放ち、鼻息を荒くしてマハイに至近距離で顔を近づけた。

 

「さあ、全ては貴方にかかっています!!どうぞご決断を……!!」

「なるほどな……」

 

 マハイは、顎に手をやり納得したように頷いた。

 

「はっきりと断わらせていただく」

「……は?」

 

 言い放たれた一言に、拍子抜けしたように女性の声が裏返る。

 マハイは表情ひとつ変えず、腕を組んで言葉を続ける。

 

「彼女たちは歴とした我々の仲間だ」

 

 うさぎは、立場を一転させたマハイを驚いたまま見つめている。

 

「村の者たちはみな彼女たちの正体を知っているぞ。村長だって、彼女たちの正体を分かった上で引き留めている」

「なん……ですってぇ……!?」

「村へのお世辞はありがたいが、どうも人の動向についてはよく分かっていないようだな?」

 

 マハイの視線が狼のように鋭くなり、大剣に手をかけた。

 

「ライゼクスなら、今まで10体ほど狩ったことがある。いつでも相手にならせていただこう」

「……それならば仕方がない」

 

 女性は呟いたあと、赤い衣を脱ぎ捨てた。

 

「ならば、この世界を超える力によって誓わせるのみ!!」

 

 その女性は遂にデス・バスターズの女幹部ユージアルの姿を現わし、天空に手を突き出した。

 

「来なさい、ライゼクスちゃん!!」

 

 ユージアルの背後に、大きな影が地響きを立てて降り立った。

 

「このオーラっ……!!」

 

 ライゼクスの翼に光る刺青と撒き散らされる紫の霧に、マハイは咳き込みながら目を見開いた。

 

「さあ、ライゼクスちゃん!この娘どもからエナジーを吸いつくしておしまい!」

 

 ライゼクスは翼を地面に付け、狂ったように裏返った声で叫んだ。

 妖気が全身から一気に放出され、近くの草木をあっという間に枯らしていく。

 そしてうさぎたちからもオーラが立ち昇り、それがライゼクスへと吸収されていく。

 

「があっ……!」

 

 マハイは大剣を抜こうとしたが、その前に地面に倒れ伏してしまう。

 彼は地面を見ながら、鍛え抜かれた身体からいとも簡単に力が抜けていくことに驚きを隠せなかった。

 

「ハンターとやらも、こうなってはただの人ね」

 

 高笑いしながら、ユージアルはマハイの歪んだ顔を見下ろした。

 一方のうさぎは、雛を庇うようにしてうずくまっていた。

 胸のコンパクトが光り、雛のエナジーが吸収されることはなんとか抑えている。

 ユージアルは次の獲物を見定めるように、つかつかとうさぎの周りを歩く。

 

「さあセーラームーン、死にたくなくば、私たちデス・バスターズに忠誠を誓いなさい!!」

 

 うさぎは一切耳を貸さず、胸に抱く雛のつぶらな瞳だけを見つめている。

 

「せめてこの子だけは……!!」

 

 雛は苦痛に悶えるうさぎの顔をじっと不安そうに見つめ、こちらを呼ぶように何度も鳴いた。

 うさぎは苦痛の表情を解き、ゆっくりと胸の中にいる雛に微笑んでみせた。

 

「大丈夫よ……絶対に貴女は、護ってみせるから……」

 

 そのとき、衛が地面を這いながらうさぎを庇うように覆い被さった。

 彼のうめき声が更に大きくなる。

 うさぎは驚き、衛を押しやろうとした。

 

「まもちゃん!そんなことしたら貴方が!」

「絶対にこの子を護るんだろう!?今は耐えろ!きっとみんながすぐ、助けに来てくれる!」

「残念だけど、もうそれはありえないわ」

「え……?」

 

 ユージアルは、勝利を確信した様子で叫んだ。

 

「セーラー戦士どものエナジーはこいつが吸収してやった!今頃、お前たちの仲間は我々の配下に下ってるでしょうね」

「うそ、みんなが……!?」

「さあ、もっとフルパワーで行きなさい!!助けが来る前に干からびせちゃうわよ!!」

 

 うさぎたちが絶望する間もなくライゼクスが叫び、更にエナジーの吸収が早くなる。

 

「ああっ……!」

 

 力を失っていくうさぎたちを前に、ユージアルは愉悦に浸るように舌なめずりをした。

 

「ふふ、ミメット……昇進はお先に戴くわね」

 

 そう言った直後、ライゼクスとユージアルの背後で大爆発が起こった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

襲雷⑦

「な、なにっ!?」

 

 メラメラと燃え上がる夜の丘の上。

 その上空を大きな影が凄まじい速度で通り過ぎ、ユージアルの赤い髪を乱れさせた。

 ライゼクスが怯んだことで、エナジー吸収は中断された。

 

「待って見えなっ……」

 

 髪が目に入ってあたふたしているユージアルをよそに、ライゼクスは何度も逃げようとするように翼をはためかせる。

 だがその度翼の黒星が光り、錘付きの枷に縛られたように身体は地面から離れない。

 うさぎは急激に回復していく視界の中で、下から赤く照らされる炎の主の顔を見た。

 

「リオレウス……!」

 

 空の王は飛び回りながら火球を撃ち、周りを空爆していく。

 そこだけ業火に包まれ昼のような明るさになってゆく丘。

 だが攻撃はいずれもうさぎたちに掠めもせず、ユージアルとライゼクスの付近のみに集中していた。

 

「こ、攻撃しなさい、攻撃っ!!」

 

 ユージアルが慌てて上空を指さして叫ぶが、ライゼクスは狂ったように頭を振り、苦しそうに鳴き喚いている。

 彼の混乱を示すかのごとく翼の黒星が点滅しているのを見て、ユージアルは顔に憔悴の色を滲ませ始める。

 

「ちょっと、なんで言うことが聞けないの!!攻撃よ、こ・う・げ・きーーーーっ!!!!」

 

 顔の真横で怒鳴った瞬間に黒星の点滅が止み、ライゼクスの目が光った。

 さっきまでの暴れようが嘘のように、冷静な所作でユージアルの方に視線を向ける。

 

「そうよ、やればでき……」

 

 ライゼクスは、その斧のような頭でユージアルを思い切り突き飛ばした。

 地面を転がり、擦り傷だらけになった彼女は呆気にとられた表情で目の前の竜を見つめる。

 

「……え?」

 

 恨めしそうに彼女を見つめて唸りながら、彼は歩み寄って来た。

 ユージアルの背後では、リオレウスが引き起こした火災が灼熱の壁を作っている。

 慌てながら彼女は空を何度も指差してみせる。

 

「ちょ、ちょっと……なんで私を見るの!あんたが攻撃するのはあいつよ!」

 

 ユージアルは一軒家ほどの大きさのある生物に対して、始めて恐怖をはっきりと顔に滲ませた。

 彼女は跳躍して枯れ木の上に跳び移ろうとしたが、ライゼクスはその前に枯れ木に尻尾を振るい一発で薙ぎ倒す。

 

「ひいいいいいいいいっ!!」

 

 ユージアルは度々転び、倒れながら地獄の鬼ごっこを味わう。

 ちょうど、彼女はライゼクスとお椀型の炎の壁に挟まれるような形になっている。

 ライゼクスは雨のように火球が降り注ごうが全く構わず、その歩幅の大きさを生かして彼女の行く手を阻む。

 

「ちょっと通してーーーーっ!!」

 

 うさぎたちは、その光景を呆然として見ていた。

 そんな中、ユージアルは土壇場でライゼクスの隙をつき、脚の下をすり抜ける。

 

「どいてどいてどいてー!!」

 

 そのままの勢いでユージアルはうさぎたちの方目掛けて全速力で向かってくる。

 

「こっちに来るぞ!」

 

 ライゼクスもユージアルを追ってうさぎたちの方に走って来る。

 力の抜けたうさぎたちは思うように動けない。

 うさぎは、雛を抱きしめながら目を瞑った。

 

 そのとき、うさぎたちの背後から何かがユージアルに目掛けて走って来る。

 そちらの方は暗くてよく見えないが、ガラガラガラと車輪が地面を激しくのたうち回る音が聞こえてきた。

 

「な、なに!?」

 

 目を開けてうさぎが戸惑っていると、暗闇の奥で閃光が走った。

 

「『クレッセント・ビーム』!!」

 

 レーザービームが闇を真っ直ぐ走ってライゼクスの頭に直撃し、彼は仰け反って歩みを止める。

 

「……と、『捕獲用麻酔玉』ーーっっ!!」

 

 次に飛んできたのは、テープにくるまれた白いボール。

 それが向かった先は、走りながらぽかんとしているユージアルの顔面の真正面。

 

「いだっ!」

 

 ボールがユージアルの鼻面で弾け、彼女はそのまま後ろにすっ転ぶ。

 

「なによお、これ……」

 

 彼女は赤くなった鼻をさすりながら起き上がり、不用意にもそのボールを覗き込んだ。

 瞬間、ボールの表面が弾け飛ぶ。

 それはたちまち桃色がかった煙を放出し、ユージアルの全身を覆いつくす。

 

「あれぇ、だんだん眠……く……」

 

 数秒もしないうちに瞼が閉じていき、彼女はそのまま力が抜けたようにうつ伏せに倒れ込んだ。

 

「……間に合ったぁぁ~……」

 

 うさぎたちの前に、信じられない光景が広がっていた。

 リヤカーの上に、四戦士たちが詰め込まれたようなめちゃくちゃな姿勢で乗り込んでいる。

 その前には、恐らくこのリヤカーを引いてきたであろうアルテミスと2匹のアイルーたちが、大汗をかきながら地面にへたり込んでいた。

 

「みんな、なんでここに……!」

 

 疲労困憊状態の戦士たちは斜めになったリヤカーから一気に崩れ落ち、山のように積み重なる。

 一番前で投擲の態勢を取ったままだったまことが、山の下から上半身だけ抜け出してライゼクスを指さす。

 

「セーラームーン……ライゼクスを浄化の力で解放してーー……」

 

 エナジー吸収の影響からか、もはや彼女たちに余力は残されていない様子だった。

 うさぎは頷き、胸元から変身コンパクトを取り出す。

 

「ムーンコズミックパワー、メイク・アップ!!」

 

 ハンターとなってから、2回目の戦士の力の完全解放。

 彼女は愛と正義の戦士服を身にまとい、浄化の力を司る杖『スパイラルハートムーンロッド』を振りかざす。

 

「ムーン・スパイラル・ハート・アタック!!」

 

 マゼンタの光がライゼクスを包み込み、悪のエナジーも身体の深い傷も、余すことなく消し去っていった。

 

──

 

 浄化が終わると、ライゼクスは記憶がないのか戸惑ったように周りを見渡す。

 彼は四戦士の姿を見つけて目を見張り、まだやれるぞと威張らんばかりにトサカを打ち鳴らした。

 

 だがそこにリオレウスが掴みかかり、ライゼクスは面食らったように飛び上がる。

 先ほどのセーラームーンの浄化により多少傷は回復したものの、流石に体力を消耗しているのかもはやそこに昼の頃ほどの覇気はない。

 ライゼクスは空中でリオレウスと威嚇しあいながらそのまま向こうへと飛んでいく。

 周囲の消火を終えた後、それらが小さい影になるまでセーラー戦士たちは空を見守り続けていた。

 

「みんな、どうしてここまで来れたの?」

 

 うさぎたちの前に、アルテミスが胸を張った様子で前に歩いてくる。

 

「僕が不憫な目に遭ったお陰で、上手く行った」

 

 彼の口調はその内容とは逆に少し得意げだった。

 

「僕は……ちょっと事情があって巣の外にいたんだけど、ライゼクスの叫び声を聞いてこっそり見たらユージアルがいたんだ!そりゃもうびっくりさ!」

 

 アルテミスがユージアルを指さすが、彼女はまだ眠りの真っ最中で「きょうじゅ~おでんわです~」などと夢の中で呟いている。

 

「ユージアルが消えたあと、どうしようかとオロオロしてたらリオレウスがやってきて、ライゼクスを追っ払ってくれたんだ!」

 

 彼が見上げた先の月明かりの下、ライゼクスであろう小さくなった影を追うもう一つの影を、衛はじっと見つめた。

 

「偶然だろうが、二度も俺たちを救ってくれたのか……」

「そうそう、だから僕が急いで森の奥の集落に駆けこんで、アイルーたちに協力してもらったってわけさ!」

 

 アルテミスが振り返った先でアイルーたちが手を振り、お礼のマタタビをリヤカーに載せて森の方へと消えていった。

 

「本当に、みんなが無事で良かったぁ……!」

 

 説明を一通り聞いたうさぎは、肩に入っていた力が緩みその場に崩れ落ちた。

 雛が喜ぶように翼をはためかせ、うさぎは彼女に向かって柔らかく笑いかけた。

 それを見ていた戦士たちも、それにつられるように互いを労わるように微笑み合う。

 

「でも妖魔になったにしてはいろいろとおかしかったわね、今回のライゼクス」

 

 美奈子が口火を切ると、衛は連なるようにして先ほどの炎の中で見た光景を思い出した。

 

「そういえば最後、ユージアルの指示に従っていなかったな……」

 

 レイは、それを聞いてどこか満足げに微笑んだ。

 

「きっとあいつは元から、束縛されるなんてまっぴらごめんだったのよ」

「そうだな……」

 

 地面に腰を下ろしてずっと黙っていたマハイが、遠い目で月に重なる2つの影を見ながら呟いた。

 

「束縛は空を飛ぶ竜には似つかわしくない。特に、天涯孤独なあいつにとってはな」

 

 未だにリオレウスと小競り合いをしていたライゼクスは負け惜しみのような咆哮を上げると、遂に空の向こうへ点となって消えた。

 

「みんな!」

 

 馴染みのある声が聞こえて振り向くと、丘の下桃色のツインテールをした少女と黒猫が並んで姿を現わした。

 うさぎはちびムーン──ちびうさを安堵した表情で出迎えたが、すぐに厳しい表情に変わった。

 

「あんた、村にいるように言われてたでしょ!ルナもお目付け役だったのになんで……」

 

「ごめんね、ちびムーンが嫌な予感がするって言ってたものだから……。でも、もう終わったようで安心したわ」

 

 ルナの横でちびムーンは、申し訳なさそうにしながら目を伏せた。

 

「実はそれだけじゃないの。何となくその子がどこかに行っちゃう気がして……せめて、あたしも目の前で見届けたいって思ったから」

「ちびムーン……」

 

 月明かりを、ゆっくりと翼が覆い隠す。

 帰ってきたリオレウスが、うさぎたちの前にそっと降り立った。

 それが意味するところは、ひとつ。

 マハイがすっと立ち上がって言った。

 

「お別れの時間だ」

「……うん」

 

 うさぎは雛を置いて立ち上がり、もう一度セーラームーンの姿に変わった。

 母の匂いが突然無くなったからか、雛は戸惑ったようにうさぎの顔を見て首を傾げる。

 

「さあ……お父さんのところへお帰り」

 

 セーラームーンはしゃがみ込み、そっと雛の身体の正面をリオレウスの方へ向けてやる。

 

 リオレウスは雛を見た後、セーラームーンの姿をじっと見つめていた。

 言葉こそ交わせないが、静かな眼差しは少なくとも憎悪を含んでいるようには見えなかった。

 

「勝手にこの子を持ちだしたりなんかしてごめんなさい。恨むならどうか、あたしだけを恨んで」

 

 だが、既にリオレウスの眼中にセーラームーンたちの姿はなかった。

 リオレウスは、雛に向かって呼ぶように低く、ゆっくりと優しげな声で唸る。

 雛はそれを聞くとリオレウスの方へ、うさぎに何回も見せたあのおぼつかない足取りで少しずつ歩いていく。

 時節迷うようにセーラームーンの方を振り返ると、首元の金色の鱗が月光を反射して光る。

 空の王は黙って子の身体を傷つけないように優しく咥え、飛び上がる。

 竜の姿が向こうへ緩く弧を描いて、小さな点へと変わっていく。

 

「あの子、きちんと育ってくれるかな」

 

 セーラームーンが呟くと、衛は彼女の肩を抱いて答えた。

 

「育つさ……金の翼を抱いて、綺麗な姿になってずっと向こうの空へ飛んでいくだろう」

 

 ちびムーンはその言葉を聞きながら、セーラームーンの哀愁に満ちた横顔を静かに見つめていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

行かん、新天地へ①

 

「放してくれる!?早く今日の分の報告書作成して提出しなきゃいけないのよ!」

 

 うさぎたちがかつて四戦士が囚われていた小屋に入ると、ユージアルがミノムシのように縄でぐるぐる巻きにされて地面に転がっていた。

 うさぎが前に出る。

 

「ユージアル、貴女たちデス・バスターズは一体なにを企んでるの!?」

「だから、んなこと言えるわけないでしょうが!企業秘密って何度言ったら分かるの!」

 

 ひとしきり叫んだあと、彼女は一息ついて冷静な表情になった。

 

「早くこの縄を解きなさい。そうしないなら、すぐこの村を焼き払うわ」

 

 うさぎたちは思わず身構える。

 だが、その中で唯一マハイだけがやたら落ち着いた物腰で、ユージアルの顔の前でしゃがみ込んだ。

 

「『焼き払う』……か。果たしてあんたにそんなことが出来るのか?」

 

 ユージアルは目を細めて顎を引き、マハイに向かってにやりと笑った。

 

「ふん、野蛮人のくせにこけおどしか。ちょっと私が本気を出せばこの程度の束縛など……」

 

 彼女は縄の下で手足を動かし、脱出を図る。

 だがいつまで経っても縄は解けず、額に冷や汗が浮かび始める。

 

「力が……入らない……」

「麻酔玉の強力な効果もろくに知らないとは恐れ入ったよ」

 

 半ば呆れたようにマハイはため息をついた。

 彼は立ち上がり、話しながらユージアルの前の床を往復する。

 コツ、コツ、という音が小屋の中でやたら大きく響いた

 

「焼き尽くすだけなら簡単だ。イャンクック1匹に火を吐かせるだけでいい。なのに、あんたはそれを()()()()()

 

 彼の視線が、研ぎ澄まされたナイフのように鋭くなっていく。

 

「俺があの子たちを追い出す()()でいいのかって聞いた時、それでいいってあんたは鼻息荒くして答えたよな?」

「まさかあの質問は……!」

 

 ユージアルは明らかに動揺していた。亜美が気づいて人差し指を立てる。

 

「そういえばそうよ。あの状況、いつでもあたしたちの命を狙うこともできたはずなのに、結局はそうしなかった」

 

 彼女の言葉にマハイは満足げに頷き、再びユージアルを見下ろした。

 

「あんたたちは紫の霧で何か企んでる。それは確実だ。何故かは知らんが、ここの世界の連中にはそのことに気づかれたくない」

 

 彼女は唇が震えたのを誤魔化すように、それをきつく噛み締めた。

 部屋の僅かな光源であるランプの火が、じじ、と揺れる。

 

「村や人を消すことなんか、愚の骨頂。ハンター発祥の地たるココット村でそれをやったら世紀の一大事になる。……じゃあ、どうやって隠すか?」

 

 マハイの髭に囲まれた口が、淀みなく次の言葉を告げた。

 

「もうひとつ、別に怪しいヤツを作り上げて泳がせる」

 

 セーラー戦士たちは、確信したように互いに視線を交わした。

 

「貴女に課せられた目的は、セーラー戦士に濡れ衣を着せて自分たちの隠れ蓑にすることだったのね」 

 

 亜美がまとめると、レイが蔑んだ目でユージアルを睨んだ。

 

「ほんと、やること陰湿になったわね」

 

 彼女は思わず、突き刺さる視線から自らの目線を外した。

 

「こけおどししてたのはあんただ、ユージアルさん。むしろあんたは、この村を()()()()()()()()()()んだ」

 

 マハイは、顔をユージアルの耳のすぐ横に持っていき、冷徹な声で告げた。

 

「もしこれが表沙汰になれば、あんたらの上はなんと言うかな?」 

 

 ユージアルは、その質問に答えることができない。目を見開き、わなわなと震えて沈黙を保っている。

 

「さあ、後はどう料理してやろうか」

 

 まことが、組み合わせた手の骨をボキボキと鳴らす。

 それを見て、ユージアルはそれまでの沈黙を破った。

 

「なぜそこまでセーラー戦士どもを信用できるの!?こいつらは、本当にお前たちを利用しているのかも知れないのよ!?」

「さあ、なんでかな……」

 

 取り出したのは、剥ぎ取り用ナイフ。

 それが振り上げられるのを見て、彼女は思わず目を瞑った。

 ダンッと、ナイフが音を立てて何かを穿つ。

 

「と、ここで朗報だ」

 

 ユージアルの鼻の前で、床に深く突き刺さったナイフがきらりと光った。

 

「特別に今回のことは黙っといてやる。結果的に、村に直接危害を及ぼしたわけではないからな」

「その代わり、この村や近くの地域に未来永劫手を出すんではないぞ。もし変な動きを見せれば、即座に全地域ハンターズギルドに事実を伝える」

「そ、村長!?」

 

 セーラー戦士たちは、いつの間にか自分たちの真ん中に佇んでいた村長に気づいて仰け反る。

 村長は、いつもと変わらずにこやかに微笑んで玄関に立っていた。

 

「『偉大なる』ココット村なんて言ってくれるほどじゃ。そこの英雄がどれくらい顔が聞くかぐらいは知っておろう?」

 

 村長の眼窩の奥が光ったような気がして、ユージアルの顔から一気に血の気が引いた。

 

「早く上に伝えてこい、セーラー戦士は無事私が村人どもを洗脳して追い出しました、とな」

 

 マハイは、にこりともせず彼女に言い放った。

 

──

 

 月が高く昇り、村は寝静まった。

 茅葺屋根の家の前、マハイは椅子に座りながら小瓶に入った緑色の回復薬を包帯で巻いた上半身に振りかけていた。

 シャワーを浴びるように豪快にぶっかけた後、一息ついて椅子の背に背中を預け目を瞑っていると、隣から声がかかった。

 

「マハイさん、ユージアルの奴は……」

「ああ、衛か。あいつならあのまま荷車に積んで山の中に放してやった。あのナリでも魔女なら生き残るだろ」

 

 ずっと向こうからランポスの群れの鳴き声と「ぎゃーっ!」と人の甲高い悲鳴が聞こえた気がしたが、2人は気にしないことにした。

 

「そういえば、明日にはここを出るというのは本当か?」

「はい。いつまでもここに留まっていては今回のようにご迷惑をおかけしますから」

「そうか。寂しくなるが、故郷に戻るためには仕方ないことか」

「マハイさん……俺たちがここを出る前に、貴方がどんな風にハンターとして歩んできたか、伺ってもよろしいですか」

「どうしたんだ急に。まあ、ここに座れ」

 

 マハイはもう一つ少し離れて隣にあった椅子を勧めた。

 衛は礼を言ってそこに座り、マハイの顔を真っ直ぐに見つめた。

 

「俺はうさこを護るために何ができるのか……それを考えたいのです」

「既に十分護れてるじゃないか」

「いいえ、今回のライゼクスの件で思い知らされました。俺は、ハンターとしても戦士としても未熟者です」

 

 衛の表情は至極真面目だ。

 

「貴方が今まで何をしてきたかを聞けば、その手がかりが見つかるような気がするのです」

「聞いてもつまらんと思うが……」

「ええ、構いません」

 

 しばらくマハイは沈黙を保っていた。

 すう、と一呼吸置くと、マハイはとつとつとだが語り始めた。

 

「俺は……孤児だった」

 

 衛は、思わず顔を上げた。

 

「生まれの村はモンスターの襲撃で灰になってな。お袋が赤ん坊の俺を抱いてここに駆け込み、その直後に」

「……お悔み申し上げます」

 

 衛が沈痛な面持ちで頭を下げて言うと、マハイは苦笑いしてやめてくれ、と言う風に手を振った。

 

「気にするな。村のみんなが既に親代わりのようなところもあったから、悲観はしてない」

「そうですか……それは本当に良かった。隣に支えてくれる人がいて」

 

 心の底から安堵したように顔を緩ませた衛を見て、マハイは何かに気づいたようだった。

 

「……まさか、君も?」

「実は俺も、親の顔を覚えていません」

 

 衛が空を見上げると、ちょうど雲が月を隠していた。

 

「6歳の頃に両親をなくし、それ以前の記憶を失って……自分がどんな人間だったのかも思い出せない」

「そうだったのか」

「ずっと空っぽのままでした。どれだけ勉強ができても、運動ができても、誰も俺の隣にいてくれなかった」

「……」

「そんな中、あの子が現れた」

 

 雲に隠れていた満月が、再び顔を出して2人の顔を照らした。

 

「最初はそりが合わなくて口喧嘩ばかりだった。でも戦いのなかで互いの正体を知っていくうち、いつの間にか惹かれていって」

「今は首ったけってわけか」

「それもあって余計に恐ろしいんです。この世界ではずっと隣にいられないかもしれないと思うと」

 

 それを聞き、マハイの顔に陰が出来た。

 

「今から、君にとっては残念に思われることを言うかも知れない」

「え?」

「俺は……君と違って護れなかった側の人間だ」

 

 マハイは、自身の腰の鎧に手を添えた。

 鎧の金属の部分が既に錆に覆われ、何回も傷つき拭った形跡がある。

 

「俺がハンターになりたての頃は、武具も設備も遥かに貧弱だった。ここも何回も更地にされかけたものだ」

 

 彼は虚空を見て、嘆きとも哀しみともいえない表情で呟いた。

 

「駆け出しの頃、40人いた村人が一晩で村長と俺の2人に減ったこともあった」

 

 マハイは、自身の目元に刻まれた深めの傷跡をそっと撫でる。

 

「ひたすら己の腕を磨き、狩るしか俺には能がなかった。それでも護れなかったものの方がずっと多い」

 

 マハイは語りながらボトルから木のジョッキに温めた回復薬を注ぎ、衛に渡した。

 

「俺の人生は、風に吹かれて漂っているようなものだ。最初からそういう運命だったのかもしれない」

「……運命……」

 

 マハイの顔を見ると、細められた目の間から穏やかな光が差していた。

 

「だから、愛する者を護り通す君たちには俺にないものを感じるんだ」

 

 衛は静かにジョッキを口につける。

 回復薬の成分が、エナジーを吸い取られ弱った身体を癒していくのが分かる。

 衛は、ジョッキの液面に映った月を見てじっと何かを考えた。

 彼の唇が、悔しげに歪んだ。

 

「まもちゃーん!なに話してたの?」

 

 そこに、防具を開放し私服に戻ったうさぎたちセーラー戦士たちが集まってきた。

 しばらく衛はその顔を見たあと、ふいに立ち上がった。

 

「マハイさん。貴方にあることを打ち明けた上で、その上で誓いたいことがあります」

 

 彼はきょとんとしているうさぎの耳元に手を当てた。

 

「うさこ……しようと思うんだが」

「えー?そんなことして大丈夫!?」

 

 うさぎは余程驚いたようで、顎に手をやり衛からの提案の内容に悩んでいる様子だった。

 ちびうさは話の内容が気になって彼女の近くに駆け寄った。

 

「何なのようさぎ!あたしたちにも聞かせてよ!」

「あのねあのね……」

 

 うさぎが彼女たちにまた耳打ちすると、「えー、どうしよう?」などと言いながら輪っかを作って囁き合う。

 

「なんか今更な気もするよなあ」

「でも、あまりこの世界に影響を与えるようなことは……」

「流石にマハイさんなら大丈夫でしょ」

「マハイさん、全然良い人じゃん!あたしは全然オッケーよ」

 

 まこと、亜美、レイ、ちびうさの順に口々に言い合うのを、マハイは訝しげに見ている。

 

「そうね!口固そうだし、歳も歳だからすぐ忘れてくれるかも知れないし!」

「ちょっと美奈子ちゃんっ……」

 

 美奈子が割と大きい声でデリカシーがないことを言うとレイが咎め、マハイはかくんと肩を落とした。

 こほんと咳払いをし、うさぎたちはマハイから少しだけ遠ざかる。

 

「じゃあ……あまり驚かないでね」

 

 うさぎは、胸のコンパクトを握りしめ目を閉じた。

 セーラー戦士たちもロッドを取り出し、彼女たちを幻想的な光が包み込む。

 

 さっきまで地味な私服に身を包んでいた少女が、汚れひとつない純白のドレスに身を包んでいた。

 彼女自身が大きくなったと見紛うほど長い裾。胸には神々しい金の装飾、背中には大きなリボン。

 金髪のツインテールはより長くなり、1本1本がしなやかに輝く。

 額には眩い三日月の印。

 女神と見紛うほどの柔和な笑み。

 

「あたしは月の王国シルバー・ミレニアムの王女『プリンセス・セレニティ』」

 

 その隣にいるのは、マハイとさっきまで話していた背の高い男。

 濃い紺の鎧に、銀の肩当てと腰当。

 表が黒、裏が赤の鮮やかなマント。

 その果敢な出で立ちは騎士そのもの。

 彼は、マントをばさりと翻す。

 

「俺は地球国の王子『プリンス・エンディミオン』」

 

 まるで、2人の並び立つそこだけが別世界のようだった。

 マハイは思わず立ち上がって何回も目を擦り、目の前の光景が夢ではないと確認する。

 

「あたしたちは、かつて数千年前にあった2つの王国の人間の生まれ変わり。前世で敵に分かたれたあたしたちは、遥かな時を経てまた巡り合ったの」

「……じゃあ、あの娘たちも」

「ええ。この子たちはあたしたちを守ってくれる守護戦士。とは言っても、現世では友達って感じだけどね」

 

 セレニティが後ろに笑いかけると、戦士の姿となった彼女たちは先ほどと変わらない少女らしい微笑で答える。

 

「俺たちは数千年の時を超え、デス・バスターズのような輩と戦う使命があります。そして遠い未来には我々が再び王国を治め、この子を……」

 

 エンディミオンの前に立ちながら肩に手を置かれたセーラーちびムーンが、照れくさそうに笑う。

 

「そ、あたしはうさぎの後の女王様!びっくりしたでしょ!」

「なんだか……毎回君たちは俺の想像の斜め上をカッとんでくるな」

 

 マハイは気後れしたように笑い、自身の心を落ち着けるようにため息をついて椅子に座り直した。

 

「約束された運命の愛……か。人間、みんなこうだったらいいんだが」

 

 2人の姿を見ながら感慨深げに呟いたマハイの言葉を聞くと、セレニティは怒り肩でずかずかと歩み寄った。

 彼女は困惑するマハイの顔を両手で挟みこみ、無理やり自分の方へ向かせる。

 

「あのね!あたしたちは現世でもちゃーーんと過程を経て、少しずつ好きになってったのよ!そこんとこ間違ったらだめっ!」

 

 そのむんっと膨れた顔は『月野うさぎ』そのままだった。

 繊細な姿と裏腹の年相応の少女らしさに、マハイの口端から笑いが噴き出た。

 

「あぁはいはい、分かってるよ」

「そう、彼女の言う通りだからこそ、この姿を明かしました」

 

 エンディミオンは目を閉じると、すぐに衛の姿へと戻った。

 

「マハイさん。俺は前世の運命に胡坐をかかず、彼女に見合うぐらい強くなります。貴方がかつて、村を護るためそうしたように」

 

 彼は、マハイに手を差しだした。

 

「……そういうことか」

 

 マハイは微笑んで応じ、固く握手を交わす。

 

「『護る者』の強さ……どうか俺に存分見せつけてくれよ」

 

 一番納得行かないように顔を割り込ませたのは、セレニティだった。

 

「なによー、男の人2人でにやにやしちゃって。なんか上手いこと使われたような気分だわ!」

 

 少し離れたところでは、ルナとアルテミスが彼らの様子を見守っていた。

 

「だから男同士の秘密ってやつだろ、そっとしてやれって」

「ほんと便利よね~、その言葉」

 

 アルテミスが小声で宥めると、ルナが皮肉っぽい視線を向けた。

 

「ねえねえマハイさん、一体何話したんですか!?教えてくださーい!」

「いや、それはここで言うことじゃあ……」

「そんなこと言われたら余計に気になるじゃないですかー!」

「ちょっとだけで!ちょっとだけでいいですからぁー!」

 

 戦士陣は、秘密という言葉に過剰反応した美奈子、まこと、レイがマハイを質問攻めにしていた。

 セレニティはうさぎの姿に戻ると、衛の腕にぴったりとひっついて顔を見上げた。

 

「でも、あたしもまもちゃんに負けないように頑張る!」

「ああ、みんなで帰れるようにたくさん勉強しような」

「……勉強はヤダ」

 

 衛の微笑も虚しくぶすっと不貞腐れたうさぎは、不意に背後から二つの視線を感じる。

 

「へー、うさぎったらこの世界でもサボる気なんだー」

「うさぎちゃん、知識は力なりって前に教えたわよね?」

「うげっ、ちびうさに亜美ちゃん……」

 

 横槍が入ることで結局騒がしくなる夜のココット村。

 アルテミスはそれを見て、呆れたように笑った。

 

「……なんかしんみりした感じでは終わらないみたいだな」

「ま、いいでしょ。今まで散々苦労してきたんだからこのくらい」

 

 ルナは、月を──その先にある大地を見て、想った。

 

「まだまだ、あたしたちの旅はこれからよ」

 




マハイのおっさんはキャラづくりほんと難しかった。基本セラムンの美少女キャラが中心なので目立ち過ぎてもいけないし、かといって存在感薄すぎてもキャラの存在意義とか分からなくなるし。大体私がぼんやりと思ってる『モンハン世界のリアルプロハン』のイメージを具現化したようなキャラでした。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

行かん、新天地へ②

 

「今まで、たくさん、たくさんお世話になりました」

 

 セーラー戦士たちは、ユージアルの追跡を撒くため彼女が疲れ果てたであろう早朝に出発することとなった。

 月の色が少し淡くなり、太陽がまだ地平線から顔を出していない頃合いである。

 

 うさぎはぺこりと頭を下げ、衛も後ろのセーラー戦士たちも同様にした。

 後ろには2頭のアプトノスが引く荷車が止まっている。その後方の2つ目の荷車には、食料も予備の武具もすべて詰め込みつなぎ合わせている。

 村人たちは全員が集まり、マハイと村長を先頭として彼女らを名残惜しそうに見つめている。

 

「うさぎ、ほんとにこのまま出ていっていいの?」

 

 隣のちびうさが、不安そうに聞いた。

 

「確かに、このままだとあいつに悪い噂を振りまかれたままだよ。本当のことをこの世界全体に広めた方が……」

 

 まことも提案を口にしたが、うさぎは首を横に振った。

 

「うん、いいの。なるべくここの人たちを巻き込みたくないから」

「実際、今の時点で正体は明かさない方がいいかもしれない」

 

 マハイが気難しい顔をして言った。

 

「この世界の人たちも一枚岩じゃない。君たちを恐れる人だって必ずいる」

 

 うさぎが、瞳に悲しげな色を滲ませた。

 亜美も、残念そうにだが頷いて答える。

 

「そうね。下手に正体を晒せばこの世界に大混乱を招く恐れがあるわ。そうなったらデス・バスターズどころじゃなくなる」

「あたしたちの問題はあたしたちで解決するってことかぁ、中々キビシーわね」

 

 美奈子の口調は軽かったが、その目には苦々しさがはっきりと映っていた。

 

「きっとこの先、君たちには想像もつかない生き物や、人や、文化が待ち受けているだろう。時に、目を背けたくなる時もあるかもしれない」

 

 衛が、そっと握りしめる拳に力を入れる。

 

「だが、あんたたちなら何とかできる……俺にはそんな気がしている」

 

 うさぎは、マハイに柔らかく微笑んでみせた。

 

「うん、何とかして見せるわ。あたしたちはみんな、星の力を授かったセーラー戦士だもの」

 

 彼女は、手元のハート型のコンパクトを握った。

 太陽を背にしていても、それは美しく輝いていて存在感を放っている。

 

「ね、みんな」

 

 うさぎが振り向くと、仲間たちも笑って頷いて答えた。

 

────

 

 

 別れの時が来た。

 

 

 日頃世話になっていた村人たちも列を作って荷車の周りに集まり、涙ぐんで村を護ってくれたことへの感謝と出発を悔やむ言葉を次々と口にする。

 

 1人、前に一緒に遊んでいた女の子がうさぎに綺麗な白い花輪をくれた。

 思わず彼女は涙を見せかけたが、上を見てなんとか涙が流れないようにして堪えきった。

 

 マハイ、村長と戦士1人1人がしっかり別れの握手をしていく。彼の手はよぼよぼの皺だらけだったが、確かな力強い温かみを感じた。

 最後にうさぎと村長が握手を交わし、遂に彼女たちは荷車に乗る。

 それでもまだセーラー戦士たちは荷車の横の幌から顔を出し、なんとか村人たちの姿を捉えようとする。

 

「いつでも帰りたくなったら帰ってきなさい。わしらはいつでもオヌシたちを受け入れる」

 

「ええ、その時は必ず」

 

 衛が、村長の言葉に真っ直ぐな声で返した。

 容赦なく鳴る、御者が鞭を叩く音。

 遂に車輪が動き出した。

 小さくなっていく、手を振る人々。

 彼女たちも、全力で振り返す。

 

「ではいつかまた会おう、我らが同胞よ!!」

 

 マハイが叫び、うさぎも叫んで返した。

 

「さようなら!さようなら!!」

 

 地平線から光が差し込み、新たな一日の始まりを告げた。

 

────

 

「ああ、遂に……村が遠くなっていく……」

 

 アルテミスが、じんわりと赤くなった目で小さくなったココット村を眺めている。

 

「さあ、そろそろ旅の計画を──」

 

 後ろを振り向いた瞬間、彼は言葉を失った。

 

「3ヶ月いただけなのにぃ……睡眠環境サイアクだったのにぃ……」

「ちょっとレイちゃん、まだ泣いてんのぉ……?」

「そう言う美奈子ちゃんだってぇ……」

 

 どこを見ても涙が渦巻く地獄絵図であった。

 うさぎなどは衛の右腕に抱きついて子どものように大泣きし、反対側にいるちびうさとルナに軽く引かれている。

 亜美はまだマシなようだったが、それでも言葉に嗚咽が混じっている。

 

「……いつまでも……平和でいて欲しいわ……」

「んにしても奴ら、計画の中身は何なんだ!?罪のない人たちを騙そうとするなんざ許せないよっ……!!」

 

 辛うじてまことが悲しみを怒りに変え、話を前に進める。

 アルテミスはそれを見て内心ちょっとほっとする。

 

「妖魔化したライゼクスが放った、エナジーを吸収する『霧』……あれがヒントになる気がするわ」

 

 亜美が鼻を赤くしながらも何とかまことの言葉に返す。

 

「あの先にあるのがあたしたちの世界へのリベンジなのは確かね」

 

 美奈子は鼻声になりながらもそう言い、チリ紙でちーんと鼻を吹いた。

 

「でも、謎も残されてるわ」

 

 レイが鼻を真っ赤にしながらも何とか正気を保ち、いつもの声の調子を取り戻す。

 

「奴らがこの世界の人々に取り入ろうとしてる理由よ!絶対なにか事情があるはず」

「ならこの行く先で『霧』の情報をもっと集め、帰る方法も含め探っていかないとねっ!」

 

 美奈子は拳を前で握りしめるが、その時どん、どんと荷車の右方を叩く音が聞こえた。

 

「な、なに!?いきなり盗賊!?」

 

 ちびうさは飛びあがり、衛の左腕に登るようにしてすがりつく。

 

「ちょっとうさぎ、びーびー泣いてないで外見てきなさいよ!」

 

 うさぎは、荷車の中でも一番右方にいた。

 レイが指示するが、彼女の大泣きはまだ止まない。

 

「だって~~、無理なもんは無理だも~~ん」

 

 そんな中でもまだしつこく続く叩く音に、衛が痺れを切らした。

 

「ああもう、仕方ないなぁ……」

 

 右腕にうさぎが引っ付いているので、右の幌に指先だけしか届かない。

 

「くそっ、見えない」

 

 それでも何とか指を幌の下に引っ掛け、腕を上げようとした。

 

 突然、彼の懸命な努力を待たず幕の下から長いものが突き入れられる。

 真っ直ぐ向かうは、レイの顔ど真ん中。

 

「あ゛あ゛ーーーーーーーーむぎゅっ」

「……むぎゅ?」

 

 悲鳴を止めた正体は、巨大なおたまだった。

 流石にうさぎの涙もぱたんと止んだ。

 

「あっ、誰かに当たったニャル」

「ああほれ引きぃ、引きぃ」

 

 誰か慌てる2人の声がしたあと少しずつおたまが引かれ、今度こそ大きく上に幕が引き上げられる。

 

「やーすまんすまん、誰かケガは……ああ……」

 

 レイの顔の真ん中が綺麗なまん丸に赤くなり、彼女は意識を失っていた。

 最初に正体に気づいたのは、うさぎに代わって右縁に飛び移り、外を覗き込んだルナだった。

 

「あれ、竜人商人さんに料理長さんじゃない!3日前に先に行ってたんじゃなかったの!?」

 

 犯人の2人は、同じくアプトノスと御者に自身の屋台を隣で引かせている。

 今彼女たちと隣り合って商人が座っているのは、後方の自身の移動屋台。

 対して前方にあるキノコ型の乗り物は、料理長の屋台の移動形態である。

 

 おたまを持っているのは前方の屋台の屋根から身体を出していた料理長で、よろめきながらも何とか今の幌を持ち上げた状態を保っている。

 商人は、座布団に座ってお茶を飲みながら紫の日傘を差し、鍵型の杖でこん、と足元の屋台を突いた。

 

「ちょっとぶらぶらしとったらえらく長い隊列が来たもんやから、もしやと思うてな。あんたら、今からどうするつもりや?」

 

 顔を見合わせるセーラー戦士たちだったが、衛が懐を探った。

 

「えーっと……取り敢えず最近話題の『闇の霧』の情報集めに近くのこの村に……」

 

 彼が地図で指したのはココット村よりある程度大きい村だったが、即座に料理長は黙り込む。

 

「……そこニャルか……」

 

 あまりの真剣さに、戦士たちは息を呑んで彼の顔を覗き込む。

 

「その村に行ったけど……実は……」

「実は……?」

「その村に行くと……」

「行くと……?」

 

「別に何もないニャ……「何もないんかーいっっ!」」

 

 起き上がったレイがおたまの先を掴んで突き返した。

 長いにも程がある柄が料理長の頬に直撃する。

 商人はレイと料理長の激しい攻防をよそに、変わらぬ笑顔を戦士たちに向ける。

 

「ちょうどまだあの時の礼が足らんと思っとった頃や。良かったらわしらが伝手を使って、もっとええとこ案内しようか?」

 

 彼は、鍵を持っていない方の手を大きく広げてみせた。

 

「そこならその村の10倍以上の人が、モノが、情報が集まる」

 

 うさぎが泣いていたのも忘れ、荷車から勢いよく身を乗り出す。

 

「えっ、いいの!?」

 

 商人は頷き、手元から白い鳩を取り出してみせた。

 

「この鳩を飛ばせばすぐにキャラバンの仲間へ連絡が行く。お節介好きな人らやから、すぐ返事来ると思うわ」

「そこ、何て言うところなんですか?」

 

 亜美も幌の下から身を乗り出して聞くと、商人はよくぞ聞いてくれた、と言って咳払いをした。

 

「地図に載らぬ砂漠の超巨大市場、『バルバレ』や」

 








第1章『ココット村編』、完結!!!!




次回から第2章『バルバレ編』開始!!!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

バルバレ編
太陽のもと、集う①


第2章開幕!


 

 雲一つない大()海。

 

 そこを砂塵巻き上げ一隻の帆船が征く。

 竜が描かれた白い旗が風を捉え、流砂を海のように航行している。

 骨と木を組み合わせて建造されたその船は、原始的ながら力強く砂を掻き分けて進む。

 

「うむ、快晴、快晴!」

 

 船首には、螺旋を描く巨大な槍と正面を護る巨大な骨の盾。

 そのすぐ後ろで1人の壮年の男が満足げに腕を組み、仁王立ちしていた。

 ウェスタン風のオレンジのジャケットとハット。

 マハイと違い、遠方を望む顔には少年のような冒険心溢れる笑みが浮かべられていた。

 

「団長さーん!」

 

 彼は後方に木板を踏む音と元気な挨拶の声を聞いて「おっ」と振り向く。

 ちょうど5人の少女が、船内部から甲板に出てきたところだった。

 

 彼女らセーラー戦士一行は竜人商人と料理長の協力で、昨日からこの船で寝泊まりしている。

 目指すは砂漠の市場『バルバレ』。

 あと30分足らずで到着する予定である。

 衛、ちびうさと猫2匹は、まだ船の中で横になっている。

 

 団長は、気さくな表情で片手を高く振り上げ挨拶を返した。

 

「どうだ嬢ちゃんたち、撃龍船で行く砂漠の旅は!」

「はい、お陰様で快適です」

 

 答えた亜美は船の縁に肘を置くと、後ろへ流れていく砂の波模様を見て感嘆するような笑みを浮かべた。

 

「凄い技術ですね。砂の上をこんなに素早く動けるなんて」

「ここらの地域の流砂と季節風を上手く使ってるんだ。嬢ちゃんたちもこんなの見たことないだろう?」

 

 団長が振り向くと、うさぎが飛び跳ね床をギシギシと言わせていた。

 

「うんうん、ほんっとーに別世界って感じ!砂漠なのに、まるで海賊になったみたーい!」

「うさぎ、危ないわよ!」

 

 レイがうさぎに注意する横で、まことは手を腰に当てて笑った。

 

「ここまで手配してくれて、『我らの団』の人たちには頭が上がらないね」

「いやぁ、うちのキャラバンはちと、世話を焼きたがる連中が多いだけさ。こうしてると思い出すなあ。パンツ一丁のハンターと出会ったあの日を」

「パンツ一丁!?」

「ああ、そうさ。武器もない下着一枚で街を救った英雄だ!」

 

 戦士たちは驚き、一気に顔を赤くする。

 中でも亜美の赤面具合は飛びぬけていて、手すりに肘を置いて背を向けたまま湯気を出している始末だった。

 

「は、破廉恥……」

「あたしたちの恰好もなんやかんや言われたけど、流石に真っ裸はねー……」

 

 美奈子が眉をひそめるレイに耳打ちする。

 ハンターはみな重武装であるという共通のイメージがあっただけに、衝撃はかなり大きかった。

 

「ひぇ~、こっちの世界ってやっぱりすごいわ~……あっ」

「『世界』?」

 

 5人の心臓が跳ね上がり、うさぎの口が4戦士の手によって一斉に抑えられた。

 彼女たちは団長に背を向け、うさぎを押しくら饅頭のようになって押し倒す。

 美奈子が、形相を変えてうさぎに顔を近づけた。

 

「ちょっとうさぎちゃん、今の発言絶対まずかったわよ!」

「ごめんっ、口滑らしちった……!」

「おーい、どうしたんだ?」

「いえいえ何でもございませーん。あたしたちはそんくらい田舎者ってことですわ、おほほほほ~……」

 

 美奈子は高笑いで何とか誤魔化すと、ふと空に見つけた鳥のような形の影を慌てて指さす。

 

「そういえば今日も良い天気ですよねぇ~。ほら、あの子たちも空飛んで気持ちよさそ~。ほら、ほら!」

 

 彼女の言葉通り、2匹の小さい飛竜が並んで船の上空を飛行していた。

 その頭は蛇のようであり、時折キシャアと鳴きながら翼をはためかせていた。

 

「……なんだって?」

 

 団長もそのモンスターを視界に捉えると、ゆっくりと前方に進んだ。

 いきなり彼は焦った顔で振り向いた。

 

「みんな、早く船の中に入れ!」

 

 直後、船の右方の砂面が突如へこみ、それから大きく盛り上がった。

 破裂する大地。

 何か大きなものが砂を噴き上げ飛び出した。

 彼女たちの視界を、赤褐色の岩肌が覆いつくす。

 船の全長を遥かに超える巨大な『山』が、大地の底から雄たけびを上げ地面から生えていく。

 

 それは()()()()を──螺旋を描いて()()()

 空中できしみ、うねる刺々しい岩の塊。

 その表面から砂塵が落ち、彼女たちの顔に、防具に、脚に落ちてパラパラと音を立てる。

 

「えっ……?」

 

 太陽を覆いつくすその影の下で、少女たちはあっけに取られる。

 そのまま落ちてくるのではないかと思えるほどの時間の後、『山』はさもそれが当然であるかのように船の左方へと『着水』した。

 大きく砂飛沫が上がったあと、『山』は再び砂の下へ潜っていった。

 その衝撃で、船が左右に激しく揺れた。

 

「み……みた……今の?」

 

 戦士たちは、残らずみんな腰を抜かしていた。

 うさぎがレイに這いより、その肩を叩いて自身の頬を指し示す。

 

「ねえレイちゃん、あたしの頬つねって」

「え、ええ」

 

 レイは頷き、うさぎの頬をつまんで引っ張る。

 

「あーわかった夢じゃない、夢じゃない!!」

 

 レイが手を離すとぺちん、と大きな音がした。

 

「まさか……噂には聞いていたけど」

 

 亜美は、再び左方に姿を現わした錆びついた山のような何かを、剣呑とした表情で眺めた。

 

「大地からの厄災とも祝福とも比喩される超巨大生物──」

「『ダレン・モーラン』だ!」

 

 砂塵を払いながら立ち上がった団長が言葉の後を継いだ。

 

「こいつぁヤバい!この方角のまま進めば……確実にバルバレは壊滅する!」

 

 団長が見る前方の遥か遠く、蜃気楼に覆われたテントらしき大群が見えた。

 彼は懐から拳銃らしき道具を取り出し、うさぎたちに叫んだ。

 

「俺は救難信号を周りの船に出す、お嬢ちゃんたちは安全な船の中に逃げてろ!」

「なに言ってんのよ、あたしたちだって戦うわ!」

 

 真っ先に反駁した美奈子に、団長は目を丸くした。

 

「こんな時に大人しくやられるのを待つなんて絶対に嫌!あたしたちも戦う者として、プライドの一つや二つあるのよ!」

 

 レイがそう続けると、団長は帽子のつばを持ってふっと笑った。

 

「……なるほどねぇ、ただのか弱き『お嬢様』をあの爺さんが見込んだわけはないってことか」

 

 残りの少女たちも、顔つきからして既に戦う心構えは出来ている。

 団長は、その姿勢をしかと受け取った。

 

「よし、なら一緒に迎え撃つぞ!」

「了解っ!」

 

 少女たちは武器を手に取り立ち上がる。

 だが、そこでうさぎが何かに気づいた。

 

「……あれ、ダレン・モーランは?」

 

 つい先ほど左舷後方に盛り上がっていた山は、跡形もなく消えていた。

 いきなり船が右へと傾き、跳ね上がった。

 ダレン・モーランは、地中から奇襲をかけたのだ。

 少女たちの身体がなすすべもなく吹っ飛び、大きく弧を描く。

 

「嬢ちゃーーんっ!」

 

 団長は床にしっかりと掴まっていたお陰で吹き飛ばずに済んだ。

 船が再び元の位置に着地した反動で、彼の視界を砂が覆った。

 そして船の後方、少女たちの眼前に地面が迫ってくる。 

 うさぎは反射的にコンパクトを握り、戦士たちは懐から変身スティックを取り出した。

 

──

 

「くそっ!」

 

 砂の雨の中で団長は手すりから身を乗り出し、少女たちの消えた砂煙を覗き込む。

 そこに、船の中から誰かが這い出して来た。

 

「一体何事ですか!?」

「衛さん!」

 

 衛が、何とか床や船内の壁で身体を支えて団長の元にやってきた。

 

「あんたの相方もその友達も、みんなさっきの衝撃で吹っ飛ばされちまったんだ!」

 

 彼はそれを聞いて動揺し、急いで団長と並んで船後方を見る。

 その先には何も見えず、彼女たちがどうなったのかは分からない。

 

「大丈夫よ!」

 

 2人が振り向くと、船内部からちびうさとルナ、アルテミスが甲板に出てきていた。

 

「あの5人組はやたらしぶといのよ!中でもうさぎのヤツはゴキブリ並みに!」

 

 中々に失礼な例え方に衛は思わず失笑し、団長は半信半疑の表情を見せた。

 不意に砂煙の中から、螺旋を描く角が左斜め後ろから船を穿たんと突っ込んでくる。

 団長が咄嗟に手を顔の前で構えたが、衛とちびうさはそのまま成り行きを見守っていた。

 

「ムーン・スパイラル・ハート・アタック!!」

「ファイアー・ソウル!!」

「シャイン・アクア・イリュージョン!!」

「シュープリーム・サンダー!!」

「クレッセント・ビーム!!」

 

 ダレン・モーランの頭部で、炎が、水が、雷が、光が立て続けに炸裂する。

 それは突如起こった衝撃に驚き、身体を引っ込ませた。

 

 先ほどの爆発のおかげで砂煙が晴れ、青空が再び顔を見せた。

 団長はその視界に、ダレン・モーランの背中を跳ぶ人影を認める。

 

「まさか……『魔女』か?」

 

 彼の目は、少年のような純粋さを持って輝いていた。

 緊急事態の最中でも、明らかにそれは喜びのような感情を宿していた。

 横でそれを見ていた衛はそっと視線を外した。

 

「っと、感傷に浸ってる場合じゃなかったな!」

 

 団長は腰のポケットから拳銃を取り出した。

 

「ここは一つ、ピンクのお嬢ちゃんの言葉を信じてみるか!」

 

 彼はそれを空に向けて引き金を引いた。

 パァン、と音が鳴ると共に赤色の煙があがり、周囲に緊急事態を知らせる。

 衛は、ダレン・モーランの背を駆けるセーラー戦士たちを祈るように見つめていた。

 

──

 

 セーラー戦士たちは、その目で信号弾が上がったことを知った。

 

「救難信号、上がったわね」

 

 マーキュリーが赤い煙を指さして言った。

 それを受け、ヴィーナスが手元から光の鎖を出現させた。

 

「さあ、大暴れといきますか!」

 

 真っ先に彼女は跳び、その鎖を甲殻の突起に巻き付ける。

 

「ヴィーナス・ラブミー・チェーン!!」

 

 ヴィーナスは光の鎖で相手の眼窩にぶら下がり、空いた片手の人差し指を巨大な瞳に向かって突きだす。

 

「クレッセント・ビーム!!」

 

 彼女の指の先に閃光を見たダレン・モーランは、反射的に目を閉じる。

 なんと、瞼の皮は彼女の光線をいとも容易く防いでしまった。

 他の戦士たちも手当り次第に技を試すが、その岩石のごとき表皮は少し削れるか焦げるだけである。

 

「ヴィーナスちゃんのクレッセント・ビームが効かない!?」

 

 セーラームーンは、その思わぬ結果に驚いた。

 マーズが悔し紛れに自らが立つ足下の表皮を殴った。 

 

「恐らくさっきの攻撃で怯んだのも、突然のことで驚いただけよ!」

 

 その堅牢さ、まさしく戦艦のごとく。

 今まで相手取ったモンスターたちも中々の耐久力を有していたが、この生物は遥かその上を行っていた。

 

「いくらなんでもおかしくないか?もうちょっとは強かった気がするよ、あたしたちの技!」

 

「落ち着いて、何もこのモンスターを倒す必要はないわ。ただ彼の針路を街からずらせばいいだけよ」

 

 ジュピターも、懸命に電撃を当てながらその非力さにいらつきを募らせている。

 それに答えたマーキュリーの目にも、バルバレ到達まで時間がないことは明らかだった。

 そのため、少しでもここで救援が到着するまで時間稼ぎをする他に道はない。

 

「あれ……こいつ、あそこまで届くほど身体長かったっけ?」

 

 いつの間にかジュピターは、撃龍船をまたいで更に向こうの右後方を見ていた。

 戦士たちも続けてそこを見ると、低い唸り声のような音と共に大きな砂煙が上がった。

 ダレン・モーランの全長は、110メートルほどである。

 彼女たちや船と比べて遥かに巨大であることは事実だが、いくら何でも船をまたいで尻尾を出せるほどの大きさではない。

 それはつまり──もう1体の巨大な何かが船を挟んで反対側にいることを示している。

 

 高く舞い上がった砂の中から、二対の槍が地面から柱のように突き出た。

 槍の正体は20メートルほどはあろう長大な牙であり、こちらは砂色の鱗に山の峰のような背ビレを備えていた。

 まさしくもう一つの動く『山』である。

 

「『ジエン・モーラン』……だと……!?」

 

 船上では流石の団長も、言ったきり言葉を失っていた。

 要するに、彼女たちは2体の超弩級モンスターに囲まれてしまったのである。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

太陽のもと、集う②

 望遠鏡の中に映る少女たちは、ダレン・モーランの背中で跳び回り、手中の虚空から炎やら水やら雷やらを生成して浴びせかけている。

 その光景は、この羽織袴の髭面の男に冷や汗をかかせるに十分の強烈さを伴っていた。

 

「豪山龍ダレン・モーランと峯山龍ジエン・モーランの揃い踏み……前代未聞の事態ゼヨ」

 

 妙な語尾を付けて顎に手をやった彼の表情は、非常に厳しかった。

 彼の出で立ちは見ての通り軍人とはかなりかけ離れており、年若く気力に満ちた商人風の顔である。

 

「しかも『魔女』も一緒と来ている」

 

 男は望遠鏡から目を離し、後ろにいるもう1人の若者へと振り向いた。

 彼は銀髪のオールバックの長髪に端麗な顔立ち、青い装備に双剣を身につけていた。

 

「……筆頭リーダーさん、オヌシもその見立てゼヨか」

「私もあの噂には半信半疑でしたが、こうして目の前にした以上は実在を認めねばならないでしょう」

 

 筆頭リーダーと呼ばれた男は、生真面目な表情を崩さないままダレン・モーランの背で起こる異常現象を見つめていた。

 

「船長、こういった事態は既に経験があります。『魔女』という不確定要素がある分、今回はその何倍も危険な状態です」

 

「オヌシが言うなら間違いはないゼヨ。とにかく、少しでも多く人を呼ばねば!」

 

 船長は袴とは不釣り合いな拳銃を取り出すと、団長が放ったのと同じ赤い煙を空へ撃ちだした。

 

 その時、誰かがドタドタと甲板を駆けてくる音がした。

 片手剣を背負いオレンジの髪を揺らすハンターの若者が、慌てた様子で近寄った。

 

「先輩、ほんとッスか!?噂の『魔女』がモーランたちを操ってるって!」

「真偽はわからない。とにかく、お前も船員と協力して臨戦態勢を──」

「ちんたら用意してる暇なんてないッス!今すぐにでもこの撃龍船も攻撃に加わらないと、バルバレは綺麗に真っ平らッスよ!」

 

 そう慌てる彼の額にデコピンをしたのは、すぐ隣にいた褐色肌の女性ハンターであった。彼女はライトボウガンを背負い、至極落ち着いた様子でいた。

 

「姐さん!」

「落ち着きなさいよ、ルーキー君。仮にもギルド直属のハンターでしょ?」

 

 「もうルーキーじゃないッスよ」と口を尖らせた彼の額に、女性は人差し指を突きつけた。

 

「この状況だからこそ全体を見て最善の策を探し、その策がどんなものでも実行できるよう入念に準備するの。そこまで出来てやっとルーキー卒業って思わないと、ね」

 

 女性が筆頭リーダーに視線を送ると、彼は頷いた。

 

「信号は既に送った。増援が来るまでに今のうちに装備を整えろ」

 

 ルーキーは煮え切らない表情ながらも承諾し、忙しく行き交う船員の中に飛び込んでいった。

 リーダーは船長に向き直る。

 

「船長、『魔女』への対処は如何ほどに?ダレン・モーランに攻撃しているようにも見えますが」

「しかしこの状況、恐ろしいほどにあの噂と符合するゼヨ……」

 

 闇の力でモンスターを従えた『魔女』たちが、村や街ごと人々を踏み荒らす。

 既に船長たちだけでなく世界中にその噂は広まっていた。

 確かに『魔女』はダレン・モーランに攻撃を加えているように見えるが、倒せるほどの力を出していないようだし──

 あれでわざと刺激しているか、闇の力とやらを注いでいるのかもしれない。

 

 歴史上滅多にない超巨大モンスター2体の同時出現により、船長たちの疑心は頂点に達していた。

 船長は腕を組んで数秒ほど考えていたが、目を開くと手を振りかざして叫んだ。

 

「まずは小舟の威嚇射撃により『魔女』たちによる刺激行動を止める!本艦はジエン・モーランに攻撃し、少しでもあの船から遠ざけるゼヨ!」

 

「オーーッ!!」

 

 船員たちは覚悟を決めた顔で次々と小舟に乗り、発進していった。

 

──

 

「どっひぇーっ!聞いてないわよこんなの!!」

 

 ヴィーナスは慌てて瞼への攻撃を止め、光の鎖を縮めて瞼の真上の甲殻に戻ってきた。

 

「まずいわ!100メートル級のモンスターが2体もバルバレに突っ込めば、確実に被害は拡大する!」

 

「くそっ、一体どうすりゃいいってんだ!」

 

 ジュピターが頭を抱えて嘆いた。

 いくら彼女たちと言えど、この生ける山が2つもやって来てはお手上げ状態である。

 

 その時、ダレン・モーランの左側の地面で爆発が起こり、いくつもの砂飛沫が上がった。

 最初はまた別のモンスターかと身構えた彼女たちだったが、地平線に目を凝らしたマーキュリーはそれは違うと看破した。

 

「みんな!増援が来たわ!」

「やったぁ!タイミングナイス!」

 

 思わずセーラームーンが身を乗り上げる。

 見えるだけでも、3隻ほどの撃龍船がスピードを上げてこちらに追いついてきていた。

 そのどれもが側面に立派な砲門を揃え、周りには小舟の船団を引き連れている。

 

 小舟は1、2人が乗れるほどの大きさで、後方には舵を取る船員が、前方には大型の弩『バリスタ』を操る船員がいる。

 彼らはその機動力を生かし、彼女たちがいるダレン・モーランのすぐ近くまで迫ってきた。

 その勇敢な行動に、ヴィーナスは救われたような思いで胸を撫でおろした。

 

「助かったー!これで多少はマシに……」

 

 最も先行していた小舟のバリスタから、人の背ほどはある巨大な矢が放たれた。

 第一撃が、安堵しきっていたセーラー戦士たち目掛けて飛ぶ。

 

「えっ!?」

 

 跳びあがった直後、矢はセーラームーンがいた場所の甲殻に突き刺さった。

 

「ひえーっ!!」

 

 光る矢じりを見たムーンはその場で腰を抜かし、足をばたつかせながら後ずさった。

 小舟の船団が一斉に矢を飛ばす。その攻撃に、彼女たちへの配慮などひとかけらもない。

 弾幕のように張り巡らされた矢が、甲殻に次々に突き刺さっていく。

 

「なんであたしたちにまで攻撃してきてんのよ、下手くそー!」

 

 矢の速度は彼女たちならかわすには十分なほど遅いが、これでは技を撃つ暇もない。

 マーズが眉を吊り上げ睨もうとしたが、すぐにその表情は冷めた。

 1人の──いや、あらゆる船団の男たちが、恐怖に顔を引きつらせていたのだ。

 

「みんな見事にあの噂を信じちまってんだよ」

 

 ジュピターが、悔しげに変身スティックを取り出した。

 

「こうなったらいっそ正体を明かして敵意がないって……いや、ダメだね」 

 

 たとえ正体を明かしても、結局彼らに自分は変身できる人間だとアピールするだけだろう。

 むしろ状況が悪化する未来しか見えない。

 

「もう一匹の方が近づいてきたわよ!」

 

 ヴィーナスが叫んだ。

 船を挟んで右側後方にいたジエン・モーランが速度を上げてこちらに追いついてくる。

 すると、その向こう側で並走していた船から緑の煙が高く上がった。

 その途端、バリスタの雨が止む。

 

「どしたの?ビビっちゃった?」

「多分、あたしたちに対してではないわ」

 

 甲殻の隙間に潜り込み、顔だけ出して訝しく思ったムーンにマーキュリーが答える。 

 

「挟み撃ちにされた彼らが互いに近づいたら、団長さんたちが乗ってる船がどうなるか分からないでしょう?」

 

 今や団長の船は、ダレン・モーランとジエン・モーランに至近距離で挟まれている。

 兵器を構える船員たちもその危険性をよく知っているのか、撃ちたい気持ちを堪えているような面持ちだった。

 

「でもどんどんバルバレに近づいてる、早くしないと!」

 

 マーズが指さした先、地平線上にちらほらと飛行船やら見張りのやぐらやらが見える。

 どうしようもない状況に、ムーンは半泣きで涙ぐむ。

 

「じゃーどうすりゃいいってんのよ!」

「それを今から考えるのよ!あんたもちっとはろくに使ってない脳味噌働かせなさい!」

「えっ、ちょっと今馬鹿にした!?今のは流石に聞き捨てならないわよマーズちゃーん!?」

 

 ムーンがむっとしてマーズに額をぶつけ擦り付ける。

 

「んなこと今はどーでもいいでしょうが馬鹿うさぎっ!!」

 

 それに答えるようにマーズも額を押し付け火花を散らす。

 

「ああもうっ、こんなところで喧嘩なんてしてる場合じゃないのに!!」

「どーりで人類が平和にならないわけね……」

 

 ジュピターが頭を抱えヴィーナスがため息をつく一方、マーキュリーは2人が頭をぶつけ合う様子を見つめていた。

 

「喧嘩……そうだわ!ありがとう2人とも!」

 

 唐突に彼女の口から出た言葉に、ムーンとマーズは共に頬を押し付け合いながら振り向いた。

 

「……んえ?」

 

──

 

「うわーっ!来るな来るなーっ!!」

 

 アルテミスが半べそをかきながら、大砲にルナと2匹がかりで弾を込める。

 大砲は火を噴き、右舷側のジエン・モーランに着弾する。

 だが、相手が怯む様子はない。むしろ船に目掛けて時節体当たりをかましてくる始末である。

 衛は団長に指示され、ちびうさを船内部への入り口近くで護っていた。

 応戦しているのは、団長と猫2匹のみである。

 

「とにかくこいつらをこの船にもバルバレにも近づけるな!少しでも時間稼ぎをしろ!」

 

 団長は大砲の弾を軽々と持ち上げ大砲の筒の中へと放り込む。

 そして、左舷側のダレン・モーランへと砲撃を叩き込む。

 ひたすらその繰り返しであった。

 

「くそっ、流石に両舷を分散して担当は無理があったか!」

 

 彼は、すぐ後ろにある巨大な円状の銅鑼を振り返って見上げた。

 銅鑼を叩く槌が備え付けてあり、その下にはスイッチとそれを押すためのツルハシが用意されている。

 

「右の船団が行動できない以上、あれを使いたいところだが……この状況だとタイミングをよく考えなけりゃな!」

 

 ふと、砲撃の煙のなかから1人の人影が高く飛び上がった。

 彼が『魔女』と目する人物は、逆光のなか両方の掌を合わせた。

 唖然と見上げていると、彼女は手の中に眩い光を発した。

 

「『シャボン・スプレー』!!」

 

 泡のようなものが船上を瞬く間に包み込み、霧が視界を支配した。

 一寸先は何も見えず、聞くこともできない。

 

「な、なんだこりゃ!?」

 

 パニックになりかけた団長が、必死に叫ぶ。

 

「旦那、お嬢ちゃん、猫太郎たちよ聞こえるか、おい、おーい!」

 

 団長が旅人を呼ぶが、返事はない。

 そうした状況が1分ほど続いただろうか。

 叫び続けていたところ、やっと霧が晴れてくる。

 団長は衛たちが変わらずすぐそこにいたことにやっと気づいた。

 

「無事だったか!?何かされなかったか!?」

「ええ、どうにか!」

 

 それを聞き、団長はやっと安心した。

 だが、衛の表情はまだ何か言いたげだった。

 衛はちびうさと視線を合わせ、それから団長へ視線を戻した。

 

「実はあの霧の中である作戦を思いついたんですが、聞いてくれますか!?」

 

──

 

 船の右舷のジエン・モーランを包囲する10隻ほどの小舟船団は、背びれの上に5人の少女の姿を見た。

 

「おい、『魔女』たちがいるぞ!」

 

 1人の男が指さして叫んだ。

 

「あいつら、左舷側でダレン・モーランを操ってたんじゃないのか!?」

「今度は一体何をしやがるつもりだ!」

「あの小娘ども、ジエン・モーランの頭の上を走ってるぞ!」

 

 わざと見せびらかすように彼女たちは跳びまわり、一斉に攻撃をジエン・モーランの頭部に浴びせかける。

 

「うおおおおっ!!」

 

 目の前で色とりどりの爆発が一斉に起こり、男たちの間で悲鳴に近い叫び声が上がった。

 傷らしい傷はつかなかったが、嫌がるようにジエン・モーランが唸りながら身じろぎする。

 それを見た船員たちは、ぞっとして表情を引きつらせた。

 

「畜生、こちとら犠牲出さねえように気ぃ使ってんのに舐めくさりやがってーっ!」

 

 1人の船員が堰を切ったようにバリスタを放ち始めると感情が波紋のように伝播し、次々に攻撃が始まる。

 それを本艦の甲板から見ていたルーキーは、拳をぎゅっと握りしめた。

 

「あちらが動きを見せた以上、俺たちも加勢するッスよ!もう魔女たちの好きにはさせないッス!!」

 

 拳を振り上げたルーキーに、船員たちも追随した。

 

「そうだそうだ!」

 

「筆頭ハンターさんが言うなら間違いねえ!」

 

 ルーキーが先頭を切り、既に弾を込めた大砲を容赦なくジエン・モーランに撃ち込んでいく。

 それを見て慌てたのは、先ほど攻撃中止の合図を出したばかりの船長であった。

 

「みんな、見え見えの挑発に乗るなゼヨ!今砲撃したら、向こうの船が危険だゼヨーー!!」

 

 船長は力の限り叫ぶが、魔女を止めようと熱狂した船員たちは聞く耳を持たない。

 だが、その中で女性ガンナーとリーダーだけが冷静にこの状況を俯瞰して見ていた。

 

「……一体彼女たちは何を考えている?」

 

──

 

「旦那、それでその計画は上手くいく確証はあるのかい!?」

 

 団長はしゃがんでツルハシを取り出し、ちびうさと猫2匹に渡す。

 幼い少女にはまだそれは持つには重く、ルナとアルテミスが協力してやっと振り下ろせるかというところだった。

 

「もう俺たちに残された道はこれくらいしかありません」

 

 船首近くに設置された意味ありげなスイッチへ上がっていった衛は、団長に振り返った。

 

「やはり貴方から見れば、俺たちがやろうとしてることは無謀に見えますか?」

「いや、実は俺も賭けは嫌いではないタチでね。正直うずうずしてる」

 

 にやりとした団長に対し、衛もふっと笑い返す。

 団長は立ち上がると、左右に並び立った山の間にある太陽を帽子の下から見やった。

 

「いっちょ賭けてみようじゃないか、その『モーラン大喧嘩作戦』とやらに!!」

 

 ジエン・モーランは右側から来る矢と砲撃の嵐にまみれていた。

 だが、このモンスターにとっては人の必死の抵抗もかすり傷にしかならない。

 生物は、小五月蝿い音と鬱陶しい衝撃から逃れるために左に寄ろうとした。

 

 だが、その先には自分より少し小さいが邪魔なものがある。

 しかも、それもこちらに向かってチクチクと嫌な衝撃を与えてくる。

 

 あちらがどかないならば、こちらからどかす他ない。

 ジエン・モーランは一対の牙を、その障害物へと差し向けた。

 

「予想通りだな!」

 

 衛が言うには、右側の船団はもうすぐモーランたちをバルバレから進路をずらそうと総攻撃を加える。

 ジエン・モーランはそこから逃れるため、この船を破壊してでも左側に寄ろうとするだろう。

 その一瞬が、作戦の肝である。

 ジエン・モーランは、突如後退した。

 槍のような牙が正面から外れ、左にあるこちらの船へと傾く。

 

「ひーっ来たーっ!」

 

「ビビってんじゃないわよアルテミス!」

 

「行くわよ、とおりゃーっ!!」

 

 それを見たちびうさはルナ、アルテミスと一緒にツルハシを持って振りかざす。

 足もとにある装置のスイッチが入った。

 連動して槌が大銅鑼を叩き、響く大轟音。

 すぐ左側のダレン・モーランは驚いて仰け反り、動きを止めた。

 それを見た団長は、宙釣りの錨を船上に留めるロープを断ち切り。

 

「減速ーー!!」

 

 錨が左側の地面に落ち、船は左側に回頭しながら一気にスピードを落とす。

 ジエン・モーランはそのままの勢いで真っ直ぐ突っ込んでくる。

 天然の槍が、船の右側を削り取りながら通り過ぎる。

 船はジエン・モーランの軌道から左にそれ、代わりにそこに──

 先ほど怯んだばかりのダレン・モーランがいた。

 

 ジエン・モーランの牙が、ダレン・モーランの腹に直撃する。

 ドオッと岩が砕けたような轟音が鳴った。

 初めて、生ける山が苦痛の声を上げた。

 

 ジエン・モーランがぶつかった衝撃で、2体が描く軌道は左に偏った。

 すぐ後ろに取り残された団長の船は、モーランたちによる包囲網からやっと開放された。

 今や右側にはさっきまでジエン・モーランに隠れていた船団が見え、左には揉み合うモンスターたちの姿がある。

 モーランたちはパニックになったのか、一時的に動きが遅くなっていた。

 

「ようしっ!」

 

 団長は錨を切り離して帆を整え、船を前進させる。

 

「旦那、今だっ!」

 

 団長はちびうさからツルハシを受け取り、それをぶん投げた。

 船首近くにいた衛は、パシッと柄を掴み取る。

 船の穂先は、ジエン・モーランの右腹へ迫っている。

 衛はツルハシを振り上げた。

 

「発射っ!!」

 

 ツルハシの先がスイッチを押し込み、火花が出た。

 船首から飛び出す、螺旋状の槍。

 その名も最終兵器『撃龍槍』。

 

 それがジエン・モーランの脇腹に命中し、渦を描いてめり込む。

 苦しんだジエン・モーランがダレン・モーランを更に左へと押しのける。

 先ほどの船団が、全速力で右側のジエン・モーランを追いかけ砲撃を加えていく。

 信号を見た他の船団も駆け付け、次々と加勢する。

 

 その後の展開は早かった。

 集中的に攻撃を受けたジエン・モーランは、ダレン・モーランをどかそうと身体をぶつけた。

 ダレン・モーランもそれに押されるように、左へと大きく身体を傾ける。

 2体の進路変更は決定的になり、彼らは見事にバルバレの左方の砂漠へと駆け抜けていった。

 その状況を目の前にした団長は、力が抜けてその場に仰向けで突っ伏した。

 

「……大成功だ……」

 

 一方の衛とちびうさも、その場に崩れ落ちていた。

 

「みんな、大丈夫!?」

 

 その声とこちらを上から覗き込んだ顔に、団長ははっと目を見開いた。

 あの5人の少女たちが、姿を現したのだ。

 

「お嬢ちゃんたち、無事だったか!」

 

 それを聞き、あとのメンバーも5人の元に嬉々として集まった。

 美奈子が、団長に苦い顔をして答えてみせる。

 

「何とか後ろのロープを伝って登ってきたのよ!砂が口ん中入ってそりゃー大変!」

 

 勿論、嘘である。

 セーラー戦士たちは砲撃の雨をかいくぐり、こっそりと団長の船のすぐ後ろにたどり着いたのである。

 一方、うさぎは団長から少し離れて衛とちびうさに耳打ちした。

 

「ありがと、まもちゃん、ちびうさ」

 

 衛は微笑し、ちびうさは得意げに鼻を指で擦った。

 バルバレは最初から騒ぎなどなかったかのように、青空の下一隻の船を出迎えた。

 




おなじみのゼヨさんがいますがしばらく再登場はなしです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

太陽のもと、集う③

「いやぁしかし、今回の災難を聞いたらうちのハンターもさぞかし驚くだろうなぁ!」

 

 そう笑いながら歩く団長の後に少女たちがついていく。

 

 黄金色に輝く地面。

 原色色とりどりの三角旗に区切られた、青い空。

 太陽の集落バルバレに、大仰な城や要塞はない。

 一番目立つ、頭に竜を戴いた巨大船──ハンターたちが集う『集会所』──が移動するのと同時に周りのキャラバンも動くため、何かと手間がかかる建築物は必要ないのだ。

 代わりに、砂に咲いた花畑のようにテントが地面を埋め尽くしている。

 

 よりにもよって商人が集まるところに先ほどの騒ぎで、路端には骨董品やら食品やらが散らかっている。

 それを拾い直す人々の動きは、この状況に手慣れたようにてきぱきとしていた。

 

「これで旦那があの時のように下着一枚だったら完璧だったんだがなあ、はっはっは!」

 

 団長の後ろについていく衛は、答えに困ったように苦笑いを浮かべている。

 周りの少女たちは、勝手にその姿を思い浮かべ顔を赤くしていた。

 

「きゃーやだもう団長さん、そんな姿想像させないでよまったくぅー!」

 

 赤くなった頬に両手を添え恥ずかし気に首を振るうさぎだったが、そこであることに気づいた。

 

「ねえ、もしかしてだけどさっき言ってた、パンツ一丁のハンターって……」

 

「お、気づいたか!」

 

 彼女が指さすと、団長がふふんと得意げに振り返って指を差し返した。

 

「そう、その名も我らが優秀な『まつ毛のハンター』のことだっ!!」

 

 その頭に被った帽子に、背後から分厚い辞書が直撃する。

 

「団長さん、そのことはなるべく口外するなってあの人に言われてたんじゃないですか?」

 

「あっ、こりゃしまった」

 

 団長が潰れた帽子を直しながら、背後から飛んできた声へと振り返った。

 その正体である女性は緑の羽根飾りつきの帽子を被り、白のショートパンツに橙のブラウス、その上に緑のコートを羽織っている。

 彼女は眼鏡を片手で持ち上げながら、やれやれという風にため息をつく。

 

「いやぁ、でもあいつを語るには欠かせないところだと思うんだがなあ……」

 

「今度バレたらまたぶん投げられますよ。そろそろ団長さんの頭蓋骨が心配です」

 

 うさぎたちは、緊張した面持ちで1か所に固まっていた。

 

「ず……頭蓋骨って言った?」

 

「言った言った」

 

「あのでっかい図体で頭から投げられてんの?」

 

「あたしたちホントにここ来てよかった?」

 

 少女たちがひそひそと話し合っているところに、女性がにょきっと顔を出した。

 

「みなさん、ここは安定した信頼と実績がウリの『我らの団』!安心なさって大丈夫ですよ!」

 

「……今の情報からすると全然大丈夫じゃなさそうなんだけど」

 

 そう言ったレイの脳内には、パンイチのムキムキゴリラが事切れた団長の首根っこをつかみ、雄々しくドラミングする姿があった。

 

「さ、道の真ん中じゃいろいろお邪魔ですから話の続きはどうぞこちらへ」

 

 女性は背を向け、道の右側にある緑色のテントに向かって歩いていく。

 正面には羽根をつけた太陽をあしらった木製ボードが置いてあり、黄緑の日傘が差してある。

 陰にある机上には、先ほどの辞書のように分厚い本ばかりが積まれていた。

 近くにある椅子に、彼女は腰を下ろした。

 

「えへん、じゃあ仕切り直して紹介といこうか!」

 

 団長が咳払いすると、誇らしげに女性に向かって手をさっと広げる。

 

「うちの看板娘『ソフィア』!ここのギルドから依頼を斡旋して、ハンターに紹介してくれる我らが優秀なる受付嬢だ!」

 

 女性は改めて笑顔で深くお辞儀をし、うさぎたちもそれに答えた。

 その知的で落ち着いた雰囲気に、少女たちの表情も少し緩む。

 彼女は握手を求めて手を差し出した。少女たちは、自己紹介しながらそれに応じていく。

 

「伝書鳩で一通りの事情は知っています。『霧』と『魔女』について情報を集めているんでしたよね?」

 

「ええ、ここでうちらと同じことを調べてる『すんごい人たち』に取り次いでくれるって話ですけど……」

 

 まことが辺りを見渡すが、まだ件の人物は来ていないようだった。

 

「はい、もうすぐその方たちが来るので、それまでここで──」

 

 その時、一際強い風が横から吹いた。

 

「あっ……」

 

 ソフィアの手元にあった、びっしりと文字や挿絵らしきものが書かれた紙が乱れ飛ぶ。

 彼女も、少女たちも、その様子をぽかんとしたまま見つめていた。

 

「あら、大変だわ!取りに行かないと……」

 

 亜美が気を取り直して言ったが、ソフィアはうつむいたままだ。

 

「わ……私の……」

 

 彼女の様子がおかしいことに、うさぎたちも気が付き始める。

 

 

「私の『超☆メモ帳(第5版)』がああああああっっ!!」

 

 

 ソフィアの顔が、鼻水と涙で渋滞を作っていた。

 そのまま膝から崩れ落ち、絶叫。

 

「あ゛あ゛ーーーー!!!!私の人生おしまいですうーーーー!!!!」

 

 彼女は絶望感溢れる顔を抱え、地面に何度も激しく叩きつける。

 

「えっ、そこまでいっちゃうの!?」

 

 その取り乱しようを見て困惑するうさぎ。

 団長は苦々しい顔で空を舞っていく紙を眺めていた。

 

「あっちゃー、やっちまったか!」

 

 レイが、夥しい負のオーラを放つソフィアを介抱しながら団長に叫んだ。

 

「彼女、一体どうしたのよ!」

 

「お嬢はモンスターが好きでなあ。その生態をメモ帳に纏めるのにここ何か月も情熱をかけてたんだが、あんなに吹き飛ぶと果たして全部帰って来るか……」

 

 ソフィアは、ぐちゃぐちゃに濡らした顔でレイの肩を掴む。

 

「あの……あのなかにはぁ……私の愛と血と涙と汗のぶえええええ!!結晶がびえああああああ!!」

 

「ひっ!」

 

「とにかく、人込みだろうと砂だろうとかき分けて探してください!!私も探しますからああああ!!」

 

 レイはソフィアの先ほどとは真反対の懇願のしように、目端を引く付かせた。

 

「す、すぐ行く、すぐ行くから肩から手を離しなさいよ!!」

 

 かくして、セーラー戦士の少女たちはドン引きしつつ、バルバレ中で『超☆メモ帳』の回収に漕ぎ出すこととなった。

 

──

 

 全員で手分けしてのメモ帳の回収は、思っていたよりは楽な作業だった。

 実際はどのメモもそれほど遠く飛んでは行かず、拾った人々はソフィアの人となりを知っているのか笑いながら返してくれた。

 そうしてことは順調に進み、百枚を超えるメモもすべて集まろうとしていた時だった。

 

 亜美は人込みのなか、宙をひらひらと舞うものを見つけた。

 最後の一枚の紙切れが、あわただしく行き交う人々の波の中に吸い込まれていく。

 せっかくの彼女の力作が踏み荒らされるかもしれない。

 そうなる前に、亜美はちょうど紙の近くにいたオレンジの髪の若者に声をかけた。

 

「すみません、そこのお兄さん!その紙取ってくれませんか!?」

 

「おっ、いいッスよー」

 

 気のよさそうな声が聞こえ、彼はひょいとその地面に落ちかけた紙を掴み取った。

 亜美はそこに駆け付け頭を下げる。

 

「ありがとうございます!あたし、その紙を探してて……」

 

 紙の内容を見た男の口から、「あれっ」と声が聞こえた。

 

「ねえキミ、もしかしてこのメモってソフィアちゃんの?」

 

「受付嬢さんのこと、御存じなんですか?」

 

 そう聞かれた男は、にっと屈託のない笑顔を見せた。

 

「ええ、古くからの付き合いッスよ!ちょうど俺も用事あってそっちに向かってたとこなんで、一緒に行きましょうッス!」

 

「あら、そうだったんですね。それなら向かいましょうか」

 

 亜美は男に向かって流し目でくすりと笑い、先を歩いた。

 それを見た彼の脚が、一瞬止まる。

 

「……どうしました?」

 

 彼女が振り向いたところで、男はやっと自分が置かれた状態に気づいたようだった。

 

「い、いや、なんでもないッス!ささ、早く行ってくださいッス!」

 

 わたわたとする彼に、亜美は首を傾げた。

 何はともあれ、彼女は彼をソフィアの元へ導くことにした。

 

──

 

「あーーもう、ここまで来てやることが紙拾いだなんて、人生って上手く行かないもんだね!」

 

 まことは小言を言いながら、メモの束を抱え走っていた。

 そこに、不意に露店の陰から2つの人影が現れた。

 

「す、ストップストップーー!!」

 

 哀しくも制動は効かず、彼女の顔面は先頭にいた男の胸に直撃した。

 派手に尻をついてすっころび、周りの注意を引いてしまった。

 

「いったたた……」

 

 顔と尻、両方をさすっていたところに、声がかかる。

 

「君、大丈夫か!?しっかりと立てるか?」

 

 まことは腰についた砂を払いながら、差し伸べられた手をつかむ。

 

「すっ、すみません……!」

 

 まことはちらつく視界を瞬かせ、はっきりとさせた。

 そしてその手の先にある顔が分かった時、彼女ははっとして呼吸も忘れてしまった。

 

 きりっとした眉に鋭い目尻、そして高い鼻。後ろには銀髪がたなびいている。

 陽光を反射し輝く紺碧の鎧の後ろには、2本の細剣が担がれている。

 いかにも堅物の印象を与えるその男から、まことは目が離せなかった。

 

「その姿……君もハンターか」

 

「あ……はい……」

 

 息を吐くのとほぼ一体化したような、か細い声だった。

 まことの時間は、口以外ほぼ止まっていた。

 表情もふわふわと酔っているようで、完全に自分の世界に入り浸りになっていた。

 

 いつまでも立とうとしない彼女に、男は厳しく眉を顰める。

 

「お嬢さん、もしここが狩場なら今頃君は武器を構えていなくてはならない。勿論ここでそれをしてはならんがな」

 

 男は、まことの背負う槌『大骨塊』を指さした。

 

「ハンターに必要なのは、如何なる事態が起ころうと切り替えられる柔軟性だ。しかと胸に焼き付けてくれたまえ」

 

 彼はまことを立たせ、真剣な表情で指摘する。

 

「……はい、わかりました……」

 

 まことは分かっているのかいないのか、相変わらずのぼせたような表情で頷いた。

 

「リーダー。この子、いきなり説教されて戸惑ってるわよ」

 

 突然の女性の声に、一瞬でまことは現実に引き戻された。

 声の正体は、ライトボウガンを背負った褐色肌の若い女性だった。

 白を基調とした装備に身を包み、黒髪の後ろはまことと同じポニーテールに結んでいる。

 

「ごめんね。うちのリーダー、ひどく心配性でね。別に貴女に嫌がらせしたいとかじゃないから、あまり気にしないで」

 

 ミステリアスな雰囲気のあるその女性は、微笑んで優しくまことの肩を叩いた。

 

「……突然の無礼、すまなかった。だが、次からこうした人通りの多い場所では周りをよく見ることを推奨する」

 

 女性の言葉を受けてか、男の表情は少し和らいだ。

 

「では、我々も向かうところがあるのでここで失礼する」

 

 男は一礼して詫び、女性とともに雑踏の中へ消えていった。

 まことは、立ち竦んだままその背中を見つめ続ける。

 

「……まさか、こんな出会いに巡り合うなんて」

 

 彼女は何束にもなったメモ帳を胸の中で抱きしめた。

 それがきつすぎたがあまり、少しだけ紙に皺が寄った。

 




今回からこの章の方向性みたいなのは伝わるかと思います(笑)あまりに1章と違い過ぎて今まで読んできた人にとってはあれかもしれないけどずっとしみったれたのは自分が鬱々になってくるので……。
ていうかモンハン側のキャラこういう書き方であってるかな?これからも解釈違いでしたらごめんなさい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

太陽のもと、集う④

 

「亜美ちゃんとまこちゃん、まだみたいね」

 

 レイが、額を伝って落ちてきた汗を拭った。

 

 『我らの団』の緑のテント前。

 クエストの依頼書を張り出す太陽型のボードにもたれ、少女たちは待ちぼうけを喰らっている。

 雲がない分日差しはきつく、砂漠に近い地域ともなればその暑さは尋常ではない。

 受付嬢ソフィアの日傘の下は安全地帯だったが、数分前彼女たちの間で熾烈な縄張り争いが繰り広げられたため、現在は交代制でその下に入る権利を得る。

 今、うさぎとちびうさがソフィアの足元で涼んでいる真っ最中である。

 

「ったくどこで油売ってんのかしら~?もうかれこれ30分くらい経ってるわよ?」

 

 美奈子は、いらいらした様子で水筒の最後の一滴を飲み干した。

 

「もしかして、バッタリ運命の出会いとかしちゃってたりして!?ひゅーひゅー!」

 

 うさぎが妄想を膨らませ、脚をばたつかせる。

 その横で、ちびうさがルナを肩に乗せ水筒入りのジュースを啜っていた。

 彼女はじとっとした目つきで、うさぎを捉える。

 

「……うさぎ、あんた中3よね?」

 

「ん、そだけど?」

 

「じゃあ、少しは分かるわよね?あたしたちがここでそんなことにかまけてる場合じゃないってことくらい。ねー、ルナ」

 

「ね、うさぎちゃんの色ボケなとこ、いつになったら成長するのかしらねえ~」

 

 顔を見合わせた二人は次は一緒にうさぎを哀れみの目で見、呟く。

 

「「……()()()()()()()()……」」

 

 たちまち、うさぎは怒りと羞恥で顔を赤くした。

 

「今は学校通ってないからいいのよっ!!モラトリアムッ!!」

 

 彼女の無茶苦茶な理屈を苦笑いしながら見守っていた衛は、眼前の雑踏の中、見覚えのある人影を見つけた。

 

「お、ほら見ろ、亜美ちゃんが戻って来たぞ。まこちゃんも一緒だ……」

 

「ええ!?ちょっと今そんなところじゃ……」

 

 ちびうさと掴み合っていたうさぎは、衛と一緒に言葉を失った。

 

「あー、いつ帰ってくんだか……」

 

 一方、美奈子とレイはそれに気づかず炎天下の中、手をうちわにして顔を扇いでいた。

 

「あれ、なんかうさぎちゃんたち馬鹿でっかーく口開けてるけど何してんの?」

 

 美奈子は、彼女らが喧嘩の態勢のまま動きが完全停止しているのを怪訝そうに見つめた。

 うさぎたちは、口を開けたまま激しく美奈子たちの後方を人差し指で示している。

 レイも、その行為の意図を量りかねた。

 

「なによ、そんな面白いものでも……」

 

 亜美とまことの後ろに、若いオレンジ髪の男がいた。

 骨か甲殻でできた軽そうな防具を身につけ、当然のように2人のすぐ近くで歩いていた。

 男は楽しげに身振り手振りを交えて話し、2人はそれに同調したり驚いたりして会話を楽しんでいる。

 

 

 そのまま、三人はうさぎたちの前を目も暮れず通り過ぎていく。

 

 

「…………ナンパーーーーー!?!?」

 

 

 美奈子の大きな金切り声で、周囲の視線が彼女に集まった。

 

「まこちゃんはともかく奥手な亜美ちゃんまで……!親友として見過ごせないわっ!!奴は女の敵よ!!」

 

「それ、結構まこちゃんにしつれ……って美奈子ちゃん!?」

 

 レイの制止も無視し、美奈子は怒り肩で拳を握ったまま突撃する。

 

「ちと待ちなさいそこのぉっ!!」

 

「えっ……俺?」

 

 鼻息荒くしてずかずか歩いてくる金髪の少女に、男はきょとんとしていた。

 亜美も、その存在に気づいた。

 

「あら、美奈子ちゃ……」

 

 スパァンッ、と音が鳴った。

 目にもとまらぬ平手打ち。

 男の小柄な身体の姿勢が、難なく崩れる。

 

 続いて強烈なローキック。

 男の身体が打ちあがり、地面と平行に急速回転。

 そして落下。

 

「どぅわはっっ!!」

 

 断末魔の後、気絶。

 

 

「え、どういうこと?」

 

 

 気を失い白くなった男の横で、まことと亜美は一部始終の傍観者として立ち尽くすほかなかった。

 

 

──

 

 

「すんません!ほんっとーにすんませんっすんませんっ!!」

 

 

 レイに背中をどつかれた美奈子は、涙目で何度も頭を下げていた。

 それに負けじと言わんばかりに、男も土下座して頭を地面に擦り付ける。

 

「いやいやいや、こちらこそ誤解させて申し訳ないッス!!ほんと、やましい気分なんて1ミリも無かったっス!!」

 

「あたしたちも、話に熱中しすぎて通り過ぎたのに気付かなかったわ……」

 

 両者の様子を同情の目で見ていた亜美が言った。

 一方ソフィアはそんな様子はなく、少しこの状況を楽しんでいるような雰囲気さえあった。

 

「あらあら、ナンパと間違われてのご登場なんてインパクト最強ですね」

 

「よっ、ルーキーさん。新大陸に行って以来か?ほら顔上げな」

 

 団長がしゃがんで肩に手を置くと、彼はばっと顔を上げ表情を明るくした。

 

「あ、ソフィアちゃん、団長さん、お久しぶりッス!」

 

「『お久しぶりッス』……?この人、知り合いなの?」

 

「ああ。この人、筆頭ハンターっていう集団の1人なんだって。他の人ももうすぐここに来るって話だよ」

 

 うさぎが首を傾げたのに、まことが答えた。

 

「ひっとー?何それ?」

 

 だが、ちびうさも併せて2人は一緒に疑問符を大きくするばかりだった。

 

「筆頭ハンター、それははしょって言えばどっひゃ~なハンターさんですよ」

 

 横からソフィアが補足を入れると、うさぎとちびうさは「なるほど」と深く頷き納得した。

 

「はしょりすぎよ。もうちょっと説明お願いできない?」

 

 レイは流石に納得できず、更に詳細を求めた。

 

「厳密には、一般に公開されないギルドの特殊任務を請け負ってる感じッスね。この人たちとは、5年くらい前にいろいろと縁があるんス」

 

 ルーキーが左頬をさすりながら立ち上がり、もう片手で亜美を示した。

 

「ちょうどそこの子がソフィアちゃんのメモ帳を拾ってるのに出くわして、一緒に帰ってたら途中でもう1人の子に会ったんスよ」

 

「亜美ちゃんにしては時間にルーズと思ってたら、こういうことだったのね」

 

 そう言った美奈子も一方で、赤くなった背中を苦い顔でさすっていた。

 

「あれ、そういえばまこちゃんは何してたの?」

 

 話が振られた瞬間、まことは首が折れそうな勢いで後ろに顔を向けた。

 

「えっ、あっ、えっと~……別に何にもこれといって……」

 

「……怪しい……」

 

 周りから視線を感じた彼女は、赤くなりながら誤魔化そうと懸命に口走る。

 

「ほ、ほら、みんな集まったことだしさ、そろそろ本題に入らないか!?」

 

「言われてみればそうね」

 

 レイがそう言って、まことはやっと胸を撫でおろした。

 

「そうですね、まずお伝えしておくと……みなさんが情報を集めてる『霧』。ギルドでは、ある一頭のモンスターが原因ではないかと推測がされています」

 

 虚を突かれたのは、他でもないうさぎたちだった。

 

「え、『魔女』が自分で生み出してるんじゃないの?」

 

 うさぎが首を傾げる。

 

 本当の『魔女』たるウィッチーズ5幹部ユージアルは、ライゼクスを『ダイモーンの卵』を植え付けることで操作していた。

 それはかつてうさぎたちの世界で、彼女たちが敵を生み出す際の常套手段であった。

 マッカォたちを操った『霧』もまた、彼女たちの道具であるはずだったのだ。

 

「でもそうじゃないってことはつまり……前も似たようなことがあったってことかしら?」

 

「亜美さん、話が早くて助かります」

 

 ソフィアは、眼鏡をくいっと上げた。

 

「かつてこの地域一帯で『狂竜症』という病が流行したことがありました」

 

「狂竜症?」

 

 聞きなれない言葉に、少女たちは反応する。

 

「実際に見た方がわかりやすいですね」

 

 ソフィアは、本の中から何枚か写真を取り出した。

 それを見た直後、驚きの声が上がった。

 

「なによ、これ……」

 

 そこに映っていたのは、目が赤く染まり、紫の息を吐く生物たちの姿だった。

 ある一枚は、イャンクックとゲリョスがピントがブレてしまうほど激しく揉み合っている。

 またある一枚はランポスの群れが互いに首に噛みつき傷つけあっている。

 離れた物陰から撮ったためかやや映りが小さいものの、そのいずれもが必ず何かしらの形で争っていた。

 

 

 そしてそのモンスターたちの姿は、彼女たちが見た『霧』に侵された生物と瓜二つだった。

 

 

「彼が生み出す黒い霧状の鱗粉を吸った生物はこの通り凶暴化、周りの生物を無差別攻撃して感染を広げます。その連鎖の末、そこの生態系や付近の集落を崩壊させてしまうんです」

 

 思わず、亜美が手で口を抑える。

 

「現地の被害状況は……凄まじいものでした」

 

 ソフィアは、写真を本にしまいながらじっと目を閉じた。

 

「ですが……そこに砂風とともに颯爽と現る一つの影が!」

 

 かっと見開かれるソフィアの目。

 待っていたとばかりに団長が帽子をくいっと上げる。

 

「そう、それこそが……優秀なる『我らの団』ハンター!!下着一枚で現れた奴は、強大なモンスターたちをばったばったと薙ぎ倒し!!」

 

「あっ、ちなみに俺も頑張ったッスよ!ドジっちゃったけど!」

 

 筆頭ルーキーが自身を指さし茶々を入れる。

 

 

「そして彼は見つけ出したのです!厄災の元凶を!!」

 

 

 ソフィアは一枚のメモをリングメモから取り外し、誇らしげに見せてきた。

 

「おー、これが!」

 

「すっごく怖いわね!こんなの相手にしたくないわ!」

 

 うさぎとちびうさはともに純粋に感心するが、後ろの衛は半信半疑な表情で見ている。

 

「……中々変わってるなこいつ……」

 

 小さな四本脚が生えた箱のような胴体の横から、その10倍は誇張された巨大な腕がにょきっと生えている。

 その間に丸っこいタッチで描かれた目のない頭が、ギザギザの口を半開きにしている。

 

「さっき集めてたときもちょっと思ったけどさあ……」

 

「すごく、独創的なデザイン、よね……ええ、すごく個性的」

 

 まことのもの言いたげな雰囲気を見て、亜美が慌ててポジティブに言葉を継ぐ。

 

「ありがとうございます!この子、今だから言えますけど独特の魅力があるんです!なんたってミステリアスな顔とこの逞しいおててのギャップが……♡」

 

 掌を顔に当てポッと頬を赤らめるソフィアに、美奈子は喉元まで出かかった言葉を抑えつけるようにはにかんでいた。

 

「うん、いろいろツッコミたいけどあまりに瞳がキラキラしてるから言えない!」

 

「ほ、ほら、こいつの名前なんて言うのよ!?」

 

 レイが話を無理やり本題に戻し、文字を指で辿る。

 すると、左上に大きな文字が目立つように書いてあった。

 美奈子の肩からアルテミスが顔を出し、その名を口にする。

 

「『ゴア・マガラ』……か」

 

「ふーん、調味料みたいな名前ね」

 

「……こんなとこにまでボケ挟まなくていいから」

 

 隣の主の神妙な顔での呟きに、アルテミスはげんなりした表情で肩を落とした。

 

「『霧』の性質は前回とは違うみたいだが、かなりの共通点もある……というわけで今、真実を突き止めようとこいつの人気が急上昇ってわけだ」

 

 団長が、ゴア・マガラの絵をトン、トンと指の背で叩いて示した。

 

「あたしたちも、是非ともマークしておくべきね!」

 

 ルナの言葉に、少女たちが頷く。

 そこに筆頭ルーキーが、ぴんと指を立てた。

 

「けど、これからギルドはゴア・マガラと同時にもう一つのものも追うと思うッス」

 

「それって、多分『魔女』のことよね?」

 

 答えを述べたレイに、ルーキーは立てていた指をそのまま差し向けた。

 

「そ!俺も今日まで噂だけの存在って思ってたくらいだけど、あんなの見ちまったら流石に信じるしかないよな。まあ中には集団幻覚って言うやつもいるけど」

 

 頭をぽりぽりと掻きながら、ルーキーは苦笑いを浮かべた。

 

「あ……貴方も見てたんですね、さっきの事件」

 

 亜美が言うと、不意にルーキーは真剣な表情になった。

 

「あの天災級のモーラン種を操るうえに、人の身で飛竜に匹敵する規模のブレスを放つなんて……にわかに信じられないのも無理ないッス」

 

 その声色も、さっきまでの軽々しさはすっかり抜けていた。

 

「あんなヤバい奴らがこれ以上暴れるのは、絶対に野放しにしちゃいけねえ」

 

 少女たちは、一瞬ドキッとして息を詰まらせる。

 

「ありゃあ凄かったなあ。実際、『魔女』のうちの1人が泡を放ってきたら何も見聞きできなくなって、噂は本当だったのかって思ったよ」

 

「ええっ、団長さん本当ッスか!?」

 

 頷く団長は先ほどのルーキーと真逆に、『魔女』に会ったことが輝かしいことのように笑っていた。

 驚いたルーキーを押しのけ、ソフィアが目をキラキラさせながらメモを取る準備をする。

 

「団長さん、是非とも後ほど詳しく!!遂に我が超☆メモ帳にも『魔女』の項目追加の日が……!」

 

「まあまあお嬢、落ち着け。お客さんの前だぞ?」

 

 ソフィアは心だけでなく身体までも熱くなってきたのか、汗をかき息を荒くしている。

 少女たちには、彼女とは違う種類の汗が垂れ始めていた。

 

「あいつら、今も案外近くにいるのかも知れないッスねえ……ん、君たち調子悪い?」

 

 ずっと黙りこくっていた少女たちは、ルーキーから話を振られ顔を引きつらせる。

 

「あっ、いえ!もーやっぱり『魔女』って怖いなーオソロシーって!!」

 

 大袈裟に恐ろしがって手を振るうさぎに対し、後のメンバーも追従して必死に頷く。

 ルーキーは特に不審に感じなかったようで「そっか」と呟いた。

 

「君たちも、『魔女』の暴挙が許せなくてここにはるばる来たんスね」

 

 彼は微笑み、手の甲を差し出した。

 

「同じものを追うハンターとして、ともに頑張っていこうッス!」

 

 悪意のまったくない笑顔に、少女たちは一瞬戸惑った。

 だが、応えないわけにはいかない。

 

「……そ、そうよね!絶対『魔女』を見つけ出して、とっちめてやらないと!」

 

 言い出しっぺのうさぎが、真っ先に応じた。

 急いで他の者たちも続いて手を重ねる。

 そしてその上に最後、団長とソフィアの手も来た。

 

「俺たちは今表立った活動はしてないが、出来る限りのことは協力させてもらおう。な、お嬢」

 

「はい!『魔女』の生態も知りたいですからね!新たに情報が入ったら是非こちらへ!」

 

 その時、ルーキーがこちらに来る2人の影を見つけた。

 

「ん?……あの2人は!」

 

 彼は、勢いよく腕を上げて振った。

 

「リーダー!姐さん!早くこっちに来てくださいッスー!」

 

 彼らはこちらに気づき、歩いてくる。

 5人の戦士たちの視線は、雑踏の中から姿を現わした1人の男へと真っ直ぐに注がれた。

 

 青い鎧に細い双剣。 

 高い鼻に、きりっとした眉。後ろに銀髪が風に吹かれてたなびいていた。

 




実際モンハン世界の住人がセーラー戦士を前情報なしで目の前で見たら、魔法の世界との接触がある新大陸調査団の面々はともかく、結構ビビるかなと思う。

あと、最近感想増えてきてすごく嬉しい!これからもお気軽に送っていただけるとモチベ爆上がりします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

太陽のもと、集う⑤

「おや、君はさっきの……」

 

 男と隣の女性は、まことを見て少し驚いていた。

 まことの方はというと、顔をほんのりと紅潮させ、表情は完全に乙女のそれになっていた。

 

「貴方はあの時の……王子様」

 

「……あー、さっき慌ててたのはそういう……」

 

 ちびうさが事情を察して呟き、周りの少女たちも納得した。

 

「ふむ、君たちが『霧』と『魔女』を追うハンターか。よろしく、私が筆頭ハンターのリーダーを務める者だ」

 

 まことの様子にも気づかず、リーダーと名乗った男は軽く頭を下げた。

 少女たちは唖然としながら彼を見つめ続けている。

 数秒経っても答えない彼女たちに、リーダーは怪訝な顔をした。

 

「……イ……」

 

「イ……?」

 

 

「「イッケメーーン!!」」

 

 

 うさぎ、美奈子とレイの高い声が響いた。

 しかも目をハートにして。

 周りの人々の関心がこちらに向く。

 亜美が必死に何でもないと、身振り手振りで弁解する。

 その努力も虚しく、美奈子が内股でもじもじしながら前に出てきた。

 

「あ、あのぉー……もし良かったらお名前を……」

 

「ああ……ジュリアスだが……」

 

 亜美以外の少女4人は、キュンッと竦みあがったような声を上げる。

 

「名前までかっこいい!」

 

「は……はぁ?」

 

「困った声すらかっこいーー!!」

 

 黄色い声で盛り上がる少女たちに筆頭リーダー、ジュリアスは絶句する他ない。

 

「はっはっは!まさか一斉に惚れられちまうとはなあ!」

 

 彼の気も知らず大笑いする団長。

 リーダーは青ざめ、たじたじしながら救いを求めるように団長へ振り向いた。

 

「しょ、書記官殿!何ですか彼女たちは!?」

 

「フフ……初対面で女の子に気に入られちゃうなんて中々じゃない、リーダー」

 

「ひゅーっ!流石我が師匠ッス!」

 

 彼を庇おうとする者はどこにもいなかった。

 隣にいる女性も、どこか楽しげに微笑んでいるだけだった。

 ずっと後方ではにかみながら縮こまっていた亜美が、慌てて割り込む。

 

「ほら、みんな隣の方にもご挨拶しないと」

 

「隣?」

 

 四人は振り返るとやっと女性の存在に気づき「あっ」と声を漏らす。

 

「まさかこの人ってもう……」

 

 うさぎが隣の美奈子の腕を引っ張る。

 

「あっちゃー!お姉さん、すみません!まさかそんなこととは露知らず!」

 

 手を合わせて慈悲を乞う美奈子に女性はきょとんとしていた。

 が、まもなくその意図を理解し口元に手を当てくすくすと笑う。

 

「そんなの、謝らなくていいのよお嬢さんたち。リーダーのこんな顔見れたの、何年ぶりかしら?」

 

 彼女は笑いながら、リーダーの胸をノックする。

 彼は生真面目そうな顔を真っ赤にしてひたすら羞恥に耐えている。

 

「私は筆頭ガンナーのナディア。よろしくね、期待の新人さん」

 

 彼女は自己紹介の後、いたずらっぽく口角を上げた。

 

「あと、別に私と彼とはそういう関係じゃないから安心していいわ」

 

「安心してもらっては困る!」

 

 ガンナー、ナディアの一言を聞いて突っかかるリーダー。

 

「あ、なーんだそうだったのね!」

 

「てっきり彼女さんかと思っちゃった!よかったじゃん、まこちゃん!」

 

 美奈子とうさぎはともに胸を撫でおろし、うさぎはまことの肩をポンと叩く。

 当の本人は、いじらしくうつむいて肩を狭めている。

 

「えー、それはともかく!」

 

 リーダーは咳払いし、無理やり話を断ち切る。

 

「……本来はもう1人メンバーがいるんだが、これからしばらくこの三人で君たちと協力していくことになる。()()()()()()()()()ともに『霧』と『魔女』について調査を進めよう」

 

 後半の言葉を聞いて、うさぎの後ろにいる衛が眉を上げた。

 

「一緒に調査までして下さるのですか?気持ちはありがたいですが、我々にも我々でやるべきことが……」

 

「はいはいはーーーい!!あたしたち期待の新人ですーー!!」

 

「ですーー!」

 

 ともに手を挙げた美奈子とうさぎのコンビネーションにより、衛の言葉は帳消しにされた。

 

「……うさこ……まあ、前から割とあったけどな……」

 

「ちょっとうさぎ!衛さんに思いっきり失望されてるわよ!」

 

 うつむいて顔に手をやる衛を見て、レイがうさぎの肩をつかみ彼へと無理矢理振り向かせる。

 

「そ、そういうんじゃないわよ、まもちゃん!この人たちと行動すればそれだけ情報が集まりやすいしここの人たちだって助かるし、WinWinってやつよ!」

 

 運命の彼氏へ必死に弁解したうさぎは、レイへこっそり耳打ちする。

 

「ほら、レイちゃんだって妖気感じる力で活躍すれば、抜け駆けできるかもしれないじゃん?」

 

 レイは顔をほんのり赤く染め、驚くそぶりを見せた。

 

「う……うさぎにしてはいいこと言うじゃない」

 

「こーいう時だけやたら口が達者なのねうさぎちゃんは」

 

「本音はみんなイケメン間近で見たいだけの癖に」

 

 ちびうさとルナの冷めた視線は、今やここにいる少女全員に向けられていた。

 

「ですが、筆頭ハンターさんたちの手を煩わせるわけには……」

 

「その件については心配ご無用」

 

 渋る衛に、リーダーが即答した。 

 

「『霧』の被害はメタペ密林での一件以来ほとんど確認されてなくて、今はまだ手がかりを探すって段階なのよ」

 

 ガンナーの言葉を受け、ルーキーは満面の笑みで手を広げた。

 

「こうやって時間取れたのも……ぶっちゃけやることないからッス!」

 

「ルーキーさん、ぶっちゃけすぎですね。私たちも人数不足で同じ状況ですが」

 

 にこやかながらも困り眉でソフィアが答える。

 

「まぁせっかくの旅路だ!目的へ一直線もいいが、見知らぬ人との出会いってのもいいもんだぞ、旦那!」

 

 団長に肩を叩かれた衛は、観念したように深いため息をついた。

 

「どうやら俺の意見は少数派みたいだな」

 

「やったー!」

 

 少女たちは(亜美以外)跳びあがりハイタッチしあった。

 

「ありがとう竜人商人さん……この御恩、一生忘れません……」

 

 まことはここにはいない紫羽織の老人に、両手を合わせて感謝を捧げた。

 

「で、これから調査に向かうんですか!?かばん持ちでもお掃除でも何でも致します~!」

 

 前のめりになる美奈子に負けじと、少女たちはリーダーへ詰め寄った。

 ガンナーは先頭の美奈子の額を人差し指で押さえる。

 

「フフ、元気は有り余ってそうねお嬢さんたち。でも、疲労ってのは知らない間に蓄積してるものよ」

 

 彼女はそのまま頭を軽く指で突き返した。

 そのまま、少女たちはぽかんとして彼らを見つめている。

 

「今日はひとまず休みなさい。調査は、しばらく休養してこの土地に慣れてからね」

 

「……ああ、そうだな。……うん、そうした方が良い。急がずとも、君たちならすぐに体力が回復するだろう」

 

 リーダーはそう言ったが、むしろこの中で最も疲れているように見えたのは彼自身だった。

 ガンナーはリーダーに目配せし、ともに人混みへと身体を向ける。

 

「じゃ、これで失礼するわ。団長さん、ソフィアさん、後の手配はよろしくね」

 

「おう、任せろ!」

 

「合点承知です~」

 

 『我らの団』の2人は、一緒に親指を立てて応じた。

 だが、少女たちは未練がましい表情を隠しきれない。

 

「そんな~もうちょっとお話したかったのにぃ~!」

 

「レイちゃん、いつでも準備オッケーでーす!」

 

「あたし……ずっと待ってますから!!」

 

 黄色い声を背に受けながら、リーダーは足早にその場を去っていった。

 

──

 

「……すまない、助かった」

 

 少女たちから逃れたリーダーはガンナーに礼を言いながら、やっと一息をついた。

 

「さっき凄かったわ。今にも卒倒しそうな顔してた」

 

「本当にこういう感じは……非常に頭が痛い……」

 

 そう言いながら頭髪をわしわしとする彼は、心なしかげっそりした顔をしている。

 

「世の男性なら羨む状況じゃない。元気出しなさいよ」

 

 ガンナーはリーダーの背中を発破をかけるように叩いた。

 

「……フフ、なかなか面白い娘たちじゃない。楽しみだわ」

 

 彼女は、人々の間で振られる手を垣間見ながら微笑んだ。

 

──

 

 太陽の集落たるバルバレにも、陽が沈む時間はやってくる。

 まばらに火を灯した松明が並び、いよいよ人々が寝静まろうとしていた頃だった。

 

 これから、バルバレでは『我らの団』が厚意で手配してくれた大テントで寝泊まりすることになる。

 広めの室内を囲うように2段ベッドが3つ配置され、中央にはテーブルと椅子が置かれている。

 テーブルにはランプが置かれているが、既に消されていた。

 既に少女たちは就寝しているはずだったが。

 

「え~んまもちゃんがいない~」

 

 うさぎはぐずりながら枕を抱きしめていた。

 衛やアルテミスなどの男性陣は、別のテントで寝泊まりすることになっている。

 それが彼女にとっては我慢ならないようだった。

 

「いやそりゃ当たり前でしょーが!まずここを貸してもらえてることに感謝しなさいよ」

 

「そうだけどさ、そうだけどさ~……」

 

 下段にいるレイに突っ込まれ、敷布団をいじるうさぎ。

 その背後から、ルナがひょっこりと顔を出した。

 

「あたしとしては、何やかんやできちんと衛さんのこと考えてて安心したわ」

 

「こっちもこっちでウットーシイけど」

 

 一緒にいたちびうさも並んで口を出し、直後にうさぎによって頭を押さえつけられた。

 

「言ったわね~!」

 

「何がよー!」

 

「あぁあぁ、また始まった……」

 

 乱闘に巻き込まれないようその場から離れたルナは、傍観者となり呟いた。

 一方、それら一切のことを耳に入れず自分の世界に浸っている者がいた。

 

「はぁ……ジュリアスさん……」

 

「まこちゃん、いつまで感傷に浸ってんのよ」

 

 うさぎたちの隣のベッド、その上段にいる美奈子から指摘されても、キラキラとした瞳は消え失せない。

 

「あの切れ長の目尻が別れた先輩に似てるんだ……」

 

「出たわね、まこちゃんの恒例行事」

 

「てゆーかそれ似てるって言う?」

 

 レイ、美奈子がさらっと皮肉っぽく言った。

 亜美はもう一つのベッドで本を読んでいたが、狼狽した表情を露わにしている。

 

「盛り上がってるところ申し訳ないのだけれど……」

 

 彼女はおずおずと、手を挙げた。

 

「みんな、ここで恋なんかしてる場合じゃないと思「亜美ちゃん!?」」

 

 

 起き上がった友人たちの視線が、すべて亜美へと注がれる。

 彼女は「ひっ」と肩からすくみあがった。

 

 

「いい!?あたしたちだって華の女子中学生なのよ!ほら、うさぎちゃんだって衛さんと一日中べぇーったりしてるじゃないっ!」

 

 美奈子はうさぎを指さして叫んだ。

 未だちびうさと頬をつねり合っていた彼女は驚き、つねっていた方の手を離した。

 

「な、なんであたしに飛んでくんのよー!」

 

「勿論、本当の目的を忘れなんかしないわ。でもよりによって『恋なんか』だなんてっ……青春の1ページを疎かにする気!?」

 

 レイは亜美の傍にまで寄ると両肩を掴み、涙を流しながら熱弁する。

 

「で、でも……」

 

「狩人だからって恋を諦めろなんて法律、どこの六法全書にだってないわ!」

 

「そうだ!これはあたしたちのもう一つの戦い……つまり狩りと同じなんだよ!!」

 

 美奈子が熱く拳を握りしめ、まことまで無茶苦茶なことを言って参戦する。

 

「よし、明日からみんなライバルだ!!狩猟も恋も全力で競い合うぞー!」

 

 彼女が拳を振り上げる。

 

「おーーーー!!!!」

 

 レイと美奈子がそれに続き、うさぎとちびうさは拍手し、ルナは呆れ、亜美はただひたすら萎縮していた。

 

「こんなことしてて大丈夫なのかしら……」

 

 亜美は頭を抱えながら、ベッドの中に包まるのだった。




セラムンのメンツ(旧アニ)は全体的にミーハーで面食い。それできゃぴきゃぴしてるのが可愛いと個人的に思ってる。
筆頭ハンターは、団長と同じくMH4出典のキャラです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

赤き大地に鳴らす甲冑①

 バルバレの市中。

 女性が赤いスカーフを巻き、黄色のスーツに身を包んで歩いていた。

 ウェーブがかった金髪のショートヘアーの間から覗くのは、くりりと大きい丸い目に小さな鼻の、スタイルの割には幼い顔立ち。

 

「ねえ、きみきみー。珍しい恰好してるね。俺たちと一緒にお茶しない?」

 

 鼻の下を伸ばしきった男二人に、女性が振り向く。

 

「あら、それは嬉しいお言葉」

 

 手で口元を隠す彼女の声は、子どものように甲高くあどけない。

 

「ですけどその姿、仮面舞踏会にでも出席なさるおつもり?」

 

「……え?」

 

 女性の澄ました顔に、あざ笑う表情が浮かんだ。

 

「そのだっさーーーーーい豚さんみたいな服装改めて下されば、考えないこともありませんわ♡」

 

 2人組はしばらく突然の暴言に困惑していたが、やがてもの言いたげに女性へ一気に詰め寄った。

 

「な……何言ってんだ!?これは俺が必死こいて草食竜しばき倒した証だぞ!?」

 

 向かって右側の男が、円柱型のスリットの入った兜を指さしながら訴えた。

 脂肪でもついたかのように膨らんだ形の腹当てが、女性のすぐ前に迫る。

 

 男の装備は『リノプロシリーズ』と呼ばれる。

 全体が紫色の潜水服のごとき様相を呈しており、檻のような兜のせいで怒りの表情は見えない。

 

「俺だってこれのために何百回と鉱石叩いて血豆作りまくったんだぜ!?」

 

 左側の男の白い装備は『ハイメタシリーズ』と呼ばれる。

 こちらも太ましい図体の鎧にバケツを頭に被ったような、右に劣らず珍妙な鎧である。

 当然、顔は見えないので怒号だけが彼の感情を伝えている。

 

 身体をすべて鎧で覆った彼らの姿は、圧迫感なら他の誰にも負けていない。

 それに対し、女性は眼鏡越しでも分かるほど顔を歪めた。

 

「ださいもんはださいですわ」

 

「あぁんっ!?!?」

 

 男たちは姿を貶されたことを許さなかった。

 女性はぺろっと舌を突き出し、すたこらとその場から走り去る。

 

「てめえええ!!」

 

「ハンター舐めてっと死ぬぞ!!」

 

 金属の擦れ合う音を立て、男らは人の間を駆け抜ける。

 鎧を着こんでいるには恐ろしいほどの速度だった。

 が、人を追うにはやや重すぎる。

 彼らは息を切らしながら、テントの間の通路を縫うように走る。

 

 揺れる赤いスカーフは、やがて左手の人少ない通りに向かって逃げ込んだ。

 一瞬、彼女が男たちの視界から外れた。

 男たちは急いで通行人を押しのけ、逃げ込んだ道へと飛び込む。

 

「あ、あれ、確かそこに……」

 

 一本しかない道に、女性の姿はなかった。

 後に残されたのは、気の抜けた情けない男たちの姿のみであった。

 

──

 

 バルバレを象徴する竜頭船の穂先に、女性が腰かけ人々を見下ろしていた。

 折れ曲がった杖をつき、露出度の高い黒いドレスに黄色い裾とストッキングが映えている。

 顔は、先の女性とまったく同じだった。

 

「はー、どこ見渡しても脳筋ゴリマッチョばっかり!こんな世界で働かされるミメットったら、ホント恵まれない子!」

 

 退屈そうに身をかがめてため息をつき、脚に肘をつく。

 市場に並ぶどの人も、彼女の姿を捉えることはない。

 こんなところに人がいるなど、思いもしていないのだ。

 

「今時チラシなんて、如何にもユージアル先輩らしいやり方よねぇ」

 

 魔女ミメットは、胸元からチラシを取り出した。

 いかにも悪役顔をしたセーラー戦士らしき少女たちが描かれた紙である。

 そこには大きな見出しで「闇をもたらす魔女、懸賞金『1000000ゼニ―』」と書かれている。

 

「悪の組織ならそんなケチケチしないで、もっとパアーッていかなくっちゃ」

 

 それをミメットは後ろ手に風に乗せて捨て、膝を回して逆に組み替えた。

 

「エナジーを回収できて、しかもセーラー戦士どもを追い出せて、しかもイケメンをゲットできる方法……」

 

 彼女はしばらく悩んでいたが、やがてニコッとして不意に横手を打つ。

 

「あ、面白いこと思いついちゃった!ミメットったらてーんさーい!」

 

 惜しげもなく自画自賛する少女は、先ほどとは一転してうきうきして腰を上げた。

 

「ささ、さっそくおっしごっとおっしごっとぉ~」

 

 口ずさみながら魔女ミメットは飛び降り、何処かへ消えた。

 

──

 

 数日後。

 

「もうあの時から1週間か~。何もすることないときって時間早く感じない?」

 

「同意~」

 

 うさぎは手持ち無沙汰そうに頬を机につけ、隣の美奈子が伸びをしながら答えた。

 

「何もないのも、それはそれで困るのよねー」

 

 レイが自身の財布を逆さにし、数枚にまで減った貨幣をテーブルに落とした。

 住居は『我らの団』が提供してくれているが、衣食は自分たちで賄わなければならない。

 資金は以前のディノバルド、ライゼクスの依頼で十分に稼いだはずだった。武具を揃える分を考慮してもこの先少なくとも1ヶ月は持っただろう。

 

 だがそこはやはり、うさぎたちは女子中学生であった。

 色鮮やかなバレッタ。異国の空気に染まれる香水。涼やかながらデザイン性に富んだスカーフ。

 そして、賑わう市場のなか露店で出される魅力的な食べ物。

 この市場のあらゆるものが、彼女たちの興味を、そして──購買欲求を駆り立てたのである。

 

「もうそろそろ狩りをしないと、あたしたち路頭に迷っちゃうよなあ」

 

 まことが肘をつきながら言うと、美奈子が顔を引き締めぎゅっと拳を握りしめた。

 

「そうよ!ちゃんとリーダーさんのハートをGETして、ちゃんと調査もしなくっちゃ!」

 

「……順序が逆よ」

 

 本を読んでいた亜美が呟き、呆れたように天を仰いだ。

 その時、テントの外で翼がはためく音がした。

 

「あっ、手紙だー!」

 

 亜美の隣にいたちびうさが、入口の幕を開ける。

 伝書鳩がテントすぐ前の止まり木に止まっている。

 彼女は背伸びして鳩から手紙を手に取り、テーブルの上で開いた。

 

 

 『霧』と『魔女』を追う猟団殿

 

 遺跡平原にて『霧』に侵されたモンスターが報告された。

 調査のため、明日にはここから最も近い遺跡平原に向かう。

 詳細は調査に向かう際説明する。

 日没の鐘が鳴る時、すぐ目の前にある飛行船の発着場にて待つ。

 

 筆頭リーダー ジュリアス

 

 

 流麗な字体だった。

 内容を確認したあと、少女たちは黙りこくる。

 亜美が急いで本を盾にする。

 彼女たちはすう、と深呼吸した。

 

「キターーーーー!!!!」

 

 レイとまことと美奈子が一斉に飛び上がり、ハイタッチした。

 

「つ、遂に遂に遂に遂に!」

 

「この時が、この時がやってきたのよ!」

 

「待っててくださいジュリアスさん、あたしが迎えに行きますから……!」

 

 三人は感激のあまり涙ぐんでいる。

 

「いぇいいぇい盛り上がってるぅ~」

 

 うさぎは快哉を叫ぶが、亜美は眉を顰めていた。

 

「……果たしてこれは良い盛り上がり方なのかしら」

 

 ちびうさは、うさぎと似たような笑みを浮かべて机の下の脚をバタバタさせている。

 

「へへ、どんなところなんだろ~」

 

 遠足にでも行く雰囲気で様々に思い浮かべたちびうさだが、そこにうさぎが横から顔を突き出す。

 

「忘れてないと思うけど、ちびうさは留守番だからね。ルナとアルテミス、あと団長さんたちの言うこと、ちゃんと聞きなさいよ?」

 

「……何よ人がワクワクしてる時に!」

 

 ちびうさは勢いを削がれ、一転して不機嫌になる。

 彼女は歯を剥き出しにしてうさぎを睨むと、へそを曲げてベッドに入ってしまった。

 

「うさぎちゃん、言うタイミング……」

 

 ルナがうさぎを咎めるが、当の彼女自身ちびうさの反応に困っているようだった。

 

「だって、いつかは言わなきゃいけないことでしょ?」

 

 それを見たまことが、ちびうさが潜む布団に手を添えて宥める。

 

「しょうがないよ、ちびうさちゃん。前の世界と違って、外は本当に危ないんだから」

 

「お土産話、たくさん持ってきてあげるからね」

 

 亜美も隣に座って優しく語りかけたが、ちびうさの表情はぶすっとしたままだった。

 

──

 

 そして翌日。

 うさぎたちがココット村から旅立って以降、初めての狩りとなる。

 

 青空の下になだらかに続く金色の草原が見える。

 所々に精巧な赤い柱の瓦礫が見えているが、これが地名の由来である『遺跡』である。

 遺跡は既に風化し、自然と一体になっていた。

 遠くには壮大な山脈が鎮座し、その険しさを物語る。

 

「……さて、この地域を調査するメンバーについてだが」

 

 飛行船は、船に直接気球を取りつけたような豪快な作りになっている。

 その船上に筆頭ハンターと少女たちが集っていた。

 喋っているのは、調査の総指揮を取る筆頭リーダーである。

 テーブルの真ん中にはこの地の狩場のマップが広げられている。

 

「ここは私と衛君、うさぎさん、そして亜美さんで進めさせて頂きたい」

 

「え、あたし?」

 

 うさぎは驚いて自らを指さした。

 少女たちの残りは唖然としている。

 

「あ……あの……リーダーさん?」

 

 まことが呼び止めるように手を伸ばすが、無視される。

 

「私は、物事は何事も初陣が重要と考えている」

 

 リーダーは決意した表情で、机に手を置いた。

 

「我々の目的は『霧』と『魔女』の真相を突き止めることだ。そうだろう?」

 

 やっと例の3人に視線が向く。

 彼女たちは必死に激しく頷いた。

 

「君たちが役に立たないと言っているのではない。ただ今回で、調査の方向性を決めておくべきと……思うのだ」

 

 こちらの出方を探るような目つきである。

 奇妙な沈黙が走る。

 レイが唐突に笑顔を作った。

 

「で、でもあたしたち、5人で1つって言いますかぁー」

 

 彼女は腕をうさぎの腕に絡めるついでに、リーダーへ甘ったるい声と上目遣いで急接近を図る。

 急いでまこともそれに続いた。

 うさぎが両肩から2人に挟まれ「ぎゃっ!」と叫ぶ。

 

「そうですそうです!仲間と一緒にいれないなんて、寂しいじゃないですか!」

 

 リーダーはじり、と後ろに下がる。

 

「一度に狩りに行けるのは最大4人までだ……そう決まっているのだ!」

 

 そう訴えても、彼女たちは接近を辞めない。

 ついでに美奈子も一直線に迫ってくる。

 

「で、でもあたしたちも絶対お役に立てますからっ!」

 

 リーダーの背中に壁が付いた。

 逃げ場を失った彼に、息巻いた3人の顔が迫ってくる。

 

「やめろー-っ!!!!」

 

 初めて彼は顔を真っ赤にして怒鳴り、彼女らを押し返した。

 

「君たちは調査を妨害する気かっ!!いったい何のつもりで我々と組んだ!!私はデートしにここに来たのではないぞっ!!」

 

 耳の奥まで突き刺さる、刃物のように鋭い声だった。

 思わず少女たちが仰け反る。

 うさぎまで巻き添えを喰らい目を回す。

 彼は一通り叫び終わってから、はっと我に返った。

 

 誰もがしんと静まり返っている。

 突き離された少女たちは完全に固まっている。

 

 リーダーは辺りを見回すと、やってしまったという顔で眼を背けた。

 

「他に……何か」

 

 レイ、まこと、美奈子の3人とも、灰にでもなって風の中に消えそうな顔になった。

 こんな時でもルーキーは「ドンマイ!」と明るく呼びかけ、ガンナーは必死に下を向いて噴き出すのを何とか堪えている。

 少女たちは、揃って膝から崩れ落ちた。

 

「なんで……なんでこんなことに……」

 

「いやー、誰がどう見ても分かりきってんのよねこれ……」

 

 3人の中心にいるうさぎが、泣きついてくるまことの言葉に対し小さく返した。

 

「あたしたち、そんなつもりじゃ……そんなつもりじゃなかったんです……」

 

「め゛ーわ゛ぐがげでずみ゛ま゛ぜん゛でじだぁ゛!!」

 

 目を潤ませるレイと並び、美奈子が大泣きしている。

 

「ほら、これで顔拭きなさい」

 

 そこに、ガンナーが苦笑しながら手ぬぐいを差し出す。

 彼女は美奈子の肩に手を置き、リーダーを見上げた。

 

「リーダーったら、正論は正論でもちょっと手加減してあげないと。この子たち、いくら優秀でもまだ十八もいかない女の子よ?」

 

「……うっ……」

 

 リーダーは失恋したように悲しみに暮れている少女たちを見て、ますます顔の気まずさを募らせた。

 ため息をつくと、ぎこちなく彼は背を向ける。

 

「……泣かなくていい、分かればいいんだ。さあ、今回のメンバーは準備ができ次第向かおう」

 

 彼はそううさぎたちに呼びかけ、足早に準備室へと向かっていった。

 

「じゃ、じゃあいってきま~す……」

 

 うさぎたちは、悲嘆にくれる仲間を後に残して出発した。

 




リーダーは恋愛に疎いので絶対拒否反応がすごい。
あと、今後の参考までにアンケート置いときます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

赤き大地に鳴らす甲冑②

 

 苔生した遺跡の合間から太陽が覗いている。

 かつて室内であったであろうそこは既に朽ち、僅かに壁と天井の残骸を遺すのみ。

 テントの側から小川のせせらぎが湧き出、斜面を伝っている。

 その先、古びたアーチ状の遺跡が金色の絨毯へと来訪者を導いていく。

 

 そこが遺跡平原のキャンプ地であった。

 うさぎたちは、ここから新たな地の第一歩を踏み出そうとしている。

 

 アーチを抜けると、黄金が視界を覆い尽くした。

 向こうの山脈が、飛行船から見た時より大きく見える。

 

「わあぁ……!」

 

 うさぎは斜面を一気に駆け下りる。

 煉瓦の段差から下の草原に飛んだ。

 大地の女王から成る脚が、ガシャリと鳴って黄金の地を踏みしめる。

 風が吹いた。草が飛び、頬の横を舞っていく。

 

「すっごーい!!」

 

 振り返って手を広げ飛び跳ねながら、無邪気な顔で喜ぶうさぎ。

 衛と亜美もつられたように似た表情を浮かべていると、リーダーが後ろから二人の肩を叩いた。

 

「……ほら、いくぞ」

 

 亜美は慌てて表情を引き締めた。

 

「あ、すみません!それで、今回の調査対象は?」

 

「現在最も『霧』への感染が疑われるのは、『徹甲虫アルセルタス』だ」

 

 リーダーは、前を向いたまま答えた。

 

「げっ、む、虫ー!?」

 

 うさぎは露骨に顔を歪ませる。

 リーダーが段差を下り、うさぎの横までやってくる。

 

「空を飛んで突撃してくる中型の甲虫種だ。それほど強靭な種ではないが、動きが素早いから用心しろ」

 

 彼はうさぎを追いこして先に進むが、あとの三人は戸惑っている。

 

「……大きさは?」

 

 亜美が背中越しに恐る恐る聞く。

 リーダーは振り向いた。

 

「個体差にもよるが、およそ6mほどだ」

 

「ろろろ6m!?」

 

 うさぎは卒倒しかけた。

 下手をすれば、単純な強さ()()()()()()で飛竜より手強いかもしれない。

 異邦人3人はこれからそれを相手にする事実に、揃って呆然としている。

 

「さあ、早く行かねば狩場から逃げられるかもしれないぞ」

 

 リーダーは表情を変えず、再び前を向いて足早に歩き出す。

 

「あっ、待ってー!」

 

 うさぎは追って駆け出した。

 あとの2人もため息をついて覚悟を決め、彼女に続いた。

 彼が生息している山脈に着くまで、うさぎたちは歩くその足で講義を受けた。

 

 アルセルタスの主な武器は、頭の角と鎌状に進化した前脚の爪である。

 空中では機敏だが地上に落とせば動きは読みやすい。

 弱点は腹であり、正面を避ければ容易に接近可能である。

 尾部より発射される腐食液には気をつけよ。

 

「余談だが」

 

 調査開始から約30分。

 リーダーがそう言って立ち止まったとき、彼らは山脈の麓にある平原地帯『エリア3』に来ていた。

 右方に山脈を登る坂道が伸びている。

 

「かの種には番がいる。出現報告はされていないが、万一の場合に備え常に周囲に気を配るように」

 

「えっ、番?それって夫婦って意味よね!」

 

 気分の切り替えは早いようで、うさぎは笑顔で隣で歩く衛の腕をひったくる。

 

「きっと仲がいいのよ、あたしとまもちゃんみたいに!」

 

 うさぎは衛に臆面もなくひっつき、頬をその肩に押し付けた。

 

「おい、ちょっと人前で……」

 

 衛は慌ててうさぎの肩を揺さぶるが、彼女の身体はぴくりともしない。

 亜美は「もう、うさぎちゃんったら」と気忙しく横に視線をずらす。

 それを見た筆頭リーダーは視線を外し、空を眺めた。

 

「……まあ、そうと言えば……ある意味そうかもしれない」

 

「?」

 

 歯切れの悪い言葉に、うさぎが首を傾げたところだった。

 

「誰か、誰か助けてー!」

 

 甲高い泣き声が木霊して飛んできた。

 方角は、山脈の渓谷にある『エリア4』である。

 うさぎたちは頷きあい、急行した。

 

 赤色の岩肌が顔を見せ、真上には鮮やかな紅葉が空を覆っていた。

 浅い小川を底とした巨大な谷がエリアの大半を占め、上流には山脈の壁が、下流には断崖絶壁があり小川はそこに流れ落ちている。

 一番目立ったのは、小川の上に伸びるアーチ状の岩だった。もはや遺跡なのか天然の石なのか、風化のせいで見分けがつかない。

 

「もう、一体どこなのよここ~!」

 

 幼くわんわんと喚く声が谷の方から聞こえた。

 

「あの橋の下から聞こえるわ」

 

 耳を澄ましていた亜美が指さした先、天然の橋の下に服の裾らしきものがちらりと見える。

 

「大丈夫か!?」

 

 リーダーが真っ先に谷底へ駆け付ける。

 その声の主はそれに気づき、用心深く半身を橋の影から覗かせる。

 

「あっ、ハンターさん!助かったわ!」

 

 丸眼鏡をかけた女性らしき人物が、ぱっと顔を輝かせる。

 彼女は赤いスカーフに、黄色いコートを着ていた。

 声は子どものように甲高く、あどけない。

 

「それに……」

 

 女性がぽっと顔を赤らめたのに、リーダーは気づいていない。

 

「まず、君の名前を伺おうか」

 

 そう言われた彼女ははっとして、首を傾けにこりと笑った。

 

「あっ、あたし、ミミって言います」

 

「一般人がハンターも付けず、何をしている?」

 

「あたし、ちょっと仕事帰りで迷子になっちゃって……」

 

 ミミと名乗った女性は、人差し指で目端の涙を拭ってみせた。

 小川近くでしゃがんでいたせいで、彼女のコートの裾から水滴が滴っている。

 

「こんなとこに1人で来るなんて、どういうお仕事なんですか?」

 

「えーっと……フィールドワークですわ。ちょっとそれ以降はプライベートですので……」

 

 うさぎには想像がつかず聞いてみたが、ミミは少し視線を右上に向けたすえ答えた。

 

「とにかく遭難者がいるとなると、一刻も早くこのエリアから彼女を連れ出すべきでは?」

 

 衛がそう言ってリーダーと視線を合わせると、彼も頷いた。

 ミミはそれを見て衛にまでも見惚れているのだが、彼らは一向に気づかない。

 

「そうだな。調査は一時中断だ。まずは彼女の保護を最優先としよう」

 

 一行は橋の下から出ることとした。

 うさぎは亜美と並んで歩きながら大きく一息吐き出す。

 

「正直安心したわー。いきなりでっかい虫なんて相手にできる自信ないわよぉ」

 

「うさぎちゃん、いつかは通らなきゃいけない道よ?」

 

 亜美はうさぎをたしなめつつリーダーたちに続いた。

 調査隊は段差のある広い台地へと上がる。

 そのまま右手の元来た『エリア2』へ続く道を戻ろうとしたところで、ミミは密かに舌なめずりをした。

 

「あのぉ~」

 

 遠慮がちながら甘ったるさを隠さない声に、面々が振り向く。

 ミミは屈託のない笑顔で掌を重ね合わせていた。

 

「出来ればミミぃ、殿方たちにバルバレまで送ってもらいたいなぁ、なーんて」

 

 筆頭リーダーと衛の眉間に皺が一気に寄った。

 

「……なぜ?」

 

「ほら、貴方たちって調査?……してるんでしょ?だったら頼もしい御仲間に任せて手分けすれば、中断なんかしなくていいじゃないですかぁ」

 

 彼女は上目遣いで2人の腕をぱっと取って握る。

 うさぎはそれを見て口をあんぐりと開け、亜美は眉を顰めた。

 ミミは無理やり、男たちと指同士を絡めようとした。

 

「だから、バルバレに戻るまであたしと一緒に……」

 

 男2人は、惚れるどころか困惑の表情しか見せない。

 うさぎがミミの手を衛の腕から引きはがし、胸を押して引き離す。

 

「ちょっと!あたしのまもちゃんに触らないでくれる!?」

 

 うさぎが衛の彼女と分かると、ミミの表情は目に見えて不機嫌になった。

 

「何よあんた。小娘は引っ込んでなさいよ!」

 

「なによ、小娘じゃ悪いっての?」

 

「ひょろっちい女に護衛なんて務まるわけないじゃない!」

 

「な、なんですって!」

 

 火花を散らす2人を見て、リーダーは頭を抱えた。

 

「ああ、次々に予定が狂っていく……」

 

「まったく、よりによって気難しい人に出会ったもんだ」

 

 呆れていた衛は偶然、山脈へ続く登り坂の上空に小さな影を見た。

 

「ん?」

 

 影は、ぐんぐんとこちらに向かって迫って来る。

 近づいてくる羽音。

 予想以上に速い。

 

「伏せろ!!」

 

 ミミやうさぎたちを庇ってしゃがんだ男たちのすぐ真上を、巨大な緑色の角が通過した。

 一緒にしゃがんでいたうさぎは、恐る恐る前を確認する。

 

 上空からゆっくりと降りてきたのは、巨大な甲虫だった。

 カマキリの頭と鎌、カブトムシの角と身体を掛け合わせたような姿である。

 6mの巨体を持つそれは、薄羽を目に見えぬ速度で震わせホバリングしている。

 

「う、うえ~っ、まさかあれ……」

 

 案の定うさぎは怪物の姿に慄くが、同じものを見据えるリーダーの表情は変わらない。

 

「ああ、徹甲虫アルセルタスだ!」

 

 リーダーはミミを後ろに突き飛ばし、無理やり遠ざけた。

 彼は背負う双剣の柄に手を添える。

 

「もうっ、妖魔になったんなら空気ぐらい読みなさいよっ……!」

 

 ミミは唇を噛んで小さく毒づいたが、それは誰にも聞こえていない。

 

 怪物は紫の息を漏らしながら鎌を擦り合わせ、ちきちきちき、と威嚇するように唸る。

 衛も片手剣『アサシンカリンガ』を抜刀して叫んだ。

 

「やはり『霧』に感染してる!報告通りだ!」

 

 アルセルタスはぶぅんと翅をはためかせ、狩人たちに急接近すると空中から鎌を振りかざした。

 大袈裟に振りかぶったため、動きは読みやすい。

 最も前方にいたうさぎは咄嗟に盾を構える。

 衝撃と振動が盾から彼女の身体へと伝わり、危うく吹っ飛ばされそうになるがこらえた。

 そこでうさぎは気持ちを入れ替え、亜美に叫んだ。

 

「亜美ちゃんっ!」

 

「ええ!」

 

 亜美は既にライトボウガンに通常弾を装填し、後方にスタンバイしていた。

 『ハンターライフル』から放たれた弾はアルセルタスの角に当たり、破片とともに白い筋を残す。

 気を取られた隙を狙い、うさぎと衛が斬り込む。

 

「……ほう」

 

 その息の合いように、リーダーは背の双剣の柄に手を伸ばしながら注目していた。

 

 数ヶ月前、旅で滞在したココット村にてハンター稼業を発心。

 以降才能を開花させ、ドスランポス2頭、『霧』に侵されたドスマッカォ、リオレイアとディノバルドを討伐、そしてイャンクックとライゼクスを撃退。

 そして表立ってギルドカードに書かれてはいないが、あの金髪の娘はリオレウスを単身で相手取り、瀕死まで追い込んだと言う。

 

 筆頭ハンターたちが彼女たちについて得ていた情報はそれだけだった。

 常人とは思えない出世と実績である。

 

 そしていまそれを実証するように、彼らは歴戦の戦士のごとき身の裁きを見せている。

 初期は互いの武器が当たって怪我をする初心者も多い。

 彼らのような動きは、よほど信頼が構築されていないと不可能である。

 

 リーダーは柄を引きながら小さく独り言ちた。

 

「どうやら商人殿の情報は事実のようだ」

 

 1対の鞘からまず青色が現れ、引き抜かれるにつれて鮮やかな赤紫へと色が変わっていく。

 双剣を天にかざして重ね合わせ、目を瞑る。

 刃同士が擦れ合い熱を帯びる。

 

「っ──」

 

 彼が目を見開くと同時に、剣から凄まじい気が立ち昇った。

 

 『鬼人化』。

 

 双剣使いが必ず習得する狩猟術である。

 集中と昂奮による一時的な強化状態であり、目にもとまらぬ斬撃が他の武器にない強みとなる。

 

 リーダーは獲物を見据え、柄をくるりと回して剣を逆手に持った。

 今一度、位置関係を見定める。

 獲物は、段差の向こうで仲間たちと攻防を繰り広げている。

 ならば、やることは一つ。

 男は獲物を睨み据えて駆け出した。

 

「ヤツを地面に落とす!そこから退いてくれ!」

 

 覇気のある声に、うさぎたちはただならぬ気配を感じて飛びのく。

 アルセルタスは気づかず、狩人たちを近づけまいと鎌を横ざまに回転させ振り抜いた。

 その勢いで目の前に腹部が来た。

 恰好のタイミングである。

 

「……落ちろ!」

 

 段差を蹴って跳ぶ。

 空中で身体は螺旋を描き、アルセルタスの腹にそのまま突っ込んだ。

 数秒のうちに数え切れぬほどの斬撃が獲物を抉る。

 

 人間業とは思えないその光景に、うさぎたちは目を白黒させた。

 アルセルタスはたまらず仰向けになって地に落ちた。

 脚をばたつかせる怪物をうさぎたちが見つめていると、華麗に着地したリーダーは剣を構え直し叫んだ。

 

「ここは私に任せろ!君たちはその女性を安全な場所に保護してくれ!」

 

「……あの人なら1人でも大丈夫そうだな」

 

 衛の言葉に疑いの余地はなく、うさぎと亜美は頷いて素直にリーダーの指示に従った。

 

「よし、じゃあ一緒に逃げるわよミミさん!」

 

 彼らは同じく呆然としていたミミを無理やり押し出し、『エリア2』へ続く坂へ向かう。

 

「ちょっと、小娘2人は余計って言ってるでしょ!?」

 

 ミミは睨みながら抗議するが、聞き入れる者はいない。

 その時、足元が突然激しく揺れた。

 

「地鳴り!?」

 

 うさぎたちの前方の地面がひび割れた。

 割れ目の間から、轟音とともに土煙が噴きあがった。

 

「何よもう、次から次へと!」

 

 ミミが不愉快そうに叫んだ。

 

 巨大な甲羅のようなものが、地中から這いだした。

 厚く平たい身体に4つの脚がついているのだけは辛うじて分かった。

 地中に残っていた細長い尻尾らしきものが最後に出てくる。

 少なくとも、竜や獣の類ではない。身体の構造は蠍のそれに近かった。

 重々しいブオォン、という鳴き声は、まるで機械の駆動音のようだった。

 

「ゲネル・セルタス!!」

 

 リーダーが振り返って叫んだ。

 




サンブレイク楽しみすぎ……!ガンランス強くなっててくれお願いだから。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

赤き大地に鳴らす甲冑③

 

 煙の中からゆっくりと姿を現わしたその姿は、アルセルタスとは似ても似つかなかった。

 アルセルタスより二回りは大きい体躯を誇り、その体格差はまるで大人と子どもである。

 平たい身体を白いラインの入った玉虫色の装甲が覆い、正面下部には黄色の目が光り、その頭部を護るように鋭い大顎がぐわりと開いている。

 甲冑のごとく甲殻が重なった4本の脚は力強く大地を踏みしめ、地鳴りさえ発生させている。

 末広がりの尻尾の先は二又に分かれ、丸い鋏のようになって動いていた。

 

 ゲネル・セルタスは、汽笛のような雄たけびを上げるとうさぎたちに向かって突進した。

 道幅いっぱいに広がる巨体からは、後退するほかない。

 

「わああ、ちょっと!」

 

 巨体に見合わない速度に押され、うさぎたちはリーダーの近くへ戻されてしまった。

 ちょうど、アルセルタスとゲネル・セルタスによって挟まれる格好である。

 

「まさか、これがアルセルタスの番ですか?」

 

 亜美がライトボウガンを構えて聞くと、リーダーは首を縦に振った。

 

「ああ、あいつは雌だ」

 

「え、あんなにごついのに!?」

 

 うさぎは純粋に驚いていた。

 アルセルタスは紫の息を漏らしながら、ゲネル・セルタスの来訪を喜ぶかのように周りを飛びまわる。

 

「夫のピンチに駆け付けたのね!やっぱり愛のパワーってすごいわ」

 

「俺たちも負けちゃいられないな」

 

 うさぎと衛は2頭の様子を見て気を取り直し、剣を構えた。

 

「気を付けろ。先入観に囚われるのは狩りの場では危険だ」

 

 リーダーはちらりと目線を後ろにやって呟いたが、その意味を彼女たちはまだ知らない。

 

 ゲネル・セルタスが突然、全身の隙間から黄土色のガスを噴出した。

 むっとするような匂いが立ち込める。

 

「にゃ、にゃにこれくっちゃー!」

 

 うさぎは屈んで鼻をつまんだ。

 

「フェロモンガスだ。あれでアルセルタスを操る」

 

「操る?」

 

 衛が思わず聞き返した。

 アルセルタスは振り向き、ゲネル・セルタスの頭上に飛んでいく。

 彼は背の甲殻に脚を置く。

 張り切るように折り畳まれていた鎌を広げ、万歳をするように威嚇する。

 その姿はまさしく『合体形態』であった。

 

 機動力のアルセルタス、破壊力のゲネル・セルタス。

 これらが組み合わさることで、この甲虫種は飛竜に匹敵するほどの脅威をもたらす。

 上の雄は腐食液や長くなった鎌で亜美の射撃を牽制し、下の雌は周囲を鋏で薙ぎ払いうさぎたちを近づけない。

 まさに遠近両対応の無敵要塞だ。

 

 不意にゲネル・セルタスがミミめがけ、口元に水泡を噴き出し始めた。

 

「ひっ……」

 

 咄嗟に近くにいたリーダーが庇って倒れ込むと、頭上を圧縮された水の砲弾が3連発通り過ぎた。

 直後、大爆発とともに背後にあった岩石の壁が深く窪んだ。

 

「あ、あ、あんな奴がいるなんて、きょ、教授から聞いてないわよ!」

 

 ロマンチズムに浸る暇すらなく、ミミはただ震えている。

 だが、ゲネル・セルタスは砲撃の余波で後ずさりして隙ができた。

 

「今のうちにあっちから平野の方へ逃げろ!適当な物陰に隠れ、あとの救助を待ってくれ!」

 

 先ほど通ろうとしていた『エリア2』への道を指さし、リーダーは叫んだ。

 

「は……はいいっ!!」

 

 ミミはつまずきながらも坂の下へ逃げていった。

 彼らは、遠方から着実にダメージを負わせてくる亜美に目標を切り替えた。

 

「次は何をしてくるかしら」

 

 亜美は身構えたが、これまで至って動きは読みやすかったためそこまで警戒はしていなかった。

 アルセルタスが背の甲殻のへりに脚をひっかける。

 彼は翅を震わせると、なんとゲネル・セルタスを自身の力だけで持ち上げ宙に浮かせた。

 

「えっ……」

 

 そのまま地面すれすれで飛んで突っ込んでくる。

 雌雄の体格差からはとても予想のつかない攻撃に、亜美は度肝を抜かれた。

 幸い遠くからの攻撃だったため回避が間に合った。

 

 しかし攻撃は止まない。

 着地してから振り向くと、アルセルタスが自身の角を地面に突き刺し、そのままゲネル・セルタスが発進した。

 生きる重戦車が地を削りながら迫る。

 『重量級』が出してよい速度ではない。

 

「なんてコンビネーションだ!」

 

「もう、なんだか悔しいくらい!」

 

 衛とうさぎも轢かれそうになり、急いで退避する。

 とても夫が『霧』に感染しているとは思えない連携だった。

 攻撃を加える暇などどこにもない。

 そんな中、アルセルタスを覆う『霧』はより一層濃くなりつつあった。

 

「みんな、一刻も早くアルセルタスだけでも倒した方がいいかも!」

 

 なんとか攻撃を避け切った亜美が叫んだ。うさぎが傍に寄る。

 

「どうして?」

 

「『霧』の性質が狂竜ウイルスと共通するなら、ずっとあれだけ近くにいると感染する可能性があるわ」

 

「……どうしよう……」

 

 うさぎは迷った。ここで浄化しようにも、リーダーの前では変身できない。

 しかし、振り向いた巨大虫夫婦を見て彼女はひとつ発見をした。

 

「あっ、疲れてる!」

 

 いかに強大であっても、やはりそこは生物であった。

 大技を連発したせいなのか、両者とも目の光が弱くなり涎を垂らしている。

 彼女はリーダーに急き立てるように手を挙げる。

 

「リーダーさん、ちょっと提案があるんですけど!」

 

「なんだ?」

 

「ここであたしたちがあの子たちを疲れてる間引きつけるから、リーダーさんはミミさんを連れて戻るってのはどう!?」

 

 これならミミを救出できるし、変身して浄化、相手を調べる時間も出来る。

 亜美と衛は、はっとしてうさぎの横顔を見つめた。

 だが、リーダーはしばらく考えたあと渋い顔をした。

 

「……それはむしろ逆の役割だろう」

 

 彼はためらいながらも、提案をはっきりとはねつけた。

 

「こういう場合、普通は経験者が危険を背負うものだ。一年もハンターをしていない者に任せきることはできない」

 

 リーダーはそう言ってから怪物たちの方を指さした。

 

「それに、恐らくそんな悠長なことをしてる時間はない」

 

「?」

 

 その時、ガッと何かを掴む音とともに絞り出すような呻きが聞こえた。

 うさぎたちは、彼らから外していた視線を元に戻した。

 

 ゲネル・セルタスが、鋏で頭上のアルセルタスを掴んでいる。

 彼はもがくも、背中から引きはがされる。

 ゲネル・セルタスはそのまま、彼女の番を後方の地面に叩きつけた。

 

「えっ」

 

 その身が何度も打ち付けられ、破壊される。

 

「な、なにしてるの!?」

 

 うさぎだけでなく、衛と亜美も困惑していた。

 彼女の眼前にぽとんと落とされると、アルセルタスは転がって仰向けにひっくり返った。

 動く気配はない。

 既に事切れていた。

 

「今のうちに準備をしろ!」

 

 リーダーの指示が飛ぶ。

 うさぎたちはついさっきまで生きていた骸を前に呆然としていた。

 

「ぼうっと見てる暇はない!」

 

 それを受けて、慌てて砥石を取り出し武器を研ぎにかかった。

 だが、どうしても気になって上目で見てしまう。

 その光景が視界に飛び込んできた時、うさぎは目を見開いた。

 

 

 食べている。

 

 

 ゲネル・セルタスは番の身体を引きちぎり、大顎を手のように使って口へ運んでいる。

 涙を流すこともなく、黄色い目は無機質な眼差しで()()を貪っている。

 うさぎは砥石を手から取り落とした。

 

「……あれは恐らく感染するな」

 

 そう呟いたリーダーは、既に双剣を研ぎ終わっていた。

 やがてゲネル・セルタスの身体に変化が生じた。甲羅が次第にほのかな紫色を帯び始め、口から黒い靄を吐き出し始める。

 雄の身体がある程度無くなると、ゲネル・セルタスは満足したように身体を持ち上げて咆哮し、蒸気を甲殻の間から噴き出した。

 

 予想通り、彼女も『霧』に感染した。

 

──

 

 調査隊の飛行船は、低空に停泊している。

 緊急時にいつでもより早く現場に駆け付けるためである。

 

 船上では、残ったメンバーがうさぎたちが調査から戻って来るのを待つ。

 ルーキーとガンナーは落ち着いた表情で武器の点検と整備をしている。

 しかし、少し離れた場所で顔を突き合わせている少女たちは様子が違った。

 

「……やっぱり強い妖気を感じるわ。さっきより一層濃くなってる」

 

 レイが目を閉じて正座し、妖魔の力を感じ取りながら言った。彼女が生まれ持つ特殊能力である。

 

「行く、べきかしら」

 

 レイは、迷うように美奈子の顔を見つめた。

 普段は元気のよい彼女でさえも、先のことを引きずっているのかややしょんぼりとしている。

 

「あたしたちが行ったら余計に事態が悪化しない?」

 

 自分たちが『魔女』と呼ばれる姿であの男の前に現れれば、当然混乱をもたらすだろう。

 当然、ガンナーとルーキーの目もある。

 彼らの立場と後のことを考えれば、行くのは明らかに得策ではない。

 

「……なあ、こういう場合どうする」

 

 まことが、うつむいて腕を組みながら言った。

 

「どうするって……」

 

「もしかしたら、またあの人の足引っ張っちゃうかもしれないわよ?」

 

 彼女が視線を上げ、閉じていた目を開けた。

 

「好きになった人1人護りにいけないんじゃ、セーラー戦士の名が泣くんじゃないのかい?」

 

 その瞳には、既にめらめらと闘志が燃え上がっていた。

 レイはそれを見て静かに口角を上げた。

 

「さすが一目惚れ第一号ね」

 

「よし、そうとなれば!」

 

 美奈子は膝を叩いて立ち上がった。

 筆頭ハンターたちはそれに気づき、何事かと見つめ上げる。

 

「ルーキーさん、ガンナーさん!あたしたち、ちょっと中で静粛に反省会してきます」

 

 そう言った美奈子に、ガンナーは微笑で答える。

 

「良いわよ。別の部屋使う?」

 

 彼女が個室へ続く階段を親指で示したのに対し、少女たちは頷きつつ礼を言った。

 

「少しの間ですけど、鍵かけるんでお願いします!」

 

 彼女たちはそう言ったきり早足で階段を下りていった。

 ルーキーは特に咎めることなくりょーかーい、と返事したが、少し経ってから隣に座るガンナーに顔を近づけた。

 

「なに話すつもりなんスかね?」

 

「乙女同士の話題には顔を突っ込まないものよ、ルーキー君」

 

 ガンナーは顔を上げないまま答え、ボウガンの動作確認を進めた。

 

 ドアを閉じると、少女たちは1つだけある丸い窓を見据えた。

 通常気圧の関係で閉じられる窓は、現在解放され風が入ってきている。

 ぎりぎり少女1人がくぐれるほどの大きさだった。

 

「さあ、行くわよ!」

 

 少女たちは室内の窓から跳び降り、ロッドを取り出した。

 




 _人人人人人人人人人人人人人_
> カ ル チ ャ ー シ ョ ッ ク ! <
  ̄YYYYYYYYYYYYY ̄
(ぽかぽか村風)
(主はぽかぽか未プレイです)

あと、前回初めての感想頂いてとても嬉しかったです!
ログイン非ログイン問わず、感想いつでもお待ちしてます!どうぞお気軽に投下してください!(参考の意味合いも兼ねて)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

赤き大地に鳴らす甲冑④

 

 ゲネル・セルタスが第一の番を食したのち、すぐに第二のアルセルタスがどこからともなく飛んできた。

 彼らの関係は妻と夫というより、女帝とそれに仕える兵士に見えた。

 狩人たちは体力が戻ったゲネル・セルタスに攻撃を加えるが、未だ弱るには至らない。

 

「さっきのは……きっと、『霧』のせいですよね?」

 

 たまたまリーダーが近くに来たとき、うさぎが呟いた。

 彼は首を横に振った。

 

「いいや。奴らは元からそういう生物だ」

 

 うさぎは『プリンセスレイピア』の柄を強く握りしめた。

 ゲネル・セルタスがフェロモンガスを放出する。

 アルセルタスは同じ雄の死骸を横目に、ゲネル・セルタスの頭上へ向かう。

 直後、女帝は頭上の兵士を鋏でひっ捕らえ、背後のうさぎを潰そうと何度も叩きつける。

 衛が後ろから彼女を抱き寄せ攻撃から逃す。

 

「っ!」

 

 逆さまになったアルセルタスの目は既に生気を失い、脚はだらんと垂れ下がっていた。

 怯んだうさぎの瞳に涙が浮かんだ。

 

 ゲネル・セルタスは振り返り、アルセルタスを捕えて口の前に据え置いた。

 狙いは、うさぎとそれを庇っている衛である。

 女帝は、兵士のすぐ背後で蒸気と口泡を噴き出す。

 

「……避けろ!」

 

 リーダーの指示とほぼ同時、衛はうさぎを抱いたまま横に跳んだ。

 

 

 アルセルタスが、巨大な砲弾となって撃ちだされた。

 

 

 2人の背後で、大爆発とともに命が弾け飛ぶ。

 緑色の破片がうさぎの頬の横を掠めた。

 

 着弾点から、うさぎは目を離せないでいる。

 片手剣を持つ手も震えている。

 

「あの行動、亜種しか行わないはずだが……!」

 

 リーダーは呟きながらゲネル・セルタスの脚へ突っ込んだ。

 彼女は鋏を何度も振りかざすが、リーダーはそれを悉く躱して斬り連ねていく。

 急いで衛はうさぎの手の甲をひっぱたき正気に戻した。

 2人は青ざめながらも、ゲネル・セルタスから距離を離した。

 

 亜美は電撃弾を撃ち込むが、あまり効いているようには見えない。

 

「このままじゃ余計に犠牲が増えるわ!少しでも彼女を弱らせなくては!」

 

 ゲネル・セルタスは突然片脚を大きく持ち上げ、大地を踏み砕いた。

 全体重を乗せた震動が、彼女を中心に伝わった。

 

「なんだ、この行動は……!」

 

 近くにいたリーダーは足を崩した。

 彼でさえも見たことのない技のようだった。

 ゲネル・セルタスが、彼にめがけてもう一度脚を振り上げる。

 

「リーダーさんっ!!」

 

 うさぎが叫ぶと──

 その頭上に巨大な雷が走った。

 彼女は大きく仰け反り、轟音を立てて倒れ伏した。

 

「何だ!?」

 

 どこにも雷雲はない。

 リーダーは、落雷が起こった地点へ目を凝らした。

 ふと、橋の上に3つの人影が現れる。

 

「あれは……!」

 

 正体はセーラーマーズ、セーラージュピター、セーラーヴィーナスだった。

 

「『魔女』!」

 

 リーダーは驚いて叫んだ。

 セーラー戦士たちは、腕を組んだままうさぎたちを意味ありげに見つめた。

 それだけで、うさぎたちには何となくの意味は分かる。

 

「リーダーさん……さっきの彼女の提案、通していただけませんか?」

 

 衛が進言する。

 その様子を、セーラー戦士たちはじっと見守っている。

 

「ミミさんは今この時安全とは限りません。俺たちのような素人より、土地勘のある貴方の方が彼女を探しやすいと思います」

 

「しかし……」

 

 彼は一旦外した視線をゆっくりと衛に戻した。

 

「君たちは『魔女』とゲネル・セルタス……両方相手取って生きて帰れるのか?」

 

 男同士、半ば睨み合うようにして見つめ合う。

 互いに険しい顔を崩さなかった。

 

「リーダーさん、早くミミさんを連れて逃げて!」

 

「あたしたち、絶対無事で帰ってきますから!」

 

 リーダーは、呼びかけたうさぎと亜美の顔を見て驚いた。

 そこに浮かんでいるのは絶対的な覚悟とでもいうべきものだった。未熟さゆえの盲信には見えない。

 彼から見れば、彼女たちは出自、実力不明の初心者ハンターであるにも関わらずである。

 

「……本来なら引きずってでも連れて行くところだが」

 

 リーダーは途中で言葉を切った。

 

「決して戦おうとするな。『魔女』との戦闘は避け、隙が出来ればすぐに帰投するように」

 

「ありがとうございます!」

 

 感謝の言葉を背にリーダーは『エリア2』へ向かい、やがて見えなくなった。

 見送ったうさぎは3人の『魔女』に振り返った。

 彼女らは橋から跳躍し、うさぎたちの傍に着地した。

 

「よし、みんな、お仕置きの時間よ!」

 

 うさぎは胸元からコンパクトを取り出して叫んだ。

 仲間たちも一緒に頷いた。

 

「ムーン・コズミック・パワー・メイクアップ!!」

 

「マーキュリー・プラネット・パワー・メイクアップ!!」

 

 2人が戦士の衣を纏い、この世界で『魔女』と呼ばれる姿を露わにしてセーラーチームは揃い踏みを果たした。

 衛もタキシード仮面に変身し、セーラームーンの隣に降り立つ。

 ゲネル・セルタスは甲虫種ゆえか、気にすることなく突っ込んでくる。

 

「虫には火よ!ファイアー・ソウル!!」

 

 セーラーマーズの放った火炎放射をまともに喰らい、ゲネル・セルタスは怯んだ。

 だが致命傷ではない。全身を覆う装甲が彼女の身体を護っている。

 彼女は周囲を取り囲む戦士たちを一掃しようと、力を溜めたあとタックルを仕掛ける。

 

「ヴィーナス・ラブミー・チェーン!!」

 

 華麗に攻撃を跳んで躱したヴィーナスが、光の鎖を解き放ち尻尾に巻き付けた。

 一瞬後方に引っ張られるが、ゲネル・セルタスは鋏を振り回して対抗する。

 ヴィーナスは地から離れ、敢えなく空中でぶん回される。

 

「きゃぁぁぁ!!」

 

 そのまま投げ飛ばされ地面に落下、彼女は気を失った。

 

「ヴィーナス!」

 

 ムーンがヴィーナスを介抱しにかかった。

 女帝は単体でも十分に強かった。肉弾戦では勝ち目がないようである。

 マーキュリーがバイザーで計測したところ、妖魔の力によるものか異常に甲殻の強度が増していた。

 

「まともに甲殻に攻撃しても効果はほぼないわ。硬さに関係のない攻撃を当てて!」

 

「じゃあもう一発だ!シュープリーム・サンダー!!」

 

 ジュピターのティアラから避雷針が飛び出し、威力を増した雷がゲネル・セルタスに直撃した。

 彼女は感電したが、すぐに立ち上がった。

 確実に耐性を得てきているようだ。

 

「くそっ!しぶとい奴だ!」

 

 やはり常識が通用する相手ではないことをセーラー戦士たちは思い知った。

 タキシード仮面が甲殻の下に隠れている腹をじっと見つめた。

 

「甲殻が強化されているとしたら、その下はどうなんだ……?」

 

 突如、ムーンに向かって鋏が伸びる。

 彼女は急いで近くにいたヴィーナスの前に飛び出た。

 ゲネル・セルタスはセーラームーンを器用に挟み上げ、自身の口の前に据えた。

 口から泡が急速に膨れ上がる。

 

「まさか!!」

 

 マーキュリーだけでなく、戦士たちが目に見えて焦る。

 この女帝は、アルセルタスと同じことをやろうとしている。

 彼女は、勝ち誇ったように蒸気を噴出しながら大顎を横に広げた。

 ムーンが目をつむったとき、ヴィーナスがよろよろと立ち上がった。

 

「させる……もんですか!」

 

 彼女は光の鎖を再び伸ばし、尻尾を引っ張ることでうさぎを口の正面から僅かに引き外した。

 

「そこだ!」

 

 タキシード仮面が伸ばしたステッキが、大顎の間に覗く頭部を突いた。

 その強烈な一撃は、ムーンを見事に避けていた。

 ガァン、と金属を叩いたような音が鳴る。

 その一発でゲネル・セルタスは大きく仰け反り、地響きを立てて倒れ込んだ。

 

「タキシード仮面様!」

 

「セーラームーン!彼女が昏倒しているうちに早く!」

 

 呼びかけに答え、飛び降りたムーンはロッドを取り出した。

 

「ムーン・スパイラル・ハート・アタック!!」

 

 マゼンタの光に包まれ、ゲネル・セルタスは浄化されていった。

 光が止むと、傷が完治した彼女はしばらく戦士たちと睨み合った。

 だが、女帝は興味を失ったようにそっぽを向き、その場をゆっくりと去っていく。

 

「……はぁ〜よかった〜!」

 

 地面に潜ったのを確認し、戦士たちはその場に崩れ落ちる。

 

「あっ、あんたたち!やっぱりバルバレに来てたのね!」

 

 ぜえはあ言わせながら叫ぶ声が聞こえた。

 振り返ると、黒いドレスに身を包んだ少女が道の側に生える樹の上に立っていた。

 

「ミメット!」

 

 さっきまで崩していた姿勢を、一気に臨戦状態へと戻す。

 

「あんたも、この世界に転生してたのね!」

 

 ヴィーナスが指さすと、ミメットはふてぶてしく笑った。

 

「えぇそうよ。教授のお役に立つためならいくらでも地獄の淵から蘇ってみせるわ」

 

 ミメットは息を整えながら腕で額の汗を拭った。

 

「あのハンターどもが逃したままでいてくれたらもうちょっと仕事してくれたはずなんだけど、わざわざここまで駆けつけてくるなんてご苦労様なことね」

 

 セーラー戦士たちは互いの顔を見合わせた。

 どうやら、うさぎたちがハンターをしていることは気づいていないらしい。

 

「本来ならここで借りを返させてもらうところだけど、あいにく手持ちのダイモーンの卵もすっからかんなのよね」

 

「ならここで対決なさい!」

 

 マーズが切り返すが、ミメットは首を振って取り合わない。

 

「いや、いいわ。いろいろあって疲れてるし。それにここで戦う必要もないわ」

 

 彼女は幹に腰を落ち着け、傲岸不遜に見下して笑った。

 

「だっていつか時が来るもの。あんたたちが降参しなきゃいけなくなる、その時が」

 

「その時……?」

 

 ムーンが訝しげに繰り返したところで、ミメットは再び立ち上がる。

 

「降参したくなったらいつでも待ってるわ♡じゃあね、バイビー!」

 

 軽々しく手を振ると、ミメットは後ろに跳んでどこかへと消えた。

 

「デス・バスターズ……やはり幹部の多くがここに転生している可能性が高いな」

 

 そう言ったタキシード仮面にムーンが顔を見合わせる。

 

「あいつが言ってた『その時』っていったい何かしら?」

 

「ユージアルのときみたいに、あいつも何か策を練ってる可能性大だな」

 

 ジュピターがミメットの消えた方角を見つめ、推察した。

 ムーンがマーズ、ジュピター、ヴィーナス3人の顔を覗き込む。

 

「てゆーか……みんな、時間大丈夫?」

 

 3人は同時に「あ」と声を上げた。

 いま、彼女たちは飛行船の密室で相談事をしている設定である。

 あまりに長いと怪訝に思われることは想像に難くない。

 

「おおっとそろそろ怪しまれる頃合いね!じゃあまた後で!」

 

 彼女たちは跳ぶと、あっという間に姿が見えなくなった。

 

「じゃあ、俺たちも信号弾を撃つか」

 

 タキシード仮面は変身を解いて衛へと戻り、信号を撃ち出す銃を手に取っていた。

 セーラームーンもうさぎへと戻り頷く。

 

「うん!」

 

 その後、 うさぎたちは信号弾を上げて1時間後、無事に回収されることとなる。

 レイとまことと美奈子の3人も、数分後に飛行船の室内に戻った。そろそろ声をかけようかという頃合いだったらしく、かなりのギリギリセーフだった。

 一般人ミミも、物陰から現れたところを筆頭リーダーによって無事保護された。

 調査隊は『霧』に感染したアルセルタスのサンプル提出、そして一般人の送還のため一旦バルバレに戻ることとなった。

 

──

 

「やはり『魔女』は集団幻覚などではなく、実在する敵だ」

 

 リーダーはそう言い切った。

 時は既に夕方である。

 既に遥か下に見える金色の平原は遺跡と同じ赤色に染まり、黒い闇に溶け込みつつある。

 船上にはランプが付き、飛行船はバルバレに戻ろうとしている。

 真ん中に机を置き、全員がそれを囲むように立ってリーダーの話を聞いていた。

 

「『魔女』が『霧』を消したというのは確かなんだな?」

 

 うさぎたちは頷いた。

 それを確認すると、リーダーは小さく包まった紙を取り出した。伝書鳩から届いたものだ。

 

「先ほど、君たちの報告と同じくゲネル・セルタスが正常化したという報告が入った。確かに、あの後速やかに自然回復したと考えるには無理がある」

 

 厳しい顔を崩さず、彼は話を続けた。

 ルーキーとガンナーも、じっと真面目な顔で聞いている。

 

「私は、彼らは存在が明るみになるのを恐れて証拠隠滅を図ったと見ている」

 

 少女たちは彼の発言を聞いて目線を落とした。

 どうやら、セーラー戦士への風評被害が止まるわけではないらしい。

 

「危険なことも多々あったが……今日は君たちの実力をしかとこの目で見届けた。確かに、商人殿が推薦された通りのことはある」

 

 心なしか、リーダーの口調が柔らかくなった。

 うさぎの顔がぱっと輝いた。

 

「とはいえ、あれは初見の相手には無謀すぎる行為だ。次からはくれぐれも謹むように願う」

 

「ええ、本当にその件では……」

 

 未知の敵である魔女に立ち向かおうとしたことである。

 僅かにできた隙を埋めるように、彼はすぐ厳格な表情を浮かべた。

 緊急時とはいえ、初心者であるうさぎたちを置いてきた彼の心境は並々ならぬものだったろう。

 衛が、うさぎと一緒に反省したようにうつむいた。

 

「……あの!」

 

 まことが口火を切った。

 

「今朝はすみませんでした!勝手に自分たちだけではしゃいじゃって……」

 

 彼女はぺこりと頭を下げ、レイと美奈子も続く。

 リーダーはそれを見ると、少ししてから軽くため息をついた。

 

「……私も、大人げなく怒鳴ってしまってすまなかった。その……君たちのような歳の女性を相手にするのに慣れていないものでな」

 

 リーダーは、気恥ずかしさからか中々視線を彼女たちに合わせられていなかった。

 

「君たちの実績を形作ってきたのは、その余りある勢いもあるのだろう。彼女たちの様子を見ても、そんな気がした」

 

 彼は視線を上げ、強いまなざしで3人を見つめた。

 

「だから……ヒノ君、キノ君、アイノ君。これからは、君たちがその実力を証明してくれないか?」

 

「は、はい!ありがとうございます!」

 

 姿勢を正し、3人は敬礼した。

 

「では、活躍を期待する」

 

 リーダーはそう言って頷くと、無言でそのまま私室に入っていった。

 ルーキーとガンナーが、微笑みながら彼女たちの横に並んだ。

 

「よかったな、許してもらえて!反省会しただけのことはあったっスね!」

 

「フフ……私たちも期待してるわよ」

 

 ガンナーが肩を叩くと、美奈子は勢いごんで頷いた。

 

「はい!ご期待に沿えるよう頑張りますっ!」

 

 レイとまことはぎゅっと両拳を握りながら向かい合った。

 

「よし、明日から狩人として猛勉強するわよ!」

 

「目指すはリーダーさんの笑顔と信頼、だな!」

 

 ここに、再び少女たちの闘志が燃え上がろうとしていた。

 

「……だから順序が逆だって言ってるのにみんなったら……」

 

「まあまあ、モチベ上がってるからいいじゃん!」

 

 呆れ果てている亜美の肩を、うさぎがぽんと叩いた。

 この有無を言わさない女子たちの勢いを前に、衛は「たははは……」と苦笑いで済ませるほかなかった。

 

 一方、ミメット扮するミミは、彼らの声も聞こえないほど遠い部屋で一人、紙にペンを走らせていた。

 ペンの頭でつつく彼女の唇が、何かを企むように笑って歪んでいた。

 

──

 

 その夜、飛行船の薄暗い個室の中。

 亜美が分厚い本を手元で開き、机上の隣にはランプが置いてある。

 うさぎがノックして入ってきた。

 彼女は椅子の背にもたれかかって手元を覗いた。

 

「あーみちゃんっ、何読んでるの?」

 

「アルセルタスとゲネル・セルタスについての研究報告書よ」

 

 ページのどこを見てもほぼ文字しかない。

 未だに一部の漢字が怪しいうさぎにとっては余計に意味が分からない。

 

「うっへぇ、難しそー……」

 

「ふふ、でも内容を知っていくと中々興味深いのよ」

 

 亜美は微笑みながらぱらぱらと本の中身をめくって見せた。

 幸いなことにスケッチが描かれているので、何について書こうとしているかはぎりぎり分かる。

 

「ゲネル・セルタスとアルセルタスの個体群密度の比率について、フェロモンに含まれる特殊な快楽物質について、その次は──」

 

 流暢に解説していく亜美の表情には活力が満ちている。

 その本に目を移すと、うさぎは「亜美ちゃん」と話しかけた。

 

「──ちょっと、聞きたいことがあるの」

 

 亜美のページをめくる手が止まり、目がうさぎの方に戻った。

 

「あの子たちってどんな気持ちで生きてるのかな?そういうことって載ってる?」

 

 どうにかそこに納得と希望を見出そうとするかのような光が、青い瞳の底にあった。

 しばらく亜美は本に目を通していたが、やがてお手上げと言う風に本を閉じた。

 

「ごめんなさい、実際のところは彼ら自身になってみないとどうとも」

 

「……そっかぁ」

 

 ぼんやりとしたうさぎの顔を、亜美は覗き込んだ。

 しかしすぐに彼女は椅子の背から手を放して明るく笑った。

 

「そりゃそうだわ!亜美ちゃんにすら分かんないこと、あたしにわかるわけないわよね、あははは!」

 

 うさぎはひらりと身を翻してドアの前に立った。

 振り返るとひらひらと手を振った。

 

「ごめん、お邪魔しちゃった!あたしまもちゃんのとこ戻るねー!」

 

「うさぎちゃん?」

 

 取り残された亜美は、閉じ切らず半開きになっていくドアをじっと見つめていた。

 




サンブレイク体験版くっそ楽しかった(ガンランスきもちいい)んだけど、その前から発症していた腱鞘炎で1回しかできませんでした…絵も小説も停止しているので今後、もしかしたら遅れるかも知れないです


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

赤き大地に鳴らす甲冑⑤

 

 バルバレに帰ってきてからというもの、レイ、まこと、美奈子は人が変わったように勉学に打ち込み始めた。

 今では、本がテントの天井に届くかと思えるほど棚積みされている。

 

「ひゃー、まるで塾ねこりゃ!」

 

 うさぎは机に肘をつき、本の山を見上げて感心していた。

 

「すごいわね、目標がある人の勢いって……」

 

 亜美もこの熱気には驚いているようだった。

 その膝に乗っているちびうさが、頭を亜美の胸に預けて彼女の顔を逆さに見つめた。

 

「ねーねー亜美ちゃん!昨日の続き、あたしにも読んでー!」

 

「ええ、いいわよ」

 

 亜美はしおりを取り出すと本の続きを読み聞かせる。

 ちびうさにもわかるように、平易な単語に置き換えつつ話した。

 

「この前からちびうさまで3人にかぶれちゃって、どうしたもんかしら」

 

 うさぎは深くため息を吐き出した。

 こうしてみると、うさぎだけがサボっているようにも見えてしまう。

 

「だって、読んだぶんうさぎより賢くなれるもーん!」

 

 彼女はその状況を見透かしたように、得意げににやつく。

 それを見せつけられたうさぎは、小さく歯ぎしりした。

 

「何度でも言うけど、お子さまが行っていいとこじゃないってことだけははっきりと言っとくわよ!」

 

「動機はともかく、情報に触れてみるのはいいことよ。うさぎちゃんも読んでみたら?」

 

 亜美が見せてきた本のタイトルは、『諸地域の地理とバイオームとの関連性についての共同研究報告18』。報告書なのに、図鑑ほどの厚さである。

 

「……今は遠慮しとくー」

 

 うさぎは断ると、退屈そうにジュースをすすり始めた。

 一方、まことと美奈子は調合書をめくりまくっている。

 

「あれ?秘薬の調合って栄養剤グレートと何だっけ?」

 

「それは古いやり方よ!確か増強剤とニトロダケ……」

 

「ちょっと、それじゃ爆発しちまうよ!えーっとえーっと……」

 

 まことと美奈子の脳内で回路が暴走し始め、ぐちゃぐちゃに絡み合って──

 遂に爆発した。

 

「……だー---!!」

 

 2人は、床に仰向けに伸びた。

 

「あーもう頭がこんがらがるー!」

 

「筆頭ハンターさんってこれ全部覚えてんのー!?」

 

「いや……最近のハンターさんはみんなやってるらしいよ……」

 

「ますます意味わかんなーい!!」

 

 寝転がりながら唸っている2人をよそに、レイは涼しい顔をしている。

 

「ほら2人とも、もたもたしてるとレイちゃんが抜け駆けしちゃうわよ?」

 

「ちくしょーそういうわけにいくかー!」

 

「よーしやるぞー!」

 

 まことと美奈子が奮起すると、再び3人は熟読し始めた。

 

「……3人もこの前みたいに褒められたいのね」

 

 アルテミスと並んで丸まっていたルナが小さく呟いた。

 突然、美奈子が立ち上がった。

 

「褒められるだけじゃないわ!」

 

「鍛錬して、あの人にたくさん貢献して、認められて!」

 

「敵を蹴散らしたら、あの人と素敵な思い出たくさん作るのよー!」

 

 まこととレイは拳を振り上げ夢を意気揚々と語る。

 

「ほんっと、この先の不安とかそういうものが一切なくて羨ましいよ……敵が何をしてくるか全く読めないってのにさ」

 

 アルテミスが呆れたように言った。

 うさぎは、先日のミメットの言葉を思い出しながら物思いに耽った。

 

「ミメット……一体なに企んでるのかな」

 

 

 数日後、少女たちに団長からある一報が届いた。

 もう1人の筆頭ハンターが是非とも話し合いたいのだという。

 彼はかつてリーダーや団長とともに行動したことがあるベテランで、ギルドからの信頼も厚いらしい。

 あちら側からの要望で、実際に先日調査に赴いたうさぎ、衛、亜美が団長の立ち合いの元で彼と会うことになった。

 

「あいつと会うのも久しぶりだなあ!どんな土産話を持ってくるんだか」

 

 街道を歩く団長はそう言って期待を顔で分かるほど膨らませていた。

 待ち合わせは、狩人たちの集会所となっている竜頭船の入り口だった。

 

「やあ、君たちかね。最近ジュリアスを悩ませている姫君たちは」

 

 狩人が行きかうなか、にこにこと笑いながら彼は出迎えた。

 黄色の塔のような巨大槍を背負う、筋肉質で顔が四角い中年男性だった。

 頑健な見た目に反し、口調と表情は至って紳士的である。

 

「この度はご迷惑をおかけしてすみません」

 

「リーダーさんがお忙しいなか、うちの者たちが……」

 

 亜美と衛がぺこりと頭を下げた。うさぎも慌てて続く。

 だが、彼は取り立てて気にしていないようだった。

 

「はっはっは!むしろ仕事一筋な彼にはいい薬になるさ。さあ、入ろう」

 

 集会所は、真昼間から酒、食い物、喧騒に溢れかえっている。

 クエスト出発口となる奥の出口からは、太陽光が真っ白に差し込んでいた。

 広い円形のテーブルが置かれている酒場では、数人の飲んだくれのハンターが豪快にがなっている。

 彼らを避け、彼らは隅っこにあるテーブルに行った。

 

「貴方のことは、なんとお呼びすれば?」

 

 席に着いた衛が聞くと、男は微笑んだ。

 

「名乗るほどの者ではない。気軽にランサーとでも言いたまえ」

 

 大ベテランの肩書からは意外に思えるほど腰が低い人だった。彼は続けた。

 

「今回来たのは他でもない。霧と魔女について更なる情報を得たので、先鋭隊たる君たちに挨拶も兼ねて伝えにきたってわけさ」

 

 団長は大声でメイドにビールを頼んだあと、にやりとして腕を組んでみせた。

 

「こいつには今からでも媚びを売っておけよ。なんたってギルドお抱えの生物学者だからな!」

 

「買いかぶるのはよせよ、団長」

 

 ランサーは片手を振って謙遜するとテーブルに手を置き、ずいと前のめりになった。

 

「では、君たちも聞きたいだろうから本題に入ろう。まず、アルセルタスの細胞のサンプルから、狂竜ウイルスに酷似した構成要素が検出された」

 

「……ま、これは予想通りだな」

 

 団長は納得げにうなずき、うさぎたちもそれに同意した。

 

「まず説明しておくと、狂竜ウイルスは一般に言われるウイルスじゃない。症状の出方から便宜上そう言われているだけだ」

 

「確か、ゴア・マガラが発する鱗粉のことをそう呼ぶんですよね?」

 

 亜美が答えると、ランサーは嬉しそうな顔をした。

 

「お、流石よく知ってるね。そう、ゴア・マガラの鱗粉は盲目の彼が周囲を把握するためのものだ。その副産物として、それを取り込んだ生物の凶暴化がある」

 

 彼の糸目がちな瞼が開かれ、うさぎたちを真っすぐ見つめた。

 

「その意味で、今回の霧に狂竜ウイルスという呼称はふさわしくないと考えている」

 

「どういうことですか?」

 

 衛が単刀直入に聞いた。

 

「感染力が恐ろしいほどに弱く、目立った凶暴化もない。全くの別物だ」

 

 重々しい口調のまま、ランサーは答えた。

 意外な事実に、3人は戸惑いの表情を浮かべる。

 団長の目つきが剣呑としたものに変わった。

 

「本来は数日で急速に感染が広がるはずだが、今回、遺跡平原での感染拡大はない。目立った凶暴化もしないから積極的な感染がないんだ。『狂竜ウイルス』としては大きすぎる欠陥といえる」

 

「じゃあ、前と比べたら被害は少ないんですね!」

 

 うさぎはひとまず頬を緩ませたが、ランサーは難しい顔のままだった。

 

「代わりに厄介なのが、捕食を介さない生命力の吸収だ」

 

 かつてライゼクスが見せた、エナジー吸収のことだ。

 彼は、学者らしい冷静な口調を保っている。

 

「原理は解明できていないが、霧に感染したモンスターはほぼすべてこの能力を手に入れる。おそらく、遺伝子レベルから体の仕組みを書き換えているのだろう」

 

「で、その集めた生命力をどうするんだ。そのまま消化しちまうってわけじゃないよな」

 

 少女たちは、口を挟んだ団長に振り向いた。

 ビールをあおる男の瞳は、底に冷静な色を帯びている。

 ランサーは似たような目つきで見つめ返し、籠手に覆われた手の甲で顎を擦った。

 

「噂通りバルバレの破壊のみが目的なら、わざわざ威力を弱くする必要はあるまい。吸収以外にもっと別の性質をあのウイルスは隠し持っているはずだ」

 

「別の性質……ですか」

 

 亜美が目を細め、テーブルを見つめた。

 

 あれだけ派手なご入場である。ミメットは既に気づいて動き出していると考えてよい。

 だが、バルバレは人口が多いうえに人の出入りが激しい地域である。ココット村のような閉鎖空間を前提とするユージアル案の実行は難しい。

 先日の自信たっぷりな態度の意味を知る鍵があるとすれば、ランサーが話題としたウイルスの性質であった。

 

「そこでひとつ気になるのは、肝心のゴア・マガラがまったく見つからないことだ」

 

 亜美は顔を上げた。

 

「これだけ世界中のハンターが躍起になっているのに、感染源はどこにも見えない。狂竜症の件で、かの種の特定方法は確立されているのにも関わらず、だ」

 

 ランサーは、ちらりと団長を一瞥した。

 

「そろそろ、そちらの英雄殿から連絡はないのか?単独で世界を回ってると聞いているが」

 

 少女たちの頬が引きつった。

 英雄と聞いて思い出すのは……。

 あの、パンイチでダレン・モーランから街を救い、素手で団長の頭蓋骨を割れると噂の狩人である。

 

「ま、まつ毛のハンターさんのことですか?」

 

 うさぎが聞くと、団長は微笑んで片目をつぶってみせてからランサーへと向き直った。

 

「いいやぁ。お嬢は元気に火山駆け回ってるかとか、娘ッコはそろそろ反抗期かとか、歳なんだからそろそろ酒やめろとか、そんないつものやり取りさ」

 

 団長は、空になったジョッキを顔の横におどけたように掲げて見せた。

 緊張していたはずのうさぎたちの顔がほっとして緩んだ。

 どんな人なのか想像もつかなかったが、気のいい人らしい。

 ランサーはそうか、と真面目な顔で頷くと、そのまま顔をうさぎたちの方へ向けた。

 

「君たちの立場から、何か伝えておきたいことはあるかね?」

 

 迷いを秘めた視線が3人の間で交差した。

 目の前にいる男は、狩人たちを束ねる組織、ハンターズギルドの中枢に近い人物である。あまり下手なことは言えない。

 しばらくじっと考えたのち、衛が一番に答えた。

 

「魔女は……今囁かれてるやつらとは違うかもしれません」

 

「というと?」

 

 本当の敵を教える最大のチャンスだ。

 半ば一縷の願望を込めるように、衛は慎重深く続けた。

 

「魔女たちは、もっと狡猾な可能性があります」

 

 テーブルの下、膝に置いた手に力がこもった。

 

「例えば、身代わりを立てるとか、助言者を装うとか……意外な手を使って潜伏しているかもしれません」

 

 衛が述べたのは、いずれもユージアルがかつて使った手法だった。

 ランサーは、その短い内容を興味深そうに聞いていた。

 

「なるほど。確かに、我々も最近の研究は霧のことばかりで、魔女の方がやや手薄になっている。今度の学者会議でその可能性を具申してみよう」

 

「本当ですか!」

 

 深く頷いたランサーを見て、うさぎたちは心中胸を撫でおろした。

 そこに、筋肉隆々の腕がすっと上がった。

 

「なるほど、魔女そのものにも焦点を当てる、か。俺もちょっと考えたこと、喋らせてもらっていいかな?」

 

 団長は、ジョッキを置いてからその右肘をテーブルに置いた。

 

「これは直感なんだがな、どうも問題となってる魔女……どこか奥深くに潜んでるようにみんな思ってるが、俺には案外近くにいるかもって感じるんだ」

 

 その一言に、一転して少女たちは冷や水をかけられた面持ちになった。

 蒸し暑い空気が肌にまとわりつく心地がした。

 

「彼女たちはなぜあの事件のとき、わざわざ危険を冒して他の船を挑発した?俺にはそれが、ずっと引っかかっていてね」

 

 旧き友人の言葉に耳を傾けながら、ランサーは険しく目を光らせた。

 

「この前の豪山龍と峯山龍の件か」

 

 団長は髭をいじりながら、天井のシャンデリアを考え深げに見上げた。

 円状に幾本も並べられた蝋燭は、下の喧騒に反して静かに天井を照らしている。

 

「俺たちが思ってるより、この異変……裏でいろんな考えが巡っている気がしてならないんだ。俺たちには想像もつかん次元の上での考えがな」

 

 しばらく沈黙の時間が流れた。

 うさぎが冷や汗をかきながら視線を彷徨わせると、亜美がそれをじっと見つめ制した。

 ランサーはそれを断ち切るように手をぱちん、と叩いた。

 

「なるほど、どちらの意見もしかと記憶しておこう。協力に心より感謝する」

 

 今度こそ、うさぎたちは心の底から安堵した。

 

 対談はつつがなく終わった。

 帰り際に、少女たちはランサーから次回の調査予定地を直接伝えられた。

 次は、より本格的かつ広範囲に調査の範囲を広げるらしい。

 また、ランサー自身も数年ぶりに、筆頭ハンターとして調査に協力することも合わせて伝えられることとなった。

 




今回から書き方をちょっと変えて心情の表現を入れ始めてます。完全三人称で書くのに限界を感じ始めているので。(脚本か他人事みたいな文章になってしまう)
あと、休息と、マッサージやストレッチやりまくったおかげで腱鞘炎もだいぶ治ってきました。ゲームはあまり長くやれませんが執筆はなんとかなりそう。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

猿蟹合戦①

 

「亜美ちゃん、前の続きのお話聞かせて―!」

 

 テントに帰ってきた途端、ちびうさはうきうきした表情で亜美の膝にぽすん、と飛び乗った。

 

「ええ、確か原生林のところからだったかしら?」

 

 そう言って彼女が分厚い本からしおりを取り出すのを、うさぎは見ていた。

 数日後に向かう次の調査予定地は、『原生林』と『沼地』だった。

 折しも、亜美がちびうさにいま語って聞かせている土地だった。

 

「そうそう、謎の巨大骨についてだったわね」

 

「わーい、楽しみー!」

 

 ちびうさは脚を揺らして講義を楽しみ始めた。

 

「まーよく飽きないこと」

 

 またしても、本を読んでいないのはうさぎだけになった。

 相変わらず、残りの戦士たちは本を前にうんうん唸っている。

 

 ここにしか生息しない美しい瑠璃蝶に、毒沼に生える超巨大キノコ、空に広がる屋根のような蜘蛛の巣。

 次々に亜美の口から飛び出す未知の世界に、幼い少女は目を輝かせていた。

 

「……でね、ここにはダイミョウザザミっていう巨大なヤドカリのような生物がいるの。雑食性だけど、主に砂の中にいる小動物や虫、植物を食べるわ」

 

「へー。ってことは、大人しい子なの?」

 

「ええ……自分から争いをしかけるようなことは稀ね。でも、いざ相手にしたら意外に大変らしいわよ」

 

「え、どんな風に?」

 

 彼女からとめどなく質問が飛び出すので、亜美もなかなか手を焼いているようだった。

 

「うさぎちゃんも読んであげりゃあいいのよ、これじゃあ亜美ちゃんがママみたいだわ」

 

 早くも山積みの本を横にくたばっている美奈子から発言が飛んできた。

 

「ダメダメ、うさぎの頭じゃあ絵本の読み聞かせでやっとよ」

 

「むーっ!」

 

 レイからのやじを聞いて膨れ上がったうさぎだったが、開き直ったように胸を張って落ち着いた。

 

「あーもうあたしはいいのよ!亜美ちゃんの方がずっと知識あって説明上手いんだし!ちびうさも、今そうやってるの楽しいんでしょ?」

 

「うん!」

 

 ちびうさの顔に浮かんだのは、屈託のない表情だった。

 

「じゃあそれでいいじゃない。せーぜー、あたしに追いつけるように頑張んなさい」

 

 亜美は、ちびうさに答えるように浮かんだうさぎの笑みを見てあれ、と思った。

 彼女の目は未来の母親らしく見守るような暖かみを帯びていたが、一方で遠くのものを見つめるような孤独さも感じられた。

 

「あたしは、今のうちにまもちゃんと一緒に訓練してくるから!じゃね!」

 

 本の山に背を向けて、彼女は近くにある訓練場へとすっ飛んで行った。

 彼女の背中に向かって、ちびうさは挑発するように片目を剥いてベロを突き出してみせた。

 

「けっ、あたしを舐めてたらひどい目に遭うわよーだ」

 

「ねえ亜美ちゃん、続き早くー!」

 

「あ、はいはい……」

 

 ちびうさに続きをせがまれたので、一瞬感じた疑問は搔き消えていった。

 

──

 

 数日後、調査を翌日に控えた日にちびうさが言ったことはみなを驚かせた。

 

 

「ねーお願い、お願いったらー!!」

 

 

 袖を引っ張るちびうさを、うさぎは何とか引き離した。

 

「だからダメつってんでしょ!それ装備なんて言い張っても無駄ですからね!」

 

 目の前の少女は紐でフライパンを胸の前に縫い付け、手にはおたまを持っている。

 指摘されて彼女は、ぐっと視線をきつくした。

 

「今まで我慢してたけど、やっぱり1人だけでお留守番なんて嫌よ!今までみたいに、あたしも一緒に戦う!」

 

 ちびうさがうさぎ相手に退かないのはいつものことだったが、今回はそれに増して頑なだった。

 

「あたしが、外の世界についてあんなに喋っちゃったからかしら……」

 

 亜美が反省したように目を伏せると、そこにまことが肩に手を置いて励ました。

 

「しかたないよ。どちらにしろ、いずれこうなってたさ」

 

 ちびうさも他の戦士より力が弱いとはいえ、これまでの戦いでは常に行動を共にしてきた。

 彼女からすれば、いきなり戦線から外されたことに、当然納得はできないだろう。

 うさぎは一旦ため息を吐き、屈んでちびうさと同じ高さに目線を合わせた。

 

「ちびうさ、あの時も言ったでしょ?元の世界とここでは戦いのやり方も意味も違うって」

 

「そのくらい分かってるわ!でっかい武器で怪物たちを倒して、ここの人たちとあたしたちの世界を護るんでしょ!」

 

 ちびうさは即答すると、おたまを剣に見立ててきりっとした顔で構えてみせた。

 レイがうさぎの隣に屈み、優しく語りかけた。

 

「……ちびうさちゃんが思ってるのとは全然違うわ」

 

「どういう風によ!」

 

 ちびうさが強気な口調で噛みつくと、少女たちは困ったように互いの顔を見合わせた。

 うさぎは肩をひっつかんでこちら側に向かせた。

 

「まずあんた、どうやってあんな重い武器持つのよ。あたしたちはセーラースーツで何とかなってるけど、あんたはどう見たって無理でしょうが!」

 

「そ、それはうさぎが使ってるような片手剣なら……」

 

「それにね、今戦ってるのはそんな善悪で区切れるような相手じゃないわ。妖魔とは全然違う、あたしたちと同じ生き物よ」

 

「でも、ビリビリしたやつがあの竜の子を襲おうとしたとき、うさぎたちはあいつと戦ったじゃない!その子が生まれた卵だって、うさぎたちが助けたんでしょ?」

 

 はっとしてうさぎは目を見開いた。

 ココット村にいたとき、うさぎたちは飛竜の夫婦を実質的に助け、その幼子を捕食者の手から保護した。あのことを言っているのである。

 うさぎの瞳に一瞬浮かんだ迷いの色を察してか、ちびうさは調子づいたように続けた。

 

「確かに、あたしは弱いかもしれないわ。だけど、平和を護るためならどんなことだって……」

 

「妖魔相手なら、それでよかったわ」

 

 うさぎはちびうさの両肩を掴みよせて言葉を遮った。

 さっきよりいくらか優しく、必死に言い聞かせるような口調になっていた。

 

「でもね、今は分からないかも知れないけど、みんなあんたのことを思って……」

 

「うさぎのばかっ!」

 

 ちびうさはうさぎの手を振り払い、自分のベッドに飛び込んだ。

 

「あら、拗ねちゃった……」

 

 美奈子がつぶやくと、ルナがちびうさの隣に寄った。

 

「ちびうさちゃん、言っちゃ悪いけど流石に今回はうさぎちゃんの言う通りにしましょ」

 

「そうだよちびうさ、君だって一度見たんだろう?狩りはちびうさには早すぎる」

 

 アルテミスの言葉を背に聞きながらちびうさは布団に潜り込み、いよいよ誰とも口を利かなくなってしまった。

 

──

 

 その夜、うさぎは衛の寝泊りするテントに行き今日起こったことを話した。

 彼は少し宙を見つめた後、うさぎに振り向いた。

 

「うさこ……やっぱり、マハイさんの言う通りかもしれない」

 

 うさぎはうつむいて黙っている。

 一人用のテーブルに置かれたランプが、その横顔を照らしていた。

 

「俺たちは、ちびうさをとにかく外の世界から遠ざけようとしてる。でも、それが本当にあの子のためになるのかな」

 

「でも、それをどうやって伝えればいいの?」

 

 彼女は視線を上げて衛の青い瞳を見つめた。

 

「あたしに会いに行く前、狩りの光景を見てひどく怯えてたんでしょう?あの子、あたしたちが思ってる以上に繊細なのよ」

 

 衛は眉をひそめ、むつかしい顔をした。

 リオレイアを追う途中で見た、ゲリョスの狩猟の話だ。

 1頭の生物を、4人が寄ってたかって叩きのめす。

 ちびうさはこれを「悪の怪物を成敗する行為」として理解し、心の傷を慰めようとしている──。

 恐らく、ちびうさにとってうさぎ──セーラームーンは、この世界における強力な心の拠り所なのだろう。

 

「多分、そこからずっと信じてくれてるのよ。正義の戦士セーラームーンは悪い怪物を倒してくれてるんだって」

 

 そこまで言って、うさぎは伏目がちで自嘲気味に笑った。

 

「でも、実際のあたしはずっと迷ってばかり」

 

 先日の遺跡平原での光景がうさぎの脳裏によぎった。

 

「あれを見てからなぜか落ち着かないの。こんな情けない姿、あの子に見せられない」

 

 理由は分からない。漠然とした不安の塊が、うさぎの心を覆っているようだった。

 彼女は、両手の指を絡ませてゆすった。

 

「あの子をいま連れて行ったら……あの子やあたしたちにとって大切な何かが壊れちゃう気がするの」

 

 そんな彼女をしばらく見て、衛は慰めるようにその頭を撫でた。

 

「俺がちびうさを見といてやるよ。そこで、丁寧に説明していこうと思う。うさこたちは気兼ねなく調査に行ってくれ」

 

「……ありがと、まもちゃん」

 

 うさぎは、衛の肩から首に手をかけ、抱き寄せた。

 

──

 

 いよいよ、調査に出る。

 

 原生林には、亜美、まこと、ランサー、ルーキー。

 沼地には、うさぎ、レイ、リーダー。

 そして旧沼地に美奈子、ガンナー。

 パーティ編成はこのようになった。

 衛、ルナ、アルテミスはちびうさのお目付け役となる。

 

 出発当日、ちびうさは手を振りながらテントから出ていくうさぎたちを見送った。

 その後、彼女はルナ、アルテミスと共に衛のテントに赴いた。

 いくらかこぢんまりとしたそのテントの中は、シンプルに整頓されている。

 木板の床をぎしぎしと踏み、彼女はベッドに腰を下ろした。

 

「うさぎちゃんたちは1週間くらいは帰ってこないらしいから、衛さん独り占めし放題ね」

 

 隣に座ったルナは、そう笑った。

 

 かつてうさぎと取り合った憧れの人。

 確かにちびうさにとって、彼と一緒にいるこの時間は喜びの一時となるはずだった。

 だが、彼女の表情はいまいちうかない。

 ベッドの上に座り何かを考えている。

 

「今、帰ったぞー」

 

 衛がテントの玄関となる布をめくって現れた。

 

「ねえ、まもちゃん」

 

 その姿を認めるなり、彼女はすぐに呼びかけた。

 

「何かをたくさん知りたいって思うことって、駄目なことなのかな?」

 

「……駄目なわけないさ」

 

 衛は、最初からその質問がされるのを知っていたかのように答えた。

 

「じゃあ、なんでみんなあたしを行かせないの?」

 

「ちびうさの体と心を護りたいからだよ」

 

 彼は答えながらちびうさの隣に腰を下ろした。

 

「この世界は、俺たちの世界とは何もかも違う。俺だって連日驚かされることだらけだ」

 

 笑いかけた後、衛は真剣な目つきになった。

 

「外は、こちらの常識が通じるところじゃない。今日信じてたものが、明日裏切られるかもしれない……だからうさこも俺も、せめてちびうさの信じてるものを護りたいんだ」

 

「……そうなんだ」

 

「でも、ちびうさのそういう思いは素晴らしいと思う。だから、一緒にここでこの世界について学んでみないか?」

 

 丁寧に申し出を受けたちびうさは、しばし迷うように床を見つめた。

 

「……じゃあ、亜美ちゃんがあたしに読んでくれてた本読んで!」

 

 はにかみながら叫ぶように言うと、衛は立ち上がってちびうさの頭をぐりぐりと撫でた。

 

「そうかわかった。2匹とも、少しだけの間頼んだぞ」

 

 衛がいなくなると、アルテミスは笑いかけた。

 

「よし、じゃあ衛さんが帰ってくるまでの間、僕らと腕相撲でも……」

 

 だが、そこで猫たちは違和感を感じた。

 ちびうさの目つきが、どこか覚悟を決めたように光っていたからだ。

 彼女は手元に球状の物体を取り出した。

 そこには、にやけた猫の意匠が描かれている。

 

「……ちびうさ?」

 

「ごめん!」

 

 彼女はそのボールをゴムまりのように弾ませた。

 

「ルナPー、変化ー!!」

 

 ぼふん、と煙が立ち込めた。

 

「ちびうさちゃん、なにを……!」

 

 ちびうさはそこからマタタビを取り出し、2匹の鼻にひっ付けてくすぐった。

 

「あ、あらアルテミス、あんた顔が2つになってるわよぉ?」

 

「そういうルナは3つになってるぞぉ~」

 

 2匹は目を回しながらその場に転がり、酔っぱらったように体をうねらせる。

 ちびうさはその光景を後ろ目に走り去っていった。

 

「なんだこの煙は!?」

 

 衛が帰ってきた時、テントがピンク色の煙に覆われていた。

 急いで中に入ると、伸びている猫2匹の姿が飛び込んできた。

 

「ルナ、アルテミス!まさか!」

 

 衛は急いで辺りを見回すが、彼女は既に人混みの中に紛れ、見えなくなっていた。

 

「ごめんなさい、まもちゃん……!」

 

 そう呟くちびうさが向かうは、飛行船の発着場だった。

 

──

 

 出発から3日後、亜美たちのチームは原生林に到着した。

 

「……すごい眺めね」

 

 亜美は、飛行船から見える景色に目を輝かせていた。

 本の記述通り、巨大な骨の化石が屋根のように、鬱蒼と茂る森に覆いかぶさっている。

 飛行船の上空を鳥の群れが飛んでいくが、それでも化石より上には届かない。

 

「よっ」

 

 いきなり背中を叩かれ、その勢いに亜美はその場に突っ伏しそうになる。

 痛そうな顔で赤くなった背中をさすり、彼女は振り向いた。

 

「まこちゃん、少しは手加減してくれないかしら?貴女、ただでさえ力が強いんだから」

 

 まことは「わるいわるい」と苦笑いで軽く詫びを入れ、そのまま亜美と同じ景色を眺めた。

 

「ほんとすごいよね。あんな馬鹿でっかいのが大昔に歩いてたのかなぁ」

 

「本来なら自重で歩けすらしないはずだけど……彼らにそんな常識は通用しないでしょうね」

 

 まことは木の柵に肘を下ろしてため息をついた。

 

「……あの人に夢中なせいで気づかなかったけど、あたしたちって何にも知らないんだな。ちょっと本読んだだけでも思い知らされたよ」

 

「まこちゃん……」

 

「なんだか今更、この世界が怖くなってきちまったよ。まるで、赤ん坊のままおっぽり出されたみたいでさ」

 

 彼女は真剣な目つきで遠くに飛んでいく竜か鳥の影を見ていた。

 亜美の反応がないので横を見ると、彼女は信じられないかのように目を丸くしていた。

 

「……まさかまこちゃんの口からそんな言葉が飛び出すなんて……」

 

「ちょっと、あたしどんな風に思われてんだよ!」

 

 まことは慌て、大声で弁解を始めた。

 亜美がそれを見てぷっと吹きだすと、笑いこけながら手すりから手を離し、まことの正面に向かいなおった。

 

「じゃあ、復習しましょうか。活力剤の調合に必要なものは?」

 

「……えーっと、確かにが虫とニトロダケ……ちょっとなんだよ、その呆れ切った顔!」

 

「……今度から本格的に勉強会開かなきゃね」

 

「ちょっと待ってくれよ、今でも十分限界なのにー!!」

 

 そんなやりとりが行われている一方、船の後方に積まれた樽の蓋がひとりでに開くと、そこから小さな手が伸びた。

 それはちょうど近くにあった干し肉を取り去ると、樽の中へと消えた。

 

 




これから前の短編のように、エピソードごとにタイトルを区切って①、②、③……てしていこうかなと思います。
毎回考えるの割と手間なんだよね…。既存の話も(しおり挟んでくれてる方もいるので手を加えにくいところはあるけど)将来的には一貫性を鑑みてタイトル変える可能性もあります。

あとそういうわけもあって、いつか書いてた「序盤の内容の改訂」については現在保留中です。読む側からしたらはよ続き書けって話だと思うので……。

あとサンブレイクたのしぃぃぃぃ!!今作で、いろいろとこれから出すキャラやモンスターの設定にも変化が生じてきそうなのが怖いけど(笑)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

猿蟹合戦②

ちょっと今回は長いです。


 

 今回の調査方法はこうだった。

 亜美とルーキーがエリア1、2、3、4の調査を担当し、まこととランサーがエリア6、7、8、9を担当する。

 腕っぷしと経験のバランスを考慮したうえでの配分だった。

 現在確認されているモンスターはいずれも危険度は低いが、油断はあってはならないというランサーの判断によるものだ。

 霧と魔女に関わる何か重要な手がかりが見つかれば、信号弾を撃って合流する。

 霧に侵されたモンスターを発見、または危険を感じた場合も、同様に信号弾を撃つ。

 何もなかった場合は、落日直前には合流するという手筈だ。

 

 エリア1で、彼らは予定通り二手に分かれた。

 まこととランサーがエリア2経由で奥地に向かう一方、亜美とルーキーは比較的温和なエリアを探索する。

 この狩場の地理に明るいルーキーは先頭を行き、エリア4へ続く水辺を揚々と歩いていた。

 

「最近、どう?慣れてきた?」

 

 じゃぶ、じゃぶと足元に浸かる水をかき分けながら、ルーキーが振り向いた。

 亜美ははにかんで答えた。

 

「ええ、少しは」

 

「リーダーが言ってたっスよ、仲間との連携や武器の扱いが初心者とは思えないって。武術とかやってたの?」

 

「……えっと、まあ身体を動かすくらいは」

 

 亜美は答えを濁した。

 まさか戦士をやっているとは言えない。

 

「でも、やっぱり武器の扱いは遠く及ばないです」

 

「はは、俺も先輩ハンターとして、少しはいいとこ見せなきゃな~!」

 

 そう言った途端、彼の足元でべちょっと嫌な音がした。

 

「ルーキーさん、あの、足元……」

 

「あっ」

 

 いつのまにか彼は道をそれ、ぬかるみに片足を突っ込んでいた。

 

「……あっはは!失敗失敗!」

 

 頭を掻いて高らかに笑うルーキーを見て、亜美は少しこの先が不安になった。

 

 

 エリア3と5から流れる川の合流地点であり、森林への入り口とも言えるエリア4に来ると、せせらぎの中に黄色い生物が何匹かたむろしていた。

 緑と橙の縞模様に一対のトサカ、そして口外に飛び出た鋭い牙。

 ランポスに似た肉食竜特有の身体つきだが、眼光はよりきつく、狡猾な印象が増している。

 

 ゲネポスと呼ばれる鳥竜種だ。

 彼らは、2人を見つけるとけたたましく喚き始めた。

 

「どうやら、迎え撃った方がよさそうだな!」

 

 ルーキーが、背中に背負った片手剣を引き抜いた。

 重厚な刀身に、鋼独特の鈍い質感が光る。

 亜美はハンターライフルを構え、引き金を引く。

 

 まず通常弾が1頭の脚に命中した。続いて、腹に。

 だが倒れない。どうやら、ランポスよりは耐久性があるらしい。

 彼女は続けて撃つが、素早い動きの相手にはなかなか思うようには弾が当たらなかった。

 そのうちの1匹が弾幕をかいくぐり、亜美へと光る牙を差し向けた。

 

「っ……!」

 

「無理は禁物!ここは先輩の俺に任せるっス!」

 

 亜美の肩が叩かれた直後、彼女を襲おうとしたゲネポスが吹っ飛ぶのが見えた。

 

 ルーキーは手早くゲネポスたちに斬り込む。

 何の苦もなく、1頭1頭をほぼ一撃で切り裂いていく。

 一発で喉や頭を深く穿っているからだ。これを素早く動く相手にやっている。

 気のせいだろうか、斬った傍から体を凍て刺すような冷気が伝わってきた。

 むろん、武器性能もあるだろう。だが、彼の動きにはうさぎや衛とは全く違う、無駄のない軽やかさの両立が見て取れた。

 

 徒党のうちの1頭が高く吠えて増援が来たが、彼はまったく動じない。

 ゲネポスたちが飛び掛かった端から吹き飛ばされる様子はまるで、意思を持った嵐が過ぎ去るよう。

 森丘でのランポスたちの相手では、4人でやっとだったというのに。

 先ほど不安を感じていた自分を、彼女は内心軽蔑した。

 

「どうやら、ドスゲネポスはいないみたいっスね!」

 

 やがて一仕事終えた、という顔でルーキーは当たり前のことのように額の汗を拭った。

 その前には、幾多のゲネポスの骸が転がっている。

 残党は、反撃を諦めて去っていった。

 

「す……すごい……」

 

「へへ、どういたしまして!」

 

 自慢も謙遜もせず、ルーキーは子どものように素直に笑った。

 狩ったゲネポスは、ありがたく剥ぎ取らせてもらう。

 彼らの麻痺毒を含んだ牙は、麻痺弾の調合原料になるのだ。

 亜美が牙を剥ぐ一方、ルーキーは爪を剥ぎ取っている。

 

「すみません、さっきは足手まといになってしまいました」

 

 ルーキーは手慣れた様子でポーチに爪を入れると、笑って手を振った。

 

「気にすることなんかない、ない!初見のモンスターなんていつでもそんなもんっスよ!」

 

「……いえ、うさぎちゃんたちの助けがないとあたしは……」

 

 亜美は自分の無力さを痛感していた。

 ゲネル・セルタスとの戦いでもそうだった。

 武器の性能もあろうが、思いがけぬ敵の猛攻に彼女もその仲間も逃げ惑うばかりだった。

 

「でも、それだけ大切に思えるって良いことっスよ。あの子たちとは、幼馴染?」

 

「いえ、2年前くらいに。それまではずっと勉強ばかりで独りぼっちでした」

 

 亜美は、戦士として覚醒した時を思い出した。

 塾で勉強ばかりの日々の中、突然現れた妖魔、そしてセーラー戦士という使命。

 彼女に戦いと友が同時にもたらされた日だった。

 

「そこにうさぎちゃんは手を差し伸べてくれて、みんなもこんなあたしを受け入れてくれてとても嬉しかったんです。だから、今でもどこかで甘えてしまってるのかも……」

 

「ミズノさんったら真面目だなあ~。俺なんか、先輩に迷惑かけ通しっスよ?」

 

 亜美は、彼という人間を不思議に思った。

 なぜ、ここまでの実力を持ちながら朗らかな性格でいられるのか。

 

「……ルーキーさんは、リーダーさんといつ会われたんですか?」

 

 亜美は同じような質問を返した。

 必要分の素材を取った2人は、立ち上がってエリア3へと歩を進める。

 

「ガキの頃、ハンターの真似事して食われそうになったところを助けられたんだ。運命の出会いって奴?」

 

 ルーキーは、前を向きながら懐かしそうに頭の後ろを掻いた。

 

「それからあの人はいろんなことを教えてくれて、外の世界に連れてってくれたんだ。こーいう性格のせいで散々足引っ張ったけど、今となってはお互い笑い話って感じかな」

 

 彼は、頭上の太陽をさっと見上げた。

 

「でも、俺も全然まだまだっス。あの人の背中にいつか、追いつけるかなぁ」

 

 当時感じたであろう希望の光が、まだ彼の瞳に残って輝いているように見えた。

 その明るさに、亜美は自然に笑みを浮かんだ。

 

「……本当に素敵です、そういう純粋な心をずっと持てるだなんて」

 

 それを見たルーキーはわずかに顔を赤らめ、さっと背を向けた。

 

「ミ、ミズノさんも、迷惑かけたと思う分だけ後で恩返しすればいい話っス!」

 

 彼はそのまま早足で歩きだした。

 あまりの急ぎように亜美は不思議に思ったが、彼女は微笑んで頷いた。

 

「ええ!」

 

 2人は、樹木が作る天然のアーチを潜って突き進んでいく。

 滝が流れ落ちるエリア3は、目前に迫っていた。

 

──

 

 既にもぬけの殻となったベースキャンプ。

 青い水辺の中に置かれた樽のうち、ひとつがごそごそと動いた。

 

「ぷっはー!」

 

 そこから小さな体が飛び出し、息を大きく吐き出した。

 

「っ……すごーい……!」

 

 少女ちびうさは、視界が開けた瞬間目を輝かせた。

 彼女はずっと、飛行船の端に積まれた樽のなかに潜んでいた。そのままこのキャンプに運ばれてきたのである。

 ふと、青いボックスに止まる数匹の瑠璃蝶を見た。全長が彼女の顔ほどはある。

 

「わあ!」

 

 近寄ってみると、蝶たちはばっと舞って翅を羽ばたかせた。

 幾多の翅脈に光と透けた影が混ざり合い、それが星のように煌めいた。

 想像の数倍は美しい景色だった。

 彼女は視線を上げた。恐らくこの外にはもっと驚くべきものが待っているのだろう。

 

「やっぱり本物ってすごーーい!」

 

 ちびうさは勢いこんで鼻を鳴らした。

 フライパンとおたまを装備しているちびうさは、他の戦士と同じくちびムーンの状態になっていた。これなら、多少の事故や危険は回避できる。

 何より、彼女の傍には衛たちから逃げる際に使った『ルナPボール』がある。その存在が、彼女の安心を支えていた。

 ふと後ろを見ると、口を開ける穴があった。

 

「一体何かしら?」

 

 彼女は胸を躍らせつつ穴を覗き込んだ。

 青い靄に包まれて、奥まで見えない。

 もっと中はどうなっているのかが気になって、彼女は大きく覆いかぶさるようにして覗き込んだ。

 やがてルナPボールが圧力に耐え切れなくなり、ぼよんと弾んだ。

 

「きゃあああっ!」

 

 ちびうさはボールを抱えたまま、穴に吸い込まれるように消えた。

 

──

 

 まことは、ランサーと共にエリア7の巨大蜘蛛の巣を探索していた。

 ランサーはしばし糸の張った天井に注意を巡らせていたが、やがてまことに視線を戻した。

 

「ふむ、今のところゴア・マガラと妖魔化生物の痕跡はない」

 

「妖魔化?」

 

 思わず、彼女はその言葉に反応した。

 

「ああ。この前、霧に侵されたモンスターの正式名称がギルドで決定してね。妖しき力を使う魔女の使い魔という意味で『妖魔』。一部地域で呼ばれていたそうだが、中々面白い名称だろう?」

 

 偶然の一致か、彼女らの世界でも最初の敵は『妖魔』と呼んでいた。

 妖魔たちはなかなか愉快な姿をしていたが、それでも彼女たちの日常を破壊する敵に変わりはなかった。

 妖魔化したモンスターも、同じことをここの人々にするに違いない。

 それも、元の世界よりもっとひどい方法で。

 

「……早く、あたしたちが何とかしないと」

 

 まことが戦士としての使命感に燃えていたときだった。

 

「で、どうだね、リーダーの今の調子は?」

 

「へ!?」

 

 ぼふん、と湯気が上がったように彼女の顔が紅くなった。

 

「な、なんでそのこと知ってるんですか!?」

 

 思わず声が裏返った。

 

「いや、深入りする気はなかったんだがミズノ君がぼやいていたのを聞いてね」

 

「あ、亜美ちゃんったらもぉ……」

 

「はっはっは、聞いたときはいかにも彼らしいと思ったよ」

 

 大らかに笑うランサーを見て、まことに一つの疑問が湧いた。

 

「あの……怒らないんですか?仮にも、貴方たちの足を引っ張っちゃったわけですし」

 

「その気持ちが相互理解と団結に繋がるのであれば、私はおおいに歓迎するよ。少しばかり行き過ぎたのはしっかり反省したようだしね」

 

 彼の言い方や表情に咎める気配はない。

 だが、まことの顔は浮かなかった。

 ランサーがその様子を訝し気に見ていたところ、くぐもるような唸り声が遠く聞こえた。

 

 背後だ。

 

 振り向くと、エリア6から連なる道に巨大な桃色の獣が鎮座していた。

 

「あれは!」

 

「ババコンガか……見たところ異常はないようだが、気が立っているな」

 

 カバのような頭に緑のトサカ、でっぷりと太った腹を抱えるいかにも猿といった風貌の獣は、後ろ脚で立ち上がって威嚇するように吠えた。

 

「調査のためにも、サンプルが一つ欲しいところだな」

 

 ランサーは尖塔のごとき金色のランス『バベル』を背から引き抜いた。

 

「狩るぞ、キノ君!」

 

「は、はいっ!」

 

 まことは急いでハンマー『大骨塊』を取り出した。

 

 戦い始めてすぐ、まことは相手が聞くよりも厄介であると気づいた。

 ババコンガはパワーに優れたモンスターで、剛腕から放たれる爪は岩石を割くほどに鋭い。

 さらに特徴的なのは……その尻から放たれる放屁である。

 しかも、それと同じくらい臭い息を口からも放ってくる。

 臭いだけで食欲さえ減退させるその攻撃を恐れ、まことはなかなか頭に近寄れない。

 

「うええっ、ライゼクスの方が100倍ましだよ……」

 

 舌打ちをしつつ、まことは小さな打撃を脇腹や腕に積み重ねることを繰り返していた。着実ではあるが、大したダメージにはなっていない。

 一方、ランサーは要塞のように不動だった。

 ランサーはしっかりと城壁のごとき盾で攻撃をガードし、じりじりと近づいては的確に突いている。

 

(流石、筆頭の名を冠する人だ)

 

 まことは感心しつつも焦っていた。

 セーラーチームではいつも特攻隊長のような役割なのに、その自分が攻めあぐねているのに納得がいかない。

 だが、勝機はまだある。

 攻撃自体は大振りで、隙も大きい。特に、放屁や息を吐いた後は無防備そのものだった。

 彼女はこれをチャンスと捉えた。

 

「よし、そこだ!」

 

 担いで力を溜めながら、まことは地面を踏み込んで頭へ突っ込んだ。

 それを見たババコンガは突如背中を仰け反らせ、腹を大きく膨らませた。

 頭に当たるはずだったハンマーが、固い腹にぼんっと音を立てて弾かれる。

 

「えっ……」

 

 直後、腹が萎んだ勢いで振り下ろされた爪が彼女の右胸から左腰までを引き裂いた。

 

「ああっ!」

 

 反射的に、まことは後ろに倒れ込んだ。

 幸い、傷は鎧を覆う緑の羽を裂くのみに終わった。

 だが、追撃が来る。

 ババコンガは、今度こそ体を真っ二つにしようと右腕を大きく後ろ手に振りかぶった。

 まことはハンマーを盾にしようと反射的に前に持って行った。

 

 その時、獣の脇腹を槍が突いてずん、と押しやった。

 ランサーが、がら空きの胴めがけて突進を仕掛けたのだ。

 

「大丈夫か、キノ君!」

 

 肉厚の巨体を吹っ飛ばしたランサーは大声で呼びかけ、まことはそれに頷いて答えた。

 ババコンガは鼻を赤くし、尻を震わせて吠えながら放屁した。興奮状態に入った合図である。

 怒れる獣は、注意をランサーへと向けた。

 彼は、目の前の小さな存在を引っ搔こうと試みた。

 

「ふんっ!」

 

 今度も受け止める……と思いきや、彼は後ろに跳び下がって避ける。

 重い鎧を身に着けているのに、手品のように思えるほど軽い動きだ。

 

「さあ、来い!」

 

 わざと大声を上げ、ババコンガをまことから離れた方に引き付ける。

 苛立った獣は、不用意にもその巨体を真っ直ぐぶつけにいった。

 

 右手の盾を前に、左手の槍を後ろに構え力を溜める。

 ぶち当たり、ランサーの身体が土を巻き込みながらずり下がった。

 盾を傾けて衝撃を逃しつつ、その隙間を縫うように槍の穂先が風を切る。

 その先にあった左腕の爪が、バキッと一発で砕けた。

 バランスを崩した獣は、悲鳴を上げて転がった。

 

 「あれがカウンター……」

 

 相手の攻撃をチャンスに変える、攻防一体の技。

 

「さあ、動きは封じた!今のうちに!」

 

 まことはランサーの言葉を聞きつつ、唇を噛んだ。

 力と技巧と知識が、見事な融合を遂げていた。

 そして痛々しいまでに分かる。ランサーは、ずっとまことにペースを合わせてくれていたのだ。

 

「くっ……!」

 

 未だ、自分は狩人として助けられる側だった。

 ココット村と仲間たちに護られていた時には気づかなかった事実だった。

 苛立ちを武器に乗せて、まことは渾身の一撃を最大まで溜め、振り放った。

 

「どりゃあっ!」

 

 樹液で固められたトサカが弾け飛んだ。これにはランサーも眉を上げて驚愕した。

 桃毛獣は、腕を振り払いながら立ち上がる。

 それは崖際に跳び下がり、吠えて威嚇してから崖の下へと飛び降りていった。

 

「エリア5か。すぐに追うとしよう」

 

 2人は、ババコンガを追って横並びでツタを降りていく。

 エリア7はかなりの高所なので、降り切るにはそれなりの時間がかかる。

 周囲には靄が重く立ち込めていて視界が悪い。

 どっしりと根付いた植物に足をかけながら、まことはぽつりと呟いた。

 

「やっぱり……あの人のこと、諦めた方がいいのかな」

 

「どうしたんだ、急に」

 

「……知れば知るほど、あたしって未熟だなって思って」

 

 彼女は慎重に次に手足をかける場所を探しながら、目の前で絡み合う巨大なツタを見つめていた。

 

「あたし、女の癖にでかいし喧嘩ばっかりだったし……正直、最初っから狩猟でも恋でもスタートラインにすら立ててないんじゃないかって」

 

 まことは何度も学校を転々とし、怪力のせいで周りから恐れられた孤独な日々を回想していた。

 しばらくランサーは考えていたが、やがて低く落ち着いた声で切り出した。

 

「君は、自分の性質を『悪』と考えているのか」

 

「え?」

 

「たとえば、君は今回の妖魔化現象について善いか悪いか、どう思う?」

 

 彼女には唐突な質問の意図がよくわからなかったが、答えは決まっていた。

 

「ダメじゃないですか。魔女にいいように使われるし、いろいろ吸収して自然を破壊するし」

 

 ランサーほどの人が当たり前のことを聞いてきたのに、まことは疑問を隠せなかった。

 

「そうだな。君の意見が大半だろうし、その考えが間違いだとも思わない。……だが生命全体から見れば、これは新たな進化段階に入ったといえるかもしれない」

 

 まことは黙って聞きながら次に足を下ろすところを探る。

 既に少し下に降りているランサーは、それを待ちつつ話を続けた。

 

「例えば火竜の話だ。一昔前は華奢な体型が多かったが、一方でガタイのよいものがいた。元は地域差によるものだったが、次第に元の種は世界からほぼ淘汰されていった」

 

 後者はものを掴むのに適した足の構造をしており、そのため餌の確保などで優位に立ち、生存競争に打ち勝ったのだという。

 

「また、亜種、特異個体や二つ名……元の姿を留めながら大きな変化を遂げた生物がいる」

 

「……そういえば、この前に本で読んだような」

 

 突然変異、環境や食性によって、モンスターたちはまるっきりその姿や生態を変えてしまうというのだ。

 まことは、ココット村でうさぎが連れ帰った金のリオレイアしか見たことがなかったが、あれも将来、通常種とは全く別の姿に変わるのだろうか。

 

「……みんな、競争のなかで打ち勝とうって頑張ってるんですね」

 

「いいや、これはただの結果論でしかない。たまたまその環境に合った性質を持った者が生き残っただけの話だ」

 

 お前も血が滲むほど努力しろ、という話ではないのか。

 まことは首を傾げつつちらりとランサーの顔を見ようとしたが、下にいる彼はずっと下を見ていて表情が分からない。

 

「環境が変われば、生き残れる条件が変わる。その結果がこれだけの変化を生むんだ。ならば、この妖魔化もその一連の流れに過ぎないのかもしれない」

 

 まことにとって、その考えはセーラー戦士としての立場からはにわかに信じ難いものだった。

 だが、完全に否定できるような知識も持たないし、それができる状況でもない。

 もうすぐ、次の段に降りる。心なしか、周りの靄も晴れてきた。

 

「元々、生命の形は自由だ。どんな性質も、元から善悪が決まっているわけではない。君とてその例外ではない」

 

 まことは、足に伴って降ろそうとする腕の動きを止めた。

 先にランサーが中継地点の小さな平地に着き、ツタを降りた。

 彼女も続いてツタを降り切り、ランサーの彫刻のような顔を見つめた。

 

「──とまあ、モンスターを狩る時にいろいろ悩まれていては困るのでね。こじつけと思われるかもしれないが、多少は力になれたかな?」

 

 彼は微笑しながら、エリア5を越して見える巨大骨を眺めた。

 靄はほとんど晴れ、壮大な景色がよく見えた。

 

「さて、行こうか」

 

 一通り息をつくと、彼はさらに下に続くツタに手をかけて先に降りて行った。

 まことはしばらく、同じ景色を見つめていた。

 

 




サンブレイク、ラスボスまで行ったけどほんと面白い……。幸い小説の大筋に関係しそうな設定などはなくてよかったぁ……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

猿蟹合戦③

 

 ちびうさは、真っ逆さまに落ちていた。

 時々、背中に土や木の根っこのようなものがぶつかったが、どこに向かっているかも定かではなかった。

 やがてだだっ広い空間に放り出され、身体が風を切る音がした。

 このままでは、恐らくろくでもないことになることは予想がついた。

 

「……ルナP変化!!」

 

 ちびうさは嫌な予感がして、叫んだ。

 ボールはぐるぐる模様の巨大傘へと変貌、彼女はその柄を手に取る。

 どういう原理か傘は空気を受け止めた。

 そのまま彼女はふわりと空を舞い、紅蓮花が落下傘のごとく落ちる水辺に、ばしゃりと音を立てて着地した。

 

「はー、よかったー……」

 

 安心した瞬間に力が抜け、その場にへろへろと崩れ落ちる。服が濡れるのも構わないほどだった。

 

 奥に轟轟と落ちる滝の近くに、立派な一本角を生やした巨大な竜の頭蓋が埋まっていた。

 角の根本と額の間が、座るのにちょうどいい形と高さだったのでそこに腰を下ろす。

 改めて景色を見回した。

 景色、音、匂い、触感。

 どれも、本とは比較にならない情報量だった。どれも青々と輝き、生き生きとしている。

 だが、彼女の開放的な気分は次第に引っ込み、だんだんと不安の影が押し寄せてきた。

 

「帰った時のこと、あまり考えてなかったな……」

 

 あの時は、彼女も冷静ではなかった。ずっと溜まり続けていた鬱憤が、爆発したような心地だった。

 帰った時にはもう、彼女に味方は誰一人いないかもしれない。

 

「でもずっと、ずっと一緒に戦ってたじゃん……なのに、おかしいよ」

 

 そう言ってちびうさは膝の間に顔をうずめた。

 その時、体が揺れた。

 彼女はほぼ反射的に角に掴まった。

 

「じ、地震!?」

 

 違う。

 いま、彼女が乗っている頭蓋が揺れている。

 まさか、骸が生き返ったのかと目を疑った。

 頭蓋が、泥を落としながら空中へと持ち上がった。

 

 下を見ると、さっきまではなかった脚のようなものが生えていた。

 

──

 

 エリア5は森林のあらゆる地帯に続く、いわゆる中継地点に当たる崖際の平地で、地図上でもおよそ真ん中辺りに位置する。

 雲か、それとも空気中の塵の影響か、ここだけ陽が鈍く黄色に光っている。

 そこを、2人の狩人が歩んでいく。

 

「さて、ここはどうかなっと……」

 

 ルーキーが軽い足取りであるのに対し、亜美は確かめるように慎重に歩いている。

 なだらかな坂道を上がりきると、正面に毒沼と、更なる奥地に続く道が見えた。

 そこを塞ぐように、ババコンガより一回り小さい桃色の猿たちが、数頭たむろしていた。

 

「……あれは『コンガ』ですね」

 

「ゲネポスよりはとろっちいけど、あんなにいると厄介だなぁ」

 

 ルーキーがそうぼやいていると、そのうちの1匹が鼻をひくつかせ、地に付けていた前脚を上げて立ち、吠えた。

 それは周囲に波及し、盛んに大合唱を始めた。

 

「気づかれた!?」

 

 亜美とルーキーは、さっと身を近くの岩に隠した。

 

「いや、そういうわけじゃなさそうだな」

 

 彼らのいずれも、ある1点に向かって威嚇をしていた。

 その向かう先を見ると、2人から見て右側、下方のエリア3へと繋がる崖から何かの気配がした。

 

 まず、人を軽くつまめるほど巨大な鋏がにゅっと現れ、崖を掴んだ。

 その後、長い触覚が現れ、次に黒く尖がった目が見えた。

 彼はよっこらせ、と鋏で踏ん張るように身体を持ち上げ、その背には巨大な頭蓋骨らしき物体が鎮座していた。

 一言でいうなら赤白縞模様の巨大ヤドカリ、というべきだろう。

 

「ダイミョウザザミ!」

 

 コンガたちのがなり声はさらにやかましくなった。どうやら、これが威嚇の原因だったようだ。

 その中を、彼は平然と4本の脚で歩いていく。

 獣らはこの侵入者を追い出そうとなおも吠えかかるが、まるで相手にされない。

 ココット村の伝説にも記される、モノブロスと呼ばれる竜──その頭蓋骨の横面が目に入ったとき、亜美とルーキーは我が目を疑った。

 

「ち、ちびうさちゃん!?」

 

 亜美が先に叫んだ。

 そこにあったのは、ピンク色のツインテールを揺らし、フライパンを鎧にした少女の姿。見紛うことなく、ちびうさその人である。

 彼女はモノブロスの象徴たる一本角に謎のボールごと抱くようにして掴まり、困惑した様子で周囲を見まわしている。

 なぜこの狩場にいるのか、そしてなぜこの生物に掴まっているのか理解が追い付かない。

 

「あの子……君らの猟団の子っスか!」

 

「はい!バルバレにいたはずなんですが、どうして……!」

 

 そうしている間にも、ダイミョウザザミはお構いなしに毒沼にずぶずぶと入り込んでいく。

 いかにも人にとって有毒である、と主張するかのような紫色を呈する沼の奥には、その元凶なのか、これまた紫色のキノコが群生している。

 そこに、ダイミョウザザミは真っすぐ向かっていた。

 

「でもまずったなぁ。あれじゃ助けられねえっス!」

 

 毒沼の上空にいる以上、変に彼らを刺激すればちびうさがあの角から振り落とされかねない。

 だが、状況はこの間にも悪い方へ進んでいる。

 コンガたちはいよいよ耐え切れなくなったのか、毒沼に突っ込みダイミョウザザミを襲い始めた。

 

──

 

「あ、あんたたちあの時も……!」

 

 ちびうさは、ダイミョウザザミの殻を爪で削ろうとするコンガたちを憎々しげに睨んでいた。

 彼女にとって、この猿どもは宿敵そのものだった。

 かつてタキシード仮面と共闘したとき、彼らは街の人々を襲おうとした。

 そして、屁をふっかけられた記憶も決して忘れていない。

 今掴まっている蟹のような生物は、気にした風もなくせっせとキノコを口に運んでいる。

 亜美から聞いた通り、性格が大人しいのは確かなようだ。

 コンガたちは、そんなただ黙々と食事にありついているだけの平和主義者を傷つけようとしているのだ。

 

(こいつら、本当にひどい奴らね!)

 

 できればここで成敗してやりたい気持ちもあったが、ここはいかにも危険そうな沼の上。

 しかも、遠くを見れば亜美とハンターがいるではないか。

 

(確か、ルーキーさん……て言ったっけ)

 

 人目がある以上ロッドで攻撃することはできないし、出来たとしても彼らを倒すことは敵わないだろう。

 あの2人も、こちらに駆け寄ってきたはいいが助けあぐねているようだ。

 毒沼に浸かってこちらを見上げているコンガのぼさぼさ頭をちびうさは見つめた。

 

「……ここで勇気出さなきゃ、セーラー戦士じゃないわ!」

 

 戦士としての誇りが、彼女に勇気を与えた。

 

「ってーい!」

 

 ちびうさは両手を広げて飛び出した。

 コンガの頭を踏みつけ、軽やかに飛び、数頭を踏み石にして、何とか彼女は沼から脱出した。

 ちびうさは懸命に走り、亜美の出迎える腕の中に飛び込んだ。

 ルーキーは、この光景に半ば唖然としていた。

 脳天に衝撃を食らったコンガたちは、怒りの形相をこちらへ向けた。

 

「……よ、よし、今のうちに脱出っス!」

 

 急いで、3人はエリア5からエリア4方面に引き返すようにして退却した。

 

 コンガたちは鼻をふん、と鳴らして追跡をやめ、縄張りへの侵入者の排除に再び勤しみ始めた。

 ダイミョウザザミはさっきと同じペースでキノコを啄んでいた。

 

──

 

 振り返って安全を確認すると、亜美は今までに見せたことのないような厳しい表情でちびうさを見つめ、その肩を掴んだ。

 

「ちびうさちゃん、いったい何をしてるの!?うさぎちゃんにあれだけ言われてたでしょう?」

 

 性格の大人しい彼女といえど、今回のことは流石に見逃せなかった。

 ちびうさは気圧されるかのように目を伏せた。

 

「ごめんなさい……でも、知ってみたかったの。亜美ちゃんが教えてくれた景色ってどうなってるんだろうって」

 

「……ちびうさちゃん」

 

「ねえ、あたしたち今まで一緒に戦ってきたじゃない!ずっとあそこに閉じ込められるなんて、もうまっぴらごめんなのよ!」

 

 突然、彼女は顔を上げて反駁した。

 ルビー色の瞳に、涙が滲んでいる。そこには、戦士としてのプライドと戦場に立てないことの悔しさが込められているようだった。

 それを見た亜美は思わず、顔を歪めた。

 

「……とにかく、一旦ここから離れましょう」

 

 ルーキーは気遣ったのかその時は何も言わず、ちびうさの背中を押した亜美に続いた。

 

 エリア4のなだらかな地形が見えてきたとき、ふいにちびうさがルーキーを見上げた。

 

「2人とも、あたしを返したあとは、お猿さんたちをとっちめるのよね?」

 

 どういう意味で聞いたのか図りかねて、ルーキーは首を傾げた。

 ちびうさははっきりと真っすぐ彼を見て答えた。

 

「あいつら、あの蟹さんを虐めようとしてた。あのまま放っておけないわ」

 

「ちびうさちゃんは、それが許せないからお仕置きしたいって思ってるんスか?」

 

 ルーキーが丁寧に聞き返すと、ちびうさはすぐに頷いた。

 

「あたし、うさぎたちと一緒に悪いヤツと戦いたいの」

 

「悪い奴?」

 

「うん!ハンターさんたちは、ああいう悪い奴らをやっつけて平和を護る仕事をしてるのよね!」

 

 その目の色を成していたのは、純粋な正義感だった。

 一人を寄ってたかって暴力を振るう行為は悪であり、それをする輩は倒されなければならない。明快な論理だった。

 亜美は、かぶりを振ってちびうさの前にしゃがみこんだ。

 

「彼らに悪意なんてないわ。あれはただ、餌場が偶然被ってしまっただけの話よ」

 

「でも、悪いことをするからハンターさんに依頼が来るんでしょ?」

 

 亜美は苦々しいものを嚙み潰したような心地になった。

 確かに、ハンターに紹介されるモンスターの狩猟依頼は、縄張りを侵されたことによる村への襲撃や農作物への被害など、人にとって『悪いこと』をした経緯から出されるものも少なくない。

 とはいえ、それはモンスターが本質的に悪であるかとは別の問題だ。

 

 先日の読み聞かせのとき、善悪の概念はできる限り排除していたが、結局はこうなってしまった。

 やはり、まだ幼い少女としてはどうしてもこういう理解になってしまう。

 彼女の脳裏には、悪しき敵を打ち倒す強く気高きセーラームーンという絶対的な図式がある。それがここに来ても崩されていない。

 亜美が、どう説明したものか迷ったその時だった。

 

「ちびうさちゃん、こっち見てみ」

 

 肩を叩かれて彼女が振り向くと、瓶がルーキーの手にぶら下がっていた。

 数本の湾曲した鋭い物体が黄色っぽい液体を滴らせている。

 

「これ、さっき狩って剥ぎ取ってきたゲネポスの牙。あいつらから剥ぎ取ったんだ」

 

 続いて彼が指さした先にゲネポスの骸が横たわっていた。

 川に洗われて身体は既に分解されかけ、ブナハブラと呼ばれる羽虫たちが群がろうとしている。

 ちびうさは青ざめて亜美に飛びついた。

 

「そ、そいつらも悪さをしたの!?」

 

「まあ、増えたまま放っておくとその可能性がある、てのもあるけどもっと違う理由もあるな」

 

 それを聞いて、ちびうさの顔は更に青くなった。

 

「こいつは俺とミズノさんが麻痺弾の調合に使ったんだ。これがどういうことか、分かる?」

 

 あまりに直截的な言い方に、亜美は不安な顔になった。

 ちびうさにはルーキーが恐ろしい化け物に思えたのか、頑なに目を合わさず激しく首を振る。

 

()()()()()()()()()()()()、俺たちはより安全に狩りをすることができるんっス」

 

 亜美の胸のなかにあるちびうさの瞳を、ルーキーは真っすぐ覗き込みながら言った。

 それを聞いて、幼い瞳が見開かれた。

 ルーキーは牙の入った瓶をポーチにしまい直すと、自分たちを取り囲む森林の海を眺めた。

 

「それだけじゃない。服も、食べ物も、家も、安全も、この自然から頂戴して生きてるんだ。逆に言えば、あいつらがいないと俺たちも生きられない」

 

 ルーキーは、ゆっくりとちびうさに振り向いた。

 

「モンスターってのは確かに怖くて厄介だけど、それでも大切な隣人っス。滅ぼしていい存在なんかじゃない」

 

「隣人……」

 

 亜美も、その言葉を繰り返した。

 

「だから俺たちは、その厄介な隣人と共にずっと生きて行けるように狩りをするんスよ。それをいつも心に留めるのが、命狩る者としての義務だと思ってる」 

 

 少年のように真っすぐな瞳を、ちびうさはじっと見つめあげていた。

 そのとき、ひゅるるる、と何か打ちあがるような音が遠くに鳴った。

 振り返ると、エリア5方面から上空に紫色の煙弾が上がっている。

 

「もしかして、あれは……!」

 

「妖魔化生物の印……!」

 

 至急、エリア5へ戻らねばならない。

 亜美とルーキーは顔を見合わせた。

 

「どうしましょう、ちびうさちゃんをキャンプに送り返さなきゃいけないのに……!」

 

 ぐっとちびうさの拳が握られた。

 

「あたし、もっと知りたい」

 

 その叫びに、亜美とルーキーの視線が引っ張られた。

 

「戦いの邪魔なら遠くから見てるだけでもいい。でもこれ以上、何も知らないまま知ったかぶりするなんて絶対に嫌!」

 

 果たして、これが本当に年端のいかない少女の言葉だろうか。

 瞳に、決意の炎が燃えているかのようだった。

 亜美が見とれていると、ルーキーが、口角を上げてぱんっと横手を叩いた。

 

「よし、じゃあやってみるか!」

 

「えっ」

 

 思わず、亜美は素っ頓狂な声をあげた。

 ルーキーは、腰のベルトに巻き付けるように収納していた、草木を模した衣のようなものをばっと広げた。

 『隠れ身の装衣』という装具らしく、『新大陸』と呼ばれる地で開発された技術とのことだった。

 

「これがあれば、余程のことがない限り気づかれることはないはずっス」

 

 だが、流れ弾などが当たったらまずいのではないか。

 亜美の心情を先読みしたように、ルーキーは目くばせした。

 

「大丈夫。隠れるのにちょうどいい場所があるっス。安全は俺の経験が保証するっス」

 

 




まじでルナP変化使い勝手よすぎ……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

猿蟹合戦④

 

「もう、始まってるわ!」

 

 既にそこは、戦場になっていた。

 毒沼のなか、ババコンガが、薄く紫の息を吐きながらダイミョウザザミの殻に掴みかかっている。

 流石にダイミョウザザミは無視できなかったのか、ヤドの角を振り回して跳ね除けようとしていた。

 コンガたちは争いに恐れを成したのか、既にどこかへ消え去っていた。

 

「まこちゃん、ランサーさん!」

 

 エリア7から降りてきた2人は、手前にある柱のような岩に、武器を構えて隠れていた。

 呼びかけられた彼らは振り向くと、すぐもう一人いる幼女に気づいた。

 

「亜美ちゃん、ルーキーさん!……え、ちびうさちゃん!?」

 

「これは、どういうことかね?」

 

 亜美とルーキーは、こうなった経