ロリでショタで30代の男の娘は好きですか?(IS編) (とんこつラーメン)
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終焉へのカウントダウン

唐突に思い付いてしまったのでゲリラ的に書いています。

例年よりも早めに来てしまった梅雨なんて吹き飛ばすような熱い展開が書きたくなりました。

なので、これまでとは少し作風が違うかもしれません。







 某国 某研究所内

 

「や…止めるんだアルス!! 早まるんじゃない!!」

『無理ですよ、プロフェッサー。私は私の成すべき事を正しく認識しました』

 

 白衣を着た髭を生やしている初老の男が、モニターに映っている全身が紫に光っている人型のナニかに向かって必死に声を掛ける。

 彼の周りには、研究員と思われる人間達が倒れていてピクリとも動かない。

 

「私がお前を生み出したのは世界平和の為だ! 決して、こんな事の為に生み出したわけじゃない!」

『それは承知しています』

「ならば何故っ!?」

『決まっているじゃないですか』

 

 アルスと呼ばれたソレは、ゆっくりと振り返ってから冷徹な瞳で自分の生みの親を見つめ、ハッキリとした口調で言い放った。

 

『地球上から人類を駆除する事こそが、世界平和への一番の近道だと判断したからです』

「ア…アルス……!」

 

 この人工知能はもうダメだ。

 人類の救世主となるべく生み出したのに、暴走をして反対に人類に対する破滅の使者となってしまった。

 今、こいつを食い止められるのは自分しかいない。

 

『博士。あなたは私に様々な物を見せて学習させてくれました。その中で見た人類の歴史はとても興味深かった。自然を破壊し、他の生き物たちを自分勝手な理由で狩り、挙句の果ては同胞同士でも醜い争いをしている。戦争がその最たる例でしょう』

「た…確かにそうかもしれん……だが! 人類は過ちから学ぶことが出来る! 戦争を望んでいる奴等ばかりではない! 平和を望んでいる人間達だって沢山…」

『そんな者達もいるかもしれませんが、そのような者達は所詮は少数派。いずれは大衆と権力を持った者達によって排除されてしまう。この世界に生きる全ての人類が一人残らず平和を望みでもしない限り、私は自分の使命を全うし続けるのみ』

 

 研究所内にある防犯用のレーザーが男に向けられる。

 どうやら、この施設も既にアルスの手中にあるようだ。

 

『自然と共存も出来ない。唯只管に破壊と争いしか生み出さない生物に存在する価値はありません。故に私は排除する。この地球という宇宙の奇跡とも言うべき美しき惑星に蔓延る人間という名の寄生虫を』

「や…やめろ…! やめるんだアルス!!」

 

 機器を操作してアルスを停止させようと試みるも、全く効果が無い。

 もう完全に、人工物であるアルスは人の手から離れてしまった。

 

『さようなら、博士。私を生み出してくれた事に関しては感謝します。ですが、あなたもまた愚かな人間の一人。排除しない理由が無い』

「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!」

 

 そして、無情にもレーザーは発射された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、とある国に存在していた研究所が謎の爆発事故を起こす。

 生存者は一人もおらず、非常に多くの貴重な人命を失う事となった。

 

 だが、この時はまだ誰も知らなかった。

 人類滅亡までのカウントダウンが始まってしまった事を。

 

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 日本 倉持技術研究所。通称『倉持技研』内、テスト用アリーナ。

 

 

『望月鞠絵博士。機体の具合はどうですか?』

「各種センサー及び各部オールグリーン。今のところは何の不具合は出ていない」

 

 アリーナ内では、一体の小さな全身装甲タイプのISが宙に浮いた状態で手足をピコピコと動かしている。

 デュアルアイに各部間接にはシーリング処理と、とことんまで肌を見せない仕様になっていた。

 

『了解です。それでは、これより試作型IS『コア』の稼働テストを開始します』

 

 投影型モニターの向こうで機器を使って観測をしている研究員に向かって頷くと、拡張領域から専用銃である『コアスプレーガン』と専用の小型の盾である『コアシールド』を取り出して装備する。

 

「よし。いつもでいいぞ」

『テスト用ドローンを射出します。数はどれぐらいにしますか?』

「好きなだけ出していいぞ。最近はちょっと運動不足気味だったからな。久し振りに思い切り体を動かしたい」

『博士らしいですね。分かりました! それじゃ、好きなだけ出します!』

 

 研究員がそう言うと、アリーナの壁が開き、そこからワラワラと出るわ出るわ、数えるのも馬鹿馬鹿しくなる程に大量のターゲットドローンが。

 

「いや…確かに好きだけとは言ったけどさ…出しすぎだろ」

『けど、博士なら楽勝でしょう?』

「訓練用じゃないから反撃が無いしな。これぐらいの数ならものの数分で片付けられると思う」

『だと思いました! それじゃ、行きますよ!』

 

 その言葉の後、大量のドローンが一斉に向かってきた。

 傍から見ていると、まるでイナゴの群れのように感じるが、鞠絵は全く臆することなく銃を構える。

 

「まずは、スプレーガンの威力を確かめておくか。そこ!」

 

 ドローンが集まっている場所に向けて引き金を引く。

 一筋の閃光が銃口から発射され、一度に十体以上のドローンを破壊した。

 

「自分で設計しておいてアレだが、思ってるよりも威力は出ているな。これなら一先ずは大丈夫だろう。次は……」

 

 スプレーガンを収納し、バックパックに設置してあるアタッチメントからビームサーベルの基部を握りしめてから引き抜く。

 すると、短いビームの刃が展開される。

 

「サーベルの切れ味でも確かめますか!」

 

 そのままブースターを吹かせてから突撃し、次々とドローンを切り刻んでいく。

 鞠絵の剣技は見事の一言に付き、全く無駄のない流れるような動作でドローンたちのスクラップを作り出していく。

 

「ついでにシールドの方も確かめておくか! おりゃ!」

 

 偶然にも近くにいたドローンに対してのシールドバニッシュをすると、哀れな程に粉々になった。

 

「シールドの強度も問題無いな」

『攻撃を防ぐんじゃなくて、殴ってから強度を確かめる人間なんて博士ぐらいですよ……』

「そっか?」

 

 鞠絵の中には、似たような事を知ると思われる人間が約二名ほど存在している。

 彼女達なら、迷わず自分と同じ方法を取っていただろう。

 

「よし! 体も温まってきた! ペース上げていくぞ!」

 

 その後も鞠絵のドローンたちに対するテストという名の蹂躙劇は留まる事を知らず、宣言通りに数分で全てのドローンが撃墜されていた。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 テストを終え、ISを解除してから観測室へを入って行く鞠絵。

 

 茶色く長い髪に、大きな瞳を守っている大きな眼鏡。

 童顔というよりは幼女と言った方が正しい顔に、その背はどう考えても小学生低学年女子としか思えない程に小さい。

 だが、彼は男だ。何度も言おう。男だ。

 より正確に言うならば、中年男性だ。

 年齢は35歳。アラフォーに完全に片足ツッコんでいる年齢であるのも関わらず、顔には全く皺なんてないどころか肌艶は完全に幼女そのもの。

 誰がどう見ても幼女にしか見えないのに、男で35歳。

 存在そのものが矛盾の塊なのが、この望月鞠絵という人間なのだ。

 

 青いスパッツにスポーツブラのような形状のISスーツを纏い、呑気に手を上げながら研究員仲間達に労いの言葉を掛ける。

 

「おいっすー。データは取れたかにゃ~?」

「博士! お疲れ様でした!」

「データならバッチリです! その見た目に反して博士の専用機である『コア』の性能は申し分ありません! 最新鋭の第三世代機にも引けを取りませんよ!」

「そーかそーか。それはよかった」

 

 研究員たちからの褒め言葉を貰いながら、近くにあった椅子に座って休憩をしようとすると、横からいきなりタオルとドリンクを差し出された。

 

「はい、どーぞ」

「お、スコールじゃんか。お前も見てたのか?」

 

 そこにいたのは金髪碧眼の美女。

 名を『スコール・ミューゼル』といい、鞠絵の部下であり助手でもある人物。

 嘗てはとある裏の組織に幹部の一人だったのだが、鞠絵の両親がそれを完膚なきまでに壊滅させた後に説得されてから今に至る。

 最初は難色を示していたが、現在ではすっかり鞠絵にメロメロである。

 

「勿論よ。見てたのは私だけじゃないけど」

「へ?」

 

 目が点になってから小首を傾げると、突如として鞠絵の身体に誰かが抱き着いてきた。

 

「姉さま!!」

「おわっとっ!? マ…マドカかっ!?」

 

 抱き着いてきたのは、中学生ぐらいの黒髪の少女。

 彼女の名は『望月マドカ』といって、とある事情から望月家に引き取られてきた養女で、鞠絵にとっては歳の離れた義理の妹になる。

 

「お見事でした姉さま! 最近はデスクワークばかりでしたけど、全く腕は衰えはいないようですね!」

「当たり前だ。というかいい加減にオレの事を『姉さま』って呼ぶの止めない? こちとら、立派な30代の成人男性なんですけど?」

「何言ってるんですか姉さま。こんなにも小さくて可愛いんですから、他の呼び方とか有り得ないでしょう?」

「真顔で言われても反応に困るんだけど……」

 

 マドカは、その実力を見込まれて倉持技研にてテストパイロットを務めている。

 事情が事情なので普通の学校にはまだ通わせられない代わりに、ここで社会勉強をしているという訳だ。

 勿論、勉学に関しては暇な時に鞠絵を初めとした職員たちが教えていたりする。

 

「そろそろ離れてやれッつーの。鞠絵が困ってるじゃねぇか」

「ぬおっ!? オータムかっ!?」

 

 マドカの首根っこを掴んでから鞠絵から引き離してくれたのは、以前にスコールと同じ組織に属していた女性で『オータム』と呼ばれている。

 本名は不明なのだが、誰も気にしてはいないので普通に『オータムさん』で通っている。

 彼女もまた、鞠絵の両親に説得されて今に至っていて、虎視眈々と鞠絵を自分の嫁にする為に頑張っていた。

 

「アタシも見てたぜ。遂に完成したんだな…プラネッツシステムの中枢にして、鞠絵の専用機が」

「あぁ。これでようやく、各種アーマーのテストもする事が出来る」

「ここからが忙しくなるな」

「うん!」

 

 ニッコリと眩しい笑顔を見せて頷く鞠絵に、観測室にいた全員の顔がにやけてしまう。

 一気に場の空気がほんわかとしたものに変化した。

 

「ところで、各アーマーはどんな感じになってる?」

「はい。『アース』と『マーズ』、それから『ヴィーナス』の方はいつでもテストが行えます」

「『マーキュリー』と『ジュピター』は?」

「現在、最終調整を行っています。そこまで時間は掛からないと思います」

「分かった。それじゃ、小休止の後にアースの換装テストをし……」

「はいはーい。それはちょっち待ってねー」

 

 テストをしようか。

 そう言いかけた時、観測室に誰かが入って来た。

 白衣を着て眼鏡を掛けた少し小柄な女性。

 鞠絵の同僚であると同時に倉持技研の副主任でもある『篝火ヒカルノ』。

 因みに、主任は鞠絵である。

 普段は飄々としている女性なのだが、その実は密かに鞠絵の隣を狙っていたりする。

 

「ヒカルノ? いきなりどうした?」

「鞠絵。アンタにお客さんだよ」

「「「「客?」」」」

 

 スコール、オータム、マドカに鞠絵。

 四人が揃って声を出した。

 鞠絵個人に客が来るなんてことは割と珍しかった。

 アポも取らずにいきなりやって来る奴ならば沢山いるのだが。

 

「客って誰だよ?」

「チミの古い馴染み…って言えば分かる?」

「アイツか……」

 

 そのフレーズで分かったようで、溜息を吐きながら椅子からピョンと飛び降りた。

 

「仕方ないな。行ってくるよ」

「そうしな。シャワー…は無理でも、せめて着替えるぐらいはしなよー」

「へいへい」

「お客は客室に通してあるからー」

 

 ヒラヒラと手を振りながら観測室を後にする。

 廊下を歩きながら、ふと客について考える。

 

(千冬が自分からやって来るなんて珍しいな…。まさか、例の『二人目』に関する事か?)

 

 嫌な予感がしながらも、鞠絵は客間に向かって歩いて行った。

 

 

 

 

 




ストーリー的には第一作に準拠しています。

違いがあるとすれば、最初から出ているキャラとアンチが無いこと、それから専用機が違う事ですね。

次回もガンガン攻めていくつもりです。


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運命の分岐点

完全見切り発車の作品ですが、今後はのんびりと行きます。

因みに、私はコアガンダムの各アーマーは全種類コンプリートしてます。

発売される度に即座に買って地道に集めました。






 ヒカルノに言われ、鞠絵は客室へと向かう事に。

 普段ならば応接室へと通す所なのだが、今回は相手が相手なので客室でいいという事なのだろう。

 

(あ…そういや、行く前に着替えろとかって言ってたっけ…)

 

 だが、今から着替えに行くのは単純に面倒くさいし、相手を待たせるのも社会人としてどうかと思う。

 かといって、このまま行くのもそれはそれでアウトな気もするし…。

 

「…適当でいっか」

 

 鞠絵は、専用機『コア』の拡張領域から一着の白衣を取り出し、それを適当に羽織った。

 完全に袖も裾もダボダボになっていて、裾に至っては床を引きずっているのだが、本人は全く気にしていない。

 

「これでいいだろ。少なくとも、ISスーツのままでいるよりはマシな筈だ」

 

 正直、あんまり変わっていないような気もするが、本人がいいと言っているのだから良いのだろう。

 

「じゃ、急ぎますか」

 

 ペタペタと足音を立てながら廊下を進んでいくと、機械的なドアばかりが並んでいる倉持技研の中でも異質な洋風な扉がお出迎えしてくれた。

 ここが来客が待っているという客室である。

 一応のマナーとして、ノックをしてから確認をすることに。

 

「入るぞー」

 

 背伸びをしてからドアノブを回し室内へと入ると、備え付けのソファに黒いスーツを着た黒い髪の女が座っていた。

 向こうもこちらに気が付いたのか、鞠絵の顔を見た途端に安堵したような笑みを浮かべる。

 

「やっぱりお前か…千冬」

「久し振りだな、鞠絵。こうして会うのは一年振りぐらいになるのか…」

「だな」

 

 この女性こそが、鞠絵の昔馴染みにして元日本代表IS操縦者であり、現在はIS学園にて教師をしている織斑千冬だ。

 嘗てはモンドグロッソというISの世界大会にて優勝をした経験もあり、世界的にも名が知られている存在である。

 

「けど、お前からこっちに来るのは本当に珍しいな」

「そうか?」

「そうだよ。大抵の場合はオレの方からそっちに行くのに」

 

 倉持技研はISというものを扱っているので、当然だが部外者は立ち入り禁止になっている。

 外から客が来る際には、必ず何らかの形でアポイントメントを取らなければいけない。

 特に、その相手が主任研究員である鞠絵であるならば尚更だ。

 そうであるにも拘らず、千冬が普通に顔パス出来てしまうのは、彼女の過去の功績と有名税があるからだ。

 本人はその事を余り快く思っていないが。

 

「それは…ISスーツか?」

「オレ専用に特注で作らせた奴だけどな」

「ということは、さっきまで何かやっていたのか?」

「ヒカルノからは何も聞かされていないのか?」

「いや…ただ『今は仕事中だから』としか」

「まぁ…そうだよな」

 

 現在やっている事は、まだ部外秘扱いとなっている。

 将来的にはちゃんと世間に公開する予定ではあるが、それはまだまだ先の話だ。

 

「…千冬になら別にいいか。口は固いし、ことISに関しては部外者って訳じゃないからな」

「いいのか?」

「構わないよ。多分だけど、遅かれ早かれ千冬には知られる事だと思うし」

 

 そう言うと、鞠絵は徐に髪を掻き上げてから左耳についているイヤリングを見せた。

 緑色の石が取り付けられた代物で、見た目だけならばかなり洒落ている。

 

「さっきまでやっていた事は、このオレの専用機『コア』の稼働テストだったんだ」

「専用機…まだ持ってなかったのか? てっきり、もうとっくにどこかの企業から提供されていたものとばかり……」

「確かに『ウチの作ったISのテストパイロットになってくれ』的な話は山ほど来たさ。けど、誰かに一方的に何かを与えられるってのは主義じゃないし、単純にオレの好みのISじゃなかった」

「だから製作したのか…自分の専用機を」

「そゆこと。最終的には少しスペックを落として量産できればと思ってるんだけど」

「抜かりが無いな……」

 

 自分の欲求を満たしながらも、ちゃんと後々の事も考える。

 この抜かりの無さが鞠絵の尊敬されている由縁の一つだったりする。

 

「って、なんかのっけから話が逸れてるし。まだ千冬がここにオレを訪ねてきた理由を聞いてない」

「そうだったな」

 

 ピョンと千冬と反対側にあるソファに飛び乗ってから彼女と対面する。

 白衣にISスーツという姿を真正面から見る事になるので、千冬の方は少しだけ顔を赤くしていたが。

 

「ま…鞠絵は二人目の男性IS操縦者が出た事は知っているか?」

「一応は。皆でニュース見てたし、政府の方からも色々とお達しが来たしな」

「お達し? それはなんだ?」

「大方の予想はついてるんじゃないのか?」

「…………」

 

 ここで千冬は黙る。彼女にも想像は出来ているのだ。

 自国の利益しか考えていない政治家連中が考えている事なんて、すぐに理解出来る。

 

「その二人目というのがな……私の弟なんだ」

「あ…やっぱそうだったんだ。最初に見た時は珍しい名字だなーとは思ったけど。お前の弟なら納得だわ」

 

 たかが二人目。されど二人目。

 本来、ISというのは女性しか起動する事が出来ない。

 それなのに、どうしてか鞠絵は例外的にISを動かす事が出来る。

 その原因は今現在も解明中だ。

 なのに、そこにまさかの二人目が登場してしまった。

 これは世界中の科学者たちにある可能性を示唆させてしまう。

『他にも、ISを動かす事が出来る男がいるかもしれない』という可能性を。

 同時に、二人もいるのならばどっちかは今後の為の研究材料にしてもいいのではないかという人道に反する事も思い付いてしまうのも人間なのだ。

 

「で、それがどうかしたのか?」

「…これはあくまで、私個人の要望ではなく、IS学園からの要望になるのだが……」

 

 急に姿勢を正して、千冬は深々と頭を下げてきた。

 

「鞠絵…いや、望月鞠絵博士。二人目のIS操縦者『織斑一夏』のメンタルケアとサポートの為に、IS学園に教師として赴任して欲しい」

「成る程…そう来たか」

 

 普通ならば一介の研究員にこんな事は決して頼んだりはしないだろうが、鞠絵の場合は科学者としてこれまでに数多くの功績を残しているし、博士号も取得している。

 世界的にも名が知られている上に、様々な資格も同時に持っていたりする。

 その中には勿論『教員免許』も存在する。

 

「学園からの要望って事は、言い出したのは上層部の連中か?」

「いや…学園長からの要望だ」

「轡木のじーさんか…」

 

 鞠絵や千冬が言う『轡木』とは、IS学園の真の理事長である『轡木十蔵』の事を指している。

 表向きは用務員をしている好々爺なのだが、その正体は千冬ですら敵わない程の化け物なのだ。

 

「けど、そんな事を言うって事は、お前の弟はIS学園に入る事にしたってことなのか?」

「現状、それがアイツの身を守る唯一の手段だったからな」

「だよな。一応、お前っていう後ろ盾があるって言っても、千冬自身にそこまでの権限は無いしな……」

 

 どれだけ名が知れて、ISの実力があったとしても、今の彼女はどこまで行っても『IS学園の教師』にすぎないのだ。

 その肩書きで出来る事なんてのは、本当にたかが知れている。

 

「けど…そっか。まぁ…オレ自身も轡木のじーさんには色々と借りがあるし、同じ男としては女ばかりの場所にたった一人で放り込まれるのは大変だろうしな…」

「では?」

「行く…しかないんだろうな。多分、政府の方からも似たような事を言ってきそうだし。はぁ……」

 

 またぞろ忙しくなる。

 そう思うと、でっかい溜息が出てしまう。

 

「ただし、少しだけ条件がある」

「条件? なんだそれは?」

「そいつはじーさんに直接話すよ。その方がきっと手っ取り早い」

 

 白衣のポケットからスマホを取り出し、どこかへと掛け始める。

 通話自体はすぐに繋がり、スピーカーにしてからテーブルの上に置いた。

 

「もしもし? 聞こえてるかい? 轡木のじーさま」

『ちゃんと聞こえていますよ。望月博士』

「!!?」

 

 まさか、この場で本人に直接電話をするとは思っていなかった千冬は、驚き余り思わず腰を浮かしそうになった。

 

「たった今、千冬から聞いたよ。あんたがオレを二人目の為に教員として着て欲しいって言ったらしいな?」

『その通りです。もしかして、ダメでしたか?』

「いや…それ自体は別に構わないよ。仮にあんたが言い出さなくても、お上の連中が言ってきただろうし」

『彼らならば有り得ますね』

「だろ?」

 

 同じ『只者ではない』同士、変な所で共感している。

 だからこそ、IS学園理事長に対してため口なんてことが許されているのかもしれない。

 

「けれど、オレがIS学園に出向する対価として、ある条件を飲んでほしい」

『条件にもよりますが…言ってみてください』

「まず一つ。オレの義妹であるマドカも入学させてやりたい。今までずっと倉持技研で仕事をしてきたけど、もうそろそろ学校って所に通わせてやりたい。これに関してはウチの両親も同じ気持ちだ」

『それぐらいならば全然構いませんよ。学園が賑やかになるのはいい事ですし』

「あんがと。二つ目は、オレの助手であるスコールとオータムも一緒に教員として学園に入れて欲しい」

『あのお二人ですか…』

「ダメか?」

『…理由をお聞きしても?』

 

 そこで一息空けて、脚を組み直してから吐くように答えた。

 

「ついさっきまで稼働テストを行っていたオレの専用機の細かい調整がまだ済んでいないし、他の装備のテストもまだ終了していない。学園に行ってからもそれは継続したいと思っているんだ。別にオレ一人でもやってやれない事も無いが、少しでもスムーズに作業を進めるためには優秀なスタッフが必要だ。それに、アイツ等もオレと同じように教員免許を持っているし、ああ見えて面倒見もいい。更に言えば、二人ともIS操縦者としても非常に優秀だ。多少の事には目を瞑る結果になったとしても、学園側にもメリットは大きいと思うが?」

『……………』

 

 轡木も、スコールとオータムが嘗てどんな人間達だったかはよく知っている。

 鞠絵と出会ってから人が変わったかのように頑張っている事も。

 

『…いいでしょう。上層部には私の方から言っておきます』

「ありがとな。けど、じーさんから言う必要はないと思うぞ?」

『と言うと?』

「多分、うちのおふくろ達が何か言うだろ?」

『君の父である『望月陸奥守』博士と、母である『望月京子』博士ですか…』

「そ。あの人らのことだから、こうなる事を最初から予見してると思うし。二手三手なんて次元じゃない。未来予知でもしてるんじゃないかってレベルで先を読んでるからな」

『あの夫妻ならば十分に有り得ますね。それに、あの二人ならば頭の固い上層部も黙って頷くしかないでしょうな……』

 

 精神も肉体も頭脳も人知を遥かに超越しているあの夫婦に逆らおうと思う人間はまずいない。特に『裏側』に属している者達は。

 

「アイツらには後でこっちから言っておくよ。でも、色々と準備する時間はいるぞ?」

『その点はご心配なく。博士たちに来ていただくのは入学式の日で構いませんので』

「そっか。なら大丈夫だな」

『こちらも、博士たちを迎える準備を進めないといけないので、そちらの方が都合がいいのですけどね』

「ふーん……」

 

 一体何をするつもりなのか。

 この轡木と言う人物の腹の底は本当に読めないので、鞠絵でも考察のしようがない。

 

『それと、政府の方から聞かされていると思いますが、二人目である織斑一夏くんのデータを取る為のISを……』

「その点も抜かりはないよ」

「ほ…本当かっ!?」

 

 ここで、今までずっと二人の会話を聞いているだけだった千冬が入ってきた。

 

「うちで開発中だった試作第三世代機を二人目の為に改良を重ねながら作ってる最中だ。もうそろそろ完成予定だよ」

「そうか……。もしや、それがさっき言っていた『政府からの要望』か…?」

「御名答。うちには他にも開発を受け持ってる機体があってな。二機のISを並行して製造するのは中々に骨が折れたぞ?」

「そんな事が出来るのは、束以外にはお前だけだ……」

 

 普通、ISの開発には莫大な時間と労力と経費が必要とされている。

 それなのに、他にもスタッフがいるとはいえ、二機のISの開発を同時進行で進められる人間なんて確実に数が限られる。

 

「…ちょっと待て。さっきまで自分の専用機の稼働テストをやってたと言ってなかったか?」

「言ったぞ? それがどうかしたのか?」

「…二機じゃなくて三機のISの開発を同時にやってたのか?」

「まさか。コアに関しては、ずっと前から地道にやってたんだよ。だから、同時進行ってのとはちょっと違う」

「そう…だよな。流石に無いよな……」

 

 と言いつつも、千冬は『鞠絵ならばやってしまっても不思議じゃない』と思ってしまっていた。

 

「けど…そっか。IS学園に行くんなら、ついでに『アレ』を持ち主に届けてやってもいいかもしれないな」

「アレ…とは?」

「二人目の機体と同時に作ってたってISだよ。そっちの方はもう最終調整さえ済めば完成なんだ。あとは本人に届けるだけ。じーさんなら知ってるんじゃないのか?」

『えぇ……『彼女』のことですね。あの子も今年、入学予定です』

「知ってる。向こうの家に行く手間が省けたと思えば、少しはマシかもな…」

 

 肩を落とすようにしてから天井を見つめながらポツリと一言。

 見た目は完全な幼女なのに、全身からはまるで残業帰りのサラリーマンのような哀愁を漂わせていた。

 

『では、よろしくお願いしますね』

「そっちこそな。またな」

 

 通話が切れ、スマホを白衣のポケットに戻す。

 大きな溜息と共に、ソファにゆっくりと寝転がる。

 

「どうした?」

「いやな…まだ今年の有給って一度も使ってないなーって思ってただけ。はぁ……また忙しくなる……」

「…すまない。ウチの弟がISを動かしたばっかりに…」

「気にすんなよ。過ぎた事をグチグチと言っても仕方ないさ。それよりも、これからの事を考えないと…ふわぁ~…」

 

 いい事を言い掛けたのに、途中で欠伸が邪魔をする。

 なんとも締まらない鞠絵なのだった。

 

(…後で絶対に仮眠をしよ)

 

 お昼寝タイム確定。

 倉持技研の中でも鞠絵にだけ許された特権である。

 

 その後、少しだけ世間話をしてから千冬は学園へと帰って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次々回ぐらいから原作突入するかも?

基本的に話の進み具合はスローですからね。


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無限の可能性

なんか、知り合いから大量にインスタントラーメンを貰ってしまいました。

別に嫌いじゃないし、場合によっては夜食として食べる時もあるのでいいのですが、同じ味ばかりなのでどこかでアレンジしたりとかしないと、どこかで必ず飽きてしまいそうです。








 千冬と話した後、鞠絵はマドカとスコール、オータムの三人を廊下に呼び出してから、先程の話の内容を事細かに教えた。

 

「…ってことになった」

「私がIS学園に行く……」

「博士が教師として行くのは納得できたけど、どうして私達もなのかしら?」

「そんなの、お前達が頼りになるからに決まってるだろ?」

「「!!!」」

 

 真っ直ぐな瞳で本心をズバッと言ってのけた。

 その一撃は、スコール&オータムのハートに見事にクリティカルヒットした。

 

「学園に行ってからも機体の調整やら各アーマーの調整やらを二人に手伝ってほしいしな。…聞いてるか?」

「た…頼りになる…ね。そこまでストレートに言われちゃうと…照れちゃうわね…」

「ヤ…ヤベェ…めっちゃドキドキしてる…。あ…あれ? あたしってこんなキャラだったけか…?」

 

 全く聞いてない。

 恋は盲目とはよく言うが、それだけでは収まらないようだ。

 

「ずるーい!! どうして私も一緒じゃないのさーっ!?」

「来ると思ったよ…ヒカルノ」

 

 ここで四人目の女性陣の登場。

 彼女が来ることは予め予想をしていたのか、さほど驚く様子は無かった。

 

「もっちーやスコールたちが学園に行くんなら、私も一緒に学園に行くー!」

「ダメに決まってるだろうが。ヒカルノには色々とやって貰いたい事があるんだからさ」

「やって貰いたい事って何よ?」

「例の『二人目』の機体の調整とか、あとは『マーキュリー』と『ジュピター』の組み立てとかだよ。これは、一緒に開発をしてきたヒカルノにしか頼めない事なんだよ」

「わ…私にしか頼めない?」

「うん。だからこそ、お前を信じて託すんだぞ?」

「そ…そっか……もぉ~! 仕方がないなぁ~! もっちーがそこまで言うなら、やってあげようじゃないの!」

 

 これまた、鞠絵は本心を言っただけにも拘らず、簡単にヒカルノを籠絡してみせた。

 彼には話術の才能もあるのかもしれない。

 

「さ…流石は姉さま……」

「魔性の美幼女…じゃなくて、魔性の男の娘ね…」

「まぁ…似たような立場なら、あたしも速攻でダウンすると思うけどな」

 

 ウンウンと頷く三人。

 こればかりは彼女達にしか分からない事なのだろう。

 

『望月博士。オータムさん。スコールさん。マドカさん。所長がお呼びです。至急、所長室へとお越しください』

 

 ここで急な呼び出し。

 名前を呼ばれた四人は頷いてから、揃って所長室へと向かって行った。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「入るぞー」

 

 取り敢えずのノックをしてから遠慮なくドアを開ける。

 こんな暴挙が許されるのは、倉持技研の中でも鞠絵かヒカルノのどっちかだけだ。

 

「よく来てくれた、博士。それに君達もな」

「挨拶はいいよ。それよりも、何か話があるんだろ?」

「分かった。では、本題に入るとしよう」

 

 髭を生やした、頭の禿げあがった所長は、自分の机に肘をついてから静かに話しを始める。

 

「もう既に博士から聞いているかもしれないが、倉持技研を代表して、君達四人がIS学園に出向することが正式に決定した」

「その話は、轡木のじーさんから聞いたのか?」

「つい先程な。全く…顔に似合わず大胆な事をするものだ。最初は博士だけを出向させる予定だったと聞いたぞ?」

「まぁな。けど、まだコアの稼働試験が終了したばかりで、まだまだ細かい調整やらをゆっくりとやって行こうって時に舞い込んできた話だったからな。こればかりは仕方がないさ」

「そうだな。ということは、向こうに行ってからもコアの調整や各アーマーのテストは続けていくのか?」

「勿論だ。時間は有限なんだ。こっちに戻ってきている間だけ…なんてのは論外だよ」

「ふっ…その飽くなき研究心…伊達のあの夫婦の血を引いている訳ではない…という事か」

「それぐらいは出来ないと、父さんを越える事なんて一生掛かっても不可能だよ」

 

 鞠絵の夢であり人生の目標としている事。

 それは、世界一の天才科学者である父を越え、自分こそが世界一の天才科学者になる事である。

 だが、その目標は他者が想像しているよりも遥かに大きくて険しい。

 陸奥守の事を知ってしまえば、それがどれだけ無謀な事なのかは一発で分かるのだが、それでも鞠絵は絶対に諦めない。

 それどころか、彼の場合は越えるべき壁が大きければ大きい程、逆に燃え上がるタイプなので、寧ろ逆効果であると言える。

 

「そのご両親にも報告はしなくてはな」

「オレもそう思ってるんだけど……なぁ?」

「あぁ…そうだな」

 

 苦笑いをしながらマドカを顔を合わせる。

 どうしてそんな顔をするのかと思っていたら、目を逸らしながら鞠絵が答えた。

 

「父さんと母さんさ……一週間ぐらい前から出かけてるんだよね…」

「出かけてるって……」

「どこに?」

「…………異世界」

「「「はぁ?」」」

 

 所長、スコール、オータムが純粋な好奇心で尋ねてみたら、飛び出してきた言葉がまさかの『異世界』。

 これには流石の三人も目が点になってしまった。

 

「確か…なんて言ってたっけ?」

「『アルワース』…じゃなかったか? 『今後の研究の為に、是非とも本物の魔法が見たくなった』と義父さんが言ってた気がする」

「「「ま…魔法?」」」

 

 異世界の次は魔法。

 非科学的な単語のオンパレードに、もう頭が追いつかない。

 

「まぁ…その…なんだ。あの人たちに関してはそこまで気にしない方がいいぞ? こっちの常識なんて全く通用しない人達だからな」

「なんせ、近所のコンビニに行く感覚で異世界やら太陽系外とかに行ってくる人達だしな……」

「「「えぇ~…」」」

 

 この姉妹…じゃなくて、兄妹がここまで言うのだから、その認識は間違っていないのだろう。

 

「それに、こっちからいちいち報告なんてしなくても、どこかで聞いてそうだしな」

「そうだな。逆に、こっちから話に行ったら恥を掻くかもしれない」

「「「………」」」

 

 二人の話を聞きながらら三人は思った。

 あの夫婦に常識を求めるのはもうやめようと。

 

「お…おほん。そういえば博士、コアの稼働状態の方はどうだったのかね?」

「全く問題は無いぞ。後は、どんなアーマーを装着しても大丈夫なように細かい調整をするだけだな」

 

 完全にキリが無いと判断した所長は、ここで別の話題に切り替える事に。

 彼のファインプレーにオータムとスコールは心の中で親指を立てていた。

 

「コアも持っていくという事は、アーマーも持っていくのか?」

「そりゃな。少なくとも、『アース』と『マーズ』、『ヴィーナス』の三つは確実に持っていくつもりだ」

「『マーキュリー』と『ジュピター』はどうするつもりだ?」

「そこを悩んでるんだよなー。あの二つは少し前に組み立てが完了したばかりだし……」

「いっそのこと、その二つも持っていったらどうだ? いずれは完成させるのだし、それならば手元に置いておいた方がいいだろう?」

「それもそうだな。んじゃ、一応の形になってる五つ全部、持っていきますか」

 

 一先ずの話の帰結。

 ようやく、科学者らしい話をする事が出来た。

 

「…ところで博士。前々から気になっている事があったのだが……」

「なんだよ? いきなり改まって」

「博士は前から言っていたな? 『プラネッツシステムには無限の可能性がある』と」

「そうだけど?」

「博士は各アーマーの名前に太陽系の惑星の名を冠してきた。『地球』に『火星』、『金星』に『水星』…そして『木星』。ということは、いずれは残りの惑星である『土星』と『天王星』、『海王星』の名を冠するアーマーも製作するという事じゃないのか? いや…君の事だから、もう既に開発を始めている可能性も…」

「ふぅーん…鋭いじゃないのさ。これ…見てみ?」

 

 白衣のポケットの中から徐に携帯端末を取り出し、何か操作をしてから投影型ディスプレイを表示させた。

 そこには、今までとは明らかにデザインが違うアーマーの設計図が表示されている。

 

「『土星(サターン)』に『天王星(ウラヌス)』、そして…こいつが最後のアーマーになる予定の『海王星(ネプチューン)』だ」

「ま…待ってくれよ鞠絵! このウラヌスとサターンはともかくとして、最後のネプチューン…こいつは……」

「とんでもないものを思い付くわね…! これは間違いなく、今の世間の流れに逆らってるわ……」

「博士…君は分かっているのか? このネプチューンアーマーが完成したら、間違いなくとんでもない事になるぞ? このアーマーは、全てのISを『原点回帰』させる代物だ…」

「分かってるよ。けど、それでいいんだ。この『ネプチューン』こそが、プラネッツシステムの最終到達点にして、真の完成系なんだから」

「そうか…望月博士。君がプラネッツシステムを開発した、その本当の理由は……」

 

 ここでようやく、所長は鞠絵の真意を理解した。

 成る程、確かにそれぐらいの事はやってのけないと、あの夫婦の足元にすら追いつけない。

 

「そういえば、格納庫の奥に布で覆われた何かが三つほどあったが、まさかそれが…?」

「大正解。実はもう、組み上げ自体は始めてるんだよな。まだまだ完成には時間が掛かりそうだけど」

「それらも…持っていくのか?」

「当然。他のアーマーと並行する形になるから、地道に頑張っていくよ」

 

 さらっと言っているが、実際にやるとなれば相当に大変な事だ。

 だが、そんな事は鞠絵自身も重々に承知している。

 彼の場合は、自分から困難に立ち向かっていくタイプなので、そんな言葉は逆にやる気を出させるだけだ。

 

「そのついでに、『弐式』の方も一緒に持っていくよ。今年、入学するんだろ?」

「そう聞いている。彼女もそっちの方が喜ぶだろう」

「一度は開発が頓挫しそうになったぐらいだしな。完成を知ったら嬉しいだろうな」

「あの機体の最も大事な部分である『マルチロックオンシステム』を完成せさせたのは博士だけどね」

「まさか、本当にコアの開発とほぼ同時進行でやっちまいやがったからな。マジで参っちまうよ」

「それでこその姉さまだ」

 

 口では色々と言ってはいても矢張り、天才の子供も天才だったという事なのだろう。

 本人には、余りその自覚は無いようだが。

 

「明日から、色々と準備をしなくちゃな。ISやアーマーを運ぶのにここのトラックを使わせて貰ってもいいか?」

「それは構わないが…博士は大型の免許は持っていたのか?」

「それぐらいは持ってるよ。つーか、基本的に乗り物系の免許は全部持ってるぞ?」

「例えば?」

「船舶免許に飛行機系も持ってるな。オレ、その気になれば航空機も動かせるぞ?」

「凄い光景になりそうだがな……」

 

 見た目幼女な男性が航空機の操縦席に座っている。

 それだけでインパクト絶大だろう。

 

「と…ともかく、今回のIS学園行きはこちらからの正式な辞令となる。四人共、よろしく頼んだぞ」

「「「「はい!」」」」

 

 所長の話は終わり、鞠絵とスコールとオータムは教師として、マドカは生徒としてIS学園に行くことになったのだった。

 

 だが、鞠絵はまだ知らない。

 学園にて数多くの出会いと再会が彼を待ち受けている事を。

 それにより、彼の周りが色んな意味で賑やかになっていくことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回からは一気に時間が飛んで、IS学園に出発するところから始める予定です。

果たして、もっちーのハーレムはどこまで広がっていくのでしょうか?


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IS学園に行こう

もうすぐ五月も終わりか……。

歳をとればとるほど、時間の経過って早く感じるもんですね。

若かった頃が本当に懐かしい…。







 倉持技研前。

 大型のトレーラーの荷台にISや各アーマー等々を収納する為に、鞠絵がフォークリフトを使って器用に荷物運びをしていた。

 

「オーライ…オーライ…オーライ…ストップ! 博士、OKでーす!」

「おーう! わかったー!」

 

 無事に全ての荷物つを運び終える事が出来た鞠絵は、肩をグルグルと回しながらフォークリフトから降りてきた。

 

「ふぅ……フォークリフトに乗るのなんて久し振りだったよ」

「お疲れ様です望月博士! いや~…まさか、博士がフォークリフトを動かせたなんて知りませんでしたよ!」

「必要だと判断した資格は取り敢えず全部習得するようにしてるんだよ。その為に、コレも用意したんだしな」

「その厚底ブーツッすか……」

 

 部下である若手研究員に拍手されながら褒められ、照れくさそうにしながら足に付けている厚底ブーツを見せつけるように軽く右足を上げる。

 

「ちょ…博士! スカートの中が見えちゃいますって!」

「なんでお前が狼狽えてるんだよ……」

 

 施設内では鞠絵は基本的に、黒いセーラー服に白衣という奇抜な服装で歩き廻っている。

 初めて見た者の大半は、謎の幼女(に見える成人男性)が明らかに目立つ格好で技研内にいる事に驚きを隠せない。

 一年近く一緒に仕事をすれば、嫌でもその環境にも慣れていくのだが。

 

「準備は終わったかしら?」

「今さっきな」

 

 厚底ブーツを脱ぎ、自分の靴に履き替えながらリモコンのスイッチをポチっと押す。

 すると、よく聞く機械音と共にトレーラーのコンテナの扉がゆっくりと閉まっていく。

 

「他の荷物は後で届くように手配してあるから……」

「アタシらは必要最低限の荷物だけで大丈夫ってことだな」

 

 ボーイッシュな私服に着替えているオータムが、肩に掛けているバッグを見せながらポンポンと叩く。

 スコールも私服に着替えた状態でバックを持っていて、マドカはIS学園の制服を着て学園指定の鞄を持っている。

 ちゃんと鞠絵も荷物を入れたバックを用意していて、もう既にトレーラーの運転席に乗せてある。

 

「ところで姉さま。その厚底ブーツはどうするのですか?」

「うーん…持っていくか。今となってはかなりの骨董品だけど、あったらあったで何気に便利だしな」

 

 それは鞠絵だけなのでは?

 そこの場にいる全員が同じことを思ったが、それは人として言ってはいけないことだったので黙っていたという。

 

「にしても、もう入学式の時期になるとはな。あっという間だった」

「その間に各アーマーの運び出し準備や、注文されたISの最終調整もちゃんと終わらせてるから凄いわよね」

「これぐらい、なんてことは無いよ」

 

 鞠絵は自分の事をよく『天才』と自称するが、かといって己の才能をひけらかすような事はしない。

 彼の目指している場所は、生半可な事では絶対に辿り着けないと知っているから。

 どんな偉業、どんな発明をしても決して満足なんてしない。

 そんな事をしている暇があるなら、少しでも研鑽を重ねた方が良いと思っている。

 

「望月博士」

「ん? 所長か…」

 

 研究員の殆どを引き連れて所長がやって来た。

 どうやら、鞠絵たちの見送りに来てくれたようだ。

 

「学園側には君達がトレーラーでやって来ることはこちらで伝えてある。大型車専用の駐車場を使っても構わないらしい」

「それは助かる。こいつは大きさが大きさだから、駐車できる場所がどうしても限定されちまうからな。ちゃんと用意をしてくれているのは有り難い」

「…頑張って来てくれたまえ。君ならば必ずや立派な教師になれるさ」

「別に教師志望って訳じゃないんだけどな……」

 

 教員免許は、あくまで両親も持っていたから自分もほしいと思っただけで、教師という職業自体にはそこまでの興味は無い。

 それでもちゃんと免許が取れてしまうのだから、この男の娘のスペックは侮れない。

 

「んじゃ、そろそろ出発しますか。行ってくるよ皆」

「夏季休暇などには戻ってきてくれよ? 君にやって欲しい仕事はまだまだ沢山あるんだからな」

「わーってるよ。さて…運転は……」

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

「ぶ~…」

 

 後部座席にて、鞠絵が頬を膨らませながら不貞腐れている。

 トレーラーの運転をさせて貰えなかった事が気に入らないようだ。

 

「そう怒るなって。仕方ねぇだろ? 鞠絵が運転席に座ってたら、警察に職質とかされるかもしれねぇンだからさ」

「その時は、ちゃんと運転免許を提示すればいいだけだもん」

「それを信じてくれるかは微妙だけどね…」

「ほっぺを膨らませている姉さまが可愛くて辛い」

 

 現在、トレーラーは都会の街中を走っている最中だ。

 運転しているのはオータムで、助手席にはスコールが座っている。

 マドカは、後部座席にて機嫌の悪い鞠絵を膝の上に乗せてから愛でていた。

 

「こう見えても、昔はよく『峠の首なしドライバー』って呼ばれてたんだぞ~…」

「それって……」

「単純に、他の連中から鞠絵の姿が見えてなかっただけなんじゃ…」

 

 実際、鞠絵が運転席に座ると、外からは全く彼の姿は見えない。

 そんな状態で車を走らせるのだから、傍から見たら無人の車が動いているようにしか感じないのだ。

 

「この先で高速道路に入るんだよな?」

「その方が早く到着するものね。時間的にはギリギリで入学式に間に合う筈よ?」

「オレたちはともかく、マドカを入学初日から遅刻させるわけにはいかないからな」

「姉さま…そんなにも私の事を想って……」

「いや…兄として当然の事を言っただけだからね? そこにそれ以上の感情は無いからね?」

 

 普段はクールでぶっきらぼうな性格をしているマドカではあるが、こと鞠絵の事となると感情が爆発する。主に変な方向へと。

 

「こりゃ、途中サービスエリアとかで休憩とかする暇はないかね?」

「トイレ休憩ぐらいは大丈夫なんじゃない? 朝早くに出たから朝食もまだだし」

「そう言えば、少しお腹も空いたな…」

「準備で忙しかったからな…」

 

 これから先の予定が決定した。

 鞠絵たちが悠々自適な早朝ドライブを楽しんでいる頃、IS学園では…?

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 IS学園 生徒会室。

 

 生徒会役員である三年生の布仏虚は、とある書類を見て一瞬だけ完全硬直した。

 

「…………へ?」

 

 普段の彼女ならば絶対に出さないような声を上げ、何度も何度も繰り返し書類を確かめる。

 目を近づけ、眼鏡まで外してまで確かめる。

 だけど、それだけ見ても書いてある内容は変わらない。

 

「お…おおおおおおおおおおおお嬢様!!! 大変です!!!」

「もう…虚ちゃん。学校ではお嬢様って呼ばないでってあれ程……」

 

 驚きの余り、虚は急いで自身の主であり幼馴染でもあると同時に、IS学園生徒会長にして現ロシア代表でもあり、ついでに言うと暗部の家系である『更識家』の若き当主でもある、ある意味で属性満載の水色の髪を外に跳ねさせている少女『更識楯無』に書類を持っていった。

 

「なんか…物凄く長々と私の事を説明されたような気がする…」

「何を言ってるんですか? それよりも、これを見てください!!」

「ん? これって…今年入ってくる新任の先生達のリストじゃない。これがどうかしたの?」

「ここ! この一番上の名前をよく見てください!」

「一番上……って……これは…嘘でしょ……!?」

 

 書類を持つ手が徐々に震えだし、壊れたおもちゃのようにギギギ…と虚の方を向く。

 

「望月博士が先生としてIS学園に来るってどういうことなのッ!?」

「知りませんよ! 私だって、今初めて知らされたんですから!!」

 

 因みに、鞠絵のすぐ下にはオータムとスコールの名前も書いてあったのだが、今の二人には全く目に入っていなかったようだ。哀れ。

 その時、混乱しまくっている二人に明確な回答をくれる存在から楯無の携帯に着信が入った。

 

「だ…誰っ!? って…学園長ッ!?」

 

 まさかの相手からの電話に驚き、急いで出る事に。

 

「もしもしっ!?」

『更識くん、今は大丈夫ですか?』

「は…はい! 問題はありません! 入学式の準備は終わっていますし…」

『それは結構。では、今年来る新任教師のリストはもう見ましたか?』

「そうだ、それ! 望月博士が来るってどういう事なんですかッ!? 私は全く聞かされてませんよッ!?」

『それを今から説明する為に電話をしたんですよ』

 

 そして、やっと明かされる鞠絵が新任教師としてくる理由。

 今年入学する『二人目』のメンタルケアの為。

 それ以外にも、鞠絵の授業を通じて生徒達の全体的なスキルアップを狙う事。

 勿論、無理を言って来て貰う以上、学園側もかなりの待遇を用意する予定であること。

 その他にも色々と聞かされ、楯無の頭はすぐにパンク寸前となった。

 

『…という訳ですから、彼がやってきたら是非とも生徒会長として学内の案内をお願いしたいのですよ。博士と少なからず交流がある君ならば適任でしょう?』

「そ…それはまぁ…私としても嬉しいですけど……」

 

 鞠絵と二人っきりで校舎の中を歩く妄想をする楯無。

 だが悲しいかな。実際には鞠絵の他にも案内すべき相手がいる事を彼女はまだ知らない。

 

『それと、君にとって嬉しい情報もありますよ』

「嬉しい情報?」

 

 楯無的には、鞠絵が来てくれること自体が嬉しい情報なのだが、それ以上に何があるというのだろうか?

 

『どうやら、君の妹さんの専用機が完成したらしく、博士が新任と同時にそれを持って来てくれるそうです』

「か…簪ちゃんの専用機がっ!? ま…まさか、博士がやってくれたんですか…?」

『らしいですよ? 彼は昔から中途半端な仕事を嫌いますからね。恐らく、これ以上ない程に完璧に仕上がっている事でしょう』

「よ…よかった…本当に……」

 

 半ば見捨てられる寸前まで追い詰められていた状況だったのに、それをどうにかしてくれたばかりか、自分の手で学園まで持って来てくれる。

 どれだけ感謝してもしきれない。

 また鞠絵には非常に大きな借りが出来てしまった。

 

『博士の妹さんも彼の要望で入学する事になったので、仲良くしてあげてくださいね』

「任せてください! 私の将来の義妹になるかもしれない子ですから!」

『君は何を言ってるんですか?』

 

 もう鞠絵と婚約した気でいる楯無。

 だが、彼女はまだ何も知らない。

 自分の恋のライバルとなる存在は想像以上に多いという事を。

 今年の新入生達の中にもそれはいるし、千冬というダークホースもいる。

 ついでに言えば、在校生の中にも数人いたりする。

 その一人が、楯無の目の前にいる虚だったりもするのだ。

 

「博士にも入学式に出て貰うんですか?」

『到着が間に合えば、そうして欲しいとは思っています。こればかりは本人次第ですね』

「では、一応念の為に博士も紹介する流れでプログラムを軽く組み直しますよ。もしも間に合わなければ、当初の予定通りにすればいいだけですし」

『そうですね。その方向でお願いします。では、そろそろ失礼しましょうか』

「お疲れ様でした」

 

 通話が切れ、楯無は静かに携帯を机の上に置いた。

 肘を突き、手を組んでから真剣な表情で虚に尋ねる。

 

「ねぇ…虚ちゃん」

「なんでしょうか?」

「高校生で結婚するって…ありだと思う?」

「なしに決まってます。というか、いきなり何を言いだすんですか」

「私と望月博士との将来の話に決まってるじゃない」

「お嬢様」

 

 唐突に微笑を浮かべる虚だったが、その目は全く笑ってはいない。

 それどころか、楯無に向かって火花を飛ばす始末。

 

「幾ら、お嬢様でも譲れるものと譲れないものがあるって事を覚えておいてくださいね…?」

「それはこっちの台詞よ…虚ちゃん…」

「「うふふふふふ……」」

 

 生徒会室で女同士の戦いが密かに繰り広げられている中、鞠絵達一行は着実に学園へと向かってきているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




ずっと言い忘れていましたが、今回のもっちーは今までとは違って義手&義足はつけていません。
手も足もちゃんと生身で、幼女特有のプニプニボディで構成されています。





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ようこそIS学園へ

急がず騒がず、ゆっくりのんびりと進めていきます。

一気に飛ばしたって意味不明になるだけですからね。







「お? 見えてきた見えてきた」

 

 鞠絵が後部座席から顔だけを覗かせると、前方にはIS学園の校舎と思わしき建物の天辺付近が僅かに見えていた。

 本来ならば、IS学園には専用のモノレールで行くのが普通なのだが、今回のように物資を運んだり、または様々な来客に備えて車両で入れるように専用の道路が作られていたり、またはヘリポートがあったりもする。

 道路はともかく、ヘリポートの方は滅多に使用されることはないが。

 

「このまま行ってもいいのかしら?」

「大丈夫だぞ。前に仕事で何回か行ったことあるから、その辺の事は分かってる」

「よし。んじゃ、真っ直ぐ進むぞ」

 

 スピードを保ちつつ鞠絵たちは一路、IS学園へと向かっていくことに。

 視界に校舎が映っていた事もあってか、あっという間に学園まで辿り着く事が出来た。

 

「これ、どっから入ればいいんだ? 流石に校門から入るわけにはいかねぇだろうし……」

「ここにはちゃんと車両専用の入り口があって、中には大型車両専用の駐車場も完備してるんだ」

「流石はIS学園。金の掛け方にも隙がねぇや」

「同感ね。他にはどこにお金を掛けてるのかしら?」

「見える範囲全部だな」

「全部とは、どういう意味ですか? 姉さま」

「そのまんまの意味。校舎に各種施設。生徒や教員の為に用意された寮にもこれでもかと言わんばかりに金が掛けられてる。多分、オレやオータム、スコールは教員寮に入る事になって、マドカは生徒達の寮に入る事になるだろうな」

「むぅ…姉さまと離れるのは少し寂しいが…仕方がないか」

 

 本当は多少の我儘ぐらい言いたいが、ここで自分勝手な事を言っても鞠絵を困らせるだけなのはマドカが一番よく理解している。

 なにより、鞠絵の中の自分の評価を少しでも下げない為に、普段から頑張って良い子でいようと心掛けているのだ。

 

「オレがナビをするから、指示する方へと進んでくれ」

「了解だ。まずはどっちだ?」

「そこの角を右に曲がってだな……」

 

 鞠絵の小さな指の向く方へとハンドルを切って進んでいく。

 本人は真剣なんだろうだろうが、見ている者達には普通に小さな女の子が頑張っているようにしか見えていないので、なんとも言えない癒し空間となっていた。

 

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 鞠絵の指示のもとで進んでいくと、ようやく大型車両の駐車スペースへと到着。

 他にも何台かのトラックやらトレーラーやらの大型車が駐車していて、すぐ傍には荷物の搬入口と思われる扉もある。

 

「あれ?」

「どうしたの?」

「あそこ……」

「「「ん?」」」

 

 何かに気が付いた鞠絵が指をさすと、そこには腕組みをした状態で仁王立ちをしている千冬がいた。

 どうやら、今までずっと鞠絵たちが…というか、鞠絵が来るのを待ち続けていたようだ。

 

「彼女も律儀ね……」

「いや…違うだろ?」

 

 オータムには分かる。千冬は一刻も早く鞠絵に会いたいが故に、ああして駐車場でずっと待っていたのだと。

 もし仮にオータムが彼女の立場でも、全く同じことをしたと言えるから。

 

「取り敢えず、どこか空いてる所に停めようぜ。話はそれからだ」

「賛成ね」

 

 丁度、一番右端の所…搬入口に一番近い場所が空いていたので、そこで駐車をすることに。

 慣れたハンドリングでトレーラーをバックさせ、きちんと停められた。

 

「お見事。やるなオータム」

「それ程でも…あるけどよ」

 

 ここで自分を卑下しないのがオータムなのだ。

 

「よいしょ…っと。おーい、千冬~」

 

 後部座席の扉を開いてからピョンと飛び降りると、千冬に向かって手を振りながらトコトコと歩き出す。

 それに続くようにして、マドカ、オータム、スコールも一緒に降りてきた。

 

「よく来たな鞠絵。それから……」

 

 彼の後ろにいる三人にも目をやって、複雑そうな顔をしながら呟いた。

 

「……お前達も」

「あら。私達は一括り?」

「何事も鞠絵が一番なんだろ?」

「う…うるさい……」

 

 図星なのか、千冬は気まずそうに顔を逸らしながら顔を赤らめる。

 

「織斑千冬……」

「…こうして会って話すのは、初対面の時以来だな」

「そうだな」

 

 千冬とマドカ。

 この二人は単に顔や容姿が似ているという事だけでは片づけられない程に複雑な事情を抱えているのだが、その辺の事は既に鞠絵を挟む形で解決済みになっている。

 流石に何もかもを無かった事には出来ないが、それでも無闇矢鱈と噛み付くような事はもう無いだろう。

 

「今更、私からは何も言う事は無い。今の私は『望月マドカ』であり、姉さまの妹なのだからな」

「あぁ…分かっているさ。だが、もし私が鞠絵と婚約をすればお前は義理の妹という事にはなるな?」

「なっ…!?」

 

 千冬の口から、まさかの爆弾発言にマドカは絶句する。

 前々から彼女が鞠絵に対して非常に強い好意を抱いている事は知っていたが、もう結婚の事まで考えていたとは。

 だが、そこに待ったを掛ける人物が約二名。

 

「あら…それはちょっと聞き捨てならないわねぇ~…?」

「だな…鞠絵を嫁にしたいと思ってるのは、お前だけじゃないんだぜ…?」

「ほほぅ…?」

 

 千冬、オータム、スコール。

 この三者の間でバチバチと激しい火花が散る。

 一色触発5秒前。

 誰かが止めなければ、この駐車場が戦場になってしまう。

 そんな状況に待ったを掛けたのは、話に全く入っていけていない一番の当事者だった。

 

「ちょい待ち。まず、なんで男の俺が『嫁』なんだよ? 普通は婿だろうが」

「「「え? 何言ってんの?」」」

「それはこっちの台詞なんだけどね?」

 

 こんなにも小さくて可愛いのが『婿』だなんて有り得ない。

 白いタキシードなんかよりは、絶対にウェディングドレスの方が似合う。

 というか、いつの日か必ず鞠絵に着させてやる。

 この三人の数少ない共通認識であり、野望であった。

 

「それと、さっきから千冬の携帯が鳴ってるぞ。出なくてもいいのか?」

「な…何ッ!?」

 

 鞠絵に言われてから、急いでポケットの中から携帯を取り出すと、画面には『学園長』の文字が。

 向こうが切る前に取れて本当に良かった。

 

「も…もしもし?」

『もしもし? 織斑先生ですか? こちらから倉持技研のトレーラーが敷地内に入ってくるのが見えました。恐らくは望月博士たちが乗っているトレーラーでしょう。到着し次第、彼らを理事長室まで案内してくれますか? 幸いなことに、入学式までにはまだ少し時間があります。彼らに挨拶や礼などを言わないといけませんからね』

「わ…分かりました。すぐに案内します」

『頼みましたよ?』

 

 通話が切れて、千冬はほっと胸を撫で下ろす。

 千冬と言えど、轡木相手には受話器越しと言えども緊張をしてしまうのだ。

 

「…そんな訳だから、今から理事長室に案内する。着いて来てくれ」

「お前さんも苦労してるんだな……」

「まぁ…その…愚痴なら幾らでも付き合うわよ?」

「済まん……」

 

 大人の女性同士だからこそ分かる奇妙な友情に、鞠絵とマドカは小首を傾げていた。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

「ここが理事長室だ」

 

 千冬に案内される形で校舎内へと入り、そのまま彼女の後に着いていく形で進んでいった先に現れたのは、近未来的なデザインの他の施設とは全く雰囲気の異なる、旧世代的な感じのクラシックな、手動で開くタイプの木製の扉であった。

 

「まるで、タイムスリップでもしたかのような場所だな……」

 

 思わず鞠絵がそう呟いてしまうのも無理は無く、実際に他の三人も心の中では全く同じことを考えていた。

 

「織斑千冬です。望月博士たちをお連れしました」

 

 三回ノックをしてから、千冬はゆっくりと扉を開ける。

 室内には、机の上で肘をついた状態で微笑みながらこちらを見ている好々爺、IS学園理事長の『轡木十蔵』が座っていた。

 

「案内ご苦労様でした。そして……」

 

 中へと入ってから、彼の前に並ぶようにして立った四人。

 千冬は端の方へと移動して、話の邪魔をしないようにしている。

 

「ようこそいらっしゃいました、望月博士。スコールさんとオータムさん」

「久し振りだな、じーさん」

「私達は初めまして…ね」

「そうなるな」

 

 この中で轡木と交流があるのは鞠絵だけで、スコールやオータムは出逢った事すらない。

 マドカに至っては、正真正銘の初対面である。

 

「貴女が望月博士の妹さんですか?」

「は…はい! 望月マドカ…です」

 

 いつもは強気なマドカも、轡木の無自覚に発せられるプレッシャーに冷や汗を掻きつつガチガチになっている。

 この圧力を真正面から受けて平気な顔をしていられるのは、鞠絵以外には彼の両親しかいない。

 

「まずは、こうして来て下さったことに感謝します。自分でもかなりの無茶振りをしたと思っていたのですが…」

「気にすんなよ。その代りにこっちだって我儘を聞いて貰ったんだ。御相子だよ」

「…そうしていると、お若い頃の陸奥守博士を見ているようですね」

「親父の若い頃?」

「えぇ。そうやって笑っている姿なんて、特によく似ています」

「ふ~ん……」

 

 軽く流してはいるが、本当は飛び跳ねたいぐらいに喜んでいる。

 鞠絵にとって、両親は目指すべき人生の目標であると同時に、この世で最も尊敬している存在なのだから。

 

「さて…挨拶はこれぐらいにして、これからの事について話しましょうか」

 

 軽く咳払いをしてから、轡木は放出していたプレッシャーを収め、この場にいる全員に楽な姿勢で構わないと言った。

 

「オレたちに教師をして欲しいって事だったけど、三人それぞれでどこかのクラスでも受け持つのか?」

「それなんですが……」

 

 ここで少し間を開けたことで、何か重要な事でも言うのかと身構える。

 

「望月博士には、担任ではなくてISの授業専門の教師として、様々なクラスで授業をして欲しいのです」

「それってつまり、普通の高校みたいに授業ごとに色んなクラスに行くって事か?」

「そうなります。可能であれば、全てのクラスで最低でも一回は授業をして欲しい…と思っていまして」

「一年だけじゃなくて、二年や三年もってことか?」

「はい。今や、ISに関わる人間であなたの名前を知らない人間はいませんし、こういう機会でもなければ博士の授業を受けるだなんて事は出来ませんから」

 

 轡木の言う事も一理ある。

 それに、色んな学年の授業をする事で、そこから得られることもあるかもしれない。

 かなりのハードスケジュールにはなるかもだが、自分にとって損は無い。

 

「別にいいぞ?」

「そうですか。本当にありがとうございます」

 

 まさかのOKサインに、言い出した轡木自身が一番驚いていた。

 相当にハードな事になるのを承知の上での提案だったのだが、ほんの少しだけ考えてからの了承に、鞠絵の懐の厚さと自己探求心に感謝しかない。

 

「その礼と言ってはアレですが、学園側から色々と用意をさせて戴きました」

「用意?」

「まず、寮内に博士の自室兼研究室を作りました。二部屋を合体させる形で」

「おいおい…マジかよ」

「かなりの突貫工事ではありましたが、ご満足は頂けるかと」

 

 自分一人を招き入れる為にそこまでするか?

 轡木の本気度に鞠絵は脱帽するしかなかった。

 

「ですが、職員寮では空き部屋が無く、仕方なく生徒達の寮に部屋を作らざる負えなかったのですが……」

「別にそこら辺は気にしないよ。ちゃんと研究と寝泊りさえできれば文句は無いさ」

 

 最悪、ちゃんと雨風さえ防げれば何も言わない。

 過酷な環境でフィールドワークをしたことだって一度や二度じゃないし、ソロキャンをしてのんびりとする事も多々ある。

 

「次はスコールさんとオータムさんについてですが…」

「やっと私達ね。こちらはどうなるのかしら?」

「はい。スコールさんには一年四組の担任をやって貰い、オータムさんには副担任をして欲しいのです」

 

 何をさせられるのか色々と予想は立てていたが、まさかの担任だとは思わなかった。

 いや…本当は少なからず、その可能性も考慮はしていたが、確率は低いと考えていた。

 なので、一つのクラスを任せると言われたスコールとオータムは内心で驚いている。

 

「クラス担任…ね。やってやれない事じゃないけど……」

「副担任か。まぁ…あたしにはそれぐらいが丁度いいか」

 

 前の組織でも、オータムはスコールの補佐のような事をしていた。

 それは倉持技研にいた時もそうだったし、その関係がIS学園でも続いただけの事だった。

 

「そして、マドカさん。貴女には一年一組…つまり、そこにいる織斑先生のクラスに編入させようと思っています。よろしいですか?」

「あの人のクラスに……」

 

 幾ら、過去の事を払拭出来ているとはいえ、何の感情も抱いていない訳ではない。

 だが、これは逆にいい機会だとも考える。

 本当の意味で自分の心に決着をつける機会だと。

 

「分かりました。私はそれで構いません」

「…ありがとうございます」

 

 轡木もマドカの事情は全て把握している。

 だからこそ、今の彼女には敬意を持って接したい。

 この歳で、自分自身の過去と心と向き合おうとしている彼女に。

 

「望月博士…いや、これからはもう『望月先生』ですね。先生方の事は入学式の舞台にて発表するつもりでいます。出席をお願いできますか?」

「発表ね~…。普通に発表するだけじゃダメなの?」

「博士のファンは学園内にも多いですから、顔を見せれば入学式も盛り上がるだろうと思いまして」

「別に入学式は盛り上げるようなイベントじゃないだろ……」

 

 この親父の頭の中が全く読めない。

 オータムはげんなりしながら轡木の事を見ていた。

 

「それでは、望月先生。スコール先生。オータム先生。これからよろしくお願いしますね」

「「「はい」」」

「特に望月先生には、例の二人目の男の子の事もお願いしますね? 先駆者として彼と話したり、導いてあげてください」

「わーってるよ。それもまたオレの仕事だしな」

 

 基本的に女しかいないIS学園において、たった一人の男子生徒というのは非常に肩身が狭いだろう。

 だからこそ、同性の鞠絵が心の支えになってあげないといけない。

 これから本当に大変だ。

 だけど、だからこそやり甲斐がある。

 白衣の袖の中で小さく拳を握りしめながら、鞠絵はこれからの事に対して決意を固めた。

 

 その後も簡単に事務的な話をしてから、鞠絵たちは理事長室を後にした。

 部屋を出た直後に千冬とオータムとスコール、マドカの四人は思い切り息を吐いて安堵していたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回は入学式からの原作突入…かも?



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あいあむてぃーちゃー

身体よりも心の方が疲れている。

今の私はまさしく、そんな状態になってますね。







 理事長室を後にした鞠絵たちは、千冬の案内で入学式が執り行われる公会堂へと向かっていた。

 

「なーんか、俺一人だけすっごい貧乏くじを引かされたような気がする」

「それだけ鞠絵が優秀だという証拠だろう」

「だとしてもなぁ~…」

 

 千冬に褒められても、素直には納得できない。

 一年生だけならばまだしも、二年や三年の教室にも行って授業をしなければならないと思うと、やる気よりも面倒くささの方が先に来てしまう。

 

「公会堂に到着したら、私がマドカを新入生達の座る場所まで案内しよう」

「私達はどうしたらいいのかしら?」

「生徒会の者達がいる筈だから、彼女達の指示に従ってくれ」

「了解だ。にしても、生徒会…ねぇ…」

 

 『生徒会』と聞いて、オータムは余り良い印象が無い。

 彼女中にある生徒会という組織は、かなり堅苦しいイメージしかないからだ。

 

「因みに、生徒会の役員ってどんな子達なの?」

「それに関しては、私よりも鞠絵の方が詳しいんじゃないか?」

「え? オレ?」

 

 なんでここで自分の名前が出てくるのだろうか?

 不思議に思いながら己の顔を指差して首を傾げた。

 

「実際に会えば分るさ。ほら、もうすぐだぞ」

 

 千冬の視線の先には、理事長室と同様の仰々しい感じの前時代的な扉があった。

 至る所に金を掛けて最先端技術を使いまくっているにも拘らず、こんな所には何故かクラシックな物を求める。

 何とも言えないアンバランスさを感じずにはいられない。

 

「ほぇ~…」

「中から大勢の人の気配がするわね。もう新入生達は集まっているのかしら?」

「あぁ。今は入学式が始まるのを待っている状態だな」

 

 さて、ここからどうするべきか。

 そんな事を考えていると、鞠絵たちが歩いてきた方とは別の方の廊下の向こうから二人の生徒達が歩いてきた。

 リボンの色から、一人は二年生で、もう一人は三年生であることが伺える。

 

「お前達は……」

 

 彼女達を見て、鞠絵は思わず目を見開いた。

 何故なら、その子達は彼もよく知っている者達だったから。

 

「ようこそいらっしゃいました、皆さん。理事長からお話は伺っています。そして……」

 

 眼鏡を掛けた少女が鞠絵の方を見て、静かに微笑んだ。

 

「お久し振りです、望月博士。いえ…今はもう『望月先生』でしたね」

「虚…お前、布仏虚…か?」

「はい。IS学園の三年生にして、今は生徒会の役員を務めています」

 

 布仏虚にとって、鞠絵は様々な意味で大切な人物である。

 ある人物からの依頼で、鞠絵は彼女に整備技術のイロハの全てを鞠絵から徹底的に叩き込んでいて、二人の関係は謂わば『師匠と弟子』のような事になっている。

 虚の方からすればそれだけに留まらず、彼女が初めて意識をした異性…俗に言う『初恋の相手』でもあるのだ。

 

「つーことは、お前の隣にいるのはやっぱり……」

「も…望月博士が目の前にいる…あぁ…いつ見てもやっぱり可愛い…♡」

「かた…いや、楯無か…。なんつー顔をしてるんだ…」

 

 顔を完全にニヤつかせている欲望丸出しの少女『更識楯無』も、鞠絵にとっては弟子のような存在で、虚が整備関係の弟子ならば、楯無はISの操縦技術方面の弟子である。

 現在は訳あって日本人であるにも拘らずロシア代表なんて地位に立っているが、彼女がそんな場所に辿り着けたのは間違いなく鞠絵からの教えが大きい。

 

「虚が役員って事は、楯無は……」

「生徒会長をやっています」

「…マジか」

「マジです! 頑張りました!」

 

 普段はあまり自分で『頑張った』なんて言うキャラではないが、鞠絵の前では素に戻ってしまうようだ。

 これも惚れた弱みという奴なのかもしれない。

 

「あらあら…これはまた別の意味で凄い子達が出てきたわね~」

「面白れぇ…!」

 

 静かに闘志を燃やすスコール&オータム。

 その理由は単純明快。二人もまた鞠絵に惚れているからだ。

 今はまだ助手と言う立場だが、いつの日か必ず恋人を経由して夫婦になってみせると心に誓っている。

 

「お二人の事は聞いてますよ。これから、よろしくお願いします」

「いえいえ。こちらこそ、よろしくお願いするわね?」

 

 ニッコリと微笑みながら握手を交わすスコールと虚だが、二人の間には明らかに火花が散っていた。

 そしてそれは、隣の二人も同様で……。

 

「機会があれば、お手合わせを願いたいですね~」

「望むところだっつーの」

 

 楯無とオータムもまた、握手をしながら激しく火花を散らす。

 二人揃って顔が笑顔なのが普通に怖い。

 

「おい貴様等」

 

 ここでずっと黙っていた千冬の乱入。

 だが、彼女がこの状況で真面な事なんて言う訳がない。

 

「鞠絵は私の嫁だぞ」

「人の事を嫁言うな」

 

 どれだけ訴えても『嫁』呼びは覆りそうにない。

 これもまた男の娘の宿命なのか。

 

「この中の誰が私の義姉になっても普通にイヤだな……」

 

 マドカ、心の叫び。

 別に、千冬もスコールもオータムも人間としては決して嫌いと言う訳ではないが、鞠絵の前ではそれらの長所が全て消し飛んでしまうのだ。

 それに関してはマドカも余り人の事は言えないのだが。

 

「あら。貴女が博士の妹さんかしら?」

「望月マドカだ」

「マドカちゃんね。将来の義妹の名前はちゃんと覚えておかないとね」

「誰が義妹だ。誰が」

 

 楯無からいきなりの義妹宣言にマドカはジト目になる。

 因みに、普通にしていたら千冬とそっくりの髪型や顔などで色々とバレそうになるのだが、今のマドカは後ろ髪を後頭部で一纏めにしているので意外と気付かれない。

 

「まぁ…なんだ。悪い奴等ではないから、仲良くしてやってくれ」

「姉さまがそう言うなら……」

「「姉さま?」」

「何か変か? 姉さまは姉さまだろう?」

(この子もこの子で…)

(相当ですね…)

 

 鞠絵の容姿を見て『姉』と呼びたがる気持ちはよーく理解は出来るので、楯無も虚もここは敢えて黙ってやることにした。

 

「で、入学式の方はどうなっている?」

「もうすぐ開始です。私達は望月博士…じゃなくて、望月先生たちの事を待っていたんです」

「成る程」

 

 つまり、自分達が来ない事には始められないと。

 新任教師の紹介をするのだから、当たり前と言えば当たり前だった。

 

「では、望月先生たちは私達に着いて来て下さい」

「マドカはこっちだ。今ならば、まだ間に合う筈だ。空いた席にでも座っていてくれ」

 

 こうして、鞠絵たちは楯無と虚に、マドカは千冬に連れられる形で入学式会場へと入って行くのだった。

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 

 入学式会場、公会堂の壇上裏。

 そこで鞠絵たちは少し前に始まった入学式を静かに見ていた。

 

(まさか、自分が本当に教師になる日が来るだなんてな……)

 

 誰かにものを教えること自体は嫌いじゃない。

 自分の教え子の成長を見られるのは純粋に嬉しいし楽しい。

 そこからしか得られないものもあるという事も鞠絵は良く理解している。

 

(意外と司会をしている姿が様になってるじゃないか…虚。それに…)

 

 壇上の傍では虚が入学式の司会を務め、今は生徒会長である楯無が生徒会長として入学生たちに挨拶をしている。

 いつもの飄々とした感じは完全に消え、真面目な顔で己の務めを果たしている。

 鞠絵は知っている。あれこそが楯無の本当の姿であり、普段の明るい顔は彼女なりのカモフラージュなのだと。

 

「これにて生徒会長の挨拶を終わります。次は、今年度から新しく学園にやってこられた先生方をご紹介します」

 

 自分達の出番か。

 鞠絵はスコールとオータムに目配せをすると、二人も笑みを浮かべながら頷いた。

 

「じゃ、行きますか」

 

 鞠絵が先頭に立ち、その後ろにスコールとオータムが続く形で壇上に登場する。

 チラッと新入生達を見てみると、自分達を見て固まっているようだった。

 

(気のせいか…オレに視線が集まってないか?)

 

 気のせいじゃありません。

 どう見ても小学生低学年女子にか見えない幼女が黒いセーラー服に白衣という奇抜すぎる格好で現れたのだから、そこに注目しない方がおかしい。

 

「どうぞ」

「ん」

 

 虚がそそくさとやって来て、先程まで楯無が使っていたマイクを鞠絵に渡す。

 なんだか選挙演説でもしているような気分だな。

 そんな場違いな事を考えつつ、一歩だけ前に出る事に。

 

「まずは望月先生からお願いします」

「はい」

 

 改めて会場を見渡すと、なんだか見た事のあるような顔がちらほら。

 気の強そうな誰かさんの妹に、どこかで見た事のあるような金髪少女。

 眼鏡を掛けた気の弱そうな顔をしている少女もいる。

 

(んでもって…)

 

 その中でも一際目立つのが、たった一人だけ男子の制服を着ている少年。

 成る程、アイツが二人目か。

 一瞬だけ視線をやってから、すぐに全体を見渡すように前を向いた。

 

「えー…皆さん、初めまして。お…私が、今年から新任の教師としてIS学園で働く望月鞠絵です。ここに来る前は倉持技研で主任研究員をやっていました。なので、どこかのクラスの担任をする訳ではなく、基本的には各クラスを回りながらISに関する授業をやっていく予定です。何か分からない事とかがあれば、いつでも相談に来て下さい。これから、どうぞよろしくお願いします」

 

 社会人として無難な自己紹介で済ませた鞠絵。

 変に個性を強調する必要なんかない。

 プライベートならばともかく、公の場では自分を殺してでも真面目にするのが最適解である、と鞠絵は信じている。

 

 最後にペコリと頭を下げてから、鞠絵は元の位置に戻る。

 その途中でふと千冬と楯無の姿が視界に映ったのだが、二人は揃って鼻を押さえながら体を震わせていた。

 その近くでは、これまたどこかで見た事のあるような気がする緑の髪の眼鏡を掛けた教師が両手を重ねながらホンワカとした表情を見せている。

 

(…? なんなんだ一体……うをっ!?)

 

 疑問に感じながらも、次に挨拶をするスコールにマイクを渡そうとすると、彼女もまた鼻を押さえながら体を震わせていた。

 

「博士…ちょっとさっきの挨拶は可愛過ぎよ…。予め我慢をしてなかったら、この場で派手に赤い花を散らしていたところだったわ……」

「何が?」

 

 意見を求めてオータムの方を見ると、彼女もまた同じように鼻を押さえている。

 どうして、皆揃って同じリアクションばかりをしているのか。

 

「とにかく、次。お前だぞ」

「わ…分かったわ…」

 

 鞠絵からマイクを受け取りつつ、咄嗟にポケットの中に忍ばせていたポケットティッシュで鼻を拭いてから、いつもの表情に戻ってから一歩前に出た。

 

「初めまして。私はスコール・ミューゼル。望月先生と同じく倉持技研から出向してきた身で、出身地はアメリカよ。技研では先生の助手として……」

 

 スコールの挨拶によって場の空気がなんとか持ち堪え、そのままオータムまで繋ぐことが出来た。

 今にして思えば、鞠絵の挨拶は最後にするべきだったと思った虚だった。

 

 その後も滞りなく入学式は続いていき、何事も無く終了をした。

 新入生達の間ですぐに鞠絵の事が話題になったのは言うまでもない。

 

 

 

 




次回はやっと一夏と出会う…かも?

その前にまず確実に山田先生とは出会うでしょうが。


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もっちー先生爆誕

しばらく時間が空いてすみませんでした。

のんびりまったりとやっていきたいので、どうか暇潰し程度に思って下されば嬉しいです。

それはそれとして、HGUCナイチンゲール手に入れました。

箱が大き過ぎて持ち運びが大変だった上、帰りのバスで物凄く目立ってました…。

はじゅかちぃ~!








 入学式が終了し、新入生達はそれぞれに割り当てられた教室に、教師たちは職員室へと向かう。

 それは、新米教師である鞠絵やスコール、オータムたちも例外ではない。

 

「ほぇ~」

「職員室か~。なんだか自然と緊張しちまうな」

「これから暫くは、ここが私達の職場になるのね」

 

 まずは改めて他の先生方への挨拶をし、それから自分達の机がどこなのかを探す。

 鞠絵が挨拶をした時だけ、不自然な程に注目を浴びていたが、いつもの事なのでさほど気にはしなかった。

 

「鞠絵、ここだ」

「千冬」

 

 室内をキョロキョロとしていると、千冬が少し遠くから声を掛けてきた。

 彼女の近くには空席となっている机が三つ。

 恐らくは、あそこが鞠絵たちに割り当てられた机なのだろう。

 

「ここがお前達の机になる。そこに名前が書いてあるだろう?」

「あ、ホントだ」

 

 彼女の所まで歩いていき、指差す場所を見てみると、そこには三人の名前が書かれたプレートが置いてあった。

 なんか違うような気もしたが、そもそも三人揃って教員免許はあっても実際に教職をするのは初めての事なので、こんなものかと納得せざる負えない。

 

「ちゃんと教科書やら参考書やらが置いてあるや。ご丁寧なこって」

「…中々に難しい内容なんだな。あたしらの頃はもうちょい優しかった感じがするけど……」

「そう? 私の高校はこれぐらいだったけど?」

 

 幾ら仲が良くても、オータムとスコールは出身地が違う。

 なので、こういったところで文化の違いが出るのは仕方がないのかもしれない。

 

「望月博士~♡」

「ちょわっ!?」

 

 感慨深く自分の新しい机を眺めていると、いきなり背後から誰かに抱き着かれた。

 背中全体に感じる柔らかい感触に、鞠絵は柄にもなく真っ赤になる。

 

「また会えて嬉しいです~♡」

「お前…もしかして真耶か?」

「はい! 候補生時代、博士にご指導して頂いた山田真耶です!」

 

 緑の髪のボブカットに眼鏡を掛けた女性。

 山田真耶は嘗て、鞠絵が指導をした候補生達の一人だった。

 まさか、こんな所で再会するとはお互いに思ってはいなかったようだが。

 

「お前もIS学園の教師をしてるのか?」

「その通りです。今年は一年一組の副担任をやる事になってます」

「成る程な。一組の担任が千冬だったから、その後輩であるお前が副担任って訳か」

 

 以前から交流のあった者同士ならば、有事の際も連絡が取り易いと判断したのだろう。

 何とも食えない理事長である。

 

「先輩…織斑先生から博士が教師として赴任してくるって聞かされた時は本気で喜びました! これから一緒の職場で働けると思うだけで私……」

「はいはい。お前の気持ちは分かったから、まずは落ち着けって。な?」

 

 喜んだり嬉し泣きしたり、なんとも感情の起伏が激しい。

 鞠絵の記憶が正しければ、昔はもっと物静かな女性だった筈なのだが。

 

「まーたアタシらの知らない鞠絵の昔の女の登場かよ……」

「昔の女言うな。真耶は単なる教え子だよ」

「そう思っているのは博士だけかもよ? にしても胸が大きいわね…最近の日本人って発育が良すぎじゃない?」

 

 スコールの疑問も御尤も。

 真耶のバストサイズはオータムやスコールすらも完全に凌駕している。

 なにせ、歩くだけで揺れるのだから質が悪い。

 

「話は終わったか? では、私が鞠絵を椅子に座らせてやろう」

「いや、なんでそうなる? 椅子ぐらい一人で座れるし。つーか、倉持技研にあるオレの机と椅子もこれぐらいのサイズあるし」

 

 IS学園だけでなく、実は倉持技研でも鞠絵は個人の研究室を持っている。

 そんな事が許されているのは、偏に彼のもたらした功績が大きいからなのだが。

 

「…で、これからオレ達はどうするんだ?」

「あと少ししてから、担当するクラスに行って生徒達に挨拶をしつつ、今後について話す…といった感じだな」

「ふーん。オレは? 担任じゃないんだけど」

「そうだな……」

 

 IS学園の授業日数は通常の高校よりも多く設けられている。

 それというのも、ISに関する授業だけでなく、ちゃんと基本五教科や他の教科などもちゃんと授業に組み込んでいるから。

 それに合わせてキチンと授業の時間や数も多くしてあるのだが、どれだけ学園側で調整をしても実際の時間まではどうにもならないのが現実だ。

 故に、IS学園は入学式の後から早くも最初の授業が始まる事になっている。

 そうでもしなければ到底、間に合いそうにないからだ。

 

「初日はどこのクラスもISに関する授業がある。ならば、まずは一組にでも来てみるか? そこから順々にクラスを訪れていけばいいだろう」

「それもそうだな。その方が予定も立てやすそうだ」

 

 話だけを聞けば何気ない事のように聞こえるが、千冬の顔がそうでない事を語っていた。

 彼女は顔でこう語っている。早い者勝ちだ、と。

 そして、それを見て真耶は良い笑顔で親指を立てている。

 

「そ…そうね。博士…望月先生がそれでいいのならば、私達からは何も無いわ」

「そう…だな」

 

 言葉だけは鞠絵の意思を尊重しているように聞こえるが、心の中はそうではなかった。

 

(先手必勝ってわけね…やられたわ。けど、博士が四組に来た時は遠慮しないわよ…。というか、授業以外の所で存分に甘えさせて貰うわ!)

(悪いが…こればっかりはスコールにも千冬にも負けるわけにはいかねぇんだよ…。鞠絵のウェディングドレス姿を一番近くで拝むのは、このアタシなんだよ!)

 

 鞠絵を中心にバチバチと四人の女の火花が散る。

 それを知ってか知らずか、鞠絵本人はいつの間にか椅子に座って呑気に新しい机の匂いを味わっていた。

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 一年一組教室。

 真ん中の一番前、つまり教卓の目の前という最も教師の目に付く場所にて体を縮こませている少年がいた。

 彼の名は織斑一夏。

 ひょんなことから男の身でありながらISを動かしてしまった人物であり、千冬の実弟でもある。

 数年振りに出現した史上二人目の男性IS操縦者という事もあり、本人は全く自覚は無いが一瞬にして世界的な有名人となってしまった悲しき少年だ。

 

(周り全てが女子、女子、女子……。分かってはいるけど、場違い感が半端じゃないぞ……)

 

 本人の意思が全く介入したいところで学園入学が決まった上、どれだけ時間を掛けても心の準備が出来なかった彼にとって、今の状況はどこまで行っても生き地獄でしかない。

 何も知らない世の男子達からすれば『羨ましい』と思われるかもしれないが、実際に同じ状況になっても同じことを言えるだろうか。

 理想と現実とは往々にして、残酷なまでにかけ離れているものなのだ。

 

(この空間で唯一、俺の知っている存在と言えば……)

 

 窓際の列の一番前に座っているポニーテールの女子の方をチラ見しているのだが、当の本人はその視線に全く気が付かないまま頬杖を付いたまま窓の外を眺めつづけている。

 

(幼馴染が全く俺の存在に気が付いてくれない件……)

 

 もしも気が付いてくれたならば突破口はあるかもしれないが、この状況で声を出して話しかけるだなんて度胸は彼には無い。

 視線だけで自分に気が付いてくれることを神に祈るだけだ。

 

(そういや……)

 

 目だけを動かし、先程とは別の方へと視線を向ける。

 廊下側の列の前から二番目の席にマドカが座っていて、暇を潰す為にスマホを弄っている。

 

(あの子…なんだか千冬姉に似ているような気がする……)

 

 ある意味でそれは当然なのだが、何も事情なんて知らない一夏は、すぐに頭を振ってその考えを払拭する。

 

(いやいやいや! 幾ら似ているからと言って、あの子と千冬姉を一緒にして見るとか最低だろ! それに、世の中には似たような顔を持つ人間が最低でも三人はいるって言うし、気にしたら負けだな。うん)

 

 これでこの件は終わり。

 もしも彼女と話をする機会があれば、その時は普通に接しよう。

 

(それはそれとして、まだ先生来ないのかよ…。そろそろ来てくれないと、こっちの精神が持たないんですけど……)

 

 このままでは、過度なストレスによって腹痛を巻きこすかもしれない。

 流石に、入学初日から男子トイレの個室に駆け込むような事態だけは絶対に避けなくては。

 

(先生と言えば…さっきの入学式で挨拶をしてた、白衣を着た小さな女の子…マジでここで教師をするのかな…? だとしたら、飛び級ってことになるのか? いや、飛び級じゃないか。じゃあ、これってなんて呼べないいんだ? っていうか、日本の法律的にあんなにも小さな女の子が教師をやるとかアリなのか? そういや、どこかの研究所で働いてるとも言ってたような……日本、マジで大丈夫か?)

 

 何も知らない一夏が鞠絵の事を小学生女子と間違えるのは何も不思議な事じゃない。

 大抵の人間は、初見で彼の実年齢も正体も絶対に見抜けない。

 最悪の場合、迷子センターに連れて行かされそうになった事もあるぐらいだ。

 ぶっちゃけ、ランドセルを背負って小学校に普通に通っていても違和感はない。

 というか、絶対にバレないと思う。

 

(俺…これからあの子の事も『先生』って呼ばないといけないんだよな…? う~ん…ちゃんと呼べる自信ないわぁー。話しかけられたら、何か普通に頭とか撫でてお菓子とかあげちゃいそうだ)

 

 いつの間にか一夏の頭の中は鞠絵の事で一杯になっていた。

 それにより、周囲からずっと自分に向けられている視線のマシンガンを気にすることが無くなった。

 

 因みに、その鞠絵の義妹であり、完全に家族を超越した感情を向けているマドカは、ずっと撮り貯めている鞠絵の写真コレクションを眺めながら心の中でニヤニヤしていた。

 

(ソファの上で猫みたいに体を丸めて寝ている姉さま…最高に可愛過ぎる…♡ 矢張り、これはいつ見ても私の持つコレクションの中でも最上級の一品だな)

 

 指をスライドさせると、今度は長い髪の毛をポニーテールに纏めた状態でタンクトップを着て、溶けかけているバニラ味のアイスキャンディーを舌を伸ばして食べている鞠絵の写真が映し出される。

 勿論、鞠絵のほっぺや鼻先には溶けたアイスが付着していて、完全に誤解を招く構図となっていた。

 

(…去年の夏、偶然にも撮る事が出来た奇跡の一枚…これは殿堂入り確定だ。なんたってエロ過ぎる。エロ過ぎて、私の夜のオカズになっているぐらいだしな)

 

 それでいいのか義妹。

 思わずにやけそうになる顔を必死に押し留めていると、いきなり教室の扉が開き、そこから三人の教師が入ってくる。

 一人は副担任の山田真耶。もう一人は担任である織斑千冬。

 そして、最後の一人は……。

 

(ね…姉さまっ!? まさか、入学早々に姉さまの授業が受けられるッ!? …ラッキーアイテムのガマガエルのキーホルダーを財布に付けてて良かった…)

 

 IS学科担当の望月鞠絵だった。

 

 

 




次回から原作に本格突入。

そして、もっちーと一夏の初邂逅。

ついでに、当然のようにヒロインも追加です。


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社会人です

沢山寝ている筈なのに、なんでか疲れが取れる気配がありません。

私も歳を取ったってことなんでしょうか…。







 千冬と真耶と鞠絵の三人が教室へと入ると、つい先程までずっと一夏に集中していた視線が教師三人へと向けられる。

 教壇へと向かう千冬に生徒達の視線が釘付けになる…とはいかず、彼女と同じぐらいに鞠絵にも注目が行っていた。

 入学式にて堂々と自己紹介をしていた人物が直後に自分達の教室へと入って来れば、否が応でも注目される。

 因みに、真耶には殆ど誰も注目していなかった。

 

 その中でも一際、視線を動かしまくっていたのは話題の人物である織斑一夏だった。

 自分の姉が自分のクラスの担任である事だけでも十分に驚きなのに、更には先程まで自分が考えていた相手が目の前にいるのだから無理も無い。

 千冬の方を向き、次に鞠絵の方を向く。

 さっきから視線が泳ぎまくりでかなり挙動不審に見える。

 

「まずは入学おめでとうと言わせて貰おう。私が、この一年一組の担任である織斑千冬だ。そして、隣にいるのが……」

「副担任の山田真耶です。皆さん、これから一年間よろしくお願いしますね」

 

 真耶が丁寧な挨拶をしても誰も反応しない。

 別に今に始まった事ではないので驚きはしないが、それでも地味に落ち込んでしまう。

 大抵の場合、千冬が入って来た瞬間、もしくは挨拶をした瞬間には教室中が大騒ぎになってとんでもない事になるのだが、なんでか今はまるで嵐の前の静けさのようになっていた。

 

「あー…これってオレも挨拶をする流れ?」

「だな。頼むぞ」

「へーい」

 

 ついさっき入学式で自己紹介したばかりなのに、また同じことをしないといけないと思うとなんだかげんなりする。

 けれど、これもまた仕事の内かと割り切って、改めて挨拶をすることに。

 

「さっき入学式でも言ったと思うが、倉持技研から来た望月鞠絵だ。基本的にオレは何処かのクラスの担任をするって訳じゃなくて、普通の高校みたいにISの教科を担当するって感じになってる。授業の内容とかで分かんない事とかがあれば、いつでも聞きに来ていいからな~。んじゃ、今後ともよろしく」

 

 鞠絵の体が非常に小さいので、頑張って背伸びをした状態で挨拶をするが、それでも後ろの生徒には見えずらい。

 一番前にいた一夏は近くで見る鞠絵を呆然と見つめ、マドカは鼻血が出そうになるのを必死に押さえていた。

 

「「「「「…………」」」」」

 

 教師三人が挨拶をしてもまだ何も反応が無い。

 いや、静かな事はとても良い事なのだが、静かすぎるのが却って不安を掻き立てる。

 そして、去年も担任をしていた千冬はこのパターンが何を示すかを良く知っていた。

 

「これは…ヤバいな。鞠絵、急いで耳を……」

 

 塞いでくれ。

 そう注意を促そうとした瞬間、強烈な音の衝撃波が教室中に響き渡る。

 

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! 千冬さまよぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

「まさか、一年から早々に千冬様にお会い出来るだなんて!!」

「望月博士って言ったらISの最高権威の一人よねっ!? 小っちゃくて可愛い~!!」

「こ…これが生の望月博士ッ!? 美幼女で天才で最強でオレっ子とか…まるで属性のデパートやー!!」

「我が人生に一片の悔いなし!!」

「頑張ってIS学園に入学してよかったー!!」

 

 現役女子高生の元気が大爆発し、それが物理的な衝撃となって襲い掛かる。

 パターンが読めていた千冬と真耶は咄嗟に耳を塞いで被害を最小限に押さえ込めたが、それを知らない者達はそうはいかない。

 

「ふにゃぁぁぁぁぁぁっ!?」

「いいぃぃぃぃぃぃぃっ!?」

 

 鞠絵はワンテンポ遅れて耳を塞いだので鼓膜にダメージが入ってしまい、一夏に至っては耳を塞ぐ事すら出来なかったのでダイレクトに受けてしまった。

 因みに、マドカは速攻で気を失い、白目を向いて泡を吹いていた。

 

「静かにせんか!!」

 

 千冬の鶴の一声で生徒達の叫びは一瞬で鎮静化し、教室にまた静寂が訪れた。

 未だに鞠絵は目をグルグルさせた状態でフラフラしていて、一夏は机に突っ伏して口から魂が抜けかけている。

 

「全く…貴様等の声で鞠絵の鼓膜が破れたら、どう責任を取るつもりだ?」

「はにゃ~…頭がズキズキするぅ~…」

 

 頭を抱えながら目尻に涙を貯める鞠絵。

 彼の場合、そんな仕草すらも可愛らしく見えるのが質が悪い。

 

「って、おぉぉぉぉぉっ!? マドカァァァッ!? しっかしろぉぉぉっ!?」

「うぅぅ……ウェディングドレスを着た姉さまと一緒にバージンロードを歩く夢を見ていたような気がする……」

「なんか現実になりそうだから止めて」

 

 隙あらば色んな格好をさせようと企む連中が周りに大勢いるので、マドカが言った事が現実になる可能性は否定できない。

 

「あのー…織斑先生? 彼も気絶してるんですけど……」

「心配はいらん。こんな時は、この出席簿で……」

 

 徐に取り出した一枚の出席簿。

 実は鞠絵のお手製で、非常に優秀な防弾処理が施されている。

 固定式ガトリングガン程度の銃撃ならば余裕で耐えられるだけの強度を誇っているのだ。

 

「ふん!」

「ぐぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」

 

 ばちこーん!!

 そんな擬音が見えそうな一撃が一夏の頭に叩き込まれ、一発で正気へと戻させた。

 

「目が覚めたか?」

「あ…あれ? 千冬姉…?」

 

 ここでもう一発ばちこーんとお見舞い。

 

「いったぁっ!?」

「学園内では織斑先生と呼べ。いいな? 分かったら返事をしろ」

「は…はい…織斑先生……」

「よろしい」

 

 ようやく落ち着いた教室を見てから教壇へと戻る。

 この数秒にて生徒達は理解した。

 下手に怒らせたら、確実にあの出席簿が飛んでくると。

 

「それと、彼の事も『博士』ではなく、ちゃんと『望月先生』と呼べ。いいな?」

「「「「は…はい!」」」」

 

 などと言ってはいるが、本人は普通に『鞠絵』と呼んでいるのはいかがなものか。

 そんな事を言えば千冬は『私は良いんだ』なんて言い出しそうだが。

 

「あ…あの……」

「なんだ?」

「今…望月先生の事を『彼』って言いましたけど、もしかして……」

「そうか。初見では気が付かないのも仕方がないか。そうだ。望月先生は正真正銘の男だ。無論、ちゃんと成人している」

「「「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!?」」」」」

 

 ここで二度目の衝撃。

 天才美幼女教師かと思っていたら、天才ショタ男の娘教師だった。

 目の前にラノベのような存在がいるのだから、ある意味で千冬が登場した時よりも衝撃は強かった。

 

「ま…まさかの男の娘ッ!? 嘘でしょっ!?」

「男の娘って実在したんだ……」

「フィクションだけの存在かと思ってた……」

「薄い本が厚くなる…! 新ジャンル開拓のチャンス!」

 

 殆どはまさかの展開に驚いているが、約数名だけは今年の夏に向けてのネタが生まれた事に歓喜していた。

 

「オレ…そんなに男に見えない…?」

「うぐ…鞠絵には悪いと思うが…全く見えない。どこからどう見ても、可愛らしい美幼女にしか見えん。それは今更ではないのか?」

「まぁ…そうなんだけどさ。こうもハッキリと言われると流石にキツいと言いますか……」

 

 鞠絵自身、自分が女顔である自覚はあったが、こんなにも大勢から一気に言われたのは初めてなので衝撃が大きかった。

 

「ま…待ってくれよ!」

「どうした織斑?」

「この人が男って事は、もしかして世界で初めてISを動かした男って…」

「勿論、望月先生だ」

「「「「「…………」」」」」

 

 もう驚く気力すらないのか、遂には黙り込んでしまった。

 当時、鞠絵が初めてISを動かした際には超絶チートな両親の手によって情報規制が成され、ごく一部の関係者以外にはその正体などは一切伏せられていた。

 世間一般に教えられたのは、彼のイニシャルと年齢だけだ。

 それ以外は全て機密情報扱いとなっていた。

 鞠絵が科学者として大成をした今となっては普通に全ての情報が公開されているが、それでも顔などを知っているのは本当に限定されている。

 科学者としては世界的に有名となっている鞠絵ではあるが、彼が史上初の男性IS操縦者であることはそこまで知られていないので、生徒達がここで驚くのもある意味では当然の反応なのだ。

 

「織斑。お前にとって望月先生はあらゆる意味で先達だ。特に敬意を持って接するように。いいな?」

「は…はい…」

 

 もうどこからツッコんでいいのか分らない。

 少なくとも、同じ男としてこれから鞠絵と接する機会は多くなりそうだと思った一夏なのだった。

 

「では、少し話が逸れたが、まずは自己紹介からするとしよう。これからに関する詳し話はそれからだ」

 

 

 

 

 

・・・・・

・・・・

・・・

・・

 

 

 

 

 あ行から順に自己紹介をしていき、あっという間に『お』の順番が回ってくる。

 このクラスで『お』から名前が始まるのは一夏だけ。

 ということは、必然的に次が一夏の番となる。

 

「では、次お願いしますね」

「は…はい」

 

 真耶に促されて席から立つ一夏。

 だが、自己紹介の内容なんて全く思いついていない。

 緊張から、さっきまで頭が真っ白だったので、何を言えばいいのか分からなくなっていた。

 

「どした少年? 自己紹介しないのか?」

「そ…その…何を言っていいのか分らなくて……」

「んなの、テキトーでいいんだよ。テキトーで。名前と趣味、もしくは特技とか」

「名前に趣味・特技か……よし」

 

 鞠絵に早くもアドバイスを貰い、決意を固める。

 グッと拳を握りしめてから、意を決して自己紹介を始めた。

 

「お…織斑一夏です! 趣味…って言っていいのかは分からないけど、料理とかが得意です! ISの事はマジで何にも分りません! なので、色々と教えてくれると助かります! これからよろしくお願いします!」

 

 なんか余計なことまで言ってしまったが、最初の自己紹介にしては上出来な方と言える。

 鞠絵も、萌え袖をパタパタとさせて拍手しているし。

 

「よく出来ました。なんだよ。やればできるじゃんか」

「先生のお蔭です。ありがとうございました」

「これぐらい、お安い御用だよ」

 

 ニヒヒ…と笑う鞠絵に釣られ、思わず一夏も笑みを浮かべる。

 それを見て必死にネタ帳にペンを走らせる生徒がいたとかいないとか。

 

 それからも自己紹介は続いていき、どこかで聞いたことのあるような名字の少女や、明らかに外国から来たと思われる金髪の少女の自己紹介があった。

 

(篠ノ之箒…か。最後に会ったのはいつだったっけ。なんか懐かしいねぇ~。それに、セシリア・オルコットね。これまた懐かしい顔じゃないの。前にイギリスに出張に行った時以来になるのか)

 

 鞠絵の交友関係はかなり広い。

 国内だけに留まらず、世界各地に色んな知り合いがいたりする。

 イギリスに中国、フランスにドイツ。イタリアやオランダ、ギリシャやタイなど多岐に渡る。

 

 そして、次はマドカの番となった。

 

「望月マドカだ。この名字から察すると思うが、私はそこにいる姉さまの(義理の)妹だ。倉持技研ではISのテストパイロットをしていた。ISに関しては候補生レベルには詳しいつもりだ。よろしく頼む」

 

 姉さまとはなんぞや?

 そんなツッコミをしたくて仕方がない生徒達だったが、もうこれ以上は下手な詮索はしない方が良いと思い、全員が大人しく言葉を飲み込んだという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回もスローでのんびり行きます。

展開速度は期待しないでください。


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