モモンとナーベの冒険~10年前の世界で~ (kirishima13)
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プロローグ

 DMMORPG(Dive Massively Multiplayer Online Role Playing Game)ユグドラシル。

 鈴木悟が没頭することになったそのゲームが発売されてからはや12年、ユグドラシルはサービス終了の時を迎えようとしていた。

 

 システム開発当初それは画期的な発明であった。

 脳波を感知し、脳とゲームサーバ双方向の情報通信技術の開発により現実世界と混同しないよう味覚と嗅覚の情報はないものの現実世界とほぼ変わらない仮想世界を実現させたのだ。

 

 そして発売されたユグドラシルは未知へ楽しむことを目的とした膨大な世界を冒険するという運営方針で瞬く間に前人未踏のシェアを獲得し、業界トップクラスの売り上げを叩き出した。

 そして数々の伝説を生んだそのゲームに鈴木悟を含めたギルドメンバーたちも熱狂していたのだがそれも今は昔。

 

 時の流れとともにライバル会社の台頭や新技術の開発などにより、かつては持て囃されたゲームも時代の流れには逆らえず終わりを迎えることは必然であった。

 

 そしてそのサービス終了の日しがないサラリーマン鈴木悟は骸骨の姿でゲーム内にいた……といっても死亡したというわけではなくゲーム内のキャラクターを操作している。

 

「はぁ……いよいよユグドラシルのサービス終了かぁ……」

 

 『モモンガ』、それが鈴木悟の操作するキャラクター名である。漆黒の豪奢なローブを纏った骨しかない体。そのひび割れた骸骨の眼には赤い光が宿っている。

 レベルは最高である100レベル、アンデッド系最強種族である超越者(オーバーロード)である。

 

「いろいろあったけど……この玉座も久しぶりに使ったな」

 

 サービス終了が数分後に迫っている中、キャラクター『モモンガ』がいるのは、現実にはあり得ないような絢爛華美な空間であった。

 天井にはためく旗の数々には金糸の刺繡が施されそれぞれにギルドメンバーのサインが彫られている。床には深紅の絨毯が玉座まで続き、物々しい漆黒の玉座に座るのは死の象徴ともいえる禍々しい存在だ。

 

 しかしその禍々しい存在の口から洩れるのは疲れたサラリーマンそのものの声であった。

 そこはモモンガたちが作り上げたギルド『アインズ・ウール・ゴウン』のギルド拠点にある玉座の間である。

 現在モモンガがいるのはゲーム内に9つある世界の一つ『ヘルヘイム』のグレンデラ沼地。そこにモモンガたちの作ったギルド拠点(ホーム)『ナザリック地下大墳墓』は存在していた。

 

「今日会えた人もいたけど……最後まで残ってくれた人はいない……か」

 

 一番遅くまで一緒にいてくれたヘロヘロさんでさえ明日4時起きということでログアウトされてしまった。広々とした広大な玉座間には豪奢なローブをまとった骸骨のみ。

 

「最終日だし誰か攻め込んできてくれてもいいんだけどなぁ……」

 

 モモンガは襲撃者を期待する。

 アインズ・ウール・ゴウンはいわゆる悪役ロールを行っているギルドであり数々のPK行為により悪のギルドとしてプレイヤー間では認識されていた。

 ギルドマスターであるモモンガに至っては『非公式ラスボス』と呼ばれるほどである。

 最終日の本日、今まで攻略されたことのないナザリックに攻め入ろうとすろプレイヤー達がいるのではないかと期待していたのだが、それさえ来ない現状に一抹の寂しさを感じる。

 

「誰もいない中でサービス終了か……最後は派手に終わろうと思って花火とかも用意してたのになぁ……」

 

 モモンガのインベントリの中にはこの日のために用意した花火が大量にしまわれていたのだが、一人で打ち上げるのも寂しく結局死蔵されたままだ。

 

 しかしナザリック地下大墳墓にモモンガ一人であるというのは語弊があった、モモンガの周囲には人影が少なからずあるのだから。

 

 玉座の間の脇に控えるのは漆黒の翼を腰から生やしたサキュバスたるアルベドだ。右前方には執事服の老人とそれぞれが独特の意匠を凝らしたメイド服を着たメイドたちが控えていた。

 それに気づいたのかモモンガはふと呟く。

 

「いや、まだお前たちが残っていてくれたか……」

 

 話しかけている相手は人の姿をしているが人ではない。NPC(ノンプレイヤーキャラクター)である。誰かが操作しているわけではなく制作者の作ったプログラム通りにしか動かない。

 誰にも見られていないこともありモモンガはNPC相手の独り言を続ける。

 

「アルベド……ついにここまで攻めてくる敵はいなかったが……いままでご苦労だったな。いつか防御特化のお前を前面に出して戦ってみたかったな」

 

 アルベドはナザリックにおける各階層守護者の統括という設定であり、100レベルの盾職として玉座の間を守護している。

 モモンガはその美しいフォルムを感嘆の声を漏らしつつその顔を見つめる。さすがはギルドメンバーである『タブラ・スマラグディナ』が設定にも造詣にも凝りに凝った傑作NPCだ。

 

「お前は……セバスだったか。変身して戦う機会はついになかったが……いや、最後くらいはやらせてみるか!コマンド《竜人化実行》!」

 

 セバスはギルドメンバーである『たっち・みー』の作成したNPCだ。人間のように見えるが実は竜人という異形種のモンクであり100レベルの実力を持っている。普段は第9階層から10階層を守護しているナザリックの執事という設定であった。

 

 セバスはモモンガの言葉に反応し、両手を揃えて目の前で一回転させる。

 すると眩い光とともにセバスの姿が竜人へと変わった。その体はキラキラと光る鱗に覆われ、執事服もヒーローモノの戦闘服のように変わっている。

 

「ぶっ!?エフェクト凝りすぎでしょ!ああ……そういえばたっちさんは変身ヒーローマニアだったか……。それにしてもコマンドにポージングまで仕込んでたとか……でも最後に見せてもらえて良かったよ。セバスおつかれさま」

 

 笑いながらもセバスの肩をポンと叩き、続いて戦闘メイドと設定された六姉妹(プレアデス)たちへと目を移し、まずは長女であるユリ・アルファ、侍女のルプスレギナ・ベータと順にねぎらいの言葉をかけていく。

 

「ごくろうさん」

 

 そして次に目を向けたのは黒髪のメイドだ。

 三女と設定されたナーベラル・ガンマである。切れ長の黒く美しい瞳をしており、長い髪をポニーテールにまとめていた。メイド服もスタイルを強調するように非常に凝った作りをしており、作者のギルドメンバー『弐式炎雷』のこだわりを感じるものがある。

 

「うわー……ナーベラルも美人だよなぁ……まぁ正体は二重の影(ドッペルゲンガー)なんだけどさ……うん、ナーベラルいままでおつかれさん……って、あ、もう時間か……え?」

 

 モモンガがナーベラルの肩をポンと叩いた時、すでにユグドラシルのサービス終了時刻が迫っていた。

 

 そして時計が時刻の0時0分を指したその瞬間……周りの景色は一変しモモンガは深い森の中に立っていた、肩に手をかけたナーベラルとともに……。



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リ・エスティーゼ王国編
第1話 ナーベラル・ガンマ


 私の名前はナーベラル・ガンマ。

 ナザリック地下大墳墓における最終防衛拠点である第9階層を守る戦闘メイド六連星(プレアデス)の一人だ。

 我々は至高の存在より創造されたものでありその命は御方のためだけに捧げられる。そのために存在しているというのに鉄壁を誇るナザリックでは一度も我々の階層まで攻め込まれたことがない。それは残念ではあるが誇らしいことでもある。

 

 そんなナザリックは至高の存在により栄光をもたらされ、毎日が光り輝くような日々であった。

 私の創造主である弐式炎雷様やほかの至高の御方々はお隠れになってしまっているものの、モモンガ様という最高位の至高の御方にお仕えすることができてこの上ない幸せであったのだが……。

 

「はぁ……いよいよユグドラシルのサービス終了かぁ……」

 

 モモンガ様のその言葉に心がざわつく。『サービス終了』とは何を指すのだろうか。それはもしかして最後に残られた至高の存在がこの地から去ることを指すのではないかと。

 

「アルベド……ついにここまで攻めてくる敵はいなかったが……ご苦労だったな」

 

 守護者筆頭であるアルベド様の肩を優しく叩くモモンガ様。そしてセバス様から順にプレアデスにねぎらいの言葉をかけてくださる。

 

 『労いなど不要です。至高の御方々のために働くことこそ我々の喜びです』そう言いたかったがアルベド様が黙っているというのに私程度がモモンガ様に何を言えるというのだろう。

 そしてモモンガ様が今伝えている言葉、それはまさに役目を終えた者に対するものなのではないだろうか。

 もしかしたらモモンガ様も他の御方々と同様にこの地を去ってしまうのではないだろうか。

 

 

───私の肩を叩かないで、どうか叩かないでください

 

 

───お願いします、いつまでも仕えさせてください

 

 

 その願いもむなしくモモンガ様の手が私の肩へと触れる。至高の存在に触れられた喜びとともにたとえようもない恐怖を感じる。

 

 

───しかし

 

 

 モモンガ様との別れは訪れなかった。

 

 

 

 

 

 

「え!?何!?どした!?」

 

 私の目の前でモモンガ様が戸惑われている。いや、モモンガ様が冷静さを失うはずもないのでこれも何らかの理由があっての行動なのだろう。

 しかし、私自身は非常に戸惑っていた。それもそのはず玉座の間にいたはずの私とモモンガ様は森の中に佇んでいたのだ。

 こんな事態は想定外であるが、こんな時こそモモンガ様をお守りしなくてはいけない。

 

「モモンガ様!ご安心ください!ここがどのような地であろうともモモンガ様は私がお守りいたします!」

 

 モモンガ様の前で跪き、忠誠の視線を向けるもモモンガ様は顎に手をやって黙り込んでしまわれた。おそらく私などでは想像もできない高尚なことを考えていらっしゃるのだろう。

 

「NPCがしゃべってるだと……なんだこれは……それにここはどこだ?ナザリックは沼地にあったはず……転移?まさかそんなことが……GMコールも効かないし……」

 

 モモンガ様の言葉に神経を集中するが、その言葉は難しく私の頭ではほとんど理解できない。私ではモモンガ様の質問に答えられない……お役に立てない……、それならば……。

 

「<火球(ファイアー・ボール)>!」

「えっ!?何やってんの!?」

「モモンガ様には虫一匹近づけさせません!」

「むし!?」

「<雷撃(ライトニング)>!」

「今蝶々が消し炭になったんだが!?」

「<衝撃波(ショック・ウェーブ)>!」

「ちょっおまっ!?」

 

 これで一通りモモンガ様に近づく者は排除出来ただろう。モモンガ様もさぞご安心なされたと思ったのだが……モモンガ様は頭を抱えて蹲っていた。どうされたのだろう。

 

「サービス終了時刻が延びたという可能性……それはありえる。そしてその後別のサーバ……システムエラーによりそこへ飛ばされたとして……問題はナーベラルなんだよ……。勝手に動いてるし……そんなことはあり得ない……では誰かが操作してる?あー、えーっと……あなたはプレイヤーの方ですか?」

 

 モモンガ様がここに来て初めて私を見てくださる。燃え上がるようなその猛々しい眼光に見つめられると自然に鼓動が早くなるような喜びを感じた。

 

「モモンガ様。私はプレイヤーではなくナーベラル・ガンマ、モモンガ様のしもべでございます」

「えっ!?いや、そんなことないですよね?そんなプログラムが入っているはずもないし……あの……中の人は誰ですか?」

「中の人とはなんのことでしょう?申し訳ございません、モモンガ様の質問に答えられない愚かなこの身をお許しください!」

 

 土下座をするように頭を下げると『ひぇっ』と息を飲むような声が聞こえた。モモンガ様がそのような声を出されるはずがないので空耳だろう。

 

「ほ、本当にナーベラル・ガンマなのか……?」

「はい!」

「だけどそれをどうやって証明する……?いや、出来るか?ユグドラシルでは18禁行為は禁止されていたはず。電子法でもそのあたりの規制は厳しい。それを超えた行為が可能であるならば……」

 

 モモンガ様がまた難しい話されて考え込んでおられる。さぞ高尚な熟慮をなされているのだろう。理解できればもっとお役に立てるものを。愚かなこの身がもどかしい。

 

「やるか?いや、やらなければいけないよな……これは……必要なこと……必要なことなんだ……ナーベラル!」

「はいっ!」

「む、胸を触ってもいいかにゃ?」

 

 モモンガ様の言葉に一瞬耳を疑う。しかし至高の御方に必要とされることこそ創造されし者の誉れ。モモンガ様が胸を触ってくださるという行為にどのような意味があるのかは分からないがそれでお役に立てるのであれば至高の喜びである。

 

「どうぞ!モモンガ様!」

 

 躊躇うことなく胸を差し出す。胸をやや強調しているメイド服であるため御手を触れるのに支障はないだろう。

 モモンガ様はやや躊躇した様子を見せた後、私の胸に両手を近づけ、優しく揉み始めた。

 

「ふむ……ゲーム内であればこのような18禁に準ずるような行為は不可能であったはず……なるほど……であるならば……」

 

 難しい顔をしながらモモンガ様がつぶやく。やはりモモンガ様の発する言葉は難しくてわからない。代わりに私の胸をモモンガ様が揉むことの意味を考える。

 モモンガ様の大きな手は私の胸全体を包むように揉んでくださっている。時折指先が胸の先に触れるたびに声が出そうになるが何とかこらえる。

 モモンガ様がなぜこのようなことをなさるか。

 普通に考えればモモンガ様が私に懸想して……いや、それはありえないことだろう。私程度よりもっと素晴らしい相手がモモンガ様にはいらっしゃるはずだ。

 

「だがこの手から伝わるぬくもり……こんな機能はなかったはず……それに匂いも……」

 

 モモンガ様が顔を近づけて私の匂いをかがれる。胸を揉まれながらそのようなことまで……。これは私の体をお求めだということだろうか。

 守護者筆頭たるアルベド様をはじめ守護者の皆様を差し置いて恐れ多いと思うとともに、この場に守護者の方々がいないのであれば私がこの体を差し出さねばとも思う。

 そう思うと急に恥ずかしくなってきた。至高の御方の真意を知らなければ粗相をしてしまうかもしれない。これは確かめねばならないだろう。

 

「あ、あの……モ……モモンガ様は私の体をお求めなのでしょうか……」

 

 恐れ多くて消え入りそうな私の問いにモモンガ様の手がビクリと震えて止まる。そしてその尊い口から答えをお聞かせいただけると思ったその時……。

 

「なんだよ、こりゃ!?こんな森の中にメイドと……アンデッドだと!?」

 

 不躾な声とともにそこに現れたのは青みがかったボサボサの髪にナザリックでは見ないようなみすぼらしい服、腰にレア度が最低ランクであろう剣をさした若い二足歩行の生物……人間。

 つまり虫けらが現れた。

 

 



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第2話 ブレイン・アングラウス

 俺の名前はブレイン・アングラウス。

 俺はリ・エスティーゼ王国の王都へ続く街道を歩いていた。なぜこんなところを歩いているかというと単純な話で田舎暮らしが嫌になったからだ。

 

 辺境の農村で生まれた俺はこの国の身分制度というものが嫌というほど身に染みている。農民はどんなに頑張ってもその作物のほとんどが税金と称して奪われ、代わりに国が何をしてくれるかと言えば偉そうに兵士を引き連れてきた徴税管が民を罵倒し、蔑み、虐げるだけ。

 

 俺たちにしてみれば何もせずに金や作物だけ奪っていくあいつらは野盗と大差ないとさえ思っている。

 

 そんな農村に生まれた俺だが剣の才能があったらしい。それは農作業の途中、村に野盗が現れた時に気づいた。武装した野盗10人ほどが村を襲ってきたのだが……当然この時も国は何もしてくれはしない、税金を払っているにも関わらずだ……この俺はやつらをこの手に持っていた鍬一本で撃退できたのだ。

 

 その後も同じようなことが何度かあり、村どころか周辺には俺に勝てるような者は一人もいないことに気が付いた。

 そこで俺は村長に頼み込んで貸りた徴兵された時に拾ってきたという剣を片手に今王都へと向かっている。

 

 

 

───王都御前試合

 

 

 

 これまで貴族のみに門戸が開かれていた御前試合がなんと王の意向で平民の参加も認められたのだ。それが数か月後に開催されるということを旅人から聞いて俺は名前も知らない王に生まれて初めて感謝した。平民でも一旗揚げる機会が得られるのだ。

 そして意気揚々と王国へと向かったわけだが……。

 

「確かこの道をまっすぐって言ってたよなぁ……」

 

 街道の途中で出会って道案内を頼んだものの口うるさいため置いてきたリグリットと名乗った老婆の言葉を思い出す。冒険者のような恰好をした奇妙な老婆で、腰には俺のものなんかとは比べ物にならないような立派な剣を携えていた。

 

「御前試合ならあたしも見学させてもらおうかと思ってんだよ。どうだい?一緒にいくかい?」

 

 そう言われたがこんな婆と王都まで寝食を共にするのなんて御免こうむるということで礼を言って方向だけ教えてもらった……のだが。

 

「こっちで本当にあってんのかよ……」

 

 疑いつつも獣道らしき道を進んでいく。都市間を結ぶ街道ならまだしもこんな田舎の村への道などこの国が整備するはずもなく森なのか道なのかも判別が付きづらかった。

 

 そんな道を歩くこと数日、そこで信じられない光景を見る。

 

 豪奢なローブに身を包んだ骸骨がこのあたりでは珍しい黒髪で完璧な美貌を持つメイドの胸を揉みまくっていたのだ。

 

「なんだぁこりゃ!?こんな森の中にメイドと……アンデッドだと!?」

 

 状況を理解できない俺が叫ぶと骨とメイドがこちらを見る。

 アンデッドは生きとし生きる者の敵であり、生者を憎むという。だが襲われているにしてはどうも様子がおかしい。メイドの顔は紅潮しており恍惚とした表情をしている。なんというか……エロい。

 

 そして骨の方はというと慌てたようにメイドから離れ、まるで何もしていませんというように手を振って違う違うと言っている。

 導き出した結論は……。

 

「あんた……死霊術師(ネクロマンサー)ってやつか?魔法でアンデッドを操ってお楽しみ中だったとか?」

 

 アンデッドを使役して意のままに操る術師がいるという話を物語で聞いたことがある。確か13英雄の一人にもいたという話だ。

 

 そう、恐らくこのメイドは死霊術師であり、そういった性癖を持っているのだろう。若いのに可哀そうに……自分には理解しかねるがこんな美人なのにまったくもったいない。

 

「なんですか?虫けらごときが至高の御方に語り掛けるなど分を弁まえなさい!」

 

 メイドがまるで見下すような目をしてこちらを睨め付けてくる。ゾクゾクとした悪寒が背筋を震わせるがこれは俺がそういう性癖というわけではないだろう。

 強者の気配だ。

 

「<雷撃(ライトニン……)>」

「ちょっ!ちょーっと待て!待つんだ!ナーベラル!」

 

 メイドから感じるのは完全な殺気だ。村を襲った野盗など比べようもないほどの殺気と強者のオーラのようなものを感じる。

 しかしその前になぜか立ちふさがった骨の方から不思議なほど何も感じなかった。

 

「モモンガ様、お下がりを!虫けらの分際で(こうべ)を垂れて這いつくばらないとは!この者も殺してご覧にいれます!」

 

 メイドがどこからともなく煌びやかな杖を取り出すとそれを俺に向けて構える。 

 俺はというと殺気を感じた時点ですでに抜刀はすませている。体が僅かに震えているがこれは武者震いだろう。

 待ちにまで待った強者との戦いがこんなところで訪れるとは僥倖だ。おそらくこの女も御前試合への参加者なのだろう。参加前に対戦相手が一人減ってしまうことになるが……やむを得ない。

 

「はっ!上等!来……」

 

 言い終わる前にメイドの杖が上段から振り下ろされる。魔法詠唱者(マジック・キャスター)じゃないのか!?

 構えも何も関係ないまるで虫をつぶすための箒のような動作だが、その速度は尋常ではない。

 金属同士がぶつかる音と剣が折れそうなほどの衝撃が手を伝わる。なんだんだこのメイドは……。楽しくなってくるじゃねえか。

 

「ちょっ!?いきなりなにしてるんだ!?ナーベラル!待て!本当にちょっと待って!」

「はっ!御意!」

 

 そこに横やりが入った。使役されているはずの骨が止めに入ったのだ。それを見てメイドも引き下がる。これから楽しくなるっていうのに余計なことをする。しかし一つの疑問が生じた。

 

「なぁ……えっと……あんたアンデッド……なんだよな?」

 

 骨が喋ったことにも驚くがまるで敵意を感じないその態度に猛烈な違和感を感じる。村にもスケルトンが現れたことがあったがいきなり村人を襲って来る会話の成立しない何の知性もないモンスターだった。

 この骨はアンデッドの皮を被った一般人と言われても信じてしまいそうだ。

 

「えっ……それはまぁそのとおりなんだが……。ところで君はプレイヤーなのかな?」

「は?」

 

 骨が訳の分からないことを言いだす。その言葉に首をかしげていると骨は言葉を続ける。

 

「やはり違うのか……では普通に生きてる人間なのか?これはどうしたものか……」

 

 骨が一人でぶつぶつをつぶやいている。これはこのメイドが話をさせているのだろうか。喋るアンデッドなど初めて見た。

 

「あー……なんだ。この近くに人の住んでいる場所とかはあるのか?君はなんでこんなところにいるんだね」

 

 主人であるメイドの意をくんだのか使役されている骨が質問をしてくる。ここがどこかなんてのはこっちが聞きたいというのに。

 

「あんたこそなにもんだよ。こんなところで何してんだ?」

「なんというか……単刀直入に言うと迷子だ」

「はぁ!?」

 

 俺も似たようなものだがこの死霊術師と骨も道に迷っているらしい。それを聞いてどうにも馬鹿らしくなってしまった。戦う気がなくなり、俺は剣をおろす。

 

「俺は王都に向かってるところだ。もうすぐ御前試合があるんでな。そこで自分の腕を確かめるために向かっている。場所はたぶん……向こうだ」

 

 婆に教えてもらった方角を指す、たぶん合ってる……と思う。それからは御前試合の日程はいつかだとか、この周辺の地理とか国の名前とかいろいろと聞かれたが適当に答えておいた。

 

「じゃあな、姉ちゃん。もしあんたも御前試合に出るっていうんなら次は容赦しねーぜ。あとその特殊な趣味は人のいないところだけにしとけよ」

「……」

 

 王都であんなことをしていたらただではすまないだろうと忠告はしておく。

 眼光だけで殺せそうなほどメイドが睨んでくるが、無視して俺は王都への歩みを再開させた。こんな森の中でさえあれほどの強者に出会うのだ。

 御前試合が楽しみでしかたがない。



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第3話 二人の旅立ち

 モモンガは抱え堪えようもない羞恥心に苛まれていた。原因は先ほど男との不幸な遭遇だ。

 

(あああああああ!!ここってやはりゲームじゃなく現実なのか!?そこで俺はナーベラルの胸を揉みしだいた挙句にそれを通行人に見られただと……!?)

 

 まごうことなき変質者である。通報されたら痴漢、いや強制わいせつ行為として有罪確定だろう。私はやってないなどとは口が裂けても言えない。

 

「あああああ……」

 

 ごまかす様に毅然とした態度で目撃者の男から情報を得たつもりだが、今になって考えるに恥ずかしすぎる。後からお巡りさんが逮捕に来るということはないだろうか。

 悶絶しながら苦悩しているとふいにその気持ちが軽くなった。

 

(なんだ突然……これは……精神の鎮静化?もしかして精神攻撃と判定された?)

 

 ユグドラシルでは痛みや恐怖、混乱など攻撃を受けた場合は精神攻撃として判定されて視界制限や酩酊などが再現されてキャラクターの操作性が著しく悪くなる。

 対してモモンガはアンデッドの種族特性として精神耐性を有しており、それら精神攻撃は無効化されるのだ。先ほどの苦悩が精神攻撃と判定されたのであれば自動的にそれが軽減されたのも納得である。

 

「モモンガ様!先ほどの続きは!続きはいかがいたしましょうか!?」

 

 なぜか鼻息を荒くしたナーベラルが先ほどの行動について咎めてくる。それにより再びモモンガの精神がじわじわと攻撃される。

 

(胸を揉まれて喜んでる……?いやそんなわけはないだろう……。それにまた見られでもしたら今度こそ言い訳出来ない)

 

「あ、あれはもういいのだ。お前は十分役に立ってくれた」

「はっ……そうですか……」

 

 なぜか少し残念そうな顔をするナーベラル。

 ナーベラルはモモンガに上位者としての態度を望んでいるように思えた。会社では下っ端サラリーマンでしかなかったモモンガに上位者としてロールは厳しいが、やるしかないと気合を入れる。

 

「それでナーベラルよ。お前は私の仲間……ということでいいのだな?」

「仲間など恐れ多い!私はモモンガ様のしもべ!どのような要求にでも応えて見せます!」

 

(ええー……)

 

 しもべと聞いてモモンガはどん引きする。話ができて意志を持ったNPCの美女をしもべにするとかギルドメンバーだったペロロンチーノなら喜んだだろうか。

 反逆されないだけいいとも言えるがあまりといえばあまりの扱い。その忠誠心がモモンガには重すぎる。

 

「わ、分かった……。お前がそれでいいならそれでいこう……。それにしてもこの格好は目立ちすぎるかもしれないな……」

 

 あらためてモモンガは自分の格好を見つめる。先ほどの若者は無地でみすぼらしい服を着ていた。

 それに比べてモモンガはというと、派手すぎるローブに胸骨の中央に赤く輝く宝玉、そして何より骸骨の肉体。目立つことこの上ない。

 

「そうでしょうか。モモンガ様に相応しい素晴らしい恰好かと愚考いたします。むしろ神々しくいつまでも見つめていたいほどお似合いです」

 

 ナーベラルは目をキラキラさせてモモンガを見つめてくるが、先ほどの若者の反応からするとアンデッドは普通に町中を歩いているものではないのだろう。

 それにメイドがこんな外を歩いているのも目立ちすぎるのではないだろうか。

 

「<上位道具創造(クリエイト・グレーター・アイテム)>」

 

 モモンガが発動したのは第7位階魔法<上位道具創造>、創造系の魔法で道具類を作成するものだ。

 魔法で全身鎧を作成するとさっそくそれを身にまとう。ただしこれにはデメリットが存在する。この鎧を着ている限りモモンガの魔法に制限が加わり5つまでしか使用できない。

 この魔法を使わず幻術でごまかすことも出来るが探知系の能力持ちには通用しないだろう。ナーベラルの妹であるルプスレギナなどは完全不可知化まで見破る能力を持っていた。この世界にそういった存在がいないとは限らない。

 

(石橋は叩け……だったか?)

 

 ギルドメンバーだった『ぷにっと萌え』から聞いたうろ覚えのことわざだ。意味はたしか慎重に行動しろということだったはずだ。

 

(なんで石の橋を叩くと慎重なんだ?)

 

 頭を振って疑問をどこかへとやるとモモンガはこれからすることを考える。

 ひとまずこの格好であればアンデッドとバレることはないだろう。自分の格好を見回して納得するとモモンガはナーベラルには一つのローブを渡す。

 

「これは……?」

「ナーベラル。目立たないように街中ではこれを着るがいい。頭のプリムも外せ。これは即時装備変更の能力が付与されているからすぐに戦闘用装備へ変更できるはずだ」

「はっ!かしこまりました!」

「それから指の装備枠もずいぶん空いているな。疲労空腹無効効果の付与した維持する指輪(リング・オブ・サステナンス)は基本として……お前は魔力系魔法詠唱者だが低位であっても神聖魔法を使えた方がいいだろう。この指輪をすれば一部のみだが使用可能になる。地火風水などの属性耐性もつけておいた方がいいか。継続回復や位置特定の指輪も必要だろうな。それから即死耐性に恐怖による耐性も必要だし、行動阻害防止には自由の指輪(リング・オブ・フリーダム)だが……」

 

 アイテムボックスから取り出した指輪を順にナーベラルの指にはめていく。

 

(むっ……全部装備できるだと!?)

 

 ユグドラシルでは通常両手に1つずつまでしか指輪の装備枠はなかった。モモンガは課金により10本すべてに指輪に装備可能としてたが、この世界ではその制限はないらしい。

 

(まぁ現実世界だというのであれば装備できない方がおかしな話だから……か?)

 

 どうやらこの世界はユグドラシルとの異なる部分が多々ありそうた。しかしこれだけ指輪を装備していればもしもの際の対応もある程度は可能だろう。

 

「これほどの貴重なアイテムを御下賜いただけるとは……」

 

 なぜかナーベラルが感動してないているが、これらのアイテムは特に貴重というわけではない。モモンガはとりあえず手に入れたアイテムは必要なものから不要なものまで取っておくタイプであり、これらはインベントリの肥やしとなっていたものだ。それらが役に立つ機会ができてむしろ嬉しいくらいである。

 

 装備変更と今後の予定を考えながらモモンガは一つの特殊技能(スキル)を発動させる。《上位アンデッド創造》……70レベルまでのアンデッドを1日4体まで作り出すスキルだ。

 選んだのは集眼の屍(アイボール・コープス)。体全体に無数の目を有した球体のモンスターであり、高い感知・看破能力を有している。

 モモンガは不可視化した集眼の屍をブレインと言う男が示した方角に飛ばし、しばらく待つと集眼の屍から報告が入る。

 

「あの男が言ったことは正しかったようだな。人間の町があるようだ。集眼の屍の報告によると王都に我々に匹敵するほどの人間はいない」

「当然のことでございます」

 

 ナーベラルは胸を張って頷いているが、モモンガとしては驚きである。報告によると40レベルを超えるような人間さえ発見できていないというのだ。

 

 モモンガは100レベル、ナーベラルでも63レベルであり、40レベル以下の人間などユグドラシルでは初心者の中の初心者でありモモンガに傷一つつけることができないだろう。

 だが油断するのは愚か者の所業だ。集眼の屍でも見つけられない隠密に特化した100レベルプレイヤーがいる可能性もある。

 

(可能性は低いだろうけどな……)

 

 人間の街で特にレベルが高いと思われる人間でもレベル20~30台と思われる老婆と派手な装備をした冒険者の少女たちくらいだった。その他に大した相手はいなく、最初に出会った若者以下の存在ばかりである。

 

「しかし気になることを言っていたな。冒険者……ね。それから御前試合か……」

 

 ブレインと名乗った若者から聞いた『冒険者』という言葉を反芻しつつ、かつて仲間たちと世界を冒険した日々が思い出す。

 

 仲間たちと時に笑い、時に喧嘩をしつつ、冒険を終えたらナザリックへと帰って冒険話からくだらない世間話など取り留めもなく話をした。  

 

 楽しかった……。

 

 当時はそれは当たり前の光景であったが今では光り輝く思い出だ。それに比べて今の自分たちには帰る家さえない状態である。ギルドメンバーから預かったナーベラルも一緒にいる。

 ならば自分たちの居場所を探すために冒険をしよう。そして自分たちを……異形種でも気兼ねなく暮らせる場所を探そう、そしてもしいるのであれば仲間たちを探そう。

 

「よし!ナーベラル。まずは王都に行き冒険者となり仲間たちの情報を探ろう。お前も姉妹たちと会いたいだろう。彼女たちがこの世界に来ていないとも限らない」

「なるほど!さすがモモンガ様!私なぞのことまで考えていただけるとは……」

 

 ギルドメンバーにログアウトの瞬間までログインしていた者がいたのかは不明だが可能性は捨てたくない。

 それに他のNPCやギルド拠点がどこに行ったのかも気になる。インベントリのアイテムはそのままにここに飛ばされたということは拠点だけどこかに飛ばされている可能性もあるだろう。

 仲間の情報を集め、かつてのギルド拠点を探す。それが不可能であれば安心して暮らせる居場所を探す。それを目標とすることにする。

 

「ナーベラル。人間の街に入る前にお前に言っておくことがある」

「なんでございましょうか?」

 

 モモンガが努めて出した重い声にナーベラルは不安そうな顔をするがこれは言っておかなければならないことだ。

 

「まず人間を虫けらと呼ぶのはよそうか……」

「なぜでございましょう?取るに足らない虫けらを虫けらと呼んで……」

「ナーベラル……まだ私がしゃべっているところだ」

「も、申し訳ございません!」

 

 まるで叱られた幼子のようにシュンとするナーベラル。少々罪悪感にかられるがこのまま王都に出向いて殺戮パーティーなどを開かれてはたまらない。

 どうにもナーベラルは人を見たら殺しても構わないと思っている節がある。追ってまで殺しはしない気がするが目の前に立っていたら問答無用で殺しそうだ。

 

「人間だからと言って侮ることは厳に禁じる。仲良くしろとは言わないが、いきなり殺そうとするようなことはよせ」

「かしこまりました!」

 

 元気よく返事をするがナーベラル。本当にわかっているか一抹の不安を覚えるが、他のこまごまとした注意にも同じ返事をするので良しとすることにしよう。

 目指すは人間の都、王都リ・エスティーゼだ。

 

 



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第4話 目指すは虫けらの街

 私の名前はナーベラル・ガンマ。

 現在はモモンガ様とともに冒険者ナーベとして王都リ・エスティーゼへ侵入を果たしている。

 

 虫けらの街へ向かうに当たってモモンガ様は我々の名前を変えることになされた。他のプレイヤー達を警戒してのアンダーカバーとして動くとのことだ。そこで新たに賜ったのが冒険者ナーベという名前だ。モモンガ様はモモン様と名乗るらしい。

 本心を言えば虫けらたちなど気にせずに皆殺しにしてしまえばよいと思う。先日もモモンガ様との逢瀬を邪魔され、怒りに任せて虫けらを殺そうとしたのだがモモンガ様は虫けらにさえ温情を与える慈悲深き御方。

 あの虫けらを許してしまわれた。なんと慈悲深いことだろう。

 

 しかしだからと言って虫けらごときがモモンガ様に近づくなどおこがましいにもほどがある。

 王都へ向かうことしばらくその入り口には鎧を着た虫けらがおり、街の中に入るとそこにもあそこにも虫けらだらけだ。

 

「美しい……貴族……いや、王族か?」

「どこの国の姫だ……?」

「いや、恰好からして冒険者……?」

「それにしても美しい……おい、ちょっと声かけてみろよ」

 

 虫けらたちが我々を見て(さえず)っている。この街には虫けらしかいないだろうか。きょろきょろと周りを見回していると一匹の虫けらが近づいてきた。

 

「君この街ははじめてかい?どこから来たの?もしよかったら俺が街を案内してやろうか?へへっ」

 

 酒臭い息を吐きかけながら私の体に触れようとする虫けら。それもモモンガ様から触れていたただいた胸に手を伸ばしてきた。万死に値する。

 魔法で焼き殺してやりたい衝動にかられるもモモンガ様から出来るだけ殺すなとの厳命を受けている身だ。

 モモンガ様の命令は絶対。そのため私は虫けらを相手にすることなく……。

 

 

 

 そのまま避けることなくその足を踏み潰した。

 

 

 

 ポキポキという心地の良い音がする。虫けらにしては上出来の踏み心地だろう。

 

「うぎゃああああああああ!あ、足がああああああああああああ」

 

 虫けらは転げまわりながら道の端で蹲る。それを見た他の虫けらどもも道を開けた。最初からそうしていればいいものを手間をかけさせてくれる。

 

「さぁ、モモンガ様。道が空いたようです。どうぞお通りください」

「あー、ナーベ。ちょーっとこっちに来ようか!」

 

 モモンガ様が私の手を引いて路地へと引っ張られる。何かご不快にするようなことでもしてしまったのだろうか。やはりあの程度の罰では生ぬるかっただろうか。

 

「ナーベ。私が何を言いたいか分かるか?」

 

 その声からは不満の様子を感じ取れる。やはり何か不手際を犯したのだろう。そこでモモンガ様からの命令を思い出す。『出来るだけ』殺さないように。なるほど……。

 

「モモンガ様。やはり今の虫けらは殺した方がよろしかったのですね!」

「違う!そうじゃない!聞かせてくれナーベ。なぜあの男の足をつぶした?それから私のことはモモンと呼ぶように」

「失礼しました、モモン様。あの虫けらですがモモン様の行く道をふさいでおりました」

「そ、それだけ?」

「いえ、それからこれはモモン様には取るに足らないことでしょうがあの男は私の胸に手を伸ばし触れようと……」

「なん……だと。そ、そうか。それはいけないな、うん、セクハラだものな。女性の胸を揉もうなど……まぁ殺したいというのもわからないでもない……その、すまなかったな」

 

 モモンガ様が頭を下げる。なんという恐れ多いことだろう。私の愚かな発言のせいでご自分のことと勘違いされてしまった。慌てて私は弁明する。

 

「そ、そのモモンガ様のことではありません!虫けらの分際で私の胸を触ろうとしたことが許せないのです!虫けらの分際で!」

「虫けら……胸を触る虫けら……くぅ……わ、分かったナーベ。まぁ、今のは仕方ない……仕方ないことだったな。次から気を付けよう。なっ?」

「はっ!かしこまりましたモモンガ様!」

「モモンな、ナーベラル。この格好の時は私のことはモモンと呼ぶように」

「はい!モモン様!」

「呼び捨てでいい。冒険者仲間なのに様付けはおかしいだろう」

「そ、そんな……至高の御方を呼び捨てにするなど恐れ多い」

 

 モモンガ様は我々NPCを創造された創造主の中でも頂点に位置される方。呼び捨てにするなど許されるはずがない。

 

「で、では……モモンさー……んと」

 

 唇を噛みしめながら代替案を提示する。これでも不敬にすぎるだろうが命令とあれば従わざるを得ない。そんな苦渋の決断だったのだが……。

 

「さんもいらん。モモンと呼べ」

「それは……不敬です!モモンガ様を仮の名とは言え呼び捨てにするなど出来るはずがありません」

「いいから。呼び捨てにしていいから」

 

 モモンガ様に決定を翻意していただくことは難しいようだ。

 そんなこと……至高の御方を呼び捨てにするなど姉妹たちはもとより守護者をはじめ創造された仲間たちが絶対に許すはずがない。

 絶対に許せない……。しかしそれが命令だとモモンガ様はおっしゃられている。

 

 モモンガ様の期待に応えられない不甲斐なさと悔しさに唇を噛みしめると目がかすんできた。それでも命令は命令だ……従わなければ……。モモンガ様を呼び捨てにしなければ……偉大なる御方を呼び捨てに……。

 震える声で命令を実行しようとするも……。

 

「ぐすっ……モ……モモ……」

「な、なぜ泣く!?泣くほど嫌なの!?」

「いえ!ご命令ならば!モ……モモ……うぐっ……」

「ナーベ!なんか顔がすごいことになってるから!女の子がしちゃダメな顔してるから!もういい!もうモモンさんでいいから!」

 

 不甲斐ない私が悪いのにモモンガ様は許してくださる。なんとお優しい方なのだろうか。

 

「はい!わかりました!モモンさー……ん」

「言い方ぁ……まぁいいか。さぁ、ナーベ冒険者組合に行くぞ」

 

 モモンガ様はこんな不甲斐ない私を許してくださった。本当に慈悲深い御方だ。こんな御方にお仕えできるなどなんと幸福なことなのだろうか。

 

「はいっ!」

 

 返事とともにモモンガ様の前へと回る。

 そう、立ちはだかる有象無象の虫けらどもを踏み潰すために。お任せくださいモモンガ様。モモンガ様の御身はこのナーベラルがお守りしてご覧にいれます。

 私は虫けらを蹴散らすべく虫けらの王都の中と歩みを進めた。

 

 



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第5話 計画変更

 モモンガは困惑していた。存在ないはずの心臓がドキドキしていると感じるほどである。

 

 まさかナーベラルが泣くとは思わなかった。胸を触られることはそれほど嫌なことだったのだろうとモモンガは自身の行動を後悔する。

 

 立場的に反抗できない美人の部下に対して胸を揉ませろと言ってしまったのだ。あの行動は今思い返すに完全にセクハラ上司そのものだった。ここは少しでもセクハラ上司の汚名を払拭しておかなければなるまい。

 そんな心の内を読んだかのごとく、どこからか叫び声が聞こえてきた。

 

「おいっ!薄汚い平民ごときがアームストロング伯爵の馬車の進行を妨げるとは!身の程を知るがいい!」

 

 金銀の華美な宝飾で飾り立てられた豪華な馬車、その護衛と思われる鎧に身を包んだ男……兵士だろうか、その護衛がうずくまる親子を蹴りつけていた。

 子供を守るように抱えた女性は蹴りつけられただろう足があり得ない方向に曲がっている。

 

 モモンガがそれを見て感じるのは既視感。先ほどモモンガの前に立ちふさがる人間にナーベラルがやっていたことそのものだ。

 

(俺たちって傍から見るとあんな感じだったんだなぁ……)

 

 まさに人の振り見て我が振り直せ、モモンガにこれはいけないという思いが沸き上がる。

 モモンガはギルドマスターであり、ナーベラルはギルドメンバー『弐式炎雷』が作ったNPCで娘のようなものだ。友人の娘に情けないところを見られたままでは終われない。

 さらにこの国の貴族というものがどのような反応をするのか気になるということもあった。強者がいないということは調査済みだが、仲間を見つけるにあたり、安住の地を見つけるという目的のためには権力という点で貴族がどの程度の存在なのか確認しておく必要があるだろう。

 ならば遠慮することはない。

 

「そのあたりにしておいたらどうだ?見苦しいぞ」

 

 王都の路地にモモンガの口から不思議なほど威厳のある声が響き渡る。

 

 先ほどまで似たことをやっていたどの口が言っているのだという思いがあるがモモンガはそれを飲み込む。これはナーベラルに対する対人対応の見本でもあるのだ。

 

 モモンガを見た兵士はビクリと後ずさる。

 それはそうだろう、目を向けた先には漆黒の鎧を着た偉丈夫。その鎧は『たっち・みー』の鎧を模して魔法で作成したものであり、この国では見たこともないほど繊細で優美な意匠が凝らしてある。

 それだけでただ者ではないと分かりそうなものであるが、彼も仕えている貴族の手前引くに引けないのだろう。兵士はモモンガへと剣を向けた。

 

「な、なんだ貴様は!我々の後ろに控えるのがどなたか知っての物言いか!」

「おまえたちが誰かだと?そんなことは知らないしそこの親子が何をしたのかも知らないが……殺すほどの何かをしたとも思えないな」

 

 横でナーベラルがうんうんと頷いている。

 

(ナーベラル!お前にも言ってるんだからな!道を塞いだくらいで誰でも彼でも殺すなよ!)

 

 しかしモモンガの心の声はナーベラルはもとより目の前の兵士にも通じていなかった。

 

「き、貴様ぁ……この者たちは伯爵様の前に立ちはだかったのだぞ!それをかばいだてすると貴様も一緒にしょっ引くぞ!」

「ほぅ?立ちはだかっただけで殺そうとは傲慢なことだ……。お前たちの言い分は分かった」

 

 どうやらこの国で貴族の権力は相当強いらしい、道に立ちふさがったというだけで平民の命を取ることが出来るほどに。

 モモンガは元いた世界を思い出す。アーコロジーに住むことが出来る上層市民とガスマスクがなければすぐに肺炎になって死ぬしかない世界で生きる下層市民。その格差は生まれつき命の価値が違うとも言えるほどのものであった。

 

 

(どこの世界も同じだな……)

 

 

 モモンガは在りし日の自分を思い出しながら子供をかばう母親に問いかける。

 

「そこの親子……困っているか?」

「……」

「困っているなら……助けてほしいなら……言うがいい。私も助けを求めないものを助けるほどの善人ではないのでな」

 

 脳裏に『たっち・みー』の姿を幻視する。かつてユグドラシルで職業(クラス)取得のためのアンデッド狩りが流行っていた際に『困っている人がいたら助けるのは当たり前』と言ってアンデッドであるモモンガを助けてくれた。

 そうしてたっち・みーに助けられたメンバーが集まったのがギルド『アインズ・ウール・ゴウン』の始まりだ。これが恩返しになるとは思わないが、目の前で助けを求める声を無視する気にはならなかった。

 

「こ、この子だけでもお助けを……」

 

 母親が消え入りそうな声でつぶやく。自分を犠牲にしてでも子供だけでも助けたい。その想いは自分を育てるために無理をして亡くなった鈴木悟の母親を思い出させる。

 

「よかろう。ここはこの私モモンが引き受けよう。ナーベ。彼女たちに治癒魔法を。そして安全な場所まで運んでやれ」

「えっ……この虫け……いえ!かしこまりました!モモン様!」

「モモンだ……」

 

 まだ『様』付けが直っていない……。親子をつれてナーベラルが立ち去るのを見つつモモンガはため息をつく。

 そんなモモンガを馬車の周りにいた兵士たちが取り囲んだ。その数は4人。御者と馬車の中にいる人物は動かないようだ。

 

「キース!お前は女を追え!怪我人連れだ、絶対に逃がすな!黒髪の女は生かして連れてこいとのことだ!行け!」

 

 兵士の一人はモモンガを無視してナーベラルを追うようだ。

 モモンガはそれを見逃した時のことを想像する。ナーベラルが負けることはないし親子も無事ですむだろう。だがそれを追う兵士の運命はそこで終わってしまうかもしれない。モモンガは彼の命のためにもこの場で倒すこと決意した。

 兵士の行き先に立ちふさがるとその膝を蹴りぬく。

 

「ぎ、ぎああああああああああああああああ!」

「あ……ごめ……」

 

 相手にならないとは思っていたがここまで弱いとは思っていなかった。力加減が分からなかったので足が変な方向に曲がってしまっている。

 

「なっ……いつの間に!?こいつ……強い。囲め!一気にやるぞ」

「「はっ!」」

 

 のたうち回っている兵士を放ったまま残り3人が四方から斬りかかってくるが、そこにはフェイントもなければ魔法も特殊技能(スキル)の発動もなかった。

 モモンガが蹴りを3回放つだけで終わってしまう。

 

 それ以上向かってくる者もなかったので立ち去ろうとモモンガが振り返ると御者が警笛を吹いているところだった。

 

「何事だ!?」

「こ、これは何があった!?」

 

 警笛の音を聞いて現れたのは王都を警邏している巡回兵たちだろう。鎧にこの国のものと思われる紋章が彫られている。

 彼らの前には足を抱えて倒れている4人の兵士とその容疑者と思われるモモンガ。

 

「いきなりそこの賊に襲われたのです!相手は強い……応援を!」

 

 倒れた兵士がニヤリと笑っている。

 おそらくここで何を言おうと自分たちは被害者であると主張するつもりなのだろう。行動が裏目に出てしまった。

 

(ぷにっと萌えさんみたいな頭が良い参謀役でもいれば違ったんだろうけどなぁ……)

 

 しかし、残念ながらここにいるのは最終学歴小学校卒業のモモンガだけである。

 

「私は困っている人間を助けただけだ。その際に斬りかかって来たから反撃したまで。正当防衛だ」

 

 国としての対応を知るために集まってきた巡回兵たちに無実を主張してみるが……。

 

「武器を捨てろ!!冒険者!」

 

 まだ登録さえしていないのだがモモンガの格好から冒険者と思われたようだ。そしてどうやらこの国では貴族に比べて冒険者の地位は圧倒的に低いらしい。言い分も聞かずに巡回兵が剣を向けたのはモモンガへだった。

 

「はぁ……仕方ないな。投降しよう」

 

 ここで無関係の兵士たちを蹴散らすのは容易いが、このままではモモンガが冒険者になることは不可能。ナーベラルを巻き込むわけにもいかない。

 モモンガは計画を変更することにする。冒険者になれないのであればまずはこの国の刑罰については知る事にしよう。

 実際この後どのような裁判が行われどのような処分を下されるのか興味がある。当然逃亡するためにアイテムや魔法を封じられた際の対処なども想定済みだ。

 ぷにっと萌えの言葉を思い出す。

 

(『戦いは始まる前にもう終わっている』……だったか?)

 

 事前調査と準備の大切さはユグドラシルで嫌というほど学んだ。それならば、とモモンガはナーベラルへ向け<伝言(メッセージ)>の魔法を発動させる。

 

『ナーベラル、計画は変更だ。私はしばらく単独で行動する。お前は冒険者として名を売れ。殺人は厳に禁ずる』

『はっ!かしこまりました!それで……モモンガ様はどちらへ?』

 

 どちらへと聞かれてこの先を予測する。

 どうやらこの国は封建主義社会のようで貴族の権力は絶対、逆らう者はどのような目に遭わせても良いという社会に思える。ならばまともに裁判を行うということもないかもしれない。この国がモモンガたちが住むに値する国なのかしっておくべきだろう。

 それならば……。モモンガは兜の中で赤い眼光を細める。

 

「ふふっ、私はこの国の司法制度とやらを体験してみるとしよう」

 

 

 



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第6話 冒険者ナーベの旅立ち

 私の名前はナーベラル・ガンマ……いえ、今は冒険者となるべく冒険者組合に向かっている人間の女ナーベ、ということになっている。

 

 モモンガ様より単独任務を仰せつかり、その栄誉はとても喜ばしいと感じるもののモモンガ様はお一人で行動されている。

 何かお困りのことはないだろうか、また私の胸を揉みたいと思っていただいたりしていないだろうか。心配で仕方がなかった。

 

 モモンガ様に治癒せよと命じられた虫けらの捕虜は命令通り指輪に込められた<大治癒(ヒール)>で治癒を施し開放してきた。何やら礼をしたいと言っていたがそれならばその不快な囀りをやめて消えさればいいと思う。

 とは言え、虫けらの相手より冒険者組合へ向かう方が大切だと気を取り直したのだが……。

 

「ここはどこ……?」

 

 虫けらを開放するため大通りを外れたことで道順が分からなくなってしまった。このままではモモンガ様からの任務を達成できない。

 小汚く狭い道を歩きながら大きい通りへと通じる道を探す。すると前方の道をまた虫けらが塞いでいた。本当に虫けらが多い街だ。

 

「いやぁあああ!離してえええ」

「ちょっとお。さっさと黙らせなさいよ。最近は変な冒険者のせいで奴隷狩りにうるさくなっちゃってるんだから。誰かに見られるわけにもいかないのよ、やんなっちゃうわね」

「へい!コッコドールの旦那。おい……黙れ、おらぁ!」

 

 虫けらの男が虫けらの女をガツンと殴り猿轡をはめている。

 周りを見ると同じように猿轡を嵌められた虫けらの女たちが地面に転がされていた。

 私の歩く先を遮っているのはそれらを行っている全身が筋肉で覆われている5人ほどの虫けらたちだ。

 

「どきなさい」

 

 早く冒険者組合に行かなければならないのに……。目の前の集団にそう命じると虫けらの一人がこちらに気づいたようだ。

 

「あ?なんだてめぇは?」

「すげぇ……美人だな」

「ついでにこいつも捕まえちますかい?コッコドールの旦那」

 

 どうやら道を譲る気はないらしい。仕方がないのでその虫けらの手を捩じってやるとポキポキと小気味の良い音がする。そしてそのまま後方へと放り投げ飛ばしててやった。

 

「ぐぎゃあああああ」

「邪魔よ」

 

 それを繰り返すこと5回。デカい虫を駆除してやっと通れる道が出来た。

 

「あ、あなたまさか噂の冒険者組合から依頼された……?ひぃぃ!」

 

 その中のリーダーらしき虫けらの男は背を向けて逃げていった。しかしわざわざ追いかけてまで虫を踏み潰す趣味はない。

 

「あ、あの……ありがとうございます……お名前を教えていただけますか」

 

 捕まりそうになっていた虫けらが礼を言ってくるがまったくもって煩わしい。ふんと鼻を鳴らしてその場を立ち去ろうとすると後方からさらに二人の虫けらが現れる。

 

「なんだこりゃ?俺らが来る前に終わってんじゃねえか、ラキュース」

「そのようね、ガガーラン」

 

 派手な装備に身を包んだ10代と思われる少女と屈強な肉体をもった男のような女。モモンガ様の創造したアンデッドから報告のあった虫けらの中では強いと言っていた冒険者だろうか。

 

「おい、あんたがやったのか……?」

 

 次から次へと現れる虫けらに殺意が沸くが殺しは禁止されている。

 それならばこいつらも痛めつけてさっさと行こう。そう思っていたのだが地面に転がっていた虫ケラが代わりに返事をしていた。

 

「は、はい!私たちが攫われそうになってるところを助けていただきました」

 

 その言葉に二人の虫けらが道を譲るように退いた。

 

「ふんっ」

「お、おい……なんだぁあいつは?」

 

 虫けら同士の会話に興味はない。私は鼻を鳴らすとさっさとその場を立ち去る。

 早くモモンガ様の任務を達成せねばならない。名声を得るために冒険者になるのだ。こんなところで虫けらを踏み潰していて名声が得られるはずもない。

 そう思い足早に移動したのだが……。

 

 

 

 

 

 

 どうやらこの街は本格的に害虫駆除が必要なようだ。

 大通りに出て冒険者組合に向かうまでに同じようなことが3度もあった。その度になぜか礼を言われるというよく分からない状況になっている。

 いったいいつになれば冒険者組合に行くことが出来るのだろうか。そんなことを考えていたが、時間がかかってしまったもののようやく冒険者組合に到着してすることが出来た。

 そして分厚い木の扉に両手をかけて開けると……。

 

 

 

 

「「「……」」」

 

 

 

 

 虫けらどもが黙り込んだ。それでいい。永遠に黙っていれば邪魔にならならないのだ。永遠の沈黙を保つがいい。

 

「綺麗……」

「美しい……」

「どこぞの国の姫か何かか……?」

「南方ではあんな黒髪の人種がいると聞くが……」

「姫だ……」

「姫……」

 

 前言撤回。うるさい黙れ虫けらども。モモンガ様の命令さえなければその囀りを今すぐ止めてやるものを。

 

 一瞬黙り込んだ虫けらどもだが一転、好き好きに騒ぎ出した。

 相手にするだけ時間の無駄だ。私はそれを無視して受付と思われる窓口の前に立ち、そこに座っているの虫けらに要件を言いつける。

 

「冒険者になりにきました」

「へっ……?」

 

 窓口の虫けらは言われたことが理解できなかったのだろうか。仕方ないのでもう一度。

 

「冒険者になりにきました。手続きをしなさい」

「え、えっと……あなた様が……でしょうか」

「そうです」

「あの……冒険者というのは魔物と戦ったりとても危険な仕事でですね……あの……あなた様のような高貴な方がなさることはないかと……」

「そんなことを聞いていません。手続きをするのか、しないのか。答えなさい」

「あ、あの……組合長~~~!」

 

 泣きそうになった虫けらの受付が見つめた先にいたのは……。大柄で髭面の男、あれが虫けらの冒険者組合長だろうか。

 

「お嬢様。私は王都冒険者組合の組合長のカイムという者です」

 

 虫けらに名前なぞ必要ない。すぐに頭の中から虫けらの名前を消去する。

 

「冒険者というのはモンスターと戦えば傷も負うし、時には生きて帰れないほどの危険な仕事を請け負うこともある職業です。だからあなた様のような高貴な身分の方が冒険者になってそんなことにでもなると責任の所在が……ねぇ……」

 

 そう言って虫けらの組合長は助けを求めるような目線を私の後ろに向けた。

 

「そうそう。君みたいな美しいお嬢さんが冒険者なんて危険なことしなくてもいいんだよ。何か依頼があれば我々冒険者に依頼してくれたまえ。ああ、俺はミスリル級冒険者の……」

 

 虫けらに名前なぞ必要ない。すぐに頭の中から虫けらの名前を消去しつつ、肩に置かれそうになった手を取る。

 

「あ……やわらかい手……」

 

 至高の存在に創造されたこの身に触れようとは然るべき罰が必要だろう。

 その手をつかむとそのまま振り向くことなく後方へと虫けらを放り投げた……ところで思い出した。モモンガ様から殺すなと言われていたのだった。

 虫けらは弱い。あの程度でも死んでしまうこともあるかもしれないと振り向くと白目をむいた虫けらが虫けらの信仰系魔法詠唱者に治癒魔法をかけられている。良かった死んでないセーフだ。

 

「ミ、ミスリル級冒険者を片手で投げ飛ばすだと……」

「く、組合長……」

「わ、わかった!こちらへ来てくださいますか?冒険者になりたいのでしたね……とりあえず組合長室で話を聞きましょう」

 

 冒険者になれるのであれば是非もない。私は虫けらの組合長に続き部屋へと入った。

 

 

 

 

 

 

 組合長室にはナザリックとは比べるべくもない虫けらに相応しいみすぼらしい机とソファー、そして何の価値もないような調度品が置かれていた。

 そこに座るように言われ、嫌々ながら腰を掛ける。

 

「まず……よろしければ名前とどちらから来られたのか聞かせていただけますかな?」

「私の?」

「はい……概ねお察ししますがどのような身分の方なのか教えていただけないでしょうか」

 

 家名というフルネームのことだろうか。だが今はただのナーベだ。だが身分については別に言うなとも言われていない。ならば誇りある我が身分を知るが良い。

 

「私の名はナーベ。ナザリックにおける六連星(プレアデス)が三女!ナーベよ!」

「……ナザリック国?ということなのかな……?」

「組合長……プレアデス王家の第三王女様でしょうか?聞いたことのない国ですが……」

「しぃっ……恐らくお忍びなのだろう」

 

 虫けら同士で何やらぼそぼそ話し合っている。早くしてくれないだろうか。

 

「それで冒険者にはなれるの?」

「わ、分かりました。事情がおありなのですね。それで……ナーベ様は先ほどの力を見るに職業は戦士ということでしょうか?」

「いえ、魔法詠唱者(マジック・キャスター)よ」

「は?」

 

 この虫けらは何を言っているのだろうか。どこからどう見ても私は魔力系魔法詠唱者だろう。その無駄についている目玉をくり抜いてやろうか。

 

「いやいやいやいや、うちのミスリル級のエースを片手で一捻りしておいて魔法詠唱者はないでしょう!?」

「あなた……私が至高の御方より授かった能力を否定するというの……?」

 

 殺気を込めて睨みつけてやると虫けらは脂汗を顔にびっしり浮き出して目をそらした。

 

「な、ならばどのような魔法が使えるか教えていただいても?」

「そうね……<魔法の矢(マジック・アロー)>、<火球(ファイアーボール)>、<溺死(ドラウンド)>、<雷撃(ライトニング)>、<飛行(フライ)>、<次元の移動(ディメンショナル・ムーブ)>、<転移(テレポーテーション)>、<爆裂(エクスプロージョン)>、<連鎖する龍鎖(チェイン・ドラゴン・ライトニング)>、それから……」

「ちょちょちょ、ちょっと待ってくれないか。それをすべて使えるというのか?いや、言うのですか?聞いたこともない魔法もあるのですが……」

「組合長……チェイン何とかってなんですか?」

 

 さすがは虫けら。魔法の知識さえないらしい。

 

「<連鎖する龍鎖(チェイン・ドラゴン・ライトニング)>は第7位階の魔力系攻撃魔法よ」

「何を馬鹿な……そのような魔法が存在するはずがないでしょう。は……ははは、冗談がお上手ですね……」

「で、ですよねー。<飛行(フライ)>が使えるってのも少し信じがたいんですけど……」

「使えるわよ。<飛行(フライ)>」

 

 <飛行(フライ)>を唱えて部屋の中を飛び回って見せる。

 

「な……んだと……。しかもその制御……どれほどの熟練を……」

「すごいんですか?」

「すごいとも!この狭い空間で何にもぶつからずにこれほど制御して見せるなど……」

「納得したかしら?」

 

 そのままフワリとソファーに戻る。早く冒険者とやらにしてほしいものである。

 

「いや、疑って申し訳ない。第7位階魔法を使えるなどと冗談を言われるので魔法自体が使えないかと思ってしまった。分かりましたあなた様の冒険者登録を認めましょう。登録料はありますか?」

「お金ね。これでいい?」

 

 無限の背負い袋(インフィニティ・ハヴァザック)に預かっていたユグドラシル金貨をテーブルに放り投げる。

 

「これは……どこの貨幣かね?南方大陸のものなのですかな?ちょっと君」

「はい!」

 

 虫けらの受付は天秤を取り出し他の金貨と重さを比べたりしていたが、やがて納得がいったのか金貨をしまい、銀貨をテーブルに置いた。

 

「こちらがお釣りになります。それからこちらをどうぞ。最初は(カッパー)級からのスタートになります」

 

 冒険者には(ランク)があり、銅、鉄、銀、金、白金、ミスリル、オリハルコン、アダマンタイトの順にランクが上がっていくらしい。

 お釣りの銀貨とともに銅の冒険者プレートというものを渡され、細々とした冒険者の心得とやらを聞かされる。これで手続きは終了のようだ。

 

「それでは仕事を寄こしなさい。一番難しいものがいいわね」

 

 モモンガ様のために名声を得なければならない。そのためには難度の高いものを多くこなす必要があるだろう。

 

「えっと……そう言われましても銅級冒険者の方は、銅級の仕事しか受けられませんので……」

 

 どうやら登録してすぐには難しい仕事は受けられないようだ。

 

「さっさとランクを上げたいのに……くだらない規則ね。まぁいいわ。じゃあその中で一番難しいのを寄こしなさい」

「えっ……えっと……でもこれは……」

 

 虫けらの受付が言いよどんでいる。虫けらのくせに情報を隠そうとでもいうのだろうか。

 

「彼女なら……大丈夫だろう。いや、彼女以外には不可能か……。この仕事は本来冒険者に回したくなかったのだが……」

 

 後ろから再び姿を現した虫けらの組合長が説明をする。

 

 依頼の内容は王都リ・エスティーゼから離れた都市エ・ランテルまでの街道沿いの魔物討伐。期間は5日後までに街道沿いすべての魔物を討伐すること。

 本来は銀級以上の仕事であるが、これは貴族がらみの仕事であり依頼料をとことん出し渋られた結果、誰も引き受けないような金額で無理に押し付けられたものらしい。

 

「だから本来は組合として危険すぎる仕事を銅級にさせるわけにもいかないので断るべきなんだが……そのまま断っても角が立つのでね。依頼を受ける者はいなかったということで伝えよう思っていたのだが、どうしてもというのであればこれを受けてもらえないか?達成できれば銀級へのランクアップを約束しよう」

「分かったわ」

 

 街道沿いの魔物をとにかく殺しまくればいいのだろう。虫けらの組合長から依頼書を受け取り街道の場所を聞くと窓枠に手をかけ飛び降りる。

 

「なっ……」

 

 虫けらが何か言っているが気にしない。ひらりと着地するとすぐに目的地へと向かう。虫けらを守るなどよりよほど私向けの依頼だ。

 私は有象無象を皆殺しにするという依頼を達成すべく出発するのだった。

 

 



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第7話 ラナーの灰色世界

 私の名前はラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ。肩書を言えば人間の国、リ・エスティーゼ王国の第三王女ということになる。

 

 今年で6歳になる私は最近死ぬことばかり考えている。なぜならここには私の話の通じない異形ばかりしかいないからだ。

 

 私は1歳になる前に言語を覚え、3歳になる頃にはこの国の政治を理解するだけの知恵があった。その知恵を使って調べれば調べるほど、そして人々の話を聞けば聞くほど人間という異形が理解できなくなった。

 

「ラナー様。ベッドメイクが終わりました」

 

 そう言ったメイドに私はベットメイクの手順が足りないことを指摘する。

 30の手順を正しく踏めば綺麗で寝心地の良い寝床になるにも関わらず、そのメイドは10の手順でしかも決められた順番も間違えている。

 そう教えた時メイドは怪訝な顔をして謝るものの結局ベッドの寝心地はよくならなかった。言った事が理解できなかったのだろうか。

 仕方ないので自分でやり直した。

 

 そんなことを繰り返すうちに、やがて私は気味悪がられたり『変な子』と呼ばれるようになった。

 

「ラナー様。お茶の用意が出来ました」

 

 そういったメイドの淹れたお茶は酷く不味く感じた。

 お茶自体は王家に卸されるだけあって最高級の一品で文句はない。しかしそのお茶の香りや味を活かすのは淹れる者の腕次第なのだが、このメイドの腕が最下級なのだろうか。なぜそんな人間が王家でメイドをしているのだろうか。

 淹れる前に茶葉を炙ってもいなければ容器を事前に温めてない。それでは香りも無く、すぐ冷めてしまって台無しだ。50の手順が必要なのに知らないのだろうか。

 そう思い教えてあげたのだが、その時も気味の悪い目で見られ、お茶もおいしくならなかった。

 

 

 

 やがてその気持ちは両親にも向くことになる。

 

 

 

 

「お父さま。このままでは農業も産業も駄目になってしまいます」

 

 そう言って私は農業改革と各地での基準や道具類の規格を統一し、生産力を一手に統一した産業改革の案を提示したのだが……。

 

「はははは。ラナーは難しいことを知っているな。でもこれは大人の話だから部屋で遊んでいなさい」

 

 そう言って相手にされなかった。お父さまは私の父親なのになぜこんなことも分からないのだろう。このままではこの国は愚かな貴族たちの食い物にされて近いうちに滅ぶことになるのは間違いないのに。

 

 後継者についても早く決めるべきだと忠告しても聞く耳を持たなった。四大貴族の一人であるボウロロープ侯が第一王子のバルブロ兄さまに近づき、傀儡にしようとしているという調べはついている。王家と対立する貴族派の台頭が迫っているのだ。

 

 このままでは王家の力を削ぐための陰謀によりいずれ二人の兄が骨肉の争いへと発展に国を二つに割ることになるのは間違いない。

 

 こんなことも理解できない愚かな生物が本当に私の両親なのだろうか。

 

 そう思って鏡を見ると、お父さまの顔の特徴の15の部分が、お母さまの顔の30の部分が私と酷似しており髪や肌の色も併せて考えれば私の生命の設計図が両親から受け継いだものであることに疑いの余地はなかった。

 

 一向に改善されない食事の不味さ、そして何を言っても通じないという不条理。

 それらが重なってますます食欲はなくなり、体はどんどんやせ細り死んだような目をした死人のような外見になってしまった

 このままいけば遠からず私は死んでしまうだろう。いや、殺されるのが先かもしれない。どうも貴族派が思うとおりに操れない私を邪魔に思って消そうとしているらしい。

 計画はこうだ。表敬訪問を含めた顔見せとして私はエ・ランテルを訪れる予定があるが、その道中に魔物に殺されるというストーリーである。

 国の中央部はそうでもないが、エ・ランテルはトブの大森林に近接していることもあり道中の魔物との遭遇の危険は高い。

 このような場合は通常、街道の魔物駆除を冒険者組合に依頼するのだが、あえてその費用を削り、引き受け手がないような最悪の条件が組合に提示されている。これでは期日までに魔物が駆除されることはないだろう。

 貴族の派閥に属さない信頼できる護衛を揃えるべく父に助言をした結果、平民を御前試合に出場して召し上げるということにはなったがとても今回の旅に間に合いそうにはない。

 

 

 

 どうしたものか。対応を考えていたある日……。

 

 

 

「止まって」

「どうしました?ラナー様」

 

 馬車で城下を移動中、ふと窓のそとを見たときに()()を見つけた。

 

「馬車の中に入れて。運びます」

「あ、あの……ラナー様。本当にですか?」

「はい」

「まぁ、なんとお優しい……」

 

 侍女は何を言っているのだろうか。本当に愚かだ。役に立つと思うから拾うだけだというのに。エ・ランテルへの移動は数日後に迫っている。拾ったそれを餌にすれば逃げる時間がある程度は稼げるだろう。

 

 

 

 

 

 

「まだ街道が安全じゃありません。エ・ランテルには行くべきではないと思いますが?」

「まぁまぁ、ラナー様。我儘言わないでくださいませ。先方からはパーティの前倒しの手紙まで来ているのです。遅れるわけにはいかないですよ」

「行ったら死にます」

「おほほっ、大丈夫ですよ。冒険者に街道の掃除を頼んでいますから安心してください」

 

 そのくらい調べはついている。そしてその依頼した貴族が依頼料を着服し、最低クラスの冒険者しか雇えていないということも。本来いるはずの護衛の数があり得ないほど減らされていることも。

 そしてパーティが前倒しになったことにより、もし生きてその冒険者が依頼を達成しようとしてもとても間に合わないことも。

 

「わかりました……」

 

 私は諦めた……この私の命ではなく……。

 

 

 

……この愚かな異形たちの命を。

 

 

 

「クライム。この指輪を付けて」

「うん!ラナー様!」

 

 私は(クライム)に指輪を渡す。

 クライムは先日王都で拾った犬だ。行倒れているところを助け、この旅での敵への囮にでも使おうと思っていたのだが……。

 

「あ、あの……ラナー様。僕絶対ラナー様を守る!」

 

 キラキラとした目で私を見つめてくるクライム。助けてからずっとこうだ。綺麗な服を与え、食事を与え、撫でてやると私だけがすべてだと言うように見つめてくる。

 クライムは私の言うことは何の疑いも持たずに信じている。他の異形たちと違うそれを見て私は気が変わった。クライムの優先順位を上げたのだ。だから指輪を渡した。

 

 その指輪は王家の宝物庫にあったものだ。しかし、その効果は誰にも知られていない。恐らく王家の人間も含めてただの装飾品だと思っているだろう。

 それもそのはず、この指輪は魔法道具(マジックアイテム)ではあるがその効果は極めて低く、一見して効果の分かるものではないのだから。

 

「絶対に外しちゃだめよ。そうすれば助かるわ」

 

 この指輪には魔物避けの効果がある。

 実験を重ねてその効果は確認した。しかし、その効果は魔物を撃退するほどのものではなく、襲われる順番が一番最後になる程度のもの。

 しかしそれだけでも効果があることに違いはない。数十人で移動するエ・ランテルへの馬車列。魔物に彼らが襲われ全員が食べられるにはいくらモンスターがたくさんいても結構な時間を要すだろう。

 その間に私とクライムだけは逃げ出して生き残ることができる。その結果街道の危険性を知らしめて魔物の討伐に懸賞金を付ける制度なども認められるかもしれない。その算段であった。

 

「……生き残ることができる?」

 

 私らしからぬ考えに思わずつぶやいてしまう。『生きたい』そんなことは思ったのはいったいいつぶりだろうか。

 この愚かな異形たちが闊歩する灰色の世界。そこに生きる価値などないと思っていたのに。

 そう……自分にキラキラした目を向けるこの犬と出会うまでは。そして実際に魔物に襲われるまでは。

 

 

 

 

───そこで私は本当の異形に出会うことになる

 

 



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第8話 冒険者ナーベと蒼の薔薇

 私の名前は冒険者ナーベ。モモンガ様のご命令に応えるために虫けらからの依頼を受けて魔物を殺して回っている。

 

「GUGYAAAAAAAAAAAA」

 

 今回の依頼は王都からエ・ランテルまでの魔物を皆殺しにしろというもの。確かそんな感じの依頼だったはずだ。全部殺せばいいならば実に楽でいい。

 しかしオークの頭を杖で叩きつぶしながら考える、これがそれほど評価される任務なのだろうかと。簡単すぎてあくびが出るとはこのことだろう。これで冒険者としての名声を得ると言えるのだろうか。

 

 また一つ今度はゴブリンの首が引きちぎれてどこかへ飛んでいく。走りながら目につくモンスターは皆殺しにしている。依頼期限は5日間と言われていたがこれならば3日もかからないだろう。

 

 そんな感じで目に入るものすべて殺戮しながらエ・ランテルに向けて進んでいると久しぶりに目の前に虫けらの集団が現れた。これはモモンガ様の命令で殺すわけにはいかない虫けらどもだ。

 

「た、助けてくれええええええ」

「うわああああああああああ」

 

 と思っていたがどうも私が殺すより前に魔物たちに殺されそうになっている。魔物の数50匹はいるだろうか。いい気味である。

 

「いえ、そうじゃなかったわね……」

 

 私が殺さなければならない魔物を下手に抵抗されて勝手に殺されて手柄を横取りされても困るし、虫けらが死に絶えるまで待っているのも面倒だ。

 

「<魔法効果範囲拡大化(ワイデンマジック)><火球(ファイアーボール)>」

 

 とりあえず魔物だけが密集している部分に魔法を放ってみる。悲鳴を上げながら半分くらいが焼け死んだ。それに気づいた魔物たちの目が一斉に私を見つめてくる。その眼に宿るのは戸惑いと怒り。

 その気持ちはよく分かる。虫けらたちを殺しているのを邪魔されるのはとてもイライラするものだ。とてもよく分かる。

 

「GUFUGUFUGUFU」

「GYAGYAGYA」

 

 怒りに任せて私の方へと一斉に向かって来る魔物たち。気持ちは分かるがモモンガ様の命令であるし殺すことに戸惑いはない。むしろ固まってまとめて向かってくれば私を倒せるなどと思っているのであれば失笑ものだ。

 

「<魔法遅延化(ディレイマジック)><衝撃波(ショック・ウェーブ)>」

 

 遅延化させた<衝撃波>を放つとモンスターたちは一瞬歩みを止め警戒したが、魔法の発動が失敗したと勘違いして下品な笑い声を上げながら再びこちらへ向かってくる。本当に愚かだ。

 そんな魔物たちが私に襲い掛かろうと一丸となったその時……。

 

「GYAAAAAAAAAAAAAAA」

 

 遅延された魔法が発動する。

 十分に引き付けられ放たれた<衝撃波>が残りの魔物の多くを巻き込み血肉へと変えて地面へと降り注ぐ。

 

「ふんっ」

 

 <飛行(フライ)>を使ってふわりとそれを避けると虫けらどもがこちらを指さして口々に何かを言っている。またお礼がどうのとでも言い出すのだろう。

 煩わしいのでさっさとその場を後にしようと思ったその時……虫けらの中で二人だけ態度が違う者がいることに気付いた。

 

「……」

 

 他の虫けらたちよりほんの少し身綺麗なものを着ている二人の虫けら。まだ子供なのだろう、他の虫けらより随分と小さく見える。

 それらは一言もしゃべらないものの道の一番端っこで膝をつき、こちらへ向かって地に頭をこすりつけるように下げていた。

 ほんのチラリと金色の髪をした子供の虫けらと目が合うが、その頬はこけ、その瞳はこの世界のすべてを諦めたかのように虫けららしく濁っていた。

 他のものより高貴そうな服を着た死んだ魚のような目をしたガリガリに痩せた幼女、そしてそれに付き添うように頭を下げている子供。その小さな体を見るに虫けらの幼生体だろう。

 

「虫けららしく分を弁えている者も中にはいるのね」

 

 虫けらはこうあるべきと言う見本のような虫けらだ。モモンガ様に対しても常にそうしていれば余計な手間が省けるものを。

 私は口々に何かを言って来る虫けらたちに背を向けると少し気分よくその場を立ち去るのだった。

 

 

 

 

 

 

 私の名前はラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ。

 現在はミスリル級冒険者チーム『蒼の薔薇』のリーダー見習いという立場だ。もともと『蒼の薔薇』は現リーダーのリグリット様が作ったアダマンタイト級冒険者チームだった。しかしリグリット様が引退を表明しているため残ったメンバーの実力で再度冒険者ランクを判定され、ミスリル級となっている。

 

 リグリット様が出かけている今、私は王都リ・エスティーゼの高級宿で仲間の戦士ガガーランと二人きりで待機をしていた。

 

「しっかし何も手がかりなかったなラキュース」

「ええ、そうね……残念だわ」

 

 私たちが依頼されて追っているのは誘拐事件だ。それも女子供だけでなく、時には冒険者まで姿を消しているという話で明らかに異常な事件である。

 子供を、親を、兄弟を誘拐された人々が冒険者組合に依頼を出しているのだがその状況は芳しくない。

 

「あいつのおかげで結構な数が捕まったってのに結局なにもつかめなかったしな」

「ええ、あの黒髪の女の人のことね」

「今じゃ『漆黒の美姫』とか呼ばれてるらしいぜ」

 

 捜査中、誘拐事件の現場に颯爽と現れ、誘拐犯たちを行動不能にして名前も言わずに立ち去った黒髪の美姫。今、王都で一番の話題の人物だ。

 

「何でもあの時は冒険者でさえなかったみたいよ」

 

 あの後彼女については多くのうわさを聞いた。

 遠国の姫君だの、高位の魔法詠唱者であるだの、ミスリル級の冒険者を投げ飛ばすほどの戦士であるだの、その噂はどれも信じられないものばかりだ。

 

 しかし、多くの人々を助けながら冒険者組合へと行き、銅級冒険者として登録したとの情報は間違いないようである。

 

「おいおい、あの手並みで銅級冒険者かよ。気配も全然しなかったしありゃ相当な隠し玉持ちだぞ。まぁ俺たちほどじゃないと思うけどな」

「そうかしら?」

 

 私がアダマンタイト級冒険者である『朱の雫』のリーダーである叔父に憧れ、貴族であるアインドラ家を飛び出したのは最近のことだ。

 叔父の伝手を使って元冒険者のリグリット様と引き合わせてもらい、そこでガガーランと出会った。

 

 ガガーランは超級の女戦士だ。

 童貞好きを豪語する彼女はその言動とは裏腹にとても仲間想いで頼りになることはこれまでの付き合いで分かっている。彼女単独でもミスリル級の実力はあるだろう。全身を覆う重装備を軽々と着こなす膂力と巨大なハンマーを巧みに使う技術。私はガガーランほどの女戦士を他に知らない。

 

 そんなガガーランがあの黒髪の美姫を私たちほどではないと言うが本当だろうか。

 私が感じたところでは彼女は何か力を隠している気がした。漆黒の髪に漆黒の瞳、その瞳の奥にはまるで人ではない何かを感じたような気がする。その瞳の奥に眠るものは……。

 

「あれは……封じられた暗黒の何か……いえ、邪眼?」

「どうしたラキュース?」

「い、いいえ!何でもないわ」

 

 私も冒険者になるにあたって装備はかなりのものを揃えた。4大暗黒剣の一つに数えられる暗黒剣キリネイラムに選ばれた一人でもある。

 なんとなく彼女はそれに近いものがあるような気がした、というかあって欲しい。いや、あの漆黒の髪と瞳は間違いないだろう。

 

「彼女も闇に選ばれし者……ふふふっ……そして私の好敵手(ライバル)として……」

「何ぶつぶつ言ってるんだ?そんなことよりこの後どうする?婆さんから何か言われてないのか?」

「リグリット様からは現状維持を指示されてるわ。まだ何も解決していないし、何だかきな臭いから……この街で何かが起こってるのは間違いないと思う」

「あー、なんだったか?そういや今ある犯罪組織が消されていってるとかいう話もあったよな?でも、そりゃいいことじゃねえか?」

「リグリット様はそうは思っていないようね」

 

 犯罪者が減ることそれは素晴らしいことだろう。だけど犯罪組織が減ったからと言って犯罪者が減っているとは限らない。現に私たちに誘拐犯の捜査が依頼されているのだから。

 

「だけど冒険者まで誘拐されるなんてありえるのかしら?」

「はっ!誘拐されるなんてよっぽどの駆け出しか間抜けだろうな。じゃなかったら……」

「じゃなかったら?」

「よっぽどの馬鹿がわざと捕まったとかな」

「ええ……それなら……なるほど、納得ね。ガガーランならやりそうだわ」

「どういう意味だそりゃ」

「囮捜査とか?わざと捕まって相手の組織の本部で暴れてみたり?」

「なるほど、そういう方法もあるわな……よし、やってみるか!」

 

 冗談でからかっただけなんだけどガガーランがやる気になってしまった。彼女の場合、本当にやりかねないから困ったものだ。

 

「さすがに私たちは顔が割れてるから無理でしょう。顔でも隠せればそうでもないかもしれないけど……いえ、あなたの体格じゃ無理かもしれないわね……」

 

 ミスリル級冒険者となれば有名であるし、ガガーランのその巨体ではさすがに隠し切れないだろう。

 

「ああ、顔を隠すと言えば……婆さんが置いていったこれなんなんだろうな」

 

 ガガーランが宿の机の上に置かれた仮面とローブを指さす。私もそれらのことはすごく気になっていた。それはもうすごくすごく気になっていた。

 

 真っ白い仮面には目も口も表に出るような場所はなく、額のあたりに赤い宝石が埋め込まれており、まるで怪人の仮面だ。そしてローブは血を思わせるような赤い色をしており、丈が非常に長く、まるで赤い羽根を連想させるようなマントである。

 

「これは……良いものね……」

 

 ふとあの漆黒の美姫のことが頭をよぎる。相手を助け、名前もつげずに助ける格好良さ。そんなことを私もやってみたいと思っていたが、有名な冒険者である私がそんなことをしてはすぐ冒険者組合に報告がいってしまうだろう。

 

「おい、ラキュース?」

 

 だけど顔を隠せば?このフードを被れば?

 

「誰とも分からない仮面の怪人が闇の力で蘇り……そして……」

「ラキュース、何か変なこと考えてるんじゃないだろうな?」

 

 ガガーランが何か言っているがそれよりもこちらの方が優先だ。怪人としての名乗りの口上はどうしようか、必殺技の名前なども考えなければならない。

 どうしよう。本当にどうしよう。ああ……私の左目の邪眼が疼くわ。なんだか楽しみで仕方がなくなってきた。

 

 



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第9話 王城の愚か者たち

 私の名前はラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセルフ。

 私はリ・エスティーゼへの旅路の途中、私は本物の異形に出会った。いや、あの存在からすれば私の方こそ異形の虫けらに過ぎないだろう。

 

「いやぁ、すごい美人だったなぁ」

「何も言わずに立ち去るなんてかっこいい……」

「高名な冒険者だろうな……。もしかしてあれが噂の『蒼の薔薇』か?」

「いや、冒険者にしてはあの美貌はないだろ……どこかの姫君ではないのか?」

 

 口々に私の従者たちがあの異形について語っている。何を言っているのだろうか、あれが人に見えたとでもいうのだろうか。

 

 美しかったのは認めよう。立ち居振る舞いに人を引き付けるものがあったのも認めよう。しかしあれは人ならざる者の美しさだ。あれが人の手で、人の設計図から作り上げることが出来るはずがない。

 

 完全なる左右対称(シンメトリー)……一部の隙も無い髪の美しさや顔の造形。あれは神、またはそれに類するものがそうあれとして作り上げたもの以外の何物でもないではないか。

 

 私のように父と母からの特徴を受け継いで作られては、絶対にあのような完全なる存在になりえるはずがない。

 

「ラナー様。守れなくてごめんなさい……」

 

 私の犬が年相応の可愛らしさで頭を下げてくるので撫でてあげる。この私だけを頼り見つめてくる可愛らしい犬とともにこの国と心中するしかないとも思っていたのだけれども……。

 

「クライム。私たちは生き残ることが出来るかもしれませんよ」

 

 一縷の望み、いや、一片の光明だろうか。それを彼女に見た。絶対なる存在、その慈悲を得ることが出来るのであればもしかしたら……。

 

 

 

 

 

 

 その後、私は無事エ・ランテルへと到着することができた。あの絶対なる存在と出会った後は驚くほど順調に行程は進んだ。魔物どころかネズミ一匹、鳥の1羽さえ出くわすことがなかった。

 

 そしてエ・ランテルでの式典を終え、王都に戻るとあの絶対なる存在……名前はナーベ様と言うらしいが……その話題で持ちきりであった。

 当然父であるランポッサ三世にも伝わっており、王女を救った英雄として冒険者組合を通して彼女は王城へと招聘されることとなる。

 

 

 

───そして現在

 

 

 

 私は今絶賛、土下座の真っ最中である。

 

 

 

 その存在がそこに現れた時、謁見の間の誰もが息を飲んだ。

 艶やかな漆黒の髪、整った顔立ち、黒く切れ長の瞳、質素ながらも歴戦の戦士を思わせる灰色のローブも彼女が身に包めば美しさを際立たせる道具の一つのようで誰もが目と心を奪われる。

 

 ナーベ様は王の御前だというのに跪きもせず、不遜な態度で周りを見回している。それにも関わらず咎めるものは誰もない。

 それもそのはずだ……その場に呼ばれたのは人間ではないのだから。人間などを超越した存在であるにも関わらず人間の冒険者の振りをする存在、ナーベ様なのだから。

 

「よくぞ来た。冒険者ナーベよ。私はリ・エスティーゼ王国国王ランポッサである」

「……私はナーベよ」

 

 まるで虫けらに仕方なく挨拶をするように尊大な返答をするナーベ様。そんな彼女を見て周りの愚かな貴族たちは口々に小声で話し出した。

 

「美しすぎる……」

「聞いたか。冒険者になる前、依頼を受けてもいないにも関わらず貧民街で奴隷狩りにあいそうになった国民を救ったらしい」

「他にも暴漢に襲われている女性を助けたとか……。心まで美しい方だ……」

「3日でエ・ランテルまでの街道の魔物をすべて狩りつくしたそうだとか……」

「いくらなんでもそれは……」

「いや、間違いない。街道に数百の魔物の死体が転がっていたそうだ」

 

 そんな言葉は絶対なる存在であるナーベ様の機嫌を取るには逆効果だ。今すぐやめてほしい。虫けらである我々に何を言われても煩わしいだけだろうから。

 

「そんなことよりなぜ王の御前で跪かない!不敬だぞ!」

 

 声のした方向を見ると第一王子のバルブロお兄様だった。

 バルブロお兄様は体は大きいものの愚かな人間の中でも特に頭が悪く、人望もないのに自分に能力があると勘違いしている、そんな人だ。まさかとは思ったが命が惜しかったらナーベ様への暴言は本当にやめてほしい。

 ナーベ様の顔を見ると機嫌がますます悪くなっているようだ。

 

「兄上、それは跪かない理由があるからでは?」

 

 それを止めたのは第二王子のザナックお兄様だった。ザナックお兄様は少し太り気味であるもののバルブロお兄様ほど愚かではないようだ。それでもナーベ様の正体については分からないらしい。

 

「どういうことだ?」

「市井の噂ですが彼女は他国の姫君であるという話もあります。そのあたりを何も調べずに一方的に不敬と断じるのはどうかと思いますけどね」

「ちっ……」

 

 まったく、こんな時にも後継者争いでいがみ合うとはどうかしている。このままではいけないと私は私はお父様に声をかける。

 

「お父様いけません、跪くのは私たちの方です。ナーベ様は偉大で強大な力を持った御方です。ナーベ様、助けていただいたにも関わらず本当に申し訳ございません」

 

 そこで初めてお父様は部屋の隅で土下座をしてる私に気づいたらしい。

 

「ラナー……何をしておるのだ」

「お父さまお願いです。ナーベ様に失礼のないように……。頭を下げるのは私たちの方です。そしてナーベ様にこの国を……」

 

 一縷の望みをかけてお父様に忠告する。ナーベ様にこの国を差し出すのだ。政治が腐敗しきって王家の力が失われているこの国にはそれ以外に道はない……。ナーベ様さえいれば家柄のみでこの国を蝕んでいる貴族たちを粛清できるだろう……だというのに……。

 

「ラナー、お前が彼女に命を救われ感謝しているのは分かるが、王族たるもの軽々しく頭を下げるのはやめなさい。それにまぁ本来の身分は隠されているようだが……彼女は冒険者だ。多少の無礼は許そうではないか」

「おおっ、さすが父上、お心が広い。ナーベとやら感謝するとよいぞ」

 

 お父様とバルブロ兄さまはまったく分かっていなかった。ここが国として存続できるかどうかの分水嶺であるというのに。

 私は絶望に目の前が暗くなる。

 

 一方、ザナック兄さまは何かを感じ取ったらしく首を捻っているが核心にはいたらないようだ。

 目の前の存在がその身一つでこの王都くらいは灰燼に化すことができるであろうことが報告で分からなかったのだろうか。

 

 あの街道での戦闘では微塵も本気を出していなかった。そして見たこともない魔法の使い方。魔物の動きを読み、魔法を遅延発動させた手並み。完全に戦闘に特化した恐るべき存在だ。

 

「まずは娘であるラナーの命を救ってくれたことに父として礼を言おう。そしてこの国の国民を救ってくれたことにもな」

「礼には及ばないわ」

 

 その言葉にお父様は感心したようにため息を漏らす。無心の善意で私や国民を救ったと思っているのだろう。だが私の見立ては全く違う。『礼には及ばない』とはそのままの意味だ。ナーベ様は我々に関心がない。お前たち程度に礼を言われる筋合いなどないという真っ向からの否定だろう。

 

「その心意気や見事。金貨100枚を褒美として与えよう」

「別にお金など求めてないのだけれど」

「そ、そうか……。では金貨に加えて何が欲しいか望みをいうが良い。叶えられることであれば善処しよう」

「そうね……名声?名誉?そう言ったものを御方はお望みよ」

「この国で名を上げたいというのか?それならば……近いうちに王都で御前試合が行われる予定がある。その席を用意してもいいが……しかし……」

「出るわ」

 

 ナーベ様は即断する。あれほどの力を持ちながら名声や名誉を求めるとはどういうことだろうか。

 

「危険では?」

「あの美しい顔に傷でもついたらどうする」

「所詮魔法詠唱者(マジックキャスター)だろう?剣士と戦えるのか?」

 

 この国において魔法詠唱者への評価は低い。確かに下級の魔法詠唱者は弱い。剣士とくらべて魔力の限界があり最後まで戦うこともできず、接近戦では一撃で斬り殺されることもあるような存在だ。

 しかし上級の、それも伝説級の魔法まで使える魔法詠唱者はその存在自体が災害だ。一撃で何十人、何百人という相手を殲滅でき、転移魔法なども加われば補足することも難しいだろう。

 

「はははははは、気に入った。魔法詠唱者で御前試合に出ようとするその度胸。もし優秀な成績で生き残ったらこのバルブロの妻にしてやってもよいぞ」

 

 勝てるなどとは微塵も思っていないのだろう。バルブロ兄様が嫌らしい笑みを浮かべてナーベ様を見つめている。そのあまりもの愚かしさに……いや、ここにいるすべての愚か者たちに私は眩暈を覚える。

 

 このままではいけない。彼女だけではないのだ。彼女の言った御方と呼ぶ人物こそ真に警戒するべき相手だろう。彼女は一人の漆黒の鎧の人物とともにこの国に来たという情報もある。その人物こそ御方なのだろう。

 

 私は直属の部下も権限もない立場であるが、噂話の絶えない王宮に身を置いている。一つ一つの情報は一見関係なく、つながりもないようであるが、『関係ない』という情報と『関係がある』という情報の価値は同等であり、無駄な情報など何一つとしてない。

 それらをつなぎ合わせれば、否定された情報から情報を収束させれば、おのずと答えは出てくるものだ。そんなことさえ分からない愚か者たちに囲まれて過ごしてきたが、御前試合……それで何かが分かるかもしれない、何かが変わるかもしれない。

 もしかしたら彼らは古文書に書かれた()()()なのかもしれないのだ。私はナーベ様の敵意のある目を避け、地面にひれ伏しながら次の行動を考えるのだった。

 

 



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第10話 囚人ナンバー41

 貴族の私兵たちに大人しく捕った後、その後どんな制度で裁くものかと知りたかったのだが、司法制度どころか結局裁判も何もなく彼らはモモンガを囲んで殴りつけてきた。

 しかしモモンガは常時発動型特殊技術(パッシプスキル)として上位物理無効化を持っている。どれだけ殴られようとビクともせず、打点1のダメージさえ受けることはない。

 どれだけ殴りつけられていただろうか。結局殴り疲れたのか私兵たちは諦めてモモンガを馬車に乗せるとモモンガは王都から遠く離れた場所まで連れて去られ、地下にある牢屋に入れられていた。

 

(あれ……裁判は?)

 

 

 

 

 

 

 数日が経過した。

 この国には法律がないのだろうか。結局裁判というものはなかった。

 しかしここに来てモモンガにも分かったことがある。まずここにはモモンガ以外にも囚人がたくさんいるということだ。それも皆屈強な肉体をした者ばかりである。

 そして時折彼らは牢から出ていくと疲れ切って帰ってくる。そして中には帰ってこない者もいた。

 その間、暇なのでずっとインベントリの整理をしたりナーベラルへ<伝言(メッセージ)>を飛ばして報告を受けたりしていた。

 

 ナーベラルの報告によると冒険者としての名声はまだまだ得られていないらしい。『虫けら程度の依頼しかなく、成果を出せずに申し訳ありません』とのことだ。

 

(まぁ最初は最低ランクから始まるんだし簡単な仕事しか回してもらえないのかもなぁ。荷物持ちとか力仕事とかでもやってるのかな……。いきなり王族とコネクションが取れたりするわけもないし……)

 

 モモンガとしてもそろそろここで情報収集を始めないといけないと思いながらインベントリの整理を続けていたその時、隣の房に入ってる体の大きいハゲ頭の男が話しかけてきた。

 

「よう、新入り。地獄の底へよく来たな」

「ん?ちょっと待て……これをここにしまってっと。よし。ああ、よろしく先輩。で、ここはなんなんだ?」

 

 モモンガが禿げ頭にそう返すと大声で笑われる。<生命の精髄(ライフ・エッセンス)>で確認したところここで見た人間たちの中では一番レベルが高そうだ。

 

「うはははははは。聞いてたとおりキモの太え新人だな」

「そうか?俺の名前は……」

「あー、ここじゃ名前なんて必要ねえよ。お前の呼び名はもう決まってるからよ」

「は?」

「そこの房の上に数字が書いてあるだろう。お前の名前は囚人ナンバー41だ。まぁ短い付き合いだろうがよろしくな」

「囚人ナンバー?なんだそれは?詳しく教えてもらえるか?」

 

 何のことだか分からないが41とは縁起がいい。アインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバーの数と同じではないか、とモモンガは気分を良くする。

 

 気分良く男の聞いているといろいろと分かったことがあった。

 まずはここは貴族が秘密裏に経営している闇闘技場であるらしい。そこには犯罪者や借金で首が回らなくなった者、誘拐され無理やり連れてこられた者など様々だが、囚人としてここでそれぞれ戦わされるらしい。

 しかし本来なら国のためも使えるだろうこれだけの戦力をこんなところで使いつぶすなど許されるわけもなく、当然違法だ。

 

「それであんたの名前は?」

「俺は囚人ナンバー0。まぁおまえが生き残っていればそのうち対戦で当たるかもな。ははははは」

 

 そう言って大男は大声で笑った。

 

 

 

 

 

 

 さらに数日語、大男の言う通り数日後に試合が組まれていた。もっとも相手は囚人ナンバー0ではなく、囚人ナンバー30~32の3人だ。

 闘技場と聞いてモモンガは1対1のPVPを予想してたのだがそうでもないらしい。試合としてだけでなく虐殺ショーとしての意味もあるのだろう。

 

「殺せ!殺せ!殺せ!」

 

 闇闘技場という場所はそれほど広くはなかった。ナザリックの円形闘技場(コロッセウム)の十分の一もないようだが、客席には数百人の男女が集まり、酒を飲みながら一部の人間が囚人を煽っている。

 賭けも行われているようでチケットを売っている人間もちらほらと見られた。

 

「お前はこれからあの3人と戦ってもらう。勝てば賞金が出て、その分刑期も少なくなる。まぁ、ありえないことだけどな。へへへっ、どうせ死んじまうんだ。その前にその高そうな鎧は脱いでもらおうか」

 

 モモンガを案内してきた男は闘技場の囚人ではなく関係者なのだろう。モモンガの兜を引き抜こうとするが、取られたら中身が骨だとばれてしまう。

 

「無駄だ。この鎧は脱げない」

「んなわけねえだろ……この……あれ、おかしいな……」

 

 例え脱げたとしても魔法で作られたものなので魔法を解除すれば消え去ってしまうし、男の行為そのものが無駄であるのだが……。

 

「おい、はやくしろ!」

「へ、へい!……ちっ」

 

 他の関係者に急かされて男は兜から手を放した。無実の罪の者を囚人としたり無理やり戦わせたり、着ているものをはぎ取ろうとしたり、思ったよりこの国は腐っているようである。

 

「みなさま!お待たせしました!この度は闇闘技場による格闘ショーをお楽しみください!」

 

 闘技場の真ん中で司会と思われる人間が大声を上げる。審判兼司会者というところか。

 そして司会による試合の説明によるとモモンガの相手は3人でどちらかが死ぬか試合続行不可能になるまで戦わせるようだ。

 

「それでは試合開始!」

 

 審判の掛け声に前方の相手を見る。剣を構えた男二人と無手の男が一人がこちらを睨みながら構えている。HPも低く大した相手には思えないのだが……。

 

「ふむ……どうするかな」

 

 相手の構えを見るにレベルは低いようだが剣や武術の心得があるように見える。

 たっち・みーもリアルが警察官ということで剣道や柔道をやっていたのだろう。ユグドラシル内でも美しい構えをとり、それゆえに恐ろしいほどのプレイヤスキルを持ちワールドチャンピオンにまで昇り詰めた。あの技術には憧れたものだ。

 

 一方、モモンガは武術の心得などないしがないサラリーマンである。魔法詠唱者としての技量はユグドラシルで鍛えただけあって自信はあるが武術はまったくの素人だ。構えも何もなく棒立ちである。

 

「うっしゃあああああああああ!」

 

 男の一人が剣を中腰の構えのままモモンガへと向かってくる。街で自分に向かってきた兵士は威嚇のためか剣を振り上げたまま襲ってきたのでその動きを読めた。

 しかしこの男は直前まで動きを読まれないようにしているのだろう。確かに直前まで手を隠しておくのは有効だ。

 

「なるほど……勉強になるな」

「しゃあ!」

 

 剣が中段から下段に下ろされるとそこからモモンガの首に向かって斬り上げられる。喉を掻き切るコースだろう。

 しかしモモンガは魔法詠唱者といえども100レベル。肉体能力だけでも30レベルの戦士以上はあるため見てから避けることは容易だった。

 

「はぁ!」

 

 そう思ったのもつかの間、二人目の男が反対側に回り込んで腕の付け根を狙い剣で突きを放ってくる。それをモモンガはぎりぎりで躱すもそこには無手の男が待ち構えていた。

 

(やっぱり複数人相手だといくらレベル差があろうが手数では負けるなぁ……)

 

 ユグドラシルにおいても数の力というのは個人の力を何倍にも増幅させる。強大な力を持ったレイドボスなどは仲間との連携なしに倒せないものだ。

 もし同格の相手複数なら迷わず逃げるところであるがこの程度の相手ながらその必要はない。しかし、その手数はさすがに面倒である。

 まずは無手の男を倒してしまおうと足を踏み出したところ……。

 

 

 

「あれ……?」

 

 

 

 モモンガが地面に倒れ伏していた。

 踏み出した瞬間、反対側の足を相手の足で押さえられ、手首を軽く引っ張られただけなのにクルリと体は一回転し背中から叩き付けられていたのだ。

 

(動きを誘導された……?)

 

 これは俗にいう空気投げというやつだろう。相手の動きを利用して最低限の動きで投げられたのだ。

 観客たちは投げられたということすら気づかずにモモンガが勝手に転んだように見えたことだろう。

 

「すごい……」

 

 これは素直なモモンガの感想である。どう見ても男たちの膂力や素早さはモモンガに敵わないだろう。それに特殊技能(スキル)の発動もなかった。

 ということはこれは純然たる技術であり、技であるということである、つまりモモンガでも習得が可能であるはずだ。

 

 相手の技に感嘆しながら倒れていると、残った二人の男が剣をモモンガの鎧には突き立てようとして弾き返される。

 困惑する男たちを余所にモモンガは笑いだす。

 

「あはははは。面白いな!」

 

 ユグドラシルでもやろうと思えばできないことはない技術だが、ここまでの芸当を出来るのは『たっち・みー』クラスだけだろう。

 ほとんどのプレイヤーは特殊技能(スキル)の種類や発動タイミングと間合いでの対応しかしてなかった。

 それはそのはずだ。ユグドラシルにおけるプレイヤースキルと言うのはたっち・みーのような例外を除けば、技術より弱点属性をつくことや強大な威力の攻撃スキルや防御スキルを使用するタイミングといった知識の方が重要であったのだから。

 だがモモンガの持ってない《技》が得られるならもっと上を目指すことができることだろう。

 

「今の技……もう一度やってもらおうか。俺にも習得できるか試してみよう!」

 

 そこから会場は大いに盛りあがった。

 いくら投げようが斬りつけようが立ち上がる不死身の戦士、囚人ナンバー41。その試合は、やがて対戦相手が疲れ果て動けなくなるまで続き、審判がモモンガの右手を天に突き上げる。

 その日、闇闘技場に新たな人気選手が誕生した。

 

 



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第11話 囚人ナンバー0

 俺は囚人ナンバー0、名前はない。

 職業(クラス)修行僧(モンク)だ。俺みたいな人間が修行僧とはお笑いだが、それもあながち間違いというわけでもない。なぜなら俺はかつてここで殺した本物の修行僧から技を盗んだのだから。

 

 そんな俺だがいつまでもこんなところにいるつもりはない。ミスリル級の実力を持つ護衛に守られたアームストロング伯爵とかいう糞野郎を倒してこんなところからはおさらばしてやる。

 すでに渡りはつけてある。今も観客席にいるオカマ野郎……コッコドールからの誘いに乗っていずれここを出る予定なのだ。

 

「ははっ、これは修道士……いや修行僧の技か?柔道の技にも似ているが実に勉強になる」

 

 だがその前に目の前のこいつだ。今俺は闇闘技場での試合中なのだが、この目の前の黒い鎧が悩みの種だ。

 

「なんなんだおまえは……なぜ立ち上がれる!?」

 

 腕を決められたまま逆筋方向へ投げられ、常人なら関節が外れるどころか腕がちぎれ飛ぶような衝撃を受けたにも関わらずその鎧は平然と立ちががる。

 

 囚人ナンバー41。こいつと対戦するのはもう10回を超えている。それにも関わらずこいつは生き残り、勝敗もついていない。この俺と戦って無事でいられるほどの実力者は俺も認めた囚人ナンバー1から囚人ナンバー5以外にはこいつが初めてだ。

 

「すまない、丈夫な体をしているものでな」

「ふざけんな!どうなってやがる!?」

 

 丈夫な体どころの話ではない。いくら攻撃しても効いている感触がまったくしない。まるで鉄の塊を殴っているようだ。

 俺は漆黒の鎧で覆われた囚人ナンバー41の肉体がどうなっているのかと想像する。打撃や投げ、関節技による攻撃は確実に内部まで届いているはずだ。ズタズタの肉塊になっていなければおかしい。絶対におかしい。

 俺はある魔物を想像する。

 

「おまえ、実は妖巨人(トロール)か何かじゃねえのか?」

 

 トロールには非常に強い自己回復能力を持つものがいるという。あの鎧の中身がトロールであっても何もおかしなことはないだろう。

 

「はははっ、トロール程度と一緒にされては困るな」

 

 そう言って向かってきたナンバー41は俺の手を取り、目を見張る速さで足を払いにかかってきた。

 先ほど俺がやった技を真似ているのだろう。俺自身もこの闇闘技場で技を盗み、腕を磨いてきた身であるがこいつの成長速度は異常すぎる……いや、それとも元々の身体能力のなせる業なのだろうか。

 現にこいつはここで初めて会った頃は見習い戦士以下の技術しかもっていなかった。しかし最初はその身体能力で無理やりねじ伏せて勝っていたのが、今は徐々にその技が磨かれている。未熟ながらその身体能力で技を成立させているのだ。

 

「ふっ……ざけんなああ!」

 

 足払いを仕掛けてきたナンバー41の足を避けると同時に鎧野郎の胴体を蹴り上げる。俺の丸太のように太い足の全力の蹴りだ。奴はそのまま一直線に天へと吹き飛んだ。

 そして天井近くまで蹴り上げられた奴が落下してくるが……それに合わせて俺も飛び上がる。

 

「落下途中の身動きが取れないところを狙ってくるのか?それとも《武技》か?《武技》なのか?《武技》だったら嬉しいな」

 

 奴は俺が迎撃のために武技を発動するとでも思ったらしい。だが、こんな衆人監視の中で切り札の武技を使うような真似はしない。そのままナンバー41の横を通り過ぎ到達した天井を蹴りつけ落下速度を増すとやつの体に取り付く。

 

「ほぅ?この技は初めてだな」

 

 感心したような奴の声を無視して逆さで落下する奴の両膝の関節を両腕で極め、両足で奴の両肩の関節を固定し身動きを封じる。

 

「この技は……どこかで……ああ、昔の漫画で読んだな。超人が出てくる奴だったか……?」

 

 奴が何か訳がわからないことを言っているが最後まで言わせるつもりはない。そのまま俺とやつの全体重に天井からの加速も加えて頭から石造りの地面に叩き込んでやった。

 

「おおおおおおおおおおおお!」

「す、すげえ……!頭から刺さってるぞ!」

「うはははは!これは死んだだろ!さすがに」

「いやいや、あのナンバー41だぞ。万が一もありえるぞ」

 

 観客は手を叩いて喜んでいる。

 さすがにこれは首の骨が折れただろう。いくら中身がトロールであってたとしても立ち上がるなどあり得ないはずだ……。

 

「なかなか派手で面白い技だった。だが天井のないところでは工夫をしないと無理だな、その場合はどうするんだ?」

 

 平気な様子で上半身を地面から引き抜いて話しかけてくる囚人ナンバー41。これはもう笑うしかない。こいつを力でねじ伏せるのは厳しそうだ。

 

「くっくっく、分かった分かった。てめえは本物だよ」

 

 両手を上げてお手上げのポーズをしてやる。この手の輩は潰すより別の方法で取り込んだ方が早い。

 

「ああ、認める、認めてやるよ。そんな本物の実力者のてめえにうまい話があるんだが乗る気はあるか?」

「ほぅ?どんな話だ?」

 

 観客に聞かれないよう首に手を回して組み合いながら小声で提案するとナンバー41は興味深そうな声を出す。

 

「てめえもいつまでもこんな地下にいるつもりはねえだろう。だが金を稼げば……刑期が過ぎれば解放される、そう思ってるめでたい野郎でもないだろう?」

「え、そうな……ごほんっ。ま、まぁな……分かっていたさ。つい楽しくて長居してしまったがな」

「俺はいつまでもあの糞貴族の言いなりになってるつもりはねえ。どうせ世の中は力こそがすべてなんだ。外に出てその力を……暴力を好きに使って暴れてみたいと思わねえか?」

「外に?」

「ああ、外に出ればここよりもっと自由にド派手に暴れられる。俺らを止められる奴はほとんどいねえ。せいぜい『朱の雫』に『蒼の薔薇』くらいじゃねえか?そのうちやり合うことになるんだろうがな。いや、最近『漆黒の美姫』ってのの話も聞いたか。それから……『邪眼』だったか?おかしな仮面をつけたやつが暴れまわってるとか……相手になるのはせいぜいそのくらいだ」

「……『漆黒の美姫』と『邪眼』?調べた中にはいなかったが……もしかして外に伝手があるのか?」

「ああ、この国のあらゆる裏の組織が新しく変わろうとしている。この機を逃す手はねえぞ?来週の試合まで待つ。それまでに考えておけ」

 

 こいつは俺と同類だ。ここで牙を研ぎ、そして地上に出て暴れるためにここにいる。そう確信しての提案だったのだが、囚人ナンバー41は首をかしげていた。

 

「ふーん……そうなのか……だが断る」

「なぜだ?おまえだってここで終わるつもりはないだろう」

「いや、来週はちょっと予定があってな。試合はないと思うぞ」

「はぁ?てめえは囚人だろが!試合の他に予定なんぞあるはずがないだろう」

「おまえの言う糞貴族のアームストロング伯爵から要請でな。金をばらまいて御前試合の出場枠を取ってきたらしい。そして俺に出場しろとのことだ。裏賭博で大儲けするらしいぞ。どんな面子が出場するのか今から楽しみだな。はははははっ、でもその前にここでもっと技を覚えないとな!」

 

 こんな場所で生き生きと楽しそうに殺し合いをしてる時点でおかしいのだが、どうやらナンバー41は俺が思っている以上に頭がおかしかったらしい。呆然とする俺を無視する囚人ナンバー41は嬉しそうに戦いを続けるのだった。

 

 

 



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第12話 邪眼

 私の名はラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ、いえ今は闇を駆る仮面の狩人とでも言っておこうかしら。

 

「風が……泣いているわね……」

 

 私は王都リ・エスティーゼ、中央広場にある時計塔の上から王都を見渡していた。時計塔に登ったことに意味はない……いや、これも我が内から湧き上がる闇の波動が望んだこと。

 

「うふふふふ、静まれ……静まるのよ。まだその時ではないわ……」

 

 私は顔に手をやり仮面のそのつるりした表面を撫でる。

 

「うん……なかなか良いわね!」

 

 今の私はリグリット様から預かった仮面で顔を隠し、頭から被った赤いフードを風に羽ばたかせていた。この何もない真っ白な仮面にただ一つだけ付けられた真紅の宝玉は我が闇の邪眼といっても過言ではないだろう。

 装備も普段とはすべて変えてある。両手のすべての指につけていたアーマリングは外し、代わりに指なしの黒手袋をつけた。

 

「アーマリングもいいけど、この指なし手袋もなかなかいいわね」

 

 服装も普段の白と青を基調としたものから黒一色に変えており、腰にはシルバーのチェーンを巻いてみた。もちろんこれにも意味はない……いえ、これは我が内に眠る獣を解き放たないための枷。そう、枷なのである。

 この格好であれば私を『蒼の薔薇』の冒険者と思うものはいないだろう。

 

「さて……獲物を狩りに行くとしましょうか」

 

 私は手袋を握りしめる。向かうのは王都のスラム地区だ。この国では人間狩りが絶えない。なぜなら王国は奴隷制度を認めており、不法な奴隷狩りを見逃しているからだ。

 当然、無差別に奴隷を認めているわけでなく、金銭的に身売りされた者、犯罪者が奴隷として売り飛ばされたなど理由があって奴隷の身分に落ちる者のみを認めているわけであるが、その法の縛りは極めておざなりなもの。

 それなりの身分の者を浚って奴隷にすればさすがに捕まるが、平民やスラムの人間を浚っても何のお咎めもなしである。もちろん浚われた者の家族は訴え出るのだが、相手が貴族や上流階級の商人では勝ち目はない。

 

 私たち『蒼の薔薇』や一部の冒険者や衛兵たちが巡回をしているのだが、犯罪者があまりにも多く、捕まえられるのはそのごく一部であり、捕まっても貴族の横やりが入って解放されてしまう。

 

「ならばこそ!目には目を!闇には闇で対抗してさしあげますわ!とうっ!」

 

 高らかに時の(とき)の声あげると私は時計塔の屋根からスラムへ向かって飛び立つのだった。

 

 

 

 

 

 

「キャアアアア!」

「うるせえ黙れ!」

「っ!」

 

 今日もスラム街は相変わらずの平常運転である。汚い格好をした男達が婦女子を襲っていた。目的は誘拐なのか強姦なのか、いずれにしてもろくな者ではないだろう。

 

「ったく、大声出しやがって!あの美姫とかいうのが来たらどうすんだ」

「ありゃやべえって話だよな……いきなり足の骨折られたって言うぜ」

「しかも王家のお墨付きまでもらってるとか……容赦ねえって話だよな……ああ、くわばらくわばら」

 

 どうやらここの住民にもあの美姫の噂は伝わっているらしい。確かにあの高潔で気高い冒険者がこの光景をみたら許しておくことはないだろう。

 

「まぁ『蒼の薔薇』とかに捕まるほうがよっぽどマシだよな」

「そうそう。俺もうあいつらに2回も捕まってんだけどさ。馬鹿だよなー、金さえ積めばいくらでも釈放されるってのによ」

「いや、あれも衛兵と癒着かなんかしてんじゃねえのか?釈放してまた捕まえればあいつらも金になるんだしよ」

「ぎゃははははは。持ちつ持たれつってか?」

 

 なんと私達が過去に捕まえた犯罪者たちだったらしい。冒険者組合経由で引き渡したと言うのにこの国の腐敗はどこまで進んでいるのか。

 自分のいままでしてきたことへの無力感とともに堪えないようのない怒りを感じる。

 

「そこまでだ!闇に住まう者どもよ!」

 

 もっと格好のいい登場方法を考えていたのだが、我慢できず私は屋根の上から彼らの前に飛び降りる。

 

「何もんだ!……て本当に何もんだよ……!?はぁ!?」

 

 どうやら私のこの溢れ出る闇の波動に戸惑っているらしい。そうだろう、そうだろう今日の私は一味も二味も違うからね。

 

「ふふふっ……名乗るほどのものではない。今宵この身に宿る邪眼が疼いただけのこと……闇を駆る邪眼がお前たちの悪事を見抜いたまで」

「……何言ってんだこいつ」

「何言ってんだとか言うな!!」

 

 私は素人では視認できない程の速度で男に駆け寄るとその鳩尾に一撃を食らわせる。『蒼の薔薇』の時のような手加減は一切しない。

 冒険者として、そして貴族としての立場であまりむちゃくちゃなことは出来なかったがこの闇の仮面はそれを可能にするのだ。

 ボキボキという音は男の肋骨の折れる音だろう。これで数ヶ月は足腰がたたないだろう。

 

「て、てめぇ!いきなりなに……うごぁ!」

 

 振り向きざまに右ストレート。強化魔法により加算された腕力がもう一人の男が顔面を崩壊させる。顎があらぬ方向に曲がってしまった男はしばらく針金であごを吊らなければ生活もできないだろう。

 

「成敗!!」

 

 予め決めてあったポーズ、右ひざを曲げ左脚はまっすぐにそして片手を天高く上げたもの……を被害者の女性の前で決める。

 決まった!……のだが思ったようは反応がない。なぜ拍手喝采がないのだろうか。

 

「あ……まず怪我の治療よね……」

 

 怪我した相手に拍手喝采を求めるなんてどうかしていた。思わず素に戻って治癒魔法を発動させる。

 

「<軽傷治療(ライト・キュアウーンズ)>」

 

 信仰系治癒魔法で殴られて腫れあがっていた傷は綺麗に治ったようだ。顔を触って痛みがないことを確認すると女性は頭を下げた。

 

「あ、あの……ありがとうございます。お名前を教えていただけますか……?」

「ふふふっ、私のこの邪眼の導きで現れたまでのこと。名乗るほどものではない。さらば!!」

 

 私は跳躍して壁を蹴りながら建物の屋根へと駆け上がる。そんな私に後ろからかすかな声が聞こえたような気がした。

 

「邪眼……イビルアイ様……」

 

 私は屋根から屋根へと移動しながら次の獲物を探す。この仮面を被っていればなんだって出来そうな気さえする。何だか気分が乗ってきた。

 

「今宵の月には我が闇の仮面がよく映えるわ!この王都を我が闇の邪眼の波動で染めてあげて見せよう!はーっはっはっはーーーー!!」

 

 私の名はラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ14歳、私の冒険はこれからだ!!

 



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第13話 王都御前試合①

 王都リ・エスティーゼ。ヴァレンシア宮殿近くに設けられた試合会場には大規模な観客席が設けられ、大勢の人々が詰めかけていた。

 それもそのはず、国王ランポッサ三世の意向によりこれまでは貴族にしか観戦や出場が許されなかった御前試合が一般開放されたのだ。その目的は身分に限らず強者を求めるというもの。

 ただし、その観戦権はほぼ貴族に限定されており、平民が観戦しようと思ったら多額の金銭が必要になる。それにも関わらず高名な商人や冒険者などは観戦に訪れていた。

 

 ただ試合を楽しもうというだけでなく、試合後にその眼にかなう人間がいたら勧誘しようという考えもあるのだろう。いわば戦士におけるリクルート会場といったほうがしっくりくるかもしれない。

 その中でも一番人気の就職先である王家の面々は特設された特等席から試合の様子を眺めていた。すでに1回戦、2回戦は終了し、次の試合はいよいよ準決勝。このあたりからは全員が有力な勧誘対象になる。

 

「続いては、いよいよ準決勝です!アームストロング伯爵推薦の戦士!モモン!対するは優勝候補の筆頭!剣士ガゼフ・ストロノーフ!」

 

 会場を盛り上げるため司会は大げさに身振り手振りを交えて観衆を煽っている。

 モモンガの前に立つのは短い黒髪に黒い瞳を持つ若者だ。胸当て膝当てといった急所を守る防具を装備しているが動きやすさを考えてか比較的軽装だ。体つきはがっちりしてその分厚い筋肉こそが防具と言えるかもしれない。

 

「モモンはこれまでその鉄の拳のみでこれまで戦ってきました!これまでの戦いでは時間をじっくりかけて相手の技をすべてしのぎ切る防御主体のスタイルで勝ち上がってきております!」

「モモン様がんばってくださーい!!」

「一方、ガゼフ・ストロノーフはこれまでの試合をすべて一撃で終わらせてきた攻撃主体の天才剣士!さあ!いったいどちらが勝つのか!」

 

 別にモモンガは拳闘のみで戦う必要はないのだが何となく格闘技が楽しくてそのまま続けていた。剣が主体の御前試合においてそれは異質であり、観客も興味を持っているようである。

 会場の割ればかりの歓声を背に試合開始が告げられる。

 

「それでは試合開始!」

「モモン様ーーー!!」

 

 モモンガは拳法の構えを取りつつ相手の出方を伺う。相手は平民出身であるものの名の知れた剣士であるらしい。このガゼフという人物を見定めるために王が平民に御前試合を開放したという噂もあるほどだ。

 

(<生命の精髄(ライフ・エッセンス)>、<魔力の精髄(マナ・エッセンス)>)

 

 モモンガはいつものとおり情報系魔法を最初に使う。

 無詠唱化した体力・魔力の感知魔法だ。これにより相手の残り体力や魔力を可視化して見ることができる。

 数値として見えるのではなく色と大きさで判断することができるのだが、激しく高速で戦闘する際にはこのほうが分かりやすい。

 

(ふむ……この体力の大きさからするとレベルとしては20台といったところか?この会場内ではブレインという男と並んで一番体力がある。魔力は非常に低い、純戦士か?)

 

 闇闘技場でもこのように相手の体力と魔力を確認しながら手の内を出し切らせるスタイルで戦ってきた。しかしそれは司会が言っていたような防御を求めてのものではない。

 理由の一つは会場を盛り上げるため。一撃で終わらせてしまったときなどは会場から大いにブーイングを浴びせられたものだ。

 血沸き肉躍る戦いを見に来たというのに5秒で終わってしまったら確かに拍子抜けだろう。

 

 もう一つはモモンガが相手の技を盗むためだ。魔法詠唱者としての戦い方しかしてこなかった自分が戦士として戦うのであれば少しでも強くなりたい。残念ながら武技を得ることはいまだに出来ていないが技術であればそれなりに学んできた。

 

(空間斬とか言ったか……囚人ナンバー4の技は面白かったな……)

 

 見えないほど細い鋼糸状の剣を使い相手の体を切り裂く技はモモンガの興味をとても引いた。モモンガの中二病的な部分を貫いたのだ。

 似たような武器を手に入れて練習してそこそこ使えるようにはなったが実戦にはいまいち向きそうになかったので残念ながら使ってはいない。ロマン武器というやつだろう。

 

「例え相手が格下でも情報収集から入る!さすがモモン様!用心深いです!!」

 

(ってうるさいな、さっきから!!何をやってるんだナーベラルは!)

 

 先ほどからのモモンガへの声援はすべてナーベラルである。

 意気揚々と御前試合に出場したのはよかったが参加者の中になぜかナーベラルがいた。しかも王家推薦枠という立場をもってだ。

 確かに名声を得なさいというようなことは言ったが、これまで一言もその報告がなかったのはどういうことなのだろうか。そしてなぜ当たり前のように声援を送ってきているのだろうか。

 

「ゆくぞ!はあああ!」

 

 モモンガがナーベの声援に頭を抱えていると律儀に一声かけてからガゼフが剣を下段に構えて向かってきた。

 

「むっ……速いな」

 

 ガゼフの動きは闇闘技場で戦ってきたどの相手と比べても格段に速い。闇闘技場の下位の連中ではその動きに対応できず一撃でやられていたことだろう。

 

「はぁぁ!」

 

 しかしモモンガにとっては速いと言っても見切ることは造作もないレベル。

 下段から斬り上げられた剣を首だけ動かして躱し、その隙に胴体へ正拳を叩き込む。もちろん一撃で終わらせない程度には力を抜くことも忘れない。

 

「<不落要塞>!」

「む?」

 

 妙な感触。あって然るべき殴った感触とそれに付随する衝撃が襲ってこない。それどころかお互いにノックバックさえ起らない。拳の力はどこに消えて行ってしまったというのか。

 モモンガは目を凝らしてその原因を探すが何も見つからない。その何も見つからないということが一つの結論を導き出す。

 

「まさか……武技か!?」

 

 確かめるためにモモンガはもう一撃正拳を叩き込む。

 

「<流水加速>!」

 

 今後はゼロ距離近くまで迫っていたモモンガの拳をガゼフはあり得ない加速度で速度を上げて避けて距離を取った。

 

「<りゅうすいかそく>?それも武技か?<ふらくようさい>というのは防御系の武技か?無制限にあらゆる攻撃を防げるとしたら……無敵ではないか。ならばなぜ2発目は同じ武技で防がなかった?継続時間が短い?リキャストタイムが必要?その割に魔力の減少がないな……特殊技能(スキル)に近い?ならば1日の発動回数に限界があると考えるべきか。なぁ、その武技は何回まで使えるんだ?次に使えるまで何秒かかる?」

 

 ガゼフはモモンガの言葉に怖気を感じる。その腕力や技量にではない、その執拗なまでの可能性に追求と相手の手の内を探ろうとする手管にだ。まるで蜘蛛の巣に捕らわれていくような感覚さえ抱く。

 

「……悪いが自分の手の内を晒すつもりはない」

 

 律儀にモモンガに返事をしつつガゼフはこの相手は全力でかからなければ不味いと直感的に感じた。時間をかければかけるほど相手に情報が与えられ不利になっていくだろう。

 

「本気でいかせてもらう!<能力向上><能力超向上>!」

「むっ……体力や魔力が変わらないということは名前的にステータスを上げる武技か?<上位全能力上昇(グレーターフルポテンシャル)>に近い武技か?」

 

 また分析されているという確信とともにガゼフは時間がないことを悟る。手の内を見せるたびに確実に反応してくる。

 

「武技<戦気梱封>!」

「武器が発光したな?<魔力感知(ディティクト・マナ)>。武器に属性を付与したのか?なるほど、それは正解だ。だが何の属性だ?火か?水か?光か?」

「ええい!ままよ!」

 

 先ほどとは比べ物にならない速度でガゼフが迫る。対するモモンガは最初の構えのままだ。ガゼフの斬撃を巧みに手甲を使って(さば)いていく。

 

上段斬り……捌かれる

 

横払……捌かれる

 

中段突き……捌かれる

 

斜斬り……捌かれる

 

下段切り上げからの袈裟斬り……捌かれる

 

神速からの三段付き……捌かれる

 

フェイントを混ぜた多段斬り……捌かれる

 

 右から左からあらゆる方向からあらゆる斬撃を繰り出すがそれを楽しそうにモモンガは捌く。

 時折「ほぉ?」とか「おお、これは面白いな」といった感嘆の声にガゼフは頭に血が上っていくのを感じる。全力でこれだけの攻撃を繰り出しているにも関わらずモモンガは最初の位置から一歩たりとも動いていないのだ。

 

「舐めるなあああああああああああ!」

 

 ガゼフはここぞというタイミングで自身最大の武技を発動する。

 

 

 

───武技<四光連斬>

 

 

 

 これまでガゼフ以外に使えたものがない究極の武技だ。この武技ゆえにガゼフは剣士の世界で一躍有名になったとも言える。

 それは命中精度は落ちるものの一度で四つの斬撃を放つという剣技。これを躱せるものをガゼフは知らない。

 

「<四光連斬>!!」

「すごい……」

 

 モモンガは思わず見惚れる。技の発動までのガゼフの動きには一切の無駄がなく、4つの斬撃が……あり得ないことだが()()()モモンガに向かってくる。

 

「これか!」

 

 モモンガはその内の一つの斬撃を手甲で挟み込む。真剣白羽取りという技だ。闇闘技場でもこの技はなかなかに観客に受けた。紙一重のやり取りが観客の心を沸かせたのだろう。

 そして今回掴んだのはガゼフの握る剣の本体。本体を掴まれれば他の斬撃も無くなるだろう。モモンガのその予測は外れる。

 

「なに!?」

 

 本物の刀身を掴んだというのに他の斬撃が消えないのだ。

 

「まさか……すべて本物の刃なのか!?」

 

 物理的にはあり得ないことだ。剣はあくまでも一本でありそれを掴まれた時点で攻撃は止まる。子供でも分かる常識だ。しかし目の前でその常識が覆されている。

 

「やったか!?」

 

 確実に斬撃は入った。ガゼフが確信の声を上げるが金属の跳ね返る音とともにその確信は覆る。

 

「な……んだと?」

 

 なんとモモンガはガゼフの抜身の斬撃を3発頭部に受けても平然とその場に立っていたのだ。

 

「くぅ!ならば」

 

 ガゼフはその太い腕に血管を浮かせながら剣に力を込める。白羽取りされた剣でそのまま押し斬ろうというのだ。

 

「お、おい。ちょっと……」

 

 モモンガが戸惑ったような声を出す。ガゼフの力で圧迫された刀身からビキビキと嫌な音がしているのをモモンガの敏感な聴力がとらえたのだ。

 しかしそれを力負けしていると受け取ったガゼフはさらに剣へと力を込めた。

 

「ま、待て!」

「ぬうんっ!」

「あ……」

 

 パキンという音と同時にガゼフの力は行き先を失い、たららを踏む……剣が折れたのだ。

 

「これは……」

 

 ガゼフは自分の手の中に残った剣の残骸を見つめるとため息を吐いて天を仰いだ。

 

「俺の負けだ……」

 

 剣を失った。ガゼフは素手の戦闘にもそこそこ自信はあるが目の前の拳闘士を相手に素手で勝ち目はないと敗北を宣言する。

 

「き、決まったー!勝者!モモン!なんと一歩も動かずにストロノーフの剣を搔い潜り!叩き折りましたー!」

 

 司会の宣言に会場は割れんばかりに盛り上がっている。しかし、モモンガはバツが悪そうに手に残った刀身を見つめていた。

 

「ご、ごめん……いや、すまない」

「どうしたモモン殿?貴殿の勝利だ」

「折るつもりはなかったんだ。わざではない、わざとではないぞ!絶対にな!」

 

 どうやら剣を折ったことを謝っていると気付きガゼフは呵呵大笑いする。先ほどまで死闘を演じていた歴戦の戦士とは思えない一般人のような反応だ。

 

「ははははは、勝利よりも剣を折ったことを気にするとは面白い御仁だ」

「いや、弁償……ってお金持ってないんだよな……ユグドラシル金貨でいいかな……」

 

 モモンガは王都に来て1円たりとも稼いでいない。稼いでるのはナーベラルでありこのまま合流したらヒモ確定の身だ。当然弁償しろと言われても払えるお金はない。

 

「いや、気にしなくてもいいんだが……」

「社会人としてそういうわけにはいかない。仕方ない……代わりにこの剣を渡すので許してほしい」

 

 モモンガはインベントリから青く輝く剣を取り出す。モモンガの持っている中では大したものではない。宿っている魔力は微妙だしモモンガの能力を突破できる力もない剣だ。

 

「大したものではないが、今の剣よりは多少はいい剣だと思う。ブルークリスタルメタルを使ったもので魔力はまぁたかが知れているが……これで許してくれ」

「いや、だから気にしなくても……ってなんだこの剣は!?」

 

 恐ろしいほどの力を感じる魔剣。それをガゼフがそれを一目見て感じた感想だ。事実その剣はこの国の五大秘宝をも凌駕する強さを持っていた。

 

「では、そういうことで」

「いや、待ってくれモモン殿……」

 

 伝説級の秘宝をポンと渡されて戸惑うガゼフを余所に金銭での弁償は勘弁とモモンガは控室へと逃げるように退場するのだった。

 

 



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第14話 王都御前試合②

 私の名前はナーベラル・ガンマ。今は冒険者ナーベとして御前試合などという虫けらの大会に出場している。

 虫けらの分際で『御前』とはなんと不敬であることか。モモンガ様の許可があればその玉座に住み着いた害虫を駆除してやるものを。

 

「へっ、また会ったな。死霊使いの姉ちゃん」

 

 目の前の虫けらが話しかけてくる。しかし死霊使いとは何のことを言っているのだろうか。そしてまた会ったとはどういうことだろうか。

 

「また?」

 

 またも何も目の前の虫けらのことなど一切記憶にない。

 

「え……あの時のスケルトンに乳を揉ませてた姉ちゃんだろ?覚えてないのか?ブレインだ。ブレイン・アングラウス」

「……?」

 

 虫けらの名など覚えるはずがないのに何を言っているのか。そんな当たり前のことも理解していない虫けらの態度に首を捻っている虫けらは何やら諦めたらしい。

 

「ま、まぁいい。死霊使いかと思っていたがあんた剣も一流だったんだな。これまでも俺と同じで一撃で終わらせてるし、あんたと戦うのを楽しみにしていたんだ」

 

 虫けらの言う通りこれまでの対戦者は剣撃だけですべて倒してきた。別に剣が得意だというわけではない。殺すなという命令を守るには魔法で手加減することが難しかったからだ。

 

「それにしてもさっきの試合すごかったよな。決勝でモモンってやつと戦うのも楽しみだが負けたストロノーフってのも相当やるよな。ちっくしょう、両方と当たりたかったぜ」

 

 まさかこの虫けらは私に勝ってモモンガ様と戦えるとでも思っているのだろうか。身の程知らずも甚だしい。

 

「まったく虫けらごときが……。ごちゃごちゃ話をしていないでかかってきたら?煩わしい」

「いや、まだ開始の合図されてねーだろ」

「は?あなたは殺し合いの最中でもそんなこと言うつもり?開始の合図してないから待ってくれって?虫けららしい甘えた考え方ね」

「……」

 

 瞬間、虫けらの体が揺れたかと思うと目の前に迫っていた。虫けらのレベルではありえない動きだ。恐らくモモンガ様がおっしゃっていた武技とか言うものを使ったのだろう。

 虫けらの剣撃をこちらも抜刀した剣で受ける。この剣は市販のものだ。虫けら程度を倒すのにモモンガ様から武器を賜わるわけにはいかない。

 

「ちょっ、ちょっと!まだ開始の合図をしてないですよ!」

「俺の<縮地>を見切りやがったか!だがこれならどうだ?武技<能力向上>!」

 

 虫けらの司会者の言葉を無視してさらに速度を上げた虫けらの剣撃が続く。

 

「ああもう!準決勝第二試合!冒険者ナーベ 対 剣士ブレイン・アングラウス!試合開始ー!」

 

 虫けらの司会者がごちゃごちゃいっているがどうでもいい。この調子に乗った虫けらをどのようにすり潰してやろうか。

 

「どうしたどうした?さっきまでの威勢は。防戦一方じゃねえか。あの時のスケルトンは出さねえのか?」

「くっ」

「ほれほれ、まぁあんなスケルトンを呼んでも俺には勝てないけどな。顔はおっかなかったが全然強そうには見えなかったしな。でもあんな見掛け倒しでも呼び出せば盾代わりにくらいにはなるんじゃねえか?」

「なん……ですって……」

 

 まさかそのスケルトンとはモモンガ様のこと?それを強そうに見えなかった?見掛け倒し?虫けらの分際でそのような言動が許されるわけがない!

 

「どうやら死にたいようね。いいえ……死すら生ぬるいわ!」

「言うじゃねえか!だったらどうするってんだよ」

 

 次第に斬撃の力を強めながら虫けらが笑っている、己の命がもう僅かもないことにも気づかずに。

 

「<次元転送(ディメンションムーブ)>」

 

 転移魔法で虫けらの後ろに回り込む。一方虫けらの剣は私がいた場所で空を斬りつけていた。転移対策をまったくしていない愚かな虫けら……呆れ果てながらその背中を斬りつける。

 

「っとお!!」

 

 なんと虫けらは生意気にも後ろを振り向かずに剣だけで背中への攻撃を防ぎきった。

 

「なんだ!?いつの間に後ろに回った!?嘘だろ?俺の<領域>でも捉えきれなかったぞ!?」

 

 また武技か、本当に面倒くさい。<りょういき>とやらは恐らく探知系の武技だろう。ならばと魔法のターゲッティングを行う。狙うは……。

 

「<雷撃(ライトニング)>」

「うおっ!いってえええええ!」

 

 狙い違わず指先から飛び出したら第三位階魔法は金属製の虫けらの剣へと向かいバチバチと紫電を散らした。手が痺れたのか虫けらは剣を取り落とす。

 

「魔力系魔法詠唱者(マジック・キャスター)だと!?死霊使いじゃねえのかよ!」

 

 文句を言いつつ虫けらは取り落した剣を見やる。その剣から雷撃の影響が消えたと見たのか再び拾おうとする虫けら。

 

「やらせると思うの?<火球(ファイアーボール)>」

 

 次に放ったファイアーボールが虫けらの剣を包み込む。燃え上がった剣からは持ち手や鍔は焼け落ちる。残った刀身は真っ赤に輝いていてとても掴める状態ではない。

 

「ちょっ!?何しやがる!?」

「虫けらが道具を使うなんて分不相応。さぁ、地べたを這いずり回りなさい」

 

 真っ赤に燃えた刀身に触ることも出来ない虫けら。武器破壊対策もしていないなんて本当に下等生物だ。

 

「上等だ!武技……」

「<重力(グラビティ)>」

「ぐおっ!」

 

 面倒な武技を発動する前に次の魔法を叩き込む。重力魔法に耐えられないのか虫けらは膝をつき、さらには地面に倒れ伏した。

 

「どうしたの?その程度?さっきまでの大口はどうしたの?虫けら」

「ぐっ、ぐぅ……」

 

 私は一歩、また一歩と虫けらへと近づいていく。そんな私を虫けらは無理やり顔を上げて睨めつけてくる。

 

「ほら、どうしたの?ねぇ?何か言ったらどう?」

 

 私は虫けらの元までたどり着くとそのままその見上げてる顔を踏みつけた。

 

「ぐっ」

「この芋虫が……あなたのような虫けらはそうやって地面を這いつくばってるのがお似合いなのよ」

 

 会場の虫けら達から「おおっ」っという声が聞こえてくる。これは至高の御方に創造された私の力を持ってすれば当然の帰結にすぎないというのに何を驚いているのだか。

 

「さっき生意気なことを言っていた口はこれ?どうしたの?ほら、何か言ってごらんなさい?」

「ち、ちくしょう……てめ…がっ!?」

 

 虫けらが余計なことを囀ろうとしたので不快な顔をぐりぐりと足で踏みつける。

 

「ほらほら、その汚い舌で私の足でも舐めたいの?このゴミムシが!」

 

 顔を上げようとすれば蹴りつけ、手を動かそうとすればそれを踏み潰す。重力で身動きができない虫けらだが、モモンガ様に働いた不敬はこの程度で許されるものではない。

 

「わ、わかった。こうさ……」

「<静寂(サイレンス)>」

 

 降参しようとする相手の声を魔法で封じる。降参などさせてなるものか。まだまだ痛めつけ足りない。

 

「~~~!?」

「何を言ってるの?降参なんてさせてあげると思って?何も聞こえませんよ?この芋虫!」

 

 

 

───それから数十分

 

 

 

 虫けらへの蹂躙はそれはもう執拗に続けた。出来るだけ意識が失わせないための手加減が難しい。ビクンビクンと痙攣しているがこれは意識があるのだろうか。治癒魔法をかけてから続けた方がいいだろうか。

 そう考えていた矢先……。

 

「えー……非情に……本当に非常に残念ですが時間切れです!」

「「「BOOOOOO!」」」

 

 なぜか会場から大ブーイングがあがる。

 

「審判団で協議した結果、ええ……みなさまもお分かりのとおりだと思いますが……勝者!ナーベ様あああああああああああああ!」

「「「おおおおおおおおおお!」」」

 

 割れんばかりの歓声。そしてなぜか私を様付けにしている司会者。よく分からないが虫けらたちも少しは分を弁えたということだろうか。

 目の前でピクピクしている対戦相手の虫けらへの制裁はまだ足りないが仕方がない、次は……と考えて顔が青くなる。

 次の相手は……モモンガ様……?

 

 

 



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第15話 王都御前試合③

 御前試合の決勝戦、モモンガはナーベラルと対峙していた。

 モモンガは<伝言(メッセージ)>を発動させる。ナーベラルに事情を聴かなければならなかったのだ。報告では『まだ冒険者として名声は得られてません』としか言われていない。

 

『ナーベラル聞こえるか』

『はっ、モモンガ様』

『私が何を言いたいか分かるか?』

 

 報告の中にナーベラルが御前試合に出るという話はなかった。取るに足らない依頼をこなしているという話だったのに報連相が出来ないのは問題だ。ここは厳しく言った方がいいだろう。

 

『はい……虫けらの催しとは言えモモンガ様と敵対することになり誠に申し訳ありません!今すぐ責任を取り自害を……』

『待て待て待てそうじゃない!』

 

 何を勘違いしたのかナーベラルは手に持った剣を首に充てて俯いている。流れとは言え至高の存在と敵対しているということがナーベラルの中では許しがたい罪となっているのだろう。

 

『私が言いたいのはなぜこの大会に出場することを報告しなかったのかということだ』

『はい……モモンガ様から名声を得よとのご命令を賜り行動していたのですが……虫けらの催しに出場する程度では名声と呼ぶには程遠くご報告するまでもないと……』

 

 モモンガとしてはそれは十分な名声だと感じるのだが、一体ナーベラルはどこまでを求めているのだろう。

 

『ナーベラルよ、お前の考えている私たちの名声とはどの程度のものを想定しているんだ?』

『それはもちろんこの世界のありとあらゆる者たちがモモンガ様を称え、地にひれ伏し、モモンガ様をこの世界の神として信仰する讃美歌が流れるくらいの名声です。それこそが正しい世界の在り方ではないでしょうか』

「ええー……」

 

 ナーベラルとモモンガの中の名声における基準が違いすぎた。モモンガとしてはこの世界での居場所を探すために、いるかもしれないギルドメンバーの情報が得やすいように、ある程度の情報が入ってくるだけの地位と名声が得られたらいいなくらいの気持ちだったのだ。

 これは説明を怠ったモモンガも悪い。上司の指示がいい加減では部下が間違うのも仕方のないことである。

 

『ナーベラル、私はそこまでは求めていない。これは私の言い方が悪かったな。許してくれ』

『何をおっしゃるのです!愚かな私が悪いのです!』

『いや、私が悪い。もっと細々とした説明をしておくべきだった』

『そんなことはございません!やはりここは自害して謝罪を……』

『やめろ……私が言いたかったのはこの試合の決勝で注目される程度の名声があれば十分ではないのかということだ』

『そうなのですか?』

『まぁな。ちなみにナーベラル。冒険者ランクはどのくらいになった?』

『確かアダマンタイトかと』

『アダマンタイト!?』

 

 事前調査の情報ではアダマンタイトとは冒険者ランクの最高位だ。この国では『朱の雫』という冒険者チームただ一つしかないらしい。

 

『至高の御方であればヒヒイロカネなどの七色鉱が相応しいというのに残念ながら私の力が及ばず……』

 

 ナーベラルは悔しそうに唇を噛みしめるが、モモンガとしては十分すぎる成果だ。最高位の冒険者ということであれば情報を得やすいだろう。

 

『十分だ。ナーベラル、おまえはよくやってくれた。これだけの名声があれば任務達成だ』

『は、はい!ありがとうございます!』

『それならばもうこの試合にそれほど意味はないのだが……どうするか。そうだな……せっかくだ、お前の実力を見せてくれるか』

 

 NPCとしてのナーベラルの設定は知っている。だが自我を持ち動き出した一個人としてはどうなのだろうか。実際のところモモンガはもしかしてこいつはポンコツなのではないかと一抹の不安を覚えている。

 

(いつまでもモモン様と言って様をとらないし、たまに間違えてモモンガ様と呼ぶし……それともそういう設定なのか?)

 

 設定であれば仕方ないがそうでないかもしれない。それに戦闘能力についてもはっきりと知っておきたい。もしかして61レベルだというのにその力をまったく発揮できないかもしれないのだ。それを知らないせいで弐式炎雷さんの娘を失うような真似は絶対に避けなければらならない。

 

『私はこの鎧があるから武器はなしで攻撃魔法も使わない。上位物理無効化や低位の魔法無効化の常時発動型特殊技術(パッシブスキル)も解除しておこう。おまえは本気で私に攻撃してくると良い』

『そ、それはご命令なのでしょうか……』

『ああ、命令だ。私を殺す気でかかってくるといい』

 

 ナーベラルに命令すると<伝言>の通信を切る。そして我々の会話の終了を待っていたようなタイミングで司会者が試合開始の合図を告げた。

 

「それではいよいよ決勝戦です!向かって左側はみなさんご存じ!この御前試合における紅一点でありながら見事決勝まで進出したナーベ様です!」

「「「うおおおおおおおおおおおおおお」」」

「ナーベ」「ナーベ」「ナーベ」

 

 会場から割れんばかりの拍手と歓声が響き渡る。そして巻き起こるナーベコール。もともと依頼なしで困っている人々を救う冒険者として国民的な人気を得ている上に準決勝でやや特殊なファンまで増えてしまったためものすごい人気だ。

 

「そして右手にはあの優勝候補筆頭!ガゼフ・ストロノーフを下して決勝まで進出した拳闘士モモン!」

「「「……」」」

 

 会場になり鳴り響いていた拍手がピタリと止まる。誰一人としてモモンガを応援しようとするものはいない。

 

(何……このアウェー感……)

 

 冒険者としての人気の違いだろうか。それとも見た目が原因だろうか。いつのまにかナーベラルが会場の人々を魅了していた。

 

「試合開始!」

 

 腑に落ちない気持ちはあるものの試合開始と同時にモモンガはナーベラルへ向かって駆ける。

 

 正直モモンガはこの試合は分が悪いと思っていた。一つは魔法がほとんど使えないこと。魔法でなければ物理で戦わなければならないが魔法詠唱者であるモモンガの物理攻撃力は高くない。

 そしてもう一つは……。

 

「<飛行>」

「そうくるよな……」

 

 ナーベラルはモモンガの接近に反応して<飛行>の魔法を唱えて距離を取る。魔法詠唱者が戦士とまともに接近戦をする必要などないのだ。<飛行>などの魔法で遠距離から魔法を叩き込むのが正しい戦い方だ。

 

「ならば……」

 

 モモンガが次の手に打って出ようとしたその瞬間、足元が光り出す。

 

「これは……まずい!!こっちに来い!」

「へ?ちょっとモモン殿!?」

 

 モモンガはナーベラルへの歩みを止めて横っ飛びに飛び去り、さらにそこにいた司会の男を掴むと観客席まで放り投げる。

 

 

 

───次の瞬間

 

 

 

 先ほどまでモモンガたちがいた地面が爆発した。火炎と黒煙が舞い上がり硬い石の闘技上の舞台が大きく抉れてしまっている。

 

「今のは無詠唱化……しかも遅延化した<爆裂(エクスプロージョン)>か」

 

 開始の瞬間に仕掛けていたのだろう。<飛行>で距離を取るのと同時に魔法を発動し、モモンガを誘導した地点で発動するように遅延発動させたのだ。

 

「なかなかやるな……ってやばい!」

 

 <爆裂>で破壊された舞台の数mもある瓦礫がよりにもよって王族の貴賓席へと向かって飛んでいくのが見える。

 先ほどモモンガと一緒に司会も爆裂させようとしたり、どうもナーベラルはものの程度というのを理解していないようだ。

 モモンガは脳内ノートにマイナス点をつけつつ、瓦礫を追い抜き、さらに壁を駆け上がる。そしてなんとか貴賓席に瓦礫が当たる直前でそれを掴むことに成功した。

 

(ふぅ……間に合ったか。こんなことで王族を殺してしまっては名声も何もあったものではないからな……)

 

 危うく手配犯になるところである。

 

「ああ……ええと……失礼しました。陛下」

 

 偉い人との会話などどうすればいいか分からず適当に声を出したが、余りの事態に王族たちは皆固まっている。警備兵まで大口を開けて固まっているのだがそれでいいのだろうか。

 そんな中で一人だけまともに返事をした人間がいた。とても小さな少女だ。金色の髪をしており綺麗な衣装を着ているがその顔は伏せていて表情は見えない。

 

「モモン様。助けていただきありがとうございます」

「う、うむ……」

 

 感謝しているということはこれはセーフということでよいだろうか。良いとしよう。モモンガはその巨大な瓦礫を持ったまま舞台に戻る。

 

『ナーベラル。人間を殺してしまうような戦い方は控えるように』

『あ……申し訳ございません!』

『分かったらよい。さて、次はこちらから行くぞ』

 

 ナーベラルへ<伝言>で声をかけ、試合を再開する。そのための第一手として持ち上げていた舞台の瓦礫をナーベラルへ向かって投げつけた。

 

「モモン様なにを!?」

 

(だから様をつけるな……ってもう言っても無駄か)

 

 投げつけた瓦礫はモモンガの予想通りナーベラルが<飛行>であっさりと躱すが……。

 

「え……」

 

 地上にはもうモモンガはいなかった。投げつけた瓦礫の死角に隠れて一緒に飛び上がったのだ。さらにナーベラルより上空まで投げられた瓦礫を足場にして上下逆さまの状態で瓦礫をさらに蹴りつける。

 

「くっ……」

 

 ナーベラルが避けようとするがもう遅い。腕をつかんだ。このまま両手両足を極め地面に叩きつける。あの囚人ナンバー0が使った技だ。

 

「<転移(テレポーテーション)>」

 

 しかし次の瞬間ナーベラルの体の感触がモモンガの手から失われる。

 

「まぁ……そうなるよな……」

 

 転移のできる魔法詠唱者と対峙すればこうなるのは目に見えていた。それでもせめて一撃をと思っていたが予想通り無理だったようだ。

 

「<魔法最強化(マキシマイズ・マジック)魔法の矢(マジックアロー)>」

 

 すかさずナーベラルから最強化された6本の<魔法の矢>が撃ちだされる。転がりながらそれらをかわそうとするが必中不可避の矢は誘導されるように体に突き刺さってモモンガを弾き飛ばす。

 

「<魔法三重化(トリプレット・マジック)電撃球(エレクトロスフィア)>」

 

 間髪いれずに3連発で範囲電撃魔法が向かってくる。さすがに隙がない。接近されることのデメリットを十分分かった上での立ち回りだ。

 

「なかなかやるではないか。だがまだまだ私の体力は削れていないぞ?」

「くっ……」

 

 悔しそうにナーベラルは唇を噛むと次々と多種多様な魔法を放ってきた。まるで絨毯爆撃だ。魔法が発動する度に闘技場は爆発し、熱風が吹き荒れ、地面が陥没する。

 

「そらどうした?どんどん撃って来い」

 

 正直言ってモモンガは戦士としての自力勝利はないと思っている。だからこそ自滅を狙うことにした。MPが尽き、魔法が使えなくなってしまえば地力の差で勝てる。実に消極的な作戦だが勝利のためには手段を選ばない主義だ。

 もちろん隙あらば一撃食らわせようとは思っている。

 

(でも負ける可能性の方が高いんだよな……まぁ一撃でもナーベラルに当てられたら勝ちと思っておくか)

 

「……さすがですモモン様」

「お前もな。それで、次はどうする?」

 

 ナーベラルは自嘲気味にふっと笑うと地面に手を当てた。

 

「<魔法三重化(トリプレット・マジック)風壁(ウォール・オブ・ウィンド)>!」

 

 まさかの防御系魔法。しかも不可視の風属性の壁は触れてもダメージはないもののノックバック効果を与えてくる面倒なものだ。しかしそれらはなぜかナーベラルを守ることなくモモンガの周囲に壁が作られていた。

 

「なに!?」

 

(逃げ道を塞ぐためか!?……よく分からないがここにいるのは不味い……)

 

「<溺死(ドラウンド)>!!」

 

 次にナーベラルが発動したのは相手を口から肺にかけて水を詰め込む魔法だ。当然呼吸が必要な種族であればダメージを与え場合によっては溺死する魔法であるのだがアンデッドであるモモンガには何のダメージもない。

 

「どういうことだ?いや……まさか!?」

「<魔法二重最強化(ツイン・マキシマイズ・マジック)連鎖する龍雷(チェイン・ドラゴン・ライトニング)>!」

 

 いつのまにか土壁からの逃げ道を塞ぐように空中に浮かんでいるナーベラルの両手に激しく暴れる雷の竜が現れていた。そしてそれは当然のようにモモンガへと牙をむいて襲い掛かってくる。

 

「ぐっ……ぐうううううううううううう」

 

 第7位階魔法というモモンガにさえ届く魔法の雷撃により体の表面を焼かれると同時に<溺死>によって濡れた体内にまで電流が届き、体の内と外から電流で焼かれる。あまりの高熱に飛び散った火花は周囲の瓦礫を溶解するほどだ。

 

「これが……痛みか。なるほど痛みによる行動阻害はないか……」

 

 結構なダメージを受けたがそれでもモモンガは100レベルの魔法詠唱者だ。魔法防御力も高いので魔法1発くらいで倒れるほどのダメージは受けない。

 モモンガが自らの状態を確認していると空中にいたナーベラルが地面に両手をついてうずくまっていた。

 

(……どうした?ついに魔力切れか!?チャンス!!)

 

 そう思った瞬間にモモンガ闇闘技場で盗んだ技術の粋を使い、全体重を乗せた綺麗な掌底打ちをナーベラルの腹に叩き込んだ。

 

「~~~っ!?」

 

 ナーベラルは何ともいえない声とともに吹き飛びそのまま闘技場の壁へと突っ込む。そして瓦礫とともに地面へ崩れ落ちた。

 

「よし!」

 

 思わずガッツポーズをする。たとえこのあと引き分けに終わってしまったとしても一撃もダメージを与えなかったとしたら情けなさ過ぎる。

 正直ナーベラルがこれで終わるとは思っていない。きっと立ち上がって反撃してくるだろう。

 

(HPが全然減っていないからな……。魔力は……えっ!?)

 

 攻撃に夢中で気にしていなかったナーベラルの体力と魔力を確認する。体力は十分の一も削れてなかった。そして魔力は……。

 

(魔力も半分以上残っているだと……)

 

 魔力が残っているならなぜあのような隙を作ったのがが謎だった。追撃の魔法を放つことも出来たし、転移や飛行で距離をとる事も容易かったはずである。

 

(いや、これもブラフという可能性もある……もしかして<虚偽情報・魔力(フォールスデータ・マナ)>を使っていたとか?ここはもう一撃入れて様子を見るか……。ぷにっと萌えさんも様子を見るために一発殴るのはいいことだと言っていたし……)

 

 かつてのギルドメンバーの言葉を思い出しつつモモンガは膝を突いて俯いているナーベラルに向けて拳を振り上げ……。

 

「うっ……ううっ……」

 

 ナーベラルの両目から涙が流れていた。悔しそうに顔しかめ何かを我慢するように唇を噛みしめている。

 

「えっ!?なんで!?」

 

 モモンガの感情が振り切って精神沈静化がおきる。しかし泣き続けるナーベラルを見る度に精神が揺さぶられ混乱は収まらない。

 

「おゆ……お許しを……。御身を傷つけ痛みを与えるなど……。うっ……。お許しください……。どうかお許しください……」

「いや、ちょっ、まっ」

 

 どうやらモモンガを傷つけるという行為自体が嫌だったらしい。涙で顔を濡らして許しを請うその姿にモモンガはドン引きであったのだが……。

 

「てめええええええええええ!何をナーベ様を泣かせてんだごらああああああああ」

「謝って降参してんだろうが!それをまだ殴るってのか!!」

「うわぁ……最低!!」

「父上、あのモモンとか言う男は失格にして死刑に処すべきではないでしょうか」

「う、うむ……いや、しかし……」

「ナーベ様がんばって!負けないでえええええええええ」

「ナーベ!」

「ナーベ!」

「ナーベ!」

 

 会場の観客たちの感情あらわにその怒りをモモンガへと向けていた。二人のあまりの攻防に言葉を失っていた観客たちだったが、ナーベラルの涙を見たとたん我に帰ったのだろう。

 そして目の前で行われているのは泣いている美姫への虐待。

 

「えっと……。ナーベ様は降参と言うことでよろしいのでしょうか?」

 

 吹き飛ばされていた司会が顔だけ客席から出して問いかけるとナーベラルはこくんと首を縦に振る。

 

「えー……勝者モモン……」

「「「BOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!」」」

 

 司会の投げやりな勝利者宣言とともに会場に怒号のようなブーイングが鳴り響き王都の御前試合は幕を閉じた。

 

 



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第16話 暗殺者襲来

 私の名前はラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ。またの名を闇を駆る狩人……おっとそれは昼の間は秘密にしなければならない。今は闇を照らす光がこの身を封じているがゆえに。

 それにしてもこの間は楽しかった。また今夜もひと狩り行きたいものである。はやる気持ちについ手元にある仮面とローブを撫でていると妄想の世界に入ってしまいそうだ。

 

「んふっ……んふふふふふふ」

「どうした?ラキュース、ご機嫌だな。何かいいことでもあったのか?」

「い、いえ! 別になんでもないわ! ガガーラン。えっと……そう! あの時会った冒険者はどうしてるのかなーって考えていたのよ」

「ああ、漆黒の美姫ナーベのことか。聞いたかラキュース、あの冒険者が王宮に呼ばれたっては話を」

「ええ、ラナー様をお助けしたって話ね。それにしてもそんな危険な道を通るなら私たちに依頼すれば良かったのに」

 

 ラナー・ティエール・シャルドロン・ライル・ヴァイセル、彼女はリ・エスティーゼ王国の第三王女である。貴族として知り合いではあるが今いちよく分からない少女だ。いつも暗い顔をして驚くほど痩せている。心配して何度かお見舞いに行ったことがある。

 

「何でもエ・ランテルまでの街道で数日で魔物数百匹を一人で倒したとか聞いたな。それで王女様の馬車が襲われてるのを助けたってよ、さすがラキュースがライバルと呼ぶだけあるな」

「ま、まぁね!でも最近は私も負けてないけどね!」

「そうか?でもあいつもうアダマンタイト級になったって話だぞ」

「え!?」

 

 それは初耳だ。彼女と初めて会ったのが数ヶ月前。その時彼女は冒険者でさえなかった。そんな彼女がもうアダマンタイトになった?

 

「私たちもう追い抜かれてしまったの!?」

「ああ、最初の依頼達成で一気に銀級までなってその後も危険な依頼ばかりをこなして異例のランクアップだ。最後はあれだ、王都御前試合に出て準優勝したってさ」

「御前試合にまで出てたの!?」

「ああ、噂では試合会場が復元不可能になるほどの魔法を使ったらしい。ちっくしょう!見に行けばよかったな!」

「そ、そうなんだ……さすがね……。そういえばあなたはなんで出なかったの?」

「いまさら御前試合なんて出てどうするよ。俺は貴族とか王族へ仕えるつもりなんてさらさらねーぞ」

 

 午前試合といえば王侯貴族に仕官するための登竜門としても有名だ。自由な冒険が好きなガガーランは確かに出場する意味があまりない。しかしあの漆黒の美姫は出場したという。

 

「それにしても意外だな、あの女がそんなことに興味あるとは思わなかった」

 

 ガガーランも私と同じ意見らしい。あれは私と同じく身の内に闇を飼う獣。あの漆黒の美姫がその闇の力で誰かを従えることはあっても誰かに仕えるようなことがあるとは思えない。もし彼女が仕えるとすれば……。

 

「真の闇に潜めし者がいるのね……」

 

 

 

───そうつぶやいた瞬間

 

 

 

「ラキュース!後ろ!!」

「ガガーランも!!」

 

 ガガーランの言葉で()()に気づき、彼女にも即座に私に警告する。

ガガーランはハンマーを、私は浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)の一つを自分の背後へと叩きつけた。するとギャリギャリという金属を引っ搔くような音が部屋に響き渡る。

 

「驚いた……」

「完全に気づかれてた……そう、闇に潜んでいた……」

 

 私とガガーランの影の中から現れた人物。小柄なその二人の女はよく似た顔だちをしていた。双子だろうか。

 

「警告助かったぜ!さすがだな、ラキュース。影に潜まれてたなんて全然気づかなかったぜ!」

「え、ええ……そ、そうね!」

 

 今更妄想をつい口走りましたとは言い出せない。ごまかすようにその暗殺者たちに向けて戦闘態勢を取る。

 

「よく見つけた、褒めてやる。でも死んでもらう」

「覚悟」

 

 言葉少なに殺害を予告する暗殺者。両手に持った小太刀やその黒で統一された独特の服装は南方で使われる布で作られた忍び装束というものだろうか。

 

「<影分身の術>」

「<空蝉の術>」

 

 聞いたことのない魔法だ。その魔法が発動すると双子の片方が二人に増えた。もう一人は体が薄っすらと透けている。

 

「人違いで襲ってきてるってわけじゃなさそうね!私は分身したほうをやるわ!ガガーランはもう一人を!」

「了解だぜ!」

 

 私に向かって複数に分裂した女がゆらりゆらりと揺れるように向かってくる。どちらが本体なのか、それともどちらも実体なのか。確かめる方法ならばある。

 

「ならば……射出! 浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)!」

 

 私を中心に周囲に浮いている剣。これは飾りではない。魔法を付与されたこの剣群は私の意志で敵に襲い掛かる。叫ばなければ襲い掛からないというわけではないが、技名は重要だ。叫ぶことに意味がある。

 

「くっ……」

 

 浮遊する剣群の攻撃を受け、2体に分かれていたうち1体の体が掻き消え、もう一人が襲い掛かる3本の剣をさばいている。

 

「踊りなさい!浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)!!」

 

 顔を片手で隠すポーズを決めながら残り5本の剣を追加で襲い掛からせる。何度も言うが技名を叫ぶことに意味がある。

 これで足止めしたところを超技<暗黒刃超弩級衝撃波(ダークブレードメガインパクト)>で決めよう。いや、それでは宿屋に被害が出るかもしれない……。でもこの階には私たちしかいないはず。人的被害は出ないだろう。それに決め技で決めたほうがかっこいいし……どうしよう。

 悩みながらガガーランの方を見るとそちらも勝負がつきそうだった。

 

「くっ……ふざけた腕力。本当に女?」

「うっせー!おっと手癖が悪いぜ!」

 

 ガガーランのハンマーの衝撃で手が痺れた女は何とか距離を取って飛び道具を取り出そうとするが、ガガーランが接近して蹴りを放ちそれを許さない。

 さすがの相棒ガガーラン。よし、ここで超技を放ってまとめてやってしまうのがカッコいいかもしれない!

 

「ガガーランあれを決めるわよ!」

「なっ……うそだろ!?ここであれぶっ放すのか!?」

 

 有利に戦闘を進めているはずなのになぜか驚いているガガーラン。それを見て暗殺者二人も何事かと顔を見合わせた。

 

「なんかやばそう」

「逃げる?」

 

 暗殺者は私の迸る闇の波動に不安を感じたのか、ジリジリとお互いの背を合わせながら後ずさっている。もうちょっとだけ待ってほしい!もうすぐ私の真の見せ場なのだから!

 

「「<影渡り>!!」」

 

 あとは暗黒刃超弩級衝撃波を発動するだけだと言うのに、二人の暗殺者はズプンと自らの影に飲み込まれ姿を消してしまった。

 逃げられた!なにより私の見せ場がなくなってしまった!そう思ったのが……。

 

「おっと逃がさないよ」

「なんだこいつら?」

 

 部屋のドアが開き、床に2本の剣が突き刺される。中に入ってきたのはリグリット様ともう一人、白い髭を蓄えた老人だ。

 

「な……何?」「これは……暗殺術?」

 

 剣が突き立った影の中から暗殺者たちが現れた。

 

「ああそうだよ。『影縛り』だ。もう動けまい?」

「なぜ忍の技をおまえが……」

「忍びの技がお前たちにしか使えないとでも?これでも顔は広い方でね。あんたらのところの頭領とも知り合いなんだよ」

「戯言を……」

()()()()()()の女頭領は元気かい?」

「「!!?」」

 

 リグリット様の言葉に暗殺者たちの顔が固まる。イジャニーヤとは世界を股にかける有名な暗殺組織だ。なるほど私とガガーランを苦戦させるだけはある。

 

「リグリット様どういうことでしょうか?彼女たちを知っているのですか?それにそちらの方は?」

「こっちの爺は後で紹介するよ。あたしらを消すためにイジャニーヤの暗殺者が雇われたって聞いて待ってたんだよ」

「え?知ってたのですか?それならなぜ教えてくれなかったのですか?」

「なぜ教えなかったって?アダマンタイトを目指そうってあんたたちに丁度いい相手だと思って放っておいたのさ。でも詰めが甘かったね、もうちょっとで逃げられるところじゃないかい……っていうかラキュース、あんたこの宿ごとやっちまうつもりだったろ」

「す、すみません……」

 

 どうも私とガガーランを鍛えるためにあえて教えてくれなかったらしい。そして私のこともお見通しだった。見せ場だとか思っている場合じゃなかったかもしれない。

 

「おいおい、婆さんそりゃねーんじゃねーの。分かってたなら教えてくれよ」

 

 ガガーランはいまいち納得していないらしい。床にハンマーを押し付けたまま仁王立ちしている。

 

「教えたらあんたたち二人とも警戒しただろ?そうしたらこの双子は襲ってくることさえなかっただろうさ。それじゃつまらないじゃないか」

「「……」」

 

 リグリット様の言葉に暗殺者たちは苦い顔をしている。図星なのだろう。

 

「さて、あんたたちの処遇だけどね……」

「「……」」

 

 暗殺者たちの顔に緊張が走る。ミスリル級冒険者を襲ったのだ。よくて牢獄行き、場合によっては処刑もありえるだろう。

 しかしリグリット様の決定は意外なものだった。

 

「あんたたち二人とも『蒼の薔薇』に加わりな」

「「は?」」

 

 双子の暗殺者はぽかんとしてる。私だってぽかんだ。だってそうだろう、どこに今さっき殺そうとしてきた相手を仲間にしようとする人間がいるのだろうか。

 

「どうせ帰ってもあんたたちの掟じゃ粛清されちまうんだろ?」

「なぜそれを……」

 

 確かにイジャニーヤは非常に厳しい組織だと聴いたことがある。裏切り者や任務に失敗したものには厳しい粛清が待っている。だがそれゆえの精鋭であり、依頼者からの信頼に応え続けているとも言える。

 

「っていうかあんたらの頭首にもう話はついてるよ」

「「!?」」

「あとあんたらの依頼主……えっとなんて言ったっけ。そうそう、アームストロング伯爵だったかね、そいつはもう死んでるから。あたしらを狙っても意味がない」

 

 リグリット様は淡々と話されているがそれはとんでもない情報だ。いつのまに暗殺組織の幹部と話をつけていたのか。いつのまに依頼主を屠っていたのか。

 

「リグリット様が依頼主を殺したのですか?すべてを見越して?」

 

 私は尊敬の目をリグリット様に向けるが首を振られる。

 

「いや、もう殺されていた。まぁやった連中の目星はつくけど……まぁ依頼もないのにあたし達がどうこうすることはないね。自滅ってやつさ」

 

 もう暗殺組織からの襲撃はないらしい。嬉しいようなほんのちょっぴり残念なような気がする。

 

「で、どうするんだい?ちなみに頭首は戻ってきたら容赦しないそうだ」

「くっころ……」「心まで好きに出来ると思うな」

「そうかい。じゃあイジャニーヤの頭首に……」

「わかった仲間になる」「異議なし」

 

 どうやらイジャニーヤの頭首と言うのはそれほど恐ろしい存在らしい。しかし『蒼の薔薇』の新しい仲間が暗殺者と言うのはどうなんだろう。闇を抱く私にふさわしい仲間だろうか。

 そんなことを考えていると今まで黙っていた老人が口を開いた。

 

「リグリット。その二人はもう売約済みか?才能ありそうなのに残念だな」

「あの、リグリット様。そちらの方は?」

「ああ……こいつは一緒に御前試合を見に行った友人さ」

「お初にお目にかかる。元冒険者のローファンという」

 

 ヴェスチャー・クロフ・ディ・ローファン!元アダマンタイト級の高名な冒険者である。引退したと聞いていたがどうしてこんなところにいるのだろう。

 

「ローファンは弟子候補を見つけるために。あたしは『蒼の薔薇』の追加メンバーを探しに。あたしたちの目にかなう奴らはいないかと思って御前試合を見てきたのさ」

 

 高名なローファン様と知り合いというだけでも驚きだがその二人が同時に後継者を探しているというのも驚きだった。少なくとも私たちはその眼鏡にかなったようだが、御前試合で誰に目を付けたのか興味がある。

 

「準決勝以上に残った4人は見所があるね。声をかけてみようと思ってはいる」

「おいおい、リグリット。俺の分を残しておいてくれよ。あのガゼフとかいう剣士は俺にくれ。あとは優勝したモモンってやつもな」

「何いってんだい!それを決めるのはあたしたちじゃないだろ。私の希望を言えば決勝に出た二人が欲しいね」

「あの二人か……?確かにあいつらはやばかったな。全盛期の俺に匹敵する。特にあのモモンってやつは鍛えようによっては俺を超えるかもしれん。だが多少は武術の心得があるようだがあのレベルから言えばてんでダメダメだ。自分の腕力で無理やり技を成立させてるに過ぎない。俺が弟子にして一から鍛えなおしてやろうじゃないか」

「でも大丈夫かい?あのモモンは一筋縄じゃいかなそうだよ」

「ああ、決勝でのことか。降参して泣いてる女をさらに殴ろうとかいう腐った根性は俺が叩き直してやるから安心しろ。最初からガツンと言ってやるさ」

「人の性根についてあんたにとやかく言えるってのかい?」

「んだと!」

 

 わいわいと喧嘩を始めるリグリット様とローファン様。二人とも詩人(バード)の歌に謳われるほどの伝説の人物だ。その二人が認めるほどの強者、そしてそのうちの一人はあの漆黒の美姫だという。

 もしも彼女が『蒼の薔薇』に加わったらと想像する。うん、良い……。闇の神官たる私に、闇よりの暗殺者姉妹、そして闇の君たる漆黒の美姫。この布陣は完璧なのではないだろうか。

 頭の中のガガーランが『俺は?』と言っているけど、今いいところだからちょっと黙っててガガーラン。私はますます楽しくなってきた妄想……闇の遊戯にふけっていくのだった。



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第17話 六本の剛腕

 俺の名は囚人ナンバー0。今俺は闇闘技場のオーナールームの血だまりの中にいる。

 部屋の中心に倒れているのはこの地の領主アームストロング伯爵だ。周りには洗練された装備を身に着けた元ミスリル級冒険者の護衛たちが散らばっていた。

 『散らばっている』という表現に間違いはない。俺の拳を食らって五体が満足にくっ付いているはずがないのだから。

 

「ひゃー……派手にやったわねぇ!胸に風穴空いてるじゃない」

「コッコドール、やっと来たか」

 

 約束した時間にやや遅れる形で現れたオカマ野郎。協力者のコッコドールだ。

 

「約束は果たした。今度はお前たちが約束を守る番だぞ」

 

 俺は裏闘技場を取り仕切っていた男から引きちぎった親指をコッコドールへと放り投げる。

 

「もっちろんよ!うふふふふ、この国は変わるわよぉ。古い組織は倒れて裏の組織が一新されるんだから。麻薬、密輸、奴隷、暗殺、窃盗、金融、賭博、警備、それら8つの新しい裏組織みんなが手を組むの。どんなことだってできるわ」

「麻薬というとお前が言っていた新しい薬か」

「ええ、これがもうすっごいの!黒粉っていうんだけどね。うちの娼館の女たちに使ったらそれはもうキまっちゃって嫌がっていた娘も喜んで腰を振るようになったわ。薬欲しさに何でも言うこと聞くから逃げられる心配も減ったのよね」

「そりゃ儲かりそうだな。俺たちにも一枚かませろよ」

「んー?それはあなたたちの活躍次第じゃない?」

「ちっ……」

 

 簡単に言質は取らせない、油断のない野郎だ。だからこそ手を組むに値すると判断したのだが。

 

「んもうっ、そんな怖い顔しないでよ。今まで大きい顔していたお馬鹿さんはあなたが殺してくれたしね。あなたたちの武力期待してるわよぉ。私の娼館ももーっと奴隷を入れて稼ぎたいのにこの間は変な女に部下をほとんどやられちゃってねぇ……」

「それで俺たちの出番というわけか」

 

 俺たちの役割はもちろん警備部門だ。この闇闘技場で俺に賛同した猛者たちのすべてを引き抜く手はずになっている。

 

「おい、牢屋の方は片付いたぞ」

 

 扉から新たな影が現れる。囚人ナンバー1、いや、今はデイバーノックと本名で呼ぼうか……。

 デイバーノックはアンデッド……リッチだ。自らが強くなるための魔法道具(マジックアイテム)を求め、それを買う金を稼ぐためにここに潜っていた。

 

「逆らうやつはやはりいたか」

「ああ、少しな。全員殺したが問題は?」

「もちろんない」

「地下二階の闘技場も終わったわ。貴族の連中がいたから部屋に閉じ込めて部下達が見張ってる」

 

 デイバーノックに続いて現れたのは囚人ナンバー2、エドストレーム。

 薄布を身にまとった身軽そうな出で立ちで整った容姿をしている。魔法武器の複数のシミターを操る女だ。その美貌とは裏腹に殺してきた相手は数知れない。

 

「地下一階も制圧完了したぞ」

「一階部分も終わった」

 

 続々と報告が上がってくる。囚人ナンバー3、マルムヴィストと囚人ナンバー4、ペシュリアンだ。マルムヴィストは凄腕のレイピア使い、ペシュリアンは空間を斬り裂く技<空間斬>を操る。二人とも恐るべき戦士たちだ。

 

「金庫のカギ見つかったぞ。ボスがそいつを殺しちまうから吐かせるのに苦労したぜ」

 

 カギを放り投げて渡してきたのは幻影魔法を使った<多重残像(マルチブルビジョン)>という技の使い手、囚人ナンバー5ことサキュロントだ。

 俺は投げられたカギを受け取りオーナールームに備えられた巨大金庫へと向かう。金に飽かせてアダマンタイトで作らせたのか、ドワーフにでも作らせて魔法でもかかってるのか、この金庫は俺の拳でもぶち破れなかった。真っ先に領主を殺したのは俺の失態だ。

 

「よし、開けるぞ」

 

 重い金属製の扉が開くと中から黄金の煌きが溢れてくる。溢れんばかりの金貨がつまった袋が部屋いっぱいに置かれており、壁沿いの棚には明らかに魔法の輝きを持つ武具が何十と並べられていた。

 

「これは素晴らしい……ボス、手にとってもいいか?」

「好きにしろ」

 

 急くように部屋に入ってきたのはデイバーノックだ。よほど魔法道具が気になるらしい。他のメンバーも歓声を上げて金庫の中を物色している。

 

「ん?なんだこりゃ?ボス」

 

 金庫の中でもとびきり豪華な宝箱を開けたペシュリアンがひとつの書類を取りだして俺に渡してくる。

 

「これは……御前試合の賭札……か?おいおい、とんでもねえ金が賭けられてるな」

「へぇ……ちなみに誰にかけてるんだい?」

「漆黒の戦士モモン……」

「モモン?だれだそりゃ?」

「まず間違いなくあいつのことだろうな。囚人ナンバー41だ」

「ああ!そういえばあいつどこにもいなかったけど御前試合に出てたのか!で、戻ってきたら仲間に加えるのか?」

「いや、あいつはおそらく戻ってこないだろう」

 

 なんとなく確信めいたものを感じる。俺がこの場所で唯一勝てなかった相手だ。奴は去り際にこんなことを言っていた。

 

『ある意味お前には感謝している。お前たちのおかげで武術というものを学べた。仲間になる気はないし、復讐するつもりもない。ここを出たいのであれば勝手にすればいい。俺はアームストロングという人間に恩も借りもないからな』

 

 あれほどの男が床で倒れているこんな貴族の手におさまるわけがないだろう。だがもし戻ってきたらもう一度声をかけてみるのも悪くはないかもしれない。

 

「まったく最後までおかしな男だったな」

「もし戻ってきて敵対したらどうするんだい?」

 

 心配そうにペシュリアンは聞いてくる。こいつは何度かあいつに負けていたな。いや、俺以外は全員あいつに負けている。

 

「心配するな。俺たちはこれだけの組織になったんだ。あいつ一人ではどうしようもない。それに俺も()()は出してないからな」

 

 そう言って俺は腕の刺青を光らせる。あいつとは引き分けに終わったが俺は切り札である武技は一切見せていない。本気でぶつかれば壊れるのはあいつだ。

 

「しかしこの賭け札はとんでもねえな……」

 

 あらためて賭け札の金額を見る。俺が勝てなかったあいつが御前試合で負けるはずがない。この賭け札を換金すれば小さな領地であれば買い占めてしまえるのではないかというほどの金額が転がり込んでくると言うことだ。

 

「コッコドール!」

 

 俺は金庫の中の大きな皮袋の一つを掴むとコッコドールに向けて放り投げる。床に落ちた袋の中からぱんぱんにつまった白金貨が溢れ、チャリチャリと小気味のいい音が部屋に響く。

 

「わぉ、すっごいお金ね」

 

 コッコドールは目を丸くしている。この貴族が何年も貯めこんできた金にこの賭け札も加えれば国庫に匹敵するほどの財産になるだろう。一袋程度渡しても何の問題もない。

 

「持っていけ。お前には世話になったからな」

「い、いいの?」

「手土産だ。派手に行こうぜ。傀儡を作るにも金が要るだろ」

 

 この糞貴族の代わりに影武者を用意することになっている。その前にこのアームストロング伯爵の関係者や邪魔な奴らは皆殺しにする予定だ。

 

「ありがと。他の幹部にもよろしくいっておくわ。囚人ナンバー0……じゃなくて……そういえばあんた本当の名前はなんていうの?」

「名前なんてねえよ……。だが俺はもう囚人でもねえな。だったら……そうだな……」

 

 この国を暴力と血で染め上げてやる。力の強いものこそが報われる。それこそ理想の世界だ。金も権力も名声も全部全部力で奪いつくしてやる。

 

「はははははっ!さらに上へ……もっと上へか。だったら俺のことはゼロと呼ぶがいい。これ以上の上のない頂点!ゼロだ!」

「ふーん。じゃあよろしくゼロ。あんたを幹部として迎えるわ。それで警備部門なんだけど……。その名前はどうするの?」

 

 『警備部門』でもいい気もするがそれでは確かに何の捻りもない。俺は目の前で倒れ伏している男を見下ろす。この国で貴族と言う地位につきながら力の前に敗れ去った男。この男から奪うものなどすべて奪ってしまったと思っていたがこいつは分不相応なものを一つ持っていた。

 

「ふんっ、こいつの名前が豪腕(アームストロング)とは笑わせてくれる。おい、おまえら腕を出せ」

「お、おう……」

「どうした?」

「ボス?」

「なになに?面白いこと?」

「これでいいのか?」

 

 俺の丸太のような腕につき合わせるように5本の腕が差し出される。俺の腕とあわせて6本だ。こいつらは裏組織の警備部門を仕切る俺が認めた実力者たち。

 

「こんな糞野郎に豪腕なんて名前はもったいねえ!俺たちこそ組織の豪腕!『六腕』だ!!」

 

 俺の言葉に5人は互いの目をうかがった後にニヤリと笑って頷く。

 麻薬、密輸、奴隷、暗殺、窃盗、金融、賭博。この国は犯罪の宝庫となるだろう。そこで俺たちの暴力は絶対的な力となる。暴力の時代の始まりだ。俺たちは今まさに手に入れた血と力に酔いながらこの国の新しい夜明けを祝うのだった。

 

 

 



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第18話 (クライム)

 吾輩は犬である。名前はクライム。

 最初の記憶は薄汚い路地でゴミを漁っているところ。いつ誰から生まれ、なぜここにいるのかも分からない。いつもお腹をキューキューと鳴らし食べられるものを探してスラムの中を彷徨っていた。

 

 食べ物屋のゴミ箱を漁っては汚い臭いと殴られ蹴られ泣いていた。でもそんな殴ってくる人たちはまだマシな方である。本当に怖いのは貴族だ。綺麗な格好の人たちには絶対に近づいてはいけない。興味本位で近づいた時には本気で殺されそうになった。

 自分の生まれも歳も分からない。分かっているのはクライムという名前だけ。だが幼い自分がそんな環境でいつまでも生きていられるはずはなかった。

 

 その日空腹と殴られた傷の痛みについに動けなくなり路地裏で蹲っていた。だからと言って助けてくれる人なんていない。こんな場所で動けなくなったらそのまま死んでしまうに違いない。

 薄れゆく意識の中でこの世界でクライムという人間は消えてなくなってしまうはずだった。

 

「どうしたの?大丈夫?」

 

 そんなときだ。天使のように美しい声が耳を震わせる。自分は死んでしまって天国に来てしまったかと思った。しかし、そうではなかった。

 

「私と一緒にいらっしゃい」

 

 見上げたそこには自分と同じくらい幼い少女が見つめていた。瘦せこけた頬に落ちくぼんだ目、もしかして自分と同じように飢えているのだろうかと思った。でも着ている服は自分と全然違う。とても高価そうだ。もしかして貴族だろうか。でも不思議と怖いとは思わなかった。

 

「お腹がすいているの?これ食べなさい」

 

 少女が差し出したクッキーに自分はむしゃぶりつく。数日ぶりの食べ物だ。食べ終わったあとに指まで舐めてから何もお礼を言っていないことに気が付いた。

 

「あ……ありがとう」

「……」

 

 神様はいるのだと思った。目の前のこの人はきっと天使か何かに違いない。こんな自分を救ってくれた彼女にお返しをしたいと思った。そんな彼女が自分をじっと見つめている。

 

「あの……お礼をさせて……何でもするから……」

 

 相手は命の恩人だ。こんな自分に食べ物を与えてくれる天使だ。彼女のために何かをしたい。自分に出来ることは少ないかもしれないが自分の持っているものをすべて彼女にあげたい、そう思った。

 

「今、なんでもするっていったわね?」

 

 少女は無表情のまま自分を見つめていたが、やがて嬉しそうに笑った。その笑顔はまさに黄金、金色の髪がキラキラと輝いてまさに天使様のそれであった。

 

 

 

……と思っていた時期が自分にもありました。

 

 

 

「クライム。あなたは今日から犬よ。返事は『わん』ね」

 

 自分を拾ってくださったのはこの国の第三王女ラナー様だった。ラナー様に拾われてしばらく、天使かと思っていたラナー様は急に奇妙なことを言い始めた。

 

「……ラナー様?」

 

 まだ自分が幼いから理解できないのだろうか。まさか自分に犬になれといったのだろうか。犬になれとはどういう意味なのだろう。

 

「違うわクライム。わんよ、わん、ほらっ言って御覧なさい」

「……わん」

「そうそう」

「あの……何でこんなことをするの?」

 

 質問にラナー様はその小さな手で頬を押さえて考え込む。その仕草はとても可愛らしい。

 

「クライムもこの間の御前試合を見ましたね?」

「え……うん」

 

 周りの大人たちには良い顔をされなかったが、自分もラナー様と一緒に貴賓席に連れて行かれそこで試合を見ていた。

 

「決勝戦を戦ってた人たちを見てどう思った?」

 

 決勝戦……その言葉を聞いてぶるりと震えが走る。あまりに速い攻防で全部を見えたわけではないけれど二人が動くたびに会場が破壊され、爆発し、炎や雷が飛び散っていた。

 その恐ろしい光と音はまるで災害だった。時折空の上で神様が起こす雷のようだった。

 雷は怖い。どうして昼間なのに空があんなに真っ暗になるんだろう。どうしてあんなに恐ろしい音が鳴るんだろう。なんであんなにピカピカと恐ろしい音で光るのだろう。いつも思っていた。

 あの試合は神様達が喧嘩してるとしか思えなかった。だったらあの人たちは……。

 

「人間じゃない……」

 

 そんな自分の答えが意外だったのか、ラナー様は驚いたようにポカンと口を開けたあと微笑んでくれた。

 

「そうね、クライム。きっと人間じゃないわ。この国のどんな人間でもあんなことは出来ないし、誰も勝つことなんて出来ない。でもこの国のほとんどの人間はそのことを理解出来ていないのよ」

「そうなの?」

「ええ、人間は自分の信じたいことだけを信じるの。ナーベ様が高位の魔法詠唱者だと言っても所詮は一人の戦士に負けた、強大な魔法と言ってもその程度のものだって貴族たちは思ってるわ」

 

 あれを見てそんなこと思えないと思うが、ラナー様がそう言っているならそうなんだろう。自分はラナー様のことを信じている。

 

「優勝したモモン様のことも『強いと言っても個として強いだけで自分の周りの兵士を10人や100人も集めれば勝てるだろう』なんて思っているでしょうね。目の前で見たものを正しく判断できないのね……。それからあの二人はきっとお仲間よ」

「え?」

「きっとモモン様のほうが主人ね……。お父様たちはナーベ様が負けを認めて跪いたと思ってるみたいだけどきっと違う。あれは臣下として跪いたのよ」

「……何で分かるの?」

「ナーベ様の表情とこれまでの情報から……かしらね。きっと間違いないわ」

「でもあの二人は王家に仕えるんだよね?」

 

 周りの大人たちが二人とも王家に仕えさせると言っていた。だからきっと二人は王家の家来になるんだろう。そう思っていたのだけれど……。

 

「いいえ、それは絶対にないわ。それどころかどこにも仕えないでしょうね。王家だけではなく貴族や冒険者、裏の組織までがお二人を引き入れようと動くでしょうけど……。そんなことには絶対にならないわね」

「そうなの?なんで?」

「なぜって……ナーベ様がお怒りだからよ。あの方はずっとずっと怒っていらした……。最初に会った時から……。お父様たちがあの方に失礼なことを言ったときなんか生きた心地がしなかったわ」

「そ、そんなに怒ってたの?」

「ええ、そして今は主人であるモモン様と合流なされたから……。ナーベ様単身ならまだ我慢なされていたのでしょうけど、もし主人であるモモン様が侮辱されたりしたら……きっとあの方は爆発するわ」

「うーん?」

 

 ラナー様の話は難しい。知らない単語がたくさん出てきてよく分からなくなってきた。「うらのそしき」ってなんだろう。ナーベ様とモモン様と今いるこの場所と関係あるのだろうか。

 

「それでラナー様。僕たちはどこにいくの?」

 

 そう、なぜかラナー様と自分は王都郊外の森の入口にいるのだ。お互いの背中には大きなリュックサックを背負っている。少し重いが気にならないくらいの重さだ。ここからは王都が一望できてとても見晴らしがいいけれど散歩だろうか。

 

「この国を出ていくからよ。クライムもついてくるでしょう?」

「うん!」

 

 迷わず返事をする。ラナー様と離れるなんてあり得ない。ラナー様は天使じゃなかったかもしれないけれどまだ全然恩が返せていない。自分がラナー様を守ってみせる。……でもふと思う、王女様って勝手に出て行っていいのだろうか。

 

「ラナー様、連れ戻されたりしないの?」

 

 幼い自分でも王女が家出などしたら大騒ぎになるのではと心配してしまう。今頃捜索隊が出ているのではないだろうか。

 

「あら、そのくらいもう手を打ってありますわ。しばらく私たちを探そうとはしないはずよ?私はブルムラシュー侯のご令嬢が主催するお茶会に出席するために馬車でリ・ブルムラシュールへ向かっているのだから」

「ええ?」

 

 ラナー様は目の前にいるのにブルムラシュー領に向かっているとはどういうことだろう。さっぱり分からない。

 

「彼女には昔、私のことを気味の悪いお化け呼ばわりしていただいたことがありましたわ。今回の招待もきっと私を馬鹿にするためでしょう。うふふ、まさか参加するとは思ってもみなかったでしょうけど」

 

 ラナー様はとても楽しそうに話をされている。ラナー様が楽しいと自分も楽しい。だからこれはきっと良いことなんだろう。

 

「すでに偽装した馬車は手配して出発していますわ。向こうの領地につくまで2週間程度。そこで私が乗っていないことが発覚しますの。そのタイミングで王家にブルムラシュー侯の封蝋で封印された脅迫文が届きます。脅迫主はブルムラシュー侯。当然否定するでしょうけど王家の兵が動きますわね。そして指定した場所を調べると……なんと王国の情報をバハルス帝国へと流していた証拠が見つかりますのよ」

 

 ラナー様は楽しそうに語った後、少し悲しそうな顔になると再度王都を見つめる。

 

「せめてもの置き土産ですわ……その情報を使うも使わないもお父様次第ですけど……まぁ期待薄ですわね」

 

 ラナー様はお父さんに何かを残してきたらしい。きっとそれはとても大切なものなんだろう。自分もラナー様と一緒にこれまで過ごしてきた王都を見つめた。

 今まで悲しいことばかりあった街だけれど出ていくとなると少し物悲しい気分になる。

 

 

 

 ───その時。

 

 

 

 王都中に響き渡るような爆音が木霊した。木々がガタガタと恐ろしい音を立て揺れている。驚いて遠くを見ると王都に黒煙が上がっていた。

 

「きっとナーベ様ね!誰かが言ってはいけないことを言ったのよ!ねぇ、クライム。私は王女をやめてあのお二人の奴隷になるつもり。もちろんあなたも連れて行ってあげるわ。あなたはペットってことにしてあげる。だからあなたはこれからわんっとだけ鳴いていなさい」

 

 ラナー様は自分のような浮浪児を拾ってくださるような方だ。変わった方だとは思っていたがどうやら思っていた以上におかしな方だったらしい。

 

 ……しかしそれがどうしたというのだろう。自分のラナー様のためになんでもしたいと言う気持ちは変わらない。

 犬になれ?ラナー様のためならば犬だろうとなんだろうとなる。ラナー様のためには何でもしたいから。

 自分はラナー様の目を見つめ高らかに宣言した。

 

「うんっ!わかりました!ラナー様!あ、わん!」

 

 



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第19話 〇〇は二十歳になってから

 モモンガは王都の郊外で途方にくれていた。目の前には土下座をしているナーベラルがいる。

 

(どうしてこうなった……)

 

 なぜこんなことになっているかと言うと……。

 

 

 

 

 

 

 時は御前試合の決勝戦に(さかのぼ)る。

 モモンガは決勝後に闇闘技場の人間を探したが誰もいなくなっていた。まだ刑期が残っていたはずだがもともとずっといるつもりでもなかったので気にしないことにした。

 そしてナーベラルと合流したのだが……。

 

「国王陛下がお待ちです。こちらへ」

 

 国王の近衛兵か何かだろうか。他よりも立派な鎧を着た兵士が現れ、二人で王城へと案内されることになった。その間、ナーベラルへの声援がすごかった。そして俺への罵倒はさらにすごかった……。

 

 その後『王家に仕えないか』という勧誘を受け国王ランポッサ三世への拝謁を許されたのだが、それでも王家に仕えるということへの魅力は感じない。

 

(あんな貴族を放置しているくらいだしな……)

 

 当然士官は断ったのだがなぜか国王本人からではなく、周囲の貴族や王子から罵倒を浴びた。

 さらに退室した後には罵倒を浴びせてきた貴族がなぜか自分の領地に来いと言ってきたため辟易として王城を早々に退散することになる。

 

 やはりこの国の貴族はろくなものではないらしい。王族にしてもそうだ。貴族たちが好き勝手に言っているのを御せているようには見えなかった。

 この国に自分達の居場所はないのかもしれない。そう思っていた時に()()()()()が起こってしまった。

 

「おい、お前!モモンと言ったな!俺の弟子になれ!その腐った根性を叩きなおしてやる!」

 

 ナーベラルはずっと我慢していたのだろう。冒険者ギルドで、御前試合で、王族の前で、そして貴族の前で。ずっとモモンガが人間の下に見られるのを我慢していたのだろう。

 しかし、その一言が最後の引き金となった。

 

「ふざけるなよゴミが……私のことならばまだしも至高の存在たるモモン様に対して何という不敬!虫けらの分際でえええええええええええ!<爆裂(エクスプロージョン)>!!」

 

 

 

 

 

 

 死者は出なかったし、一般市民にも被害はなかった。そのあたりの命令はきっちり守っているところがモモンガの頭を痛くする。

 ナーベラルは街中で大爆発を発生させてしまった。そのため、モモンガはナーベラルを連れて王都の郊外へ<転移>で逃げてきたのだ。

 

「あのなぁナーベラル。確かに人を殺してはいない……いないが時と場所を考えてくれ」

「申し訳ございません!あの男のあまりの不敬に我慢ができませんでした!」

 

 それは謝っているのだろうか。それともまたやるという宣言なのだろうか。モモンガはさらに頭を抱える。

 

「次からは気を付けてくれ……。しかし情報収集が中途半端に終わってしまったな……まぁ大半は私が遊んでたせいなんだが……」

「モモンガ様の責任などではありません!この私が不甲斐なかったのです!」

「この都市以外の情報もお前が行ったというエ・ランテルだけか。だがそこもリ・エスティーゼ王国の領地なんだろう?あまり魅力を感じないな」

 

 安心して暮らせる場所を探しているというのにまた偉そうな貴族が絡んでくるかもしれない。そんな気がする。

 

「……と言っても他の国の情報も地理もあまりよく分からないんだよな……地図くらい手に入れておけばよかった」

 

 睡眠も食事も疲労も無効なのでユグドラシルと同じように未知を楽しむという意味で道なき道を行きそこでの発見を楽しむ、というのも良い。良いのだがそれで仲間達の情報が得られないというのもなんとなく違うような気がする。

 できれば人間でも異形でも亜人でもいいので会話が成立する者のいる町に行きたいと頭を悩ませていると……。

 

「こちらがこの大陸の詳細地図でございます。モモン様お納めください」

「おっ、ありがとう」

 

 受け取ってから気づく……なぜそんなものがここにあるのか。そして誰に渡されたのか。目線を下に向けるとと頭を下げている小さな子供が二人いた。

 その顔には見覚えがあった。御前試合の貴賓席で返事をした少女とその隣にいた少年だ。

 

「……誰だ?」

「私はラナーと申します。こちらはクライム。どうぞ私をモモン様の奴隷としてお仕えさせていただけないでしょうか」

「どっ……!?」

 

(奴隷ってどうしてこんな子供がそんなことを言い出すんだ?っていうかこの地図……すごいな……めちゃくちゃ書き込まれてる……)

 

 おそらく手書きで作っただろう地図を見てモモンガは感嘆する。翻訳の魔法道具である眼鏡(モノクル)を通して読むそれには周辺すべての街道から生息している種族、山脈や湖の名前まで事細かに書かれている。まさにモモンガの求めていたものだ。

 

「奴隷になりたいとはどういうことだ?お前はこの国の王族関係者ではないのか?そんな人間を浚ったなどという風評は困るぞ」

 

 幼い女の子と男の子を浚って奴隷にする。どこのエロゲだそれは。エロゲ好きだったギルドメンバー『ペロロンチーノ』なら喜びそうなシチュエーションだが普通に条例で罰せられるレベルではないだろうか。

 

「私は自らの意志でモモン様に仕えたいのです。必ずお役に立ってみせます。思うにモモンガ様は次の街を目指される様子。地図だけでなくこの世界の知識ならお任せください。たいていのことには答えられます」

「お前が?それを信じるとでも?」

 

 それが本当であれば魅力的な提案だが、にわかには信じられない。この地図も本当に彼女が書いたとは限らないだろう。

 

「モモン様はプレイヤー……なのではないでしょうか?」

「なに!?」

 

 『プレイヤー』。それはユグドラシルプレイヤーのことを指しているのだろうか。この世界に来てからゲーム用語に関することを言われたのはこれが初めてだった。

 

「この世界の歴史を幼い頃より調べております。恐らく100年おきに来訪する異世界からの転移者。それがプレイヤーではないかと……違いますか?」

「……」

 

 モモンガは答えを逡巡する。簡単に答えられる質問ではない。もしかしたらこの少女は敵対プレイヤーの手先という可能性も考えられるのだから。

 

「私の奴隷……仲間になりたいといったな。だが、私の仲間になるには3つの条件がある。一つは社会人……つまり自立しているということだ。誰かに養われていたりする人間を仲間にすることはできない」

「ご安心ください。私もクライムも自立しております。もうこの国に戻るつもりはありません」

「そ、そうか……。二つ目はメンバー過半数の同意……まぁこれはいいか。だが3つ目だ。3つ目の条件は人間ではないこと。お前たちは人間をやめるつもりがあるのか?」

 

 その言葉を聞いてラナーの瞳が驚きに見開かれる。それもそうだろう。これはモモンガが人間ではないと言っているようなものだからだ。それで諦めるかと思ったがラナーは嬉しそうに微笑んだ。

 

「モモン様、私はもとより人間であるつもりはありません。もし人間をやめることが出来るのであればそれを希望します」

「ええ!?」

 

 まさか普通に受け入れるとは思っていなかった。子供なのだから異形種を恐れて逃げ帰るのがオチだと思っていた。

 

(どうする?知識は魅力的だがまだ子供だしな……連れて歩くのはどうかと思うしここは記憶を消して帰らせてから考えるか……)

 

 面倒ごとはなかったことにしてしまうに限る。モモンガがこれから使おうと思っている魔法は<記憶操作(コントロールアムネジア)>。ユグドラシルではクエストに必要なNPCが敵対してしまった時などに誤認識させてクエストを進めたりするのに使っていた魔法だ。

 

「ならばその覚悟を示してもらおうか。私が今から使う魔法を受け入れろ」

「分かりました。どうぞ」

 

 モモンガの前にラナーが(こうべ)を垂れる。

 

「ではいくぞ。<記憶操作(コントロールアムネジア)>……何!?」

 

 モモンガは魔法を発動しラナーの記憶を探る。記憶を遡る毎に驚くほどの魔力が消費されていくが、モモンガが驚いたのはその消費される魔力量ではなかった。

 ラナーの6年間という短い人生……その中からモモンガとナーベラルの記憶を消そうと思っていたのだが……そこからモモンガへと流れ込む思考や考え方があまりにも常軌を逸していた。

 さらに記憶の中で彼女は齢6歳にして何人もの人間を殺していた。殺した人間は同情の余地もないラナーに悪意を持った人間たちだったが……この年でこれだけの経験をしているというのは異常すぎる。

 

(まるで人間じゃない……なんなんだこの少女は……)

 

 記憶の中でラナーはありえないほど卓越した頭脳により数々の政策を打ち出していた。それはモモンガの知っている現代の歴史においても採用されているような優れたものだ。それを彼女はただ一人で誰の助けも借りずに考えだして……そして否定され続けていた。

 

(彼女にとっては人間こそが自分を廃する異形だった……のか)

 

 ふと頭に自分と彼女は似ているという想いが横切る。アンデッドであるがゆえに狩られ続けた自分と優秀すぎるゆえに否定されてきたかの彼女。

 彼女がこのまま生き続けたとして人間らしく生きることは難しいだろう。彼女の記憶によると王国の未来は長くない。だからこそ彼女はモモンガを頼ってきたのだろう。この国から逃れるために……。

 

「なるほど……おまえはこの国のために輪作や工場製手工業(マニュファクチュア)などを提案していたのか」

「まさか……私の記憶を……?りんさく?まにゅふぁくちゅあ?」

「ああ、悪い。ちょっとな……輪作っていうは確か畑の養分が失われないように豆類などの栽培を途中に挟んで畑を休ませる期間を作るんだったか?マニュファクチュアとは個人製作で効率が悪い商品製作を作業を手分けして工場化することで大量生産を可能にするというものだったかな?」

「も、もしかして……モモンガ様には私の考えていることがご理解いただけるのですか……」

「ん?理解しているというか知っているというか……」

 

 これでもモモンガは小学校卒業という学歴だ。人類の基本的な歴史くらいの知識は普通に持っている。

 

「そうですか……私の話を理解していただけるのですか……」

 

 ラナーは何やら泣きそうな顔をして俯いてしまった。

 モモンガはもう一人はどうなのだろうとクライムと呼ばれた少年に手を伸ばす。

 

「なるほど、ラナーは確かに人間ではないかもしれない。ではクライムはどうだ?<記憶操作(コントロールアムネジア)>」

 

 少年の人生は単純なものだった。モモンガ最初に連想したのは動物だ。いや、その実態は動物以下かもしれない。人に捨てられ搾取され、人間らしい暮らしをしてこなかった少年。それもラナーに会うまでだが……。

 

「彼は……なんだ?」

 

 モモンガは戸惑う。ラナーに合うまでは人間でなかったかもしれない。しかしラナーに会った後、彼はなぜかわんわん言い始めている。

 

「クライムはペット、犬ですわ」

「わん!」

「???」

 

 モモンガの意識が理解の範囲外へと飛ぶ。犬とはどういうことだろうか。そういう性癖なのだろうか。本人も嫌がっているようには見えない。いや、本当に犬なのだろうか。

 

(月の光で犬に変わるとか? 人犬(ワードック)? 人狼(ワーウルフ)ならユグドラシルにいたが……いや、どう見ても人間だろう。でも本人がそうでないというのなら……)

 

 モモンガは混乱しながら判断に迷う。人間を仲間にすることはあり得ない。だが、彼女達は自分たちを人間ではないという。

 

「私にはお前たちは本当に人間ではなくすることが出来ると言ったらどうする?」

「本当ですか!?」

「ああ、例えば天使や悪魔などだ。そう言った種族に変わることが出来ると言ったら変わるか?」

「もちろんです!私は喜んで人間をやめます!クライムもそうですね?」

「うん……あ、わんっ!」

「ナーベラル。異存はあるか?」

「いえ、その者達であれば異存はありません」

 

 人間を虫けらと卑下するナーベラルが珍しく何も文句を言わず同意する。そのことにモモンガは違和感を覚えた。

 

「この子達を知っているのか?」

「何度か見かけました。分を弁えて虫けららしい態度をとっていたので覚えています。奴隷になるというのであれば最低限の礼儀は(わきま)えているでしょう」

 

 評価が良いのか悪いのかよく分からないがナーベラルなりにラナー達を認めているらしい。モモンガは決断する。

 

「そうか……ならば問題はない。では種族変更を……いや、今すぐはちょっと不味いな」

「どうしてでしょうか」

「天使や悪魔は私やナーベと同じく不老不死の種族だ。それゆえに年齢による肉体の成長というものがない。つまり種族変更した場合お前たちはその6歳の肉体のままになってしまう」

 

(人間なのにそんなデメリットを持ったまま種族変更するやつなんているはずがないものな……小さいまま年齢だけが何百歳にもなってずっと生き続けるなんて地獄だろう。ペロロンチーノさんならロリババアとか呼んで喜びそうだけど……いや、まさかそんなやつがいるはずがないか)

 

 モモンガはいくつかの種族変更アイテムを持っている。しかし今それを使うのは不都合が大きいと判断した。戦闘において身長や手足の短さは大きなハンデとなってしまう。

 それまで人間のままということになってしまうが、成長してから使うのがベストだろう。

 モモンガは自らの決断が間違っていないことを確信するとラナーとクライムに向かって高らかに宣言するのだった。

 

「種族変更は二十歳になってからだ!」

 

 

 



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第20話 グリーンシークレットハウス

 ラナーとクライムを仲間に加えることを認めたモモンガはまずは二人の状態を確認することにする。重要なのは二人の装備とステータスだ。

 

「<上位道具鑑定(オール・アプレイザル・マジックアイテム)>、<生命の精髄(ライフエッセンス)>、<魔力の精髄(マナエッセンス)>」

 

 モモンガは判明した情報を見ながら唸る。

 

「うーむ……ラナーは体力の大きさから言うといくらかのレベルはありそうだが……」

 

 ちらりとクライムを見る。問題はクライムだ。

 

「あー……クライムはどう見ても初期値に近いな……年齢から言って当然かもしれないが……」

 

 クライムの体力はユグドラシルにおける初期値、レベルがない状態に近かった。おそらく何の職業レベルも種族レベルも持っていないのだろう。

 

「このままだとまず確実にすぐ死ぬな……持っている装備にも大した付加能力はなさそうだし……ある程度の装備が必要か……よし!」

 

 モモンガのインベントリにはイベントで手に入れたままの放置していた装備や仲間が捨てる装備をもらったものなどが無駄に死蔵されている。それらを使えば当面は何とかなるだろう。

 

「……といってもこんなところでは着替えもできないか。お前たちの話も聞きたいところだし場所を移そう。<要塞創造(クリエイト・フォートレス)>!」

 

 モモンガが発動したのは創造系魔法である<要塞創造>。高さ三十メートルを超える巨大で重厚感のある塔が出現する。拠点を創造させる魔法の中でも防御力に優れたものであり、この中でならば安心して夜を明かせるだろう。

 

「さあ、では中で話をしようか」

 

 モモンガはその重厚な扉を押し開くと中に入る……が誰一人として後ろを続いて来なかった。心配になって入り口に戻るとナーベラルが扉を開けようと四苦八苦しているのが見えた。

 

「どうしたんだ?」

「そ、それがモモン様。扉が開きません……」

「なんだと……?」

 

 モモンガが扉に手をかけるとそれはあっさりと開く。しかしナーベラルたちが押そうが引こうが扉はビクともしなかった。

 

「これは……仲間(パーティ)判定のルールが違うとでもいうのか?この世界に来た影響なのか……どちらにしろこのままでは使い道がないな……」

 

 全ての扉の開閉をモモンガが行うわけにもいかない。右手を振って魔法を解除すると要塞を消し去る。

 その代わりのものがないかとインベントリを探り、あるアイテムを展開した。グリーンシークレットハウス、拠点作成用の魔法道具(マジック・アイテム)だ。初めて見るラナーとクライムには建物がいきなり出現したように見えただろう。

 

「こ、これは……」

「すごい!なにこれ!」

「ちょっとクライム!失礼でしょう!」

 

 クライムが突然現れた建物に目をキラキラとさせて飛び出した。それはそうだろう、何もない空間に一瞬で建物を建てたのだ。

 

「別に砕けた話し方でも構わないぞ。無理してかしこまって話すこともない。子供は子供らしく話さなくてはな。ナーベラル、お前も砕けた話し方で構わない」

「はっ!かしこまりました!」

「わかりましたわ」

「わんっ」

 

 出来ればギルドの仲間たちのように気の置けない関係になりたいと思うのだが、前途は多難なようだ。

 

(ナーベラルはもう駄目だ諦めよう。ラナーは最初からこうなることが分かってたような気がするが……。問題はクライムだな。何でわんわん言っているんだ……)

 

「クライム、仲間になるのだから普通に話していいのだぞ」

「えっ……でもラナー様の犬ですわん」

 

 クライムにはなぜだかそのことが誇らしそうに見える。下僕扱いされて喜んでいるナーベラルに似たものを感じる。

 

「それで……いいのか?」

「わん!」

「ま、まぁそれでいいならこれ以上は言わないが普通に話したくなったらそうしてくれ。この魔法道具の話だったな。これはグリーンシークレットハウスという拠点作成用のアイテムなのだが……立ち話もなんだ。この中で話をしようじゃないか」

「はっ」

「はっ」「うん!あっわん!」

 

 展開された建物に入る。中は白を基調とした高級そうな家具の数々が置かれた過ごしやすそうな空間が広がっていた。ナーベラルたちも問題なく扉の開閉ができている。

 その神秘的なまでの空間にラナーやクライムの足が止まっているが、モモンガは慣れた様子で中に入って状況を確認した。

 

「ふむ……ユグドラシルとの違いはないようだな……こちらの部屋にテーブルがあったはずだ。そちらで話をしよう」

 

 モモンガは扉を開けてリビングへと向かう。ナーベラルがそれに続き、ラナーとクライムは恐る恐ると言った様子で付いてきた。

 リビングに入ったモモンガは中の様子に若干違和感を覚える。

 

「なんだ……?何かが足りないな」

 

 調度品は文句のつけようのないものばかりなのだが何かが物足りない気がする。

 

「ああ……花瓶に何も入ってないな」

 

 ユグドラシルでは装飾品の花瓶には花が飾られていたはずだがそれがない。生物については道具として扱われないということなのだろうか。ユグドラシルとの違いを調べる必要があるかもしれない。

 

「確かに花がありませんね……!モモンガ様!このままではモモンガ様の居城としてこのままでは相応しくありません!すぐに手に入れてまいります!」

 

 ナーベラルが部屋に入ったばかりだというのに止める間もなく、子供たちを連れて飛び出していってしまった。

 

 

───数十分後

 

 

 両手にいっぱいの花を持ったラナーとクライムを連れてナーベラルが戻ってくる。

 

「モモンガ様、私には植物に関する知識がないためこの者たちに選ばせましたがいかがでしょうか」

 

 ナーベラルたちの手にある花々は見たところタンポポや水仙に似たような花が多いように見える。しかしモモンガにはユグドラシル時代のアイテム作成に使う植物くらいの知識しかなく、美的センスについては言わずもがなだ。ならば言うべきことは決まっている。

 

「お前たちに任せる」

 

 丸投げである。

 その言葉にナーベラルはテキパキと指示を出して部屋の中を飾り立てていく。こういったところはまさに出来るメイドである。

 花々が飾られてみると部屋の家具とも色合いが合っており良い感じに思えた。それに友人のNPCと子供たちが一生懸命取ってきた花であるということが微笑ましい。

 

「ご苦労だったな。さて、落ち着いたところで座って話をしようか」

 

 部屋が整ったのでモモンガは椅子に座って話を進めようとしたのだが誰も座ろうとしなかった。見るとラナーがナーベに小声で話しかけている。

 

「どうした?ナーベ」

「はい、モモンガ様。ラナーが言うには今後の方針を決められるのであれば周辺の地理について詳しく情報提供をさせていただきたいとのことです」

「なるほど……それは確かに必要だな」

 

 ラナーからもらった地図は素晴らしいものだが、モモンガには基礎知識が足りない。直接いろいろと尋ねたいこともある。いい機会だ。

 

「では王国の周辺の国について聞かせてもらえるか」

「はっ」

 

 ナーベラルが元気よく返事をするとラナーと小声で話する。そしてモモンガへと向き直ると報告を始めた。

 

「ここから一番近い国であればバハルス帝国という国があるそうです。帝政の国家でリ・エスティーゼ王国との関係はよくありません。それから……」

「ちょっと待てナーベラル」

 

 モモンガが待ったをかける。何かがおかしい。

 

「なぜお前が説明する?なぜラナーが直接説明しない?」

「ラナーを配下に加えたとはいえ序列で言えば最下位の下僕。モモンガ様と直接会話を交わすなど不敬ではないかと……ラナーもそう申しております」

 

(なんなのその伝言ゲーム……。直接話をすればよくない?)

 

 モモンガはそう思うが、確かに会社の社長などに平社員が直接話す機会などほとんどない。上司を通して話をするのであればこれが普通ともいえるが、平社員でしかなかったモモンガは勘弁してもらいたかった。

 

「ナーベ。途中に誰かを挟めば挟むほど話した内容が曲解されたり誤解されたりして正しく伝わらないということも考えられる。もしその必要があるのであれば書面にするという方法もあるが些細なことで字を書く手間も無駄だろう。直接話すことを許す」

「ですが……私程度の虫けらがモモンガ様に直接話をするなど……」

 

 ラナーが顔を伏せながらナーベラルの意見に賛同する。

 

「私はラナーもクライムも仲間に加えると決めたのだ。虫けらなどと自分を卑下するな。そういうわけだ、ナーベ。お前の中継はいらないぞ」

「かしこまりました」

 

 なぜか寂しそうな顔で頷くナーベラル。

 

(え?なんで?なに?あの伝言役やりたかったの?)

 

 NPCの価値観とモモンガの価値観があっていない。ふと見るとラナーがニヤリと笑っていた。

 

(どうしたの!?……何か面白いことでもあった!?)

 

 ラナーの頭の中を覗いたモモンガは彼女が計算高いということは既に把握している。ならばあえてそうしたのだろうと思うがその理由が分からない。天才の考えは凡人たるモモンガには分からない。分からないならとりあえず笑って誤魔化すしかなかった。

 

「ふふふっ……なるほどな。ではラナー、この世界の情報を教えてくれ」

「は……はいっ!」

 

 一方、ラナーは自分の目論見がすべて見通されたと感じ冷や汗を流した。

 直接モモンガに話をしなかったのには訳がある。ナーベラルの存在だ。おそらく最初からモモンガへ直接話しかけたらナーベラルは下僕失格だと見なしただろう。もしかしたら殺されたかもしれない。そんな打算があったのだがモモンガから鼻で笑われてしまった。

 

(やはりこの御方は私の頭脳さえ超える絶対的な御方……)

 

 ラナーの頭の中を読んだとはいえその考えを一瞬で理解してのけたのだ。輪作にしても工業製手工業にしてもさすがのラナーも一瞬で閃いたわけではない。思索の末に導いた答えを一瞬で理解する。まさに超越者だ。

 

「まずは……」

 

 ラナーのこの世界の情報を語り、その情報量にモモンガは頭の中で喝采を送った。

 リ・エスティーゼ王国はトブの大森林を境としてバハルス帝国、スレイン法国という国と接している。またその南方にはローブル聖王国、そして都市国家連合といった国がありこれらが人間のおさめる国らしい。

 大陸全土から言えば人間の生活圏は極めて狭い範囲だ。それ以外には獣人たちのおさめる国や竜王のおさめる竜王国など人間以外のおさめる国が多くあるとのことだった。

 

「なるほど、参考になった。ちなみにアンデッドや悪魔のいる国はないのか?」

「アンデッドや悪魔ですか?そのような国の存在は確認できてませんわ」

「そうか……お前たちには明かしておこう。私の目的はかつての仲間たちを探すこと。そして私たちを受け入れる居場所を見つけることだ」

 

 モモンガは覚悟を決めて魔法を解除する。その姿が漆黒の鎧の戦士から骸骨の魔法詠唱者へと変わる。

 

「やはりモモン様は人間ではなかったのですね……」

 

 それを見たラナーの第一声がそれだった。驚いた様子はない。クライムもキョトンとした顔をしているだけだ。そもそもアンデッドという存在自体を知らないのかもしれない。

 

「私は超越者(オーバーロード)、ナーベラルは二重の影(ドッペルゲンガー)という種族だ。私のかつての仲間には悪魔やゴーレム、スライムに鳥人、蟲人など様々な異形がいた。我らを受け入れてくれる国というのはあるのか?」

「申し訳ありません、モモン様。私では分かりかねます。少なくとも人類の守護を標榜し他種族の排斥を行っているスレイン法国は難しいでしょう。またリ・エスティーゼ王国はそれ以前の問題です。人間ですらこの国でまともに生きていくのは難しいかと思いますわ」

「まぁ……そうだな」

 

 ラナーから詳しく聞いたリ・エスティーゼ王国の現状は一言でいえば「詰んでいる」である。貴族の腐敗が横行しすぎてもはや歯止めが利かない。

 

「分かった。では順に回ってみるか。近いところで言えばバハルス帝国か。まぁその前にやることがあるのだが……。まずお前たちの持ち物を見せてくれ」

「えっ……あ、はい」

 

 戸惑ったようにラナーが返事をし、クライムが背負っていた大きいバックから荷物を出していく。

 着替えや靴の替え、食料、野営関係の道具類等に加えて魔法道具と思われるものも一部ある。モモンガは一つずつ興味深く鑑定を行っていく。

 魔法道具はとるに足らないものばかりだが、ユグドラシルになかったものもあり、現実世界ではしたことの野営の道具などは使い方をぜひ知って体験してみたいものだ。

 

「なるほど……いろいろ考えて持ってきたのだな」

「いえ、モモン様にとっては価値の低いものばかりかと……。このような強大な魔法道具があれば野営などする必要もありませんし……」

「そ、そんなこともないぞ!時にアンダーカバーとして野営の真似事をする必要があるかもしれない!うん、ぜひ今度やってみよう!」

 

 ラナーは少し考えこんだ後頷く。

 

「なるほど……さすがモモン様。深淵なるお考えがおありなのですね」

 

 モモンガはちょっとキャンプ気分を体験したいというだけのつもりだったのだが何故か深淵な考えにされてしまった。尊敬の眼差しが痛い。

 

「ごほんっ!これらの道具ではお前たちが外敵からの攻撃から身を守れるのかは不安だろう。さすがにそのままの装備ではすぐ死んでしまうだろうからな。まず装備を渡しておこう。まずは維持する指輪(リングオブサステナンス)だ。これで疲労・睡眠・食事は無効になる。だが成長期だろうから食事はしっかりとるように。睡眠もだぞ。夜9時には寝るように。それから相手の体力魔力鑑定用の指輪、移動阻害防止の指輪、恐怖防止の指輪、麻痺防止の指輪、即死耐性の指輪、毒耐性の指輪、暗闇耐性の指輪、沈黙耐性の指輪、時間対策の指輪……これで装備個所は埋まってしまうか」

 

 モモンガはインベントリから出した指輪をテーブルに並べていく。魔法の輝きを放つそれらは装飾品としても一級品と呼べるものであり、ラナーもクライムも目を見開いてそれらを見つめる。

 

「それから首に会得経験値増加の首輪は……もうちょっと後だな。今は滑落防止のために<飛行>の魔法を込めたネックレスを渡しておこうか」

 

 さらにゴツゴツした鉄製の首輪と翼の装飾が付けられたネックレスが机に置かれた。

 

「それから身体防具についてはどうするか……。確かイベントで無駄にもらったものがあったな」

 

 モモンガはインベントリの奥を探る。<無限の背負い袋>と違ってショートカットが割り振れず即座に取り出せないのがインベントリの欠点だ。

 

「ラナーには……これはどうだ?」

 

 モモンガが取り出したのは真っ赤な衣装だ。頭巾のついた上着もズボンも一部の白い装飾を除きすべて真っ赤であり、これをラナーが着れば赤ずきんと呼ばれるかもしれない。

 

「クリスマスのイベントでその日限定のアイテムを特定数集めると交換してもらえるサンタセットだ……50レベル程度の微妙性能なんだが今のレベルのうちはまぁ使えるだろう」

 

 ユグドラシルでは各種季節ごとのイベントというものがあった。クリスマスイベントも同様であり特殊アイテムと交換で限定アイテムが貰える。

 そのイベントではその日のみ敵を倒すと一定確率で特殊アイテムが手に入る仕様だった。得られるアイテムは敵のレベル帯毎に異なりモモンガがこのアイテムを手に入れるために倒していた時敵のレベルは優に80レベルを超えていた。

 完全に見た目だけのファン装備のためのイベントである。

 

(それでもクリスマスに恋人もなくゲームにログインしてる仲間と敵を倒して一応取ったんだよな……一回も着なかったけど……)

 

 ユグドラシルは十数年運営を続けたが、クリスマス限定の強アイテムやモンスターが出現という話は聞かない。

 しかし考えてみれば当然かもしれない。ユグドラシルの課金層の多くは富裕層であり、生活に余裕がある人々がクリスマスに一人でいることなど運営が想定するはずもない。逆に限定の強アイテムなどを出したら苦情が殺到することだろう。

 

(いや、あの糞運営ならやりかねないか……見つからなかっただけで……)

 

 そんな悲しい思い出とともに手元に残ったのがそれであった。

 

「クライムにはどうするかな」

 

 モモンガはクライムを見つめる。ワクワクしたような表情をしているが、そこまでいいアイテムを渡すことは出来ないのに若干罪悪感を覚える。子供なのだし子供らしい衣装がいいだろうか。

 

「うーん……これでどうだ?」

 

 インベントリから取り出したのは犬の着ぐるみだ。何かのゲームとのコラボ装備でこれも50レベル程度のものだが全身装備ということで防御力は高い。

 

「すごい!これをくれるの!?」

 

 クライムにとってテーブルに並べられた指輪など装飾品の数々と同じように犬の着ぐるみもキラキラして見えた。クライムにとってはまるで宝石箱の中身である。

 

「そんなにすごいか?」

「うん!すごい!これはモモン様が作ったんですか?」

「いや、私と私の仲間たちが手に入れたものだ。まぁ大したものではないから気にするな」

「すごい!モモン様のお仲間もすごいです!」

 

 かつての仲間たちを褒められたモモンガは破顔する。確かに大したアイテムではないのだが、ユグドラシルでの仲間たちとの思い出が詰まっているといえる。

 気分を良くしたモモンガはその無骨な骨の手でクライムの頭を撫でる。

 

「よしよし、ならばまずそれらに着がえてくれ。今の装備は防御力が弱すぎる」

 

 モモンガの言葉にラナーとクライムは目を見合わせるとモモンガの目の前で服を脱ぎだした。6歳の男女の初々しい肌が露出する。

 

「ちょっ、ちょっと待て。着替えるなら隣の部屋でやれ。べ、別にやましいことなど何もないが人前で肌を晒すものじゃない」

 

 ペロロンチーノなら大喜びでガン見していたかもしれないが、さすがに幼女や男児の裸を目の前で見るのは色々と不味いだろう。通報されてしまう。

 モモンガの言葉に二人は装備を持って隣の部屋へ移動すると着替えて戻ってくる。

 

「まぁなかなか似合うな」

 

 見た目は赤ずきんと犬。魔法道具であるためサイズは自動的に調整され二人にフィットしている。イベントの仮装用衣装ということもあって特に子供にはよく似合っている。

 

「これで多少の攻撃には耐えられるだろう。次に所持している特殊技能(スキル)や魔法は……まぁさすがにないか」

「モモン様、私は第0位階が1つだけ使えますわ」

 

 モモンガの予想に反してラナーは一つだけ魔法を使えるらしい。第0位階魔法というユグドラシルで聞いたことのない位階に興味を覚える。

 ラナーの話よると第0位階魔法というは『生活魔法』とも呼ばれるもので、『水をお湯に変える』、『砂糖や塩を生み出す』、『水を桶いっぱいだけ出す』など攻撃力が皆無で生活に密着したものらしい。

 

「私の使えるのは<(アシッド)>です。飛ばすことも出来ず桶いっぱい程度の酸を生み出すだけですが……使い道としては始末した人間を溶かして……」

「いや、いい。もうわかった」

 

 ラナーの記憶にそんな感じのものがあったと思い出す。記憶を共有したモモンガとしてはあまり思い出したくない記憶だ。

 

「武器については職業(クラス)適正を見ながら渡してレベルを上げていくか……」

 

 モモンガが説明を続けようとしたその時、ぐーっと大きな音がなる。クライムが恥ずかしそうに顔を赤らめていた。

 

「ああ、もうそんな時間か」

 

 気が付けば外が暗くなっている。アンデッドであり寝ることも食べることも出来ないモモンガはもはや『食べる』という感覚さえ忘れかけていた。

 そしてラナーとクライムのリュックの中に入っていた携帯食料を思い出す。

 

(あれは……俺の世界の食料より酷かったな)

 

 カチカチになったパンや干し肉などさすがに成長期の子供に食べさせるものではないだろう。

 

「何か食べるものは持っていたかな……」

 

 モモンガがインベントリの中で探るのはイベント用の特殊アイテムだ。交換用アイテムとして食料品があったはずである。食べても体力の回復量が微妙でバフ効果もさらに微妙なのだが、ただの食料としてなら問題ないだろう。

 

「クリスマスイベントの『七面鳥のロースト』にバレンタインイベントの『チョコレート』、ホワイトデーイベントの『クッキー』、ハロウィンイベントの『パンプキンパイ』……」

 

 恋人たちのためのイベントの際もゲームにログインしていたということの証明であり、それを数千個単位で持っているという事実に何だか悲しくなってくる。

 

「これらはお前たちの《無限の背負い袋》に入れておこう。水が飲みたくなったらこの無限の水差し(エターナル・オブ・ウォーター)を使うといい」

「こ、これらの品は……なんていうことなの……」

 

 ラナーは驚愕していた。どことも分からない空間から取り出した大量の料理が作りたてのように湯気を出していることも驚愕だが、その出されたものそれぞれが完全に何もかも同じだったのだ。形から色合い、焦げの付き具合など寸分の狂いもなくすべてを同じにするなどどんな料理人にも不可能だ。

 

(こんなことが可能なのは……)

 

 ラナーはモモンガへの評価をさらに一段階引き上げる。神の所業、それを目の前に見せつけられて。

 

「こんなところだ。大したものがなくて悪いが食べるといい」

 

 モモンガの言葉にラナーはよだれを垂らしているクライムを押さえつける。まずは上の立場であるナーベラルが口にするのを待たなければならないだろう。

 

「ありがとうございます。さすが至高の御方の食べ物。素晴らしい出来です……」

 

 並べられたナイフとフォークを使いナーベが恍惚とした表情で食べ始める。その仕草はマナーの見本のようでとても美しい。おそらく味よりもモモンガから与えられたということを喜んでいるのだろう。

 

「どうした?お前たちも食べるといい」

「おいしい!」

 

 言われた瞬間かぶりついたクライムが叫ぶ。ラナーも初めて食べる鳥の料理だがその甘辛い味わいが口の中に広がり噛みしめる度に肉汁が口の中に溢れてくる。

 クッキーも王城でラナーに与えられたものとも比べ物にならない。色とりどりのジャムやクリームが挟まったそれらは絶妙な甘さをサクサクとした感触を歯と舌に伝えてくる。

 チョコレートは口の中に入れたとたんに蕩けるような甘さとわずかな苦みが口の中に広がる。

 王城で高級料理を食べていたラナーでさえこれらの食べ物に一つの欠点も見つけることが出来なかった。完璧な仕事である。

 

「うまそうだな……」

 

 あまりに美味しそうに食べる3人に一人食べられないモモンガは若干の寂しさを感じる。

 

「ナーベ。ちなみにその七面鳥のローストはどんな味なんだ?」

「そうですね……アルフヘイム産のワイバーンロードの肉の味に近いかもしれません」

「……」

 

 ゲーム内の肉に例えられてますます興味をそそられるが余計に分からなくなった。なんで俺だけ食べられないんだという嫉妬の視線がナーベラルに刺さる。

 

「ところでナーベ。今日の人間への対応はよくなかったな」

「んぐっ……」

 

 思わず鶏肉をのどに詰まらせ手を止めるナーベラル。急いで口の中のものを飲み込むと頭をテーブルに叩きつける。

 

「申し訳ございませんでした!」

「いや、私の言い方も不味かったところはある。お前と私の間での常識が違うようだ。まず初対面であれば人間であれ何であれ丁寧に対応する必要がある。いきなり上から目線で見下すなどしてはならない」

 

 これでもモモンガは小学校を卒業してから会社員として生活してきたのだ。社会人の先輩として対人関係にはある程度の自信はある。相手が他の会社の人間だろうと取引先だろうと横柄な態度を取れば会社の評判は一気に下がってしまうだろう。

 

(このパーティーはナザリックと一緒で俺がまとめ役、つまり上司だ。部下にそんな態度を取らせるわけにはいかない。ナーベラルには若干……いやかなり常識が欠如している。上司である俺が手本にならないとな……ならば……)

 

「よし……分かった!次の対人交渉は私に任せるといい。正しい人との接し方というものを見せてやろう!」

 

(ふふふ、見ているがいい!ナーベラル!普通の社会人の対人能力というものをな!)

 

 新しく仲間になった子供たち、そしてかつての仲間の娘、彼らに必要なのは強さよりもまず常識だ。そして普通の対応などは一般人であったモモンガのお手の物と言える。

 モモンガは立ち上がるとその瞳にやる気を漲らせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 その頃、リ・エスティーゼ王国のロ・レンテ城には複数の貴族たちが集まっていた。彼らはラナーの工作により王女が失踪したとは誰一人考えていない。議題の中心は先の御前試合の出場者についてだった。

 

「王都での爆破事件ですがモモンとナーべ殿の両名がやはり現場で目撃されているそうです」

「だが被害者はいないのだろう?」

「攻撃を受けた元冒険者の老人は衣服が焼け焦げておりましたが無傷でした」

「怪我人はなしか……だがそんな者たちを王家に仕えさせて本当によろしいのですかな?」

 

 発言力がある貴族たちから様々な意見が出される。その中には件のブラムシュー侯をはじめ四大貴族の面々も含まれていた。

 

「父上、彼らを他国に渡してはなりません。ぜひ我が国に取り込まねば禍根を残します。被害者が出なかった以上その件は不問にするのがよろしいかと」

「珍しく気があったなザナック。父上、ぜひナーベ殿は王城に招きましょう。そして従者とし私の部屋の離れに部屋を与えてはいかがでしょうか?」

 

 二人の王子は同じようなことを言っているが、ザナックのそれは王国の未来を考えてのもの、パルブロのそれは己の欲望を満たすためのものである。しかしランポッサは兄弟仲が良いことだと顔を綻ばせる。

 

「おまえたちの意見は正しい。ただし彼らに事情は聴かねばなるまい。問題がなければ不問とする。そして返事は保留されているが今一度王城に招き、正式にこの国に仕えるよう勅令を出そう」

「父上、それであれば適任の者がおります。フォンドール男爵!」

「はっ、ここに」

 

 一歩前で膝をついたのはパルブロお抱えの貴族の一人、アルチェル・ニズン・エイク・フォンドール男爵だ。その人間性は上へは媚びへつらい、下には極めて横柄で残酷な対応をする人物である。その人選にザナックは顔をしかめる。

 

「父上、モモン殿もナーベ殿もあれだけの力の持ち主。引く手は数多であるでしょうし、帝国にでも引き抜かれたら多大な損失です。国賓としてもっと立場のある人間を出すべきではないですか?」

「何を馬鹿なことを言っておるのだ、ザナック。聞けばあのモモンという男は平民であると答えたそうではないか。そんな男がナーベ殿のような方と一緒にいたというだけでも腹立たしい。いや、そんなことより貴族の品位が疑われるぞ」

「そのとおりです。陛下の名代としてアルチェル殿が出るだけで十分な礼儀でしょう」

「平民程度に舐められては今後にも秩序維持にも差し障りますからな」

「……」

 

 数々の貴族たちがいるにも関わらず誰一人自分に同意しないことにさすがのザナックも黙り込むがその顔は納得しているものではない。

 

「よし分かった。ではフォンドール男爵に命じる。モモン殿とナーベ殿を説得し王城まで連れてくるように」

「はっ、私にお任せください。モモンとナーベの両名を必ずや連れてまいります」

 

 王国の貴族らしい尊大な笑みを浮かべながらそう答えるアルチェルにザナックは不安な顔を隠しきれずにいた。

 

 



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第21話 普通の社会人の対人能力

 昨夜はいろいろ大騒ぎだった。モモンガの出した食べ物を食べては騒ぎ、部屋の柔らかいベッドに乗っては騒ぎ、捻れば水の出る蛇口に騒ぎ、お湯の張った大浴場に騒ぎ、子供というのは元気だなと思っていたら夜が更けていた。

 一睡もすることが出来ないモモンガはインベントリから適当な本を取り出して読んでいるうちに夜が明けてくる。

 

(これユグドラシルのアイテムなのに中にきっちり文字が書いてあるんだよなぁ……)

 

 『死者の書』という名前のアイテムで本来はアイテムとして使用するものなのだが、中を見てみると魔法法関係のことが細々と書かれていた。

 

(死者変質における魂の異質化ってなんだよ……)

 

 もう少し簡単な本にしておけばよかったと思いつつパラパラとページを捲っていたその時……。

 

───ドンドンドンドンドン

 

 扉を叩くけたたましい音が鳴り響く。何事かと部屋から飛び出ると甲高い声がそれに続いて聞こえてきた。

 

「扉を開けろ!国王陛下からの使いである!!」

 

(国王からの使い?もう話すことはないはずだけど……)

 

 仕官を薦められはしたが『考えさせてほしい』と答えた。『考えさせてほしい』イコールお断りと言うことである。相手を傷つけずに柔かい形でお断りを入れたはずなのになぜという疑問がモモンガの頭をよぎる。

 

「モモンガ様!ここは私が排除してきましょう!」

 

 モモンガと同じく飛び出してきたナーベラルや子供二人が戦闘態勢で入口へと突入しようとするので慌てて止める。

 

「待つんだ。ここは私が対応するからよく見ているといい」

 

 今こそ元社会人の本気を見せる時だ。ここで彼女たちに手本を見せておこう。

 アポイントもなしに来たのならば恐らくクレーマーの類だ。クレーマー相手にこちらも頭に血を上らせて反論や暴言などを吐いた末に、噂や映像を拡散され何も悪くないのに炎上し、会社に迷惑が掛かるというのは現実世界でも往々にして起こっていた。

 

「相手が怒っていようと初対面の相手には丁寧に接しなければならない……」

 

 尊敬語を使えとは言わないが少なくとも丁寧語で接するのが常識だろう。

 

「おはようございます、どちら様ですか?」

 

 モモンガはドアを開けると出来るだけ明るい声で挨拶をする。挨拶は大切だ。加えて笑顔をサービスできれば最高であるが残念ながら無骨な鉄兜では無理だった。

 

「ふんっ、さっさと出てこい。お前がモモンだな。ナーベ殿も一緒にいるのか?」

 

 表には数人の兵士と思われる男たちと後ろで踏ん反り返っている身なりの良い壮年の男がいた。大声を上げていたのはその男の部下と思われる兵士だ。

 

「ええ……中にいます」

「そうか。こちらにおわす御方は国王陛下の名代としていらっしゃったアルチェル・ニズン・エイク・フォンドール男爵である!頭が高いぞ!」

 

 いきなりの上からの対応。お客さまは神様だと言い張るクレーマーに近いその態度に一瞬怯むがモモンガはそれでも笑顔で対応する。

 

「これはようこそいらっしゃいました。フォンドール男爵。私はモモンと申します。こんなところではなんですので話は中で聞きましょうか」

 

 まず大切なのは相手の話を聞くことだ。傾聴の心を忘れてはならない。そして相手の話を最後まで聞くまではどんなに反論があっても我慢する。その後に相手怒らせないようアサーティブな対応が出来ればベストである。

 さらに場所を移すことも有効だ。現在怒っている場所から場所を変えることでその気分を変えて落ち着かせるとしよう。

 

「それもそうだな。男爵を外で待たせるわけにもいくまい。しかし……これはなんなんだ?」

 

 森の中にいきなり現れた建物に訝しむ視線を送る兵士をよそにアルチェルはのしのしと中へ入ってきた。

 

「ふんっ、平民風情が待たせおって……なっ……」

 

 アルチェルの声が止まる。そこに広がっていたのは見たこともないほどの白く美しい空間。調度品の一つをとっても細かな異彩が凝らされている。男爵という地位についていてもこれほどの宝を見たことはなかった。

 

「ずいぶん立派な家具を持っているのだな……」

「え?ああ、ありがとうございます。そちらのソファにお掛けください。お話を伺いましょう」

「うむ」

 

 アルチェルは勧められるままにソファに座る。そしてその座り心地の良さに思わずため息を漏らした。

 驚くほどに柔らかい座り心地でありながら肥え太ったアルチェルの体をしっかりと体を支える弾力もあり、一度座ってしまえば離れがたくなるほどであった。

 一目でソファを気に入ったアルチェルはなぜ自分でさえ持っていないほどのものを一般人が持っているのか、と疑問に思う。

 

「さあ飲み物でも出しましょう。ナーベ」

「はい」

 

 ふと見るとそこには王都を沸かせた美姫がメイド服を着て立っていた。黄色い液体を水差しからグラスへと注ぐ動作は優雅でとても美しい。その完璧さはラナーでさえ一言の苦言も出せないほどだ。

 

「なぜナーベ殿がメイド服を着て給仕などしているのかね?おまえとナーベ殿の関係はどうなっているのだ?」

 

 他国の姫君であると聞いていた美姫がまるで召使のように平民につかえているのだ。おかしく思っても仕方がないだろう。

 

「私とナーベの関係ですか?彼女は……私の友人の娘……ですね」

 

 その言葉をアルチェルは疑問に思う。平民の友人の娘が王族などと言うことがあるだろうか。そんなことがあるはずがない。

 

「ということはナーベ殿も平民であると?」

「まぁ……そうなりますね」

 

 ナザリックではNPCに役職を振ってはいたが身分制度などを作っていない。ならばナーベラルも平民ということになるだろう。

 

「そうか。ではバルブロ殿下にもお伝えせねばな……平民を次期王妃などには出来ぬから……妾か何かで十分であろうからな」

「どうかしましたか?」

「お前が気にすることではない。それからさっきから気になっておるのだが、そこにおいてあるものはなんだ」

 

 リビングから見える広間に武器や防具など様々な道具類が置いてあった。それらは見た目的に美しいことに加え、明らかに魔法と思われる輝きが見られた。

 

「ああ……あれは子供たちに装備させようと思っている武具ですよ」

「子供にあれを?どれも優れた装備品に見えるが?おい、ちょっと調べろ」

「はっ」

 

 アルチェルの傍に控えていた男の一人がモモンガの許可も取らずに前へと出てくる。杖を持ってところを見るに魔法詠唱者なのだろう。

 

「<道具鑑定(アプレイザル・マジックアイテム)>」

 

 そのまま手に取った指輪を魔法で鑑定した男は驚愕に顔を青ざめさせた。それはとてもこんな場所にあっていいような品ではなかったのだ。

 

「こ、これは……なんだこれは!?」

「どうした?やはり価値のあるものか?」

「これは強大という言葉でも言い表せないほどの魔法道具(マジック・アイイテム)!価値は詳しく分かりませんが世に出せば金貨数千枚はするのではないでしょうか」

「金貨数千枚!?」

「金貨数千枚!?」

 

 アルチェルに続いてモモンガもその金額に驚きの声をあげる。慌てて口を押えるがモモンガは現在金欠なのだ。

 

「なぜおまえも驚く?」

「いえ……失礼しました」

 

 モモンガのその態度がますますアルチェルに疑念を抱かせた。

 

(自分が持っているアイテムであるにも関わらずその価値を知らない?この家具についても住んでいる家についてもそうだ。それに王城に飾っても遜色のないような花瓶になぜその辺でいくらでも取れる珍しくもない花などを飾っている?どう考えてもおかしい!)

 

 平民に相応しくない逸品を持っていることへの嫉妬と先ほどのモモンガの発言がアルチェルを一つの結論を導く。

 

(……もしやこれらは盗んだものでは?)

 

 価値の高いものはその価値を認められる者の場所へと行きつく。これらの途方もない価値の宝は王族や貴族が持っていてしかるべきもの。そしてこれだけ逸品が何の噂にもならないということなど考えられない。

 

「モモン、お前はこれらの魔法道具や家具をどうやって手に入れた?この住んでいる家はなんだ?税金は払っているのか?」

 

 王国に家を持っていれば徴税官が訪れているはずである。彼らがこれほどの宝物を見逃すだろうか。

 

「これですか?これはですね、ふふっ……昔仲間たちと一緒に手に入れたものなのですよ」

 

 まるで自慢をするようなモモンの態度にアルチェルは青筋をたてる。怒りに任せて怒鳴りつけたい気持ちを抑えながら声を絞り出した。

 

「……どこでだ?どこで手に入れた」

「ダンジョンなどの遺跡であったり、モンスターを倒して手に入れたり色々ですが何か?」

「遺跡だと!?どこの遺跡だ!」

「それは……」

 

 まさかユグドラシルです、異世界ですとは言えないモモンガは言葉に詰まる。

 その沈黙をアルチェルは窃盗であるからだと確信する。王国にある遺跡に勝手に入り込み中の宝物を持ち出すのは犯罪だ。

 

「勝手に遺跡から持ち出したというのか?その所有権はどうなっている」

「所有権?それは私や仲間たちのものですが……」

「盗み出した魔法道具が自分たちのものだと!一度おまえの持ち物を改めさせてもらう必要がありそうだな!それらの所有権について虚偽の疑いがある!」

「……」

 

 顔を真っ赤にして怒鳴り散らすアルチェルは完全に黙り込んだモモンガに、そら見たことかとほくそ笑む。なお、黙り込むのは社会人の対人方法としては不信感を持たせるのでNGであるが、もはやモモンガはそんな気分ではない。

 

「まぁまぁ、アルチェル様。その疑いは強いですが、また決定というわけでもないでしょう。陛下の采配を得なければなりませんが、ここはモモン殿の態度次第で便宜を図ってもよろしいのではないでしょうか?」

 

 兵士の言葉にアルチェルは考える。このまま告発したとしてもアルチェルに実入りはない。多少の褒美はあるかもしれないが、殆どは国に徴収されるだろう。

 だがこのことを黙認してやる代わりにこれらの品々を献上させてはどうだろうか。自分だけでなく派閥の上位貴族にも献上しなければならないが自分の実入りは大きいだろう。そう思ったアルチェルはいやらしく笑う。

 

「そうだな。お前とお前の仲間たちが薄汚い盗みを図った可能性は非常に高い。だが、もしこれらの品々を渡すのであればまぁ私の胸の内に留めて置いてやってもいいかもしれんぞ。よく考えることだな」

「……」

「これらの調度品は物の価値も分からないお前やお前の仲間などより私の方がよっぽど良い使い方をすることができる。見ろ、このみすぼらしい花を!これほどの花瓶に汚い花など飾りおって!はっ!これだから平民は!」

「なんだと……」

 

 モモンガは怒気もあらわに相手を睨めつける。当然普通の社会人の対人マナーとしてそんなものは存在しないのだが……。

 しかしアルチェルにとっては平身低頭であった人間がいきなり貴族に対して怒気を露わにしたようにしか見えなかった。そんなモモンガの態度がアルチェルの怒りにさらに火を付ける。

 

「何か言いたいことでもあるのか!平民が!お前のそのくだらない仲間にも言っておけ!この王国で貴族に逆らったらどうなるのかということをな!」

「……」

 

 アルチェルはソファーから立ち上がりモモンガを指さしてさらに怒鳴りつけた。そしてモモンガが再び沈黙したことに溜飲を下げたのだが……。

 ゾクリ。突如として背筋を凍らせるような寒気を感じる。

 

(なんだ……?どうした?)

 

 周りの兵たちも何が起こったのかとと周りを見回している。

 

「俺の……俺だけのことだったらいいんだ……俺自身はそんなに大したものじゃない。ギルドマスターとして魔王ロールなどやっていたが実際はただの調整役だ……いくら馬鹿にされようと構わない……だがな!」

 

 アルチェルはモモンガから部屋全体に黒い気配が広がったような錯覚を覚えた。まさか太陽が砕けたのかとアルチェルは窓の外を見るが太陽はさんさんと輝いている。

 

「くぅ……クズがあああああ!その花は新たに仲間に加えた者たちが泥だらけになって取ってきたものだ!このアイテムはかつて仲間たちと共に集めたものだ!お前などにその価値が分かるものか!それをよくも……よくも俺のもっとも大切にする仲間たちのことをくだらないなどと侮辱してくれたな!お前には死すら生ぬるい!」

 

 モモンガは鎧の具現化を解除すると胸元から一つのスクロールを取り出す。

 

「が、骸骨の仮面などつけてなんのつもりだ!わわわわたしが誰なのか分かっているのか!」

「お前が何者だろうともはやどうでもいい……地獄というものが本当にあるのかどうか知らないが……永遠の業火に焼かれ続けるがいい!<第10位階怪物召喚(サモン・モンスター・10th)>!」

 

 モモンガの手にあったスクロールが青い炎とともに消え去ると足元の魔法陣から光とともに巨大な影が現れる。

 天井に届くのではと思える巨大で真っ黒な肢体。その先には3つの凶暴な獣の顔が付いており、口からは黒い炎が漏れ出ている。

 『地獄の門番』とも呼ばれるケルベロスだ。ユグドラシルにおけるフレーバーテキストではこのモンスターに殺された相手は地獄へ落ち永遠に業火に焼かれ続けるという。

 

「な、なんだこれは……」

「ひっ、ひぃいいぃ」

 

 突如現れた見たこともない凶悪な魔物を前にしてアルチェルと兵士たちが恐怖の悲鳴を上げる。

 

「ケルベロスよ、こいつらを殺せ……いや、ここではちょっと手狭だし汚れるな……外に散らかしてこい」

「グルルルル」

 

 ケルベロスは召喚者であるモモンガへ頭を下げるとアルチェルに向き合う。

 

「ア、アルチェル様!先ほど財を提供せよなどと言ったのは冗談でしょう?冗談ですよね?謝りましょう!」

 

 命欲しさに兵士がアルチェルに先の発言の撤回を進言するが、当のアルチェルはまだ貴族である自分が殺されるとは思っていないのか震えながらも謝罪を口に出来ずにいた。

 

(……いくらなんでも殺せというのは脅しだろう……脅しであるはずだ!私は貴族だぞ!たかが魔法詠唱者一人で何が出来る!力があるのは分かったから発言は撤回するとしても平民に頭を下げるなどできるものか!)

 

「わ、分かった。先の発言は撤回してやる。だからその魔物を消すんだ平民!」

「……もはや呪詛と悲鳴以外は聞きたくない」

 

 まるで子供の言い訳のようなその言葉へのモモンガの返事は冷酷なものであった。

 ケルベロスは叫び声をあげるアルチェルと兵士たちを口に咥えて扉へと向かう。その巨体では通れないのでは思えた扉は近づくと通れる大きさまでに広がり、外へと出て行った。

 そしてバタンという扉の締まる音ともに恐ろしいほどの絶叫と骨や金属の砕ける音が響き渡り、やがて森は静寂を取り戻す。

 

「……あ」

 

 モモンガは思い出す。『普通の社会人の本気を見せてやろう』と誓ったことを。

 

(いや、違う!今のは違うぞ!人間との接し方の見本と違うからな!)

 

 恐る恐る後ろを振り返る。

 ナーベラルにとっては虫けらが、ラナーにとっては自分を理解しない愚かな異形が、クライムにとっては自分を虐げてきた貴族が、死よりも残酷な運命でこの世界から去ったのだ。

 モモンガの心の声とは反対に3人の下僕たちは口をOの字にして『なるほど!』とでもいいそうなキラキラした尊敬の眼差しをモモンガに向けているのだった。

 

 

 



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第22話 第1回下僕会議

 私の名前はナーベラル・ガンマ。今は冒険者ナーベにしてモモンガ様の下僕である。昨日モモンガ様に下僕が増えた。

 至高の存在たるモモンガ様の下僕にナザリックに属さない者が増えたことに不満はないと言えば噓になる。しかし、モモンガ様が認めたことであるし、そもそもモモンガ様ほどの御方に傍仕えが一人では少なすぎるのは事実だ。

 

「それでは第1回下僕会議を始めます」

 

 モモンガ様による王国貴族(むしけら)の蹂躙の後、私たち下僕は自由時間というものを与えられ入浴などを行った。

 

 その後、私たちは新たな下僕の一人ラナーの提案により私に割り当てられた部屋へと集まっていた。役割は議長が私、書記ラナー、会員クライムとなっている。

 

「ナーベ様、今の時刻は20時05分30秒です。残り54分と30秒しかありませんわ」

「分かったわ。では手短に話しましょう」

 

 モモンガ様の方針によりラナーとクライムには午後9時就寝が義務付けられていた。成長期に睡眠不足は絶対にダメだということで午前7時の起床まで寝なければならない。ちなみに私は24時までは寝なくてもいいとされている。

 さすがはモモンガ様。私が下僕として格上と認めてくれているのだろう。

 

「モモンガ様は私たちに手本を示すべくあの虫けらを地獄へと送りました。これをどのような教訓として活かすべきか、あなたたちも知恵を貸しなさい」

 

 そうなのだ。私がラナーの提案に乗ったのはこの疑問を解決するためである。ラナーはモモンガ様が認めるほどの知見を有しているらしい。協力させればこれまでのモモンガ様の行動の意味を少しでも理解できるかもしれない。

 

「ナーベ様……私たち程度が発言してもよろしいのですか?」

「構わないわ。モモンガ様が認めたのですもの。私のこともナーベラルと呼ぶことを許します。あなたたちは末端とは言えナザリック入りを約束されたのです。そのことに自覚を持って行動しなさい」

「はっ!かしこまりました!クライムも分かったわね」

「わん」

 

 この犬……クライムはどのような意図があって下僕にしたのか理解しかねるがモモンガ様なりの深淵なお考えがあるのだろう。

 

「それでモモンガ様が与えてくださった教訓についてですね……。あの時のモモンガ様はなんというか本当に恐ろしかったですわ……死してもさらに地獄で業火に焼かれ続けるとは……」

「あれこそがモモンガ様の本当の御姿なのよ。この世界のあらゆる存在に畏怖される絶対なる死の象徴そのもの……なんと神々しいことか」

 

 あの時のモモンガから発せられる気配は私をして恐怖に顔を上げられないほどのものだった。

 まさに死の支配者たる一面をお見せいただいた瞬間であり、あの時のモモンガ様から感じた畏怖と言ったら筆舌に尽くしがたいほどだ。今思い出しても身震いがする。

 

「それほどお怒りだったということなのですね。やはりモモンガ様のお仲間を侮辱するということが許せなかったのでしょうか?ナーベラル様」

「それは当然よ。至高の御方々を侮辱するなど万死に値しますから」

「ですがモモンガ様はご自分が侮辱された時は殺すなと言われてたのですよね?……と言うことはこういうことではないでしょうか?あの時もおっしゃっていましたが『死すら生ぬるい』と」

「そ……うね。そうとしか考えられないわ……ね」

 

 なるほど、さすがモモンガ様の認めた下僕だ。ラナーの言葉に私は目から鱗が落ちた。

 モモンガ様は度々『殺すな』とおっしゃっていた。私はそれをモモンガ様の慈悲であると思っていた。しかしそれは間違いだったのだ。

 もしかしたらモモンガ様は人間を殺すのが嫌なのではないか……などと一瞬でも考えてしまった自分が恥ずかしい。

 

「つまりラナー。あなたはこう言いたいのね? 目の前の虫けらを殺すだけで済ませるなど甘すぎると……」

「はい、そうとしか考えられませんわ」

 

 確かにモモンガ様は先ほど虫けらに対してただ殺すのではなく、死しても身を焼き続けられるという過剰と思えるほどの対応をなされた。

 それは至高の御方々への虫けらの言動を考えるとそれも当然であろう。

 至高の御方々を侮辱されてただ殺すだけで済ませるなどやはり私は甘かったのだ。これからはより凄惨で残酷な罰を与えなければなるまい。

 

「結論を言うわ。モモンガ様は慈悲深い方ですのでご自分が侮辱されても許してしまうかもしれない。しかし下僕としてそれをそのままにしておくのは不敬!モモンガ様や至高の御方々が侮辱された場合、ただ殺すだけで許してはいけないわ!『死すら生ぬるい』ほどの苦痛を与え続ける、これこそがモモンガ様の言いたいことだったのです!」

「異議なしですわ」

「わん!」

 

 モモンガ不在のグリーンシークレットハウスの一室。そこで秘密裏に行われた会議の一つの議決がなされた。そしてちょうどその時、時計のアラームが鳴りラナーたちは就寝時間を迎えるのだった。



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第23話 戦力育成

(どうしてこうなった……)

 

『仲間への侮辱者には死すら生ぬるいほどの報復を与える』

 

 モモンガの教えはなぜかこうなってしまっていた。モモンガの教えに感銘を受けたと目を輝かせるナーベラルたちにとても反対できなかった。それでも何とかモモンガ自身が侮辱された場合は自分で何とかするからと説明したのだが……。

 

(でも俺が侮辱されたらやってやっちゃうぞって雰囲気なんだよなぁ……)

 

 事実ナーベラルを含めた3人はあまりにも苛烈な報復を行った主人を見習って『あそこまでやっていい』という認識にしか思えない雰囲気に包まれている。

 

「えい!」「やあ!」

「やめろ!くそがあああ!!」

 

 あの時はついカっとなってしまったがモモンガ自身は平和を愛する普通のサラリーマンの精神を失っていないつもりだ。

 多少感情の起伏が抑制されているようだが初対面の相手には人間だろうと魔物だろうと平和的に接するし、相手から攻撃してこない限りは殺したりするつもりはない。

 

「えい!えい!」「やあ!やあ!」

「この臆病者どもが殺してやるぞ!!」

「黙りなさい、舌を引き抜きますよ」

 

 ブチブチと言う何かを引きちぎる音が聞こえてくるが気のせいだ。きっと気のせいに違いない。心に棚をつくりモモンガは思索を続ける。

 

(さすがに死体を散らかしたままじゃ不味いから召喚したアンデッドに後片付けはさせておいたけど……貴族が失踪したら絶対疑われるよな……)

 

 リ・エスティーゼ王国にはもう戻ることは難しいと言うのがモモンガの考えだ。追手が送られてくるかもしれないし、何より国として何の魅力もない。

 ラナーに聞いた話ではあまりの政治腐敗でこの国はもう長くはないらしい。

 

「ぐぞ!やめろ臆病者!このグ様の餌にしてやる!」

「さすがトロール。もう舌が再生しましたか」

「ナーベ様。私がやりますわ<(アシッド)>」

「ごぼぼぼぼぼぼ」

「口内や肺を焼かれてはさすがに話せませんわよね。あ、悲鳴や呪詛であれば大歓迎ですわよ」

 

 ナーベラルはよくやったと言わんばかりにラナーに笑いかけている。いつの間に二人は仲良くなっていたのだろう。意外と性格が合っていたのだろうか。

 

「……」

 

 後ろで行われている捕獲したトロールへのあまりに残虐な行為から現実逃避していたモモンガは仕方なしに振り返る。

 

 そこにはモモンガの特殊能力(スキル)により<麻痺>の効果を与えられ、身動きの取れなくなった巨大なトロールがいた。それをラナーとクライムが手に持った武器で叩いている。

 ナーベラルはというと、トロールが死なないように<生命の精髄(ライフ・エッセンス)>で体力を管理しながら死なない程度に治癒魔法で調整していた。

 

(本当にどうしてこうなった……)

 

 

 

 

 

 時間は遡り、王国の貴族を始末してから数日。モモンガはラナーとクライムの教育に時間を使っていた。

 ある程度の装備を与えたもののモモンガはラナーとクライムの弱さが心配だったのだ。そこでまず育成を優先することに決めて様々な注意を与える。

 

「戦いにおいてまずは何より相手の情報を調べることが重要だ。渡した指輪の効果で<生命の精髄(ライフ・エッセンス)>と<魔力の精髄(マナ・エッセンス)>が使えるようになるだろう。それを使って相手の体力と魔力を確認しながら動け。相手の体力が多ければ慎重に削り、残り僅かなら一気に攻めろ。複数なら弱いものから仕留めるのがいいだろう。それから……」

 

 モモンガの注意は長く執拗なものであったが、それを聞いたラナーは実に理にかなっているものだと感心していた。

 ユグドラシルでの経験や『ぷにっと萌え』などの仲間から聞いた話をもとにしているだけなのだがラナーとクライムの目から尊敬の光が失われることはない。

 

「これからレベルを上げていくが、その前に職業構成(クラスビルド)を考えておく必要がある」

「びるど……ですか?」

「職業の構成のことだ。ユグドラシルでは一つの職業について最高でも15レベルまでしかなかったし、合計レベルの上限は100レベルだった。だからこそ厳選する必要があるし人によって向き不向きもある。ああ、間違っていらない職業のレベルが上がってしまったらあとで死んでレベルダウンする方法もあるから気にするな。まぁそれはもっとレベルのあがってからの話だが……とりあえず希望する職業(クラス)はあるか?」

 

 ラナーとクライムは首を振る。そもそも職業毎のレベルという概念が理解の範疇外である。

 

「では私が最初は決めさせてもらうか。ラナーは(アシッド)系魔法が使えるんだったか。であれば魔力系魔法詠唱者がいいかもしれない。この杖を持つんだ」

 

 モモンガはラナーに枯れ枝のような歪な形の杖を渡す。ユグドラシルにおける魔力系魔法詠唱者の初期装備だ。

 

「クライムはおそらく現在職業無しだろうな。ふふふっ……ゼロからのビルドとはなかなか面白い。戦士がいいか、魔法詠唱者がいいか、鍛冶師や彫金師などの生産系も面白そうだし、特化型か万能型か、さて……どれがいいか。ふふふふふ……」

「あの……モモン様。いったい何をはじめられるのでしょうか?」

「それはな……」

 

 それはMMORPGにおいては禁じ手とされるもの。人によっては寄生と叩かれ、人によっては効率厨の余計なお世話だと怒られる。しかしゲームではないこの現実では生きるすべとして有効だろう。

 モモンガはニヤリと笑うと高らかに宣言した。

 

「パワーレベリングだ」



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第24話 トブの大森林へ

 モモンガの一言により始まったパワーレベリング。トブの大森林には強大な力を持つモンスターがいるらしいとラナーから聞いたモモンガは周辺を探したのだが期待していたほど強い相手はいなかった。

 

(せめて80レベル程度の魔物や人間がいたらよかったんだけどな……)

 

 結局見つかった中で敵意のない者や逃げ出す者を除外した結果、選ばれたのがこのトロールだった。

 

 『グ』と名乗ったトロールは非常に好戦的でモモンガたちの名前を聞くなり『長い名前は臆病者の証拠だ』などと言って襲い掛かってきたのだ。

 モモンガの薫陶のおかげか主人を侮辱した愚か者にナーベラルたちは容赦することはなく、めでたくレベル上げの生贄へとしてエントリーし今に至る。

 

「ラナーはそこそこレベルが上がったな。もう20レベル程度か?この相手ならば恐らくもう少し上まであげることが出来るだろう。その杖で限界になったら次はこちらの杖を使え。呪術系の職業の取得条件だ」

 

 当初は罪悪感に苛まれていたモモンガであるが、レベルが上がり始めて様々なスキルや呪文を次々と得ていくラナー達の様子に楽しくなってきていた。

 ラナーには魔法詠唱者の才能があると考え、希望を聞いたところ呪術系それも錬金術士や幻術士などの創造・幻術系魔法を覚えたいらしい。今のところビルドは希望通りに進んでいる。

 

 一方、ラナーはモモンガにひたすら感服していた。この短期間でこれだけの強さを得る方法を当たり前のように提案できるなど尋常ではない。ラナーにとって初めての常識を超越した知恵者との遭遇である。

 武器を変える、アイテムを使用するなど職業の変更条件、それぞれおける限界レベルの存在、そして1レベルにつき3つまで魔法が取得できること、言い換えれば3つ取得してしまうとそれ以上の取得が不可能になる事などなど。それは神のみぞ知る叡智の欠片と思えた。

 

「クライムは……また止まっているな。ほら、次はこの双剣を使ってみろ」

「う、うん!」

 

 クライムはというと剣を渡しては1レベルで上限を迎え、槍を渡しては1レベルで上限を迎え、他にもいろいろと戦士系に魔法系と武器を変えながら適性を見ているが今のところすべて体力の増え具合から判断するに1レベルで限界を迎えている。

 

(総合レベルは恐らく15はあるだろうけどそのすべてが1って……)

 

 まごうことなきゴミビルドだ。総レベルは上がっているため体力や魔力は増えていっているが、平均的で器用貧乏の状態になってしまっている。

 

「クライム……お前には何かやってみたいこととかないのか?」

 

 得意なことを聞いてみたりしたが適性がさっぱり分からないので、何かのヒントになればとなんとなしにやりたい事を聞いてみる。

 

「えっと……ラナー様を守る!」

「誰かを守ることが好きなのか?」

「わかんない!でも……ラナー様を守るって決めたんだ!」

「ほぅ?守るね……」

 

 モモンガはふと思いつき一つの盾を出す。バックラーと呼ばれる小型の盾だ。大型の盾も持っているがさすがに6歳では体の大きさ的にも扱えないだろうと思ってのチョイスである。

 

「試しにこれでアレを殴ってみろ」

「うん!あ……わん!」

 

 双剣の替わりにバックラーを手にしてトロールを殴りつける。その瞬間クライムの体力がわずかに増えた。1レベル上昇したのだろう。

 

「よし、もう一回いってみろ」

「わん!」

 

 クライムが何度か殴ると体力がさらに上がった。

 

「おっ、これはいけたか!?よし!クライムもっといけ」

「わんわん!」

「ぐぼぼぼぼぼ」

 

 トロールの悲鳴にならない悲鳴が上がる中、クライムのレベルは順調に上がり始めた。

 

「盾職に適性ありか……。確かぶくぶく茶釜さんのいらなくなった装備をもらっていたな」

 

 『ぶくぶく茶釜』はアインズ・ウール・ゴウンの中でも盾職を持っていたスライムだ。さらに治癒魔法も使うことができ、相手を殴りながら自分を治癒する殴りヒーラーとしてヘイトを稼ぐなどといった戦法を取る味方ながらに頼れる仲間だった。

 

(ぶくぶく茶釜さんのビルド……参考にしてみるか)

 

 何でも取っておく主義だったモモンガのインベントリには仲間からもらった装備からイベントで手に入れて一度も使ったことのない装備までそのままに入っている。これは活用するいい機会だろう。

 

「ぐぼぼぼぼ」

「よーし、グ君安心しろ、そんな心配そうな目で見ることはないぞー?終わっても殺したりしないから……もう1セット行ってみようか!」

「「おー!」」

 

 どうも社会人としての常識というか仲間以外への情というものが薄れているような気がするが楽しくなってきたモモンガは気にしないことにした。

 そして元気よく返事をする子供たちと一緒にレベリングを続けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 トブの大森林を境としてリ・エスティーゼ王国とバハルス帝国の西側に一つの国が存在する。

 

 

 

───スレイン法国

 

 

 

 他国では地神、火神、風神、水神の4大神を奉る宗教が主流である中、闇と光の神を加えた6大神を奉り、それらを束ねる最高神官長が国の政治の頂点に立つ宗教国家である。

 

 そして彼らは自分達のことをこう呼ぶ、『人類の守り手』と。

 

 彼らがそう呼ばれる理由、それは6大神になぞらえて作られた6つの特殊部隊『六色聖典』に由来する。

 

 彼らは世界各地から勧誘された敬虔な信仰心を持った強者を集めた団体であり、表の顔は各教会の聖職者であるが、裏の顔は完全なる戦闘員であった。

 

「ニグン、人間への影響は本当に大丈夫なのだろうな」

「はっ、ドミニク隊長!問題ありません」

 

 その六色聖典の一つ、亜人の討伐を主な職務としている陽光聖典がトブの大森林を訪れていた。

 ニグンと呼ばれた若者はその若さにして陽光聖典の副隊長まで上り詰めた逸材である。その黒い瞳を森の中の小川へと注いでいた。

 その横で心配そうな顔をしているのはいずれ神官長になるのではと目されている陽光聖典の隊長のドミニクだ。

 

 今回の任務で陽光聖典はトブの大森林にいる亜人を駆逐するために訪れていた。その隊員数は30人。揃いの特殊な神官服に身を包んだ彼らは一騎当千の戦闘力を持つ魔法詠唱者であり、30人という数は並みの人間の一軍にも匹敵する。

 そんな彼らの目的はトブの大森林を人類の手に取り戻すことである。

 

 『トブの大森林』。そこは薬草や野生動物などの宝庫であり、開墾すればそれこそ豊かな土壌により豊富な作物の実りが期待できるまさに人間にこそふさわしい土地である。しかし、そこは未だに人外の支配下にあり、力のない人間が踏み入ればその餌食になるのは間違いない。

 

「私たち陽光聖典は亜人を殲滅し人間の土地を取り戻すための部隊です。そんなヘマはしませんよ」

 

 今回トブの大森林での任務には複数の目的があるがその一つがリザードマンの駆逐である。

 この森には様々な人類の脅威となりうる存在がいる。トロルやナーガ、ゴブリンやオーガ、そしてリザードマン。特にリザードマンは知能が高く、魔法の武器を所持している者もいるという。魔法詠唱者や戦士としての能力の高い個体もおり群れで襲い掛かられては脅威である。

 

「本来であればリザードマンどもを即死させるほどの毒を流してやりたいのですが……」

「馬鹿を言うな。下流には人間の村落もあるのだぞ」

「はい。ですので弱い毒を定期的に流す魔法道具を作成しました。下流につく頃には希釈され生物に影響はないでしょう。まぁそのおかげでリザードマンの命にも影響はないと思われますが……」

「……だがやつらの食料である魚は殺しつくせる」

「さようでございます」

「しかしニグン副隊長……いくら亜人とは言え川に毒を流すなど……」

 

 ニグンがこれからの飢えて死んでいくだろう亜人の運命を想像しニヤリと笑みを浮かべているところに、一人の隊員が顔に嫌悪感を浮かべながらつぶやいた。

 

「なんだと……?貴様はそれでも敬虔な神の使徒か?」

「いや、しかし毒を流すなどと……」

「亜人をかばい立てすると言うのか?貴様も漆黒聖典……あの第9席次のようになりたいのか?」

「ひっ!?い、いえ!亜人は殲滅すべき対象であります!」

 

 ニグンの言葉に前言を撤回する隊員。力はあるものの神への信仰心に欠ける漆黒聖典第9席次への扱いは他の聖典でも有名な話だ。

 隊員が信仰心を取り戻したことを確認したニグンは満足そうに続ける。

 

「やつらの主食は魚。そして農耕やそれ以外の狩猟をしている様子もない。飢えて数を減らすのもよし、少ない食料を奪い合ってお互い殺しあうのもよし。我らが手を下さずとも滅びへと向かうでしょう。そして弱り切ったところを攻め込めばいい」

「だが川はここだけではあるまい」

「はい、ですのでこれから順に支流に魔法道具を設置していくつもりです」

「分かった。だが、急げよ。今回来た本来の目的を忘れるな」

 

 隊長に厳しい顔で睨み付けられニグンは気を引き締める。もう一つの任務はこのような命の危険がない簡単な任務ではない。場合によっては自分達だけでなく周辺国を巻き込んで大災害へと発展するかもしれない。

 

「リザードマンへの対応が終わり次第、森の最奥部に向かうぞ」

「破滅の竜王……本当に存在するのですか」

「やめろ、その名をみだりに口に出すな!」

「申し訳ございません!」

 

 名を呼ぶことすら憚られるほどの恐ろしい化け物。その名には強大な魔物に付けられる『竜王』の称号まで付けられている。トブの大森林最奥部に封じられているという異世界の魔物。様々な呼ばれ方をするがそれが人類の敵であることには間違いない。

 

 その破滅の竜王が近く復活するという予言があったのだ。

 破滅の竜王については過去にアダマンタイト級冒険者ローファン率いる冒険者チームが命がけで戦っても討伐できず、封じたのみだという。それから数十年、更なる力を蓄えたそれが復活することになれば人類の存続の危機となるだろう。

 

「そのためのケイ・セケ・コゥクだ。見つけ次第カイレ様に連絡する」

「は、はい……」

 

 その言葉にニグンは安堵の吐息を吐く。神の遺産と呼ばれる神器『ケイ・セケ・コゥク』。それはあらゆる存在を意のままに魅了すると言われている。人類の脅威たる破滅の竜王が人類の守り手の手に落ちるわけだ。

 

「さあ、いくぞ。我らの信仰に神のご加護があらんことを」

「我らの信仰に神のご加護があらんことを」

 

 この任務には人類の存亡がかかっている。ニグンは気を引き締めると光の神アーラ・アラフへ人類の繁栄と異形種の滅びを願うのだった。

 

 

 

 

 

 

「ローファンがやられた」

「は?」

 

 突然にリグリットから言われた言葉に蒼の薔薇の面々は困惑する。その面々にはラキュースとガガーランに新たに双子の忍者ティアとティナも加わっていた。

 

「あの爺さんがやられた?モモンとガゼフを弟子にしてやるって息巻いてたじゃねぇか」

「いや、あたしにもよく分からないんだが……たぶんやったのはモモンとナーベだろうね」

「何であの二人がローファンの爺さんをやるんだよ」

「さぁね?何か怒られることでも言ったんじゃないのかい?あれでスケベジジイだしね」

 

 美姫と称えられるナーベを前にしてセクハラでもしたのだろうとリグリットは呆れるようにやれやれと両手を広げる。

 

「それでローファン様は無事なのですか?」

「心配しなさんな、ラキュース。怪我一つないらしいよ」

「なんで怪我してねーんだよ。やられたんじゃねえのか?」

「死ぬかと思ったって言ってたから大怪我したんだろうけど気づいたら治ってたとさ」

「は?」

「誰かが治癒魔法でもかけていったんだろうね」

「それもあの二人か?ぶっ飛ばしておいて治して逃げるって……ったく、どういうやつらなんだよ」

「それは分からないけどね……くくっ、ぜひうちに欲しいね」

「あの……リグリット様。モモン殿とナーベ殿を私たちのパーティメンバーにということでしょうか?」

「そうしたいところだけどね……どこを探してもいないから今のところは保留だね。それよりローファンからの頼みがある」

「ローファン様から?」

 

 リグリットが言うローファンからの頼み。それはかつて仲間達とともに封印したトブの大森林の魔物の様子を見てきて欲しいというものであった。

 

「なんで自分でいかねーんだよ」

「あれで結構な歳だからね。それに若い二人にコテンパンにされたのが決め手だったんじゃないかね」

「はぁー歳は取りたくねーなー。で、その魔物の名前は?」

「ザイトルクワエと言うらしい。何でも昔その森で会ったドライアドに名前を聞いたということだよ。そして復活した際にはまた封印してやると約束したらしい」

「それで俺らが代わりに約束を果たすってわけか」

 

 アダマンタイト級冒険者でさえ封印するのがやっとだった魔物。それを封じるなり討伐するなりすればアダマンタイト級への昇格は確実だろう。

 蒼の薔薇の面々の顔にやる気が満ちる。

 

「異論はないみたいだね。じゃあトブの大森林に出発だよ!」

 

 



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第25話 リザードマン集落の異変

 トブの大森林、その中にある巨大な湖の近隣には広大な湿地帯が広がっている。

 湖を含め周辺には様々な亜人種の生息圏があり、そこにはトードマンやリザードマン等の半水生の亜人種が住んでいた。

 そのリザードマン一族の一つ、『緑爪(グリーンクロー)族』のザリュース・シャシャは川に膝までつかりながら魚を取っている。彼は今は緑爪族である。『今は』というのには訳がある。ザリュースはもうすぐ一族から離れる予定なのだ。

 

「今日も大漁だな、兄者」

「そうだな、弟よ。今夜も腹いっぱい食べられそうだ」

 

 そう言って笑うのは兄のシャースーリュー・シャシャ、ザリュースの兄だ。いつもは捕るのに一苦労する川の魚がやけに動きが悪く、さらに水に浮いて動かない魚までいる。おかげで最近は食うに困るほどの量が捕れて皆浮かれている。

 

「これだけの大漁、祖霊たちの祝福によるものだろう。まるでこれからの一族の繫栄を約束しているようではないか」

「ああ、そうかもしれないな。それにお前の勝利を祝うためのものかもしれないぞ」

 

 リザードマン族には人の神への信仰というものはなく、先祖の霊を敬っている。この大漁も祖霊信仰によるものだと感謝の念を抱き笑いあっていた。

 しかし一転、シャースーリューは真剣な顔つきに変わる。

 

「それでザリュース……本当に行くのだな」

「ああ、明日には旅立とうと思う」

「……死ぬかもしれんぞ」

「覚悟の上だ。いや、死ぬつもりなど毛頭ない、俺は勝って帰ってくる」

 

 そう言って腰に下げたショートソードを叩く。

 シャースーリューの言葉はもっともであった。ザリュースはリザードマン最強の戦士へと挑もうとしているのだ。その相手はリザードマン族の4大秘宝の一つ、氷の魔力を宿したフロストペインの持ち主である。

 勝てばフロストペインはザリュースのものになるが、負ければその命はないだろう。

 

「俺は勝って旅人になる」

 

 『旅人』、それはリザードマンが部族を離れて外の世界へと旅に出ることを意味する。そして旅人となった者はもう一族の一員とは見なされない。

 それでもザリュースが旅に出ようと思うのは危機感からであった。時折外の世界から来る人間や強大な力を持った魔物、そういったものに今までは何とか対応できているが、これからもそうであるとは限らない。そうした危機感からザリュースは外の世界の知識を手に入れようと思っていた。

 そんな弟の想いをシャースーリューも理解する。

 

「分かった……もう何も言うまい……ん?」

 

 弟への説得を諦めかけたシャースーリューが何かに気づく。戦闘の物音のようだ。

 

「<毒沼(ヴェノムスワンプ)>!」

「武技<盾強打>!」

 

 そこにいたのは赤い頭巾を被ったやせ細った人間の女と大型の犬であった。いや、その傍にもう二人いる。漆黒の鎧の者と黒髪の人間だ。

 赤ずきんが魔法によりオーガたちの足を止め、犬が盾を使って殴りつけ、魔法で作り上げた毒の沼の中に沈めている。

 

「強い……な」

「ああ……」

 

 オーガは勝てない敵ではないがその腕力は脅威だ。それに対して赤ずきんが足止めや状態異常の魔法を発動し、犬が盾で攻撃を捌きながら殴りつけて倒している。

 結果、10匹はいただろうオーガがすべて地面に倒れ伏していた。

 

「よーしよしよしっ!クライムよくやったわ」

「わんわんっ」

「よーし、よしよしよしっ」

 

 赤ずきんが犬に抱き着いて頭を撫でまわしている。しかしそこで違和感を覚えた。

 

「犬……いや、人間なのか!?」

 

 犬と思ったがどうも動きがおかしい。歩き方が四足歩行のそれではなかった。

 

「ん?」

 

 どうやら相手も向こうもザリュースたちに気づいたようだ。訓練されたような動きで4人が見事な陣形を作る。かなりの手練れのようだ。

 

「モモンガ様!お下がりください!」

 

 黒髪が鎧と我々の間に立ち、赤ずきんと犬は左右に分かれた。その中で黒いポニーテールの髪を尻尾のように揺らしている女がポツリとつぶやく。

 

「……私も活躍すればモモンガ様にあのように撫でてもらえるのでしょうか」

 

 手のひらをこちらに向けながら黒髪は何か奇妙なことを言っている。しかしその動きに一切の乱れはない。ザリュースの背筋に悪寒が走る。

 

「待ってくれ、我々は敵ではない!お前たちは……人間なのか?」

「ナーベ、ちょーっとこっちに来るんだ。交渉は私がするから……ああ、うん、殺したりする必要ないぞ、ちょっと黙っていような。ああ、分かった。よくやった、よしよし」

 

 漆黒の鎧が黒髪の頭を撫でると黒髪は嬉しそうにして奥へと下がっていった。どうやら漆黒の鎧がリーダーのようだ。安堵の吐息と共にザリュースたちは名乗りを上げる。

 

「俺の名はシャースーリュー・シャシャ。こっちは弟の……」

「ザリュース・シャシャだ」

「仲間が騒がせたな。私の名はモモン。こっちはナーベ。あちらの赤いずきんがラナー。着ぐるみがクライムだ」

 

 ザリュースたちが出会った奇妙な集団、それはモモンガ一行である。

 モモンガたちは生贄()以上のパワーレベリング対象がいなかったため、バハルス帝国へ向けて森の中を移動していたのだ。

 20レベル後半程度までレベルの上がったラナーとクライムについては、襲ってくる魔物にやられる心配も無くなったため実践訓練も兼ねて戦闘は二人に任せていた。

 

 ラナーは魔力系魔法詠唱者としてモモンガの持ってない魔法を中心に適正ルートに沿って育成している。結果、デバフ系や状態異常関係をメインに順調に育成が進んでいた。

 

 クライムについては当初職業構成(ジョブビルド)が混沌状態だったが、今は盾職を中心に育成をしており、防御系の魔法の習得にも成功した。

 ただし、武技については山ほど生贄()を殴っている時に<盾強打>という武技を取得している。ユグドラシルにおけるシールドアタックに似た技だ。

 そんなクライムだが相変わらず犬の着ぐるみを着ているのでザリューシュたちには奇異に映っていたのだろう。奇妙な目で見つめられている。

 

「着ぐるみ?あれは人間なのか?中に何者かが入っているのか?」

「……」

 

 クライムは人間ではあるが、将来は異形種になる前提で仲間としている。そして相手も人間ではない。であるならば異形種と言ってしまっても受け入れられるかもしれない。

 モモンガは少し悩んだあと正直に答えることにする。

 

「いや、我々の中に人間はいない」

「え……だがあれの中身は……」

「中に人などいない」

「モモンガ様の仰ることがすべてにおいて正しいです」

「クライムは犬ですわ」

「わんっ」

「……」

 

 どう見ても犬ではないのだが、そう言い張るならそれ以上突っ込んでも意味はないとザリュースは話を続けることにした。

 

「それで……お前たちはどうしてここにいるのだ?」

「旅の途中だ。その最中にオーガたちに襲われたから撃退していただけだ」

「旅……」

 

 モモンガの言葉にザリュースは憧れを感じる。

 旅人になる。それは一族からの離脱を意味する。しかし、ザリュースはその経験を一族の糧としたいと思っていた。この平和な森の中で生活し続けることは幸せだ。しかし、外の世界を知らなければ危険が迫った時対処が出来ないだろう。

 そして目の前に現れた旅人たち、彼らの話は部族のためになるかもしれず、話を聞かないのは愚か者だろう。

 

「兄者……」

「分かっている。モモン殿。どうだろうか、近くに我々の集落がある。そこで話でも聞かせてくれないだろうか、歓迎する」

「……それは願ってもない」

 

 情報収集はモモンガにとっても重要である。しかしモモンガは川をちらりと見てその異常な様子に気がついた。

 

「川に魚がずいぶん浮いているな」

「ああ、そうなのだ。今日も大漁でな!歓迎の料理は期待しててくれ!」

 

 シャースーリューは嬉しそうにしているが、飲食の出来ないモモンガからすれば期待しても食べられないのでため息しか出ない。

 

「はぁ……期待ねぇ……?」

「さすがはモモン様……気が付かれましたか?」

 

 料理に期待しても無駄と思ってついため息をついてしまったモモンガなのだが、同意するようにラナーが顔をしかめて水を見つめいた。

 

「……どうかしたのか?」

 

 シャースーリューの言葉にラナーが水を手にすくうとそれを観察する。

 

「モモン様、これは自然現象ではありませんね。すでにお気づきでしょうが……」

「えっ!?えーっと……。あ……ああ!もちろん気づいていたとも」

 

 まったく何のことだか分からないが子供を前に知らないというのも情けなさすぎる。モモンガとしては頷くしかなかった。

 

(なんかこの子は俺が何でも知っていると思っているみたいなんだよな……。期待は裏切りたくないが……俺の知識なんてユグドラシルのものくらいしかないんだけど……)

 

「モモン様……これはあれでしょうね」

「ああ……あれだろうな……」

「あれですね?」

「あれだな……」

「それでいかがいたしますか?」

 

(あれってなんだよ!?何かリザードマンにとって悪いことがあるんだろうけどなんなんだ?助けるかどうかということか?)

 

 モモンガは頭を悩ませる。彼らは一応友好的に接触できた初めての人間以外の種族だ。この世界に他にどのような種族がいるか分からないが、この場所がモモンガの落ち着ける場所という可能性もあり得る。

 

(何より彼ら俺たちが人間でないと答えたにも関わらず普通に接してくれている。ならばここで貸しを作っておくほうがいいだろう)

 

 問題があるとすれば何が起こっているのかモモンガにはさっぱりわかっていないということだけだ。

 一方、ラナーはモモンガを見上げたまま返事を待っていた。その視線はモモンガならば何でも知っているという絶対の信頼を持ったものである。

 その視線に目を逸らしたくなるのをグッと堪えてモモンガは考えてぬいた返事を伝える。

 

「そうだな、力になってあげなさい。ラナー、彼らに何があったか分かりやすく教えてあげなさい。分かりやすくだぞ?」

 

 モモンガは部下へすべて問題を放り投げると言う上司としての禁断の技を披露する。部下(ラナー)に投げたボールを投げ返されるのではないかとビクビクしていたが、ラナーは言われたとおり説明を始めてくれたのでほっと胸を撫でおろす。

 

「はい……かしこまりました。結論から言いますが……このままではリザードマンは滅びます」

「なんだと!?」

「ぇ?」

 

 ラナーの言葉にザリュースはつい大きな声を上げる。モモンガも思わず声を上げかけるが何とか堪えることが出来た。

 

 『リザードマンが滅びる』、まるで確定した未来であるかのような言われようだ。それはリザードマンたちの知らない知識を持っている証拠でもある。

 ザリューシュはやはり旅に出る必要があると確信する。一族を守るためのそのような知識こそが求めるものなのだからだ。

 そしてその知識を持っているというラナーの次の言葉をザリューシュたちは真剣な顔をして待った。

 

「魚が浮いている理由はいろいろ考えられます。まず一つは水の中の空気が不足していること。藻などの植物や生物が大量発生して息が出来なくなって浮くことは考えられますが今回はその兆候はありません」

 

(確か赤潮とかで水の中の酸素が極端に減ると魚が死ぬって話は聞いたことあるな……)

 

 モモンガは小学校の頃習った知識を思い浮かべる。

 

「次に落雷などの衝撃により魚が行動不能になって浮いているケース。ですがこの辺りではここ数日晴れ渡っていました」

 

(確かに水は雷系魔法を伝えやすくするからな……。ナーベラルにも御前試合でやられたな)

 

 考えることの無駄を悟ったモモンガは推理から現実逃避を始める。ちなみにモモンガはここ数日の天気さえ正確には覚えていない。

 

「となると……ちょっと水を採取して調べてみましょうか」

 

 ラナーは無限の背負い袋からガラスの瓶を取り出すとそれに川の水を入れる。

 

「<毒物感知(ディティクト・ポイズン)>……なるほど、やはりこれは毒物ですね」

「なんだと!?」

 

 ザリュースはつい大きな声を上げてしまう。

 母なる大地の恵みたる川に毒を流す、それは一族への明確な攻撃である。まさかそんなことが行われているとは思ってもみなかった。

 

(そんなことも分からず我々は魚がたくさん捕れたと喜んでいたのか……)

 

 先ほどまで笑顔で喜んでいた自分たちのなんと滑稽なことか。ザリュースは旅に出なければならないという思いをより強くする。

 野生の毒草などに詳しい者はいるが、今回のものはリザードマンの知らない毒であるかもしれない。世界を回り危険にどのような対応をする必要があるのかを学ぶ必要があるだろう。

 

(いや、それよりも今は目の前のことだ!)

 

「待ってくれ。ラナーと言ったな。本当にこの水には毒が入っているのか」

「ええ。魔法による鑑定結果に間違いはないですわ」

「だがそれだとおかしいだろう。俺たちはこの浮いている魚を最近食べているし、この水も飲んでいる。なのになぜ俺たちは生きているんだ」

「最近体調の悪くなった人は?」

「どうだ?兄者」

「いや、そのような話は聞かんな」

「では……極めて弱い毒なのでしょうね」

「弱い?」

「弱い毒は体の大きな者には効きにくい。だから体の小さい魚だけが弱っていくのですわ」

 

 確信したように断言するラナーにザリューシュは戦慄する。この小さく、そして細くやせ衰えた体にどれだけの知識が詰まっているのだろうか。

 

「お前……何者だ……」

「私はモモン様の家畜ですわ!」

 

 当然のようにラナーはそう言って笑うが、すかさずモモンガから突っ込みが入る。まるでモモンガが幼女をいかがわしいことに使っているようではないか。

 

「ちょっと待て!誤解を招くような言い方をするな!彼女は何というか研修期間中の社員……いや、丁稚奉公……のようなものだ」

 

 日本でも江戸時代などは子供を奉公に出して職を学ばせていたという。ならば今仕事を学んでいるとも言えないわけでもないラナーとクライムはそういってしまっても間違いではないだろう。

 

「私たちをそのように扱っていただけるとは……なんと慈悲深い。さすがはモモン様です」

 

 なぜかラナーから注がれる感謝の眼差し。色々と知っているから役に立つしついてくるなら仲間にするのもいいと思っていただけなのだが、まるでナーベのように絶対者へ向けてくるような対応で接してくる。

 

「それに私程度が知っていることなどモモン様はすべてご存じですから」

「ふふんっ、モモン様なら当然です」

 

 ラナーに同調するナーベラル。その言葉の端々からモモンガへの信頼があふれていた。

 

 一方、ザリュースはモモンガたちの言葉を信じるに値すると判断する。ラナーの理路整然とした説明、魔法の行使、モモンガへの信頼と自信に満ちた態度、間違いはないだろう。

 

「兄者!」

「おう!」

 

 俺と兄は顔を見合わせると頷きあう。ザリュースはここで彼らに会ったことに運命と言うものを感じていた。そして感謝とともにモモンガ達へとその犯人捜索への協力を依頼するのだった。

 

 



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第26話 陽光聖典

「モモン殿。協力に感謝する」

「……気にするな」

 

 友好的に接しているがモモンガはリザードマンたちを全面的に信用したわけではない。リザードマンたちが何らかの報復に毒を流されたという可能性もあるからだ。

 しかし、安住の地を見つけることや、仲間たちの情報を得るという目的のためにはわざわざ敵対する必要はない。

 

「それに毒が流れてきたとしてそれが人為的なものか、自然発生的なものか。気になるではないか」

「自然発生することなどあるのか?」

「鉱毒という可能性もあるのではないか?銅が溶け出した場合や水銀が溶け出して昔大勢の人が死んだことがあったと聞くからな」

 

 ラナーが何かすごく嬉しそうに『さすがモモン様』とでも言いたそうな表情でモモンガの言葉に頷いている。

 

(そんな目で見ないでー……。こんな知識は小学校で習うようなことだろう……)

 

「その可能性もあるというだけだ。誰かが流している可能性もあるがその場合は理由が不明だな。お前たちはどこかと敵対したりしているのか?」

「他の部族との小さな衝突はあるが、いつも正々堂々とした戦いで決着をつけている。毒を流すような誇りのない行為をするリザードマンなどいない」

「ほぅ?」

 

 どんな種族にも善人や悪人はいるものだがリザードマンにはいないらしい。それとも悪事を働くだけの余裕がないということだろうか。

 

(昔ぷにっと萌えさんが何かいっていたな……歴史ゲームの話か何かだったか?)

 

「閑人蟄居して不正をナス?」

「なんだそれは?どういう意味だ?」

「なんだったか……暇を持て余すと悪いことをするということだったか。忙しくしていれば悪事を働く余裕などない。リザードマンは勤勉だなと思っただけだ」

 

(でもナスが不正をするってなんだ?……暇なほどナスを作ったということか?)

 

 モモンガが思い出そうと頭を捻っているとザリュースが口を歪めた。不快な感じはしないので恐らく笑ったのだろう。

 

「ザリュースといったか?リザードマンは人間と比べてずいぶんと好感の持てる種族なのだな」

「モモン殿は人間と会ったことがあるのか?俺も聞きたいのだが、あなたたちにとって人間とはどのような種族なのだ?」

「私もそれほどこのあたりの人間には詳しくはないが……人間の国、リ・エスティーゼ王国には魅力を感じなかったな。ラナーの話によると国の危機であるというのに貴族同士で足の引っ張り合いをしているとか……」

「一族の危機にもかかわらず争いあっているのか?それは口減らしということか?」

「いや……違うだろうな。誰かより楽をしたい、贅沢をしたい、自尊心を満足させたいといった感情か? だがそのために誰かを傷つけ、時に殺すことさえあるのはいただけないな」

「そんなことのために殺すのか!?」

 

 ザリュースは眉をしかめる。生きるため、食べるため、誇りを守るために戦って死ぬことは何も恥ずべきことではなく誇り高いことでさえある。

 しかし人間はそれ以外の欲望のためだけに相手を殺すというのだ。警戒すべき種族とザリュースは心に刻む。

 

「モモン様、それらしき反応を見つけました。周りには人もいるようです」

 

 ラナーからの声にモモンガは口に人差し指を当てる仕草をする。静かにしろということだ。

 

 ラナーには習得した2つの魔法を発動して周囲を探査するように言ってあった。一つは<魔法探知(ディティクト・マジック)>、もう一つは<生命探知(ディティクト・ライフ)>である。

 

「ここのやや上流のあたりに魔法の波動を感じます。その周辺に30人ほどの生命反応がありますわ。体力を<生命の精髄(ライフ・エッセンス)>で確認しますか?」

「いや、さすがにそろそろバレるだろう。私が不可視化の魔法をかけるのでそれで接近してみよう。会話はここまでだ」

 

 完全不可知化でないことがモモンガにはやや不安はあるが、それを看破できるほどの相手ならば今の時点で見つかっているはずだ。なので見つかることも前提にして近づいていくと声が聞こえてくる。

 

「ニグン早くしろ。破滅の竜王の捜索が優先と言うことを忘れるな」

「お待ちください。もう少し……」

「まったくお前は執拗というか……やりだしたらとことんだな」

「当然です。亜人どもは人類の敵と聖書には謳われております。聖書に従うのであれば躊躇など必要ありません。徹底的に一匹残らず排除せねば……毒で数が減らなかったら次は直接薄汚いリザードどもを皆殺しにしてやりましょう」

 

 どうやら探すまでもなく犯人が自供したようである。横を見ると不可視化しているから見えないがリザードマンたちの体から怒気が上がっているような気がする。

 

「おまえらか……」

 

 ザリュースの怒りに震えた声がその場に轟く。

 

「何!?誰かいるのか!?」

 

 きょろきょろと周りを見回す男たちの様子にもはや不要とモモンガは不可視化を解除する。

 

「なっ……リザードマン!?」

「どうやって……」

「お前らが川に毒を流していたのか!祖霊たちが守りし偉大なる川によくも……」

「……」

 

 ニグンと呼ばれていた男はシャースリュー達を無視して視線をモモンガ達へと変えた。

 

「お前たちはリザードマンの仲間なのか?見たところ人間のようだが……」

 

 言われてみて考える。

 モモンガにとって彼らは別に仲間というわけではない。人外というくくりで言えばその中に含まれるかもしれないが、協力を約束したのは犯人の特定までだ。リザードマンに味方するかと言われればそれはメリットとデメリット次第である。

 

「ふむ……難しい質問だな……仲間ではないが……通りかかって偶然会った関係というのが正確だな」

「そうか……。ではお前たちが我々人間側につくというのであれば殺さないでやろう。その亜人どもを殺すのに協力しろ」

「は?」

「亜人というだけで生きている価値のないゴミだ。亜人、魔物、アンデッド……我々は人類以外をすべて駆逐し、その居場所をなくしてやる!お前も人間ならわかるだろう!これはすべて人類のためなのだ!」

 

 居場所をなくす……その言葉にかつてのユグドラシルでの自分を思い出す。

 

 

 

───アンデッド狩り

 

 

 

 特定の職業(クラス)を習得するために必要とされるアンデッドプレイヤーの討伐数、それを稼ぐための人間のプレイヤーにモモンガはキャラクター喪失寸前まで殺され続けた過去がある。

 

『異形種が!』

 

『キモイんだよ!』

 

 そんなことを言われながらゲーム内のどこに行っても狩られ続け、ユグドラシルに居場所などないと思っていたかつての自分。

 そんな状況をかつての仲間たちが救ってくれたから今のモモンガがある。ニグンの言葉はそんな仲間たちの行為さえ否定するものに思えた。

 

「勘違いするな……。ここにお前たち以外に人間などいない」

 

 身の内からにじみ出る不快感とともにそう告げるとニグンたちは顔を青くして一歩下がった。

 どうやら意識せずにスキル『絶望のオーラ』が発動してしまったようだ。リザードマンたちも最初にいた場所から一歩引いている。

 

「だが……そうだな。私はお前たちとは違う。彼らリザードマンに謝罪し、食料について賠償を行い、今後二度と罪もない亜人や異形種を迫害しないと約束するのであれば私は手を出さないがどうする?」

 

 ナーベラルが信じられないというような顔でモモンガを見ている。

 

(気持ちは分かるが毎回その調子で殺しまくってたら困るだろうが……クライムは……何もわかってない顔だけどラナーは何で楽しそうに笑ってるんだ!?怖いんだけど!)

 

 しかしモモンガのその慈悲深い提案も相手には一切通じることはなかった。

 

「愚かな……亜人の味方をするか!身の程を知らないとは厄介なことだな。隊長、殲滅でよろしいでしょうか」

「やむを得ん。各位戦闘体制!」

「「「はっ!」」」

 

 30人はいるだろう奇抜な神官服の集団が一斉に杖を取り出す。対するリザードマンたちも剣を抜き放った。ナーベラルは残酷な目つきをしながら杖を抜く。

 

「待てナーベ。私とお前は見学だ。人間どもが向かってくるというのであれば是非もないが……ここは我が部下たちの(経験値)としてやろう」

 

 相手は多い。そして相手のレベルも考えるとこの人数は二人にはやや厳しいがそれも経験だ。モモンガは念のため自身の姿を幻術によるものに切り替えて魔法を発動可能にするとともにラナーとクライムを解き放った。

 

「<第3位階天使召喚(サモン・エンジェル・3rd)>!」

 

 陽光聖典の隊員たちが次々と天使を召喚する。ラナーたちに襲い掛かってきたのは炎の上位天使(アークエンジェル・フレイム)だ。ユグドラシルと同じ魔法もあるようだ。

 そのため強さについては予測できるが複数で来られると戦力は天使の方が上だろう。

 

「ふむ、少し力が足りないか。では……<竜の力(ドラゴニック・パワー)>」

「な、なに!?」

 

 強化魔法の光がラナーとクライムを包み込む。すると天使たちの剣により防戦一方であったクライムの盾が徐々に剣を弾き返すようになった。

 

「か、囲め!魔法を使うんだ!」

「<衝撃波(ショック・ウェーブ)>!」「<聖なる光線(ホーリー・レイ)>!」

 

 天使による直接攻撃では分が悪いと感じたのか陽光聖典の隊員が次々と魔法で攻撃を始める。さすがにその魔法のすべてが命中してはラナーたちでも厳しいだろう。

 

「ふむ、第3位階までの魔法しか使わないのか。<聖域加護(サンクチュアリプロテクション)>、<月光の帳(ベール・オブ・ムーン)>」

 

 高位の物理防御上昇と魔法防御上昇の魔法がラナーとクライムを包み込み、飛んでくる魔法効果によるダメージが目に見えて減少した。

 

「た、隊長!効きません!」

「くっ……おいニグン!頼む!」

「はっ!お任せください!<第4位階天使召喚(サモン・エンジェル・4th)>!いでよ!監視の権天使(プリンシパリティ・オブザベイション)!」

 

 監視の権天使はニグンが自身で召喚できる最強の天使である。その能力は視認できる自軍構成員すべての防御力を上昇させるというもの。さらにニグンには自身の召喚対象の能力を向上させるという稀有な才能(タレント)を有している。

 監視の権天使の登場に他の天使たちの防御力も上昇し戦線を持ち直した。

 

「ほぉ、第4位階の召喚魔法か……。ではもう少し手助けが必要か?<天界の気(ヘブンリィ・オーラ)>、<無限障壁(インフィニティ・ウォール)> 、<自由(フリーダム)>」

「な、なんだ!?力が湧き上がってくる」

「兄者もか……俺もだ……」

 

 モモンガがラナーとクライムに加えてリザードマンたちにも強化魔法を飛ばす。一方、監視の権天使で戦力を持ち直した陽光聖典は再び窮地に立たされるが、モモンガは容赦しない。

 

「もっと必要か?<超常直感(パラノーマル・イントウイション)>、<感知増幅(センサーブースト)>。<不屈(インドミタビリティ)>」

 

 モモンガが駄目押しに強化魔法を飛ばす。それにより4対30という圧倒的不利であった構図が一気に書き換わった。

 

「モモン様ありがとうございます!<盲目化(ブラインドネス)>!」

 

 攻勢の機と見のがさずラナーが魔法を発動すると陽光聖典たちの視界が真っ暗に染まる。

 

「くっ……状態異常か……<盲目治癒(リムーヴ・ブラインドネス)>!」

「な……治癒が効かないだと!?」

「こっちもだ!」

 

 次々と視界を奪われ混乱する陽光聖典たちを見ながらモモンガはラナーの戦略に感心する。

 

(今のは<盲目(ブラインドネス)>ではなく<暗闇(ダークネス)>の魔法だな。あえて違う魔法名を叫んで相手を混乱させるとはなかなかやるじゃないか)

 

 モモンガは戦いとは騙し合いだと思っている。より正しい情報を掴んで対応した方が有利に戦闘を進めるのだ。そのため相手に虚偽の情報を流すのはとても有効である。

 

 ラナーの魔法は状態異常魔法ではなく幻術系魔法で空間を暗闇で包んでいる。そのためその場を移動するか<閃光(フラッシュ)>などの魔法で暗闇自体を消し飛ばせば視界は回復するのであるが……。

 単純なことなのだが経験不足による思い込みというものは恐ろしい。

 

「目が……目がああああ」「ぎゃああああ!」「誰か助けてくれえええ」

 

 

 

───数分後

 

 

 

 死体の山が出来ていた。モモンガの強化魔法とラナーの幻術系魔法などにより戦力差は覆り、陽光聖典は一気に殲滅されてしまった。

 そして残ったのは一人の男。一番の実力者と思われるニグンが情報収集のために殺されずに残されていた。

 

「さて、敗北を認めるかね?」

「み、認める!ゆゆゆ許してくれ!」

「許しを請う相手が違うと思うが……まぁいい。聞かせてくれ。お前たちは何者だ?」

「……」

「答えないか……では手足の一本くらい……」

「は、話す!我々はスレイン法国の特殊部隊『陽光聖典』だ」

「陽光聖典?ああ……」

 

 ラナーから聞いていたスレイン法国の特殊部隊である。亜人討伐を主な任務としている狂信者集団らしい。

 

「なるほどな。それで君たちがここから帰らなかった場合どうなる?」

 

 ニグンは顔を青くする。それはニグンを生きて返すつもりはないという明確なる殺害予告だ。でなければこんな質問をする必要はない。

 

「……」

「どうした?」

 

 ニグンがなぜか苦し気に胸のあたりを押さえていた。

 

「お、おそらく捜索隊が出される……。風花聖典あたりがな……」

「見つからなかったらどうなる?」

「人外に殺されたと思われるだろう。そしてリザードマンやダークエルフへ報復が行われ……ぐっ!」

 

 報復という言葉にリザードマンが殺意を睨めた目を向けた瞬間……ニグンが胸を押さえると血を吐いて倒れ伏した。

 

「なんだ?どうしたんだ?」

 

 ニグンの顔を掴みあげてみるが白目をむいて泡を吹いておりピクリともしない。生命力も0だ。

 

「死んでいる?お前たちが何かしたのか?」

 

 リザードマンやラナーたちを見るが双方とも首を振る。逆に彼らが半目でモモンガを見つめていた。その眼は口ほどに物語っている。あなた(モモンガ)がやったのでしょう、と。

 

「いやいやいやいや、私じゃない!私じゃないぞ!確かに無詠唱で即死魔法を使えばこのくらいは出来るしスキルを使えば一瞬だがやってない!もしかしたら時限式の魔法を仕掛けられていたんじゃないか!?質問に答えたら死ぬような……」

 

 『出来るけどやってない』と言ってしまったがそこは『出来ない』と言うべきだったと後悔する。

 モモンガがさらなる言い訳を続けようとしたその時……。

 

「なんだいこりゃ?」

「……死体いっぱい」

「血まみれじゃねえか」

 

 森の中から老婆が引き連れた若い女冒険者集団が現れた。

 

 



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第27話 正当防衛

(どうする?一見俺たちが虐殺したように見えないこともない……。正当防衛は成立するだろうか……?攻撃してきたところを返り討ちにしたのだし……)

 

 良い言い訳がないものかと考える。

 とりあえず相手は全員死んでいる。こちらは無傷。殺されそうになったから反撃したというのはどうだろうか。正直モモンガは殺されそうだったとは思っていないし、ラナーたちも思っていない。

 

 ……無理そうである。どう考えても過剰防衛だ。

 

「何とか言ったらどうだい?」

 

 老婆の表情からは何を考えているのかは読めないが落ち着いているようには見える。

 しかし、後ろにいる若い女達はやや驚いているように見えた。それはそうだろう。何十人もの人間が血まみれで倒れているのだ。若い女性など叫びださないだけマシだろう。

 

(それでも正当防衛を主張してみるか……、まぁ嘘だろうが卑屈な態度などもってのほかだな……。あのアルチェルとか言う貴族には丁寧に対応しすぎて失敗したし。多少尊大でも自信を持って対応しよう)

 

 モモンガは頭の中で演じるキャラクターを作り上げる。高貴な出自で歴戦の戦士として実力を持ち、誰にも簡単には頭を下げない自信家。よし、これでいこう。

 今回のことも悪いことなど何もしていないの一点張りで押し通すのだ。

 モモンガは心臓のない体に感謝する。もし心臓があったのであれば緊張により破裂していたかもしれない。

 

「その質問の前にまずは自己紹介をするべきではないか?君たちは何者だ?私の名はモモンと言う」

「ずいぶん落ち着いてるんだね……。まぁ、いいさ。あたしらはミスリル級冒険者チーム『蒼の薔薇』、右からラキュース、ガガーラン、ティアにティナだ。冒険者組合から調査依頼を受けてここへ来た」

「ほぉ?『蒼の薔薇』ね……」

 

 蒼の薔薇の話はモモンガもラナーから聞いている。

 王都でも有名な冒険者チームらしく、実績はまだ少ないがその実力はアダマンタイト級にも匹敵するとも言われているらしい。

 

「私たちは旅人だ。私がモモン。彼女は冒険者のナーベ。それからラナーにクライムだ。バハルス帝国に向けて旅をしている」

「ナーベ!?それにラナーですって!?」

 

 若い女が大声を出す。ラキュースと紹介された少女だ。よく見るとやけに派手な装備をしている。

 

(両手の指すべてにアーマーリング?背中に浮いている剣はなんだ……?なかなかいいセンスをしてるな……)

 

 モモンガは見た目を重視したようなその派手な装備センスに共感を覚える。ロマン装備やファン装備といった種類に近いのだろう。しかし彼女はナーベとラナーの知り合いなのだろうか。

 

「知り合いなのか?」

「いえ、知りません」「私も知りませんわ」

 

 ナーベとラナーが同時に否定する。知り合いではなかったようだ。

 

「彼女たちは君を知らないようだが……人違いではないか?」

「いえ、あの……ナーベ様、一度お会いしましたよね?」

「……は?」

「え?覚えていないのですか……?」

「……誰ですか?」

「くぅ……。で、ではそちらの赤い頭巾の方は……?ラナーという名前なのですよね?顔を見せてもらっても?」

「お断りします。酷いやけどの跡がありますので……」

「ええー……」

「ラキュース、そんな話はあとにしな。モモンとナーベの二人は私も知っている。御前試合のあと姿を消してたけどこんなところにいるなんてねぇ。それでこの状況を説明してもらえるかい?」

「……いいだろう」

 

 モモンガはスレイン法国の特殊部隊がリザードマンに対して行なったことを話す。毒が川に流され食料である魚の収穫が見込めなくなると聞いてリザードマンとともに蒼の薔薇の面々の顔も曇っていく。

 

「それで謝罪と賠償を求めたところ襲ってきたのでやむを得ず殺した。それで何か問題があるか?」

 

 自分達は何も悪くないという正当性の主張とともに胸を張る。例えそれが無茶な主張であっても強気で行けば意外と何とかなるものだ。

 

「確かにそりゃあ殺されても文句は言えないかもね」

「だろう?ならば問題はなかろう」

 

 ガガーランという大女が意外にも納得したように頷いた。人間側に立ってモモンガたちの過剰な反撃を責めるのではと思っていたがうまくいったようだ。しかしリグリットは首を振る。

 

「あんた達の言っていることが正しいならね」

「……何?」

「目の前に人間の死体の山がある。それを殺した奴が『悪いのは殺した相手の方だ』と言う。それを疑わずに信じろとでもいうのかい?」

 

 確かに何の証拠もない状況でモモンガたちだけの証言を信用できないというリグリットの主張はもっともだった。うまくいったと思ったのに逆戻りである。

 

(死人に口なしって言いたいのか。一人くらい生かしておけばよかったか……いや……別に死人だから口がないってことはないんじゃないか……?)

 

「では我々以外の証言があれば信じると言うことか?」

 

 モモンガは一つの解決策を思いつく。一つ手の内を晒すことになるが、この方法であれば何も問題なくすべてが片付くことだろう。

 

「そうだね……誰かほかに目撃者でもいるのかい?」

「いるだろう?目の前に」

 

 リグリットは周りを見渡す。湿地帯の森の中には蒼の薔薇とモモンガたち以外には誰も見当たらない。

 

「あんた、何を言っているんだい?」

「だからいるだろう?そこに死体として」

 

 モモンガは目の前の血溜まりを指差す。そう、別にここは現実世界ではないのだ。死んで証言できないならば生き返らせてしまえば良い。幸い目の前の連中は蘇生魔法でも灰にならない程度のレベルはありそうである。何も問題ないだろう。

 

「死体がどうしたって?本当に何を言っているんだい?」

「ナーベ。こいつらを蘇生しろ。<死者蘇生(レイズデッド)>だ」

 

 ユグドラシルにおける低位の蘇生魔法。結果、膨大な経験値を失いレベルが大幅に下がるデメリットがあるが敵対してきた相手にそこまで気を使う必要はないだろう。

 ナーベラルは指の神聖魔法の込められた指輪を見つめると陽光聖典に魔法を発動する。

 

「<死者蘇生>」

「な、なんだって!?」

「うそっ!?」

 

 リグリットに続きラキュースも驚きの声を上げる。<死者蘇生>はラキュースの知る限り王国では自分だけが到達した神聖魔法の極意であり、他に使用できる者など聞いたこともなかった。

 しかもナーベラルはそれを30回も連続で使用して魔力を消費したにもかかわらず何でもないような顔をしている。

 

「さて、これで証人が増えたな。おい」

 

 モモンガは陽光聖典の中で特に態度が悪かった男、ニグンの髪を掴むと蒼の薔薇の前まで引きずってくる。

 

「は、はれ?ここは……い、いたい……いたいいたい!」

「さて、ニグンとか言ったな。ここで何があったかもう一度正直に話せ」

「ひ、ひぃ!」

 

 先ほど自分達と戦い、隊員たちの体をバラバラにして殺した相手。その相手の赤い眼光が兜の中からニグンの心を射殺す。

 

「どうした?また死にたいのか?ならばお前を殺して別のやつに聞くぞ」

 

 その冷たい声に優しさはなく、答えなかった場合確実に殺すと確信するだけの恐怖をニグンに与えた。ニグンは呂律の回らない口でここであったことを残らず話す。

 

「……ということだ。納得したか?」

「あ、ああ……分かったよ」

 

 当たり前のように人の生死さえ容易くその手の中で転がすその様子にさすがのリグリッドもそれ以上声が出なかった。

 

「さて、リザードマンの諸君。図らずも彼らを生き返らせてしまったわけだが……どうする?」

「ど、どうするとは?」

 

 ザリュースも声を引きつらせる。蘇生魔法などリザードマンの中でも伝説とさえる神話にだけ出てくる奇跡の御業だ。動揺しないわけがない。

 

「我々はあくまで中立だ。彼らに賠償を求めるなり殺すなり好きにするといい」

 

 モモンガは生き返らせた陽光聖典の扱いをリザードマンに丸投げする。蘇生のいい実験台にはなったが、正当防衛を勝ち取った以上は用なしの存在だ。

 

「賠償などいらん。こいつらの顔などもう見たくもない」

「……だ、そうだ。彼らがそう言う以上は我々も手は出さない。だが、二度とその顔を我々の前に出すな。でないと……」

「で、でないと……」

 

 ニグンの顔が真っ青になる。『殺す』、そう続くと思ったニグンは己の甘さを後悔する。

 

「お前たちには死よりも恐ろしい結末が待っていることだろう」

「ひっ……ひああああああああああああ!!」

 

 実際にニグンたちを殺して生死を弄んだ存在。その存在が言うのであればその言葉は事実になるのだろう。モモンガの言葉を聞いた陽光聖典は動かない体を無理やり引きずってその場から逃げていく。

 

「さて、これで誤解は解けただろうか。これ以上話をすることはないが……いや、聞いておきたいことがある。ナザリックやアインズ・ウール・ゴウンといった言葉を聞いたことはあるか?」

「いや……知らない言葉だね」

「ではお前たちは亜人や異形種についてどう思っている?人間がリザードマンを殺そうとしたことに対してどう思うのだ?」

「もしあたしらがあんたたちより先にここに来てたのなら法国の連中とやりあってたのはあたしらだったろうさ。一方的に他種族を殺すなんて許されることじゃない」

 

 リグリットの言葉に蒼の薔薇の面々も頷いている。王国にも意外とまともそうな人間がいると思たのだが……ラナーがくいくいとマントを引っ張ってくる。なんだろうか、早くこの場を去りたそうだ。トイレでも行きたいのだろうか。

 

(確かに水場で冷えたからな……)

 

「そうか、私からはそれだけだ。お互い誤解が解けたようでよかった。では失礼する」

 

 蒼の薔薇の面々はまだ何か言いたそうにしているように見えるが気のせいだろう。それよりラナーの膀胱が大変だ。モモンガは蒼の薔薇の返事を待たずに背を向けて歩き出すのだった。

 

 



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第28話 過剰技術(オーバー・テクノロジー)

「モモン様、それでこの後はどうされるのですか?」

 

 蒼の薔薇と別れた後、ラナーに言われた言葉にモモンガは漆黒の兜に手をやると考える。言葉足らずだと思ったのかラナーはそのまま言葉を続ける。

 

「リザードマンさん達のことです。このままでは食糧不足で良くて戦争、悪ければ全滅ですわ」

「なっ……」

「なんだと!?」

 

 モモンガの返事を遮るようにシャースーリューが大声を出す。緑爪族をまとめる族長として全滅とは聞き捨てならない。

 

「モモン殿たちのおかげで毒の発生源は取り除いたではないか。なぜ食糧不足になるのだ。今までどおり魚を取って暮らせばよいのではないのか?」

「生態系がもとの通りでしたらそのとおりです。ですが魚の絶対量が少なければこれから生まれてきた魚は取りつくされてしまうでしょう。魚が取りつくされれば産卵する魚はほとんど残りません。今のままでは絶望的ですわね」

「そんな……では我々はどうすれば……」

「すべてはモモン様次第ですわ」

「……ぇ」

 

 突然話を振られてモモンガは困惑する。

 

(……何が俺次第なの!?いつもいつも何で俺なら何でも出来ると思っているようにボールを投げつけてくるの!?)

 

「モモン様にはあなたたちを助けるだけの力と叡智があります。ですがあなたたちにそれに応えるだけの何かがあるでしょうか?」

 

 そんな叡智ないよと目で訴えかけるが、期待に満ちた視線が逆に返って来て許してくれない。モモンガは投げ返されたボールを顔面で受けるしかなかった。

 

「リザードマンは受けた恩は忘れない!必ず返す!」

「……だそうですが、いかがいたしますか?モモン様?」

 

 すべては狙い通り、分かっておりますよと言った笑みを浮かべるラナー。

 

 モモンガとしては亜人排斥主義者たちが許しがたかったので敵対はした。それはいい。リザードマンが困っているのであれば助けることもやぶさかではない。

 しかし残念ながらモモンガにはその助ける叡智とやらがないのだ。ラナーは何か考えがあるようだがそれを教えてくれとは言えない。

 

「……ではラナーお前に任せよう」

 

 モモンガは顔面に投げられたボールを泣きながらもう一度投げ返すしかなかった。

 

 

 

 

 

 

(……どうしてこうなった)

 

 3か月後、目の前の光景にモモンガは眩暈がする。もしアンデッドでなければ熱を出して倒れていただろう。

 

「ラナー様!養鶏場については軌道に乗りました。量も全部族に行き渡るだけ確保できそうです!」

 

「ラナー様!魔化蒸気機関の開発に成功しました!」

 

「ラナー様!道路整備が完了しました!魔化蒸気機関の車両への搭載許可を願います!」

 

 ラナーにすべて丸投げしてしまった結果、モモンガの現代知識とラナーの頭脳による改革が想定外の成果を上げてしまっている。

 

 農業においては湿地帯ということを生かした根菜類を中心とした食用植物の栽培方法を確立し、王国で立案していた小麦などの畑作についても森林の一部をモモンガの魔法により焼き払うことで一気に開墾がなされて、すでに作物が育ちつつある。

 

 酪農においてはトブの大森林の中から食用、卵用、搾乳用など用途ごとに使えそうな家畜を探しだして現在は繁殖中だ。養鶏以外についても1年以内には軌道に乗りそうである。

 

 さらに産業においての進歩が最も著しかった。文明レベルが極めて低かったリザードマンたちに過剰と言える産業革命が起きた。

 

 滑車などの歯車(ギア)を使った技術を開発したことにより時計が作られ、水車を利用した動力が作られ、車輪を利用した荷車なども開発され、それらを通すための道路についても整備が行われた。

 

 もちろんそれらを製作する図面を作成する技術についてもラナーにより開発されて伝えられている。単位を新たに作成して統一化、スケールや重さを計量する機器、地図の作成道具なども作られている。

 

 さらにモモンガが驚いたのはそこに魔法による技術が融合されたことだ。燃料を必要とする蒸気機関などの動力を魔法で賄おうというものだった。いずれ列車や自動車も走り出すかもしれない。

 

 水道や下水道についても整備が進み、簡易なものであるが上流から水を引く導水路を整備し、配水池と浄水池を設け、ろ過後の水を高低差を利用した圧力で各家庭へ通している。

 下水については処理場まで送られて肥料として利用する計画中である。

 

 

 

 これらの事業が軌道に乗り始めるにあたりリザードマンの部族を一つにまとめることが提案されている。

 

 食糧不足による部族間の小競り合いが始まったのだ。

 

 最終的に部族間の衝突を時に武力を、時に利益を提示しながら一つにまとめ上げたのもラナーと緑爪族であった。

 

(なんということでしょう……あのほのぼのとした牧歌的な村が匠の手により近代的な街へと変わってしまったのです……)

 

「モモン様のおっしゃる半導体……シリコンですか。それさえ手に入ればもっと色々出来そうですのに……」

 

(こいつ……まだやる気なのか……)

 

 現実逃避していたモモンガは現実へと戻って来た。

 

 想定外にラナーが挙げた成果。

 軽い気持ちで現代知識を話していただけであるのに、ラナーは一を聞いて十を知るどころではなかった。

 モモンガのあいまいな知識から完成形を再現し、さらにそれを魔法の存在する世界へと昇華させたのだ。

 モモンガはやりすぎたと後悔しているが、ラナーは材料さえあれば半導体を用いた電気回路の開発までやってしまうだろう。

 

「モモン様―」

 

 チリンチリンとベルを鳴らしながらクライムが補助輪付き自転車で走ってくる。

 

「お花つんできたー」

 

 クライムが手に持った赤い花を振っている。子供らしくあった当初とあまり変わらないクライムはモモンガの唯一の癒しだ。

 

「あとお肉取って来たー!」

 

 クライムは<無限の背負い袋>から巨大な悪霊犬(バーゲスト)の死体を取り出す。森の中で狩ってきたのだろう。強さについては子供らしさの欠片もなかった。

 

「食べられるのか?これ……ん?クライム口の中どうかしたのか?」

 

 クライムが口をモゴモゴさせているので、モモンガは怪我でもしたのかと心配になる。

 

「んっ……なんでもない、わん!ラナー様ただいま」

「おかえりなさいクライム」

 

 帰ってきたクライムの頭をラナーが撫でている。

 はた目から見ると子供同士の仲睦まじい微笑ましい光景なのだが、年齢以外のいろいろな面がおかしい。

 そしておかしいと言えば村の中にまたおかしなものが見えている。

 

「ところでずっと気になっているんだが……あそこに建てようとしているものはなんだ?」

 

 村の中心となる広場に巨大な木彫りの何かが設置されようとしている。どこかで見たような造形をしておりとても嫌な予感がする。

 

「あれはナーベ様のご提案によりリザードマンの部族すべてが賛同して製作した10/1スケール木製モモン像ですわ」

 

(何をやっているんだナーベラル!!)

 

 ラナーはリザードマンを救ったのは英雄モモンの英知によるものであると伝えていた。

 その結果彼らはモモンガを祖霊の遣わした神だと思っているようなのだ。それに気をよくしたナーベラルが発注したのだろう。

 黒々とした木から彫り出したと思われるその像は鎧姿のモモンの姿を精巧に再現していた。それを見てモモンガは決意する。

 

「ラナーまだ彼らが食料不足になる可能性はあるのか?」

「いえ、後は彼らだけで何とかなると思いますわ」

「ではこれ以上ここにいる必要もないな……」

 

 あんな像まで建てられて崇め奉られるなど罰ゲームでしかない。モモンガのその言葉にラナーは思案気な顔をした後、納得したように頷く。

 

「なるほど……そういうことですか」

「うむっ……まぁ、そう言うことだ」

 

 ラナーが何を思ったか分からないが反対しないのであれば是非もない。

 モモンガは、もはや集落とも呼べないほどの規模になりつつあるがリザードマンの集落を見ながら、新たな場所へ旅発つ決心をするのだった。

 

 

 

 

 

 

 モモンガが旅立ち前になんとか木像の設置を阻止しようとナーベラル相手に四苦八苦している頃……ラナーとクライムは旅立ちの準備を始めていた。

 

 集落にいる間に増えてしまった荷物をいるものといらないものに分けていく。

 

「ラナー様。ここにずっと住まないの?」

「ええ、きっとこれもモモンガ様の予定通りの行動なのよ」

「モモンガ様の考えなら心配ないね!」

「きっとここでの《実験》は終了ということでしょうね。それに私にこれ以上文明を発展させるのを止めたかったのでしょう。迂闊でしたわ……まだ全世界がモモンガ様の下にひれ伏してないというのに……」

 

 この世界がリザードマンたちのみであればこのままでいいかもしれない。

 しかしこの世界には取るに足らない知恵しか持っていないにも関わらず、恥ずかしげもなくまるで自分は何でも知っていますとばかりに人々を支配している者たちがいる。

 彼らに本当の支配者とは誰か、それを教える必要があると主人はいっていたのだろう。

 

「さぁ、クライム。世界中にモモンガ様がいかに素晴らしい支配者であるか知らしめてあげましょう」

「わんっ」



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バハルス帝国編
第29話 帝国を継ぐ者たち


 まだ少年と言える年齢の男が二人の部下を引き連れてある街の大通りに向かっていた。名はジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス。バハルス帝国の皇子の一人である。

 

「さて、確かこのあたりだったか」

「ええ、報告どおり間違いありません」

「っていうか間違ってたら俺らも一緒に縛り首なんだけどな。本当にいいんですかい?」

「ちょっとバジウッド、殿下に対してその口の利き方は……」

 

 二人はジルクニフの側近だ。

 一人はバジウッド。口の聞き方は粗雑だがそれは平民出身であるため目を瞑っている。それを窘めている貴族然としたもう一人はニンブル。下級貴族の出身の次男、つまり平民とそう変わらない身分の男である。

 

「いや、構わない。公式の場では許さんが、そういったところも含めて私の騎士団に勧誘したのだからな」

「そうそう、でもびっくりしやしたぜ。平民も含めた新しい騎士団を作るって聞いたときには」

 

 現皇帝陛下、つまりジルクニフの父は厳しい男であり皇子である息子たちを遊ばせておくようなことはしない。質実剛健をモットーとする帝国の習わしとして息子たちに役職を振り競わせていた。

 兄たちは他の有力貴族などにパイプを持てる大臣職を争って奪い合っていたが、ジルクニフはその時一つの提案をし、父の承認を受けていた。

 すなわち、「新たな騎士団を創設しその指揮を任せてほしい」というものだ。

 

「びっくりしましたよ。私のような下級貴族まで取り込むとは……」

「まだ時間までしばらくあるな……。少しおしゃべりでもしようか。なぁ、ニンブル、バジウッド。今私は皇位継承権を巡って兄たちと争っているが、その継承者である皇子たちが一番恐れるのは何だと思う?」

「皇帝は長子継承ではなく、実力で勝ち取るもの……でしたかね?」

 

 帝国の皇位については皇太子に継承権があると決まっているがその順位は実力によるものと代々定められている。獅子は我が子を谷底へ突き落とし、這い上がってきたもののみを育てるということなのだろう。

 

「やはり有力貴族とのコネクションでは?産業や農業で力を持っている貴族の発言力は侮れません」

「たしかにそりゃそうだな。金を持ってるやつのところには人も兵もいっぱい集まるしな。でもそんな貴族とつながりがあるだけで皇帝がつとまるのか? 俺はやっぱ人を引き付けるカリスマってやつが怖いんじゃないかと思うな」

 

 予想通りの回答をするニンブルとバジウッドにジルクニフはニヤリと笑う。

 

「確かにお前たちの答えは正しい。しかし間違ってもいる。それは……」

 

 ジルクニフが答えを言おうとしたその時、前方に複数の馬車が現れた。過剰なほど華美な金銀で飾り付けられた馬車の周りには複数の護衛が付いている。

 馬車は馬上で道を塞いでいるジルクニフ達の前で止まった。

 

「何者だ!ランカスター公爵の馬車に立ちふさがるなど……」

 

 御者台に乗っていた男が声を上げるが、ジルクニフ達の服装を見て顔色を変える。

 

「私はジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス!帝国第8騎士団を預かる将軍である!皇帝陛下より賜った警察権によりお前たちの馬車の検問を行う!」

「な、なにを……」

「バジウッド!」

「へい!」

 

 相手の返事を待たずバジウッドは迷わず一番後部に付けられた馬車へと向かう。周りの冒険者が、またはワーカーと思われる護衛たちも皇帝陛下の名代と聞いて戸惑っていた。

 その隙をついてバジウッドは馬車の扉を開けようとするが予想通り固く閉ざされている。そのため腰の剣を引き抜くとその扉に叩きつけて無理やり斬り開いた。

 そしてその中には……。

 

「んーっ……んーっ!」

 

 そこには声にならない悲鳴を上げている女たちがたくさん詰め込まれていた。涙に顔を濡らし着ている物はほとんどなく半裸と言っていい状態だ。

 

「殿下、間違いねえ。村から攫われてきた女たちだ」

 

 バジウッドの言葉にジルクニフは馬車へと目を向ける。その整った顔立ちに宿る瞳は帝国を荒らす悪を断ずる光のように人々の目には映ったことだろう。

 

「さて、馬車の中にいつまでも隠れてないで出てきたらいかがですか?ランカスター公爵殿!」

 

 ジルクニフの言葉に馬車の中から妙齢の男が下りてくる。それに続き華美な服装の男も下りてきた。金色の髪が輝くその横顔はどことなくジルクニフに似ている。

 

「さて、ランカスター公爵と……おやおや?まさか兄上までこのようなことに関わっていたとは驚きです」

「なっ……私は違う!」

「違う?どの口がそのようなことを言うのですか?ここまで大勢の人間が目撃したこの場で! 帝国の法を犯す形で女性たちを攫ってきて!」

「本当だ!私は知らなかったんだ!ランカスター公爵が勝手に……」

「殿下、落ち着いてください。これは何かの間違いです。私も真摯に原因究明にご協力したいところ……私も後続の馬車にこのような女たちがいたということは知らなかったのです。まずは法律の専門家などを集めて……」

「黙れ!国賊が!」

 

 言い訳を始めた侯爵だが衆人環視の中で響き渡るジルクニフの凛とした声に思わず黙り込む。

 

「どの口がそれを言う!すでに証人も証拠もすべて押さえている!見ろ!これがお前たちが攫い!そしてこれまでもて遊んで殺してきた人間たちの名簿だ!!」

 

 ジルクニフはニンブルが差し出した羊皮紙の束を持ち上げると公爵に投げつける。それを読んだ公爵の顔は見る見る青くなっていった。

 

「お、お待ちを!これは……」

「既に証拠は十分! 帝国法に基づき! 私ジルクニフ・ファー・エル=ニクスは皇帝の名代としてランカスター公爵を死刑に処す! ニンブル!」

「はっ!」

 

 ジルクニフが腰の剣を抜くと同時にニンブルも剣を引き抜いた。そして一気に公爵のいる馬車まで馬で駆ける。

 しかし、それを護衛が許すはずもない。馬車の周りにいた4人の護衛も剣を抜くが、次の瞬間には既に4つの首が地面に転がっていた。

 抜身も見せる間もなくニンブルが剣を振るったのだ。

 護衛のいなくなった公爵にジルクニフは駆け寄りその首を問答無用で刈り取る。その首からは噴水のように血しぶきが吹き上がりジルクニフの顔や服を赤く染めていく。

 

「ひっ、ひぃ!ま、待てジル!側室の子のお前が私を殺したりすれば母上が……」

「皇族でありながらこのような悪逆非道!潔く覚悟されよ!」

 

 兄が何かを言う前に公爵を斬った剣をひらりと返し、躊躇なくジルクニフは兄の首を刈り取った。

 

「さて、帝国にあだなす逆賊は討ち取った。さて、残ったお前たちはただの雇われか?それとも主と同じ穴のムジナか?」

 

 ジルクニフの言葉に公爵に雇われていた者たちは慌てて武器を放り捨て地面に首を垂れる。

 

「さて、女性たちをそのような格好のままにしておくものではないな」

 

 ジルクニフはパチンと指を鳴らすとどこから現れたのか複数の兵士たちが毛布を持って現れて女性たちの肌を隠して保護をしていく。

 そのあまりもの手際の良さに武器を捨てた公爵の部下たちは下手に反抗しなくて正解だったと安堵する。もはやこの場にジルクニフが現れた時点ですべては仕組まれており公爵の敗北だったのだ。

 

「我が愛する帝国臣民たちよ!よく聞け!我々帝国騎士団第8軍は貴族・平民問わずに公正なる裁きを行う!諸君らの平和は我らが守る!もしこのような非道が今後も行われるようであれば我らを頼るがよい!」

 

 血塗れになりながら堂々と言い放つ、まだ少年とも呼べるほどの年齢のジルクニフの言葉に周りで見ていた群衆は一人また一人と跪き、畏怖と尊敬の感情を抱きながら頭を下げていく。

 

「なんという王の器……」

「まさにあの御方こそ次代の皇帝陛下に相応しい」

「側近のニンブル様の剣技を見たか?カリスマだけでなく恐るべき力も備えておられる」

「ジルクニフ殿下!万歳!」

 

 その後、噂が噂を呼び、ジルクニフの通る先では我先にと帝国国民は道を開け、自ら進んで頭を下げていった。

 その様子を見ながらジルクニフは満足そうに微笑む。

 

「殿下、せめて顔くらい拭いてください」

 

 さすがに血塗れのままというのを放置するわけにもいかずニンブルがハンカチを濡らして手渡す。

 

「ああ、すまないな。そうそう、先ほどの答えだがな」

「殿下たちや貴族が恐れるものですか?」

「そうだ、今のがその答えだ。つまり絶対的な『暴力』。権力者はそれが怖くて怖くて仕方がない。そのくせ見栄を張って暴力よりも権力のほうに力を注いでしまうからこのような結果になるのだ」

「っていうと何ですか?お貴族様は俺らが怖いってことですかい?」

「ははははは、バジウッド。そのとおりだ。どんなに金を持っていようと、どんなに広大なコネクションを持っていようと、自分の首が体から離れてしまえばそんなものは使いようがない。この世界には一人で100人1000人を相手に出来る圧倒的な強者がいるのだ。そんな強者を敬い、仲間にしなくてどうする」

「なるほど、だから殿下は大臣なんかより平民でもなんでも関係なく強者を集める軍を率いることにしたってことですかい」

「そのとおりだ。不快か?」

「いえ、俺をあんな裏路地から引き抜いてくれた殿下にはどんなに感謝してもしたりませんぜ」

「それはありがたい。私もお前たちを信頼しているからこうしていられるというわけだ」

「信頼してるのは私たちも同じですけどね。証拠を集めて裏で糸を引きながらあれだけの場を用意したのはすべて殿下の手腕ではないですか」

 

 ニンブルはジルクニフを尊敬の目で見る。事実ジルクニフの手腕は常軌を逸していた。わずかな情報から的確な指示を各部署へ送り、そしてこの日この時のためにすべて準備を万全にしたうえで不正を罰したのだ。

 

「私だけの力ではないさ。平民出身だが優秀な軍の諜報担当が複数動いてくれている。それにあそこであの二人を殺せなかったらおしまいだったからな。慎重にもなるさ」

「あの証拠だけでも十分かと思いますが……」

「それはやつらを甘く見すぎだ。公爵がその権力を使えばトカゲのしっぽを用意して簡単に逃げ切るだろう。だからこそあそこでお前たちに護衛を処分させて命を奪ってしまう必要があった。まぁ兄上は本当に知らなかったようだが、どうせ弱気な兄上のことだ。公爵の肉欲接待を受け入れて骨抜きにされていただろうさ。そんな人間を皇帝にするわけにはいかない」

「まったく恐ろしい人です……」

「私なんてまだまだだ。伏魔殿には兄上の母であるあの皇后様がいらっしゃるからな……」

 

 正妃である皇后はジルクニフにとってもっとも厄介な相手だ。自らの子供を皇帝にしようと様々な手段で画策しており、ジルクニフにしても今回のことに対する皇后の反撃を予想すると頭が痛くなる。

 

「だが、この国はこのままではいけないのだ……」

 

 帝国は広大な領土を持つが、リ・エスティーゼ王国と違い肥沃な大地を持っているというわけではない。その中で歴代の皇帝が貴族たちをまとめ食料を融通しあい国を維持してきた。

 しかし、民と国を守るべく長く続いた貴族は譲り受けた爵位を自分自身の力と勘違いし、己の欲望にのみその力を振るう貴族が増えてきている。

 国の根幹を担う国民を欲望のために殺してしまうような貴族ばかりになってしまってはジワジワと帝国は自らの首を締めることになるだろう。

 

「隣の国がうらやましいものだ……」

 

 リ・エスティーゼ王国では帝国以上に貴族の腐敗が進んでいるが、それでも国を維持できるほどの食料生産があるのだ。王は凡庸で発言力がなく、貴族たちは付けあがり民を虐げているというのにである。

 

(私が王国を支配してしまえば……)

 

 何度そう思ったか分からない。この国にしてもそうだ。皇帝はよくやってはいるが皇后からの進言に甘く、政策が中途半端だ。奴隷制度を全面的に取り締まらないのもその影響だろう。

 この国を救う、そのためにはたとえ父親でも……。

 

「ニンブル、バジウッド。もしもの話だが帝国の近衛兵全員とお前たちが戦ったとして勝てるか?」

「へ、陛下突然何を!?」

「たとえ話だ、あまり深く考えるな」

「俺とニンブルの二人じゃちょっときついだろうな。あいつら結構隙がないぜ」

「率直に言ってそのとおりですね。まぁあと一人か二人くらい我々と同じくらいの戦力が入ればなんとかなるかもしれませんが……」

「あと一人か二人か……」

「ちょっ、ちょっと陛下!?変なこと考えないでくださいよ!?」

「ははは、何を言っている我々は皇帝陛下直属の騎士団だぞ。変なことなど考えるわけあるまい」

「ほんと勘弁してくださいよ……」

 

 ニンブルが首を振りながら肩を落としている。ジルクニフが少しからかい過ぎたかと反省していると……。

 

「殿下!」

 

 ニンブルとバジウッドの二人が馬上で警戒態勢を取る。

 まだ街中であり無人の野を行くがごとく人垣が割れていくなかを進んでいるというのに何があったというのだろうか。

 ジルクニフが前方に目を見やると帝国民と全く異なる動きをしている者たちがいた。道を避けることもなく堂々と真ん中を進んでくる4つの人影。

 

 一人は漆黒の鎧を着た偉丈夫。一人は驚くほどの美貌を持つ黒髪の女。一人は赤い頭巾の痩せた幼女。そして犬。

 

(……犬!?)

 

 よく見ると2本足で歩いているので獣の皮でもかぶっているのかもしれない。

 彼らはジルクニフ達と同様に無人の野を行くがごとく民衆たちの間を堂々と進んでくるとジルクニフたちの前で立ち止まった。

 

 漆黒の鎧に動きはない。しかし黒髪の美女と赤い頭巾の幼女は思い切りジルクニフ達を睨みつけていた。犬に至っては唸り声をあげている始末だ。

 

(な、なんなんだこいつらは!?)

 

 馬を止めたジルクニフは奇妙な集団と往来でお互いに見つめあうのだった。



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第30話 腹黒皇子と漆黒の戦士

 リザードマンたちと別れた後、モモンガたちはバハルス帝国へ向けて移動していた。その道中……。

 

「痛い……痛い痛い……」

 

 突然クライムがうずくまって苦しみだしたのだ。その苦しみようにモモンガは慌てる。

 これまでクライムたちには陽光聖典を始め数々の魔物たちと戦闘をさせてきた。しかし、多少の怪我をすることはあるもののここまで苦しそうな顔をしているのは見たことはない。

 もしかしたら戦闘中に大怪我を負っていてそれを隠していたのだろうか。それであれば保護者であるモモンガの責任といえる。

 

「ど、どうした?怪我か?大丈夫か、クライム?」

「モモンガ様、ペットの体に傷はありません」

 

 すぐにクライムを裸に剥いて状況を確認するナーベラル。『なぜ脱がした』とは思うものの確かにナーベラルの言う通りどこにも外傷は見当たらない。怪我ではないということは何らかの病気か呪いの類という可能性が挙げられるが……。

 

(クライムに与えたアイテムである程度の状態異常は防げるはず……ということは私も知らない未知の状態異常ということか!? トブの大森林の風土病?ならばどうする!?)

 

 子供の世話などしたことがない。モモンガの精神は予想外の事態への動揺で限界を迎えるが、鎮静化して落ち着きを取り戻す。

 

「クライムどこが痛い?どうしてそうなったのだ?」

「は……」

「は?」

「歯が痛いよぉ……」

「……」

「モモン様ここは私が診ますわ」

 

 ラナーはクライムに口を開かせると口内を観察する。しばらく中を診察した後に溜息を一つ吐くと無慈悲にもその頬を思いっきり指で突いた。

 

「ぎゃああああああああああああ!!!」

 

 クライムがあまりの痛みに絶叫して転げまわる。

 

「クライム。<無限の背負い袋>の中身を見せなさい」

「や、やだ……」

「見せなさい!!」

 

 ラナーの剣幕にクライムは涙目で自分の<無限の背負い袋>をラナーに渡す。その中身を見たラナーはため息を吐いた。

 

「あなたモモン様からいただいたチョコレートを1日いくつ食べました?」

「……」

 

 クライムは片手の手のひらを広げる。5個だろうか。

 

「50個も食べていたの、あなたは……」

 

 50個という数にモモンガは最近クライムが食事の時あまり量を食べていなかったのを思い出す。さらに昼間に口をもごもご動かしている時があった。あれはチョコレートをつまみ食いしていたのか。

 

「チョコレートもクッキーもキャンディーも没収です」

「いやあああああああああああああ!!」

 

 クライムがこの世の終わりのような顔をして泣き叫んでいる。これはもしかしたら……。

 

「虫歯です」

 

 モモンガの予想通りだった。

 それは甘いものばかりを食べて歯も磨いてなければ虫歯にもなるだろう。モモンガはクライムを子供だと甘やかしすぎたと反省する。

 

「確かインベントリの中に歯ブラシも入っていたはずだ。後で渡すので今後はそれで毎食後歯を磨くように」

 

 モモンガ自身が飲食不要だったので虫歯という可能性を考えなかったのが失敗だった。これも人間をやめたデメリットなのかもしれない。ならば今後のために実験が必要なのかもしれない。

 

「しかし……とりあえず私としては虫歯というものがステータス異常なのか負傷扱いなのかが気になるところであるな……。どうせ乳歯だし抜く前にいろいろと実験してみてもいいか?」

「クライム。モモン様がこうおっしゃっております。これに反省して今後は甘いものの食べすぎは控えるようにするのですよ。モモン様、出来るだけ痛くしてやってください。私もっとクライムの泣き顔が見たいですわ」

「お、おう……」

 

 ラナーのドS発言にドン引きしつつ、クライムは残りの生命力を観察されながら虫歯にダメージを与えたり回復をされたりすることとなった。

 

 どうやら虫歯部分を削り取ったり折ったりした後に治癒魔法を使用するとその部分は健全な状態に戻るようだが、状態異常回復の魔法では治らないようだ。

 

 結局最後はあまりに泣いているクライムを哀れに思ったモモンガが麻痺で麻酔をかけてやり、虫歯は抜かれることとなった。

 

 

 

 

 

 

「クライム隙だらけですよ」

「ぐふっ……」

 

 ラナーの杖がクライムの腹部を突く。

 お菓子の禁止を言い渡されたクライムはその禁止解除の条件として防御系の武技の取得を義務付けられた。

 

 ラナーが様々な資料や伝承から武技の取得条件として出した結論。武技とは本人がそれを必要とする『意志』と『経験』により習得するというものだ。トブの大森林での戦闘では一方的過ぎて防御を必要とすることが少なすぎた。

 そのための実証実験が現在行われている。

 

「<魔法の矢(マジック・アロー)>」

 

 不意打ちで斜め後ろからナーベラルが手加減して放った1本の魔法の矢をクライムはすんでのところでバックラーで防ぐ。

 このように移動中もまったく気が抜けるような状況でなく、右から左から攻撃をされまくっていた。

 

(6歳児にこれはどうなんだろうか……)

 

 児童虐待という言葉がモモンガの脳裏によぎる。虐待している側も児童だからセーフだろうか。

 

「武技<要塞>や武技<城塞>などの低位の武技くらいそろそろ覚えて欲しいですわ。それらを覚えて初めて武技<不落要塞>へと至ると聞きます」

 

 <不落要塞>は御前試合でガゼフの使った武技である。ユグドラシルでは存在しない能力であり、使われて攻撃を無効にされた時はモモンガも驚愕したものだ。

 

(あれって最高位の武技だったのか……相手の攻撃の無効化とかどう見てもチートクラスだものな……)

 

「魔法や遠距離攻撃を防ぐ武技などはないのか? または防いだことで相手の体勢を崩すものとかは?」

「私は存じませんがモモン様はご存じなのですか?」

「ああ、パリィやミサイルパリィ、マジックパリィなどがあったな。それらが取得可能かどうかも知っておきたいところだ」

 

 そのために児童虐待と思いつつもナーベラルに魔法攻撃もさせている。防御力を高めるだけの<要塞>などと比べてパリィは相手の攻撃を捌き、数秒の硬直時間を相手に与えるものだ。

 

 実践においてその数秒は致命的な隙ともなりえる。それを防ぐためにユグドラシルでは攻撃する方もパリィされないようタイミングを計ったりスキルや魔法を使って駆け引きをするものだった。

 

「ですがそろそろ街につきそうですわ。このあたりでやめておいてはどうでしょうか」

「そうだな……」

 

 さすがに人前で児童虐待は見せられない。のんびりと移動して来たがいよいよ2つ目の人間の国だ。リ・エスティーゼ王国のような国でないことを祈るばかりだが、未知の土地を探索するというのは実に気分が高揚する。これが冒険の醍醐味というものだろう。

 

 そんな気持ちのモモンガ一行は領地の名を示す看板を横目に兵士たちによる検問を終えて街へと入っていく。

 するとなぜか道行く人々が道の両脇に立って道を開けていた。

 

「ふふんっ、虫けらたる身の程を弁えた街のようですね。モモンガ様のために道を開けているのでしょう」

 

 ナーベラルがさも当然のように胸を張っているが……。

 

(いやいや、そんなわけないだろう!?どうしたんだこれは?)

 

 きょろきょろと周りを見ながら道の真ん中を進んでいくと前方から馬に乗った3人の人間が進んでくるのが見える。

 彼らが纏っているのは元は煌びやかな鎧だったのだろう……が血を浴びたように赤く染まっていた。

 

 バハルス帝国の皇太子の一人であるジルクニフと護衛のニンブルとバジウッドである。

 

 その様子にモモンガは自分たちが避けた方がいいと判断するが、指示する前にナーベラルたち3人が堂々とその正面へと向かっていってしまった。

 

(ちょっ!待って!?)

 

 一方、ジルクニフの護衛のニンブルとバジウッドもモモンガたちに気が付くとジルクニフの前に出るように立ちふさがる。

 

「止まれ!ここは天下の帝道である!さらにジルクニフ殿下の御前である!道を開けるがいい!」

 

 大男(バジウッド)の声にモモンガはすぐに道の端に移動しようとするが、その前にナーベラルが声を上げていた。

 

「ふんっ、ここが天下の公道であるというのであればなぜその天の前に立ちふさがるというの?」

「な、なんだと?」

 

 あまりと言えばあまりの言葉にさすがのバジウッドも怯む。相手は自らを天に例えたのだ。皇帝位は宗教上、天より与えられるものとされる。ナーベラルの言葉は自らが皇帝より上だと言ったも同然であった。

 思わずモモンガが顔を手で覆っている中、ジルクニフが前へと進み出た。

 

「やめよ。たかが道を譲る譲らないで争うなど見苦しい」

 

(まさにおっしゃるとおりです……すみません)

 

 それはモモンガがいつも思っていたことだ。まだ少年と言えるような年齢のジルクニフへの共感にモモンガは好印象を抱く。

 

 一方、ジルクニフは穏やかに対応しつつも心の中でしっかりと警戒を緩めず相手を観察していた。

 

(とてつもなく美しい女だな……王族かなにかか?立ち位置的には漆黒の鎧が一番偉そうだな……しかし後ろの子供と犬はなんなんだ?)

 

 冒険者なのか芸人か何かなのか。今まで出会ったことのない種類の人間たちだった。ジルクニフは小声でニンブルとバジウッドに耳打ちする。

 

「ニンブル、やつらの実力がはかれるか?」

「いえ……すみません。何も感じませんが……」

「殿下……この場合何も感じないってのが何かヤバいって気がしますぜ……見てください、ほら」

 

 バジウッドが小手の隙間から肌を見せると一面に鳥肌が立っていた。帝国有数の実力を持つ戦士であるバジウッドがである。ジルクニフは相手への警戒度をさらに一段上げる。

 

「なんて言ったらいいか分かんねえがヤバい。俺は力づくで何とかするのは反対ですぜ」

「ふっ、私もそんなつもりはないとも。相手が強いなら強いで対応はいくらでもある」

 

 戦士の勘というものが馬鹿にできないことをジルクニフは知っていた。そのおかげでこれまで何度も命拾いしてきたのだ。バジウッドが危険と判断した相手であるならば相応の礼を以って接する必要があるだろう。

 ジルクニフはモモンガたちに対して馬上で優雅に一礼する。

 

「部下が失礼したな。まずは自己紹介を。私はバハルス帝国第三皇子で帝国第8騎士団を預かっているジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスという。こちらは部下のバジウッドとニンブルだ。そちらのお名前を伺っても?」

「ふふんっ、恐れ多くも御方のお名前を聞きたいですって?身の程を知らずですが……いいでしょう!こちらにおわす御方こそすべての創造主様たちのまとめ役、この世のすべてを支配されるべき絶対の……キュッ」

 

 モモンガのチョップが頭にクリティカルヒットしたナーベラルは頭を押さえながら涙目でモモンガを見上げる。

 

「こちらも仲間が失礼した。彼女はアダマンタイト級冒険者のナーベ。少し妄想癖があるが許してほしい。私はまだ冒険者ではないがモモンという。赤い衣装の子供がラナーで犬の格好をしているのがクライムだ。訳あって共に旅をしている」

 

(ナーベとモモン?どこかで聞いたような……どこだったか……そうだ!リ・エスティーゼ王国の御前試合!)

 

 王国へ潜入させている諜報員から王国の御前試合の結果は聞いていた。会場を破壊しつくすほどの魔法を放った冒険者ナーベ。魔力切れで負けを認めたナーベを無慈悲にぼこぼこにして泣かせて優勝した屑のモモン。

 

(じいもえらく興味を持っていたな……。しかしなぜ二人が一緒に?それにラナーと言うのは王国の第三王女と同じ名だ……。だが……いずれにしろ取り込まない手はない!)

 

 特に帝国の主席宮廷魔術師であるフールーダをジルクニフの陣営に取り込むためにも冒険者ナーベという高位の魔法詠唱者はぜひ欲しい。

 

「モモン殿。貴殿はまだ冒険者ではないと言ったが仕事を探しているのかな?」

「まぁ……そうなる」

 

 ナーベラルやラナー、クライムでさえ金を持っているが、モモンガ自身が稼いだ金はなく、現地の所持金はゼロである。困っているわけではないが、働いてもなく、所持金もないというのは社会人であったモモンガにとって不安でしかない。

 

「それであれば私の騎士団に来てはどうだろうか?貴殿たちならば高待遇で歓迎しよう」

「えっ……いくら……」

 

 『いくらくらいもらえるの』という言葉をモモンガは飲み込む。

 『働きやすい職場です』『家族のような親しみやすさ』『高待遇高賃金』、こういうのはブラック企業の常とう句だ。安易に信じると馬鹿を見る。

 

「んんっ、いくら好待遇でもそのつもりはない」

「それは残念だ。でもいつでも歓迎するから考えておいてくれ。では冒険者としての活躍に期待させてもらうよ。私からも何か依頼するかもしれないからね」

「分かった。その際はぜひ引き受けさせてもらおう。では、我々はこれで失礼する」

 

 モモンガは一礼するとジルクニフたちを避けて街の中へと入っていった。

 

「殿下、行かせてしまってよかったんですかい?」

「いいわけないだろう!追え!どこに行き、どこに泊まり、何をするのかすべて確認してくるんだ。万が一そんなことはないだろうが、皇后や兄の勢力に取り込まれたら不味い。後で諜報員も合流させる」

「了解!じゃあ行ってきますぜ!」

 

 バジウッドは馬をニンブルに預けると人込みへと紛れ込んでいった。もともと裏路地で生活していた元庶民だ。うまく溶け込んで探ってくれることだろう。

 

「殿下、彼らのことを気に入ったんですか?」

「お前たちが強いというのならば間違いないだろう。強者であり、話が通じるのであれば見た目や身分や性格などどうでもいいことだ。少なくともお前たち並みの強者があと二人は欲しいな」

「ちなみに他に目をつけてる方がいたら教えていただけますか?私の同僚になるかもしれませんので……」

「そうだな……闘技場の武王『白亜蛾眉(はくあがび)』とかはどうだ?」

 

 ニンブルは予想もしていなかった人物を挙げられ困惑する。武王とは帝都の闘技場におけるチャンピオンに付けられる称号だ。

 

「それ人間じゃないじゃないですか……」

「話が通じるのであればそれでもかまわないではないか。じいなどアンデッドを使役して働かせることができないか研究したいなどと言っているのだぞ」

「えー……さすがにアンデッドはないでしょう。アンデッドは……」

「私もそう思うがじいを引き込むためには仕方がない……」

「フールーダ様は帝国の礎ですからね……」

 

 フールーダ・パラダイン。主席宮廷魔術師である彼は魔力系魔法・精神系魔法・信仰系魔法の三つの系統を修め三重魔法詠唱者(トライアッド)と呼ばれる最強の魔法詠唱者でもある。

 『フールーダ・パラダインがいる』、それだけで他国は帝国との戦争を避けるほどの影響力を持っている。

 

「お前はどこかに強者の心当たりはないのか?」

「そうですね……。強者と言えばロックブルズ家の令嬢なんてどうですか?剣を持っては天衣無縫と言います。あのワーカーチーム『竜狩り』に挑んで勝ったとか」

「ああ……彼女なら知っている。冒険者でもないのに領内の魔物を駆逐して回っているとか色々噂は聞いているが……あれは駄目だ」

「何か問題でも?」

「近日兄の派閥の人間との結婚が決まっている。さすがに無理に婚約を解消させてこちらに引き込むわけにもいくまい、よほどのことがない限りな……」

「ああ、そういえばそうでしたね。婚約者との仲も良好だとか聞きます」

「今のところじいを取り込むのは絶対として、候補としては武王にナーベにモモンと言ったところか。忙しくなるな」

 

 皇后の策謀への対応もしつつ各地からの情報も整理しなければならない。身の回りも固めなければならない。やることが多すぎて目が回りそうであるがこれから激動の時代となるだろう帝国の未来を創っていくためには必要なことだろう。

 ジルクニフはいまだに自身を称える民衆の声に応えながら思索にふけるのだった。

 

 



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第31話 レイナースの幸せな日々

「ふっ!ふっ!」

 

 手入れの行き届いた庭園の一角でブンブンと剣を振る音がしている。

 そこにいるのは金髪碧眼の美しい少女。とても剣を振るような容姿には見えないが、その剣筋は一切のブレがなく、玄人が見ても目を見張るほどのものであった。

 彼女の名はレイナース、ロックブルズ伯爵家の次女である。

 

「やあ、レイナース。今日も剣を振っているのかい?」

 

 声をしたほうへ振り向くと期待したとおりの相手がいてレイナースは顔を綻ばせる。

 

「リチャード!」

 

 レイナースは剣を置くと男に駆け寄るとキスをする。

 そこにいたのは帝国第一騎士団の団長にして国の重鎮である皇帝の血筋にも連なる公爵家の長男リチャードであった。

 

 リチャードの公爵領はロックブルズ伯爵領に隣接しており、古くからの付き合いがある。さらに彼は次期当主にしてレイナースの婚約者でもあった。

 

 帝国内でも文武両道の好青年と評判であり、レイナースは彼のことをとても尊敬していた。

 

「ああ、私の愛するレイナース、こんな汗だくになって。君が剣を振る必要なんてないんだよ、君に何があろうと私が守ってみせるから……」

「いえ、これは……リチャード様の剣に比べれば趣味みたいなものですから……」

 

 リチャードがその整った顔でにこりと笑うと白い歯をキラリと光る。誰もが見惚れるようなその笑顔にレイナースは頬を染める。

 

 趣味といいつつもレイナースは剣の鍛錬を怠ったことはない。幼いころから英雄譚に憧れて剣を取ったレイナースはこれまで敗北というものを知らなかった。

 剣を教わった師であるロックブルズ家の護衛の騎士は当時10にも満たないレイナースに叩きのめされ、領を訪れたミスリル級の冒険者に無謀にも挑んで引き分けたことさえある。

 

「私は君の美しい顔に傷でもついたらと思うと心配だよ。もうすぐ僕たちは結婚するんだからね」

「まぁ、恥ずかしいですわ」

 

 レイナースもいつまでも剣を振るってばかりはいられないことは分かっている。近日ステュアート公爵家に嫁ぐことになっているのだ。そうなれば剣を振るうのではなく、妻として夫を支えていかなければならないだろう。

 

「レイナース!リチャード様がいらしゃって……あっ……」

「うちの娘が申し訳ありません!ほんとうにお転婆で……」

 

 レイナースの兄と母が館から出てくる。

 リチャードは入り口から直接庭へと来たのだろう。まさか婚約者が直接庭に来ているとは思っておらず慌てているようだ。

 彼らは貴族の令嬢でありながら剣を振るっているレイナースを恥ずかしく思っているのだろう。もしそれではるか格上の公爵家との縁談がなくなったりでもすれば目も当てられないのだから……。

 

「レイナースあなたはもっとお淑やかになりなさい。そんなことではリチャード様に嫌われてしまいますよ」

「ええっ!?」

 

 母の言葉にレイナースは驚き顔を青くする。

 レイナースも心からリチャードを愛しているのだ。そんな彼から愛想をつかされるなど想像もしたことがなかった。

 

「ははははは、嫌ったりするわけないじゃないですか。私はね、レイナースの力でも容姿でもなくその美しい心を愛しているのですから」

「リチャード様……ありがとうございます。私もリチャード様を心からお慕いしておりますわ……」

 

 手を取り合い身を寄せ合う二人だけの甘い空間に兄と母は苦笑いするしかない。

 

「ああ、もうごちそうさま!リチャード様、こんな妹ですがよろしくお願いしますね」

「それよりいつまでもこんなところにいないでお茶でも飲みませんか?」

「おーい、お茶が入ったぞー!」

 

 屋敷から大きな声が聞こえる。既に父が準備していたらしい。そのあわただしい様子にレイナースは思わず微笑む。仲の良い両親に優しい兄、そして愛する婚約者。

 

(こんな人たちに囲まれて私はなんて幸せなの。そうね……リチャード様のためですもの。剣よりはもっと花嫁修業をがんばらなくてはいけませんわね……)

 

「分かりました、お母さま。(わたくし)はもう剣は捨ててリチャード様を支えますわ」

 

 優しい婚約者と家族とともに屋敷に向かいながら、レイナースは剣を捨てる決心をすると本当に幸せそうな顔で笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 彼は腐臭漂う密室の中で蠢いていた。

 

───イタイ

 

 彼は無敵だった。

 

───クルシイ

 

 彼は一族の長だった。

 

───クヤシイ

 

 彼は強者だった。

 

───オノレ

 

 彼は誇り高かった。

 

───ニクイ……ニクイニクニクイ

 

 帝国闘技場、その死体置き場で腐肉が盛り上がる。

 

───グルルルルル

 

 そこから現れたのはかつて森の王として君臨していた巨大な狼の魔物。多くの同族たちの中で突然変異と言われるほどの巨体を持つものの、人間たちに捕らわれ闘技場において数多の敵を屠ってきたツワモノ。

 

 

 

 そして今日、武王『白亜蛾眉』に敗れてバラバラにされて殺された獣であった。

 

 

 

───カワク……カワクカワクカワク!

 

 死体置き場には闘技場に連れてこられた様々な死体があった。スケルトンやゾンビ、吸血鬼や人間、そして巨大な狼。

 その中で誇り高き狼の白い魂は穢れ、死しても敗れた悔しさを忘れない魂は大地へ帰ることなく周りの血肉を取り込んで黄泉帰る。

 

「グアアアアアアアアアア」

 

 咆哮とともに腐肉が周りに飛び散る。

 中から現れたのは白い毛並みに包まれた巨大な狼であった。その体を取り巻くように呪印のようなものが刻まれ、その4つもある眼光は真っ赤に発光していた。

 それはまごうことなきアンデッドの眼光。帝都の中心より呪われし獣が解き放たれようとしていた。

 



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第32話 呪われし獣

「グオオオオオオオオオオオ!!」

 

 闘技場で蘇った獣は死体置き場を囲っている牢の柵にその体を突撃させる。その衝撃でまるで紙のように柵が吹き飛んだ。

 

(ナンダコノ体ハ……)

 

 獣は己の変化に気が付く。今までの体と全く違う。これまでにないほどの力が体の奥から湧き上がってくるとともに全身を縛る呪印が締め付けるような痛みを与えてくる。

 

「グアアアアアアアアア」

 

 獣は歓喜とも痛みとも分からない叫び声を上げる。

 

(渇ク……渇イテ渇イテ……)

 

 痛みとともに感じる耐えがたいほどの渇き。獣は渇いていた。血肉を求めて……そして戦いを求めて。

 

(武王……武王武王武王!!ヤツニ勝ツタメニ血肉ヲ食ラワネバ!モット強者ヲ食ラッテ奴ヲ殺ス!モットモットモットモット!モット!)

 

「なんだかすごい音がしたぞ?」

「あっちは死体置き場の方だ。もしかしてゾンビでも湧いたか?」

「脅かすなよ……え……う、うわあああああああああ」

「どうし……ぎゃああああああああああ」

 

 まず物音に気づいた闘技場の見張り達が犠牲になった。獣はそのまま門を飛び越え帝都の市民たちで腹を満たすと強者を求めて飛び出していくのだった。

 

 

 

 

 

 

 レイナースがそれに気が付いたのは深夜のことであった。ロックブルズ家の広大な屋敷の外から叫び声が聞こえたのだ。その声は恐怖を含んだ絶叫のようであり、ただ事ではないことを知らせてくれる。

 

「何があったの!?」

 

急いで自分の部屋を出るとそのまま階下へ降りていく。そこには既にランタンを持った父が立っていた。使用人とともに様子を見に行くところだと言う。

 

「お父様、(わたくし)もご一緒しますわ」

「そうか、では頼……」

 

 父が何かを言いかけたその時、突如として玄関が周囲の壁ごと消え去っていた。いや、それだけではない。父や使用人がそれに巻き込まれて目の前から吹き飛んでいったのだ。

 

「お父様!!」

 

 父たちの安否はとても心配だ。しかしもうレイナースには目の前に現れたそれから視線が逸らせない。そこにいたのは4つの目を持つ見たこともないほどの巨大な狼の化け物であった。

 

「け、剣を……」

 

 思わず腰に手をやるがそこに剣はない。愛する婚約者のために剣を捨てることにしたレイナースは愛剣を戸棚の奥に仕舞ってしまっていた。

 今から取りに行くため背を向けたりしては目の前の獣は迷わずレイナースの背中を引き裂くだろう。迂闊に動くわけにはいかない。

 

「オマエ……ツヨイ!オマエ!クウ!」

「しゃべった……」

 

 知能のある魔物は理性もない獣より強者であることが多くずっと厄介だ。

 レイナースはジリジリと移動しながら突き破られた壁の先、食堂まで移動してそこにあったナイフを手に取る。

 

「失せなさい!獣!!」

 

 ナイフを獣に向け大声で威嚇するが、そんな小さなナイフで相手が引き下がるわけもなかった。

 

「ガアアアアアアア!」

 

 レイナースを丸飲みできるのではないかと思うほどの巨大な口を開けて噛みついてくる獣にレイナースはナイフで応戦する。

 ギィンという金属同士が立てるような音を立て、牙とナイフ、爪とナイフが交差する。

 

「こっちよ!こっちに来なさい!」

 

 家の中で本気を出したらレイナース自身が家族を傷つけてしまうかもしれない。獣を家族たちから引きはがすために庭へと出る。

 

 

「武技<能力向上>!<戦気梱封>!」

 

 十分に館から離れたことを確認するとレイナースは武技を発動する。

 身体能力を向上させ、ナイフに魔力を纏わせた。戦力差は多少マシになったもののそれでも勝機は薄いだろう。何より武器や防具がないのが厳しい。

 

「オマエモットツヨクナッタ。オマエクウ。オレモットツヨクナル」

 

 獣の言葉に相手の狙いがレイナース本人であると分かる。倒した相手の肉を食らうことでさらなる力を手に入れようというのだろう。

 

(こんなやつ放っておいたらお父様もお母さまもお兄さまも……領民たちもみんな食べられてしまう……)

 

 こんな危険な獣を野放しにはできない、レイナースは覚悟を決める。武器は手持ちのナイフ一本。相手は全身凶器の化け物。玉砕覚悟で向かっていっても倒せるかどうかだろう。

 

「おおおおおおおおっ!いくわよ!」

 

 ナイフの切っ先に戦気を纏わせながらレイナースは駆ける。

 

「武技<縮地>!」

 

 獣の鋭い牙と爪がレイナースへと迫る。単純に避けても手にしたナイフは届かないだろう。そう判断したレイナースはギリギリまで引き付けたタイミングで武技を発動させた。

 足を動かすことなくスライド移動する武技だ。予備動作なしの武技の動きに獣は対応できなかったのかレイナースは獣の横に回り込むことに成功し、両手で掴んだナイフをその4つある目の一つへ思い切り突き立てた。

 

「食らいなさい!!」

「グワアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 

 信じがたいほど怖気の走る絶叫を上げて獣が後ろへと跳ねる。その眼の一つにはしっかりと根元までナイフが突き立っており、そこからシューシューと蒸気のようなものが上がっていた。

 

「ヨクモヨクモヨクモヨクモオオオオオオオオ!」

「くっ!浅かったの!?」

 

 さすがに食事用のナイフでは頭部の奥まで突き立てられなかった。レイナースが武器を失ったショックで戸惑った瞬間、獣の全身を縛る呪印が光り出す。

 

「オノレエエ!<呪詛(カース)>!」

「!?」

 

 獣の全身の呪印から魔力があふれ出し、レイナースの顔面へ直撃した。

 

「きゃあああああああああああああ!」

 

(痛い痛い痛いいいいいいいいいいい!顔が焼ける!!)

 

 特に感じるのは顔の右側への痛みだ。顔に焼きごてでも押し付けられたかのような激痛であった。

 

「オマエハコロシテヤル!必ズ殺シテヤルゾ!決闘ダ!ソレマデ苦シムガイイ!グオオオオオオ!」

 

 獣は最後に一声吠えると壊した門を通って逃げていく。レイナースはしばらく痛みが治まるのを待った後フラフラと立ち上がった。命拾いしたようだ。

 

「はぁ……はぁ……逃げられた……」

 

 いまだに焼け付くような痛みを顔に感じるが、それよりも家族のことが心配だった。

 屋敷の一部は吹き飛ばされており、家を囲う塀にも巨大な穴が開いている。痛む体を何とか動かし父が吹き飛ばされただろう部屋へと向かう。

 そこには父や使用人たちがうめき声を上げながら倒れていた。

 

「ううっ……」

「お父様!」

 

 父に駆け寄り体を見回す。幸い命に別状はないようだ。ただ骨でも折れているのか立ち上がれないようである。レイナースはすぐに物置においてあったポーションを持ってきて父を抱えると少しずつそれを飲ませた。

 ポーションの効果か、父はしばらくすると意識を取り戻す。

 

「ここは……あの化け物はどうした?」

「あれは逃げていきましたわ。それよりお父様、大丈夫ですか?」

「あ、ああ。助かったよレイナース……うわっ!お、お前……その顔はどうした……!?」

 

 ポーションを飲ませていた父が突如レイナースを突き飛ばして少しでも離れようと後ずさった。

 

「ああ……これはあの獣に何かされたようで……」

「父さん!レイナース!何があったの!?」

「あなた……これはいったい……」

 

 兄と母も騒ぎに気付いて起きてきたようだ。兄たちは父が無事なことに安堵した後、レイナースの顔を見てるとまるで能面のように表情をなくして後ずさった。

 

「な、なにその顔……おまえレイナースなのか?」

「ああ……何てこと!」

 

 兄は嫌悪の表情で顔を歪め、母は顔を蒼白にして倒れてしまった。どういうことだろうか。

 

「私の顔……?私の顔に何が!?」

 

 不安になったレイナースは姿見の前まで駆け出す。そして初めて自分の現状を把握した。

 それは酷いありさまだった……。

 顔の右半分にあの獣と同じような呪印が浮かび、その下の皮膚が膿のように溶け出して中の筋肉まで見えている。さらにまぶたも溶けてしまったのか左目は右目に比べて不自然に大きく見えてまるで化け物のようだ。

 

「わ、私の……私の顔が……」

 

 自分の美しかった顔のあまりに無残な変わりようにレイナースは膝から崩れ落ちる。

 

「レイナース!おまえは部屋から出るな!教会の神官を呼んでくる!」

 

 父は座り込んでしまったレイナースを立たせると部屋に連れて行きベッドに座らせた。そして真剣な顔をしてレイナースを見つめる。

 

「いいか、絶対に部屋から出るなよ。絶対だぞ!」

「は、はい……お父様。ですがあの獣を放っておくわけには……」

 

 父のあまりの剣幕に思わず『はい』と返事をしてしまったがあの獣がまだ生きたままなのを思い出した。放っていおいては犠牲者が増え続けるだろう。

 

「獣には兵を出す!だからお前はここで安静にしていろ。いいな」

 

(お父さま……私を心配して?)

 

 きっと父は娘を心配して言ってくれているのだろう。そう思ったレイナースは父の優しさを感じ涙が頬を伝った。なんと娘想いの父なのだろう。

 

「分かりました。神父様が来るまでここで大人しくしていますわ」

 

 レイナースはこんな顔になってしまったというのに心配してくれ、家族を守ろうとする父の姿に涙ながらに微笑むのだった。

 

 



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第33話 冒険者チーム漆黒

 ジルクニフ達との邂逅の後、モモンガ一行はバハルス帝国の首都、帝都アーウィンタールを目指していた。

 ラナーの情報によると各地方領にも冒険者組合はあるのだが、ミスリル級以上の冒険者は通常大都市を拠点とするものらしい。

 アダマンタイト級であるナーベラルを必要とするほどの依頼は帝都くらいにしかないということだった。

 

 その後アーウィンタールに到着したモモンガたちは冒険者チームとしてあらためて4人で登録しようとした際には、ナーベラルは『モモンガ様であればヒヒイロカネ級以上は間違いありません!』などと言っていたが4人チームとしてアダマンタイト級として登録することにした。

 

 いきなり新人がアダマンタイトと合流など解散した場合どうなるのかと思ったが、実際に個人でアダマンタイトと認められているのはナーベラルということらしい。モモンガたち新しく登録する3人はチームから外れた時点でランクは再度査定されるとのことだ。

 

「まずは活動拠点となる宿を取るのがよろしいと思います。帝都の最高級宿であればモモン様にも相応しいかと」

 

 テキパキと宿の手配などの手続きを進めてくれるラナーはもはや6歳児とは思えない。一方『子供たちに宿代まで出してもらう』という大人(モモンガ)は……。

 

(くぅっ……)

 

 あまりの情けなさに歯を食いしばる。モモンガは未だに現地通貨を持っていないのだ。仕方なく屈辱を受け入れた。

 

(早くお金を稼がねば……)

 

 案内された宿に入ってみるとまるで高級ホテルのような豪華さであった。贅を凝らした部屋であり得ないほど広い。モモンガの現実世界の部屋の10倍以上はあるだろう。

 

(いやいや……こんな金のかかった部屋必要か!?)

 

 1階には広いレストランが併設されており当然食事も最高級の食材をふんだんに使った料理の数々が食べられるようでまずはそこで食事をすることにした。

 

(良い匂いだし旨そうだな……)

 

 ナーベラルとラナー、そしてクライムが食事を楽しんでいる中、一人だけ水のみを頼んで座っているモモンガ。

 湯気を上げて良い香りが漂ってくる料理には興味が尽きない。現実世界の料理ともユグドラシルの料理とも違うのだ。どんな味がするのかと気になって仕方がないのだが……。

 

「なぁ……クライム。それは美味いのか?」

「うん!」

 

 モモンガの質問にクライムが口にソースを付けながら元気に無慈悲な返事をする。

 

(そうか、美味いのか……)

 

「ちなみにどんな味がするんだ?」

 

 今テーブルに並んでいるのは何かの煮込み料理のように見える。モモンガは食べたことがないが現実世界でのビーフストロガノフに似ているだろうか。クライムではうまく説明できないと思ったのかラナーが代わりに答えてくれた。

 

「野菜は人参とたまねぎ……それから牛肉でしょうか?じっくり煮込まれていますから野菜の旨味が牛肉に染み込んでますわ。フォンは鶏ガラでしょうか。二重に下処理をしてありますのでより濃厚な味わいですね」

「そうか……」

 

 モモンガの脳裏に『飯テロ』という言葉が浮かぶ。これだけ美味しそうな料理が並び、味について説明を受けているというのに食べることは出来ないのだ。

 

「この飲み物はカフェシェケラートにミルクを多めにしたような味に似ていますね。ナザリックのものには劣りますがなかなかかと」

 

 ナーベラルも感想を教えてくれてありがたいのだがそれを確かめるすべはない。

 

「そうか……」

 

 もはや『そうか』としか言えない置物と化したモモンガとは対照的にナーベラルもメイド視点での料理談議に花を咲かせ、前菜、スープから始まりメインの肉料理に食後のデザートに至るまでまで料理を楽しむのだった。

 

 

 

 

 

 

 こうして帝都で行動を開始したアダマンタイト級冒険者チーム『漆黒』。

 突如現れた新星のアダマンタイトチームは次々と依頼をこなしていくこととなる。

 北進してきたオーク軍団の殲滅、ギガントバジリスクの討伐、カッツェ平野から溢れた強大なアンデットの処理などなど困難な依頼をいとも容易く解決していくその様は英雄として人々に歓迎された。

 

 一方、やっと現金を手に出来る喜びを嚙みしめるモモンガ。現金欲しさにやる気も上がり、あり得ないほどの早さで活躍し続ける『漆黒』の名は帝都では知らない者はいないまでになっていた。

 

 

 

───そして数か月後……。

 

 

 

「『漆黒』のみなさまに指名依頼が入っております」

 

 既に顔なじみとなった帝都冒険者組合の受付嬢から指名依頼の要望が告げられる。

 

「指名依頼?」

「モモン様。指名依頼とはチーム指定で依頼されるもので通常のものより依頼料が高くなっています。その分難易度も高い可能性もありまが……。内容次第では受けてもよろしいのではないでしょうか」

 

 ラナーが後ろからこそっと教えてくれる。ラナーの知識は本当に役に立つ。

 知らないことなどないのでは、と思うこともあるが、ユグドラシル由来のモモンガが当然知っているような知識は持っていない。

 お互いに持ちつ持たれつの関係だ。

 

(逆になぜかラナーは俺が何でも知っていると思っているような気がするんだよな……)

 

「現在、帝国内で正体不明の狼型の魔物による被害が増えているのです。そこでぜひ冒険者チーム『漆黒』にご依頼したいと。もしご依頼主とお会いになるのであれば3日後に指定した場所で話をさせていただくそうです。依頼料は……」

 

 その依頼書には家が買えるのではと思わるような金額が書かれている。モモンガは心でゴクリと唾を飲み込む。

 

「ふむ……受けても問題はないな?」

「モモン様の御意に」「よろしいかと」「わん」

 

 チラリと後ろを振り向くが3人とも問題はないらしい。

 そもそも彼女達がモモンガの言うことに反対するところを見たことがない。

 

 モモンガは若干不満に思う。モモンガが何もかも正しい行動をしているとは限らないだからだ。むしろ間違った行動を戒めてくれる存在が欲しいくらいであるのだが……。

 

(喧嘩したいとは言わないけど……もっと仲間っぽくならないものかなぁ)

 

 かつてのギルドメンバーたちのいた頃はよく揉め事が起こっていたものだ。クエストの行き先をめぐっては喧嘩して最終的にコイントスで決めていたのは今となってはいい思い出だ。

 

 残念ながら今の仲間たちにはそこまでの気安さはない。結局意志の決定は今回もモモンガが行うしかなかった。

 

「分かった、この依頼を受けよう。では3日後、指定の場所で」

 

 モモンガは少し寂しく思いながらも帝都での新たな依頼を受けるのだった。

 

 



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第34話 ロックブルズ家の裏切り

 レイナースは部屋で服を着替えていた。

 それは朝起きたから寝巻から着替えるというものではない。硬い皮の胸当てをずれないようにきつく括り付け、鉄板入りのブーツの紐を一つ一つしっかりと結んでいく。

 最近のレイナースはずっと部屋に籠りっきりになっており、寝間着か部屋着のどちらかしか着ていない軟禁されているような生活を送っていたが……もう我慢の限界であった。

 

(神官様の治癒魔法でも治らないなんて……これは呪いに違いないわ)

 

 父はあらゆる伝手を使って高位の神官を呼んだり、治癒のポーションを手に入れたりしてくれたが、それらはレイナースの顔を侵す傷にはまったく効果がなかった。

 さらにあれから1か月……あの獣が討伐されたという話は聞こえて来ない。

 

(アレは私でさえ苦戦する獣……生半可な冒険者などでは倒せはしないでしょう。だとしたら犠牲者がすでに多く出ているはず……)

 

 もし倒すことが出来るとしてもミスリル級以上の冒険者チームが必要になるだろう。それでも依頼の危険度から言って断られる可能性もある。

 

(逃したのは私よ……家族を……領民を守らなくては……)

 

 レイナースは剣の稽古着に着替えるとスカーフで顔の半分を隠す。さすがにこの顔を人前に晒す気にはならない。

 最期に棚の奥から愛剣を引き出す。愛する婚約者のために封印した剣である。しかし今はそんなことを言っていられないと覚悟を決めて腰に括り付ける。

 

 準備完了、とドアに手をかけ出ていこうとノブを捻るが……いくらノブを捻ろうとドアが開くことはなかった。

 

(おかしいわね……開かないわ。壊れているのかしら?)

 

 何度やっても開かないドアにしびれを切らしたレイナースは2階の窓を開けるとそこから庭へとひらりと飛び降りる。剣を含めた重量は相当なものだが足腰のバネですべて受け流した。

 そして体が鈍ってはいないことを確認するように足腰を伸ばすと、そのまま塀を飛び越え屋敷の外へと飛び出していくのだった。

 

 

 

 

 

 

 向った先は領内の冒険者組合である。小規模でいつもは銀級までの冒険者しかしないはずだが、それでもあの獣の情報は入っているかもしれない。

 期待しながら重い木製扉を押し開けると中には見知った冒険者たちがたむろしていた。

 

「あれ?ロックブルズのお嬢じゃないですかい?その顔の布はどうしたんで?」

「こんにちは、リック。ちょっと怪我をしただけよ。それよりキャサリンちょっといい?」

 

 予想通り顔の布のことを聞かれたが、わざわざ見せる必要もない。

 顔見知りの冒険者に軽く挨拶を交わしながら組合の受付へと向かう。いつもと違い少し落ち着きがないレイナースの様子に受付嬢は戸惑いがちだ。

 

「あ、あのロックブルズ様、今日はどのような御用でしょう?」

「そんなに怖がらないでちょうだい。ちょっと聞きたいことがあるの。大きな狼のような魔物の情報はない?」

「狼ですか!?それならそこに貼っておりますが……」

 

 掲示板に大きな張り紙がしてあり、そこには四つ目の狼の絵が描かれていた。よく見るとミスリル級冒険者募集とある。

 

(あいつだ!!)

 

 間違いなくレイナースに呪いをかけた獣だろう。組合に依頼があったということはロックブルズ家からの依頼なのか、はたまた別に犠牲者がいたのかのどちらかだろう。

 

「討伐は私が引き受けるわ!どこで目撃されたの!?」

「えっ……お嬢様がですか?で、でもそれは……」

 

 冒険者組合ではレイナースが弱い魔物を狩っていることは知っているが、この依頼はミスリル級冒険者向けのものである。さすがに領主の令嬢に頼むわけにはいかなかった。

 

「いいから教えなさい!」

 

 なかなか口を開かない受付嬢にレイナースはカウンターを叩く。こうしている今も犠牲者が増え続けているかもしれないのだ。鬼気迫る表情のレイナースに受付嬢は引きつりながら助けを求めるように後ろを振り返る。

 

「いったい何事だ」

「あ、組合長!」

 

 大きな物音に出てきたのだろう。受付が振り向いた先には冒険者組合長と一緒にもう一人、レイナースの見知った顔があった。

 

「リチャード様?どうしてこちらに……」

 

 組合長とともにいたのはレイーナースの婚約者、リチャードである。さすがにレイナースも居住まいを正すがリチャードは驚いた様子でレイナースの格好を見つめていた。

 

「レイナース……だよね?その格好はどうしたんだい?私は父の名代としてこちらの冒険者ギルトに魔物の情報共有をするために来たんだけど……。何でも恐ろしい魔物が現れたとか聞いてね。それにその顔の布はなんだい?」

「こ、これは……」

 

 レイナースはとっさに顔を隠そうとスカーフの布に手を当てようとした。

 

 しかし運命のいたずらか、それとも神の試練であるのか……。スカーフの結び目はハラリと解けてると布が床へと落てしまう。

 

「……ひっ!?」

 

 レイナースのあらわになった顔のそれを見た受付嬢が引きつったような声を出した。しかし、それは彼女だけではなかった。

 

「な、なんだそれは……」

「顔の半分が溶けてる?」

「呪いか何かか?」

「気持ち悪いな……」

 

 組合長や冒険者達がレイナースの顔を見て次々に驚きの声を上げ、レイナースを見つめてくる。その目は普段レイナースを見つめるものと違い、恐れと忌避が入り混じったもののように思えた。

 

『気持ち悪い』

 

 今まで言われたことがない言葉を投げかけられイナースは恥ずかしさのあまり顔を伏せる。今まで蝶よ花よと育てられてきた彼女とってその言葉はあまりにも非情であった。

 

 いまだボソボソと組合内で囁かれる言葉と視線に耐えられなくなったレイナースは唯一の望み重い婚約者に向き直る。彼ならば庇ってくれると信じて……。

 

「待ってください、リチャード様。これには理由が……」

 

(リチャード様なら分かってくださる。この方は私の容姿でなく心を愛してくださっている……)

 

 婚約者はレイナースの容姿でなく心を愛しているとずっと言い続けてくれていた。それが本当であればきっと大丈夫なはずだ。

 涙が出そうになるのを堪え、リチャードへと歩み寄ろうとすると……。

 

「ひぃーーー!ち、近寄るな!なんだその顔は!気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!顔が腐ってるじゃないか!ば、化け物!」

「ぇ……」

 

 レイナースは絶句する。彼と自分の家族だけはそんなことは言わないと思っていた。たとえ容姿がどうであれ愛してくれていると思っていた。それが……。

 

「お、おい!ここは冒険者組合だろう!この化け物を捕らえよ!」

 

 信じられないことに婚約者は、レイナースを討伐対象の魔物として捕らえるように命じる。

 

(うそ……こんなのうそです……。あ……ああ……あああああああああああああ!)

 

 信頼していた婚約者に化け物と呼ばれる。

 信じがたい事態にレイナースは冷静さを失う。頭の中は疑問と絶望のあまりめちゃくちゃだ。そして自分が何をしにここに来たのかさえ分からなくなりその場から逃げ出した。

 

(ど、どうして……どうしてどうしてどうして……)

 

 頭の中に『どうして』が木霊する。今でもレイナースには彼の言ったことが信じられなかった。

 

(顔?顔だけで私を化け物って言ったの!?顔……。治さないと!はやく……はやく治さないと!)

 

 レイナースの思考はさらに支離滅裂となっていく。とにかく顔を何とかしないといけないということだけを頭の中で考えながら駆け出していく。

 

 

(とくかくあの獣を倒さないと……。倒せば……きっと倒せばなんとかなるはずよ……きっと……)

 

 倒せば呪いが消えるなどあるかどうかも分からないのに、冷静に考えるだけの余裕はまったくなかった。

 レイナースは動転のあまり顔も隠さず獣を探すために街中を駆けていく。その横顔を領民達に見られているとも知らずに……。

 

 

 

 

 

 

 レイナースは有り余る体力で三日三晩領地の内外を駆け回った。しかしそれでもあの獣は見つからない。

 時間が経つにつれて次第に頭が冷静になる。そして自分がいかに自暴自棄になっていたことを思い知った。

 

(わたくし)一人で見つけられるわけないのに……)

 

 領地は広く、帝国はもっと広い。冒険者組合などの組織が目撃情報などを元に探すのならまだしも一人で闇雲に走り回って見つかるはずがない。

 

「うっ……。ううっ……」

 

 あれだけ愛していると言っていた婚約者の豹変。今更ながら婚約者に投げつけられた言葉が心に突き刺さり涙が出てくる。

 ひとしきり泣いた後、レイナースは決意する。

 

「帰ろう……」

 

 さすがに3日も走り回れば体は疲労するしお腹もすいた。家に帰ってしばらく休んだら家族に事情を説明して獣の捜索をしよう。

 そう思いトボトボとロックブルズ家の屋敷へと歩いて帰ってきたのだが……。

 

「お、お嬢様!?」

 

 門番がなぜか剣を構えてレイナースと対峙したいた。しかしレイナースは何かの間違いだろうと手を振って挨拶を返す。

 

「あ、ただいま帰りましたわ」

 

 それでも門番が警戒の姿勢を崩さないことに不思議に思いつつ門を潜ろうとすると、門番は首に下げた笛を吹く。

 ピィィと大きく響き渡った警笛音で集まってきた20人ほどの兵士にレイナースは囲まれた。

 

「な、なんですの?」

「……帰ってきたか」

 

 レイナースが突然の出来事に戸惑っていると兵達の間から父が現れる。見るとその隣には母と兄も立っていた。

 

「お父さま!これはいったいどうしたのですか?」

「黙れ化け物が!!」

「ぇ……」

 

 普段温厚で怒られたことなどない父の剣幕にレイナースは面食らう。いつもの父は優しく微笑みを絶やさず誰に対しても温厚だった。そんな父をレイナースの尊敬していた……はずだ。

 

「先日、婚約者殿がみえて話を聞いた……。お前との婚約は解消とのことだ……理由は分かるな?」

「そ、それは……」

 

 間違いなくレイナースの顔の呪いが原因だろう。

 勝手に家を飛び出して婚約者に顔を見られたのはレイナースの落ち度だ。婚約者の反応は予想外だったとはいえ、父の顔をつぶしてしまったのは間違いない。レイナースは申し訳なさに思わず顔を伏せる。

 

「まったく……ステュアート家との婚姻を台無しにしおって!何のためにお前を育てたと思っている!」

「ぇ……」

 

 貴族としての面目を潰されて叱責されることは分かる。

 しかしそれでも娘として愛しているから育ててくれたのではないだろうか。レイナースのそんな想いを父は無情にも切り裂いていく。

 

「まったく……容姿がいいからと公爵家へ嫁がせれば我が家も安泰だと思って期待していたものを!そんな顔になりおってこのごく潰しが!」

 

 そもそもこんな顔になったのは父たちを獣から守るためであった。家族を守るために戦って顔に呪いを受けた。しかしそんなレイナースの献身も想いを踏み潰すように罵倒は続く。

 

「せめて家の恥にならぬようにと部屋に閉じ込めておけば勝手に抜け出してその醜い顔を領地中に晒して恥を振りまきおって!」

「閉じ込めて……?じゃあ部屋の扉が開かなかったのはもしかして……」

「お前のような化け物を閉じ込めておくために決まっているだろう。まったく、おとなしくしていると思ったが、こんなことなら地下牢にでも閉じ込めておくべきだったな」

「そ、そんな……」

 

 傷心のレイナースを慮って気遣ってくれていた。そう思っていたのはレイナースだけで、父は醜くなったレイナースを外に出して人に見せたくなかっただけだったのだ。そこにはひとかけらの愛情も感じられない。

 あまりもの不条理にレイナースは怒りさえ忘れ呆然とする。

 

「せめてもの情けだ。その首を自ら掻き切って死ね!そうすればロックブルズ家の墓に入れてやる!」

 

 父がレイナースの足元にナイフを投げて寄こす。それを使って自害をしろということだろう。このまま生かしておいても貴族としての使い道などない。まして家名を汚すだけの邪魔存在だ。そう父の目が言っていた。

 

「い、いや……」

 

 レイナースは後ずさる。なぜ自分がそこまで言われなければならないのか、なぜ自分が死ななければならないのか。理解できずにレイナースは必死に首を振る。

 

「ならば今すぐこの地から出ていけ!化け物が!お前などロックブルズ家の令嬢ではない!」

「そんな……。お、お母さま……」

 

 父の隣にいるお母さまなら分かってくれるはず。自分のお腹を痛めて産んだ子供なのだ。きっと愛していてくれる。しかしその一縷の望みへの返事さえ無常であった。

 

「ひっ、近づかないで!化け物!」

「さっさと消えろよ。おまえはもうロックブルズ家に必要ないってことがまだ分からないのか。化け物」

 

 母の言葉に続いた兄の言葉がレイナースにトドメを刺す。家族からも化け物と呼ばれる。居場所などどこにもない。レイナースの心はもう壊れるしかなかった。

 

「いやああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 レイナースは周りの兵達を押しのけると駆け出した。走っているのか歩いているのかさえ自分でも分からない。目は涙で霞み、心臓は破裂しそうなほど高ぶり、昼間なのに視界は真っ暗だった。

 

(ひあああ!化け物)

(きゃあああ!)

(お、お化け!)

 

 領民たちから向けられる恐怖の悲鳴が聞こえるような気がした。それはレイナースの心の中にだけ響いていた声なのかもしれないし、そうでなかったかもしれない。しかしそれがますますレイナースの冷静さを失わせる。

 

(み、見つけなきゃ……はやく!はやくあの獣を見つけなきゃ!)

 

 もう帰る家はない。婚約者にも捨てられた。領民達も自分を見限っているだろう。そんな彼女に残されているのはあの獣との決闘の約束だけだ。

 あの獣はレイナースを殺すと、決闘すると言っていた。もはや何もかも失ってしまったレイナースにはそんな敵との約束だけが残されたものだった。

 

 

 

 

 

 

 どこをどう走ったのだろうか。とうの昔にロックブルズ領の境を越えてレイナースは遥か離れた王都が見下ろせる森の中まで来ていた。

 すでに周りには夜の帳がおり静寂が闇を満たしている。もう耳障りなあの悲鳴は聞こえない。そのことにレイナースはほっと安堵した。

 

(これからどうしようかしら……)

 

 多少冷静さを取り戻したレイナースは考える。こんな顔をしてまともに街で生きていくのは辛いだろう。顔は隠さなければならない。

 それならば傭兵やワーカー、冒険者はどうだろかと考える。強さには自信があるし自分には向いているかもしれない。

 

(でも父が許さないでしょうね……)

 

 父はあれでも大きな貴族派閥に属している。家を出奔した自分がのうのうと帝国で生きていることを見逃すとは思えない。

 

(他国にいくしかないかしらね……でもその前に……)

 

 今はあの獣のことが気になっていた。レイナースが家を出奔した原因にして元凶。獣は決闘を望んでいた。そして決着をつけなければおさまらないのはレイナースとて同じだ。

 そんなことをぼんやり考えていると静かな森の中から懐かしいような、そしてなぜか心が揺さぶられるような奇妙な気配がする。

 何だろうと木陰から森を覗き込むととそこには……。 

 

 

 

───月明かりの下、呪われた狼と踊るようにじゃれ合っている漆黒の鎧がいた。

 

 

 

 



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第35話 狼と踊る男

 冒険者チーム『漆黒』への指名依頼の依頼主、それはジルクニフである。

 依頼内容は帝国内を荒らす狼型のアンデッドと思われる魔物の捕獲。討伐でなく捕獲なのはもし調教(テイム)出来るのであれば戦力としてその魔物が欲しいということだろう。

 事前情報によると人語も解する魔物であり、そういった魔物は交渉次第では人に従う。それを期待してのことだろう。

 

 依頼を受けたモモンガは目撃情報のあった帝都の郊外の森へと向かっていた。

 時間帯は夜。相手がアンデッドである場合、日中はペナルティを受けステータス低下等があるため、洞窟などに潜んでいる可能性を考えてだ。

 

 しばらく捜索を続けるとモモンガのスキル『不死の祝福』に反応があった。これはモモンガの常時発動(パッシブ)スキルの一つで、アンデッドの数や方向が大雑把にだが分かるというものだ。

 

「この先にアンデッド反応がある。相手は1体だな」

「モモンガ様、先手必勝で仕留めましょうか」

 

 いつものようにナーベラルが物騒なことを言う。これが敵対プレイヤー相手の殺し合いならばそれで正しいが今回は事情が違う。

 

「状況次第でそれもやむを得ないがとりあえず交渉してみよう。依頼主は生け捕りを希望しているからな」

 

(皇子が俺たちを勧誘して来たくらいだし……もしかして帝国はアンデッドであってもそれほど気にしないのか?)

 

 もしそうであればモモンガたちには住みよい国となる可能性はある。捕まえた場合はその扱いについてぜひ聞いておかねばなるまい。

 

「とりあえず私一人で交渉してこよう。お前たちはここで待機していてくれ」

「モモン様、お一人では危険です!」

「油断は禁物だが……見たところそれほど強くもなさそうだ。それに……いや、なんでもない」

 

 ナーベラルたちに任せるのは心配だという言葉を飲み込む。

 リ・エスティーゼ王国では怒りのあまり交渉相手を皆殺しにしてしまった。それがナーベラルたちの手本にされていると仮定すると、このままではジルクニフに魔物のミンチを渡すことになってしまいそうだ。

 

(それにラナーたちに任せるのもな……頭はいいのになぜか考え方がナーベラルに近いような気がするんだよな……)

 

 むしろ分かっていてあえてナーベラルに合わせているとさえ感じる時がある。

 クライムについては論外だ。結局モモンガが出ていくのが一番穏やかに交渉を進められるという結論に達した。

 

「もし危険であればすぐに知らせる。ここで隠れていてくれ。逃げられても面倒だ」

 

 有無を言わせずナーベラルたちには待機を命ずると、モモンガは前方で伏せたまま休んでいるように見える狼型の魔物へと向かう。まだこちらには気づいていないようだ。

 

(でかいな……フェンリルに似ているか……)

 

 伏せていてなおモモンガが見上げるほどに体が大きい。その大きさはナザリック地下大墳墓第6層に放たれていたフェンリルを思い出させた。

 

(確か階層守護者のアウラが使役していたな……彼女がいれば調教するのも楽だっただろうが……ん?顔に何か刺さってるな)

 

 よく見るとその魔物の目には銀色のナイフが突き立っていた。

 

(銀のナイフか?誰がやったのかは知らないがアンデッドには確かに有効だな。ふむ……自分では抜けないのか?)

 

 アンデッドの中には銀を使った武器や魔法の籠った武器でしか攻撃を付け付けない者は多く、モモンガ自身にもそれは該当する。通常の何の効果もない武器では傷一つ付けることはできないだろう。

 

 しかし、この魔物と戦った相手はそれを知っていてか、はたまた偶然か。有効な攻撃をしたらしい。 

 モモンガが興味深く魔物を観察していると相手も気づいたのかその4つの目がモモンガへと向けられた。

 ここは初対面同士である。いきなり敵対する理由もないので社会人の常識としてまずは挨拶から入ることにした。

 

「やあ、いい夜だな」

 

 天気の話は挨拶の鉄板だ。ありきたりであるが会話のきっかけにはなる。

 モモンガは出来るだけフレンドリーに話しかけてみたのだが……言葉が通じないということは恐らくないだろう。この世界では人間だろうと魔物だろうと何故か言葉が自動翻訳されるようなのだ。

 

「グルルルル……オカシナ奴!」

「おかしな奴ではない。私はモモンという。ところで……私のどこがおかしいと思ったのだ?」

「オマエ何ノ臭イモシナイ!」

「ああ、なるほどな……」

 

 アンデッドとは言え獣だ、嗅覚が優れているのだろう。汗をかくどころか肉体さえないためモモンガに臭いがしないのは当然だ。そこに魔物は違和感を感じたということだろう。

 

「私には敵意はないから安心してくれたまえ狼くん。ちょっと聞きたいことがあるだけだ」

「オマエ……ヨワイ?ツヨイ?分カラナイ!喰ウ!グガアアアア!」

 

 いきなりモモンガを丸飲みにしようと、大口を開けて肩口に噛みついてきた。問答無用かと思いつつも実力を確かめるためその攻撃を放置する。

 予想通り上位物理無効化が働きダメージは一切なかった。

 

(うん……ダメージはないな……しかしやっぱり魔物はあまり話を聞かないのか?どうする?ナーベラルの言った事がやはり正解だったか?)

 

 モモンガは最後まで交渉に屈しなかった生贄()を思い浮かべる。あれは本当に話を聞かなかった。しかしまだ交渉は始まったばかりだ。諦めるのはまだ早い。

 

「よーし!よしよし!まだ話が終わってないぞー?まずお前の種族を教えてくれないか?」

「ング!?」

 

 いまだに肩に噛みつかれたままだが、モモンガは辛抱強くフレンドリーに狼を撫でる。怖がっている動物が噛みついてきても敵意がないと示せば仲良くなれる……と昔テレビでモモンガは見た気がする。ならば我慢だ。

 

 一方、魔物は噛みついても一切傷つかず動揺もしないモモンガに白黒させながら戸惑いつつも、鎧に噛みつき続けていた。

 

「もしかしてお前の種族はもともとフェンリルだったりしないか?アウラと言うダークエルフの少女がフェンというフェンリルを飼っていたんだが名前に聞き覚えは?」

「ガルルルル!」

 

 モモンガの言葉を聞き流し何度も何度もモモンガに噛みつくが一向に傷がつくことはない。

 

「よしよし、落ち着け。怖くないぞー?よーしよしよし」

「グルルルル」

 

 ずっと噛みつかれたままでモモンガは魔物の顔の毛を撫でつつ手を伸ばすと、銀のナイフをその目から抜いてやる。さすがに刺さったままなのは痛々しい。

 

 

「ギャウ!」

「よしよし、痛かったなー?もう大丈夫だぞー?」

 

 昔テレビで見た動物好きのおじさんを思い浮かべながら落ち着かせるようにモモンガは狼の頭や腹を撫でまわす。こうすることで動物と心を通わせて分かり合える……とテレビで言っていた。

 一方、狼はモモンガに噛みついたまま離そうとはしない。

 

「よしよしよしよしよしよし、ははははは、元気だなー?」

「ガルルルル!」

「よしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよしよし……」

「グルルルル」

「……」

「グルルルル」

「よーしよしよし…………あー!もう……無理!!」

 

 一見踊るように狼と戯れていたように見えたモモンガであったが、おもむろに狼の胴体に手を回すと腰を掴むと体をのけぞらせた。俗にいうバックドロップである。

 

「……」

 

 ドゴンという音とともに予想外の膂力で頭を地面にめり込まされた狼は沈黙した。

 

「こんなことで分かり合えるか!もう面倒だ……話が出来ないのであればこのまま始末して……」

『モモンガ様、お待ちください』

 

 調教スキルもなく、それ以外の方法での調教実験もうまくいかなかった。諦めて普通に倒してしまおうとするモモンガにラナーからの<伝言(メッセージ)>がきた。

 

『生け捕りにするのではなかったのですか?』

「あ……」

 

(そういえばそうだったな……でももう面倒だな……それとも俺のスキル『アンデッド支配』が効くだろうか?でもそれだと俺がアンデッドを操って帝国に被害を出したとか思われる可能性も……)

 

『指輪を外してモモンガ様の御力を示してはいかがでしょうか?その威光の前にすべての者がひれ伏すかと思います』

 

「そうか……?」

 

 そのあたりのことはいまいち実感が出来ないところだ。強者の気配だの威光だの、スキルによらない探知方法をモモンガは持っていない。

 

 しかし、ナーベラルを含めてこの世界では相手の強さを感じ取れる能力があるようなのだ。今は気配を消す指輪を付けているが外した場合、モモンガとの力の差を思い知る可能性はあるということだろう。

 

『周りにいる有象無象どもへの良い牽制にもなるかと思いますわ』

「……周り?……今この場に他に誰かいるのか?」

『おそらく依頼主の手のものと思われる集団がいます。それから正体不明の女が一人近くにおりますわ。先ほど獣を地面にめり込ませた時に驚いて声を上げてました』

「そ、そうか……分かった。それらは逃がさないようにしておけ」

『はっ!』

 

 第三者にまったく気が付いていなかったことにバツの悪さを感じつつ、、モモンガはアンデッド反応を隠すために付けていた指輪の一つを外す。

 

 

 

───その瞬間……その場で敵意を持っていた者……見ていただけの者……そして隠れていた者……すべての者が硬直した。もちろん目の前の獣も……。

 

 

 

「オ、オマエ……ナント恐ロシイ……」

 

 恐怖に耐性のあるはずの狼がガクガクと震えながら思わず後ずさる。

 目の前の存在から感じるのは挑もうという気持ちさえ起こらないほどの強者の気配。もしその気になれば自分など一瞬にして確実に殺されるという確信を狼は抱いた。

 

「……で、気は変わったか?」

 

 モモンガの言葉に狼は頭を下げる。その圧倒的な死の気配に逆らう気力さえなくなってしまったのだろう。

 

「オレ従ウ……大イナル死ノ君。聞カレタコトニ答エル。フェンリル知ラナイ」

 

 狼が屈服する一方……隠れていた面々は少しでも見つかるまいと体を縮こまらせていた。

 隠れて観察していたバジウッドはあまりの恐怖に目を向けることさえ出来ない。自分より弱い他の諜報員たちはなおさらだろう。

 

(……くそっ、なんつー任務につかせんだよ!殿下!)

 

 調べるように命じられた相手がここまでの化け物だとは思っていなかった。自らの主に思わず心の中で悪態をつく。

 

 一方、吹き荒れるようなその絶対者たる気配に恍惚を覚える者たちもいた。

 

「ああ……これこそ至高の御方の気配……なんという至福……」

 

 ナザリックにおける至高の存在のみが持つ気配にナーベラルは興奮したように頬を染める。指輪のせいで感じられなかった創造主の気配をこれでもかと感じた。ラナーとクライムについても同様だ。

 

「やはりモモン様こそこの世界を支配すべき方ですわ!すばらしい!」

「モモンさますごい!つよい!」

 

 さらにモモンガへ憧れの視線を送る人物がもう一人……レイナースである。

 自分との宿命の相手とも呼べる狼が屈服したのだ。その姿は幼いころから憧れた物語の英雄そのものに見える。

 

「さて、依頼は達成だな。で……そこのお前たち、そろそろ隠れてないで出てきたらどうだ?」

「ひっ……!」

 

 モモンガがひと睨みすると怯えた悲鳴とともに複数の人間が木々の間から出てくる。

 

「お前はバジウッド……だったか?」

「はっ……あの……そうなんだけどよ……あのー……全部話すんで殺したりしねえでくれますかね?」

 

 バジウッドはモモンガと目を合わせようとせずに命乞いをする。目の前の相手を怒らせたら殺される、戦士の勘がそう告げていた。

 

「……なぜそんなことをする必要がある?」

 

 殺すことができないとは言わない。それは殺そうと思えば殺せると言う意味でもあった。

 

「それなら話すが……殿下が依頼の成否を気にしてまして……ちょっとついてきたというか……」

「……要するに監視か?」

「い、いえ!決してそんな!ちょっと心配してただけですぜ!」

「そうか?それは悪いことをしたな。見てのとおり無事任務は達成だ」

 

(……わざわざ心配して付いてくるとは帝国は随分冒険者に優しいのだな)

 

 狼の強さからすると普通の冒険者では失敗することもあるだろう。保険の意味でついてきたのかとモモンガは納得する。

 

「それで……そっちの女も依頼のサポートでついてきたのか?」

 

 モモンガはレイナースに目を向ける。もとは美しい顔をしていたのだろうが、顔の半分が呪印で覆われておりとても痛々しく見える。

 

「あ、あの……私はレイナースと申します。その……そちらの方々とは関係ありません」

「……レイナース?知らない名前だな。それでなぜこんなところに?私に何か用なのかな?」

「あの……その前に……その……お名前をいただけますか」

 

 レイナースは熱に浮かされたようにモモンガを見つめている。それはまるで憧れの英雄にでも出会ったような表情だった。

 

「私の名はモモンという……冒険者だ」

「冒険者モモン様……私はそちらにいる獣と因縁のある者です」

 

 レイナースは一転してキッと狼を睨みつける。狼はじっとレイナースを見つめるといつか自分の目にナイフを突き刺した強者であることに気が付いた。

 

「……オマエアノ時ノ!……グルルル……決闘ダ!」

 

 狼は巨大な体を震わせながら毛を逆立てて威嚇する。そこに先ほどまでの、モモンガに見せていた怯えはない。

 突然睨み合う一人と一匹。モモンガには事情がさっぱり飲み込めていなかった。

 

「……これはどういうことなんだ?」

「モモン様、私はその獣と戦い、顔に呪いを受けました。今の私にはその獣を狩ることだけが生きる目的!何卒私にその獣との決闘する機会をお譲りください!」

「……だが私はこの獲物を捕らえて依頼主に引き渡す契約をしている。そうだったな?」

 

 チラリとバジウッドを見ると怯えたように目をそらしながら返事をする。

 

「あー……それは……はい……そうなんですがね」

「ここでこの狼をバジウッド殿に渡して依頼完了でいいか?」

「オマエ人間!殺ス!」

 

 狼は引き渡されるのを拒否してレイナースやバジウッドを睨みつけて毛を逆立てて威嚇を続ける。

 

「これはちょっと無理そうですな……」

 

 こんな状態で渡されても逃げ出されるか被害が拡大するのがオチである。

 逃げられた場合、殺すならまだしも捕獲するなどバジウッドには絶対に不可能だ。ならば目の前の男に丸投げするしかない。

 

「おい!獣!私と決闘だ!」

「オ前殺ス!決闘ダ!」

 

 睨み合うレイナースと獣、モモンガに何かを期待するように見つめてくる部下たち、恐れ慄き助けを求めるようにモモンガを見つめるジルクニフの配下たち。もはや収拾がつきそうになかった。

 

 

 

───それから……

 

 

 

 深夜の帝国闘技場。そこで互いの顔に傷を負った一人の女剣士と一匹の狼が睨みあっている。

 観覧席には帝国の皇子ジルクニフや主席宮廷魔術師フールーダなどそうそうたる顔ぶれがそろっていた。

 それを見ながらモモンガは独り言ちる。

 

「どうしてこうなった……」



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第36話 フールーダ・パラダイン

 その日、ジルクニフは帝国主席魔術師フールーダとともに帝城の一室にて今後の帝国の行く末について協議をしていた。もっともそう思っているのはジルクニフのみでフールーダについては魔法研究についてのみに関心が向いていたのだが……。

 

「それで殿下……アンデッド支配に関する研究施設の方はご用意いただけそうですかな?」

「ああ、順調に進んでいる。ところで爺、なぜそれほどアンデッドの支配にこだわる?爺ほどの力があればアンデッドに頼らずとも大概のことはできるだろう?」

 

 ジルクニフの考えはもっともである。帝国の国民はフールーダのことを守護神のごとく信頼しており、人を襲うアンデッドをわざわざ調伏しなくてもフールーダのために働こうとする者はいくらでもいるだろう。

 しかしフールーダにとっては視点そのものが違っている。

 

「むろん魔法の深淵を覗くためです! 古の記録にはあまたのアンデッドを支配した英雄譚や人には支配不可能と思われるほどの強大なアンデッドを支配した記録さえあります。それらは恐らく魔法による支配! 死した魂がどのように変異し、魔法がそれらにどのように干渉するのか! それらを知ることにより私の魂を一つ上の位階へと昇華するヒントとなると確信しておりまして……。そもそも魂というものの本質を知ることで……」

「あーもういい分かった。爺の想いは十分伝わった」

 

 普段は聡明であるのだが魔法が関わるとフールーダは人が変わる。その長くなりそうな魔法談議をジルクニフが遮る。フールーダが残念そうに口を閉じた後、ジルクニフは本題に入った。

 

「それで爺、皇后の様子はどうだった?」

「そうはもう大変なお怒りで周りの者たちが気を静めるのに四苦八苦しておるという話を陛下からは聞いておりますぞ」

「そうか……」

 

 ジルクニフが皇后の実子である第二皇子を殺したのだ。その恨みは計り知れないだろう。しかし怒りのあまり軽率な行動を取らないところはさすがと言える。もし直接兵を送ってきたとしたら簡単にジルクニフの謀略の餌食となっていただろう。

 

「にも拘らずこんなものをよこすとはな……」

 

 ジルクニフの手にあるのは晩餐への招待状だ。これまで皇后はジルクニフのような側室の子とともに食事をとるようなことはなかった。確実に何らかの狙いがあるのだろうが無下に断るわけにもいかない。

 

「陛下も気にはしていましたが、特に怪しい様子はないようでしたな」

「いや、罠には違いないと思うが……何が狙いだ?彼女の工作を片端からつぶしたのがよっぽど効いたのか?」

 

 皇后はジルクニフが第二皇子を断罪したことを罪に問おうとありとあらゆる手を使ってきたが、その度にジルクニフは先回りしてその工作をつぶしてきた。今現在もお互いが用意した数々の権謀術数が宮廷内で行われているはずだ。

 

「陛下も共謀しており、その面前で殿下を断罪しようとしているのでは……?」

「父はそれほど愚かではない……と信じたいな。ともあれ断るわけにもいかないだろうな……」

 

 ジルクニフは窓の外を見ながら熟考する。外はもう深夜になろうとしていた。このところ寝る間も惜しんで働き詰めであり、窓に映った自分の目元にはうっすらと隈まで出来ている。

 

「ふおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 突然叫び声が部屋に響き渡った。何事かと振り返ると声の主はジルクニフとともに窓の外を見ていたフールーダである。

 

「あ……あれはなんだ!?なんなのだ!?第9位階?いや、10位階?それ以上なのか!?な、なんなんだあれはなんなんだあああああああああああああああ!!」

 

 発狂したように叫び続けるフールーダ。ジルクニフは何事かと窓を開けて周囲を確認するが何かが起こっている気配ない。

 

「爺?突然どうした?」

「恐るべき!恐るべき魔法の力が見えますぞ!あちらです!」

 

 フールーダははるか先の山々を指さす。深緑に覆われたそこには何もないように見える。しかしジルクニフはフールーダの才能(タレント)を思い出した。

 

(爺は才能(タレント)で相手が第何位階まで魔法が行使できるか分かると言っていたな……それほどの高位の魔法詠唱者と言うと……彼女のことか……?)

 

「もしかしてそれはナーベというアダマンタイト級の魔法詠唱者ではないか?王国の御前試合で高位の魔法を使用したという報告がある。ちょうど私が彼女たちに魔物の捕獲依頼を出しているところなんだが……。」

「なんですと!?」

「帝国に現れた狼の魔物について聞いたことはないか?確かあちらの方向で出没したという話もあったが……爺!?」

 

 ジルクニフの言葉が終わるのを待たずフールーダは窓枠に手をかけて飛び降りようとしている。

 

「殿下!お話は後程に!ナーベ殿!今行きますぞおおおおおおおおおおおお!<飛行(フライ)>!!」

 

 フールーダは<飛行>の魔法を唱えると唖然とするジルクニフを置いて闇の中へと飛び去って行くのだった。

 

 

 

 

 

 

 数時間後……フールーダが気を落とした様子で戻って来た。その間ジルクニフは一睡もしていない。相手はジルクニフの側近をして強者と認める相手だ。フールーダが負けるとは思わないが、無礼を働いて帝国から出ていかれでもしたら目も当てられない。

 心配のあまりただでさえ職務に忙殺されているというのに目の下の隈がさらに濃くなってしまった。

 

「殿下……起きていらっしゃったのですか……」

「あんな様子で出ていかれて寝られるはずがないだろう!会えたのか?おかしなことはしていないだろうな?」

「いえ、途中で気配がなくなってしまいまして……探し出せませんでした」

 

 いつになく気落ちしているようだ。こんなフールーダを見るのも珍しい。しかし何もなかったという事実にジルクニフは安堵する。相手が非常に優秀な冒険者であるということはこれまでの依頼達成の速さや精度から分かっている。今度もぜひ帝国のために働いてもらいたい。敵対することは極力避けたい。

 

「いずれにせよ依頼した私へ報告に来るだろう。その時に爺と話をする機会を作れないか聞いてみようか」

「本当ですか!?殿下!!」

 

 フールーダが老人とは思えない勢いでにじり寄ってくる。その様子に思わずジルクニフは後ずさった。顔が近い。

 

「お、おい。そんなに興奮するな」

「これが興奮せずにおれますか!あれこそが!あれこそが我が望みを与えてくださる方かもしれないのですぞ!そもそも人類史上あれほどの高位の位階を極めたものなど……」

「分かった!分かったから離れろ!それとじい、私との約束も忘れてくれるなよ」

「もちろんでございます!」

 

 即答するフールーダに本当にこいつ分かってるのかとジルクニフは心配になる。普段は帝国の未来を考えられる優秀な魔法詠唱者にして歴代皇帝の相談役、そして今はジルクニフの協力者であるのだが魔法が絡むとポンコツになるときがあるのだ。

 そんなジルクニフの不安をよそに朝日が昇ろうとしていた。

 

 



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第37話 決闘

 帝国闘技場。

 古来より毎年、人対人、人対魔物など数々の熱戦が繰り広げられ、その血の暴力の競演に観客が沸き上がる場所。

 それは国民のストレス発散となるだけでなく、帝国にとってスカウトすべき強者を見つけるための場でもあり、そして参加する者達からすると命を懸けて大金を手にするためのチャンスをつかむ場でもある。

 

 その伝統的な場所に中心に一振りの大剣を与えられたレイナースと獣が静かに睨み合っていた。時間は深夜、観客はモモンガやジルクニフ達を除いて誰もいない。

 

 なぜこのようなことになったか。それは魔物の捕獲依頼を達成したモモンガからジルクニフが報告を受けた時のことだ。

 バジウッドからの報告を受け、ジルクニフが件の獣が捕獲された場所へと行くと冒険者チーム『漆黒』とともになぜかロックブルズ家の令嬢レイナースまでその場にいたのだ。

 ロックブルズ家の状況についてはジルクニフも把握しており、この機に自陣に取り込めないかと探していたのだがまさかこんな状況になっているとは思ってもみなかった。

 

 しかし事情を聞くうちにジルクニフは考えをまとめた。

 狼とレイナースがお互いに決闘を望むのであれば望みを叶えてやれば良いのではないかと。

 その場を与えてやる代わりに片方、または両方が自分の手の者となるよう誘導すればいいのではないか。そう考え、秘密裏に深夜の闘技場を手配して一人と一匹が睨み合うこととなった。

 

 

 

───レイナースと獣はお互いに裂けるような笑顔を浮かべると咆哮とともに激突する。

 

 

 

「で、殿下殿下! はよぅ! はよぅ私を紹介してくだされ! はよぅ!」

「待て待て、そんなに興奮するな、肩を揺するな!じい!」

 

 レイナースは先手として両手で握りしめた大剣で獣の喉元を目掛けて突きを放つ。しかし獣もさるもの空中でヒラリと身をかわして逆に爪で斬撃を返してくる。

 

「モモン殿、こちらが先日伝えた帝国主席魔術師のフールーダ・パラダインだ。ナーベ殿とどうしても魔法談議がしたいということで連れてきた」

「はぁ……はぁ……フールーダ・バラダインと申します!ナーベ殿は王都の御前試合で誰もが見たことがない数々の魔法を披露したと聞いたのだが……むぅ?ナーベ殿から魔法を使える気配が一切しないですな?これはどうしたことですかな?」

 

 レイナースは爪の斬撃を大剣で受ける。武技の力も乗っているようで大剣にずしりと重い衝撃を受けた。しかし実家で寝間着にナイフ一本、さらに背後に家族を庇いながらという状況と違い、今は万全の状態である。ギャリギャリと火花を飛ばしながら爪を捌く。

 

「は?なんですか?あなたは……?」

「ナーベ様、この方は帝国の主席魔術師フールーダ様ですわ。相手がどの位階の魔法まで使えるか分かるという話を聞いたことがあります」

「ふん……そうなの。この程度で主席?ラナーが言うならそうなんでしょうけど……。でも私に気配がしないのが不思議だというのであれば、それはあなたのような羽虫が寄ってこないように隠匿しているからだとなぜ分からないのかしら?」

「魔力隠匿の魔法道具(マジック・アイテム)ですかな!?そ、それはどこの名工が作られたものなのでしょう!?それに御前試合ではどのような魔法を使われたのですかな?ナーベ殿は第何位階の魔法まで使えるので?わしは第6位階までしか使えないのですがそれ以上なのですかな?」

 

 爪を捌かれた狼は一転してその巨体を活かしてレイナースへと覆いかぶさってきた。レイナースは大剣でそのまま獣を貫こうと一瞬迷うがとっさに横に飛ぶ。

 先ほどまで自分がいた場所を見ると、立ち上がった狼の下の地面からシューシューと湯気が上がっている。レイナースは思わず呪われた顔を指でなぞる。あのまま剣を突き刺していたら全身を呪いで焼かれていたことだろう。

 

「あなたのような虫けら程度と至高の存在に創造された私を一緒にしないでくれる?あの時使った魔法は<生命の精髄(ライフエッセンス)>、<魔力の精髄(マナエッセンス)>、<爆裂(エクスプロージョン)>、<連鎖する龍雷(チェイン・ドラゴン・ライトニング)>……」

「チチチチチチェイン・ドラゴン・ライトニング!?そ、それは第5位階魔法<龍雷(ドラゴン・ライトニング)>より上位の魔法なのですかな!?第何位階の魔法なのでしょうか!?」

「第7位階よ」

「お、おお……おおおおおおおおおお!ナーベ様あああああ!あなたこそ!あなたこそ深淵の主!」

「ちょっ、近づかないで……殺されたいの?虫けら」

「や、やめろ爺。ナーベ殿の靴を舐めようとするな!」

 

 あの呪われた獣の体に触れるのは不味い。しかし近づかなければ倒せるはずもない。レイナースは込み上げてくる恐怖を振り払う。自分にはもう友人も家族も恋人も何もない。今は幼いころから振り続けてきた剣だけが心の支えなのだ。

 レイナースは覚悟を決めると一気呵成に攻め込むとともに武技を発動する。<能力向上>と<戦気梱封>。武技により一気に身体能力を強化するとともに大剣へ魔力の付与を行い臆することなく獣を斬りつける。

 

「クライム!ナーベ様をお守りするのよ!」

「わん! ラナー様!」

「む?君たちはナーベ様の配下の方たちですかな?ふおおおお!そ、その身にまとった魔法道具の輝きはああああああああ!分かりました!まずはあなた様の部下の方たちの靴を舐めて私の気持ちを知っていただきましょうぞ」

「ひぃあああああああああ!」

「やめろ!ラナー様を舐めるな!」

 

 レイナースの放った会心の斬撃を見た獣は大剣を避けるかと思いきや、なんと体で受け止めた。獣の筋肉に覆われた肉体に大剣が深く沈み込むが、そこで逆に筋肉を引き締められて抜けなくなる。

 レイナースは慌ててブチブチと獣の筋肉を千切りながら剣を引き戻すがその間にすでに獣はその鋭い爪をレイナースに向けて放っていた。

 

「くっ……この方がここまでの魔法狂いとは私も知りませんでした……このラナー一生の不覚ですわ!」

「おい、ニンブル!バジウッド!爺を引きはがせ!」

「はっ!」「参ったなこりゃ……」

 

 レイナースと獣。その戦いはゼロ距離での削り合いとなっていた。

 顔が触れ合うほどの距離で大剣と爪により互いの血肉が削られていく。数秒が数分にも感じられる削り合いの後、一人と一匹はお互いに距離を取るべく後ろに跳ねた。

 レイナースは体のあちこちから血を流しぼろぼろの状態だ。それは獣も同様である。お互いにボタボタを血を落としながらジリジリと間合いをはかる。ここまで傷を負ってしまっては次の一撃がお互いの生死を分けることを理解しているのだ。

 

「離せえ!離さんか!私はナーベ殿に弟子入りするぞ!」

「お断りします」

「おい、じい。やめろと言っているだろう。彼女には断られたんだ。ニンブル、バジウッド。爺を連れていけ!」

「フールーダ様、申し訳ありませんが殿下のご命令です」

「ったく……大人しくしててくだせえよ?フールーダ様」

「ナーベ殿おおおおおおおお!」

 

 先に動いたのは獣だった。何らかの武技を使用しているのだろう、これまで以上のスピードでその巨体がレイナースに迫る。

 一方レイナースは出血と疲労のあまり走り出す力もない。しかしその眼は諦めてはいない。大剣を両手で下段に構えて反撃の一手を受けの姿勢で待つ。

 

 

 

───そして。

 

 

 

 死闘を演じている一人と一匹を一顧だにせず騒いでいるフールーダたちをちらりと見ながらモモンガが闘技場に降り立った。

 

「さて、そろそろいくか……」

 



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