ウマ娘と温泉旅行しっとり風味 (キャロパン)
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グラスワンダー

(タウラス杯が始まったので)初投稿です


「トレーナーさん、お時間がよろしければ温泉に行きませんか?」

 

URAファイナルズを優勝した俺達は、3年間の疲れを癒しに温泉に向かうことにした。

3年間担当したウマ娘が両手をパンと合わせて上目遣いでおねだりしてきたんだ!

練習以外では我儘を言わないグラスからのお誘いだぞ!誰が断るんだ!

 

行くと決めたならば、トレーナーにはやらねばならない事(溜まった仕事のお片付け)がある。

書類などの期限が決めっている業務を数日前にすべて終わらせ、なんとか温泉に行く時間がとれた。

 

当日の朝、いつもの遠征で持っていくセットに追加する物を確認する。

歯ブラシとかみたいな必需品を最初に詰め、その上に懐炉やニット帽など防寒グッズを詰めていく。

温泉は北の方にあるからな。温まりに行くのに風邪をひいたらバカだからな。

いつもの服にステンカラーコートを羽織り、車輪に傷がついたキャリーケースを引き摺る。

 

「お待たせしました~。」

 

いつもの遠征より大きなキャリーケースを持ち込んできたグラスに苦笑し、こっちも来たばっかりだよと宥める。

傍目に見ても今日のグラスはウキウキしてる。すっごい楽しみにしてたんだろうなあ。

 

「すごい笑顔ですね~。お誘いして良かったです♪」

 

げっ。俺も顔に出てた……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

飛行機に搭乗し、1時間ほどで目的地の空港に着いた。ここから昼飯に海鮮丼を食べて宿へ直通のバスに乗る予定だ。

予定を考えながらタラップを降りると昼なのに肌寒い。ちょっと左手が震えてるグラスにカイロを渡す。

 

「わぁ……!ありがとうございます♪」

 

手が温まってご満悦のグラス。

到着口をスムーズに出て、事前に相談してた空港近くの海鮮丼屋に入り、目的の丼物を注文する。

 

「濃厚なイクラと淡白なきんきの味がご飯に絡まって……!と~っても美味しいですね~。」

 

刺身の上にイクラ・ウニが贅沢に乗っけられた海鮮丼と昆布の風味が豊かな味噌汁に舌鼓を打ち、空港から宿へ直通らしいバスに乗る。

バスの車窓から見える雪景色や他愛のない話、エルやスぺたち同級生に関する日常話を楽しんだ。

 

時計の短針が4を指した頃、止まったバスからちょっと年季の入った木造の平屋が見えた。

雪で滑らないように注意して降りなきゃな。

安全にバスを降りた後、短い雪の上をゆったりと歩き、白い筆文字で温泉と書かれた赤い暖簾をくぐると、赤いニット帽を被った還暦ぐらいの女将さんが笑顔で俺たちを出迎えてくれた。

 

「ようこそ、神川温泉へ」

 

「はい。お世話になります♪」

 

最初に自室へ荷物を置き、神川やまきと名乗った老年の女将さんから宿の説明を受ける。

ニット帽は旦那様が初めて編んだ物だそうだ。この年でしょうがない人なんだから…っというやまきさんは微笑んでいた。すっごい幸せなんだろうなあ。

 

「当宿の露天風呂は混浴となっております♪」

「そうなんですね。あっはっはっ」

 

くしゃくしゃに笑いながら爆弾発言をのたまうな!我ながら相槌が白々しいじゃないか!

ちらっと隣を見てみると、お嬢様は顔を真っ赤にしてうつむいていた。尻尾がピン!と立ってるしすごい恥ずかしかったんだな。

 

施設を案内してくれたやまきさんに頭を下げ、座布団に腰を下ろす。

 

というかここの露天風呂って混浴だったんだな……。

時間を分けて入ろ――

 

「……今夜は一緒に入りませんか?今日は他のお客さんもいないみたいですし」

 

言い切ったグラスの表情は完全な真顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

PCを開いて仕事のメールに返信したり雪景色の写真を撮っていると、あっという間に時間が過ぎる。

約束したのは夜の8時。いつもなら書類と戦っている時間だ。売れっ子のトレーナーは大変なんだからな。

 

時間になって、木でできたドアを控えめにノックする音が聞こえた。

 

「……グラスです。そろそろ時間ですよ~」

 

準備はできた。いざ往かん……!

 

無言でそれぞれの脱衣所に潜り、1枚ずつ服を脱いでいく。

ええい、脱衣所で服を脱ぐだけでこんなに緊張するとは……!

頬を叩いて気合を入れ、タオルを腰に巻いて風呂に出る。ちょっと手が震えているが気にしない。

ドアの先にはタオルを巻いたグラスがいる。そう思うと、ドアノブを回す手に力が入った。

 

意を決し、ガチャリとドアを開ける。ドアを開けた時の湯煙がもわっと下から湧いてくる。

そして彼女の姿を確認するが、姿が見えない。煙が晴れ、改めて周囲を見渡しても彼女はいない。まだ着替え中だった。

 

 

天国か地獄かと自問しながらかけ湯を終わらせたころ、更衣室の方からドアノブを回す音がした。

 

「お待たせしました~。」

 

そう言いながら出てくるグラスはタオルを1枚巻いただけだった。ちょっと頬が赤く染まっている。

解は出た。ここは天国だった。

そして彼女は綺麗だった。俺の語彙力ではそれしか出てこなかった。

 

丁度1人分のスペースを開け、2人で温泉につかる。

しばらくは温泉に関する豆知識で盛り上がっていたが、数分もすると無言になった。

 

無言のまま座っていると、空を見上げていたグラスが不意に言葉を漏らした。

 

「……空を見てください、トレーナーさん。綺麗な星空が見えますよ~♪」

 

言われた通りに空を見上げると、無数の星が空に輝いていた。

その明かりが照らしているのは俺達だけではなく――

 

「あら、オシドリさん達も仲良く飛んでますね♪」

 

番なのだろう。カラフルな羽と灰色の羽が仲睦まじげに並んで飛んでいる。

その光景を見たグラスは――微笑みを消し、真顔でこっちを見つめた。

 

「以前から言い兼ねていたのですが……腹を括りました。私から1点お伝えしたいことがあります。」

 

そう言うと、すぅっ……と深呼吸を挟むグラス。

空を見上げ、決意した顔で彼女は――俳句を詠んだ。

 

 

『凍て空に 比翼連なる 鴛鴦(オシドリ)や』

 

 

その俳句は?

 

「自作です。ふと自分でも詠んでみたくなりまして。」 

 

まあ情景はそのままですが……。と謙遜しているグラス。

一句詠んで落ち着いたのか、笑顔が戻ってきた。

そして今の俳句の意味は……。比翼……オシドリ……仲良し……。

――なるほど。

 

「分かっていただけたようですが改めまして告白を。

 ウマ娘とトレーナーとしてではなく、1人の女として貴方をお慕いしております。よろしければ、貴方の名字を私にください。」

 

結婚する気なんだな。

 

「ええ。少なくとも墓場までは貴方の手を離しません。」

 

『不退転』の異名に相応しく、絶対にここは退かないぞと意気込みを発揮してくるグラス。

そんなかわいい彼女に対する俺の答えは――

 

 

『オリオンと 白息重ね 帰路の灯り』

 

 

――息を吞んだ。

 

「あっ……」

 

笑顔を浮かべながら涙をこぼすグラス。

 

「とってもうれ……しい……です……。でも、なんでっ…。」

 

――涙が止まらないの?

 

そう言いたげな彼女を見て我慢できなくなり、その華奢な体を抱きしめた。

衝動のまま顔を見ると、潤んでいるサファイヤ色の瞳が俺を捉えていた。

どちらともなく目を瞑り、顔を近づけ……影が1つに重なった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いい時間なので風呂をあがり、脱衣所を出てすぐの所で集合した。

 

 

「ふふっ♪キス……しちゃいましたね♪」

 

いたずらっ子の笑顔でこっちを見てくるグラス。

彼女のそういった顔は初めてかもしれない。

 

「エルやスぺちゃん達と喋りながら帰る通学路も良かったですが……アナタと歩く道もまた格別です♪」

 

俺の右手と自身の左手を繋ぎながら微笑む彼女。

 

「でも、星明かりがあってもちょっと道が暗いです……。それに、ちょっとだけ寒いですね♪」

 

そう言って口を空に向け、はあっ…と息を吹く。

 

「どうです?これでちょっと明るくなったでしょう?」

 

ああ。これで宿に帰れるな。

2人ともころころと笑いながら、ロビーまでの短い道をゆっくりと踏みしめた。

 




こいつらうまぴょいしてねえ!


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マルゼンスキー

バ場状態:(チョベリグ)

マルゼンスキーさんお誕生日おめでとうございます!御年いくつですか!


The WINNER

 

77年、日本ダービー

『あたしにも、日本ダービーを走らせて』

乙女の祈りを叶えるため、血を吐いても止まらなかったトレーナーがいた。

紅いシミのついた紳士の手を取り、18番(いちばんそと)から府中を駆け抜けた赤きスーパーカー。

そのウマ娘の名は――

 

 

 

 

 

「いえーいゴルシちゃんだぜー!ピスピース☆」

「イエ~ゴホッ…マルゼンスキーちゃんでーす!激マブ☆」

 

 

「前者は50年後に帰ってくれ。後者は…………頑張れ。」

 

赤い愛車の運転席から咳込みながら出てくるスーパーカーと後部座席から出てくるバーサーカー。

お前も無理してゴルシに合わせなくてもいいんだぞ。もういい年なんだから。

 

「何よ!あたしはまだナウでヤングなレディーよ!激おこぷんぷん丸!」

 

ゲンナリした心境が顔に出てたのかプリプリと怒り出すマルゼンスキー。

まだって言ってしまってる時点でもうダメだろとか言ってはいけない。

その右には我関せずとルービックキューブを逆立ちしながら攻略するゴールドシップ。

 

誰もついていけない異次元空間に俺の理性がハジケる寸前だったその時。

ゴルシのスマホから「かっ飛ばせ―!」と叫ぶマックイーンの声が聞こえてきた。

 

「やべ!マックイーンの目の前でチョコワッフルを食べる約束してたんだった!じゃーなー☆」

 

近くの木に立てかけてあったセグウェイを抱え、背中のジェットパックで空を翔けるゴルシ。

絶対にそんな約束してないだろ、とか考えてた10秒後。

 

「待て、ゴールドシップ!あの○○め!今回こそ捕まえてやる!」

 

あ、エアグルーヴさんお疲れ様です。

 

 

 

 

……すんごい気まずい中、コホンと咳払いを入れて無理やり空気迷の入れ替えを図るマルゼンスキー。最近遊んでなかったしこれはデートのお誘いだな(迷推理)。

 

「で、今日はどうしたんだ?プールバーでニンジンジュースとティラミスでも洒落込むか?それとも商店街でミニカーのウインドウショッピングか?」

「あら、どっちも素敵だけどね。今日は温泉に行きたい気分なの!」

 

はあ!?

 

「いくらなんでも唐突すぎるわ!今日提出の書類とかあるんだぞ!」

「大丈夫。理事長ちゃんたちにはちゃんと納得してもらったから♪」

 

温泉の旅券をビラビラとさせながら大丈夫と説得してくるマルゼンスキー(権力者)

先に散った彼女たちのためにも、せめて俺はちゃんと仕事をせねば!

 

「荷物とか整理できてないしせめて後日にしよう!な!」

「だいじょうV♪そんな事もあろうかと着替えとかは家から持ってきたわよ♪」

「ヤろうとしなければそんな事は起きねえんだよバカ野郎!家主の許可なく部屋を漁ってんじゃねえ!」

 

目の前でダブルピースをかましている世間知らずの犯罪歴に窃盗が加わった。

合鍵を本人がいないときの侵入用にしか使ってないぞこいつ。

 

「さあ、一緒に行きましょ♪天気もバッチグーだしレッツゴー♪牛乳に枕投げ、付き合ってもらうわよ?」

 

ハイテンションな声とは裏腹にウマ娘特有のパワーで右の助手席におっさんを突っ込む高校生(2x)。

わかったからせめてシートベルトぐらいは待ってくれ!

 

 

 

 

高速道路で警察の追跡を振り切るためにマルゼンスキーがそのドラテクを披露し、体に掛かるGのせいで俺は疲労した頃。

2時間半のチェイスを振り切り、旅券に書かれていた温泉施設に潜り込んだ。

 

「もう無理……オロロロロロロ」

「大丈夫……じゃないわね。まずは温泉に入って落ち着きましょ?」

 

穏やかな感じのご主人に聞いてみると、

 

「ついさっき風呂の整備が終わったばかりですので、今なら一番風呂ですよ」

 

と笑顔で教えてくれたので、営業時間より早く開けてくれるというご厚意に甘えることにした。

 

当たり前だが男女別なので、脱衣所で別れる前に「あがったら一緒にコーヒー牛乳を飲んで枕投げをしましょ♪」とせがむ相方を了承し、一人だけの湯に浸かる。

思わず「あ゛~」と声をあげてしまうのは年を重ねたからだろうか、それとも吐血するほど体を酷使したからだろうか。

 

ところで壁の向こう側にいる自称レディーよ。

独り言がでかくなるのはしょうがないが「びゃぁ゛あ゛あ゛~」とか「生き返るわぁ~」は年頃の娘としてアウトじゃないか。

 

「あなたにならいいのよ!色々な経験を共有した仲でしょ?」

 

温泉から上がり、浴衣のマルゼンスキーと合流。

マルゼンスキーが買ったコーヒー牛乳と俺が買ったフルーツ牛乳をシェアし、どっちも美味しいと頷きあう。

その足で彼女の部屋にお邪魔した瞬間に枕を投げ、約束通りに聖戦のゴングを鳴らす。

 

「それぇ!」

「そんなんじゃ当たるんよ!」

「いや当たるの!?」

 

下手投げで放られた枕が腹にヒットする。

温泉でふにゃふにゃになってるしそんなもんだって。あんまりガチでやると浴衣がはだけるぞ。

 

 

 

 

なんだかんだとじゃれあった後、2人揃って疲れたーとか言いながら布団の上に寝転ぶ。

やっぱここよねとか言いながら胸板の上に体を預けてくるマルゼンスキー。この姿勢も慣れたものだ。

 

お互いに何も言わず、マルゼンスキーが胸板をツンツンとつっついてくるのを放置する。

そのまましばらくすると、彼女の口からちょっとしたワガママが聞こえてきた。

 

「ほら、今日あたしの誕生日でしょ?去年は1日中祝ってもらったし、今年は半分こにしようと思ったの」

 

恋人だしどこかで一緒にバカはしゃぎしようと思ったんだな?それで手元に温泉のチケットがあったと。彼女の誕生日なのに仕事ばっかりしてる彼氏にイラついてついやっちゃったと。

 

「うん……」

 

……悪かった。お前の気持ちを考えてなくて。

 

「……寂しかったんだから。ギュウッッてして?痛くなるぐらいに」

 

要望通り、強く抱きしめる。

んっ……と圧迫感から声を漏らした後、耳元に顔を近付けて囁いた。

 

「ありがとね、トレーナー君。大きなレースでみんなと走りたいっていうワガママを叶えてくれて」

 

それは、長いあいだ誰にも言えなかった年長者の本音。

彼女の掲げる『楽しく走る』の裏に隠された疎外感。

 

「お安い御用よ。同期の子もマルゼンスキーさんと走れないって寂しそうにしてたしな。」

「もぅ、甘えたい時にそうやって甘やかしてくれるところ。本当に好き」

 

あなたには夢を叶えてもらった。だから次は私がお礼をする番ね。

そう言ってアゴに自分の頬を擦る甘えん坊。そして顔を耳から離し、笑顔で力強く言い切った。

 

「ウインタードリームトロフィーでも見せてあげる!ルドルフちゃんにも負けないあたしの走り!」

 

おう、待ってる。

 

「あっ、アゴひげはちゃんと剃ってね?トレードマークとか言ってるけどいろんな意味で痛いわよ」

「それを言っちまったら戦争だろうが!」

「キャー♪」

 

いくら恋人といえ、売られた喧嘩は買わねばならぬ。

俺からマルゼンスキーに枕を投げる形で俺達の5分戦争は再開された。

え、5分しか続かなかったのかって?ほら、ね?

 

 

 

 

3年間の戦績は9戦9勝。URA、ウインタードリームトロフィーも含めると13戦13勝。

猛獣も、帝王も、皇帝すらその道を歩むこと能わず。

トゥインクルシリーズをフルスロットルで駆け抜けた俺の愛バは――

 

 

 

 

 

マルゼンスキー

 

 




1話の感想と評価ありがとうございます!とても励みになります!

見んねミーク!

追記)
投票ありがとうございます!投票結果に従いビワハヤヒデをそのうち上げます


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ビワハヤヒデ

投票で多かったビワハヤヒデです。肉食の妹から人気がじわじわ増えてきてるイメージ。
本話では秋川やよい=ノーザンテースト、駿川たづな=トキノミノル説を採用しております。

現在、コース上にバナナの皮と桜の花びらが散乱しております。レースの際はご注意ください。

追記)活動報告にリクエスト欄を設けました


――3月の中頃、この時期が1番好きだ。

気温もちょうどいいし、柔らかい風が頬を撫でるのもいい。何より、そろそろ桜が満開になり、新しい出会いを予感させてくれる。

次年度に向けて色々と資料を整理している最中、理事長から一人で来るように電話で呼び出しを受けていた。

 

歩きながら桜の眺めを見ること3分程度。

目的地に到着し、大きめの音で扉を3度ノックする。

 

「失礼します!」

 

いつもの大きな声で返事が聞こえてきた。

 

「歓迎ッ!入り給え!」

 

会えば会話が弾む仲なので、特に気負うこともなく入室する。

 

「失礼します!本日は如何されましたか!」

 

「早速の来場ありがとう!最初に両手を出してもらいたい!」

 

言われた通りに手を出すと、『錨星』と書かれたセンスを手渡された。

 

「特命!来年から君にはチームトレーナーとしてチーム『カシオペア』を組んでもらいたい!

 ちなみに筆を揮ったのは私自身である!努々失くすこと勿れ!」

 

自信満々といった表情を浮かべ、続く言葉を並べる。

 

「もし、サブトレーナーとして雇いたい人物がいるならこちらに掛け合ってくれ!前向きに検討させてもらう!」

 

なるほど、そういうことか。本来ならとても嬉しいんだが――

 

「そのご厚意はとてもありがたいです。ですが、私が担当したのはハヤヒデだけの若輩者です。いきなり数人を同時に見るというのは些か拙速に過ぎるのではないかと存じます」

「うむ、その懸念は至極当然である!だが、君を任命しようとした理由を聞いてから判断して欲しい!」

 

『献身』と書かれた扇子を眼前に広げ、理事長は語る。

 

「そう、ビワハヤヒデとの関係性だ!レースではナリタブライアンやウイニングチケット、ナリタタイシンらを抑え、彼女と二人三脚で全ウマ娘の頂点に立った!

 ――だが、頂点に立ったことよりも私たちが評価している点がある!妹へのコンプレックスで悩んでいた彼女を親身になって支えてくれたことだ!」

 

目を閉じた状態で微笑みを浮かべ、横のたづなさんが言葉を引き継ぐ。

 

「貴方とビワハヤヒデさんの進んできた道は決して平坦なものではありません。BNWのライバル関係にクラシック三冠の妹さんとの死闘。」

 

クラシックの冠の重さを知る目の前の女性は、瞼を開け、翡翠色の瞳に穏やかな笑みを宿した。

 

「それらを乗り越えて彼女の力を引き出すために、幾度も相談に来てくれましたね。」

「そんなにウマ娘を大事に接している人を無下にするほど、我々は恥知らずじゃないですよ♪」

 

目の前の二人は、俺達の歩んだ道をそんなに評価してくれてたのか……。正直、ここまで好意的に見てもらえると涙が出てきてしまいそうだ。

 

「彼女との道程を褒めてくださり本当に嬉しいです!そして……、そこを評価していただけるというのならば、私からの否はないです。彼女たちに精一杯寄り添えるよう、これからも努めて参ります」

 

溢れてきた涙を誤魔化すために後ろを向き、肩越しに両名を見る。

理事長は猫の前脚を、たづなさんは自身の右手を振ってくれていた。

 

「それでは、これからもよろしくお願いします!」

「ああっ!これからもよろしく頼む!」

「はいっ、よろしくお願いしますね♪」

 

よし、4月からも頑張るぞ!

新たに気合を入れ直し、軋む扉をバタンっと閉じた。

 

 

 

 

 

「…………よし、彼は去ったな。――なあ、たづな。私たちも彼の下でデビューしたくないか?」

「ふふっ、お戯れはそこまでにしましょう?

 ただ……、トレーナーさんからあそこまで想ってもらえるビワハヤヒデさんが羨ましいのは確かです♪」

 

 

 

 

次の日から、ハヤヒデの調子が芳しくない。

 

「トレーナー君、大丈夫だよ。私の体調はいつも通りさ」

 

なんて嘯いているが、1日10本は食べてたバナナが最近だと3本にまで減っている。

その割には、何かブツブツと呟きながらホワイトボードに方程式を書き、鬼気迫った顔で手元のノートに数字を書き加えている。

何を証明しているのか訊ねても「なに、トレーナー君。いい女には秘密があるものだよ」と頑なに教えてくれない。

 

リフレッシュと卒業記念を兼ねて、明日に温泉でもいくか?と聞いたら、ちょっと疲れた顔でOKを出してくれた。

 

「ここ数日の苦労は何だったんだ……」

 

なんか落ち着いたっぽいので、ペースト状に加工したバナナと蜂蜜を隠し味に加えた野菜たっぷりゴロゴロカレーを労いに提供し、隠し味の是非について語り合った。

フルーティーさを増すために炭酸抜きコーラを入れてみるのはどうだろうかという考察が出てきたので、近々スーパークリークと彼女のトレーナーに毒見してもらおうと思う。

 

 

翌日の昼、化粧をバッチリ決めてきたハヤヒデと合流。

2時間に1本しか出てないバスに乗り、山奥の目的地に向かう。

乗り込むとき、前方からふわっとバニラの香りがした。

 

「誕生日に買ったヘアオイル、使ってくれてるんだな。」

「ああ、あのアルガンオイルは浸透効果が明らかに優れているからね。どこでこんな化粧品を見つけてきたんだ?」

 

彼女が髪の件でポジティブな発言をするとは、結構いいもんだったんだな。セレクトショップで一葉さんを出した甲斐はあったぜ。

 

 

 

 

しばらく座席に揺られ、5時ぐらいに温泉に到着した。たかだか1時間半でも体って凝るもんだな。

 

「うむ、ここの温泉は満開の夜桜が見られることで有名らしい。ちょっと羽を伸ばしてから浸かりに行こうか。

 あ、入る前に水は飲んでおきたまえ。脱水症状など起こしたら洒落にならないからな」

 

1時間後、既に日は落ちていた。

目を覚まし、備え付けの日本茶を淹れ、口に含んでから温泉に向かう。

 

服を脱ぎ、曇ったガラスのドアを左にずらす。

そこに見えたのは――温泉のすぐ目の前に立っている、満開の10本のソメイヨシノ。

下からライトアップされた木々は、まるで競り合うかのように雪のような白い花びらを散らしていた。

 

ハヤヒデの言う通り、夜桜というのも風情があっていいものだ。

しんみりと感動した俺はまったりと浸かってしまい、なんだかんだと1時間近く桜を見てしまった。

 

 

風呂あがり、本人が言うところのハイパー癖毛をポニーテールにまとめたハヤヒデと合流した。

ちなみにそれぞれの服は家のジャージと練習時の体操服。色気も何もない。

 

「初めて見たが、その髪型も似合ってるな」

「ふふっ、実家じゃないとなかなか寛げんからな。」

 

畳に座って互いの背中を合わせ、

それぞれが持参した本を交換し、感想を述べあうのが最近の休日の使い方になっていた。

俺が持ってきたのはアフリカ原産の推理小説で、ハヤヒデが持ってきたのは英語で書かれたファンタジー本だった。

こちらは外国の小説特有の独特のスラングや言い回しを楽しんでいる。

それに比べ、ハヤヒデはやっぱり調子が悪いのだろうか?ページを捲るスピードが普段より遅い。しばらくして、とうとう本を閉じてしまった。

 

姿勢を変えてこちらを向き、何かを思い詰めたような顔をしているハヤヒデ。

その口から出てきた言葉は、とてもありきたりな質問だった。

 

「……なあトレーナー君。温泉から見える桜について、君はどう思った?」

 

綺麗だったよ。散っていく花びらがまるで雪みたいだったし、水面に浮かぶ残滓も、それはそれで綺麗だった。

 

「そうか……。私にはね、あの風景が、とても残酷なものに見えたよ」

 

「申し訳ないが、声が外に漏れていたのでね。

 聞かせてもらったよ。おめでとう。新しいチームのチーフトレーナーに就任するそうじゃないか」

 

トレーナー契約は自動的に3年間で打ち切られる。そして彼女の眼鏡を拾ったのは、桜が満開だった頃だった。

契約が切れ次第、『カシオペア』のために始動することになるだろう。つまり――

 

「もう時間がない。4日もしたら自動的に契約も解消され、ただの生徒とトレーナーになる。

 君は新しい子をスカウトし、そちらに掛かりきりになる。――もう、私たちの道が交わる事は無いんだ」

 

「桜はな、新しい出会いだけではなく、散り際に別れの思いを馳せる花でもあるんだ。

 ――この関係のようにな」

 

発言する彼女の顔は、ブライアンに勝つのを半ば諦めていた時期と同じで。

諦観と絶望が入り混じった、力ない笑みを浮かべ――

 

「私にも望みはある。でも、そのせいで君の仕事の邪魔をしたくない。だから、せめてお礼を言いたかったんだ。この3年間……本当に、ありがとう」

 

……気付けば、

3年間一緒でもなお、彼女に寄り添うことができてなかった自分に腹が立つ!

 

正直に言おう、俺は迷っていた。彼女と一緒にこれからの人生を歩みたかった。

でも、彼女には新しい出会いがあるし、もし夢があるのならば新しい道で頑張って欲しい。そう思うと、こっちの道に彼女を誘うか躊躇っていた。

そのエゴが生み出したのが目の前の顔だ!だったら俺がするべき事は1つだろう、新しい道に彼女を誘わなければ!

 

理事長からもらった『錨星』のセンスを開き、彼女に質問を投げる。

言葉は通じれば何でもいい。とにかくこの思いを届けたい!

 

「イフの話になるが…。君が良ければ、うちのサブトレーナーに就いてくれないか?」

 

衝動のままのオファー。彼女はそれを――否定した。

 

「お誘いはとてもありがたい。だが、私では著しく難しいだろう。まず、トレーナーの志願倍率は100倍どころではない。君が入ってきた年では、英語の論文を斜め読みできる学力の君が合格最低点数だと耳に入っている。

 それを補う物もない。ウチは名家でもなければ資産家でもない。私は全体的に秀でていると自覚しているが、それでもここに入れるほど飛び抜けているとは思っていないさ……。」

 

目の前に見える夢を振り払おうとするように、否定する要素をぺらぺらと積み重ねていくハヤヒデ。

彼女を見てきたトレーナーとして、それらを否定する。

 

「否だ。君の通知表の順位欄には、1か2の数字しか記載されていない。更に、走りでもすべてのウマ娘の頂点に立つ実力を見せている。

 そして、トレーナーの俺が辛うじてついていける高度な理論と"勝利の方程式"を持ち合わせている。だったら、そんな君には特例もおりるはずさ。優秀なトレーナーは常に足りていないんだから」

 

現実を突きつける。両手に手を当て――実現できる可能性を検討しているのだろう、しばらくして声を捻りだした。

 

「……私はもう一度、夢をみてもいいのだな……?君の隣に立ち、トロフィーを掲げてもいいのだな?」

「理事長たちと相談してみないと何とも言えない。だが、これからも君の隣にいたい!」

 

絶望が抜け、涼やかな笑顔が戻ってくるビワハヤヒデ。本当に珍しく、喋るときも心からの笑いを抑えられていない。

 

「ふふっ。どうやら私は"方程式"の組み立て、実証に悪戦苦闘する運命らしい。

 感覚面からのアプローチに秀でた君と、データ面からのアプローチに秀でた私。

 全ての重賞を『カシオペア』でとって見せようじゃないか!」

 

 

翌日、これからの不安が解消されたビワハヤヒデは「最近は脳の栄養が足りていなかったからな!」と豪語し、バナナを20本食べた。

『太り気味』になってしまった。

 

 

 

 

2日後の放課後、誰もいない教室。

「理事長室に用があってな。遅くなるから先に帰っていてくれ」とカバンを置いて去っていったビワハヤヒデ。

西日が差し込んでくるのも気にせず、彼女を待つためにウイニングチケットとナリタタイシンは窓近くの自席で飲み物を持ちつつ雑談に興じていた。

そんな二人が話すことと言えば何かが起きるであろう親友のことになるわけで。

 

「ハヤヒデもさあ、すーーーっごい、かわいいよね!!!」

「ん、どこが?」

「ハヤヒデってね、持ち歩いてる手帳の1ページ目にトレーナーさんの名前を書いてるんだ。

 その名前の横にさ、すっごいちいっさくハートマーク書いてるの!」

「ふぅん」

 

気のない相槌を打っているナリタタイシンは知っている。

目の前の親友がゴクゴクと煽ってるジャスミン茶は、トレーナーが『好き』と言ったメーカーのものしか買わないことを。

あのクールに見えて情熱的な親友が新しく作った『トレーナー君 彼ぴっぴ(仮)と将来の予定ノート』に100年後までの人生設計をまとめたことを。

その妹が姉に対抗するように『彼氏(仮)と将来の予定ノート』を作り始めたことを。

 

――姉妹の(仮)に斜線が引かれるのは何時頃になるのやら。

缶の底にちょっと残っていた栄養ドリンクと共に、出そうになった言葉を飲み込んだ。




感想と評価ありがとうございます!遅筆ですが少しずつでも返していきます!
「ここ良かった!」みたいな感想・ここすきなど頂ければとても嬉しいです!

理事長とたづなさんは全てお見通し


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アイネスフウジン

温泉はどこ…?ここ…?

この世界線の皐月賞はメジロライアン勝利です。

活動報告にリクエスト欄を作りました。リクエストなど、お気軽に投稿お願いします。


――才能も、家柄も、自由もないウマ娘。それがあたしの自己評価。

だからトレーナーにスカウトされた時、あたしはその幸運を信じることができなかった。

あたし、選抜レースで4着だったから。

 

「あたしなの?ライアンちゃんでも、マックイーンちゃんでもなくて?」

「君がいいんだ!君ならダービーをとれる!」

 

後から知った。

あたしのトレーナーは、担当したウマ娘が実績を残せなくて引退寸前だったってこと。

 

「君の武器はスタートとスタミナだ!だからその2つを重点的に鍛えるぞ!」

「はーい、なの♪」

 

トレーナーとの練習は、とーっても楽しかった。練習するほど力がついているのがわかったから。

レッグカールや走り込み、休憩時間にタフネスバー。その後はスーパーの特売やアルバイト。

とにかく走ってとにかく鍛えて。

 

ジュニア級で順調に勝ちを積み重ね、奇跡的に出場できた皐月賞。

クラシック級で最初のG1レースは、スタート直後に他のウマ娘と衝突した瞬間に終わった。

結果、ライアンちゃんからクビ差の2着。

こんな結末、お互いに納得いってないでしょ?だから、ダービーで決着をつけよう?

 

「ダービー!ダービー!」

 

そこから、あたしはもっとハードにトレーニングするようになった。

体を作るために、更にご飯を食べるようになった。

元々得意だったスタートも、今なら誰にも負けないと自信をもって言える。

気付いたらカップ麺しか食べないトレーナーのため、

休日はトレーナー寮にタッパーを持っていって、一緒にご飯を食べる。

 

レースの1週間前、ダービー出走者に対するインタビュー。記者陣の前でトレーナーは宣言した。

 

「アイネスフウジンを一番人気にしてください!」

「ダービーを一番人気で勝つのが夢です!自信はあります!」

 

涙が出そうだった。

たまたま幸運で学園に入れただけ。皐月賞で期待に応えられなかった。

なのに、あたしをここまで信じてくれるなんて。

――今だから分かる。この瞬間にあたしは恋に落ちたの。

 

血が出そうだった。その水分を汗に変えた。

周囲の冷ややかな反応なんて知らない。この人にダービーを捧げる。

できることを、もっと全力で。

 

ダービー当日。控室でトレーナーとお話の時間。

 

「3番人気なのは残念だったが…。よかったな!家族のみんなも来てくれたぞ!」

「ほんと!?かっこいいところ、見せなきゃなの!」

 

本当は知ってる。トレーナーが昨日の晩におんぼろのボックスカーで連れてきてくれたの。

 

最後に作戦の打ち合わせを行い、勝負服を着て外に出る。

パドックでは勝負服でゆったりと周回。うん、脚は快調♪

 

12番のゲートに入る。ぐるりと客席を見渡すと、みんながぎゅうぎゅうと狭そうに立っていた。

今日は19万人もいるらしい。

オグリさんたちの人気って凄いなあ、ってそんなこと考えてる場合じゃない。

すっと深呼吸。周囲の雑音が消える。まずは皐月賞の落とし物を拾わなきゃ。

 

――パンッ!っと音が鳴った瞬間。あたしの脚は1歩目を踏み出していた。

 

あの後、トレーナーと必死になって鍛えたところ(スタート)。まずはここで差をつける!

 

『さあゲートが開いた。っと、アイネスフウジンが好スタートを切っている』

 

1歩、2歩、3歩と先行し、2番手の子と10バ身近くの差をつけることに成功した。

 

――本番は、ここから。

 

『1000Mの通過タイムは――59.8!?無茶です!スタミナが持ちませんよ!?』

 

あたしたちが見出した勝機は、スタミナに物を言わせたハイペースな消耗戦。

勝利の方法はたった1つ。自分のやり方で走り切るだけ!

 

『大ケヤキを超え各ウマ娘たちが第4コーナーに突入します!

 アイネスフウジンの脚はまだ衰えない!後続とは依然として5バ身以上の差が開いている!』

 

残り525メートル。さあ勝負だよ、ライアンちゃん。

 

『メジロライアンは現在4番手!前に出る脚は残っているのか!?』

 

少しずつ後ろの足音が近づいてきている。

でも、まだ……!

 

『2番手を交わした!前にいるのはアイネスフウジンのみ!残りは1ハロンです!』

 

まだ……!

 

『ついにアイネスフウジンの脚が鈍った!メジロライアンが外から襲い掛かる!

 先頭まで残り2バ身!これはギリギリ届きそうだ!』

 

あぁ、奇跡まであと50メートルなのに。風塵(フウジン)みたいなあたしでも、ここまでこれたのに。

心が動けと叫んでいるのに。――もう、脚が動かない。

 

 

――そのとき、うっすらと声が聞こえてきた。

 

 

妹たちが。お母さんが。トレーナーが。叫んでいる。

 

「「「「いっけえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇえええええ!!!!」」」」

 

勝負の明暗を分けたのは、一陣のそよ風。

背中は押してくれなかったけれど、運んできた声が最後のエネルギーをくれた。

 

「ああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああ!!!」

 

何も聞こえてこなくなった。後ろからの足音も、観客の声援も。

 

『アイネスフウジンが最後に伸びる!アイネスフウジン!

 ――アイネスフウジンが逃げきった!メジロライアンはクビ差の2番手まで!』

 

ゴールラインを通過した時、勝てたのか分からなかった。

分かったのは、最後の声が聞こえてきた方を見た時。

涙を流しながら微笑んでるお母さん。抱き合って喜んでる妹たち。男泣きしてるトレーナー。

――ちょっとして、今まで聞いたこともない大歓声。

 

『アイネスフウジン辛うじて逃げ切った!タイムは2分25秒3!ダービーレコードです!』

 

『わああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!』

 

大歓声の中、腕を振りながら歩く。本当は声を出すのも辛いけど、それでもすっごい嬉しいから!

 

「みんな、応援ありがとうなのー!」

 

『ア・イ・ネ・ス!ア・イ・ネ・ス!』

 

全力でガッツポーズ。お腹に力を入れる。まだ、崩れちゃダメ。

 

 

数分後、歓声も収まりかけた頃にライアンちゃんが来てくれた。

 

「おめでとう、アイネス。いい勝負だったよ」

 

悔しさからくる涙をこらえる最高の親友(ライバル)

ああ、この子は大丈夫だ。この悔しさをバネに頑張ってくれる。

 

最後の気力もないけど、タフネスバーとにんじんジュースの力でウイニングライブを乗り切った。

しばらくは立てないの~……。

 

 

 

 

12月の末、あたしは療養所でリハビリに取り組んでいた。

リモートPCでの勉強かリハビリしかできなくて、一人だと外出どころか連絡も取れない。

未だに脚は思うように動かない。

けど、トレーナーと二人きりの時間がとれるしそれはそれで悪くない。

 

そして、今日は温泉での歩行訓練。ということで、学校の水着に着替えてトレーナーを待つ。

数分後、全身タイツの競泳水着でやってきたトレーナーに脚を触診される。

やっぱり真剣な顔はかっこいいの。ゴーグル越しだけど。

 

「調子はどうだ?」

「うーん……。ぜーんぜん、変わらないの」

「そうか。今の俺は君だけのトレーナーだからな。無理せずに少しずつ取り戻していこう」

 

なんて言ってくれてるけど、いつまでもここに入るのも辛いし、そろそろ引退かなあ。

普通のバイトはできるし、勉強を頑張ってトレーナー科への転入もいいかも、なんて考えてる。

でも、今は二人の温泉を楽しもう。

 

「あー♪温泉気持ちいいのー♪」

「お肌がすべすべになるもんな!その気持ちはよくわかるぜ」

 

トレーナーはテキトーにそれっぽく返事する前に今の服装を見るべきだと思うの。

 

 

訓練を終え、こっちに来てからマイブームになった温泉饅頭を一口。

うん、やっぱりあたしはこし餡派なの。パクパクなの!

火照った体を冷ますため、首の近くでうちわを扇ぐ。

うなじの辺にたまった熱がすぅ~っと抜けていって気持ちいいの。

 

「今日もお疲れ。……あと、今日だけは家族の所に帰らないか?外出届、許可もらってきたぞ」

「ほんと!?」

 

 

そんなこんなで久しぶりの実家。

たま~にトレーナーから聞いてたけど、何事も無くて本当に良かったの。

 

半年ぶりに食べる、人参ともやしの炒め物。妹たちが作ったらしく、ちょっと塩の味が濃い。

和気あいあいと近況を報告しつつ、たまにシーンとなる時間。

……ダービーから顔を合わせてないからちょっとだけ気まずいの。

 

20分近く経ち、3回目の空白。

ついにお母さんが「うん。誤魔化してもしょうがないし、はっきり言うね」と、本題に入る。

 

数秒後にその口から出てきたのは、労いの一言。

「フーちゃん。ダービー、よく頑張ったね。無理と思ったら、休んでもいいのよ?」

 

その言葉に、あたしは競技者として怒りを覚えた。

 

――あたしはまだ終わってない!

 

妹たちから、激励の一言。

「「お姉ちゃん、あたし達もトレセン学園で頑張るから!まだ引退しないでね!」」」

 

その言葉に、あたしは姉として誇りを感じた。

 

――あたしはまだ頑張れる!

 

トレーナーから、アツい一言。

「大丈夫。君はまだ、終わったウマ娘なんかじゃない」

 

その言葉に、あたしはパートナーとして興奮を覚えた。

 

――あたしは、もう一度あのレース場に立つ!

 

そして、――トレーナーのスマホに、ライアンちゃんから動画が来た。

『アイネス、調子はどう?いや、お久というべきだったかな、う~ん。まあいいや。

 とにかく、あたしたちは1勝1敗だからね。復帰、待ってるよ!』

 

その言葉に、あたしはライバルとして衝動的に吠えた。

 

――勝つ!

 

それにしても、ライアンちゃんはレースに関係ないところだと相変わらずなの。

でも、あの動画のおかげで、ほんの少しだけ脚に力が戻ってきたの。

だから――あと1年。もうちょっとだけ、全力で頑張ろう。

 

トレーナー。あたしを復活させるための最後の賭け、あなたの勝ちだよ♪

でも、ちょっとえげつない博打を打ちすぎじゃない?来年とかに心臓発作で倒れない?大丈夫?

 

「トレーナーさん。あたし、春から復帰したいの」

「春から!?……リハビリがめちゃくちゃ苦しくなるぞ!?それでもやるんだな?」

「うん、いい加減にライアンちゃんとの決着をつけるの!

 ――それに、もう1回みんなに見せたいの。あたしのかっこいいト・コ・ロ♪」

 

みんなのとびっきりの笑顔。うん、やっぱりこの顔が一番なの!

 

 

 

1年後。東京レース場にて、暴風のようにレースの先頭を駆ける風神(フウジン)がいた。

 

『因縁のダービーと同じような展開となりました!

 メジロライアンからハナ差で逃げ切った、優駿たちの初代王者はアイネスフウジンです!』

 

 

 

 




感想と評価ありがとうございます!遅筆ですが少しずつでも返していきます!
感想・ここすきなど頂ければとても嬉しいです!

おそらく湿度が一番低い話……かも?


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閑話 エクリプス

気分転換の短編です!なるべく甘くなるように頑張りました!

活動報告にリクエスト欄を作りました。リクエストなど、お気軽に投稿お願いします。


URAファイナルズを制したサイレンススズカ。

福引で当てた温泉旅券を使い、有名な温泉地の旅館に来ていた。

 

ちょっと湯あたりしてしまった俺は、スズカに膝枕をしてもらっていた。

ちょっと疲れが出たのか、とても眠い。

 

右手で頭を撫で、尻尾をおでこに当ててくるスズカ。

鼻に尻尾が当たってくすぐったい。

 

「トレーナーさん……その。来年は、海外に行きたいです。」

「んー……。ならヨーロッパで調整していかないとな」

 

団扇を仰ぐ左手を止め、首をかしげながら聞いてきた。

 

「どうしてヨーロッパなんですか?」

 

うとうとしてたのもあり、つい本音を漏らしてしまった。

 

「ターフを走ってる姿が一番似合ってるから……かな」

 

「あら……そんな事を言われるのでしたら、カッコいいところをお見せしませんとね♪」

 

眠い。さっきなんて言ったかすら覚束ない。

 

首を曲げ、ぼんやりした眼で空を見上げる。

星空の中央に浮かんでいる三日月が、口角を吊り上げて嗤っているように見えた。

 

「あら、寝ちゃいましたか。……ふふっ、イタズラしちゃおうかしら?」

 

 

 

 

宝塚記念までを勝利し、フランスに乗り込んだ俺達。

ステップレースのフォワ賞をハナ差で勝ち、順調に現地での調整を進めてきた。

 

10月の第1日曜日、パリロンシャンレース場。

ブローニュの森に位置するこのレース場は、世界で最も美しく、また最も過酷だと言われている。

その理由は、『重い』と形容する他ない芝と10メートルの高低差があるコース設計だ。

とにかくパワーが求められるこのコースは、スピード重視でトレーニングを行う日本のウマ娘達と

致命的なレベルで相性が悪い。

坂を下った後は、フォルスストレートと呼ばれる250メートルの直線と最終直線の533メートルを差されることなく走り切らなければならない。

 

だが、現地で坂路トレーニングを積んできた彼女には関係ない。

ブロワイエの挨拶に対し、形ばかりの丁寧な挨拶を返している。

 

1枠1番。指定席に陣取った彼女は、酷く輝いて見えた。

そして各バが一斉にスタートした瞬間、それは発生した。

 

――まず、光が翳った。

次に、黒いシミが少しずつ太陽に広がる。数秒後には完全に太陽を覆い隠した。

それに伴い、緑のターフが灰色に、ウマ娘たちは真っ黒に揺れる物体Xになった。

 

数秒後、パリは陰に沈んだ。

 

スズカがどこにいるか確認したい。

だが、残念なことに俺の目では500メートル以上先の暗闇を見通すことが出来ない。

肉眼でレースを追うのを諦め、イヤホンを耳に差してラジオでの実況に切り替える。

 

変更してすぐ、興奮している実況の声が聞こえてきた。

 

『どうした!?皆既日食(エクリプス)が発生するなんて聞いてないぞ!?

 はあ、本来なら月と太陽の軌道が重なる予定ではなかった?……じゃあ目の前を見てみろよ!?

 気象庁はこの現象をどう説明するんだ!?月が勝手に移動したんですとイイワケするのか!?』

 

キレてから10秒後。

スタッフから宥められたようで、肩で息をしながら実況を再開した。

 

『……失礼しました、実況を再開いたします。

 先頭を走っているのはブロワイエ、後続と3バ身の差をつけています。2番手は……』

 

現在の状況整理が行われる中、1人だけ名前を呼ばれていないウマ娘がいる。

 

『――サイレンススズカがいません!故障したのか!?』

 

いや、あの子が2番手以降を走るなんて事は無い。つまり――

 

『違います!1人ポツンと前にいる!その差は――30バ身以上!』

 

衝撃の差に思わず実況が叫んだ瞬間。

 

――リング型で復活した太陽が、全てを照らすように発光した

 

 

何も、見えない。

 

――幸い、失明はしなかったようだ。

しばらくして、目が開けるようになり、少しずつ光が戻ってくる最中。

まだ全部が見えるわけではないが、それでも分かりやすく動くものがある。

 

他のウマ娘たちが坂を下り終えたばかり。

しかし、フォルスストレートを駆け抜けて最後の直線に入ってきたウマ娘がいる。

世界一過酷なレース場の逃げ戦法なのに、最後の直線で加速しているウマ娘がいる。

朝焼けみたいに空が赤く染まる中、笑顔で芝を駆け抜けていくウマ娘がいる。

 

その異次元の逃げ足を持ち、緑色の勝負服で走るのは言うまでもなくサイレンススズカだ。

 

闇を切り裂き、光へ向けて加速する。

 

数秒後、いつものようにゴール板を先頭で通過した。

 

そして、5秒が経過した。

――しかし、誰もゴールしない。

 

それもそのはずだ。

掲示板に表示されたタイムは……2分18秒50。

このレースのレコードタイムは2分23秒61。その記録を5秒以上も更新したことになる。

後から検証した雑誌によると、2着との着差は38バ身らしい。

 

「――――――――――」

 

予想外の圧勝。しかも、それを成し遂げたのは東洋からやってきた刺客。

誰がこの展開を予想できたのだろうか。

 

観客たちは誰も声を上げることが出来ない。

実況もタイムを読み上げた後に絶句している。

2着以降にゴールしたウマ娘も、掲示板を見て無言になる。

誇り高き1名を除いた全員がゴール板を見て絶望し、その場に崩れ落ちた。

 

レース後のインタビュー。

アメリカのクラシック三冠を制してフランスに遠征してきたウマ娘は、一言だけ吐き捨てた。

 

「Eclipse now here. The rest nowhere.

(このレースに参加していたのはエクリプスだけだ。他には誰もいなかった。)」

 

2着の前年度覇者、ブロワイエは微笑んだ。

 

「Très romantique.L'histoire du filé UmaMusume a avancé.

(とても素敵じゃないか。ウマ娘の歴史が未来に進んだんだ。)」

 

この日、1人のウマ娘によって、レースの時計が5秒進められた。

世界の頂点たる凱旋門賞における最速のタイムと最大の着差。

このパーフェクトゲームが達成された日について、フランスでは畏敬を込めて『沈黙の日曜日』と呼ばれるようになった。

そして、レースの時に発生した現象とその着差を称え、達成者自身はこう呼ばれるようになった。

 

 

エクリプス

 

 

 

 

世界を手中に収めた翌日の朝6時。日も出ていないが、控えめにドアがノックされた。

 

「スズカか。どうした?」

「すいません、トレーナーさん。」

 

何と言うかちょっと悩んでいるようだ。

左回りで数分ほど回りながら小考し、言葉を続ける。

 

「……空気も気持ちいいですし、ちょっと散歩しませんか?」

「いいぞ。7時にロビーで集合な」

 

ジャージに着替えて向かう先はブローニュの森。

冷たい空気と柔らかな風景を楽しみながら散歩をしていると、森の外れにある草原まで来た。

 

横で手を繋ぎ、ゆっくりと歩くスズカ。

出てきた言葉は、感謝の言葉だった。

 

「トレーナーさん。私の専属になってくれて、本当にありがとうございます。」

 

言葉の後にクルリと旋回し、こっちを向いた。

 

「あのレース、最初は怖かったんですよ?

 急に暗くなりますし、後ろから足音が聞こえてくるから止まれないですし。

 ……だから、必死にコースを走ったんです。」

 

彼女が向けてきた感情は、純真無垢な笑顔。

 

「でも、最後の直線に入ったら、見えたんです。

 光が溢れてくる中で、緑色に光るターフと静かに佇んでいるトレーナーが。

 ――ああ、これが、私の見たかった景色なんだって。最後、本当に嬉しかったんです。」

 

笑顔が歪み、口が弧を描く。その顔は、温泉で見たあの月と酷似していて。

 

「――だから、この悦びはもう誰にも譲れません。

 あなたには、私が走れなくなるまで、これからも私の専属トレーナーでいて欲しいんです。

 世界一のウマ娘になれば、世界中の誰も私たちを引き離そうとしなくなるでしょう?」

 

走ることしか頭に無かった少女が、全てを手に入れるための告白。

 

「昨日、世界一のウマ娘になりましたよね?――だから、これからも……私だけを見てください」

 

そう言うと、しなやかな体を押し当てた。

 

「大丈夫。私を信じて、体の力を抜いてください。ね?」

 

少しずつ膝から力が抜けていき、――ついに、立っていることすらできなくなった。

膝からガクンと落ちる中、頭をスズカに支えられる。

――ああ、逃れられない。

 

暁の中、沈みゆく三日月と出ずる太陽だけが、草原に倒れる2人を見守っていた。




感想と評価ありがとうございます!遅筆ですが少しずつでも返していきます!
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よし!プリティーなレースが書けたな!

追記)次はスーパークリークを書きます


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スーパークリーク

温泉ってかけ湯だけして入るのが正しい作法らしいですね
毎回体を洗ってから入ってました

活動報告にリクエスト欄を作りました。お気軽にご意見ください。


神は死んだ。

 

「トレーナーさん。一緒におふろ、入りたいです♪」

 

夕焼けが綺麗な河川敷。二人きりの帰り道。

ちょっと拗ね気味のスーパークリークからのデートのお誘い。

マスコミへの対応とかで1ヶ月も俺を甘やかすことが出来なくて寂しかったらしい。

 

本当に申し訳ないと思っている。

だがここは外だ。周囲の状況次第では俺の首がトンでしまう。

 

「ちょっと待ってくれ……。うん、日曜がオフだな」

 

キョロキョロと周囲を見渡す。ラッキーなことに周りには誰もいなかった。

神はいる、そう思った。

隠し撮りされる心配もなくなったので、スケジュール手帳を取り出してオフを確認するフリ。

ん?14時から雑誌のインタビューが入ってるって?そんなものはない。

 

「わ~、ありがとうございます~。色々と準備していきますね~♪」

 

両手をポンッと合わせ、とてもご機嫌になったクリーク。

ちなみに晩ご飯はニンジンごろごろカレーだった。

 

クリークが帰宅した後、半月分の給料を払って高級な旅館の予約を入れた。

福引で当たった所が混浴だったら良かったんだが、こればっかりは仕方ない。

 

 

数日後、快晴の日曜日。

 

「トレーナーさん、お待たせしました~♪」

 

宣言した通り、大きなトランクとボストンバッグを抱えてきたクリーク。

あんまり先のことを考えないようにしてたが、バッグからチラリと見えたおむつがとても怖い。

 

上機嫌に鼻歌を歌っているクリークの荷物を持ち、直通のバスに乗る。

駅から2時間近く揺られて到着した温泉施設は、各部屋に露天風呂がついている旅館の角部屋。

プライバシーを考慮して、窓から見えるのは真っ青な海。何も気にせずに落ち着いて過ごせる。

 

「わ~。綺麗な風景ですね~♪」

 

荷物を置き、輝いた眼で海を眺めるクリーク。

高い金を払った甲斐があったぜ。

 

「あら、ふたりとも汗をかいちゃってますね。

 ちょっとだけ早いですけど、おふろに入っちゃいましょう♪」

 

グイグイと脱衣所へ押し込んでくるクリーク。

 

「荷解きするので、先に入って待っててくださいね~♪」

 

シンプルな脱衣所で服を脱ぎ、たたんでカゴに入れる。

タオルを巻き、ドアと対面する。

温泉でドアを開ける瞬間が一番楽しみなのは俺だけなのだろうか。

 

ワクワクしながら木で作られたノブを回す。

ガチャリ、という音と共にドアが開くと、ヒノキ独特の清々しい香りが漂ってきた。

新しい風呂ってスンッてする独特の匂いがして好きなんだよな。

 

さて、クリークが来るまでもうちょっと時間がかかるだろう。

その間にかけ湯を済ませ、最低限の汚れを落とす。

 

「お待たせしました~!」

 

数分後、タオルをしっかりと装備して表れたクリーク。

右手のずっしりとしたポーチからシャンプーハットやアヒルさんがこんにちはしている。

 

彼女がかけ湯を始めたので、ポーチからアヒルさんをお借りして、温泉に浮かべる。

ぷかぷかと浮かぶ黄色のフィギュアはやっぱりかわいらしい。

ツンツンと突っついてみると、水面の上でゆらゆらと揺れる。ういやつよのう。

 

「かけ湯終わりましたよ~♪こっちに来てくださいね~♪」

 

アヒルさんと戯れている間に、彼女のかけ湯が終わっていた。

おいでおいで、と左手で招いている。

右手には水玉模様のシャンプーハットが準備されていた。

 

「かゆい所はありませんか~?」

 

ハットを被せ、とても丁寧に頭を洗ってくれる。

だが、流石に経験はないらしく、その手つきはどこか拙い。

 

「は~い、おめめをつぶってくださいね~♪3、2、1、0!」

 

耳元で囁かれるウィスパーボイス。

ボストンバッグから取り出されたシャンプーハットのせいで閉じなくても問題はない。

だが――

 

「よしよし、いいこでちゅね~♪」

 

薄目を開いてクリークの表情を見る。

そこに浮かんでいたのは、心の底から満たされた笑み。

こちらも苦笑いしてしまった。

ここで笑いが出てくるあたり、もう離れられないんだろうな。

 

俺のが終わった後、彼女も5分ほどかけてじっくりと髪を洗う。

おろしたクリークの髪は腰まで届く程に長い。

手櫛でブラッシングしたり予洗いしたりとかける手間も多い。

 

「トレーナーさん、流石にちょっと恥ずかしいですよ~……」

 

あっ。

 

……数分間の激闘の末、アヒルさんが心の強敵(とも)になった頃。

洗い終えたクリークがすぐ隣に浸かる。

 

こっちを向いた彼女は、ポツリポツリと話し始めた。

 

「……トレーナーさん、私にはもう分からないんです。」

 

見慣れた笑み。その中に混じった、見慣れない苦み。

 

「最初に出会ったとき、初めてのスカウトで悩まれていたじゃないですか。

 その時に感じたんです。この出逢いは運命なんだって。

 そして、今のトレーナーさんは、本当に立派な方に成長されました。

 ――だから、私も釣り合うようにならなくちゃって」

 

クリークがいたからここまでこれたんだ。

釣り合うも何もない、運命の相手だと思ってるよ。

 

「ええ、私もそう思ってます。

 たとえ学園から契約を解消しろと言われても、絶対に拒否します」 

 

彼女の顔に走る苦みが、一段と濃くなった。

 

「ですが最近の行動を振り返ると、私が好きに甘やかすだけになってますよね?

 パートナーとして、トレーナーさんの望みを叶えられてないんです」

 

だから、と言葉を続ける彼女。

 

「以前、頼りにしてほしいと言われましたよね?

 そこで、トレーナーさんの望む甘え方について考えてみたんです。

 でも、その甘え方が分からないんです……」

 

苦みも笑みも消えた、真剣な表情。

 

「だからトレーナーさん、甘え方を教えてください!」

 

むんっ、と両手でガッツポーズ。レースの時よりも気合が入っている。

 

いざ自分がする側になると分からないか……。

じゃあ……まずは脚を伸ばしてゆっくりしてもらおうか。

 

「え~っと……特に何もしなくていいんですかぁ~?」

 

慣れてない事を体験する時は何も考えずに楽しむといいぞ。

ということでクリーク、頭を近づけてくれ。

 

「こうですか~?」

 

いいこだ、クリーク。

よしよし、と軽めに頭を撫でる。

 

「きゃっ!」

 

顔を両手で隠し、本気で照れてるクリーク。

湯船の中で脚をバタバタさせてるのを見るに、相当恥ずかしいらしい。

 

じゃあもっと恥ずかしがってくれ。

顔を上に向け、頭上にある器官――ウマ耳に息を吹きかけてみた。

 

「ひんっ!くすぐったいですよ~!」

 

パシャッとお湯から出てきた尻尾。

どうやら色々と敏感らしい。

 

――なら、さっきのお返しをしてやろう。

かわいいな、と耳元で囁いてみた。

 

「も~……恥ずかしいですよ~」

 

顔を赤く染めながら、それでもニコニコしてる女の子がそこにいた。

 

 

風呂から上がって夕飯を済ませ、お茶を机にゆったりした時間を過ごす。

甘やかすミッションを達成するため、会話中に少しずつスキンシップを混ぜてみる。

肯定するときに頭を撫でてみたり、手をつないでみたり。

やっぱり最初は困惑気味だったが、少しずつ受け入れてくれた。

 

「これからは、もっと仲良くなれるといいですね……」

 

クリークがゆっくりと目を閉じ、数分後にすうすうと寝息を立てる。

隠しミッションを達成し、右手でグッとガッツポーズした。

 

――ガラガラとおむつは忘れてるな、ヨシ!

 

 

翌朝。

色々と忘れてたことに気づいたクリークは、次のデートの行先を宣言して帰っていった。

 

「来週はトレーナーさんのお部屋にお邪魔します!色々と遊びましょう!」

 

神は死んだ。

 

 

 

数年後。

 

「マルゼンちゃん、どうしましょう~?

 卒業したらトレーナーさんと同棲する予定なんですけど、いい家が見つからないんです~」

 

右手を頬に当てながら将来の予定を相談するのはスーパークリーク。

いやーん若ーい♪とはしゃぎながら相談に乗るのはマルゼンスキー。

その横で死んだ目をしているそれぞれのトレーナー。

 

「住む場所に困ってる?お姉さんにま・か・せ・て♪」

 

片目を閉じてウィンク。

所作が全体的に30年ほど前なのはどうにかならないのか。

 

「明後日に隣の部屋が空く予定なのよ。あなたたちが良ければだけど……どう?」

 

防音設備もバッチグー!と謎のアピール。

マルゼンスキーのうっとりした笑顔の横で、先輩の目とアゴヒゲは死んでいる。

恋人繋ぎしてたヤツが何言ってんだって顔してこっちを見てる気がするが、気にしない。

相変わらず羞恥プレイしてるなあ。

俺とクリークみたいにちゃんと節度を持って行動しないとな!




感想と評価ありがとうございます!遅筆ですが少しずつでも返していきます!
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温泉での描写が増えたな!ヨシ!


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番外編 スペちゃん……?

活動報告欄で長編のアイデアを募集してます!
こんなのが見たい、などありましたらぜひご意見ください!

番外編です。ツインターボ師匠は次の次に書きます。

注意:本編と空気がめちゃくちゃ違います。頭を溶かしてお読みください。


スペシャルウィークです!

 

トレーナーさんから温泉に誘われました!結婚待ったなしです!

 

これはトレーナーさんとうまぴょいする千載一遇のチャンスです!

見ててねお母ちゃん!あなたの娘はうまぴょい伝説を達成してみせます!

 

よし、ヤる気が出てきました!

今日も一日けっぱる――

 

 

べえっスズカさん!?

 

 

頭の中でドラの音がジャーンジャーンと鳴り響く。

そういえば昨日、こんな会話をしたんだった。

 

「どう、スぺちゃん?私の髪の毛はサラサラかしら?」

「はい!スズカさんの髪はいつもキレイですよ!」

 

お風呂場で髪を入念に整えてたのはこのためだったんですね!?

そしてニヤッと笑ってます!あの顔は何かする気です!

 

あっ、隣に座ってるトレーナーさんの耳に息を吹きかけてます!

びくっとしたトレーナーさんがスズカさんの方を向いた瞬間に

 

 

あーっと舌からいきました!ゴォーーーーーーーール!!!!!

 

 

ハレンチです!トレーナーさんも顔が真っ赤です!

別の場所を見ましょう!ほら、あの窓からそろそろ綺麗な景色が――

 

そこには、トレーナーさんからのあすなろ抱きを受け入れ、

左手の薬指に指輪をはめているグラスちゃんがいた。

 

……グラスちゃん、1個だけ聞きたいことがあるんだ。

なんで大きな筒を背負ってるの!?せっかくのお出かけには合わないよ!?

 

突っ込みをこらえると、こっちを向いたグラスちゃんと目が合った。

顔が真っ赤だけどこっちはさっき(スズカさん)の場面でお腹一杯だよぉ……。

 

 

2連続で珍しいものを見たせいでちょっとくたくたです。

奥の方を見て癒され――

 

 

「むむぅ、スズカさん達もやりますね。後で色々とやりまショウ!」

 

 

小声ですが、横の男性に向けてうまぴょい宣言をしたウマ娘がいます。

私の頭がうまぽいしそうです。

 

……ってあれ?この子はもしかして……

 

マスクが無いから分かりにくいけど――エルちゃん!?

横の男性はトレーナーさんだよね!?

 

「ノー、ワタシはただの美少女ウマ娘デース!」

 

トレーナーさんの後ろに隠れながら否定する美少女ウマ娘(仮)。

そこに、まだちょっと顔が赤いグラスちゃんがやってきました。

 

「そうですか……納豆には何をかけますか~?」

 

「もちろん、ホットソー……しまった!?」

 

「エ~ル~……?」

 

「オ・ノーレ!というかなぜグラスは薬指に指輪をつけてるんですカ?」

 

あ、そこ聞くんだ。

 

――グラスちゃん、背負ってた筒からお琴を取り出してどうしたの?

え?殴れば記憶も飛ぶでしょう?待って、さすがに危険だよ!

 

 

……ちょっと疲れましたが、温泉に着きました!

列車を降りたらふたりだけの――

 

「お待ちしてました、トレーナーさん!」

 

 

桐 生 院 さ ん ? な ぜ こ こ に ?

 

 

え、ライバルトレーナー同士が仲良くしてたら印象が悪い?

だから現地集合にして4人で楽しく過ごそうと思った?

ミークちゃんが嬉しそうなのはそういうことなんだね?

 

 

そ う い う こ と な ん だ ね ?

 

 

 

あ、みんな降りるんですね。考えることは同じなんですね。

 

 

荷物を置き、女性陣で温泉に行きます。

こうなれば作戦会議です!絶対にこの恋愛を成就させます!

 

といっても、1人の男性を3人で奪い合うんです。

本来なら、そんなにうまくいく訳がないんです。

 

――ですが、スズカさんの一言で全てが解決しました。

 

「スぺちゃん、ミークちゃん、桐生院さん、大丈夫よ?

 ――世の中には重婚OKな国がたくさんあるもの」

 

まあ私には関係ないけどね、とニッコリ笑うスズカさん。

SNSに画像があがるのを承知で炎上商法を仕掛けたらしいです。

悪魔かな?

 

まあいいや!私たちの戦いはこれからです!

 

 

――数年後

 

ドバイで結婚式を挙げる、1人の男性と3人の女性が発見された。

結婚写真の真ん中、新郎に抱えられたのは黒鹿毛のウマ娘。

右には黒髪のヒト娘、左には白毛のウマ娘が新郎に抱きついていた。

 

 

誰にも正妻の座は――

 

あ゛け゛ま゛せ゛ん゛!

 




次回予告:スタジアムの中心で、アイを叫ぶ

シリアスです。

本話は生存報告を兼ねているため、次話の投稿時に消去予定です

追記)本話を残すことにします お騒がせしました


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ポンコツ少女は己の夢を見るか-1

サブタイトルをつけてみました。

ウマ娘界隈の小説ではよくある展開ですが、お付き合い頂けますと幸いです。




――20XX/3/24 ワシントンD.C. ネーションズ・パーク

 

桜祭りが開催されるなど、日本と関係の深いアメリカの首都。

その南部、アナコスティア川沿いに建築された野球場。

 

熱狂的な応援が有名なワシントン・ネーションズの本拠地だが、

現在はとても緊迫した空気が流れている。

 

それもそのはず、行われているのはオリンピックの決勝。

アメリカと日本の精鋭達が全てを賭け、この試合に臨んでいる。

 

試合のスコアは3-4。日本が1点差で負けながら最終回になった。

そして、日本側は最後にして最大のチャンスを迎えている。

 

――9回裏、2アウト。ランナー2塁。3ボール1ストライク。

この打者さえ抑えることができればアメリカは勝利する場面。

 

マウンドに立っているのは、ミスター100マイルことマイルズバーグ。

アメリカの歴代最高エースと名高い彼は、7回からリリーフで登板。

最高球速は105マイル(169km/h)を記録した。

打席に立っているのは、若き天才ことユタカ。

この試合の3点は、全て彼のホームランから叩き出されている。

彼が4本目のホームランを打てなければ、日本に勝ち目はない。

 

マイルズバーグが振りかぶる。

その右腕から放たれたのは、152km/hのシンカー。

ユタカのバットは動かない。だが、ボール半分がベースを通過している。

だから――

 

「アアアァイイイッ!」

 

ルールに則り、俺はストライクをコールする。

これで2ストライクとなり、ユタカは後がなくなった。

 

ストライクか微妙な所であり、日本に不利な判定。

それが不服な一部の観客からヤジやブーイングが飛んでくる。

 

『あんなんボールだろうが!』

『目ん玉ついとるんかワレェ!』

 

――審判を無礼るなよ

 

声が聞こえた方を睨むと、罵声は収まった。

 

最大のクライマックスを迎えた緊張感。

世界の頂点が見えた高揚感。

寸前の微妙な判定への不満。

球場は、異様な空気に包まれている。

 

そんな空気を気にしない観客もいる。

例えば、バックネットのすぐ裏側で声を上げながら日本を応援している、

タテジマのユニフォームを着た芦毛のウマ娘の子だ。

好きなバッターが追い込まれてちょっとべそをかいているが、

メガホンを振り回しながらユタカを必死に応援している。

 

「かっ飛ばせー!ユ・タ・カ!」

 

守備に就いているアメリカ代表達も特に気にしていない。

マウンド上のマイルズバーグは右腕の袖で止まらない汗を拭い、

不敵な笑顔を浮かべてキャッチャーのサインに頷いた。

対応するようにユタカの両腕が持ち上がり、バットの先を揺らし始めた。

 

数秒後、マイルズバーグがゆったりと振りかぶる。

走者の事など気にしない、全力のワインドアップ。

鞭のようにしなる右腕から放られるのはインハイへのストレート。

 

その瞬間、スコアボードの球速欄に107マイル(172.2km/h)が記録された。

 

ユタカのバットが弧を描く。

そこに来るのが分かっていたのか、右腕を押し込んでのフルスイング。

 

正直、当たった時の音がどんなのだったかは覚えていない。

バットが振られたことに気づいた瞬間、ボールが遠くに消えていた。

 

ボールはライト側に大きな弾道を描いて飛んでいき、

――数秒後、ホームランスタンドに叩き込まれた。

 

バットを置き、笑顔でダイアモンドを回り始めたユタカ。

流石に右腕が痺れたのだろうか、右手をプラプラと揺らしている。

 

『――きゃあああああああっ!』

 

呆然としていた観客たちも正気に戻り、思い思いの声を上げる。

その最中、日本ファンの歓声とアメリカファンの悲鳴に紛れ、

ホームランボールが頭にぶつかって倒れるおじさんが見えた。

救護チームが担架を持ってきたが大丈夫か?

隣のピンク色の髪の子が置いて行かれたぞ?

 

 

30分後、判定の検証などを済ませて職員用の出口から球場を出る。

すると、先ほどのピンク色の子が泣きながら出口を回っていた。

 

「どうしたんだい?」

 

「パパ、あたまにボールがあたって、どっかにつれていかれちゃった……」

 

球場で搬送されたあのおじさんの娘さんだった。

職員に確認すると、病状は特に問題ないらしい。

娘を連れてきて欲しいとのことで、救護室まで案内することになった。

 

「お名前を教えてくれるかな?」

 

「んっ……アグネスでじたぅ……あぅ、またいえなかった……」

 

名前をちゃんと言えずにしょんぼりしてしまった。

うーん、この子はまだLが発音できないんだな。

だったらこう呼んだほうがいいかな?

 

「――デジたんって呼んでもいいかな?」

 

「いいよ!でじたn……デジたん……あたしもいえる!」

 

喜んだデジタルは、目を輝かせながら救護室に着くまで色々と話してくれた。

好きな物だったり、家族や友達との思い出だったり。

 

「デジたんね、ウマむすめちゃんたちがだいすき!

 みんながなかよくはしってるのがすごいの!」

 

「ダートもいいけどしばもみてみたいな、ってパパにいったら

 つれてきてもらったの!」

 

特に出身地について興味を示してくれた。

自分のよく知らない国というのは子供にとって興味深いものらしい。

 

「おにいさんはどこからきたの?デジたんはケンタッキー!」

 

「お兄さんはね、日本っていう国から来たのさ」

 

「あー!たいせんあいてのくにだー!

 ねえねえどうやってきたの?はしって?」

 

「それはね、お空を飛んできたんだよ」

 

「うわあ、カッコいい!」

 

目をキラキラと輝かせたデジタルは、ポーチをごそごそと漁る。

しばらくして、サインペンと白球を取り出してきた。

もしかして俺を忍者と勘違いしてないか?

 

「おそらをとべるのってかっこいいからこのボールにサインして!

 マイルズバーグじゃなくてもにんじゃのおにいさんならいいよ!」

 

まあ子供の夢は壊すまい。

白球に、アルファベットでShiraiとサインする。

そういえばこっちは名乗ってなかったな。

 

「おにいさんはシライっていうんだね!よろしく!」

 

互いに名前を知ってすぐ、救護室に辿り着いた。

入口の職員から連絡が入っているらしく、顔パスで通してもらえた。

 

ドアを開け、ベッドを確認する。

 

そこには、担架で運ばれたあのおじさんが起きていた。

デジタルの目に涙が溜まる。

 

「ほら、行ってきてあげなさい」

 

「う゛ん゛!」

 

デジタルが手を広げてベッドに走り、ぴょんっと跳ねて抱き着く。

おじさんはふくよかな腹で受け止めた。

 

「よ゛か゛っ゛た゛よ゛お゛ぉ゛ぉ゛!!!」

 

泣きつくデジタルを撫でながら、おじさんはこちらを向く。

 

「ありがとう、審判の君」

 

「いえ、迷子の子供を案内しただけです。」

 

当然のことをしただけだ。

 

「それでもだ。私にとって今日のヒーローは君だよ、日本人。」

 

真面目な顔でおじさんの言葉は続けられる。

 

「審判の件で複雑な気持ちだろうが、自分を誇ると良い。

 君は正しいことをしているのだから」

 

あの判定の件に関する慰めだろう。いえ、批評は慣れていますから。

そう言うつもりだったが、おじさんに抱きしめられた。

 

「これでも親だからね。泣きそうな子供は放っておけないだろう?

 ホームランボールは取り損ねたが、大事なものは取りこぼさないよ」

 

HAHAHAと豪快に笑うおじさん。これからはファーザーと呼ぼう。

 

「そうだ。お礼には軽いかもしれないが、今年のダービーに招待するよ。

 家の近くだが、毎年とっても盛り上がるんだ!」

 

「あ、ありがとうございます。都合が合えばぜひ寄らせて頂きますね」

 

最後にブンブンと腕をシェイクされ、アグネス家を出る。

外に出ても、見えなくなるまで玄関から手を振ってくれた。

 

プロ野球は4月から10月まで試合が入っている。

もう一家に会うことは無いだろうなあ、と漠然と思っていた。

 

だが、帰国してすぐの報告の場で。

上司からの衝撃的な一言と共に数か月の休暇を取らされる羽目になった。

 

「シライ君、色々と疲れただろう?ちょっと休むといい」

 

――7月から2軍戦に復帰してもらう。

 

そう告げられた俺は何も言い返すことができなかった。

アメリカ戦の判定がそんなに不服だったか。

 

そこからどうやって家に帰ってきたかは覚えていない。

スーツを脱ぎ、ベッドに体を放り投げる。

その日の行動は、アグネス家にダービーを見に行くという電話だけだった。

 

しばらくは、テレビ中継をぼんやりと眺めるだけだった。

 

 

――20XX/5/17 ケンタッキー州 アメリカ合衆国

 

飛行機に乗り、無事ケンタッキーに着く。

1ヶ月と少ししか経ってないせいで何も感慨がない。

 

「やあシライ、元気かい?」

「あー!シライだー!ひさしぶりー!」

 

あの時よりやつれていた筈なのに、一家は何も聞かずに歓迎してくれた。

その日の晩、ミント味のカクテルを片手にフライドチキンを貪りつくした。

デジタルはたんぽぽジュース。文句を言っても駄目だ。

 

翌朝、元気なデジタルとニヒルな笑みを浮かべたファーザーに迎えられた。

 

「おはよう、ナイススマイルだ」

「おはよー!!!!!」

 

サンドイッチを2つ摘まみ、BNW製の車に揺られてレース場に向かう。

が、頭が痛い。二日酔いと荒い運転はクソだ……。

 

「着いたー!」

 

車を降りると駆けだすデジタル。

賑やかな方から離れ、静かな方へ向かうファーザー。

ちょっと調べたが入口はそっちじゃ――

 

「大丈夫、コネがあるからね。3人までなら関係者席に入れるんだ」

 

恐れ入りました。

 

「オー、ミスター!今年もお元気そうで何よりです!」

 

「ははは、お互い様さ」

 

職員の対応からして明らかに偉い御方ですよね。

まあ気にしないけど。

 

指定された席に座り、メイクデビューなど前哨戦を観戦する。

デジタルは1戦ごとに大興奮していた。

ウマ娘というのは走るのが好きなんだろうなあ。

 

「すっごーーーーーーい!みんな笑顔でキラキラしてわぷっ」

 

フライドチキンとハンバーガーをコーラで流し込み、

デジタルの口についたオニオンソースを拭く。

 

眠くなってきた頃、遂にメインレースのケンタッキー・ダービーが始まる。

ぼんやりと入場者を眺めていると、

 

「んー……11のウマむすめちゃんがするっとかつかも」

 

デジタルが予想したのは、7番人気のウマ娘。

俺?よくわからないから1番人気のウマ娘を予想したよ。

ファーザーは18番人気のウマ娘だった。

たまに人気薄の子が勝つからレースというのは面白いらしい。

 

ゲートが開き、各ウマ娘が一斉に飛び出した。

みんながガシガシと先手を取り合っている。

 

そして全員が第4コーナーを曲がり終えた瞬間、

走っているみんなの輝きに目を奪われた。

 

全力で上下される磨き抜かれた脚。

ゴールだけを見ながら食いしばる顔。

汗と泥で汚れてもなお輝く勝負服。

 

――俺もこんな子たちを育ててみたいなあ。

 

そんな事を思ってたら、ポロリと感想が漏れてしまった。

 

「――尊い……」

 

「てぇてぇ!」

 

デジタルがひょっこりと顔を出してきた。

真似してみたのはいいが、舌足らずで発音が出来ていない。

 

「むっふー!ちゃんといえるもん!」

 

それでも渾身のドヤ顔を決めた子供に指摘はできないよなあ。

とりあえず頭を撫でておく。

 

ちなみにレースで優勝したのは11番の子だった。

内側に陣取り、するりと好位から抜け出しての勝利だった。

デジタルは尻尾をブンブン回してご機嫌だった。

俺の予想した子は2着、ファーザーの予想した子は18着だった。

 

帰りの飛行機、パサパサの機内食を食べながらレースを思い出す。

アグネス家には本当にいい物を見せてもらった。

将来の事、ちょっと考えなおしてみてもいいかもしれない。

 

 

 

 

――――20XX/4/1 東京 トレセン学園

 

8年後、香港の国際試合を最後に審判を辞めた。

予備校で1から学び、トレーナーへの転職試験に成功したからだ。

 

アグネス家とはたまに連絡を取っている。

デジタルはトレセン学園への入学が決まった。

 

「ヒョオオ!憧れのウマ娘ちゃんたちと頑張ります!」

 

順調にウマ娘オタクの道を歩んでいるようだ。

アメリカでも頑張ってほしい。G1とかに出れたら応援に行くからな。

 

そして4月。

芝の整備も完了し、いよいよ新入生を迎える季節がやってきた。

俺の初めての担当バは誰になるのか、今から楽しみが抑えきれない。

 

桜並木をゆったりと歩いていると、ピンク髪のウマ娘が目に入った。

周りのウマ娘を見てあわあわとしてる。初々しいなあ。

 

「ふえぇ……ウマ娘ちゃんがみんな尊いよぉ……」

 

……デジタルか!最近の写真が無いせいで分からなかった!

そういうことならこっちもサプライズしないとなあ?

 

見つからないように通勤路を迂回し、裏門から入ることにした。

……誰にも遇わないな。ここまで来たら大丈夫だろう。

 

入学式は体育館で行われる。

万が一にも鉢合わせないように、後からこっそりと入った。

よし、教職員の山にうまく紛れ込めたぞ。

 

パイプ椅子に座りながら出番を待つ。

理事長の長い話も終わり、ついに職員紹介の時間が来た。

後ろの椅子から立ち上がり、背を伸ばして壇上に立つ。

深呼吸を入れ、トレードマークの大声で自己紹介した。

 

「えー、トレーナーのシライです!若輩者ですがよろしくお願いします!

 新人ですが、皆さんの生活をサポートしていきます!」

 

よろしくお願いします!と、シンプルなお礼で挨拶を締める。

 

――無難なつもりだったが、驚いた顔をしたウマ娘が2人いる。

1人はお嬢様然とした芦毛のウマ娘、もう1人はデジタル。

 

無意識なのだろう、口をあんぐりと開けている。

思わず壇上で笑ってしまった。

 

数時間後、無事に理事長から怒られた。

 




感想と評価ありがとうございます!遅筆ですが少しずつでも返していきます!
感想・ここすきなど頂ければとても嬉しいです!

ウマ娘の小説で野球の大会をメインに描写する作者がいるらしい

後は少しずつほのぼのしていきます


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幼き勇者は己の夢を見るか-2

道中のレースはうまよんをベースに書きました
うまよんがほのぼのだから本話もほのぼのして……ないです


デジタルと雨上がりの河川敷を散歩していると、

入学式で驚いていた芦毛のウマ娘がおずおずと声をかけてきた。

 

「あの、野球の審判をして頂けませんか?」

「うん、大丈夫」

 

特に予定もないし。俺の前職を知ってるようだし。

 

ジャージに着替えて行く先は、なぜかトレセン学園に存在する野球場。

声を掛けてきたウマ娘――メジロマックイーンは、

泣きべそをかきながらユタカを応援していた子だったらしい。

顔を真っ赤にして泣きべそ部分は否定していたが。

 

キャッチャーの後ろで慣れた中腰の体勢をとる。

喉の調子を確かめるため、ストライクコールを試す。

 

「アアアアアァイ!!!」

 

うん、絶好調だ。

 

マウンドに立つのは右投げのトウカイテイオー。

金属バットと共に表れたのはスイッチヒッター(両打ち)のハッピーミーク。

小考して左バッターボックスに入り、オーソドックスに構える。

某大会でお馴染みのサイレンが鳴り、試合が始まった。

 

夕飯の時間を考えて5回までとなったミニゲームは、

思いのほか白熱した展開を迎えた。

 

投手が互いにノーヒットノーランを達成していたが、4回裏に試合が動く。

桐生院トレーナーが右手1本でチェンジアップをスタンド最上段に叩き込んでみせた。

打たれたメジロライアンはマウンド上で項垂れていた。

なお、センターのハッピーミークは余りのパワーにドン引きしていた。

 

そして最終回の表、2アウトランナー1塁。

デジタルが内野のエラーで出塁し、ホームランが出れば逆転の場面。

 

「行くよマックイーン!勝ったらはちみー奢ってもらうよ!」

「来なさいテイオー!今日こそあの魔球を攻略して見せますわ!」

 

メジロマックイーンの両腕が持ち上がり、バットの先を揺らし始めた。

どこにボールが来てもスタンドに持っていく気迫。

足元のぬかるみを気にしない集中力。

 

――国際大会のユタカがそこにいた。

彼女は名優と呼ばれているが、“あれ”を再現できるなら納得だ。

 

相対するは、笑顔で汗を拭うトウカイテイオー。

ニィと吊り上げた唇に、ここで抑えるという鋼の意志が見て取れる。

打者が名優なら、投手はマウンド上の帝王だ。

 

グローブに右手を隠し、ゆるりと振りかぶる。

本格的なアンダースローから投げられたのは、急激に沈むシンカー。

迎え撃つのは、名優のフルスイング。

風すら斬り捨ててみせると言わんばかりの豪快なスイングは――

 

――ガキッ

 

詰まった打球音とボテボテのゴロを生み出した。

 

ボールはキャッチャーの目の前で止まる。

気まずさに誰も動けない中、名優は全力で走り出した。

 

「見なさい!これが諦めないということですわあアアアアアァイ!!!」

 

ズベシャアアアアアアアアアアアアア!!

 

魂のヘッドスライディング。

デジタルの蹄鉄跡に引っかかって頭から泥に突っ込んでしまった。

あと10メートルほど距離が足りなかったな。

 

「アウト!ゲームセット!」

 

トウカイテイオーが微妙な顔でゴロを処理し、試合が終了した。

 

その時、ふと閃いた!

このアイディアは、アグネスデジタルとの

トレーニングに活かせるかもしれない!

 

 

 

 

シニア級1年目の秋、天皇賞秋。

 

宣伝ポスターには、3名のウマ娘が掲載されていた。

 

テイエムオペラオーとメイショウドトウが左側で腕を組み、

クラシック級の希望の星であるクロゴマドーフネを迎え撃つ構図。

メッセージも一言添えてあり、強者の対決を飾り立てている。

 

「勝つさ」

 

勝ちへの闘争心が強化された覇王に驕りはない。

 

「勝ちます」

 

勝利を知った名将に畏れはない。

 

「勝つだけ」

 

クラシック級最強の革命家に恐れはない。

 

「ヒョオオ~~~!!!みんなの腕組みしゅきぃ……」

 

ポスターを見て悦ぶ変態に緊張はない。

まあ本人はあんまり出る気無いし。

 

――ポスターに、デジタル世代のウマ娘はいない。

去年のジャパンカップで覇王が一刀のもとに切り伏せたからだ。

最弱世代の烙印を押された彼女たちは、今年も成績が振るわない。

 

「おーい、そろそろお見舞いに行くぞー」

「あ、はーい」

 

売店でにんじんやヨーグルトを仕入れ、病院へ向かう。

ウマ娘にとって効率的に栄養摂取ができるらしい。

 

バスで揺られて15分程度。

田舎にそぐわない、白い大きな建物の前でバスを降りる。

 

無機質な開閉ドアを抜けると、消毒液の匂いが鼻につく。

騒がしいロビーを抜け、足音が響くリノリウムの廊下を奥に進む。

個室が並んでいる棟、建付けの悪いドアを揺らして開ける。

 

「っ」

 

ドアを開けた瞬間に感じる空気の澱み。

ベッドに横たわっているのは、肺炎を拗らせたエアシャカール。

 

「チッ……。今日は来客が多いなァ」

 

物憂げにこちらを向くその姿に、かつての覇気は無かった。

 

「……あンのイカレマッドが置いてった薬、飲んでみるか?」

「えっ!?タキオンさんのお薬を!?飲みまぁす!」

「目からビームが出るようになるらしいぜ」

「ヒエッ」

 

2人がマッドに雑談してる間、袋から買ってきた物を冷蔵庫に詰める。

こう言っては失礼だが、冷静に会話ができるとは思ってなかった。

 

……会話も尽きてきた辺りで学園に戻る準備をする。

来客が多いと言ってたし、彼女も疲れているんだろう。

 

「それでは失礼する」

「おい待てェ 失礼すんじゃねェ」

「はえ?」

 

会釈したデジタルを止めるエアシャカール。

普段は何も言わず見送る筈だが、何か思う事があるらしい。

 

「随分と辛気臭いツラしてんなァ。

 ……まァ、てめェらに言いてェことがあるんだわ」

 

死んだ目をしている少女。

咳込みながら、ベッドの手すりを掴んで何とか起き上がった。

 

「シャカールさん!?無理しな――」

「――走ってこい、あのレース。オレらは雑魚じゃねえって示してこい」

 

エアシャカールなりの同世代への激励。

自分でテイエムオペラオーに借りを返せないのが悔しいのだろう、

手すりを持つ手は弱弱しく震えている。

 

「ふおおおおおおおっ!?シャカールさんからの激励!?」

「チッ、めんどくせェ……。てめェらはもう帰れ」

 

感激するデジタルをジト目で追い払うエアシャカール。

普段は絶対にしない言動なのだろう。照れで頬が赤い。

 

 

帰り道の途中、真剣な声でこちらを呼ぶデジタル。

 

「おにいさん」

 

「出るか?」

 

「……」

 

返事はない。

ただ、燃え上がる瞳が全てを語っていた。

 

「2週間だ。それで仕上げる」

 

 

 

 

パドックを過ぎ、ゲートインまでの短い時間。

周りのウマ娘ちゃんは、耳を立てたり旋回したりしている。

 

『今年の天皇賞(秋)は珍しいコンディションになりました。

 天候は雨、バ場は重です』

 

大雨があたしの顔を打つ。

 

『3番人気はクラシック級からの革命者、クロゴマドーフネ』

 

おまけに台風レベルの向かい風も吹いているらしい。

 

『2番人気は勝利を知った名将、メイショウドトウ』

 

ダートコースには水が浮き、芝はとても緩い。

 

『1番人気は土の味を知った覇王、テイエムオペラオー』

 

逃げ・先行のウマ娘ちゃん達が有利な(差し・追込のウマ娘ちゃん達は勝てない)コンディション。

三女神様はあたしのことがよっぽど嫌いらしい。

神棚にちゃんとお祈りしてるんだけどなあ。

 

『実力者のキンイロリョテイも控えています。

 天候が悪い時の彼女は侮れませんよ』

 

偉大なる先達も出走している。

実況の人が言う通り、距離・天候・状況の全てがサイアクだ。

 

――口角が吊り上がる。

 

「ダートのマイラーが何をしに来たのか」

「エアシャカールでもない最弱世代に何ができるのか」

「終わった世代が出てくるな!邪魔なだけだ!」

「適正外のレースに出した無能の新人トレーナー」

 

出走を表明した後に心無い外野から色々と言われた。

何度聞いたか分からない、あたしたちへの罵詈雑言の数々。

 

――目が細くなる。

 

勝ったG1は芝とダートのマイル戦(1600)

確かに正気ではないのかもしれない。

 

ただ、あたしだけは知っている。

トレーナーがこの距離(2000)までなら走れるように特訓してくれたことを。

あの人は、あたしの勝利を心から信じてることを。

 

シライさん――白鋳さんの実家は代々続く刀鍛冶らしい。

君だけの武器は造りあげた、絶対に勝てると言ってくれた。

 

だから勝つ。

クラスメイトの笑顔、シャカールさんの祈り、おにいさんの名誉。

この手で全てを取り戻そう。在るべき物を、在るべき場所へ。

 

ゲートインを済ませ、スタートを待つ。

 

深呼吸の後、たづなさんがゲートスイッチを握ったのが見えた。

 

『各バ一斉にスタート!サイレンスハントは好スタート!』

 

スタート後の位置取りで、芝のコンディションを確認する。

 

――絶対に内側は走れない。

既に10レースも走った後だからか、芝が半分以上抉れている。

 

ハントさんは想定通りに先頭を走る。

ドトウさんが2バ身ほど離れた2番手。オペラオーさんがそのすぐ後ろ。

リョテイさんが先行集団の真ん中。ドーフネちゃんがあたしの斜め前。

あたしが中団の先頭、12番手らへん。

みんな内側を避けている。

 

うん、ミーティング通り。こんな天気だしみんな前に行くと思ってた。

やっぱり最終直線で大外に出て捲るのが勝ち筋になるだろう。

 

それにしても、展開がとても緩い。全体が明らかにゆったりしている。

 

掲示板をちらりと確認すると、最初の1000Mは61秒台だった。

この展開なら先行集団が勝つ。後方のウマ娘ちゃん達は絶望的だろう。

 

第3コーナーで一息いれつつ、おでこに引っ付く髪をかきあげる。

さあ、大外にでる準備を――

 

『さあまもなく最終直線です!ウマ娘達が広がって――』

 

この瞬間、あたしの心境と実況の叫び声がシンクロした。

 

『「あーっ!」』

 

ドーフネちゃんに道を塞がれた!?

 

『クロゴマドーフネが大外に行った!

 芝の状態が良い大外から捲る気のようです!』

 

後ろの子が大外に出れないように蓋をしたんだ!

 

更に大外を回るなら距離のロスが酷いから良し。

内側は先行集団が垂れるから抜けない。

無理して前に出ようとしたら斜行で進路妨害を取られる。

 

 

――あはっ

 

 

「アッハハハハハハハハハ!!!」

 

 

後輩に嵌められた。嗤うしかない。

 

笑みが深くなり、目が更に開くのを自覚する。

誰が見ても今のあたしは自暴自棄になった差しウマだろう。

 

その程度であたしを抑えたと思ったか、今に見ていろ。

 

第4コーナーを曲がり終えてみんなが外に膨らんでいく中、

誰もいない所――内側(泥の中)に、躊躇せず右脚を突っ込んだ。

 

あたしの武器は――どんな条件でもキレが鈍らない末脚。

おにいさんが言うには、あたしの脚は伝説の剣みたいなものらしい。

野球で泥をパワフルに走ってたから気付いたんだって。

 

おにいさんはあたしだけの武器を造ってくれた。

なら、その武器を使って最善の道を進むだけだ。

 

泥がなんだ。大雨がなんだ。策なんて無意味だ。

全て切り捨ててやる。

 

 

『外からクロゴマドーフネが追い上げてきている!

 オペラオーとドトウから半バ身もありません!』

 

あたし達は最弱の世代なんかじゃない!

 

『予想通りこの3人での決着となるのか!?』

 

あたし達は終わってなんかない!

 

『いや、内側から爆走しているウマ娘がいます!』

 

あたし達は最高のパートナーなんだ!

 

『アグネスデジタルだ!泥を飛ばしながら上がってきた!

 残り100メートル!2バ身差だが追いつくことはできるのか!?』

 

泥だらけになってもいい!

みんなに笑われてもいい!

脚が壊れてもいい!

 

世代の誇りがあるんだ!

託された願いがあるんだ!

おにいさんの名誉があるんだ!

 

届け届け届け届け届け――

 

『アグネスデジタルが飛んできた!

 届くか!?届くのか!?届いてしまうのか!?』

 

 

 

 

 

アアアアアアアアァァァァァァイ!!!!!

 

 

 

 

 

 

『届いた!届いた!届いた!』

 

――何かを切り裂いた。

ゴール前の感触を今でも鮮明に覚えている。

 

『まさかのアグネスデジタルだあああああああああああ!

 日本刀のような末脚の切れ味だ!

 覇王も!名将も!革命家も!金色も!全て!

 切って捨てました!』

 

ゴールの時、オペラオーさんとドトウさんが驚いてるのが見えた。

ドーフネちゃんはどんな顔をしてるんだろう?よく分かんないや。

 

『上がり3ハロンのタイムは33.4秒です!

 あの悪条件でこのスピードが出るとは思いませんでした!』

 

――良かった。

 

嬉しいはずなのに、目から涙が止まらない。

顔を俯かせ、右腕を突き上げてガッツポーズで顔を隠す。

涙を見られるなんてあたしの柄じゃない。

こんな顔を見られてたまるもんか。

 

腕越しにちらりと客席を見る。

傘を放り投げ、抱き合って喜んでいるクラスメイト達。

一番前の観客席、号泣しながら手を振っているおにいさん。

 

――よかった。ほんとうによかったよぉ……

 

なお、泥の上で乙女座りしながら号泣したあたしの写真が

学園内新聞の1面にでかでかと掲載されていた。

 

――当時のあたしは知らなかった。

数日後、あたしとおにいさんが世界規模で有名人になるなんて。




最強で球審で鍛冶師なトレーナーがいるらしい。
名前を付けたのは4個ぐらいの伏線をばらまくためでした。

私事で恐縮ですが、ウマ娘の短編企画集に参加させていただくことになりました。
私のゆるふわ系小説が受け入れられるか不安ですが頑張らせていただきます。
8/1から作者ごとに順次投稿らしいです。


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