デンドロ遊技派の話 (桂剥き)
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街道にてボソッと

レベルそこそこマスター、ヘイトくんのデンドロのお話、はじまりはじまり。


□王国辺境のとある街道 ヘイト・インストロ 

 

 とある草原を横断し、いずれは名前も知らない王国辺境の村へとつながる街道を、私の乗る幌つき馬車が進んでゆく。

 

 商業用の幌付き荷物馬車の車輪と辺境の整備が行き届いていない街道の荒い地面が織りなす有難くない振動を尻に感じながら、鼻から息を大きく吸って、私が住む現実の世界ではあまり感じることのできない緑の草の豊潤な香りを肺に取り込んだ。

 

 触覚や嗅覚に訴えかけてくる感覚があまりにもリアルであるために、私がいるここは現実ではないのだと忘れそうになるが、私の隣に荷物を背にして腰掛け、五色に輝く弦を己の指で爪弾く大昔のスナフキン何某に似た吟遊詩人の典型のような男を見ていると、これはまあゲームなんだなと思い返すことができた。

 

「すごいよなぁ〈Infinite Dendrogram〉」

 

 規格外なクオリティに加えて、各個人に各々のパーソナルを反映したエンブリオという名前の個性と能力まで与えてくれるのだから、なるほど全世界で大ヒットを飛ばすにふさわしいものであるのだなあと、割れたギターが描かれた右腕の紋章を眺めながらぼんやり思った。

 

「おいおい呑気だね、護衛中だというのに」

「あ、申し訳ない……つい気持ちよくって」

 

 注意したまえよ、と半笑いで言葉を続けて演奏に戻った彼に頭を下げて謝罪をし、そっと頭を後ろに向けて、この馬車の持ち主にして依頼主であるティアン商人の様子を伺う。

 幸いにして彼の目に映っているのは馬車中央にに積まれた荷物を纏める綱の結び具合だけてあったようで、頭すらこちらを向いていないことにほっと息をついた。

 

 なんとなしに受けた、レベルの低いクエストとはいえ気を抜きすぎた

 

 何より彼らにも悪いと、幌の端から己の前へと流れていく街道の景色に目をやれば、現実の競馬場で眺めた馬と変わらない大きさと速さで辺りを駆ける青いウロコのラプトルのような恐竜と、その背に座して無骨な和弓を構える弓道部のような胸当てと袴姿の乙女が、鋭い目つきで馬車に近づくものがいないかどうかを警戒している。

 

 そんな彼女の姿を時折遮るのは、空飛ぶ持ち手がいるかの如く浮遊する二対の盾、確かこれは依頼前の顔合わせで見た無骨な金属鎧を纏った人物のエンブリオだったか。

 確か彼は馬車への搭乗時、御者と共に馬車の前方に乗ったはずなので、私が背にした荷物の向こうに彼はいるのだろう。

 

 弓の彼女が索敵、盾の彼が防衛、演奏中の隣の彼はその演奏にて二人のステータスを高めるサポートを行うなかなかつり合いのとれたいいパーティーだなと思う。

 そんな彼らと比べて悲しいことに現在は馬車の外に視線をやる以外にない私は《瞬間装備》にて手の中に自分の得物を呼び込み、万が一に備えておくことにした。

 

「君は楽士じゃないって言っていたけど本当にそうなのかい?」

「ええ、乗り込む前に言った通りですよ」

「それを持ってそういわれてもね」

 

 指の動きを止めずに首だけこちらに向けた彼の視線の先には、ネックに私の腕から延びる鎖が巻き付いたフォークギターがあった。

 確かにこんなものを持っていて【楽士】どころか音楽系に関係するどのジョブでもなく【蛮戦士】なのだと言われても信じられないだろうが、本当なのだからしょうがない。

 

「まあ私、見た目はあれですがちゃんと役には立ちますよ、それに前線要員は……」

「敵襲!」

「《フォースガード》!」

「うおっ!?」

 

 必要でしょう? と言おうとしていた私の声は、外の彼女の凛とした警告と、鎧の彼のスキル宣言の二つの声に遮られ、次いで彼の双盾が発した力場と共に、ガクガクと振動しながら連続した金属音を立てたことで完全に聞こえなくなった。

 

 盾に防がれて地に落ちるいくつもの石の向こうに目をやると、わずかに何かの影が動くのが見えた。

 その影に向かって弓の彼女はためらうことなく矢を放っているところを見ると、今の攻撃を行った者の姿が見えているのだろう。

 投石ということは、知能のある人型のモンスターだろうか。

 

 どちらにしろそのあたりは彼女に任せるしかない。

 そう割り切った私は、私にできることをするべく、目を閉じる。

 

「おいおい、なにぉっ!?」

 

 楽士の彼の忠告と彼が奏でる支援の音、それを遮る石の雨の第二波、再度の盾の金属音、疾走する馬車の車輪と荒い馬の息、風の音、彼女の弓とラプトルの音、御者に指示を飛ばす商人の彼の声。

 

 そしてこの馬車に近づく草が折れるいくつもの音。

 

 視覚を閉じたことで鋭敏になった自分の耳に次々に集まる大小様々な音達の中から、その一つの音を拾い上げたその瞬間、私は幌を突き破り空中に身を躍らせると、その音達に向かって両手持ちに切り替えたギターをバットのごとく振り抜いた。

 

「《ブランディッシュ》」

「GYAYAGA!?」

「VAVOU!?」

 

 スキル宣言と共に、この手に伝わるイカス確かな手ごたえ。

 目を開けば、空へと打ち上げられて、風とともに消えていく幾匹かのゴブリンと、それに跨っていたモンスターの残骸の姿があった。

 

 攻撃と共に死角に回る知能はあったらしいが、逆に奇襲を受けて対応が出来ない所を見るとそこまでの頭しかなく、スキルを乗せた一撃でこの通りとあっては、クエストレベルが指すように大した奴らではなかったようだ。

 

 

「終わった!」

「ナイス! 君も助かった!」

 

 戦闘の終わりを告げる弾んだ彼女の声と、私に対する彼のねぎらいの声が、今は遠くに離れて動きを止めた幌馬車からこちらへ届いてくる。 

 遠目に見た馬車には、私が飛び出した穴以外の傷がないようなので相手の投石部隊はどうやら苦も無く始末されたようだ。

 

 あっけない。

 

 私は馬車に向かって歩きながら、彼らへの返事代わりに振ったギターを見て、ため息をつく。

 私のエンブリオである鎖【大活砕 リャナンシー】の効果によって、見た目とは裏腹に実用に耐えうる武器と化しているとはいえ、傷の一つもついていなかった。

 

 「クソが」

 

 きつくギターのネックを握り締めながら思わず口をついて出た言葉は、馬車の誰に聞かれることもなく、先のモンスター達と同じところへと消えていった。

 

 




 悲しい話。

 同行している護衛マスター三人のメインの出番はこれでおしまい。


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名前も知らない村と彼らの話

 □とある村の前 ヘイト・インストロ

 

 鎧の彼が意外な手先の器用さを発揮してふさいだ幌の穴が一つ。

 あの後幾度か襲撃はあったが、護衛マスター達が優秀だったのとモンスターが弱かったこともあって、馬車の被害はそれだけで済んだ。

 

 唯一の被害を与えてしまった私が言うのもなんだが、今回の護衛は成功だったと言えるのではないだろうか。

 

 商人からもう間もなく村に着くと伝えられた後は、一応の警戒を行いながらも軽い雑談を行う程度には明るい雰囲気が漂っていた。

 

 この護衛を受ける前の戦いの話や出会った人の話など【楽士】の彼とそんな話題で話していたが、その次の話題は何のためにデンドロをやっているのかというものだった。

 

 プレイヤー達がデンドロをやる目的ほど様々なものはないと思う。

 例えば、現実ではできなかった贅沢がしたい、ヒーローになりたい、ありえないものを作ってみたい、新天地を冒険したい、悪いことがしたい、思いつくものを挙げていけばキリがない。

 

 彼はというと、現実ではチャレンジすることすらできなかった演奏家として有名になるという己の夢に、デンドロという世界で一度挑戦したいからというものだった。

 

そんな立派な彼へ言うのは恥ずかしかったのだが、返答をしないわけにもいかないので私は一言、単なるストレス発散のためだと告げた。

 

 デンドロが異世界体験じみていてもゲームである以上、そういう目的で利用しているものは結構な数に上るし、おかしくもない。

 

 そんな大した理由でもなかったゆえにすぐに雑談の話題は別のものへと移り変わって行ったが、我ながら少し内心のもやつきを覚えた会話だったなあと思う。

 

 何も嘘を言ったわけではないが、詳しく説明するのもなあいうことを思っていると、馬車の揺れが徐々に収まり流れていく景色も速度を落とし始めた。

 

 そして聞こえてくる我々以外の人の声。

 村に着いたのだと商人は我々に告げた。

 

 停止した馬車から降車した我々が目にしたのは、眼光鋭く周囲を見渡し、時には弓の張り具合を確かめる狩人の男たちと、斧を手にその男たちと何やら野太い声で相談しあっている樵なのか山賊なのか迷う風貌の男たち。

 そして村の周囲をずらりと囲む鋭いスパイク柵だった。

 

 護衛を受ける前に商人からに聞いていた話では、いい木材がとれる気の良い人たちの村、というものだったのだが、そんな話とは違う緊張感漂う光景には戸惑うしかない。

 

 そんな私達とは対照的に、男たちへと片手をあげて挨拶をしている商人に困惑の色は無かった。

 ということはまさかここの村ではこれが普通だというのか、それだったらとんでもない村なのだが。

 

「おーついたか、フレッドご苦労だな」

「村長、出迎えてくださるとは」

 

 しわがれてはいるが、商人の彼どころか私たちにまで十分届く声。

 その声の方に目を向けると、白髪と髭の目立つ老人が、商人の彼へと目を向けていた。

 

「お主を待っていたわけではないのだがな、まあ言葉は悪いが彼らのついでだ」

「マルボーズさんたちがいらっしゃるのですか」

「ああ、手紙が届いてな、先ほど手紙を持った鳥も飛んできたからもう間もなく来るはずだ」

「こんな時にですか」

「ああ、間が悪いことだがな」

 

男たちと変わらないガタイの良い肉体で、両手を広げて肩をすくめる様は何とはなしに面白かったが、話の内容はわからない。

 

 護衛の任務ももう終り、商人との関係もあとは依頼料の受け取りなどのやり取りを残すのみの身である以上、話に口を出すことかどうかは悩ましい。

 どうしたものかと、とりあえず我々が来た道のほうへと目線を反らすと、村に近づく何かが見えた。

 

 それは姿を大きくするにつれて朧気に馬車だとわかったが、馬車を引く馬の足音が、蹄鉄というには説明がつかない大きな金属音であったのと、見える車体は幌やメリーゴーラウンドなどで見るような装飾のものではなく、無骨な四角く黒い箱という普通とは言い難い物に見えた。

 しかし奇妙なことに、その姿が見えているはずの男たちはその弓を彼らに向けようともせず、一瞥しただけで警戒に戻っている。

 

 そんな妙なものが完全に村の入口へと到達し、その歩みを止めたとき、その馬車の全容がわかった。

 いくつかのドラム缶が組み合わさって馬の形をしたものが、ラッパのような管がいくつも付いた箱馬車を引いている。

 箱の側面には車体の黒に生える白色で大きく暴の字がえがかれ、その字は大きな白丸で囲われていた。

 

 村長は来たか、と小さくつぶやき、柵の間を抜けてその馬車のもとへと歩いてゆく。

 

 ということは先ほどの会話のマルボーズとはこの馬車に乗る者たちのことのことか。

 

 村長の後ろ姿越しに、何やら黒いツナギ姿の集団が降りて来るのが見える。

 

 マルボーズとは? この村の今の状況とは? 

 

 わからないことだらけの中呆けている私の耳に、商人の彼からの移動の指示が届いたのはしばらく後のことだった。

 

 

 

 




何にもわからない話。



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村の今と黒の怪物

□商人宅にて ヘイト・インストロ 

 

 彼の店へと移動して報酬を受け取った後、そのまま去ろうと背を向けた私と馬車の護衛メンバー達だったが、そこを商人の彼に呼び止められると、おそらく商談にでも使うのであろう上等な家具の置かれた応接間に通された。

 

 あまり体験したことのない上等な革の感触に座りの悪さと、なぜ呼ばれたのか分からない不安が混じった居心地の悪さを感じている我々に、テーブル越しに対面した商人の彼の表情はいささか固かった。

 

 そのまま暫くの沈黙の後、ゆっくりと口を開いた商人の彼から語られたのは、村が今の厳戒態勢になるまでの経緯だった。

 

 村の東向こうに広がる山は、王国にあった狩場のようにモンスターも出没する危険な場所であるのだが、そこで採れる木は木材として良質なものであったから、村の人間たちはその山から木を伐採して加工し売買する仕事を行ってきたのだと言った。

 

 モンスターの出る危険な場所によく立ち入れるなと私は思ったが、この村の者たちは大体において屈強であり、戦闘のできるジョブへの適正もそこそこには高かったので何とかなっていたのだという。

 人によっては戦士の高い適正を持つものもいたらしく、村の入口で話した村長などは上級職の大戦士のジョブも持つのだと言う。

 

 あの村人たちの迫力の理由に納得した私に彼は言葉を続ける。

 

 そんな彼らが今の体制をとるようになったのはしばらく前、山のモンスター達との戦闘で違和感を覚えたのが始まりだと言った。

 普段であれば護衛としてついていった村人達で十分対応できていたゴブリンだのサル型モンスターだのの相手が、例えば攻撃を当ててくる精度が上がって手傷を負ったり、普段であれば倒せている攻撃でも相手が倒れていなかったりして戦闘時間が延びたりと手こずるようになっていったのだと言う。

 

 小さい村であるため働き手が怪我で減る事は避けたかった村の者は護衛の人数を増やすなどして対策を行ったが、その厄介者たちは数を増し、更には見たことのない人型のモンスターまでがが出現したのだと言った。

 

 生き物であるというのにその体表には一本の毛もなく、全身がなめし皮のような真っ黒い体皮に覆われた奇怪な見た目のそのモンスターは、看破を行ってもゴブリンなどと判定されたうえでレベルは今までのモンスターより上がっており、動きの速さはレベルの割にはさほどでも無いと言うが、狩人の幾発の矢に撃たれながらも生存し、樵や戦士の斧にも耐えるほどに固かった。

 

 数の差によりそのモンスターを倒すこと自体には成功したが、その討伐のために幾人も手傷を負ってしまっており、更にその謎のモンスターはその後も何体か出現しており、しかも頻度が上がっているのだと彼は語った。

 

 環境の変化が存在するデンドロでは、モンスターの生態系が変わることが無いとは言わないが、いくら何でも変化が早すぎる。

 

 さらにその謎のモンスター達が複数で組んで村を襲うようであれば、戦闘能力を持たない村人達を守り切ることができるかどうかわからない。

 

 その事に危機感を持った村人たちは警戒態勢を敷き、山の異変へと対抗すべく準備を行う事と相成って、商人の彼も村の武器を調達すべく村の外へ出ていたということらしい。

 

 「そこであなた方にお願いがあるのです」

 

 そう真剣な顔で言った彼の願いとは、その異変への解決へ力を貸してほしいという事であった。

 

 無限のジョブ適正と特異なエンブリオの力を持ち、甦るため究極的には死んでもいいマスターの協力があれば事態の解決に大きな助けになるのだろう。

 

 商人の彼が提示したこの異変解決への報酬額はなかなかのものであり、護衛メンバーの彼らはそれを受諾するようだった。

 

 私もそれを受諾するべく、彼が差し出した書類にサインを行うと、手元の画面にクエストのレベルが3である事を表示するアナウンスとクエスト画面への確認の文章が表示されていた。

 

 今回の件はさして難しいものではないらしい。

 

 「そういえば、村の前にいた変な馬車の奴らも今回の件で呼んだ奴なのか? 」

 「いえ、あの方達は違います」

 

 このクエストを始めるにあたり自分たち以外のマスターが気になったのか、盾の彼が商人の彼にそう問うと、彼はそれをやんわり否定する。

 

 彼らは以前から村に木材を買いに来るお得意様なので、木を採りに行けない今の状況では彼らとの商売ができない事を村長が説明すべく出迎えたのだ、と商人の彼は言った。

 

 彼らを出迎えたとき何か困っていた顔だったのはそのためだったか。

 

 「それに…… 」

 「?」

 

 不意に呟いた商人の彼の言葉は最後まで紡がれることなく、私の耳にのみ、かすかに届いて消えてゆく。

 

 その後、彼の口からこの件についての役割分担の相談を持ち掛けられ、メンバー共々対応しているうちに、やがてその言葉のことなど忘れてしまうのだった。




 説明回。



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森の中に響く声

一旦のログアウトと護衛メンバーと商人の彼との相談の末に、商人の彼は私に偵察任務を割り振った。

 今回の異変において、村の方針としては襲撃されることによる被害を食い止めるために防衛に重点を置き、異変への攻撃は元凶を特定してからの村の戦闘員とマスター達による一斉攻撃でカタをつけたいのだという。

 

 そのために黒い化物を生む母体と呼ぶべき怪物がいるのか、それともなにがしかの群れであるのかを特定するべく山へ入る調査を、今回のメンバーの中で最も音に敏感である私に行ってほしいのだと彼は言った。

 

 広範囲を守ることができるが機動力に難のある盾の彼や、ジョブの関係上必ず音を出してしまう楽士の彼が偵察に向かないのは分かる。

 しかし、弓の彼女は目も良いのだから調査に入るべきだと思ったのだが、彼女の持つ弓は狩人の弓よりかなり大きく、木々のある森では取り回しが悪いとのことであり、守りを重視する村の方針上近づかれる前に視力で察知と迎撃ができる彼女には防衛に回って欲しいのだということだった。

 

 できる事なら、慎重で繊細な行動を要求される偵察の任務はやりたくはないなあと、思わず顔を顰めて渋い顔をする私だったが、さりとて生き返ることができるマスター全員が山に入らず防衛を行うというわけにも行かないのでしぶしぶ了承することと相成った。

 

 そして、一時の準備期間の後、私は山道に詳しくいざという時の逃げ足も速いという狩人二人に山道を案内されながら、私は東の森へと足を踏み入れたのだった。

 

 

 □ 東の森 ヘイト・インストロ

 

 現実世界でよく見る、木々が真っすぐに伸びていて道もある山とは違い、不規則な間隔で生えている様々な形の木々の間を、落ちている葉や名前もわからない何かの雑草を小さい歩幅で踏みしめるように歩く。

 

 私の前を行く狩人の彼らはさすがに山に慣れているだけあって、平地とほぼ変わらずのスピードでスイスイ進んでいくが、リアルでの登山経験に乏しい私は、時折踏みつけた小石や地面から露出した太い木の根に足を取られそうになり、彼らほど軽々とは進んで行けていない。

 

 咄嗟の戦闘に備えて私のエンブリオと楽器は出現させているが、今は気休めの杖程度にしか役立ってはいなかった。

 

 《冒険家》のジョブにでもついていればもう少し楽に進めたのだろうかなどと考えながら、彼らの足と地面に目を向けつつ、それでも一応耳は澄ましておく。

 

 彼らの間隔の短い足音に、踏まれる草とわずかな風で木々のこすれる音という、モンスターが出るという山にしては珍しい静かさだったが、不意にその静けさをわずかに乱す何かの鳴き声が私の耳に入り込んできた。

 

 咄嗟に顔を上げ、足の回転を速めて静かに狩人の彼らに追いつくと、耳打ちをするような微かな声で異常を伝え、その方向を指さすと、うなずいた彼らはその方向へ直接足を向けずに迂回したルートを使って音源のほうへと向かった。

 

 彼らが選択した道はこれまでに歩いてきた道よりもさらに木々が密集しており、歩きにくいことこの上なかったが、その分、木々の陰に身を隠しやすく音源の主には気づかれにくい。

 

 その道を歩くころには、何かの鳴き声としか思えなかったその声が、複数のモンスターの騒ぎ声だとはっきりわかるぐらい、相手に近づけていた。

 

 そして、私たちは声の主たちを目撃する。

 

 粗末な太い枝を持ったゴブリンに、鉄輪のはまったメイスで殴り掛かるゴブリン。

 光の塵になってない所を見るとまだ息はあるのだろうが、大柄な同族に噛みつかれてぐったりしているサル型モンスター、スクラッチエイプ。

 そして、今しがたHPが無くなったのだろうモンスターの最後である、光の塵をその大きな足裏から立ち上らせている何かのモンスター。

 人型ということはわかるのだが、光を反射しないくすんだ黒一色の皮膚が、顔を含めた肉体すべてを覆っているせいで何のモンスターかわからないそいつは、おそらく商人の彼が話していた例の黒い化物なのだろう。

 

 「なんじゃいあれは」

 

 思わず狩人の彼が呟くのも無理はない。

 デンドロにおいてモンスターがモンスターを襲うこと自体は良くあるが、餌不足などでもない限り同族を積極的に襲うということはあまりないにもかかわらず、目の前のモンスター達は黒い化物以外は他種族でなく同族を狙っていた。

 

 「いままでの奴ってこんな感じだったんですか? 」

 「いや、ワシ等と戦ったやつらは憎らしいくらい仲良くしとったぞ。なあ? 」 

 「おう、土投げて邪魔する奴だの、後ろに回り込んでくる奴だの、変に連係取れとったやな奴らだったわ」

 

 目を離さないまま、ひそかな声で語る彼らの話から考えるに、あのモンスター達にとっては今襲っている方は同族であっても仲間ではなく単なる餌扱いという感じか。

 

 やがて襲われている方が壊滅すると、黒い怪物が同族からドロップアイテムを漁り、そのまま食わずに担いでその一団は山の奥へと歩いて行く。

 

 あいつらの行く先に巣だか元凶だか何かがいるのだろう。

 

 目視できる範囲ギリギリで追跡するべく、奴らが姿を消しかけるまで待った後、狩人の彼らに目配せをして奴らの後を追おうと、慎重に密集地帯から抜けようとしたその時。

 

 「KYUWAAAAA!!!!」

 

 地上の奴らに意識を向けていた私達を嘲笑うように、見張りとして樹上にでもいたのだろう何かが、唾液が混じった高い絶叫を伴って私たちの頭上へと飛び込んで来た。

 

 急速に大きさを増す影の位置にいた狩人の彼を突き飛ばし、何とか頭を声の方へ向けようとしたが、突然目の痛みと共に視界が閉ざされ、私の体は大きく後方へ吹き飛ばされる。

 

 「KYAKYAKYA!! 」 

 「あ奴らぁ!」

 

 降ってきた絶叫とは違うサルの声が、少し離れた場所から木霊する。 

 あの絶叫は自分に注目を向けて、さらに周りの雑魚を呼び寄せ視界を奪って確実に攻撃を通すものだったか。

 

 飛ばされて地に転がった末に木に激突したが、その衝撃で目の土が飛んで視力が戻り、私はうっすらとした視界でそいつを認識する。

 

 狩人たちが迎撃で撃った矢を受けてもまるで怯んだ様子のない黒い体は、先ほどの化物と変わらない。

しかし、飛び掛かるためなのかクラウチングスタートのような姿勢をとるがゆえに、地面に突き立てている爪は短剣のように長く、その爪の付いた腕は先ほどの化物の二倍は太かった。

 

 その腕の太さに違わぬ力で地面を強烈に引っ搔き、その黒い体がこちらめがけて宙へ舞う。

 

 私を確実に仕留めるつもりか。

 

 身を起こす私に、周囲から土飛礫が顔どころか全身を襲い、またも視界を閉ざしたところで再度の衝撃が今度は私の腹に突き刺さった。

 

 「KYUKYUKYU」

 

 私を仕留めたと確信でもしたのだろう、馬鹿にするような短く小さく高い声が戦闘の喧騒の中鳴り響く。

 

 

 

 ごくろうさま。

 

 

 「《ワイルドインパクト》」

 「KYUUUUUUUUUUUU!!!!?? 」

 「KYAAAAAAA!? 」

 

 スキル発動の宣言と共に私の全力の横振りを受けた化け物は、先ほど飛んできた軌道をさっき以上の勢いで逆さまに吹き飛び、着弾地点にいた取り巻き数匹の声をを押しつぶして地面に叩きつけられたようだった。

 

 一つ息を吸い顔を拭って土を落とし、今振り切った楽器を眺めると、ネックに張られていた弦はすべて垂れ下がってスイングの余韻でフラフラと揺れ、ボディ上部の大穴からは割れた底板の向こうに広がる森の景色が見えていた。

 

 そのまま、自身のシステムウィンドウに目を向けて、減少したSPとまったく減っていないHPを確認する。

 

 「最高だぁ、さすがエンブリオ」

 

 そんな言葉が漏れた口の端が上がっていくのを止められず、うるさいほどに心臓が脈打つ。

 その高鳴りに合わせ、震える腕にと共に揺れる【リャナンシー】は本当に有能だ。

 

 俺が傷つくことなく、楽器にダメージを押し付けられるスキルのおかげで、攻撃に対して何の遠慮もなく楽器を叩きつけてぶっ壊すことができるのだから。

 

 「アッはァ」

 「おい……あんたどうした? 頭やられて」

 「アッハッハァ! 」

 「なんじゃい!? 」

 

  様子を不審がる狩人どもなどどうでもいい。

 口の端から吹き出る涎を拭いもせずに、足元の邪魔な草や根を踏みつけにしてあの殴りがいのあるサンドバッグの元へと駆け込んだ俺は、衝撃にうめくそいつを蹴り飛ばして木を背負わすと、スキルを二つ発動させる。

 

 一つは相手を滅多打ちにする攻撃スキル《ビートラッシュ》

 

 もう一つは、楽器の損傷と引き換えにダメージと当たった時の衝撃を増加させるリャナンシーの固有スキル。

 

 背後に硬い木、そして衝撃という吹き飛ばす力を持った連打。

 

 「KYU!! KYU! KY! K……k……GUe」

 

 吹き飛んで木にぶち当たったと同時に残った衝撃で弾き戻され、その勢いを加算されて再度打撃を食らってまた木にぶつかる地獄のドリブルは、固い皮の下の内臓をぐちゃぐちゃに揺らし、破壊した。

 

 サンドバッグが光の塵になって消えると同時に、ついに限界を迎えたのか、もはや元の姿がわからないほどにぶっ壊れた楽器が、光の塵になってリャナンシーへと吸い込まれていく。

 

 また一つ、楽器が消えてなくなった。

 

 「最ッ高ダァ! 次っ」

 「どこ行くんじゃ!?」

 

 【リャナンシー】に《瞬間装備》で今度はエレキギターを連結すると、さっきの奴がボコボコにやられて逃走に入った取り巻きどもをの足音を追って俺は森の奥へと駆け出した。

 

 

 

 そこからの記憶は非常に曖昧である。

 好き勝手に暴れて、木々ごと取り巻きどもと、そいつらの声に釣られてやって来たやつらをエレキギターを犠牲に粉砕したのはふんわりと覚えている。

 

 さて、そのあとの私はどうしたのだろう。

 

 仰向けの視界に、私を覗きこむ無数のツナギ姿の男たちの顔が樹々の枝葉を向こうに置いて映る。

 

 「はぁい、騒がしき方よ、落ち着かれました? 」

 

 その中の一人、ツナギ姿だというのになぜか胸元に特大の蝶ネクタイをつけた、グラサンの男がにこやかにこちらに声をかけてくる。

 

 「ぁっと、その、すいませんでしたぁっ! 」

 

 テンションが戻った私は恐らく迷惑をかけたのであろうその方々に、謝罪の言葉を吐き出した。 




 ヘイト君が森でヒャッハーな話。

 


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昔話と彼らの話

 楽器をぶっ壊したテンションで暴れまわるのはもう何度目だろうか。

 

 村への道中にいた楽器も壊れないような雑魚程度なら全く問題ないのだが、私は楽器を壊すと、頭の中が破壊と暴力と楽しさで脳汁が溢れ、そのテンションのまま新たな敵を求めて突撃する内に、意識が飛んで気づけば知らない場所にいる、という事をやってしまうのである。

 

 やっているときは間違いなく楽しいのだが、如何せん意識がないのでチームプレーどころか意思疎通も出来ず、殴る相手は一応区別しているとはいえ、組んだパーティーのメンバーからはやばい奴として距離を置かれ、その後はほぼ組んでもらえない。

 おかげで大体一人か、急増パーティーに入れてもらうしかない現状は、私のこのゲームにおけるささやかな悩みの一つだったりする。

 

 それでも我慢するなり、無理ならばそもそも戦闘しなければいいのだろうが、それでは私がこのゲームをやる意味がない。

 

 なにせ私のデンドロをやる目的は、楽器破壊と八つ当たりによるストレス解消なのだから。

 

 

 私は幼少の頃、私の耳の良さを音楽的才能だと勘違いした親と、その親に乗っかりレッスン料をせしめる為に才能があるなどとと適当に嘘を言ったクソな三流指導者により、遊びの時間もないほど無駄に厳しいピアノのレッスンを受けていたことがある。

 

 元から音楽になど興味もなく、遊べもしないことに時間を使わされていた私は、そのせいですっかり音楽が嫌になり、まともにレッスンを受けなくなったが、二人はそんな私を厳しく叱り、ますます指導が厳しくなっていくという悪循環に陥った。

 

 自身の指が恨みを込めて鍵盤を叩き、その仕返しと言わんばかりにピアノから乱れて歪んだ音が鳴り、その声に被せる様に叱責が飛んで来る。

 

 そんなクソな状況は、私がレッスン中に嘔吐してぶっ倒れたことでようやく目が覚めた母親が音楽指導を取りやめた事で終わったが、そのことは成長した今でも形を変え悪夢となって見るほどのトラウマとなっている。

 

 身を歪めて笑うピアノの前に縛り付けられ、指が鍵盤から生えた棘に刺されて離れない私を、化け物が苛む歪んだ夢。

 

 その夢を見るたびに、私は固く拳を握り締め、あのクソ二人の顔と死ぬほど向かい合ったピアノを思い出し、それらをぶん殴る妄想で自らを抑えていたが、所詮は妄想、悪夢がなくなるわけではなく、私の中に鬱屈したものが溜まっていくのを感じていた。

 

 いつか、それが良からぬ方向に爆発しないか、内心恐れていた私を救ったのは、デンドロだった。

 

 何せ、現実と変わりない感覚で体を動かせる世界にも関わらず、そこで何をしようとも現実に何があるわけでもなく、楽器を叩きつけようが、ぶん殴ろうが、何をしようとも咎められることのないモンスターもいる。

 

 この世界で何を貯めこむ事もなく、思うが儘に己の好きに暴れられるデンドロは私にとって、ストレス解消させてくれる最高の夢のゲームでなのである。

 

 

 ……やらかさなければ。

 

 

□ 東の森の奥 ヘイト・インストロ

 

 

 「いやあ、面白かったですよあの暴れっぷり」

 「楽しそうだったよな、俺らが追い込んでた群れが吹っ飛んだのはびっくりしたけど」

 「なんかすげぇ笑いが聞こえたかと思ったらあいつらボーリングのピンみたいに飛んだもんな」

 「俺、あの硬い奴が地面に連打で地面に埋まったとき笑ったわ」

 

 ある人は陥没や爪痕の残る地面に腰かけ、またある人は折れたり、煙を上げて炭化している木の幹に体を預け、更に他の人は何故か周囲を囲うように出現している土の壁にもたれながら、ツナギの彼らは思い思いに私の所業への感想を語っている。

 

 恐らく迷惑をかけてしまった私を前にしているというのに、彼らの顔は皆一様に明るく、そんな彼らに対し、いたたまれなさで私は体の至る所に冷たい汗をかきながらその場に立ちつくしていた。

 

 嗚呼、やらかしてしまった。

 

 どうも彼らがあの黒い怪物と雑魚の群れを追い込んでるときに、暴走した私が突っ込んだらしい。

 モンスターの横取りというのはゲームマナー的に大変まずいし、モンスターを散らしてしまったというのもまずい。

 あいつらは村的に殲滅の対象であるから、変に散らして生き残らせると処理に困るのである。

 彼らがわざわざ群れを固めていたということは、逃がさない事を重視していたという事だろう。 

 

 騒がしく会話を続ける彼らに再度、深く深く頭を下げた。

 

 「本当に申し訳ありませんでした。それに皆さんの得物も横取り……」

 「ああ、いいですよそんなの」

 「おっもしろかったもんねぇ! 」

 「あれもっかいやってくれない?今度は動画取るわ」

 

 そんな私に対して蝶ネクタイの彼はそう返してくれた。

 その言葉に思わず顔を上げた私に、他の方々もサムズアップをしたり、両手を広げて大きく手を叩いたりと実に楽しそうな笑顔を私に向けてくださている。

 

 そんな優しい方々の様子に私は思わず瞬きを何回もした後、私も笑ってしまって、森の木の枝が揺れるほどの笑い声が響き渡ることとなった。

 

 一通り笑った後、いくらか罪悪感が薄れて、彼らの方をしっかりと見られるようになってようやく、彼らのその姿を私は目撃していたかもしれないことに気が付いた。

 

 「もしかしてあなた方はマルボーズとかおっしゃる……? 」

 「あれ、私たちのことをご存じで? 」

 

 蝶ネクタイの彼が首を傾げた。

 

 名前とあの村と取引をしているということ以外は知らないが、村の前で目立つ馬車とそのツナギ姿の印象が強かったから覚えていたのだ、と私が返すと、彼らは納得してくれた。

 

 「ユーソー君のトロイと我らがこのコスチュームは目立ちますものね」

 「いや、マイクさんの見た目と馬車のデコのせいじゃねえっすか? ツナギに蝶ネクタイは目立ちすぎっすよ」

 「俺もそー思う」

 

 やはり気持ちの良い方々だ、しかし、彼らがマルボーズだとというのならばおかしなことが一つある。

 

 「貴方たちってこの討伐には……」

 「おおーい! よーやくみつけたわ」

 

 出しかけた言葉を後方の森からの声に消され、何者かと振り返ると、私が暴走してしまってあの場に置き去りにした狩人の方々が、手を振りながらこちらへと向かってくる所であった。

 

 体の装備のところどころに森に入る直前にはなかった傷が見受けられたが、血の跡などは見えず、歩く姿に変なところは無かったので、どうやら怪我などはしていないようだ。

 

 「わっけ分からん声上げて走っていったときはどーなるかと思っとったが……」

 

 暴走してその場を去るという暴挙を行った私をそれでも心配してくれていたのか、表情を緩ませ、優し気な声でそう言おうとしていた彼らの言葉が、歩みと共に止まる。

 

 「なんであんたらがここに」

 

 森の中での隙のない様子とは全く違う無防備な棒立ちになり、目を大きく見開いて狩人の一人はそう言った。

 もう一人は言葉も発しない。

 その視線の先にはマルボーズの皆さんの姿があった。

 

 「あれ、お久しぶりです」

 

 狩人の彼らの態度がおかしい事に困惑する私とは違い、彼らは楽しげな様子を微塵も崩さずにこやかに挨拶を返す。

 

 「また、楽しみに参りました。あ、村長様からの許可ももちろん頂いておりますよ」

 

 先ほどとまったく変わらない、気持ちの良い笑顔を向ける彼らだったが、向けられた彼らはその言葉に身を震わせて口を噤み、うなだれる。

 

 何があったというのだろう。

 

 「ああ、そんなに固くならずに、ボスは今回来ておりませんから以前ほど山を削る事にはなりませんし、あなた方の借金も今回の分で大きく減らしますとも」

 「借金? 」

 「ああ、ご存じないでしょうが、彼らの村が暴走モンスターの大規模な群れに襲われた時に、たまたま買い出しに来ていた我々がうちらのボス共々応戦と殲滅を行ったのですよ」

 「その後、その襲撃で壊れた家の修理だのやったし復興の金も払って、その費用を借金にしたんだよな」

 

 あの村、以前にモンスターの襲撃に遭っていたのか。

 彼らが今回の件に関してやたら警戒が強かったのもそういう事なんだろう。

 しかし、それならば借金と言ってもそれほど理不尽なものというわけではなさそうだし、それだけならば単なる恩人であるはず、彼らがこんな変な態度になるだろうか……?

 

 「んで、金額がデカかったもんだから利子とかの代わりに森の一部を使わせて貰って楽しんだんだよな」

 「遊びでテンションの上がったボス必死で止めることにはなったけどおもしろかった」

 「止めてなかったら森消えてたよな、遊んだとこも大概だったけど」

 

 これまでと全く変わらない楽し気な口調と態度で、それに合わないとんでもないことを彼らは語る。

 

 遊びで森が無くなるとはどういうことなのか、理解を超える発言に言葉が出ない。

 

 「借金の額を誤魔化した、理不尽な要求だ、なんぞだったら反抗もするし訴えもするが」

 「誤魔化しどころか利子も無し、何よりあの時世話になっとらんかったら村は無かった、その後も世話になっとるからなぁ……」

 「じゃが、あの惨状を見とると、いつか本当に山が無くなるかもしれんとしか…… 」

 

 肩を落として小さく言葉を吐く狩人二人の表情は複雑だった。

 恩人だが、林業で持っている村からその資源が消える可能性をもたらすもの達は迷惑なのだろう。

 

 「あの、遊びとは?」

 「「「「「大暴れ」」」」」

 

 思わず聞いてしまった私に、彼らは口を揃えてそう言った。

 

 「ジョブにエンブリオ、そしてアイテム、あらゆる全てを使った大暴れです、楽しいですよ?」

 「今回はボスはいないが久しぶりに人数もいる、楽しみだ」

  「さあ、行こうぜぇ、ちょうど連絡も来たようだし」

 

 一羽の鳩が、森の木々の隙間を抜けて彼らの元に舞い降りた。

 その鳩は彼らの周りを一周すると、まるで道案内をするようにゆっくりと飛んでいき、それと共に山を進む彼らを、慌てて猟師の二人が追っていく。

 

 数秒、私はその様子を目で追って、私も同じ方に足を進める。

 

 なぜかその時、私の胸はうるさいほどに高鳴っていた。




デンドロをエンジョイする人たちの話。


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彼らの力と黒い土地

 ■東の森、樹上

 

 発達した長い指から伸びたフックのような爪を枝に掛けて樹上に身を留め、茂る木の葉に身を隠した一匹のモンスターが、その隙間から大きな目をぎょろつかせて地上の様子を伺っていた。

 

  「KIKIKI」

 

 【セントリーターシャ】という種類のそのメガネザルのようなモンスターは、その大きな目の中に、接近する複数の人の姿を捉えて小さく笑い声を漏らした。

 地面を動くそれらは上を見ることもせず、樹の上にのモンスターに気が付いている様子もない。

 

 間抜けが、だから俺たちに狩られるんだ。

 それの感情を人の言葉に直せばそんなものだろうか。

 

 【セントリーターシャ】が合図を出して、樹上に陣取った他の仲間と一緒に襲い掛り、動揺したところを、少し離れた所に隠れている猪に乗る【ゴブリン・ブルライダー】達と黒皮のボスたちが突撃するという簡単な手ではあるが、たとえ相手が樹上を警戒していても、木の葉にまぎれたモンスター達は目視では発見が難しく、この手にやられるものも多い。

 

 「Kiiii……」

 

 合図の為に大きく口を開けて息を吸い込み、そして仲間が潜む木の影にそいつらが来たその時、【セントリーターシャ】の口から合図の大声が放たれる。

 

 筈だった。

 

 しかし彼の口から確かに放たれたはずの声は、周りの枝葉一枚揺らすことなくかき消えた。

 思わぬ事態に慌ててその場から飛び出そうと、枝葉をかき分け樹を移動しようとするその音さえも発されない。

 

 更に動揺する中、それでも仲間に元に向かうべく木から飛び出そうとしたその瞬間、彼の視界の上から黒い何かが音もなく突撃してくるとその喉笛に齧りつき、胴体に爪を突き立てて皮膚ごと内臓までを引き裂いた。

 

 腹を裂かれた痛みと共に、黒煙を上げて内臓を焼く激痛までもが加わって、モンスターの口から絶叫が放たれようとしたが、その声は食いつかれた何かの牙により喉が潰され声にならずに消える。

 

 やがてHPがゼロになり、光となって消滅していくモンスターの大きな目に最後に映ったのは、己放り捨てて飛び去る虫のような何かと、視界の端で螺旋を描いて樹を下っていく蛇のような何かの姿だった。

 

 □ヘイト・インストロ

 

 マルボーズの彼らと山を行く傍ら、先ほど狩人の彼らと一緒に襲われた時の事を彼らに語った。

 樹上の奇襲は厄介であったので、その情報は共有すべきだと思ったからなのだが、それだったら自分の〈エンブリオ〉とジョブが役に立つと、ツナギに蝶ネクタイという奇抜な恰好をのマイクさんが言い出した。

 

 それから行軍の足を一転止めると、マイクさんは自身の紋章から、片方がラッパのような型をした一本の管を取り出し、それを地面に突き立ててその管の口に耳を押し当てた。

 

 すると、突き立てた管の周囲の地面がミミズかモグラでも這ったように細く小さく波打ち八方へと延びていくと、それらは枝分かれしてどこかへと進んでいく。

 

 「あれはなんなのですか?」

 「マイクさんの〈エンブリオ〉のトコヤだな」

 「結構面白い力持ってるんだ、よーし俺も準備するか」

 

 いうが早いか、マルボーズの方々の内一人が紋章に手を当てると、中から黒いバッタのような何かを呼び出した。

 

 落ち葉のだらけの地面の上に、重さを感じさせずに出現したそのバッタもどきは機械的な鉄板にて体が構成されており、その全長は呼び出した彼とほぼ同じ。

 そしてどういうわけか顔と背中にそれぞれの鬼のような顔があった。

 

 それを呼び出した彼は恐らく〈エンブリオ〉であるそのバッタもどきの背の口に、懐のアイテムボックスから木の棒やら何かの塊やらを取り出しせっせと放り込んでいる。

 

 「ガキってんだけどな、燃料入れないとうまく動かねぇんだ、ああこれは炭とか固形燃料だな」

 

 代わり空も飛べるしすげえ動けるけどよ、と話を締めくくって彼は燃料の補給に戻った。

 

 「居ましたよ」

 

 そんな彼に目を向けていた私と、それぞれ装備の点検などを行っていた彼らにマイクさんの声がかかる。

 彼は耳に管の口を押し当てたまま、空いている両手に紙とペンを握って何かを書き込んでいた。

 見れば木の枝のように枝分かれした線と、その線の内一つに赤のインクで丸がいくつか書かれている。

 その線の他には簡単な地図が書かれていた。

 

 「私のトコヤが伸びた先の内、この丸の位置からモンスター達の声がしました、いくつかは小さかったですが近くに木があったようなので、多分その木の上にいるんでしょう」

 「音を拾う管を伸ばして周囲の様子が聞けるってのは、相変わらずいいっすよね」

 「木とかに巻き付いて登ったりたりできるし、伸びた先の位置もウィンドウでに表示されるから、スキルと合わせて地図作れるのも便利」

 「私のやりたい使い方では無いのですがね、本職は【測量士】ではありませんし」

 

 自身の行ったことなある場所であれば、簡単な地図を描くことのできる【測量士】のスキル《マッピング》を、自身分身とも言える立場の〈エンブリオ〉を使う事で発動しているのか。

 

 感心する私に対し、彼らはその場でモンスター達への奇襲作戦を提案した。

 私と彼らの内数人が、何も知らないふりをして近づき、油断するモンスターをマイクさんと、飛行ができるガキのマスターさんが木の上の敵を始末、そこから地上の敵にに向かって奇襲を仕掛けるというそれは、その場の誰も反対されずに実行されることとなった。

 

 

 そうして今に至る。 

 

 木の上の味方が全滅しているとは知らずに、逆に奇襲を受けて大混乱する地上のモンスター達を、マルボーズの皆さんは逃がさない。

 

 あの燃料補給は自身の爪や牙に高熱を持たせるための物であったのか、赤く灼けたそれらによって、イノシシに乗ったゴブリンたちを引き裂いてゆくガキと、その中にいるらしいマスターの方。

 

 乗り手をやられて混乱するイノシシモンスターに突撃して吹き飛ばしながら、その通り道に七色に輝く油を振りまいて、ほかのモンスターを転倒させる巨大なイノシシ型のガーディアンと、それに掛けた手綱に捕まって油で滑りながら地上を移動し、その手に握った大きな包丁のような武器で突撃の勢いのままに相手を切り飛ばす乗り手のマスター。

 

 それらから逃げようとしたモンスター達に至っては、地上からせり上がってきた土壁に行く手を阻まれ、特定方向に逃げようとした個体は途端にAGIが低下し、更にいつの間にか木々に巻き付ていたマイクさんのトコヤから放たれる《ウィンドブロウ》の風の力で吹き飛ばされて逃走も叶わない。

 

 マイクさんの本職は【翠風術師】で周囲の風を操れるので音を消したり相手を吹き飛ばす事ができ、トコヤの固有スキルによりトコヤが伸びた別の先端から魔法を放つことができるので、こういう芸当ができるのだそうだ。

 

 土壁を張ったり、相手の進行妨害ができるのはヌリカベという〈エンブリオ〉のマスターの力であるらしい。

 

 そんな彼らによりあの黒皮のモンスター達ですら、他のモンスター達と変わらず無様に油に足を取られて木の葉をくっつけ転倒し、赤い爪にその身を焼かれて自慢の黒い皮膚を引き裂かれ、イノシシに吹き飛ばされて気に陥没の後を残しながら光となって消えていく。

 

 「うわぁ」

 

 私は楽器を振るってこそいるが、彼らが与えたダメージが凄まじいために楽器はまるで壊れず、飛ばない意識のままに少し相手に同情する余裕すらあった。

 

 狩人の彼らはと言えば、マイクさんたちの提案により後方で待機とのことだったが、まあ居てもやることはなかっただろうし、巻き込まれる方が危険だっただろう。

 

 やがて戦闘とも言えない蹂躙劇は最後の一体が消えた事で終わりを告げ、その場にはモンスターのドロップアイテムと、戦闘の痕跡のみが残ったのだった。

 

 それからも彼らは先々で遭遇するモンスターの群れを危なげなく撃破し、着実に彼らが知る目的地へと歩を進めていく。

  

 「おっと」

 

 そんな彼らに時折、道案内をしている鳩とは別の色の鳩がマイクさんの元に舞い降り、小さく鳴き声を発すると同時にその口にくわえていた紙切れを投下し、去っていく 。

 

 開いて中を読むマイクさんと一緒に、頭を寄せてマルボーズの方たちも内容を確認している所を見ると彼らの通信手段なのだろう。

 しかし、よく的確にこちらの位置が分かるのものだと思うが、あの鳩も〈エンブリオ〉という事だろうか?

 

 「他の場所の仲間達も順調に目的地に移動中、と」

 「あと少しで行けるな、楽しみだ」

 

 他の場所でも今のような具合であるなら、山中に残るモンスター達の殲滅も時間の問題かもしれない。

 

 彼らの後を追う私はそう思っていたのだが、そんな考えは先を行く彼らが指し示した森の先の光景を見て吹き飛んだ。

 

 私たちがいる処からちょうど見下ろすような位置に存在する山の窪地、そこには樹どころか草すら生えていない土地が、1キロメテル程のキレイな円形に広がっていた。

 

 「さて見えましたね」

 「ここは、ワシ等がお主らに貸してやった……」

 「ええ、大変申し訳ないのですが、私たちが遊んだ更地を使われてしまったようです」

 

 彼らがこの土地を作り出した、という事にも驚くが本題はそこではない。

 

 彼らの更地の中央には木々の代わりにそれよりもはるかに巨大な一艘の船が鎮座していた。

 山の中に明らかにそぐわないその巨船の周囲、そこには。

 

 「Gyuuuuu!!!!!」

 「「「「「「「KiiiiYaaaa!!!!」」」」」」」

 

私たちが遭遇したモンスター達が、その土地を黒く埋める程に存在していた。




マルボーズの戦力紹介とラストステージ到着の話。


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