〈痴呆〉のオリヴィア【完結】 (peg)
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第一章
No.42の戦士


PC 買い換えを考え、整理してたら発掘された自給自足用の生もの。
腐ってたのでお裾分けです。


 気がついたら、緩くウェーブ掛かった髪が肩口付近まで伸びている白髪銀眼の幼女になっていた。周りも似たような感じの子供ばっかりだ。良くはわからんが訓練訓練の日々である。あと言葉がわからん。

 

 そんなある日この世界がCLAYMORE の世界だと知った。いつ知ったかというと、戦士になるための試験中でのことだった。試験に指が伸びる妖魔が出てきてファッ!?っとなった。言葉が未だに片言なことから、特定の名詞がいまいちわかっておらず、戦士が一体何と戦っているのか知らなかったということから察して欲しい。

 

 死が隣り合わせの世界に来てしまっていたわけだ。喰われることに怯える一般人じゃないだけマシだったと考えるか、はたまた、覚醒に怯える戦士になってしまって不運だったと思うか。主人公達のようにどうせなら人間として生き抜きたい。生き残りたい。

 

 そんなこんなで、私は42番目の戦士となった。周りの訓練生と比べた時、素の身体能力は高めだが、妖力開放が極端に下手なため、後ろから数えたほうがはやい番号になったんだと思う。妖力開放をせずに戦うと仮定して、ある程度の番号の奴とは張り合えそうな気がする。妖力開放されたら40番台にも即座にやられそうではあるが……。

 

 気合入れて開放しても、目ン玉の色が変わるくらいしか開放できない。自分の妖力とかいまいち感知できないんですけど……。

 この世界がCLAYMORE の世界と知った後から、戦士たちの技を再現しようと努力してみたが……。

 

 高速剣――妖力開放や妖力のコントロールが下手なため無理。

 旋空剣――腕をぐるぐる出来ない。

 漣の剣――鉛筆が曲がって見える感じのアレができた。

 幻影 ――妖力開放が下手。

 新幻影――1回くらいなら、まぁ……。試したら足がぷるっぷるになった。

 風斬り――はやぶさ斬りになる。

 

 よくよく考えてみると、お手軽に実力を超強化できる技は妖力開放が密接に絡んでいる。また、漣の剣や風斬り、新幻影等はソレ一本に絞った元の身体能力の底上げをしないと扱えない様に感じた。

 

 結局諦めて、別の技を磨くことにした。しかし閃くまでは、まともに妖力開放ができないため磨くのは基礎能力と型くらいしか無い。

 

 妖力開放での底上は早々に諦め、弱点を正確に何度も攻撃するために、身体を完璧に扱う修練を中心に行っている。さらにあまり効果があるのかわからないが、とある"自分ルール"の修行を行った。死線を越える中で藁にも縋りたい気持ちだったのだ。

 

 修練中にわかったことだが、普通クレイモアは基本的に食事をあまり必要としない。ところが、別に食べられないというわけではないようだ。食欲は常にフラットだが、毎日胃袋に詰込むようにした。そういえば、主人公のクレアにイレーネが食い物を投げながら"もっと食え"と言ってた気がする。強さは蛋白質だよ。

 

「オリヴィア、次は西に2つほどいったところにある村だ。早めに終わらせろ」

 

 黒服が、"いつもの"みたいな感覚で言ってくる。

 普段期限ギリギリ辺りで到着して討伐するため、ちょっと眼を付けられているような気がする。原作を考えると、どっかで見てるのかもしれない。……まぁ、普通40番台なんて観察しないか。

 期限ギリギリと言うのは、妖魔が腹を減らして村の住民を襲うラインを狙うためだ。妖気感知が下手なため、偶に隠れるのが上手い個体がいるとなかなか見つけ出せない。そのため、このようなスタイルに落ち着いた。どれが妖魔かは、極至近距離で見れば分かるのだが……。

 

「了解」

 

 西に2つほどの村、アバウトな命令だが閑散としている為ほとんど迷うことはない。パンを焼くための竈の煙でだいたい位置はわかる。相変わらず、たどたどしくしか話ができないため微妙に苦労している。

 

「ふん。組織の戦士もすでに2人やられている。精々死なんようにな」

「ん、了解」

 

 嫌味なのか応援なのか、いまいちわからない言葉で黒服が後ろから声をかけてきた。多分出来損ないへの嫌味だろう。適当に手を振って答えておく。

 

 道中の町や村で胃袋に食事を無理して詰め込む。娯楽が少ないこの世界で、食べ慣れてしまえば食事は楽しみになり得た。漫画には描写がなかったが、胃袋には際限なく入るようで。満腹中枢は満腹を訴えているけれど。

 

「お嬢ちゃん、良い食いっぷりだね。クレイモアはみんなそんなに食べるのかい?」

 

 驚いた顔をした店主が声をかけてくる。クレイモアをあまり恐れていないようだが……。

 戦士たちの中でも小柄なせいで、お嬢ちゃんと呼びかけられがちである。

 

「ん、多分私だけ」

 

 口に詰めたまましゃべる。あ、行儀が悪いっけ。

 まぁ、クレイモアの中で行儀を気にする奴は少数派な気がするけど。

 次の品が出てくるまでの手持ち無沙汰の間、うっとうしく飛んでいる蝿の眉間を使っていないフォークで串刺しにする。……6匹目。しょうもない小技ができるようになってきている。羽ばたきを目で追えるので、当然と言えば当然だが……。

 約10人前ほどを完食し次の街へ移動する。

 

 徒歩だが、どの依頼も1~3日程度の範囲が割り振られている。戦士によっては1、2週間ほど移動させられる戦士も居るようだ。

 途中の泉で、小休止を取り訓練を行う。訓練生の時、クレイモア達のそれなりに実戦的な型を教えてもらっていたが、私の背が低いせいかあまりあってないように思えた。その為、訓練と言ってもこの世界に来る前に知っていた筋力トレーニングと見よう見まねの型が中心だ。高負荷で身体を限界まで使ってから休むことを繰り返している。戦士の回復力とある程度の成長しやすさがあるため、こんななんちゃってトレーニングでもかなり効果的に感じる。

 

 村についてから、村長宅ヘ向う。今にも外れそうなドアをゆっくりと開けた。

 払う金の勘定をしていたのか、金をぼとぼとと落としながら村長らしきおっさんがこっちを見ていた。

 

「ク、クレイモア……」

 

 ゴクリと音が聞こえてきそうな動きで、村長が唾を嚥下したのが見えた。

 

「ん。妖魔検めを行う。全員集めて」

 

 村人を集めてもらう。そのほうが何かと手っ取り早い。いやまぁ、探すのがしんどいだけなのだけれど。

 

「いやそんな……すぐには」

 

 冷や汗を流しながら幼気な少女に威圧された様子で、こちらの大剣にチラチラと視線を送っている。良いから急ぐんだよ。

 村長さんの瞬きにタイミングを見計らって抜刀し、ピタリと切っ先を向けた。

 

「ヒッ……! わ、分かりました。しばしお待ちをっ」

 

 村長には一瞬で抜刀したように見えただろう。慌てて外に走っていった。

……この手に限る。

 

 一人一人、至近距離でぐるりと一周回って眺める。私の場合このくらいやらなくては間違いを起こしそうで怖い。戦士の鉄の掟として、普通の人間を傷つけてはいけないとなっている。自身が人間の敵ではないと示す方法の一つとも取れるが、ぶっちゃけ組織にとって不利益になるからである。

 

 確認も最後の方になって、村人たちが騒ぎ始めた。

 

「アルマンのとこはどうしてきてねぇんだ」

「わ、わかんねぇよ」

「ん。他に、来ていないものは? まだいる?」

「アルマンのとこだけでさぁ……」

 

 まとまりなく村人が喋っているせいで、うまく聞き取れない。あ、アルマン? 誰?

 ま、名前なんて何でもいいか。この集団の中にはいなさそうだし、あとはサーチアンドデストロイである。

 

 

 アルマンの家は村の隅の方にあった。

 ボロいあばら屋……ではなくて、しっかりとしたレンガ造りの家だった。

 木製の扉を押すと、キイと音を立てて開いた。

 

「お、お兄ちゃん。やめて」

 

 oh ジーザス...。

 地獄のような光景が待っていた。私と同い年くらいの子が馬乗りになった男に襲われていた。お腹にブスリされている。男が頭部に血管が浮き血走った目でこちらを見て、この世の終わりのような声をあげた。

 

「ぐぎゃぁぁぁ!」

 

 え、お前が断末魔っぽい絶叫すんの?

 その時、襲われていた少女の目が縦に割れると、指先を高速で伸ばしてきた。大剣を振り回すのは間に合わないため、伸びてきた指を掴んで全力で建物から引き下がった。幸いな事に、押し出す力によって離脱できた。体重が軽い為、相撲には弱い。

 

「チッ。クレイモアは女ばかりだから、トラウマを刺激してやれば直ぐに冷静さを欠いて死ぬんだが……」

「長文いうな」

 

 最初の舌打ちとクレイモアしかわからん。もっとゆっくりしゃべって。いやほんと、割と言葉覚えたほうだと思うよ? 0から始めたわけだし。少女の姿をした妖魔は、アルマンと思わしき若者の残骸を蹴飛ばすと腕を誇示しながらこちらに向き直った。

 

「げひゃひゃ。よくみたら小柄な嬢ちゃんだなぁ。なぁ見てみなよ。指を重ねるとお前らの大剣すら通らない強度にもできるんだぜ?」

 

 妖魔の伸びた指が腕に絡みつき、骨折したときに付けるギプスみたいになった。いやマジでセンスおかしくないか? 誇示するほど、かっこよくはないぞ? 人から外れていくと、やはりセンスがおかしくなるのか……。思わず鼻で笑ってしまった。

 

「なにがおかしい!? 死ねぇぇ!」

 

 大剣をようやく抜いて対応したが、妖魔が殴り掛かるほうが早かった。大剣に石膏パンチ(仮)をぶつけ威力を殺しながら回転し、着地した。やはり体重が軽いせいか、吹き飛ばされる距離が長かった。

 

「けけけ。やっぱ嬢ちゃん弱いだろ? No.40台の成り立てかい? なんだぁ? その構えは」

「……。」

 

 大剣を持った手を頭部横に揃えるような、金剛力士像っぽい構えをとった。まぁ体はガリガリで威圧感とか皆無だろうけど。利き手と反対の手は大剣に添える。自分の身体能力は割と高めだ。見た目とのギャップを妖魔が抱いてくれていると信じる。

 

「なんにしてもこれで終わりだ!」

 

 妖魔が仕掛けてくるのを見切るために集中した。右手の石膏パンチ(仮)はブラフ。体重のかけ方がずれている。本命は左手の爪での拘束後、噛みつきか。

 

 右手をスウェーで躱し、大剣の重さを利用して反転。サマーソルトキックを顎に決めた。

 

「ガッ」

 

 足が地面から外れ、踏ん張りが利かなくなった妖魔へ大剣を回転するまま振り上げた。しかし、リーチが足りず両足を腿から落とすにとどまった。

 

「ガヒッギガッ」

『お前ら死にかけると、ガ行でしか発音せんよな』

「な、なにを言っ」

 

 足が落ち死に体の妖魔へ、日本語で声をかけ頭部を落とした。ふぅ。これが上位ナンバーとかになれば、一瞬で倒すのだろうけど。私はこんなものだ。

 

「事は済んだ。報酬は黒服へ渡せ」

 

 覚えたお決まりのセリフを言って村を去った。

 

 

「No.42の戦士の様子はどうだ?」

 

 薄暗い部屋で幾人かの男たちが話をしていた。

 

「ナンバー42の戦士は、分かたれた人格の片方に妖力を抑える役目を与え……さらに、より妖魔に近い肉体を与える。そういう実験でしたかな」

 

 薄暗い部屋にもかかわらず、黒いサングラスをした男が答えた。

 

「そうだ。より妖魔に近い肉体を使いこなすことができれば、質の良い戦士を量産できるはず。148期195番目の戦士は、その構想の下に生み出された」

 

「人格を分ける段階で言葉を失い、奇天烈な行動が目立つ。ほぼ同時期に運用を始めた特殊体より、運用しづらいと言う点では致命的ですな」

 

「狂う戦士はあれだけであるまい。42番に関して言えば、ある意味成功だろうに。他の実験体は妖魔側の人格に引っ張られて容易く覚醒するのだから」

 

「能力だけ突出していれば使い道もあったものだろうに……、はじめは安定していたのだがね。結局は普通の戦士の方が……」

 

「たらればの話をしていても仕方があるまい。この結果を以ってその実験を凍結する」

 




お腹を壊しませんように(祈り)


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ゲッダンより速い新技

 書いていた時の私はどんな顔をしていたのだろうか。
人間の体の細胞は7年くらい経つと大体入れ替わるらしい。変わらないのもあるらしいが。
もしかして、細胞レベルで変わったということは別人が書いた小説なのではないだろうか。


 妖魔を倒し続けて幾星霜。ついに新技が完成した。大剣を振り回し続けてどんどん加速する技だ。肝は、全身のバネを使うことと重心をとるバランス感覚、そして大剣に加えた威力を殺さずに維持し続けることである。最終的に暴風の塊みたいになる。そこまでいくのに時間が掛かるが……。最高速度に達したときの威力はなかなかすごいことになる。

 

「クギャゲヒャ」

 

 この町に蔓延っていた妖魔は全部で12体。最近、妖魔感知もある程度できるようになってきたが、基本的に突っ込んで大剣をぶんまわす脳筋スタイルのため、妖気感知して回避なんてセーフプレイはできない。攻撃は最大の防御だから……。しかしながら、最高速度で振り回しても動体視力や基礎能力が高いせいか、攻撃はブレることなく狙ったところに正確に当てられる。

 

「くそっ! でたらめに振り回しているように見えるのにどうなってやがる!?」

 

 やっと最高速度に達した。外から見ると斬撃の結界のように見えるだろう。妖魔ごときは相手にならなくなってきている。そろそろ異常食欲者(覚醒者)狩りに参加させられそうで怖い。まぁ、No.42なら呼ばれんか。

 

「グギャァァア!」

 

 あれこれ考えている間に最後の妖魔が血霧になった。ヴォンヴォンいってる金属のかたまりに当たったらそうなるわ。削岩機よりひでーや。

 

「事は成した。報酬は黒服に渡して」

 

 お決まりの台詞を言ってそそくさと離れる。なぜなら、戦い方が汚いせいで町中血の雨が降ったみたいになっているからだ。塗装してやったわ。わはは(狂)。

 

 

 

「はぁ。もう少し丁寧に戦えないのか」

 

 その夜、案の定黒服のくそでかため息おじさんに苦言を言われた。いや、あんたにため息つかれながら弱い弱い言われて努力した結果、ああなったんだ。多少許せよ。言葉は大分解るようになってきたが、わたしわかんなーい。という顔をしておく。

 

「はぁ。お前のナンバーが繰り上げになった。No.26だ。担当地区が変わる」

『え、まじで!?』

「はぁ、人間の言葉で話せ。大陸の西に近い区になる。ラボナには入るなよ?」

「ん。了解」

 

 思わず日本語が出た。一気に数字上がったなぁ。しかも西区とかリフルちゃんおるやんけ。実質左遷かな? なんか悪いことしたっけ。

 

「しかし、これでお前とも長い付き合いになるなぁ。意外と長生きするもんだな。〈痴呆〉のオリヴィアよ」

「……!」

 

 いやまって、血霧とか無傷とかじゃなくて痴呆?? それ二つ名じゃなくて悪口だろう。なめてんのか。自慢じゃないが、こちとら妖魔に一撃ももらった事ないんだぞ。怫然としていると黒服はさらに続けた。

 

「……、お前には団体での覚醒者狩り経験を積んでもらう。意味は分かるな?」

『いーや、分からないね!』

「はぁ。人間の言葉を使え」

 

 いやまて、話は終わっていない。私の戦士マークが漢字の“呆”に似ているのはわざとか? 呆然と立っている人間の象形文字かよ! えっ? そういうこと……?

 

 

 

 というわけで、覚醒者狩りに参加することになった。反抗して分からないふりしてたら、黒服に戦士達が集まっている洞窟へ強制的に連れて来られた。

 

「ちっ。豆粒みてぇーな妖気だと思ったら、保護者連れのチビかよ!」

 

 思いっきり舌打ちをかましてくれたのは、ムキムキのおねーさんだった。仲間に対して口悪くない? おめぇ、夜道の背後に気をつけろよ? しかしこの雰囲気、御主もしや……。

 

「ウンディーネ、そう言うな。お前達と同じ仲間(・・・・)だろう?」

「けっ!」

『おお! ほんとにムキムキだ。いやぁ原作に出てたやつに会うの初めてだよ! よろしくな』

「なにいってんだこいつ? おい寄ってくるな! 触るな!」

「くくく、好かれたようだな」

 

 はっ! ミーハーが出てしまったな。本当はガリガリのお嬢さん失礼。縮んだあんたも好きだよ。

 それにしても他の戦士も見たことある髪型だ。包帯おさげはシンシアちゃんじゃなかろうか。すんげー妖力の強いが前髪が短くロン毛の特徴的な髪形をしているやつ、どっかで見た気がするんだが……。

 

「あの、その子のナンバーはいくつですか? 戦えそうにないんですけど……。わっ、こっち来た」

『絶対おまえシンシアちゃんやろ! かーっ! 人を見た目で判断するなんて。ファンです。握手してください!』

「最近No.26に上がったオリヴィアだ。呆けているのと何をいってるか分からないのが玉に瑕だが、実力は本物だ。妖力未解放で比べれば一桁代の強さに匹敵する」

「ほぉ。にわかには信じられんな。今回の隊長になるエバだ」

「へぇ、シンシアより上じゃねーの。あたしはNo.15のウンディーネだ! 言うこと聞かねーなら、おいていくぞ! お嬢ちゃん」

『オッス! 姉御よろしく!』

 

 こうして、覚醒者狩りに参加することになった。ちなみにシンシアがNo.27、隊長のエバがNo.7だった。エバってイースレイ軍に3コマくらいでやられるやつでは……。でも、No.7って原作で出てきたフローラ様より上のナンバーになる。原作でミリアがほぼ団子だって言ってたがあの辺りの実力者なのだろう。

 

 

 

 覚醒者が出没しているのは、聖都周りにある1つの衛星都市近くの山だった。参拝者を狙っていて、大量に行方不明者が出ているようだ。

 

「けっ! しらみ潰しに山登りっていうのもかったりーな……」

「言うな、ウンディーネ。今回は感知タイプの仲間がいないんだ」

「ごめんなさい。私も少しなら分かるんですが……」

『レーダーに感! 天使です! 隊長! おなかすいた』

 

 順にウンディーネ、エバ、シンシアの言である。シンシアの天使具合が分かるだろうか。殺伐とした業界でひとりだけ浮いて見える。ってかマジで腹が減ってきた。クレイモアが一週間くらい食べなくていいからって、ストイック過ぎない? そのせいで兵站担ってるやつ基本的に皆無なんだろうけど。胃袋を拡張しすぎたせいでつらい。あー、まじで腹減った。

 

「ちび助はぶつぶつうるせーしなぁ。なぁ、隊長! ちび助がどんだけできるか知っといた方がいいんじゃないか?」

 

 なんだぁ、おめぇ? しかしまぁ、当然と言えば当然か。私も実力が分からないものに命を預けたくはない。というか、ウンディーネの姉御はもしかしなくても心配してくれているのだろうか。さてはおめぇツンデレだな?

 

「……。これは訓練生を上がり立ての戦士から聞いた噂話だが、かつて訓練生のなかに初めから妖力解放限界ギリギリで使えるはずの技を使える戦士達が居たそうだ」

「けっ! なにかと思えば天才達の話かよ!」

「そうだ。しかし、現役の戦士達のなかでそんな凄腕の噂を聞いたことはない」

 

 えっ、なんの話? 途中から早口になって分からんのだが。たまにいるんだよねぇ。説明口調になって急に早口になるやつ。でもそういうやつ割と好きよ。君の短い前髪も好きよ。

 

「所詮噂だろう? 最近は聞かないんだろう? ……というか隊長、なんの話だよ!」

「まぁ聞け。その噂の訓練生だが、"皆揃いも揃って言葉が利けず、思考能力は幼児並み"だったそうだ」

「それって……」

「なに、ふと思い出しただけだ。さて」

 

 エバ隊長がこちらに向き直った。大剣を抜いて構えた。水曜日みたいなマークが不遇水属性のようで笑いを誘った。

 

「おい! こいつ笑ってやがるぞ」

「やる気は十分ということだな」

「えっ?」

 

 ウンディーネが抜刀した。筋骨隆々の彼女は戦士随一の力自慢をしており、二本の大剣を扱う二刀流だ。2vs1ってこと? まぁ、死なないなら何でもいいか。かかって来いよ!

 ウンディーネの剣捌きを見たかったところだが、エバが止めた。

 

「すまんがこいつは私が世話しよう。見ていてくれ」

「そりゃないぜ、隊長さん」

 

 少ししょんぼりしたウンディーネは引き下がった。常に妖力開放してるんだっけ? しんどくない? 7つの龍玉をめぐる戦いのZ戦士並みに叫んで、ようやく目ン玉の色変わるくらいしかできない私が言うのはちょっとあれだけど。

 相対するエバの能力は未知数だった。No.7の実力者……。3コマくらいで退場するヤツ。でももし彼女が生き残ったら、北の戦地で亡くなる戦士の数も減るのだろうか。

 

「ん、了解」

「来ないならこちらからいくぞ!」

 

 先に仕掛けたのはエバだった。上段からの袈裟切り。半身で躱す。半回転からの横薙ぎ、仰け反って躱す。

 大剣台風を使うためには回避してカウンターを行うことを前提とし、動作による力の流れを技として蓄える必要がある。黒服曰く、戦場でふざけて踊っているように見えるとか。ひどくない?

 あまりやったことのない対人戦だが、良い経験が積めそうな雰囲気がした。

 結局、一合も合わせないまま再び相対した。

 

「おー、スゲーな。隊長の攻撃を全部見切ってやがる」

「全て紙一重で躱しています」

「ここまでとはな。何度か回避からの反撃できる機会があったが、なぜ反撃しなかった?」

 

 ばれてーら。いやしようと思ったけど、なんとなく防がれるイメージがあったから威力溜めてたんだけど。結局隙があまりなかったし、ある程度、技に溜まった時には威力が高まりすぎて攻撃するのに躊躇してしまった。

 ってか、エバ強くない? 切り返しの攻撃めっちゃ速いんだが。しかもこれ、下手に防ぐと剣弾かれるぞ。しかし、原作で3コマ死してたキャラと思えない強キャラ感がある。さすが不遇No.7。

 

「信頼できないのは分かる。しかし皆が生き残るためだ、私の胸に預けてくれないか?」

『喜んで!』

 

 そりゃ、おっぱい来い言われたら飛び込むに決まってんでしょうが! オラァァァン!

 そのあとの記憶はない。気絶していたようだ。

 

 

 

「回避はそれなりのようだが、攻撃に移ると一転して動きが鈍るな」

 

 前髪の短いエバは言った。

 

「どうする隊長さんよ。陽動くらいには使えそうだが」

「異様に高い動体視力が備わっているのだろう。おそらく、こいつからは世界のすべてが止まって見えているはずだ」

「はっ?」

「3回だ。攻撃の型の中に<瞬剣>を混ぜた。しかし、やつはどれも避けてしまった」

 

 エバの瞬剣は一瞬だけ妖力を高めて、挟み込むようにほぼ同時の2回攻撃を行う剣だ。

 

「わたしにはほとんど見えませんでした……」

「フン! 私もだよ!」

 

 シンシアと腕組みしたウンディーネが言った。

 

「瞬剣をそんなに簡単に見切ってもらっても困る。これでも幻影のミリアすら捉えたことがあるのだからな。……といっても、ウンディーネが言うように陽動にしか使えまい。私と〈痴呆〉で前衛、ウンディーネとシンシアが遊撃と言ったスタイルしかないだろう」

 




 読めるってことは特に変わってないわ(唐突なタイムリープ)


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ダメになった才能

 感想・評価ありがとうございます。
賞味期限切れの缶詰のようなものですが、お口に合えば幸いです。


 水をぶっかけられて目を覚ました。気づけば朝になっていた。普通にブッ飛ばされて気を失っていたようだ。これはあれか、ルパンダイブ決めて朝チュン(意味深)と言えるのでは。

 

「オリヴィアさん、起きてください」

 

 おっ、シンシア天使長やんけ。あれ、シンシアちゃんに水かけられた……? 

 ひょっとして嫌われてる? ショックを受け固まっているとウンディーネの姉御から声をかけられた。

 

「ちび助! 行くぞ」

『ウッス! 姉御!』

「チッ! 相変わらず何言ってんのかわかんねーな」

 

 反射的に日本語で答えながら、急いで立ち上がった。この人ガチで置いていきそうである。遠くから様子を見ていたエバ隊長が寄ってきた。

 

「付近に食い殺された人間の残骸があった。その近くを調べよう」

「けっ! こんなところでよく眠れるもんだぜ」

 

 呆れ顔でウンディーネ達がこちらを見ていた。ヤバイところで気を失っていたようである。そういえば、クレイモアは大剣を背にしないと安心して眠れないとか皆が言っているが、私は別にどこでも熟睡できる。フカフカなベッドは特に最高だ。

 

 

 近いといったが、クレイモアの足で1時間程の距離だった。現場に近づくにつれて臭気がきつくなった。腐敗した臭いだ。視界が開けると森林の窪地になっていた。

 

「ここだ」

「これ、内臓だけ食べられてるんですか?」

『うわ。グロ』

 

 普通にモザイクかけないと“見せられないよ!”みたいな状態になっている。腐敗の進み方からいって放置されて三日くらいか。乗り合いの馬車でも襲ったのだろう。馬も死んでる。中には幼子も混じっていた。しかし、ほとんどの装飾具が追い剥ぎされたみたいになくなっていた。盗賊かよ。覚醒者に見せかけた盗賊説あります!

 落ちていたきれいな指輪を拾って日に掲げた。真鍮製なのだろう、よく磨かれている。

 

「あら、ありがとう。あなた達もこれを取りに来たのかしら?」

『うわっびっくりした!』

「! 逃げてください!」

 

 掲げた指輪を上からひょいと盗られた。

わぉ! おっきなお口。現れたのは身長約5mほどの覚醒者だった。髪が長く、でっぷりとした腹回りをしていて、二足歩行する太ったヤモリに似ていた。いや蛙顔かこれ。あとでっか、でかくない? おっぱいもでかいぞ! あんぐり口を開いているとエバ隊長に蹴り飛ばされた。

 

「馬鹿が! ボーッとするな!」

『ぬわーっ!』

「あら、かわいそうに。あなた達仲間じゃないの?」

 

 1hit、2hit、3hitと3バウンドくらい飛んで、覚醒者の尻尾に足を捕らわれ宙吊りにされ、1upみたいになった。結局捕まって蹴られ損やんけ!!

 エバ隊長の方をみると蹴った姿勢のまま覚醒者に殴り飛ばされ、視界から消えた。辛うじて大剣の防御が間に合ったように見えた。

 

『なにやってんだよ! たいちょー!』

 

 いや、ふざけている場合じゃなかった。このままだと普通に殺される。脱出しようと大剣を振り回したが、膂力と重さが足りないせいか尻尾を切断するには至らなかった。あれ、普通に足引っ張ってない? い、いや気のせいだね。 おらっ! 切れろ! 切れてください。

 

「隊長! ちび助! このやろっ!」

「援護します!」

 

 ウンディーネの姉御達が双剣を手に走り寄ってきた。

 

「なんなのかしら、邪魔よ。あなたたち」

 

 覚醒者の長い髪がうねり、無数の槍のように二人を襲った。ウンディーネの姉御は、双剣ですべて打ち落とし、シンシア天使長は若干の妖力解放を行って打ち払った。

 エバ隊長どこまで吹き飛んだんだろう……。早く戻ってきて助けて(他力本願)

 

「オラァァァア!」

「っ!」

 

 ウンディーネの姉御が、素早く移動すると双剣で覚醒者の右足を滅多切りにした。

 シンシア天使長は妖力解放しつつ、私が捕まっている尻尾を切断してくれた。やさしくない? こうしちゃ居られない。

 自分も体勢を整え大剣を構えた。そういや覚醒者って、部位破壊したら報酬増えんのかな?

 アホなことを考えつつ、邪魔したら悪いから陽動する事にした。姉御と天使長はおそらく覚醒者の動きが愚鈍なことから、四肢を落として確実に首を落とす流れに持っていくだろう。

 

 大剣を頭上でひと回転半、振り回して力を溜めた。体幹を利用した上向きの慣性に引っ張られ、回転力を殺さずに踏み込んで空中へ舞った。

 

『こっち見ろ!』

「ガッ!」

 

 飛び上がって顎を大剣の腹で強打した。普通に斬撃を加えるよりも、かなり大きな音が頭に響いたはずだ。

 顎硬った。硬すぎない? 手がびりびりする。それにしても、やっぱガ行好きね君たち。

 覚醒者はのけ反ったままぶつぶつと呟いた。

 

「ゆるせない。ゆるせない。私のものをまた奪うつもりね。ゆるせない」

 

 こわっ、メンヘラかよ。

 太い髪に支えられた頭部がミシミシと嫌な音を立てて不気味に持ち上がると、覚醒者は急に頑強な頭部をぶんまわした。髪が鞭のようにしなり襲いかかってきた。

 

「うわぁぁあ!」

「ぐっ! くそ!」

 

 轟音が鳴り響き、辺りの森林が更地になった。土煙が充満している。

 私は覚醒者の攻撃を空中で受け流して独楽(コマ)のように加速する。

 視界の端に、飛んで行った姉御たちを探したが無事なようだった。

 

「うぐっ! くっそ!」

「はぁ、はぁ」

 

 姉御は剣を支えに片ひざをついており、シンシアちゃんは防御に力を使ったのか、両膝をついて息を切らしていた。二人とも頭から出血している。

 

 ってか、いまので力がかなり早く溜まったんだが……。やっぱ覚醒者ともなると、一発の攻撃を受け流したときに溜まる力が段違いだ。

 ぐぐっと、さらにのけぞった覚醒者の口から二人に向かって槍が射出された。

 あ、ヤバイ。まだ空中で踊ってるせいで、全然間に合わない。この状況、私が顔殴ったせいでは……。

 そこへ、エバ隊長がようやく帰ってきた。

 

「助けが必要だったか?」

「けっ! いらねーよ!」

 

 エバ隊長が槍をはじき切り、姉御が強がって立ち上がった。

 しかし、あの瞬間割りと顔が絶望していたように思う。エバ隊長もヒーローダイヴで帰って来て、触手の槍をすべて破壊する辺りポイントが高い。

 

「26番は?」

「わかりません。さっきの一撃で飛ばされたようです」

「そうか」

 

 いや、まだ空中にいます。気づいて。大分、上の方。

 

「組織の元No.9〈光沢〉のガーネット。覚醒前から光り物へ異様に執着があったと聞く」

「とらないで、とらないで。あたしのだから」

「もはや言葉すら通じんか」

 

 覚醒者が泣きながら、なにかを言っている。人だったときの記憶を反芻しているのだろうか……。

 あー、やっと地上に戻ってこれた……。シリアスしてるとこ悪いんだけど、コレそろそろ止めても良いかな。ぶつけるタイミング見計らって踊ってるんだけど。もう大剣がかなりヴォンヴォン言ってきてるけど……。

 あれちょっと待てよコレ。敵の攻撃乗せたせいか、慣性強すぎて自分でも止められない。

 

「せめて、楽に葬ってやる。抵抗してくれるなよ!」

 

 エバ隊長が、ガーネットの首を狙ってくっそ速い切り返しを行った。

 

「グギャ!」

 

 生存本能からか、ガーネットはエバを叩き殺すかのように両手で挟もうとした。そこに体勢を整えた姉御たちが現れ、腕を切断した。

 

「私たちを忘れてもらっても困ります」

「やれ! 隊長」

 

 通り抜け様に姉御たちが声をかけた。なにこれかっこいい。

 

 〈瞬剣〉!

 

 エバ隊長が叫び、ガーネットの首を切断して、完全勝利体勢をとった。

 

「やったか!」

 

 振り向き様に姉御が言った。

 あっ、それやってないやつ。

 ガーネットの頸が地面に落ちる寸前で止まった。

 

「なにっ!?」

 

 ガーネットの頭と太い髪の毛が胴体で繋がっていた。たくさんある髪に紛れて見えないようになっていたようだった。

 首をもたげたガーネットが、全力で技を出した後の硬直で動けない隊長に食らい付こうとした。

 させねぇ! 生き残り隊員逝きます。

 剣の勢いが止められなかったことで、最高速度に達して大剣台風となったまま、ガーネットの土手っ腹へ突撃した。

 

『うおおおおお!』

「なっ!?」

「ちび助!」

 

 我ながら、いいタイミングでフォローに入れたのではなかろうか。覚醒者は私の剣圧に押され隊長への攻撃を見誤った。さらに、覚醒者の身体が剣が当たった先から崩壊していく。

 止められることなくついには貫通した。しかし、剣の威力はまだ衰えておらず、大剣が地面に突き刺さり引っ掛かって手からすっぽ抜けた。あっ、これ修練中もやらかした一番ヤバいやつ。慌てて、持ち手と逆の手で握ろうとした。

 

『あばー!』

「26番!」

 

 しかし、地面に刺さったままの大剣に届かず、攻撃に乗っていた慣性を渡す先がなくなって飛ばされてしまった。

 

 

「なんだったんだ今の技は……」

「速すぎて、私には何がなんだか……」

「恐らく今の技が、黒服が言っていた奴が一桁台に匹敵すると言った理由だろう」

 

 覚醒者の遺骸の前で愕然とするウンディーネ達に対して、エバが冷静に分析したことを話した。

 

「どういう技なんだ?」

「……。この大陸の南側あたりの民芸品に、回転を加えると独りでに回る玩具がある。奴のそれは、自前の身体能力を使ってそれを再現しているのだろう」

「妖力開放せずにできるものなのですか?」

「いや、妖力開放をすると却ってできない類の技なのだろう。あまりにも技が精緻すぎる」

「そうかぁ? 最後あたりは、雑に振り回しているようにしか見えなかったが……」

 

 エバの推測に対して、ウンディーネが懐疑的に答えた。

 

「実際にやってみるといい。剣を振る、体を動かす。行動を起こし、起こし終えた後には必然的に力の流れが生まれる。奴のそれは、流れを止めることなく、技として蓄え続けているのだろう」

「なっ!?」

「驚異的な動体視力、力の流れを感じ取る才覚がそれを可能としているのだろう。しかし、天は二物を与えずとは奴のことだな。せっかくの天賦の才が、組織の実験で潰れている。人並みの知能を持つ剣士であれば、誰も並び立てなかっただろうに……」

「なんにしても、私オリヴィアさんを連れてきます! また、気を失っているかもしれませんから」

 

 シンシアがオリヴィアを連れ帰ったのは、しばらく経ってのことだった。土に頭から刺さり、足だけ出した状態で気絶していたようだった。

 

 




 残りも発掘されておりますが、構成や順番が雑然となっているため整理してからの投稿となりそうです。

2021.6.27 -追記-
支援絵を頂きました。

【挿絵表示】

唯のかえる 様
ありがとうございます。


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最初で最後のフードファイター

なんか思ってたより高評価で草。
雑多に書いていたものの、整理の目途が着いたので頑張って更新します。
書いてた当時のしょうもないネタを、分かりやすいものへ上書きする作業が一番時間が掛かるっていう。


 覚醒者討伐も日々の任務に加えられてしばらくが経った。あれから原作に登場していた戦士達と組むことはなく、ナンバーも据え置きである。既に11回ほど覚醒者討伐に参加させられている。何気に20番台にしては討伐経験が多いような気もする。原作の時系列が現在どこなのか気になるところだ。ぶっちゃけ言葉の壁があり、ある程度分かるとはいえ質問もしづらい。あと、同僚にも避けられてる気がするんですけど……。

 

「次の任務だ、オリヴィア。ここから北へ少し向かったところにある廃墟に覚醒者が確認された。今回はNo.9と構成される部隊で参加してもらう」

「ん、了解」

 

 溜息おじさんの黒服が任務を持ってきた。No.9とか初めて討伐した覚醒者と同じ番号じゃん。なんか因果を感じるわ。

 

「複数の妖魔も確認されている。精々気を付けることだ」

 

 廃墟近くの町で待機することになった。

 街に着いて真っ先に食事処を探す。最近急いで拠点になる街に向かって爆食いすることを覚えた。というのも任務中ほとんど飯を食わないやつが多いため、食いだめしておかないと辛いからだ。今回は早朝に着いたため、旨いと噂の宿の食堂で食事をとることにした。普段は前日に着くように行きフカフカのベッドで寝るのだが、今回は移動中に野生(?)の妖魔に絡まれ遅れてしまった。

 

「これをこのお金で買えるだけ」

「あぁ、へぇ。あのほんとに食べれるんで?」

 

 割と貯まってしまいがちな、棒状のお金をジャラジャラと出す。いいからはよ持ってこいや。肉のランチプレート感ある料理を頼んだが、食べきれるのか宿の親父に疑われてしまった。金額的に10人前ほどであったせいだろうか。

 

「……早くして」

「へ、へい!」

 

 有無を言わさない威圧感というのも出せるようになったらしい。具体的には殺気だが。おまえを、殺す(デデン!)

 飯を詰め込んでいると、珍しく人間の旅人が宿をとったようだった。何でも生き別れの弟を探しているらしい。このご時世、生き別れて会える確率なんてかなり低いのだが、よほどのロマンティストなのだろう。ようやく食べ終わり、集合場所へ移動する。

 仲間の気配を探ると空家だろうか、町外れの建家に集合しているようだった。妖気感知も立ち止まって時間をかければ、ちょっとは分かるようになっていた。

 

「遅い到着だな」

 

 ボロ小屋の戸を開けると既に仲間達が揃っているようだった。オールバックのくっそ鋭い目でこちらを睨んできているのが件のNo.9らしい。人数は私を入れて5人ほど、今回の覚醒者もそこまで数字の高い相手ではないらしい。ごめんね、飯食ってたわ。と、曇りなき(まなこ)で訴えるが黙殺された。

 

「隊長。こいつ〈痴呆〉のです」

「こいつが……。専属の黒服はどこだ」

「最近は付かないことが多いようだぞ」

 

 黒服ため息おじさんは、前々前回くらいで勝手にしろと言っていたから来ないぞ。これまでチームを組んで、同僚とのいざこざや脱落者がでなかった為か、黒服が来ることはなくなった。日常会話くらいならそこそこ喋れるようになったからだろうか。ってか、同僚まで〈痴呆〉って呼んでくるのやばくない? 喧嘩売ってる?

 30番台が2名、20番台が1名、No.9、そして私。構成的に微妙である。No.9てジーンじゃない? 原作のキーパーソンだ。

 ちなみに原作登場者にあったからと言って、前のようにテンション爆上げで引っ付き回るようなことはしない。普通に嫌われるからだ(1敗)。

 

「ふん。精々邪魔しないことだ」

「ん、了解」

「また、よろしくね」

 

 ジーンは割りと冷たかった。つらい。32番の人が髪を耳に掛けつつ私へ言った。そういえばこの32番の人、妙に優しいと思ったらこの間の討伐で一緒だったわ。よろしくな。最近の討伐でおつよろオンラインだったから嬉しい。そもそも、あんまり言葉のキャッチボール自体しないけど。でもドッジボールは得意よ。

 

 場所は拠点を離れ、町中を通って廃墟に向かっている途中である。今回の目的地は、ゴナル山という山の中腹にあるらしい。かつて栄えた街があったそうだが、組織への支払いをごねて妖魔の大群に襲われ消滅したそうだ。諸行無常。いや、くそみてーなマッチポンプだった。

 

「攻撃型が2人。防御型が2人か。おい、〈痴呆〉の。おまえ、どっちだ?」

 

 考え事をしているとジーンが問いかけてきた。攻撃型とか防御型ってそういやあったなくらいの感覚である。ぶっちゃけ強いやつは強いし、弱いやつは弱い。

 

「……しらない」

「なに?」

「わからない」

 

 立ち止まったジーンは唖然とした顔でこちらをみていた。戦士は攻撃型防御型に分かれるが、防御型であれば傷の治りが速く四肢欠損しても再生できる等、それぞれの特性がある。しかしそもそも敵の攻撃で、傷を治さないといけないようなものなんて食らったことがない。もっと言えば、妖力解放が目ん玉光るくらいしかできないので、覚醒者クラスの敵からもらう攻撃はもれなく致命傷である。

 凍った空気を、きれいな長髪の32番さんがフォローしてくれた。名前はカティアだった。

 

「26番ちゃんは、攻撃をまともにくらったことがないの」

『その言い方は語弊があるのでは?』

「チビっ子だ。どーせ、みんなの後ろに隠れていたんだろう?」

 

 ラケルと呼ばれた20番台前半の短髪戦士がからかうように言った。てめぇ、数字が私よりちょっと上だからって調子乗るなよ……! 一生フカフカのベッドで寝れない呪いをかけてやろうか。

 

「まぁいい。時間さえ稼いでくれれば敵への止めは必ず刺す。それだけ覚えていてくれ」

『旋空剣ですね。わかります』

「さっきから、何言ってんだこいつ?」

 

 旋空剣って恐らく強いんだろうけど、溜めに時間が掛かるのがネックよね。腕を掴んでねじり込むようにツイスト決めたら溜まらないだろうか。腕大車輪とか。

 

 歩くのを再開し始めたとき、ジーン隊長が突然振り向いて宿を睨んだ。私が飯食ったところだ。どうした? お腹すいたのか?

 

「どうしたんだ隊長?」

「誰かにみられているような……いや、気のせいのようだ」

 

 このシーン何処かで見たような……。あーなんだっけ。こっち見てるのクレアじゃね? ……これ、リフル出てくるやつじゃ……? あれ、詰んだ? 

 その時、滝のような汗が出てきた。リフルはだめだ。例えるなら、ラスボス一歩前くらいにいるクラスのボスキャラだ。足元が崩れた気がして、生き残りたい願望が潰えそうになった。逃げるか……? でも、すぐにラファエラあたりに追いつかれて粛清されそう。

 

「おい、26番急にどうしたんだ。妖気(・・)が乱れているぞ」

「!『それがあった! ラケルありがとう!』」

「なんだって? あ、おい!」

 

 急に頭を上げた私は宿に突撃した。

 

「さっきの大食いの嬢ちゃんじゃないか」

「みず! みず!」

 

 驚く店主に食い気味で言った。思い出したのは妖気を消す薬の特性だ。半分に割って飲めば、気を失ったとき妖気が漏れるのを防ぎ、死んだ振りが可能になるのだ。ちょっと前の任務でもらったやつが3つ余ってたはずだ。ちなみにくそ不味すぎて口にした瞬間リバース確定するので、水で流し込む所存である。もっともまともに攻撃を食らったことのない私が、ダフの攻撃をくらって生き残れるか不安も残るが……。クレアも確認できたことだし、覚醒さえしなければ生き残れる気もする。そもそも捕まらなければいいのだ。

 カウンター脇に置いてあった干し葡萄入りの乾パンに、全員分の薬をぶっ刺して急いで宿を出た。

 どこかに消えたことを咎められたが、全員に乾パンを渡して、いつものように謎言語(日本語)アピールからの笑顔を向けると黙った。

 しかし結局、乾パンを食べてくれたのはカティアともう一人の30番台のミアだけだった。

 

 

 

 クレアは、ラキの痕跡を探して街にはいった。組織に追われる立場にあり、拠点として宿をとるのは戸惑われたが、人間に紛れなければ却って目立つと思い宿を取った。

 クレアが宿を取ったとき、豆粒のようでようやく感知できる大きさの妖気が近くで発生した。

 

(組織の追っ手か……。ばれたのか?)

 

 発生源は土間繋がりである食堂から発生しており、息を呑んで覗くと小さなクレイモアがテーブル一杯の肉を手掴みで次々に食べていた。食堂の給持や客が唖然とした顔で見ている。緩くカーブが掛かった銀髪は肩口で切り揃えられており、整ったアーモンド型の目が肉を頬張る度に崩壊していた。体格からいって辛うじて大剣を背負える大きさだった。殆ど横向きに大剣を差すのだろう、ホルスターが斜めについていた。しかしそれでも、下手をすれば地面に(わだち)ができそうだ。

 

(本来、半人半妖は食事をあまり必要としないはず。まさかこいつ、ヘレンと同じタイプか……?)

 

 クレアには、妖力解放限界を越えて尚、人側であり続ける仲間がいた。そのうちの一人がヘレンだった。半覚醒の影響で食欲が増大しているのだ。

 

(しかし、なんだこの不安定な妖気は……?)

 

 豆粒のような妖気の癖に、消え入りそうになったり強くなったり、呼吸のように明滅している。

 

『おっさん! ご馳走さま! 釣りはいらねぇ!』

「なん……? おい! 嬢ちゃん、お釣りお釣り!」

 

 考え事をしている間に、小柄なクレイモアは食事を終え意味不明なことを喚きながら走り去った。

 

 その後しばらくして、借りた部屋から街下を見下ろしていたとき、5人程の隊で幼いクレイモアが帰ってきた。

 隊列の後方を歩いており、短い髪の戦士に絡まれていた。相当嫌そうな顔をしており、喜怒哀楽が顔に出やすいタイプなのだろう。

 その時、一番先頭を歩いていた戦士がこちらを見た。慌てて隠れたクレアは、こちらに気づきそうになった戦士がナンバーひと桁と当たりをつけた。オールバックの髪に鷹のような目をしていた。

 

「あれが頭か……。印は……、見えないか。なんだ? なっ!?」

 

 後方を歩いていた幼い戦士が取り乱し、突然宿に突っ込んできた。

 

(どうする……? ばれたのか?)

 

 一階ですさまじい騒音が立った。しばらくして、幼い戦士は何事もなかったかのように宿から走って出てきた。小さな手には小包を掴んでいた。当然のことだが、覚醒者の討伐と見られる部隊は幼い戦士の行動に一瞬動揺した後、普通に置いて進んでいった。一人だけ長髪の戦士が心配そうにチラチラと後ろを振り返っていたのが印象に残った。

 

『みんなまってぇー!』

「なんなんだ、あいつは?」

(印は……"呆"か。上位ナンバーでもないようだな。いくつなんだ……)

 

 突飛な行動をする戦士に精神を揺さぶられ、クレアは冷や汗をかきながら思わず呟いた。クレアにとって突飛な性格をしている戦士は、戦闘において優秀なものが多い印象だった。しかし、あまりにも行動が普通の戦士とずれている。

 この後すぐに、クレアは出会うことになる。

 〈痴呆〉という名の一人の戦士と。

 

 




なんというか。
上書き作業を端的に言うと。
その、滑ったボケを解説させられてるみたいで辛い。


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パイルバンカーおじさん

平日の更新はなかなか時間が取れないようです。
お待たせしております。



 ゴナル山は標高が低く、あまり険しくない山だった。森林は少なく、背の少し高い灌木が斑に生えていた。

 初め気づいたときには動揺したが、今回の任務での目標も定まった。ダフやリフルを確認後の離脱だ。なおかつ、私の代わりに説明できる戦士を生き残らせることだ。任務を放棄して逃げ出すと、組織に命令された鬼ツヨ戦士から追尾され、釈明虚しく切り殺される確率の方が高い。さらに私の発言は普段の発言も相まって、信用度が非常に薄い。やっぱあれか、〈痴呆〉とか付けられるだけあって嫌われてるのかしら。

 

 ジーン隊に付いて歩いて四半日ほどが立った。道中羽の生えた妖魔たちに襲われたが、特に苦戦することなく討伐を終えた。ちなみに、私は全く役に立たなかった。大剣を抜いてすらいない。34番の戦士ミアと32番の戦士カティアが撃ち漏らした妖魔に、シャイニングウィザードを決めて憂さ晴らししたくらいだ。

 

「ったく、これで任務終わったんじゃないですかー?」

 

 21番の戦士ラケルが頭に手を組んで言った。こいつ油断しまくりだけど、大丈夫か? これから、リフル出てくるけど大丈夫か?

 

「ラケル。油断するな」

「へーい」

 

 案の定、ジーン隊長に窘められた。広域の索敵はミアが請け負った。ロン毛具合がカティアと同じだが、雰囲気が固い。カティアが緩めのお姉さん風なのだが、寡黙で冷たい印象だ。先程、上空から近づく羽根つきを素早く感知したように、存外に優秀だった。

 

 街の廃墟に差し掛かったとき、5体ずつで編成された妖魔達に波状攻撃で襲われた。手には妖力の固まりのような棒を持っており、大剣で切断できない異様な硬度をしていた。

 

「この統率がとれた動き……。なんなんだこいつらは」

「ま、妖魔なんていくら群れても同じだ」

 

 にしても、ダフの身体の一部と思われる棒が硬すぎて笑えてくる。大剣で弾く度チンチン鳴って楽しい。しかもたくさん落ちているので、大剣でジャグリングできる。

 マーチングバトンのようにしてクルクル回していると、突然青い顔をしたミアが言った。

 

「大きな妖気が近づいてくる!」

 

 そこに現れたのは、全身が針のようになった覚醒者だった。ウニのど真ん中に人の顔があるように見える。ダフの棒と似たような針を飛ばしてきた。なんか磯の香りしない?

 

「統率していたのはこいつか! ラケル! ミア!」

「時間を稼ぐんだろ? わかってるよ隊長」

 

 防御型の2人が前に飛び出し、針を弾いた。針は折れ砕けた。硬度はダフのそれに及ばないようだ。見当違いの方向に飛んでいった針は妖魔達の一団をバラバラにした。

 

「へっ、時間をかけて作らないと硬いのはできないみたいだなぁ! おらっ!」

 

 完全に勘違いをしているラケル達を見ると、これもリフル達の作戦なのだろう。

 ダフの出現に警戒しながら、カティアと共に遊撃に回る。しかし、こいつ針が柔らかい癖に弾幕が厚くなかなか近づけない。イラっと来て、手近にあったダフの棒を投げ放った。

 

「ははっ、いいぞ! 26番」

 

 ダフ棒が脇から貫通し、覚醒者が体勢を崩した。

 ジーン隊長が3ひねり半くらいの旋空剣で飛び出し、覚醒者が苦し紛れに打ち出した針を捻りを戻す時の力で弾き、切りかかった。それ突き技だけじゃなかったのか……。

 

()った」

 

 ジーンが覚醒者の顔面へ剣をいれた瞬間、覚醒者が内側から弾け、太い針がジーンに刺さった。

 くそが! やっぱり罠かよ! 恐らく感知できないほどの遠い位置取りからダフが撃ったのだろう。ジーンは空中から地面に叩きつけられた。腹にダフ棒が刺さっている。

 

「うぐっ!」

「えっ? どうなって」

「......」

『撤退! 撤退!』

 

 

 違う、ええと何て言うんだっけ。やばい。早くここから移動しないとヤバイ。皆、呆然としていた。お前ら〈痴呆〉かよ。

 ジーンの首根っこを掴んで、射線と思われる方向に対して障害物になる瓦礫に飛び込んだ。

 

「『撤っ』にげろ!」

「なっ!?」

「26番?」

「!」

 

 やっと単語が出てきた。ちょっと焦りすぎだったな。

 その時、矢の雨が降ってきた。すべてダフから射出された強力な矢だ。

 

「うわああ!」

「ぐっ!」

 

 カティアは辛うじて回避が間に合った。ラケルが腹に一発もらって転がって倒れた。ミアはダフの妖気を感知してしまったのか動けないようだった。私の叫びで防御自体は間に合ったが、複数直撃してあまりの威力にそのまま飛ばされてしまった。

 

「ラケル! カティア! ミア! うぐっ!」

『いいから早く治せ!』

 

 低級の覚醒者を犠牲にして隊長格を潰し、何が起きたかわからないところに撃ち込む二段構えか。みんな辛うじて生きているように思う。捕獲するために威力を落としているのか……。ジーン隊長さっさと傷治してくれ。刺さりっぱなしの棒を引き抜いた。仲間を想うがゆえに、思考がそちらに寄りやすいのだろう。

 

「26番なにを......」

 

 おもむろに立ち上がった。少なくともジーンが復帰するまで時間を稼がなくてはならない。

 

「にげろ」

「おまえ……」

 

 ジーンへ一応もう一度言っておく。じっくり考えて言葉を選ぶ余裕なんてなかった。バカみたいに同じ言葉を繰り返す。言いたいことを察してくれるかは、分からないけれど。

 そして、やはり状況が許してくれないようだった。上空から巨大な影が降ってきた。地面が揺れた。全身に鎧を纏ったような覚醒者だった。首元や手首から、先程射出されたような硬い棒が見えた。馬鹿げた大きさの妖気をビリビリと肌で感じた。

 

「ぐへへ、あれ? ひぃ、ふぅ、みぃ。んあ、一人足りねぇ! 5人いたのに!」

「バカな……。男の覚醒者だと……」

 

 ラケルが呟いた。確かに知らなければ突っ込みどころはそこだろう。しかし、数が数えられていないことに突っ込むべきではなかろうか。それとも瓦礫の影にいるジーンに気づいているのか。

 

「ぐへへ。まぁいいや。なんだぁ? 無傷のやつがいたのか」

「おまえは、ダフダフのダフ」

「ぐへ。お前ばかだろ」

 

 リフルがいつ出てくるのかわからないが、ジーンが回復し離脱できるまで時間を稼がなければならない。

 

「偶にいるんだよなぁ。組織がじっけんして壊れたやつ」

「うるさいハゲ」

 

 大剣を構えた。しかし、会話して時間を潰してくれるのはありがたい。適当におだてて時間を稼げないだろうか。

 

「……お前殺す」

「くっ、26番逃げて!」

 

 カティアが叫んだ。息をするように罵倒してしまったため、ダフが切れてしまった。ハゲで切れるなんて、お前絶対ハゲだろ。

 ダフが口を開けると人ほどもある巨大な柱のような円柱状の矢が装填され、発射された。回避しようと思ったが、射線の瓦礫にはジーンがいた。受け止めるしかない。

 

『うおおおお!』

「ぐへ。やっぱばかだ」

 

 打ち込まれる太い柱の中心に向かって、切っ先を立てた。激突に合わせ、身体のバネを使い力を反らす。移ってきた力、殺しきれない慣性を大剣を引くことで回転へと換えていく。

 

「なっ!?」

 

 ――チン。涼やかな音が響き、殺し(・・)きった巨大な柱が大剣と離れ、自らの重さで地面に沈んだ。

 すさまじい回転の力がたまった。原作の様に狭い場所じゃなくて良かった。大剣を振り回しても何にも邪魔されない。踊る。大剣を纏った死の舞いだ。

 

『返すぞ。くそデブハゲマッチョ』

 

 溜まった攻撃力をそのままダフに返す。

 

「んあ!? これまじぃ」

『はあああああ!』

 

 直感が働いたのか、ダフは右手の拳で対抗してきた。凄まじい外皮に覆われた手だ。原作では主人公(クレア)の高速剣すら及ばなかった。しかし、お前自身の力ではどうだろうか。

 外皮のあまりの固さに切っ先が逸れそうになる。何度も同じところを切りつけた。回転力の慣性が尽きるまで。

 ダフの小指から3本が落ち、回転が止まった。

 

「!」

「やった!」

『くっそ!』

 

 ラケルが歓喜の声を上げた。全然だめだ! 手首を落としても足りないくらいなのに!!

 回転が止まった瞬間ダフの左アッパーが飛んできた。攻撃を出した直後の硬直で避けきれず、生まれてはじめてまともに攻撃を食らってしまった。錐揉みして宙へ舞った。

 

「ぐあっああ!」

 

 墜落の衝撃に必死に大剣の柄を握る。痛い。痛い痛いいたい。全身から火が出るようだった。しかし、身体は痺れて動かない。チーム全体の体勢を建て直すには、ダフが痛みでしばらく自失するだろう今しかないのに……。

 

「うぐっ。ぐすっ。おでのゆびが、指がぁ」

「くすくす。へぇ。そんな豆粒みたいな妖気で、ダフに攻撃が通るなんて。あなた何者?」

 

 背中の中ほどまで真っ直ぐな茶髪を靡かせた幼げな少女が、場違いな声を響かせた。ワンピース一枚の出で立ちで戦場を散歩するように現れた。

 最悪だ。やっぱりリフルが出てきた。もう少し静観してくれると思ったのに。この一瞬で、ご丁寧にも触手化した右手に気絶したラケルが捕まっている。

 少女は左の人差し指を顎に当てて言った。

 

「それに、なんだかダフの事を知ってるっぽいし。こちらの戦術もある程度先読みしていた素振りもあったわね。くす。だれも活かせなかったみたいだけれど」

『うるせー、引きこもりくそちびニート』

「くす。何て言っているのかしら?」

 

 リフルは不気味な気配を漂わせながら笑い、呟いた。当たり前だが、日本語で罵倒するが全然効いてない。

 あー、詰んだ。さっきの攻撃で気絶できれば良かったんだけど、身体が思ったより頑強だったらしい。このまま弄ばれて死ぬのだろうか。

 カティアは……ダメだ。妖力に中てられたのか、膝を突いて絶望している。ジーンはまだか。この場で気を引いたり、離脱できるのはジーンくらいだ。ミアは消えた。恐らくしばらく帰ってこれないくらい遠くに飛ばされたか……。原作を考えれば、右半身がちぎれていないだけましな傷を負っているだろう。ラケルは気を失って宙吊りになっていたが、リフルに捨てられた。

 

「くす。目が死んでないわね。まだなにか策があるのかしら?」

「ぐすっ。があああ!」

「……ちょっとー、今いいとこなのよ! いつまで泣いてんのよ!」

「だって、りふるおでの指が……」

「いいから早く捕まえなさいよー! 置いてくからね!!」

「そ、ぞんなぁ」

『くそが』

 

 夫婦節が炸裂している。死ね人食いリア充。身体が痺れて動かない。目立つが妖力解放してなんとか治すしかない。

 

『はぁああああああ!』

「何この妖気!? もういいわ! 私が捕まえるから」

 

 目が金色になっているだろう。前、妖力解放して鏡を見たとき、目が充血しまくって白目が黒くなっていた。リフルのセリフは、逃げそうな虫を捕まえる小学生感があり、妖力開放中の私の神経を逆なでた。

 その時、焦った声を上げたが前のめりのまま、まだ行動に移さずにいるリフルの後ろに人影が現れた。

 

「よくやった! 26番。後は任せろ」

 

 既に21回腕を捻ったのだろう。限界まで腕を捻ったジーンが旋空剣を放つ準備を終えていた。先程の矢による腹の傷は癒えていた。リフルが気づいていなかったとも思えない、……泳がせていたか。

 

「あら? 仲間を見捨てて逃げずにちゃんとまだ居たのね」

「ほざけ!」

 

 ジーンがリフルへ、47戦士中最高威力の突きを放った。

 

 

 クレアはラキを探すのを一時中断した。

 町中(まちなか)に突如、重症の仲間の戦士が2人現れたからだ。歩いてきた長髪の戦士は息も絶え絶えであった。上半身や頭蓋の骨の一部が砕けているのであろう、重心がおかしく大剣も紛失していた。大剣の代わりに腕に下がっているのは、前日に見た幼いクレイモアだった。快活な様子は見る影もなく、肩口までの髪は血に濡れ顔はあざだらけであった。

 

「たのむ……。組織に連絡を……」

 

 街中へたどり着いたのが限界だったのだろう。血を吐いて倒れ伏した戦士に触れる人間はいなかった。クレアは潜伏中の身であったが、そんな仲間を見ていられなかった。クレアは人込みを押しのけて、倒れ伏した戦士へ手を差し伸べ、その身を起こした。

 

「何にやられたんだ!?」

「! そうか。おまえ……仲間か……」

 

 戦士は朦朧としながらもクレアを認識し、たどたどしく話した。

 

「頼む。なかまを助けてくれ……。やつら、なにかを企んでいる。わたしが……戻った時には、皆捕まってしまった。……こいつしか、助けられなかった」

 

 瀕死の戦士が言うには、何か強大な存在がクレイモアを生きながらに連れ去ったらしい。唯一、敵に痛手らしい痛手を与えた幼い戦士だけは、なぜか瀕死で残されており何とか離脱させることができたが、逃げる途中で気を失ったらしいということだった。それだけ言うと戦士は力尽き、気を失ってしまった。

 幼い戦士の影響か、比較的クレイモアに対して隔意の消えていた宿のおやじに長髪の戦士を任せ、ゴナル山へ向かうことにした。クレアの戦士の矜持が、仲間を見捨てることを許さなかったのだ。

 クレアが向かおうと足を踏み出したとき、白目がどす黒く異様に充血した幼い戦士がクレアの足を掴んだ。瞳は金色に輝いていたが何故か妖気は全く感じられなかった。

 

「あ゛だしを、連れでいけ!」

(!? こいつ、まだ意識があるのか!?)

 

 まだ朦朧としているのか、焦点が合わない瞳でクレアを見た。妖力開放の影響が残っているのか、鋭い歯が見えた。掴む手は、ブーツの金具に爪が当たりギシギシと音が鳴った。絶対に足を離さないという覚悟が見えた。突飛な行動をしていると思えた戦士だったが、仲間を想う気持ちはクレアと同じなのだろう。クレアはその想いを汲むことにした。

 

「着くまでに動けるようにしろ。でなければ捨てていく」

「わがっだ」

 

 幼い戦士は答えた。




まぁ、一番時間とられるのが意味わからない言い回しの解読なんですけどね!
昔の私は時間泥棒だったようです。


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酢昆布の抱擁

原作に絡まると2次創作のクオリティが下がっているように感じる。
やはり原作のクオリティが高いから比べてしまうのだろうか。


 場所はゴナル山への復路だった。クレアの脇腹が暖かい。主人公の脇腹にいるとか感無量である。動けないため、小脇に抱えられての移動となった。しかし、現場に戻らないといけない事を考えるとやっぱ辛い。どうしてこうなった。憂鬱だ。

 

 リフル達に遭遇した後、目が覚めるとボロボロのミアに引きずられていた。当然のことだが、引き摺られてるので瓦礫に頭をぶつけ、再度昏睡した。次に目が覚めると、クレアの目の前だったというわけだ。

 

 身体が思うように動かずにぐったりとしていたのだが、突如として右手が動き出してクレアの足を掴んだ。えぇ!? エイリアンハンド症候群(シンドローム)!? こわっ。

 このまま置いていってはくれませんかねぇ? と言うニュアンスの声を掛けたが、出た声はデスメタル調の“連れていけ”だった。誰だ貴様!? おいまて、冗談だろう? 私はもうフカフカベッドで寝たいんだが?

 

 私の意思はいったいどこへ。人はどこから生まれどこへ行きどこへ消えるのか……。突然少女に生えた私はヒトとしてカウントして良いものか……。いーや、ヒトだね! 一人で哲学して遊んでいるとクレアが立ち止まった。

 

「おい。おまえ、もう動けるか?」

「うん。『サンキューな』」

「……」

 

 もう自分の意思で動けるようだった。いったい何だったんだ……。クレアの小脇も名残惜しかったが、降りることにした。よっこらせっ。少し膝が抜ける感じがするが、もうしばらくしたら走れるだろう。預かってもらっていた大剣を返してもらった。クレアの視線が戦士の印へ注がれていた。恥ずかしくなってきた。いやほんとに。だって“呆”だぜ?

 

「おまえ。ナンバーはいくつだ?」

「26。なまえはオリヴィア」

 

 クレアが少し驚いた顔をした。私の妖気が小さいせいだろう。なんせ元42番だからね! 君も頑張り給え、はっはっはっ。でも、クレアに高速剣されたら一瞬で挽肉にされそう。逆らわないようにしよ。

 

「そうか……。私は元No.47 クレアだ」

『知ってます』

「何て言ってるんだ……」

 

 クレアが肩を落としたような声を出した。今の時期は、組織を抜けた感じになっているんだったか。わりと立ち位置がフワッとしてたように思う。気にし始めたら負けだけど。

 ってか、リフルのところにまた帰るのか……。自殺願望者かな? でも、ミアが私を連れ帰っているのを認識しているだろうし、クレアは既にシスター・ラテアに捕捉されてるんじゃなかったっけ。つまり、逃げると任務放棄扱いで粛清対象となる。くっ、組織の犬共め! カフェラテみたいな名前しやがって! 詰んでるじゃないか!

 とりあえず、隅っこで邪魔にならないようにするしかないか……。それにしても、皆無事だろうか。妖力開放してからの記憶がないのだが。最後に覚えているのはジーンがリフルへ剣を突っ込もうとしたところだ。しかし、わざとジーンを放置していたリフルに当たるとも思えんが。

 

「何があったかわかる範囲で教えてくれ」

 

 これはあれか、日本語以外でおkみたいな感じか。おっしゃ任せろ!

えーと、北の覚醒者イースレイがなんか企んでて、その対抗で西のリフルが戦力集めるために、戦士を捕まえて覚醒させまくってるんだったっけ。ううーん、と。

 

「ハゲのダフとチビが来て、隊長を連れて行った。食べるため違う」

 

 あれ微妙に違う? な、なんて言えばいいんだー! この大陸の言語、発音難しくて長く話すの苦手なんだ。普通に舌を噛む。浮かび上がった単語を繋いでいく。途中聞き取れない単語もあったようだが、クレアは辛抱強く聞いてくれた。

 

「はぁ。あの長髪の戦士が言っていたのと、ほとんど変わらないじゃないか……」

『マジですまん』

 

 クレアは、さらに肩を落とした。

 結局何度かチャレンジしたが、うまく伝えられないまま廃墟へたどり着いてしまった。クレアからしたらリフルだ! リフルだ! って伝えても、えっ、だれ? みたいな状態だと思う。さもありなん。

 

 廃墟一帯を見渡すが、やはり広い。リフル達は地下のほうにいるんだっけ? そもそも、この廃墟の町のどこから入るんだ……。

 仕方なく、妖気感知に優れているクレアに付いて行った。廃墟の陰から、羽持ちの妖魔に襲われたがクレアが難なく倒してしまった。先輩さすがっス! やきそばパン買ってくるので、先に終わらせといてくれっス!

 

 逃げ出す暇もないまま、ついにダフ棒が壁中に刺さりまくっている廃墟ゾーンにたどり着いてしまった。この建物内は狭すぎて、剣振れないんじゃなかったっけ。踊れない詰んだ。はい、くそー!

 

 何匹かの妖魔を倒したが、クレアに襲い掛かった癖に逃げ出した妖魔が、地面を割って出てきたダフの拳で潰れた。

 

「な、なんだこの強大な妖気は!」

「ハゲのダフダフのダフ」

 

 落とした指は既につながり、前回の戦闘痕も見られなかった。完全に回復してしまったようだ。はい、くそー。

 

「んあ? なんだぁおめぇ、おとこか? あで!? おまえしんだはず! なんで生きてる」

 

 どうやらダフの中では、私は死んだことになっていたようだった。事前に飲んでいた、妖気を消す薬で死んだ振り作戦が上手くいっていたようだ。ばれてしまったので、小細工は全てお終いだが。闇討ちでダフを狩れないかと思ったが、原作でNo.3のガラテアが限界ギリギリの妖力開放をして時間稼ぎが精々だったところを考えると、私程度の妖力では素の攻撃自体通らないだろう。前回はカウンターできたから良かったが、今回のこんな狭い通路では、クレアの邪魔になってしまいそうだ。

 

 あれこれ考えて突っ立っている間に、クレアがダフに高速剣を放った。やはり、外皮が異様に硬いせいでほとんど攻撃が通っていなかった。音圧やば。慌てて両耳を塞いだ。

 

「いだだだだだ……。今のはけっこうきいたぞ。てめぇ……」

「ば、莫迦な……」

 

 全然効いてないことにクレアが驚いていた。まぁ、必殺剣効かなかったらそうなるよね……。打つ手なし! 状況終了! 解散!!

 

「ゆるさねぇ……。ゆるさねぇぞ、てめぇ!」

「くっ!」

 

 切れたダフが口に矢を装填した。あ、やべ。クレアが硬直している。クレアには、ジーンを助けてもらわないといけない。むやみに負傷する必要はあるまい。

 

『だらああああ!』

 

 急いでクレアまで突っ込み反転、回し蹴りの要領でクレアの首元を押し、飛んできた巨大な矢の力を前回と同じように奪う。しかし、片足を上げた体勢だったためうまく力を伝達できず、受け流すのが精いっぱいだった。質量に負け、天井まで飛ばされて落ちた。

 クレアは無事なようだ。ちょっと咳き込んでるけど。

 

『くっそ痛てー! 相性わるすぎ』

「がはっ。……オリヴィア!」

 

 一度でも受け流しに失敗すると、ほぼ戦闘不能になるのはクソゲーと言わず何と言おう。いやゲームじゃないけど。質量差がありすぎる。

 

「げひゃひゃ。前のお返しだ」

 

 ヘイトがこちらを向いてしまった。大剣を支えに起き上がるが、ダフからもう一発矢が放たれた。まだ、受け止める構えができていない。大剣を捨て、横へ飛ぼうとしたときクレアが割り込んだ。ばっかおめぇ、せっかく助けたのに!

 

「ぐっ!」

『うわーっ!』

 

 やはり止められず、クレアの尻に押され床を滑った。ガンヘッドスライディングのように吹っ飛んだことで、地面と顔が擦れた。ヒップアタックの方がダメージでかいんですけど?? 

 

「さーんぼんめー」

「が、ぐがああ」

 

 すさまじい音が響き、クレアの左足が砕けた。あの速度で連打してくるのはやばい。全然対応できない。そうこうしている間に、クレアがダフに捕まってしまった。

 

「こいつはひん剥いてみようかなー? おとこかなー。おんなかなー」

「困ったなぁ……。こういう場合、私はどうすればいいのだろうな?」

 

 ガシャガシャと支給された脛あて(グリーヴ)の音を響かせながら、一人の戦士がそこに現れた。長髪で目が大きく、鼻梁が通った顔立ちをしていた。ガラテア! ガラテアじゃないか! メイン盾きた。

 

「ぐへ。遊び相手ふえたから、こいつはつぶしちゃおう」

「ぐああああ」

 

 ダフに指先で頭を()ままれたクレアは、絶叫を上げた。ガラテアは、そんなクレアを見ながらもダフの真下近くまで余裕を持って歩いていくと、ダフを見上げ微笑んだ。

 

「あで?」

「見た目以上に軽いな。もっと飯を食え」

「No.3ガラテアか……」

「おや、私を知っているのか」

 

 ダフは意に反してクレアを放してしまったようで、固まった。クレアを確保したガラテアは三歩程下がった。

 これあれか、飯食いまくってる私が抱き上げられたら、おっも。とか言われるんだろうか。よく考えたらNo.34のミアにも引き摺られてなかったか……。あれ、私重すぎ……?

 

「私の用はこいつなんでな。悪いがこれで失礼するよ」

 

 そう言ったガラテアは、まだ寝転んでいる私の脇を普通に歩いて行った。あれ、私は? スルー?

 

 その時、ダフの口から巨大な矢がガラテアを目掛けて打ち出された。しかし、ガラテアは避ける素振りも見せず矢が勝手に外れた(・・・・・・)。矢は私の頭脇に突き刺さり、私は刺さった衝撃で壁際までゴロゴロと転げてしまった。こいつワザとやってんのか?

 ガラテアはその後もダフの攻撃を全て躱して見せた。躱したというよりダフが勝手に外しているのだが。相手の妖力に干渉して、外部から操作できるんだったっけ。しかし、ダフの攻撃によって退路が崩れてしまった。

 

「おっと、見くびっていた。一応考える頭が残っていたらしい」

「てめぇ、ばかにしやがって。手足引き千切って(はらわた)引きずり出してなぶり殺しにしてやる!」

 

 クレアを降ろしたガラテアは、ダフに向き直った。

 

「それにしてもお前達。よりによって、ろくでもない奴と闘うつもりでいたもんだな」

「りふる」

「なんだ。転がっているチビは知ってたのか」

「どういうことだ? こいつに捕まったんじゃなかったのか?」

「下にいるもう一匹のことだ。お前も妖気読みに長けた戦士なんだろう? 正確な場所と相手の妖気に波長を合わせればわかるはずだ」

 

 今のうちにと、匍匐前進でクレアの隣までたどり着いた。顔面スライディングのせいで出た鼻血を拭った。ガラテア、絶対私を認識してやがったな。覚えてろよ。

 しかし、ガラテアにはリフルが居ることは始めから分かってだろうし、一戦当たらないと逃げることもできないことは、ここに入ってきた時点で覚悟していたのだろう。そう考えると、割と仲間想いなのかもしれない。妖力開放したらウンディーネの姉御並みにムキムキになるんだったっけ。不謹慎ながら、ちょっと見るの楽しみなんだが。

 

 考え事をしてる間に、ガラテアが妖力操作を使いダフの装甲が薄い部分から大剣を突き入れ、右腕を手首から落とした。

 

「先に手足をもぐのは私だったようだ」

「がああ! 手が、おでの手が!」

 

 そんな時、天井を髪を使って高速で這うリフルが見えた。お前瞬間移動してると思ったら、こういう演出だったのかよ。こわっ。ちょっと目が合った気がしたんだけど。

 

「きた」

「なんだ?」

 

 リフルが後ろに座ったので、注意を促すべく呟いた声をクレアが拾った。あダメだ。この子、全然気づいてない。

 ダフが号泣している。こいついっつも泣いてるな。それはそれとして、クレアはよ治せよ。あっ、治癒苦手なんだったっけ。えへへ、私も。全身が痛くてヤバい。

 

「ばかよねぇ。そんなのだからいつまで経っても、私の男って自慢できないのよねぇ」

「!」

 

 リフルの声に全員が反応した。ダメンズ可愛がりおばさんみたいな発言しやがって。私は気づいてたから……。気づいてても、今なんにもできないんだけど。

 

「ちっ。思ったより早く出てきたな。〈深淵のもの〉西のリフル」

「なっ!?」

『いや、お前の隣に降りたぞ』

 

 あれ、ガラテアも認識できていない……? 妖力の隠蔽力が半端ないのか。リフルお前絶対忍者だろ。しかし、ホラー感半端なかったな。だって髪だけで移動してるんだぞ、こいつ。こわっ。

 

「力いっぱい。思い切り打ち込みなさい」

「えっ? さっきからやってるけど、あだらなくて!」

「いーからさっさとやりなさいよ! 次外したら別れるからね」

「うぐっ、ぐそ! おまえのせいだからな!」

 

 リフルは、早々にダフへのアドバイスを送った。意識の間隙を狙う妖力操作って、集中した強い妖力で上書きできるんだったっけ。なんかそんな感じだった。リフルが余裕ぶっこいて説明してる間に、鼻血が止まった。もう一度、拭って立ち上がる。

 ダフは泣きながらガラテアに拳を放った。ガラテアは妖力操作で回避しようとしたが、軌道を変更できずに狙いを定められ拳が直撃した。

 

「うぐっ!」

「まずい! よけろ!」

 

 ダフの拳からパイルバンカーのような技が繰り出され、ダフの追撃を見たクレアが叫んだ。追撃の前に私は、すでに走りだしていた。次はうまく受ける! ダフとガラテアの間に割り込み、両足をしっかりつけて、もう一度力を()()()()()

 

「ちっ! こいつまた!」

『よっしゃおらあああ!』

 

 バカの二番煎じだが、これしか受けられる技がない。一発くらいならガラテアも耐えられただろうが、被弾しないに越したことはない。瓦礫の間隙を縫って回転を始めようとしたとき、後ろから黒い帯に巻きつかれた。

 

『えっ? うああああああ!』

「今いいところなんだから、不気味な貴女は大人しくしててちょうだい。気が向いたら仲間にしてあげるわ」

「オリヴィア!」

「……オリヴィア? そうか、あいつが〈痴呆〉のか」

 

 慣性を受け入れた段階で動きを封じられた為に均衡が崩れ、ダフの足の間をバウンドしながら(くぐ)って階下に落とされた。高さで股がヒュンとなった。ダフが出てきた穴から落ちたようだった。あやべ、動けないせいで瓦礫に頭から嵌った動けねぇ!

 

 

 リフルは立ち上がって片手を突き出した姿勢を止め、再び座った。

 

「ごめんなさいね。続けて頂戴。あれはあんまりにも不気味だから、ここには似つかわしくないわ」

「どういうことだ?」

 

 クレアの問いにリフルは(またた)いた。

 

「あら? あはは、知らなかったの。滑稽ね」

「耳を貸すな、47番!」

 

 ダフの攻撃を避けながらガラテアは言った。

 

「あの子。この間会ったとき、鬱陶しかったから首を刎ねて殺したはずなのよ」

「なん……!?」

「生きているからびっくりしちゃった。相変わらず、組織もとんでもないものを作るものね」

 

 クレアは自分が連れていた幼い戦士が死んだはずだと聞かされて動揺した。

 

「馬鹿な。首を刎ねられて生きている戦士など……」

「あら? 私の話が信じられない? でも、事実は事実よ。それよりも貴方、足を直さなくていいのかしら。仲間が大変よ?」

「くっ! ガラテア!」

 

 リフルと話しているうちにガラテアが窮地に陥っていた。クレアは瞠目してダフを睨み、妖力開放の上限を解き放った。




多分、今も昔も酒飲みながら書いてるからですね(脳制限プレイ)


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死人

中々じっくり座って作業する、まとまった時間が取れないようです。
お待たせしております。



この文章を書こうと思った切欠は何だったのだろうか。
読めるように修正・加筆していると、ふと思います。


『ぬおー! とれねぇ!!』

 

 リフルの体の一部に巻き取られ芋虫状態となっている。どんなに妖力を込めても外れる気配はなかった。瓦礫に隙間があるので辛うじて息はできるが、こう暴れていては酸欠で普通に気を失いそうだ。

上の階ではドッカンドッカン音が鳴っており、すさまじい戦いが起こっているようだった。場合によっては、ここ崩れて生き埋めになるのでは……。こんな状態になっている時に崩れてくるとか確実に死ぬ。やべぇ!!

覚醒者の力量によって、切り離された体の一部等の硬度が変わるのだが、一級の覚醒者であるリフルのパーツとか壊せるわけがない。くそ、この酢昆布が!!

 

 

「オリヴィア!」

 

 結局、足を治したクレアが降りてくるまで挟まっていた。もがもが言ってるところを見つけてもらった。頭だけ埋まっている私をクレアから見れば、俎上で目打ちされたウナギのように見えただろう。どうやら、戦闘をガラテアに任せてジーンを救出にいくようだ。

 

 助け起こしてもらった後、拘束をとってもらうようにお願いした。普通に歩けないので、ピョンピョン跳ねながらだけれど。屈辱だ!

 

「とって! とって! 『あ、できれば私には傷をつけないように丁寧にお願いします』」

「くっ。奴の棒でないにしろ、この拘束は硬すぎる!」

 

 素手で取れなかったのか、クレアが大剣を構えた。

 

「!」

「おい! ちょっと待て、何処へ行くオリヴィア!」

 

 今までに無い死の恐怖を感じ、慌てて逃げた。おまえの高速剣を食らったら挽き肉になるわ!! 丁寧に扱えって言っただろ!

 ダフが通るために開けたであろう穴に、また落ちた。いや違うんだ、ドジで落ちたとかじゃないんだ。踝から首付近まで拘束されてるので、孵化したての卵ダッシュみたいになってバランスがとれなかったんだ。

 

「どっ! ひっ!『痛っ!』」

 

 最下部まで転げ落ちたのか、広い居間があった。転げまくったせいでクラクラする。酢昆布拘束のお陰で、却って痛くなかったのは皮肉だ。これで鎧作ったら強そう。あ、また鼻血が。あ、そうか顔に拘束具ないんだった。くそっ、出血多量で死んだらどうするんだ! 顔までやれよ! どうしてこう、今日は、嫌なことが連続で起きるんだ……。

 

『ちくしょう! バカにしやがってぇー!』

「ここは……! そうか、案内してくれたのか」

『……いや、殺人鬼から逃げただけ』

 

 顔面から地面に沈んでるせいで、くぐもった声になった。うつ伏せの姿勢から芋虫運動で、なんとか跳び跳ねて立ち上がった。大剣どこいった? 上に置いてきてしまったか。キョロキョロしているうちに、クレアが先に進んでしまった。

 

 クレアはジーンを見つけると、私を放置して駆け寄っていった。この酢昆布を取り除いてもらうためには人手か時間が必要なため、すっかり私のことを忘れてるクレアを追いかけた。走ると転ぶから、ピョンピョンで。クレアもしょうがないなぁ、私を忘れるなんて。若年性健忘症かな。

 

 ジーンは完全に覚醒しており、一見して人面ちょうちょの化け物みたいな外見をしていた。これ飛べるのかな、飛行系空爆覚醒者とか絶対勝てねぇ、と思いつつ近づいていく。しかし、拘束のせいで可動域が少なすぎて完全に牛歩だこれ。全然進まねぇ!

 

「もどれる! 例え茨の道でも私と共に歩むんだ!」

「たの……む……。わたしに……ひ……ととしての……やすらかな……しを」

 

 クレアが叫び、衝撃波がジーンを中心に発生した。その衝撃に煽られて、倒れて頭を強打してしまった。まただよ。今日だけで、どんだけダメージ受けるんだよ。ダメージのストップ高だよ!

 

 倒れた先には、穴だらけの仲間の遺骸があった。

……まじかよ。全然助けられなかった……。私を連れ戻したミアだけは生きているのは幸いか。訓練生の時、周りの子たちがポコポコ死んでいたが、本当に命の軽い世界だ。

 

「私の手……」

「半覚醒だ。詳しいことは解らないが、当分の間、人でいられる」

 

 ジーンが人の姿に戻り、クレアが外套をかけた。クレアがジーンへ妖力同調を行い、人側に引っ張ったのだろう。クレアは、呼吸を乱して座り込んだ。相当に体力を消耗するようだった。私もピョンピョン走りで消耗した。

あとはもう任せてしまってよくないか? 酢昆布外せないし、傷心したから煎餅食べて寝てるわ。この世界に煎餅あるのかな? 恋しい……食べたくなってきた。

 

 その時、クレアがハッとした顔で上層を見上げた。

 

「まずい。ガラテアが限界だ! 急いで戻るぞ!」

「私の名はジーン。お前に救われた命だ。この命、好きな時に好きなように使え」

「おまえの命だ。おまえのために使え。オリヴィアはそこに居ろ!」

 

 妖気感知で上の戦闘状態がわかるのだろう、クレア達は焦って戻っていった。原作の熱いシーンが見れて嬉しかったのだが、酢昆布まみれの私を置いて行った。ここに居ろと言われ、望み通り置いて行かれたのに……、何なのこの気持ち。

酢昆布が取れないのは分かるけれど、放置はひどくない? 一回くらい二人で外すの試そうよ。

 

 

 何にも生きる者のいない部屋で、一人ぽつんと寝ころんでいると本当にここにいるのか分からなくなる。普段は深い山で独り、焚火を眺めることも多いのだが、虫の音、木々のざわめき、明るい星の煌めきで世界が色付いて見えていた。本当に命の気配を感じないのは、訓練生の時のタコ部屋で周りの子たちが朝死んでいた時以来だ。あれはひどく冷たい朝だった。どこか嗅ぎなれた赤い匂いがする。これ誰の記憶だ? どくどくと自分の心臓の音が聞こえた。

 

――生きて、オリヴィア。

 

 手が頭に置かれた。

 ハッとして顔を上げると、死んだはずのカティアが青白い顔で目の前にいた。思わず叫ぼうとした。

 

「い! ぶるマッソぉ……」

 

 死ぬほど驚いて、舌を噛んで変な声が出てしまった。またダメージ受けたんやが??

ってかあれ? カティア生きてんの君? 覚醒したんじゃないの君。

 

「あなた……生きていたのね。……どうして、こんなところ……に……。捕まったの?」

 

 息も絶え絶えの様子でカティアは言った。いや端的に言うと、自分で来て捕まったんだけど。そんな情けないこと、なんて説明すればいいんだ……。

 

「私。……なんでか、分からないけれど……。拷問の途中で見逃されたの……」

 

 カティアの話をコクコクと頷いて聞いた。これあれか、薬入り干しブドウ乾パンのパワーかこれ。無駄じゃなかった!!

 しかし、体中にダフ棒が刺さってた穴が開いてる。カティア攻撃型だろうに、治るのか……。おそらく拷問途中に気を失って虫の息になり、妖気が途切れたから死んだ判定されたのだろう。急いで穴を塞いで止血しないと、せっかく助かったカティアも死にかねない。何かいいアイデアは……。そうだ!

 

「ラケルのからだ使って、なおす」

「……えっ?」

「つかわないと死ぬ。傷にいれて」

 

 簡単な単語を使って、何とか言葉を紡いだ。くそ発音でもぎりぎり通じたようだった。転生した日本人にもやさしくして。それはともかく、死体が妖魔になるジンクスもあるこの世界では、死体に対して忌避感が半端ない。私達戦士にしてもそうだ。しかし、組織の研究者では死体を使った研究をしまくってるやつもいるくらいだ。死した戦士の細胞も恐らく、完全には死んでいない。継ぎはぎの再生くらいには使えるはずだ。クレアだって他人の右手を使っている。

 

「……。わかった……わ」

『頼むぅ。生き残ってくれぇ』

 

 覚悟を決めたのか、カティアが私の目を見て言った。自身が攻撃型で、そのまま再生に入っても死ぬことを悟ったのかもしれない。私にできるのはお祈りしかない。カティアの肉体の損傷具合は、右足がほとんど千切れかかっており、左足の損傷も激しい。上半身では既に傷口が塞がりかけているところもある。傷は腹部が一番重症だった。

 

 カティアに何とか指示を出しながら、ミンチを穴に詰め込ませた。一部の重症化した傷をもう一度抉るときには、聞くに堪えない悲鳴を上げたが作業自体は何とかなった。

 

「やって」

「うわああああああああああああ!」

「やって! いける、しぬな! 『どうしてそこで諦めるんだ!』 あきらめるな! 『応援してるやつのことも考えろ!』」

 

 これでカティアが痛みから逃れるために覚醒したら、恐らく私はここで死ぬだろう。なんとなく、カティアに信用されてる気がするのはなんでだ。まぁいい。日本語交じりの適当な発音で必死に応援した。

 

 その後、カティアは暴走しかけつつも、妖力を安定させてなんとか傷を癒した。

 しかし、もう戦うだけの力は残っていないだろう。息も絶え絶えな様子で、こちらを見ている。まじでよかったぁ。何とかなったぁ。

 

「外して」

「はぁはぁ……。ええ、わかったわ」

 

 酢昆布を斬るのは相当厳しかったが、瓦礫と大剣で梃子の原理を使って何とか破壊していくと、やっと動けるようになった。あの腐れ外道ニート酢昆布、マジで覚えてろよ。バラバラに刻んでキャベツと和えてやる。

 

 カティアと共に上層近くまで戻り、地面に刺さった大剣を拾った。

 

「カティア。はなれて」

 

 カティアとは一度共に隊を組んだことがあり、何をするか分かったようで、頷いて後ろへと下がった。

 

 一呼吸置いて、踊りを始める。音から察するに、ダフとの戦いも終盤の様だ。酢昆布野郎に一矢報いないと、溜飲が下がらない。加速するために連続のバク中から始める。殆ど空中に浮いた状態になるまで続け、横ひねりを加え剣の型に変えていく。破壊の舞いを再び踊る。

 次第に大剣が空気を裂く音が変わり、風が吹き荒れた。カティアからは無茶苦茶な動きに見えているだろう。慣性の力の一部を足に渡し、一気に上階を目掛けて跳んだ。

 

「いくぞ! 『口の悪い短髪の仇だ!』」

 

 

 クレアとジーンは、戦闘が行われている上層に向かっていた。

 ジーンは、地下の場にクレアと共にいつの間にか居た、26番のオリヴィアについて思い返していた。

 

(あいつは、あのとき。……死んだはずだ)

 

 ジーンがリフルに旋空剣を打ち込んだ時、リフルによって攻撃を絡めとられ地面に叩きつけられた。リフルの動きがあまりにも速く、何をされたのか一瞬分からなかった。

 

「がはっ! くっ、26番!」

『こなくそー!』

 

 そこに、妖力解放を行ったオリヴィアが飛び込んできた。声を掛けたがいつも通り、何を言っているか分からなかった。金眼が異様に爛々としていた。

 

 そこからのリフルの攻撃を受けて、どんどん加速を続けていくオリヴィアの動きを、ジーンは目で追うことができなかった。しかし、リフルはまだ余裕があるようで、両腕を人型から覚醒体へと戻して、オリヴィアをあしらっているようだった。

 

「くっ! 鬱陶しいわね! !?」

「りふる!」

 

 リフルと打ち合っていたオリヴィアは突然消えると、リフルの背後に現れた。ダフが慌てた声をかけた。オリヴィアの顔面に目元から黒い痣がまだら模様に広がっていた。

オリヴィアが今までの動きが嘘のような急静止をすると、急制動の反動か、大剣が甲高い耳障りな音をたてた。

 

『しね!』

「……あなたは、もういらないわ」

 

 何事かオリヴィアが呟いたが、リフルが冷たい声で言い、オリヴィアの首を刎ねた。遅れざまに吹き出した血が、幼い戦士の肩口を濡らした。

 

「捕まえて話を聞きたかったけど。そんなに力が強い戦士じゃなかったから、まぁいっか」

 

 リフルは、人間体に戻るとそう呟き、ジーンたちに向き直った。

 

 その後、ジーン一行は捕えられて、筆舌に尽くしがたい拷問を受けることになる。

 

 

 ジーンは思い返した記憶を(かぶり)を振って追い出した。

今はクレアの手助けをする方が先決だった。




多分泥酔してたんでしょうね(開き直り)


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意志の力

段々と暑くなってきました。
麦茶がおいしい季節です。
皆さまも体調管理には気を付けてください。


次話以降再び整理に入ります。
平日の更新は厳しいかもしれません(予防線)


 飛び出した勢いで階層を突き抜けた。降り注ぐ床材の破片やダフ棒も、斬撃の結界に触れると粉微塵に砕けた。なんか強敵に会って成長したのだろうか。前よりも力がみなぎっている気がする。もしや、これが復讐の力か。拙者、鬼と化す!

 

「!」

「なっ!」

「!? あの拘束が自力で解けたっていうの?」

 

 地面から飛び出ると全員が瞠目した。リフルは既に片手を覚醒体へと変化させており、ジーンを押さえ込んでいた。地面にめり込んだジーンは頭から血を流している。

 

「なんだ、あの出鱈目な動きは!?」

「! あれが〈千剣〉か……」

『うおおおおおおお!』

 

 もっとも近い位置にいる、ジーンを捕らえている酢昆布へ最初に攻撃を見舞った。最大まで加速した剣は、リフルの触手を容易く刻んだ。ざまぁみやがれ! キャベツパーティーだ!! ふりかけみたいになってるけど!

 

「ちっ……厄介な!」

「どうなっている? 奴の妖気が重複して感じられるぞ!」

 

 リフルが舌打ちし、ガラテアがなんか言ってた。しかし簡単に酢昆布を断裂できたのは、油断したところに見舞ったからだろう。

 すぐさま完全な覚醒体となったリフルは、密かに潜り込ませていた下半身の触手で、私が着地するはずだった足場を崩した。慣れたフワッとする感覚があり、再び股がヒュンとした。

 

『うわあああああ!』

「オリヴィア! くっ!」

 

 大規模に通路が崩れ、クレア達も階下へ落とされてしまった。リフルが巨大な覚醒体となったことで、廃墟の天井が吹き飛び、青空が見えた。でっっっっか! 城塞サイズとか、勝てるかこんなの!!

 

「あーあ。気持ち悪い子から受けたことは不本意だけど。一応、これで一発もらったことにしてあげる」

 

 ダフを抱えた方の反対の手をプラプラと振ったリフルは、クレアに対して言った。もう手が治ってんじゃん。チートかよ。でも一矢報いたかな。やったぞ短髪。でもリフルが、ゴキブリのごとく私を嫌っているのはなぜだろうか……。敵とはいえ美人に嫌われるのは辛い。

 クレアがイースレイとかプリシラの話をここで聞くんだったっけ。あー、なんやかんやあったけど、生き残れてよかった。いやぁ、ほんとよかった。

 

「……力を測られるの嫌だったんだけどなぁ。その子の事といい、組織も抜け目がないわね」

 

 青空を見上げながら寝転んでいると、リフルから一瞥された。なんか含みのある言い方だったな。ちゃんと言えよ。

 また会いましょう。と上品に姿勢を正し、一言告げたリフルの巨体が消えた。遅れ様に強風が吹いた。速すぎわろた。

 

「なん……!? あの巨体が一瞬で……」

「くそっ! なにもかもが遠すぎる……」

 

 クレアは、呆然と遠くを見るようにして呟いた。わかる。分かるよぉクレア君。私もほとんど何もできないくらい実力差が離れていた。

 これ時間かけても実力差が埋まるものなのか……。無理だな。GG!

 

「さて、47番。組織からお前を連れ帰るように命令されている。それが、例え死体でもだ」

 

 そんなクレアに非情にもガラテアは言った。ジーンが座り込むクレアの前に立ち、大剣を構えた。

 この流れに全然関係ないけど、短髪埋葬しないと。大剣はどこだ。カティアの回復に使ってさらにひどい状態になってるから、組織に見つからないように隠蔽しないと。本当にありがとな、短髪。

 

「ジーン。なんの真似だ」

「私の命はこいつに預けた。こいつのために死ねるなら本望だ」

 

 そんなジーンの様子にガラテアは興覚めしたような顔を向けると、大剣を仕舞い背中を向けた。フッ、ガラテアよ。戦場で背中を向けるとは、斬られたいようだな!(復讐)

 大剣を構えようとすると、ガラテアが大剣に再び手をかけた。あっ、こいつ神目だった。ダメだ、……死角がない。卑怯じゃない?

 

「深淵のものに会敵し、バラバラになったお前らの死体など私は探す気にならなかった、と言うことだ」

 

 どうやらガラテアは、クレア達を見逃すようだ。結局、ムキムキガラテアを見ることができなかったのが唯一の心残りだろうか。さらばガラテア。次に会うときはスタバ(ラボナ)で会おう。これ見よがしに隣でフカフカのベッドに寝てやる。

 

 

 ガラテアが去ったあと、カティアと共に地下へ降り、短髪のラケルを運び出した。遺骸は殆ど原型を残していなかった。酢昆布の拠点に置いておくのも可哀そうだ。カティアが(しき)りに、ラケルへお礼と謝罪をしていたのが印象的だった。運び出した後、クレアとジーンも埋葬を手伝ってくれた。やさしい。

 

「カティアにオリヴィア。よく生きていたな。二人とも死んだものだと思っていた」

 

 埋葬の後、ジーンがそう問いかけた。私は薬で死を偽装していたし、カティアもうまくいったんだ。

 

「私もなんで目が覚めたのか、良くは分からないわ」

「乾パンたべた」

 

 カティアも分かっていなかったので、右手を出してネタばらしをすることにした。半分に割れた妖気を消す薬を見せた。一個残しておいてよかったぜ!

 力尽きたらって、何て言うんだっけ。死んだらでいいか。

 

「これは……。妖気を消す薬か」

「なぜこれを……」

「半分に食べると、死んだら消える」

 

 三人とも興味深げに覗き込んだ。ふふん、これで大体わかったろ。カティアとかが生き残ってるのは、私のおかげだぞ。感謝しろよ。そういや、ミアは大丈夫か?

 

「?」

「……あの?」

「……何を言っているんだ。こいつは?」

 

 全員が唖然とした顔をしていた。全然伝わってなかった。うそやろ。

 その後、一生懸命説明したがうんうん頷いて聞いてくれるのはカティアだけになった。

 

 

 焚き火に薪をくべた。場所は、リフルが拠点にしていた廃墟から少々離れた林だ。近くには小川が流れており、野営には打って付けの場所だった。薪はクレアが倒木を細切れにしてくれた。高速剣便利じゃない? 薪が不揃いなのが難点だが。薪っていうか、所々フリスビーみたいになってるけど。

 

 4人で焚き火を囲んだ。一晩過ごして体を休めたら、クレアは別れるということだった。ジーンはクレアに付いて行くらしい。そして、なんやかんやあってご飯を食べてなかった。酷くひもじかったことを思い出した。ご飯は手頃なサイズのウサギ5羽だ。これ巣穴に一杯いるのよね。

 

 適当に捌いて火にかざし、焼けるのを待った。この待っている間が好きだった。焚き火の音、夜の(さえず)りが色々聞こえてくる。誰も話をしなかったが、嫌な時間ではなかった。いつもは()()だが、今はなんとなく温かい気がした。

 ふと、大岩に座ったクレアが言った。

 

「おい。カティアも重症だったんだろう? 攻撃型だと先程聞いたが、どうやって治したんだ? よく見れば肌の色も違っている」

「それは……」

 

 カティアは私を見た。いや、見られても。……もう閉店ですよ。ご飯タイムだからね。先に食べるからね! 話に夢中になってるとなくなるよ。

カティアは垂れた髪を耳に掛けて言った。

 

「朦朧としてて、あまり詳しくは思い出せないのだけれど。26番ちゃ……オリヴィアに言われるがまま、ラケルの体を使って傷を治した……わ。あまり、褒められたことではないのは分かってるわ。でも、私は助かった……」

 

 カティアは苦し気に言った。目には涙が浮かんでいた。そんなカティアにジーンが夜空を見上げて言った。

 

「仲間の命が助かったんだ。ラケルも本望だっただろうさ……」

「しかし、防御型の戦士の遺骸を使って傷を治すか……。一体、どこからそんな発想が……」

 

 全員の視線がウサギの頭に齧り付く私に刺さった。全然聞いてなかったけど……。えっ? 欲しいの? しょうがないなぁ。

 

「ん!」

「いや。……そうではない」

「……」

 

 齧りかけのウサギを差し出すと、ジーンに断られた。えー。クレアもどちらかと言うと冷たい目で見ている。えー。

 カティアは、自身の手を見て言った。

 

「それに……。一瞬だけれど限界を超えたはずなの。でも、必死に呼びかけるオリヴィアの声のおかげで戻ってこれたわ……」

「……それは、ここにいる全員が経験していることだ。オリヴィアは……、違ったか……」

「ふん。自慢ではないが、私など体は完全に覚醒していたよ。私もクレアに何とか引き留めてもらって、ここにいる」

 

 結局みんなで話し込んでいたせいで、私が準備した食事は一口ずつしか食べてくれなかった。しょうがないので、私のお腹(おなか)に全て収まった。食品ロスはいけないからね。しょうがないね。

 

 翌朝、クレアとジーンは一緒に旅立って行った。

 今後、どうなるかなんて分からないが、また生きて会えたら。と言葉を交わした。

 

 

 

「お前は歴代最強だよ……。アリシア……」

 

 場所は、リフルの居城から離れた狭い谷にある組織の拠点だった。リフルの力を測っていた傑作の戦士を前に、恍惚とした顔で継ぎ接ぎだらけの男が呟いた。

そこへ、一人の黒尽くめの男が現れた。

 

「はぁ。玩具遊びも、良いがなダーエ」

「オルセか。後進の教育はいいのか?」

 

 オルセは研究者ダーエと旧知の仲だった。付き合いの始めは、オルセが担当した微笑のテレサへと遡るが。本来、老齢で死んでいるはずのダーエをオルセは一瞥した。ダーエは、自身の体すら改造するマッドサイエンティストだった。

 

「ふん。戦士の成り損ないに教えることなど少なかろう……」

 

 オルセが引き継ぎを担当している後輩は、本国での戦士に不適格なものだった。左遷され、この大陸に送られてきているのだった。その男は目が潰され、金属製のバイザーで顔を覆っていた。

 

「それはそうと、例の話だ」

「ふむ。……あれは早々ばれる事でも無かろうに」

「それが、そうもいかんのだ。さすがに相違も出てきている」

 

 オルセが言うには、敵国からの工作員が組織に紛れ込んでいるらしい。これまでの研究履歴を洗い、在ることないこと組織の上に通告しているとのことだった。

 

「ふん、くだらぬ。あれが今後の研究に差し支えるなら消してしまえばよかろうに……」

「はぁ。いいんだな?」

 

 顎でしゃくるようにダーエは言った。一度興味を失った対象へ感情をなくすのはこの男の悪癖であった。オルセは、溜息をつきつつダーエの言葉に返答を返した。

 

()()()ある意味では、お前の研究の集大成だっただろうに……」

「くくく、かかか。()()()()などという不確かで意味の無いものに、いつまでも縛られる私では無いのだよ。それよりも、見たまえ! この戦士たちを。これまでのものを超えて有り余る!」

「はぁ。そうかい……」

 

 溜息を零した黒服はそういうと闇に消えた。

老獪な男はその背後を見やって言った。

 

「意味の無い感傷に浸るか。くくく、それが貴様の上限よな」

「……」

 

 其の研究者の傍には、黒い鎧を着た2人の戦士が無言で佇んでいた。

 




やはり麦茶は炭酸に限りますね!(プシュ)


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シベリア送り

大変お待たせしております。
梅雨ですが、もうかなり暑くなってきました。
皆様におかれましても、暑さで体調を崩されないよう気を付けてください。


私はホラーも結構好きなんですが、最近素面で作業しようとしたら、より時間が掛かるという怪奇現象に見舞われました(言い訳)


 クレア達と別れた後、カティアと共にゴナル山の麓街へ帰ってきた。ミアの様子を見るためだった。最初の戦闘から丸1日ほど経っており、防御型戦士のミアならもう立ち上がれるほどに回復しているだろうとは、旅立つ前のジーンが語った見解だった。え、そんなに早く治るの? 舌噛んだときにできた口内炎が、全然治る気配ないんだけど。ということは、私はやはり攻撃型だったということだな。

 

 宿屋の前に差し掛かった時、黒服ため息おじさんが現れた。そういえば激戦のせいで装備がみんなボロボロだった。このままでは、戦士たちが歩く痴女集団の(そし)りを受けかねない。黒服が来たのは、新しい装備支給のためかな。ふーん、黒服の癖に気が利くじゃん。ふふふ、私は今、激戦を愛と友情で乗り越えて大変機嫌がよろしい。特別に、この幸福感を分けてやろう。

 

『やっほー☆』

「お前たちに緊急の別命が下った。このまま北の街ピエタへ向かえ。複数の覚醒者が確認されている。既に34番については移送中だ」

『死ねやくそが』

 

 おいおいおい。死んだわこいつ。いや、死亡フラグ立ってんの私か。いやいやいや、ピエタは無理だろ。ってか私、結構従順だったと思うんだが!? くっ、一体どこで道を間違えたんだ……。くそっ! リフルと闘わずに逃げればよかった。いや、逃げてもやっぱ斬られるじゃねーか!

両手を地面について絶望した。くそ! 吾輩、詰んでおられる!!

 

「はぁ……。オリヴィアよ、何をしている。早く立て」

「あの、私達は〈深淵のもの〉と会敵して……」

「既にナンバー3から報告は受けている。以後は、お前たちの関知するところではない」

 

 カティアが食い下がろうとしたが取り付く島もなく、襤褸装備のまま馬車へ押し込まれた。いやせめて着替えさせてよ。マジで痴女になっちゃうじゃん。二人ともビーム食らった直後の悟空みたいになってんだけど(鉄壁)

 

『ちくしょー! バカにしやがってー!』

「ちょっとオリヴィア。一般人がびっくりしてるから叫ばないで」

 

 味方はどこにもいなかった。世知辛くない?

 

 

 場所は移って北国アルフォンス地方に入る前の関所だった。なお、戦士たちは顔パスだ。どことも知れない国の兵士たちが、関わりたくないオーラをビンビンだしていた。あまり気にしていなかったが、大陸というだけあって、小さな国が乱立していた。もっとも、妖魔のせいですぐに崩壊するが。いちいち覚えてられん。

 

 ひとつ前の村からここまでは、駄馬に引きずられた馬車に乗っていた。急ぎと言うことで、馬を乗り継ぎまくっている。しかし、今回の馬は鈍すぎる。よだれ垂らしまくってるし……。

 既にゴナル山を出て10日程が経っていた。大陸の西から北へといっても大分距離がある。さらに、道中に謎の移動速度で先回りした黒服からの命令があり、大陸の東側を一部経由してスタフの息の掛かった街を通過していた。ピエタへの物資輸送のためだ。黒服がやれよ、さぼるな。

 

 そこから北に行くに連れ、貧乏農家が多くなってきた印象だ。この駄馬もまともな馬が買えなかった為、妥協して買った。歩いたほうが早くないかと思う。それにしても、この物資何人分なのよこれ。べらぼうに数が多い。まぁ、兵糧摘まみ食いできるからいいんだけどさ。

 

 格好は既に、襤褸を捨てピカピカの支給品に身を包んでいる。毎回思うけど錆びないし、謎金属よねこれ。

 雪が降りだしていた。いよいよ北国感出てきたな。心なしか楽しみな私がいる。今生では初めての積雪を見るかもしれない。それが、死亡フラグがびんびんに立っているピエタに向かう途中じゃなかったら良かったのだが。

 

「ゆき」

「降ってきたわね」

 

 空を見上げて呟くと、カティアが髪を耳に掛けながらその呟きを拾った。カティアそれ癖よね。あんまやってると、そこだけ擦れて刈り上げみたいになるぞ。

 戦士になってから寒さも感じにくくなって情緒感も減っているが、何となく郷愁に駆られた。あれ、私こっち出身だったっけ?

 

 この関所町は、大陸東側から北の始まりの町ピエタに入る前にある、最後の交通の要所だった。町の中心には時間を報せるためだろう、大きな鐘が塔に釣ってあった。大陸各所と交流があるのか、市場には様々なものが置いてあった。まぁ、のんびり観光する暇がないんだけど。

 道中の交渉事は、カティアが専ら請け負ってくれた。私はほとんど座っているだけだった。

 

「……なんですって?」

「だから、雪の中じゃそんなに運べねぇよ」

 

 小さな馬屋のおっさんが言うには、この時期ピエタまでの道は、場所によっては腰高まで積もっていると言うことだった。おいおい、黒服ちゃんよ、これ無理なんじゃない? 原作ではどうやって運んだんだ……。んー、あそうか(そり)か。

 くいくいとカティアのマントを引っ張って言った。車輪に橇着けるしかあるめぇよ。組織のお金一杯あるし。ぐへへ、なんでも食えるぜ。

 

「そり」

「えっ?」

「へぇ。嬢ちゃんの方が詳しいじゃないか」

『まぁねぇ』

「……なんだこいつ」

『おい、誉めるのか貶すのかどっちかにしろ』

 

 このおっさん、私達がなんにも知らないと思って情報を出し渋って、お金巻き上げようとしてやがったな。がめついと言っていいのか、逞しいと言っていいのか……。戦士相手によくやるよ、まったく商売上手め。あ、美味しい宿教えて。

 

 結局お金を余分に払って、取り付け出来る(そり)を手配してもらうことになった。しかし、荷物が多かったせいか載せられるものを用意するのに一晩くれと言われた。

 こんな量の積載を出来るやつはおそらく軍用。小さい店じゃ滅多に売れないだろうなぁ。

 

 紹介された宿で一晩明かすことになった。ずっと移動したままだったから、ストレスが溜まっていた。食堂に行って食事を頼んだ。アルフォンス地方から伝わる、スープ物が名物と言うことでそれを注文した。ドロドロの鹿スープだった。油マシマシで激うま。

 当然のごとく10人前ほど食べたが、カティアがびびっていた。おい、偶にだけれど失礼なやつだな。

 

 フカフカのベッドに入った深夜、ふと目が覚めた。カティアも目が覚めたようだった。ベッドに大剣をぶっ刺す裏技を教えたら喜んで寝てたんだが……、かわいそうに。時間は深夜付近だろうか。目がしょぼしょぼする。きっと、数字の3の様な目になっているだろう。

 ビリビリとなんか震えているように感じる。妖気……ではない? 似てる感じはする。

 

「なんなの、これは……?」

 

 ベッドから大剣を取り出したカティアが、冷や汗を垂らした。ちなみに私は、大剣を胸に抱いて寝るタイプだ。なぜだか、ケガをしたことは無い。

 ちょうど、目があったカティアの方を見て首を振った。わかるわけないだろ! 攻撃型だぞ私は! 私は自身を指差した。

 

「攻撃型」

「いえ。攻撃型とか今まったく関係ないわよ……」

 

 しばらく一緒に旅をしていたせいか、カティアとの意思疏通が比較的容易になっていた。適当に単語でしゃべっても、なんでも拾ってくれる。……だよね?

 

 現在、二階建て宿の二階角部屋にいる。部屋には窓はなく、簡易な木の戸が窓枠についていた。押し込んで開くと冷たい夜風が入ってきた。寝起きでしょぼしょぼする目で夜の町を覗き込んだ。篝火(かがりび)が少なく見通しが悪いが、ビリビリ感を感じるのは、でかい鐘塔がある方向か。

 

「あっち」

「……確か鐘塔がある方向ね」

 

 何となく嫌な予感がする。鎧着て行った方がいいな。身を乗り出した窓から部屋へ戻り、いそいそと鎧を着ていると、靴と一体になった脛当だけ先に履いたカティアが言った。

 

「オリヴィア。先にいくわ」

『え? ちょ、まっ』

 

 小さな窓からすぐに飛び出していった。止める間はなかった。はぇ……ノー装備で行きよった。ゆうた系オワタ式モンハンじゃないんだからさ。フッ、勇気と蛮勇は別物だぜ。いやいやいや、遊んでないですぐ追いかけないと。

 カティアは、たぶん確認だけのつもりで行ったのだろう。行動が、台風の日にちょっと田んぼ見てくる! で川に流されるおじいちゃんのそれだ。

 

 カティアを追いかけて、夜の町を駆けた。二階建ての建物が多く、屋根上を跳び跳ねても高低差は少ない。跳ぶ感覚もわりと均等だった。

 豆粒サイズのカティアの影が、鐘のある塔へ登ったのが見えた。下から見えなかったのだろう。それにしても、はっや。あんなに速かったっけ? あ、装備してないからか。

 

 私の位置は、塔まで結構遠かった。漸く近づいたとき、鐘塔が大きく鳴った。さっきから感じるビリビリ感が、音に合わせて異様に大きくなった。

 走りながら見ていると、重たい振動音が響き塔の一角が壊れた。立ち上った煙からカティアが飛び出して、頭から墜落しようとしていた。ほらぁ、絶対なんかいるって。

 走ったそのままの勢いで、カティアをキャッチして着陸した。カティアは右足を負傷していた。傷跡は妖魔の指っぽい。

 

「くっ、鐘が妖魔の塊だった」

「カティア……。『妖魔が鐘な訳ないじゃん。馬鹿な、ブッ!』」

 

 呆れて声をかけると、おもむろに立ち上がったカティアに顔面を蹴られてひっくり返った。痛ったー! 怒らないでよ。でも、やっぱ伝わってたのね。わたしたちズッ友だょ。

 その時、風切り音が聞こえ、なにかを回避できたことがわかった。まだ、寝起きでしょぼしょぼしていた目が漸く覚めた。頭の傍に、妖魔の身体の一部のような物体が地面に刺さっていた。こわ。そのトゲは、厄介なことに体皮が黒く闇に紛れて見えにくかった。忍者かよ。

 

「オリヴィア! ほとんど妖気を感じないわ。気を付けて!」

『まじかよ』

 

 飛んできた方向を推定して見上げると、塔の上がうねうねしていた。うわ、気持ち悪っ。覚醒者か?

 塔の上部を触手で掴んだ推定覚醒者が、一気に降りてきた。

 

 それは、苦悶に満ちた妖魔の顔が張り付けてあった。人と人を無理矢理に鐘の形に押し込めたようになっており、無数の妖魔達が潰れ絡み合いながらお互いを貪っていた。

 

『グロすぎだろ。えっ、なにこれ』

「くっ! 降りてきたか!」

 

 えっ。こんなの原作にいなかった。きっしょ。

 

 

 関所町の比較的高い建物の一室で元組織のNo.10、バキアは血でできたワインをグラスに注いだ。かつて、組織の意向に沿わない戦士を狩るための戦士として暗躍したが、男の戦士の例に漏れず覚醒した戦士だった。本来、食欲や性欲が極端に増す覚醒者であったが、生来の性のせいか、少々ゆがんだ方向にその情熱が発露されているのだった。

 

「ん-。大陸南の地の28年物……まだ酸っぱいわね」

 

 どこか、女々しい動きをする筋肉隆々の男であった。

 組織に離反し、抑圧されていたものがふっきれたのか、色々ねじ曲がった結果、芸術分野で欲望を発露することに落ち着いていた。また、もともと対戦士戦闘のための妖力操作能力に秀で、覚醒者であっても殆ど妖気を漏らさないことが可能だった。正確には、誤認識させ、感じにくいようにさせるのだが。そして、長命であることを活かし、商売でこの関所町の商業長に近い立場に座っていた。

 

「ぐふふ。2人入ってきたわね」

 

 そんなバキアの町へ、2人の戦士が通りがかった。一人は綺麗な長い髪の戦士で、もう一人は戦士の中でも珍しく、癖毛の銀髪を肩口で切り揃えた幼い戦士だった。

 

「おや? 銀髪の戦士なんて珍しい……」

 

 バキアは是非ともコレクションに加えたくなった。しかし、2人の戦士が引き連れている馬車は、普段スタンドプレイが多い戦士にしては少々過剰な荷をしていた。

 

(アルフォンスがきな臭いと言っていたけど。イースレイは本気ね)

 

 既に情報通のバキアの下へも情報は入っていた。おそらく、しばらくすると大陸を巻き込んだ覚醒者と組織の戦争に突入するだろう。大方、足止め用の捨て駒たちの装備であろう。

 

(捨て駒にするにはもったいないけれど。態々、ここで組織に見つかっても面白くないわね。そうだ!)

 

 これまで、リスクを犯さずにやりたい放題やってきたバキアは、バレずに戦士を捕まえる方法を考えた。

 

「鐘を使いましょう。ええ、きっとうまくいくわ」

 

 別段、捕まえ損ねても良いのだ。バレずにできるというだけで、その手段を選ぶことにした。

 鐘とはこの町の真ん中に佇む塔にあるもので、バキアお手製のものであった。組織が放った妖魔や弱い戦士を捕らえ、妖力操作を用いて鐘の形・硬度に押し込めた彼の傑作であった。

 

 並みの覚醒者を凌駕する力を持っており、さらにはバキアの能力の一部である妖力同調を用いた力の隠蔽ができる存在であった。感じ取れる妖気を考える限り、それで十分に思えた。

 

「ふふふ。会うのが楽しみね」

 

 一室の床には、無駄にクネクネする影が映し出されていた。




お祓いしたほうがよさそうですね(清め酒)


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カティアの新技

 カティアと二人、関所町の中央広場で気色悪々系妖魔と対峙していた。普段は露店商がいる広場は、深夜ということもあって閑散としていた。

サイズ感が狂いそうになるが、妖魔はかなり大きな鐘だ。町中に響かせようとすると、このサイズになるのだろうか。鐘表面の腐れデザインといい、えも言われぬものを感じるが……。これがキュビズム……。いやちがうか。

 

「この間戦った奴くらい体皮が硬い……。一太刀入れたけど、弾かれたわ」

『……斬れねぇじゃん』

 

 カティアが、少し焦ったように言った。ふーん、そんなに硬いんだ。いや、防御力でダフに勝てるやついるの? やっぱ覚醒者かこいつ?

 

「「ギガガアァ」」

 

 鐘は、重複した死ぬほど気持ちの悪い声をあげた。本物の鐘のように耳に残る高音が不愉快だった。

異様なデザインをしている凹凸が、複数付いた目を開いた。すべてが妖魔の目だった。

 

 鐘の四方から妖魔の指が飛び出し、私たちが居たところを抉った。私たちのいる頭上の空が覆われるくらい降ってきた。こいつ何本指あるんだ。

同時に計36本の太腿サイズの太い触手が周りの建物に突き刺さり、鐘を空中に固定した。

とりあえず、乱移動しつつ飛んでくる触手を切り払う。硬い感触はあるが、細い触手の方は斬れないほどではないらしい。こんなに密集した妖魔の指見るのは、初めてではなかろうか。私がトライポフォビアだったら気絶必至である。うっとおしすぎ。でも、こんなの初めて……、ってなるか!

 

セルフ突っ込みしつつ、跳び上がって触手ジャングルジムに乗った。鐘の自重を支えている触手は、確かにゴン(ぶと)で硬質な感じがした。脈動していて気持ち悪い。

カティアが言っていた硬さを確かめるべく、上下左右に立体的な軌道で攻撃を回避しながら鐘に近づいた。そして、剣先を立てて目の一つに突き込んだ。

 

『! かってぇ!』

 

 甲高い音がして弾かれた。うそだろ。目ん玉だぞ。

鐘は瞬きする様子すらなかった。

 

「グガァァァ!」

 

 好機とみたのか、鐘が割れ本来鐘の空洞になっているはずの部分が大きく開いた。歯が一杯並んでいた。魚かよ。

 

「オリヴィア!」

『大丈夫、大丈夫!』

 

 大剣が弾かれた勢いを利用してかわし、心配するカティアのもとへ、くるくると回りながら足場を辿って戻った。

戻るついでに足場も斬りつけてみたが、本体に近づくに連れて硬くなるらしい。カッチカチだった。本体も足場にしていた柱も、限界まで加速しないと斬れないかもしれない。

 

「かたい」

「オリヴィアでもダメなの……。くっ、どうすれば……」

 

 雑に襲いかかる触手を払いながら、カティアへ端的に報告した。

町のド真ん中だが、鐘の大きな音が幸いして、人が出てくる気配はなかった。それにしても、最初に飛んできたゴキブリの卵みたいなやつなんだったんだ。

そんなことを考えていると、鐘の下口が閉じ、大きく膨れ中身が飛び出した。うわ。完全に産卵だこれ。いったい私たちは、何を見せられているんだ……。

 

「! なんなの!?」

『産卵だ!!』

 

 せっかくなので口に出してみた。しかし、あまり気分は変わらなかった。

あちこちの建物じゅうに突き刺さったそれは、細かく振動していた。くっ、こいつらからも嫌な感じがする! ……いや、この感覚を冷静に考えると、これ普通に気持ち悪いだけだわ。こんなゴキ擬き妖魔を作ったやつのセンスを疑う。組織のおっさんだろうか、おのれリムトめ許さんぞ。

 

 卵(仮称)を吐き出し終えた鐘はもとの形に戻った。あれ、マジュニア説あるな。気を付けよ。

鐘はゆっくりとブランコのように揺れている。

 

「オリヴィア、まずはあれを地面に落としましょう。試してみたいこともあるの……」

『たしかに……』

 

 確かにカティアの言う通り、少々戦い辛い。戦う中で、上を取られるのがこんなに辛いとは……。……いやまてよ。私、常に取られてないか!? オールウェイズ被マウントポジとか、冗談じゃない! もっと飯を食わねば……。

改めて気づいてしまった自分の背の低さに愕然としていると、先にカティアが飛び出した。

 

 以前一緒に戦ったときとは見違えるような素速さで移動したカティアは、鐘を支えている支柱を大剣で叩き斬った。え、お前それ斬れんの?

それに斬る瞬間、カティアの効き腕がめっちゃ膨れた気がするのは気のせいだろうか……。ウンディーネの姉御のボコッ! くらい膨れた気がするぞ。

 

「やっぱり……! これなら!」

 

 斬ったあと、地面に向かっているカティアに指鞭が殺到した。あ、見てる場合じゃねーや。助太刀いたす!

 

それからのカティアの動きは、鬼神もかくやと言った感じだった。

恐らく、一瞬だけ妖力を高めて四肢の一ヶ所を集中的に強化しているのだろう。足であれば速度に、腕であれば膂力に。そんなに器用だったのあんた。なるほど、鎧を着なかった理由はこれか。ボコッ! ってしたら壊れるもんな鎧。ウンディーネの姉御と、どっちが強いかな。一瞬、バルスで有名な映画の筋肉バトルのシーンが頭をよぎり頭を振った。ちなみに鎧がパージする。

 

 結局私は露払いだけで、半数以上の柱をカティアが一人で破壊した。

私も踊ろうと思ったが、無駄に頑丈な支柱や妖魔の指鞭連打に邪魔され、うまくいかなかった。手数多すぎだろこいつ。

 

「はぁ。はぁ」

 

 しばらく経って、指鞭も粗方片付けた様に思う。カティアも大分息が上がっている。

しかし、敵の攻撃がめっきり減ってきた。カティアが着地する地面の安全を確保しつつ、加速するタイミングを見計らった。強い攻撃ではなく、弱い攻撃でチクチクやられて逐一動きを止められるのが一番つらい。

鐘は未だに空中に吊るされている。

段々振りが速くなってきている。何かするつもりか。

 

「アガッ。ガガガガ。おっ――」

 

 鐘が気持ち悪い声で鳴き、凄まじい音を立てた。町中に聴こえたのではないかと言うほどの音量で鐘が鳴り、半端ではない衝撃波が走り抜けた。咄嗟に大剣を投げ捨て、耳を塞いで口を開けた。

 

『うるせぇー!』

「えっ!? きゃあぁ!」

 

さらに、たくさんバラ蒔かれた卵(仮)も爆発した。あれ爆弾だったの……。共振して爆発しやがった。あれカティア上にいなかったっけ?

 

「カティアー!」

「……」

 

 空中で衝撃波をもろに受けたカティアが、目を回して墜落してきた。慌てて大剣を拾い、カティアまで走ってスライディングキャッチをした。おもっ。

 

『くっ。もっと痩せろよ』

 

 マントを引っ張って座らせたが、カティアは自力では立ち上がれないようだった。重かった腹いせに、引っ張った際に千切れたマントの一部をカティアに投げつけた。気分はタオルを投げ込むセコンドだ。もうカティアのライフはゼロよ!

 

「うぐっ。なんで立てないの……?」

 

 カティアは、何とか大剣を支えにして立った。恐らく頭が揺らされたのと、三半規管へもダメージが入ったのだろう。かなりフラフラしている。

音で攻撃してくるタイプか。しかも、ご丁寧に妖力操作を掛けられているような気がする。気がするだけで、ほんとかどうか分からないが。

これまずいのではなかろうか。あれを連打されると分が悪い。幸い、最初程邪魔をしてくる触手の数は多くはないが、残った柱からも指が飛んで来るのが厄介だ。大剣を支えにしているカティアの真横に陣取り、大剣を構えた。どうすっかなぁ。

 

「くっ! オリヴィア、頼むわ!」

『ええっ!?』

 

 そんなことを考えていると、乱心したのかカティアが大剣を支えに妖力開放を加えた全力のムキムキ回し蹴りを私にぶつけてきた。驚いたが大剣の柄元でうまく受けることができた。重いといったことがそんなにショックだったのか、マントを投げつけたのが悪かったのか。蹴られて相当ショックを受けた。私達ずっ友じゃなかったのかよ!

カティアの蹴りは、それはもう凄まじい脚力だった。素で受けた場合、建物3つくらい貫通してヤムチャしただろう。

 

 蹴りの威力をバク中で流しつつ、折角なので踊りへ変えていく。邪魔な支柱もだいぶ減ったおかげか、踊りやすくなっていた。指鞭も発射されたが、カティアのお陰でいい感じに加速でき、剣の舞へ移行し処理ができた。このイライラ感、敵にぶつけるしかねぇ! しかし、カティアに怪我してた方の足で蹴られたのだが、いつ治ったのよそれ。

 

『うおおおおおおおぉぉ!』

 

 加速したおかげで本体までの障害物も全て無視できた。気持ちの悪い鐘まで一気に跳んだ。

 

「ガァアガッガッガ」

『汚物は消毒じゃ! おらあああああ!』

 

 鐘が私に向かって牙だらけの大口を広げたが、気にせずに突っ込んだ。風切り音が変わった大剣が、妖魔の体を破壊していった。硬質な音を立てて、ついには貫通した。昔のように、大剣を引っかけるような真似はしない。私も成長してるんだ!

落ちた鐘の残骸が、血飛沫を上げた。死ぬとあの硬質な感じも維持ができないようだった。

 

「やったわね」

「おい!『蹴ったの許してねぇからな』」

 

 何事もなかったかのようにカティアがやってきた。いやほんとなんで突然蹴ったの? 謝って。

 

 

「ふーん。思ったよりやるようね」

 

 広場で大捕り物があり、町の裕福層は深夜にも関わらず避難していた。ドタバタと走り回る人間に紛れ、筋骨隆々のバキアは路地をモンローウォークでのんびりと歩いていた。

戦士たちに嗾けたのは、バキアお手製の覚醒者もどきであった。組織にマークされた時のための捨て駒であり、特にバキアの懐が痛んだ様子はなかった。さらに言えば、似たようなものは溜めている“種”から新たに作ることもできた。

 

(それにしても、あの小さい戦士。触らない方が良さそうね……)

 

 戦士たちが戦っている間に、バキアはそれぞれの戦士の深いところまで妖気を探知していた。戦闘中の戦士が一番読みやすく、そして()()()()()

妖気が小さいほうの戦士を土壇場で操ろうとしたが、妖気が複数ありどれが本体か分からなかった。長髪の方の戦士もなぜか二つの妖気が入り混じっていたが。

 

(複数の妖気を操る戦士達ね……。組織め、いったい何を考えているのやら。大方、〈深淵のもの〉に匹敵する戦士を作り出すことに腐心しているのでしょうけどね)

 

 本来、戦士の中の妖気が入り混じると、干渉し合い戦士としての寿命が極端に短くなるものだが、二名も似たような戦士が現れたことで疑念が深まった。二つに割れた顎に指をやり、バキアは思案に耽った。

 

(でも、所詮は捨て駒。拾うのは北で死んだ後でもいいかしら)

 

 今回起こるはずの大戦で、屍拾いができないものかとバキアは思った。うまくやれば、作品をたくさん作りだせる。

 

「うふふ。楽しくなりそうね」

 

 思わず気分が高揚したバキアの横を走り抜けた妙齢の女性の足首から上が消えた。残されたのは一人分の足音だけだった。



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噂話

投稿が遅れております。申し訳ない。
じっくり座るのは大事ですね。
じっくり座らないのに今高騰しているPC更新はどうなのか。
考えれば考えるほどいらないのではないかと……。

9、10話についてもうちょっと面白おかしく練れば良かったなと思います。
お酒が足りなかった。そのうち書き換えます(大嘘)



 気持ちの悪い鐘と戦ってから8日後、ようやくピエタへ到着した。道中の積雪もあり中々進めなかったが、なんとか到着できてひと安心だ。関所町では、時折ねっとりとした視線を感じていたのだが、何時しか解放されていた。きっと変質者がいたのだろう。このロリコンどもめ!

 

 戦闘後の夜明けに出立したが、町がその後どうなったかは黒服任せにした為に分からない。幸い人的な被害は免れたようだったが、これまでに行方不明者がそこそこ出ていたようだった。悪徳な奴隷商の仕業か妖魔の仕業か。もはや神隠し的な所業であり、分からないのがこの世の常であった。

 

 ピエタの町の規模はそれほど大きくはなく、人口は800~1000ほどの規模だろうか。

先の関所町が大きかったためか、余計に小さく感じた。ただし、全員避難させるのは骨が折れそうだが……。

 とりあえず、町に着けたのは僥倖だった。さすがに尻が痛くなってきたところだ。諸手をあげて喜んだ。

 

『やっと着いたー!』

「やっと着いたわね」

 

 カティアが髪をかきあげて言った。台詞が被ってしまった。長く一緒にいたせいでシンクロしやすくなっているのだろうか。親友だもんな。当然だろ!

 旅をするなかで、カティアと日々の訓練や手合わせを通してお互いの理解が深まっていた。なので、先日蹴られたことは水に流すことにした。私は懐が広く大人だ。

 またカティアとは、身の上話をするほどの仲に至った。しかし、私が前世から突然ここに生えてきました。と頑張って伝えたが、何一つ伝わらなかった。孤独かよ。

 カティアには、訓練生時代から共に過ごした同期がいたそうだが、そいつに私がそっくりだったそうだ。私に対して、どこか人当たりが良かったのはそういうわけか。その人物と重ねていたのだろうなぁ。しかし、その同期がどうなったのかは聞くに聞けなかった。恐らく亡くなったのだろうけど。

ラケルの話も聞けた。ラケルとは、戦士になってからつるむ事も多かったようだ。口が悪かったが、仲間をものすごく大事にするような人間だったそうな。私は付き合いが浅かったせいで悪口しか言われてないけど。

 

 町の一角に兵站の倉庫ができているようだった。民家を買い取ったのだろうか。普通の家だった。カティアと二人、運んできた荷物をぶち込んだ。

 ここに来るまで馬の交換はなかった。よだれ垂らしまくっている馬は意外と根性があり、鈍いがほとんど休み無しで動けた。気に入られたのか、私からしか餌を食べてくれない。……しかし、脳壊れてるんじゃないか、こいつ……? これも痴呆と呼ぶべきだろうか……。若い馬ということもあってシンパシーも感じる。馬としか傷の舐め合いができないとか泣きたくなってきた。

 

 戦士達も着々と町に集まっているようだった。気の強い戦士同士の小競り合いが、そこかしこで見られた。全員が集まるには暫し掛かるということで、一部避難を始めた住民達の家を借り、泊まって待つことにした。真っ先に逃げるだけあって、生活に余裕のある世帯な様だった。ベッドがやけにふかふかだ。

 

 それから何日か経ったある日、部屋でダラダラ過ごしていると広場が騒がしくなった。どうやらほとんどの戦士達が集まったようだった。誰も音頭をとらないせいで、結構集まり方が適当よね。妖気読めってことかしら。妖気が読めても空気が読めないやつの方が多いかもしれない。ゴロゴロしながらそんなことを思った。

 

「オリヴィア。行くわよ」

「いやだ。『働きたくないでござる!』」

「任務放棄で斬られたくないんでしょう?」

「くっ!」

 

 カティアに説得された。その後、カティアに手を引かれ一緒に部屋を出た。これは決してカティアに引きずられている訳ではない。手を繋ぎながらの登場だ。

 実際問題、この任務は致死率が高く生き残れるかも運次第な任務だ。連日、不安で引きこもっていた。見かねたカティアに引き摺り出された形だ。オカンか!

カティアに玄関ドア前へ背中を押された。自分で開けろってこと? そんな引きこもり更生みたいな真似せんでも……。

 

「くっ! もう!『しょうがねぇな』」

 

 諦めて、立て付けの悪い民家のドアを開け――。開け……。開かない!? いや開いてくれよ。今せっかくちょっとやる気になったのに! あれ、押し戸だっけ? いやいや、雪国で押戸とか死ぬだろ。え?……全然開かない。

 

『え? 開かないんですけど……』

「……。ふっ!」

 

 カティアに視線で助けを求めると、溜め息をついて(かぶり)を振ったカティアが戸を蹴り破った。強引過ぎて笑えてくる。此処までやる人はいませんでしたよ!

 扉が立て付けの枠ごと吹き飛び、外の冷たい新鮮な空気が入ってきた。身が引き締まる気がする。ビックリしすぎてテンションが上がった。

 

「ひゅ~♪『ド派手にやるねぇ! ……あっ』」

「あっ」

 

 カティアがムキムキキックで蹴り飛ばした扉は、すごい勢いでジャイロしながらウェーブロン毛の戦士にすっ飛んでいった。ウェーブロン毛戦士は、抜刀すら見せずに扉を両断し、周りの雪を根こそぎ吹き飛ばした。いやまぁ、元々抜き身なんですけどね。

 

「皆さんお静かに。それから、話はまだ終わっていません。それでも騒ぎたい方は私が相手になって差し上げます」

 

 外に出ると、集合した戦士達全員が唖然とした表情でこちらを見ていた。私たちもアホ面していたと思う。〈風斬り〉のフローラ様じゃん。しかし、既に手を出した感じになってしまった。 

 ばつが悪そうにそっぽを向いているカティアの代わりに、フローラ様にごめんねジェスチャーをしておいた。うちの子がすみません。後できつく言っておきます。絶対勝てないので争いになりませんように。もはやお祈りである。幸い、溜め息をついて見逃された。あぶねぇ!

 集合場所の中央に、ため息を溢してから話を始めた戦士がいた。今、私の顔を見て溜息溢さなかった? 今朝から溜め息を聞くのが多すぎる。運気下がるからやめろ!(女子力)

 

 話をしている戦士は、ロン毛のシャギーヘッドをしており、意志の強い瞳をしていた。これが〈幻影〉のミリアか。つよそう。

 

 ミリアは一桁ナンバーとナンバー11のウンディーネ、ナンバー13のベロニカ、そしてこの間一緒だったナンバー9のジーンを前に呼び出した。あっ、チーム分けか。カティアと離れるのやだなぁ。

 

「これからチーム分けを行う。隊の力をできるだけ均等に分けるためだ。異論は許さない」

 

 ミリアにナンバーと名前を順に読み上げられ、班分けが行われた。

 

ミリアチーム

No.6  ミリア

No.20 クーニー

No.30 ウェンディ

No.37 ナタリー

No.44 ディアナ

 

フローラチーム

No.8  フローラ

No.18 リリー

No.27 エメリア

No.36 クラウディア

No.43 ユリアーナ

 

ジーンチーム

No.9  ジーン

No.17 イライザ

No.26 オリヴィア

No.35 パメラ

No.41 マチルダ

 

ウンディーネチーム

No.11 ウンディーネ

No.15 デネヴ

No.24 ゼルダ

No.32 カティア

No.40 ユマ

 

ベロニカチーム

No.13 ベロニカ

No.14 シンシア

No.22 ヘレン

No.31 タバサ

No.39 カルラ

No.47 クレア

 

「ベロニカのチームだけが6人編成になる。それ以外は5人編成だ。呼ばれなかったものはいないな? 今日中にチームの仲間の顔は覚えておけ」

 

 その後ミリアから、通常の覚醒者討伐と同じように1体につき1チームで当たるように指示があった。手が空けば助勢に向かっていいらしい。

 

「以上だ」

 

 ミリアはそう締め括った。

 

 

 

「オリヴィアか。また、よろしくな」

「ん。よろしく」

 

 ジーンの班になった。あらためて死闘を潜り抜けた友として拳を合わせた。しかし、カティアとはやはり離れてしまった。さらばともよ。強く生きてくれ。

 チームメイトは、ガーリー系森ガールのイライザ、モブ系ロン毛のパメラ、そして、短髪モナリザ娘のマチルダだった。

 挨拶すると返してくれた。

 

「よろしく」

「……」

「(にこっ)」

 

 反応は三者三様だった。イライザは、ナンバー17だけあって結構強そうな感じがする。あと、まつげが長い。〈まつげ〉と渾名していいくらいには長い。

 パメラはモブに徹するようだ。30番台だが、カティアと比べてすごく弱い気がする。気のせいだろうか……。

 マチルダは美人で笑顔なのだが、夜の博物館で会ったらチビること間違いなしである。

 

「私とオリヴィアが、このチームの攻撃力の要だ。私達が技を完成させるには少し時間が掛かる。皆には、その時間稼ぎをしてもらいたい」

「別に、待たずに倒してしまってもいいんでしょ?」

 

 ジーンの言葉に森ガールのイライザが、腰に手を当てたまま反応を返した。最初会ったときは冷たかったジーンに評価されてて感無量だ。私達、親友だったのね。

 

「ふっ。頼もしいよ」

「いや、冗談じゃなくて本気なんだけど……」

 

 イライザの言葉にジーンは特に取り合わなかった。イライザは肩を落とした。ジーンは大人だなぁ。

 

「あたしが、このチビッ子に負けていると思わないんだけど!」

「ならば、手を合わせてみるといいさ。オリヴィアもいいな?」

『え、まじで』

 

 そういうわけで、いつのまにか手合わせをする流れになっていた。

 

 

 

 

 

 町の広間には、言い出しっぺのジーンがいない。いや、なんでよ……。

 他チームの見物客も結構いる。みんな暇かよ。

 

 広間はピエタの町の中心にあり、複数の覚醒者が来ても十分に戦えそうだった。見物客は屋根上から観たり、雪が積もってるのも気にせずに地べたに座って観てるのもいる。腕を組ながら壁に寄りかかっているのは、ウンディーネの姉御ではなかろうか。手を振って寄っていった。

 

『姉御ー!』

「おー、チビ助じゃないか。相変わらずなに言ってんのか分からねぇけど。元気だったか?」

「ん。カティアをよろしく」

 

 姉御はムキムキの腕で頭を撫でてくれた。飴もくれ。

 折角なのでカティアを推しておいた。私に熱い筋肉バトルを見せてくれ!!

 近くにはシンシア天使長もおり、手を振ったが目元がひきつっていた。ひどくない?

 

「ちょっとオリヴィア、こっち!」

 

 イライラした森ガールのイライザに呼ばれた。そういえば、手合わせをしに来たのだった。

 待っているところへ、雪に足をとられながらも走り込んだ。

 

「参ったって言った方が負けだからね!」

 

案外子供っぽいことを言う娘である。大剣を抜いて向かい合った。

 誰も、始め! なんて言ってくれないが、私はこの間が好きだった。なんとなく、お互いに相手を理解しようとしている様に思えるのだ。

 独りでほっこりしているとイライザに斬りかかられた。空気の読めないやつめ! 私は妖気があんまり読めない。んー、ドローだな。

 

 イライザの初撃を躱した。イライザは体の軸をブラすことなく、次の連撃に無理なく繋げている。ナンバー10番台というだけあって、剣閃も鋭い。推測できる膂力も相当なものだろう。

 以前もそうだったが、基本的に大剣を打ち合わせると力負けしてしまうため、私は避けるしかない。訓練生時代に、戦士の剣術が自分に合わないと思った理由でもある。

 

 そういえば昔、同じように手合わせしたエバ隊長はやはり北の地に散ったのだろうか……。ここに居ないということは、そう言うことだろう。少し悲しい気持ちになった。

 

「く、この! 真面目にやりなさいよ!」

 

 さて、イライラ森ガールのイライザの相手だ。私が一合も受けないせいで、イライラしている。エバ隊長と手合わせした当時は受け技をうまく扱えなかったため、あっさり気絶させられたが、今ならばどうか。攻撃を受けて体術で返そう。うまく顎を蹴り上げれば、気絶してくれるだろう。

そう考えて、イライザの斬り下ろしを“受けた”。

 

 

 

 

 クレアはミリア達の妖気を読み、ジーンやカティアを伴って町近くの洞穴にたどり着いた。

 

「遅かったな。つけられなかっただろうな?」

「あぁ。皆、誰がどこへ行こうと興味がないらしい」

 

 ショートボブへアのナンバー22の戦士ヘレンが声を掛け、クレアが答えた。ヘレン達は洞穴の中で焚き火を囲み、ミリアを上座に車座になっていた。ヘレンの対面にいるのは、ベリーショートの髪形をしたナンバー15の戦士デネヴだった。火が揺らめいた。

 

「へへっ。再会記念だ」

 

 ヘレンの掛け声で、四人は大剣を重ねた。この四人は、以前覚醒者討伐で共に戦った仲間だった。その際に、全員が半覚醒と呼ばれる状態に陥っていたことがわかっている。

 

「皆良く生き残ってくれた。またあえて嬉しいよ」

 

 クレア達はミリアのそんな声で照れ合った。それほど、ナンバー6のミリアのことを全員が認めていた。

 

「!」

「だれだ! クレアてめぇつけられたな!」

 

 そんな中、ヘレンが外の気配に気づいた。へレンが、クレアを糾弾したがクレアは慌てて弁明しようとした。

 

「待ってくれ違うんだ! ジーン達も私達と同じなんだ」

 

 クレアはジーンたちを連れてきた理由を話そうとしたが、その前にジーン達がこの場へ入ってきた。

 

「なるほど、これはそういう仲間か。友との再会に水を差すつもりは無かったが……。どうやら私達も無関係ではないらしい……」

「……そのようね」

 

 ジーンに続いてカティアも入ってきた。二人が入ってきたとき、クレアを除く3人が驚いて沈黙した。各々が思うことが異なっていたが、特にヘレンは唖然として思考停止していた。

 

「あぁ、なるほど」

 

 ミリアが2人の身体の状態について察して声をこぼした。

 

「詳しく聞きたいな。クレアお前何があった? その右腕も違っているな。誰のだ」

 

 クレアは戦いの中で右腕を失い、とある戦士から右腕を借り受けていること。そして、〈深淵の者〉西のリフルとの戦いの顛末を説明した。

 

「お前も中々に厳しい立場にいるようだ」

「それについては、ピエタに呼ばれた全員がそうだろう。この作戦、成功する確率はどのくらいだ?」

 

 ミリアは、クレアの問いに0と答えた。

全員がミリアが作戦の遂行を無理だと感じていることに呆然とした。一度場に沈黙が下りた。焚き火の薪が鳴り、ミリアは一息置いて話を変えた。

 

「それにしても、防御型の戦士の遺骸を使って傷を治す……か」

 

 そういってミリアはカティアを見やった。オリヴィアが行ったことは、死体に対しての忌避感が強い文化から言って、殆んどありえない発想に近かった。

 

「……。オリヴィアは、組織にあまり忠実とは言えないわ」

 

 居心地の悪さを感じたカティアは、ミリアへ反論した。カティアは、ピエタの町に至るまで、オリヴィアと共に旅してきたが何かに付け旅程を遅らせようとしたり、着いてからはギリギリまで集合しなかったりと今回の任務では特に顕著だった。

 

「いや、疑っている訳ではない。〈痴呆〉のと言えば、20番台にして数多く覚醒者の首を刎ねたものとして有名だ。しかし強力な技を扱う反面、意思疎通がうまく取れない為チーム戦にはあまり向かないと聞くが……」

 

 ミリアは、オリヴィアについて少し考え込んだ。視線は焚き火を見つめており、クレア達からは組織側の人間として疑っているように感じられた。

 

「いや。私も〈深淵の者〉との戦いのとき、何度か助けられた」

 

 なんとなく、クレアもオリヴィアが疑われていることへ反論した。

 

「本当に疑っている訳じゃないんだ。ただ、話を聞くに意思疎通が完全に取れないわけではない。そして今回の任務について、たどり着く前からある程度察しているくらいには知能がある。強力な技である〈千剣〉の渾名が付いていても可笑しくはないと思ってな。〈痴呆〉というには……、少々作為があるように感じられる」

 

 ミリアは、少し笑ってクレアに答えた。ミリアが言うように、クレアが関わった際には言葉に不自由しているように見受けられたが、行動の端々で勘の良さを見せていた。

 

「まぁ、本人に聞いた方が早かろう」

「で、そのナンバー26のオリヴィアはどこに?」

 

 ミリアが根本的な提案をした。目を瞑って話を聞いていたデネヴがオリヴィアの居場所についてクレアに尋ねた。

 

「広場でナンバー17に伸されたらしい。ここに来る前、気絶して雪に埋まっていたのが見えた」

 

 この場に沈黙が落ちた。ジーンが目をつぶり額に手を当てた。

 

「……」

「さっきから聞いてたらすごそうに聞こえてたけど……。そいつはすごいのか……?」

 

 ヘレンが頭に腕を組み、呆れて言った。

 




元あったモノローグ抜いて書き直すとプロットしか残らないのではないかと常々思います。

……ほぼ書き直しでは……??


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噂話【閑話】〈痴呆〉という名の戦士

手合わせの話です。

どこにいれても違和感があったので、閑話にしました。
非常に短いですが、何があったかわかると思います(願望)


 ウンディーネがピエタの町広場付近で壁を背に休んでいると、まだナンバー15だった頃にチームを組んだことがある幼い戦士オリヴィアが走り寄ってきた。

 

『姉御ー!』

「おー、チビ助じゃないか。相変わらずなに言ってんのか分からねぇけど。元気だったか?」

「ん。カティアをよろしく」

 

 ウンディーネは思わず小さな頭を撫でてしまった。カティアとは、同じチームに振り分けされた32番の戦士の事だろう。ウンディーネは32番の戦士に、それなりに力を持っているように感じたが、所詮30番台だろうと考えていた。

 

「……あぁ」

 

 ウンディーネが少し考えてから返事を返そうとすると、オリヴィアは既に手を振りながら走って行ってしまった。

 

「けっ。忙しないやつ」

 

 ウンディーネがおもむろに広場に中心をみやると、オリヴィアとナンバー17のイライザが手合わせを行うようだった。ウンディーネは、以前一緒に組んだときを思い出していた。あのときもオリヴィアは、当時の隊長エバと手合わせをしていた。北の地で散ったエバを思い出し、ウンディーネは少々もの悲しくなった。

 

 突如始まったイライザとオリヴィアの手合わせは、多くの戦士達が観ていた。

 

「くっ、この! 真面目にやりなさいよ!」

 

 どうにも手合わせは、オリヴィアの方に分があるように見受けられた。オリヴィアは、イライザの中々に速い剣をあっさり見切っていた。どこか遠いところを見つめながらも全て躱しており、一合も打ち合わせていなかった。

 ウンディーネは、エバとの手合わせの焼き回しを見ている気分になった。

 

(あー。たしか、攻撃に移ると途端にダメだったよな)

 

 以前は攻撃に移ってあっさり撃墜されていたが、多少は成長したのだろうか。

 しばらく見ていると構えを変えたオリヴィアがイライザの斬り下ろしを()()()。不可思議なことに、斬り下ろしを正面から受けたはずのオリヴィアの足元の雪が舞い、身体がふわりと浮き上がった。

 

「!」

『あ゛っ』

 

 蹴るつもりだったのだろう。オリヴィアの鋭い蹴り上げは、顎を少し引いただけのイライザに避けられた。悲しいかな、それはひどくリーチが足りないように思われた。

ふわーっと逆さまな姿勢のまま不自然に真上へ昇っていくオリヴィアに、激昂したイライザの拳が突き立った。

 

「真面目に、やれ!!!」

 

 後頭部に拳を受け、きりもみして跳んでいったオリヴィアは、民家の壁に当たり墜落した。当たった衝撃で屋根の雪が落ち、オリヴィアに降り注いだ。雪に埋もれ、2本の足だけがそこに愚かな戦士が居ることを示していた。

 

 手合わせを観ていた戦士達は思った。

 こいつが噂に聞く〈痴呆〉と呼ばれる戦士だと。

 



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キメラ系覚醒者のメソッド

昔から、この時節は強烈な頭の痛みに襲われ、くっ!頭が……!ロールして遊んでいましたが、近年ちょいちょい鬱陶しくなってきました。


中二病が卒業できた……?


――オリヴィア、誰と話をしているの?

「ん-? ここはみかいのちで、ぶんめいかいかのおとがしないんだって!」

――いったい何を言っているの……。その鏡を捨てて。気味が悪いわ……。

「えー。でもこの子、いつもあたしをほめてくれるよ?」

 

 夏虫が鳴く中、冷や汗を垂らした茶髪でツインテールの女の子に話しかけられた。年の頃は、10ばかりだろうか。如何にも、年長の少女然とした態度で接してくるが、貌は逆光で見えなかった。酷く暑く感じる。あれ? さっき、雪降ってなかったっけ?

 

――はやく、逃げるのよ! オリヴィア!

――!? 隠れて!

「でも、おかーさんが呼んでるよ?」

 

 場面が変わり、火に包まれた小さな村が映った。メラメラと照されて暑い。隣で手を引く少女は、火の逆光に照らされて、やはり貌が見えなかった。赤く照され燃えた熱風が、頬を撫でた。慌てた様子の少女に口を押えられて、息が苦しかった。

 

――ぉーぃ。

――ぉーい。

――おーぃ。

 

 遠くから私を呼ぶ声がする。何となく、行かなくてはならない気がして、少女の手を振り払った。

 

――行っちゃダメ。行かないで! オリヴィア!!

 

 悲痛な声に振り返ると、少女の顔が見えた。

 落ち窪んだ眼に光は無く、どこまでも暗い闇が広がっていた。顔中の穴という穴から、黒い液体を流しつつ必死にこちらを手招いていた。

 

 息が詰まった。恐ろしくなって、捕まっていた部屋から飛び出すと、板張りの床の上で先ほどの少女が妖魔に身体を貪られていた。少女は首だけで、ドロリとこちらを振り向いた。恨みがましく、二つの穴がこちらを見据えた。少女の真っ黒な口が叫んだ。

 

「キャアアアアアァ」

 

 

 

 

 

『シャベッタァァァ……。はっ!?』

 

 外から絹を裂くような、悲鳴が聞こえた気がした。薄暗いが、ここはどこだ。カビ臭い……。倉庫かどこかだろうか。お腹に乗った大剣を握った。あれ、私寝てたの? んー、記憶が曖昧だ。

 

『痛たたっ……』

 

 あと後頭部が痛い、頭を抱えた。あれ、これ頭じゃなくて首か。あー、絶対これ寝違えたやつじゃん。起き上がって首を横に傾けた。はー、しんど。テンションが下がる。

 

 小屋から出ると、既に戦闘が始まっていた。えっ? イライザと模擬戦するんじゃなかったっけ。……あ、思い出してきた。しかし、模擬戦途中で記憶が途切れている。まさか……負けた? いやいや、そんな訳……マジで?

 

「総員! 隊形をとれ!」

 

 ミリアの掛け声で、26名の戦士達がぞろぞろと集まってきた。私も強い掛け声で、しょうもない思考ループから抜けた。

 

「ひゅー! 壮観だねぇ。女の子にこんなに囲まれるなんて滅多にねぇな!」

 

 ミリアが対峙しているのは、細身の覚醒者だった。細身と言っても優に5mほどの全長で、全身鎧を着込んだような姿をしており、鎖型の触手が揺らめいていた。

 

「正面の敵は、我々ミリア隊が受け持つ! フローラ隊は、右屋根上にいる敵に当たれ! ジーン隊は左塔の敵だ! ウンディーネ、ベロニカ隊は待機。劣勢のチームの助勢に回れ!」

 

 矢継ぎ早にミリアは指示を出した。

 

「普段通り戦えば良い! 皆、いくぞ!」

 

 右側屋根にはローブを着た顔の伺えない男が座っており、左側の塔には両目を包帯で巻いた男が立っていた。あの家は、今朝カティアがぶっ壊したところだ。私は、何もしていないので実質無実だ。

 

 急いでジーンに駆け寄っていくと、既にみんな揃っていた。

 

「遅い!」

 

 腰に手を当てて言ったのは、イライザだった。イライラのイライザ。またの名をまつげと言う。

 

「うるさい。〈まつげ〉」

「誰がまつげよ!?」

「遊ぶな。いくぞ!」

 

 ジーンの掛け声で全員が大剣を構えた。

 

 先に飛び出したのはジーンだった。一桁ナンバーと言うだけあって、隊の中で一番速かった。続いたのは、意外にもモブ娘のパメラだった。パメラとマチルダの二人は防御型だ。ジーンが先に飛び出したのは、覚醒体になる前に斬ろうと考えたのだろうか。

 

「くくく。遅いな」

 

 不気味に呟いた眼帯男は塔上から、ジーンをかわすように高く飛び降りると、空中で覚醒体へと変身した。それは、カマキリのような見映えのドラゴンフライだった。身体のいたるところに、鎌が沢山生えていた。

 

『インセクトキメラだ!!』

 

 かなりイカす見た目をしている。完全に昆虫キメラだった。しかも空を飛んでいる。あの巨体で空飛ぶのは、卑怯じゃない?

 

 打ち落とすべく、ジーンがカマキリ覚醒者の背面を追って跳んだ。後ろにも目があるのか、身体の上部についた複数の鎌でジーンの連擊をいなした。

 

「くそ!」

「……うぐっ」

「!? パメラ!」

 

 いつのまにか、覚醒者の側面から追いすがり、三本の鎌を相手取っていたパメラが負傷した。墜落するパメラに気づき、空中で掬い上げたジーンは、カマキリの攻撃を大剣の腹に受けて下まで落ちてきた。積もっていた雪が激しく舞った。

 

「ジーン!」

「くっ! 無事だ!」

 

 攻撃タイミングを逃し、追走をやめたイライザが叫んだ。ジーン達は墜落したが、うまく受け身がとれたようだった。〈まつげ〉は意外と足遅いのね。全然、追いついていない私が言うのもなんだけど。

 

 カマキリ覚醒者は、動きも昆虫染みている。あの巨体で、空中を急に動いたり止まったりと、緩急の激しい動きをしていた。まるで、蜻蛉やハチドリの動きだ。しかし空中を動く時、犬かきみたいに沢山ある手をバタバタさせてるのは、ちょっと面白い。腕をぐるぐるする拳法使いみたいで、思わずニヤニヤしてしまった。

 

「ハハ! まずはニヤついている弱そうな雑魚からだ!」

「オリヴィア!」

 

 そんなことを考えていると、急降下してきたカマキリに襲われた。出遅れたマチルダと二人、上から迫る鎌に対処したが手数が多く、マチルダが負傷した。真っ赤な血飛沫があがった。マチルダは、袈裟懸けに胴体をバッサリ切られたようだ。カマキリの攻撃は、一発一発を私が大剣で弾けるくらいには軽く感じる。如何せん、敵の手数が多すぎた。何本腕があるんだ、こいつ!

 

「マツラガ!」

「ううっ……。マしかあってない……」

 

 マチルダは倒れこんだが、幸い息はあるようだ。声をかけると、元気な呻き声が聞こえた。ごめんマチルダ、戦いながらじゃ発音し辛らくて噛んだんだ……。

 

 このカマキリ、普段は対象を掴んで徐々に細切れにするんじゃなかろうか。手数が多いけれど、鎌の鋭いところに当たらない限り割りと行けるのでは? そう考えて大剣を下ろした。

 

「何してるの!? オリヴィア!」

「くく。血迷ったか」

 

 上空から、カマキリに飛び掛かろうとしていたイライザが叫んだ。

 私は、あたかも通勤ラッシュの人混みを避けるようにして、高速で迫る鎌と鎌の間をすり抜けた。おっ、わりと行けんじゃねーか。

 

『ラッシュアワーステップ!』

 

 テンションが上がったままに叫び、倒れたマチルダの首もとを掴んで、鎌の制空圏から離脱した。ちなみに、叫んだ意味は特にない。

 

「ば、馬鹿な……。ちっ。雑魚が!」

「ぐっ! きゃあ!」

 

 鬱陶しそうにカマキリが呟いた。ちょうど離脱したタイミングで、上から攻めていたイライザがぶっ飛ばされ、屋根3つ分くらい跳んでいった。血が落ちてきた。離れ際にイライザが、鎌で傷を負ったようだ。

 カマキリは戦士一人を弾き飛ばすとき、空中にいるせいか一瞬力を溜めるために動きが止まる。そこが、狙い目かもしれない。

 

 マチルダをダウンしたパメラの方に投げた。雪があるため、多少乱暴に扱っても問題あるまい。少し息切れしたジーンに並んだ。ジーン、あんた最初から飛ばしすぎよ。

 

「ジーンだいじょうぶ? 『頭からめっちゃ血が出てるけど……』」

「大丈夫だ。……オリヴィア、溜められるか?」

 

 オールバックが、ちょっと崩れたジーンに尋ねられた。うーん、こいつと闘いながらは無理かもしれない。細々とした攻撃でチクチクやられると、被弾して動きが止まってしまいそうだ。カウンターを狙うにしても、こいつの攻撃は一発一発が弾けるくらいには軽い。小首を傾げて答えた。

 

「ん-。無理」

「……そうか」

 

 羽音を鳴らしながらブンブン飛び回って、ねぇ今どんな気持ち軌道で飛びまくるカマキリに、かなりイライラのボルテージが上がってきた。 

 

「くくく、しかし弱いねぇ。避けるしか脳のないチビと頭の悪い隊長か。お前ぇ隊長に向いてねぇよ。弱いやつは最初から分かってたはずだ。無駄にかばうからそう言うことになるんだよ」

 

 しかも、私達を馬鹿にして説教してきやがった! くっ、許せねぇ! メスに喰われて死ね!

 

「! ちっ」

 

 その時、覚醒者の側面から大剣が飛んできた。その大剣には、延びたヘレンの腕が繋がっていた。残念ながら、カマキリ覚醒者には当たらなかった。ナンバー13のベロニカが、鎌の中に飛び込み、カマキリ覚醒者を牽制した。えっ、あの中に入っていくの? すげぇぞ!

 

「よぅ。苦労しているみたいだな。加勢に来たぜ!」

「ジーン。手を貸そう」

「ヘレン、クレア」

 

 別動隊が戦線に参加した。正直助かる。

 

 

 

 長い癖毛を靡かせたフローラは、屋根の上にいる覚醒者へ向かって走っていた。

 

(チーム5名のうち、使えるのは私を含めた3人。ナンバー36と43は考えない方がいい!)

 

 屋根の上に飛び上がったフローラは、覚醒者を〈風斬り〉ですぐに始末しようとしていた。〈風斬り〉とはフローラの二つ名であり、居合斬りのように大剣を振って直すだけの単純な技だが、あまりの速さに目で視認することが難しい技だった。隊での行動となるが、実質は3人チーム。さらに言えば、そこへお荷物を抱えた状態になると判断してのことであった。

 

(覚醒体になる前に、けりをつける!)

 

 フードを被った覚醒者へ〈風斬り〉を放ったが、全て()()()()()。覚醒者は、その場から一切動いていなかった。

 

「!」

「……」

 

 にたりと、笑った覚醒者がフローラの方を見た。その時、フローラの背後でナンバー43のユリアーナが涙目で大剣を振りかぶった。

 

「うわああぁあ!」

「!?」

 

 間一髪、味方から振り下ろされた大剣を、フローラは屈んで後ろへ転がることで回避した。

 

「くっ! なぜ味方を……?」

「あ、ぁ、あ。みんな、逃げてくれ……。体が言うことを聞かな……、ガァあっ」

 

 覚醒者に妖力を操られたユリアーナが、フローラの方へゆっくりとした足取りで近づいてきた。ようやく到着したフローラ隊の他の三人が、同じ屋根に乗った。

 

「ひゃはっ!」

 

 覚醒者の声が聞こえた瞬間、フローラ達は全身を鷲掴みにされたような感覚に陥り、全員がその場へ膝をついた。

 

「なっ!?」

「ガっ!?」

「一人ずつ、死ね」

 

 全員が妖力を操られ、動きを止められてしまった。徐々に近づくユリアーナの大剣が、振り下ろされるのは時間の問題だった。フローラは妖力解放すらできず、冷や汗を垂らした。

 

「み、んな。たのむ……ガ、にげ、て」

「ユリアーナ!」

(しくじった……! こいつ、妖力を操るのか!?)

 

 その時、フローラの〈風斬り〉を受けたせいか、急に屋根が軋んだ音を立てて崩れた。崩れ行く屋根を見る中、フローラは明け方〈痴呆〉と呼ばれる戦士が、この建物の扉を壊したことに思い当たった。

 

「なにっ!?」

 

 足場が崩れたことで、覚醒者がより高い建物へ飛び退こうとした。フローラが追走し、覚醒者へ〈風斬り〉を放った。

 

「ちっ!」

 

 フローラは舌打ちをこぼした。覚醒者はローブを脱ぎ捨ててフローラの攻撃を躱し、建物の上に乗った。フローラ隊の全員が、体勢を整えて着地した。

 

「ひゃはは。運が良かったな! 楽しくなってきたよ。……これだから、化け物はやめられねぇ!」

 

 屋根上の覚醒者は、トカゲと亀が混ざったような黒い四つ足の巨体へと変貌した。ギョロついた不気味な目が付いていた。トカゲ型覚醒者は、フローラ隊の前に飛び降りると、瓦礫を飛ばしながら地響きを鳴らした。

 

「全員、八つ裂きだ!」

 

 




でも俺の中に居るお前は俺で俺はお前で……みたいなのは、未だに好きです。


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筋肉バトル

前話のタイトルを昆虫す〇いぜにするか迷って、ああなりました。

今回は、原作沿いが多くなってしまいました。
キャストは多少変わっておりますが。


「ちっ。フローラ達に加勢する。指示は守れよ!」

「……」

 

 フローラ隊を劣勢と見た、ウンディーネが言った。カティアは、ウンディーネ隊の中堅処として参加していた。ナンバー30台ということもあって、無下にされるわけではないが隊長の対応はおざなりだった。

 

「難敵のようだな。加勢する」

 

 トカゲ型の覚醒者と対峙するフローラ隊へ、ウンディーネの部隊が合流し、ナンバー15のデネヴがさらりと言った。

 

「気を付けてください。やつは妖気を操ります」

「一気にケリをつける! いくぞ!!」

 

 フローラの助言を横目で見た、ウンディーネが前に立って言った。2本の大剣を両手に構えたウンディーネの掛け声で、10人全員がトカゲ型の覚醒者へ向かって殺到した。

 

「ひゃは! 馬鹿どもが!」

「くるぞ!」

 

 ビキリと覚醒者の甲羅が、甲高い音を立てた。無数の槍が、トカゲ覚醒者の甲羅を中心に同心円状に放たれた。カティアは、あの〈深淵の者〉との戦闘の後、不思議と妖気感知能力も上がっており、事前に察知して回避することができた。

 

「ぐっ!」

「うわっ!」

 

 しかし、敵が放った槍のあまりに速い射出速度に、被弾するものが続出した。

 

「今のを躱せなかった奴は下がれ! 邪魔だ!」

 

 ウンディーネの掛け声で、合流した隊のうち4人が離脱した。主に、40番台近くが離脱したようだった。

 

「2チーム10人中残ったのが6人だ。不満かよ、ナンバー8さんよ」

「いえ、これで行きましょう」

 

 もともと、フローラは足手まといを抱えての戦闘を良しとしていなかった。これ幸いにと、ウンディーネの意見に賛同した。

 

 トカゲ型の覚醒者は外皮が非常に硬く、フローラの〈風斬り〉をしても容易にダメージを与えることはできなかった。6人からの攻撃を嫌った覚醒者が、舌打ち交じりに移動した。

 

「ちっ」

「逃がすかよ!」

「駄目です! 先走っては……」

 

 単身、先走ったウンディーネに対してのフローラの助言は遅すぎた。

 

「けけっ。これだから単純な奴は……」

 

 妖力操作を仕掛けたトカゲ型の覚醒者は、ウンディーネの体を操り、ウンディーネが両手に構えた大剣を首に添えた。ウンディーネは、自分の意志で体が動かせないことに対して声を上げた。

 

「な!?」

「自分で、自分の首を掻き切りな」

「ウンディーネ!!」

 

 振り抜かれた大剣には、血が付いていた。追走していた隊の全員が、驚きで硬直した。

 

「……で? 頬に傷をつけるだけの技ってんなら、ずいぶんしょっぺぇ技だな。おい?」

「ば、馬鹿な!? 太刀筋を力技で変えやがった!」

 

 ウンディーネは覚醒者の妖力操作で強制された動きを、自らの筋力で無理やり軌道を変えたのだった。

 

「死ねやボケ!」

 

 いきり勇んで飛び込んだウンディーネに、トカゲ型の覚醒者はさらに行動を強制した。

 

「止まれ! 筋肉馬鹿が!」

 

 屋根上でフローラの隊全員に影響した妖力操作が、ウンディーネに集中して掛かった。あまりの負荷に、ウンディーネが両膝をついた。

 

「!」

「……で、誰が止まるって?」

 

 両膝をついたはずのウンディーネが再び自らの筋力でごり押しし、すぐさま立ち上がった。膨れ上がった筋肉が、その存在感を示していた。

 

「ば、ばかな……。ぐ、ぐぎゃ!」

 

 トカゲ型の覚醒者は自身の技が効かず、さらに甲羅から射出される槍すらも躱され成す術がなかった。ウンディーネによる双剣の連打で、覚醒者は浅い傷を負った。覚醒者にとって幸いだったのは、外皮が硬くよほど力を溜めた攻撃でないと貫けないところだろうか。

 

「今です! 止めを!」

「待て、奴の術中だ」

 

 フローラが隊に掛け声をかけたが、デネヴが手で制した。

 攻撃の手を止めず連打しているウンディーネが、突然全身を搔き抱いた。ゾッとする感覚が、ウンディーネを包んだためだった。

 

「う、うぐっ!」

 

 ボゴッ! っと音を手てて、ウンディーネの両腕の防具が弾け飛んだ。覚醒者の妖力操作によって強制的に妖力を高められ、肉体の変性が進んだのだった。

 

「き、貴様……」

「ようやく気付いたか。これだから筋肉馬鹿は困る」

(そうか、妖力操作できるということは、本人の意図しないところで妖力を勝手に高めることができるのか!)

 

 デネヴの制止で見守っていたフローラは、起こったことを正確に把握していた。隊長の動きを見守っていたカティアは、動いた。

 

「来るな! 巻き添えを食らうぞ!!」

 

 妖力を上昇させ続けられ、待っているのは妖力の暴走。すなわち、覚醒者への仲間入りだった。ウンディーネは、仲間がそんな目に合わされるのが許せず、救援を拒んだ。

 

「悪いな。蹴るぞ隊長!」

 

 デネヴはウンディーネの制止を無視して、動けずにいる身体を蹴飛ばした。

 

「まずは、2人が俺らの仲間入りだ!」

 

 自身の妖力操作の領域へと侵入した2人に対して、トカゲ型の覚醒者が言った。妖力解放特有の衝撃があたりを包み、敵の妖力操作を恐れて迂闊に動けずにいる隊の全員が瞠目した。

 

「!?」

「な!? お前ら限界を超えたはずだろ! なんで……」

「ふん。……お前の勘違いだろう」

「さぁ。決着をつけましょう」

 

 2人は、妖力操作を物ともせずに、その場で大剣を構えた。フローラには、2人が確実に限界を超えたように感じられた。

 

「あ、あの2人……。一体……」

 

 冷や汗を垂らして、フローラは2人を見守った。

 

 デネヴとカティアの2人は、トカゲ型覚醒者の側面からそれぞれ強襲した。側面から攻めることで、強烈な妖力操作の対象を絞らせないようにするためだった。

 

「ぐ、ぎゃ。止まれ! 貴様ら!」

「〈会心撃〉!」

 

 甲羅を避けた部位に斬撃を受けて、覚醒者が叫んだ。カティアが自身の妖力を操り、足の一部を肥大化させて足払いを放った。先の身体が肥大化したウンディーネのそれよりも、カティアの足は巨大だった。四つ足の片側を払われ、上体が半分浮いた覚醒者が体勢を崩した。利き足から弾け飛んだカティアの防具の一部が、ウンディーネの傍に落ちた。

 

「な!? あの巨体を蹴り払っただと……」

(体勢を崩させることで、妖力操作を防いでいるのか!?)

 

 倒れ行く中、苦し紛れに覚醒者が槍を射出した。体の半分が片側に浮いた状態になっていたため、そのほとんどがデネヴに殺到した。回避が間に合わず、デネヴは身体を何か所も抉られた。明らかに致命傷だった。

 

「デネヴさん!」

「……ふん。私を殺したければ、頭を狙うんだったな」

 

 デネヴの傷が一瞬で癒えた。本来、妖力を使って傷を治すには防御型であってもそれなりの時間を要するが、デネヴは妖力解放限界まで迫ることで、瞬間回復を会得していた。

 

「!」

 

 裏返った覚醒者へ、デネブは大剣を叩き込んだ。しかし、外皮が思っていたよりも硬く、大剣の刃が止まった。

 

(ちっ。動きを止めたところを一気に仕留めるつもりだったが、力が足りないか!)

「よう。これ以上剣が進まないのは、非力なせいかよ?」

 

 いつの間にか、好機と判断したのかウンディーネが近くまで来ていた。デネヴの刃の上に、ウンディーネが双剣を重ねた。大剣をそれぞれ持った、2本の腕の筋肉が膨れ上がった。

 

「私は技巧派なんだよ」

「けっ! そうかよ」

「や、やめ……」

 

 2人は妖力を高め、覚醒者の首を力で押し切った。反動で覚醒者の首が高く跳ねあがった。それを見ていた、下位ナンバーから歓声が上がった。

 

「やったぞ!」

「! 奴は妖力操作をまだ使えるぞ!」

「くっ、逃げてください!!」

「くそっ! 冥途の土産に……、道連れだ!」

 

 妖力を操られ、歓声を上げた下位ナンバー達が崩れ落ちた。急激な肉体の変性によってまともに立つことができなかった。戦いを静観していたフローラは、首を追従して飛び上がった。傷口から攻めれば十分に〈風斬り〉が、通ることを考えてのことだった。

 

「〈風斬り〉!」

「な!?」

 

 フローラが覚醒者を細切れにするよりも速く、地上から跳んだ影が覚醒者を兜割りにした。地面に浅いクレーターを残す勢いで飛んだ、カティアだった。

 

「なんだあいつ!?」

「隊長より速く跳んだぞ!」

 

 覚醒者の頭が細切れになって、地面に降り注いだ。幸いなことに、覚醒者に妖力操作を仕掛けられた戦士2名は無事だった。

 

 

 

 ヘレンやクレアが合流したが、カマキリ型のキメラとの戦いは膠着していた。ナンバー31のおさげタバサとナンバー39のロン毛カルラは、戦闘に参加したが早々に離脱した。カマキリは的確に妖力の低い味方から、各個撃破しようとしている動きがみられた。こいつ結構頭いいのでは……?

 

 敵が空中を自在に動き回ることによって、地の利が完全に向こうに働いていた。戦闘中に上をとられるのがこれほど辛いとは……。このリハクの目をもってしても……。ってあれ、この下りこの間もやらなかったっけ。

 

「くそっ!」

 

 カマキリ覚醒者は、ヘレンの伸びる腕での射撃すら高速で空を飛び回り回避してしまう。さらに飛び上がって近づいても、多数ある鎌で大剣の攻撃がいなされていた。私も飛び上がって攻撃を行ったが、鎌でツンとされると質量差で弾き飛ばされた。くそが!

 

 ナンバー13のベロニカとナンバー14のシンシアが、鎌を捌いていた。

 クレアが飛び上がって〈高速剣〉を仕掛けたが、〈高速剣〉のヤバさを空気の振動で感じ取ったのか、空中で余裕を持って回避されていた。やはり敵の足を止めないと、どうしようもなくなってきた。

 

 そうこうしているうちに、私とクレア以外の全員が被弾してしまっていた。

 

「くくく。前言撤回だ。さっきの隊長はなにも悪くねぇ、俺が強すぎるだけだったよ」

 

 完全にいきりカマキリと化した覚醒者に煽られて頭に血が上った。この戦闘では、私は完全にお荷物となっていた。力を溜めようと何度か試みたが、ある程度乗った所で強襲され、ダメージこそ負わないものの邪魔ばかりされていた。許せねぇ!

 

「はぁ、はぁ。すまない、遅くなった」

「全くだぜ。……ジーンが下、私が上だな」

 

 ジーンとヘレンが何かしらのやり取りをしていた。私を抜きにした作戦が、いつのまにか始まっていた。えっ、ハブ?

 

「オリヴィア、こっちだ!」

「わっぷ!『ぐえっ』」

 

 私の襟元をもったクレアに、建物の影に引きずられた。何をする貴様!?

 肩に手を置いたクレアが神妙な顔で、私に言った。

 

「全員で奴の動きをなんとか止める。その隙に止めを刺すんだ」

『原作の奴ですね。わかります』

「……はぁ。頼むから協力してくれ」

 

 ジーンが旋空剣で下の鎌を斬り、ヘレンが上体についた腕や鎌を斬るんだったか。でもそれだったら、私達要らなくない……?

 

「やつは、言動ではああ言っているが、こちらが逆転を考えて諦めていないのを解っている。嫌な予感がするんだ……」

 

 まぁ、戦闘では二の手三の手と、組んだ方が良いのはその通りだ。使わなければ、それに越したことはない。両手を後頭部で組んで返事をした。

 

「『しょうがねぇなぁ』わかった」

「……くっ、私もやるわ……」

 

 物陰から現れたのは、胴体をバッサリ斬られて血が出ている〈まつげ〉のイライザだった。いや重症じゃん。寝てろよ。

 頷いたクレアが言った。

 

「よし! あんたはオリヴィアと共に東側から回ってくれ。私は西側から行く」

『よしじゃないが』

 

 クレアの発言に頷いたイライザに引きずられて、東側の建物に登った。君、重症そうだけど元気ね? 戦況を覗くと、ベロニカとシンシアの二人が鎌の猛攻を捌いていた。

 

「あいつ……。ジーンともう一人から徐々に距離を置いてる……、感づいてるんだわ」

 

 イライザの言う通り、良く視るとジーンやヘレン側へ、相手取っている二人の背面が来るように移動していた。なんとなく、あまり時間がないように思われた。

 

「あんた、凄い技使えるんでしょ? それ、使いなさい」

「うーん……」

 

 〈まつげ〉は簡単に言ってくれるが、力を溜めるのにはそれなりに時間がかかる。敵のカウンター等使えば別だが……。高い建物から飛び降りて溜めるか……? でもそれだと、カマキリまでもう一度飛ばないといけない。威力が減衰しそうだ。

 

「何よ、歯切れが悪いわね。早くやんなさい!」

『あー、もうなるようになれ!』

 

 踊りを始めた。バク宙から始める。雪があって多少滑るが、致し方ない。

 ふと、考えを改めた。この間、理由もない暴力でカティアに蹴られたけど、よくよく考えたらあれは理に(かな)ってなかったか? さすがずっ友! カティアに感謝した。

 

「はっ?」

 

 中途半端に加速したまま、〈まつげ〉に斬りかかった。頼む〈まつげ〉! 死なないでくれ!!

 

「何……してんの、よっ!」

 

 案の定〈まつげ〉が応えてくれた。半端に切れて、攻撃をやり返してくれた。一瞬の鍔迫り合いから、受けた力を利用して上へと飛んだ。何となく思い出してきたがあの時の手合わせで、足技を使ってやって失敗した時とは雲泥の加速を得ることができた。感覚的に、大剣の音が変わるまでもう少し……。

 

「これは……!」

「〈まつげ〉たのむ!」

「誰が、まつげだ!」

 

 察した〈まつげ〉が、もう一度大剣を下からぶち当ててくれた。大剣が空を裂く音が変わる。

 

 戦況を見やれば、ベロニカとシンシアを()()()カマキリ覚醒者に、ジーン達は攻撃をし(そこ)ねていた。2人は、はやにえのように鎌で串刺しの盾にされていた。カマキリの足の過半数が千切れていたが、未だ多数の鎌は残っていた。やはり、皆が言うように攻撃を察せられていたようだ。

 

 遠くのクレアと空中で目が合った。力の一部を足へと渡し、建物を壊す勢いで一気に飛んだ。

 

『うおおおおおおおぉ!』

「! おせーんだよ……」

「来たか!」

 

 傷だらけのジーンとヘレンが、何か言ってた。ヘレンはジーンに支えられ、手負いのカマキリに右手の照準を合わせた。

 

「何を……なにっ!?」

 

 カマキリがこちらを認識したが、もう遅い。慌てた様子でシンシア天使長とベロニカを掲げて盾にしようとしたが、私たちは既に挟み込むように肉薄していた。

 

「いっけぇぇ!」

「うぐっ、ガッ! くそがぁぁ!」

 

 ヘレンの腕が射出され、真下から覚醒者を縫い留めた。

 盾にされたシンシアと一瞬目が合った。涙目で、こちらを見て絶望していた。

 覚醒者の体に刃が入った。最大まで加速した大剣が、覚醒者の体を砕いていく。対面からはクレアが〈高速剣〉を放っているのだろう。肉を裂く、すさまじい音が聞こえてきた。

 

 覚醒者を貫通したとき、シンシアとベロニカの2人が空中へ解放された。2人とも、鎌で刺されたところ以外は無傷だった。クレアは妖力感知で、私は動体視力で各々味方を避けて攻撃をしていた。

 信じられないのだろう、呆然とした様子でシンシアがこちらを見ていたのが印象的だった。クレアと2人、手負いの味方を掬い上げて着地した。

 

「……っ!」

「っ!」

 

 着地してシンシアを見ると、涙目でビンタされた。……いや、なんでよ。

 

 




涙目ビンタ……好き(変態)


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命の取捨

支援絵を頂きました。
当該部は3話ですので、そちらに掲載させていただきました。
ありがとうございます。

貰うまでの一連の流れを、もう一度見直すと完全にフリになってたのは草なんだぜ……。


 戦闘が終わった。怪我人は多数出たようだが、私達の隊では命を落としたものはいなかった。

 私のほっぺも、怪我人にカウントしてもいいだろう。無駄に腫れ上がっており、明らかに重症だ。

 ちなみに、戦闘終了後に合流した髪の毛が木片まみれになっているイライザにも、無言ビンタされて顔の両側が腫れている状態だ。イライザは、そのまま歩き去って行った。こいつら何なの? せめて何か言えよ。

 

「くぅ。なんとかなったぜ!」

「フッ、そうだな」

 

 血だらけのヘレンが言った。ジーンが鼻で笑って言ったが、一番苦労してたのジーンじゃない? 悪いことは、特にしていないんだけども……。なんかその、すまない……。 

 

「手助けにと思いましたが、そちらも終わったようですね……」

 

 軽い足取りで、ナンバー8のフローラが来て言った。無傷とか、こいつやっぱ絶対強いじゃん。朝、喧嘩売らなくてよかった……。

 

「ミリアは!? ミリア達は1チームで戦っていることになるぞ!」

 

 急に、クレアが騒ぎ出した。いや、ミリアはどう考えても平気だろ。集団戦だとナンバー1以上の働きをするんだぞ。私は詳しいんだ。

 案の定、クレアはデネヴに小突かれていた。

 

 合流した全員で、ミリアが戦っていた辺りへ行くと既に鎧型覚醒者の首が落ちており、事後処理をしていた。原作と違って、隊の全員が無傷のようだった。

 

 思わず、私の真横に偶々立っていたナンバー40のユマを見上げた。先程までやられて寝ていたのだが、復帰したロン毛の戦士だ。原作だと、この戦闘で片腕を失っていたはずの戦士だった。

 先の戦闘で疲れたのか、額には汗が浮かんでいた。 

 

「ん? お前は〈痴呆〉の……」

『うがー!』

「なんだ!?」

 

 ユマにまで〈痴呆〉と呼ばれ、叫んでしまった。お前まで〈痴呆〉って呼ぶんじゃない!

 どしどしと雪を蹴飛ばして、カティアへ慰めてもらいに行った。

 

「あ、おい……。なんだったんだ……」

 

 カティアの元へ行く間に、ウンディーネの姉御がミリアに突っかかっていた。気になって、様子を横目でうかがった。

 

「返答次第じゃ、あたしはあんたに付いていく気はねーぞ!」 

 

 姉御は、まともに戦えない戦士を戦線に加えさせた事が、気に入らない様だった。これも姉御の優しさよね。でも、そうも言ってられないのよね。イースレイ軍のビックウェーブが来る事は避けられない。でも、逃げた事がばれると粛清対象で指名手配。一生追われる。詰んでいるじゃないか……。

 それに、私も何度か逃げようと思ったけど、同じ境遇の仲間達を見捨てられない。そのくらいの情は、ちゃんと持ち合わせていた。

 

 その後、フローラがミリアの真意をドヤ顔で語っていた。よく聞き取れなかったが、このままじゃ全滅確定! 解散! みたいな内容だったような……。今なら手をあげて、なぁみんなで逃げようぜ! って言ったらうまく行くんじゃ……とか思ったが、シンシアと〈まつげ〉の平手打ちのように、皆が無言で集まってきて叩かれそうで怖い。ブルっと来た、やめとこ。

 

「けっ! どちらにせよ何人死んでもおかしくねー戦いだったんだ! 強引なやり方だったことに変わりはしねーよ! おい! あたしらの装備はどこだ!!」

「北側の倉庫にまとめてあるみたいです!」

 

 ウンディーネの姉御は、ムキムキの肩を怒らせて装備を取りに行った。

 と、思ったら倉庫を覗き込んだ後、すさまじい速度で帰ってきた。

 

「誰だ装備を運んだのは!? 片付けろ!!」

「……」

 

 全員の視線が私に集中した。いや、皆でこっち見るのおかしくない? 運んだんだから、誰かやってよ……。ってか、黒服は? 黒服がやるんじゃないの? あれ……、カティアもなんで私見てるの。共犯だよね……。くっ、黒服め! また、私を嵌めやがったな! 許せねぇ!

 

「はぁ……」

 

 ミリア総隊長の溜め息が、再び聞こえた。いや、私悪くないよね!?

 

 と言うわけで、いつの間にか倉庫整理をするはめになった。

 ピエタに到着したとき、カティアと2人で装備などを倉庫へ適当に投げ込んでいたのだが、まさかそれが祟るとは……。ってか、カティアは? 消えたんやが……。サボりやがった。

 

 投げ込んで散らかしたペナルティとして、40番台達と共に片付ける羽目になった。中にはマチルダやユマもいた。しかし、話をしてる暇なんてない。姉御が急いでやれってことで、余裕がなかった。

 

 ようやく終わった段階になって、みんなで額の汗をぬぐった。暑いのではなく、ムキムキの姉御の威圧感のせいである。

 

「よし、やっと終わったな。さっさと休めよ」

 

 そう言った姉御は、奥の部屋に引きこもってしまった。先の戦闘で、妖力解放限界まで行ってしまってナイーブになってるんだっけ。

 

 限界近くまで解放した姉御の恐怖感なんて、目ん玉の色が変わるくらいしか解放できない私には分からないが、そっとしておこう。ふぅ、やれやれ。

 

 

 

 

 それからしばらく経って、ミリア総隊長に呼び出された。倉庫掃除した隣の建物だったが、26人全員が入れるような広い部屋だった。ここは、町長の家か?

 

「皆に集まって貰ったのは、今回の作戦についてだ。まずは、戦いの前にこれを全員飲んでもらう」

「これは……半分に割った妖気を消す薬?」

 

 同じ部屋に26人もいると、波のようなざわめき声も大きかった。シャギーヘッドのミリアから、半分に割られた妖気を消す薬が全員へ配られた。うぇー、リバイバルゲボマズ丸薬だ……。味は美味しくないけれど、こいつに頼らざるを得ない。

 

「――だが、一度意識を失い、妖気の流れが完全に止まったときのみ効力を発揮する」

「つまり、死んだ振りができるわけですね」

 

 これを飲んでも生きるか死ぬかは、ワンチャンに掛けるしかない。一度成功しているし、肉体が欠損して力尽きない限りは大丈夫だと思いたい。

 ミリアの話を聞いていると、逃げ出すと組織から粛清対象で手配を掛けられそうだと言っていた。私と同じ見解だった。

 うんうん頷いて聞いていると、クレアとジーン、そしてカティアが唖然とした顔でこちらを見ていた。え、なに?

 

「オリヴィア。いったい何処で、こんなことを知ったんだ……」

『え、今ごろ?』

 

 クレアがひそひそと私に問いかけたが、今さらの質問に思わず日本語が出ると、頭を振って黙った。妖気を消す薬のことだよね?

 この前、一生懸命に説明したのに……。あれ、ちょっと。3人とも首をかしげるのはおかしい。ってか、カティアは真剣に聞いてたのに、解っとらんのかい。

 

「ん。任務で」

「そんな任務があるのか……?」

 

 もうめんどくさくなって、適当に答えた。黒服って奴が悪いんだ。近くにいた全員の疑問が深まったところで、ウンディーネの姉御が声を上げた。

 

「いーんじゃねーの? 生き残る確率が0……だったものが、僅かでも生き残る可能性ができて御の字さ。それに、この作戦は平等だ。強いやつも、弱いやつも生き残る可能性がある」

「私も同じ意見です。生き残った者が、この26人の遺志を受け継ぐことにしましょう」

 

 フローラも続いて賛同した。

 その後、全員で大剣を重ねた。この世界で、自我が芽生えてもう何年たったのか分からないが、ようやく独りで無くなった気がした。

 

「よし、全員飲んだな。覚醒者達が到着するまで各隊毎に待機。小戦闘での隊の作戦構築は各隊長に任せる。原則は守れ。以上だ、健闘を祈る」

 

 タイミングを見てミリアが言った。ついに、生き残りをかけた作戦が始まる。この世界を、クレイモアだと認識して最初に立てた目標。“人間として最後まで生き残る”

 なんだかんだあったけど、カティア達と果たせれば……、私は、すごくうれしく思う。

 

 

 

 

 明かりに乏しく、薄暗い場所でなにかが蠢いている。場所は大陸西の組織、その地下部にある研究所だった。

 蠢いていた影は、全身を黒い布で覆った装いをしている、組織の研究者ダーエだった。ギョロついた目が、薄闇の中で光っていた。

 

「くくく、今更か……」

 

 ダーエが組織から新たに命じられたのは、覚醒者の血肉を使った戦士の増産だ。既に基礎研究は済んでおり、新たに生まれるものについては、通常の戦士とは違った運用になることは間違いがなかった。出来上がるそれは、()()()()()()、組織の命令に忠実に動く猟犬となるはずだった。

 これまでの戦士達とは違い、完全に人の皮を被った化け物と呼んで相違なかった。

 

 この兵器を作るために、犠牲になった幼い少女の数は知れない。下手をすれば、新たに戦士を生むよりも多かったかもしれない。

 

(素晴らしいものであることに違いないが、期待していたものを産み出すことができなかった。それだけが、唯一の心残りだな)

 

 ダーエは過去、様々な研究を繰り返す中で、行き詰まって自棄っぱちに実験していた事がある。その研究の1つが、ひとつの体に役割を持たせた意思分割を行う実験である。

 

 当時は、姉妹を使った覚醒実験を基礎研究に、ひとつの肉体の中に複数意思を持たせ、妖力をコントロールする事を目指していた。

 しかしながら、姉妹の実験以上に素体の素質に依るところが多く、実験は頓挫してしまっていた。意思分割を行う段階で、過度なストレス下にある素体が壊れてしまうのだ。素体のほとんどが、意思を持たぬ人形と化すか幼児帰りをしてしまった。

 一例のみ完全に成功したが、それも条件が悪く、容易く覚醒させてしまった。

 

「……」

(あれが、唯一の心残りか)

 

 ダーエが実験に考えを馳せていると、足音が聞こえてきた。

 

「ダーエ様。例の準備が整いました」

「おぉ、ようやくか。ここにある素体も乏しいからな。ちょうど、新しいものがほしかったところだよ」

 

 組織の工作員の一人だった。例に漏れず、黒い服で体を覆っている。ダーエは、上層に成果を見に行くことにした。

 準備を依頼していたのは、北から降りてくる覚醒者の群れ対策の一貫だった。ナンバー1のアリシアが、暴れられる環境の構築である。

 アリシアに組織の主要設備が近くにあるところで暴れられると、一帯が瓦礫の山になる。それを避けるためだった。またこの準備には、殺した覚醒者の死体についても回収するための人員手配を含んでいた。

 

「くくく。北に送った戦士達が、早々に壊滅することを願うよ」

「ダーエ様、それは……」

 

 ダーエ達にとって、北に送った戦士達は準備を整えるためだけの時間稼ぎの駒に過ぎなかった。しかし、ふと以前旧友のオルセがダーエにかけた言葉を思い出し、足を止めた。

 

(なにが、研究の集大成なものか。私の研究から完全に外れてしまった個体など、成果として認めん……)

 

 意思を複数もった戦士の実験の末期、ダーエは覚醒者の血肉を使った実験も秘密裏に行っていた。落ち目の研究ということで、注目度もそれほどなかったことが、ダーエにとって幸いしていた。

 バレないように、覚醒者の血肉に宿る妖気を消す処置方法すら編み出した。

 

 そのためか、ダーエの意図していないところで、覚醒者の血肉で処置を施した素体が通常の戦士と同じように戦士の初期処理を受けてしまった。

 

 あれよあれよという間に、()()だらけの部屋に押し込められた素体は、回りの()()達を喰い散らかして黒い繭になった。

 

 事態を重く見た組織の監査部が、戦士狩りナンバー持ちの戦士を伴って、繭を破壊したところ、出てきたのが帯には短く襷にも長い戦士だったというわけだ。

 ダーエは、その個体を調べられることで秘密裏に行った実験が発覚し、他の研究を融通できる立場から失脚することを恐れて、早々に戦士として送り出すことにした。

 その後、戦士にすぐに死んでもらいたかったダーエは、覚醒者討伐を件の戦士へガンガンまわした。それでも、今日まで生き残っているのだから質が悪かった。

 

 あの事件以降、ダーエがその出来事についてどんなに調べても、なぜそうなったのか解らなかった。通常の戦士に紛れてしまった経緯も不明だ。顛末からわかる実験を、順を追って行っても再現性は全く無く、ダーエには、まるで訳がわからなかった。

 

 その戦士は、実験の唯一の生き残りとされている。




もう送ってくるんじゃないわよ!(ツンデレ)


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(よすが)

ここから先はまとめて更新したかったのですが、中々できなさそうです。



 命を懸けた戦争は、佳境を迎えていた。

 ピエタの町へ、数えている暇なんてないくらいの覚醒者の群れが進軍してきた。

 幸いだったのは、空を飛ぶ系の覚醒者がいなかったことだろうか。あんなのが一杯いたら、ほんとに詰む。

 

 ジーン隊での連携は、先の戦いを経たことでレベルが上がっていた。

 素早いパメラと微妙に受けが上手いマチルダが敵を誘導し、ポイントにおびき寄せ、ジーンや私の必殺剣の餌食にしていた。今回は事前に準備ができて先制できたため、既に2体を屠っていた。

 イライザこと〈まつげ〉は、遊撃に回り、誘導班のフォローや私の充填要因を兼ねることになっていた。もう、味方に斬りかかられるの嫌なんやが……。

 ジーンの旋空剣は連発ができないため、主に私の剣で敵を倒す形に移行していくだろう。

 

「オリヴィア! また行ったわ!!」

 

 イライザが叫んだ。赤黒い溶岩魔神のようなごつごつとした手が、脇の建物から飛び出てきた。

 私の剣は大雑把な攻撃をしてくる敵が沢山いると、効果を高めることが改めてわかった。いつものように、沸いた恐怖心を叫んで上書きした。

 

『うおぉ! はいだらああぁぁー!』

「グギャアアア」

 

 真っ向から、私を叩き落とそうとした手を砕いた。思わず、謎言語が出てしまった。

 硬い外皮を斬ったことで加速が落ち、地面を側転するようにして、ジーン達の隣まで戻った。

 

「はぁ、はぁ……」

 

 これまでに無いくらい疲弊していた。無理矢理の方向転換を続けているせいだろうか。それに、こんなに連続で舞ったことはなかった。

 

「オリヴィア。まだいけるか? 片腕になったやつを落とすぞ」

 

 ジーンの言葉に頷いて答えた。当然だ。ここで止まったら皆が死ぬ。

 再び、その場でバク宙を始めた。

 

 危機感を持ったごつごつとした覚醒者が、残ったでかい手を伸ばしてきた。

 高速で迫る張り手をパメラ、マチルダ、ジーンの3人が受け止めた。ジーンが叫んだ。

 

「イライザッ!」

「いけっ! オリヴィア!」

 

 走り込んだイライザが、空中で回っている私へ大剣を振りかぶって叩きつけた。これ、毎回思うけど耳が痛い。

 

「くっ! 『はぁぁぁあ!』」

 

 金属同士の甲高い音が響き、再び急加速を得た私は、そのままごつごつとした覚醒者の顔を消し飛ばした。

 

 勢いのまま、建物よりも高く舞った。戦況は敵側の損失が5体、味方が6人ほど倒れている。……倒れている味方の息がまだあれば良いんだが。戦況は原作より良いはず。でも、なんか忘れているような……。

 

「……厄介な技だな」

『えっ?』

 

 空中で、突然横から声が聞こえた。危機感を覚え、速度が落ちた回転する大剣を、声のする方向へと変えた。

 

「遅い」

「ガッ」

 

 視界に映ったのは、毛むくじゃらのイケメンライオンの踵だった。

 

「ガハッ!」

 

 耳をつんざく音が聞こえ、全身をすさまじい衝撃が包んで息が詰まった。

 真下にあった建物を破壊する勢いで、叩きつけられたようだった。

 

『……くっそ!』

 

 そんな衝撃を受けても気絶できなかった。なんだかリフルと戦った時よりも、身体が頑丈になっている気がする。

 微妙に痺れた体を起こそうとした。空が暗くなり、ハッとして見上げると、周りの建物が倒れてきた。

 

 閉じ込められてしまった。瓦礫が複雑に積み重なっているせいか、腕に力を入れても動かなかった。

 しかし、急いで戻らないといけない。毛むくじゃらは、〈獅子王〉リガルドっていう元ナンバー2のヤバイやつだ。

 

『動けよおおおぉぉ!』

 

 重たい瓦礫を必死で押し返した。

 

 

 

 

 

 

 

 オリヴィアが、突然空から降ってきた。

 背の高い建物が倒壊し、衝撃で周りの建物も陥没した地面に向かって倒れた。

 イライザが叫んだ。

 

「オリヴィアァー!」

 

 瓦礫の煙が収まると、黒い人影が現れた。獅子の顔に銀色の鬣、体格は人間よりも一回り大きいくらいだが、存在している空間の圧がおかしな存在だった。

 ギロリ、とその眼光で戦士たちを睨むと、獅子は突然視界から消えた。

 

「えっ?」

「ベロニカさん!」

「ひとつ……」

 

 抵抗する暇もなく、ナンバー13のベロニカが上下に引き裂かれた。ゆっくり崩れ落ちるベロニカを見た、クレアの瞳孔が開いた。

 

「キサマァァァア!」

 

 獅子の覚醒者へ、クレアは怒りのまま〈高速剣〉を放った。しかし獅子は、〈高速剣〉の範囲から一気に離脱した。クレアの〈高速剣〉は、敵のあまりの機動に全て空振りする事となった。

 

「やあぁぁ!」

 

 シンシアが、離脱した獅子へ大剣を振りかぶった。シンシアを一瞥した獅子は、曲芸のような動きでそれを躱すと次の獲物へ狙いを定めた。

 

「ウンディーネさん!」

「ちっ!」

 

 獅子の妖気の動きに、いち早く気づいたカティアが叫んだ。ウンディーネに飛び込んだ獅子が、両手の鋭い爪でウンディーネの双剣と切り結んだ。

 

「ウンディーネ!」

「来るな! くっ……ちきしょ!」

 

 ウンディーネの左腕が飛び、劣勢と見たデネヴが叫んで駆け寄ろうとしたが、ウンディーネが制止した。

 その時カティアは、既に行動を起こしていた。クラウチングスタートのような姿勢から、右足に妖力を集め、獅子に向かって全力で飛んでいた。遅れて弾け飛んだ雪が舞った。

 カティアの大剣を持った手が()()()、空中で装備が弾け飛んだ。ウンディーネに止めを刺そうとする覚醒者へ、カティアは大剣を振りかぶった。

 

「はぁあああ!」

「!」

「ふた……なにっ!」

 

 ウンディーネと切り結んでいた獅子が、カティアの方へ気を取られた。その隙を見たウンディーネが、獅子をカティアの剣線上へ蹴り飛ばした。

 

 大剣を振り抜いたカティアが、着地し振り返った。手ごたえは十分にあったはずだった。

 

 ゆっくりと右手を上げた獅子の鋭い爪が、異様に伸びていた。遅れて、カティアの大剣を持った腕が降ってきた。

 

「か、がはっ」

「カティアアア!」

 

 カティアの胸や肩先から、血があふれ出した。獅子が一瞬の交差で腕を切り落としたのだ。ウンディーネの悲痛な叫びが響いた。

 放心するカティアを獅子は蹴り飛ばすと、再び片腕のウンディーネに向き合った。

 

「ちっ。妖力の大きな奴だけだと思えば、とんだ隠し玉が居たものだ。一瞬とはいえ、見失ったぞ」

 

 眉間に一本筋が生まれた獅子が言った。

 

「ハァアアア!」

 

 そこへ妖力解放し、獅子を追っていたクレアが飛び込んだ。

 

「しつこいな」

「!」

 

 攻撃を避けられ、トンと肩口を押されたクレアは、妖力解放による制動が利かずに滑るように離れていった。

 ウンディーネを無力化したと判断した獅子は、高速で移動するとフローラの前に立った。

 一瞬の出来事だった。爪が額に突き入れられ、フローラの身体は唐竹割りにされた。あまりの速さに、フローラは吐息ひとつ漏らせなかった。

 

「なっ……」

「フローラァァ!」

 

 叫んだジーンの下へ、獅子は瞬く間に移動した。

 ハッとしたイライザが、獅子とジーンの間に割り込んで庇おうとしたが、あっけなく蹴り飛ばされた。

 

「邪魔だ」

「イライザッ! くそ!」

 

 ジーンは、獅子の覚醒者と斬り結んだ。

 なおも近づこうとするクレアが、ジーンへ声をかけた。

 

「ジーン!」

「クレア来るな! こいつの狙いは各隊の隊長なんだ! 次は……がっ」

 

 獅子の右腕がジーンの腹部を貫通し、戦士に見せつけるように掲げた。

 獅子が腹の底に響くような、低い声で雄叫(おたけ)びを上げた。

 

「ウォオオオオオオオオオ!」

 

 咆哮を浴びた下位ナンバーの戦士たちが、震えて大剣を取り落とした。

 

 

 

 

 多数の覚醒者を相手取っていたミリアが、咆哮する獅子の存在に気づいた。

 

「馬鹿な……。〈獅子王〉リガルドだと……。なぜここに」

 

 リガルドは元ナンバー2の戦士で、〈深淵の者〉に匹敵する力を持った覚醒者だった。

 高速で迫る影に、ミリアは大剣を合わせた。リガルドは大剣をすり抜けるように移動すると、ミリアの眉間へ鋭い指先を刺し込んだ。

 

「終わりだ」

 

 ミリアがグラリと揺れると、空中に溶けるように消えた。ミリアの〈幻影〉だった。瞬間的に妖力を上昇させて、緩急により視認できないほどの速度で高速移動する技だった。

 

「〈幻影〉だ!」

 

 追いつこうにも、あまりの戦闘速度に付いていけない下位ナンバー達が囃した。

 幾度かの衝突を経た。〈幻影〉を発動したミリアは、リガルドと拮抗しているように思われた。

 

「貴様が総隊長か。さすがに良い動きをする」

「……」

「しかし、そう長くは続くまい」

 

 そう言ったリガルドが、血にまみれた右手を掲げると、ミリアの肩口から血が吹き出した。

 

「ガっ」

「ミリアッ!」

 

 瞬間的に妖力を高めるミリアの〈幻影〉は、連続での使用にかなりの負担を要していた。徐々にリガルドに追い付かれていたのだった。

 止めを刺そうと迫ったリガルドの爪をクレアが弾き、デネヴ、ヘレンの3人で戦闘に割り込んだ。 

 

「させねぇ」

「ふん。雑魚共が……」

 

 

 

 

 

 

 本当に瓦礫が動かない。素の力では、全くダメなようだった。なんだか忌避感が強く働くが、妖力解放を再びすることにした。

 

『はぁぁああああ!』

 

 視界が若干()()染まり、気持ちは界王拳だ。

 前よりも、妖力解放できる深度が上がっていた。目ん玉の色が変わるくらいだったのが、腕にモリモリと血管が浮き出るくらいには、解放できるようになっていた。

 

 瓦礫が徐々に動いてきた。

 一度動き始めてからは早かった。雪崩が起きるように、建物が崩れ明かりが差し込んだ。黒く変色した手が見えた。えっ。鬱血したみたいに色変わってるんだけど……。落ちたときに、挟んだのかも知れなかった。

 

 明るかったが、先程まで止んでいた雪が猛烈な勢いになっていた。

 瓦礫の上にあがると、戦況が見えた。

 

――イライザが、瓦礫脇に頭から血を流して倒れていた。パメラの五体がバラバラに刻まれていた。マチルダの右肩口から下が無かった。

 

 急に(はらわた)が冷たくなった。無意識に震える手を虚空へ伸ばした。

 瓦礫の上で足を踏み外して、下まで転げ落ちてしまった。痛みは感じなかった。

 

 落ちた視界の端に、見知った髪型が血だらけで倒れていた。……カティアだった。

 

「ぁ、あぁ……」

 

 覚束ない足取りで、カティアに近づいた。

 うつ伏せに倒れたカティアに触れると、ひどく冷たかった。

 カティアの身体を助け起こすと、力無く私の膝上に崩れた。綺麗な髪が広がり、雪が赤く染まっていた。

 赤い染みを辿ると、カティアの胸元が斬られており、右肩先が無かった。

 

「ねえ、目を開けて……」

 

 揺すって、何度か声をかけたが反応が無かった。

 

『……おい。……薬。飲んだんだろ? 頼む、目を開けてくれよ……』

 

 この世界で気づいた時には、戦士となっていた私にとって、カティアは初めて気を許せる仲間だった。

 初めてちゃんと会話した。通じていなかったけど、身の上話だってしていたんだ。

 いつしか、この世界を楽観視するようになっていた自分を呪った。

 目から熱いものが込み上げ、声が震えた。

 

『こっちで初めてできた友達だったんだ……。なぁ。起きてくれよ……』

 

 返事は無かった。こんなことになるなら、逃げれば良かった。逃げてから考えれば良かった。

 酷い戦いになるのは分かっていた。

 いや本当は、なにも解っていなかったのかもしれない。私の足りない頭では、うまい方法なんて決して出なかっただろう。実際はどうしていいのか、なにも分からなかったのだ。

 ピエタに着いた時だってそうだ。時間を無駄に使って、何もしなかった。

 ……私は、カティアが大事な存在に変わっていたことだって、気付いていなかった。居なくなって気づいた。愚か者だ。

 胸の奥が、締め付けられるように苦しかった。

 

――大事なものだったのに。

 

 カティアの髪を耳にかけ、ゆっくりと置いた。

 

――マタ、マモレナカッタ。

 

 私の涙が落ち、目を瞑ったカティアも泣いている様だった。

 

――もう、生き残るかナンて、どうでもイイ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『殺してやる』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 視界が開き、身体が鼓動した。

 

 

 

 

 

 

 

 




本当にすまないと思ってます。


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挺身

待たせたな!


 クレア達はリガルドの異常な速度に、まるで太刀打ちできなかった。

 クレア達が参戦したことにより、一息分の休息を得たミリアだけがリガルドと唯一競り合っていた。

 

「くっ!」

(どうして、私の身体はこんなに遅いんだ……)

 

 クレアは、歯を食い縛った。

 ヘレンの腕を伸ばしての射撃やクレアの〈高速剣〉は、リガルドへ攻撃の一切合財が当たらなかった。

 デネヴが3人の攻撃に合わせて隙を攻めたが、それすら手玉のように扱われてしまっていた。

 

「ちっ。鬱陶しい蝿共だ」

 

 これまでの間合いから少し離れたところに着地したリガルドが、手のひらをクレア達へ向けた。

 

「! デネヴ、避けろ!!」

「なっ……」

 

 クレアが、リガルドの攻撃を事前に察知してデネヴへ叫んだ。しかし今一歩遅く、リガルドの攻撃はデネヴに突き立った。

 ヘレンの射撃のように、五指の鋭い爪を高速で伸ばした攻撃だった。

 

「が、はっ」

「デネヴ!」

 

 全身を貫かれたデネヴが倒れ、リガルドを攻めあぐねていたヘレンが駆け寄って助け起こした。

 

「おいっ、しっかりしろ!」

「く、情けない……。……ヘレン、聞け。この戦い……ミリアとクレアが戦いの要だ。必ず助けるんだ……、戦局を左右する2人を死なせるな」

「……おい!」

「いけ!」

 

 押し問答をして、漸くヘレンがデネヴから離れた。瀕死のデネヴには、去り際のヘレンから歯の噛み合う音が聞こえた。

 

「くそ! なんてざまだ。……私は仇を取るどころか、一太刀だって入れられないじゃないか……」

 

 体の再生に入ったデネヴは、静かに涙を流した。

 

 

 

 ミリアは、既に限界近くになっていた。気力だけで身体を持たせている状態だった。

 〈幻影〉を使って、なんとかリガルドの速度に追いすがっていたが、もう何合も打ち合わない内に力尽きることを悟っていた。

 

「ぐっ……」

(くそ! ここまでだというのか……)

「終わりだ……」

 

 リガルドの拳が、ゆっくりとミリアに迫ってきていた。極限の戦闘への集中のためか、ミリアにはひどく長く感じた。

 その時、リガルドとミリアの間を影が抜き去った。

 

「なんだ、これは……」

「……っ」

 

 ミリアは、攻撃を避けようとした急な動きの反動で姿勢を崩し、リガルドから遠ざかった。

 リガルドが、無くなった自分の腕を凝視していた。

 

「驚いたな。私が見失う速度で、この者との間を駆け抜けたのか……」

「なっ……」

「ガ、ガギギ……」

 

 感心した声でリガルドが言った。

 土煙が収まると、そこには足を覚醒させたクレアが現れた。

 クレアには、ウマのような金属質の足が生えていた。口元も裂けるように割れ、鱗のような肌が剥離して落ちていった。刃が外に出ようと、両腕の中で(うごめ)いていた。

 

「ほう。足だけを覚醒させたのか。片腕のみならず……ずいぶんと器用な真似をする」

「ぐ、ガガ……」

「クレア……」

 

 元々、片腕のみを覚醒させる〈高速剣〉の技の性質上、クレアには四肢の一部を覚醒させる素養があった。この土壇場で、クレアはその四肢全てを覚醒させようとしていた。

 

「ガ、ガガ」

「ふん……」

 

 既に言葉の大半を失ったクレアが、リガルドに襲い掛かった。

 そんなクレアの攻撃ですら、リガルドは最小限の動きで回避してしまった。

 

「種が判れば、所詮は児戯か……」

「ガァア!」

 

 速度が上がったとは言え、クレアは直線的な攻撃しかできずにいた。戦闘経験が豊富なリガルドからすれば、避けることは容易かった。何度も繰り返すうちに、リガルドから動きを完全に見切られてしまった。

 

「う、ぁあアア!」

「なにっ!?」

 

 同じ行動を繰り返すクレアが、リガルドの前に躍り出て、突然直角な軌道に曲がり〈高速剣〉を放った。

 大剣の剣先は、リガルドの左目を抉った。

 無茶な動きをしたせいで、クレアの身体は錐揉(きりも)みして近くの建物を破壊して止まった。 

 

「なっ。……あれは、オリヴィアの〈千剣〉か」

「く、何度も驚かせてくれる……。空中で突然曲がるだと? どういうカラクリだ……。しかし、無茶なことであると言うことには違いない。無茶は、身体に必ず代償を支払わせる……」

「ぐぅ、ギガ……」

(くそっ! ……身体への負担が大きすぎる。たったの一回でこれ程なのか……)

 

 左目を押えたリガルドが言った。

 その時、クレアの身体を異変が襲った。

 

「グ? うぁぁァァァア!」

「ふん。……なんだ、もう時間切れか」

 

 無理な足の覚醒、〈高速剣〉の酷使、そして〈千剣〉を真似た事による反動で積み重なったダメージがクレアを襲った。

 右腕の拘束具が破れ、触手のような刃が飛び出した。左腕が裂けるようにして五枚の刃が現れた。

 

「ダメだ! クレア! それ以上行くな!!」

 

 片膝をつくミリアを介抱したヘレンが、必死な声でクレアに呼び掛けた。

 クレアは、あと一歩でも動こうものなら覚醒してしまいそうな深みにいた。ヘレンの声で、辛うじて踏みとどまった。

 

「……ふむ。なんとか人の意思を保っているのが限界と言ったところか。どれ、一思いに殺してやろう」

 

 のんびりとした口調で言ったリガルドは、自身の落ちた利き腕に向かって歩き出した。既にリガルドは、中途半端に覚醒したクレアを脅威と見なしていなかった。

 リガルドの目の前で、落ちた利き腕に大剣が突き刺さり移動した。

 

「ち、貴様……」

「……元は攻撃型かい? 覚醒しても即座の回復は苦手ってところか?」

 

 不敵な顔をしたヘレンが、リガルドの腕を伸ばした腕で捕らえて回収したのだった。

 機嫌を損ねたリガルドが、ヘレンに向けて駆け出した。

 

「やべぇ!」

「ガッ。……ヘレン!」

 

 目を見開いたヘレンが、リガルドの攻撃から逃れようとしたときだった。

 ヘレンの大剣が突き刺さった腕が、突如消えた。

 

「えっ、……は?」

「なにっ」

 

 ヘレンの脇に立っていたのは、手の異形だった。

 色黒な人間をベースに作った、奇っ怪なオブジェのようだった。髪の部分から幾重にも腕が生え、戦士の装備に見えていた部分には、身体の黒さと対比するような真っ白な人間の腕がいくつも生えていた。

 生えた腕は、その身体を捕らえようとするかのごとく、取り付いて黒い身体を抱き締めていた。

 まるで親が子に凄惨な場面を見せないようにするかのように、手や指が折り重なって顔を覆っていた。

 

「なんだこいつは……」

『――オまえか』

 

 ヘレンには、手の異形の妖気がまるで感じ取れなかった。

 ひたすら不気味な存在がリガルドへゆっくりと顔を向けた瞬間、リガルドの身体が宙を舞った。

 

「がはっ……なに!?」

 

 リガルドを追って、手の異形が駆け出した。

 手の異形の頭部から生えた腕が、尾のように連なっていた。最後尾には大剣が握られており、辛うじて戦士であったことが見て取れた。

 

「オリヴィア、なのか……? くっ、いかん!」

 

 ミリアからは大剣の印が見えた。

 オリヴィアの覚醒、クレアの限界を迎えた妖力、動かない自身の身体。状況は最悪だった。

 

『――殺してやる殺してやるコロしてやる!』

「覚醒したのに対象を見失わないだと……。いや、溢れんばかりの殺意で未だ自我を保っているのか。……信じられん」

 

 白い手に口を塞がれたくぐもった声で、オリヴィアが何度も叫んだ。

 空中でリガルドが爪を高速で伸ばしたが、オリヴィアの黒い手が爪を容易(たやす)く掴んだ。

 黒い手の外皮は非常に硬く、リガルドの爪をもってしても裂けなかった。

 

「ちっ、斬れんか」

『――よくもカティアを。パメラをマチルダをいらいざをミンナヲ』

 

 オリヴィアが捕まえた爪を引くと、身体が加速してリガルドに突き立った。

 

「ガっ……」

 

 そこからのオリヴィアの動きは、さらに加速した。

 反作用で飛んでいこうとするリガルドを、白い尾が捕まえた。黒い拳がリガルドの急所を的確に捉え、乱打を繰り返した。

 上空で上下が入れ替わったリガルドは、オリヴィアの踵落としを受けて地面に墜落した。それは、この戦闘が始まったときの焼き直しのようだった。

 

「がはっ」

 

 立場が入れ替わったオリヴィアが、地面に叩き付けられたリガルド目掛けて降ってきた。黒い手には、いつしか大剣が握られていた。

 

『死ねよやぁぁぁぁ!』

「私を殺すこと。その一点に集中し、全てを捨てた覚醒か。憐れな……」

 

 地面に陥没を起こす勢いで、大剣が突き立った。

 顔面に大剣を突き刺されたリガルドは、そう言い残して沈黙した。

 

 

 

 

「ここまでか……」

 

 ミリアはそう独りごち、大剣を再び構えた。

 26名いた戦士は、そのほとんどが倒れていた。

 覚醒しかけていたクレアは、ジーンの命と引き換えに人間の姿へ戻っていた。

 

「うっうぅ……」

 

 後悔と悲しみで立ち上がれずにいるクレアを、デネヴが蹴飛ばした。

 

「いい加減にしろ。仇を取れなかったばかりか、お前はジーンの命を使って生き長らえていることを忘れるな」

「……。分かっているさ……そんなことは……」

 

 クレアは立ち上がった。

 

「ふん。私の弔い合戦はこれからなんだよ!」

 

 デネヴが大剣を構えた。

 先ほどまで大暴れしていたオリヴィアは、白い腕の中で眠っていた。

 リガルドの死体を理性なく完全に破壊した後、止める仲間たちの声も届かずに複数の覚醒者に飛び掛かっていった。

 しばらくした後、連なった尾の腕がオリヴィアの黒い身体を掴み、抱きしめるように白い繭に包まれてしまった。オリヴィアの妖気は、完全に感じ取れなくなっていた。

 

 多くの覚醒者に囲まれ、生き残った4人が背中合わせに立った。頭から血を流したミリアが、瞑った眼を見開いて言った。

 

「行くぞ……最後の仇花だ……」

 

 

 

 

「……あらん。みんな死んじゃったわ」

 

 赤く腫れぼったい唇から男の声が響いた。

 場所は、ピエタから南へ下るルートより外れた山道だった。

 元ナンバー10の戦士バキアは、イースレイ軍とかち合わないところで大戦の様子を見物していた。鋭い妖気感知能力が成せる技だった。

 巨体のバキアは、配下にしたムキムキの妖魔3人に神輿のように担がれていた。

 

「何人か逃げ出して、楽しめると思ったのに……残念だわぁ」

 

 バキアはオールバックにした長髪をかき上げ、大きな手で目を覆って涙を流した。

 しかし、それほどまで従順で仲間への愛に溢れた戦士の死体であれば、さぞ素晴らしい作品ができるであろうことを確信していた。

 

「うぅっうっ。うっ……うふ、うふふふふ。素晴らしいわ! わたしがあなた達がそこにいた証を作ってあげるわ……」

 

 嗚咽を漏らした状態から突如笑い始めたバキアは、そう独り言を漏らした。くねくねとしたバキアの動きで揺れる神輿を支える妖魔の顔は、ひどく無感情だった。

 

「それにしても、イースレイの横にいる女……何者かしら。……ま、わたしの“ペセルちゃん”よりは弱いわね」

 

 覚醒者の群れ、そしてイースレイが通り過ぎた後、バキアはピエタに向かって動き出した。

 

 組織では、昔から回収不能な戦士の遺体や妖魔、そして覚醒者の遺骸について議論が交わされてきた。一部の特殊な例を除いて、その多くが大陸の北東部に集中していることが分かっていた。

 そこに居座ると思われる、厄介な戦士狩りに特化した覚醒者。

 過去から現在においても稀有な、戦士狩りのナンバー持ちが覚醒するという最悪の事案。

 組織は、その姿が見えずとも痕跡の残る覚醒者の名前を〈屍漁り〉のバキアと名付けていた。

 

 




【Tips】

 原作よりもミリア隊の人数が多いため、ミリアの体力を上方修正しました。限界付近まで戦えます。
 ミリアの速度、体力が上がったことで、リガルドの爪に捕らわれる事がなくなりました。
 戦いを楽しむリガルドによって、ステゴロで止めになります(悲惨化)

 クレアはフローラとの手合わせを済ませています。(風斬りフラグ)
 ベロニカとも交流があったため、怒り度が上がりました。(覚醒速度上昇)
 四肢覚醒での戦闘時間がさらに短くなります。



筆力が足りなかったので改変ポインツを書いておきます。

次回、『おかわり』
お楽しみに!


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銀色のあいつ

非常に遅れております。こんなはずじゃなかった……。
つい昨日のことですが、急な激痛に襲われ病院に運び込まれました。

診断結果は尿管結石。

……そりゃいてぇわ……


「う……くっ」

 

 イライザは、鉛のように重たい身体を起こした。

 額に手を当てて、直前の記憶を思い起こすと、獅子型の覚醒者に頭を蹴られてから、記憶が途切れている。

 

「ぐっ……」

(大剣はどこだ……。オリヴィアは、皆は……?)

 

 ふらつきながらも、イライザは立ち上がった。

 ピエタの町は、ほとんどの建屋が崩れて原型がなかった。町の外れの家屋が残っている程度で、町の広場を中心に破壊され尽くしていた。

 既に覚醒者達の姿はなく、イライザは生き延びたことを悟った。

 

 広場のあちこちで、小さな小山になっているところがみられた。

 

(雪で埋まっているのか……。妖気が感じ取れない。仲間が埋まっているかもしれない……)

 

 イライザは、近くに突き刺さっていた大剣を引き抜いた。普段は羽根のように振り回している大剣が、酷く重く感じられた。

 イライザは、大剣を支えに一歩づつ歩いた。

 

 近くにあった小山は、血が滲んで淡いピンク色になっていた。

 掘り起こすと、冷たくなったパメラが現れた。

 

(くそっ!)

 

 イライザは、歯を食い縛った。

 その後、幾つかの小山を崩したが、生きた仲間は見つけられなかった。

 

「はぁ……はぁ……」

(あんなに強かった隊長格ですら、これか……)

 

 分割されたベロニカやフローラを見つけたイライザは、拳を強く握った。消耗がひどかったが、イライザは小山を崩し続けた。

 

(妖気が感知できない……生きているといいが……)

 

 イライザには薬の影響で妖気が感じ取れず、特有の頭痛も発生してきていた。しかし、それからも諦めずにあたりを懸命に探した。

 仲間の遺体は、段々と南側に散らばっていた。イライザが気絶してから、徐々に戦場が南下していったようだ。

 

「ぐ、ぅ……」

 

 イライザがまだ崩していない、近くの雪の小山が崩れて戦士が現れた。片腕を失ったウンディーネだった。筋骨隆々だった身体は、以前の見る影もなく痩せ細っていた。

 常時妖力解放していた身体が、妖気を抑える薬の影響で縮んでいたのだった。

 

「はぁ、はぁ。くそっ……腕が()ぇ」

 

 ウンディーネは、起き上がって最初にそう呟いた。攻撃型のウンディーネが、再び双剣を握ることができないことは明白だった。

 

「ウンディーネ!」

 

 イライザが呼び掛けると、ウンディーネは声に驚いた顔を向けた。

 

「お前は、ナンバー17のイライザだったか……。他のやつは……?」

「まだ、見つかっていないわ」

「けっ……。あたしらだけってことはねぇだろうな……」

 

 イライザの返答を聞いたウンディーネは、その場で仰向けに倒れた。精も根も尽き果てた様子で目を瞑り、残った手で顔を覆った。

 

「ねぇ……ちょっと、手伝ってよ」

 

 イライザとてさんざん探し回って、今すぐにでも横になりたかった。

 イライザには、片腕を失ったウンディーネの気持ちがよく分かったが、あとにして欲しかった。集団からはぐれた覚醒者が、ここへ来る可能性だってあるのだ。

 

「あ? ……生きてりゃ勝手に起き上がってくるだろ」

「……」

(そうかな……? 重症でも、生きている仲間がいるかもしれない……)

 

 死んだ仲間達を思うと、イライザは居ても立ってもいられなかった。

 普段であれば、ウンディーネも仲間を想って探しに行くところであったが、如何せん片腕を失ったショックを隠しきれなかった。

 

「……もういいわ!」

 

 イライザは、目を瞑ってしまったウンディーネを放って捜索を続けることにした。

 それからしばらくして、イライザは息のある戦士達を付近の雪の下から運び出した。

 

 運び出した場所は、崩れていたが比較的ましな建物だった。多少の雪くらいであれば、防げそうだった。

 生き残っていたのは、下位ナンバーが3人とイライザ、ウンディーネを含む10台ナンバーが3人だった。総隊長達は、見つからなかった。

 

(あれほど強かった戦士達だ。最後まで、戦い続けていたのかもしれない……)

 

 イライザは、捜索を一旦切り上げた。妖力解放できない状態で、南側に行くのは危険と判断してのことだった。

 

「……律儀に全員分の大剣を拾ってきたのか」

「なにか文句ある?」

「いやいやいや、そういう意味じゃないんだ……」

 

 そんなイライザに声を掛けたのは、ナンバー40のユマだった。生えっぱなしの長い前髪が揺れた。

 ユマは防御型の戦士なだけあって、傷は治りきっていた。

 

「けっ……」

「え?」

 

 そんなイライザとユマのやり取りを見たウンディーネは、思わず声が溢れた。自分が防御型だったらと考えてのことだったが、すぐにその考えを追いやった。

 

(いや。防御型だったら、ここまで生き残ってきてねぇ……)

 

 2人のどちらにも相手をされず、眉尻を下げたユマが所在無さげに立っていた。

 

No.11 ウンディーネ (攻撃型)

No.17 イライザ (攻撃型)

No.18 リリィ (防御型)

No.37 ナタリー (防御型)

No.40 ユマ (防御型)

No.44 ディアナ (防御型)

 

 現状、意識を取り戻したメンバーは5名だった。生き残った戦士は、やはり防御型が多かった。

 ナタリー、ディアナは、ミリア隊に居た2人だ。ナタリーは、長い髪を背中でひと房に結っていて、ディアナはミドルショートな髪を真ん中で分けていた。ナンバー18のリリィは、前髪を上げケープ状にして耳に流していた。

 

(低いナンバーのメンバー達は、その中途半端な実力が幸いしたのかもね……)

 

 イライザが思うように、下位ナンバー達は覚醒者の攻撃によって、五体が残ったまま気絶したものが多かった。攻撃を中途半端に受け損ねたことにより、生き残ったようだった。

 

「なぁ、誰が指揮を執るんだ?」

 

 そう訊いたのは、ユマだった。

 通常、覚醒者狩りで隊を組むときは、ナンバーが浅い者の意見に従うのが通例となっていた。

 イライザがウンディーネに目を向けると、ウンディーネはそっぽを向いた。

 

「……ちっ。あたしはごめんだよ」

(片腕を失った状態で、前と同じように戦えるとは思えねぇ……)

 

 ウンディーネの隊長観としては、前線に立ってその姿で味方を鼓舞するような、そんな認識があった。しかし、今は前と同じように、味方の前に立つことは叶わないだろう。また、攻撃型の戦士は再生が遅く、さらに腕の再生となっては時間をかけて人並みの筋力しか得られないことが、戦士たちの間では常識となっていた。

 次点で隊長はイライザになろうか、そう考えたメンバー全員がイライザを見た。

 

「……しょ、しょうがないわね!」

 

 少し顔を赤くしたイライザが、腕組みして言った。ここまで、瀕死の仲間や大剣を運んだことを皆が評価していた。

 イライザは、皆の体力がある程度回復するまで休息を取ることにした。特にナンバー18の防御型戦士リリィが回復すれば、妖気感知により捜索がより楽になるだろうと考えてのことだった。40番台付近の戦士は、あまり当てにしていなかった。

 生きた仲間の全員が妖気を消す薬を飲んでいたため、妖気感知により探すことはできないが、覚醒者に遭遇する確率を少しでも減らすためだった。

 

 

 破壊された建物の端材を燃やした焚き木を囲んで、大剣を背にイライザ達は休んでいた。

 ウンディーネの戦士の印と大剣の印が異なっていたが、ピリピリしたウンディーネに誰も突っ込めないまま時間が過ぎていった。

 

 無言の時間が過ぎていった。その時、焚き木にしている薪が跳ねた。

 

「! 何か来るッ!」

 

 リリィが叫んで大剣を握った。

 リリィの声に反応したメンバーが、各々大剣を握って素早く散開した。多くの覚醒者と対峙した経験が、下位ナンバー達にも生き残るための行動を()いた。

 

「……あらん。おかしいわね……。どうやって生き延びたの、あなた達?」

 

 野太い男の声が響いた。

 戦士たちの前に立っていたのは、黒く長い髪を後ろに流した筋骨隆々の肉体を持つ大男だった。奇術師のような奇抜な恰好をした男は、妖魔とみられる3人の人型に乗っており、どこか浮世離れした光景をしていた。

 くねくねとした男は、腫れぼったい唇に触れて言った。

 

「まぁ、いいわん。お前達、適当に集めなさぁい」

「……」

「何を……」

 

 声をかけられた3人の妖魔は、ビクリと反応すると幽鬼のようにふらふらと歩いていった。イライザの声に男が反応した。

 

「うふん。あら、気になるの? その前に、ご挨拶がまだだったわね」

 

 両腕を頭の後ろに組んでムダにポージングをとった姿で、ムキムキの男は答えた。

 

 左足を前に尻を突きだし、腕組みするような姿勢から右腕を立て、人差し指と親指、そして小指を立ててイライザ達を指差した。

 

「わたしの名前はバキア。〈芸術家〉のバキアよ。よろしくね」

 

 片目を瞑ってバキアは言った。

 

「……」

(なんだ……この隠された膨大な妖気は……)

「な……」

 

 そのあまりの濃さにイライザ達は絶句した。そんな中、至近距離からバキアの妖力を感じ取ったリリィは、瞠目し冷や汗を流した。

 リリィは薬の効果が既に抜けかけており、バキアの妖力隠蔽能力が高いといえども、至近距離からであればバキアの妖力を感じとることができた。

 

「あらぁ。決まりすぎて固まってしまったわね。ごめんなさぁい」

(なんなんだこいつは……)

 

 なおもくねくねと動く変態(バキア)への呼び名が、イライザの中で固まった。

 

「イースレイの一派がまだ残っていただと……?」

「んー? あんなのと一緒にしないでちょうだい。全く、別別々よ」

 

 ウンディーネが口にした疑問に、バキアが早口で答えた。バキアは指を1つ立てて、顔の前で振った。

 

「……でもまぁ、やることは同じなんだけどね」

「くっ!」

 

 バキアが突然ピチピチの服を脱ぎ去り、人の二倍ほどの大きさの覚醒体へと変じた。

 バキアの覚醒体は、銀色の照り返す表皮をしており、大きな身体を無理矢理小さなボディースーツに押し込めたような見た目をしていた。

 イライザには、どこからかともなくオリヴィアのよく解らない『ペ○シマーン』(うなり声)が聞こえた気がした。

 

「美しいでしょう? この身体。……あらぁん。そんなに怯えないでちょうだい。ふむ、……よく見れば妖気を抑える薬を飲んだのねぇ」

(最悪だ……。ウンディーネも力が半減している状態で、このクラスの覚醒者の相手をするだと!? ……このメンバーで勝てるのか)

 

 下位ナンバーの瞳の色を見たバキアは、感心したように言った。銀色の体皮に覆われた顔は、不細工な人形のように良く動いた。

 イライザは、ついに膨大な妖気を肌身に感じて震え上がった。命を懸して戦った、先の獅子型の覚醒者と同じくらい妖力が強かった。

 

「覚醒者の群れを欺くと言うより、組織を欺くため。と言ったところかしら……、さてと」

 

 ちらりと、バキアが下位メンバーの3人の方を見た。竦み上がった3人のうち、ユマを除く2人がその場から弾け飛び、雪原を転がった。

 

「がはっ」

「ぐあっ」

「!」

「ナタリー! ディアナ!」

 

 隻腕のウンディーネが叫んだ。下位ナンバーの2人が飛んだタイミングで、イライザとリリィが大剣を振り上げてバキアに飛びかかった。

 バキアは、腰に手を当てて2人の大剣を滑るように躱した。

 

「うーん……。生き残った割に弱いわねぇ……」

「貴様ぁ!」

 

 隻腕のウンディーネも出遅れたが、切れかけた薬の抑制効果を無理矢理制して妖力解放した。ウンディーネの右腕が盛り上がり、再び筋肉質な体に変わった。

 

「あら? 逞しい……。良いわね、あなた」

「な」

「ウンディーネ!?」

 

 バキアはイライザとリリィが認識出来ない速度で移動すると、ウンディーネを掴み上げた。

 

「うーん……。腕が一本無いのが減点ね。そうだわ! もう一本もとってバランスを取りましょう」

「くっ……キチ○イめ」

 

 掴まれたウンディーネが吐き捨てた。

 

「やぁああ!」

 

 転がされたナタリーが復帰し、バキアの左足に斬りかかった。ユマも示し会わせたように、右足に斬りかかった。

 硬質な音が響き、二人の大剣が弾かれた。

 

「なっ……」

「……もはや避けるまでもないわね」

 

 バキアが呆れたように言った。

 絶望的な状況の中、大剣が一振りどこからともなく飛んできた。

 

「なんですって!?」

「がっ……!」

 

 回転した大剣は、バキアの右腕を切り飛ばして雪原に突き立った。バキアの掴み上げから解放されたウンディーネが地面に落ちた。

 

「いったいどこから……?」

「今だ!」

 

 イライザは、掛け声と同時に妖力解放した。

 リリィが腰下を、イライザが首をバキアの背後から狩った。泣き別れしたバキアの身体が地面に倒れた。

 

「はぁはぁ、一体何だったんだこいつは……」

「はぁ、分からない……。凄まじい妖気だった」

 

 イライザは、バキアの死体を一瞥した。不気味な覚醒者は、沈黙を守っていた。

 

「この大剣は……」

 

 ユマは飛んできた大剣を確認していた。印を見ると画数の多い形をしていた。ユマはナンバー26のオリヴィアに思い至った。

 あの最後の戦いのとき、ユマには辛うじて意識があった。ユマはリガルドに止めを刺すときの、オリヴィアがとった異形な姿を思い出した。

 

(彼女は、覚醒していたのではなかったか……。いや、生きているのか……。しかし、妖力が感じられない)

 

 ユマは大剣を拾い上げながら、冷や汗を流した。

 

「ちっ……」

 

 ウンディーネが、自分の手のひらを見て舌打ちをした。隻腕になったことに気を取られ、攻撃に出遅れ皆の足を引っ張りそうになったことを悔いていた。

 イライザ達は、一向に起き上がってこないディアナを起こしに行った。打ち所が悪く気を失っているのかもしれなかった。

 

「ディアナ。おい!」

 

 イライザの呼びかけに対して、ディアナの反応がなかった。呼吸はしていることから、イライザには気を失っているだけに思えた。

 イライザは、ディアナの身体を上向きに転がした。

 

「なんだこれは……」

 

 上向きになったディアナの身体は銀色の被膜に覆われ、不気味に鳴動していた。

 

「おい、ディアナ! おい!」

 

 イライザが再び呼びかけたが、反応は無かった。

 その時、

 

「ぐぎゃあああ、あぁあ」

「な!?」

 

 リリィの叫び声が聞こえた。

 イライザが振り返ると、倒したはずの覚醒者の身体から銀色の触手が飛び出し、リリィの身体を穿っていた。

 

「うーん。たまには死の淵を彷徨ってみるものね。新たな世界が見えたわ」

 

 死体があった場所を見れば、中途半端に触手で接合したバキアが立ち上がっていた。

 穿たれたリリィの身体が萎んでいき、バキアの身体が再生した。

 

「戦士の血肉って、ホント不味くて食えたものじゃないわね……」

「き、貴様……」

「あら、騙したわけじゃないのよ。あなた達が無視した妖魔、それのうち一つを使っただけのこと」

 

 ウンディーネが大剣を再び構えた。バキアの近くには、バキアを担いでいた妖魔らしき死骸があった。

 

「首を落としても死なない……だと……」

「まぁ。どうせ死ぬんだから、教えてあげようかしら」

 

 瞠目するイライザにバキアは言った。

 

「「わたし、こういう身体なの……」」

「なっ」

 

 バキアの声が、イライザの背後から聞こえた。イライザの後ろにもう一体のバキアが現れていた。

 イライザが振り返ると、()()()()()()()()()にバキアが立っていた。

 

「うーん。やっぱりこの戦士、下位も下位ね。恐ろしく弱いわ、わたし」

「あら、やっぱりそうなの。でも保険よ、保険。わたし」

「増えた……だと」

 

 増えたバキアは、イライザ越しに会話を行った。ディアナの場所にいるバキアは小柄で、元の場所に復活したバキアは巨体だった。

 

「まぁ、ネタばらしすると……こういうことなんだけどね」

「ディアナ!」

 

 ディアナが居た場所に視線を向けたイライザには、バキアの顔が半分溶け、中に妖力を限界まで解放したディアナが見えた。

 

「わたし、普通の覚醒者と違って()()()なのよ」

 

 

 




痛みで筆が一度折れてますので、書き換えることもあるかもしれません(言い訳)


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夢現

間に合え間に合え……


 ウンディーネとイライザ、そしてナタリーは2人のバキアに挟まれていた。

 

「さてと、楽しんだことだし終わりにしましょ」

「くっ……、ディアナを返せ!」

「あらん、仲間想いなのね」

 

 イライザが叫び、くねくねした動きを始めたバキアが言った。

 

「そもそも、戦うためにきたんじゃないのよね。おまけよ、お・ま・け」

「わたし、……ただ材料を取りに来たのよ」

「なんだと……」

 

 動揺するイライザ達に、バキア達は指を1つずつ立てて言った。

 

「ひとつはあなた達……の死体ね。二つ目は死んだ覚醒者の肉片。そして三つめが、妖気が複数ある戦士達よ」

「あんなの、生まれてこのかた見たこと無いわ。おそらく、組織が作った対覚醒者用戦士……のプロトタイプってところかしら?」

(私たち26人の中に、そんなやつらが紛れていただと……)

 

 そんな推測を語るバキアを前にして、誰も身動きがとれなかった。

 

「……誰も知らなかったのかしら。んー、そうね。……だれか、銀髪の戦士を知らないかしら?」

「死体でもいいのだけれど……。あれがほしいの! 長髪の戦士の方でもいいんだけどね……」

 

 バキアは両腕を胸の前で合わせ、しなを作りウンディーネを見据えた。

 

(銀髪の戦士……オリヴィアのことか)

「けっ……誰がおめぇなんかに教えるかよ」

「あらそう。まぁ自分達で探すわ」

「もう見つけた頃合いかもしれないけど……」

 

 そうバキアが言った瞬間に、近くで妖力が爆発した。

 

「うふん。居たみたいね」

 

 2体居た妖魔が形を崩し、雪の小山に取り付いていた。

 

「ガ、ガガガガガ」

 

 2体は壊れた機械のような声を上げた。何かが起きようとしていた。

 その時、再び大剣が妖魔へ飛んでいった。投げたのはユマだった。

 

「ガッ」

 

 大剣は一体の妖魔の崩れかけた顔面に突き刺さり、頭部を上下に分けた。大剣は、直進したまま雪に再び刺さった。

 

「まぁ! 何てことするのよ!」

 

 小柄なバキアが、一瞬でユマの下に移動すると蹴りを放った。

 

「うわっ!」

(躱せただと!?)

 

 攻撃を躱すことができたことに、ユマが一番驚いていた。

 

(そうか! 分身体には、本体ほどの身体能力はないのか)

 

 イライザは、分身体のバキアを相手取ることにした。ユマでは長時間相手はできそうに無いと、イライザが瞬時に判断した為だった。

 

「ユマ! 下がれ!」

「イライザッ!」

「! ごふっ」

 

 ウンディーネが叫んだが、イライザは避けきれなかった。

 

「……わたしを忘れてもらっちゃ困るわよ」

 

 巨体の方のバキアが片手を突き出して、銀色の触手を放っていた。ウンディーネが、イライザを狙う触手を切り払おうとしたが、間に合わなかったのだった。

 

「はぁあああ!」

(放置すれば、リリィのように死ぬ!)

 

 ナタリーが長髪を靡かせて、バキアの触手に前転を加えた斬撃を放った。リリィの最期を見たからこその咄嗟(とっさ)の反応だった。妖力解放したナタリーの斬撃は、細い触手を断ち斬った。

 

「取り付くのはアナタにすれば良かったわね……」

 

 断裂した触手を見たバキアが言った。先程、バキアの体を斬れなかったナタリーは、勢いをつけて斬ったのだった。今回は弾かれること無く斬ることができた。触手が細かった為かも知れなかった。

 

「まぁ、おとなしく見ていなさいな!」

 

 バキアは手法を変えた。地面に手を付き、地面から無作為に触手を放った。

 

「くっ!」

「掴まれ!」

 

 その攻撃範囲から、ユマがイライザを拾い上げて離脱した。攻撃の予兆を見ていたウンディーネとナタリーは、攻撃を卒なく躱した。

 

「うふ。ご覧なさい。これが〈芸術〉! いのちの輝き!」

 

 バキアは、銀色に光る胸へ腕を突き刺した。バキアの手に掴まれていたのは、果実大に縮んだ人の頭部だった。押し込められ、苦痛に歪んだ表情をしていた。

 長く生きたバキアは、集めた妖魔や誘拐した戦士を、持ち前の強力な妖力操作能力を使って滅茶苦茶に改造していた。その成果がこの〈種子〉だった。

 

「長髪の戦士。アナタに決めたわ!」

 

 そう叫んだバキアは、美しいオーバースローで〈種子〉を投げた。

 〈種子〉は、雪の小山に突き刺さり、その下の何かにぶつかった。射線上に居た小山に取り付いていた妖魔は、弾けとんで壁の染みになった。

 

「うふふふふ……」

「ふふふ……」

 

 不気味に笑うバキアに、戦士達の緊張感が高まった。

 

(一体何をするつもりなんだ……!)

 

 緊張で噛み締めたウンディーネの歯が鳴った。

 バキアが〈種子〉を投げた姿勢のまま、10秒ほどが経過した。

 

(何も起きない……?)

「? おかしいわね……」

 

 ユマが額に出た汗を拭った。

 バキアは、ゆっくりとフォームを戻すと、何事も無かったように両腕を頭の後ろで組んだポージングをとった。

 

「……」

 

 誰もが無言のまま時間が過ぎた。

 

「……ご覧なさい。これが〈芸術〉! いのちの輝き!」

 

 バキアは、上がらないテンションを無理矢理上げて、もう一度同じ行動をとった。

 

(……も、もう一回やるんだ……)

 

 不覚にも全員の気持ちが一致した。

 

 バキアの胸元から出てきたのは、先程の〈種子〉とは異なった形状をしており、手のひら大の赤い輪だった。所々に節があり、ギョロギョロと動く眼球が複数付いていた。

 

「まさか、ペセルちゃんを使うことになるなんてね!」

「なんだあれは……」

 

 イライザ達は、赤い輪から不気味な妖気の気配を感じた。節が規則的に膨れ縮む動きをしており、円を描くように脈動していた。

 

(生きているのか……?)

 

 赤い輪は目をギョロつかせながら、か細く小さな声で鳴いた。

 

「……ロシテ……コロシテ……」

「さぁ、ペセルちゃん。頼むわねぇ!」

 

 バキアは、再度投擲した。先の〈種子〉により小山が暴かれ、そこには戦士が横たわっていた。

 長髪で片腕を失った戦士、冷たくなったカティアだった。

 

「……シテ……コロシ……」

 

 ペセルと呼ばれた異形は、カティアの上で止まると赤い触手を伸ばした。

 カティアが失った右腕から中に入り込み、その肉を不形に揺らした。

 

「カ、カティア……?」

 

 ウンディーネが掠れた声をかけた。

 赤い触手に引き摺られるように、カティアが起き上がった。ペセルと呼ばれた輪が、カティアの頭の上で鳴動し触手が翼のように広がって見えた。

 ウンディーネ達には、それが神話に出てくる馬鹿げた冥界の神の像に思えた。

 カティアの顔は、逆光で伺えなかった。

 

「素晴らしい! 良くやったわ、ペセルちゃん。さぁ、残りも回収しましょう!」

 

 バキアが、両手を合わせて囃した。

 

 ペセルが取り付いたカティアは、その場から動かず、赤い輪から触手が放たれて近くのパメラだったものへ刺さった。

 パメラの体は、赤い菌糸の様な触手の侵食が進み、バラバラの身体が縫合されて人の身体に戻った。

 ビクリと跳ねると、パメラはゆっくりと立ち上がった。その頭には、カティアと同様の赤い輪が浮かんでいた。

 その後、同じようなことが次々と伝播していった。

 

「うふふふ……。さぁ、アナタ達も仲間になりなさぁい」

「「「……シテ……コロ……」」」

「くそっ!」

 

 イライザ達は、死んだはずの戦士達に囲まれることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――うぇーん。ぇーん。

 

 気持ち良く微睡んでいると、誰かが泣く声が聞こえた。音の出所を探ってみると、なんと自分の体からだった。うそだろ。

 

――あら、どうしたの?

 

 そう声を掛けてきたのは、ラボナで良く見られる格好をした尼さん(シスター)だった。指の隙間から、綺麗な長い黒髪をしていて口許が緩く結ばれているのが見えた。はぇー、スッゲェ美人。

 

「ひぐっ、えぐっ。引っ張ら、れた、の」

――あらあら。酷いことするわね。

 

 シスターは、頬に手を当てて困ったように言った。

 顔を覆っていた手が外れ、視界が開けた。

 私とシスターは、白塗りの建物の入り口に立っていた。ボロボロの木で出来た扉が見えた。いや、何処よここ。

 シスターの腕には籠が下がっており、中には薬に変わる薬草が見えた。心地よい匂いが漂った。

 シスターが頭を撫でる手のお陰で、徐々に嗚咽が収まってきて呼吸が楽になってきた。酷く幸せな気持ちになった。

 

 

 場面が変わった。

 白い建物が燃えていた。

 所々に赤い飛沫が飛んでおり、白い壁に模様が付いていた。

 

――にげなさい!

「はぁはぁ……」

 

 聖都ラボナから来た司教様(えらいひと)と美人シスターが叫んだ。周りの孤児達と一緒に、森の中を必死に駆けた。息が上がって苦しい。

 森を抜けたとき、私一人になっていた。

 不安になって振り向くと、後ろからシスターが追いかけてきた。

 

――待ちなさい! ……マテ!

 

 いつの間にか、シスターの顔が妖魔のそれに変わっていた。酷い血の匂いが漂った。

 勢いあまって転んだ私は、何も見たく無くなって顔を両手で覆った。

 

 

 

―――ノイズ。

 

 

 

 

 気が付くと青空を見上げていた。

 流れていく雲が見えた。快晴。でも、悪い夢を見ていた気がする。

 私の顔に影が落ちた。いや、誰よお前。

 

――よぉ。またここに居たのかよ。

「……わるい?」

――別に悪くねぇけどよ……。どっこいしょ。

 

 男の子は、そんな掛け声と伴に横に寝転んだ。幼馴染の男の子だった。

 横目で伺い、胸が高鳴った。いやまって、そんな趣味ないんですけど……。

 場所は、小高い丘の上だった。村の様子が良く見えた。昼前なのか、炊事の煙が見えた。おいしい匂いが漂っている気がする。

 

――なぁ。

「ん?」

――聞いたぜ……。()ぇちゃんが売られちまうんだってな。

「……」

 

 別に両親が決めたことで、私は何もできなかった。あの両親は、これからも兄弟を売って生計を立てていくだろう。世も末だった。

 男の子が急に起き上がってこちらを見た。また、胸が高鳴った。

 

――なぁ。俺と……逃げようぜ。

 

 

 場面がまた変わった。

 村が燃えていた。

 男の子と手をつないで、必死に何かから逃げ出した。裸足で駆けているせいで、足が酷く痛かった。

 

「はぁはぁ……。痛い」

――はぁはぁ……。走れ! もっと速く!

 

 村の家屋の彼方此方(あちこち)が燃え落ち、煤けた瓦礫が多かった。私は酷く消耗していて、男の子に手を引かれるままに走っていた。

 ここから逃げ出して、一体どうなるのだろうか。広がる荒野を見据えて、絶望が頭をよぎった。

 

――ちくしょう!

「きゃっ」

 

 男の子が、私を引いて突き飛ばした。

 

――俺が時間を稼ぐ! 行け!!

「えっ? ダメ!!」

――あ、おい! 放せ!

 

 いけないと思った私は、彼の手を捕まえて必死で引っ張った。彼の小剣を持った手を引いて……。

 

 

 気づけば、小剣だけを持った私は、彼を捕まえた妖魔の前に立っていた。

 

――ぐっ、……何やってんだ! 早く逃げろ!

 

 妖魔の触手に捕らえられて、宙づりになった彼が叫んだ。

 私は、彼を妖魔から解放するために小剣を投げた。火事場の馬鹿力を発揮した私は、重たい小剣を妖魔の方向へ投げることに成功した。

 しかし回転した小剣は狙いを外し、彼の千切れかけた腕を落とした。

 絶望した彼の両目が私を見た。

 徐々に暗くなっていく視界の中、揺れる金色の髪が見えた。

 

 

 

―――ノイズ。

 

 

 

 雪が降っている。いや、さっむ。

 木でできた窓の戸を落とした。

 冷気が遮断され、暖炉の暖かな光が満ちた。あったけぇ……。

 一時(いっとき)は、外で遊ぶことはできないだろう。直に吹雪いてきそうだった。

 

――もうすぐできるわ。

「あ、うん……」

 

 暖炉では、ふくよかな母が鍋をかき回していた。いつもの、鹿の干し肉で出汁を取ったスープだった。この時期は、連日この料理が多くてちょっと飽きが来ていた。

 寒いこの地方では、こういった食事すら贅沢であることは、なんとなく解かっていた。

 

――さぁ、席について。お祈りをしなさい。

「……」

 

 両手を組んで、お祈りをした。お祈り先は、弓を担いだ狩人の女神さまだ。どんなに寒さが厳しくとも、お祈りをしていれば食べ物(えもの)に恵まれるらしい。

 スープは脂っぽくて、ひどく塩辛かった。それでも、私はそんな味が好きだった。

 

 

 場面が変わった。

 もこもこの毛皮のコートを着た私は、血だらけの狩人に背負われていた。

 

――眠るな! 眠ったら死ぬぞ!

 

 そうだ。村が妖魔に襲われたのだ。翼の生えた一本角の化け物。

 父は隠れる術を知っていたのか、そいつから逃れて灌木の生えた雪山の中を、わたしを抱えて移動していた。

 母は、化け物に殺された。

 

 

 それから、どれほどの時が経ったのだろうか。

 朦朧とした父は、全身が真っ黒な服に包まれた人を見つけて、わたしを託して息絶えた。

 

 

 

―――ノイズ。

 

 

 

 私は戦士になった。いや、最初からなんですけど……。

 すべてが順調だった。

 燃える村から妹と2人、生き延びて組織に厄介になった。幼い妹は、私の要望通り戦士になることなく保護されているらしい。

 私が妖魔を殲滅し続ける限り、その境遇が保証されるようだ。

 

――サルビア。また、同じチームになったわね。

「くす。よろしくね、下位ナンバーさん」

 

 私は組織でも指折りの戦士だ。

 与えられた数字は2。

 成り立てで、さらに防御型でこの数値は稀有らしい。担当の黒服が零した話によると、やはり守るべきものがあることが強さにつながっているそうだ。

 長く妹に会えていないが、組織は約束を違えたことがない。いつのまにか、組織の鉄の掟が私の信じる拠り所となっていた。

 長髪の下位ナンバーとは、よく顔を合わせた。戦闘ではお荷物だが、人当たりは悪くなく、私とは気が合った。

 いつしか、よく絡むようになっていた。よく見たらカティアやんけ。あれ? カティア……? ……なんか忘れてない?

 ナンバー2と組ませる当たり、組織もこの戦士に期待しているのかもしれない。下位ナンバーがナンバー1になった事例も過去あったそうだ。

 

――妹に逢いたいだと……?

「あら? こんなに組織に貢献しているのですもの。一目見るくらい、よろしくて?」

 

 いつの間にか、慇懃無礼な言葉遣いが染みついていた。戦士になったことで、私も何処か可笑しくなっていたのかもしれない。昔の話し方は、すっかり忘れてしまっていた。一体いつからこの話し方になったのか、私にも分からなかった。

 

 目まぐるしく忙しかったが、ついにその日がやってきた。私は、見逃さないように()()に妖力をしっかりと込めた。

 扉を開けると、妹が走り寄って来て体に衝撃がやってきた。

 

――お姉ちゃん!

「……」

 

 妹の声がした。あの時と変わらない姿で、私に微笑みかけてきた。

 半透明の姿で。

 

――お姉ちゃん。どうしたの?

 

 妖力を凝らした目を部屋へ向けると、椅子に縛られ、蝿が(たか)った幼子(おさなご)が見えた。髪の色はすっかりと抜け落ちて、白くなっていた。辛うじて胸が上下するのが見えたが、落ち窪んだ目には皴が寄り、生気をまるで感じなかった。

 唯一、私に似てウェーブ掛かった髪が、妹であることを示していた。

 

「……」

 

 その日、妹の為に生まれた私と“妹の為に生きてきた私”は人間であることを止めた。

 

 

 

―――暗転。

 

 

 




はい、遅刻


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蘇るやつら

主人公が帰って来ます。

温かく迎えてあげてください。


 

「おい! しっかりしろ!」

 

 身体が酷く熱かった。風邪を引いたのかもしれない。

 重たい瞼を開けると、シャギーヘッド(総隊長)ミリアの顔が見えた。Oh……凛々しい……。

 

「突然大剣投げるしよ……。ミリア姉さん、本当にこいつ大丈夫なのか……?」

「……覚醒者の気配では無かっただろう」

「処置しなければならなかったんだ。少なくとも、体は戦士に戻っているさ」

 

 クレアの声が聞こえ、オドオドしているヘレンも見えた。次第に周りが分かってきた。

 町はずれの雪原で倒れていたようだ。体を起こすと、見渡す限りの白い光景が広がった。遠くにピエタがポツンと見えた。町は殆ど崩れており、瓦礫の山のように思えた。

 

 いつの間にか戦線が移動し、こんなところで私たちは()()を迎えたらしい。全然覚えてない……。

 というか思い出そうとすると、さっきの夢みたいなのを反芻しそうになる。でも、はっきりと思い出せず、喉に小骨が引っ掛かった感じがする。くっそ嫌な思いをしたのだが……。

 

「覚醒しても、戻ってこれるということか……」

「分からない。でも、私達と同じ半覚醒なのかもしれない……」

「ジーン……」

 

 ミリア達は何かを考えており、ジーンを偲ぶクレアの声で思考が現実に戻った。クレアは、ジーンを思い出して落ち込んでいるようだ。やっぱり、ジーン死んじゃったのか……。元気出してよ……。

 

「無事に終わったか……」

「この辺りには、私達だけのようです!」

 

 見回りをしていたのだろう、お下げの片方がとれたシンシアと短髪のデネヴが来た。シンシアは相変わらずの天使だった。

 それにしても、ひどく長く眠っていた気がする。気分的に5年くらい。

 皆がここにいると言うことは、それほど経ってないのかもしれない。というか、私は全裸だ。雪原で全裸とか完全に変態である。剥くにしても、靴下だけは残してほしかった。

 

『ぐへへ……』

「急に笑いだした……」

「やっぱり、どっかおかしくなったんじゃないか!?」

「…………たぶんそれ、元からですよ」

 

 焦ったヘレンと、冷静なシンシア達の声が聞こえた。

 ミリアの戦闘痕が残る襤褸マントが掛けられた。これで凌げということか……。股のところ穴が開いてるんだが……。

 

「よし、町に戻る。念のため、妖気は消したままにしておけ」

「了解した」

『よし、じゃないが』

 

 皆が各々返事をした。待って、私の大剣がない。

 

「大剣、ない!」

「おまえ……自分でさっき投げただろう。処置が途中で大変だったんだぞ……」

 

 私が寝ぼけて投げたと、ヘレンが教えてくれた。私、そんなにおもいっきり投げたの……? 寝相悪すぎない?

 

「どのみち、ピエタの方へ飛んでいったんだ。行くついでに回収すればいい」

「まったく……。残った覚醒者が来ないか、肝を冷やしたぞ」

 

 クレアやミリアが半目で言ってきた。大顰蹙(ひんしゅく)だった。

 そういえば、頭がくそ痛い。思わず蹲った。

 

『ぐおぉぉ……』

「あ、おい……」

「妖気を消す薬の影響ですね。全員、もう1度飲み直したんです」

 

 気絶してる間に口に放り込まれたことを、シンシアが教えてくれた。ヘレンって、ツンツンしてるけど面倒見いいよね。あぁ、くそ痛い。

 しかし、道理で頭が痛い訳だ。妖気を全然感じない。いやまぁ元々集中しないと、あんまり感知出来ないんだけど……。

 頭を押えながら、とぼとぼと皆の後ろを付いていくことになった。

 

 朝日の中を歩いていて気がついたのだが、私の身体のコントラストが一部おかしくなっている。具体的には、胴体は真っ白なのに、肘から先や足首から先がガングロ日焼けみたいになっていた。

 一瞬、凍傷を疑ったが、戦士が凍傷になるわけがなかった。えぇ……。病気かこれ。大丈夫これ?

 

 ピエタまでの白い雪原を皆で歩いた。雪原を反射する日の照り返しが眩しく、目を眇めて無言で歩いた。皆、何か思うところがあるのかもしれない。

 

 ピエタの町だったものに近づくにつれ、変な音が聞こえてきた。関所町で聞いたような、ビリビリとした鼓膜をボワボワとする変な音だった。

 

「音する……」

「は?」

 

 ヘレンが振り向き、先頭を歩いていたミリアが足を止めた。本来、音が聞こえる距離じゃないけど、周りが静かだから聞こえるのかもしれない。あれ、でも雪って音吸うんじゃなかったっけ……。ま、いっか。

 

「ピエタから音する」

「この雪原で……? 妖気……を感じている訳ではない……か。どんな音だ?」

 

 ミリアに言われたので、両耳に手を当てて音を集中して聞いた。ボワボワに交じって、電子音みたいなミロミロとする音がする。いや、ちょっと待って。なんて説明すればいいんだコレ。言ったら絶対変な子になるだろ!

 

「…………。……ひ、人の声」

「ほんとだろうな……?」

 

 冷や汗を垂らしながら言った私の言葉に、半目になったヘレンが訝しげに聞いてきた。やべぇ、全然信じてねぇこれ。

 

「ほんと!」

「……」

 

 ついには、全員が訝しげに見てきた。ちょっと酷くない?

 

――……ヴィア。

「えっ?」

 

 ミロミロに混ざって、(かす)かにカティアが私を呼ぶ声がした気がした。思わず俯いてしまった。涙をクレア達に見せたくなかった。

 

「オリヴィア……? どうしたんだ?」

「生きてた……。『そっか、よかった……』」

「お、おい! ……大丈夫なのかよ?」

 

 でも、大丈夫なのだろうか……。このビリビリのボワボワ音は、関所町で変異した妖魔が発してた音だ。ミロミロ電子音もあると言うことは、似たような覚醒者や妖魔がいるのかもしれない。

 

――マモラナキャ……。

「……助ける!」

「おい!! 聞いてるのか!」

 

 足に力をいれると、無意識に妖気が解放された。隠密行動を取ろうとしたミリアに申し訳なく思った。

 しかし以前よりも、より力強い力の胎動を感じる。死線を越えたことで、また1つ強くなった様だった。

 

「先に『行く!』」

 

 雪原を全力で踏み込んだ。

 

 

 

 

「あーぁ、行っちまった……。どうするよ姉ぇさん」

「いったい何を感知したというんだ……」

(覚醒者か、それに類するものが町に残っていたのかもしれない……)

 

 ヘレンやデネヴが、オリヴィアの突飛な行動を呆然と見ていた。ミリアはオリヴィアがその特異な感覚で、何かを感知したのではないかと思った。

 

「我々は、妖気を消したまま行く。何かを感知したにしろ、妖気を消していることが不利になる事はあるまい」

「……」

 

 全員がミリアを見た。ミリアの判断に全て委ねるつもりだった。

 

「追うぞ!」

 

 ミリア達は妖力解放をしない状態で、全力でオリヴィアの後を追った。

 

 

 

 

 皆よりも一足早く、 ピエタにたどり着いた。

 町は大部分が崩壊しており、原形をとどめていなかった。北国特有の風が吹き、ミリアから貰ったマントを揺らした。隙間風すごいぞこれ……。

 

 剣戟の音が、広場の方から聞こえてくる。やはり、仲間が起き上がって戦っているのかもしれない。きっと、そのなかにカティアも居るはずだ。

 

 瓦礫から身を乗り出して覗き込むと、戦士と戦士達が戦っていた。仲間割れのような様相になっていた。

 

『は?』

 

 意図せずに声がもれてしまった。仲間達が、皆起き上がっている……? なんだこの状況……?

 

「くそっ! イライザ! いい加減こいつらを斬るぞ!」

「わかってるわよ!」

 

 赤い腕や足が生えた戦士達が、大剣を構えたイライザ達に襲いかかっていた。赤い戦士達の頭には、総じて赤い輪が浮かび、皆大剣を持たずに素手で戦っていた。

 さらに、赤い戦士達の背後では、銀色の巨躯がサザエさんのエンディングのような動きをしていた。うわ、きもっ。

 

 赤い戦士達は、赤くなっている腕や足が、異様な硬度になっているようだった。赤い戦士の一人に大剣を叩きつけた、ウンディーネの姉御が押されていた。双剣使いだった姉御は片腕がなかった。まじかよ……。

 

 姉御達が押され、拮抗したところに一人の赤い戦士が戦士達を分けて現れた。カティアだった。やっぱり生きてた。

 

『ぁ、……あ』

 

 声を掛けようと思ったが、カティアは首を傾げたまま、ウンディーネへ片腕を伸ばして赤い触手で取り付こうとしていた。

 私は叫びながら、カティアに突貫した。

 

『なにしてんだ!』

「オリヴィア!?」

 

 ウンディーネの救出に行こうとしたイライザが、私に気づき叫んだ。

 

『目ぇ覚ませぇ!』

「っ……」

「ミゴッ……」

 

 黒く日焼けした腕で、カティアの顔面をぶん殴った。赤い輪が電子音を出した。こいつか! ミロミロ言ってたのは!? 寄生してるのか?

 

『え、わっ!?』

 

 殴った端から、赤い腕が延びて私の腕に取り付いた。菌糸のように伸びる線に怖気が走った。

 

「なに、やってんだ!」

『あぐっ! えっ?』

 

 イライザに引っ張られ、触手から離脱できた。イライザとカティアの触手に引っ張られて、黒い腕が()()()()()()

 赤い菌糸に触れられたところから、スッパリと千切れたのが見えた。痛みが来るかと思って構えたが、特に来なかった。あれ?

 イライザは、返す刀でウンディーネと拮抗していた戦士を蹴飛ばすと、一息に離脱した。

 

「はぁはぁ。……大剣もなしに! バカかおまえは!」

 

 キレるイライザを放置して、恐る恐る腕を見ると、白い腕が普通に生えていた。にぎにぎすると普通だった。あれ? 今とれたよね? 脱色した?

 

「高速再生だと……? お前、いつの間に……」

 

 ウンディーネの姉御が声をかけてきた。いや、一番驚いてるのは私なんですけど。あれ? 私、攻撃型のはずなんだけど。

 

 私の腕を奪ったカティアの方を見ると、ボリボリと触手が黒い腕を食らって体の一部に変えてしまった。カティアに黒い腕が生え、その腕が意思を持ったように動くと強大な顎を持った人の顔に変わった。

 

「なんだあれは!?」

『えぇー……』

 

 まるで覚醒者の腕だった。

 上位の覚醒者になると体の一部を変異させて、ワニの頭を作ったり武器を作ったり普通にしてくる。原作で出てきた覚醒者では、体を変化させまくるやつとかいた気がする。目の前でそんな肉の動きを見ると、さすがに凄惨な感じがした。

 

 尻餅をついた状態から起き上がると、足に大剣が触れた。雪に埋まっていたが、誰かの大剣のようだった。

 これ幸いと、拾い上げると私のだった……。えぇ、お前なんでこんなとこにいるの。雪の中にあったら、運悪いと一生見つけられないやつじゃん。投げたやつ殺す。……私だった。

 

「あらぁん。うふふ、やはり生きていたわね!!」

『うわ』

 

 銀色の生物(なまもの)が、すごい勢いで迫ってきた。テンションが爆上がりしているのか、雪原でアイススケートみたいな動きをしていてキモい。何だこいつ!?

 

()いて回収しちゃったけど、アナタも連れていかないとね」

「だれ!」

 

 そう言うと、銀色の巨躯はカティアに(しだ)れかった。おいやめろ。

 

「わたしはバキア、〈芸術家〉よ。よろしくね。あなたを探していたのよ。何処に行ったのかと思っちゃった」

 

 こんなやつに執着される謂れはなかったのだが、何処かで目に留まったのだろうか。

 

「あなたを最初に見かけたのは、南東の関所町。私、色々考えたんだけれど……。組織って覚醒者を放置してきたじゃない? それが、ここに来てイースレイが暴れちゃったのよ。今後、恐らく住みづらくなるわ……」

 

 遠くを見たままのバキアは、そこで話を区切ってポーズを変えた。バキアの大胸筋が盛り上がった。必要あるのか、その動き……。

 

「だから対抗策が必要なの。組織が今後絶対に作る……、対覚醒者の戦士についてね。それが、あなた」

「は?『なに言ってんだ』」

「何て言っているのかしら……?」

 

 バキアが、セーラームーンポーズで指差してきた。言ってる意味が、あまり分からなかった。要するにあれか、リフルが今後拾うやつみたいなのが欲しいのだろうか……。私とどう関係があるんだ……。

 

「まぁ、知らないのならソレでもいいわ。私は、あなたの中身が欲しいだけだから!!」

 

 バキアがそう言った途端に、カティアの顔の付いた右腕が急に動いた。

 バキアの頭が無くなった。理解が追い付かなくて、二度見した。えっ? は?

 頭を失ったバキアが、雪原に重たい音をたてて倒れた。

 

「え?」

 

 イライザの間の抜けた声が聞こえた。私は勘に従って、右足でイライザへ膝カックンを決めた。

 

「お前! 何をやっ……」

 

 尻から仰向けに倒れたイライザが、私を罵倒しようとして止まった。イライザの頭があった辺りで、カティアの右腕がムシャムシャと何かを咀嚼していた。こいつ、動きがくそ速いぞ!

 

「あぁん! 本体が殺られたわ!!」

 

 遠くでユマやナンバー37のナタリーと戦っていた、小柄なバキア(?)が叫んだ。あっちもキモいぞ!

 

「まだ殺られてないわよ! くっ。同調が切れたですって……?」

 

 首なしのバキアが何処からか声を出して、起き上がった。胸に顔が浮かび上がっていた。いや、それはキモくない? それよりも、カティアだ。

 

「……シテ……ゴ……マモ……ル゛……」

 

 電子音が次第に砂嵐のような音になり、菌糸の様な触手が黒く染まり始めた。ついに頭の輪も黒く染まった。

 目だけが金色に爛々と輝いており、肌も覚醒者の様な色に染まった。目が合った。

 

「カ、カティア……?」

「かくなる上は!」

 

 バキアが叫び、銀色の身体が面状に広がりカティアを覆った。カティアを吸収する気か!?

 邪魔をすべく飛び出そうとすると、バキアの身体にヒビが入った。あ、やばそう。

 

「あんぎゃああぁぁぁぁ!」

 

 カティアを包み込んだ後、バキアは汚い声を上げて爆発四散した。銀色の雨が降り注いだ。それは、余りにも汚い花火だった。

 

「本体ぃー!!」

 

 小さいバキアが叫んだ。今更だけど、お前ら増えるのかよ。

 

 カティアの腕は、手当たり次第に棒立ちになった赤い戦士達を食べ始めた。ボコボコとカティアの羽が大きくなり、足回りにも黒い触手の山が出来た。カティアの右腕は、10人程食い散らかしたところで止まった。

 まるでカティアを頂いた樹木のように、枝葉が伸び始めた。

 

「オリヴィア!」

「なんなんだこれは……」

「どういう状況だ!」

 

 状況についていけず安全そうな場所から見ていると、ミリア達がやって来た。ヘレンに訊かれたので、両手を上げて率直に答えた。

 

「変態! カティア! 乗っ取り!」

「なに!? 敵がカティアに扮しているのか!?」

 

 違う、そうじゃない! そうかもしれないけど、そうじゃない! ヤバイ完全に混乱してきてる。

 

「このままだとまずい……。逃げた方がいいわ!」

「銀色のやつが本体だ。触ると乗っ取られるぞ!」

 

 イライザとウンディーネの姉御が、代わりに説明してくれた。いや、アレは本体っていうか増えたやつ。あれでも、アレしか残ってないから、アレが本体……? ヤバイ、こんがらがってきた。

 カティアの根っこが、こちらまで伸びてきた。いつの間にか、デネヴとヘレンが気絶したユマとナタリーを小脇に抱えていた。

 

「下位ナンバーは回収したぜ!」

「ミリア! 生きている戦士はもういない!」

「離脱するぞ!」

『えっ? カティアは?』

 

 ミリアが撤退の掛け声をかけた。カティアを置いて逃げようとしたので、固まっているとイライザに捕まった。いや、ちょっと待って。

 

「バカ! 早くしろ!!」

『だから、ちょっと待ってって!!』

「あばれるな!!」

 

 イライザに強制的に連れ去られた。

 黒い根っこが伸び、残りの赤い戦士達を吸収し始めた。どんどん巨大化し、ピエタから離脱する頃にはかなりの高さになっていた。

 

「やべぇ! どんどんでかくなるぞ!!」

「カティアァ! カティアー!!」

「……」

「くっ、もっと離れるぞ!」

 

 私はひたすら叫んだ。もう、叫ぶことしかできなかった。

 私たちは、ミリアの判断でさらに距離を取ることになった。

 

――オォォオォォオ。

 

 唸り声のような腹の底に響く声を上げて、巨大化したカティアはピエタよりさらに北へ消えていった。ピエタの町は、先の戦闘よりも状態が酷くなり、もはや更地と言っても過言ではなかった。

 

「カティアァアァアーー!」

 

 こうして私たちは、北の戦いに敗れたのだった。

 

 

 

 

「ちょっと、起きなさいよ」

 

 小さなバキアは、雪の平地に向かって話しかけた。

 

「あらぁん。もう少し寝かせてくれても、いいんじゃない?」

「もう、踏んだり蹴ったりなのよ。わたし」

 

 雪が盛り上がり、オールバックの偉丈夫が現れた。カティアに爆破されたバキアは、銀の雨に体が変わる中で、妖気同調を用いて保険で残していた分体へ人格を移していた。

 

「いいえ。収穫はあったわ……」

「えっ? まぁすると思ったわ……」

 

 バキアは分体ごと、その中に居たディアナを突き刺した。あっという間に吸収されて、バキアは一人に戻った。

 

「何とか一体だけ回収できたわね」

「……コロ……テ……」

 

 バキアは、複数の目が付いた赤い輪を手のひらで転がした。

 

(むふふ。この作品は、ある程度成功していたということかしら……)

 

 ペセルと呼ばれた赤い輪を再び胸に納めて、バキアは立ち上がった。バキアが作っていたのは、組織が作るであろう対覚醒者向けの戦士を見据えた存在だった。銀髪の戦士を被検体にできれば、尚よかったのだが、長髪の戦士の死体である程度予測を立てることができた。

 

(組織が今後作るのは、間違いなく覚醒しても戻ってこれる、複数意思を持った戦士ね。もしくはその代替案……といったところかしら)

 

 バキアがペセルで試していたのは、強制的に別の狂った意思を植え付けるものだった。ペセルは並みの覚醒者よりも妖気が強く、さらに取り付いた者の精神へ取り入り、バキアの都合のよく扱うための媒体だ。これによってバキアは、複数の戦士を操ることができたのだった。それが、例え死体であっても。

 

(〈深淵の者〉に対抗できるのは、〈深淵の者〉だけ……。如何にも、組織が考えそうなことね……)

「今後は逃げながらになりそうね……。覚えてなさいよ」

 

 生き残ったバキアもまた、移動を始めた。今度は大陸の南を目指して。

 

 




大剣を投げたのはユマでした。


20話で原作十数巻分になりました。
次回から2章のようなものになります。


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第二章
痴呆の返上


オリンピック紆余曲折あったけど、見ていると手に汗握りますね。

私も選手たちを見習って、細々と筆を動かすことにします。


 雪が降りしきる中、ミリア達は数年振りに見る組織の戦士達を眺めていた。

 場所はピエタからさらに北にあるダビの町、その近郊であった。

 ミリア達は全員が組織の支給していた軽鎧を脱ぎ捨て、闇に紛れる色をした革鎧を纏っていた。

 両手を頭で組んだヘレンと、大剣を2本背中に背負ったデネヴが言った。

 

「こんな辺境に、今更来るなんてなぁ……」

「感知できる妖気の大きさから言って、恐らく一桁ナンバーが1人、2人は二十番台って所か……」

「……」

 

 ミリア達はこの数年間、妖力の解放を禁じており、既に漏れ出る妖気は一切無かった。しかし、ミリア達が一方的に妖気を感知することはでき、組織側の戦士には、容易に居場所を探知できないことは明白だった。

 

「おっ。色つきが混じってんじゃん。珍しいねぇ」

「余程優秀な戦士か、あるいは……」

「……」

 

 戦士達の中には、防寒着を着た髪に色素が残っている戦士が付き従っていた。着ている服のせいで容姿が見辛いが、()()のミドルショートな髪型をしていた。戦士特有の体の機能が働かず、寒冷地に適応できていないのかもしれなかった。見るからに失敗作の戦士であった。

 

「余り強そうには、見えないよなぁ……」

「場合によっては助けに入る。準備しておけ」

「え? 姉ぇさんマジで言ってるのか」

「……」

「……」

 

 ミリアとデネヴに無言で視線を送られたヘレンは、おどけて肩を竦めた。

 そんなやり取りを行っているうちに、戦士達は覚醒者と交戦に入った。

 一桁ナンバーの女は、長い髪を一房に結っており凛とした佇まいをしていた。対する覚醒者は、六つ足の昆虫のような覚醒者だった。

 覚醒者の動きは速く、一桁ナンバーと思われる戦士は覚醒者を見失ったかに思えた。

 

「残念だったな。こう見えて俺のスピードは並みの覚醒者以上……」

 

 そんな覚醒者のセリフが聞こえたヘレンが、呆れ声を零した。

 

「あーぁ。……イースレイ軍からもあぶれたやつらがなんか言ってら……」

「私達も痕跡を残す事を嫌って、覚醒者を積極的に狩ってはいなかったからな……」

 

 一桁ナンバーの戦士が技を出し、部下の二人が覚醒者の腕を狩った。

 しかし、止めを刺そうとした一桁ナンバーの胸元が飛んできた杭に貫かれて、それは叶わなかった。

 そうこうしている間に、他2体の覚醒者が現れ、右往左往する戦士達に痛打を浴びせた。4人いた戦士達全員が、瀕死の傷を負い気絶したようだった。

 

「……いくぞ」

 

 ミリアの掛け声で、ヘレン達は雪が積もる山道に降り立った。

 

「散開!」

「なんだ!?」

 

 北の戦乱を生き延びた戦士達は、この数年間、北国で組織から隠れ続けて修行を積んでいた。

 この修行の中で、生き残ったメンバー全員が速力、膂力、そして技を鍛え磨いていた。全ては倒れた仲間の遺志を継ぎ、覚醒者の討滅と仲間を死地へ送った組織へ何かしらの意趣返しを行うためだった。

 

「一体なに……ガッ」

「同じ戦士だった(よし)みだ。苦しまずに逝け」

 

 覚醒者達はミリア達を認識することなく、細切れになりながらこの世を去った。

 

「……倒れた戦士を手当てしろ」

「うひゃ~。ざっくりイってるけど、大丈夫かこれ」

「……死んだらその時さ」

 

 ヘレンが痛そうに顔を歪めて言ったが、デネヴがバッサリと話を切った。冷たいようだが、ミリア達は隠遁の身であり、できることには限りがあった。

 

「手が必要ですか?」

「手を貸します」

「シンシア、ナタリー。……頼む」

 

 戦乱を生き残った他の二人が合流した。シンシアは束ねた髪を2つのおさげ風に結っており、ナタリーは長い髪を腰元で1つに束ねていた。

 シンシア達は、北の戦乱を教訓に感知能力強化による広域索敵や妖力操作の技術を身に付けていた。

 シンシアは目を瞑って瀕死の戦士に手をかざすと、瀕死の戦士自身の妖力を利用して傷を治し始めた。シンシアよりも精度は劣るが、ナタリーにも同様のことが出来た。

 

「……いつ見ても、どうなってんのかさっぱりだわ。ソレ」

「お前は脳筋だからな」

「デネヴには言われたかねーよ」

「……」

「……」

 

 二人は無言でじゃれ始めた。そんなヘレンとデネヴを横目に、治療を続けていたシンシアがなにかを感知して言った。

 

「! 色つき戦士の意識が戻りそうです」

「撤収だ!」

 

 ミリア達は治療も程ほどに、その場から撤収した。なんとか、命をつなぐ程度には回復したようだった。

 その後、目を覚ました色つきの戦士は覚醒者の残骸、治療された仲間を見て驚いた様子を見せた。

 元々、ミリア達がこの場に居合わせたのは、戦乱で散った仲間達の墓標へ用があって来たためだった。尤も、ほとんどの亡骸は墓標である大剣の下には存在していなかった。生きる樹木と化したカティアに吸収されて、どこぞへと消えてしまっていた。

 

「あっ、あいつ! 大剣を見て感づきやがった」

「場所が近かったから仕方がないさ。それに、そろそろ潮時だと思っていた」

 

 色つきの戦士は、近くにあった戦士たちの墓標を見つけると律儀に数えた。

 

「しかも、数えてやがる……」

「放っておけ。広大な北国で、妖気の消えた私達を見つけ出すのは容易ではないさ」

「……」

 

 デネヴの言葉にヘレンが渋々と引き下がった。指を鳴らしていた当たり、色つきの戦士を力ずくで眠らせようとしていたようだった。

 

「……全員を集めろ。残りはどこだ」

 

 ミリアの問いにデネヴが即応した。

 

「クレアは、いつもの無いもの探しだろうさ……」

「クレアさんには、ユマさんを付けています」

 

 シンシアがミリアへ言った。クレアは、この数年間の修行の傍ら、生き別れになった少年の面影を探していた。

 

「で、()()は?」

「……脱走したオリヴィアは、イライザとウンディーネが追って行った」

「また、脱走したのか……」

 

 ミリアに阿呆と呼ばれたのは、〈痴呆〉ことオリヴィアであった。ナタリーが顛末を言うと、ミリアはため息を吐いた。

 何度言って聞かせても言うことを聞かず、あまつさえ言い訳までするようになったので、ミリアによって営倉にぶちこまれる事が常となっていた。

 罪状は主に食料泥棒だが、食べる量が尋常ではなく、少食の半人半妖の戦士達であっても看過できない暴食であった。また、この食料に乏しい北国で10人分の食料を得るのは、中々の労力が必要だった。

 

「……ここ最近良く出る言い訳は、なんなのだ……」

「姉ぇさん……あいつちんまいし、多目に見てやってよ……」

「いや。あいつは、少なくともクレアよりは年上だぞ」

「えっ……」

「……」

 

 衝撃の事実が明かされ、空気が凍った。

 

 

 

 

『ちくしょーーーめぇーーー!』

「こら! あーばーれーるーなー!」

 

 雪原の脱走劇のさなか、ついに強欲の〈まつげ〉に捕まった。これまで、私の銀髪が雪原の保護色になり全裸になると見つかることが無かったのだが、最近ではイライザにだけは見つかるようになってしまった。おのれ、〈まつげ〉め! 最近足がはえーぞ。

 

「……またかよ。この雪原で全裸になるとかどういう神経してるんだ」

 

 ウンディーネの姉御が、まるで変態を見るような目で見てきた。いや、見つからないためにしてるんだからね? 解放感とか無いからね?

 あの戦いの後、妖力解放を禁じられたウンディーネの姉御の左腕は生えることが無かった。攻撃型で長期間回復に掛かる腕の再生は、許されなかった。姉御も納得の上だったようだ。

 妖力解放をしない姉御は、昔と印象が異なっていた。服装こそ黒い革鎧を着ているが、筋骨隆々だった身体は細身になっていた。気の強さや目つきこそ、前と同じ貪欲な獣を思わせる印象を受けるが、全体としての印象はぶっちゃけ別人だった。

 

「ほら、動くな!」

「ん……」

 

 イライザに服を強制的に着させられた。私の革鎧は、皆が作った時に残った、あまりの端材で出来ていた。継ぎ接ぎになっているせいで、ちょいちょい隙間が空いていた。私の身体がいくら小さいとは言え、ちょっとエコ過ぎんよー。

 

「おまえ! ミリア隊長にちゃんと謝れよ」

「いやだ!『そもそも食ったのは私じゃないんだ!』」

 

 この地獄の鬼ごっこが始まったきっかけは、食料泥棒の冤罪である。おなかが空いて仕方がなかったので、しょうがなく沢山食べたのは、この生活が始まってほんとに最初の1回……くらいだった。それ以降、食料が無くなるたびに私のせいにされていた。偶にしか覚えがない。

 全て私のせいにされるのは納得がいかず、逃げだしたら眉間にシワを作ったミリアによって、営倉にぶち込まれるようになった。理不尽すぎて笑えて来るわ!

 

「姉御! 言って!『私が食べてないって証明して!』」

「……食い扶持は自分で狩ってくるし、……食うのは良いんだけどよ。見苦しいから、言い訳はやめておけよ」

『oh...』

 

  誰も庇ってはくれなさそうだった。

 実際問題、私が寝ている間に食料が無くなっていることが多い。巨大なヘラジカを干し肉にして、その干し肉をスープにして一晩寝かしている間だったり、遺棄された村の食糧庫にあったリンゴっぽいドライフルーツを発見したときだったりと多岐に渡っていた。怒るってことは、ミリアもきっと食べたかったんだろう。ごめんね。いや、私は悪くないけどさ。

 最初に私のせいにされた原因は何だったのだろうか、と思い返していると、ある天使の言葉が思い出された。

 

 時は、ある日の昼下がり、おなか一杯になったところで昼食を作るのに使った暖炉脇で眠っている時であった。

 

「食料泥棒の犯人はこの中です! 確保!」

 

 どう考えてもシンシアの声だった。なんか恨みでもあんのかな……。

 その後、泣いても笑っても私が犯人となった。多分、こそこそ食べているのは、実はシンシアだろう。体重が増えたら笑ってやる。

 

 イライザを振り払って、また逃げた。しかし、これはあれだ。このままいくと、もう一度捕まって3日位強制的に断食させられるやつだ。今度は脱走した罪だろう。罪状が増えすぎて収拾がつかなくなっていた。

 

「あ、また逃げた!!」

『あばよ! とっつぁーん!』

「いいかげんに、しろ!」

 

 雪が積もる山道の崖側を猛ダッシュで駆けた。しかし、突然後頭部に衝撃を感じ足元が浮いた。4歩くらい空中を駆けて、私は落ちた。イライザに雪玉を投げられたせいだった。雪玉というか……これ固められすぎて、ほぼ氷っぽいんだが。殺す気?

 

『ふぎゃ』

 

 崖から落ちたが、雪がクッションになって助かった。飛び散った雪が、衝撃を物語っていた。

 上を見上げると、結構な高さから落ちたようだった。頭を振って雪を飛ばし、さらに逃走を図ることにした。

 

 逃げようとして足を止めた。

 しばらく経っていたのだろうか、イライザが追い付いてきた。

 

「おい。落ちたようだけど、無事?」 

「え? ……あ、うん」

「何よ。歯切れが悪いわ……ね……。ぁ」

 

 落ちたところは、渓谷のようになっており、ちょっとした盆地のようになっていた。深く、上からではこの地形に気づけなかったかもしれない。奥がうかがい知れない、巨大な洞穴が開いていた。

 入口には、沢山の黒く炭化したような目玉付きの輪っかが落ちていた。

 

「これって……」

「カティアだ……」

 

 あの戦いの後、私は希望を捨てず北の隅々を探していたのだが、終ぞカティアは見つからなかった。決して忘れたわけではなかったが、見つからずに時間も経ち、ある程度の折り合いは付けたつもりだった。

 妖気は既に無く、恐らく北国周辺には居ないかもしれない。この山道の尾根は、ピエタの方に伸びていた。昔ここに水が流れていたのなら、南側に洞窟もつながっているかもしれない。

 

「地下を通って南側に移動した……のかしら……」

 

 既に妖気を感じない当たりそうなのかもしれなかった。落ちている輪っかも大分時間が経っているように思えた。

 私はミリアに言って、独りででも南に行く覚悟を決めた。

 

 

 

 




ゴールテープが見えねぇ!


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垂涎

暑い暑すぎる。
この時期は、銀世界に行きたくなります。


 私は激怒した。必ず、かの暴虐な総隊長を言論の自由で打ちのめさんと決意した。

 

「……おい」

『ひゃい』

 

 しかし、そんな決意はひと睨みで崩壊した。ミリアに睨まれると、なんかおしっこ漏れそうになるのよね。へんなの。

 場所は営倉のある岩穴だった。前の家からすると岩肌がなんとも冷たい。岩に座ったミリアの前で、いつの間にか正座させられていた。いや、自ずとこうなったと言うか、なんと言うのか……。

 とある村にあった、長らく拠点にしていた廃墟の家は、痕跡を消して既に引き払っていたのだった。なんでも、組織の戦士達が来たらしい。

 

「はぁ。イライザ。こいつは何を言っているんだ……」

 

 だめだ……。全然伝わってなかった。かれこれ1時間くらい説明しているんだが……。

 

「あー……。これ見てよ」

「これは……?」

「なんだそれ?」

 

 イライザの掌の上に置かれた物体を、傍にいたヘレン達も覗き込んだ。イライザが腰元から取り出したのは、カティアの輪っかの欠片だった。目玉が潰れており、一見してただの黒い輪っかしか見えない。さっさと出せよ。

 イラっとして地団駄を踏んで騒いでたら、デネヴに殴られた。ひどい。何回も打たれているので、たん瘤がそろそろトリプルサイズになっている筈だ。アイス食べたい。

 さっきから拳骨で頭を殴られ過ぎたせいで、段々欠片がドーナツに見えてきた。ドーナツも久々に食べたい。

 

「……食うなよ?」

 

 イライザ達がじと目で見てきた。どんだけ私を疑ってるんだよ、あんたら。ちょっと思っただけじゃん。私はこっそりと、前に向き直ったイライザのマントで、よだれを拭った。

 

「ダビの町から、さらに北へ2つの町を越えた渓谷で見つけたわ」

「シンシアの胸を指差して、谷間をひたすら連呼していたのは、……そういうことか」

 

 眉間にしわを寄せたミリアが、こちらへチラリと流し目した。隊長それ、邪推っていうんだぜ。……渓谷ってほぼ谷間であってるじゃん。それに、北側にシンシアが偶々座ってただけじゃん。

 

「……そこに大空洞があって、奥に向かって、ずっとこれが落ちてたわ。山の形をみるに、南側に続いているはずよ」

「くくっ。股座(またぐら)を指して穴穴言ってたのは、そう言う事だよ……」

「……。そこから移動したわけか。……シンシア」

 

 眉間に指を置いて俯いたミリアが話しかけると、シンシアが頷いて目を瞑り、暫くして答えた。姉御が脇でケタケタ笑ってた。いや、姉御さぁ。笑ってないで助けてよ……。

 

「感じ取れる範囲に、覚醒者らしき気配はありません。地下も……」

「恐らく、あそこにいたのは……かなり前。戦乱のすぐ後よ。辛うじて原型があったのは、これと後いくつかだったわ」

「確かにかなり風化しているな……」

「なるほど。戦乱の後、妖気を消す薬を飲み直して移動した私達には、分からなかったわけだ」

 

 イライザの言葉に、ミリアやデネヴが理解を示した。チャンスの波動感じた私は、すかさず言った。機を見るに敏なり。ここだぁ!

 

「……南、行く!」

「駄目だ」

 

 あっさり却下された。全然チャンスじゃなかった。もうコソっと行くしかねーな……。思わず遠い目になった。

 私の様子を見たミリアが、片眉を上げて言った。

 

「……こいつが南に逃げ出さないように見張っていろ。良いな? イライザ」

「えー! 私が!?」

「いや、お前は普段から面倒見てるだろ……。今更なんで嫌がってんだよ……」

 

 頭を抱えたイライザの嘆きに、ヘレンが半目で突っ込んだ。

 そうやってミリア達と話をしていると、クレアが帰ってきた。

 

「……皆集まって、なんの話だ?」

 

 ユマも後ろから顔を覗かせた。

 二人は、雪の付いたフードを払って外套を脱いだ。

 

「ふぅ。外は猛吹雪だったぞ……」

「無理について来いとは、言ってないと言ったぞ」

 

 クレアとユマが静かに言い合っていた。君達良く一緒に行動しているけど、仲良いの? 悪いの?

 ミリアやデネブが、クレアの最初の問いへの返事をした。

 

「阿呆がちょっとな……」

「それで、成果はあったのか?」

「あぁ……」

 

 岩の椅子に腰かけた二人は、静かに語りだした。あれ? 待って、私が南に行く話は? え、もう終わり……?

 

 クレア達が言うには、ある町の廃墟に奴隷商の牢屋が残っており、そこにラキという少年が捕まっていたらしい。脱出したような痕跡があったことから、なんとか生きて脱出したのではないかと推測できると言うことだった。

 

「生きていれば、必ず南へ向かう筈だ。後は、仲間か、馬があれば……」

「説得力に欠けるな。愚かで脆弱な推測だ……」

 

 膝に両肘をついて組んだ手に顎を乗せたミリアが、クレアの推測を真向から否定した。

 どうやらクレアも、少年(ラキ)を探しに南に行きたいらしい。しかし、ミリア達は違うようだ。ヘレンやデネヴも、南に降りるのは時期尚早と考えているようだった。

 

「剣をとれ、クレア」

「……」

 

 そういったミリアは、シャギーの髪を一纏めに括ると大剣を持って出ていった。何故か、ミリアとクレアが戦う流れになった。あれか、先に進みたければ私を倒してから、のやつか。あれ……。私には、してくれないの?

 

 外の吹雪は既に止んでいた。

 ミリアと対峙したクレアが口を開いた。

 

「南に行きたいのなら、私を倒してからにしろとでも言うつもりか」

「ふっ……。どう取ってもらっても構わんよ。ただし、……全力で来い!」

 

 ミリアは、開幕から〈幻影〉を使った。以前の〈幻影〉は、妖力解放の度合いによる緩急を利用して速度を急速に上げたり下げたりしていたが、今の鍛え抜かれたミリアは、妖力を使わずとも素の身体能力だけで〈幻影〉を再現していた。きっと、太ももがムキムキになっている筈だ。

 

「〈幻影〉だ! 姉ぇさん本気だぞ!」

「くっ……」

 

 クレアは数合大剣を合わせると、ミリアに背後から蹴飛ばされた。元々の地力が違いすぎる……。

 クレアもこの数年の修行によって、身体能力の向上はしていた。しかし、右手の性能や〈高速剣〉に頼る戦闘スタイルであったところが大きく、妖力解放を封印した身としては一番弱体化しているようだった。

 

「……くそっ。……」

 

 そう吐き捨てたクレアは、大剣をしまって背中に手をかけた。それを見たミリアが、〈幻影〉で飛び込んだ。

 

「おっ!」

「出るぞ……」

 

 複数に分裂したように見えたミリアの攻撃が、クレアの前で弾かれた。金属同士がぶつかり合う音が何度も響いた。

 クレアが新たに習得した技は、フローラの〈風斬り〉だった。私がやると綺麗に納刀出来ないのと、腕力が微妙に足りないのよね……。はやぶさ斬りも需要あるかしら……。

 デネヴが訳知り顔で解説し始めた。

 

「妖力解放を禁じた我々にとって、〈高速剣〉はご法度。〈高速剣〉を封印したあいつが一番苦労した筈だ」

「すげーぞ! どっちも譲らねぇ……!」

 

 〈風斬り〉の定点砲台であれば、ミリアとも張り合えるようだった。というか、デネヴの解説は誰向けなんですかね……。

 

「純粋な剣技で言えば、クレアもそこの阿呆に次ぐだろうな」

 

 デネヴがこちらを見ながら、誉めてるのか貶しているのか分からないことを言ってきた。とりあえず、皆で阿呆と呼んでくるのは、そろそろ止めよう。やめやめ!

 

「はぁはぁ……」

「良いだろう。それだけ戦えれば、組織の一桁ナンバーにも引けをとるまい」

 

 あれだけガンガン攻めていたのに、ミリアは息切れすらしていなかった。ミリアが大剣を下ろし、拮抗していた戦いが終わった。

 

「ただ、一つ聞かせろ。南へ降りる理由は、その少年のことだけか?」

「ラキのことは、理由の一つにすぎない。……私の中にいる仲間達の遺志が、このまま北の地に留まることを許していないんだ」

「……」

 

 そう言ってクレアは、胸を押さえた。わかるよぉ、クレア君。でも、先に言ったの私なんだけど。

 

「ふむ。……皆聞いてくれ。長く付き従ってくれたが、私は今日を以ってリーダーを降りることにする」

 

 ミリアはそう言って皆を振り返った。え、辞めんの?

 

「私も、クレアと共に南へ向かおう。せっかく、あの戦乱で助かった命だ。皆が無為に命を散らせることは無い。それぞれ、組織の戦士に追われても生き残る実力は付いたはずだ……」

「姉ぇさん。水臭いこと言わないでくれ」

「……けっ。皆気持ちは同じだ。ミリア、あんたにリーダーを勝手に辞められると困るぜ」

 

 今更ミリアがリーダーを辞めて、南に行くと言い出した。

 しかし皆が、各々に付いていく事をミリアに伝えていった。先に私が言った時に、こんな展開にならなかった辺りが、なんか納得がいかないんだけど……。でもまぁ、みんなが一丸となっている感じは、嫌いではない。

 手を上げて理由を付け足すことにした。

 

「仲間! 助ける!」

「オリヴィア……」

 

 カティアを助けてもらわねば困る。他にも生きてる仲間がいるかもしれない。あの融合体は、よくわからないけど、ベースになっているカティアは生きていると思うんだ。

 

「……元々、お前が言い出したとき、この地を去るのは潮時だと思っていたんだ。尤も、お前1人では許可できなかったがな……」

 

 そう言ったミリアは、仲間の一人一人の顔へ目をやっていった。皆ミリアを向いて、誇らしげな顔をしていた。そうだったの? ちょっと感動した。

 

「しかし、……そうか。そうだな……。皆、思いは同じか……」

 

 目を瞑ったミリアが感慨深げに、そう言った。

 再び目を開けたミリアは、意思の強い目で皆へ言った。

 

「南に向かおう。仲間の魂と共に……」

 

 

 

 

 

 

 

 皆で準備を整えたあと、南に向かって出立した。

 南に向かうに連れて、世界に色が着いていった。雪景色も好きだけど。何年も見ていると、さすがに飽きたね。〈まつげ〉とか、良くぶちギレて氷投げてくるし……。

 

「うっひぁー! 景色に色がついてるぜ!」

「草、生えてる!」

「あまりはしゃぐな。お前ら」

「……草ってお前、もうちょっと見るとこあるだろ……」

 

 ヘレンに同調したら、姉御が草に突っ込んできた。いや、一面のクソ緑じゃん。草じゃん。

 

「だってデネヴ。色がついてるんだぜ、色が」

 

 何だかんだヘレンも飽きていたらしい。長年付き合って来て思うのだが、ヘレンはムードメーカーと言うのか、トラブルメーカーと言うのか微妙なラインの言動を良くする。あいつこそ阿呆ではなかろうか……? いや、人に阿呆なんていうのは良くないな……。

 

「シンシア、ナタリー」

「はい」

「了解」

 

 二人は背中合わせに立つと、西と東を向いた。このチームの中でも二人は、妖気感知の力を鍛え続けていた。戦士がいない北国でも、隠れ住んでいる妖魔や覚醒者相手に磨いていたらしい。

 この中では、クレアも妖気感知能力は高そうだが、二人の広域感知には及ばないらしい。

 

「こっちは6時方向に戦士が2名、覚醒者が1体。……2時方向に戦士が3名」

「こちらは、10時方向に戦士が3名。……6時方向は、戦士4の覚醒者1ですね。ナタリーさんが読んだ2名は、一桁ナンバーと思われます。距離は……結構離れてます。感知できる範囲ギリギリです」

「ミリア、どうするんだ?」

 

 2人の感知範囲には、結構人がいた。どれか捕まえて、現状を聞きたいところだろう。接触した段階で生きていたことがバレてしまうので、慎重に行きたいところだ。そう考えると、ミリア的には恩を売って情報をとりたいと考えていそうだ。

 

「……」

「……6時方向の戦士達が覚醒者を倒しました」

「すごいな。あの2人、強いぞ」

「けっ……。まどろっこしいな……」

 

 シンシアや妖気感知の焦点が合ったユマが実況を続けており、ミリアは顎に手を当てて熟考していた。そして、姉御は飽きていた。そういえば、聖都ラボナにはいつ行くんだっけ? 今まで、一度も入れなかったからなぁ……。シスター見るのが楽しみなんだが。良い臭いがしそう……。

 

「! 覚醒者を倒した戦士達に、強大な妖気が近づいて来ます。そんな……、こんなに大きな妖気……」

「この妖気は……、過去に一度会ったことがある。……西の、リフルだ」

「これは……!? デネヴ、クレア、オ……。ヘレン!」

「うわっ、と、とっ。あ、あたし!?」

「救出に向かう。付いてこい!」

 

 遠い理想郷へ思いを馳せていると、ミリアに呼ばれた気がしたが、気のせいだった様だった。よだれを拭いて、シスター妄想に帰ろう。

 ミリア達がどこかに去り、なぜか残った全員がこちらを見てきた。な、なによ?

 

「くくっ。まーた、明後日の方向に考えが飛んでるんだろうさ」

「あんたさぁ……」

「これがなければ……」

「良いんですけどね……」

「……」

 

 

 

 

 ミリアを先頭に、ヘレン達は森を駆けていた。

 

「南に来て早々、〈深淵の者〉に会うなんて……。なぁ。なんで、オリヴィアじゃなかったんだ?」

 

 走りながら、ヘレンがデネヴに言った。

 オリヴィアは()()抜けているが、ミリアが叩けば大体元に戻るため出た疑問だった。それを抜きにしても、ミリアはオリヴィアを重用している節があった。

 それは、先日のオリヴィアの良く分からない話を、辛抱強く小1時間程聞いている辺りからも察せられた。ヘレンやイライザだったら、3秒でビンタしていた。

 また、修行中のミリアの手合わせを務めたのも、オリヴィアだった。こちらの発端は、ミリアの変幻自在に動く剣を安定して捌けるということで、自然とそうなっていった。

 

「急いでいたのもあるが、〈深淵の者〉に会わせたくなかったのかもな……」

「2人とも、聞こえているぞ」

 

 飛ぶように走りながら、ミリアが後ろをチラリと振り返った。

 

「あいつの中に、複数の人格が眠っているのを知っているだろう。……あいつの中に眠るヤツを、……今は起こしたくないんだ」

「戦士の亡霊か……」

「キシシ。今の戦士達からしたら、あたしらが亡霊だけどな……」

 

 クレアがどこか陰のあるように呟いた言葉を、ヘレンが拾って笑った。

 長らく生活を共にする中で、全員がオリヴィアに潜む何かしらの存在に気づいていた。さらにミリアに至っては、オリヴィアと修行を続ける中で、オリヴィアの中の存在と相対していた。ミリアは、その存在と何らかの協定を結んだようだが、仲間達には共有されていなかった。

 ただ、オリヴィアが営倉に送られるときは、決まってミリアとの()()の後だった。実際のところ、オリヴィアの暴食は()()の後の仕方の無い措置だったが、ミリアは仲間や本人へ伝えていなかった。

 

「会敵するぞ。集中しろ!」

 

 




でも、クーラー毛布丸は至高


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危機感

オリンピックが終わってしまいました。
拙作も最後の大運動会に向けて、準備を進めて参ります。


 あー、なんかうっすら思い出してきた。確かリフルに会って、この数年間の出来事を聞き出すんだったっけ?

 この大陸の紙と言えば羊皮紙だから、原作のこと書いてメモって持っておくこともできなかったせいで、大分記憶が怪しい……。でも、シスタータウンは好きなので覚えているなぁ。

 そんなことを考えていると、森林が大規模に破壊される音が轟いた。城塞型酢昆布系ドS年増幼女が暴れているのだろう。……どこに需要あるんですかねコレ。あ、ダフ(ドM)か。

 

「おい! 4人だけで大丈夫なのか?」

「隠密性を高めるための少数精鋭のはずです。戦闘はしないと思われますが……」

 

 ユマが妖気感知で読み取った情報を実況しながら、そんなことを言い出した。対するシンシアは、冷静に答えていた。姉御は、一本だけの腕を反対の肩に引っかけて気怠そうにしている。ナタリーは目を瞑って状況確認に努めていた。イライザは、まつげをいじっていた。あんたそんなんだから、〈まつげ〉って言われるんだよ?

 

「ちょっと、時間が掛かりすぎじゃないか……?」

「救出した戦士達も、薬で一時的に妖気が読めなくなっています。状況が読めませんね」

「……」

「はぁ……。そんなに心配しなくても、すぐ帰ってくるでしょ」

 

 なんか、みんながワイワイやっているので、ユマの脇からこっそり混ざることにした。ついでにユマのローブでよだれを拭った。

 

『オリヴィアーズアイ発動っ!』

「うわっ! ……急に叫ぶな!」

 

 説明しよう! オリヴィアーズアイとは、前かがみ気味の中腰になり、両手の指を眼鏡型にして遠くを見る技法だ。よく分からないけど、倍率増し増しで見えるんだ。口が無意識に尖がるのが欠点ね……。他にもイヤーとノーズがあります。

 

「……妖気感知の及ばないところでは、これに負けるのが、なんだか納得できませんね……」

「まったくだ」

「あれで視力が上がるっていうんだから、やっぱ異……いや、特別なんだろ。あたしは嫌だが……」

 

 みんなめちゃくちゃに言ってくれちゃってぇ。さては嫉妬だな、おめぇら?

 外野を放置して集中した。

 覚醒体となったリフルの悔し気な顔が、ドアップで映った。よく考えたら、南側に降りてきて最初に見るのが、シスターじゃなくてコレ? なんか嫌になってきた……。

 軽く見まわしたが、結局、背の高い森林があるせいで小さい戦士たちは見えなかった。

 

「で、どうなんだ?」

「うーーーん。こっ」

「! 戻ってきた」

 

 ヤキモキしたユマに聞かれたので、こっち側に居ない。って言おうとしたら、ミリア達が帰ってきたのを察したナタリーに遮られた。言い直すのもあれだったので、静かに体勢を戻して着地したミリアに向き直った。

 ユマからの視線が痛い。タイミング悪くて、う〇こって言ってしまっちゃったじゃん!!

 

「すまない遅くなった。この場所を気取られないように、分散しつつ遠回りして帰ってきた」

「あ、おい! デネヴ、重症なんだから丁寧に扱えよ!」

「重症なのは、ミリアが担いでいた厳つい戦士だ」

 

 ミリアが開口一番にそういった。

 助けた戦士を投げて捨てたデネヴとヘレンが、また言い合いしてた。でも、デネヴの全員分の大剣をちゃんと拾ってくる律儀なところ好きよ。

 

「! 目を覚まします」

 

 ナタリーが言うと、デネヴに投げ捨てられた長髪の戦士が目を覚ました。

 

「……。頭が……。妖気を消す薬を飲ませたのね……、何者よあなた達」

「好きに推察しろ。答える気はない。しかし、こちらの質問には答えてもらおう。上位ナンバー、組織の1~5の戦士の名前を教えてもらおうか」

 

 頭を押えて座り込んだままの長髪の戦士へ、ミリアが高圧的に言った。

 

「……話すと思って?」

「ふん。命を助けてやったんだ。そのくらい安いものだと思うがな。……それに、私はお前のような高潔な戦士が、受けた恩を返せないとは思えない」

「! ……くっ……」

「おー、言うねぇ姉ぇさん。相手を持ち上げつつ脅すとか……」

 

 ミリアの脅し文句にヘレンが反応した。シリアスしてるんだから、おちゃらけるんじゃないわよ……。でも、やっぱ恩着せて喋らせる感じなのね。

 

「さすがに、仲間の名は言えんか……。では、質問を変えよう。アリシアは完成したのか?」

「!」

 

 長髪の戦士の肩が跳ねた。

 

「それだけ分かれば、十分だ。いくぞ」

「え? 待ってくれよ姉ぇさん! アリシアってなんだ?」

 

 ヘレンがミリアに、アリシアについて尋ねた。薄れたとは言え、覚えがあるぞ! 覚醒しても戻ってこれる双子の姉妹。奇跡の世代。そして、巨大化しても服が破けない。あれくれよ。いや、特に巨大化する予定ないけどさ。

 

「……、組織のナンバー3の戦士、ガラテアはまだ生きているのか?」

「……私がナンバー3よ。それが答えになるかしら」

「……。そうか、礼を言う」

 

 いつの間にか、クレアが長髪の戦士に話しかけており、ガラテアの所在を訪ねていた。ガラテアなら、シスターになってラボナのベッドで寝てるよ……。

 

「待って! 彼女は恐らく生きているわ。貴女達と同じように、組織に離反してね」

「……そうか」

 

 それを聞いたクレアは、嬉しそうに笑った。守りたい、この笑顔。

 

 

 

 ミリアの合図で10人全員が、崖から飛んだ。そういえば、この世界に来たばかりの頃、高いところから飛び降りたり、めっちゃ高く飛んだりするタマヒュン……、いや、マタヒュン遊びをしたものだが、何時しか慣れてしまった。あの時の新鮮な気持ちは、思い出の中に行ってしまった。

 

「ミリア、どうするんだ?」

「……」

 

 戦士や妖魔の気配を探りつつ、西に向かって森を駆けていると、クレアがミリアに並んで言った。

 

「しばらくは、状況の把握だ。このトゥールーズには、ナンバーの浅い戦士が多い。現代のエース達に当たりを付けておく」

「敵を知れば……ってやつか。ま、さっきのがナンバー3って言うなら、現代の戦士達は相手にならないだろうさ」

 

 ウンディーネの姉御が交じって、そんなことを言った。いや、それはどうなんですかね……。

 やり取りを聞いているうちに、泉の畔に辿り着いた。あれ、ここ来たことあるな。

 

「小休止をとる。それから、組織のナンバーは絶対的な数字ではない。忘れるな」

 

 ミリアの言葉に、全員がクレアを見た。そういえばクレアは、ナンバー最下位でしたね。今では、ウンディーネの姉御よりも強い。まぁ、姉御は腕が一本なんだけど。

 

「ふん!」

「ぴぎィ!」

 

 そんなことを考えていると、突然姉御に殴られた。特に理由のない暴力が、私を襲った。暴力反対!!

 頭を押さえて、姉御に抗議の視線を送った。

 

「けっ! ……失礼なこと考えてるのが、見え見えなんだよ、お前は」

 

 姉御は超能力者だった……? 心を読んでくるのやめろ。ファミチキ食べたい。あ、マジで食べたくなってきた。似てるオリジナルスパイス作ったのよね。ヘレンは、食べてくれました。

 

「ちっ、今度は飯のこと考えてやがる……」

「それ以上はやめろ、ウンディーネ。さらに阿呆になってもらっても困る」

 

 姉御は、振り上げた右手を下ろした。デネヴもさぁ。止めるにしても、もうちょっと言い方ってもんがあるよね……。

 デネヴにもギロリと睨まれ、咄嗟に口を押さえた。あれ、声に出てたかな?

 

「何だこの傷は……」

「これ……なんかの模様?」

 

 泉の巨岩近くで、声を出したのはナタリーだった。隣にいたイライザが、ナタリーが見ている岩壁を覗き込んだ。私も気になって覗き混むと、汚ねぇひらがなが書いてあった。なにっ!?

 

「それにこれは……、大剣を打ち込んだ痕か」

 

 あー、なんか思い出してきた。ここ私の担当エリアだ。ナンバー42の時の……。懐かしいなぁ。修行場にしてたんだ、ここ。

 汚ねぇひらがなを読んでみた。たしか大剣で掘ったのよね。なになに?

 

『みりあをたすける おしゃれろんげつよい  きをつける ねこがちりぐい きをつける らいおんつよい きをつける かいじゅうだいせんそう つよい きをつける いーすれいやばい きをつける りふるやばい きをつける ありしあやばい きをつける ぷりしら ころす くろふく ゆるさん ころす』

 

 何だこれは……。

 気を付けるしか書いてないじゃないか!? 書いたやつはバカなのか!? 私だった……。辞めよう……これ以上は不毛だ……。

 ここは危険だ、今すぐに離れよう。主に精神的に危険だ。

 

「隊長! 危険!」

「オリヴィア? どうしたんだ、……シンシア!」

「えっ? あ、はい! ……敵勢反応はありません」

「……オリヴィア。本当に離れた方がいいんだな?」

「(コクコクコク)」

 

 全力で頷いた。

 

「皆聞いてくれ。直ぐに西に向かって発つ。遅れるなよ」

「えっ? 姉ぇさん! まだ、着いたばっかだぞ!」

「良いからいくぞ!」

 

 ミリアは直ぐに動いてくれた。さすが隊長! 愛してる。

 不満そうなヘレンは、デネヴが引っ張っていった。

 皆、ミリアの言うことを聞いて出発してくれた。良かった良かった。

 

「オリヴィア……、何がいたんだ?」

 

 ミリアが、真剣な表情で聞いてきた。あ、駄目だコレ。嘘ついたら死ぬ。しかし、危険だったのは本当だ。精神的にだったが……。うまく言い繕えないだろうか……。

 

「うねうね! 一杯いた!」

「は? うねうね?」

 

 仲間達全員が顔を見合わせた。必死な顔で先頭へ飛び出ると、皆が慌てて速度をあげた。やべぇ! 顔を見られたら嘘がばれる!

 

「まて! オリヴィア、そんなにやばいのか!? オリヴィアー!」

 

 森を抜けて西の山岳地帯へ突入し、ミリアが仲間の戦士の大剣を拾うまで、追いかけっこは続いた。

 

 

 

 

 

「ふーん。あの気持ち悪い子も生きてたんだ……」

 

 木陰から現れたのは、簡易なワンピースを着た少女リフルだった。リフルは長い時を経て、口に出して思案するのが癖になっていた。普段、間の手を入れるダフが居るのだが、ここには居なかった。

 

「10人か。人数が割れたのは良かったわね」

 

 右手の人差し指を顎に当てて、リフルは思案した。リフルの頭の中で、敵対勢力の構成が一部修正された。

 

「ま。雑魚だし、大勢に影響はないわね……。でも、気を付けた方がいいかしら?」

 

 目下の敵は、南のイースレイと組織の兵器だった。リフルには、全力で当たった場合、どちらの勢力にも今一歩及ばずに負けることが解っていた。勝つためには、南で拾った物のような、切り札が必要だった。

 もっとも拾い物は、そのままでは使い物にならないものだった。

 リフルは、南での拾い物を使えるものへ変える為、妖気読みに特化した戦士を探していた。しかし先程の戦士達が、()()()妖気を隠蔽したリフルが近くに居たことに気付けない程度の妖気読みしかできないのであれば、追う価値もなかった。

 

「さてと……」

 

 リフルは右腕を覚醒体へと戻すと、泉の脇にある巨岩を破壊した。

 水源が破壊されたことで、水が吹き出した。

 おもむろに、リフルは触手を水源へと送った。うねうねと蠢く平らな触手が、水源の奥へ奥へと進んでいった。

 

「……いたわ」

 

 リフルは、にたりと笑った。

 リフルがこの場に居合わせたのは、偶々だった。リフルの目的は、勢力に対抗するためのもうひとつの可能性だった。

 

「長い間、ずいぶんと逃げ回って……。手こずらせてくれたわね」

 

 リフルが右腕を引き上げると、岩盤が割れて泉が枯れた。地面が盛り上がり、引き抜かれたのは黒い巨木だった。幹についた目が少し開かれて、リフルと視線が交わった。しかし、巨木は起きること無く、再び瞼が閉ざされた。 

 

「あら? 貴方まで寝てしまうの? ……はぁ。まぁいいわ」

 

 リフルは鼻唄を歌いながら、古城へ揚々と引き上げた。




息抜きに短編ギャグものを投稿しております。
宜しければ、箸休めにどうぞ。


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ふむふむ姉ぇさん

筆が乗りました。


 ミリアが大剣を拾った。

 ミリアが見知った友の大剣らしい。ここに投げ捨てられていたと言うことは、大剣を持つことができなくなり、覚醒してしまったのだろう。

 ミリアは、何処か思い詰めた顔をしていた。

 小高い丘の上に、ミリアの友達のお墓を皆で作った。丘は岩だらけで閑散としており、寂しい場所だった。お墓と言っても、下に遺体は入っていない。地面に突き立った大剣が、私達の墓標となるのだ。

 ミリアは夕日が沈むちょっと前まで、大剣の前に長く立っていた。

 夕日に照らされたミリアを見ていると、何となく郷愁に駆られた。

 黙祷から戻ったミリアに、皆が各々に声を掛けた。そうしないと、ミリアが一人でどっかに行きそうだった。

 

「行こう。ミリア」

「姉ぇさん」

「行きましょう。隊長」

「頼むぜ。隊長さん」

「ミリア」

「早くしてよね、隊長」

「たいちょー!」

 

 ミリアの瞳が揺れ、また意思の強い目になった。ミリアの中で、何か決意が新たになったのだろう。

 

「ああ。行こう皆」

 

 トゥールーズを探索する中、ひどく印象的な……、そんな一幕があった。

 

 

 

 

「ラボナに行きたいだぁー!?」

「……」

 

 時は、その日の夜だった。

 焚き火の前でヘレンが叫んだ。うるせーー! キンキンする。急に叫ぶな! 思わず耳を塞ごうとしたが、諸事情で出来なかった。

 

「クレア。お前は昔、任務でラボナの中に居たらしいな」

「あぁ。なにかと縁のある街でな。組織から隠れるのには、ちょうど良いと思ったんだ……」

「妖魔排斥している街に入るなんて、騒ぎを起こしにいくようなもんじゃねーか!?」

「ちょっとー! うるさいわよ、ヘレン! ちょっとデネヴ。ヘレンはあんたの係りでしょうが!」

「……何時の間にそうなったんだ」

 

 焚き火を囲って各々座り込む中、ヘレンが立ち上がって騒いでいた。さらに、イライザやデネヴも交じって、やいのやいのと騒いだ。お前ら、ちゃんと静かに座っている私を見習えよ。やれやれ……。

 

「ふむ。元々、組織の手が届かない所として、伝があればあるいは……と思ってはいたが……。クレア、当てはあるのか?」

「……任務で向かった当時、ヴィンセント司祭に世話になった。彼か、彼の縁者なら匿ってくれるだろう」

「そうか……。ふむ……」

 

 ミリアが顎を摘まむ様に指を当てて、ふむふむモードになった。こうなるとミリアは、ふむふむしか言わなくなる。ちょっと面白い。ぷぷ。

 

「ふむ……。その場合、どうやって中に入るか、だな。ふむ……」

「ぷぷぷ……」

「おい! 罰なんだから動くなよ、お前! ナタリー追加だ」

「はい」

 

 腹筋が勝手に動いて、ウンディーネの姉御に怒られた。わざとじゃないんです。ミリア隊長が悪いんです……。

 結局あの後、嘘を吐いていたことがばれて、折檻されているのだった。胴体を岩に縛り付けられ、正座した膝に石を積まれていっている……。ナタリーも、はいじゃないが。あ、まって。それ、さっきよりでかくない? あっ、痛い痛い痛い痛い。

 

「……なぁ。そのくらいで良いんじゃないか……?」

「足が遅くて、置いてけぼりになった割には優しいんですね。ユマさん」

「え?」

 

 ユマは何故か優しかったが、発言力が無さすぎて折檻解除の雰囲気にはならなかった。もうよくない? 隠してたドライフルーツあげるから。ね?

 ナタリーが手持ち無沙汰なのか、小さな岩を積んでは崩し始めた。ナタリー、それ賽の河原って言うんだぜ。あっ、痛い痛い痛い。てめっ! 人の膝で岩ジェンガして遊ぶな! 自由人かお前!?

 

「何にしても、ラボナ近郊で情報をとるべきだな。内部から手引きしてもらうにしろ、何らかの手段を考えなくては……」

「うごっ……!『もう許してー!!』」

「叫んだから追加だ! ナタリー」

「はい」

 

 このとき私は、いつか死ぬほど擽った後、乳を揉んでやる事を双子の女神に誓った。ナタリー、テメーもだ。

 

 そんなことがあり、夜が更けていった。

 翌日、とりあえず皆で聖都ラボナに行くことになった。

 

 

 

 

 隠れながら移動して数日後、聖都ラボナが近づいてきた。

 存在は知っていたが、実際に見るのは初めてだった。街の外周を城壁のような分厚い壁が囲っており、南側を向いた砦の城門のような大きい機械仕掛けの門がついていた。この門は歯車の機械仕掛けとは言え、何人も使って開閉するのだろう。はえー、でっかい。

 

 聖都ラボナの周りには、参拝者と思われる人々が列をなしており、入り口の詰め所で足止めを食らっていた。妖魔検めってやつかな?

 なんだかんだ妖魔が入り込んでいない辺り、妖魔検めの方法が在るのかもしれない。いや、実際には結構入り込んでいるのか……? 組織のさじ加減一つで、どうとでもなりそうだった。

 

「ひょえー! でっけぇなぁ」

「ヘレン。はしゃぐな」

「だってよーデネヴ。あんなおっきい街、そうそうないぜ?」

 

 ヘレンの言う通り、この大陸ではあそこまで大きな街は珍しかった。元々は妖魔に対して疑心暗鬼になり、コミュニティーを小さく別けていったことが原因らしいけど……。まぁ、考えても仕方のないことだ。

 

「参拝者達に紛れても、直ぐにバレてしまいそうだな……」

「クレア。前回はどうやって入ったんだ?」

 

 デネヴやミリアが、どうしたものかと悩んでいた。

 

「前回は、……大剣を彫刻に隠して、ラキと共に姉弟という設定で入った。当然、妖気を消す薬を飲んでな」

「ふむ、なるほど。人間の少年を連れていたから、疑いから逃れていたわけか……」

 

 うーん。今回は、彫刻の用意等が大掛かりすぎて使えなさそうだ。道具も限られているし、どうするんだろうか。

 

「積み荷に紛れるのはどうでしょう?」

「向こうが想定していないとは思えん……。なにか良い手はないものか……」

 

 シンシアが行商に紛れるのはどうかと言ったが、ミリアが却下した。その時、ウンディーネの姉御が声をあげた。

 

「けっ……。まどろっこしいな。夜に空から入りゃ良いじゃねーか!」

 

 さすが姉御! でも、人間は空飛べないんだよ? 力業とか、ついに脳味噌まで筋肉になったか……。

 

「ふん!」

「ぴ!」

「なるほど空か……」

 

 また姉御に殴られた。ぬおぉぉ。ぬおう味噌が出てくる……。

 姉御の発言に、何故か納得したミリアが顔を上げた。その視線は、私に注がれていた。え??

 

 

 

 その後、すったもんだがあったが、割愛する。結論から言って、私が空を飛ぶことになった。いや、なんでよ……? 人間は飛べないって……。

 

「準備は良いか? オリヴィア。それじゃ、行くぜ!」

「なぁ……。本気でやるのか……?」

「あ、あぁ。隊長の命令だからな……」

「そ、そうか……」

 

 ヘレンがやる気満々で言った。ユマとクレアが、ボソボソと喋っているのが聞こえた。

 ミリアが言うには、全力で()()と言うことらしい。もう、信じてやるけど……。普通にやっても届かないからね? あんなに遠いとこ。

 

 横回転から始めて、宙返りを織り混ぜつつ次第に加速して行った。ある程度行ったところで、ヘレンが〈旋空剣〉を交えた強烈な突きを放ってきた。大剣の腹で必死に受け止めた。

 ヘレンは長年の修行で、伸び縮みする腕の柔らかさを活かして、〈旋空剣〉をマスターしていた。さらに、ジーンのものよりも腕の回転数が増しており、50回転超の威力は凄まじかった。

 一気に回転の力が増して、空気の振動する感覚が変わった。これでも、まだ足りない気がするけど……。

 

「はっ……! それじゃ、いくぜぇ!」

 

 気炎を上げた姉御が、駆け寄ってきた。体の後ろに下げた大剣が、地面と擦りあった音が聞こえた。

 

「はぁぁぁ!」

 

 姉御は私の前で踏み込んだ。姉御の姿がぶれると、ほぼ同時の4連擊を放ってきた。エバの〈瞬剣〉だった。片腕しかなくなったウンディーネの姉御が編み出したのは、双剣の手数を超える強烈な斬り返しだった。

 

「ぐうっ……」

 

 大剣同士が火花を散らした。何とか捌ききって、大剣に力を乗せることができた。本気で打ってくるから、マジで怖かったぞ……。

 

「今だ! やれ、ユマ!!」

「はぁぁぁ!」

 

 ユマの手には、()()()()に包まれたクレアが死んだ顔で乗っていた。ユマは普段パッとしないが、なにかを投げる事についてだけは、他の追随を寄せ付けなかった。ユマの強肩によってクレアが空に旅立った。

 

「イライザ!!」

 

 ミリアの号令で、〈まつげ〉がクラウチングスタートのような姿勢から、こちらに全力疾走してきた。

 

「翔べ! オリヴィアァ!!」

「うがぁ……!」

 

 イライザからの全力の斬り下ろしを、真芯で受け止めた。凄まじい音が響き、イライザも弾き飛ばされた。私は地面から完全に足が離れて、クレアが向かった先に身体が浮いた。

 

 作戦はこうだ。

 〈全力で踊ってクレアを拾ってラボナに向かえ!〉

 単純だった。脳筋の意見採用してんじゃねーよ!!!

 

 空中でクレアの()()()()を掴んだ。回転の力を、前へ前へと消費していった。ちょっと待てぇ! これ、高すぎ! 高すぎてお股ヒュンヒュンする!!

 

「ぐ、うあぁぁぁ!」

 

 凄まじい外力が掛かっているクレアのくぐもった叫び声が聞こえた。ごめん、どうすることもできないわ……。祈ってて。

 

 こうして、私達は夜のラボナに突入した。

 

 これは後で聞いた話なのだが、その日のラボナは晴天にも関わらず小雨が降り、普段綺麗な裏路地には吐瀉物が撒き散らされていたそうだ。なんか……ごめん……。

 

 

 

 

「大丈夫か? オリヴィア」

 

 手と膝をついて絶望していると、散々吐き散らかしたクレアが、口許を拭ってこちらを見た。やべぇ、この年になってチビっちゃった……。ばれてないよね……?

 あの後、何とか着地は上手くいったのだった。

 場所はラボナの裏路地である。鎧を着た数人の警らが、松明片手に表通りを歩いていた。夜間の巡回か。見つかると面倒だな……。

 

「おい! 音がしたぞ!」

「昼のやつらか!? どこだ!」

「なんなんだ今日は!」

 

 ガシャガシャと鎧の音が鳴った。あ、やべっ。

 

「オリヴィア! 屋根へ移動するぞ」

「うん!」

 

 屋根上にこそこそと二人で上がった。風が通り抜け、股が冷や冷やした。めっちゃお風呂に入りたい。そう言えば、沸かしたお湯でのお風呂に長らく入っていない。

 

「聖堂は向こうか……。くそっ。遠いな」

「ごめん……」

「いや、オリヴィアは良くやってくれた」

 

 聖堂までは、結構距離があった。しかし、クレアは良くやったと頭を撫でてくれた。やさしい。

 

 しばらく進んで、聖堂前にたどり着いた。結構な高さがあった。この程度の高さでは、もうマタヒュンすることはないだろう。

 用意していたロープとちょうど良い石を使って、聖堂に飛び付いた。ジャンプすれば届きそうだったけど、私はクレアに背負ってもらっていた。

 

 聖堂に飛び付いた私たちは、空いている窓から侵入した。部屋の中は、大きな机がポツンと置かれており、床は石のタイル張りで、質素に見えるが実際には高価そうな材質だった。執務室かな、ここ?

 ちょうどそのとき、扉が開いた。

 

「! 何者だっ……」

「あっ……」

 

 驚いたハゲのおっさんの顔が見えたが、クレアによって引っ張られて地面に押さえ込まれた。

 

『あでっ!』

「再びお会いできて光栄です。ご無沙汰しております。ヴィンセント司祭様」

 

 祈るような姿勢になったクレアが言った。私は潰れた蛙のような姿勢だった。

 

「……あ、貴女は……」

 

 

 

 

 

 組織の戦士、ナンバー47のクラリスは、ナンバー4のミアータを伴ってラボナにいた。

 クラリスは、茶髪の癖のあるミドルヘアをしており、ミアータはクラリスの半分しか背が無く、生えっぱなしの金色をした長髪が印象的な少女だった。

 場所は、かつてクレアが救った兵士ガークやシドの隠れ家だった。ガークは大柄な男で、シドは長髪をひと房に結んだ飄々とした男だった。

 戦士達に縁のある彼らによって、ここに匿われて居るのだった。

 クラリス達の目的は、かつてのナンバー3反逆者ガラテアの粛清のためだった。

 夜ということもあり、すでにシドやガークはここにはいない。

 

「!」

「どうしたの? ミアータ」

 

 ミアータが虚空を見上げて、なにかに反応した。妖気を消す薬を飲んでいるが、ミアータは言葉には言い表せない超感覚をもっており、複数の妖魔や覚醒者等のより強いものを感じとることができた。

 

「なにか、きた」

「えっ?」

「つよいのが2つ……すごくつよい」

「覚醒者がきたの? 妖気が消えているときに……、なんなのよ!」

「わからない」

 

 頭をガシガシと掻き乱したクラリスが、癇癪を起こした。

 ナンバー最下位のクラリスは、これまで何度もミアータに誘導されるままに覚醒者達と相対しており、すでに神経が限界を迎えていた。

 

「まま……まま……。怒らないで、まま……」

 

 クラリスは、ミアータを抱き締めた。

 願わくば、任務を早急に終わらせて、自身を片手のひと捻りで殺せてしまう、この恐ろしい娘と離れたかった。




筆が折れました。


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影法師

雨が酷い……(身バレ)
皆さまもご用心ください。





 壁に掛けられた燭台の蝋燭の火が揺らめき、人影が揺れた。私は、この影こそが人の営みの最たるものだと思った。

 今度は机の上の燭台を動かすと、火の位置が変わった事によって影が重なってしまった。影が重なり合い、揺らめいた。これはもうセ○クスでは? 私は両手で顔を覆った。

 

「……この子は何をなさっているのですか?」

「……良いんだ。そいつは、そのまま放って置いてくれ……」

 

 クレアは口調が元に戻っていた。思い出して貰うため、初めて会ったときの再現をしたそうだ。ロマンチストかな?

 

 場所は、大聖堂がある塔の上の部屋だった。神妙な顔付きをした2人が、机を挟んで話し込んでいた。

 

「それでは……あなた達はここに匿って欲しいと?」

「少しの間で良いんだ。それに、無理にとは言わない」

「ふぅむ……」

 

 申し訳なさそうに言ったクレアに対して、ヴィンヴィンハゲ司祭は顎に手を当てて考え込んだ。

 

「……クレアさん。ひとつ条件があります」

「条件? なんだ?」

「確かではないのですが、この街に妖魔が潜伏しているようなのです。それを退治して下されば、ずっとここへ居られるように、皆に掛け合いましょう」

「……この街全体に覚醒者の気配が漂っていたが……。やはりか」

「覚醒者……?」

 

 もはや隠す意味もないと、クレアはヴィンヴィンに覚醒者について説明をした。私も、昔より妖気読みができるようになったが、街の中に入るまで覚醒者の気配を感じることができなかった。朧気ながら、ここで出現したやつは、タコさんウインナーみたいな痴女だったような気がする。

 

「……。もし、貴女方がそうなってしまったら、どうするのでしょうか……」

「人を辞める前に死ぬ。人側で居たいという、組織の戦士だったときからの矜持だ。もし仮にだが……、そんなことになれば、私の意思を汲んだ仲間が首をはねてくれるだろう」

 

 クレアはそう言うと、私を撫でて寂しく笑った。

 

「……。いやはや、あなたには昔から頭が下がる思いです。私自身の矮小さを感じてしまいます……」

「いや。そんなことは……。何にしても、そいつを見つけ出して、倒せば良いんだな?」

 

 クレアの言葉に頷いたヴィンヴィンは、最後に付け加えた。

 

「出来るだけ人死にが出ないよう、お願い致します」

「……それは……、分かった。善処しよう」

 

 こんな大きな街にいる覚醒者相手に、犠牲無しで討伐するのは……かなり苦労するだろう。何はともあれ、話に決着が付いた。

 

 ミリア達を手引きするのは、明日ということになった。洗礼者の一団に紛れさせるということだった。クレアが、ヴィンヴィンの手引きで早朝に呼びに行くらしい。

 

「それはそうと、妖魔で過敏になっている街にどうやって入ったのですか?」

「それは……」

 

 ヴィンヴィンに聞かれたので、上を指差した。人は、飛べる。

 

「翔んだ!『アイキャンフライ』」

「は?」

「……空からだ」

「え?」

 

 ヴィンヴィン驚いてばっかりだな……。

 

 その後、久々にお風呂にはいれた。タライ風呂だったが、スッキリした。クレアと一緒に入ろうとしたら、手つきがイヤらしいので嫌だと断られた。えぇ……。このゴッドハンドが敗れただと……。

 

 翌朝、クレアが旅立って行った。見送りは目立つので私は待機だ。ミリア達は、どこにいるのだろう。私にだけ発動するNeed to knowの原則で、教えてもらえていない。なんでよー、けちー。

 

 それはそうと、ヴィンヴィンにシスターを1人つけてもらった。やったぜ! と思っていたら老婆だった。違う、そうじゃない。シスターは優しかったけど、そうじゃない。その後、滅茶滅茶お菓子をもらった。神かよ。

 

 大聖堂は、外部からくる洗礼者向けの施設らしい。内部の人間向けには、小さな礼拝堂が用意されていた。暇だったので、シスターにせがんで用意してもらった小さいシスター服に身を包んで紛れた。

 衛兵の目は、真っ暗な倉で摘まみ食いをするときに編み出した、爪を弾いた反響音で物の位置を把握する技で凌いだ。ふふふ、まさかシスターに目を瞑った半人半妖が混ざっているとは思うまい……。

 

 礼拝堂の長い椅子の隅に腰かけた。隣は婆ちゃんシスターだ。香が焚かれており、懐かしい匂いがした。

 人が減ったので、長椅子に背を預け薄らと目を開いた。ラボナの神様は、姿がなくシンボルをお祈りするスタイルだった。香の煙がゆるゆると上がっていくのを眺めた。

 婆ちゃんシスターが、教えや来歴を語りだしたのを子守唄に、ウトウトと船を漕いだ。

 

 

 

 目が覚めると、襤褸の礼拝堂にいた。えっ?

 差し込んだ夕日が礼拝堂の中を照らし、真っ赤に染まっていた。

 慌てて身を起こすと、椅子が崩れた。埃が舞って咳き込んでしまった。うわっ! ばっちぃぞ。

 埃煙幕が晴れると、演台の向こうに誰かが見えた。……大人の女……?

 

 茶髪ロン毛の女だった。栗色に近い色だ。跳ねた前髪が特徴的だった。町娘のような格好をしていた。

 

「一人居なくなって7年。妖気が消えて、やっと声が届いたわ……」

 

 茶髪は私にそう声をかけると、金髪の半人半妖の戦士に変わった。いや誰よお前。変身するとかサイヤ人かよ。

 

「わたしは、セフィーロ。わたしはあなたよ。オリヴィア」

 

 いや、名前違うやん。とんだサイコパス野郎だった。どこでフラグを建てたんだ……。

 

「いやあの……。そういう意味じゃないんだけど……」

「無駄よ、わたし。会話するだけ無駄」

 

 そう言ったセフィーロの背後から、もう一人そっくりさんが現れた。えぇ……めっちゃ似てる……。

 セフィーロ達は、何処からかともなく取り出した大剣を構えた。どっから出したの……。あれ、最初に持ってたっけ?

 

「それじゃ、いくわよ。オリヴィア」

「精々死なないようにね」

 

 突然、無手で相対することになった。冗談じゃない!

 

「はっ!」

「うわっ」

 

 セフィーロは、長い髪を翻しながら迫った。引き気味に構えた大剣から突きが放たれた。驚いて声は出てしまったが、直線的な攻撃で避けやすかった。

 

「……全部知っているでしょう? 様子見する必要はないわよ、わたし?」

 

 もう一人のセフィーロが、仁王のような構えを取った。ビリキと妖気を解放する音が聞こえ、セフィーロの目が血走った。いや、妖力解放は卑怯じゃない? ミリア隊長にダメって言われてるじゃん! 冷や汗が流れた。

 

「はぁっ!」

「うぐぁっ……」

 

 それは突きの壁だった。身体の異様な柔軟性から繰り出された連続の突きが、私の半身を呆気なく奪っていった。くっ、速すぎて反応できねぇ……!

 

 倒れ込む視界の中、セフィーロのブーツが追い討ちをかけた。

 

「寝るな!」

「がっ」

 

 腹を蹴飛ばされて、床を転がった。

 

「今のは、わたし達を食べた分。溜飲が下がった訳じゃないけど、これで許してあげる」

「……ごめんね。オリヴィア」

 

 転がった先で身体を確かめると、五体が無事だった。セフィーロの1人が、両手で合掌して謝ってきた。痛みは本物だった……。どうなってんだ。

 起き上がろうとすると、手に大剣が握られていた。

 

「さ。仕切り直しよ」

「後は託すわね。オリヴィア」

 

 私は、2人に向かって大剣を構えた。1人は厳しい顔付きで、もう1人は柔和な表情をしていた。2人は、限界付近まで妖力解放した。2人の口が妖魔のように裂け、ビリビリと震える空気が肌を焼いた。

 2人は、鏡合わせのように先程と同じように構えた。さっきのを食らうとヤバイ。でも妖力解放は……。

 

「何しているの?」

「早くしないと、死ぬわよ?」

 

 2人からくる圧力に、もう形振(なりふ)り構ってられなかった。急かされるように、私は妖力解放した。数年振りに行う妖力解放は、少し解放しただけで私に全能感を覚えさせた。

 

「ガッ」

「そう。それでいいわ……。時間がないわ」

「いくわよ!」

 

 沈み込むように落ちるのが、スローで見えた。仰け反るように大剣を振り上げた2人が、脚で挟み込むように大地を掴んで下半身を固定し、上体を前後に高速で揺らして突きを放った。1撃、2撃、3撃と加速していき、突き壁に至った。極度に柔軟な身体と、妖力によって強化されたバネが可能にする技なのだろう。

 さっきまでと違って、軌道が目で追えた。

 ステップを踏むように、突きの弾幕の中へ飛び込んだ。極限の集中の中、酷く長い時間そこに居た気がした。

 

「良かった……」

「後は頼むわよ……」

 

 死の結界を通り抜けた。私に袈裟斬りで斬られた2人が、そう言い残して霞のように消えた。キラキラとした白い欠片が、私に降ってきた。

 

 

―――ノイズ。

 

 あの日、私達の孤児院にやって来たのは2人。ひとりは、ラボナの司祭様。もう1人は、赤い髪をしたシスターだった。

 垂れ目の女で、男好きする体つきをしていた。柔和に笑っているようで、無機物を見るような目が苦手だった。

 

―――ノイズ。

 

 裸の女が目の前に立っていた。ガキ大将のヨシュアが女の髪に繋がった触手に潰され、女に血が降り注いだ。彼は断末魔すら上げられなかった。

 

「あぁ、これよこれ……。我慢した甲斐があったわ……。こんなに若い人間の、新鮮な血を浴びることができるなんて、あぁ。最っ高……」

「あ、あ、ぁ……」

 

 女は恍惚とした表情でそう言った。

 30人居た孤児は、もう半分しか残っていなかった。周りの孤児達が腰を抜かして座り込む中、大嫌いなヨシュアの様に死ぬのは受け入れられなかった。

 気が触れて叫びながら逃げ出す何人かの孤児達に紛れて、厨房へと駆け込んだ。

 

「あははははは――」

「ぎぁあああ」

 

 建家の奥から、狂った女の笑い声と子供の叫び声が聞こえた。私は普段、シスター(お姉ちゃん)の手伝いをして居たから、どこに何があるのか手に取るように分かった。私は、思い出深い建家を壊してしまうことに忌避感を覚えたが、油壺を倒して割った。

 

―――ノイズ。

 

「やってくれたわね! クソガキ!」

 

 建物から燃え移って、山火事となった森の中を抜けた。後ろを振り返ると、燃えるような髪の女が酷い形相で追ってきた。その気になれば、一瞬で追い付いて殺せるだろうに、まるで獲った鼠に猶予を与える猫のようだった。

 

 建家の外から、私達に逃げるように言って殺されてしまったシスター(お姉ちゃん)の仇が討ちたかった。その時の私には、力が足りなかった。

 前に向きなおった時、足がもつれて倒れてしまった。私もここで終わるのかと悔し涙が流れた。

 

「〈鮮血〉のアガサ……。離反したと聞いたが。……まさか、大剣すら捨てているとはな」

「あら? うまく逃げられたと思ってたのに……」

 

 そこへやって来た戦士と激戦を繰り広げたアガサは、重症を負って逃走した。

 戦士も重症を負っており、追う力は残されていなかった。

 その後にやって来た黒服に連れられて、私は戦士となった。私の平穏を壊した覚醒者を討つために。

 

―――ノイズ。

 

 

 

 酷く長い間、眠って居た気がした。目がボヤけて見える。いつの間にか裏路地に居た。あれ? 礼拝堂は? セフィーロは?

 身体が物理的に浮いていた。私の首元をひっ捕まえたシスターの顔が見えた。

 両目が火傷のような傷で潰れており、長い金髪が見えた。シスター服はスリットが入るように破れていた。ガラテアだった。

 

「あ、ガラテヤじゃん『やっほ』」

「おい。やってくれたな……。もう少し引き付けてからと思ったが……。だが、お前も生きてここにいるとは……僥倖だ」

「だっ、誰よあなた!」

 

 目線の高さまで、身体を持ち上げられた。目ン玉潰れてるから、特に意味無いんだろうけど……。

 色付きの戦士が、こちらに大剣を向けていた。その手は震えて見えた。すっげぇ弱そう……。

 

「お前、大剣はどこだ」

「上」

 

 私は聖堂の上を指差した。

 

「よし! 取ってこい!」

「ガァァア!」

「ミアータ!」

 

 私を投げ飛ばしたガラテアは、壁を破壊して現れた小柄な戦士に襲われていた。再び空の人となった私には、どうしようもなかった。あのチビくっそつえーな……。ガラテア大丈夫か……?

 その時、街のど真ん中が崩壊した。




もう少しコメディ調に寄せようと思いましたが、テンポが崩れるので止めました。

キャラクター出し過ぎて、全体としてまとめ切れているか不安ですね……。


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二頭身

セフィーロは貧乳です。


 街のど真ん中が崩壊した。煉瓦造りの街並みの中に粉塵が充満した。煙の影に大きな影が映った。タコさんウインナーだ!!

 

 ガラテアに投げられた勢いで、大聖堂の上階の窓に突っ込んだ。高いガラスが嵌まった窓が砕けた。いつもみたいに、枠に嵌まって誰得壁尻にならないだけ運が良かった。でも請求書は、ガラテアにお願いします。

 

「うがっ。あでっ、『痛!』」

 

 床の上を跳ねながら転がった。最終的に後頭部を机で強打し、もんどりうってもう一度転がった。いてぇー! オラじゃなきゃ死んでっぞ!

 幸いな事に、部屋には誰もいなかった。大剣置いてた部屋どこだ……まだ上か。ガラテアのやつ、適当に投げやがって……。

 

「なんだなんだ」

「うわっ! クレイモアだ!」

「じゃま」

 

 扉から飛び出して、窓際に集まっているおっさん達を蹴飛ばした。マジで邪魔だ。野次馬共が!

 何人かが、木製の壁を突き破って壁の尻となった。

 

「オリヴィアさん! こっちです!」

「ヴィンヴィン!」

「いや、……誰のことでしょう……? えっ、司祭様達が……。えぇ……」

 

 廊下脇から何故か来ていたヴィンヴィンおじさんとシスターが、誘導してくれた。老体に鞭打って、階段を先導して全力疾走してくれた。ご老体でもビンビンだった。ヴィンヴィンはビンビンだった。

 上階に上がると、大剣を置いている部屋の扉を見つけた。

 

「もう大丈夫!」

「あ……えっ?」

 

 時間が無いので、ヴィンヴィン達を追い越して扉を蹴破った。

 

「キャー!」

「あれ?」

「逆です! 逆の扉です!」

 

 半裸の巨乳シスターさんが着替えてた。この世界に来て初めてのラッキースケベだった。感動した。

 改めて、反対の扉を破壊した。

 

「もう壊さなくていいのでは……」

「……」

 

 唖然とした顔で言うヴィンヴィン達を無視して、大剣を掴んだ。うるせぇー! 勢いだよ、ちくしょう!

 

 備え付け小窓から再び飛び出した。既に戦闘が始まっているようだった。

 戦闘には、ラボナの兵士達も参加していた。さながら、モンスターハンターを見ているようだった。いや、あんなのに人間は勝てんて……。

 タコさんウインナーと思われた覚醒者だったが、ハエトリ蜘蛛の脚と食虫植物の果肉を合わせたような見た目をしていた。2、3階建ての建物より高さがあり、大きさも相当でかい。建物何棟分かがあった。平らな果肉部分には、疑似餌の様に、一人の女が全裸で立っていた。無駄にむちむちボディをしており、ラボナの兵士を捕まえては血を浴びていた。ヤバい……。今まで出会った覚醒者の中で、ぶっちぎりでぶっ飛んでいる。

 女とチラリと目があった気がした。

 

「あら。もう一人居たのね……。でも、弱そうね」

「〈鮮血〉のあ、がさ……?」

 

 何故か名前が分かった。全身が鼓動して妖気が漲った。これが……恋っ!?

 

――ばかっ。

「っ!」

 

 セフィーロの声が聞こえた気がした。見ていた夢をふと思い出して、近くの建物に頭を押さえながら着地した。

 ……あの燃え盛る森の中に居たあいつだった。血塗れのクソヤロー。私はセフィーロの代わりに、あいつを殺さなくてはならない。半ば、強迫観念めいた想いが沸き起こった。

 

「ガァァア!」

「くっ……。〈痴呆〉の!」

 

 隣の建物を破壊して、ガラテアとミアータとか言うチビッ子が飛び出してきた。ガラテアは左腕を失っていた。〈痴呆〉何て久々に聞きましたよ。ガラテア1つだけ訂正しておく。私はもう〈痴呆〉ではない、阿呆だ!!

 

「誰が〈痴呆〉だ!」

 

 その時、自然とセフィーロの使った技が思い起こされた。身体の無駄な力を抜き、妖力によってインナーマッスルを超強化する。上体を自由に、動きはキレイに。放つ!

 

――〈絶空壁〉

 

「!」

「なっ!」

 

 ボッっと、空気の弾ける音が響いて、ガラテアと斬り結んでいたミアータがこちらに気づいて離れていった。ガラテアもすんでのところで避けた。

 

「おいおい。助けるにしても、私に当てないようにしてくれよ」

「あててない」

「前髪が、大分切れたぞ……」

 

 躱しきれなかったのか、ガラテアの前髪が一直線になっていた。ほんとだ……。ぷぷぷ。前髪パッつんになってる。

 妖力解放したガラテアは、髪の毛をあっさり治した。雨が激しく振りだした。

 

「ぐぎゃぁあ!」

「はぁ……。最っ高……」

 

 ふと戦況を見やると、狂った女がラボナの兵士達を蹂躙していた。胸が鼓動した。……許せない!

 

「うおおお!」

「〈痴呆〉の!? くっ……厄介な……!」

「ハアァァア!」

 

 復帰したミアータに襲われるガラテアを放置して、アガサへ向かって飛び出した。

 アガサの身体の上では、軽装な兵士の複数人が串刺しにされて捕らわれていた。

 

「あら、貴女だけきたの?」

 

 アガサに呆れた表情で見られるなか、捕らわれた触手を斬り落として軽装な兵士達6人を蹴飛ばした。喰われるよりは良い。全員串刺しにされていたが、運がよければ生き残れるだろ!

 

「なんだあいつは!?」

「おい、落ちてくるぞ! 助けろ!!」

 

 狙ったわけでは無かったが、蹴った兵士のほとんどが路上にある市の屋台に落ちたようだった。

 

「はぁっ!」

「なんなのよ。貴女……」

 

 気怠げな表情のアガサが、平らな部分から槍状の触手を大量に放ってきた。当然、私の足元からも放ってきた。逆さに降る槍の雨をステップで回避していく。其処からは、セフィーロの技の再現を行った。この技は、こいつを殺すためだけに編み出された技だ! 先程よりも、身体の駆動が噛み合った感覚があった。

 

〈絶空壁〉!

 

 覚醒体の本体と思われる女を、触れた傍から破壊していった。セフィーロの技の方が普段使っている踊りよりも即応性が高く、完全に威力が乗った踊りより少し弱いくらいだった。範囲は狭いけど。

 アガサの身体を足先から目元まで、砕ききって止まった。

 

「……」

「〈痴呆〉の! 止めるな! 本体はそれじゃない!」

「え?」

 

 不自然に空中で残った髪の毛の断面から、槍状の触手が溢れ出た。ガラテアの声に反応して、無理矢理上体を引いた。

 

「くっ」

 

 バク転するように戻り、アガサの身体から一旦身を引いた。

 

「くそっ」

「あら? 全部避けられちゃった。貴女もしかして、結構強いのかしら?」

 

 言うや否や、アガサの残った部分から足が生えてきた。再生の絵面が酷い。頭に足だけが生えて、に○こくんみたいになっている。キモい。

 昔会った覚醒者にも、こんなやつがいた気がした。

 

「っ!」

「ミアータ!」

 

 ミアータと追いかけっこをしていたガラテアが、私の隣に止まった。私は、ガラテアを追いかけてきたミアータを大剣で軽く小突き、階下へ落とした。血が飛び散った。あれ? 刃は当ててないんだけど……。

 

「ふぅ。……奴の本体は下の覚醒体と繋がっている髪の部分だ。しかし先程から、流動的に動いて的を絞らせないようになっている様だ」

 

 ガラテアは呼吸を整えてから、そう言った。つまり、どこを狙えばいいのそれ? めんどくせぇ、全部バラすか……。刃を入れた感じ、覚醒体の装甲もそんなに硬くなさそうだった。

 

「わかった」

「おい! 色付き! そいつの身体を診てくれ! どうなっている?」

「え!? ミアータ止まって!」

「……いたい……ママ。……ママ……いたいよ……」

 

 地面に着地したミアータの身体は、穴だらけになっていた。いつの間にか、アガサに抉られていたのだろう。キッとした表情になった色付きが、私を睨んで叫んだ。

 

「ちょっと、あんた!」

「アガサ……お前まさか……」

 

 ガラテアは、正確に把握していた。いや、色付きや。冤罪でござるよ……。ちょっと、つんってしただけじゃん……。こんなのモンスターペアレントじゃん……。

 

「初めは、軽く傷つけるところから始めたわ。徐々に深い傷を与えていって……。気付かれないように、そこまでするのは結構大変だったのよ? 芸術的だと思わない……?」

「えっ?」

 

 アガサがどや顔でそう言った。色付きはようやく、アガサの仕業とわかったようだった。

 

「……芸術的な技量か。お前よりも上のやつなら1人知っているがな」

「あら? 会ってみたいわ」

「すぐに会えるさ。直ぐにな」

 

 そう不敵に笑って言ったガラテアは、私を見た。え? なによ? ってか、見えてんの?

 

「お前。さっきは違う技を使っていたが、まだ〈千剣〉は使えるのか?」

「……」

 

 〈千剣〉ってあれか、みんなが勝手に呼んでるやつか……。あの踊りほんとうの名前は、〈刹那五月雨撃ち(せつなさみだれうち)〉って名付けたんだけれど……。昔、黒服に一生懸命説明したけど、伝わらなかったせいで何時しかそうなった。……やっぱ、黒服のせいじゃないか! ゆるさん!

 ぐっと、恨みから闘志を燃やして大剣を握るとガラテアが頷いた。

 

「よし! やるぞ!」

「へ?」

 

 ガラテアが斬りかかってきた。慌てて避けた。よし、じゃないが。

 

「避けるな。攻撃を受けて力を溜めるのを、前に見たぞ」

「!」

 

 そう言ったガラテアは、激しく攻撃してきた。こいつ……。昔、どっかでの戦いを監視してやがったな。

 

「……仲間割れ? 散々ひっかき回しといて、ジョーダンじゃないわ。もうこの街ごと消し飛ばそうかしら……」

「色付き! こいつを攻撃しろ!」

「は? え? きゃっ!」

 

 イライラしたアガサに、色付きが攻撃されていた。ガラテアよ。私に攻撃しなくても、時間をもらえれば溜められるぞ。あと、一発一発が弱い。やるなら、本気でやれ。

 色付きがアガサに攻撃されたのを見たミアータが激昂した。

 

「! ママを、いじめるなぁ!」

「あら、やっとこっちを見たのね。でも、もう遅いんじゃない?」

 

 ミアータはアガサの身体に飛び乗ると、本体に繋がる髪の毛を斬ろうと襲いかかった。しかし、蓄積したダメージの影響が大きかったのだろう、アガサのゴン太な触手に打たれて弾き飛ばされた。

 ミアータは自身を追って来た触手を掴むと、全力で引いた。

 

「ガァァ!!」

「ちょっと……。本気?」

 

 小柄なミアータは、アガサの建物数棟分にも及ぶ巨体を揺り動かすほどの怪力を見せた。アガサが、少し焦った声を出した。

 

「なんなのよ、この子……。なんなの一体……」

「ミアータ!?」

 

 焦ったアガサは槍状の触手を放ち、ミアータの身体に幾つも突き立った。うぇ……痛そう。

 それでもミアータは堪えずに、さらに引いた。

 

「がああああああ!」

 

 その時、ミアータのボロボロになった腕が自身の力で引き千切れた。回復を後回しにした結果だった。直情的に、敵に向かって行ってしまうのだろう。

 

「あっ。腕がとれちゃった……ママ、千切れちゃった」

「ミアータ! 逃げて!」

 

 アガサの触手の飽和攻撃によって、ミアータの姿が消えた。

 

「ふぅ……。少し肝を冷やしたわ。あなたの言うように、3人がかりだと厄介だったけど」

「がっ!」

 

 私に攻撃しまくっていたガラテアは、横合いから来た触手に貫かれて遠くに飛んでいった。ガラテアが探るように中途半端に攻撃していたせいで、踊りの力も最大まで充填できなかった。ここまでやったら、自力で溜めるしかない。ちゃんとやれよ、ガラテア! 

 

「なんだか、この程度の連中相手に正体を表して……。馬鹿らしくなってきちゃった。遊ぶだけ遊んで、本当に消し飛ばそうかしら……この街」

 

 その時、アガサの足の一角が崩壊した。

 

「なっ!?」

「……縁のある街でな。そう易々と無くなると困るんだよ」

 

 あっ、隊長達が来ちゃった。




こんな覚醒者みたいなやつと生身で戦わされる本土は、マジでやべぇ所だなと書いてて思いました。


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27話

時間が足りねぇ!
そんな中、思い付いた短編書いてたみたいです。

でも、泥酔してて何を書いたのか一切思い出せない次の日に、自分で書いた小説の続きを読むと、中途半端に続きを書いたやつ殺したくなるやつ。                  
あるくない? ない?


「……縁のある街でな。そう易々と無くなると困るんだよ」

 

 ちょっと、おこ気味のクレアが言った。何時もよりも目がキリッとしている気がした。いや、何時もキリッてしてるんだけどさ。

 

「何者よ、貴女たち」

「名乗る名はない……。おまえは、ここで死ぬのだから」

「……言ってくれるじゃない?」

 

 そう言ったクレアが、ゆっくりと大剣を構えた。煽られたアガサがちょっとキレ気味でそう言った。

 

「あ! てめぇ、オリヴィア! 何勝手に妖気解放してんだ!?」

「……」

 

 何故かヘレンに怒られた。ミリア隊長も私を睨んでいる気がした。いやこれは、違うんだ。夢見が悪かったんだ……。俺は悪くねぇ! 悪いのは全部セフィーロだ!

 

「大方、寝呆けてお漏らしでもしたんでしょう……」

 

 半目のシンシアが、大体その通りな事を言った。いや短絡的に言うと、そうなんだけど……。言い方考えて!

 

「けっ。……でもよぉ、何であいつ中途半端に廻ってんだ……?」

「確かにな……」

 

 姉御とデネヴが私を見て言った。ガラテアのせいだよ! 止めるのももったいなくて、もうどうしていいか分からなくなってきた。

 

「勝手に現れて……五月蝿いやつらね」

 

 アガサが一番前にいたクレアに向かって、触手の槍を大量に放った。クレアは抜き身の大剣を右手に持ったまま目を瞑り、〈風斬り〉ですべてを細切れに変えて破壊した。

 

「なっ……!」

「脚は残り7本か……」

「私ともう一人は、ガラテアとオリヴィアの手助けだ。散れ!」

 

 クレア達は、ミリアの号令で散開した。

 轟音が響き、瞬く間にアガサの脚が破壊された。皆つよない??

 

 7人が同時に攻撃することで、アガサの集中が途切れ、脚を簡単に破壊したようだった。これが数の暴力か……。卑怯なのでは?

 触手で貼り付けにされていたガラテアを、ミリアが救助した。

 

「なんだ!? 何が起こっているんだ!」

「動くなよ」

「その声……お前、〈幻影〉か。まさか、生きていたのか……」

「〈神眼〉のガラテア。私は、お前が生きていたことの方が驚きだ」

 

 盲目となったガラテアは、消えるほどになったミリアの妖気を辿れなかったようだった。集中したら読めるんだっけ……?

 

「気を付けろ。ヤツは元ナンバー2の〈鮮血〉のアガサだ」

「! ……まさか、ここで出会うとはな」

 

 そんな隊長達のやり取りを尻目に、私の方はと言うと、

 

「オリヴィア! 歯ぁ食いしばれ!」

「『またお前か』! 〈まつげ〉!!」

「だれが〈まつげ〉だ!!」

 

 イライザに全力の叩き付けを食らっていた。耳がキーンと鳴った。許さんぞ〈まつげ〉め! 許さんぞ!

 

 加速した私は、足を失い覚醒体の胴体が地面に落ちたアガサへと突っ込んで行った。

 巨大なアガサの胴体を割って入り、人間を模した体と髪の接合部も一緒に砕いた。

 

「やった!」

 

 気を失ったミアータを、瓦礫の中から掘り起こした色付きが歓喜した。まだだ、ガラテアが的を絞らせないようにしていると言ってた。

 

「はぇ~。あのデカブツを半分に砕くなんて、あいつ昔より力が上がってねぇか?」

「ずっと、ミリアやクレアを相手にしていたからな……。力が上がっているのは、あいつも同じさ」

 

 着地して振り返ると、巨体アガサの右半分が触手に包まれ、巨大な人型となった。全身が蔦のような肉の触手でかたどられており、酷く醜悪だった。

 

「ふん。こうなったら、私の本当の姿で相手をしてあげる……」

「うおっ。まだデカいぞこいつ」

「気をつけろ! そいつの本体は」

「とりあえずバラして、小さくすればいいんじゃねぇか? おら!」

 

 ガラテアの忠告を完全に無視したウンディーネの姉御が、戦隊もので巨大化する路線になってしまった様なアガサへ四連撃を放った。姉御は、脳みそに完熟した筋肉が詰まってた。

 

 5つに分かたれたアガサの一部が、また人型となった。

 

「なっ、なんなのよ。あなた達……」

「しぶといな。次は半分にするか……」

 

 上から降ってきたデネヴが、アガサを双剣で両断した。容赦なさ過ぎて草ァ!

 そこからは、完全に私刑(リンチ)の様相となった。敵が覚醒者なだけあって、姉御達は情け容赦がなかった。

 集団で覚醒体を細切れにされ、身体を維持できなくなった赤い髪をしたアガサの人間体が、残骸から飛び出した。

 

「えぇ……、ナンバー2の覚醒者があっという間に……」

「ちっ……」

 

 あまりの早業に、色付きが困惑していた。

 飛び出した人間体にクレアが追撃を行ったが、舌打ちをしたアガサに反転して躱された。アガサの全裸おっぱいがボロンボロン揺れた。なぜ揺れるのか。……それは、誰にも解けないミステリー。アガサ=パイスキィーかよ。私も好き。

 

「動くな! 動けばこいつの首をかき斬る!」

「なっ……」

「……」

 

 アガサが、ガラテアの首を掴んで人質にとった。何故か、傍に居たミリア隊長は、見ているだけで特になにもしなかった。隊長は、皆の傍へ歩いてきた私の方へ視線を飛ばした。な、なんですの?

 

 クレアが、アガサの前に進み出た。

 

「近づくな!」

「無駄だ。お前にはなにもできないよ」

「お前は……。47番目の戦士か。あのときの技、まだ使えるのか」

「あぁ。威力は落ちたが、精度は上がった」

「はは。そいつは、頼もしいな」

 

 妖気が消えているはずだが、眼の潰れたガラテアが〈風斬り〉の構えをとったクレアを察した。ガラテアは妖気を消す薬飲んでても、集中したらわかるんだったっけ……。

 

「止まれって言ってんだろ! 聞こえねぇーのか」

「……」

 

 クレアは、ガラテアを掴んでいるアガサの腕を細切れにした。ガラテアの前髪が、また無くなった。ぷぷぷ……。

 

「ガッ。アガッ……」

「おい……。精度は上がったんじゃなかったのか……髪が切れたぞ」

「すまない。気にしていなかった」

 

 おでこ丸出しののガラテアが、クレアに文句を言った。2回目だからか、普通にキレてた。そりゃそうだ。前髪失敗したら1日くらいキレる。私もキレる。

 アガサは既に力を使い果たしているのか、無くなった腕を押さえて憎々しげにクレアを睨んでいた。

 

「次は切らないように頼むぞ」

「あぁ、任せろ」

「待て、クレア」

「……ミリア?」

 

 テンションが上がっているのか、少し前のめり気味に〈風斬り〉を構えたクレアを、ミリアが制止した。まさか……次は坊主に!? 何てドSなの!?

 

「約束はどうする。これで由となるのか?」

「……??」

 

 真顔のミリアが、私に話しかけてきた。なんの話?

 

「はぁ……。止められているのか……。存外に、愛されているらしいな……」

「ちょっと待て、ミリア。なんの話だ」

「起こすぞ」

 

 困惑するクレアを放置したミリアが、〈幻影〉で私に近づいてきた。ミリアは、私に向かって腕を振りかぶった。ご乱心、ご乱心ですぞ! えぇ! これまたビンタじゃん。

 

「へあっ!?」

 

 驚いて声が出てしまった。ミリアは、許せサスケ……。スタイルで私の額に人差し指を刺した。肉を裂く音が聞こえた。いや、刺さるんかい。私の意識はそこで途切れた。

 

 

「ミリア! 何をしているんだ!」

「いいから見ていろ。起きろ()()()()

 

 困惑する仲間達を尻目に、ミリアは直立したまま白目を向いているオリヴィアに話しかけた。

 ミリアの指が引き抜かれた額の穴が蠢き、額が縦に裂けた。傷口が開閉を繰り返すと、いつの間にかそこに瞳が埋まっていた。額から徐々に肌の色が変わって行った。

 

「あら? 何処なのかしら……」

「うわ」

 

 オリヴィアが、白目を向いたまましゃべった。あまりに気味の悪い光景に、イライザは思わず声をこぼした。

 

(オリヴィアだったら、『キャアアアシャベッタアアア』とか叫びそうね……)

 

 イライザ本人は自覚していなかったが、長い年月により、オリヴィアによってかなり思考が侵されていた。

 オリヴィアの額に付いた眼が、ミリアをとらえた。

 

「あら、ごきげんよう。隊長さん。……総本山に着いたのかしら?」

「いや。まだだ」

「……じゃあ、何のようなのかしら。呼び出されたから出てきたけど、これでも大分無理をしているのよ?」

 

 オリヴィアの身体を借りて話す何者かは、そうミリアに告げた。白目を向いたまま話している辺り、見るからに無理をしているような不気味さがあった。

 

「枷の話だ」

「……期待していなかったのに。まさか、見つかったのかしら?」

「ガラテアの後ろで蹲っている……ヤツがそうだ」

「……ふ、ふふ。そう、居たのね。……(わたくし)、良いことを思い付きましたわ。……ねぇ、そこの貴女。まだ、生きたいかしら?」

 

 ミリアにアガサを示唆された何者かは、アガサへそう問いかけた。

 

「グッ。……な、何を言って」

「おい! 覚醒者をみすみす逃がすって言うのか!」

「……見ていろ、ヘレン」

「……姉ぇさん?」

 

 アガサが困惑し、あたかも覚醒者を逃がすような発言をした何者かに、ヘレンが噛みついた。しかし、ミリアによって片手で制止が入った。

 

「……逃がす? いいえ。……いいえ、一生戦ってもらうわ。その存在が尽きるまで……。元々戦士であった貴女には、本望でしょう?」

「は?」

 

 何者かは反芻するように頷いた後、アガサに向かって薄黒く染まった片手を上げた。

 アガサと白目を向いたオリヴィアの間は、10メートル程であった。しかし、誰もその場から動いていないにも関わらず、アガサの頭が突然弾けて消滅した。

 

「なっ……」

「……」

「……ん。感謝しますわ、隊長さん。元々、期待していなかったんだけど……」

「……約束は守れ」

「ふふ。貴女が期待を裏切らない限りは」

 

 突然の展開にクレア達は、驚いて着いて行けなかった。オリヴィアから出てきた何者かは、ミリアへそう言い残すと吸い込まれるように元の肌に戻った。

 オリヴィアが、雨上がりの水溜まりに崩れ落ちた。

 

「〈幻影〉の……。お前……」

「……くっ!」

 

 そんな空気を遮って、色付きがガラテアに大剣を構えた。色付きが持つ大剣は、恐怖から震えていた。

 

「うぐ……、ぐ……」

「……いや、空気読めよお前」

 

 これまでの流れを完全否定した色付きに、イライザが呆れた声を出した。

 組織の命令で追いかけていたガラテアが、街や人を守るために人知れず戦っていたことを知り、気持ちに整理がつかないのか、色付きは泣きながら大剣を構えていた。

 

「……そいつの任務は、私を狩ることなんだ」

「!」

「すまなかったな。私のすべき事は終わった。命はお前にやるよ」

 

 ガラテアは、首を差し出すように色付きへ顔を向けた。そんなガラテアの言葉を聞いた色付きは、膝から崩れ落ちた。

 

「なんでそんなことを言うのよ……もっと悪い人でいてよ……そんなこと言われたら、斬れなくなるじゃない! 組織からの命令は絶対なのに……」

「ママ……泣かないで……」

 

 色付きは、心中を吐露した。ボロボロのミアータが色付きの背をさすった。

 

「もう、どうすれば良いのよ……」

「ならば、組織に戻らなければ良い」

 

 ミリアが色付きに冷たげに言い放った。

 

「えっ?」

「このまま組織に戻れば、組織は叛逆とみなし、その場でお前を粛清するだろう……。残された道はただひとつ、この街に留まることだ」

「でも、そんなことをしたら私達……」

「勿論、その時点で離反者となる。しかし、この街は半人半妖を排斥する街として有名だ。体面上は聖都、この街に留まるなら組織も迂闊に手を出せまい」

 

 困惑する色付きを説得するように、ミリアは淡々と語った。

 

「あくまで一時凌ぎだな。本気になった組織は、この街を消すことになんの躊躇もしまい」

「……だろうな。だが、留まるのは一時で良い」

「なに?」

 

 ガラテアが冷静に組織の動きを予想した。ミリアは一呼吸溜めてから言った。

 

「……我々は、組織を潰すために来た」

「な!?」

「本気で言っているのか? あまりに無謀で愚かな考えだ。……現在の戦士達と剣を交えるつもりか? ……それに、妖魔はどうするつもりだ? ……組織は我々に許せない事をするとはいえ、人々にとって必要な存在であるはずだ」

 

 場に沈黙が降りた。皆各々に考え事をしていたが、生き残った戦士達はミリアを信じて行動をしていた。そこには、ミリアがガラテアが話した考えに到って居ない筈がないと言う信頼も含まれていた。

 

「良い機会だ。私が、これ迄知り得たことを全て話そう。……オリヴィアの事も含めてな」

 

 指先に付いた血を払ったミリアが、全員へ告げた。




うーーーーーん。
この辺は後で加筆するかもしれません。
難産の様でした。
後半の展開に関わるのでボケづらいと言いますか…。

今後ルート分岐を計画していますが、アンケートってどやって使うんだ……。


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〈痴呆〉のオリヴィア

説明回的な物になりました。
情報量が多く、なんとか纏めようと試行錯誤した結果こうなってしまった……。

ゆるしてくれー!


「知り得たこと……だと?」

「……ポコ。ブクブクブク。ポコ」

 

 ミリアへ、ガラテアが言葉を返した。眼を瞑ったミリアがゆっくりと語り始めた。

 

「かつて私は」

「……ブクブク」

「友を失った怒りから、組織に復讐を」

「……ポコォボボボプク」

「隊長。話の前に、オリヴィアを移動させて良い? 水溜まりに顔が浸かってて、ブクブク泡を吹いてて煩いのよ」

「…………。早く、仰向けに寝かせてやれ……」

 

 頭を押さえたミリアが、イライザへ言った。微妙な空気が流れたが、少し落ち着いたところでミリアは再び語り始めた。

 

 かつてミリアは友を失った怒りから、組織への復讐を誓った。しかし、先にガラテアが指摘したジレンマに陥った。

 古より、この地に妖魔がはびこっている。妖魔は、人を捕食する上位者である。その存在を狩るために産み出されたのが半人半妖の戦士であり、産み出したのは組織であった。

 先程のジレンマとは、半人半妖を産み出す組織を潰してしまうと、妖魔に食われる人間が増えてしまうと言うことだった。

 妖魔憎しで戦士になったことを考えれば、本末転倒と言ったところであった。

 そして、組織の消耗品であるミリアが、触れられる情報には限りがあった。

 

「しかしそんな中、組織から最も離れた南西の地。人々から忘れ去られたような山村の村人の言葉から、疑念が沸いたんだ」

 

 ミリアの姿を見た村人達は、大層驚いていた。そして、その村民達は、妖魔どころか古の昔より――、と言った定説すら知らなかった。

 そこに違和感を感じたミリアは、仮説を立てた。

 

「妖魔は、組織の中から生まれ出でているのではないかと……」

 

 これまで聞いたことのあった妖魔についての定説は、人化を解いた妖魔がよく口にするものだった。その言葉が流布されるにつれ、妖魔の居ない時代を知るものが死に絶え、組織が流布した情報が真となっていった。

 

「そして、もうひとつ――」

 

 ミリアは大剣を取り出して、この大剣を構成している鉱物はおろか、精製場所を誰も知らないと言う点を上げた。そして、折れたり曲がったり、歯こぼれした所を見たことが在るかを仲間へ問いかけた。

 皆、どんなに強固な外格を持つ覚醒者を相手にしても、大剣が折れた仲間を見たことがなかった。

 

「この大剣は、この大陸で作られたものではない」

 

 2度目の衝撃が走った。ウンディーネとユマは、話についていけず膝を抱えて少し飽きていた。

 これらの情報を推測し、組織を疑問視していたミリアの元に組織の人間が近づいてきた。組織も一枚岩ではないようで、ミリアに協力する人物が現れたと言う事だった。

 

 その様な伝から得た情報によると、この大陸以外に陸地が存在しないと言うのは、組織が流した風説であり、実際には血で血を洗うような戦乱を繰り広げている大陸が存在していると言う事だった。

 覚醒者は、その大陸で悪魔の兵器として生まれた。自陣すら破壊し尽くしてしまう覚醒者をコントロールするための実験が、組織の本当の目的だった。

 

「やつらは、ここで制御できる覚醒者の実験を繰り返しているんだ」

「制御できる……覚醒者の実験……?」

「アリシア、ベス。この二人は、覚醒してから元に戻ることに成功していたぞ!」

 

 北の戦士達は衝撃から混乱していたが、ガラテアは組織の実験終着点と思われる存在を知っていた。

 

「二人の完成は聞いた。しかし、1つの実験の終着点ではあるのだろうが……、双子でなければならないと言う事や、精神を受け持つ方の負担が大きすぎる弱点がある。まだ、本懐には程遠いのだろう……」

「〈幻影〉、詳しいな……。それも、伝とやらから聞いたのだろうが……」

「その通りだ」

「ミリア。待ってくれ。……それじゃあ、あの歪な覚醒から戻ったオリヴィアは……?」

 

 ミリア達の会話を割って、クレアが声を上げた。クレアは常に平静を保っているように見えるが、その内は激情家だった。仲間がそんな悲惨な実験体だと言うことが、我慢ならなかった。

 ミリアが、クレアに向き直って言った。

 

「いいだろう。ここからは、オリヴィアについて語ろう」

「〈痴呆〉のについてか……。昔、組織からの命令で監視していたこともあったが……。あまりにも弱すぎて、覚醒体としても期待されていなかったと言うことか……?」

 

 ガラテアは過去、組織の命令でオリヴィアを監視していた。しかし妖力も安定せず、ひたすら剣のみで戦うオリヴィアに組織の興味が薄れたのか、監視任務は徐々に減っていった。

 

「それも、()()の作戦の内だ。オリヴィアの中には、複数の戦士の精神が宿っている。……これには、皆一度は覚えがあるはずだ」

 

 長い年月を供に過ごした北の戦士達は、オリヴィアへ何者かが憑依した姿をみていた。例をあげれば、以前クレアがリフルと戦う前に会った存在がそれに当たった。

 

「オリヴィアの中へ憑り付いている……。いや、封印されていると言った方がいいか……」

「封印だって?」

 

 片眉を上げたイライザが、ミリアへ胡散臭そうな顔を向けた。

 

 オリヴィアの中には、底無しの力を持った存在が眠っていた。妖気自体を感じとる事はできないが、相対したものはこれまで感じたこともない怖気を感じるものだった。

 ミリアがその存在と邂逅したのは、北の地での修行の時であった。

 

 ある時、オリヴィアが修行の中で重症を負った。ミリアが治療を行おうとすると、妖力解放していないにも関わらず、気絶したオリヴィアの傷が独りでに高速で治った。起き上がったオリヴィアは、先に話した強大な存在が人格として現れていた。

 

 その時、ミリアはその存在と取引をするに至った。この身体に貶めた、組織の研究者の首を差し出すことを条件にして。

 ミリアはその存在との対話を、その後も定期的に続けた。

 

 ミリアが北の地で、意識を失ったオリヴィアへ暴食を()い、さらに営倉の深い穴蔵に縛って投げ込んでいたのは、妖気が漏れ出たオリヴィアを隠すためであった。妖気を消す薬を大量に服用させ、無理矢理妖気を消していた。

 いつも営倉を抜け出すオリヴィアへ、ミリアは平静な顔の下では、肝を冷やしていた。

 

()()()()は、オリヴィアの実姉の覚醒者だ。組織の実験により、その血肉がオリヴィアへ埋め込まれたんだ」

「なっ……」

「しかし、組織が望むような戦士とは成らなかったのは、承知の通りだ」

「待ってくれよ、姉ぇさん! 覚醒者の血肉だって?」

「ミリア、それでは半人半妖ですら無いじゃないか……。しかし、あいつには処置が必要だったぞ。それに覚醒者の気配も感じない」

 

 デネブやヘレンが困惑した声を上げた。

 

「覚醒者の気配を感じないのは……。組織が一枚岩ではない事に原因があったようだな……。通常と異なる実験を秘密裏に行うために、妖気が漏れでないよう覚醒体へ何かしらの処理を施したようだ。オリヴィア自身の身体に、どの様な処理を施されたのか。そこまでは分からんが……。あの白い繭のような腕を覚えているか?」

 

 ミリアは、オリヴィアが獅子王リガルドとの戦いの後に見せた姿を示唆した。黒い素体を白い腕が包み込んだものだった。

 

「あの沢山生えてきたやつか……?」

「あの時は……、必死すぎて覚えてねぇな……」

 

 デネヴとヘレンが顔を見合わせた。

 

「あれは初期に、同じような実験を施された被験者達だ……。各々に組織によって、人格を破壊された者達のな」

「待て、なんの話かと思えば……。まさか〈痴呆〉と言う名前から薄々感じてはいたが、天才達の話か」

「天才達?」

 

 デネヴが問いかけ、今度は頷いたガラテアが語りだした。ナタリーは飽きてきたのか、瓦礫を驚異的なバランス感覚で積んで2メートル程に達していた。

 

 昔、訓練生の中に、妖力解放ギリギリでようやく使える技を初めから会得しているもの達が現れた。しかし、どの訓練生も意思の疎通が難しく、通常の半人半妖とは別の訓練棟で飼われていた。

 

「意思の疎通が難しかったのは、感情の起伏がひどく激しかったり、それまで話していた者の事を突然忘れ、初めて会ったかの様に振る舞っていたからだそうだ……」

「……そして、それには理由があった」

 

 ガラテアの言葉を引き継いで、ミリアが続きを話した。

 

「組織が実験していたのは、アリシアやベスの実験の前段階。元々姉妹で実験を繰り返していた……、覚醒した側の妖力を制御する実験だ」

「!」

「1つの肉体に複数の人格を発生させ、強力な妖気を持つ存在を操るものだ。つまり、その訓練生達には複数の人格があったんだ」

「それは……」

 

 クレアやデネヴが、オリヴィアへ顔を向けた。オリヴィアは、ナタリーが崩してしまった瓦礫に埋もれて、よだれを垂らしながら健やかに眠っていた。泥で汚れた頬がよだれで流れ、一本筋を描いた。

 

「そして……。詳細は分からないが、サルビアを埋め込まれたオリヴィアは、暴走してその訓練生を平らげたそうだ。そうして生まれた人格が」

「オリヴィア()()と言うことか……」

 

 クレアが、ミリアの言葉の先を予想して言った。頷いたミリアが先を続けた。

 オリヴィアは、元々サルビアの妹だった。しかし、オリヴィアの元となった人格は組織の実験で潰えた様だった。

 

 サルビアは覚醒した後も、組織の実験の影響か人としての執着があまり変化することがなかった。オリヴィアに埋め込まれた後も、それは残留した思念として復讐の火を燃やし続けた。

 

「オリヴィアは、中途半端な完成品で居なければいけなかったんだ。そうでなければ、今頃ここには居なかっただろう……。言葉が巧く話せなかったのも、組織への印象を変えるためにサルビアが蒔いた種と言う事だ」

「えぇー! 馬鹿じゃなかったんだ……」

 

 イライザの心の底から出た声に、一部の北の戦士達が深く頷き、再び場が白けた。

 ミアータが背の小さなオリヴィアにシンパシーが沸いたのか、拾った棒で頬をつつき回し始めた。

 

「妖気が読みにくいのにも、その辺りの影響があるようだな。〈痴呆〉のが持っている妖気は、常に波のように変動しているんだ」

「吸収された人格は、元々覚醒者の制御を想定された戦士達だ。無意識に妖気を抑え込み続けているのかもな……」

 

 あからさまにヤバイ存在として語られ始めた幼い戦士に、色付きは戦々恐々としてミアータが出していたちょっかいを止めさせた。

 

「あ~。情報が多すぎて良く解らなくなってきたんだが……。つまり、ちび助が覚醒しても戻って来れるってことでいいのかい?」

「覚醒すると言うよりは、枷の外れたサルビアが表に出てくると言った認識の方が近いかもしれんな」

「枷か……」

 

 勘の良いウンディーネが話を纏めた。皆、各々に思うことがあったが、崩れた街を見渡したミリアが話を締めくくった。

 

「まだ、話しきれないこともあるが……。街との交渉を進めねばなるまい。……以上が私が知り得た情報だ」

 

 

 

 

 燃え盛る森の中、赤い髪のアガサは、全裸で血に濡れた状態で立っていた。

 

「どこよ、ここ……?」

 

 アガサの主観では、謎の戦士に取り囲まれ、白目を向いた戦士に腕を向けられたところで記憶が途切れていた。

 

「あの女も粋なことをするじゃない……?」

「わたし達の為にやっているわけじゃないと思うわ」

 

 アガサの前には、瓜二つの女が鏡合わせに立っていた。長い金髪をしており、跳ねた前髪が特徴的だった。オリヴィアに宿る人格のセフィーロだった。

 

「あなた達は……」

「忘れられているなんて……」

「まぁ、そんなものよね。元々、期待はしていなかったわ」

 

 瓜二つの戦士が大剣を構えた。2人は鏡合わせのように、仁王のような構えを取った。

 一瞬の溜めの後、空気が弾ける音が響き、引き絞られた大剣が突きの壁を作った。

 

「か、あガッ」

 

 突きの壁に触れた哀れなアガサは、その身体の大半が消し飛ばされた。しかし、数秒もしないうちに、粉微塵となった身体が元に戻った。

 

「かはっ……。な、何が起こった……」

「何度も繰り返すことになるわ。あなたとわたし、その存在が尽きるまで……」

 

 四つ足をついた状態で手の平を見つめるアガサへ、口調の柔らかいセフィーロが言って、大剣を突きつけた。

 

「戦いなさい」

「ここから先は地獄よ? 精々、死ぬまで踊りなさいな」

「くそっ!」

 

 アガサは人間体のまま、セフィーロに背を向けて逃げ出した。どこまで走っても、炎に巻かれた森林が続いた。

 

(くっ……。何なんだこれは……。どこまで続くんだ! 少し休んで、覚醒体にさえなれば、あんなやつら……!)

 

 アガサは力を使い果たしかけの人間体ではなく、覚醒体となってから襲いかかるつもりであった。

 

――リン。

 

 ラボナの祈りの聖句を唱えるときに使われる、鈴のような道具の音が鳴った。アガサも潜伏していた聖都ラボナでは、良く聞いたありふれた音だった。

 

「どこまで逃げるのかしら……。慎重で狡猾。言い換えれば、臆病な負け犬ね」

 

 その声が聞こえた途端、アガサの足が消し飛んだ。

 

「ガッ、ああぁ!」

 

 地面に倒れ込んだアガサは、起き上がる前に意識が闇に閉ざされた。

 

――リン。

 

 また鈴のような音が鳴った。

 

 赤い髪のアガサは、全裸で血に濡れた状態で、燃え盛る森の中に立っていた。

 

「ひっ……」

「もう一度だけ言うわ」

「戦いなさい」

 

 アガサは逃げ出した。〈深淵の者〉よりも恐ろしい、双子の化け物に背を向けて。ひたすら、燃え盛る森の中を駆けた。

 

――リン。

 

 四肢をもがれて、心臓に大剣を突き立てられた。

 

――リン。

 

 赤く長い髪をしたアガサは、血に濡れた状態で、燃え盛る森の中に立っていた。服は着ていなかった。

 アガサは恐怖で足がすくんだが、反転して全速力で駆け出した。

 

――リン。

 

 乾いた音が聞こえ、首が落ちた音が聞こえた。

 

――リン。

 

 アガサは、燃え盛る森の中に立っていた。身体は血にまみれ、服は着ていなかった。

 アガサは、呼吸が出来なくなった。

 

――リン。

 

 恐ろしい鈴の音が聞こえ、身体が消滅した。

 

――リン。

――リン。

――リン。

――リン。

――リン。

――リン。

――リン。

 

――リン。

 




夏と言えば風鈴。


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蛸人間

大分時間が空いてしまいました。


 食器が擦れる音と陽気な笑い声が聞こえてきた。ヘレンの声か……。うるせぇー!

 身を起こすと、油壺に繋がったランタンが見えた。ランタンには、豪華にもガラスが張られていた。セフィーロ森の炎と違って、穏やかで心が休まる気がした。

 

 広い民家の居間に寝ていたようだった。私達用なのか寝具がいくつか並んでいた。建ってからそれなりに時間が経過しているのか、無垢の木目が日焼けしていた。

 上体は起こせたが、下半身はベッドに縛り付けられており、腕も固定されていた。

 

「〈痴呆〉の……いや、オリヴィア。起きたか」

 

 窓際に座ったシスター服のガラテアが、こちらに振り向いた。一瞬、黒髪の誰かにダブって見えたが、気のせいだった。

 額がヒリヒリした。ミリアに額を刺されたんだった。拘束された右腕をすっぽ抜いて、恐る恐る頭を右手へ持っていくとツルツルのおでこに触れた。誰がハゲだって!?

 

「……相変わらず、表情がコロコロ変わる奴だ」

「見えてんの?」

「見えてないさ」

 

 盲目のガラテアは、気負わずに肩をすくめた。街に潜伏するために、自分で潰したんだっけ……。ガラテアは、納得してるのかもしれない。

 

「……聖堂の礼拝堂に、お前が突然と現れたときは驚いたぞ。お陰で助かった。礼を言っておくよ」

「……」

 

 言うほど何かした記憶はなかった。むしろ、前髪切ってごめん。

 

「あ、やっと起きたんですか」

 

 ガラテアと話をしていると、部屋にシンシアが入ってきた。心配して来てくれている辺り、何となく優しさが染みる。これが……優染味。いやぁ、なんか照れるね。

 

「おは」

「身体の調子はどうですか?」

「あぁ、全く問題ないよ。妖気同調で傷の回復を早めることができるとはな……。世話をかけた」

「いいえ」

 

 挨拶しかけた私の上空でラリーが続いた。あれ?

 その後、シンシアに続いてナタリーが入ってきた。ナタリーは、陶器製の熱々な大鍋を両手で持っていた。蓋の隙間から湯気が立ち、良い臭いが漂った。

 

「飯だ」

 

 気が利く長髪娘、ナタリーの登場である。私の腹が轟音をたてた。ちょうどお腹が空いてたんだ。音は、ちょっと恥ずかしいが。

 鳴った音に呆れた顔になった3人が、溜め息をこぼした。ナタリーはおもむろにベッドまで寄ると、シーツで包まれた私の足に鍋を置いた。

 

「あ。『いや、あっつ!?』」

「あーん」

 

 ナタリーから木勺で掬った熱々シチューを頬に押し付けられた。あーんじゃないが!? 熱い! 足がモモチキンになる! 駄目だ! 全然気が利かないわ、こいつ!

 鎖で縛られているせいで回避不能だった。結局、シチューと言う名の煮え湯を鍋一杯分食わされた。お腹は満ちたが、ナタリーへの復讐事項が増えた。あと、浮いてた目玉は何の目玉だったの……。

 

 死にそうな思いをして、ようやくベッドから解放された。

 縛っていた理由だが、私が暴れださないか確認していたらしい。どう言うことよ……。あんな拷問受けたら、普通は暴れるぞ……。なめてんのか。暴れなかった私を褒めろ。

 

 シンシアやガラテアから聞いた話だが、街との交渉は無事に済んだらしい。私達を匿ってくれる様だ。代わりに、妖魔が入ってこないように、見張ったりしないといけないみたいだ。

 

「ここまで、すんなり交渉が上手くいくとはな……。これも〈幻影〉の手腕か」

「元々、ヴィンセント司祭は半人半妖の容認派らしいですね。何故か重症の司祭様方が多くて、あっさり纏まったみたいです」

 

 ヴィンヴィンは、昔クレアに助けられ、それから心を入れ換えたそうだ。綺麗なヴィンヴィンになったと言う。映画版ジャイアンとか、そう言うことらしい。……ほんとか?

 

 ガラテア達と話をしているうちに、酔い潰れたヘレンが隣の家から運ばれてきた。デネヴが肩を貸して運んでいた。

 

「ぐぇ~もう飲めねぇ~」

「おい、しっかりしろ」

 

 私たち半人半妖は、アルコールぐらい弾けるというか、一瞬で分解できるはずなんだが……。ヘレンは、何でぐでんぐでんになってんの?

 

「たこ」

「誰がたこだ! てめぇ!」

 

 ヘレンに蛸みたいに真っ赤って言おうとしたら、速攻で絡まれた。慌てて手を掻い潜るように逃げた。これめんどくさいやつじゃん! ……腕伸びてやんの。ぷっ、マジで蛸みたいじゃん。ぷぷぷ。

 

「てめぇ!」

 

 ヘレンの方を見て笑ってたら、千鳥足のヘレンに追われた。ヘレンと私の追いかけっこが、走り回るには狭い部屋でしばらく続いた。

 

「はぁ……」

「元気なことだ」

「ミリアの話で精神的に来ていたはずだったのだがな……ヘレンのやつは」

 

 ガラテア達の会話が耳に入った。いや、ヘレン全然落ち込んでないじゃん。くっそ元気だよ!

 ナタリーが地面に放置した深い鍋にヘレンの足が嵌まった。ナタリートラップ危なすぎるだろ!

 

「うおっ! いっ!」

「あははははは」

 

 ヘレンが鍋ごと足を滑らせて後頭部を強打し、腕を伸ばしたまま白目を剥いて気絶した。私もツボに入ってゲラゲラと笑った。やべぇ、蛸壺だ!

 

「ははは、はっ……?」

 

 ヘレンを指差しながら笑って後ろに下がっていたら、視界が回り、宙に舞う木勺が見えた。その隣にサムズアップするナタリーの顔が見えた。ナタリィィイ。

 

「がはっ」

 

 目頭から火花が出て記憶が途切れた。

 

 

 

 

 

 処変わって、リフルの古城では、一人の戦士が捕らえられていた。

 

 新世代の組織の目であるナンバー6のルネは、薄暗い地下で目を覚ました。長い金髪は、ドレッドロックス型に結われていた。

 

(ここは……。そうだ! 〈深淵の者〉西のリフルに追いかけ回されて……。それで……、私は捕まったのか)

 

 広域の感知持ちであるルネだが、リフルの巧妙な誘導により捕まってしまったのだった。〈深淵の者〉に捕まるという絶望的な状況が、ルネの心を蝕んだ。

 ルネは身動きがとれず、自分の置かれた状況を冷静に見回すと、宙吊りにされていた。速さが自慢の両足は切り落とされており、遅れて痛みを自覚した。

 

「うわああぁ!」

 

 幸いルネは防御型だった。時間をかければ足の再生も可能だろう。しかし、〈深淵の者〉がそれを許すとはルネにも思えなかった。

 叫んだことで、妖魔の身体の一部で出来た鎖が揺れ、串刺しにされたルネの両腕が痛んだ。左腕は肘から先が無かった。

 

「あら。やっと起きたのね。随分と長く寝てたから心配したのよ? やり過ぎたんじゃないかって」

「うぐっ。ちくしょう……」

 

 朽ちかけた椅子の上に、両膝を抱えるように座った少女がルネに話し掛けた。〈深淵の者〉西のリフルだった。

 

「そんなに泣かないで頂戴。ただ、貴女にやって欲しいことがあっただけなのよ。妖気読みに優れた戦士である貴女にね」

「き、貴様……」

 

 痛みやストレス、絶望的な状況から、ルネは嗚咽を漏らした。

 膝を抱えてゆったりと座ったリフルが、芝居掛かった動きでルネへと話しかけた。

 

「どうしても逃げてほしく無かったから、しただけなのよ。ほら、貴女って足が速いじゃない? ……本当に許してね」

「……」

 

 リフルは眉根を寄せてルネに謝った。しかし、ルネにはリフルが見せたどの行動も、人の皮を被った化け物のように思え、受け入れられなかった。

 

「くすくす。あたし、良いものを2つ拾ったのよ。そのどちらも、そのままでは全く役に立たないの」

「くっ。なにを勝手な……」

「見たところ、貴女防御型の戦士なんでしょう? その足も再生は可能なはずよ。でも、時間を空ければ再生も難しくなるわ。大人しく従った方が、身の為になると思わない?」

 

 ルネの顔が猜疑心で歪んだ。

 

(馬鹿を言うな……。深淵にとって木っ端な存在の私を、こいつが逃がす道理もない)

「信じられないって顔をしているわね……。正直言うとね。拾い物をなんとかしてくれるなら、貴女なんてどうでも良いの。起こした後は、逃げるなら逃げてくれて良いわ」

 

 小首を傾げたリフルが、椅子の上で再度足を抱えてルネに言い募った。

 

「リフル。持ってきたぞ」

 

 がっしりとした中年太りの男が、生物的な鎖を引きずってリフルの傍まで来た。リフルの情夫であるダフだった。

 

「ダフ。上げて」

「ぐへっ」

 

 リフルがダフへ上げるように指示を出した。ルネの前を揺れる影が覆った。

 

「な、なんだこれは……」

 

 それは、肉の異形だった。二人の人間が眠るように絡み合って融合したナニかだった。

 ダフは腕から超硬度の棒を作り出すと、そのナニかに突き刺した。

 突き刺されたところから血が吹き出し、辛うじて生物であることが判った。

 

「見ての通り、外から何をしても反応しなくてね。貴女のように妖気操作ができる戦士が必要だったのよ」

「これを……どうしろと言うのだ」

「これを内側から目覚めさせてほしいわけ。鬼が出るか蛇が出るか。あたしにも分からないわ」

 

 リフルは、にやりと笑いながら人差し指を立てて付け足した。

 

「これが生まれた経緯から言って、確実に〈深淵の者〉に匹敵する何かが生まれるわ。願わくば、あたしよりちょっと弱くて従順な子がいいんだけど……」

「……そいつが手に負えなかったらどうするつもりだ?」

「決まってるじゃない? そいつが完全に目を覚ます前に……あたしが殺すわ」

「……」

 

 リフルから溢れた殺意によって、ルネのこめかみに汗が流れた。ルネは、生殺与奪を握られたストレスから息苦しくなった。

 

「くすくすくす。そんなに怯えなくても良いのに……。それと、もうひとつ。貴女の上の子も目覚めさせてほしいのよ」

「!?」

 

 ルネは、リフルに言われようやく気づいた。ルネの身体に降り掛かっている黒い血滴が、自身の両腕より出たものではなく、さらに上、天井付近から落ちて来ている事に。

 それは、枯れた古木を思わせる見た目をしていた。朽ちた黒い巨木の根が天井を覆っているように見えた。ルネの両腕に繋がる鎖が刺さったそこには、女が彫られていた。鎖や眼孔から垂れる黒い液体が、唯一生物的な印象を与えた。よく見れば、ダフが産み出した棒で標本のようにあちこちが止められていた。

 

「な、なんなんだ……。こいつは」

「……北の戦乱の拾い物よ。どうしてそんな風になったのかは分からないけど。そっちはそれ程強くなさそうだから、後回しでも良いわ」

 

 リフルの影から、2つ長いものが飛び出した。床を転がったそれは、ルネの両足だった。

 

「信じられないんなら足を繋げてからでも良いわ。左腕はバラバラになったから、諦めてね」

 

 そう言ったリフルは、ルネへにっこりと笑いかけた。

 

「でも、逃げようとする素振りがあれば……直ぐに殺すわ」



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空飛ぶラ・ボナ教

アンケありがとうございました。
散らばったオリ要素の回収作業をさせて頂きます。
クレイモア主人公のクレアについても、タイミングを見て描写していきます。


 街が落ち着いてきた頃、ミリア隊長に呼び出された。あの戦いから既に何日か経過しており、怪我していたミアータと色付き――クラリス――も全快していた。二人は、ラボナに残ることを選んだようだった。ミリア隊長やガラテアの庇護下に入るようだ。

 

「全員集まったな」

 

 場所はラボナの聖堂の一角にある、街並みを一望できる展望台だった。聖堂は先の戦闘場所から外れたところにあり、被害を免れたのだった。下では家を失った難民達へ、炊き出しが行われているようだった。……あとで混ざろう。あ! あの肉でけぇ!

 

「おら! ちゃんとこっちに来なさい!」

「ふぎゃ」

 

 真下を覗き込んでいたら、イライザに首元を掴まれてUターンさせられた。見習い用のシスター服を着ているため、掴みやすいのだろう。前着ていた襤褸の革鎧は、無慈悲にも老シスターによって捨てられた。……煮れば食えた非常食だったのだが。

 

「皆を集めたのは他でもない、これからのことだ。組織や深淵との闘いは、非常に厳しいものになるだろう……。まずは皆、心残りを清算してきて欲しい。必ずしも、生きて帰れる戦いではないだろう。北の大戦とは違い、しがらみもないんだ。だから、出来るだけ悔いの残らないように戦って欲しいんだ」

 

 ミリア隊長は全員の顔を見渡して、そう言った。

 

「その結果、ここに戻らなくても構わない。生き残ったそれぞれが、これからの生き方を見つけられるのであれば、北に散った仲間も本望だろう……。ただし、どこへ行くにも基本的に2名以上で行動して欲しい」

「……ふーん。2名ね」

「心残りつってもよぉ。故郷も、もうないぜ?」

「私の出身の村は、組織の拠点近くに在った……。妖気が消えてるとは言え、迂闊に近付けないだろうな……」

 

 ウンディーネの姉御の故郷は、既に無いようだった。ユマは不幸なことに、組織近くの出身のようだ。イライザはふーんとか言ってるけど、ちゃんと聞いているのか。

 

「あたしは南の出なんだ。……デネヴも行くだろ?」

「……腐れ縁だ。付き合ってやるよ」

「きひひ。素直じゃねーな」

 

 ヘレンとデネヴは一緒に行くようだ。

 

「クレア。お前はどうする?」

「私は……」

「ラキってやつを探すんだろう? 生きてて良かったじゃねーか」

 

 ミリア隊長がクレアに問いかけた。逡巡したクレアだったが、ヘレンからフォローが入った。意外と面倒見がいいよね。

 

「最低2人で行動しろ。一人で行かす訳にはいかん」

「それなら、私が一緒に行きましょう。私の故郷も、もう無いですから」

「……ユマも連れていけ。それであれば許可しよう」

「待ってくれ! ミリア、私は一人で」

 

 シンシアがクレアとの同行を立候補した。話が一気に進んでしまったクレアが反論した。

 

「お前は何かと暴走しがちだ。2人を連れていれば無茶もすまい」

「……」

 

 ミリア隊長が諭すようにクレアへ言った。クレアもミリア隊長の言っていることに心当たりがあるのか、大人しく聞いた様に思えた。

 

「くくく。シンシアはともかく、ユマも付けるとは姉ぇさん考えたな」

「え?」

 

 デネヴの肩を掴んで顔を寄せたヘレンが笑った。近くで聞いていたユマが声をこぼした。ユマは元々ナンバー40代の戦士だった。弱っちぃけど良い奴なんだ。そして、ヒエラルキーが割りと低い。クレアが無茶できないように、枷として付けられたみたいだ。

 

「あたしの故郷、この近辺だったんだけど……、見知った顔はもういないわ。それにしても、……オリヴィアの故郷はどこなんだ?」

「オリヴィアは……」

「うーーーん」

 

 イライザに故郷を聞かれた。そりゃ、南だった気もするし、東のは全焼したでしょ……。西の教会は燃えカスがありそう。雪山のは壊滅したしなぁ。あれ、何でこんなに故郷があるんだ?

 

「『壊滅!』ヨシッ! あてっ!」

「いや、良しって。結局どこなんだお前……」

 

 記憶を辿って指差し確認していると、イライザに頭を小突かれた。

 そう言えば、朝にガラテアを眺めてて思い出したが、シスター(せんせい)の埋葬くらいはしてあげたい。大分時間が経っているが、何か残っていないだろうか……。あれから声が聞こえなくなったセフィーロの実家みたいなところに行くか。聖都ラボナから南西側のどっかだった気がする。

 

「教会に行く! ……カティアを探す!」

 

 両手を挙げてアピールした。ラボナに缶詰されては叶わん。これはチャンスだ。暴虐なミリア隊長から離れるチャンスだ。ついでに、町に寄って人里のグルメを堪能しよう。ぐへへ。7年ぶりの食堂開拓だ!!

 

 あと、カティアを探してやらないといけない。一人できっと寂しいはずだ。

 

「オリヴィア……。よし! オリヴィアには、ウンディーネとイライザが付いていけ」

「え? またぁ!」

「……ま、良いけどよぉ」

 

 ミリア隊長の一声で、イライザとウンディーネの姉御が付いてくることになった。イライザは頭を抱えていた。やれやれ、〈まつげ〉のお守りをさせられるとは、苦労するぜ……。

 

 ナタリーはミリア隊長とラボナに待機するようだった。ナタリーのふかふかロン毛の首元には、何故かミアータが股がっていた。肩車とか、お父さんか。私もやれ。

 

「くれぐれも行動は慎重にしてくれ。特に覚醒者や戦士との接触は避けるんだ。私は此処から……、全員の無事を祈っている」

 

 ミリア隊長がみんなの眼を見て言った。隊長は何か企んでるとき、眼を見てくるのよね。バレバレよ。きっと、老シスターのお菓子を独り占めにするに違いない。戻ってきたら、デブになっているかもしれない。デミリア……。ぷぷぷ、うける。

 

 

 

 

 

 

「はい! ちゃんと飲めよ、これ」

「えー……」

「えーじゃない!」

 

 聖都ラボナを立って数日後のことだった。鬱蒼とした森の中、イライラ森ガールのイライザに渡されたのは、妖気を消す薬だ。私たちが持っていたやつは賞味期限が怪しかったので、クラリス達が持っていたものを分けてもらっていた。

 前助けた戦士達は黴けたやつを飲まされていたのだが、お腹を壊さなかったのだろうか……。

 

「お前だけ妖気が漏れてるだろ! 早く飲め! こら!」

「ぬごごごご! 〈まつげ〉め!」

「あー! また〈まつげ〉って言った!」

「……まぁ、感知範囲に戦士はいないから、良いんじゃねぇーか?」

 

 ついに取っ組み合いになり、無理矢理食わされそうになった。私の〈まつげ〉回避が決まり、姉御の一言で、あえなくドローとなった。

 

「ちっ。町に入る前に飲めよ」

「わかったわかった」

「ホントに分かってんのか!?」

 

 いちいち煩い〈まつげ〉なのだった。妖気を消す薬は……苦ぇんだよ!!!

 

「……チビ助。隊長にも言われただろ、余計な戦いを避けるためだ」

「……あい」

 

 片膝立ちで視線を合わせたウンディーネの姉御が、肩に手を置いて諭してきた。いや、分かってるんだけど、〈まつげ〉相手だとなんか素直になれないのよね。許して。

 

――キャー!

「!」

 

 ボリボリと妖気を消す薬を噛み砕いていると、めっちゃ遠くから悲鳴が聞こえた。膝を落とし、両耳に手を当てて耳を澄ました。

 

「オリヴィア?」

 

 沢山の人間が移動している音と、馬の嘶きが聞こえた。妖魔の群れか何かか……?

 

「町が燃えてる……」

「何だって?」

「んあ? ……ちっちぇ妖魔の気配が沸いたな」

「妖魔って沸くものなのか……? 隊長は組織が作っているって言ったけど」

 

 皆で顔を見合わせた。

 とりあえず、町へ向かうことになった。襲われている人を無視するのは、矜持に反するというのはイライザの言だった。

 イライザはきっと、任務外でも立ち寄った町で妖魔をサービスキルしていたのかも知れない。北の地に送られた理由が判った気がした。

 

「〈まつげ〉遅い!」

「うるさい!」

 

 町へダッシュで向かった。ミリア隊長との修行に付き合っていたら、私の足はいつの間にか速くなっていたのだった。

 この中で足が遅いのはイライザだった。イライザの能力は、これといって突出しているものはないが、オールラウンドに何でも卒無くこなせた。膂力も高く、私よりもパワーがあった。しかしよく考えたら、このチーム脳筋しかいねぇ!!

 

「見えたぞ」

 

 益体もないことを考えていると、町が見えてきた。黒い煙が上がり、生き物が焼けた臭いがした。

 

 南に渡る山岳地帯の麓に出来た小規模な町だった。町の人々が、平地側に取る物も取りあえず逃げ出していた。

 逃げ惑う人々の声を拾うと、妖魔だの盗賊だの口々に違うことを叫んでいた。いや、どっちよ。

 

 人々を躱しながら町に到着した。私達は黒っぽいローブをすっぽりと被って、半人半妖であることをバレないようにしていた。

 

「……なんだ? 妖魔と盗賊が、かち合ったのか……?」

 

 人々の死体が、そこかしこに在った。身なりが悪い者が多く、倒れている者の殆んどが山賊か盗賊であることが窺えた。

 イライザが、盗賊の死体を蹴って仰向けに向きを変えた。

 

「うげー……」

「これは……妖魔の仕業なの……?」

「いや、内蔵が残ってる」

 

 男は上半身の一部が失われており、顔の一部分もなかった。ウンディーネの姉御が言うように、妖魔は内蔵を好んで食べる傾向にある。いや、他のとこも食べるんだけどね。

 

 突然、死体達が起き上がって襲ってきた。顔中の血管が浮き上がり、目が白濁していた。さながらゾンビのような様子だった。

 大剣を抜いて一瞬でバラした。もはや、妖魔などは何人いようと、私達の相手には成ら無くなってるなぁ。これも血反吐修行の成果だろう。

 

 通りから雄叫びが聞こえた。声のする方まで移動すると、銀色のスライムみたいなやつに寄生された盗賊と、隻腕の重戦士が向かいあっていた。重戦士の鎧は、聖都ラボナの兵士が着ていた鎧に良く似ていた。バケツ型の兜で顔は見えなかった。

 

「くくく……。こうなってしまっては、貴様も道連れよ。商人から買った、瞬時に傷を癒す水薬が……、まさか人を妖魔に変える薬だとは……」

「……」

 

 隻腕の重戦士は、無言で長剣を八双に構えた。妖魔にするには、手術しないといけないんじゃなかったっけ……? 私は首を傾げた。

 

 考えことをしている間にスライムマンと重戦士が交差し、一瞬で勝負がついた。

 重戦士のバケツ型の兜が落ち、スライムマンの首が落ちた。

 

「……」

 

 重戦士は無言で死体に向かって、ラボナの聖句を唱える所作をした。

 髪は短髪で顔に大きな傷があり、精悍なナイスミドルだった。老シスターの話で聞いた、流浪の聖騎士様だろう。妖魔を暴き、世を救う旅を続ける騎士様だ。

 

「ばかっ! なにしてんだ!」

 

 ならばと、私は勘の赴くままにローブを脱ぎ去った。小声でイライザが止めようとしたが、何となく無視した。大事なことなんだよっ!

 妖気を押さえる薬を飲んでいるため、目の色は色素の抜けかけた赤色に近い茶色になっていた。一見して、私が半身半妖とは思わないだろう。蒼いシスター服と洗礼者の首飾りをした私は、さながら流浪の宣教者に見えるはずだ。

 

 重戦士は、印を見せると跪いた。

 老シスターに仕込まれ、笑顔で頷いて免許皆伝を許された洗礼を見せてやる。跪いて洗礼を請うがいい!

 

 眼をつむった私は、重戦士の頭に手を添えて厳かに言った。

 

「めんまマシマシ。ラメン」

「……は?」

 

 その時、イライザの踵落としが飛んできて私の意識を狩った。

 

「ややこしくするな!!!」

 

 それが、今日の私が聞いた最後の言葉となった。

 




ラーメン!

老シスターは懐が広い。


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丘の上の乳

 空を眺めていた。

 透き通るような青い空が、心を洗うようだった。しかし、通り過ぎる雲がだんだんと、わたあめに見えてきた。

 身を起こして辺りを見回すと、短い草が生え揃った小高い丘だった。あれ? 壺売れそうなナイスミドルは?

 

「でっかくなってたなぁ」

 

 突然、隣に気配が沸いた。

 焦げ茶色の髪色をした女だった。乱切りのような無造作なミドルショートをしており、仰向けに寝そべっていた。寝そべっていて見えないのだが、伸ばした後ろ髪が赤いロープで巻かれて、蠍の尾のようになっていることが何故だか判った。

 丈の長い牧歌的な格好をしており、眠そうな目からのんびりとした印象を感じた。

 私は人差し指を立てて、巨大な双丘に突き込んで言った。

 

「誰だ貴様!」

「ウチはロザリー。ウチはあんたの……うーん? 又従姉妹??」

 

 手をはたかれ、疑問系で答えられた。またまたご冗談を。私は残念ながら、この巨乳(らくえん)の血族ではない。くっ……。バカにしやがって!

 

「ちょっと、適当に言い過ぎじゃない?」

「そんなことないと思うけどなぁ」

 

 ロザリーと全く同じ声が、真後ろから聞こえてきた。

 ハッとして振り返ると、木漏れ日を落としていた枝の上にロザリーと全く同じ格好をした女がいた。またそっくりさんだ!

 

「はぁ。相変わらずのすっとぼけ具合ね」

「そうかなぁ」

「あんたよ」

 

 木から飛び降りたロザリーは、寝そべっているロザリーまで歩いてきた。そして、腰に手を当てて寝そべっているロザリーを覗き込んだ。

 それを見た私は、直ぐに寝転んだ。幸せな光景が眼下に広がった。でかい。ここが理想郷(ティルナログ)だった。

 

「もう始めたいんだけど、準備はいいかしら」

「えー」

「えー」

 

 巨乳(らくえん)から追放されたくなかったので、隣のロザリーと同調した。

 

「……えーじゃありま、せん!」

 

 地鳴りがするほど踏み込んで、上から覗き込んでいたロザリーが寝転がったもう一人を蹴飛ばした。

 

「あーれー」

「あーれー」

 

 ものぐさロザリーは、空を飛んで行ってしまった。私は地面が揺れた衝撃で、丘の下まで転げ落ちた。

 

 

 

――ピィーー。

 

 

 

 甲高い草笛の音が響いた。

 丘から転げ落ちた私だったが、気づけば炭化した家屋に囲まれていた。火が燻っている音が聞こえた。次いで金属製の靴の音が響いた。

 

 起き上がった私の前に現れたのは、戦士の格好となったロザリー達だった。焦げ茶色の髪の色は抜け落ち、例のごとく金髪銀眼となっていた。

 

「ウチ、本当は……ずっと寝ていても良かったんだけどなぁ……」

「食われた中でも、あんたがここに一番順応しているとウチは思うわ……」

 

 二人を良く見比べると、眠たげな方と怜悧な方で目付きが異なっていた。

 

「でも、そう言うわけには行かないんでしょ」

「うん。アルくんを見付けちゃったからね。そろそろ、解放されて欲しいなぁ……」

 

 二人の会話に、私は置いてけぼりだった。ははーん。この先の展開が判ったぞ。あれだろ、セフィーロと同じだろう。理不尽にも戦わされるのだ。だが、私が勝つ!

 

「ガ!」

「!」

「ちょっと、なにしてんのよ」

 

 先んじて妖力解放した。二人は困惑していた。しかし、先手必勝じゃおらぁ!

 気が付いたときから握っていた大剣を振りかぶり、二人のロザリーへと突貫した。薄々思ってたが、倒したら目が覚めるやつだ!

 

「あー、しょうがないっかぁ」

「怪我をさせないでよね」

 

 大剣を袈裟斬りに叩きつけた。

 

「だりゃぁぁ!」

「ほっ」

「がは」

 

 しかし、どういうカラクリか、いつの間にか大剣の柄を掴まれて地面に転がされた。こいつ、ゆっくり動いているのに……攻撃の瞬間が全然見えなかったぞ!

 

「とりあえず、妖力解放をやめてね」

 

 眠たげなロザリーは、片手で大剣を私にゆっくりと振り下ろした。怜悧な方のロザリーが、ハラハラとしながら見守っているのが視界の端に映った。殆ど置くように大剣を添えられた。

 

「そっとよ、そーっと」

「ほっ」

「がっ!?」

 

 大剣の腹が私に触れた瞬間、全身を衝撃が貫いて身体が浮き上がった。衝撃でくの字に折れた私は、受け身を取り転がりながらも距離を空けて状況を確認した。

 

 たったあれだけしか触れられていないのに、地面が陥没していた。私の身体は痛みを訴えていたが、数瞬で元に戻った。

 

「へたくそ。骨折れたじゃない」

「えへへ、失敗しちゃった」

 

 眠たげなロザリーが頭を掻きながら言った。なんなんだ今のは……。純粋な腕力だろうか。接触した瞬間に力を入れたのか……?

 気が削がれて妖気が収まった。

 

「ふぅ。やっと落ち着いて話ができるね」

「……」

 

 確かに仕掛けたのは私だったが、先の技を見るにロザリーは油断ならなかった。セフィーロみたいに何をしてくるか分かったもんじゃなかった。

 

「どうしてくれるのよ。あんたを警戒してるじゃない」

「それはぁ……。えーと、……ね、お願い!」

 

 怜悧な方へ、眠たげなロザリーがお願いポーズをした。嘆息した怜悧なロザリーが私の方を向き直った。

 

「ウチらは、あんたが最初に会ったあの子達とは違うわ。……あの子達には、自身の手で始末したいことがあったのよ。その八つ当たりね」

 

 あの子達って言うのはセフィーロのことだろう。あれから声が聞こえなくなったが、()()()()アガサをバラバラにするのを見て溜飲を下げたのだろうか。薄らと原作での彼女の最期を思い出した。

 

「ウチらは、あんたにやって欲しいことがあるだけ。そのために出てきたのよ。……代わりと言ってはなんだけど、さっきの技を教えてあげるわ」

 

 ロザリーは、技を伝授することを私に提案してきた。そんなこと言って、本当は私に乱暴する気でしょ! 私は腕を掻き抱いた。

 

「あー……怯えちゃってるねぇ」

「誰のせいよ、誰の。……これって怯えてるのかしら?」

 

 二人のロザリーは顔を見合わせた。

 

 教えて貰っても良いのだが、何を要求されるか分かったもんじゃなかった。

 あの技、私も再現できないだろうか。一度もらったが、身体の中を衝撃が貫いた感じがした。……遠当てのような技術だろうか。しかし、あの態勢から地面に陥没を作れるほどの膂力は私にはなかった。

 

 やっぱダメじゃんと、落ち込んでのの字を書きつつ、どうやったら夢から覚めるかを真剣に考え出した頃、眠たげなロザリーが話しかけてきた。

 

「ねね、これ作れる?」

「?」

 

 ロザリーが差し出したのは、草笛だった。一枚の葉っぱを折って作るタイプの物だった。

 

 

――ピィーー。

 

 

 草笛の音がなり、また小高い丘に戻った。いきなり景色が変わるのにも慣れてきたが、突然明るくなったので私は眼を瞬いた。

 

「やっぱり、ウチはこっちがいいなぁ」

 

 ロザリーは牧歌的な格好に戻っていた。毒気を抜かれて私はロザリーの隣に座った。少なくとも、戦う意図はなさそうだった。

 

 ロザリーの草笛を見よう見まねで作った。

 

「ふふ」

――ピィーー。

 

 作りなれているのであろう、ロザリーの草笛は綺麗な甲高い音がした。

 

「……」

――ぺェーー。

 

 私の草笛からは、あからさまに失敗したであろう音が響いた。なんだこのPC壊れる前のベープ音みたいなやつ……。うごご、悔しい。あれ? 待てよ。逆に、どうやってこの音でたの……。

 

「あはは、難しいよねぇ。ウチも最初は下手だったよ」

 

 そう言ったロザリーは、手に持った草笛を手渡してきた。受け取るときに付け加えた。

 

「アル君が教えてくれたんだ――」

 

 

 

―――ノイズ。

 

 

 

 あの日、いつもと変わらない毎日だった。

 日常が壊れるなんて、この大陸で生きている限り逃れ得ない事なのに、自分達だけは大丈夫と信じていた。

 

 

―――ノイズ。

 

 

 

 春風が走って目が覚めた。

 木漏れ日の隙間から、流れていく小さな雲が見えた。快晴。

 私の顔にもうひとつ影が落ちた。幼馴染みのアルスだった。

 

「よぉ。またここかよ」

「……アル君も寝たら?」

「やーだね」

 

 アル君は、そんな掛け声と伴に横に座り込んだ。アル君は手慰みに作った草笛を吹いた。彼は作るのがうまかった。

 

 

 

―――ノイズ。

 

 

 

 場所は、いつもの小高い丘の上だった。

 焼けた臭いがして目が覚めた。眼下に広がる村が、黒い煤をあげて燃えていた。

 慌てて丘を下った。足がもつれて倒れそうになるが、必死に走った。自分の足の遅さを呪った。

 

「はぁはぁ……。父ちゃん! 母ちゃん!」

 

 村に着いて煙を上げる建屋の扉を開くと、不気味な音を立てて家が崩れ落ちてきた。

 

「ロザリー! あぶねぇ!!」

 

 走り寄ってきたアル君に抱えられて、難を逃れることが出来た。

 

 

―――ノイズ。

 

 

「こっちだ!」

「はぁはぁ……」

 

 二人で煙の充満する村の中をさ迷った。

 煙で視界が悪い中、そいつに出会った。

 一匹の妖魔だった。

 売られたはずの姉の顔をしたそいつは、両親の亡骸を貪っていた。

 

「ギ、ガッ……ロ゛ザリ゛……?」

「ひっ……」

「そいつはもう、お前の姉ぇちゃんじゃねぇ!!」

 

 そいつがウチを姉の声で呼んだ。

 恐ろしさで身がすくんだが、アル君に手を引かれて逃げ出した。

 足の速いアル君に引っ張られ、躓きそうなりながらも走った。ボロ靴はどこかへ行ってしまっていた。

 

「はぁはぁ……。痛い」

「はぁはぁ……。走れ! もっと速く!」

 

 ここから逃げ出して、一体どうなるのだろうか。両親はもういない。妖魔が出た村の子供達は、直ぐに奴隷商に売られてしまうと聞いた。村外れに広がる荒野を見据えて、絶望が頭をよぎった。

 

「ちくしょう!」

「きゃっ」

 

 叫んだアル君が、ウチを引いて突き飛ばした。妖魔の足音が近くまで迫っていた。

 

「俺が時間を稼ぐ! 行け!!」

「えっ? ダメ!!」

「あ、おい! 放せ!」

 

 いけないと思ったウチは、アル君の手を捕まえて必死で引っ張った。必死にアル君の小剣を持った手を引いて逃げようとした。

 

 

―――ノイズ。

 

 

 アル君は妖魔の触手に捕らわれてしまった。小剣だけを持ったウチは、彼を捕まえた妖魔の前に立っていた。

 

「ぐっ、……何やってんだ! 早く逃げろ!」

 

 妖魔の触手に捕らえられて、宙づりになったアル君が叫んだ。

 

「アル君を……離せぇ!」

 

 ウチはアル君を妖魔から解放するために、妖魔の腕を狙って小剣を投げた。火事場の馬鹿力を発揮したウチは、重たい小剣を狙い通り妖魔へ投げることに成功した。

 しかし回転した小剣は、妖魔の盾にされたアル君の左腕の肘付近から先を落とした。

 

「ぐ、ああぁぁ!」

「ゲヒャヒャ! こいつやりやがった! ハハハ」

 

 痛みで絶叫し、歪んだ彼の両目が私を見た。

 妖魔の触手に凪ぎ払われ、身体中を打ち付けた。徐々に暗くなっていく視界の中、流麗に揺れる金色の髪が見えた。

 

 

―――ノイズ。

 

 

 ゴタゴタが片付いた後、妖魔一体分の金額を払うために、生き残った村中の子供達が売られることになった。

 肉親から妖魔が出たウチは、村のどこにも居場所がなかった。むしろ、売られて安堵すらしていた。

 東へと送られる時、北行きの馬車へ詰め込まれたアル君が叫んだ。

 

「俺強くなるから。もう負けねぇから! だからロザリー! おまえも諦めるな! 助けに行くから!!」

 

 その言葉にウチは救われた気持ちを覚えた。アル君には嫌われていなかった。

 その後、組織がある東に送られたウチは戦士となった。

 

 まだ、約束は果たされていない。

 

 

―――ノイズ。

 

 

 

 パチパチと薪が弾ける音が聞こえてきた。ボヤけた視界の焦点が合い、石造りの壁が見えた。どこだここ……? 一面のクソ緑どこ行った?

 

「……起きたか」

 

 上体を起こすと、短髪で鎧を着た大男の背が視界に入った。壺が売れそうなナイスミドルだった。王宮で奸計に嵌まり、追放された騎士のような陰気な雰囲気だった。薄幸ダンディズムを感じる。

 

 こちらに視線を向けず、長剣を研いでいた。……そっと寝た振りをして、何回「起きたか」って言うのか数えるの楽しそう。何回か言ってくれそうだった。

 

 思い立ったが吉日とそっと寝転んだ。男は視線を一度向けた後、また長剣を研ぎ始めた。ぷくく……。

 

「……お前、何笑ってんだ」

 

 頭上から姉御が声を掛けてきた。一部始終を見られていたようだ。なんだ、居たのか……。

 

「あ、オリヴィア! 大丈夫?」

 

 桶を持ったイライザが、木製の扉から入ってきた。中に水が入っている音がした。イライザは、珍しく心配げな表情を向けてきた。いや、蹴ったのお前だろ。ヤンキー猫拾うみたいなポイント稼ぎやめろ。

 

 イライザが言うには、いつも通り蹴ったのに気絶して起き上がってこない私を心配したと言うことだった。そりゃ心配になるわ……。いや、待てよ。いつも蹴るな。

 

「もっと、優しくして」

「……ミリア隊長よりは、優しいでしょ?」

 

 やんわりと抗議すると、言葉に詰まったイライザが反論してきた。ってか、基準そこかよ……。

 ガックリと項垂れていると、薄幸ナイスミドルが話し掛けてきた。

 

「……それで、お前達はラボナから来たと?」

「そうよ。ヴィンセント司祭に世話になったわ」

「人外を排斥しているラボナからか……。信じられん。いつしか時代が変わったと言うことか……」

 

 私が寝ている間に、粗方説明が終わっていた。

 この騎士のおじちゃんは、ラボナの妖魔排斥派の支援を受けて各地を巡礼していると言うことだった。

 実を言うと覚醒者は兎も角、意外にも妖魔は人間だけで狩れてしまう。難しいのは、狡猾にも人に紛れた妖魔を見つけると言うことだ。この騎士のおじちゃんは、特殊な薬液に浸した臓器を使って妖魔の食欲を煽り、炙り出しているようだった。

 そう言えば、あのスライムマンはなんだったんだ……。

 

「あの盗賊は、何者だったんだ?」

「……半人半妖であれば知っていると思ったのだがな。ここ数年、人を妖魔に変えてしまう薬が流れ始めているんだ」

「けっ……。あれが妖魔だって? キナ臭い話だ」

 

 気の効いたイライザが騎士に訊ねた。なんと人を妖魔に変えてしまう薬が、南の方から入ってくるらしい。組織の新しい実験か何かかな? しかし、妖魔パウダーとか……。知らんぞ!




PSP版VPのグールパウターと言う痛ましい何かに近い何か。


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天誅

天に代わりてお前を誅す。


 襲われた町の被害は軽微だったようだ。薄幸騎士によって、盗賊はほとんど何もせずに壊滅させられたようだ。薄幸騎士は、隻腕だが有能なのだろう。

 

 宿屋の主人に作って貰った牛っぽい何かの香草焼きをモリモリ食べながら、騎士や姉御の話を聞いていた。チラチラと薄幸騎士がこちらの様子を見ていた。しかしこの肉、異様にうまい。えっ? 盗賊が乗ってた馬なのこれ? えぇ……。私は諸行無常さを噛み締めて食事の手を進めた。

 

「半人半妖は、食事をあまり必要としないと聞くが……」

「?」

「いや……。盗賊どもの拠点が、この町から東にある廃教会にあるようだ。妖魔化薬がまだ残っているかもしれん」 

「廃教会?」

「あぁ、何年も前に火事で焼けたらしい」

『それだ!』

「うわ。汚っ」

 

 立ち上がって薄幸騎士を指差した。口に含んでいたものが吹き出し、対面に居たイライザにかかった。

 何となくで向かっていたが、図らずも合っていたようだった。燃えた教会で間違いないだろう。これが帰巣本能と言うやつだ。

 

「なんなんだ……?」

「あー、たぶん目的地が同じになりそうだ……」

 

 目を瞑ってウンウン頷いていると、薄幸騎士にウンディーネの姉御が答えた。

 

 

 薄幸騎士が目的地を知ってると言うことで、一緒に行くことになった。交渉はウンディーネの姉御がやってくれた。

 唯人(ただびと)の男に速度を合わせると日が暮れると、イライザがぶー垂れていた。ごめんな、道が分からねぇんだよ……。

 

 廃教会への道のりは、半日ほど掛かった。薄幸騎士は重装備にもかかわらず、結構な速度で歩いた。若い木々が雑多に生えており、腰高い藪が鬱蒼と生えていた。その為、薄幸騎士は途中で馬を降りざるを得なくなったのだ。しかし、盗賊の馬はどこから来たんだ……。藪じゃないルートもあるのかもしれない。私は胃袋に帰って行った馬を憐れんだ。

 

「たしかに、小さな妖気が固まっているわね」

「既に、盗賊どもは妖魔になっていると見て良さそうだな」

 

 道中で、イライザが頬に指を当てて言った。妖魔がイライザの感知範囲に入ったようだった。私も目を瞑って調べてみたが何も感じなかった。〈まつげ〉には負けてないと思ったんだけど……。

 

「なに止まっているん……。はぁ、お前妖気を消す薬飲んでるだろ」

「……」

『そうだった!』

 

 遅れた私に姉御が言った。薄幸騎士もこちらに振り返った。……そう言えばそうだった。戦士達に感知される可能性を少しでも減らそうとしてるんだった。〈まつげ〉よ。疑ってごめん。

 

「な、なによ」

 

 私はイライザに近づき、肩を叩いてしきりに頷いた。

 

 日が暮れる前に廃教会までたどり着いた。教会の前では、みすぼらしい格好の男達が、うーうー言いながら歩いていた。

 

「! 何だあいつらは……」

「あれが薬で妖魔化した人間さ」

「うぇー。あの起き上がってきたやつね……」

 

 順に姉御、騎士、〈まつげ〉の反応である。

 教会は、白濁した目をした盗賊達のゾンビーパークと化していた。目視できる範囲に6人ほどがいた。妖魔より弱いあいつらには、私たちは過剰戦力だろう。

 

 

―――

――

 

 

 

 最後の一体を薄幸騎士が倒した。重い鎧の突進から繰り出す斬撃は、ラボナに残った色付きのクラリスが食らえば、たちまち吹き飛ばされそうだった。

 

「ふん。普通の人間なのに……慣れてるな」

「......本物を何匹か切ったことがある」

「ほぉ……」

 

 大剣に付いた血を一振りで払った姉御が、感心して言った。たしかに、クレアが探しているラキよりは強そうだった。姉御は筋肉ムキムキでなくなっても背の高い部類なのだが、薄幸騎士は体格が姉御よりも大きい。

 

 盗賊の生き残りはいない様子だった。薄幸騎士が奥まったところにあるテントから木箱を運び出していた。例の薬だろう。

 

 教会の中は、元あった生活とはかけ離れた様子になっていた。あの火事で天井が落ちたのだろう。残されているのは、地下の本が入った部屋くらいだった。もっとも、盗賊に荒らされて何も残っていなかった。シスター達の手記もボロボロで読めなかった。悲しい。

 

 意気消沈して門があった枠から出ると、シスター(せんせい)から飛び出た血を幻視した。煤けた壁に当たって光る何かが落ちた気がした。

 何となく壁際の土を掘り返すと、錆びくれた首飾りが出てきた。首紐の一部が無くなっていたが、幸いなことにペンダントトップは無事だった。

 

「まずい! 何か来た!」

「!」

「……」

 

 ペンダントをポッケに突っ込んだ時、イライザが叫んだ。今の私は妖気を全く読めないので分からなかった。しかし意識を向けると、遠くから草を掻き分ける音が高速で近寄って来ていた。金属同士の擦れる鎧の音から言って、恐らく戦士だ。慌ててみんなに伝えた。

 

「せんし!」

「どうする?」

「はん。今更逃げられないだろ?」

「お前達は組織に追われているのだったか……。ならば――」

 

 薄幸騎士とシスターと言う(てい)で相手をすることになった。教会の瓦礫に姉御達は隠れた。髪色がみんなと違う私は、蒼いシスター服を着ていることも相俟って、一見して戦士に見えないだろうとのことだった。大剣は姉御達に預かってもらった。全て薄幸騎士の案だった。

 

 長髪の女が藪から飛び出してきた。顔を伺うと冷たい印象の女戦士だった。ナンバー幾つだこいつ。

 

「ここで妖魔の気配が複数途切れたので来てみれば……。何者だおまえ達?」

 

 薄幸騎士が切ったゾンビーの生首をポイ捨てして戦士が言った。涼しげな声をしていた。腹から声だせ! ごみを捨てるな!

 

「最近増え出した妖魔擬きか……。余計な手間ばかりかけさせてくれる」

 

 ぼそぼそと独り言を言った戦士が、勝手にイラついて舌打ちをした。さてはカルシウム足りてないな、こいつ。

 

「ラボナの終の騎士と身の回りの世話をするシスターだ。生憎と隻腕なのでな」

「……人の身で妖魔と戦う気狂い達か。兜をとって顔を見せろ」

 

 薄幸騎士は(しるし)を掲げて戦士に言った。私も同じように(しるし)を掲げた。しかし、バケツ兜がやっぱり怪しかったらしい。可哀想に……。

 

「ふん。本当に人間だな」

「当たり前だ」

 

 さすがにイラッとしたのか、薄幸騎士の口調が荒くなった。意外と気に入っている兜なのかもしれない。

 

「もう用は無いだろう」

「私も気狂い男に付き合う程、暇ではないんでな……」

『あばよ!』

 

 背を向けた戦士に、手を上げて捨て台詞をかけてやった。

 

「……待て」

 

 あれ、このタイミングで声を掛けられるなんて……。なんか嫌な予感がするんですけど。

 

「奇特な唸り声を口から出す人を……私は過去一人しか知らない」

 

 背中越しに女戦士が言い放った。私はお前を知らない。帰っていいよ。

 

「久しぶりだな〈痴呆〉の戦士。あの時、深淵からともに生き残ったミアだ」

「えぇ!」

 

 笑顔が浮かんだミアが振り返った。私は前のめりになった。生きとったんかワレェ!

 

「まさか、北の戦地を生き延びていたとは……な!」

「今のを躱したのか!?」

 

 突然の戦士ばれに、姉御とイライザがミアの意識を落とすために背後から飛びかかった。妖気が消えた二人による完全な不意打ちだった。しかし、ミアは二人をすり抜けるように躱してしまった。昔の動きが嘘みたいだなぁ……。

 

「折角の生き残った顔見知りとの再会だ。邪魔するな」

「こいつ……デキるぞ!」

 

 イライザ達に向き直ったミアが言った。 

 

「妖気を消す薬を飲んでいる訳ではなさそうだな。長年、妖気を押さえ続けたことで消えたのか。他に生き残りは何人いる?」

 

 ミアは鋭い表情で、あっという間に私たちの正体を言い当て続けた。ミリア隊長の顔が頭を過り、冷や汗が出てきた。あれ? やばくない?

 

「……しかし、紹介が遅れたな。ほとんどの戦士の世代が変わったが、前世代の生き残り……。()()()()6()のミアだ」

「ナンバー6……」

「一桁代か」

 

 謎の強キャラ感を出すミアに対して、姉御とイライザが冷や汗を垂らした。でも、ミアってナンバー34くらいじゃなかったっけ……。出世したのね。しかし、数字マウントは止めよう、ハイやめやめ。この話は終わり! 不毛だ。

 

 冷静にウルトラマンAAの真似をして遊んでいると、上から声が降ってきた。

 

「おいおい……。はぁ、勝手にナンバー6を名乗るなと言っているだろう。ディートリヒを唆し、共謀してガラテアを取り逃がしてナンバーを剥奪されたお前は、あくまで()()ナンバー6なんだがな……」

「!」

「オルセ……!」

「昔も今も……俺が口添えをしなければ直ぐに死んでいたんだよ、お前は」

 

 教会の瓦礫の上に立った黒服が言った。七年前の私の担当者、ため息大好き陰気な男のオルセだった。

 

「おるせ!」

「くく。それに、まさか〈痴呆〉のやつが生きているとはな。村々が消えているのは、お前が原因ではなかったか……。近くの町で人相を聞いて出向いたが……、当てが外れたな」

 

 オルセは、私達を恐れる様子もなく笑って言った。あたかも組織に対しての悪戯が成功した子供のような表情だった。おっさんなんだけど。いや、そもそも私のせいって何よ。

 

「覚醒したお前が、暴れまわっているものだと期待したが。まぁ、生きているのであればそれもよかろう」

「あん? どういう意味だ」

 

 尊大な物言いのオルセにウンディーネの姉御が食って掛かった。

 

「くくく。なぁに、こちらの事情だ。組織も一枚岩ではなくてね」

 

 肩を揺らしてオルセは笑った。姉御の問いには、答えるつもりがなさそうだった。

 

 私はそっと股ぐらを漁った。シスター服のスリット入りスカートの股下に隠していた非常食の肉棒(ほしにく)を取り出した。隣の薄幸騎士がぎょっとした気配を出した。しかしクソ黒服には、必ず仕返しをしなければならない。

 モゾモゾとしているとき、黒服からチラリと一瞥されたが、大人しく話を聞かないのは何時ものことなのでスルーされた。大剣で叩くと恐らく死んでしまうので、密かに準備していた塩辛カチカチの肉棒(ほしにく)で仕返しをしたいと思う。両手でしっかりと握った。覚悟!

 

『天誅!』

「かはっ!」

「オリヴィア!?」

「どっから出した!?」

 

 思いっきり飛び上がって、オルセに棒を振り下ろした。オルセは全く反応できずに脳天に食らい落下した。

 





それは干し肉というにはあまりにも大きすぎた。
大きく。
分厚く。
重く。
そして大雑把すぎた。
それはまさに肉塊だった。


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多勢に無勢

オリ展開が続いて申し訳ない。
そろそろ、原作に帰りたい(ルナティックモード)


 私達は、ふん縛ったオルセの前に集まっていた。

 ミアは、一瞬の出来事に放心して私達を見ているだけだった。

 

「……何てことをしてくれたんだ」

 

 しかし、心が戻ってきたのか、私によって亀甲縛りにされたオルセを見て片手で頭を押さえていた。これで、止めなかったこいつも共犯だ。ははは!

 

「組織の連絡員か……」

「んあ。ああ、今となっちゃあ懐かしいもんだがな」

 

 ウンディーネの姉御と薄幸騎士は、オルセやミヤの監視で残った。監視と言っても、亀甲縛りのおっさんと状況的に詰んでしまったミアは逃げたり出来ないのだが……。

 

 オルセが起きるまで暇になったので、シスター(せんせい)のお墓作りをした。教会の裏の空き地に棒だけ刺して墓を作った。私が持っていたラボナの(しるし)を結んだ紐へ、拾ったペンダントも一緒に通して墓に掛けた。成仏召されよ。合掌。

 

「めんまマシマシ。めんまマシマシ」

「あんたのソレ、どこの宗派よ……」

 

 ラボナ圏に住んでいたイライザから、合掌に対して呆れ声で突っ込みが入った。いいんだよ。こういうのは気持ちなんだよ。

 

 オルセは打ち所が悪かったのか、なかなか起きなかった。

 

 私達は、消沈したミヤも含めて焚き火を囲んだ。みんなで焼いた干し肉を食べた。私達半人半妖は、顎の力も鬼のように強い。ボリボリと食べた。しかしオルセを叩いたせいで、先の方は粉微塵となって、飛び散ってしまっているのが少々残念だった。

 

 食事が終わり、手持ち無沙汰になったので草笛を作って吹いた。

 

――ピェーー。

「……へったくそな笛だなおい」

 

 ロザリーに教えてもらった通りに作ったけれど、やっぱり上手く吹けなかった。ウンディーネの姉御が聞いてたみたいで、片眉を上げて私の笛の音に突っ込んだ。練習中なの!

 

 横合いの薄幸騎士が、草笛を私の手からひょいと奪った。

 

「どれ……。貸してみろ」

「あっ」

「ぬっ。これは……」

 

 草笛を観察した薄幸騎士は、私の草笛を咥えた。おぃィ? 間接キスなんだが? 変態か?

 

――ピィーー。

「おぉ!」

 

 ロザリーの笛の音と同じ音が鳴った。私は立ち上がって感嘆の声をあげた。プロかな?

 

「……これを誰に教わった?」

 

 草笛を私の前に掲げた薄幸騎士が言った。誰にって、そりゃ……。

 

「『ロ』名も知らない戦士。昔にぃ死んだ」

「…………。……そうか」

 

 私の口が勝手に動き、慌てて口を塞いだ。いつものエイリアンマウスシンドロームだった。最近無かったのに……。

 薄幸騎士は下を向いて暫くした後、私の顔を見て言った。

 

「……お前は、託されたのだな」

 

 何の事か分からなかったけれど、神妙な雰囲気だったので両手で口を押さえたままコクコクと頷いておいた。

 

 

 

 

「うっ。うぅ……」

「お、やっと起きたみてーだな」

 

 オルセがようやく起きた。顔が苦痛に歪んでいた。すげぇ痛そう。

 立ち上がった薄幸騎士が、オルセに近づいた。薄幸騎士は、まだ呻いているオルセを唐突に蹴って仰向けにした。

 

「がはっ! く、何をする……」

「答えろ。この薬は、お前達が蒔いたものか?」

 

 薄幸騎士がオルセの顔前に持っていったのは、小汚ない瓶詰めの液体だった。蓋はコルクになっていた。

 

 先程までミヤや薄幸騎士と、組織がこれまで行ってきた悪行の情報共有を行っていた。

 当然ながら、その中に人を妖魔に変えてしまう薬も話題に上がった。薄幸騎士は、オルセからなにか引き出せないかと考えているのだろう。

 

「……くそ。まずは開放しろ」

「ダメだ。話すのが先だ」

 

 しばらく押し問答をした後、ボコボコに顔を腫らしたオルセが諦めて話始めた。

 

「……その薬について、組織は関知していない。サンプルは取っていたがな」

「どういうことだ?」

「……」

 

 組織は突発的に沸いた人を妖魔に変える薬について、これ幸いと放置していたそうだ。組織に対するヘイトが減るからだろうなぁ。

 暫く話すと、オルセは黙った。それ以上情報を渡さない気だろう。

 

「数年前から……大陸中央付近にある村が一晩で消える事件が増えた。複数の妖魔が居ると依頼が入った村で、その傾向が顕著だったんだ……」

 

 沈黙を破ったのは、ミアだった。

 

「これは推測だが……。恐らく組織は、村々が特殊な覚醒者に襲われていると考えていたのだろう。複数の妖気を勝手に産み出す薬が、そいつを釣り出すのにうってつけだった訳だ」

「特殊な覚醒者……か」

「……」

 

 大筋合っているのか、オルセの額から汗が流れ落ちた。いや、さっき私のせいにしていなかった?

 

「あっ! 北から地下を移動した奴は?」

「かてぃあ?」

 

 イライザが声を上げた。カティアの事だろうか。私はミアに食って掛かった。

 

「カティア、どこ!」

「な、何なんだ急に。話す、話すから揺らすな!」

 

 私から解放され、息を落ちつけたミアが語りだした。

 

「私がナンバーを剥奪されてから、組織の目として新たにルネという戦士がナンバー6に着いた」

「……おい。そいつと、今までの話は同じ話なのか?」

 

 全然違う話を始めたミアに、ウンディーネの姉御がイラついた声を出した。危うく私もキレるところだった。

 

「まぁ、最後まで聞け。そのルネという戦士が、しばらく前から行方不明となった」

「……逃げたってことか?」

「いや、それはない。リフルに捕らわれたと言うのが、組織の考えだ」

 

 この時期のリフルってなんか色々やってるんだったっけ……。ヤバい、うろ覚えだ。

 

「リフルって、深淵のリフルか?」

「そうだ」

「一体なんだって……」

「さあな。ただ、その時期と特殊な覚醒者が出現しなくなった時期が一致するんだ」

 

 あ! 思い出した。

 酢昆布は、スケベボディ(ルシエラ)の残骸を拾って居たのだった。私は頭を抱えた。どうなるんだったっけ……。ぬおぉ! ひり出せひり出せ……。

 

「どちらも、そのリフルとやらの手中にあるということか……」

「恐らくはな」

 

 蚊帳の外だった薄幸騎士が、話をまとめた。意外と話を聞いていたみたいだ。

 

 とりあえずカティアは、いつの間にかリフルに捕まってしまった様だ。助けにいかなければならない。しかし、酢昆布め……カティアに手を出すなんて、馬を煮るときの出汁にしてやる。

 

「まぁ、何にしてもラボナに一旦帰りましょ。オリヴィアの用事も済んだみたいだし……。土産もついてきたしね」

 

 イライザが、ミヤとオルセを見て言った。

 

「私も、もう組織には戻らない方がいいだろう……。元々、こいつに良いように使われていただけだったからな。それに、さっきの話を聞いて……今更組織には戻れない」

 

 ミアも反乱組に加わる意向のようだった。

 完全には思い出せなかったが、何となく急いだ方がいいような気がしてきた。

 

「すぐに、カティアのとこ、行く人!」

「……」

 

 人差し指を上げて、急いで一緒に行く人を募集した。しかし、ビックリするくらい誰も乗って来なかった。

 

「ばかっ! どうせ西側なんだから、一度拠点に帰るんだよ!」

 

 利かん坊のイライザに否定され、ラボナに戻る流れになってしまった。

 

 

 

 ところが、ラボナに帰る道中、不穏な流れになった。

 

 オルセは、薄幸騎士の屈強な馬に縛り付けられて運ばれていた。私達も逃がすわけには行かなかったので、移動速度を合わせていた。さらには、移動ルートは森林を避けて馬が通れる通常の道を進んでいた。

 

「まずい。全員止まってくれ!」

「あ? ……なんだぁ?」

 

 叫んだのはミアだった。先頭を行っていたウンディーネの姉御が、キレ気味で振り返った。生臭い。なんか嗅いだことの無い匂いが、付近に漂っていた。

 

「全員動くな! その場で息を潜めるんだ!」

 

 かなり焦った顔でミアが叫んだ! 急に叫ぶな。

 

「一体なんだっていうん……!」

 

 イライザの眼前に、全裸の女が突然現れた。へ、変態だー!

 (ましら)のように前屈みで二足歩行しており、目と口が縫い付けられていて異様な雰囲気をしていた。

 白い長髪をした全裸の女は、イライザへ顔を近付けていった。

 

「……っ!」

「刺激するなイライザ!」

 

 本気でチューする五秒前だった。浅黒い肌の女から逃れようとするイライザをミアが止めた。

 鼻を鳴らしてイライザの肩の匂いを嗅いだ女は、興味を失ったように離れた。昨日、肩を叩くついでにイライザに鼻くそをつけた場所だった。……なんか、ごめん。

 こいつは、きっと〈深淵喰い〉だ。嗅覚に優れ、動くものに反応するんだ。執念深く、1体1体が並みの覚醒者よりも強い。私は詳しいんだ。

 

「なんなんだコイツは……」

「……妖気を全く感じないな」

「〈深淵喰い〉だ。組織が作った……対深淵向けの新たな兵器だ。妖気を感じなくとも、1体1体が並みの覚醒者を凌駕している。離れるまで大人しくするんだ。動くものに反応する」

 

 困惑する姉御達にミアが解説した。

 厄介なものにかち合ってしまった。居なくなるまで大人しくするしかない。この時期のこいつらには、イースレイやリフルがインプットされてるんだったっけ……。カティアのこともある。はやくどっか行ってくれ。

 

 その後、5体程が現れて私達の周りをうろうろとしていた。

 

「おい、ミア。何時までこうして居ればいいんだ」

「くそ! 何で居なくならないんだ……」

 

 一向に居なくならず、すんすんと鼻を鳴らして近くに居座った。なにかを探しているような動きをしていた。

 

 集団からぬっと出てきた一体が、私の前まで来た。次私かよ。こいつら、腐った魚に似た臭いがして嫌なんだが……。

 

「……」

「動くなよ……オリヴィア」

 

 心配したイライザが、私に声を掛けた。大丈夫大丈夫、すぐ終わるって。

 すんすんとイライザの時と同じ様に鼻を鳴らした〈深淵喰い〉は、私の顔面に顔を近づけてきた。

 

「え?」

 

 〈深淵喰い〉が、ガパリと顎をはずして縫われていたはずの口を開いた。ぬらぬらと光る口内が見えた。わぁ、よだれの宝石箱やぁ。

 

「避けろ! オリヴィア!」

「ほっ!」

 

 

 イライザの声を聞いた私の身体が、自然と動いた。

 〈深淵喰い〉の腹に、反応するギリギリの速度で手を当て、体内で練り上げた力の流れを一瞬で受け渡した。回転する力だ。

 唐突に逆さまになった〈深淵喰い〉が、宙空を噛んだ。

 

 ロザリーは戦士の中でも、後ろから数えた方が早いくらい足や動きが遅かった。

 そんな中、ロザリー()が編み出したのは待ちの戦闘スタイルだった。

 速度を上げるのは、ほんの一瞬だけ。それも、全身を駆動させて最速の一瞬を作る技だった。ミリアの〈幻影〉と似ている。しかし、技の性質はまるで異なっていた。

 

――〈瞬動殺〉

 

 〈深淵喰い〉は、逆さに姿勢のまま地面に激突し、頭蓋が崩れて異音が鳴った。

 

「なっ……!」

「いつの間にあんな技を……」

「しかし、これはまずいのではないか……?」

 

 姉御や薄幸騎士の声が聞こえた。

 明後日の方向を見ていた〈深淵喰い〉達が、音が鳴った私達の方へ一斉に振り返った。

 さらに、少し離れたところに居ただろう〈深淵喰い〉が、4匹集まって来た。

 

「このままじゃダメだ! 半数を殺して離脱するぞ! 半数が死ねば組織に戻るはずだ!!」

「くそっ! 全員妖力解放しろ! 力量差がひどすぎる!」

 

 ミアが〈深淵喰い〉の性質を叫んだ。さらに、〈深淵喰い〉達の身体が刃だらけの異形に変質し、力量差を察した姉御も叫んだ。単純計算で、残り9匹の覚醒者を相手にしなくてはならなくなった。

 その時、さらに2つの影が私達の前に降り立った。

 

 二人とも大剣を持ち、戦士の装いをしていた。全身を黒い装備が覆っており、無感情な顔が金色の長髪の中に浮いていた。

 組織のナンバー1、2のアリシアとベスだった。

 

「組織の命により、準深淵級〈痴呆〉のオリヴィア……討伐を開始する」

 

 ……へっ?

 ……えっ?




がんばえー!(他人事)


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ゾーン

クレイモアって、大体出てくる敵つよない?


()深淵級〈痴呆〉のオリヴィア……討伐を開始する」

「へっ?」

 

 突然やって来た黒い装いの双子の戦士が、私に大剣を向けた。えーと? なにこれ何事? 〈深淵喰い〉は? 準深淵級? なにそれ……。

 

「馬鹿な……ナンバー1とナンバー2だと!?」

「ちび助! 呆けるな! 離脱することを優先しろ!」

 

 姉御はそう言って妖力解放した。空気中に衝撃が走り、みるみるうちに昔のムキムキ具合に戻っていった。 

 姉御は隻腕になってから、かなり重たい修行を自らに課していたのだろう。凄まじい妖気の上昇具合だった。

 

「へっ……。この姿になるのも、久し振りだ、な!」

 

 姉御の大剣から〈瞬剣〉が放たれ、近くにいた〈深淵喰い〉が反応できずに三分割された。

 

「ウンディーネ、頭を狙え! いくら体をバラしても再生するぞ!」

「……そう言うことたぁ、早く言え!!」

「くそっ! 邪魔だ!! オリヴィア、何とか持ち堪えろ!」

 

 姉御やイライザは、複数の〈深淵喰い〉に邪魔をされ、こちらに近寄れないようだった。暴れる3人へ〈深淵喰い〉が殺到した。

 

 ナンバー1とナンバー2を相手に持ち堪えろとか、無茶言うんじゃねぇ!!

 

 黒双子の二人は、滑るように私の左右に移動してきた。回避は間に合わない。剣速が速ぇ!

 私は慌てて妖力解放し、二人の大剣を迎え撃った。

 

「ガ! あァ!!」

「……!」

 

 ベスの攻撃へ大剣を合わせ、ロザリーの〈瞬動殺〉を用いてアリシアの大剣の柄を掴んでベス側へ転がした。二人の動きが速すぎて、それが限界だった。

 

 アリシアは空中で反転すると、重さを感じさせない動きでベスの隣に舞い降りた。

 一合受けて判った。ロザリーの技が使えなかったら、今ので対応できずに死んでいた。妖力解放を禁じたミリア隊長よりも、数段上の強さを感じた。こいつらに妖力解放されたら、絶対勝てねぇ!! 

 

「……」

「うわ!」

 

 力を推し量っていると、私の背後からも〈深淵喰い〉が襲ってきた。全身から刃を出し、私を捕まえてかぶり付こうとしていた。

 ヘレンやダフの腕を切り落とし、イースレイにも深手を与える刃だ。素手で触るとヤバい! 鬱陶しい! そしてグロい!

 そこへ併せて、アリシア達も大剣を横凪ぎに振り回して攻撃してきた。〈深淵喰い〉を先に何とかしないと、詰む!

 

 三人の攻撃を、前へ飛び込む様に無理矢理掻い(くぐ)って避けた。

 最後にベスの大剣が振り下ろされ、空振りしたアリシア達の大剣が、反転して私の急所へ斬り返しているのがスローで見えた。くそ、対応が早すぎる! 着地が間に合わねぇ!

 上に飛び上がった刃だらけの〈深淵喰い〉、下からアリシア達の追い縋るような斬り上げが迫っていた。

 

 私は飛び込むように避けた姿勢のまま、体を捻り上げ、更なる妖力解放を行って内筋を超強化した。そして、捻り上げた力の方向と反対に向かって〈瞬動殺〉を自分の身体に放った。

 セフィーロ、ロザリー! 力を貸してくれ!!

 

「ゥ、うおぉおお!」

〈千剣〉!!

「!」

 

 妖力解放で引き絞られた全身が軋み、私は唸るように叫んだ。

 一瞬で最高速度に達した大剣が、空気を切り裂く音を奏で、斬擊の結界を発生させた。

 しかし、アリシア達は攻撃の予兆を察知し、追撃を取り止めて離脱した。逃げ場の無い〈深淵喰い〉だけが、大剣に巻かれて消滅した。

 

「はぁ……はぁ……。『しんどい……』」

 

 消耗が激しく、何時ものように技を継続できなかった。大剣が重たい。何とか立たなくては……。

 いつの間にか受け継いでいた技術を組み合わせたが、反動が重く、何度も連続して使えるタイプの技じゃなかった。しかし、あの状況では、勘に任せて何とか使わざるを得なかった。

 

 技の反動でダウンする私の隙を見逃すアリシア達では無かった。片膝をついて息切れする私に、二人が斬りかかった。

 

「ぐ……『くそ!』」

 

 今防げるのは片方だけだ。どっちもヤバいが、即死に至ると思われる方を大剣で弾き、もう一方は何とか致命傷だけを回避する。それしかねぇ!

 極限の集中と妖力解放により、視界内の色が抜け落ちて、灰色掛かった世界に突入した。

 

「くっ!」

 

 私の背後へ回り込んだベスから放たれた脛椎部への一撃を、最小限の動きで差し込んだ大剣で防いだ。

 

「あぁァ!」

 

 正面から来たアリシアに振り下ろされる大剣の軌道を予測し、粘度の高い液体を押し退ける様に左手を差し込む。一か八かだ!

 

「……!」

「動きは動きでも、急な動きに反応するようだな」

 

 しかし寸前で、無言のアリシアが瞠目し、大剣を止めた。

 

 大剣の進む先に飛び込んで来たのは、バケツ兜を外した薄幸騎士だった。妖気が無いことが幸いしたのか、〈深淵喰い〉がいる中、誰にも悟られずに私の元までたどり着いていた。

 私は、ちょっと安心して妖気が下がり、視界の色が元に戻った。重装備なのに……、たすかった。

 

 殺戮マッスィーンのアリシア達にも、人を殺してはならない掟が有効なようだった。

 

 隻腕の指先には、人を妖魔に変える薬がいくつか挟まれていた。薄幸騎士は、手首のスナップを効かせて薬瓶数本を宙へと放った。

 

 空中で回転する薬瓶に反応した〈深淵喰い〉達が、牙だらけの口で砕き割った。それで〈深淵喰い〉達の気を逸らして、ここまで来たのか……。

 〈深淵喰い〉の着地点に居たアリシア達が、さっと離脱した。

 

「なっ……!」

「いつの間にあそこに」

 

 こちら側の動きを見た姉御達が声を上げた。

 私は、助けてくれた薄幸騎士を盾に下がった。〈深淵喰い〉を壁に挟んだ為、アリシア達の追撃はなかった。メイン盾来た!

 

「はあぁぁ! こっちだ!」

 

 姉御達を横目で見ると、連携して2体の〈深淵喰い〉を倒したところだった。

 叫び暴れまわるイライザに気を引かれて、壁にしていた〈深淵喰い〉は、あっさりと移動してしまった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 緊張の連続で息切れが止まらなかった。後1体倒せば、アリシアは兎も角、〈深淵喰い〉は引き上げるはずだ。

 

 しかし、大剣を地面に突き刺したアリシアが、不用意に前へと出てきた。

 

「何故、素手で……」

 

 薄幸騎士が呟いた。違う、やべぇ!

 アリシアが本気になったんだ。覚醒する気だ!

 

 ドンッと地面が陥没し空気が揺れた。急激な妖気の増大によって、アリシアの質量が増え身体が変質していった。

 

「〈黒〉の、アリシア……」

「くっそ! 覚醒しやがった!?」

「オリヴィア逃げろ!!」

「なんだこの化け物は……」

 

 姉御やイライザが何か叫んでいたが、上手く聞き取れなかった。背中を嫌な汗が流れた。妖気が大きすぎる。これが当代ナンバー1の覚醒体……。何て奴等を相手にしていたんだ、私は……。

 

 アリシアは、人型を半端に崩した黒い彫像のような姿へと変わった。両の腕に鋭い巨大な刃が生え、巨大な刃の回りにはチェーンソーのように小さな刃が高速で動き回っており、甲高い音が聞こえた。小さいと言っても、一つ一つが私の顔ほどもある。

 

 アリシアの巨体が、予備動作なく一瞬で視界から消え、私は勘に従って慌てて前へと転がった。妖力解放しないと殆んど見えねぇ!

 

「ひぇっ」

「ぬっ!?」

 

 風切り音が通り過ぎ、周りにあった木々が音を立てて倒れた。全く反応できずに立っていた薄幸騎士は、攻撃を()けられていて無傷だった。

 

 この時、有能騎士は自身への攻撃が全て避けられていることを悟ったのだろう。

 薄幸騎士が庇うように、私の前へ仁王立ちした。その瞬間、転んで尻を突き出した私へ向かっていた叩き付けられるような斬擊が、逸れて地面を揺らした。チビりそう。

 

「後1体だ! さっさと倒して加勢に行くぞ!」

「簡単に言ってくれる……!」

 

 傷だらけになった姉御達が、気焔を上げた。マジで早く来て!

 

「……」

「あっ」

「ぬわーーーっ!」

 

 余所見をしていると、目を瞑った双子の片割れのベスが、私がメイン盾にしていた薄幸騎士を一瞬にして連れ去った。パパスゥー! 違った、薄幸騎士ぃー!

 こいつ、双子の片割れに同調しながら動けるのかよ。器用すぎる。

 グルグルと喉をならした彫像顔のアリシアが、飛び掛かる態勢を取った。私は大剣を構えて迎え撃とうとした。こうなったら腹を括るしかない。

 

「ガヒャガヒャ……グキギガ。ク、ゥガ」

「!」

「急にどうしたんだ!」

 

 妖力解放の深度を上げようとしたその時、幾人かの〈深淵喰い〉達が急に苦しみ始め、虫のように縮こまって動かなくなった。急にグロンギ語喋るな。

 

「あ、あぁ、あぁぁ!」

「グッ!?」

「ぐ、なんだ!?」

 

 薄幸騎士を片手に引き摺ったまま、今度はベスが頭を押さえて叫んだ。引き摺られた薄幸騎士も困惑していた。

 銀色のスライムに侵され目から白い不透明な液を出した〈深淵喰い〉に、ベスの背中は貫かれていた。ベスの頭には血管が浮き上がり、必至に何かを耐えていた。

 

「グ、ガッ……!」

 

 妖気を急激に押さえ、覚醒を解いたアリシアがベスに寄り添った。

 アリシアは、〈深淵喰い〉をいつの間にか拾った大剣でバラバラにすると、薄幸騎士をその辺の地面に捨て、ベスを抱えて離脱した。

 

 人数が減った〈深淵喰い〉達も、蜘蛛の子を散らすように四つん這いでダッシュしていった。きっも。

 

「逃げた……? ふん、片割れが負傷したせいか」

「はぁはぁ……。た、助かったの……?」

「……あの騎士が飲ませた薬のせいなのか?」

 

 動き回っていたイライザが、息切れしていた。わざと〈深淵喰い〉のデコイになるとか、足遅いんだから無茶するな。

 

 その後、みんなが大剣を納め、場は落ち着いた雰囲気となった。

 

「そもそも、なんでオリヴィアが補足されたのよ?」

 

 イライザが疑惑の目でこちらを見てきた。ひどい。私は何もしていない。

 

「妖気が漏れていたのか?」

「いや。ちび助はしっかり妖気を消す薬を飲んだ。ミア、お前も一緒に飲んだじゃねぇーか」

「そうだったな……」

 

 そんな中、姉御は理性的だった。脳筋だったけど、理性的だった。姉御は森の賢者だった……?

 しかし、私がターゲットにされていたのは、なんでだ? いったい、どこで生存がバレたんだ。

 

「こいつが、何かを知っているやも知れん」

 

 バケツ兜を被り直した薄幸騎士が、頭にズダ袋を被されたオルセを連れてきた。そういや、完全に忘れてたけど、私のせいとかって言ってたなこいつ。

 

 しかしその時、虫のように縮こまった2匹の〈深淵喰い〉が、突然震えながら声を上げた。完全に忘れてた!

 

「グギャゲヒャ、ゲゲケギ、ア、アー、アー。テステス。うーん、マァーベラァス」

「えっ?」

 

 不定形の銀色スライムが〈深淵喰い〉を覆いきり、二足歩行で立ち上がってポージングを取った。

 

「うふふふ。ついに、手に入れたわ!」

「あぁん。イースレイの時は失敗したのよねぇ」

 

 そいつは、いつか北国で見た変態だった。




勝てねぇ!


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(いざな)

シリアス系でダメージを受けた際の呻き声の選択肢が、ボキャブラリーが少ない為にゲシュタルト崩壊してきた。


「馬鹿な……! 〈深淵喰い〉を乗っ取っただと……? あり得ない……!」

 

 ちょうどずだ袋をはずされていたオルセが、最初に言ったのはその言葉だった。きっと、袋の中でじっと話聞いてたんだなぁ……。しかし、汗がひどい。滝のようにかいていた。お腹いたいの?

 

「あらぁん? うふふふ。組織の男なんて久々に見たわねぇ……」

「最初は学習されて失敗したのよねぇ。でも、種が分かればすぐに対応できたわ」

「この子達が同期している1つの意思に割り込んで操作権を奪うの」

「元々、この子達には食欲しか無かったから、却って簡単だったわ」

「哀れな子達……」

「でゅふふ。安心なさい、私達がしゃぶりつくしてあげるわ!」

「なんだと!?」

 

 さも当然と言った様子で変態が言い切った。それを聞いたオルセは動揺していた。ちなみに、なんの話……?

 

「お前達は何なんだ……!」

 

 変態の妖気に当てられたのか、震えた様子のミアが問いかけた。

 

「……うふふふ。訊かれたからには」

「答えてあげるが世の情け」

「世を憂う、光もたらす覚醒者!」

「〈芸術家〉のバキアよ」

「よろしくね!」

 

 朝やってた女児向けアニメのような動きで、背中合わせの決めポーズを取ったバキア達が言った。思わずBGMを空耳した。こいつらのセンスは、一体どこからくるんだ……。

 

「うわ」

 

 ミアは急に素に戻り、目元がひきつりドン引きしていた。

 

「なんでおめぇもポーズ取ってんだ!」

「ぴ!」

 

 荒ぶる鷹のポーズをとっていると、理不尽にも姉御に殴られた。身体が勝手に動いたんだ……。敵の能力かもしれない。

 

「こいつが北の仲間達に何かをやったんだ!」

「あらん? よく見たらあなた達……組織の戦士だと思ったけど、誰? 弱すぎて覚えてないわね……」

 

 イライザが勇んで叫んだが、バキアにあしらわれてしまった。そもそも、カティアがあんなんになったのは、コイツのせいだったらしい。あれ、こいつはカティアに絡んで死んだんじゃなかったっけ……。分身するあたり、残機持ちなのか……?

 真っ暗画面の中心に、ムキムキのおっさんの白いシルエットに×マークと王冠が浮かんでいるのが想起された。

 

「しかし、今日のところは見逃してあげるわ」

「大陸中に蒔いた種の狩り時よ!」

「「はっァ!」」

 

 考え込んでいる私を尻目に、1体が四つん這いになり、その上にもう1体が回転しながら跨がる様にドッキングした。えぇ……なんだこの効果音、カッコいい。

 四つん這いの姿勢のまま、恐ろしく高速でバタバタしながら、バキアは高笑いをして走り去った。えっ、帰んの?

 

「まて! どこへ行く!」

「いや、見逃されるならそれでいい。この消耗具合では、誰かが死ぬ」

 

 ミアが叫んだが、冷や汗を垂らした姉御が止めた。私も疲れた。

 

「……。……さってと、じゃあ、キリキリ吐いてもらおうか。〈深淵喰い〉がなんなのか、そして、オリヴィアが何故準深淵なんて呼ばれて追われていたのかもね」

 

 首を振って気持ちを切り替えたイライザが、ポージングあたりで恐怖によって腰の抜けたオルセへ言った。

 

「ナンバー1とナンバー2の動向についてもだ」

「……」

 

 その後、汗々オルセをめちゃくちゃ拷問した。

 

 

 

 オルセは、ナンバー1とナンバー2はイースレイが死んだ後、残りの深淵であるリフルを片付けようとしていた事を知っていた。イースレイとルシエラという〈深淵の者〉二人が死んで、大陸中のパワーバランスが狂ったみたいだった。この期に乗じて、組織に対しての潜在的な危険を取り除きたいのだろう。

 

 そして、大陸中央部(トゥールーズ)を荒らしていた覚醒者についての話になった。こいつは黒く巨大な樹木のような姿をした覚醒者で、神出鬼没で妖魔が密集しているところを突然壊滅させるらしい。そして、補足すると直ぐに逃げるとか。こわ。

 それを危惧した組織が、準深淵級というカテゴリで討伐の優先順位をあげていたとか。

 

 さらには、残された覚醒者の肉の断片を照合した結果、複雑で分かりにくかったが、私ということになったらしい。いやなんでだよ。ちゃんと調べろ。

 

 そして〈深淵喰い〉は、臭いで私を探していたようだが、うまく認識出来ていなかったみたいだった。なんかアホ犬みたいね。

 イライザの肩を嗅いでたのは、それでなのか。鼻くそは……まだ付いてるけど、黙っておこう。

 

 また、黒い樹木の覚醒者は北の仲間(カティア)達の集合体じゃないかとイライザが言った。バキアに何かされただけだから、まだ皆生きてそうな感じがする。私は諦めていない。とりあえず、拐ったらしい酢昆布を締め上げないといけない。

 

「西以外の〈深淵の者〉が消えた今、組織は総力をもって潰しに行くだろうな。あの負傷したナンバー2が復帰次第だとは思うが……」

「ふん。しかし、〈深淵喰い〉は、深淵の肉片でマーキングするのか……なら」

「ねぇ? ヘレンが戦士を助けるときに、リフルの一部を砕いた自慢話、してなかった?」

 

 皆で顔を会わせた後、こいつはやべぇという話になった。

 

「妖気を消す薬の数がもうない。……ミア、あんたはこの事をラボナにいるミリアに伝えてくれ」

「ちょっと待ってくれ! 〈幻影〉のミリアとなんて、面識がないぞ私は!」

 

 ミアが超嫌そうに叫んだ。大丈夫大丈夫。ミリアたいちょーの事だから、背後から首筋に大剣を突き付けて、誰だ貴様! くらいで終わるよ。

 

「妖気が漏れた以上、ラボナに近づくわけにはいかないんだ。恐らく西は、これから死地になる。あたしらの仲間が多分そこにいるだろう」

「どうせ面倒事に突っ込むバカ達だから、私達は助けにいくって訳よ」

 

 イライザと姉御が直接西へ行くと言い始めた。最初はビックリするくらい乗ってこなかったのに、この手のひらの返しようである。ひどい。だから早く行こうって言ったじゃん!

 

「だが……しかし」

「まぁ、ぶっちゃけ。あんたがこの中で一番弱いってのが……一番の理由なんだがな」

「……」

「……わ、私は言わないようにしてたわよ?」

 

 ひっど。

 怪我させない様になんだろうけど、姉御は口が悪かった。イライザもわざわざ言わなくて良いじゃん。

 プルプル震えるミアを、私は優しく撫でようとした。ごめんよ、うちの脳筋どもが……。

 しかし、触られるのが嫌なのか全力で避けられた。おい、おとなしく撫でられろ! 優しくしてるんだぞ!

 

「なぜだ! さわらせろ!」

「断る!」

「バカ! お前に触られたら、さっきのが追いかけてくる、のよ!」

「いたーい!」

 

 イライザに捕まって羽交い締めされ、頭突きで後頭部に突っ込みを入れられた。……そういや、そうだったな……。

 

「はぁ……」

 

 背後から姉御の溜め息が聞こえた。

 

 結局、ミアとオルセと薄幸騎士がラボナ組となった。ミアは、私と同行することを死ぬほど嫌がった。いつか尻を撫でてやる。優しくな。覚悟しておけ。

 

 西のやべぇと思われるところには、イライラのイライザとムキムキの姉御と私で救助と調査に向かうことになった。しばらく、私はラボナに帰ることは出来ないだろう。〈深淵喰い〉を引き付けてしまう……。何となく寂しかった。

 

 

 

 

 

 

 時は、オリヴィアの主観から少し遡った頃だった。

 クレアは、シンシアとユマを引き連れて、〈深淵の者〉西のリフルがいると思わしき森周辺へと来ていた。

 

 生きているらしいラキを探すため、ラボナを出発したクレア達は、ここに至るまでに既に幾らかの町や村を経由していた。

 

「……ほんとうに、この辺なんだろうな?」

「大きな妖気を感じますから、間違いないですね。ただ、森全体に妖気を伴った槍が幾つも刺さっていて、場所が判然としませんが……」

「……」

 

 クレアは、此処に来るまでの事を思い返していた。

 

 直近で覚醒者から救った村には戦士や黒服達が幾人もおり、クレア達は正体をバラさないために少々骨を折った。

 しかし、その中に昔からクレアを知る男、黒服のルヴルがいた。

 

 ルヴルは、黒いつば広帽子に黒いサングラスをかけた男だった。ルヴルには、帽子を片手で押さえる癖があった。

 

 クレア達は、ルヴルから組織回りや深淵達との現在のパワーバランスなどの情報を引き出すことにした。

 クレアと旧知であるルヴルからは、関わりがあった事を差し置いても、驚くほど簡単に情報を引き出すことができた。

 

 北の戦乱の結末。

 南の地で〈深淵の者〉南のルシエラが死んだ事。

 組織の作った新たな対覚醒者の双子の兵器。

 そして、〈深淵の者〉リフルに捕らわれたナンバー6のルネという戦士の事。

 

 ルヴルは情報を自発的に渡し、見返りを求めなかった。

 

「……」

「……ア」

「……レアさん?」

 

 沈んでいた考えから、クレアは仲間が呼ぶ声で復帰した。

 

「大丈夫ですか?」

「……あぁ、問題ない。少し考え事をしていた」

「……」

 

 汗かきのユマが、無言でクレアの様子を見つめていた。

 北の地での数年間、ユマはよくデネヴやミリアからクレアのお目付け役を任されることがあった。そんな折、クレアが思考に更ける時には、目標物のない雪原の中で見付けた食料の前で置き去りにされたり等、大抵ろくなことにならなかった。

 

(あの時は、()()のオリヴィアが来なかったらやばかったな……)

 

 実を言うと、三人ともただ遭難しただけであったが、食料や五体が無事だったので有耶無耶になった。

 

「……ユマ、何を不安そうに見ているんだ? 心配するな、少し調査をするだけさ。ミリアにも無茶するなと言われているからな」

「そ、それなら良いんだが……」

「くすくすくす。何だか、以心伝心ですね」

「そうか?」

「くすくす。ええ」

 

 ユマやクレアを見ていたシンシアが、屈託なくそれを笑った。

 

 クレア達が、遠くから見付けた古城に向かっていると、空が急に暗くなった。

 

「なんだ?」

「……っ! 逃げてください!」

「!」

 

 空から覚醒者の巨体が降ってきた。

 

「んあ? この辺になんか黒いやつがいたと思ったが……。んー、どこいった?」

(馬鹿な。……私達の妖気を察することはできないはずだ!)

 

 ダフは、妖気を探知する能力が低かった。しかしこの数年、見張りのタイミングで素通しした戦士が居ると、リフルによく叱責されていた。そんなダフが行き着いたのが、目視での確認である。

 

「くっ……!」

(頼むから、向こうへ行ってくれ……!)

 

 ユマが隠れた木の影に向かって、ダフがのんびりと歩いて確認を取りに来た。

 

「んあー、めんどくせぇ。まぁ、いいかぁ」

(た、助かった……)

 

 ダフは、のんびりとした口調で諦めたように言った。

 

「こわすか」

「え?」

 

 言うや否や、ダフの巨大な裏拳が辺りの樹木を根こそぎ払った。

 

「うわぁ!」

「ユマ!」

「げひゃひゃ。みっけ」

 

 堪らずに飛び出したユマの左足をダフの右腕が捕らえた。ダフの握力は強く、ユマの足はあっさりと(ひしゃ)げた。

 

「ぐ、うぁぁぁ!」

「なんだぁ? この黒い格好。大剣をもっているから、せんしか?」

「クレアさん!」

「ユマを助ける! シンシアはここにいろ!」

 

 クレアが物陰から飛び出した。

 

「げへへ。まだいやがった」

「私は見捨てていけ!!」

 

 飛び出したクレアを見たユマが叫んだ。仲間の中で一番弱いとはいえ、足を引っ張りたくない矜持がユマにはあった。

 

「ユマ、すまない」

「ぐぅっ」

 

 クレアは、ユマが捕らえられている右拳まで飛ぶと、〈風斬り〉を使ってユマの足を切断した。

 

「こいつ、仲間のあしをきりやがった!」

「シンシア! 頼む!!」

「っ! はい!」

 

 クレアはシンシアへ向かって、ユマを投げ飛ばした。

 

「おまえをつかまえれば、いいんだよ!」

「……悪いが、それはできない」

 

 空中で落下中のクレアにダフが襲いかかったが、〈風斬り〉を構えたクレアはダフの両腕を大剣の連撃で弾いた。

 

「いで! あでで。こいつ!」

(やはり、〈風斬り〉では通らないか……)

「クレアさん!」

 

 ダフの外皮は硬く、浅い傷を付けるに留まった。ダフは口腔から固い槍を射出しようとしたが、シンシアに妖力同調されて顎が閉まり不発に終わった。

 

 着地し、もう一度飛び上がったクレアは、ダフの顔面を〈風斬り〉の連撃で斬りつけ、顔を足場に木々の向こうへ飛び去った。

 

「がっ! ちくしょう!! りふるにおこられる!」

 

 木々が荒々しく抜かれた広場には、ダフだけが取り残された。

 

 

 

 ユマを抱えたシンシアと合流したクレアは、ダフから隠れられる位置に陣取った。

 

「ユマすまない……」

「いいんだ。あいつに捕まれた時点で、左足は潰れていたんだ」

「ユマさんは幸い防御型です。時間を掛ければ、再生も可能でしょう」

 

 既に妖気同調でユマの足の再生に入ったシンシアが、クレアに言った。

 

「お前達はそこで足を直していろ」

「クレアさん?」

「だめだクレア! 行くな!」

「……私は行かなければならない気がする」

「えっ?」

 

 クレアは、この森に入ってからずっと誰かに呼ばれている気がしていた。その方向へ向かっていると、古城があったのだった。

 

(まるで複数の意思がざわついているような……っ!)

 

 クレアは頭を押さえた。一際大きな波が、クレアを呼んだ気がした。

 

(なんなんだ一体……)

 

 何かに導かれるように自然と、クレアの足は古城の入り口へと向かった。

 




そうして出来上がってしまったのが、北斗の拳なのではなかろうかと思う今日この頃。


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黒い女

原作主人公のクレア編となります。
話はオリ主がいない間に進む(今更感)

前半は殆んど原作沿いとなります。


 クレアは、リフルがいると思われる古城の入り口に立っていた。

 クレアがついたちょうどその時、覚醒者のダフが覚醒体を解除し、城の中に入っていくところだった。

 

 クレアは目を閉じた。落ち着いて辺りの妖気を探ることにした。ガラテアやシンシア程でないにしろ、クレアは妖気読みに長けていた。

 

(地下に巧妙に隠された妖気の気配がある……。西のリフルか。相変わらず、妖気隠蔽が上手いやつだ)

 

 本来は膨大な妖気があるにも関わらず、〈深淵の者〉西のリフルは妖気を隠蔽する技術に長けていた。

 

(リフルの近くになにか……知っている妖気がある気がする。戦士はこいつか……まだ無事のようだな)

 

 地下にいるリフルの近くには、囚われた戦士と脱け殻(ラファエラ)、そして北の戦士達がいた。しかし、クレアには囚われた戦士以外、存在が曖昧に感じられ上手く読めなかった。

 

(なんとか釣り出すか……)

 

 いつの間にかクレアの思考は、囚われた戦士を助け出すことに向いていた。

 元々、情報収集のみで無視するつもりであったが、呼ばれるような感覚の後、クレアの意図しないところで意思が変えられていた。

 

 クレアは古城へと足を踏み入れた。

 

 打ち捨てられて長いのか、以前見た砦よりも崩壊が進んでいるようだった。

 人間体のダフが、のんびりと奥へと進んでいた。

 妖気を発していないクレアに、まるで気づいていない様子だった。

 

(今なら、首を落とせるか……?)

 

 クレアは仕掛けた。

 クレアが、リフルを釣り出すためには、ひと暴れしなければならなかった。その際にダフを倒せるなら、その後が有利になると考えた。

 

 しかし、クレアが大剣を振り上げたとき、影に気づいたダフが咄嗟に背中から槍を生やした。

 

「がへ! だれだ!」

「くそっ」

 

 大剣が弾かれた。ダフは、人間体のままでも超硬度の槍を体から自在に生やすことができた。

 

「おまえさっきのやつか! どうやって入った?」

「お前に案内されてだよ」

「ばかにするな」

(失敗した。しかし、こいつが覚醒体になって暴れれば……リフルが出てくるはずだ)

 

 ダフは両腕から槍を高速で射出してきた。クレアはあっさりと回避した。

 

 しばらく戦ったが、ダフは中々覚醒体にならなかった。古城を壊さないためか、直ぐには覚醒体にならないようだった。

 昔戦ったときよりも場が広く、遮蔽物が多いこの場所ではクレアが有利だった。射出と回避が、何度となく繰り返された。

 

「くそ! あたんねぇ! こうなったら……」

「……」

 

 クレアの読み通り、短気なダフが覚醒体へと変わった。

 打ち出される槍の威力が上がり、床や壁を破壊し始めた。

 

「よけるな!」

「……!」

 

 ダフがバラ蒔いた小さな槍を回避したときを狙われた。クレアの正面に、人の身の丈近くある巨大な柱が迫ってきた。

 

「ひゃひゃ。当たった」

「く!」

 

 クレアは迫りくる柱へ大剣を合わせた。

 以前は妖力解放してなんとか防いでいたが、長年の修行の成果か、妖力未解放状態でも受けて流す程度はできるようになっていた。

 クレアは城の支柱へダフの柱を弾いた。

 城の一部が崩れ、ダフに降りそそいだ。 

 

「あで。あででで!」

「!」

(来たか)

 

 地下から上ってくるリフルの妖気を感知したクレアは、身を翻して城の外へと走った。

 

「ちょっとー、一人でなにやってるのよ。頭おかしくなったの?」

「いや、りふる。黒いかっこうのおんなが……。あれ? い、いない……」

「……黒い格好の女」

 

 急に真顔になったリフルが服を脱ぎ始めた。

 

「お、おい。りふる、そんな真っ昼間から……」

「何言ってんのよ。はい、持ってて」

「え?」

「気に入っている服だから破きたくないの。残り少ないしね」

 

 そう言うとリフルは覚醒体へと変じて外へ飛び出した。

 

 城からリフルの薄い触手が一気に溢れ、崩壊しかけた城と同じサイズの覚醒体が並んだ。

 

「さてと、借りがあるのよ。黒い服の女達にね」

(……釣り出せたは良いが、どうするか)

 

 リフルから死角となる木陰の裏で、クレアは息を飲んだ。リフルが本気になれば、一瞬で八つ裂きにされてしまうだろう。

 

「!」

(囚われていた戦士の気配が消えた……? 妖気を消す薬で逃げる機会を伺っていたのか)

「! どいつもこいつも私を馬鹿にして……。八つ裂きにしてやる」

 

 リフルの巨体が飛び去った。逃げた戦士にダフが追い付けず、リフルが追いかける形となったのだった。

 

「なんとかなったか……ぐっ……」

 

 その時、クレアを呼ぶ波が一際強くなった。クレアは頭を押さえ、導かれるままに歩いた。

 

「何故私はここにいるんだ……」

 

 クレアの主観では、古城の入り口に立っていたはずだった。気がつけば、古城の地下、二人の人間が融合したようなに肉塊が吊るされた前にいた。

 上には、醜悪な木々のような覚醒体が磔にされていた。そこから、黒い液体が肉塊に垂れていた。

 

「なんだこれは」

 

 その肉塊を認識した瞬間、クレアは森の中に立っていた。

 

 

―――

――

 

 

「止まれ。ジーン」

「なんだ?」

 

 クレアは付き従っていたジーンを片手で制した。ジーンは髪型をオールバックにしており、鷹のような目付きをしていた。

 クレア達はリフルから逃れて、ラキを捜索するために次の町へ向かっていた。

 既にオリヴィアやカティアと別れた後だった。

 

「この先に相当な力を持ったものが潜んでいる」

「何?」

 

 その直後に、顔に大きな傷があり左目の潰れた短い髪の戦士が現れた。以前、クレアが邂逅したことのある元ナンバー5の戦士ラファエラだった。

 ルヴルから、ラファエラは実際にはナンバー1に匹敵する実力者だと、クレアは聞かされていた。

 

「二人いるな……。どっちがクレアだ?」

「! ジーン下がれ! こいつは……ラファエラだ!」

 

 クレアが背後にいるはずのジーンを横目で見やった。しかし、そこには誰もいなかった。

 

「ジーン……?」

「何をしている。ここには、最初からおまえ独りだ」

「何を言っているんだ! お前だってさっき、“どっちが”と。……!」

(違う。ジーンは北の戦いで……)

 

 クレアがジーンのことを思い返すと、唐突にラファエラが斬りかかってきた。

 

「くっ」

「……」

 

 クレアはのけ反って、紙一重で避けることに成功した。

 さらに迫りくるラファエラに、クレアも大剣を引き抜いて対応した。

 

 ラファエラの大剣は重く、何度目かの剣撃が鳴ったときクレアは押し込まれ始めた。

 

「ま、まて。何がどうなっているんだ。おまえは確か」

「……私がなんだ?」

 

 クレアの大剣が弾かれ、ラファエラの横凪ぎが二の腕を捉えた。

 

「ぐぅ……! く、くそ。何故こんな」

「気を付けろ。斬られた時のダメージは相応だ」

「……?」

「ダメージが重なり続ければ、身体が消滅する。消滅とは死と同義。死にたくなければ、私を倒すことだ」

 

 複数回、大剣が高速で打ち合わされた。

 ラファエラの攻撃は激しくなり、クレアの傷が徐々に増えていった。

 

「くそ!」

「七年間蓄えた、おまえの力はこんなものか?」

 

 大剣を背中に戻したクレアは、形振り構わずに〈風斬り〉をラファエラに放った。

 ここに来て、クレアは状況がわからずに迷いながら戦っていたが、勘で察し始めていた。

 

〈風斬り〉!

「……」

 

 〈風斬り〉のフローラと遜色のない居合いによる斬撃がラファエラを襲った。

 

 一合、二合と、ラファエラはいっそ丁寧と言った方が良いくらいの繊細さで、クレアが放った斬撃の全てを反らした。〈風斬り〉という目に見えないほどの速さの剣に関わらず、ラファエラは汗一つかかずに成し遂げた。

 

「貴様、化け物か……?」

「ふん。足りないな」

 

 攻撃を全て防がれ、下段から振り上げられた大剣が頬を通り、頭を切断する感覚をクレアは感じた。

 

 

―――

――

 

 

 ラファエラに斬られて死んだはずのクレアは、倒れたまま自我を取り戻した。

 真っ暗な空間だった。

 戦士の格好をしたラファエラが、闇の中に浮いていた。

 

「……そうか。ここは、ラファエラの精神世界か。く、何故私をここに引き込んだんだ……?」

「……勝手に入ってきたのは、おまえだ。目的を成し遂げ、永遠の眠りにつこうとした私の精神を揺り動かしたんだ」

「何?」

 

ラファエラは、クレアの方へゆっくりと歩み寄りながら言った。

 

「本来、私には意識がなかった。あったのは名も無き一つの意思のみ。それすらも消えるはずだった」

「この姿や声も、おまえが作り出したもの。先程の場所や人もおまえに覚えがあるのではないか?」

「……」

「そして、今。おまえの記憶の力を借りて私の思念が再構築されている。おまえが知るべき事を伝えるためにな」

「知るべきことだと……?」

 

 そう言い溜めたラファエラは口を開いた。

 

「おまえは一つ大きな間違いをしている」

 

 ラファエラがそう言った途端に、黒い空間に罅が入り砕けるように割れ始めた。

 

「どういうことだ! 私が何を間違っているというんだ!」

「もう、あまり時間がないんだ。ここから先は、おまえがその大剣と身体で理解すべきことだ」

 

 ラファエラが大剣を半身で構えた。

 

「私がお前を斬ったら、お前はどうなるんだ……?」

「元々、消えるはずだった思念さ。本体が起きると同時にバラバラに消え去るはずだ」

 

 感情をのせずにラファエラが言いきった。この期に及んで、クレアはラファエラの心配をしていたが、既に本人が死んだものとして自己を捉えている以上、言えることは何もなかった。

 

「……。〈風斬り〉がダメだと言うなら、私はそれを超える技を一つしか知らない」

「!」

 

 クレアは妖気を解き放った。

 

「七年間、妖気と共に封じてきた最後の技だ」

「そうか。最後の力を私にぶつけて見せろ」

 

 クレアは上がっていく高揚感を押さえ込んで目を瞑った。妖気が収まり凪いだ。

 ゆらりとラファエラへ倒れ込んだクレアは、イレーネから受け継いだ右腕に妖気のすべてを込めた。

 

〈高速剣〉!!

 

 右腕のみの完全妖力解放。

 七年間〈風斬り〉のために右腕の地力を鍛え続けてきたクレアの〈高速剣〉は、以前のものとは比べ物にならない威力となっていた。 

 

「右腕のみの、完全妖力解放か……」

「これが、かつてのナンバー2〈高速剣〉のイレーネの技だ」

 

 ラファエラは反応できずに切り刻まれた。

 しかし、切れ込みが入った精神体は、まだ消滅していなかった。

 

「これで、私の思念は消え去る。ラファエラと言う個の完全なる死だ」

「ラファエラ!」

『身体に刻め、これが私の中にある全てのものだ』

 

 ラファエラの身体から、あらゆる感情が溢れ出してクレアの身体を貫いた。

 

『すべての感情と共に、おまえが知るべきものがそこにある……』

 

 

 

―――

――

 

 

 ラファエラとの邂逅の後、濁流のような空間にクレアはいた。ラファエラから吹き出した感情と記憶の濁流に飲まれ、自我の境界が曖昧になっていた。

 朦朧とする意識の中、クレアにはラファエラの声が聞こえてきた。

 

「流されるな」

「?」

「取り込まれるな。確固たる自己を思い出せ」

「確固たる……誰?」

「お前は誰だ」

「私は……クレア。かつての組織のナンバー47、クレアだ」

「そうだ、それでいい……」

 

「! 邪魔を――」

 

 

―――ノイズ。

 

 

(何処だここは……?)

 

 朗らかな日が射していた。

 風光明媚な景色が、クレアの目の前に広がった。植生から言って大陸の南側だと思われた。

 穏やかな雰囲気の村だった。

 山から水を引いているのだろう、そこかしこで水音が響いていた。

 

(そうだ……私はラファエラと邂逅して。……後の記憶がない)

 

 クレアは頭を押さえた。クレアには、この場所が未だに引き込まれた精神世界の中と言うことが分かった。

 

(早く目覚めなければ……リフルが戻ってくる)

「はぁはぁ。まって! まってぇ~」

「!」

「オリヴィア、はやくー!」

 

 そんなクレアの脇を、二人の子供が走っていった。

 

「! オリヴィア……?」

 

 クレアは呼ばれた名前に反応して振り返った。子供の後ろ姿は、まごう事なきオリヴィアだった。ただし、髪の色が濃い栗毛色だった。

 

「おい! 待ってくれ!」

 

 慌てて二人を追いかけたが、半身半妖の足をもってしても一向に追い付けなかった。

 

(……どうなっているんだ? 何故ラファエラの精神世界にオリヴィアがいるんだ!?)

 

 二人が速いと言うよりは、クレアが極端に遅くなっているようだった。

 先頭を走る子供は、オリヴィアよりも背丈が高く長い髪を二つ結びにしていた。良く似た髪質から姉妹であることが察せられた。

 少女が振り返り、髪が揺れた。

 

 

―――ノイズ。

 

 

 クレアの視界が変わった。捩れるように視界が揺れ、唐突に場面が変わった。

 

(ぐっ! ……移動したのか。何処だ)

 

 古い物置のような部屋だった。恐らく納屋の中だろう。小窓から光が差し込んでいた。

 

「えぇっ! そうなの!?」

「……じゃあ、あかちゃんを鳥さんがはこんでくるのは嘘なの!?」

「……えぇ、なんで!?」

「……嘘ぉ!?」

 

 納屋の隅にある作業台で、オリヴィアが一人で叫んでいた。オリヴィアは言葉を発する度にしきりに驚いており、背中姿を見るに正常か否かが疑われた。

 

(何をやっているんだ……? 手鏡? いや、まともな言葉を話しているだと?)

 

 オリヴィアの手の中には手鏡があった。

 この大陸で鏡は高級品だ。ガラスが手に入りにくいこともあるし、単純に磨いた(かな)ものですら値が張っていた。

 通例として、婚姻をした男が女へ手鏡を送る風習がある地域もあることを、クレアは思い出した。

 クレアの知るオリヴィアは、昔よりは口が達者になったが滑舌がまだ怪しく、たどたどしく話をする。この子供は幼いが淀みなく言葉を話しており、同一人物であるかどうかが一瞬疑われた。

 

(……ミリアが、言葉を失ったのは組織の実験と実姉のせいだと言っていたな。元々はこうだったのか……)

「……え! じゃあ、このほしってまるいの!?」

「え!? うみってしょっぱいの!?」

「えぇ! ほしってそんなにとおくにあるの?」

 

 オリヴィアは、手鏡に夢中になって周りが全く見えていないようだった。

 

(一人で一体何を……?)

「オリヴィア!!」

「あ、やば!」

 

 その時、納屋の扉が思い切り開かれて明かりが差した。

 怒鳴ったのは、顔が真っ黒に塗りつぶされた大人の女だった。その脇には、オリヴィアの姉と思われる少女が佇んでいた。

 

(なんだこいつは!)

「勝手に持っていっちゃダメって言ってるでしょ!!」

「ごめんなさーい! い、いたい!」

 

 思わず身構えたクレアだったが、黒塗りの女はクレアの体をすり抜けて、捕まえたオリヴィアの尻を叩き始めた。

 

(実体がない? ……母親なのか? これは……記憶の再生か?)

「そうよ」

「!」

 

 考えるクレアの心の声に、空間に響く声が反応した。

 

 

 

 

―――ノイズ。

 

 

 

 訓練生の頃、組織で訓練に明け暮れた部屋だった。天井は少々低く、成人した戦士達が大剣を振るうには少し狭かった。

 

 癖のある髪を二つ結びにした黒い女が膝まづき、戦士達に取り囲まれていた。

 少女の頭上には黒い輪が生え、目からは黒い涙を流していた。

 取り囲んだ戦士達は全員大剣を構え、切っ先を少女へと向けていた。いつ少女が動き出すかわからない緊張感が、その場を満たしていた。

 

「これは……」

 

 クレアは戦士達に見覚えがあった。北で散ったはずの仲間達だった。その中にはフローラがいた。ジーンはいなかった。

 

「その人はサルビアよ」

「お前は!?」

 

 クレアの後ろから一人の戦士が歩いてきた。クレアは驚いて振り返った。

 長く綺麗な金髪をしており、口許が柔和に結ばれていた。

 

「お久しぶりね。クレア」

 

 その戦士は、右手で長髪を耳にかきあげながら言った。




誰だこんなに散らかしたの!?(自業自得)


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ぬこ

「お久しぶりね。クレア。何年ぶりかしら」

「カティア……!」

 

 クレアの背後から現れたのは、戦士の格好をしたカティアだった。緩く結ばれた口許があの時のままだった。

 

「どうなっているんだ。何故ラファエラの精神世界の中にお前達がいるんだ!?」

「ここはラファエラさんの命の輝きに触発されて作られた、刹那の世界なのです。クレアさん」

「刹那の世界……?」

 

 肩口までウェーブ掛かった髪を伸ばした女が、そう言いながら集団から外れてクレアの方へ歩み寄ってきた。

 

「くす。私の〈風斬り〉は役に立ちましたか?」

 

 口に拳を当てて薄く笑ったフローラが言った。

 

「こうなっては……何か一つでも残せた事は、とても喜ばしいことです」

「フローラ……」

 

 仕草や声、姿形も北の戦いの時のままだった。

 

(あの時、皆死体すら残せずに死んだはずだ)

「お前達は一体……」

 

 クレアは前後から挟まれた状況を警戒しながら問うた。ラファエラの時のように、突然斬りかかられる可能性もあった。

 

「貴女が会った……ラファエラと似た存在よ」

「ラファエラさんが発した命の輝きに触れた事によって、私達も目が覚めたのです。私達は抑止の力。サルビアさんが最後の力を振り絞って、自らを止める者達を産み出しました」

 

 カティアの言葉を引き継いで、フローラは胸を押さえて言った。

 

「だから、私達はサルビアとこれから先も運命を共にすることになるわ」

 

 少し俯いたカティアが言った。

 

(サルビアは、オリヴィアの中にいるのではなかったのか……?)

「サルビアとは、オリヴィアの姉のことだろう? 何故ここにいるんだ。一体……どういう状態なんだ?」

 

 クレアは、改めてこの状況について尋ねることにした。

 

「北の戦乱の最期、覚醒者から植え付けられた〈種〉と、オリヴィアの中にいたサルビアの一部が混じり合ってしまったんだ」

「クレアさん。私達を半人半妖(ハーフ)。貴女を4分の1(クォーター)とするなら、ここにいるサルビアさんは、人の意思を保ったまま至ってしまった4重(クアドラプル)。しかし、もはやサルビアさん自身にも、身体のコントロールは不能なのです」

「4重だと!? 馬鹿な……。それほどに濃い肉体を持っていて、何故人の意思を保っていられるんだ!」

 

 クレアは叫んだ。

 常識外の事が起こりすぎており、流石に我慢の限界だった。半人半妖達が日々、人としての自我を失うことを恐れて生きている中、サルビアは余りにも異端だった。

 

「……サルビアさんの本質的な能力は、意思の完全調和なのです。妖気同調によって全ての意思を《そうあれかし》と一つにしてしまう……そんな力です」

「意思の……完全調和?」

「その力で、あの時覚醒者の〈種〉で繋がっていた私達の意思が一つになったわ。精神を侵食してくる〈種〉に対抗する為に纏めあげられたの。そうして長い年月が過ぎて、拮抗していた〈種〉の意思は力尽きた」

「……」

 

 カティアは、北の最後の戦いで起こった出来事の真相を語った。

 

「しかし、流石にキャパシティ一杯のようです。それに、今回はオリヴィアさんのように表層に現れるべき人格(最も親しい誰か)もありません。ラファエラさんの本体が目覚める時、その余波で同じように私達は消え去り、私達やサルビアさんではない何かが解放されてしまうでしょう」

「彼女と同じく〈深淵を超える者〉としてね」

「その結果、どうなるのか……まるで検討もつきません」

 

「だから……クレア。全てが遅くなる前に、貴女に私達の全てを託したいの。ラファエラと同じように」

「くす。彼女と違って、私達は自暴自棄(やけっぱち)ではないんですけどね」

 

 その場にいた戦士達全員が、ゆっくりとクレアに向き直った。

 皆、瞳に宿る意思が固いようだった。

 一人ずつ顔を見回したクレアは、諦めるように頷いて言った。

 

「北の戦いで初めて会った時も思ったが、融通の利かないやつらだったな……。元々、お前達の遺志はこの胸にあった。皆、共に行こう」

「……ありがとう」

 

 安心したような表情の戦士達が、大剣を両手で持ち上げて柄を顔の前に掲げた。

 戦士達全員の姿がほどけ、光がクレアの身体を焼いた。

 

「ぐぅぁぁ……!」

 

 

―――

――

 

 

 溺れるような感覚の後、クレアの意識は突如覚醒した。

 

「がはっ……。ごほっごほっ」

 

 黒い肉の海を掻き分けてクレアは浮上した。

 

「く……。あ、頭が、割れそうだ……。ラファエラと皆の膨大な記憶と経験が……!」

 

 クレアは痛みで目を回した。

 両手で頭を押さえて蹲っていると、徐々に痛みも引いてきた。

 

 周りを見回すと、城があったと思われるところは瓦礫の山となっていた。しかしそれも、流動する肉の波に飲まれた。

 

 クレアはブヨブヨとする肉の上に立った。拒絶されているのか、クレアが沈むことはなかった。

 黒い雨が降っていた。

 

「大剣は……どこだ」

 

 クレアがそう呟くと、近くの肉塊が膨れ上がって大剣が現れた。大剣にはクレアの着ていた服が巻き付けてあった。

 今更ながら、クレアは自分が全裸となっていたのに気づいた。

 

「……ラファエラの餞別か」

 

 クレアは自身の大剣を引き抜いて服を纏った。

 

 

 クレアが身支度を終えたとき、リフルの妖気を感じる方向で強力な妖気の胎動を感じた。

 

「!!」

 

 妖気を探ると、戦士の気配が二つ。

 一つは歪に覚醒していた。

 妖気を押さえている戦士が、ダフと思われる妖気を躱しながら戦っていた。

 二つの妖気について知識が溢れた。

 

「アリシアとベスか。信じられん……ベスは、双子の片割れに同調しながら攻撃を避けているのか。組織がこの数年でここまで完成させているとは……」

 

 クレアはハッとして自身の口を押さえた。

 

(何を言っているんだ、私は……。私は双子の戦士の事なんてミリアから聞いた話以上のことは殆んど知らない筈だ)

「ラファエラめ、私に何を伝えたかったんだ」

 

 ラファエラから聞いた『大きな間違い』について、クレアはまだ答えを出せないでいた。

 

 

 クレアは頭を振って周囲の状況を改めて見回した。

 肉の海は二つの巨大な像から伸びていた。像は背中合わせに建っており、さながら慈愛の双子神〈クレアテレサ像〉のようだった。

 もっとも、肉塊と骨のようなもので構成されていた為、それは酷く冒涜的な姿だった。

 

「!」

 

 暫く観察するように眺めていると、人の顔のような造形の口から骨のようなものが徐々に吐き出され、巨像の頭上に歪な輪を作った。

 輪は巨像が陰る程の大きさで、柱状の物が寄り集まって形成されており同心円状に並んでいた。そして、それらは一本一本が覚醒者に匹敵する不気味な妖気を発していた。

 

「な、なんだあれは……?」

「クレア!」

「なにやってんだ、てめぇ!」

「デネヴ、ヘレン」

 

 南に行ったはずのデネヴとヘレンが近くまで来ていた。クレアは巨大な妖気に当てられて、呼び掛けられるまで気付けなかった。

 歪な輪が骨を擦り合わせる音を響かせた。

 

「だめだ! 来るな!!」

 

 クレアが叫んだ時、巨像の輪が全方位に向かって発射された。

 

 

 

 

 

 

「んあ? これは……クレアの妖気だな」

 

 森の中を駆けていると姉御が呟いた。

 襲われた場所から駆けて数日、〈深淵喰い〉に絡まれることはなかった。

 

「妖気解放をする何かがあったってこと? ……あれ? デネヴとヘレンも近くにいるわ!」

 

 デネヴとヘレンも近くにいるらしい。二人とも南に行ったんじゃなかったのか……? 自由人かよ。

 私が感知できないってことは、歩いて小一時間くらい距離が離れてそうだった。〈まつげ〉め、私が感知できない範囲を感知するとは……認めざるを得ないようだな。後で鼻くそは取ってやる。感謝しろ!

 

「ちっ。あのオルセってやつから聞いた話……。イースレイが死んだ事に、まさかあの二人が関わってたんじゃねぇーだろうな」

「うわぁ。それ、ヘレンが突っ掛かっていって、ごたつきそうなのが目に浮かぶわ……」

『禿同だ!』

「なんて?」

 

 イースレイは私達の仇でもある。例えヘレンでなくとも、誰かしらが突貫しそうではあった。しかし、蛸人間ヘレンはいつまで経ってもトラブルメーカーなのであった。

 

「ふん。急ぐぞ!」

 

 姉御に会わせて速度を上げたとき、目的地の方向から衝撃波が吹き荒れた。

 

「!!」

「なんだっ!」

「のわーー!」

 

 感情の羅列のような妖気の爆発だった。私の前髪が逆立って思わず声を上げた。感じる妖気に凄まじく巨大な何かの影を幻視した。衝撃波出すとか、どんだけ妖気でかいんだよ。

 

「この馬鹿でかい妖気はなんだ……?」

「この間会ったナンバー1の覚醒体の妖気を軽く超えてるわ……。あ、シンシアとユマだ!」

 

 シンシアとユマの妖気が近くで発生した。そこにヘレンやデネヴも向かっているようだった。

 

「合流するぞ!」

 

 空が急に暗くなり、黒い雨が降り始めた。

 

 

 

 私達が着いたとき、既にデネヴやヘレンはクレアの救出へ向かったみたいだった。

 

「おい! 何があったんだ!」

「ウンディーネ、イライザ、オリヴィア!」

 

 不安そうな顔をしていたユマが嬉しそうに叫んだ。近くにはシンシアが蹲っていて、辛そうにしていた。

 

「妖気同調で二人分の回復を負担したんだ。大分消耗している筈だ」

「はぁはぁ……。わ、私は大丈夫です。っ……それよりも……来ます!」

 

 シンシアが言った数瞬後、火山の噴火のように大地が揺れた。

 

「ちび助! 構えろ!」

 

 姉御の声で慌てて大剣を抜いた。

 飛来してきたのは、複数の巨大な骨の柱だった。家サイズだ、やべぇ! しかもくっそはえーぞ!

 

 骨柱は、飛んでくる速度が余りにも速かった。あの大きさでこの速度だ。持っているエネルギーも半端ないに違いない。受けたらだめだ。

 

「よけろ〈まつげ〉! 『技も見切れねぇのか!』」

「!」

 

 打ち落とそうとしていた脳筋の森ガールイライザが、私の声で下がった。

 骨柱が地面に当たった衝撃で、森のあちこちが弾けとんだ。刺さった地面が隆起し、一瞬で辺りの様相が変わってしまった。

 

「……危なかった」

「ちっ。なんなんだ一体……」

「……ま、まだです。そんな……全部が覚醒者並みの……」

 

 埋まっている骨柱の先っちょが覚醒者の血肉のように割れて、巨大で毛の無い醜悪な〈()〉が現れた。……もしもし、本当に猫さんですか?

 

 巨大な猫は、四足歩行にグロテスクな尻尾を2本生やしており、全身に不揃いの口をいくつも生やしていた。そして、明らかに私達を餌としてターゲットしていた。涎ナイアガラがヤバイ。

 

「「「ギニャ……ギニャギニャ……」」」

「なんだこいつらは!」

「これが……全部覚醒者だと!?」

「まるで、北の戦いの再現ですね……」

 

 周囲を8体の巨大猫に囲まれていた。これ、南の深淵の者(スケベボディ)とかの残骸か! えぇ……、こいつらアリシア並みの妖気放ってるんだけど。

 

「ユマはシンシアをフォローしろ! あたしが奴等を引き付ける、イライザとオリヴィアで遊撃に回れ!」

「わ、わかった」

「いくぞ! オリヴィア!」

 

 駆け出すイライザに呼ばれて、私は真横に並んだ。

 私達は、手前にいる2本足で立ち上がって腕を振り下ろしかけている〈猫〉に飛び込んだ。

 

「……ギニャ」

「よし、外皮は柔らかいぞ!」

「『ヨシ!』」

 

 通り過ぎるような私達の斬撃で両肩から先がなくなった〈猫〉が、不気味に声を出した。肩口の斬り傷が不自然に盛り上がり、小さな骨の槍が大量に出現した。

 

「げっ!」

「きもっ」

 

 骨槍の先端には〈猫〉の口が着いており、ゲニャゲニャ言っていた。覚醒者って大体キモいけど、こいつらは殊更に酷かった。

 

 大量に打ち出された骨槍が、私とイライザを襲った。

 私は〈壁〉を応用した連撃で弾いた。イライザも卒なく交わしたようだった。

 弾かれた骨が、まだ無事だった大木に刺さった。するとシワシワに崩れて、木屑から小さい〈猫〉が生えてきた。あらかわい……くはないわね。普通に化け物だった。

 

「はっ!」

「ゲヒャ」

 

 危ないので私は近づいて粉微塵にした。この状況で増えるとか、洒落になら無い。寄生猫とか恐ろしすぎる。

 

「くそ! こいつらエネルギーを吸って増えるぞ!」

 

 私を見たイライザが、全員へ注意を促すように叫んだ。

 

「イライザ後ろだ!」

「な!? く、がはっ!」

「イライザさん!」

 

 ユマの声でイライザの大剣での防御が間に合った。しかし、後ろから来た〈猫〉の片腕で地面に押さえつけられ、イライザが呻いた。

 

「くそ……ぁ」

「〈まつげ〉!!」

 

 覚醒者が口を開き、先程の骨槍が大量に装填されていた。やべぇ、間に合え!!

 発射される瞬間、ユマの大剣が回転して飛んできた。〈猫〉の首が飛んだ。

 

「まだだ! ちび助!!」

 

 姉御が叫んだ。

 〈猫〉の切断された頭と首元から骨槍が生えた。

 姉御任せろ!

 

「うおおぉ!」

〈千剣〉!

 

 身体を引き絞って暴風と化した私は、千切れた〈猫〉を粉微塵にした。もはや、チャージ無しで技を放てるようになった。持続力はないけど……。

 消耗しないうちに技を取り止めてイライザの横に降り立った。頭と身体の大半を失った〈猫〉が倒れた。

 

「助かった」

「気をつけろ〈まつげ〉」

「……今だけはその呼び方を許してやる」

 

 起き上がったイライザが、珍しく突っ掛かってこなかった。私はイライザと背中合わせに立った。

 この攻防でやっと1体。

 最初に腕を落とした〈猫〉は、この短時間で全快していた。クソゲーか?

 横目で見ると姉御の方で2体倒していた。姉御に斬られた〈猫〉の残骸は、自分達で発射した骨槍に刺されていた。姉御つっよ。相性がよかったのかもしれない。

 

「一気に片付けるぞ!」

 

 頼もしいムキムキ筋肉姉御が気炎を上げた。

 

 



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イマジナリーフレンズ

忙しすぎたので増量版です。

やはり書く内容というのは、体調にされるところが多分にあるのかもしれませんね(言い訳)


「はぁはぁ……。なんとかなったな」

「つかれたもぉぉぉん!」

 

 戦いの最序盤で大剣を投げ捨ててしまって始終ピンチだったユマと、激戦の末キャラ崩壊したイライザが大の字に寝転がった。〈まつげ〉大丈夫かよ。牛みたいに鳴いたぞ。

 

 結局、一昼夜近く戦い続けることになった。

 あの戦いの後、私達の近くにいた〈猫〉だけでなく、戦いの音を聞き付けた周囲の〈猫〉達がゾロゾロと集まって来た。2~30体くらいは倒したんじゃなかろうか。

 そのうちに、時間経過で勝手に止まる〈猫〉が増えていって今に至る。電池の切れかけたファービーみたいに止まるのは、ちょっと面白かった。モルスァ。

 

「はぁはぁ。3人が来なければ、かなり窮地だったのかもしれませんね……」

「消耗したお前らだけだと、逃げ回るしかなかったかもな」

 

 姉御の言う通り、ヘトヘトのシンシアと足が治ったばかりのユマでは逃げないと厳しかったかもしれない。それにしても、なんでユマは直ぐ大剣を投げてしまうん? 戦士が大剣を手放せば死ぬぞ。

 

「そうですね……く」

 

 姉御に返事をしたシンシアは、女の子座りに崩れ落ちた。消耗がピークに達したのかもしれない。

 中盤から終盤にかけては、大剣を投げちゃったユマのフォローに回っていた。ユマのお陰で〈まつげ〉は助かったんだけど、シンシアへ追い討ちをかけるように負担が行ってしまった。なんてこった。

 座り込んだシンシアを見た姉御は、片手で頭をガシガシとかいた。

 

 大天使シンシアの妖気ヒールは、相手の妖気に同調して身体の再生を促すものだ。

 その際に、相手の消費する妖気以上に力を消費してしまう。悲しいことに妖気の消費効率はクソ悪かった。

 しかし、防御型の戦士であるシンシアの緻密な肉体再生のアシストが得られるので、ミリア隊長も時間が無いときは積極的に使って行く方針だった。

 

 拝啓、ミリアたいちょーさま。あなたの方針でシンシアがピンチです。今すぐ助けてください。

 私は柏手を打ち、両手を合わせてラボナの方を拝んだ。

 

「メンマましまし」

「オリヴィア。ラボナはあっちだぞ」

「え? なんだそのお祈りは……?」

 

 私の向く方向と真逆の方角を示したイライザと、寝転んだまま困惑するユマがうるさい。信仰の自由を守れ! 大事なのは気持ちなんだよ。

 

「少し休め、それから……クレア達を回収してラボナにいるミリア隊長に報告だ」

「はい……」

「ちっ。アイツら無事だろーな?」

「三人とも無事みたいですよ。……!?」

「どうした?」

 

 座り込んだまま、姉御と話していたシンシアが何かを感知した。クレア達3人の妖気を拾ったときに、なんかヤバイことがわかったのかな。

 

「大きな妖気に当てられて……今まで気付けなかったのですが、微弱な戦士の気配がします。消えそうなくらい小さいですが」

「どっちだ」

 

 シンシアが指差した方向に行くことになった。なんだ戦士か。しかし、なんかスゲー嫌な予感がするんだけど。なんだったっけ? まぁいいや。

 

「本当か? ……シンシアでそれなら、私には読めないんだろうな」

「ふん。ついでだ。生きているなら拾っていく」

「さっきのに巻き込まれて生き残ってるなら、そこそこ強そうだけどね」

 

 姉御の案で助けに行くことになった。

 

 

 

 ユマにおんぶされたシンシアの案内で、クレア達の方向とは少し外れた方へ向かっていた。

 

 森林にいた筈だったのだが、でか骨槍で周囲の地形が変わってしまっており、隆起した禿げ山を歩かされていた。あんなに森でフサフサだったのに……またハゲの話をさせるなんて。……〈猫〉め、許さん!

 

「オリヴィア。遅れるなよ」

 

 疲労から現実逃避してアホな事を考えていると、〈まつげ〉がチラチラとこちらを振り返ってきた。お前ら足が長いからピョンピョン行けるんだろうけど、私は背が小さいから殆んど崖に上っている様なもんだぞ。くそが!

 姉御達は、捜索しやすい様に高い視界を得ようとしてるのだろう。足場が悪い所をずんずん登って行った。そりゃ、背の高い木全部折れてるけどさぁ……。

 

 腹這いで背の高い隆起した岩盤に上った。巨大な骨槍が地面に刺さって露出したのだろう。しかし、ジャンプするのもいい加減疲れた。私は、岩盤の角に芋虫のように伸びた。ぐでる。今日から私は、ぐでヴィアだ。

 

「ちかれた」

「……シンシア。どの辺だ」

「もう近くのはずです……。ごめんなさい。超弩級の妖気に当てられて、細かな場所までは……」

 

 姉御は私を一瞥するとシンシアに言った。姉御に尋ねられたシンシアが、ユマの背中から降りながら困り顔で答えた。それはいいんだけど、誰か引き上げてくれない? もう疲れたんだが?

 瀕死の戦士を目視で探しているのか、イライザも明後日の方向を見ていた。

 

「あっ!」

「どうしたイライザ」

 

 イライザが驚いた声を出して、全員が振り返った。まさか、見つけたのか!?

 

 イライザの顔を見ると、口にピンと伸ばした手を当てて完全に『失敗しちゃった』みたいな顔をしていた。えぇ? 何でこっち見てるの?

 

 ぬかるんだ岩盤が大きな音を立てた。ちょっ、おまっ、まてまてまて!!

 私が乗っている岩盤だけが滑り落ち始めた。

 

「ぬぉぉあぁ〈まつげ〉ぇぇぇ!」

「オリヴィアすまーーん!」

『済まんじゃねぇ!』

 

 滑り出した岩盤の上になんとか這い上がった。飛び降りようにも、既にかなり速度が出ていた。しかし気分は白桃桃だ。

 

「ぴょっ!」

 

 振動に合わせて岩盤の上を跳び跳ねた。

 後ろを見ると、イライザ以外が目を点にして見ていた。

 数瞬もしないうちに他の隆起した岩に当たり、私は空に投げ出された。

 

「うあぁぁ! 痛! って、ててて」

 

 ヘッドスライディングで着地した。シスター服もビチョビチョになってしまった。最悪だ。

 ぶつかった岩が砕けて、土ぼこりが辺りを覆った。

 

「オリヴィア! 無事か!?」

「……まったく何やってんだ」

 

 皆が高台から降りてきた。

 心配した声をかけてきたのはイライザだった。そして、姉御に呆れられてしまった。いや、イライザのせいだろう。私は悪くねぇ!

 優しい声をかけるイライザにマッチポンプ感を覚えた。

 

「う……ぁ……」

「そ、そんな……」

 

 背後から呻き声とシンシアの震える声が聞こえた。

 

「どうしたシンシア? あぁ、戦士を見つけたのか」

 

 シンシアにユマが声をかけた。死にかけ戦士がいたのか。これぞ怪我の功み……。

 

「だ、ダメです。ユマさん……あれに近づいたら……ダメです」

「え?」

「へ?」

 

 怯えきったシンシアがユマを止めた。何、どう言うこと?

 雨で土ぼこりが晴れていき、黒い装いの戦士が現れた。覚醒する双子の片割れだ。この感じは……ベスかな?

 

 隆起した岩に背を預けており、俯いた顔は表情が読めなかった。

 

「なっ……!?」

 

 それを見たユマが声を詰まらせた。

 土ぼこりが完全に晴れ、ベスの姿が露になった。

 ベスは巨大な骨槍に腹を貫かれていた。座って岩に背を預けていると思ったが、実際には磔のような格好だった。

 

 ベスへと繋がった骨槍の表面に、血管のような筋がいくつも浮き上がった。

 

「ぎ……ギ……」

 

 消えそうな妖気が急に膨らんで弾けた。

 座り込んだ双子の片割れから衝撃波が走り、私達の髪を揺らした。んん!? 覚醒ラインの解放を超えた? あ、でも、覚醒しても戻れるのか。

 

「そ、そんな……」

「覚醒した……!」

 

 シンシアとユマの緊迫した声が聞こえたが、変態するベスの様子に気を取られた。しかし、変態ベス……。覚醒者は、皆変態だった……? 私は白い〈ペプシマン〉を思い浮かべた。

 

 腹に刺さった骨槍の先端から〈猫〉の顔が現れて、形を変えていった。顔中に血管を張り巡らせた黒い戦士が顔を上げて目を見開いた。

 

「ガッ……ギギ……」

 

 首元から無数に血管が浮いた顔が首に埋まっていき、首無しの胴体が四足歩行する〈猫〉の背中に生えた状態になった。〈猫〉が一瞬苦しんだ表情をしたとき、アリシアの覚醒体で見た彫像のような顔と〈猫〉の顔が()()()()。ま、混ざっちゃった……。戻れるの……?

 

「ギギニャ……ギニャ」

 

 鬣のような黒い刃が生え、全身にも刃が生えてきた。融合して彫像のような〈猫〉の顔になっていた。背中から人の胴体が生えた姿は、まるでケンタウロスを描こうとして失敗して出来上がったスフィンクスみたいだった。いや待って、ボスとボスが邪配合されて腹から顔が……これ最早デスピサロじゃん!

 ラスボスみたいな奴に野良エンカウントしてしまった。

 

「逃げろ!!」

 

 姉御が叫んだとき、突如として斬撃の嵐が吹き荒れた。

 

『ばかやろう!』

「わっ……!」

「ユマさん!」

「!!」

 

 間近で妖気に当てられてしまったのだろう、キョトンとした様子のイライザの背を引っ張った。ボーッとすんじゃねぇ!!

 敵の姿がブレ、吠える〈猫〉の汚い声だけが耳に残った。

 

 

 

―――ノイズ。

 

 

 

「待てぇ! 御用だ!」

 

 その後、紆余曲折があり、拳銃を持った黒尽くめの男たちから逃げていた私は、いつの間にか雲海の上に立っていた。

 

 山の上に建った白亜の城が遠くに見えた。

 雲海の中には、不自然に椅子と帽子が置いてあり、私の格好は青い旅人の服に黄色いマントに変わっていた。勇者かな?

 

 私の体が勝手に動き、帽子を被って椅子に腰掛けた。大きな帽子で視界が埋まった。

 

『デスピサロは嫌だ。デスピサロは嫌だ』

 

 私の口が念仏を唱えるように同じことを勝手に繰り返した。

 すると、帽子に金髪の中二病みたいな奴の顔が浮き上がり、イケボで叫んだ。

 

「セフィローース!!」

『えぇっ、何の話!?』

 

 その時、空中に浮いて胡座をかいた姿勢のハゲのおっさんが、たくさん現れて踊り始めた。金玉が2つ浮いてる!

 やべぇ、侵食されてる!

 

「レーダーに感! ハゲです!!」

 

 白いトゲトゲしたマスクを被った金髪のお姉さんが、叫びながら私の方へ振り返った。

 戦艦の司令席に座った私は、船員に最後の指示を出した。

 

『総員退避しろ……。私はこの船と共に沈もう……』

「そんな……。艦長! お供します」

 

 そして、宇宙を写した画面が金色に光った。

 

『そうか……。特技はイオナズンだったな……。採用!!!』

 

 

 

―――ノイズ。

 

 

 

『はっ……!?』

 

 なんだったんだ……あのカオスな空間は……。危うく脳が破壊される所だった。

 

 気付けば曇り空を眺めていた。雪がしんしんと降っており、冷たい空気が指先を蝕んだ。しかし、またここかぁ……。

 

 薄々思っていたが、私の中にはセフィーロやロザリーみたいなイマジナリーフレンドが数人住んでいるようだった。今回もそれだろう。イマジナリーフレンドの心象世界みたいなものだろうか……。

 

 立ち上がって辺りを見回すと、雪の積もったロッジの軒先に寝転んでいた様だ。

 私の寝ていたところだけ雪が積もっておらず、犯人はヤスみたいな跡になっていて、なんとも言えない気持ちになった。なぜこの形に……。

 

 自分の格好を見ると、泥で汚れたはずの蒼いシスター服は真っさらになっていた。心象世界だからだろうか。とりあえず、勇者みたいな格好じゃ無くて安心した。

 

『やれやれ』

「幻想扱いなんて、本当に失礼なやつね」

「間借りして居るのは、本当だけども」

『なにやつ!?』

 

 ほら、今回もやっぱり沸いてきた。

 背の低いボブカットの女だった。目元近くまで黒い前髪があり、少し野暮ったい印象を受けた。しかし、目鼻立ちは整っていて、森ガールイライザがコーデすれば化けそうな感じがする。

 温かそうな茶色いモコモコのコートを着ており、少し羨ましかった。

 

「私達はレア。オリヴィア、もう分かっていると思うけど」

「私達の力……貴方に預けるわ」

『……まーた、レベルアップイベントか。おk! 完全に把握した。よし、バッチこい!』

 

 カオスな夢とレベルアップイベントでテンションの上がった私は、レアに向かって腰を突き出し、尻を叩いて親指を立てた。

 

「「本当に分かっているのかしら……」」

 

 鏡合わせの二人は、同時にため息を付いた。好き勝手言ってくれちゃってぇ。

 

 技とかを継承するのはいいのだが、ちょっと頼まれごとが怖い。セフィーロからはアガサの討伐を、ロザリーからは……たぶん薄幸騎士に草笛を渡すのを頼まれたんだった。ヒント少なすぎない?

 でも、セフィーロやロザリーと会ったことで、私の実力が上がっているのも事実だった。やっぱり、レベルアップイベントじゃないか。

 

「ここじゃ、寒いわね」

「それじゃ、移動するわよ」

 

 

――キャァン。

 

 

 甲高い弦音(つるね)が聞こえた。

 前後不覚な感覚が収まると、大きな暖炉にある部屋に立っていた。

 

 金髪銀眼となった二人が戦士の格好をしていた。

 一人は暖炉の前にしゃがみ込んで、木酌で壺のような鍋を混ぜていた。もう一人は、安楽椅子に座って編み物をしていた。乳ザリー以上のマイペースさを感じた。いや、寛ぎ過ぎかよ。それと戦士の格好の意味ある?

 

「さてと。それじゃあ、オリヴィアには薪割りでもしてもらおうかしら……」

『えぇ!? いま家に入ったのに!?』

 

 そういう訳で、私は家から摘み出された。

 

『えっ、ホントに摘み出すの!? 何がしたいんだお前ら!?』

 

 ドアからポイッと捨てられてしまった。抵抗しようにも、場面がコマ落としのように変わってしまう為、私には成す(すべ)がなかった。

 

『うぉぉおい! 開けてくれ!!』

「とりあえず、3束くらい作ってきてー。しないと本当にごはん抜きよー」

「抜きよー」

 

 外気温のあまりの低さにドアに縋り付いてノックを連打した私へ、無慈悲にもノルマが課せられた。ってか、寒さを感じるの久しぶりなんだが……。

 

『なんてこった』

 

 と言うか、なんだこのハラスメントは……! 夕食を与えない罰を与えるオカンみたいなハラスメントやめろ。薪割くらい中でやらせろ。

 

 しばらくドアを叩き続けたが、レア達からの反応はなかった。

 

 このままでは埒が明かないので、仕方無く家の裏にある木材を割ることにした。

 この心象世界では、右手に大剣の感覚を思い出すと、いつの間にか手に握られているのだった。初めはビビったが、慣れてしまえば大したことがなかった。

 

『せーのっ!』

 

 大剣を思い切り振って、剣圧で雪を払い除けた。

 大きめの切り株には、錆びまみれの手斧が刺さっていた。雪に手を突っ込んでたら危なかったな……。

 

 戦士としての膂力があれば、重労働の薪割りもあっという間に終わりそうだった。しかし、肝心の木材が氷漬けだった。

 

『なんでツンドラ地帯みたいになってんの!?』

 

 苦労して氷漬けの木材を叩き割り、薪の小山を作った。これ薪として使えるの?

 

 

――キャァン。

 

 

 また弦音が聞こえ、いつの間にか暖炉のある部屋の中に帰ってきていた。

 

「あぁ、オリヴィア。手がこんなに冷えて。さぁ、温かいスープができてるわ」

『誰だこのおばさん!?』

 

 薪束を作ったと思ったら、いつの間に年増のおばさんに手を握られていた。

 

「オリヴィアの好きな鹿スープよ」

『まじかよやったぜ!』

 

 油マシマシの鹿スープが、木のボウルに入って出てきた。塩味が効いて美味しかった。

 レアの面影のあるおばちゃんが、机の向こうでニコニコと笑っていた。

 

 

―――ノイズ。

 

 

 目を瞑り、無言で微笑んだレアが暗闇の中に立っていた。金髪で戦士の格好をしたレア達は、薄く笑っていた。

 

「本当は。普通の人生で、普通の家庭を持って、あの家で暮らすのが夢だったの」

「全てはあの夜。翼の生えた一本角の化け物に破壊された」

「こうなってしまった一部分は、私のせいでもあるのだけれど……」

「それでも、オリヴィア。貴女にお願いしたいわ」

 

 二人のレアは交互にそう言った。

 私は、二人の手を無言で取った。

 

「ありがとう」

 

 

―――ノイズ。

 

 

「父は……?」

「まだ、戻って来てないわ。吹雪いて来てしまったわね……」

 

 小窓を覗き込んだ姿勢で、エプロンで片手を拭きながら、母は心配そうに言った。私が遅めの昼食を取ってから、一時が経った頃だった。

 

 父は無事だろうか。

 私は暖炉の前で、父の無事を狩猟の神さまに祈った。

 

 

―――ノイズ。

 

 

 吹雪の止んだその夜の事だった。

 吹雪の後の村では、篝火が幾つも焚かれて帰って来れなかった人達の目印を作る事が通例だった。

 私もモコモコのコートを着て、篝火の前で父を待った。

 

 ふと、通りから何かが聞こえた気がした。

 雪が積もると、世界が恐ろしく静謐となるのだった。しかし、この村の住民はそんな中にあって、何かを感じ取る力が高かった。

 何かを感じたのだろう、母も家から出てきた。

 

「レア……? 一体何があったの?」

「分かんない」

 

 母と二人、遠くの暗がりを見ていると、何かが歩いてきた。初めは父と思ったが、よく見ると親戚の叔父さんだった。

 叔父さんは、お腹に大きな穴が空いていた。

 

「ひっ……」

「アーガス! そんな……」

「レア、達か……逃げるンダ。化け物が、く、」

 

 それだけ言って、叔父さんは篝火の前で事切れた。

 

「ぜんぜんおなかが満たされないわ。なんでかしら……」

「!」

「レア!! 逃げなさい!!」

 

 それは突然の出来事だった。

 人型の化け物が現れた。背に生えた毛のない翼と額に一本だけ生えた角が特徴的だった。

 叔父さんはコイツに殺されたのだ。

 

 私の前へ手を広げて立った母を背に、私は逃げ出した。父がいると思われる山の方へ、雪に足を取られながら必死に走った。

 振り返ると、母が死んでいた。

 

 

―――ノイズ。

 

 

 一本角の化け物に襲われたあと、私は父に助けられた。

 しかし私を組織に預けると、父もすぐに事切れた。

 

 私が組織の戦士となったのは、私の平穏を破壊した一本角の化け物を殺すためだった。

 しかしながら、私の戦士としての適性は恐ろしく低かった。妖気も小さく、足も遅い。おまけに、妖魔を一太刀で切り裂ける程の膂力も無い。

 

 ところが、そんな私にも他の戦士に勝っている事が一つだけあった。それは、緻密に妖気を操る能力だった。

 

 そして、父の【足りないのならば、他から持ってきなさい】という教えを妖気で実践したのだ。

 私は仲間の妖気に同調して、少しだけ妖気を借りる事ができた。同調する人数が多ければ多いほど、私の力は上がるのだった。

 妖気の〈簒奪〉。それが私の力だった。

 

 妖気さえ強くなれば、身体的な力はみるみる上がった。一本角の化け物を殺すために、私も化け物になっていったのだった。

 

 その力を認められ、次代のナンバー10の特殊体候補として訓練を積むことになった。

 そんな折、共に訓練を積む仲間たちができた。

 

 皆癖のある性格をしていたが、サトリのように同調して意思を察する事ができる私は、そんな中でも上手くやっていた。

 

 しかし、一人の戦士へ同調した事で、全てが狂ってしまった。

 

 その戦士は、抜け殻のような目をしていた。他の戦士を真似ているのか、人で無いナニカがそこに居るように感じた。

 

 私は何時ものように、彼女が発する消えそうな程小さな妖気へ妖気同調をした。ほとんど癖のようなものだった。

 

 その後は、黒塗りの雪崩が現れて覚えていない。

 

 

―――ノイズ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「起きろ! 起きろオリヴィア! なんで、あたしを庇ったんだ!」

 

 目を覚ますとイライザが耳元で騒いでいた。うるせぇ、何の話だ。

 

 イライザを押しのけ身を起こして立ち上がると、シスター服がバッサリと切れており、腰から下がストンと下に落ちた。やべぇ、服が血だらけだ! 誰か股にモザイク入れてくれ!!

 

「落ち着けイライザ! ……ちび助は無事だ。それよりもシンシアだ」

 

 状況が意味分からなさすぎて色々と渋滞したが、あの場から皆で何とか離脱できたみたいだった。

 

 ユマが抱えたシンシアを地面にゆっくりと寝かせた。

 シンシアは右半身と内臓の一部をごっそりと失っていた。

 

「えっ……?『天使長?』」

「……ぁ」

「シンシア、気がついたか!? 早く身体の再生に入るんだ!」

「……ぁ、私、身体の大半を失っているんですね……。ユマさんが……無事で良かったです」

 

 息も絶え絶えな様子でシンシアが言った。こんな時でも、シンシアは他人を気にしていた。ユマが叫んだ。

 

「早く再生しろ!! 何で庇ったりなんかしたんだ!!」

「ぁ、私……もう、自分を治す妖気が尽きた、みたいです。……最後に役に立てて……良かったです。私……、あの戦いのとき、殆どナンバーの変わらないベロニカ隊長を守れなくて、何の為に生き残ったんだろうって……ずっと空虚でした」

「シンシア喋るな! 何とか再生に入るんだ!!」

 

 か細く話すシンシアをユマが遮った。

 

「だから、これで良かったんです。……本当は私、みんなと一緒に死にたかった……」

「そんな事言うな!」

 

 泣きながら言うシンシアを見て激昂したユマが、シンシアの頭脇に拳を打ち付けた。

 

「ちっ。ユマ……」

 

 舌打ちしたウンディーネの姉御が、そんなユマの腕を掴んで首を振った。

 

「ウンディーネ離してくれ。ずっと皆の足を引っ張って来たのは、私の方なんだ! こんな所で死なせるかよ!!」

「ユマ……さん?」

「ユマ、お前……」

 

 ユマがシンシアの胸の上で片方の手首を掴んで掌を広げた。

 

「前の妖気同調で同調のコツは掴んだんだ! なんとかして見せる!」

 

 そうか、天使長シンシアは既に2人を回復させて、さらに長時間戦闘してたのか。そりゃ妖気が尽きるわ。

 

 いそいそと腰(みの)の様に血だらけの服の切れ端を巻いた。

 

 レアから教えて貰ったやつで、私も協力できないだろうか。腕を伸ばした私は、ユマに手を向けた。

 

「オリヴィア?」

「ちび助?」

 

 〈妖気をちょっと借りる〉事ができるなら、与える事だってできるかも知れない。

 




どこで区切りたかったのか、区切りがわからなくなってもうた……。

そして携帯が壊れ、ウッドショックを受けた家が立ち、力尽きた(大和ハウス)


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リトルパンツシューター

三角形のレアアイテム





 そう言えば今気がついたのだが、起きてから視界が開けるように妖気感知の範囲が広がっていた。皆の纏う妖気が、光る紐の様に感じられた。遠くの山々もピカピカ光っているように感じる。

 

 シンシアと同調を開始したユマの妖気は、シンシアの身体に突き刺さるように移動していた。この紐を私の紐とくっ付ければいいのか。

 

 シンシアと妖気同調し始めたユマに同調しようとしたが、上手く捕まえられなかった。なので、点線みたいになってるシンシアの紐と同調することにした。奪うのではなく、送り込め送りこめ。

 

「むぅ……。『はぁーっ!!』」

 

 私の紐とシンシアのヨワヨワ妖気紐を一本結んで、カッと目を見開き、妖気を送り込んだ。すると、シンシアの左手の指先が黒く染まって行った。あれ?

 

「ぐっ、うぅ……!」

「何やってんだオリヴィア!? こんな時に邪魔をするんじゃない! 集中させてくれ!!」

 

 死にかけのシンシアが苦しげに呻き、ユマに怒られた。いや違うんだ。思ってたのと違うんだ。

 

「ちび助! なにやってんだ!」

「めごっ!」

 

 姉御にガチで怒られ、頭に本気の一発を貰ってしまった。ムキムキ姉御のパンチはあまりにも強烈で、私は顔面から地面に埋まってしまった。頭陥没してない? ちゃんと付いてる??

 

――説明しなかった私達も悪いけど、貴女の妖気じゃまるで駄目よ。

――手伝うのは今回だけよ。

 

「なんだっ……!?」

 

 ムキムキ姉御が身体がいきなり縮み、姉御は私の背後で片膝をついた。首を動かして伺うと、姉御の紐と私の紐が絡み合ってピンク色のアフロみたいになっていた。完全にほつれてんじゃん……!

 

 地面に寝そべった私の腕が勝手に動き、口に拳を当てて成り行きを見守っていたイライザの方を指さした。また、腕が勝手に動いてる……。

 

「えっ……? がっ!」

 

 いつもの心霊現象に戸惑っていると、イライザが両膝から崩れ落ちて顔面を強打した。……痛そう。

 

「皆ッ! ……えっ?」

 

 余った手がピースサインでユマ達の方を指差し、貰った妖気を送り込んだ。うわっ! 何だこのゲッソリとする感覚は……!?

 まるで腹痛明けの空虚感だった。

 

「よ、妖気が……」

「こ、これは……! 今だシンシア! 一気に再生するぞ!!」

 

 二人の妖気が膨れ上がり、沸き上がった妖気によって雨粒が蒸発し、水蒸気で視界が遮られた。

 

 

 

 

 薄い霧が晴れて、二人の姿が明らかになった。シンシアは五体を取り戻しており、女の子座りで自分の両手を見ていた。

 

「はぁはぁ……。何とかなったな……」

「妖気が漲っています……」

「私だけでは、こうは出来なかった。オリヴィアに感謝だ……な……」

「……」

 

 息を切らせた二人は、こちらを振り返り無言となった。

 ダブルピースしながらヤムチャみたいにうつぶせになった私、カエルの死骸のように倒れたイライザ、そして、大の字に倒れて息切れしたほっそり姉御といった具合に死屍累々となっていた。

 

「ぜぇぜぇ……。ちび助ぇ、何しやがった……」

「は、はやく、おこし、て……」

『どうしてこうなった』

 

 普通に四肢が動かなくなっていた。何だこの技は……! くっそ疲れるんだけど……。あとピースやめろ。そこだけ、私の意思で変えられないのやめろ。分かったから、アンタは良くやったから。

 

 通常この技は、味方の妖気をちょっとだけ奪う技なのだろう。しかし、慣れないことをしたせいか輸送に関わった全員の四肢から妖気が一時的に失われてしまった様だった。

 

「いや、何がどうなってるんだ……?」

「二人の妖気を私達に送ったのでしょう。中継したオリヴィアさんが疲労で倒れている……んでしょうか? いつの間にこんな技を……」

「オリヴィアは妖気操作が苦手だったはず……じゃなかったのか?」

 

 いつの間にって……今さっきだよ! 今得意になったよ。なんたって、レベルアップしたからね。

 

「とりあえず、皆を起こして安全なところまで下がりましょう」

「そうだな」

 

 シンシアが姉御を背負い、ユマが私とイライザを小脇に抱えた。ユマの小脇、あったかいなりィ……。

 

 

 

 いざ出発しようとしたタイミングで、姉御が声を漏らした。

 

「お、おい。冗談だろう……?」

「そんな……こんな状態で……」

「ウンディーネ、シンシアどうした――」

『いでっ!』

「めきょ。ちょっと! 痛いわよ!」

 

 シンシアの後ろから、前方を覗き込んだユマが私とイライザを落とした。顔面から落ちたせいで泥を飲んじゃった。ぺっぺっ。

 私は、ユマの装備が取れたふくらはぎを手で張った。いてーだろうが! けっ、美脚かよ!!

 それにしても、さっきのイライザの声は、もはや人の声じゃなかった。めきょだって、ぷぷー。

 

「「「ギニャ……ギギニャ……」」」

「へ? えぇ……」

「え? じょ、冗談でしょ……?」

 

 腹の底から響くような覚醒者の輪唱が聞こえた。イライザと二人して声に出して驚いた。

 先程の妖気の上昇を感じ取ったのだろう、数多の〈猫〉達がやって来た。ほら並んでー、皆の好きなちゅーるですよー。って誰がチュールだ!!

 

 いつの間にか、巨大骨槍の第二波が放たれていたのだろう。私が気絶している間に来たのかもしれない。さっきピカピカ光ってたのって、これかぁ!

 

 私達を吸飲肉(チュール)だと思っている巨大な〈猫〉達は、一斉に飛びかかる姿勢を取った。きゃー、美味しくないわよぉ(裏声)

 ぱっと見、〈猫〉の数は最初の時よりも多い。

 

「くそっ! ウンディーネ達は動けないんだぞ!」

「戦うしかありません……」

「く……おまえら」

「皆に助けて貰った……。私の命の使い所です!」

 

 動け無い私達を置いて、シンシアとユマが庇うように前に立った。シンシア待って、命の使い所来るの早すぎない? ……やべぇ、まだうごけねぇ。

 

「ちき、しょ……。折角シンシアが助かったってのに……!」

「もう! どーするのよ!? オリヴィア!!」

 

 絶望的なピンチとなり、イライザに怒られてしまった。いや、私のせいだけどさぁ。〈猫〉いるとか知らんし……。

 

 言い訳を始めても仕方が無かった。何とかするしかない。この状態から、何とか妖気開放できないだろうか。

 

「ぐぬぬぬぬぬ。『みんな! オラに力を分けてくれ!!』」

 

 寝転んだまま万歳して叫んだ。当然何も起きなかった。イマジナリーフレンズ! こいっ! 来ない!

 

「……」

「これは駄目ね……」

 

 寝転んだチームの中で、早くも諦めムードが蔓延してしまった。諦めたら、そこで試合終了ですよ。

 

「折角、妖気同調も覚えてこれから皆の役に立てると思ったのに……。ミリア隊長は何て言うかなぁ……、ヘレンは喜んでくれそうだ……。デネヴは顔に出ないけど喜ぶんだろうな……。でも、一番喜んでくれそうなのはクレアな気がするなぁ……」

「ブツブツ泣き言を言わないで下さい、ユマさん。幸い、全快に近いコンディションです。一人じゃありません! 何とか切り抜けましょう」

「あぁ」

 

 涙を流しながら鼻水音を鳴らしたユマを、シンシアが叱った。ユマは軽く絶望していたようだった。しかし、どうしたものか……。

 

 レア紐を〈猫〉にブスリしてみようと思ったが、妖気の感覚消失と共に紐の行方も分からなくなってしまった。なんてこった。打つ手なし! 解散!!

 

 その時、〈猫〉型覚醒者の一角が急に暴れ始めた。その動きは、伝播する様に広がって行った。

 〈猫〉の中から飛び出したのは、(ましら)のような動きをした白い髪に全裸で黒い体の〈深淵喰い〉だった。

 ハラリと、ユマの上空に影が踊った。

 

「なんだ!? 白い……布?」

 

 空中に三角形の白い布がひらひらと舞っていた。……パンツやんけ!!

 たった一枚のパンツに、更に〈猫〉の中から現れた〈深淵喰い〉達が殺到した。お前ら、そんなに服が着たかったのか……。匂いを嗅いでパンツを探す全裸の女達……なんて酷い絵面なんだ……。

 

「ヘレン、デネヴの仲間だな? 組織のナンバー8ディートリヒだ。ヘレンとデネヴから受けた恩。その2つ目を返しに来た……」

 

 多数の〈深淵喰い〉を引き連れるように現れたのは、組織のナンバー8を名乗るちびっ子だった。背はウンディーネの姉御の6割くらいしかない。

 自信満々に話す綺麗な顔は、勝ち気な印象を受けた。背中の中程まである髪をオシャレなツーサイドアップにしていると思いきや、前髪を切るのに失敗していた。

 

「なんだこのちび!」

「いや、ちび助の方が小さいだろうが……」

「二人に聞いてはいたが……私より年上で、私よりも体の小さな戦士がいるとは……。ふっ」

 

 鼻で笑われてしまった。ぐぬぬ解せぬ。

 

「ウンディーネ、不味いわ! あの布の次はきっとオリヴィアよ!」

「! そういやそうだったな……ちび助! 這ってでも逃げろ!」

「えっ?『いや、彼奴等(猫と変態)は、パンツまっしぐらだよ?』」

 

 急に姉御と〈まつげ〉が騒ぎ始めた。人をパンツと同列に語るな。しかし、確かに私は〈深淵喰い〉に追われていたのだった。逃げるったって……何処に逃げるんだ……。動けないんだぞ、まじで。

 

 その時、万歳したままになっていた両手が、再びピースサインを象った。……戦士たちが、戻ってきた! ぁあ! イマジナリーフレンズが帰ってきた。

 

 しかしピースサインは、ヒョコヒョコと指を動かすだけに留まった。えっ、それだけ……? 元気を分けるとか、そういうのはないのか? えっ、励ますだけ? えぇ……。

 

「あの布は一体……? あの黒い戦士は何なんだ……?」

「白い髪に黒い体……。北の地で見たあの覚醒と同じ……?」

「奴らは〈深淵喰い〉だ。特定の匂いだけを追って、その対象が死ぬまで追い続ける悪魔の兵器だ。私から言えることは唯一つ……その場から動くな」

 

 ディートリヒは手に持っていた布切れを投げた。さっき、パンツ投げたのお前か!?

 今度は服の切れ端の様だ。風に乗った布の切れ端は、少し向こう側で暴れる〈猫〉の集団に紛れた。

 ディートリヒの後ろから幽鬼のように着いてきていた残りの〈深淵喰い〉達が、布切れめがけて飛び出して行った。

 

「ゲヒャ……ギギ……」

「ギニャギニャ……」

 

 急に動くものを対象にする〈深淵喰い〉と、生き物のエネルギーを吸おうとする〈猫〉の争いが始まった。何だこの泥沼のような戦いは……。

 

 〈猫〉の尻尾で弾き飛ばされ五体が潰された〈深淵喰い〉達だったが、ボコボコと肉が沸き立って、あっと言う間に再生して戦線に復帰した。

 

「なんだ……? 再生したぞ!」

「並みの覚醒者を超える再生速度です……!」

「……」

 

 〈深淵喰い〉を初めて見たシンシア達が驚愕していた。そういえば、見たことなかったのね。

 〈深淵喰い〉に切断された〈猫〉の身体から骨槍が放たれ、空中にいた〈深淵喰い〉に刺さった。ハリネズミのようになった〈深淵喰い〉が、地面に墜落した。

 

「不味いぞ! あれに寄生されると乗っ取られるぞ!」

「問題無い。すでに学習済みだ」

 

 複数の骨槍がゲヒャゲヒャと産声を上げたが、次第に震えて止まった。顔を上げた〈深淵喰い〉に骨槍が、吸収され消えてしまった。

 

「あれを全部吸収したんですか……!?」

 

 骨槍を吸収した〈深淵喰い〉は、縫われた口を強引に開き、雄叫びを上げた。

 

「ギヒャァァァ!」

「ギ」

 

 〈深淵喰い〉は吠えたまま〈猫〉へ飛び掛り、胸から上をバラしてボリボリと腹に収めた。先程とは違う速度の上昇具合に、〈猫〉は全く対処できていなかった。

 

「なっ!? 喰ってやがる」

「やつらには、寄生されても乗っ取られる精神そのものが希薄なんだ。有るのは強烈な飢餓感と対象への執着のみ。むしろ、精神操作をされることで組織が植え付けた制約(リミッター)が外れるのさ」

 

 一見して優勢に見えた〈深淵喰い〉だったが、骨槍で顔面を潰され、再起不能となる鈍臭い個体も幾人かいた。

 

「多勢に無勢だ……ジリ貧だぞ!」

「既に幾つかの群れを滅ぼして来ていたのだがな。只管に任せていては、未だ五分と言った処か……。戦況次第ではどちらにも転ぶだろうな」

 

 ユマの焦る声が響いた。ディートリヒは、淡々とユマに解説すると大剣を構えた。

 

「だが、戦況は私が作って見せる! 行くぞ!」

 

 リトルパンツシューターは、化け物たちの群れに一人で飛びかかって行った。……盛り上がっているところ悪いんだけど、先に動けない私達を、此処から逃してくれないだろうか。

 

 




履いてないのでは無いかとは言ってはいけない。
ロマンなんだよ!!!(食い気味)


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墜星

気がつけば40話、終わりが遠くて草生えます。

3分の2くらいが終わったので、60〜70話くらいで終わりそうな見通しです(終わるとは言っていない)

年末なので書留在庫更新というものをするなむ。
持ってくれよ、オラの体!


 結局、私達寝転んだチームの3人は、リトルパンツシューターの戦いを涅槃スタイルで眺める事に終始していた。お茶の間煎餅スタイルとも言う。

 

 対戦カードは、〈猫〉と全裸の変態女達、そしてリトルパンツシューターだ。リトルパンツシューター……略して〈リトル〉は孤軍奮闘、しかしオッズは低めの背も低めだ。そして、俊足であった。コーナーで差をつけろ!

 

「あいつ強ぇな……」

「あぁ。ナンバー1桁代後半にしても、実力は上位なんじゃないかしら」

 

 〈リトル〉は〈猫〉達の間を駆け抜けると、再生途中で潰されかかった〈深淵喰い〉を手助けして行った。

 手助けと言っても、通りすがりに〈猫〉の足を中途半端に切りつけて、バランスを崩していくような感じだ。

 

「何なんだあいつは……」

「ヘレンさんやデネヴさんへの恩って言ってましたね」

 

 フリーになったシンシアとユマが、私達の方まで戻ってきていた。〈深淵喰い〉に捕捉されないように、そろりそろりと帰ってきた様だ。これもひとえに、寝転んだイライザの謎ジェスチャーのお陰だった。いやそこは喋っていいよ。腹から声出せ。

 

「今のうちに移動しましょう」

「お、おい。あいつを置いて行っていいのか?」

「ウンディーネさん達を安全な所まで置いてから、戻るんです」

「そ、そうだな……。そうだよな」

 

 シンシア達に引きずられて岩陰に隠された。迫り出した岩が、屋根のようになっていた。冷汗っかきユマよ、逃げるのを一瞬期待しただろ。カァー、いかん。いかんよぉ、足もけしからん。

 

「私達の身体……。一体どうなってるの?」

 

 不安げなイライザがシンシアに問いかけた。シンシアは妖気同調するだけあって、半人半妖の身体に造詣が深かった。

 

「本来あまりない事ですが……、皆さん妖気が枯渇し掛かっています。私達半人半妖は、超人的な身体能力の大部分を妖気に頼っています。これが失われると極端に身体能力が落ちると考えられます」

「治るのかしら……」

「時間が経てば四肢に妖気が満ちて、直に動けるようになると思いますよ」

「そうか……。よかったわ」

 

 笑顔で言い切ったシンシアに、イライザが安堵の笑みを浮かべた。シンシアが着ている服は黒い服だったが、やっぱ天使なんですねぇ!

 

「幸い皆さんの妖気は、枯渇しかかって一時的に殆ど消えているようです。ここに隠れていて下さい」

「待て、シンシア! お前の妖気同調でなんとかできねぇのか!?」

 

 そう言って死地へ向かおうとするシンシアの背に、寝転がったままの姉御が焦った様に声をかけた。

 

「妖気を譲渡できないことも無いですが……。本来、妖気同調で相手に妖気を与えると言う事は、非常に高い位置から小さな器を狙って水を掛けるような物なんです」

「……。……ほとんど、零れちまうってことか?」

「えぇ、普通はそうです。それに、相応に時間がかかる筈なんです」

 

 姉御とシンシアがこちらを見て、半眼になった。バツが悪くなった私は、ピースサインで鼻をほじるのをやめた。

 

「ちっ。大人しく回復に専念してるしかねぇってのか……」

「安心して下さい。無茶はしませんから」

「あんた、さっき命の使い所とか言ってなかった?」

「あははは……。あれは勢いといいますか……」

 

 ジト目イライザの突っ込みに、照れたシンシアがおさげ頭を掻いた。先程までの、影のある表情じゃなくなったのは幸いだ。ユマくん頼むよぉ、天使長を守ってねっ!

 私はユマに勝利の鼻くそ(エール)を贈ることにした。喰らえ、美脚ドレナージ!

 

「いて! オリヴィア、何でさっきから叩くんだ!?」

「げへへへ」

「うわ……」

 

 そういう訳で、二人は旅立って行った。ユマのドン引きした顔は割と面白かった。……いや待って。なんでドン引きされたんだ? 鼻クソは死角に付けたからバレてないはずだ。

 途端にすることがなく暇になった。この状態で逃げる練習でもしておくか。

 

 

 

 ズタボロの3人が帰ってきたのは、姉御達が辛うじて匍匐前進できるようになった頃だった。進捗ダメです。

 〈深淵喰い〉から逃れるために、高速移動する芋虫の練習をしていたら、〈リトル〉に白い目で見られた。何故だ……。

 

「何だその気味の悪い動きは……」

「……ちっ」

「人が必死で……この状態でも何とかしようとしてるのに! なんてことを言うのよ!?」

 

 〈リトル〉は顔を引き攣らせて言った。なんてヒデェ事を言うんだこいつ。あーぁ、姉御が拗ねてやめちゃったじゃんか!

 

「まぁまぁ、無事なんとかなりました。いいじゃないですか」

「なんとかなって良かった。……本当に良かった」

 

 とりなすシンシアと、地面に手をついて項垂れるユマは対照的だった。

 シンシアとユマが参戦したことで〈猫〉の群れを素早く殲滅出来たが、制約(リミッター)の外れた〈深淵喰い〉がユマの足を狙って執拗に追い掛け回したそうだ。どうしてそんな事に……。

 

 数が減った〈深淵喰い〉は、ディートリヒとシンシアによって倒された様だった。制約(リミッター)が外れて、動く者(美脚)へ無差別に襲いかかる兵器と化した変態女達。あんなの野放しにしちゃいけないよね。

 

「兎に角、クレア達の方に移動するぞ!」

「中心に居たのなら、あの覚醒者の数も尋常ではなかった筈です」

「私も行こう。ヘレンやデネヴに、恩を返す前に死なれては困るからな」

 

 という訳で、移動することになった。

 

 

 

―――

――

 

 

 

 〈リトル〉に背負われ、眺めの良い断崖に辿り着いた。初め、〈リトル〉はイライザを背負ったが、イライザの足が地面に付いていたので爆笑してたら、青筋を立てた〈リトル〉に逆さ吊りにされて運ばれた。ひどい。

 

「な、なんだありゃ……」

「……うわー」

「膨大な妖気を感じます」

『なんだこの、決戦のバトルフィールド感……』

 

 盆地の真ん中に、瓦礫のような巨大な黒い肉の小山が立っていた。辺りには森林があったのだろう、緑を失った木々が立ち枯れていた。中心に向かって行くに連れ、木々の代わりに地面に刺さっているのは、例の巨大な骨槍だった。

 死の大地。そんな印象を抱かせる光景だった。

 

 しかし、黒い山は崩れかけ、土石流のように瓦礫の津波が多方面に流れていっていた。

 

「あそこに、デネヴさん達の妖気が微かながらあります!」

 

 シンシアが中心に向かって指を伸ばした。

 なんとか動く様になった指で輪っかを作って覗くと、そこには汚泥のような黒い肉の瓦礫とヘレン、デネヴが見えた。山から続く黒い肉の瓦礫は、流動するようにその範囲を広げていっていた。ヘレンが持ってるのはクレアか……? 重症じゃん。

 

「良く見えないな……誰だ? 覚醒者?」

 

 ユマの視線の方向へ目を凝らすと、羽を広げた覚醒者が見えた。毛の無い皮膜の4枚羽、青白い顔をした一本角の怪物、プリシラだった。

 他の覚醒者と違って、プリシラの覚醒体は小型で、多く人としての形を残して居た。プリシラは、デネヴ達と相対する様に歩みを進めていた。

 

 あの泉でナタリー達が見つけた、自分で書いたひらがなを見たことで、忘れかけていた記憶を取り戻すことができた。……遠い記憶になるが、あいつはラスボスだ。殺しても殺しても蘇る不死の怪物。

 

「……ぷりしらだ」

「え?」

「誰だって?」

 

 レアは、あいつを殺せと言っていた。私が向かって行ったとして、本当に倒せるのだろうか……。そもそも、クレアの仇なのでは……?

 私は迷宮入りした。

 

「うーーーん……」

「何でもいいが、ヘレンとデネヴを死なせるわけには行かない。動けないやつは置いて直ぐに行くぞ」

 

 悩んでいると、〈リトル〉のディートリヒが私を地面に置いた。いや、あいつは皆で協力しないと無理だ。まず勝てない。勝てないってぇぇ!

 

「むりだ、まて! つれてけ!」

「お前を連れて行っても仕方が無いだろう……。大人しく待ってろ。こら、はなせ! は、な、せ」

 

 行く気満々の〈リトル〉の足を掴んで引き止めたが、引き摺られるだけで全然駄目だった。なんてこった。

 

「ちっ……。ここに来てこの体たらくか」

「仕方が無いです。3人は任せてください」

「あんたも、ちゃんと帰って来なさいよ」

「わ、私は逃げ回るしか出来ないだろうけどな。はは……」

 

 シンシアやユマ組も、同じ様なやり取りをしていた。あそこに行くのは不味いんだ。止めてくれ皆。

 

 その時、突如として黒い肉の瓦礫がデネヴ達の方へ殺到した。〈猫〉達の親である瓦礫だ。生命の捕食者。あれに触れただけで干からびてしまう。

 

 黒い肉の海を飛び散らせたプリシラに、デネヴが捕まったように見えた。さらに殺到する黒い瓦礫によって、全員の姿が見えなくなった。

 

「あのままでは不味いぞ!」

「すぐに行きましょう!」

 

 ユマやシンシアが、崖から飛び降りようとしていた。待って待って。何だこの状況。たんま! ちょっと待て! たいむ! ポーズ!

 

「とまれぇーーー!!!」

「は?」

「なっ……」

 

 私が大声を上げた時、世界が止まった。え?

 

 ずっと絶え間無く降っていた黒い雨粒が、空中で磔にあった様に動きを止めていた。雨音が急に途絶えて世界から音が消えた。

 

「ど、どうなってんだこりゃ……」

「雨粒が浮いてる……?」

 

 姉御とシンシアの動揺した声が聞こえた。

 私達の身体で弾き帰った飛沫すら、その動きを止めていた。

 

「あれっ……。なんだこれ!? 動けないぞ!」

「オリヴィア!? お前またなんかやったのか!?」

「『また何かやっちゃい』やってない!!」

「なんで言い淀んだんだ?」

 

 ユマに背負われて居たはずのイライザが、急に私のせいにしてきた。〈リトル〉まで怪しんで来た。ちょっと待てお前ら。なんで空中に座ってんだ!? えっ、雨粒に座ってんの? どうしてそうなった。

 

 止まった雨粒は、弾力はあるのだが押し返してくる力が半端なく、私達は身動きを封じられてしまった。まったく、何でもかんでも私のせいにするんじゃないよ。

 

「次は何だ!?」

 

 ユマが叫んだ。

 雨雲が瓦礫のある上空で、雷混じりの轟音を伴い、高速で一点に向かって渦を巻き始めた。

 その内に、黒い雨雲が1つに集まって青空に黒い星がぽつんと浮かんだ。

 

「黒い……星?」

 

 瞠目したシンシアが呟いた。ホントだ! なんか球体が飛んでる!?

 

 一瞬の白けた間を置いて、星がデネヴ達がいる地へと吸い込まれる様に落ちて行った。

 

「うわああ!?」

「きゃああぁ!」

 

 閃光を伴った衝撃が辺りを包んだ。轟音が鳴り響き、辺りから全ての光が消えた。

 衝撃によって捲り上がる大地の感触が、私の頬を打った。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 時は遡る。

 

 盆地を見下ろせる断崖で、複数人の男たちが屯していた。組織の研究員ダーエの外回りに付き合わされている、組織の下っ端達であった。その様相は、例のごとく黒い服を着ていることが特徴だった。

 

 ダーエは組織の後ろ暗い研究に携わる男だった。顔面の半分が薬品で焼け爛れ、眼球が飛び出し、頬の一部が無く歯茎が覗いた不気味な容姿をしていた。

 

 毎度の事ながら、外回りでは野放しにされた覚醒者、それに準じる妖魔などの死骸を集める事を目的としていた。生きた検体を集めるのは、危険が伴うためだった。

 

 ダーエが眺めているのは、崩れ行く巨大な彫像の塔だった。

 

「クククク。野外に解き放たれた研究素体は、時に素晴らしい結果を齎してくれるものだなぁ……。しかし。あれは実に惜しい。何としても手に入れたいものだ」

 

 ダーエは感慨深く零した。

 目を細めたダーエの頭によぎったのは、姉妹での覚醒実験の結末だった。

 

(他の素体も、生きて開放していれば何かしら成果があったかもしれんなぁ。実に惜しいことをした)

「…………感傷か。ふん」

 

 ダーエにしては珍しく失敗作達を思い出した。興味が失せれば容易く記憶から消えるダーエの気質からして、あまり無い事だった。

 

 幾人かの実験体が頭をよぎり、最後に浮かんだのは緩い銀髪の少女だった。顔を合わせる度に行う奇抜なポーズと変顔に辟易とさせられた物だった。

 その時の少女――オリヴィア――は、こう考えていた。

 

(『出たな!? VR海坊主物語!! 目玉リーチ!!』)

 

 大陸中央部での覚醒体の出現情報が上がっていたが、ダーエにはそれが〈痴呆〉の戦士には思えなかった。

 あの双子の覚醒体を鑑みるに、あれが覚醒した場合、組織も制御できない未知の怪物が生まれるような気がしていた。

 ダーエの研究者としての勘が、出来上がってしまった戦士への血の濃さを訴えていた。

 

(北の地で詳細が分からなくなったのは幸いか……。願わくば、無傷な死体で帰ってくることを願うがな……)

「……」

「……ダーエ様。回収部隊を既に回しております」

 

 歪んだ表情で思考に耽るダーエへ、背後に控えた男が報告した。

 先日より、あの塔から発せられたものを回収していたが、そのどれもが活動を停止しており、抜け殻しか回収ができていなかった。

 

「抜け殻ではダメだ。私は、あれの生きた素体がほしいのだよ」

「し、しかし、それでは危険が伴います」

「だからなんだと言うんだね?」

「い、いえ……」

「努々忘れるな……。組織の目的と我々のやるべき事……何が優先されるべきかその足りない頭でよく考えろ」

「……っ」

 

 下っ端の男は、食い下がろうとしたがダーエが持つ黒い噂を思い出して黙った。過去、回収班として外回りに出た者達が、ダーエ以外全滅したということもあった。

 どちらも地獄であったが、男達にとって、覚醒者に喰われるか否かの方が生存に分があった。

 

「……ダーエ様」

「ん? お前は……。あの村での回収は終わったのか?」

 

 そんなダーエの前に現れたのは、抜け殻が暴れまわり崩壊した村に残した回収部隊の一人だった。

 

「それが……。急ぎ見て頂きたいものが」

「……」

 

 そう言われたダーエは、もう一度崖の下へ視線をやった。この結末がどうなるのか、それについても興味があった。

 

「おい、お前。つまらない物だったら、容赦はしないぞ」

「っ……。あの覚醒者の槍に貫かれながらも、生きている男を見つけたのです」

「なんだと!? く、ククク」

 

 ダーエの脱落しそうな眼に射抜かれた男は、冷や汗をかきながらもなんとか言い切った。報告に来た男を押しのけて、ダーエは嬉々として杖を突きながら村へと急いだ。

 

 

 

 

 ダーエが村にたどり着いたとき、瓦礫が積まれた村の中央で組織の男たちに取り囲まれていたのは、短い金髪の青年だった。しゃがみ込んでいるが、よく鍛えられている体格が目立った。覚醒者の槍に穿たれた右肩を必死に抑えていた。

 

「……くっ……」

「これは、これは……。ククク」

 

 痛みに耐えるのに必死なのだろう。息も絶え絶えの様子だった。睨みつけるように鋭い眼を向けた青年にダーエが言った。

 

「……意志の力等という、ままならないものであってほしくないものだがなぁ……。連れて行け」

 

 ダーエとて、半人半妖の戦士たちの言う意思の力を軽視しているわけではなかった。

 しかしながら、力を持つ戦士達の大半が、自我を破壊しかねない程の恨みや憎しみ等、負の感情を常に抱いている事を踏まえると、それをして意思の力と言うには憚られた。

 

「何にしても、良い素体が手に入ったな……。ククク。組織に戻る。準備しろ」

「はっ!」

 

 その日、組織に回収されたのは、ラキという名の青年だった。

 

 

 しかし戻る間際になり、空が突然晴れ、巨大なキノコ雲が上がった方角を見たダーエは、下っ端の男を杖で打ち据えるのだった。

 

 

 

 

 




行けるところまで連日で逝きますが、すぐに死ぬ説が濃厚です(手の平返し)


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41話

オリビィア達一行の裏でラスボスとデスエンカした原作主人公の話。
※原作沿いです。

最後で前話に繋がります。


 オリヴィア達がディートリヒと合流した頃、茶髪のボロを纏った少女が、崩壊した森林を歩いていた。

 少女はここに来るまでの間に、〈深淵の者〉西のリフル、パートナーのダフ、そして、組織のナンバー1、2のアリシアとベスの覚醒体を下していた。それも、自身は覚醒体になること無く。

 

「やっと、探していた匂いに辿り着けた……」

 

 少女は、クレア達がいる方角へ歩き去った。

 

 

―――

――

 

 

 

「はぁはぁ……。グッ」

 

 疲労から、クレアは嘔吐するように四つん這いに崩れ落ちた。巨大な黒い塔から発せられた猫型覚醒者の群れを、デネヴやヘレンと力を合わせて、一昼夜かけ殲滅したのだった。

 

「くっそー。ようやく動かなくなったか……」

「ふん。北の戦いに比べれば軽い相手だ」

「デネヴ。おまえなぁ……」

 

 大の字に寝転んだまま、半眼でデネヴを睨むヘレンの顔がクレアの視界に写った。中々、余裕を感じるやり取りだった。その光景に微笑ましさを感じたクレアだったが、休憩も束の間、黒い塔には再び骨の輪が装填されていた。

 

「ば、バカな……」

「ふざけんな! 今終わったばっかだぞ!!」

「……あいつは、その命が尽きるまで同じことを繰り返す気だ!」

 

 デネヴが呆然と呟き、ヘレンが激昂した。

 再び、滅びの矢が全方位へ解き放たれた。

 

(最初の時と同じだ……。一本一本に集中しろ……! 動きを予測するんだ)

 

 クレアは目を瞑り、妖気読みに深く集中した。

 

「くそ……。なんとか避けるしかねぇ!」

「ヘレンはそのままの姿勢で動くな! デネヴは半歩身を引け!」

「!」

 

 ヘレン達がクレアの言う通りにした直後、スレスレを骨槍が通過した。

 

「うっひゃぁ」

「……」

「全員のそのままの体勢を維持しろ!」

 

 当たれば即死する速度で槍が通過して行った。

 射出は長く、緊張から長い時間にクレアには感じられた。

 そんなクレアが妖気読みを続ける中、広域の妖気感知範囲に悍ましい気配が入ってきた。

 

「!?」

「どうしたクレア?」

 

 嘗て感じたことのある最悪の気配。クレアはその気配に覚えがあった。全ての元凶。最愛の者の仇。一本角の覚醒者プリシラの気配だった。

 

「そうか……。そこに居たのか。プリシラ……!」

「……クレア!?」

「……!?」

 

 突如、覚醒限界まで爆発的に妖気を高めたクレアにヘレンが反応した。

 

「済まないデネヴ、ヘレン。私は人を捨てる……!」

「何言ってんだてめぇ! 探してたガキはどうするんだ!?」

 

 寂しそうに笑ったクレアがヘレン達を振り返った。

 

「元々、ラキには別れを告げるつもりだったんだ……。私はコイツにあったら、人を捨てるつもりでいた」

「は?」

「一本角の覚醒者プリシラ。私の始まりであり、私の全てを犠牲にしてでも倒すべき仇の名だ」

 

 クレアがそう告げたとき、一人の覚醒者が姿を表した。

 その覚醒者は人間体だった。茶色のショートカットにボロを纏った少女だった。気だるげな瞳から、まるで上位者の様に人間を虫けらの如く見ていることが察せられた。

 

「やっと、探していた匂いにたどり着いた……。それで……、あなた誰?」

 

 クレアの仇は、クレア自身をまるで覚えていなかった。

 

「ガアァァァ!!」

 

 激高したクレアが、プリシラに躍りかかった。しかし、大剣での一撃は、素手のプリシラに片手で防がれてしまった。

 

「私の疑問が消える前に死ぬのを、止めてもらえる?」

 

 プリシラは、7年間の血反吐を吐くような修行を経たクレアの攻撃を気にも止めなかった。プリシラの覚醒体も引き出すことができず、クレアは一太刀で動きを止められてしまっていた。元々の自力が違いすぎた。

 

「やめろ! クレア!! そいつから離れろ!」

 

 真っ先に実力差を理解したデネヴが叫んだ。どうあがいても勝てない実力差を感じ取ったのだった。しかし骨槍が飛来する中、デネヴ達はクレアの元へ手助けに行くことができなかった。

 

「ガッ! ガアァァ! あァア!」

「クレア!?」

 

 プリシラの指から放たれた触手に貫かれながら、クレアは覚醒の限界を超えた。

 北の大戦の時、〈銀眼の獅子王〉リガルドに対して行った覚醒。人を捨てるギリギリの戦いの最中、クレアが編み出したのは、ジーンの命を使って人に戻ることの出来た四肢のみの完全覚醒だった。

 

 視認できぬ程の限界まで速度上昇。そして、息もつかぬ四肢での乱撃。クレアがその人生を賭けてプリシラを殺すために磨き上げた全てだった。

 

「クレアのやつ、ピエタの時の覚醒をするつもりだ!」

「なんだって!?」

 

 クレアの記憶の中、覚醒したプリシラに唯一痛手を与えたのは、普通の戦士並みの膂力しかない斬撃だった。彼女は速度だけが自慢だった。その攻撃が、覚醒したてのプリシラに通ったのだった。クレアは惨劇の記憶とともに、そのことを良く覚えていた。

 

 通常の半人半妖並みの膂力。そして、無数の斬撃。それが、クレアのたどり着いた答えだった。

 

 クレアの口元が鱗のように裂け、四肢からはみ出た異形の刃が、プリシラに襲いかかった。

 

「死ネぇぇ!」

「……何よそれ。……あなた、覚醒なんて出来てないじゃない」

 

 全身から血を吹き出し、クレアは崩れ落ちた。

 

「なっ……!?」

「クレア!?」

「あなた、何がしたかったの?」

 

 クレアを見下ろしたプリシラは、ポツリと呟いた。

 仇の前で膝をついたクレアは、ひたすら覚醒しようと妖気を高めた。

 

「ガアァァァ! アァア!」

「なんだか哀れね」

 

 再び刃に変質したクレアの腕がプリシラの肌に刺さる瞬間、弾かれるようにクレアの体が元に戻った。

 

「な、何故だ!? ガッ」

 

 プリシラに蹴り飛ばされたクレアは、うつ伏せの姿勢になり、一瞬で移動したプリシラによって頭を裸足で踏みつけられた。虫けらを見る目がクレアの神経を逆撫でた。

 

「な、何が起きてるんだ……? 今確かに覚醒したのに……?」

「…………。……そうか。楔だ」

「くさび? ……どういう事だよデネヴ?」

「ジーンという名の(トラウマ)だ。覚醒出来ないのは、クレア自身が無意識でそれを止めてるんだ。ジーンの命の上に立っているという過去の経験が、覚醒してその事を無駄にすると言う矛盾した行動を止めているんだ」

 

 完全に覚醒してしまえば人に戻れない。況してや、妖気を抑え込む意識も無く明確に人を捨てる意志を持って覚醒した場合は、簡単には戻れないはずだった。

 そのことに対して、デネヴは殆ど正解を言い当てた。

 

「けっ。どうしようもない馬鹿だぜ、あいつ」

「射出が止まった。あんなバカでも私達の仲間だ。助けるぞ」

 

 巨大な槍の飛来が止まったタイミングで、デネヴは駆け出した。ヘレンはその場に留まり、伸ばした腕で後方にある巨大な骨槍を掴んだ。

 

「いっくぜぇ!」

 

 孵化する前の巨大な槍が、プリシラに向かって投げ飛ばされた。

 骨槍の先端を片手で受け止めたプリシラは、指を触手化して砕いた。ヘレンの攻撃では、プリシラの一足を動かすどころか見向きもされなかった。

 

 デネヴは骨槍が刺さった平野に飛び込み、双剣で巨大な骨槍を幾つも裂いた。プリシラに向かって面で立つように骨槍が割れた。

 

 割れ目から孵化した突起状の覚醒者の幼体が、プリシラを目掛けて殺到した。人の丈程ある槍で針の筵となったプリシラは、漸くクレアから足を放した。

 

「届けぇ!」

「ぐガッ! 待ってくれ!」

 

 ヘレンが伸ばした腕がクレアの肩口を捉えた。ヘレンとデネヴは、底の見えない怪物からクレアの奪還を果たしたのだった。

 怪力のプリシラから甚振られていたクレアは、無理な覚醒をしていたせいもあり、全身から血を流し重症を負っていた。

 

「私はまだ……!」

「暴れんなって!」

「お前は、いつまで経っても足手まといだな。もっと仲間を信じろ」

「ぐっ。……」

 

 合流したデネヴの拳によって、ヘレンの上で暴れるクレアの意識が落とされた。

 

「へ、ヘヘへ。足手まといを抱えて、この中を生き残るってのかよ……。ひひ、冗談きついぜ」

「昨日1日遊んだお友達だろう。動きは大体分かってるはずだ。逃げるぞ」

 

 引き攣った笑顔で言うヘレンに、デネヴが真顔で言った。

 骨槍から生まれる様に、毛の無い不気味な猫の覚醒者が姿を表し始めていた。

 

「……逃がすと思うの?」

 

 針の筵になったプリシラが、デネヴの言葉に反応した。プリシラは、寄生する槍を片手で払うような動作で全て弾き飛ばした。

 プリシラが着ていた襤褸のマントは、用を成さ無くなって足元に落ちた。無傷のプリシラが、ガラス玉のような瞳をクレアを抱えるヘレンに向けた。

 

「……足止めにも、ならんとはな」

「もう一発だ!」

 

 ヘレンがもう一度、まだ孵化していない槍を投げつけようとした時、プリシラの背後から大きな影が迫った。

 

「なんだ!?」

「ガアアアア!!」

「!? あなた、生きてたの?」

 

 現れたのは、〈深淵の者〉西のリフルのパートナーであるダフの覚醒体だった。右手には西のリフルだった物が掴まれており、デネブ達にはダフが正気を失って見えた。

 狂ったダフが、プリシラへ巨大な両拳を叩きつけた。

 

「ガアア! アァアア!!」

 

 乱打するダフの拳の質量によって、人間体のプリシラは地面へと埋まって行った。未だ覚醒体となっていないプリシラは、その姿が見えなくなってしまった。

 

「っ……。少女の死体……?」

「ッ今だ! 逃げるぞヘレン!!」

 

 ヘレンの前に長い黒髪の少女の上半身が落ちてきたが、焦る声のデネヴによってその疑問は放って置かれた。

 

 逃げ出したデネヴ達にとって行幸だったのは、プリシラを狙う狂った覚醒者が元ナンバー3の覚醒者である事だった。

 そして最も運が無かったことは、その覚醒者による足止めが、ほんの数秒も稼げなかったことだった。

 

 

 

 

「畜生が! さっきのヤツ、ほんの少しの足止めにもならなかった! くっそ! ここまでだってのかよ……!」

「諦めるな!! あの黒い塔へ向かうぞ!」

「は?」

「真っ向勝負でだめなら……、生存の可用性は死中で掴むしかない!!」

「ったく……。へへっ、付き合う身にもなれよな……。まぁ、それしかねぇって言うんなら、やるしかねぇ!」

 

 デネヴとヘレンは、増殖する猫型の覚醒者をあしらいながら、黒い塔へと向かっていた。塔に向かうに従って雨脚は強くなったが、プリシラからデネヴ達を隠すには弱々しかった。

 

 

 

 デネヴ達の背後で巨大な妖気が沸き立った。プリシラが覚醒体となったのだった。青白い顔に4枚の皮膜の翼、額から一本の角が生えた姿だった。

 プリシラは猫型の覚醒者を蹴散らしながら、デネヴ達へと一直線に向かってきた。

 

「駄目だ! 早すぎる……!」

「ヘレン構えろ! くゥゥ!」

 

 デネヴは言いながら、利き腕の妖気を高めた。限界まで高められた妖気でデネヴの腕が膨れ、血管が浮き上がった。

 

「はあっ!」

「……」

 

 デネヴの右腕から投げ放たれた大剣は、枯れた木々を避けて異形の塔へと飛んで行った。

 

「追いかけっこは、もう終わりかしら?」

 

 仕掛けたタイミングで、上空から迫るプリシラに追い付かれてしまった。

 

「……」

「……何?」

 

 緊張のせいかヘレンには、辺りが一瞬静まり返った様に感じた。飛んでいたプリシラは、周りを探るように地面に降りた。

 

「来るぞ!」

 

 押し寄せたのは、磨いた骨のような光沢をした、巨大な白い肉の触手だった。塔を飾る骨の装飾、それが正体だった。

 既に構えていたデネヴ達は、塔の反撃をあっさり躱すと再び逃走した。

 白い触手は、突然の出来事に反応出来なかったプリシラの土手っ腹を貫いた。触手はプリシラに寄生するように、血管の根を張り始めた。

 

「ガッ。なに……? これ。……これで……足を止めたつもりかしら?」

 

 仰け反った姿勢から、白い触手に片手を添えたプリシラは、長距離から放たれた白い触手に自身の指を触手化して反撃した。プリシラの伸ばした指は、白い触手に纏わりつくように登って行った。

 

「なっ!?」

「あの距離から反撃だと!?」

 

 半人半妖の戦士の中では、覚醒者は妖気の過多により質量や硬度を増やしたり出来る事が知られている。通常垂れ流している妖気が大きければ、その覚醒体も大きくなることが通例だった。そのことは、〈深淵の者〉リフルやダフの覚醒体が巨大であることからも分かる。

 

 デネヴ達は、小柄な覚醒体であるプリシラの指が、長距離にある巨大な塔を破壊して行く様を口を開けて見ているしか無かった。

 

「く、崩れる……」

 

 ヘレンが瞠目しながら塔の行く末を呟いた。

 白い骨の外装で覆われていた黒い肉の山は、轟音と共に頭頂部から崩れて行った。

 

「へぇ……。それ、元々成りたかった理想の姿とでも言うのかしら? 醜い本質を隠す為の器だったわけね……」

 

 塔へと興味が移ったプリシラが、誰ともなく言った。

 

 崩れてしまった白い彫像のような骨格の隙間から、黒いタールの様なヘドロが流出した。

 それは勢いを増し、小山程あった塔が肉の津波となってプリシラやデネヴ達の方へ向かって来た。

 

「ヤベェぞ、逃げ場がねぇ!!」

「斬り拓くしかない! クレアの大剣を貸してくれ!」

 

 ヘレンから大剣を受け取ったデネヴは、双剣を構えて妖気を開放した。

 

「はぁっ!」

 

 デネヴは回転するように、2つの刃で迫りくる黒い肉を断ち切った。勢いを失った肉の波の一部が止んだ。

 

「よし! 行くぞ!」

「駄目だ! デネヴ避けろ!」

「! くっ! クレアの大剣を持っていかれた……」

 

 止まった肉を覆うように発生した黒い雪崩によって、飲み込まれる寸前で躱したデネヴの右腕が一瞬で焼き切れた。ヘレンの呼び声がなければ全身を持って行かれるところだった。

 

 デネヴがプリシラの方を伺うと、プリシラは抵抗する様子も無く、肉の雪崩に取り込まれていった。

 

「!?」

「デネヴ……腕が……」

 

 機運を得たデネヴ達だったが、高速再生に入ったデネヴの腕は完治には至らなかった。皮膚で覆うことができなかった腕が血飛沫を上げた。

 

「ぐ……右腕はもう駄目だ……。体中から、ありったけの妖気を持って行かれた……。こいつらに触れると力を持って行かれるぞ……!」

「ちくしょう! なんとかここから離れるぞデネヴ!!」

「ヘレン。……お前、クレアはどうした?」

 

 怒涛の展開の中、デネヴはヘレンの小脇に釘付けとなった。

 

「え? ここに抱いて、る……だ……ろ」

「……」

 

 そこには、クレアの半身しか残されていなかった。どす黒い血が溢れた半身は、胸から上が無かった。

 クレアを助けるために身を挺していた二人は、あまりの出来事に思考が止まった。

 

 

 




だいぶ端折ってますので描写不足もあるかも知れません。


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異世界のオリヴィア 〜失われたオロチ〜

寒い……寒すぎる……。
半人半妖が羨ましくなりますね。


 巨大な洞窟の前にいた。

 様々な探検隊を飲み込んできた魔の洞窟だ。

 地元の人間の話では、生きて帰ってきたものはいないと言われる曰く付きの洞窟だった。

 

「ここに、きっとあるはずだ……」

 

 私はこれまで、父の残した手記を頼りに様々な遺跡を解読してきたが、ここが漸く、この旅の終着地点となりそうだった。

 

 探しているのは金の像。古代エスターク人が残したとされる神秘の像だった。

 私は酒池肉林を夢見て一歩踏み出した。

 

 

 

 松明を持った私は昆虫ロードを歩いていた。

 

「なんで、タランチュラとサソリが居るんだ……」

 

 極めつけは、奥から外に向かって飛んでくるメガネウラだった。

 

「そこはコウモリにしておけよ!?」

 

 迫りくる天井に落ちる床。

 私は困難を乗り越えて、ついに最奥へと辿り着いた。

 

「くくく……やったぞ!」

 

 最奥の台座には、金の像が置かれていた。

 

「これが……金の像……」

 

 よく見たら、キン肉マン消しゴムっぽい材質でできたキングギドラだった。

 

「えぇ……」

 

 台座が音を立てて沈んでしまった。

 地響きが鳴り、奥からモザイクが掛かった巨大な玉が転がり落ちてきた。

 

「うわ! なんか汚っ」

 

 私は必死に逃げたが、出口前で追いつかれ弾き飛ばされてしまった。

 

 外に弾き飛ばされた私の前に影が掛かった。

 

「毎回、変な夢見て私達のリソース使うな!! 起きろ!!」

「あベベベベベ。いたたたたたた。ゆるじてぇぇぇ」

 

 突然、前髪の跳ねたセフィーロが現れて、私の顔面を超高速で往復ビンタし始めた。

 

 

 

―――

――

 

 

 

「ぬ?」

 

 雲一つ無い、冷たい日差しに炙られて私は目を覚ました。ほっぺたがヒリヒリする……。あれ? どうなったんだっけ?

 

「……あれ?」

 

 直前の記憶を思い出すのに、少し時間が掛かってしまった。黒い玉が落ちてきて……地面が吹っ飛んで……それで……?

 

 私は身を起こした。

 盆地は色を失い、まっ白な大地となっていた。高低差も失われて、すり鉢状の白い荒野と言ったほうがいいかもしれない。木の一本も生えていなかった。

 私が寝転んでいる付近でその境界があり、後ろを振り向くと辛うじて緑のある木々がポツポツと見えた。

 

 足元の白い粒をつまみ上げ、指先で潰すと粉微塵になった。まるで、たまごボーロだった。スカスカの骨みたい……。

 

 一面のたまごボーロ……。まるで異世界の光景だ。いや、ここ異世界だったわ。

 寂しくなった私は、皆を呼んだ。

 

「みんなァ! ……。〈まつげ〉ぇぇ! あねごぉ! しんしあァ! びきゃくー!」

 

 しんと静まり返った世界で、私の声だけが響いた。駄目ね、これ。

 

 そういえば、動けるようになっている事を考えると、それなりに時間が経っているようだった。レベルアップして覚えた妖気探知ができるかも知れない。私は目を凝らした。

 

 地面からぼんやりと光った紐が、いくつか立ち昇って見えた。皆埋まってるだけだった。良かった。

 

「おりゃあ!」

「……っあ!? がはっゴホッ! これは……? どうなってるんだ……?」

 

 試しに紐に紐を絡めて引っ張ってみると、元気な〈リトル〉が地面から飛び出してきて、地面に四つん這いになって咳き込んだ。フィィィシュ!

 

 相手の意識が落ちているなら、紐で干渉することで体の一部を動かす事ができるようだ。とりあえず、片っ端からバタ足させていくか。

 

「はぁっ!」

 

 ボスッという音を立てて、イライザの生首が出来上がった。脚力が足りなかったのだろう。しかし、ちょっと楽しくなってきた。

 

「……げほっ。けほっ……ちょっと!? どういう状況よこれ!?」

 

 助けてやったのに文句の多いやつだ。さっきの〈リトル〉は脚力が強いのだろう。活きが良かった。それに比べて……。

 

「あによ? 早く引っ張ってよ!」

 

 活きの悪い〈まつげ〉は放置して、私は次の紐に取り掛かった。

 

「ちょっとー!?」

「お前らは仲が良いのか、悪いのか……?」

 

 次に引っ張った紐は、もっと活きが悪く、頭すら出なかった。長い髪がファサッと広がり、金色のラグ絨毯になった。

 

「……」

 

 脚力が弱い、イコール足が遅い……。……ユマか、これ。

 

 

 

 

 その後も釣り続けて、全員生きている事を確認した。引っ張ったら、飛び出してくるのめっちゃ面白い。ずぼずぼ出てくる様は、まるでマテ貝の潮干狩りだった。くっ……魚介系が食べたい。

 

 〈まつげ〉は、芋虫運動でなんとか這い出た様だった。ほう、経験が生きたな……。

 

「ぐっ……! ここは……?」

「身体が動く……」

「何がどうなったんです?」

 

 ずぼずぼ助けた姉御たちも、もう動けるようになっていた。

 星の墜落以降、皆も気絶してたらしかった。

 

「デネヴ達は!?」

 

 〈リトル〉が騒ぎ始めた。そういやそうだった。

 

 星が落ちたところへ、首を向けて目を凝らしてみた。すると紐っぽい妖気ではなく、妖気がムラムラしていた。なんだこれ、ムラムラ……完全にムラムラしてる。

 

「なんです……? この複雑で気持ちの悪い妖気は……?」

 

 目を瞑ったシンシアが、妖気を探っていた。えっ、ムラムラだよね? 気持ち悪くないよ、これムラムラする感じだよ。

 

「居ました! 北西方向です! ……急がないといけません」

 

 私達は、デネヴ達を見つけ飛び出したシンシアに付いて行った。妖気開放した私達は、足遅ユマとイライザに気を使いながら白い大地を走った。

 

 

 

 

 

「デネヴ! 目を覚ませ! デネヴ!!」

「……」

 

 辿り着いた場所では、傷だらけのヘレンがデネヴへ必死に呼びかけていた。デネヴの腕はドス黒く変色し、皮膚に覆われてなかった。妖気が足らず、再生に失敗したのかもしれない。全身のいたる所に指先大の穴が空いており、覚醒者の触手に貫かれていたことが分かった。有り体に言って重症だった。

 

「ユマさん!」

「あぁ! ヘレンどいてくれ!」

「シンシア、ユマ!?」

 

 デネヴの両側に座ったシンシアとユマが再生に入った。ふふふ、レベルアップした私も参加しよう。私の再生パゥワーを見せてやろう!

 ヘレンの驚く顔が頭に浮かんだ。

 

「『よっしゃ!』まかせ……っぎ」

「おめぇは座ってろ!」

 

 二人の方へ飛び出そうとした私は、姉御に頭を抑えられて無理やり座らされた。く、首が……。パワハラ反対!

 

「あんた……。何しでかすか分からなくなってきたわね……」

「なんだと〈まつげ〉!」

「もう、〈まつげ〉でいいから大人しくしててよね……」

「けっ。何しでかすか分からないのは今更だろ?」

 

 ゲンナリしたイライザに嗜められてしまった。姉御の評価もどうなんですかねそれ……。強いて言えば、意外性があると言ってほしい。

 

 そんなやり取りをしている間に、シンシア達二人の妖気同調によって、デネヴのクールな顔に生気が戻った。良かった。

 

「あぁ! デネヴ良かった」

「乱れた妖気の流れを元に戻しました。血は戻りませんが、時期に目を覚ますはずです」

「ふぅ……」

 

 涙で顔がベチャベチャのヘレンが安堵し、ユマが額の汗を拭った。ヘレンって、そういうとこあるよね。好きよ。

 

「ユマさんも、だいぶ上達しましたね!」

「あ、ああ。前より上手くできたよ」

 

 シンシアとユマがキャッキャしていた。ホッコリした私は、投げキッスを飛ばしたが全員に避けられた。なんで!?

 

 

 

「あ! ちびっ子! なんでここに居るんだ!」

「私よりも小さい者がいる中で、その呼び方もどうと思うが……」

 

 デネヴの容態が安定し、〈リトル〉ディートリヒに気づいたヘレンが指を指して問いかけた。ふっ、〈リトル〉よ。人とは、身体の大きさや見た目の特徴が全てではないのだよ……。滲み出る大きな器、そういった物がいずれ渾名となっていくのだよ。

 

「あ。ラボナで貰った保存食がぐちゃぐちゃで、もう食えないな、こりゃ」

 

 ユマが、ばあちゃんシスターのビスケットが入った小さな革袋を取り出した。

 

「よこせぇぇー!」

「わっ! やめろ、オリヴィア! やめ、うわ……」

 

 それを見た私はユマに飛びつき、押し倒した。うへへ、美脚も舐めてやろう。んー、塩っぱいな……。んん? 鼻くそやんけ!!

 

「あいつは犬かなにかなのか……?」

「否定はしねぇな」

 

 しまった!? 体が勝手に……。

 

 

 

「おい……クレアはどうしたんだ!?」

 

 ふと、クレアが居ない事に気づいた姉御が、ヘレンを糾弾するように言った。どこいったんだ、あいつ。

 

「……」

「ヘレン!」

「あまり、そいつをいじめないでやってくれ……」

「デネヴ」

 

 問い詰められ俯いたヘレンを、沈黙から救ったのはデネヴだった。デネヴは、ようやくといった様子で、なんとか半身を起こしていた。妖気がまだ体に満ちていないのだろう、手足が震えていた。

 

「「私は全身全霊を賭して、この巨大な塊の暴走を止めなければならない。残された私の責任だ」それが、クレアが残した最後の言葉だ」

「どういうこと……?」

 

 デネヴが吐き捨てるように言った言葉を聞いたイライザが眉をひそめた。

 

「さぁな……。上半身だけ、あの残骸に囚われたクレアが最後に言ったんだ。取り込まれる直前でな。まるで、あの汚泥の瓦礫を自身の一部とでも言うような言い回しだった……」

「あいつが……取り込まれた後、瓦礫がプリシラとかいうやつに集まって……。そんで……()が落ちてきた」

 

 デネヴとヘレンは淡々と語った。

 そこからは、二人にも分からなくなったようだ。あの衝撃だ。中心近くにいた二人が、あの星によって発生した破壊で無傷だったのは奇跡に等しい。

 

「……取り込まれた!? それじゃあクレアはどうなったんだ!?」

「分からない。何も分からないんだ……。あの瞬間に色々なことが起きすぎて……。分かっている事は、クレアは私達を助ける為と己の復讐を果たすために、自らアレの一部になったということだけだ」

「そんな……」

 

 ユマが問い質したが、デネヴにもクレアがどうなったのかは答えられなかった。

 

「どうしたシンシア?」

「いえ。私には未だ……。クレアさんの気配を感じるような気がします」

 

 そんな時、姉御に問いかけられ、俯いた皆に向ってそう言ったのは、天使長シンシアだった。

 

 

 

 シンシアの言葉で希望を見出した皆で、爆心地に移動した。白くなった大地のちょうど中心の地点だった。

 

「な、なんだこりゃ……」

 

 中心には黒いオブジェが鎮座していた。

 

「……やはり、ここから微かに気配を感じます。……断言はできませんが」

 

 黒いオブジェに触ったシンシアがそう言った。よく、こんな不気味なもの触れるな……。ムラムラするぞ。

 

 黒いオブジェは、貨物トラックくらいの大きさがあった。普通にでかい。

 一部生物的な見栄えを残した瓦礫は、幾つもの人が融合したような形をしていた。そして、その頂上付近には4つの特異な特徴があった。まるで花が咲くように、4人の女の下半身が逆さまに生えていた。

 

「ばかな! 『ヤマタノオロチだと!?』」

「なんて??」

 

 イライザが私にいつものツッコミを入れた。

 ちなみに大蛇はどこにもいなかった。

 

 ここに残していくわけにも行かないので、ミリア隊長やガラテアの意見を仰ぐべく、ラボナ近郊まで運ぶ事になった。

 

 亀甲縛りにした異形を引きずって、私達がラボナに着いたのは、その2週間後だった。

 




おろおろ……オロオロ……オロチ!(激ウマギャグ)


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裏切り

オンドゥルルラギッタンディスカ!
ミリアザン ヴォェ!






 時は、ディートリヒが南からデネヴ達の伝令としてラボナに辿り着き、西へ向かうと言い残して去った明くる日。

 組織の元ナンバー6のミアが、ラボナ近郊に辿り着いた。

 

 ウンディーネ達の動向を、ラボナに居る7年前の生き残り達へ伝えるためだった。

 

「ふん。昨日から客が多いな……。何者だお前ら」

 

 オリヴィアが予想したように、ミア達は突き付けるように大剣を構えたミリアに突然背後を取られていた。

 

「……っ」

「我々は、お前達の仲間に言われてここに来たのだ」

 

 隙の無いミリアから大剣を突き付けられ、驚き沈黙するミアに代わって、オリヴィアに薄幸騎士と呼ばれていた騎士――アルス――が答えた。

 

「貴様、人間か……。なぜ、戦士と人間が行動している? ……そちらは組織の連絡員か。どういうことだ?」

「そ、それは――」

 

 ミリアに問いかけられ、正気に戻ったミアが吃りながら、これまであった事を説明した。

 話を聞き終えたミリアは、突き付けていた大剣を下ろした。

 

「だ、だから、私も匿ってくれ!」

「……」

 

 情け無くもミアが叫んだ。ナンバーを剥奪され、更に良い様にミアをこき使っていた連絡員に叛逆したため、もはやミアには組織での居場所は存在しなかった。

 更に言えば、組織の行っていた悪どい研究について知ってしまった為に、ミアの心は既に決まっていた。

 

 ミリアにとって必要な情報は既に得ている所であったが、ミアやアルスが連れたオルセと言う連絡員に確認を取る事があった。

 

「決めるのは私では無いが……。……好きにしろ。既にお前と境遇が似たやつを匿っているところだ。司祭達に否やは無いだろう」

「か、感謝する」

 

 ミリアはアルスに視線を向けた。

 

「お前は、元々ラボナの騎士……と言ったところか」

「アルスだ。……既に終の騎士として離れ、八年が経った。本来なら戻るはずでは無かった」

 

 終の騎士とは、その身命を賭して単身で世直しを続ける修行僧のような存在だった。ラボナの教会に寄る事はあれど、本拠地への帰還は本来あるはずでは無かった。

 

「理由は、()()か?」

 

 ミリアは、アルスの脇にある頭陀袋で拘束された黒服を顎で指した。

 

「……幾つかあるが、これもその一つだ」

「ふむ……」

 

 そこまで聞いたミリアは、ようやく大剣を背に収めた。

 

 ミリアに遅れて、2つの影がこの場に現れた。腰までの長髪を揺らしたシスター服の女と、黒衣に腰元で髪を一つに結んでいる女。ガラテアとナタリーだった。

 

「何事だ」

「……」

「なんでもない。唯の立ち話さ」

 

 ガラテアは妖気を感知してミリアに伝えていたが、昨日同様に戻ってくるのが遅いミリアを心配してここまで来ていた。

 ナタリーについては、ガラテアが行ったので付いてきただけだった。

 

「あ」

「ん? なんだ……。あぁ、〈追跡者〉ディートリヒと組んでいたやつか……」

 

 ミアはガラテアの顔を見て声を漏らした。

 過去、ガラテアをディートリヒと共に追っていたミアは、組織にあらぬ疑いを掛けられてナンバーを剥奪された過去があった。

 その疑いとは、意図的にガラテアを見逃していたというものである。

 

「貴女のせいで……!」

「くくっ。お前達は同じようなことを言うのだな」

 

 昨日来たディートリヒもガラテアに対して同じ事を言っていた。ミアの妖気感知の範囲は、ガラテアのそれを大きく下回っていた。

 

 ついには見つけ出すことができないまま、長年妖気を抑えたことでガラテアの妖気が消え、追跡が不能となったのだった。

 

「というわけだ。先に戻るぞ」

「あ、あぁ……」

「あ、待て!!」

 

 ラボナへ走り去ったガラテアを、ミアが元気良く追いかけ始めた。ミリアは、それを少し呆けた顔で見ていた。

 

「……ナタリー」

「はい」

「黒服を頼む。地下牢にでも入れておけ」

 

 アルスから黒服オルセを受け取ったナタリーは、肩に担いでラボナへ向かった。

 

「先に行くぞ」

「うむ……」

 

 アルスにそう言い残して、ミリアは消えるように去った。バケツ兜を被った大柄な男と乗っていた馬がその場に残った。

 

 

 

 

 その日の晩、ミリアはオルセから強制的に話を聞いた。南の地でのイースレイの死。組織の新たな兵器〈深淵喰い〉について。西のリフル討滅作戦。組織の〈痴呆〉の戦士に対する評価。そして、行方不明の組織の眼について。

 

 ミリアに取って、その情報は千金に勝るものだった。なぜなら、今、組織は守るものも無く手薄になっているという確証が取れたからだ。

 

 ただし、この時のミリアには、2つの選択肢があった。

 前例の無い危機と西に集まりつつある仲間への救援。そして、東にある手薄な組織の討滅。

 

 塒にしている民家に戻ったミリアは、革鎧を脱ぎ、戦士の装備に袖を通した。この1週間程で、ピエタの倉庫に隠されていた装備をラボナの兵に輸送して貰っていた。

 

(冷たい……か)

「フ……」

 

 久々に身に着けた装備は、金属特有の冷たさを持っていた。ミリアは半人半妖の身で冷たさを感じる事が、少し可笑しくなった。

 死ぬ時は、戦士の格好で死ぬ。ある種の矜持のようなものだった。

 

「……行くのか」

「!」

 

 入口の扉にもたれ掛かって居たのは、ガラテアだった。ミリアには、先へ通さないようにしているように見えた。

 

「ガラテアか。……邪魔をするなら、斬る」

「おい、慌てるなよ。誰も行くなとは言っていない」

 

 ガラテアは、大剣に手を掛けたミリアにおどける様に笑いかけて、扉を離れた。

 

「何が言いたい?」

「いや何。お前にできるのかと思ってな」

「……」

「仲間を切り捨て……。その上で、()()()()()()()という事がな」

 

 通路の前に立ったガラテアは、ミリアへ煽るように言った。

 組織や仲間から孤立したガラテアは、仲間を切り捨てて欲しくないと暗に言っていたが、ミリアに伝わることは無かった。

 

 ガラテアの肩を押し退けて、ミリアは木製の扉を開いた。

 

「……今更だ」

 

 去り際にミリアが言い残した言葉は、見送るガラテアの耳に不思議と残った。

 

「……自ら地獄に落ちるか、〈幻影〉のミリア」

 

 家主のいなくなった空間に、ガラテアの声が虚しく響いた。

 

 

 

 

 ミリアは、叛逆した組織の戦士が抱く矛盾を一人で抱えようとしていた。

 

(元々は、私独りで始めた戦いだ……。私が終わらせる)

 

 独りで戦い始め、同じ境遇の仲間に恵まれ、苦悩を分かち合った。そんな得難い仲間を、ミリアは()()に巻き込みたくなかった。

 

 ラボナの門を潜った時、轍の残る道の中程に一人の女が佇んでいた。ミリアと共にラボナに残ったナタリーだった。

 

 ナタリーは、右手に持った大剣を構えた。

 

「行くと思っていた。どうせ、連れて行ってくれないのだろう?」

「ナタリー……。お前は勘の良いやつだよ」

 

 ミリアも静かに大剣引き抜いて構えた。

 

「……いつ分かった?」

「……」

「だんまりか」

 

 ナタリーから見て、いつも冷静に見えるミリアが、昨日からどこかソワソワと浮ついて見えていた。

 

 ナタリーは、言葉を()ることがあまり得意ではなかった。自身がどんなに言葉を重ねても、皆が帰ってくるまでミリアを引き止めることができないだろうことは、容易に想像ができた。

 

 分かっていても止められないのは、非常にもどかしかった。

 

(怪我をしたコンディションで、組織に乗り込むような馬鹿な真似はしないだろう)

 

 ナタリーに残った選択肢は、力尽くでミリア止めることだった。

 

「止める!」

「……やってみろ」

 

 ミリアの姿がブレ始め、幾つかの残像が残った。ミリアは〈新幻影〉を使って、一瞬で終わらせるつもりだった。

 

(ミリアの残像は、攻撃を回避する際に多用される……。攻撃を受けたら()()()。なら、攻撃に転じる瞬間なら!)

 

 ナタリーは、長年一緒にいたことでミリアの技の特徴を見破っていた。しかし、以前の手合わせでクレアの〈風斬り〉を弾いたように、ミリアは剣技の技量も卓越していた。ナタリーの分は悪かった。

 

「やぁああ!」

「……」

 

 ナタリーの大振りの袈裟斬りは、ミリアの残像を切り裂いた。

 

 ミリアが隙だらけのナタリーの側面に横薙ぎで攻撃を加えようとした瞬間、ナタリーの体が前に翻った。この時のナタリーは、自身を舐め切ったミリアの動きを完全に予想していた。

 

「……なにっ」

(これは……!)

 

 大剣に掛かった前向きの制動を殺さずに、身体をコンパクトに畳んだナタリーは、空中でミリアの本体へ切り上げるような斬撃を放った。それはまるで、オリヴィアの〈千剣〉を模倣したような動きだった。

 元ナンバー37のナタリーとて、北の地で遊んでいたわけでは無かった。

 

 

 ナタリーの大剣が届く、ほんの僅かな数瞬、ミリアは北の地でのオリヴィアとの手合わせを思い出していた。

 

 

 

 完成する前の〈新幻影〉は、オリヴィアの驚異的な動体視力の前にまるで効果がなかった。

 一つの完成点として、オリヴィアから捉えられない事が目標となっていたが、当時は遠い目標だった。

 

 加えた攻撃を溜めて行くオリヴィアの技の性質上、長く戦えば、例え手合わせであっても危険が伴うものだった。

 

 編み出したのは、意図した訳ではなかった。

 自身を追い込むために、限界付近まで力を高めたオリヴィアの〈千剣〉へ、完成し掛けの〈新幻影〉で飛び込んだ。

 

 背後から追い縋る、回避しきれない刃にミリアは無理矢理大剣を伸ばした――。

 

 

 

 

 

「ごふっ……」

「……〈幻影・裏刃〉だ。すまない」

 

 大剣を振り上げた姿勢で着地したナタリーの胸元から、剣先が突き出た。 

 

 ミリアは〈新幻影〉でナタリーの攻撃を()()躱した後、屈み込むような姿勢で、背を向けたまま大剣を背後に突き出していた。

 

 ミリアがオリヴィアとの手合わせで編み出したのは、回避する事に使われがちな〈幻影〉を超えた技だった。ただし、編み出した当時にオリヴィアへ重症を負わせてしまった為、この瞬間までは仲間には使うつもりの無い技だった。

 

 朝日が挿し、背中合わせの二人のうち、立っている方が崩れ落ちた。

 

「直にガラテアが来る。……ナタリー、止めてくれて嬉しかったよ」

 

 立ち上がったミリアは、大剣を背に仕舞いながら言った。

 

「……」

「……みんなに宜しく頼む」

 

 ナタリーへそう言い残して、背を向けたミリアは東へ去った。

 

「くそ。じ……んでい、……っ、れ……」

 

 ナタリーは掠れ声で言って意識を失った。朦朧とする視界の中、その言葉がミリアに届いたかは分からなかった。

 



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もぐもぐタイム






 エロオブジェを運んで二週間が経った。

 

「もう少しですよ」

「やっと近づいてきたな……」

 

 シンシアの言葉に、ユマの口から漏れた文句にも同意せざるを得なかった。()人で代わる代わる運んでるとは言え、モノが大きすぎた。上に生えてる八本のイチモツもでかい。

 

「しっかし、変な縛り方だよなぁ……」

「……。オリヴィアに任せたのは失敗だった……か?」

「いやいや。ここまで解けてねぇんだから、(かえ)って良かったぜ」

 

 ヘレンとデネヴが縛り方について褒めていた。もっと褒めろ。

 

「大分こんがらがってるけどな、これ……」

「あぁ……」

 

 エロオブジェを見上げた姉御とディートリヒが、私の芸術的な縛り方を口を開けて見上げていた。

 ヤマタノオロチは、首を擡げることなく胡座座に縛り付けられていた。股ぐらを通って紐パンみたいになってるのは、我ながらポイントが高い。

 

「……で、縛った本人が宙釣りになってるのは……なんでなんだ?」

 

 訳知り顔でウンウン頷いていると、冷ややかな目のイライザと目があった。えへへ……。失敗しちゃった。サボりじゃないよ? 最後の一セットで足滑らせただけだよ?

 

 私はエロオブジェに生えた足の一本で、蓑虫状に宙吊りとなっていた。私の紐を解くと全部外れてしまうだろう。私を釣ってしまって、おっぴろげアタックになっている足には申し訳なく思う。正直すまんかった。

 でも、二週間宙吊りは拷問じゃない? オラじゃなきゃ死んでっぞ。

 

 

 

「ん? ……もう、晩も近いのに向こうが明るい? ……シンシア!」

「はい」

 

 さっきも索敵していたが、少し進んだところで姉御がシンシアに指示を出した。

 

「そ、そんな……。ラボナに大量の覚醒者と妖魔がなだれ込んでいます!」

「!!」

「なんだって!?」

 

 全員が振り、ユマが素っ頓狂な声を上げた。やべぇじゃん。はよいかな!!

 ……。…………解いてくれ!! 私はビヨンビヨンとアピールした。

 

「どっちにしろ、このデカブツは街中に運び込めたもんじゃねぇ! 一旦、ここに置いて向かうぞ!!」

「ふぎゃ」

 

 大剣を抜いた姉御によって、私は墜落して顔面を強打した。軽やかに降りてダッシュするイメージと違った。いてぇ。

 

「急ぐわよ!」

「さんきゅー〈まっツ〉」

「変な渾名を増やすな……!」

 

 細かい大剣捌きに定評のあるイライザが、縛れる芋虫状態から救ってくれた。お礼を言ったら怒られた。なぜだ……。

 

 

 

 

 駆け出してしばらく経って、ラボナが視認できるようになった。

 妖気を軽く辿ると、ガラテアとミアータ、〈茶髪〉と元ナンバー6のミアが、なんとか覚醒者達を食い止めている様だ。ミリア隊長とナタリーどこ行った。

 押し寄せる量が多すぎて、ラボナに入りきれない覚醒者達が百鬼夜行みたいになってる……。こわ。

 

 西側から押し寄せた妖魔達は、東側に陣取るガラテア達を押し切れていないようだ。

 クレアやシンシアの様にスマートに戦うため、私は深く妖気探知した。すると、覚醒者や妖魔達の妖気を拾って光る紐が増えていき……全体的にもじゃもじゃになった。光り過ぎて何も見えない。なんだよこの技、つかえねぇー!

 

 足遅ーズのユマとイライザがいる後方から、ラボナに向かって大剣が流れ星のように飛んでいった。目で追うと、空を飛ぶ系の覚醒者のド玉に刺さって落ちて行った。ビューティフォー。ユマすごっ。

 

「みんな先にいけ! 私達は、あとから追いつく!」

 

 イライザの声に、私達は頷き合って速度を上げた。

 

 

 

 

 私達がたどり着いた時、聖都ラボナはボロボロだった。以前、〈鮮血〉のアガサが暴れたせいで既に街中央部の建物の大部分は崩壊していたが、更に西側の建物が崩れていた。

 

 幸いだったのは、先に崩壊した中央部で妖魔や覚醒者達を押し止めることが出来ていた事だった。

 ラボナの兵達が結束して、妖魔達の圧から逃げ遅れた人々を救い出していた。中々やるじゃん。

 

「お前達……。いつも良いところで来てくれる」

「ヘヘッ」

 

 満を持して現れた私達を、ガラテアが歓迎した。なんだよ褒めんなよ。

 

「惜しむらくは、後半日ほど早く来て欲しかった所だが……」

「……」

 

 ズタボロのガラテアは、そんな嫌味を吐きやがった。来てほしかったの? 欲しくなかったの? はっきりして!

 

「けっ。そんだけ憎まれ口を叩けるのなら、あたし達が来なくても無事だったんだろうさ!」

 

 姉御はそう言いながら、覚醒者を3体ぐらい滅多切りにして登場した。つっよ。

 

「たぁ!」

 

 セフィーロ仕込みの突きで、私も口からモジャモジャと触手を生やした覚醒者を粉微塵に屠った。モジャモジャは許さん。往生せいやー!

 

 ここに集まった覚醒者は、北の戦いに比べるとぬるかった。戦士上がりの覚醒者にしても、下位ナンバーしか集まってない雰囲気だった。

 

「雑魚だ。一気に片付けるぞ、ウンディーネ!」

「ったりまえだろ!」

 

 ウンディーネの姉御とデネヴが率先して覚醒者を狩っていっていた。仲良しか。

 

「あたしにも残してくれよな!」

 

 ジャイロ掛かった伸びる腕の射出で、覚醒者の頭を吹っとばしまくっているヘレンが叫んだ。無双ゲーか何かかな?

 

「あ、やべ」

「ガァあああ!」

 

 腕を伸ばしきったヘレンを狙った覚醒者がいたが、大剣を滅多矢鱈に振り回したミアータが飛び出し、味方を守るように無双していた。というか、振り返るとミアータが通った所だけ空白地帯が出来ていた。

 ちびのミアータは大剣を使わずに、傍を通りがかった妖魔の首を片手で千切っていた。ひえっ……。こいつ強すぎて笑えてくる。

 

 

 背の高い建物まで登ると、背後の様子が目に入った。

 私達の前線ラインを抜けた妖魔達が、東側に集まった避難民たちに襲いかかっていた。

 

「……。っぬん!」

「ギャァ」

 

 全身鎧のバケツ兜が触手をいなしつつ、体当たりで妖魔を路地の染みに変えていた。妖魔の怪力に勝ってるのはヤバい。やっぱ、力こそパワーって感じ。

 

 妖魔が出せる力は乗っ取った人間の筋力に依存するが、薄幸騎士の馬鹿力はそれを上回っていた。覚悟だけで勝ってると言うには強すぎた。チートかよ。

 

「あ、あなたほんとに人間ですか!?」

 

 妖魔をなんとか一体両断した〈茶髪〉のクラリスも、本気で驚いていた。誰だってビビる。私だってそう。顔見知りでなければ、気迫でチビッているところだ。

 

「住人の脱出を優先させろ!! 妖魔には複数人で当たれ!」

 

 ラボナ兵達も、何人掛かりかで妖魔を串刺しに変えていた。連携が洗練されており、妖魔に対してかなり有効なようだった。

 

 長らく続いていた戦いは、足遅組のイライザ達が辿り着く頃には終わっていた。やれやれだぜ。

 

 

 

「何故、こんなに沢山の覚醒者達が……?」

「それも、ほとんどが男の覚醒者だぞ」

 

 死体を検分していたデネヴとヘレンが、首を傾げていた。

 

「……」

「何か知っているんだろう。ガラテア!」

 

 戦いが終わった後、ディートリヒが突然無言で佇んでいるガラテアに切れた。カルシウムとれ。

 

「あの。ミリア隊長は何処ですか?」

「……」

 

 シンシアの問いにガラテアは、顔をそらした。

 

 ため息を一つこぼしたガラテアは、皆に向き直って口を開こうとした。

 

「た、隊長は組織に、い、行っちゃいました!」

「いや、何でおめぇも隊長呼びなんだよ……」

「ママ……泣かないで」

 

 ミアータにあやされたクラリスが、顔をぐちゃぐちゃにしながら言った。半眼のヘレンが呆れ声で突っ込んでいた。ミリアはカリスマ性で〈茶髪〉を取り込んでいた様だ。

 

「ちっ……!」

 

 姉御が顔を歪めて舌打ちをした。

 

「待て。ミリアが組織に向かった事とラボナが襲われた事……、どう関係があるんだ?」 

「……」

「……なぜ止めなかった、ガラテア!」

 

 デネヴが確認するように状況を言い直した。何かに気づいた姉御は、いつの間にかガラテアの胸ぐらを掴んでいた。

 

「私も命が惜しいのでな。身を張ってでは無いにしろ、止めたさ。それに、お前等の仲間も身を挺して止めたんだ……」

「!? 待って下さい! ナタリーさんは何処ですか?」

「ん? そう言えばさっきから姿を見てないな……」

 

 シンシアがナタリーを探し始め、ユマも顔を見渡し始めた。ナタリーは、妖気が消えてるからマジでわからん。

 

「……付いて来い。見れば分かる」

「……」

 

 姉御の手を振り払ったガラテアが言った。なんだか変な空気だったが、皆で付いていくことになった。

 

 

 

 

 

 

 ラボナの東側にある小さな宿屋のベッドで、ナタリーが寝ていた。掛けた毛布が上下している様から、生きていることが分かった。

 

「ナタリー!?」

「ナタリーさん!?」

 

 部屋に入ったユマとシンシアが声を荒げ、頷き合ってナタリーの両側に陣取った。妖気同調で回復を促すのだろう。

 

「大剣が心臓をかすめていた。防御型とは言え、自力での内臓の完治には時間がかかる。私が駆けつけた時には、既に血の海に沈んでいたよ」

 

 ガラテアは当時の様子を淡々と語った。

 

「どういう事だ、ガラテア。ミリアは、なぜ我々を置いていった?」

「……」

 

 部屋に先導していたガラテアの背中へ、デネヴが声をかけた。姉御は壁際に背を預け、ガラテアを睨みつけた。

 

「……ミリアは恐らく、初めからお前たちを置いて東へ行くつもりだったのだろう。ミリアの中で、急に何かが変わったという話ではない」

「それで……どうなったんだって言うんだよ……?」

 

 何処か寂しげに語るガラテアへ、ヘレンが問いを投げた。

 

「……本当に分からないのか?」

 

 ヘレン達へ向き直ったガラテアが、潰れた目を細めて言った。

 

「?」

「くっ……」

 

 ヘレンはピンときてなかったが、デネヴや姉御は歯を食いしばって俯いた。

 

「その結果がこれだ」

 

 ガラテアは木枠出できた窓を開け、崩れた町並みを手の平で指し示した。

 

「……!」

「そ、そんな……」

「……恐らく、ミリアは組織の襲撃に失敗した。その結果、組織はあくまで傍観するはずだったラボナを本格的に潰しにきたんだ」

 

 場に一度、沈黙が降りた。仲間の顔を見回したガラテアは、ゆっくり口を開いた。

 

「……流石に戦士を使って襲撃することは無かったがな。お前たちが来なければ、聖都を滅するのに十分な戦力だった」

 

 漸く状況の分かった様子のヘレンが、目を見開きながら口も開いた。

 

「そ、それじゃあ……、ミリアは……」 

「甘ったれた幻想に縛られないようにはっきりと言うが、もう……生きてはいまい」

「……!」

 

 皆が俯き、完全にお通夜ムードになってしまった。

 

「……」

「……」

「お前たちの方こそ、もうひとりは何処だ。……まさか」

 

 片眉を上げたガラテアが、追い打ちを掛けるように、クレアについて言及した。

 

「馬鹿を言うな……冗談じゃねぇ……。クレアはまだ死んじゃいねぇ……」

 

 振り絞るようにヘレンが言った。

 重い沈黙と、皆が歯を食いしばる音が聞こえた。

 

「……」

「……」

「うーん?」

 

 だが、ちょっと待ってほしい。

 私は、微妙に思い出した原作を思い浮かべた。あれ……? クレアってこの後、あのエロオブジェからガラテアが出すんでしょ? 全然平気じゃん。

 

 そして、ミリアやクレアは原作主人公格だ。こんなヤバヤバ展開は、毎回あった気がする。詳しい展開なんてとうの昔に忘れたが、まず死ぬ訳がなかった。

 

「しんでない! いきてる! あたりまえ! そんなことより、とりかえす!『ディナータイムを!!!』」

 

 私は皆の前で腕を組み、仁王立ちして言ってやった。皆が俯いた顔を上げ、私の方をポカンとした顔で見た。

 私は二週間宙吊りだったせいで、あまりしっかりと食事を取れていなかった。二週間分取り返すぞ、飯を!! リバイバルもぐもぐディナータイムだ。

 

「オリヴィア……」

 

 目のうるるんした〈まつげ〉が、私の名前を言って腕で目を拭った。なんで泣いてんのこいつ?

 

「そう、だな……。そうだよな」

 

 ヘレンが急に元気を出して不敵に笑った。情緒不安定じゃない?

 

「まさか……こいつに励まされるなんてな」

 

 デネヴも薄く笑って、私の頭をワシャワシャと混ぜた。やめ、やめろー!

 

「けっ……。……仲間が信じてやらなくて、どうするって話だよな……。くく、ちび助に教えられるなんて、あたしも焼きが回ったな……」

 

 姉御も鼻を啜ってごちゃごちゃ言っていた。それよりも生き残ったんだから、とりあえず飯食おうぜ、姉御。

 

「……嘘を言ったつもりはないが。馬鹿な奴らが生き残れるよう、脅したつもりでもあったんだがな……。ふふっ……最強の馬鹿が全部無駄にしやがった」

「よぅし! ……とりあえず、ガラテアにクレアの様子を見てもらうか! ガラテア、付いて来い!」

 

 飯の話で活気を取り戻した皆で、クレアの方へ向かうことになった。この後、むちゃくちゃ登山した。

 

 あれ? 飯は???

 

 

 



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尻ティア

ちょっと濃かったので短めです。








「にわかには信じられない話だな」

「嘘はついてないぜ。逆に、説明し足りないくらいだ」

 

 歩きながら、ヘレンから西での出来事を一通り聞いたガラテアが、首を傾げながら考え込んでいた。

 

 ヘレンとガラテア、イライザ、そして私の四人は、クレアを目指して登山途中だった。他のメンバーは、街で拠点を立て直すらしい。死体片付けよりはマシなのだが……。

 妙にやる気のイライザに引っ張られて、私はここに来てしまっていた。

 既に辺りも暗くなっており、半人半妖で無ければ山間の森林で遭難している所だった。

 

『……ご飯はまだですか?』

「さっきまでやる気だったのに……、急にどうしたんだ。疲れたのかオリヴィア?」

 

 ご飯を食べられると期待していた私は、完全にFXで全額溶かした人みたいな顔になっていた。そんな私を気遣って、イライザが声を掛けてきた。……大体、おめぇのせいだよ。

 

「それに、一本角で羽の生えた覚醒者など聞いたことも無い」

「あぁ、あたしらもその時初めて見た。西のリフルから、ヤツが深淵を超える力を持っていることを聞いてはいたんだけどな……。……ついたぜ」

 

 ガラテアとヘレンが話し込んでいる間に、ようやく着いた。エロオブジェに。

 

「これが……クレアだ」

 

 ヘレンは親指でクレアを指し示した。クレアっていうか、エロオブジェクトな。

 

「シンシアでも、完全には読み取れなかったんだ……。ガラテアなら出来るだろ?」

「……さあな。試してみないことには何とも言えないぞ」

 

 ガラテアはエロオブジェを見上げて、右手を添えた。

 

「西から手分けして運んできたんだ。どうだ……? 形は捉えられるか」

「妖気を発するものなら、その輪郭を理解することができるが……。……これは、まさに異形だな」

 

 人の足が八本生えた異形を見上げたまま、ガラテアの顔が歪んだ。

 

「クレアがでかいのに取り込まれてから、シンシアたちが言うには星が降ってきて、衝撃と共に大地が消し飛んだ。何も無い土地の中心に唯一残っていたのがこいつだ」

「…………」

 

 見えない眼の瞼を閉じたガラテアは、暫く間を置いてから口を開いた。

 

「まるで妖気の濁流だな。……私に分かるのは、こいつが妖気を発して息づいている事だけだ」

「ちくしょう! おめぇでもダメなのかよ!」

 

 ガラテアが言い、ヘレンが両手で頭を覆った。ガラテアは、足を見上げたまま思案げな顔をしていた。

 

 私は原作の一コマを思い浮かべた。あれ? ガラテアでダメなの? スッポンポンのクレアが出てくるんじゃなかったっけ……?

 

 ここでクレアが出て来なかったら……。プリシラは倒せず、誰も勝てないまま人々は怯えて暮らすことになるだろう。絶望の未来が頭によぎった。

 私は目の前が真っ暗になり、目の前にガメオベラが浮かんだ。ひえっ。

 

「えー! えぇー!? 『どうしてこうなった!』」

「オリヴィア、落ち着け。クレアは、きっと大丈夫だ」

「オリヴィア……。残念なのは分かるけどよ、次の方法を考えようぜ」

 

 ヘレンやイライザに慰められたが、私は地団駄を踏んだ。

 何処かで歯車が狂ったのかもしれない。なんとか原作の流れに戻すしかねぇ!

 

「くそっ……。『私がやるしかねぇ!!』」

「何をする気だ、オリヴィア! そいつを無用に刺激するのは危険だ、やめろ!?」

 

 覚悟を決めた私はエロオブジェに両手の平を向けて、妖気の紐をぶっ刺した。妖気の出力全開! いけぇぇぇ!

 

 私の妖気を注ぎ込まれたエロオブジェは、グネグネとその容姿を変え始めた。

 

「ヤバいぞ!? 皆、離れるんだ!」

「なにやってんのよー!?」

 

 足が無くなり、本体が上に伸びて行った。本体の両脇から別の物体が飛び出して丸くなって行った。よし、いける! クレアが出てくるぞ!! ヒャッハー!

 

「いけぇぇぇ!」

「やめろ、馬鹿者!」

「みがっ!?」

 

 元ナンバー3のガラテアに全力でぶたれたせいで、妖気の開放が強制終了してしまった。半端になっちゃった……。ねぇ、私の頭も半分になってない……?

 

 エロオブジェだった物は、どんどん大きくなって行った。

 

「おい! やべぇーぞ!?」

 

 ヘレンが焦った声を出し、目を見開いてドン引きしていた。

 私は、ぶたれて痛む頭を抑えながら顔を上げた。

 

 黒光りしたエロオブジェだった物は、周りの森林よりも頭一つ抜けた大きさになっていた。

 

 かつて足の生えていた先の方は、円錐状になっていて硬質な光沢をしていた。視線を落とすと、テカテカと上側が光る丸い球体が2つ見えた。

 

「なん……!?」

「この形は……!? だ……男……性…………、器?」

「なんでよー!?」

 

 全容を確認したガラテアは困惑した声を出し、イライザが甲高く叫んだ。

 

「いや、これは……! 『ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲じゃねーか! 完成度高ぇな!?』」

「なんて???」

 

 そこにあったのは、紛れもない、ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲だった。

 

 

 その後、良くよく調べると、下にあるエネルギーパックのたま筋には、苦悶の表情のクレアが浮き出ていた。ほらー! もうちょっとだったじゃん!

 

「これ以上は危険だ。危ないのが分かっていて、みすみす見過ごすことはできん」

 

 そう言ってガラテアは、私がネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲に紐で干渉するのを邪魔し始めた。

 

 私が紐を出そうとすると、ヒュアッってして妖気をフラットに戻された。うわっ、何これ。高まったテンションが急に、すん……ってなる。

 ガラテアはお得意の妖気操作で、外部から私の妖気を抑えに掛かっている様だった。

 

「お前。集中した妖気を紐状にして、相手に干渉しているな? 貫通力と瞬発的な強制力はあるが……。最悪、味方に干渉すれば覚醒させてしまうぞ」

「えぇ……?」

 

 レアのやつ、なんて恐ろしい技を伝授しやがったんだ……。姉御達に、もう使っちまったぞ。

 

「今までは運が良かったんだろう。二度と使うな」

 

 困惑していると、ガラテアに釘を刺されてしまった。レアの紐は、完全に索敵スキルに成り下がってしまった。今までと、ほとんど変わらねぇじゃん!?

 私はレベルが下がった。

 

「……何にしてもよ。クレアがここに居るのは分かったわけだ。後は、どうやってこいつから分離するかだな……」

「そうね。本人も苦しそうだし……。……でもなんか、クレアの顔が……。段々、この玉に居るのが嫌になってるだけに見えてきたわ……」

 

 クレアを見つめて瞬きをしたイライザが、頭痛がするように頭を抑えて言った。

 

 

 ついでにと、調べた反対側のたま筋には、見ない顔が幾つか並んでいた。

 

「で、こっち側は誰なんだ……?」

「オリヴィアに、似ているのか……?」

 

 その中でも1番目立っているのは、ラバースーツの様な表面から無理矢理出ようとしている女だった。動きは止まっているが、浮き上がった顔が何故か私に似ていた。

 

「まるで、成長したオリヴィアみたいだな」

 

 ガラテアが疑う様な表情でこちらに顔を向けた。何疑ってんだ、おめぇ。怒らないから言ってみろ。

 

「他は……わからないな……」

「なんだか、不気味だぜ……」

 

 その時、私の視界にあるものが写った。

 

「カティアだ……」

「は?」

「えっ……? いや、これただの尻……?」

 

 私が釘付けになったのは安産型の尻だった。

 

 私は過去に思いを馳せた。

 二人で旅をした時、私の目線の高さ(視界の先)で揺れていたのは何時もこの桃尻だった。

 私は嬉しくなって尻に飛びついた。

 

「いかん!? イライザ、止めろ!」

「ばかっ! 今刺激するなって、注意されただろうが!」

 

 尻に触れる寸前で、近くに居たイライザに羽交い締めにされた。

 

「はなせっはなせっ!」

「こればっかりは、謝らないぞ! どっせぃ!!」

 

 私は暴れたが、イライザの方がパワーがあり離れなかった。さらに、イライザの掛け声と共に視界が回った。

 回る視界の中、私の頭の中に技名が浮かんだ。

 

 あ、完璧なジャーマン・スープレックスだ、これ。

 

「ほげっ!?」

 

 地面に叩きつけられた衝撃が伝わり、視界が真っ暗になった。

 




avみたいなタイトルになってもうた…………




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ジェノパへの(いざな)

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〉パーティ会場の真ん中に突然の核が!〈
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「……よってぇ、第345回、暗黒武道大会を開催する」

「異議あり!」

 

 間延びした声を出した黒尽くめの裁判長が判を鳴らし、私は立ち上がって抗議した。この問題は安易に答えを出さず、審議を尽くさなければならない。

 

「裁判長! 確かに被告人は、壁から生えた尻に手を出しました。しかし! 分裂体を複製するには至っていません!」

「アウトだよ!?」

 

 私の正義の叫びは、傍聴に来ていたロザリーのツッコミで遮られた。

 

「ふむ。よってぇ……弁護人オリヴィアを極刑とする」

「なんで!?」

 

 突然、私は極刑の憂き目に合ってしまった。

 証言台に立った、全身黒タイツの明らかに犯人ですと言った風貌の男は、ニヒルな笑顔を私に浮かべた。くそが! 嵌めやがったな! 嵌めたのはお前だ!!

 

 その時、裁判所に光が差し、犯人の風貌が明らかになった。

 

「……」

 

 映画ドロボウだった。クソが! 顔を晒せや!!

 

 

 

 

―――

――

 

 

 

 

 

「うう……。カティア……どこ……ここ?」

 

 目を覚ますと木目の天井が目に入った。何処かの民家だろうか。美味しい匂いが私の鼻腔を擽った。お腹へった……。

 開きっぱなしの窓を見ると、ラボナの街並が見えた。動けないと思ったら、私は縄でぐるぐる巻きにされていた。……なぜだ。

 

 

 なんとか情報を得ようと、芋虫運動で扉の前まで行くと話し声が聞こえてきた。

 

「教えてくれ! ……ラボナの襲撃は、組織が仕組んだことなのか……?」

「ディートリヒ……」

 

 デネヴとディートリヒが話しているようだった。

 ディートリヒが小さい時に住んでいた村は、今回のラボナのように覚醒者達の百鬼夜行で滅んだそうだ。これも組織ってやつが悪いんだ。

 

「共に来い、ディートリヒ。お前自身が刃の感触で知るべき事だ」

「……感謝する」

 

 なんか良い感じで、ディートリヒが着いていくようだ。……何処に? いや、あれ? 何の話だ。

 

「ヒギッ」

「あ、あれ? なんか重たいぞ」

 

 考え事をしていると、扉が突然開き、隙間に顔が挟まれた。待って、鼻が床と挟まってる。おい、カメラ止めろ! じゃなかった扉止めろ!

 

 それでも扉は止まらず、私の鼻血が床に広がっていき、密室殺人現場みたいになった。

 

「オリヴィア!? 誰にやられたんだ!?」

 

 オメェだよ、〈まつげ〉。

 血に沈んだ簀巻きの私は、脱力して悟った顔を浮かべた。

 

 

 

 

 勝手に山のネオアームストロングサイクロンジェットネオアームストロング砲まで行かないことを約束させられ、私の拘束が解かれた。

 ボロボロだった服も新たにシスター服を貰った。ニコニコばあちゃんシスターは、崩壊したラボナにあって健在だった。天使かな。

 

 民家を拠点として借りていた。私達全員が入れるくらい居間の部屋がデカいから、富裕層だったのかも知れない。

 

 深い色合いのテーブルには、パンやチーズ、足の早い果物みたいなものが雑に並んでいた。

 

 着替えて用意してもらった飯をしこたま食っていると、目が3になったナタリーが起きてきた。もう動いて大丈夫なのかな? 目が3のままなんだが、ユマ達は治すとこ間違えて無い……?

 

「ナタリー……もう起きて大丈夫なのか?」

「あぁ……。心配をかけた。……ミリア隊長を引き留められなくて、申し訳ない」

 

 イライザが話しかけると、ナタリーは申し訳無さそうに俯いた。

 

「……いや、お前は良くやったよ」

 

 そう返したのは、顔を赤くしたウンディーネの姉御だった。姉御は、珍しく洋酒のような汁を飲んでいた。なんの果物が使われているか良く分からない。

 ちなみに私が飲もうとしたら、ニコニコ顔の老シスターがミアータと同じものにすり替えてきた。おいィ? キッズと一緒にするなよ。うまい、もう一杯。

 

「クレアの状況はさっき言った通りだ」

「あの後、しばらく観察したが……。私の見立てでは、あのままでも急激な変化しないだろう」

 

 ヘレンの掻い摘んだ説明にガラテアが付け足した。ネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲は安定していた。

 

「先ずは、ミリアの問題から片付けるべきか……」

「私達8人とディートリヒか……」

 

 ミリアを助けに行くのは、姉御、デネヴ、シンシア、イライザ、ヘレン、私、ナタリー、ユマの8人フルパーティに加えてディートリヒとなった。

 

 カティア達の分離方法は、時間をかけて探すしかない。ワンちゃん私の紐で行けそうだったが、ガラテアのアドバイスから行けば、クレアの覚醒体が爆誕し、そのままディストピアエンドへまっしぐらだっただろう。こわっ。

 私はガタガタと身震いした。

 

「私は、ラボナに残るよ……。変化してしまったデカブツを見て置かなければならないからな」

「だから悪かったって!」

 

 ガラテアはラボナに残るようだ。ヘレンとガラテアは、厄ネタをラボナ近郊まで持って来た事で少々揉めていた。

 

「あの! 私達は!?」

「……」

 

 ミアータと手を繋いだクラリスが叫んだ。常識的に考えてお留守番だろう。

 

「お前とこいつ等では、実力や覚悟も何もかもが違うんだ。私達と一緒にラボナで大人しくしておけ」

 

 したり顔のミアが割り込んで言った。

 

「その通りなんだが、ミア。お前はビビってるだけだろう……?」

「な、な、なんだと!?」

 

 ディートリヒのツッコミのような煽りでミアが動揺した。煽り耐性ゼロか? そしてお前、昔クール系じゃなかったっけ……? 色々あったんだろうな……。

 

 

 

 

 

 翌日、打ち合わせと準備を終えた私達は、早朝にラボナを立った。

 組織まで不眠不休の全力ダッシュで二週間程の行程だ。半人半妖の感覚でも無茶苦茶だった。馬鹿なのかな?

 昨日、酒の勢いで決めたのが悪かったと思います。

 

「ミリアの安否を気にして急ぐにしても、これは無謀だぞ……。組織も馬鹿ではあるまい。既に、現役の戦士の大部分を呼び戻しているだろう」

「……ちっ。悪かったよ!」

「いや、昨日言えよソ、ぐえっ……」

 

 デネヴに糾弾されたウンディーネの姉御が、恥ずかしそうに頭を掻いた。ヘレンは余計な一言でデネヴから肘打ちを食らっていた。

 

「てめっ」

「……」

 

 ヘレンとデネヴの無言のじゃれ合いが勃発した。

 

 昨晩、姉御とデネヴはなんか盛り上がっていた。たぶん味方の安否ジェットコースターで、テンションがおかしくなっていたのだろう。私達は常に冷静なふむふむシャギー隊長が恋しくなった。

 

「さて、どうするか……」

「……ふむ。そう言う事なら……。昔使っていた、組織へ北から下る山道がある。ハズレの担当地区だから、知っているものも少ないはずだ」

 

 困り顔のナタリーへ、元現役ナンバー3のディートリヒが、ふむ姉ぇっぽく返した。まぁ、戦士って大体口調が似てるし……。

 

「……奇襲をかけるなら、うってつけな訳だな」

「それで行きましょう」

 

 ユマやシンシアも特に反対しなかった。 

 

 それ以上の案が出なかったので、ディートリヒの案で行くことになった。

 行程的には、1月程度かかるだろう。道なき山道を隠れながら通る為だった。念の為、ナタリーとシンシアに索敵してもらったが、呼び戻されていそうな戦士以外に脅威は見つからなかった。

 

「道中の戦闘は極力無しだ」

「相手より先に感知してみせますよ」

 

 改めて姉御が言い、シンシアが力こぶを作って返した。カワイイ。

 方針が決まったが、今までとあまり変わらないのでは……? 私は腕組みして首を傾げた。

 私達は、既に妖気を放ってしまっている。今まで以上に気を遣わなければならないとか、そう言う意味かもしれない。

 

 

 

―――

――

 

 

 

 20日程が経って、場所は山道の中だった。旅の行程は8割くらい。皆がやる気なせいか割と早く進めた。

 鬱蒼としていた森林が疎らとなり、身を隠す物は岩しかなくなってきた。

 

「そろそろ、ガラテアクラスの感知範囲に入ります」

「けっ……。あんな奴がゴロゴロ居てたまるかよ」

 

 シンシアの注意喚起に姉御の顔が歪んだ。組織が保有していた感知系戦士は、ラボナに居るミアで打ち止めだと思いたい。

 しかし、此処から先は慎重に進まなければならないだろう。

 

「……おい、待ってくれ。何か……。何だこれは、妖気のような……? 生まれる前の妖魔?」

 

 目を瞑って妖気を探っていたナタリーが変なことを言い出した。生まれる前の妖魔? なんじゃそら。自然発生はしないぞ。私は詳しいんだ。

 

「えっ? ……小さい妖気の様な……朧気な感じですね。複数固まってます。規模から言って……村?」

 

 シンシアもナタリーが指さした方向に探りを入れていた。組織の隠れ施設かもしれない。

 

「組織の隠れたアジトかもしれない……。それに、1つ気になっている事がある」

 

 少し遠くを見たデネヴが皆に言った。

 

「あん? 気になっている事?」

「あぁ。以前、ミリア達と男の覚醒者に初めて遭遇した時の事だ。その覚醒者にミリアは、何事かを問われ酷く動揺していた」

「あ〜、あれかぁ……」

「あ……? それがなんだって言うんだ?」

 

 デネヴとヘレンが語り始めたが、私達は蚊帳の外だった。片眉を上げたウンディーネの姉御が、私達の心を代弁した。

 

「それが、組織が未だに男の戦士を作っていることだったら?」

「!?」

「ミリアは知ってたんだ。そして、ラボナに集まった覚醒者達も殆どが男だった。積極的な覚醒者狩りを行っているはずの大陸で、あれ程の数が集まるとも思えん」

「待ってほしい」

 

 デネヴの推論で目を剥いた皆を遮ったのは、考え込んだディートリヒだった。サイドテールが揺れた。

 

「……これは疑っている訳ではないんだが。今語られたことの殆どが推論だ。これから、その村に行って……別の何かだった時、足元を掬われかねんぞ。他の可能性もないのか? なんなら〈深淵喰い〉やもしれん」

 

 〈深淵喰い〉は嫌だなぁ……。他に可能性と言えば……。

 

 その時、私は南の地であったゾンビーズ思い出した。ラバーマンがばら撒いたって言っていた薬を飲んで、スライムマンになってしまったおっさん達の事だ。

 私は姉御に訴えかけた。

 

「ぺぷし○まん! すらいむまん!」

「あぁ。……あたしもそう思ってたんだが」

「どうしたオリヴィア、ウンディーネ」

「すまねぇ。色々な事がありすぎて、すっかり言うのを忘れていたぜ」

 

 姉御はデネヴ達に、廃教会近郊での出来事を掻い摘んで説明した。謎のスライム薬、そして変態ラバーマンの事だった。

 

「あの時、北の地で出会った覚醒者か……」

「何かを企んでいたみたいだがな。今となっては探り様はないが……」

 

 組織の隠れ施設かもしれないが、スライムマン村かもしれない。もしかしたら、〈深淵喰い〉かも知れない。混沌としていた。

 ミリアを助ける為には急がないと行けない気がするが、もし仮にこの拠点が組織のモノだとすると、背後から挟まれる可能性があった。

 

 何にしても、確かめるためには行ってみるしかない。あわよくば、人里の飯にありつけるかも知れない。ぐへへへ。

 今日の飯の事を考えていると、神妙な顔をしたデネヴが私に向き直った。

 

「オリヴィア。お前が決めろ」

「え゛?」

「我々はお前の言葉に希望を見出して、ここまで来たんだ。ここから先の道は、お前が決めろ」

「こヒゅっ……!?」

 

 喉から変な音が出た。

 先のクレア覚醒というガラテアの言葉が私の頭を過ぎり、血だらけの首だけミリアを連想して呼吸が止まった。

 

 なんで主人公格の運命が私の手の上にベットされてるんだ……!?

 

「……」

「大丈夫だ、オリヴィア」

 

 冷や汗をかいて固まる私へ、膝立ちになったイライザが両肩に手を当てて励ましてきた。そう言うんじゃないんだよ、覚醒者達のジェノサイドパーティーの始まりかも知れないんだよ!?

 それを思うと、全然大丈夫じゃ無かった。

 

 ぱっつん気味の前髪から見えたイライザの眼は、酷く澄んで見えた。oh...ふつくしい……。

 

「あんたがどちらを選んでも、此処には責める奴は誰も居ない。あたし達を動かしたのは、あんたの言葉だ。あんたのその言葉に、あたし達は賭けたんだ」

 

 私は口を開けたまま、イライザから顔を逸して見回すと、皆が微笑ましく私を見ていた。……いや、笑い事じゃないんだが。

 

「ふっ……。普段はバカなんだが、こういう時だけ核心的なことを言えるのは、ちび助の良い所だとあたしは思うぜ」

「きひひ……固まってやんの」

「信じてますよ」

「わ、私もだ」

 

 皆が、私一人では覆せない謎の一体感を醸し出し始めた。風を感じる、今までに無い一体感を……私以外は1つだ!

 

 

 




あけましておめでとうございました(小声)


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レッツパーリィ

yeahhhh!!



「オリヴィアー! どこへ行くんだ!?」

 

 背後から私を追うイライザの声が聞こえた。

 私達は北へ逆走していた。重大な選択から逃げ出した私を先頭に、皆が追いかけて来ていた。

 

 皆から選択を迫られた私は、大剣をたずね人ステッキスタイルで使用して行く方向を決めた。その時の私は半ばヤケになっていた。頭が焼け焼けの焼け野原だった。燎原ヘッド(ハゲ)だ。

 

 有り体に行ってしまえば、キャパオーバーして逃げた。ストレスがキャリーオーバーしていた。

 キャリーオーバーしてバーサーカーモードに突入した私は、レッツパーリィして次に見つけた敵を必ず殺すだろう。

 繰り返す、敵は殺す。

 

「不味いです! このままだと、北から下ってくる戦士と接敵します!」

 

 あかん(白目)

 

「……ちっ。期待した私が馬鹿だった!」

「何でまた急に逆走し始めたんだ……?」

 

 叫ぶ姉御とユマの声が背後から聞こえた。姉御ごめん。でも、重要な選択肢丸投げはひどくない?

 

「!? 北にいる戦士達4人が戦闘に入りました! 妙な気配の妖気が集まって」

「覚醒したぞ!?」

 

 シンシアの実況にナタリーが被せて叫ぶのが聞こえた。ん? どういう状況だ?

 突然、私の視界にキラキラと光る妖気の紐柱が沢山上がった。わぁ、妖気のナイヤガラだぁ。

 

「まさか、これを感じ取ったのか……?」

「そうか! 妖気感知能力が上がっていたから、あり得るぞ!」

 

 すぐ後ろに追いついたデネヴとヘレンの会話が聞こえた。無いです。ごめん、ヤケです。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 戦士が四人、荒涼とした山道を下っていた。

 先頭を歩いている隊長格の戦士は、スラリと背が高く上品な顔立ちをしていた。

 豪華なロングの髪型は、縦ロールに綺麗に巻かれており何処か丁寧な口調と相まって、オリヴィアが見れば『お嬢様!?』と叫んだ事だろう。

 

「まったく……。いきなり北に行けと言ったり、戻って来いと言ったり……。忙しい話ね」

「そう言うな、アナスタシア。あんな何もない処にいるよりは、マシだろう?」

 

 ゲンナリした顔で愚痴をこぼした隊長へ、勝ち気なミドルショートの戦士が背後から声を掛けた。釣り上がった太いまゆ毛が特徴の戦士だった。

 

 彼女達は、以前の任務で気絶させられたクラリス達の後任として、北の白銀の地へ派遣されていた。

 何者かの組織襲撃の報が遅れ、組織へ向かうのが遅れてしまっていた。

 

「そうかしら? 何もない白銀の世界も、私は気に入りかけていたのだけれど……」

 

 太まゆ毛の戦士へ振り返った豪華な髪型の女――アナスタシア――が肩をすくめて笑って言った。

 

「おぉい! た、たすけてくれ!!」

「!」

 

 その時、必死な様子で一人の男が駆けてきた。どこぞの村民が逃げ出してきたような姿をしていた。

 男は息も絶え絶えで、何かに怯えるような絶望した顔をしていた。

 

「た、た、たすけ……たすけて」

 

 アナスタシア達に縋り付く様に四つん這いになった男は、しきりに助けを求めていた。

 

「落ち着きなさい。……一体何が」

 

 見かねたアナスタシアは、男から事情を聞くことにした。しかし、男の話は要領を得なかった。

 

「……い、いやだ。いやだァァ! ……なりたく無い……な、なりたくない! 俺はあんまばけもノニなんテ」

「あなた……!?」

(これは、妖気!?)

 

 その時、男の体が膨れ上がり弾け飛ぶように巨大化した。

 

 瞠目したアナスタシアは、巨大化に巻き込まれる事なく、下位ナンバー2人の襟首を掴んだまま危なげ無く下がった。

 太まゆ毛の戦士もアナスタシアに続いた。

 

「グガガァァ!」

「覚醒した……?」

 

 覚醒者は、頭部に複数の口を持つ鎧型だった。背中から射出された触手が、アナスタシア達を襲った。

 

「くっ……ニケ!」

「あぁ!」

 

 アナスタシアが投げ捨てた下位ナンバーを、太まゆの戦士が引き継いで回避した。

 太まゆの戦士ニケはナンバー15の戦士で、アナスタシアと共に戦った経験が多くあり、呼び声だけで疎通することが出来た。

 

 覚醒者の攻撃を避けながら前に躍り出たアナスタシアは、大剣を構えたまま緩く妖気開放した。

 

「……お友達を傷つけようとした事、許さないわよ」

 

 睨んだアナスタシアはそう言い放ち、一見隙だらけの様子で覚醒者の前の空中に身を踊らせた。

 

「ガァァァ!」

 

 覚醒者は意識が混濁しつつも、獲物と定めたアナスタシアの隙きを見逃さなかった。

 

「アナスタシア!?」

 

 アナスタシアに助けられた下位ナンバー、緩いボブカットをした戦士フィーナは、上位ナンバーの醜態に目を見張り声を上げた。

 

 しかし、アナスタシアは覚醒者の触手が当たる直前、宙空を楽器を弾くように指先で弾いた。

 空中で不自然に急加速したアナスタシアは、突如、直角に曲がって覚醒者の攻撃を回避した。

 

 返す刃で巨大な覚醒者の右腕を落としたアナスタシアは、フワリと足場の無い空中に着地した。

 

「なっ!?」

「う、浮いている……?」

「なんだ、お前達。知らねぇのかい? あれがアイツの戦い方だ」

 

――組織のナンバー7。〈羽根持ち〉のアナスタシアだ。

 

 戸惑う下位ナンバー達にニケは不敵に笑い、訳知り顔で語った。

 

 アナスタシアは、浮いたまま重さを感じさせない動きで覚醒者を翻弄し始めた。

 

「す、凄い……」

「!?」

「避けろ! フィーナ!」

 

 口を開けてアナスタシアを眺めていたフィーナを、背後から触手が襲った。触手は肩口を貫通し、フィーナを地面に磔にした。

 

「ぐ、あぁあ!」

「フィーナ!?」

「はぁっ!」

 

 うつ伏せに地面に押し付けられたフィーナを救う為、ニケは即座に太い触手を断ち切った。

 先程覚醒した男とは別の覚醒者だった。突然、妖気が湧き不意打ちされたのだった。

 

「そ、そんな……。ニ、ニケ」

 

 もう一人の下位ナンバー、短髪のキーラが震える声でニケを呼んだ。

 

「! 馬鹿な……これが全員覚醒者だと!?」

 

 振り返ったニケの視界に写ったのは、逆光で顔の見えない男達だった。

 

「うわ……ぁ」

「たすけ……たすケテ」

「あぁ……ぁ」

「い、イヤだ……」

「あ……ァ」

 

 幾人もの、草臥れた格好をした男達に取り囲まれていた。

 

「あ、ぁぁああァアアアア!」

 

 焦点の合わない朦朧とした男達は、一人を皮切りに一斉に覚醒し始めた。この世の終わりの様な叫び声は、化け物達の宴の始まりを告げていた。

 

「くそ、何がどうなってやがる! くっ!」

 

 そう言ったニケを複数の覚醒者の腕が襲った。

 ニケはとっさに回避行動を取ったが、上から襲いかかってきた黒い覚醒者の叩きつけによって、砂礫を浴びて元いた位置から距離を開けられてしまった。

 

「ニケ!」

「し、しまった!? キーラ! フィーネ!!」

 

 ニケと負傷したフィーネを抱えたキーラは、分断されてしまった。

 下位ナンバー達は、覚醒者に囲まれ逃れようがなかった。負傷したフィーネは気を失い、恐怖から震えるキーラの眼には涙が見えた。

 

 そこへ飛び込んできたのは、最初襲ってきた覚醒者と戦っていたアナスタシアだった。

 

 アナスタシアと相対した覚醒者は四肢をもがれ、すでに首を刎ねられるのを待つだけになっていた。

 

 分断され、複数の覚醒者の外で孤立してしまったニケへ、アナスタシアは叫んだ。

 

「ニケ! 翔びなさい!!」

 

 ギンと、アナスタシアの声に反応したニケが、即座に妖力開放した。額を中心に血管が浮き出て、ニケは力を増した。

 

 ()()()()()()ニケは、自身の何倍もある巨大な覚醒者達を通り越し、宙返りしてアナスタシア達の元へ戻った。

 

「包囲から出て、組織の方角へ撤退する! 下位ナンバーを頼むわ!」

「分かってるよ」

 

 ニケに言い残したアナスタシアは、再び空へ舞い上がった。

 アナスタシアは筋肉質なトカゲの顔をした覚醒者を高速で通り越し、空宙で静止、急旋回して首元に切り込んだ。

 

 アナスタシアの動きに翻弄され、覚醒者達の気が弱った下位ナンバーから逸れた。アナスタシアは、この機会を見逃すこと無く叫んだ。

 

「今よ!」

「じゃあ、お前らはそのまま動くなよ……。がァァっ、そら!」

 

 下位ナンバー達を両手に持ち妖力を高めたニケは、有ろうことか覚醒者の群れに味方を放り込んだ。

 

「えっ……」

「……」

 

 負傷した味方を抱えたキーラは呆け、状況を理解できなかった。進んだ先には、大口を広げた覚醒者が見えた。

 

「……。くく、我ながらいい位置だ……」

 

 キーラには、嗤うニケの声が何処か遠く聞こえ、最悪を想像してギュッと目を瞑った。

 

 不思議なことに、覚醒者の口に咥えられる瞬間、不自然な力が体に加わって、キーラ達は空宙でバウンドしながら覚醒者達の包囲を抜けた。

 

「えっ?」

 

 地面に墜落し呆けた下位ナンバーのキーラを置き去りにして、戦況が動いた。

 

「ニケ!」

「次は、私だろっ! 分かってるさ!」

 

 ニケはアナスタシアのように空宙を跳ね、妖気開放して力を溜めた。

 ブチリと筋繊維が弾けるような音が響き、空宙で力を溜めたニケが落ちた。

 

「ぁっ……」

 

 大口を開けた覚醒者達の中へニケは落ちていった。先程の下位ナンバーように、体が跳ねることもなく。

 

「くそ……ここまでか……」

 

 太い眉尻を寄せてニケは諦めるように言った。

 

 しかし、ニケの体は覚醒者達の口の前で止まった。ニケの目の前には、空宙を握りしめたアナスタシアが浮かんでいた。

 

「……ニケ。あなた、なにもない北の生活で、少し太った?」

「ぬかせ」

 

 ギリギリのピンチを救ったのは、〈羽根持ち〉の渾名に恥じないアナスタシアだった。

 二人の体がブレて、即座に空へと離脱した。

 

「あ……。何がどうなってるんだ! 何でそんな動きができるんだ、お前ら!」

 

 目の前に着地したアナスタシア達に、精神的に消耗しきったキーラが叫んだ。

 

「あん? 何だお前、まだ気がついてなかったのか……。眼に妖気を凝らして良く見てみろ」

「は? ……これは、糸? いや、髪の毛……か?」

 

 妖気を凝らしたキーラの目には、岩肌や背の高い灌木に絡まる幾へもの細い線が見えた。

 

「戦いが始まった時、すでにアナスタシアが張り巡らせていたんだ」

 

 覚醒者達に絡まった糸は、そのどれもが容易く引き千切られた。覚醒者達は、絡まった糸に毛ほどの痒さも感じていないのだろう。

 

「流石に切られるか……」

「ここまで持ったのが、不思議なくらいよ」

 

 アナスタシアの髪は、覚醒者の動きに干渉できるほどの強度はなかったが、人一人を支えるくらいは問題無かった。

 

「3人とも、離脱なさい。ここは私が食い止めるわ。この事を組織に伝えるのよ」

 

 アナスタシアは、ニケ達を背に指示を出した。

 

「ときに、仲間の命を守るのも一桁ナンバーである私の努めよ……。はやく!」

 

 アナスタシアが滅多に出さない大声に、キーラは肩を竦めながら離脱して行った。

 

「仲間? お前と私はそんなんじゃないだろ……」

「え?」

 

 しかし、太むまゆのニケだけは動かなかった。

 

「先にお友達扱いしたのは、お前の方だ。友達なら、たった一人置いていく訳にはいかんだろ」

「……。まゆ毛の印象通り、貴女って熱血よね」

 

 開けた距離は徐々に詰められてきていた。覚醒者の群れに立った二人で挑む事になったが、二人共悲壮感はなかった。下位ナンバーを無事に逃がすことができたからだ。

 

「ねぇ、知ってる? 私の〈羽根持ち〉の技って、正体が知れると案外役に立たないのよ」

「知ってるよ。だから、一緒に死んでやるって言ってるんだ」

 

「貴女って……顔に似合わず結構いい女よね」

「ちっ……。けなされてるのか、褒められてるのかよくわかんねーよ、口下手!」

 

 そう言いあって、二人は再び大剣を構えた。

 

「全部で6体だ。半分ずつで良いな?」

「くす。私が1体瀕死にしたから、後5体よ。貴女が2、私が3」

「上等だ!」

 

 掛け合いながら二人は、空中に走り出した。残された糸も少なく、新たに張り直す時間も無かった。

 目線で頷き合った二人は、空宙で別れた。

 

 ニケが覚醒者たちの顔の前を飛び回り、注意を引いた。

 

「こっちだ! グズ共!」

「グガガァァ!」

 

 覚醒者達は人語を介さず、唸り声を上げて小さな的に襲いかかった。

 

(この覚醒者達……?)

 

 まるで、なりたての戦士が誤って覚醒してしまったような、不気味な印象をアナスタシアは受けた。

 

 覚醒者達を飛び越え、着地したアナスタシアは隙だらけの一体へ斬り込んだ。

 足を刻まれた覚醒者はバランスを崩して、転倒した。

 

「畜生っ!」

 

 アナスタシアが一体を気にかけているうちに、敵を捌いていたニケが落とされた。自らの体に絡みつくアナスタシアの髪の毛に気づき、覚醒者達が身じろぎをした為だった。

 

「ニケ!? あっ……」

 

 直ぐに空中に駆け出そうとしたアナスタシアだったが、始めに四肢をもがれた覚醒者の口から出た触手が肩口を貫いた。

 

 落ち行くニケに覚醒者達が殺到した。

 

 




まるでりゅうきしのくつみたいだぁ……


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きこっきこっきこっふォー!

最近あまり調子が良くないようです(書物を産み落とすテンション的に)





「はぁ、はぁ、はぁ」

 

 短髪の戦士キーラは、同じ下位ナンバーのフィーナを抱えて走っていた。荒涼とした山道に足を取られながらも必死に走った。

 

(下位ナンバーの私が戻っても、足手纏にしかならない! ……組織に戻って応援を呼ぶしかない!)

 

 キーラは何度も自分に言い聞かせた。

 大量に湧き出した覚醒者の群れなど、これまで見たことが無く、異様な事態になっている事はキーラにも容易に察せられた。

 

「!? そ、そんな……。まだ、覚醒者が……」

 

 その時、妖気を感じたキーラの前に現れたのは、蒼いシスター服を着た子供に引き連れられた黒い服の女達だった。

 下位ナンバーのキーラには、察せられる妖気の大きさから、黒い服の女達が自身よりも圧倒的に強いことが分かった。

 シスター服の少女が、驚異的なスピードでキーラへ迫ってきた。

 

「がはははは!『どけどけどけどけー!』くらえ、ひっさつ!『デビルバットゴースト!!』がはははは!」

「え、は?」

 

 蒼いシスター服を着た子供――オリヴィア――は、圧倒的な速さで回転しながら、幽鬼の様にキーラをすり抜けると後方へと駆けていった。

 オリヴィアが去り際に言った良く分からない叫び声を聞いたことで、身構えたキーラは一瞬で素に戻った。

 

「こら! いい加減に速度を落とせ! オリヴィア!!」

「もう、敵の感知圏内だ! このまま行こう!」

「まーた変な技を……」

 

 壊れた様に大笑いしながら走り去ったオリヴィアに、叫び青筋を立てて妖気開放しながら走るイライザ、進言するナタリー、呆れるヘレンと続いた。

 

「シンシアとユマは負傷者を治療しろ! 残りは我々が助ける! それで良いな、ウンディーネ?」

「あぁ!」

 

 凄まじい勢いで通り過ぎた女達にキーラは、呆けた顔をして棒立ちになった。

 さらに、そんなキーラの側を戦士の格好をした小柄な影が走り去って行った。

 オリヴィアの奇行によって、スタートダッシュに乗り遅れたディートリヒだった。

 

「え……戦士!?」

 

 状況に全く追い付けないキーラから、ユマが負傷したフィーナを取り上げてシンシアの方へ放ると、キーラが暴れ始めた。

 

「わ、何をする気だ!? フィーナを離せ!」

「落ち着け! 治すだけだ!」

 

 シンシアは上手く抱き寄せて傷口を調べた。

 

「……大丈夫みたいです。急所は外れています。まだ、治せますよ」

 

 ユマに羽交い締めされたキーラへ、シンシアが安心させるように笑いかけながら言った。

 

「フィーナは治るのか!? 頼む、助けてくれ!」

 

 急に現れた救い手に、キーラは必死に頼み込んだ。最後に見かけた戦士の姿を思い出し、少し警戒が下がった為だった。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

「がははは、っ、ゲホッゲホッ」

 

 テンションを上げるため、無理に笑ったせいでむせた。

 

 一瞬、現役戦士が見えたが、私の技の前にあっけなく散っていった。これがスポーツだったらなぁ……。

 私は速度を落としたくなかったので、適当に躱して逃げたのだった。

 

 私達の頭上をユマの大剣が飛んでいった。こいついっつも大剣飛ばしてんな。

 

 飛ぶように走り、カオスな戦場に追い付いた私は、巨大な黒光りする覚醒者の股ぐらを通り越し、突然降ってきたゴン(ぶと)まゆ毛にぶつかって墜落した。硬ぇ!? あ、頭がカチ割れる……。

 

「ぬおぉぉぉお」

「ぐわっ! ……何だコイツは!?」

 

 もんどり打った私の頭上で、歯が噛み合う音が聞こえた。あれ? 今、私の頭から鳴った?

 

 たんこぶを確かめようと、グシャグシャと髪をかき乱した私は大剣を構えた。

 皆も直に追いついてくるだろう。一番は私だった。しかし、景品は姉御パンチより痛い石頭だった。ふざけんな。

 

 覚醒者が4体、戸惑うように私を見下ろしていた。足の間から見える1体は、地面で藻掻いていた。さらに、手足のもがれた覚醒者の頭に、ユマの大剣がぶっ刺さっていた。ユマミサイルが止まった敵には百発百中なの笑えてくる。

 

 変身に失敗した特撮ヒーローみたいな覚醒者が、背後から私に向かって拳を振り下ろしてきたのが分かった。

 

「あぶねぇ!」

「……」

 

 ゴン(ぶと)が叫んだ。

 私は大剣を身体を内側に巻き込むと、地面を踏み込む反動で後ろ回り気味に大剣を振り回し、拳を斜めに弾いた。

 

「な!?」

 

 弾いたと思ったが、拳をあっさりと切断してしまった。あれ? こいつ何か脆くない?

 

 感知能力が上がった私は、まるで後ろに目があるようだった。いや待てよ、意識すると視覚外に反転した魚眼レンズみたいな景色が見える……。

 控えめに言って、最高に気持ち悪かった。

 

「おえっ」

 

 着地した私は酔って吐きそうになった。踊った時よりも気持ち悪い……。ちょいちょい光る上に目は回るし、味方に使うと覚醒する可能性があるとか……最早デバフだこれ。

 

「オリヴィア、無事か!?」

「イライザは右だ!」

 

 到着したイライザとナタリーが、昆虫型の覚醒者の両腕を切り飛ばした。お陰で節くれだった六本腕が血と共に降ってきた。うわっ、ばっちぃ。

 

「ふぎゃ」

「おっと、すまない」

 

 六本腕を避けた先で、空から降ってきたディートリヒに顔面から踏み潰された。飛び上がった覚醒者を空中で両断して来たみたいだった。とりあえず、どいて!

 私はジタバタと藻掻いた。喋れねぇ!! 息、息させて!

 

「ディートリヒ!?」

「話はこいつ等を片付けてからだ」

 

 ゴン太とディートリヒは知り合いみたいだった。あ、あれ? 無視されてる……?

 

 角の生えた真っ黒な皮膚の覚醒者が、私達犯人を目掛けてダブルスレッジハンマーしてくるのが、妖気の感覚で分かった。やべぇ!

 私はディートリヒに寸前で蹴られ、ゴロゴロ地面を転がって事なきを得た。

 

「起きろちび助! 一気に片付けるぞ!」

「いくぞ!」

 

 転がった先で、ウンディーネの姉御とデネヴも到着した。この覚醒者達は、異様に弱いから直ぐに片が付きそうだった。

 しかし、踏み潰され死体蹴りされた私は、恐らく顔がアスタリスクみたいになっているのだが、誰か気にかけてくれないだろうか。

 

 

 

―――

――

 

 

「男の覚醒者がこんなに……」

「直前の妖気の動きから見て、あの集落は組織のものと見て間違いなさそうだな……」

 

 覚醒者達6体は、あっさりと片付いた。ヘレンとナタリーが死体を検分していた。

 

 私達が助けたのは、北の地に配属されていたナンバー8以下4人だった。〈似非お嬢様〉に〈ゴン太〉、下位ナンバーズだ。

 

「救出して頂き、隊を率いる者として感謝します」

 

 丁寧口調のアナスタシアと言う隊長が、胸に手を当ててお礼を言ってきた。髪がクルクルしてるのは高得点だが、ですわじゃ無いので〈似非お嬢様〉の称号を授けよう。感謝しろわ!

 

「何。あたしらは、そこの馬鹿を連れ戻しに来ただけさ」

「覚醒者達が邪魔だったからな。別にお前たちを助けた訳じゃない」

「そそ。ついでだよ、ついで」

「……」

 

 姉御やデネヴ、頭の後ろで手を組んだイライザがそう言うと、〈似非お嬢様〉と〈ゴン太〉はキョトンとした顔をした後、ディートリヒを見て笑い始めた。え、なんで笑ってんの?

 

「皆さん! 負傷した戦士の処置が終わりました!」

「アナスタシア! ニケ!」

 

 手を降ってシンシアがこちらに向かってきた。ユマが負傷していた戦士を背負っていた。あの両手で必死に手を降っているのは、もう一人の戦士だろう。短めのマッシュルームヘッドだった。

 死にかけてた下位ナンバーも無事みたいで一安心だ。

 

 最近、現代の戦士とは敵愾的な邂逅が多かったせいか、お礼を言われるのは少しくすぐったかった。

 

 

 

「しかしこいつらは何だったんだ……。まるで、成り立ての半人半妖が覚醒したようだった」

「ふん」

 

 〈ゴン太〉が吐き出した疑問に、デネヴが鼻を鳴らした。

 

「なんだよ!」

「……知りたければ着いてくれば良い」

 

 デネヴがぶっきらぼうに言って、〈ゴン太〉に背を向けた。

 

「ま、デネヴの予測が当たったって所かな?」

 

 ニヤリと笑ったヘレンが、デネヴに向かって言った。でも、何でこんなに大量にこいつら逃げ出してきたんだ? ま、いっか。

 

 地面に目を向けると、先程の戦闘のせいか、岩陰から大量に逃げ出してきた蜘蛛みたいなサソリが、私達の足元を走っていた。キモすぎる。前食べたけど、くっそまずいのよねこいつら。煮ても焼いても食えない。

 前食べて美味しくなかったので、捕まえずに踏み潰すことにした。ヒャッハー浄化だ。

 

「――さそうね……。オリヴィアもそれでいい?」

「え、うん?」

 

 え、なにが?

 蜘蛛みたいなサソリを足で踏み潰して回っていると、イライザに話しかけられた。やべぇ、話半分にしか聞いていなかった。

 

「待って。貴女達、七年前の生き残りね?」

「だったら、どうするつもりだ」

 

 アナスタシアが話しかけてきた。デネヴが厳しい顔で振り返り、喧嘩を売るように答えた。もう、すぐ喧嘩腰なんだから……。争いはやめましょうよ! ラブアンドピース!

 

「滅びたピエタをこの眼で見て……。正直言って、組織が貴女達にした仕打ちを思うと、反乱するのも分からなくはないわ」

「アナスタシア……?」

「……」

 

 〈似非お嬢様〉のアナスタシアが手のひらをぐるぐるさせてきた。お前敵なの味方なの?

 

「ディートリヒ。貴女が仲間として行動を伴にしているのは、組織が……戦士以外に半人半妖を作っていることを知ったから?」

「いや、仲間ではない。それに、確固たる証拠などない。私が付いて行っているのは、少しの恩と、「自分の目で見、大剣の感触で」真実を見極めるためだ。道を違えていた場合、こいつらと最初に斬り合うのは、私だろう」

 

「……」

「難しく考えすぎなんだよ、お前らは。仲間じゃねーなら、お友だちってことにすればいいじゃねぇか。アナスタシアも手助け、したいんだろ?」

「くすくす。そうね。それは良いわ」

 

 現戦士がグダグタしているうちに、一緒に行くことになった。

 こうして、私達は13人の大所帯となり、組織の拠点っぽい所を破壊しに向かったのだった。

 

 

 

 

 

 拠点は山の谷間に隠れるようにあった。粘土質の砂を固めて作った建物が群れるように建っていた。

 

「ここか。シンシア、どうだ?」

 

 死んだようにシンとしていた。遺棄された建物らしきものがいくつもあった。

 限界村、そんな印象を感じる場所だった。

 

「……。村自体に集まっているのは分かるのですが、個々がどんな動きをしてるか読めません」

「ちっ……。だめか」

 

 私はそんなシンシアたちを横目にガニ股になり、目に輪っかにした指を当ててオリヴィアーズアイを発動させた。くそ、どうやっても口が尖ってしまう……。

 

「貴女は何をしているの……?」

「オリヴィアさんは見なかったことにして、放って置いて下さい……」

 

 アナスタシアが話しかけてきて、シンシアが手で遮った。集中させてくれるのはいいんだけど、扱いひどくない?

 

 パッと見は何もない。建物の影を集中して見ることにした。

 ヒッソリとしているが、暫く待っていると建物の影を組織の黒い格好をした男が移動しているのが見えた。

 

「いた! そしきのおとこ!」

「でかした!」

 

 イライザが謎のテンションで相づちを打ってきた。それ誰の真似よ。

 

 しかし、男は様子がおかしかった。

 外に置いてあった桶に足を取られた男は、物音を立てたことに焦り始めた。

 

「……。!? しまった!」

 

 焦ったまま立て掛けてあった資材まで倒してしまい、騒音が鳴った。あー、失敗に気を付けると失敗する法則だ。強く生きて。

 私は組織のドジっ子を応援した。

 

 組織のドジっ子は後ろを振り返り、慌てて後退りし始めた。

 

「うわぁ! く、くるな……くるな!」

 

 組織のドジっ子を追いかけるように、白い人影がぬるりと現れた。

 

 それは足を肩幅に開き、右手は腰に、左手を真っ直ぐに腰横へ伸ばしてお洒落なマネキンポーズをしていた。

 

「フ、フ、フ、フゥフォウ! フフ、フ、フォウ!」

 

 驚くべきことに、そのままの姿勢で腰を前後に突き出しながら、真横にスライドするように移動し始めた。な、なんて形容しがたいリズム感なんだ。まるでモンハンの曲だった。

 よく見ると、最近見た顔だった。

 

「あ、あいつは……!?」

 

 ニタリと、こちらを向いた悪意が笑った。




燃料が足りねぇのかな……?(パシュ)


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春の肉祭り

「うわ」

「どうしたんだオリヴィア」

 

 白変態と目があった気がして、私は覗き込むポーズを止めた。いったい、何なんだあの変態は……。どこにでも現れる感がひどい。

 

「くねくねがフォウフォウいってた」

「は?」

 

 全員がキョトンとした眼で私を見てきた。駄目だぁ、全然伝わらなかった。なんて言えばいいんだ?

 私は力強く言ってみる姿を想像した。ふぉー!! ……だめそう。

 

「組織の男がいたって話だったが?」

「もうたべられた」

「えっ?」

 

 私は端的に説明した。こちらを向かれたのと、あのドジっ子がイ゙ェアアアア! という汚い断末魔と共に足首だけ残して食われたのは、ほぼ同時だった。哀れドジっ子。音を出してティウンティウンしてしまった。

 

 集落は白饅頭の狩り場になっていた。きっとタンスに隠れても見つかってしまうに違いない。

 

「おい、ちび助。まさかあいつか?」

 

 ウンディーネの姉御に問われたので、頷いて答えた。それはもう薄汚い白饅頭でござった。

 

「ちっ……。嫌な予感はしてたが、大方拠点があの勢力に襲われて、出来立ての半人半妖が逃げ出したってところか」

「恐らくそうだろうな。勢力というよりは、聞けば独りの覚醒者のようだが……」

 

 姉御の意見に一票入った。

 デネヴの言うように、あいつ謎の分裂するのよね。

 

「あーぁ。ウンディーネ達の予想も当たってたって訳かぁ」

「楽な相手ではないぞ。緊張感を持て」

「あ?」

 

 半眼でナタリーがヘレンに突っ込んだ。珍しい……。実際その通りなので、ヘレンは突っかからないで反省して下さい。

 

「どうするんだ?」

 

 汗っかきのユマが困ったように言った。オメェも考えるんだよ! 

 

「いっ! 何するんだ!」

 

 私はユマのムチムチ気味の太ももを往復ビンタでリズミカルにスパンキングした。

 パンッパパン――。

 

「いづれにせよ、ここまで来たんだ。既に人に害を与えることが分かっているんだ。相手が何であれ、見逃す通りはない」

「あぁ」

 

 お固いディートリヒに現役戦士達が頷いて同意した。仲良いな、こいつら……。

 

「当たり前よ。……私は、あいつを許さないわ。あいつは、ディアナやリリィの仇よ」

「イライザ……」

 

 イライザの口から、歯を食いしばるような音が響いた。

 北の戦いの際、私達が駆けつけた時は間に合わなかったが、私達以外にも生き残りがいたらしい。あの白饅頭にやられてしまったとか。前回遭遇した後に、イライザが辛そうに言っていた。

 

「二手に分かれますか?」

 

 シンシアがそう提案してきた。

 妖気が消えてたらそれでも良かったんだろうけど、妖気がおしっこ垂れ流しキッズになっているので、もう気取られてそうよね。ナタリーだけ漏れてないのは幸いか。

 

「妖気を隠してこなかったからな……、もう気づかれているだろう。分かれる意味は薄いな」

 

 デネヴが冷静に言った。さすがデネヴ。クール。虫さされの薬くらいひんやりしている。

 

 こちらに気づいた組織が、成り立ての半人半妖で攻撃してこなかったのは幸いというべきか。もっとも、組織自体が襲われているので、襲ったやつの脅威度はそれよりも上なのだろう。控えめに言ってクソゲーでは?

 

「やつの目的は何なんだ?」

「わからねぇな……。やつは、種の狩り時だと言っていた。何かしら組織と小競り合いをしているのは、予想がつくが……」

 

 結局、行ってみないと何とも言えないということになった。結局場当たりじゃねぇか! この脳筋どもめ!

 こういう時、ミリア隊長がいれば良い知恵を出してくれて面倒がないんだけど……。

 そこまで考えた私は、そういえばミリア隊長を助けに行く途中だったことを思い出し、こんなところに時間をかけてはいられないということに思い至った。

 

 

 

 

 

 大所帯となっているので、結局先発組と後発組で分かれることとなった。私は先発組だ。

 私の他には、姉御とイライザ、ヘレンにナタリーとユマだ。後発は現役戦士達にデネヴとシンシアがお守りで付く形となった。肉付回復薬(ヒーラー)のシンシアは守らなくてはならない。

 戦闘が開始されれば、追い付いてくる形だ。

 

 態々別れた目的は、生きている人間達の開放だ。相手にむざむざと食べられてしまうのは、私達戦士の意に反した。

 

 

 

 そういえば最近、五感が更に研ぎ澄まされている気がする。集中して音を聞くと、周りの情景が目に浮かぶようになった。私の妄想ではないと思いたい。

 

 情景浮かぶ範囲は、大凡半径10mくらいだろうか。微妙に役に立たない能力だった。

 しかし今回の妖気をあまり感じない存在や、白饅頭の良く分からないジャミングに対して活躍できるかも知れない。

 

 

 

 街に入り順に建物を調べていくと、組織の男たちが右往左往しているのが聞こえた。組織の下っ端達だろう。

 

 組織の連中に私達を感知する術は無いと思うが、隠していそうな気もする。

 実際、私が現役だった時も休憩していると、岩陰からひょっこり出て来たしな。毎回心臓が止まるかと思った。お医者様の中にお客様はいらっしゃいませんか!? をやって、何言ってんだコイツされていたのが懐かしい。

 

 そんなことを考えていると、私の耳に下っ端達の会話が聞こえてきた。

 

「檻が壊れただと!?」

「もう駄目だぁ……おしまいだぁ……」

「はやく脱出して、このことを組織に伝えなければ……」

 

 一部ブルー王子みたいになってるやつがいたが、実験体の半人半妖が逃げ出したのだろう。下手に刺激すると覚醒する恐れがあるため、下っ端では手が出ないようだった。そんなの歩く人間爆弾じゃん……! 戦士のコンセプトは……、たぶん元からそうだったわ。

 口に手を当てて劇画調に驚いた私は、一瞬で素に戻った。

 

「てめぇ、一人だけ生きて逃げようってのか!?」

「なんだと!?」

「ち、違う! やめろ、そうじゃないやめぐわぁー」

 

 その後、ドンガラガッシャンと音が聞こえて殴り合う音が聞こえ始めた。何やってんのコイツラ。

 

「おっさんが、だっそうしたって」

「おっさん……。成り立ての半人半妖のことか? 組織の連中もタズナを取り切れていないようだな」

 

 イライザがひそひそと寄ってきた。

 若い娘は組織へ送られて戦士となる。若い男手は昔は北に送られていたが、今は……どこだろうな。とりあえず、男の実験体なんて殆どがおっさんでしょ?

 

「今のでよくわかるな……」

「さすがにわかるでしょ。……あによ?」

「いや、馬鹿にするとか、そういう訳じゃないんだ。拗ねるな」

「きひひ。イライザの機嫌損ねるとめんどくせぇぞ」

 

 ユマに突っ込まれたイライザがむくれてしまった。こんな時に、何やってんのコイツラ。あと話しついでに、えらく遠回しに人を馬鹿にするのやめてくれ。

 

 おバカな彼女達を尻目に、クレバーな私は他になにか聞けないかと耳を澄ませた。

 

「ん?」

 

 その時、別の建物で謎の掛け声を掛け合いながら、筋骨隆々の男たちが睦み合っている音が聞こえた。こんな時に何やってんのコイツラ。

 

「えっさー!」

「ほいさっ!」

「えっサー!」

「ホイさっ!」

『おえっ』

 

 気持ち悪くなった私は、頭を振って情景をすっ飛ばした。何だこのトラップ。一体、私は何を聞かされているんだ……? これは現実か? いや幻術なのか……? いや現実だ。

 

「どうしたオリヴィア? 他になにかいたのか?」

「くさってた」

「え? どういうことだ?」

 

 純粋無垢なイライザに、この話をするのは憚られた。耳が穢れてしまった私は、よよよと崩れ落ちた。イライザ、清く生きるのよ。

 

「……オリヴィア、何でそんなに優しい目をしているんだ?」

 

 いや特に意味はないんですけどね。

 

「……遊んでないで行くぞ。組織の下っ端を締め上げる。オリヴィア、どっちだ」

 

 姉御に鋭い声で止められた。これはアレだ、無視すると筋肉パンチが降ってくるやつだ。私は詳しいんだ。

 ってか、どっちってあれか、前門の狂人かこう門の大蛇か……どっちにも行きたくねぇ。

 

「ん」

 

 とりあえず、要望通り組織の下っ端の方を指さした。どう考えても安全そうだ。

 

 しかし姉御が締め上げる予定の下っ端達は、サイコパス化したブルー王子に全員殺されそうだった。うわぁ、パニックホラーでありがちな展開だ。初めて見た……と思ったけど、シチュエーションが違うだけで妖魔が出た村でよくあったわ。

 

 ちなみに、この世界で収集の付かない数の妖魔が出現する様な事態が起こると、人間同士で殺し合いを始めてラキみたいなやつ(異能生存体)が最終的に馬車を盗んで荒野に旅立つまでがテンプレートとなっている。まぁ、その後飢えて死ぬのだが。

 世知辛すぎて、宇宙の全てを悟った顔をした私は足を進めた。

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 組織の薄暗い部屋の中、顔の半分が爛れた不気味な男がニタニタと嗤っていた。組織の長であるリムトから、歴代ナンバー1の蘇生検証をもぎ取ったダーエだった。

 

「遂に実行できる……。実に感慨深いな」

 

 今回の外回りで持ち帰ったラキという男は、その体に〈深淵を超える者〉の肉体の一部が突き刺さるも変性を免れていた。

 

 検証の結果、なんてことはなかった。〈深淵を超える者〉を更に超える者の腕が発見されたのだった。ダーエは興奮から震えた。

 強大な力を持つ者の腕が〈深淵を超える者〉を逆に貫いていた。

 

 ダーエは、以前から妖気の強い素体を求めていた。今行っている実験は歴代戦士の蘇生。蘇生をするために、生きて強烈な妖気を放つ者の存在が必須だった。

 

 しかし、通常であればそんな素体を組織の本拠地に持ち帰ることは出来なかった。幹部の理解を得られることもなかっただろう。

 

 組織の戦力が手薄になった状況と今回の拾い物をした事、ダーエは自身に運が向いていると思うようになった。

 

 これまでに試せた実験は、肉体の欠損の無い死んだ唯の半人半妖の蘇生だったが、蘇生させた途端再び命を失う事が多かった。自らの妖気による代謝が失われたままだからだ。一度は死んでいる以上、何処からか常に補填しなければならない。

 

 蘇生は妖気を失った半人半妖の体へ、妖気を再び満たしてやることで起きる現象だということが既に分かっている。

 

 ところが、半人半妖を生み出すのと異なり、肝心の妖気を満たすための存在を組織は持っていなかった。それなりに工夫を凝らして出来たとしても、下位の出来損ないの蘇生までだった。これまでは。

 

「くくく」

 

 歴代ナンバー1の強い戦士の肉体、その数体分を満たし供給を続ける程、強い妖気を放つ腕。それほどまでに妖気の強い何者かの腕は、いずれ大きな福音をもたらす存在をダーエに予見させた。

 

「ダーエ様!」

 

 薄暗い部屋に光がさした。

 ダーエが視線をやると、部下が慌てた様子で扉を開け放っていた。

 

「何事だ?」

「っ……! 北の拠点が何者かに襲撃されたようです!」

 

 部屋の惨状を見た部下は言葉に詰まったが、感傷から引き戻されたダーエに睨まれ、息を飲んで報告した。

 

「なんだと」

 

 北の拠点では、半人半妖の製造と市場に乗った半妖薬の集積を行っていた。

 消化器系から人の肉体を強制的に妖魔の様に変えてしまう薬を、ダーエは半妖薬と仮に呼んでいる。

 妖魔の様にという表現だが、実際に人を妖魔に変えてしまう訳ではない。妖魔を妖魔足らしめている要素は、除かれていた。

 

(まぁ……。そんなことが関係ないくらいに肉体が損傷するのだがな)

 

 ダーエの推測が正しければ、あの薬を撒いたのは覚醒者。それも、自身の肉体の一部を使ったものだろう。

 

(大方、取り込んだ者を乗っ取り操ることができる……。その程度の能力だ)

 

 以前、ダーエは謎の薬液を調べていた。半妖の肉片に薬液を垂らした時、肉片を取り込むようにして現れたのは、小さな人形(キン消しだっ!)の様な何かだった。

 記憶にこびり付いて消えない忌まわしい失敗作の叫び声が再生され、軽く頭を振ったダーエは瞼のない目を覆った。

 

(……大勢に影響はない。たとえ、半人半妖の失敗作を取り込んで組織に乗り込んでこようと、蘇生した元ナンバー1の相手にはなるまい)

 

「――生き残ったのは、末端の連絡員だけです」

「………………まぁいい。捨て置け」

 

 長考の末、部下の話を半分以上聞き流していたダーエは放置するように言った。

 

「え?」

「今行っていることに比べれば些事だ。どうでもいいと言ったんだ」

「……」

 

 それきりダーエは作業に戻り、振り返ることはなかった。

 

 



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50話記念閑話 ★オリヴィアの秘密の日記帳

時系列は無視してください。


オリヴィアの人物評が載っているようです。


「ん? 何だこれは……?」

 

 ガラテアは、オリヴィアが使っていたベッドの上に、触り慣れない本のようなものを見つけた。

 

「おい! クラリス、これを読んでくれ!」

「あ、は~い」

 

 気が抜けているのか、隣の部屋から〈色付き〉のクラリスが間延びした返事を返した。

 

「え!? なんですか、この本。え、血文字? この変な文字は……? 落書き?」

「なんだ……オリヴィアの落書きか。読む価値は無いな」

 

 ガラテアは、ボロボロの本を本棚に差し込んだ。

 そのボロボロの本には、日本語で文字が書いてあった――。

 

 

『見るな』

 

―――――――――

―――――――

―――――

―――

 

 

 

 

 

 

ミリア

 特徴:我らの隊長、シャギーヘッドのふむふむ姉ぇさん。鋭い眼差しで、やたらふむふむ言う。

 強さ:めっちゃ強い。瞬間移動みたいな〈幻影〉は卑怯。剣技も凄い。

 備考:意外と乳がでかい。揉み心地はまぁまぁ。やや固め。追記:ひと揉み4殴りくらいのレート。普通に死ねる。

 

ウンディーネ

 特徴:片腕になってしまった。妖気を封じてスレンダーとなっていたが、ここに来てムキムキとなった姉御。そして、ガラテアくらい背が高い。

 強さ:片手なのにやたら連撃してくる。

 備考:悲しいことに貧乳だった。ムキムキになると筋肉が勝つ。

 

シンシア

 特徴:おさげのニコニコ天使。我らのメインヒーラー。笑顔が素敵。

 強さ:妖気感知と操作が得意。他にも何でも卒なくこなす。

 備考:……乳だけは完璧ではなかった。§#√(良くわからない文字が続いている――)

 

デネヴ

 特徴:ベリーショートの北欧系で、すーすータイプのクール系。

 強さ:やたらと超再生する。大剣を二本無理矢理使っている。いつか姉御に返す日が来るのだろうか……。

 備考:美乳系。ビュッフェ形式だったら最初につまむ。

 

イライザ

 特徴:イライラ森ガールの〈まつげ〉。まつげが長い。黙っていればかわいい。

 強さ:強めの器用貧乏。足遅っwww

 備考:お椀型釣り鐘タイプのハイブリッド。戦闘力が高すぎる。

 

ヘレン

 特徴:さらさらショートカット。最初はヒステリック美人だと思ったけど、案外面倒見が良い。

 強さ:腕がやたらと伸びる。超回転する〈旋空剣〉は普通に危ない。

 備考:釣り鐘タイプ。

 

ナタリー

 特徴:よく売れたヴァルキリーみたいな髪型。顔面偏差値は高い。最近たまに影のある表情をすることがある。

 強さ:あんまり手合わせしたことはない。シンシアみたいに割と何でも任される。ふむふむ姉ぇさんの手下1号。

 備考:着痩せタイプ。でかく、柔乳であった。揉んでも特に怒られない。というか全く効いてない。

 

ユマ

 特徴:髪が長い、髪を切れ。悲しいことに顔面偏差値は低い。

 強さ:やたらと大剣を投げる。それ以外は弱い。

 備考:美脚。良い尻をしている。世界を狙える。ここでは尻について語りたいと思う。まず、尻(尻について、大学の研究結果を踏まえた分析が無駄に詳しく続いている――)

 

クレア

 特徴:ミディアムショート感。クールな顔の原作主人公。割と熱血タイプ。凡人の皮を被った天才。お前、なんで高速剣とか使えるんだ…………。

 強さ:肉体が弱い。判断が遅い  最近そこそこ強くなった。追記:あっという間に、風斬りを覚えた。やはり天才か……。

 備考:出るとこは出ている。身体は強い!!!  洗いっこをしたが二回目からは拒否られた。解せぬ。

 

ガラテア

 特徴:黙っていれば母性の塊シスター。凛々しい美人。偶に若くして夫を失った未亡人みたいなオーラを出す。

 強さ:攻撃が全く当たらない。意外とゴリラ。

 備考:ガードが固く全く触れることができない。見ることすら許されない。明らかに乳がでかい。私のおっぱいスカウターが言っている、絶対に陥没タイプ。

 

 

 

 

 

 

現役組▼

 

 

 

 

クラリス

 特徴:ミアータのママ。ブリーチに失敗した不良みたいに髪の毛が薄茶色。何故かガラテアに懐いている。

 強さ:雑魚www

 備考:美乳だけどミアータの乳なのであまりそそられない。

 

ミアータ

 特徴:髪を切れ髪を。ブツブツ言っててちょっと怖い。偶に服を掴まれ、ツンツンされる。

 強さ:睨まれると背中に鳥肌が立つ。どうなってんだ……?

 備考:将来有望。怖いけど仲良くしておく。コイツがいるときにクラリスのおっぱいを触るとたぶん死ぬ。

 

長髪のやつ

 特徴:リフルにビビっておしっこを漏らした。ナンバー3らしい。ほんとか?

 強さ:ほんとにナンバー3?

 備考:あんまり見れなかった。

 

ムキムキのやつ

 特徴:単髪。ムキムキ。ゴツい。

 強さ:たぶん脳筋。あんまり見えなかった。

 備考:あんまり見えなかった。というか、もはや興味がなかった。

 

ディートリヒ

 特徴:ロン毛サイドテールのちびっ子。生意気。パンツを投げたことは、やたらと否定する。ガラテアと仲が悪い。というか相手にされてない。

 強さ:足が速い。おしっこ漏らしたやつより明らかに強い。なんでナンバー8なの?

 備考:それはもう慎ましかった。成長性はないだろう。

 

ミア

 特徴:昔はモブっぽかったが垢抜けた。長髪根暗感はどこかに行き、シティガール(田舎)となった。長い間、人と喋っていなかったのかたまに吃る。

 強さ:イキってる割に弱い。ディートリヒより弱い。

 備考:あんまりよく見る暇はなかった。意外と尻がでかい。かもしれない。

 

アナスタシア

 特徴:頭にフランスパンみたいな長さのクロワッサンが沢山生っている、お嬢様系美人戦士。蝶のように舞い、蜘蛛のように飛ぶ。たまにスパ○ダーマッみたいな動きをする。

 強さ:手合わせしたことはない。何故か空を飛ぶ。戦闘中の私が近づくと墜落する。……なんでだよ。

 備考:中々のものをお持ちになっている。きっとお上品に違いありませんわ!

 

眉毛太いやつ

 特徴:体育教師にいそう。熱血タイプ。

 強さ:ユマより弱々しい。

 備考:よく見ていなかった。センサー的にレア度は低い。

 

髪短いやつ

 特徴:弱い。

 強さ:経験不足。弱々しい。

 備考:多分普通。

 

フィーナ

 特徴:影が薄い。髪短いやつが名前を連呼したので覚えてしまった。

 強さ:経験が乏しいのか激弱。

 備考:慎ましいが仰向けでも張りを失わない。

 

 

 

イマジナリーフレンド▼

 

 

セフィーロ

 特徴:前髪が跳ねたロン毛。キツイのと優しいのがいるがどっちが本体がわからない。キツイのがよく出てくる。

 強さ:あのボッてなるやつは、出だしが早くて使いやすい。多分強かったが私の敵ではなかった。

 備考:乳はないが華はある。尻も薄い。

 

ロザリー

 特徴:牧羊的な美女。ぽやぽやしてるのがどう見ても本体。夢でたまに乳を揉ませてくれるが、目が覚めたときに虚無感に襲われる。

 強さ:あの、ほっ!ってやるやつは卑怯。アレの攻略が乳を揉む鍵だ。

 備考:見たことがないくらい美巨乳。希少価値が高い。固さも丁度いいが、所詮夢だった……。どうせなら、夢でサキュバス化してほしい。

 

レア

 特徴:やたらとシチューを振る舞ってくる少女。相対すると私が幼稚化する。毎回、抗うことができない。むしろ回を重ねるごとにママ化が進行する。たまに分身する。卑怯。

 強さ:手合わせしたことはないが、摘み食いで不用意に木勺で殴られると夢で1DEATHする。後ろに目があり、隙がない。

 備考:育てばきっと母性を獲得する。そんな可能性しか感じない。

 

 

 

 

カティア

 特徴:長髪のベストフレンド。優しい顔を思い出す。最近揺れた尻を思い出した。

 強さ:前はシンシアくらい強かった。

 備考:かならずたすける。

 

 

 

 

―――――――――

―――――――

―――――

―――

 

 

 

「あぁぁああああ! どうかいかないで!」

 

 私は膝を折って、この世の終わりのような声を上げた。

 

「どうしたんだ、オリヴィア?」

 

 イライザが心配して声を掛けてきた。イライザの声を聞き、先を歩いていた皆が私を振り返った。しかし、私はそれどころではなかった。

 

「あー!『落としちゃった……』ウワァァァァァァ……マアァァァァァァ……『日記!!』おとしちゃった……」

「落ち着いてオリヴィアさん」

「何があったんだ?」

 

 焦る私へ、シンシアとナタリーが優しく聞いてくれた。

 

「はい! 『日記』をおとす、おとすました」

 

 テンパりながらも私は答えた。しかし、誰にも何も伝わってなかった。

 

「ちっ、どうせ飯かなんかだろ。ちび助! 後でやるから大人しくしろよ。現役の前で恥かかせるんじゃねぇ」

「ぁハン」

 

 姉御にガチギレされて冷静になった。……まぁ、また書けばいいか。どうせ日本語で書いてるし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




気づけば長く書けているものだなぁ。

読んでくれる方のおかげでパワーを貰えてます。
いつもありがとう!
ガンバリマス!


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無辜の子

 ウンディーネの姉御、〈まつげ〉のイライザ、ムチムチのユマの3人は、鼻息荒く建物に入っていった。

 

 私達は外で待っているのだが、依然として敵の姿は見えなかった。向こうはこちらの妖気を察知していると思われるため、出てこないのは少し不気味だった。

 暴れて釣り出しでもいいのだが、たとえ敵対していても生きている人間を巻き込むのは私達の本意ではなかった。

 

「大丈夫かよ?」

 

 ヘレンがヒソヒソとキレ気味に言った。器用だなこいつ。この状況でイライラしてるのは分かるが、少し落ち着くんだ。

 私はヘレンに見せつける様に、落ち着いてラジオ体操の深呼吸をした。しかし、この集落はカビ臭い匂いばかりして、全然ご飯の匂いがしない。くそが!

 私も地団駄を踏んでキレた。

 

「いつにも増して……まるで意味がわからんぞ」

 

 私の一挙一動を見ていたナタリーにすら、全然伝わっていなかった。

 

 姉御達の様子を探ろうとすると、腐ってた奴らの息遣いが佳境に入っていた。耳が良すぎる弊害が出ていた。いやホントこんなの聞きたくないんだけど……。

 

「いまよ! いきんで!」

「ひっひっふー!!」

 

 腐ってたイメージが霧散した。まじで何やってんのコイツラ。

 

「来たわね!」

「!」

「なんだっ!?」

『うおっまぶしっ!』

 

 声を掛けられ見上げると、白い建屋の角に日射を背景にした人影が腕組みをして立っていた。眩しい。

 目潰しは半人半妖への数少ない有効打だ。

 

「とうっ!」

 

 日の中に飛び込んだ黒い人影は、月面宙返りのような動きで6回程回って頭から墜落した。白饅頭の変態だった。

 既に白いムキムキの覚醒体へと変じており、空中で良く分からない挙動をしていた。

 

 そのまま頭から墜落した白饅頭は、地面に触れる瞬間にミルククラウンの様に体が崩れ、残った足の方から頭がにょきにょき生えてきた。1にょっき!?

 

「ひーふーみー……13人? 多いわね……?」

 

 白饅頭は腕を組み、手を銃の形にして明後日の方向を向きながら数えた。

 

「ウンディーネ!! 出たぞ!」

 

 姉御へ知らせるために叫んだヘレンが、即座に大剣を引き抜いて腕を〈射出〉した。ぐいぐいと伸びた腕は、大剣が白饅頭の頭部に達する寸前にそらされ掴まれた。

 

「げ!」

「あらぁん。こんな時に大剣を抜くなんて無粋よ、ブ、ス、イ。呼んではいなかったんだけど、こんな時だわぁ。あなた達も一緒に祝いなさぁい」

 

 そう言った白饅頭は、掴んでいたヘレンの腕を上空へと放った。空中に放たれた腕が高速で回り、弾ける様な音を鳴らしてヘレンの元に戻った。ヘレンは〈旋空剣〉も攻撃に加える予定だったのだろう。隙の生じぬ二段構え。あっぱれ。でも避けられたけど。

 

「こんな時……だと?」

 

 白饅頭の言葉に、既に構えていたナタリーが眉を顰めて反応した。絶対碌な事じゃないってこれ……。

 

「ちっ、やっと出たか!」

「人間達は逃がしたわ!」

「みがっ」

 

 二階の建物壁を突き破って姉御たちが合流した。ついでに、建物の破片が私の頭に直撃した。不意打ち過ぎて痛すぎる。普通に血が垂れて来たんだが?

 姉御達を睨んだが、私の憎しみの視線は、集中線を発しながら着地した3人の尻に吸い込まれた。グッド!!

 

「あらあら、折角の食事が逃げてしまったわぁ。まぁ、また捕まえればいいかしら。……頃合いね。さあ! 皆出ていらっしゃい!」

 

 尻越しに、視界の端で白饅頭が大仰に両腕を上げたのが見えた。

 

「なんなんだ、この数は!」

「ちっ。この数だ……組織が半人半妖を製造していたのは間違いがないようだな」

「あいつが操っているんだわ!」

 

 口々に状況を話す皆の声が聞こえた。やはり、ユマが安産型か……。実力は低いが、尻の戦闘力は高かった。

 白饅頭の方へ集中する為に顔を戻すと、チラチラと尻を見ている間にとんでもねぇことになっていた。

 どこに隠れていたのか、余所見している間に、建物の影から目が白濁した成り立ての半人半妖がふらふらとした足取りで湧き出して来た様だった。妖気がちっちゃすぎてわからんかった。しかし、ちょっと待って? 数が多くない? 五十人くらいいる……?

 

「さあ、前祝いよ!」

「ぐ……ぐぐ、グアァアアアアアアアアア!!」

 

 白饅頭のその言葉を皮切りに、成り立ての半人半妖達の体が弾けるように次々に覚醒体へと変じた。

 

「くそったれが! だめだ! 数が多すぎる!」

 

 ヘレンは、覚醒体に変じる寸前の個体を何とか沈黙させていた。数が多すぎて暖簾に腕押しだけど。

 白饅頭に操られている奴らは、既に前に見たゾンビみたいになってるのだろう。救うことはできそうになかった。

 

 変じた覚醒者達は、肉の衝動に駆られて生きている私達に殺到してきた。

 

「いったん散開しろ! この勢いは受け止めきれねぇ!!」

 

 姉御の叫びを聞いた私達は、建物を壁にするように散開した。

 

 

 

 走り寄る覚醒者達によって、あっという間に混戦模様となった。巨大な二足歩行の生き物が、建物を破壊しながら猛ダッシュして迫ってきていた。普通に恐ろしすぎる。

 

 私達は、散り散りになりながら戦闘を開始した。現役の戦士達がいなくてよかった。覚醒者と戦い慣れてしてなさそうな下位ナンバーを、助けながら戦うことはできなかっただろう。

 

 私は妖気感知能力が上がったおかげで、覚醒者達の攻撃を避ける事自体には余裕があった。ただし、敵の数が多い。

 

「うおぉぉ!」

 

 6体程を相手取って、振り回される手足を潜り抜けて回避を繰り返した。今までにないくらい忙しい。

 五体の全てを活かして、踊るように力を溜めていく。

 私を蹴り飛ばそうとした馬型の覚醒者の足の力に上手く乗り、遂に技を完成させた。

 

「はぁああ!」

「ガッ……アァ」

「グガアアア……ア」

 

 進行方向にいた2体の胴体を粉微塵に消し飛ばした。

 

 ロザリーやセフィーロ達の技を使った瞬発的な〈千剣〉ではなくて、持久的な奴だ。これなら大剣の力を制動せずに戦える!

 

 

 

 

 昔よりも持久力が上がっており、踊りながら10体くらい倒しても全然疲れなかった。

 

「オリヴィア、無事か!? な、なんだこの技は……!?」

 

 そうやって、しばらく戦っていると、ディートリヒの声が聞こえた。やってみな、飛ぶぞ。

 

「ヒィィぃ、ギガガ」

 

 最早覚醒者達は、生存本能全開で、追尾する削岩機と化した私から逃げ回るだけになっていた。

 

 ディートリヒが覚醒者を追い立てるのを協力してくれて、私に向かって来ていた奴らは粗方始末できた。

 

 しかし、楽になるのは嬉しいのだが、できれば割と強いディートリヒは他の仲間のところへ行ってほしかった。ユマとかね。

 

 

 

 

 後発組も参戦したことで、ほとんどの覚醒者を倒すことができた。何体かは散り散りに逃げてしまったが……。

 私達の状況は、ナタリーやユマが負傷したくらいで済んだ。二人共防御型なので大丈夫だろう。

 

「ふん。北の戦乱に比べればヌルい相手だ。修行を終えた我々には、精々が、多少小狡い妖魔くらいさ」

「ホントかよ……?」

 

 腕組みをしてクールに言い切るデネヴに対して、ヘレンは半眼で苦い顔をしていた。

 それを見ている皆も呆れ顔だった。デネヴは、割と見栄っ張りだと思うのは私だけだろうか……。

 

「はぁはぁ……。ははは、なんとか、なったな」

「動かないでください!」

 

 死にかけのユマが言ったが、シンシアに怒られていた。どうやら、参戦した現役を庇って負傷したらしい。近くで、所在なさ気な現役下位ナンバーがちょこんと立っていた。

 

「ちっ。問題はあいつだ。ドサクサに紛れて、妖気が分からなくなっちまった。ナタリー! 判るか?」

 

 姉御が軽症のナタリーに指示を出した。頭から垂れる血が痛々しかった。あれ、頭から血が出てる私も怪我人なのでは……?

 

「少し待ってくれ。……!?」

 

 しばらく妖気探知をしていたナタリーが、突然体を強張らせた。どうした、おしっこか?

 

「何だこの妖気は……!」

「どうした、ナタリー」

 

 何かを感知したナタリーへ、イライザが横目で声をかけた。

 

「え? ……まずい。う、産まれるぞ!」

「は?」

 

 すると、冷や汗だらけになったなナタリーが、青い顔で叫んだ。え、何が?

 

 集落の真ん中で大きな妖気が突然沸いた。凄まじい圧力だった。なにこれ!?

 

「おんぎゃゃ、おんぎゃゃ」

「巨大な……赤子……?」

 

 土煙で覆われた集落の建物向こうには、巨大な人影が建物にもたれ掛かるように二足歩行で鎮座していた。

 土煙が腫れると、頭が異様に大きい赤子が見えた。顔が腫れ上がり全身が白い体皮に覆われ、緑の血管が脈を打っていた。普通にキモい。

 

「うわぁぁあ! や、やめ――」

 

 私達が向かった建物とは別のところにいたのだろう。逃げ遅れた組織の男が掴まれ、あっさりと口に運ばれた。

 

「な、なんなのあいつ!?」

「放って置くわけには行かねぇ。倒すぞ」

 

 

 

 

 生まれたてで弱かったのか、妖気の割に特筆するところが無くあっさりと倒すことができた。何だったら、さっきの覚醒者達よりも弱かった。なんだ、このオンぎゃあベイビィー。

 

「これが、奴がやりたかった事か?」

「それにしちゃあ、片手落ちが過ぎる気もするが……」

 

 デネヴや姉御の言うように、ぶっちゃけ弱すぎて何がやりたかったのか、よくわからなかった。最初の覚醒者祭りのほうが厄介だった気がする。

 的が大きかったせいか、皆の技が炸裂して哀れにも壁や地面の染みの様になっていた。ミンチよりひでーや。

 

 その後、皆で生き残りを探したが、もうどこにも居ないようだった。最後の巨人赤子の戦いの隙に逃げたのだろう。不思議なことに、白饅頭も見つからなかった。旗色が悪くなって逃げたのか?

 

 ただ、組織が半人半妖を作っていた痕跡は見つけた。そこは、まるで拷問部屋だった。

 部屋の隅には、三角木馬が置いてあった。果たして必要なのだろうか……。

 私は置いてあった短い鞭を持ち、おもむろに跨って叫んだ。

 

「『トーチャーアタック!!』」

 

 私のおっぱいは揺れなかった。

 

「こんな時に何やってんだ……。オリヴィア」

 

 イライザの呆れた声が聞こえた。最近、ちょっとやりすぎたかなみたいなことも、前みたいに叫ばれなくなった。慣れたのか?

 

「やはり、組織が妖魔や覚醒者を作っていたのは、間違いがないようだな」

「ディートリヒさん……」

 

 ディートリヒが寂しげにポツリと言った。前みたいに泣いたりしないのは、既に覚悟が決まっていたからだろう。

 寄り添おうとするアナスタシアも寂しげだった。

 

 

 

 

 

 

 組織に向かって南下することになった。ミリア救出作戦の最中だった。私達はミリアを助けなければならない。なんで寄り道してんだ……。

 

 組織の拠点を離れ、結構時間が経った時の事だった。

 

 オンぎゃあベイビィーが死んだ辺りから、強烈な妖気を放つ存在が現れたのを感じた。最初の雑な妖気じゃなくて、なんかこう、存在がシュッとしていた。

 

「え? 復活したんですか!?」

 

 シンシアも感じ取ったようだった。でも最初とちがくない?

 

「あの赤子が……? 嘘だろ、肉片しか残ってなかったんだぞ!」

 

 回復したユマも動揺していた。多分オンぎゃあベイビィーも防御型だったんだよ。

 デネヴとヘレンは、口をあんぐり開けて固まっていた。なにしてんの?

 

「馬鹿な……。この妖気は、イースレイ!?」

「アタシらの目の前で死んだはずだぞ!!」

 

 妖気の余波を受けたデネヴとヘレンが騒ぎ始めた。そう言えば、イースレイって〈深淵喰い〉に食われて死んだって言ってなかった?

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 肉片の後から現れたショタ(作品)を前にバキアは震えた。取り込んだ〈深淵喰い〉を使って、覚醒者の子を成そうとしていた。

 

「う、美しい……」

(まさか……イースレイとの子を成せるなんて)

 

 これまで、バキアが造っていた〈種子〉は、その実験体にあたった。外部から、意のままに肉体の操作権を奪うものだった。

 

 あの北の戦い以前での知見から、妖魔の肉体は、あくまで人の体をベースに変成していることが分かっていた。だからこそ、一つの物体に幾人もの妖魔化した人間を圧縮することができていた。

 

 ところが覚醒者は、妖魔のように人の体を拠り所として寄生するのではなく、人の体と妖気を発する影が重なり合っていた。

 力を使いすぎた覚醒者は、覚醒体へ変成できない。それは影側の力を失うのと同義だ。つまり、覚醒者は、()()()()()()()()()()()()()()()()()。そのことから、覚醒者も肉体は未だに人間側の機能も保っていると、バキアは考えた。

 

 次にバキアが試行したのは、自らの体を使った組織の真似事だった。何度か挑戦したが、組織ほど容易く妖魔を作ることは出来なかった。いずれ出来るだろうが、それまでは長い年月がかかるだろう。

 だが、この試行によって1つの光明が生まれた。自らの体を使って造った薬を使えば、覚醒者や、それに連なる妖気を持つもの影を、妖力同調能力を用いて抑えつけることが出来た。

 

 そこでバキアは女の覚醒者を捕らえようと、組織に隠れながら各地を放蕩した。しかし、組織が積極的に覚醒者狩りを始めてしまい、良い母体になりうる覚醒者を捕らえることが出来なかった。

 

 そんな中で現れたのは、覚醒者の血肉を使った〈深淵喰い〉だった。捕らえるのは非常に苦労したが、子を成す試金石としては有用な存在だった。

 

 繰り返しになるが、妖魔に連なる者は人間の体をベースにしている。それは、〈深淵喰い〉であっても例外ではない。

 そして、先に論じたように、人間の肉体に(妖気を生み出すもの)が重なると覚醒者となる。例え、肉体が別のものであっても。

 

 バキアの本体に〈深淵喰い〉を取り込んだ二人の分体が合流したのは、しばらく前の事だった。妖魔作成の秘密を探っていた本体は、分体の思わぬ収穫に心が踊り、早速子作りに励んだ。

 

 バキアが〈深淵喰い〉の肉体を使って生み出した赤子に、〈深淵喰い〉に使われていたイースレイの頭部の肉片()が備わり、オリヴィア達からの攻撃を受けて覚醒した。

 

 

 

 恍惚とするバキアを無感情に見つめたちびのイースレイは、西を向くとポツリと呟いた。

 

「ぷり……ら、……き、……か、ぞく」

「そう! あなたのパパでありママであるのは、このわたしよ!」

 

 ちびのイースレイは、バキアに一瞥もくれることなく、クレーターを残してその場から飛び去った。

 

「あぁん! どこへいくのよ!」

 

 無駄にクネクネとした動きで、バキアも砂埃を上げて生まれたイースレイを追いかけた。

 

 



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ミリアリザレクション

一時、オリヴィアに改変されしミリア編が始まります。






 流石にあれだけハッキリとした妖気を感じれば、その存在は疑いようが無かった。あれがイースレイか。

 あまりの妖気の大きさに、ぶつかってきた妖気から姿がイメージ出来た。妖気から姿形を察するに、まさかロン毛ショタおじさんだったとは……。……あれ? 原作でもそうだったっけ?

 

 考え事をしているうちに、ショタスレイが消えてしまった。

 

「き、消えた……?」

「いえ、高速でどこかに向かって移動し始めました。遠ざかっていきます」

 

 虚空を見つめて冷や汗をかくデネヴに、シンシアが目を瞑って言葉を返した。

 シンシアは、オデコに青筋が立ってた。結構無理して遠くまで探ってるのかもしれない。でも一見して、ただキレてるだけに見えなくもなかった。ぷぷぷ……。

 

「…………」

 

 ヘレンはビックリして口を開けて固まってるのだが……、無性にエビフライを投げつけたくなるのは私だけだろうか。

 

「な、何だったんだ一体」

「……なぁ、なにかの間違いじゃないのか? うっ、冗談だ冗談」

 

 動揺するナタリー達他、妖気感知勢に、ユマが能天気な声を掛けて緊張組に睨まれていた。ちなみに妖気読みが中途半端に得意なユマは、現役組と同じ能天気勢だ。ウケる。

 

 シンシアの青筋の事も相まって、遂には腹筋が崩壊した。

 

「ぷぷぷ……ぷ……」

「あたしは、あんたが分からなくなってきたよ。オリヴィア」

 

 それを見ていたイライザが、何時になく弱々しく突っ込んできた。なんか調子狂うなぁ。

 

「ていっ!」

「痛! 何するんだ!?」

 

 私はイライザの尻を引っ叩いて揉んでやった。吸い付くような軟こさだった。この世界に、セクハラの概念はあんまりない。天国かな?

 

「揉むな!!!」

「ぎえぴ!」

 

 私のゴッドハンドによって、顔を真っ赤にしたイライザに普通にブッ飛ばされた。そうそう、私とイライザはこんな感じ……。

 私はスライディングしながら、荒野に仰向けで転がった。高が尻を揉んだだけで、ここまでふっ飛ばされるのは全然納得が行かなかった。

 

「あの娘は、こんな時に何をやってるんですか?」

「戦士の情けだ。見ないでやってくれ」

 

 アナスタシアとデートリヒがコソコソと何か言っていたが、微妙に聞こえなかった。

 

「……」

 

 起き上がると、皆の呆れた視線を感じた。

 

「うだうだしてても、しょうがねぇだろ。いい加減、ミリアを助けに行くぞ」

 

 一連の流れを無視した姉御の一声で、組織側に向かって、また進み始めた。

 

 最後に振り返ったが、もう何も感じ取れなかった。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 組織のある東の地スタフでは、現役の戦士達が組織からの召還を受けて勢揃いしていた。

 高台から平地に並ぶ戦士達を見下ろした幹部が呟いた。

 

「壮観ですな」

「これで、行方が分からない上位ナンバー以外、ほぼ全ての戦士が集まったわけだ」

 

 この大陸でのパワーバランスの崩壊。混沌と化した覚醒者との戦い(実験)を有利に進めるためだった。

 

「組織の戦士達に告ぐ! 敵は北の山道から下ってくるとの情報が入った!! 北にあった組織の拠点を襲撃し、既に戦士の姿に擬態してこちらに向って来るとの情報も入っている! 人の形をしていても躊躇うな!!」

 

 ついでを言えば、組織の拠点を破壊したオリヴィア達一行も、推定だが何を仕出かすか分からない集団として既に標的にされていた。

 これには、バキアによる冤罪も多分に含まれていた。

 

「行け!」

 

 黒い服を身に纏った組織幹部の号令が下された。ここまで大所帯となった戦士達に、本来であれば統率など望むべくもないが、幹部の巧みな言葉の誘導によって一斉に北に向けて足並みを揃えた。

 

 しかし、暫く進んだところで足を止める戦士達が現れた。

 しかもそれは、徐々に伝播して行き、遂には全員が足を止めた。

 

「なぜ止まるんだ?」

「貴様等! 進め、進めぇ!!」 

 

 幹部達は白けた号令を何度も掛けた。

 立ち止まった戦士達が、ゆっくりと振り返った。

 

 沈黙が辺りを包んだ。

 

 並んでいた戦士達の人波が割れ、コツリコツリ、と足音を響かせて一人の戦士が前に歩いてきた。

 

「ば、馬鹿な……」

「〈幻影〉のミリアだと……!?」

「死んだはずだぞ!」

 

 目を剥く幹部の前に現れたのは、顔に十字に切り裂かれた傷跡の残る、死んだ筈のミリアだった。

 

 

 

 

「左腕の傷は、もう大丈夫かしら?」

 

 組織のナンバー3。オリヴィアに〈おしっこを漏らした女〉として認識されている、ストレートロングのオードリーがミリアに話しかけた。

 

 ミリアは一度、ここに至るまでの間に、四肢を分割され辛うじて息をしている肉塊に成りかけた。5体が揃ってここにあるのは、奇跡に近かった。

 

「あぁ、問題ない。私は大剣さえ握ることができればそれでいい。息があっただけ感謝しているんだ……」

 

 ミリアが組織を襲撃した当時、現役の戦士達30数名を持ってしても、ミリアの進撃を止められるものは居なかった。それは、現役の戦士とミリアの圧倒的な実力差があっての事だった。

 

 しかし、組織には反逆した戦士に対抗する術がいくつか用意されていた。

 

 1つ目は、〈黒〉のアリシアの後継者。組織は、双子の実験を続けており、一組の双子がアリシアの後継にあたった。性能としては、既にアリシア達を凌駕している実験体だった。

 

 2つ目は、対戦士戦闘に特化したナンバー10の存在だった。組織がこの地に根を下ろして以降、ナンバー10は対戦士戦闘に特化し、反逆者狩りや組織に謀反する意図のある戦士の炙り出しを行っていた。妖気同調能力に長け、トラウマや記憶の呼び出しを行い幻覚を見せる。

 双子の戦士との戦いで妖気開放した結果、ミリアはナンバー10による妖力同調によって、組織に反逆するに至った記憶を何度も反芻させられ、遂には四肢をもがれることに成った。

 

 3つ目は組織が直接的に用意していたことではないが、ミリアは戦士達を無傷で制圧していた事だ。組織に操られる戦士達に同情してのことだったが、ミリアの甘さとでも言うべきことだった。

 組織は反逆する戦士の思想を逆手に取っていた。反逆する戦士のその殆どが、仲間意識から戦士達に対して甘くなる。出来るなら剣を交えたくないほどに。ミリアも同じだった。

 

 次期ナンバー1候補の双子との戦いの最中(さなか)、幻覚を見せられたミリアは、起き上がった現役の戦士達に半死半生の重症を負わされたのだった。

 

(最もその甘さが、現役の戦士から畏敬を集め、助けるに至ったのだけれど)

 

 ナンバー3のオードリーは、惨殺しかけた記憶を頭を降って追い出した。

 

「さぁ、命令なさい。〈幻影〉のミリア。ここにいる全ての戦士は貴女の命に従うわ」

 

 オードリーはミリアに振り返り、現役の戦士達の行く末をミリアに託した。これは、ここにいる現役の戦士達が納得済みの事だった。そうでなければ、危険を犯してまでミリアの延命に協力していなかった。

 皆がミリアの抱く強い光に、焼き焦がれていた。

 

「…………。皆、剣を取れ。我々の手で、この日を組織の終焉の日と成す」

 

 戦士達全員が、ミリアの号令で大剣を引き抜き構えた。

 

 

 

 

 

 

 

 その時、組織本部に重い音が響き渡った。重い金属製の何かを擦り合わせるような、そんな音だった。

 

「何だこの音は……?」

(重い扉が開く、音……?)

 

 オードリー達が動揺する中、ミリアは正確に音を聞き取っていた。

 

 突如、ミリアの脳裏に、ラボナへ保護を求めてきた元ナンバー6の戦士ミアの言葉が思い出された。

 

――組織は覚醒者の血肉を使って、悪魔の兵器を作っている。

――〈深淵の者〉を殺すためのものだ。

――その兵器は11人で1セット。

――何体かが殺られても、逃げ延びた個体が経験を共有するんだ。

――戦う度に学習し、妖気同調によって強化されていく生物兵器。

――名前を〈深淵喰い〉と言う。

 

「キシャァアアアアア!!」

 

 組織に蓄えられた、経験共有前の〈深淵喰い〉が全て解き放たれた。

 

 




改変され……てない!?


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うんこ

だいぶ端折ってるので、ブツ切れ気味になってます。


 飾り気のないレンガ積みの廊下で、ダーエは瞼の無い目を見開いて戦況を見下ろし眺めていた。

 

(……〈深淵喰い〉は長期熟成型。いずれは〈深淵の者〉を狩れる素体とは言え、学習前の素体では、上位ナンバー共の相手にはならないか。……いや、〈幻影〉のミリアと呼ばれる者の統率力が、十全に発揮されているのか)

 

「ダーエッ! 貴様、作業はどうした!?」

「これはこれは……」

 

 そんなダーエの背に声をかけたのは、〈深淵喰い〉が暴れ出したときに本部内に逃げてきた幹部だった。

 ダーエが行っていた蘇生実験開始の知らせは、既に幹部達の間で、若干の嫌悪感をもって共有されていた。

 

「……あぁ。報告を忘れておりましたが、既に蘇生して解き放っておりますよ」

「なに!? き、貴様……着いてこい! 長に報告する!」

 

「……やれやれ」

 

 肩を怒らせて歩く幹部の後ろをダーエは着いて行った。

 

(どうせ、戦況的に開放するんだろうに)

 

 ダーエの頭を占めていたのは、蘇生した戦士の完成度だった。

 五体が揃って強さの順に3人。それが、ダーエが、蘇生した者達だった。

 

――〈流麗〉のヒステリア

 ロクウエルの丘にて、討伐命令の下った当時の上位ナンバー達を一瞬で惨殺した戦士。現役の戦士達の間でも語り継がれるほど、有名なナンバー1だった。

――〈愛憎〉のロクサーヌ

 かつてナンバー35からナンバー1まで、のし上がった戦士。ナンバー昇格の際に関わった戦士は、皆怪死していた。 

――〈塵喰い〉のカサンドラ

 復讐のために牙を剥き、畏怖から、当時の戦士達に百と少しに分割され討伐された戦士。絶命まで数時間掛かったとされている。

 

 考え事をしている間に、リムトのいる間へ辿り着いた。

 

「で、弁明は」

「……。戦況を見れば蘇らせた者は、直ぐに投入したのでしょう? 早いか遅いかの違いしかありますまい」

「……」

 

 ため息をついたリムトは、先を促した。

 

「強さの順に3人と言っていたな」

「はい。しかし、どうにも私は……強さのことばかり考えて、従順さに思考が及ばなかったようです」

「!?」

 

 幹部達が集まる場で、ダーエは言い切った。

 

「き、貴様……」

「……もう今となっては、どうしようもない。その3人に命運を託すほかあるまい。……結果を見るのだろう? 行け」

 

 場が騒然となったが、リムトは冷静に言葉を紡いだ。

 

「リムト様!?」

「ククク……。感謝します」

 

 リムトに視線を向けたまま慇懃に感謝を述べた後、ダーエは退室した。

 

「……相変わらずだな。あやつに、本国のことやこの大陸の戦況等、はなから望むべくも無かったな」

「実験の成果しか頭に無い、というわけですな」

「アレはあれで優秀なのだがね……」

 

 幹部達が口々にダーエの評をした。

 

「蘇生したナンバー1が覚醒しない事を祈る他無い」

 

 薄暗い部屋で、リムトは最後にそう締め括った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 〈深淵喰い〉は、未学習の個体とは言え、通常の覚醒者の実力を大きく上回っていた。

 

 戦闘は熾烈を極めた。

 〈深淵喰い〉が飛び出してきてから、既に数時間が経過している。

 現役の戦士達は、ミリアの指揮に従って、上位ナンバーが下位ナンバーを守るように戦っていた。

 

「〈幻影〉のミリア! 一撃で倒せなくなってきているぞ!」

 

 厳つい顔をしたナンバー5のレイチェルが、ミリアに注意を促した。

 ミリアは次の獲物へ向かうレイチェルを横目に、今しがた頭部を破壊した〈深淵喰い〉を足蹴にした。

 

(戦況は悪い……か。徐々に学習してきているな)

 

「シャァアアアアア!」

「不味い! 下位ナンバーが狙われた!!」

 

 多くの犠牲を払って戦士達の戦いを学習した〈深淵喰い〉は、前線にいる上位ナンバーを大きく飛び越え、サポートに回っていた下位ナンバー達を狙った。

 

 その時、幾重もの刃のような触手が空中の〈深淵喰い〉達を細切れにした。以前にミリアと争った双子の戦士だった。

 

「お前達! 訓練生たちはどうした!?」

 

 オードリーは安堵したが、双子の役目を思い出して叫んだ。

 双子の戦士は、まだ幼い訓練生達の脱出を任されていたのだった。

 

 双子が言うには、組織内に囚われた異様に強い男がおり、人間相手であれば彼一人で十分だと、任せてきたようだった。

 

「だからと言って……」

「今更仕方がない! 片付けるぞ!」

 

 動揺するオードリーを遮って、ミリアは参戦許可を出した。

 

 双子の戦士達が参戦し、戦況はミリア達に傾いた。〈深淵喰い〉は、少しずつだが数を減らした。直に全滅させることが出来るだろう。

 

 

 

 

 混迷を極める戦場で、ミリアがそのことに気付いたのは、北でのオリヴィアとの修行があってのことだった。

 無垢な殺気と言うべきものか、オリヴィアの攻撃には、殺意や害意というものが殆ど無い。どちらかと言えば、事務的に剣を振っているように感じるものだった。

 手合わせした戦士は、お互いの感情を大剣を通して何とは無しに共有するものだ。しかし、オリヴィアの場合は、相対した戦士が同じステージで戦いをしていないと感じる事が多かった。

 だからこそ北の戦いの際、激昂したイライザの拳でオリヴィアは伸されていた。

 

 オリヴィアの〈千剣〉の回避。ミリアは北の修行の中で己を地獄に追い込んでいた。その経験が生きた。

 

 ただの作業のように背後から迫る大剣に、ミリアは体を沈めるように〈幻影〉を使い、ギリギリで反応した。

 

「く!!」

「あら?」

 

 驚くほど流麗な技だった。

 攻撃に全てを振り切った〈幻影〉とも言うべきそれを、ミリアは転がり泥濡れになりながら回避した。

 

(なんだ!? 凄まじい速度で攻撃された?)

「あぁ……風が心地良いわ。なんだか久しぶりの感覚ね……」

 

 ミリアに攻撃を仕掛けた女は、長い髪に三編みを施した房を幾つも垂らしており、戦士の格好をしていた。

 

「ねぇあなた。私の技、どうして避ける事が出来たの?」

 

 女が呟き振り返った瞬間、現役戦士の集団で血飛沫が上がった。

 

「オードリー! レイチェル、ニーナ!?」

 

 ミリアは起き上がり、血飛沫を上げて倒れる現役戦士の上位ナンバーの名を叫んだ。

 

 現役戦士の中で立っているものは居なかった。皆、血溜まりに沈んでおり、立っているのはミリアだけになっていた。

 

 

 

 

――――――

―――――

―――

 

 

 

 

 現役戦士達の血溜まりには、ミリアを含めて4人の戦士が立っていた。

 ミリアを背後から斬ろうとした戦士だけでなく、異質な妖気をもつ戦士が他にも2人いた。

 30人程いた戦士は、たったの3人に一瞬でほぼ全滅まで追い込まれた。

 

「くそ!」

(〈深淵喰い〉との戦いに集中しすぎたか……。この力量の戦士が3人。一体どこから……?)

 

 ミリアは力を込めすぎて奥歯の鳴る音を聞いた。

 

「ねぇあなた。ロクウエルの丘って知ってる?」

「!」

 

 憔悴するミリアの様子に構うことなく、長髪の女は話しかけた。

 

「何だか、頭の片隅にあって……思い出そうとしても思い出せないのよ。覚えているのは、あなた達を皆殺しにしないといけないことだけ……」

 

 ミリアの脳裏にひらめきが駆け巡った。戦士達の間で語り継がれるロクウエルの丘での虐殺。

 

(まさか……! 〈流麗〉のヒステリア……。組織は死んだ戦士の蘇生をしたのか! ということは、他の2人も元ナンバー1か!?)

「……その顔は知ってるって顔ね?」

 

 ミリアの顔を見たヒステリアは、獲物を見つけた猫の様な顔になった。

 

「教えて、ね?」

「な」

 

 突然、加速したヒステリアがミリアの顔前に迫った。

 ミリアは慌てて〈幻影〉で加速したが、あっさりと追いつかれた。

 

(馬鹿な!? 〈幻影〉でも振り切れないだと……!)

「ねぇってば」

 

 鍔迫り合いあいに持ち込まれた。膂力もヒステリアの方が優っており、ミリアは劣勢を強いられた。

 

「く……」

(初撃を回避出来たことが大きい。あの時斬られていたら、既に終わっていた……!)

「あれ? あなたやっぱり、結構強い?」

 

 ゾクリと、再びミリアの背筋に悪寒が走った。無軌道な〈千剣〉が背中に迫ったときの感覚だ。

 

「がアァッ!」

「!」

 

 目を見開いたミリアは、口元が裂けるほど無理矢理な妖気開放をした。そして、〈新幻影〉に〈幻影〉を重ねるような、無茶苦茶な回避を行った。

 その結果、ミリアをすり抜けるように()()()()()()移動し、ミリアは頬に浅く傷を負った。

 

「また避けられちゃった。あなた何者?」

「はぁはぁ……」

 

 ミリアは加重の負荷によって、一気に消耗を強いられた。

 

「……ロクウエルの丘で、わたし死んだはずなのよ。なんでここで、大剣を持っているのかしら?」

「……」

(歴代ナンバー1の中で、最も美しい技を持つ戦士……。原理は私の〈幻影〉と同じだ。瞬間的に妖気を開放し高速で移動する。だが、やつのそれは私のものより精度も力も上だ!)

 

 ミリアの〈幻影〉は、瞬間的な高速移動で残像を残し、回避することに用いられる。一方、ヒステリアの流麗な技は、攻撃する時に用いられる。すると、ぶつかって来たヒステリアがすり抜けるように移動するのだった。

 

 ミリアは勘で避けているに等しかった。ヒステリアの初動を眼で追えるのは、仲間の内で、オリヴィアくらいなものだろう。

 余談だが、オリヴィアはその恵まれた能力を無駄に使って、修行中に乳揺れや尻の躍動を観測することが多かった。

 

「ねぇ、わたしの名前も知っているんでしょう?」

「はぁはぁ……」

(私の全力が、やつの息をするような攻撃と同じだ。オリヴィアとの修行が無ければ危うかった!)

 

 ミリアは息を整えるように深く呼吸をした。

 

「はぁ……はぁ……」

(消耗度合いから言って、次は避けられない……!)

「ねぇ。……わたし、無視されるが嫌いなのよ!」

「く……そ!」

 

 無言を貫くミリアに立腹したヒステリアが、三度迫った。

 

 

 

 

 北での修行の最期。

 オリヴィアは、遂にミリアの動きを捉えることができなくなった。大剣すら使わずに転がされる日も珍しくなくなりつつあった。

 まともに大剣を交えなくなったミリア(乳揺れが全く見えなくなったこと)に腹を立てたオリヴィアは、ある画策をした。

 

 『大温泉計画(ポロリもあるよ)』である。

 

 後に捕まったオリヴィアは、『大温泉計画(ポロリもあるよ)』や『ハンバーガーおじさんの殺し方』等と訳の分からない事を大声で叫び、イラッとしたミリアによって営巣送りになった。

 

 オリヴィアは、〈新幻影〉を使って高速で迫るミリアに、あろうことか隠し持っていた糞を空中にばら撒いた。う○こクラスター爆撃だ。

 それは雪山にいる猛獣の糞で、マーキングの為に撒かれるものだ。それはもう凄まじく臭う物だった。

 空中に撒かれた置き糞とも言えるそれを、ミリアは視えていながら避けることができなかった。〈新幻影〉で前に迫っていた為、自ら飛び込むように糞を浴びてしまった。

 まるで足を覚醒させて自身の速度について行けなかったクレアの様だと、ミリアは後に苦笑した。

 

 〈幻影〉を使って、前に出るリスクをミリアは身を持って知っていた。

 

 

 

 

 

 

 刹那、ミリアは足元の硬い砂礫を大剣を使って、身に纏う様に大量に巻き上げた。

 

「!?」

 

 高速でミリアに迫ったヒステリアは、意図を察して離れた。

 

「目潰しなんて……。邪剣も極まれりね。あなたマトモな戦士じゃないの?」

「生憎と組織の犬は辞めたものでな」

 

 実は目潰しでは無く、多少のダメージ交換を狙っての事だったが、回復の時間を稼ぐ事が出来た。

 目に見えないほどの速度で移動すれば、例え緩い糞であっても、打撲くらいはするという実体験から来た考えだった。

 

(全くの無駄ではなかったが、回避精度まで私の上を行くとはな……)

 

 高速で移動するヒステリアは、〈幻影〉での回避すら速度で上回っていた。ミリアが唯一勝っているのは、致命的な攻撃を受ける際の戦闘勘だけだった。

 




タイトル思いつかなかった……


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死闘

オリヴィアはやくきてくれー!(クリリン並感)


 ミリアとヒステリアは、互いに技を出し渋る千日手のような状況から、大剣を十数合あわせて向かい合うように着地した。

 剣戟は、お互い技を出し渋るとは言え、残像を斬り合う様な高速の戦闘だった。

 

 ミリアは〈幻影〉による消耗を避け、ヒステリアは砂礫を避けていた。

 ヒステリアが砂礫を避けているのは、自傷を避けているのではなく、土に塗れることが彼女の美学に反していたからだった。

 

 

 ヒステリアは、速力、膂力、剣の技量、体力すべての面でミリアを超えていた。

 ミリアが求めて止まなかった物を、全て持ち合わせていると言ってよかった。

 

「……」

(才能の違いに嫉妬すらする)

 

 ミリアは、無言で大剣の柄を両手で強く握り直した。

 

「いい加減、止めないかしら? 長引いても貴女の仲間が死ぬだけよ?」

 

 ミリアはチラリと他の戦況を伺った。

 

 いつの間にか、倒れた上位ナンバーの三人が起き上がっていた。何とか致命傷を避けたのだろう。

 他のナンバー1と思われる短髪の女とミニツインテの女は、それぞれ上位ナンバー達と双子の戦士を相手取って戦っていた。

 

 ミリアは視線を戻した。

 今は仲間を信じるしかなかった。

 

「……」

(勝機が在るとすれば、たったの一度だけだ。〈裏刃〉を決めるしかない)

 

 オリヴィアとの修行で偶然編み出し、必要に駆られて不完全な状態で使い、ナタリーを沈めた技だった。

 

 〈幻影〉で転がるように相手の背後に回り込み、高まった妖気を完全に鎮め、不意の攻撃を行う技。

 

 上位者の戦いでは、半人半妖の超人的な感覚に加え、妖気の知覚に頼って戦っている者が多い。

 〈幻影〉のように瞬発的に妖気を高める技から、急激な静への変化によって認識をずらす。〈幻影〉が視覚的な残像を残す技とすれば、〈裏刃〉は妖気知覚への誤認を誘発する事を目的として完成した技だった。

 

(編み出してから、強敵に対しての構想はあった。しかし、ヒステリア程の凄まじい技量の前では、技を当てることすら難しい。しかも、一度見せれば二度目以降は容易く対応されてしまうだろう)

 

 ミリアには〈裏刃〉ですらヒステリアに回避されることが、容易に想像できた。

 

「ならば……! はァァアッ!」

「あらあら? 急に自棄っぱちになって……。どうしたの?」

 

 ミリアは顔の形が変わるほどの妖気開放を、再び行った。

 

「最期まで付き合ってもらうぞ!」

(妖気開放状態から〈幻影〉を使う!! あくまで同じ土俵で戦うと、認識を逸らすんだ! 悟られるな!!)

 

「ひょっとして勝機を見い出せなくなって、もう諦めたの? 玉砕覚悟でも、貴女じゃわたしに届かないわよ」

 

 ヒステリアは薄く嘲笑った。

 既にヒステリアは、ミリアを格下として見ていた。どんなに時間を稼がれても、特段ヒステリアに不利な要素はなかった。

 ヒステリアは、底が見え始めていたミリアへ、何の脅威も抱いてはいなかった。

 

 

 ヒステリアはミリアの知る中で、殆ど最強格に近しいナンバー1だ。ミリアに妥協は許されなかった。

 

 過去、ミリアは北のリガルド戦において、妖力開放状態で〈幻影〉を使うことが出来なかった。それは、ミリアの覚悟の足りなさが齎したものだった。

 〈幻影〉という技の性質上、瞬間的に妖気を限界ギリギリ迄上昇させる。

 顔が変わるほどの妖気開放状態から〈幻影〉を使うということは、一瞬覚醒していると言っても良かった。

 

 向かい合う2人が、どちらともなく駆け出した。

 

「はぁぁア!!」

「ふん……」

 

 〈幻影〉を超える加速。

 脳裏にチラつく覚醒への恐怖。

 

(恐れるな! 翔べ!!)

 

 ミリアは踏み切った。

 全ては隠した刃の布石の為に、自らの命を賭した。

 

 2人が高速で交差し、()()()()()

 遅れて、2人が通った軌跡に土埃が巻き上がり、ミリアは岩壁に激突した。

 

 優雅に降り立ったヒステリアは、ミリアがぶつかった方を見て嘲笑った。

 

「無様ね……」

 

 ミリアは速度を御しきれなかった。

 

「ガはッ……!」

 

 頭から血を一筋流したミリアは、大剣を杖に瓦礫から起き上がった。

 ヒステリアから見れば、ただミリアが自爆しただけに見えた。

 

「く……!」

(流石に動きを制御出来ないか。だが……!)

 

 しかし、ミリアがオリヴィアとの修行で得た刹那の判断力は、確実な効果を齎していた。

 

「なっ!?」

 

 ヒステリアの右肩から血が吹き上がった。

 ミリアの限界を超えた速度は、ヒステリアと並び、ただの勘によって一瞬の読み合いはミリアに分が上がった。

 軽鎧の間を大剣が掠めていた。

 

「貴様! そんな稚拙な技で……舐めるなよ!」

 

(掛かった……!)

 

 力技で自身の流麗な技に並んだミリアを、プライドの高いヒステリアは許せなかった。

 

 

 

―――――

―――

――

 

 

 その後、ミリアは限界を超えた〈幻影〉で、ヒステリアを迎え撃った。大剣同士が衝突する音が幾度も響いた。

 

 技は五分。

 ミリアとヒステリアは、どちらがいつ致命的な攻撃を受けても可笑しくない領域へと入っていた。

 

 しかし、ヒステリアと異なり、速度を御せないせいでミリアは余分なダメージを負っていた。

 ミリアが限界を超えた〈幻影〉でぶつかるのは、岩壁だけではなかった。戦場の地面には、ミリアがぶつかった事で出来た穴がいくつも空いていた。

 

「はぁはぁ……ク」

 

 ボタボタと血が落ちた。

 既に妖気開放も長時間に及んでおり、ミリアの頬からウロコ状の体皮が剥がれ落ちた。

 

(恐れるな……。何度も翔べたんだ! 次も……!)

 

「いい加減に倒れろ!」

「く……ガァァアッ!!」

 

 体力差が如実に出た。

 速度が急激に落ちたミリアに、ヒステリアの斬撃が再び届いた。

 

「がはっ!」

「……」

 

 険しい顔のヒステリアが振り返り、地面を転がっていくミリアを眺めた。

 飛び散る血が衝突の凄惨さを語った。

 

 ミリアは起き上がったが、フラついて片膝を付いた。

 

「咄嗟の防御で致命傷を避けたのね……。なんにしても終わりよ!」

「ク」

 

 立つ事もままならない状況のミリアへ、ヒステリアは突撃した。

 片膝と両手をついた姿勢で、ミリアは止むに止まれず〈幻影〉の限界を超えて迎え撃った。

 

 大剣同士の衝突した音は鳴らなかった。

 

「最後に力を振り絞ったのかしら……。次で本当に終わりね」

 

 火事場の力か、ミリアはあの状況下で体力が万全状態の〈幻影〉の速度を発揮し、ヒステリアの攻撃を避けたのだった。

 

 しかし、そうなっては立つこともままならないのだろう。現に、ミリアの妖気は消失し、ヒステリアは背後で妖気感じ取ることが出来なくなっていた。

 

 妖気を消費しすぎると、半人半妖は身体能力が大きく落ちる。どんなにしぶとかった相手でも、白けた幕切れになる事をヒステリアは知っていた。

 

(そう言えば、大した音が聞こえなかったわね)

 

 これまでミリアは、速度を制御できずに幾度となく地面や岩壁に激突していた。激突音が小さいということは、明らかに力尽きかけているのだろう。

 

「フ……」

 

 鼻で笑い、振り返ったヒステリアは瞠目した。

 

「大、剣……?」

 

 ミリアが居るはずの位置には、大剣が深々と刺さっていた。

 

 視覚が突き刺さった大剣を認識して理解する前に、ヒステリアの背後、両腕を振り上げたミリアが大剣を振り下ろした。

 ミリアの瞳は、茶色の色味に変わっていた。

 

 

 

―――――

―――

――

 

 

 ヒステリアの首を失った体が、前のめりに倒れた。

 

「ギリギリ……だな」

(最後の最後で速度を御せた)

 

 北の戦いの際、リガルド戦で見せたクレアの挙動。身体を無理矢理ひねり上げ、速度を回転力に変えて急制動する方法だ。

 オリヴィアの〈千剣〉の真似事だったらしいが、一度は上手く行っていた。

 

 安堵から急に息を切らせたミリアは、捩れた内臓の痛みでフラついて座り込んだ。

 

 あの瞬間、ミリアはヒステリアとの衝突を往なした後、大剣を地面に楔のように打ち込んで、勢いを殺さずに3次元的に跳んだ。

 

 これまで何度も地面に衝突していたのは、大剣を刺して踏み込んでも崩れない、硬い岩盤を見つけるためだ。

 

 更に、ヒステリアに衝突音を聞き慣れて貰うためでもあった。大剣を地面に勢いよく刺して、飛び上がる際に出る音を誤魔化すためだった。

 

「オリヴィアの阿呆さ加減に、何度も救われるとはな……。ふふ」

 

 声に出して自嘲したつもりだったが、ミリアは不思議と誇らしくなった。

 

 開放し続けた妖気を消す事が出来たのは、オリヴィアが手慰みで作った〈溶けない飴〉の塊を噛み砕いた為だ。中に入っているのは、妖気を消す薬だった。

 反動は大きいが、即効性があり有効な手段になり得た。

 

「ぺッ」

 

 ミリアは固すぎる飴の殻を吐き出した。

 

 〈溶けない飴〉は、全員でラボナに居着いたとき、ミアータとオリヴィアの飯事(ままごと)で偶然出来たものだった。

 

 実態は何でも口にするミアータに、オリヴィアが老婆心で食べられない物を教える(いたずらをする)ために調理したものだった。

 調理したと言っても、ひたすら()()()()()()()()を集めて練り、中に妖気を消す薬を入れて、高温の油で何度も揚げたり焼いたりした物である為、実食に耐えうるかは微妙なところであった。

 完成したそれは、ガラス玉のように無駄にテカテカと光っていた。

 

 尚、ミアータは普通に噛砕き、苦い薬が出てきたことでオリヴィアをボロ雑巾にして、焦ったクラリスに止められていた。

 

 

 ミリアが最後に持っていた大剣は、倒れていた現役戦士のものだ。地面を転がった衝突の際に、先んじて空に投げ放っていた。

 ミリアに技で勝つことだけに執着していたヒステリアには、気づかれなかった。

 

 全てのタイミングが噛合い、何とか拾えた勝利と言ってよかった。

 

 少し休んだミリアは、再び立ち上がった。現役の戦士達を救わなくてはならなかった。

 

「あいつらを助けなくては……」

 

 その時、地獄の底のような叫び声と供に膨大な妖気が湧き上がった。

 

「なんだ!?」

 

 

 

【ロ ク サ ァ ヌ!!!】

 

 

 

 

 

 

 ダーエがリムトの元を去った後、黒い帽子に黒いサングラスの男ルヴルは、言い争う幹部に気取られないようにリムトのいる間を出た。

 

「ここだったか……」

 

 暫く探しまわり、戦場を一望できる高台に登ったルヴルはダーエの背中へ声をかけた。

 ルヴルは帽子に手を当てて、日差しから隠れるようにダーエの方へ近づいて行った。

 

「幹部が必死でお前を探していたぞ。リムトには分かっていたようだが」

 

 ルヴルは、ぞんざいに長であるリムトの名前を呼び捨てにした。

 組織崩壊の危機にあって、長のリムトはどこか超然としていた。

 

「……。確か、ルヴルと言ったか」

 

 高台の断崖に座ったダーエは、チラリと瞼の無い目を向けた。しかし、興味を失ったように視線を戻し、薄ら笑いを浮かべた。

 

「戦士達に反乱された時点で、組織は終わりだよ。誰の企てかは、知ったところではないがな……」

「……」

 

 鋭いダーエの指摘にルヴルは一筋の汗を流した。

 

「それより見てみろ!」

 

 生き生きした様子で、ダーエは崖下を指した。

 

 ルヴルにとって、蘇ったナンバー1やミリアが死のうが生きようが、もはやどうでも良いことだった。どんな形であれ、組織の崩壊は確定事項だ。

 しかし、ルヴルが手塩に掛けたと言っていいミリアが、組織崩壊の引き金を引いたことは、何処か胸に迫るものがあった。

 

「……圧倒的だな。〈幻影〉のミリアが苦戦している」

(ミリアはナンバー1との戦いに敗れ去るだろう)

 

 

 

 しかし、ルヴルの予測をよそにミリアは生き残った。

 

「ばかな……」

「ほぅ、ナンバー1を下すか……。現役時にナンバー6だった戦士が、どれほど自身を追い込めば辿り着けたのだろうなぁ……。実に惜しい」

 

 ダーエは淡々と独り言を言いながら、戦況を覗き込んでいた。

 

「……それより、良いのか? せっかく蘇生したのに死んだぞ?」

「蘇生? ……ぁあ、蘇生か。死んだやつが生き返るなんて、幻想だよ」

 

 ダーエはルヴルの予期しないことを、あっさりと言ってのけた。

 

「…………なに?」

 

 一瞬、ルヴルはその言葉の意味を飲み込むことができなかった。

 

「そら。まずは1人、と」

 

 薄ら笑いをしたダーエが顎でシャクった先で、新たな〈深淵の者〉が悼ましい産声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 




あれ、ミリアが主人公だったっけ……?
(クレイモア読者の誰もが一度は思うやつ)


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怪獣の戦争

カサンドラとロクサーヌの過去編及び確執は省かせていただきます。丸パクになるからねしょうがないね(今更感)


深淵級のヤベー奴が誕生して、いがみ合ってるという状況だけ把握して頂ければ。
ダーエってやつが全部悪いんだ。




 あの謎のイースレイが消えたあと、私達は組織の本拠地へダッシュしていた。

 実は北の拠点を出てすぐ辺りで、シンシアがミリアの妖気を感知していたのだ。敢えて言わせてもらおう、生きとったんかワレェー!

 組織内の戦士達も、ミリアに従って戦闘になっているようだった。

 

 そういう訳で、私達は現役下位戦士が着いてこれるだけの速度を出して移動していた。

 傍から見れば、海をバックに走るセクシーコマンドー使いのように見えるに違いない。場所は荒野だったが。

 障害物でジャンプするタイミングが完全に一致して無駄に一体感を感じる……。

 

 しかし、ここに来て更に速度を上げることになった。シンシアが新たに敵を感知したからだ。

 

「ウンディーネさん! 組織の中に異質な妖気が3つ湧きました! 戦闘に入ります!」

 

「ちっ。デネヴ!」

「あぁ! これから先は付いてこられる者だけが付いてこい! 速度を上げるぞ!!」

 

 皆が速度を上げた。完全に早送りしたオープニングみたいになった。

 そう言えば、さっきから視界の先でゆらゆらと空中に揺れる妖気の紐が無性に気持ち悪かった。なんだコレ?

 

 

 私達のセクシーさに付いてこれなくなり、現役戦士の下位ナンバーが置いてけぼりになったが、誰も構わなかった。

 

 それから暫く走ったが、ユマやイライザもミリア隊長の危機とあって、なんとか食い付いてきていた。コイツらは元々セクシーだった。尻の躍動を感じる!!

 

「ぐへへへ。……『うおっ! まぶしっ!』」

 

 足遅組のセクシーさで鼻の穴を膨らませていると、視界が真っ赤に染まった。すんげぇチカチカする。何だこの気持ち悪い妖気!

 

「どうした、オリヴィア!?」

「ひえっ」

 

 余りの声が出てしまったのだろう、デネヴが振り返った。やべぇ、逆光で前が見えない。そして顔の見えないデネヴが普通に怖い。夢に出てきそう。

 

「オリヴィアさん、落ち着いてください! 妖気に当てられては駄目です!」

 

 どっちかというと色気に当てられていたのが、妖気で正気に戻れた説を押したい。わたしは、しょうきに、もどった!

 

「シンシア! 何があった!?」

 

 姉御がシンシアに訊ねた。

 

「組織の中に、〈深淵の者〉並の妖気が突然沸きました! 異質な妖気を持つ戦士が覚醒した様です!」

「なんだと!?」

 

「……それと、」

 

 シンシアはモゴモゴと言い澱んだ。

 

「どうしたんだ? 早く言」

「み、ミリア隊長の! ……妖気が消えました」

「!?」

 

 うそやろ。

 

 

 

――――

―――

――

 

 

 私達が辿り着いた時、戦場は血だらけで、辺りに戦士はほとんど立っていなかった。現役の戦士たちが血の池に沈み、私は何処か遠い風景を見ているように感じた。

 だが、よく見てみると妖気の紐がちょこちょこと見えた。辛うじて息のある様だ。まるで、地面から生えるニョロニョロだった。虫の息とは……このことか。

 シンシアとユマであれば、治せるかもしれない。

 

 新たな〈深淵の者〉っぽい奴は、大地に仰向けで寝そべって移動していた。正座したまま背中に倒れて、両肘をついている姿勢と言えばいいのだろうか。両肘は触手みたいになってるけど……。エクソシストよりヤベェや。

 首のような部分から繋がった3つの頭が地面に落ちており、完全に化け物だった。サイズ感もリフルのような〈深淵の者〉の例にもれず、超巨大だった。

 胸元から戦士だったものが生えていて、ムシャムシャしながら何処か虚空を見つめている。普通に怖い。

 

 巨大な〈深淵の者〉は、ボロくずになったミニツインテをしている戦士の遺骸と思われる物を嬲っていて、とてもじゃないが正気じゃなかった。距離が離れているのは幸いか。

 

「ミリアは!?」

「あ! あそこです!」

 

 デネヴが叫んだ。

 気を張っていたのだろう、シンシアが真っ先にミリア隊長を見つけた。

 ミリアは新しい〈深淵の者〉が大人しいうちに、現役戦士の救出を行っているようだった。良かった……、生きてた。

 

「妖気を消す薬を飲んだのでしょうか?」

「けっ。紛らわしいぜ」

 

 そう言った姉御の目には、光るものがあった。鬼の目にも涙……。

 

「ふん!」

「ぴィ!」

 

 姉御を眺めていたら殴られた。ぬぅおぉ……パワハラ反対!

 

 戦いの中で、ミリア隊長は妖気を消す薬を飲む事態になったのかもしれない。死んだふり作戦とか?

 

 妖気を消す薬を飲むとクラクラして頭痛がする。そして、飲んですぐには妖気開放が難しくなる。戦闘中に服用するようなタイプの薬じゃなかった。

 

「ふん。〈深淵の者〉レベルの覚醒者の前で、人助けをする馬鹿な隊長の手助けだ。行くぞ!」

「ユマとシンシアは負傷者の治療に当たれ! 他は遊撃だ! 散れ!!」

 

 確かにミリアが無事とわかった今、〈深淵の者〉を放置するわけにはいかない。

 デネヴと姉御の号令で、私達は〈深淵の者〉に向かって散った。

 

 

 

 先んじて空を跳んで行くのは、姉御とヘレン、ディートリヒだ。

 なんと私達は、〈お嬢様〉の髪に乗って空を飛ぶことができるようになっていたのだった。

 

 足場を作る〈お嬢様〉と息切れして出遅れたイライザがその場に残り、デネヴとナタリーはミリアの方へ走っていった。

 

 ちなみに、私が乗って妖気を込めると黒ずんで切れるので、私は自転車を追いかける子供のごとくハブにされていた。辛い。

 

「みんな〜『まってぇ!』」

 

 おかげで私も出遅れた。

 しかし、折角なので、私は走って行って股から大剣でツンツンすることにした。

 

 

 

「ぐるぐるドーンだっ!」

 

 ちょっとふざけ気味のヘレンが、空中から全力の〈旋空剣〉を人型キングギドラに打ち込んだ。〈深淵の者〉の右脚が削がれて弾け飛んだ。

 

 攻撃を受けた〈深淵の者〉は、多少ぐらついたがヘレンに意識を向けずに仰け反るように沈み込んだ。

 

「『よっしゃぁ!』つんつん!」

「いかん! 離れろ!!」

 

 遠くでミリア隊長がなんか叫び始めたが、丁度その時、セフィーロ印のツンツンブレードが股を捉えた。ほーれ、つんつん。

 

「げっ!」

 

 ヘレンの嫌そうな声が聞こえて左側を見ると、足があった。あれ? 右足がもう生えてる。

 

「馬鹿、逃げろ! オリヴィア!!」

「ヌッッッッッッ!」

 

 悲痛なイライザの声に、つんつん熱が冷めないままに振り返った。

 轟音と供に辺りが消し飛んだ。え?

 

 〈深淵の者〉を中心に、デコボコだった地面が同心円状に均され、姉御達はイライザと〈お嬢様〉に髪で引っ張られて緊急離脱したようだった。……。私は置いてけぼり……?

 

 ツンツンして賢者タイムみたいになった私の前に、性格の悪そうなミニツインテの頭が降ってきた。

 地面と衝突してグチャッと音がした。グロい……ベチャッってなってる。モザイクがないと見せられないよ、こんなの。

 

 ミニツインテの頭からは、気持ち悪い妖気がニョロニョロしていて、この状態でもまだ息があるようだった。どう見ても致命傷だろこれ。

 

 一連の流れが意味不明で、目を瞬いていると、いつの間にかミニツインテの首がひとりでに持ち上がり、私にニッコリと微笑みかけた。こやつ、首だけで動きおった!!

 

「ひえっ」

 

 いや、普通にホラーだこれ。危うくチビるところだった。首から触手が出てるのか……。

 私は、『このロリコンどもめ!』みたいな表情になってるミニツインテと、にらめっこしてしまった。しかし、私はロリコンではない。

 

「『ロリだ!』」

「何やってるんだ、逃げるぞ!」

「ぴょっ」

 

 さっきの攻撃は上空に離脱したんだろう、ディートリヒが突然降ってきて、そう言うや否や私の首根っこを掴んでジャンプした。

 

 その瞬間、ミニツインテが巨大な覚醒体に変じて、衝撃波が空中にいる私達を走り抜けた。

 

「大物すぎて、もう何も言えないぞ私は」

「ほんとだ、でかい」

「……はぁ。お前を投げ出さなかったあいつ等を、尊敬するぞ私は」

「?」

 

 ディートリヒの言うように、ミニツインテもホラー系キングギドラみたいに〈深淵の者〉クラスの妖気を放っていた。空中から様子がよく分かった。

 

 現れた巨大な覚醒体は、黒い人型の彫像のような身体をしていて、八本の触手が体を拘束しているように見えた。触手には鋭利な刃物がずらりと並んでいる。

 

 ミニツインテの覚醒体は、8本ある触手を手当たり次第に伸ばして、倒れた戦士に刃を突き刺そうとしていた。食べようとしてるのかも知れない。

 覚醒したては異様な飢餓感に襲われるらしい。

 

 ところが、ミニツインテの覚醒体が現役戦士を突き刺す寸前で、キングギドラが邪魔し始めた。

 

「ちょっと、私の食事だったのに何をするの?」

「クソは黙って糞でも食ってろ」

 

 言い捨てたキングギドラは触手みたいな首で、ミニツインテの身体を高速でモシャモシャと食べ始めた。うわぁあ! 共食いだ!!

 

「糞は覚醒してもクソの味だな」

「く……、カサンドラァァ!!」

 

 急に2体の〈深淵の者〉が喧嘩をし始めた。

 

 争いは同じレベルの者同士でしか起きない。突如、私の脳裏にカンガルーが殴り合う画像が浮かんだ。その時、カンガルーの足元の草が急にフォーカスされ、一匹のアリが現れた。私だった。

 

「何なんだ一体……。一旦離脱するぞ!」

「はっ!? うん」

 

 妄想していると、ディートリヒに話しかけられた。

 ディートリヒを支えている〈お嬢様〉の髪の毛が、2体が大暴れし始めたことによって、切れて少なくなってしまっているようだった。

 あれ? 〈お嬢様〉がこれを繰り返していると、終いには禿げてしまうのではないか。禿げて弱体化した〈お嬢様〉を思い浮かべた。もう、お嬢様ではなかった。

 

 そんな私の考えを他所に、ディートリヒはミリアの方へ離脱した。

 

 私はディートリヒに抱えられて跳びながら、考えを巡らした。……連戦移動続きで疲れてるのかも知れない。全然集中できてねえ!

 

 

 

 

 

 遠くで怪獣同士の戦争みたいになっている背景をバックに、私は腰に手を当てたイライザに指を刺されていた。

 

「おまえ! 危ないだろ! 聞いてんのか?」

 

 戻ってきて早々にイライザにクドクドと怒られた。無傷だったので実質セーフでは? 私は首を傾げた。

 

 離脱して集まった場所では、デネヴとミリアが現役戦士達の避難を終わらせていた。

 そして、現役の上位ナンバーは、皆だるま状態にされていた。恐ろしくショッキングな光景なのだが……。危ないのは、この3人では? 

 

「……、私達は放っておいて……。下位ナンバー達を助けてあげて」

「喋るな! お前達が一番重症なんだ!」

 

 以前おしっこを漏らした戦士が、ユマにキレられていた。おしっこを漏らした戦士よ、ユマの集中を妨げると、くっついた手足がベーコン・エピみたいになるぞ。気をつけろ。

 

「隊長……」

「ナタリー……、お前」

「ミリア。皆、お前を追いかけてきたんだ。大人しく一発殴られてもらうぞ」

 

「お前達……」

 

 ミリアは袖で顔を拭った。

 

「……ミリア隊長よぉ。殴るのは後にして、だ。アイツ等は何なんだ?」

「……。かつて戦士達の頂きに居た者達だ」

「!?」

「……組織は、かつてのナンバー1を蘇生したっていうの!?」

 

 ミリアに問いかけた姉御のお陰で、イライザのヘイトがミリアの話に移った。助かった。

 

 ミリアが視線を送った先では、戦士の恰好をした一人が、岩だらけの場所で首切りブレードされていた。ミリアが倒したのかもしれない。

 何となく気を引かれたが、ミリアが喋っているので視線を戻した。また殴られるからね!

 

「一人一人が尋常な力量じゃなかった……本物だ。あの覚醒した二人は、新たなる〈深淵の者〉と言っても過言じゃない」

「じょ、冗談だろ!?」

「いや、お前も一太刀入れたならわかるだろ……」

 

 目を剝いたヘレンが食い気味に言ったが、半眼のデネヴが突っ込んだ。

 

「幸い、今は争い合っているが、何時こちらに向かってくるか分からない」

「ふんっ。……野放しにはできねぇ、よな?」

 

 不敵に笑ったウンディーネ姉御がミリアに言った。

 

「ああ。そして、直接剣を合わせていないから確信はないが、間を置いて冷静になった今なら分かる。恐らく……あれは〈塵喰い〉のカサンドラと〈愛憎〉のロクサーヌだ」

 

「えっ!? ……誰だそれ?」

「……お前なぁ」

「ク、クク」

 

 緊張感無く頭を掻いたヘレンの一言で、話が終わった。

 

 というわけで、ミリアを筆頭に共食いする狂った〈深淵の者〉達を倒すことになった。

 キングギドラは、カサンドラというらしい。名前が似てた。

 ユマとシンシアは、残って現役戦士の回復に努めるようだった。

 

「つってもよぉ……どうやって近付くよ……?」

「消耗したところを狙って、各個撃破を狙うほかあるまい」

 

 双剣を構えたデネヴが答えた。

 

 その時、下腹部に轟音が響いた。私は自分のお腹を見た。しかしみんなの視線は、〈深淵の者〉の方に注がれていた。私の腹の虫の音かと思ったが、殴り合う〈深淵の者〉の音だった。

 遠くで小山のような〈深淵の者〉が、ウルトラマンさながらに殴り合っていた。なお、正義の巨人はいなかった。

 

 ロクサーヌの覚醒体から生えた複数のムチが高速で揺れ、棘を射出した。

 

「皆、避けろ!」

「うわぁぁあ!」

 

 かなり遠くにいるのに、建物くらいある棘が雨みたいに降ってきた。動けなくなった絶望表情の下位ナンバー達が居たので、私は妖気の紐を使って、棘をちょっと引っ張った。

 射線が逸れ、棘同士がぶつかって錐揉みしながら墜落した。現役下位ナンバー達が右往左往していて笑う。

 

「オリヴィア……、お前……?」

「ミリア。お前が見ていない間に、西の地獄のような戦場で我々は強くなった」

「……」

「ユマは妖気同調能力を身に着けた。オリヴィアは、苦手だった妖気読みと強引な妖気操作能力を身に着けたんだ」

 

「もっと、私達を頼れ……ミリア」

「そうか……。そうだな」

 

 

 

 

 極至近距離にいたカサンドラは、体が半壊したが一瞬で元に戻っていた。あいつ等は回復力も高すぎる。戦闘の規模が違いすぎて笑えてきた。

 

「準備出来ました!」

 

 お嬢様の一声で準備を終えた私達は、死地に赴くことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




上手く嵌らなくて、3万文字くらいの怪文書を書いてました。
一説によると、不快な気持ちになり脳が破壊され腹筋をやられるらしいので、態々マイページを辿って見ないことをオススメします(怪文書)


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海老反り

 岩盤の隆起痕の残る、灌木が生える荒野。そこに繰り広げられていたのは、怪獣の戦争だった。

 〈お嬢様〉が張り巡らせた足場も、カサンドラとロクサーヌがちょっと暴れただけで、みるみる数が減っていった。これはちょっと……駄目じゃない?

 

「く……駄目! 近寄れないわ!」

 

 上空からイライザの悲鳴が聞こえた。

 私は一生懸命走っているのだが、全然追いつけない。くっなんて無力なんだ! 私は小さくなっていく皆の尻を眺めるだけしかできねぇのか!? なんて役得なんだ!

 

「ふん。泣き言を言うな。北や西での戦いは、こんなものじゃなかっただろう」

「っ! 分かってるわよ!」

 

 双剣を構えたデネヴが、〈深淵の者〉達の足元に急降下していった。

 

 

 上を向いて全速力で走っていた私は、向こう脛が何かに引っかかってすっ転び、海老反りで顔面から地面に擦られた。

 

「ぶべらっ!? 『痛ってぇぇぇ』!」

 

 油断してた。痛すぎる。

 

 起き上がって鼻血を拭った私は、引っ掛かったものを確認しようとして振り返った。これで何もなかったら、向こうで座り込んで見ている現役下位ナンバー達(20数名)に格好がつかない。

 少し祈るような気持ちで足元を見た。

 

「うわ『生首』」

 

 私が引っかかったのは、ミリアが倒した蘇ったらしいナンバー1だった。

 唖然とした顔で、お亡くなりになられていた。

 

 やはり死んだら皆仏さんだ。戦士として死んだなら、手厚くとは行かなくともお見送りされるべき。それが私の信条だった。

 

「めんまましまし、めんまましまし」

 

 私は両手を擦り合わせたあと、首を体の位置に戻してやった。

 って、道笹食ってる場合じゃねぇ!

 私は、高速で動くパンダのように皆の戦場へ向かおうとした。

 

「あら、ありがとう」

「へ?」

 

 至近距離から聞こえた突然の死霊の呼び声に、私は油の切れた機械のように振り返った。

 

 私の妖気感覚に飛び込んてきたのは、黒いクレヨンで塗ったくった様にモジャモジャした妖気の塊だった。

 

 毛色の余りに違う妖気に気圧されたが、よく見るとさっきの死体が海老反りで首ブリッジしていた。顔には血管が浮き出ており、血走った目を見開いて此方を見ている。

 

『キャアアアアアシャベッタアアアアア』

 

 私も目を見開いた。というよりは、あまりの恐怖に白目を剥いた。マッサージモノで海老反りは超エロいのに……ホラーの海老反りこっわ!

 

 衝撃波と共に、死霊女の体が消し飛んだ。

 

「うわっ」

 

 私は咄嗟に肘で顔を覆い隠した。

 

 砂埃が晴れ、見上げると裸の彫像のような身体に、虫のような硬質な臀部が付き、ギザギザの足が沢山生えたキメラが立っていた。鋭利な黒い足の刃がギシギシと鳴り、白い顔が恍惚とした表情を見せた。

 背中には、天使みたいな翼が生えている。絶対飛ぶやつじゃん。というか、おっぱい丸出しの痴女じゃん。絶対硬い。

 

「く、くく。あははは。なァンだ、早く覚醒しちャえばよカった。はぁ……内蔵食べたい」

「ぴ!」

 

 ヨダレを垂らした覚醒者に私は睨まれた。やばい、敵増やしちゃった……。

 後頭部が泡立ち、バリバリの危機感を感じた私は、大剣を構えた。

 

「でも、貴女は首を戻してくれたシ……食べないでいテあげるわ」

「え? はっ!?」

 

 キメラ型覚醒者の狙いは現役達だった。ユマとシンシアが危ない!

 しかし、覚醒者が動き出す直前、大きく大地が揺れた。

 

「なに?」

 

 土煙が上がり、向こうの戦場が崩壊していた。

 ムチを振り回していた巨人が、キングギドラ型のカサンドラにムシャムシャ食われている。皆は!?

 

 私の心配を他所に、空を巨大な棘の影が覆った。また降り注いで来るのか!?

 

「ふん……」

「あっ! 『速い!?』」

 

 妖気を開放した音が聞こえ、残像が残る速度でキメラ型覚醒者は移動を開始した。このままだと、現役達が死ぬ!

 

「とまれぇ!」

「!?」

 

 私は咄嗟に妖気開放し、飛んでくる棘に妖気の紐を繋げた。主のいなくなった棘は、容易く私の言うことを聞いた。

 私が引っ張った紐に釣られて、現役戦士方向へ飛んでいた棘が反転して真下へ刺さるように落ちてきた。

 

「!? 邪魔ヲ!」

 

 速度が乗りすぎているのか、直線的な動きで移動していたキメラ型の覚醒者は、突然出来た棘の壁に急制動して空へと飛んだ。やっぱ飛ぶやつじゃん!

 

 しかし、急に速度が落ちた。

 あの翼だけ、微妙に操作が覚束無いのが分かった。今まで己に無かった器官のせいで、操作が熟れてないんだ。

 

 私は翼の操作に割り込んだ。

 

「どぅりゃぁあぁ!!」

「!?」

 

 どす黒い色の妖気の紐に自分の妖気を絡め、2枚ある翼の片側を引っ掻き回した。片方の翼だけ無人航空機の羽のように、関節を無視してギュンギュンと謎回転した。

 

 急激にバランスを崩し、速度を落としたキメラ型の覚醒者は、バネの付いた刃のような足で地面に着地した。

 

「邪魔をしてクレるわね。食べないと言ったけど……殺さなイとは言ってないワよ!」

「くっ!」

 

 バネの足を縮めた覚醒者は、少し縮こまると私に向けて砲弾のように発射された。妖気開放していなければ、私はあっさりと轢き殺されていただろう。

 

 飛んでくる瞬間は見えた。反射的に、直線的な動きを予測して大剣を差し込んだ。

 

「がぁっ!」

 

 強烈な衝撃が私を襲った。

 いつものように力を制動出来ずに、木の葉のように空中に巻き上げられてしまった。攻撃が重すぎる!

 しかも、私は皆と違って〈お嬢様〉の空中足場に乗れない。お嬢様の髪の毛を何本も千切って、私は体勢を何とか戻した。くっ、高すぎる。タマヒュンジャンプくらい飛んでる。

 

「チっ、やっぱりこれは邪魔ね。一度自由ニ飛んでみたかったンだケど……」

 

 キメラ型覚醒者が足の触手を使って、ギュンギュン回る自分の羽根を器用に毟り取ったのが見えた。千切れた羽根は、更にギュンギュンと回った。

 

「見せてあげルわ……私の本気を」

 

 全ての長い脚を折り畳むように縮めた覚醒者が、私の方を見上げて言った。

 

「がァァァ!」

 

 背筋に怖気の走った私は、全力で妖気開放して目に力を溜めた。視界が灰色に染まった。見逃せば死ぬ。そんな予感が走った。

 

 キメラ型覚醒者から妖気が迸り、大地を穿った。

 

 コマ落としの様に白い覚醒者の顔が近づいてくる。きっと、私を噛み砕くつもりだ。

 大剣を向けるのは間に合わない。

 

――オリヴィア!

 

 私は身体の中から響く、ロザリーの声に従った。

 速度はいらない。必要なのは当たった瞬間の力の流れを逃さないこと!

 

 覚醒者の額に指先が触れた。

 

「うぉりやァァァ!」

「!? ……なニ?」

 

 気合一発。

 覚醒者の運動エネルギーの一部を奪った私の体が、空中で真横に滑った。し、死ぬかと思った。

 

 すれ違った私達は、反対方向へ距離を開けていった。はは、避けてやったぜ。

 

「……雑魚が!」

「!?」

 

 しかし、キメラ型覚醒者が空中で静止した。翼もないのに、なんでだ!?

 私の耳元で、鎖を擦るような音が響いた。

 

「オリヴィアさん!」

「オリヴィア!!」

 

 遠くで私を心配するシンシア達の声が聞こえた。

 キメラ今どうなってんだ!?

 

「死ね」

 

 ギロッと此方を見下ろした覚醒者が、急加速して墜ちてきた。

 硬質な黒い足の触手が、ギロチンのように迫った。

 

「くっ、『間に合えぇぇぇ』!!!」

 

 今度は大剣が間に合った。

 

 激しく衝撃音が鳴り、ぶつかった衝撃で軽い私は明後日の方向へ弾き飛ばされた。

 大地が迫り、仰向けで地面に突っ込んだ。

 

「がはっ!?」

 

 墜落した衝撃で地面が吹っ飛んで瓦礫が降った。落ちたところがスカスカの岩盤で助かった……。

 

 即座に起き上がろうとしたが、ぶつかった衝撃で身体が思ったように言うことをきかなかった。

 

「く、くそ……」

 

 キメラ型覚醒者は、もう一度跳び上がったのだろう。空にいた。私に止めを刺す気だ。

 逆光で敵の顔が見えない中、私は夢中で空に手を伸ばした。

 

 あいつは妖気操作に対する耐性が低い。あのギュンギュン回る羽根がその証拠だ。きっと普段、精緻な妖気操作に慣れているんだろう。そこに、認識外の妖気を当てられると、その力を持て余すんだ。

 

 紐を結んだ。

 まだだ、辿って私の妖気の紐をぶっ刺してやる。

 ガラテアの言葉が蘇った。

 

――お前。集中した妖気を紐状にして、相手に干渉しているな?

 

 鎖を巻き上げるような音が聞こえた。きっと、アンカーみたいなのを、地面に刺して巻き上げてるんだ。それで空中でも、あの挙動ができるんだ。

 

 もっと太く、もっと。

 ゴン太の妖気を送ってやる。

 私の出せる精一杯。

 妖気開放で頬が割れた。

 

 嗤った覚醒者が、流星みたいに降ってきた。

 

「くらえや『糞ったれぇ』!!」

 

 大きな妖気が向かってくる。

 私の妖気がやっと届いた。

 

 紐が刺さった。

 今だ!!!

 

「ガッ!?」

 

 肉が咲いた。

 海老反りになった覚醒者の背中が炸裂し、繋がった肉腫が空中で花開くように、ちょうちょの羽根みたく広大に拡がった。

 

「ガ!? な、ナニヲ! グゥァァ入って、くる……やめ、」

「オラァァァァぁぁ!!」

 

――貫通力と瞬発的な強制力はあるが……。最悪、味方に干渉すれば覚醒させてしまうぞ。

 

 ガラテアの言葉のように、紐の強制力は味方に使うと危険だ。しかし、一瞬なら覚醒者にも通用した。

 人間として存在していなかった、翼という器官があった背中。そこに干渉した私の紐が、覚醒者の思い描く最強の身体を穿った。

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 組織の見晴らしの良い高台に二人の男がいた。

 

「ば、馬鹿な……。首が落ちた状態から、蘇り覚醒しただと……?」

 

 サングラスを掛けた黒ずくめの男、ルヴルは冷や汗を垂らした。自身の常識を超えて、禁忌的な領域に手を掛ける研究者ダーエを畏怖してのことだった。

 

「さっき言っただろう? 厳密には生き返ったわけではないと。生前の姿に似てはいるが、中身は別物だよ」

「……初めから、覚醒させるつもりだったのか?」

 

 唖然とした表情で、ルヴルはダーエへと視線を送った。

 

「くくく、長から何か吹き込まれたのか? 例えば、そうだなぁ。私が作品を後生大事に飾っているとか……」

「……」

 

 片目の瞼のないダーエは、どこか嘲笑するような視線をルヴルへと向けた。ルヴルを見ていながら、長を小馬鹿にしていることがルヴルには分かった。

 

「私はね、見たいんだよ。手ずから創り出した作品、それを超える〈最高傑作〉をね」

 

「何を……?」

 

「あの男に刺さっていた腕。3体の歴代ナンバー1を覚醒させ、なお有り余る力を秘めている。……私は、あの腕の持ち主を知らない」

 

 記憶を探るように、ダーエは天を仰いだ。

 

「……あの腕の持ち主がこの場に現れてくれないのかと、願って止まないのだよ」

 

「……」

 

 ダーエの狂気に慄いたルヴルは、視線の圧に圧されて少しだけ仰け反った。

 

 

 

 その時、状況が動いた。

 争い合っていた2体の決着が付いた。

 覚醒したカサンドラが、覚醒したロクサーヌを下したのだった。

 

「ほぉ、やはりか……」

 

 ニヤニヤとした笑みを浮かべたダーエは、ルヴルに語り掛けるように独り言を続けた。

 

「本来、生前にいがみ合った記憶があったところで、覚醒者同士が喰らい合うことは、殆どない……。喰らうことで自身を動かしている、〈原動力〉を無意識下に取り込んでいるな」

 

「どういうことだ?」

 

「1つになろうとしているのだろう。これは……本体に何かあった、か。恐らく、喰らい終われば表層の意識は役目を終えて、本体に向かうのだろう。ククク……」

 

 このとき、ダーエの言葉を聞いたルヴルの中に、一片の興味が湧いた。

 終わってしまった組織、自身が手掛けた(はかりごと)、その結末が知りたくなった。

 

「貴様がどの立場の人間かは知らんが、来るかね? 特別に見せてやってもいい。この結末、知りたくは無いか?」

 

 ダーエのその言葉は、ルヴルの選択を後押しすることになった。

 

「そうだな……。私も興味はある」

 

 ルヴルは頷いた。

 

 しかし、立て続けに状況が動いた。

 覚醒したヒステリアが、空中で突如爆発したのだ。

 

「!?」

「!?」

 

 移動を開始しようとしていたダーエとルヴルは、雰囲気ぶち壊しの爆発に暫し硬直した。

 



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荒ぶる蝶の舞のポーズ

「はっ!?」

 

 気が付くと、私は岩の瓦礫の上で大の字になっていた。あの後、少しだけ気を失ったようだった。

 酷使してボヤケた目を擦った。あ、ちょうちょは!?

 

 空を覆うように、血管のような巨大な肉の翼が広がっていた。中心には、半壊したキメラ覚醒者の瓦礫のようなものがぶら下がっている。

 肉の腫瘍の拡張に着いてこられなかった様だった。よく見ると、人間の下半身の様なものが微妙に生えてた。ぷらーんってなってる……、きっも。

 

 戦場に一陣の風が吹き、ふわーっと、綿毛のような挙動でカサンドラの方へと飛んでいった。どこいくねーん!

 

「オリヴィア! 無事か?」

 

 大剣を杖に起き上がって上を眺めていると、ユマが血相を変えてやってきた。

 

「へいき」

 

 思いっきり妖気開放したからか、すっからかんな感じがする。腹痛明けのふわふわ感と言えばいいだろうか。いや、これは徹夜明けの空腹感……。

 私は良いんだけど、ミリア隊長達は大丈夫だろうか? 〈深淵の者〉のバトルに完全に巻き込まれてそうだが……。

 

「そうか……、良かった。お前、妖気がかなり希薄になっていたからな……。焦ったぞ」

 

 妖気感知的な視点で見た私は、あの技を出した直後にHP1で点滅してたに違いない。

 

「しかし、あいつは何なんだ……? 降って湧いたように現れたが……」

 

 私はダラダラと冷や汗をかいた。首をくっ付けたら生き返った……なんて言えねぇ。どうしよう。

 

「うーん……こ」

「ユマ! 手伝ってくれ!」

「なっ!?」

 

 私が言い訳をしようとした時、姉御がこちらに叫びながら走り寄ってきた。遮られて、またう○こって言っちゃった……。

 

 姉御がイライザを、ナタリーがデネヴを背負っていた。二人とも重症を負っているようだ。カサンドラ達の最後の大暴れに巻き込またのかもしれない。

 

「ミリアは?」

「まだ、あそこに残っている……! 早く戻らねぇと」

 

 ミリアは、アナスタシアやディートリヒと共に、まだ向こうに居るようだった。

 

「……ユマ、私はいいから、イライザを助けてやれ……。あいつは攻撃型だ」

 

 ボコボコと音を立てて、デネヴが腹の傷を治しながら言った。デネヴ……あんた身体が穴あきチーズみたいになってんぞ。デネヴじゃなければ即死だった。

 

「現役を庇ったんだ。アナスタシアが落ちれば、あたし等は羽を失う」

「……うぅ」

「〈まつげ〉!」

 

 イライザの腹にも穴が空いてた。しかし、ユマがいるからセーフだった。イライザの腹に手を当てたユマは、いつものビキビキヒールを放った。良かった。

 

「あの覚醒者……再生力が尋常じゃない。クレアのような高速の斬撃か、オリヴィアの〈千剣〉の様に再生する隙を与えないようにしなければ……」

 

 デネヴを下ろしたナタリーが、あの場に生き残ったカサンドラをそう分析した。ってことは、ミリアでも厳しそう。

 

「で……なんでちび助は漏らしたみたいになってんだ?」

「オリヴィアは……」

 

 この場にいる戦士の視線を感じた。しかし、私は大剣を地面に突き立てて寄り掛かり、足が産まれたての子鹿のようにプルプルしていた。これは恐怖ではなく、極度に妖気を消耗した結果だった。もちろん漏らしてない。多分きっとメイビー、トラストミーパストラミ。

 

()()沸いた覚醒者と戦っていたんだ。負傷した現役達を守るためにな」

「ちび助……。んで、あの飛んでいるのが成れの果てってわけか」

「ああ」

 

 横目でこちらを見ながら、ユマが説明してくれた。突然というワードに、思わずビクついてしまった。ユマの話だけ聞くと、私がヒーローみたいじゃん。やめろ。そんな目で見るなやめろ。

 私がやったのは、開けたドアを締めた、もしくは天に吐いた唾を飲んだ……いや、覆水が盆に帰った……?

 駄目だ、こんがらがってきた。死体が生き返って死ぬるのは、なんて言えばいいんだ。ターンアンデッド?

 

「あの覚醒者の妖気……〈深淵の者〉並だ。極大の妖気に当てられて、感知が遅れたのか……」

 

 悩む私の前で、ナタリーがこぼすように言った。

 

「そんなやつを倒しちまうとは、な……」

「いや? 死んでるのかあれ……?」

 

  ユマがイライザを直している間に、ふわーっと、飛んでいく肉綿毛を皆で眺めた。

 だが、ちょっと待って欲しい。実は厳密には倒してないんだ。……たぶんあれは、私の妖気のをぶち込んだ結果、中に居た本体みたいなやつがボゴッって出てきただけなんだ。

 つまり、ダメ元で敵にエネルギーを送ったらバランスが崩壊しただけなんだ、たぶん。

 

 

 

 肉綿毛は、カサンドラの上空に辿り着くと静止した。瓦礫部分から、額に一本角が生えた女がニョキニョキと現れた。プリシラだった。

 

「ぷりしら!?」

「またやつか!?」

 

 薄暮の空に輪郭が浮く肉綿毛を、私は睨んだ。

 記憶の彼方に行ってしまった原作を思い出そうとした。こんなシーンあった……? ぬうぅぅ、駄目だ全然思い出せねぇ……。

 頭痛がするほど悩んだが、欠片も思い出せなかった。

 プリシラがカサンドラへ手を伸ばすと、肉綿毛から沢山の血管が伸びていき、カサンドラと繋がった。ロクサーヌを食べ終わったカサンドラは、どこか遠くを見つめて抵抗しなかった。

 そのまま、すぅーっとカサンドラが空へと登っていき、肉綿毛とプッピガンした。

 

「え?」

「融合した!? 喰われたのか?」

 

 二人は融合すると、めっちゃキモい究極完全態ラーバモスみたいになり、そのままふわーっと西へ旅立って行き、闇夜に消えた。

 

 戦闘はアッサリと終わってしまった。

 

「助かったのか……?」

「くそ、あたし等は歯牙にもかけてねぇって事かよ!」

 

 姉御に背負ってもらい、ミリアたちの近くに行くと、ヘレンとディートリヒが騒いでいた。

 

「……終わったのか」

 

 姉御がポツリと言った。ようやく倒すべき敵がいなくなった。逃げられたんだけど。

 

「いや、まだだ。組織を潰す」

「……」

 

 ミリアは立ち上がり、鋭い視線を組織の本部へと向けた。

 

 

 

 

 

 戦闘は終わったが、組織の残党狩りをすることになった。因みに殺しはしない。見つけたやつを縛って、手あたり次第に手漕ぎボートのような船に乗せてやった。くににかえるんだな、おまえにもかぞくがいるんだろう。

 

 気絶して倒れているのは、下っ端ばかりだった。見捨てられたのか重症なやつばかりだ。治療して船に載せた。幹部はゴタゴタ紛れて消えてしまっていた。なんてこった。

 

 

 応急処置に手間取った。だいぶ時間が経っちゃった。

 暗い組織内を彷徨っていると、皆とはぐれて完全に迷子になってしまった。妖気探知で探ると上下階で入れ違いになっていた。皆のところに辿り着けないんだが……何処よここ。

 

 しばらく歩き回っていると、戦士の独房みたいな部屋を見つけた。組織に呼び出しされると、皆此処に一度ぶち込まれる。最低限の物しか置かれていない部屋だ。

 

「なっつ」

 

 私が此処にぶち込まれたのは、ナンバー26になる前だ。

 あれは……、逐次投入された妖魔を200体くらい消し飛ばした後。事情聴取とか言って、組織に呼ばれたんだ。当時は何言われてんのか、あんまり良く分かってなかった。

 

 確か……長とかと圧迫面会した後、コッチに連れてかれて――。

 

 

―――

――

 

 

 時は、オリヴィアが反芻した記憶へと遡る。

 

 当時、実験体の最後の経過観察として、オリヴィアは本部へ召喚される事となった。

 しかし、自我を摩耗し無言を貫く戦士は過去にもいたが、元気一杯に言葉が通じない戦士は稀であった。

 

 さらに実績として、ナンバー1桁〜10番台ならともかく、40番台が一度の現場で200体近くの妖魔を斬り殺すというのは異例であった。同じ40番台のクレアが、半覚醒し妖気読みに慣れた頃にようやく相手取れるレベルの敵量である。

 

 実はこの件には、オリヴィアに対して無駄に殺意の高かったダーエも関係していた。一応ながら、戦士としての体裁を成している希少な実験体に対して、当時のダーエは使い潰す権限を持っていなかった。

 その為、周辺にいた妖魔を追い立ててオリヴィアの方へ誘導したのだが、結果としては裏目になっていた。

 

 

 しかしながら、本部へ呼び出されたオリヴィアだったが、質問を投げかけても全く会話にならず、担当のオルセに聞くも要領を得ず。結局、頭を抱えた首脳陣によって手を払われて、オリヴィアはブタ箱の様な部屋にぶち込まれたのだった。

 

 その時、ダーエにさらなる指示が下った。

 せめて会話ができるようにせよ、と。

 

 無理だった。

 

 そも、ダーエと相対するオリヴィアは、くねくねと変な動きを繰り返しては笑う、完全な気狂いだった。

 

 体裁上、仕方無しに研究室へオリヴィアを入れたダーエだったが、更に驚愕の事態に直面することになる。

 なんと部屋に入れたオリヴィアが、ダーエが目を離した一瞬の隙に部屋に保管してあった薬瓶を割り、飾っていた死体に盛大にぶっかけたのだった。

 

 ダーエは慌ててオリヴィアを摘み出したが、肩を叩かれ後ろを振り返ると、戦士の死体がダーエの肩を叩いており、ダーエはニヤけた顔のまま気絶した。

 その後、部屋へ定例で報告に来た部下が、死体に伸し掛かられニヤケ顔で眠っているダーエを見て慄いたのは言うまでもなかった。

 

 後日、ダーエは組織からネクロフィリアの誹りを受け、死体蘇生の切っ掛けを掴みつつもオリヴィアへの微妙な憎しみを募らせた。

 

 

―――

――

 

 

「……うーん?」

 

 何となく気を惹かれて、〈変態デメキンおじさん〉の研究室へ入ったが、特に何もなかった。相変わらず、猟奇的な部屋だった。なんで壁に人間の剥製がいっぱいに貼り付けてあるんだ……。悪趣味か。

 

 昔ここでちょうちょ(蛾)を追っていると、薬を割ってしまい、あまりの臭さにシュゥゥゥゥト! 巨乳に直撃して超エキサイティング!! してから二度と縁が無かった場所だ。〈変態デメキンおじさん〉の無言の圧力は、無駄にゾワッとしたとだけ言っておこう。

 

 外がにわかに騒がしくなった。外に皆が集まったようだ。

 

 

 

 外に出ると、篝火が焚かれていて、負傷者の治療も終わったみたいだった。

 

 ミリアが長の首を掲げてライオンキングしたことにより、私達、組織の戦士としての戦争は終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 落ち着いた頃、私達はミリアを上座に据えて扇形の車座になった。

 

「組織は終わった。しかし問題は、あの覚醒者達だ」

「こっちを歯牙にもかけていやがらなかった!」

 

 デネヴが神妙に語り始めたが、ミリアが制した。

 

「ふむ。それなんだがな……。まずは、お前達が西の地で逢ったという、プリシラと言う名の覚醒者について聞かせてほしい」

 

 ヘレンやデネヴが熱く語った。

 クレアが囚われた時に居たこともあり、かなり憎しみが溜まっているのかもしれない。

 

「そうか、クレアがそんなことに……」

「ああ、ガラテアでも駄目だったんだ」

 

 気絶したイライザは、私の太ももで膝枕されていた。だが待ってほしい。試しに膝枕してみたけど、私の太ももの肉が薄いせいかめっちゃ痛い。イライザの頭が重いのか……? いや、これ寝心地も悪かろう。何だこの二人とも損しかしていない膝枕は……うごごご。

 

「……。オリヴィアは、何でそんなに青い顔をしているんだ」

「あぁ、オリヴィアはな――」

 

 妖気の紐でブスリしたことを、ミリアに告発されてしまった。

 

「……」

 

 男性器辺りのくだりで、視線の温度が若干下がった。きっと今も、あいつはビンビンだよ。

 

 

「しかし……何故、あの覚醒者達から生えてきたんだ」

 

 私は朧気な原作知識を遡った。確か、研究者がプリシラの腕を使って蘇生したんじゃなかったっけ……。プリシラは蘇生薬だった……?

 

「最後、急に移動を始めた事も気になる……。恐らく、本体側に何らかの状況進展があったのかもしれんな」

「な!? それじゃあクレアが」

 

「クレアなら大丈夫だ」

 

 お通夜ムードの中、私達の背後から声をかけるヤツがいた。

 金髪のムキムキな青年だった。何故か取り巻きで訓練生達(青い果実)が群がっていた。

 

「男……?」

「あん? 誰だお前」

 

 ナタリーや姉御がアウェー感を醸し出し始めた。やめてあげてよぉ! でも、イケメンだったから殺す。繰り返す、モテるイケメンは殺す。

 モテ男は、私の足が痺れていて命拾いした。

 

「大丈夫だなんて……何処にそんな根拠があるんだ!」

 

 叫んだのは熱血気味になっているヘレンだ。付き合いが長く、クレアが囚われた場に居たこともあり、一番クレアを心配して居るようだった。熱い女ヘレン。

 

「根拠……か、理由はない」

「は?」

「信じてるんだ」

 

 モテ男は言い切った。

 

「お前……まさか……!?」

 

 デネヴが驚愕の顔で男を見つめた。

 

「……久しぶりだな。あの時、クレアにくっついていたガキのラキだ。デカくなったから、気づかないのも無理はない」

「なっ!?」

「え!?」

 

 なんとラキが生きていた。ヘレンに加えてユマも驚いていた。ユマはあれか、北の地でラキ探しに散々付き合ってたんだったな。

 知ってたけど、ラキがイケメンで私は誇らしいよ、知ってたけど。

 私は近所の世話焼きおばちゃんが向ける目を、ラキへと向けた。よし、結婚式はラボナ式だな。私が祝詞を言ってやろう。

 

「どうやって生き延びたんだ」

「それは――」

 

 ラキはその不幸(?)な半生を説明し始めた。ラキは二十歳くらいかな? やたらムキムキだけど。

 

 要約すると、北に売られたあと街が妖魔の大群(覚醒者)の襲撃にあって崩壊し、牢屋に入れられていたラキは助かった。その後、生き延びたっぽい人と南に下ってきて、そのまま南に最近まで居たようだった。

 

「まさか、クレアが予想していた通りとはな……信じられん」

「私はお前が組織を潰すと言っていた時、同じように思ったよ」

「デネヴ……」

 

 ミリアが目を大きく開けて驚いていたが、デネヴの冷静なツッコミが入った。私もそう思います。

 あれ待てよ? ラキと一緒に居たのってイースレイじゃね?

 

「そして、」

「っいーすれい!」

「!? なんで、その名を知っているんだ!?」

 

 思わず私が話に割って入ると、ラキ男が驚いた声を上げた。

 

「ちび助! 人が喋ってるんだから割り込むな!」

「ぴごっ」

 

 姉御に殴られてしまった。違うんや、姉御! こいつが犯人です!

 

「イースレイ……? 〈深淵の者〉イースレイか?」

「〈深淵の者〉……? いや、あの人は何か隠しているようだったが……。俺は教えてもらえなかったよ」

 

 ラキは、〈深淵の者〉や覚醒者について知らなかった。しかし、そのイースレイも南で死んだんだったような。

 

 ラキ男の話が終わり、しばらく考え込んだミリア隊長がポツリと言った。

 

「ふむ……。お前ならクレアを呼び起こせるかもしれんな」

「!? ガラテアでも駄目だったんだ、人間の男に何ができるってんだよ!」

 

 それに反応したのはヘレンだ。ぽっと出の昔の男に役を取られて、自身の無力感を嘆いているようにも見えた。

 

「私は組織を潰せた事。それ自体を奇跡だと思っている。……その、なんだ。奇跡を信じても良いんじゃないかと、今はそう思ってる」

「姉ぇさん……」

 

 有言実行したミリアは、何処かやり遂げた感を出しながら優しく笑った。それを聞いたヘレンは、毒気を抜かれたように大人しくなった。

 

「へっ、しょうがねぇな。最後まで付き合ってやるよ、隊長」

「ミリアにしては甘い考えだと思ったが……。組織潰すという甘い妄想をして言えば、今更だったな」

 

 姉御やデネヴも便乗した。

 

「なぁ……、ちょっと待てよ」

 

 ヘレンが空気を読まずに食い下がった。空気読めよなー。

 

「ヘレン」

「いや、そうじゃなくて……。もし、クレアがアレから出てきたとして……。()()がされてなかったら……」

 

 名前を呼んだデネヴに対して、ヘレンはしどろもどろで答えた。

 

「やっぱ見られたくないんじゃないかって……」

「……」

 

 確かにクレアが開放されれば、すってんてんで出てくるだろう。すると、私達の人間との相違点が御開帳されてしまうわけだ。完全に理解したわ。

 

 男女間では、割れ目がさらに一個増えたくらいの違いでしかない。そう思うのは私だけだろうか。

 

 おもむろにデネヴがラキ男の前に立った。

 

「あ、おい。デネヴ」

「見ろ!」

 

 デネヴが突然上半身の服を脱いだ。

 

「!?」

「これが、私達戦士達の身体だ。クレアが出てきたら、力一杯抱き絞めてやってほしい」

 

 痴女の出現に場の空気が凍った。

 更に、先の戦闘でボロボロになっていたデネブのズボンがパージした。

 

「!?」

「!?」

「ばかな!? 『ラッキースケベだと!?』」

 

 私はイライザの頭を地面に落として駆け出した。イライザの頭が邪魔で出遅れた。くっ!! 尻しか見えねぇ!! 間に合え!!

 

「いつまで全裸晒してんだ!!」

 

 伸びてきた腕が、デネヴをマントで覆った。悲報、間に合わん模様。

 

 デネヴの生乳を見てラッキースケベを決めたラキは、覚悟を決めた男の顔になり、ラボナに行くことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 話が一段落し、ミリアが席を立った。船を探しに行くんだろう。

 しかし、ミリアの背中にナタリーがゆっくりと抱き着いた。あら^〜。キましたわ〜。

 

「ミリア隊長、もう1人で行かないで下さい」

「ナタリー……っうわ」

 

 感動のシチュエーションで、完全に油断したミリアがひっくり返った。

 ナタリーはミリア隊長へ、バックハグ状態からのジャーマンスープレックスを決めたのだった。私もイライザにやられたけど、流行ってんの?

 

 藻掻くミリアにデネヴが声をかけた。

 

「大人しくそうされているんだな、ミリア。そいつが一番心配していたんだ。ま、全員から一発ずつ殴られてもらうがな」

「デネヴ……」

 

 その時、顔の見えない不思議っ子ナタリーが叫んだ。

 

「今だ! オリヴィア!」

「よっしゃ『任せろ!!』」

「!?」

 

 ミリア隊長を捕まえたままのナタリーの叫び声で、私は自分のすべきことを直ぐに悟った。

 私はヨタついた足で、ミリア隊長の股ぐらへ走った。そして鶴の舞……いや、荒ぶる鷹のポーズで飛び上がり、回転しながら必殺の忍術を構えた。秘伝忍術!――

 

「『千年殺』っあべし!」

 

 飛び込むように菊座を狙った一撃は、ミリア隊長の蹴撃によって回避された。あーれー。

 

「何やってんだ……お前ら……。こういうのは普通に殴りゃいいんだよ!」

「抵抗すんなよ! ミリア姉ぇさん!」

 

 空中で通り過ぎる時、姉御を筆頭に皆がミリアに群がっていった。

 ようやく、ミリアが生きていたことを喜べた気がした。



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秘密の訓練

絶対えちちちな訓練を積んでいる。


 組織の長リムトがミリアに首を跳ねられる、その一幕。その場には、全身が黒く染まったオリヴィアが居た。

 

 オリヴィアの主観では、組織内で迷子になっていたが、実際には内に潜むサルビアに一時的に乗っ取られていた。

 組織内にある隠し階段を降りながら、サルビアが前を歩くミリアへ話しかけた。

 

「隊長さん、(わたくし)は感謝しているんですよ?」

「……」

「何時覚醒するかも判らない、オリヴィアを処刑しなかった。唯一、その一点について」

 

 ミリアは立ち止まった。

 北の戦いの後、確かにミリアは、感情的に覚醒したオリヴィアに一時的な恐怖を抱いていた。しかし、それは半人半妖なら誰でも自分自身に対しても思うことだと、既に納得済みの物だった。

 況してや、半覚醒している自身は、尚の事そう思えた。

 

「オリヴィアは仲間だ。お前と違ってな」

「くすくすくす。そういうことにしておきます」

 

 そう言って、再び歩き出したミリアにサルビアは笑いかけた。

 

 長い階段を底まで降りると、呼吸しているような重低音が一定のリズムで響く部屋に辿り着いた。

 仄暗い部屋には、サイバーティックな管に繋がれた、巨大な異形が鎮座していた。

 

「やはり、ここに居たか……リムト」

「この場所を既に知っていたようだな」

「ああ」

「自分達が何と戦っていたか……、それすらも知っているということか」

 

 リムトはその部屋に立っていた。

 ミリアは、妖魔が妖魔たる理由を知っていた。そして、その理由は墓場まで持っていくつもりだった。知ってしまった戦士が、心を壊して覚醒しても何らおかしくないからだ。敵対組織からのスパイであるルヴルはそれを狙っていたが、聡いミリアはその狙いすら推察していた。

 

「そして、そこに居るのは……何時ぞやの実験体か。確か名前をオリヴィアとか言ったか」

 

 振り返ったリムトが、サルビアを見て眉を顰めた。

 

「覚えていて下さって光栄ですわ。忘れて頂いても構いませんけれど。えぇ、今直ぐに」

「お前……!? 話すことが出来たのか……!?」

「……」

 

 皮肉気味に言い返したサルビアだったが、驚愕した顔のリムトの一言で、場に白けた沈黙が降りた。

 確かに今のオリヴィアが殆ど話せなくなったのは、サルビアに一因があったが、ここまで影響が出るとは思っても見なかった。

 

「サルビア、約束を果たす時だ」

 

 ミリアが頭を振って大剣を引き抜いた。

 

「隊長さん。(わたくし)この男に聞きたいことがありましたの。その後ならこんな奴、好きになさってくださいな」

 

 向き直ったサルビアは、リムトへ問いかけた。

 

「組織の長リムト。(わたくし)は、私達がこうなった理由を問いたいの。どうして、他の半人半妖とここまで違ってしまったのかしら?」

「……。私が知っている限りでは、幾つか理由が考えられる――」

 

 リムトは説明を始めた。嗄れた声でボソボソと語ったが、静かな部屋には不思議と良く響いた。

 

 新しい実験を開始しようとした際のほんのボタンの掛け違い。その連続の結果が、今のオリヴィアを形作ったということだった。つまり、何も分からなかった。

 

「何の説明にもなってませんわ……!」

「我々とて原因の追求をしようとした。しかし、お前達が口を割らないから、調べようもなかったということだ」

 

 サルビアは梅干しを70個くらい一気に食べた渋面を作った。普段オリヴィアが身体を使っているせいで、良く分からない表情筋が鍛えられていた。

 

「ふん……。ダーエという男を探せ、お前達の実験体の素案を作った男だ」

「元よりそのつもりですわ! この役立たず!!」

 

 話にならないと、サルビアは肩を怒らせて階段を登っていった。

 

「役立たず……か。役立たずと思い、処断した戦士に言われるとはな」

 

「……さて、覚悟はいいかリムト」

「もはや雰囲気もあったものではないだろう……。さっさと殺れ」

 

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 ラキ男の案内で、私達は組織にあった秘密の船着き場まで案内された。

 何でもその船を使えば、ラボナまで7日掛からずに着くとか。まじか。今から2週間走らなくていい保険があるんですか!?

 

「え、あれ? ない!?」

 

 秘密の船着き場には、帆船が一隻しか残ってなかった。帆もボロボロだ……。ラキ男のリアクション的にちゃんとしたやつは、既に組織の幹部が乗って行ったっぽい。動くのこれ?

 私は前世の知識を総動員した。これはアレだ。きっとキャラベル船に違いない。それでも20メートルないくらいだけど。

 

「はぇ〜でっけぇ」

「何人乗れるんだ?」

 

 せいぜいチビ漁船くらいしか見たことがなかった、北メンバーズのヘレンやユマが感嘆の声を漏らした。

 

「俺が運ばれてきた船は……幹部たちが逃げ出すときに使ったのか?」

「そうかも知れないな。しかし、素人の私達が扱えるのか……?」

 

 呆然と言ったラキへ、後ろから歩いてきたミリアが応えた。

 燃やして去られなかっただけ、奴らにも有情があったのかも知れない。あれ、ちょっと待てよ。ここには海の素人しかいないのでは……? 普通に遭難……いや海難に遭うリスクがあるのでは?

 私は恐怖で股がヒュンとなった。

 

 

 メンバーは、いつもの10人に漁村出身の現役戦士が着いてきた。他にも、ディートリヒと〈お嬢様〉のアナスタシア、そして熱血眉毛のなんとかだ。ラキ男はクレアの蘇生薬扱いだ。

 着いてきた漁村現役戦士の名前はナンバー5のレイチェル。いかついナイス()()だ。帆を直したり航路の打ち合わせをしていた。普通に船の扱いがわかるみたいだ。

 

「訓練生の頃は、海の町に紛れるために漁船の扱いくらいは教わったものだったな」

 

 素人、とミリアが言っていたが、みんなヨットくらいなら扱えるらしかった。忙しなく帆を張り直している皆を見ていると、横に立ったデネヴが腕組みして説明を始めた。初耳なのだが……。

 

 いや、遠い記憶でうっすらと何かを思い出せそうだった。

 あれはそう……暗い部屋でオッサンと二人きり。長い間そうしていた気がする。何も起きないはずはなく……うっ、頭が……。

 

 確か私の教官は、コロコロと変わっていたんだった。あの時は、この世界の平仮名みたいなものを教え込まれていた。大体匙を投げられる感じで。凡そ半年くらい。あれ? 私の戦闘訓練以外の特殊訓練は、ほぼ放置のスパルタ絵本朗読で終わっていた……?

 教官がコロコロ替わるせいで、カリキュラムが毎回リセットされるのは、なんの罰ゲームだったのか……。大体飽きて目を開けたまま寝てたけど。

 

 私と違って、皆は戦士になる試験を受ける前の段階で、組織から様々な英才教育のようなものを受けていたらしい。私は殆ど戦闘訓練しかしていないんやが。

 何でも、貴族の娘ムーブから娼婦の色目すら出来るとか。それは、エッチな訓練もあったってこと!!?? エッチな卒業試験もあったんですか!?!?

 エッチな訓練の存在(驚愕の事実)に、私はショックを受けた。

 デネヴの試験内容が気になった。こいつは北欧系美人だ。きっとエッチだったに違いない。

 私は焦った身振り手振りでデネヴに聞いた。

 

「しけん! しけん! おしえて!」

「ん? 私か? あぁ、私は商隊の護衛だったよ。妖魔も出てきたがな……今になって思えば、組織の手引きだったんだろうな」

 

 なんか、すげーどうでもいい試験だった。全然エッチじゃなかった。 

 

 そう言えば、私の戦士になる試験は、良く分からない街に放置されるやつだった。

 言葉が通じずに、どうしたものかと街中を駆け回った記憶がある。当時は、半人半妖の力を持て余していた。昼間から不貞している人達の声を聞いたり、アサシンクリードごっこをして、高台から覗きをしたりしていた。

 最終的に、屋台でおっさんが人肉を焼いていて、そいつが妖魔だった。あまりに堂々とした立ち振舞に思わず肉を食べかけたが、ギリギリセーフだった。なんで妖魔ってイキって来るんですかね。

 

 彼は、半人半妖に人間を食べさせて悦に浸ろうとする邪悪っぽかった。何言ってるか、全然わからなかったけど。圧が凄かったので、多分そうだったと思う、たぶん。

 

 私は最初に手に掛けた、必死に説明するイキり妖魔くんを思い出して虚しくなった。

 

 

―――

――

 

 

 秘密の港を出て二日目。

 甲板は死屍累々となっていた。

 

「く、ぐるしい」

「オロロロロロロ」

 

 死んでいるのは、主にユマとラキだ。

 そのうち干乾びてカモメの餌になりそう。三半規管の鍛え方が足りないな。今度ラボナの空を私と飛ぼうぜ。

 原作主人公のクレアですら、吐瀉物クラスター爆撃機と化したフライトを思い出した。あれは命令とはいえ、正直すまんかった。

 

 ラキは私が釣った深海魚みたいな巨魚を食べて、死にかけている。くっそ旨い魚だったんだが、試しに生で食べてみたら人間には劇物だったみたいだ。直ぐに腹パンで吐き出させたのだが、この有様である。

 

 尚、生食を発案した厳ついレイチェルは、如何にもバツが悪そうにしていた。何でも昔、幼い頃に大人達が隠れて食べているのを見ていたらしい。

 調理方法は分からなかったが、取り敢えず食べてみようということになったのだった。……そらそうなるわ。海って怖い。

 

 天候にも恵まれ、上手く海流に乗ることもできた。航路は順調だ。

 

 

 

 秘密の港を立って四日後、夜。

 私達は無事に陸地に衝突した。停車と着陸と寄港が一番難しいって、一番言われてっから。

 まぁ、なにはともあれ到着である。

 

「ゲホッゲホッ。し、死ぬかと思った」

「ふむ。無事についたな」

「船は大破したがな……」

 

 まる四日の船旅によって、船酔いで死屍累々の現役。肩の荷が降りたのか吹っ切れたミリア、冷静にツッコむデネヴ。無事に着陸したメンバーは賑やかなメンツとなっている。

 何人かは夜の海に投げ出されたが、半人半妖パワーで陸地に無事にランディングした。

 

 そこから北に向かって徒歩(全力ダッシュ)で2日間北上した。

 

「うわああっ、あっ、うがっ、はやっ」

 

 私達は船の残骸で作ったソリに、ラキを乗せて走った。太い綱を腰に結びつけて走っているのは、厳ついレイチェルだ。

 食中毒事件の犯人だったので罰としてそうなったのだが、私も連座で繋がれているのは何の冗談だろうか。

 

『ちくしょめぇぇぇ!』

「また喚いていやがる……なんなんだこのちび先輩は……」

 

 ホントに歳上なのかとか、一緒にソリに乗ってろとか言われた私は、イラッとしてレイチェルを追い越し、ソリと一緒に引きずってやった。

 

「お前、慈悲はないのか……! うわあああ!」

 

 ラキ男の小言が聞こえたので、クレアの婿として鍛えるべく更に速度を上げた。




オリヴィアの試験のハードさ

・未熟で妖気がほぼ読めない状態での妖魔討伐実地試験。
 会話不能。そもそも戦士は何と戦ってるの?
 ムキムキのおっさんがこちらを見て、めっちゃビビってて笑う。草、なんで??
・屋台の人肉を食べた人が複数いる。
 いつもよりも鼻があんまり良く効かない。
 ゲロ以下の匂いがプンプンする街。
・鉄の掟により、人を食害すると突然処刑される。
 人肉の匂いがする容疑者複数。
 なんの街? サイコパスタウン?
 鉄の掟もよく分かってなかった。肉を食べたらアウト。
・そして最も重要なことは、何よりも何する試験か良く分かってなかった。
 行けって、何処に???
・店主がたまたま火傷し、指が伸びた瞬間に様々な事象がようやく繋がり、敵が妖魔であることを閃いた。
 ファッ!? クレイモアの世界やんけ!

・必死に説明する妖魔くん
 肉をあげたら暫く屋台の前に立っていたので、肉を食べたと思い背に向かって一通り説明したら、串焼きを手に持ったままキョトンとしていた。もう一度説明したがダメだった。3回目でキレて火傷した。

人を害せない戦士の鉄の掟を利用したダーエに嵌められましたが、ほぼ運で越えました。


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鎮・エロパンツ

 

 走り続けて丸1日半。

 バキアはイースレイの分体に追い付いた。

 

「ぷり……ぷり……らき。ぷり……ぷり……ラキ」

 

 小さなイースレイは、うわ言の様にぶつぶつと言いながら、凄まじい速度で聖都ラボナの西まで走り続けた。

 

「ぜぇ……ぜぇ……はぁはぁ。な、何なのよ、もう」

(やっと、追い付いたのに……力を使いすぎて覚醒体が維持できない……)

 

 山あり谷ありの道を、馬の襲歩を超える速度で夜通し走るという、覚醒体の力を持ってしても常軌を逸した速度だった。

 覚醒体を維持できず、バキアは両膝を折った。

 それでも、バキアは長年の努力の結晶である小さなイースレイを失うわけにはいかなかった。

 

 バキアは異様な妖気を感じて顔を上げた。ソコには、見たこともない黒いご立派様がご()座していた。

 

「な、なんて逞しいの……」

 

 バキアは、一瞬イースレイを忘れて見惚れた。

 それが致命的な一瞬となった。

 

「ぷり……ぷり……」

 

 うわ言を呟く小さなイースレイは、ぷりぷりの尻を振りながら、ぷりぷりの黒い御鎮座様の元へ歩いて行った。

 小さなイースレイが黒い御鎮座様へ両手をかけると、その身体が徐々に埋まっていった。

 

「何処へ行くのよ! ちょっと待ちなさい!」

 

 バキアは必死に手を伸ばした。此処まで追いかけた、我が子同然の個体を失いたくはなかった。

 

「待って、ま……。あばあああ!」

 

 人間体のまま追い縋るように手を伸ばしたバキアは、小さなイースレイに触れると、そのまま黒いご鎮座様に吸い込まれた。

 

 そして、黒い巨砲以外誰も居なくなった。

 

 

◆◆◆

 

 

 ラボナに着いた。

 

「本当に7日程度で着くとはな……」

「けっ。あの飛んでる〈深淵の者〉は、山も谷も飛び越えてくるんだろうさ。あんまり時間はねぇぞ、隊長」

 

 ミリアが感慨深げに言ったが、首に手を当てたウンディーネの姉御が苦言を言った。

 

「ああ、分かっているさ。空いた時間は1週間程度もないだろう。その間に体制を整えるんだ」

 

 その時、ラキ男が明後日の方向に歩いていった。どこいくねーん。

 

「おーい! 君もラボナに行くのかい?」

 

 傾斜になっている地面に座り込んでラボナを眺めている牧歌的なロン毛美女に、ラキ男が声を掛けた。巨乳だった。ナンパか? お??

 

 歩いて向かっていくラキ男を、デネヴが掴んで止めた。んーーー。隠蔽しているけど、こいつ覚醒者じゃね?

 

「それ以上近づくな」

「え?」

「食われたくなければな」

 

 見回せばラボナを囲うように、覚醒者達がたむろしていた。鬚のダンディーからムキムキのおなごライダー迄よりどりみどりだ。なんか10人くらい居る。全員つよそう。

 中でも、雑に簡素なワンピを着ている二つ結びのやつのサイコパス感がヤバい。妖気がトゲトゲしてる。センサーに感、淫乱です。うわ、やべ。目があった。

 

「オリヴィアも急に突っ込んでいくなよ」

「はいはい」

 

 私は適当に往なした。イライザにどんだけ信用されてねぇんだ。あんなやべぇとこには、流石に行かないよ。

 

「くく……ちゃんと見ておけよイライザ」

「またぁ!?」

 

 ヘレンがイライザの肩へ片手をかけて言った。

 憐れ、言い出しっぺの法則でイライザは私の担当となった。ちょっとだんしぃ、その罰ゲームみたいな言い方やめなよぉ〜。

 

「はぁ……」

 

 私は外人のように両手を広げて、やれやれと肩をすくめた。今日から私はやれやれ系主人公だ。やれやれ、私は腹減った。ご飯はまだですか?

 

「まぁ……別に……いいわよ。ちゃんとしててよね!」

「わぷっ」

 

 いつもの流れで脱力していたけど、急に赤い顔になってイライザがデレた。私の頭をグリグリとかき回した。な、なんなんなにゃ。待って、強い。

 無意識にグリグリしたのだろう。イライザは自分の手を見て更に赤くなった。

 

「そ、そのだからね。これは、そんなんじゃなくてね」

「いたたたたはた『待て待て! 抜ける抜けるハゲる首が取れる!!』」

「おい、イライザ。……おい」

 

 私の頭が赤べこのようにガクガクと往来した。おい! くそ! なんのデレだよ!? デレが雑なんだよ!!

 ドン引きしたユマが止めに入ってくれて、私の頭皮と首は守られた。

 

 

 

 

 

 

 私達は覚醒者達に見られながら、聖都ラボナに入った。

 ラボナの中は活気がなく、人の営みが消えたようだった。

 

「皆何処へ行ってしまったんだ?」 

 

 キョロキョロとしながらユマが不安そうに言った。確かに、実力派揃いの覚醒者に取り囲まれていたら、そういう不安も湧いてくるだろう。

 

 守衛の兵士が遠巻きに私達を眺めている。

 ガラテア達の気配は残ったままだから、そのうちくると思うけどなぁ。

 

「〈幻影〉のミリア。まさか本当に生きているとはな……」

 

 空中からシスター服を着た雰囲気未亡人が落ちてきた。ほらきた。親方ぁ! 空から未亡人が!

 ミリア死亡説を訴えていたガラテアのご登場だ。私は腕組みして前に出た。

 

「さあぬげ!『賭けはお前の負けだぞ。素直に全裸になるんだな』」

「何を言ってるんだ……? オリヴィアも相変わらずだな。……全員欠けることなく戻ってきたことが、奇跡のように思えるな」

 

 どこか嬉しそうにガラテアが言った。勢いで脱いでくれると思ったが、全然駄目だった。

 

「……世話を掛けたようだな」

「まったくだ」

 

 元上位ナンバー同士、何か通じるものがあるのかもしれない。そう声を掛け合った二人は、薄く笑って再開の会話が終わった。

 

「さて、再会を喜んでもいられない」

「……あぁ。この街の現状を教えてくれ」

 

 ガラテアが言うには、暫く前に、ラボナへ超弩級の妖気が迫ってきた。街の住人も何かを感じるほどで、皆怯えていたそうだ。

 しかし、そいつは高速で通り過ぎた後、西に置いてある猥褻物あたりで突然消えた。

 その後何日か経って、先の出来事に釣られるように、ラボナの周りを覚醒者達が取り囲んだみたいだ。

 

「その後の事を危惧して、街の住人には避難してもらった。ここに残っているのは、どうしても聖都を守りたいと思う志願兵達だ」

「ちょっと待てよ……。クレアに何かあったのか!?」

 

 説明途中のガラテアにヘレンが噛み付いた。

 

「それについては、見てもらったほうが早い。……と、言うよりは説明が難しくてな……」

 

 ガラテアが逡巡して言った。

 

「……」

「ラボナの西にある物体に、一体何があったと言うんだ……」

 

 またお通夜ムードな空気が流れた。ユマが緊張感から冷や汗をかいていた。こいつ、いっつも汗かいてんな。

 

「ガラテア、暫く前と言っていたか。その、猥……クレアを取り込んだ存在に強い妖気が接触したのは何時だ?」

「今から、大凡6日前だ」

「ふむ……。〈深淵の者〉との戦いと被るな」

 

 ミリアが顎に手を当てて考え込んだ。何か思うことがあるのかもしれない。そう言えば、ちゃんとした料理を食べてないのが、そのくらいかも知れない。保存食とか生食ばっかだったな。ははーん、さては温かい物が食べたくなったな。

 

「どういうことだ?」

「奴()は突然西へ向かった。そのタイミングとおそらく同じだろう」

 

 全然違った。

 組織で戦った〈深淵の者〉についてだった。

 

「本体側に影響のあるものが、接触したということか……」

「憶測ではあるがな……」

 

「けっ……。何にしても、行ってみないことには判らねぇんだろ? 早く行こうぜ」

 

 姉御の一声で西の猥褻物へ向かうことになった。

 

 

 

 

 現役達をラボナに置いて、私達は街の西をワンダーフォーゲルしていた。今回は様子見とのことで、ラキ男は置いてきた。やつは……これからの戦いについて来れない。性的な意味で。

 

「着いたぞ」

「うわぁ……」

 

 とか思っていたら到着した。

 

 ビンビンだったはずのネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲は、頭頂部が中折れしており可哀想な感じになっていた。

 

 更に先っぽには、女の上半身が出てきていて、今にも発射されそうだった。痛々しすぎて、こちらのイマジナリーアストラルブレードまで痛くなってくる。

 思わずヒュンとして股を押さえた。

 出てきている女は、プリシラの覚醒体の形をしていた。これは……生命力(尿道結石)のメタファー……? セラフィトかユグドラシルの類か何かですか??

 

「さっき言った事だ。こんなことになってしまった。何と言うか……口では説明が難しくてな……実際に見てもらったわけだ」

 

 ちょっと顔を赤くしたガラテアが、モザイクが掛かっても仕方のない物体を手のひらで示した。

 確かに中折式射精体出現は説明しづらい。それでもガラテアの口から聞きたかったのは、私だけだろうか。

 

「……この中に、クレアが居るというのか……」

 

 なんというか、初めて見る皆はドン引きしていた。

 

「いよいよ大剣で刺すか、移動させるかと考えていたときに、例の件で変型してしまったんだ。……お前達の話も聞きたいが、最早時間もないように思える……。さて、どうする〈幻影〉のミリア」

「……。我々はクレアを救い出す鍵を連れてきた」

 

 雰囲気を出した後に、ミリアがドヤ顔で言った。

 

「ラボナに置いてきたがな」

「……デネヴ、なんか姉ぇさんに冷たくね?」

 

 即座にデネヴに突っ込まれた。デネヴもヘレンに突っ込まれた。ピタゴラスイッチみたいでうける。

 吹っ切れたのはミリアだけではなく、デネヴもだった。ただミリアの考えに従うのではなく、本当の仲間として寄り添おうとしているのだろう。

 

「私も!」

「ふん!」

「ぬぅ『ぬかったわ……!』 ぅごごご」

 

 私も寄り添おうと考えて、ミリアの尻にフェザータッチをしたら後ろ蹴りを食らった。鳩尾に入って超痛い。

 

「こんな時に何やってんだ……おまえ……」

 

 そう言いながら、イライザが背中を撫でてくれた。うるせぇ! 行けると思ったんだよ。

 

「その人間の男に、希望を託すのか。らしくない、まるで奇跡でも信じているようだな」

「くく」

「ぷ」

 

 ガラテアの冷たい物言いに、北のメンバーの全員が吹き出した。前やったやり取りだからだ。

 

「ガラテア。我々は誰ひとり欠けることなく、東での組織との戦いを潜り抜けた。それが奇跡でなくてなんだと言うんだ」

「……」

 

 ガラテアが、虚を突かれた様な面白い顔になった。これはチャンスでは……?

 私は奇蹟は自分で摑むものだという、ミリアの言葉に共感し、以前編み込んだ髪の毛に意識を集中した。

 

「死んでいない。生きてる。取り返す。……以前そう言ったオリヴィアの言葉は、今の我々に必要だ」

「そう言うこった」

 

 腕組みしたデネヴと姉御が、最後にそう付け加えた。言ったっけ?

 

 私はラボナを出立する前、どうしても見たかったガラテアの真の姿を見る為、ある画策を施した。

 ガラテアが持っている紐パンの紐に私の髪の毛を細工し、全てレース生地のやばいやつに入れ替えてやった。

 

 

『今こそ、神よ! 我に力を!』

「!? 待て、ここで何をするつもりだ」

「!?」

 

 ガラテアに私の妖気の高まりを察知された。

 だが行くしかねぇ!

 

「はぁっ!」

「なにを……!」

 

 ガラテアにヒュアっとされる前に、紐パンと妖気を繋いだ私は、例の妖気送りを発動した。

 

 ガラテアの腰元が破裂し、シスター服からエロパンツが落ちた。

 

「……」

「……」

「……」

 

 決まった。

 シスターエロパンツの乱。

 

 決めポーズを取った私は、皆の無言の視線に押されて少し後ずさった。ヤバい、やりすぎた。

 

「あっ……? ありが」

 

 後ろ足が引っ掛かり、後ろ向きに倒れた私を、誰かが優しく支えてくれた。

 視線を向けると、黒いモジャモジャ触手が見えた。その後ろにはネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲。

 

「ちん毛じy!」

 

 触手が絡まり私は空中に運ばれた。1本の棒と2個の球体が突然パカッと割れて、私は中折れしたネオアームストロングサイクロンジェットアームストロング砲に喰われた。

 

「オリヴィアァァァ!!」 

――オリヴィア。

 

 最後にイライザの声とどこか懐かしい声が聞こえた。

 

 




主人公が食われるなんて……なんてひでぇ話なんだ。
次回、ギャグ回。


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覚聖☆クレイモア学園1

『私』視点のお話です。
作中混乱もあるかと思いますが、オリヴィア=『私』となります。



――ドクン。ドクン。

 

 鼓動が聞こえる。

 私は前後左右、上下すら不覚な暗闇に立っていた。

 次第に目が慣れ、見渡すと暗い夜道に立っていた。ぼんやりと、飲み屋から漏れ出た明かりが石積みの小道を照らした。

 

 そうだ……。無事に仕事が決まったんだ。私は嬉しくなって飲みに行こうとしていた。

 

「ひぐっ……、えぐっ……。急がなきゃ、面白くし(ハジケ)ないと本当に消されちゃう……」

 

 狭い夜道で、顔を覆いしゃがみ込んで嗚咽を漏らす、暗闇で化粧をしてしまったキャバ嬢みたいにケバい女がいた。

 体付きは男好きする雰囲気をしており、不思議と目が吸い寄せられた。

 

「あの、もし」

 

 うわ言のようにブツブツと言う女に、私はなんとなく話しかけた。

 

「早くボケなきゃ、早くボケなきゃ……。ぼけぇな」

 

 やおら顔を上げた女は、顔を覆っていた手を逆さに交差して、えも言わぬ変顔を決めた。両目からW字のように顔へ線が入り、鼻が天を向いていた。教科書の写真を曲げれば似たような顔が出来上がるだろう。

 

「笑え! わらえよぉ!!!」

「……」

 

 女はやけクソ気味に叫んだ。普通に新手のサイコパスやんけ!?

 私は無言で折りたたみ式の携帯を取り出し、警察に通報した。

 

「あ、もしもし? ポリスメン?」

「ちっ(ブツッ。ツーツー)」

 

 は?(ブチ切れ)

 

「お願いよぉ……、もう変な痩せに殺されたくないの。燃えた教会に戻りたくない!!!」

 

 縋り付く女を蹴飛ばしながら、私は何度か警察に掛けた。

 4回目で、やっとまともな人に繋がった。

 

「――○丁目ですね! 向かいます!」

「すぐに来てください!!」

 

 傍から見れば、完全に私が女を捨てたみたいになっていた。やめてくれよぉ。

 

 女は駆けつけた黒塗りの警官達に、ケツを警棒でリズミカルに叩かれた後、引き摺られて暗闇の中へ運ばれていった。

 

「イヤァァァ、助けて助け――」

 

《アガサ、アウトぉ〜》

 

 そんな気の抜けた空耳が聞こえた私は、頭を振って足を進めた。

 

 

 

 進んだ先の夜道では、居酒屋の扉から光が煌々と漏れていた。私は誘蛾灯に誘われる蛾の様に、藍色の暖簾を潜った。

 

 空寒い外の空気と異なり、暖かな(つゆ)の香りが鼻腔をくすぐった。

 

「くしゅん!」

「お? いらっしゃい」

 

 覗くだけのつもりだったが、不意にくしゃみが出てしまい、カウンターを挟んだ店の主人に見つかってしまった。

 主人は黒い髪をオカッパ状にしていた。オカッパ状と言うのは、私が女性の髪型に詳しくない為に説明が出来ないのであるが、お洒落なソレであるという事だ。

 

 店の内装と主人に見惚れている間に湯気の立つお絞りを用意されてしまい、あれよあれよという間に席に通されてしまった。

 

「なんにします?」

「じゃあ――」

 

 注文しようとして手慰みにおしぼりに触れた。

 それは溶岩のようだった。

 一瞬、あまりの熱さに認識が遅れてしまった。体が熱いとすら認識できていなかった。いっそ冷たく感じたかも知れない。

 

「あっずぅっ」

「うずらの水煮。飲み物は?」

 

 主人は淡々とした様子で、全く頼んでいないものを出して来た。私の行動に対してリアクションすら取らない。慣れているのか……?

 店主の粋なイタズラということか。……粋か?

 おっと飲み物……そうだ、ここは居酒屋だ。外は寒く、熱燗をクイッと一杯やるのは格別に美味いだろう。この際、うずらの水煮等という調理する前の下拵えだけした何かについて突っ込むのは止めにしよう。

 これも食べれば、素材の味がしてきっと美味いはずだ。

 

「熱燗で」

「あい! 一升!」

 

 ドンとカウンターの上に置かれたのは、どデカい一升瓶だった。ちょっと待ってほしい。一升は多いのではないだろうか。チートや。

 ニコニコ顔の主人を見ると、寸でのところで私は言葉を飲み込んだ。

 いや、よそう。

 今日は()()()だったんだ。今日くらい別に贅沢したって問題あるまい。チートデイというやつだ。一升だけに。

 口元が釣り上がるのを感じた。渾身のダジャレだったが口には出さなかった。

 

 私は豪快にも一升瓶ごと温めたものを、冷めてきたお絞りを使って掴んで固まった。

 一升瓶のラベルには、『魔王村伊蔵殺し』と書いてあった。え、何これ、めっちゃ高そう。贅沢ってなんだっけ……。そして、見たことの無いラベルだ。

 私は額に出た汗を左手で拭った。

 財布にはいくらあったか……。果たして足りるだろうか。

 

「お客さん。うち、カード使えるよ」

 

 私は顔を上げた。

 カード、そうか。カードという手があった。何でも買える魔法のカード。細長く重たい鋳金なんて目じゃなかった。あれ嵩張るんだよなぁ。そもそも円どこ行った。

 

「……おでんも貰えますか?」

「おでん。わかりました」

 

 私はおでんも頼むことにした。きっと皿に適当に盛ってくれるのだろう。選びたい所であったが、既に主人はキビキビと動いていた。

 この主人、一見してアコギな商売をしているように見えるが、その実、私の要望を超えるラインで率先して決め打ちしてきていた。

 ある意味では、良い店なのだろう。客の予想を常に超えてくる店。あぁ……、この店のレビューは決まったな。

 

「はい! おまち!」

「……」

 

 平たい皿の上には、湯気の立つ美味そうな茶色い大根があった。皿脇には練った辛子が綺麗に盛られている。そして、大根の上には2メートル程の槍が刺さっていた。すごいバランスだ。

 

「へへ! うちの自慢のグングニルだよ。熱々のうちに食べてくれよ」

 

 へぇ珍しい竹輪ね。とか思ってたらグングニルだった。えっ、グングニル食べるの? いや、待って、おでんってそっちのオデン(オーディン)!? いや、ここは居酒屋だ。戦場では無い。槍が必要な食事……。駄目だ、全然分からねぇ。

 

 グングニルは戦場の音を表すらしい。そうするとアレか、音を楽しんで食べてくださいとかいうアレか。

 ――まぁ、ここは無理をせず……。

 

「よし」

 

 ……なんでよしって言ったー!? どう楽しむんだ!? よしって何!? 思わず言っちゃったけど、どうすんだよこの空気!?

 

 私が新手の大喜利に苦心していると、店の戸を開ける音が響いた。

 

「お、いらっしゃい!」

「たのも〜」

「冷えますね〜」

 

 間延びした声で若い女達が入ってきた。銀髪の少女と連れの金髪巨乳だった。銀髪少女は何故か青いシスター服を着ており、肩口までの緩くウェーブ掛かった髪型をしていた。金髪巨乳は緩い牧羊的な服を着ているが、良く似合っていた。

 小柄な少女の方は少々場違いに感じた。この場合、金髪巨乳の連れが銀髪か。ややこしいな、おい。

 

 二人共無骨な大剣を背負っていた。

 あぁ〜、若いとああ言うファッションしがちだよね。私には分かる。そして、いつか目が覚めたときにアイテテテテとなるんだ。

 

 思い出したかのように時折ベッドで悶え苦しむその現象を、私は中二病末期(レベルファイブ)と呼んでいる。実際に思い出しているわけだが……。気づいた時点で、ほぼ致命傷なんだ。過去を消す事はできない……。

 

「おじさん、にくだんごふたつ!」

「ほい。それと、私はお母さんだ」

 

 そういえば、主人は女だった。その年で母……?

 席に着いた二人は、どこかで聞き覚えのある台詞回しで肉団子を頼んだ。頼んだのは銀髪の娘だろう。溌剌とした声をしていた。

 

「おまち!」

 

 主人は銀髪の娘の前に皿を置いた。

 

「くっ! どこよ! なんであたしはこんなところにいるのよ! うっ……、動けない! あたしをここから出しなさい!!」

 

 皿の上で白い肉団子が叫んでいたが、きっと気のせいだろう。肉団子は喋らない。

 

「あーーーんっ」

「あぁ待って待って……ぁ――」

「うわあー! 兄弟ィィイ」

 

 哀れにも肉団子は銀髪の娘に食べられてしまった。もう一人の肉団子も叫んだ気がした。

 畳み掛けるように、何処からともなく間の抜けた音楽と声が聞こえてきた。

 

《スーパーバキアくん、ボッシュゥ〜》

 

 きっと、酔いが回ってきたのだろう。

 

 何気なしに見た『魔王村伊蔵殺し』は、37度だった。思わず二度見した。うわ、これ原酒かよ……。なんで一升瓶に入ってんだ……。

 

「じゃあ~、ウチはミルクかな?」

 

 金髪巨乳は間延びした声で注文した。居酒屋に来てミルクを頼むのはどうなんだ……。なんで居酒屋に来た。

 

「ミルクは」

「もぐもぐ。はぁ〜、乳臭sッミゴッ」

 

 肉団子を食べ終えた銀髪の娘が、タイミング悪く呟いた瞬間、笑顔を貼り付けた金髪巨乳の左手で殴られカウンターに顔面が埋まった。

 

「…………んー。ちょっと絞るから待ってて下さい」

 

 胸を抑えて急に真顔になった主人は、店のバックヤードに消えていった。え、絞る!? どこで!? えっっっ!?

 

 私が期待に胸を膨らませていると、また入り口の扉が開いた。

 

「ふぅ。待った?」

 

 次に現れたのは、はねた前髪が特徴のスレンダーな女だった。ミルクは出そうになかった。

 

「おそい!」

「もう食べてますよ〜」

「食べてるのはおチビだけじゃない」

 

 なるほど。彼女達は3人パーティだったという訳だ。

 

 

 

 

 店の主人が戻ってきた。右手にはグラスが握られており、中に何処かで拵えたミルクが入っているのだろう。

 

「はいよ! あ、いらっしゃい」

「わぁ〜……………?」

「どうも。何よ、この緑の汁」

 

 金髪巨乳の嬉しそうな声は尻すぼみになっていった。グラスの中身は緑色の粘性のある液体だった。

 

「ミルクです」

「……」

 

 店の主人は頑なにミルクと言い張った。金髪巨乳は笑顔で固まっている。可哀想に。

 

「なんのミルクなのよ。虫?」

「一応、生物です。畑の王者の」

 

 虫は否定しないのか。果物の王者と畑の肉混じってない??

 

「ぐれむりん!」

「!?」

 

 子鬼(ぐれむりん)とはあれか、水を掛けると増えるタイプのやつなのだろうか。

 女三人寄れば姦しいというが、あまりにも煩かったので私はスルーすることにした。

 

 

 眼の前の更に視線を移した私は、グングニルを食べることにした。食べてみれば意外と美味いかもしれない。

 大根から抜いた2メートルを超える槍を、私はおもむろに齧った。口に広がるのは、濃厚なハッピーパウダーの味だった。どうなってんの……? これ、うまい棒が何か……?

 

 その時、グングニルをツマミに酒を煽っていた私の手元に、緑色の液体の入ったコップが滑ってきた。

 私を絶対逃さない、そんな意志を感じた。

 

「おごり」

「!?」

 

 視線を向ければ、居酒屋のカウンター席で銀髪のチビが足を組みながら、バーでイケイケの女性のようにシュッとして来たようだった。居酒屋な上にガキだったが。おごりって何よ。

 まるで強いお酒をシュッとしたように、お前は飲めるのかい? とジェスチャーで煽ってきた。

 

 私は――。

 

 私は何故か杯を呷った。

 

 

―――

――

 

 白い部屋で白い布が揺れていた。

 

「うっ……ここは……?」

 

 私は簡易ベッドに寝かされていた。

 病室のような部屋だった。

 囲われたカーテンを開くと、視力検査のポスターや静かにしましょうといった張り紙が見えた。ここは、保健室……?

 

 そうだった。

 私は、この私立聖クレイモア学園に教員として採用されたんだった。

 しかし、私は二日酔いと緊張で体調が悪くなり、ここで寝ていたのだ。

 起き上がって見回すと、天板が回転する小さな椅子に、白衣に隠れたデカい尻が座っているのが見えた。

 

「あ、目が覚めたのね」

「あなたは……」

 

 綺麗な金髪を伸ばした先生が、回転する椅子から振り返った。先生は、髪をかきあげて片耳に掛けた。

 

「カティア先生……」

 

 そうだ。

 ここは()()のカティア先生のいる保健室。

 私はムラムラとしながら、気絶するように眠りについたんだ。実際には、ムラムラとしながら胸の奥がムカムカとして、ドキがムネムネしていた。

 

「理事長が呼んでいたわ。直ぐに行くことね。怖いわよ」

「ぁー……。分かりました」

 

 そう言って、カティア先生は再び私に尻を向けた。くっ、目が吸い寄せられる。驚きの吸引力だった。

 

 名残惜しみながら、私は保健室を出た。

 

 白亜の学舎は、廊下がピカピカに磨かれ、今すぐにボブスレーできそうな程ツルツルだった。

 私はペンギンのように、滑りながら高速移動しつつ、歩く金髪だらけの廊下を仰向けで滑った。

 

 色とりどりの三角形のネオンが、視界を滑っていった。階段に差し掛かったとき、私はキレたモブ生徒に蹴飛ばされて踊り場に吹き飛んだ。

 

「早く行け!!」

「がはっ! 不覚……」




足早に駆け抜け予定ですが、筆が乗り過ぎんよぉ〜


というわけでもう一話更新します。


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覚聖☆クレイモア学園2

本日2本目です。
唐突に話が進まなくなって草なんだ。


 理事長室は、学舎の一番高いところにあった。

 ノックすると返事があった。

 

「はいれ」

 

 重厚な両開きの扉を開けると、件の理事長が黒いスーツをパリッと着て両肘を付いてこちらを見ていた。

 

「来たか」

「失礼します!」

 

 私は緊張しながら敷居を跨いだ。

 理事長は若い女性だった。

 ふわふわとした長い金髪が肩を滑っている。

 

「体調が悪いと聞いたが、もう良いのか?」

「はい! もう大丈夫です」

 

 まるで最強の者を相手にしているような、私はそんな気持ちに陥った。恐らく、変なことを言えば一瞬で殺されるだろう。

 

「シャンプーは何を使っているんですか?」

「あ?」

「なんでもございません!」

 

 私は緊張のあまり、言うに事欠いてシャンプーセクハラをカマしてしまった。やべぇ!!

 

「……。ビタルサスーヌエッセンスだ」

 

 理事長は真顔で答えた。答えるんかい。

 

「どうした? 聞きたかったんだろう」

「あ、いえ! ありがとうございます!」

「ふん、まぁいいさ。お前には、こいつの面倒を見てほしくてな」

 

 理事長室にある内扉から、スカートを履いた一人のロン毛男子が出てきた。ここ女子高では……?

 

「ぷり……ぷり……」

 

 うわ言の様に、ぷり……ぷり……と言っている。

 

「なんだこいつ……!?」

「彼は……家族を失って、心を病んでしまったんだ。お前にはこの街の何処かに居る、家族を探して貰う」

 

 いや、学校は?

 

「必要ならボーナスもやろう。頼んだぞ」

「……え? あ、はい」

 

 あっという間に決まってしまった。金貰えるならいいか。

 理事長は意識を逸した私を引き戻すように、机を指でコツコツと叩くと話を続けた。

 

「よろしい。それと私の家族も探してほしい。……業腹なことに、私は()()から動くことが出来ない」

「わ、分かりました! 家族は……男性ですか、女性ですか?」

 

 ぶっちゃけ、どっちでもいいのだが。少なくとも手がかりが欲しかった。

 

「可愛い可愛い娘だ。……最後にだが、全員が20オーバーとは言え、生徒をあまり性的な目で見てくれるなよ。切り落とすぞ」

「サー! イェスマム!」

 

 私は即座に敬礼した。理事長、なんて恐ろしいやつなんだ。あまりの冷酷さに、きっと椅子に瞬間接着剤トラップを仕掛けられたに違いない。椅子と強制フュージョントラップとか怖すぎる。

 

 バサッ、と理事長の背中から純白の羽根が生えた。ひえっ。

 

「次に余計なことを考えてみろ……」

「(ごくっ)」

「お前の尻にこの羽根を活けてやる」

 

 えぇぇぇ……。それはもうセ○クスでは……? これは……告白!? あれ、私のモテ期が来た……?

 

「あ゛?」

 

 その時、理事長から強烈な圧が発され、部屋が揺れた。

 

「失礼しました!! すぐに街に向かいます!!!」

 

 私は這々の体で理事長室を抜け出した。

 

 あぶねぇ……危うく死ぬとこだった。

 

「ふぅ……危なかった」

「ぷり……ぷり……」

「君の家族はどんな人なんだい?」

「ぷり……ぷり……」

「これは……駄目みたいですね」

 

 私は、ぷりぷりのプリ子(?)と共に玄関(エントランス)ホールへ向かった。

 

「うわぁ〜、遅刻遅刻!」

「……? おはよぉ……?」

「ハァ、ハァ。あんた達自分で走りなさいよ!!」

 

 螺旋状の階段を降りる途中、何時ぞやの三人組が階段を高速で駆け登ってきた。

 前髪が跳ねた女に金髪巨乳がおぶさり、その腰に銀髪のチビが引っ付いていた。

 ブレザータイプの上着に短いプリーツスカートが翻った。全員が聖クレイモア学園の制服に身を包んでいる。

 信じられないような身体能力であっという間に私達を追い越すと、上へ駆け登っていった。

 

 暫くすると始業チャイムが鳴り、衝撃音と共に学舎が揺れた。

 きっとあの三人が、授業に間に合わず、フローラ先生のお仕置きを受けたに違いない。

 

 

 私達は街へ飛び出した。

 この街は古い景観を残すという条例の元に、赤レンガと石積みの町並みが残り、ひしめき合っていた。

 

「さて、どこを探したものか……」

「ぷり……ぷり……」

 

 プリ子は役に立たない。

 自分の足で探す他なかった。

 

 

―――

――

 

 

 

「うわぁんもう疲れた」

 

 全然見つからなかった。

 私は公園の地面で大の字になった。

 気づけばもう昼過ぎだった。

 

「ぎにゃぎにゃ……」

「ぎにゃぎにゃ……」

 

 公園では、六本足の猫達が戯れていた。この街では割合よく見る光景だ。好事家の間では、猫ランドと呼ばれているらしい。

 多頭飼育崩壊させていた双子が、この間捕まった際に一斉に野に解き放たれたらしい。

 

 ブサ猫を眺めてほっこりしていた時、暴走した原付きが公園内に乗り込んできた。

 

「うおっ、あぶねっ」

「ぷり……ぷ!」

「あっ、プリ子が……!」

 

 ぼーっと立っていたプリ子はあっさりと轢かれてしまい、草藪の中に消えていった。

 

「ん? 今何かいたか?」

 

 フルフェイスのヘルメットを外して現れたのは、長い髪をオールバックにしてポニテ状に結んだ女だった。

 暴走野郎は、体育教師のベロニカ先生だった。

 遮光フルフェイスの中にサングラスを着けている。前がまったく見えてねぇだろそれ……。

 ベロニカ先生は、いつものようにライダースーツのようなピタパンを履いていた。

 

 ベロニカ先生は、おもむろに公園の蛇口まで行くと髪を洗い始めた。えぇ……。

 

「何やってんだ、あんた……!?」

 

 私は止めようとした。仮にも教員がそんなことをすれば、今の世の中すぐに炎上してしまう。

 

「ん? ……あぁ、余りにも影が薄いせいで、部屋の電気は疎か水道も止められてしまったんだ」

 

 どういうことなの。

 

「そうだ。おい、そこの君。シャンプーを買ってきてくれないか? 出来ればボタニカル系で頼む」

「どんなシチュエーションなのこれ!?」

 

 昼下がりの公園で、ピタパンを履いた美人にシャンプーをパシられるシチュエーション。

 駄目だ、何これ。

 

 話が進まないので、私は仕方なく近くのドラッグストアで無駄に透明なシャンプーを買ってきた。

 

「これでいいですか?」

「あぁ……すまないな」

 

 ベロニカ先生は髪を拭きながら、シャンプーの管を抜き取った。ん??

 

「んくんくんく。くぅ〜、風呂の後はこれに限る」

「えぇぇ……」

 

 そして、シャンプーを一気飲みした。なんで??? 絶対喉に絡むやつだよ。いや、そもそも飲み物じゃないよ!

 

「礼にこれをやろう。きっと、君の役に立つはずだ」

「えっ、ありがとうございます」

「じゃあな」

 

 渡されたのは、ちょっと湿った爪楊枝だった。使いかけじゃないの??

 ベロニカ先生は、あっという間に去って行った。

 

 暫く呆然としていたが、人探しをしていたことに思い当たった。そうだ!? プリ子は?

 

「プリ子ォォ! プリ子やーーい!」

 

 草藪を探したが、プリ子は見つからなかった。やべぇ……。探し人を探して、探し人を探している人を見失うとか……。はやく探し人を探している人を探さないと、理事長に殺される。

 

 

 私は慌てて近くの交番に駆け込んだ。

 

「あの、すみません!」

「はい?」

 

 交番の中はこぢんまりとしていて、カウンターを挟んだ向かいに婦警さんが座っていた。

 婦警さんはやはり金髪で、前髪はてっぺんでボコッとなって片側に流れ、オデコを出していた。ネームには〈りりぃ〉と書かれている。

 

「どうしたんだ?」

「公園で痴女がシャンプーを飲んだら……人が消えたんです!!」

「……。逮捕する」

「なんで!?」

 

 驚異的な動きで迫ってきた婦警さんによって、私は手錠を掛けられてしまった。

 婦警さんは椅子に戻ると、気怠そうに爪をヤスリで削りながら言った。

 

「偶に居るんだよ……。妄想癖のすごい人」

「妄想癖だけで捕まえるの!?」

「この街の治安の為だ」

 

 その時、建物の外が俄に騒がしくなった。

 

「な、なにが……!」

「ほら、また……。はぁ」

 

 振動が迫ってきたので、私は外に飛び出した。

 視界に飛び込んできたのは、巨大な影だった。

 

「何なんだあれは!?」

「……この街には不思議な力が満ち満ちている」

 

 後ろから、婦警さんがゆっくりと歩いてきた。

 

「な、何を言って……」

「妄想が現実になってしまうんだ。それは、まさに創造の力と言って等しい。こんな風にな」

 

 影は段々と人の形となり、酒瓶を持った禿げたオッサンになった。

 オッサンは空中を殴る素振りをしながら、町並みを破壊し始めた。

 

「誰かのトラウマか……。元を捕まえねば、な」

 

 つまり、誰かが妄想しててこうなっていると言うわけか……。

 私が妄想してもそうなるのか?

 

「んこごのごご」

「貴様、何をしている!?」

 

「集え、妄想の力! メンマましまし! ラメン召喚!」

 

 私は妄想の力を集め、世界を創り給うた麺神を召喚しようとした。

 すると、空飛ぶ触手の化け物が形成され、オッサンと融合(プレイ)(意味深)し始めた。出来た!? でも、思ってたのとちがくね?

 

「な……。何だあの気持ちの悪い生き物は……」

「うわぁ……」

「貴様何者だ。あれ程のものを召喚するなんて……」

 

 しがない一般教員です。

 

「やめて! パパをいじめないで!」

 

 その時、茶髪で短髪の女の子が走り出てきた。真っ裸だ……。

 

「あれが元凶か……見るな」

「あべ」

 

 りりぃ婦警さんに目隠しされた。

 

 連続した拳銃の発砲音が聞こえ、周りが静かになった。

 

「ぺっ、ゴミが」

「口悪くね!?」

 

 仮にも公僕に有るまじき行為だった。

 手による目隠しを外された私の視界に、倒れ込んだ少女が見えた。ひえっ、し、死んでる。

 

「このことをボスに伝えてくれ」

「いやボスって言われても……」

「私立聖クレイモア学園の理事長だ」

「どんな組織なの!?」

 

 婦警のりりぃさんは、そう言うと私の手錠を外した。

 

「頼んだぞ……」

 

 りりぃさんが私の背中を叩いた。その時、空が突然割れた。

 

「……く……に。……くせに……。……切り者のくせに。裏切り者のくせに!!」

 

 その直後、死んだはずの少女が痙攣し始めた。

 さらに、先程の黒い影が少女に降り注いだ。

 

「はっ!? いかん! 急げ! 間に合わなくなるぞ!!」

 

 突然のホラー展開に、恐ろしくなった私は猛ダッシュで駆け出した。

 背後からは断続的な拳銃の銃声が響いた。なにこれ!? 急にバイオハザードが始まったんだけど!?

 

 

 走り始めてしばらく経った。

 いつの間にか背後では、ケンタウロスの化け物と眉間から角の生えた女型巨人が殴り合っていた。

 殴り合う衝撃波が、マグニチュード3くらい出ている。

 

「どうなってんのこれ!?」

 

 現代にあんな奴がいるのは、どう考えても間違えている。

 

 白亜の学舎が見えてきた。

 私は朝見た生徒のように、螺旋状の階段を駆け登った。

 

 これまで走ったことがないくらいの速度で、私は駆けることが出来た。しかし、不思議と全く息切れしなかった。

 

 そのまま、理事長室の扉の前についた。でも、ちょっと焦った感じを出したかったので、わざと息切れをすることにした。

 

「ハッハッハッハッ」

「犬のマネをするとは……馬鹿にしているのか?」

「ちがうわん!?」 

 

 扉を解き放つと、理事長には一瞬で見破られてしまった。

 

「どうやら、探し人を見つけることができたようだな。さて、私の娘は何処だ?」

「……」

 

 そうだ。理事長の娘さんも探していたんだった。全然探すの忘れてた。

 

「お前……。まさか、忘れていたわけではあるまいな」

 

 部屋が振動し、理事長から謎のオーラが立ち上った。やべぇ、完全に忘れてた!!

 立ち上った謎のオーラは、人形を取るとサングラスを掛けたアルカイック・スマイルおっさんを象った。誰??

 意味不明なおっさんに、私は口元が釣り上がりそうになった。まだ笑うな……、悟られないようにしろ。ここが正念場だ。

 

 唐突に始まったデスノアテ展開に混乱していた私の隣に、誰かが焦った調子でやってきた。

 

「はぁ……、はぁ。理事長! 大変です!」

「どうしたんだ? フローラ」

 

 フローラ先生は、グレーのパンツスーツを着ていた。線は細いが出るとこは出ていた。何だこの異様に香る色気は……!

 

「科学研究部の三人が、試作品で母親とこの世界から脱出しようとしています!!」

「なんだと!?」

 

 いや、全く意味わからないんだけど。

 

「く……、時間が足りない。フローラ、脱出艇に生徒全員を乗せろ!! 緊急離脱だ!」

「わかりました!」

 

 どういうことなの?

 




短編を書いたりしてガス抜きをしていたのに……。
どんどんしょうもない力が湧いてくるだ……。
助けてくれぇぇ!(切実)


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絶望の戦い

スッ…………


 オリヴィアが喰われた。

 その事実は戦士達にとって、その衝撃は計り知れないものだった。

 ギリ……、と誰かの歯の根が鳴る音が響いた。

 

 その日の夜。

 場面は既に移し、無事だったラボナの聖堂に集まっていた。

 

「状況は最悪だ。数日後……、ラボナは消えて亡くなる」

 

 ミリアは開口一番にそう言った。

 

 オリヴィアが件の猥褻物に食われ、縋りつこうとするイライザを引き剝がしながら、逃げ帰ってきたのだった。

 

 ミリアの説明した、東から迫る化け物に、戦士を食べてしまう化け物の融合体。そして、ラボナを取り囲む覚醒者達。

 状況は絶望的だった。

 ラボナを取り囲む覚醒者たちは、これまで誰も成し得なかった組織を滅ぼした戦士を見たり、新たに誕生するであろう深淵を超えた何かに期待して、物見雄山で集まって来ていたのだが、ミリアは説明を省略した。

 

 ラボナに残った兵役の重鎮達の手前、悲観的なことは言いたくなかったが、説明しないわけにもいかなかった。彼等も初めから、雰囲気で既に察して居たようだった。

 

「ち、キツイ話を聞かせやがる」

 

 重い沈黙を破って、ラボナの兵士の中から声が上がった。

 

「すまない。我々もできる限りのことはするが、どう見積もっても全てが上手く行く可能性は少ない。できれば、ラボナの兵士達には避難した住民の後を追ってもらいたいと考えている」

 

「そのやり取りなら、既にやったぜ。その言葉で動く奴はここにはいねぇよ」

「……そうか。すまなかった、二度手間だったな」

 

 死兵だった。

 兵士たちの覚悟を知ったミリアは頭を下げた。

 

「オリヴィアは……オリヴィアはどうなるんだ?」

 

 おずおずといった調子で声を出したのは、イライザだ。

 仲の良かったイライザには、皆からの気づかわし気な視線が注がれた。

 

「……基本的には、クレアと同じだ。クレアを助け出すとき、同じように救出する」

「ちっ。それしかないか……」

 

 首元に手をかけたウンディーネが、舌打ちした後に俯いて言った。ウンディーネもオリヴィアと付き合いの長い戦士だ。イライザと同等に心配をしていた。

 

(もしかして……)

 

 ナタリーはあることに思い当って冷や汗を流した。説明のしようのない直感が降ってきた。

 

(全員があの猥褻物の前で、全裸になって踊ればすぐに出てくるのではないか)

 

 そんなことを思ったが、雰囲気から言ってそんなことを口に出そうものなら、戦士達の間でのヒエラルキーが現役以下になりそうだったので、口を噤んだ。

 

 ふと、対面にいたユマと目が合った。スッと何方ともなく、互いに視線を逸らした。全く同じことを考えていそうだった。

 

 悲観的な状況で、一縷の希望を託されたのはラキだった。

 

(正直言って……。どうすればいいんだ?)

 

 クレアはまだわかる。しかし、ラキにとってのオリヴィアとの思い出は、船で食中毒の憂き目にあわされたり、ソリで爆走したりと、あまり良いものはなかった。

 

「なんにしても、まずはクレアとオリヴィアの救出だ。ラボナに最低限の守りを残して、早朝に件の化け物まで向かう」

 

 全員が頷いた。

 

 タイミングを見計らうように、ラボナの兵士が机に金属の塊を置いた。

 

「装備を取ってきたんだ。どれが誰のかなんてわからなかったから、人数をかけてありったけ持ってきた」

「!」

「それは!?」

 

 かつてピエタに置いていた装備。

 あの北の死地にあった装備を、ミリア達が東の地スタフに行っている間に取ってきたものだった。

 

「それと、化け物がやってくる間。ラボナのどこでも好きに使ってくれていい。飲み食いもだ。」

「あぁ……助かる」

「どうせ、なくなっちまうからな」

 

 ラボナの兵士が自重するように言い、対策会議は終了となった。

 

 

 

―――

――

 

 

 早朝、戦士達は自作したなめし皮の鎧を脱ぎ捨てて、組織の戦士のための装備に身を包んだ。

 

「ぷ。うひゃひゃ」

 

 装備を身に着けたヘレンが床を転げまわった。そんなヘレンへ半眼のデネヴが問いかけた。

 

「何してんだ?」

「な、なんか懐かしすぎて気持ちわりぃ」

「……そうだな」

 

 各々、装備を身に着けた自身の身体を見ていた。

 

(なぜだ……。なぜ入らん……)

 

 しかし一人だけ、装備が入らない戦士がいた。

 ナタリーだ。

 

「おんやぁ。ナタリーてめぇ、太ったんじゃねぇか?」

 

 そんなナタリーを揶揄ったのは、床に転がったままのヘレンだった。

 

「そんなはずは……」

「だって、入らねぇんだろ? 手伝ってやるよ」

「待て、やめ」

 

 ナタリーの装備は胸でつっかえた。

 

「これは……。我々半人半妖の肉体は成長することはあっても、劣化することはない。体形だってそのはずだ」

「じゃあなんで、ナタリーは太ってんだ……?」

 

 デネヴが興味深げにナタリーを観察していた。

 その時、傍で見ていたシンシアが何かに気づいた。

 

「成長……成長したんです!」

(は!?)

 

 ことあるごとに、オリヴィアに乳を揉まれていたことをナタリーは思い出した。

 乳は成長する。

 この時、戦士達はどうでもいいことを学んだ。

 

「全員準備はできたか? 直ぐに向かうぞ」

 

 部屋に入ってきたミリアが、全員を見回して声をかけた。

 

「昨日の時点でも思ったが、ずいぶんと急だな?」

 

 装備の搬出を手伝っていたガタイの良いラボナの兵士が問うた。

 

「夜半に〈深淵の者〉の速度が上がったんだ。日を追うごとに……いや、時間の経過で加速するようだ。今日や明日でもおかしくはない」

 

 答えたのはガラテアだった。妖気探知に集中し、〈深淵の者〉の速度を探っていた。

 

「……」

「そうか……」

 

 明る気に振舞っていたラボナの兵士達も、この時ばかりは消沈した。

 

 

 

 

 所変わって、ラボナの西。

 件の猥褻物がある場所に、戦士達はラキを伴って来ていた。

 

「ここが……例の」

「気をつけろ。男のお前が近づいて、どうなるのか見当もつかん」

 

 時間短縮の為にラキを負ぶっていたデネヴが、注意を促した。

 その時、ラキは目を見開いた。視界にとんでもない化け物が飛び込んできたからだ。

 

「なっ!?」

 

 それは、肉というにはあまりに大きすぎた。

 大きく、分厚く、そして、あからさますぎた。

 それは、まさに一本角の化け物だった。

 

「ち、××こ……」

「……」

「いちいち、言葉にせんでいい」

 

 まぁ、そうなるよね。という思いで全員が繋がった。戦士達共通の推測通りだった。

 

「ん?」

 

 ミリアは違和感を感じた。昨日と風景が異なっている。

 異様なことに、昨日と違って猥褻物の周りには死体が転がっていた。

 

「これは……、〈鮮血〉のアガ……サ?」

 

 かつて、ラボナを襲ったナンバー2の覚醒者アガサが、死に化粧をして横たわっていた。既に息はなく、安らかに眠るように死んでいる。

 

「ちっ。なんだこれは?」

 

 ウンディーネも違和感に気づいた。

 岩肌に隠れるように、猥褻物の周りには白い球体が幾つも転がり、すべてが苦悶の表情を浮かべていた。

 

「どうなっているんだ……?」

「昨日と何か違うぞ……気をつけろ」

 

 ガラテアが注意を促した。

 気を付けようがなかったが、誰も突っ込まなかった。

 というよりは、異様な雰囲気に飲まれ誰も突っ込めなかった。

 

 




申し訳ないが、超時空はまだ続くんじゃよ


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覚聖☆クレイモア学園3

みんなすまん。
腕が覚醒しちまった。
もう人間に戻れないんだ。

ガギギ……ガ……ギ、ギャグ(ガ行覚醒活用)



 気が付くと私は、理事長の椅子を車椅子のように押して、廊下を爆走していた。

 校内放送からは、エマージェンシーコールが鳴り響き、廊下のLEDライトは赤く点滅していた。

 

「もっとだ! もっと速く走れ!! 間に合わなくなっても知らんぞ!!」

「羽根をしまってください!!」

「断る!」

 

 さっきから顔面にバサバサ当たってんやが。

 前が見えない!!

 

「よし! そこを右だ!!」

「え! うわあああ!」

 

 私達は曲がりきれなかった。さらに、衝撃波が通り過ぎると、廊下が砕け落ち始めた。

 

「く……! 落ちる!」

 

 自由落下特有のふわっとした感じを感じた。下には、緑の温泉みたいなやつが広がっている。

 あれは……ライフストリーム!? やべぇ!

 

 私達は最上階から転落した。

 

 

―――

――

 

 

 私は母なる生命の鼓動に揺蕩っていた。

 

「今、母って言った?」

「いや、言ってないけど」

 

 一瞬、ママ化した誰かの顔が湖面に見えた気がしたが、気の所為だった。

 なにが、どうなったんだっけ……。

 そうだ! 怪獣の戦争みたいなのが起きて、転落したんだ!

 

 その時。

 

「ぎにゃモン……ぎにゃモン……ぎにゃモン……」

 

 不思議なスクリュー音を響かせて、メタルな外見の猫型六本足潜水艦がこちらに向かってきた。2つの目が、サーチライトの様に光っている。

 

 潜水艦は私を見つけると、グルグルと私の周りを周った。一体何なんだ。

 すると、何処からともなく声が聞こえてきた。

 

「……こっちよ、こっち。こっちよ……」

 

 私の目の前に傷だらけのロン毛少女が現れた。いや、だれ??

 

「くすくすくす。付いてきて」

「ぎにゃモン……ぎにゃモン……ぎにゃモン……」

 

 私を先導するように、猫型潜水艦に掴まった少女は遠くに滑っていった。どこいくねーーん。

 

「まっ……まって!」

 

 付いていかないと不味いことになる。そんな予感に突き動かされて、私は必死に前に進んだ。

 後ろからはドロドロとした闇が迫っていた。

 

「ひえ〜!!」

 

 すべてを飲み干すような流れが、ドロドロから発せられた。

 

 私は必死に泳いだ。ここで飲み込まれたら終わりだ!!

 

 

 

 

 

「ぜぇぜぇ……」

 

 なんとか泳ぎきった私は、湖面に上がった。

 そうだ、理事長は!?

 

 理事長は空を飛んでいた。

 

「えぇ!? 飛んでる!?」

「遥か古から存在する〈ヒラガゲンナイ〉という技だ。何をしている。早く行くぞ……うっ」

 

 理事長は、そのままフワーッと少し進んだあとに、突如石化して落ちた。

 

「理事長!? なんで!?」

 

 私は慌てて理事長の所へ移動した。

 

「ぐす、ぐす……ぐす」

 

 すると、理事長が落ちた瓦礫の前で座り込み、すすり泣く傷だらけのロン毛少女を見つけた。きっと理事長の娘だろう。

 

 私は無言で瓦礫をどけると、無事だった豪華な椅子に石化した理事長を乗せた。石化したタイミングが良かったのだろう。キン肉バスターみたいにうまく収まってくれた。

 

「ついてこい!」

「ぐす」

 

 私がそう言うと、少女はちゃんと樺地みたいについてきた。二人を脱出艇に送らなくては!

 

「先生! こっちです! こっち!」

 

 たくさんの生徒達がグランドを挟んだ向かいで手を振っていた。ベロニカ先生やフローラ先生、そして婦警のりりぃさんが見えた。

 

「くそ! まにあえ!!」

 

 私は必死に走った。

 後ろからは暗いドロドロが迫っていた。

 ライフストリームから溢れ出してきたのだろう。

 

 脱出艇が見えた。え、なんでロケットの形してるの!?

 

 その時、空から光が降り注ぎ始めた。

 光の中には薄っすらと、フロントダブルバイセップスポーズを取るムキムキ男の黒いシルエットが見えた。肩に冷蔵庫乗ってる!?

 これはあれか、いよいよ迎えに来たな。

 

「ぎにゃ……ぎにゃ……」

「ぎにゃ……ぎにゃ……」

「ぎにゃ……ぎにゃ……」

 

 公園にいた沢山のブサ猫達も私と共に走ってくれた。

 遅れていた少女を背中に乗せて。

 

 間に合った!!

 

 ロケットがある場に溢れた猫達によって、泣き虫少女と石化した理事長が脱出艇に押し込まれた。何匹か猫も混じっていった。

 

「無事に逃げてくれ!!」

何やってるんだ!? お前も来るんだ!! オリヴィア! オリヴィアァァ!!

 

 私は思いを託して、少女を送り出した。

 泣き虫少女が窓から何か叫んでいたが、全く聞き取れなかった。

 黒いムキムキ男の影が脱出艇を担ぎ上げ、光が降り注ぐ方へ走り始めた。え、発射しないの?

 

パーオキシアセチルナイトレートォォォォ!!!

 

 よく分からない掛け声で、突然超加速したロケットは光る空に消えていった。

 

「終わったな……。無事だと良いが」

「なんにしても、これからは私たちの戦いです」

 

 みんなで発射された(?)ロケットの雲を眺めていると、ベロニカ先生やフローラ先生がぽつりと言った。

 理事長は生徒全員を脱出させろと言っていたが……。そもそも、あのロケット二人乗りだった。

 

 背後では街が破壊され、角の生えた女型巨人が悔しそうに慟哭していた。

 

 

 

 

 

 唐突に、私は使命感に燃えた。残ったままのケンタウロスと女型巨人の相手だ。奴らはこの街を破壊し尽くしている。

 

「怒りで我を忘れているんだわ!」

「え、自我あるの!?」

 

 カティア先生が叫んだ。どう考えてもバーサーカーだよコイツラ!?

 

 その時、私の耳がかすかな声を捕らえた。

 

「ぷ、ぷ、ぷり……ぷ……ら。ぷぷっぷぷりぷら」

「この声は!?」

 

 声の元を慎重に探ると、甲冑みたいな鎧に包まれた巨大なケンタウロスから発せられていた。

 

「そんな……、まさかプリ子!?」

 

 彼は悲しみのあまり、あんなちん〇んの大きそうな怪物になってしまったんだ。くそ、私がのんびりしていたから!! すまない、プリ子……すまない。

 

「あれとぉ、戦う?」

「え?」

 

 金髪巨乳が私の傍に近寄って言った。戦う手段があるんディすか!?

 

 

 

 

 金髪巨乳に言われるがまま戦隊モノの赤いタイツを着た私は、ずんぐりとした猫型超兵器に押し込まれてしまった。

 生徒や先生たちも、次々にこの巨大ロボへ乗り込んだ。

 操縦席には、様々なボタンがあり、棒が一本だけ飛び出していた。

 

「出発よ! お行きなさい!」

 

 無線からカティア先生の声が聞こえた。ええ!? くそ、どうすればいいんだ!? 操縦がわからねぇ!!

 すると、無線からくぐもったベロニカ先生の音声が聞こえてきた。ベロニカ先生は……確か機関室にいたはず!

 

「く……ザザッ! 聞こえるか!? そ……の、赤い…ザザッ…ン……押して……ろ!」

 

 やべぇ、全然聞き取れねぇ。あ、そうか!

 繋がっているのはオペレーター室だ。口頭で使い方をレクチャーしてくれるようだ。

 

「赤!? これか!!! 押したぞ!」

「超加速装置になっている。絶対に押すな」

「どういう文法の使い方!?」

 

 超加速装置が起動し、私はシートに押し付けられた。

 

「ぎにゃああああ!」

 

 吠えた猫型超兵器が、大暴れする女型巨人に突っ込んだ。

 

「ぐああああ!」

 

 プッピガァンという衝撃が私達を襲った。

 くそ、受け止められただと!?

 

 女型巨人と腕を合わせて拮抗していると、ケンタウロスのプリ子が巨大な弩を構えて発射した。やべぇ!

 

「任せてください!」

 

 フローラ先生が無線の向こうで叫んだ。

 すると猫型ロボットが女型巨人を蹴りとばし、飛んできたホーミングする巨大な矢を高速でビンタし始めた。

 えぇ……なんでビンタ……。

 

 ベロニカ先生から再び通信が入った。

 

「く……ザザッ! 聞こえるか!? このままでは分が悪い! 離脱するぞ! そ……の、青い…ザザッ…ン……押して……ろ!」

「肝心なとこ聞こえねぇんだけど!?」

 

 私は明らかに自爆スイッチです、と主張する横の青いボタンを押した。

 

「ええい、ままよ!! 青を押したぞ!!」

「今、ママって言った?」

「いいから座ってろ!!!」

 

 いつの間にか、後ろの席にいたママ達が立ち上がって話しかけてきたが、私は雑に振り払った。

 その時、ベロニカ先生の鮮明な通信が聞こえた。

 

「ベクターキャノンになっている。絶対に押すな」

「いい加減にしてくれ!?」

 

 プリ子ケンタウロスに突撃した猫型ロボットは、ケンタウロスを蹴り上げると空中に向かって両手を突き出した。腕が分解され、巨大な砲身が姿を現した。

 どこか機械的な音声が聞こえる……。

 

__ベクターキャノンモードへ移行__

 

__妖気エネルギーライン、全段直結__

 

__ランディングギア、アイゼン、ロック(……妖気解放 30%)__

 

__チャンバー内、正常加圧中(……妖気解放 70%)__

 

__ライフリング回転開始__

 

「撃てます」

 

 後ろの席でママが言った。お前が言ってたの!?

 

「発射」

「えぇ……」

 

 私の意思とは関係なしに発射された。早漏かよ。

 

 虹色のビームが空中のケンタウロスを撃った。曇り空に罅が入り、ケンタウロスのプリ子は、映画で最後にかめはめ波を食らう敵のようになっていた。

 

「プリ子ォォォ!」

 

 空が砕け散り、プリ子は回転しながら暗い空へ旅立っていった。短い付き合いだったけど……、成仏してくれ……。

 

 

 女型巨人が起き上がって猫型ロボットと対峙した。こいつも復帰が早い。しかも、猫型ロボットは、ベクターキャノンの反動で片膝をついてしまった。

 

「まずい、出力が足りない!!」

 

 エネルギーゲージが半分を切っていた。

 

「……」

「ぐああああ」

 

 無言の女型巨人が突進してきて、吹き飛ばされた。なんというパワーだ。

 

「く……ザザッ! 聞こえるか!? まずいぞ! 攻撃しろ! そ……の、桃色…ザザッ…ン……押して……ろ!」

 

 聞き覚えのあるベロニカ先生の声が聞こえたが、私は自棄になってボタンを押した。

 

「押せばいいんだろ押せば!!」

 

 吹き飛ばされ、尻もちをついて座り込んだ猫型ロボットの背中が割れ、何かが射出された。

 猫型のミサイルポッドだった。

 

「ぎにゃにゃにゃにゃ」

 

 飛び出した猫ミサイル達は、ファンネルのように私の言うことを聞いた。よし! 行けるぞ!!

 

 雲を引きながら、空に駆け上っていった猫達は、空中で17個に分かれると女型巨人に降り注いだ。

 

 視界が覆われるほどの爆炎が発生し、対象を見えなくした。

 これほど打ち込んだんだ。無事ではすむまい。

 

「……倒した。倒したぞ!」

 

 煙が晴れると何もいなくなっていた。よっしゃ、倒した!

 無線からみんなの歓声が聞こえた。

 

「……」

 

 しかし、私の目が何かを捕らえた。

 

 それは、一本角を生やし、背中からは4枚の翼が飛び出していた。人間より少し大きな大きさで、全身が焼けただれたように赤い色をしていた。

 金色の瞳とロボのカメラが合った。

 

「……遊びは、これまでよ」

 

 ぼそりと、一本角の化け物が言うと、強烈な圧が発せられた。やばい。最終形態になりやがった!

 

 一本角の化け物の指が伸びて、猫型ロボットに刺さった。空中に浮いた化け物は、その大きさからは信じられない力を発揮して、猫型ロボットを持ち上げて投げた。

 

「ぐああ、やべぇ。制御できねぇ!!」

 

 空中で猫がじたばたと泳いだ。さらに、指の触手がロボの体に次々と刺さった。

 

「……最後がこれってどうなのよ」

「……後輩の為に最後の意思を使えるのは、僥倖だよ姉ぇさん」

 

 その時、空を泳ぐ猫型ロボットから、2人の生徒が飛び出して一本角の化け物にしがみついた。自爆する気だ!!

 

「まて、やめろお前ら!!」

 

 眼帯をつけた金髪と、スケバンみたいに改造した制服を着たツインテだった。

 問題児のラファエラとルシオラだ。

 奴らは猫を飼いすぎて停学になっていたはずなのに!

 

「さようなら、先生……」

 

 光に包まれ、すさまじい衝撃が世界を穿った。

 

 

 

 




色々あったけど、次回から正気に戻ります。


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超越者

あれ、正気に戻らない……。
な、なんで。
何が足りないんだ。
う、うわあぁぁぁ(妖気解放)

おれは しょうきに もどった




というわけで、

ラスボス(プリシラ)VS深淵を超える者(ラファエラ・ルシオラ)VSクレアVSちびイースレイVSラスボスの強化分体VS北のメンバーズVS生き残りの覚醒者達VS生き残りの現役戦士達VS    VSオリヴィアVSダークライ

です!

ファイ!!!!!!!

※すでに死亡したメンバーは赤で表示されています。


 想定していた状況が異なるとはいえ、クレアの救出を断念する、そんな選択肢を戦士たちは持ち合わせていなかった。

 しかし、一人だけ止めるものがいた。妖気を深く読むことのできるガラテアだ。

 

「やめろ。これは危険すぎる!」

「……ガラテア。もう時間がない。どちらにせよ、我々には手段が残されてはいないんだ」

 

 ミリアと対立するようにガラテアが立った。

 

「だからと言って……。それに人間が近づくのは、やはり危険だ! 何が起きるかわからないんだぞ!」

 

 止める理由を人間のラキに変えたガラテアは、猥褻物の前で両手を広げた。

 

「どいてくれ」

 

 デネヴの背中から降りたラキが、ガラテアの肩に手を掛けて言った。

 

「心配してくれてありがとう。覚悟はできている」

 

 完全に覚悟が完了しているラキは、ガラテアに微笑みかけた。

 

「な……」

「でも、クレアなら大丈夫だ」

 

 ラキはゆっくりと、猥褻物の球体へ足を進めた。

 

「あの約束の通り、もう7年も待ったんだ。俺も、いつまでも待っているガキのままではないさ」

 

 球体に手をついたラキへ、もじゃもじゃの触手が殺到した。

 

「ぐぅ……!」

「ラキ! くそ、やっぱだめじゃねーか!」

「引きはがすぞ!」

 

 触手に体を穿たれて、全身から血を噴出したラキを救うべく、ヘレンやデネヴが動き出した。

 

「待ってくれ。きっと、俺が誰か……調べているだけだ」

 

 絵面は最悪だったが、ラキの言うように触手の動きからは、片玉が人間を捕食しようとする意志は感じ取れなかった。

 

「さぁ、出てきてくれ! クレア!!」

 

 ラキの叫び声に呼応するように、猥褻物が鳴動した。

 グネグネと形を変えた猥褻物は、なんともう一本、肉の砲身が生えた。

 

「な、なんだ!?」

「来るぞ!」

 

 駆け出した姿勢のヘレンが動揺し、身構えたデネヴが叫んだ。

 肉が潰れるような音を放ち、新たな砲身から裸の女が射出された。

 放たれた刹那の時。

 肉の巨砲の先端に銀髪頭が見えたが、一瞬で引っ込んだ。

 

「!?」

「ラキ、全身で受け止めろ!!」

 

 全員の気持ちを代弁して、ウンディーネが叫んだ。

 裸の女は錐もみして墜落してきた。

 クレアだ。

 

「ぐ! 捕まえた! 早く処置してくれ!!」

「シンシア! ナタリー! 針と糸だ!!」

「は、はい!」

 

 ラキはクレアを受け止めたが、抱き留めた身体の前面から血が噴き出し、ラキを侵した。

 

 事前に打ち合わせした通りに、必死に半人半妖の身体特有の傷を慌ただしく縫合した。

 

 

 

 処置を終えてしばらくして、クレアは目を覚ました。

 

「……私は……。生きてる? せんせ、い……?」

「クレア……クレアぁぁ!!」

 

 ラキはかつての少年だった時のように、泣きじゃくりながらクレアを抱きしめた。

 7年間離れ離れになっていた二人は、絶望的な状況を乗り越え、再び再開した。

 

「おまえは……ラキ、か?」

 

 クレアは目を見開いた。

 探していた少年が大人となり、自身を力いっぱい抱きしめていたからだ。それが自ずと分かった。

 

 しかし、クレアがラキと感動の再会を果たしたのも束の間、猥褻物に急激な変化があった。

 辺りに醜悪な妖気が溢れ出し始め、砲身はそのままに形が崩れる様に不形となり、書き損ないのような猫の像に変じた。

 

「な、なんだ……」

「まって……オリヴィアは? オリヴィアはどうなるんだ!? うわあああ!」

 

 グネグネと変化する猥褻物の、出すものを出してシナシナになった猥褻物に突撃しようとするイライザを、手の空いた全員が止めに入った。

 

「落ち着けイライザ、落ち着けって!! ぶへっ! てめっ」

 

 羽交い絞めにしようとしたヘレンだったが、最初に殴り飛ばされた。

 

 もはやこうなっては、救出どころではなかった。

 この卵のような存在から生まれるのは、〈深淵の者〉を完全に超えた存在。

 事前に推測されていた事が、現実のものとなっていた。

 

「ここに居ては危険だ! 離れるぞ!」

 

 ミリアの号令で、瀕死のクレアと暴れるイライザを連れて全員が離脱した。

 

「オリヴィア、オリヴィアァァァ!!」

 

 悲痛に名前を呼ぶイライザの声が、全員の耳朶を打った。

 

 

 

―――

――

 

 

 

 瀕死のクレア達が去った、半日後。

 

 膨れ上がり続けた猥褻物の醜悪な妖気が、一気に収斂した。

 

 煙が晴れた場に現れたのは、上半身には一本角を生やして4枚の羽を広げた女、下半身は6本脚の馬の化け物が融合したようなキメラだった。そして、いきり立った巨大な馬っ気を出していた。7本脚の馬の化け物。シルエットだけ見れば、そう見えた。

 

「……」

 

 白目を剥いたままの醜悪な化け物は、全身から黒い触手を狂ったように放つと、周りにある木々を()()させ始めた。それはまるで、誕生した際のエネルギーが足らずに、周りから根こそぎ奪っているように見えた。

 

 ある程度喰らい尽くすと、巨大な翼を広げて、複数の力を感じるラボナの方へ飛び去った。

 

 

 

 物見雄山に来ていた覚醒者達は、新たなる超越者の存在を肌で感じ取っていた。

 

 その中でも、オリヴィアに髭ダンディと呼ばれていた男、クロノスはちょい悪親父のような風貌から一筋の汗を流した。

 彼は、組織がまだ男の戦士を作り出していた頃、組織のナンバー4を張っていた。

 

「ラーズ。……ここに来たのは失敗だったかもしれねぇ」

「なに?」

 

 クロノスは、子分の元ナンバー6のラーズへ語り掛けた。ラーズの人間体は、ベジータ頭のおっさんだった。

 

 本来の想定であれば、生まれ出でた者の力を測り、自身達の実力で切り抜けて逃げるつもりだった。しかしその自信は、感じ取った濁った妖気によって一瞬で打ち砕かれた。

 

「ここから先は死地だ。全力で逃げ延びるしかない!」

 

 クロノスが叫んだ時、醜悪な超越者がその場に姿を現した。

 

「ブルるぅぁァ!」

 

 それは、馬と人が融合した強大な化け物だった。何よりも、引きずるように存在している巨大な馬っ気が目立っている。

 

「何だこいつは!?」

 

 超越者は、まるで嘶くように後ろ脚2本で立ち上がると、腰に4足を当てて仁王立ちした。それは、最早3本足で立っていると言っても、過言ではなかったのかもしれない。

 

 莫大な妖気が零れ落ち、膨れ上がった3本目の足から、虹色に輝く螺旋状の触手が放たれた。

 

「ぷるぅぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 馬っ気から放たれた虹色に輝く馬っ気が、すべてを飲み込んでいく……!

 

「ラーズ! アレに触るなよ!! 喰われるぞ!!」

「く……!」

 

 クロノスが叫び、生き残りの男の覚醒者2人は、とっさの回避行動を取った。

 

「ぎぁああアア!」

「ああァァァああ!」

 

 その直後、悼ましい叫び声が響いた。

 受け止める自信があったのだろう、射線上にいた幾名かの女の覚醒者たちが、巨大な螺旋状の触手に焼かれて消滅した。全て上位ナンバーの覚醒者だ。その中には、元ナンバー2の女達もいた。

 

 吸収した超越者の妖気が、どんどん膨れ上がっていく。

 

「くそ! 吸収しやがった。どれだけ巨大化するつもりだ……。こんな力は、最早覚醒者ですらないぞ!」

 

「フオォォォオオオオォオォ!!」

 

 直後、超越者は腰を振るように、虹色の触手を振り回した――。

 

 

 

―――

――

 

 場所は、空飛ぶ〈深淵の者〉を追う山中。

 空飛ぶ〈深淵の者〉は以前と微妙に形を変え、平たい胴体にぶら下がった太い触手が、西部の伝統料理である皿に乗った麺状の何かにも見える。

 

 馬上から、ダーエは〈深淵の者〉を見上げた。

 

「あの〈深淵の者〉から、ぶら下がっている人間体。私はあの戦士を……。んー、どうにも知らんなぁ」

「……」

 

 ルヴルは深刻に考えるダーエの様子を、帽子の縁から盗み見た。

 

(プリシラの事をどう伝えようか……)

 

 ルヴルの頭の中に、一抹の嗜虐心が湧き上がり口元が緩んだ。

 

「プリシラ……かつて、〈微笑〉のテレサ討伐の際、参加した1人の戦士の名前だ」

「……ん? それが、どうした? ……たしか、ナンバー2の戦士が覚醒する前に首を刎ねられたという、ありふれた話だったか」

「実は覚醒していたんだよ」

「!? 報告がどうにも……ネジ曲がって居たようだな」

 

 嘆息したダーエは、黄昏れるように煤けた背中をルヴルへと向けた。

 

「あぁ……それと。貴様が以前していた、肉親の妖魔を使って行う実験。実はあれも成功していたんだ。覚醒しても人間に戻って来れる戦士。おや……知らなかったかな?」

「……」

「奴らは、それを半覚醒と呼んでいたよ」

「……」

 

 ルヴルは嗤った。

 背を向けたまま固まったダーエが、自身の無知を沈黙で雄弁に語っていたからだ。

 しかし――。

 

「……く、くっくくく。あはっはは! そうか……それがヤツか。まぁ、何だ。得心が行った」

「!?」

 

 それを上回る狂気的な嗤いに、ルヴルは引いた。

 

「プリシラ、か。……ヤツの妖魔に対する憎しみの深さだけは覚えている。何せヤツは、人間だった時に妖魔に取り憑かれた父を殺し、その血肉を喰らったのだからな。その記憶を失ってはいたが、その出来事が、妖魔に対する強烈な憎悪を形作っていたのだろうよ」

「なに……?」

 

 ダーエは饒舌に見解を話し始めた。

 若干の早口で。

 

「憎悪やそれにに類する意志の力を、私は軽視したことはない。だが、それが、儘ならぬものであることも理解している。同じような実験を施しても、全く同じ結果を得ることはできない……。肉親の血肉についてもそうだ。繋がりや絆……いや憧憬というのかな……。それが、覚醒しかけた戦士をほんの少しだけ人間側へ戻す、(よすが)になっているんだろうよ」

 

 ダーエは思い出すように天を仰いだ。

 

「そうだ。おまえに……1つ良いことを教えてやろう……。覚醒しても戻ってこれる戦士だったかな? 実は完成していたのだよ……たったの一度だけだったがね。……〈黒〉のアリシアを創り出す、ずっと前の話だ」

「なんだと!?」

 

 秘していた情報の、更に上を行く情報でマウントを取られたルヴルは叫んだ。

 

「知らなかったかな? 妖気解放をすると、身体の色が汚泥のように変わる戦士……〈涅〉のサルビア。私はあの傑作をそう呼んでいたよ」

「〈涅〉のサルビア……?」

「しかし、それも〈痴呆〉と呼ばれる絞り()に成ってしまったがね」

 

 唐突な人物の登場に、ルヴルはキャラが崩壊し2度見した。

 

(え、〈痴呆〉に? ナンバー42だった〈痴呆〉に?)

 

 咳払いしたルヴルは、今一度問いかけた。

 

「……どういうことだ?」

 

 ダーエは深々とため息を付いた。一気に老け込んだような雰囲気を感じる。

 

「はぁぁぁぁ………………………。やつは〈痴呆〉の姉だった。戦士は本来、自身の命を第一に妖気解放を行う。まさに命懸けというやつだ。理由はともあれ、命を捨てた覚醒では凄まじい力を発揮するのは、本国でも承知の通りだ。しかし、やつの場合は違った。組織に()()されている妹のために妖気解放……違うな。限界突破をしていた。いや、今思えば、やつは初めから覚醒していたのかもしれんなぁ……」

 

「自己犠牲……か?」

 

「いいや、そんな高尚なものではないだろう。肉の欲求、食欲……そういったものを自身の強靭な意志で、すり替えたと言えば良いか。まぁ、結末を言えば……ある日、ちょっとした誤解があってなぁ……。その時に容易く敵対したよ。人間の意識を保ったままな」

 

(人の意志を保ったままの覚醒……!)

 

 ルヴルは度肝を抜かれた。最も恐れていたことが、組織内で既に終わっていたからだ。

 

「当然、時のナンバー1に殺された。何せ、組織内でその力を解放したからな。造った側の人間からすれば、少々残念だが……。仕方のないことではあった」

(不味いぞ……。そのノウハウを、この男は持っているということ。逃がす前に殺せるか……?)

 

 気まずい沈黙が続いた。

 

 その時、視界の開けた先に、聖都ラボナが見えた。

 

「ラボナ……か」

(どうでもいいと、関わるのも避けていたが……。どうやらそれが祟ったらしいな)

 

 ルヴルと供に〈深淵の者〉を追っていたダーエは、馬上から聖都を眺め若干の後悔を込めて言った。

 

「ラボナ……。何かと縁の多い街……か」

「……」

 

 気分の優れない様子で帽子を押さえたルヴルが、馬上でひとりごちた。ルヴルの独白を聞いたダーエは、肩を竦めて空飛ぶ〈深淵の者〉へ視線を送った。

 

「この化け物の目指す終着点……。新たな深淵を超える者が、妖魔排斥をしていたラボナで誕生するつもりとは……因果なものだなァ」

 

 ラボナの付近から、巨大な土煙が上がった。更に虹色の竜巻のようなものが見える。

 

「来たな」

「……」

 

 最悪の情報を聞いて気もそぞろだったルヴルは、一瞬、(きたな)に空耳したが、(かぶり)を振って状況を見渡した。

 

「フォォォォォオオオオ!!」

 

 汚い汁を吐き出す果物のような、甲高い声が遠くから聞こえた。

 回転した巨大な触手が、大地を破壊しながらゆっくりと移動している。

 

(こちらに来るか……)

 

 竜巻の進行方向には、空飛ぶ〈深淵の者〉がいた。

 ルヴルの直感が働いた。

 

「……ここに居ては危険か」

「おや、逃げるのかね? この誕生を……いや、結末を見ずに? まぁ、いいがね」

 

 ダーエの言葉にルヴルは、進みかけた馬の手綱を引いた。

 

「経験から言って……。まぁ、まだ大丈夫か」

「くくく……」

 

 僅かばかりの興味が(まさ)った。

 




戻ってるよね、ね?


章分けするか迷ったけど、途中からしてないからまぁいっか!
いったれぇ!!


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らきーぬ

ダーエの考察について

原作では、プリシラについても深く考察していますが、本作では超越者の話で終わりです。
強力な憎悪と自らへの嫌悪が強さの源泉という結論でしたが、他にも要因はあるように考えています。というか、ないと他の戦士との差別化ができなくなりそう。
ダーエ自身も、同じように実験した素体もプリシラほど強くはなかったと言及していますし……。
最後の遺志で幼子を見えなくする辺り、プリシラにも輝く魂があったように思えます。
サイコパスーヌもナンバー1の覚悟に焼かれて、文字通り消滅するし……。
オフィーリアみたいに情緒が不安定な戦士ほど強い……、とも違うような、何なんでしょうね。



 

「オリヴィア!?」

 

 急に起き上がったイライザへ、仲間達が驚いた視線を向けた。

 

 時はクレアを救助した後の一刻後。

 ラボナで拠点にしている建物での出来事だった。

 

「そうか……気絶して。いや、させられたのか……」

 

 眠って幾分か冷静さを取り戻したイライザは、自分の状況を俯瞰した。

 

「まったく……。手を掛けさせやがって」

 

 そう言ったのは、イライザを気絶させたヘレンだ。殴り飛ばされた意趣返しで気絶させた……わけではなかったが、そういう気持ちがなかったといえば嘘になる。しかし、心配して付きっきりとなっていた。

 

 

「起きたか……」

 

 ちょうどその時、ミリアが戦士の装備に身を包んだクレアを伴って入ってきた。

 

「クレア……もういいのか?」

「あぁ……、心配をかけた。もう大丈夫だ」

 

 クレアの後ろにはラキが控えていた。

 

 

 

「皆に聞いて欲しいことがある」

 

 小さな丸椅子に座り直したクレアが言った。

 

「あらたまってなんだよ。いてっ」

「黙って聞いてやれ」

 

 ヘレンとデネヴのいつもの寸劇を見て、クレアは相好を崩した。

 咳払いをするとクレアは続けた。

 

「……あの覚醒者の集合体と一本角の化け物……プリシラについてだ」

「!?」

 

「まず、私と奴の確執を知ってほしいんだ。……奴は私の仇であり、私が戦士を志した理由そのものとなる」

「!」

「私の恩人……テレサは組織の戦士だった。テレサは妖魔に弄ばれていた私を助けて……組織に反逆した。そして、当時討伐隊に混じっていたプリシラに……。いや、覚醒したプリシラによって首を刎ねられたんだ。……私の身体には、その時のテレサの血肉が埋め込まれている」

 

 胸に手を当ててクレアが言った。

 

「それじゃあ……」

「あぁ、私は4分の1(クオーター)だ」

 

「〈微笑〉のテレサと言えば、歴代のナンバー1の中でも指折りの実力者だったと伝え聞くが……」

(そうか、それで……)

 

 ガラテアの言葉に、ミリアは初めてクレアと手合せしたときの悪寒と違和感を思い出した。当時のミリアは、最弱の戦士クレアの中に最強格のテレサを一瞬だけ感じ取っていた。

 

「組織は強い戦士の永続継承をしたかったようだ……。その時の私にとっては、都合が良かったんだ。しかし……」

「……」

 

 クレアは拳を握り、悔しそうに俯いた。

 

「しかし、出来上がったのは4分の1(クオーター)の戦士、与えられたナンバーは最下位の47だった……というわけか」

「あぁ……。……私は弱い」

「……」

 

 引き継いだデネヴの言葉に、クレアは悲痛そうに声を絞り出した。

 

 

 その時、急にフォーカスが、壁際に立っている二人に移った。

 

(いや……。お前が弱いとしたら、私はどうなるんだ……)

 

 冷や汗を垂らした元ナンバー40のユマと、FXで一瞬のうちに全額溶かした顔をしている元ナンバー37のナタリーの心の声が被った。

 元下位ナンバーの2人は、追い付けない最下級の戦士に絶望した。しかし、空気を読んで発言しなかった。

 きっと直情的なオリヴィアがいれば、弱音を吐いたクレアを、2人の代わりに即座にぶっ飛ばしてくれていただろう。

 

 隣通しの2人は偶々顔を見合わせたが、何方ともなくスッと視線を逸した。

 

(……こいつと一緒は嫌だ)

 

 最近技も被り気味だ。

 戦士にありがちなことだが、なんだかんだ言って二人とも我が強かった。向上心の塊ともいう。

 

 

 

「だが、私は生命を賭してでも奴を討たなければならない。……皆にそれを知っていてほしかったんだ」

 

「お前と出会ってから、大凡8年か……。やっと言ってくれた、と言いたいところだが」

「言うのが遅すぎるぜ」

「まったくだ」

 

 クレアと特に親交の深かったミリア達の顔には、呆れが浮かんでいた。

 

「お前の覚悟はわかった。だが、あの集合体を放置するわけにはいかん。生命を賭してでも、というのは……生き残った我々にとっては今更の話だ。それに」

「それに、オリヴィアを助けなくちゃいけない。ちがう?」

「……お前達」

 

 ミリアやイライザの言葉にクレアは呆気にとられた。

 

「けっ、クレアが出てこれたんだ。あいつもすんなり出てくるだろうよ。あたしはやるぜ」

 

 オリヴィアの姉貴分であるウンディーネも、鋭い視線を向けた。

 

「……。それと……。私はあの融合体の中で、オリヴィアに会った気がするんだ。脱出する時に、私の背中を押してくれたんだ。だから、オリヴィアもあの中で、きっとまだ戦っていると思う」

 

(そう言えば……。あのとき、一瞬だけオリヴィアの頭が見えた気がしたが……。やはり、全員全裸になれば……)

 

 クレアの言葉に、ナタリーはサブリミナル射精を思い出したが、またもや声には出さなかった。言ったところで、助けに行くのは変わらないからだ。

 

「助けに行くのなんて、当たり前の話だ。オリヴィアを取り戻す。そして、そのプリシラを倒す。今の私達に必要なのはそれだけだ」

「ユマさん……それ、デネヴさんやオリヴィアさんが言ったやつです」

「そ、そうだったっけ?」

 

 ユマが決め顔で言ったが、大剣を引き抜いたシンシアのツッコミに、タジタジとなった。

 

「全員で必ず生き残りましょう。今度こそ!」

「!」

 

 まるで北の戦いの焼き回しのように、シンシアが大剣を掲げた。命を投げ売って自棄っぱちに成っていたシンシアは、これまでの出来事を通りしてそれを乗り越えていた。

 

「あぁ! 必ずだ!」

 

 この場にいる全員が、顔を見合わせて大剣を合わせた。

 

 

 

 

 

 

 まずは、東から迫る〈深淵の者〉を倒すことになった。迫る覚醒者は、プリシラの分体と言って等しい。融合されては、手を付けられなくなる。必ず先に倒さなければならなかった。

 

「……駄目だったか」

 

 そう溢したのは、ラボナ東部の門に立ったガラテアだった。顔を向けた先では、ミリア達が戻ってきていた。

 融合体から何れ産まれ出る超越者。

 その分体の討伐を、先の理由からラボナ近郊に集まった覚醒者へ、ミリアが焚き付けに行っていた。

 

「ああ。奴らにとっては……、組織を潰した偉業を成したとはいえ、我々はいつでも潰せる羽虫程度にしか思われていないようだ」

「〈叛逆者〉ミリアだってよ」

 

 護衛について行ったヘレンが、沈んだ空気を除けようと覚醒者に言われた渾名を戯けて言ったが、完全に空気を外していた。

 

「……」

「……やめろ」

 

 ミリアとデネヴが頭痛がするように、それぞれ眉間や頭へ手を当てた。

 

 圧倒的な戦力不足。

 東の地で〈深淵の者〉に相当する3体が融合した化け物は、本体に劣るとは言え、もう1人の超越者と言ってよかった。

 

 吉報としては、自身では弱いと言っていたが、実力者であるクレアが戦線に復帰出来そうな事が挙げられた。

 しかし、交換するようにメンバーの中で強力な突破力を持つオリヴィアが不在となっていた。

 

「しかし、すぐに動かなければならない。もう、時間がないな」

「ああ……」

 

 ガラテアが遠くを見透かすように、〈深淵の者〉へ顔を向けた。

 〈深淵の者〉はすぐそこまで迫っていた。

 

 

―――

――

 

 

 

 クレアが復帰して数時間後。

 討伐メンバーは、緩い谷間の上を飛ぶ〈深淵の者〉の前に立っていた。谷間には青々とした木が茂っていた。

 

 ラボナにはガラテアを筆頭に、最低限の守りを残した。討伐メンバーは、北の仲間達に対空戦闘が可能な二人を加えた構成となった。

 

討伐のメンバー

 

元NO.6 ミリア

元NO.11 ウンディーネ

元NO.14 シンシア

元NO.15 デネヴ

元NO.17 イライザ

元NO.22 ヘレン

元NO.37 ナタリー

元NO.40 ユマ

元NO.47 クレア

 

現役ナンバー

 

NO.7 アナスタシア

NO.8 ディートリヒ

 

 

 

 現役の2人は、対空戦闘において北のメンバーよりも一日の長があり、必須だった。ちなみに、オリヴィアと絡んでいたナンバー5のレイチェルは、〈羽根持ち〉のアナスタシアがお膳立てしても空を飛べなかった。

 

「妖気同調を使い、シンシア、ナタリー、ユマの3人で〈深淵の者〉の中に眠る2人の意志を呼び覚ます。中途半端な融合をしたはずの〈深淵の者〉を分解できるはずだ」

 

 

 覚醒者達の協力を得られなかったミリアは、〈深淵の者〉を分解し、各個撃破する作戦に切り替えた。ミリアの予測では、カサンドラ、ヒステリア、プリシラの3体分の意志が存在しているはずだ。

 

(特に我の強かったヒステリアは、プリシラに身体を乗っ取られている状況を、良としないはず)

 

 以前、ヒステリアと大剣を合わせたミリアには、自ずとそれが分かった。

 

 

 目標は空中に浮かぶ覚醒者。

 既に形を変えて、シルエットだけ見れば、皿に乗った麺状の何かのように見える。

 空から垂れ下がる太い触手の先端には、カサンドラの首が生えて、無機質にぶら下がっていた。

 端的に言えば、蝶のような羽の生えた触手の怪物の姿をしていた。

 

 

 アナスタシアが空中に張り巡らした足場に、全員が登った。

 

「足場にした髪の毛に妖気を込めろ。それで強度を調節するんだ」

「なるほど……」

 

 初見のクレアは、ディートリヒに訓示してもらっていた。

 束ねて握りしめた髪の毛に妖気を込めると、強力な反発力を感じた。

 

「込める妖気の大きさで具合を調節するんだ。人間1人くらいなら、余裕で支えられる。もっとも、バカには乗れないらしいが……」

「……バカ?」

 

 ディートリヒは脳筋のレイチェルや〈痴呆〉先輩のオリヴィアに対して、小言が漏れた。

 

「良かったな。バカじゃないみたいだ」

「なんだと!? ちっ……。ヘレンに言え」

「それもそうだな」

「おめーら!」

 

 それを聞いていたデネヴが、ウンディーネに突っかかったが、ウンディーネは軽やかにヘレンにトスした。

 オリヴィアとの絡みで、ウンディーネのレスポンスバトル力は無駄に良く鍛えられていた。

 

「いくぞ!」

 

 ミリアの号令で弛緩していた空気が引き締まり、空中にいる討伐隊の全員が大剣を手にした。

 

(万全の状態で放つ〈高速剣〉……。現実で放つのは7年ぶりか)

 

 クレアは、先の戦いで妖気解放をしていた。

 既に抑えていた妖気は漏れ出ており、片腕だけの完全妖気解放を行う、これまで禁じられていた〈高速剣〉を使うのに後ろめたく思うことはなかった。

 

 猥褻物から救出された後、クレアは西の戦いで消耗していた力が万全の状態に戻っていた。更に言えば、普段よりも力が漲る感覚を得ている。

 

(あの中で、何か力を得ることができたのかもしれない)

 

 夢現(ゆめうつつ)の状態だったが、1度目に飲まれた時、ラファエラの記憶や仲間の記憶を継承していた。プリシラと戦うときには持て余していたが、そこには戦闘技術も含まれていた。

 2度目に飲まれたときにも、何がしかの作用があったのかも知れなかった。

 

 他のメンバーから先んじて足場から飛び跳ねた先、無数にある触手のうちの2本がクレアに襲いかかった。

 クレアは空中で歯を食いしばり、限界を超えた妖気を右腕へと蓄えた。

 

〈高速剣〉!

 

 接近した触手は、もれなく切り込みが入り、クレアに触れるそばから砕けていった。

 クレアの指向性のある〈高速剣〉は、敵の妖気に反応して巨大な顔が付いた2本の触手を、一瞬でバラバラにした。

 あっけなく散った肉片が、ボトボトと地面に落ちていった。

 

「うっひょー。〈高速剣〉ってあんなに凄かったっけ……?」

「あれが、あいつの7年間の……修行の本当の成果なんだろうさ」

 

 口を開け呆気にとられヘレンに、デネヴが誰にともなく呟いた。

 

 右腕の地力強化。

 フローラの〈風斬り〉を体得するために強化した腕は、〈高速剣〉においてもその力を発揮した。

 クレアは腕を受け継いだ元ナンバー2のイレーネを思い出していた。

 

(ようやく……ようやく追いついたぞイレーネ。7年掛けてお前の〈高速剣〉に追いついた。……しかし、感知能力も上がっている……? ラファエラの技術か)

 

 クレアは体の表皮に妖気の薄い膜が張られていることに気づいた。

 無意識に行っていた、身体の外側に薄い妖気の膜を張る戦い方。

 微細な妖気の動きを感知するのに、長けているようだった。

 

 その後も迫りくる触手に、クレアは隙き無く〈高速剣〉を放ち続けた。

 

「我々もいくぞ!」

「了解だ! おらァァあ!」

 

 デネヴとウンディーネも負けじと飛び出した。

 触手は多く、不足はなかった。

 

 

―――

――

 

 

 場所は変わって、戦闘の傍ら、少し離れた岩場にナタリー達が立っていた。

 

「まずい……な」

「まずいですね、これは……」

 

 しばらく前から、ナタリーとシンシアは、ユマを引き連れて〈深淵の者〉の中にある人格を探っていた。

 ミリア達が〈深淵の者〉を引き付けて、その間にシンシア達が人格を引きずり出す。そんな作戦だった。

 しかし、肉一片に渡っても、それらしきものを捉えることができなかった。

 

「これは……、私が可笑しいんじゃないんだろうな?」

「大丈夫です、ユマさん。私達にも人格が捉えられません」

 

 シンシアが困惑するユマを慰めた。

 

「何も無い……。がらんどうだ。一体何があいつを動かしているんだ……?」

 

 目を瞑ったままのナタリーも困惑していた。

 感じ取るに、戦闘は佳境を迎えていた。

 

 

 

 

 

 

 アナスタシアが張り巡らせた髪の反発力で、ヘレンは空中を駆けた。

 

「はぁぁっ!」

 

 回転する腕を突き出し、最大まで破壊力を高めた〈旋空剣〉が、〈深淵の者〉の片側の翼を貫通して崩壊させた。

 

「今よ!」

 

 イライザが叫んだ。

 片側へ傾く〈深淵の者〉へ、追い打ちをかけるように空中を駆ける戦士達が殺到し、もう片側の2枚羽を破壊した。

 

 墜落しながらも迫りくる無数の触手へ、クレアを庇うようにウンディーネが〈瞬剣〉を放った。

 

「オラァっ! いけ! クレア!!」

 

 道が開けた。

 近づく胴体。

 クレアが飛び込んだ先で、〈深淵の者〉のプリシラの上半身が生えた胴体が切り刻まれた。

 

 細切れに切り刻んだ身体を通り抜けたクレアは、後ろを振り返った。

 

「!?」

 

 瞬間、全てを巻き戻すように、破壊された身体が生えた。

 

「う、嘘でしょ……」

「はぁ……はぁ……」

「はぁはぁ。こいつ……底無しかよ……」

 

 その後も攻撃を加え続けたが、〈深淵の者〉は驚異的な再生力で再生し続けた。

 

(くそ! シンシア達は、まだか……。ここで、このまま倒すにしても決定打が足りない! オリヴィアさえいれば……)

 

 四肢から細切れになる覚醒者を想像し、ミリアの脳裏に弱気な思いが浮かんだ。

 目では捉えられない無数の連撃を放つクレアの〈高速剣〉。

 全戦士中の最強の突きを繰り出すヘレンの〈旋空剣〉。

 強靭な膂力から同時の4撃を打つウンディーネの〈瞬剣〉。

 巨大な身体の持ち主に対して力を発揮するそれらも、この覚醒者の再生力の前では型無しだった。

 

 

 

 思考する刹那、〈深淵の者〉から地面に楔が打ち込まれ、空中で右へ左へ揺れ始めた。

 

「!?」

「何をする気だ」

 

 揺れに上下への動きが加わったとき、ミリアは〈深淵の者〉の意図に考えが及んだ。

 

(あれはカサンドラの……!?)

「総員離脱しろ!!!」

 

 楔を起点に、巨大な船が墜落するように触手の嵐が吹き荒れた。

 それはまるで、拡大したオリヴィアの〈千剣〉のようだった。

 本来、極低い位置から往復するように攻撃を放つ、カサンドラの〈塵喰い〉。

 翼を得た〈深淵の者〉は、その技を三次元的に放った。カサンドラの技とヒステリアの覚醒体の技が合わさった攻撃は、一帯を地形ごと崩壊させた。

 

「足場が!?」

 

 幸いにして、先見の及んだミリアの掛け声で、距離を開けたメンバー全員が無事だった。

 しかし、アナスタシアが張り巡らせた足場は、重量級の台風によって全て破壊されてしまった。

 

 

さらに、

 

「フォォォォォオオオオ!!」

 

 遠くの方から汚い汁を吐き出す果物のような叫び声が聞こえた。

 

「なんだ……?」

「いかん」

 

 ゾクゾクと走る悪寒。

 メンバーが困惑する中、ミリアは声の正体に思い当たった。

 

「何だこの気配は!?」

 

 大剣を取り落としそうになる中、ディートリヒは妖気の気配を探った。

 

「あの融合体から生まれた、超越者だ!!」

「!?」

 

 最悪のタイミングで、超越者が目覚めてやってきた。

 足場を張り直す、そんな時間は残されていなかった。

 

「ミリア! このままだと間に合わないぞ!!」

「分かっているが……く!」

 

 振り返れば、そこには虹色の竜巻が空へと昇っていた。

 

(あれはまずい! 激動する妖気の坩堝だ。近づいただけでも、気を狂わされかねない……!)

 

 瞠目するミリアの判断は早かった。

 

「総員! シンシア班を回収して離脱しろ!!」

 

 散開した直後、高速で迫りくる虹色の竜巻が全てを飲み込んでいった。

 

「くそ! 間に合わなかった……!」

 

 ミリアの歯の根が悔しげに鳴った。覚醒者を引き込めていればと思ったが、見える惨状から、最早超越者自体を止められそうになかった。

 

 

 

 

 膨大な土煙が晴れたとき、景色は一変していた。ゆるい谷間がすり鉢状に削れ、クレーターと化している。

 

「な、何が……」

 

 深く捲られた土が風にさらわれたとき、超越者が姿を表した。

 

 青白い顔に4枚の皮膜の翼、額から一本の角が生えている。先程の姿とは、打って変わった小柄な姿だった。

 

「ガッ! グボェアアアアボエェェェ! ェァオロロロロ」

 

 白目を剝いたままの一本角の覚醒者はえづくと、口から巨大な卵を遠くへ発射し、続いて黒い汚泥を吐き出した。

 直後、千切れた馬の身体を上空に蹴り上げた。7本足の馬の体が千切れ飛び、六本足となった身体が空中で触手に切り刻まれた。

 

「は、ハハハ。ゆ、融合しちまいやがった……」

 

 目を剥くメンバー達の間に、ヘレンの涙目の乾いた笑いが響いた。

 大剣を取り落としそうになるほど、感じ取れる妖気の圧が尋常ではなかった。

 

「なんだか、ひどく長い間眠っていた気がするわ。あぁ……。内蔵たべたい」

 

 

 完全体になった頂上の存在が目を覚ました。

 

 

 

◆◆◆

 

 ラボナにて、ラキは馬を使って駆け出した。

 駆けるのは超越者の滅ぼした悪路。

 既にガラテアの制止は振り切った。

 

「クレア!」

 

 ラキーヌは覚悟を決めた男の顔をしていた。

 



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オリヴィア

時はオリヴィアに戻ります。

視点がコロコロして済まなんだ。


 

「はっ!?」

 

 気がつくと、私は保健室のベッドで泳いでいた。どうなったの、あれ。え?? 一本角の化け物は!? みんなは!?

 窓の外は真っ暗で何も見えなかった。窓も開けられない。痛いほどの静寂が辺りを包んでいた。

 

 私は何かに突き動かされるように、再び保健室を飛び出した。

 

 

 するとそこは、学校ではなく炎に巻かれた村だった。

 振り返っても、保健室の扉はなかった。

 

「一体何が……! ここは……?」

 

 燃え盛る村の畦道。

 何となく見覚えのある景色だった。

 

 何かに導かれるように、私は焼けた地面を歩き始めた。

 

 向かうのは、この村で唯一燃え残っている納屋だ。

 背中に走る忌避感とは裏腹に、自然と足が向かった。

 ここには確か……。

 

 ぎぃ……と、不気味な音を立てて納屋の扉が開いた。

 建屋の中には、作業台が置かれていて、その上に一つだけ光る手鏡があるのが見えた。

 

 私はそれを手に取った。心臓が砕け散りそうなほど鳴っている。

 

 映っているのは――。

 

「思い出した?」

 

 少女の声が聞こえた。

 

 

 

――ノイズ。

 

 

 

 

 思い出した……。

 

 私は、気が付くと、オリヴィアという女の子に憑依していたんだ。

 

 閑散とした村で、唐突にオリヴィアという女の子の中にいる自分を自覚したのだった。それまで自分が何であったかも、朧気にしか覚えていなかった。

 

 オリヴィアとの仲は良好だったと思う。

 彼女が困ったときには、よく知恵を貸してあげていた。

 オリヴィアの体を間借りしていると認識していたため、積極的に自分から動こうなどと思えず、彼女の人生を見守るつもりであった。

 

 日々の水面や鏡を通したオリヴィアとの語らいで、「世の中には妖魔という人間の捕食者がいる」と、そんなことを聞いていたが、子供の親が幼子を危険から遠ざけるためのよくある脅し話としてしか認識していなかった。

 ところがある日、村が妖魔の群れに襲われた時になって、ようやく本当の話だったということがわかった。

 

 当時、妖魔に襲われそうになっていたオリヴィアの姉を、オリヴィアに代わり、知恵の限りを尽くして助けた。しかしその時に、私は力を使い果たして昏倒してしまったんだ。

 

 そうして、せっかく助けたオリヴィアの姉は、自分が眠っている間に、半人半妖の身体を得てどこかに行ってしまった。

 

 いつしか、オリヴィアだけになって……。そのオリヴィアもいつの間にか居なくなって――。

 

 私は独り(オリヴィア)になった。

 

「そこでようやく、この世界がクレイモアの世界だって気づくんだもんな」

 

 とんだ間抜けである。

 そんな話があるはずがないと、憑依なんてしているにもかかわらずに最初から切って捨てていたのだから。

 

「ごめん……」

 

 自然に漏れ出た言葉で、私は茶髪の小さな娘に謝った。

 許されるなんて思ってない。

 これはエゴだ。

 

「どうして謝るの?」

 

 鏡の中で、茶髪の少女が不思議そうに小首を傾げた。

 

「……守れなくて、ごめん」

 

 形容しがたい想いを、私は無理やり言葉に変えた。

 守れなかった。

 私は申し訳なくて、ひたすら謝った。身体だって、いつの間にか受け継いでしまった。

 私は守れなかったことを許せなくて。身体を奪ってしまったことが悲しくて。ずっと思い出さないようにしていたのかもしれない。言葉だってそうだ。

 

「そう……」

「……」

 

 オリヴィアは、私の稚拙な謝罪を汲んでくれたように見えた。

 しかし、条件付きで。

 

「ねぇ、それなら。そう思うなら。おねぇちゃんを……また助けてあげて」

「えっ?」

 

 オリヴィアはこちらを伺うように言った。オリヴィアの姉のサルビア。でも、サルビアはもう……。

 

「おねぇちゃん。まだ一人で苦しんでいるから、助けてあげて」

「えっ……?」

 

 そうオリヴィアに言われて、私は初めてサルビアの存在を感じた。これまでは、なにか妖気フィルターのようなものがあったようだ。

 ここのずっと下の方で、その鼓動を感じる。

 

「サルビア、生きていたのか……?」

 

 彼女を救うことに否やは無かった。

 彼女はオリヴィアの肉親だ。私の肉親でもある。生きているのなら、助けること自体に忌避感は無い。

 

「……わかった。……。でも、オリヴィアは……?」

 

 私はふと、この鏡の中の少女がどうなるのか気になった。

 

「私はずっと前に終わったの……。でも、私はずっと救われてる。あなたのお陰で、私は一人じゃなかった。最後のその時まで」

 

 ここに居るオリヴィアは、生きていたオリヴィアの残響のような存在らしい。そんなことを、私は直感した。

 オリヴィアは寂しそうな顔をしていたが、話していくうちに、急に悪戯めいた表情を取り繕った。

 

「それに、あなたの言葉で、ロスタイムっていうのかしら……」

「え゛。ロスタイム?」

 

 突然の横文字に私は面食らった。

 

「えぇ、そうね。ロスタイムよ。あなたを通して、私は自分の言葉で仲間達と関われた。私は終わっていたのに、いつの間にか、自分の意志だってココにあったんだから」

 

 そう言えば……。

 仲間内から駄目な妹扱いを受け始めたのは、北の戦いを終えてからだ。もしかしたら、その時から一緒にいたのかも知れない。

 この子の影響があって、私は()()幼児帰りしていたのかも。

 

「ぷ。クスクス。あっははは! そうね。そういうことにしましょう」

 

 なんでだよ。

 なんで笑うんだよ。

 なんて含みのある言い方なんだ。

 

「違う。含みなんてないわ。ふふ……、本当よ」

 

 オリヴィアは目に浮いた涙を拭った。

 

「……話は変わるけれど、……あなたが思い出したこと、悟られてはいけないわ」

「は? ……だれに?」

 

 いや、別に良くね? ディスコミュニケーションが解消するから良くね?

 

「あなたの中にいる。もうひとりのおねぇちゃん」

「は?」

 

 私は茫然とした。

 え、もうひとりって……サルビアって二人いるの?

 

「……そうよ。わたしとあなた。それと同じようにね」

 

 オリヴィアは、少し寂し気に言った。

 

「彼女は私達をとても大事に思ってる。でも、それは、その他を滅ぼしてしまいかねない、危ういものなの」

「それって……」

 

 どういうことだってばよ。

 

「本当の敵は、プリシラ(ラスボス)でも私たちの身体を弄りまわした研究者でもない。あなたの中にいる、もう一人のおねぇちゃんよ」

 

 な、なんだってー!?

 助けろって言ったり、倒せって言ったり。どっちなのよ……。

 そもそも。

 

「この会話も聞かれてるんじゃないの?」

「ここは、私だけの領域。おねぇちゃんは私達を大事にしてくれている。だから、ここだけは不可侵領域なの」

 

 んー、イマイチ実感が沸かないんだけど。

 サルビアが実は二人いて、一人は苦しんでいるから助ける。もう一人は倒すってことか……?

 

「……あなたがここから出るとき、私は最後の力を振り絞って……あなたの中にいる、もう一人のおねぇちゃんを外に弾き出すわ」

「最後って、え?」

 

 やっとまた会えたのに……最後?

 

「出てきたおねぇちゃんを、あなたが倒すの……。いいえ、全部終わらせてあげて――」

 

 鏡が光り、オリヴィアの悲痛な思いが伝わってきた。

 

 あの時、妖魔に襲われて人生が狂ってから悲しい連鎖が続いた。

 組織に脅されていた姉が死に、彼女自身も実験材料にされて……。

 そして、彼女は私が独り(オリヴィア)になるときに、既に終わっていた。

 それでも。

 それでも、彼女は全部を飲み込んで終わらせようとしていた。

 

 過去は変えられない。

 握りしめた拳から悔しさが滲んだ。

 かつて一心同体だった私は、その想いを叶えなければならないという、何処か後ろめたい決意に駆られた。

 

「それに、同期だって手伝ってくれる。私、お友達がいっぱい居たのよ?」

 

 そう言って、オリヴィアは寂しく笑った。同期とは……イマジナリーフレンズのことだろうか。

 

「それと……。出来るだけ日本語で話すのよ」

「え……」

 

 は?

 それじゃ、いつもと変わらないじゃん。

 

「おねぇちゃん、日本語(秘密の言葉)嫌いだから。そうすれば私達が何を企んでるか、きっとわからないわ。何を仕出かすかわからないっていうのは、ある意味では武器になるの。だから、もう少しだけ〈痴呆〉でいてね」

「えー。……なんか、腑に落ちないけど」

 

 納得出来なかったけど、オリヴィアを安心させる為に、私は頷いて了承した。

 沈黙が辺りを埋める中、への字に口を曲げた私は、少し間を空けて胸を叩いた。

 

「わかった。……泥舟に乗った気持ちで安心してくれ!」

 

 不意にこの子を、前みたいに笑わせたくなった。

 

 子供向けのお伽話。

 昔はしょうもない冗談を言い合ったものだった。それで、悪戯めいた密会の最後は、彼女の母親にお尻ぺんぺんされるのだ。

 

「〈かちかち山〉ね。全然安心できないわ。ふふ」

 

 鏡の中でオリヴィアが笑い、手を差し出した。

 私も微笑んで、もう一人の私に手を重ねた。

 すると、鏡が光を放ち、世界が徐々に真っ白に染まっていった。

 

 光の中で、はらりと、Jcという文字が落ちたのが見えた。

 

「ここから、完全に目を覚ましたら……先ずは、クレアを助けるのよ。()()みたいにね」

「あ、原作!?」

 

 最後に、オリヴィアが全裸の女の人が乗った本を片手に、ウィンクして言った。

 

「要らないこと、私が全部貰っていくわ。余計なこと考えないで、いつもみたいに一生懸命やりなさい。わたし!」

 

 ……傍から見たら、エロ本じゃん。神かよ。

 

 視界が真っ白になった。

 

 

 

―――

――

 

 

 今度は、真っ暗な部屋で目を覚ました。しかし、不思議と不安はなかった。

 

 6人の半人半妖の気配を感じる。

 イマジナリーフレンズ……。いや、オリヴィアの同期達だ。

 

「もう、いいの?」

 

 おずおずとした様子で、そう話しかけてきた二人は、前髪が跳ねたセフィーロだ。

 彼女達は私が記憶を取り戻すのを、ずっと、待っていたのかも知れない。

 

「もう大丈夫」

「そう。……そっか」

 

 私が返事をすると、二人いる、鏡写しのセフィーロがお互いに頷き合った。

 

「生んでくれて、ありがとう」

「こんなこと言うのは変だけど……。その、元気でね」

 

 最後の別れのようにそう言い合ったセフィーロの一人が、こちらにせかせか歩み寄った。性格のツンツンした方だ。

 

「わたしたちも、かぁ~。寂しいねぇ」

「あんたには、悲しい別れは似合わないわね。頑張りなさい」

 

 次は、ロザリーだ。

 巨乳の二人は眺めているだけで絵になった。

 

「じゃあねぇ」

「いつか、また」

 

 緩い方のロザリーは、私にゆっくりとした足取りで歩み寄った。

 

 最後は小柄なママのレアだ。

 

「私達は」

「何方が何方ということもないけど……」

「後は頼んだわよ」

「……えぇ任せて」

 

 私にレアの一人が、軽い足取りで寄り添った。

 

 

 

 残りの皆は、ここに残ってオリヴィアの手伝いをするようだ。何故か、それが伝わってきた。

 

 手を振るみんなが、一人ずつ消えていく。

 

「楽しかったよ、オリヴィアと一緒で」

「その子を頼むわね」

「風邪引かないで」

 

 同期の心を守るために産まれた、別の人格達。

 皆を守るために、彼女達は最後の役目を果たす。

 

 

「さて」

 

 彼女達が消えて真っ暗になった空間に、セフィーロの声が響いた。

 

「それじゃあ、助けに行くわよ!」

「お〜!」

「えぇ」

 

 サルビアを助けに行く、オリヴィアのお願いを抱いた私達は、円陣を組んで手を合わせた。

 

「いくぞ!」

 

 

――ノイズ。

――ノイズ。

 

――ノイズ。――ノイズ。――ノイズ。

 

 

――ノイズ。――ノイズ。

 

 

――ノイズ。

 

――ノイズ。――ノイズ。

 

 

――ノイズ。

 

 

 

――ノイズ。

 

 

 一人ずつ、私の背中を押してくれる感覚があった。無理矢理捩じ込まれるように、私の意識は深層へと潜っていった。

 

「うわ」

 

 しかし、なんかめっちゃ、ぐにゃあってなるんだけど。

 

「ぐぅぁ……。ここは……?」

 

 身体がネジ切れる様な目眩が晴れると、私は組織の訓練室に独りで立っていた。

 鼓動の音だけが響き、とても静かだった。

 

 少し恐ろしかったが、目を瞑ると私の中に皆の気配を感じた。ここに存在出来るのは、私だけということか……?

 

 見渡すと何もなかった。

 しかし、響く鼓動を辿ると私の背後に黒い塊がいた。

 

 頭には茨のような環が浮いており、身体中が黒いクレヨンで塗り潰したように見えた。座り込んだ彼女の揺れる動きに合わせて、鳴動している。

 それは、変わり果てたサルビアだった。

 

「サルビア……」

 

 昔の明るかった……おねぇちゃん面した生意気な面影はなかった。

 チクリ魔のサルビアが、一人ぼっちでここに居ることは胸が締め付けられた。

 

「どうすりゃいいんだ?」

 

 フラフラと揺れる彼女を見て、私の背に怖気が走った。近づくのもやばくない? これ触ったらウィッチみたいに、キャァァァって言って襲ってこない??

 

――聞いて。

――感じてぇ。

――考えて?

 

 私が考え込んだ時、内なる同期達がジェットストリームアタックのように、役に立たない助言を繰り出してきた。そういうのいいから。超える力とかないから。考えても答え出ないから。

 

 しょうが無いので、私は近づいて肩を揺することにした。とりあえず、とりあえずだから。他にやりようがないし。

 

「!?」

 

 サルビアから溢れた影を踏んだときに、それは起こった。

 なんと、私は影に落っこちてしまった。

 

「あっ。ボッ! この影! 深い!!! あぼぼぼぼぼぼッ!」

 

 私は影に吸い込まれた。

 

 




〈げんこつ〉のミサエッ!


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四分の一(喜怒哀楽)の純情な感情

※caution:思ったよりも危険な話になりました。
      皆々様方。
      必ず一人で。心安らかに。
      ティッシュを横にセットして。
      ズボンを脱いでお楽しみください。





 

――ノイズ。

 

 

「お母さんから教わった、おまじないをしてあげる!」

「えー! 私もする! おまじないは、『エロエロエロッサイム、ちちんぷいぷい』、なんだよ?」

「オリヴィア……一体何を言っているの?」

 

 遠くで幼い子達が、じゃれ合っていた。何となく見覚えがある。

 客観的に虚空へ独り言を話すように見えるオリヴィアへ、彼女の家族が呪詛療法を試みる場面だ。結局失敗したが。

 何を隠そう、私と積極的に会話してしまった結果だった。他の家に疑われ噂される前に、手を打とうとしたのだろう。

 

 そんなことを思い出しているうちに、サルビアが何事か呟いてオリヴィアの額に口付けした。

 

 

――ノイズ。

 

 

 その後も色んな場面が溢れた。

 記憶の再生だ。

 サルビアが干渉する私達に、何かを見せたいらしい。

 

 伝えたいことは良く分からなかった。

 しかし、最後の場面で、椅子に縛り付けられたオリヴィアを見たサルビアは、ありったけの妖気をまるで自制するように内側へ暴走させたのが分かった。

 

 

――暗転。

 

 

 この人は最後まで、オリヴィアや私を護ろうとしてくれていた。いや、私は微妙に疎まれていたか。

 

 

 私が虚空へ手を翳して妖気操作すると、暗闇が泡のように集まってきた。さっきの影だ。

 

 サルビアの記憶に触れて分かったが、これはサルビアが抑え込んでいる力そのものだ。

 こいつを引き剥がして、開放してやらなくちゃならない。

 しかし、妖気操作を止めると、影は元の位置に帰っていった。

 

 これを全て集めて、何処かへポイするにしても、相当な妖気操作能力と集中力を必要とするだろう。

 

 今の私ならできるかもしれない。

 一度、全力でやってみることにした。

 

「ぅぉおおおおお!」

 

 手のひらが、強烈な吸引力を発揮して、目に見えて影の密度が下がっていった。

 

「おおおぉぉぉぉ……」

 

 そうして、手の上にダークマターもびっくりな、黒い靄の塊が出来た。

 

「で、出来た……。メルカリで一万円で売れそう。あっ!」

 

 アホなことを考えて集中力が緩むと、影はあっという間に戻っていった。

 

――ばか。

――あ〜ぁ。

――もっとこう、こうよ。

 

 三馬鹿が、にわかに騒がしくなった。うるせっ。

 

「はぁはぁ……あれ?」

 

 ガクンと膝が抜けた。というか、これめっちゃしんどいくない?

 もの凄く消耗している。多分、頑張っても数秒しか維持ができんぞ。

 

 でも、もう一度だ。

 

 今度は持ったまま離れるべく、私は再度妖気を集中させた。

 

「ぐぅぃにぎぎぎ……」

 

 再び黒い靄の塊が出来た。

 

 このまま、離れる!

 

 しかし、私の足は動かなかった。

 

――ばか!

――中、中だよぉ!

――今影の中

 

 そういや、そうだった!

 逃げ場など何処にもなかった。

 

 徐々に分解しそうになる影の力。

 

「あわわ、あわわわわ」

 

 そう何度も集めることはできない。

 焦った私は、靄を頬張った。

 

――!?

――味は?

――!?

 

「もがっが……。!?」

 

 すると、解像度を落としたポリゴンのように、空間がヒビ割れていった。ええんか? これでええんか??

 

 黒い影が砕け散り、いつか見た、村の高い青空が眼前に広がった。

 これは……上手く行ったのか。

 

 しばらくすると、私の頭に背後から影が落ちた。

 

「……また、助けてくれたのね」

「もが!」

 

 懐かしい声が聞こえ、私の頭がかき回された。

 撫でる手を追うと、女が立っていた。

 

 女は母親が偶に着ていた服を纏っていた。家に一着しかなかった、流行遅れの外行き服だ。

 

 昔見た姿よりも幾分か大人になった、サルビアだった。

 

「がもがが……」

「……」

 

 流石の私も、久々に見た肉親の姿に、ちょっとウルっときた。

 だが、ちょっとまって欲しい。口の中の靄はどうすればいいんだ……。

 せっかく会ったのに喋ることができない。

 

「……いつも、そうね。貴女は何も言わず、どんなに冷たくされても妹や私を助けてくれた。だから、最後に伝えたかったの」

「もっがもっも!」

 

 ちょっと待てぇ!?

 

「ありがとう。いつも助けてくれて、ありがとう」

「もがもががっも!?」

 

 話し聞けや!

 その時、黒い靄の塊が口の中で膨張し始めた。おわー! リバースする!?

 慌てて両手で口をふさいだ。私は今、顔色がきっと緑になっているだろう。頭も心做しか、デカくなってない?

 

「ありがとう……」

「あっ」

 

 お礼を言ったサルビアは、光の粒になって空に登っていった。

 お礼が全然頭に入ってこなかった。というか、靄……飲んじゃった。

 

 キュルルルルル。

 

 割と絶望するタイプの音が、私のお腹から鳴った。

 

「は!? おえーっ!」

 

 喉に手を突っ込んで嘔吐いたが、何にも出なかった。まじか……。出てこないんやが。

 

 キュルルルルル。

 

「やべぇ! どうしよう、やべぇ!」

 

 私はテンパって、やべぇ!連呼ロボと化していた。

 

 キュルルルルル。

 

 そうしているうちに、絶望がやってきた。

 

「あかんやつ! ぬぅおぁ!!」

 

 激烈なる腹痛。

 今までに感じたことのない痛みだった。

 アドレナリンがドバドバと出て、視界が明滅した。

 

「い、痛い。外に……外に出ないと……。う、あ、い。い、あ、う!」

 

 私は朦朧としながら、外へ向かって歩いた。歩くたびに口から変な声が出た。

 自分で考えられなくなった私は、内なる声に耳を傾けた。

 懐かしい村の道を、よちよちと歩いていく。

 

――そこを右よ。

――次は左。

――上よ。

 

 上!?

 どうやって行くの!?

 

 私は内股で丘を登り始めた。

 

 すると、雲の隙間から私が照らされ、キャトルミューティレーションのように身体が吸い込まれた。

 

「うわぁぁ、待って待って! 逆さまになってるから!」

 

 私は回転しながら、空へと昇っていった。

 

 

―――

――

 

 

 漏らした。

 

 この年になって漏らした。

 

 私は悲嘆に暮れた。

 

 私から漏れ出た影によって、辺りが再び真っ暗になった。

 これ吸っても平気……? 嫌悪感が半端ないんやが。

 

 帰り道は、空ではなかったのか。

 腹痛の収まった私は、疑問を懐きながらも上下も分からない空間を、再び歩き始めた。

 真っ暗で何も見えない。無事に帰れるのか、これ?

 

 不安でいっぱいだった。

 しかし、ふと後ろから声が聞こえた。

 

「こっちだよ」

「ついてこい」

 

 私を通り越した二人の戦士は、見たことのあるような背中をしていた。

 

 モブ系ロン毛と短髪の髪型をした二人だった。

 

「みんなに宜しく」

「頼むわよ」

 

 私の少し先を歩く二人は、私が行くべき道を示すと薄くなって消えた。

 

 北のメンバーだ。

 

 No.35 パメラ

 No.41 マチルダ

 

 一緒のチームだった二人だ。私は彼女達を守れなかった。

 

「…………うん」

 

 なんと言って良いか分からずに。

 私は二人が消えた跡へ、しばらく経ってから曖昧に返事を返した。

 

 何故か涙が出た。サルビアと逢って、涙腺が緩くなっているのかもしれない。

 

 二人が示した先。

 少し進んだ先で、また声を掛けられた。

 

「こっちだ」

「まっすぐにな」

「振り向かないで」

 

 そう言って、三人は私を追い越した。

 

 No.13 ベロニカ

 No.31 タバサ

 No.39 カルラ

 

 きっちりポニテ、一本おさげ、バサバサロン毛のベロニカチームの三人だ。

 オリヴィアと逢って、少しだけ原作を思い出した私は、本来生き残るはずだったタバサに申し訳無さを抱いた。彼女達は、私の心が生み出した幻覚なのだろうか。

 タバサは私を振り返ると、歩み寄ってきた。

 

「気にしてはいない。あの戦いは、誰が死んでもおかしくなかった。お前のお蔭で、助かった仲間が増えたんだ」

「……うん」

 

 そして、私の頭をゆっくりと撫でて消えた。手の温かみを感じた私の瞳から、またポタポタと涙が勝手に出てきた。

 

「シンシアを頼む。何かと背負い込みがちだからな」

「私達の分まで、皆を助けてやってくれ」

 

 振り返ったベロニカとカルラも、そう言い残して消えていった。

 

「……うん。うん」

 

 歯を食いしばったけど、勝手に涙が出てきた。みんなの分まで頑張るって、前に決めてたのに。

 

「なんでぇ。……ぐす」

 

 北の戦いで、折り合いを付けたはずなのに私の涙は止まらなかった。

 

「足を止めるな」

「進むんだ、オリヴィア」

 

 ミリアチームにいた、クーニーとウェンディだ。

 二人は、前が見えなくなり足を止めた私をそっと押した。

 私が、あの時もっとちゃんとしていれば、彼女たちも助けられていたのかもしれない。

 

No.20 クーニー

No.30 ウェンディ

 

「ミリア隊長を頼むぞ」

「ああ。あの人はすごいけれど、放っておけないからな」

 

「……うん」

 

 どこか、吹っ切れたように言う二人が、薄くなって消えていった。

 

「やめてよ……。消えないで……。勝手に逝かないでよ」

 

 みんな、私を生かすために、辛うじて繋いでいた命を使っているのを私は悟った。やめてくれよ……。

 

「オリヴィアさん……」

「もう、止められねぇよ」

「お前が生きて繋ぐんだ」

「私達の生きた証を」

 

No.8  フローラ

No.27 エメリア

No.36 クラウディア

No.43 ユリアーナ

 

 めっちゃ強かったゆるゆるロン毛のフローラ。そんな隊長に率いられててみんな。

 フローラがライオンのやつに倒されてなかったら。

 本来は、ミリアのチームよりも生き残っていたのかもしれない。

 

「クレアさんを宜しく頼みます。私の〈風斬り〉。受け継いでくれてありがとうって、伝えてください」

「自分で言えよ……馬鹿」

 

 最期だっていうのに、私の口からは減らず口が出た。やめてみんな。逝かないでよ。

 

「くす。実は前にもう言ったんですけどね」

「……えぇ」

 

 手を振った4人が消えていった。

 

 私はついに膝から崩れ落ちた。

 

 私は、自分だけ助かりたいがために、足を進めてるんじゃないんだ。

 本当にやめてくれよ……。

 私はあの時、みんなと、人間として生き残りたかったんだ。

 

「…………」

 

 次は、セフィーロ、ロザリー、レア。

 私と一心同体のみんなが、私の前に現れた。

 

「さっきまで、一緒にいたじゃん! やめてよぉ!!!」

 

 私は叫んだ。

 

「ごめん。オリヴィア」

「でも……ちょぉっと。足りなかったみたい」

「子供を助けるのは、親の義務よ」

 

 みんな私を助けるために、辛うじて残っていた命を削っていた。

 

「独りにしないでよ!!」

 

 私の慟哭を聞いたみんなは、膝を折って利き手を私に添えた。

 

「一人にするわけじゃないわ」

「ずっと、そばに居るよ」

「心は離れないわ」

 

「やめてよぉ……」

 

 みんなが光の粒に代わって、私の中に注ぎ込まれた。

 周りの影が薄くなった。

 みんなの力が、私の体に馴染むのを感じた。

 

「うぅ…………」

 

 嫌な予感はしていた。

 順番に消えていく仲間。

 

 最後に現れるのは、私が探し求めていた人。

 

「オリヴィア……」

「……カティアぁぁぁ。やめてよぉ」

 

 髪の長いカティアは、べそをかいて顔をぐちゃぐちゃにした私を見ていた。

 

「逝かないでよぉ……」

「オリヴィア。……変わり無いようね。ねぇ。少し、背が伸びた?」

 

 カティアは私の手を引いて、助け起こした。

 

「……オリヴィアに伝えたいことがあって。私はみんなから、少しだけ時間を貰ったの」

「……」

 

 多分、カティアはあの時にやはり死んでしまったのだろう。

 それでも、残留した思念としてこれまで残り続けてたんだ。

 

「オリヴィア。あの時、私を人に戻してくれてありがとう。最後に貴女にそれが伝えられなかったことだけが、私の唯一の心残りだった……」

 

 そう言って、カティアは私の頭を撫でた。

 

「……最後なんて言うなよ。感謝してたのは私の方なんだ……」

 

 カティアの顔を見ようと思ったのに、頭をあげられなかった。

 本当は、ほんとの本当に最後なんだと分かっていた。

 

 本当は。

 本当の最期は、笑顔で送り出さなければならない。

 しかし意に反して、涙が溢れた。

 再び逢えて嬉しかったのかもしれないし。

 折角逢えたのにまた別れないといけない事が悲しかったのかもしれない。

 私は、私の気持ちが分からなかった。

 

「私は! この世界に生まれて、ずっと独りぼっちだったんだ!」

 

 オリヴィアとの記憶を取り戻すまで、私は本当に独りぼっちだった。

 私を理解してくれる人間なんて誰もいなかった。

 言葉も通じなかった。

 

「……カティアが。あんたこそが、私を人に戻してくれたんだ! もう一度、ちゃんと人として生きようと思えたのも。あんたのお陰なんだ! だから、……最後なんて」

 

 ずっと人に理解されないまま、馬鹿をやって生きてた。

 寂しさに狂っていた。

 成長しない身体に、白い頭。

 そして中々上達しない言葉が、相手に通じないことだって苦しかった。

 勝手に動き出す腕も、勝手に喋り出す口だって。

 自分の身体が人でなく、さらには、他の仲間とも違うなんて事を考えただけで、本当は苦しかったんだ。

 そんな時にカティアに逢えた。

 あんとき、地獄のような任務だったけど、本当に苦しかったあの頃。

 たった一つ救えた命がカティアだった。

 

「オリヴィア……」

 

 私の名前を呼んで、カティアは髪を掻き上げて柔らかく笑った。

 本当に悔いなんて無さそうな。そんな笑みだった。

 視界が、さらに歪んで見えにくくなった。

 

「貴女に、私の大事なおまじないをあげる。私も大事な人から貰ったの」

「……な゛に?」

 

 カティアは、私の額に顔を寄せて口付けた。

 

「泣いても笑っても、悔しくても前に進みなさい。それが、貴女をきっと救ってくれるわ。これから先も、きっとね」

 

 光が弾けた。

 白い光が溢れて、カティアだったものが空に上っていった。

 

「行ぐなよ! 置いでぐなよ!」

 

――生きて、オリヴィア。それが皆の願いよ。

 

「……」

 

 皆の願いだって……?

 降ってきた光が私の頭に触れて、みんなとの思い出が弾けた。

 

 世界が白く染まっていく。

 

 目覚めの時間は近かった。

 




何行か書くのに、ティッシュをやたら使ったのは私です。


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クレイモア1

本日で、少し連投いたします。


 高速で滑る風景。

 男が馬を走らせていた。

 馬の背に乗っているのは、筋肉が隆々とした偉丈夫だった。

 背負っているのは、丈の長い長剣。普通の人間には、扱うことの難しいロングソードだ。

 

「ラキ―……ぬ」

「!?」

 

 呼ばれている気がする。

 ラキがそう思ったのは気の所為ではなかった。

 遠くで、何かが呼んでいる。

 ひどく懐かしい声がした。

 

「なんだ……?」

 

 ラキは馬の鼻先が向かう方向を変えた。

 いかなければならない。

 そんな、脅迫感にとらわれた。

 

(クレアを助けに行かないといけないってのに!)

 

 ラキは自分の心がわからなかった。

 

 いかなければいけないという焦りと、こちらに向かわなければならないという脅迫感に似た感覚が(せめ)ぎ合った。

 

 ラキが向かった先では、地面が深くえぐれていた。

 覗き込んだラキの視界の先には。

 

「え!? ちxこ!?」

 

 そこには一本の大きなイチモツが突き刺さっていた。それはまるで、傘を開いたキノコの化け物であった。

 先の方には、益荒男の口が付いており、しきりにラキを呼んでいた。

 

「ラキ! ラキぃ! ラキぃぉ! ラキィィヌッ!」

「うわ、なんだこれ!! うるさっ!?」

 

 催眠音波のように飛んでくるラキ連打に、苦しむように両耳を押さえたラキは、膝の力を失って窪地に落ちた。

 

 転がり落ちたラキがイチモツに触れると、キノコは叫ぶのをやめた。

 

 暫くして、叫んでいた肉の身が、腐れ落ちるように剥げていった。

 それはまるで、自身の役目を果たしたようにラキには思えた。

 

「これは……クレイモア(戦士の大剣)……?」

 

 クレイモア(戦士の大剣)には、中心に沿った線の縁に両腕を曲げて盾を構えたような抽象的な線が走っていた。

 

(誰の大剣だ……?)

 

 しかし、この大剣を手に持って行かねばならないという思いが沸き起こった。

 

「よし!」

 

 しばらく考えたラキは、代わりに背負っていた長剣を突き刺した。

 直感だったが、ラキを呼んだ謎の存在には、きっと必要なものに思えた。

 

「貰っていくぞ」

 

 誰とも知らぬ存在に声を掛けたラキは、窪地を登って馬へ跨った。

 

 クレアがいるところまでは、もう少しだった。

 

 

◆◆◆

 

 

 青白い顔に4枚の皮膜の翼、額から一本の角が生えている。

 

「プリ……シラ……!」

 

 クレアは歯を食いしばった。

 あの超越した存在ですら、プリシラは食い破って出てきてしまったのだ。

 佇むプリシラの周りに、超越者だったものの残骸が散らばっていた。

 

「そ、そんなはずないわよね……? オリヴィアは? オリヴィアはどこ……?」

 

 足元に散らばる残骸を見て、イライザが放心しながら呟いた。

 オリヴィアはあの中に取り込まれていたのではなかったのか。

 メンバー全員がそのことに思い当っていた。

 

「イライザ! 自分のことに集中しろ!!」

「……ぅ。分かってるわよ!!」

 

 ウンディーネの叱責(しっせき)で肩を跳ねさせたイライザは、涙声で叫んだ。

 

(戦うしかない。ここで、何があったとしても!)

 

 デネヴが覚悟を新たにしたとき、プリシラの独白が響いた。 

 

「思い出した……。思い出したわ……」

 

 掌を見つめたプリシラが言った。

 一見隙だらけの身体。

 しかし、溢れる強烈な圧に、戦士たちは誰も動くことができなかった。

 

「ミリア隊長!」

「ミリア!」

 

 その時、遠くから異変を感じたシンシア達が合流した。

 融合する異質な妖気を捉えていたのだった。

 

「ギリ。……ガァァ!」

 

 歯の根を合わせたクレアは、妖気を開放すると、プリシラへ向かって駆け出した。

 クレアの発した衝撃波がメンバーの髪を揺らした。

 

「待て!? クレア!!」

 

 クレアの行動へミリアが静止を掛けた。

 分身体との戦闘による疲労の回復もままならない状況で、クレアは独り駆け出してしまったのだ。

 

〈高速剣〉!

 

 飛び掛かったクレアの〈高速剣〉が、無防備なプリシラを襲った。

 

「!」

 

 眼で捉えることのできない無数の刃が、反射的に飛びのいたプリシラの右足を砕いた。

 

「やった!」

 

 ヘレンが歓喜の声を上げた。

 しかし、プリシラの足が一瞬で生えた。

 

「!?」

「……その技。どこかで見覚えがあるわ……。!?」

「はぁぁ!」

 

 直情的なクレアに呼応したイライザの上空からの切り下ろし。

 プリシラに再び躱され、地面に地面に浅くクレーターを作るに留まった。

 

「クソ! 畳みかけろ!!」

 

 ミリアの号令によって、足の竦んでいた戦士たちに活が入った。

 

「はぁぁ!」

「やぁぁ!」

 

 ナタリーとシンシアの挟み込むような大剣の挟撃。

 プリシラは、翼を羽ばたかせて上空へ躱した。

 

「もう少し、思い出したことに浸らせてほしいのだけれど」

「プリシラァァァァ!」

 

 クレアは妖気解放して上空のプリシラへ、〈高速剣〉を再び放った。

 しかし、翼を羽ばたき前に出たプリシラによって、初動を取られて腕を掴まれた。

 

「!?」

「ちょっと待って。あなたのことも思い出せそう」

「ガ……アァァア!」

 

 掴まれた腕を起点に、クレアは逆さになった。そして、妖気で()()()足技を放った。

 

「あれは……カティアの!?」

「いや、違う。あの動きは初めて見るぞ!」

 

 動きを見ていたユマとデネヴが、驚いた表情を見せた。

 

 腕を起点に逆立ちしたような姿勢の中。

 180度広げた隆々の脚が、生き物の様に、関節を駆使してプリシラの首に襲い掛かった。

 右足のかかと落とし、躱された。

 次いで、左足からの挟み込むようなサマ―ソルト。

 

 クレアを掴んでいたプリシラの肩口が砕けた。

 しかし、一瞬で再生してしまった。

 

 羽ばたき空中に留まるプリシラに対して、解放されたクレアは地面に吸い込まれていった。

 

「くそ! !?」

「クレアさん!」

 

 アナスタシアによって張られた髪の足場によって、クレアは辛うじて墜落を免れた。

 

「はぁぁぁ!」

「!」

 

 プリシラが飛ぶ空。

 さらにその上空から、元ナンバー3相当の実力を持ったディートリヒが眼前から墜落するように技を放った。アナスタシアの髪を利用した上空からの一撃だった。

 プリシラは反応しかけたが、慮外の攻撃だったようで、肩口から半分に割断された。

 

「やったか!?」

 

 イライザが感嘆し、着地したディートリヒが地上で止めを噛み締めた。

 

 しかし。

 

「さっきから、羽虫がうるさいわ……。この糸。そうか、これが邪魔なのね」

 

 そう言い放ったプリシラの全身から、触手の雨が降り注いだ。さらに、回転するように触手を振り回したプリシラは、アナスタシアの髪の結界をすべて取り払ってしまった。

 

「避けろ!」

 

 ウンディーネの掛け声に皆言わずとも避けたが、あまりの射出速度の速さにアナスタシアとディートリが胸を貫くように負傷してしまった。

 

「がっ!」

「……うぅ」

 

 特に、攻撃してヘイトの高かったディートリヒのダメージは深刻だった。

 

「ディートリヒさん!」

 

 すぐさま、シンシアが触手を切り払い、負傷したディートリヒの再生に入った。

 

 プリシラは目を細めて、それを冷たく見下ろしていた。

 

「飛べば……あなた達は追って来られないわけね」

 

 プリシラが冷たく言い放った。

 

 メンバーを眺める最中、プリシラの胸に大剣が突き立った。

 

「!?」

 

 ユマの投擲だった。

 妖気を伴わない慮外の攻撃。

 プリシラには有効だった。

 片側の羽を貫通するように刺さった大剣によって、プリシラは墜落を余儀なくされた。

 

 墜落途中のプリシラへ、ミリアが駆け出した。

 

(何度も技は使えない……。先ほどの分身体との戦いで力を使いすぎた……。しかし!)

 

 ミリアは歯を食いしばった。

 

「今だ!」

(羽を奪って機動を殺す。勝機はそこだ! )

 

 ミリアの〈幻影〉と〈新幻影〉を掛け合わせた速度。

 その速度に、墜落したてのプリシラは反応できなかった。

 

「はぁ!」

「ガッ!」

 

 羽をもがれ、仰け反ったプリシラへ。

 全速力で駆け寄ったクレアの〈高速剣〉が放たれた。

 

「終わりだぁぁぁ!」

 

 クレアの〈高速剣〉が、プリシラの身体を捉えて、7割以上を細切れに変えた。

 

「やった……!」

(やったか……!)

 

 ユマの声が響き、全員の顔が明るくなった。

 

(終わった……!)

 

 クレアの中に達成感が芽生えようとしたとき。

 プリシラの半壊した身体が即座に再生した。

 

「……次は頭を狙うことね……。くす。まぁ出来ないだろうけど」

「なにっ!?」

 

 瞠目したクレアの右腕から血が滴り落ちた。

 力を振り絞って、これまで戦い続けてきたのだ。

 〈高速剣〉の代償は大きかった。

 

 技を出した直後。

 硬直するクレアへ、プリシラが掌を差し出した。

 

「!?」

「ガッ!」

「デネヴ!」

 

 クレアへの攻撃に割り込むように、二本の大剣を構えたデネヴが前に飛び出した。

 プリシラの触手がデネヴの肩口を穿った。

 

「今だ! 食らわせてやれ!!」

「おらぁぁ!」

 

 デネヴの声に呼応したヘレンの〈旋空剣〉。

 最大回転数55回まで力を蓄えられた技は、地面を穿ち、プリシラの四肢を砕いていった。

 

(今度こそ……!)

「もういいわ」

 

 歯を食いしばるヘレンの思いとは裏腹に、プリシラの冷たい声が響いた。

 体を半分以上砕かれてなお。

 プリシラは空中で突きの体制をとっているヘレンを、蹴とばした。

 

「ガァッ!」

「ヘレン! うぅあッ!」

 

 全身を貫かれたままのデネヴが、触手に引っ張られてヘレンと衝突した。

 プリシラに至近距離で沈められた二人は、衝撃で陥没した地面で気を失ったように見えた。

 

「ヘレン! デネヴ!!」

 

 庇われたクレアの悲痛な声が轟いた。

 

「まだだ!」

「なに?」

 

 高速再生に入り、ほとんどの傷が癒えたデネヴが、二刀でプリシラへ襲い掛かった。

 表情を少しだけ変えたプリシラの両手で、デネヴの大剣が掴まれた。

 

「ガァツ」

「!?」

 

 口から放たれた触手が、今度はデネヴの腹を穿った。

 

「アァッ!」

「!」

 

 デネヴは叫んだ。

 しかし、目の死んでいないデネヴを、プリシラは訝しんだ。

 

 叫びは合図。

 自身を囮にした不意打ち。

 この覚醒者の攻撃を直に耐えることができるのは、デネヴだけだった。

 

 プリシラの背後から迫る戦士。

 妖気の消えたままの、たった1人の仲間だった。

 

 完全な無知覚からの袈裟斬り。

 長い髪を一房に結ったナタリーの髪が翻った。

 

「ここだぁぁぁ!」

「……妖気が無くて、戦士の格好をしている貴女を。私が警戒していないとでも思った?」

 

 覚醒体の鋭い五指の一撃。

 呆気ない腕の一振りが、ナタリーの土手っ腹を大きく切り裂いた。

 飛び散る装備。回転する身体。

 

 ナタリーは攻撃を受けた衝撃で、地面へうつ伏せに叩きつけられて動かなくなった。

 

「ナタリィィィィィ! ガハッ」

「ふん……」

 

 身体の再生に入っていたデネヴが、瞠目して叫んだ。プリシラはまるで蝿を潰すように、触手で貫いたデネヴを捨てた。

 

「ちきしょう、てんめぇぇぇ!」

「ヘレン駄目だ!」

 

 ウンディーネの制止も聞かず、ヘレンが力を溜めかけていた二度目の〈旋空剣〉で、プリシラを襲った。

 しかし、回転数が足りず。

 驚異的な破壊力を生み出すには至らなかった。

 

「芸がないわね」

 

 伸びきったヘレンの腕を、プリシラが捕まえた。

 

「う、あああああ!」

 

 捕まえた腕を鞭のように振るって、ヘレンを遠くへ無造作に放った。

 

「ヘレンさん!」

 

 ディートリヒの再生を行っていたシンシアが、ヘレンの身を案じた。

 

「く、くそ……。強すぎる……」

 

 うつぶせのデネヴが再生しかけの体で、震えるように絞り出した。

 

 絶望。

 戦士たちの間に暗い感情が湧き上がった。

 

「どうしたのかしら、組織を潰したんでしょ? その戦士の力が、こんなものなはずないでしょう?」

 

 

 絶望する仲間の内、倒れた戦士の一人へ焦点は移った。

 ナタリーは生きていた。

 意識を取り戻したナタリーは、状況の把握に努めた。

 

(そうか。あの瞬間、鎧が胸で弾け飛んで……。致命傷にならずに、助かったのか……。起きなけれ……ば。いや、最良の機会まで、このままでいい。妖気読みに集中しろ。最良のタイミングで、一撃で倒すんだ)

 

 ナタリーはひたすら息を顰めることを決めた。

 眼を開いたとき、ユマと一瞬目が合ったが、再び目を閉じた。

 



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クレイモア2

 

 

「つまらない」

 

 一方。

 プリシラは、吐き捨てるように言葉を紡いだ。

 

「なんというか、生き残ったのが戦士としても2流のあなた達なんて……。なんて、つまらない。でも、目が折れていないのが居るわね。はぁ……いいわ。先輩として、改めて格の違いを教えてあげる」

 

 プリシラはそう言うと、身体が少し縮んで、短い茶髪の少女の姿になった。

 小さな人間体に変じたプリシラは、右手に妖気を集中させて大剣を形成していった。

 

「へぇ。高慢ちきな男だったけど、手品としては使えそうね。これ……」

 

 形成されていく大剣を見てプリシラは、そう言った。

 覚醒体イースレイの妖気物質化の力。全てを喰らい尽くしたプリシラへ受け継がれていた。

 切っ先まで生成されると、片眉をあげたプリシラは戦士達を一瞥した後、考え込んだ。

 

「そうね……。強さはどのくらいにしようかしら……。戦士になりたてのナンバー2の強さなんてどう? それなら、多少はいい戦いになるんじゃないかしら。まぁ、力を上げていくけど……ね!」 

 

 そして、突如目にもとまらぬ速さで移動した。

 

(この子が再生の要ね)

「!?」

 

 狙いはシンシア。

 この戦いの復帰のキーパーソンだ。

 プリシラは、先ほど負傷した戦士を回復する様子を見ていた。

 

「な!?」

(間に合え!! これ以上、失わせるな!!!)

 

 ミリアは自分に言い聞かせるように駆け出した。

 限界を超えた〈幻影〉。

 ヒステリアをも下したその技は、ミリアをプリシラがいる高みまで一気に押し上げた。

 

「!? さすが隊長格……ね」

 

 流石のプリシラも、ミリアの一撃は無視できなかった。

 大剣に半ば食い込むミリアの刃。

 その時。

 ミリアの力を受け止めたプリシラの大剣が、力を受け流すようにあっさりと折れた。

 

「なにっ!?」

「今のは少し、危なかったわ」

 

 肩透かしになった攻撃の勢いを、ミリアは殺しきれなかった。

 速度を制御できずに、陥没した地面を転がった。

 

「ミリア!?」

「……」

 

 仲間が声を上げる中。

 片側の口角を上げて嗤ったプリシラが、片膝をつくミリアへ襲い掛かろうとした。

 

 プリシラは、肉の大剣を再び形成した。

 

「させるかぁ!」

 

 今この瞬間に、ミリアを追撃しようとしたプリシラ。そこへ下から斬り上げるように、クレアが襲い掛かった。

 

〈高速剣〉!

「思い出したわ。それ、あの人の技でしょ?」

「!?」

「さっき試しに受けて見たけど。大剣の範囲外で、あなたと等速以上で下がれば……。当たらない。違う?」

 

 〈高速剣〉を知らない相手であれば、その一撃でバラバラになっていただろう。

 しかし、プリシラは違った。

 

(避けられた!)

 

 必殺の間合いを見切られた。

 クレアの肌に張り巡らされたレーダーが、無拍子のような動きでプリシラが後ろへ下がるのを感じた。

 

(戦士としても、こんなにも格が違う)

 

 その事実は、クレアの心を蝕んだ。

 徐々に離れていく、敵。

 極限の集中により引き延ばされた視界で、クレアは臍を嚙んだ。

 

「はあっ!!!」

(ここだぁ!)

 

 下がった人間体のプリシラへ。

 背後から、妖気が限界まで高められたウンディーネの〈瞬剣〉が放たれた。

 

 ウンディーネは先の分身体との戦いから、己の消耗具合を正確に把握していた。そして、これまで力を温存していたのだ。

 最善のタイミングまで。

 

「!?」

 

 大剣を振りぬく大ぶりの一撃。

 それの高速化。

 腰のねじりによる渦動を、妖気によって往復する力にまで高めた技だ。

 

 〈瞬剣〉――8連。

 

 斬撃数が何倍にもなったこの技を使えば、ウンディーネはしばらく立ち上がることができないだろう。

 しかし、強敵への覚悟が、ここで使うという選択をした。

 

 限界を超えて左右へ振れるウンディーネ。

 

 しかし、その背中を、交差する斬撃の軌道を見切ったプリシラがそっと押した。

 

「ガッ!」

 

 押す。

 いや、足蹴にするのと同時に、プリシラは危険な刃を刈り取るのも忘れなかった。

 ウンディーネの残された片腕が飛んだ。

 

「ちきしょ……!」

「少し、ヒヤッとしたわ。でもよく見れば、対処は容易い。私に傷をつけるには程遠い」

 

 自身に帰ってきた捻れた力が制動できずに、ウンディーネは仰向けに転がってしまった。

 そのすぐ脇に、大剣が刺さった。

 腕は大剣を握ったままだった。

 

「ウンディーネ!?」

 

 妖気を絞り出したクレアが、ウンディーネを助けるべく更に追撃した。

 込められた妖気によって、クレアの右腕の血管から血が噴き出した。

 

〈高速剣〉!!

「しつこいわ」

「ガァァッ!」

 

 しかし、プリシラはクレアの攻撃を真っ向からすり抜けた。

 

「……馬鹿な!?」

「馬鹿なのは貴女よ。先程まではともかく、今の速度なら、私も出せるわ」

「く! ガアアア!」

 

 クレアの〈高速剣〉と見紛う斬撃の速度で、プリシラも応酬した。対するクレアも妖気を振り絞った。

 耳を塞ぎたくなるような高速の打撃音が、辺りに響き渡った。

 プリシラとクレアの大剣が競り合った音だ。

 

「ぁ……」

「くす……」

 

 刹那。

 クレアの〈高速剣〉が敗れた。

 

 血飛沫を吹き上げたクレアは、自身の血の海に沈んだ。

 

「クレアさん!? がっ!」

「クレア! くっ!」

 

 助けに入ろうとしたシンシアが蹴飛ばされ、ミリアが大剣で遠くへ弾かれた。

 

(間に合わない)

 

 誰もがそう思う中。

 そのままクレアに歩み寄ったプリシラが、片手で大剣を振り上げる。プリシラは、感じ取れる因縁に終わりを告げるつもりだった。

 

「!?」

 

 その時。

 クレアに止めを刺そうとしたプリシラの首を狙う軌道で、大剣が音も無く飛んできた。

 

「次から次へと……。……?」

 

 プリシラは、余裕を持って躱した。そう思ったが、違和感のある首元を確認した。

 プリシラの首筋が浅く切れた。

 大剣を投げたのは、いつの間にか回収をすませていたユマだった。荒く息を吐いた表情から、幾筋もの汗をかいていた。

 

 血を拭って確認したプリシラが、ユマを睨んだ。

 

「逃げろユマ!!」

 

 デネヴが叫んだ。

 

「雑魚かと思えば……。こうなった私に、最初に傷をつけるのが……。またあなたなんてね!」

「きゃ!」

「くっ!」

 

 プリシラは周りで斬りかかろうとしていた、イライザやアナスタシア、ディートリヒを大剣で一蹴した。

 死に体のウンディーネやクレアを放置して、プリシラは高速で飛び出した。唯一の武器を手放したユマは、丸腰だった。

 

「え、え!? がっ!?」

 

 ユマは反応できなかった。

 勢いよく転ばされ、目を開ければ、逆光で顔の暗くなったプリシラが見えた。

 倒れたユマを、プリシラが足で押さえつけていた。

 

「死ね」

 

 片腕を振り上げて、持ち替えた大剣を真下へ突き刺した。

 ミリアは駆け出した。

 これ以上、仲間をやられるわけにはいかなかった。

 

「ユマァァァ!!」

 

 駆け出したが間に合わない。

 ミリアの悲痛な叫びが響いた。

 しかし――。

 

「おまえ……?」

「へへ……。私も雑魚のままじゃないんだ!」

 

 プリシラの大剣は、首の皮一枚で避けられていた。

 左手で右手の手首を押さえたユマが、プリシラの腹に掌を向けていた。

 外部からの妖気操作。

 大剣をただ突き下ろそうとしたプリシラの関節の制御へ、ユマは割り込んだのだった。

 

(一瞬でいい! 止まってくれ!!!)

 

 ユマはそのまま妖気を高めて、プリシラの動きを制止しようとした。

 

「今だ!! ナタリィィ!!」

「はぁああ!」

「!!」

 

 ユマの上、大剣を地面に突き刺したプリシラを狙った大振りの横なぎ。

 不意の一撃。

 

 しかし、寸前で大剣に防がれた。

 ユマのつたない妖気操作では、プリシラを縛り付けるには至らなかった。

 

 プリシラは勢い付いた大剣に振り回され、ユマと離れた遠くに着地した。

 今度は、首が深く切れた。しかし、切断には至らなかった。

 傷が徐々に塞がり、流れた血もすぐに止まった。

 死角から大剣を振ったのは、ナタリーだった。

 

「死んだはず……。いや、鎧で滑らせて躱したのね? 妖気がないから、判別が出来なかったわ」

「いいや。外れだ!!」

「……何にしても次で殺すだけよ」

 

 オリヴィアのおっぱいブートキャンプ(マッサージ)の効果。

 ナタリーは自信満々に外れを叫んだ。

 極限の緊張と、この強敵の裏をかけたことで、ナタリーの脳内に快楽物質が大量に分泌されていた。

 

 立て続けに、ミリアが再度襲い掛かった。

 今回は、速度を正確にコントロールした動きだった。

 

「ハァァア!」

「ふん……」

 

 

 

 ミリアが戦っている間、アナスタシアは髪を紡いでいた。

 

(初めに一撃で破壊されたように、空に張ったところで、あの覚醒者には立体的な攻撃など意味がないかもしれません。それでも)

 

 そんな考えの元、アナスタシアが絡めているのは、味方への糸。反発力を利用して、ミリアを助けるべく動いていた。

 

 思い出すのはオリヴィアのあやとり。

 船の中で教わった紐を使った遊びだった。

 

(一本の紐も絡めれば、形が変わる。そうですよね!)

 

 

 

 

 

 ミリアとプリシラの戦いには、イライザ、ヘレン、ディートリヒが続いた。先ほど善戦したユマやナタリーも参戦したが、警戒されていたのか、プリシラによってあっさりと退場させられてしまった。

 他のメンバーは、ケガや消耗で死に体となっていた。

 

「クレアさん!」

「く……!」

 

 シンシアがクレアの再生に入った。

 傷は深く深刻だった。

 妖気同調によって塞いだはずの傷口から、血が飛び散った。

 

「!? クレアさん、あなた……?」

「いいんだ。続けてくれ! 必ず治るはずだ!」

「……」

 

 クレアの妖気は既に枯渇寸前だった。

 真剣な表情になったシンシアは、治療を止めた。

 

「やめないでくれ! シンシア! 必ず治る!!」

「クレアさん……。もう休んでください。貴女は一番弱いくせに、大きな力をその身に宿して戦い続けてきました。もう休んでください。あとは、私が引き継ぎます」

「シンシア!?」

「私こう見えて、ウンディーネさんに次いでナンバーが浅いんですよ?」

 

 そう笑ったシンシアは、妖気解放するとプリシラの方へ飛んで行ってしまった。

 

「そんな……待ってくれ……。私はまだ戦えるんだ。待ってくれ……」

(身体に妖気を満たせ。絞りだすんだ! できる! 動け!!)

 

 クレアは涙を零しそうになりながら、大剣に縋り這うように立ち上がった。

 

 今、クレアが使える持ち札は少なかった。

 〈高速剣〉も全盛の力を使えるのは、ほんの一瞬だけだろう。疲労した状態の〈風斬り〉も、どこまで通じるかわからない。

 なんとしても、必殺の間合いまで近づかなければならなかった。

 

(大剣が重たい……。〈高速剣〉を使いすぎた……)

 

 クレアは直情的に〈高速剣〉を打ち放ったことを悔いた。

 仇を前にはやる気持ちが、クレアにそれを強いているのだった。

 

 遠くの戦いで、ヘレンやイライザが負傷したのが見える。

 

(みんなが倒れていく……。駄目だ!!)

 

 涙目でクレアは、倒れそうになる足を進めた。

 

 そんなクレアの前に、傷の治りかけのデネヴが立ちふさがった。妖気が、もはや足りていないのだろう。大剣を杖に、必死な形相だった。

 

「どいてくれ! デネヴ!」

「なんて顔してやがる。クレアよく聞け。それ以上動くな!」

「!?」

 

 デネヴから戦いを止められたことで、クレアの頭の中は衝撃で満たされ、真っ白になった。

 

「違う。そうじゃない。戦いを止めろと言ったんじゃない」

「え?」

「力を温存しろ。チャンスはたったの一回だ。皆もう限界だ。だから、お前に託す。ミリアの最後の策だ」

 

 

―――

――

 

 

 まともに戦えるのは、いつの間にかミリアだけになっていた。

 プリシラは徐々に力を戻しており、既に翅のない覚醒体へと変じている。

 

「あなたには、わかっているんでしょう?」

「はぁ……はぁ……」

 

 限界は近い。

 全員身動きできないほど、消耗しているのだった。

 ミリアに至っても技を放つことができるのは、あと1度だけだ。

 

「力差が。どんなに振り絞っても勝てないってことを」

(まだか……!)

 

 その時、ミリアの小指に結んだ髪の毛が一定のリズムで引かれた。

 

(来た!)

 

 顔を伏せたミリアは、その場に沈み込んだ。

 

「最後まで……」

「!?」

「やってみなければ、判らないだろう!!」

 

 限界を超えた〈幻影〉。

 その動きを既に何度も見たプリシラは、怪しく笑った。

 

「またそれ? 避けるのは大変だけど、難しくはないわ」

「ガァァ!」

 

 衝突の刹那。

 技の初動を見切ったプリシラは、衝突の力を大剣を使っていなした。

 折れるプリシラの大剣。

 

 ミリアにも、躱されることが分かっていた。

 もう何度も見せた技だ。

 ヒステリアの様に、何度も同じ技に付き合ってくれる相手じゃないのは分かっていた。

 

「フフ」

 

 プリシラは接触によって切断された大剣を、ミリアの大剣の懐で繋げた(再生した)

 

「がっ!?」

 

 中途半端に接合された大剣は、ミリアを切断するには至らなかったが、撫で斬りの様にミリアに傷を負わせた。

 

 凄まじい速度で、遠くへ転げていくミリア。

 プリシラの中で落胆が広がった。

 

「これで全員倒れた。なんて、あっけない……ぅ!?」

 

 プリシラの胸から飛び出すのは、大剣の刃。

 あの瞬間に、ミリアの〈裏刃〉が届いていた。

 思慮外の攻撃を受けたプリシラの動きが止まった。

 

 その瞬間。

 

「ぁぁ!!」

 

 弱々しい妖気が眼前へと迫っていた。

 

「!?」

(こいつら、糸で繋がって!?)

 

 空中に煌めくのは、アナスタシアの髪の毛。

 糸に引っ張られて迫ってくるのは、弱々しい体に不釣り合いな力を蓄えた戦士。

 クレアだった。

 

 倒れこんだ戦士達の手には、髪の毛が握られていた。

 ウンディーネに至っては、口で喰らいついていた。

 

 みんなの気持ちは一つ。

 

(いけぇ! クレア!!)

 

 プリシラの打倒。

 全員の力が結ばれた、絆の作戦だった。

 

 衝突までの数瞬、プリシラは半分だけ残った大剣で、ミリアと全員の糸を断ち切った。

 

「!?」

 

 速度が急激に落ちるクレア。

 しかし、もう止められない。

 

 もう、プリシラの攻撃を躱す力は残っていない。

 クレアは目を瞑り、攻撃に全神経を集中させた。

 

〈高速剣〉!!!

「馬鹿よね。あなた……」

「はァァァァ!!」

 

 互いの攻撃の寸前。

 プリシラの首元から大剣が生えた。

 

「!?」

 

 通り過ぎる刃に、プリシラは不思議と思い至った。

 

「あっ……」

(私の、大剣……?)

 

 クレアから放たれる無数の刃。

 硬直したプリシラは躱せなかった。

 

 飛び散る肉片。

 頭すらバラバラとなった。

 そして、クレアの見る視界の向こうで、あのラキが大剣を突いていた。

 



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産声

70で終わるといったな。
あれは嘘だ。


◆◆◆

 

 戦いのあった窪地。

 そこに馬を並べた、二人の黒づくめの男たちが立っていた。

 

「まさか……。戦士達が勝利するとは……」

「普遍的な戦士が、最強の超越者を下すか……。まぁ、本国のやりたかったことではあるんだろうがな」

 

 馬から降りたダーエは、いそいそとしゃがみこんだ。

 視線の先には、プリシラが吐き捨てた黒いサンプル(肉片)

 

 この期に及んでも、ダーエは収拾を止めようとしなかった。

 

 先の戦闘からしばらく経っており、既に戦士達はここを離れている。

 恐らく、治療に適したところにいるのであろう。そう二人は予測した。

 

「拾ってどうするつもりだ?」

「なぁに。自身の研究の成果を眺めるだけさ……クク」

 

(こいつは……)

 

 黒いサングラスをかけたルヴルの頭の中に、ダーエを必ず除かなければならないという考えが浮かんだ。

 放っておけば、この島の組織の様に、新たな実験が執り行われてしまう。

 

「クク……。私を殺すかね?」

「!?」

 

 そんなルヴルの考えは、ダーエに見破られていた。 

 

「ふん……。この間も言ったが……。組織は終わりだよ」

「……」

 

「それに、貴様も終わりだな」

「なに……?」

 

 振り返ったダーエの目に、ルヴルは気圧された。

 

「そらきた」

「!!」

 

 ダーエたちの前に現れたのは、身体の殆どが損壊したプリシラだった。

 

(馬鹿な……まだ、生きているのか?)

 

「おなかすいた……おなかすいた……おかなすいた……」

「もはや、元あった自我も今再び消え失せているのだろう」

 

 プリシラは、猟奇的な目で二人を見た。

 

「損壊した体を補うために、本能的にここに来たんだろう。排出したとはいえ、ここにある力は本物だ。まぁ、取り込んでどうなるのかは、保証しないがね」

 

 そのまま、ダーエ達を無視したプリシラは、泥を啜るように黒ずんだ肉片を貪り始めた。

 

「そうさなぁ。ここで、喰われて死ぬのもいいが、最後に一つだけ見たいものがあったんだよ」

「……」

 

 芝居がかったようにダーエは空を仰いだ。

 

「まさか、とは思っていたが。この黒さ間違いなく奴の肉片だ。どうして、ここに紛れているのかは知らんが。それが超越者(プリシラ)と反発せずに交わったとき、いったいどうなるのか。ククク」

 

「私は戻ることにする」

 

 付き合っていられないと、ルヴルは馬へ跨った。

 

「そうかぁ。精々しなんようにな」

「……」

 

 貪るプリシラを横目に、ルヴルは無言で窪地から出た。

 

 

 

 ダーエの予測は、一つだけ外れていた。

 プリシラとダーエの予測していた〈涅〉のサルビア。

 そこに一片の不純物が混じっていた。

 

「おなか……すい……た。ぁあぁああ」

 

 プリシラが突如、痙攣するように動いた。

 

「はじまったか」

 

 傷口から体を覆うように出てくるのは、白い肉。

 プリシラを取り込んだテカテカと光る皮が、人の顔を作った。

 

「生き残れた……。ははは、やったわぁ!」

 

 複数ある残機を失いながらも、たった一つだけ命を残していたバキアだった。

 

 そんなラバーマンを見つめたダーエは、一言だけ呟いた。

 

「だれだ貴様」

「あらぁん。人間? 組織の人間かしら?」

 

 完全に間を外した存在の登場に、ダーエの中に落胆が広がった。

 

「……何て詰まらない結末。いや、作り出した戦士の一人であることは、一つの救いでもあるのかもしれんな」

「何をごちゃごちゃと言っているのかしら。あたしの糧となりなさい」

 

 そう言って、白いバキアはダーエの胸から下を素手で引きちぎり、下半身を腹に収めた。

 

「最後に名前を聞いておこうか」

「あらぁん。そんなになっても言葉が話せるなんて……お仲間?」

「見ての通り、つぎはぎの身体でな。多少死ぬのが遅いというだけだよ」

 

 くねくねと考え込んだバキアは、ゆっくりと名乗った。

 

「まぁいいわ。あたしは〈サルビア〉。芸術家のサルビアよ……!?」

「くくく。やはり! 貴様が誰かは分からんが、一介の覚醒者では、やはり吸収しきれんか」

 

「なんで!? いや、消えたくない。生き残ったのに! あぁがああぁああぁぁ! マ゜ッ!」

 

 高い半濁点のような裏声を出して、バキアが裏返った。

 

 ボコボコと姿かたちを変えて現れたのは、全身が影の様に黒い女だった。

 異形。

 頭から生えた二本の触手が、髪を二つに結んだツインテールのように見えた。

 人間のような顔は、埴輪尚ように穴の開いた空洞になっているのが見える。

 額には縦に割れた瞳が埋まっていて、ぎょろぎょろと辺りを伺っていた。

 

 女は何かを探すようにダーエの元へ歩いた。

 

「くくく……。そうか。肉親を失い、目的を失っていたコイツにとって、私が最後の枷だった訳だ……。そうか、そうか、くくく。やっと産まれたか。長かったなぁ。ハッピーバースデ」

 

 下半身を失い、ニヤけた表情のダーエの頭は潰された。

 

「オリヴィア……オリヴィアは何処……?」

 

 黒塗りの女は辺りを探すように、頻りに顔を往復させた。

 そして。

 

「死んだ? あの時に? 嘘よ、嘘よ。そんな……ぁ。あぁあぁ、あああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 黒塗りの女は空に向かって絶叫した。

 四重(クアドラプル)の覚醒者、〈涅〉のサルビアが産声を上げた。

 

「ああぁぁぁ……」

 

 しばらく泣き叫んだ黒い影は、肩を落とした後に、妖気を複数感じる方向へ飛び出していった。

 

 

 

 




ギャグパートでふざけ過ぎたンゴねぇ。


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〈希望〉

 プリシラを肉片に変えた後の話だ。

 

 クレアは負傷した仲間と共に決戦場を離れ、身体を癒やすために森林近くに見つけた沢で小休止していた。

 

 全員が妖気を限界まで消耗しており、ある程度回復するまでは、聖都ラボナへの帰還すら見送っているのだった。

 

「はぁ……はぁ……」

「シンシア、お前も休め。防御型で回復が早いとはいえ……。お前も、もう限界のはずだ」

 

 仰向けに横たわったデネヴが、集中力を要する作業に息を切らせた様子のシンシアへ声をかけた。

 横たわったデネヴの身体は、肩口の一部筋繊維が露出したままになっていた。妖気がほとんど枯渇しており、回復が間に合わないためだ。

 生命維持にかかわるところではないため、回復が後回しになっていた。

 

「いえ、もう少しだけ」

 

 妖気同調によって妖気を消耗しているのは、回復役を担うシンシアも同じだった。

 プリシラとの戦いの最後の方では、うまく攻撃を躱していたとは言え、シンシアも少なくない傷を負っていた。

 

 修復しているのは、先の戦いで重症を負ったミリアの身体だ。

 先の戦いの最後に受けた攻撃。

 限界を超えた〈幻影〉へのカウンター。

 プリシラとの戦いは、ミリアに浅くない傷を残していた。

 

「これで何とか……」

「……」

 

 修復した胸元が浅く上下を繰り返していた。

 ミリアの妖気の消耗は酷く、今は回復の為、眠りの縁にいた。

 倒れたメンバーは、他にウンディーネやヘレン、ディートリヒがいた。

 

「こっちは終わったぞ!」

 

 他の負傷した仲間を回復させていたユマやナタリーが、汗を拭ったシンシアに声をかけた。

 

「ユマさんも、すっかり再生が上手くなりましたね」

「アレだけやったんだ。上手くもなるさ」

 

 前は下手だったといわんばかりの物言いに、ユマは肩を竦めて答えた。 

 

 声が聞こえたのは、ちょうどその時だった。

 

「おーい」

 

 森林の奥地から、比較的軽症だったイライザとアナスタシアが戻ってきた。

 シンシア達を回復に専念させるため、二人は哨戒に回っていたのだった。

 

「戻りました」

「辺りに敵はいないわ」

 

 イライザの顔には、未だ血の滴った跡が残っていた。

 軽傷。それは、動けないメンバーと比べた場合の話だ。

 全員が何らかの傷を負っていた。

 11名中5名。

 今、辛うじて動ける戦士達の数だ。

 

 戻ってきたイライザの顔は翳っていた。

 疲労もあったが、失ったオリヴィアのことを考えると、胸が張り裂けそうだった。

 

「今は、生き残れたことを喜ぼう。イライザ」

「ッ! わかってるわよ! それよりも、皆治ったの?」

 

 見抜いたナタリーが、倒木に腰掛けたイライザの肩へ手を置いた。

 仲間内でオリヴィアの話は、今現在タブー視されていた。彼女のことを話に上げることができるのは、全てが落ち着いた後だろう。

 イライザにもそれは分かっていた。だからこそ、言葉にせずに気丈にふるまっていた。

 

「あによ?」

 

 シンシア達から、気遣わし気な視線が注がれた。

 

 

 

 

 プリシラに止めを刺したクレアは、足の一歩を踏み出すこともできない程に疲弊していた。

 

「ラキ……。済まない」

「いいって。もっと頼ってくれクレア」

 

 プリシラ戦の最大の功労者である二人は、苔むした倒木に座り、寄り添い合っていた。

 仲間からは少し離れた場所だった。

 仲間達が気を使ってくれたのだ。

 

 完全に疲労困憊となったクレアは、寄りかかるようにラキへのその身を預けていた。

 

「しかし、どうしてお前があそこへ?」

「……前々から、イースレイと決めていたんだ。プリシラが記憶を取り戻したとき、俺が落とし前を付けるってな」

 

 超越者が暴れまわったとき、聖都ラボナに居たラキはプリシラが打ち勝つことを確信していた。

 

「……イースレイとは、〈深淵の者〉イースレイか?」

「その〈深淵の者〉ってのが、未だによく分からないけど、多分そうだと思う」

 

 クレアの視界の端に、地面に刺された大剣が見えた。

 ラキによって、最後にプリシラに突き立てられた大剣だ。

 印は誰のものか、判然としなかった。

 

「……あの大剣は?」

「俺にも、良く分からないんだけどさ。来る途中で呼ばれたんだ。そうしたら……そこに突き刺さってた。なんとなく、持っていかなきゃいけない気がして、持ってきたんだ」

「呼ばれた……か」

 

 終わってみても分からない事だらけだ。

 一通り話を聞いたクレアは、醒める様な青空を見上げた。

 

(奇跡的に、戦いに参加した皆が生きている。終わったんだ……全て)

 

 何にしても、全てが無事に終わったと言ってよかった。

 

 

 

 

 

 

―――

――

 

 

 

 むせ返るような緑の香りが鼻腔を付いた。

 

「ん? へっきしゅ!!」

 

 目を覚ますと、深い森林の中だった。

 くしゃみでフワフワとした羽虫が舞った。

 

「え、どこ?……ここ?」

 

 仰向けに寝転んでいた私は、おもむろに立ち上がった。

 

 足元には白い絵の具をこぼしたような半熟卵が広がっていて、かなり気持ち悪かった。私もこれに浸かっていたのか……?

 肘からボタボタと半熟卵が落ちて、微妙な気持ちになった。

 

 私は岩のゴツゴツとした窪地にいて、見上げると木漏れ日が見えた。

 そうやって、しばらくボーッとしていたが、するべきことを思い出した。

 

「そうだ……! あ、『日本語日本語』」

 

 慌てて口を押えた。

 

 不思議と気持ちは落ち着いていた。

 

 でも、思い出した別れが悲しくないわけじゃなかった。

 まるで、大人が自分の心の誤魔化し方を学んだように、私は自分のするべきことだけを果たそうとしている。

 少し夢見心地で、なんとなく自分自身の事をそう思った。

 

「……。『よし!』」

 

 完全に目を冷ました私は顔を数度張った。

 

 目を完全に覚ましたからか、心做しかいつもよりも視界が良好な気がしていた。見通しが何となくよかった。

 10年以上動かしていなかったように、身体が強張っていた。ぐっ、と空に向かって伸びをした。すると、ぽきぽきと体が鳴った。ぐわー体中の関節が鳴る。

 しかし、視界の端に違和感があった。

 

「え、『なにこれ?』」

 

 一房摘んでみると。

 真っ白だった髪の毛が、昔のオリヴィアのような濃い栗毛色になっていた。

 

「え!?」

 

 身体を見下ろすと、半人半妖の手術痕が消えている。

 もっと言えば、つるぺただった胸がツンツンに尖っていた。

 

「『ない!』い、いや、ある??」

 

 いつの間にか背も急激に伸びている様だった。マジで? 成長した……?

 

 カティア達がなにかしたのかも知れない。

 あの暗闇の中、彼女達は私へ色々なものを預けてくれた。この身体も、きっとその1つだった。

 

「……」

 

 無言で妖気の気配を探ると、遠くにクレア達の妖気を感じた。

 

――目が覚めたら、クレアを助けるのよ。

 

「……。『行かなきゃ』」

 

 オリヴィアの言葉を反芻した私は、半熟卵に浮いていたシスター服を身に纏った。うわぁ……べちゃべちゃ。って、ちっさ!

 

 パツンパツンになった服は、結構きつかった。

 その時、私の頭に電流が走った。まるで、小さな探偵が犯人につながる証拠を見つけたような、そんな感じだ。

 よくよく確認してみると、電流の発生源はツンツン乳首だった。

 動くたびに、ピチピチシスター服と擦れた乳首から電流が走るんだが……。誰か何とかしてくれないだろうか。そのうち、乳首スパークが使えるようになるかも知れない。

 

 大剣は何処だろう。半熟卵の中、大剣を漁る私の手に何か硬いものが触れた。

 

「『あった!』 え!?」

 

 持ち上げると、手によく馴染む大剣だった。

 しかし――。

 

「……」

 

 黒い。

 

「は?」

 

 それは黒光りした真っ黒な大剣だった。しかも妖気を感じる。白銀の大剣どこ行った??

 

「なんで???」

 

 全ての妖気が結晶化した様な、そんな黒さだった。

 手首を返して鍔の上を見ると、私の印に重なり合うように色々な印で赤く上書きされていた。

 その中にカティアの印を見つけた。

 

「……。『……そっか……皆か』」

 

 皆の力の結晶。

 大剣から感じ取れる妖気は、優しく鼓動していた。

 

「『行こう!』」

 

 大剣を右手に持った私は、皆の方へ駆け出した。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 クレア達が休息を開始し、しばらく経った時、それは起こった。

 

「なんですか……これ?」

「……音が」

 

 耳が痛くなるような静寂。

 ユマは両耳を押さえた。

 

「あれ?」

(音はしている……?)

 

 木々のざわめき。

 よく聞けば、音はしている。

 妖気を感じる知覚が、一切遮断される様な不思議な感覚だ。

 

 しかし、付近を探ろうと思えば、いつものように仲間の妖気を感じた。

 遠くを探れば何処かは判別できないが、小さく、それでいて力強い胎動を感じる。

 一度知覚してしまえば、身体中が遠くにある小さな妖気を感知しようと、躍起になってしまった。

 

「……」

「これは……?」

 

 全員が耳を澄ませる中。

 眉根を寄せたシンシアには、半人半妖としての身体が危機を訴えている様にも感じられた。

 

 妖気が消耗し枯渇しかけたからこそ、分かる異常性。きっと平時には、この様に感じ取る事が出来なかっただろう。

 

「一体何が……?」

「オリヴィア……?」

「え?」

「オリヴィアがいる」

 

 深い森林の方を見たイライザが、忽然とそう言った。

 ナタリーが妖気探知を行ったが、先ほどの良く分からない感覚が邪魔をし、何がいるのか判然としなかった。

 

 静かな森の淵。

 静寂としか説明しようの無い中で、それは起こった。

 

「アアァァァアアアア!!」

 

「!?」

 

 絶叫。

 そして、溢れる世界そのものを押しつぶすような異質な妖気。

 

「はっ!?」

 

 衝撃で正気に戻ったシンシアは、倒れた仲間に目をやった。

 妖気を探れば、プリシラがいた方角から何かが高速で迫っていた。

 

「……まずいです。強大で禍々しい妖気が、こちらに向かってきます。さっきのプリシラと同等か、それ以上の力を感じます」

「なんだって!?」

「くそ! 今は私達しか戦えないんだぞ!!」

 

 残った五名は顔を見合わせた。

 

「くっ……。お前ら逃げろ」

「デネヴさん……」

 

 仰向けになったまま、デネヴが言った。

 

 見捨てて逃げろ。

 再起を図れ。

 デネヴの強い瞳は、如実に味方を切り捨てることを願っていた。

 

「私、やります!」

「……シンシア」

 

 デネヴの目を見つめ返したシンシアは、大剣を手に取った。

 

 釣られるように、残った4人が地面に刺していた大剣を手に取った。

 

「お前ら、待て!」

 

 妖気が未だに満ちず、震える身体で上体を起こしたデネヴが5人へ静止を掛けた。

 

「デネヴさん……私達が時間を稼ぎます」

「デネヴ。回復したら、すぐに逃げろ」

 

 シンシアとイライザが少し悲しげに、安心させるように言った。

 目尻に涙を浮かべた5人は、視線を荒野へと見据えた。

 

「おい! 待て!!」

「あ、おい、クレア。駄目だって……」

 

 その5人へ、更なる静止を掛けたのはクレアだった。

 クレアの傍には、突然の行動に驚いたラキがいた。

 クレアは今にも倒れそうなヘロヘロな様子で、大剣を杖に5人に近づくと叫んだ。

 

「待ってくれ!」

「クレアさん……」

 

 現役のアナスタシアがクレアの名前を呼び返し、なんと言って良いか分からずに黙った。

 

「お前は、もう十分良くやった。だから休んでいてくれ」

 

 ナンバーの近いユマが、真剣な表情でクレアに告げた。ユマ達は、これ以上クレアを働かせる気はなかった。

 

「こんなタイミングで出てくるんだ。奴に関係していないわけがない!」

 

 使命感。

 クレアから感じるのは、何としても自分の手で終わらせなければならないという、強い意志だった。

 

「おい! ラキってやつ! 皆を連れて逃げろ! 引き摺ってでもだ!!」

「え? あ、あぁ」

 

 イライザが叫んだ。

 妖気を感じることのできないラキは、異常性を感じ取ることができず、戦士たちの感覚と乖離していた。

 しかし、こんなことに時間を使っている場合ではなかった。

 

 そんな押し問答を行ううちに、最悪が訪れた。

 

 

「!!」

 

 着弾するように、地面がめくれ上がった。

 場所は、そう遠く離れていない。

 音の方向に注視していた戦士たちは、気づけなかった。

 

「…………!」

「なっ……」

 

 そして。

 いつの間にそこに移動したのか、人型を黒く塗りつぶした覚醒者がクレア達の近くに立っていた。

 仮にこれをプリシラとするのなら、先ほどまでの姿とはあまりに似つかない。

 

 全身が影の様に揺らめく覚醒者だった。

 頭から生えた二本の触手が、髪を二つに結んだツインテールのように見える。

 

 人間のような顔は、本来目や口のある場所が、穴の開いた空洞になっているのが見えた。

 

 額には縦に割れた瞳が埋まっていて、ぎょろぎょろと辺りを伺っており、酷く不気味だった。

 

「アァ、アァ、アァ。アアアアアアアア! やっぱり……いなイ!!」

「なんだコイツは!?」

 

 ひび割れた声に驚いたユマは、反射的に大剣を放った。

 放たれた大剣は、人間でいえば急所にあたる心臓の位置にアッサリと突き刺さった。

 

「……?」

 

 不気味な覚醒者は、無表情に胸元を見た。

 攻撃された。

 そのことを認識した黒い覚醒者は、数瞬遅れて叫んだ。

 

「アァアァァッァァァァァァァッァァァァ!!! 組織が裏切った!!!! 私のオリヴィアを殺した!! 許せない赦せないゆるせないゆるせないゆるせない!!!」

 

 狂気。

 黒の覚醒者から溢れるのは、理解しがたい憎悪の発露だった。

 

 蹲る様に縮んだ覚醒者の背中から、刃のついた触手が生成された。

 それは、〈深淵喰い〉が生やす刃によく似ていた。

 背中で揺蕩っていた触手は、突如抜けるような青空に発射された。

 

「殺しテやる……」

 

 ゆっくりと頭もたげた覚醒者が、ぽつりとそう言った。

 

「倒れている皆を起こしてください!! 今すぐに!!!」

 

 シンシアが叫ぶのと同時。

 ナタリーは、両腕を味方へと向けた。

 

 ユマに負けないように磨いていた妖気操作能力。

 

「はぁぁぁぁ!」

 

 妖気解放したナタリーは、複数人の倒れこんだメンバーの関節を操った。

 

「!?」

 

 仰向けに眠った姿勢から、スプリングヘッドしたように、強引に全員が跳ね上がった。

 衝撃に、眠っていたミリアも目を覚ました。

 

(被弾を減らす! 誰も死んでくれるなよ!!)

 

 覚醒者の攻撃は、倒れこんでいた味方には当たらなかった。

 ナタリーの繊細な妖気操作によって、操り人形のように回避することができたからだ。

 しかし。

 

「……ゴフッ」

「ナタリィィィィィ!」

 

 触手の雨を切り開いたイライザの声が響いた。

 味方の操作に集中したナタリーは、攻撃を避けることができず、降り注ぐ触手に体を穿たれた。

 

 ナタリーの大剣を拾ったユマが、降り注ぐ触手を切り払った。

 その脇にはラキも抱えられていた。

 

「ばかやろう! なんで避けなかった!! くそ」

「……」

 

 ナタリーを抱えたユマは、他のメンバーを回収すべく下がった。

 

「ヤァァッ!」

 

 片側のおさげが取れたシンシアが、蹲る覚醒者に切りかかった。

 首筋を狙った斬撃。

 

「……」

 

 しかし、生き物の様に動く、頭部に生えた触手に殴り飛ばされた。

 

「うっ……!」

「シンシアさん!?」

 

 アナスタシアは残り少ない妖気を振り絞って、強化した髪で飛んでいくシンシアを捕まえた。

 

「くっ!」

 

 アナスタシアは踏ん張ったが、足が引きずられた。

 シンシアが吹き飛ばされた衝撃は強く、ぶちぶちと繊維が切れた。

 

「はァァぁ!」

(こんなところで負けられるかァァ!!)

 

 2人に入れ替わるように、イライザは飛び跳ねた勢いで、黒い覚醒者へ斬りかかった。

 

「ミンナ。ミンナ敵……なのね」

「!?」

 

 黒い覚醒者と目の合ったイライザの背に、おぞけが走った。

 頭部に生えた二本の触手が、急に動きを変えて迫ってきた。

 

「!? はぁアア!」

 

 反射的に妖気を開放したイライザは、体勢を変えて触手へ斬撃を放った。

 しかし、頭部に生えた触手の体皮は異様に硬く、イライザの大剣が弾かれてしまった。

 

「なにっ!? ガッ!」

 

 乱打。

 大剣を弾かれて無防備になったイライザへ、波打つような連打が襲い掛かった。

 

「がっ、う、あぁぁ」

 

 大剣を取りこぼし、空中で波に飲まれた木の葉のように、イライザは打ちのめされた。

 

「イライザ!!」

 

 イライザを打ち付ける触手へ、クレアは割り込んだ。

 尽きかけの身体。

 それでも。

 暴れる触手の乱打に、クレアは力を振り絞った。

 

〈高速剣〉!

「ハァァア!」

 

 数秒打ち合ったかに思えたが、クレアの大剣が地面に沈んだ。

 

「なニ?」

(くそ!)

 

 黒い覚醒者に、クレアの大剣が踏みつけられた。

 この黒い覚醒者は、弱った〈高速剣〉を物ともせずに前に前進してきたのだ。

 止まったクレアへ、黒い覚醒者は至近距離から背中から刃の付いた触手を複数飛ばした。

 空中でU字に曲がった触手が、クレアに殺到する。

 

「く!」

 

 全身を使って、クレアは踏みつけられた大剣を無理やり引き抜いた。

 

「はぁぁ!」

〈風斬り〉!!

 

 そして、妖気を伴わない技。

 フローラから受け継いだ〈風斬り〉を放った。

 妖気を伴わない斬撃が、覚醒者の驚異的な触手の刺突を防いだ。

 更に攻め立てようと踏み込んだ時、クレアの右腕が意図に反して、こむらがえった。

 

「なに……!?」

(大剣を落とした!? 腕が!!)

 

 限界を超えた妖気解放。

 基礎能力を大きく上回る疲労。

 クレアの右腕はもう限界だった。

 

「あっ……」

 

 踏み出したまま。

 クレアは膝から崩れ落ちた。

 

 触手の雨を切り開いたクレアの脇を、高速の影が抜き去った。

 

「はァァ!」

「ミリア!?」

 

 状況を把握したミリアが、飛び込んできたのだ。

 ミリアの突撃の勢いに、背を丸めるように蹲っていた覚醒者が押された。

 

「こいつは、サルビアだ!」

「えっ……?」

 

 かつて見た、オリヴィアの額に現れた覚醒者。

 オリヴィアの姉と呼ばれた覚醒者の成れの果てだった。

 

「オリヴィアと共に飲み込まれていたはずだ。お前が、何故ここに? オリヴィアはどうした!!」

「オリヴィア、オリヴィアはどこ?」

 

 斬撃で競り合う中。

 ミリアの呟いたオリヴィアの名前に、サルビアは反応した。

 

「……()()()()は、もう届かないか」

「ぁぁ……何処なの。ねェ!」

 

 会話は成り立たなかった。

 

「ああああ!!」

 

 弾けるようにミリアから離れたサルビアが激高した。

 所かまわず、身体から生成した触手で破壊し始めた。それは、まるで駄々をこねる子供のような動きだった。

 

 触手は、身体のありとあらゆる個所から生えてきた。

 生成された触手の数は256本。

 その一つ一つに、斧のような雑な刃が生えていた。

 

「エゥアァァ!」

 

 泣き叫ぶような声が響いた後。

 斬撃の嵐が吹き荒れた。

 

「いかん!」

「きゃぁ!」

 

 サルビアの攻撃は、仲間を退避させようと動いていたアナスタシアを巻き込んだ。

 

「アナスタシア!!」

 

 ミリアは、斬撃の嵐に踏み込んだ。

 

(オリヴィアの〈千剣〉に比べれば、こんなもの……!!)

 

 無軌道に迫る触手は、オリヴィアが縄跳びと称して振り回した紐の挙動よりも甘かった。

 サルビアまでの道筋を見定めたミリアは、力を振り絞って跳んだ。

 

「はァァぁ!」

 

 一瞬の交差。

 サルビアの触手の大部分は、ミリアとの接触により引きちぎられた。

 頭部の触手から、赤い血が滴った。

 

 突撃方向の先、地面が噴出する。

 ミリアが激突した痕だった。

 

 土煙の中。

 遠くで立ち上がったミリアが、崩れ落ちた。

 度重なる限界を超えた〈幻影〉の使用に、身体がもう耐えられなくなっていた。

 サルビアの頭部の触手から滴る血は、ミリアの血液だった。

 

「ミリア!! くそ!」

 

 動かない体に、クレアは拳を地面に叩きつけた。

 万全の状態であれば、プリシラとの戦いのような奇跡的な確率の上に戦うことができただろう。

 どんなに力を振り絞っても、身体が言うことを聞かなかった。

 しかし、連戦を繰り返した戦士達とって、この戦いは死地となった。

 

「せっかく……プリシラも倒したっていうのに……!」

 

 妖気が枯渇し倒れ込んだ身体。

 妖気の尽きた仲間達。

 

 全滅。

 

 北の戦いの焼き回しのようなその光景は、クレア達に絶望を想い起こさせるには十分だった。

 

 全身打ちのめされ、もはや身動き一つ取れないイライザが、空に向かって叫び始めた。

 

「オリヴィアァァァ! オリヴィアァ――」

 

 その声は、戦いが終わってしまった戦場に、哀しく響き渡った。

 

 そんなイライザへ、興味を示したサルビアが近寄ってきた。

 目を瞑ったまま叫ぶイライザを触手で釣り上げると、ジリジリと締め上げた。

 

「ねぇ貴女、どうしてあの子の名を叫んでイルノ? 何処にカクシタノ? ……ねェッテば」

「ぐぅぁぁぁ」

 

 触手に体を拘束され、頭を締め付けられたイライザは、苦痛に悶えた。

 

「イライザ!! くそ! 止めろぉぉぉ!」

 

 ミリア達は、もはや叫ぶことしかできなかった。

 

(オリヴィアァァ!!)

 

 声も出せなくなったイライザは、心の中で叫んだ。

 

 最初から感じ取っていた。

 ここに近寄ってくる親友(とも)の妖気。

 必ず助けに来てくれる事を、イライザは確信していた。

 

「『呼んだ?』」

「!」

 

 イライザを縛っていた触手が、バラバラに切り裂かれた。

 開放され、地面に投げ出されたイライザの目に、蒼いシスター服の裾が踊った。

 

「オリヴィ……ア?」

 

 その姿を確認したイライザの口から、疑問符が飛び出た。

 

「栗毛色の髪の毛……?」

「覚醒者か……!?」

 

 少し小さなボロボロのシスター服を着た少女が、軽やかに力尽きた戦士たちの前に降り立った。

 

 不敵に笑った少女は、栗毛色のウェーブ掛かった髪を肩口で切り揃えていた。

 整った(かんばせ)には、意志の強そうな鋭い茶色の瞳が付いている。

 

 手に持つのは漆黒の大剣。

 戦士の印がある場所には、全ての戦士の印が重なった模様だろうか。

 そんな、幾何学模様が赤く描かれていた。

 異様な妖気の波動を感じる大剣だった。

 

「誰だ……?」

「……フ」

 

 イライザを一瞥し、少し笑った少女は、倒れたミリアや妖気の尽きかけたデネヴへ掌を向けた。

 すると、ドッ、と空気の揺れるような衝撃が、二人から放たれた。

 

「傷が!?」

「なに……?」

 

 外部からの妖気操作によって、二人の傷が強制的に快癒した。いや、それだけではなく、妖気まで全快していた。

 

 さらには、ナタリーやアナスタシアまで回復させた。その後も、次々に傷ついた味方を回復させていった。

 

「妖気が……戻っている……?」

「何だこれは……」

 

 クレアやミリアの残り少なかった妖気が満ち、力がみなぎった。

 

 栗毛色の少女は真っ黒な覚醒者へ茶色の瞳を向け、黒い大剣の柄を祈るように額へ当てた。

 

 そうして、誰もが息を飲む中。

 少女は両手持ちに構えなおして叫んだ。

 

「『行くぞ! 最後の戦いだ!!』」

「なんて???」

 

 まるで最後の戦いのように、栗毛色の少女が格好良く叫んだが、誰にも何も伝わらなかった。

 

 絶望が希望に転換した瞬間、心に飛来した閃きによって、全員の気持ちが1つになった。

 

(こいつ……オリヴィアだ!)

 

 

 

―――

――

 

 

 なんかイライザが超ピンチになっていた。

 可愛そうだったので救ってやった。

 

 遅れてやってきた救いのヒーロー。

 皆からは、そう見えているだろう。

 

「……フ」

 

 気分の良くなった私は、死にかけメンバーに妖気を分けてやることにした。とりあえず、ヤバそうなデネヴとミリアだ。

 

 そのあと、手当たり次第に回復させてやった。

 

 私は更にカッコつけたくなった。

 

 大剣の柄を額に当てた私は、眼を瞑った。しかし、この行動には特に意味はなかった。かっこいいだろう。

 自慢気に大剣を構え直した私の前には、人系埴輪型兵器が立っていた。

 

 眼の前にいるのは、きっとサルビアだろう。

 姿かたちが変わっていても分かる。肉親だからだ。

 オリヴィアの願いを想えば。

 彼女も送ってやるべきだろう。

 

「『行くぞ! 最後の戦いだ!!』」

 

「その声。その言葉……。またお前か! また、お前が私のオリヴィア(家族)を奪ったな! 許さない!」

 

 私の声が届いたサルビアは、身体だけが大きくなった子供のように喚き散らした。彼女の感情に合わせて、生えた触手が辺りへ破壊を撒き散らしている。

 

 私の言葉はきっかけに過ぎない。

 きっと、話しているのは組織の誰かへの恨みだろう。サルビアは私を見ているようで、虚ろに叫んでいた。

 

「サルビア。『もう一人のサルビア。私はアンタに感謝してるんだ。あの時、オリヴィアを救ってくれた。私がここに立つ遠因を作ったのはアンタだ』」

 

「その言葉を、その声で話すなァ!!」

 

 凄まじい勢いで駆け寄ったサルビアは、刃の生えた複数の腕を作り出し、私に襲いかかった。多すぎて千手観音像みたいになっている。

 

「よっ、ほっ」

「!?」

 

 一手一手、丁寧に捌いていく。

 黒い大剣を持った私には、そのくらいの余裕があった。

 傍から見れば、何をしているかわからないくらい、素早く動いているだろう。

 

「何が起きているんだ……!?」

「あの攻撃を全ていなしているんだ。きっと、会話を続けるために」

「……いや、伝わってないように思うんだが?」

 

 みんなの動揺した声が聴こえる。うるさいよ。

 埒が明かないとみたのか、サルビアが再び距離を取った。

 しかし、攻撃には移らずに頭を抱えた。

 

「ぁあぁ。オマエは、あの村デ……私たちの平穏を壊した! 助けると言った! なのニ、オリヴィアで実験した!! 許せない!」

 

 記憶が混同しているのか、時系列の前後したことをサルビアは喚き始めた。

 

「『聞いて、サルビア。オリヴィアは、アンタに感謝していたよ』」

「黙れぇ! その言葉をしゃべるなぁァァ!!」

 

 きっと、オリヴィアはこの状況を見越していたんだ。

 だからこそ、サルビアが過剰に反応する日本語(秘密の言葉)を話させたんだ。

 言葉が届かないサルビアに、想いを届けるため。

 

 頭に生えた触手を振り回して、サルビアは私に連打を放ってきた。

 避けるまでもなかった。

 

「!?」

 

 大剣で触手を打ち払うと、サルビアは蹲って背中から触手を大量に放出した。

 

「またあれだ!」

「逃げてください!!」

 

 ユマやシンシアが叫ぶ声が聞こえた。

 

 きっと、マップ兵器みたいな攻撃だろう。

 そう踏んだ私は、大剣を後ろ手に構えた。

 

「ァァアアアアアア!!」

 

 上空で折れ曲がって、触手が高速で帰ってくる前に私は大剣を放った。

 

「投げた!?」

「何やってんだ!?」

 

 クレアやナタリーが叫ぶ中。

 私は右腕に左手を添えて構えた。

 解き放たれた黒い大剣は、回転しながらサルビアの脇を通ると、私が繋げた妖気の糸によって急激にその進行方向を変えた。

 

「ガァッ!?」

 

 蹲ったサルビアの背の上を通った大剣は、発射された触手の根元を切断し、私の手元に帰ってきた。

 

 力を失った触手の雨が降る中。

 私は皆の大剣を構えた。

 

「『聞いて、サルビア』」

 

「どうして、あのときも助けてくれなかったの……! ドゥして……。赦せないゆるせないゆるせないゆるせないゆるせない」

 

 サルビアから、更に濃い影が溢れてきた。

 悔恨、恨み、怒り、無力感。

 それは、そんな感情を全て煮出したような色をしていた。

 

「サルビア……。『ごめん、助けられなくてごめん』」

「助けて……助けて、欲しかった……よ」

 

 両膝を地面につけたサルビアは、嘆くように小さく言った。

 怒りと哀しみで意識が混同し始めたサルビアに、私は精一杯謝った。

 

 私はそんなサルビアの命を断って、すべてを終わらせようとしている。

 許されるなんて思っていない。

 

 オリヴィアを守るために大剣を取ったサルビア。

 そして、組織の悼ましい研究で生まれてしまったこの子は、サルビア(自分自身)を守るのではなく、オリヴィアを守ることを願われて生まれてきた。

 そんな本当は優しい願いで産まれてきたこの子が、このまま一人ぼっちで苦しみ続けているのは、私はやっぱり許せない。

 これはエゴだ。

 サルビアはもう人間には戻れない。

 あの頃には戻れないんだ。

 だからこそ。

 

「『だから』これで、最後。ね? おねぇちゃん」

「ェぇ? オリヴィア……?」

 

 私が終わらせる!!

 

 皆から貰った、()()()半人半妖としての肉体。

 この体には、妖気の上限はない。

 当然、限界なんてないから、覚醒なんて出来ない。覚醒なんて必要ない。

 

 出来るのは、普通の人間と同じ様に、力一杯大剣を振るうことだけ。

 

「行くぞ! はァァァァァ!!」

「あぁぁ、オリヴィア。……そこに居たのね。良かったよかっ――」

 

 この世界の言葉で、私の声を聞いたサルビアは、安心するように両手を広げた。彼女はずっと探していたのかもしれない。

 居なくなった本物のオリヴィアを。

 そして、きっと救われたかったんだ。

 

 完全な肉体に合わせた最強の〈千剣〉。

 

 私は大剣をサルビアへ投げた。そして、追い掛けるように強く踏み込んだ。

 浅くクレーターを残した地面を横目に、私は空中に踊った。

 

 右手を伸ばした私は、大剣へ妖気の糸を伸ばす。

 強い力で私と大剣は引かれ合った。

 大剣を手に取る頃には、〈千剣〉を発動するのに十分な力を蓄えた。

 捕まえた大剣の力を殺さずに、上下左右無軌道な回転する力へ変えていく。

 一瞬で空気の音が変わった。

 

 斬撃の結界だ。

 でも、まだだ!!!

 

「イライザ!!」

「!?」

 

 私の呼びかけで、イライザが空中へ手を伸ばした。長年一緒にいたため、声だけで意図が伝わった。

 イライザに続くように、力尽きた仲間たちも次々に手を伸ばしていった。

 

 私は回転しながら、器用に仲間達へ妖気の糸を紡ぐ。

 墜落しかけの〈千剣〉が、仲間達からの微弱な妖気に引かれ合って、空中で再加速した。

 

 手を広げて止まったままのサルビアへ、私は回転する刃の向きを変えた。

 

「くぅぅッ! ハァァァ!」

 

 悲鳴を上げている身体中の筋繊維を、妖気で更に強化する。

 仕上げだ。

 全部終わらせる!

 

 サルビアへ刃が届く瞬間。

 私は、瞬発的な〈千剣〉を重ねた。

 全ての力を、この一瞬に捧げるためだ。

 

「うぉぉぉぉぉ!!」

 

 私の中で、様々な記憶が蘇った。

 

 地面に辿り着いたとき、回転する刃が空気の壁を超えた。

 

 

―――――――――。

 

 

 切った感触は殆どなかった。

 余りの斬撃数に、サルビアは肉の一片も残さずに消え果てた。

 

 大地に穿たれたクレーターの中。

 私は透き通る青空を見上げた。

 

 すると、森から付いて来ていたのだろう。

 私の髪の毛に紛れていた光る羽虫が、空へと昇って行った。

 フラフラと飛んで行った羽虫は、日の光に紛れて見えなくなった。

 

「……サルビアもずっと一緒だよ。アンタの気持ちも、私は大事に持っていくよ」

 

 一陣の風が吹き、森林から流れてきた花弁が舞った。



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エピローグ

「わぁぁぁぁぁ! ラキぃぃぃぃ!」

 

 街の殆どが崩壊した聖都ラボナの朝に、頭を掻きむしったクレアの叫び声が響いた。

 

 街の目立つ場所に、二人の人間が全裸で吊り下げられていた。

 その体には盛大に落書きされていた。

 

 ラキの背中には、いい男。

 

 そして、なぜかもう一人吊り下げられた、思春期に差し掛かったくらいの少女の肉体をしたオリヴィアの身体には――。

 

 覗き魔。

 

 そう書かれていた。

 

 クレアの主観で言えば、初めてラキと結ばれ。

 気をやった瞬間テレサとの懐かしい思い出が蘇り、気持ちよく朝目が覚めるとラキが吊るされていた。

 訳が分からなかった。

 

 

―――

――

 

 

「ぐへへ」

 

 妖気操作の応用で、クレアとラキの情事を覗いていたオリヴィアだったが、クレアが気をやった瞬間に操作を誤った。

 

「あ、やべっ」

 

 無駄に妖気を送ってしまい、あわやクレアが危ういことになりそうだったが、辛うじてセーフといった具合だった。

 

 その時、オリヴィアの頭の中に、ガラテアの言葉が蘇った。

 

――下手をすれば、味方を覚醒させてしまうぞ。

 

 宿屋の一角に、世界を覆うような強大な妖気が放たれた。

 

「……」

 

 オリヴィアは逃げた。

 しかし、5分ほどで、どこかで見たことのある顔に捕まった。

 

「こっちで会うのは、初めてだな? オリヴィア」

「あ、ははは。理事長、久しぶり。んで、なに???」

 

「……このすっとこどっこいが!!」

 

 オリヴィアの記憶はここで終わっている。

 

 

 

 

 

―――

――

 

 

 いやぁ、この間はお楽しみでしたね。

 気が付いたら、時計塔に張り付けにされていたよ。

 

 まぁ、なんだかんだ有ったけど。

 本当にいろいろあったけど、全てが終わった。

 

 私の身体は、元に戻らなかった。

 きっと、止まっていた時間を、カティアたちが進めてくれたんだろう。

 私は、そう思うようにしている。

 

 戦士達は、元気にしている。

 ミリアの主導で、大陸中の覚醒者が討伐されていった。

 

 それでも、身体の限界を迎える子達はやっぱりいた。

 戦士達には、妖気解放ご法度の法が敷かれ、金色の瞳を見ることは少なくなった。

 

 みんながそれで長生きするなら、私はそれでもいいと思う。

 

 そうそう、クレアの恩人は生きていたみたい。

 人のいない僻地でひっそりと暮らしているらしい。

 

 クレアやラキも、そちらに居を移すみたい。

 少し寂しかったけど、会えなくなるわけじゃない。

 

 最近、ミアータの精神が安定してきた。そして、私と全然遊んでくれなくなった。

 まぁ、遊ぶって言っても、クラリスのおっぱいごっことかだったから、倫理的にどうなのって皆に殴られていたんだけど。

 コブが減ったから寂しくねぇし。

 

 ミリアは、大陸に残った妖魔や覚醒者を狩り続けている。

 隻腕の騎士も一緒について行った。

 ついでに、ラボナに囚われていたオルセも、組織の拠点を探し出すために連れていかれた。っていうか、生きとったんか、ワレェ!

 ユマ達もついて行った。

 ラボナに残っているのは、イライザやガラテアだけだ。

 

「ほんとに良いのか?」

「うん! お墓参りしなきゃね」

「早く帰って来いよ。お前の好きな鹿スープらしいぞ」

「分かった! マザーガラテア」

「誰が母だ」

 

 私は戦士達の墓標をモノリスに突き刺して保存する事業に携わっていた。

 この大陸を守った人たちを忘れてほしくなかったからだ。

 その中には、カティアやオリヴィア、そしてサルビアだっていた。

 

 皆のことは忘れない。

 記憶と歴史を紡いでいく。

 

 私は今日もこの世界で生きている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




何とか終わりました。
お付き合い下さり、本当にありがとうございました。

プリシラ戦では、書いていて何故か4,5回全滅しました。
強すぎでは……?

執筆していて思いましたが、原作のまとめ方は、終わりの美に溢れているなと思います。
私ではあの域に辿り着けませんでした。


何度かくじけそうになりながらも、無事に完結までこぎつけました。
皆様のおかげです。
本当にありがとう。


【以下、書ききれなかったこと】

・ルネ
四肢をもがれて救出され、両手両足が歴代No.1になったスーパーキメラになる予定だったが、尺の都合で帰らぬ人となった。

・タバサ
ミリア隊に所属できなかったため、生き残れなかった。

・リリィ
忘れてた。ごめんね。

・イースレイ
話のギミック化してしまった。
作者の技量不足……というか、いろいろ考えてたけど心が折れた。ごめんね。

・ダフ、リフル
尺の都合で端折られた。
原作通りにプリシラにやられた。

・アリシア、べス
もっと深堀したかったけど、できなかった。ごめんね。

・現役ナンバー
その後は特に戦争は起きなかった。

・ルヴル
完璧な半人半妖を目撃し、こいつはやべぇと逃げ帰った。しかし、よく考えると島から出ないので、まぁいいかと、組織崩壊と本国に報告した。

・いろんな人
3馬鹿の回想にチラリと出て来た人たち。
各世代の上位ナンバーだったが、話のピントがぼけるので没となった。

・消えた覚醒者達
尺の都合で、全て栄養源となった。
でも原作のエウロパの腕から刃を生やすシーンは一番好き。

・嬰児
精子と卵子が出会わなかった。

・作者
数年前の自身の思考トレースを強要された。
ちょくちょく頭がバグっていた。
オリヴィアっぽい地の分は、ぶっちゃけツライ日もあった。いや、やっぱつれぇわ。
完結したことで、様々な教訓を得た。
①酔って感想返しをしない。
②酔って発狂しない。
③酔って尿管結石にならない。

ありがとうございました!!


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