大人なシスティーナ達が過去の自分に憑依して頑張る話。 (エクソダス)
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1話

 ────メルガリウスの天空城。

 

 この都市、フェジテの象徴であり、近づくことも触れることも叶わぬ……空に浮遊している幻影の城である。

 

 その古城は何年もの間その正体を知る者はおらず、誰がどういう経緯で作り出したのか不明であり。そもそも人間が作り出した物なのかすら不明な……空に浮かぶ謎の物体である。

 

 研究者達はその構造や原理について追求してきたが、今でもほとんどが未知のままだ。

 

 

「……」

 

 

 そのほとんどの人間が調査をあきらめている古城を、命を削り調査する若い女性がいた。

 

 

「ふぅ……」

 

 

 メルガリウスを愚者のように調査す者の名はシスティーナ。

 光を反射するかのような長い銀髪をポニーテールにしてなびかせ、服装は黒いテーラードジャケットにそこから見える白いワイシャツ。そして黒いタイトスカート……その見た目は正にオフィスレディである。

 

 

「今日の仕事はここまでね」

 

 

 システィーナは座っていた椅子の背もたれにもたれかかり、グッと背伸びをした。

 

 歳は二十代か三十代ほどで。彼女の前の机には魔導書や顕微鏡……研究に使う道具が綺麗に整頓されている。

 

 

「さて、明日の子供の弁当作って早く寝ないと」

 

 

 このシスティーナという者は、メルガリウスの天空城を研究する魔術師でありながら、子持ちの一般女房でもある。

 

 

「最近は旦那様にも怒られてばっかだし……また徹夜したら何言われるか」

 

 

 システィーナは左手の薬指についている銀色のリングを触りながら苦笑する。

 子供のころからの夢であったメルガリウスを研究する仕事に付けたのは素直にうれしいが。

 それに集中している事が原因で倒れることもしばしば……実の旦那にはかなり心労をかけている。

 

 なのでシスティーナは旦那には頭が上がらない。

 

 

「さて、寝よ寝よ」

 

 

 使っていた研究用の道具を片付け、そそくさと自分のベッドで睡眠を取ろうとした。

 

──その時。

 

 

「ん?」

 

 

 突如、彼女の持つ通信魔導具が音を鳴らし、震え始める。

 

 

「誰かしら?」

 

 

 どうやら誰からか電話がかかってきたようだ。

 システィーナはポケットの中に入っていた魔導具を取り出し、通信を開始する。

 

 

「はい。システィーナです」

『あ、システィーナさん!』

「……確か帝国の警備隊の方でしたね。どうしました」

『えと、女王様を見かけませんでしたか?』

「……あー。また宮廷から抜け出したのね……あのバカ」

 

 

 ため息交じりに通信しているシスティーナの声がだんだん鋭くなり、額に青筋が立つ。

 

 

『察しがよくて助かります……』

「リィエルは何やってんのよ……ったくもう。わかりました。私も探すの手伝います」

 

 

 どうやら、睡眠を取るのはもう少し先の話になりそうだ。

 システィーナは呆れ気味に頭をかいた。

 

 


 

 

「ふぁ……あぁ……」

 

 

 冷たい空気がフェジテを包み、小さな月光とランプ式の街路灯が優しく暗闇を照らすその場所で、一人の女性がたたずんでいた。

 

 

「うん、空気がおいしい」

 

 

 その女性は二十代か三十代ほどであろうか。

 美しい黒い王衣(ドレス)を身にまとい、綿毛のように柔らかな腰まである長い金髪と、大きな青玉色の瞳が特徴的な女性である。

 

 

「さて、夜のお散歩。次は何処にいこっかな」

 

 

 優しい瞳を持ち、すれ違う誰もが振り向きそうな容姿を持つこの者の名はルミア。

 元女王、アリシア女王陛下の跡を継ぐ……このアルザーノ帝国を収める女王である。

 

 しかし優等生の見た目とは裏腹に、夜にお忍びで抜け出したり、見つけたかと思えば女王なんて立場関係なく、無暗に困っている人達を助けていたり。

 挙句の果てには女王直々に鉄拳制裁していたりとと。

 

 女王にしてはかなり天真爛漫で、国民からは信頼されているが帝国の長としてはかなりの問題児である。

 

 

「あ、やっと見つけた。ルミア!」

「ん?」

 

 

 と、今夜の鬼ごっこはどうやらここまでのようだ。

 目の前から銀髪の女性、システィーナが駆け足で駆け寄ってくる。

 

 

「あ、システィ。どうしたの?」

「『あ、システィ』じゃないわよ。何処かの女王様がまた宮廷から脱走したから探しに来たのよ」

「あら、人騒がせな女王様だね」

「アンタよ、アンタ」

「えへっ」

 

 

 舌をペロッと出してあざとく笑うルミアに、システィーナは軽く溜息を吐く。

 

 

「全く……。アンタは今重要な立場なんだから、ホイホイ外出しちゃだめでしょ?」

「良いんだよ『良い子演じるのはやめて私のやりたいようにしろ』って言われてるから」

「それはアンタの旦那からでしょ? 多少は探すこっちの迷惑考えなさい」

「やだよっ。夫の言葉を無視してまで良い子になる気はないから」

「あんたねえ……」

 

 

 呆れながらも、夫の話をし始めたルミアは引き下がらない事はわかりきっている。

 のでそれ以上は何も言わず、システィーナは苦笑いを浮かべた。

 

 

「バカ言ってないで、さっさと戻るわよ」

「え~」

「……殴って連れてったほうが良い?」

「ふふっ、わかった。今日のお散歩はこれでおしまい」

 

 

 ルミアは軽く着ていた王衣(ドレス)を整え、大きく背伸びをする。

 

 

「あ、そうだ。システィ」

「ん? 何、ルミア」

 

 

 突然名前を呼ばれ、目を丸くするシスティーナ。

 

 

「わたしの友達から、あなた宛てに手紙」

「手紙?」

 

 

 ルミアが差し出してきたのは、何の変哲もない黒い封筒だった。

 不思議に思いながらも、システィーナはそれを受け取った。

 

 

「差出人は書いてないわね。これ、誰から?」

「さぁね。とりあえず見てみたら?」

「……?」

 

 

 ルミアが何か企んでいそうだと思いながらも、興味本位でシスティーナはその手紙の中身を確認した。

 

 

 そして、次の瞬間────

 

 

「な、なにっ!?」

 

 

 まばゆい閃光がシスティーナを包み、視界が暗転していく……。

 

 

「向こうで待ってるね。システィ」

 

 

 そのルミアの声を最後に、システィーナの意識はまるで糸が切れたように、あっさりと途切れた。

 

 

 

 


 


 

 

 アルザーノ帝国魔術学院、アルザーノ帝国の人間でその名を知らぬ者はいないだろう。

 この時代からおよそ四百年ほど前、元王女、アリシア三世の提唱によって巨額の国費を投じられて設立された国営の魔術師育成専門学校だ。

 システィーナとルミアの母国であり、大陸でアルザーノ帝国が魔導大国としてその名を轟かせる基盤を作った学校である。

 常に時代の最先端の魔術を学べる最高峰の学び舎として近隣諸国にも名高い学院、それがアルザーノ魔術学院だ。

 

 

「えー、本日の一限目の授業は自習にしまーす」

 

 

 さも当然だと言わんばかりに、目の前にいる二人の恩師、グレン=レーダスが黒板に自習と書いた後。

 

 

「……眠いから」

 

 

 睡眠宣言をしてから、教卓に突っ伏した。

 

 

「……説明してもらいましょうか」

「必要?」

 

 

 教室の席で……、システィーナは怒りをふつふつと露わにしながらルミアに問いかける。

 

 

「私達……卒業したわよ」

「したね」

「なんで、私達が学院にいるのよ」

「過去に飛んだからだよ」

「草」

 

 

 もう『草』としかシスティーナは言葉が出ない。

 先程の反応から、ルミアが何か企んでいるとは思っていたが、過去に飛ばされるとは思いもしなかった。

 

 

「しかし、この服も久しぶりね」

 

 

 システィーナ達が着ているのは、昔着ていた懐かしい学院の制服。

 涼しげなベストにプリーツスカート、その上から羽織るケープ・ローブ。左手だけについている決闘用の手袋。

 

 妙にスースーするのが何処か懐かしい。

 

 

「それにしても。先生もみんなも、この頃は若いね」

「ええ……()()()()()ね」

 

 

 ルミアの言葉に同意するように、システィーナは分厚い教科書を取り出しながら苦笑した。

 

 何故かシスティーナとルミアの年齢は十代ほどに若返っている。

 肌も妙にハリがあり、若さをひしひしと感じる。

 

 

「この頃の肌が恋しいわ」

「あははっ。若さって怖いね」

「……それで、何が目的?」

「……」

「『王者の法(アルス・マグナ)』まで使って過去に来て、何がしたいの?」

「……」

「歴史改変でもする気?」

 

 

 システィーナの問いに、ルミアは優しい微笑みを浮かべていた。

 

 

「さぁ。なんでかな?」

「……あっそ」

 

 

 どうやらルミアは、何も答える気はないようだ。

 ルミアがこんなことを何も考えなしにしない女な事はシスティーナはよく知っている。

 

 おそらく事情があるのだろう。親友にも言えないような事情が。

 

 

「ま、何企んでるのか知らないけど。とりあえず乗ってやるわよ」

 

 

 しかし正直、システィーナは最近仕事や育児に付きっきりで、ほとんどルミアとは話したり遊んだりすることはなかった。

 

 何を企んでいようが、ここで悲しい親友の茶番に乗ってあげるのも一興であろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょおおっと待てぇええええ────ッ!!!」

 

 

 システィーナは、分厚い教科書を振りかぶって猛然とグレンへ突進していった。

 

 




続く……?


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