現代に生きる結界師は頼られがち (固形炭酸)
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1話 唯守と響香

 

 

 

 その昔、小さな土地を治める、小さなお殿様がいました。

 でも、お殿様は本人も知らない、大きな力を持っていました。

 その力は(あやかし)やおかしな物事を呼び寄せ、城内では不思議なことばかりが起こります。

 困り果てた城の人々は妖怪退治の専門家を呼び、お殿様と城を守るように頼みました。

 

 そして、何年も何年も、四百年も経った頃、その小さなお殿様を巡る物語を終局へと導いた結界師がおりました。

 開祖の弟子である二人の子孫であった結界師は、その力で異界に新たなお城を作り、その城に満足したお殿様は実の父親と、その身が果てるまで幸せに暮らし、この世から妖はいなくなりました。

 

 

 

 というのが、代々我が家に伝わる御伽噺。

 なぜ御伽噺かというと、それには理由がある。

 異能と呼ばれた力も、今では個性と呼ばれているし、そもそもこの物語は俺の家以外で聞いたことがない。

 つまり、フィクションだとしか思えないが、やたらと熱く語るジジイのおかげで俺は物語をかなり読みこんでいた。

 とはいえ、この力は気に入ってるし、結界師としての書物も、一族の中で唯一この御伽噺にハマったジジイが集めまくっているので、実は結構重宝していた。

 ただ、それもほんの6歳までの話。

 

 

 

 

 間唯守11歳、小学5年生。

 幼い顔つきながら、目尻の上がった、ぱっちりとした大きな目をもつ猫っ毛の彼は、今日も強制的に修行に明け暮れていた。

 

「唯守!もっと集中せんか!お前は何十代と現れなかった正当継承者なのだぞ!」

 

 そう言ったのはたった今俺を竹刀で殴り飛ばしたジジイ。

 (はざま)茂守(しげもり)は俺の実の祖父であり、俺に結界術を教え込んでいる張本人。

 俺の右の鎖骨の下辺りにある四角形の痣をみて、『方印(ほういん)』が…!? と叫んでからは俺を継承者と呼びはじめた。

 なんでも、その御伽噺に出てくるお殿様を救い、悪さをする妖をこの世から消して世界を平和にしたのが、その正当継承者であるひいひいひい……ひい爺ちゃんと婆ちゃんだそう。

 超常が生まれたよりも前の話だし何の信憑性もないが、浮かび上がる痣を見たジジイは俺も世界を救うのだと喚き出したのだ。

 ただ、当時4歳の俺からすれば大の大人が真顔で「お前は世界を救う救世主になる」と言われて悪い気がするはずもなく、誰もが憧れる職業に、俺も例に漏れることなく憧れた。

 『ヒーロー』になりたいと、『ヒーロー』になれるのだと思い込んでいた。

 だが、その気持ちも成長と共に薄れている。

 オールマイトがいれば世界は平和で大きな事件もない。

 結界術は万能だと思うけど、あんな派手なパワーに憧れない男の子はいない。

 

「あぁ。ちょっと考え事してた」

 

 そう言って立ち上がった俺の視界に入るジジイは、わなわなと震えている。

 そこでしまったと思ったが、もう遅かった。

 

「また…どうせあのいつもギャンギャンと喧しい耳郎の娘のことだろう!!」

「響香のことじゃねーよ。あと、フォークしか聞かないジジイにはわかんねーかも知んねーけどあれはラウドとかパンク、つまりロックなの。喧しくねーって」

「黙らっしゃい!!」

 

 目をひん剥いて騒ぐジジイの竹刀で頭を殴られたところで、今日の朝の鍛錬は終わった。

 

 

 

「まーた朝からやってたね。いつも喧しくてごめん」

 

 学校に向かう最中、クスクスと笑う前髪パッツンの猫目の少女、耳郎響香と玄関を出たところでバッタリと出会った。

 バッタリと言ってもお隣さんという事もあり、ジジイの鍛錬に熱が篭りすぎた時以外は大抵同じ時間に家を出るので、二人で学校に行くことが多かった。

 

「絶対ジジイの方がうるせーよ。謝るのはこっちだ」

「あはは。別にいーよ。ウチももう慣れたし、茂守さん嫌いじゃないし」

 

 そう言った響香は物心つく前からの付き合いで、いわゆる幼なじみというやつだ。

 お隣さんちの耳郎響香は地元でも有名な程に成績優秀で文武両道。

 更に容姿端麗才色兼備であり、魅力しかない彼女は学校中の憧れの存在。

 そして、そんな彼女もまた例に漏れずヒーローを目指していた。

 と、学校の連中は思っているだろうけど、俺は音楽好きな両親の影響もあり、音楽の道へ進みたいとも思っているのも知っている。

 

「唯守はまだヒーローに興味ないの?」

「うーん…無い。響香はなれると思うけど」

 

 それは本心からだった。

 クラスの中心的存在で個性も見た目も優れてる。

 そしてなにより、美少女だ。

 響香がヒーローの素質に溢れているのは誰だってわかる。

 

「そう言ってくれるのは嬉しいけど、ウチは唯守も向いてると思うけど?」

「需要がないよ。俺には」

 

 幼馴染が故に、響香と仲の良い俺は正直学校中と言っても過言では無いほどに妬まれ恨まれている。

 朝と夜は修行修行で特に友達というものもいないし、別にそれを苦にも思ってはいなかった。

 そもそもジジイの修行のせいで学校では殆どを寝て過ごしていたので、他のクラスメイトと話す機会も無いしなと、自分を納得させる。

 というわけで、俺のようなクラスの脇役に華やかな舞台は似合わないということは理解していた。

 そんな他愛もない会話をしながら二人で学校へと向かっている。

 ここまではなんて事のないいつもの日常だった。

 

「どけ!!クソガキ!!──イデッ!?」

 

 俺を突き飛ばそうとした目出し帽を被った男であったが、直前に生成した結界にぶつかり目の前で尻餅をついていた。

 

「何やってんだ馬鹿!!くっそ追いつかれちまう……こうなりゃ人質だ!!」

「キャ…!?あれ?」

 

 響香の小さな悲鳴が聞こえるも、人質となる前に響香の真横に結界を生成して横へと伸ばし、リーダー格の男から一瞬で距離を取らせたので、今は俺の腕におさまっている。

 

「なんだ!?このガキの個性か!?」

「よっ。ほっ」

「ちょ!唯守!?」

 

 響香を胸に抱いたまま、空中に生み出した結界から結界へと跳びあがる。

 そして右手の中指と人差し指を立て、顔の前で構えた。

 

方囲(ほうい)』でターゲットを指定する。

 

 右手を前へと突き出す。

 

定礎(じょうそ)』で位置を指定。

 

 その右手を勢いよく振り上げる。

 

(けつ)!」

 

 呪力を込めて結界を発動し、成形する。

 

 これが開祖である間時守の考案した間流結界術。

 この術は実用性重視のシンプルなもので、この一連の流れが基本の手順となる。

 この後は、『(かい)』で解除するか、『(めつ)』で結界内のターゲットを滅却する。

 が、今の俺はそのどちらも行わず、どうしようかと考えていた。

 

「なんだこの壁…!?おいコラクソガキが!」

「こんのッ!!」

 

 ボコスカと俺の結界を殴りつけているが、小学生とはいえ伊達に無理やりジジイに修行をさせられていない。

 9歳の誕生日に、プレゼントだと言うジジイに貰った2mはある石の塊。

 もはや岩とも呼べるソレが誕生日プレゼントだという事に流石に泣きそうになったが、修行と称してそれを結界で持ち上げて別の結界で受け止めるという修行を日々やらされている俺からすれば、この程度の衝撃は指先がチリチリする程度であった。

 

「唯守…… アンタはやっぱヒーローになれるよ」

「ん?というか、滅する訳にもいかんしこっからどうするか───おぉッ!?」

 

 突如、突き立てている右腕全体がビリビリと痺れてくる。

 結界の中にいる、他の奴からボスと呼ばれている男はその身体をドンドンと増やし、大きくなっていく。

 

「舐めんなよクソガキ!俺の個性は【増殖】!! このままこの翠色の壁もぶち壊してやるぜ!!」

「唯守、だいじょう──」

 

 パッと結界を解くと同時に小さな結界を生成し、右手を振るう。

 

「あ……んだ?」

 

 顔の横に生成された小さな結界は勢いよく伸びて形を変え、ボスの顎先を掠めていた。

 全く警戒していなかった意識の切れ間で、ピンポイントで脳を揺らす一撃。

 まるで糸の切れた人形のように、ボスはグニャリと身体を曲げてその場に倒れ伏した。

 

「ん。大丈夫だった」

 

 ドサリと倒れたボスと、膨れあがったボスによって結界内で押し潰されていたヴィランもまとめて念糸(ねんし)と呼ばれる薄く細く、文字通り糸のように伸ばした結界で簀巻にする。

 全員を縛り終え、響香を抱えて地上へと降り立ったところでようやく警察が到着したよう。

 

「あっ!アナタねぇ、一般人が、しかも子供が個性を人に向かって使っちゃダメでしょう!?いくら相手がヴィランだからといって、反撃して何かあってからじゃ遅いのよ!!」

「いや、襲われたもんは仕方ないスよ」

 

 別に戦闘したつもりもないのだが、許可なく個性を使用する事は禁止されている。

 厳密には、個性ではないのだが、その説明をするとかなり面倒なので省いておこう。

 それに、この婦警さんは仕留めきれず逆上したヴィランに必要以上に蹂躙される可能性を思って、俺を心配して怒っているので、無下にはできない。

 倒れているヴィランたちと同様に、俺も婦警さんに警察署へ連れて行かれそうになっていたのだが。

 

「──ん?」

「……どしたの?」

「あれ、なんだ……?」

「なにが?」

 

 俺に待っていろと強い視線を向けた婦警さんと、もう一人の警官がパトカーにボスを詰め込もうとしているところだったが、その周りにフヨフヨと浮かぶ気味の悪い蟲のようなものが目に入る。

 それは薄く発光しているような、透けているような神秘的な見た目をしており、まるでそこにいるのに存在していないかのように、生命として必要なものが希薄しているかのよう。

 どうやら響香には見えていないようだが、本当にアレはなんなんだろう。

 見た目もそうだが、何よりもアレを見ているだけで肌が粟立つような……

 とりあえず、嫌悪感が凄い。

 

「ホントに見えてねーの?」

「うん…なんのこと言ってるの?」

 

 婦警さんも気にしていないし、俺にしか、見えてない?

 というか、こんな話どっかで聞いたことあるような。

 考えを纏めようとしていると、その蟲がボスの首筋に止まり、あろう事か潜り込んでいく。

 というより溶け込んでいるのか?

 傷ひとつあるようには見えないが、確かに吸い込まれるようにその蟲は消えていった。

 

「……はぁ…はぁ…舐めやがって…このイングリーズ様を…舐めるんじゃねぇッ!!」

 

 【増殖】の個性と言っていたが、手足が増えるだけじゃないのか?

 どんどんでかくなっていく……

 これは……あの蟲のせい?

 

「響香。逃げろ」

「唯守……」

 

 明らかに、見た目すらも変わってる。

 身体中に血管が浮き出ており、その身体は筋肉という鎧で覆われている。

 元々あんな筋肉質な奴じゃなかった思うが、その腕で婦警さんを突き飛ばした。

 その威力はパトカーに減り込み気絶している婦警さんを見れば一目瞭然だった。

 

「おぉぉぉ!!」「これは気分がいぃ」「なんでもできるような」「力が溢れ出てくるような」「そんな気分だ…!」

 

 バキボキとそれぞれの首を鳴らしながら、いくつもある頭が順々に喋るのが気持ちが悪い。

 もはや個性なのか、そもそも人なのかすら怪しい程に醜悪な見た目をしたヴィラン。

 次は右腕が増えていき、その形を変えていく。

 そしてそれは、なんの前触れもなく突如突き出された。

 そんな中、たかだか小学6年生というのに咄嗟に動けた自分を褒めてやりたい。

 

──ドン。

 

「──え?」

 

 結界は間に合わない。

 俺は響香を左手で押し飛ばしていた。

 

「ぐぅぅ……」

 

 増殖の個性により何本も生えている腕と、その指。

 そしてそこから伸びる爪もその数を増やしており、響香がついさっきまでいたところにある俺の左腕を、使い古したボロ雑巾のように簡単に引き裂いていた。

 

「唯守!?」

「ってぇぇ……」

 

 めちゃくちゃ痛い。

 だがやられっぱなしもムカつく。

 既に位置は指定した。

 そんなに増えるなら、消してもいいだろう?

 

「結!!────滅!!」

 

 無事な右腕を振り上げ、結界を生成する。

 増えたイングリーズと名乗るヴィランの全ての右腕を囲うと、すぐさま滅却した。

 

「クッ……応援を!!強盗グループを追い詰めたところ一名が突如凶暴化!!子供が襲われている!!大至急近くのヒーローを寄越して!!」

「唯守大丈夫!?私たちも逃げないと──」

 

 婦警さんがひしゃげたパトカーのドアを無理やりこじ開けて無線に叫んでいる。

 そのボロボロの身体で。

 

「喧しいぞ……!!」「ガキ、お前は使える。俺と来い!」

 

 そのまま婦警さんとパトカーを、俺が消していない方の、増殖した左腕でまたも殴り飛ばすと、完全に婦警さんも警官も気を失っていた。

 なんでもないように、俺へと声をかけるコイツはなんだ?

 

「お友達には手は出さないでやる。いいから来い!!」

「唯守!」

「響香は先行け。俺が、止める」

 

 ピクリとも動かない婦警さん。

 心配するような顔で俺の名を呼ぶ響香の目尻には、恐怖からか水の一雫が光って見える。

 この感覚は、なんだろう。

 痛みを通り越し、怒りを通り越して、逆に思考がクリアになっていく感覚。

 コイツは、どこへも行かせない。

 

「……滅」

 

 方位も定礎も乱雑に、適当に結界を生成して即座に滅却。

 

「いぁづ!!このガキ……」

「滅滅滅滅滅滅滅滅滅滅滅滅滅滅滅滅滅」

 

 小さな結界を、位置指定も疎かなまま、次々とヴィランの身体に生成しては即座に滅却していく。

 消しても増えるが、それよりも速く消してやる。

 ヒーローが来るまで、永遠に消し続けてやる。

 

「わかった!もうヤメロ!!お前らには手は出さない!だから──」

「女殴れるヤツなんか信用できるかよ……」

 

 結界を生成して、右肩を囲い、結界へと力を込めていく。

 翠色の結界は綺麗な正方形で、右肩の付け根までを完全に覆っていた。

 そして、滅却。

 

「滅!!」

「あぎゃぁ!」

 

 すると、ヴィランの消し飛ばした右肩から、あの蟲が出てきた。

 そして、思い出した。

 うちにしか伝わっていない御伽噺。

 きっとあれが……妖。

 いなくなった筈の物がなぜいるのか、考えるのはあとでいい。

 妖であればやる事は決まってる。

 右手を構えると同時に振り上げる。

 

「結!」

 

 すぐさま結界を生成。

 

「滅!」

 

 そして滅却。

 この続きをやるのは、俺も初めてだ。

 道具はないが、今ならできる。

 無傷の右手とボロボロの左手を前へと突き出し、手を重ねて親指と人差し指で四角形を作る。

 道具がないなら、自らの身体で作ればいいのだ。

 

「天穴!!」

 

 異界の扉へと、滅却した妖の残骸を吸い取り、完全に消し去った。

 

「お……ぉ……」

 

 ドシャリと、今度こそイングリーズは倒れたが、個性を発動していたのか、消し飛ばした手足は生えかけで止まっているので血も流れていない。

 これなら死ぬ事は無いだろう。

 それに、呪力も尽きたし、気持ち悪いし。

 俺ももう限界だ、と思ったところで、温かいものに包まれる。

 

「唯守……ウチ…何もできなくてごめん!」

「そんなことより大丈夫か?」

「そんなことって…ウチは大丈夫だけど、唯守は大丈夫だよね……?」

 

「おぉ、大丈夫だけど、こんなとこ見られたらまた俺学校で嫌がらせ受けちまうぞ。

 

 あれ、声出てんのか?

 それに、なんだか気持ち悪いのが増している気がする。

 そういえばなんか毒のある妖もいるとかも書いてたっけ。

 帰ったら、もうちょい真面目に修行しようかな。

 そんな事を思い、悲痛な顔をした響香を見ながらも、意識は闇へと落ちていく。

 

 響香の泣き顔をみながら、完全に意識を手放した。

 

 

 

 この日を境に、さまざまな事件に巻き込まれていくことになるのだが、この時の俺は、そんな事を知る由もなかった。



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2話 傷

 

 

 あれからの事は覚えてない。

 起きたら病院のベッドの上、ではなく自室の自分の布団の上だった。

 窓から差し込む明かりが無いことから、既に日も落ちている事がわかる。

 窓ではない方へと顔を向けると、ジジイが真横に座っていた。

 

「ようやく起きたか。気分はどうじゃ?」

「ん。最悪」

 

 と言っても、体調はまぁ悪くはない。

 できれば、寝起きにジジイは遠慮したかったが、話したいこともあったしまぁいいかと思う。

 たぶんジジイお手製の傷薬のおかげで、右腕に痛みはないが、感覚もまたない。

 修行と称して痛めつけられるたびに塗り込んでいたので、この感覚は問題ないという事はなんとなくわかっていた。

 特に何もない見慣れた自分の部屋で、俺はゆっくりと話し出そうとしたのだが、先にジジイに心配された。

 

「まだ気分がすぐれんか?」

「いや。 ……それよりさ、妖がいたんだけど」

「…なんじゃと?」

「俺にしか見えてない、蟲がいた。きっとアレが妖だ。なぁジジイ… 妖は滅んだんじゃなかったのか?」

 

 何度も聞かされ、自身でも読んできた話の結末では、妖は滅んでいたはず。

 お殿様の特異体質により呼び寄せられた妖は、強大な力を得ていくとの話だったが、その土地はご先祖さまによって完全に封印されたのが御伽噺のきも。

 そもそも、結界師としての始まりは開祖である間時守が烏森(からすもり)家のお殿様に仕えた事に始まる。

 

 烏森家は異常なほど霊的エネルギーが高い一族であったらしく、妖しげなものや奇怪な現象に悩まされていた。

 そこへ呼ばれたのが、間時守。

 以後は烏森家付き結界師として仕えることになる。

 しかし烏森家は代を重ねるごとにその「力」を蓄積。

 近づく妖がその力を得、急激に進化して人を殺す事件が増えた。

 ある時、結界師が任につけない日が三日続き、四日目の朝には、増殖、巨大化した魑魅魍魎が城内を跋扈し、城内の人間は誰一人残っておらず、そうして烏森家は滅んだ。

 

 そんな代々の烏森家の「力」は土地へと移り、400年経った後に、封印され生き続けていたお殿様がいた烏森を、今度こそ永遠に封印したのが、墨村と雪村の若き結界師。

 強大な力をもった烏森が封印されたことにより、他の力ある土地、神祐地(しんゆうち)と呼ばれる場所も徐々に力を失い妖は滅んだと、ご先祖様の残した『雪村の書』に記されている。

 『雪村の書』とは別に、『墨村の書』もあるのだが、どちらも開祖の弟子であり結界師稼業に終止符を打った我らがご先祖様の残した書物。

 開祖が後継を決めなかったため、長年対立をしていたようで、それぞれに違った結界術の極意や、同じ内容でも解釈が違うのでどちらの書も面白いが、雪村の方が描写や記載が丁寧なので読みやすかった。

 

 話が逸れたが、ジジイは俺の言葉に考え込むように腕を組んでいた。

 

「……確かに滅んだ。ワシも、この歳にして今までに実物を見た事はない……」

「見えてなかった。 …じゃないのか?」

 

 神祐地が力を失うと共に、徐々に結界師や封魔師といった異能者の力も失われていったそう。

 それが故に、夜の住人であった異能者たちは力と職を失い、自然と一般社会に馴染んでいった、と聞いている。

 

「それはない。ワシやお前の母のように優れた結界師は生まれている。その者たちが気づかんはずはない」

 

 自分で優れたとか言うなよと思うが、俺よりも結界の扱いは上手いので確かにとは思う。

 じゃあ俺が見たのはなんなんだ?

 アレは、ヴィランに力を与えているようにも見えた。

 神祐地を失った妖は、人に寄生し、力を与えているのか…?

 それとも……

 

「唯守、お前は3日も寝てたんだ。今日ももう遅い。考えるのは明日にして、少し休め」

「ん。わかった」

 

 一旦考えをまとめよう。

 その前に、やっぱりもう一度寝よう。

 起きたばかりだというのに身体も瞼も重い。

 起こしていた上半身は吸い込まれるように布団へと沈み込む。

 すぐに眠りにつくだろうと思ったのだが、ふと頭をよぎることがあった。

 3日と言ったか?

 つまり、俺は3日も寝込んでたのか?

 そういえば、響香はあの後どうしたんだろう?

 無事に学校に行けたんだよな?

 俺は、アイツを倒したんだよな?

 そう思うと、あんなにも眠かったはずなのに、なぜだかいてもたってもいられず立ち上がると、障子を開けて、すぐさま窓を開けた。

 

 

 

 

 唯守、大丈夫だったのかな?もう、起きたのかな。

 病院に運ばれる前に、命に別状は無いとは聞いたけど、あのボロボロの左腕を鮮明に覚えている。

 ウチを庇ってついた傷。

 申し訳なさと、心配が心を支配している。

 両親と共に、唯守の家の前で待っていた時も、ずっと心臓はバクバクと大きく波打っていた。

 今なら過去最高の威力で個性を発動できると思った程に。

 日も落ち始めた頃に、茂守さんとタクシーに乗って帰ってきた唯守は目を開ける事はなかった。

 謝りお礼を言う両親と私に、茂守さんは、「この件はこの馬鹿がやったこと。それは直接言ってくれ」と言っていた。

 

 ヴィランに襲われたのは初めてだ。

 それに、

 『女殴れる奴なんか信用できるかよ……』

 あの時の唯守は、カッコよくて、ヒーローであり、ロックンローラーだった。

 なぜだか込み上げてくる照れくさい気持ちもあるが、それよりも今は、心配が勝る。

 明日は、会えるかな。

 そう思い、布団に潜り込み瞼を閉じる。

 

 今よりも、もっとずっと小さかった頃を思い出す。

 初めて、唯守に会った時の印象は……

 泣き虫。

 

 あれは、幼稚園に入る年のこと。

 

「ギャーーーーッ!!!」

 

 家を出てすぐに、男の子の甲高い絶叫がいつも響き渡っていた。

 気にはなっていたのだが、今日はいつもと様子が違う。

 男の人の声ではなく、女性の声が聞こえてきた。

 

「あらあら。泣くことないでしょう?」

「痛すぎるし、鬼すぎる!かーさんはジイちゃんより無茶苦茶だよ!!」

「そうなの?お父さんがうるさいから、わたしも仕方なくしてるんだけどねぇ…」

 

 叫びながらも飛び出してきた男の子は、周りも見えていなかったのか、吸い込まれるようにウチへとぶつかってきた。

 

「いったぁ……」

「あ…ごめん…大丈夫?」

 

 自分の涙を拭っていたのだろう、尻餅をついているウチに、手を差し出してきた。

 思わず握り返したが、そのびちゃびちゃの手と、ぐちゃぐちゃの顔。

 それを見て、思わず笑った。

 

「プッ…!そっちのが、大丈夫じゃなくない?」

「う…こ、これは……」

 

 鼻水垂らして泣いてる男の子なんて、幼稚園に入る前だし、引っ越してきたばかりなので初めて見た。

 あれは、いつ思い出しても笑える。

 

「笑ってごめんね。ウチ、耳郎響香!」

「おれは、間、唯守」

 

 ぐしぐしと目を擦りながらウチの手を引いてくれたのが、はじめての会話だったっけ。

 

 その後現れたお母さんに引っ張られて行く時の絶叫と泣き顔も、また笑えた。

 

 

 随分と懐かしい夢を見た。

 きっと今日は会える。

 そう思っていたけど、唯守が目を覚さないまま、もう3日も経つ。

 茂守さんには起きたら行かせると言われ、ずっと話もできないまま。

 どんどんと不安な気持ちが込み上げてくる。

 ウチのせいで、もう唯守は目を覚まさないかもしれない。

 ウチのせいで、唯守が死んでしまうかもしれない。

 そんな不安に押しつぶされそうで、なかなか眠れずにいた。

 そして、今日も完全に日は落ち、既に深夜と言える時間。

 唯守は、まだ起きてないよね……

 カーテンを開けると、今日は障子越しに光が漏れている。

 慌てて窓を開けたところで、視線の先の障子が勢いよく開き、唯守が窓を開けるカラカラという音が、静かに響いた。

 

「「あ」」

 

 同時に口を開けていた。

 無理をすれば飛び移れるほどの距離にある唯守の部屋。

 だから、その表情すらもよく見える。

 ようやく、顔を見れた。

 

「………よかった…」

「え?響香、どした?」

 

 少し顔色は悪いし、なんだか痩せた気もするけど、いつもの唯守だ……

 

「このまま、起きないんじゃないかと思った……ウチのせいで……」

「響香のせいじゃない。俺が弱かったから」

「ウチが速く逃げてたら、ああはならなかった」

「だとしても、ヴィランのせいであって響香のせいじゃないだろ?」

 

 安心させるように、わずかに笑みを浮かべている。

 庇ってくれた時といい、今といい。

 ウチよりも、よっぽどヒーローらしい。

 少しだけ、涙が出たのはバレてないはず。

 これじゃあ、立場が逆転だ。

 バレないように、少しだけ俯いて布団でゴシゴシと念入りに拭き取っておこう。

 

「どした?」

「なんでもない! ……ねぇ。ソッチ行っていい?」

「ん?いいけどなんもないぞ?」

「良いよそんなの」

 

 基本は茂守さんと2人暮らしだからか、意外と世話焼きな唯守は飲み物でも出そうという勢いだったが、この時間だし、茂守さんにはバレたくない。

 昔、唯守がまだヒーローを目指していた頃は、2人での合体技の練習だなんて言って、夜な夜な話し込んで、次第に騒いで、最後にこっぴどく叱られた事を思い出す。

 あの人、ウチにも容赦ないからなぁ……

 なんて思ってたら、「結」と言う唯守の透き通った声と共に、翠色の道がうちの窓から伸びていた。

 怪我して寝込んでたのに、無理をさせてしまったと内心で思いつつも

、サッと慣れ親しんだ唯守の部屋へと入った。

 昔ながらの和風な部屋。

 畳の匂いに混じって、唯守の匂いがする。

 

「唯守、決めた。ウチはやっぱり、ヒーローになりたい」

 

 唯守にだけ打ち明けていた悩み。

 お父さんもお母さんも、ウチ自身も、音楽は大好きだけど、やってみたいことが、いや、やりたいことができた。

 ウチはヒーローになる。

 誰かを守り、助ける、あの時の唯守みたいなヒーローに。

 

「そっか。

──なれるよ。響香なら」

 

 ニコリと笑った唯守に、思わずドキリとする。

 こんなハズいの初めてだ。

 昔から知ってる唯守なのに、なんだろうコレ。

 

「あ、でもさ。たまには聞かせてよ?響香の音」

「え?うん。もちろん楽器は続けるし」

 

 ヒーローになったからって、音楽に関わらないわけじゃない。

 唯守も初めてウチの演奏聞いた時、感動したと珍しく興奮していたのを思い出す。

 

「ならよかった。好きなんだよな」

「へ!?」

 

 不意打ちはズルイ。

 ウチらはまだ小学生だ。

 とはいえ、早い子は付き合ったりとかしてるけど……

 ウチと唯守はそういうのじゃないし!

 

「ん?そんな変か?響香の声も音も綺麗だし、俺は好きだぞ?母さんはあんなだし、ジジイはフォークしか聞かねーし。初めて聴かせてくれた時は本当に感動した。響香はスゴイよ」

 

 ズルイなぁ、天然は。

 先生やクラスメイトはウチのこと、すごく褒めてくれるけど、唯守のは、なんか違う。

 ウチからしてみたら、唯守の方がよっぽどスゴイよ。

 ハズいから言わないけど、唯守の姿に憧れたから、ウチもヒーローになって、守られるだけじゃなく、唯守の横に立っていたいと思った。

 今は興味ないかもしれないけど、きっと唯守は最高のヒーローになると、ウチは確信している。

 

「アリガト……あ、3日も学校休んでたから、うちにプリントいっぱいあるよ。明日渡す」

「……いや、大丈夫」

「大丈夫って、やらなきゃでしょ」

「ヤダ」

 

 心底嫌そうな顔で拒否する唯守におもわず笑ってしまう。

 

「まったく…でもさ、唯守は絶対ヒーローになれるよ。興味ないなら仕方ないけどさ、あの時の唯守…その…カッコ良かったし」

 

 最後の方は小声になってしまったからか、少し怪訝な顔をした唯守だけど、特に追及もしないところを見ると、どうやら聞こえていなかったらしい。

 まぁ、いいけどさ。

 せっかく、無理して言ってみたのにな…

 

「ヒーロー、ね。ちょっとだけ、やる気出たからな。まぁ頑張ってみるさ」

 

 驚いた。

 小学校に入ってからは、全くと言っていいほどヒーローに無関心だった唯守がそんな事を言うなんて…

 

「ウチから言っといてアレだけど、なんで?」

「ご先祖さんの後始末、かな」

「なにそれ?」

 

 結界術、神祐地、妖、異能。

 何度か聞かされていた事のある御伽噺。

 でも、唯守はあの日、それが見えたらしい。

 ウチには見えないけど、唯守だけに見えるヴィランのようなもの。

 他の人には見ることもできないそれを倒す、結界師になるのだと言う。

 個性じゃないとはいえ、結界術を使うそのためには、ヒーローライセンスは必要だから、目指してみるそうだ。

 

「個性使いたいからヒーローになるなんて、変なの。でもさ、それって結局ヒーローって事じゃない?」

「ヒーロー、なのかな?でも、コレ個性にしか見えないんだから、仕方ないよな。俺の個性、めちゃくちゃ地味だし」

 

 結界を作り出して笑う唯守。

 久しぶりに、その後もずっと二人で話をしてたら、いつのまにか眠っていた。

 翌朝、唯守の布団で寝ていたところを茂守さんに起こされるも、珍しく怒鳴られる事なく、静かに、「ちゃんと玄関から、家に帰りなさい」と言われたのがまたハズかしかったけど。

 

 それからまたも、3日後。

 警察への説明やらなんやらをしていたそうで、ようやく学校に来た唯守の左手の包帯ははずれていたが、そこに残る大きな傷跡に胸を締め付けられた。

 チラリと目に入るその傷を見るたびに、ウチのせいだと、自分の弱さを実感する。

 見ててよ唯守。

 今に、追い越してやるから。

 

 この時のウチは、これからも唯守と一緒にいるんだろうと、二人で大きくなって、次は近くの毛糸中学に通うんだろうと安直に思っていたが、まさか小学校を卒業してすぐに引越すことになるなんて、思いもしなかった。

 

 



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3話 不可視可視

 

 

 間唯守13歳、中学2年生。

 

 3年前から、俺はかなり真面目に修行に取り組んでいた。

 妖をこの目で見たあの日から、俺の中で御伽噺は現実にあったものへと変わっている。

 残された多くの書物も、幼かった当時は理解できなかったものも、今ならできるはず。

 レーザービームや地球を割るほどの超パワーを求めてひたすらに読み耽っていたのだが、そんなものは流石になかった。

 世界をどうとでもできる力を永遠に封印したって……ご先祖様はよくコレだけでなんとかできたなと、指先に小さな結界を作りながらも改めて感心した。

 そんな考え事をしながら読みづらい文字を読んでいたのだが、そこで俺はみつけてしまった。

 こんな便利なものがあったとは……

 今思えば、家を開けると言ったはずなのに、いつまでも家にいるジジイを不思議だと思っていたが、その謎も解けた。

 書物によれば数百年前だから、まだ超常の発生する前とはいえ、文明は今とほとんど変わっていない時代。

 ご先祖様も、俺と同じ用途に重宝したことだろう。

 その「力」の名前は「式神(しきがみ)」。

 術者の呪力を具現化し、使役し働かせることのできる「力」。

 三椏(みつまた)やマニラ麻を原料とした、まぁお札に使われているような和紙に呪力を込めて作成できる。

 あらかじめ呪力を込めておけば、発動の時の呪力を少なくできるから作り置きが可能だし、なにより素晴らしいのは動きを細かく設定し、見た目も自由に具現化できること。

 形や動きを複雑にすればする程に呪力を消費するが、それは仕方がないことだと割り切っている。

 これを発見してからは、俺は少ない小遣いをはたき材料を買い集めると、ひたすらに式神作りに励んでいた。

 教室でも、家でも、暇さえあれば体力の許す限り、ひたすらに作成し続けた。

 単純命令用のB式神と、戦闘用のA式神を少々。

 そして、スクール用のS式神を大量に作成したことで、今の快適な修行ライフを手に入れた。

 

 それからというもの、学校は全て式神に通わせ、俺は山でひたすらに鍛錬を続けていた。

 目下行っているのは、結界の形状変化と性質変化。

 それは結界内の機微を察知する事ができる探査用結界であったり、結界にトランポリンのように反発力を持たせることも可能なもの。

 今までは強度を上げる事と、武器術ばかりをやらされていたが、ジジイ的にはまずは身体を作ることから始めさせていたと言うところだろう。

 もちろんそっちの鍛錬も忘れていないし、ひたすらに牛乳も飲んでいる。

 これで胃腸も骨も強くなり、あわよくば高身長も手に入れられることだろうと未来の自分に期待を膨らましていた。

 

「よし、やるか」

 

 小学校卒業と同時に出身地、と言っても生まれた時の、物心つく前まで住んでいた場所である静岡県に引越していった響香に、半ば強制的に約束させられたから。

 というのが理由ではないが、俺もヒーローを目指すことにした。

 目覚めた夜に、窓越しに見た響香の目には確かに涙が見えたし、あれからというもの、この左手をたまに見る響香の表情も見たくない。

 あんな顔は、もうさせたくない。

 俺がひたすらに強くなればいいのだと、日が暮れるまで今日も鍛錬に明け暮れていた。 

 

 

 

 

 葉隠透は中学校に入るとすぐに、いろんな人とすぐに打ち解けていた。

 【透明化】という個性のため、着用している衣服以外は全く見えない、透明だから故の積極的な存在アピールと、持ち前の明るさで、入学して半年も経てばクラスの中心的存在となっていた。

 だが、そんないつも明るく、悩みなどないように見える彼女にも、2年生になって悩みできた。

 透明でこそないが、どこか存在の薄い人間がいる。

 というか、人間なのかも怪しい人。

 1年生の時は同じクラスではないから見る事もなく、気にもならなかったが、2年に上がったクラス替えで同じクラスになった男。

 大抵は人じゃないような、なんとも言えない存在なのだが、ごく稀に普通だから余計に混乱する。

 下手をすれば透明な自分よりも希薄な男子生徒、間唯守が気になって仕方がなかった。

 

(なーんか変に見えるんだよね。ちょっと、後つけちゃお!)

 

 そんなノリで動くところも、葉隠透の人気のひとつであったが、今回は驚愕をすることとなる。

 学校ではハイかイイエ、ワカリマセンかスミマセンしか言わない、謎多きクラスメイトを下校後、ひたすらに追いかける。

 

(スニーキングミッションは私の専売特許!絶対にその正体を突き止める!!)

 

 心の中でそう思う今の葉隠は、生まれたままの状態。

 つまり、全裸であった。

 こうすれば、透明化できない衣服もなくなり完全な透明人間となり不可視となる。

 この状態であれば、尾行などお茶の子さいさいと思っていた。

 曲がり角を曲がり、人気の無い道へとどんどんと向かっていく唯守。

 なぜ、脇目も振らずこんなにも街の外れに向かうのか。

 

(これは、黒だね!さぁ!いったい何を隠しているの!間くん!)

 

 そうして、本当に誰もいない路地裏。

 というか、工場跡地の脇の通路に入っていくと、ボフンと軽い音を立てて、間唯守は突然その姿を消した。

 

「え?えぇーー!?」

 

 思わず声を出してしまうも、誰もいないため返事も無い。

 さっきまで唯守が歩いていた場所には、手のひら程のサイズである長方形の和紙が落ちており、中心には何で書いたのかはわからないが正方形が描かれている。

 

「え?なに、コレ?私、とんでもないもの見ちゃった……」

「とんでもないもの見てんのは俺だ!服着ろよ!」

「うわーーッ!?」

 

 今の私は完全に透明。

 見えるとしても手に持っているこの紙切れだけで、誰にも姿は見えていないハズ。

 それなのに服を着ろだなんて……

 背を向けて、自分の着物のような上着を手だけで差し出している。

 

「えっとー?もしかしてだけど見えてるの?そのー。私のこと?」

 

 背中を向けたままだけど、コクコクとうなづいているいるのはわかる。

 とたんに、私の体温が上がっていく。

 恥ずかしすぎる。

 誰にも見られる事のないインビジブルヒーローになる私に、とんだ天敵の登場だ。

 

「さっさと着てくれ」

 

 目を瞑ったままの彼に無理やりに被せられた服を着るも、普通に汗臭い。

 でも、正確に頭に被せてくるってことは本当に見えてるのかなぁー?

 

「めっちゃ汗臭ーい!」

「我慢しろ。自分の服はどこやったんだよ」

「ないよ。置いてきたから」

「………」

 

 目頭を押さえて俯いている彼に、突然チョップされた。

 

「アタッ!いきなりひどいよー!」

「はぁ……お前な。可愛い顔してんだからそんなんじゃ変質者以外にも攫われちまうぞ。今後はちゃんと服着て歩け。じゃあな」

 

 可愛い……顔?

 やばい。

 やっぱり見えてるんだ。

 

「イヤー!恥ずかしーーー!!」

 

 葉隠の絶叫が唯守も足速に去っていった、誰もいない廃工場に響き渡った。

 

 

 

 

 中学2年の夏。

 俺には悩みがあった。

 それは数ヶ月に一度と、極めて少ない頻度で行われる妖退治の話ではない。

 ついこの前に全裸で出会った、アイドル並みに可愛い美少女についてである。

 2,3ヶ月に一度くらいは流石に学校に自ら行くようにはしているのだが、あの美少女はなんとクラスメイトであった。

 あの時は裸だったために制服も着てないし、俺自身が学校に行くことなどないので、今日の今日まで気づかなかった。

 目の前で仁王立ちをしている葉隠透を見ながら、なぜこうなったのかを思い出す。

 

 随分と久しぶりに学校へ行ったものの、式神の時と大差のないように誰とも会話を繰り広げる事なくボッチでいる。

 数ヶ月分の遅れを取り戻すために授業には集中するものの、休み時間は一人延々と式神を作り続けていたのだが、その作業を突如中断させられたのだ。

 

「間くん!ちょっといいかな!?」

 

 綺麗な顔を僅かに赤くした葉隠に、突如話しかけられた。

 ビクリと身体を震わせて、式神用の札を隠しながら顔を上げると、周りの目は完全に俺を向いている。

 おいヤメロ。

 俺は目立ちたくないんだ。

 響香が引越してから、俺にこびりつけられていた美少女と仲良い奴のポジションが戻ってくるじゃないかと心の中で叫びつつも、顔にはなんとか出さなかった。

 

「なに?」

「……もー!来て!!」

 

 手を引かれて教室を出る時、俺を見るクラスメイト達の視線からは困惑が見てとれた。

 無理やり連れてこられたのは、学校の屋上。

 そこで、今に至る。

 

「ほんっとーに私のこと見えてるの?」

「あぁ。少し妙な感じはするけど普通に見えるぞ?」

 

 ガーン!という音がどこかから聞こえてくるほどに大きなリアクションをとる葉隠は頭を抱えている。

 質問の意図はわかる。

 なにかの個性なのだろうが、俺の眼には確かに葉隠の姿は見えている。

 どことなく、結界越しに見ているような妙な感じはするが。

 

「ん?なんかまずいのか?」

 

 俺の質問に答える事もなく、項垂れていたのだが、ガバリと起き上がると両肩を勢いよく掴まれた。

 

「私は透明人間なの!今まで誰にも見られた事なかったのにー!間くんみたいな人がいるなら、私裸見られまくりだし…もっといるなら、この個性でもヒーローになれないかもしれないじゃん…」

 

 尻すぼみにだんだんと声を小さくしていく葉隠は、その身体すらも小さくなってしまったと錯覚するほどに落ち込んでいる。

 こういう時、なんと言えばいいのかはコミュ力の低い俺にはわからないので苦手なんだけど…

 

「俺の先祖は超常が発生する前から、代々目に見えない異能を狩る仕事をしてたから。今で言う個性ってやつも俺の目は過敏に反応して見えちゃうんだよ」

「それじゃ間くん以外にもいっぱいいるってことじゃん!」

 

 あ。

 たぶんなんか間違えた。

 響香もたまに怒る時あったけど、上手く宥めるのは難しい。

 というか、俺っていま怒られているのだろうか。

 この落ち込みようだし、俺も裸でうろつかれるのも嫌だから仕方ない。

 少し修行の効率は落ちるが、助け船を出そう。

 

「今日、俺んち来るか?」

「急になんで!?身体で慰めるってこと?裸見たからって、私そんなんじゃないからねー!もーー!」

 

 あぁ。

 次は色々と間違えた。

 確かに言葉足らずだったのは認めよう。

 いくら多感な中2だからといって、俺にはそっちの度胸はない。

 響香が引越してからというもの、ジジイ以外との会話が無い俺は人との接し方を忘れてしまったようだ。

 

「悪い。そういう意味じゃない。葉隠も見たから言うけど、式神とは別に、異能を道具に付与する(まじな)い、呪刻(じゅこく)の記述も読んだ覚えがある。上手くいけば葉隠の服も透過させられるから、少なくとも、裸は見られなくて済むだろ?」

「え?そんなことできるのー!?じゃあ、私が触れたもの皆透明にも……」

 

 怒った顔からパァァァという音が聞こえてくるような笑顔に変わり、ブンブンと手を振る葉隠は普通に可愛い。

 響香はクールで綺麗可愛い感じだけど、葉隠は動きがいちいち大きいから愛らしい可愛さがある。

 女の子観察はこのくらいにして、あくまで可能性だし俺の欲しい力では無いから正直あまりちゃんと読み込んではいないので、釘は刺しておこう。

 

「触れたもの以前に、そもそもできるかどうかはまだわかんないけどな。それにさ、みんなに見えてないなら、俺とだけは連携とれるんだし、選択肢もやれる事も広がるだろ?」

「あ!確かにそーかも! って、間くんもヒーローになりたいの?」

「ん。まぁ一応」

 

 約束も、あるしな。

 

『ウチ、高校は雄英受ける。そんで受かるから。

 いや、だから……唯守もそうしてってこと。

 そんな顔してもダメ。もう約束したから。

 だから、絶対3年後に雄英で会おうね。

 うるさいなー。ヒーロー志望なんでしょ?

 じゃあ、もー約束したから』

 

 うん、無理矢理だった気はするけど、最終的にはうなずいたんだ。

 俺だけ落ちたら気マズイし3年になったら、少しは勉強しよう。

 葉隠は、ほーほーと妙な視線を向けて来たが、コロコロと表情の変わるこの子は、次は楽しそうに質問を投げかけて…いや、投げ続けてくる。

 

「ねーねー!まじないって他にもいっぱいあるの?あのボフンッ!って消えちゃったの…式神だっけ?あれも私にもできるかなー?

 あ。そう言えば間くんちってどのへん?」

 

 さっきまで落ち込んでいたのはどこへいったのやら。

 笑顔と元気を撒き散らす葉隠が、やけに可愛く見えた。



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4話 唯守の野望

 

 

 間唯守14歳、中学3年生。

 

 妖の現れる頻度は数ヶ月に一度程だったのだが、それも急激に増えたのが中学3年に上がった時だった。

 その頃は、学校に通うこともほぼなく、ひたすらに狩りに精を出す毎日を過ごしていた。

 妖が出る間、ジジイから夜は一緒に見廻りに出ろとの事で何百年ぶりに結界師としての仕事をしていた。

 あぁ見えて、個性使用の許されたヒーロー免許を持っていたと言うのだから驚きだ。

 それであっても、たかだか中学生である俺を一緒に連れ出すと言うのはどうかと思うが、ジジイの中では、幼少期から扱かれてきた事を考えても、ヒーローよりも結界師としての使命の方が大事と言う事だろう。

 いつ現れるともわからない妖のため、と言われていたのでやる気も完全に薄れていたのだが、今は俺もやる気十分。

 22代目によって一つとなった墨村家と雪村家の方印が重ねられた、正方形二つを合わせた八芒星が描かれた戦装束に身を包み、夜の街を飛び回り、練磨した術を試せる事にテンションが上がっていた。

 俺よりも、完全にジジイの方が浮かれ、張り切っていたような気はしたが。

 学生でありながら、こうして実戦経験が積めるのはお得だったし、幸いにも人に寄生するタイプはあの一回きりだったようで、そうでない限りは、滅却する事になんの躊躇もない格好の相手。

 あの時の手のひらくらいの蟲から、人くらいの妖怪のようなものまで。

 姿形は様々で、どこかで見たことあるような化物から、どこでも見たことないような化物までいたが、いずれも知能は低いようで、今のところあの日のような苦戦を強いられた事もない。

 

 何度かオツトメ、と言えとジジイがうるさいのだが、妖を狩っていくうちにわかってきたことがある。

 あれらは全て霊体であり、元は生きていたなにかだという事。

 悪霊とも言えるのか、禍々しい呪力や妖気といえるようなものに取り憑かれ、変化したのが今の妖。

 はなから妖として生まれたものもどこかにはいるのかもしれないが、今のところは、それが居たとは思えない。

 過去の時代では、強い力を持った妖として生まれた何かが、土地神や主と呼ばれていたのだろうか?

 それとも、土地神や主から派生した何かが、妖として暴れていたのだろうか?

 昔の書物はさも当然に存在しているように書いてあるので、当時当たり前だったであろう、なぜいるのかという説明は全く書かれていない。

 だが、呪刻の書物を探しているときに、良い物を見つけた。

 それは、正統継承者ではなかった、方印の出なかった者の手記。

 手記といっても、ほとんど日記みたいなもので、方印が浮かんだ正当継承者とは違い、あまり力を持っていなかった、妖もぼんやりとしか見ることのできない自分を卑下するような内容も見て取れるが、実際今の俺にはその視点すらも上なのでちょうどよく、その丁寧な手記を細部まで読み解くのが最近の日課になっている。

 色々と、手記の内容と今の状況を照らし合わせ、それぞれ合っている点と合っていない点を考察していくも、残念ながら今のところ昔は普通にいたらしい、通常の人間霊すら見たことは無く、悪意のあるものにしか出会ったことはなかった。

 土地が力を失い、土地神や、それに近いクラスの位の高い妖は消え、異能が身体を調べればわかると言うほどにポピュラーになったことにより、呪力や妖気が失われた結果なのか、と考えていたがあっているかはわからないし、調べる術もない。

 昔と今で、何がいったい違うのか、妖が復活した理由はなんなのか。

 そんな事を考えながら、滅した妖に向けて天穴を開いた。

 

 

 

 

 朝は鍛錬に、昼は学校かこれまた鍛錬に。

 夕方から夜にかけては寝るという生活をしばらく続けていたのだが、何故かパタリと妖の出現は無くなった。

 もう3ヶ月は見ておらず、そろそろ梅雨も終わる頃。

 ほんの2か月間と少しの間であったが、俺の結界師としての仕事は早くも終わりを迎えたようで少し寂しい。

 理由はわからないが、自然に消えたとは思えない。

 ジジイも俺と同じ見解のようで、その訳を探りに行くと頻繁に家を開けるようになった。

 ジジイが自分の代わりにと家に置いていったのは高度で厄介な式神、ではなく通常の式神。

 たかだか単純操作用の呪力しか込められていない式神を出し抜くことなど、いとも容易いこと。

 これでまた快適な修行ライフが始まると思っていた。

 だと思っていたのだが、真に厄介なのは、都度都度家に派遣される事になった監視役。

 そいつのせいで、俺は学校に通わされるようになっていた。

 それは、俺があの日家に呼んで、まじないを教えた女の子。

 その時は、「我が一族に伝わる秘術を……ポンポンと他人に教えるでないわ!!たわけーー!!」と馬鹿みたいに怒鳴られ続けたが、彼女の持ち前のフレンドリーさと素直さで、時間はかかったもののジジイを籠絡した時、俺にだけサムズアップする彼女に魔性を見たのは秘密だ。

 

 

 

 

 気怠げに通学路を歩き、落ちてくる目蓋をこすりながら教室に入ると、まだあどけなさを残してはいるが、大人の階段を登り始めているような、初めて出会った時からさらに磨きのかかった美少女がこちらを見て、勢いよく立ち上がった。

 その様は子供らしく、その表情もまた、真面目な時とは打って変わって幼く見える。

 俺は2ヶ月に一回の登校ペースから、最低でも週一は登校するようになっていた。

 というのも、ジジイから任命された監視役を請け負った、このクラスメイトのせい。

 

「おっ!今日はちゃんとホンモノだー!」

 

 そう言ってパンパンと肩を叩いてくる。

 コイツがジジイに俺が式神を使って学校に行っていないことをバラシたせいで、学校には行けと言われるようになってしまったのだ。

 

「ちゃんと週一は来るようにしてるだろ?ジジイには毎日って言ってんだから、絶対言うなよ」

「わかってるってー」

「……今ですら、俺の快適な修行ライフを返して欲しいくらいだ」

「でもでも!私のおかげで雄英も見えるくらいの学力になったでしょ?」

 

 中2の時はうっかりテストだろうがなんだろうが、全て式神に行かせていたため俺の成績はズタボロだった。

 そのことを言っているのだろうが、あいにくこの本体の頭は意外かもしれないが出来は良い。

 

「それは式神にテストも受けさせてたからだし、もともと中3からは流石にテストぐらいは行くつもりだったよ」

「ほんとかなー。唯くんが頭いいイメージとか特にないし、そのままだと実技で受かっても学力で落ちちゃうと思ってね!」

 

 さっと顔の横で人刺し指を立て、さも自分の功績のように語る。

 失礼な奴だな。

 記憶力も理解力もいい方だと自負しているというのに。

 

「あっ!今日はウチにおいでよー!またケーキつくってっておかーさんも言ってたよ?」

「本当か?わかった。行こう」

 

 なんていいお母さんなんだ。

 ジジイのせいで、せんべいやらおかきばかりを出され続けて甘いものを抑制された生活を送っていた俺は、スイーツと言うものが大好きなのだ。

 初めてロックを聞いた時と、初めてチョコレートを食べた時。

 この二つが、14年とちょっと生きてきた俺の感動の二台巨頭である。

 彼女が頻繁にうちに来るようになってから、ある日逆に招待をされたのだが、その際手土産にと俺の作ったケーキを持っていたのだが、美味しそうに食べてくれた2人を思い出す。

 ジジイに隠れて作る時とは違っておおっぴらに調理ができるので、俺も俺で、その日以降はたまに葉隠家にお邪魔するようになっていた。

 

「じゃあ今日はウチで料理教室だー!」

「ん。材料買って行こう。今日こそ、デコレーションに挑戦だ」

 

 焼き菓子などの簡単なものからコツコツと始め、今はチーズケーキまで会得した。

 次こそは、ケーキをケーキたらしめる、デコレーションを施したホールケーキを、作り出してみせる。

 あぁ、想像しただけで幸せな気持ちになる。

 いつか、お菓子の家ならぬ、お菓子の城を作ってやろうという、とんでもなく幼い野望を抱いているのであった。

 

「うわー。ひどい顔してるよ」

 

 気づいたら拳を握り込み、頬を緩めて虚空を見つめていた事に気づく。

 全く、本当に失礼な奴だ。

 とはいえ少し浮かれていたのも事実であり、俺は放課後が楽しみになっていた。

 

 

 

 

「いつもありがとうね。唯守くん」

「いや、お礼を言うのはこっちですよ。こんだけ大っぴらに作れるなんて、家では考えられないですから」

 

 既に3年生ということもあり、多くの生徒が勉学に励んでいる。

 もちろん俺たちもそうなのだが、たまには息抜きも必要であると言い聞かせているし、実はこうしてたまに誘ってくれるのは正直ありがたい事だった。

 言った通り、ジジイは俺に何を期待しているのか、遊ぶことよりも修行だ鍛錬だのとうるさく、好きな事は家ではできない。

 そんな事を思いながらも、ウキウキと作業を進めていく。

 

 出来はいいはず。

 流石に初めてだったし、形は少し崩れたが、言った通り我が家ではコソコソとしかできないし、経験不足ながらにここまでできたのは上々、なはず。

 ただ、人様に出すには、形は絶対に重要だよなと、出来上がったばかりのケーキを見つめて少し肩を落としていたのだが、真横から声が聞こえた。

 

「お、おぉぉぉぉぉ!!すごーーい!」

 

 わきわきと両手を動かしながらこの微妙な失敗作を褒めてもらえるのは、素直に嬉しい。

 それに、ここまでリアクションしてくるともっと良いものを、と思ってしまうのは当然のことだと思う。

 

「いや、形が崩れちまった。次こそは、もっと上手くなる……!!」

 

 心からの言葉だったのだが、彼女はポンポンと肩を叩く。

 

「なんかさー唯くんって何にでも真面目だよねー。プルスウルトラだーって感じ!」

「プルス、ウルトラ…?」

 

 聴き慣れない言葉にハテナが浮かぶも、そんな俺の様子にコイツ正気か、という視線を向けてくる。

 

「雄英の資料見てないのー!?せっかく渡したのにぃ〜〜!!」

「え?あぁ、ごめん。普通に見てない」

「えぇーーー。そーいうとこだよ。ダメなとこ!」

 

 次はバシバシと肩を叩かれていると、リビングから明るい声が聞こえた。

 

「透ちゃん、唯守くん、どうかしたの?」

「なんでもないですよ。できはしたんですけど、ちょっと形が悪くなっちゃって……」

「そんなことないよ。綺麗じゃない」

 

 そう言って、笑顔でパンッと手を叩く、中学3年生の娘がいるとは思えない可愛らしい顔と仕草に、似た者親子だなと思った。

 

 小さなホールケーキだったので、4等分して一つはお父さん用とのこと。

 その切り分けたケーキも食べ終えて、今は葉隠家のリビングで、お母さんの出してもらった紅茶の残りを飲んでいた。

 

「でもさ、こんな美味しいのに、もったいないよねー。うちでしか作れないなんて。唯くんの手作りケーキ食べたことあるのも、私とおかーさんだけ?あ、茂守さんは流石に一口くらいは食べてるか」

「いや、ジジイは食べなかった。と言うか作ったことにキレてきたけど、食べてくれたのは、母さんと、もう一人いるよ」

「ありゃ?家族以外でも私が初めてじゃなかったんだ」

 

 なぜか少しガッカリとした様子。

 そんな娘を見てニコニコと笑っているお母さん。

 

「うまいって言ってくれたのは、"透"がはじめてだけどな。家族より先に、初めて食べてくれたやつはマズイって笑ってたから」

 

 そう言えばそうだったな。

 小三の時だったっけ。

 響香の家で、コッソリ作った生クリームの小さなケーキ。

 一口めで即マズイと言われた時は少しだけムッとしたが、あの笑ってる顔が頭から離れなくて、そんで、確かにマズかったから仕方ない。

 もうすぐ、三年経つな。

 俺さ、なかなかに腕をあげたぞ。

 無理やりさせられた約束だけど、案外響香の方が忘れてたりして。

 

 

 

 

「ついに…ついにやった……やったったッ!! 唯くん唯くん!!」

 

 間家に通い始めて早1年。

 遂にこの日がやってきた!

 まじないだの、妖だの、呪力だの。

 初めは訳のわからない話をされたかと思ったけど、式神なんてゆーものを見せられたからには信じずにはいられない。

 それに、私の顔が、というか身体が見えてるというのは、今後を考えると、普通に恥ずかしすぎる。

 だから、遂にこのまじないが完成したことは本当に嬉しい。

 

「……どした?」

 

 私の感動とは打って変わって、なんという真顔。

 

「ちょっとちょっと!私の感動!!見てわかんないかなー?」

 

 目の前で、出来立てほやほやのまじない、呪刻に成功した服を着て私はくるくると回ってみせるのだが、この男、ほんとスイーツの前でしか笑顔を見せないなー。

 

「ん……おぉ。完成したんだな」

「………はぁ」

 

 唯くんにその手の期待を待つのはやめておこう。

 気の利いた言葉を言えるタイプじゃないのはもーわかってるし。

 

「呪力も安定してるようだし、数時間は持ちそうな感じか?」

「ふふふ。そのとーり!どうかな!?見て見てーー!」

 

 私は透明人間で誰にも見えないはずなのに、見て見てなんて、変な感じ。

 結局、茂守さんにも私は見えているそうだけど、ぼやけていて表情すらわからないとは言っていた。

 なんとか存在を認識することができる程度で、見た目からは性別すらもわからないと。

 それでも、茂守さんからも見えるって聞いた時は、やっぱりショックだった。

 けど、唯くんは最初から、もっと鮮明に見えていると言うにも関わらず……

 うーーーん、困った。

 私、変だ。

 今までずっと思ってきた、誰にも見られたくない、恥ずかしいという気持ち。

 そんな気持ちが、何故か唯くんにだけは思わなくなっていた。

 



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5話 競争

 

 

 いよいよ、雄英高校入試の日。

 もうすぐ三年経つが、約束通り本当にいるのかな。

 なんて、きっと今は大人っぽくなっているのであろう、記憶の中では未だ幼い幼馴染の事を、不規則に揺れる電車の中で考えていた。

 そもそも、ジジイには話せないでいた雄英入学の件。

 オツトメが落ち着いているとはいえ、家を出ると言ったら何というか。

 

 『結界師というのは、守るべき土地に縛られる』

 とは、最近ハマっている手記の一文で見た言葉。

 そんな土地に縛られた結界師の一族の縛られた鎖を引きちぎり、解き放ったはずなのに、22代目に関する話と、全ての始まりであるとされる開祖の話は、何故だかはわからないが全く残されていない。

 普通そこを残すだろうと思うが、開祖に至っては軽く1,000年は超える程昔の話。

 俺は400年も続いたらしい古いしきたりをぶち壊し、俺の先祖たちを縛り続けてきた烏森を封印した、名前しか知らない22代目が一体何をしたのか。

 それがずっと気になっていた。

 

 ただ、妖が再び発生してる現代(いま)

 規律だったり、昔ながらのしきたりなんかを重要視する、生まれた時代が違うのではないかと言えるジジイはきっとそうじゃない。

 母さんがあんなだからってのもあるとは思うけど、きっと俺への縛りはキツい気がする。

 そもそも、ジジイはヒーローの免許を取得しているが、ヒーローの資格を持っていない俺をオツトメに出す時点で、結界師としての務めはこのヒーロー社会に当てはまらない。

 なんて考えてそうで怖い。

 法を犯すのは俺でも、監督として何かしらの罰を受けるのはジジイだと言うのに。

 

 とはいえ、俺が受かると言う保証がないのでまだそれは想像でしかない。

 ヒーロー科最高峰である雄英の倍率は300倍を超えるらしいし、筆記はまぁ問題ないだろうけど、実技の方は何をするのかすらわからない。

 結界術自体はかなり応用が効くが、俺の個性は役に立つか立たないかはっきりわかれるから、こちらもまた油断はできない。

 そもそも、同年代の人間など透くらいしか知らないので、俺は強いのかすらもわからない。

 あれだけ鍛錬して弱いと言うことは無いと思いたいが、天才と呼ばれる者もいるだろうし、もしも並であったら泣ける、くらいの不安はわずかながらにもあった。

 だから、今はまぁ受かってから言えばいいか、くらいの気持ちでいた。

 そこでふと、隣に座る子は何を思っているのかと視線を向けると。

 モクモクとパンを齧りながらぼんやりと窓の外を眺めている透は緊張していないのか、緊張を隠しているのか、至って普段通りであった。

 

「なになにー?どーしたのー?緊張してるの?」

 

 どうやら視線に気づかれたよう。

 それに、いつもと変わらない明るい声。 

 そこに緊張は見て取れず、どこか大物感のある彼女と比べて、なんだか自分がちっぽけに思えてくる。

 

「まぁ、そうなのかも。俺、受かると思うか?」

 

 最後のパンの一欠片をゴクンと飲み込むと、勢いよく片手を突き上げた。

 

「緊張バッチこーーい!でしょ?それに、唯くんなら大丈夫大丈夫!」

 

 緊張すらも楽しんでいるのだろうか。

 自分も今から同じ試験受けるんだぞと思うも、パシパシと肩を叩いて笑っている。

 うーん。

 俺と仲良くするような女の子って、どうしてこうも魅力的なんだろう。

 人間力というか何というか。

 きっと、こういう人をヒーローと呼ぶんだろうな。

 

「バッチこい、ね。なるようになるか。死ぬわけでもないし」

 

 そう思えば、まぁいいや。

 約束は守れなかった事になるけど、それでもヒーローになる道なんかいくらでもあるだろ。

 妖の事は、俺が解決する。

 そんで、響香も、透も、誰も傷つかないように……

 

「うんうん!じゃあ、最後に筆記試験用におさらいでもしとく?私も呪力込め終わったから、これで実技はバッチこーーい!だよ!」

「筆記は俺は問題ないよ。透の苦手なとこしとくか」

 

 気づいているのかいないのか、既に俺を不安から救ってくれた、目の前で笑顔を浮かべる小さな可愛いヒーローに、心から感謝していた。

 が、小さく柔らかそうな、鮮やかで艶のあるいつもの唇は、パンからはみ出したであろうクリームで今は白くなっている。

 その様子に、視線は自ずと唇へと向いていく。

 そして、透はそんな俺の視線にすぐに気づいたみたいで、手をパタパタと振りはじめた。

 

「なになに!?何かついてる!?シルエットわかっちゃうからやだー!」

「ぷっ。 ちょっと、動くなって。取ってやるから」

 

 別に、俺にはシルエットどころか、全部見えているんだけどと、思わず少し吹き出してしまったが、その口につけたクリームをそっと拭ってやった。

 

 

 

 

 雄英が近づくにつれて、ずっとキョロキョロしてるなー。

 雄英で会おうって約束したって言う、噂の幼なじみを探してるのかな?

 唯くんの幼なじみか……どんな人なんだろ。

 そういえば、男の子か女の子かも聞いてないや。

 

「幼なじみの子探してるんだよね?どんな人なのー?私も探したげるよ!」

 

 無意識に避けてた幼なじみの子の話。

 唯くん自身、自分のことあんまり話さないし、私以外とも必要最低限の会話しかしてないし、どんな人が唯くんと仲良くしていたのかなんて、全然わかんない。

 だけど、もしも女の子だったら……

 

「いや、いいよ。雄英で会おうって言われたけど、それは受かったらって事だと思うし。

 受かんなかったら、きっと会わない」

 

 私の思考を打ち切るようにそう言って、テクテクと校門の方へと歩いていく。

 話したくないわけじゃないんだろうけど。

 "あの"唯くんをして自分よりも強いと言わしめるその子が気になる。

 駅からずっとそうだけど、周りは受験生ばかりで埋め尽くされており、制服である学ランを着た唯くんも、ブレザーを着た私も、似たような格好の人たちに埋れているみたいだ。

 そりゃーそっか。

 今年の倍率も例に漏れず300倍以上って言ってたし、10,000人はここに来るんだ。

 そんな簡単には、会わないか。

 なぜだかホッとしてる気がするけど…うぅ〜〜わかんない! 

 悶々として立ち止まった私の横を、どんどんと人の波が通り過ぎて行き、置いてけぼりになってしまったんじゃないかと、パッと顔をあげたら。

 

「ん?一緒に行かないのか?」

 

 私の目を見つめて、待ってくれていた。

 小さい頃によく言われる、自分の気持ちを伝えるための会話の基本。

 

『人と話す時は目を見て話しましょう』

 

 私はできるけど、みんな私にはできない。

 だから、私のクラスの担任だけは、チラリと私の顔の何処かを見ながら、慌てたように一文を付け加える。

 

『おっと…ただ、必ずしもしなければいけないわけじゃないからな!』

 

 だから、いつからか私は身振り手振りも含めて自分の気持ちが伝わるよう大袈裟に表現することが自然になっていた。

 でも、今振り向いて私を待つこの人だけは、いつも私の目を見てくれてる。

 今は、不思議そうな、すこしだけ心配が混ざったような目をしていた。

 確かに、この方が気持ち伝わるね。

 

「うんん!一緒に行こー!」

 

 これからも、一緒にいたいな。

 今のとこ、世界で唯一本当の私を見つめることができる唯くんと。

 再度気を引き締めよう。

 唯くんならきっと、筆記でも実技でも、確実に合格ラインを超えてくる。

 私も、頑張らないとだ。

 

 

 

 

 案内通りに進んだところで、受験番号の書かれた席へと向かう。

 連番だからか、隣にいるのはもはや安定の透。

 

「私E会場だって!唯くんは?」

 

 距離が近い。

 いつもの事だが、俺がそう思うんだから他の奴もそう思ってるだろうと思う。

 すごく、視線を感じる。

 彼女連れで来るな、など色々聞こえるし鬱陶しいな……

 と、思っていたらなんか遠くで眼鏡が騒いでおり、縮毛の子がなんだと言ってる。

 10,000人はいるこのバカっ広い講堂全てに、マイク無しでは流石に声は届かない。

 けど、そうして注目を集めてくれたおかげでこの鬱陶しい視線からも解放されたので、グッド!縮毛!

 心の中でペコペコしている緑頭に拍手を送りながらも、透の質問に返しておく。

 

「俺はK。連番だと協力とか共謀とかするかもだし、わざとズラしてるのかもな」

 

 Kか、目の前で馬鹿でかい声で喋るプレゼントマイクの後ろのビジョンには、現在地から伸びる12個の会場。

 約1,000人づつに分けられるってことかな。

 やる事は、この資料に書かれている通り、ロボット退治。

 ポイントにならない邪魔なキャラもいるらしい。

 ばーーーっと説明を終えて、最後に、校訓だと言って、聞いたことのある言葉で締め括られた。

 

『Plus Ultra!! それでは皆、良い受難を!!』

 

 その後、それぞれの会場にわかれるために移動を始め、透と別れる事となった。

 

「よーしっ!がんばろーね!」

「ん。じゃあまた後でな」

 

 やったんぞ。試験バッチこい。

 心の中で、そう思いながらもKと書かれた案内板に従い、会場へと向かった。

 

 なんか、みんなスゲー服着てんな。

 会場に入る前、更衣室へと案内されたのだが、ジャージに着替えて会場前へ行くと、どうやら一番乗りだったらしく待っていたのだが、続々と現れる奴らに少し驚く。

 ド派手な奴らばっかりだ。

 ドリルみたいな頭したやつは真っ赤な服着てるし、ケバい格好したドギツイギャルみたいなのまでいる。

 一通り周りを観察していると、隣で立ち止まった大男が緊張しているのか、えらい深呼吸してた。

 

「………」

「……よし。 よし。 やるぞ。

 俺はシュガーマン……雄英で、ヒーローに……」

 

 自己暗示?

 ぶつぶつと呟く、真っ黄色なジャージに身を包んだ唇の分厚い大柄な男。

 シュガーマンってなに?

 と思うが、よく考えたら自分で考えたヒーロー名か。

 そー言えば、俺も小さい頃は開祖ぶって『俺が時守だー!』なんて響香に名乗ってたっけか。

 

 そんなシュガーマンを横目に見ていると、どこからか声が聞こえた気がする。

 自分の心の声じゃない。

 誰かの心の声が脳内で、これでもかと言うほどに重く響き渡る。

 こいつを越えなければ、キャラが被ってしまうと。

 

 俺はこの生存競争に勝たなければならない。

 まさかこんなにもすぐ、受難がやって来るとはな。

 上等だ……!

 Plus Ultraだろ、超えてやらぁ!

 悪いが、勝つのは俺だぞシュガーマン。

 雄英高校ヒーロー科、新一年生のシュガーラブは、俺だけで充分だ!!

 

 誰にも知られる事はないが、名も知らぬ隣の黄色い巨漢には絶対に負けないとやる気を燃やす。

 やったんぞ!

 と、身体を巡る呪力を意識したところで、アナウンスが響き渡った。

 

『ハイ、スタートー』

 

 意地が悪い。

 周りを気にしていたらしい他の奴らは全員が止まっている。

 一番に待っていた俺はそんな観察などとっくに終えている。

 どうやら、俺だけが行動に移っているようだ。

 スタートは、俺の勝ちだぞ!シュガーマン!!

 右手を振り上げて、足元に結界を生成し、空高く伸ばす。

 

「結!!」

 

 上空から見下ろした方が速い。

 まずは速攻で、一体狩る。

 上空を結界伝いに飛びながら、またもデカイ声が響く。

 

『どうしたぁ!?実戦じゃカウントなんざねえんだよ!!走れ走れぇ!!』

 

 その通り。

 妖も突然襲って来るんだ。

 実戦にゃカウントなんてない。

 

「みっけ」

 

 発見から即殺。

 初めて視界に入ったロボを即方囲し、そのまま定礎。

 流れる様に右腕を振り上げ、生成から直ぐに滅却まで持っていく。

 

「結!! 滅!!」

 

 何か仕掛けがあるかはわからない。

 硬い妖は一度じゃ倒せない。

 このロボはどうだと、ひとまずこの程度の結界で滅する事ができるのかを試したのだが。

 

「ガ…ガガ…ブッコロ…ブッ……」

 

 あれ、これでいいんだ。

 どうやら一発で良かったらしく、見た目と違って脆いみたいだ。

 呪力を練り上げ、視界に入る全てのロボを捉える。

 動きも遅いし、これじゃいい的だな。

 だが、邪魔なギミックとやらがいつ邪魔をしに来るのかわからないし、さっさと終わらそう。

 片っ端から……

 

「けーーーーつ!!」

 

 威力が落ちるギリギリの数。

 20体くらいを結界で囲う。

 

「滅!!」

 

 スタート地点の側はすぐに狩り尽くし、その後も上空を適当に移動しながら、同じようにひたすらに滅して数分。

 目に付くロボもいなくなったからか、受験生たちも動くのをやめている。

 そして、なぜか空を見上げ始めているが、その視線は結界に立つ俺へと集まっていた。

 なんで動かない?

 ビルん中にも隠れてんじゃないのか?

 もしかして、この試験には俺の知らない罠が……ッ!!

 

 気配が群がるのを感じた時にはもう遅かった。

 この目で捉えているのはその影のみ。

 速すぎだろ……

 この速度で迫られたら、結界はもちろんの事、攻め手によるが個性も仕込んでいなかったため間に合わない。

 資料と全然違うし、ロボですらない。

 シークレットお邪魔ギミックをぶっ倒すのが、本当の試験?

 今思えば、何体いたのかは知らないが、試験時間を考えたらここまで飛ばす必要はなかったよなー。

 だからみんな、あんなゆっくりと様子を伺ってたのか。

 最初から全開で飛ばしてた俺が、ただ一人ひっかかったマヌケだったんだな。

 

 ── 完敗だよ。

 お前が……真の、シュガーマンだ。

 

 響香とのを約束したあの日。

 透とまじないの構成を考えたり、勉強した日々。

 走馬灯のように思い出す。

 響香も、透も、たぶん引っかかってねーんだろーな。

 つっても既に間に合わないんだし、まぁしょーがないか。

 と、完全に開き直ったのだが、未だに攻撃が来ないのは、なんで?

 不思議に思う俺の側には、盛り上がった地面の上に立つ二人の男女。

 下には、大地に手を置く四角い灰色の、人?

 なにこの状況?

 

「こんな奴もいるんだから、この入試はまったく合理性に欠く……ん?お前まさか、それは個性じゃないのか……?」

「……あなた、一回きなさい」

 

 ん?

 来いって、なに?

 アレ……これで終わり?

 

 俺の雄英高校ヒーロー科実技試験は、開始からわずか数分で、強制的に終わりを迎えた。

 



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6話 予想外

 

 

 やれる事は、やった。

 ポイントもそれなりに稼いだし、他の人の動きを見てた限りはいけてるはず。

 うん、筆記もきっと大丈夫。

 結局、一度もそれらしい人は見かけなかったけど、唯守、来てたのかな。

 ウチの記憶の中では12歳で止まっているので、どんな風に成長しているのかはわからないけど、きっとその本質は変わってないと思う。

 振る舞いだけはしっかりしてる癖に、本当はどこか抜けてる幼なじみの姿を無意識に探してる自分がいた。

 もしかして、約束忘れてたりして……

 またヒーローに飽きてるかもしれないし、妖退治に、間家の、結界師の事で忙しいのかもしれない。

 そーだったらそーだったで、仕方ない、よね。

 なんて、合格したら会うって決めてたんだ。

 もう帰ろ。

 

 そう思い、立ち上がった時には、既に誰も居なくなっていた更衣室。

 考えすぎていたと少し恥ずかしい気持ちになりながらも、外へと出た。

 

 やたらと広い校内の遊歩道を歩いていると、なんか放心してる人とか、泣いてる人多いけど…自己採点でダメだったのかな。

 すると、不思議な光景が目の前で繰り広げられていた。

 

「あのーK会場の人?猫っ毛で目がぱっちりしてて、ケツケツ叫ぶ男子見なかったー?」

 

 なにあれ……

 制服が、喋ってる……?

 透明の個性かな。

 ウチの前で、放心している黄色いジャージの男子に話しかけてるみたいだけど、その質問の内容が、必要以上にこの耳に入ってくる。

 それに、ケツケツ叫ぶって、知り合いにもいたな。

 はたから聞いたら、ただの変質者なのがウケる。

 

「……緑色した半透明な箱作る個性のやつだろ…」

「うんうん!ずっと待ってるんだけど、全然出てこなくて。まだ中にいたー?」

「そいつだったら、ミッドナイトと、雄英の先生に連れてかれたよ。K会場は、アイツ一人が合格だよ、きっと……」

 

 ……緑色した箱、結界の事だよね。

 さっき話してた特徴といい、まんま唯守じゃん。

 それに、この透明の子が着てるのは見たことのある制服。

 ウチが引っ越す前に住んでいたところからも近い、街でも見慣れていた毛糸中の制服だし、完全にそうだよね。

 そっか……来てたんだ……

 

 って、それにしても唯守一人が合格って、一体何をしでかしたんだろ。

 気になる事ばっかりで、帰路についていたはずの足は自ずと止まっていた。

 

「えーーー!?一体、何したの!?」

 

 うんうん。

 ウチもそれは知りたい。

 聞き逃すまいと、自身の耳たぶから伸びるイヤホンジャックをコッソリと二人の方へと近づけておく。

 

「アイツがいる間、誰も、1Pもとれなかった。それが理由だよ。アイツがいなくなって初めて、ようやくみんなポイントを取り始めたんだけど、あんなの見せつけられた後じゃあな… 俺だって落ち込んでるんだから、もういいか……?」

 

 透明の子も驚いてるようで、またも「えーーー!?」と両手をあげているみたい。

 そりゃーそうだよね。

 アイツ、一体どんだけ強くなってんだろ。

 しかもそんなメチャクチャな事するなんて、同じ会場じゃなくて良かったと内心で思いながらも、とぼとぼと歩き始めたプロレスラーみたいな見た目してる割に優しそうな男子に、少しだけ同情する。

 でも、入学試験でみんな合格!

 ってわけにもいくわけないし、競争なんだから、仕方ないよね。

 

「あっ!そうだよねー、ごめんね。それと、教えてくれてありがとー!」

 

 表情も手も見えないけど、パタパタと動く制服の動きと声で感情が伝わる。

 きっと、素直で優しい良い子なんだろうな。

 顔もわからない透明なこの子は、唯守と仲良いのかな?

 

 

 

 

「それじゃあ、しばらくここで待っていてちょうだい。試験はまだ終わっていないからもう少しかかるけど、また別の者が来るわ」

 

 目の前には、顔色ひとつ変えていない受験生。

 まさか市街地Kに配置されていた仮想敵であるロボットを一人で殲滅してしまう中学生がいるとは思いもしなかった。

 まるで、推薦入試でその力を見事に見せつけた、あの夜嵐イナサのような広域殲滅力の高さ。

 見ていた限り、広範囲且つピンポイント攻撃が可能で、更に自身の足場を作り出すこともできていた。

 と言う事は、箱という形状からしても、防御にも回せるのであろう、使い勝手の良い攻防一体の個性。

 それでいて、市街地へのダメージもゼロというのだから、彼自身の技量の高さも伺える。

 あのままじゃあ、本当に他の子の試験にならないから連れ出したけど、イレイザーが"消せなかった"のが気になる。

 しかも、時折報告の上がる正体不明の"青い箱"の個性の特徴とも一致しているようにも見えた。

 消せない個性なのか、それともアレは個性じゃないのか。

 

「わかりました。座ってていいですか?」

「えぇ、くつろいでいてかまわないわよ。それじゃあね」

 

 脳内に浮かぶ疑問の答えが気になりつつも、ミッドナイトは部屋を後にした。

 

 

 

 

「それで、俺はなんで呼ばれたんですか?」

 

「それはね!君がいると、他の子の試験にならないからなのさ!」

「…はぁ、そうだったんですか」

 

 なんだか甲高い声で喋る、小柄で片方の目に傷の入ったネズミ男。

 妖に、こんなのいたような気がするなと、失礼な事が頭に浮かぶもそれを振り払う。

 というか、あの時は嵌められたと思っていたけど、この口ぶりからすると、違うのか?

 

「申し訳ないんだけどね。君の"個性"があれ程とは思っていなかったのさ!あ、もちろん君のポイントにはちゃんと加算しておくけど、君のやる気を途中で中断させてしまった事、どうか許して欲しい」

 

 俺の様な一受験生如きに深々と頭を下げているのは好意的に映った。

 急に部屋に連れて行かれ、試験が終わるまで待っていなさいと言われ、しばらくして現れたのが、このネズミ。

 きっとこの入試の合否を決めるような立場の教師なんだろう。

 別に中断させられたことには特に怒りもないし、あの時すでに開き直って諦めていたので、それが聞けて逆に良かったと思っていた。

 が、なんだか含みを感じるのは気のせいか?

 

「全然、大丈夫です」

 

 この状況からするに実技はきっと合格点。

 全くの予想外だった。

 完全に落ちたと思っていたけど、これはなんとかなりそう。

 後は、筆記の点数次第だけど、手応えあったしこれは受かったか。

 とはいえ、もう考えるのはやめとこう。

 終わった事だし、後はなるようになるしかないし。

 なんて思っていると、まだ話は続くらしい。

 

「ところで、君の使っていた"個性"はすごいね」

「……どうも」

 

 うーん。

 変な含み感じるなぁ。

 個性じゃないけど、結界術の事は他人に言うとジジイにキレられるし、俺も未だ響香にしか話した事はない。

 

『この時代、本当に怖いモノは妖ではなく、悪意ある人間…… 例え耳郎の娘に悪気がなくとも、誰からどう広まるかわからん。結界術が個性でない事は、今後は誰にも言うな。わかったな』

 

 そう言ったジジイの言葉を思い出す。

 小さい頃に、響香に自分の個性と結界術の事を話した後。

 これでもかと言うほどに、怒鳴り怒られた後、最後にそう言った時のジジイの顔は、未だに覚えてる。

 透にバレたのは迂闊だったが、今思えば初対面のアイツをなんで助けてやろうと思ったんだろうか。

 まぁ、めちゃくちゃ可愛いしタイプではある。

 それに、一緒にいて楽しいし、そういえば最近は透の家でお菓子作りしてないな……

 いかん、考えが飛躍しすぎた。

 

 で、それから俺は自分の個性のことは話さないことにしていた。

 いちいち嘘つくのも嫌だし、後は周りが勝手に判断してくれる。

 透も式神だったり呪刻だったりも、呪刻の際に用いたような特殊な古い道具ありきだと思っているし、もちろん俺の結界も個性だと思ってる。

 ずっとそうして過ごしてきたのだ。

 さっきの良い意味でヤバイ格好した女性と一緒にいた、長髪の男性が呟いたセリフと関係あるのか?

 あの男の個性が、記憶を読むとかなんかな。

 だとしたら、もっとツッコんでくるか。

 

「ひとまず、話はこれで終わりなのさ。校長である僕が謝罪をするべきだと思ってね。時間を取らせた事も重ねて謝罪をするよ」

 

 そう言ってまたも頭を下げる。

 ん?

 てか、これが校長…?

 

「大丈夫ですよ」

「それじゃあ、後はこちらから郵送する通知書を待っていて欲しいのさ」

「わかりました。じゃあ、俺はもう大丈夫ですか?」

「あぁ。大丈夫なのさ。それじゃあ試験、お疲れ様」

「お疲れ様でした。失礼します」

 

 なんだかんだで割と待たされたし、透は終わってるよな。

 そういえば、どこで待ってんだろ。

 待ち合わせ場所を話していなかったことを思い出し、どーしたものかと廊下を歩いていると、茶髪のボブカットに、丸顔で赤いほっぺをした優しそうな顔した子がキョロキョロしながら歩いてる。

 なんだろうと思っていたら、声をかけられた。

 

「あのぉ……職員室の場所教えてもらえません?」

「ん?この先の突き当たりを左に行ったらあったよ」

 

 確かに、俺のいた部屋の隣にその看板があったのは見た。

 やたらとでかいドアだったから、よく覚えてる。

 

「広くてよーわからんやったけど、方向わりとあってたんや……ありがとうございます先輩!あ、まだ先輩ちゃうかった…すみません…」

 

 そういって頭を下げて言うお礼の前の呟きには激しく同意し、その後の少し照れた様な笑顔を浮かべての発言は、激しく間違いだ。

 

「先輩じゃなくて、俺も受験生。お互い受かったら、また会うかもね」

「あ、そーやったんだ。うん!お互い受かるいいねー!」

 

 ずいぶんと笑顔の似合う子だな。

 素でいることがさも当然のようなその様子は、非常に好意的で心地いい。

 もし受かったら、クラスメイトになるのかな。

 と思うが、お互い別の方向に用があるので、逆方向に向かおうとするも、そのまま別れる前に、一応聞いてみる事にした。

 

「あ、俺も聞いてみるんだけど、透明な子見なかった?」

「透明…あぁ!実技試験の会場出たとこで見たよー」

 

 結界使って空から行ければ楽なんだけど、それやると注意されて落とされそうだしな。

 とりあえず、会場の前まで戻るか。

 

「ありがと。そんじゃーね」

「うん!それじゃ!」

 

 気持ちよく答えてくれた丸顔の子へと軽く手を振り別れて、再度歩きはじめた。

 

 

 

 

 そう言えば待ち合わせ場所を決めていなかったのは痛かった。

 どこで待ってよう。

 筆記の時は、そのまま教室の外で待ってたから、それでいくならここだけど、鉄板は校門だよね。

 それにしても、まさか実技試験で先生に目をつけられるなんて思いもしなかった。

 結果として仲良くなるきっかけとなった日に、紙になっちゃった事を初め、流石は予想外の事をしでかす系男子。

 と、昔を思い出して、裸を見られていた事も思い出す。

 今思い出しても、それだけは本当に恥ずかしい。

 そんな恥ずかしい気持ちを押し込めて、とぼとぼと歩いていく黄色いジャージを着た人を見送り、校門の方へ向かおうかなと視線を動かせば、耳たぶが凄く長い子がいる。

 その、音に関する個性であろう耳たぶの先を、私の方へと向けて。

 

「えーっと、どーかした?」

「──っ!?」

 

 わー。

 すごい驚いてる。

 でも、なんかカッコイイ人だな。

 

「ど、どーもしないっ!」

 

 と思っていたのが、今は照れてるようで顔赤いし、少し震えてるし、耳たぶの先端までもユラユラと揺れてる姿はカワイイ。

 話、聞いてたのかな。

 なんで……あ。

 もしかして……

 

「唯くんの、幼なじみさん?」

 

 ピーーーンときた。

 私の直感が、絶対にそうだと告げている。

 目敏く動く私の瞳は、この子の荷物の少なさから地元の子だろうとも認識してる。

 だって、唯くんの幼なじみはここに引っ越したんだもんね。

 

「唯くん……それって唯守の事、だよね?」

 

 やっぱりそうだ!

 うーーーーん。

 なんとなく、女の子だろーなとは思っていたけど、予想外にかっこいい系の女の子だった。

 

「うん!私、唯くんと同じ中学の葉隠透!宜しくね!」

「ウチ、耳郎響香。 そっか……やっぱアイツも、来てたんだ…」

 

 嬉しそうに呟いた彼女が、すごく輝いて見える。

 幼なじみかー。

 私にはいないから、わかんないけど、なんかいいな。 

 って、そういえば!

 唯くんの幼なじみで唯くんよりも強いってことは〜。

 

「ねぇねぇ!耳郎さんは、私のこと見えてないよね!?」

「ハッ!?ちょ…!何急に!見えてないから!」

 

 あ、めっちゃ肩揺らしてた。

 目も合わないし、見えてないだろうなとは思ったけどやっぱり気になっていた。

 

「ごめんごめん!唯くんが見えるからさー。もしかして、耳郎さんにも見られてるんじゃないかと思って」

 

 それは本当に、ずっと思ってたこと。

 私が唯くんの幼なじみに会いたくなかったのも、もしかして、二人目の私が見える人なんじゃないかと不安になったから。

 でも、よかった〜。

 

「ハッ? それ個性、だよね? 個性無視して見えるとか、アイツどんだけ強くなってんの……」

「ねー。なんでか見られちゃうの。

 そもそも結界の"個性"ってすごい便利で強いし、耳郎さんに負けないってめちゃくちゃ頑張ってたからね!きっと、耳郎さんの記憶の中の唯くんよりも相当強いよー!」

 

 あれ?

 少し俯いてるけど、私何か変なこと言ったかな?

 

「結界の…"個性"ね。 そっか、ウチに負けないって言ってたんだ」

 

 思案するような顔から一点、少し嬉しそうに頬を緩めてる。

 よかったー。

 変なことは言ってなかったみたい。

 三年ぶり、なんだもんね。

 

「うんうん!私たち一緒に帰る約束してるから、唯くんも終わったら来ると思うけど、一緒に待とーよー?」

「ううん、ウチは帰るよ。会うなら、合格した後だし。もし落ちたら、もう会わない」

 

 この時の耳郎さんの言葉で、二人が幼い頃から培ってきたのだろう、繋がりみたいなものを感じた。

 堂々とした足取りで校門に向かっていく耳郎さんと別れ、実技会場のそばのベンチに腰かけている私。

 待ち合わせ場所決めてなかったし、もしかして校門でバッタリ会ってたりして。

 そんな事を考え始めて10分後。

 ようやく"校門側"の遊歩道から現れた唯くんに、話そうと思っていた耳郎さんの話は、なぜかできなかった。

 

 

 



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7話 落ちてきた!

 

 

 雄英の入試から一週間。

 俺宛の封筒をポストで見つけ、回収してコソコソと自室へと向かう。

 ようやく届いたそれの差出人は、雄英高校。

 ジジイの気配はないのでゆっくりと扉を閉めて、その封筒を開けると、中に入ってんのはメダルのような金属製の何か。

 なんだこりゃ、と思ったが、メダルはヴヴヴと音を立てて、映像が浮かび上がってきた。

 そうして空中に映し出されたのは、あの時見たネズミ男であった。

 

『やぁ!一週間ぶりだね!間くん!』

 

 どうも、と律儀に会釈をしながら思うが、ここにお金をかける必要があるのか?

 別に合否の連絡なんて書面だけで良いのにと思っている。

 

『君のことだから、合否くらい文体だけで良いのに、と思っているだろうことはわかるよ!』

 

 やるじゃないか、このネズミ男。

 たったあれだけの会話で俺のことをわずかながらにも理解しているようだ。

 入試に関してや、ヒーローについてあーじゃーこーじゃーと話をされて、ようやく結果を話してくれるらしい。

 

『じゃあ、結果の発表だね!実技試験の結果は、さっき説明したレスキューポイントこそないが、そこは合格ラインなのさ! 途中中断させてしまったから、これは認めざるを得ないね。けど、』

 

 やっぱり、やりすぎで止められたんだもんな。

 それで不合格だと言われたら流石に不合理だろと思う。

 他の受験生の個性、多数相手の処理に向いてねーんかな。

 あと、けどってなんだ。

 

『筆記の方はギリギリだったよ。ケアレスミスが目立っていたね』

 

 え……

 まさかの自信あった方。

 確かに、長時間机に座る事に慣れてないから、最後の方は集中力切れてたもんなぁ。

 ただ、ギリギリってことは……

 

『とはいえ、君は合格なのさ!』

 

 おぉー受かった!

 なんだか変に溜めるから焦ったじゃないか。

 とはいえ、これで高校も決まった。

 後は……うーん。

 どうしよ。

 俺で受かったんだし、きっと受かっているはず。

 お助けキャラを呼ぶとしよう。

 連絡用の式神を窓から飛ばし、戻ってくる事を待つことにした。

 

 

 

 

「おかーーーさーーーんっ!!」

 

 ドタドタと、我が娘ながらに騒がしい。

 2階の自室から駆け降りてきた娘は、笑顔はおそらく浮かべているのだろうと言う事はわかる。

 それはパタパタと手を振りながらだという事と、たった今、手を前に突き出した事で見て取れるから。

 

「私受かった!!雄英受かったよ!!」

 

 突き出した両の手は、きっとVサインを描いているに違いない。

 この子には才能があるし、夢のためにどれだけ頑張っていたかは、私が一番知っている。

 寂しくなるけど、まずは親の勤めを果たさなくちゃね。

 

「よかったわねー!おめでとーーー!」

 

 寂しくなる。

 そう思いながらも、娘を抱きしめて、大きくなったとあらためて実感する。

 私とあの人との間に生まれた最愛の娘の顔は、一度も見た事はない。

 でも、それは私達夫婦の両親と同じであり、私達もまた、両親が私たちを愛してくれたのと同様に、娘の事を愛している。

 私と同じように、幼稚園くらいの時は嫌がらせを受けたりして落ち込んでいるのを見た時は、親として胸が張り裂けそうになった。

 私も、あの人も味わったあの悲しい気持ち。

 でも、強いこの子はその個性をプラスに捉えて、楽しそうに学校生活を送れていたし、ヒーローになりたいと言う夢も、小さな頃から私たちに聞かせてくれていた。

 見た目など関係はないが、可愛く育っているというのには証人が一人いて、その子と出会ってからこの子は更に明るくなり、楽しそうに学校生活を謳歌している様子は見ていてこちらも嬉しくなるほどだった。

 だから、娘の友達にして唯一、私たちを見ることのできる彼の事が、少し気になっていた。

 

「唯守くんには、伝えたの?」

「まだだよー。唯くん携帯持ってないし、連絡手段がないから」

「あら、そうなのね。 でも…唯守くんは、どーだったのかしらね」

「受かってるよー!私より頭いいし、個性も凄いし!」

 

 まったく。

 自分よりも優秀だと話す時まで嬉しそう。

 でも、彼も受かっているのなら、娘は東京を離れて一人暮らしを始めても、寂しくはなさそうね。

 

「じゃあ、また唯守くんも連れてきなさい。お祝いにご馳走を振る舞うからね!」

 

 私の最愛の娘と、これからも仲良くしてあげてね。

 

 

 

 

「悪いな来てもらって。あ、透も合格したよな?」

「うん!"も"ってことはぁ…… 唯くんもだよね!?」

「ん。俺も合格。おめでと」

「ありがとー!おめでとー!やったー!」

 

 "鳥"から言われた通り、指定された近くのカフェに行くと唯くんが待っていた。

 突然、間家の印である八芒星が胸に描かれた黒い鳥がうちに現れたのには驚いたけど、その後に、その鳥が喋ったことにはもっと驚いた。

『主人からの伝言を伝えます。───』

 と、急に喋るものだから、思わず悲鳴をあげてしまった。

 そうして言われるままに、指定された場所であるここへ来て、今はゆっくりとココアを啜ってる。

 私がバラしちゃったからだけど、式神を独学で作っていた唯くんに、茂守さんがきちんとした作り方を教えたのだそう。

 とはいえ、連絡なんてもっと簡単な方法があるのに。

 

「携帯買わないのー?これを機に持ったら?茂守さんとも離れて暮らす事になるんだし、その方がずっと楽だと思うよ?」

「ん…使い方わかんないし、それより……」

 

 珍しくどもってるなー。

 ゴニョゴニョしてるというか…すごく、らしくない。

 

「その、ジジイの事なんだけどさ………」

 

・・・・・

 

「つまり、どうやって家を出る事を説得するのかって事?許してくれるよー唯くんの夢なんだし!」

 

 何を言い出すかと思えば。

 自分の孫なんだし、許してくれると思うけどなー。

 

「いや、一回言ったんだよ。そしたら、

 

『ワシらの務めを忘れたのか!このたわけ!!遥か昔よりこの地を守ってきたのだぞ!前までならともかく、今のこの事態の最中、何代も現れなかった正当継承者であるお前が家を出るなど言語道断!!ヒーローの免許などそこいらで取るのと大差ないわい!!』

 

 だって」

 

 あぁー。

 方印、だったっけ?

 不思議なアザが鎖骨にあるのは聞いたから知ってるけど、それは唯くんとは関係ないんじゃないのかな。

 間家のお家のことは、私にはわかんないけど。

 でも、せっかく一緒に高校行けるのに……協力しないと!

 

「じゃあ作戦を考えよう!」

 

 あーでもないこーでもないとアイデアを出していく。

 

①雄英の方がもっと強くなる事ができると説明する。

②おじいさんを信頼しているからこそと煽てる。

③孫の一生のお願いだと泣き落とす。

 

「私の場合は②に近かったかなー。

──あっ!心からだったよ!あの時は本当に、呪具ってすごいと思ったもん!」

 

 茂守さんに散々怒鳴られてる唯くんを横目にした後、数日かけて茂守さんと仲良くなったのはそんな感じで褒めちぎり、渋々貸してくれ、使い方も教えてくれるようになったのだった。

 だから、『あの時も自分の祖父を煽てるという感覚だったのか?嘘だろ?』という目を私に向けないでほしい。

 

「いけるかなぁ。まぁやるしかないか。最悪、無理やりにでも家を出てやろう」

「無理やりとか、黙ってはよくないよ。ちゃんと、納得してもらおうよー?」

「そーしたいけど、それがむずいんだよ。頭かったいから」

 

 その後も台本のように台詞を決めて、ようやく決心したのか、家に向かうこととなり、気になるし、もちろん私もついていくことにした。

 

 

 

 

「さて、どうしたものか」

「ここまできて何言ってるのー!?」

「そーはゆーけどな。ジジイの説教は長いし、面倒なんだぞ?」

 

 何度となく怒られてきた俺だからわかる。

 ほんっとーにめんどくさい。

 元来やる気が出たら倒れるまでやる派だが、出ない時はめっぽうサボる。

 わかりやすく言えばやる時にだけは、やる男。

 ただ、それが今じゃないんだよなー。

 

「さっきかららしくないよ!ドーンッと行こうよ!」

 

「はぁ。じゃあいくかドーンとな、ドーんッ!?」

 

ヒュルルルル………

 

「どーんと何か落ちて来て──」

 

 透も気づいたみたいだけど、もう、逃げるには遅い。

 けど、直撃コースではないか。

 

「結!!」

 

ドシャアァァァ……!!!

 

 なんだ、こりゃあ……

 巻き上がる砂塵も結界により防いではいるが、この奥に見える影の大きさと、形は明らかに…

 

「なんじゃあーーーーー!!?」

「は、はわわわわ……これって……」

 

 ジジイも大慌てで窓から飛び出し、大口開けてコイツを見ており、俺の横に立つ透も、わなわなと震えているみたい。

 

「「鬼ーーー!?」」

 

 二人して叫んでるし、俺より透の方がジジイとは合うよなー。

 落ちてきたのは、うちの無駄に広い庭に横たわる、赤黒く巨大な鬼。

 高位な妖は人語を解するとの記述はあった。

 人間なんかより、ずっと知恵もあると。

 鬼ってことは、たぶん話せるよな。

 あれ?

 そんなことより、一個おかしな事を見落としているような……あ!!

 

「透、お前見えてんのか?」

「うん。そりゃあもう。すんごいので視界を埋め尽くされてるよー」

 

 まるで普段通りのような口調で人差し指を立てて、『当たり前でしょ』みたいな顔してる。

 驚きすぎて逆に冷静になってるじゃねーか!

 というか、透も妖が見えると言うことに俺の方が驚いているが、今はこれをどうにかしないと。

 

「ジジイ。これ、どーすんだよ?」

「どーするって……鬼なんぞ、ワシも初めて見るわい!!」

 

 と、ほっといたままであった、倒れている鬼はその巨体をゆっくりと起こす。

 

【……その術は……貴様もあの女の……許さんぞ…!!】

 

「「──あの女?」」

「喋ったーーー!!?」

 

 俺とジジイはその一言に気づき、なんとなく状況を察して呆けており、透は人語を解した事に驚いているよう。

 鬼は俺と透を囲んでいる結界を見て、その怒りをあらわにしており、同時に振りあげられているのは、俺くらいある拳。

 結界で受け……無理。

 個性を……!!

 

ズンッ!!!

 

 あぁ、やっぱ俺の結界強度じゃやっぱ無理だわ。

 再度ブチ殴られてるけど、大丈夫。

 壊れることはない。

 3秒だけ、俺の結界は無敵だ。

 

「透、2秒後に左に飛べ!」

「へ!?いち、にっ!!!」

 

 ちょうど2秒後。

 俺の結界はバラバラに砕け散った。

 左の足元に結界を生成し、透が倒れ込んだ瞬間に縮めて距離を取らせる。

 

「わわっ!!」

「結!そんで、滅!!」

「唯守!!もっと力を込めんか!!」

「やってるって!」

 

 ジジイも結界を使ってはいるけど、傷はついているものの効いた様子はない。

 俺の結界なんか、ダメージ入ってんのか?

 かすり傷ひとつついてないんですけど。

 少し相手が動くだけで俺の結界は崩されるし、相手をするのも、足止めも無理。

 じゃあ。

 

「めーーーつ!!」

 

 庭の地面を大きく抉り、片足を落とした。

 とはいえ、稼げて数秒。

 個性は回復するけど、コイツ相手の使い道は3秒持たせるくらいしかないか。

 というか……犯人に目星はついてる。

 結界を見て反応し、『あの女』というワード。

 そんで、こんなバケモノをわざわざ我が家に落としてくる人間の心当たりは二人いるが、どっちも身内で、女性。

 すぐに来ないって事は、今はどっかで眺めてるんだろう。

 

「透、先に謝っとくわ」

「え?えーーー!?なにを!?」

「これ落としてきたの、たぶん俺の身内だ……」

 

 二人って言っても、可能性として考えられるのは……姉ちゃん。

 

時織(しおり)!!お前の仕業じゃろう!!なんとかせんかーーー!!」

 

【鬱陶しい人間どもが……我を……】

 

 呆れた俺と、怒鳴るジジイと、理解の追いついてない透。

 そして、目に見える程に妖力を高めてブチギレてる鬼。

 そんな全員を嘲笑うかのように、いつもの薄い笑みを浮かべたまま、記憶の中より大人になっている人が空から降りてくる。

 

「大きくなったわりには、まだまだねぇ。響香ちゃんは、個性が変わった?」

 

 俺らの方を見たまま、結界で鬼の頭、両腕、両足を固定して、さらに防音代わりであろう、うちの敷地ごと巨大な結界で囲っている。

 いつ生成したのかもわからない、ありえない生成のスピードと大きさ。

 俺とジジイの結界が全く効かなかったのに、動きを完全に封じられている鬼。

 鬼との力の差は、一瞬で見て取れた。

 我が姉ながらに思うが、相変わらずの怪物だなぁ。

 

「何を考えとるんじゃお前はーーー!?」

「これだけここに居ても力を増すことはない。これでわかったでしょ、オジイちゃん。この土地には、もう力なんてないのよ」

 

【人間風情が……】

 

「フフ。ごめんね連れ出してきて。もう、消えていいわよ」

 

 ボンッという軽い音と共に鬼のパーツだけでなく、身体全てが滅却され塵となる。

 なんで、囲ってないところまで?

 ただ、こいつはデカイし先にやるべきことをやろうか。

 

「「天穴!」」

 

 ジジイは槍の先端の手前が丸い円になっている呪具、『天穴』を使い、俺は両手で作り出した四角形の中へと塵を吸い込んでいき、鬼は完全に、塵すらも消え去った。

 

 

 

 

「よっし!!」

 

 小さく、自室でガッツポーズを決める。

 良かった!受かってた!

 ウチの会場がレベルが低いだけだったらどうしようという不安もあった。

 あの時盗み聞いた話の唯守のように、先生に止められるくらいの怪物が他の会場にウヨウヨいたら、という想像はあった。

 でも、ウチは受かった。

 だから、唯守も受かってるよね。

 三年前の約束通りだ。

 これで言い出しっぺのウチだけ落ちてたらハズすぎる事態。

 それだけは回避した。

 そして、会えるとわかった今は、一体どんな風に成長しているのかと、頭は勝手に働き出す。

 だが、なぜか思い浮かんでくるのはあの透明な子、葉隠透。

 唯くん唯くんと呼ぶくらい仲良いみたいだし。

 そりゃあウチだって中学で仲良くなった人くらいいるけど、ウチの事を響香って呼ぶ男子なんかいない。

 

 なんか、腹立ってきたな。

 頭の中の幼なじみは、チャラけた格好で女をはべらしているような姿で浮かび上がってくる。

 

「──ふん」

 

 取り敢えず、会ったら一度目は無視してやろ。

 

 そこで、まだ両親にも伝えていなかった事を思い出す。

 ひとまず、二人にも合格したって伝えとこ。

 両親のいるリビングへ向かおうと、てんてんと階段を降りる足取りは自分で思っている以上に軽い。

 

────早く、会いたいな。

 



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8話 間時織

 

 

 うーーーん。

 きまずーーーい。

 そもそも、何でこんな事に……

 

「………」

 

 茂守さんは目の前で黙ったまま腕を組んでる。

 流石の私も今回ばっかりは、ちょっと話し出せないなー。

 茂守さん以外のご家族の話は聞いたことない。

 そもそも、いつきても茂守さんしかお家にいないし……

 何か事情はあるんだろうとは思ってたから、私も特に聞くこともなかったのだけど。

 

 鬼を倒して、さっさと家の中へと入っていった時織さんと、怒鳴りながら後を追いかけた茂守さん。

 そして、私は唯くんに手を引かれて、今は和室の座布団に座っている。

 そんな謎な状況の中横をみると、唯一気心の知れている彼はなぜか立ち上がろうとしている。

 

 ちょっと!?どこ行くの!?

 

「俺、お茶入れてくるよ」

 

 そう言って、席を立った唯くんだけど……

 今私をひとりにしないでよ〜!!

 絶対違うでしょ〜!!

 私も連れてってと思ったが、ビックリしすぎて、完全にタイミングを逃した。

 私の縋るような視線も、心の叫びも全然伝わっていないようで、スッと出て行ってしまった……

 仕方がないので、私は個性を活かして完全に置き物に徹することにした。

 目の前にいるこの綺麗な人が、お姉さんだそう。

 腰まで真っ直ぐに伸びる、艶のある長い黒髪が頭の後ろでひとつ結びにされている。

 切れ長の眼に、薄い唇。

 その整いすぎている程の顔立ちと、消え入りそうな程に白い肌は少し冷たい印象もあるけど10人が10人皆美人だと答えるだろうくらい美人さん。

 薄く浮かべた笑みと、その身に纏うなんとも言えない空気がミステリアスな雰囲気を醸し出している。

 白い袈裟のような着物には間家の印である八芒星が、両胸と襟の後ろに描かれていた。

 唯くんがたまに着てるのの白いものだし、使っていたのは唯くんの緑色とは違って、茂守さんと同じ薄い青色をした結界の個性。

 雰囲気は全く似てない。

 顔つきも似てないはずなのに、どこか姉弟と言われてしっくりきてる気がするのは、なんでだろう。

 

「……何をしに戻ってきた?」

 

 茂守さんを誕生日席に、左側に時織さんで、何やら不穏な感じ。

 そして右手側に、誰も座っていない座布団と、一応個性を発動させて衣服すらも透明にしている私。

 呪力というのは、発動型の個性のような物という認識だ。

 異形系の私にその感覚はわからないので苦労したけど、この両腕のブレスレットの呪具に個性を込めれば、私が衣服だと認識している物であれば透明にできる。

 目指すはその先なんだけど、これは全然上手くいかない。

 と、完全透明状態で字面通りの対岸の火事をこの目で見ている。

 

「久々に帰ってきたのに、孫に冷たくない?」

「ぐぬぬ……ならば連絡くらい寄越してもいいだろうに……だが、お前が理由もなく帰ってきたわけじゃないだろう?」

「それはまぁ、だいたいわかったからかなぁ」

 

 久しぶりなんだし、もっと仲良く話したりしないのかな。

 茂守さんはめっちゃ怒ってるし。

 唯くんはいないし。

 この状況を作り出した人は、なんとも思ってないみたいだし。

 

 というか、『だいたいわかった』って、何?

 全然会話になってない気がする。

 ここの家族、みんな自由すぎなんだよ〜!!

 

「それより、響香ちゃんじゃないわよねぇ。貴女は誰なの?」

「は、葉隠透です!!唯守くんとは同じクラスで、その、色々教えてもらってて!」

 

 突然振られるからびっくりした。

 やっぱり、私の透明の個性、間家には通じないようで……落ち込む。

 でも、私を見るその眼……不思議な眼をしてるなぁ。

 

「そう。私は唯守の姉の時織」

「はい!あ、あのぉ…お姉さんは私のこと見えてますか?」

「そうねぇ。きれいな色をしてるわよ」

 

 色…?

 

「えぇ。"顔"はわからないわよ。存在は認識できているけどね」

 

 "私を"見る唯くんとは違って、”全て”を覗かれているような、見透かされているような。

 響香ちゃんって、耳郎さんと間違えてたって事は少なくとも3年以上は帰ってなかったんだ。

 

「それで、葉隠ちゃんは唯守の、友達?」

「あ、はい……友達、です」

 

 友達……うん。

 私たちは、友達だ。

 それ以上でも、以下でもない……

 そして、その後は微笑むだけで何も言わない。

 やめてー。

 全てを、心までも見透かされているようで、すごく精神を削られている気がするー。

 

「──姉ちゃん。何で帰ってきたんだ?」

 

 きた!唯くんきた!

 ようやく戻ってきてくれた!!

 これは嬉しい!

 これ程までに唯くんに助けを求めたことが過去にあっただろうか?

 いや、ない!!

 

「唯守、雄英行きたいんでしょ?受かったの?」

 

 安定の質問はスルーーー!!

 お姉さん、一際自由だなー。

 

「8年も前に飛び出したきり、一度も帰ってきとらん癖になにを……それに唯守は雄英になど行かせんわ!!」

「別にいいでしょ。この地に守るべきものはもう何もないわ。周りの妖力、呪力を取り込むことで大きくなるあの妖も、この地で特に変化はおきなかった。オジイちゃんも、それはわかったでしょう?」

 

 妖って、大昔の話じゃなかったの?

 唯くんも茂守さんも歯が立たなかった鬼を一方的に倒してたし、自分ちの庭に放り込んでくるし。

 時織さんってもしかしなくても、間家の中でも更に規格外なの?

 

「姉ちゃんが知ってるって事は、俺の式神届いてたの?」

「届いてないわよ。小さな呪力の残光を感じて、切れた式神の痕跡から判断しただけ。あんな雑なの使ってたらあんたの居場所なんてすぐに特定されちゃうわよ?しかも式神への命令の結果すらわかってなかったなんて……はぁ」

 

 笑顔だった唯くんだけど、溜息をつかれてちょっとムッとしてる。

 わかりやすく、へたっぴって言われたようなもんだもんねぇ。

 

「受かったし。俺だってなかなかやるだろ?まぁ、透も受かってるけど」

 

 まるで張り合うように自慢げなのは家族の、お姉さんの前だからかなー。

 でも、そんな唯くんを見るお姉さんの表情は全く変わらない。

 

「そう。でも予想以上に成長してない。私もしばらく日本にいるから、あんたを少し鍛えてあげる。明日は早くから出るから、支度しときなさい」

「ん?鍛える…?」

「勝手な事を……おい!待たんか!まだ話はおわっとりゃせんぞ!!」

 

 フワリと立ち上がった時織さんは、フフフと笑って茂守さんを見つめると、その視線を私へと移す。

 

「今はお客様がいるから。

 唯守。葉隠ちゃんを送ってあげなさいよ」

 

 気づけば、合格報告会から茂守さん籠絡作戦会へと移行して、鬼退治から最後にはなぜか間家の緊急家族会議に参加していた。

 

「凄い、お姉さんだねー」

「ごめんな。姉ちゃんは昔からぶっ飛んでてさ。なんたって中学で家出して、そのまま今日まで帰ってこなかったような人だし」

 

 今は家まで送ってくれる道中、何度も謝ってくる唯くんと別れてベッドに身を投げ出したところ。

 今日は怒涛だったー。

 時織さんは不思議な人だ。

 中学生になってすぐに家出して、8年も帰ってこなくて、今は21歳だそう。

 13歳の家出少女が海外に行ってたって、何をどーしたらそんなことになるのか。

 はぁ、すごく疲れた。

 

 そういえば、お母さんも連れきてって言ってたの、伝えるの忘れてた。

 それに、茂守さん籠絡作戦は始まってもないし、また計画も練らないとね。

 明日は出かけるみたいだし、明後日にでも言ってみよー。

 とにかく、今日は疲れたし、もう……寝てしまおう。

 

 ただ、私のそんな思いも虚しく、卒業式の前日まで唯くんが家に帰ってくる事はなかった。

 

 

 

 

 姉ちゃんが鬼を庭に落としてきた翌日。

 早朝に叩き起こされて、電車に乗ってお隣の千葉県へ。

 そこまではまだ良かったのだが、今は歩いて山の中を散策中。

 山籠りでもする気なのか?

 

「これってさ、どこに向かってんの?」

 

 着物着てる癖に、よくこの山道をすいすい登れるな。

 着てこいと言うから、俺の方は伝統の結界師の戦装束の上に恥ずかしいから上着を羽織っているのに対し、姉ちゃんは普通の藍色の着物を着てる。

 服装からも想像つかなかったし、いきなり山登りだなんて聞いてないんだけど。

 

「外では、時織と呼びなさい」

「ん?なんで?」

 

 急に、なに?

 正直、俺も会うのはほぼ5年ぶりだし…いや、それは関係ないな。

 昔から、姉とはいえよくわからない人だ。

 

 母さんのように才能に溢れており、今の俺くらいの強さなんて、小学生の時には既に超えられていると思う。

 それでいて、友達と遊ぶなんてことはなく、蔵か道場に籠ってたっけ。

 昔から、結界術も、念糸も、個性も、全部がすごい。

 ただ、家事だけは俺の方が得意だったな。

 

「私の身内って思われたら……ねぇ?」

「……いったい何したんだよ?」

 

 世界を見てくると、突然家を出て行った姉。

 当時の俺はまだ7歳で、母さんに続いて姉ちゃんも出て行ったから、寂しくて一人で泣いてたっけか。

 それを響香に慰められていた恥ずかしい記憶まで蘇り、サッと頭から消しておく。

 俺は知らなかったけど、中学から高校までジジイの式神が通っていたらしく、卒業していると聞いた時は驚いた。

 身内ってバレると危険が及ぶってことは、海外に行ってたって言うし、ヤバいことやらかしたのか、密入国とかで揉めたのか。

 はたまた妖がらみなのか、やってる事がおかしすぎてよくわからん。

 

「恨みを買ったつもりはないんだけどねぇ。まぁいろいろあるのよ」

 

 いつものように、フフフと笑う姉ちゃん。

 結局、何も教えてはくれないが、その仕草が、母さんと似ていると思った。

 

 

 

「ついたわよぉ」

 

 1時間弱歩いて着いたのは、ただの歪な洞窟の前。

 と言っても途中結界で登ったりするような急勾配もあったから、個性にもよるが普通の人ならまず辿り着けそうもない場所。

 

「……で、こんなとこで瞑想でもしろっての?」

「あんたは結界術の事をなにもわかってないからねぇ。昨日話した事、覚えてる?」

 

 昨日の事。

 それは透に謝り倒して家まで送り、帰った後の事。

 ジジイはなぜか大人しくなっていて……

 

 

 

 

『お前は自分の成長を考えろ。ワシと違って、お前にはまだ成長の余地は十二分にある。

 それに、久しぶりに姉弟でいるのも良いじゃろう……』

 

 って、こっちじゃないか。

 姉ちゃんは手に持った湯呑みごと結界で囲う。

 その時、生成の前に中のお茶だけを指定しておく。

 そんで手を離すと、標的として指定していたお茶だけが結界内に残り、空の湯呑みは畳を転がっていた。

 

「これが『方囲』の正しい使い方。まぁ、基礎中の基礎だけど、あんたはその基礎すらもなってない。あんな妖程度滅せないなら、ヒーローなんてなれないわよ?」

 

 そんな事、考えたこともなかった。

 と思ったが、よく考えたらたまにやってた。

 妖ごと自分を結界で囲って俺だけ出る。

 それと、やってる事はほとんど変わらないが、精度が違う。

 鬼(厳密には鬼ではないらしく、ただの妖らしい)を滅したのも、家を丸ごと囲っていた結界で標的指定をしていたかららしい。

 方囲で指定した標的を基準に定礎で位置を決めて生成するだけの話だと思ってた。

 そう考えると、俺は普段方囲で指定した"つもり"になっていただけ。

 昔からなんだかいい加減だとは思ってたけど、俺がわかっていないだけだった。

 

 話によると、あの鬼の強さはそこそこのヴィランと対して変わらないと言い放った姉ちゃん。

 だけど、流石に嘘か、姉ちゃんの基準であってほしい。

 免許もってるジジイでも全く勝てるようには見えなかったし。

 とはいえ、ジジイももう68歳だしなぁと少し不安になった。

 

 でも、たしかに俺は結界術の事を全然わかってない。

 俺の『滅却』は自分でぶん殴るくらいの威力しかない。

 弾き、耐える事には向いてるのに。

 そういえば、なんで"あの時"は簡単に人を滅却できたんだろう?

 

 今の間家に結界術の本質については教えられていないと言われた時は驚いた。

 今でさえ万能なこの術には、まだ上があると知れたのは良かったと思うが、まだ早いと詳しくは教えてくれない。

 そして、姉ちゃんが言う本質をきっとジジイは知らない。

 姉ちゃんが言うには、22代目が自分たちで結界師稼業は終わりと言う事で、危険な術は記録に残さなかったのではないかと言っていた。

 だから、22代目である墨村良守と雪村時音、始まりである開祖・間時守の記述はなにも残ってなかったのか。

 結界術も、個性に恵まれた間家の先祖たちにより廃れる一方だったようだし。

 俺が散々読み耽っていた書物じゃそんな事わかりもしなかったのに、なぜ姉ちゃんはそれがわかるのか聞いてみたのだが、

 

『フフフ。内緒よ。

── とにかく、オジイちゃんはなんとかしてあげるから、あんたはあんたのやりたいようにやりなさい』

 

 そう言われたのが、昨晩の話。

 

『そういえば、部屋に写真飾ってるしまだ響香ちゃんのこと好きなんじゃないの?葉隠ちゃんも狙ってるわけ?

 思春期な弟の恋路にとやかく言う気はなかったけど、二兎追うものはって、知ってる?』

『う、うっせーーー!てか勝手に部屋入んなよ!』

 

 と言う、久しぶりすぎる姉の人間らしい発言は、記憶から消しておこう。

 

 

 

 

「覚えてるけど……それがこの場所と関係あんの?」

「私は教える事には向いてないから、まずはコレと、まともに相手できるようになりなさい。

── 死ぬ直前くらいには、助けてあげるから」

 

 は?

 何それ?

 

「あんた、色々と考えすぎなのよ」

 

 そんな言葉が小さく聞こえた時には結界で突き飛ばされていた。

 その勢いのままに入り込んだのは、洞窟のはずだが、洞窟なんかじゃない。

 ぬるりと何かが纏わりつく感覚。

 気持ちが悪い。

 世界が、変わってしまったみたいな……

 

 地面を感じ、顔を上げると……そこは真っ暗なゴツゴツとした岩が立ち並ぶ閑散とした世界。

 さっきまで、休みの日ならまだ寝てるような、朝と言える時間だったはずだし、居たのは山だったはず。

 

【また……人間か……!!】

 

 人語を解する妖。

 狼のような見た目で、敵意剥き出しでこちらを睨みつけている。

 その見た目からしても、確実に速い。

 

「結!!」

 

 咄嗟に生成した、自身を守る結界は豆腐でも切るかのように簡単に切断され、結界内でしゃがみ込むことでなんとかその爪を躱したものの、俺の髪が数本視界の前にパラパラと落ちてきているのがわかる。

 

【その術は……貴様…死ね】

 

 あぁ。

 やっぱ姉ちゃんは母さんに似てるな。

 昔から、母さんよりもジジイの修行の方がマシだった。

 だって、ジジイに言われて気まぐれにしてくれていた母さんの修行はいつも……

 

「うおわっぶねぇ!死ねる!」

 

 こんな風に、死と隣り合わせの地獄の修行だったのだから。

 

 

 

 

 13歳で家を飛び出して、日本を巡り、世界を巡り力をつけた。

 4年かけて、結界術に関しても、弟と私の何が違うのかも、ようやくわかった。

 そうして、更に2年もかけてようやく見つけたのに。

 

 お母さん……

 

 

『唯守と違って、時織は私に似ちゃったのねぇ。

 お父さん、きっと怒ってるわよ。

 

 えぇ、当たってるわよぉ。

 今更『方印』が出たって言うことは、そういうこと。

 

 ただ、それよりもずっと前の話がね。

 あら。そっちには、まだ辿り着いてなかったの?

 

 教えないわよ。

 私も調べたらわかったこと。

 時織なら、自分でできるでしょ?

 

 ん、私の手伝い?

 そうねぇ…じゃあ、コレはできるかしらぁ?

 

 ………。

 

 フフフ。まだ早いみたいね。

 だから、もう行きなさい。

 

 時織。

 私はこんなだから。

 唯守のこと、お願いね』

 

 

 お母さん……

 私、お母さんとは全然似てないよ。

 お母さんみたいにはなれそうにもないし、お母さんみたいに強くもない。

 

 だって、こんなにも……苦しいんだから。

 

 



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9話 姉と弟

 

 

 あれから何日経ったかもわからない。

 何度死にかけたかも。

 血溜まりの中で眠る自分を見る夢を見て、驚き目が覚めると姉ちゃんはいつもの笑みを浮かべて俺の視線の上にいた。

 というか、いつ起きても、絶対に膝枕をしてくれてる。

 最初は恥ずかしかったけど、なんでも術を施しているからと言うことらしい。

 扱いが難しいので俺には使えないと言われたが、修復術というもので、ビリビリに裂けたはずの黒装束も綺麗に元通りなんだから、もはや何でもありだなと思った。

 

 姉ちゃん、未だに寝てないのかな?

 というか、そもそもなんで俺を鍛えるなんて言い出したんだろう。

 焚火の前で、式神が買って来たのであろうコンビニ弁当を口に放り込みながらも思う。

 姉ちゃんと、こんなに話したのも初めてかも。

 

「唯守は、"家族"で暮らしてた時のこと、覚えてるの?」

 

 不思議と、そう言った姉ちゃんにはいつもと違って感情があるように思えた。

 姉ちゃんはいつも無表情で無感動。

 いつも浮かべている薄い笑みは母さんとよく似ており、そこに喜怒哀楽は何もない。

 けど、母さんも姉ちゃんも、気持ちはなんとなくわかる気がするのは、家族だからかな。

 

「父さんの事は、ほとんど覚えてない。あー…でも、四人で遊園地行ったのは記憶にあるよ」

「あんたが乗りたがってたアトラクションはどれも乗れなくてずっと泣いてた時?」

「ん……それは、覚えてねー」

 

 なんだそれ。

 そんな場面は全然覚えてない。

 父さんが一番嬉しそうで、俺はずっと肩車してもらってたような気がするんだけど。

 そん中で言われた事はなぜか覚えてる。

 

 

『大きくなったら、名前に恥じない立派な男に育つんだぞー。母さんも時織も、お父さんと二人で守ってやらなきゃだからな』

 

『かーさんと、ねーちゃん?どっちも俺より強いけど、それは俺がけいしょーしゃだから?』

 

『違うよ。唯守は男で、二人は女だからだ。強い弱いなんて関係なく、守ってあげられればいいんだ』

 

『男だから、女の人を守るの?』

 

『そう昔から決まってるからね。母さんより強いところ、お父さんにだってあるんだからな。もちろん、唯守が時織より強いところもある。守るって言うのにも色々あるんだ』

 

『いろいろ?オールマイトみたいに、なれればいいの?だったらなるよ!ちょー強いヒーローに!』

 

『そういうわけじゃないんだけどなー。でも、唯守も大人になればわかる』

 

『うん!大人になったら、かーさんもねーちゃんも、女の子はみーんな俺が守るよー!ヒーローだから!』

 

『じゃあ、お父さんとの男の約束だな。別に全てじゃなくても、それこそヒーローじゃなくっても、大事な人を守れさえすればいいんだけどね』

 

 

 あん時はちんぷんかんぷんで、ただただ憧れてたヒーローになってやるくらいの気持ちだったけど、今なら、父さんの言いたかった意味がなんとなくわかる。

 父さんは、確かに強い人だったから。

 でも、俺がそうやって覚えてるのは、あれが家族で出かけた最初で最後の時だったから。

 その年に父さんはいなくなり、母さんは翌年に消えた。

 あぁ、そういえば姉ちゃんが嬉しそうに笑ってたのを初めて見たから覚えてるのもあるな。

 

「そう。もう、身体は大丈夫みたいね。それで、もうやめる?」

 

 薄い笑みを浮かべたままに、いつもの台詞。

 『やりたいようにやりなさい』だったよな。

 父さんはああ言ったけど、強くないとみんなは守れそうにない。

 だから、俺もいつもと同じ台詞で返す。

 

「次は、勝つ。見てろよ」

 

 そうして、何度目かもわからないが、再度異界へと入り込む。

 説明も何もない。

 この相手の事も、この場所の事も。

 でも、ここに入ればそんな事は考えていられない。

 

【貴様…いい加減にしろ!!あの女を連れてくるか、さっさとオレに食われろ!!】

 

 結界で宙へと飛び、何度となく受けてきた尾から放たれる毛針を避けながらも、避けられないものは別の結界で受ける。

 最初のうちは穴だらけにされた結界だけど、今は刺さるが止められる。

 それは結界を"弾く"のではなく、粘度を高め、しなるように"受ける"性質へと変えているから。

 捻れながら凹み、まるで掴むように毛針を受け止めていく結界。

 それに、以前よりも硬度が少しだけ上がっていた。

 

 その後も防御に徹したまま、未だに攻撃に移ることができないでいる。

 遠距離の毛針。

 中距離の爪と尾。

 近距離の牙。

 どの距離にも俺を一撃で葬れる威力が備わっているこの相手に、まともに相手できるようになるのか?

 今もまた、個性を使い爪を受け距離を取る。

 

 ただ、何度も戦う度に、少しだけわかってきた。

 この左手に傷を負ったあの日。

 あの時だけは、俺の結界は今より数段威力が高かった。

 あの時は、何も考えてなかったから。

 女を殴ったアイツが許せなかったから。

 響香にまで、その被害が及ぶのが嫌だったから。

 だから、敵を倒すということ以外、頭の中には何も入っていなかった。

 痛みも怒りも通り越して、思考がクリアになっていたあの感覚になればいい。

 それが難しいんだけど、余計な事は考えず、最善の事だけを一つ一つ考えるようにすれば、

 

「──あ」

 

 個性が途切れるのに合わせて横っ飛びでその牙を躱したつもりだったのだが、それは大きな尾を妖術で身体に見せかけていただけらしい。

 こいつ一体どんだけ技があるんだよと思いながらもその毛針を結界で受ける。

 気配に気づき横を向いた時には、俺の目ん玉まであと数ミリのところまで、最近使われることの減っているケーキナイフくらいありそうな牙が迫ったところで、意識を失った。

 

 

 

 

 あれから既に7日は経ったが、未だに保って10分弱。

 最初は数十秒だったので成長はしているようだが、予想よりずっと遅い。

 

 そういえば、こんなにもこの子と話したのは、初めてかもしれない。

 私の後ろをちょこちょことついてくるだけだった、6歳も年下の弟。

 私は私の目的のために、この子を置いて、全てを投げ出して家を出た。

 ただ、8年ぶりにあった弟は、その身体も考え方も大人に近づいているようで安心した。

 私と、違って。

 

 結界師としての成長が著しく遅いのは、心が酷く周りに影響されるからだろう。

 昔は感情を前面に出すような泣き虫だったのだが、お父さんがいなくなり、お母さんが家を出ていった後は、心の中で考え感じるようになったようだ。

 だから今の唯守は表に出さないように気をつけているだけで、心は昔と同じように、常に海のように大きく揺れ動いている。

 それが今、結界術向上の弊害となっているよう。

 

 結界術の真髄はその心にある。

 何事にも動じず、風のない湖のようにさざめきすらしない完全な静寂、無の状態が理想。

 間流結界術ではその状態は【夢想(むそう)】と呼ばれ、その技はシンプルながらに全ての能力が格段に上がるという強力なもの。

 そこまでは今の唯守には求めていないが、いかんせん弱すぎる。

 まともに相手をする事など今の唯守には不可能なレベルの妖を用意していたので、お題の達成はそもそも求めていない。

 死を間近に感じた時の覚醒を、"過去の記憶"を呼び起こす事を狙っているのだが、全くその気配もない。

 

 数日意識を失うほどの怪我を負った、4年前の事件。

 オジイちゃんから聞いた限り、恐らくは不完全ながらも【夢想】の片鱗に触れていたはず。

 感覚は覚えていると思うのだが、どうやら他人が傷つく事に対しての怒りで、逆に心の揺らぎが無へと静まるようにも見える。

 まるで、自分の事はどうでもいいとでも言うように、他の人間を、(ただ)守る(まも )時にこそ、力を発揮するタイプ。

 あの時もそう思ったけど、私とはまるで似ていない。

 だから"気に入られた"のだろう。

 あの子に流れる"力はもう無い"が、それでも私とは桁が二つは違う。

 教師がプロのヒーローだという雄英に行くとはいえ、何があるかはわからない。

 最低限の力の扱いは今後のために身に付けておく必要があるし、下地は作っておいてあげる。

 今はまだその時ではないけれど、その時自分が決めた事で、後悔だけはしなくて済むように。

 

 私のように、ね。

 

 

 

 

「そろそろ、一度街に降りましょうか」

 

 10日目にしてようやく俺の修行は一時休憩のよう。

 ただ、それはものすごくありがたかった。

 姉ちゃんの家事は壊滅的で、食事は全て惣菜かカップ麺。

 せめてキャンプ飯でもあればまだマシだったのだが、そろそろ甘い物も、普通の食事も恋しい。

 

 俺は強くなってる実感はあるんだけど、どうやら姉ちゃんの理想には至っていない。

 いや、これでも何度も死を覚悟して頑張ってんだけど……

 姉ちゃんのような、天才と一緒にしないで欲しい。

 

 そうして山を降っていたのだが、姉ちゃんの様子が、おかしい?

 急に立ち止まり、一点を見つめて立ち止まっている。

 気になって俺も立ち止まると、急に寒気がした。

 

──シン……

 

 なんだ…この感覚……

 恐ろしく冷たく、意識だけが虚空に深く沈みこむような……

 これも、結界術なのか…?

 

 スッと気配は元に戻ると、いつもの無表情で一点を見ていた。

 

「力も理性も失った妖が暴れてるみたいね。今のあんたの相手には、丁度いいかもよぉ?」

 

 そんな事もわかるとか…

 やってる事が一々規格外で理解も追いついていない。

 余りのレベルの差に、思わず本当に自分と姉弟なのかと疑問が浮かぶ。

 ただ、やる事は決まった。

 

「わかんないけど、妖だったら俺たちがやらないと。他の人には、見えないんだから」

 

 不可視の化物に対抗できる人なんて限られる。

 日も落ちかけている今、そろそろ妖にとっても本当の力を発揮できる時間になる。

 そうなったら危険度は更に増す。

 

「そう。元々は強力な妖だったようね。土地の力を失ってるとは言え、長く生きているものには何かがあるかもしれない。気をつけなさい」

 

 姉ちゃんの言葉や、伝書の中でもよく出てくるのが、土地の力。

 それがなくなったから妖はいなくなったのだと言うけど、そんなのどうやったらわかんだろうな。 

 力があった頃の烏森みたいな、未だに力を持つ神祐地に行ってみたらわかるもんなのかな。

 

 また余計なこと考えてるなと自覚しながらも、先を急いだ。

 

 

 

 

「一佳、どうかしたの?」

「なんかさ、変な音しなかった?」

 

 雄英合格も決まり、そろそろ一人暮らしの物件を探さなければならないのだが、残り少なくなった中学校生活を送っている毎日。

 友達とも会えなくなるので、最近はよくみんなで帰るのだが、これがまた人数が多い。

 今話しかけてきた明美を初め、他のクラスや後輩まで来るものだから、まるで集団下校でもしているかのようにお団子状態でいる。

 別れを惜しんでくれるのはありがたいが、みんな家まで着いてくるのでそろそろ終わりにしたいのだけど。

 と思っていたら、何か地面を蹴るような音がした気がする。

 

「え?しないけど、ねー高子?」

「うん、私も聞こえなかったよ」

 

 どうやらみんな聞こえていないみたい。

 私の、気のせいかと思ったが、再度みんなを見ていると、ある事に気づいた。

 こういう時、いつも一番に騒ぐであろう人物が、いない。

 

「ねぇ……佳代はどこいったの?」

 

 あれー?

 ほんとだーいないね。

 先に帰ったんじゃない?

 

 誰もわかってない。

 答えられていない。

 

 いつも、人一倍おしゃべりな佳代が誰にも何も言わずに突然いなくなることなんて、考えられない。

 それに、今歩いている場所の横の森は──

 

「私、探してくる!!」

 

 神隠しの伝説もある上、最近行方不明の事件も発生した地元では有名な『神不知の森』

 嫌な感じと、すごい胸騒ぎがする。

 私は、みんなの静止の声も聞かず、気づいたら走り出していた。

 

「佳代ーー!いるーーー!?」

 

 返事は来ない。

 そんなに広い森じゃない筈なのに、やけに木々が多く遠くまで見渡せない。

 生い茂る葉で日の光も入っておらず、まだ夕方だと言うのに薄暗いこの森は、異様な雰囲気を放っていた。

 いない事が一番なのだが、嫌な予感はどんどんと強くなる。

 

──ガサッ!!

 

 枝葉の揺れる音。

 それも近く、大きい。

 

「佳代!!」

 

 視界の端にとらえた、制服のスカート。

 一体誰が…

 もしかして、誘拐犯のヴィラン…?

 だとしたら、どうしよう。

 個性の無断使用は厳禁。

 そもそも、私がなんとかできることかもわからない。

 他のみんなが通報してくれているとは思いたいけど……

 

 そんな私の心配も、ようやく佳代を見つけた今、一瞬で吹き飛んだ。

 

「い…一佳ァァ……助け……て…」

 

 宙に浮いている佳代の体に何かが食い込んでいるのはわかる。

 まるでハンバーグから溢れる肉汁みたいに血液が流れ出てきていた。

 ただ、食い込んでいるのがフォークなのか、歯なのか、はたまたそれ以外なのか。

 それすらもわからない。

 理解できることは、たったの二つ。

 見えない何かが佳代を攫ったのだという事。

 そして……私が、ビビってるって事!!

 

 動け!!カラダァァ!!!

 

「…佳代ッ!!!」

 

 ごめんね。

 すぐに飛び出せなくて。

 個性【大拳】

 自身の両拳を巨大化させることができるこの個性なら、姿は見えなくても!

 

「オッラアアァァァァッ!!」

 

 巨大な拳はクラスメイトのすぐ側の虚空を殴らんと幾度となく繰り出される。

 大拳の連打は、数度空振りをしたものの、ようやく何かにぶちあたり吹き飛ばした。

 よしっ!!

 ちゃんと当たった!

 あとは佳代を担いで急いで、病院に──

 

【人間風情がその力……矮小な存在が"枠"を外れおって……!!】

 

 人間、風情?

 姿も見えないこの化け物の声だけが響き、怒っていることはわかった。

 地面がめくれはじめ、木の幹の一部は何かに掴まれたようにへしゃげている。

 抜き取られたその大木が、私たちに向かって振り下ろされる。

 

「佳代!!」

 

 私はとっさに拳を巨大化させ佳代を包み込むも、何も、起きない。

 不思議に思い目を開くと、緑色の半透明な箱がその大木を受け止め、猫っ毛の男の子が、まるでヒーローみたいに、私たちの前に立っていた。

 

「間に合わなくて、ごめん…怪我してる子は姉ちゃ…時織が看てくれる。こっちの、こういうヤバい奴は、俺が全部退治してやる…!」

 

 その男の子は、少し震えた声でそう言うと、こちらを振り向くことなく透明な化物に挑みかかっていく。

 

 それが、私と間唯守との初めての出会いだった。

 



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10話 切掛

 

 

 なぜ……このような事に。

 人間が、理を崩したからか……?

 

 

 

 ある時から、世界の在り方が変わってしまった。

 人間が与えられた枠を超えて、世間に異能を扱う人間どもが増えてきた頃からか。

 あらゆる物へと宿る霊力は薄れていき、土地も、ワシも力を失っていく。

 とうとう、自分が何であったかすらも薄れて来た。

 ワシの住処が、ワシの世界が壊れていく……

 異界すらも保てなくなってきたのは、千年以上も生きて来たワシも、ここで滅びるからなのか?

 

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!

 

 此処が、ワシの居場所なのだ!!

 他の何者にも、壊させなどしない!!

 

 残された力を総動員して、人間どもを滅ぼしてくれる!

 まずは未来を作る人間の子を!

 次は子を作る人間の女を!

 そして、全ての人間を滅ぼしてくれる!!

 

 世界は壊れ、何千年ぶりに地上へと放り出された。

 そして森から抜け出たところで目についた、子供であり女でもある者を攫う。

 森の中心で喰らおうとしたのだが、枠から外れた力を使う、幼児のような女に殴られる始末。

 

 ワシはいったい、どれほど弱くなったというのだ…?

 

 

 

 

 異界すらも保てなくなるなんて。

 唯守の呪力の回復にちょうどいいかと近くの神祐地を選んだのだが、ここももう終わりね。

 

「……見た目に反して深くはない。この子は大丈夫だから、行きなさい」

 

 治癒の術は専門ではないので大した治癒力ではないが、応急処置程度に塞ぐ事はできた。

 事実深い傷ではないし、これで大事に至る事はないだろう。

 式神に、街まで送らせておこうか。

 

「あ、ありがとうございます!」

「いいから、早く行きなさい。一人つけるから」

 

 適当な事を言っておいたら、真剣な表情でうなづいている。

 チラリと見せたコレの効力は強い。

 このヒーロー社会でヒーローに憧れないものは少ない。

 素直な子だ。

 私もヒーローの資格は持ってはいるが、活動などした事はないのだが。

 だけど、動きづらくなるのも困る。

 保険はかけておこうかしら。

 

「この事は警察や他のヒーローにも他言しちゃダメよ。機密任務だから」

 

 これでもう大丈夫。

 それよりも──

 

「滅」

 

 一部とはいえ、今までであればかすり傷一つつけることができなかったであろう妖相手でも滅却できている。

 やはり、唯守が吹っ切れる切掛はお父さんとの約束とやらが心の底にあるからか、自分自身に拒否反応を示したからかしら。

 

 自分以外の誰かが傷つく事で、守れなかった自分の無力さを嘆いての事。

 

 それが覚醒の切掛。

 随分と優しい事だが、同時に悲しい切掛だ。

 手遅れになってはじめて本領を発揮できるなんて。

 誰かを守りたいと願うあの子が、最も望まぬ形。

 

【ガ、ァァァ!!】

 

 もはや言葉も忘れたか。

 今の唯守と互角な時点で、自分の終わりなどとうに見えていただろうに。

 元々小三宮クラスの大した土地ではなかったとはいえ、土地神の末路としては随分と愚かで貧相。

 やはり、未だに強大な力を持つあの土地は、別格か。

 流石は歴代最強と言われた結界師と開祖の創り上げた場所でもある。

 私一人じゃ届かない。

 全ての準備が整うまで、暫くは力の扱い方を覚えさせるしかない。

 焦ったところでしょうがない。

 器が成れば、それでいい。

 ただ…もしも今唯守に話をしたら、なんて言うのだろう。

 無理矢理にでも決行しようとするのだろうか?

 それとも、生きてきた半分も一緒にいなかった私の言うことなど、信じはしないだろうか。

 

 そんな事を考えていたら、弟の脇腹に爪が減り込んでいる。

 だが、それと同時に緑色の小さな結界群は一切ブレる事なく成形されていく。

 未だ不完全ではあるが【夢想】に近い。

 それに、普段の唯守からは想像もつかない、立ち昇る強力な呪力。

 そのまま、古狸のような見た目の元土地神を蜂の巣のように穴だらけにしていた。

 

 どうやら、本当に自分の事はどうでもいいみたいね。

 

 

 

 

「今日はもうゆっくりしてていいわよ。明日からは場所を変えましょう」

 

 そう言った姉ちゃんはそのままどこかへと出て行った。

 特にやることもない俺は、森を出て今は目的もなく街をぶらぶらとしている。

 

 昨日俺が"負けた"のは土地神だったものらしい。

 そして、あの場所は小さいが神祐地と呼ばれる場所で、昔から伝説やら伝承やらが未だに語り継がれていた森だったと言う。

 残りカスのようなものだったみたいだけど、神祐地か…

 全然わかんなかった。

 

 あの時と同じく思考がクリアになったのは良いんだけど、脇腹が死んだと錯覚した程に痛かった。

 よくわからないが、あの状態って痛みも数倍になるのだろうか。

 1回目は耐えれたけど、元土地神と言うだけあって隠し玉があったらしい。

 奇妙な音が聞こえたと思えば、全くの意識の外から同じ場所に二撃目を喰らったところで、意識が遠のいた。

 姉ちゃんが言うには幻覚に近いものだと言ってたけど、幻を見せるのではなく誤認させるようなものだと。

 結果としてあの元土地神は姉ちゃんが滅し、俺は意識を失っていた。

 ただ、意識を失う少し前、青い結界が生成されたのだけは見えていた。

 やっぱり、俺に結界術の才能はないのかな。

 昨日の森に行き、修復術を森全体にかけている姉ちゃんを見て余計にそう思ってしまった。

 多量の呪力を使うのはまだしも、扱いが難しいと言っていたが、台詞とは裏腹にいとも簡単に使う我が姉。

 

 才能の差を感じながらとぼとぼと街を歩いていると、なんとも魅力的なものが視界に飛び込んできた。

 

 

 

 

 昨日の出来事は、一体なんだったのか……

 病院まで送ってくれた人はなにも言わずに消えてしまうし。

 佳代は命に別状もなく、傷口は塞がっているが出血が多かったのでしばらく安静にしていれば大丈夫との事で、少しだけだが話もできた。

 

 その後、警察とご当地ヒーロー【チーバー】と共に聴取で向かった森は、へし折れた木々の残骸や、抉れた地面も、その痕跡すらも何もなかった。

 調べてみる、とは言ってくれたものの、手がかり一つ出てきそうにない。

 

「それじゃあ、あとは我々で調べるから、協力に感謝するよ。拳藤さん。透明の個性ではなく、幻覚の個性の方が濃厚かもしれないね」

「私は…何もできませんでしたから…そうかも、知れません…」

 

 そう、何もできなかった。

 でもあれは、あの感覚は絶対に幻覚なんかじゃないと信じたい。

 それに、個性…というか、そもそもあれは人間ですらなかったんじゃないのか?

 あの二人の事は機密だと言うので話していない。

 あの治癒の個性を持った女性はヒーロー免許を見せてくれたのでわかる。

 でも、どう考えてもあの男の子は私と同い年くらいだ。

 どれだけ童顔だったとしても高校生の枠は超えていないと思う。

 サイドキックだとしても無理がある年齢だと思うけど、それが機密なのかな。

 

 雄英の入学決まってはいるけど、私はやっていけるのか。

 あの男の子みたいな人がいっぱいいるなら、私なんて……

 そう、少し落ち込み気味に家路を歩いていると。

 

「やっばー。これもいいけど…こっちも捨てがたい……うーーーん」

 

 しゃがみ込んで、唸りながらガラスケースを眺めている男の子が目に入った。

 避けようと、少し横に逸れたのだが、思わずその男の子を見返す。

 

「は?」

 

 思わず声が漏れてしまった。

 目の前でぶつぶつ呟き、頭を捻るたびにふわふわと跳ねてる黒い猫っ毛。

 もしかしなくても……

 

「ちょっと!!」

「わっ!すみません!まだ決めてないんで先どうぞっ……ん?」

 

 サッと立ち上がり先を譲ろうとしてるけど、そうじゃないんだけど……

 

「2名様ですね?こちらへど〜ぞ〜」

「え?ちょ…俺は違くて…」

 

 確かに違うけど、昨日のこと聞きたいし、ま、いーや。

 

「ほら。早く入るよ。店前だと迷惑かかるし」

 

 そうして店内に二人で入り、とりあえず私はブラックコーヒーを頼み、目の前の子はカフェオレを頼んで、視線を少し強めている。

 

「……えーと、誰?」

「私は拳藤一佳。そっちは?」

 

 不信感たっぷりだなー。

 『お前も知らんのかい』という顔をしてる。

 そりゃ、そうなるとは思うけど。

 

「間。誰って、そうゆう意味じゃなかったんだけど」

「あぁ、ごめんね。わかんなかったか。昨日はありがとね間。佳代も、友達も無事だったんだ。今は少しだけど話もできるくらいだ。本当にありがとう」

 

 パッチリとした目を見開いて驚いてる。

 確かに、間は私らには目もくれなかったし、覚えてないか。

 でも、今のでわかってはくれたよう。

 安心するのか、助けた事を恩着せがましく言ってくるのか。

 後者は名乗りもせずに消えた時点で無いと思ってたけど、間の行動は全くの予想外だった。

 

「……ごめん!俺、間に合わなくて……その、傷とか…残んない、よな?」

 

 勢いよく頭を下げられ、出てきたのは、謝罪の言葉。

 しかも後悔の念のようなものも感じる。

 そんなつもりで、話したかったわけじゃ無いのに。

 

「傷も残らないって。時織さん、だっけ?の治癒の個性のお陰らしいから。謝らなくていいよ。お礼を言いたかったから誘ったんだ。私こそ、一緒にいたのに何もできなかったから…」

「……んな事ないだろ」

「え?」

 

 なんだか、様子が変わったけど……怒ってるのか?

 あげた顔は無表情で、そこに感情は見えない。

 

「何もできなかったわけないだろ。あの時、拳藤は友達の前に出た。個性を攻撃でも、自分が逃げるためでもなく、守る方に使ってた。

── 無条件でそれができる奴は、凄いんだよ」

 

 私は、全然凄くない。

 凄いのは、お前だろうに。

 私の中の、嫉妬のような黒いものが出てくる。

 話して確信したけど、きっと同い年か年下だ。

 それであんなバケモノ相手にできる強さを持ってて、プロヒーローの手伝いまでしてて。

 私に無いもの、全部持ってんじゃん。

 

「でも、結局私は──」

「結果、拳藤が守ったおかげで友達は無事だったんだ。俺たちが来たからってのも無しだ。それは結果そうなっただけで、拳藤が追いかけない限り、友達が助かる事はなかった。きっと死体を前に戦ってただろうな。誰かのとった勇気ある行動は、結果としてどこかで誰かのためになってるんだよ。それが、あの時の拳藤の行動で、友達が助かったのが結果だ」

 

 私が追いかけなければ、佳代はそのまま攫われてて。

 私がいなければ、間達はもっと間に合ってなかったわけで。

 全部が全部、繋がってる。

 私は、無意味じゃなかった…?

 私の行動が、佳代を助けたってこと?

 そして、無表情から戻った顔は、微笑んでいるように見えた。

 

「まぁ、受け売りだけどな。

 話せたんだろ?その友達、なんて言ってたんだよ?」

 

 そうだ。

 佳代は、私に ──

 

「ありがとうって、助けてくれてありがとうって、言ってくれた」

「ほら。これでもまだ、なにもできてないか?」

 

 なに自信無くしてたんだろ。

 そうだ。

 まだヒーローでも無いのに、なにを求めていたのか。

 私は、まだまだこれからだ。

 

「…ありがと。なんか吹っ切れた。そういえば、間は今いくつなの?」

「ん?15だけど?」

 

 やっぱり同い年か。

 15歳でサイドキックだなんて聞いたことない。

 

「サイドキックなの?時織さんの」

「ん……みたいな、もん?」

 

 頭を捻りながら答えてるが、機密なんだろう。

 これ以上聞くのは、やめておこう。

 無駄に困らせてしまった。

 この店の前で唸ってたくらいだし、お礼はしとこ。

 

「そっか。話せない事だろうし、もう大丈夫だよ。ここはあたしからのお礼だから、好きなの頼みなよ。さっきまで何頼もうか悩んでたでしょ?」

 

 じゃあお言葉に甘えてと呟いたのはいいが、さっきからパフェとケーキのページを延々と見比べている。

 年相応、というより急に子供っぽくなったな。

 

「そんなに悩むんならどっちも頼んじゃいなよ。半分づつもらうけど」

「本当か?拳藤はいい奴だなー。じゃあ……コレとコレにする。苦手なもんある?どっちだとしても食べれるか?」

 

 顔を上げ、パァッと笑顔を浮かべたと思えば、伺うような顔してる。

 コロコロと表情が変わる奴だ。

 

「もっとクールな奴だと思ってたよ。もしかして、そっちが素なの?あと、どっちだとしても食べれるからいいよ。じゃあ頼んじゃお」

「ん。俺はミントよりクールな男だぞ?スイーツとロックの前以外でな」

「ふふっ。なにそれ?」

 

 そうして私の前で本当に嬉しそうな顔でパフェを口に運んでいる自称クールな男。

 

「そういえばさ、間の個性ってすごい便利そうだよな。色々できそう」

「ん…まぁそうなんだけど、色々となぁ。拳藤の個性のがシンプルで強そうだけど」

 

 なんか、悩んでんのかな?

 わかんないけど、それこそ私の個性よりも使い道なんていくらでもありそうだけどな。

 

「あんたには言われたくないなぁ。そんな強個性に。まあ、どんな個性も使い方次第じゃん?使い道多いと考えるのも大変だろうけどさ」

「使い方次第……考えるか。やりたいようにやれって、もしかしてそういう事もあるのか…相変わらずわかりづらい。一つの言葉に多くの意味を込めるなよな。ただでさえわかりづらいっての……と言う事は、ジジイの教えと指南書に囚われすぎてたのか。もっと自由に……いや形すら、いけんのか……」

 

 なんだかぶつぶつと言いながら考え出すし、ちょっと、変な奴。

 それだけ真面目じゃないとプロには通じないのかも知れないけど。

 

「少し、見えた気がする。ありがとな。仕方がないが、これは譲ろう」

 

 そう言って、ケーキに付いてた綺麗に飾られたチョコを指差している。

 

「いや、私が払うんだし。お礼をお礼で使うなよ」

「ん…今はやれるものが他にないからな」

「そもそもなんでそれが間のものって前提なんだよ。半分もらうって言ったでしょ?もう半分食べてる間のじゃなくて、それはもともと私のだ」

 

 ちょっと変わった、そして図々しくもある間との会話は意外にも楽しかった。

 その後、完食した後は普通に別れて、家へと向かう。

 今思えば聴取のまま家に連絡することも忘れており、携帯には母からの着信履歴ですごい事になっていた。

 

 きっともう会う事は無いかもしれないけど、私もヒーローになったら出会うかもな。

 そん時には、もうアイツはもっと上の世界にいるかも知れないけど、私も負けてられない。

 なんて思っていたのだが、まさかわりと直ぐに出会う事になるとは思っても見なかった。

 



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10.5話 間話

 

 

 

 

── 葉隠透 ──

 

 

「も〜!!ぜんっぜん帰って来ないし!ホントにずっと修行してたの!?明日だって言うのに卒業式の練習も全くしてないし……もしかして、出ないって事はないよね!?」

 

 ようやく帰ってきたかと思えば、まさかの卒業式の前日とは。

 ただ、帰ってきた報告を直接しに来てくれたことを少し嬉しく思ったのは、今は怒っているので内緒だ。

 だから今は彼の家まで押しかけ、彼の部屋で座布団に座っている彼の隣に座り、顔を見られないよう前を向いて話している。

 実ははじめて入った男の子の部屋で無駄にキョロキョロとしているうちに向かい合う位置ではなく、隣に腰を落ち着けてしまったが今はそれが良い方向に働いてくれたみたい。

 倒してある写真立てが気になったけど、家族の写真なのかなと勝手に勘ぐっていると、彼は静かに、ゆっくりと語り始めた。

 

「出るつもりではいるけど、明日は流れに身を任せるよ。ただ、もうさ、高校入学って、こんな死ぬような思いをしなくちゃいけないんだろうかとずっと考えてたよ……」

 

 遠い目で窓の外を眺める唯くんの身に何が起こっていたのかは、聞かないでおこう。

 時織さんの無茶苦茶ぶりは想像がつかないが、普段から修行バカな彼がこうなるなんて、相当な目にあったのだろうと言う事はわかった。

 自ら行ったわけじゃないし、許してあげる事にしよう。

 という事で、ずっと言いたかったことを伝えてみる事にする。

 

「じゃあじゃあ!卒業式が終わったら、二人で少し出かけない?」

 

 卒業しても一緒だとはいえ、東京を離れてひとり暮らしをすることになるんだし、雄英って事は今みたいな自由な時間も少なくなると思う。

 だから、今のうちに遊んでおきたいと思っていた。

 それに、私は色々と教えてもらったけど、お礼らしいことは全然できてないし。

 

「ん、いいけど…俺と違って透はみんなにもみくちゃにされて送別会みたいにならないのか?」

 

 本人は知らないだろうけど、雄英ヒーロー科の合格者が二人も出たと言うことで毛糸中はお祭り騒ぎのように盛り上がっている。

 合格発表の翌日から消えちゃった唯くんに至っては、みんなからすれば元々が謎な人のため噂には尾ひれどころかロケットエンジンまでついて月まで飛んでいく勢いだった。

 

「私より、唯くんの方が明日はもみくちゃにされると思うよー」

 

 曰く、

 秘密の修行に励んでいる。

(ほとんど合ってる)

 実はプロヒーローの関係者で、既にサイドキックとして極秘に活動している。

(だいたい合ってる)

 既にヴィラン退治の活動に励んでいる。

(妖相手だから合ってない)

 海外へ短期留学して本場のヒーローから指示を受けている。

(時織さんは海外を飛び回っていたわけだし少しだけ合ってる)

 

 噂の一部を伝えたのだが、まさかのだいたい合ってると言うのがまた想像の斜め上を行く。

 時織さん、活動してないとは言え、プロヒーローの資格持ってたんだ。

 

「ジジイも律儀に学校に連絡なんかせずに、姉ちゃんの時みたいに式神通わせてくれりゃよかったのに。そんなめんどそうなことになってんなら、俺も式神に任せて行くのやめようかな…」

「それはダメッ!」

「ん…?」

 

 自分でも思っていなかったほどに大きな声が出た。

 でも、それは嫌だ。

 絶対に嫌だ。

 同じ高校だとしても、中学校での生活は二度と帰ってこないんだ。

 たった2年間だけど、それでも、私の中学校での思い出の大半は、目の前の男の子でできている。

 

 初めての出会いで紙になって驚いた事。

 その時に裸を見られて恥ずかしかった事。

 私の個性の先の可能性を知れてワクワクした事。

 そして、それが形になって嬉しかった事。

 お母さんも含めてお菓子作りを何度もして楽しかった事。

 修学旅行の時、透明な私と式神を扱える唯くんだからこそ、夜に二人で抜け出して、結界の上から夜の街を見下ろして、余りの高さにドキドキした事。

 課外授業の日も式神に任せてたもんだから、学年でただ一人教室に座り続けている唯くんが周りから気が触れたヤバい人と認識されてて笑った事。

 

 唯一私を見ることができる人は、思えばいつも一緒にいた。 

 だから、最後も一緒がいい。

  

「私は、一緒に卒業したいよ。ここで出会って、いっぱい…いっぱい助けてもらって、いろんなことした場所だもん。最後に唯くんがいないのは…嫌だよ」

 

 言い終わってすぐ、恥ずかしいからおでこを彼の肩に乗せる事にしておく。

 今の私の顔は、見られたくないから。

 最初は戸惑ってたけど、受け入れてくれたのか、優しい声で話してくれた。

 

「……悪かったよ。明日、一緒に卒業しよっか。確かに、俺の中学校での思い出には透しかいないや。透がいるから、学校生活も悪くないと思えたし。ありがとな」

 

 そんなこと、普段は滅多に言わないくせに。

 でも、やっぱりこうしてて良かった。

 これなら、流石の彼でも今の私の顔を見る事はできないから。

 

「もうちょっと、こうしてていい?」

「………ん」

 

 彼の上着に小さくできていたシミを見て、そう思った。

 

 

 

── 間茂守 ──

 

 

「なぁ、本当に行ってもいいのか?」

 

 帰ってきたその日に、雄英で学んでこいとだけ言われた俺は、卒業式も終わり数日経った今、再度確認してみた。

 

「……好きにしたらいい。あと、お前に渡しておくものがある」

 

 そう言って出してきたのは、俺の名前で作られた通帳と、印鑑。

 未だ少ない小遣いでやりくりしていた俺にとっては現金だけで良いのにと思っていたら……

 

「ん……え?なにこれ?何でこんなに…?」

 

 ゼロがいっぱい。

 大人にすれば普通だろうが、たかだか中学生以上高校生未満の持ってていい金額じゃない事だけは確か。

 

「それはお前の為のものだ。大切に使え」

 

 俺の為って言われてもなぁ。

 そもそもなんでこんな大金が、と聞いてみたら、昔は母さんが、ここ数年は姉ちゃんが、それぞれ何をしたのかは知らないが、時折大金を振り込んできていたらしい。

 えー。

 出どころのわかんない金って事?

 それとも、ヒーロー活動でもしたって事か?

 いずれにせよ、こんな大金は今はいらない。

 

「もう一つの通帳に生活費だけ入れて持ってなさい。あんたがあんまりお金持ってても使うことないでしょ?」

「ん……てかさ、これヤバい金じゃないよね?」

 

 いつもの笑みを浮かべてフフフと笑うだけ。

 怖いんだけど、まぁその提案には乗っておこう。

 

「唯守、お前向こうでの住まいは決めとるのか?」

 

 ……。

 

「決めるもなにも、そんな事は地獄の修行で頭になかった…」

 

 ヤバい、空いてる物件あるのかな?

 確か透は〜〜辺りって言ってた気がするけど、

『早くしないと埋まるからね!せっかくだし近所にしよーよー!』

 人差し指を立て、歯を見せて笑う彼女の事は思い出せるが、場所は全く出てこない。

 そもそも、そんな話をしたのが1ヶ月以上も前の話なので、全国から人が集まるような雄英の近くで、学生一人暮らしに良い物件はもうない気がする……

 

「姉ちゃんは普段どうやって生活してたんだ?」

 

 一人暮らしに慣れているはずの姉なら、何か真似できる方法が……!

 

「そうねぇ。私は基本ホテルか野宿ね。別に結界があれば雨風はしのげるでしょ?」

 

 おぃぃ!

 高校生活三年間ホテル住まいか野宿しろと言ってるのか?

 違うよな?

 むしろあんたは女なんだから平気で野宿してんじゃねぇ!

 あわよくばミニオーブンを買って、お菓子の城計画への足掛かりを。

 なんて想像が、音を立てて崩れ去っていく。

 

「はぁ。お前のそうゆうとこは変わらんのぉ……その抜け癖を直さんと、直ぐに帰ってくる事になるぞ」

 

 うっ。

 入試ですら言われたもんなぁ。

 確かに、集中力が無いのかも。

 好きな事にはめっぽう強いんだけどなー。

 興味がないといかんせん。

 てか、あれからあの思考がクリアになる感覚には全く至らないし、姉ちゃんもそこは気にしてないみたいだし、一体なんなんだ。

 俺には向いてない術なのかな。

 

 と、あれこれと考え始めた俺の前で、ザッとコピー用紙を机へと広げたジジイ。

 

「どうせそんな事だろうとワシの方で選んでおいた。そこであれば大家の事も昔から知っておるし、悪いようにはならんじゃろう。雄英にもそこそこ近いしな」

 

 ……なんだよ。

 普段そんなことする、タイプじゃないじゃん。

 

「……ジイちゃん、ありがと」

「フン。一人になってびーびー泣くなよ。昔のようにな」

 

 いつもなら軽口のひとつも言っただろうが、今日だけは、やめておく事にした。

 

「ん。頑張ってくる。そんで、悪さする妖はいずれ俺が全部滅してやる。でもまずは、プロになって帰ってくるわ」

 

 気のせいかも知れないが、ジジイも少しだけ笑ってる気がした。

 

「葉隠の娘が言っておったぞ。雄英の中でも絶対に一番になるから唯守を雄英に行かせろとな。首席卒業でない限りは……わかっとるな?」

 

 気のせいじゃなかった。

 今のジジイは、意地の悪い笑顔を浮かべているから。

 

・・・・・

 

 娘も、孫も元が自由奔放という事もあったのだろうが…

 結果として、若くして家を飛び出していってしまった。

 あの二人が特別と言うこともあるかも知れないが、ワシの視界が狭すぎたことが原因のひとつなのかもしれない。

 

 それに、時織の話が真だとするならば……

 もう、結界師として才の無いワシの手からは、離れるべきなんじゃろうな……

 

 

 

── お隣さん ──

 

 

「さて、これで終わりかな」

 

 粗方の荷解きは完了したし、残りは追々やっていこう。

 後は、お隣さんに挨拶したら終了かな。

 それにしても、家賃の割に随分と良い部屋だな。

 広いし綺麗だし、知り合いだから安くしてくれたのかな。

 

 今はジジイに紹介された部屋への引越し作業中。

 1Kではあるが、廊下も広いし、部屋も10畳と俺にとっては広め。

 適当に買い揃えた家具を配置し終えて、まだいくつか空いていない段ボールはあるが今日の作業はここまでにしておく事にした。

 

 つっても、角部屋はお隣さんと言う名の大家が住んでるんだったっけか。

 ジジイの友人って、どんな人だろ。

 とんでもなくうるさい人だったりしたら、面倒だな。

 考えてても仕方ないし、行ってみるか。

 ジジイが用意していた団子の紙袋を一つ手に取り、部屋を出た。

 

──ピンポーン。

 

「………何か?」

 

 おぉー。

 ジジイとは正反対の素敵な老紳士じゃん。

 白髪は二八で綺麗に分けられてるし、その身なりも高価な感じが見てとれる。

 ジジイの友人だと、どんな頑固ジジイが出てくるのか警戒していたが、これはラッキーと思わず笑顔になると、向こうも眼鏡の奥の眼を綻ばせて笑顔で返してくれた。

 

「今日から隣に越してきました。間唯守です。宜しくお願いします」

「あぁ、茂守くんの孫の唯守くんだね。僕は(かがみ)平助(へいすけ)だ。宜しく。ただ、僕は普段はこの部屋は書庫のように使っているだけで殆どいないから、余り気にしなくて良いよ」

「そうなんですね。とはいえ、これから宜しくお願いします。コレ、一応ご挨拶って事で」

 

 鑑さんか。

 良い人そうだし一安心。

 少ない小遣いでやりくりしていた自分からしたら、家ひとつ倉庫代わりに使ってるなんてな。

 俺もお金はあるけど、自分で稼いだわけじゃないのでほぼ使ってない。

 と言うのは嘘で、割と高価なオーブンレンジを購入してしまった。

 でも、これで夢に一歩近づく。

 休日はせっせと練習かな。

 

「あぁ。これは悪いね。じゃあ、僕からもお返しをひとつ」

 

 人知れず野望に燃えていたのだが、そう言って渡されたのは、百科事典かというくらいに分厚い本。

 

「ありがとう、ございます?」

「要らなければ捨ててくれて構わないよ」

 

 なぜに本かと思っただけなのだが、顔にも言葉尻にも出てしまっていたよう。

 

「ん、捨てないスよ。ちょっと難しそうな本だったんで……つい」

「クッ。まぁ、特に変哲もない物だが、学生の君にはと思ってね。それじゃあ、また」

 

 見たところ、表紙の文字が全く読めない古字なので歴史系っぽいけど、よくわからん。

 最高に暇になった時にでも見てみるか。

 後はもう片方のお隣さんのところ挨拶して、今日はゆっくりしよ。

 そんで明日から、とうとう雄英での高校生活か。

 

 響香……いるよな?

 俺は、約束守ったぞ。

 

 

・・・・・

 

 

 クックックッ。

 彼が、そうか。

 間流結界師、数百年ぶりの正当継承者。

 異界愛好家として、とても興味がある人物。

 茂守くんの家系のことは調べたが、ある一定の時期のみだが、情報は意図的に消されている。

 それも、完璧に。

 そしてその時代の結界師に、土地神や妖といった、常識を超えた真の超常が裏舞台からも消えた真実があると睨んでいる。

 僕は、それが知りたい。

 

 茂守くんの娘さんと、彼の姉。

 どちらも僕の手に負える相手じゃなかったからね。

 彼は、どうだろうか。

 



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雄英入学編
11話 はりさけろ入学


 

 

 今日から、雄英。

 教室に着いたら、同じようにウキウキとワクワクとドキドキがおり混ざった顔したクラスメイトで溢れてる。

 それは、例に漏れず自分もそうだと思うけど。

 三年前の約束通りウチはここに来たけど、約束をした片割れの姿は始業時間の2分前だというのに未だない。

 もしかしたらB組かも知れないし、会う事ないかもしれない。

 でも、いざ会ったら……なんて言おう?

 

 全国から受験生が集まる超有名校であり、倍率もトップを誇るヒーロー科なのだから、他に顔見知りもいない。

 はずだったのだが。

 

「耳郎さん?」

「あ…」

 

 待ち人じゃないけど、知り合いがいた。

 

「葉隠…同じクラスだったんだ。改めて宜しくね」

「うん!宜しくね、響香ちゃん!」

 

 いきなり名前呼び。

 ハズイけど、唯くん呼びしてるのも、もしかしてこんな感じなのかな?

 

「ふふふ。唯くんも受かってるよ!」

「そうなんだ ──ん?」

 

 受かってるのは、なんとなくわかってたから驚きもしないけど、教室の入口で何やらザワザワしている。

 どうやら寝袋を着てる人が、入試の時騒がれてた緑頭の人に注意でもしてるのか。

 ボソボソと話すので聞き取りづらいが、個性のおかげで話してることは聞こえた。

『お友達ごっこがしたいなら他所へ行け』

 それは、その通りだ。

 気を引き締め直し、そのまま雄英のガイダンスの説明にでも入るのかと思えば。

 

「はい。静かになるまで8秒かかりました。時間は有限。君達は合理性に欠くね」

 

 なんか、クセありそうな人。

 合理性には欠いているかも知れないが、きっとこの人より常識は欠いてない。

 

「担任の相澤消太だ。宜しくね。早速だが、コレ着てグラウンドに出ろ」

 

 UとAが前面に大きく描かれた青い体操服を取り出している。

 いきなり体操服だなんて、唐突だな。

 ホントなにするんだろ。

 響いていたチャイムが鳴り終わったところで、突然の事にみんな戸惑っている中、担任の相澤先生は振り向いた。

 

「── あと、お前はギリギリすぎるぞ」

 

 そう言った相澤先生の後ろに見えるのは、記憶よりも少し低くなった声と高くなった身長。

 

「ん?……時計ズレてる……でも、遅刻じゃないスよね?」

 

 そして、フワフワとした、見慣れた黒い猫っ毛。

 想像していた姿と、全く同じ。

 苦笑いを浮かべた、幼なじみがそこにいる。

 今日ここから、私の夢は動き出すんだ。

 三年前に止まっていた何かが、今再び動き出した気がした。

 

 そして、目の前の葉隠はサッと走っていってしまった。

 

「唯くん!同じクラスじゃん!」

 

 感情のままにああやって行動できるのって、ちょっと羨ましいかも。

 

 

 

 

「お前さー入学初日から遅刻ギリギリってやばい奴だなー」

「ん…厳密には遅刻じゃない。チャイムの終わりにはいたし、ジャストだろ?」

 

 俺だってやっちまったと思ったけど、金髪の黒メッシュの奴が蒸し返すように話しかけてきた。

 

「ジャストとは…雄英たるもの10分前行動が基本だろう!」

「あ。入試の時の眼鏡!」

「眼鏡ではなく、飯田だ!」

 

 そんな俺に早速入試の時のように説教をかましてくる眼鏡こと飯田には、赤い髪をおったてた奴が俺が思った事と同じ言葉を発してくれた。

 

「なぁ……何もう女子と仲良くなってるわけ…?」

 

 えらく身長の低い奴は殺気を孕んだ目で俺を睨みつけている。

 ちょうどズボンを下ろしたところなので、タイミングはずらして欲しかった。

 ただ、教室で空気を読まずわーっとよってきた透のことを言っているのだろう事はわかった。

 

「同じ中学だからだよ。なんでそんなキレてんだ?」

「クッソー!フラグじゃねーか!」

 

 いったいなんなんだと思うが、怒気を発したままに着替えを再開するチビッコ。

 わけわからん。

 クラスの人数も20人と少ないし、今は男子更衣室なので男だけだが、名前も知らない奴らにあーじゃこーじゃと言われるのは初めての経験。

 実際自己紹介すらなしに更衣室からグラウンドへ移動となったので、本当に顔しか知らないままに進んでいく。

 ただ、それよりもずっと気になってることがある。

 響香…いたな。

 思ってた通りのまま大きく、綺麗になってて、何というか、自分の思ってたイメージにしっくりきた。

 話しかけられないままに移動しちゃったけど、いざ話すとしたら……

 なんて言おう?

 

 考えもまとまらないまま着替え終わってグラウンドに集まると、入試の時に俺を止めに来た人の一人。

 担任の相澤先生の呟くような小さな言葉に一部のクラスメイトが照らし合わせたかのように声をそろえた。

 

「「「個性把握…テストぉ!?」」」

 

 別にそれはいい。

 それよりも、気になる事があるから。

 グラウンドに出てから、響香を見てたら目が合った。

 それももう、何度目かもわからないほどに。

 だが、必ず目が合うと逸らされる。

 その度に、なんかモヤモヤとしたもので心が埋め尽くされていく。

 俺、なんか変だ。

 というか、なんかしたっけ。

 嫌われてんじゃないかと不安になってきた。

 

「あ!お隣さん!まさかのヒーロー科やったんや!」

「あぁ、麗日も同じクラスだったんだ」

「勝手ながら普通科だと思ってたー。でも、なんか知り合いいると安心するね!それに、個性使っての体力測定って、ちょっと楽しそうだよね」

「ん、どーだろ。相澤先生の狙いがわからんから」

 

 そう言って話しかけてきたのは、まる顔に赤いほっぺが特徴的な女の子。

 俺の引越し先である『レジデンス鑑』の隣の部屋に住む麗日お茶子であった。

 面白そう、かどうかはわからないがなんとなく、それだけで終わらない気がする。

 ボソボソと喋り、初日だから当然だが観察されてる感じが強い。

 その観察眼には何か含みを感じるし。

 そして今、入試で一位の成績だったらしい、爆豪と呼ばれた目つきの悪い爆発頭がソフトボール投げを行うため前に出た。

 

「んじゃまぁ……

 ──死ねぇ!!!」

 

 FABOOM…!!

 

 爆発による爆風でボールを加速させたのか。

 派手な個性だなぁ。

 羨ましい。

 死ねって叫びながらなのがウケる。

 

「まず、自分の最大限を知る。それがヒーローの素地を形成する合理的手段」

 

 そう言いながら端末の画面に表示されているのは先程の飛距離だろう。

 【705.2m】

 大した距離だ。

 個性無しでの俺の12倍。

 

 誰かのあげた、面白そうと言う言葉に、相澤先生の雰囲気が変わった。

 

「面白そう…か。ヒーローになるまでの三年間、そんな腹づもりで過ごす気でいるのかい?」

 

 わずかながらに放たれるプレッシャーに混ざったものは……

 先ほどまでと同様にボソッと「よし」と呟き、空気が変わる。

 

「トータル成績最下位の者は見込み無しと判断し、除籍処分としよう」

 

 本気か?

 試されてるのはわかるが、見込み無しの判断をこんな単純なテストで見るとはな。

 響香の個性は体力測定向きじゃないし、透もそう。

 大丈夫とは思うけど、心配するのも違うな。

 この世が理不尽ばかりだというのには賛成だし、やってやるか。

 雄英高校の新一年生たち。

 同い年の最高峰たちを見れるのもいい機会だ。

 自分はどの位置にいるのか、まずはそれを把握する。

 そんで、透の無茶振りもあるし、まずはこん中で一位になってやる。

 

「生徒の如何は先生(おれたち)の"自由"。

 ようこそ。これが、雄英高校ヒーロー科だ」

 

 姉ちゃんが帰ってきてからの地獄の二ヶ月を乗り切ったばかりで、ようやく再会した幼なじみに嫌われているかもしれない俺のテンションは今、おかしな事になっている。

 自分でも異常だとわかるほどに、無駄にやる気は燃え上がっていた。

 

 

 

 

 第一種目は50m走。

 今のところ一位は飯田という眼鏡。

 走りに特化した個性は確かに速い。

 青山ってやつも、使い方は良いけど射出時間が短いのがネックだな。

 ただ、俺は違うぞ。

 そこそこのサイズの結界の成形まではベストの状態でも2.9秒。

 50m走でその所要時間は致命傷だが、スタート前に生成は済んでいるし、止められもしていないので問題ない。

 

「アレ、なに?」

「不思議な個性だけど、何する気だろう」

 

 結界を見て僅かにざわついているクラスメイト達。

 そんな中、俺の視線はいつものところで止まる。

 今度は、目を逸らさないでいてくれた。

 それだけで、騒いでた心も安心したように静かに落ち着いていく。

 見てろよ響香。

 俺も、成長したぞ。

 

『ヨーイ、START!』

 

 ロボから流れる甲高い電子音が聞こえたと同時に、背後の結界の形を変える。

 突端に手をかけ、一気に伸ばしてそのままゴール。

 4.04秒で、一位の飯田からちょうど1秒遅れてだが現状二位の好成績。

 

「スッゲー!形も変えれんのかよ!」

「お隣さん!その個性なんなん!?」

「さっすがー!」

 

 赤い髪をした更衣室で絡んできた切島、お隣さんである麗日、そしてお馴染みの透。

 やいのやいのと騒げるのはすごいな。

 麗日なんてさっきまで、「理不尽すぎる!」と相澤先生に言っていた気がするが。

 そんな褒められてちょっといい気になっている中、視線を移すと、俺を見る響香の目が…冷たい。

 あれ…?

 なんか怒ってるような……

 

 

 

 その後もテストは次々と進んでいく。

 

【第二種目 握力】

 障子という異形系の個性だろう、腕を何本も持つ奴のマネをして、自分自身の握力に結界の力もプラス。

 巨岩を持ち上げてきた結界の力はバカにはならない。

 218kgで結果四位。

 一位は八百万、二位は障子、三位は常闇であった。

 

【第三種目 立ち幅跳び】

 地面につかなきゃいいのだろうと結界に着地して伸ばして前へと進めていると、下から反則だと言う声が上がる。

 ただ、相澤先生は何も言わないのでセーフっぽく、もうやめていいと言われ初めての一位。

 

【第四種目 反復横跳び】

 反発力の高い結界を左右に生成。

 結界を蹴りつつ行う。

 130回で結果、似たような方法だがオートで跳ねるっぽい個性を使った峰田に次ぐ二位。

 

【第五種目 ボール投げ】

 立ち幅跳び同様スタート時から高所且つ結界の反発力を利用して飛ばす。

 無限を叩き出した麗日が一位。

 なんかわからんが一々絡まれる属性でも持ってるのか、一悶着あった緑頭の緑谷が二位。

 そんで、爆豪が三位。

 俺は結果四位だった。

 

 そして、あの時の先生の発言の意味はわかった。

 緑谷になぜか襲い掛かろうとした爆豪を捕縛した時の不可解な事。

 爆破による加速を急にやめた爆豪であったが、そうじゃない。

 やめたんじゃなく、やめさせられた。

 個性を消す個性。

 他のクラスメイトの発言もあり、それは確信に変わる。

 抹消ヒーロー『イレイザーヘッド』

 俺の結界を消せない事で出たのが、あの発言か。

 ま、ここで詰められないって事はほっといてもいいか。

 仮に詰められても『さぁ?』で通そ。

 

 

【第六種目 持久走】

 流石に普通にやるしか無いが、中学校生活の3分の1投げ出してまで鍛錬していた俺を舐めるなよ!

 と思っていたが、結果として三位。

 二位の轟は氷の個性でスケートみたいにしてたのはまだわかる。

 だが、あの八百万って子の個性なんなんだ?

 握力の時といい、乗り物作るとか、ワケがわからん。

 それと、個性の反動か指がへしゃげたままの緑谷はドベ。

 発現したてなのかわからないが、小さな子供と同じ、個性に振り回されているといった印象が強い。

 よく入試で受かったな。

 身体バッキバキになりながらもロボを粉砕したのか、隠しポイントに気付いてレスキューしまくったんかどっちかな?

 というか、痛々しいから治療くらいしてほしい。

 だけど、それはアイツ自身の『まだ動ける』と言う発言を覆すことになるから、藪蛇か。

 

【第七種目 上体起こし】

 反復横跳び同様に結界を反発させて行うも、これも峰田には劣る。

 と思っていたが峰田の異常に低い身長が災いし、上手く個性が機能しなかったようだ。

 ただ、尻尾の生えた奴に至ってはもはや尻尾で起き上がっており、流石にアレには勝てん。

 結果として尾白が一位で、俺は二位だった。

 

【第八種目 長座体前屈】

 何の個性かわからないが、パッチリオメメの蛙吹と言う子がペタリと潰れるように前屈して二位。

 完全透明化した透が大記録を叩き出し一位。

 誰も確認のしようがないが、俺には見えてる。

 普通に指先で押してたし、もはやガッツリ動いてた。

 人差し指を口に当て、「しー」というポーズを取っているから確信犯だろうが、俺も立ち幅跳びで反則まがいのことしたし、お互い様か。

 やりたかないが仕方がないと、俺も自分を生成した結界で押し潰す。

 

「ぐべっ!」

 

 変な声が出たが、何とか三位に食い込んだ。

 ドMなどと言っている奴がいるが、断じて違う!

 俺は至ってノーマルだ!

 

 

 他の連中の個性はすごい。

 けど、単純な身体能力は俺が上かな。

 確かな手応えを感じながら、個性把握テストは終わりを迎えた。

 

 

 

 

「んじゃ。パパッと結果発表」

 

 この中の誰かが、除籍か。

 ウチはきっと上位にいない。

 何も目立った結果を残せなかった。

 最下位ではないと思うけど……

 

 順位は単純に各種目の点数の足し算との事。

 という事は、なんとなく一位は予想できる。

 ほとんど毎回上位に名を連ねてた、三人。

 その中でも、見慣れた名前。

 それにしても唯守のヤツ…

 わかってたけど、遠い。

 結界が万能な事はわかってた。

 でも、速さも力強さも増してるし、何より唯守にはまだ個性がある。

 ウチだって…成長してるはずなのに…

 それに、お隣さんって何?

 あの子の隣に住んでるの?

 ウチには住んでるとこもまだ教えてくれてないくせに…

 あー。

 考えが逸れた。

 今はそれより、結果を見よう。

 

「ちなみに、除籍はウソな」

 

 は?

 

「君らの最大限を引き出す合理的虚偽」

 

 ウソって、でも最下位だった人とも、これから先も一緒にいれるってことか。

 頑張って受かって、初日で除籍は流石に可哀想すぎる。

 

「「「はーーーー!!!???」」」

 

 遅れて大声をあげる連中に対して、目立ってたポニーテールの子があんなのウソに決まっているとツッコミを入れてた。

 そんな中、相澤先生の端末から結果の画面が浮かび上がり、ウチも含め、全員が目を奪われる。

 

 

 一位 間唯守   十一位 麗日お茶子

 二位 八百万百  十二位 蛙吹梅雨

 三位 轟焦凍   十三位 葉隠透

 四位 爆豪勝己  十四位 口田甲司

 五位 飯田天哉  十五位 青山優雅

 六位 常闇踏影  十六位 瀬呂範田

 七位 障子目蔵  十七位 上鳴電気

 八位 尾白猿夫  十八位 耳郎響香

 九位 切島鋭児郎 十九位 峰田実

 十位 芦戸三奈  二十位 緑谷出久

 

 

 下から、三番目……

 わかってたけど、やっぱりこうやって見せられるとキツいな。

 でも、逆にわかりやすくていいか。

 今のウチの位置はココ。

 後はここから、登っていくだけだ。

 目指すのは、一位の隣なんだから。

 

 

 

 入学初日はこれで終了。

 疲れた。

 

 何人かは遠くから通っているらしく帰宅をはじめ、少し話していたクラスメイトたちも次々と教室を後にしていき、気づけば最後の一人になっていた。

 いきなりの個性把握テストで一位を飾った唯守は早々に消えていた。

 結局、話せなかったな。

 

 ウチの事、忘れてないよね…?

 目は合ってたし、流石にそれは無いと思うけど……

 

──ガラガラ……

 

 ドアの開く音が、誰もいない静かな教室に響く。

 誰か、忘れ物でもしたのかな。

 カバンから顔を上げると、頭の中と同じ顔した人がいた。

 

「……唯、守?」

「ん、久しぶり。約束守ったぞ」

 

 戻ってきたのって、それを言うため?

 

「うん」

 

 何話したらいいか、まだわかんない。

 そんなウチの気持ちを知ってか知らずか、話しながらもゆっくり近づいてくる。

 

「俺、あの頃より強くなったぞ」

「うん」

 

 知ってる。

 元々強かったけど、雄英のヒーロー科で、クラスで一番になるほどだし。

 

「それに、お菓子作りも上達した。今度こそ、マズイって言わせないほどに」

「うん」

 

 あぁ。

 あれはマズかったなぁ。

 カスカスのスポンジと、味のないクリーム。

 そんな事も、あったな。

 

「背も伸びた。ほら、追い抜いてるだろ?」

「……バカ。見たらわかるし」

 

 最後は、目の前で自分の頭の上で手をひらひらさせており、ウチとの身長差を強調してる。

 当時は、女子の方が成長が早いから、ウチより背も低かった唯守。

 今は少し見上げるくらいで、わざわざそんな事しなくても見ればわかる。

 

「あと、響香には負けねーから」

「ウチのセリフ。すぐに一位から引きずり下ろすよ」 

「ん。楽しみにしてる。俺も素直に負ける気はないけど」

 

 ニコニコしちゃって。

 なんだ、全然変わってないじゃん。

 

「ねぇ」

「ん?」

 

 やっぱ、変わってない。

 そりゃあ見た目は変わったけど、あの時のままだ。

 

「連絡先、教えてよ」

「あー。そういうのは、ない」

 

 は?

 今、なんて言った?

 よく聞く話の、ナンパを断る理由にしても古すぎる。

 ウチが嫌いになったわけでも、ないよね?

 もしかして…

 

「え?まだ携帯持ってないの?」

「うん」

 

 全く……

 変わって、なさすぎ。

 いったい間家は何時代を生きてるんだ。

 

「じゃあさ、買いに行こ。今から」

「ん?今から?」

「うん。今決めた。ほらっ。いくよ!」

 

 随分と久しぶりなはずなのに、懐かしくも、ついこの間のように感じる。

 小さい頃は、こうしてよく手を引いて歩いてたっけ。

 今はウチより前にいるかもしれないけど、すぐにココまで駆け上がってやるから。

 



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12話 服きよう!

 

 

「これとかどー?ウチも使ってるし、曲もいっぱい入るし、音がまだいい方だし、それに・・・・て感じで、オススメだけど」

 

 本当に、雄英を出て知らない街へと二人でくりだす。

 案内されているために迷う事はなく、今は俺の家と響香の家への道中にある携帯ショップの中で、壁一面に並ぶ端末達を眺めていた。

 

 そのうちの一台を手に取り話しかけてくるも、ちんぷんかんぷん。

 細かく説明してくれたのはいいが、何も入って来ず頭がショートしそうだ。

 生まれてこの方、機械の扱いなどレンジとオーブンくらいでそっち方面は全くわからん。

 

「ん……任せる」

「それとも、コレにする?」

 

 ニヤニヤと笑ってるけど、それは流石の俺もわかる。

 

「おーい。響香さんや、それは俺用じゃないぞ」

 

 60歳以上にオススメ!という札のついてる端末を出してきた。

 それはジジイにでもくれてやれっての。

 

「じゃあどーすんの?」

「響香と同じのにする。使い方は…教えて」

「オッケー。じゃあ決めちゃお」

 

 チャチャっと決めていく姿はカッコいい。

 他人との関わりが少ないので正直買い物だったりは苦手だ。

 その後は契約の用紙に諸々書いていくのだが、ほとんど響香に聞きながら行い、なんだか昔を思い出した。

 

「おぉー。コレがスマホ。これでどーやって電話すんの?」

「…… 一回貸して」

 

 ゲットしたばかりのスマホをふんだくられて、トントンと画面を叩いていく。

 

「はい。コレで良いよ。ウチの番号入れといたから、あとはココをこうして……」

 

 うーむ。

 近い。

 見えるように操作してくれてるから仕方ないんだけど、めっちゃ良い匂いするし。

 画面ではなく、成長した幼なじみの顔をボーッと見ていると、怪訝な顔を向けられた。

 

「……何その顔?」

「え?良い匂いするなって顔」

「はっ!?」

 

 あ、普通に口から出た。

 猫みたいな目を鋭くさせているのを見るのも久しぶりで感慨深い。

 話してくれなくなってしまい宥めるのに苦労したけど、良かった。

 響香も変わってなくて。

 

 

 

 その夜、一人部屋の静かな空間に、突如ピロンと音が鳴った。

 その発生源であるスマホを見てみると、いつのまにかダウンロードとやらをされていた、メッセージのやりとりができるというアプリに赤い丸に数字の1が付いている。

 不思議に思いそれをつつくと、【耳郎響香】からのメッセージだった。

 

『明日からもがんばろーね』

 

 悶々としながら、なんて返そうか、どうやって文字を打つのか格闘し尽くした後、2時間後にようやく返信ができた。

 

『おお。がんばるうな』

 

 読み返して、恥ずかしくて死にたくなった。

 

 

 

 

 翌日、今日こそ早めに到着し、教室に入るとすぐにポンポンと肩を叩かれる。

 

「おはよ。がんば"る"うね」

 

 プププと、口から空気が漏れてますよ響香さん。

 

「うっせ。文字の打ち方はまだ習っとらん」

「でも、あんな深夜に返してこなくても良かったのに。教えてあげるから、携帯貸して」

「えー!唯くん携帯買ったの?私にも番号おしえてよー!響香ちゃんも交換しよ!」

 

 二人で盛り上がってるところ、悪いが……

 

「持ってきてないけど?」

 

 呆れたように俺を見る二人の顔に、若干の憐みが含まれているのを感じた。

 

 

 

 はじめての授業は必須科目の英語から。

 その身なりと発言からどんな授業になるのかと思ったが、プレゼントマイクの授業は、ごくごく『普通』であった。

 その後も、教師がプロヒーローとはいえ通常の授業は基本的に普通で、中学校の時と大差はない。

 ついていけないわけではないが、進みが早い。

 ヒーロー科はヒーローとしての授業の単位が多く、通常の科目がどうしても減るためだろうと思うが。

 そして、昼食を取るのはクックヒーロー【ランチラッシュ】の一流の料理を安価で食べられる大食堂。

 透も響香も別のグループで既に向かっていたようなので、俺も一人で向かおうとしたのだが、話しかけられるうち、いつのまにか三人組のようになっていた。

 

「スッゲーよなぁ!間の個性って、結局なんなんだよ?」

「ん?結界だよ。コレを俺の意思で生成できる」

 

 今話しかけてきたのが、上鳴電気。

 見た目は金髪黒メッシュの少しチャラい奴。

 個性把握テストでは活躍できてなかったところを見ると、あれには向いてない個性だったのだろう。

 

「いいよなー色々使えそうで!」

 

 そう言ったのは紫色の玉が頭に乗ってるような見た目で、見た感じ1mくらいしか身長のない峰田実。

 歩きながら三人組と化したこのメンツで固まって席に座る。

 情報交換じゃないが、ほぼ初めて自己紹介のような事をする事となった。

 それもひとしきり終わり、上鳴は名前の通り電気系の個性で、峰田は男の欲望に忠実という事は理解した。

 食事も食べ終わり、そろそろ移動しようかというところで、唐突にその言葉は発せられた。

 

「ひとつ確認させろ……葉隠とは付き合ってんのかよ?」

 

 峰田から透の事を振られたことに少し驚くが、そんなのじゃない。

 透はそもそも中学では男女問わず人気者だったし、俺とは違って友達も多くいる。

 俺がぼっちだから知らないだけで、俺より仲良い奴もきっといただろうし。

 

「……普通に違うけど?」

 

 少し遅れて答えた俺にニコリと笑いかけ、その短く小さな腕で握手を求めてきたが、なぜだろうか?

 少し、怒りが湧いてくるような。

 

「なぁ上鳴。こいつ殴っていいか?」

「まぁまぁ。雄英可愛い子多いもんな。でもさ、ココに来たからには、次の授業がやっぱ楽しみだよな!」

 

 場の空気を戻してくれた上鳴の言葉にコクコクとうなづいてる峰田だが、一体どっちに同意をしているのやら。

 

 次の授業は、【ヒーロー基礎学】

 最も単位数が多く、その内容はヒーローの素地を作るための訓練がほとんど。

 

「まぁ。そうだな。俺もみんながどんな個性で、どんなことできるのか見てみたいしな」

「おぉ!俺の個性にビビんなよ!?テストじゃ発揮できなかったけど、その内見せてやっから」

 

 上鳴とは仲良くなれそうな気がする。

 というか、ヒーロー科のみんなとだけど。

 小中の奴等とは違い、群れのように固まり、誰かひとりを標的として馬鹿にし、妬み、蔑むような事など全くしそうにない。

 小学校では完全にそれを浴びていたので学校というものが面倒になり、中学では透と話すまでは自分から人も学校も避けていた。

 そもそもそんな子供では無くなったというのもあるが、きっとこのヒーロー科の人間は、響香や透と同じで、全員が全員、当たり前のように対等なんだ。

 ヒーロー目指してる奴って、やっぱカッコいいな。

 学校って、意外と楽しいかも。

 

「どうせやるなら男女対抗相撲訓練とかだと良いな」

 

 と、学校生活を見直していたはずの俺を、峰田が現実に戻してくれた。

 

 

 

 

「わーたーしーがー!!」

 

 全国のちびっ子達、誰しもが一度はマネしたであろうセリフ。

 生で聞けるとは思ってなかったな。

 

「普通にドアから来た!!」

 

 このちょっとダサい感じもまた、らしい。

 ナンバーワンヒーロー【オールマイト】。

 誰もが知る日本の、あるいは世界的に見てもトップヒーローである彼は、『平和の象徴』とも呼ばれている。

 大人も子供も、ヒーローでもヴィランでも、彼を知らない人間はこの日本にはいないと言える程の人物。

 そんなとんでもない有名人が、今年から雄英の教師となる事は散々ニュースで取り上げられていたし、透もずっと騒いでいたので流石の俺でも知っていた。

 とはいえ、ナンバーワンのヒーローからヒーロー基礎学を学ぶというのは、確かにヒーロー科最高峰だなとしみじみ思う。

 

「早速だが、今日はコレ!!!」

 

 そんなオールマイトが、バーンッと掲げたその手に持っているのは、『BATTLE』と書かれた顔くらいもありそうなボード。

 その後の補足的な発言からもわかるように、"戦闘"訓練。

 ヒーローとなるからには、救助や防衛、はたまた避難誘導や場所の確保まで様々だと思うが、恐らくそのどれもに関わってくるのが、戦闘能力。

 この世に蔓延るのは妖よりも圧倒的にヴィランの方が多く、守る為の行動が発生する原因もまた、災害よりヴィランの方が圧倒的に多い。

 とはいえ、いきなり戦闘すんのかとは思うが、個性把握テストで大まかな使い道を、この訓練で各々の判断能力とかを見たいってところなのかな。

 

「そして、それに伴って……こちら!!!」

 

 他のクラスメイト達はナンバーワンヒーローから本当に学べるのだと高揚している中、オールマイトの言葉が終わると同時に、教室の左側前方の壁が順番にせり出している。

 

「入学前に送ってもらった『個性届』と『要望』に沿ってあつらえた……戦闘服(コスチューム)だ!!!」

「「「おおお!!!」」」

「こいつに着替えて順次、グラウンドβに集まるんだ!!」

「「「はーーーい!!!」」」

 

 オールマイトの言葉に、いちいちみんなは大きく返事をしている。

 まぁ、オールマイトの授業に、ワクワクするしかない戦闘訓練、そしてコスチュームが登場したわけだし、気持ちはわかる。

 俺も俺で、同い年連中の『強さ』を知れる良い機会になる。

 

 コスチュームは、出席番号順か。

 俺のは……あった。

 

 自分の出席番号である17番のケースに手をかけたところで、ひとつ上の16番を引き抜いた奴に絡まれた。

 

「……テメェはぶっ飛ばすからな…!」

「え…今?なんで?」

 

 なんだ突然。

 着替える前にぶっ飛ばされるのかと聞いてみるも、鼻を鳴らして無視。

 そのまま更衣室へと向かっていく唯我独尊爆豪を呆然と眺めていると、今度はひとつ下の18番を手に取った緑谷が声をかけてきた。

 

「かっちゃんは、たぶん間くんが昨日一位だったから…」

「喧嘩を売ってきたと?」

 

 かっちゃんって、流れからして爆豪の事だよな?

 友達なんかな?

 昨日えらい揉めてる感じはしたけど。

 

「自尊心の塊みたいな奴だから。でも、強いよ…」

「ふーん。でも、首席に対抗心燃やされるのは悪い気分じゃねーかも」

 

 アイツが入試一位って、昨日言ってたしな。

 俺と同じで止められた口だろう。

 そんで昨日は一位が俺だったから、あぁなったと。

 トップじゃないと気が済まない系かな。

 

「うん。個性も、自信も、凄い…」

 

 そう言う割には、ちょっとだけわくわくしてるように見えるけど。

 

「じゃあ、負けたくねーな。俺たち」

「え?」

「お前もそーじゃねーの?」

 

 俺にじゃなくて、自分に言い聞かせてるようにしか聞こえなかった。

 まぁ、俺も負けたかないから、俺たちと言ったつもりだったんだけど。

 

「そう、だね。うん、間くん。頑張ろう!」

「ん。やったんぞ」

 

 そう言った緑谷の眼は火が灯ったかのように輝きと力強さを増した。

 なよなよしてるだけかと思ったけど、昨日のボール投げの時といい、根っこはどっしりしてるんだな。

 ちょうど更衣室にも着いたので、コスチュームに着替えることにした。

 

 

 グラウンドβに着替えて出たのだが、普段から着てた戦装束とほぼ同じコスチュームなので俺が一番早かったらしい。

 間の八芒星ではなく、ただの四角形に変えている黒い袈裟のようなコスチュームに身を包んだまま、オールマイトと二人きりとなった。

 子供の頃憧れていたヒーロー像は、テレビで見るオールマイトと、我が家に伝わる22代目と開祖。

 折角だし、間流結界師の衣装と変えておくならその二人と同じ印を使いたかったし、後は多少デザインを変えておいたけど、機能的にはほとんど変わらない。

 

「そのコスチューム似合ってるぞ間少年!ところで、【サイロック】は元気かい?」

 

 ……なにそれ?

 全く聞き慣れない言葉だし、その意味はわからない。

 元気か?と言う時点で人物を指している事はわかるが、ヒーロー名っぽいけどそんな知り合いはいない。

 

「さいろっくって、なんスか?」

「んんんん!?君がサイロックを知らないのかい…?」

「はい。まったく知らんです」

 

 首を捻りまくっているオールマイトだが、誰かと勘違いしてるんだろうか?

 そのうちに、みんなも着替え終わったようで、次々とグラウンドに出てきているのを見ると、

 

「知らないならいいんだ。私の勘違いだったのかもね!」

 

 最後にHAHAHAと大げさに笑って話を切られた。

 まぁ、気にしないでおこう。

 

「さて、始めようか有精卵共!!! 戦闘訓練のお時間だ!!!」

 

 全員のコスチュームを見ながらカッコいいぜと言ってくれてる。

 確かに、みんな凝ってんなー。

 俺は普段と全然変わんねーけど、着慣れてるから楽なんだよな。

 響香は黒いジャケットに黒パンとバリバリのロックンローラースタイル。

 目の下の涙みたいなメイクがなんか、良い!

 そんで、もひとつ気になるのは……

 

「葉隠、間と似たようなコスチュームだな」

 

 うん、俺もそう思ったよ。

 上鳴が言ったように、透が来ているのは間流結界師の女性用、昔は雪村の一族が愛用していたらしい、うちの白い戦装束に若干似た感じのするもの。

 方印の位置には木の葉がワンポイントで入っており、グローブをつけていたりとデザインもちょこちょこ違うけど、意識してんのはわかった。

 間流はゆったりしてるけど、透が着ているのは忍者のように割とピッタリとしたデザインでよく似合っていた。

 上鳴に対して「そうなのー」と言った後、俺の方へと駆けてくる。

 

「あはは。時織さんが、強すぎてカッコよかったからマネしちゃった!大丈夫だった?」

 

 まぁ、突然現れて一瞬で鬼をぶっ倒したの見たら……でも、アレに憧れるかなぁ…。

 

「ん。別にいいんじゃないか?印は違うし」

「え?時織姉(しおりねぇ)、帰ってきてるの?」

 

 と、透と話してたら昨日の下校から普通に話せるようになった響香が横から聞いてくる。

 そういえば姉ちゃんに少し憧れてたっけ。

 あのサバサバを通り越した鉄仮面ぶりがクールでロックだとか言ってたような。

 まぁ、楽器を弾けるようになったばかりの頃の響香から見たら、とても小学生とは思えない程に落ち着いてた姉はクールに見えなくもないとは思うけど。

 

「ちょうど2月にな。そのせいで地獄だったけど」

「そっか。良かったね」

「いや、地獄だったんだっての」

「もー。響香ちゃんは久しぶりに家族で過ごせて、って意味で言ったんだよー!」

 

 朝も思ったが、いつのまに仲良くなったんだろ。

 そうこうしている間に飯田がまたもなにやら話していたらしく、その内容は入試と同じ、市街地での演習なのかと聞いていたよう。

 

「いいや!今回はもう二歩先に踏み込む!屋内での対人戦闘訓練さ!」

 

 真に賢しいヴィランは屋内に潜む。

 屋外でのヴィラン退治が取り上げられるのでそちらに目がいきがちだが、実際の統計上は屋内のほうが凶悪なヴィランの出現率が高いらしい。

 確かに、妖相手は屋外でしかしたことないし、屋内戦闘って、ちょっと楽しそうだな。

 

「そこでだ! 君らにはこれから『ヒーロー組』と『ヴィラン組』に分かれて2対2の屋内戦を行ってもらう!」

「基礎訓練もなしに?」

「その基礎を知るための実践さ! ただし、今度はブッ壊せばオッケーなロボットじゃないのがミソだ!」

 

 そう言ったのち、一気に質問が飛び交う中、青山だけはコスチュームを見せつけているが、なんだこいつは。

 オールマイトは全ての質問を聖徳太子というワードだけで乗り切り、まさかのカンペを懐から取り出して訓練の状況設定を説明し始めた。

 

 設定はこう。

 『ヴィラン』がアジトに『核兵器』を隠していて、『ヒーロー』はそれを制限時間以内に処理しようとしている。

 それぞれの勝利条件として、『ヒーロー』は制限時間内に『ヴィラン』を捕縛するか『核兵器』の回収が条件。

 『ヴィラン』側は制限時間まで『核兵器』を守るか『ヒーロー』を捕縛すること。

 シンプルではあるが、核兵器だったりと大味な設定はなんともアメリカンなシチュエーション。

 狙うものが二つある時点でヒーロー側が有利な気もするが、その分ヴィランは罠を張れるし、核兵器ってののサイズ次第なところもあるか。

 

「コンビ及び対戦相手は、『くじ』だ!」

「適当なのですか!?」

「飯田くん、プロは他の事務所のヒーローと急造でチームアップすることも多いし、そういうことじゃないかな……!」

 

 飯田の質問であった"分け方"の答えは帰ってきたのだが、次はくじで決めるってことにも質問を飛ばす飯田。

 待てを知らんのかアイツは。

 と思っていたら緑谷がすかさず自分の考えを話し、それに納得。

 テンション高いなーみんな。

 

「いいよ!早くやろ!」

 

 オールマイトのその言葉には、賛成。

 早くやろう。

 

 ペアの相手は誰になるのか、戦う相手は誰になるのか。

 俺も周りの連中のテンションのせいか、ちょっと楽しみになってきた。

 

 



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13話 今、私に、ウチに出来ることから

 

  

 入学から2日目。

 はじめてのヒーロー基礎学の授業は、戦闘訓練。

 2人1組のチーム戦であり、そのチームメイトはクジで決められるので、今は出席番号順に次々とくじを引いていっている。

 

「次は、耳郎少女だな!」

 

 テクテクと前に出た響香は、躊躇なくボックスへと腕を突っ込んだ。

 どうせなら、小さい頃に考えた合体技試せるし響香とがいいなと思っていたが、今目の前で引いたアルファベットは。

 

「ウチはGっス」

 

 Gは上鳴が既に引いていたのですぐにチームは決まり、上鳴の方へと向かい話し始めたみたい。

 じゃあ、あとは誰でも良いやと思っていたら、自分の番が回ってきた。

 一回ゴソッと玉をまわした後に、掴みやすい位置にきたものを引っこ抜く。

 

「間少年はHだな!」

 

 間少年はエッチだなって、やめてくれ。

 ガキのように透と峰田は笑ってるし、響香と上鳴もニヤけてる。

 まぁいいや。

 エイチは、誰だっけ。

 

「間ちゃん、私もHよ」

 

 今の今だったので少し吹き出しそうになったがなんとか堪えた。

 蛙吹梅雨、個性把握テストでは十二位。

 緑色をベースに黒いラインの入ったコスチュームで、デフォルメされた蛙の眼のような大きなゴーグルみたいなのがついてる。

 大きなオメメの下には黒いラインのメイクが入っており、艶のある長い黒髪が後ろで蝶々結びになってるのが可愛い。

 

「蛙吹、だよな。宜しく」

「えぇ宜しく。梅雨ちゃんと呼んで」

「へ?梅雨ちゃん?」

 

 誰かにちゃん付けなどした事ないし、出会い頭なので少し戸惑うも、呼んでみたらニコニコしてたのでいいや。

 

「作戦立てましょうか」

「ん。ただ、ヒーローかヴィランか、どっちかも先に知りたいけど、そのくじをいつ引くか、だな」

 

 守りか攻めか。

 オールマイトは対戦の組み合わせとどちらの組になるのかもくじだという説明はしたものの、そのくじをいつ引くかは話していない。

 

「そうね。でも、直前かもしれないわ」

「確かにな。お互いのできる事、話しとこうか」

 

 そんな話をしているうちに、全てのチーム分けが終わり、オールマイトが対戦相手と、自分たちがどちらの組になるかのくじを引くよう。

 『HERO』、『VILLAN』とかかれた二つの箱に左右の腕をそれぞれに突っ込み、同時に引き出す。

 その手に握られたボールは、ヒーローがAで、ヴィランがB。

 その後は対戦組を残して移動とのこと。

 つまり、次のくじを引くのも、相手がわかるのも直前か。

 

 ともかく、第一戦は、麗日・緑谷 対 飯田・爆豪の対決。

 おぉ、早速やったれるじゃん。

 こっそり緑谷とお隣さんである麗日を応援しつつも、オールマイトと対戦組以外は地下のモニタールームで戦闘を観戦するために移動を始めた。

 

「それじゃ!屋内対人戦闘訓練、スタート!!」

 

 そうして、オールマイトの掛け声と共に、はじめての戦闘訓練が始まった。

 

 

 

 

 第一戦の終了後、対戦の場であったビルはボロボロとなっていた。

 爆破の爆豪と、超パワーだかリスキーな個性を持つ緑谷。

 俺とは違って大きな事ができるのは凄いな。

 今の結界には、あの二人の威力を受け止める程のパワーは無い。

 個性把握テストで少し良い気になっていたが、確かに雄英は最高峰なのか、強いな。

 

「負けた方がほぼ無傷で、勝った方が倒れてら……」

 

 誰かが呟いた言葉は静かな部屋によく響いた。

 爆豪の個性と自身の個性でボロボロになった緑谷はそのまま担架で保健室へとロボット達に運ばれていく。

 その様子に、心がざわつくもクリアになっていくような矛盾を感じながらも、気を引き締め直した。

 

 そして緑谷以外の三人。

 顔色の悪い麗日と爆豪、悔しそうな顔した飯田もモニタールームに戻ってきたところで、先程の訓練の講評が行われる。

 というか、オールマイトさっきまでここに居たのに、いつのまにか試合終了時には爆豪の横にいた。

 あのスピード……人間じゃ無いな。

 

「今戦のベストは飯田少年だけどな!!!」

 

 飯田がMVPらしく、悔しそうな顔から一転し、嬉しそうにプルプル震えている。

 そしてその理由がわかる人はと尋ねると、一人手を挙げるものがいた。

 個性把握テストで二位だった、八百万百。

 それぞれの動き、状況設定、諸々を完璧に説明をしてくれた。

 その説明にオールマイトは少し震えた声で「正解だよ」といいながらサムズアップを決めていたのは、想定よりも答えられてしまったからだろう。

 

 

 爆豪と緑谷によりビルは半壊してしまった為、場所を移して次の対戦のくじ引きが行われた。

 

「それじゃあ、次の組み合わせは……コレだ!

『ヒーロー』はB!『ヴィラン』はH!」

 

 お。

 もう出番か。

 相手は…轟焦凍と、障子目蔵。

 轟は氷の個性だが、障子はいまんとこよくわからん。

 腕がいっぱいある時とない時があるくらいにしか思ってなかったけど、他に何ができるのか。

 

「ヴィラン側……話した通り、撹乱戦法ね。間ちゃん」

「そーだな。やったんぞ梅雨ちゃん」

 

 さて、作戦通りにハマってくれるか。

 ハマろうがハマるまいが、どっちにしろ楽しみだな。

 

 

 

 

 さぁ。

 はじまるわね。

 間ちゃんの個性は【結界】。

 私との相性もいいみたいだし、本当に汎用性の高い良い個性。

 間ちゃん自身も、もしかして戦い慣れているのか流動的な作戦を次々と考え出すし、私の得意なことを活かす事も考えていた。

 

「それじゃあ、作戦通り最初は──」

 

 話しかける私の方を見向きもしない。

 そして嫌な予感が脳裏によぎった時には、既に彼は右手の人差し指と中指を立てて、上へと突き出していた。

 

「結!!」

 

 足元から生えるように結界が伸びて、少しだけ宙に浮いている状態。

 その後にできあがった緑色の半透明な箱の中に閉じ込められている。

 そして、突如として地面が、壁が、守るべき核兵器すらも凍りついた。

 その光景に、間ちゃんがいなかったら、一瞬で勝負はついていた……と、寒いはずなのに冷や汗が出たのではないかと錯覚する。

 

「梅雨ちゃんも気づいてたか。それにしても、アイツかなりヤバイな」

 

 そう言いながらも、顔色ひとつ変えていない。

 うん、相方が冷静だと、助かるわね。

 まだ終わりじゃないわ。

 まずは核を隠して撹乱戦法が作戦だったが、これじゃあもう核を動かすには時間がかかる。

 それは得策ではない。

 

「さて、凍らせた部分も把握してるような個性だったら核の位置はバレたし、迎え撃つしかないか」

 

 そんな事、あるのだろうか?

 でも、もしも凍らせた物の形がある程度わかるだったり、そんな個性だったら間ちゃんの言う通りだ。

 どれだけ過大評価だとしても、最悪を想定してるのか。

 

「これだけ大規模攻撃なら障子を巻き込まないために一人で来てるかもしんないけど、もしも2対2の場合、先に轟潰そう」

 

 そして先に倒すべき相手は決めておく。

 ただし、優先順位を無視してでも獲れそうなら獲ってよし、だったかしら。

 もはや作戦とはいえないが、決め事があれば迷う事は少なくなる。

 頼りになるわね。

 

「えぇ。ただ、私は個性上寒いのは苦手なの」

「じゃあ練習も兼ねて、跳んどく?」

 

 右手の人差し指と中指を立てて私に話しかける彼の狙いはわかった。

 もしかしたら、言うまでもなく、蛙という個性から寒いのが苦手だとわかっていたのかもしれない。

 

「えぇ。やりましょう。既に近くにいるかもしれないわ」

 

 彼を真似て、最悪を想定する。

 いざ会敵した際に動きが鈍っていたんじゃ話にならない。

 

「ん。じゃあ……結!!」

 

 そう言って右手の突き出した二本の指をさまざまな方向に向けていくと同時に、宙に生成されていく大量の結界。

 

 その結界の群れのひとつへと、私は跳んだ。

 

 

 

 

「仲間を巻き込まず、核にもダメージを与えず尚且つ、敵も弱体化!」

「最強じゃねェか!!」

「いや、でも間少年と蛙吹少女はうまく凍りつくことは回避したようだぞ!」

 

 結界の中にいる二人は確かに凍りついていない。

 私たちはこうして見えているが、ビルの中に一人入っていく轟くん。

 障子くんは自分も凍りつくのを避けるために、未だビルの外にいる。

 

「アイツ…凍らせてない事に気づいてないぞ!」

「それにしてもさぁーあの結界って個性ズルくない?」

「僕の個性の方が美しいよ?」

 

 個性的な人で溢れてるこのクラスのみんなはそれぞれ好き勝手話している。

 ビルを一瞬で凍結させた轟くんは、勝利を確信しているのか一人でビルへと入っていく。

 芦戸さんの言う通り、結界に包まれているヴィランチームは凍っておらず、なんなら何か企んでいるみたいだし。

 青山くんは……一回置いといて。

 

 私から見ても、轟くんは凄く強いと思う。

 もしかしたらこのクラスで一番と言えるくらいに。

 だけど、私は唯くんが負けるのは想像つかないかな。

 修行と称して、彼が中学からしていた事はずっと見てきた。

 鬼を相手にした時も、私を守ってくれた。

 追いつきたいけど、追いつけない。

 今はまだ。

 だから、まずは一歩づつ、私も前に進んでいこう。

 

 それにしても、一回戦の時といい、みんな、やっぱり凄い。

 私も頑張らないとだ!

 

 グッと拳を握り込んだところで、「おおぉぉ!!」と歓声が上がったのでモニターへと再び目を向けると、部屋中を跳ね回っている蛙吹さんの影が、轟くんへと迫ったところだった。

 

 

 

 

──だむだむだむだむだむだむ…

 

「なんだ…?」

「ケロ…!!」

 

 結界の群れを跳ね回り、身体も熱を帯びている今の梅雨ちゃんの運動能力は最高潮。

 ただ走るのではなく蛙の個性を持つ梅雨ちゃんは跳ぶ方が速い。

 確保証明のテープを持った梅雨ちゃんが轟を通り過ぎて、巻き込むように再度結界を跳ねたところで、パキンッと軽い音がした。

 

「チッ…!」

 

 右手から生み出されていく氷の盾、というには大きすぎる氷塊。

 

「結!!」

「ケロッ!?」

 

 それにぶつかる寸前に結界を生成し、梅雨ちゃんは氷塊にぶつかる事は無く、ボヨンと跳ねて別の結界の上に華麗に着地している。

 向こうも無線で繋がってるんだし、そろそろもう一人来そうだな。

 それまでに、手っ取り早く一人は仕留めておきたい。

 

「梅雨ちゃん。こっから第二弾で」

「任せて」

 

 再度跳ね回る梅雨ちゃんを見ながらも、横目で核を背にしている俺を警戒はしているようだが、さっきまでとは違うぞ。

 

「結結結!!」

「くっ…速い…!」

 

 梅雨ちゃんが跳んだ方向へと結界を瞬時に生成。

 どこからどこへ跳ぶかは、さっきまでとは違い、読むのは難しい。

 縦横無尽に、それも壁が突然現れて方向を変えるので次にどう攻めてくるかを予測するのは至難の技。

 

 人を囲うほどの結界の生成には2秒以上かかる。

 だけど、梅雨ちゃんが蹴れるくらいのサイズであれば1秒を切るのは余裕。

 影を目で追いながらもその先に結界を生成し続けていくと、どうやら痺れを切らしたらしい。

 でも、それが狙い。

 

「部屋中を凍らせれば、終わりだろ」

 

 大技に入るつもりで動かしたのは、やはり右腕。

 高まる冷気から上がる白い霧がその発生を教えてくれる。

 そして、一度目の氷塊を生み出したのも右腕だった。

 ならば、起点はその氷の鎧に覆われていない、剥き出しの右側だろ。

 

「ココね。決めるわ」

「もち」

 

 完全に俺から目を離した瞬間に、小型無線機から梅雨ちゃんの言葉が耳に入り、俺も答えながら呪力を練り上げる。

 方囲でターゲットを指定。

 それはもちろん、轟の右腕を起点とした半身、その周囲の空間全て。

 定礎で位置を決めて、

 

「結!!」

 

 右半身を完全に囲った。

 放とうとした氷は結界の中で溢れ出し、その密度を上げていく。

 結界の上からだが、梅雨ちゃんが伸ばした確保証明のテープを半周ほど回したところで、結界は壊れた。

 

「惜しかったな」

 

 結界の形に氷がついているので両側が氷に覆われており、その右側は弾け飛ぼうと最後の膨張を始めているが。

 

「お前もな」

 

 小さな結界群を、既に轟の周囲に生成済み。

 俺の方が、速い。

 

「トドメね」

「ん」

 

 生成させた結界を一斉に伸ばし、

 轟の腕、足、肩、膝、踝と関節を時計回りに押し出していきつつ、氷の鎧を砕いていく。

 

「な…!?」

 

 俺と梅雨ちゃんの方へと向けて翳していた右腕だったが、無理矢理に方向を変えられ、あらぬ方へと氷弾は放たれていた。

 結界に押し出され、操り人形のように強制的に回転させた轟に向かって、両手から念紙を伸ばす。

 

「ケロ」

「獲りー」

 

 確保テープのもう一方を念糸で掴むと、梅雨ちゃんの向かって走る方とは逆へと操作する。

 これで、轟の両腕ごと身体をテープで巻き込む事に成功。

 

「クソ…!!」

『轟少年、確保だ!!その場から動かないこと!』

 

 オールマイトのアナウンスがビルに響き、梅雨ちゃんの方を向くと笑顔で答えてくれた。

 

 

 

 

「やっべー!どっちもすげェ!!」

「確保されたとはいえ、轟さんも一瞬でビルごと凍らせるなんて凄い個性ですわ」

「蛙吹の機動力、ハンパねぇな」

「それを言うなら、高速で動き回る蛙吹の動きに応えた間もだろ?」

「あの結界ってので遠距離から殴られ続けたらたまったもんじゃない」

「鞭みたいにもなるの!?マジで反則じゃん!!」

 

 二人の動きにみんなざわついてる。

 まだ終わってはいないけど、轟が確保されたことにより、このまま2対1と有利な状況のまま障子を迎え撃つことができる。

 即席とは思えないほど、ウチから見ても良いコンビだった。

 ウチが轟だったらきっと蛙吹にやられてたし、ウチらがヴィランチームだったら、轟にやられてた。

 唯守とペアだったなら、どうなってただろう。

 

「ヤッベェな!耳郎、俺たちも頑張ろうぜ!」

 

 相方である上鳴も少し興奮気味。

 他のみんなも、きっとそう思ってるだろう。

 一回戦とは違い、完成度の高いチームワークを見せられたんだ。

 目指すべきは、アレだと。

 

 唯守の結界は矛であり、盾であり、檻であり、天も地も駆ける事ができる万能さ。

 そこに念糸や個性が加わるのだから、その戦いの幅は限りなく広い。

 それは誰と組んでも、きっとコンビとして上手く機能する程に。

 ただそれは結界術のおかげだけではなく、即席だろうと相手の質を見抜き、合わせられる唯守自身の技量が高いのだ。

 あれから一体どれほど成長したのか。

 手を抜いてるとは言わないが、疲れた様子は微塵もないし、余裕すら感じる。

 時織姉が見せたという地獄とやらのせいか、滅却も使わず、基本的には蛙吹を活かしての戦闘方法。

 それに、個性も使ってない。

 

「うん。ウチらも、負けらんないね」

 

 今はまだ、ウチに出来ることからだ。

 背伸びするのはまだ早い。

 唯守には唯守の、ウチにはウチのペースがある。

 

 そしてまた、一人となった障子に奇襲を仕掛けている。

 それは察知されていたようだが、結界を使い距離を取りながらも、2対1の状況のため全く焦ることなく、体制を立て直している。

 先程と同様に蛙吹との連携で徐々に追い詰めていき、障子の確保にも成功したようだ。

 

『ヴィランチームの勝利!』

 

 オールマイトの声がアナウンスでも地声でもモニタールームに響き、この二戦目も決着。

 轟も障子も、どっちも戦闘向きの個性だったと思う。

 2対1とはいえ、結果としては個性抜きで、更には無傷で勝利を収めてる。

 

 でもまぁ、そうじゃないと。

 どうせ目指すんだし、壁は高い方がいい。

 その壁がどんどん迫り上がるって言うなら、好きなだけ高くなればいい。

 それについて行くウチごと、引っ張り上げてもらおうじゃないか。

 その頂上に手がかかった時は……

 

 モニターの中、笑みを浮かべてハイタッチを交わしている二人を見ながら、そう思った。



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14話 スタートライン、それぞれの

 

 

 無事に勝利を収めることができた。

 戦闘訓練なんて初めてのことだったけど、とても楽しくできたのはきっと隣の間ちゃんのおかげ。

 

「今回は、ヴィランチーム二人がMVPだな!」

 

 講評に入り、オールマイト先生はまず、私たち二人ともがMVPだと言ってくれた。

 けど、私にすればMVPは彼だ。

 事前の話から戦いの流れまでを決めたのは、ほとんどが間ちゃんなのだから。

 

 

『蛙の個性……じゃあ、跳んだ方が速い?』

 

 その通り。

 走るよりも、飛び跳ねた方が私の機動力はもっと活かせる。

 

『このくらいなら足場にできるか?撹乱するなら速さが肝だし。まぁ梅雨ちゃん次第だけど』

 

 一瞬でできる結界ギリギリのサイズらしいけど、それくらいであればいける。

 確かに、彼の言う通り私の自由度も増すし、撹乱にはうってつけね。

 大量に空中に足場を作り撹乱。

 それが、第一段階。

 その次が、私の好きに動いていいという速さと自由度を増した第二段階の作戦となる。

 そしてトドメは、彼がバランスを崩させるか動きを封じるとの事。

 

『ん。簡単な決め事は大事だろ?急な選択で迷いがなくなる。だから、"簡単"でいいんだよ』

 

 確かにそうね。

 制限ではなく、簡単な決め事。

 それがあるとなしとじゃ咄嗟の思考に差が出るのはわかる。

「簡単なんだから、別に破ってもいいし」という彼の横顔は、とても綺麗に見えた。

 

『核兵器のサイズ的に逃げ切るのはきついし、こっちからしたら制限時間を待つというかは殲滅戦想定の方が楽だな。機動力があるからって、矢面に立てて申し訳ないけど、梅雨ちゃんには相手が誰であれ俺の結界で傷ひとつつけないようにするから、安心してくれ』

 

 

 事前の作戦や動き、考え方、そしてチームとしての役割。

 はじめての戦闘訓練のペアが間ちゃんとで良かった。

 深く考えることで、私にできること、もっとたくさんありそうね。

 

 そんな事を思っている中、講評は進んでいる。

 轟ちゃんの能力は高いけど、想定の甘さと無線ですぐに障子ちゃんを呼ばなかったことが反省すべき点。

 障子ちゃんは異変を察知して侵入、奇襲を読んで初撃を凌いだのは良いが、そのまま相手取るのではなく、2対1という不利な状況なのでなりふり構わず核に向かうべきだったと言われている。

 まぁ、そうさせないように立ち回っていたのだけど。

 

「轟さんと障子さんはもう少し相手を警戒して、せめてお二人で同時に侵入するべきだったかと。そうすれば、お二人と相対した時に二人を引き剥がすという選択肢も生まれましたわ」

 

 またもポニーテールの似合っている八百万ちゃんが的を射た講評をして、オールマイト先生は「うん…そうだね」と言った後に、二人の能力の高さを褒めていた。

 その後は、私たちの講評へと移る。

 終始ペアで行動し、意思疎通から目的達成までの動きも評価された。

 

「轟少年の力は恐らく二人にも予想外だったとは思うが、核兵器の有る部屋での戦闘となっても相手を寄せ付けない立ち回りは良かったぞ!障子少年相手の動きは、正に賢しいヴィランの様だった!」

 

 その言い方はちょっと気になる。

 と思ったら隣の間ちゃんも微妙な顔をしていたけど、訓練なのでいいやとでも思ったのか、急に気の抜けた顔になった。

 時折垣間見える素の顔が可愛く、見ていて飽きないな。

 みんな私の動きを評価してくれたみたいだけど、その道を作ってくれたのは間ちゃん。

 自分は終始核を守る位置から私の援護をしていたし、個性の性質的にも間ちゃんが守りに入るのがあの時のベスト。

 講評も終わり、凍結しているビルとはまた別のビルへと移動となった。

 その道中、隣を歩く彼に話しかける事にした。

 

「なんで初めから轟ちゃんを結界で囲ってしまわなかったの?」

 

 それは、少し気になっていた事。

 そうしてしまえば足止めも、時間稼ぎも、あらゆる面でもっと楽な状況になっていた。

 そう言った私の方を見ることなく、前を向いたまま、少しだけ口元を緩ませた彼。

 

「それだと二人でやる意味なくないか?実戦だったら迷いなくそうしただろうけどさ。あっ、でも手を抜いてたとかじゃなくてだな……」

 

 轟ちゃんの一撃で終わっても、二人を結界の個性で囲って終わりでも、確かに授業の狙いとしては機能はしてないわね。

 あくまで自分の為だとか、最後もそうだが囲ったところで壊されたしとか。

 直接的な拘束は、とっておきとして核を守る時に使うつもりだったとのこと。

 出し惜しみなのではとも思ったけど、そのお陰で私にとってはいい"訓練"になったわ。

 

「間ちゃんとペアでよかったわ。ありがとう」

「俺こそ。うまくハマったもんなぁ。あっ次に組む時があったらさ……」

 

 こんな事も出来るんじゃないかと想像を膨らませているのか、今は子供のような顔で話している。

 

「ふふふ」

「え?…ごめん。なんか変だった?」

「いいえ。さっきまでと雰囲気と全然違うから。でも、私はそっちの間ちゃんの方が好きよ」

 

 思った事を言ってしまう性格だと言う自覚はある。

 今の今まで、クールで物静かなタイプだと思っていたけど、たった今私に語りかける彼は、その作られた仮面を外したように思えた。

 だからそのままの言葉で伝えたのだけど、彼は耳を赤くして照れていた。

 

 私もまだまだここからだ。

 雄英で学べる事も、クラスメイトから学べる事もいっぱいある。

 雄英(ココ)でのこれからは、楽しくなりそうね。

 

 

 

 

「だぁーーつっかれったぁーーー!!」

「でも、楽しかったよなぁ!」

「急がないと終礼に遅れてしまうぞ!急いで着替えたまえ!」

 

 戦闘訓練も終わり、更衣室で勝ったやつも負けたやつも、みんな高揚を前面に押し出し騒いでいる。

 俺も割と楽しめた。

 妖でもそうだが、人間相手だとそれ以上に色々考える必要があるし。

 

 だが、訓練が終わってからずっと、やけに静かにしてる奴から妙なプレッシャーを感じるな。

 

「………チッ」

 

 舌打ち……

 あーやだやだ。

 こういう目で見られるのは中学までだと思ってたんだけど。

 チラチラ意識してるみたいだし、なんだってんだよ。

 面倒くさいな。

 そう思いながらも戦装束を脱ぎ、アンダーシャツも脱いだところで、横から誰かに肩を抱かれる。

 

「それにしてもやっぱスゲェな間ぁ!結界ってやっぱめちゃくちゃ便利じゃん!入試で止められたって噂も本当っぽいな!」

 

 ピクリと、俺に意識を割いていただろう爆豪の肩が動いた。

 上鳴もタイミング読めよな。

 前は峰田にパンツ姿で声をかけられ、今度はシャツを脱いだばかりの上裸の姿でヤロウに肩を組まれている。

 

「……おまっ…なにそれ…?」

「ん?あぁ…まぁ、ちょっとな」 

 

 5年前に付けられた、左手の甲から肘までをズタズタに引き裂かれた傷。

 その傷跡は消えることなく、皮膚の色は火傷の跡みたいに変色している。

 他のは、まぁたいしたことない。

 修行中に結界で受けきれなかった岩に潰されたり、妖相手についた小さな傷ばっかりだし。

 

「……お前も、苦労してんだなぁ」

 

 苦労、と思ったことは無いのだが。

 最近はめっきり無かったが、結界師家業も姉ちゃんが「妖はもうほとんど出てくる事などないだろうけど、私がしておくから安心しなさい」ってんだから卒業するまでは問題ないし。

 というか、上鳴はホントにいい奴だな。

 俺が女だったら惚れてるかも。

 上裸で肩を組まれたから思い浮かんだのか、そんなわけのわからない想像を頭から振り払う。

 

「いや、苦労はしてないかな。てかそろそろ着替えないと飯田が喧しいぞ」

「ほら!君たちも早く・・・!!」

 

 麗日のピッチリスーツ談義を交わしている瀬呂と峰田に注意をしている飯田を指さしたところで、上鳴は笑っていた。

 

「だな!」

「ん」

「…テメェが…入試で止められた…だと?」

 

 ここで絡んでくるんかい。

 面倒くさいやっちゃな。

 

「……まぁ、そうだな。途中で相澤先生とミッドナイトにやめていいって言われた」

 

 驚愕と怒りの折り混ざった、信じられないと言った、なんとも言えない顔。

 

「……クソがっ!!」

 

 更衣室のロッカーを殴りつけるように閉めて出て行く爆豪。

 その爆豪に向かって注意しながらも追いかけて行く飯田。

 もはや飯田の注意根性は凄いな。

 風紀委員のプロとかいたら、きっとそれになれるな。

 

「なんなんだ、いったい」

「さぁ…わかんねぇけど、とりあえず俺らも急ぐか!」

 

 上鳴の言葉にうなずき、俺たちも教室へ向かう事にした。

 

 

 

 

「じゃあ、今日はここまでだ。午後のホームルームは終わり」

 

 そう言って教室を後にした相澤先生。

 もう少し強くならんとなぁ。

 自分を浮かせたり、大きなものに使うと気持ち悪くなって吐いてしまうのが私の個性の欠点。

 

「反省会しようぜ!俺は切島鋭児郎!」

 

 赤い髪をおったてとる切島くんが反省会の提案をするとみんな乗っかり、自己紹介をしながらもアレやコレやと話してる。

 話題の中心は、主に五人。

 

「緑谷、熱かったよなぁ!一回戦でアレ見せられたら嫌でも沸る!!」

「轟くんも半端ないよね。あんなの反則級じゃん」

「ビル壊した爆豪もヤバかったよなー」

「八百万の個性も訳わかんないし、峰田と組ましたらトラップマスターだもんなぁ」

「間はなんでそんな余裕なの?」

「ん?短かったし、あんくらいじゃ別に疲れんだろ」

 

 デクくんと、爆豪くんと、轟くんと、八百万さんと、お隣さん。

 

「なんか疲れんコツとかあるん?私やりすぎるとすぐ気持ち悪くなるんよ……」

 

 コツがあるなら是非聞きたい。

 芦戸さんの言う通り、お隣さんの間くんは終了後も顔色ひとつ変えず、ただ一人汗すらかいてなかった。

 もしかしたら私の欠点も……

 

「コツ?そんなの無い。強いて言うなら、キツかろうがやり続けるだけ」

 

 ぶった切られた。

 なんとなく予想はしてたけど、ズバッと言うなぁ。

 

「私、個性使いすぎると吐いちゃうんよなぁ……」

「吐いてもやる。吐き尽くしてもう全部投げ出して死んでもいいと思っても、気絶中に勝手に治療されて、やめさせてくれない無限地獄を見たら嫌でも体力つくぞ?」

「「「は……?」」」

 

 みんなドン引きなんやけど……。

 耳郎さんと、葉隠さんだけ、苦笑いしてる。

 

「麗日も一回経験してみるといい。というかして欲しい。同じ気持ちを味わって欲しい」

 

 私の手を握りしめてきた。

 ちょっと、顔、近いんやけど…

 

「やるのかやらないのか聞いてくるくせに、やらないと言ったら視線で人が殺せるのでは無いかと思うほどの冷たい目を向けられ、『そう』とだけ言われる気持ちがわかるか?」

 

 なにやら豪語している。

 至近距離で両手を握られているが、ドキドキなんて感情は一切なく、普通に怖い。

 

「間ちゃん、怖い」

「落ち着け!」

 

 耳郎さんから伸びるイヤホンが間くんに刺さったと思ったらドグンッ!と何かが弾けた様な重い音。

 波打った彼の体内には、きっと衝撃が駆け回っている事だろうと思う。

 

「痛ったぁ…」

「唯くん、正気失いすぎ!」

 

 イヤホンが刺さっていた右肩をさすりながら、葉隠さんに怒られている。

 そんな中でも私にごめんと言う彼。

 色々、あるんやろうな。

 でも、耳郎さんと葉隠さんとは、元々知り合いなんかな?

 入試の時も、透明の子探してたし。

 それって葉隠さんのことやんね。

 

「まぁ、近道なんかないよ。日々鍛錬」

「うんうん!スタートラインはそれぞれ違うし、速度もみんな違う。入学したばっかりなんだから、みんなで頑張ろっ!!」

 

 葉隠さんの制服の袖がガッツポーズをとっているように折り曲げられており、その言葉にみんなうなづいてる。

 それは私もおんなじだ。

 私はヒーローに、ならんといかんから。

 今日はみんなに見せつけられた。

 このままだったらあかん。

 私もデクくんみたいに、がんばらんと。

 

「おっ!緑谷きた!!」

 

 そんな中、保健室からデクくんが教室に戻ってきた。

 芦戸さんや切島くん、蛙吹さんに絡まれてる。

 

「麗日、今度飯いかね?何が好きなん?」

「おもち…」

 

 突然上鳴くんに好きなものを聞かれたので、咄嗟に口から出たのだが、それと同時にようやく視界に入ったデクくんは、右腕を吊っている。

 飯田くんがまた誰かを注意してるみたいだけど、それは耳には入らなかった。

 

「あれ!?デクくん怪我!治してもらえなかったの!?」

 

 そんな私の心配をよそに、デクくんは目線をキョロキョロと動かしており、何かを探しているみたい。

 

「これは僕の体力のアレで…あの、麗日さん…それよりかっちゃんは…?」

 

 かっちゃん、爆豪くんの事だよね。

 探してたのは、爆豪くんか。

 

「みんな止めたんだけど…」

「間に舌打ちして帰ってったぞ?」

 

 確かに、帰る間際に、間くんに舌打ちをしていたのは印象的だった。

 デクくんをバカにしている人みたいだけど、何をあんなにイラついてるんやろ。

 もしかして、あせってるのかな?

 

「え?アレってやっぱり俺にだったの?みんなにじゃなくて?」

「「どー考えてもお前だろ」」

 

 デクくんに答えた上鳴くんに自分を指差して尋ねる間くんだか、みんな上鳴くんと峰田くんの言葉に同意してる。

 私も、そう思ったし。

 

「そうなんだ。じゃあ、僕も今日は帰るね。みんなそれじゃあ!」

 

 あ。

 デクくんもサッと教室を後にした。

 きっと、爆豪くんを追いかけて行ったんだろう。

 無意識に追いかけようとしたけど、間くんに止められた。

 

「ここは緑谷に任せとこ」

 

 デクくんと爆豪くんの事、間くんも知ってるのかな。

 

 

 

 

 かっちゃんには、校門前で追いついた。

 君には、これだけは伝えなきゃいけないと思ったから。

 

「人から授かった”個性”なんだ」

 

 誰からかは言えない。

 そもそも個性を使う気はなかった。

 使わずに、勝とうとした。

 でも、やっぱり君には追いつけなくて、個性に頼った。

 僕はまだまだ、これからだ。

 

「だから ──

 いつかちゃんと自分のモノにして、”僕の力”で君を超えるよ」

 

 誰にも言えない、母にも言えない僕の秘密。

 それを、言ってしまった。

 一方的に話し続け、騙していたわけじゃないと伝えに来ただけのはずなのに。

 

「だからなんだ!?」

 

 罵詈雑言を言われると思ったが、予想外にかっちゃんは顔を俯かせて、個性など関係ないとでも言うように吠える。

 

「今日…俺はてめェに負けた!!そんだけだろが!!」

 

 歯を食いしばり、本音をブチまけている。

 

「氷の奴見てっ!スゲェって思っちまった…!!

 ポニーテールの奴の言うことに、納得しちまった……クソ!!!」

 

 彼の剥き出しの本音を聞くのは、初めてかもしれない。

 

「猫毛野郎には、敵わねぇって思っちまった!!

 俺の一位はマヤカシだ!!アイツは!!入試でストップかけられてんだぞッ!!!そんな中で、俺が入試一位だと!?とんだ茶番じゃねェか!!」

 

 顔を手で覆い隠しているのは、その目尻に光る物のせいだろうか。

 僕は見れていないけど、終始余裕の立ち回りで、ビルごと凍らせた轟くんも退けたとか。

 

「クソが!!クソッ!!テメェもだ…!デク!!」

 

 ようやく、僕を見た。

 意図せず、なぜか宣戦布告のような言葉を言ってしまった僕を。

 自分よりも下に、後ろにしか見ていなかったであろう僕を。

 

「こっからだ!!俺は…!!いいか!?俺はここで、一番になってやる!!」

 

 僕を、同じ位置に見た。

 僕と同じ事を、あのかっちゃんが思っている。

 

「俺に勝つなんて、二度とねえからな!!クソが!!」

 

 いつだって一番だったかっちゃんを脅かすクラスメイトが、雄英(ココ)にはいる。

 かっちゃんの導火線にも火がついたようだけど、僕のやることは変わらない。

 僕は、背中を追うだけだ。

 



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15話 唯守の日々【前編】

 

 

 今日もダメだ。

 目の前に生成されている結界を見て、そう思う。

 

 今日の訓練で思うところはいくらでもあった。

 他の奴に劣っているところはいくらでもあったし、あんだけ鍛錬していた自分からすると、普通に焦る。

 

 相方である梅雨ちゃんの運動能力の高さと、蛙っぽいことができる個性は純粋に強い。

 昔で言う妖混じりって感じなのか、発動型の個性の人間と比べて通常のスペック差を感じた。

 それに、八百万の観察眼も大したもの。

 動きの組み立ては講評の際の発言も理にかなっていたし、きっと他者を絡めての指示とかは俺より全然適してるように思える。

 そして何よりあの個性。

 創り出しているのか、亜空間から取り出しているのはわからないが、色々とその場へと物を生み出す個性と合わさればかなりのチートだ。

 

 轟にも最終的に結界は破られたし、爆豪のあれだけの火力も今の俺には受けることはできない。

 それは緑谷も同様だし、芦戸の酸のようなものも受けたらどうなるかわからない。

 切島の【硬化】の個性は俺の"結界"では傷をつける事は難しいだろう。

 まぁ、やりようはいくらでもあるとは思うが、純粋に力が足りない。

 透は衣服の完全透明化のオンオフを使い分ける事により、その戦いの幅は大きく広がっている。

 響香もまた、個性の威力も範囲も純粋に広がっていたし、何よりそれに伴っての立ち周りが上手かった。

 コスチュームのサポートアイテムにより、指向性を持った衝撃波まで繰り出せるようになってたし、めっちゃ成長してる。

 上鳴とのコンビでも、アイツの電気での速攻と響香の索敵能力……発見速殺に優れたコンビだし、相手にしてたら相当厄介だっただろうな。

 

 ひとまず、俺もこのままじゃダメだ。

 姉ちゃんによって体力と強度は上がった。

 だか、姉ちゃんの指摘や教えは対象が曖昧で、道筋が無い。

 そのため、今は拳藤にヒントをもらって取り組んでいるのが、新しい結界。

 これが、全くもって上手くいってない事も焦りに拍車をかける。

 

 そしてまた、正方形が三つ書かれた紙に向かい右腕を振り上げる。

 

「まーた、失敗……」

 

 "二重"に、だが歪に重なった結界が、"三重"に書かれた正方形の線からズレて成形されたのを見て、そう呟いた。

 

 

──ピロン。

 

 まだ聞き慣れない電子音が鳴り、それを手に取ると、響香からだった。

 というか、今日持っていき忘れたわけで、未だ響香の連絡先しか知らないんだった。

 

『今日はお疲れ。今度の休み、空いてる?』

 

 打つのはまだ慣れちゃあいないが、もう失態は繰り返さない。

 一回一回確認して送ればいいんだ。

 

『おつかれ。』

 

 よし。

 次は、えーっと、あ、い、て……

 

『あ、まだ慣れてないか。

 明日は持ってきてよ?教えるから。

 

 返事は明日でいいよ。

 どうせ修行してるんだろうし。

 せいぜい、昔みたいに無理はしないよーに。

 また明日ね』

 

 俺の三文字に対して、何行返信してくるんだ。

 レベルの差を思い知りつつも、俺の行動をお見通しなのがまたなんというか…

 

 ったく。

 響香の成長を見たから、俺も焦ってるんだってのに。

 

 

 

 

「ふわぁ〜」

 

 大欠伸を決め込みながら、まだ3回しか通っていない通学路を歩き学校へと向かう。

 

──ズビズビズビ……

 

「あれ?ねぇ、あなた…」

 

 歩きがてらにコーヒー牛乳をストローで啜りながらも、雄英へと近づくたびに、ザワザワといつも以上に人の声が聞こえてくるような。

 

「ちょっと」

 

 今度はえらく近くで聞こえるなぁ。

 ハキハキとした、元気の良い女の声。

 響香に連れ回されていた時に考え事してて、話聞いてなかった時の俺のようだ。

 

「聞いてんの?」

 

 よく言われたなぁーそのセリフ。

 聞いてる聞いてる。

 たまに聞き流してたりもするんだけど。

 

「間ぁ!」

 

 んー、そこは唯守と名前呼びだったけど。

 もしくは問答無用でイヤホンジャックの爆音ハートビート。

 ん?

 間って、オレの事か?

 くるりと振り向くと、少し怒った顔の、オレンジ色の髪をしたサイドテールの女の子。

 見覚えは……あるな。

 

「やっぱり間じゃん!って、何……」

 

 ギョッとした顔をしてるが、ズビズビと最後の一滴まで吸い出しているコレらの事を言っているのか。

 

「昨日の夜飲み忘れたから、2倍飲み」

 

 何を驚いているのか。

 牛乳は骨を、身体を作る。

 基本中の基本だろうに。

 まぁ、俺も自分以外で一度に二つのパックコーヒー牛乳を飲んでいるやつは見たことないが。

 

「まぁいいや。それより、雄英生だったの?サイドキックなんじゃなかった?」

「拳藤も雄英だったんだなー。久しぶり」

 

 サイドキックってなんの話だっけと思いながら、口に咥えた2本のストローから出てくるものも無くなったので結界でベコベコと押し潰し、掌程のサイズまで二つ纏めて圧縮する近くのとゴミ箱に捨てた。

 

「サイドキックじゃなくて、インターンだったのか?あれ、でも同い年だったよね?」

「まぁ、それには色々あるんだよ。多分同い年だよ。雄英の一年生だし」

 

 姉ちゃんとの修行のはじめの頃に出会った拳藤。

 いい奴なのは確かだけど、俺、あの時も間に合わなかったんだよな…

 

「なんとなく、考えてることわかるけど、佳代だったら元気にしてる。助けてくれたヒーローにお礼をしたいって言ってたし」

「そっか…」

 

 ならよかった。

 とは、ならないよなぁ。

 俺は、いつも間に合わない。

 婦警さんの時も、拳藤の時も。

 

 俺に近しい人たちが、誰も傷つくことのない世界。

 一度は本物のヒーローに託した、小さな頃の、本当に子供のような俺の夢。

 でも、妖相手なら話は別だ。

 呪力を持たない人間に妖は見えない。

 それはプロヒーローとて例外ではなく、俺たちが相手にするしかないんだ。

 結界師として、22代目の次に現れた数世紀ぶりの正当継承者、23代目間流結界師当主として。

 そう言えば聞こえはいいのかもしれないが、未だになぜ俺が継承者なのかはわからない。

 姉ちゃんの方がずっと強いし、結界師として遥か高みにいる。

 母さんに至っては、もはや俺なんかでは推し量れない世界にいると思う。

 

 でも、それでも俺がやるんだ。

 継承者としてじゃなく、男だから。

 

「あんたが私に言ったのと同じだよ。あんたが来たから私たちは助かった。昔のこと言ってもしょうがないし、それでいいじゃん」

 

 笑顔でそう言った拳藤に、どこか救われた気がした。

 過去は変えられない。

 だから、もう振り向かない。

 次こそ、誰も……

 

 よしっ。

 ウジウジ終わり!

 

「ん。ありがとう。あ、そう言えばあん時のお礼をと思ったけど、甘いもの好きか?」

 

 久しぶりに、チョコレートケーキでも作ろうかな。

 ようやくの一人暮らしで、モノも時間もある。

 本人にはなんとなく気恥ずかしいので言わないが、拳藤の言葉には助けられてるし。

 

「実はそんなに得意じゃないんだ。でも、いいよ気にしなくて。あの時は私のお礼だったんだから」

 

 そういえば、ブラックコーヒーなどと言う罰ゲームドリンクを自ら進んで飲んでいたような……

 

「じゃあ、甘くないの作ってやるよ。今度持ってくな。拳藤はB組だろ?」

「作る…?って、そうだよね。私のクラスにいないんだから、間はA組か」

「ん。ヒーロー科A組。じゃあ楽しみにしとけ。俺のお手製を食べられるのは世界で7人目だぞ」

 

 ん?

 響香と、母さん、姉ちゃん…葉隠家3人……俺自身を入れたら8人目か。

 まぁ、細かいことはいいだろう。

 

「あそ。じゃあ、楽しみにしとくよ」

 

 ニヤリと微笑む拳藤。

 様になってるというか、なんかかっこいいな。

 

「おっはよーっ!!」

 

 ベシリと背中を叩かれてビクリとした。

 すると次は隣を歩く拳藤をみてキョトンとしている。

 まったく、コイツはいつもいつも……気配を絶って近づくなぁ。

 俺に透明化は通じないからか、背後からの襲来が基本。

 それでも反応する俺に対して、足音と気配を殺す術を学び出した時にその本気度は伺えた。

 そういえば、コスチュームも靴底に足音のしない細工がなんたらとも言っていたような。

 

「唯くんの友達?ん〜でも唯くんに友達がいるわけないもんね〜」

 

 まったくもって……失礼なやつだ。

 ただ、本当のことなのでぐうの音も出ないとはこの事か。

 

「アハハ。間ってそんな扱いなの?確かに友達じゃないけど。私は拳藤一佳。ヒーロー科一年B組のね」

 

 透の人懐っこスキルは異常だな。

 歩きながらも拳藤と会話を繰り広げ、気づけば仲良くなっており、知らぬ間に、今日の学校終わりに俺んちでお菓子作りの約束をさせられていた。

 

 

 

 

 校門の前まで来たところで、マスコミに絡まれたのだが、記者が拳藤にマイクを向けた隙に透と抜け出せたのは良かった。

 クラスの連中もそんな話をしているが、まぁ普通に面倒だよな。

 

「拳藤さん一人おいてきてよかったの?」

「おいおい。ノリノリで一緒に走ってたやつが俺一人のせいにしようとしてもそうはいかんぞ」

 

 あははと笑ってる透。

 バレたみたいな顔してるが、どう考えても共犯だ。

 

「あ、飯田くんも騒がしいし、チャイム鳴るね!席につかなきゃ!」

「おーい、逃げるな。放課後一緒に謝るぞ」

 

 グッと親指を立てたまま、透が一番後ろの席へと座ったところで周りが一斉に静かになった。

 相澤先生がプリントの束を片手に入室し、口を開く。

 

「昨日の戦闘訓練お疲れ。Vと成績は見させてもらった」

 

 その後、爆豪に苦言と、能力がある事を伝え、緑谷には注意と激励を伝えている。

 俺を挟んでの二人なので、間にいる俺はなんとなく居心地が悪かったので椅子に深く座り、視線を窓の外へと向けた。

 まだ、マスコミいるんだなー。

 

「……さて、HRの本題だ…… 急で悪いが今日は君らに……」

 

 窓の外に向けていた意識は、教室内が重苦しい雰囲気に変わったようで我に帰る。

 誰かのゴクリと唾を飲む音が聞こえた気がするし、みんなも身構えていた。

 時間にすれば一瞬だろうが実際よりも数倍長く感じた静寂を破り、相澤先生は再度口を開く。

 

「学級委員長を決めてもらう」

「「「学校っぽいの来たあああああ!!!」」」

 

 声を揃えて叫ぶクラスメイトたち。

 もちろん全員ではないが、わりとほとんどが揃ってたと思う。

 学生生活初心者とも言える俺はまだ馴染めないなー。

 なんて思っていると、みんなはこぞって手を挙げ始め、委員長をやりたいと立候補している。

 基本的にはやりたいなのだが、峰田だけは既にマニフェストを掲げている。

 スカート膝上30cmなんてシーフード一家の海藻ちゃんじゃないか。

 エロ目線なのはわかるが、エロを通り越してウケになってしまう気がするのは俺だけか?

 隣の瀬呂も手をあげており、斜め前の席で響香も「ウチもやりたいス」って言ってるし、前の席の爆豪は「やらせろ」と強姦魔もビックリなドストレートな発言をかましている。

 

 しっかし、なんで学級委員長なんてやりたいんだろうか。

 と思ったが、芦戸のリーダーという言葉でしっくりきた。

 

「静粛にしたまえ!」

 

 わーわーと騒がしかった教室が、飯田の一言で静まり返る。

 多を牽引する責任重大な仕事であり、やりたい者がやれるモノではないと。

 信頼あっての聖務であり、みんなで決めるべきだと、神妙な顔で言うが…

 

「これは投票で決めるべき議案!!!」

「そびえ立ってんじゃねーか!何故発案した!?」

 

 そう。

 言葉と態度とは裏腹にそびえ立つ右腕。

 

「日も浅いのに信頼もクソもないわ。飯田ちゃん」

 

 俺の思った事は梅雨ちゃんが言葉にしてくれていた。

 飯田的にはだからこそ複数票得た者がふさわしいと言っており、なぜか寝袋に再度入り始めている相澤先生的には時間内に決めれば何でもいいとの事で、お前らで決めろという感じ。

 結局そのまま投票制となり、投票用紙、といってもノートの切れ端に名前を書いて教壇の箱に一人ずつ入れる事となった。

 

 うーむ。

 自分は無いとして…まぁ、あいつかなぁ。

 

 

 

 

 教壇に近いからという理由で、尾白さんが投票の結果を黒板に書き出していく。

 そして、その結果は……私が、三票…。

 それは嬉しいのですが。

 

「僕 四票ーー!!!?」

 

 緑谷さんが四票を集めてトップ。

 私は、一歩及ばなかった。

 

「0票…わかってはいた…流石に聖職という事か…!!」

「……何がしたいんだ飯田……」

 

 他に入れたんですわね。

 0票なのは、飯田さんと轟さん、間さん、麗日さん、葉隠さん。

 飯田さんと麗日さんは緑谷さんとは仲が良いようですから、きっと緑谷さんにいれたんでしょう。

 昨日の反省会の様子だと、間さんも緑谷さんに入れたのでしょうか。

 

 結局、緑谷さんが委員長、私が副委員長で決まりとなったが…

 うーん、悔しいですわ……

 

 そのままHRは終わり、午前の授業も終わりを迎えて昼食の時間。

 大食堂へと向かおうとしたところで、

 

「八百万さーん!よかったら、一緒に食べよ?」

「えぇ。もちろんですわ」

 

 葉隠さんと連れ添って歩く。

 もしかして、私に票を入れてくださったのは、葉隠さん?

 

「席はどこもいっぱい…あ!あそこ空いてるかも!」

 

 ハンバーグ定食(大盛り)を手に、透明な彼女を追いかけるのだけど、彼女は透明が故に見える部分が他の人より頭ひとつ低いのではぐれてしまいそうになる。

 

「なるほどね。講評の時カッコ良かったもんね」

「まぁ。そもそも俺はリーダーって柄じゃないしなー」

「確かに」

「即答はヤメロ」

 

 すると、ちょうどすぐそばの席に座っていた方達が立ち上がったので、その机に視線を向けると。

 そこにいたのは、耳郎さんと、間さん。

 

「あっち埋まっちゃってたー。あれ?ココ空いたね!お二人さん、お邪魔していいー?」

 

 間さん。

 個性把握テストでは一位の成績。

 昨日の訓練でも万能な個性と蛙吹さんとのコンビネーションを見せつけた優秀な方。

 耳郎さんも昨日の訓練では上鳴さんとのペアでその探知能力の高さを見せていたのが印象的だった。

 

「いいよ」

「ありがとー!」

 

 耳郎さんの隣に私、間さんの隣に葉隠さんが座り、そのまま食事を始めた。

 

「葉隠も0票だったけど、誰に入れたの?」

「響香ちゃんも、透って呼んでいいのに〜」

「んっ。その、慣れたらね」

 

 少し頬を赤くしている耳郎さんが可愛らしいが、確かに葉隠さんは誰に投票したのでしょうか。

 葉隠さんはわかったよと腕を突き出しているが、透明が故にその手の形は見えない。

 

「私は緑谷くんにしたよ!頑張ってたし、責任がある委員長になれば無茶もケガも減るかなと思ってー」

「そーな。あいつケガしすぎだもんな」

「そーそー!ちなみに唯くんは誰に?」

 

 もしかして、間さんも緑谷さんに?

 だとしたら私に入れてくださったのが麗日さんか、飯田さんか、轟さんの中のお二人になりますが……

 

「ん、俺は八百万にいれた」

「あ、ありがとうございます」

「ちなみになんでー?」

 

 葉隠さんが理由をお聞きになってるけど、目の前で言われるのは少し気恥ずかしいのと、何を言われるのかと不安があるのですが…

 隣に座る耳郎さんは、間さんに視線を送っている。

 それはきっと、先程既にお聞きになっているからだろう。

 アイコンタクトだけでお互いの気持ちがわかるのか、間さんも耳郎さんに視線を送り、私の方を向いた。

 

「一番"向いてる"と思ったからだよ」

「そうですか。ご期待に添える用、副委員長として頑張りますわ」

 

 クスリと微笑んだ耳郎さんと、

 

「確かに!"ヤオモモ"は絶対私より向いてるし!」

「まぁ、そりゃそうだろうな」

 

 と、言ってくださる葉隠さんに同意した間さん。

 ひどいと言っているけど、その様子と声色は、楽しそう。

 それに、ヤオモモと呼ばれたのは初めてですわね。

 最初は"副"委員長を残念と思っていましたけど、こうして私に票を入れてくれた方のためにも、頑張らないといけませんわね。

 

 



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16話 唯守の日々【中編】

 

 

「八百万って、結構食べるんだね」

 

 今は食事に集中して会話もごはんも少なくなったころ。

 八百万の残りわずかとなったハンバーグ定食(大盛り)と、彼女の胸元をチラリと見ながらそう言った。

 確かに、と葉隠はポンッと軽く手を叩いているような仕草。

 唯守は、早々に親子丼を食べ終えて、何やらノートを取り出して書き物をしているよう。

 懐かしい。

 昔は授業中ずっとこんなだったっけ。

 流石に雄英に来てから、授業中にお菓子の【設計図】を書くことは無くなったみたいだけど。

 

「そうですわね。私の個性、【創造】は体内の脂質を様々な原子に変換していますので、蓄えておかなければ個性が使えなくなってしまいますから」

 

 っと。

 頭では違う事を考えてしまっていた。

 というか、原子に変換して、その上で物として創造するって事?

 めちゃくちゃ頭使いそう……

 

「身体からいろんな物がだせるのって、すごいよねぇー!」

「だからいっぱい食べないとなんだ」

 

 発育いいのは、それだからなのかなぁ。

 とはいえ、透明な葉隠もその制服の膨らみはウチよりあるし……

 自分の控えめな胸を見ながら思うけど…いやいや。

 そう、ウチは人より、遅いだけだ。

 

「えぇ。間さんの個性も、何かを変換して出されているわけではありませんの?」

 

 八百万の質問は宙を舞い、唯守の耳には入っていない様子。

 カリカリとノートを取る手は止まることはない。

 凄まじい集中力。

 だけど、それをここで発揮するかな。

 

「…唯守、聞いてる?」

「………(カリカリカリ……)」

「話を聞け」

「イデェッ!! 響香…お前個性の威力あがってんだから…昔の感じでやられると痛えよ」

 

 うんうん。

 ウチも成長してる証拠。

 そっちは、こーゆーところは成長してない。

 

「話聞かないからじゃん」

「そーそー。あ、これって今日作るやつ?」

「そーだよ。一緒に作るってんなら、簡単な奴じゃないと時間かかるだろ?」

「作る?一緒に?」

「そーだよー!あっ、響香ちゃんもヤオモモもおいでよ!」

 

 葉隠が説明してくれたのだが、今日の放課後に唯守の家で作るチョコレートのケーキの設計図らしい。

 なぜか、葉隠にウチと八百万も呼ばれ、唯守も特に断る事はなかった。

 こっちにきた唯守の家に行くのは初めてだな。

 葉隠は、行ったことあるのかな。

 この様子だと、きっとあるよね…

 

「あとはねーB組の拳藤さんもいるの。きっと楽しいね!」

「もともとは拳藤に渡すだけのつもりだったんだけど、透が話をおっきくするから」

「でもでも、楽しいよきっと!親睦を深めなきゃ」

「はいはい」

 

 葉隠に押されてたじたじ。

 ホント、仲良いな。

 それに、拳藤って子は知らないし、いつのまにか私の知らない知り合いが増えているみたい。

 いい事なんだろうけど、ウチ以外とほとんど話さない、あの頃の唯守じゃなくなったんだなと、改めて思った。

 

「チョコレートのケーキだと言いましたね。では私はそれに合う紅茶をお持ちしますわ」

 

 口調からしてもお嬢様なのだろう八百万は最後に、「楽しみにしておりますわ」と付け加えて笑みを浮かべている。

 携帯のお礼といって昨日もらったチョコクッキーは美味しかったし、茂守さんがいない今は、大っぴらに作れるのだと喜んでいた顔を思い出すな。

 

「じゃあ、今日はみんなで唯くんちだね!拳藤さんと響香ちゃんとヤオモモとぉ、他には誰誘おっか?」

「おぉい。そこまで広くねぇし、もう勘弁してくれ」

「私、同級生の、それも殿方のお家にお邪魔することなんて初めてですわ!」

 

 少し目を輝かせて、その大きな胸に手を置いてそう言った八百万は、なんだかワクワクしてるみたい。

 というか、葉隠が呼んでる『ヤオモモ』って、なんか良いな。

 うん、『ヤオヨロズ』より呼びやすくていい。

 ウチもそう呼ぼ。

 アダ名はいいけど、透って呼ぶのは…まだ少し恥ずかしいな。

 

 ウチも、楽しみになってきた。

 この時はまだ、あんな事になるなんて思っても見なかったから。

 

 

 

 

 女の子が3人寄ればかしましいと言うが、確かにだったな。

 まぁ、その原因のほとんどが透だけど。

 

「ムッ。何かしつれーな事思ってる?」

「まっさか」

 

 鋭い。

 でも、迷惑だとかは思った事ない。

 透に巻き込まれながらも遊び回った時は純粋に楽しかったし、その明るさに救われた事も何度もあるし。

 飯も食べ終え、そろそろ教室に戻るかと思ったその時。

 

──ウウ〜〜〜ウゥ〜〜!!

 

『セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんは速やかに屋外へ避難してください。セキュリティ3が突破され………』

 

 大音量で警報が鳴り響き、アナウンスも直後に響き渡る。

 

「え、なになに!?」

「セキュリティ3?知ってるか八百万」

「いえ、私も知りませんわ」

 

 透は何事かと立ち上がり、その髪を揺らしながらもキョロキョロとあたりを見渡している。

 まぁ、おそらくだが食堂が原因ではなさそうだ。

 そもそもセキュリティ3とはなんぞと八百万に聞いてみるも、知らないよう。

 

「待って…校内への無断侵入…だって。上級生が話してる」

 

 その個性で周囲の声を聞き分け、その理由を教えてくれた響香。

 流石、頼りになるな。

 

「なるほど。ここに、じゃないなら別に今すぐ慌てることでも──」

『誰かが校舎に侵入したってことだ!三年間でこんな事は一度もなかったぞ!!みんな早く逃げろ!!』

 

 浮き足立った同級生や上級生。

 今しがた聞こえたその大声で食堂はパニック状態。

 普通科か何科か知らんが、どんだけだ。

 

「わわわっ!押さないでって」

「ちょっ!痛いから!」

「これ、は!雄英に、あるまじき…」

 

 奥から横から斜めから。

 押し寄せる人の波にもみくちゃにされていく3人と、俺。

 一番近くにいた透を抱き寄せ、宙へと飛んで結界を生成して着地。

 

「ちょっと待ってろ」

「う、うん。ありがと」

 

 天井の高い食堂の中、結界を使い宙を舞う。

 無理やり響香を、そして八百万を引っこ抜き、窓側へと移動させていた透の側へと着地。

 

「ごほっ、はぁ…助かったよ、唯守」

「あ、ありがとうございます、間さん。それにしても、なぜ侵入を…」

「あれだな」

 

 雪崩れ込んできているマスコミの姿と、それに応対している先生たちが見える。

 

「あ、それでこんなパニックに…」

「こんな事で…慌てるような事ではありませんわ」

「そっ。ガキみたいに慌てて…どうしたもんかな」

「ウチの個性で無理やり黙らせようか?」

 

 あ、響香ちょっとムカついてるな。

 ん?

 それになんか、呟いてるような。

 それも、胸部を隠すように腕を組んでる。

 最後の方だけ、少し聞こえた。

 

「──触られたし…」

 

 ………。

 さぁ。

 磨り潰してしまおう。

 コイツら全員……記憶を、失え。

 

「捻り潰して無理やり止めちまおう」

「ちょちょっ!どうしたの唯くん!?」

「止めるな透。俺は今、最っ高にイラついて…」

 

 とりあえず、騒ぎ立てている出入口付近のやつらを押し潰し、無理やりにでも落ち着かせてしまおうかと巨大な結界の為に呪力を練り上げていたのだが。

 

「大丈ーーー夫!!」

 

 聞き覚えのある大声が出入口の方から微かに聞こえた。

 

「あれは…飯田さんですわ!」

 

 八百万が指をさした先は、出入口の上についた【EXIT】の看板。

 の、更に上。

 そこには、我らが注意番長である、飯田がそこにいた。

 

 

 

 

 その後は警察が到着して、マスコミは厳重注意を受けて解散。

 

 今は他の委員を決めていくという議題を仕切る為に、委員長の緑谷と、副委員長の八百万が前に出ているところ。

 そんな中、初めにあったのが新委員長である緑谷からの、"提案"。

 

 先程の大食堂でパニックをおさめた飯田の姿を見て、あんなふうにかっこよ……かったかはわからないが、人をまとめられる人物が委員長を務めるのが"正しい"と思う、とのこと。

 まぁ、俺は潰して静めようとしたが、飯田はその身で語りかけ止めた。

 俺より向いてるのは確かだし、他の奴らも異論は無いよう。

 というか、誰よりも八百万が何も言っていないのに、他の奴がとやかく言うのはお門違いな気もするし。

 

 という事で、我らがクラスの学級委員長は飯田という事に決まった。

 

 その後別の委員が決まっていく中、俺は見事に全ての委員会から外れる事に成功したのだった。

 

 

 

 

「それでは、私は一度紅茶を持ってから迎わせていただきますね」

「私も一回帰ってから行こうかなー。ヤオモモ同じ方向だよね?」

「ウチは通り道だし、直でいくよ」

「私も耳郎と一緒かな。逆方向だし」

 

 なんでこうなったのかよくわからんが、女の子4人と、俺だけ。

 峰田なんかがいた日には何言われるかわからんな。

 

「それじゃあウチらは材料買って先に行ってるよ」

「うん!また後でね〜」

 

 透と八百万と別れ、3人で買い物。

 響香はもちろんだが、拳藤も良いやつなのでお互い普通に話してるし、そのコミュ力の高さは羨ましい。

 けど、俺はあったところで使う事はないかもしれんが。

 

「こんなもん?後は家にあるんだっけ?」

 

 拳藤の質問に頷きながら、買い物も終え、ようやく家へと辿り着いた。

 

「へぇ〜綺麗にしてるじゃん」

「確かにね。男子の一人暮らしって小汚いイメージしかなかったけど」

「うるさいよ」

 

 部屋に入ってすぐにキョロキョロとし始めることはわかっていたので、まだ中身の入ったままの段ボールに棚の上の写真立てを大急ぎで放り込み、段ボールごと部屋の隅へと避けておく。

 焦りなど微塵も感じさせるつもりはない。

 どうやら作戦は成功したようで、特にツッコまれることなく二人はソファーへと腰を下ろしていた。

 

「この、至る所に貼られた紙って、なんなの?」

「あー私も気になってた。何コレ? 四角いのとか、三角形とか、丸が書いてあるし、なんかちょっと怖いな」

「なんかお札みたいなのもいっぱいあるし。コワッ」

 

 修行用に壁や天井に貼っていた大量のコピー用紙たち見ている二人。

 結界の精度を上げるために貼り付けていたのだが、四角以外の結界を成形するのはかなり難しい。

 特に丸なんて無理だ。

 なので今は、一番やりやすかった多重結界を練習しているのでその辺のは殆ど使ってない。

 響香は式紙用の札をそれぞれ用途別で箱に入れておいていたのを見て「マジでなんなの?」と心底嫌そうな顔をしている。

 そういえば、心霊系得意じゃなかったような。

 

「壁は結界の鍛錬用。あと、そっちはお札じゃないから安心しろ」

「じゃあなんなの?」

 

 素直に教えるのもなぁ。

 透と違ってミスって気付かれたわけじゃないし、バレるにしてもビビらせてからにしたいし。

 

「………ナイショ」

「それが怖いんだけど」

 

 たっぷり溜めて伝えた為に余計に嫌そうな顔をしている。

 仕方がないのでそのまま段ボールの中へと閉まっておいた。

 警戒している響香を宥めてる拳藤。

 ちょっと面白い絵面だなぁ。

 

「まぁ、今日は時間ないし簡単なブラウニーでも作るよ。レンジでできるし」

 

 決して広くないキッチンに3人は並べないので、分担して作業に取り掛かり、あっという間に冷やすだけ。

 響香と拳藤はなんで俺のこと知ってんのかという話に華が咲いており、普通に時織が俺の姉ちゃんだってバレたけど、その辺は適当に誤魔化しておこう。

 姉ちゃんもプロヒーローである事には変わりないし。

 そういう事で、姉ちゃんの話はあんまりしないで欲しいという事を伝えられたので良しとしよう。

 そんなこんなで今は雄英での話。

 拳藤はA組の話を聞き、自分たちはこうだったと話してくれたのだが、この三日間はやってる事はほぼ一緒だったよう。

 

「へー、B組も似たような事させられてんのな」

「というか、一緒だね」

「間が個性把握テスト一位ってのは、なんか納得かも」

 

 やっぱり話として盛り上がるのは、昨日の戦闘訓練。

 聞く限りだが、B組も面白そうな奴はいっぱいいるようだ。

 俺は知らなかったけど、轟と八百万は推薦組。

 B組にも推薦組は二人おり、そのどちらもが能力は高いらしい。

 相性によっては、俺も負けるかもなぁと知りもしない奴へと想像が膨らむ。

 

「それにしても、葉隠と八百万、遅くないか?」

「いや、ちょうど来たみたいだよ。少し声が聞こえる」

 

 響香の個性で音を拾ったのか、近づいてきていた二人に気づいたらしい。

 だが、しばらく待っても入ってはこないし、チャイムが鳴ることもない。

 部屋間違えたかと疑問が浮かんだその時。

 

「──っ!?」

 

 ビクリと、響香の肩が震えた。

 

「……?」

「どうしたの!?」

「今、隣の家のドアが開いて、閉まる音がしたんだけど……その時に…微かにだけど悲鳴が……」

 

 と言って、響香が見ている方向は、麗日の住む部屋とは、逆。

 そっちのお隣さんは、大家である鑑平介の使用している部屋……

 

 悲鳴というその言葉に、俺の心は激しく動揺していた。

 



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17話 唯守の日々【後編】

 

  

 上下階の生活音まで聞こえてる。

 集中している今は、電気のメーターがゆっくりとまわる音すらも微かに聞こえる程だ。

 なのに、隣の部屋からは一切の音がしない。

 こんなことは、ありえない。

 

「……隣の部屋って、麗日の部屋じゃなかったの?」

「いや、響香の見ている方は違う。奥の角部屋は大家が倉庫変わりに使っているらしいけど、確かに部屋のナンバーわかりづらい位置にあるから間違えた可能性もゼロじゃないが…」

 

 確かに、言われてみれば集合住宅の部屋番号なんて普通わかりやすく書かれているような物だと思うが、唯守の部屋は、扉の横の端っこにデザイン性を重視したようなオシャレな文字で書いてあった気がする。

 

「葉隠は、唯守ん家来たことないの?」

「ない。そもそも俺以外で入ったのは二人が初めてだ」

 

 なんだ、なかったんだ。

 ウチは、てっきり……

 

「とにかく、見に行こうよ。何もないなら、それでいいんだから」

「ん」

 

 拳藤の言葉に唯守は即同意して、ウチは一拍遅れてうなづく。

 それどころじゃない。

 今は気持ちを切り替えないと。

 何かに巻き込まれているのは確実だと思うけど、ひとまず、大家さんの部屋だというのならそんなに問題ではないはず。

 

 B組の委員長だけあってか、拳藤は迷いなく立ち上がると、既に玄関へと向かっており、唯守も後へと続いている。

 ウチも、行こう。

 

 チャイムを鳴らしても反応はなく、中からは相変わらず物音一つしない。

 

「もう少し離れてろ。もし俺も消えたら、通報頼むわ」

 

 そうして、ウチらは一歩下がって見守る中、唯守が隣の部屋のドアノブを掴んだ瞬間──

 

 

 一瞬で、景色が変わった。

 

「なんだ……ココは、どうなってんだ!?」

「わからない。けど…」

 

 

 拳藤の言う通り、突然闇の中に放り込まれたかと思えば、今いるのは……口にした通り、何といえばいいのかわからない場所。

 ウチらの発する音以外には何も聞こえないので、近くには他の人間はいないようだ。

 壁は全て3mを越すような本棚でできており、そこにピッタリと隙間なく並べられた大量の本。

 ただ、一部の本は乱雑に引き抜かれ、百冊くらいは床に散らばっていた。

 その本が唯一散らばっている、廊下の突き当たりのような部分に、ウチらはいるみたい。

 まるでファンタジー映画にでも出てきそうな国立図書館のような場所。

 この場所に現れたその時には、既に唯守の結界によりウチらは守られていたらしい。

 そうして隣を見ると、ギョッとした。

 

「……最悪…」

 

 小さく…本当に小さく呟いた唯守。

 ウチじゃなかったら聞き取れなかっただろう声で。

 そしてなによりも驚いたのは、その瞳から、光が感じられなかったから。

 

「なんで、耳郎はそんな落ち着いてるわけ?」

「落ち着いてはないケド…唯守はなんとなくわかってるんじゃないの?」

 

 ウチだって落ち着いているわけじゃない。

 

「二人とも、巻き込んで悪い。それと、今の状況は俺にもわからん。この部屋の主である大家さんはジジイの友達ってことしか知らないんだ。俺は透と八百万を探してくるから、二人はゆっくり付いてきてくれ」

 

 この幼なじみ関連のことなのは間違い無いと思うけど、その幼なじみがいるからこそ、なんとかなるのだろうと思っているだけ。

 ただ、その瞳から伝わるものは、怒り。

 というか、ここに来る前からずっと、怒ってるんだけど。

 

「単独行動の方が危険だろ?まずはどうにかして出口を探さないと…」

 

 そう言った拳藤の前へとウチは出た。

 唯守が怒ることなんか滅多にない。

 ウチだって、唯守と一緒にいた決して短くない期間で本気で怒ったのを見たのはたったの3回。

 家族の事をバカにされた時。

 ウチが高校生にからかわれて腕を掴まれた時。

 それと、5年前のあの日。

 こうなったら、テコでも動かない事は知ってる。

 

「わかった。付いていけばいいって、何に?」

「コレにだけど、今はコレがなにかは聞くな。あと、巻き込んでごめん」

 

 そう言って、さっき部屋で見た八芒星の描かれたお札を放り、ウチらに頭を下げると、すぐに背を向けて駆けていってしまう。

 葉隠と八百万を心配しているんだろうけど。

 でも、それ以上に自分のせいだと思ってるんだろうな。

 

「なんか、大きくなってないか?ソレ?」

「え…?キャッ!?」

 

 思わず飛び退いてしまったが、さっき唯守が放ったお札は、ムクムクと膨らみ始めている。

 だんだんとそれは形を形成していき、全てのパーツが丸みを帯びた四角でできている、白いぬいぐるみのようなものになった。

 顔のような位置には八芒星が書かれており、少し可愛く見えないこともない。

 

「では、私についてきてください」

 

 急に話しだしたソレを茫然と見つめるウチと拳藤。

 

「どーなってんだ、耳郎の幼なじみは」

「……今は聞かないで」

 

 今の唯守は、ウチにもわからないから。

 

 

 

 

 私の頭は細波一つ立たないほどに落ち着いている。

 そう、この感覚には経験がある。

 合格発表の日と同じ、あの感覚。

 さぁ、なぜこんな事になったのかをまずは思い出してみよう。

 

 一度学校からもほど近い自宅に荷物を置いて、ヤオモモと合流したんだ。

 なんだそのでっかい紙袋と思ったのは覚えている。

 紙袋というのにもかかわらず漏れ出ている高級感も。

 後は他愛のない会話をして、唯くんの家に着いたんだ。

 そこで、私の悪い癖…と思ったことはないが、どうせなら驚かせたいと言う欲求が生まれた。

 そのため、響香ちゃんか拳藤さんを驚かせてやろうと、チャイムも慣らさずに、衣服も完全透明にしてドアノブを握り込んだ。

 完全透明化している今なら唯くん以外には見えないし───

 

 

 

 そうして、今に至る。

 

 やっちゃった。

 たぶん、部屋を間違えたんだろうけど…

 間違えただけで、こんなことになるものかな?

 

「ここが、間さんのお宅…ではないですよね?」

 

 ヤオモモの言う通り、来たことはないけど絶対に違うとわかる不思議空間。

 本当に、ここはどこなんだろ。

 

「いやー、違うとは思うけど」

 

 一体なんなのだと思うも、出口は見当たらない。

 ドアノブというか、ドアすらもなくなってしまった。

 突き当たりである場所の本を引き抜きながら出口を探すも、どうやらここからは出られそうに無いという事は理解した。

 仕方がないので、恐る恐るその一本道を二人で進んでいく事にした。

 

「間さんとは、同じ中学だとはお聞きしましたが、このような事が多々あったんですか?」

「うんん、ないよー。どうして?」

「いえ、落ち着かれていますので…私は正直、まだこの状況が信じられないのですけど…」

 

 確かに、もう100mは歩いてるし、あの建物の一室ではありえないくらいに広い空間。

 

「あー。落ち着くしかないかなって。唯くん絡みでとんでもない目にあったことは一回だけあるんだけど……そう言われれば、私パニックには強いのかもっ!」

 

 鬼が落ちてきて、時織さんが登場して瞬殺して。

 あの時に比べると直接的な恐怖はないけど、出口が本当にあるのかは怪しい。

 ただ、入れたってことは、どこかから出ることもできるはず。

 それに、きっと来るだろうから。

 

「そうでしたか。私も見習わなければなりま────何か来ますわ!!」

 

 ヤオモモの叫びと共にガサガサと近づいてくる音。

 そして、目の前の本棚でできた道の先にある角から飛び出してきたのは、思っていた人とは違うものだった。

 

「「「侵入者を発見…主人から来客のお話は伺っておりません」」」

 

 大勢の、メイドさんが声を揃えてそう言った。

 不思議と希薄に見えるこの感覚は、見覚えがある。

 

 あれは……式神だ!!

 

 

 

 

「行け。動くものを見つけたら即報告」

 

 式神を5枚ばら撒き、白い鳥へと変わった式神へと命令を降す。

 同じ場所に現れたならそう遠くへは行っていないはずだし、どうやらここは一本道のよう。

 なんて浅はかだったのだろう。

 透だけじゃなく、八百万もいない事から想像なんてついただろう。

 二人を巻き込んでしまった。

 自分の無思慮さに腹が立つ。

 

 さっきからずっと、心臓も五月蝿い。

 それは走っているからではなく、この場所に飛ばされる前からの事。

 だけど、なぜか頭の中はスッキリしている。

 やるべき事が単純明快だからか。

 二人を見つける事。

 四人を無事に帰す事。

 透と八百万の状況次第では、元凶全てを滅してやる。

 その想いが頭の中を支配していた。

 

 そこで覚える違和感。

 力が、溢れ出てきているような気がする。

 

 響香と、拳藤の友達。

 あの二人の時と同じではあるが、今は倒すべき敵が目の前にいない事から、この感覚に長くいる事が原因なのだろうか。

 戦闘行為を行なっている時とは違い、自分の呪力を今までとは違い、より正確に、より精密に感じ取れている。

 身体全体を巡る力。

 それとは別の、自分の内側の奥の奥。

 そんな奥深い底のほうから薄っすらと漏れ出ているモノを感じる。

 この世界にありながらもこの世界と切り離された、まるで異界のような場所。

 自分の中にあるにも関わらず、今の今まで知らなかったその場所。

 一本道を走りながらも意識を集中させていき、その扉に手をかけようとしたところで。

 

──!!

 

 どうやら式神が何か生物かは知らないが動くものを見つけたようだ。

 一旦思考を切り替えて、その場へと急いだ。

 

 どうか、傷ひとつ無い姿でいてくれ。

 じゃないと……

 

 ………

 

 

 

 

 ………

 

 今までのシリアスな感じを返して欲しい。

 

「あっ!唯くん唯くん!」

「すみません、私もいまいち状況はわかっておりませんが、ひとまずは無事ですから…」

 

 その続きは、怖い顔はやめてくださいとでもいいそうな八百万。

 その手にはティーカップが握られており、観葉植物やゴテゴテとした歴史を感じるアンティーク調の間接照明が多く置いてあるひらけた場所。

 その照明で明るく照らされた一角で、豪華な椅子に腰掛けている。

 少し申し訳なさそうな顔をしているのがよくわかるし、訳の分からない状況の中、心配をかけていた、という気持ちでいてくれるのが素直に嬉しい。

 それに比べて、コッチのやつは。

 

「いやー。部屋を間違えちゃうなんて、失敗失敗。でも鑑さんに色々教えてもらってね!私の新必殺技を──あたぁ!?」

 

 満面の笑みであり、五体満足であり、その精神性も全くのいつも通りのため安心はしたのだが、とりあえず強めのチョップを脳天にブチ込んでおく。

 人の心配も知らずに……

 

「な、なんで!?」

「……なんとなく」

 

 安心したところで式神に命令を出し、後ろの二人にも危険がない事を伝えておこう。

 そして、目の前のこの人が騒ぎの元凶かとも思ったが、そもそも部屋を間違えた事が発端となると、透が悪いのか。

 

「やぁ唯守くん。君のお友達は面白いね。危害も加えていないし、危険もないから安心したまえ」

 

 一定の呪力を込めてドアノブを握ると初めて転移されるらしい。

 そんな厄介な事、ジジイの知り合いなら教えておいて欲しい。

 

「クック……。僕もまさか突然来るとは思っていなかったからね。あぁ、流石に君の事は式神にも認識はさせていたよ?」

 

 どうやらこのメイド軍団が攻撃を仕掛けようとしたようだが、たまたま鑑さんもここにいたので戦闘には至らなかったとの事。

 八百万は理解しようと頭を回しているようだけど、呪力なんて急に言われてもわかんないよなぁ。

 

「で、どーいう状況?」

「ウチらにもわかるように説明して欲しいんだけど」

 

 勝気な美少女が二人並び立ち、こちらを見ていた。

 

「おや。茂守くんと違ってモテモテなんだね。君は」

「「「違います(わ)」」」

 

 透以外の3人は即否定。

 別に合ってるしいいんだけど、不思議と悲しい気持ちが押し寄せてきた。

 たしかにみんなを誘ったのは透であり、俺じゃない。

 アレ?

 じゃあモテモテなのは、透?

 それなら俺はなんなんだ?

 家という場を提供して、甘味を用意する人……

 良く言ってもお母さんポジじゃねーか。

 

「あはははは!唯くんすっごい顔してるよ」

「うるさいよ……」

 

 本当か嘘かはわからないが、この場所は空間の歪み。

 いわゆる世界の穴のような場所であるとのこと。

 四人は鑑さんの個性だと思っているようだけど、たぶんそうじゃないな。

 遠回しに探ってみるも、流石に年季の入ったジイさんと腹の探り合いで勝てるはずもなく、簡単にはぐらかされてしまった。

 まぁ、ジジイと古い付き合いならそんな警戒するものでもないのか。

 

「まぁ、出口はそこだ。今度はちゃんとアポを取ってからにしてくれよ?」

 

 はーいと元気よく手を上げた透と、疲れた顔をした3人と俺だった。

 

 

 

 

「はじめはドキドキしたけど、楽しかったねー!!」

 

 本当に楽しそうなのが葉隠のすごいところだな。

 ようやく戻ってこれて、今は当初の予定通り間の部屋で作っていたブラウニーを食べ、八百万の持ってきた紅茶を飲みながら5人でくつろいでいた。

 結果として何もしてないのだが、こんなに疲れるとは思ってなかった。

 私用にと作られた甘くないのをもう一つ手に取りかじりながらも、葉隠にあーだこーだと怒っている間と、言い返している葉隠。

 ジャレあっているようにしか見えないし、二人ってもしかして。

 

「ちょっと気になってたし聞いてみるんだけどさ。

 間と葉隠って、付き合ってんの?」

 

 一瞬時が止まったかのような静寂。

 二人してキョトンとしており、八百万は興味があるのかそーだったんですかと両の手を顔の前で組んでいる。

 耳郎だけはピクリと肩と眉を震わせただけで、二人の返答を待っているよう。

 

「──あはは!!ないない!」

「違う。けど、なんだその言い方は」

 

 制服の袖を透明な顔の前で横に激しく振っているのと、笑っているのはわかる。

 一方で、違うと言った間はその透明な頬を正確に掴んでいるよう。

 

「ひゃって……ひっさいぜんぜんそーゆーのじゃないじゃん。ひゃなしてよぉ〜」

「言い方」

 

 まぁ、この二人は見るからに仲良いし、親友って感じなのかな。

 安心したように表情が綻んだ耳郎は……まぁ、どーなんでしょ。

 二人で歩いてる時に聞いた感じだと、本人は絶対に否定するだろうけど。

 

 その後はなんて事のない会話を続けて、間が案内役で出したぬいぐるみのことを問いただすも、結界の応用などとよくわからない返事で返される。

 5人で雄英での話しをしている限り、A組にも面白そうなやつはいっぱいいるし、私らも負けてられないな。

 

 色々あったが故に、今日はもういい時間なのでお開きとなり、間の家を出ることにする。

 葉隠と八百万は右に、私と耳郎は左に曲がりそれぞれ帰路についた。

 

「クラスは違うけど、宜しくね」

「うん。拳藤から色々聞いて、B組の強さもわかった。ウチらも負けてらんないし」

「お互いな。明日の授業も楽しみだな。あ、私こっちだから」

「うん。それじゃ、また」

 

 手を振って一人、家路を歩く。

 一人になって思うのは、自分の未熟さ。

 

 あの時、真っ先に動いたのが間。

 それはまだわかる。

 でも、同時に耳郎も個性であるイヤホンを地面へと突き刺していた。

 私だけが、何もできなかった。

 視界を奪われ、思考を奪われた。

 あの時私の個性で二人を包み込むこともできたのに。

 でも結果は、私は結界に守られていただけ。

 このままじゃダメだ。

 

 私は、もっと強くならなきゃ。

 



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17.5話 間話②

 

 

 

 

── 耳郎響香 ──

 

 

 雄英に入って、はじめて連絡先を交換した人間が送ってきた文章を、眠る前になんとなく眺めている。

 というのも、今日の出来事を謝ろうと送ってきた謝罪の文章、ただ一言、『今日はごめん』というのを送ってきたからであった。

 こんな短い文章でも、大真面目な顔して打ってるのが今は容易に想像できる。

 確かに今日の出来事は昔聞いていた間家の先祖にまつわる御伽話のように珍妙ではあったが、そもそも唯守のせいではないし、危険ではなかった。

 何が起こるのかわからず、多少、怖くはあったけど……

 ただ、あそこまで機械音痴だとは思わなかったな。

 でも、唯守のお母さんと時織姉、茂守さんがスマホ片手に何かをしてるのも想像つかない。

 間家で唯一そんな姿が想像できるのは……

 

 やめよ。

 悲しくなってきちゃうから。

 

 今日はもう寝よ。

 明日のヒーロー基礎学はなんだろうと思いながらも、疲労感からか微睡へと落ちていった。

 

 

──

 

 

『俺が間流結界師とーしゅ、時守だぁー!』

『なにそれ?』

『ヒーローになった、未来の俺のこと!』

『ヒーローかぁ。かっこいいもんね。唯守ならなれそーだけど、どんなヒーローになりたいの?』

『そりゃー決まってんだろ。誰も傷つかせないヒーローだ!』

『誰も、傷つかない?』

『そう!そうしたらさ、オールマイトの救助もカッコ良かったけど、その事故すらも起こさせない!って、一番カッコよくないか?』

『それは、そうかもしれないけど』

『父さんに言われたんだ。大事なものはしっかり守れって。何か起きる前に守れば、みんな傷つかないだろ?』

『できたら、そうだと思うけど』

『できるっての。だから響香は安心してていいぞ。危ない事がもし起きそうになっても、全部俺が防いでやるからさ』

『ふーん。まっ、期待せずに頼りにしてるよ』

『期待しろっての』

『だって、唯守すぐ泣くもん』

『うるせーー!』

 

『おっ!二人ともちょうどいいところに。唯守も響香ちゃんも、時織とパフェ食べに行くんけど来るだろ?』

 

 

 これは、夢かな。

 夢だろうな。

 まだお互いに小さく、唯守の"家族"がみんないたあの頃。

 

 昔はよく、ヒーローの真似事をしたり、理想のヒーロー像を話してたな。

 でも、小学校に入って少しして、唯守のお父さんが亡くなってからは、唯守はクラスでも孤立し始めた。

 そして、完全に唯守が学校から浮いたのが、はじめて怒っているのを見たあの時。

 唯守がヒーローに飽きたって言い出したのも、あの日から。

 学年でも目立っていた良個性をもった男子のグループが、唯守に言い放ったんだ。

 

『お前の父さん、弱いくせに無駄なことして死んだってかーちゃんが言って──』

 

 言い終わる前に、唯守の結界がその男子の頭を囲っている。

 

『………自分の大事なもんのために、命かけて守ってくれたんだ。無駄死にじゃねぇ』

 

 あの時の目は、今日と一緒だった。

 光を失ったような、ただただ暗い瞳。

 

 少し怖かったけど、あれは相手が最低だった。

 結果として唯守が個性、というか結界術を人に向けたことは確かに悪いことだけど、拘束しただけで何もしてはいない。

 それでも相手の男の子は泣き出した上に漏らしちゃったし、先生まで出てきて大変だったな。

 でも、唯守は悪くない。

 誰だって、あんな事言われたら怒ると思うし。

 それよりも、誰かのためにしか怒れない唯守はヒーローに向いているんじゃないかと、思った。

 そして、そんな唯守を見て、ウチもヒーローに憧れ始めたんだ。

 

 

──

 

 

 随分と懐かしい夢。

 

 昨日はいろいろあったから、こんな夢を見たのだろうか。

 昨日といえば、葉隠との事も……

 うんん、今はそんなこと考えてる暇ないし、そもそも唯守はただの幼馴染みだし、泣き虫だし……

 そりゃあ背も伸びてて、男らしくなってて、もう泣き虫じゃ無いだろうけど、うん。

 この気持ちは違う。

 そう、きっと……違うし。

 

 今日も、これからも、今はヒーロー目指して頑張るだけだ。

 

 

 

── 葉隠透 ──

 

 

 鑑さん、面白い人だったな。

 呪力に精通してるっていってたし、ヤオモモはちんぷんかんぷんだったと思うけど。

 私からしたら、行き詰まっていたところに脇道を教えてもらったような気分。

 早くいろいろと試したくてウズウズしてきたけど、今日はみんなには悪いことしたなぁ。

 でも、それ以上にびっくりした。

 一佳ちゃんも、急にあんな事言うんだもん。

 びっくりさせられるのも見るのも好きだけど、自分にされる事などあまり無いから……

 でもでも、本当に付き合ってないし、唯くん自身がそんなふうに思ってない。

 と思ってたのに、まさか軽くとはいえ怒るなんて。

 

 もしかして、私に気がある!?

 

 なんて、思ってしまうじゃないか。

 実際のところはどーなんだろう。

 私のことは、嫌いってことは無いだろうし、中学時代もずっと一緒にいたんだから、好きでいてくれてはいるのだろう。

 ただ、それがどういう好きなのかは、わからない。

 知りたいけど、知りたくない。

 私自身も、唯くんの事が好きなんだって自覚したのは修学旅行の時。

 あの時の言葉と、表情に感じたモノが、きっと好意なんだろうと思う。

 でも、今以上を求めているかと言われたら、私にもわからないな。

 

 

『この辺りでいいか』

『わっ、と。ありがと。普段こんな感じで空飛んでるんだねー』

『飛んでは無いけどな。跳ねて浮いてるだけ』

『たっかーーーい!京都の夜景もこんな空から見るとまた格別だねー!』

『はしゃいで落ちるなよ。結界も位置を指定して成形してるんだから、高速で落ちてる時なんて、もしミスったら助けられんぞ。修学旅行生が死亡なんてとんだ大事件だし』

『えー。そこは絶対に助けてやるって言ってよー。こんなところまで連れ出しといて』

『おーい。誘ってきたのは透の方だろ?

 まぁ、もし本当に危なくなりそうだったら、何においても俺が助けるけど』

『え?』

『ん?……今のなし。頑張りはするけど、くらいで』

『えー!さっきのもっかい!もっかい言って!』

『……ヤダ』

『ケチ!!』

 

 

 この関係が壊れるくらいなら、私はずっと今のままがいいな……

 

 よしっ。

 明日からも、普段の私でいよっと。

 さてさて、次はどーやって驚かせようかなー。

 

 

 

── 鑑平助 ──

 

 

 まさか突然来訪してくるとは思わなかったが、思わぬ収穫といったところか。

 彼の力、まるで底無し沼のようだった。

 それは溢れ出しているのではなく、ゆっくりと漏れ出ている。

 彼の中に眠る力の正体はいったい何なのか。

 彼自身も気づいてはいないようだが。

 彼の姉か母親はわかっているのだろうが、あの二人が僕に話すはずもないか。

 

 しかし、あの力を怒りによって引き出しているのか。

 僕には考えられない感情ではあるが、あれもまたひとつの境地か。

 

 結界術に限らず、殆どの術の境地は明鏡止水。

 即ち心の揺らぎを消すことにある。

 人間である以上感情は存在し、その感情の揺らぎこそが隙となり、術の妨げとなる。

 それはその術の構成が緻密であればあるほど、その規模が大きければ大きいほどに作用するし、大きく揺らいだままでは発動すらしない呪いもあるだろう。

 感情を消し、心を凪の湖のように静寂で満たす。

 それが通常で言う、明鏡止水の極意。

 だが、怒りのみの一色に染め上げる事で揺らぎを消す事もまた、揺らぎなき明鏡止水。

 

 怒りという感情は、冷静さを失い隙を生むともよく言われるが、それは染め上げていないからだ。

 中途半端な怒りは確かに隙を生み出すだろう。

 怒り狂うのではない。

 冷静に、静かに怒りの炎に火を灯すのだ。

 真っ赤に燃え盛るような怒りではなく、揺るぎなく身体の内側で静かに青く燃える怒りもあるのだ。

 

 彼の力、試してみたかったが意外と慎重。

 いや、そうではなく、考えていないだけかもしれんな。

 彼はどうやら、父親に似ているようだから。

 

「僕はそう思うんだが、君はどう思う?」

 



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USJ編
18話 救助訓れ、


 

 

 ピィーーーー!!!

 

「さぁ!スムーズにバスに乗り込めるよう番号順に2列で並ぼう!!」

 

 災害水害なんでもござれ。

 今回行うレスキュー訓練のために、そんな演習場へ向かうバスの前で、新委員長となった飯田が笛を吹き号令をかけた。

 そう、今日の訓練はレスキュー。

 つまり救助訓練だ。

 それこそがヒーローの本分ということからか、みんな騒いでたのだが、俺はその災害発生事態を止めたいんだけど。

 だがそれにはまだ、圧倒的に力も足りていない。

 夢物語だという事もわかってはいるが、天災は無理でも人災であれば、なんて未だに考えてしまう俺は自分を過信してるのだろうか。

 昨日感じたアレ。

 もう一度と深夜になるまでどれだけ試しても上手くいかないんだよなー。

 学校は式神に任せて修行し、疲れたら昼間に寝ているという生活をしていた為、昼間学校に行き、夜にも修行のために起きている今の生活はまだ慣れておらず割と眠たい。

 そういや、そろそろ雄英にきて初めての休みか。

 響香に空いてると伝えたが、どこいくんだろ。

 そんな関係のない事を考えながらもバスに乗ったら、並んでいたにもかかわらず割と適当にみんな席についていた。

 それもそのはず。

 左右2席シートのタイプではなく、乗り込み口からは正面に、後方のみが2席で前向きについているタイプの市街地を走ってるいるようなバスのような席だったからだ。

 

 出席番号順にさせられたせいでほぼ最後の方に乗り込む事になったのだが……

 あ、響香の隣空いてんじゃん。

 眠たいし、眠るなら慣れ親しんだ響香の横がいいと手を伸ばした。

 

「響香、隣……ん?」

「アァ…?んだコラクソ猫毛」

 

 一つ前の出席番号である爆豪がまさかの響香の隣にドカリと座り、俺の差し出した右手は宙に漂っている。

 自身のイヤホンジャックを携帯に挿していた響香は苦笑しており、腰掛けた爆豪はギラリと眼圧を増した。

 

「…なんでもない」

「間ちゃん、こっち空いてるわよ」

 

 梅雨ちゃんに手招きされ、横向きの席、梅雨ちゃんの隣へと腰掛けた。

 

 

「緑谷ちゃんの個性、オールマイトに似てる」

 

 そう言った梅雨ちゃんの言葉にばたばたと大袈裟に手を振り否定する緑谷だったが、周りもまた否定していた。

 俺も、似ているとは思ったが、オールマイトの戦闘は画面越しでしか見たことがないのでなんともいえない。

 

「派手で強ぇって言ったら爆豪と轟。便利でなんでも出来るのが間だよな!」

「なんでもはできねーよ」

 

 便利というのは否定しないが、なんでもは流石に言い過ぎだと切島に向かって言う。

 

「間ちゃんはまだ人気でそうだけど、爆豪ちゃんはキレてばっかだから人気でなさそ」

「んだとコラ!!猫毛より出すわ!!」

 

 立ち上がり怒鳴る爆豪を「ほら」と指差す梅雨ちゃんであったが、引き合いに使わないでくれ。

 たしかにアレより人気でないのはキツいが。

 その後も爆豪がいじられながらもわーわーと個性談義に花が咲いているようだけど、眠さがそろそろ限界だ。

 ちょっとでもいいから、体力回復に眠るとしよう。

 

 バス移動で校内を回るなんてどれだけ広い学校なんだと思いながらも、不規則に揺れるバスと、たまに触れ合う梅雨ちゃんの体温が心地よく、俺はすぐに眠りについていた。

 

 

 

 

「………」

「さぁ、皆さん行きますよ」

 

 続々と集まるならず者共。

 どいつもこいつも大したことのない、見るからにザコばかり。

 こんなんで本当に平和の象徴に勝てんのかね。

 

「さぁ、あなたも私の個性範囲に入っていなければ……あぁ、あなたは大丈夫ですよ」

 

 めんどくせ。

 あの親玉の様なヤツはいねーみたいだし、コッチ側には碌なのがいない。

 せめて相手側には面白いヤツがいりゃいいけど。

 つっても俺もまだ見たこたぁ無いし、現世最強と名高い平和の象徴 オールマイトとやらの戦闘でも見物できりゃ暇潰しになるかと参加はしてやったが、ダルけりゃとっとと逃げてやろ。

 

「というか、なんでコイツはいいんだー?」

「こちらのお嬢さんには別の仕事があるからですよ。護衛も別のものがついていますから」

「ふーん」

 

 この女……身体は呪力で構成されてるし、ただの式神だろう。

 術者は近くにゃいないようだけど、コイツらは気付いてないのか?

 こんなのに護衛とか言ってる時点で呪いの知識はゼロか。

 式神如き気にするまでもないし、まぁいいか。

 

「へいへい」

 

 この個性だの超人社会だのって、随分とつまんない世界になったもんだ。

 妖まじりのような【個性】とやらを持った若造どもが。

 経験も大してないようだし、良いのは威勢だけのよう。

 まるで、烏森を攻め込んだ時のザコのようだ。

 群れることと、土地の力を自分のもののように勘違いをして調子に乗ってしまう奴らと同じ。

 牙銀様のように、圧倒的な力を持っていながらに情緒不安定で、そんで実は仲間思いで涙もろい。

 そんな人について、暴れ回っていたから"オレ達"は楽しかったんだが。

 そんな牙銀様も殺され、黒芒楼が潰され、白に植え付けられた頭の虫も取れて以来、ずっと"3人"で過ごしてきた。

 時代の流れと共に土地神や主たちは弱り、妖を自らの異界へと閉じ込め糧にしていき、現世での数を減らしていいった。

 というのがオレら見解。

 そんなザコと同じようにオレ達が捕まるはずもなく、退屈に負けて久しぶりなどという言葉では足りないほど久しぶりに俗世に出てきたが、どんどんとつまらなくなっていく世界。

 

「なー。もしかして、オレらは今の世界では最強の部類に入るんじゃねーか?」

「あー、あるかもな。それこそ当時の牙銀様のように」

「妖ももういねーし、俺たちの事見える人間もほぼいないだろーしな。結局コイツらも俺らの事は見る事すらできてないみたいだし」

 

 わざわざ人皮をかぶらないと、今の人間どもに俺たちの姿は見えない。

 最後に藍緋の研究室から一度逃げ延びるためならとパクってきたのが今になって効いてくるとはな。

 

 でも、俺たちが最強な世界だったらそれはそれで面白い、のか?

 いや、つまんないだろーなー。

 

 

 

 

「すっげ―!USJかよ!!?」

 

 そう言った切島であったが、テーマパークにしては随分と物騒すぎるだろう。

 テーマパークのように見えるのは目の前の噴水広場くらいで、傍目には倒壊した建物やら火事の現場なのか火の手の上がった場所やらがそれぞれ独立したスポットのようになっている。

 バスで寝たのでわりとスッキリしているので、キョロキョロと周りを観察していた俺であったが、目の前から宇宙服に身を包んだ人が歩いてきた。

 

「みなさんようこそ。ここは、あらゆる事故や災害を想定し、僕が作った演習場。その名も、ウソの災害や事故ルーム」

 

 U (ウソの)

 S (災害や)

 J (事故ルーム)

 

 つまり、本当に関西地方にあるテーマパーク、USJと同じ呼び名だった。

 名前、大丈夫なんかな。

 

 この演習場について説明してくれているのはスペースヒーロー・13号というらしく、緑谷が興奮気味に説明してくれていたのを小耳に挟んでいる。

 相澤先生と、13号先生が何やら話しているようだが、妙な胸騒ぎがするのは気のせいか。

 

「間ちゃん、どうしたの?もしかして、まだ怒ってるのかしら」

 

 梅雨ちゃんに心配されてしまった。

 怒っているのか、というのは、バスで俺を起こそうとクラスの奴らにあれやこれやといじられていたからだ。

 そうだというのに全く起きず、知らぬ間に俺の髪は梅雨ちゃんの髪のように小さな蝶々結びで溢れかえっていたのだ。

 それに気づかず、口を完全に手で覆い隠して震えて笑う響香とクラスメイトたち、そして大笑いしながら携帯で写真を撮りまくる透にチョップを繰り出した事から、まだ怒っているのかと聞いたのだろう。

 

「ん。なんでもないし、怒ってはない」

 

 ガシガシとまだ残っているのかと頭を掻くも、指に引っかかりはないし、大丈夫のよう。

 どうやらそんな話をしている間に二人の話は終わったらしく、相澤先生が「始めるか」と呟くと、13号先生は話し始めた。

 

「えーでは、始める前にお小言を一つ、二つ、三つ……四つ……五つ……」

 

 だんだんと増えていくお小言の数に比例して増えていく13号のたてられた指。

 

「皆さんご存じだとは思いますが、僕の個性は『ブラックホール』。どんなものでも吸い込んで、塵にしてしまいます」

「その個性でどんな災害からも人を救い上げるんですよね!」

 

 13号先生の言葉に緑谷が相槌を入れ、ついさっき13号が大好きだと公言していた麗日が全力で肯定の意を示し、ぶんぶんと首を縦に振っている。

 

「ええ、そうです……しかし、簡単に人を殺せる個性です」

 

 その一言で、全員の気が一気に引き締まった。

 

 それもそのハズか。

 俺の"個性”じゃ人は殺せはしないが、轟も、爆豪も、緑谷も、麗日も、多くの生徒の個性が人を殺せる力を持っている。

 俺の、結界術もそう。

 

 一歩間違えれば、俺たちもその辺の人も、みんな強力なヴィランになる可能性を秘めている。

 それが現代の、超人社会。

 体力テストで自身の個性の可能性を知り、次の戦闘訓練でそれを人に向けて使うことの危うさを体験。

 そして今日、人命のために各々の個性をどう活用するか。

 それがこの授業で学ぶ事だと。

 

「君たちの力は人を傷つけるためにあるのではなく、救けるためにあるのだと心得て帰って下さいな。以上! ご清聴ありがとうございました」

 

 ぺこりと13号先生がおじぎをしたところで、拍手と歓声が鳴り響く。

 そうだよな。

 守るために、結界術はある。

 俺も、頑張らないと。

 

──ッ!?

 

 なんだ……

 強力な、妖力を感じる。

 あの時の、鬼もどきよりは弱いか。

 地獄を乗り超えた今の俺なら問題ないレベル。

 でもまたなんで、こんなところに?

 

「相澤先生、なんか変なのが──」 

「全員、ひとかたまりになって動くなッ!!!」

 

 俺の直後に気付いたであろう相澤先生が手を翳し叫んだ。

 それと同時に、唯一この場所で綺麗な噴水の前に広がっていく黒い靄。

 

「13号!生徒たちを守れッ!!あれは──!

 ヴィランだ!!!」

 

 入試のようにもう始まっているパターンかと茶化しているものもいるが、そんなはずもない。

 仮にそうだとしたら、動け!!

 ヴィランと何故行動を共にしているのかは知らないが、妖相手は、俺のお役目だ!

 

「唯守ッ!!先生の言う通り動いちゃ──」

「あれは、俺が止める。俺が……結界師として!!」

 

 

 

 

 そう言って飛び出してしまった唯守を、私は止める事ができなかった。

 

「お、オイ!間!!」

「唯くん!?」

 

 ウチの声も、もう誰の声も届いていない。

 

 黒い霧から続々と現れるヴィランたちに向かって躍り出た相澤先生とは違い、結界を使い上を飛ぶ唯守。

 狙いは奥の、目の部分を黒いマスクで覆ってるアイツ?

 

「間!下がれ!!コレは演習じゃないんだぞ!!」

「先生…コレばっかりは俺がやらなきゃいけないんスよ」

 

 13号先生はみんなにUSJから避難するように指示を出し、相澤先生から言われ通信を試している上鳴もうまくいってないみたい。

 

「間!それ以上指示に従わないなら除籍処分にするぞ!!」

「コイツの横に立つ2人、相澤先生にゃ見えてないでしょう!? 結!!」

 

 横?

 ウチには見えない。

 それに、「結界師として」という事は──

 

「唯くん!一人外れてるよ!!」

「わかってる!」

 

 え……?

 葉隠には、見えている?

 

 葉隠に叫びながらも上げた左腕のガード。

 そこを何かに殴られでもしたのか、吹き飛んでいく唯守だが、結界の上に着地すると右手の人差し指と中指を立てて構えをとった。

 

「……今のはなんだ、お前は何に迎撃されたんだ? 間。お前には、何が見えている?」

「この世とあの世の、間にいるモンですよ」

 

 そういって、またも結界を打ち立てた。

 

 



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19話 未知との遭遇

 

 

「あの術、もしかしなくても結界術じゃんかー」

「しかもアイツ執拗に俺たち狙ってんだけど、呪力からしても確実に殺る気じゃん?」

「牙銀様を一瞬で殺った、あの纏う黒い結界使われたらひとたまりもねーぞ……」

「つってもあん時の結界師より、ましてやガキどもより未熟そうだし、いけんじゃねー?」

 

 緊張感を感じられないし何を話しているのかと思えば、結界術を知っている?

 黒い結界と言うのはわからないが、俺の知っている間流は決まって青か緑だ。

 別の流派の結界師が、まだ生きているのか?

 ただ、纏うという結界は考えた事なかったな。

 いかん、今は戦闘に集中しろ。

 デカすぎたので強度不足だったとはいえ、俺の結界を切り裂くくらいの力はあるか。

 それなりの妖力は持っているようだし、一人は妖混じりなのか、それとは別の何かなのか。

 とにかく、俺の目に映るアレが人間ではない以上妖だとは思うんだが、妖力も呪力も全く感じないのはなんだ?

 まるで力を隠しているような……

 何か仕掛けがあるのかもしれないな。

 妖同士が意思疎通を行い徒党を組むなんて、大昔の話だろうに。

 もしかして、妖にも今更変化が起き始めているのか。

 式神で応援を……いや、それは式神に呪力を割いていい相手かを見定めてからか。

 

 横目に相澤先生の戦闘を見ると、流石だがアッチはなんの問題ないようだ。

 除籍にされても仕方がない。

 たぶん俺と、透にしか見えていないんだ。

 俺がやらなきゃ。

 

「唯くん!」

 

 戦闘を再開しようとしたところで、聞きなれた声。

 それはすぐ側から聞こえた。

 

「バカ!なんで来た!?離れてろって!」

「3対1は流石にでしょ?私もやるよ!先生!見えないヴィランは2人います!なので見える私と唯くんに任せてください!」

 

 そう言った透を相澤先生は一瞥し、口を開く。

 

「潰せるなら即潰せ、そして即離脱」

「ん…?」

 

 そして吐き出された言葉は予想だにしないものだった。

 

「合理的に今の状況を判断しただけだ。引き際は誤るな。時間がかかるようなら今すぐ逃げろ。俺の指示には従え。それが守れないなら2人まとめて除籍にするぞ」

 

 俺たちを信頼してくれたのか…?

 でも、もともと除籍覚悟だったんだ。

 やる事は変わんねーが、やる気は出た。

 3人のうち、2人の妖はたぶん問題ない。

 一番左のやつだけがよくわからんが、なんとか…するしかない。

 

「やったろ!唯くん!」

 

 そう言って構えをとる透だが、これは試験でも訓練でもない。

 拘束テープなんてない。

 ここは俺一人で……

 

「そんな顔しないで。唯くんがいったんだよ?私達の連携、見せてやろ!」

「……下がれっつったら絶対に下がれよ。あと、左の奴には警戒を。なるべく速く、俺が滅してやる」

「りょーかい!」

 

 呪力が充満していき、俺の目にも薄っすら半透明でしか見えなくなった透。

 俺以外に、今は姿は見えていないだろうとは思うがそれも絶対じゃない。

 透にはケガの一つも付けさせない。

 後ろにも、絶対にいかせない。

 

 言われた通り、速攻で潰してやる。

 

 

 

 

 会話から察するに、この敵達の狙いはオールマイト、だった。

 相澤先生と唯守、葉隠がヴィランとぶつかり合う中、13号先生の後ろで固まっているクラスメイトへと声をかける。

 

「13号先生に続いて、急ご!」

 

 が、動かない緑頭が目に入った。

 

「ゴーグルで誰の個性を消しているかわからなくしてるのか……すごい。多対一こそ先生の得意分野だったんだ。それにあの首に巻いている捕縛布で中距離の戦闘までも可能……間くんと葉隠さんは何が見えているんだろう?間くんを吹き飛ばしたのは透明なヴィランの仕業?でもそれじゃあ、葉隠さんはまだなんとなくわかるけど、間くんにはなぜ見えているのか……」

 

 未だに戦いを始めた3人に関してぶつぶつと分析でもしているのか知らないが独り言を呟いている緑谷にも声をかけた。

 

「何してんの緑谷!分析してる場合じゃないでしょ、早くいくよ!ウチらじゃ邪魔になる!」

 

 そうして、USJの、ついさっき入ってきたばかりの入口に向かって走り出したのだが、前方に突如黒い霧が発生してウチらの行手を阻む。

 

「先日頂いたカリキュラムではここにオールマイトがいらっしゃるハズ……何か変更があったのでしょうか?」

 

 そう呟いたモヤのようなヴィランから黒い靄が広がり、全員が身構えた。

 ウチはサッと、プラグをスピーカー仕込みのブーツへと連結させておく。

 

「まぁ…それとは関係なく……今の私の役目はこれ」

 

 これが、今ウチに出来ること!!

 

「やらせない!」

「その前に俺たちにやられることは、考えてなかったか!?」

 

 ウチの音波とほぼ同時に、切島と爆豪が黒い霧状のヴィランに拳と爆破を叩き込む。

 ウチの爆音による衝撃波。

 切島の【硬化】による強烈な打撃。

 爆豪の【爆破】による衝撃と熱波。

 そのどれもが確実に命中しているにも関わらず、爆煙が晴れた先には、恐らくは無傷であろうヴィランが立っていた。

 

「危ない危ない……生徒といえども優秀な金の卵」

「ダメだ!どきなさい三人とも!」

 

 13号先生がウチらに向かって叫ぶが、それはどうやら遅かったよう。

 

「散らして 嬲り 殺す」

 

 先の見えない真っ暗な霧に視界を覆われる直前。

 唯守と目があった。

 その瞳をこの霧と同じく、どんどんと真っ黒に染め上げていく様をみながら、視界ごと黒へと覆われた。

 

 

 

 

「響香……上鳴、峰田、梅雨ちゃん。 みんな、消えた……」

 

 沸々と湧き上がる事はなく、どんどんと深く沈んでいく怒り。

 なんだコイツら。

 コレがヴィランか。

 だったらコイツらも妖と変わらない。

 滅却して、消してやる…

 

「大丈夫!!私達のクラスに何もできない人なんていないから、大丈夫だよ。唯くん」

 

 透の言葉で我には帰った。

 深みにはまっていくところ、その手前でその手を握られたような感じ。

 とはいえ、別に怒りがおさまったわけじゃねぇ。

 あのお粗末な結界は切界されたが、コレならどうだ?

 

「結」

 

 三重結界。

 成功したことなどなかったのに、一発でできた。

 

「お、おい!コイツァやばくな──」

「滅」

 

 まずは一匹。

 威力は3倍なんかじゃない。

 通常結界の軽く3乗はある威力。

 それがさっきのデカい結界とは違い丁度一匹囲うサイズで成形したんだから、さっきまでとは段違いの破壊力。

 初めて成功したが、今の俺が使えるであろう威力最強の結界。

 これで滅せないならどうしようかとも思ったが、どうやら問題ないようだ。

 

「テメェ…千年以上連れ添ってきた仲間を……こうなったら、オレたちも同化し──」

 

 それに、妖には見えているかもしれないと思っていたが、どうやらそれも杞憂だったようだ。

 アイツら、後ろに全く警戒していない。

 何をする気かは知らないが、きっと隙を作ってくれるんだろうな。

 

「──ワッ!!!」

「なんだ!?」

 

 突然背後から大声を上げられれば誰だって驚くだろう。

 しかも、今の透は暗殺者さながらに気配を消す。

 さらには姿も見えないのだから、あんな奴らに気づかれることはないだろう。

 

「今だよゆい「結、滅」──さっすが!」

 

 これで2体目。

 完全透明化とはいえ、俺の目にもぼやけて映るので巻き込むこともない。

 同化、ということはパワーアップでもするつもりだったのか。

 透のおかげで動きの止まったやつなどただの良い的だ。

 

「天穴」

 

 いつも通り異界の扉を開き、妖の残骸を吸い込むと天穴を閉じた。

 

「んだよー。最強の俺らとやりあって見たくなかったのか?牙銀様みたいに楽しむこともなく、結界師ってのは瞬殺してくれるよーなやべーやつばっかりだな」

 

 スッと結界をはり、呪力を持たない、人の皮をかぶった様な妖を結界で囲う。

 

「ゆゆゆいくん!?人までやっちゃうの?」

「透。コイツも妖だ」

 

 流石に透にはまだわかんないか。

 相澤先生の言いつけもある。

 最速で倒す。

 そして、響香を、みんなを追う。

 

「結局俺らも牙銀様と同じ、結界師に殺られたなー。だったらせめてあの『絶界』とかいう術で殺ってほしかったけど」

「………滅!!」

 

 随分と潔い。

 人語を易々と解す妖にしては、邪念なども感じないし。

 誰かは知らんが様と呼ぶということは、上下関係、口ぶりからすると主従関係が存在している。

 そんな組織的な妖が、存在するのか?

 いや、したのか。

 コイツが『がぎん様』と呼ぶ者は、もう別の結界師に滅却されたみたいだし。

 『絶界』とかいう術が気になるが、いつの時代の話かは知らないが俺の前に出会った結界師の術か。

 間流じゃないのかもしれないし、今は、先を急ぐ必要がある。

 

「おーい。俺を殺るには、ちと足りねーぞ?」

「危ないッ!!──イツ!?」

 

 文字通り皮一枚脱いだだけであろうコイツは、たったそれだけだというのに隠されていた呪力は相当強力なものだった。

 俺の三重結界をたやすく切界し、俺を切り裂くはずだった鋭利な衝撃の刃はあらぬ地面を切り裂いている。

 だけど、そんな考えなどコンマ1秒にも満たない速度で掻き消され、赤く塗り潰されていく。

 俺の目の前で、アイツの振るった腕を拳で無理やりに軌道を変えてくれた透が、血を流す腕を押さえて膝をつく姿へと。

 

「透……透!!オイ!!」

「大丈夫だよ!ちょっと痛かったけどかすっただけ……唯くんこそ無事だよね?」

 

 笑顔を浮かべてそう言った彼女。

 血流が速さを増し、俺の呪力を乗せているかのように力が全身を駆け巡る。

 

「俺は無事だけど、透が無事じゃない……」

「全然へっちゃらだよ!これくらいって、アレ?傷が……コレも、結界なの?」

 

 姉ちゃんの見よう見まね。

 確かに傷は浅かったのだろう。

 透の皮膚を呪力で無理やりに塞いでいく、と言うよりはあるべき姿へと還す。

 これが修復術、いや治癒術か……

 修復術は本来無生物に対しての力。

 確かに、あの子よりも随分と小さな傷を修復しただけだと言うのに、気力の消費と呪力効率の悪さから扱いが難しいと言うことがわかる。

 俺の呪力を透の性質に合わせ、活性化させながらも循環させていき馴染ませていく事で元の状態へと戻していく。

 未熟だからであろうが、術が俺から呪力を大量に奪っていっているようだ。

 未だ繊細な術が苦手な俺にとって、上手く扱える術ではないな。

 

「あーあ。長年連れ添ったツレもいなくなったし、現世にゃ飽きてきた頃だから消えるのは別に構いやしないけど…

 最後の相手が結界師とはコレまた……オレたち三人。死んでもついていくっスよ、牙銀様」

 

 だが、呪力が底をつく事はない。

 いつか見た俺の中の奥底にある扉は、知らぬうちに開いていた。

 

「うるせぇ……死んだぞコラ」

 

 

 

 

 なんなんだコイツら。

 敵連合なんてチープな名だが、目的があの暑苦しいオールマイトさんなのはわかった。

 ただ、こんな数だけの寄せ集めでどうにか出来るとは思わないが……

 生徒はあの厄介そうな奴の個性、おそらくワープ系の個性で飛ばされたようだが、俺が相手にしている奴ら程度なら、大丈夫だろう。

 アイツらの可能性も、アイツら自身も、そんなヤワじゃないはずだ。

 黒い霧のヴィランとこの手首をつけたリーダー格のヴィランは警戒が必要だがそのうちの一人は未だここにいる。

 もしかして隠し球なのか、葉隠と同じく透明な"ヴィラン"は間と葉隠が相手にしている。

 が、本当にヴィランなのか?

 あの世とこの世の間とはなんなんだ?

 間と葉隠は、なぜかそれを知っている様子。

 あの結界の個性、圧縮して中のものを消滅させられるのか。

 潰したとはいえ血液一つ見受けられず、殺してるのか、単純に無効化しているのかどうかもわからない以上、これが片付いたら話を聞く必要がある。

 入試実技試験で見せた時よりも数段威力が上がっているように見える。

 更には『てんけつ』とか言う技で何かを吸い込んでいる様子。

 箱、糸、吸引。

 なんでもありかアイツは。

 

「オラァァァ!!!」

「チッ……」

 

 瞬きの瞬間を狙われたか。

 だが、今のは偶然。

 俺がここで引き付けておくから、こんな奴らにやられるんじゃないぞ、お前ら……

 

「透!!オイ!!」

──ッ!?

 

 まさか、やられたのか!?

 普段の間からは考えられないような焦った声に思わず視線を向けるも大丈夫なようだ。

 葉隠が負傷したようだが、かすり傷程度のようで本当によかった。

 

 なんだと…!?

 なんでもありかとは言ったが、ここにきて治癒の個性まで…?

 俺が消せないのは発動系ではなく、特殊な異形系かはたまた別の何かなのかと思っていたのだが……

 

「──死んだぞコラ」

 

 俺の背筋が凍りついた。

 そう錯覚する程の殺気。

 人だったものをまるで服でも脱ぐかのように脱ぎ捨てた中身はまたも透明。

 離れていると言うのに熱を感じると言う事は、敵は透明且つ炎熱系の個性、なのか?

 

 ナニを相手にしているのかもわからないが、

 間……

 お前は一体、何者なんだ?

 



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20話 VSVSVSVSVS

 

 

 

 

── USJ内 セントラル広場 ──

 

 

「言ってくれるなー。これでも牙銀様の右腕…の指くらいのポジションにいたんだぞー?」

「黙ってろ。透ごめん、離れてて」

「そこは、ありがとうって言ってよね!強そうだし、2人で行くよ!」

 

 昔読んだ覚えのある、完全変化と呼ばれる状態に似ている。

 妖混じりの人間がその肉体を完全に妖化させる時の事。

 だが今回は、長く生きてきた妖や高度な妖は姿を変える事ができ、本来の姿に戻った時のようだ。

 その姿は単純な人型ではなく、馬の下半身に人の上半身がくっついているような、灰色の人馬。

 頭には2本の赤いツノまで生えてやがる。

 妖力は、相当だな。

 

「よっし!いくよっ「結」って、わわわっ!」

 

 2人で。

 それは嬉しい申し出だ。

 でも、今の俺は連携なんかできない。

 前へと出ようとした透を結界で囲い、突然できた壁に手をついてる様子もそのままに、無理矢理距離を取らせる。

 そして、呪力を込めに込めた三重の結界で囲った。

 

「ありがとう。──でも、ごめんな」

 

 女の子に、ましてや大事な人に怪我させるなんて。

 また、約束守れなかった。

 響香の時ほど俺はもう子供じゃない。

 拳藤の時とも違い、俺はそばにいたんだ。

 なのに、守れもしなかった。

 

「俺は結界師とやりあえればそれでいいぞー。弔い合戦だ」

 

 立ち昇る熱気。

 離れているというのに、当たれば消し炭にされるであろう程の熱量。

 炎を使う、妖か。

 

「そうか。俺のはただの、八つ当たりだよ」

 

 言い切ると同時に長方形の結界を斜めに成形。

 両腕から放たれた巨大な火球を空へと跳ね返す。

 

「どっかで見た光景だなー」

「………」

 

 とはいえ、二重三重の結界で相手を囲おうと切界され。

 いくつもの結界を設置し、道のように誘導しようとするも火球と蹄で破壊される。

 強い上に、速いな。

 

「おらよっ!!」

「接近戦が、苦手だとでも思ったか?」

 

 俺の足程もある腕の一撃を右手の五指から伸ばした念糸を左手で掴んで相手の腕を絡めとり、左手を離すと鞭のように操作して相手を地面へと叩きつける。

 伊達にガキの頃から武器術や格闘術まで仕込まれていない。

 

「やるねー。結界師。ちなみに名前聞いといていい?俺は爪灰(そうばい)

「……間流結界師としてお前を滅してやる」

「名乗れよー。ん、間流……まさかな」

 

 なにか気になる事を言っていたが、今は透から引き離す。

 とはいえ、見事に同じような光景ばかり。

 火球を、拳を、蹴りをいなし、こちらの結界は破壊されていく。 光景の焼き回し。

 攻めに回れない。

 

「チッ……」

「でも、お前はアイツより弱ーなー。牙銀様は三本ツノの炎鬼で四本腕。俺はほら。一本ツノに二本腕。戦闘に関してはオレんが十倍は弱いってのに」

 

 うるせー奴だ。

 ムカつくなぁ。

 弱いなんてな今俺が一番思ってんだよ……

 

『あんた、色々考えすぎなのよ』

『結界術とは心の力。何をするのか、何をすべきかを強く心に思えぃ!』

 

 姉ちゃんと、ジジイに言われたなぁ。

 それと──

 

『私? 私は何も考えてないわねぇ。 

 ? あぁ、嘘じゃないのだけど。

 そうねぇ…きっと、その時やろうとした事でも考えてるのかしらぁ』

 

 姉ちゃんは思考をクリアに。

 ジジイは心を強く。

 母さんは無心で。

 

 俺は、コイツを滅する。

 その思いで心を満たし、強く想う。

 やるべき事はわかってる。

 一発じゃ無理。

 俺の呪力に、技術が追いついてないから。

 なら──

 

「意味ねーっての」

 

 式神を大量にばら撒き、その全てを鳥へと変えて突貫させる。

 材料費もバカにならないなんて事は頭の中にない。

 強力な炎を身体全体から吹き出して全ての式神を燃やし尽くされるも、狙いは果たせた。

 動きを止めるという狙いを。

 

「結!」

 

 そう、止めりゃいい。

 運動エネルギーを起こさせはしない。

 妖力を練り上げるより、速く。

 まずは振りかぶる左腕を。

 

「お!さっきより硬ぇ」

 

 次は跳ぼうとする右後ろ足。

 

「なろ。うぜーんだよ!」

 

 慌てて振るおうとした右腕。

 

「あ、こりゃヤベーかも」

 

 何かしようとしている右前足。

 なんとか大地を蹴ろうとする左後ろ足とついでに左前足。

 

「マジか。やるなオメー」

 

 最後に頭。

 ニヤリと笑みを浮かべながら、その飄々とした態度は最後まで崩さない。

 

『三重七点結界』

 

 呪力を込めながら右手の人差し指と中指を、自分でもなぜかはわからないが僅かながらの敬意を込めて爪灰へと向ける。

 

「滅」

 

 完全に吹き飛ばしたと思ったが、結界と結界の隙間にあった身体のパーツは流石に残り、モゾモゾと蠢いている。

 まだ動けるのかと感心するも、それを再度結界で囲い、完全に滅却した。

 

 天穴で残骸を吸い込み振り向くと、

 

「むーーーっ!」

 

 抗議の目を向けて、頬を膨らませる彼女。

 俺が守れなかったから。

 という訳じゃないのくらいわかる。

 でも、俺は嫌なんだ。

 誰かが、"また"自分の近くの誰かがいなくなってしまいそうで、どうしようもなく怖いんだ……

 

 透に頭を下げつつも、懐からさっきばら撒いたモノとは別の式神を4枚取り出すと、呪力を込めて空へと放った。

 

 

 

 

── USJ出入口ゲート付近 ──

 

 

 13号の背中が黒霧の個性により自分自身へと向けられた事により抉られ倒れた。

 そんな中でもA組の生徒達が振るい上り、ヴィランへと立ち向かい始めた頃。

 

「いけええ!!飯田くーん!!」

 

 麗日は黒霧の本体を掴み、個性により無重力にすると空へと放る。

 

「いけええ!!」

 

 そこに瀬呂のテープが黒霧の動きを封じようと伸びるが、無情にもワープゲートへと吸い込まれていった。

 

「なっ!!?」

「子供と言えど、やはりやりますね」

 

 そして、そのテープは出入口のゲートへと駆ける飯田の前へと現れた。

 

「なに!?」

 

 今更止まれない。

 誰もが絶望の表情を浮かべたところで、瀬呂のテープも、ワープゲートも、全てを緑色の箱が包み込んだ。

 

「何!?新手が!?」

「滅」

 

 滅却によりゲートを破壊したかと思ったが、ゲート自体は滅却できず、瀬呂のテープだけが塵と化している。

 

「……クラスメイトへの危険は排除。ヴィランの排除には至らず」

「「「!!?」」」

 

 間くん、助かる……!

 俺が、救けを呼んでくる!!!

 

 飯田は振り向く事も無く、全速力でそのまま駆け抜けていった。

 

「は、間ぁ!!先生が…先生が…」

 

 芦戸に泣きつかれた唯守ではあるが、戦闘用式神のため命令は絶対。

 それに、もちろん修復術なんて使えない。

 本体の1割程度の力しかない式神ではあるが、命令を遵守する。

 

「むぎゅう……主人の命令はこの場の死守。ヴィランは、排除」

 

 首に回された芦戸の腕もそのままに、右腕を構えて黒霧の周囲を方囲し、定礎し、結界を成形する。

 

 最優先でクラスメイトへの危険を排除。

 次点でターゲットであるヴィランの排除。

 危険排除に至っては込められた呪力を全て使用して消滅しようとも構わない。

 それが、唯守の下した命令。

 危険は排除し呪力も残っている今の状態は、次点の命令が優先される。

 おしむらくはその守るべき対象に教師が含まれていない事。

 

「……ゲームオーバー、ですね」

 

 そう言い残し、黒霧は結界の中から消えた。

 

 

 

 

── USJ内 倒壊ゾーン ──

 

 

「俺らに当てられたのがこんな三下なら、大概大丈夫だろ」

 

 ここにいるのは雑魚ばかりだ。

 こんな奴らがオールマイトの相手になるなんて思えねぇ。

 あのワープゲートは俺がブッ殺す。

 逃げる手段があるならまずはそれを潰すのが得策だろう。

 

「ダチを信じる……男らしいぜ爆豪!」

 

 あの時、プロヒーローとほぼ同時に反応し、いちはやく戦場に飛び込んだのは、あの猫毛野郎……

 俺はまだ負けてねぇ。

 あんのクソ野郎が……!

 

「ヴィランの全排除を確認」

「「は?」」

 

 キョロキョロとあたりを見回しているのは、今の今まで俺の頭に浮かんでいた野郎と同じ顔。

 だが、どこか空気が違う。

 

「おぉ!間!お前広場で戦ってたんじゃなかったのか!?」

「出入口ゾーンの安全は確認済みなので移動を」

 

 ボフンと音を立てて、鳥になりやがった。

 

「うぉ!なんだコリャ!?間の個性、なのか?飛んでいっちまったぞ?」

「チッ…!知るか!俺は行くぞクソ髪やろう!」

 

 そう言ってビルの外を見れば、転がっている三下が数人。

 あの広場から移動してきて、潰して回ってやがんのか?

 なんなんだコイツは……!!

 いったい、どのくらいの差がありやがるんだ……!!

 クソが……!

 待ってやがれよクソ野郎。

 俺が、ナンバーワンになるんだ!!

 

 

 

 

── USJ内 土砂ゾーン ──

 

 

「……間か?」

「主人の命令はヴィランの排除。排除対象は確認できず」

「? 何言ってんだ?」

 

 頭にハテナの浮かぶ轟ではあったが、突如として現れたクラスメイトの謎発言よりも、優先すべき事があった。

 

「俺は広場に戻るが、お前はどうするんだ?」

「呪力使用、助力の必要なしと判断。次の場所へと移動開始」

 

 ボフンと音を立てると白い鳥の姿となり、空へと飛んでいった。

 

「!?」

 

 目の前で鳥へと変わった間唯守に驚くも、先へと急ぐ。

 

 なんだこれは。

 これもアイツの個性なのか?

 アイツの底が全く見えない。

 俺との戦闘訓練もどこか手を抜かれていた気がする。

 俺をサッサと結界で拘束してしまえば、決着はもっと速かった筈だ。

 

 敵わない。

 そう思ってしまった。

 こんなところで……

 俺はクソ親父に見せつけなくちゃならねぇのに。

 間唯守。

 俺はまず、アイツを超える…!

 

 

 

 

── USJ内 山岳ゾーン ──

 

 

「男のくせにウダウダと……」

 

 転送された。

 きっと、ワープの個性。

 ヤオモモとウチは昨日の経験もあり、ヤオモモから柄付きの鉄パイプを受け取り応戦している中、叫びまわりながら自分は頼りにならないと吐き捨てる男、上鳴に少しイラついてしまった。

 とはいえ、その個性は強力なのは確かなんだ。

 

「じゃあさ、人間スタンガン!」

 

 背中に軽く蹴りを入れてやり、ウチらじゃ受けきれなさそうな身体の大きいヴィランにぶつけてやると個性を発動し、上手く敵を倒してくれた。

 

 その前に上鳴の言ったセリフ。

 俺は電気を纏うだけ、"放電"できるが。

 

 チラリとヤオモモを見ると軽くうなずいてくれる。

 良かった。

 考えている事は同じ。

 じゃあウチは、ヤオモモを守らないと。

 

「ビートウェイブ!」

 

 ブーツから爆音を放ちヤオモモにヴィランを近寄らせない。

 

「できた!!」

 

 考えている事は同じだと思うけど、どんな形状のものかわからないのでヤオモモへとピッタリとくっつくと、その背中がムクムクと盛り上がり、コスチュームは背中から裂け、中からはゴク厚の絶縁体のシートが飛び出してくる。

 

「上鳴さん」

「やっちゃって」

 

 ニヤリと笑ったアイツはバチバチとスパークを撒き散らしながら、その両腕を振り下ろした。

 

「これなら俺は……クソ強え!!」

 

 上鳴の無差別放電により、シートを捲ると倒れ伏したヴィランと、

 

「うェ〜〜い」

 

 あほヅラでサムズアップを両手で繰り返し繰り出す上鳴と、

 

「他の方々が心配…合流を急ぎましょう」

 

 まさに発育の暴力。

 あらわとなったウチとは比べ物にならない双丘を揺らしているヤオモモが目に入る。

 

「服が…超パンクに……」

 

 でも、たしかに合流しないと。

 とはいえ、ここの安全を確認しておこう。

 

 イヤホンジャックを地面へと刺し、音を探るが……

 

「ヤオモモ!まだいる!上鳴を──」

 

──ボゴッ!

 

 しまった!

 ウチの耳には大きく聞こえた今の音。

 放電を地面に潜りやり過ごしていたであろうヴィランが出てきた音。

 

 ヤオモモも咄嗟にネットを上鳴に投げこちらへ引き寄せようとするも、相手の方が速い。

 でも、まだ身体の半分は地面に埋まってる。

 なら!!

 

「ビートショック!!」

「耳が…!?」

 

 爆音を地面へと流し、振動で敵の動きを止める。

 だが、初めに出てきたやつに続き5人のヴィランが這いずり出てきている。

 その隙にヤオモモは上鳴の回収には成功したみたいだけど、地面を伝わせるとどうしても威力は落ちる。

 

「ガキが…やってくれんじゃねェか…!」

 

 さっきまでの奴らより強い。

 余裕があるし、油断はしていない。

 それでいて、先頭であのバチバチとしてるスパークは上鳴と同じく、電気系の個性か。

 近寄らずに立ち回るのが上策だけど、ウチのイヤホンジャックは既に警戒されてるし……

 

「結」

 

──ピキィン!

 

 最近再び聞き慣れはじめた声と、昔聞き慣れた音。

 それだけで安心してるウチがいる。

 こんな時、このタイミングで現れるなんて、マジでヒーローじゃん。

 

「最優先の対象を確認。主人から呪力を搾取。ヴィランを排除する」

 

 ん?

 唯守じゃない?

 唯守であって唯守じゃない何か。

 最優先の対象ってのが何かはわからない、けど。

 

「唯守、結界そのまま!他にも繋げて!見せてやろ!」

「命令を主人から最優先対象に変更……了解」

 

 これ、この間の『しきがみ』ってやつかな?

 にしても、唯守ソックリにできるし、結界まで使えるとか。

 ウチが最優先対象……?

 っと、そんな場合じゃないね。

 

「結」

 

 這いずり出てきたヴィランたちと、先頭にいる電気個性のヴィランたちの頭を細長い結界で繋いでいく。

 

「キラービートボックス!!」

 

 唯守の結界へとイヤホンジャックを突き刺し、爆音を流す。

 音と言う名の振動は結界内を駆け回り、結界から結界へと移動して反響していく。

 その中で、ヴィランは呻き声を上げ、両耳から血を流して倒れた。

 

「耳郎さん!間さん!凄いですわ!」

「いや、コレたぶん唯守じゃない」

 

 そう言って唯守の形をしたモノを指差すと、ウチを見ていたヤオモモは唯守へと視線を向ける。

 

「出入口ゾーンの安全は確保済みです。移動しましょう」

 

 そう言った、普段と口調の全く違う唯守に怪訝な顔を向けているヤオモモは少し笑った。

 

「もう驚きもしませんわ。さぁ、急ぎましょう」

 

 最後に見た唯守のあの目、キレてたな。

 あのままじゃ、除籍にされかねないし不安だけど、きっと大丈夫だよね。

 

「うぇい?」

 

 アホになってる上鳴を見て、ヤオモモと二人で顔を見合わせて再度笑いあうと先を急いだ。

 

 この時のウチはまだ、あんな事になるなんて思ってもみなかったんだ。

 



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21話 ゲームオーバー

 

 

 間の個性。

 今朝までは、結界だと思っていたが、今はいったいなんなのか検討もつかない。

 結界に加えて糸。

 ここまではわかる。

 だが吸引に治癒、更には分身して鳥へと変身する。

 めちゃくちゃなやつだ。

 どうやらちゃんと倒したようだし、俺が無事にコイツらを制圧できたら聞かせてもらおうか。

 

「ちっ!!」

 

 本命が来たか。

 周囲のヴィランを蹴散らし、本命である手首のヴィランに向けて炭素繊維に特殊合金を編み込んだ帯状の「捕縛布」を向けるも掴まれる。

 即座に引き抜き、その腹に右の肘を入れるも。

 

「無理をするなよイレイザーヘッド」

 

──っ!?

 

 咄嗟に左手で殴り距離を取る。

 肘が"崩れた"。

 崩壊させる個性か。

 その発動の起点は掴まれたところからすると手のひら。

 指か。

 俺の瞬きの瞬間を狙ってきたことからしてもバカじゃない。

 短期決戦に持ち込みたいのも見抜かれている。

 有象無象に相手をさせてやらしいタイミングで仕掛けてきやがる。

 

「かっこいいなあ。

 かっこいいなあ。

 

 ところでヒーロー」

 

 嫌な気配だ。

 コイツの後ろにいるヤツは……

 

「本命は俺じゃない」

 

 強烈な拳。

 異形系なのか俺の個性は効かない。

 捕縛布も圧倒的なまでの体格差と力の差で意味をなさない。

 その拳が、俺の視界を覆った。

 

 

 

 

 少しだけ時間は戻り、人馬の妖 爪灰を滅した後。

 

「ごめん」

「……唯くん」

 

 言いたいことがある。

 鬼の時もそう。

 思えば、いつだってそう。

 

「私だってヒーロー志望。守られるだけじゃないよ」

「………」

 

 自分一人でやろうとする。

 戦闘中だろうと相澤先生の方に意識を向けているのもわかったし、すぐさま式神をばら撒いたのは他のみんなが心配だからだろう。

 

「私たち、みんなヒーロー科。守られたくているんじゃない。守りたくて、ココにいるんだよ。現に私はまだやれたし、唯くん一人で倒せたかの保証もなかったでしょ」

 

 無茶しないで欲しい。

 いつか、大怪我を負いそうで。

 いつか、いなくなってしまいそうで。

 それが、怖い。

 

「心配してくれるのは嬉しいけど、信頼して欲しいよ」

「……違うんだ…透の事も信頼してる。俺は、俺が怖いのは」

 

 グシャリという嫌な音がした。

 柔らかいモノを無理矢理に押しつぶしたような、そんな音。

 筋骨隆々でオールマイト並に体格の良いヴィランの拳により、相澤先生の頭は地面に叩きつけられ、ゴーグルは割れている。

 ピクリとも動かないその様子に、思わず息を飲んだ。

 

「──っ!!先生!!」

「誰かがいなくなるのは、もう嫌なんだ」

 

 そう呟いた唯くんは、無表情なのに泣いてるように見えた。

 

 

 

 

「うェ〜い」

「上鳴、そろそろ戻ってよ!」

 

 出入口へと急ぐも、外に出てわかったがここからでは広場を通る必要がある。

 あそこは主戦場になっている可能性が高く、唯守の式神も遠回りをしているようだ。

 そんな中、個性の反動かアホになっている上鳴の手を引き走っているのだが、なかなか元に戻らない。

 

「耳郎さん!」

 

 八百万の声に、何事かと前を向くと。

 

──ボフンッ

 

 僅かな音と煙を発して、唯守は部屋で見た紙切れへと変わっていた。

 

「何か、あったのかもしれませんわ」

「……だとしても、今は出口に向かおう。ウチらじゃたぶん、邪魔になる」

 

 この時のウチの選択はきっと正しかったんだろう。

 でも、この選択をあれほど後悔するとは、この時は思ってなかったんだ。

 

 

 

 

── USJ内 火災ゾーン付近 ──

 

 

「助かったよ間くん。ヒットアンドアウェイもそろそろ限界でさ」

 

 突然現れた間くんの個性でこの火災エリアの火炎を躱し、上手くこのゾーンから脱出する事ができたけど、様子がおかしいな。

 

「間くん、どうかした?」

 

 反時計回りにUSJ内を広場を避けて走る。

 遠回りの方は安全が確認されているとの事で、山岳ゾーンに向かいながらも、突如身体を震わせたのでそう聞いたのだが。

 

「………え?間くん…?」

 

 だが、彼は僕の問いに答えることもなく消えると、その場にはお札のようなものだけが残されていた。

 

 

 

 

── USJ内 暴風・大雨ゾーン ──

 

 

「なんだコリャあ!?」

「どーなってやがる!!」

 

 それはそうだろう。

 今まで口田と二人がかりで相手にしてきたが、残る三人のヴィランを突如として拘束したのは全く別の個性。

 

「結界……」

「間くんの個性…」

 

 だが、姿が見えない。

 残っていた数人のヴィランを拘束していた結界だったが、突如その結界は消えた。

 

「ダークシャドウ!!」

 

 拘束の解けた瞬間、残ったヴィランを混乱冷めやらぬ内にダークシャドウで叩きのめし、意識を刈り取るも間の姿はどこにもない。

 個性把握テストから戦闘訓練。

 そのどちらでも強さを見せつけてくれた間だが、何かあったのか?

 

「鳥よ。周囲の探索を!」

 

 口田の個性【生き物ボイス】により鳥を操り、間や残っているヴィランを探してもらったが、どこにもいないらしい。

 

 違和感は残るが、ひとまずは広場へ戻るとしよう。

 

 

 

 

 13号先生は意識もあり、大丈夫だと言ってくれた。

 障子が13号先生を担ぎ、みんなで出口に向かおうとするも、一番後ろに間は立ったままでいる。

 

「間も!早く避難しよ!」

 

 声をかけるも、こちらへ振り向くこともなく背中を向けて突っ立ったままに口を開いた。

 

「主人からの命令はこの場の死守」

 

 この非常時に一生徒がなにをと思うが、なんか変。

 口調も態度も、なんか全部変。

 無表情なのはいつも通り、いや。

 葉隠とか耳郎といる時は結構表情あるもんな。

 やっぱ、なんか変だ。

 

「私は主人の分身にすぎないので構う必要はありません。芦戸さん」

「あ、え?」

 

 さん付けで人を呼ぶようなヤツじゃなかったと思うけど……

 というか、分身って何?

 結界で作られた間って事?

 ほんとなんでもありじゃん。

 

「急ぎここから避難を。主人に余裕が──」

「は!?何言ってんの!?」

 

 次は私の問いに答えることもなく、ボフンと言う音と共にその身をお札みたいな紙へと変えた。

 私がソレをしゃがんで拾ったところで、麗日の声が聞こえた。

 

「芦戸さん!間くんはどこいったん!?」

「コレになっちゃった……」

 

 そう言ってお札を見せたけど、麗日も私と同じく目を丸くしてた。

 

 

 

 

「対平和の象徴、怪人"脳無"は強いだろう?イレイザーヘッド」

 

 あぁ。

 コイツらはダメだ。

 きっとこうやって、何も思わず俺の大事な人を奪っていくのだろう。

 

「どけ!」

 

 結界を伸ばし、相澤先生にのしかかるヴィランを弾き飛ばし、即座に後方に巨大な結界を成形。

 

「続きは後で話そ。私は先生避難させるから!」

「透……」

 

 相澤先生に肩を貸して立ち上がった透だったが、最後にこちらを振り返った。

 その綺麗な顔を僅かに歪ませて。

 

「私だって、唯くんがいなくなるのは嫌だよ……だから──」

「死なないし、負ける気もない。ここは任せろ」

 

 俺の言葉にニコリと笑った透は、"相澤先生含め"完全に透明化を発動させ、ゆっくりとではあるがこの広場から出口に向かっている。

 いつのまに、自分以外も透明化できるようになったのだろう。

 透は呪いの才能がある。

 それに、俺よりよっぽどヒーローらしい。

 信頼なんて……もちろんしてる。

 終わったら、ちゃんと話そう。

 俺の役目はコイツらを後ろに行かせない事。

 式神も一体もやられていない事から、別エリアに強敵はいないようだ。

 拘束されていれば別だが、その場合は解除命令を出しているので行動可能且つやられていないと言うことは、きっとみんな大丈夫なのだろう。

 

「結」

 

 結界を成形するも即破壊された。

 パワーが化物だな。

 姉ちゃんや母さんの切界は俺の結界をまるで切れ込みでも入っていたかのように切り裂くが、コイツの場合はそんなのお構いなしに、滅茶苦茶なパワーによってぶち壊してくる。

 コレが、怪人 脳無。

 さっきの妖なんか比較にならないくらいに強い。

 今まで相手にしてきた奴らが可愛く見えてくる程だ。

 

「なんだ?生徒だろうが邪魔をするなよ。脳無、コイツ殺せ」

「……お前が消えろ」

 

 脳無と呼ばれたヴィランから伸びる腕の少し下に結界を成形し、直後に上へと伸ばす。

 拳を上へと逸らしたものの、拳圧で俺の額が裂けたのがわかる。

 出血はあれど流れ出る血液は目にはかからなかったので問題はない。

 そのまま脳無の立つ地面に薄い結界を成形し、天高く飛ばす。

 そして消す。

 パワーバカは動きを封じるのが手っ取り早い。

 

「飛べるタイプか?そうじゃなければ──強かろうが逃げ場はない」

「おい……ふざけんな。なんなんだお前は……」

「結!!」

 

 細長い、棒状の結界を成形して脳無の四肢を串刺しにして宙に固定。

 さっきからブツブツとうるさい手を体中につけたヴィランの側に、黒い霧が現れた。

 ワープゲートの個性のやつが戻ってきたらしい。

 

「………」

 

 一番厄介なヤツを拘束中とは言え、状況は二体一。

 アイツのワープで逃げられるのはまだしも、別のエリアに再び飛びクラスメイトを再度狙われるのが一番マズイ。

 戦闘になってもどっから攻撃がとんでくるかに警戒か。

 

「なぜ彼がここに…!」

 

 俺を見て驚いた様子なのは、式神の俺を見た上でだからだろう。

 死柄木と呼びながら手のヴィランに報告している様を見ると、アイツがボスなのか?

 それにしては小物のような──ッ!?

 

「危ない!間くん!!」

 

 拘束している結界を破壊された。

 四肢の関節も固定しつつ、10箇所以上串刺しにしたんだ。

 これで動ける、ましてや今の俺の結界を破壊するなんてどんなパワーしてやがる。

 脳みそ剥き出しのバケモンが。

 結界は…間に合わない!

 

「グッ!!」

 

 頭をぶん殴られるも個性を発動。

 その内に落ち着いて結界を生成し押し出すことで再度弾き飛ばし、今度は足を重点的に串刺しにする。

 そこで生じる違和感。

 どこをどう見ても血液すら流れでていないし、先程穴だらけにしたはずの腕にも足にも、穴ひとつ見受けられない。

 まさか、再生の個性…?

 

 さっき聞こえた声のした方を見てみれば、梅雨ちゃん、緑谷、峰田がいる。

 三人はどうやら無事だったみたいで安心した。

 だけど、俺の個性【先送(ディレイ)】の時間切れだ。

 自分自身と結界に作用する事象全てを先送りにできる個性。

 まったくもって、地味な個性。

 連発もできないし、遅らせる事ができる時間は僅か3秒。

 先送りにするだけで結果は必ず訪れるのだから、この個性が役に立つのは結界をちょっと持たせるか、覚悟を決める時間をくれる事くらい。

 痛みが来るタイミングはわかるが、それはどれほどのものか。

 きっとめちゃくちゃにいてぇだろうなぁ。

 先送りにしていた、殴られた衝撃が来るまで、後1秒。

 

「逃げろ───」

 

 覚悟していた。

 どんな痛みでも耐える気でいた。

 だけど、想像を上回る威力に一瞬で意識を刈り取られた。

 

「間くん!!」

「間ちゃん!」

「間ぁ!!」

 

 三人の悲痛な叫び声は、唯守の耳にはもう届いていなかった。

 

 

 

 

 脳無と呼ばれた、相澤先生をボロボロにしていたであろうヴィランを空へと飛ばして結界で串刺しにして拘束した間くん。

 相手の力を警戒しつつ動きを封じるのが最適解だと思う。

 やっぱり彼はスゴイ。

 僕らの中でも頭ひとつ抜け出ているとは思ったけど、スゴすぎるよ…!!

 

 僕は興奮気味に悠々と死柄木と呼ばれるヴィランを見つめる間くんを見ていたのだけど、突如としてそれは恐怖へと変わった。

 

「危ない!間くん!!」

 

 気がつけば叫んでおり、空中にいたハズの脳無は間くんのすぐそばにいた。

 その脳無の一撃を完璧に頭に受けた間くんだが、不思議な事が起きた。

 まるで何事もなかったかのように、結界で再度吹き飛ばしてまたも串刺しにしている。

 足を狙っている事から、機動力を奪うのが目的か。

 個性の精度もさる事ながら間くん自身の戦闘能力、身のこなしもすごい。

 僕には見えなかったけど、さっきの一撃も結界で防いでいたのかもしれない。

 と、思っていたのだが。

 

「逃げろ───」

 

 そう呟いた彼は、頭から血を吹き出して、広場のアスファルトをその頭で砕き減り込んだ。

 それは一人でに、突然の事。

 

「間ちゃん!」

「間ぁ!!」

 

 僕も、蛙吹さんも峰田くんも叫んでいた。

 何が起きたんだ?

 初めに言っていた見えないヴィランの攻撃?

 だとしたら、ここも安全じゃないし、間くんを連れて逃げないと……!

 

「チッ…なんなんだあのガキの個性は……なぁ黒霧、お前がワープゲートじゃなかったら粉々にしてるよ……」

 

 そう思っていたのだけど、黒霧と呼ばれたワープゲートのヴィランは生徒を逃したと言い、応援でくるであろう多くのプロヒーロー相手には敵わないと言っている。

 

「今回はゲームオーバーだ……帰ろっか」

 

 そう言って、僕ら背を向けている死柄木。

 

「帰る……カエルっつったか今!?」

「そう、聞こえたわ」

 

 やったぁと喜ぶ峰田くんは蛙吹さんに抱きつき、僕はヴィランたちと間くんを視界に入れながらも思考を巡らす。

 

「気味が悪いわ、緑谷ちゃん……」

「うん…これだけの事をしておいて、あっさり帰るなんて」

「いやいや、でも間も助けないといけねーし、カエルってんだからいーじゃねーかよー!」

 

 オールマイトが狙いなんじゃなかったのか?

 葉隠さんの個性か、突如透明になった相澤先生を追いかけるのは難しいだろうが、間くんにも僕らにもトドメを刺すわけでもなく…?

 

「けども、平和の象徴としての矜持を少しでも」

 

 そう言ってコッチを見たアイツの目は、笑っていた。

 

「へし折って帰ろう」

 

 蛙吹さんに伸びる腕。

 それをただ、呆然と見ている僕。

 だけど、動けないでいる僕の前を、黒い影が通り過ぎて行った。

 

「させ、ねぇ」

 

 現れたのは、間くんだった。

 その後ろには脳無。

 脳無の方は見ることもなく結界で串刺しにすると、蛙吹さんを左手で押しのけて死柄木との間に結界を生成している間くん。

 頭から血を流したままで、顔面は真っ赤だ。

 

「めんどくせぇなぁオイ……脳無!!」

 

 結界はボロリと崩れ去り、その腕が間くんの左肩、首の根本あたりを掴んだ。

 同時に間くんの真横から伸びる脳無の腕。

 

「うわぁぁぁぁ!!!」

 

 ヤバイヤバイヤバイヤバイ!!

 せめて、コイツは!!

 

──SMASH!!!

 

 ズドンと脳無に僕の腕が減り込む。

 腕は折れてない。

 こんな時に力の調整がうまくいった?

 間くんは──

 

「間、ちゃん……」

「誰も…殺させない……」

 

 死柄木を左手で殴り飛ばした間くんだけど、僅か数秒後、ボロボロと崩れ去る間くんの左肩。

 

「あー、こりゃあマジでヤバい……透に負けねぇって…また約そ……」

 

 それは首まで進んでいき……

 ズルリと彼は地面へと倒れ込んだ。

 

「そ、んな……嘘だろ? なぁオイ!」

「一人殺ったか。崩壊まで時間差があったのは気にはなるが、一番厄介そうなガキを殺せたのはラッキーだったなぁ」

 

 力無く倒れた間くんの肩は不自然に凹み、首は崩れて喉は剥き出し。

 更に頭は肉を超えて骨まで割れているのか止めどなく血が流れ出ている。

 ヒューという音が聞こえているのは、きっと皮膚が崩れて剥き出しとなった喉から空気が出入りしているからだろう。

 そんな間くんを見ながら、泣き叫ぶ峰田くんと呆然とする蛙吹さん。

 オールマイトの力、渾身のワンフォーオールの一撃を受けたにも関わらず、無情にも僕へと振り下ろされている脳無の拳。

 

 そんな最悪の状況の中。

 この場に突如として舞い降りてきた人がいた。

 



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22話 正当継承者

 

  

 透き通った結界があらゆるものを拘束している。

 死柄木も脳無も黒霧も、僕たちすらも。

 ただその結界は、間くんの緑色とは違う、青い色をしていた。

 

「…………」

 

 そこに突如として現れた槍のような武器を持った女性。

 どことなく葉隠さんのヒーローコスチュームに似た衣装をしているけど……

 間くんと葉隠さんのどちらか、あるいはどちらにも関係している人なのか。

 例えそうだとしても、なぜ今、ここにいるのか。

 

「なんだよお前…!ヒーローか…?」

 

 何をしているのかわからないけど、女性は間くんの横にしゃがみ込んでいる。

 間くんは左肩から首の半分までが崩れ去り、始めはヒューヒューという音が彼の剥き出しの喉から聞こえてきていたのだがその音も聞こえなくなり、手遅れだと、そう思ってしまっていた。

 凄惨な光景ではあるが、女性が手を翳すと、何事も無かったかのように間くんの首と肩は元通りとなった。

 だけど、その頭の傷は元のまま。

 一体なにをしたんだろう。

 でも、僅かに上下する胸を見ると、無事に命は繋ぎ止められたようだ。

 本当に、本当に良かった……

 

──ピィィィィィン

 

 安心した直後、静かな、それでいて圧倒的な何かを感じた。

 走馬灯とは違い、何もされていないのに五感の全ては機能を失い、重力すらも感じない。

 死とはコレを言うのかと思えた。

 そんな体験を終えた後に、冷や汗が身体中から吹き出してきた。

 蛙吹さんも峰田くんも、口をパクパクと開け閉めしており、その顔にはまるでフルマラソンでも走ったかのように汗が滴り落ちている。

 

「なんなんだ……お前……」

「名乗る必要があるのかしら?

──今から消える人たちに」

 

 死柄木の問いに答えたその顔は、美しかった。

 ただそれは造形物のような美しさであり、人間味は感じられない。

 今の僕なら神と言われても信じたかもしれない。

 オールマイトを初めてみた時のような、そんな圧倒的な存在。

 ただオールマイトから感じられる安心などとは程遠く、ただ生物としての絶対的な差を感じた。

 そんな女性はおもむろに、間くんと同じように2本指を立てる。

 

「いけない!!死柄木弔!!」

 

 黒霧のワープゲートが広がり、二人を包みこむ。

 ハズだった。

 

「そん、な…」

「何をしやがった…?」

 

 二人のヴィランからは僕たちと同じ、困惑や、わずかながらにも恐怖にも似た感情を感じる気がする。

 

「逆になぜ、簡単に逃げられると? どこからその自信がくるのかしら?」

 

 女性は何をどうしたのかはわからないが、いつの間にか黒霧と呼ばれたヴィランの肩に手を置いており、ワープゲートを霧散させると悠然と立っている。

 その立ち姿に、さっきまでの…今は横たわり動かない彼の姿が重なったように思えた。

 

「脳無!!」

 

 脳無と呼ばれた怪人は、今の今まで僕らと同じく結界の中に居た。

 それをぶち壊し、猛然と女性に襲いかかる。

 だが、女性の指先から間くんと同じような半透明の糸がいくつも伸びて脳無の身体を拘束した。

 

「硬い、強い…か。まともにやるには面倒ね」

 

 そう呟いたところで、突如として脳無の姿は消えている。

 脳無の足元から生えるように、結界が猛スピードで空へと伸びていっているのだとは思うけど、それはドームの天井が割れる音がしたから気づいた事だった。

 そして、女性が指を2本立てた右手を横へと振るった。

 

「さようなら」

 

 もともとガラス張りなので見えはしたんだろうけど、開けられた大穴のおかげで今はハッキリと見える。

 そこには、空へと伸びる結界とは別に、先端が見えないくらい横へと伸びる、長い長い青い結界が出来上がっていた。

 

「脳無が……なんだコイツは……オイ、どうなってんだよ!黒霧ィィ!!」

 

 死柄木の叫びが響き、女性はゆったりとした仕草で右手を構えたところで、声が聞こえた。

 

「あまり虐めないでもらえるかなお嬢さん。これでも友人の教え子なんだ」

 

 男とも女とも、老人とも子供ともとれる声。

 だが、その容姿を見る事は叶わない。

 そこには誰もいないから。

 もしかして、これが透明なヴィラン…?

 

「……貴方と私はもう関係がないはずだけど、従う必要がどこに?」

「対価はいずれ払おう。そこの"継承者である"ぼうやにも手は出さない。君がこの"時代"で異界に詳しいのは認めるが、俺はそれ以上だろう?」

 

 女性は動きを止めはしたけど、その声に答えなかった。

 

──バァァァン!!

 

 代わりに、とんでもない轟音と、

 

「もう大丈夫」

 

 人々を安心させる声が響いてきた。

 

「私 が き た!!!」

 

 

 

 

「16、17、18……教師2名と生徒2名以外は、ほぼ全員無事か」

 

 ベージュ色のコートにハットを被った、いかにもな刑事がUSJ出入口前に集められたウチらの人数を数えて呟いた。

 

 生徒2名。

 その内の1名が誰に当たるのかは、ここに来てすぐにわかった。

 妖に関して、式神に関して、色々と問いただそうとしていた男がいないのだ。

 今ここにいないのは、相澤先生と13号先生。

 また指をぶっ壊していた緑谷と、保健室まで付き添いに行ったらしいオールマイト。

 それと、唯守の5人。

 

 結局あの後はオールマイトが現れて、巨漢のヴィランを倒した。

 らしい。

 ウチは聞いただけだからわからないけど、ワープゲートの個性を持つヴィランともう一人、主犯格と思われる手のヴィランの逃亡を許してしまったのだそう。

 飯田がヴィランの手から抜け出し応援を呼びに行っていたらしく、今ここには警察に加え、雄英の教師陣が揃い踏みしている。

 ウチらがまだ学生だからか、そのまま事情聴取というわけにもいかないと教室に戻るようにとの指示でみんな動き出したのだけど。

 

「刑事さん、先生たちと、間ちゃんは……」

 

 唯守と峰田と緑谷と一緒に、セントラル広場にいたらしい梅雨ちゃんが塚内と呼ばれている刑事さんへと話しかけていた。

 梅雨ちゃんの顔色は悪く、表情も暗い。

 何があったのかはわからないけど、危険な目にあったのであろうことはわかった。

 

「………」

『相澤さんは両腕骨折、顔面骨折……幸い脳系への損傷は見受けられず、13号さんは背中から上腕の裂傷がひどいようですが、お二人とも命に別状はありません』

 

「……だそうだ」

 

 塚内刑事は通話中の端末をスピーカーにして、みんなに聴こえるようにしてくれていたので聞こえていたが、先生たちは命に別状はないようだ。

 じゃあ……

 

「それで、間は!?」

 

 峰田の縋るような問い掛けに、クラス全員が耳を傾けているように見えた。

 そのただならぬ様子にウチの心臓が鼓動を強める。

 もしかして、なんて考えたくない。

 あの時ウチが広場へと向かっていたら、何かが変わったかもしれない。

 そんな後悔が胸を締め付ける。

 ウチを含めて、誰一人話す事なく息を飲んで塚内刑事を見つめている。

 そんな塚内刑事はそう言った峰田をちらりと見て、口を開いた。

 

「彼も意識不明で救急搬送されたが、命に別状はないとのことだ」

 

 気が抜けたかのように峰田と梅雨ちゃんはペタリとその場にしゃがみ込んだ。

 

「うぉー!オイラ、マジでアイツが死んだんじゃないかと思って……良かったよぉぉぉ!!」

「ケロ……」

 

 気づいたら、ウチも二人と同じ目線にいる。

 不思議に思ったが、どうやら膝から崩れてしゃがみ込んでいたみたい。

 そして、急に後ろから抱きしめられた。

 でもその手は見えない事から、誰かというのはすぐにわかって、優しいけど、少し震えた声が耳もとからウチへと入り込んでくる。

 

「良かったね」

 

 背中に僅かな湿り気を感じて、ウチの目からも何かが出てきているのがわかる。

 それはきっと、目の前で峰田から滝のように出てるものと同じだろうと思った。

 

「大丈夫かなんて……まだわかんないじゃん…」

 

 命に別状はなくても、またあの時のように起きてこないのではないかと。

 力になれなくても、足手纏いでも広場に向かえば良かったと。

 不安と後悔に押しつぶされそうになる。

 

「それでも大丈夫だよ。内緒だけど、時織さんも来てたから。きっと、ね」

「………うん。ありがとう、”透”」

 

 不思議と、自分を励ましてくれる少女のことを下の名前で呼んでいた。

 もう会えないのではないかという不安を抱きながらも、彼女の言葉と唯守を信じることにした。

 

 すぐに起きてこなかったら、無理矢理にでも起こしてやろうと思いながら。

 

 

 

 

 瞼越しに光を感じて目を開けた。

 なんだか妙な夢を見ていた気がするが、今の今なのに思い出せないな。

 というか、生きてた。

 他のみんなは、どうなったんだと思うが今の俺に確かめる術はない。

 それに、

 

「どこだ……ここ?」

 

 目が覚めたのは良いが、今は見知らぬ部屋のベッドの上にいる。

 壁にかけられたシンプルな時計を見るに、今の時刻は朝らしい。

 生きていたという事を実感しながらも、あの時敵を倒せなかった事に自分の非力さを痛感する。

 あれがヴィランか、プロヒーローになるにはあんくらい倒せなきゃならんのか。

 まだまだ、先は長いな。

 遥か遠くに思えた世界を思いながらも、まずは自分の状況を観察してみるため、入院着のような衣装を捲り左肩から首にかけてを見てみるも、無傷。

 完全に元通りになっている。

 なんじゃこりゃ、病院やべぇな。

 

「………あんた何考えてるの?」

「げっ……姉ちゃん……」

 

 俺の崩れた場所が治っているのは、医療技術によるものではなく、どうやら姉の個性【時折】のおかげのようだ。

 文字通り、生物無生物問わず、自分以外のモノの時間を未来か過去へと折り曲げる個性。

 昔は10秒くらいが限度だったはずだが、今はどのくらいいけるのやら。

 姉の劣化版タイム風呂敷個性は俺とは違って万能で羨ましい。

 触れている物に限るとかだった気がするが、この個性と治癒術があるからこそ、姉ちゃんは無茶な修行を俺へとつけていたんだけど、今回はマジで助かったな。

 頭には包帯が巻かれている事から、あの崩れた個性は治してもらえたようだがあの脳味噌頭に殴られた傷は間に合わなかったのか。

 とはいえ痛みも殆どないし、やはり医療技術も凄いものだ。

 

「私が間に合ったから良かったものの、間にあってなかったら死んでたわよ」

 

 無表情の割にこの威圧……

 珍しく、めちゃくちゃ怒ってんな。

 というか、今更だけどこの姉はあのタイミングでどうやって雄英に突入してきたんだ……

 

「ごめん。でも、俺がやらなきゃ──」

「今のあんたが勝てる相手じゃなかった。逃げに徹していたらヒーローが間に合っていた状況だった。向かっていく必要がどこにあったの?」

 

 ぐぅの音も出ないが、あの状況で三人を連れて逃げるのは不可能だったし……

 

「でも──」

「あんたは弱いし、"まだ"ヒーローじゃない。好きな事をさせたいとは思っていたけど、力も無いくせに好き勝手やるのは良い加減にしなさい」

 

 弱い事もヒーローじゃない事も認める。

 けど、好き勝手なんて…んな事思ってない。

 バカだったかも知んないけど、俺は俺で考えてやってんだ。

 

「な……コレでも俺なりにいろいろ考えて」

「正当継承者。コレは名ばかりじゃない。唯守がもしもいなくなったら、また家族が……」

「ん……」

 

 俺が死んだら、ならわかるけど正当継承者だからってどういう意味だ?

 左の鎖骨にあるただの四角いアザに手を這わせた。

 

「こんなモンに、何の意味が──」

 

 継承者に関しての話をしようとしたところで、甲高いノックの音が部屋へと響く。

 その音の出どころはやけに低い位置で、子供が入って来るのかと思った程だがそうじゃなかった。

 

「起きたようだね、間くん。間くんのお姉さんも、少し時間を頂けますか?」

「私がお見舞いにきたよ、間少年」

 

 校長と、オールマイト。

 チラリと姉を見たところ、任せるという意味か俺を見ていた。

 

「ん、大丈夫ですよ」

 

 そう言って答えると、すぐさまババっと頭を下げられた。

 

「申し訳ない事をした。生徒を預かる身でありながら、君を危険に晒してしまった。こんな謝罪で許されることではないとはわかってはいるけど、まずは謝らせて欲しい」

「本来なら私があの授業には参加している予定だったんだ。私が他の事件に首を突っ込んだ事が原因で間に合わなかった。私があの授業に最初からいれば、こんな事にはならなかった……全ては私の責任だ」

 

 二人してビシッと頭を下げてくれているのだけど、そんなことより大前提はヴィランのせいであって、二人は、ましてや教師陣は悪くないと思うのだけど。

 

「いやいや、悪いのはお二人じゃなくて──」

「それで?」

「ん、姉ちゃん?」

 

 姉ちゃんは俺の言葉を遮り、二人へと視線を強める。

 

「情報が漏れていた。

 セキュリティーを突破された。

 唯守がいなければ他の生徒もどうなっていたかわからない。

 私が間に合っていなかったら唯守と三人の生徒は確実に死んでいた。

 それで、私の責任だと言うナンバーワンヒーローはその責任をどうとると?」

 

 ピシャリと言い放った姉は、いつも通り無表情のまま。

 だというのにも関わらず、明らかに怒気を孕んでいる。

 なんで、今回はこんなに怒ってるだろ。

 

「セキュリティーの大幅強化に加えて情報の秘匿性を上げる。月並みではありますが、今予定している対策は──」

 

 校長が話している途中、急に空気が変わった。

 それは重く、鋭いものへと。

 

「認識が甘すぎる。もし私が雄英を狙うヴィランなら……

 あんなところ、一晩もあれば潰せますよ?」

 

 背筋が凍る。

 息が止まる。

 マジだこれ。

 

「姉ちゃんっ!」

 

 やりすぎだ。

 俺が叫んだところで圧は弱まり、姉はいつもの無表情へと戻っていた。

 

「………少し、言いすぎたかもしれませんね。私もセキュリティーを勝手に突破した身。そちらに関しては謝罪をしましょう。失礼しました」

「いえ、ご家族を思えば当然の事です。おっしゃられた事も全て正論。返す言葉もありませんが、今後のセキュリティーは現状の倍以上のものにすると約束します。後程で構いませんので、どのようにセキュリティーを突破されたのかのお話も参考にお聞きできればと思っております」

 

 校長もオールマイトも再度頭を下げたところで、姉は踵を返して出口の方へと歩いていく。

 未だに圧は消えておらず、二人を威圧しているよう。

 本当にらしくない。

 何をあんなに怒っているのか。

 

「今後はもう少し、真剣に考えてもらいたいですね」

 

 そう言って、ガラリと引き戸を閉めると圧は一気に霧散した。

 ふぅーーーっと大きく息を吐いたのだが、目の前の二人も同じような顔をしてた。

 

「……すみません。姉ちゃんは変わってて」

 

 冷汗を拭いながらも二人に声をかけると、二人は顔を見合わせた。

 

「当然だと思うよ。全部正論だからね。本当に取り返しのつかない事をしたんだ。お姉さんの指摘も怒りも、当然のことなのさ」

「家族想いの良いお姉さんじゃないか」

 

 家族想い、か。

 姉ちゃんは俺のことどう思ってるんだろう?

 父さんのことも、母さんのことも、多分好きだったんだとは思う。

 二人といる時だけは、笑ってたから。

 でも今は、わからない。

 高校一年生の俺には、8年も離れていた姉の心情はわからなかった。

 

「間少年、すまなかった。そして、ありがとう」

「君の分身が他の生徒たちを救った。本来であれば我々教師が行うべきことだ。下げる頭が足りないのさ」

 

 分身……?

 あぁ、式神の事か。

 というか、そんな事よりも気になってる事がある。

 

「俺以外のみんなは大丈夫だったって事ですか? それと、相澤先生の怪我は…?」

 

 生徒はもはや安定とも言える緑谷の指の負傷だけだと言う事と、相澤先生も、13号先生も無事だと聞けて安堵した。

 その後はもう何度目かという謝罪と感謝をもらい、入院費や治療費は全額負担してくれるとの事。

 他にもなんか言ってたけど、後はジジイと話してくれと伝えてひと段落した。

 

 あの妖を早々に倒していれば。

 バケモンを俺が止めていれば。

 そもそもゲートが開いた時点で滅却する事ができていれば。

 

 そうすれば、誰も傷つかなかった。

 姉ちゃんの言う通り、俺は……弱い。

 もっともっと……力が欲しい……

 

 布団を握り締め、力を込めたからかほぼ治っているハズの頭の傷がズクズクと疼く。

 力といえば、最強といえばの人物が目の前にいる事を思い出す。

 何か盗めるかもしれない。

 というか先生なんだから、教えて貰えばいいんだ。

 俺の夢を、ヒーローに任せとけば良いと思わせた最強のヒーローに。

 そうすれば、姉ちゃんを見返すくらい強くなれるだろ。

 

 そうしてナンバーワンヒーローに教えを頂こうと視線を向けると、なんとも頼りない苦笑いを浮かべ頬を掻いている筋骨隆々の姿。

 なに?

 

「いやー!それにしても君のお姉さんは怖いな!」

 

 アレ……ダメかもしんない。

 



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23話 其々の思惑

 

 

 俺が意識を失った後の事。

 

 話を聞くと、姉ちゃんが脳無を結界で遥か彼方にブッ飛ばしたところでオールマイトがUSJに登場した。

 ただでさえ姉ちゃんにより完全に負けムードとなっていたのに、そこに来たオールマイトの圧倒的な存在感によりヴィランたちは戦意喪失。

 流石に分が悪いと思ったのか、オールマイトに悪態をつきながらも主犯格のヴィラン2名はワープゲートですぐさま逃走。

 俺からすれば姉ちゃん相手に真っ向勝負する気になったってのがもはやただの命知らずなのだが。

 そう考えれば、オールマイトはやっぱりヒーローで、姉ちゃんは違うんだろうな。

 誰もが知る犯罪抑止力と、正体不明の一般人もどきの姉じゃあ敵に与えるものも、味方にもたらす物も天と地ほどの差があるのかも。

 怪人 脳無は姉ちゃんが結界で遥か彼方へとぶっ飛ばしたものを警察と先生たち、近隣のヒーロー事務所の人たちで拘束したそうだ。

 その時は全く暴れる様子もなく、大人しいものだったらしい。

 

 結局姉ちゃんはUSJでオールマイトと軽く会話をした後に、俺を担いで消え、その後は俺が目を覚ました通り、姉ちゃんに病院に放り込まれていたと言うわけか。

 

 うーむ。

 やっぱり、姉は無茶苦茶だ。

 俺が一方的にやられたあの怪人をなんなくぶっ飛ばすとはな。

 そりゃあ弱いと言われるわけだが、正直腹立った。

 好き勝手にやってるつもりはなかったが、認めさせるには強くなればいいんだろう。

 追い込みかけて、なんとしてでも強くなってやる。

 

 それにしても、どのくらい寝てたのかはわからないが未だに瞼が重い。

 鍛錬は起きたらにして、今はもう一眠りするとしようか。

 

 

 

 

 オールマイトと根津校長とセキュリティーについての話を交わしていると、ガラリと扉が開け放たれた。

 そこにいたのは、

 

「ミイラ……?」

 

 包帯だらけの中から小汚い髪が溢れている人型のなにか。

 西洋も東洋も、世界中を旅をしたものだが、ホンモノは初めて見る。

 

「相澤くん、動いて大丈夫なのかい?」

「えぇ、処置が大袈裟なんですよ。それよりも──」

 

 と、どうやらミイラとは違うらしい。

 相澤……知らない。

 いや、そういえば葉隠ちゃんが担いでいた唯守の担任か。

 ん、私を真っ直ぐに見る目。

 敵対心こそ無いものの、そんな量られるような目を向けられるような覚えは……いくつかあるわね。

 

「どうかされましたか?」

「突然ですみませんが、間さんはあの世とこの世の間にいる者、ご存知ですか?」

 

 妖の事か。

 式神を通して、あの場にいた者の力の残光は見た。

 あのレベルまでなら苦もなく倒せるようになっていたのは良かったのだけど、その後がね。

 

「えぇ」

「それは、何者なんですか?」

「ただの悪霊。私たちの先祖は悪霊退治が仕事でしたので、その名残で霊感が強いからか、見えるんですよ」

 

 嘘は何もついていない。

 妖と言うよりもこの方が何倍も伝わるだろう。

 私は稼業には興味が無いし、知られようとも何とも思わない。

 どうせこの人達は知ろうとしたところで、その根底は何も理解できないのだから。

 

「悪霊ですか……」

「えぇ。稀ですが、未だにそう言った類のものはいますよ」

 

 原因不明の昏睡、神隠しなんかは未だにある事件であり、幾つかは確かにヴィラン、所謂人間の仕業ではあるものの、妖の仕業でもある。

 呪いの廃れた現代、その数を激減させてはいるが、残ったものは臆病か狡猾か、人へと化けているか。

 それか、純粋な強さや特殊な力を持った者たち。

 

「なるほど。もうひとつ、質問があります」

「どうぞ?」

 

 疑う事もないか。

 格好とは違い、礼儀もあるようね。

 話も簡潔だし、さっきの話の通り今後雄英に関われというのであれば是非この人を窓口にしてもらいたい。

 

「間と、時織さんの使用する、結界とはなんですか?」

 

 唯守が使ったのは、結界とは別に念糸、天穴、式神、そして治癒術もどき。

 結界術と個性は別だけど、それを教えると騒がられて面倒に巻き込まれるというおじいちゃんの教えは言えてるからな。

 おじいちゃんの親世代、今よりも世間が荒れていた頃は個性に対する偏見なんかも多くあったというし。

 

「なにって、個性ですよ? ただし、正確には結界と言うより【空間操作】ですけどね」

「空間操作?」

 

 オールマイトと根津校長も聞いているし、良い機会かしら。

 

「空間を隔て固定、滅却するのが結界。

 空間に穴を開け吸い寄せるのが天穴。

 空間を狭め傷を塞ぐのが治癒。

 自らの力を時空間で切り離し、操るのが式神。

 空間を固定して捻り、紐状に具現化させたのが念糸。

 まぁ、唯守に出来ることはこのくらいですけどね。

 私は話した通り、空間を歪ませて短距離ならワープのような事もできますが」

 

 ほぼ出任せではあるが、この方が話が早い上に勝手に解釈してくれるので都合がいい。

 そもそも他人の個性、いわゆる異能が何をエネルギーに動いているのかはきちんと調べなければわからない。

 ただ、結界術に関しては呪力を読み取れる医師でもいない限りわかることはないだろう。

 そして、私たち姉弟の個性はどちらも"時間"に関するもの。

 結界と同じで、この珍しい個性もその辺の町医者に推しはかれるものじゃない。

 だから、私たちの個性は目に見えてわかりやすい【結界】で登録されている。

 

「そうですか。お話しいただきありがとうございます」

「構いませんよ。話したところで別に困らないので」

 

 そして、やはりこの人はこれで十分納得してくれたよう。

 式神に関しては我ながらめちゃくちゃな答えではあるが、何を言われようと答えを変えるつもりもない。

 この人はそれがわかっているから聞いてこないのだろうけど。

 きっと、私から情報を抜き出すのはこれ以上無理と今までの会話で判断したようだし。

 

「二人とも、会話が終わるの早すぎやしないかい…? 私はもう少し気になる所がいっぱいあるのだが……」

「なんだか似た者同士な気がするのさ」

 

 似ている?

 私が、この人と?

 なぜ?

 

「校長、オールマイトさんも、俺なんかと一緒にされたら若い女性には失礼でしょう」

 

 別になんとも思っていないが、何が似ているのかはわからない。

 昔から、私は"大好きな"家族以外に興味がない。

 とは言えこの人はすぐに話を切ってくれたし良い印象。

 彼女には相澤さんを訪ねるように伝えておくとしよう。

 

「話も終わったようですので私はこれで。明日にでも担当させる者を遣わせましょう。いろいろ言いましたが、これからも弟を宜しくお願いしますね」

 

 相澤さんが部屋に来る前に言われた校長とオールマイトのお願い。

 私に雄英の防衛に関わってほしいという依頼。

 一応プロヒーローなのは確かだが、私もそこまで暇じゃないし、何より唯守以外には興味も情もないので務まると思えない。

 とはいえ、今回の出来事から唯守に"妖"が引き寄せられている可能性がある……

 という事で、私の事務所。

 のつもりは無いのだが協力者たちを派遣する事にした。

 私の海外への移動やらに利用したり、神祐地を巡っていた際に出会った者たち。

 その後は何故か私を慕っているらしい団体の彼女を貸し出すとしよう。

 

 話も終わったので部屋を出た。

 のだけど、

 

 

「時織くん。少し、話せるかな?」

「どうぞ?」

 

 部屋を出て、帰路に着こうと廊下を歩いているところで呼び止められた。

 その相手は、オールマイト。

 流石に私でも知っている。

 今の時代を象徴する、絶対的なナンバーワンヒーロー。

 

「サイロック…いや、君たち姉弟のお母さんは今──」

「さぁ? 私にはどこにいるのかわかりません」

 

 お母さんを知っているのか。

 だが、私の前でお母さんの話はしないでほしい。

 自分の力の無さを思い知らされてしまうから。

 

 サイロックとは、アメリカで聞いた事がある名前。

 たった10日間で本場の凶悪なヴィランを殲滅したサイキック忍者である女性ヒーローだとか。

 そんなアメリカのヒーローコミックから肖った半ば都市伝説と化していたサイロックの名は滞在中は散々聞かされた。

 青いキューブや光の鞭を操りヴィランを拘束、殲滅するという特徴からお母さんのことだろうとは思っていた。

 だから、影で動いていた私が何かをするたびに、表ではサイロック再来と騒がれていたようだし。

 10日間のみ出没したと言うのも両親から聞いたアメリカ旅行の期間と一致するし間違いないだろう。

 

「そうか……私がアメリカにいた頃に、一度話した事があってね。数年前の再来というニュースも見たが、その後はまた全く話を聞かないから元気でいるのか気になってはいたのだが……すまない。個人的なお礼が言いたかっただけなんだ」

「母はヒーローではありませんから、お礼はいらないと思います。

 が、もし会えば伝えておきましょう。もう、いいですか?」

「あぁ、時間を取らせて、すまなかったね」

「いいえ。それでは」

 

 お母さんはいない。

 まだ、準備が整っていないから。

 いくらオールマイトであろうとも、今のお母さんをどうこうできるはずもない。

 あんな"弱った"身ではなおさら。

 しかし、今気になるのは今更現れたあの霊体が何を考えているのか。

 そして見返りとは何か。

 食えない霊だが、私相手に生半可な嘘は逆効果だとは理解しているだろう。

 

 少し、探りをいれる必要があるかしら。

 もしも唯守に手を出す気であれば、完全に現世とお別れをさせてやろう。

 

 

 

 

「間、時織さんに協力を要請したんですか?」

 

 俺の質問の意図も理解し、一聞けば十返してくる。

 だが、好意的とは程遠く、秘密主義な合理的な女性といった印象。

 肝心な部分をはぐらかすだけの胆力も、それを押し通す力もある。

 【悪霊】の事も【空間術】に関してもどこか引っかかりを感じた。

 全ての個性を消せるなんて驕りは無いが、あの結界は今まで消してきた個性とも、消せなかった個性とも違う、別の何かだと思うのだが。

 空間を塞ぎ治癒、と言いつつ崩壊したらしい間を直したのは説明が付かないだろう。

 だが、それを詳しく話す気は全くなかったので話を切った。

 しかも、雄英のセキュリティーを突破したのは空間を歪ませて通り抜けたとの話で、わけがわからない。

 つまり、彼女を一言で言うならば"厄介"。

 生徒の身内ということもあるし、そういう目で見たくはないが今の状況からして部外者を入れる方が危ういと思うのだが。

 

「その通りなのさ。彼女の強さは本物。それはオールマイトも認めているのさ」

「あぁ。彼女の母親、間少年の母親でもあるが、彼女と私は会った事があるんだ。私など及ばない程の強さを持った人だったよ」

「ナンバーワンにそこまで言わせる人、ですか?」

 

 あの怪人とやらを圧倒的に退けたのでその強さは認めるが、それはいささか大袈裟だろう。

 オールマイトが及ばない程のヒーローであれば、例え極度のマスコミ嫌いだったとしても、俺と違い誰もが知る人物のはずだ。

 

「まぁね。彼女もサイロックと同じ力を持っているだろうが、彼女たちの強さは種類が違う。物理的、肉体的な強さは意味をなさないんだ。もしも彼女が母親であるサイロック程の力を持っているとしたら、私の全盛期であれど、負けはなくとも勝てもしないだろう」

 

 負けないが、勝てない。

 間の結界もそうか。

 串刺し、足止め、拘束、分身。

 空間を扱うという言い方からしても、極めれば真っ向勝負が成立するような相手ではないという事か。

 

「そうですか」

「それに、噂のヒーロー事務所が彼女を慕っているらしいからね。悪霊なんて話が出たし、警備チームとして依頼をしたのさ」

 

 慕う…?

 彼女のヒーロー事務所、ではなく?

 

「僕も今の今まで知らなかったけど、正体不明の青い箱の個性。その正体が彼女の母親と、彼女だったのさ。そして、今回彼女が提案してきたヒーローチームが、ブルーロック事務所」

 

 ブルーロック事務所だと……

 あぁ、そういう事か。

 

「あの、訳あり事務所ですか……」

 

 通りで悪霊などと言うはずだ。

 ヒーローの中でもはみ出し者の集まりと言われるオカルト事務所、通称【夜行】。

 通常のヒーロー事務所とは違いその活動は主に夜〜早朝にかけて。

 たかだか数名の事務所だが、原因不明な依頼ばかりを受ける事から揶揄されるようにその呼び名がついた。

 

 少しだけ、間姉弟の事がわかってきた気がするな。

 

 

 

 

「クソクソクソ!!なんなんだあの女ぁ!!」

 

 ガキも強ぇし手下は瞬殺。

 平和の象徴以前に、あの女はなんなんだ。

 あんな奴は予定ではいないはずだろう。

 教師は三人、イレイザーヘッド、13号、オールマイトだったはずだ。

 

「話が違うぞ!先生!」

『そのようだね。ただ、オールマイトが弱っているのは本当だよ』

「まぁ、ぼうやがいた事は想定外だったが、それによりお嬢さんが現れたのは必然だったかもしれないな」

 

 声だけが聞こえる。

 それはモニターから聞こえる先生の声と、女子供のような声のくせに年寄りじみた話し方をする声。

 コイツの事も、いけすかない。

 

「……アンタがあの女を止めてりゃあ脳無がガキどもを殺してオールマイトを殺れたんだ……」

 

 そう。

 このなんでも知った風に話す透明人間が悪い。

 俺の計画を滅茶苦茶にした原因はコイツにある。

 

「無茶を言うなよ。全盛期ならまだしも、今の俺ではお嬢さんの相手はできんよ。せいぜい引かせる事が精一杯さ。脳無はどうしようもなかったが、お前ら二人逃しただけでも評価して欲しいものだ」

 

 あのガキ……殺したはずだったのに崩壊が無かったことにされた。

 あの女はある意味オールマイトよりヤバいと感じた。

 コイツは何かを知っているはずなのに、遊んでやがるし…

 先生はなんだってこんなヤツを……

 

『悔やんでも仕方ない!今回だって無駄では無かったハズだ』

「そうだぞ。それに、お前が役立たずと言ったあの式神も役に立ったじゃあないか」

 

 ムカつくが、正論だ。

 確かに式神とかいうヤツらを使い通信系統を破壊した事で援軍は遅らせる事ができたし、変更されていたとはいえカリキュラムも奪えた。

 

「式神ですか……それは生徒の一人も使っていたようですよ。少なくとも私がいた場所と死柄木弔のいた場所。二人同時に存在していましたから」

「それはそうだろう。昔は式神なんて異能者にとっては当たり前だったからな。ただ、時代は変わったものだ。こんな時代になるとは流石の俺も思っても見なかったぞ」

 

 なんだと……

 という事は、あのガキは骨董品のような妙な力まで使いやがるって事か…?

 

『まぁ、昔は昔、今は今だ。

 まずは精鋭を集めようじゃないか!

 じっくりと時間をかけて!

 我々は自由に動けない。

 だから君のような"シンボル"が必要なんだ。死柄木弔!!

 次こそ、君という恐怖を世に知らしめろ!』

 

 クソ。

 次だ。

 次こそ殺す。

 平和の象徴もヒーローもクソガキどもも。

 全部、ぶっ壊してやる。

 

 

 

 

 オールフォーワン、か。

 かつて私が嫉妬を覚えたあの圧倒的な存在。

 その戦慄を僅かながらにも思い出させてくれた彼に興味が沸いたのはいつの事だったか。

 近づいてわかったが、彼は総帥とは違い、自らの力をちゃんと理解した上で過信し、いつまでも邪悪でいてくれる。

 俺も結局は極悪の部類に入る存在。

 歪んでいく世界と歪に成長していく若者を見るのはいつぶりか。

 せいぜい楽しませてくれるといい。

 

 だが、これは流石に聞いておく必要があるか。

 まぁ、素直に話すとは思えんがな。

 

 

「まったく、あのぼうやがいる事を黙っているとはお前も人が悪い。

 

 それで、何をたくらんでいるんだ?」

 



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24話 外の世界

 

 

 レスキュー訓練でのヴィラン襲撃事件の翌日は臨時休校となった。

 そのため、クラスのみんなでお見舞いに行こうという話になり、なんとあの爆豪までもが唯守のお見舞いに来るという事となった。

 

 聞けばワープで飛ばされバラバラになっていたハズなのに、ほぼ全員が唯守と接触していたらしい。

 それが式神だったとはいえ、みんなは知らないし、お見舞いをしたいというのはきっと純粋な気持ちから。

 特に、目の前で唯守がボロボロにされたという蛙吹と峰田のメンタルがヤバい。

 緑谷もその場にいたそうだけど、緑谷自身も怪我をしてるし、別のヴィランに殴りかかっていたらしいからか二人ほどではないみたいだけど。

 峰田はまだ明るく振る舞おうとしてるけど、蛙吹は心配からかずっと下を向いてる。

 時織姉が来ていたという事は透からも聞いていたのでウチも大丈夫だとは思っているんだけど……

 心配なものは、心配だ。

 昨日もよく眠れなかったし、メッセージももちろん返ってこない。

 そもそもそのまま病院直行だったから持っていないのかもしれないけど。

 

「お見舞いといえばメロンだよな!」

「いや、一人でそのサイズもらっても困るくない?」

「無難にお菓子盛り合わせとかでいいんじゃね?」

「餅にする?」

「いや、お見舞いにお餅なんて聞いたことないよ!」

 

 今はおよそ半数の人間でお見舞いの品を買いにきており、デパートの地下一階で切島と芦戸と瀬呂、上鳴と麗日があーだこーだと話しているところ。

 

「なーなー葉隠。間って苦手なもんとかあるのか?」

「え?私?なんだろー。苦いのが嫌いってイメージはあるけどー。響香ちゃんは知ってる?」

 

 峰田は唯守と仲の良い透へと質問を投げかけたけど、それを華麗にウチへとシフトしてくる。

 嫌いなもの。

 なんだっけ、ゴーヤとしいたけとか?

 って、明らかにお見舞いの品じゃないものくらいしか思いつかないや。

 

「えっと、フルーツでいいんじゃない?アイツ好きだし」

 

 小6で止まっているので振られたところで知らない。

 透の方がきっと詳しいし、透の方が仲も良い。

 でもなんであの時……

 

『最優先の対象を確認──』

 

「オッケー!じゃあどれにするー?」

 

 パッと透が私の手を取って棚の前まで引っ張られたところで思考は中断された。

 

 

 

 

「………チッ!」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

 

 病院で合流組と先にお見舞い品を買いに行くというグループで分かれていたんだけど、僕もデパートにいけばよかったと思った。

 こちらの面子はかっちゃん、轟くん、障子くん、常闇くん、口田くん、飯田くん。

 

 完全に分け方がおかしいよ。

 さっきからかっちゃんの舌打ちしか聞こえて来ない。

 唯一この場を紛らしてくれていた飯田くんといえば、

「そろそろ待ち合わせの時間だな。面会が可能か聞いてこよう!」

 と言って中に入ってしまっていたので堪ったもんじゃない。

 

 このあまりにも居た堪れない空間にも、ようやく終わりが訪れた。

 

「緑谷は、あの場をどう見た?」

 

 なんと轟くんが話題を振ってきたのだ。

 個性通りクールで寡黙な彼が話しかけてくるなんて珍しいと思い僕も話そうと思ったところで。

 

「あぁ?」

「爆豪、おまえに聞いてるわけじゃないだろ?」

「………騒がしいやつだ」

「………」

 

 昨日からずっとイライラしているのか、喧嘩腰のかっちゃんに声をかけた障子くんと常闇くん。

 口田くんはオロオロとしながらもかっちゃんから一歩距離を取ったみたい。

 

「あれがプロの世界。正直俺のところにいた奴らは大した事は無かった。だが間が相手にしたのは相澤先生を倒すほどの、ヴィランが用意したオールマイトを倒す算段のあった奴だ。そいつを俺は見てないからわからないからな」

 

 そういう事か。

 プロヒーローの世界。

 僕は初戦がうまくいったところで、冷静なつもりだったけど完全に舞い上がっていた。

 僕らがいなかったら、間くんもあんな怪我をしなくて済んだかも知れないのに…

 

「相手はもちろんだけど間くん自身もすごく強かったよ」

「………チッ」

 

 かっちゃんの舌打ちが聞こえるが、怒っているわけじゃない。

 かっちゃんも、たぶんみんなと同じことを思ってるんだ。

 

「相澤先生を重傷に追い込んだヴィランの足止めを少しでも成功させたんだ。僕らがあの場にいなかったら、もしかしたら逃げ切れていたかもしれない」

「ハッ!クソデクが足引っ張ったって事だろうが」

「おい、爆豪!」

 

 障子くんが間に入ってくれようとしているが、僕はそれを手で制した。

 

「緑谷……?」

「そうだよ」

 

 その通りだから。

 そんな事、僕自身がずっと思っていた事。

 僕たちが思っているよりも、プロの世界は厳しく、冷たい。

 今でこそ思うが、守られた世界にいる僕らとは違って、間くんは既にその世界に半身が入り込んでいるように思えた。

 自分の命すら投げ出して他人を守る。

 文字通り、僕達のために命すら投げ打った姿は、紛れもなくヒーローに見えた。

 なのに……僕は……

 

「僕の渾身の一撃でも、びくともしなかった。それはきっと轟くんでもかっちゃんでも、同じ事だったと思う」

「んだと…?」

「……」

 

 かっちゃんは怒り気味に、轟くんは無言で、障子くんも常闇くんも、口田くんも僕をみている。

 でも、そうとしか思えない。

 オールマイトの力。

 ワンフォーオールのスマッシュすら効かなかったのだから。

 

「そんな相手に対して、逸らし、躱し、串刺しにして、戦ってたんだ!

 足手まといの僕らを気にかけながら!

 僕は…僕は何もできなかった!

 あの場にいたのに!!

 目の前で間くんは殺されかけたんだぞ!

 自分に腹が立たないわけがないじゃないか!!」

 

 気がつけば、かっちゃんに向かって叫んでいた。

 

「………」

「聞いて悪かったな、緑谷。でも──」

「オイラだってそうだ!!」

 

 既にみんなが来ていたことにも気づかないほど、僕は周りが見えていなかったらしい。

 

「オイラを庇って間はやられたんだ。同じ学校の同級生だってのに……オイラのせいなんだよチクショー!!」

「いいえ峰田ちゃん、私のせいよ」

 

 峰田くんに、蛙吹さん。

 僕と同じく、彼に守られた二人。

 二人もきっと、昨日から僕と同じ事を考えていたんだろう。

 

「二人のせいじゃないって!なぁ耳郎!」

「うん……アイツ、昔からあぁだから。なんとも思ってないと思うよ。むしろ二人が凹んでたらそっちを気にする」

 

 上鳴くんと耳郎さんは二人を励まそうとしていた。

 だけど、実はかっちゃんだけが前を向いていたらしい。

 

「うだうだとウルセェ……! 結局のところ、俺たちゃザコ倒して終わりだったんだ。ホンモノのとこまで行ってねぇ。だったら!登るしかねぇだろ。まずはアイツのところ、そんでプロのところまでよぉ。

 俺はこっから先、テメェらみてーに止まる気はねぇぞ」

 

 そう言ってプイッと背を向けたかっちゃん。

 

「僕(私)(オイラ)だって、止まる気はない(わ)(ぞ)!!」

 

 かっちゃんのその言葉に、笑みを浮かべる人、表情を引き締める人。

 僕ら三人だけじゃなく、みんなの心にも火をつけたようだった。

 

「聞いてきたぞ!面会はできるそうだが……いったい何があったというんだ……?」

 

 たった今戻ってきた飯田くん一人を除いて。

 

 

 

 

 コンコンと、今回はかなり強めにノックの音が響く。

 雄英の手引きであろうこの嫌に広い個室ではドアが遠くノックをするわけにもいかないし、今は手が離せない。

 

「どーぞー!」

 

 なので強めに答えると、ガラリとドアが開け放たれた。

 そこにいたのはクラスメイトたち。

 なのだが、なんだその顔は。

 

「「「何してんの!!?」」」

 

 声でけー。

 こんな時でも声を揃えてくるとは、コイツら仲良いなー。

 

「病院だぞ、ここ?」

 

 ここをどこだと思っているんだと伝えたが、逆効果だったらしい。

 

「「「こっちのセリフだッ!!おまえがなにしてんだ!!?」」」

 

 またも揃った大声。

 なんだというのだ、まったく。

 見ればわかるだろう。

 

「なにって、筋トレ?」

 

 左肩も完全復活しているので、逆立ち腕立てをしていただけなんだが。

 走り回ってもないし、自重トレーニングは病院向きじゃないか。

 ただ、治りきっていない頭に血が登ってきたからか少し痛むな。

 

「「おとなしくしてろ!!」」

「ぎゃあ!!!」

 

 透と響香のチョップをくらい、バランスを崩して倒れてしまった。

 その後恥ずかしいことに障子に抱きかかえられ、無理矢理ベッドに寝かされ、と言うよりは瀬呂のテープで縛り付けられていた。

 

 アホが。

 何を考えているんだ?

 アホなのか。

 元気そうなのはいいけど筋トレって……

 アホなの?

 ウチがどんな気持ちでいたと思っているのか。

 アホだな。

 いーかげんにしなよっ!

 こいつ以外とアホだったんだな。

 

 などと好き勝手言われてしまう。

 アホとはなんだアホとは。

 

 何人かはまじめに心配してくれていたのでこの後の検診が終われば退院だと伝えると心配して損したとまたも好き勝手言われる。

 どーしろってんだよ。

 

「間ちゃん、元気そうでよかったわ」

「元気元気。ホラ、傷もないっしょ」

 

 少し顔を斜めに上げて首を見せると、少し微笑んでくれた梅雨ちゃんに癒される。

 

「オイラも心配してたんだぞ……心配した気持ちを返せよ!!白衣の天使を呼べこのヤロー!!」

「呼んでもいいけど……たぶん期待してんのとは違うタイプだぞ?」

 

 峰田の要望は残念の一言。

 俺の担当はベテランっぽい貫禄のある看護婦さんであり、白衣の天使と言うよりかは白衣を着た鬼人のような筋骨隆々の人だ。

 

「本当にごめんね、間くん。僕がもっと強かったら」

「ん?緑谷いなかったらたぶん死んでたし、ありがとうって感じだよ。脳無だっけ?アレに殴りかかれんのなんてクラスじゃお前くらいだもんなー」

「お前らこのクラスの命知らずトップ2だもんな」

 

 切島がそういうが、いつの間に俺と緑谷がそんなもののトップを走っている事になっているのやら。

 

「俺だってイケるわ!!」

「オメーは殴るっつか爆破だろ?」

 

 なぜか爆豪と言い合いになり、貫禄のある強そうな看護婦さんが現れたところで面会の時間は終わりを迎えた。

 

「チョーシに乗るんじゃねぇぞ!テメェなんかすぐに追い抜いてやるからなッ!!」

 

 屈強な看護婦さんに引きずられながら爆豪は強制退出させられ、

 

「お前には、負けねぇ」

 

 轟にはなぜか宣戦布告のような事を言われて、その後も捨て台詞のように声をかけてきながらもゾロゾロと去っていくクラスメイトたち。

 

「唯守、また明日」

「もー、今日くらいトレーニングせずに寝てなよ!」

 

 最後に出て行った響香と葉隠に軽く手をあげて答えると、やたらと部屋は静かになった。

 ついさっきまでが嘘のよう。

 なんて騒がしい奴らなんだと思いながらも、今までのクラスメイトとは全く違う同級生たちを嬉しく思っていた。

 

 

 

 

「では、また明日!」

「ありがとうございました」

 

 まさかのオールマイトに送ってもらい、家へと着いた。

 そーいえば夕飯も食べていないし、特になにも残ってなかったような。

 今は病院に届けてもらった学校に置きっぱなしだった制服を着ているので、着替えてコンビニにでも行こうと思っていたのだけど。

 

 ピンポンと言う未だに聞き慣れない音が耳に入り込んでくる。

 こんな時間に?

 と思いながら扉を開けると、そこにいたのは思ってもみなかった相手。

 

「姉ちゃん…! どうしたんだ?」

「? 強くなりたいんでしょ?」

 

 確かにそう思ってはいた。

 だが、心の中では矛と盾が戦っている。

 強くなりたいのは確かだが、地獄は嫌だと。

 なので、一応聞いてみる。

 

「…………今から?」

「予定でもあるの? どうせ今日は1日寝てたようなもんでしょ?」

 

 だが、そんな俺の矛だろうが盾だろうがお構いなしに粉々に打ち砕くのが、我が姉。

 

「ないみたいね。それじゃ、始めましょうか」

 

 あぁ、そうだった。

 そもそも俺に選択権はないんだった。

 

 でも、願ったり叶ったりか。

 姉ちゃんに何にも言わせないくらい強く───

 

「え…ちょ…! うわぁぁぁぁ!!」

 

 覚悟を決める間も無く、強制的に異界へと放り込まれた。

 

 



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24.5話 間話③

 

 

 

── オールマイト ──

 

 

 時織くんは、守美子(すみこ)くんに似ているように思えた。

 授業の時は思いもしなかったが、間少年の危なっかしさは唯盛(ただもり)くん譲りかな。

 話を聞く限りだが、向こう見ずに突き進む様、内に秘めたモノは正に父親に瓜二つのように思えた。

 ただ、そんな未来あるヒーローの有精卵をこんな若くして散らせるところだったとは、本当に、自分が情けない。

 

 あの二人を見ていると、アメリカ時代を思い出す。

 

 

──

 

 

「早く逃げろ!危ないぞ!!」

 

 ヴィランの犯罪件数が日本と比べかなり多いとされるアメリカ。

 そんな倒壊しかけたビルの下で日本人の男性が叫んでいる。

 

「──奥さんと子供が中に!? いいから、あんたは怪我してんだろ? 俺に任せとけ!!守美子、ちょっとこの人達を頼むな」

 

 男性は一人でビル内へと入って行き、女性は静かにうなづいて男性を見送っていた。

 

「デイブ、救助が先だ!私が行く!!」

 

 相棒にそう言って、飛び込もうとした瞬間に倒れ始めるビル。

 アメリカは日本と比べてその国土の通り、建物も大きい。

 倒れてきているビルも50階はあろうかと言う高層の大型ビル。

 私であれば受け止める事はできるだろう。

 だが、受け止めたとしても、折れてしまい街に被害が出てしまう…!

 どうしたものかと思ったが、その心配は杞憂に終わった。

 

「あ、アンタがやってるのか……?」

 

 先程ビルに駆け込んだ男性が肩を貸していた人は女性に向かいそう呟いていた。

 消え入りそうなほどに白い肌をした女性は二本指を突き出した構えをとっており、青色の半透明な箱がビルの至る所に出現しその倒壊を支えているように見えた。

 

「えぇ。今のうちに、離れた方がいいわよ?」

「守美子ー!!これで全員だそうだ!!」

 

 ビルへと駆け込んでいった男性と、ビルの警備員たち、そして逃げ遅れていたであろう人々がビルの外へと駆け出してきた。

 

「そう。じゃあ、もういいかしら」

「わわっ!もちょっとだけ、というか、倒れるくらいなら滅却できないのか?もう誰もいないし。ただ、俺ができたらいいんだが……いつもごめん」

「構わないわよ」

 

 その後の光景は忘れられない。

 突然、ビルをも超える巨大な青い箱が視界を塗りつぶす。

 ビルを包み込んでいたその青い箱は一瞬で縮み上がり、視界を埋め尽くしていたモノはビルごとその姿を消した。

 

「流石は守美子!!俺の自慢の奥さんだ」

「? よくわからないけど、上にいた人達はどうしたらいいかしら?」

 

 更には、屋上で倒壊の様子を楽しんでいたヴィランを拘束しているという離れ業。

 

「どう…あっ!おーいヒーロー!どうしよう!?」

「……なにも考えてなかったの?」

 

 疲れた様子も何もなく、箱の中で暴れているヴィラン達だったが彼女の様子は至って普通。

 

 凄い個性だ……

 

 こんなところに、これ程のヒーローがいたとはと戦慄を覚えた。

 

「凄い個性だな!失礼だが、ヒーロー名はなんと言うんだ?見たところ、日本人のようだけど、日本では有名なヒーローかい?」

 

 デイブは半ば興奮気味に女性へと尋ねている。

 思った事は同じだが、私も知らない。

 見たところ同年代のようだが、新人というにしても強すぎる。

 

「ヒーロー活動なんてしていないわ」

「そうなんだ…しかも今は新婚旅行中でね……時間取られるのもアレだからすまないけど任せた!!日本人仲間として宜しく!!」

 

 そう言って、女性の手を取り駆け出してしまった。

 

 

──

 

 

 その後もわずか10日間の間で二人に出会ったのは数度。

 いつも唯盛くんが危機へと突っ込み、守美子くんがその圧倒的な個性で収めるという結果。

 被害は最小、解決は最速。

 それ故に、あっという間に噂が拡がったのも仕方のない事だろう。

 いつもそこに私とデイブもいたものだから、いつしか四人で話すようになったのだったな。

 いや、守美子くんは殆ど話す事はなかったか。

 

 個性の無断使用はアメリカでは日本ほどの罰則は無いとはいえ、一部からは批判もされていたが、新婚旅行が終わると共に、噂もドンドンと消えていった。

 それから何年後だったか。

 奇妙な事だらけの事故の死亡者に、彼の名前を見つけたのは……

 

 と、昔を思い出していたところで待ち人が来たようだ。

 

「ん? オールマイト?どうかしたんすか?」

「なに!君を送ろうと思ってね!」

 

 学校の近くに住んでいる彼の家へと向かう途中、彼はゆっくりと話し始めた。

 

「オールマイト、強くなるには、どうしたらいいんすかね」

「努力あるのみ!それに、君は十分に強いよ。今回は、本当にすまなかったね。君は決して弱くない。君は恐怖に臆さない、人一倍強い心を持っている。雄英にいる間、どんどんと力をつけていき、お姉さんに心配をかける事もない立派なヒーローになるだろうさ」

 

 そう伝えたものの、随分と自信のないような言葉と表情。

 つい先日死にかけたんだ、当然の事だろう。

 

「すまないな。本当に……怖かっただろう……」

 

 私は本当に……情けない。

 

「いや、そうじゃなくて、死にかけたとかも別に生きてたしイイんすけど……あと謝ってもらうのはもうお腹いっぱいっす」

「うん、わかった」

 

 ジトリとした目を向けた間少年だったが、その理由を話してくれた。

 

「唯強くなりたいんですよ。

 昔から、母さんや姉ちゃんと比べたら俺なんてザコだって思ってましたけど、最近変な自信がついてた。

 緑谷も、峰田も、梅雨ちゃんも。姉ちゃんがいなきゃ死んでたかも知んない。

 俺がいたのに。

 命賭けても守れないなら、俺がいる意味なんかない。

 だから、強くなりたい…貴方のように。

 全部なんて言わない。せめて、俺の大事な人が消えることがないように、力が欲しい」

 

 家族と比べて自分が弱すぎる事がコンプレックスなのか。

 命を賭ける事に躊躇が無いところは、完全に唯盛くんに似たな。

 ただ、彼よりも自分の命を軽く見ているのかも知れない。

 そこは、きちんと教える必要があるな。

 

「私も、全部は難しいよ」

「……じゃあ、オールマイトも救えなかった事あるんですか?」

「あぁ、あるよ。私も人だ。

 手の届かない場所にいる人は救えない。

 だからこそ、私は笑って立つのさ。正義の象徴が、全ての人々の心に灯るようにと。

 もちろん君も、いずれ皆の心に灯り、犯罪は減り、君と言う灯火を頼りに人々は強くなるはずだ。

 だから、命は大切にな。間少年」

 

 今の私の言えたことでは無いかもしれないが、彼は賢い子だ。

 きっとわかってくれるだろう。

 

「そうした気持ちを失わず、日々の精進が身体も心も強くする。その為の最高の環境が雄英にはある。だから、近道なんてないんだよ」

 

 彼は少しだけ考えるような顔をして、「そっすか」と呟いた。

 

 君が来るべき戦いの時、緑谷少年の力になってくれるのならこれほど心強いこともないだろう。

 他の少年少女もそうだ。

 誰一人かける事なく、プロの世界を味わった。

 生き残り、恐怖を味わい、実戦を潜り抜けた。

 

 ヴィランよ。

 今回で思い知ったろう。

 このクラスは……間違いなく強くなるぞ。

 

 

 

── 耳郎響香と葉隠透と蛙吹梅雨 ──

 

 

「はいっ!お茶だけどー」

 

 どーなってこーなったのかは覚えてないけど、病院を出てから梅雨ちゃんと透の家による事になった、らしい。

 

「ありがと。葉隠」

「透ちゃん、ありがとう」

 

 家に着くなり一人サッと部屋着に着替えた葉隠のスウェットの袖がビッと立てられた。

 きっと、顔の横で人差し指を立ててるんだろう。

 透明だと言うのに、大きな動きと可愛らしい声色からどんなポーズで、どんな顔してるのか想像がつくからスゴイ。

 それに、透明だからか躊躇なく脱いでいくのもスゴイ。

 

「透でいーってばー」

「透ちゃん、耳郎ちゃんのペースでいいのよ」

 

 梅雨ちゃんの言う通り、まだ慣れてないし、ちょっとハズイ。

 

「うん、流石に無理にじゃなくてイイけどね」

「……慣れたらね、その、透」

 

 透と呼ぶと間違いなく笑顔を浮かべているのだろう声色でパタパタと腕を振るのがウチと違って、女の子らしくて可愛らしい。

 お茶を飲みながらも、結局話はレスキュー訓練の時のヴィラン襲撃に関して。

 ウチはヤオモモと上鳴とヴィランを倒し、少しだけ危ないところで式神と共闘した時の事を話した。

 透は唯守と透明なヴィラン(妖なんだろうけど梅雨ちゃんはわかんないからそう呼ぶ)を倒して、相澤先生を避難させていたそう。

 梅雨ちゃんは、緑谷と峰田とヴィランを無傷で退けて、広場に戻ったところで、あぁなった。

 

「広場にいたヴィランたちは正に別格だったわ。間ちゃんが居なかったら……本当に…」

「大丈夫だったんだから、ね」

「うんうん。みんな無事だった!私たちはまだ有精卵なんだから、これからヒーローとして孵ればいいんだよー!」

 

 また落ち込みかけていた梅雨ちゃんだけど、透の励ましで少しだけ元気になったみたい。

 梅雨ちゃんも、明確に死を意識したのだと言う。

 怖かったと。

 ウチだって、そんな目にあったらと思うとゾッとする。

 でも、アイツは躊躇もしないんだろうな。

 実際頭割られた後に梅雨ちゃんと峰田の前に飛び出してるんだし。

 

「ヴィラン襲撃なんて大事件でも、みんな無事でホントに良かったよね。私もちょーっとだけ不安だったんだけど、唯くんも筋トレするくらい元気だったし!」

 

 ぬいぐるみが多く飾られた女子っポイ部屋の真ん中で、チョコンと座布団に座りながらそう言った。

 

「えぇ。本当に、良かったわ」

 

 梅雨ちゃんは心底安心したように呟いた。

 全く、こんなに人に心配かけるなよ。

 ウチの、目標のクセに。

 でも、今思えば久しぶりに会って、強くなった姿しか見てなかった。

 唯守だって同い年なんだ。

 泣き虫で頼りない、小さな頃の姿が頭に浮かぶ。

 

「でも、間ちゃんは怖くなかったのかしら? 私も峰田ちゃんも、本当に死んでしまったのかと思っていたわ……」

「たぶんだけど、怖いとしてもそれがブレーキにならないんじゃないかな。アイツ、昔っからキレると絶対逃げないんだよね。自分のケガなんてお構いなしで突っ込んでいくし」

 

 あの時も、左腕から血が噴き出す中、最後まで逃げなかったな。

 自分は死なないとでも思っているのか、死んでもいいと思っているのか。

 無いとは思うけど後者だったらひっぱたいてやろ。

 

「そっかー。唯くんって頼りになるけど、確かに一人で突っ走るもんね」

 

 無理やり戦闘から引き離された時は本当に怒ったよと言ってぷんぷんしてる。

 でも、頼りになる、か。

 逆に出会った頃じゃ、今の唯守は想像つかないんだけどな。

 

「今はまぁわかるけど、昔のアイツなんて鼻水垂らして泣いてばっかだったよ」

「えっ!なにそれ!?詳しく詳しく!!」

 

 その後も根掘り葉掘り聞かれて、目の前で透は大笑いしてて、梅雨ちゃんも微笑んでくれた。

 学校で会った時に、何でイジろうかと思考を巡らせている透は本当に生き生きとしていたのだった。

 

 

 そうこうして、透の家をお邪魔する頃には梅雨ちゃんも元気になっていたみたい。

 明るくて、人懐っこくて、人を元気にさせる。

 透は、すごいな。

 

 

 

── 麗日お茶子 ──

 

 

 間くんも元気そうやったし、本当に良かった。

 それにしても、デクくんと爆豪くんの会話は、なんか来るものがあったなぁ。

 みんなもアレで気合はいっとったし!

 男の因縁……悪いもんではないね。

 私も頑張らんと!

 入院中の病院で筋トレするようなアレな人やけど、本当に自分を追い込んであそこまで強くなったんやろうなぁ。

 でも、『吐くまでやる、吐いてもやる』だもんなぁ……

 自宅では絶対にやりたくない。

 

 うーん。

 一回公園で特訓してみようかな。

 個性使用やけど、人にも物にも使うわけじゃないし、ちょっとだけ、気分転換に!

 

 そう自分に言い聞かせて、扉を開けた。

 

 と、めちゃくちゃ綺麗な人がそこにいる。

 なんだが弓道部の持つ弓のような、薙刀のような物が入っているのか、長い棒状のナニカを布で包んだ物を持っている着物姿の女性。

 すごく美人な、大和撫子やぁー。

 

「? こんばんは」

「こ、こんばんは!」

 

 焦ったぁー!

 めっちゃ見つめてしまってた。

 声裏返ってたし、恥ずかしい……

 でも、間くん家に用があるんかな?

 お姉さん、とかかな。

 

 チャイムを鳴らして、間くんちに入っていく女性。

 間くんの声で、小さく「姉ちゃん」と聞こえたのでお姉さんなのだろう。

 

 ただ、その後で聞こえた小さな悲鳴は、聞かなかった事にしようと思う。

 



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雄英体育祭編
25話 上に 隣に


 

 

 

 昨日は死ぬかと思った。

 と、思い返すのももう何度目か。

 

 今まで以上に、朝までみっちり扱かれた。

 多重結界を習得して良い気になっていたが、俺の限界である三重を優に超えた五重、六重の結界を成形してくる姉。

 

 結界師同士の戦闘では成形、切界、距離を置いて、詰めて。

 お互いに同じことの繰り返し。

 似たような光景が続いていても、それはすぐに差が出てくる。

 こっちは必死こいてやってるのに対し、あちらは余裕を持ってやりやがるからまた腹が立つ。

 

 幾度となく滅されては、瞬時に元に戻された四肢を撫でて無事についてるかを再度確認するくらいには何度も"モガれた"。

 ここまで直接的にボロボロにされたのは初めてだ。

 そして、姉のあんな顔を見たのも、初めてだな。

 

『痛みを知れば、少しはマシになるでしょう?

 あんたは、お父さんみたいになって欲しくないから』

 

 父さんみたい、か。

 俺も、命を賭ければなんでもできると思ってた。

 俺は賭けてもなにもできなかったから。

 なりたくても、俺じゃなれないんだけどな。

 

 数秒過去の自分の身体になるわけなので、すぐに元通りになるとはいえ実の弟の手足を滅却してくるとは……

 なんて事を考えながら、予鈴ギリギリだからか誰もいない廊下を歩き、教室の扉を開けた。

 

「皆ーーー!!朝のHRが始まる!席につけーーー!!!」

 

 どう見てもみんなついてるけど、と思いながら教室に入ると全員の視線を浴びている気がする。

 それはもちろん、飯田のも。

 

「間くん!遅刻ギリギリだぞ!!早く席につきたまえ!!」

「はいはい。俺とお前だけだもんな。立ってるの」

 

 微笑んでたり、対抗するような目を向けられていたり、舌打ちされたり。

 やかましくも多種多様なクラスの連中が誰一人欠ける事なくここに居る。

 それだけは、本当に良かったと思った。

 

 

 

 

「死柄木という名前、触れたものを粉々にする【個性】…20代から30代の個性登録を洗ってみましたが。該当無しです」

 

 ワープゲートの黒霧も同様に情報はない。

 無個性かつ偽名で個性届けを国へと提出していない、所謂裏の人間。

 そう、塚内刑事が話したところで、プロヒーロー且つ教師でもあるスナイプは呟く。

 

「なにもわかってねぇって事だな。結局逃したのだから、死柄木とかいう主犯も無傷に近いようだし、またすぐにでも襲撃してきたら面倒だぞ」

「……発言をしても?」

「あぁ、もちろんなのさ。屈託のない意見を話すのが会議なのさ」

 

 今日から雄英の警備事務所となったブルーロック事務所。

 その若き代表である刃鳥美切は校長にそう言われ、コクリとうなづくと口を開く。

 

「ウチの頭領の話であれば、生徒の話に出ていた悪霊、ここでは透明なヴィランと言いましょうか、それが言うには、死柄木を使役している者がいます。それは死柄木を”友人の教子”だと口にした事からも明確ですね」

「つまり、主犯は別だと?」

 

 時織の話を既に教師陣は聞いており、にわかに信じ難いと言うものが殆どではあった。

 まが、そこはイレイザーヘッドも実際に熱を放ち、唯守を殴り飛ばした存在を確認している為、透明なヴィランと言う呼称で呼ぶ事にしていた。

 1年B組の担任、ブラドキングに言われるも刃鳥は小さく首を横に振る。

 

「いいえ。あくまで今回の事件に関しては確かに死柄木が主犯なのでしょう。ですが些か小物すぎる。少なくとも糸を引くものはいるし、それが無能という訳ではない。というのがウチの意見です」

 

 時織という不確定要素の登場に慌て、思い通りにいかないと露骨にイラつき部下にあたる。

 そして、脳無という”所有物”を自慢気に語る。

 単純思考で襲撃から逃走までのお粗末さからしても、死柄木は姿は大人でも中身が子供なヴィランである。

 

 というのが、興味がないのか、妖の方が気になるのか覚えていないという時織の代わりに、相澤などに話を聞いてまとめた刃鳥自身の見解。

 

「それには同意だ。生徒たちからの話を聞いた限り、ゲームオーバーと言う発言や、予想外の事態に他者に終始アタるというのも見受けられたようです」

 

 子ども大人。

 とはいえ、たかが小物ではあるが70名以上のチンピラを率いてきたという事は少なくとも人を惹きつける邪悪である事は確か。

 

 悪霊という言葉を信じているものがこの場に何人いるかはわからないが、霊体の言葉を聞いていたものはもう一人いる。

 生徒であり、あの場でもっとも近くにいた者。

 緑谷出久。

 嘘をつける性格でない事は教師も把握しており、その言葉には信憑性がある。

 教え子という事は、優秀かは置いておくとしても、雄英のカリキュラムを盗み出し、チンピラとはいえ70名以上を引き連れるくらいの指導者がいるという事。

 

 死柄木も、子供が故に成長の余地がある。

 それは今後、大きな牙と爪を持って再度攻め込んでくる可能性があると言う事。

 

 警察は調査を続け、雄英もセキュリティー強化の話をしたところでお開きとなった。

 

 

 

 

 雄英体育祭。

 過去で言うオリンピック並みの知名度と人気を誇るそのイベントは二週間後に行われる。

 朝のHRで相澤先生に言われたからか、みんな随分な熱の入り用。

 かくいう俺はと言うと、そんなにやる気がない。

 基本的にイベントごとは病欠か式神任せだったので参加する事自体初めてだし、正直なところヒーロー免許を取得して姉ちゃんのように自由に動いて妖退治がしたいだけだからなー。

 あと、ちょっと緊張してる。

 

 午後のHRも終わり、姉が来いと言っていた場所へ向かおうと思っていたのだが、なにやら廊下がザワザワとやかましい。

 

「何ごとだあ!?」

 

 と、一番に教室を出ようとしていた麗日の声が聞こえた。

 我らがA組の扉の外はなぜだか大勢の生徒で溢れかえっている。

 ヴィランの襲撃事件を乗り越えた俺たちA組でも見に来たのか。

 一つ前の席の爆豪は荷物を持ちズカズカと柄の悪い歩き方で扉の前に立つとすぐさまとんでもない事を口にする。

 

「意味ねェからどけ。モブ共」

 

 爆豪の発言に、普通科の誰かとB組のデカいのが絡んでるけど、これがヒーローを目指してるヤツらねぇ。

 アホくさ。

 俺も早く行かないとキレられるし、とっとと帰ろ。

 

「関係ねえよ……上にあがりゃ、関係ねぇ」

「確かに関係ない。別にオマエら蹴落としてぇわけでもないし。どけよ」

「お前もなにしてんだー!?」

 

 爆豪と共にグイグイと人の波を押し避けて通ろうとするが、前の方から声が聞こえた。

 

「随分言ってくれるじゃないか!君だろう?逃げればいいものを唯一ヴィランに無謀に挑んでボロボロにされたのは!?さすが自分勝手な人は言う事が違うなぁ!!」

 

 嫌味ったらしいヤツだな。

 オマエら、と言うのに込めたつもりはないがザコと言われているとでも受け取ったのか。

 そういや爆豪がモブっつったからそれと同意してると思われたんかな。

 しかも言ってる事は合ってるってのが、自分でも腹立つな。

 

「だろ?クソ弱え自分が腹立つから、お前みたいにいちいち周りなんか気にしてらんねぇんだよ。わかったら……うるせえ口閉じて消えろ」

 

 あームカつく。

 コイツは少なくともブッ飛ばしたい。

 あれ?

 少し、やる気出てきたかも。

 

 

 

 

「あーもー!爆豪と間のせいでウチへのヘイト集まりまくってんじゃねぇか!!」

「でも、二人ともシンプルで男らしいじゃねぇか!」

 

 切島の言う通り、二人ともロックだな。

 

「あはは!仕方ないよーあの二人だもん。でもでも!私たちも負けてらんないじゃん!?あがろーよ!上に!」

「やる気ね。透ちゃん」

「そうですわね。周りを見ている暇もないですわ。私も、私にできる事を為すだけですわ」

 

 その通り。

 周りなんか気にしてらんない。

 ウチも強くならなきゃいけない。

 

 あのUSJで思い知った。

 やれる事はもっとあった。

 もう、後ろを走るのは嫌だ。

 隣がいいんだ。

 小学生の時の事件と何にも変わってないと、昨日葉隠の家から帰る途中にふとたち寄った病院で、寝てる唯守を見て改めて思い知った。

 

 その時に偶然出会ったのが、時織姉。

 

 

──

 

 

「唯守、ウチは何にも変わってない。アンタばっかりどんどん先に行っちゃって、全然追いつける気もしない。待っててなんて言いたくないけどさ。流石に、無茶すんのはやめてほしーよ」

 

 ガラにもなく耳郎響香は落ち込んでいた。

 唯守の頭に巻かれた包帯を撫でて、左手の傷を撫でる。

 昔も今も、自分は何もできていない。

 時織と自分を比べている唯守と同じで、唯守と自分を比べてどうしても劣っていると感じてしまう。

 全体から見れば上位の実力者ではあるのだが、自信が持てないのだ。

 そしてその劣等感のピークは、このヴィラン襲撃事件を機に2人同時に訪れていた。

 

「あらぁ?響香ちゃん?」

「時織姉……?」

 

 随分と久しぶりに出会った2人だったが、お互いにすぐにわかった。

 弟の想い人である、はずの少女と、憧れていた、幼なじみの姉。

 

「久しぶりねぇ。相変わらず、弟が心配かけるわね」

 

 口元が少し上がったようにも見えるが、その感情の起伏は無い。

 昔と変わらない時織の鉄仮面ぶりに、響香は変わらない姉弟だと内心で苦笑すると同時に、唯守の左手を握っている事に気づき、慌てて手を引っ込めた。

 

「あっと、久しぶり。です」

「昔みたいに、敬語なんて使わなくていいわよぉ?私は気にしていないから」

「うん。そっか。時織姉も変わりなくて良かった」

 

 寝ている唯守を尻目に2人で再会の挨拶を交わして、昔話に花が咲き、と言っても一方的に響香が話していたのだが、それはすぐに今回の話へと変わる。

 

「相変わらず、ウチは何もできなくてさ。ちょっと、落ち込んでた。唯守も唯守で相変わらず無茶するし、でもウチじゃ止めらんないし、助けにもなれなくて」

「そう。響香ちゃんはわからないけど、唯守は私が強くするから大丈夫よ。それじゃあ」

「え…?」

 

「まだ寝てるし、少し準備をしてこようかしら」と言って出て行こうとする時織を響香は呼び止めていた。

 

「時織姉…!ウチも、ウチも鍛えてくれない、かな?」

「……いいわよぉ」

 

 そう言ったのだが、特にその後の約束を取り付けることもなく、時織は出て行ってしまった。

 

 

──

 

 

 あと二週間……やれる事をやらなきゃ。

 どこいけばいいとかは聞いてないし、ひとまず唯守を追いかけてみよ。

 

「ん?響香?どしたの?」

「……ウチも、強くなりたい。どうせ修行してるんでしょ?あとニ週間はさ、二人でやらないかなと思って。時織姉にはもう話してる」

 

 たっぷりとウチの顔を凝視した後に、ようやく口を開いた唯守。

 

「姉ちゃんがいいなら俺はいいけど……後悔しないか?」

「しないし」

「本当に?腕とか足とか滅却でもがれるかも知んないぞ?」

「は!?」

 

 何言ってんだコイツは。

 とうとうおかしくなったのかと思う。

 

「いやホント。幻覚だとかそんなチャチなもんじゃなく、現実にもがれる。一応この通り元には戻るけど」

 

 そう言いながら軽く右腕と左脚を上げて見せる事から、きっと本当なんだろう。

 なんつー無茶苦茶な。

 でも、後に引くのはダサいよね。

 

「望むとこ。やってやろうじゃん」

 

 唯守は久しぶりに、昔と同じように満面の笑みを浮かべていた。

 あの時みたいな純粋なものじゃなかったのだろうけど。

 後で思う事になるけど、ホントにこの時の唯守は余裕なかったんだろうなぁ。

 

「これで響香にも共感してもらえるなー。あ、ギャグでもなんでもないぞ?」

「……何寒い事いってんの。唯守が無茶苦茶なのは知ってるし、時織姉がいるなら、ウチも確実に強くなれると思うから」

 

 でも、この時の事を一瞬、いやたぶん一瞬よりは全然多いと思うけど、ちゃんと後悔はした。

 

 



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26話 あがる体育祭

 

 

 とうとう雄英体育祭当日。

 この2週間、やれる事は全部やった。

 正直あんまやる気も無かったけど、あのクソやろうのおかげかやる気は十分。

 後は、雄英に話をしにいくついでに久しぶりに鑑さんと会うと言っていたジジイの言葉。

 

『またも大怪我を負うとは情けない。ワシが現役の頃であれば余裕で優勝しとるわい。むしろせんと許さん。結界術で他を圧倒できるくらいには強く在れ。個性の方はこれ見よがしに使うんじゃないぞ』

 

 色々と秘密だったのではなかったかと思うが、結局は強い事が大前提のよう。

 ジジイの現役云々の話は知らんが。

 

『少しはマシになったかしら。同い年の子の中だと、個性抜きで優勝くらいして欲しいものだけど』

 

 姉ちゃんにも、響香ともどもボッコボコにされた昨日言われたな。

 煽られたままおとなしくいられるほど大人ではない事は自覚してる。

 むしろ、こんだけブチのめされた発散場所が欲しいのもある。

 それに、隣もやる気は十分みたいだし。

 

「なに?」

「いや、今更だけど、ごめん」

「謝らなくていいって。ただ、やっぱ時織姉は守美子さんと一緒で規格外だね……」

 

 少し遠くを見ている響香であったが、姉ちゃんからは結界術以外はよくわからないので純粋に体の使い方と戦闘術を叩き込まれていた。

 傍目にはわからないが、2週間前とは比べ物にならんくらいになってると思う。

 

「確かに。俺はちゃんと聞いたしな。響香の意志だぞ」

「だからいいってば。まぁ、やれる事はやったし。優勝すんのウチだから」

「……上等!」

 

 グッと出された拳に拳を合わせて、なんかハズイけどちょっと上がるな。

 

 

「客観的に見ても、お前より俺の方が実力は上だと思う」

「へ!? うっ、うん……」

「おまえ、オールマイトに目ぇかけられてるよな。別にそこ詮索する気はねぇが……お前には勝つぞ」

 

 なんか話してるとは思ったけど、轟による緑谷への宣戦布告。

 クラス全員のいる更衣室の空気が変わる。

 だが、緑谷も覚悟は決まってるらしい。

 初めは自分を卑下するようなものだったが、それは徐々に変わっていく。

 

「皆、他の科の人も本気でトップを狙ってるんだ。

 僕だって、遅れをとるわけにはいかないんだ……

 僕も本気で、獲りにいく!」

 

 緑谷……良い顔してんなぁ。

 熱のこもった瞳とその覚悟の色にはこっちも思わず熱くなる。

 ただ、轟はなんで緑谷にだけ、宣戦布告したのか。

 オールマイトに目をかけられてるってのはなんとなくわかるけど、そんなんでこっちをモブ扱いされるのはたまったもんじゃない。

 俺がこの2週間で何回殺されかけたと思ってんだ……!

 

「ぐちゃぐちゃウルセェ。半分野郎も、クソデクも、テメェらも全員ぶっ倒して、一位になるのは俺だ……!」

「無視して二人で盛り上がってんじゃねーよ。俺が勝つんだよ」

 

 奇しくも爆豪と同じタイミングで立ち上がり、声も被り、同時に顔を見合わせる。

 気まず。

 

「被せてんじゃねェ!猫毛がコラァ!」

「しゃーねーだろあの二人の空気ムカつくし。てか、猫毛って悪口なのか?」

「二人で盛り上がってなんて……」

「……」

 

 四人で睨み合いになったところで、扉が開く。

 どうやら入場の時間らしい。

 

「……チッ!」

「……」

「間、お前にも負けねぇ…!」

「取ってつけたよーに言ってくんなっての」

 

 爆豪も、緑谷も、轟も。

 クラスの連中も誰一人として舐めてかかってちゃ足元掬われる相手。

 ただ、その中でも一番厄介なのはきっと、

 

「ロックしてんね。まっ、ウチが勝つんだけど」

 

 隣で不敵な笑みを向けている、響香だと思うけど。

 

 

 

 

「頭領は見ないんですか?」

「そうねぇ。少し調べたいこともあるし、私はここを離れるわ」

 

 頭領こと、間時織。

 たかだかひとつ上の年齢でありながら、その実力は折り紙付きで底知れない。

 "妖混じり"である自分や仲間たちを「役に立ちそうだから」と助けてくれたのはきっと、本当に自分のためだったのだろう。

 いや、家族のためか。

 

 個性の暴走。

 個性を制御できていない。

 そう言われ、親からも見放された私たちに居場所をくれた。

 炎縄印というものを付けられた時はかなりの痛みはあったが、どんな理由であろうとこの力を扱えるようにしてくれた。

 私たちを人に戻してくれたこの人は恩人であり、私にとっては家族に等しい。

 初めは嫌がっていたが、いつしか仲間たちから頭領と呼ばれる事も受け入れてくれたみたいだし、あの弟くんのおかげか最近は少しだけ、人間味もあるように思える。

 

「そうそう仕掛けてはこないでしょうし。まぁ大丈夫でしょ」

「そうですか」

 

 この人が言うのであれば、きっとそうなんだろう。

 それよりも、少し気になることがあった。 

 

「そういえば、なぜあの子にも手ほどきを?」

 

 私たちですら、頭領から妖の力の使い方以外を習った事はない。

 なのに、あの少女には弟くん同様に真面目に訓練をつけていた理由が気になっていた。

 

「? だって、可愛いじゃない」

 

 こんなにも人間味のある人だったかと疑うが、自分の家族が絡むこととなると途端に人が変わるのは、いつものことか。

 

「どうかした?」

「いえ、頭領もやっぱり人間だなと思いまして」

 

 失礼なと口では言っているが、その口角は上がっている。

 

「まぁ。頭領不在の間は私が彼を守りますよ」

「えぇ。任せるわね」

 

 随分と久しぶりに自分を頼ってきてくれたのだし、仕事はきっちりこなすとしよう。

 他ならぬこの不器用な人のために。

 

 

 

 

『雄英体育祭!!!ヒーローの卵たちが我こそはとシノギを削る年に一度の大バトル!!!』

 

 プレゼント・マイク先生の大音が場内に響き渡る。

 

『どうせテメーらアレだろ!? こいつらだろぉ!? ヴィランの襲撃を受けたにも 拘らず、鋼の精神で乗り越えた奇跡の新星』

 

 とんでもない煽り。

 一番に入場なのはこのクラスなので自分たちの事を言ってるのだろう。

 

『ヒーロー科!! 1年!!! A組だろぉぉ!!!?』

 

 体育祭の会場であるスタジアムに大歓声がこれでもかと響いている。

 えらく持ち上げるような紹介の中での入場ってのは、緊張するな。

 

「間ちゃん。落ち着いて」

「お、おぉ。ありがと梅雨ちゃん。俺こーいうの初めてなんだよ」

「全部式神任せでサボってたもんねー。安心してっ!中学の時はこんなんじゃないから、みんな初めてみたいなもんだよ!」

 

 ソワソワとしていたからか、近くを歩いていた梅雨ちゃんに言われて我に帰る。

 それと、透の言う通り、緑谷も切島もソワソワとしているし、峰田は人の字を手のひらに書いて飲み込んでいた。

 なんだ、みんな緊張してんじゃんと周りを見て自分の心を落ち着かせる。

 

『お次は同じくヒーロー科!! 1年B組ィィィ!! B組に続いて普通科C、D、E組に、サポート科F、G、H組も来たぞー!!! さらにさらに経営科の……』

 

 続々と入場してくる一年生たちも、緊張している者もいたり、俺たちを異常に持ち上げる実況に対して不満そうにプレゼント・マイク先生のいる放送席を見上げていたりと様子は様々。

 中でもB組の対抗心のようなものは漏れ出しており、こちらへと突き刺さるが、拳藤と目が合うとグッと拳を突き出していたので俺も答えておいた。

 みんながみんな、A組に対してそういうわけじゃないか。

 襲撃を乗り切ったとはいえ俺は死にかけて終わっただけだし。

 と、そこで拳藤の奥に見える金髪はニヤニヤと俺を見ている。

 

 あんのヤロォ……B組かよ……!

 誰かも知らんがブッ潰す!!

 以前俺を煽ってくれたのは忘れてない。

 というかテメェのおかげでやる気出たんだ。

 舐められたまま終わるのはムカつくから完膚なきまでに負かしてやる。

 

 と、人知れず俺が燃えている間に一年生全員が入場を終え、整列が完了した。

 

「選手宣誓!!!」

 

 中学校で言う朝礼台のデカいバージョンみたいなのに登壇したミッドナイトがピシャンと音立てて、鞭を振るった。

 

「18禁ヒーローなのに高校にいていいのか」

 

 常闇が小さく疑問を口にしたところで、峰田は「いい」と即答。

 他にもザワついてる生徒がいたからか、「静かにしなさい!!」と再度ミッドナイトは鞭を鳴らし、一喝する。

 

「選手代表!! 1-A爆豪勝己!! 前へ!!」

 

 え、アレが代表?

 相澤先生も止めなかったのか?

 ヒーロー科の入試一位とはいえ、絶対人選ミスだろ……

 

「あいつ一応入試主席だったからなぁ」

 

 俺と同じことを瀬呂は呟き、普通科の女子から「ヒーロー科の入試な」と、言われている。

 感じ悪いなー。

 けど、アイツはもっと感じ悪いだろうな。

 

「せんせー」

 

 ズボンのポケットに両手を突っ込んだまま登壇した爆豪は、スタンドマイクの前でそう言った。

 会場は異常な静けさに包まれている。

 その後の一言で、爆発するとも知らずに。

 

「俺が一位になる」

「「「絶対やると思った!!!」」」

 

 やっぱ、みんな仲いいなー。

 全員ではないが切島を筆頭に声が揃っている自分のクラスの連中であったが、他のクラスの人間からしたら舐めきった選手宣誓にブーイングの嵐が巻き起こる。

 調子に乗るななど、ヘドロヤローなどと他のクラスからは罵声が飛び、

 

「何故品位を乏しめるようなことをするんだ!!?」

 

 と、同じA組の飯田からもツッコまれている。

 だが爆豪はそこから追い討ちのように言葉を続けた。

 爆豪へのヘイト値がMAXになった他クラスの生徒たちに向け、親指で首を掻っ切るポーズ。

 

「せいぜい跳ねのいい踏み台になってくれや」

 

 やってくれんなー。

 まぁ、他の奴らはどうでもいいか。

 俺は俺で、一位を獲るだけだし。

 

「さーて、それじゃあさっそく第一種目行きましょう!!」

 

 騒がしさも収まっていない中、ミッドナイトもサクサクと進行を進めていく。

 麗日の言う「雄英ってなんでもさっそくだね」と言う言葉には激しく同意した。

 なんでもかんでも早速早速と進んでいくイメージは確かにあるもんな。

 

「いわゆる"予選"よ!毎年ここで多くの者がティアドリンク!!」

 

 ミッドナイトの言葉と共に、突如現れたホログラムへと視線が集まる。

 

「早速ではないよね」

「言いたいだけなんじゃね?」

 

 響香の呟きに、上鳴はホログラムからは視線は逸さずにそう返していた。

 確かに、ドゥルルルとスロットのリールのように回転しているホログラムは全然早速ではないし、はよしてくれ。

 

「さて運命の第一種目!! 今年は……コレ!!!」

 

 バンッと決まったミッドナイトのポーズと共に、バンッと表示されたのは『障害物競走』の文字。

 

「計11クラスでの総当たりレースよ! コースはこのスタジアムの外周およそ4km!」

 

 総当たり戦。

 一気に振るいにかけるわけか。

 まー予選って言ってたし、何人くらいを勝ち上がらせるのか。

 11クラスで200人以上いるが、三種目で終わりだしまずは50人ってとこかな?

 最後は20人いるかいないかくらいまで絞るのか、10人まで絞るのか。

 まぁどっちてもいいや。

 一位になれば、そんな考えは意味がない。

 

「我が校は自由さが売り文句! ウフフフフ……

 コースさえ守れば何をしたってかまわないわ!」

 

 何をしたってかまわない。

 なら、このレースは完全に俺向きだな。

 

「……完全に唯くん向けじゃん」

「確かに……」

 

 透の呟きに同意している響香。

 どうやら気づかないうちに口角は上がっていたらしい。

 ただ、俺と比べると2人は機動力を補助するような個性でもないので俺の方が有利なのは確実。

 

「ハハハ。第一種目はもらったな。二人は地道に走ってくれい」

「あくまで第一だし。予選なんだから最後に勝てばいい」

「うん!私も負けないからねー!」

 

 口を尖らせた響香と、どこぞの戦闘民族のようにワクワクが全面に出ている透。

 響香は共に姉ちゃんに扱かれたからわかる。

 が、透も何をしてきたのか知らないが呪力が目に見えて増している。

 一体何をしてきたというのか。

 他の連中もそうだけど、やっぱ体育祭って気合い入るもんなんだな。

 

「さあさあ、位置につきまくりなさい……!」

 

 ミッドナイトの声がし、俺たちもスタート位置である、大きな門の前へと向かう。

 

「よっしっ!つきまくろー!!」

「じゃ、お互いがんばろね」

「ん」

 

 二人との会話もそこそこに、位置につきまくれとのことなので俺も適当な位置を陣取るとしよう。

 A組潰しでも発動しかねない勢いだし、一発仕掛けとこうかな。

 

 会場の外に続く巨大なゲート。

 そのゲートの上の部分には三つのランプが点灯していた。

 そのランプが順々に消えていくのを集団の後ろの方から眺めながら、最後のランプが消えると同時に、練り上げた呪力を解放した。

 



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27話 駆け抜けた先

 

 

『スターーーーーート!!!!』

 

 

 スタートの合図と同時に、狭いゲートから飛び出したのは轟だったようだ。

 

 なぜ轟だ! と言いきれないかと言うと、俺はそれを見ていないから。

 見ていないのに何故わかるかと言うと、眺めている限りは氷が地面を這っているから。

 そう、俺はそもそもゲートを潜っていない。

 上から見下ろし、まーまーな人数が氷による足止めを受けているが、A組は全員、B組も殆どの者が氷をどうにかして突破している。

 確かに自由だと言っていたし、邪魔すんのもありだよな。

 

『さぁー実況していくぜー!!って!! 早速客席から一人飛び出して来てんぞー!? アレありなのかー!?』

 

 むっ。

 

「え? ルールじゃあ、コースさえ守れば自由だろ? "ゲートをくぐれ"とは聞いてないぞ!?」

 

 一応スタジアムの一番高所にある客席の最後方より少し進んだ位置で立ち止まり、放送席に向けて聞こえるかはわからないが確認をしておく。

 コースの説明も平面のみで、そのルールに則っているつもりだ。

 それで失格なんてことはないだろう?

 ゲートをくぐるとこからやり直しならまだいいが失格は勘弁願いたい。

 さっきのロッカールームでのやりとりもめちゃくちゃダサいし、何よりこのやる気の行き場を失う。

 誰かなんか仕掛けてくるだろうから、はなから開けた空を選択したのが仇になったか……?

 

「そうね………アリ!!!」

 

 主審であるミッドナイトの言葉を聞き、結局出遅れた事になったが速度を上げる。

 そうとわかれば飛んでりゃいいんだし。

 コースギリギリを最短で、駆け抜けるだけだ。

 

『スタートから一悶着あったが一位はA組の轟!!氷結の妨害でスタート地点はぐちゃぐちゃになってんぞぉー!』

 

 今の一位は轟か。

 地味に離されてんな。

 

「結!!」

 

 結界を成形しながらも、遥か上空から轟を追う。

 と、下では突破した峰田が上位へと喰らいつき、轟に向けて頭のブヨブヨへと手を伸ばしている。

 おぉ!

 やったれ峰田!!

 

「轟のウラのウラをかいてやったぜ!ざまぁねぇってんだ!! くらえ!オイラの必殺──」

 

 と思ったが、その口上はフラグだ……

 まぁ、上から見ているから、峰田へと迫るモノが俺からよく見えているのもあるけど。

 

「グレェーー、ブッ!!!?」

 

 横から飛び出してきたアームにぶん殴られて、峰田の小さな身体は華麗な円を描きながらも地面を転がっていた。

 

『さぁ! いきなり障害物だ!! 第一関門、ロボ・インフェルノ!!!』

 

 入試の時のロボと、その馬鹿でかいのがいっぱい。

 轟も一瞬だが足を止めているようだ。

 まぁ、空を行く俺には関係ないけど。

 

「クソ親父が見てるんだから」

 

 そんな先頭の轟がなんか呟いたけど──

 

「うっお!?」

 

 ひょいひょいとロボの上を通過しようとしたところで、氷の壁が俺の視界を塞ぐ。

 あのヤロウ、狙ってやってんのか?

 

「あの隙間! 通れるぞ!!」

 

 凍ったロボの合間を縫って進もうとする他の連中だが……

 

「やめとけ。不安定な体勢ん時に凍らせたから、倒れるぞ」

 

 妨害込みね。

 俺もお返ししてやる。

 

「結!!オラァッ!!」

 

 轟の凍らせたロボが倒れ込む中、中心部に結界をセットして、一気にそのサイズを大きくする。

 

『1-A轟!!攻略と妨害を一度に!! なんだぁぁあ!? ロボが弾けたぞ!?』

『あれは間の仕業だな。普段は何考えてんのかわかりにくいやつだが、轟に邪魔された事にイラついているようだな』

 

「もう一発!!」

 

 無事な方のロボの腹を結界でブチ抜く。

 もちろん、ブチ抜いた金属の塊は轟目掛けて飛んでいく。

 

「チッ…!!」

 

 氷で防がれたか。

 でも、遅れはもう取り戻してる。

 このまま進んで追い抜いて──

 

「邪魔だ!! ドケクソがッ!!」

 

 後ろから爆豪がとんでもない形相で迫ってきていた。

 

「じゃあ、お前が道変えろ!」

 

 結界で爆豪を拘束し、すぐさま破壊されるも、爆豪の頭上に新たに成形した結界を伸ばし地面へと叩き落とす。

 

「こんの…! クソ邪魔箱が…!!」

 

 墜落していく爆豪から視線を外し、気配を感じる後ろを見れば。

 

「飛べんのはお前らだけじゃねーぞ!」

「ケロっ。結界、私も使わせてもらうわね」

「着地」『アイヨ!』

 

 瀬呂に梅雨ちゃん、常闇もロボの頭上を飛び越えてきていた。

 

「制空権は持っときたいんだよな。 結!!」

 

 厚みは無いが、特大の結界を設置しておき、止めとくとしよう。

 

「イデェ!!」

「ゲロッ!?」

「グッ!!」『踏陰!!壁ガアンゾ!!』

 

 全員まとめて結界の壁にぶち当たり墜落していく中、轟の後を追う。

 

「ん。成功」

『なんだコイツら!? 轟といい、間といい、なんかズリィな!!』

 

 これで追撃の手も止んだし、またも結界で最短ルートを行く。

 つもりだったのだが。

 

「クッ……結!っと」

 

──BOOOM

 

 飛び乗る気だった結界を破壊され、足元に結界を成形し直して着地。

 対空攻撃。

 しかも目に見えない技。

 こんなことしてくんのはたぶん。

 

「チェ。おしかったな」

 

 やっぱ響香か。

 イヤホンジャック同士をぶつけ合う事によりランダムな方向へと飛び散る衝撃波を、たかだか2週間で任意の方向へと飛ばす事ができるようになった響香の新技。

 アイテム無しでも放たれるようになったのは素直に凄いし、習得早すぎないか。

 まぁアイテム有りの方が威力も精度も断然上なので今のような制約がある場合か、補助アイテムの使用を警戒させた時の隠し球として使えるってとこだが。

 とはいえ、どいつもこいつも妨害したいと見える。

 なら、俺も邪魔することに注力してやる!

 

「どいつもこいつも邪魔しやがって……よしっ。かかってこい。ここは通さんぞ」

 

 大中小と結界郡を生成しながら全員を見下ろして構えを取った。

 

「邪魔すんなボケ!!」

「どーなってんだよコイツ!!なんとかしろよA組!!」

「俺が行く!!」

 

 吠える普通科やB組と、切島と似た個性らしいやたらと硬い男を結界で叩き潰し地面に埋める。

 

「通さないと言っただろ?」

 

『なんで自分が障害になってんだコイツァー!?』

『……アホだな』

 

 と、確かにとしか言えない実況の声。

 恥ずかしい。

 俺は何をしていたんだ……

 

「アホすぎるだろ……本当にあの人の弟かよ……」

 

 恥ずかしさのあまり、誰かのそんな呟きは俺の耳には入ってなかった。

 

 

 

 

 なんだアイツ。

 なんなんだアイツ。

 あれで本当に頭領の弟かと疑いたくなる、というか疑っている。

 あの人は副長や戦闘班の人らよりも数段、なんていうのも烏滸がましいくらいにかけ離れた、人外の人。

 その弟が、コレ?

 

 適当に走りながらも、そんなアホの背中を追う。

 

 そもそも、こんな体育祭なんかにゃ興味はないんだが、副長の命令とあっては仕方がないかと適当に流している。

 一回戦敗退となればまた扱かれるのかもしれないし、二回戦でおさらばしよう。

 はぁ、めんどくせぇ。

 

「そっち危ないよ」

 

 腕を掴まれたかと思えば、グイッとそのまま後ろへと引かれる。

 そもそも戦闘班じゃないし、非力だと自覚はあるがこうも簡単に女子に腕を引かれると……

 

「あぁ。ありがとう」

 

 目の前に氷の塊が結界で砕かれて落ちてきたところだった。

 別に避けて通るつもりだったが、いつもの対人スマイルを決めて、まぁいいかと心を落ち着かせる。

 妖混じりとはいえ、俺に戦闘力がないのは自覚してるし。

 とはいえ、こんなヒーロー学校の生徒達に混じって俺に何をしろというのか。

 と、一応助けてくれた女にお礼を言ったのだがギョッとした。

 そこには誰もいない。

 だが、たしかに腕を掴まれており、元気な女特有の高い声が俺の耳に入ってきた。

 

「うんん!怪我したらヤダもんね!そんじゃ先行くねー!!」

 

 あー、あいつが聞いていた葉隠透か。

 ヒーロー科の、頭領の弟と仲の良い女。

 結界が乱立しているから撒き散らされた呪力に紛れているし、そもそも探っているのは妖力なので見落としていたな。

 呪力で衣服とその身を消しているのだろう透明な彼女は俺の腕から手を離すと、きっと先へと進んだのだろう。

 

 なんて考え事をしていたら、普通に第二関門を通り過ぎてしまっていたらしい。

 第二関門は崖から伸びる道が一本のロープになっている。

 他の者は尻込みをしたり、先に行く者が渡り切るのを待っていたようだが、別にそんなものは普段通りであれば全く苦ではないので、普通の道のように駆け抜けて、ましてやロープ上で先に行く奴を飛び越え追い抜いてしまっていた。

 "普通科"の俺が目立つのもなんだし、気をつけていたはずなのに。

 考え込んで周りが見えなくなるなんて、夜行失格だな。

 

「影宮やるじゃん!」

「まぐれだよ」

 

 今更な言い訳をたった今抜かしたクラスメイトにしながらも、再度感度をあげる。

 命令通り、異様な事態を察知するために、少しでも妖力を感じ取れるようにと。

 

 

 

 

 怒りのアフガンとか言うアナウンスを聞き流しながらも最終関門、地雷ゾーンへとたどり着いた。

 

 俺はトップ集団に食い込んでいるが、この集団は相手を蹴落としながらゴールへと向かっているので気を抜くとやばい。

 

「耳!!さっから──ウッゼェーンだよッ!!」

「ジロウだってば。そりゃあ邪魔してんだからそうでしょ、っと!」

 

 響香は男三人に比べて足は遅いが、走りながらも地面へとイヤホンジャックを埋め込み、地雷に向けて振動と音波を放ち、地雷を次々と爆発させて俺たちの邪魔をする事で食らい付いて来る。

 

「後ろに道作る事になるが、そうも言ってられねぇ…!!」

 

 地雷の爆発を嫌い、轟の氷が地面を這い、響香の爆発地獄をいったん大人しくさせたところで、

 

「それで防いだつもりか? 下への意識は忘れちゃダメだろ」

「あ、それ時織姉の……」

 

 姉に何度も言われたセリフを真似しながらも、凍らせたために警戒の薄くなった下方向、轟のすぐ前の地面から結界を迫り上げて妨害。

 

「クッ…!!」

 

 睨んでくる轟の上を飛び越えた瞬間、自身を結界で囲う。

 ようやく抜かした。

 これで暫定一位──っ!!

 

「結!!」

「んなもんッ!!」

 

──BOOOOOM!!!

 

 こんなところでそんな火力発揮するかね。

 結界を解いて下へと自由落下で移動しながらも、爆豪に向けて新たな結界を成形して動きを封じる。

 と、ここで響香に抜かされた。

 

『ゴール前のデッドヒートがヤベェーーー!! コイツらホントに一年かよ!?』

『(耳郎の動きが異常な程に向上しているな……もともとセンスのある奴だとは思ったが、何があった?)』

 

 着地の瞬間を響香に狙われるも、抜かしたばかりの轟を盾にして回避。

 

「それ流石にズルくない!?」

「あるもの使うのは基本だろ?」

「間ァ…!」

 

 一瞬脚を止めた轟は無視。

 響香を抜かして、これで一位に返り咲き!

 

「固まってんなら…纏めて死ねやァ!!!」

 

 マジで殺す気できてんじゃないのかと言う爆豪に対して、多重結界を成形しようとしたところで。

 

『ゴール目前の四人に対して、A組緑谷が爆発で猛追ーーー!! っつーか!!!抜い、てねーーー!!!』

 

 爆豪にかける予定だった結界を変更。

 方囲のサイズを一気に広げて巨大結界で二人を鉄板ごとまとめて囲う。

 

「「「ッ!!?」」」

 

──BOOOOOOOM!!!!!

 

 声にならない声が聞こえた気がするが、ゴールは間も無く。

 サイズもデカいし、結界は簡単に砕け散ったが、緑谷も失速してる。

 これでゴール……!!

 

『争いは争いを生む!!争いは決して無くならない!!』

『何言ってんだお前』

 

 後は五人でのデッドヒート。

 奇しくもロッカールームで睨み合った連中。

 はっはっは。

 やっぱ俺の勝ちだった。

 

『一歩飛び出たのはA組の間ァ!!これは決まったかぁ!!?』

 

 よしっ。

 勝っ──てない!!?

 

『緑谷最後の地雷源で間髪入れずに鉄板スイングで再び爆発を起こし、後続を引き離すー!!!』

 

 チッ!!

 結界で、オラァ!!!

 

 緑谷をハエ叩きの要領で叩き落として……

 

「SMASHHHH!!!」

 

 ゲッ!?

 

 

『序盤の展開から誰が予想した!? 今、1番にスタジアムへと帰ってきた男!!緑谷出久の存在を!!!』

 

 緑谷のデコピンから生み出された衝撃波により、俺の結界は粉々に。

 一位だと、思ったんだけどな。

 俺を追い抜いた鉄板を投げ捨て……ん?

 そこには見覚えのある少しボヤけた人影がくっついており、それは鉄板から勢いよく飛び立つ。

 

『そして二位はA組はざ──あん?』

 

 それはだんだんとハッキリしてきて、実況席や客席からも見えているようで、ザワザワとしていた。

 

「はっはっは!!緑谷にはギリ届かなかったけど……唯くん!私の勝ち〜!!」

 

 これでもかと言うほど眩しい笑顔で俺へとVサインを決める透が、そこにいた。

 

 



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28話 呪い師

 

 

 

「はっはっは!!緑谷にはギリ届かなかったけど……唯くん!私の勝ち〜!!」

 

「「「は?」」」

 

 四、五、六位と団子状態でゴールした轟、爆豪、響香の三人は口を揃えてそう言った。

 

 そんな俺たちに、ピースピースと笑顔な透。

 全く予想していなかった伏兵に抜かされていた事に驚いていた。

 轟は「どーなってんだ」とつぶやきながらも緑谷へと視線を向けており、爆豪に至っては「デクが一位で、俺が…五位だと……」とワナワナと震えている。

 

「気づかなかったでしょー?作戦大・成・功!!!」

「いや…マジで全然気づかなかった……はぁ。どこにいたの?」

 

 そう聞く響香に、緑谷の鉄板に飛び乗って引っ付いていたのだと答えている。

 緑谷も一位を取るのだと熱がこもっていたから気づいていなかったのかと驚いていた。

 もしも透が引っ付いてなかったら、緑谷のブッチギリだったな。

 

「唯くんの前に出るのはギリギリって決めてたからね!最後のあの驚いた顔!!響香ちゃんにも見せたかったなぁー」

「うるせー」

 

『大番狂わせ!!伏兵は忍びの者か!? 第二位は、透明人間、A組の葉隠だぁーー!!!

 その後の順位は三位に間、四位に轟、五位に爆豪、六位が耳郎の順になってるぜ!!』

 

 三位。

 正直有利な条件だったと思う。

 なのにこの順位は完全に俺の立ち回りミスによるもの。

 初め止まってしまったのと、ロボで使った無駄な時間は要らなかった。

 ほんと、いらない事した。

 あと、ずっとニヤニヤと笑ってる透……

 ちょっとムカつく。

 

「ほら、言われてるぞ。もっと忍べよ」

「さんざん忍んでたの! 今は余韻に浸らせてー」

 

 けどまぁ、本当に嬉しそうだし、仕方ないか。

 負けは負け。

 ただし、それは予選の話。

 

「ん、今回は負けた。でも、最後に勝ちゃあいいんだよ」

「そ。まぁ今回は、してやられたって感じだけど」

 

 俺と響香の言葉にも、透はニヤニヤするのをやめて、ニコニコしていた。

 

「まぁまぁ。今回は私の勝ちなんだから、大人しく認めときなって!」

 

 コイツ、どんだけうれしーんだよ!

 

 

 

 

 勝った!勝てた!あの唯くんに!

 やばっ!うれしーーーー!!

 第一部、完!!!

 次回の葉隠にゴキタイあれ!!

 

 そう。

 自分でもわかる程浮かれている。

 浮かれすぎるのもそこそこにしないと、次があるのだ……

 言われた通り、残る試合も勝たなきゃいけない。

 というか勝ちたい。

 今回は緑谷の鉄板にお邪魔できたから、正直なところ運が良かったのもあるし。

 インビジブル本気モードなら唯くんの目も欺けるようになったのはデカい。

 驚かせたくて全く見せてなかったのだけど、気づかれた。どうやら少しは見えてるみたいだけど

 

 響香ちゃんとこの2週間特訓してたのは知ってる。

 私だって、呪いの特訓を毎日欠かさず行ってたんだ。

 一泡ふかせることができたのは特訓のおかげと、鑑さんのおかげだな。

 

 

──

 

 

 唯くんちの隣の部屋で出会った時の事だった。

 茂守さんのお友達だと言う鑑さんと出会ったあの謎空間。

 メイドさんが出してくれた紅茶を飲みながら、既に三人が入り込んできていると言われて待っている時の事。

 

「そんな事もわかるのは、個性じゃなくて、呪いですか?」

「葉隠さん?」

 

 でも、誰かが入ってきたかどうかなんてどうやって認識してるのかもわからないし、何よりも、この空間とメイドさん達から感じるのは式神や結界術と同じ感じがする。

 

「ほぉ。まぁ、どちらもと言っておこう。形ないものが呪力。形あるものが個性。結局はどちらも同じだ。名前があるか、まだ無いかの違いとも言える」

 

 形のあるなし、名前のあるなし。

 つまり、個性になる前の力が呪力って事?

 

「どちらも結局は、同じもの?」

「そうとも言えるし、そうでないとも言えるな。君は……随分と呪いの才能があるようだね。ただ、もったいないな」

「ちょっと…なんのお話をされているのか……」

「君には、少し難しい話かもしれないね。お嬢さん」

 

 ヤオモモが置いてけぼりなのはわかってる…けど!

 ここでの話は絶対に次の段階に私を押し上げてくれる気がする。

 だから!

 

「もったいないって、どういう意味ですか?」

「なに。せっかくの十徳ナイフをナイフとしてしか使っていなような話さ。呪いも、個性と同じく無限の可能性を秘めた力。ただ一つの事の為に使うのは、もったいないだろう? 君のお友達はいろんな事をしてないか?」

 

 いろんな事を……

 たしかに。

 結界と式神は絶対に別物。

 式神でできる事だって、いっぱいある。

 でも私は自分を透明にさせる事だけに注力していた。

 じゃあ、視覚からだけじゃなくて、存在ごと希薄にする事ができたら……?

 

「……そっか! 込める時のイメージを変えれば、いや、もはや纏えば良いのかな? でも、それ用の呪具がないし……」

「呪具はただのきっかけだ。呪具師がいなくとも呪いは起きる。考え方ひとつだよ」

 

 もしかして、私にもできる……?

 いや、確実に、私にもできるんだ。

 呪いはイメージ。

 すなわち想いの力。

 そう。

 私はやればできる子、葉隠透だ!

 

「まじない…? 鑑さんも葉隠さんも、さっきから、いったいなんの話をしているんですの?」

 

 ヤオモモはちんぷんかんぷんだったから申し訳ないけど、私にとっては大収穫!!!

 

 唯くんを驚かせる事ができるかも!

 これから試す事がいっぱいだーーー!!

 

 

──

 

 

 続々とゴールして来たなー。

 第一種目とはいえ、まさか私が雄英体育祭で二位になるなんて、雄英を目指し始めた頃は思いもしなかったな。

 諦めていたつもりなんて無いけど、雄英に入ったところでどこか満足してた自分がいた。

 でも、私はやっぱりヒーローになりたいし、ここでの成績は今後の自分に作用するんだ!

 よしっ!

 次の試合も負けない!

 上位をキープ!!

 気を抜かないようにしなきゃ!!

 

 

 そして発表される第二種目、それは騎馬戦。

 二人から四人まででチームを組み、この障害物競争での順位で加算されたポイント合計の鉢巻を騎手が装着しての鉢巻の奪い合いとの事。

 

 チーム戦と言う事がネックなのと、もうひとつは……

 

『…………』

 

 うっわぁ〜〜。

 あれはきついだろうなー。

 怨念のように込められた視線が、緑谷一人へと注がれているのを見て思う。

 

 そう、一位である緑谷のポイントは、1000万。

 二位の私の210ポイントに対してとんでもない差だ。

 プレッシャーもきっとハンパないはず。

 だって、二位の私なんてほっといて、一位である緑谷のチームを倒せば、余裕で勝てるんだから。

 

 でも、緑谷と同じチームになって逃げ切ればどうだろう?

 う〜〜ん。

 でもそれだと私のインビジブルの効果を下げちゃうな。

 緑谷に注目が集まるなら、私は透明、私は無敵。

 そして、この騎馬戦を制するには、絶対に仲間にしておかなきゃいけない人がいる。

 

 その後、15分のチーム決めのための交渉時間が設けられ、私は真っ先にその存在の元へと向かった。

 たぶん、というか確信してるけど、人気だから先に取っちゃわないと!

 案の定、だいたいのA組から声をかけられてる唯くんの元へと辿り着いた。

 響香ちゃんは、いない。

 私もちょっと考えたけど、打倒唯くんみたいな感じしたもんな。

 そして、なぜだか全員断ったみたいだ。

 

「あれ? 断ってよかったの?」

「ん。考えてることは同じだろ? 二人の方が、楽に動ける」

 

 確かに、考えてることは同じだね。

 個性ありのなんでも騎馬戦において、透明な騎手と、空をも駆け抜ける事ができる最強の騎馬。

 うん! まさに無敵!

 

「そーだね。流石は私の天敵で、相棒!」

 

 それに、なんかすごい嬉しい。

 

「そんじゃ、残った時間で作戦考えるか」

 

 ふっふっふ。

 これで二回戦も、もらったぁ!!

 

 

 

 

 唯守と組む?

 いや、あのルールと様子だと……

 やっぱ透と組むよね。

 

「耳郎、俺と組もうぜ!」

「ちなみに、なんで?」

 

 そう言って、ウチに声をかけてきたのは瀬呂。

 

「お前と俺がいたら遠距離はお手の物だろ。そんで、暴れ馬を騎馬まで戻してやればさ」

 

 暴れ馬……なるほどね。

 

「いーね。じゃあ、行くのはあそこだね」

「おぉ!」

 

 案の定、こっちも囲まれてる。

 

「爆豪、俺たちと組もうぜ!」

「あぁ?テメェは……耳」

「ジロウだってば。ウチも、このままじゃ終われない」

 

 そう。

 負けっぱなしはいやだ。

 透にも緑谷にも轟にも爆豪にも。

 でも何より、唯守には一泡吹かせてやりたい。

 

「勝ちに行く。全員に。でしょ?」

「ハッ!! いーじゃねぇか!全員ぶっ倒して、一位を取る!!」

 

 性格はまぁこんなんだけど、冷静で力もあるし、A組の中でも唯守と轟に並び対人最強の一角。

 そこで絶対に折れない騎馬として買って出た切島が加わり、ウチらの騎馬は決まった。

 

 轟の騎馬はすでに決まってる。

 唯守は、まさか透と二人で騎馬?

 あれは厄介だなぁ……

 

「耳郎、何見てんだ?」

「ヤバそうなとこ」

「ゲ。葉隠と間……最悪だな」

 

 瀬呂も気づいたらしい。

 透明人間が唯守の結界を足場に空から襲ってきたら躱すのは至難の業だ。

 反則ギリギリかもしれないが、一回戦を見るに、有効と言われることは十分にあり得る。

 

「あそこはウチが音で警戒する。それに、爆豪も飛べる。瀬呂がヘルプもかけられるし、ウチらも強いよ」

「当たり前だ!」

「おぉ!暴れろ爆豪!!」

 

 うん。この騎馬隊は強い。

 次は、負けないから。

 

 

 

 

 二位に入ったのはあの葉隠透。

 アイツの呪い、俺の感知エリアでも違和感程度にしか感じなかった。

 もしかして、本当にまじない師かと思うが、まぁ、アイツは気にしなくて良いとのお達しだし、放っておこう。

 

 あと、ここらで負けときたいんだが丁度いいメンバーはいないか。

 まさかチーム戦だとは思わなかったが、丁度いい具合に気持ち悪いのがいるな……

 

 一回戦の時にも感じた、妙な感覚。

 精神支配系の個性か。

 頭領から聞いた、最もやばいタイプの能力者。

 信じられないくらい昔の話らしいが、数百人規模の精神を乗っ取り操った奴とか、子供に乗り移り何百年も生き続けてきたやつとか。

 その話を聞いた時、真っ先にアンタだろと言いたくなったのは内緒だが。

 まぁ、そんな力なら、一度味わっておくのも手か。

 発動の条件やら、精神干渉された後とか気になるし。

 少し、アプローチかけてみるか。

 

「ねぇ。チームは決まってる?」

「いや、決まってない。お前は?」

 

 声をかけ、目があってもなんの変化もない。

 さぁ、発動の条件はなんだ?

 

「俺もまだなんだ────」

 

 !?

 俺の中に何かが入り込んでくるイメージ……

 爬虫類みたいな……いや違う。

 不定形な声のイメージが、俺の中に入り込んでくる。

 発動条件はおそらく返事。

 奴の問い掛けになんであれ答えればこのイメージが入り込んでくる仕掛けか。

 

「これで三人。よし、ついてこい」

 

 これが精神系の力か。

 後ろの二人も操られているな。

 ついてこいだのといちいち言ってくるところからしても、命令は口頭。

 あいつの言葉に、このイメージも反応してるのか。

 でも、このくらいなら頭領の話ほどヤバい奴じゃない。

 俺ならこのイメージは防げる。

 

 まぁ、従ったふりして適当にやるか。

 



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29話 不穏

 

 

 

 

 緑谷チーム 10,000,305ポイント

  (麗日 /125・常闇 /170・発目 /10)

 

 爆豪チーム  700ポイント

 (切島 /155・耳郎 /190・瀬呂 /160)

 

 鉄哲チーム 650ポイント

 (泡瀬 /135・塩崎 /185・骨抜 /180)

 

 轟チーム 585ポイント

 (飯田 /175・上鳴 /90・八百万 120)

 

 葉隠チーム 415ポイント

 (間 /205)

 

 蛙吹チーム 360ポイント

 (青山 /5・芦戸 /110・口田 /105)

 

 拳藤チーム 315ポイント

 (小森 /45・取蔭 /25・柳 /80)

 

 物間チーム 295ポイント

 (円場 /95・黒色 /65・回腹 /100)

 

 心操チーム 285ポイント

 (尾白 /145・影宮 /15・庄田 /50)

 

 峰田チーム 245ポイント

 (障子 /130)

 

 小大チーム 165ポイント

 (凡戸 /85・吹出 /20)

 

 鱗チーム 125ポイント

 (宍田 /70)

 

 鎌切チーム 70ポイント

 (角取 /30)

 

 

 合計43人の13チームの大乱戦。

 奇数にしたのは4人組の騎馬で固まるのも面白くないからか、ヒーロー科40名に普通科2名、サポート科1名での騎馬戦がまもなく始まる。

 

 

「作戦、大丈夫だよな?」

「当たり前!」

「……突っ走んないよな? テンション高すぎて」

 

 210ポイントの透と205ポイントの俺。

 合計415ポイントは通常4人で組んでいる騎馬に比べてポイントはかなり低くなるはずだが、透と俺は二位と三位だったので現時点で5位のポイント。

 一回戦の終わりの余韻が冷めやらないのか、2人なのにトップ5に位置している事が嬉しいのか、さっきからいつにも増して落ち着きがない。

 

「突っ走んないって! まー、問題はアナウンスだよねー。プレマイ先生にバラされるまでが勝負かな?」

「ん。ルール的には違反してないが、警戒されると釣りづらいしな」

 

 まぁ、ミッドナイト先生の性格からするに騎手が地面に触れなければってとこだろうが、結界の上を透が透明となり自由に動き回り、俺は俺で攻撃を誘い騎馬崩しのレッドカード狙いで動く。

 それが俺たちが騎馬を組んだ上で最大の攻撃方法だが、俺の立ち回りがヒーローらしくないし、「そんな事しなくても勝てる勝てる!」という透の意見と、響香あたりが絶対に邪魔してくるのは目に見えているので二人離れるのはやめようという話になっていた。

 

「大丈夫大丈夫」

 

 ポンポンと左手で肩を叩きながら右手ではグーサインに良い笑顔を決めている透。

 テストの時とか入試の時とかで思うが、透はひたすら肝が据わってんだよな。

 

「その自信はどっからでてんくんのやら。まぁ、俺らならその都度仕切り直して攻め手を変えるだけだしな」

 

 序盤は様子見。

 上から掻き乱しながら適当に釣って狩る。

 我ながらなんとも言えない作戦だけど……

 

「開始直後は完全に透頼りだから、頼むな」

「お任せあれ! 消すものの大きさにもよるけど、私と唯くんと結界くらいだったら30秒は余裕」

 

 スーパーインビジブルとかなんとかブツブツと考えてたみたいだが、技名は決まっていないらしい。

 ヒーローらしく、技名を叫ぶってのはシンプルにカッコ良かったり、なんとも言えずダサかったり様々だけど、俺は「結」ってのが身に染み付いてるからなぁ。

 

「さ、集中集中!絶対勝とうね!」

「ん。そだな」

 

 とはいえ、最初は注目される場所は決まってるから、やりやすいんだけどな。

 

「ま、乗れよ」

「うん!さぁ、ひざまづいて!」

 

 まったく、コイツは……

 

「ちょーしに乗んな!」

 

 

 

 

 3、2、1のカウントダウンとともに、雄英体育祭の第二種目【騎馬戦】は始まった。

 

 まず動いたのは2チーム。

 1000万点に挑みかかったのは鉄哲チームと、牽制し逃げ出す緑谷チーム。

 残りは警戒か、様子見か、他のチームの動きを観察しているようだったが、開始と同時に動いたのはもう1チームあった。

 

「ごきげんよう!サヨーナラー!」

「声で位置バレるだろ。バカタレ」

 

 13の騎馬が縦横無尽に駆け回れるほどの広いステージ上に突如乱立した大中小の結界たち。

 四、五人は入るサイズの結界から手のひらサイズの結界と至る所へと出現した箱に多くの騎馬の動きが止まる。

 

「なにこれ?」

「おい…あいつら消えたぞ!?」

「どこいった!?」

「間の結界と葉隠の透明化……葉隠は自分以外も消せるのか!?」

「こんなのいつどこから来るかわからねーぞ!?」

 

 場は完全に二人の狙い通りとなった。

 この結界群のどこにいるかわからない二人が透明のまま襲いかかってくる事を警戒して動けないでいるチーム。

 ひとまず結界から距離をとるチーム。

 ほぼ全ての騎馬に一瞬の混乱が生じたが、そんな中、全く動きを止めなかったチームがひとつ。

 

「耳!! 役に立て!!」

「いい加減耳ってさ……まぁ今は透と唯守は気にしなくていい。あの辺で何かを蹴る音がするし、空から降ってくるか、たぶんだけど馬ごと結界で釣り上げるつもりかも」

 

 耳郎に叫ぶ爆豪と、左耳のイヤホンジャックで上空を指した耳郎。

 

「どっちにしろヤバいじゃねーか!!」

「大丈夫。行動起こせばウチが教えるし」

「頼もし!」

 

 切島の言葉に耳郎はなんて事のないように答えた。

 2週間、バケモノ相手の模擬戦を幾度となく行ったので昔以上にどう動きたがるかの予想はたてやすくなっている。

 そんな耳郎に隣の瀬呂が声をかけたところで、ハッ! っと笑った爆豪はまずは緑谷チームへと襲いかかった。

 

 

 

 

「待機だ」

 

 試合開始から1分間、端っこの方をノソノソと移動するだけで目立とうとしない。

 いちいち指示出さなきゃ動かないなら狙うとしても後半からだろうな。

 透明女と一緒にやたらと上空を陣取ってる頭領の弟は居場所がバレてないとでも思ってるのか、警戒心も薄い。

 正当継承者だかなんだか知らないが、アイツが頭領より優れてるところなんてあんのか?

 一回戦でもわけわからん事してたし、正直言って──!?

 

「なんだ……?」

「は?お前なんで──」

「今は従っといてやるから黙ってろ」

 

 心操だったかを一度黙らせて集中し直す。

 危険というか、妖気でもなく妙でしかないこの気配……

 合図を送りはしたが、流石に副長も気付いたか。

 それに、アイツ……呪力が跳ね上がった。

 アレなら確かに、頭領の弟かもしれないな。

 

 

 

 

「ぜっけーぜっけー!! どこから狙う?」

「そりゃあ白熱してきて警戒の薄れたところだろ」

 

 お、爆豪が爆破で騎馬から完全に離れて飛んで緑谷に挑んだが、アレはセーフらしい。

 瀬呂のテープと俺の結界の扱いが同じかはわからんが、アレならいけるかも──!?

 ゾワリと背筋に疾る嫌な感じ。

 危険なわけじゃない。

 ただ、コイツには覚えがある。

 あの死にかけた時、俺を見ていた奴。

 

「透、降りろ」

「へ? なんで? わっ!」

 

 肩車状態の透の細い腰を手を上げて掴むと無理やり結界の上へと降ろす。

 

「………なんかようか? 今体育祭中なんだけど」

「思ったより、気づくのが早かったぞ、ぼうや。別に用などない。ただ眺めに来ただけだが……ふむ。やはりおもしろい娘を連れているな」

 

 黒いハットに黒い服。

 黒い菱形格子柄が入った、やたらと長い紫色のマフラーをした男。

 少し年上くらいにしか見えない容姿をしているが、得体が知れない。

 なんだコイツ……透のこと言ってんのか?

 ならばと、警戒を最大に、呪力を全力で練り上げ、"纏う"。

 

「思っていたよりは、力もあるじゃないか。ただ、"絶界"には程遠い」

「なになになに!? この人あの時いた人じゃん!! でも、こんなに若かったっけ?」

 

 ヒョコリと俺の腰から頭だけ出してそう言った透の頭をグイッと背中に押しやっておく。

 

「透、後ろ警戒。なにしてくるかわからん」

「う、うん」

 

 緊張感がないようにも思えたが、気を失ってた俺と違って透は見覚えがあるようで、緊張した様子ですぐに言った通りにしてくれた。

 すると、下から猛スピードで迫ってきたのは、緑色の髪をした綺麗な女の人だった。

 その人は左手から黒い翼を生やして空を飛んでいる。

 常闇と似たような個性。

 というか、妖気が凄いんだが妖混じりか?

 それに下の方でも弱っちいが妖気を感じるし、どうなってんだ?

 

「唯守くん、葉隠さんも下がってなさい。私は刃鳥。時織さんの部下。

──だから、この結界、解いてくれない?」

 

 姉ちゃんの……

 涼しい顔して言ってくれるな。

 

「良く言うよ。簡単に壊した癖に」

「……臨時とはいえ、私は雄英の関係者。だから、今後私への攻撃はやめてね。今葉隠さんを降ろしてる事も黙っててあげるから」

 

 下からの飛来物を認識してすぐに結界を成形したが、容易く貫かれたから、この人はここに居る。

 さっきのよりは強度は上げていたものの、苦も無く破壊してくるだろう事は見え見えだった。

 が、雄英の臨時…関係者って事は、教師ではない?

 

「わかった。ただ、コッチに手ェ出してくんなら容赦なく、滅してやる」

 

 涼しい顔したまま、コクリとうなずいた刃鳥さんはキリッとした顔を怪しさしかない霊体へと向けた。

 

「さて。私があなたを排除します」

「舐められたものだな。お前じゃ俺は止められんよ。千年前ならいざ知らず、現代の術者はまともなのがおらんからな」

 

 ポコポコと霊体は黒い球を生み出していく。

 

「……それは、あの人も含むのかしら?」

 

 刃鳥さんも覚悟を決めた目をしてる。

 どうやらあいつの言う通り勝てそうにはないのか、俺に逃げるよう式神を飛ばしてきた。

 あの球、俺の結界と同じ…なんかじゃない。

 触れたらヤバい。

 纏う結界を維持しながらじゃないと簡単に消えてしまいそうな気が──

 

「ちょっと! 会話できるんなら流石に今はやめてよね!この体育祭にこっちは人生かかってんだから!!」

 

 俺の焦りも、この場の空気の何もかもを無視して、俺の脇の下から顔を出して言い放った透。

 そうだよな。

 俺に巻き込むわけにもいかないし、コイツの相手は俺が……

 

「その娘、まさか………

 ハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!

 これは面白い!実に簡単な事だったな!まさか継承者と言うのが、本当の話だったとはな!!」

 

 突如笑い出した霊体に警戒を強め、透を完全に結界で囲う。

 継承者がなんだと言うのかは知らんが、ここでやられる気もないし、刃鳥さんも殺る気は十分らしくその黒い翼は羽の一本一本まで研ぎ澄まされていた。

 

「いきなり大笑いって、イカレテル人?」

「だろうな。俺が消してや──」

 

 だが、そこでとんでもない威圧感が空を覆い尽くす。

 この場は一瞬で全員の首筋に鎌でも押し付けているのではないかと言う濃厚で密な空間と化した。

 

「手、出さないんでしょ?」

「……まだ口しか出してはおらんぞ」

 

 見慣れた姉が、巨大な黒い蜻蛉に乗ってそこにいた。

 姉は既に念糸で霊体を簀巻きに縛り上げていた。

 登場といい、その動きが俺にも僅かに捉えることしか出来なかったことからも、完全に本気のようだ。

 

「うわっ!ヤバいよ唯くん! でっかいトンボ!!! 裏側とか、気持ち悪そー」

 

 こんな時でも平常運転な透が、アイツにとってのなんだと言うんだ?

 



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30話 本気

 

 

 それは、雄英体育祭第二試合が始まってすぐの事。

 

「エンデヴァーさん。これから少し妙な気配がすると思いますが、我々の"仕事"ですのでお気になさらず」

「なんだ貴様は?」

 

 No.2のトップヒーローであるエンデヴァーの側に現れたのは、もうすっかり暖かくなった春の季節だと言うのに、丈の長い、季節外れのコートを着た男だった。

 

「ブルーロック事務所の者です。御子息もいらっしゃるので、『危険』と貴方が判断されれば我々には動く事を止めはできませんが」

「……フンッ。貴様らがこんな日中に行動しているとはな。好きにしろ。俺も好きにする」

「えぇ。ありがとうございます。もしもですが、貴方にも"視える"のであれば、是非お力添えを」

「……俺はオカルト話に興味はない」

 

 エンデヴァーは胡散臭いものを見る目を男から逸らすと興味を失ったようで、再度息子である轟焦凍が出場している舞台へと目を向けた。

 ただし、今までとは打って変わり、最大限の警戒をしながら。

 

 

 

 一方で、No.1ヒーローであるオールマイトをはじめ、雄英の教師陣は一回戦が始まるよりもずっと前から臨時の雄英警備員となった刃鳥の話を聞いていた。

 

「体育祭の防衛ですが、事務所(うち)には霊体だのを感知する力、所謂霊感の強い者がいます。そこに関しては私も含め皆さんよりも向いていますので、私が動いた場合でも相手が視認できないのであればほうっておいてください」

 

 そう言った刃鳥にもちろん反発する者や、突然現れた臨時の警備の者に任せろと言われても、という意見が多かったが、実際問題視認すらできないような霊感の弱い、呪力をもたない人間では霊体や妖へ効果的にダメージを与えることは難しい。

 妖などの者は基本的に精神体のくせに、こちらの実像にダメージを与えてくるといった、文字通りあの世とこの世の間の住民。

 殺り合うのであれば、精神体に直接ダメージを叩き込む呪力を用いる事が一番効果的な為、刃鳥はこうも続けた。

 

事務所(うち)の者も警備に当てますし、何か動きがあれば必ず伝えましょう。もちろん、(ヴィラン)が相手であれば我々よりも皆さんが対処された方が確実ですので、その場合我々はサポートという形を担当しますよ」

 

 (あやかし)であれば刃鳥たちブルーロック事務所が、(ヴィラン)であればヒーロー達が対処すると言う事で半ば強引に会議を終わらせた刃鳥。

 

 そして今、雄英の教師陣は刃鳥の部下から襲撃かはわからないが霊体と接触しているという話を聞き静観はしていた。

 それは他の警備に当たっているヒーロー達も雄英からオカルト事務所との関わりを聞いていたため、同じくただ静観している。

 ただ、確かな実力を持ったヒーロー達は、見ることは叶わないが遥か上空で何かが起きている事を確かに感じ取っていた。

 

 

 

 

「そう怖い顔するなよ。俺は"まだ"何もしていないじゃないか」

「オイコラ。その腐った目こっちに向けんな。消すぞ」

 

 唯守の目から光は失われ、代わりに膨大な呪力を身体に纏っている。

 そうして現れたものには、明確なまでの対象を"消滅"させると言う意思が具現化された、拒絶の結界であった。

 

「アンタはちょっと、黙ってなさい」

 

 そんな唯守の全力の結界に向け、時織は自身の持つ天穴、片鎌槍の穂先で結界を数度切りつける。

 たったそれだけで、唯守が全力で成形した結界はいとも容易く切界され練り込まれた呪力とともにあたりに霧散した。

 

「……は? コレになんかあんのか? 何がしたいんだよ?」

 

 なぜ邪魔をするのかと、実の姉に向けて苛立ちのままに呪力をぶつける。

 しかし、姉はそんなモノ意にも介していないが、この場を包み込んでいる結界内部には元々姉の呪が満ちている。

 そこに生じた弟の呪力も重なり、混じり、交錯する。

 結界師とはさまざまな空間使いの術師の中でも、遥か昔から最高峰に位置する術師。

 今は時織の作り出した巨大な結界の中とは言え、それはこの現代ではあり得ないほどの濃密な呪を放っていた。

 

 

 

 

「耳郎?どうした?」

「時織姉来てない? しかも唯守とマジゲンカしてるっぽいし……」

「誰それ?」

 

 様子のおかしい耳郎に問いかけた切島と、耳郎のよくわからない返答に首を傾げた瀬呂。

 耳郎からすれば姉弟喧嘩、というか唯守が時織に突っかかる事は珍しい事じゃないが、今感じるコレはたまに間家で起きる背筋がゾクゾクとする感覚の比ではない程に強い。

 そんな様子に、爆豪は苛立ちを全開にして吠えた。

 

「うるっせぇぞクソ耳!テメェらも集中しろや!今目の前のことに!全部ぶっ倒すんだろが!!」

 

 そうだ。

 爆豪の言う通り、そうなんだけど、気になるし、心配だ。

 でも、今は体育祭中で、しかもチーム戦。

 勝手はできない…… 

 耳郎の胸の内は自分でも言い表せないほどに、葛藤していた。

 

「オイ耳。なにがあんのかしんねぇが、ここにゃオールマイト含めプロヒーローがアホみたいにいんだ。だから、今は俺の役に立てや!」

 

 一瞬、ほんの一瞬試合中ということも忘れて呆けてしまったが、すぐに顔を引き締めた耳郎。

 

「あんがと。ただ、あんたの役に立つためじゃないけど! ほら瀬呂! 峰田の来てるよ!」

 

 今は、目の前のことに集中する事にした耳郎。

 障子に乗る峰田から放たれるモギモギをソニックブームで叩き落とした。

 遥か上空にいるであろう三人とプラスアルファが気にはなるが、逆にあの間姉弟がいるのであれば、自身の憧れたヒーロー達がいるのであれば、問題は起きないのだろうと思考を切り替えていた。

 

 

 

 

 いきなりの展開で驚きはしたが、なぜこの二人が対立しているの…?

 姉弟喧嘩が仮にあったとしても、絶対に今ではないだろうに。

 

「頭領。今は──」

「刃鳥。邪魔なものはもう消したから、あなたは抑えた方がいいわよ」

 

 相変わらず人の話を遮る人だが、無駄なことを言う人じゃないことは知っている。

 恐らくだが邪魔なものと言うのは道中に滅したであろう低級な妖の事だろう。

 だが、"押さえた"方がって、どういった意味……?

 何か来ているのだとしても、ウチ一番の感知タイプが気づいていないはずが──!!

 

「こちらに構うな!!」

 

 スタジアムから感じたのは紛れもなく妖気。

 完全変化などこんな場所で、ましてや生徒が行えばどうなることか。

 影宮はスパイでもなんでもなく、一番若いうちの関係者ではあるが、まっとうな道を歩んでもらいたく雄英の受験を勧めたのだ。

 こんなところでいらぬ猜疑心をかけられるのは、影宮にとっても私からしても望んだことではない。

 時織はやると言ったらやる人間であることは熟知している。

 だから、私が今すべき事は影宮を止める事と……唯守くんを競技に戻す事、か。

 

「ふむ。あの程度じゃあ百でも足らんか。それに、お前"も"子飼いの連中は妖混じりばっかりか? 今じゃほとんどいないはずだが、歴史は繰り返すものだな」

「? そんなことより、本当は何しに来たのかしら?」

 

 キチキチと音をさせてホバリングをする黒い蜻蛉は、その複眼全てで無道を捉えている。

 そんな中、無道は縛られた念糸などまるで無いかのようにすり抜け、大袈裟に両手をあげておどけて見せた。

 

「やれやれ。本当にただ見に来ただけなんだが、俺は現代のオリンピックを見ることも許されないのか?」

「現代、ね。 

──あなた、あと"何回"殺せば消えるのかしら」

「くくく。俺に関してどこまで知ったか知らんが、まだ情報はやらん──」

「そう。じゃあ用はないわね」

 

 頭領は会話をしながらも、話している途中の霊体を結界で消滅させた。

 会話でもわかるように、あの霊体、無動を消滅させるのはもう何回も行われている事らしい。

 事実、この光景を見るのは私ですら三度目の事だった。

 

「結局消すんじゃん。何だってんだよ」

「消せてないわよ? 『不死身』って言われてたらしいし、あの余裕ぶりからすると、もう10回は殺しても死なないでしょうね」

 

 最後に、情報くれないなら残す意味もないと付け加えていた。

 無道は『不死身』という通り名の通り、遥か昔から現世にとどまり続けている霊体。

 下手な主クラスよりも確実にヤツは力を持っている。

 事実、アイツは臨戦体制の私に対し、気にした素振りすらなくいつ現れるかといない頭領を気にしていたようだった。

 私もまだまだ……弱い。

 

 それにしても、葉隠ちゃんを見てからの豹変ぶりが気になるわね。

 あの子に何かあるとは聞いてないけど、頭領はなにか知ってるのかしら?

 

 

 

 

「えっとー……つまりあの妖は倒せてないけどもう安心で、そんで、もう試合に戻ってもいいのかな?」

 

 そんな顔しないでくれと思うが、透は誰にも見られるこのない人生を送ってきていたからか、驚くほど顔に出る。

 いつもぱっちりと開いた大きな瞳はその長い睫毛が覆い被さっている。

 いつもニコニコと上を向いている口元は珍しく下を向いていた。

 どうやら俺も正気じゃなかったようだ。

 透は、というより俺以外の人間はこの体育祭に全力を注いでいる。

 俺だけが、本当にただのイベントとして参加していたんだと思い知った。

 

「あぁ、多分終わりだから戻るぞ透。姉ちゃん、妖は任せろって言ったよな?」

「……そうねぇ………」

 

 俺の方を見る事もなく、そう言った姉は最後に小さく「こっちが釣られたか」と呟いた。

 あの霊体が何者で、一体なにを考えて動いているのか俺にはわからないが姉に任せれば安心だと思っていた自信が少し揺らぐ。

 この姉よりも、強い者がいるのかと疑問が湧くも、ただ今は、そんな事よりも──

 

「透。出遅れた分取り返す。1000万、獲るぞ」

 

 そう言った俺に、目を丸くした透は俺の顔へとダイブしよじ登る。

 普通に痛い。

 

「うん。

 ──よっし! やったろ!!」

 

 その顔は見えないが、声色は、いつも通りのように思えた。

 

 

 

 

「お前……いったいなんの個性なんだ……?」

 

 俺に跨る心操は、顔は見えないがいつものようにバケモノを見る目で俺を見下ろしているのだろう。

 声色から、そんな事は容易に察しがつく。

 

「……もう落ち着いた。これからはお前の指示通りに動くから、ほっといてくれ」

「……そうか、お前も……」

 

 も?

 とはなんだ。

 コイツは別に妖混じりでもなんでもないだろうに。

 と思うが、心操は有難いことにそれ以上話しかけてくる事はなかった。

 

 

 しかし、やっちまったな。

 副長に止められなければ、あの正真正銘のバケモノ姉弟のとんでもない呪力に当てられて完全変化するところだった……

 しかし、あのバカだと思っていた弟も半端じゃない事はわかったな。

 ただ、それとは別に……アイツから感じたあの底知れないモノはなんだったんだろうか。

 



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31話 騎馬戦決着

 

 

「そんで、どーしよっか?やっぱ漢の闘いで緑谷のとこ行くの?」

 

 得点の出ている大型ビジョンに目をやると、緑谷は未だに死守はしているようだ。

 見たところ、緑谷はもちろん、轟と、B組潰して回ってたんだろう爆豪と響香のところと、あとは鉄哲?ってやつのところが上位か。

 爆豪の性格ならそろそろ緑谷に仕掛けるところだけど。

 

「まぁ最終的には、かな。今の得点の流れからすると、残り時間は──」

「あと5分ってところね。大丈夫? 妖関係で時間がなくなったのだから、私から雄英に話してもいいけど?」

 

 そう言ったのは、完全に自分の世界に入りそのまますぐにどこかへ行ってしまった姉ちゃんの部下の人だった。

 となると時間もないし、緑谷狩っとくのが確実か。

 止めてもらうってのも、またダサいし、妖の話なんて言われてもな。

 あの姉が俺と同じ歳のころこの場にいたのなら、なんなく勝つんだろうし、そんくらいできないと俺は一生追いつけない。

 断りをいれようと思ったところで、

 

「勝つんで結構です!」

 

 頭の上から俺が思っていた言葉が聞こえたから、俺も返しとくことにするか。

 

「騎手もそう言ってるんで、いらねーっす」

 

 下ではちょうど轟が仕掛けたようだし、体育祭開始前のあの煽りと言い、緑谷に行く気かな。

 

「轟が行ったら、取った方から即漁夫るか?」

「いいね!掠め取ったろ!」

 

 若干せこい気がするのはわかってるけど時間がないんだし仕方ない。

 集中しないとな。

 

 

 

 

「単純なんだよ。A組」

「気づいとるわ!ボケェ!! ッ──!?」

 

 爆発でいなした爆豪に対し、物間が取った行動はまさかのものだった。

 

「俺の……!」

 

 個性の被りかと言う切島だけど、爆豪の再度の迎撃で使った物間の個性は硬化だった。

 そこからわかる答えは。

 

「ちげぇ。コイツ、コピーしやがった」

「みたいだね。ただ、コピーできるのは何個まで、それと何回までいけるのか知らないけど、これならどう?」

 

 どちらも無限と言うことはないだろう。

 もしそうなら、第一種目以前の話で、もっと無双してるはずだし。

 ウチの振動波を振動波で返してくるのかどうかで見極められたらいいけど。

 

「任せろ!」

 

 円場だったかが何か吹き出したところで振動波は止まっている。

 透明なバリアの個性?

 けど、音が裏に回り込んでいるのが回る。

 それでわかることは、結界と違って音を通さないこと。

 てことは、アレは空気を通さない何かという事と、あくまで形状は壁だということ。

 音を通さないのはウチにとって致命傷に近いけど、サイズも大きくないし攻略法はいくらでもある。

 なんて考えていると、コピーの個性のヤツがなんか言ってる。

 

「君、宣誓でなんて言ってたっけ?あの恥ずかしいヤツ。まだ1ポイントも取っていないし、これから僕たちにそれすら取られるわけだけど」

 

 煽りってことはわかってるけど、ヒーローらしくなさすぎ!

 って、それは爆豪もかと言い返すのはやめといた。

 それよりも考えろ。

 ウチの振動をかき消すなら同じ振動をぶつけるのが一番だけど、それをしないのはなぜか。

 爆豪と切島には接触しているけど、ウチと瀬呂には接触してないからか?

 それに、硬化と爆破、くっついてるB組の3人の個性も使えるのなら受けた時に即反撃もできたはず。

 しなかったんじゃなくて、出来なかったと考えるのが正解?

 

「爆豪!たぶんかもしれないけど、アイツにウチと瀬呂の個性は使えないし、同時使用も出来なさそう!長引かせるよりこのまま一気に!爆豪なら、できるよね?」

「チッ! 当たり前だろッ!!」

 

──BOOM!!!

 

「ウチらは下がるよ!二人とも!」

「──!?」

 

 爆破による推進力で爆豪が一人飛び込んでいった直後、ウチら騎馬隊は後ろへと飛んだ。

 ウチらに邪魔されて驚いているようだけど、ウチには割り込みしてくるチームがいるなんて、音で気づいてるし。

 ちょうど先頭の騎馬である切島の足元付近に白いベタベタとした液体が降り注いだようで、上手く躱せたようだ。

 

「ハハッ!スゲーな耳郎!!」

「瀬呂、テープで機動力奪おう!切島は爆豪のケア気にして!」

「オウッ!!」

 

 瀬呂が個性のテープで凡戸チームの足を止めたところで、爆豪はあの見えない壁を破壊し、物間の首に巻かれたハチマキに手をかけていた。

 破れると確信していたのか、その野生じみた的確な判断力は、ウチが今最も欲しいもの。

 やっぱ、このクラスで上に立つのは簡単じゃないな。

 

「俺が取るのは完膚なきまでの一位だ…! テメェを潰したら、デクと轟、ついでに間もブッ潰す!!」

 

 吠えながら物間を潰した爆豪を瀬呂が回収し、爆豪に当てられた切島は興奮気味に叫んだ。

 

「ヨッシャ!!こりゃあ行くっきゃねぇだろ!爆豪!!」

 

 3人とも、そのままあの密集地帯へと飛び込む気まんまんみたいだったけど、流石にそろそろ何か仕掛けてくる気はしてたから、"向けてて"良かった。

 ヤオモモから聞こえてくる、この分厚い何かが擦れあうような音には聞き覚えがある。

 

「一旦ストップ!!たぶん上鳴の個性がくる!」

 

 ちょうど物間を一蹴したところで良かった。

 爆豪の言う完膚なきまでまでの一位。

 取れるもんなら取ってやりたいとウチも思う。

 というか、取るつもりしかない。

 ウチだって伊達にあの鉄面皮時織姉にしごかれてないし、結果は欲しい。

 あの時のアレが創造されて、放電がくる前に気付けた今ならまだ対策は間に合うはずだけど、肝心の対策はどうするかを──

 

「しょうゆ顔!あの馬鹿でかいヤツにテープ!!千切れるような舐めたもん出したら殺すぞ!!!」

「わかったよ!!あと、瀬呂なっと!」

 

 爆豪は瀬呂へと声をかけて、瀬呂が両の腕からテープを引っ掛けたのは…さっき引かせたB組の凡戸?

 何をする気かと思った直後、膨大な熱量と強烈なGを感じる。

 爆発の推進力で、凡戸を中心に円を描くように競技場の外周目掛けて勢いよく振り子みたいに回っているところで、視界の端が光り輝いた。

 上鳴の放電だ。

 それに、パキパキという音は、障害物競走の時の轟の氷結。

 かなりの数のチームが巻き込まれ行動不能になっているようだけど、離れた位置にいるウチらにはそのどちらもが届いてない。

 

「ナイス爆豪!!ただ、止まるのはどうすんだ!?」

「知るか!勝手に耐えろや!!」

 

 爆豪は無茶苦茶なことを言いいながら、爆破の方向を変え一人飛び立ち支柱に使った凡戸へと襲い掛かったところで、地面が抉れる音が聞こえる。

 

「気合いだ気合いィィ!!」

 

 普通なら大怪我を負うだろう勢いのまま、自分の足を地面に押し当てて無理やり速度を落としている切島。

 まっ、ここは切島に任せるしかないから、後はウチらにできることを。

 

「瀬呂、爆豪回収しないと」

「ああ。それにしてもマジで勝手なヤツだなアイツは!!」

 

 言い方は悪いが、その口元は笑っている。

 瀬呂も、あの爆豪の上を目指す姿勢と、今の結果に興奮しているよう。

 かくいうウチも改めて爆豪の凄さを感じて、唯守以外の越えるべき壁の高さも感じた今、負けらんない。

 時間も半分を過ぎてから割とたったし、あと2分程度ともう完全に終盤。

 コケることは無いだろうけど、気づけばウチを幾度となくボッコボコにしたあの人の気配がなくなっている今、唯守がいつ仕掛けてきても迎撃できるようにしないと。

 

 

 

 

「なぁ。お前は俺の個性、効いてないのか…?」

 

 そう聞いたのは、名前も知らない、俺と同じ普通科である女みたいな華奢な男。

 俺の個性、『洗脳』は確かに掛かっているはずだと思っていたが、残り時間も半分。

 そろそろ動く必要がある今、聞いておかずにはいられない。

 

「まぁ──

 な。その個性、俺には通じない。めんどくさいから誰にも言うなよ」

 

 やっぱり、俺の個性が効いていない。

 効いた素振りはあったが、レジストしたのか?

 それに、簡単に言ってのけるが俺の『洗脳』は未だかつて痛みや衝撃など、外部から以外の要因で解かれた事はなかった。

 それに、誰にも言うなってことは、コイツも俺と同じでまるでヴィランみたいな……

 

「その個性、使えないのか?」

「は? 悪いけど、俺はこの行事には興味ないんだ。お前の指示には従ってやるけど、能力は使わない。今ゼロポイントとはいえ、もしも勝てたなら俺は辞退するよ」

 

 そういったコイツは、あのありえないくらい伸びていた黒い爪も、なぜか僅かに伸び硬くなっていたような髪も元に戻っている。

 異形系と呼ばれる個性だと思うが、その様子は完全にヴィランのソレのように、暗いものにしか見えなかった。

 なのに、ゼロポイントの普通科が何を言ってるいるのかと言う様子は微塵もない。

 確かに、洗脳が解けては元も子もないしより目立たぬよう自分のハチマキは早々に手放した。

 最後の最後に番狂わせを狙うしかない0点の俺がここから上位に入る可能性がゼロではないと、本気で思っているのか。

 

「そうか。どうせどっかの誰かがそろそろ戦闘不能な騎馬を作るはずだ。俺たちはそれを獲る」

「俺"たち"? お前が獲るんだよ。お前の命令は聞いてやるって言ったろ」

 

 人当たりの良さそうなやつだと思ったが、それはただの見せかけなのかなんなのか、わかりづらいヤツだな。

 おそらく俺と同じで、個性のせいでスタートから出遅れちまった。

 そのくせ雄英にいるってのは、お前も俺と同じで捨てきれない夢があるからなんじゃないのか?

 

 

 

 

「さてさて。佳境も佳境。シレッと狙ってポイントおいしーならやっぱ爆豪くんとこか、あの普通科の人のとこかって選択肢も、今ならあるよ?」

「爆豪のとこは響香がいるから無理。あと、さっきも言ったがあの普通科のとこのやつもやめとこう。バレてる」

 

 響香ちゃんはまだわかる。

 けど、さっきからあの普通科の子にバレてるってなんで?

 なんだか異様に警戒してるみたいだけど……もしかして……

 

「え?え? 私の事見えてる説!?」

「いや、もしかしたら透もかもしれんが、基本は結界の位置がバレる。アイツ一回戦からちょくちょく俺に呪力を飛ばしてきやがったから、たぶんさっきの女の人の身内かなんかだ」

「あー!なるほどね!」

 

 そーゆーことならよかった。

 あとは拳藤さんのところか、鉄哲って人のところからかだけど、それじゃあ勝つのにポイントが足りないかもしれない。

 やっぱり予定通り、行くなら緑谷チームと轟チームのところしかないよね。

 時間はもう1分あるかないか。

 白熱してるあの間に攻める。

 私ならできる。

 集中して、呪力を練り上げて……

 

「今!インビジブル、全開で行くよ!」

「了解」

 

 唯くんもまとめて透明化させたところで、飛び降りた私たち。

 飛び降りながらその体勢を変え、私は唯くんの手を握り、まるでスカイダイブしてるみたい。

 飛び込んだ時の一瞬の浮遊感と、その後全身に受けるが風が心地よい。

 気を引き締めたところで、狙っていたはずの1,000万のハチマキはたった今、轟くんの手の中に移動した。

 

「結!! 道変えるぞ!!」

「うん!見えてるよ!」

 

 私の左手を掴んでいる右手とは逆の左手を空へと掲げる唯くん。

 その左手の指先からは念糸が伸び、成形したばかりの結界に絡みついている。

 ターザンロープのように、振り子の先端である私は轟チーム元へと向かう。

 驚異的なスピードでハチマキを奪い取れたのは、飯田くんの個性のおかげかな。

 あんな技があったなんて。

 進化してるのは私だけじゃなく、みんなもだよね。

 でもね、負けたくない!

 唯くんと私が、一位になるんだ!

 

「そこにいんのかァ!?オラァァァ!!!」

 

 咆哮と熱風が私たちを包み込むことは、ない!

 私の相棒を誰だと思ってるの。

 こんなピンチはきっと乗り越えてくれる。

 だから私は、獲りに行かなきゃ!

 

「高度あげるぞ!」

 

 不敵な笑みを浮かべた響香ちゃんがこっちの方を見てるけど、そこは私の二の腕だよ。

 あくまで音が頼りだから、こんだけ乱戦で正確な場所はきっと予測に過ぎないし、ましてや砲台は響香ちゃんじゃない。

 爆豪くんの爆破も、念糸を一気に縮めてくれたお陰で足の下を通り過ぎてる。

 と、急に頭が下、足が上にと回転したかと思えば、空中でぴたりと静止した。

 念糸を勢いよく手繰り寄せた反動で、結界に天地逆で着地したのだ。

 そんな唯くんの手はいつのまにか私の腰に回されておりガッチリと固定されてる。

 何する気かわかった。

 でも、私以外に、唯くんも長く伸びた念糸も結界も…私以外を消しておくのはもう限界だ。

 

「行くぞ透。ズレても俺が追尾してやる」

 

 だったら、この位置からしてやる事はひとつ!

 

「とっつげきだぁーっ!!」

 

 轟チームの真上から勢いよく射出された私たち二人。

 叫んだ時点でわかるけど、もちろん見た目は透明じゃない。

 インビジブルはもう解除している。

 

「上ですわ!!」

「くっ…レシプロの後じゃあ…」

「間ァ… 」

「ハッ!! 舐めてんのか透明女!!」

 

 ヘイト買いまくりなのは私らしくないけど、それなのに何も言わない唯くんはそのまま轟チームへ一直線に向かっている。

 

「獲るまで止まんねーよ。最後は任せた」

 

 ん〜!!!

 やっばいな、やる気みなぎるわ!

 すぐそばで見ててね、私の新必殺!!

 

「一目漠然どれでショー!!」

 

 鳩が豆鉄砲とはこのことを言うんだな。

 びっくりした顔がいっぱい。

 それはそうだ。

 だって、今の今まで、ほんの数秒前まで不可視だった私たちが今は

 

「分身!?」

「あいつら増えたぞ!?」

「いや、なんか全部ボヤけてんぞ…!!」

 

 前に後ろに、右に左に。

 消せる事に成功して悩んでた私は、使い方次第だという鑑さんの言葉を思いだしながら、消す以外のことを考えた。

 全部脱げば完全にインビジブルだけど、オンオフできるならそれもまた虚をつける。

 だから、消える次は増やせるんじゃないかと考えた。

 そうしておもいついた呪いは、存在をズラすこと。

 結果は今の通り成功。

 私の呪力をズラす事で、増えていく虚像たち。

 しかもこのスピードで動いてるから、その数はどんどんと増えていく。

 目に見えるけど、本体すらもボヤけた曖昧な虚像の群れが消えたり増えたりしながら轟チームへと降りそそぐ。

 

「こんのクッソがァ!!!」

 

 爆豪くんの爆破も多くの虚像を捉えたようだけど…

 残念!本体はもっと上だよ!!

 

「まとめて凍らせれば──」

「あああああああぁ!!!!」

 

 ここにきて緑谷!?

 轟くんも左手で牽制したみたいだけどハチマキ1個取られた!!

 分身の群れは次々と地面に落ち重なり、本体はもう接触寸前だよ!?

 これじゃあどっちを──

 

「轟の、首のいっちゃん下のヤツだ!」

 

 マジ!?

 唯くん流石すぎでしょ!

 轟くんへと伸びるボヤけた3人の私の腕、

 振われた轟くんの右腕が分身を擦り抜けていくのを横から見ながら…

 

「轟くん、獲った〜!!!」

「クッソ…!!」

 

 獲った獲った!!

 確認してる暇は無いけど、追撃を躱して──

 

「絶対やると思ってた!」

 

 拳藤さんのチームが割って入ってきてる。

 

「そんだけ喋ればウチにはわかる!爆豪!左の唯守らがホンモノ!!」

「轟さん!まだ終わりじゃないですわ!」

 

 爆豪くんに、取り返そうと轟くんまで来てる!!

 ヤッバイ!!

 マジナイももー解けちゃうし、そもそも止まってる時は効果激減!!

 頼むから早く終われ〜!!

 

「結!!!」

 

 焦りに焦っていたはずなのに、一気に冷静になった。

 というか、安心する声。

 拳くらいの大きさしかない結界が成形されていく。

 ただし、その数は私たちの周りにたくさんだ。

 人一人擦り抜けるのにもいちいち引っかかりそうなその邪魔に阻まれて、追撃の手は一瞬止んだ。

 

「舐っめんな!!」

 

 それでも直ぐに、拳藤さんの拳が小さな結界をいくつも砕き、

 

「返、せ!!」

 

 轟くんの氷で唯くんの下半身は完全に凍りつき、動きは止められた。

 そして最後が……

 

「もらうよ透!」

「死ィねェェェ!!!」

 

 両手を広げた爆豪くんの騎馬隊がまとめてきてる!

 カウントダウンが流れてるけど、あと5秒?あと2秒? 周りがうるさすぎて全然聞こないんだけど!!

 と、急に私は空へと放り投げられた。

 

「昇れ!!」

 

 真下では、私を放り投げた張本人が拳ほどの結界で空へと登る道を作ってくれていた。

 その結界を足場にひたすら昇る昇る。

 これで逃げ切れば──

 

『TIME UP!!』

 

 そのアナウンスだけは、すごくハッキリと聞こえた。

 大慌てのまま首へとかけたハチマキのポイントをみれば、そこに書かれていたのは──

 

「やった〜!!勝った〜!!!」

 

 大喜びで飛び降りようと下を見れば、大きな拳でブったたかれて、その半身を凍らされて、もう半身には爆破と音波をくらったであろう唯くんが、それでも私の方へと向かい両手を広げてた。

 



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32話 妖混じりの男の子

 

 

 飛び降りてきた透をなんとか受け止めはしたが、さっき【先送(ディレイ)】した猛攻の痛みが遅れてきた今、ハッキリ言ってめちゃくちゃに痛い。

 ただ、その喜びようから察するにちゃんと1000万獲ったみたいで、俺も達成感を感じる。

 あー! 轟がハチマキぶらさげるところ見てて良かった!

 

「おー。イッテェから暴れんなって」

 

 ニッコニコしてんなー。

 それに、分身とゆうか、呪力で虚像を創り出すなんていつの間にできるようになったんだコイツは。

 透自身が呪力を纏ってると、邪気を孕んでないし俺でも結構見逃してしまう。

 ほかの奴からしたら元々見えなかった奴が急に服だけ見えて、しかもそれが増えて尚且つボヤけてるんだから余計にわけわからんかっただろうな。

 

「あの結界さえなければ間に合ってたと思うんだけどね。でも私の個性でビクともしないなんてねぇ…今回は負けたよ」

「うんうん!危なかったよー拳藤さん来た時めっちゃあせったもん!」

 

 一応労ってくれてるのか、僅かに口元を綻ばせた拳藤。

 と、それとは真逆の顔も向けられてんな。

 小さく悪態をつきながら強い視線を向けてくる轟と、叫びながら睨みつけてくる爆豪。

 あとは悔しそうな顔で、チームメイトに謝りながら地面を殴る緑谷。

 あーゆーところを見ると、本気でやってよかったと改めて思う。

 一回戦みたいな気の抜けたことは、もうしない。

 

 そんな思いに耽るのも束の間に、プレゼントマイクから各順位のアナウンスが競技場内に響いてる。

 

『早速、結果を見てみよか!!』

 

 との事で、結果は──

 

 

 1位 葉隠チーム 10,00720ポイント

    獲得ハチマキ 葉隠・緑谷

 

 2位 爆豪チーム 1,160ポイント

    獲得ハチマキ 爆豪・物間・小大

 

 3位 心操チーム 1,010ポイント

    獲得ハチマキ 鉄哲・蛙吹

 

 4位 轟チーム 725ポイント

    獲得ハチマキ 拳藤・心操・鱗

 

 5位 緑谷チーム 655ポイント

    獲得ハチマキ 轟・鎌切

 

 6位 拳藤チーム 245ポイント

    獲得ハチマキ 峰田

 

 他同率7位 0ポイント

 

 

 との事で、無事に一位通過。

 決勝は確か例年個人種目だよな。

 例年通りなら、後は自分で勝つだけだからいいんだけどな。

 

 と、そのまま次の競技の説明に入り、決勝である第3ステージの競技はトーナメント形式の1対1でのガチバトル。

 とはいえトーナメントだと1位チームである俺と透は2人なので人数が合わない。

 そのため、枠を減らしてではなく、増やした上でのシード扱いとなり上位5チームでの変速トーナメント戦にするらしい。

 俺と透が4人チームだったらキリのいい16名でのトーナメントだったかもしれないと考えると、緑谷チームは首の皮一枚繋がったため随分と嬉しそうにしてる。

 結果、あの更衣室で睨み合った3人と響香も残ったなー。

 

「それじゃあ!昼休憩の後に葉隠さんと間くん以外は組み合わせ決めのくじ引きするわよ!」

 

 ミッドナイトが言うには、このあとは昼休憩の後くじ引きしてからレクリエーションの流れ。

 例年何かしらの体育祭らしい競技やらどっかのプロのショーみたいなんがあったような。

 なんて考えてると、なぜか尾白が一歩前に出た。

 

「あの…!すみません。 俺、辞退します」

 

 なんか知らんけど、騎手のやつの個性なのか、騎馬戦中の記憶がないらしい。

 チラリと騎手だったヤツに視線を向けたけど、操作系の個性とかなんかな。

 法則はわからんが、だいぶ厄介そうだが。

 

「ねーねー唯くん。あの人が妖気?を感じた人?」

 

 透がぐいぐいと裾を引き小声で聞いてくる。

 透は自身の呪力を用いた呪いは抜群に上手いが、かと言って正確に読み取れるわけじゃない。

 初めて会った時、俺の式神を見破ったのも「なんか良く見たら変だったから!」との事。

 だから、俺があの時から気にしていた相手とは違うヤツをチラチラと見ているようだった。

 

「いんや、アイツじゃなくて──」

「僕も同様の理由から棄権したい!実力如何以前に、何もしていない者が上がるのはこの体育祭の趣旨と相反するのではないだろうか!」

 

 B組のちっこくて丸いやつも、凄くかっこいい言い回しで決勝戦には出ないと言い出した。

 なんかカッケーな、あの口調。

 真似してみようかな。

 

「じゃーじゃー、あの人?」

「いんや、アイツでもなくて」

「なら、俺も出るわけにはいかないので辞退します」

「あの人か!」

 

 そー、あいつ。

 そもそも呪力や霊力は俺は距離があるとあまりわからない。

 だから、あの時ハッキリと感じたのは完全に妖力だった。

 多分としか言えないけど、妖混じりって奴だとは思うが、見た事ないしどうにもよくわかんねーな。

 

「まじないに関してちょっと聞いてみようかな」

「それはやめとけ。どんなやつかもまだわからんし、俺に聞けばいいじゃん」

「・・・」

「なんだよ?」

 

 なぜか呆けた顔で俺の目から視線を外さない透を不思議に思い聞いてみたんだが、完全に後悔した。

 

「べっつにー」

 

 あの時刃鳥さんが叫んだ相手もアイツのことだろうから警戒する程のことじゃ無いかもしれないし、呪いに関しても詳しいのだろうし、透の性格ならガンガン聞きに行きそうだし、念のため、釘を刺しただけだし。

 別に一見女とも取れる中性的な顔立ちに、ウェーブがかった少し長めの金髪を後ろで縛ってるアイツは確かにイケメンの部類に入るからとかじゃねーし。

 

「なんだそりゃ」

「なんでもないよ〜」

 

 ……んだよその妙な顔は!!

 

 

──

 

 

 そうして昼休憩も終わり、ようやくくじ引き。

 あの後、青臭い話が好みなミッドナイトが辞退を認め、2名シードをとっぱらってキレイな16名でのトーナメント戦にするとなった。

 てことで、6位だった拳藤チームに急遽舞い込んできた決勝戦への出場権だったが、ミッドナイト風に言うと青臭い話が続き、拳藤的には上位に食い込み自分達よりもポイントをキープしていた鉄哲チームの方が相応しい的な話をして、ミッドナイトはこちらも受けいれた。

 一位のチームからくじを引いていき、まずは透がBブロック。

 続いて俺がAブロック。

 

「お! 当たるのは決勝だね!」

「ん。というか、なんでチア?」

「え?なんかクラスでやるんだって!似合う?」

「ん、似合う似合う」

 

 実際、かわいい系の顔立ちの透には似合いすぎ。

 眼福眼福なんて思いながらも、調子にのるので視線を壇上へと戻すことにする。

 続いて2位のチームがくじ引きへと続き、爆豪と切島もBブロック。

 そんで、次が。

 

「Aブロック、6番……」

 

 俺へと強めの視線を向けている響香。

 響香の相手であるAブロックの5番を引いていたのは俺。

 本来なら一回戦からか。なんて気を引き締めるところなんだが、チアの衣装でおそらく小学校低学年以来であろう制服以外でのスカートを披露し、手にはボンボンを持っている響香が気になってまったく緊張感が入ってこない。

 俺の視線がスカートにいってるのがどうやらバレたようで、視線を更に強めていた。

 

 

 と、ようやく全員がくじを引き終え、トーナメント表がモニターへと映し出されていた。

 

 

 

緑谷 ┐        ┌ 上鳴

   ├┐      ┌┤

心操 ┘|      |└ 葉隠

    ├┐    ┌┤

轟  ┐||    ||┌ 常闇

   ├┘|    |└┤

瀬呂 ┘ |┏━━┓| └八百万

     ├┃優勝┃┤

間  ┐ |┗━━┛| ┌ 鉄哲

   ├┐|    |┌┤

耳郎 ┘||    ||└ 切島

    ├┘    └┤

飯田 ┐|      |┌ 麗日

   ├┘      └┤

発目 ┘        └ 爆轟

 

 

 

 

 

 

 レクリエーションが始まっている。

 が、決勝進出している者は自由参加との事で、俺は鬱陶しく絡みつく呪力の元へと向かっていた。

 決して、透が近づこうとしてるからとかそんなのではない。

 

「なんかようか? 正直うざいんだけど」

 

 そう話しかけた普通科の男、影宮だったかは人気のない、雄英内の林にいた。

 

「……副長、来ましたよ」

 

 そう言って、後ろから歩いてきたのは刃鳥さん。

 やっぱ、コイツも姉ちゃんの関係者か。

 姉ちゃんの人間関係が少し見えてきたようで若干嬉しい。

 絶対に天涯孤独を行く唯我独尊姉だと思ってたし。

 

「この子は影宮凪(かげみやなぎ)。心配しなくても歴とした雄英生。それと唯守くんの想像通り、妖混じりよ」

 

 ちなみに私もねと言いながら、そのカッコイイ刺青の入った腕を前へと突き出す。

 すると、その腕の紋様から黒い羽根を生やしていく。

 あの時もそうだったけど、アレが羽の本体?

 常闇みたいな個性じゃなく、純粋に妖の力ってことか?

 だとしたら、俺みたいに個性は個性で持っているってことなんか?

 疑問ばかりが浮かぶが、そもそも俺は妖混じりに対してよくわかっていない。

 妖混じりとは、生まれながらに妖の力を身体に宿す人間のこと。

 妖が身体の一部に寄生している【寄生型】と、身体全体に寄生している【統合型】の2つに分類される。

 はっきり言って俺の知識はその程度なんだが、刃鳥さんはあの刺青みたいなのから出てくるってことは【寄生型】って事なんかな。

 

「影宮は私よりも妖気が強いから、完全変化しかけたさっきの妖気が気になっていると思ってね」

「……別に、コイツなら完全変化したところで俺なんて瞬殺でしょうし、気にしても無いでしょう。そもそも俺は戦闘班ですらないんですから」

 

 なるほど。

 俺が妖気を元に影宮を狩ると思ってんのか。

 世を拗ねたような態度で、いったいなんだってんだか。

 

「唯守くん。影宮は妖気の探知、分析に特化してる未来の諜報部の人材。頭領の、あなたのお姉さんの予想では雄英に妖が現れる可能性があるそうだから気をつけて」

 

 刃鳥さんが成している途中、ぬるりと一本の木がその色を黒へと変え、途端に邪気が溢れ出している。

 

「──結ッ!!」

「それと、コッチが雄英に専属でつけるウチの翡葉(ひば)。結界、解いてあげてね」

 

 その黒い木をズルズルと自らの左腕に埋め込んでいく翡葉と呼ばれた大柄の男。

 薄い銀髪にキレ長の目をしたイケメン。

 妖混じりって美形しかおらんのか。

 そしてその高身長は羨ましいことこの上ない。

 

翡葉京一(ひばきょういち)です。以後よろしく」

「間唯守、です。よろしく」

 

 植物を操ってるのが個性なのか、妖の力なのか、普通の人間にはわからないだろうし、確かにこの人も妖気を放っている。

 

「警護役って事だけど、どっちかと言えば夜行と雄英のツナギ役なんで、何かあったら俺に言ってくれれば」

「と言うわけだから、私は専属なわけじゃないから何かあれば翡葉に伝えて。私にも、頭領にも伝わるから。それじゃあ私たちは警備に戻るわ」

 

 一方的に話すだけ話して刃鳥さんと翡葉さんは去っていく。

 と、その場に残されたのが俺たち二人。

 まぁ用はこれで終わりだろうし、俺も戻ろうと思ったんだけど。

 

「お前は行かねーの?」

「遊びながらでも雄英の中で勝てるんだからすげーよな」

「……何が言いたいんだ?」

 

 猫かぶってたんか知らんが、なんか態度変わったな。

 

「いや、あの頭領を差し置いて正当継承者だっていうから」

「んなこと知るか。そもそも姉ちゃんみたいなバケモンと俺を比べるな。あのレベルなわけねーだろ」

 

 姉ちゃんの関係者、もしかしてだけど俺が姉ちゃんクラスの力を持ってるとでも思ってんのか?

 だとしたら、とんだお門違いだ。

 目指す場所ではあるが、頂は遥かに遠い。

 そんなことは、俺が一番わかってるってのに。

 

「バケモノねぇ……」

「ん?」

「そう呼ばれる事、俺もあるな。最初は親からだったかな」

「………」

「俺が戦闘タイプじゃなくて探知タイプだってのは本当だけど、翡葉さんは一応俺の監視役も兼ねてる。俺が邪気に当てられて本当のバケモノにならないように。俺にできることなんて別に無いってのにこんな最前線になりそうなところに送り込まれて正直何したらいいかわかってねーんだよ」

 

 妖混じりの完全変化ってのがなんなのか知らんけど、妖化するって事なんかな。

 というか、その世をひねたような顔してるのがなんというか、いろいろと物語ってるな。

 

「そっか」

 

 影宮に何があったのかとか知らない。

 妖混じりに関してもよく知らん。

 だから、俺が影宮に簡単に言える事なんかない。

 ただ、一個だけ言えるのは

 

「すぐに、とはいかないけど……妖はいずれ俺が全部滅してやる。そうすれば、邪気に当てられることもなくなる。それまでは……すまん」

「……」

 

 そう言って下げていた頭を上げた時にはもう影宮はいなかった。

 アイツがどう生きてきたのかも知らないけど、邪気に当てられなければいいんだろうか。

 少なからず、誰かが傷ついている事をあらためて実感した。

 妖の殲滅は俺がする。

 必ず……!



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