東方鴉人録 (yukke9265)
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1.昔々、あるところに

目が覚めた

 

状況が理解できない

 

「ぅ…あ…」

 

己の身体から絞り出されたらしい、声にならない声が聞こえます

 

(手足の方は…動くようですね)

 

握り拳を作ったりして感触を確かめる

 

(足の方も多分…動きます)

 

そして視界の方は…眩しっ!

 

急な明転に耐えきれずに視界が真っ白になってしまった

 

「うぅ…」

 

声にならない声でうめく自分

 

目をパチパチして明るさに慣れさせ、目を開けると見えたのは

 

「お……お?」

 

森です、普通の森です

 

自分は森の中に仰向けで倒れている(?)らしい

 

どうやら木の葉の切れ目から差し込む光が眩しかったみたいです

 

起き上がるのにはまだ時間がかかりそうなので、少し落ち着いて状況を整理しましょう

 

 

まず、私は誰かということなのですが…

 

えっと私の名前は、射命丸文…ですね

 

記憶に引っかかっていた自分の名を引っ張り出す

 

 

そして何故ここにいるのか

 

それは…分かりませんね

 

 

以前の記憶もあるにはありますが、これはどうやら人間としての記憶では無いみたいです

 

これは…鳥…烏でしょうか?

 

断片的な記憶から推測するに、長生きした烏がある時突然私になった…という感じみたいですね

 

いや、前の烏も私ではあるのでしょうけど…

 

そしてさっきから激しく主張をしてくるもう1つの記憶が…

 

「東方Project…」

 

あ、声出た

 

急に本気を出した自分の声帯は置いておいて

 

自分が持つもう1つの記憶、それは現代の記憶…

とりわけ東方Projectというゲーム及び書籍の記憶だ

 

どうやら射命丸文はその中の登場人物のようだ

 

これは…もしかしなくても…転生ってやつでしょうか?

 

いや待ってください…私が現代知識のボーナスを得て誕生しただけという可能性も…

 

うぅ…分からなくなってきました

 

まぁいいでしょう…私、射命丸文が今ここにいる、それが重要です

 

 

 

さて、状況の整理が付いた所で

 

いい加減起き上がらないといけませんね…

 

「んんっ…よっ…おっととととっ…」

 

なんだか身体が馴染んでいない気がする

 

「よっと…ふぅ…」

 

バランスを崩しまくっていましたが、樹木に手をついてやっと安定しました

 

これは身体を動かすのに慣れるところから始めないといけませんね…

 

 

 

身体を動かし始めてから丸一日ほど経った

 

ふぅ…とりあえず身体を思い通りに動かせるぐらいにはなりましたかね

 

動きを止めて休憩する

 

この身体に慣れるのに随分時間がかかってしまいました…

 

しかし、身体を動かす練習をしてみて分かったことがいくつかあります

 

まず1つ目、私の身体は思ったより丈夫みたいです

 

恐らく大体成人男性くらいの力は出る…と思います

 

この身体から発揮されるとは到底思えないほどの出力ですね…

 

そしてここまで睡眠もとってません

 

なぜかは分からないが、そこまで疲れないのだ

 

そして2つ目、私の目の性能はだいぶ良いようです

 

視力が高いのはもちろんですが

 

日が落ちた後の夜目も、明らかに普通より利きやすかったです

 

そして3つ目、お腹がすいても一応動けます

 

早くこの身体に慣れる為に食事をしていませんでしたが、動く分にはそこまで問題ないみたいですね

 

お腹空くものは空くんですけどね…

まぁ動けますけど

 

そして最後に…

 

私、羽生えてます

 

いや確かに射命丸文ならば当たり前だとは思うんですが、慣れない身体に羽が生えていると気づいた時はもう…凄かったです

 

それで、その後すぐ飛んでみようとしたんですが

 

一生懸命羽を動かしても全然飛べないんですよ!

 

どう頑張っても背後からパタパタ音が聞こえるだけで…

 

はぁ…私の羽は飾りなんでしょうか

 

ちゃんと練習したら飛べるんですかね…

 

まぁその辺はそのうち考えることにしますか…

 

さて、ざっと身体動かしてみて分かったのがこんな感じですかね

 

なんでこれだけに丸一日かけてるんだって話ではあるんですが

 

新しい身体が丈夫なのもあって楽しかったんです、うん

 

寝なくても大丈夫ってのは便利ですね…ほんと

 

そしてこの1日で出した結論が…

 

私、妖怪なんですよね…

 

当然の結論である

 

東方Projectの射命丸文は烏天狗、生粋の妖怪なのだ

 

しかし、私には人間の記憶が混じっている…と

 

ましてや現代の知識まで入っているとくれば…

 

あまりいい予感はしませんが…頑張るしかないでしょうね

 

 

 

さて、これからどうしましょうか

 

ぐぅ…

 

一段落したのを感じ取ったのか私の腹の虫が鳴く

 

うん、まずは食料確保ですかね

 

 

 

食料確保ですが、烏だったころの記憶のせいなのかどれが食べられるものかっていうのは何となくわかるんですよね…

 

野生の知恵というやつかもしれない

 

あ、ありました

 

運のいいことに手の届く範囲にあったよく分からない果実をもぎ取る

 

あまり味がいいとは言えなさそうですが…食べるしかないですよね…

 

そう、この野生の知恵の欠点は、味というものが考慮されていないということなんです

 

「う…すっぱい…」

 

難儀なものです…

 

 

 

野生の知恵(?)によって腹が満たされてきた頃

 

「つめたっ」

 

うぅ…雨ですか

 

雨宿りできる場所を探さないといけませんね

 

雨に打たれながら辺りを歩き回ること数分

 

(ふぅ…ここなら大丈夫でしょう)

 

見つけたのは巨木の根元の空洞だ

 

雨宿りの定番ですから探してみましたが…本当にあるとは

 

大自然バンザイって感じです

 

しかし…しばらく動けませんね

 

雨が止むまではここでじっとしている方がいいですよね

 

「あめんも…あかいな…あいうえお…」

 

雨が止むまではここから動かずにできることをすることにします

 

 

 

 

「かえるぴょこぴょこみぴょこぴょこ…あ、止んでる」

 

発声練習をしながら待っていたらいつの間にか雨が止んでいたようだ

 

これからどうしましょうか

 

うーん…とりあえず生きる術を学ばないとですね

 

射命丸文として生まれたのはいいが、私が今どこにいるのかすらさっぱり分からない

 

妖怪の山…あるんでしょうか?

 

射命丸文として生まれたからには東方Projectの世界にいると考えるのが順当ですが…

 

現状は確認のしようがありませんね

 

そもそもまだ幻想郷がない時代に転生している可能性だってある

 

「あやや…空が飛べればいいんですけど…」

 

発声が安定したので、射命丸文である私のアイデンティティの一つである口癖を呟いてみましたが…

 

うーん、特に何かある訳ではないですね

 

それはそうと、本当にこれからどうしましょうか

 

いくら身体が丈夫だとはいえ毎日野宿というのはさすがに辛いものがあるだろう

 

あれこれ考えた結果…

 

とりあえずどこかいい場所に拠点を作りましょう!

 

寝床を確保するというのは大切だ

 

1人でのんびりスローライフってのも悪くないかもしれませんが…まぁ現実はそこまで甘くないでしょうね

 

「どこかで妖怪か人間にでも会えればいいんですけどね…」

 

とりあえず情報収集をしたいものです

 

 

 

前言撤回、妖怪は話がわかる妖怪だけにして欲しい

 

現在、4匹の獣型妖怪に追いかけられています

 

いや冷静になっている場合じゃないんですよ

 

今は走って逃げられてるのでいいですが、追いつかれるのも時間の問題です

 

対処法は2つ、追っ手を撒くか、全員倒すか

 

うーんと…

 

これ以上速度は出せそうにないので!

 

走るのを止めて身体をくるりと獣型妖怪の方へ向ける

 

追いかけてきた勢いそのまま噛み付いてきた一匹目を避けながら、脳天に拳を叩き込み無理やりダウンさせ、その隙を見て左右から飛びかかろうとしてきた二匹を前転で回避し同士討ちさせた後、遅れて飛びかかってきた四匹目には前転の勢いのまま強烈な蹴りを食らわせてやりました

 

この間僅か五秒である

 

ふっ…決まりました…

 

丸一日もかけて身体の調整をした甲斐があったものですね

 

さて、こいつら全員ダウンしているだけですしさっさと逃げないと

 

二匹目三匹目に関してはほんとに一瞬のスタンでしかないでしょう

 

そう思ってまた走り出す

 

 

 

ふぅ…ここまで走れば問題ないでしょうか…

 

森を抜けて開けた場所に出ましたが、これは…川ですね

 

少し進むと水の流れも見えてきました

 

「くぅ〜!やっぱり運動した後の水は美味しいですね!」

 

それが清流の水であれば尚更です

 

「それはそうと…」

 

私が水面に映っています

 

黒い髪、赤い目、尖った耳そして黒い翼

 

「いやはや…」

 

水面に映る私は原作よりだいぶ幼かったです

 

「完全なるロリ…まぁそうですよね…」

 

目線の位置が明らかに低いので薄々察してはいましたが

 

「うーん…うん…」

 

た、多分大丈夫でしょう

 

 

 

 

今は川沿いを下流に向かって歩いています

 

「あ、そうだ」

 

私、射命丸文は気づいてしまいました

 

もしかしたら、妖怪なら妖力が使えるんじゃないかと

 

「あやや…こんな大事なことを忘れているとは」

 

しかし…妖力ってどう使うんでしょうか、力というからには自分の体から出るものだと思うのですが…

 

「さっぱり分かりませんね」

 

とりあえず立ち止まって少し集中してみましょうか

 

「うーん…ん…んん?」

 

何となく集中すると妖力らしきものが感じられる気がする

 

それじゃあこの妖力を足に集めて…

 

「えいっ」

 

蹴り出された足によって石が高速で射出され見えなくなる

 

うーん、結構飛びましたね

 

妖力で身体強化的なことが出来るのは間違いなさそうです

 

「何となくでやっても上手くいくものなんですか…」

 

同じ要領で空飛べたりしませんかね…

 

翼と足を強化したら行けますかね?

 

「三、二、一、それっ…おおおお」

 

浮力は小さいですが、全力で羽ばたけば一応浮け……ますね

 

「よっと…着地の時に勢いを殺す位には使えるでしょうか」

 

羽ばたき続けるのも結構疲れます

 

なんか空を飛ぶって感じでは無いんですよね…これ

 

どちらかと言うと頑張って浮いていると言った感じですね

 

これだったら身体強化して走った方が速そうです

 

「うーん…このままでは地上最速の烏天狗(笑)になってしまいそうです」

 

それはそれで…ないですね

 

「まぁ…歩きながら考えましょう」

 

また下流に向かって歩き出すことにしましょうか

 

 

 

あてもなく川沿いを歩きながら思索を巡らせる

 

「それにしても綺麗な流れですよね…」

 

キラキラとした水の流れを見るだけで心が癒される気がします

 

(水も綺麗なので魚も沢山いるんでしょうか)

 

そう思って川の流れを覗き込む

 

「おおー結構小魚がいますねぇ」

 

食べるのには向かなさそうな小魚ですが、結構な数が泳いでいました

 

(釣りとかもしてみたいですね…)

 

釣竿を作るところから始めた方が良さそうですが

 

「それはそうとして…」

 

(拠点や寝床はどうやって作りましょうか…)

 

「丸太小屋は…ちょっと無理がありますよね」

 

大量の丸太を積んで作る童話に出てきそうな立派な丸太小屋はさすがに建築のケの字も分からない私には難しそうです

 

「それ以外となると…うむむ」

 

なにか参考になるものがあるといいのですが

 

(とりあえず歩いてたら何かあるでしょうか?)

 

あわよくば妖怪の山でも見つかってほしいですけどね…

 

 

引き続き川沿いを下流に向かって歩いています

 

「あれ?さっきまでより木が少ない…?」

 

今までより地面に生える草が多く見受けられるようになってきました

 

「ん…?そしてあれは…もしかして…煙です!」

 

遠くで何か燃やしている様子だ

 

「あれは…もしかしなくても…」

 

きっと誰かいるんですね!

 

「よしっ!かくなる上は第一村人として誰か…誰…か…」

 

(その…よく考えたら私妖怪なんですよね)

 

現実は非情である

 

(羽を持ったあからさまに妖怪な私が急に村に訪れても良い反応はないでしょうね…)

 

「遠くから様子を見るだけにしましょうか…」

 

それが無難でしょう

 

「むぅ……そうなると高いところから一帯を見渡すのがいいですね」

 

(うまく見えるといいのですが…)

 

前回と同じように妖力を込めて…

 

(それっ!)

 

「んんんんっ…!よしこの調子で高く!」

 

遠くまで見渡せるように高く高く上昇しましょう

 

「おおお高いですねぇ」

 

烏天狗としての本能なのか、不思議と高いところにいるという恐怖はありません

 

(真っ直ぐ飛ぶのも難しいです…おっとっと)

 

「いけないクルクル回ってたらダメですね…それで村の方向はっと」

 

飛ぶというのもやはり難しいです

 

「確かこっちの方に……あやや…なるほど…」

 

これは…割とやばいかもしれません

 

「これから大変になりそうな匂いがしますね…」

 

(それはそうとしてまず地面に降りましょう……上手く降りられるでしょうか)

 

上手く羽ばたきを調整出来ればいいのですが

 

「おっ…おおっとっとっ…よいしょっと…ふぅ…飛ぶのはやはり疲れますね」

 

もう少し上手く飛べるようになりたいです

 

「それはそうとして、竪穴式住居ですか……」

 

辺りを見渡せば昔話に出てくるような藁葺き屋根の家が見えるものだと思っていた

 

「いやはやさすがに昔過ぎやしませんかね…」

 

私がいるのが現代から3000年前…いや4000年前の可能性だってある

 

(これじゃ東方キャラに会えるのが守矢神社ぐらいしかない気がしますね…)

 

天狗の里くらいはあるかもしれませんが、妖怪の山と呼べるものはないと思います

 

「他には…因幡の白兎とか…いやさすがに会えませんよね」

 

幸運のうさぎに会うために幸運が必要になりそうです

 

(あとは妖精やルーミアやリグル辺りの妖怪ですかね…)

 

どこにいるかは分かりませんけど

 

「あ、鬼の存在を忘れていました、この時代は…伊吹山や大江山ですかねぇ」

 

ただ1つ問題があるとすれば、私が貧弱すぎて鬼にプチッとやられてしまう可能性があること

 

もちろん殺られるの方です

 

「あややや、本当にこれからどうしましょう…向かうべき場所があるかどうかも分かりませんね」

 

本当に縄文時代ならば、地図なども期待できないでしょう

 

(となれば…自分の足で旅をして探さないといけない訳ですけど)

 

「生き延びられる気がしません…」

 

せめて食事と寝床とあと妖怪に襲われてもある程度対応できるようにしないと…

 

「こう、ちゃんと考えてみると大変ですね」

 

あらゆることを自分でこなさなければならないでしょう

 

「この新しい妖怪ボディでどうにかなるといいですが」

 

ありがたく使わせてもらいます…ロリですけど

 

「まぁ力はあるのでいいでしょう」

 

(それに成長しないってことはないでしょう…多分)

 

大丈夫ですよね?

 

 

 

「さて…とりあえずの寝床はここでいいですかね」

 

あれから少し川沿いを上流に戻ってちょうどいい寝床を探していました

 

「本当に大きな木ですね…」

 

途中で一際大きな木を見つけたので近寄ってみたのですが、まさかこんなに大きくてこんなに寝床にちょうどいい空間があるとは思っていませんでした

 

「落ち葉とかがあれば柔らかくなるんでしょうけどね…」

 

落ち葉はまだその季節じゃないようです

 

「ほかには毛皮とかもあるといいんですが…そのために狩りもしないとですね」

 

(獣の気配は何回か感じてますけどまだ見えてないんですよね…)

 

狩りの道具も作る必要があるかもしれません

 

「武器…武器ですかね…何がいいでしょうか」

 

すぐ作れそうなものは石製の槍とかその辺ですかね

 

「あれ?よく考えたら私、弾幕撃てる……?」

 

完全に忘れていました

 

「あやや、上手く出来ますかね」

 

妖力を集めて……

 

「えいっ」

 

ボンッ!!

 

ゴスッ

 

「いたい…」

 

(反動強すぎです…)

 

狭い場所で使うんじゃありませんでした

 

「あやや…背中が痛いですよ…」

 

これも練習が必要そうです

 

「上手くできるようになるまでは原始的な武器に頼ることにしましょうか…」

 

棒に石を括りつけたらできるでしょう…多分

 

 

 

縄文サバイバル生活7日目です

 

「疲れました…」

 

これに尽きます

 

「7日間で色々やってみましたが…」

 

石器作りにチャレンジして失敗したり

弾幕を発射する練習でボロボロになったり

何時間もかけて火起こしをしたり

 

「予想以上に大変ですよ…これ」

 

初めてのことばかりで既に満身創痍である

 

「身体より精神が疲れてしまうんですよね…」

 

ほんとに身体は大丈夫なんですけどね、心がついてこないというか

 

「身体の性能に精神が追いついていない…ということでしょうか」

 

(精神力って鍛えられるんですかね…)

 

でもそんなことより生活を安定させるのが先ですね

 

「さて…今日の分の食料を探しに行きましょうか、ぐだぐだ言ってても腹は減りますからね」

 

そう思い穴から抜け出して歩き出す

 

 

 

「昨日見つけた所にでも行ってみましょうか」

 

比較的美味しい木苺っぽい果実ががなってる場所を見つけたんですよね

 

「残ってるといいですけど…」

 

(野生動物とかに食べられてる可能性もありますからねぇ)

 

「あれ…?この辺だったような」

 

そんなに遠くなかったので間違えることも無いはずです

 

「確かこの辺に低木が……あっカラスさんどーも」

 

どうやら先客がいたようです

 

「美味しいですよねこれ、私も最近見つけたんですよ……へぇそんなに前から……モグモグ」

 

甘酸っぱくてなかなか美味しいですね

 

「へぇ、他にもこういう場所あるんですか、私もちゃんと探さないとですね」

 

そう言っている間にもうカラスさんは食べ終わったらしく、さっさと飛び立っていってしまいました

 

「行っちゃいましたね…………ん……?あれ?」

 

なんで私カラスと話してるんでしょう?

 

「私の頭がおかしくなったんでしょうか……いや、ちゃんと意思疎通出来てましたよね……?」

 

(あれ?でもカラスさんは声を発していなかったような…)

 

「んんんんん????」

 

よく分からないので今度カラスを見つけたら試してみましょうそうしまょう

 

 

 

「川の方へ行くのはいいんですが……どうやって魚を捕まえましょうか」

 

この辺で更なる食料獲得を目指したいです

 

「釣りは無理……かなぁ」

 

釣竿とか餌とかはパッと用意するの難しそうです

 

「できそうなのは手掴みですよねぇ」

 

一応食べられそうな魚は泳いでますけど……

 

「いっちょやりますかね」

 

袖をまくって裾をまくって……ザバーンっと川に飛び込みます

 

「うへ冷たっ」

 

そして必死に魚を追いかけるまでもなく見て分かってしまいました

 

「魚に…逃げられましたね」

 

周りを見渡しても魚1匹いません

 

「流石に無理がありましたねこれは……騒がしすぎです」

 

冷静になって一旦考え直すことにしましょう

 

「とりあえず川から上がりますか……」

 

ザバザバと歩いて河原に戻る

 

「どうしましょうかねぇ、うぅ……寒すぎて風邪ひきそうです」

 

そういえば妖怪って風邪ひくんでしょうか

 

「自分の身体で実験する訳にもいかないですし、頑張って火を起こしましょうか」

 

風邪ひくのと火起こしに成功するのとどっちが先になりますかね……

 

 

 

 

「暖かいって素晴らしいです」

 

今は無事火起こしに成功して焚き火で暖をとっているところです

 

「もう日は暮れてますけどね……」

 

薪を集めている間に日が傾き、火がつく頃にはこの時間でした

 

「火を起こすのもなかなか大変です」

 

そんなことを考えながら暗闇の中で揺れる炎を眺めてます

 

「なんだか癒されますねぇ」

 

目の前では焚き火がパチパチと音を立て、空には満天の星空が広がっています

 

「凄いなぁ…本当に」

 

耳をすませば水の流れる音や虫の音が聞こえてくる

 

「これからどうなるんでしょうね……」

 

そんな風に周りを眺めながらじっとしていると物思いに耽ってしまいます

 

「本当に先が見えませんね」

 

今目の前にある闇のように、この先どうなるかというのが全く分からないんです

 

「とりあえず言えることは、何も出来ずに死にたくはないってことですね」

 

1週間過ごしてみて分かったのは、思っている以上にこの身体のポテンシャルが高そうだということです

 

「頑張ればなんでも出来そうな気がしてきます」

 

そう、だからこの身体で何か成し遂げるまではまだ死ねません

 

「東方のキャラクターにも会いに行かないとですからね」

 

まだどこにいるかも分かっていませんけどね

 

「そのうち会えるといいですけどねぇ」

 

私が本当に射命丸文だとするならば、現代である西暦2000年頃まで生き続けることになるので、会えないということはないと思いますが

 

「私が下手なことして死ななければ……ですけど」

 

そう思うと急に怖くなってきました

 

「この時代じゃ弾幕ごっこがある訳じゃないでしょうし……」

 

その辺の妖怪に弾幕ごっこができるとは思えない

 

「まぁ私もできないですからねぇ」

 

あれから練習を続けているんですが、何回やっても手のひらで爆発が起きるだけなんですよね……

 

「要練習ですね」

 

今の弾幕を放とうとして起きる爆発も上手く使えば使えるのかもしれないんですが、どういう場面で使うかは思いつきません

 

「まぁこっちも先が長いので努力するしかないですね」

 

 

 

 

よし、これから頑張らないとです

 




始まってしまいました

元はもう少し書き溜めが出来てから投稿するつもりでしたが、自身に発破をかけるという意味で投稿することにしました

できる限り投稿頻度を上げられるように頑張りたいですね

感想、評価等してくださると泣いて喜びます


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2.生きる意味

「ふぁ……おはようございます」

 

チュンチュンと鳴く鳥に起こされた朝

 

「眠いですが……起きましょうか」

 

最近目標を決めたんですよ

 

「家が欲しいんです」

 

そう家です、homeと書いて家です

 

「とてもこの木の洞は家とは言えませんからね…」

 

割と長い間ここで寝てますけど流石にそろそろ引越したいと思ってきています

 

(本当に狭いんですよねぇ……)

 

低身長の私がギリギリ足を伸ばして寝られないくらいの広さです

 

ちなみに枕は木の根っこです

 

「すっごく硬いですけどね」

 

起きた時に首が痛かった回数は数え切れないほどだ

 

「足を伸ばせるベッドが欲しいです……」

 

もちろん布団でもいいですが、とりあえず快適な寝床は確保したいところですね

 

「何をするにもとりあえず家がないと話にならないですね」

 

どうするか考えないとです

 

 

 

「決めました、竪穴式住居にしましょう」

 

どんな家を建てるか考えた時に、この前見た竪穴式住居を思い出したんです

 

「頑張れば私でも作れそうですからね」

 

村の方を確認しましたが丸太と上に被せるものがあれば作れそうです

 

「とはいえ……」

 

丸太も被せるものも用意するの大変だとは思うんですけどね

 

「まずは道具を作る所からですね」

 

木を切り倒すにも草を刈るにも相応の道具が必要です

 

 

 

ということで河原に来ています

 

ちょうど良い石があるといいのですが

 

「これとかがいいんでしょうか」

 

いろいろ持ち上げてよく見て確認していますが、結局どの石が石器に向いているかはわかりません

 

「とりあえずやってみましょう」

 

叩きつけて割ればいいんでしたっけ、ということで全力で行きましょうか

 

「せーの、それっ!」

 

パカーン!

 

「おおっ」

 

あまりに綺麗に割れ飛ぶので少し驚いてしまいました

 

「案外上手くいきましたね」

 

割れた石を拾い上げて見てみる

 

「ふむ…ここからどう鋭くするんでしょうか」

 

投げつけるやり方だと真っ二つにすることしか出来ないでしょうね

 

「何か他の石で叩いて欠けさせてみましょうか」

 

適当な石で割れた石の角の部分をトントンと叩いてみる

 

「お、いい感じですね」

 

結構楽しいかもしれません

 

トントン、トントンと石を叩く音が誰もいない河原に響く

 

 

 

その後は少しの間試行錯誤していたのだが

 

「よし、こんな感じでしょうか」

 

不格好ですが、一応それっぽい形にはなりました

 

「ちょっと試験運用してみたいんですが…どうしましょうか」

 

ゆくゆくは木を切り倒したりできるようになりたいですからね、とりあえず幹じゃなくて枝を落とせるかやってみましょう

 

近くの枝が多い木まで歩いて行き、空を飛んで手頃な枝に跨る

 

「よーしやってみましょう、せいっ」

 

ガッ

 

腕を振り下ろすとお手製石器がそんな音を立てて枝に突き刺さった

 

「お、割と行けそうですね」

 

何回かやった後にはガッガッガッとリズム良く削れるようになりました

 

「まぁでも割と時間かかりそうですねっ」

 

そんな感じで頑張って削っていたのですが

 

「お、来ましたね」

 

ミシミシと音を立てた後ドスッと枝が落ちる

 

「あやや…割と大変ですね、よいしょっと」

 

太いところで大体15センチってところでしょうか

 

「長さは…」

 

大体私2人分ですかね

 

「まぁ先の方は細すぎて使い物にならないですけど」

 

それはそうとして、どう使ったものですかね…

 

「流石に放置は勿体ないですからね」

 

武器にでもしてみましょうか

 

「こんな感じ……でしょうか」

 

お手製石器を使って形を整えていく

 

「ここはもうちょっと削りましょうか」

 

そんな感じで削っていきまして……

 

「よし!荒削りですがこんなもんでしょう!できたのは……棍棒……いやバットですかね、まぁとにかく打撃武器です」

 

とりあえず長さを整えて持ちやすく削る感じにしてみました

 

「何かには使えるでしょう多分」

 

石器ももっと良いものを作れるようになりたいですね……

 

 

 

「ぐあー……疲れました」

 

石器をずっと振り回していたせいなのか、なんだか身体がだるい感じがします

 

「心做しか力も弱くなっている気がします」

 

木を切っている途中にも違和感はあったんですよね

 

「うーん、休めば治るでしょうか」

 

今日はちょっと早めに寝ることにしましょう

 

「そうとなれば急いで寝床に戻らないと」

 

この辺の地理もだんだん分かるようになってきましたからね

 

 

 

「ん、んん……うぅ」

 

目が覚める

 

えーと、昨日は早めに寝たんでしたっけ

 

「今日も頑張らないと……あれ?」

 

暗いです

 

「あやや、まだ夜でしたか……どうしましょうか」

 

今まで夜に目が覚めるということはなかったんですが、珍しいです

 

「早めに寝たのが良くなかったんでしょうか」

 

いやでも、今までに早めに寝たこともありましたが、その時はこんなことにはならなかったんですよねぇ

 

「あ、元はといえば身体の調子が悪いから早めに寝たんでした」

 

身体の調子はいくらかマシになりましたが……まだ少し重い感じがします

 

「それにしても……うぅ」

 

目が覚めてから謎の空腹感が身体のだるさより重く身体にのしかかっているんですよね

 

「これは……なんというか」

 

ただ単にお腹が空いているという感じではなさそうなんですよ

 

「とりあえず何か食べてみたいですが、こんな時間ですからねぇ」

 

夜の森では何が起こるか分かりません

 

「だから今まで夜はここでじっとしてたんですが……いやはや」

 

今日もそうしたいんですが、問題はこの空腹感に耐えられるかどうかですね

 

「うぅ……どうしてなんでしょう、昨日は木苺も食べたのに」

 

今までは1日食事しないくらいなら全然問題なかったんです

 

「とりあえず少し我慢してみましょう」

 

夜の森で迷うなんてことはしたくないですからね

 

 

 

「羊が124匹……羊が125匹……うぅぅ」

 

寝て夜が明けるまでやり過ごそうとしてますが……全然だめですね

 

「うぐ……さっきより酷くなってませんかね」

 

謎の空腹感は増すばかりである

 

「あーもう、夜の森に出るしかないんでしょうか」

 

このままでは寝ることすらままならないんです

 

「うん、お腹が空いたなら食べればいいですよね!」

 

そう思い立ち上がろうとすると

 

「痛ぁっ?!」

 

ゴスッと天井に頭をぶつけてしまいました

 

「うぅ……幸先悪いですね」

 

頭を擦りながらそんなことを考える

 

「そうだ、こんな時の為の武器ですよね」

 

昨日作ったバットもどきがこんなにすぐ役に立つ時がくるとは

 

「よし、武器も持ちましたし行きましょうか!」

 

目指すは昨日と同じ木苺の木です

 

 

 

「こっちの方ですよね……」

 

ありがたいことに夜目は効くので今の所はほぼ昼間と変わりなく移動出来ています

 

「案外行けるもんですね」

 

あんなに心配しなくても良かったんでしょうか

 

「確かこの木を右で……」

 

ガササッ

 

「ひっ?!」

 

今音しましたよねっ?!

 

(どうしましょうどうしましょう)

 

とりあえず目立たないように忍び足で移動しましょうそうしましょう

 

(そろーり、そろーり)

 

ポキッ

 

(ひぃぃっ?!)

 

心臓に悪すぎです!

 

(そろーり、そろーり)

 

ガサガサガササッ

 

(いや絶対さっきより増えてますよね?!)

 

ガサガサッ

 

(今度は違う方向から?!)

 

しかし見回してもなにも見あたりません

 

どうしましょうどうしましょう、非常にまずいことになっている気がします

 

(冷静になりましょう私……きっと私ならどうにかなります)

 

歩みを止め、神経を研ぎ澄まし音の方向の気配を探る

 

(これはっ……いや……でも……)

 

「……」

 

(これは獣の呼吸音ですが……多すぎませんか?!)

 

ガサガサガサッ

 

(しかも近づいてきますっ?!)

 

いやでも今の私にはこのバットもどきという武器があるんです、対抗出来る術はあるはずです!

 

ウガァッ!!

 

「とりゃぁ!!」

 

飛びかかってきた獣を思い切り殴打する

 

キャインッ

 

殴打された獣がその場に倒れ込む

 

「よし!まずは一匹!どんだけでもかかってこいです!」

 

獣から少し距離を取り声を出して気合を入れましたが……

 

グルル…

 

周りからガサガサと音をたてて現れたのは軽く10匹を超えそうな程の獣であった

 

(あやややややややや)

 

こんなに多いとは聞いてないですよ?!

 

気づけば背後も新手の獣によって塞がれてしまっている

 

(そんな……)

 

そして次の行動を考える暇もなく何匹かが一斉に飛びかかってくる

 

「やばいですぅ?!」

 

武器で応戦しないと!

 

「せいっ!えいっ!うぐぅ?!せいやぁぁ!」

 

必死に武器を振り応戦する

 

(こっちには武器があるんです、簡単にはやられてられません!)

 

一振り、二振り、近づいてくる獣たちをこれでもかというほど殴打する

 

「せいっ!とりゃぁ!ぐはぁっ?!」

 

しかし獣たちの数で圧倒的され、腕を飛びかかってきた一匹に噛みつかれてしまう

 

「痛ぃっ?!このやろぉ!!」

 

咄嗟にその獣を引き剥がすように、思い切り腕を引き戻しながら蹴りを食らわせて距離をとる

 

「はぁっ……はあっ……痛いですね……」

 

噛まれた傷は深いという訳ではなさそうだが、それでも血がポタポタと滴り落ちている

 

「本当に痛いですが……忘れていました、私には翼があるということを」

 

そう言って飛び上がる準備をしようするが……

 

「……っ!!……っ!!」

 

(なんでぇっ!なんで飛べないんですかぁっ!)

 

バタバタと羽を羽ばたかせても身体が浮き上がることは無い

 

(なんでっ!なんでっ!)

 

羽ばたきの音が夜の森に虚しく響き渡る

 

そして、その行動は獣たちからすれば格好の隙であった

 

「うがっ?!そんなっ?!なんでっ!」

 

努力も虚しく、ものの数秒で獣たちに体勢を崩される

 

そして今にも首元に噛みつかれそうになり死を覚悟したその瞬間ーー

 

 

 

 

 

 

 

 

ーー世界が止まった

 

 

 

 

 

 

 

 

(あぁ……やっぱり私には生き残るなんて無理だったんですね)

 

これは……走馬灯ってやつでしょうか

 

(それしては何も見えないですけど)

 

目の前に見えるのは今にも私の首元に噛みつかんばかりの獣の姿です

 

(これは……死んでしまうんでしょうか)

 

噛みつかれればひとたまりもないでしょう

 

(死んだらどうなるんでしょうね)

 

冥界に送られて映姫様に裁かれるんでしょうか

 

(それならありかもしれません……)

 

でも……死にたくないです

 

(いくらなんでもせっかく生まれたのに東方キャラに1人も会わずに冥界送りなんて嫌に決まってます)

 

もし生きていれば、これからの様々な時代において東方キャラ達の昔の姿を目撃することになったでしょうね

 

聖徳太子、かぐや姫、ましてや第一次月面戦争までもこの目で目撃することが出来たかもしれません

 

(でも……それもできなくなっちゃいました)

 

こんな状況で生き残る訳ありませんからね

 

(走馬灯が見えてるってことは死ぬってことでしょう)

 

しかし……射命丸文らしいことはほとんど出来ませんでしたね

 

したことといえばサバイバル生活ぐらいです

 

(そういえば、射命丸文が死んでも大丈夫なんでしょうか……?)

 

そうですよ、私が射命丸文という名前を持っているからには沢山の東方キャラに会ってひいては東方文花帖や東方風神録に出演(?)するという義務があるはずなんです

 

(そうだとしたらまだ死ねませんよね……こんなのダメです)

 

そう、射命丸文として生まれた以上、果たさなければならないことが沢山あるんです!

 

(それなのにその辺の獣に襲われて死ぬなんて何のためのこの名前ですか!)

 

(こんなのは私のエゴかもしれません……でもっ!)

 

この名を持つからには絶対に生き残らないといけないんです!

 

(だから!だから!)

 

「あぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

再び動き出した世界に、獣たちをなぎ倒さんばかりの突風が吹き荒れる

 

「私が!この私がっ!風を操る程度の能力を持つ!射命丸文です!」

 

 

 

 

その日、真の意味で射命丸文が誕生する




深夜テンションで一気に書きあげました
あまり書いたことの無い展開を書いたのでちょっと不自然な場所があるかもしれません。
気になる部分があれば是非感想の方に書き込んでいただけると今後の執筆の助けになります。

もちろん普通の感想や評価の方もお待ちしております!
執筆の励みになります

毎週土曜夜投稿を目標に頑張ります
そして、執筆現在で、第一話になんと五人もの方が感想を書いてくださりました!
まさかこんなに反応があるとは思いもよらず。通知を見た時は心停止するかと思いました(笑)
皆さんの期待に応えられるように今後も執筆を頑張っていきたいと思います!


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3.鴉天狗の食料事情

「はぁっ…はぁっ」

 

周りには吹き飛ばされた獣たちが転がっている

 

そしてこの状況を作り出したのはもちろん、

 

「風を操る程度の能力……」

 

これが……私の能力ですか

 

「完全に忘れていましたね」

 

こんなことを忘れていたとは……情けないです

 

「でも思い出したからには、有効に活用しましょう」

 

負けたままではいられません

 

助走をつけて起き上がり始めた獣たちを完全に仕留めにかかる

 

「てりゃぁぁっ!」

 

まずは突風により加速された蹴りを叩き込む

 

「一匹目!」

 

そして蹴りで怯んだ隙を逃さず首元へと追撃で仕留める

 

「次です!」

 

間髪入れず飛び上がり、空中から飛び石を飛ぶように1匹2匹3匹と脳天に蹴りを入れていく

 

「まだまだ!」

 

口から体内に風圧を叩き込み内臓を破裂させたり、風によって相手の飛びかかりを逸らしたり、能力を駆使して次々と襲いかかってくる獣をさばいていますが……

 

「やはり能力があると違いますね!」

 

そしていい感じに身体に馴染んでいる気がします

 

「せいっ!そいっ!」

 

相手をせずにこのまま逃げることもできますが、この獣たちは全員倒さないといけない気がします

 

「でもこの数をまとめて相手するのは面倒ですね」

 

まとめて倒す手段もないことはない

 

「ちょっと難しいですが、やってみましょうか」

 

素早く後退し一旦距離をとる

 

この大技を成功させるためには、できるだけ敵を沢山引きつけること、そして何より集中するということが大事です

 

「すぅ……」

 

私がゆっくりと呼吸を整えている間にも、獣たちが私を囲い込むようにゆっくりと近づいてきています

 

(そうです……それでいいんです)

 

この技は近ければ近いほど効果が大きいはずです

 

「……っ」

 

ふと両者が動きを止め、空気が張りつめる

 

(まだです、ギリギリまで引きつけなければ……)

 

睨み合う両者

 

そして、先に動いたのは獣たちであった

 

一斉に飛びかかる獣たち

 

そして、その牙が彼女に届くその瞬間

 

「終わりです、」

 

(風刃結界ッ!!!)

 

突如として彼女の周りに発生する大量の斬撃

 

その何百にもなる斬撃は、周りの獣たちをことごとく切り裂き、その命を刈り取っていった

 

そして辛うじてその攻撃の中生き残った数匹の獣もいたのだが

 

「逃しませんよ」

 

容赦のない追撃のキックによって絶命させられた

 

「よし、完璧です」

 

獣たちの完敗であった

 

 

 

「ふぅ……即席の技にしてはいい感じでしたね」

 

周りには大量の死体が転がっている

 

「やはり風を操る能力というのは便利です」

 

急激な空気の移動によって真空を発生させ、そこから生じる大量の斬撃で無差別に攻撃する技ですが、上手くできて良かったです

 

「上手くいったのはいいんですが……色々と散々でしたね」

 

私が能力に目覚めていなければどうなっていたことか

 

まぁでも……こうやって窮地に追い込まれたこそ、能力に目覚めることが出来たと考えることもできますからね

 

その辺は考えてもキリがないでしょう

 

そんなことより、今はもっと重要なことがあります

 

「うぐぅ……お腹が空いた……」

 

集中力が切れたせいなのか、襲われる前まで感じていた謎の空腹感が戻ってきました

 

(もうこれは……いっそこの獣の肉を食べて……)

 

さっきまで無理していた影響だろうか

 

(もう……限界です……いやでも生の獣肉はさすがに我慢しないと……)

 

だがしかし、目の前の肉を喰らいたいという強い衝動に駆られてしまう

 

(うぐぐぐぐぐ……無理!)

 

結局欲望に負けてしまった

 

本能に導かれるように、目の前の獣の皮を剥ぎ、肉を露出させ、半ば獣の如く肉を喰らっていく

 

(あぁ……なんて美味しいんでしょうか)

 

ただの生肉のはずなのに、何かが満たされるような……

 

腹を満たしながらそんなことを感じていた

 

 

「うっ……ふぅ」

 

それなりの肉を喰らい、一段落したところでふと物思いに耽る

 

(なるほど……これが妖怪として生きるということなんですね)

 

そして今までの飢えの原因も分かりました

 

「十中八九身体能力の低下もこれが原因でしょうね……」

 

どういうことかというと

 

「妖力不足ですか……」

 

つまり、妖怪として力を発揮するには妖力が必要だということだ

 

「そしてそれを補給するための手段が……」

 

今まさに行なっているこの行為、他の生き物を喰らうことなんですね

 

「はぁ……やっと少し正気に戻ってきました」

 

妖力が足りなくなることがここまで影響するとは思ってもいなかったです

 

「冷静に考えると倒した獲物の肉をその場で食べるって、そこらの獣と変わりないですからね……」

 

それだけ冷静さを失っていたということでしょう

 

「しかしこれだけの獣肉……どうしましょうか」

 

食用にするにしてもせいぜい二三匹分でしょう

 

「正直……そのまま食べてもあまり美味しくないですからね」

 

これを美味しく感じてたのが嘘みたいです

 

もちろん妖力の補給にはなるんですが……

 

「ちょっと活用法を考えないといけませんね」

 

干し肉とかにしてみましょうか

 

「あ、毛皮とかも使えますかね」

 

見た感じでは、暖かいかどうかはいささか怪しいところがありますが

 

「まぁ使えないということはないでしょう」

 

問題は腐らせる前に終わらせられるかどうかですが……

 

「あやや……なかなかハードな作業になりそうですね」

 

何から始めればいいんでしょう

 

「血抜きと……内臓を取り出す感じでしょうか?」

 

血抜きってどうやるんでしょう

 

「首元になにかするイメージはあるんですが…」

 

首の太い血管から血を絞り出したりするんでしょうか?

 

「なんかこんな感じで……えいっ」

 

しっかり補給した妖力を使い、指を思い切り獣の首元に突き刺す

 

(あれ、なんか前より力が強くなったような……)

 

妖力切れの時が弱すぎたので印象が強いだけ……ですかね?

 

「まぁそれは置いておくとして……そこまで血が出てきませんね」

 

指を刺して抜いた瞬間こそ出てきましたが、すぐ止まってしまいました

 

「放置しておけば出てくるでしょうか」

 

一旦内臓の方をやってみましょう

 

 

 

 

「夜明けですか……」

 

作業をしているうちに周囲が明るくなってきていた

 

そして試行錯誤の末、目の前に出来上がっていたのは、ズタズタになったいくつかの死体と十個ほどの肉塊

 

「やはり素人がやるものではありませんね」

 

予想通りと言うべきか、時間がかかった上にとても不格好な肉塊ができあがってしまった

 

「いや捌きはしましたが……やっぱりこんなに食べられないですよ」

 

そして余った肉の為の保存場所もなければ保存方法もない

 

「干し肉は一応出来そうではありますが……」

 

よし、次はそれを試しましょうか

 

「んんっ……!ふぅ……」

 

しゃがみこんで作業をしていたので、身体が固まってしまいました

 

「んんっ……あれ」

 

どこからかカラスの鳴き声が聞こえてくる

 

「あやや、これはこれは……」

 

見上げるとたくさんのカラスが周りの木々に止まっていた

 

「皆さんどうかしましたか〜?」

 

そんな風にカラスさん達に声をかけてみる

 

「ふむふむ……えぇ構いませんよ!」

 

どうやらカラスさんたちは獣の死体に惹かれてやってきたみたいです

 

「私じゃ食べきれないのでどんどん食べちゃってください!」

 

そう伝えると一斉にカラスさんたちが死体に群がる

 

「よし、これで無駄になることはなさそうですね」

 

カラスさんたちも嬉しそうですし

 

「あ、そういえば」

 

何故カラスと話ができるのだろうかという疑問を忘れていました

 

カラスさんたち自身に聞いてみれば分かるでしょうか?

 

とりあえず聞いてみることにします

 

「あのー、なんで私があなた達カラスと会話出来てるか分かりますか?」

 

近くのカラスに近づいて話しかける

 

「ふむふむ、あやや…そうですか……なるほど、ありがとうございます」

 

やっぱり分からないみたいです

 

「ですが、面白い意見も聞けましたね」

 

なんとカラスさん達的には私もカラスらしいです

 

確かに私は鴉天狗ですけど……

 

まぁほぼ同じ種族だから話せるのは当たり前ってことなのかもしれませんね

 

 

 

 

 

「さて、この肉たちの保存方法を考えないとです」

 

ひと塊ぐらいは後で直ぐに食べるとして、残りは今後のために保存しておかないといけませんからね

 

「干し肉なんですが……干す場所はどうしましょうか」

 

日陰の風通しが良い場所がいいでしょう

 

「あとは動物に盗られない位置ですね」

 

あれ?これって結構難しいのでは?

 

「盗られないなんて無理な気がするんですが……」

 

まぁでもとりあえずやってみましょうか

 

「よし、早速作業に取りかかることにしましょう」

 

 

 

 

「よっと、これでいいですかね……おっと危ない」

 

今は寝床にしている大木の枝の一つに、干し肉を干す場所を作っているところです

 

「よし、簡易的ですがこんなものでしょう」

 

蔓植物と枝を使ってぶら下げる形の干し器を作ってみました

 

「いやぁ枝を集めるのが大変でしたね」

 

ちょうどいいサイズの物が全然なかったので、木によじ登ってひたすら細い部分を折って回っていました

 

「逆に蔓のほうは簡単でよかったです」

 

近くに蔓植物に覆われそうな木を見つけたので全部剥がして使わせてもらいました

 

干し器はこれで完成なのであとは……

 

「こんな感じで小さく切った肉を並べて……と、よし完成です」

 

乗り切らなかった分は焼いて食べてしまいましょう

 

「ふぅ、疲れましたしお腹すきました……よし夕飯ですね」

 

 

 

薪をあつめていつもの河原で火を起こして、肉を焼く準備をする

 

「ハプニングもありましたが……焼いていきましょうか」

 

火を大きくするために能力を使って風を起こしたら、なんと薪ごと吹っ飛んで火が消えてしまったんですよ

 

「まぁ2回目は上手く行きましたし、よしとしましょう」

 

とりあえず肉の方は牛串っぽく枝にいくつか小さくした肉を刺して焚き火の周りに立ててみています

 

「うまく焼けて食べれられるといいんですがね……」

 

焼き始める頃にはだいぶ肉が生臭い状態になっていました

 

 

 

「よし、こっちの方は待つだけですしもう一つの方も終わらせましょう」

 

実は肉も薪もまだ残してあるので、ちょっとやってみたいことがあるんです

 

「いい感じのはありますかね……えーと」

 

何を探しているのかと言うと、平らで大きめな石です

 

「あ、ありました」

 

私の頭ぐらいの大きさの平らな石です

 

「そしてこれを……よいしょっ」

 

持ち上げて準備しておいた場所へ持っていきましょう

 

「よっと……これでいい感じですね!」

 

用意しておいた位置に石をセットする

 

「最後に下の燃料に火をつけてっと」

 

隣りの肉を焼いている焚き火から火種を貰って点火する

 

「あとは温まるのを待てば……」

 

焚き火の方の肉の焼き加減を確認しながら少し待ちましょうか

 

 

 

「ん、まだレアですね」

 

串の肉を味見してみたらまだ中身が生でした

 

「こっちの石は温まったかな……?うーん、多分大丈夫でしょう!」

 

まぁ適当でいいですね

 

「これでいい感じに焼肉が出来そうです」

 

まぁ石の上で肉を焼いているだけなんですが、何となく焼肉がしてみたかったんですよね

 

「それじゃ肉を乗せて……おー?」

 

温まった平らな石に乗せた肉は小さくジューと音を立てている

 

「あ、ひっくり返す方法を考えてませんでした」

 

まずいですこのままだと焦げてしまいます

 

「あーどうしましょうどうしましょう」

 

そう考えている間にも香ばしい匂いが漂ってくる

 

「よしとりあえず手でひっくり返し…あつぅ?!」

 

やっぱり無理でした

 

 

 

結局1つ目の肉は片面を思い切り焦がしてしまいましたが、あの後は上手く焼くことが出来ました

 

「よし、いい感じに焼けてますね……周りも真っ暗になってしまいしたし早く食べてしまいましょう」

 

そして肉を口に入れようとしたその瞬間

 

「貴方はだーれ?」

 

暗闇の中から声がした

 




この一週間リアルが忙しくて第三話は突貫工事になってしまいました、少し変な部分があるかもしれません

それはそうとして、今週この東方鴉人録の評価に色が付いていました

しかも赤です。
心臓が止まるかと思いました


追記 2022 3/17 表記揺れを修正しました(指摘してくださった方、ありがとうございます)
評価をしてくださった方々本当にありがとうございます!
それに加えて第二話投稿後たくさんの感想も頂き、お気に入り登録件数も投稿現在30件を超えています
読んで下さった方々、感想やお気に入り登録をしてくださった方々、本当にありがとうございます!

そんな感じで感謝感激雨あられで、執筆の励みになっています
今後もこの東方鴉人録をよろしくお願いします!


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4.最初の妖怪

「貴方はだーれ?」

 

「ふぇ?」

 

暗闇から声がする

 

「いい匂いがしたから来ちゃったわ、これはあなたの食べ物かしら?」

 

「は、はい……?」

 

な、何者…?!

 

「お腹すいてるから食べていいかしら?」

 

暗闇の向こうから話しかけているのか、姿も見えません

 

「え……?あ、どうぞ沢山ありますから」

 

(突然すぎませんか……?)

 

「ありがとう、もらうわね」

 

(焼いた肉をあげるのはいいんですが……)

 

「えーと、先に顔を見せて頂いてもいいです?」

 

暗闇から肉の方へ伸ばされた手が止まる

 

「……なんでかしら?」

 

「あ、単純に暗闇でお顔が確認出来ないので、どんな方なのか気になっただけですよ」

 

あやや、ちょっと警戒されちゃいましたかね

 

「そう……まぁいいわ」

 

真っ暗だった周辺が夜目で見えるほどの明るさへと戻る

 

 

 

「私はルーミア、よろしくね」

 

 

 

そこにいたのは金髪の女性だった

 

「えっ……」

 

(るるるルーミア?!今ルーミアって言いました?)

 

そ、そんなことあります?!

 

(い、いやでも原作とは姿が全然違うような?)

 

「もう食べてもいいかしら?」

 

ルーミアさん(?)の声で現実に引き戻される

 

「ど、どうぞっ!」

 

驚きと緊張で声がうわずってしまいます

 

「ありがと、頂くわね」

 

そんなことはいざ知らず、彼女は既に焼けた肉を口に入れている

 

「んモグモグ、美味しいわね」

 

(いやいやいや、この人がルーミアだなんてそんな)

 

身長も割と高いですし、何より赤いリボンが付いてないです

 

(いやでもルーミアという名前をもつ方が他にいるとは……思えないですよね)

 

「あやや、分からなくなってきました……」

 

「ん?どうかしたかしら?」

 

「な、なんでもないですっ」

 

(危ない危ない、つい口走ってしまいました、冷静にならないとです)

 

「ひっひっふー、ひっひっふー、あれ…?」

 

(この匂いは……)

 

匂いの元に目を向けると………?

 

「あぁぁぁこげてますぅ?!」

 

石焼き(?)にしていた肉の方をすっかり忘れていました

 

「なんてことを……」

 

片面が真っ黒になってしまいました……

 

「んぐ、さっきからあなた元気ねぇ」

 

「すみません……その、肉が焦げてしまって」

 

これじゃせっかくの肉が台無しです

 

「それって食べられるわよね?」

 

「まぁ食べられないわけではないですけど…」

 

「食べられるならいいじゃない、食べないなら貰うわよ〜?」

 

「は、はい……どうぞ」

 

「いただきまーす」

 

(食べちゃうんですね)

 

あまり食にこだわりがないんでしょうか

 

「そういえば普段は何を食べてるんですか?」

 

「んー?人間かな〜」

 

「あー……なるほど」

 

確かに当たり前のことでした

 

(ルーミアは人喰い妖怪ですもんね……)

 

その点でもやはりこの人は東方紅魔郷に登場する妖怪のルーミアで違いないんですかね

 

「ん〜、ご馳走様」

 

そんな考え事をしている間にもう食べ終わってしまったみたいです

 

「お粗末さまです」

 

「長らく人間を見つけられてなかったから助かったわ〜」

 

「そうなんですか?それは大変ですね」

 

「そうなのよね〜、人間が全然いないのよ〜」

 

(あ、そういえば近くに村ありましたよね)

 

ルーミアさんは見つけてないみたいですね

 

「貴方は最近見かけていたりしないかしら?」

 

「あー……」

 

(ぎくぅ?!)

 

「人間は……み、見かけてませんね」

 

教えたら絶対食べに行きますからね、流石に教えられません

 

「あらそう……残念だわ、この辺りは人が少ないのかしらね」

 

「多分そうだと思いますよ」

 

ちょっとあそこの村の人間を食べられるのは困るので、ここは嘘をつかせていただきます

 

「そうね……それならちょっと遠くまで行こうかしらね」

 

「それがいいんじゃないでしょうか」

 

(あれ……そういえばなんで私はあの村を守ろうとしてるんでしょう?)

 

関わりないのに不思議ですね

 

(やっぱり私の中に人間の心があるってことなんでしょうか)

 

「そろそろ私は行くわね、色々ありがと」

 

「あっ、こちらこそルーミアさん会えて良かったです」

 

「ん…?まぁいいわ、それじゃ」

 

「はい、またいつか!」

 

そう言うとルーミアさんは闇を纏って飛んでいってしまいました

 

「あやや……行っちゃいました」

 

(初めて会えたのに何も聞けませんでしたね……)

 

もう少し色々話しかけてみれば良かったです

 

「まぁそのうちまた会えると思っておきましょうかね」

 

(それはそうとして……)

 

残っている肉を食べてしまわないとです

 

「あや……ルーミアさん結構食べていきましたね」

 

山ほどあった肉がもうほとんど残っていません

 

「まぁルーミアさんに食べて貰えるなら光栄ですね」

 

そうに違いありません




読んで頂きありがとうございます!
今回はキリがいいので短めです

続きは明日夜に投稿予定です


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5.この身体の有効活用

「んんっ……」

 

小鳥のさえずりで目が覚める

 

「起きないと……いてっ」

 

(はぁ……なんで毎朝のようにどこかしらぶつけてしまうんでしょう)

 

とりあえず顔を洗いにでも行きましょうか

 

眠い目を擦りながら寝床を出て歩き出す

 

 

 

「ふぅ、やはり冷たい水は気持ちいいです」

 

清流の水となれば尚更です

 

「最近少し暑くなってきた気もしますからね」

 

その辺は気のせいかもしれません

 

 

 

「さて、どうしましょうか」

 

昨日は……そうでした、ルーミアさんに会ったんでした

 

「すぐ行っちゃいましたけどね」

 

もう少しお話をしたかったです

 

「また会えると信じることにしましょうかね、きっとそのうち会えます」

 

まぁ、振り返りはこれくらいにしておいて

 

「今日は周りの探索でもしましょうかね」

 

ちょっと試したいことかあるんですよ

 

「早速やってみましょうか」

 

腰を少し落として構える

 

「すぅ……はぁ……よしっ、まずは……」

 

自分の周りに上昇気流を作り出して準備をする

 

「そして……せーのっ!」

 

大きく羽ばたかれた黒い翼は、風を受け止め、

その軽くて小さな身体を……

 

 

高い空へと連れ去った

 

 

「おおおっ!すごい!」

 

みるみるうちに周りの木々よりも高い場所へと上昇する

 

「遠くまで見渡せますねぇ」

 

(これならもしかして……)

 

羽を大きく広げ、風を操作し、滑空するように姿勢を変えてみる

 

すると、身体が宙を滑るように移動し始めた

 

「おおー!鳥になったみたいです!」

 

眼下には流れていく森

 

(翼が風を切る音が心地良いです)

 

「そして身体を傾ければ左右に移動できますね」

 

ある程度風を操作することでバランスを保てるので案外簡単です

 

「よっ……おおっと」

 

曲芸飛行はちょっとまだ難しいですけどね

 

「それではもっと速くしてみましょう、それっ!」

 

風を纏い、空を滑る

 

「あははっ!空を飛ぶのって楽しいですねっ!」

 

しばらくこの初めての空を満喫することにしましょう

 

 

初めての空を一通り楽しんだ頃

 

「よっと……」

 

風が止み、地に足をつける

 

「楽しくなってしまって本来の目的を忘れるところでした」

 

初めての空でしたからしょうがないですよね、そういうことにしておきましょう

 

「本来の目的は空が飛べるなら遠くまで探索できるって話ですからね」

 

あれだけ飛べるならどこまでもひとっ飛びでしょう

 

「問題はちゃんと帰って来れるかですけど……」

 

この川を目印にして頑張ってみましょうか

 

「それじゃ上流に向かってレッツゴーですね!」

 

ビュンっと飛び上がりスーッと飛んでいけば何か見つかりますよね

 

 

 

 

「おっ、あれは……」

 

緑で……細くて真っ直ぐ長い

 

「竹林ですね!」

 

(竹は割と色々用途がありそうですね)

 

覚えておいて今度採りに行きましょうか

 

さらに上流へと飛んでいく

 

 

 

「おおーっ、すごいです」

 

野生植物をつまみ食いするなど言葉通り道草を食いながら

 

気持ちよく空を飛んで進んでいくと大きな崖と大きな滝がありました

 

「うひょー、滝つぼは結構激しいことになってますねぇ」

 

水しぶきにはうっすら虹も見えます

 

「崖の上にも行ってみましょうか」

 

風を操作して高度を上げる

 

「お、花が咲いてます」

 

崖に咲く花というのもいいものです

 

「そして上からの景色もいいですね……」

 

今まで飛んできた川の流れが遠くまで見渡せます

 

「そして下は……あやや」

 

命懸けのロッククライミングでもできそうな断崖絶壁です

 

「少しここで休憩することにしましょうか」

 

崖に腰掛けて景色を楽しむことにしましょう

 

 

 

 

そして少し時間が経つ

 

「さて、無事寝床まで戻ることができるんでしょうかね」

 

休憩の後、キリがいいので上流へ登るのはここまでということにして

 

今は来た道を戻っているところです

 

「空を飛んでいるので道というのも変な感じがしますが」

 

まぁそれは……どっちでもいいでしょう

 

「成果としてはまぁまぁといった所でしょうか?」

 

一応役に立ちそうな物はありましたね

 

「まぁ今回は飛行試験みたいな所もありましたね」

 

おかげで割と上手く飛ぶことができるようになりました

 

「曲線的な複雑な飛行はまだ難しいですけどね……」

 

それはおいおい練習していくことにしましょう

 

「あとは家に帰るまでが遠足なんですが……」

 

 

 

……!

 

 

 

「ん……?」

 

(何か聞こえたような…?)

 

耳をすましてみる

 

 

 

……っ!

 

 

 

「やっぱり何か聞こえます」

 

それに何故だか胸騒ぎがします

 

「……これは急いだ方が良さそうですね」

 

音のする方へ針路を向け、速度を上げる




読んで頂きありがとうございます!

昨日投稿した分が短めだったのでその補完です
やっと空を飛べて良かったです


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6.風神少女

「間に合ってくださいよ……!」

 

そうやって速度を上げて飛んでいるのはいいのですが、今度は音が聞こえなくなってしまいました

 

「この辺だとは思うんですが……」

 

これは1回呼びかけてみましょうか

 

「大丈夫ですかー!」

 

上空から森の中へと呼びかける

 

(返事できる状態だといいんですが……)

 

そして一瞬の静寂の後

 

「助けてぇっ!」

 

再び聞こえる声

 

「……っ!こっちですね!」

 

声の方向へと急降下すると見えたのは……

 

「くっ……、やはりそうでしたか!」

 

目に入ったのは真っ黒な球体と尻もちをついた人間の少女だった

 

「やらせませんよ!」

 

着地して少女と球体の間に割って入る

 

「あら?その声は……昨日の子ね?」

 

「えぇそうです」

 

「そこにいるってことは……私の獲物を横取りしようとしてるってことでいいわね?」

 

「いや、そういう訳では……」

 

「そう、でもその人間を食べるのに邪魔だからどいてもらうわ」

 

彼女がそう言うと少女と私を取り囲むようにじわじわと闇が発生しはじめる

 

「あやや……」

 

「ひぃっ?!」

 

(やばいです、ルーミアさんが本気です)

 

この少女を諦めてくれればいいだけなんですが……

 

(どうしましょうか)

 

真正面から立ち向かっても敵わないのは目に見えています

 

(こういう時は……逃げるが勝ちです!)

 

「行きますよ!」

 

手を取って走り出そうとするが、立ち上がれない様子の少女

 

「あーもうっ!……それじゃあ、よっこいせっと」

 

「ひゃあっ?!」

 

少女をお姫様抱っこする

 

(ほんと、力が強くて助かりました)

 

「あら?逃げる気かしら?」

 

「えぇ、この人間は渡せませんから」

 

「逃がさないわよ?」

 

「いいや、逃げさせてもらいますよ、生憎……速さには少し自信がありますから」

 

少女を抱えたまま走り出す

 

「少し揺れますからね!」

 

チラッと少女に目をやると耳を塞いでギュッと目をつぶってしまっていた

 

(無理もありませんね……こんな状況怖くないわけがありません)

 

 

 

薄暗い森の中の倒木を飛び越えたり、段差を飛び降りたり、ルーミアさんとの追いかけっこは続いています

 

「よっ、ほっ、それっ」

 

風の力で障害物を取り除きながら走っていく

 

(それにしても、闇の中だと周りが見えないというのは本当みたいですね……)

 

というのも、闇の球体の中に引きこもっているルーミアさんが時々立ち止まったり、障害物にぶつかったりしているのだ

 

「痛っ」

 

(あ、またぶつかってる)

 

「あなた、結構素早いわねっ!」

 

後ろの方でルーミアさんが叫んでいます

 

「一応これでも鴉天狗ですからねっ!」

 

走りながらこちらも叫び返す

 

(それにしてもこのまま逃げ回るだけでは埒が開きませんね……)

 

どうにかこの少女を諦めてもらわないといけません

 

(なにか追いかけてこれなくなるいい方法は……)

 

とりあえず飛んでみますか、抱えながらどれくらい速度が出るかは分かりませんが

 

「いちっ、にのっ、さんっ!」

 

掛け声と共に地面を蹴り空へと飛び出す

 

「あー!ずるいわよっ!」

 

(こちら飛行は順調っと)

 

速度が少し落ちたものの、飛行自体にはなんの問題もない

 

「んっ……」

 

(おっと、空にいることに気づきましたかね)

 

耳に当てていた手を少し離している

 

「あ、目は開けない方がいいですよ、怖がられて暴れられると困りますから」

 

少女が小さくウンウンと頷く

 

「ありがとうございます、では村の方に向かいますね」

 

目指すは遠くに見える人間の集落です

 

「ルーミアさんは空までは追ってきてはいないようですが……まだ油断出来ませんね」

 

速やかに集落へ向かうことにしましょう

 

 

 

その後は何事もなく森の上空を進み、やがて集落がある平原の端へと辿り着く

 

(ここらで一息つけそうなので一旦着陸することにしましょう)

 

翼を動かしてゆっくりと高度を下げる

 

「よいしょっ、もう目を開けてもいいですよ」

 

「んん……ん……っ!」

 

どうやら日差しが眩しかったようです

 

「どうです?1人で立てますか?」

 

「うん……」

 

「分かりました、じゃあ降ろしますね」

 

そーっと少女の足を地面に降ろした

 

「よし、いやー大変でしたね?」

 

「うん…………あのっ」

 

「ん?なんでしょう?」

 

 

「あのっ…………あ……ありがとう、お……お姉ちゃん?」

 

「っ………!!」

 

(あややややややややややや)

 

あややややや

 

「あ、ありがとうございます……」

 

(お、お姉ちゃんだなんてそんな……)

 

顔が熱くなる

 

「まっまぁ当たり前のことをしただけですよっ?」

 

「ふふ、お姉ちゃんは凄いんだね!」

 

ニコニコと笑う黒髪の少女

 

(あや……この笑顔を守れて良かったです)

 

「あっ……お姉ちゃん!あれ!」

 

「ん?あれは……」

 

少女が指さした方向にあったのは先程まで追いかけてきていた真っ黒な球体

 

(ルーミアさん、森の中からも追いかけて来ていたんですね)

 

森の上空や平原まで追いかけてきていないのは明るいからでしょうか

 

「ちょっとここで待っててください」

 

「え?あれの近くに行くの?危ないよお姉ちゃん!」

 

「大丈夫ですよ、少し話をしてくるだけですから」

 

「だめ!お姉ちゃん怪我しちゃう!」

 

「本当に大丈夫ですから……少しだけです」

 

少女の頭を撫でて落ち着かせる

 

「うー……ほんとにほんと?」

 

「はい、本当ですよ、すぐ戻ってきますから」

 

「絶対に絶対だよ?」

 

「はい、絶対です」

 

(こんなに心配してくれるなんて……なんて優しい子なんでしょうか)

 

こんな少女を一瞬でも1人にするのは気が引ける

 

(でも、ルーミアさんとも話をつけないといけない気もします)

 

「では、ちょっと行ってきます」

 

「絶対戻ってきてねっ!」

 

「そんな大袈裟な事じゃないですよ、ちゃんと戻ってきます」

 

そう言ってルーミアさんの方へと駆け足で移動する

 

 

 

森と草原の境目辺りまで走ってきた

 

「何?煽りに来たの?」

 

不機嫌な様子のルーミアさん

 

(そりゃそうですよね……獲物を奪われたんですから)

 

「いや……そうではなくて、謝らないとと思いまして」

 

「ふん、謝るだなんて人間を返してくれないなら無駄よ」

 

「すみません……あの人間を食べるのはちょっと遠慮して欲しかったので……」

 

「でも、これで分かったわ」

 

「ん……?なんでしょう」

 

「ここら一帯はあなたの縄張りだってことよ」

 

「へ……?」

 

(な、縄張り……?生活圏ではありますけど)

 

「人間が大きくなるまで待ってるってことよね、そうでしょ?」

 

「は、はい……?」

 

「そう、やっぱりそういうことだったのね」

 

(なんか1人で納得されてしまいました)

 

「まぁ、本来なら他人の縄張りなんてこと気にしないのだけれど、今回は肉の借りを返したってことにするわ」

 

「あ、はい、わざわざすみません」

 

「いいわ、もともとこの辺りからは離れるつもりだったし」

 

(なんだか話が勝手に進んでいます……?)

 

「あっ…そうよ、あなた名前は?」

 

「私ですか?私は……射命丸 文といいます」

 

(なんだかすぐ忘れられそうですが)

 

「射命丸文……ね、覚えておくわ」

 

(いや、このルーミアさんならそんなことないかもしれませんね)

 

「よし、それじゃ私は行くことにするわ……次は容赦しないわよ?」

 

「貸し借りなしですね」

 

(容赦しないと言われるとちょっと怖いですが……)

 

「じゃあね〜」

 

「またいつか〜!」

 

そう言って黒い球体もといルーミアさんはふよふよと森の奥へと飛んでいってしまいました

 

「……名前言っただけでしたね」

 

早足で言いたいことだけ言われた感じです

 

「お腹すいてたんでしょうか」

 

最近人間が見つかっていないとも言ってましたし多分そういうことなんでしょう

 

「あ、早くあの子のところに戻らないと」

 

ここから見える限りでは問題なさそうですが、急ぎましょう

 

 

 

「あ!お姉ちゃんおかえり!」

 

「ただいまです、ちゃんとすぐ戻ってきましたよ」

 

「うん!ほんとだった!」

 

「私は嘘をつきませんからね、さぁ村のそばまで送っていきますよ」

 

もうすぐそこではありますが

 

「うん!」

 

そして、何事もなく二人で手を繋いで歩き、村の建物の集まりのすぐ傍につく

 

「それじゃ、私はこの辺でお別れです」

 

「えー!なんで?もっと一緒にいようよ!」

 

「私もそうしたいんです、でも妖怪が村にやってきたら怖がられてしまうでしょう?」

 

(名残り惜しいですが、これが妖怪の定めですよね)

 

そのために少女の小さな手を離そうとした

 

「……お姉ちゃんはかみさまでしょ?」

 

「……え?」

 

「だってお母さんが、本当に困った時はかみさまが助けてくれるって言ってたもん!」

 

「神様……」

 

(あやや……この子にそんな風に見られていたとは)

 

「そう!だからいつもおいのりしてるの!それでねそれでね!そしたらほんとにお姉ちゃんが助けてくれた!」

 

私が妖怪だとは微塵も思っていない様子の少女は、私を見て言いました

 

「そう……そうですか……そうですね、私は……神様かもしれませんね」

 

「うん!」

 

「ありがとう……ございます」

 

「えへへ〜」

 

はにかむ少女の笑顔が眩しい

 

(なんて純粋なんでしょう、これじゃ……嘘をつくしかないじゃないですか)

 

少女の純粋な心に触れると、妖怪も神様も一緒な気までしてくる

 

「おい!はるちゃんが戻ってきたぞ!」

 

突然響く誰かの声

 

(えっ……)

 

そして声を聞いた何人もの村人たちが私の周りに集まってくる間、私は思考停止して動くことが出来なかった

 

そして視線、沢山の珍しいものを見る目が私に向けられる

 

「あ、あの……」

 

村人の1人が口を開く

 

「…………っ!」

 

「お姉ちゃんっ!!」

 

 

 

 

私は空へと逃げ出してしまった




読んで頂きありがとうございます!

次も来週の予定です(時間ギリギリだったので端折り気味)

追記 お気に入り登録者が100人を突破しました!本当にありがとうございます!


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7.紅葉は毎年美しい

「よいしょっと」

 

ある日の昼下がりのこと

 

「ここから見る紅葉はやっぱり絵になりますね……」

 

切り立った崖とそこから流れ落ちる滝、そして清流と紅葉

 

「見事なものです……」

 

まばらに流れていく赤や黄色の落ち葉もまた風情がある

 

「いやぁ……この場所からならずっと見ていられます」

 

今腰を下ろしているこの大岩は、辺りを綺麗に見渡せるお気に入りのスポットです

 

「こうやって木々が色付くのも……もう五回目ですか」

 

自然は毎年少しづつ違った景色を見せてくれる

 

「ここを最初に見つけた頃は色々ありましたね……」

 

最初は右も左も分からないサバイバル生活に奮闘していました

 

「思えば台風に全て吹き飛ばされたのも最初の年でしたね」

 

冬も大変でした、何もかもが準備不足でした

 

「上に着るものが何も無いあの冬の寒さは……思い出したくありませんね」

 

次の年からは獣の皮で作った防寒具があったのでだいぶましになりました

 

「そうでした、あの頃はまだ家も無かったんでした」

 

大木の洞で寝泊まりしていたんでしたね

 

「今ではもう物置になってますが、よくあんなところで寝泊まりしていたものです……」

 

狭いですし、あの頃は土が剥き出しの所で寝ていましたからね

 

「でも五年でここまでできるようになって良かったです」

 

道具を作り、家を建て、最近は畑作りにも挑戦している

 

「この五年間は早かったような……そんな感じがします」

 

自然の脅威に晒さられる日々ですが、毎日楽しいですからね

 

「さて、思い出に浸るのはこのくらいにして」

 

生活が豊かになっても、毎日忙しいことには変わりはない

 

「午後は何をしましょうかね……そうだ!紅葉の季節なら栗の収穫に行かなければ!」

 

秋といえば味覚の秋です

 

「焼き栗は本当に美味しいですからね……よし、そうと決まれば」

 

立ち上がって栗の木が集まる場所の方へと飛び立つ

 

 

 

そうして栗拾いも終わり、夕方のこと

 

「あちっ!はふはふっ」

 

熱々の焼き栗を堪能する

 

「ん〜!おいしいです!」

 

(このホクホクとした食感と甘みがたまりませんね)

 

やはり秋といえばこの味だ

 

「あー先に食べるなんてずるいっ!私も食べる!」

 

「リグルさんがぼーっとしてるのが悪いんですよ〜」

 

「じゃあ私は全部食べちゃうもんね〜」

 

「あー!一度に三つも持っていくなんてずるいですよ!」

 

「へへーん早いもん勝ちだよ〜!」

 

こんな風にたまに現れるリグルさんとおしゃべりしながら食事をするのが最近の楽しみの1つです

 

「そういえば今日は満月だよね〜」

 

「あ、そうでしたね」

 

妖力が増す満月の日は、妖怪にとっても大事な日です

 

「そういえば満月なら文はいつものやつをやるの?」

 

「はい、そのつもりです」

 

いつものやつとは、妖力補給のために定期的に行っている狩りのことです

 

(でもまぁ、妖力が少なくなってる感じはしませんけどね)

 

前は10日ほどで妖力が足りなくなってきていましたが、ここ一年ほどは足りるようになってきていたので、月に1度もとい満月の日に補給するようにしています

 

「妖力が足りないなら、やっぱり文も獣なんかより人間襲った方がいいんじゃない?」

 

「すみません……人間は襲わない主義なので」

 

「まぁ……文がそう言うのは知ってるからね、無理強いはしない」

 

「ありがとうございます」

 

(こうやってリグルさんは心配してくれますが……最近は本当に足りなくなるということは無くなったんですよね)

 

妖力が成長したからなのかどうかは分かりませんが

 

「それじゃ、暗くなってきたので私は行ってきますね」

 

「お、行ってらっしゃーい」

 

「あ、残ってる栗は食べちゃっていいですからね」

 

「ほんと?!やったー!」

 

「それじゃ行ってきます」

 

「ばいばーい」

 

そうしていつもの狩りへと飛び立った




読んで頂きありがとうございます!

今後の展開に迷っているため、今回は短めとなってしまいました

続きがすぐ決まれば、明日にもまた投稿できるかもしれません


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8.秋の訪れ

「あやや、結局見つかりませんでした……」

 

広範囲の探索も虚しく、既に地平線が少し明るくなってきている

 

「この辺りは大体探したんですけどねぇ、獣妖怪達はいなくなってしまったんでしょうか」

 

一匹も見つからないというのもおかしな話です

 

「狩り尽くしたつもりは全くないんですけどねぇ」

 

狩りのペースだって月に1度で二三匹程度だ

 

「何故なのか見当もつかないですが……元はと言えば妖力補給の為の狩りですからね、足りているなら気にする必要もありませんかね」

 

ひとまず家に戻りましょうか

 

 

 

 

ある森のどこかにて

 

「ねぇお姉ちゃん、ちょっとこの辺神域っぽくない?」

 

香る秋の恵み

 

「そうね……だいぶ弱いものだけれど」

 

揺れる秋の色葉

 

「神域ができるってことは神とそれを信仰する人間がいるってことよ!早く探しに行きましょ!」

 

「ちょっと……急ぎすぎよ、待ちなさい!」

 

今年の秋は騒がしい

 

 

 

 

 

「あれ、何かの気配……?」

 

我が家に戻り今日は竹細工でもしようかと思っていた所

 

「……気のせいですかね」

 

恐らく小動物か何かの気配だろう

 

「まぁ気にすることでもないですね、さて今日は……」

 

竹細工用に細く割られた竹の束を持ってくる

 

「干し肉用にザルでも作りましょうか」

 

去年1つだけ害獣に壊されてしまったのだ

 

「干し柿の量も増やしたいですし多めに作りたいですね」

 

竹は本当に便利です、丈夫ですし、加工することを考えれば用途は水筒、器、箸、竹細工などなど多岐にわたります

 

そんなことを考えながらよく研いだ石製のナイフで薄く竹の棒を削いでいく

 

こうすることで細く割った竹は薄くなり、曲がりやすくなるのだ

 

「五年目ともなれば慣れたものですね」

 

その技術の成長は初期の竹細工と見比べれば一目瞭然だ

 

「よし、こんなものですかね」

 

竹がちょうど良いしなり具合になれば、次はたくさんの竹の帯を編む作業に入る

 

「今回は大きめに作りましょうか」

 

薄く曲がりやすくなった竹を、両手で網目状に編んでいく

 

「んんっ……よっと」

 

たまに足を使うこともある

 

「ここをこうして……よし、」

 

そんなこんなで大まかな形が出来上がっていく

 

「仕上げは後でまとめてやるとして……もういくつか作りましょうか」

 

 

 

 

 

「っっ……!あやや、身体が固まってしまいそうです」

 

作業の方はひと段落といったところで、凝り固まった身体をゆっくりと伸ばす

 

「結構出来ましたね……」

 

ザルが2つと背中に背負ったり食料の保管に使ったりする大きめの籠1つが仕上げを待つのみという所まで出来上がった

 

「時間はどうでしょうか、よいしょっと」

 

段差を上がり家から出る

 

「お、まだ結構明るいですね」

 

木々の切れ目から明るい日差しが差し込んでいる

 

「大体……昼過ぎってところですかね」

 

空へ飛んで太陽の位置を確認する

 

「どうしましょうか、作業をそのまま続けるという手もありますが……」

 

他にもやらないといけないことは一応ありますからね

 

「あ、そういえば干し草を補充しないといけないんでした」

 

段々と毎日の気温が下がり始め、植物たちも実を実らせ終わり枯れ始める今の季節は、干し草を溜め込むにはちょうど良い季節です

 

「こちらもまた用途が色々ありますからねぇ」

 

縄を編んだり床に敷いたりするのが主な使い道でしょうか

 

「稲ではなないので藁ってわけでもないですが、便利な繊維であることは間違いないですね」

 

そういえば私は稲を見たことがありません

 

「米……食べたいですね……」

 

水田すら見たことがないので無理なのは分かっている

 

「そのうち食べられるといいですが……まぁとりあえず今は干し草ですね」

 

家で軽く準備をして、出かけることにする

 

「よし、行きましょうか」

 

背中に籠を背負って草の多い人里方面へと飛行し、黄金色に染まった草原へと着地する

 

「どれくらい刈りましょうかね……まぁ集められるだけ集めてしまいましょうか」

 

肩くらいまでの背丈のある草を刈り、いくつかのまとまりにし、根元を数本の草で結んで持ち運びやすいよう束にする

 

「もう少し籠に入りそうですね、日が暮れるまでにやってしまいましょう」

 

せっせと働くその姿は、間違いなく妖怪ではなく人間のそれであった

 

 

 

 

 

 

「いい人間たちだったね〜」

 

「そうね、これで信仰が増えるといいのだけれど」

 

「帰りの反応も良かったしきっと増えるよ」

 

村で信仰集めをしてきた様子の二柱

 

「そういえば、人間達から森の方の神を信仰してるって話はなかったね」

 

「そうね、でもその神を象ったらしい土器はあったわよ」

 

「そうなの?」

 

「えぇ、背中から羽が生えた人型だったわ」

 

「へぇ〜、人間達がその神を信仰してるのは間違いなさそうだね」

 

「そうね、にもかかわらず私達が信仰されそうってことは、その神が友好的だってことだと思うわ」

 

「そっか、でも信仰されそうなのは私達じゃなくて私だけじゃない?」

 

「余計なお世話よ、私だって……」

 

「ふーん、あ!羽が生えてる人がいるよ!」

 

森の方向を指さす妹

 

「え、あ、ほんとね」

 

一見10代前半の少女に見えるが、その背中には黒い翼が生えており、草刈りをしている様子の少女の背中で動きに合わせてゆらゆらと揺れていた

 

「あ、そこの方!」

 

姉が少女を大きな声で呼んでみると、ビクッと驚いた様子でこちらを向いて……

 

「あっ……」

 

少女は森の中へ見えなくなってしまった

 

「逃げちゃったけど………やっぱりお姉ちゃんは人気がないのね」

 

「えぇ……」




読んで頂きありがとうございます!

どうもお久しぶりです……リアルの忙しかったり展開にこまったりが重なってこんなに遅くなってしまいました

これからはペースを戻して文量も増やしていくつもりです

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あと突然ですがTwitter始めました、小説の進捗やアイデアとかに関してふと思ったことを呟いていく感じです

小説の更新情報もこちらのTwitterでお届けしていこうと思います


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9.妖と神

草刈り作業中のこと

 

「そこの方〜!」

 

(……誰か来たっ?!)

 

知らない誰かの声に、反射的に茂みの方へ隠れてしまう

 

(顔はよく見えませんでしたが……)

 

茂みの中でしゃがんで息を潜める

 

「あの〜……ちょっと話を聞いてもいいかしら?」

 

茂みの外から声がする

 

「な、何者ですかっ?」

 

最近誰かと話すことが少ないからか、強い語調で聞いてしまう

 

「何者か……貴方と同じ……といったところかしらね?」

 

「私と同じ……?」

 

「えぇ、そうよ」

 

(どういうことでしょうか……?)

 

「あーもうお姉ちゃん何カッコつけてるのよ、私は秋 穣子、豊穣を司ってるの」

 

「ちょっと穣子!なんで遮るのよ!」

 

(……え?秋穣子って言いました?)

 

「お姉ちゃんの話が分かりにくいからよ、相手も困ってるじゃない!」

 

「これは神としての威厳を保つためで……」

 

「そんなだから信仰が集まらないのよ、」

 

「あ、あの!」

 

ガサッと茂みから出て挨拶をする

 

「わ、私っ!射命丸文っていいます、静葉さん、穣子さん、よろしくお願いします」

 

「あら、出てきてくれたのね」

 

「よろしくね〜」

 

(やっぱり秋姉妹です……!)

 

まさかこんな所で会えるとは

 

「それで、私に話というのは……?」

 

(わざわざ私に話しかけてくれるなんて光栄です……!)

 

「そうだったわね、話っていうのは……私達って同業者なわけじゃない?」

 

「同業者……?」

 

(どういうことでしょうか……まさか、同じ東方キャラだという意味?!)

 

「あーあ、また彼女困ってるじゃないのよ」

 

「うるさいわね、え、えーと……あなたと私達って互いに人間から信仰を集める神よね?」

 

「いや、違いますけど……」

 

「そう、だからこの辺りで信仰されてる神に挨拶をと…………え?」

 

「いやいや、私妖怪ですよ?私が神だなんてそんな、人違い……じゃなくて妖怪違いじゃないですか?」

 

(何か勘違いされているようです?)

 

「冗談よね?その神力をもってて神じゃないなんて……穣子も神力感じるわよね?」

 

「神力……?」

 

(神力って神様が持つ力ですよね……?)

 

「神力も感じられるけど……お姉ちゃんこそ妖力もあるの気づいてないの?」

 

「え?あ、ホントだ…………コホン、ごめんなさいね」

 

「あ、はい」

 

(勘違いがとけたようですね、良かったです)

 

私が神だなんてある訳ないですからね

 

「でも、自覚がなくてもあなたが信仰を集める神に近い存在なのは確かよ」

 

「え、私が……信仰ですか?」

 

(私……崇められるようなことしましたっけ?)

 

「そうよ、妖力と神力が混じりあっているとはいえ、神力というのは信仰が集まらないと生まれないものだもの」

 

「いやいや、何かの間違いですよ」

 

「いいえ、何かの間違いで神力が生まれるなんてことはないわ」

 

「そんなに簡単に神力が集まるなら私達も苦労しないもん」

 

穣子さんも同意見らしい

 

「そ、そうですか……じゃあなんで私に神力が……?」

 

「そうね……人間を助けたりするとか、何かを与えたりとか、心当たりはあるかしら?」

 

「あー……」

 

(ありますね、ありまくりです)

 

五年前に初めて少女を救ってから、妖怪に襲われている人を偶然見つけて助ける、ということはたまにしているのだ

 

「森で襲われてる人を助けたりとか……ですかね、最近は少ないですが」

 

最近は襲われていない人を見かけることが多い気がする

 

「そうよ、そういうことよ」

 

「そうですか?見かけたら助けてるだけなんですけどねぇ」

 

信仰されるほどに感謝されるとは思えませんが……

 

「そうね、あなたにとってはそうかもしれないけど、人間っていうのは普通妖怪に会ってしまったら死ぬしかないものなのよ?」

 

「そうですか?」

 

「そうよ、だから人間は神を信仰して助けてもらうしかないのよ」

 

「私達はそういう神じゃないけどね〜」

 

「今いい所なんだから……静かにしてなさい」

 

「はぁーい」

 

穣子さんはそう言ってどこかへ歩いていった

 

「うーむ……」

 

霊夢や魔理沙のような妖怪に抵抗できるような人間は居ないのだろうか

 

「それで、逆に言えば、妖怪から守ってくれるような神を人間は信仰するってことなの」

 

「そういう事ですか……でも最近はあんまり助けてないですよ?襲われてるところも見かけてないですし」

 

妖怪に襲われない方法でも見つけたんでしょうか?

 

「うーんと、人間が襲われにくくなった理由は分かるかしら?」

 

「人間が賢くなったからとか……?」

 

「人間はそんなに強くないわよ」

 

「そうですか……」

 

(なんかちょっと人間に対して失礼ですねこの神様)

 

時代が時代だからしょうがないのだろうか

 

「考えられるのは……そうね、あなたの森の辺りって神域になってるじゃない?」

 

「え?神域ですか?えーと……誰の?」

 

「あなたのよ」

 

「あや、なんかごめんなさい……」

 

「謝ることは無いわよ、それで、神域になってるんだけど、神域には邪悪なものを追い払う効果があるのよ」

 

「あやや……そんなことに」

 

(もしかして最近獣妖怪が見つからなかった理由はこれですか……?)

 

「多分それで人間が襲われにくくなったんだと思うわ」

 

「へぇ……凄いですね」

 

「あなたのことなのにやけに他人事ね……」

 

「すみません……私のことだという実感がなくて」

 

「そうなのね……あ、そうだ、あなた村の方に行ってみるといいわよ」

 

「え?それまたなぜでしょう?」

 

「今日私達が村に信仰を集めに行ったら、あなたを象った土偶があったのよ」

 

「土偶……?」

 

(土偶とは……いやはや、時代を感じますね)

 

「そう、それを見ればあなたが信仰されてることが一目でわかると思うわよ。それに定期的に人間に姿を見せて救いを与えるのも、信仰を集めるために重要なことだと思うわ」

 

「は、はい……今度行ってみます」

 

「自信持っていいのよ?神域ができるってことは、あの森があなたの神聖な森だって人間達が信じてるってことなんだから」

 

「なるほど……ありがとうございます」

 

(なんか知らない間に大事になってたんですね……まさか何となく人助けしてたらこんなことになってしまうとは)

 

「あ、そういえば」

 

「ん?どうかしたかしら?」

 

「いや、ここまで丁寧に説明してもらいましたけど、なんで私にそこまでしてくれるのかなぁと思いまして」

 

「あぁそれは、同業者とは仲良くしておこうってだけよ、信仰の内容も被らなさそうだし」

 

「へぇ、わざわざすみません」

 

「いいのよ、気にしないで」

 

(親切な方ですね……いつかお礼をしなければ)

 

「あ、話終わった?」

 

穣子さんが戻ってきたようだ

 

「終わったわよ」

 

「よかった!これ、あなたに贈り物よ!」

 

戻ってきた穣子さんの腕にはたくさんのキノコが抱えられていた

 

「わぁ〜!それ全部いいんですか?」

 

「うん!同業者とは仲良くしときたいからね!」

 

「あはは、お姉さんと同じこと言ってます」

 

 

 

 

この時から、季節になると秋姉妹との交流をするようになった

 

キノコの見分け方を教えてもらったり、あまずらという甘い蜜を出す植物を教えてもらったりもした

 

自分からは、料理について教えたり、色んな技術について教えたりしていた。この時代にはないものも教えてしまったが、そういう夢のある話をすると、彼女たちはとても喜んだ

 

村人達との交流も上手くいっていた

 

最初はぎこちなかったが、段々と慣れてきて、やがて仲良く食事をするまでになった

 

そんなこんなで私は妖怪兼神様という不思議な生活をそれなりに楽しんでいたのだ

 

 

 

あの神の遣いがやってくるまでは……




読んで頂きありがとうございます!

今回は会話が凄く多かったので、読みにくくなってしまったかもしれません

次回、〇〇編突入!

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10.妖怪の遊び

「風神様またね〜!」

 

子供達の元気な声に見送られて村を後にし、家へと戻る帰り道

 

「やっぱり元気ですねぇ」

 

村へ行くたびに元気に私を出迎えてくれます

 

「それに色々貰っちゃいましたしね……今夜は少し贅沢が出来そうです」

 

食糧が不足しがちな冬だというのに、狩りから帰ってきた大人たちからキジを1匹貰ってしまいました

 

「供物ってことらしいですけど、なんかお隣さんとかそういうノリなんですよね」

 

仲良くなりすぎたのだろうか?

 

「これではまた秋姉妹に仲良くなりすぎても信仰が弱まるから程々にって言われてしまいますね、もう秋終わりましたけど」

 

(秋が終わるとどこかへいなくなってしまうんですよねぇ……あの二人)

 

秋の神様だから当たり前なのかもしれない

 

「ふぅ……いやしかし、やはり冷えますね」

 

空気は冷たく、吐く息は白い

 

「こんなに寒いんじゃ空も飛びたくないですねぇ」

 

何回か飛んだことはあるのだが、上空は風が強く、地上とは比べ物にならない寒さだった

 

 

 

そしていつもの帰り道を歩くこと数分

 

「よっこいせっと……やはり風がないだけで違いますね」

 

薄暗くはあるが、周りか囲われているというのは冬を過ごす上では重要な事だ

 

「風が強いですね……扉も閉めちゃいましょうか、そしたら明かりをつけて……っと」

 

燃料に火をつける……のでもいいのだが、ここは妖怪らしく妖力を使い、光源となる妖力弾を我が家の中央に浮かべることにした

 

「あや……?ちょっと明るすぎましたかね」

 

燃費はいいので特に問題はないのだが、少し気になるのでいい感じつついてに光量をさげることにする

 

「ツンツン……よし、こんなものでしょう」

 

何年も使ってきた照明球だ、この程度の調整なら手馴れたものである

 

「夕飯までまだ時間ありますね……どうしましょう」

 

身体が強く、食料に困りにくい妖怪にとって、冬というのは暇な時間ができがちだ

 

「うーん……照明球でもいじってますかね」

 

便利に使っているこの照明球も、元はと言えば弾幕のための妖力弾を弄っていた時にできたものなのだ

 

「なかなか改良ってのは難しいですからねぇ……これも偶然できたみたいなものですし」

 

威力がほぼなくなってただ明るいだけの妖力弾ができてしまった瞬間の驚きは今でも覚えている

 

「それが今では1番使ってますからね……」

 

何があるか分からないものである

 

「それはそうと………うわっ眩しっ」

 

どうやら流し込む妖力を増やしすぎたらしい

 

「……もう少しやってみますか」

 

このまま明るくしたらどうなるか気になってしまった

 

「倍ぐらい入れてみますかね……げっ」

 

妖力をパンパンに流し込まれた照明球は、ムクムクと膨張を始めてしまっている

 

「あややややっ?!」

 

慌てて妖力の供給を止めるも、その膨張は止まらず、テニスボール程だった照明球は既にバスケットボール大になってしまっている

 

「……っ!」

 

そして突然ブルっと震えた照明球は カッッ!! と明るくなり……

 

(目がァァァ!?!?)

 

視界が真っ白になった

 

そして目を抑えながら悶えること数秒

 

「う、うぅ……」

 

真っ白だった視界がぼんやりと元に戻ってくる

 

「やっとですか……ひどいものです」

 

どこかの大佐が一瞬宿っていた気もするが気のせいだろう

 

「他になにか爆発の影響は……大丈夫ですかね」

 

家の中のものには特に問題は無さそうだ

 

「あくまで輝いただけって感じなんでしょうね……多分」

 

照明球に妖力を流し込み続けると閃光球になる、二度とこんなことが起きないようにしっかり覚えておこう




読んで頂きありがとうございます

お久しぶりです、リアルの忙しさが投稿に支障が出る程のものだったので、先週はお休みさせて頂きました

今週は短めのものでも投稿できて良かったです

来週はちゃんとしたものを投稿できるはず……!


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11.白との接触

「あやや、沢山積もりましたねぇ」

 

家から出ると、冷えた空気と共に白くなった景色が目に入る

 

「うぅ…さむいっ、もう一枚着ていきましょうか……」

 

家の中から毛皮の上着をもう一枚引っ張り出す

 

「よし、完璧ですね」

 

全身毛皮の服に、藁で作った蓑まで着たフル装備でもう一度外に出る

 

「さーて、今年の狩りを始めましょう」

 

植物の育たない冬は狩猟の季節だ

 

「冬以外の狩りをしてた頃もありましたね」

 

昔は生きるためとはいえ、何も考えずに狩りをしてしまっていた

 

「少ない冬の食料を狩っていた訳ですからね……」

 

今思えば馬鹿なことをしていたものだ

 

「まぁ、人間に害を為す獣妖怪は季節関係なく狩りの対象ですが」

 

年によってはメインになることもある

 

「普通の獣を狩ると村の人々の分が少なくなるかもしれませんからね」

 

人間にとって妖怪化した獣を狩るのは非常に難しい

 

「村総出で妖怪化した獣を狩るよりは、一人で出来る私がやる方がいいですからね」

 

むしろ村総出で妖怪化した獣に対抗できるなら頑張っている方だろう

 

「あっそうだ、せっかくなのであれを使って狩りをしましょうか」

 

手のひらに妖力弾を発生させる

 

「こんな感じで……」

 

丸かった妖力弾がよくとがった痛そうな形に変化する

 

「それっ」

 

ドスッ

 

そんな音を立てて妖力弾は積もった雪に突き刺さる

 

「積もりすぎて威力がわからないですね……」

 

周りには柔らかい雪が分厚く積もっている

 

「まぁいいです、実践で確かめましょう」

 

最低限の貫通力はあるはずだ

 

 

 

「いやーしかし本当に今年もしっかり積もってますねぇ」

 

毎年のことではあるが、この辺りは雪がよく積もるのだ

 

「よっと……ふう、やっぱり歩きは無理があるでしょうか」

 

人間のように歩いて行こうかと思ったが、どうやらこの身体には雪が深すぎるようだ

 

「仕方ありません、飛んでいきましょうか……」

 

 

 

 

「やっぱり上空は風が凄いですね……着込んで来て良かったです」

 

葉が落ちて見通しが良くなった冬の山を飛ぶ

 

「ここまで見やすいと動物も見やすく……ん、あれは……?」

 

あれは、緑の……髪?

 

「緑の髪って珍しいですね……それにしてもなんでここに?」

 

緑の髪の村人は居ないはずだ

 

「リグルさんは一応緑っぽいですけどあそこまで緑では……げっ」

 

雪景色の中では目立つ緑の髪をした誰かがこちらを睨む

 

「気付かれたなら一応挨拶しときましょうか……」

 

睨まれながら高度を落としてゆっくりと目の前に降り立つ

 

「こんにちは〜?」

 

 

 

「守矢の二柱の恩寵を受けていない村があるって聞いてわざわざきたのに……何も無いじゃない」

 

雪の中を歩いてきたが、見えるのは木や岩ばかりだ

 

「嘘八百を並べ立てたあの村人は後で祟られればいいわ」

 

そんなことを思って引き返そうとしたその時

 

「……っ!」

 

どこからか風を切る音がする

 

(上ねっ!)

 

音のする方向を睨むと、そこにはこちらの方に飛んでくる誰かがいた

 

(羽がある……ということは天狗よね)

 

しかし、ここから天狗の住処までは少し距離があるはずなのだ

 

(そもそも、今日は奇跡的に妖怪に会わないはずなのに……)

 

そう考えている間にもその天狗は近づいてくる

 

(天狗は警戒心の強い種族だと諏訪子様は仰っていましたし、守矢が舐められないようにしなければ)

 

そうして天狗は自身の目の前へと降り立つ

 

「こんにちは〜?」

 

「何者ですか」

 

「私はなんてことないただの天狗ですよ〜」

 

(この反応……こちらを警戒していない…?)

 

「そうですか、私は守矢の二柱に仕えし風祝、天狗が私に何か用ですか?」

 

「いや〜この辺りでは緑の髪というのは珍しいので、挨拶しておかないと思っただけですよ、それがまさか守矢の風祝の方だったとは!」

 

(挨拶……やはりこちらを警戒している?)

 

この天狗、にこやかな笑顔の裏で何を考えているのかまるで分からない

 

「私は忙しいので、要件があるのなら手短に済ませてください」

 

「わざわざすみません、えっと……何しにここへ?」

 

(こちらの動向を探っている……ここは牽制の意味も込めて言っておきましょうか)

 

「まだ二柱の恩寵を受けていない村に恩寵を授けに来たのですよ」

 

「なるほど!あの村に布教に来たんですね」

 

(特に警戒する様子はなし……?と、なにか村について知っているようね)

 

「村について何か知ってるのかしら?」

 

「いやぁちょっと仲良くさせてもらってるだけですよ」

 

(村が天狗の庇護下にあるってこと……?いやでも天狗の領域からは遠いはず、どうしてこんな所まで……)

 

「そう、まぁ私は二柱のために務めを果たすだけよ」

 

「あぁすみません、呼び止めてしまって」

 

「問題ないです、それでは」

 

天狗に背を向けてまだ確認していない方向へと歩き出す

 

(とにかく村が近くにあって天狗と関係がありそうなのはわかったし、慎重に行くことにしましょう)

 

「あ!村ならそっちじゃなくてあっちですよ!」

 

後方から声をかけられる

 

(やたら親切な天狗ね、村には布教しても問題ないということなのかしら)

 

「親切にどうも!」

 

そして天狗に言われた方向に向けて歩みを進めることにする

 

 

 

 

「いや〜、まさか守谷の風祝さんに会えるとは!運がいいですね」

 

奇跡、というやつだろうか

 

(天狗よ、聞こえるか)

 

「へ?」

 

(聞こえているな)

 

(え?もしかして脳に直接語りかけられている……?一体どこから……?)

 

(物分りが良くて助かるな、今はお前の足元に落ちているミシャクジから話しかけている)

 

「あや、ほんとでした」

 

足元で白いミシャクジが雪に同化していた

 

(私は諏訪の土着神たる洩矢諏訪子だ、対話を続ける気があるのならそのミシャクジを温めてやってくれたまえ、寒さに弱いのでな)

 

(も、洩矢諏訪子…!)

 

(どうした、私に恐れ戦いたか?)

 

(あ、いや……その、急いで温めますね!)

 

足元のミシャクジを拾い上げ上着の中へしまい込む

 

(家に向かいますね!)

 

(対話を続ける気はあるようだな、よろしく頼む)

 

ミシャクジを温めるために家へと急ぐことにする




読んでいただきありがとうございます!

お久しぶりです(n回目)
いざ時間ができると他のことをしてしまうものですね
もしかしたら明日追加で何か投稿するかもしれません


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12.名も無き神話

「どれぐらい温めればいいんでしょう?」

 

家に戻り備蓄してある炭に火を入れて温まるのを待つ

 

(少しでいいぞ、どうやらお前の人肌で十分なようだからな)

 

「そ、そうですか……」

 

(先程からじっとしていたミシャクジが動き始めたのはそういう事でしたか……)

 

服の上では出来ればじっとして欲しいのだが、この際致し方ない

 

「それで話というのは……?」

 

(そうだったな、本題に移るとしよう)

 

洩矢諏訪子が私にわざわざ話をする内容とはなんなのだろうか?

 

(では単刀直入に言おう、お前の信仰を譲って貰えないだろうか?)

 

「私の……信仰?」

 

(なるほどそういう事でしたか)

 

(そうだぞ?)

 

あ、聞かれてるんでした

 

(でも聞かれてない思考もありますよね?)

 

(私に対する思考じゃない限りは基本的には聞こえないぞ)

 

(なるほど……?難しいですね?)

 

「あ、すみません話を遮ってしまって、信仰のことでしたね」

 

(そうだが、怒らないのだな)

 

「ん?それはどういうことでしょう?」

 

(どういうことも何も、いきなり信仰を譲ってくれと言われたら普通怒るだろう?)

 

「んー、確かにそうかもしれませんねぇ……本業で神をやってる方なら」

 

(本業……か、まぁ私も生きるためだからな)

 

「私は趣味でやってるようなものですからねぇ」

 

(そうかもしれないが……それでも信仰している人間がいるのだろう?)

 

「そうですけど……そうだとしても、あなたは信仰を譲ってくれと言うんですよね?」

 

(まぁ……それが目的だからな……)

 

「それなら、私にできることは大人しく信仰を譲ることだけです。あなたに敵うわけありませんからね」

 

あの洩矢諏訪子だ、祟られでもしたらひとたまりもないだろう

 

(それは……こちらにってはありがたいが、人間たちが許すだろうか?)

 

「やけに心配してくれるんですね?」

 

(まぁ……私も前はそうだったからな)

 

「それで今度はやる側になったと」

 

(そ、そうだな……)

 

「そもそも信仰ってそんなに簡単に譲れるものなんですか?」

 

(人間たちが私を信仰してくれるかどうか……といったところか)

 

「それなら話すなら私じゃなくて村人たちじゃないですかね?」

 

自分がどうこう言える話ではないだろう

 

(なるほど……確かにそうかもしれないな)

 

「そうだ、私があなたの事を村人たちに紹介しますよ、それなら村人たちも警戒することは無いでしょうし」

 

(それでいいのか……?)

 

「片方しか信仰出来ないってことはないんでしょう?」

 

(ま、まぁそうだが)

 

「なら大丈夫ですね、今から行きましょう」

 

(え、ちょっとそれは……)

 

「どうかしました?」

 

(いや、それがだな……さっきうちの風祝に会っただろう?こいつもその風祝について来た訳なんだが)

 

引っ付いてきてどこかのタイミングで降りたってことなんだろうか

 

「ふむ……それがどうかしましたか?」

 

(それがだな……うちのミシャクジたちは仲間たちがどういう状況にあるか分かったりするんだが……)

 

「へぇ、便利ですね」

 

(そう、便利なのはいいんだが……さっきからミシャクジたちが騒いでいるから何事かと確認したらだな、どうやらうちの風祝とそこの村人たちが揉め事を起こしているようなんだ……)

 

「なるほど……一体どうして?」

 

「あの子はな……なんと言うか、守矢の風祝としての自覚が強い子なんだ」

 

「ふむふむ」

 

「ミシャクジの話を聞く限りは、あの子が村人たちのお前への信仰を否定するようなことを言ったせいで揉め事になっているようなんだ……怪我人は出ていないようだが」

 

「あぁ……なるほど」

 

冬だというのに元気な村人たちだ

 

(それにしてもあの子もまだまだ修行が足らないな、土地神が目の前にいたのに気づかないとは……気づいていればこんなことにはならなかったのに)

 

「それで……どうしたいんです?」

 

(私か……?私は出来れば友好的に行きたいと思っているが……もう手遅れかもしれないな)

 

「いや、それはやってみないと分かりませんよ」

 

「そうか?それなら……」

 

「そうですね、私が話をしてみます」

 

「ならば私も村人たちに直接話す方がいいな」

 

「助かります、では行きましょうか」

 

信者同士の揉め事は神が解決するのが1番良いだろう

 

 

 

「よそ者は帰れ!」

 

何回目かも分からない怒号が村人から聞こえてくる

 

「あなた達が信仰する神より……」

 

「俺達には風神様がいるんだ!よその神様なんて知るもんか!」

 

(ちっ、この村人たちは……)

 

いくら守矢の二柱の方が優れているという事実を見せつけても自分たちの意見を曲げようとしない

 

(しかしこれほどまでに村人が狂信する風神様というのは一体……)

 

「みんな!風神様が来たぞ!」

 

(なっ……!あれは……!?)

 

村人たちの指さす先にいたのは、先程会った天狗だった

 

(紗代子、聞こえるかい……?それにしてもしくじったねぇ)

 

(諏訪子様……!申し訳ありません、村人たちが……)

 

(把握してるから大丈夫だよ、土地神の方にも話をつけてきたし)

 

(その……あの天狗が本当に土地神なんですか?)

 

(そうだねぇ、あれを見抜けないようじゃまだまだ修行が足りないね……帰ってくる時には覚悟しなよ?)

 

(はいっ!諏訪子様!)

 

(返事だけは1人前だね……)

 

そんな話をしている間にも風神様と呼ばれる天狗は村人たちのもとに降りたって何か会話をしているようだ

 

(えっと……私はこれからどうすればよいのでしょうか?)

 

(そうだねぇ、土地神が村人たちに話をつけてくれるから、合図したら紗代子、私を降ろしな)

 

(えぇっ?!諏訪子様をですか?!)

 

(そうさ、あとは私が全部やるから心配しなくていいさ)

 

(やはり……私では力不足ですか?)

 

(いいや、紗代子は上手くやってくれてるさ、しかし相手が土地神として直接出てきているのに、こちらが風祝では失礼だろう?)

 

(そう……ですね、諏訪子様がそう言うなら)

 

(おっと……合図が来たよ、私と紗代子でならさほど難しくないはずさ、頼んだよ)

 

「分かりましたっ」

 

 

この守矢紗代子……古きからの洩矢の神に願い申す

 

我が身に御心を宿し給え

 

民に御言葉を届け給え

 

そして、その御力によって奇跡を授け給え!

 

 

 

「あー皆さん、あちらにいるのが私の友人である守矢の土着神の……遣い……じゃないですね」

 

(直接話すってそういうことだったんですね……)

 

村人たちの視線が一斉に向けられた先には……

 

「そう、我こそが古きより諏訪を守りたる土着神、洩矢諏訪子だ。我が遣いが無礼を働いたようだな、すまなかった」

 

そこには先程までの風祝ではなく、圧倒的なオーラを纏った土着神が立っていた

 

「あー……大丈夫ですよ?こんな感じで諏訪子さんは悪い神ではないので皆さん仲良くしてあげてくださいね、農耕について色々教えてくれるそうですよ?」

 

「そうだな、良い関係を築けることを望む」

 

これが、なんとも突然な守矢との交流の始まりだ

 

 

 

 

 

「あの……最近思うんですが、本当に文さんは信仰がなくなってもいいんですか?」

 

「そうですねぇ……信仰してもらえるのはいいことですが、あまり信仰されては、ここにいるしかなくなっちゃいますからね。これでいいんです」

 

「そうですか……」

 

「そう、私を信仰しなければ、私がこの地から離れても村人たちは心配しなくてすみますからね」

 

「なるほど……?」

 

「そう、まぁ要は旅をしてみたかったってことです。結局は自分のためですよ」

 

「上手い具合に押し付けられたってわけですか?」

 

「あやや、そんなことないですよ〜?」

 

「まぁ諏訪子様や神奈子様の信仰が増えるのならいいんですけどね」

 

「おっ、それなら全部任せちゃって大丈夫そうですね」

 

「やっぱり押し付けた自覚はあるんですね……」

 

「あや、そうともいいます」

 

「それで、旅をするなら最初はどこに行くんですか?」

 

「そうですねぇ……特に予定はないんですが、最初は守矢神社にお参りしましょうかね」

 

「おお、それはありがたいですね」

 

「準備が出来たら近いうちに訪れると伝えておいて貰えますか?」

 

「分かりました、諏訪子様や神奈子様も喜ぶと思います」

 

 

守矢との交流が始まって早数年、移住者も互いに増え、守矢への信仰も増えている。それこそ諏訪の一部と言ってもいい程にはなっている。

 

「これなら、神を辞めても許されますかね?」

 

気づけば数十年一緒に過ごしてきた村から離れるのは心配もある

 

「でも、私には会いたい人が沢山いるんです」

 

ひとまずここで区切りをつけよう

 

「これからは神としての私ではなく、妖怪としての私に戻りましょうか」

 

私は、鴉天狗の射命丸文だ




読んでいただきありがとうございます

せっかく夏休みだというのに執筆以外のことばかりしていました

来週からは守矢神社編に行けるはず……?


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13.新天地、そして歓迎

日も落ちて闇も深まる守矢にて

 

漏れる光と騒ぐ神達

 

「ハッハッハ、それはいいね、ほらほらもっと飲みなよ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

私の器にお酒がなみなみとそそがれる

 

「それじゃ私も……」

 

何倍も大きい諏訪子さんの器に注がれるお酒

 

「ありゃ、これで終わりか」

 

「もう飲み終わったのか……?まぁいいか、酒も追加しようか」

 

「それじゃあ私、倉庫から持ってきますね」

 

「ありがとう紗代子、助かるよ」

 

酔いも見られぬ確かな動きで立ち上がる紗代子さん

 

「あ、それ私も手伝います」

 

そう言って立ち上がろうとするが……

 

「ダメダメ、主役が居なくなってどうするのさ」

 

休憩はさせてもらえないようである

 

(飲みすぎてなんだかクラクラしてきたんですけどね……)

 

出来れば休ませてもらいたい

 

「それにしても飲ませすぎじゃないのかい?諏訪子」

 

(あぁ……神奈子さんは優しいですね……)

 

「そんなことないさ、私だって抑えてるよ」

 

「いやいや、お前が飲み過ぎなんだ、それに合わせて飲ませてたらいくら妖怪と言えど潰れてしまうだろうに」

 

「なにさ!私が酒を飲むのに文句かあるってのかい!神奈子だってこれくらい飲むじゃないか」

 

「私はさすがに限度ってものはわきまえてるさ、お前と違って」

 

「私がわきまえられないバカだっていうのか?!!」

 

「酒に関してはそうかもな」

 

「このやろー!!祟ってやる!!」

 

「ちょっと神奈子様諏訪子様?!また喧嘩してるんですか??」

 

そして始まる神様同士の口喧嘩

 

(本当に元気な方たちです、でも私は……なんだか瞼が重い……)

 

喧嘩する二柱とそれをなだめる風祝の声が響く中、段々と意識が遠のいていく

 

(そもそもなんでこんな宴会になったんでしたっけ……確か……)

 

 

 

 

木々スレスレの低空飛行でのんびりと空を飛んでいる

 

「この峠を超えたら見えますかね……?」

 

今は山の峰を越えるように翼を向けながら、目的の場所を探しているところだ

 

「紗代子さんに聞いた通りならそろそろだと思うんですが……」

 

ここら一帯を傘下とする神社の風祝が道案内を間違えるとは思えない

 

「いやぁ……どんな感じなのか楽しみですねぇ」

 

そしてぐんぐんと山肌に沿って上昇していく

 

「おーっ!」

 

峰を越え、視界が開ける

 

「これが……諏訪湖……!」

 

そこに見えたのは、一体どれほどの水量であるかも想像できないほどの、大きな大きな青い湖だった

 

「そしてあれが……守矢神社ですね!」

 

湖の端に沿って視線を進めると、湖に向けて建てられた鳥居と沢山の社を見つけることが出来た

 

「ん……?そしてもしかしてあれは……」

 

それは神社とは別方向に目を向けた先にあった

 

「すごいっ!こんなに広い田んぼがあるなんて!」

 

湖から少し離れたそこには、綺麗に整備された田んぼが辺り一面に広がっていた

 

「これは……待ちに待ったお米に期待してしまいますね!」

 

これだけ田んぼが広ければ、さぞかし沢山の米を作っているに違いない

 

「神社に着いたら食べさせて貰えないか頼んでみましょう、そうしましょう」

 

やはり米は正義である

 

「そうと決めたなら早く神社に挨拶に行かないとですね!」

 

少々不純な動機を持ちながら、先程見えた鳥居の方へと進路を向けた

 

 

 

 

「よっと……」

 

翼を畳み大きな鳥居の前へと足を下ろす

 

「ここが……守矢神社……!」

 

まだ鳥居だけではあるが、堂々と建てられたそれは、その先が神聖な領域であることを感じさせる

 

「これは……入っていいんでしょうか……?」

 

鳥居の向こうの雰囲気を見ると、妖怪である私は神聖な領域に踏み込んではいけないような、そんな気もしてくる

 

「いやでも……皆さんに挨拶するって約束しちゃいましたしね……」

 

覚悟を決めなければならないだろう

 

「うん、諏訪子さんや神奈子さんに会いたいですからね、よし」

 

一礼し、鳥居の中へ一歩を踏み出すと……

 

「……っ!」

 

入った瞬間、周りの空気が変わるのを感じる

 

「お、お邪魔します……!」

 

雰囲気に負けないように気持ちを強く持たなければ

 

 

 

 

少し歩くと、この中で一際目立つ、1番大きな建物が目に入る

 

「ここが本殿ですかね……?」

 

諏訪子さんや神奈子さんがいるとしたらここだろう

 

「それにしても立派な建物ですね……」

 

門をくぐり、本殿の前へと足を進める

 

「えっと……どうしましょうか」

 

見たところによると、参拝をするのであろう本殿のそこには、お供え物がいくつか並べられているようである

 

「賽銭は……あっ、そもそもお金が存在しないんでしょうね」

 

私も代わりにお供え物を置くことにしよう

 

「これぐらいしかないですけど……これでよし」

 

種類も様々なお供え物の中に干し肉が加えられる

 

「それでは……」

 

パンパンと手を鳴らし、お祈りをする

 

(この先色んな人たちと出会えますように……あとお米も食べたいです)

 

そんなことを祈りながら少しの間手を合わせると……

 

「ふぅん、妖怪も神に祈るのだな」

 

「……っ!」

 

突然の声に驚き瞼を開くと、大きな注連縄を背負ったあの神様がそこにいた

 

(これは……!)

 

そしてその後ろには……

 

「やっほー文ちゃん!いらっしゃい!」

 

特徴的な帽子を被った神様が手を振っていた

 

(ほんとに諏訪子さんと神奈子さんだ……!)

 

「おい諏訪子、こういうのはちゃんと威厳を持って……」

 

「なーにいってるのさ、客人なんだからそんな必要ないじゃないか」

 

「何……?そうか?」

 

「そうさ、ね?文ちゃん?」

 

「は、はい……?」

 

(どうすればいいんでしょう……?)

 

「その客人を困らせてどうするんだ……」

 

「えへ、まぁそんな堅苦しくするつもりもないってことだね」

 

「なるほど?」

 

(前話したときの感じでしょうか……?)

 

「まぁ諏訪子が言うなら……そういうことにするよ、そんなわけで射命丸、よろしくな」

 

「よ、よろしくお願いしますっ!」

 

「私もよろしくだね!」

 

「はい!」

 

「それじゃ挨拶も済んだし、客人が来たということで宴会にでもしない?」

 

「お、いいじゃないか」

 

「さ、すぐ準備するから文ちゃんも上がってきなよ」

 

こっちこっちと手を招かれる

 

「えぇと……私なんかが本殿に足を踏み入れていいんでしょうか……?罰が当たったりしません……?」

 

「はは、これまたなーにいってるのさ、罰当たりもなにも、それを決める神様はこの私なんだから関係ないよ」

 

「あと私もな」

 

「た、確かに……言われてみれば」

 

「だから遠慮しずにほらほら上がって上がって」

 

「お邪魔します……」

 

下駄を脱いで本殿へと足を踏み入れる

 

「適当に座っててよ、紗代子はまだ帰ってきてないから適当に私が酒を持ってくる」

 

「ありがとうございます」

 

見た感じ本殿の中には特に何かが置いてあるという感じでもなさそうだ

 

「あの……神奈子さん」

 

床に腰かけながら話しかける

 

「ん?なんだ?」

 

「実は私……お酒を飲んだことがなくて、私でも飲めるでしょうか……」

 

「そうなのか?ん〜お前さんは妖怪だから、飲めないってことはないんじゃないか?」

 

「そう……ですかね?」

 

確かに妖怪なら酒に強いかもしれない

 

「まぁそれは飲んでみて確かめればいいことだ」

 

「そうですね、楽しみです」

 

そんなことを話していると本殿の奥の方からパタパタと足音が近づいてくる

 

「お酒、持ってきたよー」

 

「うわぁぁ?!これは、樽ですか?!」

 

「そうだよ?宴会なら必須だろ?」

 

身長ほどありそうな大きな樽を危なげなく床に置く諏訪子さん

 

「こ、こんなに飲めますか……?」

 

「なにいってるのさ、こんなの少ないくらいだろ」

 

「えぇ……?」

 

「それより早く乾杯しようよ、杯も持ってきたからさ、はいどうぞ」

 

そう言って諏訪子さんは帽子の中から杯を取り出す

 

「あ、ありがとうございます」

 

「諏訪子、私の分も持ってきたんだろうな?」

 

「ちゃんと持ってきたさ、はい」

 

取り出したのは私の倍はあるかという杯

 

(でかい……)

 

「助かる、それじゃ私が注ぐよ」

 

それを聞いて帽子から更に同じサイズの杯を取り出す諏訪子さん

 

「これはこれはどうも、ほら文ちゃんも」

 

「あ、ありがとうございます」

 

そして当たり前のように二柱は樽を持ち上げて酒を注いでいる

 

(な、なんて怪力)

 

「さて、それじゃ酒も注いだし乾杯しようよ」

 

「そうだな、乾杯の音頭はお前がするか?」

 

「そうさせてもらおうかな、それじゃ杯を持ってもらって」

 

「わかりました」

 

「それじゃ、文ちゃんの訪問を歓迎して、かんぱーい」

 

「か、かんぱーい」

 

なみなみと酒が注がれた杯が掲げられ、二柱と元神様(?)による宴会が始まった

 

 

 

宴会が始まって程なくして……

 

「あー!もう飲んでるんですか!?あ、それと射命丸さん、こんにちは」

 

「こんにちは紗代子さん、お邪魔してます」

 

「おかえりー紗代子」

 

どうやら紗代子さんが帰ってきたようだ

 

「おかえり、紗代子も呑むか?」

 

「いや、私は皆さんの料理を作ることにしますね」

 

「おー紗代子ありがとう!ちょうど何か食べたいと思ってたんだよ」

 

それからしばらくして、料理を作り終わった紗代子さんも宴会に加わる

 

「あのー紗代子さん、神奈子さんと諏訪子さんが宴会をする時はこんな感じなんですか?」

 

「んー、いつもこんな感じではありますけど、今日は射命丸さんがやってきたということでいつもより張り切っているとは思いますね」

 

「なるほど……」

 

そんな神様の張り切りもあり、宴会は真夜中まで続いたのだった




読んでいただきありがとうございます

お久しぶりです、モチベーションが何とか戻ってきたので、執筆を再開しようと思います

今後ともまたよろしくお願いします

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14.一夜明けて、朝

「うぅ……ここは……」

 

瞼を開くとそこは知らない天井だった

 

「痛い……」

 

頭痛に悩まされながらも寝る前に何があったかを思い出す

 

「これが二日酔い……うぐ」

 

初めての二日酔いに悩まされながら身体を起こし、周りを確認する

 

「諏訪子さんや神奈子さんは……居ないようですね」

 

昨日の宴会が嘘のようで、酒樽や皿などは全て片付けられているようだ

 

「んん……なんだかいい匂いが」

 

(なんだかとっても懐かしいような匂いですね……なんでしょうか)

 

一体なんの匂いだろうと考えながらその匂いにつられて歩いていくと

 

「ここは……」

 

匂いの元はどうやら目の前の茅葺き屋根の建物のようである

 

「ど、どうも〜?」

 

なんて言いながら入口らしき場所から中を覗くと

 

「あ、射命丸さん!おはようございます!」

 

割烹着を着た紗代子さんが何かの料理を作っていた

 

「おはようございます紗代子さん、いい匂いにつられて来ちゃいました」

 

「うふふ、そうなんですね。もうすぐ出来ますから、座って待っていてくださいね」

 

「これは……味噌汁ですか?」

 

「そうですね、ご飯もそろそろ炊けますよ」

 

「おぉ、米ですか!?やったぁ!」

 

初めての米に思わず感激してガッツポーズをする

 

(なるほど、米と味噌汁の匂いなら懐かしいのも納得ですね)

 

日本人なら魂に刻まれている匂いだろう

 

「うふふ、そんなに嬉しいんですか?」

 

「それはもう!感謝感激です!」

 

「あらあら、嬉しいですね」

 

そんなことを話しながら出来上がるのを待っていると……

 

「おはよー、文ちゃん」

 

「おはようございます諏訪子さん」

 

「おはよう、射命丸」

 

「神奈子さんもおはようございます」

 

二柱も朝食の匂いにつられてやってきたようである

 

「はい、できましたよー」

 

そしてそんなこんなで朝食も出来上がり……

 

「いただきまーす」

 

4人の声が響く

 

「んん〜!お米って美味しいですねぇ」

 

早速お米を噛み締めて幸せに浸る

 

「こっちも美味しい……」

 

本日の朝食は玄米、山菜のおひたし、根菜の味噌汁である

 

「こういうのが1番いいんですよね……」

 

「ふふふ、喜んでいただけたのなら私も嬉しいです」

 

「紗代子の料理はいつも美味いからねぇ」

 

「そうだな」

 

二柱もやはりそう思っているらしい

 

「ありがとうございます、おかわりもありますから言ってくださいね」

 

「紗代子〜おかわり〜」

 

「わかりました、これくらいですよね?はいどうぞ」

 

「ありがと〜」

 

おかわりを受け取り嬉しそうな諏訪子さん

 

「わ、私もお願いします」

 

ちょうど食べ終わった茶碗を渡す

 

「はい、同じぐらいでいいですか?」

 

「あ、あの……」

 

(遠慮した方が……いやでも美味しかったしな……)

 

私口ごもっていると紗代子さんは首を傾げて

 

「…………?えーと……」

 

そして、はっと納得したような顔をして

 

「あっ!もちろん大盛りでもいいですよ?」

 

「……っ!お、お願いします……」

 

「ふふ、わかりました」

 

(完全に見透かされてる?!顔に出てたのかな……)

 

なんだか恥ずかしくて顔が熱くなってくる

 

「はい、どうぞ!いっぱい食べてくださいね?」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

恥ずかしさを誤魔化すように大盛りのお米をかきこむ

 

「ふふ、まだおかわりはありますからね」

 

結局、この後にもう一度ご飯のおかわりをして、朝食だというのにおなかいっぱい食べてしまったのだった

 

 

 

食事を終えて一息ついていると……

 

「ねぇねぇ文ちゃん」

 

「ん?なんですか?」

 

「文ちゃんはこれからの予定は決まってる?」

 

「これからの予定ですか……?」

 

そういえばあまり考えていなかった

 

「えーと、特にないと思いますよ」

 

「そうなんだ……それじゃあさ、ウチで働かない?」

 

「働く……?私がですか?」

 

いったいどういうことだろう?

 

「実はさ、紗代子の代理ができる人を絶賛募集中なんだよね」

 

「えぇ……?何かあるんですか?」

 

「それがさ……今、紗代子が子供を身篭っててね」

 

「えぇ?!そうなんですか?紗代子さん」

 

衝撃の告白に思わず紗代子さんの方を見る

 

「えぇ、そうですよ」

 

紗代子さんが笑顔で答える

 

「あれ?でもお腹が大きくなってる訳ではないみたいですけど……」

 

「あぁ、それはまだ身篭って日が経ってないからね」

 

「はい、諏訪子様がご自身の力で知らせてくださいましたので」

 

「へぇ……凄いですね」

 

さすが神様といったところか

 

「まぁ、私の血が入ってるわけだしね、何となくわかるのさ」

 

「そうなんですか……えぇとそれで、紗代子さんが子供を産むまでの間に私が代理をするってことですか?」

 

「そうだね、出来れば子供が大きくなるまでやってくれると嬉しいけど」

 

「結構長いですね?」

 

「そうかな?十年もかからないと思うけど」

 

「あぁ……まぁそうですか?」

 

(私は未だに時間感覚が人間並みですけど、諏訪子さんみたいな長く生きている方は全然違うってことでしょうね……)

 

「それで、どう?受けてくれるかい?」

 

「それは……」

 

(断らないといけない理由はない……ですよね?)

 

「えっと……私で大丈夫なんでしょうか?」

 

そう、1つだけ気になるのは私で代役が務まるのかということだ

 

「大丈夫だから頼んでるんじゃないか、それに文ちゃんには自力で神になれる才能があるんだしね」

 

「なるほど……?」

 

(そういえば、守矢神社の風祝は現人神なんでしたね)

 

「え、ということは……私が風祝になるってことですか?!」

 

「そうだよ?他に何があるのさ」

 

「いや、てっきり食事を作ったり、ほかにも雑用とかを任されるとばかり……」

 

「もちろんそういうこともやってもらうよ?」

 

「あっそうなんですね」

 

「うん、で、どうする?」

 

諏訪子さんに返答を急かさせる

 

「ええっと……その……」

 

「ウチで働くならお米をお腹いっぱい食べられるよ?」

 

ダメ押しのように諏訪子さんが魅力的な提案をする

 

「や、やります!」

 

「お、いい返事だね」

 

(色々滅多にできない経験をさせてもらえるのはありがたいですからね)

 

けして今日のお米が美味しかったからまた食べたいという訳では無い

 

「それじゃ、早速今日から紗代子から色々教えてもらうってことにしようか」

 

「はい、紗代子さんこれからお願いします」

 

「えぇ、よろしくお願いしますね」

 

 

 

そんなこんなで風祝見習いになってしまった私

 

これからどんな生活が待っているんだろうか?今から楽しみです




読んでいただきありがとうございます

前回の13話に沢山の感想や応援を頂きました、とっても嬉しいです。
期待に応えられるように頑張ります

これからもよろしくお願いします

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15.仕事、そして

「ふぅ、これで終わりですかね」

 

朝の日課である境内の掃除を終わらせて、辺りを見回す

 

「よし、だいぶ綺麗になりました」

 

この頃は落ち葉が多く、掃除も一苦労だ

 

「これを箒だけで終わらせていた紗代子さんは本当に凄いですね……」

 

風を起こして落ち葉を集めるのとは労力が大違いだろう

 

「よし、戻って朝ごはんも作りましょう」

 

朝の仕事はまだまだあるのだ

 

 

 

朝食の準備をするために台所に立つ

 

「おはようございます、文さん」

 

「おはようございます、今日も早いですね」

 

「うん、やっぱり早起きの癖が抜けなくて……」

 

「早起きしても仕事はしちゃダメですからね?私がちゃんとやりますから」

 

身体に染み付いているのか、仕事を続けようとする紗代子さんを止めるのは本当に大変だった

 

「わかっているわ、この赤ちゃんのためだものね」

 

「それなら大丈夫です、朝ごはん作っちゃいますね」

 

そして野菜を刻んだり、釜の火加減を確認したり、台所で朝ごはんの準備をしていると

 

「あのー、文さん……?」

 

後ろから呼びかけられ、手を止めて振り向くと

 

「あはは……」

 

紗代子さんが居間からこちらを覗いている

 

「……お腹空きました?完成はもう少し後になると思いますよ」

 

「ううん、そうじゃなくて……その……私にもできることはないかしら?」

 

「あー、なるほど……」

 

何かあるだろうか?

 

「何でもいいの、その……手持ち無沙汰なだけだから」

 

「うーん……そうだ、それなら」

 

包丁を置いて食料庫の方からそれを持ち出してくる

 

「これを処理しておいて貰えますか?」

 

紗代子さんに渡したのは胡桃などの木の実が入った籠

 

(これなら座ったままでもできますからね)

 

「怪我しないように気をつけてくださいね」

 

「ありがとう!やっておくわ」

 

紗代子さんは籠を受け取ってそう言うと、居間の方へと戻っていった

 

「よし、残りもささっと作っちゃいましょう」

 

あまり待たせる訳にもいきませんからね

 

 

 

「いただきまーす」

 

今日もみんなで朝食を囲む

 

「うーん、ちょっと水が多かったですかね」

 

米を食べながらそんなことを呟く

 

「そうですか?私は美味しいと思いますよ?」

 

「美味しいんですけどね……完璧とはいえないというか」

 

(もっと美味しくなりますよね……これはこれで美味しいんですけど)

 

もぐもぐと食べ進めながら味を確かめていく

 

(こっちは調味料の差ですかね……やはり今の時代だと調味料が未発達ですからね)

 

そんなことを考えながらうーんと唸っていると

 

「文ちゃんってさ、食に対する理想が高いよねぇ」

 

「そうだな、いつかその理想の料理を食べてみたいものだ」

 

「あはは……頑張ります」

 

どうやら周りにもわかるほど考え込んでいたようである

 

(そのへんはやはりどうにか工夫するしかありませんよね……)

 

やはりあるものでどうにか作ってこそだろう

 

 

 

 

そんな料理事情について考えながら食事を終え、一通り食器も洗い一息つく

 

「よし、少し休憩しましょう」

 

今日は天気がいいので縁側に座って日向ぼっこをする

 

「あ、文ちゃんは休憩?」

 

私がうんと頷くと、諏訪子さんがこちらにきて私の隣に腰を下ろす

 

「今日はあったかいよねー」

 

「そうですね、これだけ晴れていると何より洗濯物が早く乾きますしね」

 

「そっか、晴れの日もいいけど私は雨の方が好きだなー」

 

「そうなんですか?」

 

「うん、ミシャクジや蛙たちは湿っている方が好きだからね」

 

「あぁ、なるほど」

 

(そういえばそうでしたね)

 

「ケロちゃん……」

 

「ん?なんか言った?」

 

「あ、いやなんでもないですよ」

 

(つい口に出してしまいましたね、気をつけないと)

 

「そう……?あ、それでさ、ちょっと新しい仕事を頼みたいんだけど」

 

「新しい仕事、ですか?」

 

「うん、今は文ちゃんには神社での仕事を頼んでるじゃん?」

 

「そうですね」

 

主に神社の管理や訪問者への対応などをしている

 

「ちょっと今回は外での仕事をしてもらおうと思って」

 

「外での仕事……というと?」

 

「そうだな……文ちゃんにやって貰うのは、言わば……見回り?」

 

「見回り、ですか。なにか不審者でも?」

 

「いやいや、それくらいだったらわざわざ文ちゃんに頼まないさ」

 

「そうなんですか」

 

なんだか凄く私の働きを信頼してくれているようである

 

「うん、それで文ちゃんに頼むのは……」

 

 

 

 

「いやはや、まさか妖怪の私が妖怪調査の見回りをするとは」

 

夜の諏訪、特に山奥の地域を飛行中

 

「しかし、特に不審な様子はないですけどね……」

 

諏訪子さんによると、ここ最近、妖怪の仕業と思われる人攫いが数件発生しているらしい

 

「子供を狙った人攫い……」

 

子供だけを狙うということは、単なる捕食のために攫っている訳では無いだろう

 

「いやでも、ルーミアさんは子供の肉は美味しいって言ってたっけ……」

 

いつかは分からないが、そんなことを話していた気もする

 

「というか、まさかルーミアさん……?」

 

可能性としてはなくはない

 

「でもルーミアさんは攫うってタイプではないですかね……」

 

どちらかと言うと森に迷い込んだ人間を捕食するタイプだ

 

「まぁ、実際聞いたわけじゃありませんけどね」

 

そんなこんなで辺りを見下ろしながら考えを巡らせていると

 

「ん?あれは……」

 

見ていたのは人の住む地域から少し離れた森の奥、ぼんやりと明るくなっている場所が見える

 

「誰かいるんでしょうか……?」

 

しかし、こんな夜更けに森の奥にいるとはなかなかである

 

「妖怪に襲われないんでしょうか?」

 

そんな疑問を抱きながら、そこにいる存在に興味が湧く

 

「ちょっと見に行ってみましょうか」

 

(もしかしたら助ける必要があるかもしれませんしね)

 

夜の森には危険がいっぱいなのだ

 

 

 

光の見える方向へと飛行していると、だんだんと光を発している場所の全貌が見えてくる

 

「こ、これは……!?」

 

そこに見えたのは、時代にそぐわない、洋風な造りをした一軒家だった

 

「なんでこんなところにこんなものが……?」

 

時代錯誤にも程があるだろう

 

「これはますます気になってきましたね……調査しますか」

 

この建物の住人が人攫いの原因というのも有り得るだろう

 

そうして高度を落とし、その建物の敷地らしき場所へと足を下ろす

 

「これは……すごいですね……」

 

その洋風の建物は、近くで見てもやはり時代錯誤であり、その外見はまるでおとぎ話から出てきたような、そんな建物であった

 

「そしてこれは……コスモスですかね?」

 

建物の周りには沢山の花が咲いており、とてもいい匂いがする

 

「いやしかし……一体こんなものをどうやって……?」

 

洋風の家に沢山の花、そこから分かるのは……

 

「いや、まさか……そんなわけ……」

 

1人の人物が頭をよぎる

 

「いやいやいや、そんなことないですよね」

 

こんなところにいるわけが無いだろう

 

「でも……少しでもその可能性があるとするなら……」

 

(ここにいるのはめちゃくちゃ危ないのでは?!)

 

「とりあえず一度様子見で出直しま……」

 

「あら、花達が騒がしいと思ったら、また悪い鴉がやってきたのかしら?」

 

(あ、あやや……)

 

 

まさに、時すでに遅しという言葉はこのような時のためにあるのだろう




読んでいただきありがとうございます

前回の投稿から二週間たってしまいました。1週間で15話の半分くらいはできてたんですけどね……やることと誘惑が多かったです(テスト勉強、遊戯王、etc……)

そういえば、三月の新潟例大祭で知り合いのサークルの売り子としてお手伝いに入ることになりました。しがない学生ですが、読者の方々と出会うことになるかも?という感じで、少し楽しみです


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16.花の香り

「あら?また悪い鴉がやってきたのかしら?」

 

(あやや……)

 

威圧感のこもった女性の声が背後から聞こえる

 

「あの……そのっ……」

 

ただならない雰囲気に恐怖しながらゆっくりと振り向くと……

 

「ひぃっ!?」

 

鋭い目線でこちらを睨む緑の髪をした女性がいた

 

(どどどどうしましょう?!)

 

その風貌、そしてその片手に持つ傘からして、あの風見幽香であることはほぼ間違いない

 

(いやしかし、すごく機嫌が悪そうですね?!)

 

今はとにかく無事に離脱できるように頑張る方が良いかもしれない

 

「わ、私は怪しいものではありませんよ……?」

 

「そう、それで?」

 

(それで……?!)

 

どう答えるのが正解なのだろうか……?

 

「その……綺麗なお花達ですね?」

 

「あら、それはありがとう」

 

(お、正解の返答が出来ましたかね?)

 

心なしか表情が和らいだようにも見えたが、それもすぐに元に戻り

 

「それで……どんな目的でここに来たのかしら?」

 

(あんまり効果はなさそうですね……)

 

「その……たまたま通りかかって花を見ていました」

 

これは嘘ではない

 

「そう……」

 

一瞬だけ彼女は考える様子を見せる

 

「ほ、ほんとですよ……?」

 

(ど、どうすればいいんでしょうか……?!)

 

そしてまた沈黙が数秒

 

「あなた、鴉天狗よね?」

 

「そ、そうですよ?」

 

「私に用があるんじゃないの?」

 

「あ、ありません……よ?」

 

「そう……」

 

(沈黙が怖い……!)

 

「この前のとは違うのかしら……」

 

「あ、あの……」

 

「そうね……家に来ない?」

 

「えっ、いやっ……その……」

 

(一刻も早くこの空間から離れたいですが……)

 

「来るわよね?」

 

「は、はいっ!」

 

(ダメそうですね……)

 

大人しくついていくしか無さそうだ

 

 

 

 

幽香さんに連れられてお家にお邪魔する

 

「お、お邪魔しまーす……」

 

「そこ、座って」

 

言われるがままに正面のテーブルの席につく

 

(随分洋風な家ですね……?)

 

気を引かない程度に周りを観察すると、日本には存在しなさそうなオシャレなインテリアが並べられていることが分かる

 

(どうやって手に入れたんでしょうか……)

 

しばらくして、幽香さんがやってきてテーブルにお皿を置く

 

「これ、どうぞ」

 

「わぁ……ありがとうございます」

 

そこには、花を型どった色も様々なクッキーが並べられていた

 

(かわいいし……美味しそうですね)

 

ほのかに香るバターと花の香りが鼻腔をくすぐり、すぐに食べていいものかと悩んでいるうちに向かいへ幽香さんが着席する

 

(すっごい見られてます……)

 

「い、いただきますね……?」

 

そうして幽香さんに見守られながら、サクッとクッキーをひと口かじり、味わうこと数秒

 

「美味しい……?」

 

「は、はいっ!すごく美味しいです」

 

「そう、よかった」

 

完璧に焼き上げられたそのクッキーをひと口、またひと口と味わうごとに、今までの生活では味わうことが出来なかった洋菓子の甘味が口の中に広がっていく

 

「紅茶、どうぞ」

 

クッキーを堪能していると、いつの間にか用意されていたティーカップに紅茶が注がれる

 

「いい……匂いですね」

 

(これは……何かの花……でしょうか?)

 

そして白いティーカップを口元に運び、ひと口

 

「…………おいしいです」

 

思わず感想が口から出る

 

「そう……それはよかったわ」

 

幽香さんはとても優しい顔をしていた




読んで頂きありがとうございます!

遅くなりました。なかなか集中して執筆に臨むことができずにいたのが原因の遅れです。しかも短めとは……、次は頑張ります。

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進捗とか執筆のアイデアとか不定期に呟いてます


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17. 動き、新たに

「あなた、名前は?」

 

「私は……射命丸文といいます、ご存知の通り烏天狗です」

 

お菓子や紅茶を味わい、一息ついた頃

 

「私は風見幽香、ただの妖怪よ」

 

「今日は色々ありがとうございます、お菓子、とても美味しいですね」

 

「たまたま用意してあったから、喜んでもらえたなら嬉しいわ」

 

「このお菓子は、全部手作りなんですか?」

 

「そうよ、大したものじゃないけれど」

 

「お上手なんですね、お菓子作り」

 

「そう……かしらね?」

 

「そうですよ!とっても美味しかったですし、お花への愛も伝わってきました」

 

「ふふ……そう言ってもらえると嬉しいわね」

 

優しく笑う幽香さん

 

「こんなお茶会がいつもできるなんて羨ましいです」

 

「そうよね、私はだいたい花達と一人だけれど……」

 

「そうなんですか?」

 

「そうよ、前にお客さんが来たのは……ここに引っ越してきた時かしらね?」

 

外を見ながらそんなことを言う幽香さん

 

「そのお引越しはどれくらい前なんです?」

 

「どうだったかしら……あまり意識していないから……」

 

幽香さんは少し考える様子を見せて

 

「確か……その時のお客さんが、人間と大陸の植物について話していたかしらね」

 

「植物……ですか?」

 

(米のことを言っているんでしょうか?)

 

「そう、これでここらの人間も国を作り始める、だとか言っていた気がするわ」

 

「なるほど……そのお客さんはどんな方だったんですか?」

 

「どうだったかしらね……金髪で、あなたより少し大きい位だったと思うのだけれど」

 

「へぇ……」

 

「そういえば、時が来たらまた会いに来る、とか言っていたのを思い出したわね……」

 

「でもまだなんですよね?」

 

「そうね……急にいなくなってからそれきりだわ」

 

「きっとそのうちひょっこり現れますよ」

 

「現れたら1回ぶっ飛ばそうかしらね」

 

「あやや……ほどほどにしてあげてくださいね」

 

そんなこんなで談笑をしていたのだが

 

 

 

「あれ、もう外が明るい……」

 

「ほんとね、花達に水をやろうかしら」

 

「あの、すみません……私はそろそろ行かないと」

 

そういえば、今は見回りの途中だった

 

「もう少しいてくれてもいいのよ?」

 

「すみません、でもまた来ますから」

 

「そう……わかったわ、楽しみにしてる」

 

「それでは、また」

 

そう言って立ち上がり家を出ようとした時

 

「あぁそうだ、あなたに頼みたいんだけれど」

 

後ろから呼び止められる

 

「はい、なんでしょう?」

 

「次はこの前ここに来た鴉天狗を連れてきてくれると嬉しいわ」

 

「はい、…………え?」

 

(ここに来た……鴉天狗?!)

 

「ん?どうかしたかしら?」

 

「いや、その……ほんとにここに鴉天狗が来ていたんですか?」

 

「そうよ、だからあなたにその鴉天狗を連れてきて欲しいのよ」

 

「なるほど……そうですか」

 

(まさかの情報ですね……どうしましょうか)

 

「ええと……」

 

「あぁ、心配しなくてもちょっと”お話”するだけよ?」

 

「な、なるほど」

 

「だから、連れてきてくれると嬉しいわ」

 

「善処します……」

 

「ふふっ……それじゃ、花達と待ってるわね」

 

「はい、それではまたいつか」

 

最後にまさかの新事実に驚きながら、そう挨拶して幽香さんの家を出ることとなった

 

 

 

 

「と、報告はこんな感じです」

 

守矢神社に戻り、諏訪子さんに今日の出来事を報告する

 

「お疲れ様、ありがとね文ちゃん、それにしても……花妖怪かぁ……」

 

「それもそうなんですけど……鴉天狗が他にもいるっていうのも……」

 

「あれ?もしかして知らなかなったのかい?」

 

「えーっ!諏訪子さんは知ってたんですか?!」

 

「まぁね、色んな妖怪が集まって暮らしてるっていうのは知ってたよ」

 

(それって……妖怪の山ですよね?!)

 

「なんで言ってくれなかったんですか!」

 

「いや……だって君が住んでたところのすぐ近くだから知ってると思って……」

 

「ええーーっ!?」

 

「その驚き方、本当に知らなかったんだね?」

 

「そうですよ!初めて聞きました」

 

(まさか、こんなところでまたまた新事実が判明するとは)

 

「それじゃあさ……」

 

諏訪子さんがこちらに向き直る

 

「な、なんでしょう」

 

「そこ……行ってみたい?」

 

「えっそれは……行ってみたいですけど」

 

(あの妖怪の山です、行きたくないわけがありません)

 

「よしっ!それじゃあ、風祝の仕事は今日でおしまいっ!」

 

「えぇーー?!?!」

 

諏訪子さんは私に向き直って言う

 

「文ちゃんには、大事な仕事をお願いしようかなっ!」




読んで頂きありがとうございます

なんと、前回の投稿後になんやかんやあってUAやお気に入り登録者数がすごく伸びました、ありがとうございます

お気に入り登録や感想はモチベに繋がるので、本当にありがたいです。これからもよろしくお願いします。

そして、今週末の新潟例大祭 あー19 星屑収集車 にて、お手伝いに参加させていただきます、もしか新潟例大祭に来る方がいれば、よろしくお願いします。

追記 語尾が堅いっ!!!!!

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18. 仕事、かもしれない

「文ちゃんには大事な仕事を頼もうかなっ!」

 

「し、仕事とはいったい……?」

 

「そうだな……文ちゃんには、天狗達の所まで荷物を運んで貰おうと思って」

 

「荷物……ですか?」

 

「そうそう、詳しい内容は後で伝えるから、今日の夕飯をよろしくね」

 

「あれ、もう風祝の仕事は終わりって……」

 

「今日までで、だよ?」

 

「あやや……分かりました、準備しますね」

 

 

 

そして日も落ちた頃

 

「それで、新しい仕事というのは……」

 

鍋を囲いながら質問をする

 

「あ、そうだったね」

 

「ん?また射命丸に仕事を押し付けるのか?」

 

「違うさ!今度はちゃんと文ちゃんにしかできない仕事だよ!」

 

「その言い方だと今までは押し付けていたことになるんだが?」

 

「まぁまぁ、私は楽しんでやってますから、いいんですよ」

 

(毎日いろいろ料理して食べるのも楽しいですしね)

 

「……そうか、それならいいんだが」

 

「はい、気にしてくれてくれてありがとうございます」

 

「いやいや、まぁでも……諏訪子は射命丸にいろいろ任せすぎな気がするがな……」

 

「こほん、それで新しい仕事の話なんだけどね」

 

「はい、なんでしょう」

 

背筋を伸ばして姿勢を正す

 

「文ちゃんにはこの手紙を届けて欲しいの」

 

「手紙……ですか、一体誰に?」

 

「そうだな……言うなれば、天狗の長……かな?」

 

「っ……!」

 

(まさかの天狗の長……天魔でしょうか?)

 

「正確に言うと一番影響力のある天狗に届けて欲しいんだけど……」

 

「な、なるほど……」

 

「その様子だと……心当たりがあるみたいだね?」

 

「あっ……はい、まぁ……そうですね、大体は……ですけど」

 

「まぁ、文ちゃんがこの人なら話が分かりそうだって人に渡してくれればいいのさ」

 

「はい、分かりました」

 

(私にできるかは未知数ですが頑張りましょう)

 

「横から私が言うのもなんだが……今まで射命丸がやっていた仕事たちはどうするつもりなんだ?諏訪子」

 

「んー?あぁ……それなら、紗代子がこっちに引っ越してくるから」

 

「む?そうなのか?随分とタイミングが良いんだな……まるでこうなることは予定通りだっ……」

 

「まぁまぁ、そんなことは気にしなくてもいいだろ?」

 

「……?えっと、紗代子さんはいつこちらにいらっしゃるんですか?」

 

「ん?そうだね……一週間前には伝えたから……そろそろ来るんじゃない?」

 

「やっぱり計画ど……」

 

「まぁまぁまぁ!そうだ、せっかくだし紗代子が来るまではここにいるってことにする?」

 

「そうですね!あや、そうなると風祝の仕事も……」

 

「あっ……頼んでもいいかい?」

 

「諏訪子……お前はな……」

 

「あやや……大丈夫ですよ、もう日課みたいなものですから」

 

 

 

そうしてなんやかんやで三日ほど経ち、赤ちゃんを連れて紗代子さんがやって来た

 

「文さん、お久しぶりですね」

 

「お久しぶりです!身体の方は大丈夫ですか?」

 

「はい、だいぶ安定してきました、以前のようにとまではまだいきませんが」

 

「無理はしないでくださいね?」

 

「はい、心配してくれてありがとうございます」

 

久しぶりに会った紗代子さんは以前より落ち着いた様子に見えた

 

「あ、そうだ!文さん、諏訪子様に無茶ぶりはされませんでしたか?」

 

「無茶ぶり……ですか?色々頼まれはしましたけど……」

 

何かあるだろうか

 

「ないならいいんですけど……」

 

「多分ない……と思いますよ?」

 

いつも頼まれていたのは、私にもできることばかりだったと思います

 

「それなら良かった、諏訪子様は何かと無茶ぶりをされる方ですから」

 

「そうなんですね……」

 

「あっ!そうでした、さっき一度みんなで話そうかと神奈子様に呼ばれたんです」

 

「分かりました、それじゃあ今日の仕事を終わらせたら行きますね」

 

「私も……手伝いましょうか?」

 

「いやいや、大丈夫ですよ、紗代子さんは二柱に色々話をしてあげてください」

 

久しぶりにやって来たのだ、まだまだ積もる話もあるだろう

 

「ありがとうございます……待ってますね」

 

「はい!ちゃちゃっと終わらせますね!」

 

張り切って日課をこなすことにしよう




読んで頂きありがとうございます!

新潟例大祭などなどあり更新が遅れてしました、今回はできるだけ早めに続きを出すために短めです
計画自体はあるのでどしどし書いていきたいと思います

あと例大祭の後の雪降る中、諏訪大社も見てきたりしました、意外とこじんまりしてるな、という印象でした……大昔には違ったかもですが
色々知見が得られて面白かったです

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19. 風祝も悪くない

日課を終わらせ、諏訪子さん達のいる部屋を覗くと……

 

「よしよし~お母さんですよ~」

 

「ねー、もう少し抱っこさせてよ~」

 

「ダメです、私がお母さんなんですからね」

 

「それなら私だってこの子の遠い祖先だよ!」

 

「それでもダメです、それと大声は出さないでください」

 

「むーっ、少しぐらいいじゃないか……」

 

「全く、お前は跡継ぎが産まれるといつもそうだ、こういうのは……」

 

どうやらみんなで赤ちゃんを可愛がっているようだ

 

「お、お邪魔します」

 

「あ、文ちゃんだ!今日もお疲れ様~」

 

「ありがとうございます、それにしても諏訪子さん……赤ちゃんにデレデレですね?」

 

「そりゃ大事な大事な跡継ぎだしね、それに可愛いし」

 

「紗代子さんを困らせちゃダメですよ?」

 

「もー文ちゃんもそういうこと言って……私は跡継ぎを可愛がりたいだけなのに……」

 

「諏訪子さんはまたいつでもできるじゃないですか……」

 

「そうだけどさ……うーん……でもなぁ……あっ、そうだ」

 

「えっ……何か嫌な予感がします」

 

「うん、文ちゃんも意外に小さいしさ、私に可愛がられてよ」

 

「いやです。そもそも諏訪子さんの方が小さいじゃないですか」

 

「それが理由なら大きくなっちゃおっかな」

 

そう言った諏訪子さんの身体はまるで成長するように変化する

 

「いや、あの……」

 

「うふ、これでいい?神の身体は自由自在なのさ」

 

数秒と経たずに大人の女性へと変化した諏訪子さん

 

「えぇと……えぇ?!」

 

「なー、いいでしょ?ぎゅーっと」

 

そう聞こえた直後、目の前に豊満なソレが迫り、視界が真っ暗になった

 

「よしよし~」

 

「ぶぉっほばはびふぇくばふぁいっ!!」

 

「ふふ、なんだい?聞こえないよ?」

 

そしてより強く押し付けられるソレ

 

「ふぃひふぁへひはいへふっ!!」

 

「なでなでしちゃおうかな~~なでなで~」

 

「っ~~!!」

 

その腕は緩まることはない

 

(い、息が苦しい……そしてなんだか段々と意識も……遠く……)

 

「文ちゃんも可愛いよねぇ……よしよし」

 

「おい、また幼子を食う気なのか?」

 

(神奈子さん……助けて……)

 

「なにさ、またって、文ちゃんはいいだろ?」

 

「お前はもう少し相手の事情をだな……まず射命丸を離せ、そろそろ気を失うぞ」

 

「おっと、さすがにきつすぎたか」

 

唐突に拘束から解放される

 

「ぷはぁぁぁっ!!はぁ……はぁ……助かりました……窒息するかと思いました」

 

「すまない射命丸、こいつは時々こういうことをするんだ」

 

「こいつとはなにさこいつとは!」

 

「諏訪子様、静かにしてくださいますか?もう寝かせる時間ですから」

 

「はい……」

 

「はぁ……いつもこれくらい聞き分けがいいといいんだが……」

 

 

 

「……それで、射命丸に話があるんじゃなかったのか?」

 

一息ついて全員が集まる

 

「まぁ、話というか……これを渡そうと思って」

 

諏訪子さんは帽子の中をごそごそと何かを取り出す

 

「これは……木製の……箱……ですか?」

 

それは手のひらに乗る程度のサイズの木箱に見える

 

「まぁ、それはそうなんだけど……そうだな……これは一種の式神みたいなものでね」

 

「式神ですか」

 

「まぁ、私がやるとどうしても呪いに近いものになってしまうんだけどね……それはそうとして、これを文ちゃんに運んで貰いたいんだよ」

 

「ちなみに……中身がどういうものかは詳しくは……?」

 

「うーんとね、簡単に言うと、ちょっと手の込んだ手紙みたいなものさ、中に言霊とかが込められてて、力のあるものにしか開けられないようになってるんだ」

 

「なるほど……?」

 

ボイスメッセージみたいな感じになるのだろうか?

 

「そして、これを渡した時点で文ちゃんの風祝としての仕事は終わり」

 

「おお、そうですか」

 

「そう、だからまぁ、届けられたら届ける感じでいいさ」

 

「わかりました、どうにかやってみますね」

 

「うん、助かるよ」

 

「話はそれで終わりか?」

 

「まぁ、そうだけど」

 

「それじゃ射命丸に私からも一言だけ」

 

「はい、なんでしょう」

 

「諏訪子の無茶ぶりに付き合ってくれてありがとう、短い間だったがとても助かったよ」

 

「こちらこそありがとうございます、神奈子さんには色々良くしてもらったし、楽しかったです」

 

神奈子さんには色々なところで助けられた

 

「あ、それでは私からも」

 

紗代子さんがこちらを向く

 

「今日まで私の代わりに色々して頂きありがとうございました、おかげで元気に赤ちゃんも産まれてきて、文さんには感謝してもしてきれません」

 

「あやや、そこまで言われると照れますね……赤ちゃん、元気に育つことを祈りますね」

 

「はい、ありがとうございます」

 

こんなに優しいお母さんがいるなら赤ちゃんの将来も安泰だろう

 

「そうだ、諏訪子もちゃんとお礼を言っておけよ?」

 

「はいはい」

 

諏訪子さんは返事をすると私の近くへと寄ってきて

 

「文ちゃん、今日までありがとね」

 

「いえいえ、私も楽しくてやってましたから」

 

「そうだな……また百年後にでも遊びに来てよ」

 

「ええー!百年後ですか?」

 

「まぁ来たいならいつでもいいからさ、また来てね」

 

「はい、また来ますね、跡継ぎがどうなるかも気になるので」

 

「はは、そっか、そうだね、今から楽しみだ……よし、今夜は宴会だ!」

 

「えぇ!今から出ていく流れじゃないですか?!」

 

「何言ってるのさ、別れには酒が付き物だろ?」

 

「そんなの聞いたことありませんよ~!!」

 

 

そうして翌朝……ではなく日も高くなる昼頃、二日酔いに悩まされながらも神社を後にし、妖怪の山へと向かうのだった




読んで頂きありがとうございます!

少し遅くなりましたが、なんとか守矢編終了です
これからは妖怪の山編に突入します
両手では数え切れないほどのキャラが登場予定なので乞うご期待

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20. 天狗の山登り

皆に見送られながら諏訪を出た私は、妖怪の山を求め木々の生い茂る山々の上空を飛行していた

 

「諏訪子さんにお守りも貰っちゃいました」

 

諏訪子さんが言うには、やばくなった時に少しだけ助けてくれるそううなのだが……やばくなったらとはどのくらいなのだろうかは分からない

 

「あの諏訪子さんのお守りですし、何かしら効果はありますよね」

 

効果を発揮するようなやばい場面が来ないのが一番ではあるのだが、原作の時代までまだまだ先は長いとわかっている以上、そんなことも言っていられないだろう

 

「それにしても……妖怪の山、どこにあるんでしょうか」

 

だいたいの方角は聞いて、そんなに遠くはないだろうとも教えてもらったものの、その正確な場所は分からない

 

「まぁでも聞いた話通りならそろそろだと思うんですが……どこでしょう?」

 

妖怪の山なのかそれともまだ天狗だけなのかその辺はよく分からないが、とにかく山にあることは確実だろう

 

「もしかして通り過ぎましたかね?」

 

とはいえ辺りは山だらけなので、探すのは困難を極めることになるかもしれない

 

「木の陰に隠されてたりしたら空からじゃ無理ですからね……」

 

河童の光学迷彩という例もあるし、ありえないということもないだろう

 

「地上から探した方がいいでしょうか」

 

それならば隠れていて見逃すということも減るだろうということで、高度を落とし、地に足をつけることにした

 

 

 

「よし、ハイキングの始まりですね」

 

せっかくなので妖怪のフィジカルを存分に使い、人間では到底進めないような段差の激しい山道を進んでいくことにする

 

「というか……こういうのはトレッキングの方が正しいんでしょうか」

 

木々の合間をピョンピョンと進みながらそんなことを考える

 

枝から枝へ跳び、時に滑空して谷を越え、森の中をぐんぐんと進んでいるため、確かにこれは人のハイキングとはかけ離れたものだと言っていいだろう

 

「まぁ……細かいことはいいですよね」

 

それからしばらくその妖怪式ハイキングは続いたのだが……

 

 

 

「おい、そこのお前!」

 

唐突に背後から聞こえる声

 

「うおっととっとっ……危ない……」

 

突然の声に驚き躓きかけるがなんとか持ちこたえる

 

「そう、そこのお前だ」

 

「な、なんでしょう……?」

 

「何をしている」

 

声の主の姿は見えない

 

「えーと……少し散歩を……」

 

「嘘をつけ、さっきから不審な行動をしているではないか」

 

「不審……?というか不審って直接言っちゃいます……?」

 

「さっきからあてもなく森の中を跳ね回って……どこが不審じゃないと言うんだ」

 

「そうですかね……森の中を跳ね回るなんて普通じゃないですか?」

 

「普通じゃないだろう!」

 

「どこがですか!」

 

「それはだな!」

 

「それは……?」

 

「…………」

 

「…………?」

 

(あれ……?)

 

「…………鴉天狗なら堂々と空を飛べ!」

 

「えぇ……」

 

(なんだか急に古臭くなりましたね……いや、まぁ今は古き時代ではありますけど……)

 

「というか、とりあえず隠れてないで出てきたらどうです?私は別に敵意とかありませんし」

 

時折正面の茂みがガサッとするが、なかなか姿を現さない

 

「そうか……?」

 

「そうですよ」

 

「いや、ダメだ」

 

「なんでですか……」

 

「お前、所属は?」

 

「所属……?私は一人ですけど……」

 

何かの組織のメンバーと勘違いされているようだ

 

「無所属……?どこにも所属していないと……?」

 

「はい……」

 

「そんなことあるのか……?いやしかし……」

 

「あの……そろそろ行っていいですかね?」

 

これ以上付き合うと面倒なことになりそうな気がする

 

「ダメだ!お前を連行して取り調べる!」

 

「えぇ?!いやですよ、行きますからっ!」

 

「おい待て!」

 

踵を返しその場から離れようとした瞬間、視界の端で影が動く

 

「ッ……!!!」

 

「待てと言ったはずだ」

 

一閃、次の瞬間には正面を塞がれていた

 

「あやや……これはこれは」

 

「何者かは知らないが、絶対に逃がさんぞ」

 

やっと姿を現した声の主が、こちらに剣を向ける

 

(まさか……っ!!!)




読んでいただきありがとうございます

ついに始まった妖怪の山編、これから新キャラをどんどん出してきたいですね

そしてなんと東方鴉人録のUAが30000を突破してしまいました
沢山の方々に読んでいただいてとても嬉しいです
いつも読んでくださる読者の方々、ありがとうございます

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21. 天狗の記録

(これはっ……!!!)

 

「……どうした、大人しく付いてくる気になったか?」

 

(白狼天狗だっっ!!!!!!!)

 

白い毛並み、そして犬耳、それに尻尾も見えている

 

(あやや、どうしましょう……まさかここで天狗に出会えるとは)

 

私は既に妖怪の山の範囲内に侵入しており、監視を担当していた白狼天狗に見つかったという感じなのだろうか?

 

「おい、聞いているのか?」

 

「……」

 

だとすれば、ここまま連行されていけば妖怪の山へ案内してもらえるかもしれない。いやしかし、そのまま怪しい者として殺されてしまう可能性もある。それならば一旦ここは様子見で……

 

「おい!!大人しく付いてくるか反抗するのかはっきりしないか!!!」

 

「はいぃっ!!逃げさせていただきます?!?!」

 

「逃がすかっ!!」

 

咄嗟に突風を発生させ上空へと距離を取ろうとする

 

「怪しいものじゃありません~!!」

 

「待たんかっ!!」

 

右へ左へ、時に乱気流を発生させながら逃走を図る

 

「その手は効かんぞっ!」

 

「なんでですかーっ!」

 

しかし妨害も意味を成さず、その距離はどんどん縮まっていき……

 

「ひょわっ」

 

「捕まえたぞっ!」

 

十数秒の逃走も虚しく、がっちりと足首を捕まれてしまった

 

「よし、今度こそ連れていくからな」

 

「あやや~、怪しいものじゃないですよーー……」

 

「それを今から調べに行くんだ、大人しくついてこい」

 

「な、私に何をする気ですか」

 

「書世丸様の所で記録を確認する、そこにお前の記録があるはずだ」

 

「私の記録が……?」

 

「鴉天狗の出生記録は全てそこにまとめられているからな」

 

「いやいや、ありませんよ絶対」

 

「いいや、書世丸家の記録は絶対だ、特に鴉天狗のことに関してはな」

 

「いや……ないと思いますよ」

 

(さすがにこれで私の記録があったら驚きってレベルじゃないですよ……)

 

「なぜそこまで自信を持って言いきれる?嘘ならすぐバレると言うのに」

 

 

 

「いや、射命丸という記録はないな」

 

「何故だっっっ!!!」

 

「だから言ったじゃないですか……」

 

連れてこられたのは紙の匂いのする書物庫らしき場所

 

「いやしかし、私としては記録にない鴉天狗であるのならば君のことを隅々まで記録させて頂きたいのだが……」

 

手をワキワキする眼鏡をかけた書世丸というらしい男性の鴉天狗

 

「出身は?身長は?体重は?得意とする技術はあるのかな?これまでの来歴も聞かせーーーー」

 

「あや、あやや……わ、私は……」

 

「書世丸様、ここに記録がないとなればこやつはどこへ連れていけばいいのでしょう?」

 

「できれば君の服装についても記録を……ふむ、そうだな……この子は……」

 

「必要であれば哨戒班の牢屋に入れておきますが……」

 

「えぇ?!」

 

「いや、そうだな……射命丸……私のように長の名前を持つもの……ふむ……」

 

「どうしましょう?」

 

「そうだな、念の為一旦私が引き取ろう」

 

「書世丸様が……?」

 

「必要な手続きは私がしておこう、犬走よ、ご苦労だったな」

 

「お気遣い感謝します、それでは」

 

どうやら私を連れてきた彼は犬走と言うようである

 

(犬走ッ?!?!?!)

 

「そうだ、射命丸と言ったか……お前、書世丸様に粗相をするんじゃないぞ」

 

「は、はい……」

 

いやしかし、犬走とは言ったがそもそも彼は男のようである

 

(あの犬走椛とは違いますよね……)

 

その容姿も白毛の犬耳ではあるものの明らかに男性で、それも割と筋肉がついているように見える

 

(あ、犬耳って言うと怒られそうですね)

 

「ふむ、それでは射命丸君、ついてきてもらえるかな?」

 

「は、はいっ」

 

「そんなに緊張しなくてもいいさ、ちょっと記録をしたあとに天魔様にあってもらうだけだからね」

 

「て、天魔ですか……?」

 

「そうだね……ふむ、その様子だと天魔様については知っているのか……なるほど、記録しておこう」

 

「あっ……」

 

「なに、記録するだけだよ……必要となれば閲覧されることになるだろうけどね」

 

「そ、そうですか」

 

割と背の高い彼に連れられて書庫の奥へと進む

 

「ここは……?」

 

「私の作業場みたいなものさ」

 

そうして連れてこられたのは棚が大量に設置された少し暗い部屋、そこから少し歩くと開けたスペースに作業机らしきものが設置してあるのが見えた

 

「そうだな、これにひとまずこれに掛けてくれるかな?」

 

どこからともなく椅子をとりだす書世丸さん

 

「へぇ……すごい」

 

「ふむ、術の類に興味あり、しかし理解している訳では無い様に見える、と」

 

「す、すみません……」

 

「いや、大丈夫さ……そうだな、私は沢山の記録に触れることもあって少しこの類の術の知識はあるのさ、興味があるのなら後でオススメの書物を紹介しようか?」

 

「あ、はい、そのうちお願いします」

 

「よし、それじゃ記録していこうか」

 

これまたまたどこからか取り出した椅子に腰掛ける書世丸さん

 

(今度の椅子はちょっと良さげな椅子だ……)

 

「そうだな、どこから質問していこうか……あ、そうだ」

 

「なんですか……?」

 

「虚偽の申告はしてもいいけど……記録に残るからね」

 

「は、はい……わかりました」

 

一体どんな尋問が始まるのだろう?




読んでいただきありがとうございます

今回は早めに書けました。毎回これだけ早く書けたらいいのになぁ
最近は執筆の熱が高まっているので毎日ちゃんと書くと言うのを決めて頑張っています。Twitterで執筆の記録をつけてるので、進捗が気になるからはどうぞ

最後に、お気に入り登録者700人突破ありがとうございます。100人ごとにお礼を言っていたらくどくなりそうですが。

作者は毎日増えていくお気に入り登録者数やUAを見てこんなに増えていいものなのだろうかとドキドキしています。
今後ともよろしくお願いします

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22. 天狗の谷

「虚偽の申告はしてもいいけど……記録に残るからね」

 

「は、はい……わかりました」

 

そんな警告を皮切りに始まる質問

 

「よし、それなら……生まれは?」

 

最初の質問、それと同時に定規のようなものが飛んでくる

 

「あややっ?!」

 

「気にしなくていいよ、記録をとるだけだから」

 

「はい……えっと……生まれですか」

 

妖術の類だろうか?

 

(それに……正直に言っていいものなんでしょうか?)

 

「なんか気づいたら生まれてたって感じで……」

 

「ふむ、それ以前の記憶はあるのかな?」

 

視界の端で紙の上で動く筆が見える

 

「何となく鴉って感じです」

 

「なるほど、正常な動物の妖怪化って感じだね」

 

「あの……私みたいな鴉天狗って他にいるんでしょうか?」

 

そこは気になるところである

 

「ふむ、そうだね……ある程度、と言ったところかな、おそらくここにたどり着く者が限られるということもあるだろうけど」

 

「よかった……そうなんですね」

 

私だけ異質な生まれという訳では無いようだ

 

「しかしだ、君にはもう1つ異質な点がある」

 

「そ、それはなんでしょう?」

 

「ここに来た時、君は射命丸文と名乗ったね?」

 

「はい……」

 

「名前を持っていること自体は特に異質なことでは無い、この場合問題となるのは、○○丸という苗字を名乗っていることだ」

 

「私の……苗字?」

 

「そうだね、本来このような苗字は限られた者にしか名乗ることが許されていない、君には関係ないかもしれないがね」

 

「そう……なんですか?」

 

初耳である

 

「実は本来、そのような苗字は天魔様に与えられるものでね、だから君は天魔様の承認を得るか、名乗るのをやめるか、即刻この妖怪の山から出ていくか、ということになる」

 

「この名前は、私だけの名前ではありません……」

 

大事な大事な”射命丸 文”の名前だ

 

「なので、私は……」

 

(名乗るのをやめるのは論外として、妖怪の山から出ていくのは……嫌ですね、それなら……)

 

「天魔に会う、かな?」

 

「はい」

 

"射命丸文"であるならばこうするしかない、そう思った

 

「そういうことだね、連絡はしておいたからそろそろ来ると思うよ」

 

「えっ」

 

「ここに来る時に言っただろう?君には天魔に会ってもらう、と」

 

「ということは、私がどう答えたとしても……」

 

不敵な笑みを浮かべる書世丸さん

 

「うん、分かって貰えたようで何よりだよ。君の聞き分けが良くてよかった、記録にはいい感じに書いておくからね」

 

「あ、ありがとうございます?」

 

「さて、返事が来るまでにもう少し質問しよう」

 

そうしてこれまでの来歴や生活についての質問にいくつか答えた後のこと、何かが書世丸さんの手元に飛んでくるのが見えた

 

「おや、返事が来たみたいだね」

 

「それは……?」

 

「これかい?これは式神でね、目的地に向けて飛ぶだけの簡単なもので、連絡は主にこれで行っているんだ」

 

書世丸さんの手には人型をした紙が握られていた

 

「へぇ……」

 

さすが妖怪の山といったところだ

 

「あぁ、それで君の処遇なんだけど――」

 

突然聞こえたのは扉の開く音

 

「おっと、読むまでもなく迎えが来たみたいだ」

 

書世丸さんが立ち上がり扉の方へと向かう

 

「ようこそ、お待ちしておりました、こちらいるのが件の鴉天狗です」

 

コツコツと足音を立てながら近づいてくるのは、白狼天狗らしき背の高い女性だ、もう一人は二回りほど背が低く付き人のように見えるが、こちらは笠を深く被っているため種族などは分からない

 

「こんにちは、射命丸文さん、ですね」

 

「はい、射命丸文です。こんにちは」

 

凛とした女性の雰囲気である。付き人のほうは……こちらを見ているだけでよく分からない

 

「天魔様が直接話をしたいそうです。ついてきていただけますね」

 

私は頷き、彼女について部屋を出る

 

「あぁ、そうだ、射命丸くんの資料を」

 

付き人の方へ資料を渡す書世丸さん

 

「では、ついてきてください」

 

建物を出て、少し整備された山道を歩く

 

「あの、えーっと」

 

「……長守楓です。長守とでも呼んでいただければ」

 

「あ、はい……長守さん、天魔様ってどんな方なんですか?」

 

「天魔様は……若くして天魔となった非常に人望の高い方です。まぁ……そうですね、護衛をしている私から言わせて頂くならば、その立場にふさわしくないほどに自由すぎる方ですね。まぁそこに実力も伴っているからこその人望ではあるのですが……」

 

「そうなんですね……」

 

「そうですね、まぁ天魔はあなたのような面白い方が好きですので、構える必要はないと思いますよ」

 

「私が……面白い?」

 

「あなたの来歴の話です、天魔様はそこに興味を持っているのです」

 

「なるほど……」

 

(私の来歴って言ってもそんな大したことはしてないですけどね……)

 

劇的な何かがあった訳でもなく、マイペースに生きてきただけである

 

「そろそろ着きますよ」

 

そんなことを話しながら山道を進んだ先には、深い渓谷があった

 

「この下ですか?」

 

何となくそんな気がしたので聞いてみる

 

「そうです、少し飛びますよ」

 

そう言って私と長守さんたち2人は渓谷を段々と高度を下げながら進む

 

「この辺りは、主に鴉天狗の居住地となっています」

 

渓谷の側面の所々に屋敷らしきものがあるのが見えた

 

「すごい……」

 

天狗だからこその立地だろう

 

「そしてあの先が、天魔様の屋敷です」

 

眼下の渓流も近くなり、ひんやりとした空気と薄暗さを感じてきた頃、音を立てて流れ落ちる滝の裏の岸壁にその屋敷はあった

 

「すごい……隠れ屋敷ですね」

 

滝の裏とはまさにテンプレである。そんな屋敷に長守さんに連れられて足を踏み入れると、そこは完全な日本家屋でった

 

「わぁぁ……!すごい……!」

 

初めて見る和式の内装に心踊っていると、長守さんに案内された部屋で待っているようにと言われたので、大人しく初めての畳と座布団の上で待つことにする

 

「……いい匂い」

 

畳のいい香りを感じながら出てくるであろう天魔を待ち構える

 

「やぁ、射命丸くん、会えて嬉しいよ」

 

(……っ!)

 

どこかからか声が聞こえたが、見回しても誰もいない

 

(…………どこ?)




読んで頂きありがとうございます!

1ヶ月ぶりの更新です。新作カードゲームやら色々に手を出したりしてました。そして、今は熱も少し冷めたのでまた更新頑張ります。
とりあえず毎週投稿を目指しています。書き溜めせずに数日おきに投稿しているとまた今回みたいになってしまうと感じたからですね。

またこれからもよろしくお願いします

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23.天魔と鴉天狗

「やぁ、こんにちは射命丸くん」

 

突然どこからか声がする

 

「こ、こんにちは」

 

振り向くが誰もいない

 

(部屋の中には私1人だけ……なのに声は近くから聞こえてくるってことは……)

 

「術か何かですか……?」

 

「違うよ〜、上見て上」

 

「えっ」

 

そう言われて上を見ると……

 

「やっほー」

 

何者かが天井に張り付いていた

 

「こんにちは……天魔さんですか?」

 

「天魔さん……まぁそうだね、天魔さんだよ」

 

スっと音もたてずに畳に降りる天魔さん

 

「天魔さんって呼ばれるのも久しぶりだなぁ」

 

「あっすみません、えっと天魔……様?」

 

「そのままでいいよ〜」

 

「そうですか、ありがとうございます」

 

「それじゃあ……何から話そうかな?」

 

書世丸さんから渡されていた書類を取り出して読み出す天魔さん

 

「えっと……へぇ、諏訪から来たんだね君」

 

「はい、守矢神社にお世話になっていました」

 

「守矢神社ね、昔からあそこは力が強いからねぇ」

 

「あ、そうだ」

 

そういえば天魔さんに渡せと言われたものがありましたね

 

「これなんですけど」

 

鞄から諏訪子さんから受けとった箱を取り出す

 

「ほう、それはなにかな?」

 

「これは、諏訪子さんからあなたに渡してほしいと頼まれたものです」

 

「それが?えっ、私にはかなりの呪物に見えるんだけど……」

 

「諏訪子さんには手紙のようなものだと言われていますが……そうなんですか?」

 

「えぇ……これで手紙って、宣戦布告か何か?」

 

「えぇ!そんな訳ありませんよ、諏訪子さんはそんな気はないと思います」

 

「そうなんだ……まぁ開けない限りは特に害は無さそうだし一応受け取っておくよ、然るべき防御をしてから開けさせてもらうよ」

 

「はい、ありがとうございます」

 

「それじゃあ……君はもしかしてこれのために妖怪の山へ?」

 

「半分はそうですね、頼まれごとだったので」

 

「もう半分は?」

 

「私が妖怪の山に来たかったってだけです」

 

「それだけ?」

 

「はい」

 

「妖怪の山へ来て何かをしようというわけでもなく?」

 

「まぁ、もちろん何かはしたいですけど、それはこれから決めます」

 

せっかくの妖怪の山だから、いろんなキャラに会いたいものだ

 

「そっか、じゃあこれから暇ってこと?」

 

「まぁ……そうですね」

 

「そうなんだ……あっそうだ」

 

「なんでしょう?」

 

「君、妖怪の山に住む予定ある?」

 

「えっ……急ですね」

 

「どう?」

 

「ないことは……ないですけど」

 

というか、こんなに簡単に妖怪の山に住めるならば願ったり叶ったりだろう

 

「それならいい所があるんだよね」

 

「私なんかにいいんですか?」

 

「君だからいいんだよ」

 

「どういうことです?」

 

「行けばわかるから今から行こうか」

 

「えぇっ」

 

「ほらほら、立って立って」

 

「ちょ、ちょっと突然すぎません?」

 

「そんなことないよ〜」

 

腕をグイグイ引っ張られる

 

「そ、そうだ!そういえば私の名前のことなんですけど!」

 

なにがなんだかわからないので一旦話題をずらすことにする

 

「あぁ、私がいいと言えばいいんだろ?もちろん大丈夫さ」

 

「えぇ、そんな適当でいいんですか」

 

「天魔がいいと言ってるんだからいいんだよ」

 

「そうですか……」

 

さすがの天魔様である

 

「じゃあ、これで君の用事も済んだしついてきてくれるよね?」

 

「は、はい……」

 

一体どこへ連れていかれるのだろう

 

「楓!聞いてたよね?行くよ」

 

「かしこまりました」

 

声と同時に襖が開く

 

「しかし天魔様、娘様にはつい三日前に来るなと言われたばかりではありませんでしたか?」

 

「今回は特別だよ、この子をあそこに住ませようと思って」

 

「天魔様、また勝手にことを進めるなと娘様に怒られますよ」

 

「いいじゃないか、今はたてに必要なのは同世代の友人だろう?」

 

「それはそうかもしれませんが……」

 

「あの……天魔さんに娘さんがいらっしゃるんですか?」

 

(何か聞き覚えのある名前が聞こえた気もしますが……)

 

「そうだよ?姫海棠はたて、私のかわいい娘でね、今は一人で生活ををしているんだけど、君にはたてと一緒の家で暮らしてもらおうかと思って」

 

「えぇっ?!?!」

 

(姫海棠はたてですか?!あの?!しかも天魔の娘?!)

 

「やはり驚かれるのですね、天魔様に娘がいることを知られると」

 

「その言い方はなんか気になるなぁ?」

 

「すみません、長年の疑問でしたので」

 

「それを言うなら楓も早く子作りすればいいのに〜」

 

「……私には遠い話です」

 

「ま、楓がいいならいいけど」

 

そして情報を飲み込むのに時間がかかっている中、またしても腕を掴まれる

 

「さぁ、こんな話はいいから早く行こう!」

 

「は、はいっ」

 

どうやら姫海棠はたてに会うことになってしまったらしい私、これから一体どうなってしまうのだろうか?




読んで頂きありがとうございます!

毎週投稿しようと言って次の週に2日遅れの投稿ですね。来週は頑張ります。

追記 どうやら1話の投稿から1年が経過していたようです。途中休止もありましたが、意外と1年が長かったような気がします。これからもよろしくお願いします

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