ギルティクラウン -Fake Crown- (SUMI)
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憑依:restart

始めまして、SUMIです。

意外と人気があるギルクラですがssがなかったんで我慢できずに書いてみた。お楽しみいただけるのならば幸いです。では本編、というよりも導入をどうぞ。


それはまるでまどろみから浮かび上がるように俺の意識は目覚めた。

 

………か?…………い、……大丈……大丈夫か!?

 

朦朧とした意識の中、ぼやけながらも初めて写ったのはクリーム色に近い迷彩服とヘルメットとゴーグルで顔が隠れている、そして十分すぎるほどに重々しい重装備の自衛隊らしき人の姿。

 

次に感じたのは体が揺さぶられる感触。どうやら俺ははっきりとしてはいない意識でも意識を失っていたんだと感じていた。だけどどこか感覚がおかしい。自衛隊の人がやけに大きく見えて体を揺さぶれる力もやけに強く感じていた。

 

そのことがやけに気になって周りを見れば…………惨状が広がっていた。周りにある建物はみんな無残に崩れ落ちていて、所々には現実ではありえないような妖しくどこか浮世離れしような紫の結晶がこべりついていた。見上げれば白い白い雪がゆらゆら揺れながら降っている。その光景は退廃的でありながらどこか幻想的でもあった。

 

(なんだこの光景? 何が起こったんだ? どうして俺は外に?)

 

ふと、自分の腕が見えた。だけどそれはいつもの見慣れたものではなく、まるで自分のものじゃなく、子供のような……まさしく子供の手だった。そして僅かに見える茶色の髪。

 

次の瞬間に浮かび上がるのは驚愕と疑問。何故!?どうして!?ありえない!?と瞬く間に思考が埋め尽くされていく。

 

この光景が写る前の最後の記憶。其れは俺がどこにでもいるただの高校生だった記憶。ただ極々普通に、学校へ行き、学業を受け、放課後に自らの趣味を楽しみ、そして眠った。そんな特に記憶に留める必要もない、いつも通りの日常の一片。

 

気が付いたら見知らぬ子供になっていたのだ。パニックにならないほうがおかしいだろう。あまりの衝撃的な出来事に意識の許容量が限界を超え、糸が切れるように意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢を見ている。自分ではない自分の記憶。

 

「ねえ、集。もう目を開けていいよ」

 

「うわぁ……すごいきれい」

 

それは姉と過ごした優しい記憶

 

 

 

 

 

 

「怖いよ、こんなの無理だよ」

 

「大丈夫だって、僕を信じろ!」

 

それは親友と過ごした楽しき記憶

 

 

 

 

 

幼き少年にはずっと続くと思い込んでいた。でもそんな時間は唐突で残酷に終わってしまう。

 

 

 

 

 

それは雪が降り注ぐホワイトクリスマス。その少年には楽しき思い出になるはずだった。

 

 

 

 

 

 

 

炎の紅蓮に染まる教会。その中で血の紅で染まって倒れている親友の姿。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分に助けを求めながら、崩れ落ちていく全身が紫の結晶の異形となった姉の姿。

 

 

 

 

 

 

 

 

それだけならまだ深い深い心の傷になるだけだろう。だが現実はそれ以上に幼き彼に無情を突きつけていく。それはこうなってしまった原因を作ったは幼き彼であることだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼は拒絶してしまったのだ、姉を。体の所々に紫の結晶になった姉を『バケモノ』と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その事を少年は理解してしまった。それ故に大好きな姉を殺してしまったことがあまりにも重すぎて…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次に目に入った光景は規則正しい網目が入った模様の白い天井。横に視線をずらせば小さくなった腕に点滴が刺さっている。

 

その光景に俺は胸の内に残っていた期待も消えた。夢であってほしいと。あの光景は夢で、目をさませば何時もの部屋にいると心のどこかでそうあってほしいと思っていた。だが、それはもう出来ない。

 

(それにあんな光景を見ちゃったしな)

 

さっき見た夢で見てみぬ振りなんて出来るわけがない。もう既にここが何処でこの少年が誰なのかも理解した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、この少年の名は桜満集。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もとの世界でアニメーションだった『ギルティクラウン』と呼ばれる世界の主人公になるはずの子どもだ。

 

 

 

 

 

なんの因果か、俺はその少年に憑依したのだ。

 

 



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発生:genesis-phase1

夢を見ていた。

 

昔の……まだ少年がなにも知らない頃の優しい記憶。

 

優しい義理の母親と綺麗な姉と気弱な親友。みんな笑っていた楽しい夏の記憶。

 

でもいつの間にか…………

 

 

 

 

 

ゆさゆさとやさしく揺さぶられ意識がはっきりとしていく。

 

「起きて、もうすぐ着くよ。集」

 

目の前に赤い学生服を着た栗毛の短い髪を後ろで二つにまとめた女の子の西條祭。中学からの付き合いで4年近くは付き合いがある人物だ。

 

祭が俺を起こしたってことは通学途中の電車で寝ていたのか、外の景色を見れば学校の側まできていた。そろそろ降りないと

 

「ん、起こしてくれてありがと。祭」

 

にしても懐かしいと言えば懐かしい記憶を見た。あの時以来、はじめの方しか夢で見ることしかなかったのに。

 

 

 

 

 

あれからもう10年が経った。ぶっちゃけて言えば本編が始まるまで特にするべきと言うか出来ることはない……というよりもしなかった。考えてみると何も知らない学生であったからこそ葬儀社と接触もでき、そして王の力を手に入れることが出来たのだから。ダァトが何らかの方法で引きずり込む可能性も無きにあらずだがある程度選択の余地がある葬儀社と関わることを選んだ……まあ、原作どおりに流されたと逃げになるかもしれないが……でその時までやることはなかったので自分自身を鍛えることしかなった。その結果として原作の集よりも少しだが背が高くなったし体型は変わっていないが鍛えられた体となっている。無論なにかしら武術も習っているので喧嘩も出来る……が経験はない。実際に経験しないと動けるかなんて自信はないけど。

 

 

 

 

この世界についても変わりがない。財政界の重鎮たちがテロによって重要な人物がほとんど、いや全員といっていいほどの人数が死亡した。それだけならまだ建て直しが効いたがちょうどよくアポカリプスウィルスによる災害、真名の暴走が発生。それによって国の中心部が完全に停止してしまったのだ。その後にGHQが武力介入し、そのまま国の中枢を占拠した。それが今の日本の現状。

 

登校通路の傍、その近くに平然とGHQの基地と内骨格型遠隔操縦式装甲車両、通称エンドレイヴが居る光景がすでに日常となっている。

 

そして学校でクラスメートとある程度愛想よく返事しながら、適当に授業を済ませ、夕方。

 

原作通りに俺は部活動は映研に所属している、部室というか部員達の溜まり場というべき場所に向かう。場所は天王州大学跡地。なんとも運命なのか偶然か分からないが因果な場所になったもんだ。

 

そこに二人の男子というか、一人は活発そうな刈上げたぼさぼさの黒髪の少年で魂館颯太。

 

「おっ! 集じゃないか、今日は遅かったな!」

 

元気良く挨拶してくる。正直、原作の集と同様に馴れ馴れしいのがちょっと好きじゃない。もうちょい距離を離してくれればいい三枚目になれるのに。

 

もう一人は癖のない自分と同じ茶髪のショートで冷静な顔つきの青年とも取れそうな顔つきの少年、寒川谷尋がの声で俺に気づき。

 

「よお」

 

「ん」

 

お互いに軽く手を振って短い挨拶。谷尋とは原作とは違い、仲はいい。お互いに似ているのだからだろう。どっちも本当のことは隠して上っ面で愛想良く振舞っているのだから。そのことが妙に馬が合ったのか深いようで浅く、浅いようで深い友達付き合いをしている。お互いに何かを隠していることを理解してあえて深いところまで知ろうともせず踏み込まない微妙な距離での付き合い。だからこんな短い挨拶でも通じるほどだ。

 

あ、そういえば、まだコンクール用のクリップ映像の編集済ませていなかったっけ

 

「あ、悪い。颯太、まだクリップ映像まだ出来上がっていなかったんだ。もうちょい待ってくれ」

 

「ん、そっか」

 

とまあ、可もなく不可もなくってところだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜、家に帰った俺は日課とも言うべき家事と結構な量のトレーニングをさっさと済ませ、前からの趣味と言うべきネットサーフィンでアングラな動画投稿サイトに投稿されているあるアーティストの唄を聴いていた。

 

『EGOIST』

 

記憶にある姉にそっくりな少女、楪いのりが歌っている動画。それが静かな人気を得ていた。なぜ葬儀社に所属しているいのりがこの曲を歌っている映像を流したのか? おそらくトリトン……涯の指示だろう。茎道への宣戦布告なのかもしれない。真名にそっくりないのりの映像を流すことで茎道への意図返しであるかもしない。

 

だが集にはその映像そのものが10年も前になる知識に引っ掛かる。いや、既に感じているんだと。

 

ふと視線を遠くに見える巨大な支柱を中心に何十もの円が円錐形を形作る建物。ボーンクリスマスツリー。それが灯まるで何かを探すように辺りを照らす姿に始まりの光景思い浮かべていた。俺自身にも何となくだけど始まるのだろうと予感していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、その予感の通りにGHQにテロがあったとニュースが報道していた。

 

 




原作まで特に書く事ないのでキングクリムゾン。
世界は原作と変わらず。
変化があったのは集自身。
主な変化は体を鍛えているので身長は少し伸びており、顔つきもすこしはきりっとしています。あとは対人関係はあたりさわりがないといったところです


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発生:genesis-phase2

そのテロのニュースについに始まったかと俺は思っていた。

 

ついに来たと運命の日が来たと。正直、トリトン……現、恙神涯とどんな顔して会えばいいのか分からない。久々に会った親友は別の人が憑依しましたよって言える訳がない。それと同時にヴォイドは人の心そのもの。どれだけ表面上を装うとも自分の心に嘘はつけず、本当の心の形をヴォイドは現すのだ。だからこそ自分は原作の桜満集のようにできるのかわからないのだ。もしかしたら自分でも気づいていないコンプレックスや願望がヴォイドとして現れるかもしれない。そんな不安もあったのだ。

 

昼休みに一人で先に天王州大学跡地に向かっていた。谷尋たちにはまだ出来ていないクリップ映像の編集と機材の片付けと言う題目で。もうすぐ、もうすぐ、運命の邂逅が始まるのだと緊張にもにた気持ちだ。

 

聴いたことのある歌声が響く。そのまま進むと部室に一人の少女が座り込んでいた。

 

無防備に天使をイメージしたらしいがどう見ても金魚のようにしか見えないホロスーツを半分脱いでおり、おそらく昨夜の襲撃で負った傷を治療するいのりの姿があった。

 

その姿は綺麗だと人形のように見えながら、そして何故なのかは分からない、だけど何処かわからないところで自分とそっくりだと……俺はそう感じていた。

 

「誰!?」

 

ここに現れた俺をGHQと勘違いしたのかふゅーねると一緒に襲い掛かってくる。来ると分かっていたのか自然と自分の体は動いていた。体を半身に傾け攻撃をかわし、そのまま下がらせた手でいのりの手を掴み引っ張らせバランスを崩し残った手で首を掴み地面へと押さえつけた。うん、どうやら体は動いてくれたようだ。

 

「っ!」

 

「ビックリした。いきなり襲い掛からなくてもいいじゃないか。でもどうして君は此処に? それに君って僕の見間違いじゃなければEGOISTのいのりなんだよね?」

 

ぶっちゃけ普通の学生の対応ではない気もするがそこはスルーしておく。あっちも気にしていないし。

 

「それは……」

 

暴れて拘束から逃げようとしたその時だった。いのりのお腹の辺りから漫画とかでよくある空気を変える間抜けな音。グゥーと。つまりは空腹の際に出てしまう生理現象だと。一気に白けてしまった。なんともいえない微妙な空気になってしまう。

 

「………………おにぎりあるけど……食べる?」

 

その答えはかなりの速さでコクコクと頷かれた。すこし赤くなった彼女の顔が可愛かったといっておく。

 

 

 

 

 

 

 

 

あっという間に弁当のおにぎりを食べて、ついでに怪我の治療も一人じゃ上手く出来なかったから手伝った。ちらりといのりの傍にいるふゅーねるを見た。おそらく、あの中にヴォイドゲノム……王の力があるのだろう。それがなにか恐ろしく見えた。この後の展開から言ってGHQが来ていのりを捕縛するだろう。でも正直言って見捨てるのは後味が悪すぎる。さてどうしようかと悩んでいると。唐突にいのりがこっちに向いて。

 

「取って」

 

そうして向けられるあやとり。その姿は知識にある桜満真名にそっくりで……体がそうしたのか無意識に一歩下がっていた。幸いにも目の前のいのりには気づいていないみたいだ。

 

「?……えっと、あなたは?」

 

いのりが俺のことを呼ぼうとして気づく、そういえば俺の名前を言っていなかったっけ。

 

「……集……桜満集だよ」

 

それが今の俺の名前。十年前からずっといわれている自分のことを示す名前だ。軽く名前を告げたその後にあやとりをとろうとしない俺をやろうとしないと感じたのか。

 

「桜満集は臆病な人?」

 

「……だろうね。いつもいつも人の顔を伺って、愛想よく振舞っていれば否定されることなんてないから」

 

同時に俺は怖がっているんだろうな否定されることを。贋者だと思っていてもどこかで俺を否定されるのを怖がっているんだろう。桜満集として愛想良く演じていれば否定されないと思い込んで振舞っている臆病な人間だ。

 

その返答がいのりにはどう思ったのかはわからないが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後だった。突如として誰かが入ってくる音が聞こえた。自分にはそれが何なのか知っている。だからか……

 

「伏せて!」

 

咄嗟にいのりに覆いかぶさるように倒れこむ。直後に銃撃が自分達の上を通った。

 

「ちぃ!! いのりさん、失礼しますよ!!」

 

既に誰であることは知っているからか行動は早かった。正直言って、何もしなくてもふゅーねるは残って結局はいのりを助け出すのだろうが、だがいのりを見捨てている事実は変わらない。だから、今見捨てるなんて俺には許容できなかった。後味悪いとかそんなの関係無しに。

 

いのりを両手で抱えた……所謂お姫様抱っこともいう担ぎ方で勢い良く近くにある窓を蹴破って逃げ出した。抱えたいのりが意外に軽いなと結構場違いな感想と共に。

 

結局いろいろ考えてみたがその場での勢いで行動することになってしまった。

 

 

 

 

 

『うわぁ……あの少年、結構根性あるというか思い切ったことしたね』

 

「ああ、そうだな」

 

ふゅーねるを通じて葬儀社のリーダー、恙神涯は見かけ上は冷静に、だが内面では嬉しさに似たものと疑問が渦巻いていた。ずっと昔、まだ自分が少年であったころに親友だった。その少年がここでいのりと邂逅するなんて運命かと思った。人の顔色を伺うような変わった部分もあったけど思いっきりのいい昔から変わらずに居た部分もあり、昔の親友を見れたことが嬉しくもあった。だけど、それ以上に何故あの真名とそっくりないのりのことを疑問に思わないのだろうか? そして集の接し方も始めてあったように話すのだ。まるで最初から真名のことなんて知らないように。その集から感じられる違和感があった。まるで少しだけ……まるでそっくりな人間と話しているような、そんな違和感が涯の心をかき乱していた。

 

そんな内心でもやるべきことはやっていた。指揮を執っていたグエンと交渉し、時間は稼ぐことは出来た。

 

『あ!……戻ってきた。でもいのりんがいない』

 

少ししたら親友というべき人物が戻ってきた。ただ一人だけで、それは一緒にいたいのりは捕まったことである。その証拠にその顔には悔しさが滲んでいた。涯は親友が無事であることに安堵していた。だが、次の問題も出来たのは事実。GHQに捕まった。幸いにも重要なものはまだふゅーねるの中にある。なんとしてでもヴォイドゲノムは回収しなければならない。

 

「ふゅーねるを自動帰還モードに設定しろ」

 

『アイ……大変!駆動系に物理トラブルが発生しているみたい……しかも深刻な!』

 

「自力での帰還は出来るか?」

 

だが、問題はない。現在地はふゅーねるを捕捉しているために後で人を出して回収しればいい。モニターを見れば、集がなにかを探すようにあたりを見ていた。

 

『どこにある? いのりさんと一緒にいたあの機械……逃げる前に見た限りだとこの近くに隠れているはずなんだけどな。はあ……間違いなく厄介ごとなのに頼まれちゃったからなあ。ガイに渡してって』

 

その後に呟いた集の言葉に涯は驚いていた。集は完璧とは言わないがそれでも現状を把握しているのは間違いはない。だと言うのにこれを届けようとしているのだ。それはなんらかのテロリストに手を貸すことになるのだ。

 

(おもしろい……だったら試させて貰おう)

 

だからか涯は試そうとしたこの出会いが必然なのか、それとも偶然なのかを……

 

 

 

 

 

「痛え…………」

 

結局捕まった。幾ら鍛えているといってもたかが一学生。軍隊染みた組織に逃げ切れるわけでもなくあっという間に捕まり、いのりは連れ去れてしまった。

 

その後に梃子摺らせたとあのデブに半ば八つ当たり気味でぼこぼこに殴られた末に放置された。春夏の息子として結構重要な位置づけなのかはわからないが連行されるのまでにはいかなかった。その後に部室に戻っていた。連れ去られる前にいのりから頼まれたのだ。ふゅーねるをガイにと。

 

「どこにある? いのりさんと一緒にいたあの機械……逃げる前に見た限りだとこの近くに隠れているはずなんだけどな。はあ……間違いなく厄介ごとなのに頼まれちゃったからなあ。ガイに渡してって」

 

おそらく、この部屋の何処かに隠れているのだろう。そしたら案の定、ここに隠れていたふゅーねるが現れた。

 

「あ、ここにいたのか……悪い、彼女を守れなかった」

 

AIが動かしているのかツグミあたりが操作しているのか分からないがこうなった以上捕まったのは俺の責任だ。

 

すると行き成り地図が出て、中に収められたものを見せる。ここに行けと……セフィラゲノミクスから最重要機密でもあるヴォイドゲノムを盗んだのだから普通では厄介ではすまないかもしれないけど頼まれた以上ほっとけない俺はお人よしなのかもしれない。結局は原作どおり動くしかないと。

 

ヴォイドゲノムが収まったシリンダーを胸のポケットに入れてからちょっと大き目のふゅーねるを抱えて移動を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

指定場所は六本木フォート。ロストクリスマスの中心地で今はアポカリプスウィルスの一級感染地域として隔離さている場所。そこらにホームレスのようにさびれて生活しているひとたちがいた。

 

辺りが暗くなるころにやっと目的の場所の広場に着いた。でもやっぱりと言うか辺りにはその涯らしき人物はいない。まあ、テロリストのリーダーやっている人物がこんなところで待っているわけなんて居ないしな。

 

「おい、お前」

 

肌の黒い、俺よりもでかいごろつきがこっちに絡んできた。おそらく俺が学生であるのと踏んでかふゅーねるを奪おうとしている。

 

「それ、置いてけよ」

 

これは頼まれたものだから無理だと断るといきなり殴りかかってきた。だけど、さっきのGHQの兵士に比べれば子供じみていたからかあっさりと避け、お返しにと勢いを乗せた手加減無しの回し延髄蹴りをかますといい具合に入り。一撃で気絶した。

 

「弱っ……」

 

「このガキぃ!調子乗りやがって!」

 

ゴロツキが倒されたところを見た仲間らしき二人のゴロツキが逆上してナイフを取り出して威嚇し始めた。

 

…………あれ? これって案外不味い状況かも。どうやって対処しよう……他人に任そう。さっさと涯来てくれ。

 

 

その直後、自分の周囲が照らされた。その光源のほうから一人の男が現れた。

 

 

 

「やあ、死人の諸君」

 

 

 

 

 

そう、いのりの所属している地下組織の葬儀社のリーダー…………そして十年前、桜満集の親友である恙神涯である。

 

昔のトリトンとして知っている身としては変わりすぎだろ。



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発生:genesis-phase3

恙神涯。かつて桜満集が俺になる前の最後の夏に海から流れ着き、姉の真名からトリトンと名づけられた少年。その頃は気弱で引っ込み思案で、桜満集にいつも引っ張りまわれていたけど親友と呼べるほどの仲がよかった。姉の真名に恋し、最後はロストクリスマスの後に強くなると告げて別れた。

 

実に十年ぶりの再会であるはずだった。すでに恙神涯が知っている集はいない。俺はお前が知っている桜満集ではないのだから。

 

だからはじめましてだ。トリトン……いや、恙神涯。

 

さて、成長した彼はくすんだロングの金髪に冷ややかな切れ目の整った顔は何処か危険を連想させるような風貌。イケメンすぎる。トリトンだったころは可愛らしかったのに。どうしてこうなった。

 

無駄にかっこつけて登場。そのままあっという間にゴロツキの一人をぶっ飛ばした。

 

強っ! 自分も護身術とか習っているから解る。身のこなしがはんぱないな。たしか五年前にはどこかの国で少年兵として戦っていたんだっけ。それを潜り抜けてきたのだ。強いのは当然なのだろう。こんなゴロツキ程度相手にならないほどに。

 

でも一人でかっこよく倒すことになんか気に食わなくて涯に気を取られて隙だらけのゴロツキの一人の鳩尾にヤクザキックをかまして沈めておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゴロツキを蹴散らした後に改めて恙神涯と対峙する。

 

「あんたがガイさん?」

 

「ああ、そうだが」

 

知識として知っているものの確認してみたらあっさりとそうだと言ってくれた。でもなんか怪しく見えてしまう。

 

「どうした?」 

 

「いや、GHQに追われているってことからテロリストかなんかじゃないのか? しかもリーダーみたいだし、そんな人物が簡単にそうだって言うのがなにかおかしくて」

 

本当は本人だとわかってはいるが建前の理由を述べたら、確かにといった具合に苦笑いしていた。

 

「確かにその通りだな。『オウマシュウ』」

 

「!!どうして俺の名前を!?」

 

本当はどうして知っているのかは知っているがあえて驚いておく。俺からすれば初対面なんだし。俺が初めて会った人物のように接する姿にいぶかしんでいたが置いとくみたいだ。

 

「でこれと一緒にいた女はどうした?」

 

「…………捕まったよ。勢いで逃がそうとしたけど逃げ切れなかった」

 

「そうか……」

 

その時のことを思い出して悔しい気持ちになるがそれと同時に涯がどこか安心したような気がした。それは変わっていないことに対するものかもかしれない。それがすこしなにかがざわついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後に自分よりも小さい黒髪のロングに猫耳のカチューシャを掛けた少女のツグミにふゅーねるを奪い取られるように返した後、近くで爆発音がした。

 

この展開は覚えがある。部室で襲撃を掛けた奴らだと。そいつらが攻撃を始めたんだと。

 

「ガイ! GHQの白服どもが街に入り込んできます!」

 

その後に銃撃。悲鳴が入り混じって聞こえる。正直いっていろいろ展開速すぎて現実味がなく感じてしまう。

 

周りはいきなりGHQが襲ってきたことにパニックを起こしかけている。

 

「生き残りたくば、俺に従え」

 

だが涯の一喝でパニックは収まった。涯の姿に他にはない凄みがあった。そのままこの状況を打破する為の指示を出す姿にリーダーとしての凄みがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その状況は原作どおりに…………世界の修正力なのかそれともダァトの意志なのかはわからないが涯たちと分断されてしまった。

 

これを手放すなと。ああもう、これじゃあ原作どおりの展開だ。そうしようと思っていたけどさ! でもそのまま流されるはなにか気に食わなかった。

 

そして駆け出した先には横転したGHQのトレーラーがあった。おそらくあのトレーラーがいのりを拘束していたトレーラーなのだろう。だとするならば!

 

やっぱり! 戦闘によって不自然に盛り上がった場所に彼女はいた。

 

だが目の前にはGHQの所属するエンドレイヴ、ゴーチェが銃口を向けていた。

 

この状況下では今更助けに行っても無駄なのかもしれないむしろ自殺行為に等しいかもしれない……だけどな。

 

「いのりさん!」

 

誰かになって変わっても人を見捨てるような屑には落ちぶれた覚えはない!!

 

彼女に向かって必死に走る。だけどゴーチェがそれに気づき俺たちに向けて銃を放つ光景。

 

「くっそぉ!!」

 

発射される前にいのりのもとに辿り着き、無駄だと解っててもいのりを抱きしめるように庇う。あたる直前にヴォイドゲノムが砕け、血のような結晶が散らばった。それは運命から開放されるように。

 

「ここは……まさか……」

 

目を開ければ、銀の光を螺旋を描く白の世界。そこには俺といのりのほかにはいない。

 

「がっ!?」

 

直後に右腕に銀の螺旋が蛇のように絡みつき鋭い痛みがはしる。手の甲になにかの紋章が描かれていた。

 

「シュウ。お願い……私を……使って」

 

そう胸元を曝け出すいのり。それは自分の意志なのかはわからない。まるで自分を曝け出すように。人が生きる為に呼吸をするように。それは自然と行なわれた。

 

『取りなさい、シュウ。今度こそ……』

 

どこからか声が響いてくる。いのりとそっくりでありながらまったく違う声色。そこにいるのか…………桜満真名。

 

これを取れと、まだ桜満集を王と選ぼうとするのか。

 

……いいよ、取ってやるさ。だけどな、あんたが選んだ桜満集としてじゃない。俺として取ってやるよ。

 

人の心を繋いで形と成す……

 

 

 

『罪の王冠(ギルティクラウン)』を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

意識はしっかりとしていながら体は自然と動いてく。右手はいのりの胸へと吸い込まれ彼女の内からなにかを引きずり出していく。

 

「あっ…………」

 

銀のプリズムが輝き、右手が結晶に包まれた何かを引きずり出していく。

 

その結晶は形を成し、美しい剣へと形を変える。これは『心』。それは『命』。形相を獲得したイデア。

 

俺を中心に王の誕生を祝福するように光が降りた。

 

 

 

 

 

 

 

いのりのヴォイドを手に銀色の螺旋の中心で俺はかつてないほどの力の充実を感じる。知識の中でもあったヴォイドゲノムによる身体能力の上昇。これならばヴォイドなしでもエンドレイヴ一両ならばどうにかできるだろう思える位に力が溢れていた。

 

さっきの俺たちを撃った目の前のゴーチェが俺に向かってミサイルを発射する。その数6。

 

だけどヴォイドゲノムによって身体能力が上昇している今の俺には遅く、この手に持ったヴォイドの力があれば簡単に退ける事なんて可能だ。

 

片手で剣をミサイルを刺すように構える。すると剣先から銀色の何かが円を描く。ヴォイドの力の円によってミサイルは弾かれ、後方で役目を果たせず爆発。

 

ゴーチェのパイロットはミサイルが効かないと解ると即座に右手のパイルバンカーで攻撃しようと突撃。

 

俺も片手で持っていた剣を両手で抱え駆け出す。それは一条の銀閃となってゴーチェを両断した。

 

ゴーチェの上半身がずれ落ちる姿を尻目に別の意味で驚愕していた。これが王の力なのかと。普通では一人で倒すのは困難なエンドレイヴを簡単に倒す人並みはずれたこの力に。

 

その直後に後ろからゴーチェの爆発が王の誕生を祝う祝砲にも聞こえた。



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適者:survival of the fittest

今回で少ないストックが切れてしまいました。
現在も書いておりますが不定期になりそうです。
書き上げ次第に投稿する予定です。
楽しみにしている数少ない読者のみなさんごめんなさい。
では本編どうぞ。


涯はその光の柱が上る様子を憎憎しげに見つめていた。

 

やはり、おまえは桜満集を選ぶのか。と

 

初めから選ばれなかったことを知っていたのか自嘲染みた笑みを浮かべていた。

 

だが祝福してやるとふてぶてしくも選ばなかったことを受け入れてもいた。

 

双眼鏡を通して、集がいのりのヴォイドを使い、ゴーチェを両断する姿を見る。

 

涯はそこである違和感に気づいた。王の力を使って敵を倒すのはまだいい。だが理解して(・・・・)使っている事が問題なのだ。普通ならばただの学生が戦車を生身で倒す力なんて始めて使ったのならもっと困惑する。いや、しないほうがおかしいくらいだ。なのに集は王の力を最初から知っているかのよう扱っている。集が自分自身や真名のことを忘れているのに何故と果てしない疑問が涯に纏わりつくように拭えずにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

両断されたもう一両のゴーチェが爆発する姿を確認した後、力が抜けた。

 

「すぅ……はぁ……なんつー力だよ」

 

正直、緊張で体力の一部が削られたがそれ以上に手にした力の強さに驚いていた。確かに説明でもエンドレイヴ一小隊だろうと一人で殲滅可能ってのが本当だと実感していた。

 

重火器すら無効化してさらには空中歩行可能とかどんだけだよ。

 

「しまった! いのりのこと忘れていた!」

 

ヴォイドと向かってくるゴーチェに気を取られすぎていて、いのりをその場においてきてしまった。

 

急いで元に居た場所に戻るとヴォイドを抜き取られた影響で気絶しているものの傷一つなくいた。

 

「よかった……怪我していないな。エンドレイヴは近くに居ないし……剣は戻しておこう」

 

今の状況じゃ剣は必要ないし、いのりを気絶させたままは流石にということで。

 

手に持った剣が銀の光へと変わっていきいのりの中へと戻っていく。

 

心なしか何かが戻っていった感じがした。

 

これでよしっと、後はいのりと一緒に安全な場所に連れて行こう。部室の時のよういのりを抱えた。

 

その後にふゅーねるが来て。通信で涯が

 

「十五秒やる。いのりを回収して、離脱しろ」

 

とのことだ。さすがに十五秒で離脱とか無理だろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とは言いつつも増援が来ないうちにさっさと退散させてもらい、涯がいる屋上まできた。

 

涯は何かやってはいるが俺には口出しできないので何もせずに今は体を休めておく。

 

少ししたらいのりが起きてきた。涯にちゃんと出来たかどうかきいている

 

「おまえには失望した」

 

解っちゃいるけどいのりの悲しそうな顔を見ているとその光景に理性では理解しても感情が納得いかなかった。涯が出した指令を出来なかったいのりにも非があるのは解っちゃいるけどさ。

 

「流石にそれは言い過ぎなんじゃないのか。彼女はひどい怪我までしたのに」

 

「知っている。結果が全てだ。こいつは最後に大きなヘマをした」

 

「もしかして、あの力のことか?」

 

「ああ、本来ならば俺が使うはずだったものだ」

 

「それが俺が使ったからか……であの力はなんだ? 自分がやったのもなんだが正直言ってありえない。彼女から剣みたいのが出てきたのもだし、なによりエンドレイヴを一人で倒したのもだ」

 

簡単に言えば一人剣一本で戦車を倒したくらいにありえないことだ。それを容易に成すことが出来る力。手に入れることが原作知識で解っているとはいえ、実際に使ってみると予想外の強さに戸惑ってしまった。

 

その後にご丁寧に説明してくれた。やっぱ俺が桜満集だからなのか? あのシリンダーはセフィラゲノミクスが培養した強化ゲノムで使ったものには『王の力』が付与されると言う。ヒトゲノムのイントロンコードを解析し、ヴォイドとして取り出すものだと。神の領域を暴くゲノムテクノロジーの頂点。

 

「そうだ。その力を手にした以上、お前には戦ってもらう」

 

判っているよ。この王の力を手にした時点で否応が関係なく始まったのだから。戦わざるを得ないのだから。

 

「ちょっと待って。いきなり…」

 

幾ら力を手にしたとしても俺は一学生。いきなり戦えと言われても戸惑うだろう。何と戦うのかと聞こうとする前に涯はいきなり胸倉を掴みあげた。

 

「覚えておけ、桜満集。この先お前が選べる道は二つしかない。黙って世界に"淘汰"されるか、世界に"適応"して自分が変わるかだ」

 

"適応"しろ? 変わらなければならないことなんて解っている。それがどんなに怖かったことか。

 

「ふざけるな……」

 

あの時、俺が"桜満集"となったときからことが……そのことを思い出させる。一気に頭が沸騰して。

 

「ふざけるなよ!! 力を手にしたのはまだいい! 俺の選択だ! だがな適応しろ? ふざけんな! そうせざるをえなくとしても俺は納得して適応したい! 理不尽に俺に適応しろと押し付けるな! たとえそれが餓鬼の我侭だしてもだ!」

 

怖かった。みんなは俺を桜満集とよぶ。憑依する前の名前ではない。自分が別のものになった錯覚がした。自分が自分ではない幻覚がした。自分がなくなりそうな感じがした。自分が怖くもなった。今は"桜満集"として"適応"出来たからこそ普通にしているがあんな理不尽に変われと押し付けられるのは嫌だ。

怖かった。壊れそうだった。変わらなくちゃいけない。そうだと解っててもだ。それが我侭でもだ。

 

俺の胸倉を掴んでいた涯の腕を無理矢理はがす。思ったよりも簡単に外れた。涯の表情から俺の力が強かったみたいだ。だが涯は睨んでくる。思った以上に自分勝手なことを言ったからかもしれない。

 

「それがお前の選択か。子供の我侭だと知っての上か」

 

「ああ、そうだよ。無理矢理適応するなんてごめんだ。そのほうが賢くてもな」

 

同じように睨み返す。が正直言って威圧負けしそうだ。俺はたかが一学生。あっちは葬儀社のリーダーだ。過ごした環境も踏んだ場数もあっちのほうが圧倒的に凄いのだから。

 

逆上した状態であろうと足が震えてきた。ぶっちゃけ逃げ出したい。でも啖呵きった以上逃げ出すのもやだし。女の子の前でみっともない姿晒すのもやだだし。

 

そのときだった。急に涯の携帯に連絡があった。おそらく地下駐車場にGHQが入り込んだ知らせだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれ少し時間が経った現在、俺は何をしているかというと……

 

「はぁ……結局はこうなるか……」

 

いのりと共に地下駐車場に向けて通気口を通っていた。涯の立てた作戦にしたがって。

 

 

 

 

 

 

 

また時を遡って涯の仲間から連絡があった後にこっちにも状況を説明してもらい、協力することにしたのだ。というよりも協力せざるを得ないと言ったほうがいいかもしれないが。

 

「俺が潜入すればいいんだな」

 

「ああ、それにしてもさっきのように反発しないんだな」

 

「俺はいきなり押し付けるのが嫌いだから反発しただけだ、納得すれば"適応"する。それにGHQのやっていることが気に入らない。利害が一致しているから協力する……で指示通りに動けばうまく行くんだな?」

 

GHQが行動を開始している時点で一級感染地域にいる俺はGHQをどうにかしなければ家に変えることすらできない。下手に見つかれば殺される可能性だってあるのだから。

 

「そうだ」

 

「信用してもいいんだな?」

 

「ああ、俺の作戦だからうまく行く。だから命令どおりに動けばいい」

 

俺の疑問に対して涯はどこか確信めいた表情で断言する。それはまるで全て自分の手の上だと言わんばかりの表情。

 

「……わかった」

 

だから俺は信じられる気になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして剣のヴォイドを持っているいのりと行動しているのだが……

 

(わかっている……俺なんかよりいのりのほうがここの土地勘があるからわかっているんだけど)

 

いのりが先行して俺が後をついている形で進んでいる。さて、俺たちが今居る場所は通気口なんだ

 

そう、通気口だ。つまり普通には通れないくらい狭い……後は……言わずともわかるよな?

 

うん、眼福なんだけど……青少年には刺激が強すぎます! 鼻血出そうです! しかもホロスーツがきわどいからさらに刺激が……

 

(煩悩退散、煩悩退散)

 

でも今は作戦行動中。気を取られていないで迅速に行動しないと。

 

その途中で地下駐車場の光景が見えてしまった。その光景に浮かれていた気持ちが一気に冷めた。

 

避難してきた人たちを拘束している光景。さらにはそのうちの一人を楽しそうに殴っている屑が見える

 

GHQの白服を着た部隊。特殊ウィルス災害対策局。通称「アンチボディズ」

 

独自の感染者の認定権限を持ち、その判断に基づいて感染者を処分する権限が与えられている部隊。

 

その権限を悪用し、住民を虐げている。

 

(ちっ、胸糞悪ぃ。弱いものいじめして楽しいのかよ)

 

今すぐにも助けたい気持ちにはなるがそれよりも優先するべきことがあるから先を急ぐ。

 

(すいません。助けにいけなくて)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

とにかく自分達が居る場所へと到達。涯からの指示があるまで待機。だけど……

 

(はぁ……結局は王の力を手に入れても変わらないか)

 

原作でも草を刈るようにあっさりと殺された人達がいた。俺たちが早く動けば助けられると思っていた。けど結果は間に合わずに助けることができなかった。死ぬと解ってても手を出すことができなかった。俺がいのりのヴォイドを使えば助けれらただろう。でも彼らを助けたらもっと多くの人が死ぬ。それが解っているから手を出せないジレンマ。そうしているうちにもう時間が迫る

それがプレッシャーとなって俺に圧し掛かってくる。

 

(俺は上手く出来るのか? もしダリルから万華鏡のヴォイドを上手く取り出せるか?)

 

もし取り出せなかったら涯はレーザーに焼かれて死ぬ。六本木フォートの人たちもアンチボディズに殺される。くそ、手が震えそうになる。情けない。やってやると啖呵切ったくせに。

 

その時、そっといのりが手を握ってくれた。

 

「信じて……できる、絶対に」

 

その握ってくれた手は暖かくて自然と震えが止まっていた。目の前の女の子は出来るって信じているんだ。その本人が怖がっていちゃそれこそ情けない。出来る、そう思えてきた。

 

「ああ、そうだな……そのために君を使わせてもらうよ」

 

「うん。私はあなたのものだから」

 

握った手はそのままいのりの元へと吸い込まれるように……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

涯はアンチボディズの軍隊の銃口の目の前に立っていた。自分達の存在を世界に知らしめる為に。そのリーダーとして。

 

そして今、彼に向けていくつものレーザーの砲台が彼に向けて発射されようとしている。本来ならば絶体絶命の窮地のなのだろう。臨戦態勢に入っている軍隊の前に立つなんて自殺行為も同然だ。そんな状況でも涯は不敵な顔を崩さない。

 

「時間だ!」

 

前から何十本もの赤いレーザーが涯に向かっていく。このままだと容易く涯の命を奪うだろう。だが涯は動かない。その表情は諦めた顔ですらない、むしろ逆の上手く行ったと思っている顔だ。

 

そんなのは関係なしにレーザーは涯に向かい……

 

「いけ!万華鏡!」

 

涯の前に張られた何かによって弾かれた。弾かれたレーザーは万華鏡に入れられたように乱反射し撃ったものへとその威力を十全に発揮した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レーザーによって出来た熱風が頬を撫でるように通り過ぎていく。ダリルのヴォイド『万華鏡』によって拡散されたレーダーがアンチボディズを貫いていく。其れによって爆発。その光景に冷や汗をかいていた。

 

「うわ、なんつー威力……涯はこんなの向けられて平然とするなんて」

 

レーザーの威力にも驚いたがそれ以上にそれらを向けられた状況でも何とかする手段があったとしても平然とした胆力にすごいと思っていた。

 

さらにはその手段ですら俺が上手く動かなければいけない賭けだ。俺なんか上手くいくかどうかでびびっていたんだ、あの状態でいたら間違いなく逃げ出していただろう。その涯の姿がかっこよく、カリスマに満ち溢れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふと気が付けば朝日が昇っていた、もう朝になったのかと思いながらその日差しがどこか新鮮に見えていた。既に廻りは葬儀社の人たちによって救助活動が行なわれており、人々がせわしく動いていた。

その人たちの顔はどこか安心したような表情だった。それがどこか暖かい気持ちになって笑っていた。

 

「お前が救ったんだ。集」

 

気づけば涯が近くに居た。俺が疲れていたのかどうかはわからないが何時の間に近づいたんだか。

 

「そうか? 俺はただ涯の指示通りに動いただけなんだがな」

 

「それでも実際に救ったのはお前だよ。お前はひとつ自分自身を越えたんだ」

 

「といってもそんな実感はないんだけど」

 

「いや、お前は確かに越えたんだ……来い、集。俺たちと共に。俺を信じろ」

 

朝日を背に差し出された涯の手。俺には其れが大きく見えて、あの壊れた橋のときは真逆だなと思いながらも俺は満面の笑みで……

 

「お断りします」

 

断った。まさかまさかの拒否。この雰囲気でまず言うはずのない返答。一瞬で涯たちが表情が引き攣ったのが妙に笑えた。

 

「俺が協力したのはいのりさんが俺しかいない状況で頼まれたからだし、それに関わった以上は見捨てることが出来なかっただけでそれに俺は学生だ。思想的にもあんたについて行く事は出来ないよ」

 

本当ならば俺も涯に協力したいと思っている。だけどここで涯の手を取ったら葬儀社の一員として参加すれば後でGHQに捕まったときに処分されかねないからだ。他にもここで手を取ったらうまくいかないこともあるかもしれない。たとえばルーカサイト。もしコアが原作どおりに破損でもしたら? GHQに捕まった際に渡されたあのボールペンがなかったら詰む。

 

だから今はその手を取ることはできない。

 

涯たちと分かれる際にいのりが悲しそうに見ていたのが糸を引くように感じていた。

 

 

 




補足説明
この集君はトラウマもちです。わかっていてもどうして反発したりします。
主に三つのコンプレックスがあります
まずは本編でもきれたように急激な変化を押し付けること。次に桜満集であることを押し付けられること。最後に自分が桜満集の偽者であること。
以上補足説明終わり


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顕出:void-sampling-phase1

さてあの出来事から三日たった現在、俺は何しているかといえば……

 

「……zzz」

 

寝ていた。ちょっと疲れたんで寝ていた。学校で今HR中であるけど寝ている……あ、授業になったらちゃんと起きるから問題ないさ。つーことでおやすみ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、起きろよ。集」

 

「ん~? どうしたんだ? なんかあったのか、谷尋?」

 

「……お前、ずっと寝ていたのか?」

 

「そうだけど? それがなにか?」

 

「いや、なんでもない」

 

なんか微妙そうな顔している。何故に? と思いつつなんか視線を感じたので視線を横にずらしたら人だかりが出来ていて、その中心に女子用の学生服を着たいのりがじっと俺を見ていた…………ああ、あのイベントか。それにまったく気づかずにそのまま寝ていたわけね。

 

「ああ、なるほど。そうゆうことか……俺って案外神経図太いみたいだな」

 

彼女が転校してきてクラスの男達がイヤッフゥゥゥゥとか叫んでいるのに俺はずっと寝ていたわけね。

 

「そうだな。でさっきから集をずっと見ているんだがなんかしたのか?」

 

さて、どう答えようか……谷尋はすでに俺が葬儀社と接触している情報を入手しているし下手に答えて確信させたらまずいしな……仕方ない、誤魔化すか。と言ってもすぐばれそうだけど。

 

「んー……あれか? 偶然彼女が不良に絡まれていたんで助けたからじゃね」

 

「…………そうか」

 

そう答えた俺に谷尋はあえて追求しなかった。谷尋は確実に嘘であることにわかっているのに。お互いに深いところまで踏み込まない。だからこそ友達でいられるのだから。そんな微妙な距離感がありがたかった。

 

「あー、すまん谷尋。みんなが暴走しかけているから止めてくれない? 彼女と知り合いの俺が行くと火に油注ぐことになるかもしれん。頼む」

 

「了解。後でジュースでもおごってくれよ」

 

「ん、わかった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕方、さっさと家に帰宅したんだが……

 

原作どおりの展開でちょうどよく俺が家の鍵を空けようとしたときにいのりが当然のように家の鍵を空けたんだ。なんともいえない状況で家の鍵が空いた音がやけに大きく聞こえた。

 

「…………あの、いのりさん? 何故に俺の家の鍵を開けれるんだ?」

 

俺の質問をスルーして家の中に入っていくいのり。入ってすぐのところには彼女の私物というか生活必需品が入ったダンボールが数個固まって置かれている。完全にうちに引っ越したと示していた。

 

「ちょ、ちょっと待って!」

 

まるで自分の家のようにずんずん進んでいく彼女。原作知識でこうなることは知っていたとは言え、流石にこうも当然のごとく家に上がられたら困るさ! 彼女を追いかけようとしたら……

 

「ウヴォァ!……痛い……」

 

何かにつまずいて盛大にこけてしまった。しかも顔面からの痛いコース。痛さで奇声出ちゃったし。ともかくいのりを追いかけてリビングまで追いかけたら。着替えている彼女の姿がががが

 

「ちょ、いくらなんでも無防備すぎるってぇあばばばばばばばば!?」

 

急いでリビングから出ようとしたら体中に電撃が奔り、どっかのギャグ漫画のように黒焦げに。おそらく口と頭の頂点から黒い煙が出ているのがなんか簡単に想像できた。そのままぱたりと倒れる。

 

「なんで…………お前の仕業か、ふゅーねる」

 

倒れたからこそ原因が判った。さっきのつまづきもふゅーねるの仕業だったらしい、しかも現在アームをスタンガンのようにバチバチしているし、おい、一回味わったのにおかわりですか。

 

「流石に二回は勘弁な!」

 

もう一回は勘弁なのでふゅーねるを持ち上げて何も出来ないようにしておく。あ、こら暴れるな。女の子の着替えを除く不届き者は成敗ですか。ちょ、なんかスタンガンの出力上がってる!? これ不味いって! ギャグ補正掛かってもこれマズ! ちょ、やめて!

 

「ふゅーねるがやってくれた」

 

いのりが声を掛けた途端にふゅーねるが止まる。助かった……ふゅーねるがなんかした訳ね。それよりもいのりさん、お年頃の男の子に対して無防備過ぎますよ。ワンピース一枚で屈むと見えちゃうよ。何がとは言わずにいよう。

あ、ふゅーねる、当たり前のようにスタンガンの出力上げないで、洒落にならなくなるから。俺だって男の子なんだから気になっちゃうのだよ。

 

「あの……いのりさん? 何「いのり」いや、流石に呼び捨てはまだ早いと思うから。どうかしたのかな?」

 

「おなか減った」

 

「何がいいかな?」

 

「おにぎり」

 

「了解、ちょっと待ってね」

 

「ん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ささっとおにぎりとそれに合いそうなおかずを数品作って、いのりはそれがお気に召したようだ。

 

「ふぅ……さて、春夏にはいのりさんのことどう話せばいいのか…」

 

原作知識ではあっさりと受け入れてくれたものの一応は言い訳考えなければならないかなと思っている。

 

正直言っては春夏とは原作以上に距離がある。やっぱりと言うか俺になったことがもっとも影響がでたのは春夏である。あの時から俺に変わって事でどこか違和感があるのだろう。家での行動とかは原作どおりであるがどこかよそよそしい。自分の呟きに反応したのか春夏のことを話すいのり。

 

「やっぱ調べてあるか」

 

「…………桜満集にとっていのりは迷惑?」

 

「ん~……迷惑って言うよりも困惑ってのが近いかな。俺があの力を手に入れた以上何かしらの事態に巻き込まれるのは確実だし、涯たち葬儀社も見逃すはずないから監視ないしは護衛と言う目的で近くに接触するとはあたりをつけていたけどまさかの家に直接住むのは予想外だった」

 

監視や護衛目的で近くに居るのもわかる。学生なら同じクラスに転校なんてベタだし。住居も隣あたりが妥当だと思っている。だが当然のように家に引っ越すのは流石に知っていても混乱した。

 

「それに……俺にとってはいのりさんは迷惑じゃないよ。六本木では助けられたんだし、励まされたのだから。あの時、いのりさんがいなかったら俺はここにないんだから。ありがとう」

 

これは俺の素直な気持ちだ。王の力と言っても他人が居なければただの人に近いものだ。あの時、いのりがいなければヴォイドも取り出せないし、力も本領が発揮出来なかっただろう。それに作戦実行前に彼女は居なかったら無様に震えていたのかもしれない。

 

「……そっか、よかった」

 

ん? そう答えたいのりの声が何処か嬉しそうな気がしたのは気のせいかな?

 

その時にピンポンと呼び鈴がなった。おそらく谷尋が尋ねてきたんだろう。

 

「ちょっと出て来るよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

でやっぱり家の前に居たのは谷尋だった。フランクに挨拶する。

 

「よお。遅くに悪いな」

 

「そっちこそなんでこんな時間に何の用事できたんだ?」

 

「これ、見るか?」

 

渡されたのは映画が入った媒体。結構怖い奴か。

 

「ああ、谷尋が話していたやつか。このためにわざわざ?」

 

「なんかあったのか? 正直いつもと様子が違ってな」

 

「そうか? 変わった憶えはないんだけどな」

 

「いや、いつも何か考えている感じからどこか吹っ切れた感じがしたんだよ。何があったかちょっと心配になってな」

 

「……よく見ているんだな。ありがとな、谷尋。家で茶でも出そうか?」

 

「いや、遠慮……」

 

そのときだ。驚いたような顔をした谷尋。その前に一瞬の間に何かを掴みかけたような表情をしていた。後ろを見ればふゅーねるをいのりが出て来たみたいだ。

 

「連絡が来た。一緒に来て、集」

 

そのまま何処かに出かけようとするいのり。その際に俺の腕を掴んで連れて行こうとする。家の鍵どんすんだよ。あ、ちゃんと閉まっているか。なら良し。それと谷尋が彼女の行動に混乱しているぞ。

 

「!? おい、集。どうゆうことだ、これ!?」

 

「俺も知らん! 何故か彼女が家に下宿することになっていたんだよ! あっ、分かったから引っ張らないで!」

 

やや強引ながらも俺は引っ張られていった。これでも俺鍛えているんだけどな。それなのに女の子に簡単に引っ張られたことに軽くへこんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

流石に引っ張ったままは疲れるのか途中で手は離してくれた。一緒に歩いているとふいにいのりが聞いてきた。

 

「寒川谷尋は集の友達?」

 

「だな。あいつと一緒にいて楽しいし」

 

それがお互いに上っ面の付き合いだろうけどあいつといるとやっぱ楽しいと思えるのは本当だ。

 

「いのりさんは友達はいるの?」

 

「ともだちっていなければいけないもの?」

 

「いや、必ずいるものって訳じゃないけどいるとやっぱり違うよ」

 

高校に上がって谷尋と友達になってから一気に変わったのだから。いたほうがいいと俺は思う。

 

そうしているうちに涯との待ち合わせ場所についた。都会といえる場所に涯たちはいた。近くにはツグミがいて、何かモニターを操作している。カメラなど無力化しているんだろう。てかなんでこんな場所に……今は人払いされているかいいけど誰かに見られたやばいんじゃ?

まあ、今まで地下にいたんだからここら辺は方法があるからいいか。俺たちがつく頃には涯は何かしらの交渉を終えていた。おそらくGHQとは違う組織からの援助を引き出す為だろう。

 

「で? 今GHQに大人気な涯さんは俺を呼び出してまで何の用なの?」

 

「……ほう、いのりが来た事は聞かないのか」

 

「おおかた俺の護衛ないし監視ってことだろ。欲を言えばこっちに引き込めないかも考えているんだろ?」

 

「自分の現状は理解しているようだな。それにしても監視されているとわかってて拒絶はしないんだな」

 

あんな露骨に来られて護衛だと何だと言われてもいい顔はしないだろう。まあ、俺の場合はいたほうがいいのだろうから。

 

「まあ、あんたたちは嫌いじゃないしな。で、本件は」

 

「問題が発生した。あの場に目撃者がいた。外の人間みたいでな。どうやらお前の学校の生徒だ」

 

やっぱり谷尋は見ていたか、やっぱり処分……殺すのが口を封じる手段として最も手早くて確実なんだろう。でも殺したくないと思っている俺がいる。と言ってもGHQに一回捕まらないといけないから殺さないんだけど。

 

「は? どうしてうちの学校の生徒があんなところに行くんだ? あの時みたいな特殊な状況だったのか?」

 

「ノーマージン。知っているか?」

 

聞いたことがある。原作では今回くらいしか出なかったが依存性の高いドラックのことだ。アポカリプスウィルス研究の副産物として偶然出来たものらしい。

 

「……なるほど。買いに来たジャンキーか売人ってわけね。六本木はこうゆう後ろめたいことするのにうってつけな場所だ」

 

あそこは隔離されているし、GHQの兵士もあまり近づかないのだ。だからこそ違法ドラッグなどの禁制品などが取引される格好の場所なのだ。

 

「そうだ。取引の際に『シュガー』と名乗っていた。探し出せ」

 

「……目印は? 流石にノーヒントで探し出すのは無理がある」

 

一つの学校でも生徒の数は数百人にもおよぶ、その中から特定の人物を捜し出すのは難しい。熱帯のジャングルで特定の樹を探せと同義だ。

 

「あるさ、ヴォイドだ。ヴォイドで判別すればいい」

 

「ああ、そうゆうことか。アンタはヴォイドが判る。だから六本木であんな作戦を立てれたわけか。そして、『シュガー』のヴォイドを見たと」

 

そう言うと涯は少し驚いたみたいだ。少し嬉しいのは説明する手間が省けたからなのだろう

 

「理解が早い、そうゆうことだ。現行の災害臨時法で目撃者に特定されたどうなるかお前ならわかるよな」

 

そう、今の日本ではGHQの災害臨時法ではテロリストには人権は存在しない。だから特定されれば問答無用で軍に射殺される可能性だってある。こっちにとっても問題になるだろう。

 

「わかった。せいぜい自分の平穏のために頑張らせていただくよ」

 

どうやって谷尋にこの事を話そうか。既に俺の考えはその方向に向かっていた。

 



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顕出:void-sampling-phase2

ちょっと遅くなったけど出来たので投稿。
ちょい都合よく展開しているところもありますのでご注意ください。


翌日の放課後、俺といのりで学校の一角にいた、無論『シュガー』探しとして。だが俺は既に『シュガー』が谷尋と知っているのでヴォイドを取り出すための練習として捜索もどきをしている。

 

「集、ヴォイドのルールは覚えた?」

 

一つ、ヴォイドは十七歳以下の人間にしかヴォイドは取り出せない。これは理由は不明とされているがその理由はロストクリスマスの時に四散した桜満真名の因子が当時七歳以下の少年少女たちに入り込んだからでその因子がヴォイドを具現させているはずだ。

 

一つ、取り出された相手はヴォイドを取り出された前後の記憶がなくなる。脳のイントロン記憶野が開放されたショックらしいのだが後半ではもはやなかったも同然なんだよね。意識失わなくなるし。

 

だがそれ以上に重要なことは相手が俺に見られていると感じさせることだ。相手にそう見られているとしなければヴォイドは取り出せない。これは絶対だ。例外は涯のヴォイド位だろう。

 

確認が済むと丁度よく一人で気楽に音楽を聴いている颯太がいた。ちょうどいい獲物発見。つうことで

 

「颯太ぁ!」

 

「へっ?」

 

「そらぁ!」

 

相手が颯太なんで遠慮なんぞなしに思いっきり胸に殴りこむように手を突っ込ませ、ヴォイドを引き抜いた。

 

うん、コツはつかめた。案外簡単だったと言っておこう。

 

この時にうっかりしていたんだ。最初からヴォイドを取り出すのがうまくいったこともあり、失念していたのだ。つまり俺が桜満集であることを。そのときの展開を。

 

 

最初からうまくいって調子付いてしまい段差があることを忘れてつまずいてしまった。咄嗟に倒れないように体勢を立て直したときだ。ふにと手に柔らかい感触が……

 

「「あ……」」

 

倒れないようにした右手が出てしまい、それがクラスの委員長の草間花音の胸に……

 

「きゃあああああああ!!」

 

「すいませんでしたぁぁぁぁぁ!」

 

やっちまったことに謝罪しつつも全力で逃走した。委員長と一緒にいた祭が何か言っていたけど俺には聞こえなかった。

 

 

 

 

 

なんとか委員長を撒き、体育館近くの連絡通路で休憩している。いのりは葬儀社から連絡を受けている。やっちまった、油断してた。しかも写真まで撮られて校内ネットにアップされているし。仕方ないか俺の不注意だし。

 

「涯から? 追加の情報入った?」

 

「うん、目撃者がカメラで撮影してたって」

 

「うわ、物的証拠か。早く回収しないとまずいかな」

 

目撃証言だけならば信憑性が問われるけど物的証拠があるならば即座に特定されてしまう。涯も捕まるのが嫌なら早くしろと警告なのだろう。

 

「あ、そういえば探すヴォイドの形聞いていなかったけ、どうゆう形なんだ?」

 

「ハサミ」

 

「ハサミか……ヴォイドってなんだ? 颯太からはカメラみたいなものが出てきたし」

 

「ヴォイドの形や機能は持ち主の恐怖やコンプレックスを反映した……いわば、心の形」

 

「そっか、教えてくれてありがと。心の形を表すならヴォイドも千差万別なのか。いのりは剣のカタチをしていると。どうしてなんだろうね」

 

あ、ついでてしまった失言にいのりの表情に影が差してしまった。彼女にとってはこの話題は避けたいものだと忘れていた。やべ、どうしよう。

 

「いたぁ! 桜満集!」

 

ちょうどいいところに怒っている委員長が現れた。いい感じに話題転換してくれたグッジョブだ!委員長!

 

「もう見つかったか!」

 

「こっちだ。集!」

 

これまたちょうどよく体育館の裏口から谷尋が現れた。ありがたいのでついていくことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

案外委員長の体力がなかったからなのか俺の体力が多かったのか今度もあっさりと逃げ切ることに成功。今はいのりと谷尋に俺の三人だけで体育館にいた。

 

「あーもう委員長もしつこいな。はあ、後でしっかりと謝らないとな」

 

「だな、今カンカンだろうし。もうちょいしたら謝ればいいさ」

 

後で俺も謝るからさと言ってくれた谷尋。演技だとしても本当にいい奴だなと思えてしまう。本当ならあまり踏み込みたくはないけどするしかない。

 

「そっか。ちょうどよくここらに人いないし。谷尋と話したいことがあったんだよ」

 

「ん? どうゆうことで話したいんだ?」

 

「『シュガー』」

 

その瞬間、谷尋の雰囲気が変わった。さっきまでの穏やかなものではなく、鋭い敵意。

 

「やっぱわかっていたか。何時から知っていた?」

 

「結構前から、俺はあえて追及しなかったけど今回はそうせざるを得ないんだ。数日前の六本木のデータ、あれがあると俺が困ることになるんだよ」

 

「へえ……渡さないと言ったら?」

 

「実力行使、もしくは処分。俺はあんまりしたくはないんだよ。友達を処分なんてしたくない」

 

「あ? ここまで踏み込んでおいて今さら友達面かよ!」

 

「だからだよ、上っ面の友達付き合いとは言え友達だ」

 

それでもだ、それでも殺したくはない。それが偽善だとしてもだ。だけど谷尋には余計に苛立たせただけだった。

 

「……そういうこと言うから俺は善人面しなきゃならないんだ! 俺ではない誰かを演じなきゃいけないんだよ!」

 

そうやって誰かであることを強要されて嫌がる谷尋の姿が昔の俺に見えた。それが昔の見たくもない自分の姿と重なっていらいらする。だったらと構える。谷尋も完全に逆上していかったのか俺の意図を理解してくれたみたいだ。不穏な空気を読み取ったいのりが加勢しようとするけど

 

「すまないけどいのりさん。手出さないでくれ」

 

お互いに上着を脱いで動きやすい格好に。目には殺意にも似た敵意。

 

「集、俺はお前のこと気に入らなかったんだよ」

 

「谷尋……奇遇だな。俺もなんだよ」

 

似た者どうし、馬が会うものどうしだからこそ見えてしまうのだ。自分の汚いものがそれが互いに認められなくて。結局これは自己嫌悪の自分勝手な争い。

 

お互いに肉を打つ音が体育館に響く。俺も鍛えているけど谷尋も六本木でいろいろやっていたからなかなか強い。

 

「おら! どうした? こんなもんか!?」

 

谷尋の左のフックが脇腹に刺さる。結構効いたがまだまだ!

 

「はっ! そんなもん効かねえよ!」

 

こっちもお返しに右をボディに抉るように撃ち込む。

 

「がはっ! そっちこそ温いパンチじゃ倒れねえよ!」

 

だけど谷尋は倒れない。意地になって倒れない。ここで引いたら敗けなのだと感じているのだ。

 

もう、お互いに遠慮せずに溜め込んだ汚いもんをぶちまけていく。何時も何時も仲裁させやがって。お前こそ何度も昼飯奢らせやがったと思っているんだ。

などともう気遣いもなんもへったくれもない罵りあって、その黒い感情を拳にのせてルールなんぞ関係なしで殴りあう。

 

そして日が完全に落ちて暗くなる頃にはお互いにボロボロになった二人で互いに椅子に座っている。だけど何処か憑き物が墜ちたような表情だった。

 

「谷尋。そんであのデータ渡して黙ってくれないか? もちろん金は払うし『シュガー』であることは黙るから」

 

ポンと投げわたれたそれは六本木のデータ。渡してくれたのが嬉しかった。

 

「それが目的のデータだ。ほんと容赦なく殴ってくれたな、かなり効いたぞ」

 

「そっちこそ遠慮なくレバーブローしてきただろ。まだ痛むぞこのやろう」

 

「ざまぁみろ。だが…………いろいろ吐き出したらすっきりした。ありがとな、集」

 

殴られた場所が痛むけどお互いの心のうちをぶちまけたから谷尋のことが少しだけど理解したように思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの後、家で喧嘩での傷を治してごはんにした。データはすでに物理的に砕いてある。

 

「いのりさん。俺の喧嘩に手を出さなくてありがと」

 

正直言ってあの喧嘩の後にいのりが谷尋を殺さないか心配していた。涯は排除と言っていたからいのいのりならやりかねないと思っていたからだ。でもいのりには困惑していた。

 

「わからない。でも、何故か邪魔しちゃいけないって感じて。なんだろう? 涯の言う通りにすれば確実なのになんであんな非効率なことをしたの?」

 

そう言う彼女の目には疑問。どうしてこんなことするのかわからないのだろう。それが自分ですら。どうしてそうしたのか、俺も疑問に思ったけどまあいいか。谷尋を殺そうとしなかったのは俺にとっても好都合だし。

 

「友達だから、かな……確かに口封じに殺すのが一番確実なんだろう。でも殺したくなかったんだ。解っちゃうんだよ、似たもの同士だからさ心の奥底では鋏なんて抱えているきつさを知っているんだ。きっと壊れそうで助けてって言っているんだ」

 

俺も桜満集としての仮面を持っているからわかる。外では望む顔をしているからこそ本心から擦れいくのが怖いのだ。演じているうちに心が擦れて自分がなくなっていく感覚が怖かった。昔の自分も心が擦りきれそうになったからわかってしまうのだ。

 

「コンナモノ……」

 

そう呟いたあと、どこか驚いたような感じがした。なにか驚くことがあったのだろうか? まあ、いいか。

 

「ごはんできたよ」

 

ちょうどよく晩御飯も出来たし、気分転換しないと、机に置きっぱなしだった映画の媒体が。

 

「そういえば、谷尋から借りた映画観ないと」

 

ホラーだしもうちょい後で観たほうが雰囲気出るから後にしよ。

 

「いま、みたい…」

 

……これ食事時に絶対観るもんじゃないよな……まあ、いのりが観たいからいいか。

 

 

 

 

うん、失敗したかな? 電気消して暗くして雰囲気出したのだが……出しすぎた。

 

『キャアアアアアアアアアアアア!』

 

「!!??」

 

その結果がこれだよ。ビビリまくりだよ。この映画意外に怖かった。終始ドキドキしっぱなし。なのに隣のいのりは怖がるとか驚きとかそんなの関係なしにもくもくとおにぎりを食べながら観ている。

 

「集、こわいの?」

 

「否定できない……」

 

映像で悲鳴が上がるたびにビクッて反応しちゃうのがちょっと情けない、隣の女の子は平然としているのがなおさらだ。

 

「今度は恥ずかしい?」

 

「……こういう映画観て男のほうが怖がるのはね」

 

「当たった……」

 

そう言って無邪気に喜ぶ姿が可愛かった。

 

そうこうしているうちに映画も終わって。

 

「うん、面白かった」

 

特に主人公がヒロインを身を挺して庇ったシーンが印象深かった。本来ならばそんな主人公だったはずの存在を乗っ取った自分はあんなふうに出来るかなと不安に感じてしまう。本物を偽っている偽者である自分が出来るのか……と、いかんいかんネガティブ入ってしまった。気分を変えないと……あ、原作のことに夢中になってコンクール用のクリップ映像取るの忘れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの後にいのりの了承を取ってから屋上で撮ることにした。シーンもそこまで重要なものではないし、いのりもただ立っているだけでいいものだ。

 

「う~ん、星があったほうもっといい雰囲気出るのになぁ」

 

一応俺も映研に所属しているからちゃんと活動しているよ。それに部の皆からもセンスがいいっていわれているからクリップ映像任されているわけだし。あ、これはいのりさんが悪いわけじゃないよ。うん、これはこれできれいだけど。

 

「そういえばなんでいのりさんは歌を始めたの?」

 

結構気になっていたことだ。ネットにいのりのことが流れたのは涯の茎道へのあてつけなんだろうけど、でもいのりは歌っていることが多い。たんなる命令じゃそこまでしないだろう。返答はやっぱり涯の命令。でもその後に

 

「歌は好き。楽譜のときは記号でも音にすると心が見えるから。いろんな人の気持ちが集まってくるみたいで……」

 

その答えに納得した。いのりは知りたいんだと。気持ちを知りたいんだと。歌うことで知ろうとしたんだと。

 

「集はいつも人の気持ちに繊細……」

 

「んー……空気読んでるつもりなんだけどな」

 

「その時の私ってどう見える?」

 

「楽しそうだよ」

 

そして微笑んだ彼女はまるで人間のようだと思えた。その姿がとても綺麗で見惚れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深夜、集は眠っている頃にいのりは涯に連絡していた。

 

「どうだ? どこか変わったことはあるか?」

 

変わったことはないかと涯は聞いている。涯は期待しているのだろう。いのりの姿を通じて集が昔の記憶を思い出して欲しいと。それはいのりにすら教えていない秘密。だからいのりは気づかない。

 

(ない……けど)「集は……面白い。一緒に居て楽しい」

 

「そうか。これからも頼むぞ。それと集にはこういえばいい。”ずっと傍に居ていい”と。あいつのやる気が出せればいい。王の力があるなしで活動が変わるからな」

 

そうして通信を終える。でも涯の言うことで集に言うのにどこか抵抗があった。いつもならば涯の言われたことならばすぐに実行できたはずなのに。そんな思いがいのりにはもどかしく初めてだった。

 

ふとリビングのソファで寝ている集に視線がいった。

 

少なくとも今日一日とも過ごしてみて理解した。集は何かを知っている。それこそ普通では知りえないようなことを、いのりが知らないいのりのことを、知られたらいけないなにかを、それでも集はいのりをいのりとして接してくれた。それが彼女にとって暖かく感じていた。そしてもっと集を知りたいと思った。

 

(集は私をどんな風に見ているんだろう)

 




こっちの集と谷尋は意外と仲がいいのでこうゆう展開に。
あと後半の展開は漫画版より。
作者はアニメ、漫画、小説版を読んでいるのでどれかからいいのを使っているので
アニメしかしらない人には知らない情報とか出てきたりします
作者的には小説はおすすめです。いい感じに設定を補完してくれるので、物語も少々違っているのもいいです


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浮動:flux-phase1

さて、谷尋と泥臭い殴り合いを演じて黙るように約束した俺なんだが、今どうしていると思う?答えは

 

「桜満集君、質問があります。足にフィットするパンツやタイツのこと。スパッツやカルソンとも四文字。何だと思います?」

 

「レギンスじゃないのですか。嘘界さん」

 

「あー!そっかレギンスかぁ!ありがとう、桜満集君!」

 

原作の展開通りに嘘界さんにGHQに捕まっていた。こういう展開望んでいたけどどうしてこうなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は少し遡って朝の登校途中の電車でのことだ。唐突にいのりが話しかけてきた。

 

「ずっと傍に居ていい?」

 

「……それは涯の命令で言っているの?」

 

今の俺にはいのりの言葉が本心なのかそうでないのかわからなかったためにあいまいな返答。俺の言葉に驚いてこちらを見ていた。今のセリフが涯の命令だと気づいたことなのだろう。

 

「一日短い時間だったけどおおまかには人となりはわかるよ。だからかな」

 

事前に知っていてもこうして接することで理解した。今のいのりはまだ涯の言うことがほとんどだ。だからこそ涯の言葉一つで何でもやってしまう危うさが見えた。だからいのりの言葉で聞きたいとそう思った。

 

「知りたいの……集のこと、みんなのこと……だから」

 

途切れ途切れながらに話された理由、それはいのりの気持ちなんだろう。戸惑いながも話すいのりがなにかが暖かく感じて。

 

「そっか、ならいのりの好きなようにすればいいさ」

 

「いのり……?」

 

「いのりでいいんだろ? それに一日一緒に過ごしたのだからもういいかなって」

 

その直後に急に電車が止まり、途中で止まった駅には武装したGHQの兵士達。いのりも何故と困惑していた。扉が開き、自分の後ろから誰か……谷尋が俺を押そうとしてきているんだろう。避けることも出来たがここは素直に押されておく。一人駅へ、その光景にいのりも訳がわからないといった表情。後ろには谷尋が

 

「あれはあれ、これはこれだ。悪いのは集だ、俺は謝らない。ま、せいぜい俺のためにいい値で売られてくれ」

 

と実にいい笑顔で言われました。正直、イラッとしたけどあれはあれで一番怒りが湧かなかったと思っている。今の谷尋は弟のことを優先している。特にあの実験施設から逃げ出そうと、逃げ出すのにも金が要る。で葬儀社の情報に懸賞金が掛けられている。それが谷尋には魅力的に写ったのだろう。さらには昨日の喧嘩で俺を売るほうに吹っ切れたと。中途半端にやられるよりは後腐れもないからましだな。後でそのすかした面にシャイニングウィザードかます。そう心に決めながら

 

「桜満集君。君を逮捕します」

 

本当にいい笑顔の嘘界さんたちGHQに逮捕された。

 

「キミはとてもいいお友達を持ちましたね」

 

「ええ、俺にはもったいないくらいに本当にいい友達でしたよ。それこそ殴り倒したくなるくらいにね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

嘘界は気になっていた。桜満集のことが。最初の印象はふてぶてしい少年。友人に裏切られても悪びれずに返すくらいだ。話してみてよくあるテロリストにある思想の偏りもなくただのメンバーではない。それと同時に気がついてしまった。この少年は何処か歪んでいる。その歪みは小さすぎて大抵は気がつかないだろう。その歪みはこの少年は誰かを演じている。誰を何をまではわからない。でも普通は気づかないくらいに極々自然に演じている。それこそ今まで本当に本人であると勘違いさせるほどに。嘘界自身でも騙されそうになったくらいだ。運がよかったのだろう。この僅かな違和感に気づいたのは

 

だからこそもっと話したくなったのだ。確かめたくなったのだ、何故演じているのか、この少年が何であるか。ともかく、葬儀社からの第四隔離施設への襲撃が予告された。これはちょうどいい、仕込めるかもしれない。

 

あの後に隔離施設の患者達を見せた。その結果はやはり、彼は事情を知っている。彼を売った同級生の姿を見せてもただただ目を細めていただけで怒りはまったくない。同情とは違うなんらかの視線を向けただけだった。自分の話にも思うところはあるみたいだ。仕込みも出来た。あとはどう反応するかどうか。

 

「桜満君。私にはわからない。何故君のような賢い少年が彼らに手を貸すのか。何故我々の善意を踏みにじろうとするのか」

 

「…………あんたたちにとっては善意だな。だけど受け取る側がどう受け取るかはあっちの勝手だけどな」

 

返された答えは皮肉めいたもの。ふてぶしさは変わらない。さて、確かめてみましょうか。

 

「それはあなたの答えなのですか? それとも桜満集としての答えなのですか?」

 

「……え?」

 

自分の問いに彼は一瞬、何を言っているのか分からないと虚を突かれた表情になった。内心、これはと、自分の予測が当たっていたと確信する。やはり演じていたのかと。

 

「もう一度聞きます。それはあなたの答えなのか、それとも桜満集としての答えなのですか」

 

「俺は……あれ?……俺は……俺は?……」

 

だが思った以上に自分の質問が彼の心の内側の何かを抉る。今まで平然としていた彼が目に見えて狼狽し始めた。さっきまでどこかに感じさせたふてぶてしさも最初からなかったように挙動不審になり始める。

 

「落ち着きなさい。私はただあなたの本当の答えが聞きたいのですから。さぞ怖かったのでしょう。安心しなさい、演じる必要はないのですから」

「お……俺の本当の答え……」

 

落ち着かせようともそれが彼に更に追い討ちを掛けてしまった。人は誰しも仮面を被っている。しかし彼の場合、その仮面が素顔になりかけていた。それが剥がれかけたときどうなるか?

 

「怖い……怖いよ……」

 

それが今の彼だ。さっきまでのふてぶてしい姿はなく、ただただなにかに怯えて縮こまる最早別人と言ってもいいほどの状態だった。すこしやり過ぎたかな? と思いはしたが仕込みが楽になった程度の認識だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メイスンとして変装して涯は集と面会したときに驚愕した。一瞬別人かと思ってしまうほどだ。数日前にあった集は自分の気に食わないことに抗う気骨があった人物だ。だが目の前に居る人物はなんだ?

まるで繰り糸が切れて動けなくなった人形だ。魂が抜けたと言ってもいい。だらりと完全に無気力な状態で面会に引っ張り出された集の姿に絶句した。

 

「やあ、はじめまして集くん。私が君のお母さんの依頼で君の弁護を担当とするメイスンだ」

 

だが集は答えない。それどころか聞いているのかすら怪しい状態だ。涯は内心焦り始めた。集がGHQに捕まったのはまだいい。計画の一部だ。自分が接触し、集に行動を起こす予定だった。だがこの短時間で集がこんなふうになるなんて予想外もいいところだ。この状態では足手まといもいいところだ。

作戦まで時間がある、一応は発破を試みた。涯自身でも気が付いてはいないがこんな集を見たくなかったのかもしれない。だが一向に反応を示さない。襲撃も始まり、計画の修正をしようとしたとき。

 

『集……聞こえる?』

 

通信機からいのりの声が。

 

「………いのり?」

 

だがいのりの声に集が反応した。さっきまで殆ど反応を返さなかった集がだ。

 

『よかった……今行くから待ってて』

 

いのりの言葉にその後、ツグミからいのりが独断で集を救出に向かっていると、こう立て続けに想定外の出来事が起きたことに涯でも悪態をつきたくなる。

 

その直後に大きな固いもの同士がぶつかった音が響く。その音が発生した方を見れば集が勢い良く机に頭をぶつけていた。流石の涯も集の突然の奇行にどう反応すればいいのかわからなかった。一瞬の静寂の後。

 

「で、涯。城戸研二のヴォイドの特性は?」

 

顔を上げた集の額から一筋の血が流れてはいたが目にはさっきまでの魂が抜けた空虚ではなく生気と意志が戻っていた。いのりの単独行動に危機を感じたがこれはこれで妙手だと柄になく感謝した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつの間にか桜満集として行動するのが当たり前になっていた。あの時、嘘界の質問に俺は答えられなかった。何かが見られるのが怖かった。まるで桜満集となった直後のようだった。あの俺ではない桜満集を見ていたあの瞳が。俺ではない誰かを強制されているようで、俺が否定されてた。無視されていた。それは桜満集を知らない学校へ行くまで続いた。だが、知らずに俺の心に深い傷跡が出来ていて、だからこそ嘘界の本当の自分として質問された時、造り上げてきた俺と言う名の桜満集が否定されたと思えてしまった。だから昔のように自分の殻に閉じこもってしまった。最後にそれが功を成したのかあのボールペンを渡された。

 

そして時間も過ぎて涯との面会。そして襲撃といのりの単独行動。通信からいのりの俺を心配する声が。嘘界のような嘘っぱちでない純粋に俺を心配してくれているその声に胸のうちがあたたかくなってただただその声に答えようと。自分でも何故そうしたのかわからない。気づけばそうしていた。

 

ガンッと鈍い音が響く。近くの机に思いっきり頭をぶつけた。その衝撃と痛みで頭がグラグラするがさっきまで抜けていた何かが戻ってきた感じがした。顔に水っぽい何か滑り落ちる感触。どうやらさっきので額を切ったみたいだがどうでもいい。

 

俺がなんなのかどうでもいい。”桜満集”と”俺”が混合し始めているのを知らされたのも今はどうでもいい。俺のために独断で来た彼女がいる。それに答えなければ今度こそ本当に”桜満集”でも”俺”でもなくなってしまう。それだけは受け入れなかった。

 

「で、涯。城戸研二のヴォイドの特性は?」

 

今はいのりの元へと行こう。そのためにも涯から情報を聞き出そうとしたときだ。

 

「面会は終わりだ」

 

外にいた警備員が入ってきた。もう時間がないと。内心舌打ちしつつも行動に移していた。警備員の水月に拳を叩き込み、即座に無力化。銃を奪って走り出す。

 

おそらくいのりが目指しているのは俺がいた場所だろう。俺はそうあたりをつけ駆け出した。

 

 




補足
嘘界さんはちょっと気になった程度です。ただ、ちょっとつついた程度でああなってしまったので一気に興味はなくなりました。それと集くんもガチなトラウマピンポイントで突かれたのであっという間にああなりました。まあ、いのりの声で復活しましたけど


このSSの評価が作者の思っていた以上に高い。このSSを評価してくださったみなさんありがとうございます。今度ともできるだけ早く投稿出来るように作者も頑張ります。


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浮動:flux-phase2

英国製のオーダーメイドのスーツを涯は内心驚いていた。傍にはいのりがいる。だがそのいのりは普段は無感情な彼女が人目でわかるほど怒っていた。この部屋にいる他の人も今までにないいのりの様子に声をかけ損ねていた。

 

「どういうこと? 涯」

 

いつもは淡々と話すいのりがナイフのように鋭く切り出す。その声には怒りが僅かに乗せられていた。

 

「集が白服に捕まった。助けようとしたら止められた。どうして?」

 

集がアンチボディズに捕まったのだ時にいのりは行動を起こそうとしていた。だけどそれは葬儀社でも一番若い見習いの梟によって止められた。それが腹に据えかねているみたいだ。

 

「そうか、捕まったか」

 

だが涯には予定道理だ。これでうまくこっちに引き込めると考えていた。

 

「涯」

 

だけどいのりには納得がいかないようだ。だからこそここは素直に答えておく。

 

「ああ、わかったわかった。梟が止めるように俺が命じた」

 

「こうなること知っていたの?」

 

「ああ」

 

涯の肯定の返事にいのりの視線の圧力が増す。

 

「どうして?」

 

そう見下ろすいのりの姿に満真名の姿が重なって見えた。表情が変化しない分余計に。それが涯には何かがきた感じがした。

 

「もちろん我々の計画の成就のためだ」

 

涯の答えにいのりは首をかしげる。どうしてその答えが出るのか? と思っているのだろう。

 

「ルーカサイトの攻略。成就にはふたつの『鍵』が必要だ。一つは城戸研二のヴォイド。もう一つはそれを扱うことが出来る王の力だ」

 

「それと集が捕まることに、どういう関係あるの?」

 

言いかけようとしたがやめた。涯がわざと集をGHQに捕まえさしたのは既成事実を作るためだ。あの時はっきりと宣言されたのならば説得しようとしても考えは変わらないだろう。だったら葬儀社に入らざるを得ない状況にすればいいだけの話。もっとも集は集で別の目的で捕まったのだが。それは集しか知らないことだ。いのりも涯もルーカサイトの攻略の保険のためにわざと捕まったと知らない。

 

「おまえが知る必要はない」

 

涯は自分の目論見を教える必要がないと決め、何も言わず肩にジャケットをかけ次の作戦を告げる。

 

「俺たちはこれから城戸研二と桜満集を救出するためにGHQ第四隔離施設を攻略する」

 

その言葉にわずかだがいのりの顔が明るくなっていた。おそらく救出に反応したのだろう。自分も行くと目は語っていた。

 

「じゃあ…」

 

「いのり、お前は待機だ」

 

涯は苛ついていた。集のことでいのりがここまで感情を態度に出すことはこれまでなかったのだから。だけどいのりは言葉に出さなくても涯の待機命令に納得いかない様子だ。

 

「今回はお前の力は必要ない。集にヴォイドを使わせる予定はないからな。ここでおとなしく帰りを待っていろ。いいな?」

 

「…………はい」

 

いのりの返事はいつもよりも遅かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

いのりは部屋のひとつで待機していた。ふゅーねるを抱えて座っている。

 

「ね、ふゅーねる……どうして、こんなに寒いの?」

 

寒い。気温などいったものではない、言葉では言いようのない気持ち悪い気持ちが渦巻いている。GHQに捕まる集をただ電車の中で見送ることしか出来なった。集は平然としていたけどどうされているかと思うと叫びたくなる。

 

「どうしたら寒くなくなるの?」

 

ふとふゅーねるにあった傷が見えた。ヴォイドゲノムを奪取したときに壊れて、あの部室でとうとう動かなくなったのを集が届けてくれて仲間のツグミが修理してくれた。

 

「集……」

 

おにぎりがくれたときは暖かった。GHQから自分を抱えて逃げ出したときも横転したバンから出たときに駆けつけてくれたときはもっと暖かった。

 

「集がいれば、いのりは寒くないの?……」

 

寒いのは嫌といのりは立ち上がった。

 

 

 

 

 

 

あのときの俺の精神状況はあまりよろしくなかったみたいで兵士が入り込んだときに原作知識から展開を知っていることからか急がなければいけないと思い込んでしまい。涯の返事を聞く前に出てしまう。だけど部屋から出る直前に

 

「城戸研二のヴォイドは重力操作だ!」

 

と涯の声が聞こえた。

 

なんとか自分がいた独房へと向かう。周囲では電子錠が壊れたのか自分と同じ囚人がわらわらと蜂の巣を突いたように我先に逃げ出している。それを押さえ込もうと警備員も防衛の為のエンドレイヴが動いていた。だが俺にとっては好都合だった。この混乱に紛れて行動できるのだから。

 

このままうまくいってくれて欲しいのだが現実はそううまくいかずゴーチェが立ちはだかる。周りには囚人はいない、完全に狙いを付けられた状態だ。

 

鍛えているといっても所詮は学生。銃ひとつで戦車に立ち向かえるほどには強くはない。ヴォイドがあればゴーチェ一両程度、何とかなるのだがそれすらもない。

 

その時にふとヴォイドゲノムに関しての記憶が思い出させる。体の中のアポカリプスウィルスを刺激することでヴォイドを形成、それに伴い身体能力が上昇することを。

 

原作のように綾瀬のシュタイナーが偶然助けてくれるともわからない。だからこそ自分の力で切り抜けるしかない。イメージしろ! ヴォイドを取り出す光景を!

 

でもあのヴォイドを取り出す時に出る光はない。だけど確実にあの時よりも遥かに劣るが自分の力が上がった感触がした。少々頼りないけど武器もある。構えとは分からないが反動も強引に抑えられる。これならばなんとかなる!

 

俺はゴーチェが動き出しす直前に直ぐ近くの壁へジャンプ、そのまままた壁を蹴って三角跳び。だがそのジャンプ力は普通ではまず出ない距離。3、4メートルは優に超す距離で非常識な跳躍で一少年では到底出せないに距離に隙が出来る。武器を置いてないほうの肩に乗り即座にゴーチェの首辺りに銃をフルオートで撃ちっぱなしにした。少しの間銃の衝撃で痙攣し、そのまま動かなくなった。

 

狙いは成功した。エンドレイブにも欠点はある。エンドレイヴが攻撃や衝撃を受ければ遠隔操作しているパイロットに軽減はされるが痛みや衝撃もフィードバックされる。エンドレイヴ自体を倒すのはヴォイドを使わなければ無理だと思っている。だからこそ狙ったのは操作しているパイロット。エンドレイヴ自体が無事でも首に至近距離でありったけの銃弾を当てればパイロットは唯ではすまないだろう。

 

「っ!?……流石に反動はあるか!」

 

動かなくなり倒れるゴーチェから降りたときに全身に引き攣るような痛みがはしる。ヴォイドゲノムの身体上昇能力をヴォイドを取り出さずに使用したからだろう。幸いにもすこし我慢すれば無視できるレベルなのが幸いだ。

 

弾も撃ちつくしてもう不要になった銃を捨てたときに俺は何かに掴まれて持ち上げられた。しまった油断しすぎたか。

 

俺を持ち上げた機体はゴーチェとは違い細く、全体的にシャープなライン、そして白く塗装された機体。シュタイナー。葬儀社が使っている機体だ。俺にとっては味方になる。

 

『あんた、いのりに何したのよ!』

 

マイクから通じて綾瀬の声が聞こえてくる。しかも、不機嫌でイライラしてるのがはっきり分かる。

 

『あの子がガイの命令に逆らうわけがないじゃないの! おかげで作戦がめちゃくちゃよ!』

 

「知らん! それはいのりに聞いてくれ!」

 

原作知識からいのりが来てくれることは知っていたが俺はそう頼んでいなかった。俺が考えていたのは嘘界さんからルーカサイトの目標のボールペンを貰ったら面会のとき涯の作戦に従う予定だったけどな。結局、俺のトラウマ突かれて情けなくなっていのりに励まされて原作どおりになってしまってけどな。さっきまでの自分は正直まともな判断できなかったし、言い訳がましいか。ともかく、いまはいのりの元へ行こう。

 

ああもう、分かっちゃいるけどもうちょい優しくしてくれ! 後ろからゴーチェが数両迫っていると分かっているけどさ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いくらエンドレイヴといえば足場が狭ければ力を存分に力を発揮できない。だから綾瀬は俺を抱えたまま吹き抜けになっている監獄搭の踊り場でおろされた。目の前には数両のゴーチェがいた。

 

「ごめん、ちょっと隠れてて」

 

流石の綾瀬でも数両のエンドレイヴを同時に相手にするのはきついのだろう。しかも俺を抱えたままは負担になる。

 

「流石にそのままはきついぞ!」

 

だからと言っても目の前でおろすのは無責任すぎないかな。大半はシュタイナーに向かっているけど二、三両はこっちに向かっているし。

 

「たかが学生一人にエンドレイヴ三両は流石にオーバーキル過ぎるぞ、ちくしょう!」

 

一両だけでも過剰戦力なくせに手に持っている銃はいつでも撃てるようになってる。おそらく暴徒化した囚人の鎮圧用なのかも知れないけど流石にただではすまないだろう。反動がきついけど出し惜しみしている場合じゃないから、さっきもやったようにヴォイドを取り出すイメージし、身体能力を引き上げ、捕まらないように走る。

 

だけど逃げ場はなく徐々に追い詰められていく、その時上の階の連絡通路が爆発。近くの噴水に何かが落ちた音がした。そちらに視線を向ければ噴水には

 

『んー!! んー!!』

 

頭巾が外れこちらを見ている拘束されたままの城戸研二がいた。なにかを言おうとしているが口を防がれている為にくぐもった声しか聞こえない。視界の隅にはロケットランチャーらしきものを構えた涯の姿。さっきの爆発は涯が撃った物なのだろう。偶然なのかもしれないけど俺の近くに城戸を送ってくれた。内心感謝する。

 

「すこしは黙ってろ!」

 

この状況で俺がやることは一つ。城戸研二のヴォイドを使い、状況を打破する。ついでにうるさかった城戸を黙らせておく。

 

出てきたのは銃の形をしていた。能力は重力の操作。涯からすでに聞いている。取り出してからすぐに地面へ向けてヴォイドの力を全開で放つ。

 

弾は出ず銃口が光り、周囲に光が満たされる。重力の操作によってここ一帯は無重力になり、綾瀬のシュタイナーもアンチボディズのゴーチェも噴水の水も、果ては自分すらも浮いていく。

 

綾瀬は涯から事前にヴォイドの特徴を聞いていたのか少なくともこの状況がヴォイドによって起きているのだと理解しているが突然の状況に戸惑っている。だがこれでもまだマシだろう、アンチボディズにいたっては何が起こっているか理解できずに唯手足をばたつかせているだけである。

 

そんな様子がまるで自分のようだな、と柄にないことを考えていた。直前に嘘界さんから自分のこと突かれたせいで感傷的になっているのかもしれない。

 

憑依した直後のことだ。あのときの俺の精神状況は最悪だった。自分自身すら信じられなくて、何もかもあやふやに感じていたあの頃を。だからかもあの世界で確実だといえないはずなの原作知識に頼っていたのだから。けど…………

 

「集ーーーーー!!」

 

上のほうからいのりの声が聞こえてきた。俺に向かって飛び降りている。無条件に俺を信じてくれる人がいるのだから。それに全力で答えよう。

 

「いのり!」

 

俺もいのりに答えるために宙に浮いた水を足場にして駆けて行く。いのりは既に重力操作の範囲に入っていて止まっている。

 

「いのり……俺を信じてくれる?」

 

返答はいのりへ手が伸びていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

密かに隠れていたスナイパーがいのりを狙っていた。集がいのりに対して何かを起こす前に邪魔しようとしている。

 

「邪魔をしないでいただきたい」

 

だがそれは嘘界によってパンと容赦なくGHQの兵士の頭を撃ち抜いた。嘘界にとって目の前にある光景のほうが兵士の命よりも何倍の価値がある。この光景の邪魔をする無粋な輩の命なんてどうでもいいのだ。

 

「ぉぉ…………」

 

プリズムのように銀の螺旋の光を発しながら彼女の胸から巨大な剣を取り出す光景に目が離せなかった。

 

どういう仕組みなのか分からなかったがセフィラゲノミクスから盗み出されたという『罪の王冠』と呼ばれるコードが関係しているだろうか。

 

その時だった、一瞬だけ彼がこっちを見たときが気がした。本当に一瞬だったからか気のせいだと考えたが嘘界は間違いなく見たと確信できた。

 

何故と考えようとしたが直ぐにそんなことは考えから消えた。彼が動き始めた。

 

まずは何もないはずの宙を踏み出し、銀閃となって近くのゴーチェを両断した。それだけでは止まらず即座に翻して二両、三両と次々に両断し、貫いていく。その光景が嘘界にはまるで剣舞を思わせる幻想的ともいえる舞いに見えた。

 

だがアンチボディズも軍隊だ、なんとか困惑から立ち直した一両のゴーチェが仲間を斬り捨てて行く敵としてミサイルを彼らに向けて放つが簡単に剣で切り払われ舞を彩どっていく。ミサイルを切り払っていく姿はまるで舞を舞うようで爆炎と銀のプリズムがその舞をより幻想的なものへと昇華していく。

 

「美しい……」

 

嘘界は集がエンドレイヴを斬り捨てていく光景に完全に見ほれていた。幻想的ともいえる光を纏い、少女を抱えながら剣を持ち、宙に浮かぶ何十両ものゴーチェを銀の閃光となって斬り捨てていく。

 

月を背に舞う光景はまるで神が天に還るようだった。

 

 

 

 

 

 

 




ということで二次創作らしく能力使った独自仕様。
簡単に言えばヴォイドを取り出すイメージして自分の身体能力を上げる自己暗示。
利点としては一人だけでもいつでも使用は出来る。欠点は普通にヴォイドを取り出して上昇させたほうが幅が大きいし、こっちを使う場合は体に反動が出ます。


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訓練:a preparation-phase1

第四隔離施設の戦闘の後、俺は涯たち葬儀社のアジトへと帰還、向かっていた。

 

入って直ぐのところに丸い吹き抜けになっている場所へ。直ぐに俺に視線が向く。その後直ぐに涯が俺を新しい仲間だと宣言するが三分の一辺りが疑惑に満ちていた。

そりゃあ、六本木ではっきりと拒否したのに数日したら仲間になりましたなんて疑うのも当然だろう。

 

そんなこと考えている内に涯はルーカサイトの攻略作戦を提示していた。強引だけどそれでもあの時と同じように有無を言わさない迫力があった。

 

「綾瀬、こいつに基礎訓練を付けてくれ。作戦をより確実にする為にだ」

 

そして出てきたのは車椅子に座ったポニーテールの女の子。エンドレイヴのパイロットスーツを来た姿で、おそらくさっきまでシュタイナーで手伝っていたのだろう、でも……

 

(あのパイロットスーツ。体のラインがはっきりと出てる…………年頃の青少年には凶器だよ!)

 

いのりとは違ったエロさです! でかいです! 祭と同等かそれ以上のサイズです! 下手したら視線が固定されそうです! 

 

(煩悩退散、煩悩退散、煩悩退散)

 

だけどそんな露骨な視線を向けるのはいけないので。必死に落ち着かせた。うん、大丈夫だ。改めて綾瀬と向き合う。

 

「あなたは監獄搭で白いエンドレイヴを操っていた人?」

 

「ええ、そうよ。それがどうかしたの?」

 

「ただ、あのときに複数のゴーチェを相手に綺麗に立ち回っていたからどんな凄い人が動かしているんだろうなって」

 

正直言って綾瀬の操作技術は凄いとも思う。実際に見てきたのだから。いくら綾瀬が動かすシュタイナーの性能が高くても数の暴力は強い。それにゴーチェとシュタイナーの性能の差も隔絶したものではない。対抗するには同じ数を用意するか、ヴォイドを使った俺のように圧倒的な質の差が必要だ。だからこそ圧倒的な不利な場面で立ち回っていたのだ。そのことに綾瀬は満更でもない様子だ。あれ? 涯からの誘いを思いっきり断ったのにどうしてだろうか? 他の人は嫌疑の目で見ているのに?

 

「そっちこそ、あんな動きしてゴーチェを一人で倒したじゃないの」

 

どうやら一人でゴーチェを相手にして無力化したところを見ていたみたいで結構気に入ったらしい。まあ、普通は銃ひとつで立ち向かうものじゃないからエンドレイヴは。

 

「はは、あれは王の力を使ったずるだよ。それとあの啖呵きっちまったけど仲間になることになった。いろいろとあるかもしれないけど一週間、よろしく頼む」

 

「ふふ、そっちこそちゃんとついてきなさいよ」

 

「ああ、望……」

 

言い切ろうとした瞬間、体中にビギと表現できそうな痛みが奔った。何故!? 疑問と答えは同時に出た。ああ、無理矢理使った反動がきたと。さっきまでなんともなかったのはヴォイドゲノムの身体上昇が正しい形で機能していたからであり、その前の反動を誤魔化せていたみたいでそれが溜まり、一気に開放。そのまま意識がシャットダウンした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気が付けば俺は何処かにいた。真っ暗な世界。それ以外には白い雲のようなものが漂っている。

 

だけど自分以外にはそれしかない。何にも感じない。音は自分の鼓動以外は聞こえない、風が頬を撫でる感触も、熱くも、寒くも。なのにどこか薄ら寒さすら感じてしまう。どこか寂しげな世界。

 

纏っている服も変わっている。何の意図なのかはわからない。黒のズボンにシャツ一枚、涯のような足首まである葬儀社のメンバーが着ているジャケットに首元にはマフラーが巻かれていた。集が原作で終盤で来ていた服だ。

 

そんな状態で上も下も右も左すらもわからない状態なのにしっかりと立っている。どうしてなのかも分からない。いや、それ以前に俺がどうしてここにいるのかすらもわからない。むしろ、今すぐにでも立ち去りたい気分になる。そう感じているはずなのにどこかで立ち去ってはいけないと感じている部分もある。

 

 

-----……こ?………………ん-----

 

 

自分以外音のない世界、その世界にいないはずの誰かの声が聞こえてくる。それは泣き声。小さな子供が泣いている。気づけば俺はその声がするほうへと足を進めていた。

 

進めど進めど周囲の景色は変わらない。辟易してきたときに誰かの姿が見えてきた、黄色のダウンジャケットを来た背中が見えて、その姿は誰かを探している迷子だ。それに何処か見覚えがあった、その少年は…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん…………あれ? 俺は……」

 

光を感じて目が醒める。けどなんともいえない何かが渦巻いていた。自分のみにまったく覚えがない非現実的な場所での出来事。一秒一秒ごとに記憶から抜け出してく中で本能とも言うべき部分が忘れるといっている。それが何かを警告しているかのようにも思えた。

 

「なんだっていうんだ?…………どうしてあんな夢を?」

 

だけどそれを再確認する手段なんてないから放置するしかないと完結する。次は周囲の状況を把握しないと。周りはベット以外は何にもない。本棚とかは在るが備え付けで本は何一つ納まっていない。まるで引っ越した後のような何にもなさだ。

 

それと服ありませんかね? あれから起きたら生まれたままの姿って結構ひどくない? 綺麗な女の子だったら役得だけどさ、ただの細マッチョな男子高校生の体なんか見て誰得だよ。

 

「さて、服はどこにあるかな」

 

ともかく服探さないと、申し訳程度に掛かっていた布に近い布団を腰に巻いておく。何にもないよりはましだろう。

 

ああ、あの後綾瀬が心配してきてくれたけど腰に巻いたものは落ちなかったと言っておこう。だけど、異性に裸見られた……

 

 

 

 

 

 

 

 

やっぱりというかあのボールペンは無事綾瀬の元へ。それが重要なものだと言ったんだがなんだかそれが綾瀬の何かを刺激したみたいで悪戯っ子みたいな表情で一週間後のテストで合格したら返してくれる約束をして特訓開始へ。

 

ステップ1、総合近接格闘術。

 

「名前は?」

 

「桜満集です」

 

完全にガンつけながら名前を聞いてくる大部分を金髪のメッシュをかけた鋭い目つきのまさに不良といっても過言ではない姿のこの人は月島アルゴ。

 

初対面ではガチで怖いが、内面は義理堅く人情に溢れた兄貴と言えるだろう。仲間を大切にする姿はかっこよかった。

 

「知っている」

 

「なら聞くなよ」

 

つい、心の中の突っ込みを言葉にしてしまった。だけど普通にスルーされた。綾瀬からはアルゴが白兵戦でのプロだと説明する。

 

「ホントに殺す気でかかってこい」

 

そうして気軽に渡されたものはナイフ。顔が映るほど手入れをされている品だった。

 

「これモノホン?」

 

言わずとも本物でなんかやな予感。でも最近からエンドレイヴとか明らかに歩兵が相手できるわけない兵器を相手にしているか俺の危機感覚が麻痺しかけているからなんだか当てにならないかも。

 

「オラァ!」

 

容赦ないな! 髪の毛数本切れたぞ! つーか、ナイフ邪魔! ヴォイド使っているとき以外は素手のほうが勝手が良かった。だからさっさと渡されたナイフは捨てて、ステゴロでナイフすら振るえないくらいに接近。

 

「っ!!」

 

鉄山コウもどきのショルダータックルをさっきの容赦ない一撃のお返しとしてかます。

 

「はっ! やるじゃねえか!」

 

でもアルゴは綺麗に衝撃を受け流し、ほとんどダメージはない。体勢を崩している為に追撃をかけようとしたけど。

 

「だが甘ぇ」

 

「ですよねー」

 

鳩尾にナイフを握っていない方の手がめり込んでいた。ああ、俺って調子にのっていたなと反省しながら意識が落ちた。ヴォイドなかったらこの程度だと改めて認識した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ステップ2、持久力。

 

『心拍数、平常値。うん結構鍛えているんだね。男の子』

 

アサルトマシンガンを持ちながらふゅーねるを背負って六本木の悪路でマラソンしている。といっても九年前からずっと走りこんでいる俺からすれば重石と悪路程度じゃ問題にもならない。軽快に走っていく。

 

ん? なんかカチカチしている? すると綾瀬があのボールペンのボタンを弄っていた。

 

ちょ、綾瀬さん。そのボールペンカチカチしないで! そのボタンはルーカサイの発射装置なんです。ルーカサイトを知っている身としてはその動作が怖くて仕方ないですよ! 今、赤いボタン押したら発射されていたじゃないですかヤダー! やめてー! え? やめて欲しかったらスピード上げていこうと?

 

「ちくしょー!」

 

下手したら即あの世行きな特訓とかどんな罰ゲームなんだよ! しかも手元にないと嘘界さんとの交渉に使えないから安易にポールペンがマーカーとして機能していることを話せないのがつらい。だって話したら処分されるが確定だからだよ。いったい何時撃たれるかもしれない戦略兵器のマーカーを持ち続けるバカなんている? 俺みたいな利用価値を見出している人以外はいないだろ?

 

と言いつつも全力疾走で駆け抜けていく。

 

結果はぶっ倒れるまで走ったのは久々だと言っておく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ステップ3、腕力。

 

次は影は薄かったがアニメでも結構出番があった大雲さんの部屋で試験。

 

「……重いかも」

 

彼の手に持ったものを差し出す…………なにこれ? これ持てと? 重機関銃だよね。普通はエンドレイヴとかに搭載するのが普通な奴だ。大雲さんは体格が普通の人よりも大きい、まさに熊のような体格からこそ扱えるものだと思うんですけど。

分かりましたから持ちますから面白そうにボールペンカチカチしないでお願いだから。それやるたびに冷や汗かきそうになるからやめてください。ああ、言えないのがもどかしい。

 

「お、重ッ!」

 

渡された重機関銃はやっぱり重い。両手で抱えてやっと持ち運べるくらいの重さだ。やっぱ大雲さんのような体格の人が使うもんだよね。とはいえ足腰はしっかりしているから無様に倒れることはないのだけどね。

 

あの…………なにか話し込むのはいいんですけどいつまで持っていればいいんですか? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ステップ4、射撃訓練。

 

担当はいのり。目の前で実演している。

 

滑らかな手さばきで銃弾を装填、そのまま射撃する。その一連の動作は素人の目から見てもすごいものだと感じられた。しかも狙いも精確だ。撃ったのは六発、だけど人型の的の穴は頭部と胸の中心の二つだけ。

 

「すごい。全弾命中」

 

「集にもこのくらいは目指して貰うから。頑張れ」

 

「……善処させてもらいますよ」

 

とは言いつつも流石にあの域は難しいがそれなりに使えるようになったほうがこれから先、役立つのは確実だ。まずはさっきいのりが撃っていた姿を真似てみる。けれどどこかしっくりこない。どこかまちがっているのだろう。

 

「違う、そうするとスライドで手で擦り剥ける」

 

傍で見ていたいのりが構えに四苦八苦しているときに直してくれようとした時、背中当りに女の子特有の柔らかい感触。いのりには意識していなのだろうけど俺だってこんなふうに体をくっつけられるのは初めてで……

 

「む、胸当たって!?」

 

いきなりのことにビックリし飛びのいてしまった、しかも顔は真赤になっているかもしれない。綾瀬、頼むからにやにやしないでそういう経験ないからどうしたらいいのかわからないんだよ。憑依前からも女の子と触れ合った経験なんてほとんどないんだ。せいぜいが手をつなぐ程度が限界なんだよ。あ、ヴォイド使っているときは例外、どうにかすることに必死で意識する余裕なんてないのだから。

 

あの後少し気まずくなったのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

とまあ、こんな感じに上手くとはいえないけどなんとかやってけそうです。



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訓練:a preparation-phase2

シャワーを浴びてふらりと疲れた体で廊下に出る。アレから一週間訓練漬けだ。下地はあったからついて来れたものの訓練でこの状態なのだ。少しばかり本番で上手くやれるかどうか心配になってくる。いかん、すこしネガティブになっていた。明日は本番だし、さっさと寝ようとしたとき歌が聞こえた。それが気になって街灯の光に釣られる蟲のように足を運んでいた。

 

大きな窓があるその部屋は元は休憩室だったのだろう。そこに一人いのりが歌を歌っていた。その姿はどこか儚げでいつの間にかその歌に聞きほれていた。

 

「? 誰?」

 

そうしているうちにいのりに気づかれたようだ。素直に出る。でも俺だと分かった瞬間、いのりの表情は何処か硬くなる感触がした。

 

「悪い、邪魔だったらなら退散させてもらうけど」

 

でも彼女の様子は怒っているとは何処か違うようである。俺は何かしたのだろうか?

 

「ねえ、どうしてきたの?」

 

その声にどこか硬いものが感じられる。

 

「どうゆうこと?」

 

「涯のいうことにどうして従っちゃたの?」

 

「ああ、そういうことね…………俺としては従うべくして従ったと思っているからかな」

 

実際に会ってみて協力したいと考えていた。涯だってただ一人の女の子のために動いている一途だし、綾瀬だって特訓は厳しいけど話してみて思いっきりがいいし話していて楽しくなる、友人としていいタイプだ。

 

「? だったらどうして六本木のときに涯のことを断ったの?」

 

「あー……あれは断るべくして断っただけで本当は涯に協力したいと思っていた。でもあることのためにああしてGHQにわざと捕まる必要があったんだ」

 

「どうして?」

 

「ルーカサイト、それによる檻の完成を防ぐ為の保険ともいうべきものかな……最悪の事態が起こったときのために必要だからなんだよ」

 

「…………そっか」

 

俺がわざとGHQに捕まったことが不満らしい、あんだけ心配させたのに実はわざとでしたなんて怒っても仕方がないものだ。だけどいのりは了解してくれた。その健気ないのりの姿を見ていたら、ずっと黙っていればいいのに話してしまうなにかがあった。どこか彼女なら見せてもいいと思えてしまうなにかが。気づけば喋っていた。

 

「俺さ、実は記憶喪失なんだよ」

 

「え?」

 

「七歳から前のこと……正確にはロストクリスマスから前のことが記憶から無くなったんだよ」

 

これは本当だ。十年前の記憶(・・)はない。ただ知識として残っているだけだ。だからこそ、いのりや涯と会ってもすこしだけなにか思うところがあっただけだ。しかもそれは桜満集として知識じゃない、俺としての原作知識からだ。本当に桜満集としてではない。

 

「だからかな、葬儀社に入れば……なにかが戻りそうな気がするんだ」

 

本当は涯の本当の気持ちを知って協力したいとも思っている。でも……知りたいのかもしれない。桜満集の感情を、あのときの夢はただ映像を流していて、俺はそれをただ見ていた観客に近い。

 

「それが俺が葬儀社に入る理由。そういえばいのりはどうして葬儀社にいるの?」

 

俺の質問にいのりの雰囲気が硬く感じられる。やっぱり、この話題は学校のときのヴォイドのことと同じようにあまり踏み込まれたくないことなのかもしれない。すこし気まずそうに話してくれた。

 

「涯はわたしに名前をくれたの…………名前すらもなかったわたしに名前を、世界をくれたの。だから涯についていく」

 

「そっか……いのりはその名前を気に入っているの?」

 

無言で頷いて肯定を示す。

 

「なら大切にしたほういい。さっきも言ったけど俺が記憶喪失なんだ。あの時は自分の名前が世界が怖くて仕方なかったんだ。だからその世界を大切にしながらいけばいいと思うよ」

 

それは嘘のない本当の気持ち。自分の名前を大切に、好きでいられるのはいいことだと思う。なんにもなかったとしてもそれが唯一のものだとしても自分を好きでいられるのは。桜満集でなった直後は本当にその名前が怖かったのだから。そのことにいのりはそう、と短く答えただけだった。まあ、彼女がこのことをどう受け取るかは彼女次第だし、俺のお節介かもしれないのだから。

 

「はは、なんだか説教くさく……へっくし!……湯冷めしちゃったか。長く話しすぎたかな」

 

暖かくなり始めた春といえど夜は流石に冷える。これ以上長居したら明日のテストに影響が出るかもしれない。いのりのほうにも用事があったみたいでここで別れることに。

 

「じゃあおやすみ、いのり。また明日」

 

「……うん、おやすみ、集」

 

おやすみといったいのりがどこか安心できた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

集と別れた後、いのりは涯と同じ部屋にいた。涯はベットで横になり、いのりは近くに座っている。両方の腕にはチューブが刺されていて、血が抜かれている。

 

涯は集と出会う前の事情により常人よりもアポカリプスウィルスを多く体内に保有していた、下手すればキャンサー化するほどの量を。だけど涯はアポカリプスウィルスを抑えられる理由はいのりにある。彼女の血液にはゲノムセフィラクスが作り出しているワクチンよりも強力な抑制物質が含まれているからだ。そして今、それを透析に似た措置を施していた。

いのりはいつもとは様子が違った。うつむいて思いつめるように悩んでいた。

 

「何を考えている?」

 

「気に……なるの?」

 

いのりは心の何処かでこのことを集に見られたくないと。直前に集の傍にいて、おやすみと言われたとき、他の誰かから言われても何にも感じなかったのにとても安らいだ。笑ってまた明日って言ってくれとき、暖かった。なにもなかった自分を暖かな。集なら既に知っているかもしれない、だとしてもこんな自分を見せたくなかった。他の人には見られてもなんとも思わなかったのに。

 

「集に誤解されるのが怖いのか?」

 

涯の呟いた言葉にいのりは苦い顔をしていていた。葬儀社における恋愛沙汰に涯は禁止してはいない。葬儀社の皆はいのりとの関係を誤解している。そのほうが都合がよかった。涯も、いのりも、その中に巻き込むわけにはいかないのだ。涯は判っている、いのりは集に惹かれ始めている。だけど……

 

(お前が惹かれているのは、それはお前の気持ちじゃない)

 

いのりが集に惹かれているは、いのりから来るものではないこと、それは桜満真名から来ていることを。それゆえにわからなくなっているのだろうとあたりをつけていた。少しばかりいのりは考えた後に

 

「そう……なのかもしれない」

 

やや疑問形になりながらも頷いた。そのことに涯はすこしばかり驚いていた。それはいのりに変化が表れているのだ。その証拠にいのりは集のことになるとすこしばかり多く話すようになっている。

 

「集はなにか知っている……いのりが知らないことを……」

 

「どういうことだ?」

 

「わからない……でも集のこと、すこし話してくれた……昔の記憶がないって言っていた」

 

「何……!?」

 

涯は驚いた。集が記憶喪失なんてしらなかった。だが腑に落ちなかった部分の疑問は解けた。何故あの時集が涯を初対面のように接したのは記憶がなかったから、昔に合ったとしても集には初対面なのだ。

 

だがまだ涯の中にはまだしこりみたいな疑問がこべりついていた。何故王の力を使いこなしていたのか。いや、何を知っているのか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日、入団テストしてルーカサイト攻略のシナリオの一部の想定として単身、綾瀬が操るシュタイナーと対峙する。目的はシュタイナーの後ろにあるトレーラーへと到達すること。こっちに支給されたのはアサルトマシンガン。

エンドレイヴとこうして対峙するのは二度目。だからこそ分かる。目の前のシュタイナーは核が違う。あの時ゴーチェとは別物だ、誤魔化しの身体強化では到底敵わないと知らしめてくる。

 

『じゃ、始めるわよ』

 

さらには綾瀬には俺に対する油断が一切ない。普通は歩兵一人に戦車を当てるのはあまりには過剰だ。ほとんど歩兵には勝ち目はないだろう。それを示すように周りの野次馬というか観客はこの想定に無茶だろと言っている。だが、その例外を俺は成し遂げている。それを綾瀬は見ていたのだから。

 

「ええ、いくぞ!」

 

だが王の力を持っている以上この状況よりも悪い場面なんて数えきらないくらいに遭遇するだろう。どうにかできなければこの先乗り切るなんて無理に近い。だからこそ、模擬戦としてやるには最適だろう。まずやることは始まった直後即座にシュタイナーの方へダッシュ。

 

『正面突破か。だけど私はそんなに甘くはないわよ!』

 

だが綾瀬もそれに直ぐに反応し、迎撃しようと構えた瞬間急ブレーキ、牽制として銃を撃ちながらすぐさま反転し近くの柱に隠れる。

 

『え!?』

 

綾瀬は俺がエンドレイヴと張り合える能力を持っていると知っているからいきなり向かってくることで即効でシュタイナーを何らかの手段で無力化しようと勘違いしてくれたのだろう。だが俺はそれでどうにかしようなんて微塵にも思っていない。あの時は状況がおあつらえ向きだったからだ。まずは壁際にいたこと、次に銃器を所持していたこと、俺の身体能力が高かったこと、元が低くければブーストしようが高が知れているから。一番大きいのはあのゴーチェが俺をたかが一囚人と侮ってくれたことだ、だからこそ俺は意表をつけた。今回も綾瀬は俺がエンドレイヴをどうにかできると思っているから意表をつけたのだから。

 

いい感じに撹乱できた。そのお蔭で綾瀬は俺を見失っている。その間に隔離施設のときのように身体能力を上げて、あの人がいる場所へ全力へ走る。綾瀬が俺を再び見つけるまでの時間との勝負、これに合格しなければ葬儀社とのみんなに認めてもらえないだろう。

 

「アルゴさん!」

 

その間に目的の人物がいるところ、月島アルゴがいる場所へ辿り着く、アルゴは驚愕していた、すこしばかり離れていたやつが気が付いたら目の前にいたのだから。

 

「失礼ッ!!」

 

とは言いつつも速攻でアルゴからヴォイドを抜き取った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『してやられた!』

 

綾瀬は僅かばかり焦っていた。少しばかり意表をつかれたのだ。集とは一週間の訓練と隔離施設での戦闘で人となりを見てきた。ひねくれた部分もあるけど基本的に真面目でからかいがいのある人間だ。だからか最初に正面突破しようしたときになにかシュタイナーをどうにかできるのだろうと勘違いしていた。

 

撒かれたあとに探していると見えた柱に隠れるように走る集の姿。でもその走る速度は常人よりも速い。おそらくあのときのゴーチェを無力化したときに見せた異常な跳躍と同じものだろう。

 

『逃がさないわよ!!』

 

だからこそ、視界から外れればなにをするかわからない。全速力で追いかけてみたがそこに集の姿はいない。その瞬間頭上にぞくりと嫌な予感と隔離施設での集が行った出来事が脳裏に浮かび、見上げると空中で逆さになりながら右手でペンライトみたいなものを構えていた集の姿。

 

『きゃ!? なにこれ!?』

 

何かすると感じ、避けようとした間もなく、ペンライトが光った瞬間に綾瀬の視界がすべて真っ暗になる。シュタイナーの計器が件並みエラーと赤い警告を発している。恐らくあのペンライトの、王の力を利用したものなのだろう。だけど目と耳を潰された今の状態ではどうすることも出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

アルゴから取り出したペンライト型の暗くなるライトを使って目と耳を潰し、身動きできない状態にしてそのままトレーラーへと駆け込んだ。ふうと一息つけた。気が付けば汗をかいていた。

 

「ゴーチェと似たことになったけど何とかなったか……すこし疲れた」

 

今回やったのは奇襲。綾瀬は王の力を一度見ている、何せ当り一帯を無重力にしておきながら剣一つでエンドレイヴ十数両を殲滅したのだから。俺がなにかをしようとした際に直ぐ対応できるように警戒していた。そんな状態でアニメの時のようにしても避けられるのがオチだろう。だから今回はあえて見えるように柱の影に誘導、俺はその直後に柱を使ってジャンプ、そのまま釣られてきた綾瀬にヴォイドを当てただけだ。ようは反応される前に当てればいいだけなのだから。

 

さっきも言ったように綾瀬のエンドレイヴのパイロットとしての腕は高い。それこそ上位に入るくらいだ。いくら俺が王の力を持っていようと綾瀬ほどの相手をすれば、やられる確立もあると思っている。

だから今回は足止めに留めた。

 

流石にこのまま居続けるのもなんだかなと思ってトレーラーから出ると歓声が聞こえてきた。

 

「綾瀬相手にあそこまでやるなんてさ!」

 

「それにすげー動きしていたな!」

 

最初は疑っていた人たちも認めている。気づけばいのりも見ていた。

 

「やられた、警戒していたんだけどね」

 

「あれ? 何時の間に?」

 

いつの間にか綾瀬が車椅子に乗り換えていた。なんだかすっきりした表情でどこかで見たような……ああ、思いっきり殴りあった後の谷尋と似ているんだ。出しつくしたような感じだ。綾瀬も結構本気だったのだろう、その上で出し抜かれたんだ。

 

「さっきよ。それにしてもやられたわ。隔離施設であんだけ暴れていたからてっきり正面から来るかと思ったのよ」

 

「はは、冗談きついよ。正直言ってヴォイドなしでエンドレイヴと戦いたくはないし、それに綾瀬のシュタイナーだと下手したらヴォイドによってはやられる可能性もあったんだ」

 

「え? そうなの?」

 

いくら王の力があっても万能じゃないんだ。取り出す人によってヴォイドの能力も変わるから下手すると戦闘に向かない能力もあると。そのことに綾瀬は納得してくれたようだ。

 

あー、あとアルゴさん、自分のヴォイドが暗闇になるライトだからって落ち込んでいる。意外と気にしていたのね、落ち込んでいる姿になんだか愛嬌があった。

 

そのあとに小さなマル眼鏡をかけた白いロンゲのいかにもインテリだといわんばかりの風貌の人。たしか四分なんとかさんだっけ? その人を先頭にアルゴや大雲さんたちが俺のことを見ていたが最初のここに訪れたときとは視線に篭った感情が違った。

 

「歓迎します、集。今日から君は私たちの仲間です」

 

その言葉に皆も認めている。それに俺はどこか言い様のない自分でもよくわからない気持ち、でも悪くないないと感じていた。そのことにどう返したらいいのかわからなくて、何と言ったらいいのか悩んでいたら。

 

「綾瀬……」

 

「入団おめでとう、それとこれ必要なんでしょ?」

 

そのまま渡されたボールペンを受け取る。

 

「ああ、とは言いつつも必要じゃないことになるようにしたいけど」

 

その直後に大変!とあせった様子のツグミの声が聞こえてきた。ああ、撃たれたのかと思い出した。そしていつの間にか血がにじみ出そうなくらい手を握りこんでいた。

 

 



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檻:leukocytes-phase1

ルーカサイト。日本を監視する目的で打ち上げられた三機で構成される対地攻撃衛星。準天頂衛星の衛星コンステレーション。完成すれば二十四時間死角なく日本全土、好きな場所にレーザーを打ち込めることが可能になる。それがルーカサイト計画。

 

それが涯のいたポイントに撃たれた。存分にその威力を発揮して。画面に映し出される映像にはあまりの熱量によって赤く染まりながらクレーター状に抉れた大地だった。

 

報告だと涯以外はほとんど全滅と、その中には梟も含まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは一週間の訓練の合間のことだ。アルゴとの格闘訓練で無様に床の転がっていた。アルゴ曰く、下地と筋がいいみたいで頑張れば相等いけるとのことで容赦なんぞ放り投げた訓練で意識を吹っ飛ばされていた。その時の俺の口から何か魂みたいなものが抜けかけていたらしい。突然冷たいものをぶっ掛けられ、強制的に目覚めさせられた。

 

「うわっ!? なんだ!?」

 

そのことに驚き、飛び起きた。何事!? と原因を探る。だがその前にすっとタオルが差し出す少年がいた。ただし、その傍には明らかに水が入っていた形跡があったバケツがあったが。言いたいことがあるが置いておこう。

 

「君は……確か……梟くん……だっけ?」

 

「あ、はい! 覚えてくれていたんでしたね」

 

そうやって喜んでいた。その様子に釣られてこっちも楽しい気分になってきた。だがそれ以上に

 

(すげーもみ上げ、どうやったらあんなになるんだ?)

 

どうやったら奇妙なもみ上げになるのか気になっていた。梟くんの髪型は髪を全て後ろの一点に纏めた所謂パイナップル型だ。だがもみ上げだけはまとめておらずにあって、その形は雷を表す形だった。どうしたらあんな髪型になるのだろう? それにこの子って葬儀社にいたっけ? と考えていた。

そう考えているうちにアルゴが梟くんが次の作戦に参加すると言っていた。それが彼にとって始めての作戦なのだと。

 

「はい! やっと涯さんと一緒に戦えます!」

 

それで思い出した……この作戦は失敗に終わる。受け取った戦力はルーカサイトに撃ち貫かれて……その死んだ一人としてこの子は居たんだ。

 

「模擬戦見られないのは残念ですけど、頑張ってくださいね。集さん」

 

どうする? この子に作戦が失敗に終わるって言うか? それともルーカサイトは既に起動していて撃たれると言うか?…………いや、言っても無駄だ。信用されない、ここに着てから日が浅い。そんな俺が失敗するルーカサイトが撃たれるからやめたほうがいい、と言って信用されるか? 新参者がどうこう言ったってまともに相手されるはずがない。

 

「それじゃあ!」

 

ようやく憧れの人の手伝いが出来ると……その笑う姿はまさに無邪気で屈託のない純粋な笑顔だった。結局、俺はただ笑い返して見送るしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

涯についていくと聞いていた時点で何も言わなかった。

 

(俺は……見捨てたんだ。無邪気に笑うあの子を……)

 

信用のない俺が戦力受け取りに行くとルーカサイトで撃たれると言っても聞いてくれるはずがないと言い訳立てて、出来ない出来ないと言って見捨てたんだ。六本木と同じようなのかも知れない。自分の自意識過剰なのかも知れない。でも一度そう思い始めたら抜け出せなくなる。

 

(痛っ……血が)

 

手に痛みがあると見てみれば掌に爪が食い込んだ痕が出来ていた。だけどみんなは涯との通信に気をとられているから気づいてはいない。後ろで見ていたいのりには気づいていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの報告から直ぐにルーカサイトをどうにかするために制御施設を襲撃する準備を整えていた。施設の近くに臨時の作戦室で作戦の説明が行なわれている。

 

作戦を説明している涯は身体中に包帯を巻いていて軽くはない怪我を負っているのが判る。だがそれを無視して気丈に振る舞っているがいのりに支えてもらえなければならないくらいだ。

 

甲斐甲斐しく支えているいのりにどこか無視できそうで出来ない小さなチクリとしたざわめきがした。

 

作戦の説明は続いていく、ルーカサイトの攻略にはダムの地下にあるコントロール装置のコアをどうにかする必要がある。しかし、そのコアはスタンドアローンであり。物理的にも隔離されていた。さらには物理的に接触したら即座にアウトになる仕様だ。

 

だからこそ、それを操作するために城戸研二の重力操作のヴォイドとそれを扱うための王の力が必要なのだ。その作戦では俺と研二を潜入するのに他の被害が五分から三分に跳ね上がっている。それは囮に出た人たちの死ぬ人数が五人に一人から三人に一人になることを示していた。

 

だけど皆は受け入れている。そんな非道な作戦だろうと皆上等だと言わんばかりだった。でもそれがどこか怖くなっていた。だが俺が何を言おうとも無駄だって位はわかっていた。ただ黙って作戦の内容を頭に叩き込んでいるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの作戦会議の後、誰もいない片隅で一人、苛立ちを吐き出していた。苛立ちを八つ当たりに近くの木へ殴りつけた。

 

「くそっ! 何で、あんなに簡単にできるんだよ!」

 

解っている。葬儀社のみんなは守りたいものの為に命懸けているって。自分の国を守る為にいるってことを理解できる。俺だっていのりを助ける為に死ぬかもしれない状況に自ら進んでいったから。だけど納得いかなかった。三人に一人が死ぬ作戦。それがもっとも成功率の高い作戦であることも知っている。それなのに囮になることが当然としていた人がいた。それがどうしても納得いかなかった。

 

どこかの本で誰かが言ったことがある。本当の死は忘れ去れることだと。それはある意味本当のことだと考えている。ここで桜満集になる前の俺を知る人は自分以外いない。そして俺は桜満集であり、その前の俺ではない。それは桜満集でない俺はいない、存在しない。そのことを暗に示していた。それゆえに俺は死ぬのが怖い。実際に死んではないし、いざとなればいのりを助けたときのように恐れを越えていける程度だけど……でも情けないことにその前に一瞬戸惑ってしまった。臆病者と言われてもいいさ、そう罵られるより死ぬ怖さのほうが強いのだから。

 

「何で……簡単に命を捨てれるんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気持ちを落ち着かせているうちにいつの間にか近くにいのりがいた。ポツリポツリと雨が降っていたが近づいてくるのを気づかないほどに怒っていたらしい。

 

「いのり……悪い、もう少し待ってほしい」

 

納得できない感情がまだ胸のうちを渦巻いている。落ち着きかけているとはいえ、刺激されたら直ぐに燃え上がってしまう程度だ。もう少しだけほっといて欲しかった。折り合いがつくまでの少しの時間が欲しかった。

 

でもそんな時間はないようで、いのりは悩みながらも話しかけてきた。

 

「涯を助けて……」

 

それであのシーンを思い出していた。ああ、そういえばそんなシーンもあったなと…………涯も苦しんでいるだ。いままで自分の作戦によって死んだ仲間のことで悩んでいたんだっけと。気づけば体は今にでも倒れそうなだるさが纏わりつきながらも動いていた。

 

「どうすればいい? いのり」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トレーラーで涯は治療をしていた。ルーカサイトによって受けた傷は軽くはない。

 

ふいに物音が聞こえた。誰かいるのかと焦ったがいのりだと判り、彼女なら問題ないと、隠すまでもなく知っている。だから話し始めた。

 

「久しぶりに堪えた……なんのためにこんなことをしているのかと……」

 

涯は"葬儀社のリーダー"を演じるのに手いっぱいだった。自分の作戦で死んでいく仲間たちを思い出させる。

 

「ルーカサイトの攻撃を受けたとき……俺以外にもまだ生きている奴もいた。梟だ、でも……もう助からないとわかっていたが、それを摘み取ったのは俺なんだ…………俺があいつを撃った」

 

そう、あの時……梟はまだ生きていた。だがそれによって負った傷はあまりにも深く現在の治療技術をもってしても手遅れだった。誰かが居ても出来ることは介錯しかなかった。

 

「でも笑っていたよ…………あいつは俺が無事でよかったと、死ぬのが自分でよかったと……」

 

そうするしかなかった。あの状況ではどう処置しようが梟を苦しめるだけであり涯のしたことは彼にとってはもっとも救いがある方法だったのかもしれない。だがそれ以上に涯には笑って自分のために犠牲になったのがつらかった。

 

「でも"恙神涯"はそんな彼らに報いる存在なのか?……こんな"俺"でいいのか? と疑問に思ってしまうときがあるんだ」

 

涯には自分がそこまでしてするほどの人間なのだろうか? いつもそんな疑問が付きまとう。みんながついてきているのは葬儀社のリーダーとしての涯だ。それは計算し作り上げられた虚像だ。本当の恙神涯……いや、トリトンは臆病な人間なのだから。

 

「俺はみんなに信じさせているよりもちゃちな人間だ。本来なら真っ先に淘汰されるようなちっぽけな人間なんだ……」

 

仕切りが開かれる音がした、視線を向ければ仕切りの向こうにいたのはいのりではなく、集だった。羞恥で顔に血が昇る。隠そうともしたがもう遅い。そしてトレーラー入口にいのりがいた。そういうことかと理解した。

 

「いい趣味だな……失望したか?」

 

立ち上がろうとしたけど血が足りずよろけてしまうが集は何も言わない。でも記憶からなくなっていようが集には強がりたかった。

 

「いや、逆だったら失望通り越して殴り飛ばすところだったよ。自分の作戦で死んだ人たちのことをなんにも思わないような奴だったらね」

 

「…………はん、こんな外面を取り繕ってみんなを騙すこんなちっぽけな人間が? いつも自信なく狼狽え、人に甘えてしまう人間だぞ?」

 

葬儀社の若きリーダーと言う仮面を被って。今回の打ち明けた話だっていのりだから話していたようなものだ。他のメンバーが見れば失望するかもしれないのだから。

 

「ああ、あんたは強いよ、どんなに辛くても命を背負って前に進めるんだ。俺なんてたった数十程度で止まりかけたにさ…………涯は数百以上の命を背負っていながら止まりかけながらも進んでいけるのだから」

 

集はただ肯定しただけだった。涯の目をまっすぐ見て嘘のない言葉で。それはなりたかった人に認めてもらえたようで。

 

「そうか……なあ、集……お前にはさ、命を懸けてでも叶えたい願いがあるか?」

 

喋っていた、十年も前から願い続けてきた想いを少しだけ。その問に集は少しだけ困ったような顔をして。

 

「あった……って感じだな。昔はそう出来るならば何がなんでもやると思っていたけどさ…………揺らいできたからないかな」

 

集にもそうした願いがあったのかと、柄になく考えていた。

 

(ああ、本当に憑依した直後は元の俺に還りたいと何度願った事か……あの時だったらどんな残虐な方法だとしてもやっていただろうな。でも谷尋や祭り、いのりと関わっていくうちにそんな思いも薄れていったんだっけ……いきなり元の桜満集に戻ったらって考えているうちにな)

 

「そうか、あいつらにそれがある。そのためにも力を貸してくれ……」

 

「ああ……俺も仲間だと言ってくれた人たちを見捨てたくない。ただ、それだけだ。叶えたい願いとかよりも俺が動く理由だ」

 

参加してくれることの嬉しさが、だが状況的にそうせざるをえないようにした事によるすまなさが胸を抉っていく。けれど空を見れば雨が止んでいた。

 

 



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檻:leukocytes-phase2

どうもSUMIです。
一年以上もの期間が開いてしまい。申し訳ないです。orz
他のことに浮気したりとかやっちゃちとか地上に降りたナマケモノくらいの執筆スピードですが
細々と書き溜めていますので。

取りあえず六話自体は書き上げていますので次話は明日投稿します。


日没直前、ついに作戦実行のときが来た。だが事前に聞いた施設の警備よりもより多くの戦力が配備されている。それは此方の襲撃が読まれているのだろう。実際に隣で見ていた涯の表情は苦い。だけどそれで止まるわけにはいかない。

 

「作戦開始……」

 

静かに涯の言葉によって作戦が開始された。葬儀社の皆が施設に向かって襲撃を開始した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

作戦通りに潜入に成功した。みんなが外では激しい戦闘音が潜入した今でも響いてくる。

 

潜入メンバーは絞りに絞って四名。リーダーの涯、次に身体能力が高く、アルゴと同じくらいに白兵戦に優れたいのり。三番目にはツグミにも勝るとも劣らないハッキング技術と爆発物の扱いに優れ、破壊工作の得意な城戸研二。そして王の力を持つ俺だ。

 

進入経路は物資搬入エレベーターから。ほかのメンバーが陽動している間に侵入するだけのこと、だけどついていくのでいっぱいいっぱいだった。今までは巻き込まれたに近い形で戦いに投じてきたけど今回は自分から進んでいった状態での作戦。正直言ってなめていた。意志が違った、熱気が違った、想像よりも遥かに違った、凄惨な光景のそれに呑み込まれていた。極度の緊張が大幅に体力を削ってくる。

 

そのせいでひとまずの安全地帯に当たるエレベーターで座り込んでいた。息も荒くなっているし、汗も出ていた。完全に戦場の空気に気圧されてしまった。

 

「大丈夫か? 作戦は遂行できるか?」

 

そんな様子に涯は俺にやさしく声を掛けてくれた。いのりも声こそ掛けないけど目がこれ以上ないくらいに心配してくれているのを語っていた。城戸は情けないなぁとそんな侮蔑を込めた視線だった。

 

「降りきるまで休憩させて……すこし……戦場の空気に呑まれた……自ら進んで出たの、初めてだから。結構クる」

 

普段なら意地でも強がりたいところだけどそんな僅かな誤差が命取りになりかねない状況下では素直に答えておく。いや、強がるほどの余裕もないみたいだった。

 

「わかった。落ち着いていけ、お前なら大丈夫だ」

 

そう優しくかけられた言葉で落ちついた……涯に言われるとどこか安心してしまう。これがカリスマなのだろうか? あと城戸、まだ経験がすくないんだから勘弁しろ。すまないないのり、心配かけたみたい。

 

 

 

 

 

その後のエレベーターを降りて進んだ先は予想通りのアンチボディズによる手荒い歓迎だった。曲がり角を曲がろうとした直前にいきなり涯に襟を引っ張られた。急に首元を締め付けられて咳き込んでしまう。

 

「ゴホッ!……いきなりなにを」

 

反論しようとした途端、俺が進んでいたであろう場所に何十発もの弾丸が通り過ぎていた。あのまま進んでいればハチの巣にされていただろう。涯が手出ししなければ俺がそうなっていただろうことがわかる。

 

「ありがと、助かった」

 

涯に短く礼を言った後に即座に行動に移る。自分達も黙っているわけじゃない、反撃する…………それによってGHQの兵士が血飛沫を上げて倒れていく。銃に撃たれて唯の肉の塊になったものが出来た。血が流れる凄惨な光景に胃から気持ち悪いものが込み上げていく、意識が遠くなる気がし、それに足場があやふやになるような幻覚がする。だがそれを強引に抑え飲み込む。俺も同じことをしただろ! 今までは直接見なかっただけで六本木の時だってやっただろう! だが意思に反して体は吐き気を訴えてくる。

 

「何? 人撃ったの初めてなの?」

 

戸惑っている俺に対して城戸は死体を見ても平然としていた見慣れているものと見慣れていないものの差なのだろう。素直に見たことあるが直には初めてだと簡潔に答えておく。研二は軽く確認して。

 

「ふうん、だったら早く慣れなよ。あんな光景が日常になるんだし、自分からも殺るんだしさ。バンバン、いやドッカーンが楽しいかな」

 

楽しんじゃえと城戸が言っている。だけど、その言葉がどうしようなく耳障りに聞こえた。生理的にそれは受け付けてくれるわけがない。

 

「うるさい……」

 

変わって捨てた部分もある。だけどこれは捨てたらいけない一線だと感じていた。慣れては、楽しんじゃいけないと直感していた。俺であるための越えてはいけないために。

 

「あっそ、でも早くなれたほうがいいよー」

 

城戸は俺が弄りがいがないとわかるとすぐに興味をなくしてまだ行く手を塞いでいるGHQの兵士に向かって手榴弾を投げつけ、その数秒後に爆発。通路にいた兵士は居なくなり。代わりに通路が紅く染まっていた、その光景に気持ち悪いなにかが込み上げて、ふらつく気がしたがまた強引に飲み込んで進んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

だが此処はアンチボディズの最重要施設。表の陽動で大部分がそっちに釣られているがまだまだかなりの兵士が残っていた。俺たちも応戦しているがいかんせん数が多い。

 

「くそっ! 数が多くて先に進めない!」

 

強引に突破するのは難しいほどの敵が押しかけてくる。俺もただ黙ってやられるわけにいかない、応戦する。放った銃弾によって崩れ落ちていく兵士。また気持ち悪いものがこみ上げてくるけど無視して扉のふちに隠れて反撃をやり過ごす。だがいくら反撃しようがこちらはたったの四人で数で押されてはどうすることもできない。ジリ貧になりかける前にいのりが言葉を発する。

 

「ここは私に任せて先に行って」

 

いのりが囮を提案したのだ。今、重要なことは俺と研二をコアルームまで送り届けること。いのりが囮として敵の注意をひきつけるの合理的な判断だ。ただし、その分いのりに危険が集中しまう。涯も戸惑いはあったけど。

 

「……好きにしろ」

 

どうしても損害が少なくコアルームへと到達するには一番の手であるために許可した。俺も反対したい気持ちはあるがいまは作戦を優先させなければならない。だからこそ言えるのは一言だけしかなかった。

 

「わかった。いのり、無事に戻ってくれ。それだけだ」

 

ただ無事でいてくれ。それだけだ。いのりはただ短くうなずくと行き、俺も涯たちとともにその反対の方向へと駆け出した。銃撃の音を後ろから聞きながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

辿り着いたコアルームは広く伽藍としていた。円柱形の部屋の周りに機材があったのと中央のガラスケースに浮いているコアが一つに周囲を廻っている三つの小さなコアはまるで天体と衛星のようだ。

 

「涯、細かいことはどうすればいい?」

 

既に研二から重力操作のヴォイドは抜き出してある。だが知っているのはそれを使って操作することだけだ。どう操作すればいいのか知らない。返答はゴーグルを差し出した。

 

「これでお前の立ち位置からコアをどう動かしていいのか割り出してくれる」

 

了解と短く返し、直ぐにでもゴーグルを装着しすぐに作業を始める。ゆっくり確実に、しかしできる限り迅速に涯の指示に従ってコアを操作する。このハッキングが無事に終わらせるために。

 

だが、現実はえしてうまくいかないものである。順調にハッキングを進めていくなかで厄災は唐突に訪れてくる。

 

いよいよコアの操作も終わりに近づいてきたときだ。涯も指示を出しながらコアルームへの唯一の入り口に敵が来ないか警戒していて、今ここに突入されても無事に作業を終わらすまで進んだとき、突如。

 

『Hello!!』

 

行き成り天井が崩れゴーチェが強襲してくる。声からしてダリルが操っているのだろう。くそ、後ちょっとって時に来てくれるんだよ! そのせいで警戒ランプが鳴り響いてコアが自閉モードへ移行している。

 

「涯! そいつは頼む!」

 

だが移行し始めただけだ。今なら作業を完了させればなんとかなる。あのゴーチェは涯に任すしかない。城戸? ヴォイド取り出したからそこらに転がってる。

 

『Fuck off! Guy!』

 

幸いにもダリルは涯に執着しているみたいでヴォイドで操作している俺には目もくれていない。まったくではないがある程度は存在を無視して作業を続けることが出来た。

 

『YHAAAAAAAAA!!』

 

だが近くで銃声が響く。容赦なく弾丸が撃ち込まれ戦闘の激しさを物語、いつこっちに流れ弾が来ないか不安に感じる。

 

「間に合ってくれよ!」

 

だがそれ以上にあと少しで作業は完了する。

 

「よし!」

 

だが敢えてもう一度言おう、現実とはえして上手くいかないものである。

 

『HAHAHAHAHAHAHAHAHA!!!!!』

 

最後の操作を終えようとした時、いきなり狂ったように笑い声が聞こえた直後、コアが入ったガラスケースに銃弾が数発撃ち込まれた。

 

「なっ!?」

 

あちらの方を見ればゴーチェが倒れる光景だった。最後の苦し紛れの抵抗なのだろう。俺にとっては最悪の置き土産だった。バチバチと嫌な感じがするコアを尻目に俺は駆け出した。涯も城戸を乱雑に引っ張っている。

 

入り口付近まで駆け出したあと、コアルームは爆発した。その衝撃がグラグラと揺れ、コアルームは跡形もなく壊れた。その衝撃で揺らされ、隣を見れば涯が気絶していた。

 

「くそっ!! 最悪の事態だ!!」

 

そのことの悪態をついた。この後の展開を知っている俺は涯よりも速くツグミへと連絡をかける。繋がるのか不安があったが問題なく繋がる。

 

「ツグミ! 聞こえるか? ツグミ!」

 

『なに!? どうしたの集!』

 

「最悪の事態だ! コアルームが破損した! ルーカサイトはどうなっている!? 教えてくれ!」

 

俺の怒鳴り込みような声に動揺しながらもコアルームの破損という事態を把握したのようで直ぐに行動を始める。

 

「集、あとは俺がやる。代われ」

 

いつの間にか涯が起きていたので大人しく代わる。その後ツグミと涯がルーカサイトの対処に。だが言い出せなかった。もしかしたらと一抹の思いに期待してしまった。

 

『…………駄目。衛星砲も間に合わない……』

 

通信から漏れ出てくるツグミの険しい声色が物語ってくる。

 

『逃げて!! ここにルーカサイトが質量を保持して墜ちてくる!』

 

だが現実……いや、物語は残酷で筋書き通りにルーカサイトは墜ちてくる。

 

同時に、涯の呆然として崩れ落ちる姿が見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺は理解してしまったのだ。原作では集がルーカサイトの発射装置を見せていたからこそあの手段をとることができたのだと。

 

けど、俺は涯にあのペンを全く見せてはいない。故に今の涯には原作での最終手段が選択肢から最初からない。詰みなのだ。諦めてしまったのだ。原作通りだ。だが最後の足掻きをなかったことにしてしまったのだ。ほかでもない俺自身が、原作を、未来を、どうなるかを知っている、いや、知っているからこそだ。

 

だからこそ俺は……

 

「涯」

 

「なんっ!? がはっ」

 

涯の鳩尾を殴り、強制的に気絶させた。そのまま再度ツグミを通信をとる。

 

「ツグミか? 今、涯は通信に応えられない。だから代わりにしている」

 

『え!? 』

 

「ツグミ……一つ、確かめたいことがある」

 

『何? もう打つ手はないのに……』

 

インカムを通じて聞こえてくるツグミの声には諦めが混じっていた。それも当然だろう、すでに涯と対処法を講じようとしたが無駄で逃げるしか方法は残されていないのだから。

 

「他のルーカサイトとこの座標の直線上に墜ちてくるルーカサイトが通る時間を割り出してほしい」

 

『……でも、こんなこと判ってもどうすることも出来ないんだよ』

 

「…………判るってことはそのポイントが存在しているってことなんだよな? 答えてくれ、ツグミ」

 

諦めつつも何時そのポイントを通るのかを秒単位で正確に教えてくれる。示された時間はかなりの余裕があった。十分に行動に移すことができる。逃げることを勧めるツグミに俺は意を決して語る。

 

「いや十分だ。方法はある」

 

そう、いままで使わないで欲しかった方法。綱渡りと同然だが方法がある、と言い切った俺の言葉にツグミは驚いていた。

 

『本当に!?』

 

それはそうだろう。完全に詰みの状況の中で起死回生の手段があったのだから。彼女は湧いた。

 

「ああ……だからこそ、アンチボディの嘘界=S=ヴォルツにコンタクトを取りたい。頼めるか?」

 

けれど……彼にはどう映るのかはわからない。彼女たちと同じ希望なのか、それとも贖罪なのかはわからない。

 

 

 



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檻:leukocytes-phase3

そこは空気のきれいな山奥なのか上を見上げればたくさんの星空がきらめく夜。発電所の屋上、そこで俺は一人でこれから落ちてくるルーカサイトを落とす為に構えていた。

 

上手くいかなければ数百万もの命が失われてる重圧に恐怖して手も足もどうしようもなく震えている。怖くて怖くて今すぐにも逃げ出したくなる。でも、これを防げるのは俺以外にはいない。

 

もうこの一帯からは俺以外の人間は避難しているだろう。いくら方法があるといえばリスクが高すぎるのだから。原作でも涯がやろうとしてたように俺もある程度のアレンジをGHQへこの方法を打診した。予想通り嘘界さんがこの場での最高責任者でもあったため、俺が提案したことはあっさりと受け入れられた。即席で穴も多かったけどなんとかうまく通った。

 

俺がやろうとしたこと、それは原作では涯がこのボールペンの形をしたマーカーを使用して撃ち落とす。それをこの万華鏡のヴォイドを使い跳ね返すことで地上には影響を与えないといった作戦だ。ある意味単純な作戦。しかしルーカサイトの主力は六本木のときとは跳ね返すものの出力が段違いなのだ。

この万華鏡を使用しても跳ね返せるかすらもわからない。それ以前にマーカーを使った射線に落ちてくるルーカサイトが重なるのだって一瞬なのだ。本当に賭けだらけの穴だらけ。しかし、ここで失敗したら終わりなのだ。

 

近隣に生息していた生き物すらも危険であると察知したのかすでにここから逃げている。静寂。この耳に入るのは風のざわめきと自分の鼓動だけ、それが自分のことを否応なく伝えてくる。ここにいるのは自分だけしかないのだと伝えてくる。

 

そう考えているうちに時間はどんどん落ちてくる壁のように迫ってくる。それと共に落ちてくるルーカサイトが俺には裁きの鉄槌のようにも感じていた。傲慢な自分への罰だといわんばかりに。耳につけているインカムが告げるサインは死刑執行人が告げるように時間を告げる。

 

「集くん。もうすぐ時間です。失敗しないでくださいよ。これが失敗したなら被害は今までの比ではないのですから」

 

「判っていますよ嘘界さん。それこそ走馬灯がちらついて逆に冷静になるほどにね」

 

強がりだ。本当ならこの場で蹲って胃の中のものを全てぶちまけたくなるほどだ。でもいつの間にか表には出なくなっていたのが僥倖だ。手が震えていないのが奇跡だと思えるくらいに。

 

「五」

 

そして時が来た。インカムから指示される声に従ってボタンをひとつ押す、それだけで嫌な汗が吹き出してくる。巨大な物体が墜ちるという恐怖で吹き出ていく。

 

「三」

 

次のボタンを押す。喉が口がカラカラに渇く。うまくいくのかという不安が押し掛けてくる。だがそれで足は震えない。いや、震えたら終わりだと本能が震えさせてくれないのだ。震えた瞬間に終わるのだと知っているのだから。

 

「一」

 

最後のボタンを押し込もうとし瞬間、指が止まった。いや、あまりの緊張と集中のあまりにゆっくりとしか認識しているのだろう。まるで走馬灯のような状態だ。ゆっくりとしたその遠くでいのりが駆けつけている瞬間だった。彼女の姿を見た瞬間、ゆっくりとした感覚は消え、ペンのスイッチを押しと同時に万華鏡を発動させた。その後に電気を消したように視界が黒に染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは…………俺は死んだのか……?」

 

気が付けば真っ暗な空間にいた。真っ黒なくせに明るくも感じる。まるで前に夢で見たようなところだ。いや、それよりもさらに空虚な空間。黒以外はなく、ここでは自分がどうなっているのかもわからない。立っているのか、寝ているのか、それとも浮いているのか……

 

「はは…………当然だよな……どうするか知っていながら黙っていて……あんな馬鹿なことしたんだから、」

 

その中でふと死の世界を連想させた。その中でフワフワと漂う俺。もがいてもただ手足をばたつかせるだけだろう。それすらもやろうとする気力すら出ない。

 

そうやって黒の……なにも存在しない空間に漂って、誰にも知らず悟られずに消えていくのが自分にふさわしい惨めな末路だなと自嘲していた。

 

全身から力が抜けていく…………違う、抜いているのだ。自分自身でも理解してしまった。俺はここに来て諦めてしまったのだ。自分はここまでだと。主人公にはなれなかったのだと。

 

最低限の後始末はしたとは思っている。最後の光景では確実にルーカサイトの照射装置は押せたのだから。でもちゃんと跳ね返すことは出来たのかな。心残りはそれだけだろう。ここに来る直前にいのりを見ていたからかもしれない。

 

だけど……それすらも確認できない。力なく黒い空間を漂う。ぼんやりとしていたからかその中でふと見つけた。それは光すらなかった。むしろ周りと半ば同化していて並大抵では気づかないくらいだ。気づけたことすら奇跡なのかもしれないほどなのだ。そこまで隠れていたのなら大抵は何なのかわからない。見つけた際に見た形はわからない。俺にはそれがどんな形をしているかもわからない。人型なのか、それとも剣の形をしているのか、そうじゃなくて盾の形なのか、意外にも銃の形なのかもしれない……それこそ俺が見たくないのかもしれない。

 

でも……なんとなくだが……これが何であるか知っている、理解している……漠然としか理解できず、細かいところはわからないけど……らしいなと思う部分とらしくないかなと思う部分を両方持ち合わせたものだ。

 

ただぼんやりとそれを見ている内に自身でも何かがそれを手を伸ばし…………

 

 

その瞬間、意識は急激に現実へと戻される。自分の右手に持った万華鏡が変化していた。銃身はより長く、先端の輪は大きく、そして二重化していた。それから感じる力も増大している。

 

(視界が狭い……何か被っているのか?)

 

ガラスが割れた風鈴のような綺麗な音を響かせて視界が戻る。その破片は銀の螺旋へと還り何処かに消えた。誰のヴォイドが判らない。いや、理性ではわからないが本能は知っている。だけどそれを追及する前に自分の意識は電気を消したように暗転した。

 

 

 

 

ルーカサイトの発射する直前からの記憶が飛んでいて何をしていたのか思い出せない。だけど目の前の上空にはオーロラがあった。なんだろうと考えて思い出した。六本木で万華鏡を使った際に起きたプラズマだと。それがオーロラとして表れて夜空を彩っていた。

 

上を見上げれば広がる光景に見とれていたときに。そのそばにはいのりがそばまで来ていた。

 

その図型に不覚にもそれはかわいいとかきれいとか月並みの胸の内がほんのりと熱を帯び、鼓動も早まっていく。自分でもわからない。でも…………眼前にある彼女に見惚れている。美しいオーロラすらも彼女を引き立てるための黒子でしかないと思えた。

 

「い……」

 

話しかけようとした途端に頬に衝撃が響いた。パチンと音はかわいらしいが強制的に顔が横に向くほどに強烈なビンタだった。いつも以上に無表情に見えるけど彼女は確実に怒っていた。

 

「いのり?『パチン』え、どう『パチン』い、いのりさん?『パチン!』痛っ!『パチン!』どうして『パチン!!』心なしか強くなって『パチン!!!』」

 

その怒り具合は何度も叩かれるほどだ。当分は頬には真っ赤な紅葉が残るくらいに。腫れていないのがびっくりするくらいにだ。満足したのかやっと叩くのが止まった。自分をじっと見つめてくる。さっきよりは落ち着いてはいるがまだまだ怒っているようだ。

 

「どうして…………あんなことしたの?」

 

「どうしてか…………」

 

自分でもどうしてああしたのか、今振り返ってみればどうしてこんなことをしたのかはある言葉が見つかった。

 

「逃げたかった」

 

自分で言ったことだ。それが言った瞬間ストンと当てはまった。そこから思いがするすると言葉で出てくる。そうだ、俺は逃げようとしたんだ。桜満集という役割から。

 

「ああ、うん……逃げたかった。俺は逃げようとしたんだ」

 

ただうまくいかなかった。失敗。挫折。そういった経験を一度もしなかったから。

 

「たった一回だけの失敗。一回だけうまくいかなくなった。それだけで俺は折れかけた。いや、揺らいだ。俺が考えていたことすら守れてなくて言葉だけだった」

 

簡単に命を捨てるのはおかしい。それすらも揺らいだ。まるでこの世界に来たようにだ。

 

心の底ではこうしていれば必ず上手くいくと信じ切っていた。原作で桜満集として居れば原作通りに上手く行くと。確かに違う行動もしていた。けどそれは最善ではないが次善でもうまく行けた。+になることはあれば-になったことはなかったのだから。六本木の時だって、みんなを助けることは出来なかったがそれでも原作よりは助けることが出来たと思っている。谷尋の時だって一方的に分かり合えなかったのがすこしだけ谷尋のことを分かり合えたのだから。

 

「上手く行かなったこともある。でも……違う、それすらも予定の範囲内だったんだ」

 

たとえ躓きそうになったとしてもそれすらも原作通りだと無意識で考えていたんだろう。そして涯が諦めてしまったとき、外れたんだと思ってしまったんだ。

 

「実際は諦めて逃げようしただけなのにな。今思い返せばなにやってんだろ、俺」

 

実際にあの真黒な場所で終われることに安堵してしまったのだ。望んでしまったのだ。諦めることを。だけどいのりが目を醒ましてくれた。パッチリと目が覚めるほど強烈なものを。

 

「もうこんな馬鹿な真似をする気はないよ」

 

容赦なく、もう一発頬を張られた。それほどまでに俺を見ていてくれたんだ。言葉言い表せない何かをいのりは伝えてくれていた。まあ、大分収まったとはいえまだ怒っているようだが。

 

「まあ、アジトに帰ったらおにぎりでも作ろうか」

 

そしたらすぐに機嫌が治った。はは、おにぎり優先ですか。でも楽しい気分になれた。

 

「本当に……疲れた」

 

またパタンと寝っ転がった。鉄板の冷たさがじんわりと伝わってくる。そのじんわりと伝わってくる冷たさもまた心地いい。いのりがどうしたのかって心配したがただちょっと疲れたから寝っ転がっただけと伝えておく。純粋に誰かに心配されて怒られるのは本当に心地よかった。初めて反省出来た子供のようにほっと出来たかもしれない。張られてヒリヒリする頬に一筋の液体が伝う感触すらも心地よい。

 

見上げた先にはまだオーロラが残っていて夜空を背景にいのりを見た。

 

ああ……本当に初めて本心からそう感じる、本当に……

 

「綺麗だ…………」

 

 

 

 

 

 

 

その頃、嘘界=S=ヴォルツは一人きりのGHQのトレーラーである画像を見ていた。それこそ食い入るように目をぎらつかせ、視線に物理的な力があればモニターを貫いて余りあるほどに見詰めている。

 

「素晴らしい…………なんて、素晴らしい。ああ、あのときは違いますがこれも素晴らしい!」

 

セガイには監獄で見せた光とは違うと感じていた。監獄の時は何があろうとも突き進む力強い美しいさがあった。今回のは違う、これは迷いながらも進む、儚さを含む強さの光だった。だがその光すらもセガイには美しいと感じていた。どちらでもいい。だがもっと見てみたい。もっと感じてみたい。もっと知りたい。まさに恋する少女のようであった。

 



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輪舞:temptation-phase1

七話投稿。
ここでも集くんのとある一面が垣間見えます。


まあ、ルーカサイトから数日経った今、俺は何しているかと言えば……

 

「ふぁ~あ……ねむ……」

 

のんびりと登校途中の電車で欠伸交じりの日常に戻ってきた。まあ、戻ったというよりも動いていた状況が落ち着いたといったほうがいいかも。どうして俺がのんびりと学校に登校しているかって? それはルーカサイト阻止での取引で俺が嘘界さんに要求したことを誠実に実行してくれていたのだ。嘘界さんは趣味に走りがちなのだが有能で執着していることに対しては誠実だったりする。だから彼が満足したのか約束の通りに実行した結果がこうして葬儀社に籍を置いていながらもそのことは知らなかったことになっている。

 

いろいろと交流があったアルゴや綾瀬から一発貰ったがな。その痛みよりも俺を心配してくれていた人がいたことがうれしかったな。

 

涯? いろいろとあったがあの失態は見せずに涯の英断で済ませた。それを引き受けて涯を逃がし、機転を生かしてルーカサイトから日本を守ったということで済ませた。その結果は俺は英雄扱いで涯は信頼と信用を落とすことはなかった。そのことにすこし、後ろ冷たい気持ちになった。

 

これはもう終わったことだ。いろいろとごたごたと後始末を済ませ、葬儀社からは自由な学生の身分を持っているからかGHQへの囮として学生に戻ることになった訳だ。いのりと一緒にだ。おそらく学校に怪しまれないためなんだろう。

 

ちょっと眠いのは……察せ、GHQに連行させたのは一週間以上も前だ。家がどうなっているのかなんて想像の通りだろ? それの片づけで遅くなったせいだ。いのりやふゅーねるが手伝ってくれたからだいぶ楽だったがな。

 

まあ、そのまま授業を受けて夕方、何事もなく帰宅。リビングで後回しにしていた洗濯物を二人……+ふゅーねるで片づけていた。

 

え? 学校はどうしたかって? たしか葬儀社での疑いで絡まれたが……まあ、軽くあしらえた。というよりも嘘界さんの絡みを経験すればただただからかい交じりの強気になっているだけの絡みなんて子供じみたものにしか見えなかったし。生徒会長? 誰それ? 来る前になんとかしたしな。

教室でもいろいろと問い詰められたがのらりくらりとおべっか使って切り抜けたしな。こうゆう時にこそ演じていたいい子ちゃんが役に立った。そのことに少しばかり思うところはあったけどさ。

 

それよりも当然かやっぱりというべきか俺をGHQに差し出した日から谷尋がいないは分かっていた。そして収容施設を破壊したときに乗じて逃走しているのだろう。だからいないことは分かっていたが、どうしても寂しさを感じさせてしまう。

 

まあ、近いうちに会うことはありうるから今は谷尋のことは置いておこう。潜伏場所も今はどこなのかもわからないのだから。原作でも出ていた隠れ場所の孤児院の場所を俺は知らない。葬儀社に探させても、その必要性を説明できる自身もないしな。積極的に探しに行きたいが待つしかない。

 

それが……もう手遅れであったとしても。もう現時点でのできることが介錯であってもだ。

 

それとも早めに聞き出して春香のつてを辿って進行抑制剤を融通してもらえばここまで進行しなかったかもしれない。

 

…………やめだ。考えがすでにありえないifのことを考えているんだ。俺は選んだんだろ? 何もしないことを。今までこのことが考えに入っていなかったとしてもだ。今更こう考えるなんて女々しすぎる。

 

「……谷尋のことが心配?」

 

いつの間にか顔に出ていたのかに心配させてしまったようだ。すぐに顔に出てしまうようだ。

 

「ああ……ある程度は知っていたからこうなることは分かっていたけど」

 

「裏切られたのに?」

 

そうだといったらいのりは不満げだ。やっぱり谷尋が俺を差し出したのが不満なのだろう。普段から感情を外に出さないいのりが不機嫌とわかるほどなのだからよほど不満なのだろう。

 

「それでもだ。実のところ谷尋の事情を知っている。それを知っているから気にしていないかもな」

 

そう憑依者として知識だが知っているのだ。引用するの何度目かは分からないが谷尋は順序づけられる人間で俺よりも大切な弟を優先させただけだ。正直に言えば弟を優先させたことがわずかに思うところがあっただけ。ただ一発かますだけで恨みつらみは全くと言ってもいいほどない。

 

「本当に?」

 

俺の回答にいぶかしげに覗いてくる。

 

「ああ」

 

なにも言葉を濁す要素なんてない。まっすぐに言い切ってそこでこの話題は終了。手が止まってしまった作業を再開させる。

 

あの……何度も言うが俺だって思春期の少年なのだ。かわいらしい、あの、その、俺の下着と一緒にするとこう、恥ずかしいものなんだが。

 

後、俺の顔覗こうと前かがみになるのは軽率じゃないかな? いのりって無防備すぎやしないかな? 眼福だが自制しなきゃいけないのが割ときつい。あ? 何が見えるって? 今の彼女の服装けっこうラフなんだよ。解れ、以上。

 

ふゅーねる、解っているから即座にスタンガンはやめてください。割と、というか結構痛いからやめてください。あ、いのりのはお願いします。俺には刺激が強すぎるので。

 

「集ー! 帰ってきているのー?」

 

その時だ。玄関から誰かが返ってきた声が家に響く。その声を聞いたとき、切り替わる。それはもはや無意識どころか反射レベルだった。寒くなれば毛穴が閉じて鳥肌が立つような変化で、その変化をいのりは困惑した顔を見せていた。

 

「たっだいまー!」

 

そして勢いよく、家だからって物凄くずぼらな服装でいるのははしたないなと思いながらもいつも通りの対応(えんぎ)で。役得? 彼女に対しては何の感情も感じるどころか反応すらもない。

 

「ああ、お帰りなさい。春香さん」

 

「しゅ、集?」

 

集の突然の変わりようにあのいのりすらも驚く。彼女の、おそらく家主を思われる桜満春香らしき人物の声を聞いた瞬間にスイッチが切り替わった回路のように変わったのだから。さっきまで感じていた暖かな雰囲気も消え失せている。顔には笑みを見せてはいるが能面のような気味の悪いものにしかいのりは感じない。

 

「また、そんな恰好でいるのは少々恥ずかしくないのですか? もう少したしなみを持ったほうがいいのでは?」

 

「あ、ははは。いいじゃない。私が家主なんだし」

 

まるで人形なのだ。いや人形でも作った意図がある。それすらもない機械というのが相応しいだろう。まるで自動生産されたような機械のようなのだ。集のやれやれと言った仕草ですらプログラミングされた機械の動作のようにしか見えない。

 

「まあ、いいでしょう。それよりも今後の予定はどうなっていますか?」

 

「ええと、明日はパーティーに出演するから」

 

「畏まりました。でしたら召し物はご用意していただきます。夕食は何がいいですか?」

 

「えっと、今はピザが食べたいな」

 

「かしこまりました。では、手配させます」

 

淡々と交わされる会話に温かみがない。極めて事務的な返答にいのりは困惑する。今、目の前にいる少年は本当に自分が知っているような少年なのかすこしだけわからなくなってくる。

 

「それで……彼女は誰?」

 

一連のやり取りを終えた後に春香は前に帰る前にはいなかった同居人に視線を向ける。そう、さっきからずっと黙っているいのりへとだ。次にごくわずかに表情がひきつった。

 

1,2秒ほどすっと視線を細めて彼女を注視する。春香が集にはその反応の理由を知っている。それを一ミリすらも顔には出さず、春香に対する笑顔は動かない。ただただ淡々といのりを紹介する。

 

「ああ、紹介が遅れました。いろいろありましたが彼女がここで下宿することになったいのりです。申し訳ありません、家主の許可なく誰かを上げることになってしまって」

 

唐突に紹介されてほとんど表情が出てはいないが少しばかり動揺していたいのりがぺこりとお辞儀して挨拶をする。

 

「すいませんがまだ片づけるべきことがありますので私は失礼します」

 

つらつら伝えるべきことをさっさと伝えて出ていった。ああ、いつかは来ると知っていたくせにいのりにこの姿を見せたことに鉄面皮でありながらもどこかもやもやしたものを感じていた。洗濯物はいつの間にかふゅーねるが片づけてくれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リビングから集が出ていった後、いのりと春香が向き合っている。お互いにどう話していいのかわからなくて沈黙した空気が流れている。別の場所で集が作業している音がわずかに聞こえてくるが別の世界にいるかのように届かない。

 

「いのりちゃんだっけ? どうして家に…………ってどうしたの?」

 

「あんな集……初めて見た。怖かった。機械のような集、知らない」

 

無意識に抱えていたふゅーねるを抱きしめる。それはいのりが想像以上に恐れてしまったことだ。いのりからすれば自分以上に無機質なものを見てしまった。さっきまでいつも通りにいた集がまるで別人に成り代わったように変わったことが恐ろしくて震えてしまう。いや、いのりには別人だと見えてしまった。

 

「そっか……集もちゃんと笑うんだ。私にはぜんぜん見せてくれないのに」

 

そのことをいのりから聞いた春香は疲れたような自嘲でもあるようなほっとしたような声を出した。その様子はどこか安心したようでありながら悲しげな表情だった。そのまま手に持ったビールを一気に煽る。

 

「?……どうして?」

 

いのりは疑問に思う。それはお互いの認識の違いだった。いのりから見た彼は捻くれて大人びているが見た目通りの少年だ。だが春香から見た集は……

 

「そうね……集はね、ロストクリスマスが起こってから……あんな風に変わっちゃったの。まるで人形みたい」

 

そう、(ホンモノ)(ニセモノ)に変わったときから。一番最初に(ホンモノ)として接してしまったのが間違いなく春香なのだから。春香からすれば純粋な心配だったのだろう。だがその純粋な感情は少年にはこれ以上ないくらいに深い深い傷を刻み付けた凶器であった。それ故に肉体よりも高い精神をもってしても防衛本能がそうさせてしまった。その結果が感情の分離。

 

「記憶を失ったから?」

 

いのりが遮るようにその原因を言い当てた。春香は驚く、なんせ集が記憶喪失だと知っているのは春香だけど思っていたのだから。既に十年も前でそれ以前に関わっていた少年も少女も集のそばにはいないのだから。

 

「へえ、それは誰から聞いたの?」

 

「集が教えてくれた」

 

何気なく話したことに、にもう一度驚く。春香も集自身が記憶喪失のことを自覚しているのを知っているからこそ余計に驚いた。

 

「そんなことまで、心許してくれているんだ」

 

「うん、(ニセモノ)(ホンモノ)って呼ばれるのが嫌いだって」

 

「え………?」

 

それは彼女にとっては青天の霹靂だった。同時にパズルが噛み合ったように思考が納得する。だからかと、春香は納得した。そうだ、集はそう呼ばれるのが一番嫌いだったんだと。流石に普通に接しようとしても遅いかもしれないけど…………

 

「さて、どんどん話してもらうわよ~! 私が知らない集のことを!」

 

少女と彼女の夜はまだ終わらないだろう。

 

 



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輪舞:temptation-phase2

ドーモ、作者のSUMIです。
うん、浮気しまくりです。ニンジャスレイヤーに嵌りかけて忍殺語を習得しようとしたりとか。
そんな中で楽園追放見に行ってきました。ストーリーは王道でマジで面白かった(露骨なステマを……)
見て創作意識湧いたので仕上げてきました。楽園追放で二次やるなら転生ものでやっぱり主人公の内面を掘り下げる形になりそうだなー。電脳人間として意識が覚醒して肉体があったころの暮らしの差異や思想の違いに苦しんだりとか、ディストピアじみた競争社会とかに生き残るために必死に昔の考え方の視点を使って功績立てたりとか。そんな中でしぶとく生き残っている地球人類を見てその生活に憧れたたりとかいろいろ妄想が広がります。
年内最後の投稿です。
こんな寄り道ばっかな作者の作品を読んでくれてありがとうございます。



春香が帰ってきてからあっという間に一晩が立った。その朝に葬儀社から連絡が来た。

 

そのまま原作通りに潜入している。俺を連れてきた理由としては交渉を有利に進めるためだろう。王の力を見せるために。

 

俺たちはウェイターとして変装している。涯はいつも通りの髪型で変装らしい変装はウェイターとしての服装くらいで下手した気づかれそうなんだが涯は俺よりも慣れているから口出し出来ない。と言うよりも初めて変装する俺に出せるわけがないと言ったほうが正しいのだろう。

対して俺はかなり念入りに変装していた。ウェイター服は当然として髪は黒のメッシュ兼オールバックにして整え、更に黒目のカラーコンタクトに最後の黒い太縁の眼鏡をかけていた。一番最後に念には念を入れて小型の変音機を仕組んでいる。これなら初対面なら別人だと思われるくらいに念入りだ。現にほかの葬儀社のメンバーだって気づかないくらいなのだから。

 

変装して潜入ということなので少なからず緊張してたし、他に考え事をしていた。なによりも。

 

(はぁ、いのりとは話せなかったな……)

 

そう、見せたくなかった自分の一面を見せてから未だにいのりと会話が出来なかった。その原因が春香にずっと付きあわせていたからね。春香を送り出してから直後に涯が俺だけに任務が入ったために結局いのりと話す時間すら作れなかった。どうしてもその時に一瞬だけ見えた表情が頭にちらついている。それはなぜかうざいとか紛らわしいとかは考えていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして始まったパーティー。不安があったのだがそんな程度の揺らぎなんてなかったかのごとく手馴れた作業のようにこなしていく。傍から見れば潜入した工作員には絶対に見えないだろう。人が歩くように、呼吸するように自然と誰かを演じることが出来てしまう。

 

「ごゆっくりどうぞ」

 

パーティーの参加者に恭しくお辞儀をして見送っていく。そのまま涯が目的の人物に接触できるように出来る限り怪しさを出さず、カモフラージュになるように動いていく。その様は本職のように極々当然のようで違和感などほとんど残さず溶け込んでいく。

 

それはまるで何にでもなれるようで何にもなれないようで……けど、いのりに見せた時よりもなぜか嫌悪は浮かんでこない。まるで当たり前であるかのようだ。

 

その中でひと視界に入った。二階のVIP用の来賓席に春香がいるのを。そういえば昨日言っていたパーティーはこれだったな。ばれないようにそそくさとその場を逃げるように離れる。今の俺の対応だと春香にばれるかもしれない。その離れる様子はいのりの時とはどこか違った。まるで敵から逃げるように、こちらから拒絶するように。

 

その直後にインカムに通信が入る。ツグミからだ。発信している信号からしてかなり緊急事態だろう。

 

「こちら集。どうしたんだ? 何か予測外の事態が発生したのか?」

 

「そうよ! どこからかパーティーの情報がGHQに漏れてたみたい! どうやったのかわかんないけどドラグーンで狙われているわ!」

 

『ドラグーン』、俺も詳しい内容はわからないが大雑把に言えば戦略ミサイルである。当たり前だが威力は推して知るべしで直撃なんてくらったら木端微塵間違いなしである。ツグミが焦るのも無理はない。しかし、俺はそれを知っているために動揺なんてしない。だってここに俺が連れてこられた目的なんだから。当然、もう一人の同行人物も知っても動揺なんてするはずもないだろう。

 

「了解。涯に指示を仰ぐ」

 

そう言って通信を切る。いくらインカムでばれずらいと言っても違和感があるのだ万が一でもばれたら流石にまずい。特にここが狙われているのがばれたパニックになるのは確実。そのためにも早々に涯と合流しなければ。辺りを見渡してみると潜入した目標人物と接触している最中でちょうどいいタイミングだ。

その人物とはこのパーティーの主催した人物であり涯がスポンサーとして支援してもらうように接触しようとしている人物である。その名は供奉院翁。日本でも力を持つクホウイングループの総帥である。

 

「涯」

 

突然乱入してきた俺に護衛のSPたちが拳銃に手を掛ける。それを翁が手で制す。そのまま涯に耳打ちで手短に伝えると、驚きはなく落ち着いている。予定通りだといった感じ。まあ、分かっていたが白々しい。それと同時にあちら側には事態が察知されておらず図らずもこちらの有用性を先制して見せる形になっていた。そのまま目的の物を渡すと早々に事態の収拾に向かう。

 

「で、なんでGHQにこのパーティーがばれたんだ?」

 

「どうやら”善意の”情報提供者がいたみたいでな」

 

「へぇ、とんだ”善意の”情報提供者がいたんだ」

 

”善意の”部分を強調して言うと涯は小さく笑みを浮かべる。どういう意図が理解したのが手間が省けるとわかったのだろう。そして、どうして俺と一緒に潜入した意図とすべき行動を理解しているためだ。本当にとんだ”善意の”情報提供者がいるとはね。確かに”GHQにとっては善意”であるんだろうけどね。

 

「誰がどんなヴォイドを持っているんだ?」

 

まどっろこしい手間はいらない。もうすぐ撃たれるからこそ時間を無駄には出来ない。どんな意図かを理解しているからこそ最適な行動をするだけだ。そのために俺をここに連れ込んだだろ? 問いかけにはいたずら小僧のような笑みを浮かべて応えた。

 

「俺が連れてくる。お前は先に上番で待機しろ。ヴォイドは盾だ。それに後は誰にも気が付かれるな」

 

「了解。こっそりと阻止してみせるさ」

 

 

 

 

 

 

 

客船後方の誰もいない静かな海面に水平線に街の光が見える光景。かなり昔になるんだろうがかなりギザったらしいセリフが似合いそうだ。そんな状態の今からドラグーンがここに向かって攻撃されるなんて夢にも思わないだろう。

今更ながらおぼろげなアニメのようにデフォルメされた顔が浮かんでくる。今回の攻撃を指揮しているアメリカのあの人だ。性格もアメリカらしい豪快でけど軽快で発想も人柄もいい人だ。惜しむらくはあの人も踊らされていたことに尽きる。後は独走しがちな点を自重すれば惜しい人物ぐらいか。

 

それにしてもミサイルのドラグーンを横に倒して撃つとかある意味むちゃくちゃだが結構理に適っている……のかな? あれ、本来は上向きに放つ物だよな。そしたら重力とかの補正はどうなるんだ? まあ、無視できる距離らしいかね? わからん、だが現実として飛んでくるのには違いない。

にしてももうすぐここにドラグーンが飛んでくるなんて想像もつかないだろう。この静かな夜の海とわずかに聞こえ漏れ出てくる音楽が一層の静けさを醸し出している。ポツリとこぼした独り言ですらしっかりと聞き取れそうなほど。

 

「そういえば、こうしてゆっくりと一人で考えるのは……久しぶりだな」

 

今は危機であるはずなのにぽっかりと空いた時間の中、静かに一人で考えるのはなかった。だって……あの始まりの日からずっと彼女が隣にいるのだから。ふとしたことで一人になって、らしくもないセンチな気分になっている。

 

「俺もすこしは変わったのかな…………」

 

だって、一人で静かな部屋でいるのが普通でいつも通りの筈なんだ。少なくともこの春になるまでずっとそうだった。それなのに一人になっているのがどこか寂しいと感じている自分がいるのだから。颯太のようなにぎやかではなく、静かに隣にいるだけなのに。それが普通で心地よく感じていたんだと。こうして一人でいるとありありと感じさせられる。自分は寂しがっているんだと、でも抑えることが出来ず静かにしみこんでいく。

 

「これが終わったらちゃんと話すしかないな」

 

もういのりには見せてしまったのだ。でも……なんで俺はそんなに見られるのを嫌がったんだろう? 別に気にしないのならばまた会ったときにきっぱりとどうしてそうなったか説明すればいいだけだ。たったそれだけなのにどうしてここまで引きずるのだろう。俺はいのりにどう思われたいんだ? 考えるほどに嵌っていく。

 

「っと、もう来たか」

 

そこまで来て思考遊びの時間はもう終わり。さっさと切り替えて俺がいることを感ずかれないように物陰に身を潜める。涯が件の人物を連れてくる。まるで物語のちょい悪な王子様と生真面目なお姫様といった印象だ。

 

件のお姫様は供奉院亞里沙(くほういんありさ)。通っている学校の生徒会長を勤めているが俺とは一切つながりはない。美人と確実に言えるだろう。学校での評判も高く周囲でも高嶺の花ともしても知られている。

 

自分の感性にはちっとも響かない。そうだ、俺は後の彼女の姿を知っているからだ。それしか見ようとしない、それしか信じようとしない。それは彼女の都合のいい王子様を欲しているのではないか? だから簡単に騙される。自分の理想だと思い込ませればいいだけだ。ああ、そんな自ら騙されようと見えてしまう姿が俺はそれがどうしても気にいらないみたいだ。触らぬ神に祟りなしだ。今後もあまり彼女に関わらないようにしよう。

 

そうしている間にも涯の指示が来る。この場もさっさとやるべきことを実行する。涯と立ち位置を変え、彼女が目を開けた瞬間に自分の姿を見えるように、かつ記憶が残らないように迅速にヴォイドを取り出す。

 

その直後にツグミからの通信とわずかに光るモノが見える。手には盾のヴォイド。これで防げない道理はどこにも存在しない。さっさと防ぎきって帰ろう。無性に事を済ませたかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの後の涯の上機嫌な雰囲気から交渉は成立。上手く支援を引き出せたからだ。攻撃も止んでこれ以上追撃の気配もないために留まる理由もないためにさっさと葬儀社のアジトへ帰還する。すると深夜のために少しだけいるメンバーが俺に怪訝な視線を向けてくる。まるで怪しいやつが来たような…………あ、変装解くの忘れていた。ツグミ、分かっていたんなら説明してくれよ。こらそこのネコミミ少女よ、誰にも気づかないようににやけるのなよ。

 

「………………集?」

 

そこでいのりのポツリと呟かれた声にメンバー全員が驚愕していた。某スパイアクションで複数の哨戒兵に発見されるがごとく。え、俺だと気づいた? まだ変装はしたまんまだぞ? これでもかってくらい力入れた変装なんだけどこれ超えるとなると特殊メイクになるぞ? そのまま変装を解くと今度は驚愕の視線が向かう。

 

「あー、うん。変装解くの忘れていました」

 

変音器とか外したら今度はありえねーといった視線が飛んできた。

 

 

結局、あのまま微妙な空気で解散して、そのまま秘密の通路を通って自宅へと帰る。あの時とは違って月も星は全く見えなくて雲しかないけどそれもまた違う趣がある。もやもやした今の心境を表しているような感じ。

 

いのりは歩きながらも自分の顔をじっと見つめている。いつものぼんやりとした感じじゃなくて何かを確かめるようにいつになくしっかりと見つめている。顔には出さないがなんだか気恥ずかしいもどかしさ。

 

「どうしたんだ? そんな俺の顔をじっと見て何かついているのか?」

 

「良かった……いつもの集で……」

 

じっと見つめていた視線が緩んだ。その言葉にはいつもとは違う静かで平淡な声ではなくどこか安堵を含んだものだった。彼女も顔に出さなかっただけで不安を感じていたんだと。

 

「いつもか……正直に言ってしまえばあの姿も俺にとってはいつもなんだけどな……」

 

記憶を失ってから一番初めに桜満集の名前を呼んだ人はあの人(春香)だった。でもそれを自分は受け入れることが出来なくて自分を護るためにあんな自分を作り上げたのだから。隠したくもあったけど間違いなくあれも自分だ。それをいのりは別人になったように見えたようだった。

 

「前にアジトで言ったよな、世界が怖いって。それで自分を護るためにああなった訳」

 

俺がいのりにどう思われたいなんていくら考えてみても全然わからない。でもわからないままでもいのりといるのはなんだか心地よい。ずっととは言わないけどこの一時だけは浸っていたいとぼんやり考えていた。

 

「あの俺も含めて俺だ。まあ……その、なんだ……改めてよろしく頼むよ、いのり」

 

そのことにいのりはなにも言わなかった。でも、ただ微笑んでいてそれがなによりも雄弁に語っている。いつの間にか曇り空から一筋だけ切れて月が優しく覗いていた。

 

 

 



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夏日:courtship behavior-phase1

かなり遅れましたが投稿です。




さて、夏と言えば何を想像するのだろうか? ありきたりなところだと花火とかかき氷とかスイカとかもまさに日本の風物詩だろう。そんな中俺たちは……

 

「ふう、こんなもんだろうか」

 

浜辺でビーチパラソルを差し立てていた。所要時間三分。この程度ならば手こずるかもしれんがそこは予習しておいたと言っておこう。

 

今俺たち……というよりも谷尋を除いた映研+いのり一向は大島に観光旅行に来ていた。ここは日本国内の離島ではあるが年に万人以上の観光客が訪れる人気スポットである。その理由について日本から出られなくなったことも大きいだろう。未知のウィルスを拡散させないための国境封鎖のために国内の観光スポットに需要が集まっていたのは必然だろう。追記すればロストクリスマス以前からも観光事業に注力していたことも大きいだろう。

いのりも勿論ついてきていてどういう意図なのか明白だろう。ここ大島になんならかの重要な何かがあると推測されている。状況的証拠も出ているから信憑性が高いと考えられている。

周りを見ればほかの葬儀社のメンバーがいることからこの作戦に対する意気込みが分かるものだ。ただ、皆さん私服になって偽装しているけど若干バカンスを満喫している人がいるなー。

あとな、アルゴがすげー浮いている。観光地にヤーさんがいると言えばしっくりくるだろう。そのまんまである。

大雲さんはちゃんとバカンス用にきがえているよ。そんでも結構目立っているがな

 

そのことでツグミがGHQが重要視していたか疑問を覚えていたが理由を知れば当然だと思える。この島こそ地球に初めてアポカリプスウィルスが降り立った島なのだから。当時の研究施設だってあるがそれ以上に大切な物が保管されているのだから。

 

で俺自身も客を装って来た訳である。無論、怪しまれないように学生の合宿としてだけど。そして定番の海へと来たって言うのが経緯である。男の着替えが早いというのも定番で先に準備しているのだ。

俺の水着は普通のトランクス型でパーカーを羽織っているくらいだ。ネタでスリングとかブーメランは流石に引く。俺だったらそうする。だが卑屈にはしないし、むしろ堂々している。

 

見よ! 貧弱な少年ではない鍛えられたこの肉体を! 細身ではあるが見れば。現に近くにいる颯太と比べれば鍛えられているのが分かるはずだ。実際、ほかの観光客が俺を見て感心しているのだ…………やめよ、なんか虚しくなってきた。こんな見せるために鍛えているわけでもないしな。

 

「…………やめよ、意味ないし」

 

それと同時に颯太のほうを見る。今回の旅行のメンバーとしてどうしてもここに連れてこなければならない人物と……いや、ストレートに言ってヴォイドが必要である。要はそのために旅行を装ったわけである。

当の颯太がカメラを構えてなんか悩んでいるのは知らん、当たり障りはいいが俺はそういう人間であるからな。映研ではあまり関わりは少ない。大抵は谷尋とつるんでいたしな。まだ作戦決行まで時間はあるしのんびりするのも悪くはないだろう。

 

二二○○(フタフタマルマル)からだし軽く楽しもう」

 

そのまま、伸びをしたときにいのりが前を横切ってきた。そしていつもの服とは違い水着姿だ。何がとは言わないけど正直って祭や綾瀬よりも小さいだろう。だけどその分の全体のバランスが優れていた。柔らかな肌にピンク色のビキニ。患いを帯びたような表情が一層儚さを増しているように見えてしまう。

 

「…………」

 

「集?」

 

その姿に言葉が出ない。まるで横からガツンと衝撃をぶつけられたように釘付けになってしまう。いつの間にかこちらに気付いて声を掛けているのは聞こえているけど処理が追いついていない。

 

「……!?」

 

その数秒後に腕にふにょんと女の子特有の柔らかい感触がががががががが。ビークール、Beクール、Be Kool、Be Cool……うん、落ち着くは英語で表すとclam(カーム)だから。鼻の下が伸びそうです。女の子ってこんなにも柔らかいのかー、って。

視線を向けるとなぜか祭が俺に抱き付いていた。はい? 何で俺に抱き付いているのですか、祭さん? そんな大胆なことは彼氏とかにしときましょうよ。それと人目がある場所でそういうのは割とはしたないのでは? アピールにしては露骨すぎやしませんか? あれ? それって……いや、ないない。うむ、わからん。断定できるほどに俺はそういう経験はないからやめ。

 

それとして水着になると普段とは違ったテンションと言うか一面が出ていい。すまん、俺とて男の子である。つまりは綺麗な女の子の水着姿を見てテンションが上がらない訳があるだろうか。いや、ない。この状況役得なんだけど理性のストッパーが危険です。

 

「…………なあ、祭。なんで抱き付いているんだ?」

 

表情には出さないけど荒ぶるっている何かを抑えながらも何やっている? そしてそれを見ているいのりが無表情だけどなんだかむすっとした雰囲気が僅かに出ているのですか何か気に障ったのか?

 

訳が分からんが海行って頭冷やしてきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼間に十分に楽しんでから春香からの頼み事で一人とある場所に向かっていた。そこは観光事業による人はほとんど入っていない。そうここは十七年前の災害によって亡くなった人たちの墓標が納められている集合墓地だった。そこには桜満集の父親も入っている。要は春香からの頼みで墓参りと言うわけだ。

 

「あれ? なんで涯がここにいるんだ?」

 

そこにいたのは予想通りと言うか予想外と言うべきか涯がそこにいた。真夏だというのに着込んでいるいつもの服装でこの瞬間だけ墓標もあってか喪服のようにも見えていた。いや、それだけではなく、涯から感じられる感情がそれを醸し出しているのだろう。

 

「そちらこそここにどんな用だ?」

 

「墓参り。ここに実父の墓があるって聞いて春香に頼まれてな」

 

持ってきた花束を見せれば涯は納得した。俺が来たのは一応の義理なのだろう。どうしてかはわからないけど桜満集(からだ)に憑依というか成り代わってしまったのだから。どんな風にしたって家族だって言われてもピンとも来ないし意識はある意味別人だろう。その様子に涯はポツリとつぶやくように出た言葉はやけにはっきりと聞こえた。

 

「……なあ、お前は記憶を取り戻したくないとは考えていないのか?」

 

「ある程度は取り戻したいとか考えてはいるが今を捨ててほどではないな。どこまで行ったって俺は俺、そう感じているから無理矢理戻したら狂いそうだ」

 

本当に考えがぶれていく俺に思わず苦笑いしてしまう。少し前のルーカサイトでの事で知りたかったのってあれも囚われている一つだったのだろう。それが出来事一つで変わったのだ。その答えの返答は涯の寂しげな笑顔であった。何か思う処があるのだろうけど俺には分からなかった。

 

「そうか、もし思い出したら……どうするんだ?」

 

「その時はその時だ。いろいろ考えても結局は行き当たりばったりだ。俺、ただの高校男子だしな」

 

今年に入ってからいっつもそうだ。初めていのりと会った時だって抱えて逃走しようとしたことなんて考えもしなかったし、せいぜいが流れ道理に行くだろうと考えていた。足りない頭使って云々考えようと結局はアドリブが入ってしまう。そんなところがまだ少年なんだろう。

 

「ここだってほとんど覚えちゃいないけど一応の義理ってところだな。父は遺体どころか骨すら見つかっていない。春香に聞かされるまで知らんことだったから」

 

「…………そうか」

 

俺の他人事のような、実際に他人事を言い切ったことに僅かにしかめたのが見えた。その理由は理解しているがなにもしない。それをしたらいけないから。譲れない大切なものを踏みにじるのはとてもつらいことだから。

 

追悼の意を捧げる。あったことなんてないけどただそれだけはしておいておこうと気まぐれなのだろうけどなんだか、しなきゃいけない気がした。そして花を送る。父親の墓標を観察していたら偶然『MANA』と掘られていたのを見てしまった。その瞬間まで完全に油断していたのだろう。

 

「がっ!?」

 

唐突にそれは襲ってきた、声すらも出ない。まるで形そのままに脳髄をシャーベットにして中身だけをシロアリに削られる。そんな嫌悪感が全身を支配してやまず、ただその場に蹲るしかない。涯が何か言っているのはわかるけどそれが情報としてほとんど伝わっていない。

 

「…………かっ、はっ!?……」

 

そのまま意識がどこかに飛ばされる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこで見た景色は先ほどまでと同じ場所だった。いや、それでは語弊があるかもしれない。同じようだけどあまりにも人気はない。まるで最初から人がないような風景だった。その光景を実際に見てはないが見覚えがある。そう、まさに昔に戻ったような人気のなさだ。

 

何故今になってあの時よりも鮮明になっているのだ。自分自身がその時の場所にいるのではないかと錯覚しうるほどの鮮明を持っている。過去にタイムスリップしてきたと言えば納得しそうなほどだ。それほどまでの感触をもっていた。

 

「あれは……」

 

訳が分からない状態になって周りを見渡していたらふと見えた。いや、見つけてしまっただろう。

ぼろぼろになった橋の上に二人の少年がいる。一人は茶髪の好奇心旺盛で元気いっぱいなやんちゃ盛りな少年。もう一人はブロンドの気弱そうな少年だ。

 

あれは昔の涯と俺がなる前の本当の桜満集。それは微笑ましくてなんだか懐かしく思えてきてそして…………

 

「……帰りたい」

 

無意識に口にした言葉に愕然とした。あの光景を見て帰りたいだと? あれは本物の桜満集(・・・・・・)がトリトンであったころの涯と過ごした記憶だ。断じて俺があそこで遊んでいた事実など、ありえない。だと言うのにまるで俺が本物の桜満集(・・・・・・・・)であるような言葉だった。

 

そこまで察して恐怖した。まるで宇宙的深淵を覗いたような狂気の錯覚のような正気を削られていく恐怖にだ。

自分が自分でなくなるような恐怖。それがとても恐ろしかった。

 

ここで橋の二人に一人の少女が訪れた。その姿はまるでいのりを幼くしたような容姿で違うのはその活発そうな雰囲気とセミロングとは違ってロングであるくらいだろう。それくらいしかいのりとは違いは見つけられない。だけど俺にははっきりと別人にしか見えなかった。その少女の名は桜満真名。そう、桜満集の……

 

「……お姉、ちゃん……」

 

勝手に言葉を呟いた口を顎ごと手で塞いだのはもはや反射だった。下の橋では三人の少年少女が和気藹々と楽しんでいるのに丘の上で口を抑えて震えているのがあまりにも場違いな雰囲気があまりにもシュールである。

 

「……っ!? 不味い!」

 

思考が引きずられていることに気付けば行動は早かった。ここにいてはいけない。このまま入れば俺は何かに引きずり込まれる。引きずり込まれたら二度と戻れないと予感していた。俺はそこから逃げた。俺のままで居たいため。生きるために逃げ出した。

 

そこで意識は反転した。その時は俺は気づいてすらいなかった。下の橋にいる昔の桜満集が俺を見ていたことを。そしてその瞳は茶色ではなく赤黒く、血のような紅であったことに。

 

 

 

 

 

 

 

 

そこからの目覚めは奇しくも初めて目が覚めた時と同じような、揺さぶられている感覚だった。それにどこか懐かしさを覚えながらも意識は戻っていく。

 

「おい、大丈夫か! しっかりしろ!」

 

だんだんと周りの風景が鮮明になっていく。俺を心配する声がした。意外にも俺と同い年である少年だ。その姿を知っている。俺を心配してくれている姿に戻ってきたと場違いな考えが浮かぶけどなんとなくうれしかった。

 

「う、あ……涯か」

 

「何か思い出したのか? 何か、思い詰めているような顔をしているが大丈夫か?」

 

「ああ、大丈夫だ。ただ、昔にここに住んでいたのかもしれないって少しだけ思い出しただけだ。それが何か大事なことを忘れているってことも」

 

何ともないように立ち上がって。服についている土を払うことで大丈夫だと言っておく。その様子に何かしらがあったかと勘繰ったみたいだけど大丈夫な様子に安心したようだ。

 

もともと知ってはいるがここは思い出したことが重要だろう。俺がまずやらなければならないことは決まった。少しばかり旅行で浮かれていたのかもしれない。少し考えればルーカサイト以上に重要な分岐点であるはずなのにのんびりしているとか俺自身を殴り倒したいくらいだ。

 

「心配かけた。すこし一人で休む。作戦までには体調は万全にしておくから心配しないでくれ」

 

これからやろうとしているのは最初から未来が分かっていなければ行動すらも起こそうとしないことなのだから。だがここが上手く行けばそもそも起きることが起こらなくなることだ。そしたらどんな事態になるかなんてわからん。それこそ神くらいだろう。だがやらんと何かが起こる。そんな予感はしている。

 

そして、俺は気づいていなかった。涯がそんな俺を見抜いていることなんて可能性すらも考えていなかった。



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