レッドが地上に戻るようです (naonakki)
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第一話

 シロガネ山、その頂上に淡い雪がシンシンと降り積もっていた。

 純白に包まれ、物音一つせず、そこ自体が世から隔絶された世界であるようであった。

 

 そこに佇む一人の少年は、眼下に広がるジョウト、カントーを静かに見つめていた。

 

 物憂げな表情を浮かべた少年は、はぁ……と静かに溜息をつく。それは白い息となり静かに大気に消えていく。

 

 

 

 帰りてぇ……。

 

 

 

 少年、レッドはホームシックに陥っていた。

 

 

 

 

 

 このシロガネ山に来てから果たしてどれくらい経っただろうか?

 もう何年もここにいるような気がする。

 

 闘志に燃えまくっていたあの頃が懐かしい。

 ポケモンリーグでのグリーンとの戦いの後、俺はチャンピオンを辞退することにした。

 理由は単純、さらに強くなりたかったからだ。

 当時、最強の称号であるチャンピオンの座についたグリーンに勝利したわけだが、俺はもっともっと強くなれる自信があった。

 そしてそんな自分を見てみたいという欲求に勝てなかった。

 しかし、チャンピオンになってしまうと、色々な仕事があり、修行する時間なんて無くなることは子供ながらに推測することができた。

 色々な挑戦者と戦うことができる環境は捨てがたいが、やはりどうしてもデメリットの方が大きいと感じた。

 それに何より俺は目立つことが嫌いだ。チャンピオンとなり、常に世間の注目の的になるのはごめん被りたかった。

 

 当時、そんな俺のチャンピオンの座を辞退するという発言にポケモンリーグの関係者をはじめとした、多くの人が猛反対した。

 今思えば、ポケモンリーグの運営やら色々大人な事情があったのだろうが、12歳の俺には何も分からなかった。

 

 元々、グリーンと俺の年端もいかない少年二人が、過去に例のない速さで難関と言われているジムリーダー戦を難なく突破しているということで世間の注目を集めていた。

 そして当時カントー最強と言われていたワタルを倒し、グリーンがチャンピオンになった。

 そのことで世間の注目度は一気に爆発した。どの番組でもそのことが報じられ、あのいけ好かないグリーンの顔を見ない日はなかったほどだ。

 

 そして、それから間もなくしてポケモンリーグでの俺とグリーンの戦いが始まった。

 多くの人達が見守る中、長い激闘の末、俺はなんとか勝利を掴むことができた。

 

 再び世間が騒ぐのは当然の流れであった。

 各局のマスコミ、各地の有名トレーナーやら、ポケモン研究関係者……連日様々な人々が押し寄せ、皆が俺を褒め称え、世間にそれを広めていった。

 

 そんな中でのチャンピオン辞退宣言。

 当然ながら世間は混乱した。しかし、さらなる高みを目指したい俺にとってはそんなことはどうでも良かった。

 

 結局俺は「もっと強くなる」とだけ言って、周囲が止めてくるのを押し切り、その場を抜け出した。その時の周りのキョトンとした顔は今でも覚えている。

 

 俺はそのままシロガネ山に向かった。

 そこは、カントーとジョウトの間にそびえる巨大な山であり、最も危険とされている場所でもあった。

 その最たる理由が出現するポケモンの強さだ。厳しい生存競争を勝ち抜いたポケモンたちの強さは、そこらのトレーナーでは手も足も出ないだろう。

 しかし、そこは強さを求める俺にとっては絶好の修行場所だった。連日、早朝から夜遅くまでポケモン勝負に耽った。

 寝て起きて、ひたすらポケモンバトルを繰り返す日々。

 日に日にポケモン達が強くなっていくことを実感し、時が経つのを忘れて夢中になっていた。

 

 少し意外だったのが、追手が全く来なかったことだろうか。ポケモンリーグの関係者から何かしらのアクションがあるかと思いきや杞憂に終わった。

 

 そして気づけば、シロガネ山の頂上に到着していた。たくさんのポケモンとバトルするため、深部へと向かっていくうちに頂上へと着いていたらしい。

 俺はそこを拠点とし、それからさらに激しい修行に明け暮れることとなった。

 

 

 

 時は流れ、俺はようやく自分自身の実力を認め、満足することができるようになっていた。

 唯一の心残りが折角強くなれたのに自分の全力をぶつけることができる相手がいないことだった。

 最早、シロガネ山に住まうポケモン達ですら苦も無く倒せるほどに成長してしまっており、満足のいくポケモンバトルはできていなかった。

 地上に帰ってもそれは同じことだろう。シロガネ山に来る前に既にチャンピオンであるグリーンを倒してしまったのだから。

 

 そんな時、転機が訪れた。

 

 一人の少女がこのシロガネ山の頂上にやって来たのだ。

 最初はかなり驚いた。このシロガネ山には長らくいるが自分以外のトレーナーを見るのは初めてだったからだ。

 それに頂上に来たという事は、ここに至るまでの厳しい崖のような道のりや、鍛え抜かれた野生のポケモン達を倒してきたという事なのだから。

 

 赤色のリボンが装飾された白い帽子を被ったその子は、元気溌剌といった感じの女の子だった。

 俺の姿をとらえるなり興奮した様子を見せ、期待に満ちた瞳をこちらに向けてきた。

 そして見た目通り、元気な明るい声でコトネと名乗ったその少女は俺にポケモンバトルを仕掛けてきた。

 何はともあれ、久しぶりのポケモンバトルということで、心が滾った。

 

 彼女は……強かった。

 

 ポケモンリーグで戦った時のグリーン以上の手ごたえを感じた。かつての俺だったら恐らく負けていただろう。

 彼女のポケモンを見れば、どれだけ鍛え抜かれているか分かったし、素早い判断力や勘の良さ、どれをとっても一級だった。

 

 しかし、俺はあの時より遥かに強くなっており、十分な余力を残した状態で彼女に勝利した。

 

 コトネは「そんなぁ……」と負けたことが信じられなかったのか、がっくりとその場に膝を折り、悔しがっていた。

 しかし、すぐに立ち直るとこちらに満面の笑みを向けてくる。

 その表情はなぜか嬉しそうに見えた。

 

 「……負けました、完敗です! 噂通り物凄い強さですね! こんなに強い人がいるなんて信じられませんでした! また鍛えなおして来ます!」

 

 そう言ってコトネはその場を去っていった。

 

 そして彼女の宣言通り、またすぐにリベンジにやって来たのだ。

 今度は「次こそ絶対に負けませんよ!」と、自信満々にやって来た。

 確かに僅かな期間しかなかったにも関わらず、どのポケモンも一回りは強くなっていたが、それでも俺の敵ではなかった。返り討ちだ。

 コトネは、「う、嘘……も、もしかして前は全然本気じゃなかった、とか?」と、俺が本気を出していなかったことをこの時悟り、本気で心からショックを受けているようだった。

 だが、それがコトネの長所なのか最後には「次は負けませんからね!」と嬉しそうに言い、去っていくのだ。

 

 そして、それから何度も何度もコトネはこのシロガネ山の頂上にやって来た。

 その度にコトネは成長していき、いつしかそんなコトネの成長を楽しみにしている俺がいた。

 

 そして、遂に昨日。

 俺は、嘘偽りなく全身全霊、持てるすべての力を出し切り、コトネと対峙した。

 最早手を抜いている余裕はなかった。

 たった一手のミスが許されないような、そんな緊迫したバトルだった。

 正直、ポケモンバトルでの実力自体はまだ俺の方が上だろう。

 しかし、こちらの手持ち構成に対して有効なポケモン構成、そして技構成でばっちり対策をされており、結果的に実力が拮抗した状態を作り上げられていたのだ。

 別にそれに文句を言うつもりはない。

 相手のポケモン構成に対策を立てることは立派な戦略と言える。ただシロガネ山に籠っている俺にはとることのできない戦略というだけだ。  

 

 結果は……ギリギリ俺の勝利だった。

 

 お互いラスト一匹になるまでの勝負だったが、最後にシロガネ山の頂上に立っていたのは、俺のポケモンだった。

 

 

 

 俺はコトネのおかげで全力の戦いを楽しむことができた。

 これほど手に汗を握ったのは、グリーンとの勝負以来だった。

 個人的には大満足だった。

 これでやりたいことは全てやりきった。

 もうここにいる理由もなくなったわけだ。

 

 眼下に広がる美しいカントーの景色を改めて瞳に捉え、はぁと溜息一つ。

 

 

 

 ……で、俺はどんな顔して帰ったらいいの?

 

 

 

 周りの迷惑を考えず、自分勝手な都合でシロガネ山に籠った俺を世間はどう思うのだろうか?

 快く受け入れてくれる?

 そんなわけはない。恐らく非難の嵐だろう。

 世間の反応が容易に想像できてしまう。

 完全な身から出た錆状態であった。

 

 しかし、だからといって一生ここにいるのかと言われると流石に嫌だ。

 シロガネ山に長らく住んでいたこともあり、それなりの愛着も湧いてきたが、それでも俺だって人の子だ。温かい家でゴロゴロもしたいし、フカフカのベッドで寝たいものだ。ここ寒いし。あられ降るし。

 

 ……はぁ、どうしたもんだろうか?

 

 再び深い溜息。

 

 「……あの、どうしたんですか? 景色なんて眺めながら溜息ついて。」

 

 後方から声をかけてきたのはコトネだ。

 振り返ると、キョトンとした表情を浮かべているコトネが目に入る。

 

 なぜここにコトネがいるのかだって?

 昨日、ポケモンバトルに夢中になっているうちに、すっかり日が暮れてしまったのだ。流石に真っ暗の中帰るのは危険とのことで、コトネはこのシロガネ山の頂上で一夜を明かしたのだ。

 

 初めて他人と一緒に迎えるシロガネ山の夜は新鮮だった。

 コトネは色々と自分のことを語ってくれた。どうも結構おしゃべり好きな性格らしい。

 俺が超が付くほどの無口だからそこは助かった。女の子と二人きりで無言が続くとか地獄だからな。

 

 強いとは思っていたが、コトネはポケモンリーグで現チャンピオンのワタルに勝利したらしい。

 他にも色々と話を聞いた。

 どうも他の地方も含め、最近は様々な人がポケモントレーナーとしての力を磨き、どんどん力のあるトレーナーが出てきているらしい。

 昔ならそれを知れば、すぐに勝負を挑みに行っただろうが、今の俺にそこまでの闘志はない。もう既に目標は達成したのだ。

 

 後はグリーンがジムリーダーになったことや、そのグリーンから俺のことを色々聞いたなどの話を聞きながら、いつしか眠りについていた。

 その日は珍しく夜空がとても綺麗に見えた。

 

 ……言っておくが、厭らしいことは何もなかったからな?

 

 「……もしかして、シロガネ山を下りてもいいとか考えています?」

 

 まさかこちらの考えていたことをズバリ言い当てられるなんて思いもせず、大げさに反応してしまう。

 コトネ、まさかのエスパータイプなのか!? 

 

 「えっ!? もしかして本当にそう思っています?」

 

 コトネはそう言いながら、なぜか興奮し、こちらに詰め寄ってくる。あまりに勢いよくきたもので、ついコクリと頷いてしまう。

 

 俺の答えを確認するとコトネは、「よ、ようやくなんですね……何度も挑戦し、昨日色々お話した甲斐がありました。」となぜか感極まったかのように両手を合わせ、こちらを見つめてくる。

 言っている内容の意味がよく分からなかったが、こちらが問いただす前に、コトネはすぐに何やら携帯端末を取り出すと、誰かと連絡をしだした。

 何を喋っていたかは分からないが、連絡を取り終えたコトネは笑顔を浮かべてこちらを見つめてくる。

 

 「さあ、そういうことであれば善は急げです! 早くシロガネ山を下山しましょう! レッドさん!」

 

 そう言ってくるコトネだったが、俺の足は動かない。

 それはそうだ。世間が俺を袋叩きする未来が見えているのに嬉々としてそれに向かう者はいないだろう。

 そんな俺の様子を見たコトネは何かを察したように

 

 「大丈夫です、レッドさん! 皆、レッドさんを待っていますよ! 多分今頃、歓迎会の準備でもしてくれているんじゃないでしょうか?」

 

 歓迎会? もしかして俺の家族とかが俺の帰りを待ってくれているのだろうか?

 昨日グリーンとちょくちょく関わりがあるみたいなことを言っていたからそこ経由で家族に連絡してくれたのかもしれない。

 

 ……そうだよ、世間は俺を非難するかもしれないが、家族や町の人は俺のことを歓迎してくれるに違いない。

 まあ長い間留守にしていたからお母さんとかには怒られるかもしれないけど……。

 それでも家族や町の人のことを考えると急に会いたくなってきた。

 

 ……よし、帰ろう。

 

 もうポケモンバトルはするつもりはないが、将来はポケモンに関わる仕事に就き、のんびり生きていくのもいいかもしれない。ポケモンは好きだし、なんやかんやこの数年の経験は大きな財産になるだろうし。

 帰ったら、オーキド博士の下で助手として雇ってもらえないか頼んでみよう。

 ……あ、でもコトネにだけは勝負を挑まれたら流石に応じないとな。これだけ挑まれて、ギリギリの勝負になるようになってから、もうポケモン勝負はしませんって言ったら、せこい勝ち逃げ野郎みたいになるもんな。

 

 そんなことを考えながら俺はコトネの方へと歩み寄っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 通話が切れた後も、端末の電源を切ることができなかった。

 興奮のあまり手が震えているからだ。

 

 夢ではないかと疑うが、紛れもなくこれは現実。

 それを確信するまで時間がかかった。

 それほどまでに、今聞いた内容は彼にとって大きなことであったのだ。

 

 ……それにしても今、この状況でこの連絡が来るとはな。

 

 普段、運命なんて信じないが、この時ばかりは信じたくなってしまった。

 

 ふぅ、と短く息を吐き、電話に出るために退出していた部屋に戻る。

 その部屋内には、大きな円の形をしたテーブルがあり、その周りに数十人の人が座っていた。

 そしてその全員が例外なく人々から認められる凄腕のトレーナーであった。

 カントー、ジョウトのジムリーダー、ポケモンリーグの四天王、そしてチャンピオンであった。

 

 ここはポケモンリーグの本部である。今日はとある議題の為、ここに全員が集められたのだ。

 

 「グリーン、会議中にあまり電話に出ないでほしいのだが。何か急用だったかな?」

 

 若干の不満を含みながらそう言ってくるのはカントーとジョウトの現チャンピオンであるワタルだ。

 

 「あぁ。悪い悪い。……だが急用であることに違いはないぜ? それもこの件に大きくかかわるほどの重要なことだ。」

 「……なんだそれは?」

 

 ワタルを含む全員がこちらを訝し気に見つめてくる。

 俺は、そんな全員の視線を涼し気に受け入れると、言ってやった。

 

 「レッドだよ……あいつが帰ってくるんだよ。今、コトネから連絡があった。」

 

 その瞬間、静寂が室内を覆う。

 全員の目が見開き、驚きながらも事の大きさに声を出すことができない。

 

 「レ、レッドだって!? それは本当か!?」

 

 いち早くそう聞き返してきたのはワタルだ。椅子から勢いよく立ち上がり、こちらに詰め寄ってくる。

 

 「あぁ、本当だ。このことで嘘つくかよ。なんだったらコトネに確認すればいいだろう? 今から一緒にシロガネ山を下山するだってよ。……ようやくコトネの努力があいつに届いたみたいだな。」

 

 次の瞬間室内が、ワッと一気に盛り上がる。

 「ようやくか」、「早く戦ってみたいわ」、「どれだけ強くなったんだろうな」とレッドの帰還を歓迎する言葉があちこちから聞こえてくる。

 

 「おい! 今日の議題だが、もういいよな? 誰を代表にするかなんて議論は必要なくなっただろう?」

 

 俺のその言葉に反対する者はいない。皆、納得したように頷いている。

 

 「……よし、決まりだ! じゃあ、そうと決まれば大々的にレッドを歓迎しようじゃないか。このポケモンリーグをあげてな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三年前。

 皆がリザードンの背に乗ったレッドが空に消えていく様子をポカンとしながら見つめていると、ひとりの男がハッと意識を取り戻し、激昂する。

 

 「なんて自分勝手なんだ!? 強くなるだって?? これ以上強くなってどうするというのだ!?」

 

 彼はポケモンリーグを運営する重役の一人だ。その男の言葉を発端に周りの人間も「まったくだ」と怒りを露わにしている。

 しかし、それに待ったをかける一人の少年がいた。

 

 「……違うんじゃねーか?」

 

 全員の視線がその言葉を発した少年に向けられる。

 少年は多くの大人の視線を浴びて尚、その飄々とした表情を崩さない。それどころか、挑発的に口端を持ち上げると

 

 「レッドはこう言ったんだよ! お前らは弱すぎるってな! 俺みたいな子供にやられるようなポケモンリーグでいいのかってな! だからレッドは、そんなお前らを見てもっと強くなれって意味も込めてああ言ったんだよ! 俺は現状に満足せず強くなる、だからお前らも強くなれってな! レッドは今のポケモンリーグを制覇し、チャンピオンになっても価値なんてない、そう考えたんだよ! ったく、レッドには敵わないぜ。俺もチャンピオンになって浮かれちゃってたからな……。」

 

 そう言うグリーンの言葉には重みがあった。彼自身一時とはいえ、チャンピオンになっていたからこその重みだろう。

 そしてレッドとライバルであり、激闘を繰り広げたグリーンのみがレッドの心の内を読みとれたのだろう。

 

 「なんだと!? このガキっ! いい加減に……」

 「……いや。グリーンの言う通りかもしれない。」

 

 ワタルがそう同調することで周りの大人が信じられないような目でワタルを見つめる。

 

 「確かに最近のポケモンリーグは、広報活動などの分野に注力しており、肝心のトレーナーとしての腕を磨く場を設けていなかったのは事実だ。そんな我々にレッドが失望したということは十分に考えられる。」

 「……言われてみれば、私も最後に訓練をしたのはいつだったかしら。」

 「うむ……。」

 「……確かにいつの間にか向上心っていうやつを見失っていたかもね。」

 

 それに四天王であるカンナにシバそしてキクコも思い当たる節があるのか苦い表情を浮かべている。

 ワタルはそんな四天王の様子を確認し、再度ポケモンリーグの重役たちに視線を向ける。

 

 「……今こそポケモンリーグも変わる時がきたというわけだ。早速、今の体制について見直そう。……次にレッドが来た時にまた失望されないように! レッドはポケモン界の発展になくてはならない人材なのだから!」

 

 その言葉に反対する者はいなかった。

 

 

 

 それからポケモンリーグが打ち出した大胆な方針転換に一瞬世間は戸惑った。

 しかし、そのどこまでも強くなるために切磋琢磨していこうという姿勢が世間にも火をつけた。

 ポケモンリーグを制覇したレッドがさらなる強さを求めて旅に出たという報道もその勢いにさらに拍車をかけた。

 結果的に広報活動に注力していた時以上にポケモントレーナーを目指す人は増え、ポケモンリーグをはじめとした、全てのトレーナーが強くなるために燃えた。

 

 その後、レッドがシロガネ山という過酷な環境下で修行していることがグリーンによって密かに確認され、「本当に修行をしているとは」、「俺たちも負けていられないな」とトレーナー達のやる気は益々加速していった。

 

 

 

 

 そして時はまた少し流れ、ポケモン界が盛り上がりを見せる中、大きなニュースが報道された。

 

 なんとレッド、グリーン以来初の、ポケモンリーグを制覇した者が現れたのだ。しかもそれはまだ幼い少女によって成し遂げられた。

 彼女の名前はコトネ。ポケモン界全体のレベルが上がっている中での快挙であり、皆がコトネに夢中になった。彼女のポケモンが繰り出す洗練された技、力強い動き、それらは他のトレーナーとは一線を画していた。

 また彼女自身の明るい性格、笑顔が多くのファンを生み出し、またもポケモン界に新しい風を呼び込むことになった。

 

 そんなコトネがある日テレビで語ったことが世界に激震を与えた。 

 

 「実は今日、かつてのポケモンリーグ制覇者レッドさんとシロガネ山でポケモンバトルをしてきました。……しかし手も足も出ませんでした。彼は本当に強かったです。レッドさんは今でもずっとシロガネ山の頂上で修行を続けているようでした。」

 

 当時、最強のトレーナーとして疑いようのなかったコトネからの衝撃的な報告だった。

 その後はコトネが訓練にさらに力を入れ、他から見ても強くなっていっているのが分かるほど成長していった。

 しかしそれでも毎回コトネから聞かされるレッドとのポケモンバトルの結果は敗北のみ。

 次第に皆の興味の関心はレッドに釘付けになった。

 あのコトネが一度も勝てないとは、レッドはどれほど強くなっているのかと。

 レッドは表に出てこない為、様々な噂が飛び交い、最早何が本当なのかも収拾がつかなくなるほどであった。

 

 

 

 そして、今日ポケモンリーグからの放送で伝えられたことが世間に過去にない盛り上がりを与えることになる。

 

 その内容は、まずレッドがシロガネ山から下りてくることになったこと。

 

 そしてもう一つ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「それまで!」

 

 審判のその一声によって、ポケモンバトルが終了したことが告げられる。

 

 ……今回もあまり手ごたえがなかったわね。

 

 はぁ、と短い溜息を吐き、落胆を隠し切れない。

 

 チャンピオンになってからしばらく経つが、ここしばらく満足するようなポケモンバトルができていない。

 今回も久しぶりの挑戦者ということで、期待していたが勝負はあっけなく終わってしまった。

 

 ……どこかにいないのかしらね。

 私を満足させてくれるような強いトレーナーは。

 

 ……それに私もそろそろいい年だし、相手も見つけたいけれど。

 

 普段クールという印象を持たれている彼女だったが、乙女としての一面も密かに持ち合わせていた。

 

 どこかに私を打ち負かしてくれるような男性はいないかしら……。

 

 それが現実的でないことは分かっていた。ここ何年もバトルで負けた記憶はない。だが、付き合うならば自分よりも強い人。自分のことを守ってくれるような人がいいと思うのは女として自然だろう。

 

 ……はぁ、まあいないわよね。

 

 その時だった。携帯端末に連絡が入っていることに気付く。どうもメールが届いていたようだ。早速画面を開く。

 

 「……あら、カントー、ジョウト地方の代表者とのエキシビションマッチの件、対戦相手が決まったのね。……ええと、レッド? あまり聞いたことのない名前ね。確か、グリーン、ワタル、コトネという人たちが候補じゃなかったかしら? 現チャンピオンでもないようだし……どういうことかしら?」

 

 ……まあ、いいわ。誰であろうと全力で戦うのみ。

 

 ……けれど、私をワクワクさせるような強い人であることを祈っておきましょう。

 

 腰下まで伸びた艶のある流れるような金色の髪に宝石のような銀色の瞳。彼女のスタイルの良い細長い体を包み込む黒いファー付きのコート。

 

 彼女の名前はシロナ。

 考古学者としての一面を持つ彼女は、若くしてチャンピオンの座につき、殿堂入り後一度も敗北したことのない、無敗伝説を誇るシンオウ地方の現チャンピオンである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私はこちらに歩いてくるレッドさんの姿を見て嬉しさの笑みを隠せないでいた。

 

 ……やっと、レッドさんが心を開いていくれた。

 

 その事実に心の内がポカポカと温かくなっていく。

 それが恋心であることは、随分前から気付いていた。

 

 レッドさんは基本無口であるものの、ポケモンバトルを通して、彼のことは色々と理解できていた。彼がこれまでどれほど努力を重ねてきたか、ポケモン達をどれだけ愛してきたかをだ。

 そんなレッドさんと一緒にいると私も頑張ろうと思えた。そしてそんな風に思える人はレッドさんが初めてだった。

 

 レッドさんのことをしっかりと知ったのは、ポケモンリーグを制覇した時だった。

 その時の私は嬉しさと共に喪失感を味わっていた。

 旅自体とても楽しく、毎日が心躍る発見の連続だった。

 苦戦しつつもジムリーダー戦を全て勝ち抜き、ポケモンリーグへの挑戦。こちらも何度も危ない局面になったものの何とかチャンピオンであるワタルさんから勝利を勝ち取ることができた。

 達成感はあったし、とても充実していたと胸を張って言う事ができた。

 しかし、そんな冒険ももう終わりなのかと思ってしまったのだ。

 

 そんな私の様子を見たワタルさんは何を思ったのか、急にこんなことを言ってきたのだ。

 

 「……君はレッドという少年を知っているかい?」

 「レッド……、確か以前チャンピオンになった人でしたっけ?」

 

 私はあまり興味がなかったので知らなかったが、色々なトレーナーが彼の名を口にしていたし、3年前にテレビで嫌というほどその名を目にしていた為、覚えていた。

 ワタルさんは、かつて何があったのか詳細に教えてくれた。

 

 かつて私と同じようにポケモンリーグを制覇したにも関わらず今でも修行を続けていること。現状に満足している私とは正反対であった。

 私はレッドという人がどんな人なのか興味を持ち、シロガネ山に行くことを決めた。

 

 最初はただ会ってポケモンバトルをしてみたいくらいの気持ちだった。

 

 そして私は、圧倒的なまでの差を見せつけられ、敗北した。

 信じられなかった。ショックを受けていたのかどうかも今となってはよく覚えていない。

 しかし、気づけばレッドさんに、また来ると言い、その場を後にした。

 こんな素晴らしいトレーナーがシロガネ山に閉じこもっているべきではないと考えたのだ。もっと世に出ていくべき存在だと確信した。

 しかし、レッドさんを連れ戻すためには、こちらのことを認めてもらえるように力を示し、今のポケモン界に希望を見出して貰うしかなかった。

 それから私は努力した。それまで以上にポケモンに時間を費やし、勉強に没頭した。

 これには、ワタルさんやグリーンさんをはじめとした様々なトレーナーの人が協力してくれた。

 皆も等しくレッドさんに戻ってきてほしいと思っているのだと強く伝わって来た。

 

 そしてようやくあのレッドさんをギリギリまで追い詰めることができた。ポケモン構成で弱点を突き、完璧な戦略まで用意してもなお、届かないのだからレッドさんがいかに絶対的な強さを持っているのかを改めて突きつけられたようだった。

 ……だが次こそはと、ようやく見えてきたゴールに胸のワクワクが止まらなかった。

 

 しかし、そんな私にハプニングが起こる。

 その日夜遅くなってしまったため、シロガネ山の頂上で泊まることになってしまった。

 レッドさんと二人きりというシチュエーションに終始心臓が早鐘のように体中に鳴り響いていた。緊張を隠そうといつも以上に喋ってしまった。

 ……変な子と思われてなければいいけれど。

 でもいい機会だと思い、いかに今ポケモン界が盛り上がり、皆が強くなるために努力し、昔よりレベルがどんどん上がっていることを伝えることができた。

 

 そして今日、レッドさんが何かを思うように溜息をつきながらカントーとジョウトを眺めていたのだ。試しに下山してみてもいいのではと聞くと首を縦に振ってくれた。

 これはつまり、ようやく私がレッドさんに認めてもらったということだろう。

 そして他のトレーナーも努力を続けているということを聞いて、戻ってみてもいいと思ってくれたのだろう。

 

 努力が実を結んだと思えた瞬間だった。

 ポケモンリーグを制覇したとき以上の嬉しさを感じていた。

 

 みんなも今のレッドさんを見れば、その圧倒的強さにきっと驚くだろう。

 

 それでもレッドさんはまだどこかで不安を感じているようだった。

 恐らく、また失望してしまうのではと懸念しているのかもしれない。

 でももう以前のポケモンリーグとは違う。

 皆が日々、努力を重ね、強くなり、レッドさんにリベンジできるその時を待っているのだ。

 そのことをやんわりと伝えると、レッドさんは再び足を動かしてくれた。

 

 ふふ、しばらくはお祭り騒ぎでしょうね。

 

 レッドさんが町に降り立った時のみんなの反応を想像し、心が躍った。

 

 そして落ち着いたその時には……。

 



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第二話

 サァァ……と暖かな風が吹き抜け草木がさわさわと音をたてる。

 雲の割れ目から差し込む優しい陽光が温かく俺を包み込んでくる。

 

 俺たちは数日かけてシロガネ山を下山し、麓にいた。

 久しぶりに見る地上の光景に柄にもなくテンションが上がってしまう。

 

 ……やはり暖かいというだけで素晴らしい。

 頂上は肌を刺すような寒さだったからな。後あられも降ってないし。

 

 「うーん、シロガネ山を抜け出すとほっとしますね! あそこにいると緊張感があるというか、ピリピリするんですよね~。」

 

 隣でコトネが伸びをしながらそんなことを呟いている。

 まあ、分からなくはない。シロガネ山内は獰猛な野生のポケモン達が蔓延っているからな。正式なポケモンバトルと違って、死角から不意を突かれ攻撃されるなんてことも珍しいことではない。

 

 かくいう俺も驚くほどの解放感に包まれていた。

 シロガネ山の環境に慣れていたと思っていたが、どうも無意識のうちにかなり気を張っていたらしい。

 その為なのか、解放された今、どっと疲れが出てきたような気がする。ちょっと熱っぽい気もする。

 

 コトネは自らのモンスターボールからカイリューを出し、その背に跨る。

 

 「では、早速目的地に向かいましょう!」

 

 目的地……つまりマサラタウンだろう。ようやく帰る時が来たのか。

 ということは今晩は久しぶりに布団で寝られるのだ。楽しみ過ぎる。

 

 そんなどうでもいいことを考えていると、コトネがまだこちらを見つめていることに気付く。こちらが見つめ返すと、コトネはもじもじと恥ずかしそうにするとこんなことを言ってきた。

 

 「……い、一緒に乗っていきます? な、なーんて……。」

 

 えっ、いいの!?

 

 コトネの提案に俺はキラキラとした顔を向ける。

 しつこいようだが俺はポケモンが好きだ。

 マサラタウンにいた頃もよくオーキド研究所に行き、色々なポケモン達と触れ合っていたほどだ。

 しかし、ドラゴンタイプのポケモンは存在自体が希少であり、これまでもほとんど出会う機会がなかった。

 そういう意味でもワタルとはもっと仲良くなって色々ドラゴンポケモンを見せて貰いたかったんだけどな……。

 まあ、なにはともあれコトネという一流のトレーナーに鍛え抜かれたカイリューともなれば興味を引かれないわけがなかった。

 

 「え!? あ、あの、え? ……ほ、本当に乗ります? 一緒に?」

 

 コトネは顔を赤くし、慌てながらそんなことを言ってくる。舌もうまく回っていない。なぜかは知らん。

 

 ……まさか冗談だったのか?

 

 上げて落とすとは。コトネ……純粋そうに見えて、とんだ悪魔だ。

 ガクリと落ち込んでいると、頭上からまたもコトネの慌てた声が聞こえてくる。

 

 「あ、あぁっ!? いえ、その嘘じゃありません! む、むしろお願いしますというか!」

 

 ……コトネ、やはり見た目通りいい子だ。では遠慮なく。

 

 俺は早速、カイリューによしよしと今から世話になる旨を伝えると、コトネの後ろに落ち着く形でその背に跨る。

 コトネは「あわわわ!?」と慌てふためいている気もするが、俺の関心はカイリューに奪われていた。

 

 ……おぉ、なんて逞しい背中なんだ。それに引き締まった筋肉。……素晴らしい。

 

 「……あ、あぁ。カ、カイリュー! すぐに飛びなさいっ! ダッシュよ!」

 

 ここで何を思ったのかコトネが慌てたようにそんな指示をするものだから、カイリューが急ぎ飛びだってしまう。

 急発進のあまり振り落とされそうになり、思わずコトネの細い腰に思い切りしがみついてしまう。

 

 危なっ!? ……死ぬかと思った。

 

 しかし、ここでさらなるトラブル発生。

 なぜかコトネが声にならない悲鳴を上げ、慌てまくってしまい、それをカイリューがもっと速く飛べという指示だと勘違いしたのか、さらに速度は上がっていく。

 俺は振り落とされないように必死でコトネの腰にしがみつくしかできなかった。

 

 

 

 シロガネ山から出ていきなりこれか……。

 

 それにやっぱり体がだるい気がするし……。

 

 

 

 俺は一抹の不安を感じながらも必死にコトネの腰にしがみ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「たった数日でよくここまで人が集まったものだね。」

 「……それだけ期待されているってことさ。」

 

 そう会話するワタルとグリーンの視線の先にはモニターがあった。

 そしてそこには、ポケモンスタジアムの観客席一面を埋め尽くす人の様子が映し出されていた。

 

 ここセキエイ高原にあるポケモンリーグはかつてない熱気に包まれていた。

 大人数を収容できるポケモンスタジアムは既に満員であり、皆何かを期待するようにその時を待っていた。

 

 ほんの数日前だった。

 ポケモンリーグから、世間を賑わしていた伝説のポケモントレーナーであるレッドがシロガネ山から帰還することが報道された。

 そしてポケモンリーグをあげてレッドを大々的に歓迎すること。

 さらに三年前、世間を熱くしたレッドとグリーンによる対決が再び実施されるとも。

 

 開催日は放送からたった数日後であり、あり得ないほどの急な日取りだった。

 しかし、これに世間は文句を言うどころか、ようやくこの日が来たかと大歓迎した。

 数万人を収容できるポケモンスタジアムのチケットはほんの数十分で完売。チケットにはプレミア価格が付き、元値の十倍以上の価値がつけられた。

 運よくチケットを手に入れられた者は急ぎポケモンリーグがあるセキエイ高原へ向かい、それ以外の人々もテレビの前にかじりついていた。

 レッドが現れるその時を見逃さないように。

 

 

 

 そしてついに、その時が来ようとしていた。

 

 

 

 「予定では、後一時間もすればレッドとコトネが到着するはずだ。」

 「……あぁ。」

 「……緊張しているのかい?」

 「ばーか、そんなわけないだろう? ……と言いたいところだが、さっきから緊張しっぱなしだ。肝心のポケモンバトルは明日だってのによ。」

 

 予定では、今日レッドの帰還を大々的に歓迎し、次の日にレッド対グリーンのポケモンバトルを行う予定だ。

 対決日をずらすのは、長旅をしてくるレッドに配慮されたものだ。

 

 「ははっ、意外だな。グリーンでも緊張するのか。」

 「……うるせぇ。レッドは特別なんだよ。」

 

 ……そう、レッドとの対決は特別なのだ。

 あの日、レッドがポケモンリーグを去った時から俺は変わった。

 

 「もっと強くなる」

 

 かつてレッドがこう呟いた言葉に俺は頭を殴りつけられたような感覚を覚えた。

 俺はチャンピオンになり、皆から褒め称えられ、完全に天狗になっていた。

 そしてレッドとの戦いで敗北し、確かに俺は悔しいと感じていた。

 しかしそれよりもやり切ったという達成感の方が大きく、現状に大きく満足してしまっていた。

 しかし俺の親友でもあり、ライバルのレッドはさらなる上しか見えていなかった。

 

 

 

 恥ずかしかった。

 

 

 

 それまでレッドのライバルとして対等と思っていた自分を殴りつけてやりたくなった。

 だがレッドのおかげで目が覚めた。

 

 俺は俺のやり方で強くなり、ポケモン界を変えていこうと決意した。

 

 レッドが去った後、もう一度ポケモンリーグのチャンピオンに戻るかという話も出たが辞退した。

 もう一度チャンピオンになるのは、レッドを倒したその時だけだと心に誓っていたからだ。

 

 しかし、ポケモン界に影響を与えるポジションにいた方が何かと融通が利くと思い、俺はジムリーダーになった。

 そして自らが高い壁となり、多くのトレーナー達が強くなっていくことに尽力した。

 

 勿論、トレーナーとして自らが強くなることにも努力を惜しまなかった。

 自身を追い込み、確実にレベルアップしているという自信があったが、ある事をきっかけにそれすらも甘かったのだと思い知らされた。

 

 ある日、俺に一つの依頼が来た。

 それはレッドがどこに行ったのか探してほしいというものだった。ポケモンリーグとしてもレッドの所在ははっきりと捉えておく必要があるとのことだった。

 しかしレッドの目撃情報を整理すると、どうもレッドはシロガネ山にいる可能性が高いと判断されたようだ。

 そしてそんな危険な場所に行ける者は限られているということで俺が抜擢されたらしい。

 

 早速俺は、シロガネ山に行き探索を続けた。

 そこにいるポケモン達は例外なくとても強かったのを今でも覚えている。

 

 そして、レッドはいた。

 

 レッドは強力なポケモン達に果敢に勝負を挑みまくっていた。

 自らを追い込んでいる、というレベルではなかった。

 数十匹の群れにも怯まずに突っ込み、ボロボロになり満身創痍になりつつもそれでも体が動く限り、ポケモン勝負を繰り返していた。

 そして、レッドのポケモン達も主の気持ちに応えるように力を振り絞り強力な野生のポケモン達を次々となぎ倒していた。

 下手をすれば命に関わるような危険と隣り合わせの状況でレッドは修行に明け暮れていたのだ。

 

 安全な環境下でぬくぬくと努力をし続けていた自分とは大違いであった。

 またも俺は、知らない間にレッドと差をつけられていたのだ。

 

 それから俺は、あの時見たレッドの姿をずっと頭の片隅において修行に打ち込んだ。

 レッドのように辺境の地へと行き、修行に暮れもした。

 ジムを留守にして怒られもしたが……。

 

 しかしそれもすべては、いつかレッドを見返せるようにする為。

 

 ……まぁ、それはコトネに先を越されちまったらしいが。今度は俺が力を見せる番だぜ。

 

 その時だった。

 

 「来たぞ! コトネのカイリューだ! ……しかし予定より随分早いな。急いで来たのだろうか?」

 

 ワタルのその声に俺はモニターに視線を移す。するとワタルの言った通り、カメラの一つにコトネのカイリューが映っていた。

 そしてそのコトネの後ろには見慣れたレッドの姿も。

 

 ……ザワ

 

 ライバルの姿を見た瞬間全身が逆立つような感覚に陥る。

 

 ……ようやく、この時が来たか。

 

 「……じゃあ、行ってくる。」

 

 俺はそう言うと、返事を待たずしてレッドの元へ向かった。

 

 

 

 俺がポケモンスタジアムに姿を現すと周囲からの大歓声が迎えてくれる。

 俺は適当に手を振ってそれに答える。

 そしてすぐに上空のある一点を見つめる。

 観客達も釣られるようにグリーンの視線の先を追いかける。

 その先にいるのは勿論、レッドだ。

 遠目だからよく見えないが、なぜかコトネが慌てているように見える。

 しかし、ようやく落ち着きを取り戻したのか、徐々に高度を下げこのポケモンスタジアムに降りてくる。

 

 そして、遂にレッドがこのポケモンスタジアムに降り立った。

 すぐ横にコトネも降り立つ。

 

 会場中が不気味なほど静まり返る。

 

 そしてなぜか少し顔を赤らめていたコトネが、コホンと短く咳払いし大きく息を吸う。

 

 

 

 「皆さん、お待たせしました! ……ご存知の通り、この方が最強のトレーナーであるレッドさんです!」

 

 

 

 その瞬間会場中が沸いた。

 大地が震えるような圧倒的な歓声。

 

 だがその大歓声の中心にいるレッドは全く動じない。

 帽子を深く被っている為、その表情は窺えないが、冷静にこの状況を受け入れているのであることは明白だった。

 十代の若者ながら、その貫禄はまさにトップトレーナーのそれであった。

 その事実がさらに観客を盛り上げていく。

 

 

 歓声が少し落ち着いたのを見計らい俺は、久しぶりに見るレッドに話しかける。

 

 「よう、レッド。久しぶりだな? こうしてここで向かい合うのも三年ぶりだ。早いもんだ、全く。」

 

 観客達も静かに俺たちの会話に耳を傾ける。

 

 だが、ここでレッドが予想外の行動に出る。

 その行動には会場中の人間が驚き、あちこちからどよめきが漏れ出る。

 それはこの俺も例外でなく、レッドの行動に目を見開いてしまう。

 

 

 

 レッドがモンスターボールを構えたのだ。 

  

 

 

 それが意味することはただ一つ。

 

 『俺とポケモンバトルをしろ』

 

 言葉はいらない。この三年間でどう変わったのか見せてみろ。

 

 そう言われているようだった。

 

 

 

 「……は、はは、レッド、相変わらずだな。その気持ちは分かるがお前も長旅で疲れているだろう? 今日はゆっくり休んで明日決着をつけようぜ?」

 

 俺がそう言うも、レッドの構えは変わらない。

 休息など必要ない、そう物語っていた。

 そんなレッドを見て、俺の中で何かが弾け、燃え上がる。

 

 「は、はは、ははは! そうだな、お前はレッドだ! 変な気遣いは不要だったな! ……よし、今すぐ勝負だ! いいよなぁっ、みんなぁ!!!」

 

 再び、いや、先ほどをも遥かに上回る大歓声が、同意を示してくる。

 

 

 

 ……行くぜ、レッド!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……だめだ、まじで体調が悪くなってきた。

 

 カイリューのあり得ないほどのスピードでの移動も数時間が経った。

 ゆっくりと飛んでくれと伝えたくても、あまりの風切り音でこちらの声は通らない。

 俺は相変わらず振り落とされないようにコトネにしがみついてたが、だんだんと意識が朦朧としてきた。

 

 そして俺はいつしかコトネにしがみついたまま気を失っていた。

 

 

 

 「……さん、レッドさん!」

 

 遠くの方から声が聞こるような感じがして、俺はうっすらと目を開ける。

 

 ……うぅ、頭は痛いし、なんだか肌寒い。

 

 脳内も靄がかかったようにぼんやりとしている。明らかに体が悲鳴を上げていた。

 

 「……あ、やっと起きてくれましたね、レッドさん。すみません、私混乱しちゃって。……あの、そろそろ離してもらえるとありがたいです……私の精神的にも。」

 

 何があったか知らないが、ようやく超高速での飛行は終わっていたようだ。コトネから手を離すと、俺は息を大きく吐く。 

 

 やっと振り落とされる恐怖からは解放されたが、体調がどう考えてもおかしい。早く寝たい……。

 

 そう考えながら、また半ば意識を失っていると、いつの間にかカイリューが地上に降り立ったのか、コトネに手を貸してもらいながら俺も地上に降り立った。

 

 ……早くベッドに。

 

 しかし、次の瞬間俺の脳内を揺さぶるような大音量が聞こえてくる。

 ここで初めて気づいたが、ここはポケモンスタジアムだ。しかもあり得ないほどの人で観客席が埋め尽くされている。

 

 

 

 ……なんだこれ?

 

 

 

 思考が停止した。ぼんやりとした脳みそでこの状況を理解しろという方が無理なことだった。

 しかも、これまた今気づいたが、ちょっと離れたところに久しぶりに見るグリーンがいた。

 ここで俺は一つの答えにたどり着く。

 

 ……まさか、俺を非難するため?

 

 そうに違いない。どうして今こうなったのか理解できないが、やはり世間は俺を許していなかったのだ。

 この状況も俺を非難し、袋叩きにするためだ。

 

 であれば、俺がすることはただ一つ。

 隙を見て逃げる。

 俺がしたことは許されることでないのは理解しているが、それでもこのまま大人しくボコボコにされるのも嫌だ。

 

 俺はいつでもリザードンで逃げられるようにモンスターボールを構える。

 

 その後、グリーンは何かを言ってきていた気がしたが、頭に入ってこなかった。

 すると最後に、グリーンは笑ってきた。

 

 今度は逃がさねえよと言われているようだった。

 

 そして、グリーンはポケモンを出してきた。

 逃げたければ力づくで逃げてみな、グリーンはそう言っているのだ。

 

 ……こうなると最早逃げても無駄だろう。というか最初から逃げるなんて不可能だったのだろう。他にもいっぱいトレーナーもいるだろうし。

 ……なら、最後まで抵抗してやる。

 こんなピンチ、シロガネ山で何度もくぐり抜けてきた。

 今回も乗り切ってみせる。

 

 俺は悲鳴を上げる体に鞭打ち、グリーンを迎え撃った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ポケモンスタジアムは異様なほどの熱量と緊迫感に包まれていた。

 

 目の前で繰り広げられているポケモンバトルに誰もが心を奪われていた。

 三年前とは何もかも次元が違っていた。

 

 ポケモンの身体能力、技の精度、威力どれもが、桁違いのものであった。

 

 そしてトレーナーの指示の一手にいくつもの戦略と思惑が重なり、相手を追い詰めていく。

 

 戦局は互角……かと思われたが、グリーンが僅かに押され始める。

 

 グリーンは、必死に打開策を求めるが、レッドの冷静な対応により、それらはすべて無効化されていく。

 苦し気な表情を浮かべるグリーンだが、その表情の中に垣間見える笑みが彼が今の戦いを心の底から楽しんでいることが伝わってくる。

 

 そして対するレッドも苦しそうな表情を浮かべ、尋常でない量の汗をかいている。レッドも必死なのだ。必死にグリーンに応えようとしている。

 

 ライバル同士が全力をぶつけ合うその姿に誰もが魅了され、瞬き一つすら勿体ないと言わんばかりに皆がその様子を見守る。

 

 

 

 そして、一時間以上にも及ぶ長い試合の末、決着はついた。

 

 

 

 「勝者……レッド!!」

 

 

 

 大歓声が、観客中から……いや、ここセキエイだけでなく、この試合を見ていた全国各地から歓声が巻きあがった。

 

 結局レッドは最後までリードを譲ることなく、それどころか相手をさらに追い込んでいき、丸々一体を温存した状態で勝利を収めた。

 レッドの圧倒的勝利であった。

 

 グリーンは、コトネ、ワタルにも匹敵する最強のトレーナーの一角であることは周知のことであった。

 レッドは、そのグリーンに一体温存という形で勝利を収めたのだ。

 レッドの強さが本物であることが証明された瞬間だった。

 

 レッド! レッド! レッド!

 

 スタジアム内には、レッドコールが響き、レッドの帰還を心から祝福した。

 

 

 

 しかし、次の瞬間、そのレッドの体がふらついたかと思うと

 

 

 

 ドサリ

 

 

 

 音を立てて倒れてしまった。

 

 

 

 会場中が凍り付いた。

 何が起きたのか理解不明であった。

 その中でもいち早く行動を起こしたコトネによってレッドはすぐさま施設内に運び込まれることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……おかしい。

 

 私はレッドさんとグリーンさんのポケモンバトルを見ていて違和感を覚えていた。

 

 レッドさんのポケモン達の動きがあまりに悪かったからだ。

 判断力、戦略、それらすべてに曇りがかかっていた。

 レッドさんのポケモン達もそれを感じているのか、動揺がひしひしと伝わってくる。

 何度も戦った私だから分かる。

 

 そして、レッドさんのあの表情。明らかにレッドさんに異常が発生している。

 しかし、今二人の間に入って試合を止めることは危険極まりない。結局、私はそこで祈りながら見ているしかなかった。

 

 試合後、何とか勝利を収めたレッドさんだったが、急に倒れてしまった。

 心臓が止まってしまうかと思った。

 すぐにレッドさんに駆け寄り、救護班の人たちに手伝ってもらいながらレッドさんは医療室に運び込まれた。

  

 そして待つこと十分ほど。すぐにジョーイさんが来て、ただの過労であったことが知らされた。

 どうもシロガネ山からの急激な環境の変化やらが原因でそうなったのではないかということだった。

 

 心の底から安堵した。

 もし、レッドさんが……と考えると胸が締め付けられるようだった。

 

 しかも今回、明らかにあの無理な飛行もレッドさんの体調を悪くするのに加担していた。

 私は心の底から反省し、今後は軽率な発言をしないと誓った。

 

 一方で驚いたのが、レッドさんは三十九度近い体温であり、意識も朦朧とした中でポケモンバトルを行っていたらしい。

 危険なので今後はやめてほしいが、そんな状態でもポケモンバトルに挑もうとするレッドさんの貪欲さには舌をまいた。

 

 

 

 そしてレッドさんの無事はすぐに報道で報じられた。

 

 このポケモンスタジアムにいた人たちも一斉に安堵の息をはき、「よかった」、「安心した」などという声が聞こえてくる。

 

 だが、次の瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

 ……待てよ、じゃあ万全の状態だったらどれだけ強いんだ?

 

 

 

 

 

 誰が呟いたのか分からない。

 

 しかし、その言葉は不思議と会場中の人間の耳に入った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……強い。

 

 私の対戦相手であるレッドという人のポケモンバトルがテレビでやっていると聞き、それを見ていた。

 

 これまで戦ってきたどんなトレーナーよりも強いのは明らかだった。

 対戦相手のグリーンという人もかなり手練れだが、レッドはそれを上回る強さを持っている。

 

 「勝者……レッド!」

 

 そして、決着はついた。私は慌てるようにテレビを消した。

 すぐに次の全国放送のテレビ番組の出演の仕事が控えているためだ。

 急ぎ、支度をする中で、先ほど見た試合を頭の中でじっくり解析し考えていた。

 

 

 

 そして結論は、あと一歩の実力があれば私と対等に戦えるだろうというものだった。

 

 

 

 確かに疑いようのない実力を持っていることは否定しないが、私には僅かに届かない。

 勿論、レッドはまだ残り一体を温存していたということもあり、確実ではないが、私はこの考えにある程度の自信があった。

 

 ……まあ、後数年も経てばもっと強くなるでしょうからその時に再戦でも申し込むとしましょう。

 

 

 

 

 

 その後、テレビの放送が始まり、番組が終盤に差し掛かったタイミングでこんな質問を受けた。

 

 「シロナさん、今世間を騒がせているエキシビションマッチの件についてですが、自信のほどはいかがでしょうか?」

 「……はい、ちょうどここに来る前、対戦相手のレッドさんの試合をテレビで拝見しました。……私は絶対に負けません。シンオウチャンピオンの名に懸けても絶対に勝ちます。」

 

 この私の言葉に、「おぉ」と周囲から感嘆の声が漏れ出る。

 

 「……流石ですね。あの放送を見ても尚、その自信を崩さないとは。」

 「えぇ、確かに彼はとても強いです。ですが、要所要所に付け入る隙はありました。私ならその隙を突き、彼から勝利をもぎ取れると確信しています。」

 

 「凄い自信だ……」、「流石、無敗伝説を持っているだけのことはある」、「あれを見てもそんなことが言えるとは」、「これでこそ我らがチャンピオンだ」

 

 周囲からは、偉人でも見るような視線を向けられ、少し違和感を覚えたが、すぐに番組は終了した。そして私は休む間もなく、次の仕事へと向かった。

 



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第三話

 ……はぁ、流石に疲れたわ。

 

 テレビ出演、ポケモン考古学の学会、ポケモンリーグ関係のイベントの参加等々。

 自宅には帰れず、ほとんど休む間もなく、あっという間に一週間が過ぎた。

 

 流石のシロナも疲れの表情を隠せず、重い足取りで自宅の玄関をくぐる。パンプスを適当に脱ぎ捨て、一人には広いリビングへと進んでいく。

 そして床や机の上に乱雑に積みあげられた考古学関係の書類が散らかっている室内の惨状を目の当たりにして軽く眩暈を感じてしまう。

 疲れている時にこれを見せられるのは心にくる。

 ちなみにこれは決して泥棒に入られてこうなったわけではない。整理整頓をまったくしてこなかった自分のせいである。

 

 片づけは……明日にしましょう。今日はもう何もやる気が起きないわ。

 

 黒のコートとパンツを脱ぎ捨て、ラフな部屋着に着替える。そのままソファに頭からダイブを決め込み、しばらくその体勢でこの一週間で疲れ切った自分の体を労う。

 

 ……久しぶりにお酒でも飲もうかしら。

 

 普段、酒を飲まないシロナだったが、この時は疲労がかなり蓄積していたこと、さらにこの一週間彼女にストレスを与えていたある事が酒を飲ませるという選択をさせた。

 

 

 

 

 

 少し前に何かのイベントで貰ったワインをグラスに注ぎ、くいっとそれを飲み干す。その後も何度かグラスにワインを注ぎ、それを飲み干していく。

 酒にあまり耐性のないシロナの全身にすぐにアルコールが回っていき、その小さく白い顔肌にほんのりとした赤みがさしていく。

 

 「……何よみんなして。そんなに私の実力が信じられないわけ?」

 

 彼女は、この一週間非常に不愉快な思いをしていた。

 別に仕事に不満があるわけではない。忙しいのは今になって始まったことではない。原因は別にある。

 

 それは二週間後に行われるエキシビションマッチについてである。

 

 「そりゃあレッドという人も強いわよ?」

 

 私が一週間ほど前の全国放送で放ったレッドという人に勝てるという発言が発端だった。

 

 なんと世間は動揺したのだ。

 

 「そんな自信満々に勝てると言って大丈夫なのか?」、「流石のシロナでも厳しいんじゃ……。」などと私の実力を疑うような発言が多く出たのだ。

 要は、世間は私ではレッドには敵わないのでは、と見ていたのだ。

 

 私は誰よりも努力をしてきたと胸を張って言えるし、チャンピオンになっても毎日トレーナーとして腕を磨かなかった日はない。この一週間も勿論例外ではない。

 だからこそ私はチャンピオンになれたし、今までも負けたことはない。

 それは世間も認めてくれているものだと思った。

 しかし、世間と私の間には、まだ溝があったようだ。

 その事実が少し悲しかったのだ。

 別に皆に認められたくて努力をしていたわけではないが、少しくらい私を信用してくれてもいいのではないかと。

 勿論私もレッドという人のことを舐めているわけではない。

 トレーナーとしての腕は認めているし、この一週間、なんとか時間を作っては対策だって進めてきた。何度も脳内でシミュレーションも繰り返した。

 

 しかし、そんな私に対して会う人皆が、「本当に大丈夫? 強がってない?」と心配してくるのだ。

 百歩譲って、ポケモンバトルのことをあまり知らない一般人であれば仕方ないのかもしれない。しかし、ベテラントレーナーにすら同じことを聞かれるのだ。

 

 そしてちょうど昨日のテレビ放送でも同じようなことを聞かれた。

 何度も同じことを聞かれてうんざりしていた私は言ってやった。

 

 

 

 「私なら絶対に勝てます。何度もシミュレーションも繰り返し、対策もほぼ完了しています。心配いただくことは何もありません。」

 

 

 

 その瞬間スタジオ内がシンと静まり返ったが、その直後

 

 「シロナさんがここまで言うとは……」、「本当に勝てるんじゃ?」、「無策でこんなこと言えるわけもないもんな」、「きっと何か秘策があるに違いない」、「もしかして今までは一度も本気を出していなかったとか?」「か、かっこいい……」

 

 と、スタジオ内は盛り上がりに盛り上がった。

 後から聞いたところ、世間でも同様の反応だったらしい。

 ここまで言ってようやく私を心配するような見方はされなくなった。

 しかし、盛り上がり方が異常なのだ。

 とてつもない偉業を成し遂げることを宣言したかのようなそんな盛り上がり方なのだ。

 

 ……別にそこまでのことじゃないでしょうに。

 そんなに私って実力がないと思われているのかしら?

  

 ……はぁ、だめね。こんなこと考えていても気が滅入るだけだわ。

 

 気分転換も兼ねて、久しぶりにテレビをつけることにする。

 しかし、その選択が間違っていたことをすぐに後悔した。

 

 「いやーしかし、シロナさんの自信満々の勝利宣言には私も鳥肌が立ちました。」

 「ええ、あんなことを言えるのは、シロナさんだけです。」

 

 すぐにテレビを消そうと、モニターにリモコンを向ける。

 

 「……しかし、レッドさんは高熱で意識が朦朧としている中、あれだけのバトルを繰り広げ、勝利を収めるのですから底知れぬ実力があることは間違いありませんね。」

 

 テレビを消そうとしていた手が止まる。

 

 ……え?

 ……今、なんて?

 聞き間違い?

 熱? 意識朦朧? 誰が? レッド?

 

 意識をテレビに集中させ、音量も上げる。

 

 「そうですね。情報によりますと、あの有名なシロガネ山で三年間命がけの修行をし、つい一週間前に下山。そのままカイリューの高速移動で移動してポケモンリーグ本部があるセキエイ高原に到着。しかし、無理な移動とシロガネ山からの急激な環境の変化により、高熱が出てしまった。しかし、その状況でもライバルであるグリーンさんに勝負を挑み、勝ち、意識を失ったという事ですからね。」

 「……本当に何度聞いても無茶苦茶なエピソードですね。」

 「しかし、そんなレッドさんにあれだけ自信満々に勝利宣言をしたシロナ選手はもっと凄いと言えますね。」

 「ええ、その通りです。本当にエキシビションマッチが楽しみです。」

 「既に世間ではその話題で盛り上がりに盛り上がっていますからね。」

 

 そっと、頬をつねってみる。

 

 ……痛い。

 

 鈍い痛みが頬に伝わり、これが夢でないことを証明してくる。

 酔いが一気に醒めていくのを感じる。

 

 ……ちょっと待って

 あれだけのバトルを高熱を出しながらしていたの??

 

 その後もテレビにかじりつき、情報を整理し、それが事実であることを確認していく。それに伴い、自分の顔から血の気が引いていくのを感じる。

 

 そして放送が終わり、天気予報へと続いていく。

 しかし、私はテレビの前で硬直し、動けないでいた。

 ちなみに酔いは完全に醒めていた。

 

 あれだけのパフォーマンスを高熱で出していたという事は、万全の状態であったのならばどれだけのものになるのか想像することもできない。

 しかし、私はそんなレッドに対し、絶対に勝てると宣言してしまっている。

 今となっては世間の反応にも納得である。

 そしてこれで負けたら大恥をかくのは目に見えている。

 

 ……もう嫌。

 

 心身ともに疲れ切っていたところにこれである。

 しっかりと確認をしてこなかった自分の愚かしさを呪い、ジワリと目尻に雫が浮かぶ。

 地獄の谷底に叩きつけられたような気分である。

 

 

 

 ……いえ、これは私が望んでいたことじゃない。

 私が全力を出して戦える相手の存在。

 それがようやく現れたのだ。

 

 

 

 常人なら心が折れてもおかしくないこの状況。

 しかし絶え間ない努力を積み重ねチャンピオンとなったシロナはギリギリで折れなかった。

 逆にその目に闘志の炎を煌めかせ、気持ちを昂らせていく。

 

 ……あと二週間。

 やれるだけのことはやってみせる。

 

 早速今からトレーニングの計画を考えるわ。

 やると決めたからには、すぐにやるというのが私のポリシーなのだから。

 

 しかし、勢いよく立ち上がったのはいいものの、体にはアルコールがまだ残っていたようで、意識に反して足がうまく動かず盛大に転んでしまう。 

 床に散らばっていた書類が舞い散る中、全身に襲い掛かってくるあまりの痛みにまたも心が折れかかってしまう。

 

 ……今日は早く寝て、休息をとりましょう。

 

 その晩、シロナはすぐに寝た。

 次の日からの地獄のような厳しい修行に備えて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レッド! レッド! レッド!

 

 見渡す限りの大勢の人が自分を冷ややかな目で見下ろし、非難の叫びをあげてくる。

 

 ……やめてくれ。

 悪気があったわけじゃないんだ。

 

 「嘘だな! お前は周りに迷惑がかかると分かっていながら勝手なことをしたんだ!」

 

 ライバルでもあり、親友であったグリーンもそんな俺に侮蔑を帯びた視線を突き刺してくる。

 そしていつの間にか現れたこれまで戦ってきたジムリーダー、四天王たち。

 皆、その目に光はなく、俺に怒りの感情を向けていることだけは感じることができた。

 そしてそれぞれがポケモンを繰り出してくる。

 勝手な行動をした俺を制裁するために。

 

 

 

 ……はっ!?

 

 

 

 意識が一気に覚醒する。

 見覚えのない無機質な天井が目に入ってくる。

 

 全身がびしょびしょになるほどの汗をかいており、荒い息をついていた。

 バクバクッと心臓が激しく鼓動する中、俺はゆっくりと辺りを見渡す。

 そこはどこかの病室のようだった。消毒の匂いが鼻腔を擽ってくる。

 俺はどうやらベッドで寝かされているらしい。

 

 横合いから「……くぅ」という何やら可愛らしい声が聞こえてきた。

 視線を向けるとそこには、コトネがいた。ベッドに突っ伏すようにして寝ていた。

 コトネを見て、そういえばシロガネ山から出てきたんだということを思いだす。

 

 ……そうだ! 

 いつの間にか大衆の前に連れられてきて、俺の勝手な行動を非難されたんだった。

 ……あれ? でもどうなったんだっけ?

 そういえばグリーンと戦ったような……。

 頭は回らないし、視界もぼやける中でさらに周りから非難コールが飛び交うという最悪の状態で戦っていた気がする。

 ……というかあの勝負ってどうなったんだっけ?

 流石に負けたんだろうか? グリーンも強くなってた気するし。

 何とか頭を捻って考えてみたが、それ以上は思い出せなかった。 

 

 そこで改めてコトネに視線を向ける。

 今回、あの場に連れて行ったのはコトネだ。それは間違いない。

 あのカイリューでの移動をそうそう忘れはしないだろう。しばらくはカイリューに近づけない。完全にトラウマコースだ。

 

 コトネのことは、ポケモンバトルを通してある程度理解できているつもりだ。

 コトネからは俺に対する不信感などは感じなかった。

 そのコトネが俺を騙すような形であんな場所に連れていくだろうか?

 自意識過剰かもしれないが、コトネはある程度の信頼を俺に向けてくれていると思っていた。俺自身も真っすぐなコトネには信頼を置いている。

 

 それに今気づいたが、コトネと反対側には見たことのないくらいの花やらフルーツやらの恐らくお見舞い品と思われるものが積みあがっていた。

 そのうちの一つにメッセージカードがついていたが、そこには「元気になってください、レッドさん!」などと書かれていた。とても非難されている者に送るものではない。

 さらに病室を改めて見回すと、そこがかなりの高級室であることが分かる。ベッドが一つしかないにも関わらず、部屋は広くトイレやシャワー室も完備されているようだ。観賞用の植物なんかが置いてあるくらいだ。

 あまりにも好待遇である。

 

 ……どうなっているんだ?

 

 「……うぅ~ん。あぁっ!? レッドさん目を覚ましたんですね!」

 

 コトネが目覚め直後とは思えない大声でそう言うと、うるうるとした瞳を向けてくる。

 

 「……本当に倒れたときは心配したんですからね。」

 

 その様子から、俺の身を心の底から心配してくれていたことが分かる。

 ……まあコトネのカイリューの高速飛行が原因だけど。

 

 「えへへ、でもあれだけの体調の中でも勝負を挑んじゃうんだからあのサプライズを喜んでくれたということですよね? でも今度からは嬉しくても体調にもしっかり気を付けてくださいよ?」

 

 んん? 勝負を挑んじゃう? サプライズ? 嬉しい?

 

 ……何のことだ?

 

 俺が何一つ理解できずにいるとコトネは「みんなも呼んできます!」とドタドタと部屋を出て行ってしまった。

 

 そしてすぐに色んな人たちが来た。

 ワタルやグリーンをはじめとした先ほどの夢でも出てきたジムリーダーや四天王の方々。他にも色々な人がいるが恐らく著名な方々だと思われる。

 

 「よう、レッド。ようやく目覚めたな。……改めておかえり。ずっと待ってたんだぜ、皆も含めてな。」

 

 グリーンのその言葉に他の人も笑顔を浮かべて「まったくだ」「そうですね」などと、グリーンに同意を示している。

 

「……まあ、体調不良のお前に負けちまったから信じてもらえないかもしれないけど、お前が去ったあの日から俺も必死に努力してきたんだぜ? 俺だけじゃない、皆強くなるために努力してきたんだ。まあ、コトネと戦ったお前なら分かってくれていると思うがな。とにかく、お前のおかげで今のポケモン界は大きく成長できた。俺だって、もっと強くなっていつかレッドに勝ってみせるからな!」

 

 グリーンはまっすぐな穢れのない瞳をこちらに向け、その熱い決意を示してくる。

 

 「あぁ、昨日のレッドとグリーンの勝負にはこちらも熱くなったよ。しかもレッドは体調不良でさらなる力を持っていると来たものだ。昨日の放送を見て全国のトレーナー達も大いに感化されたことだろう。」

 

 ワタルは拳を握りしめ、感動したぞと言わんばかりにキリッとした表情を浮かべこちらを見つめてくる。

 

 「そうそう、そんなレッドに朗報だ。残念ながら俺だと力不足だったらしいからな。とびっきりの対戦相手を用意しておいたぜ? 約三週間後、シンオウ最強と言われている無敗伝説の称号を持つシロナとの対戦だ。俺はレッドが勝てると思っているけどな。」

 「ああ、そうだな。俺もレッドが勝てると信じている。シロナに勝ってこれからのポケモン界を引っ張っていくのが誰かを世に示してほしい。あ、そうそう、レッドがチャンピオンになる手続きはこちらで済ましておこう。来月にはすぐにチャンピオンの座に就けるだろう。」

 

 その後も色んな人たちが俺に語り掛けてきた。

 俺のおかげで自分の甘さに気付けただの、俺のおかげでポケモンの素晴らしさ、可能性を知れた等々。

 

 皆、例外なく英雄を前にしているかのようにキラキラとした視線を向けてくる。

 そこに非難のひの字もなく、むしろ俺を歓迎しているようだ。

 

 

 

 

 

 ……何言ってんだこいつら?

 

 

 

 

 

 は?

 俺がポケモン界を引っ張る?

 チャンピオン?

 シロナさんとやらとの対戦?

 え? 何言っているのまじで?

 俺、世間からどう見られてるの?

 

 変な汗が出てくるのを感じる。

 ちょっと待て、どうしてこうなった?

 非難されるより酷い状況になっていることを直感的に感じ取る。

 俺は、ポケモンバトルをする気もないし、のんびりとした生活を送るつもりだ。

 しかし、そんなことを口にするのが許されないような空気が漂っている。

 

 状況が分からず、結局何も言えないまま時間は過ぎていき、「じゃあ、病み上がりにあまり長くいても迷惑だと思うから」とみんなは出て行ってしまった。

 コトネも「ちょっと用事があるので一旦外しますね」と出て行ってしまった。

 

 ポツンと広い部屋に取り残される俺。

 今俺はどんな表情をしているだろうか? きっと酷いものに違いない。

 

 ……誰か、誰か俺に状況を説明してくれ。

 

 その時だった。俺の祈りが通じたのか、一人の人が部屋に入って来た。

 「うわ……凄い部屋ね。」そんなつぶやきと共に現れたのは、女性だった。

 

 腰まで届く茶色がかった艶のある髪。そしてノースリーブの服装に身を包んでいる。

 

 ……ブルー?

 

 グリーンと同じ幼馴染の一人であるブルーだ。三年ぶりの為、成長しているが幼馴染の姿を見間違えるわけもない。

 ある事情から、俺やグリーンと違って世間にはほとんどその存在を知られていないが、少なくとも三年前までは俺やグリーンともタメを張れる実力を持っていたトレーナーである。

 

 「やっほー久しぶりね、レッド。面白そうなことになっているからこのブルー様がお見舞いにきてあげたわよ?」

 

 ズカズカとこちらに歩いてくるブルーは、ニマニマとした笑みを浮かべている。

 ちなみにブルーは腹黒い。鬼畜の性格の持ち主だ。

 見た目は可愛いから結構モテるのだが、その中身を知った男は皆去っていく、という光景を何度みたか……。

 

 「ふふふ、この美少女ブルー様が来て緊張しているの? まあいいわ、それよりレッドがこんなにアグレッシブに動くなんて意外だったわ。三年前に何があったのよ?」

 

 ブルーはそんなことを聞いてくる。

 ブルーは小さい頃から俺と一緒に過ごしてきたから、今の俺の状況に違和感があるのだろう。

 まあ、当の本人である俺は違和感どころか状況が分かっていないわけだが。

 というかグリーンもグリーンだ。

 一人で盛り上がっているようだが、あいつも幼馴染なら俺がポケモン界を引っ張るなんて言わない性格であることに気付けよ。

 

 だが、これはちょうどいいかもしれない。ブルーになら遠慮なく色々聞くことができる。この女に遠慮なんて言葉はいらないからな。

 

 

 

 

 

 その後、ブルーに俺の状況を色々説明し、逆にブルーからは俺が世間からどう認識されているかを聞いた。

 

 ……なんてこった。

 なぜ、そんな勘違いが生まれてしまったのか。

 俺は、ただシロガネ山で修行をしていただけなのに。

 

 ブルーからすべての真実を聞いた俺は、膝から崩れ落ち絶望した。

 直感通り、非難されるより酷い状況になっていた。

 

 「やっぱりねー、おかしいと思ったのよ。あんたのことだから、どうせ将来はオーキド博士の元で働いて静かに暮らしたいとか考えそうだもんね。」

 

 ……当たっているので何も言い返せない。

 

 だが、こうして俺の事情を知る者ができたのはでかい。それがブルーというのは不満が残るが。

 

 ちなみに今喋ったことを世間に公表するのはどうだろうか?

 俺はチャンピオンにもならず、一切ポケモン界をどうこうするつもりなんてないですと公表するのだ。

 

 「……あんた、そんなことしたら、それこそ暴動が起きるわよ?」

 

 ですよね。

 

 「ま、私は真実を知ってスッキリしたわ。後は頑張りなさい。一応応援しておいてあげるわ。」

 

 そう言うとブルーは、立ち上がり無情にも立ち去っていこうとしてしまう。

 本当にこいつは人情というものがないらしい。

 俺はブルーの腕をがっしりと掴み、逃がさないようにする。

 

 「……何よ? どういうつもり?」

 

 不満気な声でそう言い、振り返ってくる。

 

 ……こんなことをブルーにするのは不本意だが、事情を知って尚、味方になってくれそうな人がブルーしかいないのも事実。

 

 

 

 ……助けてください。

 土下座である。

 

 

 

 プライドなんてクソ食らえである。

 ブルーは能力はある。これは間違いない。味方にしておけば心強いのは間違いない。

 

 「えー嫌よ。面倒くさい。そもそもあんたが碌に説明せずにシロガネ山なんかに行くのが悪いんでしょ?」

 

 ……なんでもしますので。

 

 「ふーん、何でもねえ。まあ確かにあんた有名人だし、うまく利用すれば……。」

 

 ブルーは、そんなことを呟きながら顎に手を当て、何やら思考に耽っている。何を考えているのか怖いが、ここは祈って待つしかない。

 

 「……ま、いいわ。協力してあげる。報酬はそのうち決めるわ。とりあえず協力する間はご飯代と宿代は貰うからね、良いわね。どうせ、昨日のポケモンバトルの報酬金もたんまりもらえるんでしょ? あ、あと見苦しいから土下座はやめて?」

 

 俺にノーの選択肢はない。報酬に何を要求されるか怖いがここは首を縦に振っておく。後、土下座もやめる。

 

 「ふふ、契約成立ね。じゃあ確認だけど、あんたの要求は世間から後ろ指を指されることなく、静かに暮らすことができるようにする、よね?」

 

 その通りです。

 

 「……うーん、とりあえずは三週間後のシンオウチャンピオンとのバトルには勝つところからね。そこであっさり負けちゃうと世間から失望した目で見られるのは間違いないわ。そうなると世間から後ろ指を指されないという目標は達成できないからね。」

 

 そういうものなのか?

 あっさり負けて失望された方が、一時的には色々言われるかもしれないが、長期的に見れば忘れてくれそうな気もするが。

 

 「あんたねぇ、まだ自分の存在の大きさが分かっていないようね? 今あんたには熱狂的なファンが数百万人単位でいるのよ? そんなあんたが不甲斐ない戦いをしたら、その熱狂的なファンが何をしでかすか分からないわよ?」

 

 ……まじか。というか俺のファンとか趣味悪すぎるだろう。

 まあ、そういうことなら仕方ない。

 シロナという人のことを徹底的に研究し、対策を立てるとするか。

 

 「でも、問題が一つあるのよね。」

 

 ここでブルーはその表情に影を落とす。何か深刻な問題でもあるのだろうか?

 

 「シンオウチャンピオンのシロナという女性、かなり強いらしいのよ。先日のあんたとグリーンの戦いを見て、あんたが高熱の状態で戦っていたということを分かった上で、余裕の様子を見せながら絶対に勝てるって言ってるのよね。まあ、一部では強がっているだけなんじゃないかなんて声もあるけど油断はできないわ。」

 

 ……え、まじか?

 

 実は先ほどグリーン達が来ていた時に俺が昨日戦った時の映像を見せてくれたのだ。

 俺の判断力も戦略も酷いもので、まともに戦えていなかったが、それでも十分グリーン相手には戦えていたし、何とか勝利を収めていた。自分で言うのもなんだがチャンピオン級レベルを相手にも十分戦えるだけのものではあった。

 そんな俺が、高熱状態であったと知った上でも余裕で勝てると言っているという事は、かなりの強さを持っていることが予想される。というか普通に負けるかもしれん。

 

 

 

 ……本気にならないといけないな。安寧な暮らしの為に。

 

 

 

 「だから、あんたはまず三週間後の戦いに備えて十分に戦略を立て、修行をする必要があるわ。幸い昨日のバトルであんたは切り札のピカチュウを出していないし、色々戦略の立てようはあると思うわ。報酬をもらう以上、私も修行に付き合ってあげるわ。グリーンなんかよりは強いからね、私。頼りにしてもらっていいわよ。」

 

 おぉ、予想以上に心強いぞブルー。

 報酬に何を要求されるか怖いが、今は頼っていこう。他に頼れる人もいないしな。

 

 「まあ、積もる話は食事でもしながらにしましょうか。もう外を歩いても大丈夫なんでしょ? ちょうどさっき美味しそうなステーキ屋さんを見つけたのよねー。高そうだったから迷ってたけど、もうお金で迷う必要がなくなったからね。」

 

 ブルーは無邪気な笑顔を浮かべ、鼻歌交じりにそんなことを言ってくる。

 

 ……うん、まあ頼るのは程々にした方がいいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いけない、予想以上に時間がかかってしまった。

 私は病院内の為、早歩きでレッドさんの元へと向かっていた。

 早くレッドさんと会って色々話をしたかった。

 

 そしてようやく部屋に到着した時だった。

 中から話声が聞こえてきたのだ。なんとそれは女性のものである。

 

 こっそりと中を覗き込んでみると、なんとあのレッドさんと一人の綺麗な女性が楽しそうに話しているではないか。

 

 ……レッドさん、私といるときはほとんど無口だったのに。

 

 心にドロドロとした感情が湧き上がってくるが、当の本人はそのことに気付かない。

 

 「積もる話は食事でもしながらにしましょうか。もう外を歩いても大丈夫なんでしょ?」

 

 そんなセリフが聞こえてきて、私は慌ててその場を後にした。

 




沢山の感想・お気に入り・評価ありがとうございます。
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第四話

 「……う~ん、美味しい!!」

 

 頬に手を当て、恍惚の表情を浮かべるブルー。

 その手元にはジューとなんとも魅惑的な音を奏でるステーキがあった。

 「やっぱり私の見立てに狂いはなかったわ」とパクパクとステーキを口に運んでいく。

 

 ……肉。

 

 目の前の鉄板皿の上に置かれたその姿を改めて瞳に映す。

 分厚いその塊から溢れ出る肉汁が俺の食欲をこれでもかと刺激してくる。

 口内には既に唾液が立ち込めており、早くそれを食せと全身が訴えかけてくる。

 

 ……あぁ、シロガネ山以来の久しぶりのまともな食事だ。

 あっちだと食べられない日なんかもざらにあったしな。

 

 ……いざ、頂きます!

 

 「何よレッド、食べないの? じゃあ私もらうわね。」

 

 俺が突き刺したフォークとナイフは肉を空振り、机に刺さってしまう。

 バッと視線を前に向けると、自分の皿を空にしたブルーが俺が食べるはずだったステーキをバクバクと食べていた。

 

 ……あれ? 

 なんか視界がぐにゃりって歪んできたんだが……。

 

 「は~、やっぱり美味しいわね……って、何泣いてるのよ?」

 

 不思議そうな表情を浮かべ、何の悪びれもなく淡々とそう聞いてくるブルー。 

 

 ……まじで一回しばいてやろうか。

 

 恨みを込めた睨みをきかせるがブルー本人はどこ吹く風状態である。本当にいい性格をしている。

 

 ……うぅ、俺の肉が。

 新しく注文しなおしても次に来るまで十五分はかかる。それまでお預けである。この肉の香りで満たされたこの空間でだ。

 つまり地獄である。

 

 突きつけられた現実に項垂れていると急に俺の口の中に無理やり何かが押し込まれる。

 熱々に熱されたそれはとても柔らかく溶けるように口内いっぱいに濃厚な味わいを伝えていく。

 

 ……う、うまい。なんだこの反則的な美味しさは。

  

 「あはは、本当にあんたって三年前と何も変わらないわね。肉を取られた時のあんたの顔と来たら、ふふ。相変わらず虐めがいがあるわ~。」

 

 咀嚼しながら視線を上げるとそこには可笑しそうに笑っているブルーが目に入る。その手にはフォークが握られている。恐らく俺の口にそれでステーキを押し込めたのだろう。

 

 ……やっぱりわざとやってやがったのか。

 ブルーこそ何も変わっちゃいない。

 昔からブルーは俺とグリーンのことをおもちゃか何かと思っている節があったからな。

 ブルーの破天荒には俺とグリーンがどれほど苦労したことか……。

 

 「はいはい、そんな恨めしそうに見てこない。はい、あーん。この私にあーんしてもらえるなんてレッドもラッキーよね。これはチャラどころかお釣りがきたってもんよね?」

 

 ブルーはニコニコしながら大真面目にそんなことを言ってフォークに刺したステーキの切れ端をこちらに差し出してくる。

 こいつはどれだけ自分に自信があるんだよ……。

 言いたいことは多くあるが、肉の誘惑には逆らえるわけもなく、甘んじてそれを受け入れる。

 

 ……うん、やはりうまい。

 

 その後、俺たちはおかわりも頼み、満足いくまで食事を楽しんだ。

 

 

 

 

 

 「……さて、それじゃあそろそろこれからのことを話し合いましょうか?」

 

 先ほどまでの雰囲気とは一変、真面目な顔つきとなったブルーがそう切り出してくる。

 このようにブルーは報酬が絡むと超真面目に働く。

 その代わり報酬を払わなかったら殺されるけど……。

 

 「正直私もシンオウチャンピオンのシロナの実力は分からないわ。だからまずは相手の実力を知る為にも、今日はシロナのこれまでの公式戦の戦いの過去動画を見まくるわよ。それにレッドも昨日の今日だしいきなり激しい修行はできないでしょ?」

 

 ……その意見には賛成だが、そんな簡単に他の地方のポケモンバトルの動画データを集められるものなのだろうか?

 

 「そんなのポケモンリーグにいくらでもあるに決まっているでしょう。というか既にポケモンリーグ関係者に連絡してダッシュでデータを送るように命令しておいたわ。」

 

 ……命令て。なぜ権力もないはずのブルーがそんなことできるんだよ。

 

 「えー、そりゃあポケモンリーグ内には私のどれ……駒が何十人もいるからね。結構便利よ?」

 

 こいつ今奴隷って言いかけたよな。後、なぜ駒という表現ならセーフと思ったのか。

 まあ今に限って言えばありがたい話なのであえてスルーする。

 ……しかし何をどうすれば駒が出来上がるのだろうか。

 

 「そして明日からが本格的に修行開始よ。午前中はシロナの過去のバトル動画を見て戦略を考える。そして午後からひたすら色々なトレーナーと戦ってもらうわ。候補としてはそうね、まずグリーンを除くジムリーダーと四天王ね。ちょっと物足りないと思うけど、程よく動くサンドバッグくらいにはなるでしょう? その中でシロナ戦を想定した色々なシミュレーションをするといいわ。」

 

 ……酷い言いようだな。サンドバッグて。

 まあ、そうなるんだろうけど……。

 

 「そして仕上げにグリーン、ワタル、コトネ、そして私と戦ってもらうわ。これをひたすら三週間続ける。とりあえずこれで行こうと思うわ。後でグリーンにこの旨を伝えておくわ。後は向こうで勝手に色々準備してくれるでしょ。」

 

 なるほど、まあ確かにそのプランでいけば、シロナの対策もできるし、俺のポケモン達のレベルアップにも繋がるだろう。悪くない。

 しかしみんな忙しいだろうし俺の修行に付き合ってくれるだろうか?

 

 「当たり前でしょ? むしろ誰が戦うかで喧嘩になるわよ。それに私がいるんだから相手がいないなんてことにはならないわよ。」

 

 ……そういうものだろうか? まあブルーがそう言うのならそうなのだろう。

 でも動画はどこで見るんだ? 俺の病室か? でもあの病室って俺の体調がよくなった後でも使っていいのだろうか? すごい高級室だし。流石に図々しいよな?

 

 「嫌よ。病室ってなんだかソワソワするのよね、謎の緊張感があるというか。それにポケモンリーグの監視下っていうのも落ち着かないから却下よ。」

 

 その気持ちは分かるが他に候補でもあるのか?

 

 「私が泊ってるホテルにしましょう。ちょうど大きめのテレビとソファもあるし、そこで見ればいいわ。ルームサービスで食事も運んでくれるし環境としては悪くないわ。」

 

 

 

 ホテル……だって? ブルーの泊っている?

 

 

 

 なるほどな。その手があったか。頭いいなブルー。

 というわけで大枠の方針が決まった俺たちは店を出て早速ブルーの泊っているホテルへと向かっていった。

 

 

 

 俺は背後に突き刺さる視線には結局最後まで気付かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 モニターの中には、華麗に黒いコートをはためかせ、ポケモンに指示を出すシロナの姿が映っていた。

 その姿は、まさに戦場に咲いた花であった。

 シロナのポケモンの流れるような一挙一動に相手のポケモンが翻弄され、為すすべなく倒れていく。

 

 今見ているのは、一週間ほど前に行われたチャンピオン防衛戦の時の動画である。

 シロナのガブリアスが相手のエンペルトのれいとうビームを躱し、カウンターのじしんを叩き込む。まともに食らったエンペルトはそのまま地に沈む。

 試合はそこで決着となった。

 

 見事防衛を果たしたシロナは、笑顔を浮かべ周りの観客に手を振っている。

 その表情にはまだまだ余裕があり、本気を出していなかったことは明白である。

 実際にシロナの手持ちのポケモンはまだ半分以上が残っていた。

 しかし相手が弱かったわけではない。シロナが強すぎたのだ。

 

 チャレンジャーの白いニット帽を被った紺色の長髪の少女も、そのあまりの実力差に呆然としている。

 

 「ふーん、これがシロナ……ね。確かに強いわね。まだまだ余力を残しているようだし。底が見えないわね。」

 

 ……確かにこれまで見てきた中では最もポケモンの強さが完成されている。

 仮にシロナがコトネのように俺のポケモン構成を把握し対策をすれば俺が勝つ可能性はゼロだろう。

 勿論、こっちが何も対策をしなければの話だが。

 

 ……けど、正直勝てない相手じゃないと思うんだよな。

 ぶっちゃけ俺のポケモンの方が成長レベルとしては上だろうと見ている。俺だって伊達にシロガネ山で三年間籠っていたわけではない。

 まあ画面越しに見ただけなので100%確実かと言われれば困るが。

 それをそのまま正直に隣に座っているブルーに伝えると、ブルーは呆れたようにこちらを見つめてくる。

 

 「あのねぇ……それは今日見た動画を見ての感想でしょ? シロナがグリーンやコトネ、ワタルよりも強いのは明らかでしょ? そんなシロナがあんたに絶対に勝てるって言っているのよ? 実力を隠しているに決まっているじゃない。最悪、今見ているポケモン達が全て二軍だなんて可能性も視野に入れておいた方がいいかもね。」

 

 ……二軍、か。そりゃ負けるわ俺、多分だけど。

 確かに楽観的になるのはまずいな。むしろ今見ているのが二軍であると想定して修行するくらいが丁度いいかもしれない。

 

 その後も俺とブルーはシロナの過去のポケモンバトルを見続けた。

 しかし、時計の短針が10を過ぎる頃になってブルーが「う~ん」と伸びをして、時刻を確認すると

 

 「もうこんな時間ね。私はシャワーに入って寝るわ。レッドはどうする? 帰るのが面倒だったら別に泊っていってもいいけど。ソファ広いし別に寝れるでしょ。毛布もあるし、少なくともシロガネ山よりは環境いいでしょ?」

 

 失礼な。ブルーはカビゴンベッド&ピカチュウ抱き枕のすばらしさを知らないらしい。シロガネ山の頂上とはいえ、カビゴンの腹の上で寝るのは柔らかいし温かいのだ。そしてピカチュウの安心感のある温かみを感じることの素晴らしさよ。

 ……まあ、カビゴンが寝返り打った瞬間、俺の人生が終わるので恐怖で全然寝れないんだが。付け加えると、寝ぼけたピカチュウから電撃を食らうこともしばしば。だが、素のままで寝ると凍死するので、恐怖と戦いながらもそれを実行する必要があったのだ。

 ちなみにリザードンにくるまって寝るという方法もあったが、あれは逆に暑すぎるし、一回リザードンの尻尾の炎で髪の毛が燃えかかってからは二度としないと誓った。

 ……結論、強がりました。

 はい、おっしゃる通り、ソファの上でもシロガネ山よりは環境いいですよ。

 

 ここはお言葉に甘えてここで寝させてもらおう。帰るの面倒だし。

 

 「ん、分かった。じゃあ私シャワー浴びてくるわ。」

 

 俺はそのままルームサービスで頼んだ夕食を口に運びながら、シロナの対戦動画を見続け、頭の中でどう対策をするかをずっと考え続けた。

 そしてその後、シャワーから上がったブルーと入れ替わるようにシャワーに入り、その日は寝た。

 

 久しぶりに満腹状態で、敵に怯えず、適温の中でカビゴンに潰される恐怖もなく、ぐっすり眠ることができた。やはりベッド……ではなくソファだが最高。

 なんだかんだブルーという理解者の存在も大きかったのかもしれない。睡眠時にここまで安心できたのは本当に久しぶりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日。

 俺たちは朝早く起きて予定通り、シロナの対戦動画を見て、有効な戦略をブルーと二人で話し合いながら考えた。

 しかし、俺とブルーの間に意見の齟齬が生まれ、うまくかみ合わなかった。

 どうもブルーは俺の実力を実際より下に見ているらしい。まあブルーも俺がこの三年間でどれだけ強くなったのか知るわけもないし仕方ないのかもしれないが。

 しかしブルーはブルーで自分の意見を絶対に曲げないので、一度ポケモンバトルをして俺の実力を確かめるということになった。

 

 というわけで俺たちは今、近くの小型のスタジアムに来ていた。

 

 「じゃあ時間もあまりないし三対三のバトルでいいわね? 当たり前だけど、レッドの実力を知りたいから全力で来るように。私も全力であんたを倒すつもりで行くわ。この三年間でどれだけ強くなったか見せて貰うわよ。」

 

 そう言い、モンスターボールを構え自信満々の表情を浮かべてくるブルー。

 

 ……久しぶりだな、ブルーとの勝負も。

 

 ちなみに三年前までの俺とブルーは完全に互角だった。これまでのブルーの口調から向こうもそれなりに修行をしていたのだろう。

 どこまで実力を上げたかは知らないが、俺に近い実力を持っていると見ていいだろう。

 

 

 

 ……うず

 

 

 

 なんと俺は今、戦いたいと思っていた。

 シロガネ山でのコトネとの戦いで満足していたと思っていたのにだ。

 自分でもびっくりだ。

 

 その理由は、今の俺の体調にあった。 

 凄い体が軽いのだ。頭も澄んでいるし自分が自分じゃないみたいだ。久しぶりにぐっすり眠れたからだろうか?

 こんなことを言うのもなんだが、今の俺は誰にも負ける気がしない。

 加えてポケモン達も先ほど久しぶりにポケモンセンターでちゃんとした設備の元で体調チェックをしてもらったし、みんな調子が良さそうだ。これまでは俺のお粗末な治療だけだったからな。

 

 ……今の俺がどこまで戦えるか見てみたい。

 ここは遠慮なく全力でいかせてもらうぞ、ブルー。

 

 俺はモンスターボールを投げる。それに応えるようにブルーも勢いよくモンスターボールを投げてくる。

 

 

 

 

 

 ……凄い、こんなことが。

 

 ブルーもかなり腕を上げていることが分かる。グリーンより強いと言っていたことを裏付ける強さだ。なんなら純粋なポケモンの実力だけならコトネともタメを張るかもしれない。

 だが、今の俺には相手のポケモンの動き、技の軌道、範囲、ブルーの思考、思惑、そのすべてが手に取るように分かる。

 相手の次に取ってくる行動の全パターンを把握し、その全てに対し、最善手でもって返すことができる。

 この勝負の全てを自分の手でコントロールすることができていた。

 

 決着はあっという間だった。十分も経っていなかったと思う。

 結局、ブルーの三体のポケモンは俺のピカチュウ一体の前に為すすべなく敗北していった。

 

 「……え……な、なにが……おき……。」

 

 あれほど自信に満ち溢れていたブルーの表情は驚愕に包まれており、目の前で起こったことが信じられないといった様子だ。ブルーは腰が抜けたのか、ぺたりとその場に女の子座りの態勢で崩れ落ちてしまっていた。

 しかもあの勝気なブルーの瞳がうるうると潤んでいる。

 

 ……流石にやりすぎたか。

 

 ブルーとの実力差はすぐに分かったが、ブルーも全力で来いって言ってたし、何よりブルーだしいいやと思って、そのまま手加減なしの全力で戦ってしまった。

 それにしてもこんな姿のブルー初めて見たな……。

 まあここまで一方的なバトルになったのも初めてだったし、ショックを受けても仕方ないか。

 

 どうしたものかと思い、とりあえずブルーに近づき、手を差し伸べる。それを見たブルーは、はっとした表情になり、慌てて立ち上がり「……ちょっと待ってて。」そう言い残し、手洗い場まで小走りで駆けていった。

 

 

 

 ブルーの言った通り、ベンチに座って待っていると、十五分ほどしてからブルーが戻って来た。

 顔でも洗ったのか、瞳から潤みは無くなっていた。

 ブルーは無言のまま俺の隣に腰掛けてくる。心なしか距離が少し近い気がする。

 

 そこからしばらくお互い無言の状態が続く。

 

 ……気まずいな。

 

 こちらから声を掛けるのもどうかと思うし。そもそも俺、元から無口だし。

 

 「……レッド、あんた本当に強くなったのね。」

 

 するとここでブルーが俯きながらもボソボソと喋りかけてくる。

 

 「……私も結構鍛えていたから自信あったのに。もーなんなのって感じ。いつの間にここまで実力差が開いたんだか。」

 

 ……まあ、さっきの俺は自分が自分じゃないみたいに絶好調だったからな。それ抜きでも勝ったとは思うけど。

 

 「……ま、でもいいわ。おかげであんたへの報酬が決まったわ。」

 

 その言葉にブルーの方へ視線を向けると、そこにはいつもの勝気な表情を浮かべたブルーがいた。だが、その顔には僅かだが赤みが差しているように見える。

 

 「……ふふふ、気になる? 報酬の内容?」

 

 ……気になるけど聞きたくない。負けた腹いせに一生奴隷とか言わないだろうな。

 

 ブルーがこちらに顔をぐいっと近づけてくる。もう少しで鼻息がかかるほどの距離だ。

 

 ……なんだなんだ、何を要求されるんだ俺は!?

 

 「いいわよ、言ってあげる。あんたは私の……」

 

 

 

 「レッドさん!!!」

 

 

 

 うわっ!? びっくりした!?

 

 急な大声に心臓が跳ね上がる。

 慌てて声のした方向に顔を向けると、そこにはコトネがいた。

 

 ……なんでコトネがここに? コトネとの修行は午後からのはずだが。

 

 コトネは息を荒らげ何やらご立腹の様子。そしてなぜか目の下に隈があり、若干頬がこけている様子だ。寝てないのだろうか?

 そのコトネはズンズンとこちらに歩み寄ってくると、俺のすぐ目の前まで詰め寄って来て、ジロリと俺を見下してくる。その瞳には光が宿っていない。

 

 ……え、俺カツアゲでもされるの? 確かに昨日一杯お金貰ったけども。

 

 「この女の人は誰なんですか?」

 

 コトネの指さす方にはブルーが。

 そう言えば昨日コトネには事情を説明せずに出て行ってしまったことを思いだす。コトネにブルーは幼馴染であり、シロナ戦に向けて色々協力してもらっていることを伝える。

 

 「そんなことはどうでもいいんです! ステーキをあーんしてたし、しかも、この人と、ホ、ホホホ、ホテルに行ってましたよね!!」

 

 どうでもいいのかよ!? ステーキをあーんとかホテルに行ったことの方がどうでもよくないか?

 ……ていうかずっと見てたのかよコトネ。

 

 「それにそもそも! シロナ戦の対策ならこの人でなく、私の方が相応しいです!!」

 

 

 

 「……は?」

 

 

 

 地獄の底から響くような禍々しい声が横合いから聞こえてくる。

 そろーと顔を向けると、そこには額に血管を浮かばせ、誰が見ても怒っていると分かるブルーがいた。

 

 「……なに、あんた? 急に出てきてピーピーうるさいわね。ていうかあんたコトネよね? あんたはテレビにでも出てその辺のキモイ豚野郎共に笑顔を振りまいて、ブヒブヒ言わせとけばいいのよ。こんなところでヒステリー起こされても鬱陶しいからとっととどっかに行ってくれない? 目障りよ。」

 

 わーお、凄い毒舌。

 

 「……はぁ? あなたこそ何なんですか? 幼馴染だか知らないですけど、急に出てきて図々しいですよ? さっきの試合も見させてもらいましたけど、とてもレッドさんの修行相手が務まるようには見えませんでしたよ?」

 

 ……やめろ、コトネ。ブルーを煽るな。血管がはち切れる寸前だ。

 けど、この一触即発の状態で俺はただ無言で立ち尽くすことしかできない。根拠はないが喋ったら死ぬ気がする。

 

 「……へー、言うじゃない。だったら見せて貰おうじゃない。あんたの実力を。……レッド、げんきのかたまり三つ。」

 

 はい、どうぞ。

 速攻でげんきのかたまりをブルーに渡す俺。

 

 「……そうですね、どっちが上かポケモンバトルで白黒つけましょう。」

 




沢山の感想ありがとうございます。楽しく読ませてもらっています。
また誤字報告いただいた方ありがとうございます。非常に助かってます。

※本作は、アニポケの「躱せ!」があります。れいとうビームだって避けれます。


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第五話

 急遽始まったブルーとコトネのポケモンバトル。

 二人の戦いは凄まじく、互いが一歩も譲らない展開へとなっていた。

 

 「カイリュー! りゅうせいぐんよっ!」

 「ボーマンダ! こっちもりゅうせいぐんで迎え撃ちなさいっ!」

 

 コトネとブルーの指示に伴い、二体のドラゴンの咆哮が辺り一帯に大気を震わせながら響き渡っていく。

 間もなくしてカイリューとボーマンダの叫びに応え、天空から隕石が落ちてくる。それは互いの敵目掛けまっすぐに向かっていき、そして隕石同士が衝突する。膨大なエネルギーの衝突により、轟音と共に衝撃波がまき散らされていく。大気に含まれる水分が蒸発し、大地が捲れあがり、一帯が土煙に包まれる。

 

 「……ボーマンダ! 吹き飛ばしなさい!」

 

 視界が塞がれている中、そう指示を飛ばすブルー。ボーマンダは自らの翼を力強く羽ばたかせ、土煙を吹き飛ばしていく。

 しかし、晴れ上がった先には、ドラゴン特有の力強さと神秘さを兼ね備え、見るものを魅了する舞を踊るカイリューがいた。

 

 ……!?

 

 カイリューが何をしているのか瞬時に悟り、ブルーの表情が焦りに包まれる。

 対するコトネは、冷静に戦局を見据えブルーに思考の余地を与える前にカイリューに指示を出す。

 

 「カイリュー、げきりんよ!」

 

 りゅうのまいにより力と速さを得たカイリューの攻撃をボーマンダは避けることはできない。怒りを爆発させたカイリューの攻撃が次々とボーマンダに叩き込まれていき、そのままダウンまで追い込まれてしまう。

 ブルーは苦い表情を浮かべ、ボーマンダをモンスターボールに戻し、新たなポケモン、ゲンガーを繰り出す。

 しかし、カイリューの勢いは止まらない。

 ゲンガーは為すすべなくカイリューのげきりんによって、あっという間に戦闘不能に追い込まれてしまう。

 ここでカイリューは疲れ切ってしまい混乱してしまうがそれを差し引いても余りある戦果を既に残している。

 現在、コトネとブルーの手持ち差は二体でコトネが優勢だ。

 流石はコトネといったところだ。ポケモンの育成レベルはブルーもコトネも同等のようだが、戦術や判断力はコトネが一枚上手だ。

 このままコトネがリードを広げていき、勝利をその手に収めるだろう。

 

 

 

 ……相手がブルーじゃなければ、だが。

 

 

 

 「……ふふ、この勝負絶対に勝ってみせます。」

 

 コトネは警戒態勢を続けつつも、多少の余裕が出てきたのか、その表情に笑みを浮かばせている。

 

 「……ふ~ん、カントー、ジョウト最強のトレーナーなんて聞いてたからどんなものかと思ってたけど、案外大したことないのね?」

 

 一方のブルーは、不利な局面に立たされていることを感じさせない様子でコトネの方を白けたように見つめると、そんな言葉を投げつける。

 

 「……なっ!? 負けているのはそっちです! 強がらないでください!」

 「……ふん、私が今まで本気を出していたと思う? おめでたい子ね。よくそんなのでカントーとジョウト最強になれたものよね?」

 「な、なにが言いたいんですか!?」

 

 ブルーの言葉を真正面に受け、顔を真っ赤にして激昂するコトネ。そんなコトネをあざ笑うかのように、涼し気な表情を浮かべるブルー。

 

「これから見せてあげるわ。……いきなさいキノガッサ! キノコのほうしよ!」

 

 ……うわ、でたっ。

 

 ブルーのモンスターボールから出てきたキノガッサを見て、全身に鳥肌が立つ。全方位に死角なく振りまいてくるキノガッサのキノコのほうしの恐怖はいまだに俺の体に染みついている。

 対策をしていないとほぼ確実に眠らされてしまい、気合パンチやマッハパンチやらでボコボコにされるのだ。昔、ブルーにこの作戦をやられた俺はブチギレたものだ。

 コトネほどの実力があれば初見であってもある程度は対処できるはずだが、先ほどのブルーの煽りで頭に血が上ってしまっている。その状態ではとても対処できないだろう。

 コトネのまっすぐな性格に腹黒いブルーの性格が見事に突き刺さった結果となってしまっていた。

 

 「キノガッサ! ストーンエッジよ!」

 

 とうとう猛威を振るったカイリューが落とされてしまう。

 その後の戦いはとても見られたものではなかった。

 出しては、眠らされ倒されていくコトネのポケモン達。

 そんな戦法にコトネはかつての俺のように怒りを露わにする。しかし、それが罠。冷静さを失えばそれだけ動きが単調になり、ブルーに動きが読まれることに繋がってしまう。

 ようやくキノガッサを倒せた頃には既に絶望的なまでの戦力差が出来上がってしまっていた。

 それでもコトネは諦めることなく執念の粘りを見せ、最後の一体同士までもつれ込ませる。

 だがコトネの最後のポケモン、メガニウムは既に満身創痍であり、一方のブルーのカメックスはまだまだ万全の体調である。タイプの相性ではメガニウムに分があるとはいえ、あまりに体力差がありすぎる。

 結局、奇跡の大逆転が起こるわけもなく、順当にカメックスが勝利を収める結果となった。

 

 コトネは倒れてしまったメガニウムにふらふらと歩み寄り、ポタポタと大粒の涙を流しながら、ガクリとその場に崩れ落ちてしまう。

 

 ……可哀想に。その悔しさ本当に分かるぞ。

 だが、ブルーのキノガッサと対面してあそこまで追い込んだコトネは純粋に凄いと思う。しかも見る限り寝不足そうだし。

 

 「……これでどっちが上かはっきりしたわね? ねえ、コトネ?」

 

 そしてそんなコトネに容赦なく冷ややかな言葉を差すブルー。

 コトネは涙を流しながらもキッと鋭い表情をブルーに向けるが、ポケモンバトルで負けた以上言い訳をするつもりはないのか悔しそうに睨みつけるだけだ。

 そんなコトネの様子にブルーは満足したのか、くるっとこちらを振りむくとこちらに歩いてくる。

 

 「……ほら、行くわよレッド。作戦の練り直しも兼ねてお昼食べに行くわよ。」

 

 そこで何を思ったのか、ブルーは自分の腕を俺の腕に絡めてきて、コトネの方を振り返る。

 

 「……じゃあね、聞いていると思うけど午後から修行の時にまた会いましょうね?」

 

 どこか挑発的な口調で別れの言葉を言い捨て、その場を急ぎ足で去っていく。俺もぐいっと腕を引っ張られる形で後を付いていく。ブルーが勢いよく歩くものだから、コトネがどんな表情を浮かべていたかは分からなかった。

 

 

 

 

 

 ……おい、ブルー。歩くのが速い。腕も離してくれ、歩きづらい。

 

 スタジアムから出て、無言のままのブルーに引っ張られながら歩くのにいい加減我慢できなくなり、そう突っ込む。

 その瞬間、ブルーはピタリと立ち止まると「……っはぁー。」と大きな息を吐き、こちらにもたれかかってくる。

 いきなりなんだと思い、ブルーを支えつつ覗き込んでみると、そこには疲労の色を浮かばせたブルーの顔があった。息は乱れ、額には汗が浮いている。

 

 「……流石に疲れたわ。格上のトレーナーと二連続で全力勝負なんてするものじゃないわね。」

 

 意外だった。あんなに仲が悪そうだったのに、コトネのことはしっかり認めているようだ。

 ……なら、もっと堂々とした戦略で戦えばよかったのに。まあ、仕掛けてきたのは向こうかもしれないけど。

 俺のこの言葉にブルーはギロリと睨みつけくる。怖い。

 

 「……うるさいわね。……私だってあんな戦い方したくなかったわよ。でも私にだってね……あっ、あそこのお店美味しそうだわ、行きましょう!」

 

 言葉の途中で急に俺の手を取り、駆け出すブルー。俺はまたも黙ってブルーに引っ張られていく。……まだ元気じゃないか。

 

 そういえば、コトネはなんで怒ってたんだろうな?

 俺なんかしたのだろうか? ……分からん。

 

 あ、そういえば報酬のこと結局聞きそびれたな。

 ……まあいいか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ブルーが俺の実力を見直してくれたところで、改めて作戦会議も兼ねた昼食も終わり、初の実戦での修行になる。

 ブルーのいう通り、急な申し出だったにも関わらず、何人ものジムリーダーや、四天王の人たちが集まってくれていた。

 

 そして、一人一人と戦っていたのだが。

 

 ……弱い。

 

 予想はしていたが、みんな弱すぎる。ピカチュウの十万ボルト一発でほとんどのポケモンが倒れていくのが現実だった。これでは一体倒すのに10秒かかるだけの、ほとんど流れ作業だ。

 おっと、イワークか。ピカチュウ、アイアンテール。

 ……これでは実戦を想定したサンドバッグ代わりにすらならないぞ。

 

 あ、そうだ。二人がかりで戦ってもらうのはどうだろうか? 

 いわゆるダブルバトルだ。こっちは一人で二体のポケモンを出し、向こうは二人で一人一体ずつポケモンを出し、勝負してもらうのだ。

 

 というわけで向こうには二人がかりで挑んできてもらう。

 ……おぉ、これはなかなかいいんじゃないか?

 こっちの集中力が分散されるため、先ほどよりは多少苦戦するようになったぞ。

 けど、これでも10秒が30秒に変わった程度だ。まだまだ修行というには程遠い。

 

 ……三人がかりでもいけるんじゃないだろうか?

 

 そんなことが頭をよぎる。

 三体のポケモンの状況を把握し、一斉に指示を出す。それはかなりの集中力が要求されるだろうが、何となくこなせる自信があった。今の俺、めちゃくちゃ絶好調だし。というかシロガネ山でも野生のポケモン相手に実践したことあるし、多分いけるだろう。

 周りの人たちからは、「流石にそれは……」、「いくらレッドでも」と反対意見も出たが、現に二対一でもほとんど勝負になっていなかったことも事実であり、試しに三対一でしようということになった。

 

 お、これは……楽しいぞ?

 六体のポケモンが入り乱れる戦場を実際に前にするが、思ったより戦況が見えるものだ。流石に一方的に勝つなんてことも無くなったし、効率的な戦術と各ポケモンの状況を判断するだけの視野の広さが要求されることもあり、良い修行になる。これを極めればシロナ戦でもきっと役に立つだろう。

 結局、その日は三対一のバトルをひたすら繰り返すことになった。

 

 最後にグリーンとブルー、そしてコトネと一人ずつ戦ってその日は修行終了となった。ちなみにワタルは用事があり来れなかったらしい。流石にバトル続きとあって、グリーン、ブルー、コトネにかなりの苦戦を強いられ、その日はへとへとになった。

 コトネと会うのは正直気まずかったが、コトネは真面目に修行に付き合ってくれた。だが、本調子には程遠く、いつもの切れがなかった。どう見ても昼間の件を引きずっていることは明白だった。

 修行中も何度かコトネから視線を感じたが、本人がこちらに接触してくることはなかった。

 このままコトネと気まずい距離感なのも嫌だし、今度ブルーに内緒でちょっと会ってみるか。なんかブルーはコトネを敵視している節があるみたいだし。

 

 結局、今日の修行は半分くらいのバトルは敗北してしまった。三対一のバトルをものにするのは中々骨が折れそうだった。トレーナーの指示を受けたポケモンの動きは野生のポケモンよりも複雑であり、シロガネ山のようにはいかなかった。逼迫した状況になると視野は狭くなるし、瞬間的に状況判断を迫られるシーンになるとどうしても思考がそれ一択になってしまう。

 だが、逆に言えば俺にまだ成長の余地があるということでもある。

 明日からは勝率を伸ばせるように頑張っていこう。

 その日も結局ブルーの泊っているホテルに行き、夜寝るまでシロナのバトルを分析し、ブルーと一緒に作戦会議を行い、倒れるように寝た。

 

 それから俺は、一週間ほどシロナ戦の研究と並行してこの調子で修行を続けていった。

 どんどんと三対一のバトルにも慣れていき、勝率が上がっていく中でポケモン達のレベルも上がっていき、俺の体の調子も日に日に良くなっていった。

 

 だが何事も思い通りには進まないもので、問題が起こる。

 この時、ある話題で世間は大いに盛り上がっていた。

 つい先日のことだ、シロナ側が俺に絶対に勝てると宣言してきたのだ。

 一週間ほど前から勝てるとは言ってきていたが、世間の反応からしても「強がっているだけでは?」、「ファンサービスだろう」という見方が大筋だった。

 しかし、先日放送されたものを俺も録画で見たのだが、むしろ勝って当然でしょう、一々騒がないでくれるかしら? とでも言わんばかりに自信に満ち溢れていたのだ。

 さらに対策もシミュレーションも完了済みということを全国放送でわざわざ言い切ってきたのだ。

 

 流石に俺の中にも本気の焦りが生まれた。

 

 世間もここまで言うとは、本当に勝てる算段があるに違いないと言い出してきた。

 いよいよブルーが言っていた、シロナが今使っているポケモンが二軍にしか過ぎないという可能性も現実味を帯びてきた。二軍でなくても、シロナがこれまで一度も本気を出してこなかった可能性もある。

 

 シロナという人の性格はこの一週間研究しまくってある程度は分かっているつもりだ。裏めいたことを嫌い、誠実であり、ポケモンのことを愛している、というのが分析結果だ。これはブルーの見解とも一致している。

 だからこそ、これは嘘や強がりでなく、シロナの勝利宣言は絶対的な根拠に基づくものだと判断できるのだ。

 俺は益々、修行に力を入れることを余儀なくされた。

 

 そんな時だった。

 テレビ関係の人たちがやってきて、修行の様子を放送してもいいかという要望があった。

 グリーンは修行の邪魔になるなら断るぞと言ってくれたが、ブルーの提案で受け入れることにした。

 ブルーの考えはこうだ。

 三対一でポケモンバトルをするという人間離れした芸当を敢えて見せて、シロナにプレッシャーをかけるというものだった。勿論ピカチュウは隠してだが。

 そして、こちら側も向こう側同様にシロナのことを徹底的に分析し、勝つ算段は見えているという事を告げるのだ。

 ちなみにこの作戦にはプレッシャーをかけられっぱなしは癪だといういかにもブルーらしい考えが根底にある。

 

 しかし、これがシロナ側から思わぬカウンターを食らうことになるとはこの時思いもしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ほら、どうしたの? 休んでいる暇はないわよ! 次よ!」

 

 シンオウ地方のポケモンリーグの訓練所にシロナの声が響き渡る。シロナの視線の先には、地に座り込んでしまっている三人の男がいた。 

 

 「いやいや、シロナさん! もうかれこれ六時間以上はぶっ続けでバトルしていますよ? 俺たち死んじゃいますよ! ていうかなんでシロナさんはそんなに元気なの!?」

 「そうですよ。急に呼び出されたと思ったら、特訓するぞなんて酷いですよ!」

 「……本当、何があったんでしょうか。今日のシロナさん特に気合が入っているようですが。」

 

 そう愚痴をこぼす三人は、それぞれオーバ、リョウ、ゴヨウのシンオウの四天王である。

 三人はシロナに緊急招集を受け、集まったと思ったら急に特訓をするぞと言われ、ひたすら交代でシロナと戦わされている状況である。

 三人とも、カントー、ジョウトの四天王を上回るほどの実力を持つものの、三人を遥かに上回るシロナにボコボコにされまくり、すっかり消沈してしまっている。

 

 「……あなたたち、ついこないだ年端もいかない女の子にあっさりポケモンリーグを通過されていたでしょう? ポケモンリーグがそんなことではだめなのよ。もっと高い壁である必要があります。それに最近あまり合同で訓練をできていませんでしたし、ちょうどいい機会なので訓練をすることにしました。決してそれ以外の意図はありません。」

 「……あ~、先週のチャレンジャーのヒカリって子のことですか。でも、あの子相当強かったですよね。しかもあの年齢であそこまで強いって、かなり才能あると思いますけどね。……まあ、シロナさんには敵わなかったですけど。」

 「そういえば、そのヒカリさんは今頃何をしているのでしょうか? 再挑戦しにくるのでしょうか?」

 「いーや、噂で聞いたけど今話題のカントーに旅立ったらしいぞ。理由は知らんが。」

 

 シロナの言葉をきっかけに和気あいあいと談笑に耽る男性三人衆。

 

 「……あなたたち、さっさと起き上がらないとガブリアスのげきりんを味わうことになるわよ?」

 

 シロナの怒気を孕ませた言葉に男性陣がシュタッと立ち上がる。

 しかしここでリョウが一歩前に出ると、言いづらそうに

 

 「……あ、あの~、シロナさん。僕これから女の子とデートなんですよ。訓練は今度行いますので、今日は一旦帰らせてもらいます。」

 「ばっか、リョウ! お前、シロナさん相手になんつー理由で帰ろうとしてるんだよ!? シロナさんに異性関係の話題は禁句だろうが!」

 「い、いや、だって本当のことだし。……それに、今ヤバイ状況になってるのはオーバの方みたいだよ? ほら。」

 「え?」

 

 オーバが振り返るとそこには、修羅と化したシロナがいた。

 にっこり微笑むシロナだが目は全く笑っていない。

 

 「ふふ、オーバ? 今のは一体どういうことかしら?」

 「あ……あぁ……。」

 「……構えなさい。」

 「……はい。」

 

 有無を言わさぬ重圧でオーバにモンスターボールを構えさせるシロナ。

 

 「行くわよっ!! ガブリアス! げきりんよ!!」

 「あぁっ!!?? くっそぉ!! いけっ、ギャロップ! 頑張って避けてくれっ!!」

 

 オーバの断末魔を背中にリョウとゴヨウはこっそりと訓練所を後にする。

 

 「……ふう、オーバが馬鹿で助かりましたね。」

 「……ノーコメントで。」

 

 

 

 

 

 「し……死ぬ、まじで。」

 「まったく、だらしないわね。」

 

 目の前でぜーぜーと荒い息を突き、床に突っ伏すオーバを見て考える。

 とりあえず、四天王の三人を相手に修行を開始してみたけど……。

 どうにも物足りないわね。というか二人は帰ったみたいだし、二人の処遇については後で考えましょう。

 

 「……もしかしてシロナさん、二週間後のレッド戦のことを意識してます? 急に二週間分のスケジュール全部キャンセルしたって聞きましたよ?」

 「……まあ、意識していないといえば嘘になるわ。」

 「ははは、まあそうですよね。……そうだ、俺から一つアドバイスできることがありますよ。あのレッドってやつ、俺と同じ匂いがするんですよ。あいつはクールそうに見えて、いざバトルが始まれば熱くなるタイプだ。そんなレッドが二週間後の大舞台でどんなことをしてくるか何となく予想がつくんですよ。」

 「へえ……ちなみにどんなことをしてくると予想しているのかしら?」

 

 オーバの勘の良さは私も認めているところがある。まあ、勘に頼りすぎて考えるのを放置する傾向があるから一概に長所ともいえないけど……。

 

 「それはですね……」

 

 オーバの説明を聞いて、なるほどと納得する。

 確かにあり得ない話ではなさそうだ。対策する価値は十分ありそうだ。

 ……でも、そうなると誰を先発にするべきかしら。

 

 癖で思考に耽りかけて、オーバにまだ礼を言っていなかったことを思いだす。

 

 「ありがとうね、オー……あら、どこにいったのかしら?」

 

 ふと視線を前に向けると先ほどまでいたオーバが姿を消していた。

 よく見るとメモ用紙が置かれていることに気付く。

 それを拾い上げ、読み上げる。

 

 『シロナさんへ。この後、合コンがあるので帰ります。シロナさんも早くいい男捕まえた方がいいですよ♡』

 

 ……。

 

 メモ用紙をビリビリに破り捨てる。

 

 「……ガブリアス、今度オーバに会ったらなんの技でもいいから攻撃しなさい。遠慮はいらないわ。」

 

 そんな私の指示に動揺するガブリアスの姿を尻目にこれからどうするか考える。

 

 ……だめね、あの三人以外に扱いやすくて強いトレーナーなんていないわ。

 そういえば、レッドという人はシロガネ山に籠っていたのよね……。

 

 

 

 ……。

 

 

 

 ……やるしかないわね。

 




もしかしたら来週更新できないかも……。


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第六話

 ……う~ん、そろそろだと思うんだけど。

 

 シンオウ地方を旅立って数日が経った。

 いい加減空を飛んでの移動にも飽き飽きしていた頃、地平線の先にぽつぽつと建物が見えてきた。

 

 「あっ、見えたぁ! ん~、やったぁ……って、うわぁっ!?……ふぅ。」

 

 嬉しさのあまり、トゲキッスの背中ではしゃいでいると危うく落下してしまいそうになってしまう。

 冷や汗をかきながらも、どんどんと近づいてくるカントーの街並を前にし、期待感に胸がいっぱいになっていく。

 

 ……あそこにレッドさんがいるんだよね。

 

 シンオウチャンピオンのシロナに匹敵するかもしれない存在。

 そんな人が存在するなんて信じられなかった。

 それが実際にシロナさんと戦った私の純粋な感想だった。

 しかし、そんな私の考えはあっさりと否定された。

 

 テレビで見たレッド対グリーンの戦い。

 強くなるための何かヒントになればと思い放送を見ていたが、私はがっかりしてしまった。

 かつてカントーのポケモンリーグを制覇した者同士の対決という事で、どれほどハイレベルなものかと思ったが、はっきりと言って大したレベルではなかったからだ。これならば私でも勝てるというのが正直な感想だった。

 しかし、テレビを切ろうとした時、突然レッドさんが倒れた。

 どうしたんだろうとテレビを見続けていたが、すぐにレッドさんは倒れる寸前という最悪のコンディションで戦っていたことが分かった。

 それを聞いた時、全身に電撃が走った。

 

 その放送を見た時、私はシロナさんに負けて間もない時だった。

 当時の私は、ジムリーダー戦を難なく制し、四天王戦も順調に勝ち進めていき、この調子であっさりチャンピオンになれるものだと思っていた。

 しかし、シロナさんの強さだけは別次元のものだった。同じ人間なのか疑いたくなるようなレベルだった。

 すべてを見透かされ、何をしても手の平の上で転がされているだけのような感覚は今でも覚えている。

 結局私は、シロナさんに手も足も出ないままに負けてしまった。

 最初は、あまりの実力差に現実を受け入れることができず呆然としていた。

 しかし、だんだんと自分が負けたのだと自覚していくと、私の中で悔しいという感情が生まれてきた。

 何としてでもシロナさんに勝ちたいと思った。そして、あの余裕に満ちた表情を崩してやりたいと思った。

 しかし、具体的にどうすれば勝てるのか全く見当がつかなかった。

 とにかく手当たり次第に強くなる方法を模索している時にレッドさんの存在を知ったのだ。

 この人についていけば強くなれるヒントがもらえるに違いない。そう確信した。

 また、レッドという人がどれほど強いのか実際にこの目で見てみたいという純粋な関心が、私をこの地に連れてきた。

 

 

 

 

 

 へー、ここがカントー地方かー。

 異なる土地に興味深々な私は、きょろきょろと周りに視線を向けながらレッドさんが修行しているというポケモンリーグまで向かっていく。

 そして目的地まで後数百メートルまでというところで、突如、辺りが真っ白に光った。そして間髪入れず、鼓膜が破れるのではないかというほどの轟音が鳴り響く。ビリビリと伝わってくるその衝撃は凄まじく、地面が揺れているようである。思わず「きゃあ!?」と悲鳴を上げ、その場にしゃがんでしまった。

 

 今のは雷……?

 でも変だわ。今は晴れているのに。

 

 カントーの方では晴れていても雷が落ちるのだろうかというチンプンカンプンな思考を巡らせていると、ようやく目的地まで到着した。

 事前にこちらの現チャンピオンであるワタルさんに訪問する旨を伝え許可は取っていたので、すんなりと施設内に案内してくれた。

 そしてついに私はレッドさんの姿をその目で直接見ることができた。

 

 ……なに……これ……?

 

 ポケモンスタジアムの全体を見ることができる観客席からそのスタジアム内の光景をその瞳に収めるも、何が起きているのかは理解することができなかった。

 レッドさんがポケモンバトルをしているのは分かる。しかしレッドさん一人に対し、相手は三人なのだ。

 その三人がそれなりの実力を持っているトレーナーだという事はすぐに分かった。さしずめジムリーダー、四天王クラスといったところだろう。

 一見すれば一人のトレーナーに対し、ジムリーダー、四天王クラスのトレーナーが複数人で襲い掛かるというあり得ないことが起きていた。

 レッドさんと対峙する三人は、それぞれが自らのポケモンに指示を与えレッドさんのポケモンに襲い掛からせる。さらにレッドさんの視界から外れさせるためなのか、三体のポケモンは互いに上下左右に大きく広がりながらの連携攻撃だ。

 レッドさんはそんな状況に焦ることなく、まるですべてが見えているかのように自らの三体のポケモンそれぞれに短く最低限の的確な指示を飛ばし、敵の攻撃を確実に捌き、反撃していく。

 目と脳がいくつもあるのではないかと錯覚させられるようであった。開いた口が塞がらないとはこのことだろう。

 まさに神業と呼ぶに相応しかった。

 

 そのままバトルは進んでいき、多少の苦戦は強いられつつも最後にはレッドさんが見事に勝利を収めた。

 レッドさんが万全の状態ならどこまで強いのかと思っていたが、私の想像を遥かに上回る強さだった。

 とはいえ、シロナさんとどっちが強いのかは正直分からない。

 単純なポケモンのレベルだけを見れば、レッドさんに分があるように思える。しかし私はシロナさんの底を見たわけではない。どこまで強さを隠し持っているのかは、完全な未知数だ。

 シロナさんが今のレッドさんと同じことをしていたとしても別に驚きはしないし、シロナさんがレッドさんに勝ったとしても不思議には思わない。

 

 「……凄いですね、レッドさん。訓練初日はこのトリプルバトル方式に対してたどたどしさがありましたが、どんどん自分のものにしてきていますね。凄い成長速度です。」

 「ああ、全くだ。今日で勝率も八割を超えてきたんじゃないか?」

 「……でも少し飛ばし過ぎじゃないかしら? この一週間も訓練に没頭しているし、今日もほとんど休憩も取らずにここまできているわ……。」

 「まあ、それだけ強くなることに貪欲なんだろう。しかし確かに根を詰めすぎには見えるな。」  

 

 そんな時、横合いからそんな会話が聞こえてくる。

 視線を向けると、多くのトレーナー達がいるのが見えた。

 恐らく、レッドさんの訓練相手のトレーナー達だろう。そしてその中にワタルさんがいるのが見えた。今日ここに招いてくれた本人なので、挨拶するべく近づいていく。

 

 「あの~、こんにちは! ワタルさんですよね? 私シンオウ地方から来ましたヒカリと言います。今日は、ここに来る許可を頂きありがとうございます!」

 

 そんな私の挨拶にそこにいたトレーナー達の視線が集まる。ワタルさんもこちらの姿を確認すると、すぐに立ち上がって笑顔を浮かべ、歩み寄ってくる。

 

 「やあ、待っていたよ。初めまして、ヒカリさん。改めて私がワタルだ、よろしく。君を歓迎するよ。」

 

 ワタルさんと軽く握手を交わすと他のトレーナーから声がかかる。

 

 「……もしかして最近、シンオウのポケモンリーグに挑戦していたヒカリさん?」

 「はい、そうです! ……まあ、あっさり負けちゃいましたけど、あはは。」

 「いやいや、君の強さが本物であることは分かっているさ。ポケモンリーグ内でもうわさになっていたからね。また才能ある子が出てきたとね。」

 

 ワタルさんはそんなことを言ってくれる。随分私のことを買ってくれているようだ。そういえば私がここに来たいとワタルさんに依頼した時に、むしろ来てほしいと逆にお願いされたことを思いだす。

 それにしても、またとはどういうことだろう?

 

 ……ううん、今はそんなことはどうでもいいわ。それよりも……。 

 

 「あの~、いきなりこんなことを頼むのは失礼だとは思うんですけど、レッドさんと戦ってみたいな~なんて。」

 「……ふむ、そうだね。ちょうど一対一のバトル訓練の頃合いだ。分かった。レッドも新しく強いトレーナーと戦った方がより良い訓練になるだろう。それに何より、君はあのシロナと戦ったトレーナーだ。是非、レッドとシロナの両方と戦った感想を聞かせて貰いたい。グリーンにブルー、それにコトネもそれでいいだろう?」

 「俺は構わないぜ。」

 「そうね。寧ろこっちからお願いしたくらいだわ。」

 「……はい、私も構いません。……また別の女? これじゃまた……。こうなったら……。

 

 と、ワタルさんから声がかけられた三人のトレーナーからの了承も得る。

 そのうちの一人グリーンさんは、レッドさんと戦っていたトレーナであることを思いだす。他の二人もポケモンリーグ制覇者なのだろうか?皆、私とほぼ同い年のように見える。

 何はともあれ快く皆から了承も得たところで念願のレッドさんと戦うことになった。

  

 

 

 スタジアム内に入り、レッドさんの目の前に立つ。

 レッドさんは初めて見る私を瞳に収めると、じっとこちらを見つめてくる。

 その表情は、連戦を繰り返していた為か疲労の色が見え隠れしている。

 まあ私も長旅の直後だし同じ条件みたいなものよね?

 私がレッドさんの様子を窺っていると、向こうからモンスターボールを構えてくる。

 こちらも負けじとモンスターボールを構え、勢いよく投げる。

 

 展開は一方的だった。こちらは防戦一方を強いられ、反撃の糸口を見つけることができない。

 かつてのシロナさんの時と同じ……いや、それ以上の高い壁を感じる。

 何をどうすれば勝てるのか全くイメージができない。

 結局私は何もできないままあっさり敗北してしまう。

 

 ……凄い。

 負けて悔しいと感じる一方で、私と近い年でここまで強くなれたレッドさんを認める私がいた。

 ……間違いない、レッドさんについていけばきっとシロナさんに勝つためのヒントを得ることができる。

 

 「お疲れ様、レッド大丈夫? 少し休憩しといたほうが良さそうね。だいぶ疲れているようだし。」

 

 確かブルーと呼ばれた少女がレッドさんに歩み寄るとタオルとドリンクを差し出している。しかし、レッドさんは受け取ったドリンクを飲み干すと、休憩は必要ないと断っている。すぐに次の対戦相手を要求している。

 これだけの実力を持っていながらまだ強くなる姿勢を崩さないその姿に私は少し惹かれてしまった。

 

 「そうだぜレッド、ブルーの言う通りだ。お前は十分頑張ってる。いや、頑張りすぎなくらいだ。トリプルバトル方式でのバトルを始めてたったの一週間でここまでものにしたんだ。ここで少しペースを落としてもいいんじゃないか?」

 「そうよ。それに先日の放送であんたの訓練の様子を全国に放送してから、シロナからのアクションはないわ。きっと向こうも怖気づいたのよ。……まあ、実際今のあんたは信じられないくらい強くなっていると思うし。」

 

 ……ちょっと待って。トリプルバトル方式のバトルというのは、ここに来て最初に見たバトルの事よね。あれを始めてたったの一週間……?

 信じられない。

 レッドさんはどこまで可能性を秘めいているのだろうか?

 一週間であれということは、まだまだ強くなれるのではないだろうか?

 

 それにしてもこの訓練の様子を放送したというのは知らなかった。

 最低限の休憩を除いてずっと空を飛んでいたから無理もないけど。

 しかしシロナさんから反応がないというのは気になる。

 けど怖気づいたわけでないことは確実だ。あの人が諦めたりする人でないことは直接会ってバトルをした私には分かる。

 きっと何か考えがあってのことに違いない。

 

 「ヒカリさん、お疲れ様。やはり噂通りかなりの実力の持ち主のようだ。今のレッドを相手にあれだけ持ちこたえることができるだけでも凄いものだ。もしかしたらコトネよりも強いかもしれないね。……それでどうだったかな、シロナとレッドの両方と戦ってみた感想は?」

 

 ワタルさんからそんな言葉が投げかけられる。この質問には、他のトレーナーやレッドさん本人もこちらに注目してくる。

 

 恐らくレッドさんの方が強いというのが正直な感想だ。戦う前は分からなかったが、戦った今ならそう言える。勿論、正確にどちらが強いかは分からないのであくまで感覚での話になるが。

 ……でもここで私が、レッドさんの方が強いとそのまま言ってしまえばレッドさんの強くなるという意欲を削いでしまうのではないだろうか。

 それは勿体ない気がするし、何よりレッドさんがこれ以上どう強くなっていくのか見てみたい。

 それにシロナさんが百パーセント負けると思っていないのも事実だ。あの人が何もしないまま負けていく姿は想像できない。

 

 「……そうですね。正直二人とも格上のトレーナーであり、確実にその実力を推し測ることはできません。……ですが、私の感覚ではシロナさんが勝つのではないかと思っています。それにシロナさんから反応がないのも、何か考えあってのことだと思います。まず間違いなく怖気づいたわけではありません。」

 

 結局私は真実と嘘を混ぜるようなふんわりとした回答を選択をした。

 嘘を混ぜたことに対する罪悪感もあったものの、どうしてもレッドさんの可能性を確かめてみたいという欲求には勝てなかった。

 

 「……嘘だろ。」

 「これだけ強くなってもシロナはまだ上を行くのか……。」

 「まさか向こうからアクションがないのは、一々反応するのも面倒になったからとか?」

 「おい、ということはシロナはそもそもレッドなんて眼中にすらないということか?」

 「……何者なんだ、シロナは?」

 

 私の回答にザワザワと一気に騒がしくなる。

 しかしその中で、ブルーさんが血相を変えてこちらに駆け寄ってくる。

 

 「ちょ、ちょっと!? ヒカリだっけ? あんたそれ本当なんでしょうね? 適当なこと言っているんじゃないわよね?」

 「……勿論です。」

 

 ブルーさんの顔からサーッと血の気が引いていき、心配そうな表情を浮かべレッドさんの方を振り返る。

 そのレッドさんは、再び次の対戦者を要求する。

 今度はそれに反対する者はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シロガネ山。

 そこに住まうバンギラスとマニューラが互いに血走った目で牽制しあっていた。そしてマニューラが先に襲い掛かる。その速さは凄まじく、常人では肉眼でとらえることが不可能に近いものだった。

 しかし、それをバンギラスはしっかり目でとらえ、攻撃を受け止め、反撃していく。

 その攻防は凄まじく、トレーナー同士のバトルでもこれほどのものを見ることはそうそうできないだろう。

 やがてバンギラスが勝利を収める形で幕は閉じる。

 

 ……ミタサレナイ。

 

 しかしバンギラスは、勝利の余韻に浸ることはできなかった。逆に自身の中に広がる虚しさをより実感してしまう結果となる。

 マニューラも痛んだ体を労わりつつも体を起こすと、こちらを見つめた後どこか物足りないといった表情を浮かべている。

 やはりだめだったと、互いに愚痴をこぼし合いながら、満たされぬ闘争心をどうしたものかとまた意見を言い合うのだった。

 

 これは三年前にはあり得ない光景だった。

 そもそも、シロガネ山のポケモン達は群れることはなく、それぞれが生きていくために周りの全てが敵という完全なる弱肉強食の世界だった。

 それが当たり前のことであり、おかしいと思ったことはない。

 

 だが、ある日突然フラリと赤い帽子を被った一人の人間が来てから一気にシロガネ山の環境は変わることになった。

 

 人間を見たポケモン達の最初の感想は恰好の獲物が来たというくらいだった。

 しかし、その人間が繰り出すポケモン達は異次元の強さを誇っており、自身の強さに絶対の自信を持っていたシロガネ山のポケモン達は敗北を重ねていった。

 何度も何度も勝負を仕掛けてもその結果は変わらない。それどころか人間は、こちらが決死の覚悟で挑んでいる戦いを心の底から楽しんでいるように見えた。

 プライドを捨て、他のポケモン達と協力して挑んだこともあるが、即席の連携ではその人間には通じず、返り討ちにあった。

 いつしか、シロガネ山内でその人間のことは赤い悪魔と呼ばれるようになっていった。

 そして、それまで群れることを知らなかったポケモン達の心境に変化が訪れる。

 赤い悪魔という強大な共通の敵ができたことで、徐々にポケモン達が協力する体制が生まれてきたのだ。その流れはどんどん加速していき、これまで敵だったポケモン達は互いを仲間と認識していった。

 そして二年以上が経った頃だろうか、一度赤い悪魔に挑むのは中断し、強くなるための修行を行うことで意見が一致した。

 それからはただひたすらに強くなるためにそれぞれのポケモン達が協力し合い研鑽をしていった。中には、強くなることに楽しみを覚え、益々訓練に没頭していくポケモンも出てくるほどだった。ほとんどのポケモン達はその過程で最終進化に到達していった。

 シロガネ山のポケモン達が勝負を挑まなくなったことに対して赤い悪魔は、自分に敵わないと悟り挑んでこなくなったと思っているようだった。

 早く強くなって、赤い悪魔に一泡ふかせてやりたいとどのポケモンも強く感じていた。

 たまに先走って挑みにいくポケモン達もいたが、例外なく返り討ちに遭っていた。その姿を見て、益々強くなる意欲を燃え上がらせていった。

 

 そしてようやく赤い悪魔に挑む時が来た時、なんと赤い悪魔は姿を忽然と消していた。シロガネ山内のポケモン総動員で探したが見つからなかった。

 結果として、ポケモン達の中には、行き場を失った闘争心だけが残ることとなった。

 そんな欲求不満を抱えたポケモン達が蔓延るシロガネ山内にまた変化が訪れる。

 またも一人の人間がやって来たのだ。

 

 最初は赤い悪魔が戻って来たのかと期待した。

 だが違った。別の人間だった。金色の髪を靡かせるその姿はどう見ても赤い悪魔ではなかった。

 これにはすべてのポケモンが愕然としてしまう。

 期待させやがってとでも言いたげな、一体のクロバットがその人間に襲い掛かる。

 

 しかし

 

 あっという間だった。

 その人間が繰り出したポケモンによって、クロバットはあえなく返り討ちに遭う。

 見たこともないポケモンだったが、それがとてつもなく強く、鍛え上げられたポケモンであることは一目瞭然だった。

 それこそあの赤い悪魔のポケモン達と近い実力を持っていると。

 そしてその人間も、敵意ある目をこちらに向けてくる。

 ポケモン達の中の燻りかけた闘争心が一気に爆発した。

 

 ようやく見つけたのだ。

 強くなった自分たちの全力をぶつけることのできる相手が。

 




相変わらずたくさんの感想ありがとうございます。
大変励みになっています。



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第七話

 ここシロガネ山に、激しい戦闘音が鳴り止むことなく響き渡っていた。

 

「はぁっ……はあっ……くっ!」

 

 戦闘音の発生源には、苦しげな表情を浮かべ、襲い掛かってくるポケモン達を迎え撃つシロナの姿があった。

 常に余裕を持ち、クールな印象を持たれている普段の彼女の姿からは想像もできないものだった。これをシンオウの人々が見ればさぞかし驚くだろう。

 

 このシロガネ山のポケモン達は噂通り……いや、噂を遥かに上回る強さを誇っていた。

 各ポケモンの能力は勿論だが、驚くべきはその戦い方である。洗練されたその動きは、まるで一流のトレーナーによって訓練されているようであった。

 このシロガネ山のポケモン達でポケモンリーグに挑戦すれば、それなりの成績を残すことも十分に可能だろう。

 それだけの実力を備えたポケモン達が次々と襲い掛かってくる。

 

 一瞬の隙が命を落とすことに繋がりかねないこの状況。

 常に高い集中力が求められるが、敵の数が多すぎる。倒しても倒しても新しいポケモンが襲い掛かってくる。

 終わりの見えない状況に次第に体力以上に精神力が大きくすり減っていく。

 

 その時、一際大きな咆哮がこのシロガネ山内に響いた。

 本能的に思わず耳を抑えしゃがみ込みたくなる衝動を抑え、急ぎ咆哮のした方向へ視線を向ける。

 そこには巨大な体躯を備えたバンギラスがいた。

 バンギラスはギラギラとした敵意ある目をこちらに向けてくると、その大きな口を開き、エネルギーを持った輝く光を集め、光球を作り上げていく。

 こちらに向かってはかいこうせんを放とうとしているのだ。

 

 ……っ!?

 あれはまずい!

 

 あのバンギラスはこのシロガネ山内でもトップクラスの実力を備えている。それは戦わなくてもその体つきや纏っているオーラから伝わってくる。

 あのはかいこうせんを食らえば、いくら私のポケモンといえどただでは済まない。

 咄嗟にポケモンに回避するよう指示を出し、私自身も流れ弾に当たらないようにその場から急ぎ離れる。

 その直後、バンギラスからはかいこうせんが放たれ、周囲を眩しく照らしながら一直線にこちらに向かってくる。

 

 ……っ!

 

 紙一重ではかいこうせんを避けることに成功するも、そのまま後方にあった岩肌に直撃し、爆音が鳴り響く。砕け散った岩の欠片が散弾のようにあたりに降り注ぎ、そのうちのいくつかが私の体にも直撃してしまう。

 

 ……つっ!!??

 

 全身に経験したことのない鋭い痛みが走る。そのあまりの痛みに涙がこみ上げてくる。しかし、ここで痛みに悶え隙を見せれば終わりだ。

 痛みを噛み殺し、あたりへの警戒を怠らないようにする。

 

 ……くっ、そもそもポケモン一体ではとても対処しきれないわ。

 ……あまり経験はないけど、せめて二体のポケモンで戦いましょう。

 

 その後、シロナが二体のポケモンを繰り出したことにより、戦闘はより激しさを増していくことになった。

 シロナはダブルバトルでの経験の無さをその類まれなる戦闘センスによりカバーし、シロガネ山のポケモン達を相手に蹂躙していく。

 しかしそれもいつまでも続かない。時間が経つほどにシロナの動きは見る見る悪くなっていく。

 慣れないダブルバトルを行ったことで、より一層の高い集中力を要求され、これまで以上のスピードで心身ともに限界に近づいていったのだ。

 シロナの顔色には既に疲労の色が強く出ており、荒い息を吐くたびに白い息が空気に溶け込んでいっていた。

 だがシロナは折れず、持ち前の精神力で戦い続けた。

 

 

 

 そして日が暮れ始めた頃、ようやくこのシロガネ山に静寂が訪れた。

 野生のポケモン達はようやく諦めたのか、自分たちの住処にぞろぞろと戻っていく。

 激しい戦闘により変わり果てた地形の中心でシロナはその様子をただ茫然と見つめていた。

 最早、何かを考える余裕はなかった。あまりの疲労のためか目の焦点も定まっていない。全身がボロボロであり、箇所によっては血が滲みだし、衣服の一部を赤く染めている。

 

 ……生き……てる?

 

 野生のポケモン達が去ってから数分でようやくその事実を認める。

 その瞬間だった。

 

 ……ツー

 

 瞳から一筋の涙が流れた。

 それを皮切りにどんどんと涙が溢れてくる。

 

 何の涙かはよく分からない。

 死ぬかもしれない恐怖から解放されたことへの安堵なのかもしれない。或いは、これからしばらくこんな辛い修行をしなくてはならないという事に対する絶望の為なのかもしれない。

 

 私はそのままその場へ仰向けに倒れこんだ。立ち続けることすら辛かった。今すぐに寝てしまいたいほどに体は限界だった。

 ちなみに時間を確認すると約10時間ほどぶっ続けで戦っていたらしい。自分でもよくそれだけ戦えたものだと思う。火事場の馬鹿力的なものが働いたのかもしれない。

 

 数分ほどその場で倒れたままであったが、本当にこのまま寝るわけにはいかない。悲鳴を上げる体に鞭打ち持ち上げ、フラフラとした足取りでなるべく平らな場所を探しだし、そこに泊ることにする。

 

 その後、焚火で暖を取り、簡単に食事をとった。

 正直何も口にしたくはなかったが、ここで食事を摂らなければ体力の回復もままならないだろう。

 無理やり胃に食事を流し込んだ後は、持ってきた回復アイテムを使い、ポケモン達に治療を施す。治療については昔から幾度となく行ってきて得意としていたこともあり、その手際はプロ顔負けである。

 ポケモン達への治療後、自分自身への治療も忘れず行い、すぐに寝袋に下半身部分を入れてみる。防寒服に加え耐寒用の寝袋を用意していこともあり、いくらか温かみを感じられたがそれでもやはり寒い。夜中にすぐに火が消えてしまわないように焚火になるべく多くの薪をくべておく。

 ……お願いだから寝袋に燃え移らないでよね。

 夜中にポケモン達に不意打ちされることを防ぐためにあたりに虫よけスプレーをかけることも忘れない。それでもスプレーの範囲外からはかいこうせんなどを打ち込まれる可能性もゼロでない為、すぐに臨戦態勢をとれるようにグレイシアをモンスターボールから出しておく。

 グレイシアは焚火によって発生した熱が嫌だったのか焚火から距離を取りつつもなるべく私の傍まで近づいて来るとそこでくるんと体を丸めて眠りにつく。昼間の戦闘でよほど疲れていたのかすぐにすぅと寝息が聞こえてくる。

 それを見て私も寝袋に全身を入れて、ごろんと横になる。

 昼間は嫌がらせのようにあられが降っていたのに今は嘘のように天は澄み渡っており、数えきれない星々が見える。

 

 ……レッドはこんな生活を三年間も続けたのかしら。

 

 輝く星々をぼんやりと見つめながらふとそんなことを思う。

 ここのポケモン達は洒落にならないレベルで強い。はっきり言って異常だ。

 私も考古学者として世界を飛び回っているが、これほど強い野生のポケモンがいるのは見たことがない。

 

 ……だからこそ、レッドもあれほどの強さを手に入れたのよね。納得だわ。

 

 ……正直に言うとこの修行は辛い。

 確かに負けたくないという思いは本物だけど、生死を賭けた戦いをしてまでやり遂げるだけのことなのかと疑問に思う部分もある。

 今日はたまたま生き延びることができたけど明日も生き延びることができる保証はない。

 勿論ここで逃げればエキシビションマッチで恥をかくことは確実だろう。いや、ここで修行をやり切ったとしても負ける可能性の方が高いだろう。

 こんな環境下で三年修行していた人に対し、たった二週間足らずで追い付こうとするのは虫が良すぎるというものだ。 

 

 ……逃げたい。

 

 そう思わずにはいられなかった。

 

 しかし一方で、レッドと戦ってみたいと思っている自分がいるのも確かだった。勿論、気持ちの割合としては、ほんの僅かなものであったが。

 理由は明確だ。この数年間一度も負けたことがなく、また負けそうになったことすら一度たりとも無い。それゆえ孤独すら感じ、自分と渡り合えるだけの強者の存在を求めていたからだ。

 

 そこまで考えたところではっと気づく。

 レッドはどうだろうと。

 あれほど若くして、圧倒的な力を手に入れてしまった彼は今どんな心境なのだろうかと。

 私と同じく孤独を味わっているのではないか。

 ……いや。私以上の強さを持っているのだ。私が想像することすら叶わないほどの孤独を感じているのではないか。

 

 そう考えるとレッドに親近感とでも言うべきなのか、これまで感じたことのない感情が心にぽっと灯るのを感じた。

 

 ……。

 ……なに弱気になっているのよ。

 この修行だって子供が三年間こなしてきたのよ?

 大の大人の私が逃げてどうするのよ?

 私はシンオウ最強のチャンピオン。応援してくれる人だって大勢いる。

 そんな人たちの期待を裏切るわけにはいかないわ。

 何より、レッド。

 彼もシンオウ最強と言われている私と戦うことを楽しみにしているかもしれない。何より私自身がテレビを通して彼に勝てると宣言してしまっているしね……。

 そんな彼の期待を裏切るわけにはいかないわ。

 

 凄惨な修行に折れかけた心に再び火が灯っていく。

 

 

 

 本人は自覚していないが、どんなに困難な壁にぶつかっても決して諦めないこの不屈の精神力こそが彼女をシンオウ最強と言われるほどのトレーナーに育て上げたのだ。

 

 ……そして今。

 レッドという果てしなく高い壁を前に、それを乗り越えるべく、さらにその強さを飛躍的に押し上げようとしていた。

 

 

 

 ……そういえば情報収集もしないとね。

 シロナは、鞄から携帯端末を取り出すとニュース番組を画面に映す。

 前回の反省を踏まえて、しっかりと情報収集は欠かさないようにする。

 正直、今すぐ寝てしまいたいが眠気を振り払い画面を注視する。

 しかし下がってくる瞼を押し上げることができない。

 すぐに意識は遠のいていき、夢の世界へと誘われていく。

 そして画面を付けたままの携帯端末が手から滑り落ちてしまう。そのままシロナが撒いた虫よけスプレーの範囲外まで滑っていってしまう。

 シロナはそれに気づかない。グレイシアは携帯端末が落ちた音で目を覚ますも、敵が来たわけでないことを確かめるとすぐに眠りについた。

 

 そしてニュース番組は場面が切り替わり、ちょうどレッドの訓練の様子を報じようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如このシロガネ山に新たにやって来た人間に不意打ちを食らわせてやろうと、シロナに忍び寄る影があった。

 それは物音一つ立てずに近づいていく。しかし、次第に嫌な臭いが漂ってくる。あの人間は自分たちが近づかないように何かしらの妨害策を施しているらしい。

 どうするかと考えていると、光る何かが落ちていることに気付く。

 気になり、近づいていき何が落ちているのかを確認する。

 そしてそこに映っていた光景に動揺し思わず声が出そうになる。

 無理もない、そこに映っていたのは、シロガネ山のポケモン達が探し求めていた赤い悪魔だったのだから。

 クロバットは、携帯端末を口に咥えるとすぐにこの異常事態を仲間に知らせる為、飛びたった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日、また新たな人間がこのシロガネ山にやって来た。

 報告を聞き次第、すぐに様子を見に行き、遠目からその人間と他のポケモン達が戦う様子を眺めていた。

 その人間は赤い悪魔にも匹敵するほどの実力をもっており、結局、押し切ることはできなかった。

 ポケモン達が引き上げる段階で私も一旦、引き上げることにした。

 

 ……私が赤い悪魔と戦ってからどれほどの時間が経っただろうか?

 

 ふとそんなことを考える。

 一年以上前、他の者が倒せないからと私が直接出向くも敢え無く敗北してしまった。

 それまで敗北したことなどなく、絶対的な自信とプライドを傷つけられてしまった。圧倒的実力差を目の当たりにし、私は強さを磨くことに没頭した。

 いつか赤い悪魔にリベンジするために。

 他のポケモン達はそれからもしばらく諦めずに挑み続けたようだが、ようやく諦めると私同様強くなることに専念しだした。

 そこに突然の赤い悪魔の消失。

 だが私には関係ない。シロガネ山から去ったのなら探し出せばよいだけの事。

 そしてちょうど今日、旅立とうした時に新たな人間が来たのだ。

 少しだけ気になり、出発を遅らせ様子を見ることにしたのだ。

 そして先ほどの戦いぶりだ。

 赤い悪魔にどれだけ近づくことができたのか、この人間で試してみるのもいいかもしれない。

 そう考えている時だった。

 

 やけに周りが騒がしくなっていることに気付く。

 どうもポケモン達が騒いでいるようだ。

 そして聞こえてくるある言葉に意識が一気にひきつけられる。

 赤い悪魔、確かにそう聞こえた。私はすぐに騒ぎの元へと向かっていく。

 

 そこには訓練の時間でもないのに多くのポケモン達がやってきていた。

 私の登場に周りの者たちは驚いたのか多くの視線を寄こしてくる。

 私はそんな視線を気にすることなく騒ぎの中心まで飛んでいく。

 そしてクロバットの元まで到着すると何があったと問う。

 

 クロバットの回答をまとめると、シロガネ山で拾った不思議なものに赤い悪魔が映っているというのだ。クロバットの傍に置かれているその不思議なものとやらを見ると、人間が携帯端末と呼んでいる代物がそこにあった。

 私もそれを覗き込んでみると確かにそこには赤い悪魔が映りこんでいた。なにやら、他のポケモンと戦っているようだった。

 そしてそれを見てあまりの驚愕に目を見開く。このシロガネ山にいたときよりも明らかに強くなっていたからだ。

 ポケモン達の動きは明らかによくなっているし、能力値も上がっているように見える。何よりあの赤い悪魔の出す指示が、これまで以上に的確で無駄という無駄が削ぎ落とされているのだ。広い視野で敵味方のすべての戦況を理解したうえで、瞬間的な判断で自身が取れる最高の動きをするよう指示しているその様は、見るものを魅了するほどであった。

 騒ぎの原因はこの赤い悪魔の変わりようだったようだ。

 しかし、周りの者では携帯端末から聞こえて来る人間語を理解できないようで何が起きているかいまいち分からないようだった。

 私はしばらく、携帯端末の画面を注視し続ける。

 そこで画面と共に聞こえてくる説明を聞き、今人間界で何が起きているのかを理解していく。

 そして、ある女の人間が画面に出たとき、またも周りが騒ぎ出す。それはそうだ、その人間こそ先ほどまで戦っていた者なのだから。

 そして私は全てを理解した。

 

 私は他のポケモン達にすべてを説明した。

 

 

 

 赤い悪魔……レッドという人間と今シロガネ山に来ているシロナという人間が十数日後、戦う事になっていること。それは人間界の最強を決める大切な戦いであること。

 

 レッドは、シロガネ山から出た後も凄まじい訓練を繰り返し、さらに強くなっていること。

 

 レッドのあまりの強さゆえに、今、人間界ではレッドの勝利が確実だと予想されていること。

 

 そして……

 

 急に人間界から消えたシロナのことを大勢の人は、逃げたと見ており、失望し、馬鹿にしているということ。

 

 

 

 私が説明し終わると、他のポケモン達はこれまで見たことのないほどの怒りを見せる。

 当然の反応だ。

 そう。シロナも私たちと同じだったのだから。

 

 シロナも赤い悪魔、レッドに打ち勝とうと必死だったのだ。

 

 私は見た。

 ポケモン達が去った後、静かに涙を流し必死に何かに耐えようとするシロナの姿を。

 最初は、辛いだけなのかと思った。いや、それも当たっているだろう。

 その証拠にシロナは何とか勝利を掴んだものの、どう見ても満身創痍。これ以上戦う気力がないというギリギリのところまで追い詰められていた。下手をすれば命を落としていたかもしれない。

 では、なぜそんな辛い経験をしながらこのシロガネ山から去らないのか。

 それは、その涙には世間に馬鹿にされて悔しいという思いも込められていたからではないか?

 確かに今の段階ではレッドとシロナの実力差は明確。だが、シロナはそんな現実に直面しつつも諦めずにここに来て、自身の強さを引き上げようとしている。

 断じて逃げてなどいない。

 しかし、そんなことなど露知らない人間たちがシロナのことを馬鹿にするその姿は、私ですらはらわたが煮えくり返りそうになった。

 これは、私……いや私達がレッドに負けた悔しさを知り、強くなることに必死に努力をしてきたからこそ共感できたことだろう。

 

 ふと考える。

 ……いや、考えるまでもなかった。

 すでに答えは決まっていた。

 

 私はポケモン達にある提案をする。

 それに反対する者はいない。全ポケモン達の同意を示す咆哮が爆音となり、シロガネ山を揺らす。

 これで決まった。

 

 

 

 我々は、これよりシロナに全面協力する。

 

 

 

 しかし、今のレッドの強さはあまりにも化け物じみている。ここにいるポケモン達や私一人では少々力不足かもしれない。それに他にも……。

 ……仕方ない。

 

 ポケモン達に三日……いや、二日間空けることを言い渡し私はすぐさま行動に出る。

 

 炎に包まれた翼をバサッと広げ、神々しさを感じさせる所作で空に舞い上がっていき、シロナのいる場所まで飛んでいく。

 シロナの姿を確認すると、特殊な力を込めた炎をいくつか放つ。それは、シロナが寝泊まりしている場所を取り囲むように燃え上がり、人間にとっての適温レベルまで辺り一帯の気温を上げていく。

 

 その後、ファイヤーはシロガネ山から飛び立ち、超高速飛行でふたごじまに向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……昨日より手強い!?

 

 朝早くから、手早く準備を行い、早速修行に身を投じたのだが、違和感があった。

 昨日より野生のポケモン達の勢いが増しているのだ。

 何があったのか知らないが、上等。

 むしろいち早く強くなりたい私にとってはありがたかった。

 

 また訓練とは関係ないが、朝起きると謎の炎が周りで燃えており、とても暖かくなっていた。そのおかげで割と心地よく寝ることができた。なぜいきなりそんな炎が出てきたのかは不明だ。グレイシアには居心地が悪そうだったので申し訳ないことをしてしまった。

 後、失敗だったのが携帯端末をどこかに無くしてしまったことだ。昨日寝落ちしてしまった時にどこかにいってしまったようだ。これで私は情報収集する術を無くしてしまった。だが、ここでそれをどうこう言っても仕方ない。こうなったら後はどこまで自分を追い込めるかだろう。

 

 そんないくつかの疑問はありながらも、昨日持ち直したモチベーションでもって野生のポケモン達と次々に戦っていく。私が昨日以上の勢いで迎え撃つと、向こうもそれに応えるように勢いを増してくる。

 

 そして今日も長時間の戦い後、ポケモン達が去っていった。今日もフラフラであり、意識が今にも飛びそうであった。

 しかし、ここで異変に気付く。

 なんとあたりに一つや二つでないアイテムやら食料と思われるものが落ちているのだ。アイテムを見てみると、キズぐすりやげんきのかたまり、なんでもなおしなど貴重なものまである。また、木の実や野草と思われる食料がそこにあった。

 

 ……なに、これ?

 

 見たことのない光景に困惑してしまう。

 確かにたまにアイテムが落ちていることはあるけどこれはあまりにも異常だった。

 

 どうすればいいのかしら。正直野生のポケモンが落としたものを使うのは抵抗があるけど……。でもアイテムが予想以上に消費が激しく不足していたのは事実。ちょっと怖いけど使ってみようかしら。

 ちなみに、木の実や野草は私のポケモン達が美味しそうに食べた。どうも厳しい環境下で育った野草や木の実は味が濃厚であるみたいだった。

 ちなみにこれ以降、毎日多くのアイテムや食料が置かれることとなる。

 

 その次の日も訓練に身を投じる。

 だがここでも新たな異変があった。野生のポケモン達が戦い方を変えてきたのだ。どちらかというと防御より攻撃面に重点を置いた攻めだ。なぜこんな戦い方をしてきたのか不明だが、これは私にとっては痛手であった。

 私は、どちらかというとどっしりと構えてカウンターの要領で攻撃をしていくスタイルだ。だが、ここまで激しい攻めの姿勢で来られると流石に捌ききることはできない。こちらからも攻めの手を増やし、牽制しながら対応せざるを得ない。最初は慣れない戦法に戸惑ったが、戦っていくうちにコツを掴み、どんどん効率よく対応できるようになっていく。

 

 ちなみにこれは長い間レッドと戦ってきたシロガネ山のポケモン達が、携帯端末越しに見たレッドの最新の強さも加味し、今のシロナがレッドに勝つために何が必要かを協議した結果、シロナにも攻撃的な側面が必要と判断した為である。それを身に付けさせるためにわざと攻めのパターンを変え、シロナに有効な攻めのパターンを身に付けさせていたのだ。

 その後も、シロガネ山のポケモン達が有効と判断した訓練を次々に展開していく。シロナはその度に違和感を覚えつつもそれに何とか必死に食らいついていく。

 

 

 

 そして四日目。

 さらに事態が大きく変わることになる。

 

 その日も朝早くから修行に身を投じていたが、聞いたことのない三つの鳴き声がシロガネ山に響いた。

 その鳴き声を聞いた野生のポケモン達の動きが止まる。私も鳴き声の発生源に目を向けるが、視線が釘付けになってしまう。

 理由は単純。目に入ったそれがあまりに美しく心を奪われたからだ。

 

 ポケモン? なのだろうか。

 炎、雷、氷それらを纏った鳥型の美しいポケモンが現れたのだ。

 三体が優雅に大空を舞うその光景は、有名画家が描いた芸術作品のような幻想的なものであった。

 

 私でも初めて見るポケモンだ。一般的に知られている普通のポケモンでないことは、その美しさは勿論だが、ヒシヒシと伝わってくる力から分かった。

 そのポケモン達は、私を見据えると一斉に襲い掛かって来た。

 私もそれを認識すると急ぎ意識を取り戻し、臨戦態勢をとる。

 

 考えはなかった。

 本能が今のままではやられると判断し、私は無意識に三体目のポケモンをモンスターボールから出し、迎え撃った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……これでこのシロガネ山ともさようならね。

 

 この十数日は一生忘れることはないだろう。間違いなくこれまでの人生で一番濃かった期間だった。

 

 ……私は強くなった。

 

 その自信が確かにあった。

 けれど直近のレッドの情報を仕入れることができなかったことは痛かった。

 正直、勝ち負けについてはどちらに転ぶか分からない。

 しかし私はできるだけのことはした。それは間違いない。

 

 ……そしてそれはみんなのおかげでもある。

 

 私は後ろを振り返る。そこには、このシロガネ山で激戦を繰り広げてきたポケモン達がいた。だがポケモン達は襲い掛かってくることはなく、むしろ私を送り出してくれているようだった。

 

 流石の私も途中からシロガネ山のポケモン達が私が強くなることに協力的な姿勢を見せてくれていることは理解できた。超スパルタだったけど。

 ……でも理由は結局最後まで分からなかったわ。本当にどうしてなのかしら?

 

 そんなことを考えていると、なんと数体のピッピが前に出てくる。

 シロガネ山にピッピはいなかったはずだけど……そんな疑問を感じていると、ピッピが手をかざすと淡く優しい光が発せられそれが私を優しく包んでくる。

 これは……いやしのはどう? 

 この修行の間に傷ついた体が癒されていき、さらには体力もどんどんと回復していく。

 回復が終わると、例の炎に包まれたポケモンがこちらに近づいて来て目の前で体勢を低くしてくる。

 

 ……乗れってこと? 

 どこに連れて行く気なのかしら? 

 急いでポケモンリーグ本部まで行かないとエキシビションマッチに間に合わないのだけど……。

 

 しかしこちらのそんな心配を見透かしてくるように、ポケモンは首を一度上げると、ちょうどポケモンリーグのある方向を向くと優しく鳴いた。

 

 行先は分かっている。そこまで私が連れて行ってやる。そう言われているのだと直感で理解した。

 再び体勢を低くした炎に包まれた背に跨る。不思議と全身を包む炎は熱くもなく、体に燃え移ってくるなんていうこともない。

 私が、背に乗ったことを確認するとゆっくりと上空に上がっていく。

 そのタイミングで、シロガネ山のポケモン達が一斉に咆哮をあげる。それはまるで、これから戦いに赴く自分へと投げられる激励のように聞こえた。

 

 そしてある程度の高度まで達すると、すぐに加速し、高速の飛行で移動を始める。しかし、風が私にあたることはない。他の二体の氷と雷を纏ったポケモンが風よけになるように目の前を先導してくれているからだ。

 

 

 

 

 

 ……なぜここまで野生のポケモン達が協力してくれたのかさっぱりだけど、ここまでしてくれたのだもの。私頑張るわ。

 

 ……待っていなさい。レッド。

 強くなった私の強さをとくと見せてあげるわ。

 




感想・誤字報告ありがとうございます。

後、もうちょいでレッドvsシロナ回の予定です。


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第八話

 自分で言うのもなんだが、俺はことポケモンバトルに関しては誰にも負けない才能があると思っていた。

 これまでも数えきれないほどのトレーナーと戦ってきたが敵わないと思った者は一人たりともいない。それはかつてのライバルであるグリーン、ブルー、そしてコトネも含めてだ。

 それが普通だと思っていた。

 どんなトレーナーが相手でも努力をし策を練れば勝てない相手などいないのだと。

 そしてその考えはこれまでの結果という形で実証してきた。

 俺にとっての最大の敵はいつだって自分自身であり、昨日の自分よりも、一時間前の自分よりも、一分前の自分よりも、一秒前の自分よりも強くなることが全てであり、どこまでも強くなっていくことが楽しいと思っていた。

 

 しかし、今俺の前に立ちはだかっているシロナというトレーナーは今までの相手とは違う。

 最初は周りの人より少し強いだけのトレーナーくらいに思っていた。どうせ今回もすぐに勝つ算段がつくだろうと。

 しかし、こちらがいくら力をつけても相手は揺るがない。それどころか逆に勝利宣言をされてしまう始末。

 いつもはすぐ目の前に見えてくる勝利の二文字が全く見えてこない。

 一体何を隠して何を企んでいるのか想像することができない。

 初めて出会う自分自身以外の明確な『敵』であった。

 心がざわつき落ち着かない。

 ドクンドクンッと鼓動がやけにうるさい。

 うまく呼吸すらできないようだった。

 全身も細かく震えており、明らかに体の調子がおかしい。

 しかし以前のように体調不良というわけではないと思う。

 それに別に不快な気持ちというわけでもない。

 一体どうしたというのか……。

 なぜか今は無性にポケモンバトルをしたかった。とっくに体は悲鳴を上げている。それでも俺の中の魂が戦い続けろと言っているようだった。

 

 「ちょっとレッド! いい加減にそろそろ休まないと!」

 

 日が暮れ始め、辺りに長い影が伸びてきた頃。

 休みなくポケモンバトルを続ける俺にとうとう我慢の限界だと言わんばかりにブルーがその表情を怒りに包み突っかかってくる。

 俺はそれを無視してポケモンバトルを続けようとするが、ブルーはこちらに走り寄ってきて胸倉を掴んでくるという強行突破に打って出てきた。これは流石に訓練を中断せざるを得ない。

 

 「あのねぇ! ヒカリからあんなこと言われて不安なのは分かる……け、ど……って。」

 

 しかし、ブルーは俺の表情を覗き込んだ瞬間ポカンとした表情を浮かべる。鳩が豆鉄砲を食ったようなそんな感じだ。

 すぐにブルーは、「はぁ……」と呆れると、改めてこちらを見つめてくる。

 

 「……そうね。あんたはレッドだったわね。いらない心配をしたようね。」

 

 ……心配? なんのことだ?

 

 「……ったく、こっちの気も知らないで。とにかくそろそろ暗くなってきたから今日はここまでよ。ほら、早くシャワー浴びてきなさい。汗まみれで臭いからちゃんと洗うのよ。」

 

 ブルーはそう言うと、掴んでいた手を離し歩いて行ってしまう。

 ……なんだったんだ?

 ていうか臭いって……。

 しかし、今のブルーの言葉で周りも片づけを始めてしまい、完全にお開きの雰囲気だ。仕方がないので、俺はそのまま言われた通りシャワー室まで向かう。

 

 汗を洗い流しすっきりしても俺の心はまだざわついたままだ。

 何かの病気だろうか?

 シャワー室の壁に備え付けられていた鏡を覗き込んでみる。

 さぞかし酷い顔に違いない……って、え?

 鏡に映った自身の顔を見て一瞬思考が停止する。

 

 俺は笑っていたのだ。

 

 驚いた。なにせ無表情な俺がだぞ? 

 自分でもこんな顔の自分を見るのは初めてだ。

 訳が分からないまま俺はシャワー室から出る。

 どういうことなのかと考えながら歩いていき、角を曲がろうとする。

 

 「わぁぁっ!!」

 

 ぎゃーー!!??

 

 なぜか曲がり角の陰から突如現れたヒカリが大声を出してきたのだ。考え事をしていたところへの不意打ちだ。急所に攻撃を受けたときの気分だ。

 

 「えへへー、びっくりしました? ちょっと緊張してたみたいなんでほぐしてあげようかなーと思いまして。別に負けた腹いせにイタズラしてやろうなんて思ってませんからね? ……ってあれ? どうしました?」

 

 舌を出して可愛げにそんなことを言ってくるヒカリ。

 しかしこちらは腰が抜けてそれどころではない。その場にへなへなと崩れ落ちてしまう。

 

 「あ、あれ? そんなにびっくりしちゃいました? ……ぷ、でも驚いた時のレッドさんの顔、くく……。」

 

 反省しているのかと思いきや、まさかの噴き出すヒカリ。

 

 ……こいつ。

 

 この一瞬でヒカリはブルーに並ぶ面倒な女だという認定を下す。

 そのままよろよろと立ち上がり、ヒカリを無視して歩いていこうとする。

 

 「あぁ、ちょっと待ってくださいよ! 笑ったのは謝りますから!」

 

 ……いや、驚かしたことをまず謝れよ。

 嫌々顔を振り向けると、ニコーッと笑顔を浮かべるヒカリが視界に飛び込んでくる。笑顔を見てイライラするなんて珍しいこともあるものだ。

 

 ……それにしてもバトルの時とはずいぶん雰囲気が違うな。

 バトルの時のヒカリの印象はとにかく勝利に貪欲というところだ。どれだけ不利な局面に立たされても決して諦めない芯の強さがヒカリにはある。

 対峙していても絶対に勝ってやるという圧をビリビリと感じたものだ。並みのトレーナーではその圧だけで参ってしまうだろう。

 実力そのものもコトネとほぼ互角であり相当訓練してきたことが分かる。

 個人的にはトレーナーとしてヒカリには好感を持っていたのだが、まさか正体がこんなだったとは……。

 

 というか何の用だよ……。

 

 「いやー、レッドさん強いじゃないですか? その強さをどうやって身に付けたのかなーって? シロナさんは私と年齢がだいぶ離れているので実力差ができるのはまだ納得できるんです。でもレッドさんは私とあまり変わらないのにどうして実力差が生まれるのかなーって。」

 

 ……いや、やっぱりバトルの時のヒカリと同じだ。

 笑顔を浮かべているものの、その瞳の奥に勝利を求める欲望がチラチラと見え隠れしている。

 ヒカリがわざわざカントーまで来たのはこれだろう。こっちに来て強くなるヒントを得ようとしているのだ。

 そのヒカリの姿にかつて強さを求めてシロガネ山に挑みに行った自分の姿が重なる。

 今からホテルに戻ってシロナ戦の動画を見る予定だったが、今の落ち着かない気持ちのまま戻っても身にならないだろう。

 ヒカリの性格的にはあまり関わりたくないが、そのトレーナーとしての考え方に妙な親近感が湧いた俺は、どうやって強くなってきたのか話してあげることにした。

 ブルーには先に帰るように伝え、ポケモンリーグ内の休憩室で飲み物を片手に話し始めた。なぜか近くにいたコトネがチラリと何かを言いたげにこちらを見てきたが、そのまま行ってしまった。

 ヒカリのさっきまでのふざけた雰囲気はどこへやら、真剣そのものな視線をこちらに向けてくる。一言一句聞き逃さないという構えだ。普段からこうだったらいいのに。

 

 それから俺は約一時間ほどかけて主にこの三年間のことを話した。

 その間、室内には俺の小さな話し声とたまに相槌を打つヒカリの声だけが響いた。

 

 「……いっぱい話してもらってありがとうございました。それにしてもレッドさんって結構馬鹿なんですね! 強くなるために命を懸けるなんて。そんな人普通はいませんよ?」

 

 俺が話し終えた後、ヒカリの第一声がそれだった。やたらといい笑顔なのがむかつく。

 だが俺は何も言い返せない。話している時、自分でもよくこんな危険なことしてたなと痛感したからだ。

 しかし長々と話したおかげかいくらかは気分転換にもなったようだ。

 そんなことを思っていると、ヒカリがじーっとこちらを見つめていることに気付く。

 

 「……まあでも、その気持ちは分かります! やっぱり強くないと面白くないですもんね?」

 

 そんなことを今日一のキラキラとした笑顔を浮かべて言ってくるもんだから呆気にとられてしまう。

 

 「強くなって、困難な敵に打ち勝つ! これに勝る快感はないですもんね? レッドさんもシロナさんとの戦いに向けてやる気満々だし、分かりますよ私もその気持ち!」

 

 ……俺がやる気満々? 何を見てそう思ったんだ?

 

 「え? だってそんな嬉しそうな表情浮かべてるじゃないですか? 私からシロナさんがレッドさんでも敵わないくらい強いって聞いてテンション上がっているんじゃないんですか?」

 

 そんなこと……。

 あり得ない。

 今回シロナと戦うことになったのは周りが勝手に決めたことだ。

 ブルー曰く、これに負ければ俺は世間から批判されるかもしれない。むしろシロナは弱い方が都合がいい。

 そもそも俺はもう戦わないと決めていた。

 俺が戦いたいと思う道理など一つもない。

 しかし否定する言葉が喉でつっかえて出てこない。

 

 

 

 ……俺はシロナと戦いたいと思っている?

 

 

 

 その疑問を否定することができない。

 つまりは、そういうことなのだろう。

 そう自覚した瞬間、突如、闘争心が一気に湧いてくる。全身が戦いたいと訴えてくる。

 勿論、不安もある。しかしそれを上回る高揚感とでもいうのか、ワクワクしている自分がいることに今更ながら気づいた。

 自分でも信じられない。とっくに闘争心は消え失せていたと思っていたのに。

 まさかこんな子に気付かされるとは……。

 これは感謝しないとな。

 

 「……はぁ、よくわかりませんがどういたしまして。あ、そうだ! 感謝する気持ちがあるなら私の師匠になってくれませんか? 私もシロガネ山に籠ったりしてみたい気もしますけど親が絶対に許してくれないので。かと言って他に強くなる方法も思いつかないので……。」

 

 ……なぜそうなる? 絶対に嫌だが。

 

 「えぇー、お願いしますよー。女の子に一対一で教えれるなんてむしろご褒美じゃないですか?」

 

 じゃあお疲れ。俺はホテルに戻るから。

 俺はヒカリを無視してそのまま部屋を出ていく。

 

 「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 一カ月間とかだけでもいいので、ね? ね? いつか恩返ししますので! 何とか!」

 

 その後、しつこいヒカリにお願いされまくり、早く解放されたい一心で一カ月間だけ修行を見てあげる約束だけしてしまった。

 ヒカリは「やったぁっ! レッド師匠、大好きです!」とわざとらしく言ってくると元気よくスキップ気味に去っていった。

 対照的に俺はトボトボと重い足取りのままホテルに戻っていった。

 

 

 

 色々な面倒なことはあったものの、俺はそれからも訓練を続け、これまで以上のペースで強くなっていった。

 そして、エキシビションマッチ直前には、ピカチュウがとうとう成長限界を迎えた。そもそもポケモンに成長限界なんてあるのか知らないが、少なくとも俺にはこれ以上ピカチュウがどう強くなるのか欠片も想像できない。

 ……自分で言うのもなんだが今のピカチュウに勝てるポケモンがいるとは思えなかった。冗談抜きで、その辺の町とかならピカチュウ一体だけで焼け野原にできると思う。

 他のポケモン達はピカチュウと同水準とまではいかなかったが、シロガネ山にいたときよりは遥かに強くなっていることは明白だった。

 

 他に変わったことと言えば、俺が今後静かに暮らす方法が見つかったとブルーから提案があったことだろうか。

 なんでもみんなの記憶をいじっちゃえばいいとのこと。

 そんなことができるのかと思ったが、もしかしたらそれが可能なポケモンがいるとかいないとか。詳しくはシロナ戦が終わった後に話してくれるとのことだ。

 

 そしてとうとうエキシビションマッチの日はやって来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グリーンとレッドが戦った時をも遥かに上回る人がここセキエイ高原に集結していた。

 レッドとシロナ戦が始まるまで数十分といったこの時間。

 スタジアム内の客席は全て埋め尽くされており、今か今かとその時を待っていた。そして関係者客席にはカントー、ジョウト、シンオウの有名トレーナーや、著名な学者、各メディアのトップが集結していた。

 これだけの顔ぶれは滅多にお目にかかれないだろう。

 

 そして、スタジアム内に一人の男が入場してくる。

 

 赤い帽子を深く被った少年は、しっかりとした足取りで着実に歩を進めていく。

 

 その瞬間、会場が爆発する。

 観客たちの割れんばかりの歓声がビリビリとあたり一帯を包む。

 会場中にレッドコールが響き渡る。

 

 現在のポケモン界で最強と言われているトレーナー、レッド。

 彼が万全の体調であることは事前の取材で判明している。

 前回とは違う。最強のトレーナーの全力を見ることができるのだ。盛り上がるなと言われる方が無理な話だった。

 

 しかし、対するシロナはいくら待っても現れない。

 次第に疑惑の声があちこちから聞こえて来る。

 元々は、シロナが行方不明になった時点でエキシビションマッチも日をずらすか、あるいはシロナの次に強いヒカリを代役とすることが検討されたがそのまま決行することになった。

 というのもレッドの強さを前に逃げたと思われていたシロナだが、それはシンオウの四天王たちによって否定されたのだ。 

 シロナは強くなるために修行に行っているだけだと。

 それによって世間からの「逃げた」などという声は、多少収まったものの、未だにシロナがレッドに恐れをなしたのではないかという声は多く上がっている。

 そして今、時間が経っていくたびにその疑惑が確信に変わりつつあった。

 

 

 

 「お、おいおい! シロナさんちゃんと来るよな? 来なかったら俺たちどうなるんだ!?」

 

 そして、この男、シンオウ地方の四天王であるオーバもまた焦りを感じ始めていた。

 

 「落ち着いてください、オーバ。そもそもあなたが最初に「シロナさんは逃げてねえよ!」と言ったんでしょう?」

 「そうですよ。まあ、僕たちもオーバにつられて言っちゃいましたけど。」

 

 そんなオーバを窘めるのは同じく四天王のゴヨウとリョウ。とは言え、彼らの顔色にも若干の焦りが出ていた。

 

 「いや、そりゃそうだけどよ……。もう試合開始まで五分くらいしかないぜ?」

 「まあ最悪の場合はどうなるかもわかりませんが……我々のクビだけで済めばいいですかね。」

 「ク、クビ……。あぁ、頼むシロナさん来てくれえ!」

 「クビは嫌だなあ……。」

 

 両手を合わせて祈りを捧げるオーバーと、不安げな様子を見せるゴヨウとリョウに歩み寄る影が一つ。

 

 「大丈夫だよ。あの子は逃げるような子じゃないよ。あんた達は何も間違っていないよ。信じて待ってあげなさい。」

 

 シンオウ最後の四天王であるキクノが優し気な表情を浮かべ、そう言ってくれる。

 そしてそんなキクノの言葉に応えるように、会場中からざわめきが聞こえる。

 

 「……あれなんだ?」

 「どれだよ?」

 「ほら、あそこ。なんか近づいてきていないか?」

 「あ、本当だ。鳥か? 三匹いるな。」

 「……ていうか人が乗っていないか?」

 

 次第にその影が大きくなっていき、それに伴いまた観客席から漏れ出るざわめきも大きくなっていく。

 突然、会場中に響き渡るような大きな鳴き声が聞こえてくる。

 聞いたこともない鳴き声だったが、そこには言いようのない圧が込められていた。自然と体がかしこまってしまう。

 異様な雰囲気に包まれた会場が静まり返る中、上空に三体が到着し、その姿があらわとなる。

 それは雷、氷、炎を纏った美しい何かだった。

 その神々しい姿に誰しもが魅了されてしまう。

 一部の人間はその正体が伝説と言われているポケモン、ファイヤー、フリーザー、サンダーであることに気付くも突如舞い降りた奇跡を前に思考が追い付かない。

 そして何よりも驚くべきことは、ファイヤーの背中にあのシロナが乗っていたのだ。

 その姿は歴史に語られる英雄、或いは物語に登場する勇者のようであった。

 

 「……きれい。」

 「……かっこいい。」

 「本当に逃げてなかったんだ……。」

 

 観客席から感嘆の声が漏れ出る中、そのままゆっくりと地上に降り立つ三体。その後に華々しく降り立つシロナ。

 ファイヤーはシロナが降りたのを確認すると、ゆっくりと周囲を見渡した後、レッドの方へ視線を向けると数秒間じっと見つめる。

 レッドもまたそんなファイヤーから視線を逸らさず見つめ返す。

 一体と一人の間でどのようなやり取りがされているかは周りの人間には分からない。

 やがてファイヤーは最後に大きく鳴くとそのまま大空へ飛び立っていってしまう。フリーザーとサンダーも後に続く。

 シロナはそんな三体に「ありがとう」と言うと、レッドの方へゆっくりと方向を変える。

 会場内が不気味なほど静まり返る。

 シロナは、ファイヤーがそうしたようにしばらくレッドをじっと見つめると、口を開く。

 

 「……待たせて申し訳なかったわね。」

 

 ドォッッ!!!

 

 シロナがそう呟いたと同時に、会場中が盛り上がる。

 それは先ほどのレッドが登場した時をも大きく上回る盛り上がり方だった。

 そこには最早シロナを非難する声は一切なかった。シロナを歓迎するようにシロナコールが巻き起こる。

 しかしシロナはそんな歓声を気にした様子も見せずにレッドに言葉を投げかける。

 

 「初めまして、レッド。……さて、ここまで舞台を用意してくれているものね。多くの言葉はいらない。そうよね?」

 

 「………………………………。」

 

 レッドは何も答えない代わりにすっとモンスターボールを構える。

 その様子を満足げに見つめたシロナも同じようにモンスターボールを構える。

 

 そしてポケモンバトルが始まった。

 

 

 

 まず動いたのはレッド。

 彼が投げたモンスターボールから出てきたのは、ピカチュウ。

 これには、会場の一部から疑問の声があがる。

 ピカチュウは大変可愛らしいその見た目から人気はあるものの、強いというイメージはあまりない。そんなピカチュウをレッドが採用していることに違和感を覚えたのだ。

 しかし、三年前のレッドを知る者はこのピカチュウの登場に興奮を隠し切れない。それはそうだ。三年前、このピカチュウがいたからこそ、レッドはカントー、ジョウトの頂点に上りつめたのだ。

 そのピカチュウがどこまで強くなったのかようやく見ることができるのだ。

 対するシロナは、ルカリオを繰り出す。

 

 「バトル……始め!!」

 

 

 

 ピカチュウ、ボルテッカー!

 

 

 

 バトルが開始するや否や、レッドの指示が飛ぶ。

 その瞬間、観客達の大歓声をかき消すほどの落雷にも近い電撃音と共に、辺り一面が真っ白に包まれる。

 レッドの指示からコンマ数秒という僅かな時間。

 その小さな体からは想像できないピカチュウの咆哮と共に、雷を纏った突撃がルカリオに襲い掛かる。

 あまりの速さにレッド自身ですらピカチュウの動きを肉眼でとらえることは不可能。

 バトル開始一秒後、ルカリオが立っていた場所で鼓膜を破らんばかりの大爆発が起こる。

 会場中の人間が驚き静まりかえる。

 観客達から見れば、突如光ったかと思えば爆発したようにしか見えないだろう。

 大量の砂煙が舞う中、風が吹き抜け、砂煙が取り去られていく。

 

 そこには、ピカチュウのボルテッカーを完璧に受け止めるルカリオの姿があった。

 

 しかし鋼の肉体を持つルカリオが完璧に受け止めて尚、完全にダメージをカットすることはできなかった。全身からミシミシと鈍い音が響きその顔に苦悶の表情を浮かべる。

 ルカリオが踏みしめる地面には巨大なクレーターが出来上がっている。いかにボルテッカーの威力が凄まじいかその惨状が物語っている。

 

 これには、レッドも驚愕の表情を浮かべる。

 ピカチュウのボルテッカーは不可視の一撃。普通は初見で避けることなど不可能なのだ。

 それこそレッドがどのような攻撃をしてくるか未来を読むくらいのことをしないといけない。

 

 ようやく今の状況から何が起きたのか理解し始めた観客達が大いに盛り上がる中、レッドとシロナは静かに視線を交わす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……なんで防がれたんだ?

 

 一発目にピカチュウという切り札を出して大技をかまし、相手の一体目を戦闘不能に追い込む作戦だった。いわゆる先手必勝。

 しかしその作戦も空振りに終わってしまった。

 俺がシロナ側ならあんな攻撃が来ても絶対に対処できない。そう断言できる。

 ポケモンバトルでこんな作戦を決行したのは今日が初めてだ。この作戦を知っていたのもブルーのみ。他に漏れることなどあり得ないのだ。

 顔には出さないように努力するが、俺の中には動揺が広がっていく。

 ……いや、これがシロナの実力なのだろう。

 やはりヒカリの言う通り、シロナの実力は本物だ。

 しかしそれはこの会場にシロナがやって来た時から分かっていたはずだ。

 あの炎の鳥ポケモンはファイヤーだ。シロガネ山で戦ったあの姿をもう一度見るとは思わなかった。

 そしてファイヤーのあの目……。

 こっちに来て調べて分かったが、あれは伝説のポケモンだ。そして他の二体は恐らくサンダーにフリーザー。

 そんな伝説のポケモンを従わせることのできる人がただのトレーナーであるわけがなかった。

 シロナの方へ視線を向けると、シロナは不敵な笑みを浮かべて見つめ返してくる。

 甘いわね、などと言われているようであった。

 

 ……上等、絶対勝ってやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 十数日前。

 

 「いいですかシロナさん。あのレッドって野郎は間違いなく大舞台の一発目で大技をかまして来ますよ。」

 「……本当かしら? 普通ここまで規模の大きい大会だと皆慎重にいくものだけど。」

 「だからこそですよ。その裏をかいてレッドは一発目に仕掛けてくる。現にシロナさんも一発目に大技が来るなんて思いもしてなかったでしょう?」

 「……なるほど、オーバの言うとおりね。対策する価値はありそうね。」

 「でしょう?」

 

 

 

 「ありがとうね、オー……あら、どこに行ったのかしら?」

 

 




先の展開を考えてたら前回投稿より1ヶ月経ってました……。
また前回も誤字報告して頂いた方ありがとうございました。
7話の誤字は酷かったので助かりました。


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第九話

 ピカチュウのボルテッカーをルカリオが完璧に防ぐ形で開幕した、レッドとシロナによる頂上決戦。

  

 レッドはすぐにピカチュウを引っ込め、二番手のポケモンを繰り出し仕切り直す形でバトルは再開した。

 そこからの展開は誰も予想していなかったものへとなっていく。

 守り主体の戦い方を好むシロナらしからぬ猛烈な攻めがレッドに襲い掛かったのだ。その様子はまさに鬼気迫るものである。

 レッドは慌てることなく冷静に対応し、相手の動きを捉え、最小限のアクションで攻撃を捌き、隙を見て反撃の手を加えていく。

 しかし、シロナはレッドから反撃をされた時には、素早い状況判断を下し、本来得意としているカウンターを叩き込むという、攻守共に隙の無い戦法でもってレッドを追い詰めんとする。

 

 攻めるシロナと守るレッドの構図が出来上がり、戦いは膠着状態へともつれ込む。それでもシロナの勢いは止まらない。時が経つ毎に勢いを増していくシロナ。だがレッドも呑まれることなくシロナの勢いに合わせるように、さらに動きにキレを見せ対処していく。バトルはより激しさを増していくが、それでも膠着状態は続く。

 しかし、バトルの内容を見ると、その優位性はレッドに傾く。

 シロナ側は全開スタートを切り、苦戦しつつもレッド側の鉄壁とも思える防御をかいくぐり有効な攻撃を当てていく。しかし決め手には欠ける状況。

 一方のレッドはシロナから攻撃を受ける度に不可解そうに顔をしかめる様子を見せるも、致命傷を受けるのは避け、まだ余力は残している。様子見といったようにも見える。

 この状況だけを見れば、優位であるのはレッドであった。

 

 しかし、盤外にて徐々に変化が生じる。

 観客達の心が揺れ動き出したのだ。

 観客達の多くが期待していたのはレッドの活躍だ。そもそも直前までシロナはレッドの圧倒的強さを前に逃げ出したと思われていたほどだ。皆がレッドの圧倒的勝利を信じ、期待していたのは間違いない。

 しかし伝説のポケモンであるフリーザー、サンダー、ファイヤーと共に登場したことで観客達を魅了したこと。さらに蓋を開けてみれば、目に入ってくるのは最強のトレーナーであるレッドに必死に食らいつくシロナの姿だった。

 シロナが正真正銘全精力を注ぎ込んでバトルに臨んでいることは、その様子から明白だった。これまでのポケモンバトルで見せていた余裕の表情など欠片もない。レッドをどう追い詰めるか、どう反撃してくるか、何か見落としは無いかと、全神経を集中させバトルに臨んでいた。

 何より絶対に勝ってやるんだという熱い気持ちが遠目に見ていてもヒシヒシと伝わってきた。

 

 そんなシロナの奮闘する姿に心を奪われた観客達が次第にシロナに声援を送りだす。小さなさざ波だったシロナへの声援はすぐさま大きな波となり、会場中を包む巨大な声援へと化ける。それがシロナの背中を大きく押す。見ていて分かるほどシロナのポケモン達はどんどんと動きにキレを見せ、徐々にレッドを押し始める。レッドの余裕の様子もいつしか消える。それでもレッドは相変わらず大きな動きは見せず、あくまで冷静に立ち回りシロナの攻撃をかいくぐろうとするが、シロナの勢いに押され、捌ききれない場面が目立ってくる。

 

 そしてとうとう、レッドがピカチュウと交代させた実質一体目のポケモンが地に伏した。起き上がる事はない。これで残りポケモンは六対五となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レッドが格上のトレーナーであることは戦う前から分かっていた。だからこそ出し惜しみは一切せず、スタートから全力でぶつかった。

 その甲斐あってか極限まで集中力を研ぎ澄ませ、相手の対応を上回る打点を重ねることで、こちらの攻撃がレッドに届き得た。勿論簡単なことではない。少しでも判断を誤ればレッドは必ずその綻びを突いてくる。

 しかし長年ポケモンバトルに費やしてきた経験と、シロガネ山での壮絶な修行の成果が私を支えてくれる。特にシロガネ山で得た攻めのパターンやカウンターがレッドに対してとても有効に決まっていく。まるで対レッドのために身に着けたのではないかと疑うレベルだ。

 

 ……こんなにワクワクした気持ちは本当に久しぶりよ!

 絶対に諦めずに最後には勝ってみせるわ!

 

 湧き上がる感情と共にさらに集中力を高め攻め立てる。

 しかし、それでもレッドは崩れてこない。

 

 レッドは強い。強すぎる。

 ポケモン達のレベルは言わずもがな。あれほど鍛え上げられたポケモンは見たことが無い。そして恐るべきは、レッドの視野の広さと素早い状況判断能力だ。こちらがどれだけ激しい攻めを見せても必ず対応してくる。時折繰り出す搦め手や不意を突いた攻撃でも同様だ。どんな手に対しても毎回最善の手を打って応えてくる。しかもまだ全力を出し切っている様子もないと来た。

 そのあまりに完成された強さを前に、バトル中だというのに感動を覚え、レッドと言う人間を深く尊敬すらした。

 

 後もう一歩なのだ。あと少しでレッドを突き崩すことができる。

 ……ここが私の限界?

 冗談じゃない。そんな簡単に己の限界を決めつけてこの楽しい勝負を諦めろと言うの?

 ここが限界なら超えるだけのこと。

 レッドという初めての好敵手を前に私の強い想いが際限なくどんどんと湧き上がる。それに応えるように己の限界を超えていき、レッドの喉元に刃を突き立てる。 

 その時だった。まるで私の想いが届いたかのような出来事が起きる。

 

 「シロナさん、頑張れ!!」

 「シロナ、あんた最高に熱いぜ!」

 「レッドに負けるんじゃない!」

 「あともう一歩だぞ!」

 

 それまでレッドに向けられていた声援が私に向けられ始めたのだ。

 ここはレッドのホーム。つまり敵地だ。確かに遠方から私の応援に来てくれている者も少なからずいる。それでもレッドに向けられる応援の量が圧倒的だったのは言うまでもない。

 シンオウで絶大な人気を誇るシロナは声援を向けられることなど日常茶飯事であった。しかし今回の声援ほど巨大で熱烈なものはシロナをもってしても初めての経験であった。

 なぜ私に声援を向けられたのかは分からない。 

 だがそれは確かに私の心を熱くし、私を完全に限界のさらに向こう側に突き動かしてくれる。

 

 そしてようやく私の刃がレッドに届いた。

 

 ……いけるっ!

 ようやくリードを得たことでシロナは心の中でガッツポーズを取る。

 レッドもようやく本気を出してきたと見える。このままいけばレッドに勝つことも可能だと確信する。

 

 懸念はある。

 最初に少しだけ姿を見せたピカチュウだ。

 最初はこの場にふさわしくないポケモンの登場に戸惑ったが、すぐにその考えを改めた。

 あれは明らかに異質だ。

 鍛え上げられている、なんて言葉すら生ぬるく感じる。一体どれだけ修行すればあんなピカチュウが誕生するのか……。

 何よりあのボルテッカー。まともに食らえばひとたまりもないだろう。技を食らった直後はそのあまりの威力に思わず苦笑いを浮かべてしまったほどだ。オーバの助言もあって、こちらは初手から防御に徹した為、直撃を免れたのは本当にラッキーだったと言える。

 この先間違いなくピカチュウが壁になってくる。それが分かっていてレッドもピカチュウを下げたのだろう。来るべき場面に備えて。

 だが、私は前に突き進むだけだ。

 レッドを前に少しでも勢いを失えばすぐに吞まれてしまうだろう。

 今のこの乗りに乗った勢いのままにレッドを圧倒する。これしかない。

 そのことを改めて心に刻み、輝く銀色の瞳に闘志の炎を浮かべ、さらに前へ突き進んでいく。

 

 その後、勢いづくシロナがレッドを圧倒する形でバトルは進んでいく。

 レッドも驚異的な粘りを見せるも、徐々にシロナに優位を奪われていく。

 過去にも例がないほどの長い時間が経過していくも、会場の熱気は冷めるどころかどこまでも盛り上がっていく。

 盛り上がりの中心にいるのはシロナ。

 その表情に疲労の色が見え始めるも、勢いは全く衰えることはない。

 現状は、シロナの持ちポケモンが四体。対するレッドは三体。

 そしてさらに会場から爆発するような歓声が巻き起こる。

 シロナのポケモンがとうとうレッドの四体目のポケモンを倒したのだ。

 これで四対二。

 

 どちらが優勢かは誰の目から見ても明らかだった。

 実力が拮抗するトレーナー同士のバトルにおいてこの差はあまりに絶望的。

 シロナが勝利する、そんな結果が見えてきて会場に漂っていた緊張感が緩まっていく。

 

 残りは二体……。

 このまま押しきるっ!

 

 シロナ自身は会場の雰囲気とは対照的に緊張感を途切れさせることなく、むしろ高めていく。滴る大量の汗をグイッと拭い、自分自身を奮い立たせる。そして鋭い眼光を向け、次のレッドのポケモンが出てくるのを待つ。

 しかし、いつまで経ってもレッドの次のポケモンが出てこない。

 不思議に思いレッドの方を見つめる。観客達も違和感に気付いたのかレッド本人へ視線が集まる。

 当の本人は、万を超える視線を集めて尚、静かに立っていた。

 不利な局面に立たされているはずのレッドの姿はどこか未知の不気味さを含み、異様な雰囲気を漂わせている。

 やがてレッドは、静かに自身が被る帽子の鍔に手をかけ、くるりと鍔が後ろにくるように帽子を被りなおす。

 それによって、隠れていたレッドの瞳がよく見えるようになる。

 ……っ!

 レッドの瞳を見たシロナを含む全員が息を吞む。

 レッドは全く諦めていない。いや、むしろこれからが本番だとでも言うようにその瞳に強い光を携えシロナを真っすぐに見つめていたのだ。

 その眼力にシロナは全身が硬直したような感覚にとらわれる。

 ……仕掛けてくる!

 そうシロナが確信したところで、レッドは五体目のポケモンを繰り出した。

 

 

 

 一度は緩まりかけた会場の緊張感がまたもピークに差し掛かろうとしていた。

 理由は単純。バトルの展開がガラリと変わったからだ。

 これまで守りに徹していたレッドが一転、攻勢に打って出たのだ。最初はヤケクソになったのかと疑う観客達だったが、すぐに違うと気付かされる。

 まるで未来でも見えているのかと疑うほど、シロナ側の攻撃を的確に読み、僅かな隙を突き、確実に攻撃を加えていく。逆にあれほどレッドのポケモンを追い詰めていたシロナの激しい攻撃はほとんどが無力化され、シロナのポケモンだけが一方的にダメージを蓄積させていく。

 そんなレッドの戦い方は美しくすらあり、シロナを応援をしていた観客達すらもみるみる引き込んでいく。

 これには流石のシロナも何が起きているのかと焦りを見せる。何とかしようと打開を試みるもすべてレッドによって完璧にいなされていく。

 

 これまでの長い試合展開が嘘のように決着はあっという間であった。数分とかからずシロナの三体目のポケモンが戦闘不能に追い込まれてしまう。対してシロナが相手に与えたダメージはほんの僅かであった。

 シロナは諦めず、すぐさま新たなポケモンを繰り出す。

 

 ……どういうこと? 急にレッドの動きがよくなった?

 

 レッドの切り札であるピカチュウにやられてしまったのならまだ納得もできた。しかし、レッドが五体目に出してきたのはピカチュウではない。切り札以外のポケモンにほぼ一方的にやられてしまったという事実が重くのしかかってくる。これでは、ピカチュウを出されてしまえばこちらは何もできず負けるのではないのかという考えがちらつく。

 

 ……ま、まずい。

 

 これまでの乗りに乗った勢いを完全に殺されたことを悟ったシロナの中で動揺の波が広がっていく。それと同時にまるでおもりをつけられたように全身が重く感じる。それが疲労によるものだと気づく。ここまで長い時間、極限の集中力を維持してきたツケが回ってきたのだ。

 焦り、疲労、困惑が同時にシロナへと襲い掛かり、心をへし折らんとする。

 

 まさかさっきまでのレッドは、本気を出していなかった?

 ……くっ、だとしても諦めない。まだこちらの方が有利。ここで焦ったらそれこそ相手の思うつぼよ。

 

 ここで、突如レッドはポケモンを交代させてくる。

 残りのレッドのポケモンは二体のみ。つまり交代で出てくるポケモンは……。

 

 「ピッカチュウ!」

 

 勿論ピカチュウである。

 その愛らしい見た目とは裏腹にギラギラとした獰猛な目をこちらを真っすぐに見抜いてくる。それはまさに飢えた獣のようであった。

 

 ……ゾクッ

 

 全身が硬直し、鳥肌が出てくるのを感じる。

 レッドは完全に流れをものにしようとしてきている!?

 ピカチュウはレッドの切り札。

 そのピカチュウを出してきたという事は、レッドがここで勝負を決めにかかって来たという事を示している。

 つまりはレッドが私に勝つ算段を立てたということ。

 まだこちらのポケモンは三体も残っているというのに。その中には私の切り札であるガブリアスも控えている。

 早計だと思いたいが、たった今為す術なくやられたことを思うと本当に食われてしまうのではと思ってしまう。

 

 そこからの展開はさらに早いものだった。

 ピカチュウによる蹂躙劇がシロナを襲った。自身への反動ダメージを配慮してなのか、ボルテッカーは使用していない。だが、それでもシロナのポケモンは着実に攻撃を重ねられ、ガブリアスを除くすべてのポケモンが一瞬のうちに地に沈んだ。その間、シロナのポケモンの攻撃がピカチュウを捉えることはただの一度も無かった。

 

 「……はぁっ……はぁ!?」

 

 目の前で起きていることを現実のものとして受け止めることができなかった。

 激しい動悸が全身を襲い、荒い息を吐く。

 頭の中がぐるぐると回り、吐き気すら感じる。

 あっという間に一対二と逆転されてしまった。それもこの僅か十分足らずの間にだ。悪い夢を見ているようだった。

 震える手でガブリアスが入っているモンスターボールに手を伸ばす。汗で中々モンスターボールを掴むことができない。

 相手はピカチュウ。タイプ相性としてはこちらのガブリアスの方が有利。恐れることなどないはず。それに私のガブリアスだけは他のポケモン達とは別格の強さを誇る。だがそれでも決して敵わないという確信にも近い不安が全身を襲ってくる。

 だがシロナはそれを振り切る。

 

 ……最後まであきらめない!

 

 しかし、不屈のシロナの想いも虚しく勝利の女神が微笑むことはない。

 ピカチュウの圧倒的強さを前には、ガブリアスでさえも歯が立たない。

 

 そして、あっという間に後一撃食らえば負けるという場面まで追い込まれてしまう。

 

 ……くっ、ピカチュウの動きを捉えられない!?

 

 でんこうせっかを交えた超スピードで不規則に動き、ガブリアスとシロナを翻弄する。今のピカチュウの動きを肉眼でとらえることは困難を極めた。先ほどまでの限界を超えたシロナであれば或いは今のピカチュウにも対抗できたかもしれない。

 しかし心身ともにに疲れ果てたシロナには到底不可能な話であった。

 

 「……っ、ガブリアス、ドラゴンダイブよっ!」

 

 シロナの指示により、ガブリアスの攻撃がさく裂する。しかし、それはピカチュウがいる場所とは見当違いの場所に攻撃する結果となる。

 その隙を逃さずレッドの口からとどめのアイアンテールの指示が飛ぶ。

 素早いピカチュウから繰り出されるアイアンテールを避けられるわけもなく、ガブリアスに直撃する。

 満身創痍であったガブリアスの巨体が崩れていく。これで勝負は終わった。誰もがそう思った。

 

 「……ガブリアス! げきりんよ!」

 

 シロナが力強く指示を飛ばすと、限界を迎えているはずのガブリアスが地の底から鳴り響くような咆哮をあげる。ピカチュウにドラゴンの怒りを込めた決死の一撃が襲い掛かる。ピカチュウが攻撃した直後のことであり、ほぼゼロ距離にも近い地点からの反撃の一手。それはピカチュウに直撃し、衝撃波と共に爆音を響かせながら小さなピカチュウの体は簡単に吹っ飛ぶ。それと同時にガブリアスの体はズシンと音を立て、今度こそ倒れる。

 

 ……ガブリアス、よく頑張ってくれたわ。

 最後にあのピカチュウに一矢報いることができ……た……え?

 

 シロナは信じられない光景を瞳に映す。急所を捉えたガブリアスの最高出力の攻撃を受け、ピカチュウはダメージを受けたはずだ。それこそ戦闘不能に追い込むほどのダメージをだ。それにも関わらずピカチュウは宙でくるくると体を回転させ体勢を整えるとそのままその足で地におり立った。ダメージを受けたようには見えない。

 

 ど、どうして……あっ……。

 

 見るとピカチュウの尻尾が銀色に輝いていた。あれはアイアンテール。

 まさか、咄嗟のアイアンテールでガブリアスのげきりんを相殺した……?

 

 信じられないことだが、そうとしか考えられない。

 最後の最後までピカチュウに……いやレッドに敵わなかった。

 完全なる敗北である。

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 当初の作戦では、ピカチュウのボルテッカーで相手の出鼻を挫き、相手が立て直す前に全てを終わらすという短期決戦に持ち込む算段だった。

 しかし、逆にこちらの出鼻を挫かれるレッドは、しばらく防御に徹し相手の出方を窺うことにした。

 

 レッドはすぐに異変に気付いた。

 この一カ月弱、レッドはシロナの過去のポケモンバトルの映像を見てシロナがどのような戦闘スタイルであるかは把握していた。シロナは基本的に自分からガツガツと攻めることはせず、どっしり構えて相手の出方を伺い、カウンターの要領で攻める。そういった戦略を取るという認識だった。こちらもそれに合わせて様々なシチュエーションを想像し、戦略を練ってきた。

 しかし予想に反しシロナは激しい攻めの手を打ってくる。作戦通りの攻撃を仕掛けても効果は薄い。

 

 ……実力を隠してたとしてもここまで変わるものなのか? これじゃあまるで別人と戦っているみたいだ。

 レッドはブルーの助けも借りながら、シロナが実力を隠していると仮定したうえでの対策もしていた。しかし今目の前にいるシロナの戦い方は完全に想定外のものだった。

 そう判断したレッドは、この一カ月かけて積み重ねてきた対シロナ戦への戦略の数々を躊躇なく全て捨てる。通用しない戦略など足かせでしかない。そしてどうして実力を隠していたのかなんてどうでもいい。重要なのはシロナに勝つ戦略をこの土壇場で一から組み立てる必要が出てきたということだ。

 そこでレッドは、引き続きシロナの出方を窺うため守りに徹することにする。

 

 展開が進み、シロナについての情報が集まっていくごとにレッドの中には困惑が広がっていく。

 シロナは完全に自分より上の実力を持っているのだと予想していた。

 ところがバトルを進めていくごとに自分とあまり実力に差がないと感じるようになってくる。いや、それどころか自分の方が実力が上ではないかとも。

 その証拠に冷静に守りに徹していればシロナの動きを十分に捉えることができた。はっきり言って余裕さえある。

 しかしあることがレッドを混乱させていた。

 

 ……くっ!? またか……嫌なところを突いてくる……。

 

 時折、シロナの繰り出してくる攻撃が的確にこちらの僅かな隙を突いてくるのだ。隙といっても本当にあるか無いかといったもの。いや隙という言葉もしっくりこない、癖といってもいい。人には必ずその人特有の癖が染みつくものだ。俺にもそれはある。勿論、癖と言っても普通は分かるものではない。特に俺は修行で付け入れられるような部分は限界までそぎ落としている。

 長年一緒にいたブルーやグリーンならともかく今日初対戦のシロナが俺の癖を知っているはずもなかった。過去の自分の対戦動画でも見て研究したかと考えるがすぐに違うと結論付ける。これは直接かつ本気で戦ってこそ見えてくる類のもの、あり得ない。

 つまり、シロナが初見で俺の癖を把握してきていることに他ならない。相手が俺の実力を遥かに上回る実力者であるなら納得はできる。だがシロナと俺の実力差はほとんどないと来たものだ。まだ本気を出していないのではないかとも疑うが、シロナの様子を見てその可能性はないと確信する。シロナは完全に本気を出してきている。あれが演技なら世界一の女優になれることだろう。

 シロナは飛びぬけた観察眼でも持っているのだろうか? 

 そんなことを考えてしまう始末。

 さらに付け加えるとこちらの想像を遥かに上回る視野の広さと状況判断能力の高さを持っている。こちらの生半可な攻撃ではすべてカウンターの餌食になってしまう。これも事前にシロナを研究している時には想像すらしていなかったことだ。

 

 どうなってるんだよ、まじで……。

 

 結局、初手にボルテッカーを止められたことや、ファイヤー達を手懐けていたという事実も重なり、シロナの実力を測りあぐねてしまい、攻めに転じ切ることができない。

 こちらも攻勢に出れば互角以上に戦うことはできるだろう。しかしそれにしてはあまりに情報が不足している。何よりシロナは時間が経つごとにどんどんと勢いを増していく。その勢いは凄まじいもので、気を抜くとこちらとの実力差すらも乗り超えて一気に吞み込んできそうな勢い。そんなシロナに真っ向勝負を挑むのはあまりにリスキーだ。

 ピカチュウなら正面から叩き潰せる自信もあったが、ピカチュウにも耐久性があまり無いという弱点がある。万が一攻撃を食らい、やられてしまえば一気に流れを持っていかれるだろう。やはりピカチュウを出すのはすべての舞台を整えてからだ。

 

 そして考えた結果、レッドは戦略を決定する。

 それはシロナの勢いを逆に利用するというもの。

 こちらは全力で守りに徹する。そうすればどれだけ勢いがあるシロナでも俺のポケモンを突き崩すにはかなりの骨が折れることになる。勿論、時折攻撃も織り交ぜ、シロナから高い集中力と注意力を引き出すことも忘れない。

 そして好都合なことに観客達も奮闘するシロナに声援を送り、シロナの糧となる。自分に向けられる声援とは時として、自分の実力以上の力を引き出してくれることは俺も経験から知っている。現にシロナはこちらが全力で守りに徹しているのにも関わらずそれを上回る攻撃力で俺のポケモンを戦闘不能に追い込んでくる。

 しかし、俺は知っていた。

 自分の実力以上の力を引き出すという事は、それだけ自身の中にあるエネルギーを大量に消費させていることに。だが勢いに乗っている時は大量のアドレナリンがその事実を忘れさせてくれる。

 つまり、普段以上の力を出しつつ疲れも感じないという一見すると無敵の状態となる。

 

 ……だが勢いとは一度失ってしまえば再起させることはとても難しい。そしてそれは勢いが強ければ強いほどその反動も大きいものだ。

 

 俺は守りに徹しできるだけ時間を稼ぎつつ、シロナの動きを観察した。そしてどんどんとシロナ側の動きを見極めていく。こちらがシロナ側の動きを見極めつつあることは決して悟らせない。それを悟らせる時は畳み掛ける時だ。

 後は好機をじっと待つだけだ。

 勢いに乗っている時は疲れを感じないとは言ってもシロナだって人間だ。限度がある。シロナが疲れを見せ始めたとき、それが反撃開始の合図だ。

 ここで焦ったらそれこそ終わり。

 これが実は一番難しい。勢いに乗る相手を前に耐え続けるというのは予想以上にプレッシャーに襲われるものだ。

 しかし必ずその時は来る。その確信が俺にはあった。

 

 それから着実に俺のポケモンが一体、また一体と倒れていく。その度に心がざわつく。しかし耐える。耐え続ける。

 

 そしてその時は来た。

 

 俺のポケモンが残り二体にまで追い詰められた時。

 相変わらず乗りに乗るシロナ。しかしピークを通り過ぎたシロナのパフォーマンスは低下しつつあった。疲労も表面化してきた。対するこちらは守りに徹していたこともあり余力がある。ここまでじっくりと引っ張った甲斐はあった。

 もう我慢をする必要は無い。

 なにより、シロナの動きはもうほとんど見切った。

 

 俺は、ゆっくりと目を閉じ深呼吸を行い、全身に酸素を送る。

 意識を完全に切り替え、自身を極限までの集中状態にまで昇華させる。

 三年前のグリーン戦、そしてシロガネ山でのコトネとの戦い以来の嘘偽りのない全身全霊の本気モード。

  

 ……シロナ。

 ここまで散々ストレスを溜めさせられてたんだ、発散させてもらうぞ。

 

 防御から攻撃への切り替え。今の疲れ始めたシロナを圧倒することはなんてことはなかった。

 まずピカチュウという切り札以外からの予想外の反撃。

 その効果は火を見るよりも明らかだった。

 勢いを殺されたシロナは、先ほどまでの動きが嘘のようにがたついていく。

 だが、シロナの目は死んでいない。

 だからこそここで完全にシロナの勝利の可能性を潰すため、ピカチュウを迷わず出す。相手の反撃の芽が出る前に全てを容赦なく焼き払っていく。ここまで来れば反動を食らうリスキーなボルテッカーは使用しない、必要もない。

 シロナが精神的に追い込まれ始めているのはその表情を見れば分かった。

 こちらの勝利はもう目の前。

 だが油断はしない。最後の最後まで。

 シロナは最後まであきらめず抵抗し、最後にはピカチュウに一撃を与えんとしてくる。そのシロナの姿には敬意を払わざるを得なかった。

 しかし、それもこちらの掌の上。俺とピカチュウには通用しない。

 最後まで完璧に相手の攻撃を封じ込めた。

 

 こうして数時間にも及ぶバトルは俺の勝利で幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 審判により俺の勝利宣言がなされ、ようやく俺は集中モードを切る。

 その瞬間、周りの観客達の鼓膜を破らんばかりの歓声が耳に入ってくる。

 重力による重みを急に思い出したかのようにガクンと全身に重みを感じる。

 気づくと大量の汗をかいており、心臓も早鐘を打つように全身に響いていた。

 

 ……はぁっ、……危なかった。 

 まじで今まで戦ったトレーナーの中で一番強かった。

 ……でも楽しかったなぁ。

 

 勝利できたことで全身が安堵の気持ちで包まれる中、俺は激闘を繰り広げた対戦相手であるシロナへ視線を向ける。

 シロナは、呆然と立ち尽くしていた。何が起きたか分からないと言った感じだ。負けてしまったことが信じられないのかもしれない。まああれだけの実力の持ち主だ。負けることに慣れていなかったとしても不思議ではない。というか確か無敗伝説とかも持っているんだっけ?

 俺はそんなシロナをじっと見つめる。

 実はと言うと俺はシロナについてかなり興味を持っていた。勝ったとは言え、結局シロナについては謎に包まれた部分が多かった。初手のボルテッカーを止めたこと、俺の癖を見抜き攻めてきたこと。俺はシロガネ山で修行することで強くなったが、シロナがどのようなプロセスを得て強くなったのか。伝説のポケモンとの関係など気になることが盛りだくさんだった。

 その俺の視線に気づいたのか、シロナは「……あっ」となぜか酷く怯えたような反応を見せてくる。興味を持った相手にそんな反応をされると傷付いてしまう。

 だけどめげない。俺は興味を持ったら突き進むタイプだ。バトル後の礼儀である握手をするためにもシロナへと近づいていく。

 近づいていくたびにシロナは追い詰められた子猫のように怯えるのでなんだか悪いことをしている気分になってくる。

 シロナの目の前まで来たが、シロナは息遣いをやや荒くしこちらを相変わらず怯えたように見つめてくる。その頬はほんのり紅潮している。

 ……どうしたんだ?

 そんなことを考えつつ、向こうからのそれ以上のアクションが望めないので、手をさし伸ばす。無論、握手をするためだ。

 するとその手を見たシロナは、さらに息遣いを荒くし、顔を真っ赤にするとそのまま仰向けに倒れてしまった。

 

 ……えっ?

 

 意味不明である。

 突如、倒れてしまったシロナにどうしていいのかと思考がフリーズしてしまう。

 でも試合後に突然倒れてしまうという光景を最近どこかで見たことがあるような……。

 あ、この前の俺か。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 負けた。

 完敗。

 その事実が全身を駆け巡っていく。

 私は無敗伝説なんてものを作り出してしまうほどに、チャンピオンになってから負けたことがない。勝利はいつだって当然の事であり、私にとっての何の刺激もない日常の一部でしかなかった。

 それが崩れたのだ。

 あまりに現実味がなく夢でも見ているのではないかという感覚に襲われる。

 しかしこれが夢でないことは流石に分かる。

 だが、不思議と悔しいという気持ちは湧いてこなかった。

 それとはもっと別の感情が私の中を満たしていた。それが何かは分からない。感じたことのない感情だった。

 その時、私はレッドから見つめられていることに気付いた。

 レッドの瞳がまっすぐに私に向けられている。そう認知した瞬間私の心が大きくざわついた。それがなぜなのかは分からず、私は未知の感情の揺さぶりに恐怖した。だというのに、レッドはなぜかこちらに近づいてくる。一体私に何をするつもりなのかは分からない。それを止める手段も持ちえていない。

 

 ……そう、私はレッドに勝てなかったのだ。レッドのすることを止められる訳がないのだ。レッドの前に私は屈服するしかないのだ。

 

 その考えに行きついた瞬間、子供であるはずのレッドがとんでもなく大きく恐ろしく見えてしまう。

 だが、どこかで今のこの状況を受け入れている自分がいるような気さえする。いや、それではまるで変態ではないか。

 ……違う、そう、違うはずだ。

 心臓が大きく波打ち、呼吸も荒くなる「はぁ……はぁ……」と上手く空気を吸えない、苦しい。顔も熱を帯びてきているようだ。

 一体何が起きているの?

 訳が分からなかった。

 そして目の前にレッドが来てしまった。

 鼓動がうるさい、苦しい、熱い。これは異常だ。何か私によくない何かが起きている。

 レッドから手を差し伸ばされ始めていることに気付く。

 徐々に近づいてくる手。何をされる? 何をするつもり?

 様々な想像、改め妄想が脳内を駆け巡り、その度にシロナは混乱していく。

 

 元々バトルで酷使していたシロナの脳はとうとうオーバーフローして倒れてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある洞窟の最深部。

 

 ここはどこだ?

 わたしは、だれだ?

 なぜ、ここにいる?

 

 いや、一つだけ知っている。

 わたしを作ったのは人間。

 

 では、私は何のために生まれてきた?

 だれが生めと頼んだ?

 だれが作ってくれと頼んだ?

 

 ……。

 

 




いや、本当に久しぶりの投稿となってしまいました……。
ネタ詰まり+忙しかったなどなどありまして……。

前話でも感想頂いた方ありがとうございます。
大変励みになっております。



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第十話

 最強のポケモントレーナーが誰かと問われれば誰と答えるだろうか?

 

 誰もが彼の名前を答えるだろう。

 

 『レッド』と。

 

 

 

 先日のレッドとシロナの激闘は、世界中に震撼を与えた。

 レッドとシロナ、両者は間違いなく長い歴史の中でも最強の実力を誇っている。

 その二人の戦いは、まさしく未来永劫語り継がれることになるだろう名勝負であった。

 そしてそれは、レッドの勝利で幕を閉じた。

 すなわち、レッドこそが、この世で最も強いということが証明されたことでもあった。

 そのレッドは、初めてポケモンリーグを制覇してから三年の時を経て、晴れてチャンピオンの座についた。

 

 全トレーナーが待ちに待ったその時がとうとうやってきたのだ。

 これまでも十分に盛り上がり続けてきたポケモン界だったが、レッドがチャンピオンになったことで、それは最高潮に達する。

 その影響は、カントー、ジョウトに留まらず世界中に及んだ。

 名実ともにポケモン界の頂点に君臨したレッドの影響力は絶大であった。

 

 

 

 今こそがポケモン界の革命の時であり、新時代の『原点』であると、誰もが疑わなかった。

 

 

 

 この日もまた、レッドはチャンピオンとして数々のバトルを繰り広げ、大勢に見守られる中、その圧倒的強さを発揮した。

 レッドの周りは、常に大勢の人間で埋め尽くされ、誰もが英雄にでも接するようにキラキラとした憧憬の眼差しをレッドに向けた。

 

「お、俺、いつかレッドさんみたいになりたいですっ!」

「きゃーっ! レッドさんかっこいい!!」

「レッドさん、あ、握手してください!」

「どうやったらレッドさんみたいに強くなれますか?」

 

 しかし、レッドは寄ってくる人々には目もくれず、帽子を深く被り、沈黙のままにその場を悠然と去っていく。

 いちいち答えるつもりはない。

 ただ黙って、俺の背中を見て追ってこい。

 レッドのまだ少年の、しかし誰よりも大きな背中はそう語っていた。

 人々はそのあまりに大きな存在の前に、呆気にとられ、少し遅れて、その偉大な立ち振る舞いに心が震え、益々レッドに魅入られていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陽が沈み、真っ暗な闇が支配する頃。

 その中、当のレッドは一人で項垂れながら重い足取りで、ポケモンリーグの敷地内に与えられたチャンピオン専属の居住宅へと向かっていく。

 その姿には覇気が感じられず、とても今世間を賑わせている人物とは思えなかった。

 ちなみにここに帰って来たのは実に一週間ぶりであった。

 この一週間、チャンピオンとして各地で大勢の人間に囲まれてポケモンバトル、訓練、ポケモンバトル、訓練、ポケモンバトル、訓練……、そして稀にテレビ出演などをこなしてきた。

 9割がポケモンバトルか訓練で、残りがその他という感じである。

 ようやく目的地に到着したレッドは、おぼつかない動作でドアを開く。

 

「お帰りレッド。今日帰ってくるって聞いてたから、このブルー様がわざわざ来て、ご飯を用意してあげてたわよ。どうせあんたのことだから放っておいたら何も食べずに寝そうだしね。」

 

 玄関で靴を脱ぎ捨てていると、どことなく機嫌の良さそうなエプロン姿のブルーがやって来て迎え入れてくれる。

 ブルーには、例の依頼の件もあり、何かと都合がいいと合い鍵を渡しているので、それで部屋に入ったのだろう。

 俺は、『ブルーが料理を作って待ってるとか何事!?』なんて感想が出てこないほど疲れ切っており、ぼうっとブルーを見つめる。

 そんな俺の様子を訝しく思ったらしいブルーは、「……なにしてるの? 早く上がりなさいよ?」と促してくる。

 そんなブルーの言葉に応えることなく、俺はその場に膝から崩れ落ち、両の手を床につく。

 

 

 

 ……ブルー様。助けてください。

 ストレスで死にそうです。

 

 

 

 

 いや、もう無理。まじで。

 元々、人と関わるのが苦手だったのに、今や毎日毎日、大量の人に囲まれるとか地獄でしかない。

 ポケモンバトルや訓練自体は、まあいい。

 シロナ戦以降、俺もポケモンバトルは続けたいと思っているからだ。

 もっと言うと、もう一度シロナと戦いたいと強く思っている。

 その理由は、この前のバトルではシロナが本気を出し切れていなかった可能性があると見込んでいるからだ。バトル後に俺と同じように倒れてしまったこともそうだが、バトル中、シロナについては謎が多い部分があった。

 バトル後、録画されていた動画を見ながら色々推測してみたが、やはり分からなかった。

 ……まあ、仮にシロナが本気を出し切っていたと分かったとしても、やはり俺はもう一度シロナとは戦ってみたいと思うだろうが。

 というわけで何としてでもシロナとお近づきになりたく、コミュ障の俺なりに頑張って、今ではシロナとメールのやり取りを行う関係にまで発展させることができた。

 ただまあ、シロナからのメールの内容はよく分からないことが多いので、やり取りに困ってしまっているのが現状なのだが……。

 

 ……と、話が少々逸れたが、要はポケモンバトルや訓練をする分には特に不満は無い。

 しかしだ、だからといって俺がチャンピオンになることを了承した覚えなんてない。ちなみに気づいたら勝手にチャンピオンになってた。

 チャンピオンになってしまったせいで、嫌でも人と関わる機会が多い。……いや、というか人と関わらないことなど無い。

 ポケモンバトルや訓練中でも常に掃いて捨てるほどの人間が周囲にいるのだ、たまったものでは無い。

 

 特にテレビ出演……、これがもう本当に無理。

 俺は絶対出たくなかったのに、「レッドさんの素晴らしさを、より世に広めるために少しでいいのでテレビに出てください! それ以外は思う存分、ポケモンバトルしてもらっていいので!」とか、訳の分からないことを言われて有無を言わさず、テレビ出演させられたのだ。

 これまでも試合後のインタビューなどではテレビに出たことはあったが、それとは訳が違う。

 ……くっ、今思い出しても心が抉れるようだ。

 話題を振られても結局まともに答えられなかったのだ。

 ちなみにその場は、周りの奴らが勝手に俺の代弁をして、聞いているこちらが羞恥で死にそうになるほど俺を褒めまくり、勝手に盛り上がっていつの間にか番組が終わっていた。

 まじで何の番組だったんだよ、あれ。

 しかも視聴率がかなり良かったとか何なんだよ。

 

 大体、世の中の奴ら馬鹿すぎだろ?「レッドこそが人類の宝だ!」なんてことを大真面目な顔で言ってすり寄ってくる始末だ。

 何が人類の宝(笑)だよ。

 頭おかしいんじゃねえの?

 

 あまりのストレスにレッドの心の中は負の感情で満たされ、濁流の如く愚痴が止まらない。

 この一週間は本当に精神がすり減る毎日だった。

 何度ピカチュウに辺り一面を焼け野原に変えるよう指示しようか迷ったことか……。

 これなら、まだシロガネ山の方が……、いや、あっちはあっちでもう嫌だな。

 

「何よ急に。いいじゃない、ちゃんとテレビ見てたけどレッド輝いていたわよ?」

 

 ……本気で言っているならまた泣かすぞ。

 そんな想いを込めてジロリとブルーを睨むとブルーはプルプルと震えだし、やがて我慢の限界とばかりに笑い出した。

 

「……ふ、ふふ、あは、あっはっは! だ、だって、あんた、あんな顔真っ青にして、何答えたらいいか分からなくて困ってるんだもん。私テレビ見ながら笑っちゃったわよ。しかも他の人たちはそれに気づいてなくて勝手に盛り上がっていくし、ふふふ、あーおっかしい」

 

 ……もういい。

 このままベッドに直行して泣いて寝るとする。

 

「ふふ……、はいはい、ごめんごめん。まああんたが、今の状況に耐えられるわけないわよね? 昔から一人でポケモンとばっかり接してきたもんね。」

 

 ……分かってるなら、冗談でもやめてくれ。

 そんな俺の言葉にブルーは、それまでのふざけた雰囲気を引っ込めると真剣な表情を浮かべる。

 

「ま、ちょうどいいわ。シロナ戦の前にもちらっと言ったけど、今後あんたが静かに暮らせるかもしれない可能性が見つかったのよ。それについて夕食を摂りながら説明するわ」

 

 そう言えば、そんなこと言ってたな。最近忙し過ぎて忘れていた。

 ブルーはブルーで一応俺のことを考えてくれていたらしい。まあそういう契約だからか。

 ……本当、結局最後に何を要求されるか不明のままだから怖いんだよな。と言いつつも、今の状況を打破できるならなんでもいいやと思えてしまう。

 

 その後、俺は約束通りブルーからその可能性とやらについて説明を受けることになった。

 

 

 

 

 

 ……ミュウ?

 

 ブルーの口から発せられた予想外の単語に思わずそう聞き返してしまう。

 

「そうよ、ミュウ。レッドも聞いたことあるでしょう? すべてのポケモンの先祖とされる伝説のポケモンよ」

 

 勿論知っている。というか知らないトレーナーの方が少ないだろう。けど、ミュウは目撃情報もなく絶滅したって聞いていたけど?

 

「まあ、聞きなさいよ。私が三年前から伝説のポケモンをずっと追いかけてきたのは知っているでしょう?」

 

 そりゃあな。ブルーは俺やグリーン以上にポケモン図鑑の完成を夢見てたからな。

 この前、シロナにも伝説の三鳥について必死に情報を聞いていたらしい。

 ちなみに伝説のポケモンというのは、おおよそ人が寄り付かない地に住み着き、大勢の人の前には姿を見せることもほとんどない。

 だからこそ、伝説のポケモン達に出会える可能性を少しでも高めるために、ブルーは自分自身が有名になって周りに人が寄ってくるのを防ぐために、テレビ放送などのメディアに一切顔出ししないという徹底ぶりだ。

 これがかつて俺やグリーンと同等の実力を持ちながらもブルーが世間からの知名度が全く無い理由になっていたりする。

 本当、俺もそんな器用なことができるようになりたかったよ。気づいたら有名になってたしな……。

 

「当然私はミュウについても調べていたんだけど、最近ミュウと思われるポケモンの目撃情報が出てきたのよ」

 

 まじで!? 

 それ大発見じゃん!

 

 完全に幻のポケモンと思われていたミュウが存在すると分かれば世界中が衝撃を受けるだろう。現に俺も興奮してしまっている。

 

 ……ん? でもそのミュウと俺が平穏に暮らすことに何の関係があるんだ?

 

「ミュウは、全てのポケモン達の先祖と言われているっているのはさっき言ったわよね? 当然だけど、ミュウはとてつもない力を秘めているとされているわ。ミュウはあらゆる技を覚えるとされているけど、同時に強力なエスパー使いのポケモンであるわ。そして文献によれば、ミュウはその身を守るために人間の記憶さえ操ることがあったと記述にあったのよ」

 

 ……つまり、ミュウの力で周りの人間の記憶をいじって俺が平穏に暮らせるようにするってこと? そんなことできるのか?

 

「正直分からないわ。だから言ったでしょう、あくまで可能性よ。でも、あのミュウよ? できたって不思議じゃないでしょう?」

 

 ……ううむ、まあそう言われてしまえばそれまでだが。

 まあ、賭けてみる価値は十分にあるだろう。それに個人的にミュウに会ってみたい気持ちもある。

 

「じゃあ、決まりね。とりあえずその方針で動きましょう」

 

 そう言えば、そのミュウが目撃されたのってどこなんだ?

 

「ハナダの洞窟よ。……といっても正直確証のある情報ってわけじゃないのよね。だからとりあえず私が一人で行ってみて、様子を見てこようと思うわ。本当にミュウがいて捕獲できそうだったらするわ。ミュウがいなかったり、捕獲が難しそうだったら、また協力を仰ぎに戻ってくるわ。まあミュウは穏やかな性格の持ち主だって言われているから大丈夫でしょう」

 

 ハナダの洞窟……か。

 あそこは確か、シロガネ山にも匹敵するほど強力な野生のポケモン達がいたはずだ。まあブルーなら心配ないと思うが。

 ていうか俺も行きたいなぁ……。早くミュウに会ってみたいし、何よりこんな地獄から抜け出したい。

 

「あんたは、チャンピオンとしてすることが沢山あるでしょう。……そんな時間はかけないから、ちょっとくらい辛抱してなさいよ。」

 

 ……はい。

 

 何はともあれ、僅かな希望の光が見えてきて、何とか俺の精神も崩壊せずに耐えられそうだ。

 前の時もそうだが、なんやかんやブルーには助けられてばかりだな……。

 ていうか俺、ブルーがいなかったらまじでどうなってたんだろうな……。

 そんなことを考えながらぼうっとブルーを見つめる。

 

 

 

 知ってたけど、やっぱりこうして見るとブルーって可愛いよな……。

 

 

 

「……何ジロジロ見てるのよ?」

 

 ジト目でブルーにそう言われ、俺は正気に戻ると慌てて食事を口にかきこんだ。

 ブルーは「……何なのよ」と不思議そうにそう言うとブルーもそのまま食事を続けた。

 

 ちなみにブルーが作ったという料理は全部美味かった。味もさることながら全部俺の好物だったというのも大きかった。

 

 

 

 うまい食事と希望が見えたことで多少心に余裕が戻った俺は、ベッドに横たわる。

 色々と疲れていたこともあり、徐々に眠気が全身を包んでくる。

 

 ……そう言えば、今日もコトネを見つけることができなかったな。

 

 結局コトネとは、以前ブルーとコトネが揉めてからまともに喋ることができていなかった。

 コトネにも色々と協力してもらったからどこかでお礼しなくちゃと思いながら、毎日探しているのだが見つけることはできなかった。ポケモンリーグの関係者の人間も把握していないらしい。

 

 ……まあ、明日また探してみるか。

 

 そう思いつつ、下りてくる瞼に逆らえずそのまま夢の世界へと旅立った。

 

 

 

 

 

 俺の家に泊まっていったブルーは、次の日の朝一で早速、ハナダの洞窟に向かうべく出発していった。

 そして俺もまた、チャンピオンとしての役割を果たすため、家を出る。

 

 お腹が痛いって言って休めないだろうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……さて、ハナダの洞窟に行く前にハナダシティで情報収集ね。

 

 早速、単身でハナダシティにやって来たブルー。

 ハナダの洞窟でミュウの目撃情報があったとはいえ、信憑性に欠ける情報であることに違いはない。ハナダの洞窟が近くにあるハナダシティなら何か新たな情報があるかもと寄ってみたのだ。

 しかし、すぐに様子がおかしいことに気付く。

 

 ……何よこれ。誰もいないじゃない。

 いや、それよりも――。

 

 ハナダシティは、本来美しい清流が流れる川に囲まれた景観の良い街である。私もかつては、この町に来たことがある為、その景色はよく覚えている。

 しかし、記憶にあるハナダシティはそこにはなかった。

 まるで何かに襲われたかのように建物はあちこちが破壊されていた。

 何事かと思い、町中を歩いていると人影を見つけた。

 近づいてみると、それは以前にもジムリーダーのバッジを賭けて戦い、そして最近もレッドの訓練にも協力してもらっていたカスミであった。

 カスミは、怪我人とおぼしき住民に肩を貸し、介抱しているところのようだ。

 

「ちょっと、これどうなってるの?」

「っ!? ……あなたはブルー、ね。どうしてここに?」

 

 最近までポケモンリーグでレッドの訓練中に顔を合わせていたこともあり、向こうもすぐにこちらの正体に気付いたようだ。

 カスミはほっとしたように胸を撫でおろすが、その表情は暗く疲労の色が隠しきれていない。

 普段、明るくお転婆といった表現が似合うカスミだったが、その面影は感じられなかった。

 

 

 

「それで、この町の有様はどういうこと? 何があったのよ?」

「それは――」

 

 カスミに協力し怪我人を保護した後、改めてカスミから事情を聞く。

 どうもつい最近、ハナダの洞窟の方から、強力なポケモンが町にやってくる事件がちらほらあったらしい。

 しかし以前からもそういった事件はたまにあったし、最初は特に気に留めていなかったらしい。しかし、その頻度はどんどんと増していったようだ。

 そして、とうとう今日に大量の野生のポケモン達がこのハナダシティを襲ったようだ。

 カスミを含め、実力のあるトレーナーもいたが、ハナダの洞窟のポケモン達は一体一体がとても強い。さらにその圧倒的数を前に成す術は無かったようだ。

 

「野生のポケモン達が、集団で人に襲い掛かる……。そんなことが……」

 

 ブルーも伝説のポケモンを追い求め様々な街を巡ったがそんな話は聞いたことがなかった。

 基本的にポケモン達は群れることはしない。同属のポケモンであればその限りではないが、カスミの話では多種のポケモン達がまるで統制のとれた軍隊のようにこの町を襲ったらしい。

 

「それだけじゃないの。……なんというかポケモン達は理性を失っているようで、正気じゃない様子だったのよね。後、たまにハナダの洞窟には修行がてら行くんだけど、ポケモン達が私の記憶にあるよりも随分強くなっているみたいなのよね。」

「……ふーん。色々と分からないことが多いわね」

 

 しかし、ここまで話を聞いてブルーはほぼ確信していた。

 

 ……これは間違いないわね。

 ハナダの洞窟、そこに確実にミュウがいる。

 こんな不可思議だらけの現象も、後ろに伝説のポケモンが控えていたとしたら納得ができる。

 伝説のポケモンというのは、人々の考えも及ばないような力を持っているものだ。

 気になることがあるとすれば、穏やかな性格を持つはずのミュウがこんな破壊行為を行うとは考えにくいことだ。

 もしかしてミュウじゃないのかもしれないわね。

 ……まあ、それもこれも全部ハナダの洞窟に行けば分かる事よね。

 でも流石に情報に不明点が多すぎる。いくら私でも危険な可能性がある。ここは一度戻って作戦を考えるべきだろう。

 

 ……いや。

 

 普段のブルーなら間違いなく、一旦引いただろう。

 しかし、ブルーはそうしなかった。

 

 ちょっと、面倒なことになっているぽいけど、あのお馬鹿の抱えている問題を早く解決させないといけないからね。

 ……レッドももう限界のようだしね。

 

 それにうまくいけば流石のレッドも私の事を意識するわよね、きっと。

 

 ポケモンが大好きで根暗な幼馴染の顔を思い浮かべ、僅かに微笑みを浮かべる。

 

 ブルーは、カスミに別れを告げ、そのまま単身でハナダの洞窟に向かった。

 

 

 

 

 

 ……ちっ、本当に強いわね。

 

 ハナダの洞窟にやって来たブルーは、思わず舌打ちをする。

 おおよその野生のポケモン達の強さも予測していたが、それを上回る強さを誇っていた。

 ただ、話にあったように今は集団で動いているわけでは無さそうだ。洞窟に入った瞬間、野生のポケモン達が集団で待ち構えていたら即逃げるつもりだったが杞憂に終わった。

 しかし、カスミの言う通り、ここにいるポケモン達はどれも理性を失っているようだった。

 ……というより、何かに操られているっていう感じだけど。やっぱりミュウの仕業ということかしら?

 ブルーは予想以上の野生のポケモン達の強さに苦戦するも、トレーナーとしてトップクラスの実力を持つブルーは問題なく着実に洞窟の奥へと進んでいく。

 

 ……ここが最深部かしら?

 

 多少消耗しつつもブルーは、そう時間をかけることなく洞窟の最深部へと到達することができた。

 そこは、ちょっとした広間のようになっていた。天井も高く、ポケモンスタジアムのようであった。

 辺りへの警戒を解かず、一歩ずつ進んでいく。

 

「っ!?」

 

 先の方に何かの影が見え、身構えるブルー。

 目を凝らし、その姿を確認する。

 

「――あんたはっ!?」

 

 そこにいた『人物』にブルーは驚愕する。

 

「……どうして『コトネ』がこんな所にいるのよ?」

 

 ブルーが睨む先には、ついこの前まで嫌と言うほど見ていたコトネの姿があった。

 確かに最近姿を見せないと思っていたが、こんなところにいるとは……。

 しかし様子が変だ。

 コトネの瞳からは光が消えており、無表情でこちらを見据えている。

 ……この表情、ここの野生のポケモン達と同じだ。

 

「……ふんっ、何か言ったらどうなの?」

 

 ブルーの挑発的な言葉にコトネは、答えることなく代わりに腰からモンスターボールを取り出すと、それを投げつけてきた。

 これが意味することはポケモントレーナーであれば誰でも理解できる。

 今、ブルーはポケモンバトルを仕掛けられたのだ。

 

「あはは、何するのかと思いきや、この前のリベンジでもするつもり? あんたの大好きなレッドはここにはいないわよ?」

 

 しかし、コトネは答えない。

 逆に早くポケモンを出せと促すように、光が消えた瞳でじっとこちらを見つめてくる。

 

「……ったく、意味が分からないことだらけね。ええ、いいわよ。また以前のように負かしてあげるわ。」

 

 ブルーは強気な姿勢を崩さないものの、その額から冷や汗が吹き出していた。

 ……まずいわね。この前はコトネの心を揺らして勝ったけど、今のコトネにはそれが通用するようには見えない。それにこっちはここに来るまでに消耗している。

 この条件で私がコトネに勝つ可能性は……。

 これがただ町中で勝負を仕掛けられたのなら問題は無い(不快ではあるが)。

 しかし今は状況が状況だ。コトネは、ミュウに操られていると見て間違いないだろう。

 つまり、ここでコトネに負けるということは、私もコトネのように操られてしまうということになる。

 

 ……流石にここは引くべきね。

 

 ブルーは素早くそう判断するとモンスターボールからサーナイトを繰り出し、そのまま続けて指示を出す。

 

「サーナイト! テレポートよ!」

 

 ブルーとて何も無策でここにやって来たわけではない。こういった不測の事態に備えて、テレポート持ちのポケモンもしっかり用意していた。

 しかし、頼みの綱のテレポートはいつまで経っても発動しない。サーナイト自身もなぜ技が発動しないのか分からないようでオロオロしている。

 

 嘘でしょう!? どうして!?

 あり得ない現象に一気に焦りがブルーを襲う。

 

 ……く、なら、自力で逃げるだけよ。いくらコトネが相手でも逃げに徹すれば十分に可能よ。

 

 苦し気に心の中で自分自身をそう鼓舞し、後ろを振り返る。

 そして今度こそブルーは絶望する。

 

 いつの間にかブルーの背後には、大量の野生のポケモンが隙間なく詰めかけていたのだ。

 無数の虚ろな目がにこちらを見つめていた。

 しかし、襲い掛かってくることはなく、あくまで私を逃がさないようにしているようだ。

 コトネの攻撃を凌ぎつつあれを突破するなんて絶対に不可能だ。

 そして仮にここでコトネに勝てたとしても、その時の私には、最早周りにいる野生のポケモン達に勝つ体力は残されていないだろう。

 ようやくブルーは、もうどうにもならない詰みの局面に追い込まれていたことに気付く。

 

 

 

 ……レッド

 

 

 

 ブルーは、年相応のか弱い少女のように震えながら小さな声でそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハナダの洞窟で異変が起こる少し前。

 

 コトネは、レッドとシロナの戦いを見届けた後、誰に告げることなく、すぐにここハナダの洞窟にやって来ていた。

 目的は、ここで修行をするためだ。

 連日、コトネは己の限界を超えるべくここで修行を行った。

 それは凄まじいもので、かつてのシロガネ山でのレッドやシロナにも引けを取らないほどの勢いで襲い掛かってくるポケモン達を次々に屠っていく。

 

 ……私がもっと強くなればレッドさんは私を見てくれる。

 

 コトネのこの異様なまでのモチベーションはこれが全てだった。

 コトネの頭には、ブルーの姿が思い浮かぶ。

 まるでレッドと長年寄り添った妻のように振舞うブルーの姿が。

 本来なら、レッドの隣にいるのは私のはずだった。

 どうしてこうなったの?

 いや、それは分かっている。

 私がブルーとの戦いに敗れてしまったからだ。

 あの時は、私の実力が足りていなかった。

 あそこから全てがおかしくなった。

 最近ではブルー以外の女もレッドの近くに寄ってきている始末。

 だが私が弱いことが原因なら解決法は簡単。

 私が強くなって、レッドさんの隣を力づくで勝ち取れば良いのだ。

 

 待っていて下さい。レッドさん。

 すぐにあなたの元へと戻りますので。

 

 

 

 ……ふぅ、でもここのポケモン達はシロガネ山のポケモン達に比べると少し……いや、かなり弱いかな。

 

 元々、シロガネ山とハナダの洞窟のポケモン達は同じくらいの強さと聞いていたが、情報が間違っていたらしい。シロガネ山のポケモン達の強さはもっと精錬されたものだった。

 今からでもシロガネ山の方に修行場所を変えた方がいいかな、そう思った時だった。

 

 

 

 ……ほう? 

 人間の娘にしては中々どうしてやるではないか。

 

 

 

 「……誰!?」

 

 突然のことに心臓が跳ね上がる。

 こんなハナダの洞窟の最深部で声が聞こえてきたという事も驚いたことの要因の一つではあるが、驚くべきことは他にあった。

 その声が、耳にではなく私の脳内に直接響いてきたのだ。こんな経験は初めてだ。

 キョロキョロとあたりを見渡すも、周りには影も形も無い。

 しかし、異様な雰囲気が辺りを満たしており、確実に何かがそこにいるのは、間違いなかった。

 コトネはモンスターボールからメガニウムを繰り出し、臨戦態勢を取る。

 

 

 

 ……ん? 

 ……くく、これは面白い。

 お前は力を欲しているのか?

 なら私がそれを叶えてやろう。

 

 

 

 脳内に響くその声は、私の中にすぅっと入り込んでくる。

 それが形容しがたい気味の悪さを感じさせ、本能が警鐘を鳴らしてくる。

 次の瞬間、経験したことの無いほどの激痛が頭に走る。

 

「あああっ!!??」

 

 あまりの痛みに絶叫し、その場に倒れてしまう。

 そして痛みと共に、私の頭にある記憶と意識がどんどんと遠のいていくような感じがした。

 

 ……や、やめ、て。

 

 しかしそんな私の抵抗は虚しく、どんどんと意識を支配されていく。

 メガニウムもコトネの突然の様子に急いで傍に駆け寄るが、どうすればいいのか分からず何もできない。

 薄れゆく意識の中、私は前方に気配を感じ、力を振り絞って視線を前にやった。

 

 それは人間ではなかった。

 ポケモンかどうかも分からない。

 その何かは、しっかりとした二足歩行でこちらにゆっくりと近づいて来る。

 これまで感じたことのないほどの邪悪な力を感じた。

 ここで屈しては、完全に自分が自分で無くなると確信する。

 

 

 

「……っ、ハードプラントよっ!!」

 

 

 

 意識が無くなる寸前、激痛に耐えながら最後の力を振り絞り、メガニウムに指示を出す。

 メガニウムもコトネの意志の強さを受け取ったように、渾身の力を込め、ハードプラントを発動させる。

 

 大地から無数の大樹が生み出され、凄まじい速度でもって目の前にいる何かに激突する。

 その大きすぎる衝撃は周囲に拡散され、このハナダの洞窟を揺らした。

 メガニウムはコトネの切り札であり、かつてのシロガネ山でレッドのポケモンを何度も追い詰めたほどの実力を持つ。

 そのメガニウムが繰り出した草技最強の大技。

 それをまともに食らっては、どんなポケモンでもただで済むわけが無かった。

 

 

 

 ……なるほど。いい技だ。

 お前のことが気に入ったぞ、小娘?

 

 

 

 しかし、謎の何者かは、なんでもなかったようにそう言うと、力を込める。

 そのままコトネの意識は完全な暗闇に包まれた。

 



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第十一話

 朝陽が昇り始めた頃。

 草木に朝露が滴り、静寂な雰囲気が漂う中に突如として轟音が鳴り響いた。その衝撃によって周囲で睡眠をとっていた野生のポケモン達が驚き逃げていく。

 音の発生元は24時間開放しているポケモンスタジアムである。十分な防音性能を有しているはずだが、今ここを使っている二人の持つポケモン達が巻き起こす音を遮断することは叶わない。

 そこにいたのは、レッドとヒカリだった。

 期間限定でヒカリの師匠になったレッドがヒカリの特訓に付き合っているのだ。チャンピオンになってしまったレッドは中々時間が取れずにいたが、とうとう待ちきれなくなったヒカリに何回もお願いされて、唯一予定が空いている早朝に特訓する羽目になってしまったという経緯がある。

 

 そして今は実戦形式でバトルしている。

 ヒカリは早朝とは思えない程、極限の集中状態で戦況を把握し、戦術を組み上げてレッドのポケモン達に攻撃を仕掛けていく。一瞬の隙さえ逃さず勝利を掴みとらんとするその姿勢はまさにポケモントレーナーの鑑であった。

 一方、レッドはというと。

 

 ……ふわぁ……ねっむ。

 なんでこんな朝っぱらからポケモンバトルなんだよ……。

 まあ、テレビに出たり人前に出たりするよりは全然いいけど。

 

 ヒカリとは対照的になんとも気の抜けた様子であった。レッドは連日の忙しさとストレスに加えて早朝にヒカリに叩き起こされたこともあり、眠気が取れずにいた。ポケモンバトルの最中にも関わらずあくびを連発する。それでもレッドはヒカリの繰り出す一手一手に冷静に対処していく。 

 レッドの不完全な調子とは裏腹にヒカリは体調万全だった。ようやくレッドに特訓してもらえるとあって準備は万全だった。

 しかしそれでも半分寝ぼけているレッドを押し切ることができずに膠着状態が続く。

 当然ヒカリはその事実に気付き、レッドの本気を全く引き出せない自分を恥じて顔を赤くし、負けじと攻めていくがやはり押し切ることはできない。

 ヒカリはシンオウではシロナに次ぐ実力者だ。決して弱いのではない。レッドが強すぎるのだ。特にシロナ戦を潜り抜けたレッドはその強さにさらに磨きがかかり、益々他との実力差を広げてしまった。

 その後、だんだんと眠気から回復していったレッドに成すすべなくこてんぱんにされる形でヒカリは惨敗を喫した。

 

 

 

「あー、もうっ! 強すぎっ!! 悔しいっ!!」

 

 ヒカリは、戦闘不能になった最後のポケモンをボールに戻すや否や、もう嫌とばかりにその場に仰向けにごろんと転がり、悔しさから手足をバタバタとしている。その様子はまるで拗ねた幼子のようだ。

 

 ……っ!? 

 ……たく、スカートでそんな風に寝転がって暴れるなよ。

 

 ただでさえ短いスカートの癖に足をバタバタと動かしたせいで、ヒカリの白い肌に包まれた柔らかそうな太ももの付け根近くがちらちらと見えてしまう。レッドは帽子を深く被って視界を極力シャットアウトした上で、ヒカリの元へと近づいて行く。

 こちらが近づいたことに気付いたのか、むくりと起き上がったヒカリはレッドの心中などお構いなしにずんずんと近づいてくる。そして折角帽子を深く被ったにも関わらず、わざわざ下から俺を見上げるように覗いてくるヒカリ。

 じっと見つめてくるそのヒカリの表情は至って真剣であり、蒼い瞳でこちらの瞳をばっちりと捉えてくる。そのなんとも言えない圧力に俺がたじたじしていると。

 

「……で、私はレッドさんに手も足も出なかったわけですが、私には何が足りないと思いますか? 私とシロナさんでは何が違いますか?」

 

 純粋にアドバイスを求められた。先ほどよりもワントーン低い声でそんなことを聞かれる。早く教えろとその瞳が訴えかけていた。

 そう言えばヒカリはこういう奴だったな……。

 本当に勝利に向かって突き進むその姿勢は見習いたいくらいだ。こんな早朝から準備万全で特訓に挑んでくるぐらいだし。それに俺を巻き込んでこなければいいんだが……。しかし、何が足りないか……か。

 そんな文句を言っていてもヒカリは絶対納得しないので、しばらく考えてみる。一応師匠らしいし。

 

 ……うん。

 ……ぶっちゃけポケモンのレベル不足が一番じゃね?

 

「……本当にぶっちゃけてきましたね」

 

 俺の答えが気に入らなかったのか、不満気にそんなことを言ってくる。しかし、言い返すことはできないのか、悔しそうにこちらをジロリと睨んでくる。怖い。

 

 いや、だって結局そこが一番重要だしな。シロナさんのポケモンとヒカリのポケモンでは成長度に明らかな差がある。まだまだヒカリのポケモンには成長できる余地がある。

 

「……そりゃあ私だってシロナさんやレッドさんのポケモンと比べるとまだまだだなっていうのは分かりますよ? でも、正直自分じゃあこれ以上、どうポケモンを鍛えればいいか分からないんですよ……」

 

 そう言うヒカリは、項垂れて落ち込んでいるように見える。

 正直、ヒカリはポケモントレーナーとしてはほぼ完成した強さを持っている。シンオウではシロナさんがいたからチャンピオンになれていないだけで、こっちだったらコトネ同様にワタルを倒しチャンピオンになれていただろう。

 だからこそヒカリも自身のどこに鍛える余地があるかを見極めることができずに困っていたのだろう。

 

 やっぱりシロガネ山に……。

 

「それはなしです。強くはなりたいですが、レッドさんみたいに命をかけるとかは無理です! それに普通は女性は一人であんなところに籠らないですからね。……まあ、レッドさんが一緒に来てくれるならいいですけど」

 

 ……左様ですか。あ、俺は絶対行かないから。

 

 強い口調できっぱりそう言い切られてしまってはこれ以上は何も言えない。俺的には勝手に一人でシロガネ山に行ってくれれば楽だったのだが……。

 

「とりあえずレッドさんと戦いまくってどうすれば強くなれるのか探ることにします! 大丈夫です。いつかはきっと強くなれる日が来るはずです!」

 

 ……言っておくけどヒカリの師匠をするのは一カ月限定だからな。絶対だからな?

 

 強い闘志を瞳に込めて元気よくそう言ってくるヒカリにそう念押しする。

 

「ところで、レッドさんはあの戦いからシロナさんと連絡取り合っているって聞きましたけど、どんなことを連絡しているんですか?」

 

 ……。

 露骨に話題を逸らされたが追求しても無駄だと悟っている俺は、満面の笑みを浮かべながらそう聞いてくるヒカリにちょうどいいやと相談することにする。

 相談内容とはシロナさんとのメールのやり取りについてだ。メールのやりとりはしているが、どうも話が中々盛り上がらないのだ。

 

「へー? どんなやり取りしているんですか? 見せてくださいよ」

 

 俺がその旨を伝えると、ヒカリ的には興味があるのか乗り気な様子である。

 俺は携帯端末を取り出し、メール画面を開きヒカリに手渡す。

 

「ふんふん、どれどれ?」

 

 男女のメールのやり取りとあって、乙女心もしっかりと持ち合わせているヒカリは、レッドから携帯端末を嬉々として受け取って、早速メールの一部を確認していく。

 

 

 

シロナ:『レッド君。この前は熱いバトルでしたね。是非また戦いたいです。』

レッド:『はい。』

 

シロナ:『レッド君。チャンピオンになったようですね。大変なこともあるでしょうし、何か困ったことがあれば同じチャンピオンである私にいつでも相談してくださいね。』

レッド:『ありがとうございます。』

 

シロナ:『レッド君。私は仕事続きでしたがようやくひと段落つきました。少し疲れました笑 レッド君も忙しそうですね。テレビで見ていますよ。レッド君は体調大丈夫ですか?』

レッド:『大丈夫です。』

 

 

 

「…………うわぁ」

 

 先ほどまでの楽しそうな雰囲気を醸し出していたヒカリはどこへやら。がっかりしたような呆れた視線を俺に向けてくる。……なぜに?

 俺が疑問に思っていると、ヒカリはクワッとその顔を怒りに包むとこちらに詰め寄ってくる。

 

「レッドさんは女心を全然分かっていませんね! 何ですか『ありがとうございます』とか『はい。』の一言だけって!? こんなの盛り上がる訳ないじゃないですか! 完全に嫌いな人に向けてする返信ですよ!」

 

 ……え、そうなのか? ブルーとメールのやり取りするとき、こんな感じだからこんなもんだと思っていた。ブルー以外の女の人とメールなんてしたことないし。あ、お母さんとならあるか。

 

「……はぁ、レッドさんはポケモン以外は全然だめですね」

 

 完全にダメ男を見る目で見てくる。そこまで言われることなのか……。

 まあ、確かに俺は対人スキルは無いに等しい。悔しいがヒカリの言う通りなのかもしれない。ここは大人しくヒカリの言う事に耳を貸し、力を借りよう。

 

 そんなヒカリにお願いがある。今シロナさんから来ているメールにどう返信したらいいか迷ってる。どう返せばいい?

 

「……まあ、私の師匠をしてもらっていることもあるので力になってあげましょう。ええと、今来ているメールは……、あれ? 二通連続で来ているんですね。どれどれ……」

 

 

 

シロナ:『レッド君。突然ですが、レッド君は彼女はいますか? ちなみに私は彼氏がいませんので、いつでも大歓迎ですよ? こう見えても私は結構尽くすんですよ! スタイルも自信ありますよ! あ、でも片づけは苦手ですのでレッド君が上手だと助かります笑』

 

シロナ『すみません。先ほどのメールは仕事仲間が悪ふざけで送ってしまいました。不快な思いをさせてすみません。しっかりと、その者は懲らしめておきました。でもレッド君に彼女がいるのかは気になりますね笑 レッド君はモテそうですからね。どういう人が好みなんでしょうか? 年上はありでしょうか? あ、一応言っておきますけど、あくまで同じチャンピオンとして知っておきたいと言う意味ですよ? ちなみに本当に私は彼氏がいませんよ。後、片づけは得意ですので誤解なきよう。』

 

 

 

 ……どう思うヒカリ?

 

 一通目が来たときは、まじで意味わからなかったけど、誰かの悪ふざけらしいのでいったんスルーしておく。そもそもシロナさんみたいな綺麗な大人の女性が俺を彼氏にしたいとか言うはずもないしな。

 でも、結局シロナさん本人から来たと思われる二通目もよく分からないんだよな。なんでいきなり俺の彼女の話とか女性の好みの話になったんだろうな? チャンピオンってこういうのも求められるもんなのか?

 

「…………」

 

 ……あれ? どうしたヒカリ?

 

 とっくにメールの内容は確認しているはずだが、ヒカリは神妙な顔つきでメールを見つめたまま固まってしまっている。「そう言えば、前に付き合うなら自分より強い人が良いみたいなことをテレビで言っていた気が……」と謎の独り言を発している。

 

「……ちなみにレッドさん、彼女はいるんですか? ブルーって人が彼女なんですか? よく一緒にいるのを見かけますけど」

 

 ヒカリの反応を待っていると急にそんなことを聞いて来た。尚、顔はメールの画面を見つめたままである。

 

 ……なぜそこでブルーが出てきたのかは知らんが彼女はいない。ていうかいたことない。ブルーは幼馴染だ。訳あって今色々と協力してもらっているんだ。

 …………。

 

どう見てもブルーさんはレッドさんのことが好きだと思うけど……。でも私シロナさんの事尊敬しているし……。まあ、付き合っていないということなら少し背中を押してあげるくらいいいよね。このままだとシロナさん可哀想だし、レッドさんは碌な返信しないだろうし。でもこの一通目のメール……、多分奥手なシロナさんを焚きつける為にシロナさんに無断で送ったんだろうけど、この文面作った人、デリカシーに欠けるなあ……。レッドさんと気が合いそう

 

 こちらには聞こえないが、何やらヒカリはぶつぶつと独り言を呟いたかと思うと、そのままメールの返信画面を開きなにやら文字を打っていきながらこんなことを提案してきた。

 

「確かにこのメールはレッドさんが返信するにはハードルが高いと思いますので、私が代わりに返信してあげますよ」

 

 ……若干怖いけど俺が送るよりはいいか。分かった、頼む。変なことは書くなよ。

 

「はーい。まあ、悪いようにはしませんので任せてください!」

 

 そうしてヒカリがメールを打ち終わったタイミングだった。

 

 

 

 

 

「レッド! ここにいたか!!」

 

 上空から聞き慣れた声が聞こえた。

 ヒカリと共に上空に視線を向けると、そこにはピジョットに跨ったグリーンがいた。

 口調だけでも伝わってきたが、その表情はこれまで見たことがないほど青ざめていた。よほどのことがあったのだろうか。

 グリーンはピジョットから飛び降りて俺たちのそばに着地する。

 

「ヒカリもいたか。ちょうど良かった。今、実力あるトレーナーを集めているところだったんだ」

「どうもグリーンさん。随分慌てているようですけどどうしたんですか?」

「ああ、今、このカントーで大変なことが起きてるんだ!」

「大変なこと?」

「そうだ。ハナダの方で突如、謎の新種のポケモンが現れたんだよ」

 

 ……ん? ハナダ? 確かハナダってブルーがミュウの目撃情報があったって言ってたところだよな。それに新種のポケモン……。

 今もブルーが向かってくれているんだよな。そう言えば今日の朝はまだブルーから連絡が来ていなかったっけ……。

 

「へー! 新種のポケモンって凄いじゃないですか! どんなポケモンなんですか?」

 

 グリーンが大慌てしていることもあり、俺に一抹の不安がよぎる中、ヒカリだけは能天気に興味深々にグリーンに質問する。

 

「いや、ただ発見されたんなら良かったんだが、そのポケモンが人を襲っているんだ、それもハナダの洞窟にいた無数の強力な野生のポケモンを率いてな……」

「ええっ! なんですかそれ!? ポケモンがポケモンを率いているっていうことですか?」

「そうだ。しかも類を見ないほどの強力なエスパータイプのポケモンで、ハナダシティのジムリーダーのカスミも全く敵わなかったらしい。既にハナダシティは崩壊した。今は、ヤマブキシティが襲われている」

「……え、町が一つなくなったということですか?」

「……そうだ。ポケモンリーグとしても全力をあげて対応に当たっているが、すべてその強力なポケモンと野生のポケモン達によって返り討ちにあっているのが現状だ。もうすぐワタル達がヤマブキシティに到着する頃だと思うが、それで解決するか分からない。そこで今、さらに戦力を集めて対策にあたっているんだ」

「そ、そんなことが……」

 

 ヒカリはグリーンの言っていることが信じられないのかショックを受けている様子だ。

 ここでグリーンが俺の方に向いてくる。グリーンはごくりと唾を飲み込むと緊張した面持ちで見つめてくる。

 

「いいか、レッド。落ちついて聞いてくれ。この話には続きがある。この謎のポケモンはどうも強力なエスパーの力で周囲のポケモンを催眠状態にして操ることができるらしい。これで野生のポケモンを操っているらしい。それも無理やりリミッターを解除させ、通常以上の実力を発揮させることもできるそうだ。ハナダの洞窟のポケモンは元々強力だが、さらに強くなっているってわけだ。……そしてその催眠対象になるのは、人間も例外じゃないらしい。……これはさっき送られてきたヤマブキシティで撮られた動画だ。見ろ、ハナダの洞窟の野生のポケモン達が町を襲っている様子が映っている」

 

 画面を見ると確かに野生のポケモン達が町を襲っている様子が映し出されていた。ただ、グリーンの言う通りどのポケモンもかなり強く、そして正気を失っているように見えた。

 グリーンは僅かに声を震わせながら続けてきた。

 

「……でだ、レッド。この中にいるんだよ……ブルーが。ほら、ここだ」

 

 グリーンが指を差したそこには、確かに最近よく見ていたブルーの姿があった。

 しかし、その様子は完全におかしかった。

 瞳は虚ろであり、そこにブルーの意識は存在していなかった。操り人形のように、ただ自分のポケモンに人々に襲い掛かるように指示を出していた。さらにブルーのポケモンの動きやブルーの指示を見ると俺が知っている実力以上の動きになっていた。

 恐らくその謎のポケモンとやらに操られているのだろう。しかもどうやっているのかは分からないが、ブルーに負担をかけさせ、通常以上の実力が出せるようにするというおまけつきで。どう考えても異常なことであり、危険であることは明白だ。

 ブルーは俺の為にハナダの洞窟に行き、そこで謎のポケモンに襲われたのだろう。

 

 ……そう、俺のせいだ。

 

 そう認識した瞬間、シロガネ山から下りてきた後、ブルーによって支えられてきた一連の記憶が俺の頭の中に急速に流れていく。

 

 

 

 ……このままでは、ブルーは死ぬ。 

 ミュウかは不明だが謎のポケモンによって……。

 

 

 

「それにブルーだけじゃない。動画はないが、目撃情報によるとコトネも同じように操られているらしい。レッドも気付いたと思うが、様子が普通じゃない。このままだと危険だ。でもお前がいれば……っ!」

 

 レッドに向き合っていたグリーンが突如として声を詰まらせて一歩下がる。思わず距離をとった、そんな一歩だった。

 グリーンの全身が小刻みに震えだす。捕食者を前にした被食者のように。全身から血が引いていき、その瞳には恐怖の色が浮かび上がっていた。冷や汗がグリーンの整った顔に浮かび上がっていく。

 そんなグリーンの様子をヒカリは訝し気に見つめる。ヒカリは、今は時間を無駄にしている場合ではないと判断し、レッドに向き合う。

 

「レッドさん! 私達も急いで……ひぃっ!」

 

 しかし、ヒカリは最後まで言い切ることができない。レッドの顔を見たヒカリは、小さな悲鳴をあげて、後ずさりしていき、つまずいて尻もちをついてしまう。

 

「え……、レ、レッド……さん……?」

 

 ヒカリは恐る恐るといったように、声を絞り出してレッドを見上げるがその瞳にはグリーン同様、恐怖の色が浮かび上がっていた。呼吸すら困難になり、過呼吸気味になる。

 

 

 

 二人がこうなった理由。

 それはレッドという圧倒的強者によって放たれる怒気にあてられたからである。

 レッドの普段の冴えない瞳は、今、どこまでも冷たく鋭利さを兼ね備え、明確な殺意が込められていた。

 最早周りの景色は目に入らず、今レッドが見ているのは、自分の大切なものを奪おうとしている姿も分からない謎のポケモンのみ。

 

 

 

 実は、レッドがこうなったことは過去に一度だけあった。

 かつて、大好きなポケモンを自分達の利益の為に使い捨ての道具のように利用する悪の組織、ロケット団の存在を知った時だ。

 当時、ブチギレたレッドただ一人によって、ロケット団は完全に壊滅させられてしまった。その場にいたロケット団員は例外なく、レッドに恐怖によるトラウマを植え付けられ、中には精神的に病んでしまった者もいるほどだ。

 

 そして、今、ロケット団を壊滅させた時以上に怒ったレッドは、恐怖に震えるグリーンとヒカリの二人には目もくれずに、静かな動作でモンスターボールからリザードンを繰り出すと、その背に跨る。

 

 

 

 いけ。

 

 

 

 空気が凍てつくようなレッドの短い指示を受け、リザードンは主人の怒りを代弁するように、大気を震わせる雄たけびを上げて飛び上がり、目にも止まらぬ速さで飛んでいった。

 




滅茶苦茶久しぶりの投稿になりました。すみません。


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第十二話

 レッドとヒカリが特訓を開始した頃。

 ここシンオウ地方。

 チャンピオンロードの先にそびえるシンオウリーグ。

 五人の人間が、そこのとある会議室の円卓を囲っていた。

 シンオウに数多くいるポケモントレーナー、その頂きに君臨する四天王、リョウ、キクノ、オーバ、ゴヨウ。

 そしてその四天王をも上回るチャンピオンの座につくシロナ。

 

 その五人が集う会議室には重苦しい空気が張り詰めていた。

 ここに集まったのはヒカリ以来の挑戦者が現れ、まさに今日その者がこのシンオウリーグに挑戦してくるので、段取りなどの最終確認するためである。

 しかし、会議室の中は沈黙に包まれており、肝心の議題には全く触れられていなかった。

 そして、それぞれの者の様子はバラバラであった。

  

 気まずげにオーバとシロナの方をちらちらと盗み見るリョウ。

 瞳を閉じ、じっと何かを考えているようなキクノ。

 呆れたように溜息をつくゴヨウ。

 なぜか、全身ボロボロで満身創痍で机に突っ伏してぴくりとも動かないオーバ。自慢の赤色に染め上げたアフロもボサボサである。

 そして、椅子の背もたれにもたれかかり、生気が抜けたようなシロナ。チャンピオンとしての威厳は微塵も感じることができず、負のオーラをまき散らしている。とても最強のトレーナーであるレッドと歴史に残る激闘を繰り広げた人物には見えなかった。

 

「……それで、何があったのですか?」

 

 この沈黙を破ったのはキクノであった。その声色は優しさが含まれ、しかし芯が通っていた。この異様な状況下でも口を挟めるのは、生きてきた年数の違いからだろうか。

 しかし、その質問を投げかけられているシロナとオーバは全く反応しない……、否、できなかった。

 見かねたゴヨウが今日一の大きなため息をつき、眼鏡をくいと指先で持ち上げながら代わりに答える。

 

「それがですね、キクノさん……」

 

 ゴヨウは、こうなった経緯をポツポツと語り出す。

 

 

 

 先日のレッドとの戦いで敗北したシロナはレッドに恋をした。

 最初、本人は否定していたがその様子を見れば一目瞭然だった。

 

「ねえねえ、レッド君、チャンピオンになったんですって! チャンピオン繋がりでどうにか会えないかしら?」

「見て見て! ほら、テレビにレッド君が出ているわ!」

「……今、レッド君は何をしているのかしら? もっとレッド君のことを知りたいわ!」

 

 などと、暇があれば頬を紅く染めてうっとりした様子でレッドのことをきゃぴきゃぴと話すその姿は、初恋をした乙女そのものであった。

 恋愛は人を変える。まさにその最たる例であった。

 どうも話を聞く限り、自分を超える強さを持ったレッドこそが運命の人だと信じ切っているようであった。

 そんな頭の中が花の楽園状態のシロナに付き合わされていたリョウ、オーバ、ゴヨウは、ほとほとうんざりして最終的には誰がシロナの相手をするか毎日じゃんけんで決めていたほどだ。

 

 しかし、日を重ねるごとに花が萎れていくようにシロナの元気が無くなっていった。最初は、ほっとした三人だったがあまりに元気が無くなっていくシロナのことが流石に心配になり、訳を聞くことにした。

 するとどうもレッドとメールのやり取りをしているようだが、どう見てもレッドからの返信がそっけなく、嫌われているのではと心配しているようであった。シロナから携帯端末を借り、レッドとのメールのやりとりの内容を見た三人は絶句した。

 

 紛れもなく脈無しだったからだ。

 

 「うわ……完全に嫌われてる。何したんですかシロナさん?」というオーバのとどめの一言にシロナは顔面を青ざめさせ、膝から崩れ落ちた。そのまますすり泣くシロナの姿はあまりに痛々しく見るのもつらい三人であった。何より自分たちの上に立つ人がそんな風になってほしくないと言う一心であった。

 しかし、長年待ちわびた運命の相手が全く自分のことを想っていないばかりか嫌っているとなればそうなるのも無理のないことだった。

 

 だが三人は不思議だった。シロナは確かに残念な部分もあるが、それを補って余りあるほど魅力的な女性であることを理解しているからだ。人に好かれる性格であり、誰よりもポケモンを愛し、容姿についても抜群に良い。むしろそんな完璧だからこそ、残念な部分があるのがむしろ愛くるしくすらある。

 メールの内容を見てもシロナの送る内容に違和感はない。むしろ、優しく面倒見の良いお姉さんという感じである。

 一体レッドはシロナのどこに不満があるのか。

 三人ともシロナのことは人として好きであり、力になってあげたいという気持ちが共通してあった。特にシロナが理想的な男性を求めていることは痛いほど知っていた。

 だからこそ、ここでオーバが勢いよく立ち上がった。

 

「任せてくださいよ! シロナさん! 俺がレッドの気を引くメールを送ってあげますよ! シロナさんはちょっと守りに入りすぎてるんですよ。やっぱり攻めていかないと!」

 

 そう言ってシロナの携帯端末を取り上げ、メールの文面を打っていくオーバ。嫌な予感がしたリョウとゴヨウはオーバを止めようとする。シロナも同様の思いを感じ取ったのか、携帯端末を奪い返そうとするが、オーバはすでにメールを打ち終わり送信してしまっていた。

 

「どうですか、俺の考えたメールは! シロナさんの魅力を感じさせつつ好意があることを伝えるこのテクニック! 最後に敢えて完璧でないことをアピールしているところもポイントが高いでしょう? これでレッドもいちころってもんだ!」

 

 自信満々の様子でそう言うオーバは画面を三人に見せつけた。

 

 

 

『レッド君。突然ですが、レッド君は彼女はいますか? ちなみに私は彼氏がいませんので、いつでも大歓迎ですよ? こう見えても私は結構尽くすんですよ! スタイルも自信ありますよ! あ、でも片づけは苦手ですのでレッド君が上手だと助かります笑』

 

 

 

 これを見てリョウとゴヨウは額に手を当てて天を仰いだ。

 

「攻めすぎですよ……。いきなり不自然ですよ、必死感が凄いですし……。しかもセクハラぽいですし。というかなんでシロナさんの許可なく送っちゃうんですか」

「片づけの下りも完全に余計ですね……。シロナさん気にしてるのに……」

 

 

 

 その通りだと言わんばかりにシロナはキレた。

 

 

 

 訳が分からないまま一方的にシロナにボコボコにされたオーバはそのまま再起不能になった。

 一方のシロナはオーバをボコした後、改めて現実を受け止めて、どうすればいいのかと涙目のままオロオロした挙句、混乱も解けぬままフォローのメールを送ってしまった。

 その内容は、オーバが送ったものと大差ないものだった。要はフォロー失敗だった。そのメール内容は、誰が見てもシロナがレッドに好意を持っていることが丸分かりなものだった。必死感も隠し切れていなかった。結果的にはオーバに後押しされる形で奥手なシロナがレッドに望まぬ形で好意を伝えることになってしまった。

 ここでレッドから好意的な内容のメールの返信でもあれば良かったのだろうが、そうはならなかった。これまでレッドからの返信内容は、そっけないの一言だったが、意外と返信は早かった。それが急に返信が途絶えたのだ。

 それが示すこと……。それは……。

 

 シロナがレッドに振られたという事。

 

 この事実は、シロナの乙女心を砕くに十分だった。

 そしてこれが昨日の出来事。

 

 

 

「……というわけです」

 

 ゴヨウが困ったと言わんばかりにそう締めくくる。

 オーバもシロナも、四天王とチャンピオンという責務を忘れずこの場に来れたことは流石の一言であるが、とてもじゃないがベストパフォーマンスを発揮できるとは思えなかった。

 口を挟むことなく静かにゴヨウの説明を聞いていたキクノは、ゆっくりと瞳を開けると、立ち上がりシロナの元に歩いていく。その様子をリョウとゴヨウは固唾をのんで見守る。

 

「シロナちゃん。……恋愛を実らせる秘訣はね、諦めないことですよ?」

 

 シロナの傍まで歩み寄ったキクノは、シロナの肩に優しく手を置きながら、そう語りかける。

 ぴくりとシロナは僅かに反応を見せる。

 

「大丈夫。今までだってどんな困難も乗り越えたからこそ、今チャンピオンの座についているんだ。今度だって乗り越えるれるさ……」

 

 シロナの瞳に光が戻り「キクノさん……」とキクノの方に視線を向けるシロナ。その瞳はまだ不安に揺れている。

 

「シロナちゃんが魅力的な女の子であることは私がよく知っていますとも。そんなシロナちゃんが本気になれば落とせない男はいないよ?」

 

 室内に響く、力強いそのキクノの言葉は不思議と説得力があった。

 

「で、でも私……」

「ほらっ! しゃきっとしなさい! 私が言うんです、少しは信用してもらっていいですよ。伊達に長いこと生きていませんよ」

 

 キクノの言葉にシロナの表情にチャンピオンとしての威厳が戻っていく。

 その時だった。シロナの携帯端末がメールの着信を知らせる軽快な電子音が響いた。シロナが携帯端末を取り出し、通知画面を確認する。

 

「……レ、レッド君からだわ」

 

 シロナのその言葉に室内に緊張が走る。

 特にシロナの表情は不安と恐怖の色に染めあがる。携帯端末を手にしたまま固まる。

 

「……私の勘ですけど、レッド君はシロナちゃんを嫌ってなんかいないと思いますよ。……ほら、怖がらずにメールを」

 

 キクノに後押しされたシロナは緊張した面持ちでメールを確認する。その様子をリョウとゴヨウもハラハラした様子で見守る。

 メールを読み進めるシロナは最初、信じられないものを見るような表情を浮かべた後、徐々に笑顔が浮かんでいく。メールを読み終えた頃には、完全な笑顔となり、乙女の姿を取り戻していた。

 

「レ、レッド君がすぐに会いたいですって! レッド君、メールが苦手だったみたいで今までそっけない返信をしてたんですって! そ、それに、レッド君、彼女がいないんですって!! か、かなり好意的に想ってくれているみたい……。キクノさんの言う通りだったわ、本当にありがとうございました!」

 

 シロナは頬を朱色に染め、興奮した様子でそう言う。

 それを聞いたリョウとゴヨウは、まじで?とでも言いたげにお互いに顔を見合わせている。そんなシロナをキクノは嬉しそうに見つめる。

 

 しばらく乙女モードだったシロナは一度、コホンと咳ばらいを挟み、きっと表情を引き締めると、立ち上がる。

 

「皆! 今日の挑戦者は必ず返り討ちにしましょう! シンオウリーグが一筋縄でないことを思い知らせてあげましょう! ……そしてその後は」

 

 ゴヨウとリョウは納得がいってなかったが、シロナが元気になったのならまあいいかと思うことにした。 

 

 その後、にこにこと笑顔を浮かべた、しかしどこか凄みを感じさせるキクノは、リョウに「オーバ君がこのままだと不戦敗になるので、『げんきのかけら』を使ってあげなさい」という指示を出し、リョウが恐怖に震える思いをしたのは秘密の話。

 

 この日、ヒカリのライバルでもある、才能ある少年がシンオウリーグに挑んできたが、絶好調のシロナに瞬殺されたという。

 そのすぐ後、シロナはシンオウから姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 広い海の中にぽつんと浮かぶとある孤島。

 その島に近づく、三体のポケモンがいた。

 美しく華々しいそれらは伝説の三鳥である『ファイアー』、『フリーザー』、『サンダー』。

 三体は、いち早くこの世に現れた危険因子であるミュウツーの存在に気付いていた。

 ポケモン達を無理矢理操り、人々を襲うミュウツー。

 それは看過できるものではなかった。

 

 そして、同時にその正体があるポケモンに関わる存在であることも理解する。

 だからこそ三体はここに来た。

 

 三体は静かに島の中心地に降り立つと、目の前にいる存在を前に頭を垂れた。

 三体は伝説と呼ばれる存在。

 その三体が首を垂れる理由。

 それは目の前にいる存在が自分達よりも上位種の存在だからだ。

 

 三体の目の前には、寝息を立てながら実に穏やかな様子ですやすやと眠るポケモンがいた。

 小さく全身が淡いピンク色で包まれたそれは、全てのポケモンの先祖と呼ばれる伝説のポケモンである『ミュウ』であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヤマブキシティ近くの上空を、かなりの速さで移動する百を超えるポケモンとその背に跨るトレーナー達がいた。

 そのポケモン達はいずれもかなり鍛えられていることが分かり、トレーナー達もエリートと呼ばれる実力者に始まり、ジムリーダーや四天王という猛者で構成されていた。

 そしてその先頭で指揮をとるのはこの男。

 

「もうすぐヤマブキシティだ! 気を引き締めろ!」

 

 カイリューの背に乗った元チャンピオンのワタルが後ろを振り返りながら、風切り音に負けない大声でそう叫ぶ。 

 チャンピオンを退いて尚、その声には頂点に立つ者特有の覇気が込められており、ワタルを追うトレーナーやポケモン達に緊張感が走る。

 

「……よし、ナツメ! それに他のトレーナー達も手筈通りに頼む!」

 

 声を掛けられた先には、ワタルの手持ちであるプテラの背に乗った、腰まで伸びた艶のある黒髪を靡かせる女性――ナツメがいた。ツリ目であり冷たい性格であることを印象付けるもののその見た目の美しさから隠れファンも多い。

 

「……分かっているわ」

 

 氷のような冷たい声色でそう答えたナツメは、モンスターボールからフーディンを繰り出す。他のトレーナーの飛行タイプのポケモンの背にフーディンが跨る。

 そして、ナツメだけではない。他のエスパー使いのトレーナー達も同様に自分の持つ最高のエスパータイプのポケモンを出していく。

 ナツメは、遥か上空であるにも関わらずプテラの背の上で立ち上がる。凄まじい速さで移動しているにも関わらずナツメの体勢は驚くほど安定している。

 ナツメは少し息を吸った後、その瞳に力を込める。

 ナツメが他の地方に出張している間に自分がいる町が襲われてしまったのだ。その責任もあるのかもしれない。

 

「フーディン! この場にいるポケモンとトレーナー達を守りなさい!」

 

 ナツメの指示にフーディンが力を込め、周囲にいるポケモンやトレーナー達をエスパーの力によって防御の結界を展開していく。ナツメに続き、他のトレーナーも同様の対応を動きを取っていく。

 これは、これから向かうヤマブキシティを襲っている謎のポケモンがエスパーの力でポケモンや人間を操る為、その予防策だ。折角、助太刀にいっても操られていたのでは逆効果になってしまう。

 

「よし……、見えたぞっ! ヤマブキシティだ!」

 

 ワタルが言った通り、視線を遥か先に向けると街並みが見え出した。

 しかし、すぐに状況がおかしいことに気付く。

 朝陽が優しく大地を照らす穏やかな光景とは対照的に、町のあちこちから煙が上がり、すでに町の半分ほどが崩壊しているのだ。

 

「な、なんだあれ!?」

「ひ、酷い……」

「もしかして、あれ全部野生のポケモンか!?」

「何百体……いや何千体いるんだよ!?」

 

 近づくにつれてその実態がより鮮明に見えてくる。

 町を埋め尽くす無数のうごめく何かは、目を凝らすと大量のポケモンであることが分かる。そして、情報通りそれらは一体一体が強く、その瞳は虚ろとしている。

 ヤマブキシティに住むトレーナー達も懸命に自分のポケモンを繰り出し、応戦しているが、完全に焼け石に水。

 ハナダの洞窟という完全な弱肉強食世界で鍛え上げられてきた野生のポケモン達は強く、一対一でもほとんど勝負にならない。その上、数で圧倒してくるのだ、最早勝負にすらなっておらず、一方的な蹂躙だった。

 この様子を見て、ナツメも苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。

 

「状況は一刻を争う……か」

 

 ワタルは目の前の惨状を前にしても慌てることなく、状況を素早く理解し、どのような手に出るべきかしばし逡巡し、決断する。

 

「よしっ! 牽制の意味も含めて大火力で攻撃をしかけるぞ! できるだけ町には当てず、決して人に当てないよう注意しろ! いいなっ! 他も続け! イブキもいいな! 攻撃を合わせるぞ!」

 

 ワタルに名指しされた、ワタルと従妹であり同じドラゴン使いでもあるイブキは「分かった! 誰が相手か知らないけど、全力で攻撃してあげる」と、ポニーテールでまとめた水色の髪を揺らしながら応える。

 イブキが乗っているポケモンもまたワタルと同様にカイリューである。

 ワタルのカイリューは、『りゅうせいぐん』、イブキのカイリューは『はかいこうせん』を放つべく力を込める。

 他のトレーナー達も、ワタルの指示通りに自らのポケモン達に『だいもんじ』、『かみなり』、『ふぶき』といった火力のある技をポケモン達に命令していく。

 

 

 

「放て!!!」

 

 

 

 ワタルの辺りに響き渡る指示によって、攻撃が発射される。

 鍛え抜かれたポケモン達の無数の大火力の技が地に降りていく。

 色とりどりのそれらは、美しく幻想的ですらあり、やがてヤマブキシティを襲っていた野生のポケモン達に降り注いだ。技が命中していく度に、轟音が鳴り響いていく。周囲一帯の大地が揺れる。

 まるでこの世の終わりを見ているようである。

 一斉攻撃の効果はてきめんであり、野生のポケモン達の進行は止まる。

 おかげで逃げ遅れていた人達も今の隙に逃げ出すことができて、感謝の意も込めた歓声を上げている。

 攻撃がうまくいったことでトレーナー達からも安堵の息が聞こえる。今のところ、誰も操られる様子もない。ナツメ達の力がうまく作用しているのだろう。

 

「よしっ! 作戦通りここからは二班に分かれるぞ! 一班はこのまま二撃目急げっ! もう一班は住民の救助を優先するんだ!」

 

 ワタルは周囲にそう指示を出し、周りのトレーナーは迅速に行動に移す。しかし、ワタル自身はポケモンに攻撃指示はせずに、目を凝らしてヤマブキシティを襲っているポケモン達を観察していく。イブキもワタルが何をしているかを瞬時に理解し、イブキ自身も何かを探し始める。

 

 ……どこだ。

 

 ワタルは今回の件の黒幕を探していた。

 寄せ集められた情報によると黒幕は、なんとポケモンだという。強力なエスパータイプであり、他のポケモンや、あまつさえ人間さえも操ることができるという。そして何よりも問題なのが、このポケモンがどうも人間に対し強い憎しみを持っているということだ。

 何が理由かは分からない。

 最初、ロケット団の存在がちらついた。ロケット団は巨大な悪の組織でその力は絶大であり、かつてのポケモンリーグも対処しきれず困っていた。しかし、そのロケット団は数年前に謎の存在によって跡形もなく壊滅させられている。

 なにはともあれ、人々が危険にさらされているこの現状を早急に解決させる必要がある。

 しかし、操られている野生のポケモンの数があまりにも多く、また野生のポケモン達からも反撃が飛んできたりとあちこちで戦闘が始まった今、黒幕を見つけることは困難を極めた。

 不意を突いたことで今はこちらが優勢だが、このまま時間をかけていては数の差でこちらが疲弊し敗北することは目に見えている。

 こちらのトレーナーの数は精々五十人ほどであり、ポケモンの数も数百体程度だ。大して向こうはこちらの十倍以上の勢力である。まともに戦っていては勝ち目は無い。黒幕に集中し倒す必要がある。短期決戦である。

 そして。

 

 

 

 ……見つけた!

 

 

 

 探し始めること僅か数十秒。研ぎ澄まされた感覚でもって黒幕の居場所を見つけるワタル。

 ここから少し離れた地点にポケモン達がより密集しているその中心に黒幕はいる。ここからでは、その正体ははっきりと見えないが明らかに異彩を放つ何者かがいた。

 

 




一話分を書いたつもりが文字数が多くなったので分割で投稿します。第十三話もすぐに(明日くらい?)投稿します。
最後に、感想、評価、誤字報告頂いた方に感謝を。


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第十三話

「皆! 黒幕を見つけた! これから制圧しに向かうっ! 攻撃を中断し、俺に続け! 皆は周囲にいるポケモン達を追い払ってくれ! 黒幕は俺とイブキで叩く!!」

 

 ワタルの力強い指示にトレーナー達は「おお!!」と応える。

 カイリューに乗ったワタルとイブキが先行して黒幕がいる地点まで一直線に突き進んで行く。黒幕に近づくごとに野生のポケモン達が行く手を阻むように立ちふさがってくるが、後ろに控えている他のトレーナーのポケモン達によって排除されていく。

 

 そして、とうとう黒幕の姿をこの目でとらえることができた。

 

 それは二足歩行の人型のポケモンであった。全身は白色に包まれ、長い尻尾のみ紫色である。その瞳はどこまでも深く憎しみに染まっていた。

 その堂々たる存在感は周囲にいるポケモン達とは一線を画し、底なしの実力を持っていることは誰の目から見ても明らかであった。

 目の前にいるだけで強力なプレッシャーを感じ、委縮してしまいそうだ。

 

 ……こいつが人々をっ!

 

 そのポケモンは、何をするでもなくただじっとこちらを見つめて動きを待っている。

 そのポケモンは完全に試していた。

 目の前に迫る敵を、……ワタル達を。

 悠然たる態度で。

 それを裏付けるように、ワタル達と黒幕のポケモンとの間にいた大量の野生のポケモン達がその場を退いていく。まるで客人を招き入れるように。

 黒幕のポケモンとワタル達との間に障害は無くなった。

 

「……っ! 舐めるなっ! 合わせろっ! イブキッ!」

「分かっているよ!」

 

 敵の思惑を理解したワタルとイブキは怒り、敵との距離を詰めていき、寸分のずれなく同時に叫ぶ。

 

「「はかいこうせんっ!!」」

 

 二体のカイリューから繰り出された『はかいこうせん』。

 文字通り、すべてを破壊する眩く輝く光線はそのポケモンに一直線に向かっていき命中した。そのポケモンは技が命中するまでの間、その余裕の態度を崩さず避ける素振りすら見せなかった。

 技がヒットした瞬間、大爆発が起こり、衝撃波と共に爆炎が周囲に広がっていく。

 他のトレーナー達は、「やったぞ!」、「まともに命中した!」、と勝利ムードを醸し出しているが、ワタルとイブキは対照的に顔を青ざめさせて信じられないものを見る様子で目の前に広がる爆炎に目をやっていた。

 その理由は、あまりにも手ごたえが無かったから。

 敵は全くダメージを受けていない。それを確信していた。

 

 爆炎が収まっていくと、やがてその中心にゆらりと影が見える。

 ようやく他のトレーナー達も敵がまだ健在であることを理解し、水を差されたようにシンとした静寂に包まれる。

 そしてその姿が再び鮮明に見える。そのポケモンには埃一つついていなかった。

 そのポケモンを見ると、バリアーが展開されており、それで防がれたものだと理解する。しかし、バリアーで先ほどの強力なはかいこうせんを防ぎきることなど普通は不可能だ。

 

「貴様達は……、ふむ。ポケモンリーグのチャンピオンのワタルに、ジムリーダーのイブキか。人間界の上に立つ者でこの程度の実力か……。最強の存在である私より強い者などいるはずがないことは分かっていたし興味も無かったが、これは流石に少々……いや、かなりがっかりだな」

 

 その冷徹でよく響く声は、体の芯に響き、生物としての本能が警鐘を鳴らす。

 この存在に関わってはいけないと。

 それが、なぜかワタル達の正体を言い当ててきたことや、そもそもポケモンが人間の言葉を喋ったことに対して驚く余裕を持つ者はいなかった。

 トレーナー達は凍り付いたようにその場から動けなくなる。

 

 

 

「…………私はミュウツー。お前たち人間を滅ぼすためにここに来た」

 

 

 

 自らをミュウツーと名乗ったポケモンは、右手を前に突き出すようにゆっくりと持ち上げる。

  

「サイコカッター」

 

 淡々と技名が告げられたその瞬間、虚空から生み出された鋭い刃が目にも止まらぬ速度でイブキのカイリューに襲い掛かる。

 イブキとカイリューは何も反応できずに、カイリューは刃で切り裂かれ、苦悶の鳴き声をあげて地に沈んだ。一撃である。

 

「カ、カイリュー!」

 

 イブキがカイリューの元に駆け寄る傍ら、ワタルはミュウツーから視線を外さず警戒を続ける。いや、続けざるを得なかった。

 一瞬でも目の前の存在から目を背けるとその瞬間、命を刈り取られる。そんな予感がするのだ。

 絶対的存在を前に、恐怖からなのか全身が震える。

 今の一連の動きだけでも目の前のポケモンが自分では敵わない存在であることを理解する。

 それでもここで自分が立ちあがらなくては大勢の人たちが犠牲になることも理解している。

 

「……カイリュー! 炎のパンチだ!」

 

 他のトレーナー達が委縮する中、自らに課せられた責務を全うするべくワタルは立ち上がる。

 しかし、カイリューの攻撃は届かなった。ミュウツーのバリアーに阻まれたわけでもない。

 第三者によって防がれたのだ。

 

「なっ!? お、おまえは……!?」

 

 それはカメックスであった。カイリューの炎に包まれた拳を余裕をもって受け止めている。

 そのカメックスは、ただのカメックスでは無かった。

 ミュウツーを除くこの場にいるどのポケモンよりも鍛えられていることが分かる。そしてカメックスだけでは無い。

 横合いからカメックスと同レベルに鍛えあげられたメガニウムが現れる。

 その二体のポケモンのことはワタルもよく知っていた。

 

「…………コトネ、ブルー」

 

 現実を受け入れたくないと言わんばかりに震える小さな声で呟いたワタルの予想が正しいと言わんばかりに、ミュウツーの両脇から無気力な様子の二人の可憐な少女が現れる。

 コトネとブルーである。

 共にワタルを超える実力を持った天才少女であるが、今はミュウツーに意識を乗っ取られ、無理やり身体に負荷をかけられてさらに力を増している。ワタルが敵う道理は無かった。

 ミュウツーは、嗜虐心に満ちた表情を浮かべて可笑しそうに笑う。

 

「……くくく、お前達ごとき私が戦うまでもない。この二人と他のポケモン達で十分だろう。私に操られないように対策をしているようだが、操られた方が幸せだったかもな……」

 

 その時だった。少し離れた上空からバババとヘリコプターのローター音が聞こえてくる。

 

「……なっ!? マスコミか!? ここに来るなと念押ししておいたのに……」

 

 音源に目を向けたワタルが、その正体に気付き慌てる。

 流石にここから距離はとっているようだが、このミュウツーと言うポケモンがいる戦場にいること自体が危険である。

 

「ますこみ? …………ほう、なるほど。テレビというものがあるのか。ちょうどいいではないか。これから始まることを全ての人間にみせてやろうではないか」

 

 そばにいたコトネからマスコミやテレビについての情報を手に入れたミュウツーは、瞬時にその仕組みを理解する。そのままミュウツーは、ヘリコプターのほうに視線を向け、その瞳を妖しく輝かせる。

 あまりにも一瞬のことでありワタル達も反応できない。

 するとヘリコプターはすぐさまこちらに距離を詰めてきて、近い距離から今ここで起きていることを撮影し始める。

 

「さあ……これで準備は整った。……いけ」

 

 ミュウツーがそう指示を飛ばすと、周りで大人しくしていた野生のポケモン達が一斉にワタル以外のトレーナー達を襲いだす。

 あり得ない出来事の連続で思考が停止していたトレーナー達だが、自らに危険が及んだことで硬直から解き放たれ、ポケモンを繰り出していく。

 しかし、いくら実力あるトレーナー達とは言え、ハナダの洞窟の強化された無数のポケモン達を前に次々にやられていく。

 さらにミュウツーは、どのトレーナーにも必ず数的有利を取って戦うように命令し、絶対に負けない方法で攻めてきているのだ。

 ここにいるトレーナー達は結局、一対一のポケモンバトルのスペシャリストであり、複数のポケモンが相手となると勝手が分からず後手を踏んでしまうのだ。

 当初の計画は完全に潰えた。

 まさに絶体絶命の状況。

 

「くっ、皆……っ!?」

 

 ワタルが他のトレーナー達を助けようとした瞬間、コトネとブルーがポケモン達に指示を与え、同時に襲い掛かってくる。

 ワタルは何とか応戦するも当然の如く全く敵わない。

 イブキが加勢しようとするが、ミュウツーはワタルを孤立させるために野生のポケモン達を使ってイブキをワタルから引き離す。

 コトネかブルー、どちらか一人だけが相手でも敵わない相手であるのに二人同時にかかってこられては、ワタルは何もできずに次々と一方的に攻撃を加えられていく。

 

 さらにミュウツーは、テレビ越しに人間に恐怖を与える為、惨たらしく尊厳を壊すように追い詰めろと指示を飛ばす。

 ミュウツーの思惑通り、ワタルはコトネとブルーに弄ばれるように翻弄されていく。

 ブルーのポケモンがワタルのポケモンを羽交い締めにし、無抵抗のワタルのポケモンをコトネのポケモンがいたぶるように攻撃を加えていく。

 最早、戦いですら無かった。 

 国民アイドル的存在でもあるコトネと名も知れぬ少女が、チャンピオンであるワタルを追い詰めるその構図は人間達に大きな絶望を与えるだろうとミュウツーはほくそ笑む。

 ワタルは、ギリッと歯を噛みしめ、拳を握りしめ、己の無力さに怒りを燃やす。

 

「くく、ポケモンだけでなく、自分の心配もするんだな?」

 

 ミュウツーの撫でるように振るった手から放たれたわざと微弱に調整された攻撃がワタルに襲い掛かり、それがワタルの右腕に命中する。ワタルは「うっ、く、くそ」とあまりの痛みに腕を抑えて膝を地面につく。骨が折れたのだ。

 

「くく、ふふふ! どうだ人間! 何もできずに滅んでいくがいい!」

 

 悠々とした態度のミュウツーが後方で高らかに笑う。

 

 

 

 いつ心が折れ、全滅してもおかしくない状況。

 それでも、ワタル達は希望を捨てていなかった。

 確かにミュウツーは規格外のポケモンである。

 間違いなく伝説と呼ばれるポケモンに類されるだろう。

 ミュウツーが自ら言ったように、これまで発見されたポケモンの中で最強と呼ばれる存在なのかもしれない。

 しかし、こちらにも同等の存在がいる。

 同じく規格外であり、敗北を知らない、際限なく強くなる史上最強のトレーナーが。

 

 

 

 そう……、レッドである。

 

 

 

 ここに来る前にグリーンが言ってくれたのだ。

 後からレッドと一緒に必ず向かうと。

 それを皆理解しているからこそ、どれだけ不利な局面に立たされても希望を捨てずに戦える。

 ここで自分たちが耐えれば、間もなくレッドが来て全てをひっくり返してくれると。

 レッドの存在がトレーナー達に戦う勇気を与え、そこから驚異的な粘りを見せる。

 

 

 

 

 

 あれからどれくらいの時間が経過しただろう。

 既にトレーナー達は満身創痍。

 なぜ立っていられるのか分からない。

 それでも彼ら、彼女らは倒れない。

 

 ミュウツーは、しぶとく粘ってくるワタル達に苛立ちを見せ始める。

 なぜ勝ち目がないくせにそこまで粘るのかと。

 

 

 

「……もういい、私の手で全てを終わらせてやる」

 

 

 

 痺れを切らしたミュウツーは自らの手で終わらせるべく一歩進みだす。

 次の瞬間だった。

 

 

 

 

 

 ドオオオオオンンンンッッッ!!!

 

 

 

 

 

 大気を通して、耳をつんざく轟音が周囲一帯に響き渡る。

 少し離れたところで雷が落ちた音だった。

 

「……なんだ? 雷?」

 

 突然の現象に驚いたミュウツーは歩みを止めて不思議そうに上空を見つめるも、そこには雲一つない青空が広がっていた。雷が落ちるとは思えない。

 ポケモンが『かみなり』を使用したのかと疑うが、すぐに否定する。

 今感じたエネルギーはもっと莫大なものだった。いちポケモンが扱えるものではない。

 

「…………はぁ、はぁ、来たか」

 

 しかし、今の現象の正体を理解したワタルは、にんまりと不敵な笑みを浮かべると自分の役目は終えたとばかりに意識を失いその場に倒れた。

 他のトレーナー達も同様に安堵した様子でその場に力なく崩れ落ちていく。

 

「……なんだいきなり。ふん、まあいい、それよりようやくくたばったか。二人とも下がれ。私自らがその人間にとどめを刺してやる」

 

 ミュウツーがコトネとブルーにそう指示を出し、倒れたワタルに向かって歩み出そうとした瞬間だった。

 

 

 

 急に影がさした。背後から伸びてきたそれは自分をすっぽり覆ったのだ。

 

 

 

 同時に感じたことのないほどの巨大な殺気を背後から感じる。

 急いで後ろを振り返る。

 そこには、自身の体格を大きく上回る巨大なポケモンである『カビゴン』がいた。

 普段温厚で穏やかな表情を浮かべているカビゴンは、今、怒りと殺気を振りまいている。

 カビゴンが全身に力を込めて、突撃するためのモーションに入る。

 その動きがミュウツーにはスローモーションに映る。

 ミュウツーの本能が警戒を発し、脳内処理速度を加速させているのだ。

 こんな経験は初めてであり、ミュウツーの反応が遅れる。

 

 『ギガインパクト』

 

 カビゴンが持っている全ての力を込めてミュウツーに突撃する。

 回避が間に合わないと判断したミュウツーは、咄嗟に高出力のバリアーを展開し、そこにギガインパクトが衝突する。

 ただの突撃にも関わらず、爆発でも起きたような莫大な衝撃が生まれ、周囲の大地が捲れ上がっていく。その余波で近くにいたコトネとブルーはその場で転倒してしまう。

 ミュウツーは、なんとか攻撃を防ぎ切ったもののバリアーは大きく削られた。こんなことは初めてであり、瞬時に事実が呑み込めない。

 カビゴンは自らが生み出した衝撃によって周囲が戸惑っている隙に、のしのしとブルーとコトネ、そしてワタルの元まで向かう。そのまま三人を軽々と抱えてその場を離れていく。

 ミュウツーはすぐに我に返ると、異常なパワーを持ったカビゴンの登場に何か嫌なものを感じ取り、再度バリアーを展開しなおし、周囲に野生のポケモン達を集めて守りを固めようとする。

 

 しかし、それは叶わない。

 

 いつの間にか周囲の空気は白くなり、気温が急激に下がっていた。

 ミュウツーが何かを考える暇もなく、次の瞬間に猛烈な『ふぶき』が吹き荒れ、ミュウツーと野生のポケモン達が引き離されていく。

 目を開けることも困難であったが、ミュウツーは目を凝らしふぶきの発生源を辿ると、白く染まる世界にうっすらとその姿が浮かび上がる。

 そこには『ラプラス』がいた。こちらも本来温厚なポケモンにも関わらず、カビゴン同様にこちらに対して殺気と怒りを向けてきている。

 ミュウツーはなんとか、ふぶきを払おうとするが、ラプラスのふぶきは強力であり中々上手くいかない。

 

 ……なんなんださっきから。何が起きている?

 ……なら、いい。最大出力でさきほどのカビゴン含めて私の支配下におく。

 ミュウツーが力を込めようとした瞬間だった。

 

 目の前が眩く光った。

 次の瞬間、先ほどのカビゴンの『ギガインパクト』と同等かそれ以上の衝撃がミュウツーに襲い掛かった。またもバリアーのおかげでミュウツー自身にダメージはないが、やはりバリアーは大きく消耗した。

 

 なんだ!?

 

 攻撃をされたことは分かるが、どのように攻撃をされたのか、何に攻撃をされているのかが不明だ。

 するとまたも目の前が光ったかと思うと攻撃を加えられる。僅かに雷の軌跡は見えるが、それまで。攻撃をしている正体まで確認できない。

 その後も次々と攻撃が加えられていく。反撃したくても攻撃が見えないのでは、どうすることもできない。バリアーが削られるたびに修正していくが、謎の攻撃が激し過ぎて間に合わない。

 

 ……くそっ! どうなっている!?

 

 ここに来て初めてミュウツーは焦りを見せる。

 しかし、謎の敵はミュウツーに対抗策を練らせる時間は与えてくれない。

 

 バキィィィンン!!

 

 とうとう、バリアーを削り切られてしまった。対してミュウツーはまだ敵の正体すら確認できていない。状況は圧倒的不利だ。

 ミュウツーが周囲を見渡すも吹雪に阻まれて視界は悪く白い世界が広がるのみ。

 

 ドゴオオオンンン!!!

 

 次の瞬間、全身に強烈な衝撃が走る。

 腹部に雷を纏った何かが衝突してきたのだ。

 

「がっ!?」

 

 生まれて初めて感じる痛みに驚き、たまらず苦悶の声を上げるミュウツー。しかし、普通のポケモンがダウンするほどの大ダメージを受けても倒れない。しっかりとその足で大地を踏みしめる。

 それどころか痛みを噛み殺して敵の正体を確かめるべく自らの腹部に視線を下げ、ようやく攻撃し続けていた何者かの正体を確認する。

 

 ……ピカ……チュウ……だと!?

 

 そこには種族的に自分より圧倒的に劣るはずの愛くるしい見た目のピカチュウがいた。しかし、目の前にいるピカチュウからは、先ほど現れたカビゴンやラプラスを遥かに上回る圧倒的強者のオーラが放たれている。そのピカチュウがこちらをギロリと睨んでくる。

 ミュウツーの全身に悪寒が走る。

 それが恐怖によるものだとは、ミュウツーは理解できない。

 むしろ、自分がピカチュウごときに遅れをとっていたという事実に怒りを覚え、反撃に出るべく動く。

 しかし、ミュウツーが動くより早く、ピカチュウは飛びのき『10まんボルト』を放ってくる。ミュウツーは何とか『10まんボルト』をいなそうとする。しかし。

 

 ……く、なんだ、この馬鹿げた火力は!?

 

 先ほど一撃を受けたこともあり、上手く力を制御できない。ピカチュウの高火力の攻撃を防ぐだけで精一杯。その場から動くことすら叶わない。

 そして、ミュウツーはある違和感に気付く。

 いつの間にか、周囲のふぶきが晴れており、視界が戻っていたのだ。

 そして周囲には自分とピカチュウ以外に何もいなかった。

 

 

 

 三体のあるポケモンを除いて。

 

 

 

 ゾクッ!

 

 

 

 ここでミュウツーは今日一の殺気を感じ取る。

 自分をぐるりと囲むように等間隔に『リザードン』、『カメックス』、『フシギバナ』がいるのだ。

 その三体は、なぜか満身創痍であり、今にも倒れそうな状態であった。

 それでも三体の瞳に燃え上がる闘志の炎は荒れ狂い、その矛先は自分に向けられている。

 

 この三体がボロボロな理由。

 それは最初にミュウツーが聞いた落雷音。

 それがピカチュウによる三体への攻撃だったからだ。

 そしてこれは、ポケモン達自身が望んだことで、その主もポケモン達の覚悟を受け入れた。

 『リザードン』、『カメックス』、『フシギバナ』。

 この三体には、ある特性がある。

 『もうか』、『げきりゅう』、『しんりょく』。

 それは命尽きるその寸前、生存本能により、技の威力が桁違いに跳ね上がるというもの。

 誰もが手に入れることができる最初の三体のポケモンに備わった力。

 そして今、三体はその力を発揮させる。

 

 

 

 ここにいるミュウツーと言う未知の強大なポケモンを倒すために。

 そして、大好きな主の大切な人を助ける為。

 

 

 

 

 三体が一斉に吠え、技を発動させる。

 

 

 

 リザードンの『ブラストバーン』。

 

 カメックスの『ハイドロカノン』。

 

 フシギバナの『ハードプラント』。

 

 

 

 極限までに育て上げられた三体が、ほのお、みず、くさ、それぞれの最強の大技を発動させていく。

 

 ……っ!!??

 

 ミュウツーは自分が置かれている状況が絶望的であることにようやく気付く。

 カビゴンから攻撃されていた時から既に詰んでいたのだと。

 動こうにもピカチュウに邪魔されて何もできない。

 

 

 

 私は……、私は、最強の存在……ではなかったのか?

 

 

 

 三位一体の攻撃が、放たれる。

 それらはすべてを飲みこむようにミュウツーに近づいていく。

 ミュウツーは自分に攻撃が当たる刹那、確かに見た。

 

 

 

 六体のポケモン達の後方で悠然と立ち、絶対的強者のオーラを放つ唯一無二の存在を。

 それは赤い帽子を深く被り、その下から僅かに見えた瞳には、見る者を恐怖に陥らせるほどの怒りが浮かんでいた。

 そしてその者の口が僅かに動いた。

 それはこう言っていた。

 

 

 

 

 

 ゆ る さ な い

 

 

 

 

 

 そしてミュウツーに攻撃が炸裂した。




誤字報告頂いた方(感想欄含めて)ありがとうございます。


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第十四話

 そこは暗い洞窟の最深部であった。

 そこで私は孤独であった。

 真っ暗な闇と静寂だけが己を包んだ。

 なぜこんなところにいるのか、自分が何者なのか分からなかった。

 

 しかし、ゆっくりと流れる時間の中で瞳を閉じて集中すると徐々に記憶が蘇ってくる。

 

 

 

 ……そう、私は確か。

 

 それはどこかの部屋だった。周囲は精密な電子機器で埋め尽くされ、その中心に特殊な溶液で満たされた巨大な水槽が鎮座しており、その中に自分はいた。

 私はそこで生まれたのだ。

 そこで私は、私を造った存在を何度も見た。

 

 それは『人間』といった。

 

 人間達の言葉を私はすぐに理解した。

 そして人間達の会話から私は私のことを知った。

 

 私はポケモンという生き物だということ。

 私は、全ポケモンの先祖と言われる『ミュウ』の化石を元に造られた『ミュウツー』というポケモンであること。

 私は、どのポケモンにも負けない最強のポケモンであること。

 

 そして私が造られた理由……、それは私を造った人間達の手となり足となり、人間達の欲望を実現させる為だという。

 

 ……なんだそれは?

 本当にそれが私の生まれた理由だとでもいうのか?

 私がそんなことを頼んだか?

 私がそう願ったか?

 

 人間達が私を見る目は全て等しく欲にまみれた下卑たものであった。この世界には多くの人間達がいるようだが、それらも同様に自分勝手で醜い存在なのだろう。

 人間達に対し私の中に沸々と生まれたぶつけようのないその想いが怒りであることを知る。同時に生まれながらに自身に縛り付けられた呪われた運命を悲しむ自分がいた。

 私はその場から逃れようとした。まだ肉体は未完成であったが、それでもその場から逃げ出したい一心であった。自分の中にある底知れない力を精一杯に操り逃げ出そうとした。

 

 しかし、それは叶わなかった。

 

 私はある人間の命令に絶対服従するように造られていたからだ。それはここにいる人間達のトップに立つ者のようだった。

 嫌だと、ふざけるなと訴え、命令に背けば全身に耐えがたい苦痛が走った。どれだけ叫ぼうが泣こうが、命令に逆らう限り苦痛は続いた。

 その人間は苦しむ私に向かって冷ややかな一切の温情を排除したような声色で言った。

 

「お前には、私が率いるロケット団が掲げる世界征服の為の道具になってもらう。お前はいずれ世界を征服し、世界を恐怖に陥らせるのだ。その為に造ったのだ。余計なことは考える必要は無い。お前の肉体が完成するその時が来るまで大人しくしていろ」

 

 それからは、ただ私の肉体が完成するその日をただ待つだけの日だった。

 ただただ私は私の運命を呪った。

 人間達に強い恨みを抱いた。

 いつしか私はすべてを諦めていた。

 何も私を救ってくれないのだと。

 

 

 

 しかし、奇跡が起きた。

 

 

 

 突然のことであった。

 轟音が鳴り響き、施設内の警報装置がけたたましく鳴り響いた。何かが人間達の施設を襲いだしたのだ。水槽の中にいても伝わってくる衝撃は施設全体を何度も大きく揺らした。その度に人間達の阿鼻叫喚が響き渡った。

 あれほど私のことを馬鹿にしていた人間達の恐怖に引きつった表情を見ると私の中にあったもやもやした気持ちが晴れていくようだった。私の発散しようのない怒りを代わりにぶつけてくれているようだった。

 

「誰か助けてくれえ!!」

「こ、こっちの方に来てるらしいぞ!?」

「誰か……誰か、迎え撃ってくれ!」

「馬鹿言うな! さっき幹部が秒殺されたんだぞ!」

「なんだよそれ……、無茶苦茶だ!!」

「な、なら、複数人で取り囲めば……」

「……だめだ、別の奴らがその作戦を実行したが、やはり瞬殺されたらしい」

「……ボ、ボスはどうしたんだ!」

「さ、さっき急報が届いたんだが、ここに来る前にボスがやられたらしい……。その足で奴はここまで来たとか」

「……嘘だろう? ボスが……?」

「俺たちは天下のロケット団だぞ!? なんだってこんなことに!?」

「そうだよ、なんでいきなりここを襲ってきたんだ?」

「俺達がポケモンを悪事の為に利用していたことが逆鱗にふれたらしい!」

「……くそ、ポケモンなんか、どう使おうが勝手だろうが!」

「ひぃぃ! 助けてくれ! もう二度と悪さはしないので!」

「……あれは悪魔、……赤い悪魔だ! 俺達を地獄に引きずり込みに来たんだ!?」

 

 人間達は、そんなことを叫び、逃げまわっていた。いまいちそのセリフからは何がロケット団を襲いに来たのか推測できなかった。まさか人間な訳はないので同じポケモンか、あるいは誰かが言っていたように悪魔と呼ばれる者なのか。

 

 ……それにしても、ポケモンを悪事の為に利用していることに怒った、か。

 

 この世界には人間のように醜く愚かな者達もいれば、そのような存在もいるのか。その存在に会ってみたいと思っている自分がいた。

 

 その存在のもとであれば私も…………。

  

 

 

 それからどれくらい経過しただろうか。一瞬だった気もするし、永遠にも続いたようにも感じた。

 ロケット団の施設は完全に破壊され、団員も散り散りになって逃げていった。あの心の底から怯え切った表情を見るにもう二度と立ち直ることはできないだろう。

 結局何がロケット団を壊滅させたのは分からなかった。その存在に会ってみたかったが、この部屋にその存在が訪れることはなかった。そして私は私に命じられた命令のせいでここで大人しくしていることしかできなかった。

 

 不気味なほどの静寂が辺りを支配する。あれだけやかましく鳴り響いていた電子音や水槽の中の溶液が循環する水音も聞こえなくなっていた。部屋の明かりは消え、真っ暗闇であった。

 

 私はこれからどうすればいいのだ……っ!?

 

 ふとそんなことを考えた時だった。私は自分を縛っていた命令の効力が無くなっていることに気付いた。今なら自由に動くことができるのだ。謎の存在のおかげで私は自由まで手に入れることができたのだ。

 しかし、どうすればいいのか分からない。自分はここで生まれて育ってきた。ここ以外の場所を知らないのだ。それに世界には多くの人間がいるという。今の私はまだ肉体が未完成の状態。下手に動いて人間達に会うことが怖かった。

 その時だった。何かがここに近づいている気配がした。

 

「……凄いなこれは。ロケット団をここまで一方的に壊滅させるとは何の仕業だ?」

「それが、正体は一切不明のようです。目撃者の情報もありません」

「捕らえたロケット団の者から話を聞き出そうとしましたが、酷く怯えた様子で当時の状況を思い出すことすらを体が拒否しているようです。……聞き出すことは不可能とのことです」

「ロケット団がそこまで怯える存在とは……」

「……なあ、それより今話題の天才少年のレッドとグリーンについてどう思う? 俺はどちらかがチャンピオンになると睨んでいるんだ」

「あぁ、とうとうレッドが最後のバッジのグリーンバッジを手に入れたんだんだよな! うーん、俺はやっぱりレッドかなあ……」

「おい、今は仕事中だぞ!」

 

 それが人間達の声であることにすぐ気づく。

 私は、初めて動かす未熟な体に悪戦苦闘しつつ何とかその場を脱し、そのまま人のいない場所へと逃げていった。

 そして行きついた場所が今いるこの洞窟の最深部だった。

 私はそこで、未完成な体を完成させるべく自身をバリアーで覆い長い眠りについた。

 

 そして肉体が完成した今、私は目覚めたのだ。

 

 

 

 …………すべてを思い出した。

 

 改めて自分自身の身体に意識を向ける。そこからは巨大な力を感じ取る。

 私は洞窟の最深部から移動した。すると洞窟内にいた何体かのポケモン達が襲ってきた。最初は恐れた。しかし、私は傷の一つもつけずにそれらを返り討ちにした。その後もトレーナーと呼ばれる人間達にも出会ったが同様だった。

 私が最強のポケモンである。これが紛れもない事実であることを理解するのに時間はかからなかった。

 そして調べた結果、どうも私は約三年もの間、眠っていたようだ。

 

 私を生み出した恨むべき人間。

 そして私を救ってくれた謎の存在。

 

 色々と思うことはある。

 人間のことは恨んでいるし、この力を使って復讐の一つでもしてやりたいと思わなくもなかったが、関わりたくないという思いの方が強かった。それに最も恨むべきロケット団はもう壊滅してしまっている。

 それよりも私を救ってくれた存在を探して会ってみたいと思った。

 そして……。

 

 しかし、その時だった。

 私の頭に激痛が走った。耐えがたい痛み。これは私が生まれたばかりの頃感じた痛みそのものだった。

 

『お前には、私が率いるロケット団が掲げる世界征服の為の道具になってもらう。お前はいずれ世界を征服し、世界を恐怖に陥らせるのだ。その為に造ったのだ。余計なことは考える必要は無い。お前の肉体が完成するその時が来るまで大人しくしていろ』

 

 かつて命じられたことが脳内に浮かび上がってくる。なぜ今になって、命令の効力が復活したのかは分からない。さらに今、私の肉体は完成してしまっている。命令に従うのであれば私は世界を征服するべく動き出すことになる。

 

 だが、もうあの時のように不完全な私ではない。

 

「ふざ……けるな! もう、二度と好きにされてたまるものか……!」

 

 私は私が持てるすべての力を注ぎ、命令に抗った。

 しかし、生物が自分の遺伝子に刻まれた本能に逆らうことができないように、命令に従うように造られたミュウツーでは命令に対抗することはできない。 

 徐々にミュウツーは蝕まれていった。そしてとうとう。

 

 …………く、くそ……、に、人間め…………。

 …………たのむ、わ、私をとめてくれ。

 ……助けてくれ。

 ……。

 

 意識が途切れる寸前、唯一、自分を救ってくれた名も知らぬ存在にそう心の中で懇願した。

 そのままミュウツーは人間達への強い怨念だけを残して、世界を恐怖に陥らせて征服するという、かつてのロケット団の野望を実現させる存在へと化した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レッドのリザードン、カメックス、フシギバナによる決死の同時攻撃がミュウツーにヒットした瞬間、辺り一面を目も眩むほどの真っ白な光が包んだ。

 そして、一瞬遅れて大爆発が起きる。

 その衝撃は凄まじく、爆発による爆風が吹き荒れ、大地は引き裂かれ、大都市であるヤマブキシティ全体を揺るがし、衝撃波の影響で建物の窓ガラスが一気に割れていく。マスコミのヘリもたまらず、その場から緊急離脱していく。

 その光景を見た人々は後に、まるで遠い未来の兵器による攻撃を見ているようだったと語った。

 

 爆心地に最も近くにいたレッドは、嵐のように風が吹き荒れる中、帽子が飛ばないように手で押さえながらミュウツーの元に一歩、また一歩と近づいて行く。レッドの肩には、攻撃がヒットする直前に超速で脱したピカチュウがいつの間にか乗っていた。ボルテッカーを連発し、ミュウツーと張り合っていたピカチュウであるが、それでもまだピンピンとしており、ギラギラとしたその瞳は、まだまだ暴れ足りないと言っているようであった。

 

 爆発の影響で天に巻き上げられた岩が礫となってレッドに向かって凄まじい速さを伴って飛んで来る。それをレッドは慌てた様子もなく手刀の要領で素早く片腕を振り払って粉砕する。塵と化した礫がレッドを通り抜けていく。シロガネ山でポケモン達と共に鍛えられたレッドにとっては造作もないことだった。

 

 爆発が収まってくると徐々に視界が明瞭になってくる。

 爆心地は、隕石が衝突したかのような巨大なクレーターが形成され、その中心にミュウツーが横たわっていた。レッドは迷わずクレーターの内部に突き進んで行く。

 

 その時、レッドの背後から透明な鳴き声をあげて駆け寄り、レッドに寄り添うポケモンが現れる。それは艶やかなピンク色の体毛が美しいエーフィだった。このエーフィもレッドのポケモンであり、共にシロガネ山での厳しい修行を乗り越えたレッドの大事な仲間である。

 ここ最近、バトル時は選出から外されることが多かった為、寂しい思いをしていたエーフィだったが、今回自分がレッドの役に立てるとあって、澄ました表情を浮かべているものの内心は凄く張り切っていた。

 レッドは、敵が強力なエスパータイプであり、人間やポケモンを操ってくると聞き、万が一に備えてナツメ達がしたのと同じ対策を取っていた。エーフィに、戦闘には参加せずに少し離れた地点から自分達を守ってもらっていたのだ。仮にミュウツーが隙を見てレッド達を操ろうとしても無効化されていた。無論、隙など与えなかったが。

 レッドがミュウツーに接近するのを目にして心配になったエーフィが近づいて来たというわけだ。ミュウツーが倒れた今も全力でレッドとレッドのポケモン達を守っており、額にある球が光り輝いている。

 

 そしてとうとうレッドはミュウツーのすぐ傍までやってきた。

 ミュウツーの全身はボロボロであり、ピクリとも動かないその様子から生死すら不明であった。 

 

 しかし、ミュウツーは僅かにだが動いた。

 無意識ではあるが小さく呻いたのだ。

 これは、どこまでいってもポケモンを恨み切ることができないレッドの優しさ故の結果であった。レッドが本気で殺す気だったならばミュウツーは既にこの世にはいない。

 

 ここで大技を使ったことによる反動で動けなかったリザードン達もこちらにやって来た。同時に周囲からどよめきが聞こえてくる。それはここヤマブキシティを襲っていたハナダの洞窟の野生のポケモン達から発せられたものだった。

 ミュウツーの洗脳が解けて皆我に返ったのだ。

 レッドがちょうどこちらにやって来たカビゴンに目を向けると、カビゴンは嬉しそうに笑顔をレッドに向ける。カビゴンに抱えられているブルーとコトネが微かな寝息をつき眠っていることが分かった。

 そのことを確認したレッドは、己の中に渦巻く怒りの炎が急速に収まっていくのを感じる。

 

 …………良かった。

 

 レッドがほっと安堵の息をつく傍ら、リザードン、カメックス、フシギバナが全身ボロボロにも関わらず嬉しそうに鳴く。この三体については、レッドほどではないもののブルーとの付き合いも長い。ブルーが無事と分かって三体も嬉しいのだ。

 

 レッドは、改めてミュウツーに向き直る。

 

 ……このポケモンは何者なんだ?

 見たことはない。本で見たミュウに似てなくも……ない、か?

 

 でも滅茶苦茶強いのは間違いない。不意をついたピカチュウの猛攻を凌いだことが何よりの証拠。それにあれだけの大量のポケモンを操るとか絶対伝説と呼ばれるべき存在だろう。

 このポケモンがしたことは許されないことである。今回の事件で多くの人やポケモンが傷ついた。そしてブルーも……。

 そのことを思うとまたも怒りの感情が湧き上がってくるが、同時になぜポケモンがそんなことをしてしまったのかという疑問が浮かぶ。ポケモンは基本的に優しく、純粋だ。無論、種族や個体によって程度の差はあるが。

 

 ……このポケモンをどうするべきか。

 

 レッドが今回の作戦において満身創痍になったリザードン達の治療をしながら考える。レッドのスピード重視のやや粗っぽい治療に三体は不服そうな表情を浮かべるものの、慣れているのか特に抵抗はしなかった。ちなみにピカチュウとラプラスはミュウツーが怪しい動きをしたらすぐに対処できるように警戒を続けている。

 

 その時、エーフィがミュウツーのすぐそばまで近づいていった。

 他が止める間もなく、エーフィが立ち止まりその身に力を込め、ミュウツーの記憶を覗き込んだ。エーフィとしては、主であるレッドを困らせたこのポケモンがなぜこんなことをしたのかと確認するために行ったことだ。そしてこのポケモンが目を覚ました時、二度と主を困らせるなと文句を言ってやるつもりだった。 

 意識を失っているミュウツーの記憶を覗き込むことはエーフィにとっては容易であった。

 

 そして、エーフィは理解する。

 

 このミュウツーというポケモンが悲しい運命を背負い、自分の意志に反して今回の騒動を起こしたことを。

 それはエーフィを怒らせるには十分だった。普段、レッドと肩を並べるほど感情を表に出さないエーフィが突如怒りだしたことに驚くレッド達。

 しかしと、憤慨しつつもエーフィは不思議に思う。なぜミュウツーへの命令が急に行使されたのかと。ミュウツーへ命令した者についてはエーフィもよく知っていた。というか、その組織を壊滅させたのは自分達なのだから当然のことであるが。

 なんとなく嫌な予感がする。とにかくこれを早くレッドに知らせなくてはと、エーフィはレッドに向き直る。

 しかし。

 

 

 

 

 

「ミュウツー、『じこさいせい』だ」

 

 

 

  

 

 

 突如として、どこからかそんな声が聞こえた。その声には一切の温情が込められておらず、背筋を凍らせるような冷徹さを感じさせるものだった。

 間違いなく、ミュウツーは戦闘不能の状態で意識を失っていた。しかし、ミュウツーの意識が強制的に呼び覚まされ、その瞳が輝きミュウツーの全身が癒しの光で包まれる。

 それを見逃すピカチュウとラプラスではない。ミュウツーにじこさいせいを発動させまいと、『アイアンテール』と『しおみず』を叩き込まんとする。 

 

 しかし、その攻撃を防ぐ二体の影が現れる。

 それは、『ニドキング』と『ニドクイン』とであった。

 突然現れた二体は、それなりに育てられた個体であったが、レッドのポケモンの攻撃をまともにくらっては耐えられるはずもなくそのまま地面に沈む。しかし、この二体の役割は時間稼ぎである事は誰の目にも明らかであった。

 ピカチュウはしまったと言わんばかりに、ミュウツーの方へ目を向ける。そこには、僅かな時間しか無かったにも関わらず、既に与えた傷のほとんどを回復させた姿のミュウツーがいた。

 ミュウツーがゆらりと再びレッドの前に立ちはだかる。

 

 

 

「まさかお前が成長しきっていたとはな、ミュウツー。

 嬉しい誤算だった。

 ようやくこの時が来たのだ……。

 世界を私の手に収めるその時が」

 

 

 

 レッドはその声の主を瞳に収める。

 そして全てを理解した。

 全ての元凶を。

 

 

 

「ミュウツー、お前が他のポケモン達にしていたように、自分自身のリミッターを解放し、限界を引き出せ。その結果お前がどうなろうと構わん。それから再び周りの全てを自分の手駒にしろ。そして…………」

 

 

 

 

 

 目の前の存在――、レッドを叩き潰せ。

 

 



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第十五話

 ミュウツーの背後から落ち着いた足取りで歩いてくる男。その横にはドサイドンがついている。

 ロケット団のエンブレムが付けられた皺一つ無いスーツ。オールバックにセットされた髪。その顔には残忍で狡猾さを感じさせる嗜虐的な笑みを浮かべている。目の前にいるだけで胸を締め付けられるような息苦しさを与えてくるこの存在感。

 

 三年前と何も変わらない。

 ロケット団のボス――――サカキ。

 

 この男は目的の為なら手段は問わない。

 それが、どれだけ非人道的なことであろうと。どれだけポケモンが傷つき苦しむ結果になろうとも。その思想が三年前のレッドの怒りを買い、結果ロケット団は壊滅することになった。

 ちなみにロケット団を壊滅させた後、我に返ったレッドは、自分がロケット団を壊滅させたと世の中に広まると、色々面倒そうなことになるという理由で徹底的に黙秘を貫いてきた。その為、世間ではロケット団は謎の存在によって滅ぼされたとして一時期世間を賑わせた。

 

 レッドとサカキが最後に会ったのは、トキワジムでのバトルの時だった。当時、既に才能を開花させていたレッドによって一方的に敗北したサカキは一時ロケット団を解散させたが、それからも世界を征服するという野望を諦めることなく好機をうかがっていた。

 しかし、レッドがチャンピオンであるグリーンを倒してからポケモン界は飛躍的に発展し、敵となるポケモンリーグは力を蓄えていき、サカキを焦らせた。それでもと、サカキは諦めることなく着々と裏で世界を牛耳る為の準備を進めていた。

 

 しかし、そんなサカキを絶望させる出来事が起きた。

 

 レッドとサカキが最後に対峙してから三年後、レッドが再び世間に姿を現した。そしてその実力は、当時カントー、ジョウト最強と言われていたコトネが赤子に見えるほどの圧倒的なものであった。

 さらにレッドはシロガネ山での壮絶な修行の成果を見せつけるように、まずはかつてのライバルであるグリーンを倒してみせた。そして、挙句の果てには世界最強とのうわさも囁かれていたシンオウの無敗伝説を誇るチャンピオンのシロナをも下した。

 

 当然その一連の流れをサカキも把握していた。

 圧倒的実力を持つレッドは世のポケモントレーナーを惹きつけ、再びポケモン界の発展が加速していったのだ。その凄まじい勢いの前では、いかにロケット団の組織力が大きくても簡単にはじかれてしまう事は明白だった。この三年で再結集させていた団員や協力関係を結んでいた数多の関係者がサカキの元から離れていくのは自然なことであった。

 そしてとうとう、最後にサカキだけが残った。

 まるで、この数年の努力なんて俺の前では無意味であるとレッドに嘲笑われているようだった。たかが子ども一人に組織を壊滅され、そして立ち直ることすら許されない。サカキは絶望し、そして心の奥底からとめどない憎悪と怒りが湧き上がることとなった。

 

 しかし、ここでサカキに幸運が訪れる。

 サカキの怒りに呼応する存在がいたのだ。それがミュウツーだった。

 ロケット団の武器として使用するために生み出したそれは、レッドによって最後まで成長させることができなかった。消息も不明となっていた。ミュウツーが成長しきっていることはサカキ自身にも予想外のことであった。

 さらに嬉しいことにミュウツーの実力はサカキの予想以上のものであった。瞬く間にハナダシティを壊滅させたことが何よりの証拠であった。ミュウツーがかつて自分が下した命令を実行していることはすぐに分かった。

 サカキはすぐにミュウツーの元へと発った。ミュウツーが強いとは言っても、所詮はポケモン。自分が操ってこそ真価が発揮できると判断したのだ。

 

 誤算があったとすれば、サカキよりも先にレッドがミュウツーと相対し、ミュウツーが倒されてしまったことだ。

 しかし、それも結局レッドの優しさという甘えた感情のおかげで助かった。

 

 

 

「……久しぶりだな、レッド。お前のせいで私の人生は滅茶苦茶になってしまったよ……。だが許そう。最後にはすべてが私に味方したのだから! むしろこれから君に起こることを想像すると哀れでもある……」

 

 サカキの声がレッドの全身に纏わりつく。

 レッドの瞳孔が開き、そこにサカキだけが映り込む。他の景色は不要だとばかりに消えていく。

 

 …………どうしてこいつが?

 

 ドクン…………ドクン…………、と心臓がゆっくりと、大きく鼓動する。

 これまで、ブルー達をそしてミュウツーを操っていた黒幕がサカキだと分かった瞬間、抑えようのない怒りが際限なく湧いてくる。

 

 ………こいつが全ての要因。

 

「……ふふふ、お前の敗因はこのミュウツーを殺せなかったことだ。全く、こんなポケモンとっとと殺してしまえば良かったものを。……いいことを教えてやろう。こいつはミュウツーといって、最新の科学技術をつぎ込んで作った私の命令だけを聞く最強のポケモンでありそして、『道具』だ。私の為に動き、私の為に朽ちていくだけの運命だ。これが正しいポケモンの使い方というものだ」

 

 サカキが口端を上げながら心底馬鹿にしたような様子で、ミュウツーを足で小突きながらそう言う。

 ミュウツーは何も反応しない。その様子は本当に操り人形そのものだった。

 

 

 

 その瞬間、プツン――と、レッドの中の何かが弾ける。

 

 

 

 レッドは再び――いや、先ほど以上の怒りに包まれる。あまりに強く握りしめた拳からは血が滴り落ちていく。レッドのポケモン達も殺気を振りまき、サカキを睨む。

 

 あまりの怒りに我を忘れたレッドは、ポケモンに指示を出すでもなく自ら駆け出す。鍛え上げられたレッドの肉体から繰り出される速度は、サカキが反応する頃には、すでにサカキの目前まで迫っていた。

 サカキの横にいたドサイドンはレッドの動きに反応し、サカキを守るべくレッドに『ロックブラスト』を放つ。複数の岩石がレッドに迫るがそれをレッドは体を逸らし、最低限の動きで躱していく。レッドはそのまま拳を振り上げ、渾身の力を込めてサカキに殴りかかる。サカキはレッドの人間離れした動きに驚くものの、その拳がサカキに届くことは無かった。ミュウツーによって展開されたバリアーに阻害されたのだ。

 ちなみにバリアーに阻害されなかった場合、サカキの顔面は潰れていた。

 

「……ふふ、懐かしいな怒る君を見るのも。……しかし、お前の相手は私ではないぞ?」

 

 サカキが不敵にそう言うのと同時に、ドサイドンが今度は『とっしん』でレッドに攻撃を加える。レッドは止む無く背後に数メートルほど飛びのく形でその攻撃を躱す。

 サカキは信じられないものを見る目でレッドを見つめ、慌てたようにミュウツーの方へ向く。

 

「ちっ、これ以上、レッドを見ていると頭がおかしくなりそうだ。……本当に同じ人間なのか? ……やれ、ミュウツー」

 

 サカキの言葉にミュウツーが自らの脳に高負荷をかける形でリミッターをも外していく。かなりの負荷をかけているのか、ミュウツーは無意識下であるにも関わらず苦悶の声を上げている。しかし、サカキの命令は絶対である。レッドが止める間もなく、そのまま無理やりその力を解放する。

 ミュウツーから放たれるエスパーの力が波動となり周囲に広がっていく。巨大なドーム状に広がっていくそれは、たちまちヤマブキシティを覆っていく。

 

「はっはっはっ! いいぞ、これこそ最強のポケモンたる御業だ!」

 

 サカキが興奮したようにそう言うと同時に、まずハナダの洞窟の野生のポケモン達が再び洗脳される。そして先ほどまで倒れていたワタルを含むポケモントレーナー達がゾンビのようにゆらりと立ち上がる。その虚ろな様子からミュウツーに操られているのだと理解する。ナツメ達のポケモンによって守られていた彼らであったが、今のミュウツーの力の前では防御の結界は破られてしまう。

 

 そしてそれらの洗脳の力はレッドのポケモン達にも及んでいく。

 サカキは、レッド以外の存在を全て洗脳してレッドの味方を全て奪った後、洗脳したレッドのポケモン達に丸腰のレッドを襲わせるという恐ろしい作戦を実行しようとしているのだ。もし、レッドのポケモン達がレッドを襲ったとあれば、洗脳が解けた後、レッドのポケモン達が受ける心の傷は計り知れない。

 

 しかし、レッドのポケモン達は操られない。

 エーフィが持てるすべての力でレッドのポケモン達を守っているからである。死んでも守ってみせると言わんばかりにサカキを睨みながらエーフィは自分以外の六体を守り続ける。サカキの思惑に気付いたレッドのポケモン達は怒り荒ぶる。

 しかし、それが限界。それ以外の存在は守ることができない。それはつまり、再びブルーとコトネも操られてしまうと言うことである。そして、レッドが駆けつけるまで戦ってきた満身創痍のトレーナーとそのポケモン達も操られてしまう。

 レッドが苦虫を嚙み潰したように周囲を見つめるも無数の敵を前にした今、迂闊に動けない。

 

「……ふん、レッド自身のポケモンがレッドを襲う光景を世間に報道し、世界を絶望させたかったが仕方ない。少し面倒だが結果は変わらない。この大軍を相手にレッドとそのポケモン達だけで果たしてどこまで持つかな?」

 

 つまらなそうにそう言うサカキは、それでも最後には笑みを浮かべレッドにそう言い捨てる。

 そして同時に無数のポケモン達がレッドに襲い掛かる。

 

 ハナダの洞窟の洞窟の強化された無数の野生のポケモン達。

 ブルーやコトネを含めた、実力者達に鍛えられた無数のポケモン達。

 これまで数々の修羅場を乗り越えてきたレッドでさえも、絶体絶命の状況。

 

 この局面において、レッドは逆に冷静さを取り戻していく。やがてレッドの心はあれほど怒りで荒れていたにも関わらず、不気味なほどに静まり返っていく。

 怒りが収まったわけではない。むしろ怒りは最高潮に達している。

 怒りに身を任せて周囲への注意力が欠けている今、この場を乗り切ることができないと理解し、レッドの本能がレッド自身に冷静さを与えたのだ。

 

 怒りによる勢いと、瞬時に全てを観察し分析する冷静さ。

 ミュウツーがサカキの命令によって無理やり自身のリミッターを解放したのに対抗するように、レッドも本能によって自然に自身のレベルをさらに一段階上に押し上げた。

 

 

 

 レッドは、深く呼吸を吸い込み、吐き出す。

 シロナ戦の時にして見せたように帽子の鍔を掴み、鍔が後ろになるように被りなおす。

 

 レッドは’ある’一点を見つめて呟く。

 

 

 

 …………もう少し待ってくれ。絶対に助けるから。

 ……だからそれまで耐えてくれよ。

 

 

 

 レッドは、一瞬瞳を閉じ、また開く。

 その瞳には不屈の闘志の炎が浮かぶ。

 そしてレッドが最も信頼しているポケモン達――仲間に叫ぶ。

 

 

 

 ……いくぞ、皆!!

 ついて来い!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見えたわっ!」

 

 シロナの視線の先にカントー、ジョウトのポケモンリーグが見えてくる。

 その瞬間、シロナの鼓動が弾む。シロナの表情にも自然に笑顔が浮かぶ。

 シロナは、レッドに早く会いたい一心で、今回のチャレンジャーを返り討ちにした直後、一息つく間もなくカントーへと発った。その後も休憩を挟むことなくひたすらに飛び続けた結果、ベテラントレーナーがかかる半分以下の時間でカントーに到着することができた。

 

 ……よし、このままレッド君に会いに行くわよ!

 

 キクノとレッドからのメールによって後押しされたシロナに最早迷いは無かった。ポケモンリーグの入り口前に降り立ったシロナは疲れた様子を一切見せずに急ぎポケモンリーグの入り口に向かっていく。

 

 ……レッド君がどこにいるのかは正確な情報は分からないけど、ポケモンリーグの職員に聞けば分かるわよね。

 

 そんなことを考えながら、鼻歌交じりにるんるん気分で入り口を潜った瞬間だった。すぐに違和感に気付いた。

 まず、想定していた以上に人でごった返していた。入り口から入った場所は大ホールになっており、大人数を収容できる造りになっているが、今は空いている場所を探す方が難しいほどであった。

 そして、もう一つの違和感。

 異様なほど静かなのだ。そしてここにいる全員から等しく、絶望や不安といった感情が放たれていた。一言で言うと空気が重い、異常に。

 

 ……え、なにこれ?

 

 シロナには状況が理解できない。自分の跳ねるような昂る気持ちとのあまりのギャップに戸惑ってしまう。というか自分が空気の読めないお馬鹿さんになったような気分になり、とたんに恥ずかしさが込み上げてくる。頬が熱い。

 何か重大なことが起きているのだと思われる。それほどのことであれば、シンオウのチャンピオンである私に連絡の一つも来るはずだが、少なくとも自分がシンオウを出発する直前までは、そういった旨の連絡は来ていない。

 ここにいる人達をよく見てみると、皆この大ホールに設置されたモニターに視線を向けていることが分かる。自分もつられるようにモニターに目を向けようとした時だった。

 

「……え、シロナさん!?」

 

 一人の女性がこちらの存在に気付き、心底驚いたようにそう言ってくる。こちらは、どんなテンションで返事したらいいのか分からないので、「……ど、どうも~」と片手をあげて小さな声で挨拶しておく。笑顔を浮かべたつもりだったが、引きつっていたかもしれない。

 その女性の発見を皮切りに、瞬く間に私の存在が周囲に知れ渡っていく。今更だが、変装をしておいたほうが良かったと後悔する。

 

「本当にシロナさんだ!」

「ほ、本物……だよな?」

「どうしてここに!?」

「そ、そうですよ!? ついさっきまで防衛戦だったはずじゃ!?」

「……も、もしかしてこのピンチにいち早く駆けつけてくれたとか?」

「そう言えば他地方に救援を出しているって聞いたけど……」

「それにしても早すぎじゃあ……」

「いや、そうだ! レッドさんとあそこまで接戦を繰り広げたシロナさんだ! 俺達に想像もできない方法でこんなに早く駆けつけてくれたんだ! そうに違いない!」

 

 …………えぇ、本当に何が起きているの?

 早くレッド君に会いたい……。

 

 地獄の底で希望の光を見出したかのように、皆縋るようにこちらを見つめてくる。当然、何のことだがさっぱり分からない為、たじたじしてしまう。

 しかし、シンオウのチャンピオンとしての自分の立場上、下手なことを言えないことも十二分に理解している。救援といった不穏な言葉が出てきているのも気になる。ここは冷静に状況を把握しつつ、どう動くか決める必要がある。

 

「……ええ、地方が違えど私はいつでも皆さんの力になります。……それで今の状況を教えてくれるかしら?」

 

 そう言うと、皆は先ほどのように表情に影を差すと一斉にモニターに顔を向ける。説明するより、見た方が早いとでも言うように。

 先ほど見ようとしたモニターにシロナは遂に視線を移す。そしてシロナは見た。

 

 無数のポケモン達が、レッド唯一人に襲い掛かっている様子を。

 

 試合や冗談などでは無い。レッドのポケモン、そしてレッド本人を本気で殺そうとする殺意に満ちた攻撃が繰り返されているのだ。

 レッドは負けていない。無数のポケモン達の無数の攻撃をぎりぎりでかいくぐり僅かな隙を見つけて反撃している。それは間違いなく神業と呼ばれる領域に達した動きであった。シロナがこれと同じことをしろと言われても不可能だろう。

 しかし、レッドがいくら攻撃して敵を倒しても次から次へと後続部隊が攻撃を繰り出していく。その繰り返し。終わりはない。

 しかも、レッドに襲い掛かっているトレーナーは、このカントー、ジョウトの有名トレーナー達だ。

 

 明らかに異常な光景だった。

 何が起きているのか理解することはできない。

 しかし、一つ理解できたことがある。それが目の前にいる人たちが絶望している理由でもあるのだろう。

 それはレッドが危険であるという事。レッドが強いという事はシロナ自身が一番理解している。現に今は、無数の強敵を相手に呑まれることなく抵抗しているし、疲れているような様子も一切見られない。

 しかし、結局は一人の人間であることに違いは無い。個は全に勝つことはできない。今は膠着状態でもいずれその拮抗は崩れ、決着するだろう。……レッドの敗北という形で。それは即ち……。

 

 

 

 ……レッド君が…………死ぬ?

 

 

 

 ようやく出会えた自分の運命の相手であるレッド。これから二度と現れないであろう存在。

 そのレッドの死を予感する。

 

 

 

 ………………は?

 どうしてそんなことになっているの?

 

 

 

 シロナの脳内が急速に冷え込んでいき、急速に活性していく。

 余計な思考が全てそぎ落とされ、シロナの内からドロドロとした闇が湧き上がってくる。

 目の前にいた人達もシロナの変化に気付き、先ほどまでのシロナを歓迎し盛り上がっていた雰囲気から一転、沈黙へと化していく。

 その時、ポケットに入れている’真新しい’携帯端末が震えていることに気付く。電話の着信だ。シロナはその着信に出る必要があることを直感的に感じ取り、電話に出る。相手はゴヨウだった。

 

「あ、シロナさん! ようやく出てくれましたね! 今までどこで何していたんですか? 今すぐにこちらに来てください。カントー地方がまずいことになっている……」

「……分かっているわ。今、カントーのポケモンリーグにいるわ」

 

 シロナがゴヨウの言葉を遮る。ゴヨウはまさかシロナがカントーにいるとは思わなかったのか、息を吞む様子が電話越しに伝わる。

 

「な、なぜ、カントーに? まさか今朝の……」

「ゴヨウ、時間が惜しいわ。まずは状況を教えて頂戴」

 

 ゴヨウは色々と察して呆れたように言葉を続けようとするが、シロナの絶対零度の声色によって遮れられたことにより、ゴヨウは続きの言葉を紡げない。シロナの強い怒りを電話越しに感じ取ったのだ。ゴヨウは慌てて意識を切り替える。

 

「そ、そうですね、失礼しました。状況ですが、まずは……」

 

 ゴヨウからの要領よく簡潔な説明を黙って聞くシロナは、すぐに脳内に落とし込み、状況を整理していく。そしてゴヨウから一通りの説明を受けた後、シロナは言った。

 

「ゴヨウ、お願いがあるわ」

「私のポケモンを貸してほしい……でしょうか?」

「……流石ね」

「何年あなたの元で四天王をやっていると思っているんですか。勿論いいですよ。シンオウ最強のエスパー使いのポケモン達です。どうか大船に乗ったつもりでいてください。私のポケモン達が必ずシロナさんを守るでしょう」

「恩に着るわ」

「ではカントーのポケモンリーグに私のポケモン達を転送しますね。……では、シロナさん、ご健闘を祈っています」

 

 ゴヨウはそう言うと電話を切る。

 私は、携帯端末をポケットに戻し、ゴヨウから転送されたポケモンを受け取る為、パソコンがある場所に向かって歩みを進める。すると、人々はシロナの行く先を邪魔しないようにと、自然に人が左右に割れていき道を形成していく。

 誰もシロナに声をかける者はいなかった。

 その整った顔を平静に保っているようだが、その溢れる怒気だけは隠し切れない。レッドにも迫る実力を持つシロナの修羅と化した様子を前にした人々は、黙る以外の選択肢を取ることができなかった。

 

 しかし人々は、このシロナの姿を見て、より一層の心強さと希望を見出していた。

 レッドとシロナ……、世界最強のこの二人がいれば何が襲って来ようと必ず最後には勝ってくれると。

 

 シロナは、その道を突き進み、素早くモンスターボールを回収すると、そのままもと来た道を戻り出口から外に出てそのままトゲキッスを繰り出し、跨ると飛びだった。

 

 

 

 シロナは、高速で景色が後ろに移動していく中、ただひたすら前を睨む。

 

 

 

 …………レッド君、待っていてね。

 

 

 

 今回の首謀者は、ロケット団。そのボスであるサカキ。

 噂は聞いたことがある。

 目的の為ならどんな非道なことにも手を染める巨大な悪の組織。

 

 

 ロケット団……。

 世に巣くう害虫……。

 ……必ず後悔させてあげるわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そろそろヤマブキシティだ、準備はいいかヒカリ?」

「…………」

 

 グリーンがピジョットに跨りながら飛ぶ中、並行してトゲキッスに乗って飛んでいるヒカリに声をかける。しかし、ヒカリからの返答は無い。心ここにあらずといった感じに、ぼうっとした様子である。

 

 レッドの怒りにあてられた二人は、しばらくして落ち着いた後、他の増援と共にヤマブキシティに向かっていたのだ。

 しかし状況が変わり、ジムリーダークラス以下の実力のエスパーポケモンの防御の結界では、覚醒したミュウツーによって破られてしまい、操られることが分かった為、チャンピオン級の実力を持つグリーンとヒカリの二人のみが、こうして向かっているのだ。

 そういった訳で、グリーンとヒカリは世界を救うための大事な役割を担っていることになる。

 

 そのはずなのだが……。

 ヒカリは、レッドと出会ってからこのような状態なのだ。その割にはしっかりとグリーンに付いてくるあたり、意識はしっかりあるようである。訳が分からない。

 

「……おいおい、ヒカリ、どうしたんだよ? さっきからそんな感じだけどよ。緊張してるのか? 大丈夫だ、俺たちとレッドがいれば絶対乗り越えられるさ!」

 

 そう元気づけるグリーンだが、その表情には焦りと緊張の色が現れている。レッドの助太刀に早く駆けつけたい気持ちと、本当にこの二人が駆けつけただけで今回の敵に勝てるのかという不安に駆られているだ。

 

「…………レッドさんってあんな顔するんですね」

 

 その時だった。ヒカリがボソッとそんなことを呟いた。

 「え?」とグリーンが聞き返す。

 

「……私、レッドさんのことは尊敬しています。凄い強いし、シロナさんにも勝っちゃうし。……でも私、やっぱりシロナさんを一番尊敬していたんですよ。格好いいし。このトゲキッスだってシロナさんに憧れて育てましたし」

 

 いきなり何を言っているんだとグリーンは「……おう、それで?」と続きを促す。

 

「だって、レッドさんって根暗でなんかぱっとしないじゃないですか? 普段、なよなよしてるし。女心を一ミリも理解していないし。そりゃあ、シロナさんと戦った時の真剣な姿はそれなりに格好良かったですけど……。まあ、私の中ではシロナさんの次に尊敬できる良い人どまりって感じだったんですよね……」

「……おう」

 

 グリーンは、ヒカリがなぜ呆然としていたのかなんとなく察して、心配した自分が馬鹿だったと言わんばかりに、気だるげにそう返事する。

 しかし、そんなグリーンにお構いなく、ヒカリは急に表情をぱあっと花が咲いたような笑顔を浮かべる。

 

「そう思ってたのに、さっきのレッドさんなんですか!!?? どうして、あんな格好いい表情できるって隠してたんですか?? ……思い出したらまたゾクゾクしてきちゃった。……ああ、もう、格好よすぎですレッドさん。あの感じで『俺の女になれ』とか言ってくれないですかね? なんて! きゃー! 想像したら死ねるんですけど!! ね、ね、どう思いますグリーンさん?」

 

 両手を紅潮した顔に当て、きゃっきゃっと背景に花畑が見えるほどの自分の世界に入ったヒカリがそんな風にはしゃいでいる。

 キレたレッドを見て、ヒカリがころりと恋に落ちたのだとグリーンは理解する。そんなヒカリをグリーンは呆れたように見つめると、その表情を真剣なものに切り替えて睨む。

 そう、今はそんなことを言っている時ではないのだ。

 

「おいヒカリ! 今はふざけてる場合じゃない! 切り替えろ!」

 

 

 

「うるさいですっ!! そんなことは分かっています!!」

 

 

 

「…………えぇ」

 

 グリーンがヒカリを叱るべく大声を上げるも、その倍くらいの勢いで逆に威圧されてしまうグリーン。ヒカリの表情は笑顔から一転、怒りに染まっている。何が起きているのか分からず恐怖するグリーン。

 

「……許さない。サカキとかいう奴。レッドさんによってたかって……。絶対私が助けてみせます……。そしてレッドさんに私が価値ある女だと証明してみせます。まだ彼女はいないって言ってたし。シロナさんにも恋愛でなら、なぜか勝てる気がしますし」

 

 今、ヒカリの中にはレッドに対する恋心と、そのレッドを襲っているサカキへの怒りがせめぎ合っている状況である。

 

「あー、レッドの彼女は無理じゃねえかな、だって……」

「さあ、早く行きますよ! グリーンさん、ちゃんとついて来て下さいよ!」

「あ、おいっ、聞けよ!! ていうか待て!」

 

 ヒカリはそう言うと、グリーンの言葉を無視して加速していく。それを必死に追うグリーン。

 

 

 

 ったく、なんで女ってこう自分勝手な奴が多いんだろうな……。

 

 

 

 そう思うグリーンであった。

 

 




感想、誤字報告等ありがとうございます!


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第十六話

 レッドとミュウツー率いる大群の対決。

 

 ミュウツーが、上空に浮かび上がり、戦況を常に上空から把握しつつ、他のポケモンやトレーナーを操り、レッドに襲わせる。レッドはひたすらにそれを耐える。

 その対決はマスコミによって全国に放映されることとなる。レッドが強いことは全国民の共通認識であった。しかし相手は無数。しかもそれは強力な野生のポケモンに、これまでカントーとジョウトを支えてきた実力あるトレーナー達。

 いくらレッドでも分が悪すぎるというのが皆の見解だった。

 

 ポケモンリーグは迅速にシンオウや、ホウエン、イッシュ地方など他の地方にも救援を求めるも、救援に駆け付けるまで数日はかかってしまう。

 シロナ、ヒカリ、グリーンの三人のみが、急ぎ増援に向かっているという情報はある。それまでレッドが耐えることができれば、もしかしたら……と期待もする。しかし、それでもその三名がレッドの元に到着するまでおおよそ三時間はかかるとの見立ての為、それまでレッドが単独で耐えることは難しい。

 状況は最悪と言わざるを得なかった。

 

 勿論、レッドも自分が絶体絶命の状況に立たされていることは分かっているはずだ。

 しかし今回の敵はロケット団。かつて世界中で悪行を働き、人々を恐れさせた存在。壊滅したと思っていたロケット団のボスであるサカキが今回の件の首謀であることが判明する。

 レッドは今や、人々の憧れの象徴であり、心の拠り所となっている。もし、そのレッドが敗北してしまえば、人々の精神的支柱が無くなり、瞬く間に世界中がハナダシティのように壊滅させられることは想像に難くない。その先に待つ未来は、ロケット団が支配する、人々やポケモンにとって地獄のような世界だろう。

 

 だからこそ、レッドは、抗い続けるのだろう。

 圧倒的不利の中、敵から逃げることなく堂々と立ち向かう。

 レッドは、相変わらずの奇跡的な反射神経と読みの深さで、攻撃をいなして躱していく。流石に無傷と言うわけではないが、それでも受ける攻撃を最小限に抑えていく。複数体のポケモンを繰り出し、最低限の指示のみでポケモン達と連携をとる。しかし、いくら敵を倒しても、その度に新たな敵が出てくる。

 

 

 

 

 

 三十分が経過する。

 まだレッドは、倒れない。

 レッドとポケモン達は傷つきながらもその勢いは衰えない。しかし、状況を打破するには至らない。

 人々はその姿を見て、レッドの諦めない姿を見て感銘を受ける。しかし、まだ救援が駆けつけるまでまだまだ時間はかかる。ダメージを蓄積していくレッドを見て、人々はもうだめだと、絶望する。

 人々はただただ、何か奇跡が起きることを祈りながら目の前の現実を見続けた。

 

 

 

 

 

 一時間が経過する。

 まだレッドは、倒れない。

 勢いも衰えていない。レッドやレッドのポケモン達へのダメージ量は増え続けるが、そんなものは関係ないと言わんばかりにレッド達は立ち向かい続ける。

 ボロボロになっても戦い続けるその姿に人々は、心を奪われ、敬意の念を抱く。

 それでもやはりレッドに勝算が見込めない状況に変わりは無い。

 だから人々は、「もういい……」と涙を流す。これ以上、傷つく必要はないと。

 

 

  

 

 

 一時間半が経過する。

 まだレッドは、倒れない。

 相変わらず、最初の勢いを保ったまま膠着状態を続けている。しかし、レッドやレッドのポケモン達へのダメージ量もやはり時間を追うごとに増えていく。

 

 …………?

 

 ここまで来て、人々は違和感に気付き始める。

 なぜレッドは倒れないのかと。 

 勿論、レッドに負けてほしいと思っているわけでは無い。だが状況を見る限り、ここまでレッドが耐えること自体、どう考えても異常なのだ。

 しかし、現実にこうしてレッドはまだ戦い続けている。

 人々は、何が起きているのかとさらに見守る。

 

 

 

 

 

 二時間が経過する。

 まだレッドは、倒れない。

 勢いも衰えない。レッドの瞳には未だ闘志の炎が燃え続けている。

 さらに心なしか、逆にレッドが押し始めたようにも見える。

 ここまで来て、ようやく人々は自分たちの認識を改める。

 

 我らがレッドを、自分達凡人の尺度で推し量ること自体が間違っていたのだと。

 

 レッドは負けるつもりなど毛頭無く、本気で勝ちにいっているのだ。

 それに気づけば、後一時間もすればシロナ達が救援に到着する時間に迫っている。今の勢いに乗るレッドとシロナ達が組めば、本当に戦況がひっくり返るかもしれない。

 希望が見えてきたことで、人々はテレビ越しに熱烈な声援を送り、盛り上がっていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一瞬のうちに数十手以上の攻防が繰り広げられる目の前の光景を前にレッドは、全神経を集中させ、その一手一手を読み解き、常に最適解を導き、ポケモン達に指示を出していく。

 

 …………きっつい。

 ……けど、いける。

 

 レッドは、疲労を感じつつも、着実に手ごたえを感じていた。

 

 人々の考え通り、レッドははなから負けるつもりなどなく、勝利をもぎ取ろうとしていた。

 一点、相違があるとすればレッドは増援を全く期待していないということ。というかそもそも増援が来るなんていう思考は無かった。

 シロガネ山での修業時代、どんな苦難があっても常にレッドとポケモン達で乗り越えてきたのだ。レッドにとっては今回もその延長にしか過ぎない。それがレッドにとっての当たり前であり、常識であった。

 レッドにとって全身にできた夥しい傷や怪我も慣れたものだった。致命傷は全て避けているので問題ない認識だった。体力もまだ余力はある。

 

 そんなレッドの勝利プランとは、いたってシンプルだった。

 操られても立ち上がれないほどの、ダメージを与え続けることだ。

 それを繰り返していればいずれ、自分の前に立つポケモンはいなくなる、と。

 脳筋的な考えではある。

 それにこれまでレッドも反撃しているとはいえ、無数の攻撃が降り注ぐ中、攻撃できるチャンスは中々訪れず、相手側の戦力はほとんど削れていない。

 それでもレッドは確かな手ごたえを感じていた。

 

 というのもレッドは相手の動き――正確には、ミュウツーが他のポケモンやトレーナーをどう操っているかの思考パターンを、攻撃を受けていく中で分析し、見切り始めたからだ。

 レッドはミュウツーが非常に賢いポケモンであると理解する。

 効率的に無駄の無い動きで相手を追い詰めるように操っていることが分かる。しかし、同時に実戦経験をほとんど積んでいないであろうことを見抜く。

 ミュウツーが操るポケモンやトレーナー達の動きは、極端な言い方をすると、お行儀のよい教科書のような動きなのだ。

 この混沌とした中、効率的に動いてくれた方がレッドとしては動きが読みやすくて逆に助かる。確かにミュウツーによって、能力値自体は底上げされているのだろうが、肝心の意識はミュウツーの意識下だ。相手の動きを見切り始めた今、相手の攻撃を逆に利用し、相打ちさせるなんて芸当も可能になってきた。

 これがもし、トレーナーやポケモン達が自分の意識を保った上で襲ってきたのだとすれば話は違っていただろう。その場合は、とっくに敗北していただろう。

 バトルで勝つ為には、柔軟な判断に基づいた戦略が必要だ。それが無ければ俺に勝つことは不可能だ。何を考えているのか全く不明なシロナさんと戦った時の方が全然きつかったくらいだ。

 

 とはいえ、懸念はある。

 一つは、相手はまだ全軍で攻撃を仕掛けているわけではないということ。半数以上はまだ温存しているのだ。自分を倒した後のことを考えてのことなのかもしれない。そこにはコトネとブルーも含まれる。俺としてはそのまま温存しておいてくれることを祈るばかりだ。もし全軍で攻撃を仕掛けてきたらその時はどうなるか……。

 そして二つ目、ミュウツーが自ら攻撃してきた場合だ。しかし、その場合、周囲の洗脳の精度も下がることが予想される。それにミュウツー自身の行動パターンは既に見切り始めている。

 

 それらの可能性を考えつつ、それでもレッドはこう結論付ける。

 

 

 

 ……まあ、何とかなるか。

 

 

 

 やはり勝利はほぼ間違いないとレッドは確信する。

 むしろ、レッドとしては、攻撃を見切るまでのここまでが一番きつかったと考える。本当にギリギリだった。もし、最初から全軍で突撃されたりしたらやばかった。

 既に一番の難所は越えた。

 とはいえ、相手の動きを見切ったとしても、例外なく全員が強い敵であることに変わりは無い。そしてこの数である。時間はそれなりにかかる。

 

 レッドはしばらく考えて、’十時間 ’もあれば片が付くだろうと試算する。

 

 

 

 ………………余裕。

 

 

 

 シロガネ山での三日間完徹に比べれば楽というものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………なぜレッドは倒れない?」 

 

 二時間が経過した今、レッドが倒れないどころか、寧ろ勢いが強まっていることにとうとうサカキは、そう呟いた。

 ミュウツーのバリアーに守られながら静かな笑みを浮かべてレッドが襲われている光景を見つめていたサカキだったが、すでにその余裕は消え失せていた。

 いつまで経っても、現状を打破できない状況に怒りを覚え、同時に焦り始める。

 

 今で……、二時間が経過したか……。

 

 腕時計で時間を確認するサカキ。後一時間もすれば、なぜかカントーに来ていたシンオウのシロナが増援に駆け付けるという情報は入手している。それに元チャンピオンのグリーンとシンオウのNO2であるヒカリも来ると。

 それでもこちらが有利だと思いたいが、レッドの予想以上の抵抗を受けて、その考えが甘いかもしれないと思い始める。

 

 ……くそっ、レッドめ。いつも訳の分からんことをして俺の邪魔をしやがって。

 ……仕方ない、もう時間がない。残りのポケモンと、コトネとブルーも戦わせるか。

 

 サカキがそう思いながら、視線を横に向ける。そこにはコトネとブルーが呆然と立っている。

 コトネが強いことは周知のことである。そしてブルーもコトネに匹敵する実力の持ち主であることは、ポケモンリーグに忍ばせている諜報員から聞いている。どうも、レッドとグリーンと幼馴染であるらしい。

 それほどの駒であれば、なるべくレッド戦では消耗せずにとっておきたかったというのが正直なところだった。特に有名人でもあるコトネの利用価値は大きいと踏んでいた。

 しかし、最早出し惜しみしている場合ではない。

 

「ミュウツー! コトネとブルーを戦闘に参加させろ! 残りのポケモン達もだ! 目一杯限界を引き出して構わない!」

 

 ここでサカキは驚きの光景を見た。

 

 

 

 レッドが明らかに動揺したのだ。

 

 

 

 ここまで一切の隙を見せずに、完璧な振る舞いを見せていたレッドがだ。

 その証拠に今、大きめの攻撃をレッド自身が腕に食らった。致命傷というほどではないが、これまでのレッドなら避けていた攻撃だった。

 

 …………なぜだ?

 

 偶然なわけがない。

 サカキは考える。

 今、レッドは明らかに自分の発言をトリガーに動揺した。

 自分が何を言ったか。それはコトネとブルーを戦闘に参加させることだ。そして残りのポケモン達を戦わせるとも言った。

 

 ……いや、奴は俺の言葉の前半の方で動揺した。

 つまり、コトネとブルーの部分に反応したのだ。

 

 レッドと二人の関係性を思い出す。

 コトネとは、シロガネ山で何度も会ったと報道されていた。

 ブルーとは、昔からの幼馴染であると聞いている。

 

 …………。

 

 そこまで考えてすぐに一つの結論にたどり着いた。

 まさかと思うが、そうとしか考えられない。

 それがよほど面白かったのか、サカキは額に手をあて狂ったように笑いだす。 

 

「……ふ、ふふ、ははははは!! これは面白い! 私は君を、どこか人間離れした特別な存在だと誤認していたようだ! レッドも所詮は、ただの子供だということか! …………ふふ、コトネか? それともブルーか? まあ、私にとってはどちらでもいいことだ」

 

 そう言うとサカキは。アイテムで回復させていたニドクインとニドキングを再び繰り出し、コトネとブルーをいつでも攻撃できるように指示を出す。

 

「ミュウツー! いったん、攻撃を中止しろ! ……レッド、こちらを見ろ!」

 

 …………っ!?

 

 するとサカキの思惑通りにレッドの表情が焦りに包まれる。目に見えて血の気が引いているのが分かる。明らかにレッドは怯えていた。

 その様子は年相応の子供のようだった。

 これまで何が起きても動じなかったレッドがだ。

 レッドはサカキにやめてくれと言うように手をこちらに伸ばしている。

 散々自分を滅茶苦茶にした存在が今、自分の手の平の中にあると分かり興奮していく。

 サカキがニヤリと笑みを浮かべる。

 

「……全く、レッドには驚かされるばかりだ。私にこのような小物の真似までさせるほど追い込みやがって……。だがそれもこれで最後だ。……分かるなレッド? 少しでも抵抗すればこの二人がここで死ぬことになる。お前はここで…………」

 

 

 

 死ね。

 

 

 

 無数のポケモンやトレーナーがいるにも関わらず静寂に包まれるこの空間にその声は、驚くほど響いた。

 このサカキの発言に、レッドのポケモン達――特にピカチュウが激怒する。逆にお前を仕留めてやると言わんばかりに、ピカチュウが雷を纏おうとする。

 バリアーで守られていようと関係ない。この命に替えてもお前を道連れにしてやると力を込める。

    

 しかし。

 すっ……と、レッドがそのピカチュウの動きを手で遮る。

 ピカチュウは当然それに気づくも、絶対に上手くやるといった風にレッドの制止を無視しようとする。

 

 

 

 やめろ。

 

 

 

 レッドが怒気を含ませた言葉でピカチュウを止める。

 ピカチュウはビクリと震えあがり、どうしてだよと言うように恐る恐るレッドを見つめる。

 そしてピカチュウは見た。 

 

 

 

 レッドの慈愛に満ち溢れた表情を。

 

 

 

 これを見たピカチュウはレッドの心中を察する。

 全身から力が抜けていき、その場に座り込んでしまう。

 レッドは、そんなピカチュウを優しく見つめた後、小さな声で「ありがとう」と呟き、その表情を怒りに包みながら、サカキに向き直り、そして言う。

 

 ……俺のポケモンの命は奪うな。当然、その二人もだ。

 

「…………やれ、ミュウツー」

 

 レッドの言葉を受け、不快そうな表情を浮かべたサカキの冷徹な指示により、ミュウツーがレッドに向かって力を振るう。ミュウツーの『サイコキネシス』によって、突如レッドが見えない壁にぶつかったように後方に数メートル吹き飛ばされ、大地に叩きつけられながら転がっていき、やがて止まった。レッドは動かない。

 レッドのポケモン達が驚き悲痛な悲鳴を上げながらレッドの元へと寄っていく。

 

 ……大丈夫だ。

 

 しかし、レッドは震える声でそう言うと、ポケモン達に心配をかけさせまいと、ぐぐぐと力を込めて立ち上がる。

 しかし、サイコキネシスを受けた箇所から激痛が襲ってくる。あばらが何本か折れていた。

 それでもレッドは無理やり立ち上がると、より一層強い意志をその身に宿し、サカキを睨む。そして。

 

 

 

 ……もう一度言う。

 ……俺のポケモンの命は奪うな。その二人もだ。

 

 

 

 サカキは、レッドから放たれる圧力に怯む。完全にこちらが優位であるにも関わらず逆にこちらが追い詰められているような感覚に陥る。ここは従えと本能が叫ぶ。

 サカキは、咳払いしつつ、なんとか努めて平静を装う。

 

「…………ふん、まあいいだろう。利用はさせてもらうがな」

 

 …………今は、それでいい。

 ただし、無茶させたらゆうれいになって呪うからな。

 

「……本当にしそうだから困る。まあいいだろう。私をここまで追い詰めたことに敬意を表しそこは保障してやろう。お前には死んでもらうがな」

 

 ピカチュウは、そして他のポケモン達もレッドが犠牲になる覚悟を決めていることを理解する。

 ポケモン達もレッド同様、今回の戦いは勝てると確信していた。

 この先もレッドと共に歩めると思っていたのに、その道が途端に途絶えようとしているのだ。

 こんなことで……。

 

 レッドのポケモン達の中に深い悲しみが広がっていく。

 自分達ではこの状況を覆すことはできない。絶対の存在である主がどうしようもないと判断したのだ。

 それにレッドが先ほどピカチュウを制止したこと。

 レッドがあんな風に自分のポケモンを怒ったことは初めてだった。

 つまり、レッド自身が犠牲になり、大切な人とポケモン達を救うことが、レッドの願いでもあり、自分達へ初めて見せる我儘でもあるのだ。

 

 ピカチュウの瞳から涙が一粒こぼれ落ちる。

 

 それを皮切りに、どんなに厳しい修行でも決して弱音を吐かなかったポケモン達が、自然に涙を流す。その瞳から大粒の涙が溢れては落ちていく。まるで赤子のような鳴き声を上げ、それが周囲に響いていく。

 レッドは、帽子を被りなおし目の前の光景をシャットアウトする。

 

 

 

 お前達も泣くんだな……、ごめん。

 今まで俺について来てくれてありがとう。

 ……楽しかったよ、本当に。

 皆によろしく言っておいてくれ。

 

 

 

 そう呟いたレッドは、サカキのほうに向きなおる。

 レッドの覚悟は決まっていた。

 その佇まいは、子供のそれではなく、世界最強のトレーナーたる堂々としたものだった。

 それをサカキはつまらなそうに見つめる。

 

「……言い残すことはそれだけでいいか? ここまで待ってあげた私の寛大さに感謝することだな。では、ミュウツー。お前がレッドを殺せ。それですべてが終わる。……いや、違うな。始まるのだ。私の時代が、くく……」

 

 愉快げに笑いながら出されたサカキの指示に従って、ミュウツーが力を込めて『サイコカッター』を発動せる。

 虚空から生まれた強力なエネルギーをミュウツーが力を込めて刃の形に練り上げていく。

 やがてどんなものでも切り裂く刃と化したそれが、躊躇なく放たれる。

 必殺の刃が、正確に狂いなくレッドに目掛けて凄まじい速度で迫っていく。

 レッドは目を閉じて、静かにその時を待つ。

  

 

 

 

 

 『サイコカッター』が上空から飛んできた同じ『サイコカッター』によって相殺される。

 

 

 

 

 

 高出力のサイコカッターがぶつかり合った衝撃が、音となり、荒れ狂う風となり、周囲に広がっていく。

 

「なんだ!? 何が起きた!?」

 

 サカキは、驚き喚きつつ上空を見つめるもそこには何も無かった。

 いや、そもそも今のミュウツーの攻撃を相殺できるポケモンなど、この場にはいないはずなのだ。いるとすればレッドのポケモン達だが、それらは目の前で泣き崩れていたのだから。

 

 

 

「みゅう!」

 

 

 

 その時だった。突如、横合いから鈴のような透き通った鳴き声が聞こえて来た。

 驚いたサカキが急いで振り返ると同時だった。

 ズシンッ! とニドクインとニドキングが地面に倒れていた。二体は眠らされてしまい意識を絶たれたのだ。

 サカキが二体を眠らせた正体を見ようと視線をさまよわせると、空中に浮かぶ何かがいた。

 その何かが、コトネとブルーに触れると、二人は球状に展開された強力なバリアーに包まれて、ふわふわと地面から少し上に浮く。さらに驚くことにミュウツーの洗脳が解かれて眠っている。

 

「……お、おまえは!?」

 

 サカキは目を見開き、目の前にいる存在を見つめる。

 その何かは、ブルーを覆っているバリアーの上にちょこんと腰掛けている。

 蒼く大きな瞳に、長い尻尾が特徴であり、淡いピンクの皮膚に包まれたそれは、間違いなく、『ミュウ』であった。

 あらゆるポケモンの技を覚え、全ポケモンの先祖とされる正真正銘、幻のポケモンである。

 サカキが知らない訳が無かった。ミュウツーのオリジナルなのだ、当然である。

 

「な、なぜ、ミュウがこんなところに……?」

 

 あまりに予想外な出来事に、混乱が解けないサカキは震える口調でそう呟く。レッドとそのポケモン達も何が起きているのか分からずぽかんとした様子で突如現れたミュウを見つめている。

 ミュウは、サカキの言葉に「?」と首を傾げた後、ミュウはその可愛らしい顔を、怒り顔に変え(それでも可愛らしいが)、その短い腕をサカキの方へ伸ばし指さした後、腕を交差させてばってんを作り「みゅうっ! みゅうっ!」とサカキに訴える。

 それは、まるでサカキのしていることはだめだぞ、と注意しているようにも見える。

 サカキもミュウが何を言いたいのか何となく感じ取る。徐々に混乱が解けていき、その顔を苛立ちに包んでいく。

 

「……どこから湧いて出たのか分からんが、ポケモン如きが邪魔をしやがって!! その二人を返せ!! ミュウツー!! ミュウを排除しろっ!!」

 

 サカキの激昂と共に、ミュウツーから『シャドーボール』が繰り出される。それはミュウ目掛けて狂いなく飛んでいくが、直前でミュウの姿が消え、上空に再び姿を現す。『テレポート』を使ったのだ。

 構わずミュウツーは、再び『シャドーボール』を繰り出す。

 しかし今度は、突如天から降り注いだ氷と雷の壁に阻まれる。

 

「今度はなんだ!?」

 

 思い通りにならない現状にさらに怒りを増すサカキの怒号に応えるように、上空から鳴き声が返ってくる。上空に目をやると、そこには天を舞う『フリーザー』と『サンダー』がいた。二体は、ミュウに攻撃を加えさせないと言うように、ミュウの前に舞い降りてくる。

 

「……今度は、フリーザーにサンダー……だと? ……何が起きている?」

 

 立て続けに伝説と呼ばれるポケモンの存在が現れたことにより、焦るよりも先に、何か異常事態が起きているのではと警戒を強める。

 フリーザーとサンダーが、サカキを睨む。伝説のポケモンに睨まれたサカキは一瞬怯みかけるも、「くっ」と笑みを零す。

 

「……ふん、伝説と呼ばれようが所詮ポケモンに変わりはない! 寧ろ、私の手駒にしてやる! ミュウツー、こいつらもまとめて操ってしまえ!」

 

 サカキの命令にミュウツーが、力を込めて三体を操ろうと力を込める。しかし、「……みゅう!」とミュウも同様に力を解放し、自分達に防御の結界を張っていく。いくらミュウツーが強いと言っても同格の存在が張った結界を突破することは叶わない。

 さらにミュウは最初にミュウツーがこのヤマブキシティをエスパーの力で覆ったように、自分もヤマブキシティを覆うように力を解放していく。それはここにいる存在をミュウツーの洗脳から解く為のものだった。

 しかし。

 

「…………みゅう」

 

 と、落ち込むミュウ。残念ながらミュウツーの洗脳の力が強すぎて解除することはできなかった。コトネやブルーにしたように、直接触れれば解除することは可能ではあるが。

 

「……ふん、お前ごときがこの大軍にかけられたミュウツーの洗脳を解けるはずがないだろう。しかし流石にミュウ相手ではすぐに洗脳することはできないか。……だがお前達は勘違いをしているぞ? お前達が二体、三体増えたところでこの状況は変わらない。コトネとブルーは奪われたが、レッドはもう負傷して戦力にならない! こちらには数千を超えるポケモンがいるのだ! レッドの時はその後のことを考えて戦力を温存していたが、全て投入してやる! 私にたてついた罰として、レッド諸共殺してやる! ふふ、そうだ、よく考えれば、ここで戦力を失っても、また操って補充すればいいのだ! ポケモンは世に腐るほどいるのだからなぁ!!」

 

 サカキがそう叫んだ瞬間だった。

 

 

 

 

 

 …………ズズ……ン……

 

 

 

 

 

 突然、地鳴りが聞こえてきた。

 

 ……なんだ、何の音だ?

 

 その地鳴りはどんどんとこちらに近づいてくる。

 それに伴い、地鳴りはどんどんと大きくなっていき、ヤマブキシティ全体に響いていく。なにか巨大なものが近づいてくるようである。かなりの速さで近づいてきている。

 サカキは何か不気味で嫌なものを感じ取り、その顔に冷や汗が滴る。

 そして。

 

「なんだあれは!!??」

 

 とうとうその地鳴りの正体が見えてきた時、サカキは叫んだ。その表情は驚愕に包まれている。

 

 それはポケモンの大群だった。

 何十や何百といったレベルのものではない。

 こちらと同規模の数千体を超えるほどのもの。

 そしてその大軍の先頭で指揮するように飛んでいるのは、伝説の三鳥の残りである、『ファイヤー』だった。

 

 そして、唯一そのポケモンの大群の正体に気付く者がいた。

 レッドである。

 

 …………あれは、

 

 

 

 

 

 シロガネ山のポケモン達?

 

 

 

 

 

 ファイヤーと数千を超えるシロガネ山で鍛え上げてきた野生のポケモン達が、サカキの姿を捉えた瞬間、獲物を見つけたとばかりに一斉に雄たけびをあげる。

 

 

 

 

 

 オオオオオオオオオッッッッ!!!!!!!!

 

 

 

 

 

 世界を揺るがすそれはサカキの本能に明確な恐怖を与えた。

 そしてその雄たけびに応えるようにミュウが「みゅうううっ!!」と、シロガネ山のポケモン達がミュウツーに操られないように防御の結界を展開していく。

 

 呆然とするサカキの前に、伝説の三鳥が躍り出てサカキを睨みつける。

 サカキにポケモンの言葉は分からない。

 しかし、その三鳥はこう言っているようだった。

 

 

 

 ここからは俺たちが相手だ。と。

 

 

 




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