秘密兵器鋼鉄魔法少女くん (久夢道生)
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あさおんの感慨にふける余裕はない

なぜか急に頭の中にわいてきたので書きました。書きダメも展望もない、初投稿かつ完全な見切り発車です。


 その生き物は革新を起こした。誰もがやろうとしなかった、やろうとしてもできなかった理論を実現したのだ。その生き物はすぐにその理論を実行に移した。長年絵空事と呼ばれ続けた理論であっただけに、今すぐに証明しようと興奮していたのだろう。

 ましてやそれが、人類、ひいては世界を脅かし続ける謎の魑魅魍魎と、それに対抗できる唯一の存在“魔法少女”の戦局を劇的に変えることができる画期的なものであった以上、我慢しろというのも難しいものだ。

 しかし、この時その生き物──彼らは自らのことを“フェーリ”と呼んでいた──はいくつかミスをしてしまった。

 一つは、自らの理論はどうせ他のフェーリには受け入れられないと高をくくり、確固たる実例を集めることを先としたこと。

 二つは、理論がもたらす未来に目を奪われるあまり、モラルを落としてしまったこと。

 そして三つ目は、研究に没頭するあまり、人間の文化、とりわけサブカルチャーに関する知識を全く持っていなかったこと。

 これに少しの悪運が混ざった結果、彼は彼の思う以上の激流を生み出してしまったのである。

 

 

「う……んぅ……」

 花沢大樹は、記憶にある限りでもっとももうろうとした朝を迎えていた。机に突っ伏したまま二度寝に潜ろうとするものの、胃が空腹を訴えるためどうも寝付くことができない。仕方がないのでデスクスタンドに手を伸ばし眠気を飛ばすことを選択した。

「ん~、ん~?」

 年単位で愛用している机。それに付随する物の配置もほとんど変わっていないため、記憶を頼りにすれば目をつむっていても明かりをつけることができるはずだった。しかし、感触がない。不思議なこともあるもんだと諦め、とりあえず顔を上げようとした。

「んぉぉ……おっ⁉」

 すると今度は、顔が机からずり落ちてしまった。これはさすがにおかしいと思ったその時、

「ようし! やっと起きたか! 調子はどうだ? 指が動かないとかはないか?」

 唐突に現れた浮遊する羊のぬいぐるみが目に入り、頭が追い付かなくなった。彼はぬいぐるみの正体であるフェーリという存在について知らないわけではなかったが、寝起きの頭には少々重い情報であった。

「あ~、どちら様で……」

「そんなことは今はどうでもいい! 異常はないな⁉」

「あ~、はい」

「やった! やったぞ! 大成功だ!」

 飛び回る羊のぬいぐるみを横目に、大樹は現状の理解を試みる。一人暮らしの自分の家に知らないフェーリが入り込んでいるという事実はいったん置いておいて、彼がしきりに気にしていることがわからなかった。

「あの、何かあったんですか?」

「おや! 自覚していないのか? どれ、見せてやろう!」

 そう言って羊のぬいぐるみは鏡を取り出した。そこにいたのは晴天を取り込んだような目をした銀髪の美少女だった。

「これは……」

「君だ!」

「へ?」

 大樹はますます訳が分からなくなった。自分は昨日まで男だったはずだったのに、朝起きたら女の子になっていたのである。しかもこのぬいぐるみの口ぶりからして……

「あなたが……うわ、声まで変わってる……ともかく、あなたが僕を女の子にしたってことですか?」

「そうだとも! 喜びたまえ! 君が世界に革命をもたらす私の実験、『性転換魔法少女』の第一の成功例だ!」

「えっ、魔法少女?」

 魔法少女。その存在は今日の生活において欠かせないものでありながら、膨大な魔力量を持つ女性しかなれない専門職である。

「フフフ……せっかくの成功例だ、理解できるかは別として、特別に私の理論について話してやろう!」

 ぬいぐるみの話をまとめるとこうだ、本来、魔法少女の力の源である魔力は男女問わず持っている物であるが、その魔力を外に放出する器官は女性しか持っておらず、それ故に魔法“少女”と呼ばれ、女性の専門分野となっていた。

 そこで、彼は男性を女性に変えることでこれまで使えない資材とされてきた男性の魔力を利用しようと考えたのだった。

「妙案であったが、周囲からはあり得ないと笑われてな。だが今はそうじゃない。君という成功例がいるからな!」

「はあ、でも、なんで僕なんですか?」

「一人暮らしで暇そうで魔力を大量に持っていたからだ!」

「はぁ……」

 遠回しに罵倒されたような気がして少し落ち込む。けれども、悪くないとも思っていた。彼は魔法少女というものにあこがれと好意を抱いていたし、心の底には女の子になってみたいという妄想が漂っていたからである。実感こそまだないが。とその時、

『こちらトーキア東の1! トーキア東の1! トーキア本部に増援要請! とにかく頭数をよこしてちょうだい!』

 と、くぐもった怒鳴り声が飛んできた。大樹は驚いて椅子からひっくり返りそうになったが、ぬいぐるみはむしろ興奮した様子だった。見ればぬいぐるみの胸元にはトランシーバーが付いている。

「丁度良い! 丁度良すぎてむしろ怖いぐらいだ! 殴りこみに行くぞ君!」

「えっ、殴りこみ⁉」

「実戦だよ! 実戦! 君の魔法少女としての力を知らしめるんだ! 行くぞ!」

「あっ、ちょっと、ちょっと、待ってください!」

「なんだ!」

「名前! 名前聞いてないです! えっと、僕は花沢大樹です!」

「そうだった! 後回しにしていたんだったな! 私の名前はマートン! さぁ、行くぞ!」

 直後、マートンは突然光り始め、辺りは閃光に包まれた。

 

 

 

 魔法少女がこの世界に欠かせない理由。それは、魔法少女にしか倒せない怪物がいるからである。一般的に“トラジスト”と呼ばれるその化け物は、ある日突然地球上に姿を現し、瞬く間に地上の大半を人類から奪い取った。

 しぶとく生き残った人類は、トラジストの侵略を受けなかった複数の大都市に集まり身を寄せ合うこととなる。そんな時、これまた突然生き残った人類の中に後に魔法と呼ばれる力に目覚める少女たちが出始め、それと同時にフェーリと名乗る謎の生物が現れ人類への協力を持ち掛けてきた。

 これを受け入れた人類は生存、そして反撃のための刃を手に入れることになった。それが魔法少女である。

 フェーリのサポートを受けて強力な力を行使する魔法少女には、都市の防衛、生存領域の奪還、そして孤立した大都市間を結ぶ役割が与えられたのだ。

 

 

 

 気が付いた時には、大樹は何らかの建物の屋上に立っていた。眼下にはがれきだらけの街と、それを埋め尽くす黒いトラジストの大群、そしてその大群に真っ正面から立ち向かう少女達がいた。同時に、自分の視力が上がっていることにも気が付いた。

「よし、大樹! やるぞ!」

「えっ、どうやって……」

「なんか出てこーいって思えばなんか出てくる! そういうもんだ!」

 大樹はますます困惑した。けれども、ここまで来てしまった以上、何もせず帰るというのは気が引ける。なので念じた。けれども、出てこない。深呼吸をして心を落ち着かせてから、念じる。けれども、出てこない。手を合わせて曇り空に祈る。けれども、出てこない。

「……出てきませんけど」

「本当か? 叫んでみたらどうだ?」

「えぇ……」

「迷ってる暇はないぞ! ほら!」

「わかりました……」

 大樹は大きく息を吸い込み、叫んだ。

「なんかでてこぉぉぉい!」

 その瞬間、空を覆っていた雲にいくつもの穴が開いたかと思うと、直後

 

ズドン

 

 と、腹に響く地響きが起きた。少女もぬいぐるみももそろってひっくり返った。

「な、なんだぁ⁉」

「おぉ……見ろ、大樹! あれが君の魔法、だ……は?」

 困惑したような声を上げたマートンにつられて街を見下ろすと、トラジストの大群の中に、いくつもの白い岩のようなものが見えた、ゆっくりと動き出した岩達は、寸分の狂いもなく同時に立ち上がる。その岩には手足がついており、確かめるように曲げ伸ばしを繰り返す。それを呆然と眺めていた大樹の耳元に、突如、

<fortress:殲滅を開始します>

 と、機械音声が響く。それに気を取られた次の瞬間、いくつもの閃光と爆音が広がり、少女は思わずその場にうずくまった。ぬいぐるみは吹っ飛んだ。

「なんなんだ……」

「ウェッホ、ゲッホ、ふぅ……あれが君の魔法だよ。ただ……あんなに大規模なものは初めてだ……ロボットか? えーっと、十、二十、三十……すごいなぁ!」

 マートンが感心している間に、戦場は既に終局に差し掛かっていた。ミサイルやビームが飛び交う中、必死に逃げ惑うわずかなトラジストが、あっという間にロボット達に追いつかれて轢かれていく。大樹はちょっとだけかわいそうに思えてきた。最後のトラジストが豪快に蹴っ飛ばされたのち、辺りは静まり返った。

<fortress:任務完了、離脱します>

 そう聞こえたのち、ロボット達は一斉に飛び上がり、雲の向こうへ消えていった。大樹はまだ立ち上がれず、まるで夢の中にいるような心地であった。

『東の1各員、状態報告! 怪我をしている子は増援に回収してもらうわ! 少し休憩したら動ける残りでできる限りさっきのロボットの証拠を探すわよ! いい?』

『了解!』

 マートンの胸元から聞こえる無線で大樹は気づいた。この後はどうすればいいのだろう。

「マートンさん、この後はどうするんですか?」

「そうだな、このまま見つけてもらおうじゃないか! サプライズだな!」

「そしたら、どうなるんです?」

「順当にいけば魔法少女としてどこかのチームに入ることになる! 安心しろ、魔法少女のチームはとても仲がいいから、きっとすぐに溶け込めるはずだ!」

「あそこにいる子たちみたいに?」

 そう言って大樹は下でせわしなく動く魔法少女達を指さす。彼女たちは両手をつないで話し合ったり、お互いに抱き合ったり、泣いて立てなくなった子を複数人で囲んで慰めていたりと、マートンの言う通り非常に仲が良いことが分かる。百合の花を幻視してしまうような光景であった。

「ああそうだ!」

 その返事を聞いたとき、大樹の頭は一つの光景を描いていた。自分が女の子たちの輪に入り、話し合い、抱き合い、キャッキャウフフする。つまりそれは……

()()()()()()()……」

 大樹は素早く立ち上がると目にもとまらぬ速さでマートンをつかんだ。

「マートンさん! 今すぐワープ使ってください!」

「ど、どうした急に! どこに行きたいんだ⁉」

「僕の家です! さっさとしてください!」

「何か不満でもあるのか⁉たぶんそれは杞憂だから……」

「いいから早く! ぶん殴るぞ!」

「ひえぇ! わかった! わかったから離して!」

 突如豹変した少女にせかされ、マートンは行きと同じようにまばゆい閃光を放つ。その光が収まると、後には何も残っていなかった。




先述の通り続きはまるで書いていないので完成したら上げます。いつになるかはわかりませんが。


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いつも通りとサプライズの方針

意外と筆が進みました。
なお、セリフでも言わせましたが、主人公の話すことはあくまで主人公自身の個人的な信念であり、何者かの意見を代弁しているわけではないことを理解してください。


「こちらトーキア東の1! トーキア東の1! トーキア本部に増援要請! とにかく頭数をよこしてちょうだい!」

『了解、30分耐えてくれ』

「ラジャー! だぁーっ! チームヒイラギ! 気合い入れるわよ!」

 人類の生存圏の一つ、トーキアの東にて突発的に始まった防衛作戦。最も近い地域を管轄していたがゆえに臨時で指揮を執ることになった魔法少女、大沢千代は、消耗戦と化した現状にいらだちを募らせていた。

 今回、彼女達が相手取ったのは増殖する能力を持ったトラジストだった。一体一体は苦も無く倒せるものの、次の瞬間には三体になって襲い掛かってくる。これが非常に厄介な性質なのだ。

『きゃあ! こ、こちらチームシラカバ! 一人被弾! 下がらせます!』

『あー、こちらチームクスノキ、既に一人離脱させた。事後で済まない』

「各々ギリギリまで前線を下げていいわ! 負傷を避けることを優先して!」

 じりじりと体力を奪われる中で、徐々に負傷者も目立ってきた。動ける人員とトラジストの増え方を勘案すると、30分持たせるのは厳しいと言わざるを得ない。現に彼女達はトラジストの流れを制御できなくなっており、魔法少女同士の連携は分断され始めていた。さらに、トラジストに囲まれて、完全に孤立してしまった少女もいた。千代のチームメイトにして親友の、新垣晴香のように。

「わっ!」

「晴香! 伏せなさい!」

 そこで千代は自らの魔法──炎を発生させて、操る魔法──を放ち、晴香を囲むトラジストを器用に焼き払う。指示どおり伏せてやり過ごした晴香は素早く立ち上がり、千代に向かって駆け出すが、そこに黒い塊が滑り込んできた。

「きゃっ!」

「あぁ! くっそ!」

 化け物に足首をつかまれ転ばされてしまう晴香。援護をしようとした千代の方にもトラジストが飛び込んできて、互いに自衛に専念することになった。しかし、晴香は目前に迫った生理的嫌悪を刺激するぬめりを持った黒一色の異形に怖気づき、動けなくなってしまっていた。

「ひっ……ち、千代ちゃん……」

「晴香ぁ! あぁ、もう! 邪魔よ!」

 払っても払ってもすぐに別の個体がへばりついてくる。千代の焦りが頂点に達し、晴香の足をつかんでいた異形が二つに裂け、内へ内へと引きずり込み始めたその時、

 

ズシャァァ

 

 と、突然砂埃が巻き上がった。

「うっ⁉ぐ、ゲホ、ゲホッ!」

 目が開けなくなり、咳が止まらなくなっても、千代は最後に見た状況を頼りに晴香のいるであろう方向にゆっくりと歩きだす。周囲にいたはずのトラジストに襲われることもなく進むと、足先に何かが当たる感触がした。

「ゲホッ、くぅ、は、晴香?」

「うぅ、千代ちゃん……私は大丈夫……」

 千代が薄っすらと目を開けると充満する砂煙の中に、起き上がろうとしている晴香であろう人影と、その足に引っかかている棒のような何か──すなわち晴香を転倒させ、あまつさえ食べようとしたトラジストの腕単体──が見えた。

 急いで晴香に手を貸して立たせる。互いに肩を組み存在を確かめて、とりあえず撤退だと踵を返そうとしたその時、まぶた越しに何かが光っていることに気づいた。再び隙間をつくり見てみると、ちょうど目の前から青白い光が一筋伸びていた。

「……晴香、備えて」

「……うん」

 呟くようにして言葉を交わすと、いつでも魔法を放てるように身構える。この距離では背中を見せるには近すぎる。そして、未知の存在を都合よく味方だと思えるほど魔法少女は楽観的ではなかった。

 光がゆっくりと昇っていく。それと同時にギギギギ……ときしむ音が響きだし、緊張を呼び寄せる。しかし、それを破ったのはどちらでもなかった。砂煙を突き破って化け物が襲い掛かってきたのである。光の軌道に気を取られていた二人は反応がわずかに遅れてしまい、あっという間に囲まれるのを許してしまった。

「くっ! 突破するわよ!」

「了解!」

 魔法を使い、一点突破に賭けようとした瞬間、二人の両側を橙色の閃光が突き抜けていった。閃光は何体かのトラジストの上半身を削り取っていった。図らずも突破口が生まれた二人はすぐさま化け物の包囲を抜け出して全速力で撤退を開始した。爆音に包まれる中、道中で分断されてしまっていたチームヒイラギのメンバーとも合流することができた。

「千代さん!」

「チームヒイラギ! このまま拠点まで突っ走るわよ! シラカバ! クスノキ! 聞こえる⁉」

『は、はい! こっちもできる限り早く拠点に戻ります!』

『こちらチームクスノキ。ちょっと待って……誰かカメラ、カメラは持っていないか?』

「記録は後回し! 撤退優先! わかった⁉」

『あぁ、わかった……』

 通信を切った後、後ろを振り向くと、白一色の無骨な巨人が肩上から橙色のレーザーをまき散らしつつトラジストを手で捕まえて握りつぶしていた。

(あれは……ロボット、かしら?)

 しかし今は確かめるには余裕がない。すぐに向き直ると、チーム全員を見れる最後尾で撤退を再開した。

 

「東の1各員、状態報告! 怪我をしている子は増援に回収してもらうわ! 少し休憩したら動ける残りでできる限りさっきのロボットの証拠を探すわよ! いい?」

『了解!』

 やってきた増援に現在の状況を話し、今回対応に当たったチーム全体に今後の方針を伝えた千代は、ベンチに座る晴香の隣にゆっくりと腰かけた。それに合わせて晴香から水筒を手渡される。素早くふたを開けると、豪快に飲んだ。

「だぁ~」

「お疲れさま」

「ほんとよぉ……」

 しばしの沈黙の後、晴香が口を開く。

「……千代ちゃん、その……」

「……気にしてないわよ」

「……そっか」

 最小限で話は終わる。千代は晴香が理由はどうであれ、あの場面で孤立してしまったことに負い目を感じる性格であることを充分理解していたし、晴香は千代が想定外の出来事は仕方ないと割り切り、とりあえず擦り傷程度で済んだことを喜ぶ性分であることを充分理解していた。

「……10分で起こして」

 そう言って千代は晴香の膝に頭を乗せた。晴香は千代の頭をなでることでそれに返事をする。千代が深い呼吸に身をゆだねたのを確かめると、空いている手で近場の一人を手招きし、“純魔石”を用意してもらうよう小声で頼んだ。実に半生以上、赤子からの付き合いである二人の、確立された休息のひと時であった。

 

 

 

 “フェーリ”は、自ら魔法を使うことができない種族である。その代わりに、魔法の力の源である魔力を直接視認し、触れることができる。彼らはこの能力を利用することで圧縮された魔力の塊である“純魔石”を作り出す。

 純魔石は特定の触媒と組み合わせることで疑似的に魔法を発動することができるほか、魔法少女が経口摂取することで失った魔力を素早く補充することができる。甘くておいしいらしいく、魔法少女にとってはご褒美のようなものとなっている。

 

 

 

 とある二階建てのアパートの一室。一人暮らしとしては十分な間取りの畳部屋に、銀髪少女とぬいぐるみが転がっていた。

「はぁ、はぁ、危なかった……」

「いきなりどうしたんだ、大樹……何かトラウマでも刺激されたのか?」

「いや、そういうわけじゃないんです。ただ、生死にかかわる問題だったんです」

「どういうことだ? 正直、訳が分からないまま急に取り乱して怖かったぞ」

「……百合の間に挟まる男は死ね。ということです」

「百合? 挟まる? どういうことだ? 花に挟まるとは?」

「えっと、百合っていうのは花じゃなくて、女の子同士が仲睦まじく過ごしている、或いは発展して愛が育まれる様子のことで……挟まるっていうのは、割り込むって言い換えたほうが分かりやすいですかねぇ……」

「つまり、仲睦まじい女子たちの輪に後から入り込むのがつらいと? それのどこがまずいんだ?」

「大問題ですよ!」

 大樹は体を素早く起こし、マートンに詰め寄った。

「いいですか! 百合はですねぇ! 不可侵であるからこそ美しいんです! 少なくとも僕からしてみれば、男として生まれた時点で遠目から見守ることのみを許された神聖な理想郷なんです! そこに我が物顔で割り込んであるものないものかっさらっていくような野郎なんざ、赤の他人の家に勝手に上がり込んだ癖に開口一番酷い悪口をまき散らす奴ほどに無礼ですよ!」

「…………そ、そうか……人間の男というのは、みんなそうなのか?」

 マートンは困惑していた。なんせ、今まで自分の研究に集中して他のことには全く触れないできたのだから、人間についてはからっきしなのだ。

「いーえ、これはあくまで僕の信念です。さすがに他人に強制するほど身勝手じゃあありませんよ。ただ、少なくとも僕は百合に挟まるのには耐えられないってことはわかりましたか?」

「ああ……そうか、君の体は女の子になったが、心は確かに男だもんなぁ……わかった、尊重はするよ。私としては、なるべく注目を集めてほしかったのだがなぁ」

「あ、そこについてなんですけど一つ案があるんです」

「なんだ?」

「マートンさんは、要は、今までさんざん笑ってきた周囲を見返したいんですよね」

「そうだ、よく覚えていたな」

「あー、それで、必ずしもこっちからばらす必要はないと思うんですよ」

「どういうことだ?」

「今の状態、僕の存在は全くの未知なんです。味方であることはかろうじてわかるけれど、こんな能力を持った存在は知らない。当然、正体は研究や捜索の対象になるでしょう。魔法少女に見識を聞いたり、再現かなんかも試みたりするでしょうし、トーキアにいる女性を全員調べたりするかもしれません」

「まぁ、そうだな……なるほどぉ?」

「そうです。それだけ頑張っても手掛かりはほぼゼロ。男が魔法少女になってるなんて可能性はハナから除外しているんですから。なのにあのロボットは何度でも現れる。そうやって研究者達が苦汁をなめたところで……」

「私が君を成果として報告すると!」

「そうです! 衝撃的でしょう?」

「フハハハハ! いいじゃないか! いいじゃないか! 採用だ! 実にドラマチックなことを思いつくじゃないか! 今後ともよろしくな、大樹!」

「はい! 送迎は頼みましたよ! マートンさん!」

 大樹がそう言った瞬間、マートンは動きを止めた。

「あー、実はだな……あの移動方法、しばらく使えないんだ……その、魔力が尽きてしまってな……」

「えっ、それじゃあ」

「しばらくは、徒歩か、公共交通機関だな……」

 不平を訴えるように、大樹の腹の虫が鳴った。

 




初めて百合描写をしました。良いと思ってくれたらうれしいのですが。


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疑問を解くための知識と事実

 “今回の騒動の原因を断定するには資料不十分。各地区の人員に小型の映像機材を配布して続報を待つ”

 それが、トーキア政府の出した回答であった。

 現場で対応に当たり、中央で行われた政府の報告会に証人として呼ばれた東の1地区所属のチームヒイラギ、クスノキ、シラカバには突然の休息日が与えられることとなった。

 多くの魔法少女がそのまま都心の娯楽施設で羽を伸ばす中、チームクスノキのリーダー、三岳美月は一人郊外を歩いていた。やがて右手に広がる並木の隙間から日光を跳ね返すガラスの壁がせりあがってくる。美月はガラスから放たれる光線に顔をしかめると、速足でその壁に向かった。

 前面ガラス張りで立派な清潔感を醸し出しているトーキア総合魔法研究所はその実、一歩踏み込めば無秩序をそのまま体現したかのような光景を見せる。屋内なのに雪が降っていたり、大理石の床にサトウキビが生えていたり、挙句の果てには受付カウンターが目に毒なほど七色に光っていたりする。

 美月は今日は一段とひどいなと思いつつ、発光する受付に平然とたたずむ女性に話しかけた。

「三岳美月です。姉の桜はいますか?」

「はい。いますよ。今日は一日研究室にこもるぞ~とか言ってました」

「ありがとうございます。……あー、その、お疲れ様です」

「いえいえ、いつものことですから」

 とてもまぶしい笑顔だった。

 

 三岳と書かれたネームプレートを確かめ、ドアをノックする。

「姉さん、入るよ」

 それだけ言うと、躊躇なくドアノブをまわす。中をのぞくと、壁、床、天井、あらゆる面に大量の紙が張り付いた部屋の隅に置かれたデスクでパソコンとにらめっこしている女性が一人いた。都市政府直属であるこの研究所の研究員で美月の姉、三岳桜である。美月に気づいた様子はない。

「姉さん」

「おぅ、美月かぁ。来るなら連絡してくれてもよかったのにぃ」

「急に休みになったから。はい、差し入れ。キャラメルもあるよ」

「うほぉ~、ありがとぉ。よくできた妹だぁ」

 そう言って桜は立ち上がり美月に近づいてキャラメルを受け取ると、そのまま頭を撫でた。背は桜のほうが頭半分ほど高い。

「それで、姉さん」

「何かなぁ?」

「ちょっと、聞きたいことがあって」

「うんうん」

 そう切り出して、美月は先日遭遇したロボット軍団について、まだ原因は分からないことも含めて話した。

「ミサイルやらレーザーやらをまき散らしながらトラジストを蹴っ飛ばして回る大型ロボットの群れ……なるほど、面白いねぇ。それでぇ? 私は機械には詳しくないよぉ?」

「いや、そうじゃなくて、もしこれが魔法少女の仕業だったとしたら、その子はどれくらいの力をもっていると思う?」

「ん~、断定はできないけどぉ、まぁ、少なくとも常識外れではあるかなぁ」

 桜は少し口をつぐむと、

「戦力としての有用さとは別として、魔法少女が使える魔力の強さは規模、すなわちどれぐらい複雑な魔法をどこまで遠くに飛ばせるかで量るわけでぇ、そうして見ると行使者が近くに見当たらないのに戦場全体に過剰な戦力をばらまける……うん、化け物だねぇ。ただ、これが仮定どおり魔法少女の魔法だとしたらぁ……」

「したら?」

「そんな魔法を使う子を見たことがないっていうのが問題だねぇ。仕事柄、トーキアにいる魔法少女には絶対一度はあったことはあるはずなんだけどぉ……」

 そう言って桜は自分のパソコンに向かいファイルを開き、流し見る。所属魔法少女総覧と書かれたそのファイルにはトーキアで活動する魔法少女全員の顔写真と名前、そして能力が載っていた。

 彼女の研究テーマは魔法少女の成長──行使できる魔力量が後天的に増加し、それに伴い魔法の規模が拡大すること──であり、その成長を確認、観察するために桜は魔法少女と積極的なコンタクトを取っていた。

「うん、やっぱりいないやぁ」

「ないと思うけど、ほかの都市から来た可能性は?」

「そうだったら今頃大騒ぎだよぉ。都市間移動が許されるほどすごい魔法少女なんて希少と有名の塊なんだからぁ。そもそも、そういう立場は隠れるほうが問題になるからねぇ」

「じゃあ、新しい魔法少女?」

「だねぇ。ただ、そうなると筋金入りの問題児ってことになるねぇ」

「問題児?」

「だってそうでしょ? 美咲達は“魔力障壁”の外で戦ったんだから。普通は政府から直々に渡されるストラップがないと外に出れない以上、その子は何らかの抜け道で外に出たわけでぇ……一番可能性が高いのは純魔石を利用したテレポートなんだけどぉ、それも民間での使用は禁止されているからぁ……そうなると今度はそれの製法やら入手方法やら使用方法やらを知っている政府所属のフェーリが加担しているわけでぇ……まぁ、いっかぁ。何も確定していないのにそこまで考える必要もないしねぇ」

 そう言って桜は美月のほうを向く。

「ただ、面白い話ってことは確かだからねぇ。また何か動きあったら話に来てねぇ。こっちでももうすぐ都市全域の魔力調査が入るからねぇ。何かあったら教えるからさぁ」

「うん、ありがとう。それじゃあ」

 美月はそれだけ返すと、きびすを返してドアノブに手をかけ、

「……それにしてもぉ、この話がしたいからってだけでここに来たのぉ?」

 桜のその一言を背中で受け止め、固まった。

「……あー、その、倒れてないか気になったから……」

「この前来た時もそう言ってたじゃないかぁ。心配性だなぁ。このこのぉ」

 脇腹をつつかれる美月の顔は、少し赤みを帯びていた。

「……姉さん、突っつかないで……で、大丈夫なの?」

「そうだねぇ、絶好調だよぉ。夜中のお向かいさんが静かになったからかなぁ、ぐっすり眠れるようになったんだよねぇ」

「お向かいさん?」

「そー、何やってるかは全然知らないんだけど昼夜問わず落ち着きのないフェーリが向かいの研究室にいてねぇ、確か……マートンて名前だったかなぁ。それでぇ、そのフェーリが最近めっきり来なくなったおかげで快眠ってわけさぁ」

 

 

 

 当たり前のことだが、トラジストが都市内部に侵入すること、あるいは市民がうかつに外に出てトラジストと遭遇してしまうことはあってはならないことである。その両方の問題を解決するために開発されたドーム状の“魔力障壁”は、一つの都市の最終防衛ラインとして機能すると同時に、都市とその外側とを明確に区別するための境界線としての役割も与えられた。

 普段は透明だが、触れると淡い青色で主張するその壁は、通常ならば政府から与えられる機密の加工が施された純魔石のストラップを持っていなければ通ることができない。さらに、必要に応じて自在に拡張することができるため、取り返した土地の安全を確保するためにも欠かせない存在である。

 ただし、壁に強烈な負荷がかかると割れてしまうため、魔法少女による防衛が必要ないというわけではない。

 

 

 

「うーん、どうしたもんですかね……」

「むむむ、むぅ」

 トーキアの北端、最近魔力障壁の内側に入り、開発が始まったばかりの地区のさらに端で、銀髪少女とぬいぐるみが散歩をしながら頭をひねっていた。

 マートンの研究成果をより衝撃的に披露するために、隠れ魔法少女として暗躍することで一致した彼らは、翌日には早速課題に直面していた。

 端的に言えば移動の方法である。先日使ったテレポートは一瞬で魔力障壁の外に移動できる優れものなのだが、往復一回程度しか使えないほどに燃費が悪い上に純魔石に合わせる触媒もかなり希少な代物なので、例え調達できたとしてもおいそれと使える選択肢ではなかった。

 なので、できる限り用意しやすく、できる限り早く、できる限り人目に触れない方法を模索しなければならなかった。市街地の移動──自宅から魔力障壁のそばまで──はとりあえずいくつかの案が出たので後回しにして、いかにして魔力障壁を静かに突破するかで行き詰っているのであった。

「穴を掘るとかどうでしょう?」

「確かに、魔力障壁は領地拡大のために自在性が求められる以上、地中深くまでは刺さらない構造になっているが……見つかったら簡単に埋められる。それに、障壁が拡張したら掘り直しだ」

「そうですか……」

 これまでいくつかの案が出ていたのだが、どれも妥協をするには難しい欠点があった。

 ロボットを召喚してこじ開ける──どうしても注目を浴びてしまうので没。

 必要なストラップを手作りで再現して通過する──マートンは残念ながらストラップの製法を知る立場になく、また障壁の外に出る必要がなかったので持っていない。没。

 ならば、いっそのこと政府から本物をもらう──必要な理由を事細かく述べる必要があり、必然的にばれてしまう! 没! 

「せめて魔法を試す場所を確保しなければ……」

 それに、大樹とマートンはあのぶっつけ本番以来一度も魔法を使っていないために、自らの魔法がどれだけ応用が利くかを知らない。そのため、好き勝手に魔法を使っても見つからない場所も欲しい。

 大樹は既に頭を絞りつくした様子で、話題を変えて気分転換をしようとした。

「どうします? 外に出る方法を考えるのは後回しにして、とりあえず内側で練習できるところでも探しましょうか?」

「そうだな……もしかしたら何かヒントになるかもしれない」

 しかし、この話題もかなり頭を悩ませる問題だった。なぜならば、トーキアは人口密度が高く、その分都市内部はどこでも人が密集しているために、あのロボット隠し通せることができそうな場所はなさそうに思えたからである。

「いっそのことうちのアパートの裏に地下室でも掘っちゃいます?」

「穴を掘ることばかり考えているぞ、疲れているな……」

「えー、でも、地上がダメなら地下しかないと思いませんか?」

「まぁ、それはそうだが……」

 そこでマートンは動きを止める。

「んで、いっそのこと地下迷路なんか作っていろんな方角に伸ばせば、家から楽ちんに……マートンさん?」

「……なるほど、いけるかもしれない」

「えっ、まさか本当にアパート裏に?」

「いや、そうじゃない。だが確かに地下迷路だ!」

「えっと、どういうことですか?」

「うまくいけば障壁を超えることだってできる! よぅし! 大樹! ついてこい!」

「だから、どういうことですか⁉」

「旧都地下鉄だ! 詳しくは移動しながら話す!」

 浮遊するぬいぐるみは意気揚々と移動をはじめ、核心をつかめない銀髪幼女が頭に疑問符を浮かべながら後に続いた。

 



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予習と急用

『えー、ただ今、線路上に異物が検知されたとのことで、確認作業を行っています。全線で運転を見合わせております。運転の再開は未定となっておりますため、バスでの振り替え輸送を行っております。何かわからないことがありましたら、お近くの駅員までご相談ください』

「はぁ……」

 ホームに響くアナウンスに操られるように階段へと集まる人々を横目に、待合室でくつろぐチームシラカバのリーダー、穂高茜──休日を終えて帰路の途中である──は不安に埋もれていた。彼女が率いるシラカバというチームは、つい最近結成されたばかりのチームであり、先日初出撃を終えたばかりだった。

 チームの連携は悪くなく、比較的軽い被害で済んだので、チームとしては上々の仕上がりだったのだが、しかし、リーダー個人にとってはうまくいったとは言えない初陣だった。やっていたことは味方の状況を他のリーダーに共有していただけで、さらにそれだけに集中するあまり戦況に追いつくことができていなかったという自覚があったからである。

 この調子で与えられる仕事をこなせるのか、チームメイトに余計な負担を背負わせることになってしまわないか、もしかしたらチームメイトに影で愚痴を言われたりしていないかと、考えれば考えるほどに不安は大きく、重くなっていく。

「今日はゆっくり帰ろ……」

 堂々巡りから抜け出そうと動き出す。待合室から出れば、規則的な電子音が響く中、誰もいないホームが広がっている。電光掲示板を流れる文字を読み取れば、しばらく電車は来ないであろうことが分かった。

 しばらくホームをほっつき歩いていたその時、ポケットのスマホが振動した。画面をつけると、メールが一通入っていた。“ミナ先輩”という差出人から

 “もうすぐ復帰! ”

 というタイトルで届いたメールには、リーダーとしての初仕事をねぎらう一言から始まり、怪我が完治して退院できたこと。すぐに魔法少女として復帰するということ、同じ東の1を担当しているから、日程が合えばまたゆっくりお話ししようということが書かれていた。

 茜は、ちょっと考えた後、すぐに返事を書いた。退院を祝う一言から始めて、実はリーダーとして上手くできなかったこと、それ故にちょっと落ち込んでいるので相談に乗ってほしいということを正直に書いた。

「……よし」

 気が沈んだときは誰かと話すのが一番。メールが送信されたのを確認した茜は早速何を話そうか考えるのだった。

 しかし、直後に入ってきた緊急の無線連絡により、そんなことを考えている余裕はなくなってしまったのだった。

 

 

 

 トーキアの地下には、かつてこの都市が東京都心と呼ばれていたころから存在する地下鉄網が広がっている。

 旧都地下鉄と総称されるその迷宮は欧州を壊滅させた未確認生命体──トラジスト──がゆっくりと勢力圏を拡大させ始めたという一報が届くと同時に大幅な延伸が図られた。

 トラジストが日本に上陸した際に市民を安全に避難させるための輸送路としてでだけではなく、反攻作戦を行う際の拠点として、さらには地上がすべてトラジストに奪われてしまった場合の生活圏としてなどを想定してすすめられた計画は、しかし想定よりも遅い工事の進行と、想定よりも早く化け物が上陸してしまったために中途半端な運用をせざるを得なくなり、かろうじて首都圏まで伸びた路線の大半は期待された効果を発揮することなく放棄された。

 

 

 

「つまり、この地下鉄網を使えば障壁の外に出られるってことですね?」

「あぁ、そうだ」

「でも、トラジストが入らないようにしなくちゃいけないんだから、外に出るのも難しいんじゃないですか?」

「……あの化け物は鍵を開けられるだけの知能を持っていない。それに、あくまで生物にしか興味を示さないからな。金属扉で蓋をするだけで十分ってことだ」

 薄暗く、少々息苦しい線路上を、銀髪少女とぬいぐるみが懐中電灯片手に歩いている。

「結構詳しいですね」

「基礎教養だからな……ちょっと待った」

 ぬいぐるみの指示で足を止める。大樹にはただの通路だったが、マートンには何かが見えているようだった。

「魔力を使った警報装置だな、抜け穴を作るぞ」

 そう言ってマートンは空間にある何かをいじり始める。後で大樹が聞いたところによれば、探知するためのワイヤーの代わりに使われている魔力の線を別の魔力につないで遠回りさせることで人が通れるだけの穴を作ったとのこと。大樹はぼんやりとしか理解できなかった。

 警報装置を抜けてしばらく歩くと、真っ暗なホームに出る。

「よし、ここで出るぞ」

「……はい」

 少し疲れたのか、口数が減った大樹とマートンはホームに上がる。懐中電灯を頼りに周囲を見渡せば、無機質なホームの中でもひときわ仰々しい鉄扉が目に入った。

「あれですか?」

「そうだ」

 近づいてみれば、鍵がかかっているだけでなく、ドアノブの部分もかたい縄で縛られていて、開けられるようにするにはかなりの時間を費やすことになった。

「よし、ほどけたぞ」

「それじゃあ……よいしょお!」

 少女は扉に全体重をかける。

「ふっ! ぬぬぬ! ぬあぁ!」

 しかし、ほんのわずかしか動かない。ちょっと休んでまた押して、ちょっと休んでまた押して。繰り返してようやく人一人分の隙間ができたころには、すっかり目をまわしてへたり込む銀髪少女であった。

 

「風が……気持ちいい!」

 久方ぶりと思える外に出た大樹は、荒廃したビルの隙間から星空を吸い込む心地よさを覚えていた。自然の星明りだけの夜というのは大樹にとっては全くの未知だったのだが、かすかに懐かしさと形容されるような肌感覚を受け止めていた。

「それじゃあ、試しますか?」

「よし、頼む!」

 大樹は夜空を見上げ、問いかける。しばらくすると、星に紛れるようにしていくつもの流星が落ちてきた。

 

ズドン

 

「おおぅ」

「感覚をつかんだな! ただ、まだ距離感はつかめていないようだ!」

 実際、初めての時よりも軽く念じただけで呼び出すことができた。が、どうも位置がばらばらで、いくつかのビルを崩してしまった。

「えっ、好きなところに落とせたりとかできるんですか?」

「そうだ! 魔法は一定の範囲の中で自由にコントロールできるぞ! ただ、今は無理に考える必要はないな!」

「えっと、じゃあ、形も変えたりとかもできるんですか?」

 大樹はそういって目の前に落ちてきたロボットを指さす。白一色のそれは人が一人中に入れる程度の岩に角ばった手足をくっつけた、ずんぐりした形をしていてちょっとした可愛らしさを見るものに感じさせていた。

「そうだが……そうだな、ちょうどいい、何か変形したものを出せるか試してみてくれ」

「変形したもの……変形したもの……」

 

「一回り小さくなっただけ……か?」

「そうですね。もっと小さくとかできるかな……」

 

「おっ、サイズも形もほぼ人型だな」

「アンドロイドってやつですかね。しゃべってはくれないか」

 

「ん? がれきしか降ってこないぞ? 何をイメージしたんだ?」

「えっと、チューリップ……」

 

「またがれきだな、今度は何だ?」

「扇風機と本棚ですね」

 

「犬型ロボットはできたな」

「色とかも付けられるかなぁ……目も口も白一色だと陶器で作ったみたいだ」

 

「鳥のロボットもできたが……すぐに飛んで行ってしまったな」

「念じて誘導とかは……できませんね」

 

「これは……バイクだな、免許は持っているのか?」

「いえ、持ってないです。ただ、どうせこんなところで取り締まってくる人なんていないんですから、気にすることもないでしょう?」

 

「うーむ、大体傾向がつかめたぞ。キーポイントは“自立制御”だな」

 数多の雑品を前にして、マートンは結論を出していた。

「ロボットとアンドロイドと動物はわかりますけど、バイクもそうなんですか?」

「ああ、自動運転だ。ほら、君が何も考えていなくても勝手に走っているだろう?」

 そういってマートンが指さした方向には、誰も載せずにその場をぐるぐると回るバイクがあった。

「君の魔法は、自ら考え、結論を下し、必要な行動をとるAIを作り出す力、といったところか。呼び出せれば一体一体細かく管理しなくていいのは楽だが、大樹の意思で制御するのが難しいのが難点だな」

 バイクはハンドルをつかめば手動で運転することができた。しかし、ロボットや動物は一度呼び出すとまるでいうことを聞いてくれなかった。

「そのうち、必要に応じて僕から指示が出せるようになればいいんですけどね」

「まぁ、今のままでも十分強力だからそれはおいおいだな。とりあえず知りたいことは知れた、帰ってゆっくり休むぞ!」

 そういって踵を返そうとしたその時、

『トーキア本部より通達! 東側より大型のトラジストが上陸! 現在東の1から5で警戒作業に当たっている人員はそのまま防衛準備に移れ! 地区を問わず非番のチームは東の1に集合!』

 と、マートンの胸元の無線機から声が沸いた。

「……予定変更、ですかね。あそこのバイク、捕まえますか?」

「……いいや、新しく呼び出せばいいだろう」

「……ああ、そうですね」

 ようやく休める。そう思ったときに用事ができると、やるやらない以前にやるせない気持ちになるものである。

 



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飛ばせ!飛ばせ!

「方角あってますか⁉」

「しばらく直線! 大丈夫だ! 飛ばせ飛ばせ!」

 使われなくなった地下鉄のトンネルを、二人乗りの特別急行が駆け抜けていく。銀髪少女とぬいぐるみは大型の脅威が東に現れたとの一報を盗み聞きし、これまでの生涯で一度も乗ったことのない流線型の風防が目立つバイクを無免許、私服、ノーヘルメットでかっ飛ばして向かっていた。幸い、バイク側が制御を助けてくれるので素人でも乗りこなすことができている。

『目標が戦闘区域に突入! 交戦を許可する!』

 マートンの胸元の無線機から開戦の合図が響く。それを聞いた大樹は焦燥にかられ始めた。

「始まった! まだですか!」

「次の駅でそろそろのはずだ! 備えろ!」

 ヘッドライトが照らす先、右手に空間を認めた大樹は素早くハンドルを切る。それを鋭敏に感じ取ったバイクはひとりでに前輪を持ち上げてホームのふちに引っ掛けると、そこを支点にしてこれまでの勢いを受け流すようにして後輪を持ち上げ、丁度これまでの進行方向から180回転するようにしてホームに着地した。

「うっとっと」

「縄はついてないな! さっさと開けるぞ!」

 ぬいぐるみは素早く鉄扉に駆け寄って、両手を器用に使いサムターンをまわす。ガチャリという音がしたのを確認すると、そのまま力の限りで押し始めた。

「ふぎぎ……」

「マートンさん! どいてください!」

「えっ? おわっ!」

 そこに、バイクに乗った大樹が高速で突っ込んできた。速度を落とさないまま後輪を高く上げ、振り回して側面を扉に叩きつける。衝撃的を受け止めきれない鉄扉は、鈍い音を響かせながら道を明け渡した。

「さあ、行きますよ!」

「ちょくちょく物騒になるな! 君は!」

 

 跡形もない更地に出た二人は、再び方角を頼りにかっ飛ばす。やがて、遠くの高層ビルの隙間から黒々とした怪獣が顔を出しているのを視認した。

「見えたっ!」

 その一言だけを放った大樹は、雲一つない星空に意思を投げ捨てる。夜空に散らばった意思は星明りを吸い込むように肥大化し、周囲の空間を喰い破るように実体を作り出した。やがて、廃ビルの群れの頭上から、幾重もの流星が降ってくる。

 

≪fortress:殲滅を開始します≫

 

 

 

 トラジストには様々な大きさと特殊能力が確認されている。最小でも人間大であるそれらは、基本的にはサイズが大きくなればなるほどより対処の難しい脅威となる。中でも30メートルを超すトラジストは“大型”と強調して区別しておく必要がある力量を持っており、取り巻きとして大量の小型トラジストがついてくることも含めて一層の警戒と対応を迫られる。

 しかし、とあるフェーリ曰く「まだ全然まし」ということらしい。

 

 

 

「まさか復帰戦がこんなビッグゲームになるとはなー」

 東の1担当、チームカシワのメンバー、早坂ミナはバットを素振りして調子を確かめながら地平線から生えてくる怪物を眺めていた。

「ミナ先輩!」

「おー! アカネ! 久しぶりだなー!」

 ミナは近づいてきたチームシラカバのリーダー、穂高茜の頭を左手でわしゃわしゃと撫でまわす。茜は抵抗することなく揺らされていた。

「怪我は大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃなかったらここにいねーわ。それより、アカネのほうこそ大丈夫か? 結構悩んでるみたいじゃん」

『目標が戦闘区域に突入! 交戦を許可する!』

 茜が返事をする前に、指示が与えられた。

「おおう、んじゃ、後でな」

「あっ、はい」

 そう言葉を交わして、離れていく。ふと、茜は振り返り、

「無茶はしないでくださいね!」

 と、くぎを刺した。

「わーってるよ!」

 これはわかっていない。ミナ先輩は気にせず突っ込む人だ。茜は心の内で心配を深めた。

 

 ミナのバットは当てると好きな方向に好きな威力で飛ばすことができる魔法そのものである。そのため、遠くから打ち込むことで安全に攻撃することができるのだが、

「ほぅーら!」

 あいにく、ミナは安全よりも興奮を求める性質であり、同時に地味よりも派手を重んじる気質であった。するとどうなるかというと、

「さーさー! もっと飛び込んできなー!」

 トラジストをギリギリまで引き寄せて打ち返し、後続を巻き込んで吹っ飛ばすやり方を好むわけだ。ひどいときは、魔法のバットを使わずに蹴り飛ばすこともある。危ない。茜が心配するのも納得である。

「こんなもんかぁー⁉もっとでっけーの来いよ!」

 しかもあろうことか、ミナ本人は物足りないと来た。痛い目を見て入院しても懲りない彼女は目の前のトラジストを粗方かっ飛ばすと、周囲を見回して大物を探す。

「どこだ、どこだー? ……んぉ?」

 その時、ミナは、いや、ミナだけに限らずその場にいた魔法少女達は、空から降ってくる無数の隕石に気付いた。

『チームヒイラギ! 記録よ!』

『クスノキ、高台をとれ、撮るぞ、撮るぞ』

『チームシラカバ! えっと、えっと、鼓膜に注意!』

 同様の経験をしたことのある3チームは素早く対応した。予め受け取っていた映像機材を起動して服に引っ掛け、見晴らしのいい場所の確保を始めた。

 ほかのチームは狼狽した。戦闘中に隕石が降ってくることなんて想定していないのだから、当たり前である。

 そして、一人単独行動をしていたミナはというと、

「……いよっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 意気揚々と隕石に突っ込んでいく。もはや何も言うまい。落下地点を素早く確かめ、隕石が真上にあるのを確認すると、躊躇なくバットを振り上げ、

「チェストぉぉぉぉぉぉぉ!」

 タイミングよく振り下ろす。隕石が地面に着く直前、地面すれすれのところで当たると、そのまま平行に飛翔した。ミナの身長を優に超える巨岩は、数え切れない小型のトラジストを蹴散らすと、後ろに控えている大型トラジストの足首に直撃した。30メートルの化け物のバランスは崩れ、片膝に当たるであろう部位をついた。

『何やってるんですかミナ先輩⁉』

「はっはっはぁー! ストラーイ……あれ? バットだからホームラン? ま、いっかー。とにかくナイスショットー!」

 ミナ先輩、ご満悦である。ふと、今更になって自分が何を飛ばしたのか気になった彼女は、巨岩のほうを見る。岩だと思っていたものには手足がついており、ゆっくりと立ち上がっているところだった。やがて、完全な二足歩行に移行したそのロボットはミナのほうに振り向くと、右手の親指だけを立てて、ミナのほうに突き出した。サムズアップである。ミナも同じく親指を立てて返す。

 やるじゃん、と言葉を発しようとした時、耳がつぶれそうなほどの爆音が響き渡り、身体を衝撃が突き抜けていった。

「おわぁー⁉」

 さすがに命の危機を感じたのか、全速力で退却するミナ。後ろを振り返ると、黒一色であったはずの巨大な化け物が大量の白色に塗りつぶされており、至近距離からレーザーだの爆発だのを受けて悶えていた。

「ほえー、なんだあれ」

「ミナ先輩!」

 そこに、先輩の無茶に耐えかねた茜がやってくる。

「おー、アカネ、ありゃなんだ?」

 そんな心配をよそに、ミナは茜に問いかけた。

「その話はあとです! 早くチームのところに戻りますよ!」

「そうせかせかしなくてもいいじゃねーか。もっと見学しようぜ、ほら」

 ミナが指をさした先には、レーザービームで切れ目を作った化け物の腕を、二体ほどが力を合わせて根元から引っこ抜くロボットがいた。既に30メートルの黒い塊は早々に〆られて解体作業を受けており、分解された部品も徹底的に潰されスクラップに変わっていた。

「あんなに早く大型をボコせるロボットなんだ。見て損はないだろ?」

「後で録画した映像見せますから! 一度下がれって指示も出てるんですよ!」

「へーへー、わかった……ん?」

 茜に引っ張られるようにしてさがっていくミナの目は、解体にいそしむロボットたちの左手に位置する高層ビルの根元に、チラチラと白っぽい何かがいるのを認めた。

「んぉー?」

 しかし、まばたきをすると、既にいなくなってしまっていた。

「わかってないじゃないですか! 大体、先輩は指示を聞かなすぎなんですよ!」

 既に茜はぷんすこし始めていた。これ以上引き延ばすのはさすがにダメだろう。

「おー、悪い、いやほんとに悪い……」

 平謝りしながら、茜についていく。こうなったアカネはなかなか止まらないぞと経験から導き出したミナは、今になってようやく反省の気持ちを拾いだした。

 

 

 

 先ほど、魔法少女のバットの餌食となり、弾丸としての役割を果たしたロボットは、そのバットを持った魔法少女が、別の魔法少女に引きずられるようにして去っていくのを、その青く光る単眼で眺めていた。そのロボットは他のロボットが行っている解体に参加することはなく、また他のロボットも働かないことを咎める様子はなかった。

 結局、二人の魔法少女が建物の向こう側に消えるまで視線を向け続けていた。なぜ、そのロボットは魔法少女を眺めていたのか。少なくとも今の時点では、彼らを呼び出すことのできる銀髪少女本人にもわからないことである。

 




 多機能フォームで入力した内容がなかなか反映されなくて困っていたりします。何か良い対処法を知っていらっしゃる方がいましたら教えてください。


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本格始動、事前調査

「……大樹、その……」

「黙ってください」

「……」

 ロボットが大物の解体に勤しんでいるすぐ横のビル。その根元から真剣な表情で覗き込む銀髪少女は、容赦なくぬいぐるみの言葉を遮った。少女の視線の先には、バットを持った長身の魔法少女が別の魔法少女に怒られている様子があった。

「あれが……百合なのか? その、仲睦まじいかというと微妙な感じなのだが……」

「百合ですよ、ありゃあ。良いですか、仲睦まじいっていうのはまあ要は親密な間柄なわけですよ。

 ですが、親密だからと言ってすべてが順風満帆な関係に終始するわけじゃないんです。ちょっとした意見の相違なんて日常の中で当たり前にあるんですから。それが見られない関係というのはどちらかあるいは両方が何らかの我慢を抱えて従属しているか、はたまた互いが互いの思考を正確に理解できるほどの長く濃い特殊な付き合いなわけです。

 まぁ、それは一旦置いときまして、問題はそういった小競り合いになった時の対応です。初対面だったり、顔見知り程度の関係だったらどうでしょう。おそらく、探り合いに徹する程度で終わりです。相手の性格なり地雷なりを把握していない以上、うかつに踏み込んで傷を負うのは嫌ですからね。

 しかし、彼女らはどうでしょう。……素直、そう、素直に喧嘩をしているではありませんか。何が原因なのかはあいにく聞き取れませんが、少なくとも相手に対して素直に感情表現をしているように僕には見えます。

 特段の大喧嘩、すなわち破局につながるような酷い言い合いをしているわけでもないようですから、お二方の間には“この人なら素直に言っても大丈夫だな”という信頼が根底に流れているとみて間違いないでしょう。その信頼こそが親密さ、仲睦まじさの表れであるわけでして、すなわち百合といって差し支えない関係性なわけです」

「……あー……そうか、それを距離感って言うんだな」

「そういうことです。距離感が近ければ近いほど素直な感情表現ができるわけです。そしてそれは様々な状況から推測することが……おおっと」

 突然、大樹はビルの陰に張り付く。

「どうした」

「すみません、見られかけたので」

 そう言った大樹は再び覗き込む。既に二人の魔法少女はこちらに背を向けていた。

「気づかれたわけではなさそうです」

「そうか、気をつけろよ。ばれるわけにはいかないからな」

「わかってますよ」

 大樹はところで、と一拍置き、

「今回、結構な大物を仕留めたわけですけど、これで政府は気づいてくれますかね?」

 と、マートンに聞いた。二人の目的はただ魔法少女を助けるだけの善行だけではなく、力を見せびらかしたいという自慢だけでもなく、あくまでマートンをかつて嘲笑した人々を翻弄して仕返しをしようといういたずら心が中心なのである。大樹にはそれに加えて私欲が混じっているのだが。

「大型のトラジストを圧倒したんだ、見過ごすわけがないだろう。本格的な捜索が始まるには時間がかかるだろうが、少なくとも謎の存在として認知はされたはずだ」

「つまり……準備はほとんど終わったと言ってもいい?」

「そうだな、魔法の使い方も問題はないし、旧都地下鉄という脱出と移動にとても便利な交通網も手に入れた。これからはそれらを思う存分活用して政府の捜索を潜り抜けながら、秘密の何某として魔法少女たちの戦いにロボットを送り込み、より存在感を出す段階というわけだ」

「秘密の魔法少女、本格始動といったところですかね……なんだかワクワクしてきました」

「秘密の魔法少女……確かにそうだな! よぅし! 秘密の魔法少女君! 頼むぞ!」

「はい!」

 “秘密”の一言に男心をくすぐられた大樹の返事は、小声であったが大変元気が良いものであった。

「……さて、そろそろ本当に帰ろうか。二日間駆け回ったからな、すごく疲れただろう」

「二日……そっか、まだ二日か……」

 それを聞いた大樹は、まだ自分が魔法を使えるようになって二日しかたっていないことに思い至った。それとともにマートンに叩き起こされたあの瞬間から急速に加速したこの二日間を振り返る。

「そうか、魔法少女なんだ、今……」

 それと同時に、自分の身体が変わったという感覚がようやく立ち上がってくる。今更どうしようと思うことはなかった。実際、既にこの身体に対する違和感はほとんどなくなっていたので、そんなに心配になることでもないかと思い至った。何か困ったことがあった場合はその時々で向き合えばいいと、言わば楽観的な思考をしていたのである。そうだ、と同調するかのように、大樹の腹が声をあげた。

「お腹がすきましたね、途中どこかに寄って何か買ってもいいですか?」

「ああ、いいぞ」

 銀髪少女とぬいぐるみはバイクに収まると、鈍行でビル群にまぎれていった。更地の地下鉄駅に戻るには、少し時間がかかるだろう。

 

 

 

 大樹という例外を除いて、魔法少女としての力を持つ女性はその才能を政府の管理のもとで活かすことになる。たとえその能力がトラジストとの戦いに向かないものだったとしても警察、医療、防災、研究、都市開発などで活用できる魔法を持つ者もいるため、政府としてはだれがどんな能力を持っているかを把握しておくに越したことはないわけだ。

 それに、魔法という力は一般人が一人で抱え込むには大きすぎる力であるために、放っておけば容易に道を踏み外してしまう。一時期それが社会問題に発展したこともあったために、政府にとっては全員が見える位置にいてほしいのだ。魔法少女としての素質を測る魔力調査が定期的に行われるのもそれゆえである。

 

 

 

「それでぇ? 政府は何て言ってたのぉ?」

「次の魔力調査の結果を見て詳細を決めるって。後障壁の点検もするとか」

「あ~、じゃあ魔法少女の仕業ってことにしたんだぁ」

「とりあえずはね」

 美月と桜の三岳姉妹は研究所の近くにある静かな喫茶店でくつろいでいた。自室の隅で丸まっていた桜を見かねた美月が引っ張り出したのだ。話題は当然、あのロボット軍団のことになり、美咲は中央での報告会で出されたばかりの情報を話すことになった。

「姉さんの方は何か言われた?」

「ん~、今のところは何ともだねぇ……あ、店員さぁん、えぇと、えぇと、平べったいほうの糖分くださ~い」

「……ホットケーキ二人分ってことです。お願いします」

「おぉ~、それだ~、ありがとねぇ」

「そろそろホットケーキとケーキの区別をつけるようにして……わからないにしても糖分でひとまとめにするのはダメだと思うよ、姉さん」

「だってぇ、食べる機会なんてほとんどないからぁ」

「……そしたら、今度から会うときは全部ここにする?」

「うぇ、それはやだなぁ。どうせくつろぐなら部屋から一歩も出ないほうがいいなぁ」

「わかった。その代わりに差し入れのキャラメルはなしだね」

「ごめんなさいぃ、頑張って外出るからキャラメルはなくさないでぇ」

「ならいいよ」

 会話はそこで一旦途切れ、元の話題に戻る。

「……もし、魔力調査で出てこなかったら?」

「そうだねぇ、地道に聞き込みとかぁ、張り込みとかぁ、一筋縄では行かない話になるねぇ」

「そっか……大変になりそうだな……」

「……もし、そうなったらぁ、ちょっとついて行ってみようかなぁ」

「姉さんが?」

「面白そうだしねぇ」

 美月は心の底から驚いた。自分が介入しなければ自室で干からびてしまう姉が自分から動きたいと言い出すとは。

「キャラメルはとらないけど?」

「ものでつられなきゃ動かないと思っていたら大間違いだぞぉ。桜お姉さんは興味関心も立派な原動力なのだぁ。でなきゃ研究者になんてなってないよぉ」

「でも、姉さんの研究って、魔法少女の成長でしょう?」

「まさかぁ、あれだけの規模になる魔法が先天的に生まれると思う? 確認されてないだけって言われると否定できないけどねぇ。

 まぁ、どっちに転んでも珍しい出来事だからぁ、見逃したくはないのよぉ。もし成長で得た魔法だったなら私の研究の糧になるしぃ、そうじゃなくても研究者の間で引っ張りだこになるのは確実だからねぇ。一度、この目で直接見てみたいのさぁ」

「そっか、じゃあそうなったら伝えるね」

「お願いねぇ。あ、そうそう、その時は美月の家に泊まらせてもらうからねぇ」

「なんで?」

「この辺じゃあ障壁の外まで遠いしぃ、洗濯するのも面倒だしぃ、自炊もできないからぁ」

「私に任せようって?」

「わかってるじゃないかぁ、妹よぉ」

「自分でやろうとは思わないの?」

「今からだと時間が足りなさそうだからねぇ。できる人がいるならその人に任せるのが一番さぁ」

 やっぱりできる限り楽したいんだな、と苦笑いで安心する美月であった。

 

「ホットケーキ、お待たせしました」

 姉妹の間にホットケーキが並べられる。バターが乗せられた上にメープルシロップがかけられたシンプルな一品だった。それをほおばった桜は言葉をこぼす。

「……美月ぃ」

「……何、姉さん」

「美月の家の近くに喫茶店はなぁい?」

「あー、ないね、残念だけど」

「……ついてくって話、やっぱなしでぇ」

「あんなに自信満々だったのに?」

「だってぇ、この、え~っと、そう、ホットケーキ。ホットケーキがおいしいからぁ。これは代えがたいなってぇ」

「ものにつられないんじゃなかったの?」

「うっ……でもぉ……」

「……どうしてもホットケーキが食べたいなら、私が作れるようにするから」

「ほんとぉ?」

「本当。だから私の家に来よう?」

「ならいいよぉ。ありがとねぇ」

 お菓子を手作り出来たらもっと喜ぶかな、と内心で練習することを考える美月であった。

 



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甘いものが苦手な人だっている:上

 最初は一か月以上間隔が空いてしまうだろうなということで不定期更新タグをつけていましたが、思ったよりも安定しているので外します。諸事情で更新を止める際はまた連絡しますので。


 秘密の魔法少女くん、すなわち花沢大樹にとって、天国とはすなわち百合の花園である。女の子が女の子と手を取り合い、会話を重ね、誰にも邪魔されることなくその関係性を深めていく光景こそ彼が理想とする景色である。

 しかし、この言い分には一つ、大樹が大樹であるが故の大きな矛盾が存在した。百合の花園に立ち入れるのは女性のみ。であるならば、内に持つ精神性が男である大樹その人は、どうあがいても──それこそある朝突然女性の体を手に入れたとしても──天国に立ち入ることはできない。

 もちろん、彼がこの矛盾に気づかない道理はない。そして既に結論を出していた。眺めるだけで構わない、何なら眺めることができなくてもあると想像するだけで充分なのだ、むしろそこに割り込むことは自分自身が許せない、と。

「そんなに怖がらなくてもいいじゃない。別にお金取ろうってわけじゃないんだから。もうちょっと肩の力抜きなさいよ」

「は、はい」

「大丈夫、安心して。魔法少女のお姉さんたちが道案内してあげる。お名前は?」

「えっ、あー、あー」

 ゆえに彼は、たとえ天国から手を差し伸べられたとしても、必死に知恵を絞ってその手を振り払わなければならないのだ。

 

 話は少し前、銀髪少女の自室にまでさかのぼる。

「地図があると便利だろうか……」

 ふと、ぬいぐるみはそうこぼした。

「地図ですか?」

「ああ、正確に言えば路線図だろうか。今までは方角と大雑把な距離をもとに目的地に向かっていたが、路線図があればもっと近い駅を目指したり、万が一で行き止まりにたどり着くことを防ぐことができたりするだろうからな。行き先がわかったほうが大樹も安心だろう」

「あー、確かに、そうですね」

 既に障壁の外にちょっかいを仕掛けに行く日常に慣れつつあった大樹は、また何度か道の先を予見できずに目的の方角からずれていってしまったことを思い出す。

「それじゃあ、外の地下鉄に路線図を探しに行きますか?」

「だな、ついでに内側の路線図も記録して、どこの駅からなら人目に付きにくいかも予想できれば御の字だ」

 そうして、彼らは最寄りの駅──トーキアの東側でも比較的大規模な駅*1──に向かったのである。

 

「こっちと、こっち、それからここ。南で外につながってそうなのはこれぐらいでしょうか」

「だな、南のほうには何か有名な建物はあったか?」

「さぁ……僕はそんなに詳しくないですね……ただ、沿岸の埋め立て地は緩衝地帯扱いされてますから、人は寄らないでしょうね」

「なるほど、ねらい目だな」

 改札口、切符売り場の近くに掲げられた路線図の前に立つ銀髪少女。彼はリュックサックを抱えており、ジッパーをわずかに開けてささやいていた。リュックの中からはぬいぐるみが少しだけ顔を出してスマホをいじっている。

 あまり大声で話せる内容でもないし、魔法を持たないただの少女の傍にフェーリがいるというのも不自然だということで用意した警戒策であった。フェーリの呼吸は声を発するためだけの機能に由来するために、生存には関係ないが故のアイデアだった。

「よし、次は西だな」

「そうですね。えっと……西となると……」

 マートンの一言に同意して、再び考察に戻ろうとしたその時。

「あの……何か困ってるの?」

 と、声をかけられて、反射的に振り返り、天国に迫られていたことに気づくのであった。

 

 

 

 トーキア内における一般市民の移動手段は主に地下鉄である。地上に道路がないわけではないものの、燃料不足と生産の壊滅により一般道を使えるのは物流と公共交通機関に限られている。

 また、地上の鉄道路線はどうかというと、日本全土から受け入れた避難民が生活するための再開発により、点検整備のための施設を残して軒並み姿を消した。この決定にはトラジストへの対抗策で地下鉄網が拡大したことも関係している。*2

 

 

 

 その日、チームヒイラギは非番だったため、新垣晴香は親友にしてチームリーダーの大沢千代とともにショッピングモールへ買い物にでも行こうかという話になった。その道中、千代が何かを見つけた。

「晴香、あれ」

 彼女が指さした先には、路線図を前にして固まっている銀髪の女の子がいた。その女の子は値段を確かめるわけでもなく、道順をを確かめているわけでもなく、ただ眺めてぼそぼそと呟いているだけで、周囲から少し疎外されている印象を与えてくる。

「どうしたのかな、千代ちゃん」

「何か困っているんじゃないかしら。聞いてみましょう」

 そう言葉を交わして二人はその少女に近づいた。背丈は晴香と千代より一回り小さく、年下のように見えた。

「あの……何か困ってるの?」

 と、晴香が声をかける。

「んぇ……あっ、なっ、なんでしょう」

 振り向いた少女はかなり動揺したようだった。慌てて抱えていたリュックのジッパーを閉じている。

「何か、困っていることはない?」

「あっ、いえ、いえ、なんでもないです……その、道に迷っただけで……」

「迷子ってことじゃないの。大問題じゃない」

「あー、えっと確かに、そう、ですねぇ」

 千代の一言に少女が納得したところで、晴香は必要な情報を聞き出すことにした。

「親御さんと一緒? それとも一人?」

「一人、です。えっと、親はぁ、ですねえ、仕事で忙しくて……」

「どこに行きたかったか、覚えてる?」

「……服……を、買いに行こうと、えっと、ショッピングモールに」

「えーっと、もしかしたら、私たちと同じところに行きたいのかも。千代ちゃん、どう思う?」

「財布の中身はいくらかしら?」

「えっ?」

「あー、電車代はどれくらい持ってるかしら」

「千円ぐらい、です」

 千代はスマホを取り出すと、地図アプリを開く。

「こっから片道500円以内のショッピングモールは……そうね、当たりだわ」

 千代と晴香は目を合わせる。お互い、聞きたいであろうこと、答えるであろうこと、その両方を察した。

「あのね、君が行きたいお店は、私たちが行きたい場所の近くにあるの。だから、案内してあげる!」

「はぇ?」

 それを聞いた女の子は、半端な鳴き声をあげて動かなくなった。それを聞いた二人は再起動を待つ。

「あっ、いやいや、別にお二方の手を煩わせるわけには……」

 途端、早口になる銀髪少女であった。

「そんなに気にする必要なんかないわよ。行き先が一緒ってだけなんだから」

「あっ、そうですか。えーっと、だからと言ってですね……わざわざ一緒に行く必要もないと思うんですよ。ほら、道順を教えてもらうだけで大丈夫ですから、ね?」

「でも、一緒に行ったほうが確実だと思うな。また迷いそうになっちゃっても、私たちについてくれば平気だから」

「ひえぇ、でもですね、でもですね……」

 女の子はおびえていて、必死に逃げる口実を探っているようだった。どうしてだろうと頭をひねっていた晴香は、その実自己紹介をしていなかったことに思い至った。なるほど、素性のわからない人についていくのは確かに怖いものだ。

「そういえば自己紹介してなかったね。私は新垣晴香」

「私は大沢千代。晴香と一緒に魔法少女として活動しているわ」

「ひえぇぇ、魔法少女だぁ」

 女の子はより一層深くおびえているようだった。魔法少女という存在はどちらかというと希望であったりとか、憧れであったりとかするわけで、そのため魔法少女であると明かすと大抵の人は感心したり、喜んだりするのだが。この子はどういうわけか余計に恐れをなしている。一体全体どうしてだろうか。全く不思議なものである。

「そんなに怖がらなくてもいいじゃない。別にお金取ろうってわけじゃないんだから。もうちょっと肩の力抜きなさいよ」

「は、はい」

「大丈夫、安心して。魔法少女のお姉さんたちが案内してあげる。お名前は?」

「えっ、あー、あー」

 女の子は一瞬考えると、

「ぼ……いや、わたしは、えーっと、花沢、()()、です」

 と、諦めたかのように自己紹介をした。

「ゆりちゃんね、よろしく!」

「あっ、よろしく、お願いします。えっと、千代さん、晴香さん」

 千代はそれを聞いて頷く。

「よし、それじゃあ、早速行きましょう」

 そして、音頭を取った。

「あっ、ごめんなさい。ちょっと、お手洗いに……」

「ん、全然かまわないわ」

「はい、ありがとうございます……」

 そういうや否や、花沢は駆け足でお手洗いに向かった。その背中を見た千代は、

「……怖がらせちゃったかしら」

 と、こぼす。

「大丈夫だよ、千代ちゃん。ゆりちゃんは多分、初対面の人と話すのが苦手なだけだったのかもしれないし、私たちが急に話しかけたから驚いて状況が吞み込めなかったのかもしれないし、とにかくきっとすぐに仲良くなれると思うよ」

「そうね、ていうか、何度も会う気なのね」

 晴香はすぐ前向きに励ます。千代はその楽観を簡単に受け入れた。やがて、お手洗いからふらふらと出てきた花沢を迎え、三人は改札を通り抜けた。

 

*1
余談だが、彼らが障壁の突破方法を北端で検討したのは開発が始まったばかりで人目が少なかったからである

*2
詳しくは“予習と急用”を参照



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甘いものが苦手な人だっている:下

 駅構内の中でも特に色が強調される三つの門。その内、正面から見て右手の青い門と左手の赤い門に挟まれた黄緑色の門──すなわち多目的──の先にいくつか並ぶ立派な引き戸の一つを開き、中に滑り込む銀髪少女。

 素早く鍵をかけ、部屋に備え付けてある荷物置きのテーブルにリュックを下ろす。ジッパーを半分ほど開けたところで、中からぬいぐるみがぬっと顔を出した。

「……失敗したな」

「……そうですね、僕の話し方が下手でした」

「君だけの責任じゃない。私だってばれないようにスマホを手渡すぐらいできたはずだ。つまり、まあ、これは予見できた落とし穴に気づけなかった互いの失態だ。だからそんな、一人で背負って気に病むな」

「はい……」

 花沢大樹とマートンはつい先ほど、想定外の事態に見舞われたために、体制の立て直しを図っていた。何があったのかといえば、魔法少女の二人組に迷子の女の子と勘違いされてしまい、思い付きの方便を垂れ流した結果道案内されることになった、ということである。

 もし銀髪少女が見た目通りの女の子であれば何ら問題はなかったであろう。しかし、実際には魔法少女との接触は絶対に避けるべき立場だったために、こうして気が動転したまま安全圏へ一時退避したのである。

 ましてや相手は仲がよさそうな二人組の魔法少女。大樹にとっては触れてはいけない繊細極まる芸術品である。それが音を立てて迫ってきたとなれば、恐怖するのも無理はない。

「今から離れるっていうのは……」

「難しいな、魔法少女相手に不審な行動をすればマークされる可能性がある。私たちとロボットの情報が同じ組織に渡れば、誰かの気まぐれで紐づけられるかもしれない。あくまでも可能性だが、ない方が安心だろう」

「と、なると……」

「大樹にとっては生死にかかわるだろうが、すまない、耐えてもらうことになる」

「ですよね……」

「大丈夫か? やっていけそうか?」

「頑張って耐えますよ。ただ、しのぎ切ったら家でふて寝させてもらいますからね」

「ああ、かまわないとも。それでだな、思いつきではあるがいくつかの防御策を考えてみた」

「防御策ですか?」

「そうだ、あのお節介の二人組が道案内だけで終わるとは思えん。できる限り割り込んだような感覚を持たないためにも、こちらから注意をそらす手段があったほうがいいだろう」

「なるほど、それで、何をすればいいんですか?」

「まずは位置取りに気を使って物理的に挟まれないようにするんだ。椅子には座らず、なるべく壁を相手に譲って三角形に位置取れ、そして話題をこっちから振るんだ。できる限り二人の掛け合いが中心の長話を引き起こせるやつをな。思い出話あたりがいいだろう。そうやって脇に徹するんだ。そうしても傷を負うことは避けられないだろうが、致命傷にはならないだろう。いいな?」

「はい、やってみます」

「それじゃあ、また会おう」

 そう言ってマートンはリュックに引っ込んだ。大樹はジッパーを閉じ、軽く息を吐く。

「……よし」

 そうつぶやくと、意気揚々……とは言えない、どこか不安に引っ張られているような足取りで魔法少女たちのもとへと歩き出した。

 

 

 

 魔法少女の所属はある程度細分化されている。東西南北に大別した後、それぞれの方角をいくつかの区画に分け、一区画ごとに5チームを割り当てて防衛に当たらせている。基本的には3チームで日常的な警備を行い、残りの2チームは休養になる。

 また、領土の拡張や障壁外の探索を担当するチームは別に存在しておりそれらは全て政府直属で管理されている。

 

 

 

「馴れ初め、かぁ」

「はい、随分と仲が良さそうなので」

 新垣晴香と大沢千代の二人は、電車に揺られながら花沢と話をしていた。もっとも、花沢の恐怖心は改札前の時よりも幾分和らいだようで、今度は魔法少女という存在に興味を持ったのか、積極的に質問するようになっていた。

「そうは言われても、私たちは実家が隣同士で赤ん坊からの付き合いだから、覚えてない、としか言いようがないわ。晴香はどこまで覚えているかしら?」

「う~ん、幼稚園の昼ごはんでニンジンを押し付けあったことぐらいまでかな」

「そんなことあったかしら。確かに、お互いニンジンは嫌いだったけど……」

「あった、と思う。どうなったかまでは覚えてないけど」

「あっ、もしかして晴香が私をぶん投げた時のこと? でも、ニンジンが原因だったかしら」

「あれ、投げちゃったのはドロケイの時だったと思うけど、ほら、千代ちゃんが檻の中に入ってつかまったふりをしてたから、ずるだぁ、ってなって」

「そっか、それは覚えているわ。幼稚園の時はどっちもヤンチャだったものね。二人でポカポカ叩きあっていた時に、突然ひっくり返されちゃったんだもの」

「そうだよね、じゃあ、ニンジンの時はどうなったっけ」

「……だめだわ、思い出せない」

 花沢から馴れ初めについて質問されたところで、晴香と千代は思い出話に花を咲かせることとなった。お互い覚えていること、片方しか覚えていないことが矢継ぎ早に飛び出し、その都度頷きあったり、否定しあったりを繰り返す。

 このことを晴香は面白く感じていた。自分と千代はずっと一緒にいたはずなのに、お互いが覚えていることは所々食い違う。おそらく、千代の方も同じように思っているのだろう。二人とも花沢のことをすっかり忘れてお話に夢中になってしまった。

「そう! それでたこ焼き器が川に流されちゃって……あっ、ゆりちゃん、ごめんね、ずっと二人だけで話しちゃって」

「えっ、あー、いえいえ、お構いなく。新垣さん。えっと、二人ともとっても楽しそうに話すものですから、その、尊い……じゃないな、眩しい……もちょっと気持ち悪いかな。ともかく、こっちも楽しく聞けるっていうか、飽きないっていうか……あっ、もちろん、そのまま続けてもいいんですよ? というより続けてください。たこ焼き器の末路が気になるので」

「それじゃあもったいないよ、せっかくゆりちゃんも一緒なんだから、もっとゆりちゃんとお話ししたいなって。他の質問でもいいよ」

「そうですか……」

 そう言って花沢は少し考えると、

「お二人はどんな魔法を使うんですか?」

 と聞いた。しかし二人が返事をするよりも先に車内アナウンスが見当はずれな答えを返す。その返事は目的地のショッピングモールの最寄り駅についたということを知らせていた。

「晴香、ゆり、降りるわよ。続きは歩きながら話しましょう」

「そうだね」

「あっ、はい」

 

「それで、私たちの魔法についてだったわよね?」

「そうです。魔法少女は魔法を使って戦うってことは知っているんですけど、どんな魔法を使うのか気になって」

 駅からショッピングモールの地下までの直通路を歩きながら、千代の一言によって話は再び魔法に戻ってきた。

「そうね、私の魔法は比較的シンプルかしら。炎を生み出して、好きなように操ることができるわ。ここじゃあ危ないからやらないけど」

 そう言った千代は晴香に視線を向ける。それを受け取った晴香は口を開いた。

「私の魔法も千代ちゃんと似たようなもの。私の場合は炎じゃなくて水だけどね、水圧で切ったりするの」

「なるほど、比較的ってことは、もっとややこしい魔法もあるんですか?」

「大有りよ、それに、ややこしいというよりかはへんてこな魔法ね。いくつか例を挙げれば、何か決めポーズを取ると背中側で大爆発が起きるとか、お菓子を食べると兵士が出せるようになったりとか、後は……これ別に機密じゃないわよね?」

 千代はそう言って晴香に耳打ちをする。

「そうだね、大雑把な部分なら平気だよ」

 と晴香は頷いた。それを確認した千代は続きを話す。

「後は、空からロボットを落としたりとか」

 それを聞いた瞬間、花沢は足を止めた。

「ほへぇっ」

 そして、変な鳴き声をこぼした。千代には聞こえていなかったようで、話は続く。

「特に最後のロボットは、ここだけの話、誰もそんな魔法を使う子を知らないわ。そもそも魔法かどうかも決まったわけじゃないけど」

「そう、だから今政府は調べているの。こんな強い魔法を使える人を野放しにしておくのはだめだって……ゆりちゃん?」

 話を継いだ晴香は、花沢の歩き方が急にぎくしゃくしたものに変わったことをすぐさま見抜いた。

「ゆりちゃん、大丈夫? どこか具合悪かったりする?」

「あっ、いえ、その、ピンピンしてます。それで? その、ロボット? でしたっけ? について? 何かわかったりとか? したんですか?」

「ううん、全然」

「そうですか、そうですか」

 花沢は深呼吸を深く、二回行うと、また平静を取り戻したようだった。

「しかし、魔法って結構面白おかしいものなんですね。てっきり、皆お二人みたいに何か炎とか水とかを操って戦うものだと思っていました。どうして魔法ってそんなにバリエーションがあるんでしょう?」

「残念ながら、私たちにはわからないわ。研究職の人たちにとってもかなり難しい話題らしいから、解明されるには時間がかかると思うわ」

「そうですか」

 三人は直通路を抜けて、人でにぎわうショッピングモールに出た。地下はどうやら食品売り場になっているようで、真っ白な光からわずかにひんやりとした空気が漂ってくる。

「あの、道案内、ありがとうございました」

 花沢はそう切り出した。

「たまたま行き先が一緒だっただけなんだから、気にしないでいいわ」

「あはは、どういたしまして。それで、どうする? 一緒に見て回る?」

 二人はそれぞれ返事を返し、晴香はこの後の話をする。

「いえ、平気です。買い物は一人でゆっくりしたいので。帰り道も覚えてますから、一人で帰れます」

「そっか、じゃあ、ここでお別れだね」

「そうですね、では、さようなら」

「さようなら。また会ったら、今度はゆりちゃんの話も聞かせてね」

「あー、考えときます」

 軽く言葉を交わし花沢と二人は正反対の方向に別れた。なお、もしこの時二人が振り返っていれば、ゆっくり買い物をすると言っていたはずの花沢が全力で走っている珍妙な光景が見れたのだが、あいにく、晴香も千代もこのショッピングモールのどこに行くかを話し合って気づかなかったのであった。

 



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私欲的な行動論

一瞬間違って登校しちゃったので開き直りです。


 ショッピングモールと直通している地下駅の端、人気のない小さな待合室にて一人。銀髪少女はとなりの椅子にリュックを下ろし、自らは椅子の背もたれにべったりとくっついていた。

「百合……百合……あぁ、百合……」

 うわごとのように呟きながら天井を見上げる姿はどこか激務後の社会人を思わせる。心配になったのか、リュックからぬいぐるみが顔を出した。

「消沈中すまない、トラジストが出たらしい。東でだ」

 どうやらとどめを刺しに来ただけだったようだ。しかし温情はあったようで、ピクリと反応を返した大樹を見て、だが、と続ける。

「そのだな……無理をする必要はないぞ。無線を聞く限り切羽詰まっているわけではなさそうだった。おそらく手を出さずとも解決するだろうし、今から向かっても間に合わないかもしれない。だから今日は帰ってゆっくり休もう」

 しかし大樹は椅子から背中を引っぺがすとそのまま素早く立ち上がる。

「行きます。疲れているならパパッと行って、パパッと終わらせてパパッと帰る。そうすりゃいいんですよ。もし間に合わなくても、とりあえずロボットはいつでも来れるよってことをアピールしますから」

 と言ってマートンをリュックごと持ち上げる。

「さ、案内お願いします」

「……相当疲れているだろう。いいのか?」

「かまいません」

「……道中、聞きたいことがある。いいか?」

 そう言ってマートンは小さな透明の石──純魔石──がついたリストバンドを取り出す。このリストバンドには視覚を誤魔化すための触媒が仕込まれており、見えなくなることで線路を降りて行くところを誰にも見られないようにと用意したものだった。

「いいですよ」

 大樹はそれだけ言うとリストバンドを受け取って左手首にはめ、調子を確かめるように軽く手首をスナップさせる。手元に小さな火花が咲いたかと思えば、それが散るころには大樹はリュックサックと共に姿を消していた。もちろん、どこかにテレポートしたわけではなく単に見えなくなっただけではあるが。

 

 放棄された区間に入り、移動手段はバイクに移っていた。マートンが話をしたいと言っていたからであろう、電動で静かに地下を潜っていた。

「それで、何か聞きたいことは?」

 大樹は背中のリュックに語りかける。

「ああ、単刀直入に聞こう。なぜそんなに協力的なんだ?」

「えっ、どういうことですか?」

 あまりに突飛な質問だったために、大樹は思わず振り返った。すぐに向き直ったが、危ない運転である。

「いや、君はいきなり魔法少女になって戦うという突拍子もないことに巻き込まれたんだ。当時と比べて幾分冷静になったから言えることだが、本人の同意を得ずに戦わせようとしたんだ。正直、幾分かの恨み言が飛んできてもおかしくなかったはずだ。

 しかし、君は簡単に受け入れた。百合の間に挟まってしまうかもしれないという、君にとっては今生最も恐ろしいであろう状況になるリスクを承知したうえで」

 言外に続く“どうしてだ? ”の声を聴いた大樹は、少しの間、んー、とうなり声をバイクの駆動音と重ねた後に、

「まぁ、一言に集約するなら、もったいないから、でしょうですかね」

 とあっさりとした返答をする。

「もったいない?」

「はい、ほら、マートンさん言ってたじゃないですか。一人暮らしで暇そうで大量の魔力を持っていたから魔法少女にしたって」

「そうだな」

「それが一つ目です。実際、暇していたのは事実ですし。そんな僕に他人が求めている力が、それこそ人を守るにたりえる力が眠っていて、それを引き出してくれたのなら、使わないのは失礼なうえにもったいないっていうことです」

「なるほど……それで、二つ目のもったいないとは?」

「面白そうだから乗らなきゃもったいない、ということです。マートンさんは自分の理論を否定されて、悔しかったから証明して見返そうと思ったということだったので、これは面白いことになるんじゃないかなって」

「より遠回りなプランを示したのはそのためだったのか」

「いえ、それは三つ目です」

「三つ目?」

「はい、これは完全に我欲ですね……すなわち、百合を眺めないのはもったいない」

「あー、察しはついたが説明を頼む」

「ええ、私が百合に挟まれたくないというのは、百合という事象を崇めるほどに好きだからというのは言わなくてもわかるでしょう。あの時、マートンさんを脅してテレポートさせた時、最初はどうやって挟まらないようにするかで頭がいっぱいだったわけです。もしそこから抜け出せなければ、今頃拒絶していたかもしれません」

「だが違った。思いついたわけだな」

「そうです。自分が挟まるまでの猶予期間を先延ばしにして、かつ自分は特等席で百合を眺めることができる。そして、マートンさんにとってもより派手な仕返しができる。つまり、あのプランには三分の二で私欲が入っていたわけです。だから、その、こちらこそごめんなさい。今更ですけど」

「かまわないさ、つまり、お互い様だったということだろう?」

「ええ、今日二回目のお互い様ですね」

 銀髪少女とぬいぐるみはそう自覚したとたん、なんだか自分たちが滑稽な存在に思えてきた。どちらとも知れず含み笑いを漏らすと、トンネルのそこらじゅうに潜む静寂で反響してまた彼らの内に戻り、横隔膜でまた跳ね返る。増幅した笑いはいつの間にか、ヘッドライトの光よりも遠くに響く、腹の底からの大笑いに変わっていたのだった。

 

 

 

 トーキアの防衛を担当する魔法少女は必ずチームに所属することになる。チームを構成する最初のメンバーは魔法少女のための訓練学校の同期から選ばれ、何らかの原因──衰えや病気、怪我、或いはそれ以上のもの──で欠員が生じない補充されることはない。

 そのため、魔法少女同士の友情──或いは愛情──は、訓練学校での上下間の交流が薄いのも手伝って、基本的にチームの中ではぐくまれる。

 しかしながら、訓練学校でたまたま生まれた先輩後輩の関係が、たまたま同じ方角の同じ区域に配属されたことによって維持されるということも稀にではあるが存在する。これを運命ととるか、はたまた偶然ととるかは、当人たち次第である。

 

 

 

 がれきの街の中で小規模なトラジストの群れを確認し、特段の混乱もなく排除した東の1地区の面々は、それぞれ動かなくなったトラジストの処理を行っていた。

「んおぁー、暇だぁー」

 そんな中で黒の帽子を深くかぶった背の高い魔法少女、早坂ミナはバットを掲げて伸びをしていた。ものを飛ばすことしかできない彼女の魔法は死体の処理には使えない。なのでこうして暇を持て余しているのである。

「あのロボットまた落ちてきてくんないかなー……でもあいつら、野球とかできんのかな?」

 一旦暇だと思い至れば、それを何とかして解消しようと何らかの刺激を求めるのは道理であり、そんな時に想像するのは決まって大仰なものである。少なくとも彼女にとって今思いいたる最大の刺激は、それこそあの時のロボットであった。

「最近北とか西とかに出てきたっていうのはよく聞くから、あれっきりなんてことはねーんだよ、多分。な! アカネ!」

「な! じゃないんですよ。まったく、ミナ先輩が退屈しているのはわかってますから、せめて後処理中ぐらい我慢してください」

 突如振られた話を冷静に切り返した穂高茜は、この後駄々をこねる先輩が抱き着いてくるだろうと予見して身構えた。しかし、いつまでたっても飛んでこない。いつもなら、と思いながら振り返るとミナはどこか遠くに目を凝らしていた。

「ミナ先輩?」

「おーぅ?」

「どうしたんですか先輩」

「いやー、ほら、あれ、あのシルエット」

 そう言ってミナが示した先から砂ぼこりが近づいてくる。二人とも思い当たる節は同じであった。茜はいそいそと映像機材を取り出そうとする。そして、ミナはというと。

「うぁーははは! 待ってたぞー!」

 そう叫んで全力疾走である。

「あっ、ちょっと! 先輩! もう!」

 茜も後に続き走るが、先輩のほうが足が速い。追いつくころにはすっかりばててしまっていた。

「はぁ、はぁ、先輩……」

「アカネ! こういう状況を願ったりかなったりとか言うんだろうな!」

「なんで全然疲れてないんですか……」

「そんなことより見ろよほら! 近くで見るとすげぇな!」

 二人の前には巨岩のようなボディに手足がついたロボットが直立していた。胴体が大きな影を作って見下ろしてくるためか、圧迫感が強い。

「ようよう! 元気そうじゃねえか!」

 しかしミナは気にせず話しかける。ロボットの単眼がミナを捉えて、その青白い光でミナの顔を照らす。

「ずいぶん気さくに話しかけるんですね……」

「悪い奴じゃなさそうだしな! おっ、そうだ! 自己紹介してなかったな! あっしは早坂ミナ! そんでこっちは……」

 そう言葉を切って傍らの茜を抱き寄せる。ロボットは緩慢に片膝をつく、ボディについた単眼がギョロッと動き、茜を照らす。

「穂高アカネ! ま、気軽にミナとアカネでいいぞ!」

「ちょっと待ってください。このロボットしゃべれないでしょう」

「でも伝えておいて損はねぇだろ? もしかしたら面倒だからしゃべってないだけかもしんねぇし」

「ロボットがめんどくさがるんですかね……」

 二人が話している間、ロボットはピクリとも動かない。しかし、その間にわずかなノイズを出しており、ミナの耳はその微かなノイズを捉えた。

「ちょっと待った、なんか聞こえる。しゃべってるのかも」

「えっ、まさか本当に面倒だっただけ?」

 二人は黙り、ノイズの正体を探る。その出所がロボットだと確信すれば、次はノイズの内容だった。ただ、本当にわずか、それこそそよ風にすらかき消されてしまいそうな小さな音だったために、すべてを聞き取ることはできなかった。

≪────ly────―ka──―in──Li────≫

「りー……だめだ、全然聞き取れねぇ。でもなんか言葉っぽいのは確かだな」

「メモしとかないと……」

「やっぱ喋れたんだなぁ、すげえなこいつ! ……んぉ?」

 喋れたという事実に感嘆し、改めてロボットを見上げたミナはまたまたあることに気づいた。

「へこんでる……」

 真っ白なボディに、わずかながらへこみがあったのだ。そうあれと想定されて用意されたへこみとは違う、どちらかというと少年のいたずらでできたようなものと見えた。

「もしかして、お前あんときの?」

 初めてロボットと出会った日に、一体打ち返したことを思い出す。確かに、バットで思いっきり殴ればへこむだろう。実際ロボットはボディを縦に揺らしている。

「おー! わざわざ会いに来たんだなぁ! ご苦労さん!」

「個体ごとに傷やへこみができるとそのままなんですかね?」

 茜の疑問に答える人はいなかった。

「うっし、ほら、ハイタッチ!」

 ミナが手を上げるとロボットは彼女らの顔を優に超える大きさで五本指の手を下ろしてきた。そのまま軽く手をくっつける。

「うおぉ! やっぱ硬いな! ほら、茜も!」

「えっ、私もですか?」

「そーだ! ロボットも気を利かせてるんだから遠慮なく、さぁ!」

 ロボットは手をゆっくりとずらして、茜の目の前に差し出す。さすがにそこまでくるとのらないほうが失礼なように感じられて、

「たっ、た〜っち」

 と、躊躇しつつも手を合わせた。

「あっ、ちょっとあったかい……」

 冬には便利かな、など考えながら手を離す。

 対してロボットは自らの手のひらを少し眺めると、二人に対して親指を立てる。どうやら満足したということらしい。そしてそのまま踵を返す。

「おーっと、待った待った」

 ところをミナが呼び止める。何事か、とでも言いたそうに振り向いたロボットに、

「ほれ! 出会い記念!」

 と、帽子が差し出される。見れば、ミナがかぶっていたはずの帽子であった。

「ほれ! ほれ! 遠慮するな!」

「いや、どっちかというと困惑じゃないかと思うんですけど」

 ロボットは動きを止めて差し出された帽子を眺めている。しばらくしてようやく手を伸ばしたかと思えば、差し出された帽子を親指と人差し指で優しくつまむと、そのまま頭にちょこんと乗せた。

「おぉ、なんだかかわいくなったな!」

 それに胴体を縦に揺らして答えようとするロボットだったが、帽子はどこにも引っかかっていないので危うくずり落ちそうになった。結局ロボットは帽子を落とさないように慎重な歩き方で去っていくのであった。どうやら手で抑えることにはいきつかなかったらしい。

「いやー、楽しかった! 今度会ったらちゃんと話してみてーな!」

「……そうですね会話ができるなら、いろいろと聞けるかもしれません」

『リーダー? どこですか? もう撤収しますよ』

 チームリーダーである茜の胸元から心配の声が飛び出す。結局私もさぼったようなものだったのかな、なんて思いながら、満足げな先輩を引っ張っていく茜であった。

 

 




一応、土曜午前0時に予約投稿しようと思っていました。失敗しちゃいましたけど。
誤字報告、ありがとうございます。


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人工知能はシャイになれるのか

「ん、姉さん、会議終わったの」

「うん、今さっき終わったとこぉ。パソコン使う?」

「大丈夫、そこに座ってていいよ」

「わかったぁ、それじゃあ、もうちょっと作業するねぇ」

 三岳の姉妹、美月と桜は、共に東の1地区担当の魔法少女のために用意された寮にいた。部屋の主である美月はともかくとして、元々中央で研究員として働く桜はここでは場違いともいえる。

 もちろん、桜は何の理由もなしに美月の家に泊まり込んでいるわけではない。今、トーキア政府の中で最も熱い話題である仮称“鋼鉄”、すなわち、魔法少女とトラジストの戦いに現れるロボット軍団の正体を探るため、情報の最前線である防衛隊についていくためである。

 この動きは独断ではあるものの、政府の調査会と遠隔で情報交換をしているため、実質公認のようなものだった。

「会議、どうだった?」

「それがねぇ、もっと面白くなりそうなんだよぉ」

「何があったの?」

 美月は、つい先日発生した極めて小規模なトラジストの群れの掃討に参加していたが、その事後処理の中でロボットと接触を果たしていた人がいることは姉から聞かされるまで認知していなかった。そのため、今回の接触がどれだけイレギュラーかもまだ把握していない。

「まぁまぁ、説明する前にこれまでのロボット軍団のことを復習してみようかぁ。まず、これまでロボットが戦場に現れる時はどんな風だったぁ?」

「上空からの落下、それも複数。着地するまでは回避行動は取らない」

「そうだねぇ、しっかり地に足を着けてから、すごい勢いで大暴れする。じゃあ、掃討が終わったらぁ?」

「基本的にはすぐに上空に飛び上がる」

「うんうん、あのロボットには飛行機能が備わっているように見えないから、魔法としての機能の一環だって言われているねぇ。それじゃあ最後、コミュニケーションはぁ?」

「成功したことはない。一応、北のほうに現れた時、余裕のあるチームが意思疎通を図ったけど、無視されたんだよね」

「そうそう。だから、今までロボットは出撃、殲滅、帰還の三つのサイクルのみを行う魔法だと解釈されてきたわけだねぇ。実際、いくつかのプロセスを欠かさず行うことで発動したりぃ、機能したりする魔法はそんなに珍しいものじゃないわけだしぃ。美月の魔法もそうでしょぉ」

「そうだね」

 美月の魔法は視界に入れた物体を自在に変形させる能力である。これを利用することでそばにあるがれきを壁にして道を封鎖したり、或いはトラジストを直接変形させて引きちぎったりができるわけだが、この能力を行使するためには、物体を視界に入れて、その中から変形させたい物体に注目して、変形した後の形をイメージするという三つのプロセスがある。

 また、魔法を行使するために条件が求められる場合もあれば、魔法の効果そのものに複数の段階が存在する場合もある。それこそこれまでロボットに当てはまるとされてきた出撃、殲滅、帰還の三段階は、召喚を行う魔法ではもっともスタンダードな条件である。

 ここまで考えた時点で、美月は桜が言わんとすることを察した。

「……そうじゃなかったってこと?」

「あたりぃ、そこまで分かったところで本題に入ろっかぁ」

 桜は座り方を整える。

「今回の接触は今までとはかなり異なるんだぁ。まず、現れたロボットは一体だけでぇ。しかも走って来て走って帰ったっていうじゃないかぁ」

 しかもだよぉ、と続ける。

「会話もできてぇ、おまけにプレゼントまで渡せたって言うんだからぁ、もう一気に進展してびっくりだよぉ」

 それまでの認識とはまるっきり違うロボットの行動に、美月も驚いた。

「それって本当?」

「映像も残ってるから確実に本物だねぇ。もっとも、会話というよりは呟いた程度のものだったらしいけどぉ、どちらにしろロボットは喋ることができるということが重要なわけでぇ」

「つまり、ロボットはサイクルに基づいて動いていない?」

「走って来るところまではまだかろうじて説明がつくけどぉ、それ以降は無理だねぇ。プロセスに則って行動するということはぁ、すなわちそれ以外の行動はしないってことなんだけどぉ、そしたら話すこともしないだろうしぃ、プレゼントにも反応しないだろうしぃ、その場から歩いて立ち去る必要もないわけだぁ。帰るならとっとと飛び上がってければいいからねぇ」

「ということは、魔法少女が直接操作している?」

「かもしれないねぇ。まぁ、今はまだ断定はできないけどねぇ」

 と、その時、桜のお腹が、くぅ、と鳴いた。一瞬二人が余韻に囚われる。先にはっと気づいた桜が軽く咳払いをすると、

「あぁ、ともかくぅ、次把握すべきことはロボットが会話を行う条件を知ることだねぇ。そうすればロボットからいろんな情報を直接聞き出すことができるからねぇ。……それじゃあ、ご飯にしよっかぁ」

「うん、何がいい?」

「肉じゃがぁ」

「……わかった、じゃあ、ちょっと待ってて」

「はぁい」

 なお、この寮には食堂が備え付けになっており、いつでも食べにいけるのだが、美月は桜が来てからできる限り自炊するようにしていた。

 彼女はそれについて他人に尋ねられると、姉さんが食べたいものが食堂にないかもしれないからとか、顔見知りだらけの寮に急に見知らぬ人が現れると気まずいからとか、様々なことを言うのだが、それを口に出すときは決まって焦ったような物言いになるのであった。

 

 

 

 現在人類の生存圏として残っている都市はそれぞれ領地奪還についての指針を持っているが、このうち、もっとも保守的な指針を示しているのがトーキアである。更なる土地の確保よりも、今ある土地を確実に守ることを優先するため、都市の拡大は緩やかなものである。

 ただ、もっと加速してできるだけ早く“日本”を取り戻すべきだという主張は根強い。すでに欧州でトラジストが初めて確認されてからかなりの年月が経過しており、それ以前の生活を知る世代の人々が高齢化を迎えているためである。

 そのため、間に合わなくなる前に自分の故郷に戻りたいといった願いや、混乱の中で失われていった技術や文化を早く取り戻すために土地的な余裕を確保するべきという意見が切実性を増してきており、それを政府側も認識し始めたのか、近年になって奪還作戦の頻度は上がり始めている。

 

 

 

「……なんですかね、あれ」

「帽子だな」

 障壁の外、がれきの街の外れに、ロボットを見上げる銀髪少女とぬいぐるみがいた。

「……呼び出した時にはありませんでしたよね」

「そうだな」

 二人が見上げるロボットのてっぺんには、用意した覚えも見た覚えもない帽子が引っかかっていた。

「拾ったんでしょうかね」

「わざわざそんなことするだろうか……うーむ」

 そもそも、このロボットはある種の意思表示、すなわち、どんなに小規模な戦闘においてもロボット軍団は助太刀にやってくるということを示すために、一体だけ呼び出して送り込んだものだった。

 つまり、大樹とマートンの意思を反映するならば、このロボットは一直線に魔法少女たちのもとへ走り、少しだけ顔を見せてすぐトンズラするだけでいいのである。

「とは言え、大樹にできることは人工知能を持ったロボットを呼び出すだけで、コントロールはできないからな。実際、むこうでどんな状況になっていたかは推測するしかない。魔法少女から距離を取るために必要なものだったとかもあるだろう」

「それはそうですけど、でも、帽子が逃げるために必要な状況ってありますかね?」

「あー、ないだろうな、少なくともこの巨体じゃあ、先っちょにひっかけるだけの帽子は何の役にも立たないだろう」

「ちょっと見てみましょうか、マートンさん、お願いします」

「よし、わかった」

 そう言ってマートンは高く浮かび上がり、帽子に届く位置まで近づいた。

「それじゃあ、失礼して……」

 そう言いながらマートンがさらに近づいたその時、ロボットが突如ボディを後ろにそらし、そのままの勢いでバックステップをした。

「あー……」

「えっと……」

 ついさっきまで微動だにしなかったロボットがいきなり見せた行動に、二人は呆気に取られていた。

「……気を取り直して」

 再びマートンが帽子に近づくと、今度は地面を滑るようなサイドステップで再び距離を開けられる。

 再び近づく、間に手を差し込まれ、近づけなくなる。

 再び近づく、寄った分だけ後ろに下がり、そもそもの接近を許さない。

 しびれを切らして突貫する。ボディを半身にそらし、ギリギリ触れない程度に避ける。

 折り返してもう一度突貫。帽子を手で抑えながらその場でしゃがみ、頭上を通り過ぎて放物線を描いて落下していくぬいぐるみを静観する。

「何がしたいんだ! まったく!」

「マートンさん、落ち着いてください! とりあえず帽子は諦めましょう!」

 おちょくられていると感じていらだちを募らせたぬいぐるみを抱きしめて宥める銀髪少女であった。

「取られたくないんだったら言えばいいだろう! 黙ってちゃなんにも分からないだろう!」

 と、マートンは叫ぶ。ロボットは直立不動でだんまりである。

「そういえば、ロボット単体が何か言ってるの聞いたことないな……」

 と、このやり取りを見ていた大樹は呟く。確かに、彼の耳にはロボットが戦闘に参加する時と離脱する時にアナウンスのような音声が聞こえることはあったものの、特定のロボットが発した声は聞いたことがなかった。

「ふー、確かに、ロボット同士でコミュニケーションをしているところも見たことがないな」

 ようやく冷静になったマートンが付け足す。やがて二人は最も合理的な結論にたどり着く。

「まあ、この様子を見るに、そもそも発声機能自体がないのだろう」

「そうですね。会話出来たらコントロールもできそうだったんですけどね。それで、あの帽子は何だったんでしょう」

「わからない、としか言えないな。奪われることに抵抗を見せるのも含めて不思議だが、我々のプランにはさして影響はないだろう」

「それじゃ、帰りますか。この後はぐっすり寝ますよぉ」

「居眠り運転はするなよ、ともかくお疲れさまだな」

 そう言って大樹はマートンをリュックに入れて電動バイクにまたがり、目の前にある階段を降りて地下鉄駅へと向かった。

 それを見届けた帽子付きのロボットは、改めて帽子をかぶりなおすと、空へと飛び上がっていった。

 



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日常とは、些細な儀式の集合体

「あ、千代ちゃん、電車遅れてるって」

 スマホを眺める新垣晴香が話す。その肘には小さな手提げの紙袋が引っかかっている。彼女は声を掛けた大沢千代とともに買い物に行った帰りだった。

「あら、最近多いわね」

 千代の体感のとおり、ここ最近電車の運行が乱れる事が少し増えていた。

「線路に異物って言われるのが増えたよね。誰かのいたずらじゃないといいんだけど。それで……」

 駅員も大変だろうな、と考えながら、晴香が話題を移す。

「今日の戦利品はどんな感じ?」

「あまり良くなかったわ……晴香は?」

「えへへ、今日は自信あり、ですよ」

 そう言って二人はそれぞれが持っていた手提げ袋を手渡す。互いの右手から互いの左手へ、交換された手提げ袋を、彼女たちはせーので開いた。

「花のヘアピン、折り鶴のストラップ……ん、このオレンジのブレスレット、気に入ったわ」

「波が書いてあるマグカップに、青色のヘアリボン……わあっ、グラデーションになってる!」

 二人は袋の中身を初めて確認したようだった。それもそのはず、二人は一緒に買い物に行くが、そろって商品棚を見ることはほとんどない。なぜならば、彼女たちは幼少からの付き合いの中で、買い物という行為そのものを、二人の間で執り行われるささやかな遊びへとと昇華させていたからだ。

「やっぱ晴香はセンスあるわね」

「千代ちゃんこそ、毎回微妙だっていうけどすごい素敵なもの持ってくるよね。……このリボン、編み込んでみよっかな」

 簡潔に言えば、相方に贈るものだけを買ってくるという遊びである。お互いかぶらないように店をいくつか選び、そこで自分が欲しいと思ったものではなく、相手が身に着けると似合いそうな服やアクセサリー、喜ばれそうな日用品や雑貨を選んでくる。それをこうして帰り道で渡して確かめあうのであった。

 例の銀髪少女が見たら悶絶しながら呪文を垂れ流しそうな光景である。そうして化けの皮が剝がれる可能性を考慮すれば、あの場面で二人から離れたのは最善の策だっただろう。

 実際、自らの分を完全に相手にゆだねるという行為は、非常に長い付き合いとその間絶えず育まれてきた友情があるからこそである。

 すなわち、相手なら自分のことをよく理解しているであろうから、自分の趣味嗜好に合う物、あるいは、自分では見逃してしまっていたかもしれない素敵な物を持って来てくれるだろう、という抜群の信頼を確かめあう、ある種の儀式なのであった。

 そして、その期待は訓練校に入りたての頃に晴香が突拍子もなく提案してから今日に至るまで裏切られることはなかった。行うたびに成功することもあってか、長年買い物に行くたびにこの遊びをしてきたため、いまや彼女たちの私物の大半は相方が選んだものであり、整理しようにも捨てられるものがないのが二人共通の悩みであった。

「それで、今回も隠し玉は無しでいいのかしら?」

「うん、えへへ、まだまだ見せるつもりはないよ、なんて言ったって隠し玉だからね」

「ヒントぐらい教えてくれたっていいじゃない。もうずっとその調子なんだから」

「ダメだよ、えへへ、わかっちゃったらつまらないからね」

 晴香はこの遊びが始まった当初から、千代に対して“隠し玉”の存在をほのめかしていた。ある時は驚くようなものとぶち上げ、しかしある時は喜んでくれるかわからないと不安を漏らすその隠し玉を、千代はどんなものか予測できずにいた。

 同時に、晴香のセンスならはずれはないと思っている千代からしてみれば、徹底してその正体を伏せられている隠し玉に大きな期待を寄せるのも当然だった。はたして、隠し玉とは。その正体は、やはり晴香しか知らない。

 

「ゆりちゃん、ちゃんと帰れたかなぁ」

「大丈夫でしょ、道が分からなかっただけなんだから」

 地下鉄の微震を受けながら話す二人の話題は、行きで出会ったゆりと名乗る少女(野郎)と決まった。

「次会えたら連絡先を……あ、でも、スマホ持ってるのかな」

「確かに、持ってなかったら難しいわね……それにしても、相当気に入ったみたいじゃない、ゆりのこと」

「うーん、ほっとけないんだよね。なんかすごいおびえていたみたいだし、なんだろ、守ってあげたくなる、みたいな」

「ああ、確かにそれもあるわね」

「それと、せっかくお話しする時間があったのに、全部私たちの思い出話で終わっちゃったから、もっとしっかり会話したかったなって」

「聞くのが楽しいって言ってたけど、三人で話したほうがもっと楽しいってことでしょう?」

「うん、そうだ、カフェでゆっくり話せばいいんだ」

「ああ、それいいわね」

 二人の会話は弾む。もちろん、あくまで仲良くしたいという純粋な思いからなのだが、例の本人からしたら恐怖のあまり崩れ落ちるほどの濃密な計画であった。

 

 

 

 こんな時代においても、大衆文化、とりわけインターネットを介した文化は維持されていた。流石にトラジスト発生以前の情報やサービスはほとんど消失してしまったが、比較的早い段階からトーキア内部で代替となるサービスが次々と稼働したために、スマホやパソコンの利便性、娯楽性はある程度保たれたのである。

 

 

 

「ふいー、戻った戻った」

 自室に戻った銀髪少女はリュックとレジ袋をおろし、ジッパーを開けてぬいぐるみを取り出すと空中に放し、自身は畳の上にころんと寝転んだ。

「なあ大樹、食品を買ってきたんだろう? 普段は何を食べているんだ?」

 室内を漂うマートンが言う。帰り際に大樹が食事の備蓄がないことに気づき、道中で買い物に寄っていた故の疑問だ。

「あー、マートンさん、暇さえあればどっか行きますからね」

 実際、大樹が食事をしている時、マートンは魔石の生成や触媒の調達に出かけているため、今まで同席することはなかった。

「カップ麵です。手軽でおいしい、大正義ですよ」

「そうなのか、カップ麵とはなんだ?」

「うぇ?」

「ああ、すまない、人間の食事事情は疎くてな……フェーリは何も食べなくても生きていけるから、興味がなかったんだ」

「なるほど……カップ麵ていうのは、えっと、まぁ、直接見てもらったほうが早いですかね。お腹もすいたことですし」

 上体を起こした大樹はレジ袋の中からコップ状の容器を取り出す。そのまま立ち上がって台所に向かうと蓋を半分開けて置く。

「ここに熱湯を注いで閉じると三分でできるんですよ」

 説明しながらやかんに水を注いで火にかける。

「なるほど、確かに便利だ」

 やかんが叫ぶまで待ち、お湯を注いで蓋を閉じる。手元のスマホを手早くいじり、三分のタイマーをスタートさせた。

「あぁ、忘れてた」

 ふと、そうつぶやいた大樹は机に向かい、パソコンの電源を付けた。

「どうした?」

「忘れてたんですよ、今日配信日だってこと」

「配信? 大樹がするのか?」

「いえ、見る側です」

 台所からカップ麵を取ってきた大樹はログインを済ませ、椅子にぴょんと飛び乗ると、慣れた手つきで操作する。あっという間に動画共有サイトにたどり着いた。

「む、これは動画か」

「はい、このサイトだと生配信……まぁ、リアルタイムで動画を収録しているところを見れるんですよ」

「ビデオ通話みたいなものか」

「んー、プレゼンテーションって言った方が近いと思います。発表者の画面を見て、僕ら視聴者側がコメントをする……ま、そんなに堅苦しいものじゃないですけどね」

 そう言いながら画面を遷移させ、一つの配信ページにたどり着く。すでに始まっていたようで、画面には二人の少女が映し出された。その右側では文字が登っていっている。

『──そんで、訓練終わりに抱き着いてやったんっすよ。そしたら腰抜かしちゃいましてね』

『はた目から見れば抱きつくというより突進だったぞ。あれが急に来たら誰でも腰抜かすだろう』

「おお、今日はこのコンビか」

 カップ麵のふたを開けながら大樹が漏らす。

「ん、この二人……」

 マートンは二人に見覚えがあるようだった。そしてすぐに思い至る。

「攻撃隊じゃないか!」

「あ、やっぱわかりますか」

「やっぱも何も、攻撃隊は魔法少女たちの象徴みたいな存在だろう。名前はわからないが、いたるところで見る顔だぞ」

 攻撃隊というのは魔法少女の中でも少数の精鋭で構成されており、領土奪還や障壁外の探索を担当する。生存圏の拡大を担う故に、一般市民からの期待を真っ先に集める存在であるため、政府もそれにこたえる形で積極的な情報発信を行っている。結果として、トーキア市民が魔法少女と聞いて真っ先に憧憬する姿は、攻撃隊の面々なのである。

「なんでも、広報を兼ねての道楽らしいですよ」

「そうなのか」

 トーキアの拡大ペースは防衛力を基準にしているため、攻撃力をもてあますことが多い。そうして余った時間は個々人の自由であり、この配信もそれに準ずるものだ。

『んまぁ、いいや、そんでミャーさん』

『どうした、鷹峰』

『面白い話聞いてきたんっすよ。防衛隊に行った同級生にバッターって呼んでる奴がいるんすけど……あれ、バッターの話ってしましたっけ?』

『これで五回目だ』

『んおぁ、やっぱそういうとこ律儀っすよね。そんで、ちょっと前に会いに行ったんっすよ。そしたらね、こっちでもちきりの話題があるんだぜって教えてくれたことがあって』

『なんだ』

『なんでも、トラジストと戦ってると、ロボットが現れるんだとか!』

 大樹の箸が止まる。

『ロボット?』

『そうっす! 突然空から降ってきて、レーザーとかミサイルとかばら撒いてあっという間に壊滅させちゃうらしいんっす!』

 銀髪少女とぬいぐるみは顔を見合わせる。

「これってもしかしなくても……」

「ああ、大樹のロボットのことだ」

 画面の中の二人は会話を続ける。内容は今日の間に大沢千代と新垣晴香から聞いたことと全く同じで、彼らを呼び出しているの存在はいまだわかっていないこと、政府は鋭意捜索中であることだけだった。

「よし、まだ尻尾はつかまれていないようだな」

「流石に数日でそんな進展はしないでしょうから、これでひとまずは安泰ですね」

 マートンが安堵して、大樹もそれにつられる。

『ロボットに出会えたら? もし会えたら肩に乗ったりとかしてみたいっすね。いい景色が見れそうっす。あ、ミャーさん、そろそろ本題やりましょ』

『そうか、今日の本題はなんだ、鷹峰』

『ずばり! ミャーさんのゲーム特訓企画っす!』

『私のか、今の実力でも問題ないと言われているのだが。ほら、視聴者も同意しているぞ』

『それは取れ高的な意味での話っす! いい加減コントローラーも体も振り回す必要がないってこと覚えてほしいっす!』

「おおー、そうきたか」

「このミャーさんはゲームってやつが苦手なのか」

「そうですね。破滅的に下手です……もしかして、ゲームって言われてもわかりませんか?」

「ああ、すまない、教えてくれ」

 その後、ゲームという概念を理解したマートンは、鷹峰がミャーさんを手取り足取り指導している所を見て、大樹がこの配信をよく見ている理由を悟った。実際、リスナーの大半は百合好きの紳士淑女である。

 




 攻撃隊の方々の出番はしばらく後になります。今回はちょい役。


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意外は困惑のタネ

「美月、美月ぃ」

「んぁ、姉さん?」

 東の1地区防衛隊の寮の一室で、三岳美月は姉の桜にゆすられて目が覚めた。

「ごめんねぇ、目覚まし、勝手に切っちゃったぁ」

「うぅ、うーん……」

 上体を起こして、頭をゆっくり左右に揺らして眠気を散らす。そうしてわずかに容量を取り戻した脳から、今日は警備の日だ、と伝えられた。

「出発の準備してたら起こすの忘れちゃったからぁ、ミーティングまで時間がないよぉ」

「うん、うん? 出発?」

「そう、外に出るのぉ」

「外? 買い物に行くの?」

「違うよぉ、美月についていくんだよぉ」

「うぇ?」

 飲み込みきれないままさらに押し込まれた情報に、美月は目を丸くした。ゆっくりと咀嚼して飲み込んでから、口を開く。

「えっ、姉さん外に行くの?」

「もちろん、ちゃんと許可は取ったから安心してぇ」

「許可? どこの?」

「どこって、政府だよぉ。もう、寝坊助なんだからぁ」

 そう言って桜は美月を引っ張って、引っ張って、引っ張って……

「だめだぁ」

 放した。だが意図は伝わったようで、美月はベッドから降りて立ち上がる。

「ともかく、急がないと」

 そう言って美月は自分の準備に取り掛かる。

「姉さん、先行っていいよ」

「いいやぁ、待ってるよぉ」

「……もしかして、道がわからない?」

「えへへぇ、いっつも美月の案内付きだからねぇ」

「じゃあ、私がいなかった日はどうしてたの?」

「しらみつぶしだねぇ」

「……机の下の引き出しにキャラメルあるから」

「ん~? おぉ、本当だぁ。もらってもいいってことぉ?」

「うん」

 案内図を作ることを決意した美月であった。

 

 今日出動するチームが集まるミーティングで、改めて桜の同行が伝えられた。目的は、いま一番の話題となっているロボットを現場で調査するためである。これからしばらくの間、具体的にはロボット軍団について何らかの情報が得られるまで、障壁の外に出る魔法少女に同行する。

 

 障壁の外に非戦闘員が出るのは珍しいことではあるものの、ないわけではない。当然、それに伴う護衛を考慮した行動手順もチームごとに用意されている。

「姉さん、復唱」

「またぁ? えっとぉ、移動の際には常に美月のそばにいることぉ、トラジストが現れたらまず逃げることぉ、その時は必ず魔法少女に随伴を頼むことぉ、だよねぇ?」

 チームクスノキのリーダーである三岳美月はミーティングを終えた後、巡回警備中に、その行動手順を研究員である三岳桜に何度も確認していた。それは非常にわかりやすい身内への心配だった。

「心配なのはわかるけどぉ、何度も確認する必要はないと思うよぉ。さすがに、命にかかわるようなことはわきまえてるつもりだしぃ」

「だって、姉さん結構ぬけてるところあるから」

「う~ん、言い返せないなぁ」

 でもぉ、と続けて、

「困った時は美月が何とかしてくれる、でしょ?」

 と、微笑むのだったのだった。それを直視した美月は、まぶしいとでもいうように目をそらす。

 その時、二人の間に雑音が割って入った。

『こちらチームシラカバ! 偵察ドローンがトラジストを捉えました! 座標は──』

「姉さん」

 息を吐く。

「おうともよぉ。大活躍、期待しているからねぇ」

 桜は一人の魔法少女の先導を受け、一団から離れていく。それを見届けた美月は、大きく「チームクスノキ、行くぞ」

 どうやら相当気合が入ったらしい。芯のある声で一言指示を出すと、チームを引き連れて戦場へと向かった。

 

 

 

 魔法少女、特に防衛隊をサポートする体制はかなり整っており、偵察ドローンはその代表である。これは単純に警備の目を増やすだけでなく、配置換えの隙を減らす効果もある。

 しかし、ドローン本体に迎撃能力はない。初期には実弾や爆発物を搭載したモデルも配備されていたものの、トラジストに対する効果が雀の涙程であったため、またフェーリの魔石技術を利用するよりも魔法少女に任せたほうが効率も実績も良かったために、ドローンは索敵能力に特化する方向になった。

 

 

 

「チームクスノキ、合流した」

「はい、トラジストはまだ先です」

「了解」

 がれきの山の上で美月を迎えたのはチームシラカバのリーダー、穂高茜であった

「チームヒイラギはどうですか?」

『悪いけど、もう少しかかるわ』

「わかりました。では、美月さん」

 茜は右手を差し出す。美月はそこに左手を被せる。ほんのりと温かさが流れてくると、その手のひらに三日月の記号がついていた。

「困ったら無線で言ってください。範囲内ならサポートします」

「……わかった」

 茜の魔法は支援に特化している。人や物体の表面に記号を張り付け、記号を持つもの同士で行き来させる能力である。この魔法を利用した迅速な配置転換と離脱ができるゆえの広範囲の遊撃こそチームシラカバの強みだ。

 ただし、茜の魔法の射程距離はそこまで広いわけではなく、チームを超えた広い範囲で使うのは難しい。それでも、保険はかけておいたほうがいいのだ。

『リーダー! 来ました!』

「はい、チームシラカバ! 散開!」

 茜の号令で散らばっていくシラカバの面々。それを見届けた美月は静かに指示を出す。

「……チームクスノキ、行くぞ」

 チームクスノキには茜のような能力はない。なのである程度まとまって、全員が全員をすぐに援護できる位置を保って進む。実際、わざわざちらばらなくても問題なくトラジストを排除できる魔法の射程の長さこそ、チームクスノキの特徴だった。

 

「……来た! みんな、頭上に気を付けて!」

 隕石に真っ先に気づいたのは、戦闘にそれほど関わらない茜だった。すぐさま、全体に向かって注意を促す。だが、一番注意すべきだったのは他ならぬ茜自身だった。

「えっ? わっ、わわわ⁉」

 なんと、茜のちょうど目の前に落ちてきたのだ。びっくりして動けなかった茜は、押し出された空気の壁をもろに受けて尻もちをつく。

「いたた……」

『リーダー! 大丈夫ですか!』

「うん、平気……ん?」

 目の前に大きな、黒光りする手が差し出される。手首、ひじ、上腕とたどれば、ずんぐりとしたボディにたどり着く。

「あっ、ありがとう、ございます」

 差し出された手に自身の手をのせる。すると、ロボットは無骨な見た目に反してやさしく引っ張り、茜を立たせる。

「あっ、それ……」

 目線が高くなったことにより、ロボットのボディに何かが乗っかているのを発見した。真っ白なロボットと対照に黒いそれは、以前ミナが出会い記念として渡した帽子であった。

 それを指摘されたロボットは緩慢な動きで周囲を見回す。

≪────────≫

 そして、ノイズをこぼした。

「えっと、ごめんなさい、聞こえないです……」

 茜はロボットに近づき、片耳に集中する。

≪Whe──s──Mina?≫

「みな……ミナ先輩の事ですか?」

 かろうじて聞き取れたミナという単語をオウム返しすると、ロボットの単眼がわずかに縦に角度を変える。肯定の意思表示なのだろう。

「えっと、今はいません。非番なので……」

 それを聞いた、単眼の示す光が弱くなり、さがっていく。茜はこれを落胆の意思表示だと解釈し、なんだか謝らなくてはという感覚に襲われたとき、

『リーダー! 回収お願いします! こっちはもうめちゃくちゃです! ひぎゃあ⁉』

 爆発音まみれの悲痛な訴えが溢れる。それと同時に、目の前にいる巨人は敵と認めた存在を問答無用で薙ぎ払う火薬庫であることを思い出す。

「わかりました! 回収します!」

 そう言って魔法を行使しようとしたその時、再びロボットがノイズを吐いた。

≪────≫

『うわっ⁉ な、なんだぁ⁉』

 無線越しにせかされる茜は平静を意識し、魔法を行使した。

「チームシラカバ、回収します!」

『リーダー⁉ ちょ、ちょっと待ってください!』

 時すでに遅し。あちらこちらで閃光が起こり、それぞれ一筋となり茜のもとに集う。

「大丈夫です、か……」

 仲間だと思って視線を向けたら、なぜか巨大なロボットだったのなら、誰だって困惑するだろう。

「うぅ……リーダー……」

 そして、本来ちゃんと立っているはずだった仲間たちはというと、そのロボットに担がれていたり、お姫様抱っこされていたり、手のひらに座らせられたりしている。

「えっと、どうして?」

「よくわかんないです……とりあえず回収されるまでの間距離を取ろうと思ってたらいきなり担がれて……」

「えぇ……」

 それを聞いて茜の困惑はよけい深まった。

「あっ、でも、みんな無事だと思います。ですよね?」

 チームメイトはそれぞれ思い思いに健康無事をアピールする。手のひらに座っている少女は両手を上げ、お姫様抱っこされている少女は手を振り、担がれている少女は手足をバタバタさせる。

「じゃあ、とりあえず、おろしてもらいましょうか」

 ロボットはすんなりとおろしてくれた。そしてそのまま仁王立ちに移る。

「えっと、どうしましょうか……」

 目の前にずらりと並ぶロボット軍団に、さらに困惑する茜だった。

 



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試せるうちに試すのだ

「おぉ……映像でも迫力十分だったけどぉ、近くで見るとなおすごいねぇ」

 目の前に並ぶ白い巨岩に三岳桜は感嘆の声を漏らした。彼女は他でもないこのロボットについて調査をするために障壁の外まで赴いていた。

「触り心地はっとぉ、う~ん、やっぱり無茶苦茶固いねぇ」

「危ないよ、姉さん」

 ロボットの脚をコンコン叩く桜を引っ剝がしたのは、妹の美月だ。魔法少女としての戦闘を終え、大急ぎでここまで走ってきた。

「あぁ、美月、前線は大丈夫なのぉ?」

「うん、大体終わった。……でも、どうしてこんなところに?」

 美月は目の前のロボットを見上げる。単眼の青白い光が軽く目に入り、顔をしかめて逸らした。

「えっと、たぶん私のせいです……」

 美月の疑問に答えたのは穂高茜だ。

「私の魔法でみんなを回収しようとしたら、どうやらロボットが急に担ぎ出したみたいで……」

 茜はロボットから少し離れたところでたむろするチームメイトに視線を向ける。彼女らの一人が視線を受け取り、頷きを返す。

「くっついてきたってこと?」

「はい」

「ふ~む、その話、詳しく聞かせてほしいなぁ」

 桜が食いついた。茜は今回の警備には研究員が同行することは聞いていたので、特段驚くことなく詳細を話す。

 

「ほうほう、回収する旨を伝えたら、とぉ」

「はい、突然目の前のロボットが何か言って、そしたら無線の向こうが……」

 茜は唐突に会話を打ち切り、何もないほうを向く。つられて桜も美月も同じ方向を向くと、遠くに何かが飛んでいるのを認めた。

「ああ、もう!」

 鳥にもドローンにも見えないその物体の正体を、茜は看破したようだった。素早く飛び出すと、大きく息を吸い込む。そして、

「なんなんですかぁぁぁ! ミナせんぱぁぁぁぁい!」

 と、叫んだ。そこに来て、桜と美月はその物体がこちらに近づいてきているのに気付いた。その輪郭は人のものだった。

「わーはははは! アカネぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! キャッチたのむぞぉぉぉぉ!」

 ミナ先輩、と呼ばれたその飛翔体は大声をあげながらこちらに飛び込んでくる。茜が呆れながら魔法を応用して受け止めようと意識を傾けたその時、

「うわぁ⁉」

「姉さん!」

 桜と美月の近くにいたロボット──黒帽子付き──が動き出す。驚いた桜がバランスを崩し、それを感知した美月が素早く受け止める。

 ドスン、ドスン、と質量を大地にぶつけながら走り出した巨人は、茜のそばを高速で通り抜けていく。

「えっ⁉」

 驚いた茜が次に見た光景は、腕を大きく広げてしっかりと立つロボットの後ろ姿だった。それはまるでここに飛び込んで来いと主張しているようだった。

「おおお! サイコーだぜあんたぁぁぁ!」

 その意をくんだ飛翔体──正式名称、早坂ミナ──は手足を大きく伸ばし、自身の存在をアピールする。そしてロボットのボディに飛び込んだ。

「うぉぉぉ⁉」

 ミナを受け止める寸前、ロボットはミナの背中に片手をまわし、身体のほとんどを隠すように包むと、そのままの勢いで後ろに倒れ込む。そして空いたもう片方の手と両足を器用に支えにして、一回、二回、三回と後転を披露した。

「やっぱすげぇよあんた!」

 そっと降ろされたミナは、その腕を叩いて友人をたたえる。しかし、興奮の余韻に浸っていたために、迫りくる一人の少女に気づけないでいた。

「ミナ先輩……」

「おっ、やべ」

 茜の発する怒りの気に当てられたミナは、即座に逃走を試みる。ところが、茜が少し息を吐くと、次の瞬間にはミナは茜に自ら飛び込む構図になっていた。茜が瞬間移動したのではなく、ミナが瞬間移動させられたのである。そのまま茜に受け止められると、がっちりと肩をつかまれた。

「自分を飛ばすのは危ないからだめってあれほど言いましたよね?」

 ミナの魔法はバットに当てたものを自在に飛ばす能力である。それはミナ自身も例外ではない。ただ、長距離を短時間で移動するためにかなりの速度を出すため、失敗すれば大惨事は免れない。

「いやー……ロボットがまた出たって聞いて……我慢できなかったわ」

 防衛隊の寮では警備に出ている部隊の無線を聞くことができる。現場の状況を確かめ、増援の必要を確認するためのシステムなのだが、利用制限はなかった。

「ほら、でもさ? ここで説教はちょっと周りに迷惑かなーって思うんだけどさ?」

「……すいません、桜さん。少し時間をいただきます」

「あぁ、いいよぉ」

「ひえーっ」

 茜は掴んだ肩から圧力をかけてミナを正座の姿勢に押し込む。既に上下関係は入れ替わっていた。

「面白そうだしぃ、しばらく眺めてみよっかぁ」

 桜は軽く笑いながら傍観を宣言した。

「うん、私も見てる」

「あはは、そっかぁ。……ところで美月ぃ」

「なに?」

「いつまで抱きしめているのかなぁ? もう大丈夫なんだけどぉ……」

「本当に大丈夫? まだちょっと膝震えているけど」

「そうなのぉ? そっかぁ、じゃあもうちょっと頼むよぉ」

「……うん」

 

「それでぇ、ロボットの事なんだけどぉ」

 茜の説教が一段落ついたのを見計らって、桜が声を掛ける。既にミナは意気消沈であった。後美月も離れていた。

「はい、なんでしょう。桜さん」

「ちょっと手伝ってもらっていいかなぁ?」

 そう言いながら茜をミナを受け止めたロボットの目の前まで連れていく。

「なんでもいいから適当に命令してみてぇ」

「えっ、私がですか?」

「うん」

 ロボットと桜を交互に見る茜は、やがて小声でつぶやいた。

「ミナ先輩を持ち上げてください」

≪────≫

 ロボットは雑音を返すと、両手をミナの脇に差し込み持ち上げる。

「お、お、おぉー! たっけーなー!」

 そのまま腕が届く限界まで上げた。ミナは調子も持ち上がったようだった。

「さて、次だねぇ。ロボット君、今手に持っている人を下ろしてくれるかなぁ?」

 桜ははっきりと声に出した。しかし、ロボットは無反応だ。

「あれ……どうして。桜さんの声が聞こえなかったわけではないはず……」

「……んじゃあ、次ぃ、美月、お願いねぇ」

 美月も同様にお願いをしたが、やはり無反応だった。

「それじゃあ最後ぉ、ミナさん、お願いできるかなぁ」

「んっ、私?」

 急に名指しされたミナは自身を持ち上げている巨大な手を叩く。

「よーし、もう十分だ、おろしてくれぃ」

≪────≫

 すると、ロボットは反応を示し、皆をゆっくりと地面まで下した。

「やっぱりぃ、茜さんとミナさんの指示はちゃんと聞くねぇ」

「姉さん、どういうこと?」

「特別視されているんだぁ。たぶんロボットの中ではぁ、二人と私には何らかの情報的差異があるんだろうねぇ。そしてそれはおそらくぅ……」

 そう言いながら桜はロボットの目の前に立ち、片手をあげる。単眼がわずかに動き、桜をとらえる。

「私の名前は桜って言うんだぁ、よろしくねぇ」

 しかしロボットは無反応である。

「……あれぇ、おかしいなぁ。てっきり自己紹介の有無だと思ったんだけどぉ……」

 専門外のことは難しいねぇ、とこぼしながら頭をかく。その後、美月にも同様に自己紹介をさせたが、同様に聞き入れた様子はなかった。二人で並んでやってみても、結果は同じく無反応だった。

「う~ん、いったん保留だねぇ。じゃあ、次ぃ、茜さん、ロボットが話せるか、といったところだけどぉ……正直、試すまでもないよねぇ」

 桜は軽くため息をつく。

「発声はできるけどぉ、全然聞き取れない。まるで、聞いたことのない言語の本を無理やり読んでいるような状態だねぇ」

 ロボットの声は、抑揚がまるで制御されていなかった。男性のような野太い声になったかと思えば、女性のような柔らかく高めな声に変わる。そこにザーザーと鳴るノイズも合わされば、発言の意味を確かめるのはとても難しいことだった。

「まぁいいかぁ、とりあえず、何らかの条件で制御できることがわかっただけで充分収穫だねぇ。次はぁ、その条件を探ることかなぁ。茜さんもミナさんもいないところで暴れられたらたまったもんじゃないからねぇ」

 そう言いながら腕時計を確かめる。そろそろ時間がかかりすぎと言いたくなる時間だった。

「それじゃあ今日の調査はここまでぇ、協力ありがとぉ」

 その一言が合図となり、チームシラカバとチームクスノキは通常の巡回に戻るために戻っていく。それぞれ、チームシラカバの茜はミナを連れて、チームクスノキの美月は桜を連れて。

 ロボット軍団はそれぞれの背を見つめるやがてどちらも見えなくなった時、そのうちの一体がかすかな、自らに問いかける時のような細いノイズを放った。

≪Sa────tuk────ly?≫

 

 

 

 

 空へと昇るいくつもの筋を背にしながら、銀髪少女とぬいぐるみは地下鉄駅へと向かっていた。

「なあ、大樹」

「はい、なんでしょう、マートンさん」

「一つ試したいことがある。大樹の魔法についてだ」

「僕の魔法ですか?」

「ああ、シンプルに言えば、カメラをつけて生放送することはできないかということだ」

「なるほど、そういえば考えたことなかったかも……でも、生放送ですか? 一体何のために?」

「我々自身が確認するためにだ。それと、証拠映像にもなるしな」

 マートンの提案を要約するとこうなる。

 一つはロボットの動作の確認。ロボットのコントロールができない以上、せめて現地でどう動いているかを把握するようにしたいということ。

 二つは魔法少女の動向の確認。防衛隊の魔法少女が今どこにいるかを把握することができれば、それを避けるように動くことで発見のリスクを減らせるということ。

 三つは今後のための証拠映像。計画が順調にいけばいずれ研究者の前で詳細を話すことになる。その際に自分たちがあのロボットを呼び出しているということの証拠を持っておく必要があった。

「後それから、大樹はローリスクで百合を眺めることができるぞ」

「やりましょう!」

 四つ目の理由により、この提案は即決された。

 その後、数時間の試行錯誤の結果、カメラ付きのドローンとそれをまとめて管理できるモニターを用意することができた。基本は自立制御で管理されるが、ちゃんとモニターにはコントローラーがついており、必要な時には大樹の意思を反映できるようになっていた。

「しかし、よくそこまで頭が回りましたね」

「君にこの前見せてもらった配信のおかげだ! ふははは!」

 できることが増えるというのは素直にうれしいもので、二人とも上機嫌だった。

 そこには彼らの計画が狂いなく進んでいるという安心感も含まれているのだが、百合の花園はゆっくりと、しかし着実に近づいていることに、彼らはまだ気づいていない。

 




 前回、今回と大樹マートン組の出番が少なくなってしまいました。消費ペースの関係上ネタを使うスピードが圧倒的に早い組です。今後は前話のような防衛隊組だけに焦点を当てた話もぼちぼち出てくるかも。


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蜘蛛の糸の先端に釣り針をつける

 真夜中の防衛隊東の1地区寮の一部屋、姉の桜が来たためにだいぶ狭くなった部屋で、三岳美月はパソコンに向かう姉の背中を見つめながら思案していた。

「ふぃ~、報告書終わりぃ~……ん、美月、どうしたのぉ? そんなところに突っ立ってぇ」

「……ロボットの事なんだけど」

「何か仮説でも思いついたぁ?」

「いや、そうじゃなくて、ただの思い付きだから……」

「思い付きでも何でもいいから言ってみてほしいなぁ。何かしら刺激になるかもしれないからねぇ」

「……正直、今の状況ならもっと詳しい人に聞いたほうが早いかなって」

「それはロボット工学者を呼べってことかな? 一応、中央の調査メンバーには入ってるけどぉ」

「そうじゃない。多分あのロボットに関してだけは一番詳しいはずの人」

「多分? 面識はあるのかい?」

「ない、けど、いなきゃおかしい立場……」

「……なるほどねぇ、言いたいことはわかったよぉ。でもどうやってぇ?」

「人手と、中央の協力と、あと茜さんとミナさんがいれば、たぶんできるはず」

「ふぅん、具体的にはぁ?」

「それは──」

 二人の話は日付が変わるころまで続き、やってみる価値はあるだろうということでまとまった。

 

 

 

 唐突な話になるが、今の大樹の外見は世間の価値基準に照らし合わせると“かわいい”という分類になる。どれくらいかといった話になると個人個人に差が生じるものの、中には銀髪でちょっと背が低めでぱっと見おとなしそうなかわいい少女が一番という人もいるだろう。

 そして、そういった好みの外見をもつ人に出会った時、たとえ面識がなかったとしても直接声をかけて、何らかの関係性を持とうとするヤカラもいる。すなわち、ナンパである。

「だいじょぶだってお嬢ちゃん。ただちょっと近くのファミレスで話そうってだけなんだからさ」

「えっと、その……」

「もしかしてお金ない? 奢ろっか?」

 大樹は人ごみの中、突然見知らぬ男に話しかけられたことにより、混乱に陥っていた。ただ自分は買い物に行こうと駅に来ただけなのにといったあまり意味のない愚痴と、どうすればここを切り抜けられるのかという思考がごちゃ混ぜになって脳を縛り付けていた。

 このように自分一人での解決が難しい状態の時、一番手っ取り早い打開策は冷静な第三者の介入であるのだが、赤の他人を助けに行くのは精神的な壁が大きい。

 なので、願うべきは顔見知りが通りすがる事なのだが、過去の面影のない今の姿では旧友が反応することはないだろう。

 結論として、大樹が頼れる人は片手ですら余るほどしかいなかった。

「あら、遅いと思ったら、こんなところにいたのね。ほら、とっとと行くわよ」

 そして、一時の幸運として──普段の彼であれば、とんでもない不運として──今現在の彼を知る人と会えたのである。

「ちょっと待てよ、今俺はこの子と話してんの」

「知らないわよ、そんなこと。待ち合わせしているから邪魔しないで頂戴」

 噓を交え強引に会話を打ち切りながら大樹の手を引っ張り、人ごみをうまく壁にして男を引き離すその少女の顔には、確かに覚えがあった。

「えっと、ありがとうございます。大沢さん」

「千代でいいわよ、ゆり」

 以前、迷子と勘違いされた時以来の大沢千代である。

「それで、ゆりは今日何しに行くのかしら?」

「買い物です。少し甘いものでも買おうかなって」

「へぇ、それじゃあ時間はあるわね」

「まぁ、そうですけど……」

 残念なことに、まだ大樹は混乱していた。今の彼には蜘蛛の糸が釣り糸にすり替わったことに気づくだけの余裕は無かったのである。

「晴香とカフェに行くって約束したの。せっかくだからゆりとも話がしたいわ」

「はい……はい?」

 

 頭の中で多少の整理がついたころには、自分が結構まずい状況に置かれていることもなんとなく理解した。時間があると自分で認めてしまった以上、早々に打ち切って退散するのも不自然だ。

 とりあえず今のところは挟まれないように注意しつつ二人の少女の仲睦まじい様子をできる限り引き出すことを目標にする。

「ゆりちゃん、久しぶりだね!」

「……はい、お久しぶりです」

 苦いのが得意ではないからと頼んだオレンジジュースを口に含みながら、対面に座る新垣晴香に答えを返す。彼をここまで案内した千代は晴香の隣だ。

「それにしてもナンパかぁ。ゆりちゃん、大丈夫だった?」

「大丈夫でした。千代さんに助けられたのもあって、無理に触られたとかはないです」

「たじたじだったのよ。放っておけなかったわ」

 とりあえず今の内は会話に乗る。そしてちょうど良さそうな時に二人の思い出話に誘導するのだと考えていた。

「ところで、ゆりちゃん」

「なんでしょう」

「ゆりちゃんってスマホ持ってるの?」

「そうですね……」

 しかし、返答しようとしたところで、先手を取られたことに感づいた。

 もし、ここで馬鹿正直に返事をしてしまったら、何らかの連絡先を交換しようと持ち掛けてくるだろう。そしてそのまま引きずられるようにして二人の関係性に組み込まれてしまうに違いない。

 一応、あえて取り込まれて百合を間近で見ることができる友人ポジションを目指す道筋もあるかもしれないが、失敗して仲良し三人組になるのは避けたいものだったし、何よりそんな打算だけでお近づきになるのは相手にも失礼だという心情があった。

「えっと、持ってないです。親にそういうのはもう少し大人になってからって言われていますから」

 とりあえずは見た目相応の家庭環境を作り上げてごまかすことにした。

「そっかぁ、それじゃあ今日は百合ちゃんのことたくさん聞かせて!」

「……はい、わかりました」

 どうせ架空の“花沢ゆり”なのだから問題はないと思い、その提案を受け入れた。

 

「そうなんですよ……妹は飴を見つけると自分で食べる前にわざわざ……私に確認しに来るんです。“ねぇね、食べていい?”って」

「へぇー、仲がいいのね」

「そう、ですね……」

 矛盾がないように気を配りながら話すために、とぎれとぎれになる大樹の言葉を、二人は急かすことなく聞き入れてくれている。

 大樹自身もまた、時々交える本当の過去話も、ほとんどを占める架空の作り話も、興味を持って受け止めてくれるのをうれしく、そして少し申し訳なく感じていた。

「お待たせしました。ストロベリーパフェと、チーズパフェ、ショートケーキになります」

 そこに店員がやってきて、甘味を運んできた。千代がストロベリーパフェ、晴香がチーズパフェ、大樹がショートケーキを、それぞれ頼んでいた。

「あ、ありがとうございます」

「……ショートケーキはこっちです」

「ごゆっくりどうぞ~」

 千代と晴香の前にパフェが、大樹の前にケーキが並ぶ。三人それぞれ手に食器を持つと、そろっていただきますと言った。

 早速ケーキの先端を切り、小さく開けた自身の口に運ぶ。しっかりと口を閉じて口の中に広がる甘さを堪能してからふと対面の二人を見やり、

「「んむ」」

 目の前で互いが互いのスプーンを咥えているのを確認して、

「ん、美味しいわね」

「次苺もらうね」

「ンぐッッ」

 むせた。

「ゆりちゃん、大丈夫?」

「平気です……むせただけです……」

「水持ってくるわね」

「大丈夫です……」

 手元のオレンジジュースをグイっと飲み干して、大きく息を吐く。そして、そのまま二人に尋ねた。

「お二人は、いつもこれを?」

「そうね、一緒に食べに行くときはたいてい半分交換するわ」

「っ……ふぅー、でも、わざわざ相手のスプーンを使う必要ないじゃないですか。ほら、間接とはいえ……」

 当たり前のように距離感の近さを見せびらかしてくる二人を前にして、大樹の化けの皮は少しづつはがれ始めていた。しかし、はがれてしまえばこれまでの努力が意味のない者になってしまうため、必死になって取り繕っているのである。

「だって、わざわざ持ち替えるのも不便だからね」

「もうずっとやってきたんだから、今更どうってことないわ」

「うぅ……常識……!」

 この話題はまずい。そう考えた大樹は別の話題を探す。そうして目に留まったのは、晴香の髪に絡んだリボンであった。

「ところで晴香さん、その髪のリボンって……」

「ん? ヘアリボンの事?」

「はい、そういうのってどこで買うんですか?」

「えーと、ショッピングモールの……どの店で買ったのかな、千代ちゃん」

「えっ、晴香さんが買ったんじゃないんですか?」

「私が買ったのよ。ちなみに三階の西側ね。今度案内してあげる」

「……それは何か記念日の贈り物とか?」

「別にそういうわけではないわ。ただ常日頃からそういう遊びをしているだけよ」

「遊び……ですか?」

「ええ、二人並んであれがいいこれがいいって話すのも悪くないけど、自分の買うもの全部相手に任せたほうが面白いでしょ? ね、晴香」

「うん、千代ちゃんはいいセンスしてるから、毎回楽しみなんだ!」

 それがとどめだった。彼の頭の中では今目の前で紡がれた神話を記憶するために語彙が駆け巡り、それが口から出かかったその時、着信音が二つ、同時に鳴った。千代と晴香が反応して、自身のスマホを確認する。

「あ……ごめん、ゆりちゃん。もう時間になっちゃった」

「私たちの分は前払いしてあるから、ゆっくりしていってちょうだい」

 顔を見合わせてからそう言って二人は席を立ち、早足でカフェを出ていく。大樹が己と格闘している間に、二人はすでに食べ終わっていたらしい。パフェのカップは二つとも空っぽだった。一方、ケーキはまだ先端しか欠けていなかった。

 とりあえずもう一切れ、フォークで切り分けて口に運ぼうとすると、腰のポケットから振動を感じた。番号は家の固定電話のもので、それは家にいるマートンからの電話だった。ぐるりと周りを見渡してから、口元を隠して小声で応対する。

「はい、大樹です。手短にお願いします」

『トラジストが現れた、東の1。そっちはどこにいる?』

「最寄り駅です。改札前で合流しましょう」

『よし、以上だ』

 電話を切って、深く息を吐く。とりあえずは、目の前のショートケーキをすぐに食べ終わろうと、切れ端の乗ったフォークを掴みなおす大樹であった。

 




 心配をかけました。病気とかではないです。
 あまり外に出るのが褒められない時勢ですが、ずっと外に出ないのも色々崩れてダメなんでしょうね。せめてベランダに出て日光浴びるぐらいはしとかないと。


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知人の背中は意外とわかるもの

「よぉし、皆いるねぇ」

 障壁の外、崩れた一軒家が並ぶ場所で、三岳桜は周囲を見回す。

 そこには今日の警備担当の3つのチームの内の二つ、カシワとクスノキだけでなく、本来ならば非番であったヒイラギとシラカバの面々も何人かいた。残りの非番メンバーは警備を続けるチームの補佐に回っている。

「それじゃあ美月ぃ、再確認お願いねぇ」

「うん」

 名指しされた美月は皆の視線が自身に向いているのを確認してから話を始める。

「えっと、まずはご協力ありがとうございます」

 一礼をして続ける。

「あらかじめ説明した通りなんですが、今回の増援要請はうそのものです」

 実際、ここに集まった魔法少女達の雰囲気には、戦場に赴くような緊張感はなかった。

「では何をするのかというと、皆さんが度々遭遇するあのロボット軍団、それを呼び出しているであろう親玉を捕まえようという試みです」

 とはいえ、と続ける。

「この作戦にかなり不確定な所があるのも事実です。そもそも親玉の存在が確定しているわけでもないですしね。なので無理はしないようにお願いします」

 その言葉を聞いていたチームシラカバのリーダー、茜はこの場で一番無理を理解していないであろうチームカシワのミナに視線を向ける。その視線の意味を理解したらしく、ミナはそっと視線をそらした。一応知ってはいるらしい。

「本題に入ります。まずロボットが現れるのを待ちます。どんなに些細な戦闘にも出張ってきますから、ここは問題ないでしょう。そしたら……」

 茜とミナに意識を向けて続ける。

「茜さんとミナさんに、ロボットのコントロールを掌握してもらいます。何故かはわかりませんが、彼女たちはロボットに何らかの命令が出せるので、それを使って親玉のところまで案内してもらいます。拒否されたらそこまでですが、それもそれで研究の一助になります」

 美月は改めて全員を見渡す。そこにはパフェを食べ終えてから直行してきた千代と晴香もいた。

「残りの皆さんには追跡をしてもらいます。魔法は威嚇程度にとどめて、けっして怪我はさせないようにお願いします。それでは、ロボットが現れるまで待ちましょう」

 

「おぉ、来たねぇ」

 桜の言う通り、空からいくつもの隕石が落ちてくる。少し遠めに着地したロボットたちに、茜とミナが駆け寄った。それに合わせて、ロボットの群れからも黒い帽子をかぶった個体が出てくる。

「よっ! 元気してたか!」

「えっと、ロボットに不調とかあるんでしょうか」

 相変わらず親友と接するかのように振る舞うミナに素朴な疑問をぶつける茜。それを見たロボットはそのボディをできる限り二人に寄せて、

≪────Hello──Mina──Akane────≫

 と、明瞭に返した。そこにノイズはなく、また抑揚の制御も完ぺきとは言えずとも進化した声だった。

「えっ⁉ ミナ先輩、聞いてましたか今の⁉」

「ああばっちり! でもなんて言ったんだ? 名前を呼ばれたのはわかるけどさ」

「ハローですよ! 英語の挨拶です! 訓練校の教養科目で習ったはずでしょう!」

「いやー、使う機会ねぇなーって思って忘れたわ。にしても、以外と女の子な声してるな!」

 実際、ロボットが発した声は、その鋼鉄の巨体には見合わない柔らかさとロボットらしい冷静さを備えていた。この声に正しい抑揚が乗れば、クールなお姉さんを想像することができるだろう。

「私たちの会話から声音と抑揚を学習したんですかね? まあそれはそれとして、作戦を続けましょう」

「んぉ、そうだ、日本語は喋れるのか?」

「聞いてますか先輩!」

≪────はい──英語、よりも、不完全では、ありますが──≫

「おぉ、助かるわ!」

「できるんですね……じゃなくて! ロボットさん、お願いがあるんです」

 茜はロボットのかすかに光る単眼と視線がぶつかったのを感じる。

「あなたを呼び出した人のところまで、案内してください」

≪────畏まり、ました──≫

 そう言ってロボットは巨体を起こし、空を見やる。茜が青白い光がさす方向を目で追えば、ポツンと一つ、ドローンがあった。

「あれは……偵察用ドローン? でも、なんか違う……」

≪────確認、しました、あのドローンを、追従、してください──≫

 それと同時に、ドローンがまるで自身を主張するようにその場で一回転する。そして、傾いて移動を始めた。

「あれについて行きゃあいいのか! よし、行くぞ!」

「美月さん! うまくいきました! 頭上のドローンに従ってください!」

「はい。ありがとうございます」

 こうして、ドローンを先頭に魔法少女の集団が走り出す。ロボット軍団もそれにゆっくりとついて行った。

 

 

 

「おい、これは……」

「どうして……」

 トラジストが現れたという無線を盗み聞きした銀髪少女とぬいぐるみは、地下から出てすぐにロボットを呼び出すと、振動を続けるバイクにまたがったまま、早速ドローンを飛ばして現地の様子を確かめる。しかし、手元の画面に映し出されたロボットの様子に困惑することになった。

 

≪────Hello──Mina──Akane────≫

『えっ⁉ ミナ先輩、聞いてましたか今の⁉』

『ああばっちり! でもなんて言ったんだ? 名前呼ばれたのはわかるけどさ』

 

「喋っている……」

「僕たちの前ではうんともすんとも言わなかったのに……何故?」

 ロボットは会話が可能であるという事実は、二人にとっては想定外なものであった。それだけではない。ロボットの目の前に立つ“ミナ”と“アカネ”の態度は、このロボットに対する警戒心がなくなるほど接触を繰り返していることを暗に示していた。

「……まずい、どうしよう」

 それを察知した大樹は、そこから一つの仮説にたどり着く。

「何がまずいんだ、大樹」

「このロボット、百合の間に挟まろうとしているのでは?」

「どういうことだ」

「二人の口ぶりからして、このロボットと彼女たちは何度も会っているようです。おそらく、ロボットの方から近づいたのでしょう。あんなパニックをばらまく存在に進んで近づく人は相当のチャレンジャーですよ」

「そして、それに答えたのがこの二人ということか」

「はい。……特に“ミナ”さんとはかなり打ち解けた様子ですから、この調子だと戦場に現れるたびにこのロボットが“ミナ”さんにべったり付きっきりになる可能性が大きい。すると、多かれ少なかれ“アカネ”さんと触れ合う時間が減るわけです。

 関係性が崩壊するとまではいかなくとも、二人だけの関係がなくなっていくのは避けられないでしょう。仲の良い三人組を否定するわけではありませんが、僕からしてみれば今回のケースは異物がずかずかと踏み込んでいるようなものです」

 大樹の推察は前提から間違っている。しかし、二人とロボットの出会いがミナの挑戦的どころか命知らずともいえる行動から始まったことを想像するのも難しい話である。

 それに、彼はロボットの積極性も過大に見ていた。実際のところは、ミナと茜の従者のように受動的に動く存在であり、そこには二人の関係に割り込もうという意図はなく、むしろ守ろうとするものだった。

「とにかく、何とかしてあのロボットを制御できるようにするか、あの黒帽子のロボットだけをはじくようにするか……できるものなんですかね?」

「そうだなぁ……ん?」

 そこでマートンは、ドローンから送られてくる映像に、がれきしか映っていないことに気づく。

「大樹、ドローンをいじったか? どうやら勝手に動いているようだが……」

「あれ、本当だ。特に触ってはいないはずなんですけど」

 画面に付属しているコントローラーを手に取り、上昇、回転、方向転換と指示を送る。しかし、画面に反応はなく、がれきの街を直進する様子だけが映り続ける。

「ん、操作が効きません。壊れたんでしょうか」

「いや、何かに向かっているようだ、ほら、小さく映っているぞ」

 画面の中央にぽつりと小さな点が映り、徐々に大きくなってくる。

「これは……女の子ですね、銀髪で、ちょっと小さめの……」

「今の大樹みたいだな」

「後傍らにいるのは……羊のぬいぐるみでしょうか……いやマートンさんですよねこれ」

 二人はそろって空を見上げる。遠くから確かに自分が飛ばしたドローンが迫ってきていて、

「なんでわざわざここまで?」

「……いや、大樹、その奥だ!」

 そのドローンについてくる形で少女達が走っていた。この状況下、結論は一つのみである。

「魔法少女だ! 逃げるぞ!」

「はい!」

 素早く逃走に取り掛かる大樹は、バイクのハンドルを握ってアクセルをかける。しかし手ごたえはない。

「えっ、なんで⁉」

 何度も発破をかけるが微動だにしない。つけっぱなしにしていたエンジンもいつの間にか切れていた。

「動かないか! ならば走って逃げ……それもダメか! ロボットが来ている!」

「えぇ⁉ どうするんですか!」

「……仕方ない! テレポートを使う!」

 そう言って大樹のリュックに飛び込むと、文庫本ほどのサイズの箱を取り出す。そこにはテレポート二回分の魔石と触媒が入っている。

「自宅まで飛ばす! 離れるなよ!」

「わかりました!」

 マートンが箱をいじると、まばゆい光があたりを包む。目の前が白む中、

「ゆりちゃん!」

 と、聞き覚えのある声がして、思わず顔を見上げる。視界が真っ白になる直前に、今日見たばかりの顔が目に入り、自身が置かれている状況が想像以上に悪いことを悟ったのだった。

 




ふと見てみたら評価欄が満杯になっていました。多くの人に見ていただけること、大変励みになります。
今後も行き当たりばったりですが、よろしくお願いします。


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闇雲ではいけない

今日は少し短め、繋ぎ回といったところでしょうか。
少しの間感想返信が滞ります。余裕ができたときにまとめて返信しますのでお願いします。
週一更新が保てないので不定期更新に移ります。ごめんなさい。


≪────追跡、追跡────≫

「あわわ! ストップ! ストップ! その巨体じゃ入れませんよ!」

「そうだぞ! それと、地下潜るよりも私たちで障壁開けるほうが早いからな!」

「これからどうするかは美月さんの指示次第ですからね! 勝手に追っかけないでくださいよ、ミナ先輩!」

「さすがにわかってるって!」

 地下鉄に入るつもりで無理やり体をねじ込もうとする巨人を止める茜とミナを横目に、晴香は桜と話していた。ついさっき逃した銀髪少女のことについてである。

「へぇ、あの子と面識あるんだぁ」

「はい、といっても、二回だけですけど」

「“ゆりちゃん”だっけぇ、彼女のことはどれだけ……おっとぉ」

 そこに、美月が歩いてくる。その足取りには明らかな落胆が見て取ることができた。視線は桜の足元付近をさまよっており、普段の冷静な様子とは違う、例えるなら悪いことをしてしまったことを隠せない子供のようだった。

「晴香さん、話はあとでゆっくり聞くからぁ、今は休んでていいよぉ」

「えっと……はい、わかりました」

 晴香も美月の様子に気づいたため、深入りすることなく千代のもとへと向かった。桜が美月に向き直ると、美月は一歩離れたところで足を止める。

「姉さん、えっと、えっと……ごめんなさい」

「ん~、私からしてみれば謝る理由が見当たらないけどぉ?」

「……作戦が、失敗したから」

「そんなことないよぉ、むしろ大成功だからねぇ」

「だって、親玉に逃げられた……もう少しでうまくいったのに」

「……いい、美月?」

 桜は一歩近づき、美月の肩をつかんだ。そのままひざを折って美月の視界へと潜り込む。妹の名前を呼ぶその声は普段の力の入っていない声ではなく、相手に届けるという意思が込められた、はっきりとした声だった。

「確かに、ロボットの親玉を捕まえることはできなかった。けど、それ以上に多くのことを知ることができたの。親玉の背格好とか、移動手段、そして非常時の対応。ただやみくもに探し回るだけじゃ得られない情報を、たくさん知ることができた。どれも彼女を追いかけるのに役立つもの。これが成功じゃないならなんていうの?」

「でも、そういう情報も本人を捕まえていれば必要のない情報になっていたはずで……」

「想定通りの結果はいつでも得られるものじゃない。未知を相手にする以上、どれだけ最良を尽くしても、どこかで予想外が起こるのは避けられない。大切なのは理想的に行かなかったことを悔やむことじゃなくて、得られた結果が何を意味するかを考えること。いつまでもあの時ああすればって言ってても、何も進まないからね」

「……うん」

 美月がうるんだ目に手を当てながら顔を上げたのに合わせて桜は立ち上がり、抱きしめる。

「まったく、どうしてこんなに完璧主義になったんだろうねぇ」

 鼻先辺りに据えられた頭頂部をゆっくりと撫でながら、桜は呟く。当然、密着している美月の耳にも届いていた。

「……だって」

「うん?」

「姉さんに、喜んでもらいたかったから」

「……可愛い妹だなぁ! もぉ~!」

 背中に回す腕に力を込め、頭を撫で繰り回す。すっかり普段通りの脱力声に戻っていた。

 その時、

「うわあ⁉ 倒れた⁉」

「どうした⁉ ぶっ壊れたのか⁉」

 そんな会話とともに、何かが砂利の上を滑る音がした。桜も、腕の中の美月も慌てて振り向くと、一体のロボットがボディをこちらに向けて寝そべっていた。

「茜さん、どうしたのぉ!」

「わかりません! いきなり倒れました! 巻き込まれてはないです!」

「そっかぁ! とりあえず事情を聴いてぇ!」

「了解です!」

 しかし、その必要は無かった。茜が黒帽子に話しかけるよりも先に、倒れたロボットはゆっくりと起き上がると、桜たちの方へと歩いてくる。

 そのまま二人を影に収めると、音を立てずに膝立ちに移った。

≪────初めまして、ミツキ、サクラ。お二方に、指揮権を、付与します────≫

「……へぇ、それはまたどうしてぇ?」

 突然のことに、美月は動けず、桜は反射的に理由を問う。

≪────それは、我々の、守るべき存在であり、従うべき存在だから、です────≫

「茜さんとミナさんも?」

≪────はい────≫

「……なるほどぉ、二人一組で認識してるんだねぇ?」

≪────はい、親交の深い二人に、指揮権を、付与しています────≫

「そっかぁ、まぁ、詳しいことはこの後ゆっくり聞くからぁ、とりあえずよろしくねぇ」

≪────よろしくお願いします────≫

 その言葉の続きがないのを確認してから、桜は美月に語り掛ける。

「あはは、予想外にいいことあったねぇ。また一歩前進だぁ」

 そう言ってまた頭を撫でる桜に返事をするように、美月はキュッと抱きしめ返した。

 

 

 

 とある二階建てのアパートの一室、広げられたカーテンの隙間から、片目だけで外を見る銀髪少女がいた。

「……まだここは気づかれてなさそうです」

「そうか、一応は助かったな」

 室内に目を戻せば、畳を転がるぬいぐるみ。楽しげ、とは言えない、重苦しい雰囲気だった。

「……なあ、大樹」

 ぬいぐるみは転がるのを止め、ぼそりと呼びかける。

「はい、なんでしょう」

「仮に、あの場で捕まっていたとしたら、君はどうしていた?」

「どうしたんですか、急に」

「それだけじゃない。私はいずれ、君を彼女たちの前に突き出さなければいけない」

「……」

「ずっと先延ばしにされていた問題だ。特に君にとって。その信念とは相反する行為を、いずれしなきゃいけない」

「今更ですね」

「ああ、本当に今更だ。それだけ自分勝手だったんだな……今もか」

 お互いに言葉を探り、しばしの間無言が続く。先に口を開いたのは大樹だった。

「少なくとも、普通に魔法少女のチームに入ることは避けたいです。防衛隊にしろ、攻撃隊にしろ。僕が壁に化けられたらまた違うんですけどね」

「ははは、壁に化けるとは、面白い冗談だな」

 マートンは少し気分がよくなったのか、右に半回転、元に戻って半回転と、ゆりかごのような動きをする。

「いえいえ、百合好きにとっては大真面目ですよ」

「……そうなのか。ともかく、普通にチームに入らない方法を考える必要があるということだな」

「すると……研究したい人に付きっきりとか? ほら、男から魔法少女になった訳アリの塊なんですから、気になる人はいると思いますよ」

「いや、研究に協力するからと言って、ずっと研究所に押し込みっぱなしにされる可能性は低い。基本的には現場の邪魔にならないようにするからな。特に防衛隊や攻撃隊は基本現場が第一だ」

「そうですか。かと言って戦闘にかかわらない場所に配置されても、持て余してしまいますから……言うこと聞かなくて暴れられても僕には止められませんからねぇ……」

 それを聞いたマートンは、ぴたりと動きを止めた。

「確かになぁ。手綱を握れないのは怖いところだな……いや、うーん」

「なんでしょう?」

「少し引っかかってな……我々の言うことを聞かないのはいいとして、何故魔法少女達にはついていくんだ?」

「さあ、取り入ろうとしているんじゃ……ああ、そうだ! ロボットが百合に挟まろうとする問題もどうにかしなきゃじゃないですか!」

 一度気づいてしまうとあれもやばい、これもまずいと芋づる式に問題が出てくる。思考の中に積みあがってくる課題に埋もれるように、大樹はパニックになりかけていた。

「落ち着け大樹、問題を整理するんだ。パソコンのメモ帳機能に書き出す事にしよう」

「わ、わかりました」

「粗方書けたら解決すべき順に並べておけ、いいな?」

「はい」

 大樹はパソコンの電源をつけて、椅子に体重を預けた。

 



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