ロウきゅーぶ 下級生あふたー! (赤眼兎)
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第1章 お人形じゃないデスよ?
■第一話 すばらしき腐れ縁


夏陽の地の文、原作と少しテイスト違うかもです。
中学生になってちょっと大人になったってことで許してください………


 俺———竹中夏陽が中学生になって一か月近くが経過した。

 

 俺の通う私立慧心学園は初等部から大学までのエスカレーター式の学校であるため、進学といっても正直今まで初等部で散々やってきた進級と何が違うんだ? という感じだったのだが、実際に中学に上がってみると思いのほか環境の変化が大きかったように思う。

 

 まず新しいクラス。なんと、クラスメイトの殆どが俺の知らない奴ばかりなのだ。俺の所属しているバスケ部の部員を初め、去年クラスでそれなりに仲良くしていた奴らは皆別クラスへ行ってしまった。

 

 さっき説明した通り、慧心学園はエスカレーター式の学校だ。初等部にいた連中は八割以上中等部へと進学することとなる。そのため、まあクラスに最低2、3人くらいは顔見知りがいるだろう、と高をくくっていたのだが……。

 

「よりによって編入生中心クラスになっちまうなんて………」

 

 そう、俺の入れられた一年G組は中学から編入してきた奴らばかりのクラスだったのだ。

慧心学園は県内じゃそれなりに人気のある進学校だ。特に制服がかわいいだとかで女子人気が高いらしい。そのため中学受験を経て入学してくる生徒は多く、その数は生徒全体の三割以上にものぼる。

 

 当然、きちんと勉強に力を入れ、中学受験を経て入学した編入組と、何もしなくてもそのまま中等部へ進学できるエスカレーター組の生徒の間には学力にかなりの差が生まれる。その学力差を面白く思わないエスカレーター組の生徒の数は例年多く、配慮としてエスカレーター組と編入組は通常、別々のクラスに入れられる。

 

 ただ、これは後からバスケ部の先輩に聞いた話なのだが、流石にエスカレーター組と編入組の生徒を完全に別々のクラスにしてしまうのも、両者の対立が深まるばかりでよろしくない、という意見が何年か前の職員会議で出たらしい。そのため、エスカレーター組の中で社交的と判断された生徒を何人か編入生中心クラスに入れる、ということをここ数年行っている。結果的に編入組とエスカレーター組の関係はある程度改善されたらしく、数年前と比べると学校全体に対立ムードはないようだ。

 

 まあ成果自体はあったわけで、有効な策と言われれば否定はできないのだが、いきなり知らない奴らばかりの所に投げ込まれる身としてはたまったものではない。

 

 バスケ部のキャプテンということで一目置かれていたこともあったためか、自分で言うのもなんだが去年はクラスの中心人物と言われればまあ否定できないポジションにいたことは事実だ。

 

 だが正直、俺はそこまで社交的な性格ではない。

 

 去年もクラスでは顔見知りだったやつら以外とは会話しなかったし、それ以前も幼馴染の二人とばかりつるんでいたため、自分から初対面の人間に話しかけるということは正直な話、得意ではなかった。自分と同じくバスケをやっている奴であれば気楽に話しかけられるのだが、そうでない奴に対しては何を話したらいいかわからない。

 

 ………まあ、俺がこれまで殆どバスケしかやってこなかったことも原因なのだろうが。

 

 その結果として、情けないことに俺は新しいクラスで新しい友人を未だ一人として作れていなかった。まあ平日なんかは殆ど部活だし、友達を作ったとしても放課後に遊ぶ時間などないのだが。

 ただクラスで話し相手に現状困っているか、と聞かれれば実際のところそういうことはなく————。

 

「おーいナツヒ、さっきの試合の動画の続き、早く見よーぜ!」

「ちょっと真帆。あんたさっきの授業、居眠りしてノート取ってなかったでしょ。バスケの動画なんて見て大丈夫なの?」

 

 不意に、隣の席から大声で呼びかけられ、顔をそちらに向ける。

 見ると、栗色の髪の女子と眼鏡の女子がこちらを眺めていた。

 

 ———三沢真帆と永塚紗季。

 

 この二人は、俺が小学校五年生の頃ぐらいまでつるんでいた幼馴染だ。

 何の因果か、この二人とは小学校一年の時から数えて七年連続で同じクラスだった。

どんな確率だよ………と最初は呆れもしたが、今年に限っては正直ありがたかった。

 

 周囲が知らない編入生ばかりで埋め尽くされているこのクラスの中で、この二人だけが唯一俺と同じく初等部からのエスカレーター組だった。席が、真帆が俺の左隣、紗季が俺の前と近いこともあり、クラスにいる時間はこの二人とつるんでいることが多い。

 

 三人ともバスケ部に所属しているということもあってか、昼休みはもっぱら三人でバスケの試合の動画をケータイで見たり、体育館に行って動画で学んだテクニックを実際に試してみたりしている。真帆だけやたら覚えが早いのはムカついたが、正直いい刺激になっていることは確かだった。

 

 ちなみに、女バスの他の連中とは過ごさないのか? と思って一度試しに紗季に聞いてみたのだが、「トモ達はトモ達で新しいクラスでの付き合いがあるから」とすまし顔でやたらと大人びたことを言われた。ケンカでもしたのか、とも思ったが、放課後は常に一緒に遊んだり部活したりしているようだった。女子のユージョ―はよくわからん。

 

 真帆と二人で紗季に勉強を教えてもらうことも多かった。

 

 元々算数は苦手だったのだが、中学に入って数学へと進化を遂げてからは全くついていけなくなっていた。出された宿題が全く分からず真帆と二人で困っていると、大体紗季が「しょうがないわねー」と言ってやたらと機嫌がよさそうな顔で、頼んでもいないのに俺たち二人に向けて講義を始める。後に部活が控えていてもお構いなしに続行するため、正直勘弁してほしい、と思うこともあったが、授業よりわかりやすく教えてくれるのでかなり助かっている部分もあった。

 

 もう一つ、英語も苦手だった。日本語と文章の組み立て方が違う、というのがどうも理解できない。

 腹立たしいことになんと、真帆は英語が得意だった。理由を聞くと、父親にくっついてよく海外に行っていたからそれなりに話せるらしい。

 ついこの前、英語の小テストでボロ負けした時なんか、「あれーナツヒくん? キミキミ、もっとちゃんとベンキョーした方がいいんじゃないのかね? にししっ」とか言われておもっくそ煽られた。クソムカつく。

 

 まあそんなこんなで、環境の変化に戸惑ったり、メンドくせーと思うことはありつつも、二人の幼馴染のおかげで、なんとかクラスで一人寂しく過ごさずすんでいた。

 

「ちぇーサキ、カタいこと言うなってー。五時間目って、一番眠くなる時間帯なんだからしょうがないじゃんかー」

 

「言っておきますけど、後で頼まれても私は絶対写させてあげませんからね」

 

「いいもーん、そん時はナツヒに写さして貰うから」

 

 そう言って真帆は気楽そうにヘラヘラと笑った。別に俺もタダでは見せる気ないからな。

 その真帆の様子を見て、紗季は呆れたようにため息をついた。

 

 ………………………。まあ、なんというか、

 

「お前らは変わんねえなあ」

 

 進学してからあった環境の変化についてぼんやり考えていたせいだろうか。低学年のころからちっとも変わらないこいつらのやり取りを見て俺は思わず感心半分、呆れ半分な感想を口に出した。

 それを聞いて紗季は怪訝な顔をして、

 

「突然何よ、夏陽」

 

「いやなんつーかさ、中等部上がって色々俺らの周りでも変化あったわけじゃん? そんな中でも、変わらねえものもあるんだなーと、ふと思ってな」

 

 何も考えずそう言ってから、しまった、と後悔した。真帆と紗季の二人の口の端がにやーーっと吊り上がり、空気感が一気にからかいモードへとシフトしたからだ。今まで同じことを何百回と繰り返してきたからわかる。クソっ、いつまでたっても学習しねえのは俺もじゃねーか!

 

 真帆はふざけた調子で右手を挙げて、

 

「センセー、なんかナツヒ君がセンチメンタルなこと言ってまーす。どう反応してあげたらいいですか?」

 

「そっとしておいてあげなさい真帆。男子にはちょっと詩的なことを言いたくなってしまう時期があるの。所謂中二病ってやつよ」

 

「アハハ、ナツヒのやつ、中一のクセに中二病っておっかしいでやんのー」

 

 そう言って真帆は机をバンバン叩いてゲラゲラと笑った。マジで覚えてろよこいつ。絶対ノート写さしてやんねーからな。

 

「まあ夏陽が私たちとの変わらない友情に感激しているのはひとまず置いといて」

 

「おい、変なまとめ方すんなよ。ちげーからな。お前らがいつまでたっても成長しねーことに思わず呆れちまっただけだから」

 

「はいはい。ところで、夏陽に一つ聞きたかったんだけど」

 

「……? なんだよ」

 

 紗季はそう前置きすると、少し躊躇う素振りを見せてから、やや声を落として顔を近づけてきた。なんだ? 急に改まって。

 

「……ミミのことって、夏陽は聞いてる?」

 

 ミミ、というのは俺たちの一学年下の女子バスケ部員、ミミ・バルゲリーのことだ。

名前を見てわかる通り、日本人ではなく生粋のフランス人である。俺的には、いつもマイペースで妹達と一緒になってその場を引っ掻き回すトラブルメーカー、という印象の奴なのだが………。

 

「ミミがどうかしたのか?」

 

「………うーん、その様子じゃ詳しくは知らないみたいね。ゴメン、迷ったんだけど、私の口から言うのもなんか違う気がするから、やっぱり聞かなかったことにしてくれる?」

 

 そう言うと紗季はすまなそうに両手を合わせた。なんだよ、そういう言い方されると気になるじゃねーか。

 

「まあとにかく、ミミが元気なさそうにしてたら相談に乗ってあげてくれると助かるわ」

 

「俺がぁ? 言っとくけど、別に特別ミミと仲がいいわけじゃねーぞ。部活ない日に女バスの練習見に行ってやってるってだけで」

 

「それでも、お願い」

 

 そう言って、紗季は再び両手を合わせて、軽く頭を下げてお願いをしてきた。うーん、こいつがここまで言うのも珍しいな。

 

 ………まあ、腐れ縁の頼みだし、普段勉強で世話になってる身だし、別に断る理由もねーか。

 

「正直よく分かんねーけど、お前の頼みは分かったよ。でもあんま期待すんなよ。こっちから詮索するようなことはしたくねーから、様子おかしくないか注意して見とくくらいしかできねーぞ」

 

「うん、それで十分よ。ありがと、夏陽」

 

 そう言って紗季は安心したように優しく微笑んだ。

 

 う………なんつーか、元々年齢より大人びた奴だと思っていたが、そうやって笑うと大人のミリョクってやつを感じないこともない、と不覚にも思ってしまった。ガキの頃から散々見慣れている紗季の面だというのに、もしかしてこれが中学生になるってことなのだろうか……。

 

 などと幼馴染の成長をしみじみと実感していた矢先、席に戻って机の整理をしていた紗季が突然立ち上がり、真帆と怒鳴り合いのケンカを始めた。真帆の奴、おとなしいと思ったら紗季のノートを勝手に拝借して今の今までせっせと自分のノートに写していたらしい。油断も隙もない奴だ。

 

 結局、六時間目開始のチャイムが鳴るまで、俺の左隣では聞き慣れた不毛な言い争いが繰り広げられることとなった。

 

 

 ………うんやっぱこいつら微塵も成長してねーわ。

 




元五年生たちメイン、と言いつつしょっぱなは登場しないという……
次の話から登場予定です。

初執筆、初投稿なのでめちゃくちゃ緊張してます。
分量このくらいでいいのか?どのくらい改行したらいいのか?とかめちゃくちゃ手探りでやってます。

感想いただけたら筆者は泣いて喜びます。嬉しいです。


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■第二話 ワタシほこりたかきフランス人

微妙に落ち着かなかったので二話目さっさと投稿しちゃいました。
書き溜めが減ってくのは後がなくなってきている感あって怖いですね……

ロウきゅーぶの二次創作って今もうあんま需要無いのかなーとか思いつつ、半分以上自己満で書いてしまっています。


「………………むー、ナットクいかん、デス」

 

 放課後の体育館内。

 バスケットゴールの真下に大の字に倒れ、ミミ・バルゲリーは不満げに呟いた。

 

 現在の時刻は十五時二十分過ぎ。六時間目の終了時刻が十五時丁度、放課後の部活が始まるのが通常、十五時半からなので、授業が終わってから部活が始まるまでは三十分程度空き時間が存在する。

 

 四月に部が新しくスタートを切って以来、その三十分の時間を使って俺とミミは三本先取の1on1の試合を毎回行っていた。

 

 本日の結果は俺の勝利。ミミが不服そうなのはそれが理由だ。スコアは六対四なので別に完敗というわけではないのだが、それでも悔しいものは悔しいようだ。

 

「二月くらいマデは毎回ワタシが勝っていたハズ。その時は、男バスのエースと言ってもショセンワタシにかかればこのテイド……と勝利のヨインに浸っていたというのに」

 

「おい」

 

「それなのに今となっては五分五分、イエ、前回もワタシの負けだったので寧ろ若干ワタシが負けているように思いマス……もしかしてワタシ、弱くなってる……?」

 

 そう言ってミミは愕然とした様子で自身の両手のひらを広げてワナワナと震わせた。ショック受けすぎだろ。

 

「ちげーっての。お前が弱くなったんじゃなくて、俺が強くなったんだっつーの。……ま、俺もいつまでたっても年下の女子に負けてらんねーってこった」

 

 そう言って余裕の表情で笑ってみせると、ミミはその碧い瞳に悔し気な色を滲ませた。最初はポーカーフェイスで何考えているか分かんねーやつだと思っていたけど、慣れてくるにつれ表情を読めるようになった気がする。てか、寧ろコイツは感情表現が豊かな方なのでは、とすら思えてくる。

 

「ていうか、いい加減やめようぜ、この対決。練習前のウォーミングアップでいきなり全力1on1はどう考えても飛ばしすぎだろ。怪我したらどうすんだよ」

 

「ム、ワタシに言わせればタケナカとの1on1などショセン準備運動に過ぎまセン。バンメシ後デス」

 

 負けた奴の言うセリフじゃねーからな、それ。色々間違ってるし。

 

 

 ———とはいえ、言うだけあってミミの実力が確かなのは事実だった。

 

 

 元々フランスのクラブチームに所属していて幼いころからバスケの練習に励んでいただけあって、現女バスの中で圧倒的に1番上手いのはコイツだ。

 

 去年の六年生———つまり俺と同学年でミミの一つ上の代で一番強かった湊智花と殆ど互角の勝負を繰り広げていたいのを覚えている。その湊は全国でも有数の選手であることは間違いないので、去年の時点で渡り合えていたミミの実力は確かだった。

 

 実際俺も最初は全く歯が立たなかった。それが何とか今現在勝ち越せているのは、色々あって必死こいて練習しまくったのと、ミミのオフェンスに俺の目が慣れてきたことが大きい。

 

 ミミの一番の強みは、筋金入りのポーカーフェイスから繰り出される初動の見えないジャブステップ———つまり足踏みフェイントなのだが、言ってしまえば慣れによって初動を見切れるようになればその強みの大部分を無効化できてしまう、というわけだ。

 

 まあ要するに、俺が今ミミに勝てているのは、実力向上の面ももちろんあるのだが慣れによる部分が大きいため、単純な1on1の性能で言えば今でもミミの方に分があるのだろう。公式大会で戦う相手の殆どはミミの初見殺しが通用するからな。チームプレイなど含めた総合力で言えば俺の方が上だと思ってるし、調子に乗りそうだからからミミには直接言ってやらねーけど。

 

「ほら、文句言ってねーでいい加減負けを認めて他のやつらみたくお前もストレッチして来いよ。練習始めらんねーだろ」

 

「そうだそうだ! いい加減ミミは負けを認めろ!」

 

「あんまりにーたんをバカにするな! 今度はボクたちが相手だ!」

 

 俺が顎をしゃくってミミにストレッチを促すと、横からストレッチを終えた黒髪の部員が2名、こちらに近づいてきてミミに詰め寄った。

 

 竹中椿と竹中柊。

 

 俺の双子の妹でミミと同じ小学6年生。

 肩の近くで切り揃えられたおかっぱ頭と、家族ですら驚くほど互いにそっくりな容姿が特徴。

 

 この二人は数年前から俺が練習相手としてバスケを教えてきたので、ミミには劣るものの基礎力では部内でもトップクラスだ。とはいえやたらと騒がしいのと人の話をロクに聞かない面があるため、自慢の、というよりは不肖の妹といった感じだ。母親の言うことすらまともに聞かないクセに、俺の言うことだけは比較的素直に聞くようなのでさっきまでは大人しくストレッチに取り組んでいたのだが、完了した瞬間鎖から解き放たれた獣のように暴れまわるのはどうにかならんのか、と毎回思わされる。

 

 自分に詰め寄ってきた二人を見て、ミミはむくり、と上体を起こすと、

 

「おのれタケナカ、三対一とは卑怯なり。でも構いまセン。誇り高きフランス人、挑まれたタタカイからは決して逃げないのデス。さあ、いざ尋常にショウブ!」

 

「おい話聞けよ。3on1とかやる気ねーし、もう練習始まるからストレッチしとけってさっきから言ってるだろ……。椿も柊も、勝負なら練習中のミニゲームでやってくれ」

 

「ぶー。はーい」

 

「にーたんが言うなら仕方ないね」

 

 そう言って、椿と柊は踵を返して大人しくコートの外に出た。妹二人は言えば聞いてくれるからまだ楽だな……。

 

「そちらがその気なら仕方がありまセン。ではワタシのフセンショウなので、今回は一勝一敗で引き分けということで……」

 

 ちゃっかりしてんなコイツ……。まあそれで大人しくなるならもうそれでいいわ。

 俺が呆れた表情を浮かべていると、隣からクスクスと笑う声が聞こえてきた。

 

 そちらに視線を向けると、長身でショートカットの女子と、髪の毛をサイドに束ねた勝気な瞳をした女子が二人並んでこちらの様子を眺めていた。

 

 長身の方が袴田かげつ、サイドポニーの方が藤井雅美。

 どちらも女バスの六年生だ。

 

 ミミと、俺の妹とこの二人を足した五人が今年の六年生部員のフルメンバーだ。

 

 持ち前の長身と運動神経の良さを活かしたゴール下争いのできるかげつ、驚異的なロングシュートの成功率を誇る雅美の二名は粗削りながらバスケ選手として確かな素質を持っているため、前述のミミ、双子を合わせた五人の総合力は全国でも通用するのではないか、なんて若干期待しているのだが、それはまた別の話。それよりも今気になるのは……。

 

「お前ら、笑ってないで止めてくれよ……」

 

「す、すみません竹中先輩。わざわざ練習を見に来てくださっているのに……」

 

 俺がジトッとした視線を向けると、かげつは笑みを引っ込め、申し訳なさそうな顔で軽く頭を下げた。う……なんかそんな反応されると逆にこっちが悪いことをした気分になってくるな……。

 

「えー? 別にいいじゃないですか、竹中さん。妹の扱いは私たちよりずっと得意でしょ? さっきも見事にその場を収めてましたし、私たちの助けなんか必要なかったと思いますけど」

 

 素直に謝ったかげつとは対照的に、なおも笑みを浮かべて雅美はそう言った。

 

「………まあ妹についてはそうだけどよ、ミミの暴走は止めてくれても良かったんじゃねーか?」

 

「えー別に暴走してなかったと思いますよ? それにミミが竹中さんに勝負を挑むのなんていつものことじゃないですか。先輩なんだから、カッコよくサクッと勝って自分で何とかしてくださいよ。竹中さん♪」

 

 そう言って雅美はクスクスと笑った。

 

 うぐ……確かに言われてみれば確かにその通りな気もしてきた。まあなし崩し的に今までミミの勝負を受け続けてきたのは俺だし、ミミを挑発した側面もあるし、このくらい自分で何とかしろと言われても当然だ。くそ、後輩の女子に口で負けちまった……。

 

「ほーい、じゃあ時間になったから今日も元気に練習始めんぞー。まずはフットワーク練習から始めるから、全員コート際に一列に並べー」

 

 俺たちがそんなやり取りをしていると、いつの間にか姿を現していた女バスの顧問、篁美星が手を叩き、大声で部員たち全員に呼びかけた。それを聞いて、かげつ、雅美は俺に軽く目礼してコート際へと速足で向かっていった。とっくにストレッチを終えた椿、柊と手早くストレッチを済ませたらしいミミも急いで列に並ぶ。

 

 俺はそんなミミの横顔を見て、教室で紗季に言われたことを思い出す。

 『ミミが元気なさそうにしていたら、相談に乗ってあげてくれると助かるわ』

 

「……つっても、いつも通りにしか見えねーけどなあ」

 

 

 微妙にもやもやしたものを抱えつつ、フットワーク練習の邪魔にならない様、俺はコート脇の方に足を向けた。

 




 筆者の好きなロウきゅーぶの二次創作は、ニコニコでともにゃんさんが投稿されている人狼動画の「狼きゅーぶ!」です。(人狼あんまり詳しくないけど)

私の書く雅美とかは割と「狼きゅーぶ!」に引っ張られている気がする。

どうでもいいけどメインタイトルがセンス×ですね……
なんかもっといいのがあればいいんですが


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■第三話 二人三脚の初心者コーチ

UAちょこちょこついてて嬉しいです。
見てくださってありがとうございます。

前回、前々回より少し長め
割と説明チックな回なので退屈だったらすみません汗


「悪いなー竹中、結局毎回練習見に来てもらっちまって」

 

 フットワーク練習に励む部員たちを眺めながら、俺の隣で美星がぽつりと呟いた。

 その声には、俺の気のせいでなければ自身への不甲斐なさ来る思いがわずかに滲んでいたように思えた。

 

 ———女子ミニバスケットボール部顧問、篁美星は去年の俺のクラスの担任だ。

 

 低い身長と童顔、という身体的特徴に加え、傍若無人かつ破天荒な性格で心身ともに子供っぽく、おおよそ教師、というかはっきり言って成人女性とは思えない。

 

 だが明るく誰とでも分け隔てなく接する奴なので生徒から嫌われているというようなことは全くなく、俺たち生徒のことを真剣に気に掛ける教師としての姿勢は本物で、保護者や同僚の教師たちからも一定の信頼を得ているようだった。

 

 まあそんな感じなので基本的にはハイテンションかつ、自信に満ち溢れた奴なのだが、今は普段のその雰囲気は何処へやら、若干自信を無くしているように見えていた。

 

「……別に、男バスの方が無い日に勝手に練習見に来てるだけだし、お前に一々謝られる筋合いなんてねーよ」

 

「……そっか。でも、助かってる」

 

 そう言って美星は控えめに笑みを浮かべた。やめてくれよ。お前がそんなんだと調子狂うだろ。

 

 ———四月に新しく部活を始めて以来、美星のこの態度を部活中度々俺は目にしていた。

 

 他の生徒の前でいつも通りに振舞っているのは、周りになるべく心配を掛けまいとする教師としてのプライドなのだろう。つくづく意地っ張りな奴だ。

 

 美星はバスケ初心者だ。

 

 ほんの二、三か月程前にようやくバスケの練習と、コーチング等の勉強を始めたばかりなのだ。それをただでさえ忙しい小学校の教師という仕事と並行しつつ指導者として満足のいくレベルにまで達する、なんていうのは土台無理な話だった。

 

 現時点で、バスケについての知識で言えばはっきり言って現六年生部員の方が詳しい。そんなあいつらに、現状初心者の美星が指導してやれることは殆どないと言っていい。

 苦渋の決断として外部からコーチを雇い入れるということも打診してみたようなのだが、その場で即座に却下されたそうだ。

 

 そもそも、基本的に慧心初等部の部活は外部から指導者を招く、ということを行っておらず、顧問の教師が指導者を兼任するというのが通例だ。例えば、男子ミニバスケットボール部顧問の小笠原先生なんかは指導者としてすげーけど、慧心の一教員に過ぎない。

 

 そのため、部員数も少なく実績もない女バスだけを特別扱いして予算を使い、指導者を雇うことはできない、とのことだった。………まあ、ぐうの音も出ないほどの正論だな。

 

 となると知人に頼むしかない、という話になってくるのだが———。

 

「長谷川も、葵おねーさんも、今めちゃくちゃ忙しいしな」

 

「ああ。昴は男バスの立て直しがあるし、新しく七芝男バスのコーチになった人がめちゃくちゃ厳しい人らしくて、練習終わって帰ってくると疲れてすぐ寝ちまうんだと。さすがにそんな状態でこっちも手伝って貰うのは酷だしなー。………てか、任せろって言った手前、今更頼るとかできねーし」

 

 にゃはは、と美星は若干気まずそうに笑った。

 

「葵おねーさんも、男バスのマネージャーと女バスの練習の両立、続けてるんだってな」

 

「ああ。………大変だし、女バスの人たちに申し訳ない時もあるけど、どっちもやりたいことだから全力で頑張る! ってさ。すげーキラキラした笑顔で言われちまった。……昔から葵は真面目だからな。引き受けたこと、どんなことでも全力全開でやろうとするタイプだから、両立なんてガラじゃねーなと思ってたんだけど、なんとかなってるみたいでよかったよ」

 

 ———長谷川や、葵おねーさんが去年、やりたかったことができなくなってしまったことについては本人たちから直接話を聞く機会があったので、知っていた。

 

 正直、まだ中坊の俺には細かい事情については難しくてイマイチ分かんねー部分もあったけれど、大好きなバスケが出来なくなってしまう、ということがどれだけ辛いか、ということはさすがに想像できた。

 

 その二人が今、心からやりたいと思っていたことが存分にできている、というのはとても喜ばしいことだ。

 

 長谷川とは色々あったし、今も思うところがないわけではないが、妹はもちろん俺自身も稽古をつけて貰ったりとかなり世話になったので、今では正直尊敬の気持ちが一番強かった。………本人にはぜってー言わねーけどな。

 

 だから今更こっちの都合に巻き込んで、二人の邪魔をするわけにはいかない、という美星の思いは痛いほどよく分かったし、俺も同意見だった。

 

 ———まあそんなこんなで、消去法的に女バスの手伝いをできるのは今のところ俺しかいなかった。

 

 中等部の男バスの活動日は初等部の頃と同じなので、女バスの活動日とは被っておらず、一応曜日的には問題がなかった。ちなみに中等部の女子バスケ部は初等部女子バスケ部の活動日とモロ被りしているので、真帆たちが練習を見に来ることはできないようだ。そのことをあいつらに、特に紗季にはめちゃくちゃ謝られた。俺が勝手にやってるだけだし、あいつらは何も悪くないんで別に謝る必要なんて全くねーけどな。

 

 まあ、数か月位前からなんとなくこうなりそうな気はしていたので、別に不満があるとかではない。初心者の美星がコーチやるとか無理そうだからちょいちょい顔出してやるかーくらいにしかその時は思っていなかったが。

 

 後、俺も今の女バスにはなんとなく後ろめたい思いがあった。

 

 元々椿たちをけしかけて今の六年部員五人がチームを組むよう裏で色々手を回したのは俺だ。結成させるだけさせといて、お役御免になったらほっぽり出す、というのはどうにも忍びなかった。

 

 ………去年の今頃は男バスの練習日確保のために女バスを潰そうと躍起になっていた俺が、今になって女バスの今後についてあれこれ心配を巡らせることになるなんて、変な話だ、とはすげー思うけどな。

 

「あいつらさ……」

 

「ん?」

 

 ぽつり、と俺の口から洩れた言葉に反応して、美星がわずかに目線をこちら側に向けた。俺は美星の目元を見て、その下に隈が出来ていることに気づいた。………睡眠時間を削ってまで何をしているか、については聞くだけ野暮、なんだろーな。

 

「椿と柊。あいつら、あんな感じじゃん? 今はまだ大分大人しくなった方だけど、昔はもっと酷くてさ。近所でイタズラばっかしてて、周りを困らせててさ、そんなんだから友達も出来なくて、基本遊び相手っつったら俺以外いなくてさ、いつもつまんなそうにしてたんだよ」

 

「………」

 

 美星は、押し黙ったまま俺の話を聞いていた。無言で続きを促している、と分かった。

俺は話を続ける。

 

「そんなあいつらが、友達と一緒に真剣にスポーツしてる姿なんて、昔じゃ想像もつかなかった。俺とバスケしてた時もさ、正直、バスケ自体にはそこまで執着してる感じはなくて、遊べればなんでもいい、って感じだったのに。………今では自分からバスケの本読んだり、試合のビデオ見たりして、すげー楽しそうにしててさ」

 

 正直、俺がバスケの楽しさに気づかせてあげられなかったのは結構悔しいけどな。まあでも兄貴とやるのと、友達とやるのとではやっぱ違うのだろう。

俺の話を聞いて、美星は「そっか……」と呟くと、感慨深げに微笑んだ。

 

「あいつら、東京に全国大会の決勝を見に行った日の夜、俺に言ったんだ」

 

「?」

 

 

「———全国、行きたいって」

 

 

「———」

 

 去年の全国ミニバスケットボール大会。

 

 その地区予選に、真帆たち当時の6年生5人と、椿たち5人はともに出場し、その1回戦でライバル校の硯谷女学園に僅差で敗北した。真帆たちを下した硯谷はその後、苦戦することなくあっさり地区予選を突破し、そのまま県予選も制して全国行きの切符を手にした。

 

 そして東京で開かれた全国大会。そこで硯谷は見事リーグ優勝を果たした。

 

 俺も、他の女バスの連中も硯谷の応援のため、一緒に試合を見に行った。

 今思い出しても、凄い試合だったのを覚えている。

 

 でもそれ以上に、あんな大舞台で試合ができることが俺は羨ましかった。

 

 ———そして、妹たちも同じ思いを抱いていたことが、なんだかとても嬉しかった。

 

「だから俺は、あいつらを全国に連れて行ってやりたい、と思ってる。………そりゃ俺は単なる中坊に過ぎねーし、実績もねーし、コーチとしては全然頼りねーから、何言ってんだって言われるかも知んねーけど」

 

 馬鹿なことを言っているのは分かっている。経験値以前に、そもそも俺自身も男バスの活動があるわけで、両立しながらこなしたところで、どちらも中途半端になるのは目に見えているのではないか。

 

 でも、それでも。

 

 叶えたい夢があるなら、どっちも手を抜かず全力で追いかけてみればいい、と俺に言ってくれた人がいたから、俺はとりあえず頑張ってみようと思った。

 

「あ、これでも男バス引退してから結構勉強したんだぜ、バスケの戦法とか、練習方法とかコーチングのノウハウとかさ。長谷川とか小笠原先生とか、いろんな人に教えてもらったりしてさ。だから———」

 

 俺は美星の目をまっすぐ見て、ここ数週間思っていたことをぶつける。

 

 

「俺も一緒に頑張るからさ。お前だけが一人で頑張んなくてもいいように」

 

 

 そう言った瞬間、美星がわずかに目を見開いた……ような気がした。

 

 数秒、美星は沈黙していた。何を言われるんだ? と身構えていると、次の瞬間、弾かれたように笑い出した。

 

「ぷっ………あっははははははははははははははははは!!!」

 

 ………何と言うか、そのまま笑い死ぬんじゃないかと思うほどの大爆笑だった。声が大きすぎて、下級生の部員たちが数人、何事かとこっちを見てきたほどだ。

 

 ていうか、こっちもある程度覚悟決めて言ったのに、その反応されるとむかつくんだが。

 

 そう思っていたのが表情に出ていたのだろうか。美星は俺の顔を見ると、「すまんすまん」と言って慌てて目尻の涙を拭った。

 

「いや、ホントにすまんな、笑ったりして。別に竹中の言ったことがおかしくて笑ったんじゃなくって、なんか割とつまんねーことでくよくよ悩んでた自分が馬鹿らしく思えてきちゃってさ。………ったく、生徒に教えるのがあたしの仕事なのに、逆に教えられるなんてな。そうだよな。自分一人で全部何とかしようとする必要なんてないもんな。いやーすまんすまん、ここ最近失敗続きだったからさ、柄にもなくネガティブモード入ってた気がするわ」

 

 そう言った美星の目からは、先ほどまで浮かんでいた憂いが消えていたように思えた。話し方にも生気が宿っているように感じる。なんか、ようやくいつもの美星が戻ってきた感じがするな。………今考えると、それはそれで大分めんどくせー気がするけど。

 

「ちぇっ。よく分かんねーけど、まあ元気になったんならいいわ」

 

「おう! みんなの美星先生完全復活だ、おかげさまでな」

 

 そう言って美星は、にゃはは、と軽快に笑った。

 

 それを見て俺は思わずため息をついた。ったく、人騒がせな奴だな。

 

「……? な、なんだよ」

 

 不意に視線を感じ、美星の方を見ると、なんか俺の顔を意味ありげにジロジロと眺めていた。な、なんなんだ………?

 

「にゃはは。……なんというか、竹中お前さ」

 

「?」

 

 そう言って、息を整えていた美星は腰を少しかがめると、上目遣いで俺の顔を見て、

 

 

「カッコいい男になったな。同年代だったら、正直、惚れてたかも」

 

 

「な」

 

 思わず、言葉を失う。

 

 つーか中坊相手に何を言ってるんだこいつは。

 

 俺が怯んだのを見て、美星は少しいたずらっぽく笑って、

 

「にゃふふ、そんな風に男らしい感じで口説けば、ひなたとももう少しいい感じになれると思うぞー」

 

「ちょっ……ここでひなたの名前出すのは反則だろ! つーか余計なお世話だっつーの!」

 

 なんなんだこいつ! ちょっとばっかし弱っていたから気を使ってやったってーのに、元気になった瞬間即こっちに噛みついてきやがった! 次は落ち込んでても絶対に放置してやるからな!!

 

 俺がひそかに美星への復讐を誓っていると、フットワーク練習を終えた部員たちが息を切らして俺と美星の方に向かってきた。思ったより時間がかかったな。

 

 ディフェンス力向上のため、フットワーク練習はここ最近、結構厳しめにやらせてある。まあ、バスケのフットワークは一朝一夕で身につくもんじゃねーからな。今のうちから重点的にやっといて損はないだろう。

 

 下級生組が息も絶え絶えになっている一方で、6年生組は余裕の表情を浮かべていた。まあ、去年から走り込みは散々やってるし、このくらいは当然だな。

 そのうち、なぜか雅美は俺と美星を交互に怪訝な表情でジロジロと眺めてきた。なんだ?

 

「美星先生となに話してたんですか? 随分と楽しそうでしたけど」

 

「………別に、楽しい話でもねーし、特にお前に関係ある話はしてねーよ」

 

「ふーん……まあ、いいですけど」

 

 雅美はなおも納得がいかない、といったような顔をしていた。なんなんだよ。聞かれても話す気は毛頭ねーぞ。

 

 俺と雅美がそんなやり取りをしていると、椿と柊が俺と雅美の間に割り込んできて、

 

「それよりにーたん! 早く練習始めようよ!」

 

「そうそう、時間はユーゲンなんだよ! ボクたちに立ち止まっているヒマなんてないんだから!」

 

 そう言って、二人は目を爛々と輝かせた。その瞳の奥にはやる気が満ち溢れているのが分かる。ったく、頼もしい限りだよ、ホント。

 

「ほーい、じゃあ六年生組はいつも通り竹中の指示に従って練習を進めること! 下級生組はあたしと一緒に向こうのコートに集合! パス練習始めんぞー」

 

 美星のその言葉に従って、下級生組はぞろぞろと美星の後に続いて奥のコートへと向かっていった。

 

 一応大まかに、上級生組のコーチングは俺が、下級生組のコーチングは美星が、という風に役割分担を行っている。下級生組は殆どバスケ初心者であるため、今はドリブルやパスなどの基本的なスキルを身に着けてもらうことを優先させている。

 

 ちなみに下級生の数は五年生三人と四年生二人の計五名だ。美星は教師だけあって基礎を教えるのが上手く、早い段階で入部した五年生三人についてはこの短期間で基本的な技術は一通り問題なく習得できているように見えていた。

 

 ………ま、美星の努力の賜物だな。先輩たちに追いつきたいという下級生組の思いももちろんあるのだろうが。

 

 そんなわけで、スタメンである六年生五人の成長は割と俺の指導に掛かっている、と言っても過言ではなかった。正直、荷が重いとも思うし責任重大だが………まあ一度決めたからにはやるしかない。

 

 俺は目の前に集まってきた六年五人を見て、コホン、と一回咳ばらいをして気持ちを落ち着かせ、頭をコーチモードに切り替えた。

 

「よし、じゃあ一昨日の続きから始めんぞ。まず———」

 

 

 慧心女子ミニバスケットボール部、新チームが始動してから約一か月。 

 

 俺たちは着実に前に進んでいたが、同時にチームとして乗り越えなければいけない課題も、徐々に浮き彫りになってきていた。




美星先生ルートはありません(無慈悲)
多分本当にからかっているだけ

竹中が昴を尊敬するようになった経緯とかはそのうち多分きっと書く気がします。

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■第四話 グッドコミュニケーション?

お気に入りありがとうございます。
励みになります。

6000字ちょいくらいなんで少し長め。
どのくらいの文字数がよみやすいんですかね……
まあ話の切れ目考えると文字数とか考慮してられない感あるので、なかなか難しいですが


「お疲れー。今日も頑張ったなー」

 

 練習後、俺と美星と女バスの部員たちは体育館の中央に集まって練習後の定例ミーティングを行っていた。去年は別に毎回は行っていなかったようだが、色々今後の予定とか全員がいる場で伝えてしまいたいという美星の発案で実施することとなった。

 

 いつもは大きな連絡もなく、次の練習の予定と美星の労いの言葉だけで終わるのだが、本日は毛色が違っていた。その理由とは。

 

「明日からGWだな。先週連絡した通り、あたしらは明後日から東京へ三泊四日の合同練習会へ向かうぞ。当日は校門前に七時に集合だからなー。遅れるなよ」

 

 美星の言葉を聞いて、心なしか部員たちの顔に緊張が走ったように見えた。

 

 

 ———東京での合同練習会。

 

 

 関東の強豪チームが新チーム始動直後のこの時期に、何校かで合同で行っている泊りがけでの練習会。

 

 なんと、その会に是非慧心さんも、と主催の東京の学校から招待をもらったのだ。参加する学校は男子の俺でも見たことのあるような全国常連の強豪校ばかり。

 

 正直、初めに話を聞いた時は何の冗談かと思った。

こう言っては何だが、慧心女バスは去年結成されたばかりで、公式大会も硯谷と好試合を繰り広げたとはいえ地区大会で初戦敗退に終わっており、他の招待チームと比べて実績があるとはいい難い。はっきり言って呼ばれること自体に違和感があった。

 

 しかし、招待してきた学校名と、その経緯を聞いて合点がいった。

 

 去年の東京都代表、私立九重学園。

 

 激戦区の東京を制し、全国へ駒を進めた全国有数の名門校。

 去年の全国大会でのリーグ戦では硯谷と優勝争いを行い、僅差で敗れたものの成績はリーグ準優勝。

 

 向こうの顧問が言うには対戦相手の硯谷について調べているうちに、地区予選一回戦の慧心戦のビデオを入手してうちに興味を持ってぜひ一緒に練習したいと思った、という話だった。

 

 ………というのは恐らく建前で、全国大会で再び戦うことになった場合強敵になりそうな硯谷の情報を得るためそのライバル校とのパイプが欲しい、というのが本音なのでは? というのが俺と美星の見解だった。言葉通りに受け取った場合、いくら何でもこちらに都合が良すぎる。

 

 とは言え、仮にそうだったとしてもこちらとしては願ってもない話だ。

全国の強豪チーム相手に、今の慧心のバスケがどの程度通用するのか確かめるには絶好の機会だ。それに、他のチームの練習や戦い方を見て学ぶことは絶対に部員たちにとってプラスになるハズ。こちらにとってはメリットしかない。

 美星は、即座に二つ返事でその誘いを了承した。

 

 九重から誘いを受けた日の翌日。

 

 部活後のミーティングで合同練習会について部員たちに伝えたところ、予想通り皆大喜びだった。公式戦がしばらくなく、手近な目標がないという不満の声がちらほらと上がっていた矢先だったからな。その日以降、皆大分気合が入った様子で練習に励んでいた。

 

 ちなみに、俺は練習会には参加できない。男バスは男バスでGWに合宿があるので、俺はそちらに参加する。試合を実際に観戦できないのは正直残念だが、美星が試合のビデオを撮ってくれるそうなので、終わった後に見て今後の練習に活かすこととしよう。

 

 後俺が参加できないとなると、試合中の指示ができる人間が美星しかいない、という問題が発生するのだが、対戦相手ごとに試してみてほしい戦術は伝えてあるし、六年部員にはある程度自分で考えて動けるよう、色々と教えてきたつもりだ。相手はどこも全国常連の強豪校なので厳しい戦いにはなると思うが、モチベーションの高いこいつらのことだ。きっと何かしらを得て帰ってくるに違いない。GW明けの練習でそれを見せてくれるのが今から楽しみだ。

 

「詳しいことはさっき渡したプリントに書いておいたから、よく読んで各自忘れ物とかないようにしておくこと。特に椿と柊はちゃんと確認しとけよー」

 

 美星がそう言うと、部員たちから軽く笑い声が漏れた。名指しで注意された椿と柊は二人そろって頬を不満げに膨らませていた。

 

 ………すげーな、膨らませ方までそっくりだ。兄貴なのに思わず感心しちまったよ。

 俺はそんな椿と柊の頭に手をポン、と置いて、

 

「まあ、こいつらの荷物は俺がちゃんと確認しとくから心配すんなよ。当日も朝五時にたたき起こすからさ」

 

「あ、ひどいよにーたん!」

 

「ボクたちのことをもっと信じてよにーたん!」

 

 椿と柊は裏切られた! とでも言いたげな表情で抗議の声を挙げた。……いや、新しいクラスでもお前らが忘れ物しまくってる話は散々聞いてるからな。そう思うなら普段からもうちょっと頑張れよ。

 

「にゃふふ~、まあ竹中がそういうなら二人については心配しなくてよさそうだな。………じゃあ、ちっと早いけど今日はもう解散! 明後日から四日間ハードだから、今日明日は無理せずしっかり体を休めておけよー」

 

 そう言って美星は今日のミーティングを締めくくった。

部活が終わり、部員たちはぞろぞろとシャワールームへと足を向ける。結果、体育館には俺一人が取り残される。

 

 ………毎回思うんだが、女子連中がシャワー浴びているこの時間はなんか居心地が悪い。この中に男子が自分しかいないことを嫌でも意識せざるを得ないからだ。割と今更だが、正直場違い感が半端ない。

 

 まあ俺としてはあいつらは妹と単なるその友達っていう認識なので、練習している間は女子だとかは別に意識しねーんだけどさ。待っててもすることねーから毎回一人でシュート練習してるんだが、なんか落ち着かない。心なしかいつもよりシュート成功率も低い気がする。

 

「クソっ………また外しちまった」

 

 俺が放ったボールはリングに弾かれ、ネットをくぐることなく地面へとバウンドした。苛立ちから思わず舌打ちが出る。ダメだ、ロングシュートは打つ時の精神状態がモロに反映されるからな。もっと集中して心を落ち着かせねーと。

 

 以前長谷川から教わった精神集中法でも試してみるか。数秒かかるから試合中はあんま使えねーけど。

 

 そう思って、俺は肺の中にたまっている空気を一度すべて吐き切る。

 

 そして目を閉じて心臓付近に手を当て、三秒間くらいかけて深く息を吸う。肺に空気が限界まで溜まっていることを意識し、一秒間だけ息を止めた後、ゆっくりと時間をかけて息を吐き出———。

 

 

「スリーポイントシュートの練習デスか?」

 

 

「っ!? ゲホッゲホッ……!!」

 

 驚きで吐き出そうとした息が気管に入り、盛大にむせた。

何事だ!? と思って振り返ると既に制服に着替えたミミがシレっとした表情で真後ろに突っ立っていた。こ、コイツいつの間に………。

 

「お、おう……もうシャワー浴びたのか? 早かったな」

 

「ウィ、ワタシが一番乗りデシタ」

 

 そう言ってミミは誇らしげにピースサインを掲げた。なんでそんなに自慢げなんだ……。

 

 ふてぶてしいその態度に、驚かされたことについて文句を言う気力も失せる。

俺はふう、と息を吐き、呼吸を整えてミミに向き直る。

 

「中学はミニバスと違ってスリーポイントがあるからな。練習しといて損はねーと思って、最近特に重点的に練習してんだよ」 

 

「ホウ、ちゃんと考えて練習しているみたいデスね、感心デス」

 

 何目線だよ………と思ったが一々突っ込んでいるとキリがないのでノーリアクションを貫く。

 

 俺が黙っていると、そのままミミは立ったままじっとこっちを眺めていた。な、なんなんだ……?

 

 特に何か俺に言いたいこともないようなので、転がったボールを再び拾い直して3Pラインの外で再びボールを構える。背中にミミの視線を感じ、集中力がかき乱されるのを感じながら放ったボールは意外なことにきれいな放物線を描き、そのままゴールネットをくぐって軽快な音を立てた。

 

 オオ……という感嘆の声とともに、ミミがパチパチと小さく拍手する音が背後から聞こえてきた。や、やりづれえ………。

 

 この状態で練習しても仕方ねえし、そろそろ他の連中も戻ってくるだろうから今日はこのぐらいにしとくか、と思いボールを片付けようとしたところで、教室で紗季に言われたことが再び脳裏に浮かぶ。

 

 ……………まあ、折角二人きりだし、直接本人に聞いてみるか………。

 

「あー、ミミ。そういやお前に聞きたいことあったんだけどさ」

 

「……? なんでショウ」

 

 ミミはそう言って小さく首を傾げた。

 

 ………………………………。

 

 ………いやいざ声かけたはいいけどこれなんつって切り出したらいいんだ?

 

 紗季から気にかけてやってくれとは言われたが、詳細なことは何も聞いてねーんだよな………。まあ、遠回しになんか最近変わったことなかったか聞いてみるか……。

 

「あー……なんだ、その、最近楽しいか? 部活とか、学校とか」

 

「………? どうしたんデスか、タケナカ。そんなヒサビサに会った親戚のオジサンみたいなこと急に言い出すなんて」

 

 俺の問いを受けて、ミミは怪訝そうな表情を浮かべる。

 しまった。流石に唐突過ぎだし、何言ってっか分かんねーよなこりゃ。どうすりゃいいんだ……。

 

「あー……お前も日本に来てしばらく経つじゃん? こっちでの生活とか、慣れたかなって思ってさ」

 

「………? 今更デスね。とっくに慣れまシタ。もう半年以上も前デスよ、ワタシがニホンに来たの」

 

「あ、あはは。そういやもうそんなに経つんだっけか………いやー時間が流れるのはあっという間だなー………………」

 

 ………………………。

 

 だ、ダメだこりゃ………。これじゃただの挙動不審な奴じゃねーか。ミミもなんか微妙な顔してるし。そもそも、具体的な事情も知らないのにこっちから相談とかないか切り出すなんて無理がある。クソ、紗季の奴も厄介な依頼を寄越してくれやがって………。

 

 俺が内心で自分の会話能力の低さに愕然としていると、不意にミミが顔を俯かせた。

 

「………楽しいデスよ。ニホンでのセイカツ」

 

 ミミは小声でそう呟く。

 

「元々暮らしてみたいとは思ってマシタけど、いざ暮らしてみると想像していたよりずっといい所デシタ。ご飯はおいしいし、見たこともないモノも沢山あって面白いデス。一緒にバスケできる大切なトモダチも沢山出来マシタ。凄く、幸せデス」

 

 ミミは俯かせていた顔を上げ、微笑んだ。

 

「でも、たまに故郷が恋しく思う時がありマス」

 

 表情は変わらないものの、そう告げたミミの言葉は何処か寂し気で。その言葉に、嘘偽りがないのだということはなんとなく感じ取れた。

 

 ………なるほど、そういうことか。だんだん話が見えてきたぞ。

 

 要はミミは今、ホームシック、というやつに陥っているのだ。

俺なんかは生まれてからずっと同じ所に住んでいて、地元から遠く離れて暮らしたことなんてねーから故郷を恋しく思う気持ちを実際に味わったことはねーが、なんとなくなら分かる。俺が海外、例えばフランスに住むことになったとしたら、間違いなく1か月も立たずに日本が恋しくなって帰りたくなるであろうことは容易に想像できる。それと同じことだ。

 

 恐らくミミが故郷を恋しく思っている、という話を、何がきっかけかはわからねーが、紗季が耳にした。そして心配に思った紗季が俺にミミの様子がおかしくないか確認するよう依頼を投げた。こういうことだ。

 

 ………………うん、紗季の性格から考えてもしっくりくるな。よしよし。

俺は自分の推理に内心でガッツポーズをし、ミミになんて言ってやるか考える。

ミミは今や女バスのエースだ。フランスに帰られては困る。ミミの故郷を思う気持ちを尊重しつつ、何とかして日本に居てもらう、となると———。

 

「そのうちさ、俺たちをフランスに連れてってくれよ」

 

「え……?」

 

 俺の言葉を聞いて、ミミはよくわからない、といった顔で首を傾げた。

 

「夏休みでも、春でも冬でもいいからさ。俺と、お前と、妹たちと、かげつと、雅美と、美星で、フランス行こうぜ。後輩たちが一緒でもいいな。バスケ部のみんなでさ。お前が好きな店とか、好きな景色とか、案内してくれよ。ぜってー楽しいと思うぜ」

 

 俺がそう言うと、ミミはぱっと表情を明るくした。

 

「ウィ、スバラシイアイディアです! 絶対行きまショウ! ………皆にワタシの故郷、好きになってもらえるよう頑張りマス」

 

 ミミはハイテンションで同意して、実際に案内しているときのことを想像したのか、にこにこと機嫌の良さそうな笑みを浮かべた。

 

 ………つくづく思うけど、昔に比べて表情豊かになったよな、こいつ。

 

「まあ、そんなわけだから、フランスに帰りたくなったとしても勝手に帰ったりするんじゃねーぞ。お前はもう慧心の重要な戦力なんだからな。抜けられっと困るだろ」

 

 俺がそう言うと、ミミは少し驚いたように目を見開いた後、再び俯いた。

 なんだ……? 上手い感じで収まったと思ったんだが、まだ何かあるのだろうか。

 

 俺が様子をうかがっていると、ミミはふっと顔を上げ、

 

「タケナカは……」

 

「?」

 

 

「タケナカは、ワタシのこと、どう思ってマスか?」

 

 

急に何言ってんだ? と軽い調子で返そうと思ったが、ミミが思ったより真剣な表情を浮かべていたのを見て、思わず口を噤んだ。

 

「一緒にバスケしてて、どう思ってくれてるのかなって」

 

 ミミはやや言いづらそうに言葉を続けた。目を逸らし、所在なさげに組んだ手の指をモゾモゾと動かしている。

 

 なんでそんなこと聞くんだ? と思ったが、聞き返しても仕方ねーし、相談に乗る、といった手前、そう言った誤魔化しは不誠実に思えたので、正直に答えることにする。ミミとのバスケなあ………改めて聞かれるとぱっとは出てこねーが。

 

「まあ、楽しいぞ。お前やっぱ上手いし、負けず嫌いなとこも選手としては嫌いじゃない」

 

「!」

 

 そう言うと、ミミは少し驚いたように目を見開いた。………なんだよ、俺が楽しいっつったのがそんなに意外か?

 

「まあ、たまにコイツめんどくせーなって思うこともあるけど」

 

「ム」

 

「でもまあ、実力が拮抗してる相手と戦うのはやっぱ練習になるしな。それにお前のプレイスタイルは見ていて楽しいから、好きだぞ」

 

「そう、デスか」

 

 そう言うと、ミミは少し安心したような表情を浮かべた。………なんだ? 割と自分のスキルに自信ある方だと思っていたのに、急に自信でも無くしたようなことを言ってくるなんて、意外と謙虚なのか?

 

「まあ、なんだ? 一応俺先輩だし、バスケのことでもほかのことでも、なんか困ったことあったら相談乗ってやれるし、出来る範囲のことはしてやるから遠慮すんなよ。普段妹達が世話になってるしな」

 

「ム、タケナカにバスケのことで相談に乗るほどワタシは落ちぶれちゃいないのデス」

 

「おい」

 

 なんなんだよ。謙虚なのか自信があるのか結局どっちなんだ。一々振り回されるこっちの身にもなって欲しい。ていうかそれなら今俺が女バスのコーチしていることについてはどう思ってんだ。さっきからツッコミきれねーぞ、おい。

 

 俺がげんなりしているとミミは少し悩んで、

 

「でも、そうデスね……。それ以外のことで困ったら遠慮なく頼らせていただきマス。………男にニゴンはないデスよね?」

 

「おう、任せとけ」

 

 俺がそう言って笑って見せると、ミミはようやく心から安心したような笑顔を浮かべた。

 

 そんな話をしているうちに、椿たちがシャワールームの方向から制服姿でぞろぞろとこちらに向かってきているのが見えた。いっけね、話し込み過ぎた。俺もさっさと着替えて帰る準備しねーと待たせちまう。

 

 ………………でもまあひと悶着あったが、無事これで紗季の依頼とやらは達成できたみたいだし、よかったよかった。こうしてみると、俺が去年男バスのキャプテンとして培ったお悩み解決能力もなかなか捨てたもんじゃないのかも知んねーな。うん。

俺は内心で自分にグッジョブを送り、ミミに一言言って体育館を後にし、速足で教室へと向かった。

 

 

………この時、もう少しきちんとミミから事情を聴きだしておくべきだったと、俺は後になって後悔することになる。

 




漫画版を主に読んでたのでミミは割とふてぶてしくめちゃくちゃマイペースなイメージだったんですが、アニメ版とかだとそうでもない感じだったんで驚いた記憶があります。
(拙作は漫画版のイメージに近いですね)

やっぱキャラの掛け合いは書いてて楽しい。
逆に地の文は難しいです。


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■第五話 眠りをさまたげる

初めてコメントいただけて舞い上がってしまった。
ありがとうございます

前回に比べると少し短め。

夏陽がGW合宿から帰ってきた後くらいからの話です。



「あー………めちゃくちゃ疲れた………」

 

 三泊四日の男バスの合宿が終了し、無事家に帰宅した俺は玄関に荷物を降ろしてそのまま床に倒れこんだ。

 

 全身を、今まで経験したことがないレベルの疲労感が包んでいるのが分かる。結構ハードな練習には慣れているつもりだったのだが、中学の部活の合宿というもののレベルを思い知らされた気分だ。連日、午前午後両方ともフルで練習をさせられるというのはかなりキツイ。正直、風呂も飯もいらないからこのままここで寝てしまいたい………。

 

 そう、俺の本能が全力で叫んでいるのを感じたが、いやこんなとこで寝たら間違いなく体痛めるだろ、それに風邪ひいたらどーすんだよ、とかろうじて残っていた理性が最後の力を振り絞って俺の耳元で囁いた。

 

 一瞬まどろみかけた俺の意識がその声で現実へと引き戻される。俺は理性の声に従い、半ば無理やり上体を起こし、両腕に力を入れて立ち上がった。

 

 とりあえず、シャワーだけでも浴びるか………。

 

 家の中はシン、と静まり返っており、全く人の気配を感じない。母さんは仕事で帰りが深夜になると言っていたので居ないのは想定内だった。父さんは単身赴任中なのでそもそも家にいない。妹たちは今日東京から帰ってくる予定のハズなのだが、まだ帰ってきていない様だった。まあ、最終日は観光メインと言っていたし、きっと楽しんでいるのだろう。

 

 そう思いながら脱衣所の方へと足を向ける。リビングの横を通るとき、仄かにカレーの匂いが漂ってきていることに気づく。おそらく母さんが気を利かせて作ってくれたのだろう。だがすまん母さん、正直空腹より疲労のがやべーから食わずに寝ちまいそうだ………。

 

 脱衣場にたどりつき、汗まみれの制服を脱ぎ捨て、バスルームに入る。

風呂は沸かしていないようで浴槽は空だった。本当は湯船につかりたい気分だったのだが、もし入ったらそのまま寝ちまいそうだな、と思ったので逆に沸いてなくて良かったのかもしれない。

 

 俺はシャワーで頭と体の汗を大雑把に洗い流し、石鹸を使って手早く頭と体を洗った。いつもはもっと丁寧に洗うのだが、今日はさっさと床に就きたい気分だったので軽めに済ませた。

 

 バスルームを出て、バスタオルで体を拭いてあらかじめ用意していた寝間着にさっさと着替える。髪の毛はまだ濡れていたが、一々ドライヤーで乾かす気力もわかなかったので軽くバスタオルで拭いてあとは自然乾燥に任せることにした。

 

 そんな感じで汗を洗い流し、寝間着に袖を通すとようやく家に帰ってきた実感がわいてくる。合宿の宿も新鮮でいいけど、なんだかんだ自宅が一番安心感あるよな………。

 

 俺は家のありがたみをしみじみと感じながら自室のある二階へと向かう。

 

 自室に入った俺の目に飛び込んできたのは中学進学と同時に買ってもらったふかふかのベッド。

 

 にへら、と思わず顔にだらしない笑みが浮かぶ。

 

 別に布団も嫌いじゃねーが、一々敷いたり畳んだりするのは面倒だから疲れているときは非常に助かる。それに何より、布団よりもベッドの方が大人になった感がして、ちょっと良くね? と思う。妹たちはまだベッドを買ってもらってないので、ちょっと優越感あるしな。

 

 俺はそのままベッドへ身を投げ出し、掛布団もかけずに全身から力を抜いた。

 

 あー………………………………………………。極楽だ、しばらくもう起き上がりたくねえわ………。

 

 …………ゆっくりと、頭が眠りに落ちていくのを感じる。

 

 明日は練習とかせずに、ひたすら一日ダラダラするか………。普段なら朝練とかするけど、合宿で一生分の運動した気分だしな………。

 

 あー、でも………女バスの合同練習会の試合は見とかねーとな………。翌日からすぐ練習だし、それまでにチェックしとかねーと………。

 

 

 

ぼんやりと、考えを巡らせるうちに、俺の意識はズルズルと眠りへと引きずり込まれていった。

 

 

 

***

 

 

 ……………………寝苦しい。

 

 

 そう感じ、深みへと沈んでいたハズの意識が急激に表に引っ張り上げられるような感覚を覚えた。

 

 眠りに落ちてから何時間ほど眠っていたかは分からないが、体感だと四、五時間くらいだろうか。中途半端に睡眠をとった時特有の倦怠感がある。体は怠いはずなのに、意識だけが起きているのが酷く気持ち悪かった。熱を出した時の感覚に近い。

 

 ただ、起床する気は起きなかった。体内時計を信じるなら今は深夜の結構変な時間な気がする。寝たのが十九時くらいだった気がするから、今は丁度深夜一時くらいか? それに今下手に体を起こしたら益々眠れなくなってしまう気がする。

 

 そんなことを考えているうちに、睡眠を邪魔してきた寝苦しさへの恨みがましい気持ちが湧いてくる。

 

 折角心地よく眠っていたハズなのに、いきなり起こしてきやがって、こんにゃろう。

 

 ………………………………。

 

 ………………そもそもこの寝苦しさの正体は一体何なのだろうか。

 

 ぼんやり、と半覚醒した頭で考える。ていうか、何かが顔に押し付けられている感覚がする。寝苦しいって言うか息苦しいの方が近いわ。なんか生暖かいし、さっきから微妙に動いている感覚するし、なんだこれ。

 

 

「スー………………スー………………ムニャ………」

 

 

 ………………………………。

 

 聞こえてきたのは、明らかに自分のものではない呼吸音。

 

 一瞬、体が強張る。

 

 しかし、ある可能性に思い至ってすぐに力が抜ける。

 

 

 あー………………………。椿か柊のどっちかだ、これ。

 

 

 高学年になった今ではめっきり少なくなったが、椿と柊が俺の布団に潜り込んでくるのは割かしよくあることだった。大体二人がケンカした時だったり、俺が友達の家(というか主に真帆)の家に泊まりに行って何日か家に帰ってこなかった時だったり、そういう時に添い寝をせがまれるのは今に始まった話ではなかった。

 

 今回は十中八九、後者のしばらく会えなかったからパターンだ。前にベッドで眠れるのが羨ましいみたいなことも言っていたから、それもあるのかも知んねーけど。

 

 そう思うと恨みがましいという思いから一転、仕方ねーな、という気分になるのは不思議なもので。六年生になったんだし、そろそろ勘弁してほしいとは思うが。まあ、妹に慕われて悪い気はしねーしな。兄貴として、この位は当然の役目ってもんだ、うん。

 

 ………ただ、いくらなんでもこの状態は寝苦しすぎる。体に触れている感触から察するに、恐らく今は俺の頭が胸に抱え込まれているような体勢になっている気がする。これじゃあ眠れるもんも眠れねー。

 

 そう思って俺はモゾモゾと体を動かし、俺の頭を抱え込んでいる腕の中から脱出し、上半身を起き上がらせる。そうすると今まで感じていた生暖かさから解放された。微妙に火照った顔がひんやりとした空気にさらされるのが心地いい。

 

あー………………やっとスッキリしたぜ。

 

 ふう、と息を吐く。そして、さっきまで俺の頭を抱え込んでいた寝苦しさの元凶の顔を眠気でぼんやりとした目で眺める。

 

 そいつは、こっちが思わず呆れてしまうくらいぐっすりと眠っていた。自分は俺の眠りを妨げた癖に。

 

 再びこんにゃろう、という気持ちが湧いてきたが、あまりにも無邪気な寝顔を見ていたら怒る気も失せた。ったく、仕方ねえなあ。

 

 ………………………………。

 

 あれ、つーか、俺の妹ってこんな顔してたっけ………。

 

 なんか、普段見慣れた妹の顔と違って見える気がするんだが。

こんな鼻筋の通った顔立ちではなかった気がするし、肌の色もこんなに白くなかった気がする。それに何より、髪の毛もこんな長くなかった気がするし、銀色じゃなく黒だった気が———。

 

 

「いや気がするで済む問題じゃねえ!! 明らかに椿でも柊でもねえぞ!? 誰だお前!?」

 

 

 驚きで眠気がすべて吹っ飛んだ。慌ててベッドから飛び出し、大声で叫ぶ。自宅に見慣れない不審者が潜り込んでいる、という恐怖感が全身を包んだ。

 

 俺を恐怖のどん底に突き落とした原因のそいつは、俺がベッドから飛び出した衝撃が原因か、はたまた大声が原因かは分からないが目を覚ましたらしい。モゾモゾと身じろぎした後、目を擦りながらゆっくりとした動作で起き上がり、小さくあくびをして、場違いなほど呑気な声を発した。

 

 

 

「タケナカ? どうかしマシタか………?」

 

 

 

 ………………………………。

 

 再び、ベッドの上に寝ぼけまなこでぺたん、と座り込んでいるそいつの顔をまじまじと見つめる。

 

 六年生にしてはやや小柄な体躯。

 新雪のように白く輝く肌。

 一目見て日本人ではない、と分かるほど真っ直ぐ通った鼻筋。

 宝石のようにキラキラと碧く輝く瞳。

 腰まで伸びた長く、流麗な銀色の髪。

 

 

 ………………どっからどう見ても、我が慧心女子バスケ部のエース、ミミ・バルゲリーその人でしかなかった。

 

 

 ………………………。なんだこれ、どういう状況なんだ?

 

 俺が何も言葉を発せずにいると、ミミは眠そうに瞳を擦り、再び小さくあくびをして俺に恨みがましそうな視線を向け、ハア………とため息を一つつくと、

 

「タケナカ、ワタシはトウキョウから帰ったばかりで疲れていて、眠くて仕方がないのデス。用がないなら、早く寝かせて欲しいのデスが………」

 

 そんな風に、まるで聞き分けのない子供に言い聞かせるような口調でお願いをしてきた。その堂々とした態度に、思わずこちらも畏まってしまう。

 

「あ、ああ、そっか。東京から帰ってきたばかりだもんなー………。悪いな、起こしちまって」

 

「ウィ、分かればいいのデス」

 

 そう言ってミミは、ウム、と神妙な表情でうなずくと、再びモゾモゾとベッドに横になって就寝の準備を始めた。

 

 ………………………………。

 

 ………………ハハハ、全く。疲れているやつへの気遣いすらまともに出来ないなんて、俺もヤキが回ったもんだぜー。

 

 

「ってちげーだろ!? まずはなんでお前がここにいるのか説明しろよ! 何俺が間違ってるみたいな空気感だしてんだよ!! そんでもって自分はさっさと寝ようとしてんじゃねえよおいこらミミィィィィィィィィイイイイ!!!!」

 

 

 思わず、ここ最近で一番の大声が出てしまった。深夜だってーのに………。

 

 




夏陽のシャワーシーンは需要無いと思ったので手早くカット(無慈悲)

ミミちゃんマジマイペース。


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■第六話 ほーむ・あうと

つなぎ的な話なので結構短めです
次回でようやく前置き的な話が終わりそう



「家出ぇ!?」

 

「ウィ、そうです」

 

 時刻は、深夜一時を丁度過ぎた頃。

 

 朝型人間の俺の場合、普段ならとっくに寝ている時間である。

そんな時間に自室でなぜかミミと一緒にいる、という時点ですでに異常な状況なのに、ミミの口から出てきたとんでもない言葉を聞いて、俺の脳味噌は処理の限界を迎えようとしていた。

 

 ………あの後ミミをたたき起こし、ベッドを侵略されたことへの仕返しとして頭に軽いチョップを食らわせ何故ここに居るのか問いただした。話によると、東京への出発日の朝に両親と大喧嘩し、家出も兼ねてそのまま集合場所である慧心学園正門へと向かったとのことだった。……………んなアホな。

 

 そんで椿と柊に事情を説明したところ激しく同情され、「うちに泊まっていけばいいじゃん!」と説得されて今に至るとのことだった。まあ、妹達も母さんと喧嘩してよく家出してたし、恐らくシンパシーを感じたのだろう。………あいつら、このこと母さんになんて説明するつもりなんだか。

 

「………まあ、色々ツッコミ所はあるが、状況は分かった。でもうちに泊まってることってお前の親にちゃんと伝わってんのか? 合宿終わっても娘が家に帰ってこなかったら普通心配するだろ」

 

 俺がそう言うと、ミミは心配ないとばかりにサムズアップして、

 

「ウィ、その辺は抜かりないデス。学校に連絡されたり、ケーサツにソーサク願を出されたりしたら困りマスし。………このように、トモダチの家に泊まるから帰らないって言ってやりマシタ。徹底抗戦デス」

 

 そう言ってミミはケータイを取り出し、SNSの親とのトーク履歴を俺に見せつけてきた。

 ………いや、つってもフランス語で書いてあるから分かんねーけど。

 よく内容を見ると、ミミがフランス語で両親に対し何事か長文で言った後、ミミの両親らしき二人が泣き顔のスタンプを連打しているようだった。

 ………ホントにケンカなのか? ミミが一方的にキレ散らかしているようにしか見えねーんだが………。

 

「………まあいいわ。でもとりあえず今日はうちにいるとして、明日以降はどうすんだ? さすがにいつまでも家出したままってわけにはいかねーだろ」

 

 俺がそう言うと、ミミは今までの堂々とした態度から一転、言葉を詰まらせて俯いた。

 数秒間の沈黙後、ようやく口を開くと、

 

「タケナカや、タケナカのお母様、つばひーたちにゴメイワクをお掛けしてしまっているのは分かっていマス。なるべく早く帰るようにしマス。本当にゴメンナサイ」

 

 そう言ってミミは、言葉の通り申し訳なさそうな様子で項垂れた。

 

………………………。あのなあ………。

 俺は右手で手刀を作ると、先ほど食らわせてやったチョップを再びミミの頭にお見舞いしてやった。

 

「イタっ! な、ナニをするのデス、タケナカ! 暴力ハンタイデス………!」

 

 ミミはそう言うと涙目で頭を抑えて俺をにらみつけてきた。

 うるせー。本当なら竹中家伝統の地獄のお仕置き、「こめかみグリグリ」(その威力は妹で実証済み)をお見舞いしてやってもいいんだからな。弱チョップで済ましてやっただけありがたく思えってんだ。

 

「迷惑だと思ってたら椿も柊もそもそもお前のこと泊めたりなんてしないっつーの。どーせお泊り会出来て楽しいくらいにしか思ってねーよ。友達なんだろ? そんぐらい自分で気付け、バカ」

 

 俺は言い聞かせるようにミミにそう言ってやる。

 ミミは頭を抑えて、黙ったまま上目遣いで俺を見つめていた。

俺は言葉を続ける。

 

「後、俺も別にこのくらい迷惑とも何とも思ってねーよ。言ったろ、先輩として、出来る範囲のことはしてやるって。母さんは………まあなんか色々言うかも知んねーけど別に娘の友達を家に泊めるくらいどうも思わねーよ」

 

ったく、普段はとことんマイペースな癖に、自分が本当に困った時だけ他人に遠慮してんじゃねーよ。

 

「とにかく、お前は自分の心配だけしてろよ。他のことなんて考える必要ねー。親御さんとさっさと仲直りする方法だけ考えろ。向こうも心配してくれてるんだろ」

 

 俺がそう締めくくると、ミミはコクン、と小さく頷いた。

 

 ………まあ、納得したんならいい。こめかみグリグリは勘弁しておいてやろう。

 

「………とにかく、もう今日はさっさと寝よーぜ。いい加減疲れただろ。あ、つーか今更だけどお前、なんで椿と柊の部屋じゃなくて俺のベッドで寝てたわけ?」

 

 俺がそう尋ねると、ミミは若干気まずそうに視線を逸らし、

 

「………ウィ、ワタシ、ベッドじゃないと寝られないので。タケナカの部屋にベッドがあると耳にしたので、コッソリつばひーの部屋を抜け出しマシタ」

 

 なんだその理由………。

 

 つーか、いくらベッドで眠れないからっつったって、人が寝てるとこに普通潜り込むかぁ? 

 まあ父さんも母さんも布団派だから家にあるベッドは確かに俺のしかねーけど、だからって自由過ぎるだろ。一日ぐらい布団で妥協しろよ………。

 

「フランスに居た頃はオフトンで眠る、というニホンのブンカにとてもキョウミがあったのデスが、実際に寝てみたら翌日セナカを激しく痛めてしまいマシタ………。今思い出してもゾッとシマス。寝ている間ですらあのような辛いシュギョウに取り組むニホンジン、オソロシヤ………」

 

 そう言ってミミは恐怖の表情を浮かべ、身を縮めて全身をブルブル震わせた。いや別に日本人も修行のために布団で寝てるわけじゃねーけどな。

 まあ、外国人が慣れない布団で寝て背中を痛める、という話はテレビかなんかで見たことある気がするので、納得ではあった。バスケ選手にとって背中痛めるのは致命的だしな。

 

 俺は頭を乱雑に掻きながらため息をつき、

「じゃあお前、ベッド使えよ。俺はベッド買う前に使ってた布団があるから、そっちで寝るわ。それでいいだろ」

 

 そう言って俺は立ち上がり、自室の押し入れへと向かう。押し入れの扉を開き、中から敷布団、掛布団、枕の三点セットを取り出した。合宿の宿泊施設はベッドだったので、布団で寝るのはおよそ一か月ぶりだが、捨てなくて正解だったな。

 そのまま敷布団を床の空いたスペースに敷き、掛布団を広げて枕を置く。これで就寝準備は完了だ。

 

「………? なんだよ」

 

 視線を感じて目を向けると、ミミが無言でこっちを見ていたことに気付く。布団を敷く動作がフランス人的に珍しかったのか? とも思ったが、よく見ると何か思い詰めたような表情をしていることに気付いた。まだ何か心配事があるのか?

 

 俺が無言でいると、ミミは意を決した様子で口を開いた。

 

「タケナカは……さっき、ワタシに余計な遠慮はするなと言ってくれマシタ。困ったことがあったら相談に乗る、とも言ってくれマシタ。………ミンナに心配を掛けてしまうのが嫌で、ずっと言い出せなかったのデスが、一つ聞いてほしい話がありマス」

 

「………なんだよ」

 

 いつになく真剣な表情だった。

………そんな表情もできるんだな、と場違いな茶化し文句が頭に浮かぶ。

 

 何故だかミミの目を直視できない。俺は視線を逸らしたまま、ミミの言葉を待った。

 

 ———脳裏に、直近あったミミにまつわる様々な出来事が浮かぶ。

 

 妙に意味深だった紗季の様子。

 故郷が恋しい、というらしくもない弱音。

 家出をしてしまうほどの両親との大喧嘩。

 そして、目の前のミミの改まった態度。

 

 ………嫌な予感がした。

 

 ミミはゆっくりと深呼吸した後、真っ直ぐに俺を見て、その言葉を口にした。

 

 

 

「ワタシ、パパのオシゴトの都合で、フランスに帰ることになりマシタ。………バスケ部のみんなとは、お別れデス」

 

 

 

———そう言ってミミは、俺に深々とお辞儀をして、

 

 

 

「今までワタシと一緒に遊んでくれて、ありがとうございマシタ」

 

 

 




話切るほどでもないと思ったのですが、次回が長めなのでいったん切りました。
なるはやで次投稿します。


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■第七話 すてい・ほーむ

お待たせしました。

9000字近くあるので過去最長。
割と大事な回なので致し方なし。

若干独自解釈あるので苦手な方がいたら申し訳ないです。


「………そうか」

 

 ミミに別れを告げられて数十秒後。

 

 俺が口にした言葉は、ミミの言った言葉に対し、端的に相槌を打つものだった。

 

 他に何か言わなければ、と思ったが、何も出てこない。

 

「日本には、いつまでいるんだ?」

 

 数秒の沈黙の後、ようやく出てきたのは、単なる事実確認のための質問だった。他にもっと言わなければならないことがある気がするのに。

 

「………ウィ、五月のサイゴの日、三十一日マデは日本に居マス。六月一日の飛行機で、帰る予定デス」

 

「………そうか」

 

 もう後一か月もない、ってことか。

 

「………………」

 

「………………」

 

 さらに数秒間、居心地の悪い沈黙が続いた。その沈黙を最初に破ったのは俺でなくミミだった。

 

「………アンマリ、驚かないんデスね」

 

 そう言って、ミミは眉根を下げて口の端を持ち上げた。

 

「………………。いや………」

 

 驚いていない、わけではなかった。

 

 別にミミがフランスに帰ることを予想出来ていたわけではない。

 単純に、最近起きたことを振り返ってみて、本当になんとなく嫌な想像が一瞬脳裏によぎっていただけに過ぎない。

 

 ミミの言葉に対し、未だ大きなリアクションを示せていないのは、どちらかというと、ミミがフランスに帰るということがどういうことなのか、俺自身の頭で処理しきれていない、という理由の方が大きかった。

 

「あいつらは………」

 

「………………?」

 

「椿と柊……かげつと、あと雅美はこのこと知ってんのか?」

 

 俺がそう尋ねると、ミミは小さく首を横に振った。

 

「………イイエ、まだ、話せてないデス」

 

「………………そうか」

 

 何故まだ話していないのか………については、流石に聞くまでもなかった。

 

 ………………………。

 もしあいつらが………このことを知ったらなんて思うだろうか。

 

 かげつはまあ、普通に悲しむだろうな。そういえば、ミミが転校してきて最初に友達になったのって、あいつだった気がするし。最初はひなたに頼まれてミミに付き合ってただけだったが、最近は一緒に居たいからいるって感じだしな。

 男バスの練習にいきなりミミと二人で乗り込んできたときは何事かと思ったけど、思えばあれがすべての始まりだったんだよな。

 

 妹達や雅美は………すげー怒るだろうな。なんでもっと早く言ってくれなかったんだっつって。なんだかんだ妹達がミミのこと大好きなのはよく知ってるしな。最近は部活以外でもよく一緒にいて遊んでる気がするし。

 

 雅美なんかはシュート以外の技術を磨き始めてからは、ミミのことをプレーヤーとしてある種尊敬しているような節あるしな。意地っ張りで、いっつも紗季と張り合ってばっかだったあいつが、自分から進んでミミにドリブルのコツとか聞いたりするようになったからな。………まあ、ミミが感覚派過ぎるせいで、説明聞いてもイマイチ理解できてなさそうな時の方が多そうだけどな。

 

 ……………………………。

 こうして振り返ってみると、短かったけど、色々あったような気がするな。

 

 そして、俺の中に一つ、疑問が浮かぶ。俺はそれをそのまま口に出すことにした。

 

「お前は………」

 

「………………?」

 

「お前は、どう思ってんだ?」

 

「………………。どう、トハ?」

 

 俺の問いに対し、ミミは小さく小首を傾げた。

 聞き返すまでに、一拍間があった気がする。俺の聞いていることが全くもって分からない、という反応ではないように見えた。

 

「とぼけんなよ。女バスの連中と別れることについて、どう思ってんのかって聞いてんだよ」

 

 俺がそう言うと、ミミは少し怯んだ様子で目線を下げた。

 ………年下の女子に対し、少し詰問口調になっちまったのは、反省だな。

 

「………悪い、ちょっと言い方キツかったな。お前が言いたくねーんだったら、別に無理しなくていい」

 

 俺はそう言って、罪悪感から思わず顔を背けた。

 

「………勿論、サミシイと思ってマス」

 

 ミミは少し沈黙した後、口を開いた。

 

「デモ、フランスに帰ることは別に永遠のお別れになるわけじゃありまセン」

 

 そう言ったミミの口元には、控えめな笑みが浮かんでいた。

 

 ミミは俺の目を真っ直ぐ見て、

 

「デンワもありマス、SNSだって出来マス。離れてても、ずっとトモダチでいることは出来ると思いマス」

 

 そう、ハッキリと言った。

女バスの連中と離れ離れになるのを、受け入れていると。

 

「あ、デモ、そのうちフランスに遊びに来てくれたら嬉しいデス。タケナカと約束しましたし、ちゃんと案内しマス。こう見えても、ニホンジンの観光客をアンナイしたこともあるノデ、ガイドには自信ありマス! パリの主要な観光名所を、解説付きでゴアンナイしてみせマス。ワタシの住んでいた町の景色も見て欲しいデス。………美味しい、フランス料理が食べられるところにも連れていきたいデスね。後それから———」

 

 

 

「———一緒にバスケ、やりたいデスね」

 

 

 

 そう、やや掠れた声で言って、満面の笑みを浮かべた。

 

 ………………でも、この笑顔は、違うということを俺は知っている。

 

 俺に限った話ではなく、ミミと近しい女バスの連中なら絶対に誰でも気づいたはずだ。

 

 

 ———だから俺は、ハッキリと言ってやることにした。

 

 

「やんねーよ、お前とバスケなんて」

 

 俺がそう吐き捨てるように言うと、ミミは驚いた様子で息をのんだ。

 

「なんだって観光に来てまでわざわざバスケなんてしなきゃなんねーんだよ。こちとら普段散々部活でやってるんだっつーの。その疲れを癒すために観光に来てるってのに、なんでわざわざ旅先まで来てバスケしなくちゃなんねーんだよ」

 

 俺はそう言って、両手を広げて嘆息して見せた。

 

 俺のその様子を見て、ミミは驚いた表情を納得したような表情で塗り替え、

 

「ウィ、そうデシタ。ワタシとしたことが、お客様のニーズを正確にハアク出来ていませんデシタ。……ガイド失格デス」

 

 そう言って、やや芝居がかったような調子で、シュンとして見せた。

 

 ………………………………。

 

 ………この先を言うのは、もしかしたらとても卑怯なことなのかもしれない。

 でも、言ってやろうと、そう心に決めた。

 

「あのさ」

 

「………?」

 

「フランスに帰っちまったら、お前もう二度とあいつらとバスケできないぜ?」

 

 俺がそう言うと、ミミの瞳がわずかに揺れた。俺はそれを見逃さなかった。

 

 ———そう、コイツの表情は瞳だ。

 

 普段の生活では比較的表情豊かになったが、バスケ中は今でもミミは基本的にポーカーフェイスで表情を隠して、攻めの初動を隠すことを徹底している。

 

 俺との1on1でもそれは例外ではない。

 

 だから湊のような化け物じみた反射神経を持たない俺にとって、ミミとの1on1対決を制するにはどうしてもミミのポーカーフェイスを看破し、初動を見破る必要があった。

 

 最初のうちは全く分からなかった。攻めが始まる瞬間まで、右から来るのか左から来るのか全く予測できない。認識した瞬間にはすでにディフェンスが間に合わなくなってしまっている。

 

 だが、何度も対戦するうち、瞳に感情が反映されていることに気付くことができた。

 

 動く瞬間に右を見るとか、左を見るとかそんな分かりやすい話ではない。

 

 ただ攻めが来る瞬間に、一瞬だけコイツの瞳に力が宿る。

 

 いつ攻めが来るのかさえ分かれば、出遅れることなく対応することは出来た。

 

 そして、その力が強いか弱いかによってどういう攻めで来るのか、何を考えているのか、次第に判断できるようになっていった。

 

 ———だから今回も、俺はミミの心を読むことができた。

 

「電話やSNSだって出来る。フランスに行けば一緒に遊ぶことだってできる。確かにそうかも知んねー。でも、バスケはもうできないぜ? いいのかよ、それで」

 

 そう言って俺はベッド上に座るミミの肩を掴み、真っ直ぐと目を見つめる。

 

 突然肩を掴まれたからか、ミミは驚きの表情を浮かべていた。

 

 

 

「だってお前があいつらと本当にやりたいのは、バスケなんだろ?」

 

 

 

「———」

 

 

 

「ホントはお前、フランスに帰りたくなんかねーんだろ?」

 

 

 

 ………そもそも、今までの話を総合して考えると、ミミがいかにもフランスに帰るのを受け入れている、というような態度でいることは違和感しかなかった。

 先ほどミミの言っていた、両親とのケンカの原因というのは恐らくフランスへの帰国絡みが原因なのだろう。ミミが本当にフランスに帰ることを受け入れているのなら、両親とのケンカは発生しようがない。

 

 俺の言葉を受けて、今度こそミミの瞳が決定的に揺れ動いたのが見てわかった。

 ミミ自身もそれを自覚したのか、慌てて俺から目を逸らし、しばらく視線を空中で漂わせた後下に向け、そのまま顔を俯かせた。

 

 ———その動きは、表情を読ませまいとするプレーヤーとして本能がそうさせたように見えて。

 やはりこいつは骨の髄までバスケ選手なんだな、ということを改めて実感させられた。

 

 再び、沈黙が訪れる。でも、これはミミの気持ちを整理させるために用意した意図的な沈黙だ。かけるべき言葉が見つからなかったがために生まれてしまった今までの沈黙とは違う。

 

ミミはしばらくの間、俯いたまま反応を示さなかったが、数分が経過した後、ようやく小さくコクンと頷いた。

 

………ようやく、気持ちの整理がついたみたいだな。

 

「………………たく、……いデス………」

 

 か細い声で、ミミは言葉を発する。

 

「………………帰りたく、ないデスよ………?」

 

 先ほどより少し大きい声で、ミミは先ほど同じセリフを口にした。

 

 そして、ミミは顔を上げた。

 今まで俯いていて見えなかった表情が露わになる。

 

 その瞳には、大粒の涙が溜まっていた。

 

「当り前じゃないデスか。………だって、ワタシにとってカゲツは、つばひーは、ましゃみは、バスケを通じて手に入れた初めての友達だったんデスから」

 

 ………初めて、か。

 

 真帆たちとの試合でミミのバスケを始めてみた時、俺は一つ疑問に思っていたことがあった。

 

 ミミは、フランスでクラブチームに所属していた。俺しか練習相手のいなかった妹達や、ひなたしか練習相手のいなかったかげつ、そもそもシュート練習しかしてこなかった雅美と違い、チームでやるバスケというものに慣れている。

 

 にもかかわらず、何故かミミ自身もチームメイトとの連携がまるで取れていない。

 

 ………いや、それどころか、そもそも味方に自分からパスを出す、という選択肢が初めから抜け落ちていたように見えていた。

 

 もちろん、単純なパスのスキルなどは問題なく身に着けていた。そのため、臨時コーチとして参加した長谷川の親父さんにご褒美のアイスで動機を与えられた際は味方へのパスを行うようになってはいたが、個人技のレベルの高さに対し、パスワークの技術は正直言って拙い、という印象を受けた。

 

 初めは湊への対抗心が原因かと思っていたのだが、その後葵おねーさんたちと一緒に練習をしているときも同じ印象を受けたのだ。

 

 ———そこから、ミミがクラブチーム居た頃、どういうバスケをしていたのか、俺は想像できてしまっていた。

 

「フランスに居た頃は、ワタシは同年代の子に1on1で負けたことは一度もありませんデシタ」

 

 ミミは言葉を続ける。

 

「でも、ワタシのバスケには、ワタシしかいなかったんデス」

 

 ミミは両の瞳から涙を流したまま、口元に穏やかな笑みを浮かべた。

 

「試合中、ボールを持って相手と向き合うとつい熱くなって周りが見えなくなってしまう癖がワタシにはありマシタ。味方からパスを求められても、強引に自分で何とかしようとしてばかりいマシタ。結果、個人技は上達しマシタ。しかし、気が付くと、ワタシにパスを出してくれるチームメイトは周りに誰も居なくなってしまっていマシタ。………アタリマエデスよね。ワタシは、チームメイトたちから信頼を勝ち取ることができなかったんデス」」

 

 そう言って、ミミは自嘲気味に笑った。

 

「そんなワタシに、ミンナは初めて気づかせてくれたんデス。………チームでやるバスケが、こんなにも楽しいんだってコトに」

 

「………………そうか」

 

 俺は、静かに相槌を打ち、ミミの肩から手をどけ、布団の上に腰を下ろした。今更ながら、今まで立ちっぱなしでミミの話を聞いていたことに気付いた。

 

 自身の嫌な過去について、ここまで洗いざらい話すのはとても勇気が必要なことだったろうに、ミミはそれをしてくれた。

 

 俺の二人の妹たちのことを、女バスの連中を、大切な友達だと言ってくれた。

 

 帰りたくないという、正直な気持ちを俺にぶつけてくれた。

 

 

———だったら、俺は俺のできる範囲で、コイツにしてやれることをしてやるだけだ。

 

 

「………帰りたく、ねーんだよな」

 

「ハイ、………デモ、仕方がないことだと思ってマス」

 

「住むとこ、ねーもんな」

 

「………………ハイ、今の家は、パパのショクバがヨウイしてくれたものなので」

 

 ………………………………………。

 

 

 

「………………ホームステイ、とか」

 

 

 

「え?」

 

 ミミは、何を言われたのか分からない、という風に首を傾げた。………もしかしたら単に、俺の声が小さすぎて聞き取れなかっただけなのかもしんねーけど。

 

「ホームステイだよ。海外から来た留学生が日本に下宿するやつ。………よくあるだろ」

 

「ホームステイ………ワタシが、デスか?」

 

 ミミは怪訝な表情を浮かべていた。あまりピンと来ていない様だった。

 

「ああ。………住むとこがねーってんなら、誰かに頼るしかねーだろ」

 

「で、デモ、ワタシにホームステイ先のアテなんてないデスよ……?」

 

 ………まあ、そう来るよな。

 

 俺はミミから顔を背けて頭を掻いた。

 

ここから先を言うのは、なんつーか若干恥ずい。

 

 けど、ここまで来たら言うしかない。

俺は深呼吸した後、目を逸らしたまま、言葉を続ける。

 

 

 

 

「お、俺ん家……………とか」

 

 

 

 

「………………え?」

 

 ミミは、信じられないものを見るような目で俺を見た。

 

「お、俺ん家なら割と広いし、お前が暮らせるくらいのスペースならあるし。ベッドはお前が嫌じゃねーなら俺の使えばいいし、俺は父さんの部屋借りればいいし」

 

 俺はミミの目を直視できないまま、話を進める。……クソ、なんか色々まくし立てるみたいな言い方になっちまった。

 

「あ、迷惑かけちまうとかそういうのは別に気にすんな。さっきも言ったけど、少なくとも椿や柊は喜ぶだろうしな。母さんはまあ、何とかして説得するわ。………でもまあ、困ってる娘の友達見捨てたりするような人じゃねーから、心配すんな」

 

 ………まあ強いて言うならそこが唯一にして最大の懸念材料だな。ちなみに、父さんは母さんの尻に敷かれており、母さんがOKといえば反対しない人なので、ハナから心配していない。

 

 ミミは何も言葉を発せず押し黙ったままだ。俺が顔を背けたままなので、どういう表情してるかは見えねーけど。

 

「後まあ………俺にも、朝練の相手が増えるっていうメリットがある。いつも妹二人と朝練してんだけど、三人だとなかなか出来ること限られるしな。お前が参加してくれると、実は結構助かる」

 

「つばひーと、タケナカと、マイニチ朝一緒にバスケ」

 

 ようやく、ミミが言葉を発した。少しホッとする。リアクションないのは、結構気まずいからな。

 俺は言葉を続ける。

 

「あ、ああ、まああくまでお前が嫌じゃなかったらだけど、よかったら一緒に———」

 

 

 ———瞬間、体に衝撃を受けて言葉が途切れ、俺の体が仰向けにひっくり返る。

 

 

 何事だ!? と思い慌てて体を起こそうとするも、何かが体にのしかかっていて起き上がれないことに気付く。

 何とかして頭だけ起き上がらせると、目の前にミミの銀色の頭頂部が見えた。

 

 ………どうやら、すぐ横の布団の上に座り込んでいた俺に向かって、ベッドの上からミミが飛びついてきたようだった。丁度仰向けになった俺の体の上に、うつぶせになったミミが倒れ、額を俺の胸に押し付けるような体勢になっている。

 

 危ねえだろーが! と叱りつけてやろうかとも思ったが、ミミの体が震えていたことに直前で気付いたので、やめておく。

 

 俺は起こしかけていた頭を下ろすと、力を抜いて、そのまま天井を仰いだ。

 

 ………ずっと、一人で悩んでたんだろーな。

 

 しばしの沈黙。その間、少しでも早くミミが落ち着けるよう、俺は右手で背中をさすってやった。

 椿と柊が泣きついてきたとき、よくこうやって慰めてやってたっけな。

 

 ミミはようやく落ち着いたのか、顔を俺の胸に押し付けたままようやく言葉を発する。

 

「………ワタシ、テイケツアツなので、朝アンマリ強くないデス。

 

 くぐもった声でミミが言う。

 

「………そうかよ」

 

「………………ウィ、なので、毎朝ちゃんとワタシのこと、起こして欲しいデス」

 

「………おう、今も毎日椿と柊起こしてっから、そのついでに起こしてやるよ」

 

「フフ……」

 

 俺がそう言うとミミは、俺の胸に顔をうずめたまま小さく笑い、俺の背中に回した腕の締め付けをやや強めた。………何がそんなに可笑しいんだか。

 

 とりあえず、竹中家でホームステイをする、という案についてミミ本人に賛同してもらえたようだった。

 

 いくら俺が良いっつても、本人が了承しないんじゃ話にならねーからな。若干恥ずかしい思いをした甲斐はあったわけだ。

 

 俺は安堵のため息を漏らした。

 

「………ワタシ、ニホンに居ていいんデスよね」

 

「ああ………うちの母さんとか、お前の親とかが説得できればだけどな。まあ、その辺は何とか頑張ってみるわ」

 

 母さんはともかく、ミミの両親の説得についてはミミに頑張ってもらうしかなさそうだけどな。ま、精一杯やるだけやってみるさ。

 

「タケナカは………」

 

「ん?」

 

 

 

「タケナカは………なんでワタシにそこまでしてくれるんデスか?」

 

 

 

 そう言ってミミは俺の背中に回していた腕を解き、仰向けに倒れていた体を起こし、俺の体の上から退いた。

 

 のしかかっていたものがなくなり自由になったので、俺も体を起こし、顔を上げる。

 

「………………!?」

 

「………………」

 

 

 至近距離に、ミミの顔があった。

 

 

 上半身だけ起き上がった俺に対し、ミミが身を乗り出し、下から俺の顔をズイ、と見上げるような体勢になっている。

 

 お互いの吐息が、お互いの顔に掛かるほど近い距離だ。

 

 俺はミミの顔をまじまじと眺める。

 

 ——前から思ってたけど、ちょっと驚くくらいキレ―な顔してるよな、コイツ。

 

 そんな緊張感のない感想が頭に浮かぶ。

 

 ミミは、泣き腫らしたような真っ赤な目をしていた。

そして、やや上気したような火照った顔で、俺の顔を真っ直ぐ見ていた。

 

 その表情は、何かを期待しているような、覚悟を決めたような、でもそれでいてわずかに不安そうな、そんな複雑な感情が入り乱れているように見えた。

 

 なんだ? 質問の意図がよく分かんねーんだが………。

 

「なんでそこまでするか?」なあ………。改めて聞かれるとパッと出てこねーな。椿と柊のため? いや、正直これもなんかしっくりこねーんだよな。うーむ………。

 

「そうだな、まあ強いていうなら………」

 

「し、強いて言うナラ…………?」

 

 ミミが、やや緊張したような声を発する。

 

 俺はミミの期待に応えるため、自分なりに出した答えを口にした。

 

 

 

「女バスコーチとしての責務、かな」

 

 

 

「………………………………………………………………………………………………………………………………。セキム?」

 

 ミミは何を言われたのか分からない、といような素っ頓狂な声を挙げた。

 

「おう。やっぱ女バスが全国目指すには、お前の戦力はなんだかんだ必要不可欠だしな。重要な戦力を逃がさないため、コーチが一肌脱ぐのは当然ってもんだ」

 

 そう言って俺はうんうん、と力強く二回頷いて見せた。

 

 ふふふ、どうだこの責任感の強さ。

 

 中坊の成り行きコーチと甘く見て貰っちゃ困る。慧心女バスの全国制覇のため、俺も色々考えてるんだぜ? 

 

 この頼れる先輩感にはさすがのミミも敬服せざるを得ないだろう。なんだったら、湊と同じように「ししょー」と呼んでくれてもいいんだぜ? 俺だって何回も1on1でミミに勝ってるのに、いまだに微塵も尊敬されていない、というのは前から納得いかなかったからな。

 

 そんな風に、後輩の尊敬のまなざしを期待して改めてミミの顔を見下ろすと、泣き腫らした目をジトっと細め、頬を少し膨らませて、全身から不満オーラを漂わせているミミの様子が視界に入った。

 

 なんだ………? なんか期待していた反応と全然ちげーんだが………。

 

 ミミは唇を尖らせ、ぷいっと俺から顔を背けると、

 

 

 

「……………………タケナカの、バカ」

 

 

 

「は……はああああああああ!? おまっ……せっかく一肌脱いでやった先輩に対してなんつー口の利き方を!」

 

「オダマリナサイ。………少しでもタケナカに期待したワタシが馬鹿デシタ。今日はもう寝マス。………さっきも言ったように、遠征で疲れているので、今日はもうワタシに話かけんな、デス」

 

 そう言ってミミは立ち上がり、ベッドの上に横になるとさっさと俺に背を向けて就寝の準備を始めた。

 

 

 

 ……………………………………………………………。

 

 

 

 な、なんでだ!? 俺が間違ってるってのか?  

 なんかただでさえ雀の涙だったミミの尊敬値がゼロを突破して寧ろマイナスに大きく振れたような気がする。コーチとして俺は何も間違ったことはしていないはずなのに、理不尽だろ!

 

 そんな感じでモヤモヤを抱えつつも、今まで忘れていた疲労が急に襲い掛かってきたので俺も寝ることにする。なんだかんだ一時間近く会話してたからな………。

 

 俺は電気を消し、布団に横になる。

 

 ………………なんか、マジで色々ありすぎて本当に疲れたわ………。合宿場に居たのがもう遠い昔のことのように思えてくる。

 

 俺はそう思い、眠気に身を任せることにした。

 

 …………………………。

 

 ただ、まあ………。

 

 自分のためなぜそこまでするか、というミミ問いに対して、の答え。

 

 

 

「女バスコーチとしての責務だから」という言葉は、何故か自分の中でもしっくり来ていなかった、ように思った。

 

 

 




なんか若干夏陽が残念な感じですが、まだ中一なのでそういう意識ないのはしゃーなし
まあ、異性に対するそう言うあれこれは女子の方が早いって言いますよね

ようやく前置きが終わりました
シリアス話は苦手意識あるので毎回難産です。

そう言えばツイッター始めました。
創作に関するどうでもいい小話なんかを呟こうかなと思ってます
ID:@Redeye_Luvit


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■第八話 ゴアイサツ

ギャグパート
シリアス書いた後だと楽しい

今日もミミちゃんは絶好調


「で、この子はいったい誰なのよ、夏陽」

 

 ジロリ、と。

 母さんは自室の床の上で正座で縮こまる俺に向け、威圧的な視線を投げかけた。

 

 現在時刻は午前十時過ぎ。

 

 つい三十分くらい前に起床した俺は、寝ていたミミをたたき起こし、ホームステイに向けた今後の計画について軽く作戦会議をした。

 

『お前って何度かうちに来てたことあったよな? 母さんには会ったことあるのか?』

 

『ノン、お会いしたことないデス。つばひーはオカアサマが居る日は絶対にワタシたちを家に招いてくれないノデ』

 

『つまり、お前と母さんはこれが完全に初対面ってことでいいんだな?』

 

『ウィ、そうです』

 

『なるほどな……。母さんは細かいとこ融通利かねーからな。単なる友達ってだけじゃお前のホームステイを認めてくれないかもしれねえ』

 

『……ナルホド』

 

『とにかく悪い印象は与えたくねーから礼儀正しくしててくれ。礼儀正しい子なんだなってのが伝わればワンチャンあるからな』

 

『ウィ、分かりマシタ』

 

 それだけ言うと、ミミのホームステイを認めてもらうため、俺はすでに起きて家事を始めていた母さんを自室に呼び出し、ミミを紹介した。

 

 そして現在に至る———というわけなのだが、タイミングが悪かったのか、昨日仕事で遅くまで働いていたストレスが原因かは分かんねーけど心なしか母さんの機嫌があまり良くない様に感じた。

 

 クソ、運の悪い………。

 

 母さんはミミを横目でチラチラと見つつ、

 

「日本人………じゃないわよね? 凄く綺麗な髪………。……じゃなくて、お友達? なんでこんな朝早くから夏陽の部屋にいるわけ? お友達とはいえ、勝手に家に上げるのは感心しないわね」

 

 スッ………と、母さんの声のトーンが一段階下がったのが分かった。マズイ、下手なこというと雷が落ちかねねえ………てかそもそもミミを勝手に家に上げたのは俺じゃねえんだが!

 

 

 ———俺の母、竹中秋乃は真面目を絵にかいたような人間だ。

 

 

 出勤の頻度こそ減らしてもらったとは言え結婚し、子供ができた今でも仕事を続けており、一方で子育てもバッチリこなすという完璧ぶりである。

 

 そんなこんなで竹中家では母さんの発言力が一番強い。………いやむしろ父さんが弱すぎるといった方が適切だな。

 

 とにかく、一筋縄でいく相手ではないのだ。下手なごまかしは命取り。いつ竹中家名物お仕置き「こめかみグリグリ」(本家バージョン)が飛んでくるかわからない。

 

(さてどうする? 第一印象は大事だ。普通に妹の友達って紹介してもいいんだが、単なる友達を無条件で長期間家に滞在させるほど俺の母さんは甘くねえ。普段あれだけ金の無駄遣いにうるさい母さんのことだ。俺ら兄妹が小遣いアップを求めてデモを起こした時に食らって一撃で轟沈した必殺「お金を稼ぐってのはね、とっても大変なことなのよ?」から始まる説教を再びくらわされちまうかもしれねえ………。クソ、一体どうしたら———)

 

(タケナカ、タケナカ)

 

 俺が高速で考えを巡らせていると、右隣にちょこんと正座するミミがクイックイッと俺の袖を引きながら耳元に小声で話しかけてきた。

なんだ? 今お前にかまっているヒマは———

 

(タケナカ、オカアサマへのご挨拶、是非ともワタシに任せていただけないデショウカ。)

 

 

 ………………………ええー。………お前にぃ?

 

 

 俺の訝しげな視線を意に介さず、ミミは話を続ける。

 

(ホームステイ大作戦を成功にミチビクため、ここでのダイイチインショウはシッパイできないと心得マス)

 

 そう言ってミミは目をキラキラと輝かせた。

大作戦とか言っちゃってるし、どうやらこの状況を楽しんでいるらしい。気楽なもんだぜ。お前は母さんのお仕置きを食らったことがねーからそんなこと言えるんだ………。

 

 とはいえ、俺の方でこの状況を打破する妙案は何思いつかなかったのも事実。なら策のありそうなミミに任せてみるのもありかもしれねえ

そう思って俺はミミの申し出を受けることにした。

 

(お、おう……分かってんじゃねーか。言っとくけど俺の母さんは一筋縄じゃ行かねーからな。くれぐれも慎重に行けよ)

 

(ウィ、心得てマス)

 

 ミミは気合の入った表情で力強くコクンと頷いた。ふ、不安しかねえ………。

 

 ミミは正面に向き直ると、コホンと軽く咳払いをした。咳払いの音を聞いて、今まで俺の方に圧を向けていた母さんの視線がミミの方へと向く。

 

 ミミは真っ直ぐと母さんの目を見て、

 

「アンシャンテ、タケナカのオカアサマ。ミミ・バルゲリーと申しマス。フランスから来マシタ」

 

 そう言ってミミは正座のまま背筋を正し、膝の前に両手をついて深々と頭を下げた。

 ………一連の所作に寸分の無駄もない、日本人顔負けの綺麗な土下座だった。

 

 母さんは一瞬驚いたような表情を浮かべた後、

 

「あら……これはどうもご丁寧に。………礼儀正しい子ね」

 

 母さんはミミの挨拶を受けて軽く会釈した。心なしか先ほどより表情が和らいだ気がする。外国人の少女が日本式の礼儀作法を覚えて完璧にこなしている、というのが母さん的に高評価だったのだろうか。

 ………いやまあ現代日本で土下座とかフツーしねーけど、それは置いといて。

 

 いいぞ、やるじゃねえかミミ! あの母さん相手に初手から好印象を抱かせるなんて大したもんだ!

 

 俺が内心で手応えを感じていると、母さんが言葉を続けた。

 

「慧心の子かしら、夏陽のお友達? ………あんた、真帆ちゃんといい紗季ちゃんといい女の子しか家に連れてこないわね……。中学でちゃんと男の子の友達は作れているの?」

 

「ハハハ………」

 

 余計なお世話だ、と突っ込んでやろうと思ったが、下手に今母さんにたてつくとマズイので、俺は適当に笑ってごまかした。

 

「ウィ、慧心の六年生デス。タケナカにはいつもバスケを教えてもらってマス」

 

「あらそうなの……。六年生? ってことは年下なのね。夏陽はちゃんと優しく教えてくれてる?」

 

「ハイ。いつもトテモ分かりやすく教えてくれマス」

 よく言うぜ。お前俺に教えて貰ってるなんて微塵も思ってねーだろ。

 

 思わず横から口をはさんでやりたくなったが、母さんの機嫌が良さそうなので、静観することにする。

 

 母さんはミミの返答を受けて穏やかに微笑むと、

 

「そう、よかったわ。これからも夏陽のお友達として、仲良くしてあげてね」

 

「ウィ、こちらこそ、よろしくお願いしマス」

 

 そう言って二人はお辞儀を交し合った。

 

 お、おお………雰囲気いい感じなんじゃねーか!? いつもマイペースな振る舞いばっかしてるやつだと思ってたから心配だったが、初対面の大人相手には礼儀正しくできるのな………。

 

 俺が内心で少し見直していると、ミミが突然何かに気付いたような表情を浮かべ、

 

「あ、でも、トモダチというよりは、ワタシは、タケナカの、その————」

 

 ミミはそこで一旦言葉を切った。

 

 なんだ? 何を言うつもりなんだ?

 

 俺がそう思っていると、ミミは母さんから目を逸らし、口元に指をあてて頬を染め、モジモジと身をくねらせ、さも「恥じらっています」と言わんばかりの表情を浮かべると———。

 

 

 

「が、ガールフレンド………………デス」

 

 

 

 ………………………………………………………………………………。はい?

 

 

「まあ………!」

 

 母さんは驚いたような表情を浮かべた。………なぜかその声色は喜びがにじみ出ていた。

 

「タケナカとは………ホンノ二か月前にお付き合いを初めさせていただいたばかりデスが、お互いに愛し合っていマス」

 

 そう言ってミミは幸せそうな笑みを浮かべ、俺の右腕に抱きついてきた。お、おい………。

 

 母さんはそれを見て目を丸くする。

 

「お、おい、さっきからお前何——。痛っ……!?」

 

 俺が割って入ろうとした瞬間、右ふくらはぎに鋭い痛みが走った。

 

 なんだ!? と思って下を見ると、ミミが俺のふくらはぎを左手でつねっているのが見えた。

 

 ………余計な邪魔はするな、というサインが言外から感じ取れた。

 

 こ、コイツ……このまま押し通る気か……?

 

 つーかなんなんださっきから、全然展開が読めねーぞ!?

 

 そんな風に俺が困惑しているうちに、ミミは話を続けた。

 

「ゴアイサツが遅れて申し訳ないデス。フツツカものですが、ワタシたちのこと、認めていただけると嬉しいデス」

 

 そう言ってミミは、母さんに向かって再び深々とお辞儀をした。

 

 先ほどから母さんは押し黙ったまま何も言わない。

 

 ………ま、そうだよな、そんな小手先の嘘で俺の母さんがだまされるわけ——

 

 

 

「もちろんよ、こっちからお願いしたいくらいだわ!! ……ああ、こんなに綺麗で可愛い子が息子のガールフレンドなんて………夢みたいだわ!!」

 

 

 

 ………………………………………………。

 

 

 

 母さん、ガッツリ騙されてました。………………ええー……。

 

 

 

 そういえば母さん、こう見えて可愛いものに目がないんだったわ………。椿と柊のこともなんだかんだ可愛がってるし。恐らくミミのフランス人形のようなビジュアルが母さん的にドストライクだったのだろう。先ほどまでの固い印象は何処へやら、両手を頬にあて、恍惚とした表情を浮かべている。

 

「メルシー。そう言っていただけてウレシイデス。………後、今日伺った理由なのデスが、実はタケナカにお別れを言いに来たのデス」

 

 そう言うとミミは今までの幸せそうな表情から一転、目を伏せて表情を暗くした。

 

 ミミの言葉を聞いて、母さんは動揺した様子で、

 

「お、お別れって、ど、どういうことなの!?」

 

「ウィ、実はこの度、パパのオシゴトの都合で、フランスに帰ることになりマシタ」

 

 そう言って、ミミは目を潤ませ、今にも泣きだしそうな表情を浮かべてみせた。

 

 ………………つーかこいつ、さっきからなんでそんなに演技上手いんだよ。

 

「ワタシはタケナカとハナレバナレになりたくありマセン。………いてもたってもいられず、タケナカに会うため、突然のことでブシツケとは思ったのデスガ、お邪魔させていただきマシタ。………申し訳ないデス」

 

 ミミの言葉を受けて、母さんは気の毒そうな表情を浮かべ、

 

「そうなの………グスッ……そういう事情なら仕方ないわね。全然気にしなくていいのよ……?」

 

 そんな風に、母さんは鼻を啜り、目元を拭いながら気遣わし気に言った。………いや、感情移入し過ぎだろ。

 

「でも、タケナカが私に言ってくれたんデス。住むところがないなら、うちにホームステイすればいいだろ! って」

 

 そう言ってミミは嬉しそうに頬を染めた。

 

 母さんはそれを見て「まあ!」と感激したような声を発して、

 

「そうなのね、夏陽!?」

 

 ハイテンションで俺の方にクルッと向き直った。

 

 ………………………………………。

 

 いや、そこは別に嘘じゃねーけど。なんか素直に頷けねーんだが!

 

「ウィ、タケナカも、『お前と離れ離れになる位なら死んだ方がマシだ』と言ってくれマシタ」

 

 言ってねえ。

 母さんは激しく頷き、

 

「男らしいわね、夏陽。母さん嬉しいわ! ………分かったわ、息子の恋路のため、ミミちゃんのホームステイを認めます。よろしくね、ミミちゃん!」

 

 ミミはパッと表情を明るくし、

 

「メルシー、アリガトウゴザイマス! ワタシ、オカアサマに気に入っていただけるよう、ガンバリマス!」

 

 そう言ってミミと母さんは互いに右手を差し出すと、ガシッと固い握手を交わした。

 

 

 いや、ちょろっ! 母さん、ちょろっ! 

 

 

 普段あんだけ俺ら兄妹が何をしようと突き崩せないくらい難攻不落なのに、嘘みたいにあっさり陥落しやがった。これじゃ俺らが馬鹿みてーじゃねーか!

 

 母さんが目元の涙を拭いながら満足気な表情を浮かべている一方、横目でミミがパチン、パチン! とこっそりウインクしてきた。

 

 まるでミッションコンプリートデス! と言わんばかりに得意げだ。

 

 ………………………………………。

 

 

 いやまあ確かに達成したけど! 正直とんでもねーことしてくれたなって気分でしかねーんだが!

 

 

 




半オリキャラ竹中母登場。
夏陽が夏、椿が春、柊が冬なので秋かなみたいな適当ネーミング。



継続して読んでくださっている方が結構いる気がするのが嬉しいです。
ありがとうございます。

数字気にするのは良くない、とも思いつつ、もっとたくさんの人に読んでいただくにはどうすればよいのか思い悩む日々。日々精進ですね。


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■第九話 ガールフレンドカッコカリ

第九話投稿しました。

だんだん執筆に慣れてきた気がします。
第一話の頃はもっとおっかなびっくりやっていた気がするのに。

ただ第三者的な視点がないので、うまく伝わっていない部分とか表現が足りない部分がある気がするのが悩みです。


「まあ、なんやかんやで母さんが認めてくれてよかったな……」

 

「ウィ、ホームステイ作戦、大成功デス」

 

 そう言ってミミは満足げな表情で頷いた。

 

 あの後、ミミがホームステイについての諸々を説明するべく親に電話で連絡を取ったところ、今日一度母さんに直接会ってご挨拶をさせて欲しい、とのことだった。

 

 まあ今日でゴールデンウィークも最後なので、明日から学校や仕事など始まることを考えると実質今日しか直接話すタイミングがない。それに加えて、大事なことなのでなるべく早い方が良いだろう、ということで午後ぐらいにミミの両親が竹中家へ訪問する運びとなった。

 

 母さんはミミの電話を借りてミミの両親と会話した後、「お客様を迎える準備をしなきゃ!」と張り切った表情で俺の部屋を慌てて出て行った。そのため部屋には俺とミミの二人だけが取り残されている。

 

 ……まあ、さっきの件についてコイツとは一度話す必要あったし、母さんが出てってくれたのは好都合だな。

 

 俺は頭を掻きながらため息をついて、

 

「……なあ、いくら母さんを説得するためとはいえ、あんなウソまでつく必要あったのか?」

 

「ム、なんのコトデショウカ」

 

 ………コイツ、すっとぼけやがって。

 

「だから、俺とお前がその……こ、恋人だなんてウソ、つく必要あったのかって聞いてんだよ」

 

 そう言って俺はミミから顔を背けた。クソ、正直、恋人、とか口に出すのもこっ恥ずかしいんだが……。

 

 動揺しまくりの俺と対照的にミミはケロッとした表情で、

 

「ム、タケナカが言ったのではないデスか。ただのトモダチを家に泊めるほどオカアサマは甘くナイと。なのでただのトモダチではないとセンゲンしたまでデス」

 

 う………それは確かにそうだけどよ。

 

「で、でも、つまりホームステイしている間ずっと恋人のフリし続けなきゃなんねーってことだろ? ………お、お前は嫌じゃねーのかよ……」

 

 そうだ。このウソは一時のごまかしでは通用しない。後々まで影響を及ぼすウソだ。

 

 ミミがホームステイを認められたのは、あくまで俺のガールフレンドであることが理由だ。実際は違うとばれてしまったら最後、ミミのホームステイは許されなくなってしまう恐れがある。

 

 それに、母さんはウソが大嫌いだ。

 

 そのことを俺は骨身に染みて知っていた。

ウソをついて算数のテストの答案用紙を隠したが最終的にバレ、酷い目にあった回数は一度や二度ではない。

 

 ミミはあくまで他所の子なのでいくら母さんといえどお仕置きはしないだろうが、ホームステイについては認められなくなってしまう可能性が高い。

 

 故にホームステイをしている間は母さんの目を誤魔化すため、恋人のフリをする必要がある。

 

 その上口裏を合わせるため、椿と柊、下手したら女バスの連中にも事情を説明して協力して貰うなりする必要がある。

 やべぇ……そう考えると今から大分気が重いぞ……。

 

 ミミは俺の問いを受けて、黙ったまま俺の顔をじっと眺めていた。

 

 ………と思ったら急に拗ねたようにプイっとそっぽを向いて、

 

「別に、イヤじゃないデス。………………タケナカのバカ」

 

「おい、小声で言っても聞こえてんぞ。つーか昨日から俺に対するそのバカ扱いはなんなんだよ」

 

「バカだからバカって言ったまでデス。それ以上デモ以下でもないデス」

 

 ミミは半目できっぱりと言い放つ。こ、コイツ……先輩をなんだと思ってんだ。

 

「トニカク、オカアサマに認めてイタダクためには仕方がないことだと思っているノデ別にワタシはイヤじゃないデス。………あくまでホームステイのためデス。不可抗力デス。別にホンニンが何言ってもダメそうだからソトボリから埋めてやろうとかは思ってないのデス。ショウを射んと欲すれば先ずウマを、的な意図は無いのデス」

 

「後半何言ってるか分かんねーんだが………」

 

「ウィ。伝わると思って話してないデス」

 

 ミミは悟ったような表情でコクンと頷いた。なんなんだよ。

 

 ………まあ、イヤじゃねーってことは分かったから別にいいんだけどさ。

 

「とりあえず、午後からお前の両親来るんだろ? となると、こっちはこっちで先にやれることやっといた方が良いだろーな。………………すげー手こずりそうだけど」

 

「やれるコト、デスカ?」

 

 ミミはよくわからない、という風に首を傾げた。

 

「決まってんだろ?」

 

俺はこれからせねばならないことの難易度の高さに思わずため息をついて、

 

「椿と柊の説得だよ」

 

 

 

***

 

 

 

「「意味わかんない!」」

 

 

 ………………まあ、おおむね予想通りの反応だな。

 

 

 俺とミミは既に起床していた椿と柊の部屋に入り、ざっくりとこれまでの事情について説明した。

 

 ミミが父親の仕事の都合でフランスへ帰らなければならなくなったこと。

 ミミ自身はこのまま日本に居たいと思っているということ。

 俺がミミに対し、竹中家へのホームステイを提案し、ミミがそれを受領したこと。

 母さんへの説得のため、俺とミミが恋人のフリをすることになったこと。

 

 うちの妹は二人とも黙って人の話を聞くということができない質であるため、説明には非常に時間を有したが、三十分くらいかけてようやくすべて説明を終えることができた。

 

 ………………が、正直ここからが本番だった。

 単純に説明するだけで済むなら楽なんだが、納得させるとなると非常に骨が折れる。

 

 何年も妹二人の面倒を見続けてきた俺にはわかる。特に今回は厳しそうだ。

 

「ミミがホームステイするってのは別にいいよ。フランスに帰るのを黙ってたってのも、百歩譲って許す。………………ホントだったらもっと怒ってるけど。でも、今はそれより」

 

 椿、柊は二人そろってミミを指さし、

 

 

「「なんでミミがホームステイするのに、にーたんがミミのカレシになる必要があるんだよ!」」

 

 

 そう、口を揃えて言い放った。

 

 二人の抗議を受けてもなお、ミミはシレっとした表情で、

 

「ウィ、それは先ほども説明したトオリ、ホームステイについてオカアサマにナットクいただくため、必要だと判断したからデス」

 

「意味わかんない!」

 

「そーだよ、フツーにボクたちの友達で離れ離れになりたくないからって説明すればよかったじゃん! それがなんでにーたんのカノジョだって話になるんだよ!」

 

 すげーな、一ミリも反論できねえ。

 俺が妹二人の正論ぶりに思わず感心している一方でミミは眉を顰め、

 

「ムゥ………しかし、オカアサマはすでにワタシとタケナカのカンケイを認めてくださっていマス。息子のことをオネガイしたい、とも言って下さいマシタ」

 

「そんな!」

 

「ウソだよねにーたん!」

 

 ミミの言葉を受けて妹二人がガバッ! っと俺の方に向き直った。いけね、感心してる場合じゃなかったわ。

 

「いや、それ自体はウソじゃねーけど、そもそも——」

 

「ウソじゃないだって! ど、どうしようつばっ」

 

「き、緊急事態だよっ、ひー!」

 

 そう言って椿と柊はあわわ、と動揺した様子で互いに向かい合った。お、おい………。

 

「ウィ、そういうわけナノデ、今後二人にとってワタシはギリの姉になるわけデス。なのでオネエサマと呼んでいただきマス。ネンコウジョレツ、デス」

 

 ミミは偉そうに言ってビシッ! と二人を指さした。

 

 椿と柊は、ガーン! という擬音が聞こえてきそうなぐらいショックを受けた様子で口をあんぐりと開けた。

そして俺の方に向き直ると、目に涙を浮かべて泣きついてきた。

 

「うわあああああん!! ミミににーたん取られたああああ」

 

「ミミがお姉さんなんて絶対やだよおおおお!!」

 

 大声でわんわん泣き叫ぶ椿と柊。俺はそんな妹二人の頭を撫でてあやしつつ、適当なこと言って二人を泣かせた元凶の顔をジロリ、と睨んだ。

 

 俺の視線に気づいたミミはバツが悪そうに目を逸らし、唇を尖らせてヒュー、ヒューと妙ちきりんな音を出し始めた。

 本人的には口笛を吹いているつもりなのだろう。

 吹けてねーから空気音しか鳴ってねーぞ、おい。

 

 俺は嘆息して、

 

「………あのな、さっきから言ってるだろ。あくまで母さんと、後ミミの親の前で付き合ってるフリするだけだって。別にホントに彼氏彼女になるわけじゃねーよ」

 

「うー……でもでも、フリでもなんかイヤだよ」

 

「そうだよ、にーたんがカッコいいからあわよくばホントにカノジョの座を狙ってるに違いないよ。騙されないでにーたん!」

 

 はっ、何言ってんだか。

 

「ばーか、そんなことあるわけねーだろ。おらミミ、お前からもなんか言ってやれよ」

 

 俺はミミの方に振り向いて同意を求める。

 俺に促され、ミミはプイっと顔を背け、視線を合わせないまま言葉を発した。

 

「ソンナコト、アルワケナイジャナイデスカー」

 

「ほら、やっぱ信用できないよ!」

 

「なんかカタコトだったし、嘘ついてる時の顔してるよ、にーたん!」

 

 何言ってんだ、ミミがカタコトなのは元からだろ。

 

「とにかく、ここはひとまず俺に免じて納得してくれねーか? 勝手に話進めたのは悪かったけど、お前らもミミと離れ離れになんのは嫌だろ?」

 

「うー………確かにそうだけど」

 

「まあ、なんだかんだミミは大事な友達だしね……」

 

 そう言って椿と柊は互いに顔を見合わせた。

 

 

 ………大事な友達、か。

 

 

 いっつも俺の後ついてまわってばっかだったこいつらの口から、そんな言葉聞ける日が来るなんてな。なんつーか、感慨深いな。

 

 チラリ、とミミの方を見ると、目を見開き、驚いた表情で固まっているのが見えた。

 昨日、ミミが言っていた言葉がふと、頭に浮かぶ。

 

『ワタシにとってカゲツは、つばひーは、ましゃみは、バスケを通じて手に入れた初めての友達だったんデスから』

 

 ………………ま、そういうこった。

 

 お前にとって椿と柊が初めての友達であるのと同じように、椿と柊にとってもお前は初めてできた大切な友達なんだぜ?

 

 だからまあ、お互い大事にしろよ。お前らが友達でいれるためなら兄ちゃん、いくらでも頑張ってやるからよ。

 

 俺はミミに、椿と柊になにか言葉をかけてやれよ、と視線で促した。

 

 ミミはコクン、と頷くと、椿と柊の側に移動した。

 

 そして、二人を後ろから抱きしめた。

 

 ミミは心から申し訳なさそうに、

 

「ツバキ、ヒイラギ、フランスに行くこと………ずっと言い出せなくてゴメンナサイ。ホントなら二人や、女バスのみんなに真っ先に相談するべきデシタ。報告がこんな形になってしまって、本当にゴメンナサイ」

 

 そう言ってミミは二人の頭を撫でた。

 

 ………まあ、さっきはなんかサラッと流してたけど、本音いうと多分そっちの方が椿と柊にとっては嫌だったんだろうな。触れなかったのは多分、一人で悩んでいたであろうミミに気を使ったから、なんじゃねーかな。

 

 椿と柊は黙ってされるがままになっていた。きっと、無言で続きを促しているのだろう。

 

 ミミは言葉を続ける。

 

「ワタシ自身、フランスに帰るということを自分の中でジッカンできていませんデシタ。………………イエ、多分ジッカンしたくなかったんデス。ミンナに伝えたら、一気にお別れがワタシのなかでゲンジツのものになる気がして、それが怖かったんデス」

 

 そう言ってミミは何かにおびえるように二人を抱きしめる手をやや強めた。

 

 椿と柊は、そんなミミをまるで慰めるかのように、その手に自分達の手を重ねた。

 

 ミミと、椿と柊の体がゆっくりと離れる。

 

 椿と柊はミミと向き合い、その目を真っ直ぐと見つめ、

 

「………ん、分かったよ。ちゃんと謝ってくれたから、それは許す」

 

「でも、もし次勝手にどっかに行こうとしたら、その時はゼッコーだからね」

 

 そう告げて、椿と柊は恥ずかしそうに視線を逸らし、頬を掻いた。

 

 ミミは少し驚いた後、瞳を感極まったように潤ませ、

 

「ウィ、ゼッコウは嫌デスね。ワカリマシタ、次からは必ずまず女バスのみんなに相談しマス」

 

 そう言って、幸せそうに微笑んだ。

 

 俺はその光景を見て、言いようのない気持ちに駆られていた。

 

 今まで基本的に自己中心的で周囲のことなど考えず好き勝手ばかりしていた、椿と柊。

 

 その二人が、誰かの心を気遣い、そして友達の謝罪を素直に受け入れ、許してやれるようになるなんて、ついこの前までは考えられないくらいの成長だ。

 

 やべえ、俺もなんな目頭が熱くなってきちまった。

 

 そんな風に一人ジーンとなっている俺をよそに、椿と柊とミミは互いに少し恥ずかしそうに、でもどこか嬉しそうに微笑みを交し合っていた。

 

 ………ったく、世話の焼ける奴らだぜ。

 

 まあ、とにかく、これで椿と柊を説得するっていう当初の目標は完了したかな。もっとてこずるかと思ったが、妹二人の思わぬ成長ぶりのおかげで早く片付いたな。

 ま、なんだかんだ三人の中でモヤモヤは解消できたみたいだし、よかったよかった。

 

 よし、これで全部問題は解決したな。

 

 さてと、じゃあ俺はこれにて部屋に退散して———

 

 

 

「あ、それはそれとして、にーたんがミミのカレシのフリをする件についてはちっとも納得できてないからね」

 

「そうそう、にーたんも止めなかったわけだから同罪だよ。もっとちゃんと納得できるまで説明してもらうからね」

 

 

 

 そう、ニヒルな笑みを浮かべてクールに部屋を立ち去ろうとした俺の背中に、椿と柊のやけに平坦な声が突き刺さった。

 

 俺はその声を受けて立ち止まると、無言でUターンし、先ほど母さんの前でした時と同じように再びフローリングの床の上で正座し、二人の妹様のお裁きを待った。

 

 

 ——その後諸々事情を説明し、ミミ共々椿と柊からガチ説教を食らったものの、なんとか納得してもらうことは出来ましたとさ。何気に椿と柊に俺が一方的に説教食らうのは初めてだった気がするぜ……。

 

すっかり立派になっちゃって、兄ちゃん、なんかちょっと悲しい。

 

 




ミミと椿、柊との掛け合い回でした。

この三人は+夏陽は動かしやすくて助かる。

そう言えば雅美とかげつが殆ど登場していないですね……。
第一章はミミメインなので活躍は次章以降になりそうです。
(第一章の中でもこの後ちゃんと出番自体はあります)



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■第十話 娘さんを下さい

結局日付をまたいでしまった………

非常に難産でした。

切りどころが分からず、結果1万7千字近くとなりました。
余裕で過去最長です。

正直反省してます………。


 椿と柊への説明を終えた後、俺は一人自室へと戻った。

 

 ミミの両親は午後三時頃に来るとのことだった。

本当ならすぐにでも訪問したかったらしいが、お客様を招く用意をさせて欲しい、という母さんの要望でこの時間となった。

 

 現在時刻が午前十一時半頃なので、訪問まではかなり時間に余裕がある。

そのため、俺は女バスの合同練習会の試合をチェックして時間をつぶすことにした。(データは椿経由で美星から受け取った。)

 

 次回以降のコーチングに活かすため、長谷川や小笠原先生から教わったやり方で試合のデータ分析等も行った。教わったころはつまんなそう、と思っていたのだが実際にやってみると色々なことが分かって結構面白い。今後どういう戦術をあいつらに試させるか、そのためにはどんな練習が必要か、考えねばならないことは尽きない。

 

 試合に出ていなかった下級生と美星に頼んで基本的な情報(例えばオフェンスが成功、失敗した時のパターンは何か、シュートは誰がどういうパス回しをして最終的にだれが決めたか等)については予め纏めてもらっていた。そのため俺の仕事は補足となる情報がないか探すことと、データから分かる今の女バスチームの弱点と強みについて考えることだ。

 

 ちょっと前までは自分がこんなデータキャラみたいなことするなんて微塵も思わなかったけどな。県大会で負けたのと、長谷川に影響されてこういうことも考えてプレイする必要があるってことを気付かされてからは積極的に取り組むようになった。指揮官みたいでちょっとカッコよくね? とも思うし。

 

 それに何より、才能にあふれるあいつらがバスケ選手として、チームとしてどのように育っていくか、考えるだけでワクワクした。

 

「対戦相手は………………九重、八千代、六花、五色中央……どこも名前聞いたことあるとこばっかだな……。でも、そんな強豪相手にあいつらがどう戦ったのか、見せてもらおうじゃねーか」

 

 俺は期待に胸を膨らませながら、再生ボタンを押した。

 

 

 結局、昼ご飯に呼ばれるまでの約二時間、俺はずっと試合の観戦とデータ分析に没頭してしまっていた。

 

 

 

***

 

 

 

「タケナカ、お昼ゴハンの支度が出来マシタ」

 

「ああ、分かった」

 

 俺はテレビの画面に体を向けたまま、ミミの方を見ずに返事をした。本当は試合のキリのいい所まで見たい気分だったのだが、夢中になって下手したら忘れてしまいそうだったので無理やり意識を画面から引きはがすことにする。

そう言えば、昨日晩飯も食ってねーし、朝飯もなんやかんやあって食い逃したから腹に何も入れていなかった気がするな。自覚したら腹減ってきたぜ………。

 

 立ち上がり、部屋の出口へと足を向ける。

 

 そして、ミミの姿を見て、俺は思わず固まった。

 

「………なんだその恰好」

 

「ウィ。お手伝いをシタイ、と言ったらオカアサマが貸してくださいマシタ」

 

 ミミは嬉しそうに言って、その場でくるりと一回転した。

 

 

 なんと言ったらいいのか、ミミは家庭科の調理実習の時にするような恰好をしていた。

 

 

 豊かな髪をポニーテールに束ね、頭に三角巾を被り、エプロンを装着。そしてなぜか右手にはフライ返し、左手にはお玉を装備していた。完全に家事モード、といった出で立ちだ。

 

「母さんの手伝いしてたのか?」

 

「ウィ、オソウジにオセンタク、オリョウリ……主婦はやることがイッパイで大変デスネ」

 

 そう言ってミミは一仕事終えた、とでも言いたげな達成感のある表情で額の汗を拭った。

 

 そもそも、なんで母さんじゃなくミミが呼びに来るんだ? と少し疑問に思っていたのだが、なるほどな。

俺が試合を見ている間ミミの姿が見当たらなかったので、てっきり椿と柊の部屋に居るのかと思っていたのだが、どうやら今の今まで母さんを手伝って家事をしていたらしい。

 

 居候をさせてもらうことへの恩を少しでも返したい、というミミなりの誠意の表れなのだろう。正直母さん楽しんでそうだし、そんな気にしなくてもいいのでは、とも思ったがそれでこいつが納得するなら、まあそれでもいいか。

 

 しかし、まあ、なんつーか………。

 

 ミミの姿をしげしげと眺める。

ついこの間の合宿で、同じバスケ部の同学年の和久井(最近好みの女子トークがめちゃうるさい)が言っていた「タケ! 女子のエプロン姿ってなんかよくね? 家庭的って感じでグッとくるよなー」というセリフがふと脳裏に浮かんだ。

 

「? なんデスカ」

 

「……な、なんでもねえよ……」

 

 ジロジロ見られたことを訝しく思ったのか、ミミが怪訝な表情でこちらを見てきた。

 

 ………クソ、和久井の奴に言われた時は「何訳の分かんねーこと言ってんだお前」という感じで一蹴してやったのだが、いざ目の前にするとちょっと分かる、と思ってしまった。初等部の頃の調理実習でクラスの女子(ひなた以外)のエプロン姿を見ても特になんとも思わなかったっつーのに……。

 

 ミミはしばらくよく分からない、といった様子で首をかしげていたが、ふと何かに気付いたような表情を浮かべた。

 

「モシカシテ、この格好、カワイイと思ってくれマシタ?」

 

「うっ……お、思ってねーし」

 

 俺はそう言って顔を逸らした。

 

 くそ、直視できねえ、なんだこれ。

 なんか女子の恰好がどうとか、そーいうの気にするのって変態っぽくね? スポーツマンとしてあるまじき、な感じがしてしまう。まさか俺ともあろうものが、和久井や長谷川に影響されて徐々に変態化してきちまってんのか……? すげえ屈辱的だ……。

 

「そうデスカ……残念デス」

 

 ミミは期待を裏切られた、とでも言いたげな表情でシュン、として肩を落とした。

 う、なんかすげー罪悪感……。

 

 俺は慌ててミミをフォローした。

 

「ま、まあでも、似合ってるんじゃねーの? ポニーテールとかお前普段しないからなんか新鮮な感じしたし。エプロン姿がグッとくる男子もいるらしいからウケると思うぞ! お、俺は微塵も気持ち分かんねーけどな!」

 

 あくまで、俺は違うぞ、というスタンスを取りつつ、格好については褒める。

 ミミの様子をチラ、とみると、ふむ、と少し考え込むような素振りを見せていた。

 

 ミミは口を開き、言葉を発した。

 

「タケナカ、なんか必死。ウソついている気がシマス」

 

「ぐっ……」

 

「やっぱり、カワイイと思ってくれてマスよね?」

 

「思ってねーから!」

 

「………………コレカラ、家事するときはなるべくこのカッコでしまショウカ?」

 

「だからちげーって言ってんだろ!!」

 

 

 結局、昼飯食っている間もそんな感じでずっとしつこく聞かれ続けた。

 

 母さんは生暖かい目で見てくるし、椿と柊はそれ見て機嫌悪くなるし、マジ勘弁してくれ………。

 

 

 

***

 

 

 

「ミミ! ミミっ! 心配しましたデスよ~!」

 

 午後三時丁度、ミミの両親が到着した。

 

 慧心対硯谷の試合を観戦している時、ミミの応援に来ている姿を見かけたことはあったが、直接対面するのはこれが初めてになる。ただ、やたらハイテンションで応援している姿がとても印象的だったため、容貌についてはしっかりと記憶に残っていた。

 

 ミミの親父さんは銀色の髪をセンター分けにした、長身で細身の優男風のフランス人男性だ。顔立ちはミミに似ているもののコロコロと表情豊かな点は娘とは対照的な印象を受ける。

 

 その後ろを静かについてきている金髪碧眼の長い髪の女の人はミミのおふくろさんだ。顔立ちはミミとはあまり似ていない感じがするものの、ポーカーフェイス気味なところと、オーラ? みたいなのがミミに似ている感じがした。多分ミミに似てマイペースな気がする。直接話したことねーから完全にイメージでしかねーけど。

 

 ミミの親父さんは玄関で簡単に母さんと挨拶を交わした後、俺の後ろからついてきたミミの姿を見るなり、表情をパッと明るくし、駆け寄って抱き着こうとした。

しかしミミがひらりと身を翻し、俺の後ろに即座に隠れたため抱擁は空振りに終わった。愛娘からハグを拒否され、ミミの親父さんはガーン、ととてつもなくショックを受けたような表情を浮かべた。

 ミミはつーん、とそっぽを向いてしまっている。どうやら、まだご立腹のようだ。

 

 それを見て母さんは気まずそうに笑い、遠慮がちに言葉を発した。

 

「え、ええと、立ち話もなんですし、中でゆっくりお話ししましょうか。色々積もるお話もあるかと思いますし………」

 

「ウウ………お心遣い、感謝しマス……」

 

 そう言ってミミの親父さんは落ち込んだようにガックリと肩を落としたまま、トボトボと家の中へと入っていった。

 

「では、お邪魔させていただきマス」

 

 その後を、終始無表情でミミのおふくろさんが静かに付いて行った。………なんつーか、静と動というか対照的な夫婦だな……。

 

 

 

 ミミの両親を招き入れたのはうちのダイニングルーム——まあ端的に言うと俺たち家族がいつも食事をするスペースだ。家族五人が揃って食事できるよう、六人掛けのものを購入したためテーブルは結構でかい。

 

 いつもは地味なテーブルクロスがかけられているのだが、今日は来客用の豪華なテーブルクロスを身にまとい、テーブルの中央には見慣れない花が飾られており、完全におもてなし仕様となっている。……つーかこの花はわざわざ買ってきたのか?

しかも今ミミの両親に出された紅茶はいざという時のためにとっておいた高級品の茶葉を使ったものだ。母さん、本気モードだな………。

 

 席順としてはテーブルの玄関側の列には俺、ミミ、母さんが座り、奥側にはミミの両親が腰かけるような構図となっている。椿と柊はダイニングルームのすぐ隣にあるリビングのソファーに座り、背もたれからひょっこり頭だけ出してこちらの様子をうかがっていた。………まあ、あいつら意外と初対面の大人に対しては人見知りするところあるしな。

 

 ミミの両親に紅茶を出し終わった母さんが席に着き、会話が始まる。

 最初に口火を切ったのはミミの親父さんだった。

 

「ミ、ミミ、こちらのお宅にホームステイをさせていただく、という話は本当なのデスカ……? 私たちと一緒にフランスに帰る気はナイと……?」

 

「ウィ、本当デス。ワタシ、フランスに帰る気はありまセン」

 

 慌てた様子でそう尋ねた親父さんに対して、ミミはツーン、とそっぽを向いたまま親父さんに返事をした。

それを見て親父さんは頭を抱え、ガックリと肩を落とした。

 

 ミミのおふくろさんはため息をつくと、

 

「アナタ、それを聞く前にまず言わねばならないコトがあるハズデス」

 

 そう、冷静に言い放って姿勢を正し、俺と母さんの方に向き直る。

 

「竹中サマ、この度は、娘がご迷惑をおかけして申し訳ございませんデシタ。しかも一宿一飯のオンギにまで預かるなんて、本来であればハラキリにてお詫びせねばならないところデス」

 

 そう言ってミミのおふくろさんは母さんと、俺と、椿と柊にも順番に座ったまま深々とお辞儀をした。いや、礼儀正しいけど、一宿一飯のオンギ? ハラキリ? なんか、現代日本じゃ聞き慣れないワードがちらほら聞こえた気がしたんだが………。

 

「い、いえ、ご迷惑だなんてとんでもないです。ミミちゃん、家事まで手伝ってくれて大助かりだったんですよ? うちの息子と娘なんていつもちっとも手伝ってくれないのに………ホント、爪の垢を煎じて飲ませてやりたいくらいですわー」

 

 そう言って母さんはおほほ、と笑った後、一瞬俺と椿と柊をギロリと一瞥した。俺の背筋にゾクリ、と冷たいものが走る。これまでこの身に受けてきたお仕置きの数々が脳裏にフラッシュバックする。背もたれから頭だけ出ている椿と柊も同じことを思ったのか、ブルブルと震えているのが目の端に映った。くそ、まさかこのタイミングで俺らに飛び火するとは……。

 

 ミミのおふくろさんは母さんに向けて軽く会釈し、

 

「娘が少しでもお役に立っていたのならば光栄のイタリ。モッタイナイお言葉、デス。………………トコロデ、爪の垢を煎じて飲ませる、というのは一体どういう儀式なのデショウカ。ニホンの伝統行事デショウカ。アンマリ美味しくなさそうデスガ」

 

 そう言って無表情ながらも興味津々、といった感じで瞳を輝かせた。

 ミミのおふくろさんの頓珍漢な質問に対し、母さんは一瞬困惑したような表情を浮かべるも気遣わし気に返答を返す。

 

「え、ええと、息子や娘たちにミミちゃんのことを見習わせてやりたい、という意味の日本の慣用句です。……すみません、耳慣れない言葉でしたよね」

 

 母さんの言葉を受けて、ミミのおふくろさんは納得した様子で何度も頷いた。

 

「イエ、ニホンのコトワザ、また一つ知れて嬉しいデス。こちらこそフベンキョウで申し訳ないデス。後でワタシも竹中サマの爪の垢でも煎じて飲んでおきマス」

 

「え、ええと……」

 

「す、すみまセン、ツマは時代劇を見て日本語を学んだクチでして……。その上世間知らずなところがあって、少々語彙がその、なんというか、変な方向にねじ曲がってしまっているのデス……。お恥ずかしい限りデス……聞き流してやってくれると助かりマス……」

 

 そう言ってミミの親父さんは申し訳なさそうに頭を下げた。

 

 ま、間違いねえ……ミミの時々飛び出す残念な言動の原因はこの人だ……。なんか謎が一つ解けた気分だぜ……。

 

 俺がミミとミミのおふくろさんの顔を愕然とした表情で交互に眺めていると、二人とも「???」みたいな表情を俺に向けてきた。………というか、このマイペース二人に常に挟まれている親父さんはなかなか大変なんじゃねーか?。改めてみると、なんか若干苦労人みたいなオーラがにじみ出ている気がするし。

 

「と、トニカク、お礼が遅れて申し訳ないデス。これ、つまらないものデスガ、皆さんで食べてクダサイ」

 

「あら、これはどうもご丁寧に……」

 

 ミミの親父さんが慌てて出してきたのは、デパートによく売っている高そうなクッキーの詰め合わせだった。それを見て椿と柊は二人そろって期待に目をキラキラと輝かせた。

 

「え、ええと、では話を戻しましょうか。ミミちゃんのホームステイについては、本人とご両親が納得されているなら、竹中家としては異論無いですし、私個人としてはそうさせてあげたいと思っています………ね、夏陽?」

 

「え、俺!?」

 

 ここで俺に振んのかよ!

 

 母さんは頑張れ! とでも言いたげな表情を浮かべ、両手でこぶしを作りガッツポーズをした。な、何を頑張れってんだ………………。

 母さんが俺に振ったことでバルゲリー夫妻も俺の方に視線を向ける。気が付けばミミも、椿も柊も俺を注視していた。なんだこれ……な、なんつーか、初対面の大人に注目されるってすげー緊張すんな……。

 

 目を白黒させる俺に対し、ミミの親父さんは遠慮がちに俺に対し質問を飛ばしてきた。

 

「そう言えば、先ほどから気になって居たのデスが、そちらの少年はミミとどういったご関係で……? 椿サン、柊サンはオトモダチだという話はうかがっているのデスが……」

 

 

 

 ………………………さて、なんと答えるべきか。

 

 

 

 ミミとの事前の打ち合わせでは、ボーイフレンドとして紹介される手はずになっていた。

 しかし、もしここで俺が、ミミのボーイフレンドです、とでも答えようものならかなり面倒くさいことになる気がする。親父さん、ミミのことを溺愛しているみたいだし、最悪俺に向かってキレ散らかしてきてもおかしくはない。そうなったらホームステイどころの騒ぎじゃねー気がするんだよな……。

 

 俺はチラリ、と母さんの方を盗み見る。

 

「……!」

 

 母さんは先ほどと変わらず、俺に期待の視線を向けていた。………何を期待しているかは言うまでもない。でも、まあ、母さんは後でなんとでも説得できそうじゃね? と思う。親の前で言うのは恥ずかしかった、とか。親父さんに恨まれたくなかった、とかいくらでも理由はあるしな。………というか、普通に両親の前で俺は娘さんの彼氏です、とか宣言するの恥ずかしいわ! ぶっちゃけそれが一番大きな理由だった。

 

 ………よし、母さんからは多少反感買うだろうが、その路線で行くか……。

 

「え、えーっと、俺はミミの単なる学校の先ぱ——」

 

「ウィ、彼はワタシのボーイフレンドです。………………デスよね、タケナカ?」

 

 意を決して言葉を発した俺。

 しかしその言葉を遮るかのようにミミが横から口を挟んだ。

 

 お、おい……。

 

 俺はミミに抗議の視線を向ける。

 対するミミは半目でジトーっとした目を俺に向けてきた。その眼光は鋭かった。1on1でエグイ攻め方をしてくる時の瞳の色に酷似している。「お前あんだけ打合せしたのに今更逃げるとかいい度胸だな?」と言っているように見えた。怖っ!

 

 ミミを挟んで一つとなりに座る母さんも、ハア……と失望のため息を漏らして顔に手を当ててかぶりを振った。く、クソ……これじゃあ余計に二人の不興を買っただけじゃねえか……。

 

 ミミの言葉を聞いて、愕然とした様子で声を震わせるミミの親父さん。

 

「ミ、ミミにボーイフレンド………………う、ウソデスよね……そ、そんなバカな……」

 

 ごめんなさい、嘘です、と言える空気ではない。………なんというか、予想通りの反応過ぎて泣きたくなるぜ、ちきしょう。

 

「ノン、ウソじゃないデス……ね、タケナカ?」

 

「あ、あはははは………そ、そうだな……」

 

 そう言って俺の腕をとったミミに対し、俺はやけくそ気味に同意を返した。も、もう……どうにでもなれってんだ………………………。

 

「み、ミミ………ミミにボーイフレンドはまだ早いと思いマス。いい子ダカラ、パパと一緒にフランスに帰りマショウ……なんでも好きなもの買ってアゲマスから……」

 

「ノン、ワタシにとって、ニホンで知り合ったヒトタチと一緒に居るコト以上に欲しいものなんて無いデス。それを引きはがそうとするパパなんてキライデス」

 

 ミミに手を伸ばし、訴えかけた親父さんに対し、ミミはキッとした視線を向け、明確に拒絶の意思を示す。ミミから敵意を向けられた親父さんは傷ついたような表情を浮かべ、後ずさった。目には涙を浮かべているように見えた。

 

………な、なんつーか、流石に気の毒かも知んねーな……。

 

 部外者が介入するのは良くない、と思い遠慮していたのだが、俺は割って入ることに決めた。

 

「な、なあ、ミミ。そんなにきつく言ってやらなくてもいいんじゃねーか? 親父さんだって帰りたくて帰るわけじゃねーんだろ? 元々日本に来たがってたって前言ってたじゃねーか。仕事の都合で仕方なくなんだろ?」

 

「ノン、ママと話してるの聞いちゃいマシタ。パパはフランスでのオシゴトを断ることもデキタ。でも自分から引き受けたと。ワタシ、ニホンに居たかった。ナノニパパはワタシに一言も相談してくれナカッタ。パパなんてキライデス」

 

 そう言ってミミは三度つーん、とした表情でそっぽを向いた。

 

 ミミの証言を受けて、親父さんはバツが悪そうに頭を掻いて、肩を落とした。

 

「ウウ、仕方がなかったのデス……。フランスでワタシの恩師にあたる教授が倒れ、大学の授業をするにあたってその代役が必要だと言われマシタ。恩返しができるいい機会だと思い、自分から立候補してしまいマシタ。昔からやってみたいと思っていた授業だったのもありマス……ミミのことを考えてやれなかったのは、本当に申し訳なかったと思っていマス………」

 

 親父さんはそんな風に、ぽつり、ぽつりと語り出した。

 

 ………………まあ、そう言うことなら仕方ねーんじゃねーかな。俺だって、俺にバスケを教えてくれた誰かがピンチになったら自分が真っ先に助けに行きてーと思うし、それときっと同じことだ。

 

 俺はミミをチラリ、と見る。ミミは複雑そうな表情を浮かべていた。親父さんの言っていることが微塵も理解できない、という表情ではないように見えた。二つの感情がせめぎあっているような、そんな表情に見える。

 

 ミミは躊躇いがちに口を開く。

 

「………………パパが、大切なししょーのためにオシゴトを引き受けたのは分かりマシタ。デモ、パパにも、大切なししょーが居るように、ワタシにも、ニホンで出来た大切な人たちが居るのデス。なのに、何の相談もなくハナレバナレにしようとしマシタ。………………ワタシには、それがどうしても許せマセン」

 

 そう言って、ミミは顔を俯かせた。

 

 ミミの親父さんも、返す言葉もないのか、押し黙ったまま何も言わない。

 

 

 

 ………………さすがに、割って入れる空気じゃなかった。母さんもどうしたらよいかわからずオロオロしてるし。

 

 

 

 しばらく、重苦しい沈黙が流れる。

 

 

 ——沈黙を破ったのは、意外にも、今までずっと黙って二人のやり取りを見守っていたミミのおふくろさんだった。

 

 

「………とりあえず、お互いに言いたいことは言い合えたと思いマス」

 

 ミミのおふくろさんは、手のひらををパン、と叩いて冷静にそう言った。

 

「後は、当人たちの心の問題かと思いマス。………さて、竹中サマ」

 

 そう言って、ミミのおふくろさんは母さんに向き直った。

突然呼ばれた母さんは慌てた様子で「は、はいっ、なんでしょう」と返事をした。

 ミミのおふくろさんは言葉を続ける。

 

「ホームステイのお話、ありがとうございマス。娘がご迷惑をお掛けするかもしれまセンが、その提案、ありがたく受けさせていただきたいと思いマス」

 

 おふくろさんの言葉を聞いて、ミミは驚いたように目を見開いた。

 ミミのおふくろさんは、そんなミミの方を見て頷く。

 

「ワタシも、ミミにきちんと相談できなかったことについて負い目がありマス。ミミと離れ離れになるのは悲しいデスが、ミミのトモダチやコイビトを思う気持ちは十分伝わりマシタ。………………いつの間にか、こんなに立派に成長していたのデスネ」

 

 そう言ってミミのおふくろさんは穏やかに微笑んだ。ポーカーフェイスが崩れ、笑った時の雰囲気がミミにとてもよく似ていた。

 

「カワイイ子には旅をさせよ、というニホンのコトワザの通り、ニホンに居ることで娘はさらに立派に成長すると思いマス。………アナタも、それで良いデスね?」

 

 そう言って、ミミのおふくろさんは隣に座る親父さんの肩にポン、と手を置いた。親父さんは、「ウィ、分かりマシタ………」と蚊の鳴くような声で言った。訪問時の元気は何処へやら、今は見ていて痛々しいほど元気がない。

 

「あ、この人のコトは心配しなくて大丈夫デスよ、テキトウに慰めておきますノデ。………………アト、大変ブシツケとは思うのデスが、もう一つダケ、お願いさせてもらってもよろしいデショウカ」

 

「な、なんでしょうか」

 

 申し訳なさそうに言うミミのおふくろさんに対し、畏まったような調子で母さんは返した。

 

「恐らく、二人がそれぞれナットクするには時間が必要だと思うのデス。お互いが側にいたままでは、変に意識してしまって冷静に考えることが出来まセン。そこで、なのデスガ——」

 

 ミミのおふくろさんは一旦区切って、

 

 

 

「ワタシたちがフランスに帰るまでのシバラクの間、ミミを竹中サマのお宅に居させてあげてはくれまセンカ? 二人がお互いに向き合えるマデ、デスガ」

 

 

 

 そう、母さんの顔を真っ直ぐ見て言った。

 

「は、はあ……うちとしては構いませんけど……。でも、本当にいいんですか?」

 

 母さんがためらうのも無理はない。

 ミミの両親にとって、帰国までの時間はミミと一緒に暮らせる最後の時間のはずだ。帰国までの時間うちにミミを置く、となるとその最後の時間すら手放してしまうことになるのではないか。

 

 そんな風に俺と母さんの心配のまなざしを受けてなお、ミミのおふくろさんは力強く頷いた。

 

「お心遣いありがとうございマス。………………デスガ、このまま最後まで一緒に居てもわだかまりが残ったまま別れることになると思うのデス。それだけは、絶対に嫌ナノデ」

 

 そう、力強い口調でキッパリと言い放った。

 

 俺と母さんは、その眼差しを受けて、首肯するよりほかなかった。

 

 ミミのおふくろさんは俺たちに頷き返し、立ち上がると親父さんの肩にポンと手を置いた。

 

「サア、帰りマスよ、アナタ。アマリ長居してしまうと竹中サマのゴメイワクになりマス」

 

「………………ウィ、分かりマシタ。竹中サマ、ミミのこと、くれぐれもよろしくお願いしマス。後、ワタシたち家族トラブルに巻き込んでしまって申し訳なかったデス。………タイヘン、お見苦しいものを見せてしまいマシタ」

 

 そう言って、ミミの親父さんは立ち上がると母さん、俺、椿と柊の順に頭を下げた。

 

 そして、躊躇いがちにミミの方を見て口を開きかける。

 ミミは、一瞬表情を歪めたものの、すぐさま表情を消して顔を背けた。

 それを見て、ミミの親父さんは何か話そうと開いた口を閉じ、トボトボと玄関の方へと向かっていった。母さんが見送りをするべく慌てて親父さんの後についていく。

 

 

 ………………俺は、なんと言うかいたたまれない気持ちに包まれていた。

 

 

 この家族の別れは、そもそも俺がミミにホームステイを持ち掛けた結果発生してしまったものだ。

 

 ミミの両親を間接的に傷つけてしまったのは俺だ。今更ミミをフランスへ返す、なんて言う気は毛頭ない。だが、本当にこれでよかったのか? という疑問が浮かぶ。

 

 そんな風に、俺が後ろ暗い思いに駆られていると、ミミのおふくろさんに見つめられていることに気付いた。なんだ……?

 

「夏陽サン……でしたっけ? ミミのボーイフレンドの」

 

「う、うっす」

 

 突然話しかけられ、思わず畏まったような返事をしてしまう。ボーイフレンド、と呼ばれるのはすごくむず痒いけどな。

 

「ミミのこと、よろしくお願いしマス。………アナタのことを、娘がスゴク好きでいることが伝わってきマシタ。………こんなコトはハジメテで、オヤとして嬉しく思っていマス」

 

「ノ、ノン、ママ……! 恥ずかしいデス……!」

 

 笑顔でそう言ったおふくろさんに対し、先ほど親父さんに対して見せたポーカーフェイスは何処へやら、ミミがやや顔を赤くして慌てたように腕をバタバタと顔の前で振った。

 いや、まあ、ボーイフレンドって紹介のされ方したからそういう先入観が混じるのは分かるが、フリとはいえそういうこと言われんのは俺も恥ずいので気持ちは分かった。

 

「ミミはあまり人付き合いが得意じゃないデス。色々至らないブブンがあると思いマスが、補ってあげて欲しいデス。………夏陽サンや、バスケ部のオトモダチとイッショに居るコトで、娘はもっと成長できると思うのデス」

 

 ………………それは、言われるまでもねーけどな。でもまあ親として、そこに関しては絶対に約束して欲しい、ということなのだろう。なら、その気持ちは絶対に汲んでやるべきだ。

 

 俺はミミのおふくろさんの目を真っ直ぐ見て頷いた。

 俺の反応を見て、おふくろさんは安心したように笑うと、今度はミミの方に向き直った。

 

「ミミ、アナタの大切に思っている人達は、きっとアナタのコトを助けてくれるいい人たちばかりなのだと思いマス。………デモ、助けられてばかりじゃダメデス。アナタ自身もアナタが大切に思っている人を助けられるくらい、強くなって欲しいデス」

 

 そう、ミミのおふくろさんは強い眼差しで、先ほどより少し厳しめの口調でそう言った。

 

 ミミは目を真っ直ぐ見て頷き、

 

「ウィ、そのために、ワタシはニホンに残りたいのデス」

 

 

 そう、今まで聞いたことがないような、固い決意を秘めたような、強い口調で返した。

 

 

 おふくろさんはそれを聞くと優しく微笑み、ゆっくりと頷くと、母さんと、親父さんの後について玄関へと向かった。

 

 俺はそんなおふくろさんを見て、思う。

 

 天然だと思ってたけど、この人は、強い。

 

 先ほど俺とミミにかけた言葉は、俺とミミの背中を押すためのものだ。

 俺も、恐らくミミも、一瞬自分のした選択が本当に正しかったのか、自信がなくなってしまった。

 きっとミミのおふくろさんはそれに気づいて、俺たちを勇気づけるため、激励してくれたのだ。

 

 自分だって、娘と離れて暮らすのはきっと辛くて仕方がないハズだ。なのに、ミミはともかく、娘と別れる原因を作った俺に対して気遣いを見せる、というのはなかなかできることではないように思えた。

 

親父さんにしたってそうだ。

 

 これまでの会話で、親父さんがミミのことを本当に大切に思っている、ということは嫌というほど伝わってきた。本当なら、ミミを残して帰国するなど考えられないほど辛いはずだ。

 でも、自分の気持ちより、最終的にはミミの日本に居たいという気持ちを優先した。

 

 それはミミのわがままを聞いてやった、という単純な話ではなく、その方がミミのためになる、と冷静に判断したからだなのだろう。

 

 ………大人って、スゲーな。

 子供ながらに、そう思った。

 

 

 

 ———そんな風に、心を砕いてカッコいい所を見せた二人に対し、俺は何か一つでも返せただろうか。

 

 

 

 自分が蒔いた種なのに、ただ押し黙って、全部大人に任せて、成り行きに身を任せて、人に気を使わせて、でもミミだけはうちに置いてけって。

 

 ………………………そんな、都合のいい話、あるわけねーよな。

 

 

 ———気付くと俺は、二人の背中を追って駆け出していた。

 

 

「タケナカ……!?」

 

 突然走り出した俺に対し、ミミが驚いたような声を上げたが、いちいち構ってられなかった。

 

 廊下を走り抜け、玄関を出る。

 途中で驚いた顔をした母さんとすれ違ったような気がしたが、無視して進む。

 

 ミミの両親は、家を出て少し右に曲がったところに居た。この先にはバス停がある。バスに乗ってしまう前に追いつくことができてよかった、と安堵した。

 

 二人は急に家から飛び出してきた俺を見て、少し驚いたように目を見開いていた。

 

 俺は二人を真っ直ぐに見つめる。

 

 ………………何か、言わなければならない気がした。

 

 全然頭ん中纏まってねーし、正直単なる自己満足に過ぎねーかも知んねーけど、このまま何も言わず、二人を帰す、ということだけはあり得ねーと思った。

 

 俺は二人に向かって、半ば衝動的に、勢いよく頭を下げた。

 

 

「すみませんでした!!!」

 

 

 大声で、二人に謝罪する。

 

 顔は見えないが、突然謝られて二人が困惑しているのがなんとなく伝わってきた。謝られる理由が分からない、という反応に思えた。

 

「ミミにホームステイしないかって話を持ち掛けたのは俺だ。俺に唆されるまで、ミミは二人と一緒にフランスに帰るつもりだった。他に選択肢がねーからってのももちろんあるだろうけど、多分、親父さんやおふくろさんと別れるのが嫌だったから、ていう思いも本当はあったんだと思う」

 

 ミミの両親は、黙ったまま俺の話を聞いていた。

 俺は話を続ける。

 

「そんなあいつに対して、頼むから日本に居てくれねーかって頼んだのは俺なんだ。妹達や部活の仲間が悲しむとか、お前が抜けたら全国狙えねーとか、色々それっぽい理屈並べて納得させた。でも………本当は、本当は——」

 

 そうだ。

 こうやって自分を追い込んで、頭を回して、ようやく自分で気付くことができた。

 

 

 

「——本当は、単純に俺が、ミミと離れ離れになるのが嫌だっただけなんだ……!」

 

 

 

***

 

 

 

 

『タケナカは………なんでワタシにそこまでしてくれるんデスか?』

 

 ホームステイを持ち掛けた夜、ミミが俺に対して投げかけた質問が再び脳裏に浮かぶ。

 

 あの時は確か、コーチとしてチームの戦力ダウンを防ぐのは当然、だとか口に出した気がするが、今思えば、その場しのぎに過ぎない、自分でもしっくり来ない回答だったように思う。

 

 コーチとしてどうの、じゃない。

妹のためでもない。女バスの連中のため、という話でもない。

 

 ………………俺はそんなに、誰かのためだけ思って動けるような良い人間じゃない。

 

 ミミとは半年と少し前ぐらいに出会ったばかりだったが、俺が結成当初からミミ達元五年チームのアシスタントコーチをやっていてずっと練習に付き合っていたため、付き合いの密度はそこそこあった。

 

 初めはマイペースで、何を考えているか分からない自分勝手な奴、という印象でしかなかったのだが、一緒にバスケをするうちに、気が付くと俺はコイツのプレイに魅了されていた。

 

 初動ゼロから繰り出される、流れるようなジャブステップ。スピンムーブをはじめとする、曲芸のような観客を思わず湧かせてしまうドリブルの数々。

 

 そして、1on1を繰り返すうちに気付いた、ポーカーフェイスの裏に隠した蒼く、燃えるような闘志。

 

 全て俺が持っていないもの、もしくは足りないもので、正直言って、選手として尊敬していた。そして、それと同じくらい、嫉妬した。

 

 バスケ選手として、だけではない。

 

 こいつと一緒に居る時、俺がどういう気持ちだったか?

 

 マイペースでツッコミどころ満載なコイツの言葉を聞くのも。頼られて、しょうがねーなと言いつつ世話を焼いてやるのも。たまに、バスケの話で意気投合して二人で楽しく話すのも。

 

 全部全部、楽しくて仕方がなかったのだ

 

「俺、あいつと一緒に居るのが好きなんです。下らねー話したり、先輩として面倒見てやったり、あいつが妹達と遊んでいるの見たり、そして何より一緒にバスケするのが。フランスに帰るって話聞かされた時、なんも考えられなくなっちまった。………初めは単に実感わいてねーだけだと思ってたんす。けど、そうじゃなかった。あいつと離れ離れになるってことについて、考えたくなかっただけだったんだ……!」

 

 結論を言ってしまえば、実に簡単な話だった。

 

 

 

 俺はいつの間にか、バスケ選手として、友達として、そしてそれ以前に一人間として、コイツのことが、——ミミ・バルゲリーのことが、たまらなく好きになってしまっていたのだ。

 

 

 

「もちろん、親父さんとおふくろさんがミミのことが大好きなのはわかってて、離れ離れになりたくないって思ってることもわかってる。ミミが生まれてからずっと一緒に居たんだ。それなのに、知り合って一年もたってない子供が何言ってんだって思うかも知れねー、けど———」

 

 俺はそこで頭を上げ、二人の目を真っ直ぐ見る。

 

「けど! ぜってー、フランスに帰るより、日本にいた方がミミは幸せになれる、と思う。………いや、俺が、必ず幸せにしてみせる! こっちには、ミミのことを俺と同じくらい大切に思っている友達がたくさんいるし、ぜってー楽しいはず……っす。………………だから、わりーけど、ミミを帰すつもりは毛頭ないっす。ミミのこと、大事にするんで、安心して娘さんを預けてくれないか?」

 

 そう言って、俺は再び頭を下げた。

 

 ………正直、自分の中で言いたいことを整理出来ていない感が満載で、自分でも支離滅裂というか、イマイチ何を言っているか分からなかったのだが、本音で思いの丈をぶつけたつもりだ。

 

 俺が内心震えながらリアクションを待っていると、頭上からおふくろさんの笑い声が聞こえてきた。俺は思わず顔を上げる。見ると、おふくろさんは口に手を当てて上品に笑っていた。

 

「す、スミマセン、デス。笑ってシマッテ。アナタのような人にそこまで思って貰えて、娘は幸せ者だなと思い、安心シマシタ。………シカシ、そもそもミミが日本に残ることに対して、ワタシは反対した覚えはありまセンよ。先ほど伝えたつもりデシたが、上手く伝わってナカッタデスか?」

 

 そう言って、おふくろさんはクスクスと笑った。

 

 う……やばい、そう言う反応をされると、なんか急に恥ずかしくなってきた……。てか、俺さっきなに口走ったっけ? あんま覚えてねーけど、やたらとこっぱずかしいことを言ったのだけは覚えてるぞ………。

 

「ホラ、アナタも何か言ってあげてクダサイ」

 

 俺が羞恥で顔を赤らめていると、おふくろさんは親父さんの肩にポン、と手を置いて発言を促した。う、どっちかって言うとおふくろさんより親父さんのリアクションの方がこえーな………。

 

 俺がチラリ、と親父さんの様子をうかがうと、親父さんはまたもやバツが悪そうな表情を浮かべて俺の顔を眺めていた。

 

「あの………えっと」

 

 とりあえず、間をつなごうと口を開くが、肝心の言葉が何も出てこない。

 俺が目を泳がせながら言葉を探しているうちに、親父さんの方が先に言葉を発した。

 

「ワタシの方こそ、先ほどは何も考えず頭ごなしに否定してシマッテ、申し訳なかったデス」

 

 そう言って、ミミの親父さんは俺に対し、頭を下げた。大の大人に頭下げれると、こちらが畏まってしまいそうになる。

 

「正直、トモダチの家とはイエ、今日初めて会った方に娘を預けるのは不安シカなかったのデスが……夏陽サンの言葉を聞いて、少し安心できマシタ。娘は、いい人たちに囲まれているのデスネ」

 

 そう言って、親父さんは穏やかに笑った。

 

「ミミのホームステイ、ワタシからもお願いしマス。娘が色々ゴメイワクをお掛けするかと思いマスガ、よろしくお願いしマス」

 

 そう言って、親父さんは俺に向けて手を差し出してきた。

 俺は、迷うことなくその手を掴み、握手した。

 

 ………………どうやら、親父さんと険悪な関係にならずに済んだみたいだな。

 俺は胸を撫でおろす。緊張の糸が切れ、全身から力が抜けた。

 

「………………………………デスガ——」

 

 ………だがそれもつかの間、ミミの親父さんはクワッ! と目を見開いて俺に詰め寄ってきた。

 な、なんだ………!?

 

 

 

「デスが、ミミとの交際を認めるかどうかは話が別デス!! ミミはまだ十一歳、ボーイフレンドを作るのは後十年……イヤ、二十年は早いデス!!」

 

 

 

 ………………………………………。

 

 いや三十歳まで彼氏作らせない気かよ。と思わず突っ込みそうになったが、親父さんの勢いがあまりにもすごく、これ以上刺激したら破裂しそうだったので、やめておいた。

 

 そう言えば、その問題が残っていたんだったわ………。クソ、めんどくせえ……。てか、こんなことならボーイフレンドのフリとかしない方が話早かった気がするんだが!

 

「ましてや一つ屋根の下で暮らすナド………ああ、考えただけでゾッとシマス……! ………………………………………………さて、夏陽サン」

 

 親父さんはこれまでのハイテンションは何処へやら、急に低く平坦な声で俺の名前を呼ぶと、俺の肩をガシッと掴んだ。

 

 思わず、親父さんの目を直視する。その目は据わっており、目からハイライトが消えていた。怖っ!! 成人男性の圧力、怖っ!!

 

「百歩……いや、一万歩譲ってミミのボーイフレンドを名乗るコトは認めまショウ。デスガ、あくまでプラトニックな関係でいて欲しいのデス。………モシ、一つ屋根の下で住んでいるのをいいことにミミに手を出したら………その時はどうなるか、お分かりデスネ」

 

 そう言って親父さんは肩を掴んでいる手に力を籠め、ニッコリと笑顔を浮かべた。………………但しその目は全く笑っていなかった。

 

 俺はコクコク! とヘッドバンキングしそうな勢いで全力で頷く。

 プラトニック? だとか手を出すとかについては何を言っているのかわからねーが、要は恋人らしいことをするってことだろ? そもそもフリだからそんなもんしねーよ!

 

 俺が頷いたのを見て、親父さんは満足したのか俺の肩からパッと手を放し、全身から発していた負の圧力をひっこめた。

 

「オウ、分かっていただけマシタか! デハデハ夏陽サン、そういうコトでヨロシクオネガイシマス! あ、ワタシとも仲良くしてくれると嬉しいデス!」

 

 そう言って親父さんはハッハッハ! と快活に笑って見せた。な、なんつーかテンションがジェットコースター過ぎてついていけねえ………。

 

「デハ、そろそろ本格的にワタシたちはこれでオイトマさせてイタダキマス! 後日、ミミの荷物をお渡ししたり色々お手数をお掛けして利すると思いマスが、その時はよろしくお願いしマス!」

 

 そう、上機嫌に挨拶すると、親父さんは俺に背を向けて歩き出した。

 隣のおふくろさんは俺に笑って会釈した後、親父さんと連れ立って帰路についた。………………そう言えばこの人、親父さんが俺に詰め寄った時、止めてくんなかったな………。

 

 な、なんかめちゃくちゃ疲れた気がするぜ………。昨日は肉体的に、そして今日は精神面の疲労が半端ねえ。明日から学校だってのに、全然疲れ取れた気がしねえぞ………。

 

 さっさと家に戻ろう、と思いくるりと振り向くと、家の扉の前付近に母さん、椿、柊、ミミの四人が突っ立って俺の方を見ていた。

 

 ………………………………。

 

 

 も、もしかして今までのやり取り、見られてたのか………?

 

 背筋を嫌な汗が伝う。

………恐る恐る、四人の顔をうかがう。

 

 その表情は四者四様だった。

 母さんは瞳をキラキラと輝かせ、感激したような表情を浮かべていた。俺と視線が合うと、サムズアップを返して何度もうなずいた。

 椿と柊は対照的にイライラとした不機嫌そうな表情を浮かべていた。俺が二人の目を見ると、「にーたんのバカ!」とだけ言ってそっぽを向いた。な、なんなんだよ………。

 

 そしてミミは………なんつーか、のぼせたような、ぽーっとした表情で俺を真っ直ぐ見ていた。よく見るとほんのりと頬を赤らめているように見えた。

 

 

 ………………な、なんだ!? 何が起こった!?

 

 

 恐らく俺とバルゲリー夫妻のやりとりが関係しているんだとは思うのだが、いかんせんなに口走ったかなんとなくしか覚えていないせいで、イマイチ四人のリアクションの原因を掴めずにいた。

 

なんだか奇妙な様子の四人近づくのが嫌で、家に入ることができない。

 

俺が所在なさげに突っ立っていると、ミミが依然として同じ表情のままややうつむき気味に一歩、二歩、近づいてくる。俺は恐怖から半歩後ずさる。

 

ミミが口を開き、顔を上げ、俺の目を見て言葉を発する。

 

 

 

「シアワセに………してクダサイね?」

 

 

 

 ミミの言葉を聞いて、母さんは「キャー!! キャー!!」と嬌声を発した。

椿、柊は声を合わせ「にーたんのバカーー!!」と先ほどより大きな声をだした。

 

 

 

 わ、分けわかんねえ………数分前の俺、一体何を口走りやがったんだ………。

 

 

 






はい、以上、ミミの両親の説得回でした。
………いや、ほんとはもっとさらっと済ませる予定だったんですが、色々詰め込み過ぎた感あります。

正直中盤とか後半は特に雑になってしまった部分かな―りある……正直余裕が出来たら書き直したい……。

ミミパパミミママ動かすのムズイね!
ミミママに至っては原作に名前しか出ないので完全想像です。
原作読んだ感じだとミミは見た目は父親似らしいので、中身を似せるイメージで書いてみました。

とりあえず無駄に長かったゴールデンウィークがようやく終わり。
ようやく学校パートが書けます。
真帆紗季とか雅美とかげったんとかようやく出せるぞ、やったね!

ただ、書き溜めが尽きたので次話投稿まで若干間が空きそう。
一週間以上はあかないと思いますが。

めどが立ったらツイッターで呟くので気が向いたらフォローしてやってください……。




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■第十一話 ボンバーガール

微妙に時間が空きました。

展開自体はできていたのですが、ディティールが決まらなかったです。

ちょっとずつ見てくれている方が増えているのが嬉しい。
か、感想期待しちゃうな―(チラチラ


「タケナカ、朝デスよ。起きてクダサイ」

 

「うおっ!」

 

 シャッ、という甲高い音ともにカーテンが開き、寝ぼけた顔に朝日が差し込む。それだけで、ぼんやりとした頭から眠気が吹き飛ぶには十分すぎるほどの刺激だった。

 

 俺は自分の体を覆っていた掛布団をめくり上げ、上半身を起こして軽く伸びをした後目をこすり、カーテンの側に立つ自身を叩き起こした元凶であるそいつの顔を眺める。

 

 

 銀髪碧眼のフランス人少女、ミミ・バルゲリー。

 

 

 昨日のバルゲリー夫妻との一悶着から一夜明け、晴れて我が家に居候の身となったそいつは、昨日と同じくエプロン、ポニーテール、三角巾の家事モードの恰好でにこにこと機嫌のよさそうな笑顔を浮かべていた。

 

「おはようございマス、朝ゴハン出来てマスよ」

 

「………おう、おはよう」

 

 ミミから投げかけられたあいさつに対し、何も考えず挨拶を返す。………………そういや、今何時だ? 昨日まで休みだったから若干ボケてっけど、そういや今日学校あったよな?

 

 そう思い、机の上に乗っているハズの目覚まし時計を見て時刻を確認しよう………と思ったところでふと部屋の間取りが自室と違うことに気付く。

 

 

 …………ああ、そういや、自室のベッドをミミに譲ったから、俺は父さんの部屋で寝たんだったわ。

 

 

 

 ———昨日、ミミの両親が帰った後、ミミの今後について軽く話し合った。

 

 

 

 その話し合いのテーマの一つが、ミミの部屋をどこにするか? についてだった。

 

 しかし、ミミがベッドでないと眠れないという話を聞いていたので、必然的に我が家で唯一ベッドのある旧俺の部屋をミミの部屋として貸し出すことが決まった。

机やタンスなど大きい家具については父さんの部屋にあるものを使えばいいので特に移動せず、服や教科書類、部活で使うバスケ用具など細かいものだけを移動させた。

 

 ミミは居候の身で俺の部屋を奪ってしまうことに対して酷く恐縮した様子だったが、無理に布団で寝て背中を痛められても困る、というとそれ以上は何も言わなくなった。

 

 ベッドを父さんの部屋に移動させ、ミミが父さんの部屋を使う、という案もあったのだが、ベッドを移動させるのがそもそも結構大変だったのと、「あの人の部屋でミミちゃんを寝泊りさせるのはなんか犯罪臭がするからダメ」という母さんの猛反対を受けて却下された。………父さん、本当にすまん。

 

 まあそんなこんなで俺は父さんの部屋に移動となったため、自室の見慣れた目覚まし時計の代わりに壁に掛かった無骨な掛け時計で時間を確かめる必要があった。

 

 実際に時間を確認してみると、時刻は午前六時五十分を指していた。………着替えて、朝飯食って、学校行く準備してたらいつも家出てるぐらいの時間になるか。朝練やってる時間はねーなこりゃ。

 

「………わりーな、朝練やろうって誘ったのに、こっちが寝坊しちまって」

 

「イエ、タケナカ、昨日はオツカレだったと思うノデ仕方ないデス。今日からやりまショウ」

 

 頭を掻きながら謝罪した俺に対し、ミミは気にしていないといった風にかぶりを振って否定した。

 

「おう………ところで、昨日はよく眠れたか? あー…………、野郎が居たむさい部屋で寝泊まりさせるなんて、よく考えたらキツかったよな」

 

「ノン、そんなことないデス。昨日はぐっすりデシタ。こちらこそ、部屋をお借りしてシマッテ申し訳ないデス」

 

 そう言って、ミミはぺこりと俺に対し一礼した。まあ気にしてねーならよかったわ。

………ところで俺、体臭とか大丈夫だよな……? やべえ、今まで全く気にしたことなかったのに、急に気になってきたぞ……。

 

「タケナカ、あんまりゆっくりしていると、遅刻してしまいマスよ? ………朝ゴハン、作ったので食べて欲しいデス」

 

 俺が内心不安に駆られていると、ミミが遠慮がちにそう言ってきた。………お、おお。そうだったな。

 

「そう言えばお前、飯なんか作れたのか? 意外だな。微塵も家庭的な印象なんて無か

ったのに」

 

「ム、シツレイデスネ。これでもママのお手伝いをしていたノデ、センタク、ソウジは出来マス………………マア、料理は確かにしたコトなかったデスが、これからオカアサマが教えて下さるそうナノデ、習得してみせマス。実際、さっきまでお料理を教わってマシタ」

 

 そう言ってミミはふんす、気合の入った表情を浮かべた。………まあ、なんだかんだ母さんと上手くやってるみたいでよかったよ。

 

「まあつってもうちの朝飯、パンとサラダと目玉焼きだけだからあんま料理って感じじゃねーけどな。それで教わったつもりになんのは甘いんじゃねーか?」

 

「………………………………そうデスネ」

 

 そう言ってミミはふいっと俺から目を逸らした。………なんだ? なんか含みのある言い方だな………。

 

「タケナカ、そろそろ本当に急がないと遅刻してしまいマス。朝ゴハン、折角作ったノデちゃんと食べて欲しいデス」

 

 そう言って、ミミは急かすようにベッドの上に腰かける俺の腕をグイグイと引っ張った。お、おお………そうだな、ついつい話し込んじまった。

 

 俺はミミに促されるまま部屋を出て、階段を下り、ダイニングルームに行って朝飯を食べた。ミミが作った、と豪語する朝飯はやや目玉焼きの半熟具合が固めだった気がするものの、母さんの作るものと比べてそこまで遜色ないような印象を受けた。

 

 朝飯を食った後は制服に着替え、歯を磨いた後カバンに教科書を放り込んで椿、柊、ミミと四人で学校へと向かった。

 

 四人で学校行くのって新鮮な感じがするな。てか、これからしばらくこんな感じの朝の過ごし方になるのか。………まあ、妹たちもミミも楽しそうだし、悪い気はしねーな。

 

 

 

***

 

 

 

「よーし、今日は授業はここまで。今日やったとこは大事だから、家でしっかり復習しておけよー」

 

 先生の言葉とともに、終業を告げるチャイムが鳴り響く。

 その瞬間、俺は机の上にばたんと頭からぶっ倒れて突っ伏した。三時間目にして、既に脳みそが限界だった。

 

「あー………やっぱ数学は分かんねえ……。別に将来数学者になるわけでもねえのに、なんでわざわざ勉強しなきゃなんねーんだよ……」

 

 呻くように言った俺に応えるかのように、隣で同じように机に突っ伏した真帆が顔だけこっちに向けて、

 

「うー………まったくだ。あたし、将来はスーガクがない国にイジュウしてやる………」

 

「ホーテイシキなんて、将来使う場面あんのかよ………。うちの父さん母さんが使ってるとこなんて見たことねーぞ……」

 

「ホントにそーだよ………。あたしのおとーさんもファッションのことしか考えてねーもん。うー……スーガクさえなければあたしはユートーセイなんだけどなー」

 

 いや、お前は英語以外他も全部ダメだろ………。それにお前の親父さんは一応社長なんだし、ファッションのことしか考えてねーわけねーだろ。

 そう思ったが、内心突っ込むにだけに留めておく。わりーが今真帆と口論している体力は残っていないのだ。

 

「ホラ、あんたたち、文句言ってないでちゃんと復習しときなさいよ。宿題出てたでしょ。直前で写さしてくれっていうのはナシだからね」

 

 俺らがそんな風にぶー垂れていると、後ろの席から本物の優等生、永塚紗季が会話に混ざってきた。………相変わらず、うちの母さんみたいなこと言うやつだ。

 

「つれねーこと言うなよサキー。あたしら友達じゃん!」

 

「友達だから言ってあげてるのよ! ……まったく、ちゃんとゴールデンウィーク中に予習しておけばこんなことにならなかったのに」

 

「ぶー、しょーがねーじゃん。ゴールデンウィーク中はずっとバスケやってたんだからさー」

 

 真帆はそう言って口を尖らせた。

 

「あれ、女バスってゴールデンウィーク中合宿も練習もねーんじゃなかったっけか?」

 

 事前に聞いていた話と違ったので、俺は疑問に思ってそう尋ねた。

女バスは男バスに比べて結構緩いらしく、ゴールデンウィーク中は完全オフで練習も合宿もないらしい。真帆が、ぬる過ぎる! と文句を言っていたので微妙に覚えていた。

 

「結局、真帆の別荘に集まって合宿やったのよ。私たち二人とトモ、ひな、愛莉の五人だけで」

 

 そういうことか。つーかこいつらほんと仲いいな。

 

「なるほどな。でも五人だけって、結構出来ること限られるだろ。他の同学年の奴とか先輩とかも誘えばよかったんじゃねーの?」

 

「そうなのよね。何も考えずいつもの五人だけで行って後から気付いたわ……」

 

 紗季は若干後悔を孕んだような声でそう言った。こいつのことだから自分がちゃんと気付いて提案できなかったことに責任感じてそうだな………。

 そんな紗季とは対照的に、真帆は機嫌よさそうに笑って、

 

「でも楽しかったなー。買い物にも行ったし、ボードゲームもしたし、一緒にバーベキューもしたしな!」

 

 ………………本当にバスケの練習しに行ったんだよな?

 

 俺が訝し気な視線を送ると、紗季は気まずそうに視線を逸らした。

 

「れ、練習はちゃんとしたわ。………ただ、折角のゴールデンウィークだってことで遊びの割合がそこそこ多かったってだけで……」

 

 ………その「そこそこ」がどの程度なのか是非とも問いただしたいところだが、まあ一年生のゴールデンウィーク位、羽目を外して遊ぶのが罪だとは思わねーし、追及はしないでおいてやろう。

 

「夏陽はゴールデンウィークは合宿だったんだっけ? 男バスは結構練習厳しいのよね?」

 

「まーな。………まあ、望むところって感じだから別に俺はいいけどな。今のうちに上手くなって、二年に上がるころにはスタメンになってやるぜ」

 

 そう言って不敵な笑みを浮かべてみせた。

 

 うちの男バスは割と実力主義なので、下級生であっても使える選手は積極的に使うことが多い。さすがに三年生とは力も体格も経験値もかなり差があるので勝てる気はしねーけど。二年生相手なら現時点でも結構戦えるのでは? と思っている。ふふふ、これでもうちの代はけっこー歴代でもつえーからな。全国初出場も夢じゃねーと思っているぜ。

 

 俺がそんな風にメラメラと野望に燃えていると、真帆と紗季がニヤニヤとした表情でこちらを見ていた。………な、なんだよ。

 

「きゃー、頑張ってるナツヒ君かっこいー」

 

「ちゃんと男の子してるわねー。すてきー」

 

「くっ……茶化すんじゃねーよ。見てろよ、本気でスタメンなってやるからな!」

 

 俺はそう言い捨てると、真帆と紗季から顔を背けた。………ふん、こういうやつらは結果を出して黙らせてやればいいのだ。

 

「ごめんごめん、ちゃんと応援してるわよ。ちょっと男の子してる夏陽見てたら、からかいたくなっちゃっただけよ」

 

「そうそう、こんくらいでいちいちスネんなってー。ナツヒがちゃんとオトコノコしてておねーさん、安心してただけなんだからさー。にししっ」

 

 そう言って紗季は俺の頭をポンポンと軽く叩いてきた。真帆も真似して俺の頭をわしゃわしゃと乱雑に撫でてきた。ちょ、やめろバカ!

 

「なんなんだよ男の子してるって! それに同い年なんだからいちいち年上面すんじゃねーよ! ちょっとお前らの方が誕生日早いだけなのに、いつまでたっても姉貴面してきやがって……」

 

 昔から割とこうだった。こいつらの方が誕生日が早いのをいいことに、ことあるごとにこいつらは俺を弟扱いして茶化してくる。去年は割と疎遠だったから、すっかり鳴りを潜めていたが、今年になってちょくちょく復活した。

 

「あら、夏陽が結構前に年上の兄姉が欲しいって言ってたから、私たちがお姉さんになってあげてるんじゃない。寧ろ感謝して欲しいわね」

 

「そーそー。年上に甘えたいオトシゴロのナツヒ君のために姉替わりになってあげてるのに、モンクいうなんてゼータクな奴だなー」

 

 そう言って真帆と紗季はクスクスと笑った。

 

 ハッ。あれはバスケの上手いカッコいい兄ちゃんが欲しかったって意味で言ったんだっつーの。断じてことあるごとに俺を揶揄ってくる意地悪な姉が欲しいって意味じゃねえ!

 

 くそ………こいつらをまともに相手にしていたらキリがねえ……。残り少ない体力を持っていかれちまう………。

 

 そう思って、俺は真帆と紗季に背を向け、教室の入り口の方に顔を向けた。そして、教室の入り口付近に何やら人だかりができていることに気付く。二人と話していて気が付かなかったが、教室中から注目が集まっているようだった。………一体なんだ?

 

 

 

「めちゃくちゃカワイイー! お人形さんみたい!」

 

「髪の毛凄く綺麗……くっ、女子として羨ましい……」

 

「制服からして初等部の子よね……? やーん妹に欲しいわー」 

 

 

 

 よく見ると女子の割合がかなり多い。十人近い人数で誰かを取り囲んできゃいきゃいと楽しそうに話しているようだった。よく今まで気が付かなかったなと思うほどだ。

 

 

 

「何しに来たの? 誰かの妹さん?」

 

「バカね、うちのクラスに外国人の生徒なんていないでしょ? きっと迷子よ。転校生の。大丈夫? お姉さんが案内してあげようか……!?」

 

「ちょっとあんた、鼻息荒いわよ……」

 

「ム、ワタシは迷子などデハありまセン。ちゃんとこの教室に用があって来たのデス」

 

「あ、そうなんだ……てか日本語ペラペラじゃん! あと声めっちゃ可愛い!」

 

 

 

 そんな調子でワイワイと闖入者をやかましく迎え入れるクラスメイト達。………………ってか、一瞬なんか聞き慣れた声がした気がしたんだが………。

 

 取り囲まれていた「そいつ」は、きょろきょろと人だかりの間を縫って必死に何かを探していたようだったが、俺と目が合うとパッと表情を明るくした。

 

 

「タケナカ!!」

 

 

 闖入者が大声で俺の名前を呼ぶ。

 

 その瞬間、教室中の視線が、ガバッ!! 俺に集まった。

 

 

 ………今まであまり他のクラスメイトと接触せず、教室の隅っこで大人しく過ごしてきた俺にとって、その視線は苦痛以外の何物でもなかった。

 

 

 ……………い、イヤな予感しかしねえ。

 

 闖入者——というかミミは、そんな周囲の様子を一切意に介すことなく、俺の方目掛けてテテテっと速足で向かってきた。

 

 ミミは俺の前に立つと、緊張した面持ちで俺の顔をじっと眺めている。

 クラスメイトたちも、無言で俺たちの様子をうかがっているのが分かった。教室は、休み時間とは思えないほどの静寂に包まれている。………マジで勘弁してほしい。いつもは騒がしいくせにこんな時だけ静かになりやがって。正直、今すぐ逃げ出してしまいたい。

 

 眼前のミミの姿をよく見ると、手ぶらではないことに気付く。右手に何やら巾着袋をぶら下げていた。

 

 ミミは意を決したような表情を浮かべるとその巾着袋を両手で持ち、俺に向かって差し出してきた。

 

「コレ………食べてクダサイ」

 

「お、おう………。………………………これ、弁当か?」

 

 ミミから巾着袋を受け取って中を見てみると、いつも使っている見慣れた弁当箱が目に入った。………そう言えば、今日は母さんに弁当渡されなかったな。なるほど、そう言うことか。

 

「ウィ、料理はアマリしたことがなかったのデスが……タケナカのオカアサマに教わって、朝早起きして頑張って作りマシタ」

 

 そう言ってミミは下を向いて、手を組んでモジモジと動かした。ま、まあ自分のために誰かが飯を作ってくれる、というのは悪い気はしねーわな。うん。こいつなりのホームステイのお礼のつもりなのか?

 

「お、おう………ありがとな。昼休みにちゃんと食わしてもらうわ」

 

 俺が動揺しつつも口元に笑みを浮かべてそう言うと、ミミは嬉しそうにはにかんで頷く。

 

 そして、元気よく言葉を発した。

 

 

 

「ウィ、お口に合うか分かりまセンガ、タケナカのガールフレンドに相応しくなれるヨウ、ショウジンしマス!」

 

 

 

 ………………………………。

 

 ザワッ……と。

 

 ミミの言葉を受け、静かだった教室に一瞬にしてさざ波のように動揺が走った。……背中から嫌な汗が噴き出してきているのが分かる。それでも内心の動揺を悟られない様、ぐんにゃりと歪みつつも顔には笑顔を浮かべたままだったことを褒めて欲しい。

 

 教室中の注目を集めている中で爆弾発言を残した等の本人はそれに全く気付くことなく呑気にニコニコと笑っていた。そして、急に何かに気付いたような表情を浮かべる。

 

「あ、もうソロソロ次の授業が始まってしまいマスネ……。名残惜しいデスガ、これにて失礼しマス。次に活かしたいノデ、放課後味の感想を聞かせてくれると嬉しいデス……それデハ」

 

 そう言ってミミは、しゅたたっと足早に教室を去っていった。

 

 

 

 ………………………………………。

 

 

 

 教室中からヒソヒソとした話し声が聞こえてくる。何について話しているのかは言うまでもない。内容については怖いからあまり聞きたくはないが、「初等部の子と……」「誑かすなんて……」「ロリコン……」「永塚さんと三沢さんは……」「三又……?」というワードだけが断片的に聞こえてきた。どう捉えても俺にとって都合の良い話でないことだけは確かだった。

 

 それに、クラスメイト達以上にさっきから背中に突き刺さっている二本の視線とプレッシャーが痛くてしょうがなかった。ま、まずはそっちの方から何とかしねーと………。

 

 

 そう思って振り向こうとした矢先、無情にも四時間目の始業を告げるチャイムが鳴り響いた。

 

 

 そのため、真帆と紗季への説明は昼休みに先延ばしとなってしまった。

 

 ………正直、俺自身もあまり脳みそが追い付いていなかった。そのくらい、奴の残していった爆弾の威力はすさまじかった。

 





第十一話でした。

久々に書く幼馴染三人組の掛け合い楽しいです。
この三人だと夏陽が末っ子扱いされている気がする、という若干の独自解釈。

次話も一週間以内に投稿できるよう頑張りますので、何卒応援よろしくお願いします。<(_ _)>


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■第十二話 すばらしき腐れ縁2

遅くなった割に3000字程度なんでかなり短めです。。。

仕事の合間を縫って執筆しているのですが、今週ちょっと忙しかったです。


「見たかよ、今のカーライルのフェイクからのレイアップ! やっぱフォワードたるものどんな状況からでもシュート決められるようになりたいもんだよな、真帆!?」

 

「そうだなー」

 

 俺の問いに対し、真帆は興味なさそうに自分のケータイを弄りながらそう返答した。

 

「くっ……………………。ちょ、直前のカリーのアシストも見事だったよな! やっぱポイントガードとしてはあーいう一瞬のスキを突いたパスにあこがれるよな、紗季!?」

 

「そうねー」

 

 紗季は行儀よく黙々と弁当を食べつつ、どうでもよさそうにそう呟いた。

 

 

 

 ——四時間目が終了し、迎えた昼休み。

 

 

 

いつものように真帆と紗季と机を囲んで昼食を取り始めたのだが、そこにはなぜか全く会話はなかった。いつもならやれゲームの話だの、バスケの話だの、勉強の話だの、おすすめの本の話だの話題は尽きないのだが、今日はなぜか二人とも一言も言葉を発さず黙々と食事をし続けていた。

 

流石に気まずすぎる、と思った俺はケータイを取り出し、一緒に見ようと思って用意してきたNBAの試合の動画(いつもは食後に見ている)を流し始めたのだが、結果は御覧のあり様だった。

 

 十中八九、こうなった原因は先ほど教室に乱入してきたミミの爆弾発言が原因なのだろう。俺としては、てっきり昼休み開始と同時に質問攻めをされると思っていたのだが、結局二人は押し黙ったまま特に何も言わなかった。そのうち聞かれるのか? とも思い様子をうかがっていたのだが、一向に質問が飛んでくる気配は無い。ただ態度でビンビンに圧は感じるのでタチが悪い。ってか、こうなると今更俺からはスゲー切り出しにくくて仕方がない。

 

 額に脂汗を浮かべながら、俺は弁当箱の中の玉子焼きに箸を伸ばし、口に放り込む。………ちなみに、ミミの作った弁当は少し普段より味付けが濃い感じがしたものの、普通に美味かった。というか、濃い味付けの方が好みな俺としては、下手したら普段より美味く感じるまである。………こういうとこ、案外器用なのな、あいつ。

 

 そう思い、俺がふっと口元を緩めると、急に紗季が鋭い視線を向けてきた。な、なんだよ………。

 

「そのお弁当………」

 

「お、おう………」

 

「おいしい?」

 

「お、おう………ちょっと濃いけど、まあ割と好きな味だな」

 

「ふーん………………………………」

 

 それだけ言うと紗季は再び自分の弁当箱に視線を向け、食事を再開した。

こ、怖え………なんだったんだ今の。

 

 紗季から顔を逸らし、再び弁当に舌鼓を打つ。ふと視線を感じ、顔を上げると、今度は真帆がこちらをじーっと見ていることに気付く。よく見ると俺の顔でなく俺の弁当箱をじっと見ていた。

 

「とりゃ」

 

「あ、おいこら!」

 

 真帆は俺の弁当箱に箸を伸ばし、残っていた最後の玉子焼きを摘まむと、俺の制止も聞かずそのまま口に運んだ。こ、こいつ………!

 

「もぐもぐ……………。お、普通においしい」

 

「くっ………………。さ、紗季! なあコイツ人の弁当箱に勝手に箸突っ込みやがったぞ! 行儀悪くね?」

 

「ごめん、見てなかったわ」

 

 紗季はそう言ってシレっとした顔で黙々と自分の弁当を食べ続けた。いつもなら目ざとく見つけて口うるさく行儀がどうの言ってくるくせに………!

 

「だ、大体なんなんだよお前ら、さっきから変な態度ばっか取りやがって!! ………は、ははーん、分かったぞ。もしかしてお前ら拗ねてるんだろ! 俺がミミに取られんのが嫌だから、そんなそっけない態度取ってるんだろ!」

 

 そう、ヤケクソ気味にやや挑発するように言い放つと真帆と紗季はきょとんとした表情で顔を見合わせた。そして俺の方に向き直り口を揃えて言葉を発した。

 

 

 

「「ナツヒ(夏陽)に彼女ができるのが単純に生意気でムカつくだけだ(よ)」」

 

 

 

「お前ら最悪だな!!」

 

 要するに単なる俺に対する妬みが原因らしかった。気を使って損したわ!

 

「てかナツヒ、ひなはどーすんだよひなは。まさか相手にされねーからってあっさり乗り換えたのかよー」

 

「多分、お人形さんみたいな見た目なら誰でもよかったのよ。最低ね」

 

「人聞き悪りーこと言ってんじゃねーよ! ってか、勝手に憶測で話進めんな。別にホントにミミと付き合ってるわけじゃねーよ……。これには事情があるんだっつーの!」

 

「「事情……?」」

 

 訝し気に俺を見る真帆と紗季に、俺は簡単にこれまでのいきさつを説明した。

 

 ミミがフランスへ帰ることになったこと。

 俺がそれを止めるため竹中家へのホームステイを勧めたこと。

 母さんを納得するためミミが俺のガールフレンドであると嘘をついたこと。

 

 ………………半ば勢いで事情を説明した後で、ミミに断らず勝手に話してよかったのだろうか、という不安が浮かんだ。まあでも遅かれ早かれ露呈するし、真帆はともかく先には心配を掛けていたから、早めに伝えておいた方が良いよな……。

 

 俺の説明を聞いて、真帆は納得したような顔を浮かべて、

 

「なるほどなー、そういうことだったのか。ミミミミがフランスに帰らずに済んでよかったな!」

 

「………ま、誤解が解けたみたいでよかったわ」

 

「よく考えたらミミミミとナツヒってどう考えても釣り合ってねーもんな! そこでまず違和感に気が付くべきだったか………」

 

 ほっとけ。

 

 納得した様子の真帆とは対照的に、紗季はやや申し訳なさそうな表情を浮かべていた。

 

「………なるほどね、夏陽なりに私のお願いをちゃんと聞いていてくれたのね。ありがと」

 

「………ま、お前には普段世話になってるしな。ミミに帰られるのは俺としても困るし、感謝される筋合いねーよ」

 

「それでも、ありがと。………なのに、茶化すようなこと言っちゃって悪かったわね」

 

 ………………………………………………。

 

 こういうとこ律儀だよな、こいつ。

 

「………別に、お前らが俺のこと茶化すなんていつものことだろ。今更気になりゃしねーよ」

 

「う………………あ、あたしも、ごめん。後ありがと、ミミミミのこと引き止めてくれて」

 

 紗季に倣って、真帆もバツが悪そうな表情を浮かべて俺に謝って来た。

 

「い、いやだからもういいって言ってんだろ。お前らがそんなだと俺も調子狂うっつーの!!」

 

 俺は気まずさから顔を背けた。揶揄われるのも面倒くさいが、急にしおらしくなられるのもそれはそれで面倒くさい。こちらはどういう態度をとったらいいのかわからなくなってしまう。

 

「おら、もうその話はやめにして、いつもみてーにバスケの動画でもみよーぜ! せっかく家でダウンロードしてきたんだからさ」

 

俺がそう言って真帆と紗季を促すと、二人は顔を見合わせて嬉しそうにクスクスと笑った。な、なんだよ………!

 

「ま、その方があたしたちらしいしな!」

 

「そうね、いつもみたいに夏陽先生に色々バスケのこと教えてもらいましょうか」

 

「………最近はもう俺が一方的に教えるって感じでもねーだろ」

 

 俺は気恥ずかしさからそう言って、再生ボタンを押した。先ほど途中で中断したNBAの試合の続きが流れる。人をあっと言わせるようなプレーの数々に、俺も真帆も紗季も同じバスケプレーヤーとして心を躍らせる。

 

 

 ………低学年のころからずっと一緒に遊んできたこいつらと、今こうして同じスポーツで盛り上がることのできるこの時間は、悪くねーな、と思う。口に出したらぜってーからかわれそうだけどな。

 




割と前から考えていた下りなのですが、しょっちゅう筆止まってしまった。。
その場で考えた展開とかの方がすらすらと書ける気がするのは何故なんですかね。。。

なるはやで次投稿します。


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■第十三話 東京遠征を経て

お待たせしました(-_-;)

週一投稿とかいって全然守れてないですね……申し訳ないです。
今後も二週間~三週間に一回投稿くらいになりそう……。

がっつり真面目にバスケの話する回です。そこそこ下調べ自体はしたのですが、筆者があまり詳しくないのでご容赦下され。(コメントで優しく指摘していただけると助かります)


「よし、全員集まったな」

 

 時刻は十五時半頃。

放課後の部活が始まる時間である。

 

 いつもならストレッチを終え、美星の掛け声でフットワーク練習が始まる時間なのだが、今日は体育館脇のホワイトボードの前に俺と美星と部員たちの慧心女バスメンバー全員が集合していた。体育座りでホワイトボードに注目する部員たちの表情は真剣そのものだ。

 

その理由とは。

 

「んじゃあ、早速東京練習会の振り返りを始めるぞ。今回見えてきたチームの課題とか踏まえて練習メニュー組みなおすから、そのつもりで聞けよ」

 

 俺がそう言うと、部員たちは気合が入ったのか表情を引き締めた。特に試合に出ていた

六年生部員たちからは強い気持ちを感じる。

 

 ちなみに、今回の振り返りでは俺がメインで喋ることになっている。美星はあくまでサポートだ。コーチの経験はないので別に慣れているわけじゃねーが、まあ素人の美星よりは俺が考えた方が良いだろうしな。

 

 俺は部員たちに背を向け、ペンでホワイトボードに対戦相手となった学校名と、スコアを書き込んでいく。

 

「対戦相手は、九重、八千代松陽、六花、五色中央………とまあ、どこも全国常連の名門校揃いで、苦戦を強いられるだろうな、とは思っていたんだが——」

 

 そこまで話したところですべて書き終わったので俺は再び部員たちに向き直った。

 

 

「——まさか全敗とはな」

 

 

 俺の言葉を受けて、六年生部員たちは悔し気に顔を歪ませた。

 

 

 そう、俺も椿から渡されたスコアブックを見て驚いたのだが、今回の練習試合でうちはすべての試合で敗北を喫してしまっていた。去年の六年生相手に勝利とはいかないまでも善戦できるくらいにまで成長していたと思っていたので、この結果は正直意外だった。 

 

 

 ——しかし、全くの予想外、というわけでもなかった。

 

 

「戦ってみて、正直どう思った?」

 

 俺の考えを言う前に実際に戦った奴らに話を聞きたかったので、俺は六年生たちに話を振った。

 

 真っ先に口火を切ったのは椿と柊だった。

 

「強かったよ。………まあ、ボクたちに勝ったんだから当たり前なんだけど……」

 

「後、なんか戦いにくい試合が多かったよね。あほ真帆たちと戦った時となんか違う感じがした」

 

 自身が負けたにもかかわらず、思いのほか冷静に二人はそう感想を述べた。………感情のままに負け惜しみを言うかも、と思っていたのだが、侮ってたな。にーちゃん嬉しいぜ。

 

「そうだな。俺たちの練習相手って基本的には真帆たち元六年生チーム達だけだったからな。だが、公式戦はいろんなタイプのチームと戦わなきゃなんねー。そのためにはいろんなチームと練習試合する必要があるな」

 

 俺はそう言ってホワイトボードに『課題① 様々なタイプのチームと戦える力をつける』と書く。そしてそのすぐ下に右矢印を書き、『なるべく多くの学校と練習試合を行う』と対策を書いた。

 こんな感じで、チームの育成のためには課題と対策をはっきりさせるとよい、ということは長谷川から教わった。まあ完全に見様見真似だが、そこまで的外れなことは言っていないはずだ。

 

「てなわけで、県内だろうが県外だろうがなるたけ練習試合は積極的に行いたい。今回の練習会でいろんな学校とつながり持てたわけだしな。美星、わりーけど——」

 

「ああ。他校との交渉は任せとけ。いろんな学校に声かけてみるわ」

 

 そう言って美星はドン、と胸を叩いた。

 コーチとしての勉強や授業の準備等で忙しい美星にこれ以上負担をかけるのは正直忍びなかったのだが、まあそう言うことできる大人は美星しかいねーしな。

 

 俺たちの話を聞いて、今まで黙っていた雅美が口を開く。

 

「でも、他のチームとの戦いに慣れてないとはいえ一回も勝てないとは思いませんでした。自分たちの力を過信してたわけじゃないですけど、一応私たち紗季たち相手に互角に戦えていたわけじゃないですか。認めるのは凄くシャクですけど、紗季たちってそこそこ強いですよね? あの硯谷と互角だったわけですし」

 

 なるほど、もっともな疑問だな。

 

「まあ、いくつか理由はあると思うぜ。………まず一つ目だが、真帆たちと戦った時の硯谷はチームとして未完成だったってのはあるな。葦原と都大路の五年生二人の成長が最終的にチームの力を大きく引き上げたように見えたしな。あの二人……特に葦原は俺らと戦った時はチームに馴染めてなかったし、あいつがチームプレイできるようになったってのが一番でかいだろ」

 

「………私たちと戦った時は万全じゃなかったってことですか。ムカつきますけど、確かに説得力はありますね」

 

 雅美は顔をしかめて頷いた。

………まあ、あの二人を大きく成長させた一番のきっかけは多分うちとの試合なんだろうがな。

 

「二つ目は相性だな。これは二つ目の課題にもかかわってくる話なんだが、お前たちにとって真帆たち五人は比較的相性のいい、戦いやすい相手だったってことだ」

 

「相性?」

 

 雅美はそう言って首をひねった。

 

「まあ、端的に言うと俺たちは平均身長の高いチームと相性が悪いってことだ」

 

 俺がそう言うと雅美は合点がいったような表情を浮かべ、

 

「………なるほど、ミスマッチですか」

 

 そう、心当たりがありそうな声を発した。

 

 ミスマッチとは、主にマッチアップをしているオフェンスとディフェンスの身長差が不釣り合いであることを指すバスケ用語だ。当たり前だが、基本的に身長の低い方が不利となる。例えば背の高いオフェンスに対し、背の低いディフェンスがマッチアップしているような状況だと、オフェンスは特にインサイドで得点がしやすくなってしまう。

 

 こういったミスマッチは本来であればピック&ロールなどの戦術を用いて意図的に作り出すものだ。しかし現慧心女バス六年生五人はかげつ以外の四人の身長が低いため、平均身長の高いチームを相手にした際にこの身長差のミスマッチが常態化してしまっている。

 

 今回の練習試合においてもこのミスマッチが原因でゴール下の主導権を敵に握られてしまい、得点差を広げられてしまうというケースが非常に多かった。

 

「わかりやすいのは五色中央戦だな。単純な総合力で言えば九重と八千代松陽の方が高いのに一番点差をつけられちまった。理由は単純明快。戦ったチームの中だとここが一番平均身長が高いから。ミスマッチが生じまくった結果、インサイドで好き放題にやられてボコスカ得点を決められたっつーわけだ。………ここまで言えば真帆たちが俺たちにとって戦いやすい相手だっつった理由が分かんだろ」

 

 俺はそう言って、うちのインサイドの要であるかげつに視線を向ける。

 

 俺の問いかけに対し、不甲斐なさと悔しさの入り混じったような複雑な表情を浮かべてかげつが答える。

 

「真帆先輩たち元六年生は平均身長は高くない………愛莉先輩は確かに背が高いけど、私がマッチアップすればそこまで大きなミスマッチは生じない。だからインサイドでも比較的互角に戦えるから………ですか?」

 

「ま、そういうこったな」

 

 そう言って俺はホワイトボードに『課題② インサイドで戦える力をつける』と書き、その下に右矢印を書いて『リバウンドの技術を磨く』と書いた。

 

 リバウンドっていうのは簡単に言うと外れたシュートを拾う技術のことだ。………こういう言い方をするとバスケを知らない人からすると地味に聞こえるかも知んねーが、リバウンドを制する者は試合を制す、という格言が存在するほど重要だったりする。

 

「まあ、インサイドの技術っつってもリバウンド以外にも腐るほどあるし、一言で言い表せるもんじゃねーけどな。とりあえず目下一番何とかしなきゃなんねーのがリバウンド力の向上だから、とりあえず最優先でやるぞ。特に椿、柊、ミミの三人な」

 

 俺がそう言うと、最前列に座る椿、柊、ミミの三人が顔を見合わせ、微妙な顔をした。なんだ?

 

 俺が怪訝な顔をしていると、柊が遠慮がちに口を開いた。

 

「あの、にーたん。ボクたち身長低いからリバウンド参加には向かないんじゃない? ゲッタンの次に身長が高いましゃみの方が向いてると思うけど……」

 

 なるほどな、まあ身長低いからリバウンド勝てないって散々話してたしな。そう思うのも無理ねーわな。

 

「雅美はロングシュートあるから基本アウトサイドだし、他の仕事もあるからリバウンドはとりあえず後回しだな」

 

「うーん、で、でも——」

 

「まあ聞けよ。確かに身長はリバウンド取るうえで重要な要素だけど、あくまで要素の一つってだけでそれだけで全部決まるわけじゃねーよ。………まあ、この辺は話すと長くなるから、実際に練習する時教えるわ。とにかく、椿、柊、ミミの三人は最優先でリバウンド技術を磨くこと! 分かったか?」

 

 椿、柊はまだ自信なさそうな表情を浮かべていたが、一応理解したとばかりにコクンと頷いた。

 一方ミミは対照的に力強く頷き、

 

「ウィ、分かりマシタ。タケナカがワタシを必要としてくれるなら、ワタシはゼンリョクでそれに応えてみせまショウ。ゼンシンゼンレイデス」

 

「お、おう………ま、まあ頼むわ」

 

 気合の入った表情で目をキラキラさせるミミに対し、俺は若干引き気味で返事をした。

 

 そんなミミと俺の様子を見て、椿と柊は不機嫌そうな、雅美とかげつは怪訝そうな表情を浮かべていた。………そういやこの二人にミミのホームステイについてまだ話してなかったな。まあ、積もる話だし、部活中にする話でもねーし、とりあえず今は置いておくか。正直話すの気が重いんで、後回しにしてーし。

 

 俺は軽く咳払いをして再び皆の意識を振り返りに戻す。

 

「………コホン、サクサク行くぞ。試合見て他に思ったのが、やっぱりお前たちは速攻主体のチームだってことだ。他にチームに比べて速攻の成功率がかなり高い。これは強みだと思っていいと思う。……だが一方で速攻が決まらずセットオフェンスにもつれたときの得点成功率はかなり低い。オフェンスの仕方にはやっぱり改善の余地があると思う」

 

 そう言って俺はホワイトボードに『課題③ セットプレーの改善』、『課題④ 速攻の質の向上』と二つ続けて課題を書いた。

 

 バスケには主に二つの攻撃パターンがある。それがさっき言った『速攻』と『セットオフェンス』の二つだ。

 

 速攻というのはその名の通り相手のディフェンスが戻りきる前に攻め、得点を決めてしまう攻撃パターンのことだ。去年葵おねーさんの指導の下必死こいて習得したラン&ガンオフェンスがこれにあたる。セットオフェンスはその反対で、相手ディフェンスが全員自陣に戻りきった状態でのオフェンスのことを指す。

 

 今年の慧心女バス六年五人はこの速攻をかなり得意としてきた。

 

 速攻には味方の素早いパスに対応できる反射神経と相手ディフェンスを抜き去るスピードが要求される。

 

 身内贔屓抜きに、今年の女バスの六年生五人は同学年でもトップクラスの運動神経を誇るアスリート集団だ。ミミと椿、柊、かげつの四人はもちろんのこと、雅美も素の運動神経は上から数えた方が圧倒的に早い。

 

 今回対戦した他校の選手たちと比べてもそれは明らかだった。ことチーム全体の「スピード」という点に関しては他の強豪チームをも凌ぐ。全敗したとはいえ、それが分かったのは大きな収穫だった。

 

 だが速攻が決まらず、セットオフェンスにもつれてしまった時は単純に慣れていないというのもあるのだろうが、粗が目立ってしまっているというのが現状だ。

 

「今んとこ、司令塔をやってんのはかげつだったよな。やっててどう思った?」

 

 俺の問いかけに対し、かげつは難しそうな顔を浮かべ、数秒思案したのち口を開いた。

 

「………正直、若干やりにくさはあります。ボールをもらって、パスを誰かに捌いた後リバウンドに回る必要があるのですが、ポジション取りが難しくてリバウンド勝負に勝ててないです。考えることが多くて混乱してしまうというか……」

 

「なるほどな……リバウンドに加えて司令塔まで任せるとかげつにかかる負担がでかくなっちまうわけだな」

 

「はい………。力及ばず、申し訳ないです」

 

 そう言ってかげつは申し訳なさそうに項垂れた。

 

 ——一月ごろからかげつはチーム随一の冷静な性格を葵おねーさんに買われ、リバウンドと司令塔を兼任するポイントセンターの練習に励んでいた。実際かげつは頭もよく真面目な性格だったため始めて一か月後くらいには既にポイントセンターとしてある程度機能し、元六年生との練習試合でも通用するほどの成長を見せた。

 

 しかし、今回の他のチームとの試合では今一つ機能していなかったように見えた。原因は恐らくリバウンドに割くリソースが減ってしまったことだ。チーム唯一の高身長であるかげつのリバウンド力の低下はそのままチーム全体のリバウンド力の低下に直結してしまう。特に五色中央戦では第三Qの終わりから第四Qの終わりまではリバウンドを敵に完全に支配されてしまっていた。

 

「………まあ、リバウンドについても、ゲームメイクについても俺たちは今までかげつに頼り過ぎていた節はあるしな。別に気にする必要ねーよ」

 

 ………というか、他の四人が熱くなりやすすぎて司令塔に向いてなかったのが原因だしな。

 

「とにかく、かげつをリバウンドに専念させるため、一旦ポイントセンターは封印な。とりあえず——」

 

「………私たちの誰かがポイントガードをやる必要がある、ってことですよね?」

 

 俺の言葉を遮るように、雅美が俺の目を真っ直ぐ見てそう言った。

 

「私がやります……というか、私しかいないですし。竹中さんも元々私にやらせるつもりだったんでしょ?」

 

「………気付いてたのか」

 

「当たり前ですよ。竹中さんに貰った私の最近の練習メニュー、ドリブルとパスの強化中心ですし。本当は東京行く前から私にポイントガードもやらせる気だったんでしょ? もっと早く言ってくれても良かった気がしますけど」

 

 そう言って雅美はジトっとした目で俺を見た。

 

「う………それはすまん。自分の判断が本当に正しいのかどうか自信持てなくてな。ドリブルとパスの強化だけ先にやらしとくのは別に損ないし、正式にポイントガード任すかどうかの判断は実際他のチームと戦わせてみてから決めていいと思ったんだよ」

 

 ………まあ、これは完全に言い訳だな。

 

「………それで、出来そうか? ポイントガード」

 

 俺が問いかけると、雅美は不敵に笑って、

 

「クスッ、愚問ですね。紗季が出来てたことが、私に出来ない訳ないでしょ?」

 

「そうだな。お前がちゃんとポイントガードしてたら、きっと紗季も喜ぶと思うぜ」

 

「ちょ!? 別に紗季を喜ばすためにするんじゃないし! あくまで私の方が上だってわからせるために引き受けるんです!」

 

「ああ、分かってる分かってる」

 

 俺がそう適当にあしらうと、雅美は「絶対に分かってないし……」などと何やらぶつぶつ文句ありげな表情でつぶやいていたが、ポイントガードを引き受けること自体に異論はないようだったので放っておくことにする。

 

 まあ、雅美は地頭もいいし、バスケの戦術に関する勉強も紗季に対抗してか去年から結構熱心にやってたしな。割と期待していいはずだ。冷静さに欠けるとこが紗季との一番の違いだが………まあそこは経験積んでもらうしかねーしな。

 

「んじゃあ、雅美をポイントガードにしたセットオフェンスの練習もこれからメニューに加えるからそのつもりで頼む。………四つ目の速攻の質の改善については練習の中で話すから今はいいわ。んじゃあ長くなったけどこんな感じで振り返りは終わり! とりあえず今日もいつも通りフットワーク錬から始めて——」

 

 

 

「ちょっと待つがいいカシラ!!!」

 

 

 

 キーン、と。

甲高い声が体育館に響き渡った。

 

 全員、声のした方に注目する。

 

 見ると、ミミ達と同い年くらいの女子が入り口のあたりで仁王立ちで突っ立っているのが見えた。

 鮮やかな長い金髪を、チョココロネのようにカールさせた髪型の見るからに目立つ女子だった。顔立ちも鼻筋が通っており、おおよそ日本人に見えない。また、制服に身を包んでいるが、慧心のものではない。そして珍妙なことに、右手には書道の授業で使う半紙を掲げている。よく見ると筆で何やら書かれているようだ。字が汚過ぎて、よく読めないが『Dojoやぶり』と書かれているようだった。

 

 

 な、なんかすげーデジャブなんだが………。

 

 

 っていうか、こいつ自体どこかで見たことがある気がする。ちゃんと思い出せねーけど………。

 

 既に漂ってきたトラブルの香りに俺が激しくげんなりしていると、そのチョココロネ(仮称)は不敵に笑って言葉を続けた。

 

「フフフ、ワタクシから漂う圧倒的キョウシャの香りに、既に竦んでしまっているようなノヨ………」

 

 いや、圧倒的不審者の香りならビンビンに感じるんだが………。

 

 俺も含めた全員がぽかん、とした表情を浮かべていると、チョココロネはビシッと左手で指をこちらに指をさしてきた。

 

 

 

「オンテキ慧心学園女子バスケ部に、ワタクシたち由緒正しき五色中央学園女子ミニバスケットボール部がセンセンを布告するカシラ! そしてこのワタクシ、クロエ・ランベールがフランスからおめおめと逃げ出した不届きもの——ミミ・バルゲリーをセイバイしてくれるノヨ!」

 

 

 

 そう、チョココロネは一方的に、高らかに宣言をした。

 




はい、というわけで十三話でした。
内容的にネタにあまり走れなかったです泣

原作で言ってたかげつのポイントセンター云々については資料があまり手に入らなかったので割と想像で書いちゃってます……。

拙作初となる完全オリキャラも登場。まあライバル校出すとなると割とオリキャラ出さざるを得ないみたいなとこあるので許していただきたく。

慧心の後輩たちもそのうち掘り下げないといけないし、結構出さないといけないのかな……。


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■第十四話 騒がしい闖入者

お待たせしました。

見てくれる方がスゴク増えていて嬉しいです。めちゃくちゃモチベにつながってます。
推薦書いてくれた方ありがとうございます<(_ _)>




「宣戦布告ゥ?」

 

「そうカシラ!」

 

 俺の問いかけに対し、チョココロネ——クロエと名乗った女子は得意気な表情で大きく頷いた。

 

 ………というか、発言の情報量が多すぎてイマイチ整理できてねーんだが、コイツ今五色中央学園って言ったか?

 

 数秒間記憶を漁った後、五色中央、というワードとユラユラ揺れる金色のチョココロネを見てようやく気付く。

 

「あ、思い出した。お前、五色中央のフォワードだろ。ミミとマッチアップして抜かれまくってた」

 

「ぬ、抜かれまくってなんかないカシラ! ちょ、ちょっとあの時は調子が悪かっただけナノダワ………」

 

 そう言ってクロエは憎々し気に顔を歪めた。

 

 そうだ。どこかで見たことがあると思ったら、東京練習会の五色中央戦で向こうの選手として出てたわ、そう言えば。金髪を振り乱してミミの周りをやたらウロチョロしてた印象が強い。この容姿だし、そこそこインパクトはあったはずなのだがいかんせん色々ありすぎて記憶から飛んでいた。

 

「で? その五色中央んとこ部員が俺たちになんの用なんだよ。わりーけど取り込み中なんで、冷やかしに来たんなら帰ってもらっていいか」

 

「冷やかしとは失礼な奴ナノヨ!! ……というか、ヨウケンは既に伝えたカシラ! そこのミミ・バルゲリーにテンチューを下してやるっていっているノヨ!!」

 

 そう言ってクロエは顔を真っ赤にして憤慨した後、ミミをビシッ! っと指さした。

 

「ミミの知り合いなのか?」

 

「フランスのクラブの元チームメイトナノヨ! かつては同じポジションをめぐってしのぎを削りあった、いわばライバル………といった関係カシラ!」

 

 そう言ってクロエは得意気にニヤリと笑みを浮かべた。

 

 へー、ミミの地元の奴なのか。まあ確かに外国人っぽい顔立ちだなとは思ったけど、まさかミミと同郷とは思わなかったぜ。

 

 ミミの方をチラ、と見ると何やら苦々し気な表情を浮かべていた。……なんだ? 昔からの知り合いってわりにあんま歓迎ムードって感じじゃねーのはなんでなんだ。

 

……まあ、なんかよくわからんが、とりあえずこいつはミミに用があるみてーだし、当人同士で何とかしてもらうより他なさそうだな……。

 

「なあ、ミミ。お前になんかお前に用があるみてーなんだが」

 

 俺が話を振ると、ミミは心底面倒くさそうな表情を浮かべ、ため息を一つつくと、

 

「ワタシの方はアリマセンので、お帰りクダサイ」

 

 バッサリだった。

 

 ミミの言葉にクロエは動揺したような表情を浮かべ、

 

「チョ、チョット……! わざわざ会いに来てあげた昔のライバルに対してそれはアンマリな言い草ナノヨ!」

 

「ライバルじゃないデス。クロエが一方的に噛みついてきていただけで、ワタシがずっとスタメンだった思いマス。後別にワタシは来てくれって頼んでないデス。………どちらかとイウト、ショウジキ会いたくなかった気分デス。お帰りクダサイ」

 

 再びバッサリと切り捨てたミミの言葉を受け、クロエはガーン、と擬音が付きそうなほどショックを受けた表情で固まった。瞳にはうっすらと涙すら浮かべている。

 

 なんだ? 昔のチームメイト、とか言ってたけど、どういう関係なんだ? ミミがここまで拒絶の意をはっきりと示すのもなかなか珍しい気がするんだが………。

 

 好奇心をそそられたので詳細についてもう少し聞きたかったのだが、当のクロエが固まってしまったため話が進まなくなってしまった。参ったな……。

 

「あー……まあなんだ。用事あったのかも知んねーけど俺たち今から部活あるからよ。学校には連絡入れてやるから今日の所は大人しく帰って貰って——」

 

 

 

「おーい、クロ」

 

 

 

 ヌッ、っと。

 

 クロエの後ろから新たに表れた人影を見て、俺は思わず口を閉ざした。

 

 

 ——背の高い女子だ。

 

 

 身長は香椎と同じか、下手したら少し大きいくらいだろうか。

 浅黒い肌に、端の吊り上がった鋭い瞳。頭の後ろに掻き上げられた乱雑な黒髪は、野性的な印象を際立たせている。

 

 クロエの時とは違い、俺はそいつの名前に心当たりがあった。

 

 

 荒巻真琴。

 五色中央学園のセンター。

 

 

 容貌の通り、長身とフィジカルの強さを武器とし、ゴール下からのシュートとリバウンドを得意とする正統派プレイヤー。

 

 五色中央との試合ではコイツに一番手を焼かされていた印象だった。同じセンターとしてマッチアップしたかげつを完全に封じ込まれ、チーム全体としてのゴール下争いで全く歯が立たなくなってしまったことが直接的な敗因と言っても過言ではなかった。

 

「てかクロ。私を置いて先行くな。体育館の場所分かんなくて困っただろ」

 

 そう言ってそいつはクロエの頭にポン、と手のひらを乗せた。

クロエはそいつを見て、ぱああ、と安心したような表情を浮かべると、

 

「ま、マッキー! 聞いて欲しいノダワ! さっきから慧心の連中がワタクシに対しアンマリなことばかり言うノヨ! 一言言ってやって欲しいカシラ!」

 

「………フーン、なるほど?」

 

 そう言って荒巻はこちらをジロリ、と一瞥する。う………デカいし、なんか威圧感ある見た目してるから迫力あんなコイツ。とても年下の女子とは思えねーんだが。

 

 荒巻はポケットに手を突っ込んだまま、無言で俺たちの方にスタスタと歩いてくる。俺の後ろで五年生以下の後輩たちが怯えているのが伝わってくるのを感じ、俺は一歩前へと踏み出した。俺も正直荒事は得意じゃねーんだが、年下の女子を前に立たせるわけにはいかねーしな。正直怖えーが、いざとなったら大人の美星が居るし、何とかなるだろ。

 

 俺がそう自分に言い聞かせ、竦みそうな心を奮い立たせ荒巻の瞳を真正面から見つめた。

 

 俺の正面に立った荒巻は無表情のまま頭を下げ、

 

 

 

「うちのクロがご迷惑をお掛けしてすみませんでした」

 

 

 

 ………………………………。

 

 因縁をつけられるのか? と思ったら、意外にも荒巻は礼儀正しい口調で俺たちに謝罪した。………なんかワイルドな印象あったから不良みてーなやつなんかと思ったが、意外とちゃんとした奴なのか?

 

 謝罪した荒巻を見てクロエは驚きと同時に憤慨したような表情を浮かべる。

 

「ちょ、マッキー!? ワタクシの話聞いてたカシラ!?」

 

 荒巻は困ったように頭をボリボリと掻きながらクロエを一瞥し、

 

「いや、だって慧心さん困ってるし……。クロがいつもみたく先走って暴走して一方的に因縁つけたんじゃないのか? どうせまだこっちに来た理由もちゃんと説明できてないんだろ。私あんま頭良くないけど、それはなんとなく分かるぞ」

 

「ぐっ………ちゃ、ちゃんと説明したノダワ!! ニックキ慧心学園に、ワタクシたち五色中央学園が宣戦を布告すると! そうちゃんと伝えたノダワ!!」

 

「ほらやっぱ説明できてねーじゃん。なんだよ宣戦布告って。ヤンキーの殴り込みかよ。ちゃんと正しく言葉使わねーとお使いもまともにできねーぞ」

 

「に、ニホンゴはフランス人のワタクシにとってチョット難しいカラ仕方ないと思うのダワ……」

 

「………前から気になっていたんだが、クロ。お前のその馬鹿みたいな口調というか語尾は何とかならんのか。つるんでる私まで馬鹿だと思われたらどうしてくれるんだ」

 

「今!? それ今指摘することじゃない気がするノヨマッキー! て言うか、チームメイトにそんな風に思われてたことが大分ショックナノダワ!」

 

 そんな感じで、クロエはと荒巻は俺たちそっちのけでワーワーと言い合いを始めた。

 

 ………っつーか、いい加減付き合ってらんねーぞ。貴重な練習時間無駄にしたくねーし、こっちとしてはさっさと練習始めて―んだが……。

 

 とりあえずなんか用事が済むまで帰る気はなさそうに見えるんで、さっさとこっちからアクションかけて話勧めるのが一番手っ取り早そうだな……。なんとなくだが、今までのこいつらの話を総合するに——。

 

「えーっと? 五色中央が慧心に対して宣戦を布告するって、つまり俺たちと練習試合がしたいってことでいいのか? 」

 

 俺が遠慮がちに割って入ると、クロエは一転勝ち誇ったような表情を浮かべ、

 

「ホラ! 見るがいいカシラマッキー! ちゃんとワタクシの説明で伝わっていたノダワ!!」

 

「………クロのめちゃくちゃな説明をちゃんと汲み取ってやれるなんて、アンタいい人だな」

 

「マッキー! なんでワタクシじゃなくてこの男の方に感心しているのカシラ!?」

 

 クロエが何回目か分からない憤慨の声を発した。一々付き合っているとキリがなさそうなので、スルーして話を進める。

 

「いや練習試合の申し出はこっちとしてもありがたいけどよ、見たところお前ら二人しかいないみてーだし、急に言われてもこっちとしては用意ができてねーんだが……」

 

「フン!! 別に逃げたいなら別に逃げてくれてもいいノダワ!! その代わり、ミミがワタクシの実力に恐れおののいて逃げて行ったことを、フランスのクラブチームのミンナに土産話として伝え——あいたっ!」

 

 途中まで言い終わったところで、クロエが頭を抑えて蹲った。どうやら荒巻がクロエの頭に軽く手刀を入れたらしい。

 抗議の声をあげるクロエを無視して荒巻は話を続ける。

 

「あ、別に今すぐ試合したいって話じゃなくて、今日は申し込みにきただけなんだよ。どこか適当な土日にでも練習試合をさせてもらえればってだけで。………あ、うちの顧問も了承してる話なんでその辺の心配は必要ない」

 

 ………なるほど、そういう話か。ようやくなんか見えてきた気がするぞ。

 

「まあ、うちとしても練習試合は積極的にやっていきたいと思ってたからとりあえず前向きに検討させてもらうわ。………でも、別に申し込みならわざわざ直接来ずとも電話なりメールなりでよかった気がするんだが………」

 

「いやー……クロが慧心さんとこのミミちゃんにどうしても会いたいって言って聞かなくて……」

 

「ちょ、マッキー!? 何を口走っているのカシラ!!」

 

 荒巻の暴露を聞いて、クロエが慌てた様子で口を挟んできた。

 

「慧心と練習試合したいって言いだしたのもコイツだしな。どうしてもリベンジがしたいんだと」

 

「リベンジ? 練習会での試合なら五色中央が大差付けて勝ったはずだろ」

 

 俺が訝し気な視線を向けると、荒巻は肩を竦めて、

 

「いや、クロがマッチアップしてて一度もそこのバルゲリーさんに勝てなかったって悔しがっててな。……それに私個人としても、なんか練習会で戦った時の慧心は違和感っつーか全力って感じしてなくて、イマイチ勝った気がしてなくてな。上手く説明できねーけど」

 

 そう言って荒巻は気まずそうにボリボリと頭を掻いた。………一瞬皮肉言ってんのかと思ったが、表情みるに本心で言ってそうだな。

 別に全力で戦ってなかったわけじゃねーが、確かに相性の悪さに翻弄されていた印象で本来の実力を出し切れていなかった側面があったのは事実だと思うので、荒巻の言っていることについては的外れだとは感じなかった。どちらかというと準備不足って感じだな。

 

「まあ、分かったわ。さっきも言ったが、練習試合って話なら喜んで受けさせてもらいたいと思ってる。………お前らはどうだ?」

 

 俺はそう言って後ろの部員たちを振り返る。

 皆一様に気合の入った表情を浮かべていた。………愚問だったみてーだな。

 

「もちろん、望むところだよにーたん!」

 

「絶対にリベンジしてやる!」

 

「………一度勝ったことに満足して勝ち逃げしておけばよかったのに、わざわざ倒されに来てくれるなんてもの好きな連中ね」

 

 椿、柊、雅美は不敵な笑みを浮かべてそう答えた。

 

「私も、荒巻さんにはリベンジしたいと思っていたので、その機会を作っていただけるのなら挑戦するだけです」

 

 かげつは、荒巻の目を真っ直ぐ見てそう答えた。荒巻はそれを受けて笑って頷く。

 

 必然、全員の視線が残りのミミに向く。

 

 ミミは数秒黙った後、一瞬俺の方を見た後、視線をクロエに向けた。

 

「……アナタは昔からそうデシタね。一方的に周りを巻き込んで、でもアナタの周りはいつも笑顔で。……毎回突っかかられるワタシの身にもなって欲しいデス」

 

 ボソリ、とミミは小さな声でそう呟いた。

 

 言われたクロエは言葉の意味が分からなかったのか、それともそもそも声が小さくて聞こえなかったのかは分からなかったが怪訝な表情を浮かべていた。

 

「言葉で言ってもわからないのナラ、実力で黙らせてやるだけデス。個人技でも、チームプレイでも、今はワタシの方が上だと証明してあげマショウ」

 

 そう、静かに——でも確かに芯を感じる声でミミはそう言った。

 

 クロエはそれを聞いて心から嬉しそうな表情で笑い、

 

「フフン! 望むところなのダワ! 返り討ちにしてくれるノヨ!!」

 

「いや、挑んだのは私らだから返り討ちだとどちらかというと負けるのは私らの方なんじゃ——」

 

「マッキー! 余計なことは言わなくていいカシラ!!!」

 

 

 

 ——こうして、なんやかんやあって俺たち慧心学園と五色中央学園との再戦が決まった。

 

 

 

 




第十四話でした。

オリキャラ動かすの難しかったです。キャラの方向性を固めるのに時間かかってしまった。
見返すとクロエがただの情緒不安定な子ですねこれ……。
魅力的なキャラってどうやって作るんや……。サグ氏すごいんじゃー


がっつり本編キャラ動かしたいなーとおもいつつ展開が許してくれないという悲しさ。
次回以降割と動かせそうなのでお楽しみに


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■第十五話 ヤキモチ取扱検定二級

オリンピック野球の決勝見ながら書いてました。
日本金めでたいですね!

女子バスケも決勝進みましたね。女子バスケの話書いている身としてはめちゃくちゃ嬉しい!

オリキャラ書いた後に書く本編キャラの絡みはとても楽しかったです。久々の一万字オーバーなのでお時間があるときにでもゆっくり読んでください。


 

 ——五色中央との再戦は五月最終週の日曜日に決まった。

 

 クロエと荒巻が帰った後、俺たちが練習している間に美星がぱっぱと向こうの顧問と連絡を取って日程調整をしてくれていたらしく、部活終了後のミーティング時点ではもう詳細まで決まっていた。

仕事の早い美星GJ! と一瞬思ったが、そう言えばクロエと荒巻に絡まれていた時静観決め込んだまま何もしてくれなかったんだよな、あいつ。

そのことを本人に問いただしたところ、『にゃふふ~だってほっといた方が面白そうだったじゃん?』とのことだった。本当に教師か、おい。

 

 俺が非難の視線を向けると、『ま、こーいう子供同士の揉め事は可能な限り大人が余計な口を出さずに自分たちで何とかさせるのが良いんだよ。ホントにやばくなりそうになった時止めるのが私らの仕事なのさ』と、ウインクしながら笑ってそう言った。………正直上手く丸め込まれた感しかしなかったが、あながち分からんでもないと思ったのでそれ以上は特に追及しなかった。

 

「あのクロエってやつはミミとなんか複雑そうな関係っぽかったけどな………」

 

「竹中さん? 何か言いました?」

 

「あ、すまん。こっちの話だ」

 

「………? ならいいですけど。ちゃんと真面目に話聞いてくださいね。今から対五色中央戦に向けた対策練るんですから」

 

 雅美の言葉で空想の世界に飛びかけた意識が現実へと引き戻される。

 

 

 今いる場所は俺ん家のダイニングルーム。

 

 

 テレビには五色中央とうちの試合のビデオ映像が映し出されている。六人掛けのテーブルには俺と、女バスの六年五人がそれぞれ腰かけていた。

 

 

 

 ——五色中央に宣戦布告された後、興奮冷めやらぬ椿と柊の提案で部活後俺ん家に集まって作戦会議をすることになった。

 

 

 

 リベンジに燃える他の三人も二つ返事でそれに同意。

 しかも今日は母さん仕事で夜遅くまで帰ってこねーしな。リビングを占領しても文句を言われずに済む。

 

 俺としてももっと詳細に東京での試合についてこいつらに聞いておきたかったし、反対する理由はなかった。

特に、五色中央の選手については実際に戦ったこいつらにもっと聞いておきたかった。

 

 目線はテレビに向けつつ、話を進める。

 

「ざっくり言うと、高さとパワーのチームって感じだよな。身長のある選手をインサイドに固めてゴール下からシュートを狙ってくる感じの」

 

「はい、概ねその認識で間違いないと思います。今日の振り返りで竹中さんも言ってましたけど、平均身長の高いチームです。170cmある荒巻はもちろん、他の選手も160cm以上ある選手ばかり。スタメンの五人のうち、160cm切ってそうな小柄な選手はクロエだけですね」

 

「センターの荒巻以外もリバウンド強い選手が豊富ってことだな」

 

「そうですね。ただやっぱり五色中央のインサイドの要はなんだかんだ荒巻だと思います。データに出てると思いますけど、リバウンドもシュートもチームで一番貢献してた印象でした」

 

 俺の問いに対し、雅美は慣れた様子で相手チームの特徴についてスラスラと回答を述べた。

 

 ——ちなみに、俺ん家に集まってこういうバスケの勉強会チックなことをやるのはこれが初めてではない。去年東京に全国大会の決勝を見に行って以来、割としょっちゅう行っている。ちゃんとしたコーチがいないから、選手一人一人がきちんと自分で考えてプレーできるようにならなければいけない、という意識が浸透しているためか、勉強嫌いな椿と柊も含め選手全員のモチベーションはかなり高い。

 

 とりわけ頭もよく真面目な雅美は話を回してくれることが多く、結構頼もしかった。

 

「かげつ、荒巻の特徴について聞かせてくんねーか?」

 

 話題が五色中央のセンター、荒巻に移ったので実際にマッチアップしたかげつに話を振る。かげつは数秒思案した後、話し始めた。

 

「………単に高いだけじゃなくて、フィジカルも強かったです。リバウンド勝負になった時、押し負けてリバウンドのポジションを奪われてしまうことが多かったですね」

 

 苦々し気な口調でかげつは続ける。

 

「後、反射神経も結構よかったです。ボールがイレギュラーな軌道で飛んだ時も即座に反応してましたし。………正直言って、試合中はセンターとしてつけ入る隙が無い、と思ってしまいました。………すみません」

 

 項垂れたかげつを見て、椿と柊は憤慨した様子で立ち上がると、

 

「なんだよゲッタン! 一回負けたくらいであきらめるのかよ!」

 

「そうだよ! ゲッタンがセンターとしてはサイキョーなんだって次こそマッキーに分からせてやらないと!」

 

「う………べ、別に諦めてるわけじゃないよ! ………ただ、次戦うことを冷静に考えたときに、どう対処したらいいか見えてこなかったってだけで」

 

 かげつはそう言って悩まし気に顔をしかめた。

 

 次こそはリベンジする、と荒巻に面と向かって言っていたし、部活が終わってから今まで考え込むような素振りが多かったし、恐らくかげつの言っていることは偽りではない本心なのだろう。ただ考えれば考えるほど荒巻の難攻不落さにどうしてよいか分からなくなってしまっている、という感じに見えた。

 

 俺は再びテレビに顔を向け、思案する。

 

 ………そう言えば、とふと気づく。

 

「なあ、リバウンドだけどさ、前半はそこそこ拮抗してなかったか? 荒巻以外にはミスマッチ突かれてリバウンド負けしてたけど、荒巻対かげつのリバウンド勝負に限った勝負で言えば互角………というか寧ろ割と優勢だった気がするんだが」

 

「あ、確かにそうだったね!」

 

「さすがにーたん! 目の付け所が違う!」

 

 俺の発言を受けて、かげつは一瞬考えた後、

 

「確かに、そうですね。そう言えば、第二Qまでは彼女、リバウンドのポジション取りが遅かった気がします。早めにポジションを取れてたおかげでそこそこ有利にリバウンド勝負ができてたからなんじゃないかと思いました」

 

「あ、それは多分、アラマキがスロースターターだからだと思いマス」

 

 かげつの言葉を聞いて、今まで黙って話を聞いていたミミが口を挟んだ。

 

「スロースターター?」

 

「ハイ。同じチームのクロエが、『マッキーはいっつもスロースターターで困るノヨ!』と言っていたから間違いないカト」

 

 ミミは神妙にうなずいて答える。

 

「スロースターター………スロースターターなあ………」

 

 イマイチピンと来なくてそう呟く。そんな俺の様子を見てミミが補足する。

 

「オソラク、アラマキがまだバスケを始めて日が浅いのが原因カト」

 

「なんでそんなこと知ってるんだ?」

 

「ウィ、試合後クロエに聞いたらベラベラ喋ってくれマシタ。『マッキーはまだバスケ初めて三か月なのに既にサイキョーナノダワ! 天才カシラ!』とのことデス」

 

「お、おう………」

 

 なんてうちにとって都合のいいヤツなんだ。……後どーでもいいけどクロエのモノマネ似てんな。

 

 てか、いくら高身長とはいえ三か月であれって脅威だな。恐らくそもそもの運動神経が良いタイプなんだとは思うが。

 

 だが、少し分かった気がする。試合中、恐らく荒巻はリバウンドのポジションを取りに行く感覚を掴むまでに時間がかかるのだろう。

 

 リバウンドに入る際、シュートの軌道を見てボールが落ちる位置を予想し、有利な位置を相手に先んじて確保しに行く必要がある。位置の予測については、一応こういうシュートはこういう位置に落ちやすい、みたいなきちんとしたデータがあるにはあるが、やはり最終的には経験がモノをいう。ここからは完全に推測だが、恐らく荒巻は放たれたシュートがどういう位置に落ちるか、というカンを第一、第二Qにかけて掴もうとしているのではないだろうか。

 

「………相手チームのリバウンドの要の荒巻がそんな感じなら、第二Qまではセットオフェンスでもなんとか対抗できるかもしれませんね」

 

 しばしの沈黙の後、雅美がぽつり、と呟いた。

 

「ウーム。シカシ、アラマキには対抗できてもやはりチームとしてのリバウンド力はワレワレがフリ。セッキョクテキに取っていい策デハないと思いマス」

 

 ………………………………。となると。

 

「やっぱ、速攻中心でいくしかねーか」

 

 ミミの言う通り、チームとしてのリバウンド力で五色中央に挑むのはちと難しい。仮に今から必死こいて五月末までに五色中央と張り合えるだけのリバウンド力は身につかないだろう。相手にディフェンスリバウンドの体勢を取らせる前にカタをつける速攻に勝機があるとみるのが妥当な気がする。

 

 俺の言葉に、ミミ、椿、柊は待ってましたとばかりに頷く。かげつもしばらく迷った後、『悔しいけどそれが現実的かもしれませんね』と同意した。残る雅美はしばらく考えて、

 

「でも、残念ながら今の私たちには四クォーター全て全力のラン&ガンをするだけのスタミナがないんです。この間の試合でもスタミナ切れで最終的に速攻の成功率はかなり落ちてました」

 

「ああ。まあそれでも昔に比べたらお前らも体力付いたし、ペース配分さえちゃんとすれば四Qあるうち三Qは速攻狙いに行って問題ないと思ってる。………雅美が言いてーのは残りの一Qのことだよな」

 

「はい。荒巻の調子が上がりきらない一Qか二Qは速攻主体じゃなく、遅攻で体力温存するのもありかなって」

 

「なるほど、一理あるな。とりあえずその方向で考えてみるか」

 

「はい!」

 

 雅美は自分の案が採用されたことが嬉しいのか、ニコニコと上機嫌に微笑んだ。………普段は割と大人びた雰囲気のある奴だが、こーいうとこは年相応だな。

 

「んじゃあ次の選手行くか。八番パワーフォワード、クロエ・ランベール。身長は140cmいくかいかないかくらいの、五色中央スタメン唯一の小柄な選手だな。こいつはどうだ?」

 

「うーん……。なんというかちっこくてすばしっこい奴だったよ。スタミナが半端なくて、結構走り回ってた割に全然疲れてなかったね」

 

「後試合中ずっとあの調子でベラベラ喋っててうるさかったね。六年生なんだし、もう少し落ち着きを持てって感じだよ、まったく」

 

 やれやれ、と呆れた調子で顔を見合わせる椿と柊。

 分かるけど。お前らも全然人のこと言えねーだろ……。

 

「俺たちが勝てなかったのは地味にコイツの働きが大きかったんじゃねーかと思うんだよな。うちらの速攻がつぶれたのって、コイツが後半から仕掛けてきたオールコートディフェンスのせいだろ?」

 

「うん。あいつ、こっちの攻撃になった瞬間にパス出されたとこに寄ってってベタ付きでディフェンスしてくんの。もうしつこいのなんのって」

 

「そのせいで、他の選手が自陣に戻る時間稼がれちゃうんだよね」

 

 椿、柊はそろって面倒くさそうな口調でそう言った。

 

「前半みたくミミに固執してくれれば楽だったんだがな」

 

「あ、そう言えば気になってたんだけど、ミミ、あの子とどういう関係なのよ? 東京遠征の時は深く突っ込まなかったけど、再戦するってなったんだし、気になるんだけど」

 

 雅美はジロリ、とミミに視線を向けた。

 自然と、全員の視線がミミに集まる。

 

 ………それ聞いちまうのか。いや俺も含め皆気になってたけど、なんか聞いちゃいけない雰囲気出てたからあえてスルーしてたんだがな。そこを先陣切ってツッコミ入れるのはさすが雅美、というかなんというか。

 

 質問を振られたミミは視線を落としてはいたが、無表情だった。少し、沈黙した後口を開く。

 

「フランスのクラブチームに居た頃のチームメイトデス。……それ以上でもそれ以下でもないデス」

 

「………その割にはなんか因縁つけられてたみたいだったけど」

 

「同じポジションで、ワタシにずっとスタメン取られてたので、向こうからしたら思うところがあるだけなのでショウ」

 

 淡々と、ミミはそう答えた。まるであらかじめ答えを用意していたかのような口ぶりだった。

 

 雅美も諦めたのか、嘆息した後『そう……』とだけ呟いてそれ以上追及することはしなかった。

 

 

 ——数秒、微妙に気まずい空気が流れる。

 

 

「で、でもあの子、凄い行動力だよね! わざわざミミを追って日本まで来るなんて」

 

 居心地の悪さに耐えかねたのか、かげつがやや上ずった声で沈黙を破る。俺も何と言っていいか分からなかったので、正直助かったぜ。

 

 っていうか………。

 

「え? あいつってミミのこと追っかけて日本まで転校してきたのか?」

 

「あ、はい。東京遠征で初めて会った時に知ったんです。本人はお父さんの仕事の都合って言ってたけど、荒巻さんに即バラされてましたね………」

 

「最早ストーカーの域デス。こっちとしては、ケーサツに通報したい気分デス」

 

 口を尖らせてミミはそう愚痴る。まあ、確かに外国の学校に転校してまで追っかけてくるのは恐怖だわな………。

 

 てか、話聞いてるとやっぱただのチームメイトってだけじゃなさそうなんだが……。

 

 微妙に好奇心が湧いてきたものの、これ以上の詮索はミミの気を悪くさせちまいそうだし、そもそも答える気はなさそうなので控えることにする。

 

「なあミミ。せめて選手としてどういうやつなのかだけでも教えてくんねーか?元チーム

メイトだってんなら俺たちよりよく知ってるはずだろ?」

 

 俺の質問に対し、ミミは少し躊躇った後、渋々といった様子で答える。

 

「………不器用な子デス。素直過ぎるとイウカ、駆け引きが苦手なので昔からオフェンスはあまり得意じゃなかったデスね。この前の試合でも得点は殆ど決めてなかったはずデス。……正直、バスケ向きの性格ではないと思ってマス」

 

 ………なるほどな、まあ割とイメージ通りって感じか。駆け引きが苦手ってのは割とキーポイントになりそうだが。

 

「ディフェンスはとにかくしつこくて諦めが悪いタイプデス。動きがすばしっこくて反射神経もいいノデ、割と厄介デス。フェイクには割と簡単に引っかかるのデスガ、一度抜き去ったと思っても、すぐに追いついてきマス。一々相手にしているとキリない思いマスね」

 

「確かにね。悔しいけど、ミミ以外はあいつのディフェンス単独突破できなかったし」

 

 ミミの発言に、椿が頷く。

 

「………アト、個人的に一番厄介だと思ってるのはメンタルの強さデショウカ。どんだけこっぴどく負かしても、全然へこたれないのは脅威だと思ってマス」

 

「………それは、厄介だな」

 

 実感がこもってそうな口調でつぶやいたミミに、俺は呻き声で答えた。

 

 確かにオフェンス向きではないかもしれねーが、話を聞いているとディフェンスプレイヤーに必要な要素は全てそろっているような印象を受けた。

 

 あいつのしつこいディフェンスを突破しねー限り、速攻を成功させることは難しい。一番の武器である速攻が使えないとなると、試合の結果がどうなるかは火を見るより明らか。東京での敗戦がまさにそれだ。

 

「現状のオフェンス始まったら闇雲に敵陣に突っ込むだけの速攻じゃイマイチ通用しねーから、アップデートの必要があるな」

 

「というと?」

 

「まあ、それは練習ん時にでも話すわ。それより他の選手の情報も整理しちまおーぜ」

 

「やけに勿体ぶりますね」

 

 雅美は興味をそそられた様な表情を浮かべる。俺は肩を竦めて、

 

「実際に練習しながらやった方がはえーと思っただけで、別に勿体ぶってるつもりはねーよ」

 

「ふーん………。まあ、いいですけど」

 

 雅美はやや不満そうだったが、それ以上食い下がることなく引き下がった。いや、別にホントに勿体ぶってるつもりねーからな。

 

「んじゃあ、次の選手行くぞ。四番、ポイントガードの——」

 

 

 

 ——そんな感じで、来る五色中央戦に向けて対策を話し合ううち、あっという間に時間は過ぎていった。

 

 

 

***

 

 

 

「あ、もうこんな時間……。ごめんなさい竹中先輩、私そろそろ帰らないと………」

 

 遠慮がちにそう言ったかげつの言葉で、俺たちは一旦話を中断した。

 

 時計を確認すると、時刻は既に午後七時半前。確かにもう帰らねーと親御さんが心配するくらいの時間だな。

 

「思ったより長くなっちまったな、今日はお開きにするか。雅美もそろそろ帰らねーとまずいんじゃねーの?」

 

「うーん、そうですね。まだ話しておかないといけないこと結構ありますけど、続きは明日以降にしましょうか」

 

 やや名残惜しそうな様子だったが、雅美は立ち上がって帰り支度を始めた。………時間が時間だしな。送ってった方がいいだろーし、俺も準備するか。

 

「椿、柊、ミミ。俺一応こいつら送ってくわ。お前らは練習で疲れてるだろうから家で休んでていいぞ」

 

「わー竹中さん紳士ー♪ わざわざ送ってくれるなんてちゃんと女の子の扱いが分かってますねー………って——」

 

 雅美は両手を左頬の前で合わせ、からかうような口調でそう言った後、怪訝な表情を浮かべて、

 

「何言ってるんですか竹中さん。ミミも家に帰らなきゃいけないんだから、竹中さん家でゆっくりしてちゃだめでしょ?」

 

 雅美に指摘され、俺はギクリ、と思わず支度を進める手を止める。

 

 ………やべえ、そう言えば対策会議に夢中でミミのこと話すの完全に忘れてたわ。どうする……。今から説明するのは心の準備っつーか気力が残ってねーぞ………。

 

 クソッ仕方ねえ……。こうなりゃミミにも着いてきてもらって送るフリだけするしかねーか……。

 

「わ、わはは、それもそうだな! さ、さあミミ、お前も帰り支度を早く進めて——」

 

「にーたん? またそうやって誤魔化すの?」

 

「カッコ悪いにーたんはボクたち、これ以上あんま見たくないかなー」

 

 

 ——ピシャリ、と。

 

 

 笑って誤魔化そうとした俺のセリフを、椿と柊が平坦な声で遮る。

 

 妹二人からの圧を受けて、笑顔のまま硬直する

 

 どうしてよいか分からず狼狽えていると、かげつは訝し気な視線を、雅美はジトーっとした視線をそれぞれ向けてきた。背筋に緊張が走る。

 

「竹中さん? 私たちになんか隠してます?」

 

「くっ………べ、別に何も隠してなんか——」

 

「ウソですね。目が泳いでますし、声も震えてます。何より椿と柊の態度を見れば一目瞭然です」

 

 雅美はそう言って探るような視線のまま俺に詰め寄る。

 

「あ、あの。話したくないことなら無理に話してくれなくてもいいですけど、そこまで意味深な態度をとられるとさすがに私も気になるというか……」

 

 唯一味方になってくれる可能性のあったのかげつも興味をそそられたようで、困ったような表情でこちらをチラチラと伺っていた。クッ………万事休すか——。

 

 

 

「ウィ。ワタシ、センジツからタケナカの家でホームステイさせてもらってるノデ、帰る必要はないノデス」

 

 

 

「え?」

 

「……はい?」

 

 俺が回答に窮していると、座ったままのミミが何でもないように淡々と言葉を発した。

 

「パパがオシゴトのツゴウで、フランスに帰国しなくてはいけなくなったのデス。住むところが無くなって困ってたワタシに、タケナカがホームステイを進めてくれマシタ。ワタシはニホンに残りたかったので」

 

「えっ……き、帰国? ホームステイ? そ、それはまた、随分と急な話だね………」

 

「ウィ、ワタシも急な話で驚きマシタ。デスガ、タケナカのお陰で帰国しなくてダイジョウブになったので、今まで通りよろしくデス」

 

 そう言ってミミはピースサインを掲げた。

 

「そ、そっか………。まあミミがフランスに帰るってなっちゃったら寂しいし、これまで通り一緒に部活出来るんならそれはそれでよかっ——」

 

 

 

「ちょっと待って、整理させて」

 

 

 

 安心した様子で胸を撫でおろしたかげつとは対照的に、額に手のひらをあてて何やら考え込むような素振りを見せる雅美。

 

「………フランスに帰る必要はなくなったのよね? これまで通りミミは慧心の生徒で、私たちと一緒に部活ができる……でいいのよね?」

 

「ウィ、その通りデス」

 

「そう………じゃあひとまずそれはよしとして、もう一個の方だけど——」

 

 雅美は額に当てていた手を下ろし、ミミと俺を交互に見て、

 

「ホームステイって………一緒に住んでるってこと? 竹中さんと、椿、柊と、竹中さんのご家族と」

 

「ウィ、お世話になってマス」

 

「………いつからホームステイしてるの?」

 

「東京遠征から帰ってきてからなノデ、今日で三日目デスね」

 

「むー………。別に、竹中さん家じゃなくて、私とか、かげつとかに相談してくれてもよかった気がするけど。………なんで最初に竹中さんに相談したの?」

 

「ウィ、それは——」

 

 ミミは答えようとして口を開き、制止する。

 

「………そう言えば、なんでデショウ」

 

「なんででしょう………って」

 

 自身の質問に、首をかしげて逆に聞き返してきたミミに対し、雅美は困ったような表情を浮かべる。いや、まあその辺は話の流れでそうなっただけな気がする。ミミからは微妙に言いづらい気がするし、ここは俺から言っといた方が良いか……。

 

「あー………。俺がミミに、困ったことあったら遠慮せず相談しろって結構キツく言ってたからだな」

 

「………え?」

 

 横から口を挟んだ俺に対し、雅美は驚いたような表情を浮かべた後、面白くなさそうに口を尖らせて、

 

「………………なんでミミにだけ? 私は言われてないんですケド」

 

「いやその前に割と色々あって………。この辺は話すと長くなるんで出来れば割愛させて貰いてーんだが」

 

 頭を掻きつつ返答を返す。………まあこの辺は紗季に事前にミミを気にかけてやってくれ的なこと言われてたみたいな話があるんだが、いかんせん雅美相手にこの辺話すとややこしくなりそうな気がする。

 

 雅美はしばらく納得がいかないような、ふてくされたような様子だったが、突然何か思いついたような表情を浮かべた後、ニヤリと何やら意味ありげな笑みを浮かべてこちらに近づいてきた。イヤな予感がする。

 

「竹中さーん♪」

 

「な、なんだよ……」

 

 猫撫で声で呼びかけてくる雅美。経験上、雅美がこういう態度の時はロクなこと言い出さないことを知っていたので、警戒の姿勢をとる。雅美はお構いなしに俺の腕を取ると、

 

「私、やっぱり今日はもう疲れちゃってて、帰りたくないかなって。私も一緒にホームステイさせてもらうわけにはいきませんか?」

 

「………なんでド近所のすずらん通りに住んでるやつが俺ん家にホームステイする必要あるんだよ」

 

「むー。なんでミミは良くて私はダメなんですか? 差別ですか?」

 

「お前は特にホームステイする理由ないだろ……ほら、聞きたいことは聞けただろ。もうこれ以上隠してること特にねーから、さっさと帰りの支度しろよ」

 

 案の定ロクな話ではなかった。紗季の影響かなんか知らんが、コイツは最近年下のクセにやたらと俺をからかうような言動が多い。よく分かんねーけどどうせこれもその一環なのだろう。これ以上雅美の悪ふざけに付き合っていると日が暮れちまう。いい加減さっきから待たせちまってるかげつにもわりーし。

 

「ふーん……。隠してることないって、ホントですか? 後一個くらいデカい隠し事あるって、私のカンは言ってるんですが」

 

 俺の腕を解放し、張り付けていた笑みを引っこめると探るような視線を向けてきた。

 

「はっ、じゃあお前のそのカンとやらは的外れだよ。おら、さっきからずっとかげつ待たしちまってるだろ。いい加減さっさと行くぞ」

 

 そう言ってシッシッと追い払うようなしぐさで帰りを促した。

 

 俺の態度が不服だったのか、雅美はムッとした表情を浮かべた後、べーっと俺に舌を突き出して不満をあらわにする。そして不機嫌そうな様子のまま勢いよくカバンを肩に担ぎ、玄関の方へと足を向けた。その後をかげつがペコリと一礼した後、慌ててついていく。ったく、帰らせるだけで一苦労だな………。

 

 俺はため息をついて、そんまま雅美とかげつの後に着いて玄関の方に向かおう………としたところで視線を感じて振り向く。見ると、ミミ、椿、柊の三人が何やら呆れたような、残念なものを見るかの視線で俺のことを見ていた。

 

「な、なんだよ……。ってかなんでさっきからお前ら何もしゃべんねーの?」

 

「「べっつにー」」

 

 口を揃えてそっけなく言い放つ椿と柊。一方ミミは一言も発することなく、プイっと顔を背けた。

 

 なんか知らんが自宅待機組からの対応が冷てえ。………ていうか最近椿と柊から塩対応されることが増えた気がする。あれか、これが反抗期ってやつか。

 

「と、とりあえずさっきも言った通り俺あいつら送ってくるからよ。母さんが作りおいてくれたカレーあるから、遠慮せず先食っててくれ」

 

「別に言われなくても遠慮せず先食べるよ」

 

「今のボクらの関心はにーたんじゃなくカレーに向いてるから」

 

 

 

 冷てえ!

 

 

 

***

 

 

 

 ——すずらん通りへと向かうバスの中で、俺は猛烈な居心地の悪さを感じていた。

 

 

 

 バス内にはかげつの姿はない。雅美んちの最寄りであるすずらん商店街前と、俺ん家の最寄りである慧心学園前の途中のバス停が袴田邸の最寄りであるため、既に下車していた。一応家までついていってやろうかといったのだが、歩いて一分かからないくらいの距離なので大丈夫です、と断られた。てか心なしか『じゃ、じゃあ私はこれで失礼します……』と遠慮がちに言ったときのかげつの表情は若干ホッとしていた気がする。この空間から解放されるのがそんなに嬉しいか。

 

 その居心地の悪さの原因——不機嫌な表情で俺の隣に座る雅美は、どうやら先ほどのやり取りで完全にヘソを曲げてしまったらしく、肘掛けに肘をついてそっぽを向いてしまっている。なんつーか、話しかけんなオーラが全開だった。その割には迷うことなく隣の席に座ってきたりと、イマイチ考えていることが掴めねえ。

 

 『女の子の機嫌が悪い時はとりあえず男の方からアクションを掛けた方が良いわよ!』と俺は長年母さんから受けてきた英才教育の一環で骨身にしみて認識していた。しかし、いかんせんヘソを曲げている原因がイマイチピンと来ていないためなんつって切り出したらいいかが全然分からない。

 

 とりあえずこの無言の空間が辛すぎるので、なんか適当に話題振ってみるか………。

 

「あー………そう言えば、ポイントガード引き受けてくれてサンキュな。お前最近バスケの戦術結構勉強してて多分あいつらん中だと一番詳しいし、頼もしく思ってるぜ」

 

「………」

 

「こういうバスケの勉強の集まりの時もいい意見めっちゃ出してくれるしな。あ、あれか! もしかして寿し藤の看板娘として培ったコミュ力の賜物ってやつなのか!?」

 

「………」

 

「に、にしてもお前最近めっちゃ上手くなってるよな! ドリブルもパスも、去年とはレベチだし、すっかり一人前のバスケ選手だな!」

 

「………別に、普通です。ミミに比べたら全然下手ですよ」

 

 ………………………………。

 

 ダメだ、取り付く島もねえ。

 

 再び訪れる沈黙。

とりあえず褒めて機嫌を取る作戦はあっさり失敗に終わっちまった。

 

 いや、おだてているつもりはなく割と本心で言っているのだが、どうやらあまり雅美には刺さらなかったらしい。痛恨のミスだ。

 

 

 だが雅美の言った、ミミと比べたら、という言葉でちょっとピンときた。

 

 

 恐らく、俺がミミにだけ『なんかあったら相談しろ』みたいなこと言って気を遣ったのが、雅美的に面白くなかったのではないだろうか。

 

 昔椿が似たような理由でヘソを曲げていたことを思い出す。『ひーだけにーたんと遊んでもらっててずるい!』と言われて二、三日機嫌が悪かったことがあった。たまたま椿が不在だったので、柊とだけ遊んでやっていただけなのだが、椿からしたら自分だけ放っておかれたように感じたのだろう。

 

 こっちとしては平等に接しているつもりでも、相手からしたら差別されているように感じる、というのは割とよくあることだ。その辺、平等感を与えてやることが大事なのよ、というのを母さんに教えてもらったので、なんとなく理解していた。

 

 つまり雅美に対し、別にミミと比べてどうでもよく思っているわけではない、と理解してもらう必要があるってことなんじゃないだろうか。

 

 必死こいて頭を捻って言葉を探す。

 

「………あー………えっとさ。さっきは邪険にしちまって悪かった。別にミミと比べてお前のことを気にかけてねーわけじゃないんだ。俺がミミに『困ったことがあったら相談しろ』つったのはさ、とある奴に、ミミのことを気にかけてやって欲しい、って言われてたからなんだよな。フランスに帰っちまうって話で悩んでると思ってたからなんだろーが」

 

「………」

 

 雅美は黙ったまま何も言わない。だが先ほどまでとは違い、拒絶されてる感みたいなオーラは感じなかった。

 

 俺は言葉を続ける。

 

「だからもし、お前がなんか悩んでることがあるなら俺は相談乗ってやりてーし、俺に出来る範囲のことならしてやりてーと思ってる。………そこをミミと比べてお前を差別してるわけじゃねーってのは、分かってて欲しいっつーか……」

 

 ダメだ、やっぱこーいうのは苦手だ。口下手なせいで、上手く言いたいことがまとまらない。

 

雅美はやはり黙ったまま何も言わない。

 

 再び沈黙が訪れる。

 

 そうこうしているうちに、バスがすずらん通り前に停車する。雅美は何も言わないまま、カバンを担いで立ち上がる。雅美の家——『寿し藤』がバス停からちょっと離れた距離(といってもせいぜい五分くらいだが)にあることは知っていたので、送ってやるため俺も慌てて一緒にバスを降りる。

 

 バスを降りると、肌が冷気に撫でられるのを感じ、身を竦めた。半袖のまま出てきちまったのは間違いだったな………。

 

 そのまま先行する雅美の後を着いて、雅美の家へと向かう。

 

 お互い無言のまま歩き続け、ついに『寿し藤』の勝手口の前へとたどり着いてしまった。………やっぱダメか。次の練習であった時に機嫌が直ってるか分かんねーけど、何かしらの形でフォローしてくしかねーな……。

 

「あー………じゃあ雅美、俺帰るわ。また明後日の練習でな。今日は遅くまで付き合ってくれてありが——」

 

「——埋め合わせ!」

 

 遮るように、俺に背を向けたままま雅美が言う。

 

 そして、くるりと振り返ると、

 

 

 

「埋め合わせ、してください。………私のこと、ちゃんと気にしててくれてるって言うなら」

 

 

 

 真っ直ぐと俺に人差し指を向け、そう言った。

 

 その表情は、何と言ったらいいのだろうか。頬がやや紅潮していて一見怒っているような、真剣なような表情にも見えるのだがなんつーか無理やり感があって、気のせいでなければ何かしらの感情を覆い隠しているように見えた。

 

「埋め合わせ、って………。具体的に何すりゃいいんだよ。そりゃ出来ることはしてやるっつったけどよ……」

 

「む。それは自分で考えて欲しいですけど………。確かに竹中さんにそんな女の子を喜ばせられるだけの甲斐性を期待するのも酷な話ですね」

 

「おい」

 

 憎まれ口をたたく雅美に抗議の声を上げる。………でもまあ、なんかいつもの雅美に戻った感がして安心感があるのも確かだったので、それ以上は何も言わないでおく。

 

 俺の呆れの表情を見て、雅美はいつもの揶揄うような笑みを浮かべて、

 

「じゃあ、今週末の日曜日どっか連れてってください。それでとりあえずは許してあげます♪」

 

「とりあえずって………。他にもなんかさせる気かよ」

 

「当たり前じゃないですか。ミミはホームステイさせてもらってるんだし、一回付き合ってもらうだけで釣り合うわけないでしょ?」

 

 そう、当たり前のことを言い聞かせるように言い放つ。まあ、気を悪くさせてしまったのは俺の方なので、正直分が悪い。ここはもう諦めて言うとおりにするより他ない気がする。

 

「はいはい。………で? どこ連れてきゃいいんだよ」

 

「それは自分で考えてくださいよ。竹中さんのセンスにお任せします。………楽しみにしてるんで、ちゃんとエスコートしてくださいね?」

 

 そう言って雅美は何が可笑しいのかクスクスと機嫌よさそうに笑って見せた。………まあ、とにかく、機嫌直ったみたいでよかったわ。

 

「わーったよ。とりあえず適当になんか考えとくわ。………とりあえず今日はもう帰るから、また部活でな」

 

「はーい♪ おやすみなさい」

 

 そう言って手を振って家の中へと入っていく雅美。それを見届けて俺も帰路へ着く。なんつーか、振り回された感が半端ない。これからは、下手に雅美を怒らせねー方が賢明かもしれねーな……。

 

 ………ってか、さっきまであんな怒ってたのに、いくらなんでも機嫌直るの早すぎじゃね? もしかして俺から譲歩を引き出すためにわざとあんな態度取ってたんじゃ………。

 

「いやまさかな………でも雅美ならありうる気も……うーむ……」

 

 

 

 そんな風に、悶々としながらバスに揺られている間に、気が付くと自宅に着いていた。

 

 

 




というわけで十五話でした。

雅美はもっと動かしたいなーとずっと思ってたので、今回そこそこ動かせて満足です。微妙にキャラ固まりきってなくて手こずりました。
思ったよりめんどくさい子になっちゃいましたが、めんどくさい女の子って可愛いと思う(主観)


ちなみに十五話書き始めたときはデートする予定は微塵もなかったのですが、どうしたら雅美の気が収まるだろうか?と考えて気が付いたらこうなってました。……雅美ちゃん、恐ろしい子!



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■第十六話 からかい上手の雅美さん

前回から一か月近く空いてしまい申し訳ないです………。

当初予定してなかった話だったのと、調子こいて詰め込み過ぎてやたら長くなってしまったのが悪い(白目)

約一万四千時で恐らく過去最長の長さです。お時間があるときにお読み下され。



 日曜の昼十三時丁度。

 場所はうちの県内でそこそこの規模を誇るターミナル駅の北口。

 

 日曜ということもあり、付近には出入りする人や待ち合わせをしている人で溢れている。人混みがあまり得意でない(というか、身長的に埋もれる)俺は、密集地帯からやや離れた場所で人を待っていた。

 

「お、お待たせしました………。竹中さん」

 

 不意に声を掛けられ、手元のケータイに向けていた視線をそちらに向ける。

 見ると、少し慌てたような表情の雅美が額に汗を浮かべて立っていた。

 

「遅くなってすみません………結構待たせちゃいました?」

 

「いや、俺も今来たとこ。ってか、集合時間ぴったしだし、別に謝る必要ねーぞ」

 

 なんか気にしていそうだったので、一応フォローの意味を込めてそう言った。

 実際、俺が到着したのも五分前だし。真帆と遊ぶときとか、こーいう場面で待たされるのは慣れっこだしな。

 

 俺の言葉を聞くと、雅美は真面目くさった顔で、

 

「むむ、竹中さん。十分前行動は基本ですよ。たとえ遊びの約束であっても、決められた時間通りに行動しないと立派な大人になれません。………くっ、私としたことが…………」

 

 紗季みたいなこと言うなコイツ………。ちょっと遅れても先生や親に怒られるわけでもねーし、気にし過ぎじゃね?

 

「まあその心がけは買っとくわ。………んじゃあ立ち話もなんだし、さっさと行こうぜ」

 

「それより竹中さん」

 

 話に区切りをつけ、歩き出そうとした俺を引き留めるように雅美は再度呼びかける。そしてコホン、と咳ばらいをすると軽く腕を広げ、

 

「?」

 

「なにか、言うことないですか?」

 

 小首を傾げ、真剣な表情でそう問いかける。

 

 なんだ? なにかって言われてもな……。漠然とし過ぎてて何のことか分かんねーぞ。

 

 探るように雅美を見つめる。雅美は、俺から目を逸らし、落ち着きのない様子で前髪を弄っていた。

 

 数秒雅美の顔を見ながら考えて、ふと気づく。当たり前だが、雅美は私服姿だった。………そういや、雅美の私服ってあんまみたことなかったな。部活か学校でしか会わねーから、基本会う時は体操着か制服だし。

 

 改めて雅美の服装を確認する。女子の服装とか全然知らねーからよく分かんねーけど、これはワンピースとかいうやつだろうか。黒を基調とした全体的におとなしめな色合いで、襟元には同色のリボンが付いており、なんとなくお嬢様感というか上品な感じがする。布とかもなんかちょっと高そうな質感に見えるし。いやよく分かんねーけど。

 

 髪を束ねているシュシュも、いつもは白っぽい感じのやつをつけていた気がするのだが、服装に合わせて黒色のものをつけていた。

 

 全体的に暗めな雰囲気で、たとえて言うならなんつーか———。

 

 

 

「………喪服?」

 

 

 

「ぶん殴りますよ!?」

 

 俺の言葉を聞いて、顔を真っ赤にして雅美が憤慨する。いけね、悪ふざけが過ぎちまった。

 

「冗談だって。似合ってるぞ、私服。初めてみたけど、なんか全体的にお前の雰囲気にマッチしてて」

 

「………むー、そう思うなら。茶化さないで最初からそう言って欲しかったんですケド」

 

 頬を膨らませて、でも褒められて満更でもないのか照れくさそうに雅美はプイっと視線を逸らした。

 

 危ねー。反応を見るに一応正解は引けたみてーだな。『女の子がおしゃれしてきたらとりあえず褒めてあげなきゃダメよ!』という母さんの教えが無かったらまた怒らせるところだった。なんでわざわざ服なんか褒めなきゃいけねーのかは分かんねーけど、そういうモンなんだろう。

 

「悪い悪い。でもちょっと堅苦しすぎじゃね? ちょっと遊びに行くだけにしちゃ気合入りすぎっつーか……」

 

 俺なんてジーパンにTシャツだしな。並んで歩いたらミスマッチ感半端ねーことになりそうで若干心配なんだが。

 

「べ、別に気合い入れてきたわけじゃないです。丁度着れる私服がこれだけだったってだけです。私、あんまり私服持ってないので!」

 

 ホントかぁ? とか聞き返そうもんなら今度こそひっぱたかれそうな勢いでそう言い張る雅美。

 

 まあ、俺たち普段制服だしな。着る機会あんまねーし、私服を持っていないというのは割と慧心の生徒——特に男子はありがちだったりする。椿と柊も大して持ってねーし、女子も割とそんな感じなんかね。………比較対象があいつらなのが微妙だが。

 

「とにかく、今日は竹中さんから誘ってくれたんですから、ちゃんとエスコートしてください! 満足させてくれてなかったら許しませんから!」

 

 そう言って雅美は肩を怒らせてずんずんと先へ進んでいった。いや案内しろっつって自分が前歩くなよ……。

 ツッコミを入れたい気持ちをグッと堪えつつ、俺は雅美の背を追いかけるように、速足で駆け出した。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「それにしても知りませんでした。駅前に新しいドーナツ屋さんがオープンしていたなんて」

 

 そう言って、雅美は美味しそうに手元のドーナツを頬張る。

 

 場所は変わって、駅から歩いて三分程の距離にある最近新しくオープンしたドーナツ屋。店が出来て間もないということもあり、そこそこ待たされることを覚悟していたのだが、タイミングが良かったのか、それほど待つこともなく座席を確保することができた。

 

 店内は制服姿の女子高生や、二十代そこいらくらいの客であふれている。小中学生の客は俺たちくらいしかいないようで、複数の客から物珍しげに見られているのを感じる。特に、時折少し離れた席に座る女子高生四人組のグループからヒソヒソ声と共に好奇の視線飛んでくるのがすげえムズムズする。

 

 ジロリ、とそちらに抗議の意味も兼ねて視線をやると、『キャー! こっち見た!』だの『可愛いー! 中学生カップルかな?』だの『頑張れ少年ー!』だの『邪魔しちゃ悪いわよ!』だの、さらに盛り上がったような反応してくるのが居心地の悪さに拍車をかける。

 

 よく見たら葵おねーさんとおんなじ制服じゃね? あの人ら。そういや、今気づいたけどここ葵おねーさんと長谷川の高校の最寄り駅だったな……。

 

 一方、雅美はドーナツに夢中で気が付いていないのか、周囲に対してノーリアクションだった。羨ましいなクソ……。

 

 俺は開き直ってギャラリーは気にしないこととし、雅美に向き直って質問に答える。

 

「ああ、俺もクラスの女子が話しているのをたまたま聞いてただけなんだがな」

 

 これは真っ赤なウソである。駅近くにドーナツ屋が新しくできたという情報は事前に入手していた。加えて雅美が甘いもの——特にドーナツが好きであることもリサーチ済みだった。

 

 ちなみに、情報の出所は両方とも紗季である。雅美とどこに出かけるかについて頭を悩ませた結果良いアイディアが何も思いつかなかった俺は、諦めて紗季に聞くことにしたのだ。

 

 最初は雅美と週末に出かける、ということは伏せて相談したのだが、追及された結果、あっさり看破されてしまった。………………昔から一枚も二枚も上手過ぎて怖い。

 

 奴には『ふーん、夏陽と雅美がねえ』と微笑ましいものを見るような目でおもっくそニヤニヤされた。一応、『お前が思っているようなアレじゃねーぞ』と念押ししておいたのだが、『はいはい、分かってるわよ』と軽くあしらわれた。クソ、あいつに相談したのは失敗だったかもしれねえ………。

 

 まあでも、あいつに相談しなかったらドーナツ屋の情報も手に入んなかっただろうしな。必要な犠牲と割り切るより他ない。

 

「にしても、お前甘いもん好物だったんだな。意外だわ」

 

「? そうですか?」

 

「ああ、なんとなく和食のイメージがあったから」

 

 家が寿司屋だから、という滅茶苦茶安直な理由だが。

 

「まあ、確かに和食は好きですけど。家でご飯作ってるのはお母さんですし、普通に洋食も食べますよ」

 

 そりゃそうか。いけね、偏見だった。

 

 ………そういや昔紗季にうっかり『お好み焼き以外も食うんだな』って言っちまったら怒って二、三日口利かれなくなったこと思い出したわ。一歩間違えれば無神経な質問だったかもしれねえ……。

 

 俺が内心でひやひやしていると、雅美が訝し気な表情を浮かべ、

 

「でも、私が甘いもの好きじゃないって思ってたなら、なんでここ連れてきたんですか?」

 

「んぐ………そ、それは——」

 

 痛いところを突かれた。紗季には『私が場所選び手伝ったこと雅美に絶対行っちゃだめだからね!』と釘刺されちまってんだよな……。仕方ねえ、適当に誤魔化そう。

 

「ほ、ほら、女子って大体甘いもの好きじゃん? とりあえずドーナツ屋連れてくかーって考えて、後からそういえば雅美って甘いもの好きだったっけってなった、みたいな………」

 

「ふーん………………竹中さんは女の子と出かけるときはとりあえず甘いもの系のお店に連れて行く、と」

 

 そう言って雅美はジトっとした視線を向け、ストローに口をつけてズズズ、と音を立ててドリンクを啜る。

 

「人聞き悪りーこと言うなよ………。ってかそもそも女子と二人で出かけ行くとか殆どねーわ!」

 

 俺がそう言うと、雅美は目を丸くして、

 

「へー、意外です。てっきり慣れてるもんだと思ってました。竹中さん、モテそうですし」

 

「も、モテそう……? 俺がぁ?」

 

 初めて言われた言葉に面食らう。実際、あまり心当たりはなかった。むしろ『ナツヒはそんなんだからモテないんだぞ!』と言われ続けてきた記憶しかない。

 

「だって竹中さん、男バスの元キャプテンだったし、スポーツ得意じゃないですか。球技大会とか運動会でも目立ってますし。うちのクラスにも竹中さんのことカッコいいって言ってる子、結構多いですよ」

 

 

 

 ………………………………………………。

 

 

 

「ふ、ふーん………。そ、そうなのか」

 

「ええ、県大会の試合見に行って、竹中さんがバスケしてるのを見たとかで。実際、私クラスの子に竹中さんのことたまに聞かれたりしますし」

 

 二つ目のドーナツに視線を手を伸ばしつつ、何でもないような口調で雅美は言った。

 

 ………………。そ、そうなのか、そうなのか。

 

 ま、まあ別に? 見ず知らずの女子に興味持たれようがそれがどうしたって感じだし? 女子に好かれるためにバスケやってるんじゃねーし? ちっとも嬉しくなんかねーし?

 

「ふ、ふーん………。ち、ちなみにそれって何人くらいなんだ?」

 

「うーん………そうですね………。………………む、竹中さん、それ聞いてどうするつもりですか?」

 

 ドーナツを食べる手を止め、雅美がジロリ、と鋭い視線をこちらに送って来た。ギクリ、と心臓の鼓動が高まる。

 

「べ、別にどうもしねーよ。きょ、興味本位、興味本位ってやつだよ、アハハ……!」

 

「………………怪しい。人数も、聞いてきた子の名前も教えませんから!」

 

 そう言って雅美はべーっと舌を出して、プイっとそっぽを向いてしまった。

 

 

 

 ………………それ以降、そのことについて尋ねても全く取り合えってもらえなかった。

別に、別に残念じゃねーし、気になってもねーけどな。うん。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「十五時過ぎくらいか。まだ割と時間あんな」

 

 ドーナツ屋の店内で、ドーナツ片手に雅美と駄弁ること小一時間。

 

 話題も尽きてきて、そろそろ店を出ようかという話になったのだが、帰るにはまだ早いことに気付き、折角だから他にもどこかに寄っていこうか、という話になった。

 

「なんかどっか行きたいところあるか?」

 

「んー………あ、じゃああそこ行ってみたいです。オールグリーンのゲームコーナー」

 

 少し考えるような素振りを見せた後、雅美が思いついたように意見を述べる。

 

 『オールグリーン』、というのは駅近くに隣接する複合アミューズメント施設のことだ。バスケットコートにゲームコーナー、カラオケにボウリング場など何でも揃っており、この辺の住民にとって休日を過ごすのに非常にありがたい施設である。なので、慧心の生徒であれば最低でも一度は行ったことがある奴がほとんどなのだが——。

 

「あれ、お前行ったことなかったのか? オールグリーン」

 

「バスケットコートは使ったことありますけど、ゲームコーナーは行ったことないですね」

 

「へー。あんまゲームとかしねーの?」

 

「自分のパソコンに入ってるやつとか、ネットのゲームとかは結構やりますね。ただ休日はお店が忙しいので、お手伝いしてることが多くて休日に友達とゲームセンターに行くみたいなことはあまりしたことないんです」

 

「そっか。偉いな、お前」

 

「………別に、家の手伝いは趣味でやってることなので、褒めていただく必要はないですよ」

 

 そう言って、雅美はやや照れ臭そうに頬を掻いた。言葉とは裏腹に、その声色にはどこか嬉しそうな感情が混じっていた気がした。多分、雅美にとって、自分の大好きな両親の店の役に立てている、ということは何よりも誇らしいことなのだろう。………こいつのこういうところは、年下だけど凄く尊敬している。

 

「じゃあ、今日はぱーっと楽しむか。ゲームコーナーは妹達とも、真帆たちとも、男バスの連中ともよく行くし、案内できるぜ。折角だし、千円以内だったら俺が出してやる」

 

「え、わ、悪いですよ、そんな………。ただでさえドーナツのお金も払ってもらったのに」

 

 恐縮した表情を浮かべ、雅美は顔を左右に振った。

 

「まー遠慮すんな。中学上がって小遣い増えたし、最近はバスケばっかで遊んでねーからあんま使ってねーしな。ドーナツはこないだの埋め合わせの分、ゲームコーナーはいつも家の手伝い頑張ってるご褒美と、初めての記念ってことで、良いだろ?」

 

 実際は小遣いにそこまで余裕はないのだが、年上としての威厳を見せてやりたかったので、余裕の表情で笑って見せた。

 

 俺の言葉に、雅美は口を噤んだ後俯くと、

 

「………………………やっぱり、ズルいですよ。竹中さん」

 

「? なんだよ、何か気に障ることでも言ったか?」

 

 雅美の態度がやや不穏だったので、不安になって声をかける。

 

 しかし杞憂だったのか、雅美はすぐに顔を上げると満面の笑みを浮かべて、

 

「いーえ! 何でもないです、別に。そこまで言うなら今日はお言葉に甘えさせていただきます」

 

 それを見て俺は胸を撫でおろす。なんとなくだけど、自分のしたことでこんな感じで喜んで貰えるとちょっと嬉しいな、うん。

 

「おう、そうしとけ。………んじゃあ行くか」

 

 そう言って席を立ち、店を出て、すぐ右に曲がり、駅の方面に向かって道なりに沿って進むこと三分。

 

 右手に見えてきた白地に緑の縦縞模様の巨大な建物——目的地である『オールグリーン』に入り、そのまま迷うことなく三階のゲームコーナーへと足を踏み入れる。

 

 ………ここにきて毎回思うのだが、あちこちでゲームの筐体から爆音で音楽が流れているためか、とにかくうるさいのが気になって仕方ない。まあゲームしてるうちに慣れるけど。

 

 容赦なく鼓膜を刺激する音の圧に顔をしかめる俺とは対照的に、雅美は瞳を輝かせてきょろきょろと数多くあるゲームの筐体に目移りしていた。………ま、喜んでくれてるなら連れて来た甲斐あったけどよ。

 

「………………竹中さん、勝負しませんか? 五つのゲームで勝負して三本先取した方が勝ち。勝った方は負けた方の言うことを一つ聞く………どうです? 受けますか?」

 

 雅美は意気揚々と挑戦的な笑みを浮かべ、俺を挑発する。

 

「ほー、おもしれえ。言っとくが、俺ここにあるゲームは一通りやりこんでるからな? 撤回するなら今のうちだぞ」

 

「上等です。そのくらいじゃないと楽しくないですし。………………FPS界隈で『闇を射る堕天使』と呼ばれた私の力………とくとご覧に入れましょう!」

 

 なんだそのクソダサい呼ばれ方………。本人的にはカッコいいつもりなんだろうが、痛々しすぎて最早悲しくなってくるな………。

 最近鳴りを潜めていた気がしなくもないが、そういやコイツ若干十一歳にして既に中二病に片足どころか全身丸ごと浸かってるんだったわ。思い出した。

 

「………まあ、いいわ。おら、とにかくハンデとしてゲームは好きなモン選ばせてやるよ。なんでもいーぜ」

 

「ふふ、その言葉………後悔しませんね?」

 

 ニヤリ、と不敵な笑みを浮かべる雅美。

 

 こっちのセリフだぜ。まあ、ゲーム好きな真帆とはいい勝負だが、男バスの連中にも妹達にもどのゲームでもほぼ負けねーからな。今日初めてきた奴に負ける道理はない。

 

 ………………ま、軽く揉んでやるか。武士の情けとして、罰ゲームはカンタンなものにしておいてやろう、肩叩きとか。今後のために、年上のイゲンってもんをこの小生意気な後輩に教えておいてやるのも先輩としての務めだろう。

 

 

 

 

****

 

 

 

 

「ふう。ま、こんなもんですかね」

 

「………………………………ウソ、だろ」

 

 太鼓のバチをくるくると回し、達成感のある表情で軽く額の汗をぬぐう雅美。その傍らでガックリと膝から崩れ落ち、打ちひしがれる俺。

 

 筐体のモニターには『フルコンボだドン!』という文字がデカデカと映し出されている。

 

 

 

 ………………………勝負の結果は五戦五敗。そう、俺は雅美に五つのゲームで勝負を挑み、そのすべてにおいて敗北を喫したのである。しかも、かなりの大差で。

 

 

 

 三つのゲームで勝負し、ストレートで全て負けた後、『あ、じゃあ一回でも勝てたら竹中さんの勝ちってことでいいですよ。後ゲームの選択権もあげちゃいます♪』と情けを掛けられた俺はムキになり、一番得意と自負していたサッカーゲームをチョイスしたのだがあっさり敗北。後がなくなり、恥もへったくれもなく選んだ既プレイが完全有利なリズムゲーム(曲も自分が譜面を暗記しているものを選んだ)でもフルコンボを叩き出され、完全敗北を喫した。一ミリも言い訳のしようがない。

 

「ま、一般人の枠で言えばそこそこやる方なのかもしれませんが、日々本物のゲーマーとしのぎを削る私には到底及びません。………………そう、『漆黒の暗殺者』の異名を持つ、この私には!」

 

 バッ! っと両手に持ったバチを双剣のように構え、カッコいい(と恐らく本人が思っているであろう)ポーズをとる雅美。呼び名統一しろよ………と突っ込む気力すら最早湧いてこない。

 

「つか、知らなかったぜ………まさかお前がこんなにゲーマーだったなんて………」

 

「暇なときにパソコンでちょくちょくやってた程度ですけどね。割と私、こっち方面は才能あるんです」

 

 ふふん、と両手を腰にあて誇らしげに胸を張る雅美。クソ、鼻っ柱へし折ってやるつもりがまさか返り討ちに合うとは………!

 

「さて——」

 

 雅美は筐体の上にバチを置き、腰をかがめて下から上目遣いで俺の顔を見上げ、

 

「じゃあ、罰ゲームの時間ですね♪」

 

 そう、楽しそうに笑って言った。

 

「くっ………殺すなら殺せ………!」

 

 既に精神的にボコボコにされていたので、もうどうにでもしてくれ、という気分だった。これ以上何かされたところで下がりきったテンションは落ちようもない。

 

 雅美は人差し指を頬にあて、悩まし気に声を発する。

 

「んー………難しいですね……竹中さんをゲームでけちょんけちょんにしたかっただけなんで、正直あんまり考えていなかったんですよね……」

 

 いい性格してやがんなコイツ。クソ、ぜってー仕返ししてやる……。

 

 俺が内心でどうやって復讐してやろうか、と考えていると、雅美はゲームコーナーの端の区画を見て、何か思いついたのかニヤリ、と笑みを浮かべた。

 

「あ、じゃああれやりたいです、あれ」

 

 雅美が指で指し示す方に視線をやる。そこには、写真機の筐体がずらり、と並んでいた。——いわゆるプリクラ、というやつである。

 俺の認識では、被写体の目がバケモンみたいにデカくなる、女子がやたら好きな謎の白い巨大な箱、というイメージしかない。つ、使ったことねえ………。

 

「ちっ……分かったよ。一回だけな」

 

「んー。まあ、何枚も撮るとさすがにお金かかっちゃいますし、仕方ないですね。それでいいですよ」

 

 渋々、プリクラコーナーへと向かう。ただまあ、ちょっと写真撮るだけなら罰ゲームとしては軽い部類だしな……。寧ろ運が良かったと思うべきだろう。

 

 写真機の筐体の前にたどり着き、カーテンをめくって中に入る。初めて入ったけど、意外とスペースあるんだな……。やたら白いし、なんか落ち着かねえ……。

 

 キョロキョロと写真機の内部を見渡す。数秒待って、異変に気付く。雅美がいつまでたっても中に入ってこようとしないのだ。

 

 革製のカーテンをめくると、目の前に雅美が満面の笑みを浮かべて突っ立っていた。………………猛烈に嫌な予感がする。

 

「言い忘れてましたけど——」

 

 雅美は、勿体ぶるようにそこで一旦言葉を区切り——。

 

 

 

「私は加工だけやるので、写真は竹中さんお一人でお願いします。 ちゃんと可愛くしてあげるので、安心してくださいね♪」

 

 

 

 鬼のような注文を付けてきやがった。

 

 

 

 

****

 

 

 

 

「ここを…………こうして………。………おおー。可愛いですよ、竹中さん。前々から思ってたんですけど、竹中さんちょっと髪の毛とか長くしたら女の子っぽくなりますよね……」

 

「………………………もう………いっそ………殺してくれ………」

 

 ウキウキで筐体の前で写真を加工する雅美の傍らで、体育座りで項垂れる俺。一人でプリクラ撮らされた上、好き放題に写真を弄繰り回されるという経験したことがないレベルの羞恥プレイに、俺のメンタルは激しく削られていた。真帆でもこんなエグイ罰ゲーム思いつかねーぞ………。

 

「………よし、出来ました! 見てください!」

 

 自信満々の表情で印刷した写真を俺に突き付けてくる雅美。………正直、現実を目の当たりにしたくなかったが、念のため確認しておく必要があると判断し、恐る恐る目を開ける。

 

「………………誰なんだ、コイツは」

 

「やだなー竹中さんに決まってるじゃないですか。わかりきったこと聞かないでくださいよ」

 

 写真には金髪の長い髪の少女が映っていた。やたら肌が白いし、やたら眼がでかいので正直不気味さしか感じないのだが、女子目線だとこれは可愛く見えるもんなんだろーか。

 

「………言っとくが、誰にも見せんなよ! こんな写真が学校の連中に見られでもしたら………俺は………俺は………!」

 

 恐らく、女装趣味が高じて一人でプリクラに凸る変態野郎として学校中にその名が知れ渡ることとなるだろう。考えただけでゾッとする。

 

「分かってますって。ちゃんと大事に私の家で保管しておくので、安心してください」

 

 

……それはそれで忘れた頃に出てきそうで嫌なんだが?

 

 

「けっ……気は済んだかよ」

 

「はい、とても。………………………あ、でも折角だから二人で映ってるやつも一枚撮っていきませんか? お金は私が出しますので」

 

 小首を傾げ、両手のひらを合わせ遠慮がちに頼んでくる雅美。くっ……こういう時だけしおらしい態度取りやがるのずるくねーか。

 

「最初からそれでよかっただろ……。まあ別にいいけどよ」

 

「わー竹中さん太っ腹ー♪ じゃあ、早速やりましょっか」

 

 そう言って財布からお金を取り出し、コインの投入口に入れる雅美を尻目に再びカーテンをくぐり写真機の中に入る。間もなく雅美も『お待たせしました』と言って入ってくる。

 

 正面のパネルを操作し、撮影の直前まで画面を進める。効果とかその辺の設定はよく分からないので、とりあえずデフォルトのものを選ぶ。これで準備は完了だ。

 

 首だけで後ろを振り返り、雅美の様子を伺う。雅美は暇そうに俺が操作する画面をじっと眺めているだけだった。

 

「じゃあ………撮るけど、なんかとりたいポーズとかあるか?」

 

「うーん………特にないですね。ポーズってとらなきゃいけないものなんですかね?」

 

「いや、だから俺使ったことないから分かんねーんだって………。まあ別にポーズはいいか。じゃあ撮るぞ」

 

 そう言って撮影ボタンを押すと、カウントダウンが始まる。すかさず俺は後ずさって雅美の隣に並んだ。

 

 

 

 ………………………でもこれポーズとかないと二人とも棒立ちで立ってるだけのシュールな絵面にならね? 一応ピースとかしといた方が良いか? いやでも俺だけピースしてたら一人で浮かれてるみたいになるし………いや、でも………うーむ……。

 

 

 

 そんな風に内心で悩んでいる間にも、カウントダウンは進み、残り三秒を切る。まあ、写真撮るだけだし別に気にする必要ねーか……。

 

「あ、竹中さん、ちょっといいですか?」

 

「あ? このタイミングで一体何なん——」

 

 

 

 ——グイ、と不意に右腕を強い力で引っ張られる。

 

 

 

 至近距離に雅美の顔があることに驚き、思わずフリーズする。

 

 そして、パシャリ、とシャッター音が鳴る。そこでようやく、雅美が右腕に抱き着いていた

ことに気付く。な、何のつもりだ……。

 

 急な接近にどぎまぎして固まっている俺の腕を解放し、雅美は一歩前に出て正面のパネルを操作し始めた。

 

「お、良い感じで撮れてますねー。………あはは! 竹中さんめちゃめちゃびっくりしてるじゃないですか」

 

 静止したままの俺を意に介さずパネルを操作し、先ほど撮った写真を確認する雅美。後ろから視線だけ動かして画面を確認すると、急に引っ張られて体制を崩し、驚いた表情を浮かべる俺と、右腕を俺の左腕に絡め、目の横でピースサインする笑顔の雅美が映し出されていた。

 

「お、おい……。どういうつもりだよ」

 

「んー折角竹中さんと二人で写真撮るのに、二人とも棒立ちっていうのも微妙かなって思いまして。私なりに考えてみたポーズをとらせていただいただけですよ」

 

 顔をモニターに向けたまま悪びれることもなく楽しそうにそう答える雅美。だ、だからって撮影直前で急にあんなこと………。

 

 後ろで動揺し、どうしたらいいか分からなくなっている俺を放置したまま、雅美は手際よく写真の加工を進めていった。

 

「んー美白とか、目が大きくなる効果とかはこの際邪魔ですね……。オフにしておきましょう。出来るだけナチュラルな方が良いし。それから背景は………あは、いいのあるじゃないですか♪」

 

 そう言って雅美はモニタを操作し、背景を選び、ペンで何やら写真に書きこんだりして加工を進めていった。

 

 

 

 ………………その間、何故か雅美は一度も俺を振り返らなかった。気のせいでなければ、意図的に顔を合わすことを避けられてねーか?

 

 

 

 感じた違和感に俺が首をひねっていると、写真が完成したのか、雅美はペンを置いて印刷ボタンを押した。

 

「さ、完成した写真を確認しに行きましょうか」

 

 そう言って雅美はそそくさとカーテンをくぐり、写真機の外へ出て行った。

 

 

 ——そして、その後ろ姿を見て、俺はようやく気付く。雅美のうなじが、真っ赤に染まっていたことに。

 

 

 

 何故赤くなっていたか、については、流石になんとなく理解できた。

 

 

 

 ………………………………。

 

 

 

 じ、自分が恥ずかしくなるくらいなら最初からあんなことすんじゃねーよ………。

 

 

 

 

****

 

 

 

 

「えへへ、良い記念になりましたね♪」

 

「………………俺は恥ずかしくて仕方ねーよ」

 

 時刻は既に十七時過ぎ。

 

 プリクラを取り終えた直後、オールグリーンを出た俺たちは家の最寄り駅へと向かう電車に乗っていた。

 

 その電車内で、雅美は二人で撮ったプリクラを眺めながら、ニヤニヤと揶揄うような表情を浮かべて話しかけてきた。俺は気恥ずかしさから雅美と目を合わせることが出来ずにいた。

 

 ………写真の出来だが、何と言うか最早完全にバカップルにしか見えない有様になっていた。ポーズがポーズだし、背景は薄いピンクのハートマークだし、挙句の果てにはピンクの文字で『初デート記念♡』とデカデカと書かれている。………知り合いに見られでもしたら確実に誤解されてしまう。

 

 雅美は悪戯っぽい笑みを浮かべて、

 

「あは、真帆とか紗季に見せたらどんな反応しますかね?」

 

「頼むからマジでそれだけはやめろ!」

 

 本気の表情で懇願する俺。そんなことされたら末代までいじられるネタにされてしまう。

 

 つーかもしかしてそう言うことか? なんで自分が恥ずかしい思いをしてまであんな写真撮ったのか分かんなかったけど、もしかして脅しの材料として今後使うつもりか!? お、恐ろしすぎる。

 

 今後雅美から要求されるであろう数々の無理難題を想像し、ガクガクブルブルと震える俺。そんな俺に対し雅美は探るような視線を向けて、

 

「ふーん……そんなに嫌がるのって、あの二人のどちらかと付き合っているから、だったり?」

 

「………………は?」

 

 言われたことが分からず、聞き返す。

 

「付き合ってるって………俺が真帆と紗季のどっちかとってことか?」

 

「はい、もしかしたらそういう可能性もあるのかなって」

 

「ねーよ。ただの腐れ縁だっつの」

 

「でも、最近いつも一緒にいるって噂になってますよ? 五、六年の時は疎遠だったのに」

 

 ………マジか。そういう噂が立ってるなら、ちょっと何かしら対策立てとかねーといけねーかも知んねーな。

 

 あいつらのどっちかと付き合うとか俺からしたらあり得ねーし、あいつらからしても『ないわー』という感じなんだろうが、傍から見たらそう見えちまってるってことなんかね。まあ中学生にもなって男女でつるむことってあんまない気がするし、変な勘繰りが生まれちまっても不思議ではないのかもしんねーな………。

 

 頭の痛い話を聞かされて考え込む俺。切り出しづれーけど、一応あいつら二人に相談してみた方が良いか? 差しあたっては目の前の雅美の誤解は解いておく必要があるだろう。

 

「とにかく、ハッキリ言っとくが俺とあいつらはクラスが同じってだけのただの腐れ縁でしかねーよ。つるんでんのもバスケの練習とか話とかするのに何かと都合がいいからってだけだし、それ以上でも以下でもねーって」

 

「ふーん……じゃあ今後付き合ったりする可能性も無いと?」

 

「ねーよ。あり得ねー」

 

 ブンブンと首を大きく振って否定する。低学年のころからつるんでるし、今更あいつらを女子として意識する未来とか想像がつかない。それはあいつらも同じだろう。実際に聞いたことはねーけど、空気感でそれはなんとなくわかる。面と向かって言うのはハズいけど、そういう関係性を一応大事に思っている自分がいるのも事実だしな、うん。

 

「そうですか………まあ、わかりました」

 

 雅美は微妙に納得いっていないような表情を浮かべていたが、それ以上追及してくることもなく引き下がった。いやまあ事実無根だから追及されても何も変わんねーけどよ。

 

 そんな風に他愛もない話をしているうちに、電車がすずらん通りまでの最寄りの駅へと到着する。俺と雅美は降車し、改札を通って駅の出口を抜ける。雅美はすずらん通りへと、俺はバス停へとそれぞれ向かう必要があるので、ここで別れる必要がある。

 

 雅美は俺に向かって、先ほどまでとは打って変わって真面目な表情を浮かべると礼儀正しく頭を下げた。

 

「竹中さん、今日はありがとうございました。凄く楽しかったです」

 

「………おう、まあ……それならよかったわ」

 

 面と向かって感謝されるとなんか照れくさい。視線を合わせないままボリボリと頭を掻いて俺はそう返す。

 

「………竹中さんは、あんまり楽しくなかったですよね。よく考えてみたら今日私、竹中さんのこと困らせてばっかりでしたし」

 

 俺の返答を聞いて、雅美は弱々しい笑みを浮かべてそう呟く。いけね、色々考えてたからちっとそっけない返しになっちまってたかもしんねーな。

 

「バーカ、楽しくなかったらわざわざゲームコーナーなんか付き合ってねーっつの。ドーナツ屋だけ行ったらさっさと帰ってるって。それに、振り回されるのなんか椿と柊で慣れっこだっつーの。今更お前にどうこう言われるくらい屁でもねーよ」

 

 俺は、意識して明るい表情を浮かべてそう言う。

 

 俺の返答を聞いて、雅美は少し安心したように息を漏らした後、少し俯いて寂しそうな表情を浮かべて『………羨ましいです。なんか、そういうの』と小さく呟いた。

 

 羨ましい………? なんのことだろうか。

 

 俺が訝し気な表情を浮かべていると、雅美は慌てたように口を開く。

 

「あ、いや、なんというか……そういう兄妹関係って、なんかいいなって。ちょっと前から、椿と柊を羨ましく思う時が時々あって。ミミのホームステイをズルいと思ったのも、今日竹中さんを無理やり連れまわしちゃったのも、実はちょっとそれが関係してる、というか」

 

 俺は特にリアクションを返さず、黙って雅美の言葉を聞いていた。何と言うか、雅美にしては珍しく、歯切れが悪いというか、上手く言いたいことがまとまっていないような、そんな印象を受けた。

 

「ほら、私、一人っ子じゃないですか。だから兄弟がいるっていうのがどういうことなのかよく分からなくて。………もちろん、家族のことは好きだし、寿司屋の一人娘っていう自分の境遇には何も不満はないです。寧ろ、お父さんとお母さんの子でよかったって思ってます」

 

 雅美は、ハッキリとした口調でそう言った。

 

「でも、たまに思うんです」

 

 そして、一旦そこで言葉を区切り——、

 

 

 

「私も、竹中さんみたいなお兄さんが欲しかったなって」

 

 

 

 囁くような声で、下を向いて雅美はそう零した。

 

 そして、雅美が黙ったことで訪れる沈黙。

 

 

 ………………………………。ふーん………なるほど? 嬉しいことを言ってくれるじゃねーの。

 

 

 俺が堪えきれず、思わずニヤニヤしていると、雅美はそれに気付いたのかハッ!? と急激に顔を赤らめ、慌てたような口調で、

 

「ち、ちがっ……! 竹中さんみたいなっていうのは言葉の綾で、単純に年上の兄弟とか羨ましいなってだけの話で……!」

 

「そうかそうか、そんな風に思ってくれてたのか」

 

「だから違うって言ってるじゃないですか!! あんまり調子乗ってると本気で怒りますよ!?」

 

「別に『兄さん』って呼んでくれてもいいんだぞ?」

 

「だーかーらー!」

 

 ムキー!! と憤慨し、茹でダコのように顔を真っ赤にして地団太を踏む雅美。

 

 なんというか、今日は一日中雅美にはしてやられてばかりだったせいか、溜飲が下がる気分だ。主導権を握られっぱなしというのも、年上の男子としてはプライド的に少し気になってしまう。

 

「うー…………酷いです、竹中さん。人の悩みごとをからかうなんて」

 

「悪かったって。まあ椿と柊は実の妹だからさすがに同じ扱いはしねーけどよ、部活で会ったらちゃんと妹分として可愛がってやるから安心しとけって」

 

「………………その言い方はなんか癇に障るんですけど!」

 

 不満げな表情で食い下がる雅美。なんか、妹分扱いすりゃいいと分かった途端、雅美の一挙手一投足が可愛げのあるものに思え、心に余裕が出てきた気がする。たまにどう接したらいいか分かんねーときあったからな。

 

「んじゃあ、流石にそろそろ解散にしようぜ。また明日部活でな。寂しくなったら遠慮せず電話かけてきてくれてもいいからな」

 

「………………やっぱり相談するんじゃなかったです!」

 

 べーっ! 舌を出して、そのまま見向きもせず帰路につく雅美。それを見届けて、俺もバス停の方面に足を向ける。

 

 ………………まあ、なんだかんだ、有意義な日曜だった気がするな。雅美とも結構打ち解けられた気がするし。最近はバスケばっかしてたけど、たまにはこういう休日も悪くねーな、うん。

 

 

 

 今日の成果に内心で満足しつつ、俺は軽い足取りで歩を進めていった。

 

 

 

 




というわけで雅美とのデート?回でした。

高木さんの三期決まってたからノリでつけたタイトルですが、結構夏陽の反撃食らってるしいうほどからかい上手でもないなこの子……。

割と雅美は動かしやすい部類のキャラなのですが、原作だと紗季以外との辛みが少なすぎるので想像でカバーしなければいけない部分が多いのが若干難しかったです。

ゲーム得意設定とか完全に想像ですね。自分のパソコン持ってて、中二病で、帰宅部で、ってとこ踏まえると割とインドア寄りのキャラなんじゃないかなー的な。FPSとかセンスありそうな気がする

とにもかくにもこれでようやく本編に戻れるぞ。


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■第十七話 平常心是道

時間が空いてしまい申し訳ないです!
お仕事が忙しくなってしまいました。
久しぶりの投稿はなんか緊張しますね……。


 

 

 

 ミミが居候を始めてから、早いもので三週間近くが経過した。

 

 

 

 初めのうちは自宅に居候がいる、という状況に戸惑い、なんとなく落ち着かないような気分でいたのだが、同じ日々を繰り返すうちに次第に慣れていった。

 

 まず朝は妹二人とミミをたたき起こして朝練。———事前に宣言していた通り、ミミは朝がシャレになんないくらい弱かったので、結局ほぼ毎朝俺が起こす必要があった。

 朝練の内容は軽くフットワーク練をした後ドリブルやシュートなどの基礎練をして、最後に2on2をやる、という流れが多かった。ミミが朝練に加わって四人になったことで試合形式の練習が出来るようになったことは非常に喜ばしい。

 

 加えて、椿や柊にとってミミとの練習はいい刺激になっているようだった。

 

 ミミのシュートフォームやドリブルは年齢の割に洗練されており、一緒に練習をすればするほどそれが分かるのだ。それに影響された二人は、驚くべきことに今まで面倒くさがって手を付けてこなかったフォームの改善に積極的に取り組むようになっていた。俺があれだけ言っても手を付けようとしなかったっつーのに……。

 

 また、俺にとっても得るものが大きかった。単純に、実力の近い相手と毎日マッチアップを行えるというのが非常にデカい。加えてミミの奴、マッチアップして俺に勝利するとめちゃくちゃ嬉しそうな顔で、フェイクが分かりやすすぎる、だのドリブルが甘い、だの俺にダメ出しをしてくるのだ。悔しいから嫌でも修正しようという気になる。認めたくねーが、指摘自体はかなり的を射ていたように思う。実際ちょっと1on1の技術上がったような気がするし。

 お返しとして、俺も自分が勝った時にはミミに対して容赦なくダメ出しをし返してやることにしている。ちなみに、戦績は大体七対三くらいの割合で俺が勝ってたからな。年上舐めんな。

 

 朝練を終え、交代でシャワーを浴びた後は母さんを含めた五人で朝食を取る。朝飯はミミが率先して作りたがったので、任せることが多かった。なんだかんだ三週間ずっと継続して作ってくれており、律儀な奴だ、と驚かされた。

弁当についても俺と、仕事があるときは母さんの二人分を作ってくれている。朝は時間がないから夜のうちに完成させているようだ。

 母さんは『ミミちゃんのお弁当があるから最近仕事に行くのが楽しみなの~』と嬉しそうだった。おかげでここ最近ずっと機嫌がいい。いいぞミミ、その調子だ。

 

 朝食をとった後は四人揃って登校。………正直、この年になって妹とその友達と一緒に登校するのは若干恥ずかしい。しかもミミ目立つから、注目浴びちまってるし。

しかし、だからと言って別々に登校してくれ、と言うのもなんか感じ悪い気がするので躊躇ってしまう。そこで一度『あー、お前ら、俺と一緒に登校すんの恥ずかしかったらちょっと時間ずらしたりできるし、言ってくれていいからな』と遠慮がちに提案してみたのだが、三人からブーイングが帰って来たのであきらめた。そのため、三週間たった今でも結局四人揃って仲良く登校している、という訳である。……まあ、良いけどな別に。

 

 三人と別れ、教室に着いてからは真帆と紗季と三人で行動することが多い。残念ながら現時点でも同じクラスで友達と呼べるほど親しくなったやつが居ないのが現実だった。自分はこんなにも友達を作るのが苦手だったのか、と思わず愕然としてしまう。別に嫌われているとかそういう訳ではない気がするのだが、なんか誰も話しかけてこねーんだよな……。編入生とエスカレーター組の溝ってやつなんだろうか。

 

 放課後は部活の時間だ。

 火木土は男バスの活動に参加し、月水金は女バスの練習を見に行っている。

 

 今日は金曜日なので女バスの活動日である。部活の内容としては、明後日の日曜日に迫った五色中央との練習試合対策の総仕上げだ。

 

 少し前まではディフェンスの練習や速攻の練習、セットプレー時の動きの確認等チームでの新たな動きを覚えるための練習がメインだったが、ここ一週間は五対五のゲーム形式での練習を増やしている。練習で身に着けたことを実戦で発揮できるようにするための特訓だ。そのため、ここ最近は下級生たちにも対戦相手としてゲームに参加してもらっている。下級生たちも基礎的なことはあらかた身についてきてたしな。そろそろ試合やらしてみたいと思ってたし、丁度いい。

 ただ流石に下級生五人対上級生だと実力差が違い過ぎて試合にならないので、下級生三人+俺と美星、というチーム編成で何とかチーム力に釣り合いを取らせようとしていた。

一応俺が仮想クロエ、美星が仮想荒巻という役所なのだが、美星かげつより身長低いし、俺もスタイル的にクロエ感があんまないので割と無理やり感は否めないが、この際ゼータクは言ってられない。

 

 上級生チームは、初めのうちは新しい戦術に慣れずぎこちなかったが、現時点ではなんとか形にできているようだった。微妙に付け焼刃感あるし、スケジュール的に今から新しいこと試すの無理がある気がして若干心配だったが、戦ってみた感じ実戦でも割と通用しそうだ。………コーチとしては一安心なんだが、思った数倍吸収力高くてバスケ選手としちゃ嫉妬モンだ。

 

 兎にも角にも、練習段階でやっておきたいと思っていたことは全て達成できた。勝てるかどうかは高く見積もっても五分五分だが………後はあいつらの頑張り次第だな。

 

 

 

****

 

 

 

「い、いよいよ明後日ですね。緊張してきました………」

 

 部活が終わり、俺と椿、柊、ミミ、雅美、かげつの六人揃って下校中。俺の隣を歩くかげつは不安げにそう呟いた。

 

「あーちょっとわかるな。なんか、ついに来たか! って感じでドキドキするもん、ボクも」

 

「ね、なんか、やることやってたら思ったよりあっという間だったしね」

 

 すぐ後ろを歩く椿、柊もかげつに同調する。いつも威勢のいいこいつらが緊張って珍しいな。まあでも、そんだけ真剣に練習してきたってことだろーし、悪いことじゃねーんだろうけどさ。

 

「二日前から緊張っていくらなんでも気が早すぎない?」

 

 そんな三人に対し、前を歩く雅美が振り返り、ツッコミを入れる。

 

「で、でも最後の練習終わっちゃったし………。うう、やり残したこととか無かったかな………」

 

 尚も弱音を漏らすかげつに、雅美はやれやれ、と呆れたように頭を振って、

 

「ハア………そんな調子じゃ先が思いやられるわね。私たちはチームとして、既にやれることは全てやったのだから堂々としてなさいよ、みっともない」

 

「ノン、そう言うましゃみも今日の部活前カナリ落ち着き無かったデス。バスケの教本片手にウロウロしながらブツブツ言ってマシタ」

 

「ちょ……ミミ!?」

 

 自身の醜態を暴露され、慌てた様子で叫ぶ雅美。暴露した当の本人は雅美の抗議など何処吹く風、と言わんばかりにシレっとした表情を浮かべている。相変わらずマイペースなヤツ………。

 

「あーボクも見た見た。かなりキョドウフシンだったよねー」

 

「なーんだ、ましゃみもしっかり緊張してんじゃん。なのに一人だけカッコつけちゃって」

 

 俺とかげつの後ろを歩く椿と柊も囃し立てるような調子で茶々を入れる。

 

「ぐ、ぐぬぬ………。しょ、しょうがないでしょ………! ポイントガード実戦でやるの初めてなんだし、色々考えること多くて大変なんだから………」

 

 悔しそうな表情で言う雅美。

 

 流石に不憫だし、仕方ねえからフォローしてやるか、と思い、俺も口を開く。

 

「まあ、実際大変だと思うぜ。ポイントガードは仕事多いポジションだしな」

 

「で、ですよね! さすが、竹中さんは私の大変さを分かってくれてて――」

 

「明後日の勝敗は雅美の完成度次第と言っても過言じゃねーな」

 

「なんでこれ以上ハードル上げようとするんですか!?」

 

 信じられない、とでも言いたげな表情で噛みついてくる雅美。いけね、フォローのつもりがつい言いたくなって雅美弄りに便乗しちまった。

 

「あ、ちなみに明後日の試合、紗季も見に来るっつってたぜ。よかったじゃねーか。練習の成果見せつけてやれよ」

 

「な………!?」

 

 愕然とした表情で言葉を失う雅美。くくく、想像通りのリアクションだな。

 

「ぐ、ぐぬぬぬぬ………余計なコトを……!」

 

 不満げに呻く雅美。そんな彼女に対し、俺は挑発するようにニヤリと笑ってみせ、

 

「自分の方が上って分からせてやるんだろ? いい機会じゃねーか」

 

「くっ………も、もちろんです! わ、私が紗季に負けるわけないですから………」

 

 威勢よく宣言した雅美だが、よく見ると目が泳いでいた。………まあ、けしかけといてなんだが紗季と雅美じゃポイントガードとしての年季ちげーし、さすがに現時点で上回るのは無理があるだろうがな。雅美も一応自覚はしてるんじゃねーかな。まあ、ベストを尽くしてくれれば文句ねーさ。

 

 そんな風に雅美とやり取りをしていると、後ろから椿と柊が俺の肩を叩いてきた。なんだ? と思って振り返ると不安そうな表情で、

 

「に、にーたん………? 見に来るのは紗季だけだよね? まさかとは思うけど――」

 

「ん……? あーいや、真帆も来たいっつってたから多分来るんじゃね?」

 

「ぎゃー!!」

 

「なんで呼んだのさにーたん!!」

 

 大声で抗議する二人。いや、そんなこと言われてもな。

 

「呼んだっつーか、クラスであいつら二人に練習試合のこと話しただけだぜ」

 

 思いのほか反発があったので面食らいつつ返答する。椿と柊はやはり納得がいかない、といった様子で、

 

「真帆に話したら来たいって言うにきまってるじゃん!! にーたんのばか!」

 

「そーだよ! そんなの分かりきってたじゃんか」

 

 いや、確かにそうかもしれんが別に隠すようなことでもねーしな………。あいつらも一応女バスOGなわけだし、見に来る資格はあると思うが。

 

「別に見られて困るようなもんでもねーだろ」

 

「「うー………でもでも」」

 

 尚も食い下がる椿と柊。うーむ、こいつらが真帆に苦手意識持ってんのは知ってたが、プレイを見られるのを嫌がるのは少し意外だ。『あほ真帆にボクたちの華麗なプレーを見せつけてやる!』くらい言いそうなモンだっと思ってたが。

 

 ………………そう言えば、最近椿と柊が真帆に食って掛かる姿をあまり見なくなった気がする。どちらかと言うと単純に接触を避けてるって感じだ。よく分からんが、様子見るに真帆に見られてると緊張しちまうってことなんだろう。なんか心境の変化でもあったのか? まあともかく——。

 

「はあ………あのなあ。誰に見られてよーがカンケイねーだろ。プレイすんのは自分と、チームメイトと、相手チームだけなんだから、観客なんて気にしてんじゃねーよ。………それとも、真帆に見られてたから全力出せなかったって言い訳すんのか?」

 

 言い聞かせるように二人に向けて言い放つ。

 

「うー………」

 

「最近のにーたん、説教臭くなったよね………」

 

「余計なお世話だっつの。………とにかく、どんな状況でも平常心を保てるようになんねーと、一人前のプレーヤーになんてなれねーぜ。雅美、お前もな」

 

「う………」

 

 言葉に詰まる雅美。三人はぶー垂れつつも、『………はーい』と返事を返した。ったく、一人前のスポーツマンとはなんるたるか、こいつらは微塵もわかっちゃいな——。

 

 

 

「あ、それで思い出しましたけど、ひなた姉様も来ますよ。お呼びしたら来たいって言ってたので」

 

 

 

「な——」

 

 思わず言葉を失う。一瞬にして頭の中が真っ白になる。

 

「ひ、ひなた来るのか………?」

 

「ええ、楽しみにしてるって言ってました。姉様にご満足いただけるように頑張りたいです。………そう考えると、緊張どころではなかったかもしれませんね」

 

 そう言って、ふんす! と気合を入れるかげつ。そんな彼女とは対照的に、俺の頭はひなたが試合を見に来る、という事実に稲妻に打たれた様な衝撃を受けていた。

 

 ………………………………。

 

 ………ひ、ひなた来るのか、そうか。クラス変わっちまってから最近全然会ってなかったし、会うの久々だな………元気してっかな。くそ、どうせなら俺が試合してるとこ見て欲しかったな。だけどひなたに見られてるって思ったら緊張してプレーに支障出るかも知んねーし、正直よかったかもしれな——。

 

「………竹中さーん??」

 

「はっ!?」

 

 抑揚のない声で雅美に呼びかけられ、空想世界から現実世界へと帰還する。

 

 見ると、にっこりと笑みを浮かべる雅美が目に入る。後ろからは『にーたんも全然人のこと言えないじゃん………』と呆れたような柊の呟きが聞こえてくる。

 

 どう取り繕ったらよいか分からず固まっていると、雅美は顎に指を当てて右上に視線をやり、わざとらしく何かを思い出そうとするかのような表情を浮かべると、

 

「えーっと………なんでしたっけ? どんな状況でも? 平常心を保てないと? 一人前のプレイヤーになんてなれねーぜ、でしたっけ?」

 

あからさまにすっとぼけたような声色でそう言う雅美。そして目をスッと細めて射貫くように俺を見つめ、

 

「エラソーに私たちに説教垂れたってことは、トーゼン竹中さんはどんな状況でも保てるってことですもんね? 平常心」

 

「………くっ、あ、当たり前だろ」

 

 そう言って俺は雅美から目を逸らす。それを見て雅美はハン、と鼻で笑うと、

 

「どーだか。ひなたさんの名前聞いてだらしない顔して鼻の下伸ばしてたクセに」

 

「は、鼻の下なんか伸ばしてねーよ!!!」

 

 伸ばしてないハズだ。………………………の、伸ばしてなかったよな?

 

「お、俺はただ、あいつに会うの久々だなって思って、あったら何話すかな、とか考えてちょっとぼーっとしてただけで………別に、ひなたに会うからって今更緊張とかしねーっつーの!」

 

「ふーーーーーーーーーん………。本当ですかあ?」

 

「ほ、本当だっつの!!」

 

 訝しむような目つきでジロジロと俺の顔を探るように眺めてくる雅美。無性に後ろめたい気分に苛まれた俺は直接目を合わせないように注意しつつ、必死で顔を背け続けた。くそ、母さんに隠したテストの答案が見つかった時みてーだ………。

 

 そんな俺たちの様子を見てかげつは不安そうに、

 

「あ、あの。………もしかして竹中先輩、姉様のこと、苦手なんですか?」

 

「………………………………………。はい?」

 

 突然、予想だにしなかった質問を投げかけられ、思わず素っ頓狂な声をあげてしまう。………………………俺が、ひなたのことがニガテ? 何がどうしてそうなった?

 

 俺が呆けていると、かげつは慌てて言葉を付け加える。

 

「あ、いえ。竹中先輩、姉様が来るって聞いてびっくりしていたようなので、苦手意識あるのかなと。思い返してみれば、姉様と会った時の竹中先輩、いつも少し居心地悪そうにしてた気がして………。あわわ……わ、私としたことが、もっと早く気が付くべきでした……!」

 

「あー………………えーっとだな」

 

 愕然とした表情でワナワナと両の手を震わせるかげつ。声をかけてみたものの聞こえていないのかスルーされちまった。かげつはなおも言葉を続ける。

 

「竹中先輩には普段お世話になっていてとても感謝しているので、お二人の仲が悪いのは私としてもちょっと悲しい、といいますか………。あ、そうだ! もしよかったら私がお二人の間を取り持ちましょうか? 姉様はとても魅力的な方ですので、きちんと知っていただければ苦手意識など一瞬にして消えてなくなるハズです!」

 

 興奮した様子でそうまくし立てるかげつ。………相変わらず、姉のひなた関連の話になるとなんつーか、走り出したら止まらないといった感じだ。クセの強い女バス面子の中で比較的常識人寄りだから忘れちまいそうになるが、そう言えば思い込みが激しく暴走しがちなキャラでもあったな………。

 

「いやまあ、気持ちはありがてーけど、別にひなたのこと苦手じゃねーから安心しろよ。これでもそれなりに付き合い長いし………い、良い奴なのは知ってるって」

 

「で、ですが……」

 

「そうよかげつ、そんな事あるわけないじゃない。竹中さんはひなたさんのコト、苦手どころか寧ろ大好——」

 

「おおおおおおおい!!!! 何口走ってんだお前!!?」

 

「むぐぐっ……!?」

 

 慌てて右手で雅美の口を塞ぎ、引きずって道の反対側まで連行する。こ、コイツマジで余計なコト言いやがって………!

 

「だいす……? な、なんでしょうか」

 

「あ、アハハ! なんでもねーよ!」

 

 訝し気な表情でこちらを伺うかげつに対し、ひきつった笑みをうかべて取り繕う。

 

 あ、あぶねえ………危うく取り返しのつかないことになるトコだった。『俺がひなたのことが大好き』なんて万が一にでもかげつに伝わったら、ぜってー『姉様に近づくケダモノは許しません!』みてーなことになるに決まってる。去年の夏に長谷川に似たような理由で噛みついてんの見たことあるし、そうなったら最悪女バスに立ち入り禁止になる可能性がある。

 …………………い、いや。まあ、そもそも俺がひなたのことが好き、とかいうのが事実無根なんだけどな。あくまで誤解された時にかげつ相手だとそれを解くのがメンドクセーってだけの話で——。

 

「あ、あの………竹中先輩」

 

「おっおう! な、なんだ?」

 

 突然かげつに呼びかけられ、慌てて返事を返す。今度は何を聞かれるんだ!? と警戒心から思わず身構える。

 

「え、えっと………。姉様のことを苦手に思っているわけじゃない、というのは分かったんですけど………」

 

「お、おう、分かってくれたか」

 

 誤解が解けたことが分かり、緊張が解けて全身から力が抜ける。

 

「で、でもその………とりあえず、そろそろ雅美を解放してあげた方が良いんじゃないかな、と………」

 

「へ………?」

 

 かげつは遠慮がちにそう呟いて、俺の顔の右のあたりに視線をやる。恐る恐る顔を右に向けると、ギロリ、と至近距離から俺を睨みつける雅美と目が合う。手で口を塞がれた怒りからか雅美の顔は真っ赤に染まっており、目にはうっすらと涙すら浮かべていた。

 

「おわっ!! す、すまん」

 

 慌てて右手を放し、雅美を解放する。自由の身となった雅美は口を押えて少し俯いた後、そのまま顔を上げ、恨みがましい視線を俺に向ける。

 

「………ひ、ひどいです竹中さん。女の子の唇をいきなり触ってくるなんて………」

 

「く、唇ってお前………」

 

 も、もっと他に言い方あっただろ………。

 

「ひ、人聞き悪りーこと言うなよ。お前が急に変なこと言い始めるからフツーに口塞いでやっただけだっつの……」

 

「う、ウソです! 押さえられている時何回か指で唇押してきたじゃないですか!」

 

「は、はああああ!? してねーし!! お前の自意識過剰なんじゃねーの?」

 

 雅美の言いがかりに対し、声を大にして反論する。

 

 じ、実際してねーはずだ。かげつへの対応に必死でそれどころじゃなかったし、雅美のことは意識の外だった。………む、無意識にやっちまった可能性は否定できねーけど、そんなん言い出したらキリがねーだろ……。

 若干不安になって、本当のところどうだったか思い出そうとしているうちに、雅美の口を押えていた時の感触が若干右手に残っていることに気付く。

 

 ………………………。

 

 い、言われてみれば、なんか指に柔らかいものが触れていた気がしなくも無——。

 

「エイ」

 

「いっ………痛ってええええええええええ!! ちょ、急に肘つねってくんじゃねーよ!! おいこらミミ!!」

 

 右ひじに激痛が走り、思わず悲鳴を上げる。俺の肘をつねってきた犯人——ミミは例のごとくシレっとした顔で、

 

「イエ、なんだかタケナカが変態的な思考に陥っていた気がしたノデ、セイサイを加えてやったマデデス」

 

 そう言って、ジトっとした目で咎めるように俺を見つめてくるミミ。うっ、と思わず言葉に詰まる。………た、確かに、言われてみれば変態チックなこと考えていた気がしなくもねえ……。クソ、どうしちまったんだ最近の俺は。長谷川のような変態スポーツマンには絶対になるまいと心に誓ったハズなのに……!

 

 ………ってか、なんでコイツ俺の考えてることが分かったんだよ。エスパーかよ、怖っ!

 

 俺が内心ビビっていると、ミミ以外の四人からも微妙に温度の低い視線が飛んできていることに気付く。くっ、これが多勢に無勢というやつか……。

 

「と、とにかく、大事な試合の前なんだから、いつまでも立ち話してねーでさっさと帰るぞ!」

 

 そう言い捨てて四人に背を向け、足早に歩きだす。………背中から『何がとにかく、なのかしらね?』だの『最近のにーたん、都合悪くなると逃げるようになったよね………』だの『ニッポン男児としてちょっとどうかと思いマス』だの罵声が飛んできている気がしなくもねーが黙殺する。長年の経験で群れた女子まともに相手すると碌なことにならねーと知っているからだ。戦略撤退というやつだ。決して居心地悪くなったから逃げてるわけではない。

 

 ………………試合前という大事な時期に、コーチとして今まで築き上げてきた部員たちからの信頼が粉々に砕け散ってしまった気がしなくもないのは、今は敢えて考えないこととする。

 




十七話でした。
微妙に久しぶりの執筆ということもありやたら筆進むの遅かったです……。
次の次位から練習試合が始まる予定です。

バスケの試合書くの初なので上手く書けるか今からビビり散らかしております。
気が向いたらで大丈夫なので、感想や評価いただけると嬉しいです。励みになります。



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■第十八話 早起きは三文の徳…?

遅くなりました………。

意外と時間かかってしまった。
あまり深く推敲し過ぎずパッパと書いて粗あったら後から直すスタイルの方がいいのかなあと悩み中。
投稿頻度を改善したい……。


「ん………朝か」

 

 そう呟いて上体を起こし、あくびと共に大きく伸びをする。部活やら、女バスの練習試合の準備やらで疲れていたせいか、熟睡出来た気がする。さすがに寝起きなので頭の中にはややぼやけたような感覚があるが、気分はスッキリしていた。

 

 そして、いつもの朝と違って目覚まし時計が鳴っていないことに気付く。時刻を確認すると、セットしていた時間より三十分も早く目が覚めていることに気が付いた。五分とか十分早かったことはあっても、覚えている限りではこんなに朝早く目が覚めたことはなかった気がする。大幅に記録更新である。

 

 いつもなら起きて、顔を洗った後すぐミミ達を起こしに行くのだが、三十分も早いとなるとさすがに躊躇われる。そもそも直前にあれこれ練習するより、ぐっすり寝て体力温存した方が良いだろうしな。あいつらを起こすのは今日はやめとくか。

 

「………………しゃーねえ。とりあえず一人でランニングでもするか」

 

 そう思い、ベッドから立ち上がって洗面所に向かい、顔を洗ってわずかに残っていた眠気を吹き飛ばす。そのまま玄関へと向かい、靴を履き、扉を開けて歩道に出たところで、ふと足が止まる。

 

 ——テン。——テン。

 

 ガレージの外壁——普段俺らが練習に使っているバスケットゴールの方から、何かが弾むような軽快なリズムが聞こえてくる。

 

 ——というか、毎日聞いているから聞き間違えるわけもねえ。間違いなくバスケットボールのバウンドする音だ。

 

 不思議に思って音のする方に向かうと、銀髪の小柄な女子——我が家の居候、ミミ・バルゲリーがシュートを放っているのが目に入った。

 

「む………タケナカ。おはようございマス」

 

「………おう、おはよう」

 

 俺に気付き、ぺこりと軽く頭を下げて挨拶をしてくるミミ。つられて俺も挨拶を返す。

 

「随分と早起きだな」

 

「まあ、試合当日なノデ、軽いウォーミングアップデス」

 

「………オーバーワークにならねーよーにしとけよ」

 

「ウィ、軽いシュート練とレイアップの練習くらいにしておきマス」

 

 そう言って、ボールを拾ってシュート練を再開しようとするミミ。

 

 ………まあ、試合直前に両チーム軽くウォーミングアップする時間与えられるから、今やる必要あんまねー気するけどな。まあそこは個人の自由だし、好きにすればいいと思うけどよ。

 

 一方で、ふと疑問に思う。今まで朝弱くてまともに自分で早起きできなかったコイツが、どうやって自力で起きれたんだ?

 

 じっとミミの顔を観察する。そして、最初見たときは気が付かなかったが、目の下にうっすらとクマが出来ていることに気付く。………もしかして、コイツ。

 

「お前……もしかして昨日の夜ちゃんと寝れなかったのか?」

 

 ギクリ、とシュートを打とうとする体制で固まるミミ。そして気まずそうに俺から顔を背けたまま、

 

「ね、寝れマシタよ……?」

 

「嘘つけ、声震えてんぞ。そして目ぇ見て話せ」

 

 すっとぼけたような顔をして、ピューピューと口笛(鳴ってない)を吹くミミ。仮にもポーカーフェイスが自慢だというのに分かりやすすぎる。大丈夫かコイツ。

 

「あのなあ……練習試合の前だってのに何やってんだよ。ちゃんと休んどけってあれほど言っただろ」

 

「う………申し訳ないデス」

 

 少し咎めるように言うと、ミミはシュン、と肩を落とした。う………そう言う反応をされるとこっちが悪いことしたみたいな気分になってくるな………。

 

「………まあ、お前のことだから意図的に夜更かししたとは思ってねーけどよ。いくら何でも緊張し過ぎだろ。あくまで練習試合だぜ?」

 

「ン………それはまあ、そうデスが」

 

 俺と目線を合わせないようにしたままそう返すミミ。なんだ? なんか煮え切らない反応だな………。

 

 思い返してみれば、五色中央との練習試合が決まった時から今日まで、時折ミミがこんな風に意味深な態度を取ることがあった気がする。クロエとの関係について聞かれた時が特に顕著だった。やっぱあいつと何かあんのか? まあ、聞かれても答えねーんだろーけどよ………。

 

「まあ、何でもいいけどよ。………とにかく、コーチとして寝不足のままの選手を試合に出させるわけにはいかねーな。試合午後からだし、今からでも少し寝て来いよ。時間になったら起こしてやるから」

 

「………今から寝ても、あんまりちゃんと寝れる気がしないデス」

 

「そりゃそうかも知れねーけどよ………」

 

 寝れなかった原因が緊張なのかなんなのかは知らねーが、結局解消されてないから今のままじゃ寝れないと言いたいのだろう。まあ、言ってることは分からなくもねーが………。

 

「とはいえ、寝不足で勝てる相手じゃねーのはよくわかってるだろ………」

 

「………重々理解していマス」

 

 そう言って、再び肩を落とすミミ。しかし数秒後、ふと何かに気付いたような表情を浮かべた。

 

「あの………タケナカ」

 

「なんだよ」

 

「タケナカはワタシに眠って欲しいのデスよね?」

 

「まあ………そうなるのか……?」

 

 言い方はなんか気になるが、概ね間違っちゃいない。

 

「バンゼンの状態で試合に臨むにあたって、ネブソクは何が何でもカイショウすべきであると思いマス」

 

「さっきからそう言ってるだろ………」

 

「そして、タケナカにはコーチとして、選手のフチョウをなんとかする義務があるはずデス」

 

 そう言って、ずい、と俺の方に身を乗り出してくるミミ。

 

「お、おう………まあ俺に出来ることあるならするけどよ………」

 

 気押されつつもそう答える。つってもお前のメンタル面の問題な気がするから、俺ができることねー気がするんだが。

 

「ナノデ………」

 

 ミミは、そこで一旦言葉を区切ると、言いにくそうに目を逸らした。そして少し黙った後、意を決したように俺の目を真っ直ぐ見て、

 

 

 

「添い寝、してくれないでショウカ……?」

 

 

 

***

 

 

 

「………どうしてこうなった」

 

 ミミの部屋(元・俺の部屋)のベッドに腰かけ、一人そう呟く。

 

 ミミから求められた添い寝について、気恥ずかしさからフツーに断ろうとしたのだが、ミミの奴が、『もししてくれなかったら、タケナカが寝かせてくれなかったせいで寝不足デスってみんなに言い訳しマス』とか言ってきたのでそういう訳にもいかなくなった。……寝かせてくれない、という言葉の意味自体はよく分からなかったのだが、なんかそれが他の連中に知られた場合のことを考えるとモーレツに背筋が寒くなってきたので、恐らくロクでもないことに違いないのだろう。

 

 つか、折角早起きしたのに速攻寝ないといけないなんて微妙に納得がいかねえ………。

 

 そんな風に内心不満に思っていると、ガチャリ、と部屋の扉が開き、スポーツウェアから寝間着に着替えたミミが戻ってくる。ちなみにシャワーは余計眠れなくなるからと浴びずに、軽く体を拭くだけで済ませたらしい。

 

「お待たせしマシタ」

 

「お、おう……」

 

「デハ、時間ももったいないデスし、早速寝まショウか。よろしくお願いしマス」

 

 そう言って、ペコリと礼儀正しくお辞儀をしてくるミミ。その様子に、思わず毒気を抜かれて固まってしまう。その間にミミは俺の横をすり抜け、ベッドに横になり、体の上に掛布団を被せて就寝準備を整えた。

 

「………タケナカ? なにしてるんデスカ? タケナカも早く横になってクダサイ」

 

「あ、ああ………」

 

 訝し気な声でミミに呼びかけられ、ようやくフリーズが解ける。………そうか、うん、添い寝だもんな、俺も横にならないと、添い寝じゃないよな。

 

 そう思って腰を上げ、ミミに倣って俺もベッドに横になり、慎重に布団に入る。そしてそのままぎゅっと目を閉じた。

 

 

 

 ………………………………。

 

 

 

「タケナカ、なんでそっち向いてるんデスか? ちゃんとこっち向いてクダサイ」

 

 背中からミミの不満げな声が聞こえてきて、思わず目を開ける。

 

「い、一緒に布団に入ってるんだから文句ねえだろ………」

 

「ノン、それじゃ添い寝したことにならないデス。添い寝舐めないでクダサイ」

 

 お前は添い寝のなんなんだよ………と内心でツッコミを入れつつも、このままでは埒がが明かないと判断して渋々寝返りを打ち、体をミミの方に向ける。

 

「………っ!?」

 

「………」

 

 思ったより近くにミミの顔があることに気付き、息をのむ。ミミはと言うと相変わらず何を考えているんだか分からない顔でじっと俺の顔を見ていた。目のやり場に困った俺は再びぎゅっと勢いよく目を瞑る。

 

 そのまましばらく目を閉じて黙っていたのだが、視覚が遮断されたことで今度は嗅覚の方に意識がいってしまう。ふわり、と甘ったるいような、明らかに自分のものではない嗅ぎなれない香りで鼻腔が満たされ、落ち着かない気分になる。椿や柊に添い寝してやるときとは明らかに違う、なんというか『年の近い女子』がすぐそばにいるということを嫌でも意識させられるような感覚で——。

 

(ね、眠れねえ~~~~~~~~~~!!)

 

 心の中で絶叫する。妹達にもたまにしてやってるし、ちょっとハズいけど添い寝ぐらいまあいいか、ぐらいの感覚で引き受けた三十分くらい前の自分をぶん殴ってやりたい。いざやってみると緊張と胸のバクバクでとても落ち着けたものではない。

 

思えばここ三週間、同居に慣れ過ぎて正直ミミを女子としてあまり意識してこなかったという油断もあったのだろう。

 

『妹の友達』、『部活のコーチと教え子』、『バスケの仲間』、そして『うちの新しい居候』。

 

 俺にとってのミミを表現する単語は数多く有れど、そこに異性同士であることを意識させるようなものはあまりなかった気がする。

 

 あのこっ恥ずかしい恋人のフリみたいなのは例外かもしんないが、母さんを誤魔化すための演技だと割り切っているし、特にあれ以来それっぽいこともしていない。五色中央との練習試合の対策でそれどころじゃなかったし、ミミは特に気合い入ってたみたいだったしで何も要求してこなかった。

 

 そのまま悶々と思いを巡らせて、どのくらい時間がたっただろうか。

 

 ちらり、と。

 

ミミの様子が気になって薄目で様子を伺ってみると、既に眠っているようでスヤスヤと寝息を立てていた。と、とりあえず当初の目的は達成できたみてーだな………。

 

 やや緊張が解け、ふう、とため息が漏れる。思ったよりあっさり眠れたみてーだが、ホントに昨日眠れなかったのか? 添い寝したぐらいでそんな変わるもんなんだろうか。

 

そのまま何とも言えないような気分でミミの寝顔を見つめ続ける。………無防備な表情だ。目元はとろんと綻んでおり、口元にはわずかに笑みすら浮かんでいる。ミミは基本ポーカーフェイスであるため、普段は表情の変化が乏しい。そんなミミの笑顔の表情というのは新鮮であったため、思わずまじまじと見つめてしまう。………正直、凄く可愛いとすら思っ——。

 

(だああああああああ!!!! 何考えてんだ俺!!!)

 

 再び内心で叫び声をあげる。マジどうしちまったんだ俺は。スポーツマンとして、たるんでると言わざるを得ない。ミミはあくまで俺の教え子であり、妹の大事な友達だ。そういう対象、として見るのはなんかダメな気が……理由はよく分かんねーけど。

 

 

 

 そんな風に、悶々とした気分でウンウンうなっているうちに時間はあっという間に過ぎ、あらかじめセットしておいた目覚ましのアラームが鳴り響き、二度寝終了の時間を告げた。

………結局、俺が一睡もできなかったことは言うまでもない。

 

 

 




というわけで十八話でした。
何も話が進んでいないですね…。

ホントは試合前くらいまで書くつもりだったのですが、微妙に時間かかる気がしたのでここでいったん切りました。。。

三連休の間にもう一話投稿してせめて試合前までもっていきたいなと思っていますが、あまり期待せずにお待ちください……。


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■第十九話 コーチの肩書き

遅くなりました!

十九話です。

割とえいやっ!て感じで書いてしまったので、粗あるかも。。


 

「中途半端に寝たせいでかえって眠気が残っちまった……」

 

 慧心学園の男子トイレの中で、洗面台でバシャバシャと顔を洗って眠気を落としながら一人愚痴る。

 

 既に慧心側のメンバー、五色中央側メンバーともに全員集合しており、現在は試合に必要な得点表やらボールやら機材やらを準備している最中である。最初はホスト側であるこちらが全部準備するつもりだったのだが、こちらから申し込んで場所まで使わせていただくのに、準備まで全部任せてしまうのは申し訳ない、と言う向こうの顧問の申し出があったので、諸々手伝って貰うことにした。(ちなみに、五色中央側の体育館は諸事情により今日は使えなかったらしい)

 

「向こうの顧問の人、当たり前だけどちゃんとした大人だったな……」

 

 到着した後うちに部員を伴って挨拶に来ていた時の姿を思い出し、そう呟く。

 

 五色中央側の顧問は30代くらいの女の人だった。コーチとしての歴はそれなりに長いらしく、聞いた話だと五色中央のバスケ部を県内有数の強豪校に育て上げた立役者だとかなんとか。うちとの試合でも結構的確に指示だしをしていた印象だったし、部員との仲もよさそうだった。正直、つけ入る隙が無いように感じる。

 

 顔を洗い終わって、濡れた顔をタオルで拭く。水気をあらかた落として顔を上げると、洗面台の鏡に映る自分と目が合った。

 

 

 

「———」

 

 

 

 子供だ、と思った。

 

 

 

 ツンツン頭の、平均的な背丈の、不安そうな目をした、中学生になりたての——子供。

 

 

 いくらコーチって肩書きが付こうと、客観的に見たら俺はどっからどう見ても単なる子供だ。

 

 そんなことは当たり前で、今更考えるまでもないことのハズだ。

 

 ハズ、なのだが——。

 

「クソ、自分が試合するわけでもないのに何ビビってんだ俺……」

 

 

 

 ——今回の練習試合は、あいつらにとっての雪辱戦であると同時に俺にとってのコーチとしてのデビュー戦でもある。

 

 

 

 つまるところ、俺の指導者としての成果が初めて白日の下に晒されてしまうというわけだ。

 

 不意に、胸にぽっかりと穴が開いたような気分に陥り、不安が頭によぎる。

 

 ひょっとしたら、俺が今まであいつらに教えてきたことは、単なるガキの浅知恵に過ぎないんじゃないのか? 本当に、ちゃんとしたコーチに教えを受けてきた強豪チームに通用するのだろうか。もし、試合で一切通用しなかったら俺を信じて練習に励んできてこれていたあいつらの努力が無駄になっちまう。

 

 そんな後ろ向きな考えが、試合直前のこの瞬間になってなぜか浮かんできてしまっていた。

 

「クソ、ごちゃごちゃ考えたって仕方ねーだろ……。試合はもうすぐだし、やってきたことを信じるしかない、よな」

 

 そう、自分に言い聞かせるようにつぶやき、俺は洗面台に背を向け、扉を開けて男子トイレから出て体育館の方へと足を向けた。

 

 そして——、

 

 

 

「おーい、ナツヒ!!」

 

 

 

 廊下の途中で、不意に大声で背後から呼びかけられる。

 

 振り向いて少し驚く。

 

「真帆………と、お前らも来てたのか」

 

 見ると、声の主である真帆——それから紗季、湊、香椎、そしてひなたが廊下を歩いて俺のいる方に向かってきている姿が目に入った。湊と香椎が来るという話は聞いていなかったため、会うのが久々だったというのもあって少し面食らった。とはいえ、真帆、紗季、ひなたが来るという時点で残りの二人も来るであろうというのは、当然と言えば当然だった気がする。

 

 だが、タイミングが悪い。正直今はあまり誰かと——特にこいつらとは、顔を合わせたくない気分だった。

 

 どうしようか、と俺が頭を悩ませている間に五人は俺のすぐそばまで来てしまっていた。先頭を歩いていた真帆は得意気な表情で、

 

「ふふーん、そりゃー大事なコーハイ達の晴れ舞台だし? うちらも先輩として成長を見てやる義務があるからな!」

 

「晴れ舞台って………ただの練習試合だぞ」

 

 胸を張って先輩風を吹かす真帆に冷めた反応をすると、横から紗季が補足を入れてくる。

 

「まあそれはそうなんだけど、新チーム始まってから他校と試合するの初めてだし、やっぱり見ておきたいなって思ってね」

 

「ふーん………………。別に普段の練習も見に来てくれていいんだけどな」

 

 言ってしまった後で、しまった、と後悔する。言われた張本人である紗季はやや驚いた顔してるし、他の四人は驚きつつもちょっと気まずそうな表情を浮かべている。やっちまった。こいつらが練習見に来たくても来れないことなんて百も承知なのに、嫌味みてーなこと言っちまった。

 

「ご、ごめんね竹中君。私も部活が無いタイミングとかではちゃんと顔出すようにするね……!」

 

 本気で申し訳なさそうな顔で謝罪してくる湊。やめてくれ、お前ににそんな風に謝られると本格的に罪悪感で胸が痛くなるだろ……。

 

「………あーすまん、軽い冗談だ。お前らが部活で物理的に来れねーのは知ってるから。俺が行ってるのは部活と被ってねーからだしな。悪いと思う必要ねーって」

 

 慌ててフォローすると、五人はホッとしたような顔で胸を撫でおろしていた。なんだかんだ人のいいこいつらのことだ。今みたいなこと言うと本気で気にしちまうだろーから、言うべきではなかったはずだ。にもかかわらず、思わず口をついて出てきてしまったのは何故だろうか。………考えているうちに益々嫌な気分になってきた。

 

「ううん、私もちゃんとお礼言えてなかったし……。ミミちゃんたちの練習見てくれてありがとね、竹中君」

 

 そんな風に俺が自己嫌悪に陥っているのを知ってか知らずか、お礼の言葉と共にぺこりと頭を下げてくる湊。

 

「わ、私も……! ずっとお礼言えてなくてごめんねっ。それと、ありがとね、竹中君」

 

「おー、たけなか。ありがとう」

 

 湊に続いて、頭を下げてくる香椎とひなた。………純粋に感謝の言葉を伝えてくる彼女たちの姿と今の自分とが対比されて益々胸のモヤモヤが募る。

 

「だ、だから良いっつってるだろ別に………。それより、応援に来たんならあいつらに声かけてやれよ。俺だけに言っても仕方ねーだろ」

 

「あはは、私たちも最初はそうしようと思ったんだけどね……」

 

 そう言って、湊は困ったように笑って口ごもる。そんな湊に代わって紗季が言葉を続ける。

 

「ほら、あの子たちって変に私たちのこと意識しているとこあるでしょ? 試合前にいきなり出て行ったら悪い影響出ちゃうかもと思って」

 

「まあ、それは確かにそうだな……」

 

 紗季の言葉を聞いて頷く。つか本人たちも一昨日言ってたしな。あん時はんな事一々気にすんな的なこと言ったが、まあ緊張しないに越したことはないし、紗季たちの気遣いは確かに妥当と言えるだろう。

 

「それより! ミミミミ達の仕上がりはどんな感じだよ。勝てそーか?」

 

 ニコニコと屈託のない笑顔で笑いながらそう尋ねてくる真帆。なんとなくその瞳を直視できず、俺は顔を背けながら、

 

「………さーな。そんなもん、やってみねーと分かんねーよ」

 

「えー、なんかナツヒらしくねーなー。『勝つに決まってんだろ!』位言うと思ってたのに」

 

 不満そうな顔で口を尖らせる真帆。うるせーな、こっちにも色々あるんだよ。

 

「そう言えば、今日ミミちゃんたちが試合する五色中央学園って、県内でもかなり強い学校なんだってね。そんなところといきなり練習試合出来るなんてすごいね!」

 

「え、そーなん?」

 

 香椎の言葉に、真帆は興味深そうな顔を浮かべる。そんな様子に紗季はため息をつきつつ、

 

「自分と同じ県の強豪校くらい把握しときなさいよ。五色中央は中等部もあるから私たちも他人事じゃないのよ?」

 

「確か、去年の県予選の決勝戦が硯谷対五色中央だったよね」

 

「あー、そう言えば見に行ったっけ。いやーだいぶ前のことだし、流石のあたしでも覚えてねーよ」

 

 そう言って、あははと気楽そうに笑う真帆。

 

「まーでも県予選って結局硯谷の圧勝だった気がするし、勝てるんじゃね? なんだかんだミミミミたちってつえーし。らくしょーっしょ!」

 

 ワハハ、とそう言って豪快に笑う真帆。そんな彼女の姿を見て、俺は——、

 

 

 

「………簡単に楽勝とか言ってんじゃねーよ」

 

 

 

 ぼそり、と。

 

 自分でもぞっとするほど冷たい声が口から漏れる。

 

 ピタリ、と談笑する五人の声が止み、驚いたような視線が俺に集まるののに気付いて、漸くハッと我に返る。

 

「あ、す、すまん。試合前でちょっとナーバスになってたみたいだわ。アハハ」

 

 そう言って笑って誤魔化すも、五人がどこか怪訝そうに、かつ心配するような目で俺を見ていることに気付き、いたたまれなくなる。

 

「じゃ、じゃあ俺はそろそろあいつらの所戻らないといけないし、行くわ。応援来てくれてありがとな、それじゃっ」

 

 そう言って彼女たちに背を向け、俺は足早にその場を後にした。

 

 

 

***

 

 

 

「ナツヒの奴、どーしちまったんだ? なんかいつになくイライラしてたよーな……」

 

「真帆、あんたちょっと無神経」

 

「うっ………わ、悪かったと思ってるって。あたしなりにナツヒをリラックスさせようと思って言ったんだけど………むー、逆効果だったか……」

 

「あれでリラックスさせるつもりだったのが驚きだわ………。まあでも確かに、試合前とはいえ夏陽があんなにピリピリしてるのは私も予想外だったけどね」

 

「や、やっぱり挨拶は試合終わった後にした方がよかったかな……?」

 

「ご、ごめんねっ。私が試合前に一声かけておきたいなんて言ったから……」

 

「わ、私も声かけたいって思ってたから智花ちゃんだけのせいじゃないよっ!」

 

「まあ、とりあえず試合終わったら夏陽に謝っておいた方が良いわね………特に真帆は」

 

「うぐっ………や、やっぱり直接謝んないとダメ?」

 

「当たり前でしょ………。兎に角、今追っかけてって謝っても逆効果な気がするし、今は一旦戻りましょうか」

 

「うん、そうだね………。ってあれ、ひなたは?」

 

「あれ、さっきまでここにいたはずなのに、いつの間にいなくなったのかしら………」

 

 

 

***

 

 

 

  五人から逃げるようにその場を離れた俺は、体育館の扉の前で足を止め、一息つく。

 

「クソ、最悪だ……マジで」

 

 先ほど五人の前で晒した醜態を思い出し、思わず顔をしかめる。

 

 何をやっているのだろうか、俺は。

 

 真帆の軽口なんていつものことだ。これまで六年間も付き合ってきたのだから、慣れていたハズだ。というか、そもそも公式戦とかじゃなく単なる練習試合なわけで、こんな風にごちゃごちゃ考えて勝手に不安になってしまっている俺の方が客観的に見たらおかしい。

 

 なのに俺ときたら、癇癪を起してキレ散らかして。雰囲気を一方的に悪くして勝手に逃げるなんて。そんなのまるで——、

 

「これじゃ、本当にガキじゃねーか………」

 

 ガックリ、と肩を落とす。

 

 もう少し、自分は大人びた人間だと思っていた。

 

 男バスではキャプテンとして年下の後輩たちの指導もしてきたし、今だって妹達や女バスの連中のコーチングもこなしてきた。だから同じ年代の他の連中より、自分はしっかりしているはずだという自負があった。

 

 だが現実の自分は余裕がなくなった途端、メッキが剥がれたかのように単なるガキに戻ってしまう人間だったみたいだ。

 

 俯いていた顔をわずかに上げると、体育館へと通じる扉が目に入る。

 

 

 

 ——入りたくない。

 

 

 

 そんな思いが頭に浮かび、足がすくむ。

 

 そして、先ほどトイレの中で頭をよぎった嫌な考えが、具体的な映像となって頭の中に流れ込んでくる。俺の指示や考慮不足が原因で負けるような、そんな悪いイメージだ。

 

 ——どんな顔してあいつらに会えばいいのだろう。あいつらは俺の教えたことを信じて一生懸命練習してきたのに、肝心の俺自身が自分を信じられなくなってしまっている。

 

 そんな状態で、どの面下げてあいつらに指示を出せばいいのだろうか。

 

 自分自身がプレーするときはこんなこと考える必要なかった。単純に自分自身がベストを尽くしてプレーすればいいだけだと頭でわかっているからだ。

 

 だが、コーチはそうはいかない。誰かに何かを教えるという行為は、自分の教えが正しくないと仲間を誤った方向に導いてしまいかねないからだ。本来、そういうことは経験や知識のある大人が責任をもって行うべき領域のはずだ。俺みたいな単なる子供が、軽い気持ちで踏み込んでよい領域だったのだろうか。

 

「………やっぱ、向いてねえよ。俺、コーチなんか」

 

「おー。ひなはそんなことない、と思うよ」

 

「どわっ!?」

 

 突然、背後から声を掛けられて一瞬心臓が止まりかける。見ると、長いふわふわした髪の小柄な少女——袴田ひなたがそこに立っていた。

 

「ひ、ひなた……? なんでここに………」

 

「おー? ひな、たけなかの後、こっそりつけてきちゃった」

 

「——」

 

 あっけらかんとそう言ったひなたに、呆気に取られて思わず言葉を失う。………つーか、よくよく考えてたら今までの俺の醜態、ひなたに見られてたってことになるのか……? 真帆や紗季にさっきキツくあたっちまった時もひなたはすぐそばで見ていたわけで……。

 

「………ますます死にたくなってきた」

 

「たけなか、死んじゃダメ」

 

 項垂れる俺に励ましの言葉をかけてくるひなたの姿を改めて見る。………そう言えば、中等部の制服姿をちゃんと見るの、初めてだな。白を基調とした初等部の制服もひなたの雰囲気に合っていて良かったけど、シックな色合いの中等部の制服も大人っぽい雰囲気でよく似合っている。久しぶりに見たからか、少し背が伸びたようにも見えるし。

 

「たけなか?」

 

「う………」

 

 黙ったまままじまじと見られていたからか、ひなたは不思議そうに小首を傾げた。か、かわいい……。じゃなくて!!

 

 コホン、と軽く咳払いして顔を引き締め、改めてひなたに向き直る

 

「つーか、何しに来たんだよ。わりーけど、今俺忙しいんだけど………」

 

 正直、今の余裕のない状態で何を口走るか自分でも予想が出来なかったので、ひなたといえど——寧ろひなただからこそ、あまり顔を合わせていたくなかった。

 

「おー。ひな、もしかしてお邪魔?」

 

 しょんぼり、と項垂れるひなた。う………そう言う姿を見せられると弱い。

 

「ま、まあ少しくらいなら構わねーよ。………んで、なんだよ」

 

「わーい。あのね、ひな、たけなかと少しお話したくて」

 

「お、俺と………?」

 

 思わず先ほど引き締めたはずの口元が緩みかける。

 

「うん。あのね、かげのことで、もっとちゃんとお礼言いたかった」

 

「あ、ああ………かげつのことか」

 

 少し、ガックリ来てしまった。………別に、何か期待していたわけではないけどな、うん。

 

「かげがね、さいきん、すごく楽しそうに部活のこと、話してくれるの」

 

 ゆっくりと、話始めるひなた。

 

「かげは昔から、ひなのことばっかり気にしてて、自分のことはいつも後回しにしちゃうとこあったから、何かに熱中してるの、ひな、見るのはじめてなんだ」

 

 その表情は、なんだかとても優し気で。

 いつものひなたは同年代の他の奴と比べて幼い印象あるけど、妹のことを話すときは姉さんの顔になるんだな、なんて思った。

 

「ひなとやってた去年も、バスケ自体はきらいじゃなかったって思うけど、ひながやってるからとか、みんながやってるからっていうのが、大きかったんじゃないかなって、おもう」

 

「……まあ、確かにそうだな」

 

 元々本格的に始めたのはミミに巻き込まれたからだし、その後続けてたのもひなた絡みの理由だったりで成り行きっぽかったしな。

 

「おー。だから、かげにちゃんとバスケのたのしさ、教えてくれたたけなかにお礼いいたかった。ありがとね」

 

 そう言って、ぺこりと頭を下げるひなた。だけど——、

 

「………それは、違うだろ」

 

「?」

 

 首を振って、そう否定する。

 

「あいつがバスケにはまったんだとしたら、それは多分元々向いていたからだ」

 

「おー。そうなの?」

 

「ああ。………他人に比べて自分の方が得意なことっていうのは、ハマりやすいもんだろ」

 

 かげつは身長も高いし。運動神経だっていい。

 

 恐らく、俺の知り合いの中では総合的に見たら一番バスケに向いているスペックを持っていると思う。

 

「そう言う意味じゃ、寧ろ長谷川の奴の方が、あいつにちゃんとバスケを教えてやれたんじゃねーかと思うぜ」

 

「おにーちゃん?」

 

「ああ」

 

 聞き返すひなたに、俺は頷いて見せた。

 

 

 

 今なら分かる、こいつらのコーチは——長谷川昴は凄い奴だ。

 

 

 

 先輩に長谷川のことを話したら、『桐原中の知将に教えてもらえるなんて羨ましい』と口を揃えて言われた。そんな有名人だと思わなかったから、あんときはかなり驚いたっけな。

 

 話によると、初心者ばっかの弱小校だった桐原中ををまとめ上げて、県大会準優勝に導いたとかなんとか。それがどんだけすごいことなのかは、県予選でベスト4で負けちまった俺にはよく理解できていた。

 

 そんな実績のある奴だから、高校生にもかかわらずコーチなんてこなせていたんだろう。

 

「だから、俺なんかがかげつにバスケの楽しさを教えてやったなんてのは買い被りだ。………むしろ、ごめんな。あいつにちゃんとしたコーチを用意してやれなくて」

 

 ホントにあいつらのことを考えるなら、今からでもちゃんとしたコーチを雇えないか美星にもう一度相談した方が良いのかもしれない。俺はと言うと………今日の練習試合はきちんとやるとして、その後は身を引くべきなんじゃないだろうか。

 

 ぼんやりと、そんなことを考える。

 

ふと、ひなたが黙ったまま何も言わないことに気付く。そして、ちらりと横目で様子を伺ってみると——、

 

「——」

 

 

 

 怒っていた。

 

 

 

 頬を膨らませて、眉間にしわを寄せて、目を少し潤ませて、怒りの表情を浮かべていた。

 

 怒った表情も可愛いな………なんて現実逃避じみたことを思いつつ、目の前でひなたが怒っているという事実にたじろぎ、思わず後ずさる。そんな俺を見て、漸くひなたは口を開くと、

 

「………ひなもかげも、たけなかがコーチしてくれるの、すごくありがとうって思ってるのに、なんでたけなかはそういうこと言うの」

 

「な、なんでって………」

 

 ダメだ、声のトーンが若干低い。たまに見せるちょっといじけたときの反応じゃなくて、年に一回あるかないかくらいの頻度で見せる本当に怒っていらっしゃるパターンのヤツだ。本当にやばい。誰だ、ひなたをこんなに怒らせた奴は。俺か。俺なのか。

 

「たけなかは、かげが単にじょーずだからバスケ好きだって、そう思ってるの?」

 

「そ、それは………」

 

 詰問口調のひなたに気おされ、思わず口ごもる。

 

「だ、だけってことはねーと思うけど………でもそれも理由の一つ、なんじゃないかなーと……」

 

「ぶー。ひなだって、背が低くて、スポーツへたくそだけど、バスケ好きだよ?」

 

「うっ」

 

 何も言い返せない。

 

「そ、それは確かに悪かった。今の言い分は、お前にも、かげつにも失礼だった………と思う」

 

「おー。分かればよろしい」

 

 うむ、と神妙にうなずくひなた。まとっていた怒りのオーラがやや緩んだように見えて、俺はほっと胸を撫でおろした。

 

「で、でもさ。俺より長谷川とか、他の大人のコーチの方がもっとちゃんとバスケの楽しさを教えてやれたんじゃねーかって思うのはホントなんだよ。俺じゃ経験も知識も全然たんねーし、逆にあいつらを混乱させちまうことだって多い。ひなたも、長谷川に教えてもらった時はそんなことなかっただろ?」

 

「おー。たしかに、おにーちゃん、おしえるのじょーず」

 

「だ、だろ……? だからやっぱ俺より、長谷川の方が——」

 

「でも、やっぱり、かげがバスケをたのしいって思ったのは、たけなかが教えてくれたからだって、ひなは思います」

 

「な、なんで……?」

 

 なんで、そんな風に思うんだよ。

 

 俺が長谷川にまさっている部分なんて、何一つないのに。

 

 そんな風に、俺が戸惑っていると、ひなたは先ほど見せた優し気な表情で、

 

「さっき、かげがよく、部活でのこと楽しそうに話してくれるって、言ったでしょ」

 

 そう言って、クスリと笑うひなた。

 

「かげね、たけなかのこともよく話してくれるんだよ」

 

「お、俺のこと……?」

 

「おー。たけなかは、できないことがあってなやんでる時、いっしょになって真剣に考えてくれるから、うれしいって」

 

 初耳だった。そしてなんか微妙に恥ずかしかった。あのかげつがそんなことを言ってくれているのも、それがひなたの耳に入っているというのも、想像するだけで無性に照れくさくて仕方がない。

 

「たしかに、おにーちゃんはおしえるのじょーずだから、ひなたちがなやんでる時、どうすればいいのかすぐに答えてくれたよ」

 

 でもね、と。ひなたは、そこで一旦言葉を区切る言葉を続ける。

 

 

 

「いっしょになってなやんで、考えて、いろいろためしてみて、はじめてじょーずに出来るようになって——そうやって、かげたちと同じめせんでバスケをやってくのって、たぶん、たけなかだから出来ることなんだとおもうよ」

 

 

 

「——」

 

「そうやって、ただ教えてもらうだけじゃなくて、自分でもいっしょうけんめい考えて何かにチャレンジできるのって、とっても楽しいことだって、ひなはおもいます」

 

 ひなたは、そう言ってもう一度優しく微笑んだ。

 

 ——そう言えば、そうだった。思い出した。

 

 俺がコーチとして未熟だなんてことは、引き受けた当初から自覚していたことだった。直接俺に言うようなことはなかったが、あいつらも多分、それは理解してくれていたハズだ。

 

 だからあいつらも一緒になって色々考えてくれていた。部活の時だけじゃなくて、終わった後も、門限ギリギリまで俺の家に集まって、どうすればもっと上手くなれるか、コーチの教えに任せきりにするんじゃなくて、自分で色々考えてくれていた。そうやって作り上げた練習方針だったり、戦術だったり、上手くなる方法だったりは、あいつらと一緒になって考えたもので——、

 

「そうか」

 

 噛み締めるように、目をつむってあいつらと一緒になって練習してきた日々のことを思い返す。

 

「コーチだから、俺一人で全部考えなきゃいけないなんてのは、俺の勝手な思い込みだったんだな」

 

 そう口に出して、ようやく先ほどまであった胸のモヤモヤが消えていることに気付く。そして目を開けてそのことに気付かせてくれたひなたの目を、今日初めて真っ直ぐ見つめる。

 

「ありがとな、ひなた。なんかすげースッキリした」

 

「おー。ひな、お役に立てた?」

 

「ああ。それはもう、これ以上ないくらいに」

 

 そう言って、お互いの顔を見つめて笑いあった。そして、余裕が出てきたところで試合まであまり時間がないことを思い出し、ケータイを取り出して時間を確認する。

 

「っと、やっべ! 試合まで後十分しかねーじゃん。話し込みすぎちまったか」

 

「おー。おくれたら、たけなか、みほしに怒られちゃう」

 

「だな………わりーけど、そろそろ行くわ。ホントにありがとな、ひなた」

 

「おー。いってらっしゃい」

 

 そう言って、ふりふりと手を振って見送ってくれるひなた。

 

 そんな彼女に背を向け、扉に向かって走りだす。

 

「あ、そうだ!」

 

「おー?」

 

 少し進んだところで、ふと思い出してUターンして、やや離れたところにいるひなたに聞こえるように大声で話しかける。

 

「真帆に言っといてくれ! 今日の試合、勝てるかどうかは正直分かんねーけど——」

 

 目を丸くするひなたに、俺は笑って——、

 

 

 

「おもしれーもん、ぜってーみせてやるって!!!」

 

 

 

 

 




十九話でした。

プロットの段階では竹中凹ます想定なかったんですけどどうしてこうなった。
突発的にやりたくなっちゃった展開なので、前までの話と矛盾あるかもと内心びくびくしてます。
智花たち5人と話すところまではプロットでも考えてたんですけどね…。

何気に智花、ひなた、愛莉は拙作では初登場。
智花と愛莉の口調って区別つかんくてムズイです。

ひなたちゃん沢山喋らせれて楽しかったです。ちょっと中学生になった感出したいなーと思ってたけど、筆者の実力では原作より感じの割合気持ち増やすくらいしかできなかった気がする。。

ともあれ次回からようやく試合開始です。長かった……。
とは言え、試合をちゃんと書くのってやったことないから上手く書けるかめちゃくちゃ不安……。



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■第二十話 三線速攻

お久しぶりです。
ようやっと時間が取れました。
投稿していない間感想をくれた方ありがとうございます。励みになります。


<第1クォーター>

 

「——よし、作戦は以上だ。相手の出方次第で変えるかも知んねーが、基本的にはガンガン強気で攻めてもらってかまわねぇ」

 

「了解です!」

 

「りょーかい!」

 

「分かった!」

 

「相手は強豪校で、一度負けている相手だ。確実に楽な試合にはならないと思う。……でも負けるつもりはねーだろ?」

 

「とーぜん!」

 

「ウィ、もちろんです」

 

「よし。……ここまで来たら後は自分たちが信じてやってきたことを出し切るしかねえ。思う存分暴れてこい!」

 

「「「「はい!」」」」

 

 五人は気合の入った声で返事をして、勢いよくコートへと飛び出していく。その背中を見送り、ふう、と息を吐いて用意された慧心側ベンチのパイプ椅子に腰かける。ふと視線を感じて隣を見ると、同じくパイプ椅子に腰かけた美星がニヤニヤ笑いながら話しかけてきた。

 

「にゃふふ~、様になってんじゃん。試合前に選手に闘魂注入! ってヤツ? よっ、流石竹中コーチ!」

 

「くっ………。うっせー、茶化すんじゃねーよ。これでも緊張してんだっつーの」

 

「そーなのか? 慣れてるもんだと思ってたけどな。男バスでも似たようなことやってたんだろ?」

 

「一応な。でもコーチとキャプテンとじゃなんか感覚違うんだよ。上手く説明できねーけど」

 

「ふーん。そういうもんなのか」

 

「そういうモンなんだよ」

 

 そんな風に美星を適当にあしらって、再びコート上に視線を移す。見ると、かげつと荒巻がセンターサークルに入り、残りの八人がそれを取り囲む様子が目に入った。ジャンプボールの準備だ。

 

二人の間に立つ審判の手から放たれたボールが高々と宙に舞う。そして、最高到達点に達した——と思った次の瞬間。

 

「………っ!」

 

「ナイスなのヨ! さすがマッキー!!」

 

 高くジャンプした荒巻が空中でボールをタップする。ほぼほぼ最高到達点に近い所でボールに触れやがった。………反則だろ、あの高さ。

 

 弾かれたボールをキャッチしたのは、背番号八番、クロエ・ランベール。相も変わらず金髪をクロワッサンのようにドリル上にカールさせたそいつは、悔しそうに顔を歪ませるかげつを勝ち誇ったように眺め、左手でビシッ! っとかげつを指さすと、

 

「ふふん、高さでうちのチームに勝とうと思ったのがそもそものマチガ——」

 

「隙アリ、デス」

 

「な!?」

 

 そう宣言し、体勢を低くした状態で音もなく接近したミミが、一瞬にしてクロエからボールを奪い取る。そのまま敵陣まで矢のように走り、ゴール下からレイアップシュートを決めた。ジャンプボールを取るために全員センターサークルに集まっていたため、敵陣はがら空きだった。………さてはミミのヤツ、狙ってやがったな。

 

「ナイスミミ! さっすがー!」

 

「へっへーん、クロワッサンのヤツ、あっさりスティールされてやんのー」

 

「グ、グヌヌヌヌ」

 

 椿と柊に煽られ、悔しそうに地団太を踏むクロエ。荒巻をはじめとした味方からも冷ややかな視線を向けられている。余裕ぶっこいてるからそうなるんだっつーの。

 

 敵陣から軽やかな足取りで戻って来たミミに、かげつが申し訳なさそうに、

 

「あ、ありがとう、ミミ。………ジャンプボール負けちゃってごめん」

 

「相手が相手なので、気にすることはないデス。その代わり、リバウンドは任せマシタ」

 

 さらり、となんでもないように言って自陣に戻り、ディフェンスの体勢を整えるミミ。いいぞ! なんか今日はいつになく頼りがいがあるくねーか?

 

「あーあー。折角私がジャンプボール取ってやったのに、全部無駄にしてくれちゃってまあ」

 

「ウッ、ご、ごめんナノヨ……マッキー……」

 

「………なら次からは取った後すぐに私にパスして。オフェンス行くよ」

 

 しゅん、と項垂れるクロエをピシャリと叱責し、エンドラインからパスを受けて慧心側ゴールに進んでくるのは相手チームの4番、ポイントガード——確か名前は東山つばめ、だったはず。癖毛と眠そうな垂れ目が印象的で、ぱっと見だとぼーっとしてそうな印象があったんだが、割とはっきり言うタイプなのな。

 

 東山がボールを運んでいる間に、他のチームメイトが次々とオフェンスのポジションに付いていく。インサイドに二人、アウトサウドに三人。五色中央得意の高さを活かしたセットオフェンスの陣形だ。それに対してこちらのディフェンスの陣形は——2-3のゾーンディフェンス。

 

 前方の右と左のハイポスト付近にそれぞれ一名ずつ、後方の右と左のローポストに1名ずつ、そして中央のゴール下にセンターのかげつを配置するようなポジショニングだ。狙いとしては——。

 

「確か、一番インサイドを守りやすい陣形なんだっけか?」

 

「ああ。五色中央のスタメンはインサイドからの攻撃が得意な奴ばっかだから、そっちの対処に比重を置いたってわけだ」

 

 五色中央と戦う上で一番の課題となるのが、身長差によるミスマッチだ。オフェンス一人に対してディフェンス一人がマッチアップするマンツーマンディフェンスの場合、どうしてもミスマッチが生じてしまう。しかし、相手オフェンスに対し組織的に対処することができるゾーンディフェンスであれば、インサイドでも対抗できるようになる、というワケだ。

 

「なーるほど。それで四月からずーっとディフェンス重視で練習させてたんだな。弱点であるインサイドの克服のために」

 

「……それだけじゃねーけどな」

 

「ほー。というと?」

 

「速攻決めるうえでディフェンスは必要不可欠だからだよ」

 

「ん? なんで速攻がディフェンスに関係あるんだ?」

 

「それは——。………ま、見てれば分かるさ」

 

 そう言って、再びコートに目を向けるよう美星を促す。

 

 状況は未だ五色中央がオフェンスを続けている。パス回し等、アクションを起こしてこちらのゾーンディフェンスの穴を探っているようだ。迂闊に攻めてくる様子はない。最初だし、様子見に徹しているというのもあるのだろう。

 

「……! 真琴っ!」

 

 隙を見つけたのか、スリーポイントラインの頂点付近に居る東山から、ハイポストとローポストの中間付近に居る荒巻に今までよりも鋭いパスが出される。しかし——、

 

「さっきのお返しです!」

 

「うおっ」

 

「ナイススティール、ゲッタン!」

 

 ボールが荒巻に届く前に、かげつの右手がパスを阻む。わざと荒巻の所をフリーにして、あえてパスを出させるよう誘導していたようだ。手足が長くて反射神経がいいから、練習の時からパスカットが上手かったけど、本番でも決めてくれるのは非常に頼もしい。

 

「トレビアン、カゲツ。——いきマスヨ」

 

「……っ。速攻、来るノヨ!」

 

 ——攻守が切り替わる。

 

 ハイポスト付近に居た椿がコートの左サイドを走り、すかさずかげつがパスを出す。ボールを受け取った椿はそのままドリブルしてゴールを目指す。

 

「させないカシラ!」

 

 その椿をクロエが追いかける。………相変わらず、オフェンスからディフェンスへのトランジションが恐ろしく速い。実際、こいつ一人のディフェンスで時間を稼がれ、速攻を潰されたことは前回の敗因の一つだった。しかしこちらもそれは既に対策済みだ。

 

「ひー、任せた!」

 

「ナイスパス、つば!」

 

「ム!?」

 

 クロエが椿に追いつく直前で、コートの中央を走る柊にパスが渡る。椿が走り出すのとほぼ同時に動き出し、パスを待つような形で並走していたのだ。

 

「くっ……逃がさないノヨ!」

 

 瞬時に標的を椿から柊に変え、尚も追いすがるクロエ。すさまじい執念だ。だが——、

 

「ヒイラギ、こっちデス」

 

「……! ミミ、任せたっ!」

 

 今度は中央の柊から右サイドラインを走るミミへパスが渡る。そのままフロントコートに単独で突撃し、先ほど先制シュートを決めたときと同じように、ノーマーク状態でゴール下からレイアップを決めた。

 

「ナイッシュー!」

 

「へへーん、作戦通り!」

 

「ウィ、練習通りに出来マシタ」

 

 パチン! と笑顔でハイタッチを交わす三人。うし、この分だと安心して見ていられそうだな。

 

「グヌヌヌ、ミミのヤツ。三対一とはヒキョウなり………」

 

「すまんクロ、戻りが遅くなって一人にしちまった」

 

「………相手は速攻主体のチームだから、ターンオーバー直後はすぐディフェンスに戻るようにしよう。………私も、今出来てなかったから気を付ける」

 

 冷静にチームメイトへ呼びかけを行う東山。すぐに対策を講じてチームメイトに呼びかけを行えるのは、流石強豪チームのキャプテンって感じだな。

 

 再び五色中央のオフェンスが始まる。陣形はお互い先ほどと同じだが、敵チームの動きが先ほどよりあまり良くないように感じた。………ディフェンスへの切り替えを意識し過ぎているせいで、オフェンスが固くなっちまってんのか? なんにせよチャンスだ。積極的にディフェンスしていけ!

 

「ツバメ、後七秒しかないノヨ! なんでもいいから早く回すカシラ!」

 

「………言われなくても、分かってる」

 

 バスケには、ボールを保持するオフェンスチームは二十四秒以内に攻撃を終わらせる必要がある、というルールがある。オーバーすると相手ボールとなってしまうため、制限時間以内にシュートを仕掛けるということもオフェンス時には意識しなくてはならない。特に時間をかけて攻撃するセットオフェンスの時は重要なのだ。

 

「………メグ!」

 

 東山から敵チームの六番、茅原恵美にパスが通る。眼鏡を掛けた気弱そうなやつだがアウトサイドからのシュートが得意だったはず。といっても雅美のような3Pライン外からではなく、あくまでミドルレンジからのシュートだが。

 

 制限時間がない、ということもあってすぐにシュート体勢に入る茅原。シュートフォームも綺麗だし、上背もある。これは流石に決められちまうか? と思った刹那、

 

「甘い!」

 

「……っ!?」

 

 茅原の手からボールが離れた直後、雅美の手がそれを叩き落とす。シューターはシューターを知る、とでもいうのか、ブロックのためのジャンプのタイミングが完璧だった。

 

「「ルーズボール!!」」

 

 床に転がったボールに両チームの意識が向く。結果ボールをキープしたのは——かげつ。再び慧心ボールだ。

 

「………また速攻来る! 急いでディフェンス戻るよ!」

 

 椿、柊、ミミ、クロエが一瞬で駆け出す。少し遅れて東山、さらに遅れて残りの五色中央の三人と雅美が駆けだした。

 

「柊!」

 

 今度は先ほどとは逆サイド。右のサイドライン沿いを走る柊にパスが通る。今度は東山が柊に追いすがるもすかさず中央の椿、そして左サイドのミミへとパスが回る。

 

「そう何度も決めさせないカシラ!」

 

 見事というかなんと言うか。クロエはミミに追いついていた。行く手を阻まれミミの足が止まる。しかし——、

 

「1on1なら、ワタシがアナタに負ける道理はありマセン」

 

 体をコマのようにその場で一回転。一瞬にしてクロエを抜き去り、ゴール下からシュートを決めてしまった。ミミの得意技の一つ、ロールターンだ。

 

「ぐんぬぬぬぬぬぬ!! ミミのヤツぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」

 

 あっさりと抜かれ、その場で地団太を踏むクロエ。相当悔しかったのだろう。目にはうっすらと涙を浮かべていた。

 

「ナイス三連続! やるじゃない、ミミ!」

 

「むー。なんだかミミばっかシュート決めててずるくない?」

 

「そろそろ僕たちもシュートしたいよ」

 

「文句なら、配役を決めたタケナカに言ってクダサイ。ワタシはチュウジツに仕事をこなしているだけに過ぎマセン」

 

 ぶー垂れる椿と柊に、シレっとした表情で言い返すミミ。ちなみに文句言われようと変える気はねーからな。この役割分担が最善だ。

 

「おおー。なんか圧倒してね? 五色中央相手でも通用するんだな、あの速攻」

 

「とーぜん。うちのメイン戦法にする予定だからな。この『三線速攻』は」

 

 ——『三線速攻』。

 

読んで字のごとく、左右のサイドラインと中央の三つのラインをそれぞれ選手が走ってパスを順番に回し、ラストパスを受け取った選手がシュートを決める速攻のことだ。素早く息の合ったパス回しのできる椿、柊、ミミの三人にはこの戦法が最適、と思って採用したが、正直想像以上だった。へへ、毎朝一緒に練習してる三人が活躍してんのを見ると鼻が高いぜ。

 

 そう思っていたのが顔に出ていたのか、美星が隣でニヤニヤとイヤ~な笑みを浮かべて、

 

「にゃふふ~、自分の好きな戦術を妹たちが使いこなしててご満悦、ってカンジだなぁ。竹中?」

 

「は? い、いや別に好きとかじゃ——」

 

「とぼけんなってー。前からどっかで見たことあるなーって思ってたんだが、確かこれ竹中の代の六年男バスの得意戦術だろ? 去年の公式戦でもよく使ってたヤツ。妹たちに必殺技をプレゼント! って可愛いとこあるなーお前」

 

「んな!? ち、ちげーし! 別にそう言う意図で教えたわけじゃねーから! 単純にこれが一番チームのためになると思っただけであってだな……!」

 

 ニヤけヅラでからかってくる美星に対し、全力で抗議するが、『はいはい、分かった分かった』と軽くあしらわれた。くそ、試合中だってのに何度も茶々入れてくるんじゃねーよ……!

 

「あ、そう言えば。さっき言ってたディフェンスが必要不可欠ってのは結局なんでなんだ? 見ててもイマイチピンとこなかったんだが」

 

「………今の二つの速攻は両方ともディフェンスから始まってただろ」

 

「ん? ……あー言われてみればそうだな! スティールでうちがオフェンスになった瞬間に全員走り出してたっけか」

 

 合点がいったような顔で頷く美星。

 

「まあそう言うこった。速攻するにはまず相手からオフェンス権を奪取しなきゃなんねー。オフェンス権を奪取するには相応のディフェンス力が必要。だから意外とディフェンスありきの戦術なんだよ、速攻って」

 

 相手にシュートを決められちまったらすぐディフェンスに戻られちまうからな、と最後に補足する。

 

「とりあえず、この分だと第一クォーターは何とかなりそうか?」

 

「多分な。見てる感じ、こっちの速攻にイマイチ対応できてねーみたいだし。向こうのベンチが何も動いてこないのが若干不穏ではあるが………」

 

 相手の監督が居る五色中央側ベンチをちらり、と見る。タイムアウトや選手の交代をしてくる様子はない。なんなら、指示すら出していないように見える。

 

「まあ、考えていても仕方ねーか……」

 

 そっちが何もしかけてこないなら、とりあえず今は稼げるだけ得点を稼がせてもらうとしよう。

 

 そんな風に胸中にはわずかに不安があったが試合は終始慧心ペースで進み、第一クォーターが終わるころには十点以上の差を付けることができていた。

 

                            慧心 18—6 五色中央

 




試合シーン難しかったです。
バスケにわかなので知識間違ってないかなーってびくびくしながら書いてました。間違ってたら優しく指摘していただけると嬉しいです。

ゾーンディフェンスは15歳以下は禁止されているらしいのですが、本編でガンガン使ってたので拙作でも使って問題ないことにしました。恐らく本編が出ていたころはまだ禁止されていなかったとかそういう事情があるのかなあと。

今週末くらいに次の話投稿しようと思ってますので、そちらも見て頂ければと思います。


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★設定1 五色中央メンバー紹介

設定なるものを作りました。

特に読まなくても大丈夫な部分です。

地の文でキャラの説明するの面倒くさかったので、ここで紹介しちゃえのノリ。
さすがにこの辺固めとかないと、なんかよく分からない相手と戦ってんなー感が出てしまうので一応。
大分やっつけデスガ。


■クロエ・ランベール

・プロフィール

 身長 :141cm

 背番号 :8番

 ポジション:スモールフォワード

 

・身体的特徴

 金髪の縦ロール。瞳の色は赤みの入った茶色。

 

・人物像

 ミミと同じフランスのクラブチームに所属していた少女。

 ミミをライバル視している。

 日本に転校してきた彼女を追いかけてはるばる日本まで転校してきた。

 日本語を勉強し始めてから日が浅いせいかカタコトでやや口調がおかしいが、意思疎通は十分に出来るレベル。

 資産家の娘で基本的に甘やかされて育ったためわがままで自由奔放。かつ、プライドが高くきわめて負けず嫌い。

 しかし努力家で仲間には優しいので部員からは基本的に好感を持たれている。

 

・バスケ選手としての能力

 ミミとの1on1で培ったディフェンス能力が一番の武器だが戦績は全敗。

 無尽蔵のスタミナを持ち、オールコートでディフェンスをされるとかなり鬱陶しく、敵チームのエース潰しには定評がある。

 駆け引きは苦手なのでフェイクには引っかかりやすいが、犬山に鍛えられたおかげで改善傾向にある。

 すばしっこさを活かしたオフェンスもそこそこ得意。

 

・チームメイトからの呼称

 クロ、クロちゃん

 

 

■荒巻真琴

・プロフィール

 身長 :173cm

 背番号 :7番

 ポジション:センター

 

・身体的特徴

 浅黒い肌。吊り目。頭の後ろに掻き上げられた乱雑な黒髪。

 

・人物像

 母子家庭で放任気味に育てられた。

 上に兄が一人、下に弟と妹が一人ずるいる。

 厳つい容貌と身長のせいで全く小学生女子に見えない。

 容姿のせいで周囲に馴染めなかったためか不登校気味。一日中年の離れた不良の兄と、その仲間たちと遊んで時間を潰していた。

 成績は下の下で地頭もいい方ではない。

 珍しく登校した日にたまたま転校してきたクロエに一目で気に入られ、しつこくバスケ部に勧誘された結果根負けして入部した。

 面倒見はいい方だが、やや天然気味で突発的に変なことを言って周囲を困らせることがある。

 

・バスケ選手としての能力

 高身長を活かしたゴール下でのプレイが得意。

 バスケを始めて日が浅いが、素の運動神経が良いため成長が早い。

 スロースタータ―気味で、エンジンがかかるまでに時間がかかる。

 

・チームメイトからの呼称

 マッキー、真琴

 

 

■東山つばめ

・プロフィール

 身長 :156cm

 背番号 :4番

 ポジション:ポイントガード

 

・身体的特徴

 癖毛。垂れ目。いつも眠そう。

 

・人物像

 五色中央学園初等部女子バスケ部のキャプテン。淡々とした感情のあまり乗っていない喋り方をする。

 マイペースだが根が真面目で、いうべきことははっきりというタイプ。負けず嫌い。

 新参者なうえトラブルメーカーだったクロエと荒巻のことを最初は良く思っていなかったが、一緒にプレイしているうちになんだかんだ打ち解けた。

 監督である犬山への忠誠心が強い。

 

・バスケ選手としての能力

 ポイントガードとしては並だが小学一年生からバスケをやっているため基本的な能力は高い。

 よく言えばオールラウンダー、悪く言えば器用貧乏。

 頭が良く作戦を考えるのが得意だがアドリブに弱く、当初の予定から外れると動揺しがちなのが玉に瑕。

 

・チームメイトからの呼称

 つばめ、キャプテン

 

 

■茅原恵美

・プロフィール

 身長 :161cm

 背番号 :6番

 ポジション:シューティングガード

 

・身体的特徴

 長い黒髪。眼鏡をかけている。

 

・人物像

 大人しく引っ込み思案な性格。

 個性的な面々に比べて自分が没個性なことをやや気にしている。

 奴隷気質で人から頼まれると断れないタイプ。

 周囲からは「メグ」と呼ばれている。

 

・バスケ選手としての能力

 高い身長から放たれるミドルシュートが一番の武器。

 気が弱く、体を張ったリバウンド勝負は苦手。

 

・チームメイトからの呼称

 メグ

 

 

■勅使河原茜

・プロフィール

 身長 :164cm

 背番号 :5番

 ポジション:パワーフォワード

 

・身体的特徴

 ショートヘアの茶髪。デコが広め。

 

・人物像

 恵美とは幼馴染で、バスケ部には小学三年生の時に同時に入部した。

 トラブルメーカー。

 人をおちょくることが多く、誤解されやすい。いざこざが起きる度毎回恵美がいちいちフォローする羽目になっている。

 クロエからの呼ばれ方は「テッシー」。

 

・バスケ選手としての能力

 ゴール下での主導権争いが得意。荒巻が入部するまではセンターだったが、荒巻の入部によりフォワードに転向することとなった。

 本人的にもセンターよりフォワードの方がやりたかったらしいので、別に気にしていないとのこと。

 

・チームメイトからの呼称

 テッシ―、茜

 

 

■犬山灯

・プロフィール

 年齢:29歳

 職業:五色中央学園初等科教師(女子バスケ部監督)

 

・人物像

 元は東京の名門高校のアシスタントコーチだったが、前任の引退を機に母校の五色中央の女子ミニバスケットボール部を引き継ぐ形で監督に就任した。

 性格は適当だが指導者としての腕は確か。

 基本的に温厚でスパルタな指導はしない。しかし見込みのある生徒を見つけるとテンションがあがって多くを求めてしまう傾向にあるため、スタメンは毎年苦労している。

 

 

 



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■第二十一話 司令塔の攻防

第二十一話
今回はちょっと長めです。


「よーし! よくやったぞお前ら!」

 

 インターバルに突入し、ベンチに戻ってくる五人に労いの言葉をかける。テンションが上がったせいか、やや声は上ずってしまっていた。

 

第一クォーターの結果は18-6。まさに慧心の持つ攻撃力が爆発した結果といえるだろう。五人の表情も得意気だった。

 

「へへーん、十二点差もつけてやったよ!」

 

「にーたん、僕たち凄く頑張ったよ!! えらい? えらい?」

 

「ああ! 最高の仕事をしてくれたぜ!」

 

 そう言って、わしゃわしゃと椿、柊の二人の頭をこれでもかってくらい撫でてやる。それはもう全力で。

 

「「えへへ~~」」

 

 撫でられて、満足そうににへら~~、ととろける様な笑みを浮かべる二人。くうぅ、俺の妹は本当に可愛いなあ!! 今ならなんでも好きなもの買ってやりたい気分だぜ!

 

「竹中さんってシスコンだったんですね~。ドン引きです~」

 

「これがニッポンのHENTAIというヤツデスカ。まさか身近に居たとは驚きデス」

 

 後ろからミミと雅美のやたら平坦な声が聞こえてくるがそんなこと気にしていられない。今日ばっかりは手放しで褒めてやりたい気分なのだ。二人の努力を間近で見てきたからこそ、ジーンとくるものがあったのだ。てか、そもそも妹と仲が良くて何がわりーんだって話だ!

 

「おーいお前ら、仮にも試合中だぞ。インターバルは二分しかないんだからそろそろ真面目にやれよー」

 

「………コホン、それもそうだな」

 

 美星の言葉で我に返り、二人を撫でていた手を止める。雅美とミミが白けた視線を向けてきているがガンスルーを決め込む。

 

「事前の打ち合わせの通り、第二クォーターでは速攻は使わない方向で行くんですよね?」

 

「ああ、ポイントガードの雅美を機軸としたセットオフェンス中心で行く。主な目的は体力の温存と——、」

 

「相手を速攻に慣れさせないこと、デスね」

 

「そうだ。現に第一クォーターの最後の方は相手もうちの速攻に少しずつ慣れて戻るの早くなってただろ。だから第二クォーターは敢えて速度を落として緩急をつける」

 

「分かりました。荒巻さんも多分まだ本調子じゃないので、セットオフェンスでも十分戦えると思います」

 

 そう言って頷くかげつ。第一クォーターで荒巻へのパスコースを徹底して潰していた影の功労者だ。かげつが言うのであれば荒巻がまだ本調子ではないというのも信用できる。

 

「とはいえ相手は強豪・五色中央学園だ。生半可なオフェンスしてたんじゃ合宿の時の二の舞になっちまう。チェンジ・オブ・ペースを心がけて相手のディフェンスを徹底的に掻き回せ!!」

 

「「「「「了解!」」」」」

 

 そう威勢よく返事をして、再びコートに戻るため席を立つ五人。俺はその背中を見送ろう——としたところで、

 

「あー。雅美」

 

「? なんですか」

 

 俺に呼び止められ、振り返って小首を傾げる雅美。他の四人は既にコートに向かってしまっている中、一人だけ取り残されるような形になる。いかんいかん、時間ねーから早く済ませねーと。

 

「えーと。ポイントガード慣れてないのに、すげー重要な役割任せちまってすまん。でも、お前ならきっと出来るって信じてる。だから——、」

 

 すんなりと言葉が出てこない。コーチらしく、キーマンである雅美を激励しようと思ったのだが、こういうのはいざ言葉に出そうとするとなんか恥ずかしくなっちまう。

 

 口ごもる俺を見て、雅美は笑みを浮かべると、

 

「今更何言ってるんですか、竹中さん。もう三週間以上前から決まってたことじゃないですか」

 

「あ、ああ。まあ、そうだな……」

 

「あ、でもその代わり——、」

 

 そう言って、雅美は悪戯っぽく笑って、

 

 

 

「ちゃんとできたら、私のこともつばひーみたいに褒めてくださいね?」

 

 

 

***

 

 

 

<五色中央側ベンチ>

「いやー。こっぴどくやられたねえ」

 

「やられたねえ………じゃないカシラ、イヌヤマ! 笑ってないで監督として何かアドバイスの一つでもしやがれナノヨ!」

 

「あっはっは、ごめんごめん」

 

「ムキー! コイツ、全くシンケンミが感じられないノヨ!」

 

「く、クロちゃん。先生に向かってその口の利き方はさすがにまずいんじゃ………」

 

「でもまさか第一クォーターで十点差以上つけられちまうなんてな。合宿の九重戦でもここまではやられなかった気がするんだが」

 

「………クロ、合宿の時みたいにオールコートディフェンスで速攻止めることはできないの?」

 

「うーん……ムズカシイと思うノヨ。追いついたと思った次の瞬間にパスだされちゃうカラ……」

 

「あー。クロが見事に振り回されてたやつか。よくできてるよな、あの速攻」 

 

「最終的に何とか追いついても待っているのはラスボス、ミミちゃんとの1on1だもんねぇ。合宿で初めて見たけど、クロがタイマンで止められないなんて何の悪夢かと思ったよ、あたしゃ」

 

「グヌヌヌ………テッシー、余計なコト言わなくていいノヨ………。ソノキになれば、ソノキになればワタシが負けるわけないノヨ………」

 

「なら早くその気になってもらえると助かる!」

 

「多分、クロが手こずってるのはそれだけじゃないと思うよ」

 

「………どういうことですか? 先生」

 

「気付かなかった? ターンオーバー直後のサイドラインへのパス、クロが右サイドに居るときは左へ、左サイドにいるときは右へ出てるんだよ。出来るだけクロとの距離を稼ぐことを意識しているんじゃないかな」

 

「あー、だから右からだったり左からだったりバラバラだったんだ、あの速攻。初動でクロにさえ追いつかれなきゃいいって考え方なわけっすね!」

 

「正解だよ、茜。………多分だけど、右から行くか、左から行くかの判断はあの双子ちゃんがどっちの方向に走り出すかで決まってるんじゃない? お互いの判断がかみ合わなかったらぐちゃぐちゃになりそうだけど、そこは阿吽の呼吸ってやつなんだろうね。ミミちゃんが目立っているように見えて、あの三線速攻のキーマンは実は双子ちゃんだと思うんだよね」

 

「………先生、そこまで分かっているならタイムアウト取るなりして教えて欲しかった」

 

「タシカニ! イヌヤマは意地悪ナノヨ!」

 

「このくらいでタイムアウト取ってたらキリないよー、つばめ。コート上では君が指揮官なんだから、自分で考えて自分で気付いて欲しいなぁ」

 

「………う」

 

「それにこれは君たちが望んでた試合なわけじゃん? 希望があってわざわざ組んだんだから、自分でなんとかするくらいの気概を見せてくれるって期待してたんだけどなー」

 

「まーキャプテンは頭いいけどアドリブに弱いとこあるっすからねー。大方ハイペースな試合展開で考えをまとめる余裕がなかったんでしょう。やればできる子ではあるんで、大目に見てあげて欲しいっす!」

 

「………茜、うるさい。茶化さないで」

 

「ひゃー、おっかねー。黙っときまーす」

 

「だ、ダメだよ茜ちゃん。今真面目な話してるんだからちゃんと聞かないと。………つ、つばめちゃん。私たちも協力するから一緒にがんばろ……? さっきはシュート止められちゃってごめんね……?」

 

「そうなノヨ、ツバメ! ワタシたちが付いてるカシラ!」

 

「………ありがと、メグ、クロ。………まだキャプテンって正直慣れないけど、精一杯頑張る」

 

「うん、その意気だ。………さて、ヒントは十分に与えたつもりだけど、具体的にどう攻略する?」

 

「………速攻をどう防ぐか、よりそもそも速攻を打たせない、というのが良いと思う。うちがきちんとシュートを決めればターンオーバーが発生しないから相手は速攻を出しづらくなる。そのためにはちゃんとシュートを打つところまで持ち込むのが大事、なんじゃないかなと」

 

「うんうん、それで?」

 

「………無理やりインサイドに持ち込むんじゃなくて、第二クォーターからはメグのアウトサイドシュートを積極的に使ってに攻めるのがいいんじゃないかな、と思う。………もちろん、インサイドからの攻撃の手を緩めるつもりはないけど。内と外から攻撃を仕掛けて、相手ディフェンスを揺さぶってみようと思う」

 

「なるほど、面白そうだね。………皆はどう思う?」

 

「ツバメが頑張って考えた作戦なら、ワタシはそれに従うノヨ!」

 

「右に同じっすー! メグは?」

 

「そ、そうだね………あんまり自身ないけど、それが皆のためになるなら、がんばるね」

 

「私も、スロースタータ―とか言ってないでそろそろ本気出すわ………」

 

「「「「それは本当にそうしてほしい(ノヨ)」」」」

 

 

 

***

 

 

 

「さあここからが本当の勝負ナノヨ!」

 

 五色中央ボールで第二クォーターが始まる。相手オフェンスの陣形はさっきまでと同じ。あくまで自分たちの得意な戦術で攻める気のようだ。しかし、攻撃パターンが多彩になっていた。

 

「ほいっと!」

 

「……!」

 

 東山が仕掛けたドライブに対してディフェンスをする椿。しかしローポストからハイポストまで上がって来た相手の5番、勅使河原茜がついたてのように椿の行く手を阻み、東山を追わせないようにする。見事なスクリーンプレーだ。

 

「行かせないわ!」

 

「ナイススイッチ、ましゃみ!」

 

 椿に代わり、ローポストに居た雅美が東山の行く手を阻む。——結果、若干こちらのゾーンディフェンスの陣形に綻びが生じる。

 

「………メグ!」

 

 東山からパスが回る。雅美がフォローに回ったことで空いたスペースに茅原が入り、パスを受け取る。ディフェンスが外れ、フリーになった茅原はゆったりとしたモーションでそのままシュートを決めた。

 

「ナイッシューメグ! ……フフン、第二クォーターの先取点はいただいたカシラ!」

 

「………クロ。速攻来るから即戻って」

 

「オットット、そうだったノヨ! ………ってアレ?」

 

 即ディフェンスに戻る五色中央面々の警戒を裏切るかの様に、緩いペースで焦らす様にじわじわと距離を詰める雅美。リアクションを見るに、とりあえず相手の想定からは外れられたみてーだな。

 

「………仕掛けてこない?」

 

雅美に続き、他の四人もそれぞれセットオフェンスのポジションに付く。かげつのみ内側、他四人は外側に居座るような形だ。

 

 この陣形は葵さんのアドバイスで練習していたかげつを司令塔とするオフェンススタイルの亜種にあたる。違いとしては司令塔を雅美に変え、かげつをインサイドの争いに注力させることが出来るようになったという点。その代償として雅美のリソースが割かれちまうが、残り三人の持つ個性的な得点力は健在だ。雅美が司令塔として成長すれば、リソース面の課題も解決するだろうしな。

 

 しかし、この陣形の主目的は体力の温存だ。ディフェンスを振り切る必要があるとはいえ、かげつ司令塔時代のように常時全員が全力で動き過ぎると第四クォーターでヘロヘロになってしまう。それ故に、

 

「ああもうじれったい! いつになったら攻めてくるノヨ!?」

 

 ターンオーバーされない様細心の注意を払いつつ、緩慢な動きでドリブルやパスを繰り返し、時間を目いっぱい使う。そして、二十四秒タイマーが残り十秒を切った瞬間——、

 

「っ!?」

 

 一斉に全員が動きを加速させる。先ほどまでのゆったりした動きはこのための目くらましだ。ディフェンスを振り切るのに常に全力で動く必要はない。大事なのは緩急をつけること。直前のスローペースでの仕掛けがあるからこそ、スピードという武器は最大限効果を発揮するのだ。

 

「椿!」

 

「ひー!」

 

「ナイスパス、つば! ………ゲッタン、行くよ!」

 

「うん! きて、柊!」

 

 かげつの仕掛けたスクリーンを駆使し、ディフェンスを振り切ってフリーになった柊がゴール下からレイアップを決める。

 

「へへーん、さっきのお返しー!」

 

「グヌヌヌ………コシャクなりタケナカツインズ………」

 

「………いちいち相手してたらキリない。次いくよ」

 

 続いて五色中央のオフェンス。茅原の打ったアウトサードシュートはリングに弾かれたものの、リバウンドを荒巻に取られ、そのままシュートを決められてしまった。

 

 再びボールは慧心へ。さっきと同じように、じっくりと攻撃の機会を伺う様にパスを回していく。一方の五色中央メンバーは警戒態勢。うかつに隙を作らない様、慎重にオフェンスとの距離感を図っているようだった。

 

「………。それなら——」

 

「………!?」

 

 何かをひらめいたように、スリーポイントラインの内側から外側へとバックステップする雅美。マッチアップ相手である茅原は想定外だったのか、チェックに行くことができない。緩いリズムのままシュートフォームに入り、伝家の宝刀、スリーポイントライン外からのロングシュートを解き放つ。リリースされたボールは綺麗な弧を描き、ゴールネットを通過した。

 急加速を警戒する相手ディフェンスを裏切る見事なプレーだ。やるじゃねーか、雅美のやつ!

 

「スナイパー、藤井雅美。——仕事完了」

 

 でもそのキメ台詞はすげー腹立つ! てかまだ試合中なのに仕事完了もクソもあるか!

 

 だがここでロングシュートを成功させたことの意味は大きい。次回からのオフェンスで相手に『ロングシュートが来るかもしれない』という警戒感を与えることができる。そうなればより雅美が動きやすくなるハズだ。

 

 続く五色中央のオフェンスは未ゴールで終了。茅原へのパスを読んだミミが機敏なディフェンスでスティールを成功させた。このクォーターになって初めてのターンオーバーだ。

 

「ディフェンス! すぐ戻るカシラ!」

 

 これはさすがに速攻を仕掛けてくる、と思ったのか、一目散に自陣ゴールへと戻る五色中央メンバー。しかしそれを裏切るかのように、こちらは緩いペースで相手陣地へと進軍する。

 それを見て東山は訝し気な表情を浮かべ、

 

「………結局、ターンオーバーになっても速攻は仕掛けてこないんだね」

 

「ムー、なんなのヨ! 第一クォーターではあんなに激しく攻めてきたって言うノニ!」

 

「………藤井、前回の戦った時はポイントガードやってなかったのに。合宿の後から今までで練習してきたってことなのかな」

 

「知らないノヨ! でも前はハカマダが司令塔みたいな感じだったカシラ!」

 

「………。なるほど」

 

 相手がそんなやり取りをしているうちに、慧心のオフェンスが始まる。

先ほどと同じように、バックステップをしてシュートフォームに入る雅美。二度も同じことはさせない! と言わんばかりに、今度はしっかりチェックを掛けに行く茅原。しかし——、

 

「そう来ると思った……!」

 

「!? しまっ——」

 

 シュートはフェイク。ディフェンスに来た茅原の脇をすり抜けるような形でハイポストに来ていたかげつにパスが回る。そのままくるりとその場でターンしてゴールに向き直り、放ったシュートはゴールネットをくぐった。

 

「ナイスシュート! かげつ」

 

「ちゃ、ちゃんと決まって安心したよ………」

 

 雅美の賞賛の言葉にホッと胸を撫でおろすかげつ。もし外していたら十中八九リバウンドを拾われてしまっていただろうから、気持ちは分かる。

 

「………メグ、ちょっといい?」

 

「ひゃいっ!? ごめんなさいっ!」

 

「………謝られると傷つくんだけど。ちょっと耳貸して」

 

「つ、つばめちゃん……? どうしたの?」

 

 東山に声を掛けられ、驚いたような声を漏らす茅原。雅美に出し抜かれた直後だし、怒られるとでも思ったのだろうか。

 一言二言茅原に耳打ちした後、茅原がコクンと頷いたのを見届け、ボールを受け取ってオフェンスを再開する東山。内容は気になるが、試合に集中しねーと。

 

 そんな風に気を引き締めたものの、東山は巧みなパスワークを用い、得点を奪ってみせた。

 

 アウトサイドシュートを持つ茅原を陽動に使い、インサイドにスペースを作ってからセンター荒巻のポストプレーで仕留める、という一連の流れはセットオフェンスのお手本のようだった。第一クォーターの時のように攻めあぐねる様子はない。

 まるで自分たちのリズムを取り戻した、とでも言いたげな感じだ。速攻の対策をしっかり練って来たであろうタイミングで出鼻をくじいてやったつもりだったんだが、アテが外れちまったか……?

 

「つっても、セットオフェンスでも上手く行っているし、スタミナを考えるとここで速攻に戻すのはちとはえーしな………」

 

「一応、控えの五年生の誰かと交代って手もあるぞ。メンバーチェンジありのルールにしてもらったし」

 

「うーん……」

 

 ちらり、と下級生五人の方を見る。一応、交代要員として準備はしてもらっているが、本当に万が一の時の備えだ。基礎が身に付きつつあるとはいえ、誰と交代するとしても大幅な戦力ダウンは避けられない。

 

「相手が相手だし、今のところ最後まで上級生五人で戦い抜く想定で考えてる。あいつらもこの前の借りを返してーと思ってるだろうしな」

 

「ま、確かにそだな」

 

 下級生たちには折角準備してもらってるとこ悪いけどな。一応、この試合の後相手の五年生チームと戦う機会は与えてもらっているので、その時に活躍してもらうとしよう。

 

 意識を再び試合に戻す。丁度全員がオフェンスのポジション取りを完成させたタイミングだった。

 ふと、違和感を覚える。見慣れた形のはずなのに、微妙に記憶と違うようなそんな感覚。その原因は——、

 

「マッチアップが入れ替わった……?」

 

 五色中央のディフェンスはマンツーマンだ。各々が各々の担当領域を守るゾーンディフェンスとは異なり、相手オフェンスに対し、一対一でディフェンスするのが特徴だ。誰が誰を担当するか決めてマッチアップする、というわけだ。

 先ほどまでは、ミミにはクロエ、かげつには荒巻、椿には東山、柊には勅使河原、雅美には茅原がマッチアップしていたのだが、今は東山と茅原が入れ替わるような形となっている。狙いは何だ……?

 

 自身の目の前に立ちふさがる東山を見た雅美は得意気な表情を浮かべ、

 

「あら、アンタが直々に相手してくれるの? あのメガネの子じゃ、私のオフェンスを止められないって思ったわけね」

 

「………そんなつもりはなかった」

 

「ふーん、じゃあ、一体どういうつもりなのかしら?」

 

「………別に。単に、司令塔としての心得を、私は先生から教えてもらって理解しているだけ」

 

「?」

 

 東山は、意味が分からない、と小首を傾げる雅美の目を真っ直ぐ見て、

 

 

 

「………相手チームの弱点を見つけたら徹底的に叩くのが、勝利への近道だって」

 

 

 

「………ッッ! 上等じゃない!!」

 

 挑発を受け、強い視線で東山を睨みつける雅美。左から東山の肩越しに一瞬パスを出すふりをした後、右方向からドライブで敵陣へ切り込んでいこうとする。しかし——、

 

「………ドリブルは苦手みたいだね」

 

「くっ……!」

 

 瞬時に雅美の前に体を滑り込ませた東山が左手で雅美からボールを奪う。そもそも動きを読まれていたように感じる。フェイクにも全然釣られていなかった。

 

「ツバメ! こっちにボール寄越すノヨ!」

 

「………ナイス判断、クロ」

 

「なっ……!?」

 

「速攻!? 五色中央が……!?」

 

 完全に思考の外。

 

 フロントコートにへといつの間にか走り出していたクロエに、東山からのロングパスが通る。クロエはそのままノンストップで進み、ゴール下までたどり着いてレイアップシュートを成功させた。

 

「ここで速攻しかけてくんのかよ……」

 

 思わず歯噛みする。クロエとしては単にその場の思いつきだったのかもしれねーが、五色中央はセットオフェンスオンリー、と思い込んでいた俺たちの意表を突く攻撃だ。今の一撃はメンタル面にも作用しかねない。

 

 そう思い、立ちあがって大声で、

 

「落ち着け雅美、今のは仕方ない!! さっきまで通用してたんだ。お前の思うとおりにオフェンスすれば勝てる!!」

 

「………わ、分かってます!」

 

 雅美にボールが渡る。マッチアップは先ほどと同じ、東山が雅美をマークする形だ。東山は雅美と絶妙な距離を保ち、プレッシャーをかける。雅美はそのせいでドリブルもパスも出来ずにいた。

 

「………どうしたの、制限時間きちゃうけど」

 

「……っ! そんなの、言われなくてもわかってるっての!!」

 

 五秒バイオレーションを恐れ、苦し紛れにドリブル開始と同時にバックステップをする雅美。先ほどと同じシチュエーションだ。しかし——、

 

「………ロングシュート、打ちたいなら打てばいい」

 

「そう、なら………後悔しないことねっ!!」

 

 吐き捨て、シュートを放つ雅美。東山はシュートブロックには行かず、プレッシャーだけ掛けに行くような距離感でディフェンスを継続する。恐らくパスを出されないようにするためだ。

 

「お願い、入って……!」

 

 祈りもむなしく、雅美の放ったシュートはリングに阻まれ、大きくバウンドして宙に舞う。

 

「………スリーポイントラインからのシュートなんて、プロでも試合中三本に一本決まればいい方」

 

 リバウンドを確保した荒巻を見つつ、東山がそう呟く。シュートを外した雅美と、リバウンドを確保できなかったかげつは悔しそうに顔をしかめる。

 

「………自分でドライブして切り込むことができないポイントガードなんて、微塵も怖くない」

 

「……ッッ!!」

 

 

 

 以降は似た展開の繰り返しになった。

 

 

 

 五色中央は茅原のミドルシュートを交えた内と外からの攻めで着々と得点を積み重ねていった。仮にミドルシュートを外したとしても、荒巻と勅使河原の二枚看板でオフェンスリバウンドを確保し、セカンドチャンスにつなげることができていた。

 

 一方慧心は攻撃の起点である雅美が東山のディフェンスに抑え込まれてしまったのが痛く、思う様に攻撃を展開できずにいた。時折雅美がロングシュートを放つも、いつものように鮮やかに決めることができていなかった。恐らく外したらリバウンドを取られてしまう、というプレッシャーの影響があったのだろう。ロングシュートというのは、インサイドとの連携ありきである、ということを痛感させられた。

 

 結果として、第二クォーターは点差を大きく縮められることとなってしまった。

 

 

                                                        慧心 26-20 五色中央

 

 




第二十一話でした。
雅美がぐぬぬってなる回。

感想とか評価とかいただけたら筆者のモチベ上がって投稿早くなったりするので、何卒よろしくお願いします(土下座)


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■第二十二話 落ち着きのないブレイクタイム

 
 お待たせして申し訳ない。。。
一万字近くあるので時間あるときにお読みください。


 第二クォーターが終了し、十分のハーフタイムに突入したため、両チームの選手はそれぞれのベンチへと戻った。慧心は美星の発案で前半五分はトイレなり水分補給をするなり各自自由行動、後半五分は作戦会議という時間の使い方をすることにした。十分という時間は長いようで意外と短い。有効に使わないとあっという間に過ぎてしまう。何にどのくらい時間を使うか、あらかじめ決めておくことが肝心だ。

 

 俺は、とりあえずトイレにいって一旦頭を冷やすことにした。

 

「第一クォーターは思う様に試合を運べたが、第二クォーターは苦戦させられちまったな。さすがは強豪、簡単に勝たせちゃくれねーか……」

 

 洗面台で顔を洗い、今までの試合展開を振り返る。緩急をつけて相手のペースを乱すつもりが、逆に落ち着かせてしまったような印象を受けた。五色中央のポイントガードに考える時間を与えちまった。完全に俺の作戦ミスだ。

 

「つっても、一々引きずってる暇はねー。次どうするか考えねーと」

 

 思い通りに進まなかった試合なんて、自分でいくらでも経験済みだ。頭使うのは顧問の先生に任せっきりだったが、メンタル的には慣れている。逆にあいつらは、少なくとも俺よりは慣れてねーハズだ。

 

「だからこそ、俺が冷静になんねーとな」

 

 鏡での中の自分を睨みつけ、一人呟く。ある程度頭をクールダウンすることができたので、トイレから出てきた道を引き返す。次どうするか、あいつらになんて声をかけるか、いろいろ考え事をしながら歩いていると——、

 

「うわっ!?」

 

「!」

 

 前方不注意だった。

 

 角を曲がろうとしたところで誰かとぶつかってしまう。後ろに軽くよろけつつ、慌てて衝突した相手に声をかける。

 

「す、すんません!! ちょっとぼーっとしちゃってて………って、雅美?」

 

 不幸中の幸いというべきか、ぶつかった相手は顔見知りだった。よく知らない他人ではなかったことにホッと胸を撫でおろした——のも束の間、

 

「……っ!」

 

「お、おい、待てよ!!」

 

 俺の顔を見るなり、顔を背けて逃げ出そうとする雅美。不可解なリアクションに動揺しつつも条件反射的に肩掴んで引き止める。

 

「………放してください!」

 

「いや、放してっつーか、何も逃げることはねーだろ………」

 

 身じろぎする雅美に、半ば呆れつつ、声をかける。まあ、こっちとしても別に引き止める理由はねーけどな。

 

「………」

 

「………! お前——」

 

 観念して、俺に向き直った雅美の顔を見て思わず言葉に詰まる。

 

 雅美は、泣いていた。目を真っ赤に腫らして、涙を流しながら顔を歪めていた。俺が何も言えず黙っていると、雅美はそのまま崩れ落ち、体育座りの状態でうずくまった。

 

 何か言わねば、と思い体をかがめて雅美に近づく。

 

「あー……あのよ。ここだと人来るかも知んねーから、一旦あっちいこうぜ、な?」

 

 やや遠慮がちにそう声をかけると、雅美は顔を膝に埋めたまま、コクンと頷いた。

 

 

 

***

 

 

 

 場所は少し移動して校舎の二階の空き教室。休日だし、ここであれば人が来ることはないだろう。

 

 雅美は先ほどと同じ、体育座りで顔をうずめたままだ。どうやら、頑なに俺と顔を合わせることを拒んでいるようだった。

 

「あー………落ち着いたか?」

 

「………まあ、少し」

 

 やや鼻声のまま、か細い声で応える雅美。いつもの調子とは程遠い。ただ、声は震えていなかったので、あながち強がりというわけでもなさそうだ。

 

「えーっと、その、だな………」

 

 掛ける言葉が見つからず、口ごもる。なんで泣いていたのか、なんて聞くだけ野暮だし、追い打ちにしかならねーよな………。言うまでもなく、さっきの試合でのことだろうし。

 

 気まずい沈黙が訪れる。

 

 ………ダメだ、このままじゃマズイ。コーチとして、兄貴分として、雅美をあの状態のまま放っておくのは良くないと直感的に判断して引き止めたものの、どう接したら良いか全然分かんねえ。かといってわざわざ意味ありげに連れ出したからには何もしねーってのも微妙過ぎる。一体、どうしたら………。

 

 必死に思考を巡らし、頭の中の引き出しを片っ端から開く。たった十二年しか生きてねーが、なんか役に立ちそーな経験の一つや二つくらい——、

 

 

 

 ………………………………一つ、あった。

 

 

 

 妹たちを泣き止ませるときによく使っていた方法。その効果はテキメンで、使うと大概機嫌が直すことが出来る。

 

 ………いや、だが、いいのかこれ? 家族以外の、しかも女子にするのは大分ハズい。下手したら嫌がられるんじゃねーか、これ。しかし、他にいい案がある訳でもないし、時間もないので四の五の言ってられない。クソ、こうなったらヤケだ。

 

 半ば自暴自棄になりつつ、決意を固め、雅美の隣にしゃがみ込む。そして、恐る恐る右手を伸ばし、うずくまったままの雅美の頭に手のひらを置き、心を込めてゆっくりと前後に動かし始めた。これが、竹中家式ご機嫌取りメソッドだ!

 

 

 

 ………………………………いやまあ要はただ単に頭撫でるだけなんだがな?

 

 

 

 ビクリ! と驚いたように一瞬硬直する雅美。俺は気にせず、緊張しながらも手を動かし続けた。少しの間沈黙していた雅美だったが、数秒後、むくり、と顔を上げると、

 

「………………何してるんですか」

 

 やや頬を膨らませ、ジトっとした上目遣いで咎めるような目でこちらを睨んできやがった。先ほどまで泣いていたからか、やや頬が紅潮して目が赤くなっている。即座に右手をひっこめる俺。やべえ、あんまり見たことない表情だから、すげーを圧力を感じる……!

 

「な、泣き止んでくれればいいなーって思って………」

 

「へー。………ところで、女の子の頭気安く触るのって、法律で禁止されてるの知ってました?」

 

「し、知りませんでした………」

 

「そうですか。知りませんでした、で済んだら警察は要らないっていうのも追加で覚えておいていただけると助かります」

 

「はい、すみませんでした………」

 

 チクチクと追及してくる雅美に圧倒されつつ平謝りする。さながら取り調べ室の警察と犯人の構図だ。クソ、椿と柊相手に通用したからって安易に実行したのが間違いだったか……。

 

 しゅん、としている俺を見て雅美はため息をつき、

 

「………なんか、落ち込んでるのがアホらしくなってきちゃいました」

 

 びくびくしつつもちらり、と表情を伺うと、呆れつつもその口元にはわずかに笑みが浮かんでいた。意図していた効果とはだいぶ違う気がするが、いつもの調子に雅美を戻すことに成功したようだ。

 

「………くそ、微妙に複雑な気分だ」

 

「竹中さんって、バスケのこと考えてる時はそこそこ賢いのに、日常生活だと結構バカですよね」

 

「せ、先輩に向かってバカとはなんだバカとは………!」

 

「だって、事実ですし?」

 

 くっ……やらかしてしまった後なので何も言い返せねえ………。どうも雅美相手の言い合いはしてやられることが多い気がする。もしかして地頭の差が出ちまってるのか………。

 

 打ちひしがれる俺。そして、そんな俺を見てクスクスと笑う雅美。

 

………………ま、何はともあれ、こいつの気分が晴れたなら良しとするか。

 

 とりあえず、雅美の先輩としてのメンタル面でのフォローはなんとかできたみたいだ。次はコーチとして、技術面でもフォローしてやるべきだ、と判断し、少し真剣な表情を作って雅美に向き直る。

 

「あー……。あのよ、雅美」

 

「? なんですか?」

 

 不思議そうに首をかしげる雅美。

 

「さっきの試合のことだけど………」

 

「……!」

 

 その言葉を聞いて、ギクリとしたような表情を浮かべる雅美。俺は気にせず、言葉を続ける。

 

「最初から上手くできるような、そんな簡単な役目だって思ったんなら、わざわざお前に頼んで任せたりしねーからな」

 

「………」

 

「他のなんでもそうだっただろ。ドリブルも、パスも。………お前の得意なシュートだってそうだ。何もせず、初めから上手くできたことなんて、一つも無かっただろ」

 

 雅美は、黙ったまま真剣な表情で真っ直ぐ俺の顔を見ていた。

 

「でも今は前に比べたら全然できるようになってるだろ。………俺はお前のそう言う、ひたむきに頑張れるとこ見て、こいつなら出来るって思って任せたんだ。………だからまあ、その、苦労させちまって申し訳ねーけど、頑張って続けてくれると助かるっつーか………」

 

 後頭部を右手で掻きつつ、必死に言葉を紡ぐ。よくよく考えたら、俺がポイントガードをやらせちまったことが原因で雅美はつらい思いをする羽目になったんじゃね? という後ろめたさが頭をよぎった結果、最後の方は若干しどろもどろになっちまった。出来ればもう少しカッコよく決めたかったところだが、この際形とか気にしていられない。

 

 ちらり、と様子を伺うと、雅美は何やら少し考えこむような素振りを見せていた。な、なんだ? なんか想定していたリアクションと大分違うような………。

 

「竹中さん」

 

「ん?」

 

「………よく考えたら、竹中さんは私にお願いをしているわけですよね」

 

「は?」

 

「だって、お願いだからポイントガードやって欲しいって、私に頼んできたじゃないですか」

 

「ん? ま、まあ、そうだな………」

 

「つまり私は竹中さんのお願い事を聞いてあげている立場ということになりますよね?」

 

「んん? ………ま、まあ、そういうことになる、のか?」

 

 言い方が微妙に気になるが、概ね間違っていないように思えたので、頷く。な、なんだ? なんか、逃げ道を一つ一つ潰されているような気がして微妙に嫌な予感が——、

 

「つまり、竹中さんも私のお願い事をなんでも一つ、聞いてくれないとフェアじゃなくないですか?」

 

「は!? い、いや、ちょっと待て!!」

 

 な、なんでもってなんだ!? 一体何やらされるんだ!? ってか明らかにこっちのお願いと釣り合い取れてねーだろ!! クソ、やっぱロクなことじゃなかったじゃねーか……!

 

「反論があるなら聞きましょう」

 

 神妙な調子で、ウム、と頷く雅美。くっ、相手が理屈で攻めてきたからにはこちらも理屈で返さねーと効果がねえ……。なんとか雅美の主張の穴を見つけて指摘しねーと……!

 

 頭の中で言いたいことを一通り整理して、コホン、と一つ咳ばらいをして口を開く。

 

「きょ、今日の出来を見る限りだと、雅美はまだ十分にポイントガードをこなせているわけじゃないだろ」

 

「ふむ」

 

「つ、つまりだ……! 雅美は俺の頼んだ、『女バスのポイントガードをやって欲しい』という頼みをこなせてないんじゃねーか?」

 

「なるほど、確かにその通りですね」

 

「だ、だろ? だから、結局俺の頼み事はその………ケーヤクフリコーってやつになる訳で、俺がお前の頼みを聞く必要もないっつーわけだ!!」

 

 どうだこの完璧なロジック………! 即席で考えたにしては上出来だ! 俺の頭も案外捨てたもんじゃねーんじゃねーか!?

 

「ふむふむ、なるほどなるほど………」

 

 俺の主張を頭の中で反芻するように、何度も頷く雅美。よ、よし、これで何とか雅美を引き下がらせることが出来——、

 

 

 

「つまり、私がポイントガードを十分にできるようになったら、竹中さんはなんでも一つお願い事を聞いてくれるってわけですね」

 

 

 

「は!?」

 

「だって、竹中さんはいつまでに出来るようになって欲しいって、具体的な期限は言わなかったじゃないですか? 今後私がポイントガードできるようになったら頼みごとを聞いたことになりませんか?」

 

「んぐ………そ、それは………」

 

 思わず言葉に詰まる。………頑張って続けてくれ! と言った手前、今更そこを否定するのも気が引けてしまう。クソ、やっぱり雅美に口で勝つのは無理だったか……!

 

「あは。じゃ、そろそろ時間ですし、皆んところに戻りましょうか。………さっきの約束、くれぐれも忘れないでくださいね♪」

 

 そう言って、くるりと背を向け、俺を置いてさっさと速足で先へ進んでいく雅美。こ、コイツ、俺がこれ以上反論できないように話切り上げる気なんじゃ………!

 

「お、おい待てこら! ………い、言っとくけど、なんでもは無理だからな!! 俺が出来ることで、そんでもってあくまでジョーシキ的なことしか受け付けてねーぞ! おい、聞いてんのか雅美!」

 

 ………そんな風に、必死で後ろから呼びかけるも、雅美にちゃんと届いていたかどうかは定かではない。

 

 

 

***

 

 

 

<五色中央側ベンチ>

「大分点差縮められたノヨ! フフン、ケーシンの奴ら、ワタシたちの攻撃に手も足も出ない、と言った感じカシラ! ね、イヌヤマ!」

 

「言うほど一方的でもなかったけどねー。まあでも、つばめの機転のおかげで大分うちのペースに戻せたのは事実だね」

 

「にししー、さっすがキャプテン。メグがうちのディフェンスの穴になってることを見抜いたテキカクな采配だったッスね!」

 

「あうっ……! ご、ごめんなさい。私、鈍くさくて………」

 

「………茜、余計なこと言わなくていい。………メグ、気にしないで。次のクォーターでも、貴女のミドルシュート、頼りにさせてもらうから」

 

「う、うん……! 精一杯がんばりますっ」

 

「ジッサイ、メグが原因ってより、ポイントガードのネンキの差がニョジツに出た結果だと思うノヨ! クフフ、フジイのヤツ、めちゃめちゃホンロウされてたカシラ……!」

 

「まあ確かに。でも珍しいよな、つばめがあんなトラッシュトーク使うなんて」

 

「………なんのこと? 荒巻」

 

「ん? 藤井を挑発するようなこと言ってなかったっけか。お前なんて微塵も怖くない、とかなんとか」

 

「あー! あたしも思った! 相手のポイントガードを怒らせてペース乱すとか、キャプテンマジ容赦ねーなーってびっくりした!」

 

「あの生真面目だったつばめが勝つためとはいえあんなダーティーな戦法使うなんて……って、教え子の成長が嬉しいよーな悲しいよーな、そんな複雑な気持ちになったよ、あたしゃ」

 

「………別に挑発したつもりはなかった」

 

「マジ? 無意識でやったってこと? それはそれで大分怖いっスキャプテン……」

 

「ツバメ、ナチュラルに畜生ナノヨ」

 

「………それはいくら何でも人聞きが悪い」

 

「で、でも珍しいよね。つばめちゃんが試合中、対戦相手にあんな風に話しかけるなんて」

 

「そうだな。なんか、思うことでもあったのか?」

 

「………。実は、少し」

 

「へ~、一体どんなこと?」

 

「………ポイントガードは、コート上の司令塔。チーム内で一番重要な、責任が重いポジションだから」

 

「「「「?」」」」

 

 

 

「………たった一か月練習したくらいで出来るようになるポジションじゃないって、分からせてやりたくなっただけ」

 

 

 

「「「「「お、おー……」」」」」

 

「………。みんな、なんでちょっと引いてるの? 先生も」

 

「え!? い、いや~。そんなこと考えてプレイしてるなんて思ってなかったからさ」

 

「それだけであんなムゴイ仕打ちをしたと……。理由聞いてマスマス恐ろしくなったカシラ……」

 

「キャプテンを怒らせるのはやめた方が良いって改めて思ったわ……」

 

 

 

***

 

 

 

<慧心学園側ベンチ>

 

「よし、全員集まったな」

 

 五分間の自由時間が終了し、作戦会議が始まる。途中インターバルを挟んだことで集中力が切れてしまうのではないかと若干心配していたが、五人の闘争心溢れる表情を見ると杞憂だったようだ。先ほど泣いたり笑ったりと色々落ち着かない感じだった雅美も、今は真剣な表情を浮かべている。

 ………どちらかというと若干気が散っているのは俺の方で、雅美には先ほどの件で色々と追及したいのだが、それは試合が終わってからだ。まあ、はぐらかされるだけかも知んねーけど………。

 

 両頬を手のひらで叩いて気持ちを切り替え、口を開く。

 

「結構点差は詰められちまったが、まあ第二クォーターはもともと体力温存予定だったからな。雅美は慣れねー仕事をよく頑張ってくれたと思う」

 

「自分では、あまり納得できてないですけどね」

 

 目を逸らし、人差し指に自分の髪の毛をくるくると巻きつけつつ、自嘲気味にそう呟く雅美。

 

 そんな彼女を見てかげつは慌てたように、

 

「ま、雅美は頑張ってたと思う。私も全然リバウンド取れなかったし、雅美のこと全然サポートできなかったから……。」

 

「………ん、ありがと、かげつ」

 

 やや照れ臭そうに礼を言う雅美。

 

「ま、その辺は後々の課題だな。………とにかく、今は先のことを考えるぞ。こっからの戦い方についてだが——」

 

「待ってました!」

 

「ソッコー解禁! だね、にーたん!」

 

 勢いよく身を乗り出す椿と柊。その瞳は『今すぐにでもあいつらをぶっ飛ばしてやりたい!!』と訴えかける様にメラメラと燃え上っていた。その勢いに若干押されつつ、俺は二人に頷くと、

 

「ま、まあ……平たく言うとそうだな。そのための体力温存だったわけだし」

 

「やった! 僕たちの出番だね!」

 

「クロワッサンのヤツ、目にモノ見せてやる……!」

 

 そう言って、激しく闘志を燃やす二人。………恐らく、さっきのクォーターで相手に好き放題やられたフラストレーションが溜まっているのだろう。頼もしい半面、空回りしそうで若干心配でならない。

 

「後注意しなきゃなんねーのは………やっぱ荒巻だな」

 

 俺の言葉に、苦虫を嚙み潰したような表情になるかげつ。反応を見るに、対荒巻の感触はあまり良くはなさそうだ。

 

 俺の言葉を聞いて雅美は首肯すると、

 

「そうですね……。次のクォーターから荒巻は本調子になってくるでしょうし」

 

「彼女、さっきの時点ですでに手強かったですけどね………」

 

「こっからさらにエンジンかかってくること考えると、正直まともに相手しても無駄だと思います」

 

 難しい顔でそう見解を述べる雅美とかげつ。その意見には概ね賛成だ。俺は頷きつつ、

 

「だな。かげつは、荒巻になるべくパスが出されないよう意識してディフェンスしてくれ。リバウンド持ってかれんのは、ある程度は仕方ないと割り切るしかねえ」

 

「わ、分かりました……!」

 

「げったん、ファイトだよ!」

 

「アラマキなんかに負けるな!」

 

「う、うん………頑張るよ」

 

 仲間の励ましを受けて顔を引き締めるかげつ。………よしよし、チームの雰囲気は悪くない。このままいって問題なさそうだ。

 

 俺はコホン、と咳払いをして、作戦会議を締めにかかることにした。

 

「よし、結論まとめるぞ。想定外なこともあったが、戦況は概ね想定内だ。体力はかなり温存できたし、ここからはガンガン速攻仕掛けてもお前らのスタミナなら十分持つ。さっきまでと同じような感じで戦えれば十分勝機は——」

 

「タケナカ」

 

 ——ピシャリ、と。

 

「気休めはやめてクダサイ」

 

 俺の言葉は、ミミの冷ややかな一言で、突如として遮られた。

 

 一瞬、何を言われたのか分からず、硬直する。他の四人も同じだったのか、驚いたように目を丸くしてミミを見つめていた。………そう言えばミミのヤツ、作戦会議の間一言も言葉を発さなかったな。

 

「気休め………って、」

 

 ようやく思考が動き出し、俺は口を開く。

 

「気休めって、なんだよ。俺はそんなつもりは——」

 

「タケナカ」

 

 再度、鋭い口調で名前を呼ばれる。

 

「先ほどのクォーター、五色中央のターンオーバーは何回だったデショウか」

 

「は? 急に何言って——」

 

「タケナカ、答えてクダサイ」

 

 俺の目を見て、真っ直ぐと問いかけるミミ。有無を言わせない口調から察するに、どうやら大人しく答えないと埒が明かないようだ。

 

「………二回だ。両方とも、ミミが相手のパスをスティールした時だな」

 

「その通りでデス。ツマリ、こちらは相手オフェンスを二回しか止められていないということになりマス。………先ほどと同じように戦えば勝てるとはトウテイ思えマセン」

 

 淡々と、その事実を口にするミミ。

 

「リバウンドで勝てない分、ワタシ達が相手オフェンスを止めるにはディフェンスでアツリョクを掛けて相手のボールを奪うことが必要フカケツ。だからこそ、この一か月間、一番力を入れてディフェンスの練習をしてきたハズデス。それナノニ——」

 

 ミミは、視線を俺から視線を外し、椿と柊に鋭い視線を向けると、

 

「ツバキ、ヒイラギ。さっきのクォーターのディフェンス……アレはなんデスカ? 中途半端にもほどがありマス。あれデハ、相手オフェンスに抜いてくれと言っているようなものデス」

 

「ちゅ、中途半端って、なんだよ……!」

 

「そ、そーだよ! 僕たちなりに全力でやってたのに!」

 

 ミミの言葉に憤慨する二人。しかしミミは一歩も怯まず言葉を続ける。

 

「ノン、第一クォーターに比べて全然ボールを奪う気が感じられなかったデス。最低限のディフェンスしかしていないように見えマシタ」

 

「うぐ………。だ、だって……ボール奪ってもソッコーに行けないってカンジだったから、なんかこう………」

 

「じゃ、若干控えめだったフシは、無きにしもあらずだったような気はしなくもない……かも」

 

 語調を弱め、顔を見合わせる妹達。言葉から察するに、どうやら思い当たることがあったようだ。ミミはそんな二人に構うことなく、今度はかげつに向き直ると、

 

「カゲツ、アナタはディフェンスの時アラマキに気を取られ過ぎデス。リバウンドで劣勢なのは仕方ないデスが、周りにも気を配って欲しいデス。本来ならスティールを狙いに行けていたバメンは結構あったハズデス」

 

「う………ご、ごめん、ミミ」

 

 ミミの指摘に対し、こちらも思い当たることがあったのか気まずそうに俯くかげつ。

 

「お、おい、ミミ。どうしたんだよ。確かに、言ってることは間違っちゃいねーが、言い方ってもんがあるだろ」

 

 ミミの剣幕に押され、少しの間フリーズしていたが我に返り割って入る。ここまで感情をむき出しにして仲間に食って掛かるなんて、いつものミミらしくないとしか言いようがない。

 

 ミミはそんな俺を真正面からじっと見つめた後顔を俯かせ、呟くように、

 

「………タケナカもタケナカデス。ワタシたちに気を使って、甘いコトバしか言ってくれないのはどうかと思いマス」

 

「んぐ……」

 

「………相手は強いデス。さっきのクォーターのようなチョウシで戦っていては、ゼッタイに勝てないと思ったノデ、ハッキリと言わせていただきマシタ」

 

 ミミは、俯いていた顔を上げると、

 

「………ワタシは、この試合だけはゼッタイに負けたくないのデス」

 

 静かに、しかし確かな思いを秘めた口調でそう言った。

 

 その言葉からは、最早執念のようなものすら感じられるほどだった。やはり、ミミにとって五色中央は——もっと具体的に言うなら、クロエは何かしら思うことのある相手なのだろう。

 

「取り込み中のとこ悪いんだけどさ、お前たち」

 

 そんな俺たちの後ろから、今までやり取りを静かに眺めているだけだった美星が言葉を投げかけてくる。

 

「そろそろお喋りはやめて、コートに戻らねーと時間やばくね?」

 

 そう言って、コート脇に設置されているタイマーの方をあごでしゃくった。時間を確認すると、ハーフタイムの残り時間は既に三十秒を切っていた。ちょっと長話し過ぎちまったか………。

 

 時間が時間なので、俺は焦りながらもなんとか二言三言だけ激励の言葉をなげ、五人をコート上に送り出し、座席についた。一息ついて頭に浮かんでくるのは、先ほどミミに言われた言葉だ。

 

「くそ、甘い言葉しか言ってくれない、か。………割とへこむな」

 

「にゃふふ~。苦労してんなあ、竹中コーチ」

 

 隣の席に腰かけ、こちらの顔を覗き込みつつニヤニヤと笑みを浮かべている美星。クソ、なんでコイツこんな楽しそうなんだよ………。

 

「………どこぞの顧問がなんも仲裁してくんねーからな。こっちは大変で仕方ねーよ」

 

「にゃはは、折角の教え子たちの成長のチャンスを、教師が割って入って潰すわけにはいかねーからな」

 

 俺の皮肉も意に介さず、相変わらずヘラヘラとした態度のままの美星。くそ、そういう逃げ方されると何も言えない。こういうとこやっぱり大人はズルいと思う。

 

「ま、子供じゃどうしようもねーことが起きたときは、私たち大人が解決してやるさ」

 

 そんな、頼りになるんだかならないんだかよく分からん言葉を吐く美星。いちいち相手にしていても仕方ねーと判断し、試合の方に意識を移す。

 

 

 

 そんなこんなで、様子のおかしいミミ、色々あって落ち着かない気分の俺、心配でどこか浮足立つ残り四人と、諸々不安要素を抱えつつ、後半戦の幕が上がった。

 

 

 




 二十二話でした。後半のミミちゃんが荒れてるパートが難産でやたら時間がかかってしまった……。ギスギスってかくの難しいね。
 
 五色中央戦もいよいよ後半戦へ突入。と同時に第一章も終盤となります。
なるべくテンポよく進められるよう投稿頻度を上げたい。。
(これ毎回言ってますが……)


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■第二十三話 コート上の怪物

 前回から二か月近くたってしまった………。
 二十三話となります。この辺からようやくミミにスポットが戻るかな……。


 第三クォーターは五色中央ボールで始まった。例のごとく、セットオフェンスの陣形を取る相手チームに対し、こちらはゾーンディフェンスで迎え撃つ。前半戦で散々見慣れた光景だ。こちらと同じく、相手も得意戦法を曲げる気はないようだ。しかし──、

 

「うぅ、身動き、とれないっ……!」

 

「…………メグ! 一旦こっちにボール戻して!」

 

 茅原から東山へとボールが戻る。先ほどと同じく、茅原のミドルシュートを起点にディフェンスを切り崩すつもりだったようだが、攻めあぐねていた。

 既にこちらも茅原のミドルシュートの間合いにも慣れた頃だ。内側にスペースを作らないことを意識し、最低限の圧力のみかけることで、ゾーンに隙を作らせていない。

 

 とりあえず、先ほどのミミの言葉はいい方向に転がったようだった。ディフェンスが第二クォーターに比べて目に見えてよくなっている。一瞬、チーム内の雰囲気が険悪になったように見えたから、もしかしたらプレーに悪影響が出るんじゃないか? と心配していたのだが杞憂だったようだ。

 

「クソ、ディフェンスのこと、ホントなら俺が気付いて言わないといけなかったってのに…………」

 

「まあそう気を落とすなってー、竹中コーチ」

 

「逆にお前は気楽過ぎだろ……。ってか、俺じゃなくて別に顧問のお前が言ってくれても良かったわけだがな?」

 

「にゃふふ、お前が気が付かなかったことに、私が気付けるわけないだろー」

 

 そんな風に美星と軽口を言い合っている内、状況に変化が起きた。

 

「いただきますっ!」

 

「!? ご、ごめんなさいっ!」

 

「ナイススティール、かげつ!」

 

 相手のパスを事前に読み、手足の長さと反射神経を活かしてカットするかげつの得意技だ。仕掛けられた茅原はバツが悪そうな表情で硬直していた。このプレーが有るのと無いのとでは、うちのチームは防御力も攻撃力も段違いだ。

 

「椿、行って!」

 

「ナイスパス、げったん!」

 

 かげつから椿へとパスが渡る。クロエが追いすがるも、そのまま流れるように柊、ミミへとパスが渡り、最後はミミのレイアップがゴールネットを揺らした。

 

 ───伝家の宝刀、三線速攻。

 

 やはり現状、これが俺たちの最強戦術だ。第二クォーターでは体力温存を理由に一旦封印したが、目的を果たした今最早出し惜しみする理由はない。

 

 続く五色中央のオフェンスは成功。再び点差を六点に戻される。続くこちらのオフェンスは、相手のディフェンスが全員戻りきる前に素早く攻撃を仕掛け、これも成功。数的有利を活かし、フリーとなった椿がシュートを決めた。

 

 これで点数状況は慧心が三十点、五色中央は二十二点の八点差。出来ることならばこのままリードを保ちたいところだが…………。

 

「……! 隙あり!」

 

「く……!」

 

 再び始まった五色中央のオフェンスは、パス先を読んだかげつのスティールにより終了した。これで、早くも二回目のターンオーバー。いいぞかげつ、絶好調じゃねえか! 

 

 これで、再び得意な三線速攻に持ち込める。このままさらに追加点を奪えれば、こっちのペースに──、

 

「行かせないカシラ!」

 

「……っ!?」

 

「な!?」

 

 クロエに行く手を防がれ、ボールを受け取った椿の足が止まる。パスを出したかげつの顔が驚きに染まる。

 

「こっちデス、ツバキ」

 

「……! ミミ、任せたよ!」

 

 ミミが機転を利かせ、クロエに防がれない位置に移動してパスをもらう。しかし、相手がディフェンスに戻る時間を稼がれてしまった。

 

「ちっ、一筋縄じゃいかねーか、やっぱ」

 

「ターンオーバーからのこのパターンの速攻、マトモに止められんの初めてじゃないか? 相手もうちのテンポに慣れてきたってことなのか」

 

「…………それも、あるかもしんねー。けど──」

 

 妙だ。慣れるにしたっていくら何でも急すぎる。第一クォーターでは一切攻略の糸口を掴めていないように見えたし、第二クォーターではそもそも一回も速攻を仕掛けていない。慣れたから、の一言で済ませていい話ではないように思える。

 

「……つーか、寧ろ」

 

「?」

 

「…………何か、相手に仕掛けられている、っていう方が近いかもしんねー。上手く言えねーけど。試合が始まってから、微妙に違和感がある気がする、というか…………」

 

 ぼんやりとしか感じねーし、ハッキリと言語化することも出来ない。ひょっとしたら、単なる俺の気のせいかもしれない。しかし、本能が早く対応しないとマズイことになると告げていた。

 そんな風に思案している間も試合は動く。こちらのセットオフェンスは相手にリバウンドを取られ、既に失敗していた。

 

 ───五色中央のオフェンスが始まる。

 

 俺は、わずかな違和感も見逃さないように、目を凝らして相手チームの動きを見ることにした。

 

「つっても、ぱっと見さっきと何も変わんねーんだよな…………」

 

 東山、クロエ、茅原がアウトサイドからゴールを狙い、荒巻と勅使河原の二人がインサイドに陣取る五色中央得意のスタイル。まるで再放送を見ているように、先ほどからずっと同じ。一見、違和感を覚える余地がないように見える、けど。

 

「…………真琴っ!」

 

「あいよっ!」

 

 東山から荒巻へパスが通り、荒巻がそのままゴール下からシュートを決めた。上手いことパスコースを潰していたかげつだったが、東山に一瞬のスキを突かれてしまった。

 

「ごめんっ!」

 

「きにすんなげったん!」

 

「速攻行くよ!」

 

 間髪入れず走り出す椿と柊。それに呼応するように、雅美も即座にコート外からパスを出す。相手にシュートを決められた場合でも速攻を仕掛けに行く姿勢は見事だ。しかし──、

 

「くそっ、邪魔すんな! このクロワッサン!!」

 

「ふふん。三線速攻破れたり……カシラ!」

 

 クロエに阻まれ、鬱陶しそうに歯噛みする柊。やむを得ず後ろのミミにパスしてやり過ごすも、速攻は失敗。再びセットオフェンスを仕掛けざるを得なくなった。…………まただ。さすがにこれは偶然とは思えない。

 

 考えろ。さっき起こったことと、今起こったことの共通点はなんだ? 

 

 必死に頭を回し、二つのシーンを照らし合わせて考える。

 速攻を防ぎに行ったのはどちらもクロエ。クロエに足を止められたのは椿と柊。後は…………二人が足を止められたタイミングも同じ。どちらも、ボールを受け取った直後にクロエにマークされ、ドリブルもパスも自由にできなくなってしまっていた。

 

 多分、パスを受け取った直後、というのがポイントな気がする。クロエに追いつかれる前に素早くパスを回してゴールまでもっていくというのが三線速攻のコンセプトだ。にもかかわらず追い付かれてしまっている、というのが今の状況。こんなの、パスが出る先をあらかじめ予想して待ち構えられている、としか思えな──。

 

「──! いや、そうか。案外、そう言うことなのか……?」

 

 ある可能性に思い至り、ハッとする。

 

 再び五色中央にリバウンドを取られ、ディフェンスに戻る慧心の五人。先ほどの考えが間違っていないことを確かめるため、クロエの様子を──もっと具体的に言うなら、立ち位置をしっかりと確認する。…………そして、自分の考えが間違っていないことを確信した。

 

「すみません、次、タイムアウトお願いします」

 

 

 

 ***

 

 

 

「「クロエがディフェンスに専念してる?」」

 

「ああ、そうだ」

 

 椿と柊の問いかけに、頷きつつ答える。ミニバスのタイムアウトはわずか45秒。手短に伝えなきゃなんねーから、早口で話す。

 

「オフェンスの時のあいつの立ち位置を見て気付いたんだが、常にスリーポイントラインの外で様子を伺ってるみたいな感じで攻撃に参加してねーみたいだった」

 

「何のためにそんなことを…………」

 

「多分、こっちの速攻潰しに専念するためだ。攻守が切り替わった時、すぐに椿と柊を抑えられるようにするためにコートの浅い所で待ち構えてるんじゃねーかと思う」

 

「な、なるほど…………。それでさっきから止められちゃってたんですね……。ということは、私たちに速攻のパターンが二人から始まるのはバレてるってコト、ですよね……?」

 

「ああ、ピンポイントで椿と柊を狙いに来てるわけだし、そう言うことになるな」

 

 かげつの言葉に同意する。恐らく、インターバルのタイミングで相手のコーチに入れ知恵されたのだろう。外から見ているとうちの速攻のパターンは案外分かりやすいし、気付かれたとしてもおかしくない。

 

「でも、舐められたものね。速攻を潰すためとはいえ、攻撃の枚数を一枚減らしても大丈夫って判断したってワケでしょ?」

 

 面白くなさそうに顔をしかめる雅美。確かにそうだ。こんなの、うちのディフェンスくらい四人でもなんとかなると暗に言っているようなものだ。まあとにかく──、

 

「時間ねーから手短に言うぞ。ディフェンスの時、こっちは人数有利になるわけだからそれを活かす。多少ゾーンが乱れるのはこの際構わねー。ガンガンダブルチーム仕掛けて相手の攻撃を抑え込んで行け。椿と柊はオフェンスの時はクロエを常に警戒して取り付かせねーようにしろ」

 

 

 

 ***

 

 

 

 …………結果的に気言えば、俺の予想は的中していた。

 

 

 

 タイムアウト明け直後の相手の攻撃。人数が一枚少ないという相手の弱点を突き、ダブルチームを東山に仕掛けた結果抑え込むことに成功し、二十四秒経過で相手オフェンスは時間切れとなった。答えが分かってから見れば、クロエの動きは実に露骨で分かりやすかった。パスをもらいに行く素振りが見えないし、ことあるごとに椿と柊をチラチラ気にしていた。駆け引きがあまり得意ではない、というミミの評価は的を射ていたようだ。

 

 続くこちらのセットオフェンスは苦戦を強いられるも、ミミが相手ディフェンスを個人技で単独突破し得点を奪うことに成功。第二クォーターから今まで、イマイチ通用していなかったセットオフェンスでも得点を奪うことができた、というのはいい兆候だ。

 

「…………クロの動き、バレてるっぽいね」

 

「まあ、遅かれ早かれだとは思ってたけど、流石に早すぎだな」

 

「ぐぬぬ、メンボクナイノヨ…………」

 

 再び始まった五色中央の攻撃。フォーメーションはさっきと同じ。クロエはスリーポイントラインの外で、オフェンスに参加する様子がない。…………さっきの会話から考えて、こちらに作戦がバレていることには向こうも勘づいているハズだ。にもかかわらず、特に何もしてくる様子はない。…………嫌なカンジだ。

 

「つば、行くよ!」

 

「うん、ひー!」

 

「…………」

 

 東山にダブルチームを仕掛ける椿と柊。しかし完成する直前、自分の方に向かってくる柊の一瞬のスキをついて、東山はパスを出すことに成功していた。

 

「ノータイムパス回しっ!」

 

 そして、それに連動するようにパスの出た地点にすかさず移動した勅使河原が空中でパスを受け取り、一瞬も手元でキープすることなく流れるようにボールを横流しした。それを受け取ったのは──センター、荒巻だ。

 

「──っ!!」

 

 苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべるかげつ。東山─荒巻ラインのパスを警戒していた彼女にとって、勅使河原という中継地点を利用して荒巻にボールが渡るのは想定外だったのだろう。

 

 ───荒巻とかげつの1on1が始まる。

 

 即座にドライブでゴール下へと切り込む荒巻に対し、ゴールを背にしてついていくかげつ。バスケを始めて日が浅いというだけあってドリブルはややぎこちないが、ボールを奪われない様もう片方の手でしっかりガード出来ているところを見るに、基本は出来ているのだろう。ゴール下の──それこそ荒巻が少しでも背伸びをすれば届くぐらいのところまで難なく到達していた。

 

「よっ…………と!」

 

「──っ! させないッ!!」

 

 急停止し、シュート体勢に入る荒巻。しかし荒巻とゴールの間に体をねじ込ませたかげつがシュートブロックに入るため高く飛んでいた。いいぞ、完璧なタイミングだ! と思ったのも束の間──、

 

「───」

 

「な!?」

 

 ──シュートはフェイク。

 

 掲げたボールを一度胸元まで下げ、再びシュート体勢に入る荒巻。タイミングを外されたかげつのブロックは不発に終わり、荒巻のシュートがゴールネットを揺らした。そして──、

 

「ファール!! 慧心(しろ)五番、イリーガルユースオブハンズ! バスケットカウント、ワンスロー!」

 

「──!? しまった……!」

 

「うっし! バスカンゲットだぜ」

 

「ナイスナノヨ、マッキー!!」

 

 ホイッスルの甲高い音が鳴り響き、審判がファールを宣言する。五色中央にフリースローが与えられちまった。クソ、シュートブロックに飛んだ時に、かげつの手が荒巻の腕にわずかに当たっちまってたのか……! 

 

「ご、ごめん…………私がフェイクに引っかかっちゃったばっかりに…………」

 

「…………仕方ないわ。今のは初見だし、強気にディフェンスに行った結果よ」

 

「そ、そーだよ、げったん!」

 

「どーせアラマキのヤツ、フリースロー決まんないだろーし!」

 

 謝るかげつと、フォローする慧心の面々。確かに、今まで力技一辺倒だったように見えら荒巻が、そんなテクニカルなことをしてくるというのがそもそも意外過ぎる。それにしても──、

 

「さっきのって、ポンプフェイクってやつ…………だよな?」

 

「ああ。…………くそ、意外に器用な真似しやがるな」

 

 ──ポンプフェイク。

 

 その名の通りボールを水を汲み上げるポンプのように上下に動かして、シュートに行くと見せかけるバスケの技の一種だ。ブロックのタイミングを外し、相手ディフェンスの意表を突いてシュートを決めたい時に多用される。…………ゴール下での活動を生業とする荒巻にとって、これ以上ないくらい相性のいい技だ。練習試合の時は見なかったし、この短期間で覚えてきて実戦で使えるレベルにまで仕上げて来たってことなのか? 末恐ろしいな…………。

 

 再度ホイッスルが鳴り響き、五色中央フリースローが始まる。

 

 バスケのルール上、フリースロー時にペイントエリアの両側に陣取ることを許されているのはオフェンスが二人、ディフェンスが三人と決まっている。五色中央は勅使河原と茅原の二人。対する慧心はかげつ、雅美、椿の三人でリバウンドを狙う形となる。人数的にもディフェンス側が有利なうえ、ポジションもゴール下に近くリバウンドしやすいのはディフェンス側なのだが──、

 

「こうしてみると、やっぱ身長差が気になるな……」

 

「ああ。…………荒巻ばっかに目が行きがちだが、あの二人も160cm以上あんだよな」

 

 高身長ってのはバスケ選手にとってはなんだかんだ強烈なアドバンテージだ。かげつはともかく、雅美と椿ではたとえ二人掛かりでも制空権を奪うのは厳しいだろう。頼む、せめてかげつのいるサイドにバウンドしてくれ…………! 

 

 静寂が訪れ、荒巻がシュート体勢に入る。ミドルシュートは苦手なのか、動きはかなりぎこちない。そして──、

 

「よっ…………と!」

 

「──! 外れるっ……! 雅美、椿、リバウンド!!」

 

 俺の祈りもむなしく、荒巻の放ったボールはリングにあたって外れ、椿と雅美、そして勅使河原のいるサイドへ跳ねた。そうなるとリバウンドを奪取するのは当然──、

 

「っし、いただき! ごめんね~~。おちびちゃんたちっ!」

 

「くっ──!」

 

「こ、この……!」

 

 余裕綽々といった調子で手にしたボールを掲げる勅使河原。ボールを奪われた上、身長差をからかわれた椿と雅美は怒りを露わにしていた。

 

「さーて、このままアタシがシュート決めちゃおっかな~~。───ってうおわっっ!!」

 

「…………。外しマシタか」

 

 突然背後から襲い掛かって来たミミに驚く勅使河原。リバウンド勝負に負けることを見越して、初めから勅使河原を狙っていたようだった。直前で気付いて避けられたから結果的には失敗したものの、紙一重だった。ミミのヤツ、なんつーか、気迫が凄い。殺し屋みてーな目してなかったか? 

 

「…………茜。遊んでないでさっさとボール渡して」

 

「わ、分かってるって、キャプテン!! うー…………。や、やっぱミミちゃんめっちゃこわ~…………」

 

 怯えつつも、東山にボールを渡す勅使河原。受け取った東山はセットオフェンスのポジションに付いた。慧心の五人も迎え撃つべくディフェンスの陣形を整える。

 

 相手は、こちらのスキを伺う様にぐるぐるとパスを回し続けていた。迂闊に攻めてはこないようだ。対して慧心は先ほどの仕掛けを警戒して、徹底して荒巻へのパスコースを潰す様にポジショニングしていた。そのおかげか、さっきからどうやら攻めあぐねているようだ。

 

「……そうか、クロエが抜けることで発生する攻撃の時の数的不利をどーすんのか疑問だったんだが、荒巻の高さとパワーでムリヤリ突破するつもりだったのか」

 

「まじ? 結構リスク高くないか、それ」

 

「確かにそうだが、荒巻が後半に調子上がってくることを踏まえると行けるって判断したのかもな」

 

 結果的に、その判断が正しいか間違っているかは蓋を開けてみないと分からない。だが、これはむしろ付け入るスキだ。こんなの、そうでもしねーとうちの速攻を潰せないと白状しているようなモンだ。結果的に相手に無理をさせることが出来ている以上、今の状況はこちらにとって決して不利ではないハズだ。

 

 ───いける。このまま荒巻さえに仕事させねーよう上手くディフェンスし続ければ、勝てる。

 

「………………。ふう」

 

 緊張で胸が高鳴り、握ったこぶしに思わず力が入る。手のひらには、汗がじんわりと滲んでいた。本能が、ここが勝負どころだと告げている。

 

 五色中央は突破口を見いだせていないのか未だ仕掛けてこない。が、そうしている間にも時間は過ぎていく。そして、24秒タイマーが残り五秒を切った。この土壇場で、東山がでパスを出したのは──、

 

「な──」

 

「ナイスパス、カシラ」

 

 

 

 ───スリーポイントラインの外にいる、クロエ。

 

 

 

「ここでクロエ使ってくんのかよ……!?」

 

 思わず驚きの声が漏れる。慧心の五人も、予想外の事態に対応が遅れてしまう。

 その隙をついて、クロエはノーマークの状態でスリーポイントラインの外からシュートを放った。

 

「クソ、まさか、ロングシュートまで覚えてきてるなんて完全に想定が──」

 

 ───ゴン! 

 

「ごめん、やっぱりエンキョリは無理ナノヨ!」

 

 ………………………………。

 

 ボールはリングに当たりはしたものの、ゴールネットをくぐることなく鈍い音を立てて見当違いの方向へとバウンドしていった。外すのかよ! ビビらせやがって! 

 

「───いや、それで十分だぜ、クロ」

 

「……!? 何を──」

 

 安堵したのも束の間、フリースローライン付近から走りこんできた荒巻が高く飛んでリバウンドを手にし──、

 

 

 

 ───そのまま直接、激しい音を立てて両手でボールをリングへと叩きこんだ。

 

 

 

「………………………………。は?」

 

 

 

 ───あまりの出来事に、思わず絶句する。

 

 眩暈のような感覚に襲われ、思考が正常に働かない。目の前で起きていることに対する現実味が薄れていくような、そんな錯覚すら覚えるほどだ。

 

 リングが反動で大きく軋む音と、五色中央ベンチの歓声が、やたらと遠く聞こえる。

 

 

 

 …………何が起きたのか、理解できなかったわけではない。

 

 

 

 まるで、画面の中の出来事のような──。それこそ、俺の憧れたNBAプレーヤーたちのようなビックプレーを、今この瞬間、対戦相手がやってみせたという事実を受け入れることを脳が拒んだだけだ。

 

「空中でリバウンド拾ってそのまま直ダンクシュートって……、そんなんありかよ…………」

 

 絞り出すように声を漏らす美星。常に飄々としていて掴みどころのないこいつですら、今はいつものような余裕を感じられない。

 

 あんなもん見せられたら誰だってビビる。ミニバスの高さとは言え、ボースハンドのダンクシュートを決められたのだ。

 

 ダンクには、観客を惹きつけ、チームメイトを鼓舞し、そして対戦相手には力の差を見せつけることができるというとんでもなく強い効果がある。見た目の豪快さに加え、身体的な才能を持つ選ばれた一握りの人間にしか真似できないという特別感がそのような印象を与えるのだろう。

 

 コートの外にいる俺たちですらこの有様なのだ。まして、対戦相手として対峙しているあいつらの精神的ダメージは計り知れない。

 

 表情を見れば、試合の流れはどちらにあるのか一目瞭然だ。一様に高揚した表情を浮かべる五色中央陣に対し、こちらは五人とも──、

 

 

 

「───怖気づきマシタか?」

 

 

 

「───」

 

 凛、とした声に、思わず視線が引き寄せられる。

 

 一様に暗い表情を浮かべるチームメイトの中で、いっそ超然とした態度で、何事もなかったかのように全く動揺を見せていない奴が、一人。

 

「あんなものは、ただの見掛け倒しに過ぎマセン」

 

 

 

 ───ピシャリ、と。

 

 

 

 なんでもないことのように、先ほどの荒巻のプレーを一言で切り捨てるミミ。

 

 その言葉に、膝をつき、項垂れていたかげつが顔を上げる。荒巻をまたしても止められなかった上、明確に実力差を見せつけられたことがショックだったのか、今にも泣きだしそうだった。

 他の三人も、かげつ程ではないにしても動揺を隠しきれておらず、皆一様に戸惑いを見せていた。

 

 

 

 そんな四人を見たミミは───、明らかに失望したような表情を浮かべていた。

 

 

 

「戦う気が無いのナラ、もうそれで構いマセン」

 

 顔を俯かせ、温度を失ったような声で一言言った後、くるりと背を向け、

 

 

 

「後は、ワタシが一人で何とかして見せマス」

 

 

 

 そう、ハッキリと決別の言葉を叩きつけた。

 




 第二十三話でした。試合描写とシリアスばかりで疲れ気味の筆者。そろそろコメディが書きたい……!
 でも話の都合上この辺は飛ばせないというジレンマ。
 1章も終わり見えて来たんで、早いとこ書き上げられるようにがんばります。


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■第二十四話 たった一人の戦争

 お久しぶりです。
 やや推敲し過ぎてしまった……。
 
 ぼざろ面白くて全巻買ってしまいました。何か二次創作も書いてみたいなあと(願望)


 

 ──一人で戦い抜くと、そう宣言した直後。

 

 ミミは、個人技で相手のディフェンスを単独突破して見事得点を決めてみせた。

 まさに有言実行。ここにきて、さらに一段階ギアが上がったかのように、プレーには恐ろしいほどにキレが増していた。

 

 しかし、反比例するかのようにチームメイト四人の動きはどこか重い。

 

 荒巻にダンクシュートを決められたことに加え、ミミから結構キツイこと言われちまったことによる動揺がプレーに出てしまっていた。

 

 だが、不幸中の幸い──というべきか。

 

 対する五色中央も、何とか荒巻にパスを回してシュートを決めに行く、以外の攻撃パターンを見出せずにいた。慧心の速攻を防ぐためクロエをディフェンスに専念させた結果生じた数的不利という枷は、向こうの想定より足を引っ張っているようだった。

 

 結果、両チームの選手のうち、突出した能力を持つ二人の選手──ミミと荒巻による点の取り合いによって両チームの均衡は保たれていた。

 

「この展開は、割と不本意ではあるけどな…………」

 

 何とか点差を維持できているとはいえ、こちらが戦いたい形で戦うことが出来ていないのが現状。タイムアウトを取って落ち着かせることも考えたが、ミミの集中力を切らしてしまうリスクを考えてグッとこらえる。

 

 第三クォーターも残り二分を切った。せめて残り時間は、あいつらの力だけで乗り切って貰いたい。

 

 荒巻がゴール下からシュートを決め、迎えたこちらのセットオフェンス。

 

 ポイントガードの雅美は敵陣までボールを運んでパスを出す。相変わらずロングシュートは警戒されており、簡単に打たせてはもらえないみたいだ。かといって、相手のディフェンスは堅く、素早くボールを回してかき乱そうとするも、なかなか突破口を見出せない。

 

「──回してクダサイ」

 

「──! …………っ」

 

 そんな様子に痺れを切らしたのか、静観していたミミがボールをもらいに動き出す。雅美は一瞬ためらったものの、やむを得ないと判断したのかパスをだした。…………負けず嫌いなあいつのことだし、ミミの力を借りずに得点したかったのだろうが、チームの勝利と天秤にかけ、最終的に大人な判断をしたようだ。

 

『…………!』

 

 ──五色中央ディフェンス陣に緊張が走る。

 

 それもそのハズ、先ほどからの慧心の得点は全てミミによるものだ。警戒されて当然だ。

 

 相手にもプライドというものがある。いくらミミがバスケ選手として優れているとはいえ、たった一人の敵これ以上好き放題攻めさせるわけにはいかない。相手の表情からは、そんな気迫が感じられた。

 

「──」

 

 しかし、ミミは──そんな相手の警戒をあざ笑うかのように、

 

「え…………」

 

 

 

 次の瞬間、敵陣のど真ん中を突っ切って、ふわり、と宙に舞った。

 

 

 

「な──」

 

 その動きに気付き、阻止しようと慌ててディフェンスに向かうも時すでに遅し。ミミのレイアップによってゴール下から放たれたボールは、引き寄せられるかのようにゴールに吸い込まれていった。

 

『………………………………』

 

 ふぁさ、とボールがゴールネットをくぐる音と、ミミが地面に着地する音だけがしん、と静まり返った体育館に響く。

 

 

 

 まるで、ミミ以外の全員の時間が止まったかのようだった。

 

 

 

「く、そ…………マジかよ」

 

「い、意味わかんないんだけど…………」

 

 荒巻と勅使河原の口から呻き声が漏れる。これ以上ないほど警戒していたにもかかわらず、あっさり得点を許したことが信じられないのだろう。

 

「い、今何が起こったんだ…………?」

 

「ミミのいつもの得意技、ってことなんだろーけど…………」

 

「得意技、って──」

 

 そんな簡単な言葉じゃ納得できない、とでも言いたげな目でこちらを見る美星。

 

 しかし、それも無理のないことだ。

 

 ミミの十八番──予備動作ゼロで繰り出されるドライブ──は、今まで一対一で対峙している相手を抜き去るときのみ効果を発揮していたハズだ。

 あんな──相手ディフェンス五人全員を出し抜く、なんてのは見たことがない。ハッキリ言ってデタラメだ。

 

 だが、俺がそれ以上に驚いたのは寧ろ──ー抜き去った後。

 

 寒気がするほど静かで、そして綺麗なレイアップだった。

 

 恐らく、無駄な動きや余計な体の力を徹底的に省いているからそう見えるのだろう。ステップを踏んでからシュートを打つまでの一連の動きが澱みなく流れていく様だった。

 

 無駄がないからこそ速く、速いからこそ初動を読ませなかったことによるアドバンテージを最大限活かすことができる。このレイアップの技術の高さも先ほどのプレーに一役買っているハズだ。

 

 

 

 そして、同時に想像してしまう。──そのレイアップを得るためだけに、一体どれだけの努力を積み重ねたのだろうか、と。

 

 

 

 今のプレーを見て、改めて実感させられた。生まれ持った才能と、その才能に驕らずに日々地道な練習を繰り返したことによって得た技術を兼ね備えたバスケ選手。それが慧心のエース、ミミ・バルゲリーという奴なのだ、と。

 

「………………やっぱ、めちゃかっこいいな、お前のバスケ」

 

「ん? 今なんか言ったか? 竹中」

 

 俺の呟きに反応した美星に対し、なんでもねー、とだけ返す。

 

「…………悔しいけど、やっぱり別格だね。あのミミって子」

 

「ふふん、それでこそ、倒し甲斐があるってものナノヨ!」

 

「なんでクロがちょっと自慢げなのさ?」

 

「まあそう言ってやるな。あの子に勝つためにクロはわざわざ日本まで追いかけて来たわけだしな」

 

 和気藹々とした雰囲気の五色中央チーム。ミミのプレーに驚きはしたものの、上手く気持ちを切り替えられているようだった。

 

 続く五色中央のオフェンスはゴール下から荒巻がシュートを決めてあっさり終了。身体能力の差を活かした強引な突破だったが、単純な高さとパワーという武器はシンプルであるがゆえに対応が難しい。

 …………やはり現状、荒巻を止めるのは一筋縄ではいかねーな。とは言え、相手もミミの個人技をどうにか出来る手立てはなさそうだ。このまま今の状況が続いて点差を維持できれば一応試合に勝てるっちゃ勝てる。

 

 第三クォーターも残りわずか。試合もそろそろ終盤戦に差し掛かるといっていい。

 

 こちらがあらかじめ用意していたカードは全て出し切った。戦法を変えてこないところを見るに、恐らく相手もそれは同じ。後はどちらのチームが先に突破口を見出すことがができるかの勝負。ミミの攻撃が通用しているうちに、荒巻を何とかする手立てを考える必要がある。

 

 俺は、そんな風に思っていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 すさまじく調子がいい、と思いマシタ。

 

 

 

 体は羽のようにに軽く、思った通りに動いてくれマス。

 思考は研ぎ澄まされていて、相手が何をしてくるか手に取るように分かりマシタ。

 

 明らかに、ツウジョウではない状態。

 しかし、この状態は寧ろ、ワタシにとってはナツカシさすら感じるものデシタ。ナゼなら、フランスのクラブチームに居た頃、私はしょっちゅうこの状態になっていたからデス。

 

 そして、ワタシがこうなるのは決まって、『この試合は自分一人で何とかしないといけない』と感じた時デシタ。

 悪いクセだという自覚はあったのデスが、人一倍負けず嫌いで、そして独りよがりだったワタシは、こうなると全て自分一人で解決しようとしてしまっていマシタ。

 

 しかし日本に来てから、ワタシがこうなるのは初めてのこと。

 

 こうならなくなった理由は恐らく、チームメイトに頼ることを覚えたから。──カゲツたちが、一人で戦わなくても良いということを教えてくれたから。

 

 そんなカゲツたちの前で、またワタシは昔と同じ過ちを繰り返してしまいマシタ。

 

 頭ではだめだと分かっているのに、体が言うことを聞いてくれマセン。──何故なら、この試合で負けたら、きっとワタシは全てを失ってしまうから。そのことに対する恐れが、ワタシの心と体を支配していたのデス。

 

「──」

 

「……! ちょ、ちょっと、ミミ!」

 

「おい! 僕のボール取るなよ!!」

 

 ましゃみからツバキにでたパスを強引にカットし、ボールを奪いマス。ツバキとましゃみから抗議の声が上がりマシタが、耳に入りマセン。…………ゲンミツに言うと、耳には入っていマシタが、脳が聞き入れようとしマセンでした。

 

「…………これ以上、好き勝手させないから──!」

 

 一人ドリブルで敵陣に進み、ハーフコートラインをに差し掛かるところで相手ディフェンス──ヒガシヤマが行く手を阻んできマス。わざわざこんな手前でディフェンスをしてくるとこを見るに、意地でも止めようとしているように見えマシタ。しかし──、

 

「スキだらけ、デス」

 

「──っ!! くっ──」

 

 ほんの一瞬だけ急停止し、軽くフェイントをかけて沈み込むように体勢を低くして再加速。表情と重心の位置で、左をつけば簡単に抜けるとすぐに分かリマシタ。

 

「い、いかせないっ……!」

 

「今度こそ止めるよ──!」

 

 お次はカヤハラとテシガワラ。ダブルチームで無理やりにでも抑えにかかろうというつもりなのデショウ。デスガ二人掛かりで来ても何の意味もありマセン。

 

「っ!?」

 

「──な」

 

 ドリブルのリズムを不規則に変えて相手の予測を狂わせ、左右に大きくステップを踏んで二人の間を縫うようにして突破。真っ直ぐ向かってきていたノデ、急な左右の動きに対応できないのデス。スリーポイントラインを越え、相手コートに突入することに成功シマシタ。

 

 残すはアラマキとクロエの二人。しかしアラマキはゴール下にどっしり構えており、こっちに向かってくるつもりが無いようデシタ。リバウンドを取るのが自分の仕事とハンダンしたのか、あるいは自分では止められないとアキラメたのか、そのどちらかデショウ。手間が省けマシタ。最後の一人であるクロエと向き合いマス。

 

「…………」

 

 こうしてクロエと向き合うのは、これで何回目になるデショウカ。

 

 恐らく、数えるのも馬鹿らしくなるほどデショウ。

 ある日突然クラブチームに入ってきて、開口一番にワタシに1on1を申し込んできたクロエ。それ以来、毎日のようにショウブを挑まれてきマシタが、結果は毎回同じデス。

 

 そんな彼女に対するインショウは、初めて出会った日から今に至るまで全く変わりありマセン。

 

 しつこさとスタミナだけが取り柄の、不器用な子。

 

 ──そして、いつだって人の笑顔の中心にいる子。

 

(…………まあそんなコト、今この場では全くカンケイありまセンが)

 

 今この場で大事なのは、バスケ選手としての力のみデス。

 

 その点で言うと、ハッキリ言って全く脅威ではありマセン。負けることはおろか、負けそうになることすら一度だってありマセンデシタ。

 こちらを真剣な眼差しで見つめる彼女を、ワタシはどこか冷めた目で観察シマス。

 

「…………」

 

「──」

 

「…………」

 

「──」

 

「……。……?」

 

「──」

 

 ──あれ? と違和感を覚えマシタ。

 

 どういうワケか、先ほどまで湯水のように湧いてきていた抜き去るためのアイディアが一切浮かんできマセン。どうしてデショウカ。右から仕掛けても、左から仕掛けても、キレイに相手のディフェンスを崩すイメージが出てこないような、そんな予感がありマシタ。

 

 改めて彼女の顔や動きをまじまじと見つめマス。

 

「──」

 

 さっきから一切言葉を発していマセン。試合中にも関わらず、あれだけ無駄口を叩いていたノニ。コロコロと変わっていた表情も、今は引き締まっていマス。その様子は、なんと言うか、まるで──、

 

 

 

 まるで、ワタシを止めるというただ一点のみに全神経を集中させているかのような。

 

 

 

「────ッッッッ!!!!」

 

 カッ! と頭に血が上るのが分かりマシタ。

 

 そんな──そんな風に、ちょっと集中したくらいで、ワタシを止められると本気で信じているその顔が、本気で心の底から気に食わないと感じマシタ。そんな簡単に埋められるほど、ワタシとアナタの差は小さくありマセン。ワタシが一人で必死に積み重ねてきたものは、そんな軽いものではないノデス。

 

 プレーのギアを大幅に上げて、ホンカク的に仕掛けにかかりマス。小刻みにステップを繰り出し、フェイントで揺さぶりをかけて崩しにかかりマス。しかし、目の前の彼女は全くと言っていいほど無反応デシタ。その様子は最早不気味だとすら感じるほどデス。

 

(…………フェイントだと見破っている?) 

 

 嫌な想像が頭をよぎりマシタが、駆け引きがニガテな彼女に限ってそれは無いと否定しマス。

 

 あまりグズグズして一度抜いた三人にまたディフェンスに戻ってこられるとメンドウ、とハンダンし、強引な仕掛けに踏み切りマス。

 

「──!」

 

 今度は相手も反応アリ。こちらが右から抜こうとして仕掛けたドリブルに対し、回り込むようにディフェンスしてきマシタ。しかし──、

 

「狙い通り、デス」

 

「──!?」

 

 カットインを中断し、ロールターンを仕掛けにかかりマス。ボールを右手でホールドした状態でその場でクロエを背にしてくるりと一回転。左手に持ち替えて、逆を突いて本命の左サイドからクロエを抜き去りに──、

 

 

 

「──ッッ! 逃がさないカシラ!!」

 

 

 

「──っ!?」

 

 ──ボールを突くハズだった左手が、空を切りマス。

 

 予想外の事態に上体がよろけ、バランスを崩して転倒しそうになりマス。

 

(…………一体、何が…………)

 

 ぼんやりと、現実感が薄れていくような、夢の中にいる様な、そんな浮遊感を覚えマス。そんな状態で、ワタシの頭は奇妙なほど冷静に上手く行かなかったゲンインを探り始めマシタ。

 

 きっと、右手から左手への持ち替えに失敗してしまったのだ。

 

 きっと、回転するときの勢いでボールがすっぽ抜けてしまったのだ。

 

 きっと、どこか変なところにボールが当たってしまったのだ。

 

 三つのうちどれかパッとすぐには分かりマセンが、恐らくそんなところデショウ。ワタシとしたことが、ウッカリしてしまいマシタ。全く、カンジンな時にそんなショホ的なミスなんて、ワタシもまだまだ練習が足りな──、

 

 

 

「や、やった! やった! み、ミミに…………初めてミミに勝てたカシラ!!!!」

 

 

 

「──」

 

 突然耳に飛び込んできたその声に、メマイのような感覚に襲われマス。

 

 歓喜の声を上げるクロエの手にはさっきまでワタシが持っていたボールがありマシタ。ワタシが、アナタを抜いてゴールまで持っていくハズだったボールデス。なんで、アナタがそれを持って──、

 

「ナイス! やるじゃねーかクロ!!」

 

「ミミちゃん止めるなんてやばっ!」

 

「クロちゃん……! ミミちゃんに勝つんだってずっと練習してたもんね……」

 

「…………クロ、ナイスだけど時間無いから早くボール寄越して!」

 

 クロエから最前線のヒガシヤマにボールが渡りマス。そして、ボールがゴールネットをくぐると同時に第三クォーター終了のホイッスルが響き渡りマシタ。

 

 ワッと五色中央ベンチから歓声が聞こえてきマス。今のシュートでようやく同点に追いつくことができたからデショウ。スタメンはもちろん、控えのメンバーの表情にも興奮が見られマシタ。

 

 そして、笑顔の彼女たちの中心には、あの子が。──信頼できる仲間に囲まれて、慕われて、心から満足そうな表情を浮かべるクロエが居マシタ。

 

(…………。ああ……………………)

 

 その光景を見て、ようやくワタシは理解できマシタ。

 

 (人としても、バスケ選手としても、ワタシはあの子に負けてしまったのデスね)

 

 そう感じた瞬間、世界にたった一人だけ取り残されてしまったかのようなソガイ感と、自分のすべてが否定されてしまったかのようなゼツボウ感で息が苦しくなりマス。

 

 あの時と同じだ、と思いマシタ。

 

 

 

 試合中なのに、バカみたいに大声で騒ぎながらプレーするクロエ。

 

 そんな彼女をたしなめながらも笑顔で見守るコーチ。

 

 そして──、一度も見たことがないような表情でイキイキとプレーするチームメイトたち。

 

 

 

 選ばれたのはあの子で、選ばれなかったのはワタシ。ワタシのバスケにはワタシしかいないと気付かされたあの時と、今のこの光景は皮肉なほどよく似ていマシタ。

 

 

 

慧心 36-36 五色中央

 




 第二十四話でした。
 ミミの地の文難しかった……。
 心理描写とか試合の描写とか、表現したかったことが上手く表現できているか不安。

 後1話か2話くらいで試合終わる予定。最後までお付き合いいただけると幸いです…!


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