Starlight serenade(Q/シン時間軸改変作品) (◆QgkJwfXtqk)
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序 孤独な夜を越えて
01


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とにかく風は俺の友達だ、と彼は思う
そのあとで彼は付け加える、時によりけりだがな

――老人と海     
ヘミングウェイ

   







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 かつて、華の都と謳われたパリは今、陰鬱な空気に沈んでいた。

 街路を行き交う者は少なく、ゴミは散乱し、何処其処に多くの人々が座り込んでいた。

 店と言う店は入り口を戸板で閉め、その戸板は色あせたペンキで落書きが残されている。

 パリの中心、かつてエッフェル塔が存在していた場所には、今や街の風景とは似合わぬ武骨で、漆黒で、巨大な封印塔が雄々しく鎮座している。

 その様は、廃退と言う言葉こそ似つかわしいだろう。

 目を空に向ければ赤い空。

 雲よりも低い場所を赤黒い大天蓋(ユーピテル・ウォール)が覆い、太陽を封じていた。

 

 封都(Closed City)巴里。

 

 だが、パリの本体と呼べるものはその地下にあった。

 地下大要塞(パーガトリー)

 100年200年の昔の面影を残す地上とは異なり、パリの地下は極めて近代的、科学的な要塞となっていた。

 かつてはユーロNERVの本営であり、そして今はSEELEの中枢だ。

 とは言え、今のパリ地下要塞に過日の輝きは無い。

 14年に及ぶNERVとの全面戦争で敗れつつある今、第3の禊(フォース・インパクト)を成し遂げた頃にあった熱気、人の進化 ―― 銀河列強種族への羽化を間近にした事による歓喜は消え果てていた。

 そもそも、ユーラシア大陸を挟んでの大戦争を14年も行っていたのだ。

 今や人が消えつつあるのも当然であった。

 

 

 

 薄明りの下にある大空間。

 そこはいくつもの巨大な柱が乱立する、神殿の様な空間であった。

 神殿であるならば祀られるべき神が居る。

 居た。

 エヴァンゲリオンだ。

 純白の、ヒト型にしてヒト型ではないSEELEのエヴァンゲリオンが3体、円を描く様に起立している。

 そしてそれ以外に4()()()()()がある。

 3つの座と4つの空座、その真ん中には7つの席が設けられた円卓が置かれていた。

 だが、もはや席に座るモノは居ない。

 SEELEを司っていた7人は、その身をエヴァンゲリオンに移しているのだから。

 神の座を司り、来る人類の支配者となる器としてのエヴァンゲリオン。

 その、いっそユーモラスさすら感じさせる造形をした頭部は、鳥、或いは(イール)を思わせていた。

 その頭頂部にはSEELEの紋章とそれぞれの名前(seven deadly sins)が刻まれている。

 No-Ⅰ(Pride)No-Ⅳ(Ira)No-Ⅵ(Gula)

 残ったSEELEの支配者でもあった。

 

 小さな駆動音以外、何も響かぬ場所。

 静謐。

 或いは墓所の様なと呼べる静けさ。

 

 と、唐突に揺れた。

 警報、耳をつんざくような甲高い音が鳴り響く。

 そして轟音。

 

 

『来たか』

 

 

 No-Ⅰ(Pride)と刻まれたエヴァンゲリオンの上に、半透明な形でSEELEの首魁たるキール・ローレンツが具現化した。

 その声に誘われ、他の2機の上にもSEELEの主要メンバーが姿を見せる。

 

 

『ベルリンの戦からまだ5日とたっておらぬのに性急な事よ』

 

 

 パリの前衛として整備されてきたSEELEの塞都(PanzerPolice)、ベルリン。

 SEELEの軍勢を支える拠点であり、工廠としても整備されていた大都市は、NERVがパリ侵攻の足掛かりとして仕掛けた攻略戦は、NERVが持ち込んだ複合化N²弾によってその全てが灰燼へと帰す形で終わっていた。

 全てが燃え尽きた戦(ラグナロック)、それから5日での再進軍。

 確かに性急と評しえるだろう。

 

 

『然り、悠久の時に馴染めぬ碇は、所詮、ヒトの王たる器ではない』

 

 

『では教育をせねばなるまい』

 

 

『『前衛は我らが』』

 

 

『儂はパリを』

 

 

 No-Ⅳ(Ira)No-Ⅵ(Gula)が動き出す。

 

 

 

 

 

 パリ盆地の中央に作り上げられたパリ。

 その人類が積み上げてきた英知の牙城とも言うべき場所へと砲撃を加えるのは、砲身を腹に抱えた手足4対の異形 ―― 蜘蛛のようなエヴァンゲリオン。

 ソレがエヴァンゲリオンと判るのは、頭部がエヴァンゲリオン零号機だから。

 正確に言えば違う。

 巨大な、単眼だけの頭部が似ていると言うだけであった。

 ATフィールドによって強化された砲身から打ち出される、人類が操る武器としては破格の100㎝砲弾。

 その弾頭は非通常弾(N²弾)

 パリと大天蓋の狭間が、太陽(プラズマ)の支配領域へと変えるが如き暴力であった。

 だが、パリは燃えない。

 守る壁 ―― ATフィールドが破壊の侵入を拒んでいた。

 連続して打ち込まれるN²弾頭弾。

 だが全てを拒否していく。

 

 

 

「ふむ、老人共はまだ抵抗を諦めてはいない様だな」

 

 

 その様を空を征く異形、NERVの空中戦艦NHG Erlösungの艦橋に立って眺める冬月コウゾウは呆れた様に呟いた。

 かく言う当人も老境の域にあるが、冬月の表情に老い(疲れ)は無い。

 飾り気のないNERV高官向け制服を隙も無く着こなし、伸びた背筋には年相応と言う言葉は似合わないだろう。

 只1つ、鋭さを増した目つきを除いて。

 

 

「では仕方がない。諸君、仕事を始めよう」

 

 

 指を鳴らした。

 その仕草を見ていた他の艦橋乗員 ―― 重量のある高濃度L結界防護服を身に纏った人々が動き出す。

 管理下のエヴァンゲリオン部隊を動かす。

 

 

グループ2(ドゥーエ)へ命令。起動と侵攻を開始せよ、作戦コードはD(デルタ)!」

 

 

 平野に整然と並んでいたエヴァンゲリオンの群れ。

 大地を埋め尽くす勢いで並んでいる。

 黒灰色で、NERVの名と機体ナンバー(レジストコード)だけが血の様に赤く描かれた巨人の群れに命が吹き込まれる。

 首の後ろ、エヴァンゲリオンの乗部(Parasitism-Device)に綾波シリーズType-4 ―― 無性型E管制用モデル(Type-エトラムル)が封入されたエントリープラグが挿入され、(センサー)に灯が点く。

 それに伴って垂れていたエンジンマスト(PP-Unit)が後ろに向かって展開する。

 機体側のATフィールド内と、その外側との相の違いによって発電する相転移エンジン(Phase transition Power Unit)は多少大がかりではあっても、エヴァンゲリオンが存在する限り、ATフィールドを発生し続ける限りは自動的に発電が可能な高効率動力源であった。

 製造の難しいS²機関(Super Solenoid-Unit)や、稼働に調整の必要なN²機関(No Nuclear-Unit)に比べて極めて手軽いエンジンであった。

 莫大なエネルギーを生み出しはじめた相転移エンジンに突き動かされ、NERVのエヴァンゲリオンが動き出す。

 

 

指揮機(ドゥーエ・ダッシュ)より信号確認。侵攻開始、全1082機に異常無し」

 

 

 

グループ8(オット)へ命令。砲撃停止、以後、通常型砲弾へ換装し待機せよ!」

 

 

 それまで機械的に砲撃を続けていた砲撃型(Model-Spider)エヴァンゲリオンが砲火を吐くのを止める。

 駐機姿勢へと体を下すや、全高10mを超える作業機(レイバー)に乗った人々が取り付いて機体後部の弾倉の交換を始めた。

 又、機体へと様々な管が接続されるや、砲身や機体各部から水蒸気が上がりだす。

 

 

「支援部隊より報告、グループ8(オット)の全12機に異常なし。整備終了まで90(90分)を予定との事です」

 

 

 

グループ4(クアットロ)へ命令。全周警戒を継続せよ!」

 

 

 

 

 NERV第7軍、SEELE制圧を主任務とした大軍団を支配するNHG Erlösung。

 慌ただしくなったその艦橋で、冬月は泰然とした姿を崩さなかった。

 既に命令は発しており、後は部下たちが遂行するのを見るだけだからだ。

 

 と、前進していたグループ2(ドゥーエ)のエヴァンゲリオンの隊列が爆発した。

 敷設されていた大威力爆弾 ―― 恐らくはN²地雷が起爆したのだろう。

 直撃以外ではそう被害の出ない筈のエヴァンゲリオンであるが、複数の機体が手足を失って動いている。 

 威圧の為に隊伍を密にしていた事が、被害を大きくしていた。

 

 乱れた列、そこを狙ってSEELEのエヴァンゲリオンがパリから出撃してくる。

 SEELEのエヴァンゲリオンは4つ目が特徴的な、ユーロNERVが基本設計を完成させた実戦型エヴァンゲリオンModel-02(2号機)。その14番目の簡易量産型(C-エヴァンゲリオン02n)であった。

 それが、地を覆うとまではいかないが、それでも100を超える数で奔流となる。。

 NERVのエヴァンゲリオンが静的な動きをするのに対し、SEELEのエヴァンゲリオンは動的で荒々しい動きだ。

 獣の如き、そう表現できるかもしれない。

 否、正に獣の姿 ―― 獣化形態に至っている機体が居た。

 

 

 

戦獣形態(mode-555)機です!!」

 

 

 ヒトの形(知恵の実)を捨てる事で、爆発的な戦闘力を得る事の出来るSEELEのエヴァンゲリオン。

 その力は腕の一振りでNERVのエヴァンゲリオンを吹き飛ばす程である。

 エヴァンゲリオンの差は勿論大きいが、何よりも()()()()()()の差が大きかった。

 指揮機に従ってエヴァンゲリオンを動かす事に特化したNERVのエヴァンゲリオン制御ユニット(アヤナミType-4)は成体固定クローンである為、量産性こそ高いものの、魂が希薄であると言う欠点を抱えていた。

 魂の希薄さは、行動の自立性の弱さに繋がるからだ。

 対して、クローン体と言う意味では綾波Seriesと同じであるSEELEの式波Typeは、幼体生産式であり、生産後に教育が必要であるものの、教育後は人間に準じた自立性を得ていた。

 完成するまでの手間と言う意味では式波Typeは綾波Seriesに劣るが、完成後の差は圧倒的と言えた。

 

 

「残り少ない正規式波Typeを投入してきたかね」

 

 

 部下からの報告で、戦況を把握した冬月は嗤う様に呟いた。

 ベルリン攻略戦でも、その前のワルシャワ攻略戦でも投入される事の無かった完成体の式波Typeが戦場に居る事の意味を冬月は誤る事なく理解していた。

 SEELEにパリを放棄し後退する余力はないと言う事を。

 2029年のSEELEにとって、それ程に、完成していた式波Typeは貴重であった。

 この理由は、式波Typeを完成させる為に必要な手間に起因していた。

 

 全てのSEELEのエヴァンゲリオンが戦獣形態へと成れない様に、式波Typeは教育訓練を行った所で個体差によるバラツキが生まれるのだ。

 かつてのSEELEは、教育訓練時に選別を行い、優良な固体だけを残していた。

 14年ものSEELE/NERV戦争の初期のは、開戦前に備蓄していた(教育選抜済み)ユニットで必要数を賄えていた。

 だがそれが、戦争が長く続いた結果、補充が消耗を上回る様になったのだ。

 この数年、戦獣形態へと変容出来るエヴァンゲリオンが戦場で確認される事は無かったのだ。

 

 尚、戦獣形態へと変容出来ない機体を操っているのも式波Typeではあった。

 完成したModelではなく未完成品、促成で必要最低限度の知識だけを植え付けた略完成型とでも言うべきLot30.9であった。

 式波Type Lot30.9は幼子としか言いようの無い外見をしており、外見同様の精神熟成度しかない個体であった。

 そんな幼子では過酷な戦場へと投入する事が難しい為、精神を戦闘用に調整する為の投薬管理が行われていた。

 非人道的と言う言葉すらも生ぬるいSEELEの本質、人類を管理種と見る銀河列強種族 ―― 地球管理種(Overlord)譲りのおぞましさの表出とも言えた。

 

 尚、生産性を優先した式波Type Lot30.9が制御するエヴァンゲリオンの動きは綾波Seriesのソレと大差はなく、それ故にSEELE/NERV戦争初期から量産に重点を置いてきたNERVに戦場で圧倒される様になっていたのだった。

 付け焼刃の量産性では、量産性以外を切り落としたNERVの本気に勝てなかったのだ。

 それが今の理由だった。

 SEELEの本拠地たるパリの城下へとNERVの軍勢が押し寄せている理由だった。

 

 

 1対1では話にならず。

 1対10ですらNERVのエヴァンゲリオンを余裕であしらっていくSEELEのエヴァンゲリオン戦獣形態。

 だがそれを見る冬月の目に恐れも焦りも無かった。

 

 

「恐るべきは獣。だが、所詮は獣だ。知恵を捨てた獣を恐れる必要は無い。適切に対処したまえ」

 

 

「はっ! グループ3(トレ)に命令を出せ! 作戦コードB(ブラボー)。獣狩りの時間だ」

 

 

 如何に強固な個体であっても知恵を失っては意味が無い ―― 戦獣形態の負担は大きく、そして式波Type(管制ユニット)から知性を奪う。

 時間を掛けて育てられた個体ならば機体側からの干渉(フィードバック)に抵抗する事も出来ただろうが、促成をもってえ成体化させた個体の()では無理な話であった。

 機体側の情動に乗せられ知性の目は封じられ、戦術の理性は奪われ、僚機との連携を忘れ、ただの獣へと堕ちてしまうのだ。

 個となった獣ではどれ程に強くあっても、組織化された群体には勝てぬ。

 勝てぬのだ。

 それをSEELE/NERV戦争が証明し続けていた。

 

 パリ攻略軍グループ3(トレ)は、戦獣形態狩りの専門ユニットであった。

 それまでに幾つもの戦獣形態のエヴァンゲリオンを討ち取ってきた部隊だ。

 只、今日は少しだけ違っていた。

 

 

「S²出力パターン!? 冬月副司令、SEELEの旗機(フラッグシップ)です!!」

 

 

 SEELEのエヴァンゲリオン。

 SEELEが依り代とするエヴァンゲリオン。

 白亜のエヴァンゲリオンが空を舞っている。

 

 

「ほぉ、決戦らしくなってきたな」

 

 

 懐かしいモノを見た様に目を細める冬月。

 14年もの戦争で数度しか見る事のなかった、SEELEの儀式用エヴァンゲリオンだ。

 とは言え周りは混乱している。

 地上部隊からでは迎撃出来ない場所から、光線 ―― 恐らくは荷電粒子砲を口と思しき場所から乱射する様は脅威であった。

 その矛先は地上であり、そして空中でもあった。

 地上攻撃部隊を支援する為、旗艦であるNHG Erlösungに先行していた僚艦NHG Erbsündeが数発の直撃を受けて高度を下げだしているのだ。

 落ち着いていられる者など少数だろう。

 その少数に属する冬月は、悠然とした態度で指示を出す。

 

 

「では此方も1つカード(切り札)を切ろうではないか。ネーメズィス、グループ9(ノーヴェ)を投入したまえ」

 

 

「は? しかし閣下、グループ0(ゼーロ)の方が適任ではないのですか?」

 

 

「アレはもう少し後だな。切り札はもう少し残しておくものだ。さぁ急ぎたまえ」

 

 

 流し目で進言してきた人間を見据えて再度命令する。

 その()()を把握した進言者は慌てて背筋を伸ばした。

 

 

「はっ!! 直ちに命令を出します」

 

 

 防護服のバイザー越しに見える顔を青く、そして汗だくにして叫ぶ様に、満足げに頷く冬月。

 

 常に笑みを絶やさぬ冬月であるが、誰も軽く見る事は無かった。

 NERVの絶対的、苛烈な支配者である碇ゲンドウの片腕を30年近くも務めていると言う事は、決して()()()()()()()()()()()事を意味しているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 NERVとSEELEの戦闘が始まった時、WILLEの主戦力たる可潜戦艦AAAブンダーはそのクジラにもにた外見に相応しい場所 ―― ドーバー海峡域に身を潜め戦闘準備を進めていた。

 直衛の潜水艦7隻と共に、この戦いで横合いから殴りつける最も良いタイミングを狙っていたのだ。

 今だ人類の手に残されている高度1000m以下を飛ぶN²弾頭型巡航弾、武装UAV、ヘリコプター、強化外殻(REスーツ)装備の歩兵。

 そしてエヴァンゲリオン。

 巨大なAAAヴンダー内に設けられた整備区画で、エヴァンゲリオン8号機は出撃前の最終チェックを行っていた。

 その姿は巨大であり、強壮であり、怪異であった。

 6つの足を持った鋼の人馬(センタウル)が如き姿であった。

 エヴァンゲリオン8号機を包み込んで完成するソレの名は、蹂躙戦装備(ベンケイ・モジュール)であった。

 上半身 ―― 首に近い場所へ巨大な円盤状の粒子加速砲を持ち、それ以外にもレールガンやミサイルを山ほどに積んだ、その名に相応しい重突撃仕様であった。

 この巨体を支え戦い抜く為にBモジュールは2基のN²機関を搭載しており、エヴァンゲリオン8号機のS²機関と連動させる事で空前の大出力を生み出す複合共鳴型エンジン(トリニティ・ドライブ)形態となるのだ。

 それは、()()()()()()()の姿であった。

 操るのは戦歴10年を超えるベテラン、真希波マリ・イラストリアス特務大尉。

 ピンク色の戦衣(プラグスーツ)を纏った、WILLEの戦女神(スーパーエース)だ。

 エヴァンゲリオンの呪いによって成長を失った少女は、年齢不相応な不敵な笑みを浮かべて機体の出撃前チェックを整備員と共に行っていく。

 

 

「オッケーオッケー♪ これなら好き放題に暴れられるってものよ。特にこの加粒子砲は凄いね」

 

 

「鹵獲品ですから、何発打てるかは判りませんから、ヤバイと思ったら即、捨てて下さいよ?」

 

 

 調子の良い真希波に、機付き長(8号機整備責任者)の男性は困り切った顔をする。

 とは言え加粒子砲は、加速した陽電子ビームをぶっ放す凶悪装備であり、()()()()()()()大威力兵器なのだ。

 真希波が笑っているのも当然であった。

 

 

「うんうん、派手に暴れて見せるから、任せなさいっての」

 

 

「作戦、忘れないで下さいよ?」

 

 

「忘れてませーんってね。わんこ君の支援、大天蓋の破壊、可能であればNERVのクジラ(NHGシリーズ)を竜田揚げで踊り食い!! ってね」

 

 

「無茶せんで下さいよ。8号機は漸く修理が終わったんですから」

 

 

「それは相手次第ってもんサ。NERVとSEELEのガチンコだ………下手すると生きて帰れないかも?」

 

 

「大尉なら大丈夫ですよ」

 

 

「そら有難う。そう言えばわんこ君の方、準備はどうなったか聞いてる?」

 

 

 真希波の質問。

 AAAブンダーが全長で2㎞を超える巨艦とは言え、空間を必要とするエヴァンゲリオンの整備スペースを2つ分も同じ場所に設ける事は出来ない為、真希波のエヴァンゲリオン8号機用の整備区画と真希波の言うわんこ君 ―― WILLEの決戦存在(エース・オブ・エース)碇シンジのエヴァンゲリオン初号機の整備区画は艦中央を挟んで両舷にあり、このエヴァンゲリオン8号機用区画からシンジの状態を知る事は簡単では無かった。

 専用の連絡通路、物資移動用のシャフトは存在するが、少なくとも、見てわかる事は無い。

 

 

「碇少佐は___ 」

 

 

 インカムで確認する機付き長。

 相手はエヴァンゲリオン初号機の機付き長だ。

 2つ3つと言葉を交わし、それからいっそ朗らかな笑顔で真希波に教える。

 もう機内待機しています、と。

 

 

「ワォ! 愛しのお姫様に近づけるからって張り切ってるネェ!!」

 

 

「碇少佐相手にそう言えるのは貴方位ですよ」

 

 

「アッシはわんこ君のメンタル係もやってるからねー!」

 

 

「葛城大佐が根負けして、でしたっけ」

 

 

「そうそう。天下御免の御印状持ちよ!」

 

 

「言い回しが古いと言うか凄いと言うか」

 

 

 長い付き合いからの、気楽な会話と共に、チェックリストを確認していく。

 全ての項目が終わった後、機付き長の持つ携帯端末(PDA)にサインをする真希波。

 それで出撃前の儀式は終わる。

 

 ネットワークで真希波のサインを確認した制御室が、エヴァンゲリオン8号機の最終準備を宣言する。

 

 

『エヴァンゲリオン8号機、最終チェック完了、突撃外殻装着準備良し』

 

 

「じゃ、また後で」

 

 

「ご武運を」

 

 

「アイヨッ!」

 

 

 右手で指剣を作って敬礼もどきをするや、身をひるがえす。

 軽い足取り、カンカンと靴底でステップを鳴らしながら真希波はエヴァンゲリオン8号機に乗り込むのだった。

 

 

 

 

 非常照明の薄明りの下、L.C.Lの充填されていないエントリープラグ内でシンジは静かに物思いに耽っていた。

 腕を組み、目を閉じている。

 とは言え閉じていると判るのは右目だけだ。

 左目は、左の顔ごと覆う黒いマスクの様な眼帯が隠していた。

 

 思う事はいくつもあった。

 14年に及んだ戦争。

 NERVの事。

 SEELEの事。

 今回の作戦で行うべき事。

 葛城ミサト大佐からの絶対命令、目標はパリ。

 SEELEもNERVも、極端に言ってしまえば今回に限っては重要ではない。

 狙うのはパリ中央に鎮座する封印塔だ。

 天と地とを切り離す、大天蓋の起点となる装置の破壊だ。

 大天蓋を破壊し空を、宇宙への道を取り戻す事が目的であった。

 

 宇宙。

 

 その事まで思いを馳せた時、シンジの胸中に浮かぶのは1つの名前だった。

 アスカ、式波アスカ・ラングレー。

 色あせないあの青い夏の思い出に刻み付けられた大切な人。

 目を閉じれば、耳を凝らせば蘇ってくるあの声。

 

“バカシンジ!”

 

 勝気な顔で堂々と言い放ってくる少女。

 その在りし日の姿がシンジの脳裏から薄れる事は無い。

 かつて、母の墓前でゲンドウの発した言葉が、うろ覚えでにシンジに蘇る。

 写真などなくとも思い出は胸の中で生きる ―― その言葉通りだった。

 14年前のあの日(ニア・サードインパクト)からの混乱と激動の日々にあって尚、シンジの胸にはアスカとの思い出が常に生き続けていたのだから。

 憎悪と言う言葉すら生ぬるい感情をゲンドウに抱いているシンジだが、それでもこの言葉にだけは深く同意する事ができた。

 

 命を掛けても守りたいと思った人。

 守った人。

 そして守れなかった人。

 世界を、シンジを、命を掛けて守ろうとした人。

 

 気付けばシンジは組んでいた腕を解き、操縦桿を強く握っていた。

 シンジに残された右目が、操縦桿を握る自分の手を見させる。

 細い、子どもの様な手。

 どれ程に鍛えようとも、力こそ付けども太くなることの無い腕。

 エヴァンゲリオンの呪い。

 操縦適格者を得たエヴァンゲリオンが、その相手を逃さぬ様にする(成長させない)為の呪い。

 否、シンジの()()は使徒の呪い。

 シンジが右の手のひらでそっと左目を触る。

 或いは爆弾であると認識していた。

 と、シンジのすぐ横に通信用の仮想ウィンドが展開する。

 着信音(コール)がしないのも、着信の許諾も拒否も出来ないのも、この通信が強制介入(ハッキング)であるからだった。

 誰が、とシンジが疑念に思う事は無い。

 そんな事をする奴は1人しかいないからだ。

 

 

『わんこ君、そんな顔をしていると姫が悲しむぜい!』

 

 

 想像通りの相手、真希波だった。

 何が楽しいのか笑顔で話しかけてくる。

 

 何故、こんなにも自分にかまってくるのか全く理解できないが、シンジはそれを受け入れていた。

 拒否しようとしても出来なかったのだから仕方がない。

 諦観と共に受け入れた戦友であった。

 

 

「別に問題のある顔をしていた積りはない」

 

 

『おのれ、通信機越しなのが腹立たしい! そーゆースネた事を言ってる顔をグニグニする楽しみが!!』

 

 

「生き残る理由が出来たんだよ、きっと」

 

 

 投げやりなシンジの返事に真希波はニンマリと笑う。

 

 

『言質採ったからね、わんこ君! いやー戦闘後が楽しみだって、おりょ、拒否しないの?』

 

 

「何でも良いさ。初手は真希波だ、負担の大きい仕事を任せるんだ。その程度の事を楽しみにして乗り切ってくれるなら指揮官としては有難い限りだよ」

 

 

『イエッサ~♪ 碇少佐殿。では戦勝パーティーを楽しみにさせて頂きますニャ!』

 

 

「パーティーね、アメリカに戻ったら出来るかもな」

 

 

『なら、その前に愛しのお姫様回収して、マイアミ辺りのビーチでビール片手に組んず解れつの大運動会も!!』

 

 

 ウッキウッキーとする謎のゼスチャーが乗った桃色な真希波の未来予想図に、シンジは嘆息をするのみであった。

 或いはアメリカ(植民地人)的な言動には、正直、付いていけなくなる。

 

 

「………真希波」

 

 

『はいな?』

 

 

「時々君がイギリス系だと言う事に深刻な疑念を覚えるよ」

 

 

『しっ___ 』

 

 

 真希波が何かの反論をしようとした時、大音量のブザーが鳴った。

 傾聴(アテンション)を命じる先ぶれだ。

 

 

『エバー各機に伝達。戦況の変化急である為、作戦時間を前倒しします。予定時刻よりマイナス60を目指し出撃準備を完了せよ』

 

 

 切れの良い声。

 AAAブンダーが旗艦を務めるブンダー任務部隊の司令官、葛城ミサト大佐だった。

 

 

「葛城大佐、こちら01。推進剤充填も含めて準備完了」

 

 

『エヴァンゲリオン8号機、命令あり次第何時でも出撃可能さね!』

 

 

『両名、及び整備班、準備ご苦労。では10分後に雷撃(サンダーチャイルド)作戦第1段階開始とする。総員、最終確認、急げ』

 

 

 WILLEの作戦が始まる。

 

 

 

 

 

 




2021.06.05 文章修正
2021.07.31 文章修正
2021.10.04 文章修正


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02

+

戦争は平和なり
自由は隷従なり
無知は力なり

――一九八四     
ジョージ・オーウェル

   







+

 NERVによるSEELEパリ本部侵攻作戦は順調に推移していた。

 既にSEELEのエヴァンゲリオンは半数以上が討ち取られ、NERVのエヴァンゲリオンはパリ市まで10㎞の距離(指呼の間)となる。

 指揮機の居て集団戦が可能なNERVのエヴァンゲリオンにとって、個の群れでしかないSEELEのエヴァンゲリオンは深刻な脅威足りえなかった。

 特に管制用のエヴァンゲリオンが更新され、新規に実戦投入された前線管制用000(トリプルオー)型エヴァンゲリオンが本格的に稼働する様になってからは。

 MAGIの簡易量産型Model、第7⁻世代型有機ComputerSystemを搭載したNHG Tragödieの全面支援を受けている000型エヴァンゲリオンは、以前にNERVが実戦投入していた管制用エヴァンゲリオンである04ーC型とは比較にならない能力を持っているのだ。

 04-C型が10機程度の管制を行えたのに対し、000型は実に100機を超える前衛用エヴァンゲリオンの管制が可能となっているのだ。

 個よりも群の強さを目指してエヴァンゲリオンの整備を進めていた事が、NERVがSEELEとの戦争で勝利を収めつつある理由であった。

 

 

 

「パリ外周防衛ライン、第2段階まで突破確認」

 

 

「敵戦獣形態(mode-555)機群、7機完全に沈黙。残る8機も包囲下です」

 

 

SEELEの旗機(Ritual-エヴァンゲリオン)健在なれど、グループ9(ノーヴェ)による封殺に成功しつつあります」

 

 

「包囲行動中のグループ2(ドゥーエ)、損耗率47%を上昇」

 

 

「包囲部隊をグループ1(ウーノ)へ変更。奴らを逃がすな」

 

 

 指揮、或いは命令の怒声が交差するNHG Erlösungの艦橋。

 冬月コウゾウは順調に進むパリ制圧戦に深い満足を覚えていた。

 ()()()()()()()()()()()

 

 

「来ぬ筈も無かろうよ」

 

 

 小さく呟く。

 反NERV、反SEELEを掲げた国際連合の残党集団、人類に残された最後の牙たるWILLE。

 来ない筈が無い。

 NERVから奪った未完成艦NHG Bußeを小癪な事に可潜艦へと改造し、ユーラシア大陸の何処其処で出没し暴れまわってきたWILLE。

 正規軍としての戦いは兎も角、その手のゲリラ戦術を使わせれば滅法強い葛城ミサト大佐による邪魔があればこそ、NERVとSEELEの戦争も長引いたのだった。

 

 

「なぁ葛城君、君も来ているのだろう?」

 

 

 いっそ親し気な声色で、WILLEの戦闘部隊の司令官の名を呼ぶ冬月。

 1()4()()()()()()以来、ユーラシア大陸の戦場で幾度となく相対してきた日々は、かつてNERV戦術作戦部作戦局第一課として葛城と接していた時間よりも長く、そして濃厚であった。

 詭道を好むが良い指し手だと評価していた。

 だからこそ判るのだ。

 この(タイミング)を逃す筈が無い、と。

 

 閃光。

 そして轟音。

 

 

「だっ、大威力加粒子砲!?」

 

 

「熱反応、恐らくは戦略級(グレードA)!!」

 

 

「何処だ!?」

 

 

 まだ揺れの残る艦橋で必死に動き出す部下をしり目に、照り返しに赤くなった冬月の顔は愉悦に歪んでいた。

 着弾点と思しき融解した丘。

 冬月のつぶやきが呼んだ一撃は、地形を変え力をもっており、それが意味する事は1つ。

 ()()()()

 

 

「熱反応増大、第2射、来ます!!」

 

 

「NHG GəléːɡənhaItを前に出せ、本艦の盾にするんだ!!」

 

 

 NHGシリーズの第2次整備艦(セカンド・シリーズ)であるNHG GəléːɡənhaItは5つの胴体を持った異形の艦であり、強固な防護力(ATフィールド)を持つ空中戦闘艦であった。

 対空対地を同時にこなす副船体は、それぞれに別の動力用(04p型)エヴァンゲリオンを船内に収めており、独立してATフィールドを展開する事が出来るのだ。

 疑似的に多重にATフィールドを展開できるNHG GəléːɡənhaItの防御力は、NHGシリーズで最も強固であった。

 だからこそ、NHG艦隊後方に位置していたのだ。

 パリ攻略軍の戦力的中心、エヴァンゲリオン管制艦たるNHG Tragödieを守っていたのだ。

 

 だが、NHG GəléːɡənhaItがNHG艦隊の前に出るよりも先に、加粒子砲の第2射が着弾した。

 狙われたのは艦隊総旗艦NHG Erlösungでは無く、またしても地上だった。

 

 

「グループ8《オット》、しょい、しょうめつ!? 指揮機(オット・ダッシュ)との通信途絶!!」

 

 

 裏返った声が報告を上げる。

 撃たれたのは地上部隊、それも支援射撃部隊(グループ8)だ。

 パリを焼き払う為の部隊が真っ先に狙われたのだ。

 

 

「射点の確認は!?」

 

 

「そんな事は良い、冬月司令官! 本艦後退の御許可を!!」

 

 

 高濃度L結界防護服のバイザー越しででも判る必死の表情で、NHG Erlösungの艦長が後退指示を請うた。

 鷹揚に頷く冬月。

 

 

「君の判断で、君が必要と思う行動を行いたまえ」

 

 

「はっ!」

 

 

 動き出すNHG Erlösung。

 艦隊の中で後退し、そして高度を下す。

 と、艦橋の複合ディスプレイに射点へと飛ばしたドローン(偵察ユニット)が捉えた映像が表示される。

 3対6脚の下半身を持った鋼の巨躯、黒鉄色の装甲には桜色が差し色(花びら柄)としてちりばめられているのが遠くからも判る。

 

 

「パターン確認! WILLEの8号機(№Model)です!!」

 

 

 悲鳴が上がった。

 

 14年以上前に開発配備された本来のエヴァンゲリオン。

 零号機からMk-Ⅵまでの7機は、それ以降のエヴァンゲリオンと厳密に分けられていた。

 戦闘用であり儀式用であり、第1の使徒(アダムカドモン)を模した7機の能力は、それ以降の戦闘用に量産された機体とは全く別次元の能力を持っているのだから。

 同じ設計で建造しても駄目であった。

 外付けの強化装備(Over-Unit)による能力増強は出来ても、素体としての出来が違い過ぎるのだ。

 とは言え、兵器として見た場合には管制ユニットの事も含めて、この劣化量産型とも言える現行量産型(AfterModel)の方が管理しやすくあったが。

 兵器としての完成度が上がった対価として、超常の力を失った ―― そう評すべきかもしれない。

 尚、SEELEが旗機として製造していたR型エヴァンゲリオン(Ritual-Model)のみは、比肩しうる能力を持っているのだった。

 

 巨大な、上半身を覆い隠すような円盤状の物体が視認出来た。

 それが光った瞬間、ドローンからの情報が途絶した。

 撃墜されたのだ。

 

 

「相変わらずの手際だね、第5の少女(イスカリオテのマリア)。いや、マリ君」

 

 

 感慨深げに真希波マリ・イラストリアスの名を呟いた冬月は、それから一転して目を鋭く細めて命令を発する。

 

 

「何を呆けているのかね、諸君。かの8号機への迎撃を始めたまえ」

 

 

「はっ! 迎撃部隊はグループ0(ゼーロ)を向かわせます」

 

 

 NERV第7軍が持つ作戦集団でも経空移動と攻撃手段を持ったグループ0(ゼーロ)は、ある意味で切り札的な部隊であった。

 航空ユニットとしてはグループ9(ノーヴェ)もあるのだが、此方は航空特化(四肢の無い)エヴァンゲリオンである44Θ(ダブルフォー・シータ)型であった。

 腕の代わりに翼状の主翼があり、背中には推進器。

 そして主武装は脚の部分に装着された2門のレールガンと言う、妖鳥(ハルピュイア)と言うあだ名に相応しい怪容をしている。

 この為、44Θは地上目標と交戦するのは不向きなのだ。

 対してグループ0(ゼーロ)が装備するエヴァンゲリオン、44ι(ダブルフォー・イオタ)型は違う。

 空戦形態と陸戦形態の2つを持った可変装甲(モーフィング)を採用したエヴァンゲリオンなのだ。

 SEELEの儀式用(Ritual-Model)エヴァンゲリオンにも似た機能を持っているのだ。

 とは言え、どこか有機的なSEELEのR型に比べて44ι型は機械的であり、ATフィールドによる疑似的な重力制御による飛翔が可能なR型とは違い、機体各部に推進器を作り出して飛ぶと言う力技の機体であったが。

 

 兎も角として、建造コスト度外視で採用された44ιはパリ攻略を図るNERV第7軍にとって切り札的な機体であり、それらを17機も纏めているグループ0(ゼーロ)は文字通りの、最後の切り札であった。

 

 

「………ふむ」

 

 

「閣下?」

 

 

 考え込む冬月。

 WILLEがエヴァンゲリオン8号機だけで介入するだろうか? その点が気がかりであったのだ。

 切り札を切ってしまえば、その後の対応力が極端に低下してしまう。

 現時点で無傷な部隊は、哨戒任務に宛てていたグループ4(クアットロ)しか残らないのだ。

 古来より、現場の指揮官は予備戦力の切り所を悩むものであった。

 そして相手の戦力規模が読めない事(Nebel des Krieges)も悩みの種であった。

 

 顎に手をあてて冬月は考える。

 予備戦力が無いと言うのはあり得ない。

 だが同時に、WILLEが太平洋方面を無視してエヴァンゲリオン初号機を投入して来る筈はない ―― そう断言するのも難しい。

 この場を決戦の地と思えば、WILLEの本土たる北米大陸安全の大柱を抜いてくる大博打を()()()()が打たないとは限らぬのだ。 

 とは言え、あの化け物染みた追加装備を纏った8号機(№Model)を自由にしていては此方の被害が大きくなりすぎる。

 もう少し前進し、パリ市のATフィールドさえ中和出来れば封印塔を破壊する事が出来る。

 それさえ出来れば今回の攻撃目的の最低ラインは達成した事となる。

 であれば、と決断した。

 

 

「いや、構わんよ。問題は最初から片付けていくとしよう。構わん、やりたまえ」

 

 

「はっ!」

 

 

 

 

 

 WILLEの中で、大西洋方面の守護者とも呼ばれるエヴァンゲリオン8号機は、真希波のプラグスーツの色(イメージカラー)と暴れっぷりから暴君(ピンク・タイフーン)なるあだ名を付けられていた。

 そして今、パリ郊外の地にてはあだ名に相応しい暴れっぷりを披露していた。

 

 

「にゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃーーーーん!!」

 

 

 愉快な口調で叫びつつ、だがその目は余りにもシリアスだった。

 絶え間なく四方八方を睨みつけ、両腕は手早くグリップのスイッチ類を操作する。

 レーダーの切り替え、FCSの管理、射撃、回避、機動、目まぐるしく情報を確認し、機体を動かしていく。 

 

 左の強化外臓腕(オーバーアーム)に設けられた120㎜多銃身(ガトリング)砲が近づいてくる44ιを叩き落していく。

 常識外の長砲身から放たれる120㎜装弾筒付翼安定徹甲弾(APFDS)砲弾が馬鹿馬鹿しい勢いでばら撒かれていく。

 サードインパクト以前に作られ死蔵されていた劣化ウランの弾芯は、その要求された性能を見事に発揮し続けていた。

 とは言え、エヴァンゲリオンの装甲を貫いて痛打を与えるには少しばかり足りない。

 だが姿勢を崩し、大地へと堕とす事は出来るのだ。

 大地に落としてしまえば後は簡単、右の強化外臓腕に設けられた簡易再現型ロンギヌスの槍(ロンゴミニアト)を突き刺せばエヴァンゲリオンは死ぬのだから。

 

 

「そぉおぃっ!」

 

 

 叩き落され、おっとり刀で陸戦形態へと変形した44ιの胸を躊躇なく貫くロンゴミニアト。

 狙ったのは一番の重装甲に守られていたコアだ。

 だが圧倒的な機力によってロンゴミニアトの穂先は、44ιの装甲をまるで紙の様に容易く穿つ。

 貫かれた44ιは力を失ったかのように地に伏した。

 

 

「8つ!!」

 

 

 蹂躙戦装備(ベンケイ・モジュール)の名に相応しい、圧倒的なまでの力であった。

 その様は正に暴君。

 瞬く間に半分近い僚機が叩き落された様、その圧倒的な威を感じてか薄い自我しか持たない44ιの管制ユニット、成体クローン型綾波(アヤナミType-4)も攻撃を仕掛けるのを躊躇していた。

 距離を取ろうとする44ιの群れ。

 だが暴君はそれを許さない。

 

 

「来ないのなら、コッチからいっくぞーっ! とーつげーきだーっ!!」

 

 

 身に纏った黒鉄色の増加装甲機動体にあって、唯一、素体であるエヴァンゲリオン8号機が露出している頭部。

 その目がギラリと光った。

 機体が操縦者の意志を忠実に実現させる。

 

 機体下部の6つの脚が折りたたまれ、下半身後部に増設されていた反重力機動ユニットが機体をフワリと浮かせた。

 推進器が一気にバカみたいな推力を生み出し、機体を前へとぶっ飛ばす。

 突撃(チャージ)だ。

 中世の騎士の様に(ロンゴミニアト)を前に突き出し、科学の力で一気に前へと跳ぶ。

 大地を離れ、空を駆ける。

 44ιも狩られるだけではない。

 各々が持った大型グレイブ(疑似化ロンギヌス・スピアー)で迎撃に出てくる。

 或いは距離のある個体は、機体の肩部へと固定装備化されたポジトロン・キャノン(陽電子砲)を発砲してくる。

 それまで装備されていたレールガン(電磁投射砲)に比べてコンパクトかつ大出力なソレは、最近になって実用化された必殺兵器であった。

 直撃しさえすれば、エヴァンゲリオンであっても昏倒させる事すら可能な大威力兵器。

 だが、エヴァンゲリオン8号機のATフィールドと絶妙な真希波の操縦によって、陽電子の奔流は悉くが逸らされ、大地を焼くのみに終わった。

 

 

「あっまーい!!」

 

 

 甘いのだ。

 ベテランの乗った機動兵器に棒立ちから射撃して当てようと言うのが先ず甘かった。

 その上で44ιの管制ユニットは、その機体運用経験の乏しさ ―― ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、状況判断と判断による行動への時間差(タイムラグ)が大きかった事も致命傷となった。

 まき散らされた陽電子によって、機体外部の情報を得る手段を失って危険回避(事故予防)に動かなくなった、その瞬間を狙われた。

 外部情報収集手段が失われたのは真希波も一緒だ。

 だが、戦意に不足の無い真希波は機体を止める所か、更に加速させた。

 陽電子によって世界が白く閉ざされた時間(ホワイトアウト)を活用せんとしたのだ。

 

 その差は余りにも大きい結果を齎した。

 事前の推定位置へと打ちぬかれたロンゴミニアトが、44ι2機を纏めて刺し貫いたのだから。

 自己判断で見切りで行動が出来る操縦者と管制ユニットとの絶対的な差であった。

 

 

「うりゃうりゃー のんびりしてたらみーんな喰っちゃうぞーっ!」

 

 

 獣性な笑みを浮かべて真希波は笑った。

 

 

 

 圧倒的なまでのエヴァンゲリオン8号機の猛威は、沈着冷静な冬月をして顔色をなからしめさせた。

 切り札であったグループ0(ゼーロ)が瞬く間に()()()()()のだ。

 NERV第7軍の指揮官にして、NERV副司令でもある冬月は44ι部隊の編制に掛かる手間を知っていたが為の鈍痛でもあった。

 痛むこめかみに指をあてる。

 とは言え、目の前の脅威には立ち向かわねばならない。

 

 

「仕方があるまい、グループ4(クアットロ)を回したまえ」

 

 

 最後のカードを切る指示を出す冬月。

 自身でも悪手であると言う自覚はあったが、他に手が無かったのだ。

 SEELEとの闘いは既に終盤を迎えつつある ―― 要撃に出てきていたエヴァンゲリオンの4割を討ち取っていたが、それ故にそれらの部隊を動かす事は躊躇われたのだ。

 最後の最後で、後先を考えずに噛まれる事を恐れたのだ。

 

 

「はっ、直ちに!!」

 

 

 既にSEELEの旗機たる儀式用エヴァンゲリオン(Ritual-Model)2機は、両機とも撃破していた。

 白かった機体は44Θの武装である黒い投擲槍(簡易量産型ロンギヌスの槍)によって剣山の様になり、支援艦であるNHG Lobgesangに死体の如く吊り下げられながら回収していく様が、NHG Erlösungの艦橋からも見えた。

 SEELEを象徴した機体が惨めに扱われるその様は、人類史の裏側から世界を操ってきたSEELEの終焉を示す様であった。

 とは言え、冬月の関心はかび臭いSEELEと言う組織の終焉では無い。

 儀式用エヴァンゲリオン(Ritual-Model)を2つ、堕とせたと言う事であった。

 

 

「シン化2号機を動かす7()()()()、これで一つを残して揃う事となったな」

 

 

 感慨深げに呟く。

 とは言え終わりではないのだ。

 大天蓋の彼方へ封印されたエヴァンゲリオン2号機、予定外の形で人類補完計画の柱となった機体を回収し、そして何よりもエヴァンゲリオン初号機を確保せねばならないのだ。

 次はWILLEの本拠地がある北米大陸へと侵攻せねばならぬのだからだ。

 

 ()()()()()、冬月は警戒しているのだ。

 狩りは獲物をしとめる時こそ最も警戒せねばならぬのだから。

 

 冬月は油断しなかった。

 冬月に率いられたNERV第7軍の将兵も気を緩めた訳でも無かった。

 にも拘わらず()()が発生したのは、結局のところ、寡は衆に敵せずと言うモノも程度問題であり、個が余りにも優越していると集団であっても容易に蹂躙されると言う事であった。

 そう、例えばエヴァンゲリオン初号機の様な。

 

 

 

 

 

 内側に向けたATフィールドによって作られた疑似的な亜空間 ―― 異相空間へと沈む事で、ほぼ完全に外部から察知される事なく空を征くエヴァンゲリオン初号機。

 その姿はエヴァンゲリオン8号機とは違い、NERV所属時代のモノからそう大きく変わってはいない。

 背中に飛翔用の大型推進器を背負っているが大きな翼などは無い。

 操縦者たる碇シンジが、エヴァンゲリオンのATフィールドを器用に操って疑似的な慣性制御をやってのけているからだ。

 増加された装甲なども無い。

 武装は、手に持った折り畳み式銃剣(プログレッシブダガー)付きの縦連装型短身近接銃(ソードオフ・ガン)と、支援腕(サブアーム)に取り付けられたエヴァンゲリオンの背丈ほどもあるATフィールド干渉破斬型近接刀(ムラマサブレード StageⅣ)

 シンプルであり、エヴァンゲリオン8号機に比べて余りにも貧相にも見える。

 だが違うのだ。

 それだけでエヴァンゲリオン初号機には、シンジには十分なのだ。

 S²機関を搭載している事も、限定的ながらも自己修復能力を持つ事も些末な話であった。

 エヴァンゲリオン初号機が原初の7機(№Model)である事も関係が無い。

 只、シンジが乗りさえすれば、エヴァンゲリオン初号機はそれだけで戦場の支配者となるのだ。

 支配者(ザ・パープル)

 それがエヴァンゲリオン初号機に捧げられた異名であった。

 

 エントリープラグで()を待つシンジ。

 その表情は静謐であった。

 待つのには慣れていた。

 守った筈のものがするりと手から離れ落ち、命を掛けて守った積りが命を掛けて守られて、目が覚めた時には全てが終わっていた。

 世界が変わっていた。

 それからはや10と余年、ただ取り返したい ―― 一目で良いから、そう願って戦ってきたのだ。

 今更に焦る積りは無かった。

 パリを掌握する。

 攻め寄せるNERVを最低でも東欧以遠にまで後退させ、SEELEを滅ぼす。

 そして大天蓋を破壊し、空を、宇宙を取り戻す。

 

 そこまで考えた所で、コンソールが警報音を上げた。

 確認。

 光学センサーが8号機の発した信号弾を確認したのだ。

 NERVとSEELEによる強烈な電子戦(EW)によって、至近距離以外での通信は不可能となっている。

 だからこそ信号弾、光学と言う妨害(ジャミング)の難しい手段を採るのだ。

 対価は、近くにいる誰でもがソレを知れると言う事。

 尤も、知った上で何かを成す時間を与えねば良いのだ。

 少なくともシンジは真希波は、WILLEの戦闘部隊統括の葛城は、そう考えていた。

 

 

「出撃」

 

 

 己を鼓舞する様に呟いたシンジは、迷いを見せる事無く操縦桿のボタンを押し込む。

 背中のジェット推進器と一緒に、腰と太ももに増設された加速補助ロケット(集成リテルゴルロケット)に点火する。

 轟々と音を響かせ、潜伏していた異相空間から飛び出すエヴァンゲリオン初号機。

 シンジの意志に従って発生されたATフィールドが、それら推力の全てを前進へと捻じ曲げる。

 短時間ながらも発揮された、総推力2000kNを超える馬鹿げた力が700tを超える巨体を前へと蹴り飛ばす。

 前へ。

 前へ、前へ。

 

 狙うのはNERV空中艦隊、NHG Tragödieだ。

 NERVのエヴァンゲリオン部隊を運用する上で必要不可欠な中枢艦を叩き潰し、これを壊乱させるのだ。

 その上で、雷撃(サンダーチャイルド)作戦第2段階(フェーズ2)へとつなげる積りだった。

 個における自身の圧倒的な優位性を認識するシンジであるが、決して油断する積りは無かった。

 戦場に絶対はない。

 それを心に叩き込んでいた。

 

 エントリープラグを満たすLCL、その緩衝材としての機能を以ってしても緩和しきれない振動がシンジを弄ぶ。

 だがグリップを握る手が緩む事は無く、目は逸らされる事無く前を睨み続ける。

 突貫。

 エヴァンゲリオン初号機は、ATフィールドで作られた防殻に身を包み空を進軍する。

 

 

 

 

未確認飛翔体(unknown)確認!? 本艦隊へと急速接近中!!」

 

 

 レーダーが捉えた新規情報を、担当官が声を張り上げて伝える。

 戦術ComputerSystemが、本戦闘領域の情報図面に自動的に追加する。

 矢印が一直線にNHG艦隊に向けて伸びてくる。

 

 

「パターン確認!」

 

 

不可能(ネガティブ)! ATフィールドによって検知不能です!!」

 

 

 混乱した艦橋の空気を、冬月の一喝が治める。

 強くは無い。

 だが人に命令慣れした声は、勝利しつつあるとの慢心 ―― 油断を突かれて慌てた人間の心を鎮静化させる力があった。

 

 

「正体など構うな、我々(NERV)で無ければ敵だ! 迎撃を行いたまえ。手段は択ばなくとも宜しい」

 

 

「はっ!!」

 

 

 冬月の許可によって、SEELEの旗機を仕留めた後に補給と再編成中であったグループ9(ノーヴェ)へ迎撃指示が出る。

 旗機との戦いで定数54機から討ち減らされて37機となった44Θは、粛々とその指示に従って母艦NHG Lobgesangから出撃する。

 又、各NHG艦も、迎撃命令に従って対空砲を放つ。

 対空砲を有していない艦は主砲である大口径の陽電子を放つ。

 

 空に光爆幕が生まれた。

 

 誰であれ生き残れないであろう暴力の奔流。

 例えそれがATフィールドを持った相手であろうとも ―― 見る者にそう思わせるだけの力があった。

 だが、それは現実ではない。

 

 

「敵機止まりません!!」

 

 

 レーダー手が上げた報告と言う名の悲鳴、そして衝撃。

 轟音。

 超音速が生み出したソレらが艦橋を襲う。

 

 

 

 

 ATフィールドを錐の様に展開し、NHG Lobgesangの側舷へと突入したエヴァンゲリオン初号機。

 その着弾の衝撃だけで、全長40,000m近い大型艦であるNHG Lobgesangも大破状態へと陥る。

 構造をATフィールドで強化しているからこそ、船体がくの字にへし折れる事は無かったが、それでも着弾した右舷側の外装は衝撃によって悲惨な状態になっていた。

 初号機が衝突寸前に分離させた補助ロケットが艦内に飛び込み、その炎が可燃物に引火したのか、機体各部から炎と黒煙を上げて高度を下げていくNHG Lobgesang。

 その船体上部に、いっそゆっくりと評しえる仕草でエヴァンゲリオン初号機は立つ。

 吠える。

 操縦者たるシンジの内側から膨れ上がる戦意を知らしめる為の様に、空へと吠える。

 

 

 

「えっ、エヴァンゲリオン初号機!」

 

 

 顎部ジョイントを弾き飛ばして咆哮する紫色の機体を、魅入られた様に見つめる人々。

 が、只一人、冷静な冬月は口元を愉悦にゆがめた。

 

 

「来たかね、碇の息子」

 

 

 太平洋インド洋方面でのゲリラ戦術を展開し、NERVでも追跡しきれなかったエヴァンゲリオン初号機が目の前に出たのだ。

 探し出さねばならぬ、今後の人類補完計画に於いて必要不可欠な神具(エヴァンゲリオン初号機)が自ら現れたのだ。

 好機、以外に冬月が思う事は無かった。

 

 だが、部下たちの動きは遅い。

 故に叱責を述べる。

 

 

「何をしているのかね。初号機を討つ絶好の機会を君たちは逃す積りかね?」

 

 

「しっ、しかし! 44Θ以外の手段では11番艦(NHG Lobgesang)に被害が出てしまいます」

 

 

「構わん。あの程度のフネ、必要ならば死海ドックにて追加建造すればよい。44Θもだ。それよりも初号機だ。主砲を使いたまえ。コアさえ無事であれば良い」

 

 

「はぁ!? はっ、直ちに!!!」

 

 

 会話の最中、既に発艦して攻撃を仕掛けた44Θがエヴァンゲリオン初号機の一撃、一刀をもって真っ二つになり、地へと墜ちていく。

 44Θが持つ投擲槍 ―― 簡易量産型ロンギヌスの槍(対A/E特攻兵装)はATフィールドを喰らう特性を持つにも拘わらず、ATフィールドを纏ったムラマサブレード StageⅣに簡単に負け、へし折られている。

 強度が違い過ぎていた。

 それを横目で見ながら冬月は念をおした。

 

 

「急ぎたまえ」

 

 

 

 NERVの迎撃をいなしながら、シンジは慎重に艦隊各艦を見た。

 最初に艦隊一番の大型艦を狙った。

 潰した。

 沈みゆくNHG Lobgesangの艦上から睥睨する。

 地上のNERVのエヴァンゲリオンの動きに変化は無い。

 8号機に立ち向かっている機体はいまだ組織的に動けている。

 ならば次、エヴァンゲリオンの管理に必要な通信システムが充実して居そうな艦を探す。

 44Θが退いて、NHG各艦からの艦砲射撃が始まる。

 圧倒的な力の奔流。

 初号機の外部監視カメラが、自己防衛の為に一瞬、シャットダウンする。

 初号機のエントリープラグ内の映像が乱れる。

 だが、それだけ。

 初号機のATフィールド(シンジの世界を拒絶する意志)を貫けない。

 

 暴力の奔流を気にもかけずに雄々しく立つ初号機。

 その目が捉えた。

 艦砲を射撃する事無く下がるNHGを。

 その船体下部には様々ななアンテナが乱立している。

 そのフネはNHG Tragödie。

 正しくNERVのエヴァンゲリオン指揮/管制用のNHGであった。

 

 跳ぶ。

 背面の推進器を吹かして飛び、そのまま一気にNHG Tragödieへと()()()

 エヴァンゲリオンでも慣性制御を可能とする初号機だけが使える跳躍術であった。

 

 着地。

 正確に言うならば、3胴の中央船体に()()()()を入れたのだ。

 轟音と共に盛大に裂けた装甲材の中へと、手持ちの(ソードオフ・ガン)を叩き込む。

 2発連射して手動での再装填(コッキング)、そして更に2連射。

 銃剣を付け、近接戦闘用装備として調整されているこの近接武装は、それ故に故障し辛い単純な作動機構が求められたのだった。

 加粒子砲や電磁投射砲の様な高威力で複雑な兵器は少しでも雑に扱えば直ぐに故障する。

 だが単純な機械式で、頑丈な高張力鋼で作られている(ソードオフ・ガン)は銃剣で突こうが、銃床で殴ろうが、多少の事では歪まず壊れぬ優れものであった。

 シンジにとって、それこそが重要であった。

 威力は運用で補える。

 だが、機械的な故障はどうにもできぬのだから。

 

 そんな、乱暴な(ソードオフ・ガン)から純然たる化学反応式で撃ち出された榴弾(HE-MP)は、裂けた装甲材の隙間から艦内に入り込んで破壊をふりまく。

 主機を破壊し、副機を稼働不能にし、何よりもエヴァンゲリオンの管制システムを叩き壊す。

 

 ついでに、他のNHGからの射撃があれば真下へと偏向させて叩き込んでやろうと考えていたシンジであったが、艦砲射撃は無かった。

 ()()()()()()

 判りやすい反応は当たりを意味し、その事にシンジは口をゆがめる。

 であれば絶対に沈めねばならない。

 母艦たるAAAブンダーの構造から推測できる、NHGの艦制御システムがあるべき場所 ―― 中央船体艦首部へ向けて艦上部を裂きながら歩く。

 44Θが迫ってくる。

 再び抜いて左腕に握ったムラマサブレード StageⅣで迎撃。

 雑な振り方であっても、刀身に乗ったATフィールドが余波で44Θを切り裂く。

 敵の側からすれば反則としか言いようの無い威力が、情け容赦なく振り撒かれる。

 艦首部の上面を切開する。

 手荒く出来上がった開口部を通して、艦橋の人間が初号機を見る。

 手を止めて見上げている。

 呆然としているのが、高濃度L結界防護服越しにでも判る。

 シンジはおもむろに(ソードオフ・ガン)の直径2000㎜もの大口径の筒先を向けた。

 バイザー越しでは判らぬが、14年前にNERV本部で顔を見た人たちかもしれない。

 第3新東京市で、道ですれ違った相手かもしれない。

 第3中学校の同級生だったかもしれない。

 だが、シンジは躊躇なく引き金を引いた。

 轟音。

 近接モードで放たれた弾丸(HE-MP)によって艦橋は過去形(艦橋であった)となり、有機物と無機物とが混然一体となった何かへと変容したもので満ちる。

 更にもう一発。

 生み出されたメタルジェットは艦底部をぶち抜いた。

 グラリと傾き、降下を始めるNHG Tragödie。

 

 

「真希波?」

 

 

 無線封止を解いて、発信するシンジ。

 地上の戦闘状態の確認だ。

 

 対する真希波は、明らかに精彩を欠いて組織的な動きが出来なくなったNERVのエヴァンゲリオンの群れに、シンジが目的を達成した事を把握し返答する。

 

 

『第1段階達成確認! NERVの、お人形さん状態になってるにゃーっ!!』

 

 

 シンジが確認の為に見た地上は、一言で言えば悲惨であった。

 8号機はもはやイワシの群れを喰らうクジラの如く、圧倒的であった。

 蹂躙をしていた。

 逃げる背中を串刺しにしていく8号機。

 それはもう戦闘では無い。

 

 

「なら08は最終行動を実施せよ、可能か?」

 

 

『余裕っち!』

 

 

「では実行しろ」

 

 

『まーかーせーてーーーぇっの、どっかーーんにゃーっ!!』

 

 

 8号機が最大出力で加粒子砲を発射する。

 狙ったのはパリ。

 パリ中心。

 空を封鎖する大天蓋、その起点となったパリ広場の封印塔であった。

 

 陽電子のビームがパリのATフィールドを貫き、市街地を溶かし、そして封印塔を消し飛ばす。

 きのこ雲がパリを覆った。

 

 

『狙った獲物は外さないぜーっ! わんこ君、目標消滅確認!!』

 

 

「了解。では01よりHQ___ 」

 

 

 初号機を襲い来る44Θを潰しながら、シンジはAAAブンダーへと作戦が第2段階実行の時であると報告した。

 

 

 

 

 

 エヴァンゲリオン初号機と8号機の発進以降、ドーバー海峡から北海へと移動していた可潜戦艦AAAブンダーと7隻の潜水艦は、浅く潜りながらシンジからの通信を待っていた。

 

 

『フッケバイン、繰り返すフッケバイン』

 

 

 NERVとSEELEによる強烈な電子戦(EW)環境をぶち抜く大出力で行われた報告。

 短文はトリガーであった。

 雷撃(サンダーチャイルド)作戦、その第2段階開始を告げる終末のラッパであった。

 

 それまで腕を組み直立不動であった葛城は、その報告に1つ頷くと、声を張り上げて海面 ―― 大天蓋の様子を確認させる。

 水面に浮かんでいた偵察ユニット(UUV)が、空を見る。

 光学、レーダー、IR。

 積み込まれた各観測機材が手早く情報を収集し、報告する。

 答えは(ポジティブ)

 

 

「艦長! 上空に青空を視認、大天蓋は消滅しています!!」

 

 

 AAAブンダーの情報管理システムを統括する青葉シゲル少佐が、歓喜の色を隠せない声でUUVからの報告を張り上げる。

 艦橋内で歓声が上がった。

 だが葛城はその歓喜に加わる事無く淡々と、AAAブンダー直衛潜水艦部隊指揮官へと作戦第2段階の開始を要請する。

 人類反撃の一大作戦となる雷撃(サンダーチャイルド)は、まだ道半ばだからだ。

 

 葛城からの要請を受けた潜水艦部隊指揮官にして旗艦艦長のテレサ・テスタロッサ()()はティーンエイジャーと言った外見の女性であった。

 シンジや真希波と同様の、エヴァンゲリオンの呪いを受けた女性 ―― そう言う訳では無い。

 事実、まだ子供であった。

 只、その戦争の才故に、WILLEの潜水艦(戦略級打撃)部隊の指揮権を預かる事となった才女だ。

 同一部隊で階級が指揮官である葛城と同じ理由は、この()()()()()()()()()()()()を、エヴァンゲリオンと一緒に預ける事を危惧したWILLE上層部の政治的判断であった。

 一種のお目付け役が期待されての事だ。

 とは言え、葛城とテスタロッサの関係は良好であり、意思疎通にも問題は無かったが。

 

 

「戦隊各艦へと命令、雷を解き放て(コール・ライトニング)。目標、パリ。副長?」

 

 

「アイマム!」

 

 

 年若いテスタロッサを支えるベテランの副長、リチャード・ヘンリー・マデューカス中佐が声を張り上げて動く。

 少し離れた2つの指示卓(コンソール)に、2人は首から下げていたそれぞれのパスを認識させる。

 網膜確認。

 厳重な安全装置が施されている理由は、これが、この多目的戦略級潜水艦トゥアハー・デ・ダナンの最終兵装の使用に関するものであるが故にだった。

 戦略級のN²弾頭を積んだ潜水艦発射型弾道弾(SLBM)だ。

 トゥアハー・デ・ダナンだけで8発。

 コーバックややまとと言った戦隊各艦のソレを合わせて32発もの弾道弾は、パリ所かフランス全土を焼き尽くせるだけの威力を持っていた。

 それが躊躇なく放たれたのだ。

 

 WILLEの、人類反撃の嚆矢 ―― そう呼ぶには余りにも過大な威力を持ったソレは、パリ上空にて設計時に要求された性能を見事に発揮した。

 最終的に、NERV第7軍は敗退にも似た形で、大規模拠点のある中東ヨルダン(死海)基地へと下がった。

 そしてSEELEは、WILLEに城下の盟を行う事となる。

 

 

 

 

 

 




2021.08.01 文章修正
2021.10.04 微調整実施


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壱 Fly Me to the Moon
01


+
戦争は平和なりあなたと手を繋いでも
まるで太陽と地球 永遠の距離
時計の針がカチカチ鳴る 私たちの時間を
作っているの それとも 消しているの
宇宙が くるっと まわるたび
未来のいのちは あっという間に 過去になる

――宇宙連詩     
紗茶みるき

   







+

 雷撃(サンダーチャイルド)作戦の成功によって、パリ市及びSEELE本部の掌握に成功したブンダー任務部隊(TF.Wunder)

 NERV第7軍(パリ市攻略軍)は撤退しヨーロッパ大陸の西方域の優勢を確保できた事を確認した指揮官葛城ミサト大佐は、後方に待機していた陸戦部隊、ダイダロス任務部隊(TF.Daidalos)へと連絡する。

 可潜揚陸艦ダイダロスを旗艦とするTF.Daidalosは、師団(10,000人)規模の陸戦部隊であり、世界秩序が崩壊して久しい2020年代に於いて最も装備の整った高練度部隊であった。

 戦車や装甲車、ヘリなどを保有している。

 保有していない陸戦兵器は、エヴァンゲリオン位である。

 

 目的はパリ市街、SEELE本部の完全な接収が目的であった。

 故に、作戦名もシンプルなモノが付けられていた。

 収奪(ノルトハウゼン)作戦。

 文字通りSEELE本部に残っている人材、資料、資材を根こそぎに奪い取り、北米へと持ち帰る予定であった。

 優先順位もまた、文字通りである。

 これは高等教育を受けた人材は貴重であり、同時に、人類と言う種の存続を図る上で()()()()()()()()()()()()()は決して軽視できるものでは無いというのが大きかった。

 それに比べれば、SEELEパリ本部に貯蓄されている資材などの価値は無いも同然であった。

 セカンドインパクトによって衰退した北米、WILLEの母体となったアメリカであったが、サードインパクト以降の混乱によって人モノ金が集まってきた結果、嘗ての勢いを取り戻しつつあったのだから。

 

 

 AAAブンダーに乗り組んでいるTF.Wunderの参謀団が、ブンダーの陸戦部隊が制圧した個所の詳細をTF.Daidalosの参謀団に送るなどして、様々な調整を行っている。

 それをしり目に葛城は、AAAブンダーのブリッジ中央にある艦長席でTF.Daidalosの指揮官であるブルーノ・J・グローバル准将と一寸した世間話を行う。

 パリ市の外見、酒、そして空。

 人類の一大反攻作戦の最中とは思えぬ様な会話を行う2人。

 

『君はどうやら勝利の女神でもあったようだね、葛城大佐』

 

 パイプを片手に穏やかな、落ち着いた声で葛城を称賛するグローバル。

 対する葛城も、少しだけ相好を緩めて返事をする。

 尤も、言葉は堅苦しいが。

 

「部下たちが有能だからだと思っております」

 

『有能な部下を揃えられるのも、有能な部下に才能を発揮させるのも、上に立つ者の才能だよ』

 

 楽しそうと評して良い会話。

 無論、演技だ。

 ブリッジ要員その他に聞かせ、指揮官は泰然自若としていると思わせる為の演出だ。

 

 大作戦の山場を越えたが、この後が簡単な仕事ばかりになる訳はない。

 TF.Daidalosはこれからが本番であるし、TF.Wunderは護衛を行いつつ次なる作戦 ―― 衛星軌道に封印されているエヴァンゲリオン2号機の回収作戦が控えている。

 尤も、()()()()()から、いまだ航宙艦としての能力を与えられてはいても発揮が困難なAAAブンダーが2号機の回収作戦に投入される予定は無いが。

 強奪(Ultimate Soldier)作戦は、エヴァンゲリオン初号機と8号機をロケットで打ち上げて実行するものとして準備が進められていた。

 この作戦の肝となるのはエヴァンゲリオンではない。

 兵装や推進器、宇宙用の増強化生命維持装置などを装備する事で500tを超える宇宙対応(アウタースペース)型装備の機体を衛星軌道上へと押し上げる、超大型ロケット ―― ヨートゥンだ。

 かつてのサターンⅤロケットの低軌道投入能力の1桁上の能力を持ったヨートゥンを開発する事に成功した事が、この2号機回収作戦と、その前提となるパリ市強襲作戦に繋がったのだった。

 そもそも、雷撃(サンダーチャイルド)作戦は極めて荒っぽい作戦として立案、準備されていた。

 エヴァンゲリオン2機による強襲でパリ市中央にあった大型封印柱を破壊し、離脱する事だけが目的という。

 だからこそ、TF.Wunderの潜水艦部隊(トゥアハー・デ・ダナン戦隊)がパリ市を焼け野原にする勢いで潜水艦発射型弾道弾(SLBM)を叩き込んだとも言える。

 シンプルで手荒く、そして容赦の無い作戦は、その根幹を立案した葛城の作戦立案能力の真骨頂とも言えた。

 伊達に正体不明の敵(使徒)との戦争を経験してきた訳では無い、そう評価できる話だ。

 WILLEの上級指揮官たちで最も有能、乃至は最も厄介な人間はは誰かと尋ねられれば、別の人間の名があがるだろう。

 だが()()()()()()()()は誰かと問われれば、ZEELEにせよNERVにせよ葛城の名前をあげざる得ない、そういう人物評を得ているのがTF.Wunderの指揮官、葛城ミサトという人間であった。

 

 そんな元々の奇襲(ブルーアイス)作戦が雷撃(サンダーチャイルド)作戦へと変更された理由は、作戦準備中にNERVがパリ市を攻略しようとしていた事が判明した為であった。

 パリを守るZEELEの戦力を削るのにNERVが来るなら大歓迎、渡りに船とばかりに利用する事として作戦が変更されたのだ。

 より大々的に、より攻撃的に。

 ZEELEが潰せるならば潰してしまえ、と。

 葛城が政治力を発揮し、どこそことWILLE中の戦力をかき集めたのだ。

 本来であれば、ようやく量産化に成功し部隊錬成に取り掛かれたWILLEのエヴァンゲリオン部隊 ―― フォッカー戦隊まで投入したいと考えて居たが、流石に此方はWILLEの上層部から待ったが掛けられた。

 初号機と8号機を含めて47機ものエヴァンゲリオンを運用する事となるフォッカー戦隊を投入しようとすると、準備に時間が掛かり過ぎるというのが理由であった。

 フォッカー戦隊がWILLEの切り札だから投入しない、そういう本音があるとは誰も思っていなかった。

 既に、最大最強の鬼札(エヴァンゲリオン初号機)を投入する決断が成されているのだ。

 であれば、そんなけち臭い背景がある筈も無かった。

 NERVによるZEELE侵攻作戦を乗っ取って戦果の最大化を図ろうと言う話なのに、戦力を集めるのに時間が掛かって、乗っ取れませんでしたとなれば全くもって馬鹿らしい話であるからだ。

 正しく正論だった。

 至極真っ当なその理由に、葛城も静かに同意するのみであった。

 こうして、雷撃(サンダーチャイルド)作戦は紆余曲折の果てに実行され完遂されたのだ。

 

「葛城艦長!」

 

「なに?」

 

 と、TF.Wunderの幕僚の1人が葛城の所へと駆け込んできて耳打ちをする。

 

「……確保できた、と?」

 

「はい。システム周りの無力化によって、ほぼ無傷です」

 

「結構。私も行くわ」

 

『仕事かね?』

 

「はい、どうやら次の作戦、少し手直しする事になりそうです」

 

『勤勉で良いことだ、よろしく頼むよ』

 

「はっ!」

 

 

 

 

 

 作戦終了後の碇シンジは何時も、空の見える所に居た。

 残った右目で睨む様に空を見上げている。

 水で雑に流したL.C.Lの残り香を漂わせ、髪も乾かさぬままに。

 圧迫感のあるプラグスーツの上半身をはだけさせ、袖を腰に巻いている。

 薄手の、黒いタンクトップを着ているのは、相方(ペア機)である真希波マリ・イラストリアスが、上半身裸なんてエッチだよ! 誘ってるの!? などと揶揄って来るからだった。

 プラグスーツを完全に脱がないのは常在戦場(オールウェイズ・オン・デッキ)、AAAブンダーの最大戦力である所のエヴァンゲリオン初号機のパイロットと言う立場故にであった。

 シンジがプラグスーツを脱ぐのは完全な後方、アメリカ本土に居る時くらいであった。

 

 巨大なAAAブンダーの露天区画 ―― 艦外のレーダー整備用に設けられた通路に、私物のバケット型折りたたみ椅子を持ち込んで、体を預けていた。

 大地が、かつてはパリと呼ばれていた街が消し炭になってはいたが、欠片も気にする事なく、茫洋とした顔で、只、そら(宇宙)を眺めている。

 ひと頃は煙草も吸っていたが、最近は止めていた。

 別に体に悪い等と言う理由ではない。

 ()()()()()()()()からだ。

 ニコチンを摂取する事で体に起きる反応なんてない。

 肺一杯に紫煙を吸い込んでも、口の中に匂いを感じるだけだった。

 意味がない。

 だから煙草は止めた。

 ただの手慰みで消費するには煙草は高級品であり、誰もが満足に吸える訳では無い。

 であるからには、吸う真似事しか出来ない自分よりも、吸いたいヒト(リリン)が吸った方が煙草も幸せだろう、と。

 パイロット(貴重な消耗品)向けの特別配給(嗜好品)として、シンジに与えられていた煙草は、全て、初号機の整備スタッフへと譲った。

 それなりに貴重品なZIPライターごと渡そうとしたら、複雑な顔をした整備班機付き長からやんわりと、そちらは思い出の品でしょうからと断られた。

 かつて加地リョウジが使い、お守り代わりにと葛城へと送られ、そしてシンジが煙草をたしなむ様になった事を知った葛城が、程々にたしなむ様にとの言葉と共にシンジへと渡したZIPライター。

 純銀で、十字架のカービングが施されたZIPライターは、それ以来、ライターの役目を終えたのだった。

 油を入れられる事の無くなった今では、シンジの手慰みの楽器となっている。

 開閉させる時の金属音。

 カチンカチンと響く音が、シンジの何かを踏みとどまらせていた。

 

 金属音と共に、風が啼いている。

 日差しを遮る様に被る古ぼけたOD色の作業帽、そのつばには黒地に白抜きとなる髑髏のゴルフマーカーが取り付けられていた。

 髑髏(スカル)はフォッカー戦隊の部隊章だ。

 帽子にはマーカーだけは無く、小さなピンバッジが付けられていた。

 赤色の、有翼の、天使を象ったピンバッジだ。

 アメリカ本土で訓練の合間、息抜きにと街に出た時にフリーマーケットで見つけ、買ったものだった。

 何となく欲しくなったのだ。

 欲求の薄くなりつつあるシンジが、久方ぶりに自分で自分の為に行った行動だった。

 尚、初めてソレを見た真希波は浪漫だねと笑っていた。

 訓練所での上官、フォッカー戦隊の戦隊長は官品(支給品)に私物を付ける事を()()()()()()()()()()()()()()()()と笑って了承した。

 ギリギリで縋れるお守りってのは、男にとって大事なのだと言った。

 それだけじゃ帽子も寂しいだろうと言って、戦隊長は部隊のパイロット全員に自費で部隊章(スカルマーク)のゴルフマーカーを配ったのだった。

 ゴルフの道具屋に可愛い子が居て、格好をつける為だったと言うのは、その割と後で知って、戦隊のパイロット一同で大いに笑ったモノだった。

 シンジも笑っていた。

 それ以来、作業帽はZIPライターと並んでシンジの貴重な私物となっていた。

 

 誰も居ない場所で空を見上げているシンジ。

 誰も居ないのは、AAAブンダーに乗り込んでいる誰もが、シンジに気を遣った結果だった。

 もはや水以外のなにも摂取できず、睡眠すら必要とせず、ヒト(リリン)の枠を離れつつあるシンジが、ただ1つだけ拘っている事。

 空。

 見える筈のないエヴァンゲリオン2号機を探すように、見上げているのだ。

 戦闘後の、初号機の整備に必要な時間だけ、初号機に乗れない時間だけの、ある種の休息であった。

 AAAブンダーには、それを邪魔したいと思う様な無粋な人間は居なかった。

 存分に空っぽになって空を見上げて居るシンジ。

 

 と、そんなシンジの元へと1人。

 

「ここに居た、わんこ君!」

 

 真希波だ。

 此方はプラグスーツを脱ぐ事なく、だがその上に白い長裾のパーカーを羽織っていた。

 右肩の所に5+3(8号機)と赤いペンで殴り書きされている。

 左には青いバンダナが巻かれている。

 

「どうした?」

 

「顔を見に来たわけでも邪魔をしに来たわけでもないんだネ、これが!」

 

 ()との大切な時間だからね、と続ける真希波。

 乾ききってない髪をバンダナで無理やりに1束にまとめている。

 どうやら急いで来た様だとシンジが視線で理由を尋ねたら、凄いイイ笑顔で真希波は笑った。

 

「艦長から、作戦一気に前倒しだってさ! 燃えるニャー これは!!」

 

「はっ?」

 

 動じないシンジも流石に声を漏らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パリは焼き払われた。

 だがその地下にあるSEELE本部施設は、ほぼ無傷の形でWILLEの掌握する所になった。

 10万を超える人員。

 エヴァンゲリオン製造と運用に関わる設備。

 様々な資料。

 そして何よりTF.WunderはSEELE象徴たる儀式用(Ritual)エヴァンゲリオン、そのNo-Ⅰ(Pride)機を抑える事に成功したのだ。

 これはNo-Ⅰ(Pride)機が、SEELE本部を運用する為に本部各施設やシステムと有線回線で接続されていた事が理由であった。

 SEELE本部地表設備がN²弾頭のIRBMで焼き払われた際、過電流などが発生してNo-Ⅰ(Pride)へと逆流、安全装置が緊急遮断(シャットダウン)を行った事が理由であった。

 通常ならば、SEELEの本部スタッフが早急に復帰処置を行う手順であったが、畳みかけるようにTF.Wunderの陸戦部隊が強襲した為、何の対応も出来なかったのだ。

 そもそも、戦意と言うものが折れていた ―― NERV第7軍との戦いが敗色著しく、多くの本部スタッフは間近に迫った死に怯えていたと言うのが大きかった。

 そこに、降伏すれば(抵抗をしなければ)命は保証すると言う言葉が投げかけられたのだ。

 SEELE本部スタッフが、ハンカチーフやシーツを棒に結び付ける事に躊躇しなかったのも道理であった。

 

 かくしてSEELEの首魁、キール・ローレンツは封入されたNo-Ⅰ(Pride)ごとWILLEの管理下に入ったのだ。

 既にNo-Ⅰ(Pride)エヴァンゲリオンはキールの封入されたエントリープラグと機体と物理的に断線処理が施されている。

 エントリープラグを引き抜いてしまえば良い話でもあったが、如何せん儀式用(Ritual)エヴァンゲリオンのエントリープラグは簡単に抜けぬ様になっていた為、簡単には出来ぬ話であった。

 エントリープラグを守る背面装甲が強固に固定されてるのだ。

 乗り換えその他は全く考慮されていない、特殊なエヴァンゲリオンであると言えた。

 

「内部構造、データの確認は?」

 

「無理ね。MAGI-Parisの方も自己封印プログラムが走っていて、ここでは解除出来ないわ」

 

「そう」

 

 しげしげと、SEELEのエヴァンゲリオンを見上げる葛城。

 その横に、情報端末(PDA)を片手にAAAブンダーの副長である赤木リツコが立っている。

 NERVに所属していた時代、エヴァンゲリオンに最も精通していた人間である為、ここに呼ばれて来ていた。

 儀式用(Ritual)エヴァンゲリオンはSEELEの旗機であり、滅多に戦場に姿を見せないが為、その詳細がWILLEでは把握できていなかったのだ。

 

「本部に持ち帰って時間を掛ければ、だけど、ミサト、貴方の判断は()()ではないのね?」

 

「ええ」

 

 赤木の問いかけに、静かに首肯する葛城。

 詳細は不明でも使えればよい、そう断言した。

 

「荒っぽい話ね」

 

「良く分からないモノでも使えるモノは使う。()()()()()()()()、違う?」

 

「違わないわね」

 

「出力は原型(アダムカドモンコピー)機並のコレがあれば、ブンダーを本来の姿に戻す事が出来る。そうなれば戦争を一気に動かす事が可能になるわ」

 

「危険な話ね」

 

「副長として反対?」

 

 AAAブンダーに於いて艦長である葛城は絶対と呼べる権限を持っている。

 だからこそ、本当に重要な決断だけは20年来の相棒と呼べる赤木に確認する様にしていた。

 誤らない為に。

 己を感情的、或いは激情的な人間であると自認しているが故の行動であった。

 ある種の甘えと言えるだろう。

 それを判って、赤木は受け入れていた。

 この壊れかけた世界で、人類の命運を背負うと言うのは簡単な事ではないのだから。

 

「エヴァンゲリオンに関わった科学者としては反対ね。だけど、AAAブンダーの副長としては2機しかない原型(ナンバーエヴァンゲリオン)機を主機に回さないで済むと言うのは魅力的な話よ」

 

 簡単な話であった。

 今現在、AAAブンダーの主機として利用されている量産型のエヴァンゲリオンを降ろし、代わりにSEELEの儀式用(Ritual)エヴァンゲリオンを主機に据えようと言うのだ。

 

 AAAブンダーを含めNHGシリーズは本来、NERVの特殊型(アダムス)エヴァンゲリオンを主機とする様に設計されていた。

 その出力を前提に、全領域での戦闘を可能とする様に設計されていた。

 だが現在のAAAブンダーは出力の劣る量産型エヴァンゲリオンを搭載している為、一時的には低空も飛べる可潜艦としての能力しか発揮できなかった。

 

 だからこそ、儀式用(Ritual)エヴァンゲリオンを使おうと言うのだ。

 簡単な話であった。

 その主機となるエヴァンゲリオンに、SEELEのローレンツが乗っていないのであれば。

 だが葛城も赤木も、その点に関して目を瞑る事とした。

 SEELEを下したNERVは、ファイナルインパクトを引き起こすための行動に出るだろう。

 それを阻止する戦力は幾らあっても足りない、それが指揮官としての2人の見解であった。

 

「しかし、本土の上層部の了解は得たの?」

 

「不要よ。AAAブンダーの整備運用に関する全権は私1人にあるのだから」

 

「報告は?」

 

「パリで高出力の機体を拾ったと処理すれば良い。艦内に収めてしまえば調べる人間が出る筈も無い」

 

 WILLEの人的余裕は少ないのだ。

 であるが故に、結果を出しさえすれば文句は言われないのだ。

 多国籍 ―― サードインパクト以降の混乱で逃れてきた敗残兵の集団と言う側面もあるWILLEは、法を破らない範囲であれば独断専行であっても結果がすべてであると許される面があった。

 人類の存続に資する事であれば、ある程度は認めておかねばどうにもならぬ。

 そういう現実もあった。

 

 頷き合う2人。

 そこで会話は終わった。

 

「なら、やりましょう」

 

 

 

 

 

 突貫工事で行われるAAAブンダーの改装。

 儀式用(Ritual)エヴァンゲリオンは四肢を封印(不稼働処置)され、AAAブンダーの下腹部 ―― 主機区画へと収められる

 同時進行で、初号機と8号機を宇宙対応装備へと換装させる。

 常にタイトな時間指定(スケジュール)を行うAAAブンダーの艦長らを整備班一同、心から呪った。

 だが手は一切休めない。

 休めるとどやしつけてくる、鬼より怖い整備班長伊吹マヤが仁王立ちして指示を出しているのだから。

 

 結果、都合11時間でAAAブンダーとエヴァンゲリオンの換装、及び物資の補充に成功した。

 正しく突貫工事。

 只、予想外であったのが1つ。

 

 

『中々の手際だと褒めておこう』

 

 尊大な口調で言い切ったのはローレンツ。

 儀式用(Ritual)エヴァンゲリオンがAAAブンダーの主機として接続されるや否や、ホロ画像(漆黒のモノリス)が主機管理室の中央に出現したと言う事だ。

 

「SEELEのっ!?」

 

 驚きの余り、腰の拳銃に手を伸ばした伊吹であったが抜く事は無かった。

 確認の為にと主機管理室へと着ていたAAAブンダー情報管理官である青葉シゲルが、その身で庇い、同時に手を上げて止めたからだ。

 

「幽霊が湧いて出た、といった所か」

 

 鋭い目でホロ画像と、主機区画の画像とを交互に見る青葉。

 主機管理室の誰もが固唾をのんで見ている。

 

『確かに、もはやSEELE無き今、ワタシは亡霊(ゲシュペンスト)と呼ばれるのが似つかわしいかもしれんな』

 

「冥府に帰ってくれても良いんだぜ?」

 

『こうなってもまだ生者でな。門をくぐる事は叶わぬよ』

 

 ローレンツとの会話を続ける青葉。

 その背に隠れながらマヤはAAAブンダーの情報を確認した。

 自己診断プログラムによる、艦制御システムの確認を行う。

 反応は正常(ネガティブ)

 AAAブンダーの機能の何処にも異常は無かった。

 とは言え安心はしない。

 マヤは指先で部下たちに対して()()()()の準備を命令する。

 万が一にローレンツがAAAブンダーを乗っ取ろうとしたら、主機区画を爆破し強制排除を行わせようと言うのだ。

 SEELEの首魁たるローレンツを、旗機となるエヴァンゲリオンごと艦から捨てる(自由にする)のは危険な行為であったが、将来を危惧して現在のAAAブンダーを危険に曝す訳にはいかないのだから。

 主機区画の強制爆破を実行した場合、この主機管理室も巻き添えを食う事になるのだが、伊吹に躊躇は無かった。

 自分の命が喪われる、()()()()()()で怯える程に伊吹の覚悟は弱く無かったのだから。

 心残りと呼べる事は1つ。

 出来れば、自分を守ろうとしてくれた青葉は逃してやりたいと言う事であった。

 

 だが状況は、伊吹の乙女心じみたものを忖度する事無く動いていく。

 

『さて、ワタシの要求、いや願いだな。1つだけ頼みがある。君たちの首魁、この艦の責任者、葛城ミサト大佐との対談だ』

 

 

 

 時計の針が少しだけ前に動いた。

 

 

 

 

 

 




2021.10.04 微調整実施


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02

+
生きるとは、呼吸することではない
行動することだ

――ルソー     









+

 広いとは言えない主機管理室にて対峙する事となる葛城ミサトとキール・ローレンツ。

 多くのWILLEスタッフも緊張感をもって見守っていた。

 

 仁王立ちをし、睨む様に主機管理室の監視カメラを見る葛城。

 対するローレンツは、監視カメラのすぐ近く、人の高さ位にモノリスを動かしている。

 技術部が手早く、会話しやすいようにと準備をしたのだ。

 当然、マイクとスピーカーも、用意されている。

 

「挨拶は省くわよキール・ローレンツ、何の()()()なのかしら」

 

 挨拶も無しに切り込んだのは葛城だ。

 現状は、AAAブンダーの主機を人質に取られた様なものなのだから不機嫌なのも当然であった。

 だが、対するローレンツは気にする様子も無い。

 ただ、少しだけ笑った。

 

『忙しい所を申し訳ない。だがコレは、この願いは先に行うべき事だと信じているのだよ、葛城ミサト大佐』

 

 泰然自若とした風を崩さぬのは、流石、世界の半分を支配した組織の長らしいと言うべきだろうか。

 その体とも言うべき儀式用(Ritual)エヴァンゲリオンの処分準備が行われている事を知らぬ筈も無いが、それをおくびにも出すそぶりは無かった。

 

「願い、ね。何を要求しようっていうのかしら?」

 

『要求ではないよ。間違えてくれるな。我々は敗者であり私は囚虜の身だ。故に、ただ勝者に懇願するのみなのだ』

 

「なら、それらしい言葉遣いをして欲しいわね」

 

 上から目線とまでは言わないが、中々に余裕を持って話しかけられれば葛城とて好ましいと思う筈も無かった。

 特に相手は14年を、それ以上の永きに渡って世界を掌握していたSEELEの首魁なのだから。

 

『ふむ、不快にさせたのならば謝ろう。こればかりは習い性であるから変え難くてな』

 

「そっ。で、改めて聞く。何を貴方は懇願したいと言うの?」

 

『SEELEに加わっていた10,932名の保護だ』

 

 正確には少し減っているだろうとローレンツは続けた。

 NERVによる攻撃で死んだ人間、傷ついた人間は多いだろうから、とも。

 

『別に贅沢をさせて欲しいなどと言う積りは無い。もとより我々と君たちの間に人道等と言うモノは無縁であったからな』

 

「それで?」

 

『………この衰亡しつつある惑星で、10万からの人間の価値は決して小さくは無い筈だ』

 

 WILLEとて、SEELEの人間を奴隷や粗末に扱う積りは無い。

 人材と言う意味でも、人口と言う意味でも、遺伝子の多様性維持と言う意味でも。

 だが葛城は、その事を口にはしない。

 懇願であるとローレンツは言うが、これが交渉であると認識して居たからだ。

 AAAブンダー、ブンダー任務部隊(TF.Wonder)と言う大きな戦力を預かる上級指揮官には腹芸(政治)の一つも仕事の内だからである。

 

「そうね」

 

『無論、対価は用意する』

 

「SEELE無き今、俘虜である貴方が何を対価に差し出せると言うの? 我々は既にパリ施設を接収している。交渉をするならば少し遅い」

 

『Paris-MAGI』

 

 ローレンツは、カメラで葛城の眉が跳ねたのを確認した。

 予想通りの状況で、狙い通りの効果はあったと頷いた。

 時間を掛ければ封印状態(Protect-1055)を強引に解除する事は出来るだろう。

 だがソレを行えば中にある情報が破壊される恐れがある ―― そう、葛城やWILLEは判断しているだろうとの憶測がローレンツにはあった。

 パリの他にもある、SEELEの施設を無傷で接収出来ると言うのは決して小さな話では無い。

 

非常停止状態(スクラム)の解除コードだ。それで君たちはSEELEの全てを知る事が出来るだろう。そしてもう1つ、この儀式用(Ritual)エヴァンゲリオン-No-Ⅰ(Pride)の全コードの解放も行う』

 

「艦長! アクセスが!!」

 

 主機状態を確認していた伊吹マヤが手元の情報端末(PDA)を見ながら声を上げた。

 それまで不可能だった儀式用(Ritual)エヴァンゲリオンの各アクセスが可能になっていくのだ。

 主機室からも、機体各部のアクセスハッチが勝手に開いていくと言う報告が上がっている。

 差し出されたPDAを確認した葛城は、ローレンツを睨んだ。

 

『非常手段の1つは残しておくものだ。そしてコレが懇願を行う上での誠意であると理解して欲しい』

 

「自身はどうなっても良い、と?」

 

 機体が自由に触れると言う事は、即ち、封入されているローレンツの身柄も自由に扱われると言う事なのだから。

 敵の首魁であり、人道など投げ捨てた戦争を14年も繰り広げてきたのだ。

 どう扱われるかなど疑問を抱くまでもなく、悍ましい未来以外は無いと断言すら出来るだろう。

 だがそれでも、ローレンツの声に逡巡など無かった。

 

『今更に己の保身になど興味は無い。私が願うのは人類の種の存続だけである。我らSEELEと言う組織の目的は人類の存続、そこに一片の曇りは無いのだ。それだけは疑ってくれるな』

 

「貴方の意思、受け取るわ」

 

『感謝する』

 

 

 

 

 

 Paris-MAGIを掌握出来た事でSEELE本部施設を自由に使える事となった結果、AAAブンダーの改装工事はより大規模なものへと変更が成された。

 AAAブンダーの整備班や、急遽動員される事となったダイダロス任務部隊(TF.Daidalos)の人員は、変更の決断をした葛城への怨嗟の声を上げながら、必死に働く事となる。

 特に、エヴァンゲリオン初号機に関しては、推進器を取り付けるだけではなく突貫でのO装備 ―― 軌道作業用ユニット(Orbit work Unit)がでっち上げられた。

 エヴァンゲリオン初号機、パイロットである碇シンジ頼りの姿勢制御では無く、ある程度は自動化したシステムを組み上げたのだ。

 その一報を聞いたシンジは、少しだけ安堵していた。 

 AAAブンダーの、WILLEの誇る切り札(エース・オブ・エース)たるシンジであるが、如何せん宇宙でのエヴァンゲリオンを用いた作業など今まで経験した事が無かったのだから当然だろう。

 空挺降下作戦などで、事実上の無重力状態は体験してはいても、それだけの話だ。

 衛星軌道上に封印されているエヴァンゲリオン2号機を、そこに眠っているアスカを安全に確保できると思える程にシンジも無謀では無かった。

 

 AAAブンダーの整備区画で組み上げられていくO装備(OwU)

 推進器(ブースター)推進剤槽(プロペラントタンク)、回収用のウィンチや副腕(サブアーム)の集合体であるソレは、急造らしい雑多さがあった。

 最低限、重心バランスなどは配慮されている筈だが、その様に見えるものでは無かった。

 

「お姫様を迎えに行く彦星の衣装にしては少しばかり無骨かニャ」

 

 各部から零れ落ちる溶接の光。

 その様を外側から見上げる真希波マリ・イラストリアスは独り呟く。

 

「わんこ君14年来の夢、これで上手く行けば良いのだけど」

 

 ナニか、不安がある。

 ()()がする。

 そんな言語化できない何かを感じて、真希波は手元のドリンクパックの飲み口を齧る。

 水、ではない。

 お茶、紅茶だ。

 物資不足から水の様に薄いが、それでもミルクと砂糖の加えられた、紅茶だった。

 シンジとは異なり真希波は使徒化の影響を受けていない。

 只、零号機からMk-Ⅵまでの7つの初期素体型(ナンバーモデル)エヴァンゲリオンにのみ現れた操縦者への呪い ―― エヴァンゲリオンからの干渉による不老化を受けているだけだったのだから。

 尚、真希波が乗っている8号機が、この初期型に含まれている理由は、その製造に関する特殊性が理由だった。

 8号機は1からの新造機では無いのだ。

 3号機と仮設5号機、その大破した素体の残骸をかき集めてNERVが特殊任務機(リチュアル・ユニット)として再生させた機体であったのだ。

 NERVからWILLEが離反する際に強奪し、真希波が運用して現在に至っていた。

 8号機と言うのは、8番目の機体を意味すると共に、3号機と5号機を受け継ぐ機体として命名されていた。

 

 その8号機は、今現在、初号機のバックアップと言う名の予備機とされている。

 本来は8号機も宇宙対応装備への換装が行われるべきであったが、如何せんAAAブンダーの整備班が初号機用のO型装備製造に掛かりっきりとなった為、棚ざらし状態となっていた。

 蹂躙戦装備(ベンケイ・モジュール)の故障確認や解除すら行われず、必要最低限度の故障確認だけを自己診断プログラムで行い、本当に危なそうな場所だけ、真希波が処置していた。

 一応、蹂躙戦装備(ベンケイ・モジュール)は全領域対応を謳った装備であり、宇宙空間への投入も短時間、そして簡単なものであれば可能であるので、この扱いも、仕方の無い話ではあった。

 

「アッシの出番が無いのが一番ニャンだがなー ゲンドウ君たちが何もしてこないと思う程に、このマリ姐さんも呑気では居られないから………」

 

 ゲンドウ君は性格が本当に歪んでるし、冬月先生はネチッこい所がある。

 性悪の2人が組んでいるのがNERVなのだから、何もしないと思う方が失礼だ ―― そんな事を呟きながら真希波はドリンクパックを握り潰し、そして放り捨てた。

 握りつぶされたグシャグシャのドリンクパックは、整備区画の脇にあったゴミ箱に見事に吸い込まれていく。

 

「ストライク! ま、その時はその時か。罠があれば全力で食いちぎってやれば良いだけニャ」

 

 目を爛々と光らせ、口元に獣性の影を加えながら真希波は笑った。

 

 

 

 

 

 パリSEELE本部攻略から17時間後。

 AAAブンダーは、その本来の姿を取り戻し空へと浮かんだ。

 2000mを優に超える船体、その船体よりも巨大な円環を戴いている。

 自律攻撃型箱舟(Autonomous Assault Ark)、因果律を調律し()()()()()を与えられたNHG級初期バッチ艦のとしての権能だ。

 

 

北アメリカ航空宇宙防衛司令部(NORAD)より、衛星軌道上のPod-02(エヴァンゲリオン2号機封印体)の位置を把握したとの事です」

 

 情報管制官である青葉シゲル少佐が報告の声を上げ、AAAブンダーのブリッジの大型情報表示パネルに軌道を表示する。

 その様を見て、戦前(ニアサード以前)を憶えている機関長である高雄コウジは嘆息を漏らした。

 人類が力を取り戻した、そう感じたのだ。

 国連軍 ―― 海上自衛隊上がりの高雄は、かつてのネットワーク化された戦場を経験した人間であり、それがどれ程の戦力倍増要素であるかを叩き込まれていたのだ。

 だからこその感嘆であった。

 知らぬ間に、腕の蒼いバンダナを触り、人類の復調に更なる戦意を滾らせていた。

 人類は戻ってきたぞ、と。

 

 そんな人間の感傷など感じる事無く、14年と言う月日を越えて生き残っていた通信衛星群は、久しぶりに受けた人類からの命令(コマンド)を忠実に実行していくる。

 WILLEは全軍が情報と言う意味で連結し、後方(アメリカ大陸)も前線も一体となって戦う事が出来るようになったのだ。

 群体としての人類、その頂を取り戻そうとしているのだ。

 

「レーダー網も十分でないのに、この短時間で良くも見つけたものね」

 

 艦長である葛城の後ろに立つ副長赤木リツコ中佐が感嘆の声を漏らした。

 科学者としての癖を持つ赤木は、NORADの人間たちがどれ程の努力を行ったのか、理解出来たのだ。

 その思いを葛城も理解する。

 思いを背負い、そして前へと進むのだ。

 

「彼らは彼らの仕事をした。であれば我々も自分たちの仕事をしよう。副長! 全艦の最終確認を実施せよ」

 

「了解。各部、報告を命じます」

 

 赤木が全艦の各部に状況報告を命じる。

 副長席の情報端末は勿論、それは艦長席でも行える事であったが、各部の当事者たちからの報告も又、重要であるからだ。

 各部の管理者たちは各々、声を上げていく。

 それは、ある種の儀式でもあった。

 戦場へ向かう為の、乗員たちが心を束ねる為の儀式。

 

 最後に、副長である赤木が声を上げる。

 

「各部より報告、異常なし。艦長、AAAブンダーは全力発揮が可能よ」

 

「宜しい。ではAAAブンダー、発進せよ!!」

 

 

 

 悠然と宙に浮かんでいたAAAブンダーが船体を垂直に起こして真っすぐに宇宙へと駆けあがっていく。

 その様を、グローバルは敬礼をもって見送っていた。

 否、グローバルだけではない。

 ダイダロスの艦橋要員、或いはパリで作業中であった各人員。

 見上げれた者は誰もが敬礼をもって見送った。

 

 

 

 馬鹿げた推力が、信じがたい程に巨大なAAAブンダーと言う存在を宇宙へと真っすぐに突き進ませた。

 空へ空へ。

 先へ先へ。

 空力限界高度まで48秒で到達し、更に先へと駆けあがる。

 

「Pod-02との接触軌道に乗ります」

 

 巨大なAAAブンダーの舵を預かる長良スミレ大尉が、事前に計算されていた接近(ランデブー)軌道に船体を乗せた。

 後は推力を調整し、接近させていく作業になる。

 

「Pod-02の位置把握は?」

 

「予想位置との誤差、-0.3。カウント320。目視確認距離まで約30分で到達予定です」

 

 電測統括員(レーダー手)である北上ミドリ中尉が、常日頃の軽さの無い口調で報告する。

 流石に初めての宇宙航行と言う事に緊張の色が隠せなかったのだ。

 例えAAAブンダーが内部に慣性制御を行い、無重力を感じさせなくしているとしても。

 

 葛城は目を一瞬だけ赤木に向けた。

 以心伝心、艦内状況を確認して頷き返す。

 異常なし。

 初の宇宙航行に、AAAブンダーの各部に異常は出て居なかった。

 

「宜しい。では回収作業、準備を進め」

 

『整備、伊吹です。エヴァ01に問題はありません。回収作業支援艇の方が準備にもう少し時間が掛かりそうです』

 

 回収作業支援艇とは、本来の意味での宇宙船であった。

 SEELEが開発し、その本部施設に保管していた作業用宇宙機である。

 問題は14年ほど余り整備を受けることもなく放置されていた為、整備に時間が掛かっていた。

 特に、最優先が初号機向けのO装備が優先されていた為、作業に取り掛かるのが遅かったと言うのも大きいだろう。

 

「なら仕方がないわ。作業艇は予備に回して。エバー08をバックアップに」

 

『了解しました。作業を切り替えます』

 

「悪いけど最優先でお願い ―― 真希波大尉、覚悟は良いわね」

 

『エヴァンゲリオン8号機、準備に問題はナッシングなんで、何時でも大丈夫ニャ!』

 

 元気の良い声でサムズアップまでしてくる真希波に、葛城は小さく笑う。

 ブリッジにも少しだけ笑いが漂った。

 宇宙と言う事にやはり多くのクルーも緊張していたのだ。

 それを、意図せずにか崩した真希波に、内心で感謝をしつつ、葛城はシンジへの通信を繋いだ。

 

「覚悟は良いか?」

 

『01、何時でもどうぞ』

 

「そう、ならカウント600で回収作業開始を命じます」

 

 葛城の宣言を受けて、手早く北上が艦橋前面のモニターにカウンターを表示させる。

 600、10分のカウントダウンだ。

 

「総員、作業準備完了を急げ!」

 

 赤木が激を飛ばす。

 その横で葛城はマイクを掴んで小さな声で、シンジにだけ言葉を送る。

 

「いいわねシンジ君、必ず、取り返してきなさい」

 

『はい、ミサトさん』

 

 視線を合わせる事も無く行われたソレは、だが正しく()()()()()であった。

 

 

 

 

 

 ゆっくりと、慎重に宇宙を進むエヴァンゲリオン初号機O装備(OwU)

 そのエントリープラグに沈むシンジの目からも2号機が収められている封印体、特殊な立方体が見えてきた。

 十字架にも似て見えるが、少し違う。

 真っ赤な棺。

 シンジは逸る心を抑えつつ、相対速度を合わせていく。

 減速と加速とを繰り返し近づいていく。

 全長で50mを越えそうな、エヴァンゲリオンを封じる封印体。

 ゆっくりと初号機の手が触れた。

 

「アスカ………」

 

 その中に居るアスカがどうなっているのかなど、全く分からない。

 SEELEの資料を漁っても、機密度が高い為にか回収作業に出る迄には発見する事は出来なかった。

 だが死んではいない。

 居ない筈なのだ。

 シン化を遂げた2号機は、アスカのみを主と受け入れると言う。

 であれば、SEELEとしても儀式(人類補完計画)に使う為にアスカを殺す事は出来ない筈なのだ。

 全ては2号機を確保し、開けて見れば判る。

 そう自分に言い聞かせながらシンジは丁寧な作業で封印体に着地する。

 

「01、02への同調接触、完了」

 

 報告と共に息を一つ。

 確保の安堵を逃す。

 触る事が目的では無い。

 回収までが仕事なのだ。

 

 だが、それでも尚、一瞬とはいえ集中力は途切れてしまった。

 

-シンジ-

 

 声が、した。

 

「アスカ!?」

 

 慌てて周りを見るシンジ。

 と、エントリープラグ正面にアスカが居た。

 一糸まとわぬ姿で、笑っている。

 

「-シンジ-」

 

 耳朶を打つ懐かしい声。

 目が逸らせない。

 

「シンジ」

 

 手を伸ばしてくる。

 シンジもまた手を伸ばす。

 

「あ、アスカ……」

 

 その指先が触れ合おうとした瞬間、前髪から覗いた口元が愉悦の形に歪んだ。

 目が歪み、それは正しく狂相。

 それがシンジに正気を取り戻させた。

 

「違う! お前は違う!?」

 

「気づいたのは立派よ、だけど残念。もう遅いわおバカさん」

 

 エントリープラグのL.C.L濃度が一気に上がり、シンジは失神した。

 電源の落ちたエントリープラグから、アスカの姿を模したモノは光となって解けていった。

 

 

 

 

 

 順調に推移していた筈の2号機回収作業。

 だが、それは唐突に訪れる。

 

「しょ、初号機からの信号途絶!?」

 

 青葉が声を上げた。

 だが葛城がそれに対応する事を命じるよりも先に、AAAブンダーを衝撃が襲った。

 

「接触!? 艦下方からの強襲です!!!」

 

「なんですって!?」

 

 AAAブンダーを下方から襲ったのはNERVの宇宙強襲型エヴァンゲリオン、44δ(デルタ)型であった。

 下半身が巨大な推進器となっている、宇宙を泳ぐ人魚の様なエヴァンゲリオンだ。

 それが7機、亜空間 ―― 位相空間に潜んでいた所から一気にAAAブンダーへと襲い掛かっている。

 被弾による激震が船体を揺らす。

 ATフィールドが直撃を赦さぬが、衝撃は通るのだ。

 

 激しく揺れるブリッジにあって葛城は、艦長席の手すりに掴まりながら命令を発する。

 状況を把握するよりも先に迎撃の判断をするのが、この葛城と言う人間の真骨頂であった。

 迷う前に撃て、と言う性根であった。

 高級指揮官としては些か以上に問題があったが、事、この様な現場での指揮官としては滅法に向いているのだ。

 

「迎撃戦開始! 舵任せる。適時回避行動を実施せよ! 迎撃は各砲各個に実施! エバー08、出れるわね?」

 

 裂帛の気合が入った声が、激震からの混乱したブリッジクルーを沈めた。

 命令を受けた各人が慌ただしく、自分の仕事に取り掛かっていく。

 そしてAAAブンダー最後の切り札(カード)が葛城に応える。

 

『合点招致!!』

 

「良い、此方は良いわ。ブンダーはそう簡単に沈まない。それよりも2号機よ! アレをNERVに奪われる訳にはいかないわっ!!」

 

『およ、コレってNERV? お姫ちんの奴に付いてた奴の迎撃とかじゃなくて??』

 

「そこまでウチのクルーが間抜けな筈が無いわ。それに、奴らも2号機は欲しがってる筈。いい、エバー08は全力で2号機を確保して。他は気にしないで!!」

 

『イエッサー♪ ほらほら、8号機、出ちゃうぜー!!』

 

 

 

 

 

 葛城の推測は正鵠を射ていた。

 44δが襲撃を開始するのと前後して、一隻のNHGが位相空間から姿を現す。

 NHG GəléːɡənhaItだ。

 NHG第2シリーズでも戦闘用の本艦であるが、今回の主目的は戦闘では無かった。

 艦首部に大型の鹵獲ユニットを取り付けている。

 初号機と2号機が目的であった。

 

「初号機、完全に沈黙! パイロットの意識途絶も確認!!」

 

「宜しい、では鹵獲だ。急ぎたまえよ。あちらにはまだ8号機が居る。宇宙用のδ機とは言え長期戦ともなれば難しかろう」

 

 常に前線に立つことを好むNERVのナンバー2たる冬月コウゾウは、この世界初の宇宙戦闘を楽しんでいた。

 艦首部の鹵獲ユニット ―― 4本のアームが1つとなっている初号機と封印体(2号機)とを掴まえた。

 艦首部で咥え込む様に固定する。

 

「鹵獲完了です!」

 

 だがAAAブンダーの動きも決して遅くは無かった。

 

「NHG Bußeよりエヴァンゲリオン8号機の出撃を確認、44δと交戦せず、此方へ一直線です」

 

 AAAブンダーから飛び出した8号機は一直線にNHG GəléːɡənhaItへと向かってくる。

 推進器が盛大に光を引くさまは流星の如き美しさがあった。

 

「砲戦距離まで42秒! 来ます!!」

 

「はははははは、葛城君は本当に思いっきりが良い。そして()もだ」

 

 状況を見抜く戦略眼があると褒める冬月。

 だが、と嗤う。

 

「だが、今回は我々の勝ちだな。艦長、後退したまえ。44δにも撤退命令を出したまえ」

 

「はっ! 全艦、位相空間への降下始めっ!!」

 

 ゆっくりと位相空間へと沈みだすNHG GəléːɡənhaIt。

 それを阻止せんとばかりに8号機が発砲するが、命中する事は無い。

 

「葛城君、マリ君。また、会おう」

 

 

 

 

 

 




2021.10.04 微調整実施


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参 SAYONARA to intrusive noise
01


+
何度も何度も傷つけられたら、
相手を紙やすりだと思えばいい

多少、擦り傷は受けれど、
自分はピカピカになり、
相手は使い物にならなくなる

――クリス・コルファー  









+

 碇シンジは目を覚ました。

 SEELEの手によって睡眠から縁遠くなった体にされて以降、久方ぶりとなった目覚め。

 だがそれは快適なものとは言い難かった。

 目に飛び込んできたのは、清潔感こそあれども無機質さを感じさせる白く塗られた天井。

 何処だ、ここは? と呆っとした感じで回りを見る。

 壁も同様だ。

 身を動かそうとするが動けない。

 服が、袖が体の前で縛り上げる様になっている拘束衣となっていたのだから。

 そして拘束衣は金具でベットに固定されていた。

 動こうとすれば、軋みこそすれども、自由になれる気配は無い。

 只の人よりも強いシンジの力でも緩む気配は無い。

 

「っ!」

 

 その事がシンジに状況を思い出させた。

 NERVに捕まったのだと言う事を。

 アドレナリンが一気に噴き出して意識の歯車が一気に切り替わる、平時から戦時へと。

 だがそれは暴れる事を意味しない。

 注意深く周囲を観察し、機を窺うのだ。

 ()を出すべき時は、全てをひっくり返せる時だ。

 それまではじっと耐える事が戦いとなる。

 その機を知る為には、注意深く観察せねばならぬのだ。

 

『BM-03 バイタル 覚醒状態 確認 報告実行』

 

 電子的に合成された声が、言葉と言うよりも無機質な文字列を紡いだ。

 音源を確認するシンジ。

 見れば部屋の隅、入り口の傍の天井にマイク付きの監視カメラがあった。

 赤い作動中を示すランプが点いている。

 音声が出た事も含めて、当たり前だが自分は監視されている事を理解するシンジ。

 であれば、と体から力を抜いた。

 無駄な(エネルギー)を消費せず、()()()を待とうと判断したのだ。

 

 初号機はシンジと共にある。

 シンジ以外では初号機を動かす事は出来ない。

 SEELEがシンジをパイロットとして行った初号機の人工シン化実験の結果だった。

 である以上は、早々に処分される事はあるまい。

 そうであれば、とシンジは思考を自らが失神する寸前に見たモノ ―― アスカの偽物の事に向けた。

 先ず、アスカであるか否かを疑う前に、突然にエヴァンゲリオン初号機のエントリープラグに現れた事からして、アスカでは無い事は明白だ。

 にも関わらず迷ってしまった自分をシンジは笑う。

 自嘲する。

 恐らくはNERVが鹵獲した式波Typeの一体を利用したのだろう。

 人間の改造など今のNERVには簡単な事だ。

 実際、NERVは大きすぎるエヴァンゲリオンの補助戦力として、地上制圧用の改造人間(マシナリーユニット)を投入している程なのだから。

 肉体も人格も奪われた、哀れな人間の残骸。

 現在のNERVの科学部門トップであるジョドー・ジョージ・ジョージョ、通称Dr(トリプル・ジェイ)は、人道と言うモノに一切の価値を見出さない人間であった。

 

 ()()()()()()()()

 

 そこまで考えた時、自然とシンジの腕に力がこもった。

 強靭な素材で出来ている筈の拘束衣がミシミシと悲鳴をあげる。

 アスカでは無いアスカ。

 式波Typeの1人であったとしても、許せない。

 DrJ³もNERV司令碇ゲンドウも、許さない。

 内側から沸々と湧き上がる憤怒の念を沈める為、シンジは残されている右目を瞑った。

 噛みつくのは1度。

 その喉を確実に噛み千切れるその時まで、歯は決して見せてはいけないのだから。

 

 

 

 

 

「………そうか、シンジが目を覚ましたか」

 

 報告を受けた碇ゲンドウは、バイザーによって表情の見えない顔で1つ頷いた。

 だがそれでも、そこに親子の情と呼べるものが無い事が、このNERV総司令執務室に居る人間には手に取る様に判っていた。

 そして、実際、碇ゲンドウがシンジに言及したのはそれだけであった。

 シンジは生きてさえいれば良い。

 生きてさえいれば使()()()のだから。

 人類補完計画への道、それこそが全てなのだ。

 

「確保した第2の少女(Whore of Babylon)、その()()に関してはどうか?」

 

 その問いかけに、列席していた科学部門トップであるDr.J³が報告を述べる。

 フード付きの白衣を着た怪しげな外見、その体はなかば機械化されており、声も喉元より電子合成されたモノであった。

 だが電子合成された声であっても、そこに潜む狂気というものは隠せていなかった。

 否。

 本人には隠す気など無いだろう。

 EURO-NERVの技術部門トップであり、であったにも拘わらず、思想的にSEELEと相容れなかったが故にNERVに加わった人間であった。

 

「流石はシン化適格者ですよ、式波Type第1ロット131号体! SEELEの手で弄られ、14年もL.C.Lに漬けられていたのに、封印を解けばもう自己修復を始めています! 信じられない! 素晴らしい!!」

 

 声に深い愉悦がある。

 Dr.J³は式波Typeの開発も管理していた。

 それ故に、自分の作品が到達した事に深い深い喜びを感じていたのだ。

 

「生体構造がどう変容したのか、変容していないのか、直ぐ様に解剖してみたい!」

 

 肺腑を、頭蓋骨を開けて調べたいと言う。

 正しく変態であった。

 その願いを碇ゲンドウは一蹴する。

 

第2の少女(セカンド)はセントラルドグマ解放のカギだ。不確定要素は加えられん」

 

「はい、それはもう!!」

 

 調子の良いDr.J³に部屋の空気は何とも言えないモノにされてしまう。

 それを戻す為、冬月コウゾウが口を開いた。

 

「13号機の建造はどうなっているのかね?」

 

「計画からの遅延は一切ありませんよ! 現在、機体は()()()()を実行しております。強化適格者(マシナリー・チルドレン)の選抜と適合試験も問題ありません」

 

 エヴァンゲリオン13号機は、NERVの主力機である44型(ダブルフォー)エヴァンゲリオンとは全く異なった機体であった。

 1から設計された、人類補完計画に連なる儀式用として建造される機体。

 そうであるが故に13号機は乗り手を選ぶ。

 駆動器たる魂を求める。

 その為に、クローン体(リリンの模造品)である綾波Seriesでは運用は出来ないのだ。

 だから、操縦適格者を()()()()()のだ。

 リリン(ただの人間)から、その肉体と魂を鋳つぶすようにして適格者を作り出したのだ。

 人を人とも思わぬ所業。

 それを嬉々として行うのがDr.J³と言う男だった。

 

「初号機の改修はどうか?」

 

強制外殻(スレイブエクステンション)の取り付けとエントリープラグの交換だけですからね! 問題はありません、完璧ですよ! 嗚呼、第3の少年!! 儀式用適格者の雛形として改造(使徒因子の移植)が成された彼の生体情報を収集したい。したかった!!!」

 

 無意識に手を指を動かして恍惚ささえ感じられる声色で報告するDr.J³。

 生体情報の収集、それが何を意味するか。

 疑問に思う必要も無いだろう。

 その奔放(狂的)さに、冬月は眉を少しだけ歪めて碇ゲンドウを見た。

 何とかしろ、そう言わんばかりの目つきだった。

 仕事はする。

 NERVへの忠誠心もある ―― 取り合えず、仕事を与えて(人間を弄らさせて)いれば文句は言わぬ人間。

 だが、自分を常識的な人間と認識して居る冬月にとっては、中々に度し難い人物であるのだから。

 対して碇ゲンドウ。

 バイザーで目元と共に表情を隠し、冬月の訴えを無視(スルー)する。

 

「手は出すなDr。現在の最優先事項はセントラルドグマの封印解除、そしてリリスの破壊だ」

 

「判っておりますぞ! その為の初号機、そして13号機! 直衛用の71型(セブンワン)も4体が稼働準備を完了して御座います。此方も強化適格者(マシナリー・チルドレン)の準備は完了しております」

 

 予備の適格者(セカンドチルドレン)

 儀式用のエヴァンゲリオンを動かすには綾波Seriesでは無理なのだ。

 エヴァンゲリオン自体もそうであるが、儀式に用いられるリリスの槍を励起させられるのが、魂を持ったリリン(リリスの子どもたち)と言う事が大きかったのだ。

 だからこそ、作り出されたのだ。

 

 量産されたNERVのパイロット綾波Series。

 だが、エヴァンゲリオン起動こそさせられても、槍を励起させられる魂を持った個体は1つだけだった。

 エヴァンゲリオン零号機を駆った綾波Series初期ロット(標準型)体、1st-02(綾波レイ)だ。

 そして今、綾波レイはNERVには居ない。

 だからこそ、碇ゲンドウは無理矢理に適格者を作らせたのだ。

 

 尚、当初は鹵獲したSEELEの適格者、製造方法の違いから魂を持っていた式波Typeの流用も考えられていたのだが、SEELEによる隠しプログラム(非常命令)が成されている可能性が捨てきれなかった為、此方の案は破棄されていた。

 

「WILLEによる妨害、初号機及び2号機を奪取せんと侵攻してくる可能性も捨てきれぬ。Dr、準備を急げ」

 

「はい!!」

 

 兎も角として、NERVは作業を先に進めねばならない。

 鍵は全て手元に揃っているのだ。

 意味も無く浪費するべきでは無いのだから。

 碇ゲンドウの個人的欲望もある。

 だが同時に、SEELEの上位存在、恒星間文明たる銀河列強(Overload)襲来(刈り取り)がいつ来るか判らぬと言う問題があった。

 NERVの人類補完計画、決して遅らせる訳にはいかぬのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 格離室から連れ出されたシンジ。

 懐かしいNERV。

 シンジの記憶にあるソレとは、少しばかり違っている所もあったが、概ね、一緒であった。

 違いは、働いている人間の格好が違う事。

 壁に弾痕や黒い染み ―― 血糊の後が残っている事だろうか。

 そして何より、多くの綾波Seriesが闊歩していると言う事だろう。

 人員不足の深刻なNERVは、綾波Seriesをエヴァンゲリオンのパイロットとしてだけではなく、施設要員としても採用しているのだった。

 耐久性と稼働時間を優先して調整された綾波Series-9GS型。

 魂が薄く、自我に乏しい綾波Seriesであったが、であるが故に単純作業の要員としては重宝されていた。

 

 シンジには、何とも冒涜的に見える光景であった。

 特に、初号機に取り付いて作業をしている姿は。

 

 懐かしいNERV本部初号機用ハンガーに収納されたエヴァンゲリオン初号機は今、文字通りの宙に吊り上げら(ハンガーさ)れて、四肢を縛るように黒塗りの強制外殻(スレイブエクステンション)が取り付けられて行っていく。

 手足、その他、各部には針の様な制御刺が撃ち込まれていく。

 

 その目的をシンジが教えられた訳では無い。

 だが見て居れば判る。

 初号機を人形にする積りなのだと。

 シンジしか受け入れない初号機を、意のままに操ろうというのだろう、と。

 シンジはNERVに与する気は一切ない。

 碇ゲンドウの目的、人類補完計画の内容を知れば同意出来る筈も無い。

 群体から個への進化など、とてもでは無いが受け入れる気になれないのだから。

 しかも、根っこは自分の妻に会いたいと言う余りにも独善的で幼稚な願いだ。

 阿保らしくならないのかと、自主的にNERVに参加する人間に問いたいレベルの話だった。

 

「久しぶりだね、第3の少年」

 

 動きづらい、堅い拘束衣の為に小さく首を振って後ろを見たシンジ。

 居たのは、冬月だった。

 14年の歳月が顔に刻まれては居るが、その雰囲気は昔と同様であった。

 否、胡散臭さと言うものが加味されている。

 そうシンジには感じられた。

 

 NERV副司令。

 NERV総軍の現場最高責任者。

 

 今ここで、首を噛み切れるのであれば、後の労力は少なく済むんじゃないのか、そう思える相手だった。

 そんなシンジの感情が漏れ出たのか、シンジの周囲に居た武装した監視役が9㎜機関拳銃(マシンピストル)を構えた。

 黒光りする筒先に怯える事無く、シンジはつまらなそうに冬月のみを見る。

 挨拶する気にはなれない。

 

 そんなシンジを冬月は笑う。

 

「若いな」

 

 指先で、シンジを連れて来ていた部隊の指揮官を呼び、命令する。

 

「この後、何かあったかね?」

 

「いえ、Dr(ドクトル)からの指示は御座いません。収監室に戻る予定であります」

 

「そうかね。では折角だ、少しばかり()()()としよう。第3の少年、この老人が一つ君に良いものをみせてやろう 連れてきたまえ」

 

「…………」

 

 口を開かない、反抗的なシンジの姿に、冬月は益々持って笑みを深める。

 

「興味はないかね、君が求める第2の少女の所だ」

 

 

 

 

 冬月が先ずシンジを連れて行ったのは、ケイジ群の最奥。

 300m四方はありそうな、地下の広大な製造空間。

 いくつものアームが伸びたその中央にはシンジが初めて見る異形のエヴァンゲリオンが立っていた。

 火花を纏って、今、艤装の最終段階が行われている。

 

「……なっ……に…っ!?」

 

 その姿を見たシンジが絶句した。

 目をまん丸と開いて衝撃を受けていた。

 

「驚いたかね? NERV最後のエヴァンゲリオン、13号機だよ」

 

 愉悦の匂いを隠す事無く、冬月はシンジに教える。

 

 エヴァンゲリオン13号機。

 初号機にも似た、紫と青を基調とした巨大なエヴァンゲリオン。

 骸骨の様な、白い面覆。

 大小となる2対4本の腕。

 背中に生えた翼状の何か。

 だが異形というだけであればシンジも驚かない。

 衝撃も受けない。

 問題は、1()3()()()()()()2()()()()()()()()()()()と言う事だ。

 四肢の切断された2号機を、小さい方の2本の腕で胸の前に抱きしめる様になっているのだ、この13号機と言うエヴァンゲリオンは。

 太いパイプが幾つも2号機と13号機とを接続している。

 

「驚いたようだね? これが最後の、願望機としてのエヴァンゲリオンだ」

 

 嗤う冬月を、睨みつけるシンジ。

 その凶相にシンジの監視役達は慌てて、拘束衣を掴んで動けなくする。

 動かない。

 否、シンジは掴まれても尚、姿勢を崩さない。

 目を冬月から逸らさない。

 

「アスカをどうするつもりだ」

 

 14年前、シン化を遂げたエヴァンゲリオン2号機は、その操縦者を式波アスカ・ラングレーと定めた。

 故に、2号機を操れる者はアスカ以外にはいない。

 例え同じクローン体である式波Typeであっても、受け付けない。

 シンジの初号機同様に、アスカの魂が2号機に刻まれているからだ。

 だからこそ、シンジは問うのだ。

 殺意すら籠ったシンジの視線、だが冬月はソレを意に介する事無く笑みの形で口を開く。

 

「どうにもせんよ? 第2の少女には最初から与えられていた役割を果たしてもらうだけだからね」

 

「役割だ……と」

 

「そうだよ。ヒトには誰しも役割があって生まれてくる。()()()()()()であれば特に、だな。エヴァンゲリオン操縦用の生体ユニット、式波Typeである第2の少女は、同時に、シン化形態2号機を以って人類補完計画を完遂する為の()()としての役割を果たして貰わねばならぬ」

 

 シンジを煽るように言う冬月。

 創られた人間、生体ユニット、供物、言葉を連ねる毎にシンジの顔には殺意が募っていく。

 その様に、益々の愉悦を感じ、冬月は自覚せぬままに口元を歪めていた。

 

「アスカをどうするつもりだ」

 

「同じ質問だね第3の少年? であれば私の答えもまた同じだ。()()()()()()()

 

「…………」

 

 歯を食いしばって睨むシンジ。

 シンジは冬月の目的が、自分を煽るものだと理解していた。

 恐らくは怒りによって判断力を落とそうと言う狙いなのだろう。

 判ってはいた。

 それでも尚、怒りを治める事は難しかった。

 食いしばった歯によって首元の筋肉は引き攣り、目の前が真っ赤になりそうであった。

 抑え込もうとする監視役達を、さながら縋らせるが如く自身の脚で立つシンジは、身を動かす事無く、目だけに憎悪を滾らせた。

 その様を冬月は鼻で笑う。

 

「ユイ君の面影はあっても、君は野蛮だな」

 

 と、硬質な足音と共にこの場に闖入者が来る(エントリー)

 

「冬月副司令! 第3の少年を連れて来られるとは、これは最早研究をしてよいと言うお話ですかな!?」

 

 言うまでも無くDr.J³だ。

 13号機の確認に来ていたのだが、電子合成された声であっても喜色にあふれているのが感じられるほどであった。

 シンジをジロジロと見る。

 そこにあるのは、正しく実験動物を見る科学者の目だった。

 

 シンジはDr.J³によって空気が変わった事で冷静さを取り戻した。

 初めて見たNERV関係者。

 だが、その機械化された怪貌がシンジにDr.J³の正体を教えていた。

 WILLE上部から回ってくる資料にあったのだ。

 現NERVの重要人物であり危険人物であると記載(クレジット)されて。

 故にシンジは冬月とDr.J³を殺せれば、NERVの打撃は如何ばかりかと考える。

 口には出さぬ。

 だが脳内で行く通りもの殺し方を考える事で溜飲を下げていた。

 冷静にならねばならぬから。

 このNERV本部と言う敵中から、アスカを連れて脱出する為には冷静さこそが武器なのだから。

 

「その話は終わった事だ」

 

「精査できないならせめて、生物的な反応調査とかをさせては貰えないですかね!」

 

「君が其処で踏みとどまれるならば碇に掛け合っても良い。だが出来るかね」

 

「科学する心が逸るのを止める事は難しいのです! ご理解願いたい!!」

 

「であれば難しいと言えるだろうね」

 

 シンジを脇に置いて、盛り上がっていく冬月とDr.J³。

 俯き気味に周りを見れば、監視役の人々も呆れた様な顔をしていた。

 Dr.J³とは、中々に難物なのだろうとシンジは心に刻んだ。

 その上で13号機を見る。

 敵となるであろう新型のエヴァンゲリオンなのだ。

 1つでも情報を得られれば後に役立つ。

 2号機を拘束し収めているのは業腹であるが、今はそこに怒りを感じるべき時では無いと自戒し、WILLEの士官としての、エヴァンゲリオン操縦員としての、特務少佐としての目で13号機をつぶさに観察する。

 見て何かが判る訳では無い。

 だが、後に、今見ている事が役立つかもしれないのだから。

 

 と、唐突にシンジの名が呼ばれた。

 意識が13号機から、名を呼んだ冬月に戻る。

 

「興味深いかね? だが君にはもっと興味深いモノを見せよう。私は慈悲深いからね」

 

 ()()()()

 どの口が言うのかとの言葉をシンジはのみ込む。

 NERVが進めている人類補完計画、その過程で人類は疲弊し、世界は死と破壊とが充満する有様となっている。

 そのNERVの第2位権限者が、何を言うのか。

 そもそも冬月の顔に浮かんでいるのは、善意とは遠く離れた感情である ―― 少なくともシンジにはそう見えていた。

 だがそれも、冬月が次の言葉を発する迄であった。

 

「彼女に会いたいのだろ?」

 

 ()()ときた。

 式波Typeとしての、では無い。

 同居した、戦友であった、気付いたら大事な人になっていた、式波アスカ・ラングレーだ。

 心がざわめく事をシンジは抑えられなかった。

 例え冬月がどう思っていようとも。

 どの様な意図があろうとも。

 シンジはアスカに会いたかった。

 

 黙り込んだままのシンジの姿に、何を感じたが、冬月は愉悦を口元に浮かべながらシンジを誘った。

 より、深みへと。

 

 

 

 

 

 




2021.10.04 微調整実施


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