最強の戦士 (うちこ)
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1話 期待されない新参者

はじめまして、うちこと申します。

好きな競走馬の話を書きたいなーと思いまして、誰がいいかなーって悩んでシンザンにしました。現役時代生まれてないんですけれどもね。




 史上最強のウマ娘は誰か。

 

 春の天皇賞を二連覇、最強のステイヤーとの声も多い、絶対の強さを誇るメジロマックイーン。

 

 無敗の二冠、約一年ぶりの復帰戦である有馬記念で勝利し、レースの常識を覆したトウカイテイオー。

 

 菊花賞を七バ身差の衝撃的な記録で勝利した、五人目の三冠ウマ娘にして、シャドーロールの怪物。ナリタブライアン

 

 重賞八連勝、マイル戦において七戦七勝の最強マイラー。雨の中の無敵と謳われたタイキシャトル。

 

 重賞最多勝利数タイの記録を持つ、年間全勝のレジェンド。世紀末覇王テイエムオペラオー

 

 

 他にも、マイルカップやジャパンカップを制し、凱旋門賞では二着に入賞した怪鳥、エルコンドルパサー。最強の逃げウマ娘、最速の機能美と呼ばれたサイレンススズカ。ダービーを制し、春と秋の天皇賞を連覇、そしてジャパンカップを優勝したスペシャルウィーク。

 

 

 例を挙げればきりがないが、この終わりのない論争に結論を出さなければならないとするならば、やはり史上最強のウマ娘は、四人目の三冠ウマ娘にして、史上初無敗の三冠を達成、そして史上初の七冠を達成し、唯一の絶対を持つ皇帝、シンボリルドルフになるのだろう。

 

 

 

 だが、シンボリルドルフが現れるよりも前、確実にこのウマ娘が最強だと、そう言える時代があった。

 

 出場したGⅠレースは全て一着、全レースの成績は十九戦十五勝、二着四回の連続連対数十九の大記録を持ち、ルドルフが現れるまでの間、彼女の前ではすべてのウマ娘が挑戦者であり、そして彼女を超えることこそが悲願の目標だった。

 

 その走りはナタの切れ味と呼ばれ、今をもってなお、歴史にその名を燦然と輝かせる。

 

 

 史上二人目の三冠ウマ娘にして、史上初の五冠ウマ娘。

 

 

 

 シンザン。

 

 かつて最強の戦士と呼ばれた、最強のウマ娘。

 

 

***

 

 

「ほら、シンザンちゃん。起きて。朝ごはん行くよ」

 

「んぇ、もう朝か……って、また動画つけっぱで寝落ちしちゃった」

 

「ほんと、よくイヤホンつけて大音量で動画流しながら寝れるよね」

 

「あはは、お母さんにもよく言われたな〜」

 

 

 イヤホンを頭の上の耳から引っこ抜き、クルクルと巻いてしまいながら、同室のセカンドちゃんこと、オンワードセカンドの声に応える。

 

 私が今通っている学校、日本ウマ娘トレーニングセンター学園。通称トレセン学園はトゥインクル・シリーズでの活躍を目指すウマ娘が通う全寮制の学校で、基本二人で一部屋だ。

 

 

 セカンドちゃんは綺麗な鹿毛の髪を整えて、すでに制服を着て準備を整えていた。タレ目気味のおっとりとした目が今日も可愛い。

 一伸びし、ベッドの上からいそいそと這い出て、鏡の前へ向かう。

 

 なんの特徴もない顔、なんの特徴もない背格好。ウマ娘の中では小柄なのも相まって、一見すればただの人と見間違えられてもおかしくない。前髪の、白色でひし形の流星がなければ、ウマ娘だとも思われないかも。そんな平々凡々なごく普通の女の子が、今日も鏡にうつっている。

 

 急いで髪を整え、制服に袖を通して一緒に部屋を出て食堂へ向かう。セカンドちゃんが起こしてくれたので、時間には多少余裕がありそうだった。

 

 

「もうすっかり秋だね」

 

 

 寮から学校へ向かう通学路の途中、セカンドちゃんがすっかり赤く染まった紅葉を見上げながらそう言った。

 

 

「この前まで暑いのヤダーっ! って騒いでた誰かさんが懐かしいね」

 

「んぇ……そ、それは一体誰のことでございましょうか……?」

 

「梅雨のときは、雨きらーい! って言ってた誰かさん」

 

「んぇぇ……」

 

 

 私の誇張されたモノマネを披露するセカンドちゃん。私は思わずカエルのつぶれたような声を出す。

 

 夏は暑いし、梅雨はジメジメするし、地面が濡れて歩きにくいし、走りにくい。嫌いにならない方がどうにかしてるのだ。うん。秋と春以外の季節は滅べばいい。

 

 

「ま、まあもう明日には十一月に入るし? ようやく私の時代っていうか?」

 

「その割には、デビュー戦もまだだし担当のトレーナーもいないけどね」

 

「んぇぇ……」

 

 

 私はセカンドちゃんと同じチーム、アルタイルに入部した。

 

 チームアルタイルは、ウマ娘が六十〜七十人ほども所属し、チーム長である代表トレーナーの他に、サブトレーナーも大勢所属している大きなチームで、数年前に皐月賞、日本ダービーを制覇した二冠のウマ娘であるコダマ先輩を輩出した、今もっともトレセン学園で勢いのあるチームだ。

 

 ただ、元々所属しているウマ娘の人数が多いことと、そして今年チームアルタイルには入部試験を合格して選ばれた、選りすぐりの十六人ものウマ娘が入部したということもあり、トレーナーの手が足りていないのだ。

 

 一応私も、その入部試験を合格して選ばれた一人のはずなんだけど、きっと成績は十六番目なんだろう。担当のトレーナーは割り振られず、テキトーに自分でトレーニングに励む日々を過ごしていることからも明らかだ。

 

 

「セカンドちゃんはいいな〜。デビューも済んでるし、今度は京都で淀ジュニア特別競走にでるんでしょ?」

 

「まあ、デビュー戦は負けちゃってるけどね」

 

「でも二着じゃん。その後の未勝利戦で三バ身半差の快勝だし。セカンドちゃんはチームアルタイル期待の星だよ。一等星だよ。きっといつの日かウマ娘から鷲に姿を変えて羽ばたいて行っちゃうんだよ」

 

「ごめん、ちょっとなにいってるのかわからない」

 

 

 期待の星と、一等星のアルタイルを掛けた私の冗談は受け流されていった。

 

 

「はぁ……私、デネブに入ればよかったかなあ」

 

「デネブって……メイズイ先輩のとこの?」

 

「うん。チームアルタイルが今一番勢いがあるって言っても、やっぱり最強はデネブだし」

 

 

 チームデネブは、トレセン学園で最強と言われているチームだ。

 

 デネブに所属している、ひとつ上のメイズイ先輩は、現在皐月賞と日本ダービーを優勝している、現在二冠のウマ娘だ。メイズイ先輩の同期に、同じくデネブに所属し、去年の最優秀ジュニアウマ娘に選ばれ、毎回メイズイ先輩とデッドヒートを繰り広げるグレートヨルカ先輩もいるが、皐月賞での快勝、そして日本ダービーで二着のグレートヨルカ先輩に七馬身の差をつけ、レコードでの圧勝を達成したメイズイ先輩の勝ちぶりから、クラシック三冠確実とも言われている。

 

 最も勢いのあるチームのアルタイル。最も実力のあると言われているチームデネブ。どちらの方が強いかと聞かれたら、やはりデネブに軍配が上がるだろう。

 

 

「それに、私十一月三日に京都でデビュー予定なのにさ、まだ担当のトレーナーが付かないって、酷すぎない?」

 

「……まあ、それは確かにね」

 

 

 明日には十一月になるというのに、そしてメイクデビューも間近だというのに、私には担当のトレーナーがいない。そのため、レースのためのトレーニングもできていない。愚痴りたくもなる。

 

 こんなので京都の芝、1200メートルを走りきれるのだろうか。

 

 

「でも、デネブにも期待の新人が入ったらしいから、あまり変わらなかったかもよ?」

 

「はぁ、世間は辛いねぇ……あてっ」

 

 

 ため息をついて愚痴る私の頭が、パシッと軽くはたかれた。

 

 

「うるさいわよシンザン。大声で愚痴を言い過ぎ。丸聞こえ。」

 

「ご、ごめんウメちゃん……おはよ」

 

「……おはよう。先行ってるわね」

 

 

 私の頭を叩いたのは、セカンドちゃんではなく、幼馴染のウメちゃんこと、ウメノチカラだった。

 ウメちゃんはキリッと釣り上がった凛とした目でこちらを一瞥して挨拶を返すと、綺麗な黒い髪をたなびかせ、まっすぐと伸びた背筋で歩いていった。

 

 

「シ、シンザンちゃん。ウメノチカラさんと知り合いなの?」

 

「うん、幼馴染だけど……ウメちゃんって有名なの?」

 

「有名もなにも……デネブに入った期待の新人ってあの子のことよ?」

 

「ほぇ……やっぱりウメちゃんすごいんだなぁ」

 

 

 すでに小さくなっているウメちゃんの背中を見つめながら、情けない声で息をもらす。

 

 

「確かデビューはまだだったはずだけど……三日にメイクデビューの予定だったけ」

 

 

 セカンドちゃんの言葉に、私は全身の関節が固まったように動きを止めてしまった。

 

 

「……誰が?」

 

「ウメノチカラさん」

 

「……どこで?」

 

「確か……京都の」

 

「芝1200?」

 

「なんだ、知ってるんじゃない……って、まさか」

 

「……うん、その、まさか」

 

 

 ウメちゃんのメイクデビューは、十一月三日、京都レース場の芝1200メートル。

 そして私のメイクデビューも、十一月三日、京都レース場での芝1200メートル。

 

 

「……私、ウメちゃんとレースだ」

 

「あー、そのー、えっとね……」

 

 

 動きを止めた私の肩に、こちらに振り返り、言葉を探しながらセカンドちゃんが手を乗せた。

 

 

 最強のチームの、最強の新人を相手に。

 

 対する私は、担当のトレーナーすら配属されず、最弱の新人。

 

 

「……ご愁傷様」

 

「んぇぇぇ……」




淀ジュニア特別競走は、当時の淀3歳特別競走のことで、芝1400のレースです

皐月賞とかぐらいまではわりとあっさり書いてこうかなーとおもってます。まあ、書くことがあんまりないからなんですけど。

評価、感想お待ちしてます!


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2話 トレーナーは遅れてやってくる

しばらくは書き溜めがあるんで、書き溜めがなくなるまでは夜中の二十四時前後くらいに投稿する予定です


 日が進み、翌日。

 

 十一月一日。デビュー戦を明後日に控えたそんなある日。いつも通りの日常に変化が起きた。

 

 昨日とおんなじように授業を受け、ご飯を食べ、そしてテキトーにトレーニングでもして寝ようとチームの部室に向かうと、部室の前に、帽子をかぶって顎に無精髭を生やした、見慣れない男性が立っていた。

 

 

「おまえがシンザンか?」

 

「えっと……はい、そうですけど?」

 

 

 思わずカバンを抱きしめ、身をこわばらせる。そんなことはよそにと、男は私の頭から爪先まで、まるで値踏みするようにジロジロと、隅々まで睨む。

 

 

 ……まさか、不審者なんだろうか。

 

 そういえば聞いたことがある。デビューさせてあげると甘い言葉をささやいて、ウマ娘を騙す人がいるとかいないとか。

 きっと、メイクデビューもまだな私に目をつけて、騙しに来た不審者なんだ。私とうまぴょい目的の、あかちん塗っても治らない脳みそバカチンな残念な人だ。

 

 

「…………はぁ」

 

「ちょっと、初対面でいきなりため息って」

 

 

 長い沈黙の後、男は長く、深いため息をついた。それはもう、マリアナ海溝よりも深く、万里の長城よりも長いため息だ。

 

 

「だってお前、速くなさそうだし。小柄だし、覇気がないし。なんか平凡」

 

「へいぼっ……」

 

「それになんか、ずんぐりむっくりしてるし」

 

「ずっ……!? 不審者に言われたくないんですけど!」

 

「誰が不審者っ……て、そういや自己紹介がまだだったか」

 

 

 おほん、と咳払いひとつして、男は名乗り始めた。

 

 

「俺は外尾謙二郎(そとおけんじろう)。今日からお前の担当トレーナーだ」

 

「私の……トレーナー」

 

 

 その言葉にこわばらせていた体が緩む。

 

 長年着用しているためか、少し毛羽だった帽子。若干手入れしているのだろうが、ほとんど伸ばしっぱなしのアゴヒゲ。

 

 

「…………はぁ」

 

「おいこら、いきなりため息とはご挨拶だな」

 

「だって、長い間ずっとトレーナーなしでトレーニングさせられて、いざ担当が決まったのに来たのはなんかパッとしないおっさんだし」

 

「おっさ……!?」

 

「それになんか、アゴヒゲが汚くてフケツ」

 

「フケっ……!? あのなぁ! 俺だって本当はお前なんかじゃなくてオンワードセカンドの……」

 

 

 そこまで言って、トレーナーはしまったという顔をして口を閉じた。

 

 そしてなんとなく合点がいった私は「ふ〜ん」と口角を釣り上げる。

 

 

「セカンドちゃんの、なに?」

 

「いや、そのだな……」

 

「おおかた、本当はあなたは私を担当するはずじゃなくて、セカンドちゃんを担当する予定だったんじゃない?」

 

「その……」

 

「でも、期待の新人であるセカンドちゃんには他にも担当トレーナーを希望する人がいて、その人との担当決めでゴタゴタして、あなたは結局セカンドちゃんを担当できなかった」

 

「えっと……」

 

「そのゴタゴタのせいで私には今日までトレーナーがいなくて、そして担当争いに負けたあなたが、仕方なく私のトレーナーに」

 

「……ぁあ〜、そうだよ! 最初から最後まで、全部お前のいう通りだ!」

 

 

 私の問い詰めに我慢できなくなったトレーナーが、大声で私の名推理を遮った。「秘密にしろって言われてたんだけどな」と、頭をかきながら小さい声で愚痴を言っている。

 

 

「クソっ、お前見た目平凡なのに頭いいんだな……」

 

「利口なのと体が丈夫なのが私の取り柄だから」

 

 

 勉強は嫌いじゃないし、体の丈夫さはお母さんのお墨付きだ。

 まあ、今回は間違いなくトレーナーのミスだけど。

 

 

「とにかく、俺が今日からお前の担当だ。なんか質問あるか?」

 

「えーっと……あ、私の明後日のデビュー戦って?」

 

「……あ〜、言うの忘れてた。そのことなんだけどな」

 

 

*****

 

 

「え、メイクデビューは来週になったの?」

 

「うん……はぁ、楽しみにしてたのに」

 

 

 初のトレーナー付きによるトレーニングが終わり、お風呂上がりの自室。

 ベッドにうつぶせで、枕に顔を埋めて寝っ転がり、足をバタバタとばたつかせながらセカンドちゃんの声に応える。

 

 

「なんで来週になったの?」

 

「なんか、今週のレースはウメノチカラが出るから、わざわざ負けに行くことはない……って、少し前にチーム長が決めてたらしいよ」

 

「あ〜……なるほど」

 

 

 セカンドちゃんはデビュー延期の理由に相槌を打って続ける。

 

 

「でも、よかったじゃない。レースはどうなるかわからないって言うけど、強力なウマ娘がいなくなったわけだし」

 

「たしかに来週は『期待の新人!』みたいな人がいないけどさ……ウメちゃんと走りたかったなぁ」

 

 

 強力なライバルがいなくなるというのは、確かにいいことでもあるんだろうけど……というか、今の私じゃウメちゃんのライバルとも言えないかもだし、言われないだろうけど。

 

 

「そっかぁ……それに担当のトレーナーが遅れてたのにもそんな原因があったなんて……ちょっと責任感じちゃうな」

 

「セカンドちゃんは悪くないよ……でも」

 

「でも?」

 

 

 枕に埋めていた顔をあげ、お風呂上がりの髪をまとめるためのヘアバンドを直し、自分のベッドを飛びだし。

 

 

「とりゃー!」

 

「ひゃぁあ!?」

 

 

 セカンドちゃんのベッドへと突撃する。

 

 

「これ、このっ、モテモテウマ娘めぇっ、このっ、このっ」

 

 

 セカンドちゃんに抱きつき、胸に顔をウリウリと押し付ける。お風呂上がりのいい匂い。

 

 

「やったな〜っ、このっ、売れ残りウマ娘めっ」

 

 

 負けじとセカンドちゃんも私を抱きしめ返して、私の頭に自分の頬をうにうにと押し付ける。

 

 

「このこのっ、いい体しやがって!」

 

「そっちこそっ、小さいのにいい体してっ!」

 

「んぇっ……クリティカルヒッツ……」

 

「え、あれ? 私なんか気に触ること言っちゃった?」

 

 

 小さいのにいい体という言葉に、トレーナーに言われた「ずんぐりむっくり」という言葉を反射的に思い出してしまい、抱きしめる力がしおしおと枯れていった。

 

 

「……今日、トレーナーにずんぐりむっくりって言われたの」

 

「酷いこと言うのね、そのトレーナー」

 

「セカンドちゃん……」

 

「名前、外尾って言ったっけ」

 

「セカンドちゃん……?」

 

「一発蹴らないと気が済まないわ」

 

「セカンドちゃん!?」

 

「大丈夫、一発だけだから」

 

「ダメー!」

 

「一発で仕留めるから」

 

「もっとダメー!」

 

 

 ワタワタと手を動かして、体から何やら煙のようなオーラを出し始めたセカンドちゃんをなだめる私に、セカンドちゃんは「冗談よ」といって笑った。ほっと胸を撫で下ろして、私は続ける。

 

 

「まあ、その時は私もトレーナーもちょっと喧嘩腰だったし、売り言葉に買い言葉だったけどさ」

 

「けど?」

 

「私、生まれた時も思わず写真に撮っちゃうくらい小さかったらしいし、今でもウマ娘の中では身長低いし……」

 

「……たしかに、シンザンちゃんは身長の割に体つきはいいし、言い方を悪くすればずんぐりむっくりしてるけど」

 

「んぇっ」

 

 

 でもね、とセカンドちゃんは続ける。

 

 

「それって小柄だけどウマ娘に必要な、走るための筋肉はちゃんとあるってことじゃない?」

 

「……セカンドちゃん」

 

「だからね、シンザンちゃんにずんぐりむっくりって言った」

 

「セカンドちゃん?」

 

「シンザンちゃんのトレーナーの外尾は」

 

「セカンドちゃん!?」

 

「私が責任を持って仕留めます」

 

「ダメー!」

 

 

 再びオーラを出し始めたセカンドちゃんを宥め、数分後。初めてのトレーナー付きのトレーニング、そしてお風呂あがりにじゃれついたこともあってか、明日はセカンドちゃんのレースだというのに、私たちはそのまま一つのベッドで寝てしまった。




よければ評価、感想を書いてくださるとモチベにつながります。


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3話 平凡な少女は黒い背中に夢を見る

皐月賞までさくっといくと言ってたんですけど、今10話目くらいを書いてる途中でまだ皐月賞どころかスプリングステークスも入ってないんですよね。案外コッテリ行きます


 

「なんでお前らがいるんだよ」

 

「それはこっちのセリフ。なんでトレーナーがいるの」

 

 

 十一月三日、天気は晴れ。

 

 私は今日、デビューする幼なじみのウメちゃんのレースを見ようと、セカンドちゃんと一緒に京都レース場に来ていた。

 

 天気は良く、バ場状態は良。最高のデビュー日だ。

 

 すでにスタート間近で、出走予定のウマ娘がちらほらと、実況者や解説者に説明されながらターフ上に現れている。

 

 

「それにセカンドも、昨日レースだったろ。休まなくていいのか?」

 

「お構いなく。蹴りますよ?」

 

「ひっ!?」

 

 

 オーラを放ったセカンドちゃんに、トレーナーは情けない声を上げた。

 

 ……昨日、セカンドちゃんのレース前。私の応援の付き添いで来ていたトレーナーはローキックをお見舞いされた。

 

 どうやら、冗談だと言ったのは仕留めるという言葉のみだったらしい。一発蹴るのは本気だったようだ。

 

 

 ちなみに、昨日のレース、淀ジュニア特別競走の結果はセカンドちゃんの一着。それも、レコードタイムによる圧勝だった。さすがは期待の新人セカンドちゃん、鷲になって羽ばたく日は近い。

 

 

「ってそうだよ。なんでお前らがいるんだ」

 

「来週ここでデビューだし、それに幼馴染のウメちゃんのメイクデビューだもん。見にくるよ」

 

「私はシンザンちゃんの付き添いで」

 

「で、トレーナーはなんでいるの」

 

「他チームの期待の新人のデビューだ。見にくるのが当然だろ……ってか、お前ウメノチカラと幼馴染なのかよ。平凡なのに、やっぱなんか飛び抜けたとこ……ハイゴメンナサイ、シンザン、スゴイ」

 

「…………セカンドちゃん、またオーラ出した?」

 

「出してないわよ?」

 

 

 言葉の途中で急にトレーナーが青ざめたので、振り返ってセカンドちゃんを見ると、おっとりした笑顔でそう言った。心なしか、笑顔が怖い。

 

 

「しかし、やっぱデビュー前から評判になるだけあって、ウメノチカラの人気はすごいな」

 

「そうなの?」

 

 新聞を片手に、トレーナーは続ける。

 

「ああ、レース前の人気投票による支持率は約四割、このメイクデビューを見に来てる人のおよそ半分がウメノチカラの勝利を見に来てる」

 

「……やっぱりウメちゃんはすごいや」

 

『さあ、最後にやってきたのは本日の一番人気!』

 

 

 実況者の声が京都レース場に響くと、その声をかき消し怒声にも似た歓声が沸き起こった。

 

 急な大歓声に肩をすくめ、反射的に耳をたたんで目を閉じる。しばらくし、少し歓声がおさまったのを感じたので目を開けると、ターフの上に黒い艶やかな髪をたなびかせたウメちゃんが堂々と立っていた。

 

 

『チームデネブ期待の一番星、二番ウメノチカラ!』

 

『いい表情をしていますね。走りにも期待が持てます』

 

「こ、こんなに人気なんですね、ウメノチカラさん……」

 

「最強チームデネブに、鳴り物入りで入った期待の新人だからな……あとはその評判通りの実力があるかだが」

 

 

 そんな話をし、しばらくすると、出走するウマ娘たちのゲートインが済み、レースが始まろうかというときになった。ウメちゃんは二番、内から二番目の位置だ。

 

 

『スタートしました!』

 

 

 ゲートが開き、ウマ娘たちが一斉にスタートした。

 

 

「淀の芝1200は高低差3.1メートルの坂が特徴だ。向正面でスタートしてすぐ上り坂に入り三コーナー途中で一気に下り直線につながるコース」

 

「どしたの急に」

 

「最後の直線は約330メートルと短く、坂もなく平坦。芝質も軽いことが多いためスピードが乗り高速決着になることが多いが、直線につながる下り坂は三コーナー途中にあるため勢いをつけすぎると外に振られその分距離をロスしやすい」

 

「つまり内で我慢して差すのがベストってことですね」

 

 

 急に早口で喋り出したトレーナーに思わずツッコミを入れてしまった私。それでもトレーナーの早口は止まらず、最後はセカンドちゃんの締めくくりでまとめられた。

 

 セカンドちゃんの言う通り、内で我慢し、差すのがベスト。しかもスタートしてすぐコーナーに入ることからも内枠が有利。

 つまり、二番のウメちゃんは有利な位置につけている。

 

 レースはすでに四コーナーを回り、最後の直線に入っていた。

 

 

「ウメノチカラの実力、そして有利な内枠でのスタート、不安要素もない。そうなると——」

 

 

 トレーナーの言葉の続きは、ウメちゃんがゴール板を一番に駆け抜けることで示した。

 

 タイムは1分13秒4。二着のウマ娘に一バ身半差をつけ、快勝した。

 

 

 向正面からスタートし、ゴール板を一番に駆け抜けた黒い背中を、未だに目で追ってしまう。

 

 

「ウメちゃん、速い……」

 

「ああ、順当に行けば来年、皐月賞にも出るだろうな」

 

「……皐月賞」

 

 

 クラシック三冠レース、そして世代最強を決めるレースのひとつ。

 ウメちゃんは、すごいところへ駆けようとしている。

 

 

「ねえトレーナー」

 

「あん?」

 

「私、皐月賞に出たい」

 

「はぁ? あのなぁ、皐月賞ってのはクラシック五競走のひとつだぞ?」

 

「わかってる。どうすれば出れる?」

 

「そりゃお前、勝ちまくりゃ出れるだろうけどよ……本気なのか?」

 

「うん。私、ウメちゃんと走ってみたい」

 

 

 トレーナーの目をまっすぐに見つめ、言い切る。数秒の間の後、トレーナーはやがて根負けしたようにため息をつき、「わぁったよ」と声をあげた。

 

 

「目標は高くって言うしな。ならまず、デビュー戦を勝つぞ」

 

「うん!」

 

「頑張ってね、シンザンちゃん」

 

「ありがとうセカンドちゃん!」

 

 

 皐月賞へ向けて。

 

 そして、来週のメイクデビューへ向けて、トレーニングの日々が始まる。




もしよろしければ感想、評価してくださるとすんごい嬉しいです!


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4話 それでもシンザンは走らない

気がついたら評価や感想がちらほらきてて、すごく嬉しい気持ちです。


 

「おいこらシンザン! ボサッと走んな!」

 

「だってえ、トレーニング嫌いなんだもーん!」

 

 

 俺の声に、シンザンは文句を返した。

 

 チームアルタイルのトレーニングは、チームに所属する他のウマ娘との合同トレーニングから始まる。

 

 何人かの集団に分かれ、ランニングをし、それから個別のトレーニングへと移る。

 

 

 ……の、だが。

 

 シンザンは走らない。

 

 それはもう、本当に走らない。どのくらい走らないかと言えば。

 

 

「外尾、お前のウマ娘ほんと走んねえな」

 

「うっせ」

 

 

 他のウマ娘の担当トレーナーから俺がからかわれるくらい、走らない。動きも硬いし、とにかくボサっとしている。

 

 

「……はぁ」

 

 

 この前の京都レース場。皐月賞に出たいと言って俺の目をまっすぐに見たシンザンの目には、どこか底知れない力強さを感じたものだが……

 

 いまだにシンザンは、集団の後ろをダラダラと走っている。

 

 

「やっぱ平凡だな、あいつ」

 

 

 集団トレーニングが終わるまで、シンザンはその後も最後尾をダラダラと走り続けた。

 

 

***

 

 

「ねえ、トレーナーには目標ないの?」

 

「目標?」

 

 

 集団トレーニングが終わり、個別トレーニングに移る前の休憩時間。

 

 俺は水分補給をしながらタオルで汗を拭いているシンザンににそんな話を振られた。

 

 

「私はウメちゃんと走りたいから皐月賞を目標にしてるけど、トレーナーにはそういうのないの?」

 

「あーそういうのか。まあ、あるにはあるな」

 

「なになに、教えて教えて?」

 

「……自分のチームを持つこと」

 

 

 俺は思わず、真剣な声色になってしまった。

 

 

「いやまあ、今の俺じゃ知識不足だしよ。サブトレーナーとしての実績もねえし、そもそもサブトレーナーからチームトレーナーになりたいなんて発想自体おかしな話なんだけどな?」

 

 

 思いがけずなってしまった重い雰囲気を誤魔化すように、散らすように、俺は言葉を並び立てる。

 

 今の時代、サブトレーナーはチーム代表トレーナーが考えたトレーニング内容を、担当するウマ娘にしっかりやらせるだけの、いわば使用人。召使い。トレーナーなんて名前がついちゃいるが、ただの丁稚にすぎない。

 

 

 サブトレーナーから自分のチームを持てるようになった奴なんか見たことないし、話すら聞いたことがない。自分のチームを持ちたいと思ってる奴すら、いるのかどうか。

 

 

「おかしくなんかないよ!」

 

 

 シンザンが、並び立てた俺の言葉を力強く否定した。

 

 

「私、ウマ娘だし、トレーナーって職業のことはよく分かんないけど……おかしくなんかないよ」

 

「だってよ、目指してる奴すらいないような、茨の道だぜ? サブトレーナーからトレーナーになんか、考える奴はいても行動に移す奴なんかいねえよ」

 

「なら、トレーナーが一人目になればいいよ」

 

 

 シンザンは、この前と同じまっすぐな目で俺を見ている。

 

 

「誰も行かない茨の道なら、茨の中に答えがあるなら、トレーナーが一人目になればいいんだよ」

 

「……その答えが、なれないだったらどうするんだ」

 

「えっと……ご愁傷様?」

 

 

 俺のことをまっすぐと見ていたはずのシンザンの目は、それはもう泳いでいた。海洋生物もかくやといったほどに。シンザンの目をえぐり出してランニング中のシンザンと並べたら確実に周回遅れにさせるほど機敏な動きだ。

 

 

「おいこら、感動しかけてた俺の心を返せ」

 

「え? やっだートレーナー、あちしの言葉にお目々うるうるなのぉ?」

 

「てめっ、泣かすぞコラ!」

 

「トレーニング行ってきまーす!」

 

「まてっ……て、逃げ足はええなあいつ」

 

 

 普段からそのペースで走ってくれれば、俺もからかわれずに済むんだけどな。

 

 休憩時間に入ってまだ間もないってのに、元気な奴だ。

 

 

「……ん? あいつ、息切らしてたか?」

 

 

 休憩時間に入って、少し雑談していたとはいえまだそう時間も経ってない。集団トレーニングが終わって今の時間までに息を整えていたとすれば、息の入りがいいなんてレベルでは済まない。

 

 シンザンはいつも集団の最後方でダラダラするくらい走らないとはいえ、集団について行くくらいのペースで走ってはいる。あれだけ走ればいくらボサッとしているとはいえ息を切らしてもいいとは思うんだが……

 

 

「……明日以降、確認してみるか」

 

 

 その日はいつも通りトレーニングを終わらせ。

 

 

 翌日。

 

 

 いつも通りシンザンは集団トレーニングをボサッと終わらせ、個別トレーニング前の休憩時間になる。

 

 いつも通り、水分補給を始めるシンザン。タオルを首にかけて顔を拭いている。

 

 

「ん、どったのトレーナー。私の顔じっと見て」

 

 

 タオルで顔を拭いてるってことは、汗はかいてるんだろう。だがやはり、息を切らしている様子はない。

 

 

「あ、わかっちゃった。私の可愛さに見惚れちゃってたんでしょ〜」

 

 

 息の入りがいいんじゃなくて、そもそもバテてないんだ。

 

 

「いや〜、昔近所のおばあちゃんにもよく言われたんだよね〜、シンザンちゃんは小さくてふっくらしてて可愛いねぇって……って、誰がずんぐりむっくりだコラーっ!」

 

「誰もンなこと言ってねえよチンチクリン!」

 

「ちっ……!? いまなんつった!」

 

「チンチクリンっつったんだよ!」

 

「あぁ……なんだチンチクリンか」

 

「えっ、納得しちゃうの? なんて聞き間違えてたの?」

 

「ああいや、聞こえなかっただけ。なんだ、チンチクリンって言ったのか……って、なるわけないでしょうが!」

 

「お前もういい加減にしろよ!?」

 

 

 こいつはもう、トゥインクル・シリーズじゃなく、お笑いの賞レースかなんかに参加した方がいい。そっち方面なら間違いなく活躍できる。




次回シンザンのメイクデビューなんですけど、ほんと書くことがなくてあっさりしてます。

感想、評価等お待ちしてます!


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5話 アルタイルの十六等星

ルーキー日間ランキングみたいなの見たら、3位とかに入ってました!
ありがとうございます!


 

 十一月十日、京都レース場。天気は晴れ、バ場も良い。

 

 今日は、待ちに待った私のメイクデビューだ。

 

 

『さあ、本日デビューを迎える十四人のウマ娘、最後のひとりです!』

 

 

 ターフに立つと、アナウンサーが元気な声で紹介を始める。

 

 

『本日の一番人気、三枠三番シンザン! チームアルタイルからの出走です!』

 

『非常に落ち着いていますね。デビュー戦とは思えないくらいです』

 

 

 メイクデビューだというのに、私は何故か不気味なくらい落ち着いていた。

 

 もちろん、緊張はしている。勝てるかどうか、不安もある。まさかの一番人気っていう驚きもあるが……まあ、それはチーム名が大きく影響してるんだろう。

 

 

「おーい! シンザンちゃーん!」

 

「あ、セカンドちゃん!」

 

 

 ホームストレッチ沿いの外ラチの向こう側、立ち見の観客たちのなかにトレーナーとセカンドちゃんの姿があった。ゲートに向かう足を止め、柵をくぐって前に行く。

 

 

「応援に来てくれてありがとうセカンドちゃん」

 

「いいのよ。みんなも来ればよかったのに……チームメイトのデビューなんだし」

 

「あはは……みんな練習もあるだろうし仕方ないって」

 

 

 同期のチームメイトは十六人。次のレースもあるし、それぞれのライバルに負けたくない気持ちもある。期待されていない私のデビューを見にくるほど、みんな暇じゃないんだろう。

 

 

「トレーナー、作戦とかってある?」

 

「いや、ない。好きなように走れ」

 

「好きなようにって……いい加減だなあ」

 

「コースは先週見た通りだし、特徴も覚えてんだろ。それに……」

 

「それに?」

 

 

 一瞬の沈黙ののち、トレーナーは続ける。

 

 

「お前なら勝てる。俺はそう思う」

 

「私なら……勝てる」

 

「ああ、ほら、時間だぞ早よいけ」

 

「あ、うん」

 

 

 トレーナーの言葉を最後に、私はまたコースに戻ってゲートへ向かう。

 

 

 最近、トレーナーは変わった。

 

 私がボサッと走っていても、あまり何も言わなくなったし……まあ、それはそれでどうかとも思うんだけど。

 なんというか、私に文句や愚痴を言うことがめっきり無くなった。トレーニングは真面目に付き添ってくれるし、やる気に満ち溢れている。

 

 一番変わったのは、ウイニングライブの練習を始めたことだった。

 

 勝者のみが立てる、特別なステージ。ウイニングライブ。

 

 その練習を始めさせられたってことは、私もしかして……

 

 

「期待、されてるのかな」

 

 

 ニヨニヨと口角が上がり、頬が緩む。

 

 誰にも期待されない、チームアルタイルの新星。六等星どころか、十六等星であろう私に、はじめトレーナーもつかなかった、そんな私のメイクデビュー勝利を願ってくれる人が、トレーナーとセカンドちゃんと、二人もいる。

 

 

「……ぇへへ」

 

 

 期待されるって、こんなに嬉しいことなんだ。

 

 

***

 

 

「作戦なしって、本当に大丈夫なんですか?」

 

「ああ、まあ大丈夫だろ。特に目立つくらい強いウマ娘も他にいないし、それにデビュー戦でいきなり駆け引きしろなんてのは無茶な話だろうしな」

 

 

 双眼鏡片手に、俺は向正面にいるシンザンを見ながらセカンドの声に応える。

 

 駆け引きなんてのは、経験や生まれ持ったセンスがないと難しい。デビュー戦でいきなりそれを求めるのは酷だろう。

 

 

「……本当にシンザンちゃんを皐月賞に連れてく気はあるんですか?」

 

「ん? ……ああ、俺がまだシンザンに期待してないって思ってんのか、それはちがう。ほれ」

 

「え?」

 

 

 セカンドに双眼鏡を差し出すと、なんのこっちゃというふうに首を傾げる。

 

 

「シンザンを見てみろ。特にあいつの姿勢」

 

「姿勢……ですか」

 

 

 俺が今双眼鏡を渡す直前、シンザンはちょうどゲートに入り、指を組んで伸びをしていたところだった。今はおそらく走る前の構えに入っているところだろう。

 

 

「たしかに……姿勢はいいですけど」

 

「もはや教科書に載せて欲しいくらいなんだよ。あいつの姿勢の良さは」

 

 

 走る前、伸びをして構えるあいつの、天高くピンと張って伸ばした背筋は、全ウマ娘に見習って欲しいほどの姿勢の良さだ。

 

 

『さあスタートしました!』

 

 

 実況の声と共にゲートが開かれ、各ウマ娘が一斉にスタートを切る。

 

 

「わっ……シンザンちゃん、スタート上手!」

 

 

 シンザンは三枠三番の内枠スタート。ゲートが開くと思い切りのよく、そして力強いスタートであっさりと先頭集団の好位に付いた。

 

 

 この一週間ほど、シンザンの担当について分かったことがある。

 

 それは、シンザンの腰の強さだ。

 

 足の力が強いだけでは、前へ進めない。腰の力が弱ければ、足の踏み込みの負担に腰が耐えることができず、前への推進力は失われてしまうからだ。

 

 

 腰の強いシンザンは、前へ進む力が強い。足を踏み込んだ力の全てを推進力に変え、力強く前へと進んでいく。

 

 そしてそれはスタートの良さへつながり、直線最後の末脚にもつながる。

 

 

 人間でも、筋肉がある人は姿勢が良かったりするように、シンザンも腰が強いから姿勢がいいのかもしれない。

 

 

『さあ各ウマ娘三コーナーに差し掛かる……っとここでシンザンが先頭へ躍り出た!』

 

 

 レースはすでに三コーナーを回り、シンザンは逃げウマ娘を交わし、トップに躍り出ていた。

 

 

「なあ、俺がはじめお前を担当する予定だったのは知ってるか?」

 

「……はい、シンザンちゃんから聞きました」

 

 

 セカンドの返事に、俺は「そうか」と相槌を打って続ける。

 

 

「はじめは、期待の星の担当を外されて落ち込んで、そんで担当することになったシンザンの見た目の平凡さを見て、さらに落ち込んだもんだが……」

 

「今は違う、とそう言いたいんですか?」

 

「……ああ、セカンドには悪いが、アルタイルの一番星はシンザンがならせてもらう」

 

「負けませんよ。こう見えてもチームで一番、実力も期待もあると自負してますから」

 

 

 事実上の宣戦布告。セカンドは力強く、自信に溢れた笑みで俺に応えた。

 

 

『シンザンがそのまま一着でゴール! 一番人気の期待に応え、デビュー戦を見事に制しました!』

 

 

 ちょうど、シンザンがゴール板を駆け抜けた。勝ち時計は1分13秒9。二着に四バ身の着差をつける快勝だった。




よろしければ感想、評価してくれると私の承認欲求が満たされて嬉しくてモチベになるのでお願いします!


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6話 取らぬ菊の花算用

ちらっと見ると閲覧数とかお気に入り数とか評価とかが上がっててすごく嬉しいです!
まだもう少し書き溜めがあるので、もうしばらくは毎日投稿していきます!


 

 デビュー戦から約一週間が過ぎた、十一月の十六日。

 

 私はお昼ご飯を食べようと食堂に来ていた。

 

 

「あれ、ウメちゃんだ! おはよぉー」

 

「おはようって……もう昼だけど」

 

 

 食堂の扉をくぐってすぐ、先輩らしき栗毛のウマ娘と、これまた先輩らしき黒髪のウマ娘の二人のウマ娘と一緒に、ウメちゃんが立っていた。ツンと釣り上がった目尻に黒い髪が相まって、今日もかっこいい。

 

 

「おいウメ、友達か?」

 

「先に行って待ってるとしよう。ウメノチカラ、ヨルカと先に席を取っているよ」

 

「話終わったらすぐ来いよー、この後も予定あんだから」

 

「あ、すみません先輩」

 

「……あ、もしかして今の二人って、メイズイ先輩とグレートヨルカ先輩!?」

 

 

 先に行った二人、そしてヨルカという名前に、私は心当たりがあった。

 

 

「うん、そうだけど……知ってるの?」

 

「知ってるもなにも、超有名人じゃん! 三冠確実って言われてるメイズイ先輩に、そのライバルのグレートヨルカ先輩! MG対決っていつもテレビとかで騒いでるもん!」

 

「わかったから、声抑えてシンザン」

 

「ご、ごめん……」

 

 

 唐突なスーパースターとの邂逅に、声が思わず大きくなってしまった。どうやら周りにも聞こえていたようで、周りのウマ娘はみなこちらを見ている。

 

 

 メイズイ先輩。

 

 チームデネブの所属で、短く整えた栗毛、前髪の白い流星が特徴で、端正な顔立ちや王子っぽい喋り方から貴公子とも呼ばれることのある、実力人気ともにナンバーワンのデネブのエースだ。

 

 デビューは今年の一月、クラシッククラスでのデビューとおそいデビューだったが、今日までの戦績は九戦八勝。敗れた一戦も負傷していた影響が大きく、さらにライバルのグレートヨルカ先輩に敗れての二着という、少し化け物じみた成績を誇っている。

 

 

 そして先ほどいたもう一人の先輩。

 

 

 グレートヨルカ先輩。

 

 同じくチームデネブの所属で、長く伸ばした黒い髪、ウメちゃんよりも釣り上がった目尻が特徴の先輩だ。男勝りな喋り方をし、その性格も男勝り。いつも何かにつけてメイズイ先輩に突っかかっている、ちょっと怖い先輩だ。

 

 実は超がつくほどの良家の出身らしく、母親はダービーで優勝したウマ娘で、祖母はイタリア出身で、イタリアのレースで全戦全勝していた超強いウマ娘らしい。

 

 そしてグレートヨルカ先輩自体も、その血統を証明するように去年の最優秀ジュニア級ウマ娘に選ばれるほど強く、去年のデビュー・未勝利戦の三戦目で初勝利をあげると、その後、朝日杯ジュニアステークス、東京記念など重賞を含む六連勝を重ねている。スプリングステークス、皐月賞、ダービーではメイズイ先輩に遅れを取り二着だが、十月半ばに開催されたセントライト記念で一着を取っている。

 

 

 が、最近体を痛め調子が悪いようで、出走予定だった京都杯にも出走できていない。この二人の先輩が出走する明日の菊花賞、メイズイ先輩の三冠確実と言われているのも、この影響が大きいのだろう。

 

 

「ねね、こうして話すのも久しぶりだしさ、今日この後どっか遊びに行こうよ!」

 

「……ごめん。明日、レースだから」

 

「あ、そうなんだ……残念」

 

 

 ウメちゃんは眉尻をさげ、申し訳なさそうな声で言った。どうやら、明日はメイズイ先輩達だけでなくウメちゃんもレースがあるらしい。そういえばさっき予定がどうのこうのと、グレートヨルカ先輩が言っていた気がする。

 

 

「あ、デビュー戦見てたよ! 明日も頑張ってね!」

 

「ありがとう。それじゃ、先輩待たせてるし行くね」

 

「うん!」

 

 

 バイバイ、と手を振ってウメちゃんを見送る。ウメちゃんは背中を見せて歩き出したが、二、三歩すると止まった。

 

 

「どしたの?」

 

「……シンザンも、デビュー勝利おめでとう」

 

「見ててくれたの!? うれしい!」

 

「テレビでだけど……ってシンザン。嬉しいのは分かったから抱きつかないで、揺らさないで……きゃっ!?」

 

 

 ウメちゃんがデビュー戦を見ていたという喜びに、思わず抱きついてしまい、そのまま勢い余って押し倒してしまう。

 

 

「おーいウメ、いい加減メシ食おうぜ……って、なにやってんだお前ら」

 

 

 そしてグレートヨルカ先輩含め、周りにいた生徒達に再び、奇異なものを見る目で見られるのだった。

 

 

***

 

 

 翌日。

 

 十一月十七日の京都レース場は晴れ、バ場の状態も良さそうだ。

 

 

 ……のだが。

 

 

「うぅ……ウメちゃん……」

 

「だ、誰にでも調子の悪い日はあるわよ……ほら、元気出してシンザンちゃん」

 

 

 私の心は雨模様だった。

 

 

 今日は、セカンドちゃん、トレーナーと一緒に私たちは菊花賞を見に来ていた。

 

 ……のだが、同じく今日、京都レース場でレースのウメちゃんの順位は十一着。大敗だった。

 

 

「そうだぞシンザン。それにもうメインレースの菊花賞が始まるぞ。機嫌なおせ」

 

「うぅ……ウメちゃぁ……」

 

 

 いまだに落ち込んでいると、突然京都レース場が揺れるほどの大歓声に包まれた。

 

 

「んぇっ!? なになに!?」

 

『本日の三番人気、MGの片割れ、七枠八番、グレートヨルカの入場です!』

 

『怪我の影響で調子を落としていますが、実力はメイズイに引けを取りませんからね。今日の走りに期待したいです』

 

 

 ターフの上に、菊花賞に出走するウマ娘達が次々と入場してきていた。

 

 ウメちゃんのデビュー戦とは比較にならない大歓声。これが重賞レース、GⅠレースの歓声なのかと息を呑んでいると、再び大歓声が沸き起こった。

 

 

『本日の二番人気、二枠二番、コウライオーの入場です!』

 

『ここまで重賞を三連勝と調子を上げてきています。三冠キラーと呼ばれたトレーナーが育てたウマ娘が、メイズイを相手にどんな走りをするのか、注目です』

 

『そして本日の一番人気!』

 

 

 京都レース場が、先の二人の登場の時と比較にならないほどの大歓声に包まれる。

 地面が揺れ、体が震える。思わず目を瞑ってしまうほどの大歓声を引き起こしたのは、もちろん。

 

 

『なんと人気投票による支持率は、菊花賞史上最高値となる83.2%! 圧倒的一番人気、四枠四番、メイズイが入場しました!』

 

『ダービーのレコード勝ちは今でも記憶に新しいです。今日はセントライト以来、二人目の三冠ウマ娘の誕生に期待が高まりますね』

 

「す、すごい歓声……」

 

「それだけ、メイズイ先輩の実力、人気が圧倒的ってことですね……」

 

「ああ、URAも三冠達成のくす玉を用意してるって話だ」

 

 

 その後、ファンファーレが鳴り響きウマ娘達がゲートイン。そしてゲートが開き菊花賞が始まった。

 

 だれもがメイズイ先輩の勝ちで終わるだろうと思った菊花賞……だったが。

 

 

 

 

『メイズイどうした! 向正面入ってなお、後続に三十バ身の差をつけ逃げ続けている!』

 

『これはちょっとよくありませんね……明らかに暴走しています』

 

 

 レーススタート直後、逃げようとするメイズイ先輩にコウライオーが競りにかかった。

 

 そしてそこから、メイズイ先輩の歯車が狂った。

 

 

「トレーナー……これって」

 

「ああ、さすがにハイペースで逃げすぎだ」

 

 

 菊花賞、京都レース場芝3000メートルのレース。向正面の上り坂からスタートし、外回りを一周半。六つのコーナーを回ってホームストレッチでゴールというコースだ。

 

 

「800メートル、1000メートルのラップタイムが共に11秒台のハイペース……序盤で突っかけてきたコウライオーが控えた後も加速をやめない今のペースで走り切れるわけがない」

 

 

 トレーナーの言葉通り、メイズイ先輩は二度目の三コーナー手前で早くもペースが落ち始める。

 

 

『二周目の三コーナーで早くもメイズイ失速! 先頭がコウライオーに入れ替わりそのまま四コーナー……いや、後ろから一人、ものすごい勢いで先頭に近づくウマ娘がいます!』

 

『MGの片割れ、グレートヨルカがここで来ましたね』

 

 

 ひとり、またひとりと、グレートヨルカ先輩は凄い勢いで他のウマ娘を交わしていき、メイズイ先輩を抜き先頭に立っているコウライオーに近づいていく。

 

 

『さあゴール手前、グレートヨルカが交わした! グレートヨルカがコウライオーを差し切っていま、一着でゴールしました!』

 

 

 京都レース場は、異様な雰囲気に包まれた。

 

 実況以外、誰一人声を上げることなく、グレートヨルカ先輩の勝ちを讃えるでも、メイズイ先輩の負けを惜しむでもなく、ただただドヨドヨとざわめいている。

 

 

『一番人気のメイズイはグレートヨルカから遅れること一秒、六着でのゴール……おっと、グレートヨルカが今ゴールしたメイズイに近づいていく』

 

 

 少し離れた場所にいるグレートヨルカ先輩の足音すら聞こえた気がするほど、レース前の歓声が何かの間違いだったんじゃないかと思うほど、今の京都レース場は静まりかえっている。

 

 

 たった今ゴールし、いまだ息を切らし肩で息をするメイズイ先輩の前にたどり着いたグレートヨルカ先輩は、メイズイ先輩の胸ぐらを勢いよく掴んだ。

 

 

「このっ……バカヤロー!」

 

 

 殴りかかるような勢いで怒鳴り、投げ捨てるようにメイズイ先輩を突き放して、グレートヨルカ先輩は歩き去っていった。

 

 

 京都レース場は、異様な雰囲気に包まれたまま。そして勝ったはずのグレートヨルカ先輩も、ウイナーズサークルでも笑顔を見せず、菊の冠をかけたレースは幕を告げた。

 




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7話 今はまだ、小さな期待だとしても

明日もまだまだ書き溜めが尽きてないので投稿していきます。

ところで、今日のダービーは凄かったですね。2年連続の三冠馬誕生の可能性がなくなったのは少し残念ですが、それ以上に白熱しました。


「どうしてシンザンを阪神ジュニアステークスに出さないんですか!」

 

 

 十一月も終わりを告げようとしている、三十日の夜。

 

 今日、シンザンはデビュー後二戦目となる阪神レース場でのオープン戦に危なげなく勝利し、見事に二連勝を飾った。

 

 

「チームアルタイルからはプリマドンナ、そしてオンワードセカンドを送り出す。決まったことだ」

 

 

 俺の叫びに、チーム長は淡々と答えた。

 

 

 チームアルタイルのチーム長、梅田文三(うめだぶんぞう)は筋の曲がったことが嫌いで、一度決めたらそれを押し通す、一徹な人物だ。よく言えば一度決めたことを最後までやり切る人物とも言えるが、悪く言えば人の意見を聞かない頑固な人物とも言える。

 

 数年前、二冠を達成し宝塚記念も制覇したコダマ、さらにその数年前、桜花賞、オークスを無敗で勝ち、史上初となる無敗のティアラ二冠を達成したミスオンワードを育てた名トレーナーでもある。

 

 

 シンザンは、二連勝した。

 そして今日、二勝目を飾ったことでシンザンはジュニア級のウマ娘のみが出走できるGⅠレース、阪神ジュニアステークスへの出走資格を手にした。

 

 

 普通のウマ娘なら、ジュニア重賞レースに出場し、そこで結果を出しクラシックトライアルレースへ駒を進め、クラシック路線を取る。

 

 

 かつてミスオンワードがそうしたように、そしてコダマがそうしたように……だ。

 

 

「なぜです! シンザンは二勝しているんですよ!」

 

「アルタイルにはデビュー後二勝しているウマ娘は四人もいる。中でもセカンドは格別だ。それにシンザンは二勝しているとはいえ、ここまでに強豪と言えるウマ娘とは戦っていない」

 

 

 その言葉に、俺は思わずギリッと音がなってしまうほどの歯ぎしりをしてしまう。

 

 そういうローテーションを組んだのはアンタじゃねえか、という言葉を、なんとか飲み込み俺は続ける。

 

 

「……セカンドとシンザンが戦えば、シンザンが勝ちますよ」

 

 

 喉の奥から、怒りを堪えなんとか絞り出したその言葉に、チーム長は目を丸くし、まるで小さな子供をあやしつけるかのような声色で答える。

 

 

「おいおい、謙二郎。シンザンよりセカンドの方が強いって」

 

「そんなことはない! シンザンは……コダマより上です!」

 

 

 俺は怒りを堪えきれず、つい売り言葉に買い言葉というふうに、即座に言い返す。

 

 チーム長はとうとう堪えきれなくなった、という風に吹き出して口を開いた。

 

 

「コダマは二冠ウマ娘だぞ? それより上って……」

 

「シンザンは、三冠を狙えます」

 

「っふ……っく、まあいい。とにかく、シンザンは次ジュニア中距離特別に出走させる」

 

 

 まるで相手にしない、大言壮語、妄言を言う幼い子供を相手にするように、笑いを堪えながらチーム長はそう締めくくった。

 

 

***

 

 

「……と言うわけで、シンザン。三冠とるぞ」

 

「いやいやいやいやいや、なに言っちゃってんの!?」

 

 

 十二月一日。ほぼ冬と化していた秋もとうとう完全に終わりを告げ、季節は冬へ突入する。

 

 トレーニング中、どこか上の空で難しい顔をしていたトレーナーに声をかけたところ、昨夜あったらしいチーム長との諍い、事の顛末を聞かされた私は反射的に否定した。

 

 

「ああ、レースのことなら心配しなくていい。阪神ジュニアステークスには出られないが、このまま勝ち続ければ皐月賞トライアル、つまりスプリングステークスには出られるだろ」

 

「そういうことを言ってるんじゃないよ!? いや、勝ち続けられるかどうかも心配だけどさ!」

 

「じゃあなにを心配してんだ?」

 

「今はトレーナーの頭かな!」

 

 

 売り言葉に買い言葉で、私がコダマ先輩よりも強いと、チーム長に啖呵切っちゃったトレーナーの頭が、割と本気で心配になってきた。

 

 

 しかし、チーム長に啖呵を切るって……一度しか見たことないけど、確かチーム長ってあの、頑固そうで怖そうな、あの人だよね、きっと。

 

 

「だってお前、皐月賞出たいんだろ?」

 

「それと三冠は話が別じゃないかな!」

 

「皐月賞で、ウメノチカラに勝ちたくないのか?」

 

「いや……そりゃ、勝ちたいけどさ」

 

 

 私の目標は、ウメちゃんと走ること。

 

 もちろん、一緒のレースに出るだけじゃなくて、贅沢を言うなら勝ちたいけど、それと三冠は話が違う。

 

 

「トレーナーは、私が勝てると思うの?」

 

「まあ確かに、ウメノチカラは強い。デビュー前から評判になるほどの実力は並大抵じゃないし、才能も本物だ。一級品と言っていい」

 

「なら……」

 

 

 トレーナーは、「でも」と私の言葉を遮った。

 

 

「お前も強い。たしかに今までのレース、二連勝できたのは一流のウマ娘との対戦を避けてきたってのはあるだろうが……実力はウメノチカラに負けないと思ってる」

 

「……ほんと?」

 

「ああ。昨日は売り言葉に買い言葉で、つい大きく出たってことは否定しないが……三冠を狙えると思うってのも本当だ」

 

「……ぇへへ」

 

 

 また、ニヨニヨと口角が上がってしまう。

 

 初対面の時なんてズタボロに私のことを貶してたのに、今こうやってトレーナーは私に期待してくれている。本当に三冠が取れるほどの素質が私にあるかどうかはわからないが、トレーナーがこうやって言ってくれることは、素直に嬉しいし誇らしかった。

 

 

「どした、気持ち悪い顔して」

 

「うーわ、最っ低。セカンドちゃんに言いつけちゃお」

 

「悪かった! 悪かったから、それだけはやめてくれ!」

 

 

 十二月の初日も、面白おかしく過ぎていく。

 

 季節は十二月。ジュニアウマ娘として過ごす、最後の一ヶ月。




阪神ジュニアステークスは当時の阪神3歳ステークスのことです。現在では名称が変わり、阪神ジュベナイルフィーリズという名前になっています。今は牝馬限定の牝馬チャンピオン決定戦として開催されていますが、当時は関西に所属している競走馬のチャンピオン決定戦として開催されていました。


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8話 有馬な季節

明日もまたこの時間くらいに投稿しようかなーと思ってます。


 

 年月が過ぎるのは早いもので、すでに十二月も終わりを告げようとしている。

 

 二十二日。一年の終わりを告げる大晦日がだんだんと近づき、大掃除とかしなきゃなぁと、まだ手をつけていない大仕事に憂鬱を感じ、また新年に期待を寄せ始めてくる特別な季節だが、ウマ娘にとって今日はまた、別の意味で特別な日だ。

 

 

 今日は、有馬記念の開催日だ。

 

 ファン投票によって選ばれた、今年のトゥインクル・シリーズで大活躍をおさめた、もしくは人気のあるスターウマ娘達が一斉に中山の芝上に出揃い、2600メートルの長距離を走るといったGⅠレース。

 

 そして、トゥインクル・シリーズ一年の締めくくりのレースでもある。

 

 

「菊花賞では負けちゃったけど、メイズイ先輩がファン投票もレース前投票も一位だね……しかも約一万八千票って、すごい数」

 

「そうだな、菊花賞後のクモハタ記念でも難なく勝ってるし、調子を崩してる様子はない。三冠を逃したとはいっても実力は本物だからな」

 

「……ねえ、どうして私があなた達とレースを見ないといけないのかしら」

 

「だって、今日セカンドちゃん、阪神レース場でレースだし……応援しに行きたかったけど中山の有馬記念も見たいし……」

 

 

 テレビの前、私の隣に座っている、ジト目で気だるげな表情のウメちゃんの言葉に答える。

 

 今日、セカンドちゃんは阪神レース場で開催される、関西地区でのチャンピオンウマ娘を決めるレース。阪神ジュニアステークスに出走するため、ここにいない。

 

 気持ちとしては、友達だしチームメイトのセカンドちゃんの勇姿を現地で見たいというのがあるが、中山の有馬記念も見てみたいというのもあった。そしてセカンドちゃんが「有馬も見たいだろうし、無理して応援来なくてもいいからね?」と、見計らったように言ったので、今日はお言葉に甘えてテレビの前で応援することになった。

 

 可愛くて強いだけじゃなくて、気も利くなんて、セカンドちゃん、恐ろしい。やはりいつか鷲になって羽ばたくのだろう。

 

 

「それはあなたがここにいる理由で、私がいる理由じゃないでしょ」

 

「え? だって、ウメちゃんとも一緒にレース見たかったし」

 

「……あ、そ」

 

 

 ついに呆れて物も言えなくなったのか、ウメちゃんは私から目を逸らし、頬杖をついてテレビの方を向いてしまった。

 

 

 本来なら、メイズイ先輩、そしてグレートヨルカ先輩と二人の先輩が出場する有馬記念。ウメちゃんこそ中山レース場で現地応援するのかと思っていたが、ウメちゃんは先週出走したレースの休養ということで、寮の自室にいたところを引っ張り出してきた。

 

 

 ちなみに、ウメちゃんが先週出走したレースは朝日盃ジュニアステークスという、中山レース場で行われる芝1600メートルのレースで、関東地区でのチャンピオンウマ娘を決めるとても大きなレースだ。

 

 ウメちゃんは四番人気で、八枠十四番での出走だったが、来年のティアラ競走での活躍も期待されている、一番人気のカネケヤキというウマ娘をアタマ差におさえての一着だった。

 

 

 ……ちなみに、私もウメちゃんの前日に阪神レース場で開催していたジュニア中距離特別競走に出走していたのだが、メインはやはり今日の阪神ジュニアステークスで、強いと言われるウマ娘は出走しておらず、あっさりと三勝目、三連勝を挙げた。

 

 

 

 テレビ前で雑談していると、実況アナウンサーと解説者の声、そして中山レース場の観客が起こす大歓声がテレビから発せられた。

 

 

『二番人気は八枠十一番、リユウフオーレル!』

 

『前走、秋の天皇賞ではレコードでの圧勝でしたからね。実力はありますよ』

 

『そして三番人気! メイズイと同チームの同期にして、最後の菊の冠を奪い取ったメイズイの宿敵、グレートヨルカ! 今日は五枠五番での出走です!』

 

『メイズイきってのライバル。メイズイとの戦績は五戦二勝三敗と負け越していますが、実力は引けを取りませんからね。今日のMG対決にも注目です』

 

『そして最後に、本日の一番人気の登場です!』

 

 

 アナウンサーの声に、テレビ越しでも中山レース場が震えているのがわかるような、大観衆の大歓声が響き渡る。

 

 

『歴代二位の投票数でファン投票一位に選ばれました! レース前投票でも当然の一番人気、二枠二番はメイズイです!』

 

『惜しくも三冠を逃してしまいましたが、前走のクモハタ記念で一着を取っているように調子を崩してはいません。今日はどんな走りをするのでしょうか』

 

『さあ、ファン投票により今年トゥインクル・シリーズを華やかに彩ったオールスターが出揃いゲートインが完了しました! 有馬記念……いまゲートが開きます!』

 

 

 テレビの中では、ファンファーレが終わりアナウンサーが有馬記念の始まりを高らかに宣言していた。

 

 

 レースは進み、先頭争いはメイズイ先輩、そして秋の天皇賞をレコード勝ちしているリユウフオーレルが熾烈に争っている。グレートヨルカ先輩は調子が悪いのか、苦しそうな顔で後方集団にとどまっている。

 

 

『さあリユウフオーレルが今一着でゴールイン! メイズイは一バ身はなれ二着でのゴール、グレートヨルカは遅れること七着で有馬を終えました!』

 

 

 実況の言葉通りの着順で、今年の有馬記念は幕を閉じた。

 

 

「メイズイ先輩、グレートヨルカ先輩負けちゃったね……」

 

「そうね。ヨルカ先輩……この前足に違和感あるって言ってたし、ちょっと心配だわ」

 

「そうなのか? てっきり、ただ調子が悪いだけだと思ったが」

 

「普段よくしてもらってる先輩ですし、ちょっと悪口気味になるのも気が引けますけど……ヨルカ先輩、たしかに性格には少し難があるし、言葉遣いも荒くて、メイズイ先輩と事あるごとに揉めてるし喧嘩っ早くて暴力的なところがありますけど」

 

「前置きでカバーできないくらい悪口並び立てたねウメちゃん」

 

「……でも、レースには誰よりもストイックなんです。デビュー戦とその後の二戦目以降、メイズイ先輩以外には負けてないくらい。そのくらい調子を仕上げるんです」

 

「そうなのか」

 

「メイズイ先輩は……結果を出し続けると調子に乗っちゃうことがあるんですけど……ヨルカ先輩はいくら結果を出しても、いつもストイックなんです」

 

「さらっとメイズイ先輩にも毒づいたね。わたしゃ見逃さないよって、いひゃいよウムェひゃん!?」

 

 

 茶々を入れる私の頬を、無言でむにーっとつねるウメちゃん。その怒りがつねる手越しに伝わる。

 

 

「もうっ、ウメちゃん! 私のモチモチのほっぺが伸びきったらどうするのさ!」

 

「そういえば、世の中にはこんな言葉があるわ。右の頬をつねったら左の頬もつねりなさい」

 

「両方伸びきればいいってことじゃないし、そんな暴力的な格言はないと思うな! だからウメひゃん右の頬をひっぱらないれ!」

 

「お前ら、仲良いな」

 

 

 トレーナーの言葉に、顔を赤くして「おほん」と咳払いして姿勢を正したウメちゃん。これ以上からかうと今度はまた別のところを引っ張られそうなので私も何も言わずに姿勢を正す。

 

 

「ってトレーナー! やばいよ時間時間!」

 

「もうそんな時間か!?」

 

 

 有馬記念は、中山レース場の第九レース。阪神ジュニアステークスは阪神レース場の第十レースだったので、まだまだ時間があると思い雑談していたが、時計を見ると阪神ジュニアステークスの出走予定時間をすでに迎えており、少し過ぎてしまっていた。

 

 私の声にトレーナーが慌ててチャンネルをひたすらに回し、放送している局をローラーで探す。

 

 

『プリマドンナ先頭! プリマドンナ先頭! 先頭は変わらずプリマドンナ、四番人気のプリマドンナが今一着でゴール! 一番人気のアスカは二着、二番人気のオンワードセカンドは四着という結果になりました!』

 

『プリマドンナの勝ち時計は……1分39秒0! すごいタイムがでましたね!』

 

『なんとプリマドンナ、阪神ジュニアステークスをいま、レコードでの圧勝で制しました!』

 

「んぇえ! ウメちゃんがほっぺ引っ張るから!」

 

「シンザンが私の毒舌を見逃さないからよ」

 

「だからレースを見逃したと!?」

 

 

 テレビをつけると、すでにレースは最後の直線、というか順位確定のところまで進んでおり、阪神ジュニアステークスのほとんどを見逃してしまった。

 

 結果、セカンドちゃんは四着。アルタイルからセカンドちゃんと一緒に出走したプリマドンナがレコードでの一着を取った。チームメイトとは言え、同期が十六人もいるとあまり話したこともないウマ娘も多く、プリマドンナという子もその中の一人だった。

 

 チームとしては勝利を飾ったが、個人的に悲しい決着。それも、ほとんどを見逃すという散々な結果だった。




当時の有馬記念は2600メートルでの開催で、現在の2500メートルのレースとして定着したのは1966年からになります。

朝日盃ジュニアステークスは当時の朝日盃3歳ステークスのことで、現在では朝日杯フューチャリティステークスという名称になっています。昔は関東所属のチャンピオン競走馬決定戦として開催されてました。

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9話 小ウマ娘の朝駆け

みなさんあたたかい感想ありがとうございます!
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 私のジュニア期も、正式に終わりを告げ年が明け、数日が過ぎ、いくつか大きな出来事があった。

 

 

 まず、有馬記念を終えたグレートヨルカ先輩の脚部不安が判明し、長期休養に入ることが正式に発表された。足に違和感があると言っていた。ウメちゃんがそう言っていたが、その危惧が現実になってしまった。

 

 

 次に、私のこと。

 一月の四日、京都レース場で行われたオープンレースに勝利し、私は見事に四勝目、四連勝を飾った。

 

 そして四勝したことで、今年の三月終わりに東京レース場で開催される、皐月賞トライアル。つまりスプリングステークスに出走することが可能となった。

 

 

 

 そして、最後。

 

 それは、今私とトレーナーが、テレビの前にいることに関係がある。

 

 

『さあ今年度のURA賞、最後の発表です』

 

 

 画面に映し出されているのは、去年のトゥインクル・シリーズにおいて輝かしい成績をおさめたウマ娘を称える、URA賞の授賞式だ。

 

 画面中央には、登壇しているウマ娘が四人、映し出されている。

 

 

『皐月賞、そして日本ダービーをレコードで勝利し二冠を達成、年間九勝の圧巻の強さを見せたメイズイさん』

 

 

 司会者はメイズイ先輩の紹介を終え、続いてのウマ娘の紹介にうつる。

 

 

『宝塚記念をはじめ、秋の天皇賞ではレコードでの一着、そして年末の有馬記念を制覇し年間六勝をあげたリユウフオーレルさん。以上の二名が年間代表ウマ娘に選出されました』

 

 

 司会者が発表を終えると、壇前に並んでいる授賞式を見に来ていた、それぞれのチームの関係者や記者達が拍手をする。

 

 

『年度代表ウマ娘が二名選出されたことは史上初ではございますが、続いて最優秀ジュニア級ウマ娘の紹介へうつりたいと思います』

 

 

 司会者の言葉に応えるように、壇上の二人のウマ娘が一歩前へ出た。

 

 

「あ、ウメちゃんだ!」

 

「お前なぁ……仮にもウメノチカラは他チームだぞ」

 

「だってぇ……」

 

 

 最後の大きな出来事。それは。

 

 

『朝日盃ジュニアステークスを始め年間三勝をあげた、チームデネブ所属ウメノチカラさん。そして阪神ジュニアステークスを始め年間七勝と圧倒的な強さを見せたチームアルタイル所属、プリマドンナさん。以上二名が最優秀ジュニア級ウマ娘に選出されました』

 

 

 ウメちゃんが、最優秀ジュニア級ウマ娘に選出されたことだ。

 

 去年はグレートヨルカ先輩。そしてそのもっと前には無敗のティアラ二冠を手にしたミスオンワードさんが受賞した、ジュニア級ウマ娘でもっとも活躍したウマ娘に与えられる称号を、ウメちゃんは手に入れたのだ。

 

 

「ウメちゃんすごいねぇ……」

 

「だが、最優秀ジュニア級ウマ娘を受賞したからといって、来年も活躍できるとは限らない。コダマのように受賞してなくて、クラシックに上がってから力をつけるウマ娘もいるし、メイズイのようにクラシック級からデビューをするウマ娘もいる」

 

「……そうやってすぐ否定するからモテないんだよ」

 

「モテっ……!? あのなあ、俺はもう結婚して嫁さんもいんだよ!」

 

「嘘だあ!?」

 

「お前はこの指輪はなんだと思ってたんだ!?」

 

「雑貨屋さんで試しにつけたら取れなくなったとかじゃなかったの!?」

 

「ちがわい!」

 

 

 ウメちゃんの受賞が、最後の出来事だと言ったあの言葉。

 

 あれは嘘だった。最後に、とんでもない爆弾が落とされた。

 

 

 トレーナー、既婚者。

 

 

 

***

 

 

「まあ、オープン戦やらなんやら色々あったが……ひと段落ついて今年に入って初めての練習だ。小ウマ娘の朝駆けって言葉があるように、年初めだからって気合い入れ過ぎて疲れすぎないようにな」

 

「合点承知の助!」

 

 

 ウメちゃんが最優秀賞をとったことで、なんとなくトレーニングの意欲が上がった、あくる日。珍しく真面目なことを言ったトレーナーの言葉を胸に、今年最初のトレーニングをこなしていたそんな矢先。

 

 

 事件は起こった。

 

 

 ベンチに腰掛け私のトレーニングを見守るトレーナーの前で、私は派手にすっ転んだ。

 

 

「うべっ!」

 

「お、おい! 大丈夫か!?」

 

「あてて……うげっ、ぺっぺっ! 草が口にはいったぁ、ぅぇぇえ」

 

 

 派手に顔面から行き、ターフにそれはもう熱烈で情熱的なキッスをしたので、私の口の中は芝まみれになっていた。

 

 

「見せてみろ……って、なんじゃこりゃ!?」

 

「なんじゃこりゃって、おおげさだなあ。痛みもないし、なんともなってないって……なんじゃこりゃあ!?」

 

 

 私の足、正確には私が履いていたトレーニング用の靴。もっと正確に言えば、その先端。

 

 トレーナー以上の会心の「なんじゃこりゃ」が出るほどの事件が起きていた。

 

 

「靴が、裂けてる?」

 

「これ、まだ新しいよな……不良品ってわけでもなさそうだし」

 

 

 トレーニング用の靴が、派手に裂けていた。土踏まずのあたりから、靴をぐるりと一周するように裂けていて、私のつま先があらわになっている。

 

 破けた靴は、それはもうビリビリになっていて、とてももう使えるような状態じゃない。

 

 

「あー……踏み込みが強いウマ娘に稀にあるって話は聞いたけどなあ……」

 

「どうすんの、これ」

 

「チーム長に相談してみる。解決するまでは……そうだな、裸足で走るわけにもいかないし、俺も案を練る。しばらくはそれで我慢してくれ」

 

「うん……」

 

 

 その日のトレーニングはまだ途中だったが、練習を続けられる状況でもなかったので、早めに切り上げて寮に帰り。

 

 

 翌日。

 

 

 

「シンザン、プラスとマイナスをかけ算したら答えはどうなる」

 

「マイナスになるけど……どしたの急に」

 

 

 トレーニング場に行くと、トレーナーは急にそんな質問をしてきた。

 

 

「そこでプラスのニュースとマイナスのニュースがある」

 

「マイナスになる前提で話聞かなきゃいけないの!?」

 

「まあ聞け。プラスとマイナス、どっちから聞きたい」

 

「もうどっちでもいいよ……じゃあプラス」

 

 

 マイナスになると、暗に言われた私はもう、少しやけになっていた。

 

 

「三月終わりのスプリングステークスへの出走が正式に決まった!」

 

「おぉ……で、マイナスは?」

 

「チーム長に相談して、お前の靴を特注で作ってもらうことになった……が、草案から完成まで二ヶ月はかかるとのことだ」

 

「あー、なるほど。二ヶ月かぁ……ん、二ヶ月?」

 

 

 スプリングステークスへの出走が決まったというプラス。

 

 靴の完成に時間がかかるというマイナス。

 

 個別に聞くとなんてことない、いいニュースと悪いニュースだが、大事なのはそれらを掛け合わせること。

 

 

 今、一月は中盤に入ろうとしている。

 

 スプリングステークスは、三月の終わり。

 

 そして靴が出来上がるのは、二ヶ月後。

 

 つまり、プラスとマイナスをかけた結果というのは……

 

 

「ちょっとまって、もしかして?」

 

「……スプリングステークスの直前まで、まともなトレーニングはできない……かも」

 

「嘘だあ!?」

 

 

 一月。ジュニア級からクラシック級へと駒を進める、新たな門出。

 

 

 すこし、幸先は不安だ。




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10話 クラシックの幕開け

だんだんと書きだめもなくなってきて、毎日投稿できるのはあと5日前後かなーって感じです。早ければ3日くらいでなくなっちゃいます。書きだめがなくなったら書き上がり次第投稿しようかなって思ってるので、一週間に1〜3本くらいのペースで、不定期更新になると思います。


 

 一月は行く、二月は逃げるというが、本当に逃げゆくように経過した二ヶ月を本格的なトレーニングはせずに過ごし、三月になった。

 

 

 特注の靴の完成を待つ二ヶ月の間、さすがにトレーニングなしではスプリングステークスに勝てないと、トレーナーも色々な案を出してくれて、なんとか練習できないかと様々なことを試したが、結局は失敗に終わった。

 

 

 はじめは、靴が破れないようにビニールテープをぐるぐる巻きつけて補強したのだが、これはそもそも歩くだけでビニールテープがとれてしまい、廃案になった。

 

 

 次は靴に革を巻きつけた。これは歩いてもとれないし、結構丈夫で走っても靴が破けなくはなったのだが、雨上がりの後などの水分を含んだバ場に弱く、これもまたあえなく廃案となり、今日までの二ヶ月間、私は休養せざるを得ない日々を送っていた。

 

 

 そして、迎えた今日。特注の靴が完成したとトレーナーから連絡があり、ようやく本格的なトレーニングを再開できそうだった。

 

 

 ……のだが、完成品を持ってきたトレーナーの顔は、少し浮かないようだった。

 

 

「これが完成した靴……というか蹄鉄なんだが」

 

「へぇ……これが」

 

 

 トレーナーが持っていたのは、靴、ではなく蹄鉄だった。

 

 蹄鉄は、靴底につける、金属でできたU字型の保護具のことだが、トレーナーが持ってきた蹄鉄はU字の内側にT字型のバーがついているものだった。

 

 

「それでこれがその蹄鉄をつけた靴だ」

 

「あ、靴もちょっと違うね……って、おもっ!」

 

 

 トレーナーから手渡された見慣れないトレーニングシューズを受け取り、まずその重量に驚かされた。

 

 体感だから正確なことは言えないが、今まで履いていた靴、つまり一般的なトレーニングシューズより倍以上も重く感じる。

 

 

「それで、何このつま先。鉄でも入ってんの?」

 

 

 そして、次に驚いたのはつま先部分の硬さだった。叩くとコンコンという音がして、まるで鉄が入っているかのように硬い。

 

 

「ああ、破れないようにするためにスリッパのガードみたいな形の鉄が入ってる」

 

「どうりでねえ……」

 

 

 通常の蹄鉄と形状の違う特殊蹄鉄。そしてつま先部分のガード。これら二つが相まったせいでこの靴の重量になっているのだろう。

 

 

「ま、物は試しということで」

 

 

 百聞は一見にしかず。百見は一触にしかず。私はこの重い靴を履いて走ってみることにした。

 

 

「うっは……おっっもい!」

 

 

 手に持った時にも感じたことだが、それはやはり履いても変わらなかった。むしろ手に持った時よりも、軽く走っている今の方が、重量が変わったことがよりはっきり感じられた。

 

 

「んで、なにこの音?」

 

 

 今までの蹄鉄でも、走る時は多少の音が鳴ることはあったが、この靴と蹄鉄は軽く走るだけでもガシャガシャと音がして、速度を上げると鉄と鉄がぶつかっているような、あるいは破裂音にも似たパーン! という甲高い音が鳴る。

 

 

「蹄鉄とつま先のガードが中でぶつかってる音だ」

 

「へぇ……中で繋がってるんだこの二つ」

 

 

 どうやら見た目だけじゃなく、構造も特殊なようで、仕組みはわからないがこの二つは中で繋がってるらしい。

 

 

「それより……大丈夫か?」

 

「大丈夫って、靴? うん、壊れなさそうだけど」

 

 

 軽く走っても、そして多少本気で走ったり、踏み込んだりしても靴は壊れなさそうだった。

 

 

「いや、そうじゃなくて……重さだよ重さ」

 

 

 どうやら、トレーナーが浮かない表情をしていたのは、靴の重さを心配してのことだったようだ。

 

 

「うん、まあ重いけどね。足のトレーニングにもなるし丁度いいんじゃない?」

 

「いや、そういう問題じゃ……ま、大丈夫ならいっか」

 

 

 トレーナーの浮かない表情が、少し晴れた。

 

 

 

***

 

 

 

 シンザンのトレーニングを再開して数週間。三月も終わりを迎える二十九日。東京レース場。今はそのパドックにいる。

 

 

 今日は、皐月賞の前哨戦となるスプリングステークスの日だ。

 

 スプリングステークス。五着までに入賞したウマ娘に、皐月賞への優先出走権が与えられるトライアルレースだ。

 

 

「しっかし……自チームのウマ娘が重賞にでるってのに、チーム長は応援にも来ねえのかよ」

 

「ま、まあまあ……他のウマ娘のトレーニング見なきゃいけないでしょうし」

 

 

 シンザンの応援に、もはや当然のようについてくるようになったセカンド。

 しかし、ここにチーム長の姿はない。

 

 スプリングステークスに出走したいということを伝えた時も「まあ出れるんなら出とけ。勝てないだろうけど」とでも言いたげな表情で了承されたし、皐月賞への出走がかかった大事なレースを見に来ていないということから、期待していないのは明らかだ。

 

 

「しっかし、シンザンは六番人気か……」

 

 

 新聞に書いてある、レース前の人気投票。

 シンザンの勝ちを期待できていないのは観客も同じようで、シンザンの人気は六番目と低かった。

 

 

「レース前トレーニングの動きが良くなかったって書いてますね」

 

「あいつが走んないのはいつものことなんだがな。それに蹄鉄も慣れてないだろうし」

 

 

 重量や形状も相まって、シンザンはさらに走らなくなった。「重いから走りたくない」とかなんとか言っていたが、あの蹄鉄にする前から走ってなかったのでただの言い訳だろう。

 

 

「シンザンちゃん、蹄鉄の打ち替えめんどくさいって嫌がってました」

 

 

 あの蹄鉄、U字の内側に溶接しているT字状のバーは、電気溶接で接着されていて、一週間も使い込めば溶接が剥がれてしまい、使えなくなる。

 

 普通の蹄鉄が二、三週間はもつのに対し、あの蹄鉄……シンザン鉄という名前で作ったらしいあの蹄鉄は一週間しかもたない。そして形状が特殊なこともあり、蹄鉄の装着には普通の何倍も時間がかかる。

 

 頻度も増え、時間もかさむ。面倒くさがりなあいつのことだから、本当に嫌なんだろうな。

 

 

「それにあの靴と蹄鉄……重すぎません?」

 

「だよなぁ……」

 

 

 あいつは重いから足のトレーニングにもなる、なんて言ってたが、そんな単純なことじゃない。

 

 足をあげて、地面を蹴る。走るという行動一つでも、体のいろいろな箇所には負荷がかかる。重い靴を履いて走るなんて、その負荷をいたずらに増加させるだけだ。普通なら故障してもおかしくない。

 

 ……が、シンザンは故障どころか怪我一つしなかった。利口なのと丈夫なのが取り柄だと言っていたが、丈夫すぎると言っていいほどに丈夫らしい。

 

 

「あ、出てきましたよ」

 

 

 特に緊張している様子も、オドオドとした様子もなく。パドックにいつも通りのシンザンが現れた。

 

 

「落ち着いてんな……」

 

 

 シンザンにとって、このスプリングステークスが初の重賞レースになる。しかも、東京レース場でのレースはこれが初。初めて尽くしだというのに、まるでここらを束ねるヌシのように、シンザンは落ち着いている。

 

 

「シンザンちゃん、勝てますかね」

 

「どうだかな……弥生賞を勝ったトキノパレード、弥生賞二着、それまでは三連勝していたブルタカチホ、阪神ジュニアステークスで二着のアスカ……当然だが強力なウマ娘はごろごろといる。それに……」

 

「やっぱり、ウメノチカラさんですか」

 

「ああ」

 

 

 やはり、皐月賞を目指す上で避けることのできない壁だとは思っていたウメノチカラ。弥生賞では八着と力及ばずだったが、前走では一着と、調子を落としてはいない。チームデネブの一番星がここにきてやはり立ちはだかる。

 

 

「だが、シンザンはその強力なライバル、ウマ娘たちに勝っているところが二つある」

 

「えっと……ひとつは腰の強さ、ですか?」

 

「ああ、腰の強さ……より正確にいうならそこからくる踏み込みの強さだ。靴を破くような踏み込みの強さは、今まで存在したどんな強力なウマ娘を探しても数えるほどしかいないだろう」

 

「なるほど……もうひとつは?」

 

「視野の広さだ」

 

 

 ここまでシンザンが出走したレースは四戦。そのどれもシンザンはゴール板をすぎると、どのウマ娘よりも早く走るのをやめ、引き返す。

 

 レースに集中するあまりゴールしたことに気づかず、走り続けるウマ娘というのは実は多い。その点シンザンはレースに全ての神経を注ぎ込みつつゴールを認識するほどの視野の広さがある。

 

 視野の広さはもちろん、ゴールを認識するだけではない。周りを走るウマ娘との駆け引きにおいても、とても有利に働く。

 

 

 そのようなことをセカンドに説明すると、セカンドは「なるほど」と納得した表情で頷いた。

 

 

「その二つがどこまで通じるか、シンザンがうまく使いこなせるか……だな」

 

 

 今年も春が来る。

 デビューしてから今までのレースを勝ち抜き、三冠を目指す資格を得た強力なウマ娘がひしめき合う、クラシックの一年。三つの冠をかけ、華やかで過酷な、一年をかけて奪い合う苛烈な一年間。その前哨戦のレースが幕を開ける。

 




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11話 春一番

ようやくスプリングステークスに入ります。

ただ、いくら探しても動画やレース内容の記述みたいなのが出てこなくて、レース内容は完全に想像です……ご容赦ください。


 

 スプリングステークス。五着までに入着したウマ娘に皐月賞の優先出走権が与えられる、三冠を目指す上でも、春のクラシックを勝ち抜くためにも重要なトライアルレース。

 

 

 レース創設当初は東京レース場での開催だったが、数年前から中山レース場での開催で定着しているレースだ。

 

 

 ただ、今年は中山レース場が改装工事で使えないため、創設当初とおなじく、東京レース場での開催となっていた。

 

 

 今日出走するウマ娘は、全部で十四人。ジュニア期を勝ち抜いてきた、もしくは今年デビューしここまで破竹の勢いで勝ち進んできた、いわばエリートしかいないようなレース。私みたいな平凡なウマ娘には似つかわしくないかもしれない。

 

 

 実際、私は今日六番人気。勝ちを期待されていない……というより、勝てると思われていない。

 

 

 一番人気はブルタカチホというウマ娘。昨年最多勝利数を飾ったトレーナーが育てたウマ娘で、前走の弥生賞では二着と好走している。

 

 三番人気にはアスカというウマ娘が入っている。阪神ジュニアステークスでは二着に入っている力のあるウマ娘だ。今日までに二戦しか走っていないのに三番人気に推されることから、実力の高さがうかがえる。

 

 四番人気にはトキノパレードというウマ娘が推されている。これまでに京成杯、弥生賞といった重賞レースを制覇している。

 

 

 ……そんなすごいウマ娘たちの中で今日、走る私はなぜか、不安も、恐怖もない。

 

 はじめての重賞、はじめての東京レース場……というより、いままで関西でしか走ったことのない私にとって、関東でのレース自体が初。

 

 

 普通なら、不安で不安でしょうがなくなって、落ち着かなくなっても仕方ないのかもしれない。

 緊張は確かにある。でも、私は今、嬉しくて仕方がない。

 

 

「ここまで、四連勝してきたみたいね。シンザン」

 

 

 それはきっと、今私の名前を呼んだウマ娘のおかげなんだろう。

 

 

 ターフへ続く一本道。そこで私はゼッケンのついた体操服に身を包んだ、黒髪のウマ娘に話しかけられた。

 

 

「ウメちゃん」

 

 

 今日、二番人気に推されているウメちゃん。

 

 私の幼馴染で、トレセン最強のチームデネブの中でも、デビュー前から評判になるほどの実力を持ち、その期待に応え最優秀ジュニア級ウマ娘を受賞した、世代のトップ。

 

 そして、私の憧れ。

 

 

 ウメちゃんがデビューしたあの日から、きっと、私はあの黒い背中を追いかけて、今日まで走ってきた。

 

 

 だから今日、私は嬉しくて仕方がない。不安も恐怖も緊張も、飛び越えてしまうほどに。

 

 

「悪いけど、勝つわ」

 

「……負けないよ」

 

 

 トレセン学園に入学するまで、私はいつもウメちゃんの隣にいた。

 

 それが今、お互い別々のチームに入って、少し疎遠になっちゃって、気がつけば今、埋めることができないかもしれないほどの差が開いている。

 

 

 かたや、学園最強チームの新エースになろうとしている、超新星。

 

 かたや、チームの中でも期待されず、非凡なほど平凡な十六等星。

 

 

 勝てないかもしれない。それに、今後二度とウメちゃんと走ることなんてないのかもしれない。

 

 だけど、だからこそ。

 

 

「私、ウメちゃんの前を走りたい」

 

 

 口から、自然と言葉が出た。

 

 私は、ウメちゃんよりも……ほかのウマ娘たちよりも、このレースの誰よりも早くゴール板を駆け抜けたい。

 

 

「走らせないわよ。だれも、私の前を走らせない」

 

 

 力強く、言い切ってウメちゃんはターフへ向かう。こちらを振り返ることもなく、真っ直ぐに。

 

 

***

 

 

「よう、シンザン。調子はどうだ」

 

「あ、トレーナー! それにセカンドちゃんも、応援ありがと!」

 

「いいのよ。頑張って、シンザンちゃん!」

 

 

 入場が終わり、ターフの上。いつものように立見の観客たちの中に二人はいた。

 

 

 ぎゅっと握り拳を握って応援の言葉をくれたセカンドちゃんに、「うん!」と頷いてトレーナーの方を見る。

 

 

「調子はいいよ。足も軽いし……あの靴じゃないしね」

 

 

 流石にレースでもあんな重い靴を使うわけにはいかないので、私は今普通のレース用の蹄鉄と靴を履いている。

 

 

「ならよし……コースも大丈夫か?」

 

「うん、まあ想像でしか走ったことないけど、コースは頭に入ってるよ」

 

「なら大丈夫だな。ウメノチカラと走れるんだ、どうせなら楽しんでこい」

 

「うん! 行ってくる!」

 

 

 力強く頷いて、ゲートへ向かう。

 

 

 スプリングステークスは、芝1800のレース。今年は東京レース場なので、第一コーナーと第二コーナーの間にあるポケットから走り出し、左回りで進んでいき最後直線でのゴールとなる。

 

 私は今日、三枠三番での出走。内枠でのスタートで、コーナーにすぐ入るコースなので比較的有利だが、外枠のウマ娘たちも内へ内へと押し寄せてくるので、注意が必要でもある。

 

 

『さあ、クラシック幕開けを告げる前哨戦、スプリングステークス! 春一番となるのは果たしてどのウマ娘なのか!』

 

『今年も力のあるウマ娘が多数出走していますからね。どのようなレースになるのか楽しみです』

 

 

 アナウンサーと解説の声とともにウマ娘たちのゲートインが始まり、レースの開幕を告げるファンファーレが奏でられる。

 

 

『各ウマ娘、ゲートインが完了し……スタートしました!』

 

 

 ゲートが開き、私は勢いよくスタートを切る。

 

 ゲートは一コーナーと二コーナーの間、ポケットにあるため、二コーナーを斜めに横切るようなコースどりで向こう正面に飛び込む形になる。

 

 

『絶好のスタートを切ったのは三番のシンザン! いいスタートで先頭集団の好位についた!』

 

 

 向正面に入る頃、私は逃げるウマ娘の少し後ろ、先行する集団のポジションについた。

 

 スタートして、二コーナーまでは約160メートルと短いが、三コーナーまではおよそ750メートルと距離がある。向正面の直線では先行しつつ脚を残し、三コーナー、四コーナー、そして最後の直線で逃げウマ娘をかわすのがベスト。

 

 

『さあ向正面の直線から、十四人のウマ娘たちが次々と三コーナーへ流れ込んでいきます。そろそろ仕掛けるウマ娘が出てくる頃合いでしょうか』

 

『そうですね。先頭集団、そして中団や後方集団に位置するウマ娘たちも機を窺ってますよ』

 

 

 三コーナー。遠心力に引っ張られそうになるのを踏ん張りながら、頃合いを見計らう。

 

 

 今行くか。いや、まだか……逃げるウマ娘の後方でそんなことを考える。

 

 

 

 

 ————今だ。

 

 

 

 

『大ケヤキの向こう側、数人のウマ娘が一斉に仕掛けた!』

 

 

 残していた脚を惜しみなく使い、四コーナーへ突入し、そのまま立ち上がって最後の直線へ向かう。

 

 

 東京レース場最大の特徴。四コーナー手前から直線の途中までの緩い上り坂の後の、心臓破りの坂とも呼ばれる、直線で約二百メートル続く高低差二メートルの上り坂。

 

 そしてそれだけではなく、のぼりきったあとは約三百メートルの直線が続く。

 

 この長い直線。仕掛けるならやはり、ここだろう。

 

 

『仕掛けたのは二番のヤマニンスーパー、三番のシンザン! 五番ウメノチカラ、十二番アスカもそれに続く!』

 

 

 逃げウマ娘をかわして、心臓破りの坂へと入る。

 

 やはり、他にも仕掛けたウマ娘はいたようで、後ろからは私のことを猛追する足音が迫り来ている。

 

 

『二百を通過して依然先頭はシンザン、シンザンです! 二番手はヤマニンスーパーだがややリードを許している!』

 

 

 坂をのぼり、平坦な直線。横目にチラチラと迫り来るウマ娘が見えるが、このペースなら追いつかれない。

 

 

『シンザン、シンザンだ! 二番手のヤマニンスーパーとの着差は半バ身と僅かですが、六番人気を覆し、余力を残した走りで力をみせました!』

 

 

 ゴール板をすぎた私は、いつも通りすぐに立ち止まって掲示板に目を向ける。

 

 一番上に表示された、数字の3と1分51秒3という勝ち時計。

 

 

 そして私の背を叩くように、東京レース場に押し寄せていた大観衆が、一斉に歓声を上げた。それにびっくりしておもわず「ほわぁ!?」と情けない声をあげてしまい、肩も跳ねる。

 

 振り返ると、そこには壁のようにそびえ立ち、海のように続く大観衆が手を上げ、おもいおもいに声をあげている。

 

 

「……私、勝ったんだ」

 

 

 レースの最中も、周りを走るウマ娘のことは見えていたはずだった。すぐ横にはあと少しで私を追い抜かすだろうというところまで来ていた子もいた。少し後ろで、ウメちゃんともう一人が競りながらこちらに迫り来ていたのも分かっていた。

 

 私は一番先頭で、一着なのもわかっていた。

 

 

 でも、勝ったというのを実感したのは、どうやらたった今なようだ。

 

 




今のスプリングステークスは三着までの競走馬に皐月賞の優先出走権が与えられますが、その形になったのは1991年からで、それ以前は五着までの競走馬に優先権が与えられていました。当時皐月賞トライアルに指定されていたのはこのレースのみで、弥生賞はトライアル指定されておらず、若葉ステークスは存在すらしませんでした。スプリングステークス創設当初は東京競馬場での開催でしたが、1960年以降から中山での開催で定着しました。今回東京競馬場での開催になっているのは本文の理由通りです。


以上、長々とした補足でした。以下、長ったらしいあとがきです。


レースの表現が実際に書いてみると難しくて難しくて(しかも今回想像だし)
臨場感とか、雰囲気とか、どうすれば伝わるかなーって試行錯誤してます……まあ今回はシンザンの視点で書いたので、シンザンのレース中の冷静さや視野の広さなんかが伝わればなーなんて思って書きました。

今2話くらい先の話を執筆してるんですけど、実はまだ皐月賞は始まってないんですよね。なのであと数話はさんだ後、ようやく皐月賞になるかと思います。ほんと、誰が皐月賞まであっさり済ませるって言ったんですかね。


あたたかな感想や評価、いつもありがとうございます! モチベに繋がっていたり励みになっているのでとても嬉しいです! 

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12話 三冠候補と呼ばれて

あと、あと少しで皐月賞……


「んじゃ、シンザンのスプリングステークス勝利ということで、乾杯!」

 

 

 俺の音頭に、我が家に集まった数人が一斉に「かんぱーい!」と続く。

 

 

 シンザンがスプリングステークスを勝ったので、家にいた俺の彼女というか妻というか細君というか奥さんに急遽連絡を取り、無理言って料理を作ってもらって祝勝会を開くことになった。

 

 

「いやー、まさか本当にトレーナーに奥さんがいたなんて」

 

「お前は俺のことなんだと思ってたんだ」

 

「えっと、その、あー……ッスゥー……残念な人?」

 

「言葉選んでそれか!?」

 

 

 シンザンの言葉に、その場にいた全員が吹き出すように笑い出した。それはもう、台所にいた妻も一緒になって大爆笑している。

 

 

「しかし、ここまでシンザンが強いとは……思わなんだ」

 

 

 空気を取り繕うように口を開いたのは、トレセン学園から飛ぶようにやってきたチーム長だった。

 

 

 スプリングステークスを勝ったという報告を聞くやいなや、今日終える予定の仕事も全てほっぽり出して血相を変えてとび出してきたようで、ウイニングライブが終わり、記者会見も終わったという頃、チーム長は息も絶え絶えで東京レース場に現れた。

 

 

 その後、チーム長はシンザンに「俺は目が見えなかった。お前がここまで大物だとは知らなかった」と言って頭を下げた。それを見たシンザンは、それはもう大慌てしていた。今日の記者会見、大勢の記者達に矢継ぎ早に質問されていた時もあたふたしていたが、それを超える慌てぶりだった。

 

 

「ほんとうにすまなかった、シンザン。見る目のなかった私を許してくれ」

 

「いやいやいやいや、頭上げてくださいよチーム長!?」

 

 

 改めて頭を下げたチーム長に、再びブンブンと手を振って慌てるシンザン。鶏やペンギンより飛ぶ見込みがありそうだ。

 

 

「それに、間違いは誰にでもありますよ。トレーナーなんて私を見た瞬間ため息ついたんですから」

 

「おまっ、俺を売んなよ!」

 

 

 その場の全員がまた吹き出すように笑う。

 

 

 ひとしきり笑ってしばらくすると、またそれぞれ食事を再開したり、談笑したりし始めた。

 

 

「ほんとうに……シンザンはコダマを越えるかもしれんな」

 

「だから言ったじゃないですか」

 

 

 チーム長の言葉に、俺はそう返す。

 

 以前、俺がチーム長にそう啖呵を切った時は、正直カッとなって言い返した部分もあった。才能あるウマ娘を、自分の指導不足や環境で潰すわけにはいかないという、ある意味自分に対して発破をかけるというのもあったかもしれない。

 

 しかし今、シンザンは才能のあるウマ娘だという気持ちに変わりはないが、コダマを超えるという、口をついて出た言葉が少し現実味を帯びてきたのかもしれない。

 

 

「なあシンザン」

 

「んぇ?」

 

 

 レースも済んでお腹が空いたのか、それとも飛ぶためのエネルギー吸収か。パスタやらニンジンやらピザやら。シンザンが持つ取り皿にはさまざまな料理が盛り付けられていて、シンザンの口もまたさまざまな料理が詰め込まれている。俺の話になど聞く耳を持たず、一心不乱に食べていたようだ。

 

 

「……お前そんなに大食いだったの?」

 

「んぐっ!?」

 

 

 まるで心外だとでも言いたげな表情で、シンザンは口に含んだものを素早く咀嚼し飲み込んだ。

 

 

「ちがいますぅ〜、奥さんの料理が美味しいだけですぅ〜」

 

「そんな褒めたっておかわりしか出ないわよ。ほら、セカンドちゃんも遠慮しないで食べて食べて」

 

「あっ、ありがとうございます」

 

 

 大量の料理が盛り付けられた皿をトレーに複数載せて、妻が現れた。

 

 

「ほら、まだまだあるんだからあなたも食べて」

 

「お……う」

 

 

 明らかにこの人数じゃ食べきれないだろうというほどの料理がすでに並んでいるというのに、おかわりときた。

 

 

「そうだよトレーナー。食べないと大きくならないんだよ」

 

「お前が言うと説得力ねえな」

 

「うえーん。セカンドちゃんに奥さんにチーム長。トレーナーがいじめるよう」

 

「おま、最後の二人は卑怯だぞ!」

 

 

 嘘なんじゃないかってくらい下手な嘘泣きでシンザンがこの場の全員を味方につけようとする。妻とチーム長は「やれやれ」みたいな目で俺を見て、茶番に乗る程度だが……若干一名、本気の殺意を感じる。なんか黒いオーラも出てる。

 

 

「トレーナーさん……?」

 

「ま、まてセカンド! 記者会見であたふたしてるシンザンの写真、記者からもらったんだ! これで手を打たないか?」

 

「ふふん、セカンドちゃんがそんなことでなびくわけないじゃん」

 

「仕方ありませんね」

 

「セカンドちゃん!?」

 

 

 黒いオーラをあっさりと引っ込めたセカンド。自信に満ち溢れた表情をしていたシンザンは、コロコロと表情を変えて「なんで、どうして?」とセカンドの肩を揺さぶっている。

 

 しかし、あれだ。

 

 レース中とかレース前はあんだけ集中していて落ち着いてるこいつが、普段は落ち着かない奴ってのは、なんかおもしろい。

 

 

***

 

 

 翌日。

 

 

 私とセカンドちゃんはお昼ご飯を食べようと、食堂に来た。

 

 

「あ、ウメちゃん! おはよぉ」

 

「おはようって……もう昼だけど」

 

 

 そして、食堂にはいつかの日と同じように、ウメちゃんがいた。あの日と違うことといえば、私の隣にセカンドちゃんがいることと、ウメちゃんの隣に先輩達がいないことだ。

 

 

「ねえウメちゃん、もしよかったら一緒にお昼食べない?」

 

「いいけど……いいの?」

 

 

 私の言葉に、ウメちゃんは隣のセカンドちゃんの方を見る。

 

 

「もちろん。実は、前からウメノチカラさんとは話してみたかったの」

 

「……そういえば、こうして話すのは初めてだっけ。長いし、ウメとかでいいよ。私もセカンドって呼ぶから」

 

「じゃあ、えっと……ウメノさん?」

 

「うん、それでいいよセカンド」

 

「じゃ、ご飯食べよっか……って、なんでこんなに見られてるの?」

 

 

 特に大声も、変なこともしていないのに、私たちは周りのウマ娘にちらちらと視線を向けられていた。

 

 

「なんでって……シンザン、あれ」

 

「あれ?」

 

 

 ウメちゃんが指さしたのは、食堂の天井から吊るされるようにして設置されているテレビだった。そこに映っているのは、どこか見覚えのある少女が慌てふためいている姿。

 

 

「あれぇ!?」

 

 

 見覚えがある。それもそのはず。画面の中で記者達に囲まれてあたふたしてるのは、私だった。

 

 

「シンザンちゃん、気づいてなかったの? 昨日の夜からずっと、テレビはシンザンちゃんのことで持ちきりだよ?」

 

「んぇ……」

 

「まあ、スプリングステークスに勝つってことは、三冠候補筆頭ってことだからね」

 

 

 皐月賞への優先出走権が与えられる、トライアルレースのスプリングステークス。

 

 初めての重賞での勝利、そしてウメちゃんと走れて、さらには勝てたということが先行していたせいか、スプリングステークスで勝ったという、その意味までは頭が回っていなかった。

 

 

「ほら、早くお昼にしましょ」

 

「お、落ち着かないなぁ」

 

「あ、あのっ!」

 

 

 ウメちゃんの後に続いてお昼を取りにカウンターへ向かおうとしたところ、見知らぬ子に呼び止められた。

 

 

「ウメノチカラさんとシンザンさんですよねっ! スプリングステークス見てました! 皐月賞も応援してます!」

 

「あ、ありがとう」

 

「やっぱりシンザンさんなんですか!?」

 

「シンザンさんだ!」

 

「あのっ、シンザンさんお話いいですか!?」

 

 

 見ているだけだったウマ娘達が、一番に声をかけてきた子に続くようにワラワラと集まり始め、ウマ娘達に取り囲われてしまい、行き場をなくす。

 

 

 ……ほんとうに、おちつかない。




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13話 走る理由

すんごい今更なんですけど、ウマ娘の世界って競馬場のことレース場っていうのすっかり忘れてまして、今までの話全て修正しました。これから気をつけます。


「そういやお前、皐月賞出んの?」

 

「へ? 出るでしょそりゃ」

 

 

 四月に入り、間近に迫る皐月賞を目指してトレーニングしている私にトレーナーはとんでもないことを聞いてきた。

 

 

「あ、いや……違うな。聞き方が悪かった。何を目標に出るって話だ」

 

 

 トレーナーの言葉に、私は首をかしげる。

 

 

 何が目標。それはもちろん、ウメちゃんと走って、勝つことだ。

 

 

 そう答えようと口を開こうとしたとき、トレーナーは続けた。

 

 

「スプリングステークスでウメノチカラに勝ったわけだ。まあ一回勝っただけじゃ本当に勝ったとは言えないかもしれないが……それでもウメノチカラと走るって最大の目標はある程度達成したわけだろ?」

 

「ああ、そういう……」

 

 

 たしかに、私の目標は皐月賞に出ることだった。それはウメちゃんと一緒のレースで走り、そして勝ちたいという気持ちから定めた目標だったが、曲がりなりにもスプリングステークスでその目標、願いはある程度叶ったとも言える。

 

 

「だから次の大きな目標はあるのかと思ってな。三冠ってのもあると思うが……お前あんま興味ないだろ?」

 

「いや……うん、まあ」

 

 

 正直、取れるか取れないかは置いておいて、三冠という称号に私はあまり興味がなかった。

 

 スプリングステークスを制覇し、三冠候補筆頭などと呼ばれるようになった。四月に入った今でも、テレビでは私のことを特集している番組もあるし、トレーニングを見にくるウマ娘や、取材しに来る人たちがちらほらと現れる。

 

 でも、その呼び名というか、期待というか……そういうものに、私はピンとこないものがある。

 

 

 トレーナーがいつも、レース前になると口を酸っぱくして言う「ハナ差でも勝ちは勝ち」という言葉がある。

 それに影響されたのもあるのだろうが、レコードでの勝利だとか、ほかのウマ娘をぶっちぎりにして勝つ大差での勝利とか。それらは全て勝利した上でのオマケ、みたいな考え方が私の中にある。

 

 だから三冠という言葉に、あまり惹かれないのかもしれない。

 

 

「何のために走るのか……か」

 

 

 言われてみれば、これといって思いつくものもない。

 

 とはいえ、走る気がなくなったとか、そういうわけでもない。皐月賞には出たいし、何より勝ちたい。

 

 

 でも、その気持ちはどこから来るのか。ふと言われてみるまで、考えたこともなかった。

 

 

 

***

 

 

 

「ってことトレーナーと話してさ」

 

「走る理由ねぇ……」

 

 

 あくる日。

 

 食堂でウメちゃんとお昼を食べながら、私はトレーナーに言われた走る目標、理由について話を振った。

 

 

「そんなの簡単だよ!」

 

 

 突然、私とウメちゃんの間に割って入る声がひとつ。あまりに突然すぎて私は思わず手に持っていたお椀を落としかける。

 

 

 私とウメちゃんがご飯を食べている机の横に、自分のお昼ご飯であろう料理をもち、突然現れたのは茶色い髪の、活発そうなウマ娘だった。

 

 

「ふふん、その顔は驚いたって顔ね。どうしてあなたがここにいるの!? って顔でしょ!」

 

「いや、誰? って顔」

 

「えぇ〜!? 私のこと知らないのうみゃっ!」

 

 

 元気よく話していた少女の頭に、ウメちゃんがお味噌汁を飲みながら手刀を落とした。

 

 

「何するのさウメ!」

 

「うるさい。それに、自己紹介くらいしなさい」

 

 

 ウメちゃんは少女の方を見ることなく、食事を続けながら淡々と答えた。「ぅう〜」と、頭を押さえて不満そうな声を出し、少女は口をひらく。

 

 

「私はカネケヤキ! ケヤキって呼んでね!」

 

「カネケヤキ……って、もしかして桜花賞の?」

 

 

 先日行われたティアラ競走の最初のレースである、桜花賞。それを制覇したウマ娘の名前が、たしかカネケヤキといったはずだった。

 

 

「そう! そのカネケヤキ!」

 

 

 たしか、朝日盃でウメちゃんと一着争いをしていた子だ。その時から、ティアラ競走での活躍が期待されていたが、どうやら評判通りの実力のようだ。

 

 

「えっと……ケヤキちゃん。さっき簡単だって言ってたけど、ケヤキちゃんは何で走るの?」

 

「あれ、そんな話してたっけ」

 

 

 ……どうやら、忘れてしまったらしい。走るのも速そうだが、忘れるのも早いみたいだ。

 

 

「うーん、まあいいや。私が走る理由はね、クラシック路線のウマ娘にも負けないってことを証明するため!」

 

「クラシックの……」

 

 

 皐月賞、日本ダービー、菊花賞。この三つのレースのことをクラシック三冠レースと呼ぶ。

 そしてこれらのレースに出場、そして勝利を目指すことをクラシック路線をとる、などと言ったりする。

 

 反対に、桜花賞、オークスはティアラ競走と呼ばれる。そしてこれらのレースに出場、勝つことを目標にするのを、ティアラ路線をとる、なんて言ったりする。

 

 

 ただ、ティアラ競争には三冠め、クラシック三冠でいう菊花賞にあたるレースが存在しない。そのためティアラ路線にすすむウマ娘、そしてティアラ競争自体、クラシック三冠レースと比べると世間からの注目も集まっていないのが現状だ。

 

 

「だからいつか、ウメもシンザンもまとめて倒しちゃうんだから!」

 

 

 そう言った後、ケヤキちゃんは「あ! 友達待たせてるからまたね!」と慌てたように言ってその場を離れていった。

 

 

「……嵐みたいな子だね」

 

「落ち着きがないだけよ」

 

 

 ケヤキちゃんとは対照的に、ウメちゃんは黙々と食事を続けている。

 

 

「そういえば、ウメちゃんには目標ってあるの?」

 

「……あるわよ」

 

 

 お味噌汁を飲み干して、すでに食べ終わった食器を重ねながらウメちゃんは言った。

 

 

「勝ちたい相手ができたのよ」

 

「へえ、ウメちゃんにもそういう相手いるんだ」

 

 

 私が相槌のように言った言葉に、ウメちゃんはキョトンとした表情で、目を丸くした後呆れたようにため息をついた。

 

 

「え、私なんか変なこと言った?」

 

「……いや、直接言わないと伝わらないのかと思って」

 

 

 再びため息をついて、ウメちゃんは続けた。

 

 

「まあ、走る理由なんて小難しいこと、シンザンは考えなくてもいいんじゃない?」

 

「えー、なにそれ。まるで私が単純みたいじゃん」

 

 

 ぶーっ、と頬を膨らませていう私に、ウメちゃんは「実際そうでしょ」と、微笑むように言った。

 

 

 でも、たしかにそうかもしれない。

 

 

 ウメちゃんだけじゃない。アスカやヤマニンスーパー、他にもレースで好走を見せている強豪ウマ娘たちが多数出走する、皐月賞。

 

 今は、目の前のレースに集中しよう。




イギリスで、ディープ産駒のスノーフォールが歴史的大差勝利を記録しましたね。ディープのことは大好きなんですが、レースの勝利馬を見るたび、またディープ産駒か……という、ちょっと寂しい気持ちもあります。まあ強い血統があるからマイナーな血統の馬が活躍すると盛り上がるので、なんとも言えない気持ちもあるんですが。

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14話 黒い少女は平凡な少女に夢を見る

次回から皐月賞になります。でも仕上がってる書き溜めが今回でなくなったので、次話は仕上がり次第の投稿になります。


 実のところ、私、ウメノチカラはシンザンという少女が苦手だった。

 

 

 誰にでも、分け隔てなく接し、気がついたら隣にいる、あの愛嬌の良さ。

 

 ともすれば人間の少女と間違えられるかもしれない、小柄で平凡な容姿。

 

 

 嫌い、というわけじゃない。幼い頃からの馴染みだし、シンザンといる時、楽しいのは事実だ。無愛想な私に対して、シンザンは面白いくらいに表情をコロコロと変える。つり目で口角のさがっている私に対して、シンザンの目はくりくりと丸く可愛らしくて、いつもニコニコ笑っている。

 

 

 シンザンの良いところばかりが目について、私の悪いところばかり考えついてしまう。

 

 私に持ってないものを持っているシンザンが羨ましくて……少し、妬ましかった。

 

 

 

 でも、そんな無愛想で、怒っているのかとたまに勘違いされる私でも、誇れるものがひとつだけあった。

 

 

 それは、足の速さだった。

 

 

 年齢が上がって、トレセン学園に入学し、最強のチームと呼ばれるデネブの、入部テストに合格した頃から、足の速さに自信が持てるようになった。

 

 最優秀ジュニア級ウマ娘を受賞していたグレートヨルカ先輩や、デビューするや否や頭角を表し始め、三冠確実と言われていたメイズイ先輩にも目をかけてもらって、いつのまにかデビュー前のトレーニングにも人が集まるようになり、最強チームデネブの期待の星と呼ばれるようになった。

 

 

 その頃は、少しシンザンと疎遠になっていた。別のチームに入ったのもあるだろう。私はチームでの練習でいっぱいいっぱいだったし、シンザンはいろいろと担当トレーナーが決まっていないとか、アクシデントがあったようで、そっちもそっちで忙しかったのもある。

 

 

 デビュー戦を勝ち、実力不足や、調子がイマイチ噛み合わない時もあり、レースで勝ったり負けたりを繰り返しながら、クラシック路線を勝ち抜くための登竜門、朝日盃ジュニアステークスへの出走が決まった。

 

 

 そして、先日の桜花賞を勝つことになるカネケヤキをアタマ差におさえ、四番人気の前評判を覆して一着を取り、その年の最優秀ジュニア級ウマ娘を受賞する頃。私は他のウマ娘よりも足が速いかも、という自信は確信に変わりつつあった。

 

 

 ジュニア期を終えて、年が明けてスプリングステークスに挑むことになった。

 

 クラシック三冠レース。そのひとつ目の冠をかけた皐月賞。その優先出走権が得られるトライアルレース。

 

 

 当然、レースに出走するメンバーも、強力なウマ娘が多い。

 

 朝日盃と同じく、クラシックの登竜門である阪神ジュニアステークスで結果を残したアスカや、弥生賞を勝ったトキノパレード。弥生賞で二着になるまで無敗だったブルタカチホもいた。

 

 そんな強豪ひしめく面子の中に、見覚えのある平凡な少女が、六番人気で出走していた。

 

 

 シンザンはスプリングステークスに出走するまで、四連勝していた。

 

 戦績だけ見ると立派だが、内容を見ると、強力なウマ娘を避けたようなレースのローテーションで、阪神ジュニアステークスのような大きいレースに出走していない。

 

 とてもクラシックを勝ち抜いていくようなローテーションとは思えず、スプリングステークスに出走したのも、出走資格をたまたま手に入れて、記念に出走しておくものなのだと思っていた。

 

 実際、ときおり見かけたシンザンの練習風景は平凡で、未勝利のウマ娘にも劣るくらい走っていなかったし、レースの結果も大差勝ちやレコード勝ちなんかもなかった。

 

 

 ……そんな考えは、前提は、スプリングステークスのゲートが開いた瞬間、消え去った。

 

 

 シンザンは、ゲートが開いてすぐ好位について、余裕十分で逃げるウマ娘を追走し、四コーナー手前から仕掛けるとあっさり一着を取った。

 

 しかも、ゴール板をすぎるとすぐに立ち止まって、息を切らしている様子もないという余裕ぶり。たぶん、全力で走ってはいないのだろう。

 

 

 きっと、全力で勝ちにきてはいる。ただ、必要な力を必要なだけ、無駄な走りや追い込みをしていないだけ。特注の蹄鉄や靴を必要とするほどの踏み込みの強さからくる、スタートの良さや末脚の力強さ。レース最中でもゴール板を認識してすぐに立ち止まる、視野の広さからくるレース展開を読む力。

 

 

 決して派手でも、奇特でも、特異な長所じゃない。レースの基本になるそういった力が優れているから勝てるんだろう。

 

 

 でも、シンザンの愛嬌や愛くるしさに、ないものねだりしていた私だが、ことレースに関してはそんな事はなかった。

 

 悔しくないわけじゃない。勝てないと諦めたわけでもない。

 

 でも、嬉しく思った。

 

 

 シンザンはきっと、持ち前の愛嬌の良さで誰とでも仲良くなれる。

 

 でも私は、きっと誰とでもは仲良くなれない。

 

 

 いつも隣にいるようで、でもどこか遠くにいるように感じていたシンザンと、レースでなら。ターフの上でなら、同じ舞台で戦える。

 

 スプリングステークスでは隣に並ぶどころか、影も踏めない結果になったが、シンザンとの距離は普段よりも近くに感じた。

 

 

「シンザン」

 

 

 いつかと同じ、ターフへ向かう一本道。真新しい赤と黒の勝負服身を包んだシンザンに声をかける。

 

 

「あ、ウメちゃん! おはよぉ」

 

「おはようって……もう昼だけど」

 

 

 声をかけると、シンザンはパァッと笑顔を咲かせて、いつもの遅すぎる朝の挨拶をする。

 

 

「走る理由、見つかった?」

 

「あはは……それがまったく。もちろん、レースには勝ちたいんだけどね」

 

 

 シンザンはまだ、走る理由を見つけられていないようだった。困ったように笑って言うシンザンに、私は「そう」と短く答える。

 

 

「今日こそ勝ってみせる」

 

「こっちこそ、負けないよウメちゃん」

 

 

 四月十九日、皐月賞。

 

 

 シンザンに勝つ。私はただ、そのために。




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15話 皐月賞

書き上がったので投稿します。

さすがに不定期だと楽しみにしてくださってる方々に申し訳ないので、活動報告とかで進捗とか投稿予定の告知とかしていこうかなーとか思ってます。お気に入りユーザー登録とかしたら活動報告あげてるとかってわかるんですかね。登録したてで機能よくわかってないので、すみません。

なので、もし余裕があれば活動報告とかチェックしてくださればと思います!長々とすみません、本編へどうぞ!



 四月十九日、皐月賞。中山レース場がまだ改修工事で使えないので、東京レース場での開催になっている。

 

 

『さあ最後に本日の一番人気が入場します!』

 

 

 ターフの上に立ち、バ場の状態を確認する。

 

 小雨が降ってはいるが、それほどターフは荒れておらず、状態は良。雨や不良バ場が嫌いな私だが、このぐらいなら問題なさそうだ。

 

 

『シンザン、本日は二枠六番での出走です!』

 

『スプリングステークスでは余力を残した走りで圧倒的強さでした。本日はどのような走りをするのでしょうか』

 

 

 視線を落とす。そこに見えるのは、赤と黒の可愛らしい勝負服に身を包んだ自分。

 

 視線を上げる。そこに見えるのは、東京レース場に押しかけた観衆が、私の体を叩くように大歓声をあげている姿。

 

 視線を横に向ける。隣にいるのは黄色を基調にして、赤の差し色が入った勝負服に身を包んでいるウメちゃん。その奥にも、様々な色で彩られた勝負服を身につけているウマ娘が並んでいる。

 

 

 クラシック三冠の初戦、皐月賞は、最も速いウマ娘が勝つと言われているレース。

 

 もう、あと十分もしないうちに、このターフ上にいる同世代ウマ娘の最速が決定する。

 

 

『さあ、パドックでのアクシデントにより一名のウマ娘が出走取り消しになってしまいましたが、二十四人のウマ娘が今ここに出揃いました!』

 

 

 一名欠けてしまったものの、全員の入場が終わり、ゲートへと向かう途中、いつもの位置にトレーナーを見かけたので、いつものように駆け寄る。

 

 

「よう、今日も牛みたいに落ち着いてんな」

 

「……それって褒めてるの?」

 

 

 相変わらず、少し棘のあるトレーナーの言葉に、私は眉を寄せる。

 

 ちなみに、今日はセカンドちゃんはいない。今日、東京レース場で六レース目に行われたレースに出場していたためだ。

 

 

「大舞台でいつも通りいられるってのも才能だ。あとはいつも通り、走ってこい」

 

「うん、行ってくる」

 

 

 止めていた足を再び動かして、ゲートへと向かう。

 

 

 皐月賞は、芝2000メートルのレース。東京レース場開催の今年は、一コーナー奥のポケットからスタートし、二コーナーを回ってからはスプリングステークスと全く同じコースを走ることになる。

 

 

 

 ゲート前につき、いつも通り伸びをしているとファンファーレが鳴り始め、ゲートインの時間になる。

 

 

 私は今日、二枠六番。ウメちゃんは二枠四番。今日二番人気のアスカは一枠三番。二十四人のウマ娘が出走する今回の皐月賞では、私は比較的内枠に位置しているが、私よりも内枠には力のあるウマ娘もいる。スタートして第二コーナーを目指すまでに激しい先行争いが起きるだろう。

 

 

『三冠の第一関門である皐月賞、いったい誰がクリアするのか!』

 

 

 ガチャン、ガチャンという音を立てて、次々とウマ娘がゲートに入っていく。この音が鳴り止み、ファンファーレも終われば、レースが始まる。

 

 

 不安も、緊張もない。ただ、ウメちゃんと走れる。他のウマ娘たちとも走れるという高揚にも似た感情だけが、凪のような私の心にさざなみを立てていく。

 

 

 なんのために走るのか。何が理由で走るのか。小難しいことは私には分からないけれど。

 

 今はただ、ありったけをこのレースに。

 

 

 

 

『ゲートが開き、各ウマ娘が綺麗なスタートを切りました!』

 

 

 大歓声の中、綺麗な横並びでスタートを切る。

 

 

『さあ好位置を目指してそれぞれ二コーナーに向かいます!』

 

 

 やはり、二コーナーまでは熾烈な先行争いになりそうだった。

 

 

 私よりもインコースにはアスカ、ウメちゃん。外には四枠十一番のガルカチドリ、そして四枠十二番のバリモスニセイ。

 

 私含め五人がほぼ横並びとなって二コーナーへと流れ込んでいく。

 

 

『さあハナ争いがガルカチドリとバリモスニセイにかわりました。続いてインコースには手練れのアスカ、そしてファイトモア、デネブ期待の星ウメノチカラ。本日の主役シンザンは余裕を持って好位置をキープしています!』

 

 

 向こう正面中間から、三コーナー手前の坂に差し掛かるが、基本的な位置関係はあまり変わらない。小雨で視界が煙ってすこし見えづらいが、依然としてハナ争いはガルカチドリとバリモスニセイの二人だ。

 

 

『さあニユーキヨタケが三番手にあがり、シンザンはその後方、余裕十分で追走しています。シンザンに食い下がるようにタケシ、アスカとサンダイアルが中団やや前方でカーブに差し掛かります!』

 

 

 三コーナーに差し掛かると、後方集団や中団に位置していたウマ娘たちがだんだんとペースを上げ、先頭集団に食い込んでくる。

 

 でも、仕掛けるのは今じゃない。

 

 

『さあダイセイオーが仕掛けガルカチドリ、バリモスニセイに続き三番手に上がりました!』

 

 

 ちらほらと、仕掛けるウマ娘も現れてきた。レースはすでに三コーナー中間から四コーナーに差し掛かるところ。すでに終盤といってもいい。

 

 つまり、逃げウマ娘の脚が鈍ってくる頃合い。

 

 

 仕掛けるなら、四コーナーからだろう。

 

 

『さあバリモスニセイの脚がやや鈍ってきたというところ、シンザンが上がってきました! インコースにはやや詰まり気味でアスカ、さらにウメノチカラと続いて最後の力走となります!』

 

 

 四コーナーを立ち上がり、最後の直線。先頭を逃げていたバリモスニセイに並ぶ。

 

 

『各ウマ娘が横に散らばりました。シンザンがバリモスニセイに並び、続いてウメノチカラ、アスカが今度は外から来ました!』

 

 

 直線に入ってしばらく。私はバリモスニセイを競り落として先頭に立つ。

 

 

『シンザン先頭に立って残り400、ウメノチカラが懸命に食い下がり大外からアスカが迫ります!』

 

 

 インコースにはまだバリモスニセイが粘り、後ろにはウメちゃんが、外からはアスカが急接近してくる。

 

 でも、このペースなら。

 

 

『ゴールまであとわずか、シンザンがトップです! アスカとウメノチカラが並び、シンザン依然リード!』

 

 

 後ろでアスカがウメちゃんをかわしたようで、外から接近するのが視界の端にチラチラと映り込む。

 

 

『シンザン勝利か! ゴール寸前、アスカが急接近しますがシンザンリード、シンザンリード、シンザンが今ゴールイン!』

 

 

 ゴール板を過ぎたので、いつも通り立ち止まり、電光掲示板へ目を向ける。

 

 

『シンザン、無傷の六連勝で皐月の冠を戴冠しました!』

 

『今日も余力を残し、他のウマ娘を寄せ付けない走りでしたね』

 

 

 少しすると、電光掲示板がレースの結果を知らせる。

 

 勝ち時計は2分4秒1、3/4の着差だったようだ。思ったより迫られていたが、勝ちは勝ち。最後はあのペースで正解だったようだ。

 

 

「っはあ……やっぱり、息も、切らしてないのね」

 

「……ウメちゃん」

 

 

 息を整え、小雨と汗を拭いながらウメちゃんが声をかけてきた。

 

 ウメちゃんは直線途中でアスカに競り落とされ、着順は三着になっていた。

 

 

「あと、二バ身と少し……本当、遠いわ」

 

 

 タン、タンと何かを確かめるように、叩くようにターフを踏むウメちゃん。小雨越しに見るその表情は曇っておらず、微笑んでいるようにも見える。

 

 

「ダービーで、次こそ勝つわ」

 

 

 キッとこちらを睨んで言ったウメちゃん。まっすぐとこちらを見据える目に、私はたじろぎそうになる。

 

 

「うん、ダービーで」

 

 

 パラパラと小雨が降り、レース場が揺れているのではないかという大歓声。終わってみると、実にあっけない。

 

 露に輝く緑のターフで、私は皐月を戴冠した。




この年の皐月賞もスプリングステークスと同じで、東京競馬場での開催でした。ちなみにこの時出走取り消しになったのはサッポロホマレという馬で、レース前に騎手を振り落として甲州街道を爆走するという大胆な脱走をしました。


以上、補足でした。


書いててやっぱり、レース表現が難しいですね。今回実はレースのところ三人称で書いてて、んでシンザン視点も書いてみて、シンザン視点のほうがまだいいなってことで一人称の方を掲載しています。表現力が欲しいですねえ。

いつも感想、評価ありがとうございます! あたたかな感想が私の動力源なので、まだまだお待ちしてます!


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16話 オンワードセカンド①

今話から、予定では3話くらいオンワードセカンドにスポットを当てた話を投稿していきます。


「それじゃあシンザンちゃん、先行ってるね」

 

「んぇ、あー、うん」

 

 

 皐月賞がおわり、五月に入った。桜も梅も、ピンクの花弁をとっくの昔に散らしてしまい、今では青々とした緑を携えている。朝や夜も、少し肌寒かった頃もそろそろ終わりを告げ、夏に向かって助走を始めている。

 

 

 私も、五月終わりに開催される日本ダービーに向けて、大きな助走を始めるという頃。

 

 

 私とセカンドちゃんは、なぜか一緒に過ごすことが少なくなっていた。

 

 

「……私、なんかしちゃったかな」

 

 

 鏡の前でヘアアイロンをしながら、回想する。

 

 

 思い返してみると……スプリングステークスが終わったあたり、祝勝会の翌日くらいから、セカンドちゃんと一緒にいることは減った気がする。

 

 

 いや、もちろん全く顔も合わせていないわけじゃない。同級生で、クラスメイトで、同じチームに所属している。そしてなによりルームメイトだ。顔を合わせない方が難しいし、さっきも顔を合わせたといったら合わせたと言っていい。

 

 でも、顔を合わせるだけで、面と向かわない……もしくは膝を突き合わせない、とでも言えばいいのだろうか。

 めっきり、一緒にご飯を食べたり、一緒に登校することは少なくなってしまった。

 

 というか、ここ最近は全くないのかもしれない。

 

 

「……さみしいなぁ」

 

 

 ポツンと、誰もいなくなった部屋でひとりごちる。うなだれるように垂れた私の頭上の耳だけが、相槌を打っているようだった。

 

 

***

 

 

「よし、今日のトレーニングはこれで終わりだ」

 

「んえぇ、疲れたぁ」

 

 

 放課後のトレーニングが終わり、タオルを受け取り汗を拭きながら、そのままトレーナーの座るベンチの横に腰掛ける。

 

 

「なあシンザン」

 

「んぇ? あ、ごめんもしかして汗くさかった?」

 

「いや、お前別に汗かいても変なにおいしねえし」

 

「嗅いでたのっ!? 変態さんだ!?」

 

「いいから」

 

 

 ひとりでコミカルに、オーバーな動きをする私をよそに、トレーナーは真剣な表情で私のことをじっと見つめている。

 

 それを見て、私も真剣になってしまう。漫画みたいなポーズをやめて、きちんと姿勢を正してベンチに居直る。

 

 

「なに、改まって」

 

 

 そう返したが、なんとなく、何を聞かれるか、何を言われるか。予想はついていた。

 

 

「何があった」

 

 

 その予想は、的中してしまった。

 

 

「……すごいね、トレーナー。私の心読めるの?」

 

「おう。お前のトレーナーだからな」

 

 

 その言葉を聞いた私は、思わず吹き出して「なにそれっ」と、声をあげて笑ってしまった。

 

 

「はぁ、笑った笑った」

 

 

 ひとしきり笑い、区切るように言った後、私は続ける。

 

 

「……セカンドちゃんのことなんだけどさ」

 

 

 トレーナーに朝のこと、そしてスプリングステークス後からセカンドちゃんと疎遠になって、最近あまり一緒に過ごせていないこと。

 

 話していくごとに、まるで背負っていた重荷を一つずつ下ろしていって肩が軽くなるような気分になっていった。

 

 

 自然と、俯いて靴を見ていた私の視線はやがて膝に、膝から胸に、そしてトレーナーの顔に移る頃にはすでに話は終わりそうになっていて、トレーナーの表情が目に入る。

 

 

「……えっ」

 

 

 トレーナーは、それはもう形容し難い表情をしていた。

 

 

「なに、その顔」

 

 

 目なんかもう、梅雨よりもジメッているんじゃないかというほどのジト目で、口なんか歪な台形のような、三角形のような、よくわからない形に変形していた。

 

 

「いや、だってよ。なんか深刻な問題でも起きたのかと思いきや、友達と喧嘩したなんて些細な悩みを聞かされた俺の気にもなれよ。今どき小学生でもそんなお悩み相談しねえわ」

 

「しょっ……!?」

 

「あと、俺の貴重なシリアス顔を返せ」

 

「それってトレーナーの勝手だよね!?」

 

 

 まあおふざけはこのぐらいにして、とトレーナーは仕切り直した。やっぱりふざけていたらしい。

 

 

「まあ……あんまり所属ウマ娘にする話でもないんだが、アルタイルは今お前以外あまり勝ち星をあげてない」

 

「……うん」

 

「それはプリマドンナしかり、セカンドしかりだ。プリマドンナは桜花賞でカネケヤキに負けてから精彩を欠いているし、セカンドも淀ジュニア特別から勝ちきっていない」

 

 

 思い返せば、そうかもしれない。

 

 私が皐月賞に出走していた日、セカンドちゃんは場所を同じくして開催していたレースに出走し、二着の結果に終わっていた。

 

 

「だからまあ、精神的に不安定なんだろ。こういうのはまあ、他人が関わってもややこしい事になるだけだし……特にお前が関わった時には尚、ってことだ。利口なお前ならわかるだろ」

 

「そう、だね」

 

 

 もしもトレーナーの言うことが正しかったとしたら。セカンドちゃんが今、私と距離をとっている理由というのが正しいとするならば、私からセカンドちゃんにできることは何もない、ということになる。

 

 私は今まで、デビューから今日に至るまで、一回も負けたことがない。私にその気がなくても「次は勝てる」だとか「切り替えていこう」なんて、嫌味に捉えられたとしても仕方がない。

 

 

「ま、こういうのは時間が解決するしかないからな。苦しいかもしれないけど、気長にな」

 

「……うん」

 




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17話 オンワードセカンド②

なんだかんだで毎日投稿できてますね。でも1日1話書くの結構ギリなんで、これからは投稿できなさそうだったら活動報告に書こうと思います。


 オンワードセカンドをはじめて見かけたのは、彼女がひとりで追加トレーニングをしているところだった。

 

 私がデネブで期待のルーキーと言われていたように、アルタイルにも、オンワードセカンドという名前の速いウマ娘がいるという話は聞いていた。名前もまだ聞いていない段階で、ひとりで追加トレーニングしているあのウマ娘がオンワードセカンドなんだろうと、直感的に確信したのを覚えている。

 

 しかし今となっては、シンザンがスプリングステークスで優勝し、セカンドはその翌週に行われたオープン戦で体調を崩して惨敗、結果としてアルタイルの一番はシンザンにすげ変わった。

 

 

 だが、シンザンがトップになろうが、セカンドが負けようが、その実力に変わりがあるわけではない。シンザンが強くなったところで、セカンドが弱くなったわけじゃないからだ。

 

 

 だから今度のレース、ダービー前の一叩きとして出走するNHK杯、セカンドも出走するこのレースで、彼女との初対戦を私は密かに心待ちにしていた。

 

 

 ……だというのに。

 

 

「拍子抜けよ、セカンド」

 

 

 五月ももう二桁日目に入ろうとし、NHK杯を目前に控えたという日、ほとんどのチームの練習も終わって、これから夜もとっぷり更けていくだろうという時刻。

 

 私はひとりでターフを走っていたセカンドにそう声をかけた。

 

 

「なんの、話?」

 

 

 セカンドは肩で息を整えながら、そう応えた。

 

 とぼけているような、何を言われるかすでに分かっているような、そんな曖昧な表情だ。

 

 

「もしかして、シンザンちゃんから何か聞いた?」

 

「……まあ、そんなところよ」

 

 

 前はセカンドと一緒にいることの多かったシンザンが、最近はひとりで行動してるので不思議に思って聞いたのがきっかけだ。

 

 まさか、「セカンドちゃんに避けられてるかも」なんて答えが返ってくるとは思っていなかったが。

 

 

「なら、大丈夫って伝えておいて。ただNHK杯前で追い込んでるだけだから」

 

「嘘ね」

 

 

 取り繕った答えを、私は即座に断罪する。

 

 シンザンならひとまずは納得するだろう。あの子は優しいし、人を疑うことを知らない。「セカンドちゃんがいうならそうなんだろう」なんて言い聞かせて、身を引くんだろう。

 

 

「嘘って……ひどいなあ。本音なのに」

 

「…………今のあなたの本音なんて、私でも分かるわよ」

 

 

 ……いや、私だから、かもしれない。

 

 世代トップの座を奪われ、影も踏めなかった私だからこそなのかもしれない。

 

 

「今のあなたは、ただ諦めてるだけ」

 

 

 私の言葉に、取り繕った笑顔を浮かべたセカンドは、ただ沈黙を貫いている。

 

 そんなことはお構いなしに、私は続ける。

 

 

「淀ジュニア特別競走以降、勝ちきれないあなたに対して、シンザンは皐月賞まで勝ったもんだから嫉妬してるだけ」

 

「…………わかったような口を聞かないで」

 

 

 セカンドの表情から、余裕が消えた。

 

 

「あなただって、シンザンちゃんの影すらふめてないじゃない」

 

 

 たしかに、スプリングステークス、皐月賞と、二回シンザンと戦い、二回とも負けた。しかも他のウマ娘にも競り負け、シンザンの影すら踏めていない。

 

 

「あんなの、絶望しない方がおかしいじゃない。二回も戦って、その二回とも影すら踏めなくて、あなたはどうしてまだ、そんな風に前を向けるのよ」

 

「負かしたいからよ」

 

 

 レース後、息も乱さず表情も変えず、ゴール板を過ぎたらすぐに立ち止まって電光掲示板を見上げる、あのすました顔を、私はもう二回も見てきた。

 

 

 まるで勝つのが当たり前って、すました顔をするあの子をただ、負かしてやりたい。どうしようもないほどに勝ちたい。息も切らさないあの子を、立つのもやっとになるぐらいにまで追い詰めて、その上で勝ちたい。

 

 幾たびのレースを超えて築き上げてきただろう自信を、尊厳を、ぐしゃぐしゃにぶち壊してやりたい。

 

 

 背中を見せつけてやりたい。

 

 膝に手をつかせてやりたい。

 

 掲示板など見上げる余裕がないくらい、追い詰めてやりたい。

 

 センターで踊る私を、後ろから眺めさせてやりたい。

 

 

「あの子の前を走りたい。前を向く理由なんて、それだけで十分よ」

 

 

 たとえ二回も負けようと。次は勝つなんて、まるでかませ犬のようなセリフを二回も言うような羽目になろうと。

 

 

「あなたはどうなの。アルタイルのトップの座、奪われたままでいいの?」

 

「……いいわけ、ないじゃない」

 

 

 絞り出すような声で、セカンドは答えた。

 

 

「なら、NHK杯で結果を出しなさい」

 

 

 NHK杯で五着に入れば、ダービーへの優先出走権が得られる。そうすれば、シンザンと直接戦える。

 

 

「優しいのね、同じレースに出る他のウマ娘を気にかけるなんて」

 

「別に、そういうわけじゃない」

 

 

 ただ、万全じゃない相手に勝ったところで意味はない。

 

 万全のセカンドに勝利し、シンザンを倒す。それが世代最強に返り咲く近道だという、ただそれだけの話。




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18話 オンワードセカンド③

今回でセカンド中心の話が終わりで、次話からシンザン中心の話に戻ると思います。

予定では、あと二話か三話くらい挟んでダービーに入る…‥と思います。


 シンザンちゃんと仲良くなったのは、ごく自然なことだったと思う。同じクラスで、同じ部屋で暮らすルームメイトで、さらには同じチームに所属するチームメイト。仲良くならない方が不自然とも言い換えられる。

 

 

 そんなシンザンちゃんの走りを見たのは、アルタイルの入部テストの時が初めてだったと思う。合格して入部した十六人の同期の中でも、一際目立つくらいに目立たない、非凡なほど平凡な走りをしていたのを覚えている。

 

 デビューして、勝利を重ねてからも、同期の未勝利ウマ娘にも劣るくらい走らないシンザンちゃんを見て、私はシンザンちゃんは運がいいだけだと思っていた。

 

 実際、トレーニングで走らないだけじゃなく、レースでの勝ち時計や着差も、極めて平凡。レコードも大差勝ちもなく、勝ち星を重ねてるだけで、とても強いウマ娘だとは思えなかった。

 

 

 だから、外尾トレーナー、シンザンちゃんの担当トレーナーが、シンザンちゃんのデビューの時、私を超えるウマ娘になると宣戦布告のようなことをしてきた時も、私はその言葉を真に受けてはいなかったし、むしろ話半分……妄言の類として、聞き流していたと思う。

 

 そしてシンザンちゃんが世間からも一躍注目を集めるきっかけにもなった、皐月賞トライアル……スプリングステークス。

 

 シンザンちゃんが出走すると聞いて、私は最初、勝てるわけがないと思っていた。

 

 実際、シンザンちゃんの人気は六番だったし、朝日盃を勝ったウメノさんや、私が阪神ジュニアステークスで勝てなかったアスカ、弥生賞で結果を出したトキノパレードやブルタカチホもいた。名のある強豪ウマ娘が多数出走する中で、トレーニングでもパッとしないシンザンちゃんが、勝てるわけがないと勝手に決めつけていた。

 

 だからスプリングステークスが終わった後、慰めようと思ってもいた。「惜しかったね」「次は勝てるよ」なんて、そんな言葉をかけて。

 

 

 

 なんて、傲慢だったんだろう。

 

 

 

 シンザンちゃんがスプリングステークスに出走できたのは、運が良かっただけだと。

 

 私がレースで勝ちきれなかったのは、調子が悪いだけ、運が悪かっただけだと。

 

 

 トレーニングで良く走れば、大舞台で結果を残せるなんて、そんな甘い世界なんかじゃないなんてこと、分かっていたはずなのに。

 

 

 レースの勝ち時計も、着差も、トレーニング時のタイムも、平凡な見た目も、シンザンちゃんの能力には一切関係がない。

 

 シンザンちゃんは強いから勝てて、私は弱いから勝てない。

 

 

 なんとも単純で、残酷な話だ。

 

 並み居る強豪ウマ娘を薙ぎ倒し、それでもなお息も切らさず平然としているシンザンちゃんを見て、彼女はつくづく本物のウマ娘なのだと。私はどうしようもなく偽物なのだと、まざまざと見せつけられた気がした。

 

 

 だから、嫉妬した。

 

 

 強い踏み込みが妬ましかった。

 

 丈夫な体が羨ましかった。

 

 

 

 彼女が一番(ファースト)で、私は二番(セカンド)にも満たない。

 

 

 どうしようもなく浮かんだその考えは、無遠慮に突きつけられた刃物のようなその思考は、私を絶望させるのには十分すぎた。

 

 

 いつも一緒にいたはずの、シンザンちゃんの隣にいるのがとても苦しくて、声を聞くのが嫌になって、距離を取ってしまった。

 

 

 はじめは、それで心が軽くなった気がした。

 

 

 でも、それはただの勘違いだった。

 

 

 スプリングステークス以降、少しずつ距離を取りはじめて、なんとなく心が軽くなっていったように感じていた私は、ある日自分の胸にぽっかりと穴が空いているのに気がついた。

 

 

 あの時、距離を取ってはいけなかったんだ。

 

 シンザンちゃんが強豪ウマ娘達の仲間入りをした時、どこか遠くへ行ってしまったと感じたあの時、私は何としてでも食らいついていかなきゃいけなかったんだ。

 

 

 そうしていれば、このレースの結果も、少しは違っていたのだろうか。

 

 

 日本ダービーのトライアルレースである、NHK杯。東京レース場の電光掲示板には、今日のレース結果が映し出されている。

 

 

 今日、私は五枠七番での出走。しかし一番上にはウメノさんの数字、九番が灯っていて、七番は一番下、五着を示す位置で光っていた。

 

 ダービーへの出走権は得られたが、滑り込みの結果。胸を張れるような結果ではない。

 

 

「まあ、そんなすぐにメンタルが戻るなんて甘い話はないわよね」

 

 

 息を整えながら話しかけてきたのはウメノさんだった。

 

 

「でも、五着。どんな形であれダービーへの出走権は得たわね」

 

「……そう、ね」

 

 

 スプリングステークス以降、今日のNHK杯までの一ヶ月少し。身の入らないトレーニングをしてきたであろう私が勝てるほど、重賞レースは甘くなかった。

 

 

「今日のところは勝ったなんて思ってないわ。本番のダービーまでの三週間。あなたなら以前よりも強くなれるでしょ」

 

「ずいぶんと、私のことを高く買ってるのね」

 

「……私は、シンザンからしたらデネブに所属してる敵役だもの。幼い時ならいざ知らず、今シンザンの隣に並ぶとしたら、同じレースに出走する敵としての機会しかない」

 

 

 だから、とウメノさんは続ける。

 

 

「仲間として、ずっと隣にいたとしたら私だってあなたのようになっていたかもしれない。一番近くであの子の凄さを、強さを見せつけられて、結果、確かにあなたは道を踏み外しかけたけど、それでも戻ってこれたあなたは強いわ」

 

 

 私が、強い。

 

 

「って、まるで敵に塩を送る優しいウマ娘みたいね、私」

 

「っふふ……ウメノさんが本当は心優しいウマ娘っていうのは、私もシンザンちゃんもわかってるわ」

 

「んなっ」

 

 

 顔を真っ赤にして「勘違いしないで!」だとか「私はただ万全のあなたに勝ちたいだけ!」なんて言葉を並べるウメノさん。でも口を開けば開くほど、ますます優しいウマ娘にしか見えなくなってくる。

 

 

「ありがとう、ウメノさん」

 

「……私に感謝する前に、伝えるべきことを伝える相手がいるんじゃない?」

 

 

 その言葉に、私は「そうだね」と頷く。

 

 

 後で、シンザンちゃんに謝ろう。

 

 

 そうしたら、今度こそ本当の意味で仲良くなれる気がする。




レースの内容を全く書かなかったんですけど、一応の補足です。

NHK杯は1996年に廃止されるまで、五着までの馬に日本ダービーの優先出走権を与えていたトライアルレースでした。東京競馬場芝2000のレースで、グレード制が導入されてからはGⅡレースとして開催されていました。

以上、補足でした。


いつも感想、評価をありがとうございます!
まだ書いたことがない方もお待ちしてるので、どしどし書いちゃってください!


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19話 夢の超特急

ごめんなさい、投稿遅れました。さっき書き上がったんですよね、申し訳ないです。




 ウメちゃんとセカンドちゃんが出走していたNHK杯から、約一週間たった五月十六日。

 

 

 日本ダービー前の一叩きとして出走した、今日のオープンで、私は初めての敗北を喫した。

 

 

『まさかの結果となりました! 一着はヤマニンシロ、ヤマニンシロです! 一番人気のシンザンは二着に敗れました!』

 

 

 実況の声が鳴り響く東京レース場のターフで、私は電光掲示板を見上げている。

 

 そこに表示されている、アタマ差での敗北結果。勝者は、今日十四人のウマ娘の中で十一番人気での出走をしていたヤマニンシロ。皐月賞にも出ていたウマ娘だが、その時は二十二着。言葉は悪いが、お世辞にもあまり強いとは言えないウマ娘だ。

 

 

 ただ、なぜだろう。

 

 

 初めて負けたというのに、実力も勝っているだろうというウマ娘に負けたというのに。

 

 

 私の心は、凪いでいた。

 

 

 

***

 

 

 

「急に呼び出してしまってすまない」

 

「いえいえ! そんな、めっそうもない!」

 

 

 部室の中、私はいま、一人のウマ娘と二人きりになっていた。

 

 

 明るい栗毛、白いメッシュの入った前髪に、端正な顔立ち。小柄な体格だが、それを感じさせない貫禄があり、堂々とした佇まいをしている。

 

 おそらく、現在チームアルタイルに所属しているウマ娘はもちろん、トレセン学園に所属しているウマ娘は誰一人として名前を知らない人はいないであろう、超スーパースター。

 

 

 コダマ先輩が、目の前にいた。

 

 

「でも、コダマ先輩が私なんかになんの用ですか?」

 

「私なんかということはないだろう。無敗で皐月賞を勝ち、世代のトップに立ったんだ」

 

「は、はい」

 

「……まあ、先日のオープンは随分と体重増で出走していたようだが」

 

「それトレーナーから聞きました!?」

 

 

 私の言葉に、コダマ先輩は「ああ」と頷いた。

 

 トレーナーの命日が確定した。

 

 

「まあ、それ自体はいい。成長期だし、体重が増えることもある。レースに出れば負けることもある」

 

 

 だが、とコダマ先輩は続ける。

 

 

「昨日、負けた時悔しかったか?」

 

「悔しかったか……ですか?」

 

「いや、質問を変えよう。皐月賞で勝った時、嬉しかったか?」

 

「えっと……?」

 

 

 言葉に詰まった私を見て、コダマ先輩は続ける。

 

 

「それじゃあ、スプリングステークスで勝った時はどうだった?」

 

「それは……とても、嬉しかったです」

 

 

 スプリングステークスで勝った時は、それはとても嬉しかった。

 

 初めて出走した重賞レースで、初めてウメちゃんと走れたレースで、しかも勝てたのだ。嬉しくないわけがない。

 

 

「はじめ、君の目標はウメノチカラと同じレースに出たい、というものだったと聞いた」

 

「あ、はい」

 

 

 元々、私のデビュー予定だった日に見た、ウメちゃんのレース。

 

 誰よりも早くゴール板を駆け抜けたあの背中に、私は憧れていた。

 

 

「では今の君に、そのような目標はあるか?」

 

「……ない、ですね」

 

 

 それは、スプリングステークス後からなんとなく考えていたものでもあった。

 

 

 今の私には、以前のような目標がない。

 

 もちろん、まだウメちゃんと一緒にレースに出たいという気持ちはある。

 

 けどそれはもう、目標とは呼べない。以前の私、つまりスプリングステークス以前の私はまだ、デビュー戦とオープンしか勝利しておらず、一方でウメちゃんはすでに朝日盃にも勝利していた。

 

 しかし今となってはもう、私も重賞レースに出走するウマ娘になれてしまった。ウメちゃんと同じレースに出ようとすれば、いくらでも出走することができる。それこそ、コンビニに行くような感覚で。

 

 

「目標がないというのは、例えるならゴールのないレースを走るようなもの。君は頭がいいと聞いているから、この意味はわかるだろう」

 

「はい」

 

 

 ゴールがなければ、走り続けることしかできない。いつかはペースが狂い、潰れてしまう。

 

 

「その……コダマ先輩の目標はなんだったんですか?」

 

「それは……まったくなかったな」

 

「なかったんですか!?」

 

 

 意味ありげな沈黙の後に告げられた言葉に、私は思わず大声をあげてしまった。

 

 

「うん、恥ずかしながら全く。まあ、強いて言えば三冠取りたいなーってくらいで」

 

「そんな軽いノリで三冠取りたいって思う人、他にいませんよ……」

 

 

 照れ隠しみたいに笑って言ったコダマ先輩。気がつけば先ほどまでの少し張り詰めていたような空気は霧散していた。

 

 

「まあ、私強かったし」

 

「いや、そうですけど……」

 

 

 こんな軽いノリで「私強いから」なんていう人、初めて見た。

 

 

「無敗で二冠を達成して、あー私三冠とれるなーって思ったんだよね」

 

 

 でも、とコダマ先輩はそれまでの軽い声色を重くして続けた。

 

 

「脚部疲労を引き起こして、さらに長距離に適性がなかった私は菊花賞に負けた。三冠を逃して、私には何もなくなった。有馬記念も負け、出走する予定だった天皇賞も回避する羽目になった」

 

 

 だから、とさらにコダマ先輩は続ける。

 

 

「あのとき、私に目標があれば、って今でも思う日がある。菊花賞に負けた後でも、目標にできるような夢があれば、もっと違う結果になっていたんじゃないかって、今でも思う」

 

「そう、だったんですね」

 

 

 今まで知らなかった、スーパースターの隠れた一面。

 

 誰もが憧れるスーパースターにも、弱い一面があることを、初めて知った。

 

 

「目標ができれば、レースに勝つことがうれしくなる。負けることが悔しくなる。そのうれしさや悔しさが、次のレースへの糧になる。ゆっくりでいいから、目標を探してみるといい」

 

 

 コダマ先輩の言葉に、私は「わかりました」と頷く。

 

 

 ダービーまでは後二週間ほどある。ゆっくり、次の目標を探そう。




なんか筆が乗らなくて、執筆が進まないんですよね。謎です。

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20話 夢の理由

いつも誤字報告、感想をくださる方々ありがとうございます!


「ねえトレーナー。聞きたいことがあるんだけどさ」

 

「そ、の前に。俺、にも聞かせてくれ」

 

 

 コダマ先輩と話をして、翌日。今はトレーニングの時間だ。

 

 

 私の言葉に、トレーナーは声を絞り出すようにして返事をした。

 

 

「なんで俺はロメロスペシャルかけられてんの!?」

 

「それはあなたが私のトレーナーだからです」

 

「訳わかんねえよ!」

 

「まあ私の体重のこと、コダマ先輩に言ったからね」

 

「随分と重い罰、だな……」

 

「いま重いって言った?」

 

「言ったけどその重いじゃねえ! まてまてまて折れるって!?」

 

「話の腰を折らないでよ」

 

「だからって俺の腰を折ろうとすんな!」

 

 

 ミシミシと音がし始めたので、仕方なくトレーナーを放り捨てて解放する。「イテテ」と言って腰をさすって立ち上がるトレーナーは普段よりも老けて見える。

 

 

「あのなあ、落とすにしてももう少し手加減ってのをな」

 

「命を落とさなかっただけありがたいと思って」

 

「殺す気だったのかよ!?」

 

「まあ、少し……多少、割と? いや、半分くらい?」

 

「なんで殺意が増えてんだよ……」

 

「いま増えたって言った?」

 

「いい加減にしろ!?」

 

 

 このままだと無限ループに入りそうだったので、おふざけモードはここで終わりにする。

 

 トレーナーも咳払いをして、切り替えようとしていた。

 

 

「んで、聞きたいことってなんだ?」

 

「えっと、トレーナーが言ってた自分のチームを持ちたいって話なんだけどさ」

 

 

 それは以前、トレーナーが話していたこと。

 

 まだウメちゃんと走ることを目標にしていた時、トレーナーの目標を聞いた際の答えだ。

 

 

「ああ、言ったな」

 

「それってさ、なんで自分のチームを持ちたいって思ったの?」

 

「あー、理由か」

 

 

 そういや話してなかったか、と言ってトレーナーは続ける。

 

 

「まあ、ミスオンワードとコダマはわかるだろ?」

 

「うん、もちろん」

 

 

 無敗のティアラ二冠を達成したミスオンワード先輩と、クラシック二冠を達成したコダマ先輩。どちらもチームアルタイルの出身で、アルタイルどころかウマ娘を代表すると言ってもいい、二代スターだ。

 

 

「アルタイルがその二人で一躍有名になったみたいに、俺がまだ子供の頃にはクリフジってウマ娘がデネブから現れてな」

 

「あ、名前は知ってる」

 

 

 私が生まれるよりも前に活躍していたというウマ娘だ。ダービー、オークス、菊花賞を勝ち、変則三冠という少し変わった大記録を打ち出したウマ娘だ。

 

 

「それを見て、まあ子供だったからな。ウマ娘ってすげえ、カッコいいって憧れてな。大人になってもずっと憧れてて、ウマ娘に関わる仕事したいって思ってた」

 

「それでサブトレーナーになったんだ」

 

「そういうことだ。んで、サブトレーナーになって五年目。仕事にも慣れて余裕ができ始めて、ミスオンワードが現れた」

 

 

 ミスオンワード先輩がティアラ競走に出走していたのは、確か七年前くらいのこと。今でもティアラ競走の体系はしっかり整備されてはいないが、当時は尚更だろう。クラシックを勝ち抜いた一線級のウマ娘を相手に、一歩も引かなかったミスオンワード先輩の活躍を間近で見たトレーナーの衝撃は、それは凄まじかったに違いない。

 

 

「ミスオンワードが無敗でティアラ二冠を達成した三年後には、コダマが現れた。ウマ娘に関われればそれでいいと思ってたが、それがきっかけで俺もミスオンワードやコダマみたいなウマ娘を育てたい、って思い始めるようになってな」

 

「それで、自分のチームを持ちたいって思ったんだ」

 

「ああ」

 

 

 ひとしきり話し終えたトレーナーは、私の言葉に相槌を打って「ふう」と一息ついた。

 

 

「って、なんか昔話して楽しくなるのっておっさんくさいな」

 

「まあ、実際おじさんでしょもう」

 

「俺はまだ三十一だ!」

 

「……私からしたら、十分おじさんなんだけど」

 

「嘘だろ!?」

 

 

 私の言葉に、「三十超えっておっさんなのか、いやそんなの気の持ちようだろ」などとトレーナーはブツブツと独り言を呟いている。

 

 

「いやでも、思い出話してた時のトレーナーは目がキラキラしてて、若く見えたよ」

 

「……ちなみに、何歳くらいに見えた?」

 

「五歳」

 

「お前、ゼロか百かしかないの?」

 

「いや、五と三十一しかない」

 

「俺、お前が心配になってきた」

 

 

 手のひらで顔を覆って頭を抱えるトレーナー。

 

 どうやっても、私たちの間で真面目な話は長く続かないらしい。

 

 

「まあ、自分なりに目標を探してるんだろうけど、俺からひとつ言えるのは、目標とか夢ってのは目の前にはねえからな」

 

「そう、だね」

 

 

 空気を変えて、真面目なことを言ったトレーナーに私は相槌を打つ。

 

 

 例えば、クラシック三冠を目標にするウマ娘というのは非常に多いが、長いトゥインクル・シリーズの歴史の中でも三冠を達成したウマ娘は一人しかいない。その唯一のウマ娘も、二十年以上も前に活躍していたセントライトというウマ娘であり、逆を言えばもう二十年以上三冠ウマ娘というのは誕生していない。

 

 

 手を伸ばしても、手に入らないかもしれない。そんなはるか彼方にあるからこそ目標といい、夢と呼び、ウマ娘は走るんだ。

 

 




次々話ぐらいに多分ダービーになりますかね。なんとか書き上げていこうと思います。

励みになるので、よろしければ感想、評価して下さると嬉しいです!


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21話 小さな希望

昨日、一昨日投稿予定と活動報告で言ってたのに投稿できずにすみません。全く書き上がらなかったです‥‥見通しが甘すぎました。




『カネケヤキ一着、カネケヤキが一着です! 二着に三バ身の差をつけ今、カネケヤキが最後のティアラを戴冠しました!』

 

 

 寮の自室。

 

 朝、テレビをつけると、ケヤキちゃんが勝利したオークスのレース映像が流れていた。

 

 クラシック二戦目、ダービーの前週に行われるオークス。ケヤキちゃんは桜花賞での勝利に続き、二着に三バ身差をつける快勝でティアラ競走最後のレースを勝利した。

 

 

『しかし、カネケヤキは強いですね。クラシックにはシンザンがいるように、ティアラには私がいる、と言わんばかりの力強い走りでした』

 

『カネケヤキはこの秋、菊花賞に挑戦する意向を示してますからね。オンワードセカンドやウメノチカラ、なによりシンザンを相手にどこまで通用するかが楽しみですね』

 

 

 以前、ケヤキちゃんが言っていた目標。

 

 クラシック路線のウマ娘に、ティアラ路線のウマ娘は劣らないことを証明するという、夢。

 

 

 桜花賞、そしてオークスを制覇し、ティアラ路線をとったウマ娘の頂点に立ったケヤキちゃんは、今その目標を叶えるためのチケットを手に入れた。

 

 

『二人のスタイルも対照的ですからね。逃げのカネケヤキに、鉈の切れ味とも呼ばれる末脚で差すシンザン、どのようなレースになるか、今から楽しみです』

 

「鉈の切れ味って……」

 

 

 皐月賞後の記者会見で、チーム長がコダマ先輩と私の走りの違いで発した言葉。

 

 コダマ先輩の末脚がカミソリの切れ味なら、私は鉈だと。その発言を時々引用して話す人や記事にする人が増えたのだが。

 

 

 ……かわいくない。鉈の末脚って聞くとかっこいいし、強そうなんだけど、かわいくない。

 

 

「シンザンちゃん、もう時間だよ?」

 

「え!? やばっ!」

 

 

 少しだけ、目覚ましに見るつもりだったテレビも、いつの間にか見入ってしまったようで、すでに部屋を出なければならない時間になってしまっていた。

 

 

 日本ダービーを今週末に控えたという日。今日、ちょっとしたイベントがトレセン学園では開かれる。

 

 

 トゥインクル・シリーズを目指し、さまざまな夢を見る小さなウマ娘たちが、今日この日にトレセン学園に集まる。

 

 今日は、オープンキャンパスだ。

 

 

***

 

 

「あ、シンザンさんだ!」

 

「ほんとだ! あの、握手おねがいします!」

 

「いいよ〜」

 

 

 校門横でパンフレットを配りはじめると、いつのまにかオープンキャンパスに訪れたウマ娘の少女たちに囲まれて握手会みたいな状態になってしまった。

 

 

 例年なら、オープンキャンパスの案内を担当するチームをクジで決めて、選ばれたチームに所属するウマ娘が案内を担当するのが普通なのだが、去年のメイズイ先輩やグレートヨルカ先輩の活躍、そして今年はアルタイルが勢いに乗っているということで、デネブとアルタイル、わざわざ二チームに指名で案内役が任された。

 

 

 しかもそれを大々的に宣伝していたようで、パンフレットには『アルタイルとデネブのスターウマ娘たちが案内します!』みたいな文面とともに、コダマ先輩やミスオンワード先輩、コダマ先輩とグレートヨルカ先輩、そして私やウメちゃん、セカンドちゃんの写真が貼り付けられている。

 

 

 ……私とウメちゃん、そしてセカンドちゃんの三枚並んだ写真の中で、なぜか私だけすっごく間の抜けた顔で笑ってる写真が使われている。ウメちゃんはいつも通り凛々しいし、セカンドちゃんもいつも通りおっとりした笑顔で写っているのに。しかも私の写真の下に『鉈の切れ味』なんて書いてあるから、より一層シュールだ。

 

 

「モテモテだね、シンザンちゃん」

 

「んぇ、からかわないでよセカンドちゃん……って、パンフレットなくなりそうだね」

 

 

 校門の反対側にいる、私と同じようにパンフレット配っているセカンドちゃん。握手会状態が続いたからか、ダンボールいっぱいに持ってきたパンフレットはもう底をつきかけていた。

 

 

「私、パンフレット持ってくるね」

 

「うん、お願いシンザンちゃん」

 

 

 パンフレットの入っている段ボールがある場所、チームアルタイルの部室へ私は小走りで向かう。

 

 そしてその途中、ちょうど部室の前に、不安そうに尻尾をゆらして辺りをうろうろと見回しているウマ娘の少女がいた。

 

 

「どうしたの? 迷っちゃった?」

 

「へ? あ! えっと、その」

 

 

 声をかけると、少女は取り乱した様子で、顔を赤くして目を白黒させた。

 

 茶髪で、ピンクの耳飾りを右耳につけた子だ。驚かせてしまったらしく、ちっちゃな手を握って、私をチラチラと見ては視線を外し、ちっちゃく縮こまるように背中を丸めている。

 

 

「よし、じゃあ一緒にまわろうか。どこか見たいところある?」

 

「えっと……あの、私!」

 

 

 意を決したように、少女は口を開いた。

 

 

「私、シンザンさんのファンなんです!」

 

「え、私の?」

 

「はい! アルタイルの部室に来れば会えるかなって……」

 

「あー……なるほど」

 

 

 私がパンフレット配りをし始めたのは、つい先ほど。交代で入ったので、多分この子は私が配り始めるより前に入場したんだろう。だとしたら部室前でウロウロしていたのも納得できる。

 

 

「スプリングステークスで六番人気を覆したの、すごくカッコ良かったです!」

 

 

 すごくキラキラとした目で、面と向かってカッコいいと言われ、私は「あ、ありがとう」と素っ頓狂な声で返すことしかできなかった。

 

 

「私も、シンザンさんみたいな強いウマ娘になりたいです!」

 

「そっかあ……君、名前はなんていうの?」

 

「あ、すみません私だけ喋っちゃって……タケホープって言います」

 

「タケホープ……ホープちゃんか。ホープちゃんは、私みたいになるのが目標なの?」

 

「はい!」

 

「私、みたいに……か」

 

 

 キラキラした目のまま、ホープちゃんは力強く頷いた。

 

 

 小さな子が、平凡な私を目標にしてくれているということに、私はむず痒い嬉しさを感じた。

 

 そして同時に、なんとなく目標の意味がわかったような気もした。

 

 

 トレーナーは、目標や夢は遠いところにあると言った。

 

 遠いところにあるからこそ、手の届かないところにあるからこそ夢なのだと、そう言っていた。

 

 

 だとしたら、私の目標は。

 

 

「ホープちゃん、今度のダービー、トレーナーにも話しておくから最前列で見に来てよ」

 

「いいんですか!?」

 

「もちろん!」

 

 

 目標、夢、憧れ。

 

 私には見えなかったものが、今はなんとなく、薄ぼんやりと見えてきたような気がした。

 

 

「って、なんか忘れてるような……ってああ!」

 

 

 不意に何かを忘れているような感覚に陥った私は、ここにきた目的を唐突に思い出した。

 

 

「ごめん、ホープちゃん! 私、案内まだ終わってないからまた今度ね!」

 

「え、あ、はい!」

 

 

 急いで部室に駆け込み、段ボールを抱えてセカンドちゃんの下へと全速力で走る。

 

 

 そういえば、ここにはパンフレットを取りに来たんだった。

 




この頃は牝馬三冠の最終戦にあたる秋華賞や、その前身となるビクトリアカップがありませんでした。牝馬限定という意味での三冠はなく、当時牝馬が三冠を手にするなら菊花賞で勝つしかありませんでした。

いつも感想、評価ありがとうございます! 励みになってます!


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22話 日本ダービー

まさにいま書き上がりました。てっぺん回って申し訳ないです。

今回はタイトル通り、日本ダービーです。


 少し前の私には目標があった。

 

 ウメちゃんと走るために戦い抜いた、スプリングステークスまでの四戦は重賞レースではなかったけれど、勝てて嬉しかったのを覚えている。

 

 ひとつ、またひとつと勝ち星を重ねていくたびに、ウメちゃんとの距離が縮んでいくような気がして達成感もあった。

 

 

 では、皐月賞はどうだっただろう。

 

 

 もちろん、ウメちゃんとまた走れて嬉しいという気持ちはあった。

 

 でも、勝った時、嬉しかったのか。

 

 レース中も、レース後も。負けたくないという気持ちはあったのか。心の底から勝ちたいっていう気持ちはあったのか。達成感はあったのか。

 

 

 きっと、なかった。

 

 

 勝った後、私はきっと何も考えてはいなかった。目標に近づいた達成感も、勝負に勝った嬉しさも、何一つ得ることなく、ただ皐月賞という、冠をひとつ得ただけだった。

 

 

 そんな私を見て、コダマ先輩は目標のないウマ娘はいつか潰れてしまうと言った。

 

 

 じゃあ、今の私が目指すべき目標ってなんだろう。

 

 

 私には、目標にしているウマ娘もいない。コダマ先輩やミスオンワード先輩というスーパースターが同じチームにいるけれど、先輩たちのようになりたいかと聞かれたら、首を傾げるだろう。

 

 どうしても勝ちたいレースというのもない。例えば日本ダービーをどうしても勝ちたい、天皇賞を何がなんでも勝ちたいというウマ娘やトレーナーは数多くいるけれど、私はこの二つのレースに、そこまで憧れもない。

 

 

 レコードや着差にも、頓着もない。最後に勝てればそれでいい。

 

 

 つい先日まで、そんなことをぐるぐるぐるぐる頭の中で堂々巡りしていたところ、出口のない迷宮に迷い込んだような私に、一筋の希望の光が見えた。

 

 

 ホープちゃんは、大きな目をキラキラと光らせて「シンザンさんみたいな強いウマ娘になりたい」と、まっすぐ私の目を見て言い切った。

 

 

 どこまでも平凡な私を夢見てくれているウマ娘がいる。

 

 憧れも、夢もない、平凡な私なんかに、憧れてくれるウマ娘がいる。

 

 

 薄ぼんやりと見えた、私の目標。

 

 

 今の私が目指したいと、そう思える夢。

 

 

 私の目標は——

 

 

 

***

 

 

 

 

「あ、ホープちゃん!」

 

「シンザンさん!」

 

 

 本馬場入場が終わり、ゲートへ向かうというところ、観客席の最前列にホープちゃんの姿を見つけたので駆け寄る。ぴょこぴょこと跳ねながら耳を弾ませる姿がとても可愛い。

 

 

 今日は五月も末の三十一日。日本ダービーの日だ。

 

 今日の東京レース場の天気は晴れ、バ場の状態も良く、絶好のレース日和だ。

 

 

「あ、ついでにトレーナー」

 

「俺はついでかよ! って……まあ、心配はしてなかったがリラックスしてるみたいだな」

 

「あはは、どうも緊張しない性分みたいだね私」

 

 

 今日も今日とて、私は平常運転だ。変な緊張も不安もない。

 

 

「目標、見つかったか?」

 

「うーん、どうだろ。まだぼんやりとしか見えてないけど……」

 

 

 でも、と続ける。

 

 

「今日は、どうしても勝ちたいんだ」

 

「……そうか。よし、勝ってこいシンザン!」

 

「うん!」

 

「頑張ってくださいね!」

 

「ありがとうホープちゃん、行ってくるね!」

 

 

 握り拳をつくって応援してくれるホープちゃんに、手を振って応えてゲートへと向かう。

 

 

 日本ダービーは芝2400のレースなので、ゲートはすぐそこ、スタンド前の坂を上り切ったところがスタートだ。レース場を一周回るようなコースになる。

 

 

 ゲートに着くと、そこにはすでにウメちゃんとセカンドちゃんがいた。ウメちゃんはいつも通り、黄色と赤の勝負服を身につけていて、セカンドちゃんは黒地に黄色と青の差し色が入った勝負服を着ている。

 

 

 ウメちゃんは今日、一枠一番。セカンドちゃんは二枠四番。そして私は四枠十番。位置的にはウメちゃんとセカンドちゃんの方がやや有利だ。

 

 

『さあ、準備が整いました! 日本ダービーのファンファーレです!』

 

 

 実況の声と共に、二十七人ものウマ娘が次々とゲートインしていく。

 

 

『あと三分もしないうちに、クライマックスの時を迎えます! クラシック二冠目を戴冠するのはシンザンか、それとも大波乱が起きるのか!』

 

 

 ファンファーレが鳴り止む頃、スタンドは大歓声を上げた。ひとり、またひとりとゲートインが済んでいくたび、ヒリヒリとした高揚感が湧き上がる。

 

 

『さあ、ゲートインが完了しました! ウマ娘の祭典日本ダービー、今……ゲートが開いて一斉にスタートしました!』

 

 

 ゲートが開き、私は勢いよくスタートを切る。

 

 

『横一線、二十七人です! 綺麗なスタートを切りました! インコースにウメノチカラが四番手、シンザンは五番手、まずダイトウリョウが先頭で一コーナーに入ります!』

 

 

 内にいるウメちゃんを少し前に見据えて、先行しつつ一コーナーを回って二コーナーに入る。

 

 いつも通り、逃げウマ娘の少し後ろで待機する形になった。

 

 

『さあ二コーナーに入って先頭がサンダイアルに変わりました! ウメノチカラが七番手、シンザンはそのすぐ外にいます!』

 

 

 向正面に入る頃、少しポジションが下がったが、焦る必要はない。やっぱり東京レース場の勝負所は最後の直線。ここで力を使ったら、最後に出しきれなくなる。

 

 

『さあ向正面に入ってなお、依然先頭はサンダイアル、その差は三バ身ほどでしょうか。リードを保ったまま三コーナーを回ります!』

 

 

 途中先頭に立ったサンダイアルが少しペースを早め、逃げ切りにかかる。

 

 レースはすでに三コーナーに入っている。私はサンダイアルから少し離れ、何人かのウマ娘を挟んだ位置にいる。

 

 

『シンザン仕掛けました!』

 

『これは……ちょっと早いんじゃないでしょうか』

 

 

 いつもなら、脚を残して直線勝負を仕掛けるところだが、今回は少し、危ないかもしれない。

 

 

『四コーナーを回ります、残り六百でサンダイアルが粘ります! 依然としてサンダイアルが粘ります!』

 

 

 残り六百の標識を過ぎても、まだサンダイアルが少し差をつけて先頭を走っている。

 

 

『ここでオンワードセカンドも出てきました! 残り四百、依然としてサンダイアルが先頭です!』

 

 

 残り四百になっても、まだ先頭を捉えられない。そして後ろからはセカンドちゃんも迫ってきている。

 

 

『さあここでウメノチカラが仕掛けました!』

 

 

 二百メートルの看板が、まだ少し遠くに見える頃。

 

 インコースから、ウメちゃんが飛び出した。

 

 

『ウメノチカラだ! ウメノチカラが出てきました! ウメノチカラがいま先頭に立って後続のウマ娘を——』

 

 

 

 三コーナー手前から仕掛け始めたせいで、いつもより脚も残っていない。いつもよりも長くスパートをかけているから、少し息も苦しい。脚も重い。

 

 

 でも、勝ちたい。

 

 

 足が砕けても、肺が破れても、頭が、心が、前に進みたがっている。

 

 

 私に期待してくれている、トレーナーのために。夢を見てくれているホープちゃんのために。

 

 

 なにより、まだ遠くに見える夢のために。

 

 

 勝ちたい。

 

 

 負けたくない。負けて——

 

 

「たまるかぁあああ!!」

 

 

『離れない! シンザンがきました! シンザンが出てきました! オンワードセカンドも出てきました!』

 

 

 二百の看板を通過しても、まだウメちゃんが前にいる。

 

 

『シンザンが追ったシンザンが追った! シンザンか、ウメノチカラか、オンワードセカンドも懸命に追った! しかし二人の争いか!』

 

 

 ゴール手前でようやく、私はウメちゃんに並ぶ。

 

 

『シンザンかわした! シンザン強いシンザン強い! シンザンがリードでいまゴールイン! 続いてウメノチカラ、オンワードセカンドは三着!』

 

『勝ち時計は……2分28秒8! 昨年のメイズイに0.1秒差に迫るすごいタイムが出ました!』

 

「っは……っふう」

 

 

 少し荒くなった息を整えて、観客席を見やる。

 

 最前列にいるトレーナーやホープちゃん、そしてスタンドにいる観客たちが大歓声を上げている。

 

 

「やっ……た」

 

 

 ぽつりと、思わず飛び出た言葉。

 

 

 皐月賞では、けっして出てこなかった言葉だ。

 

 

「かっ、たんだ」

 

 

 大歓声で私を叩く観客に、私は大きくガッツポーズをする。

 

 

 遠くにある目標がいま、目の前に。

 

 この手のなかに、あるような気がした。

 

 

 

***

 

 

 

「まずは勝利おめでとうございます」

 

「ありがとうございます!」

 

 

 少し時間が経って、記者会見の時間になった。

 

 多くの記者さんたちに囲まれて、少し高い台の上に、私とトレーナー、チーム長が横一列に並んでいる。

 

 

「今回日本ダービーを勝ったことで、同チームの先輩であるコダマさんに肩を並べる結果になりましたが、シンザンさんの今後の目標はなんでしょうか?」

 

「それは……」

 

 

 少し前の私には、目標があった。

 

 でもそれは、スプリングステークスまでの話。皐月賞以降、私に目標はなかった。

 

 

 でも今は、私に夢を見てくれるウマ娘がいる。期待してくれる人たちがいる。

 

 私が勝つことで、夢を見れる人がいるというのなら。

 

 

「私の目標は、人に夢を見せられるような、そんなウマ娘になることです」




いつも感想、評価をしてくださる方ありがとうございます! まだ書いたことがない方も励みになるのでぜひ書いてくださると嬉しいです!


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23話 思わぬ難敵

最近、学校の課題とか勉強が忙しすぎて全然執筆できず、期間が空いてしまいました。すみません。

活動報告の方にも書きましたが、一応最終話までの構想は決まってるので、途中で投げだしたりはしません。楽しみにしてくださってる方々には申し訳ありませんが今後は余裕ある時に書いて、不定期な更新になると思います。


 季節が過ぎるのは早く、つい先日のように感じられる。日本ダービー、シンザンが二冠ウマ娘になったという日も約二ヶ月前の出来事になっていて、現在は七月の下旬。季節は夏になっていた。

 

 今年の夏は特に暑い。なんでも四十年ぶりの猛暑らしく、空梅雨の影響で水不足も発生しているようだった。

 

 夏が嫌いだ、なんて言っていたシンザンも悲鳴をあげながら、十一月の菊花賞に向けて日々練習をしている。夏はトレーニング中心にすすめ、九月から前哨戦となるレースを二度ほど叩いて出走する流れになるだろう。

 

 

 以前まで目標が持てず、どこか危うい印象もあったシンザンも、今では夢を見せるウマ娘になりたいという、立派な目標を持っている。相変わらずトレーニング嫌いで走らないシンザンだが、モチベーションに満ち満ちてはいる。

 

 ティアラ二冠のカネケヤキやウメノチカラ、オンワードセカンドも出走するだろう、例年と比べてもハイレベルと言える今年の菊花賞。始まったばかりの夏をどう乗り切るかが鍵になりそうだ。

 

 

「って……しっかし遅えな」

 

 

 今、俺は部室で座っているのだが、トレーニング開始直前の時間になってもシンザンが姿を見せない。トレーニング嫌いと言ってはいるが、シンザンがトレーニングをサボったり遅刻したことはこれまで一度もない。確かにどこか抜けたところのあるシンザンだが、しっかりもののセカンドが同室にいることだから、寝坊ということもないだろう。

 

 

「おはよぉ〜……」

 

「おう、遅かったな……って、どうした?」

 

「……んぇ?」

 

 

 いつも気の抜けた挨拶をしているシンザンだが、今日は特に気が抜けている……というより、魂が抜けている。

 

 耳もペタリと寝込んでいて、目も開いていない。尻尾もなんだかいつもよりも元気なくしおしおしている。

 

 明らかに、体調が悪そうだ。

 

 

「……病院行くぞシンザン」

 

「んえ? 髪はこの前切ったよ?」

 

「美容院じゃなくて」

 

「打撲とかもしてないし」

 

「接骨院でもなくて」

 

「古代ローマの……」

 

「元老院でもねえ……さてはお前、病院嫌いか?」

 

「そそそそんなことないよ?」

 

「そんなことないやつはそんな狼狽え方しねえんだよ」

 

 

 まるで漫画かアニメのように目を泳がせて狼狽するシンザン。幼い子供じゃあるまいに、どうやら病院が嫌いのようだ。

 

 

「ほら、車とってくるからここで待ってろ」

 

「……は〜い」

 

 

 ドサリと倒れ込むように、シンザンは椅子に座り込んで机に顔を突っ伏した。どうやら相当に参っているらしい。

 

 

 

***

 

 

 

「夏負けですね」

 

「夏負け…‥ですか」

 

 

 車を走らせ、やってきたのは病院。

 

 俺がいるのは診察室内。受診を終えたシンザンは今、待合室でおでこに冷たいジェルシートを貼って横にならせてもらっている。

 

 

 お医者さん曰く、どうやらシンザンは風邪ではなく夏負けだったようだ。

 

 

 ウマ娘と人間は、外見上では耳や尻尾以外全く同じように見えるが、走る速度、力の強さ、などなど実際比べると様々な部分で違いがある。

 

 同様に、ウマ娘と人間とでは平均体温に大きな差がある。人間の平均体温は平熱時で三十六度台……低い人でも三十五度台だろう。しかしウマ娘の平均体温は人間よりも高く、三十七度台から三十八度台ほどだ。人間よりも発熱器官である筋肉に富んでいるウマ娘だからこその平均体温だろう。

 

 

 体温が高いからこそ、ウマ娘は夏、というか暑さに弱い。シンザンは特に、普段から暑いの嫌い、と事あるごとに夏嫌いを口にしていたため、ほかのウマ娘に比べても暑さに弱いのかもしれない。

 

 

「でも夏負けってことは秋には治りますよね」

 

 

 夏負けにはこれといって有効な治療策はない。体を冷やしたり休養したりして、涼しくなるのを待つほかない。

 

 

「普通の夏負けなら、体や部屋を冷やして休養すれば秋を待たずとも治る場合もあるんですが……シンザンさんの場合、かなり重度の夏負けです」

 

「……というと」

 

「十月ごろには、徐々にトレーニングをこなせるほどには回復すると思います。しかし、菊花賞を含め、秋のレースに万全の体調で出走できる……とは言えません」

 

「そう……ですか」

 

 

 十月ごろにようやく体調が上を向き始めるかもしれない。

 

 つまりそれは、九月に予定していた前哨戦を使えないということ。そして七月下旬の今現在から、約二か月と少しの間、シンザンは本格的なトレーニングができないということ。

 

 

 シンザン自身はいまだに、自分が平凡なウマ娘だと思っているようだが、シンザンは非凡で特別なウマ娘だ。

 

 姿勢が良く、スタートも良く、頭も良い。恐ろしいほど切れ味の良い末脚、決め脚も持っている。世代屈指の実力者と言われていたウメノチカラを幾度も下し、チームの頂点……どころか、世代の頂点に立つ現在二冠のウマ娘。担当トレーナーという贔屓目抜きにしても、特別どころか無敵とさえ言っていいのかもしれない。

 

 

 しかし、無敵だからといって負けない訳ではない。実際、以前シンザンの体重が増えてしまった際にはオープンレースで敗北を喫している。

 

 

 今回は、二ヶ月以上トレーニングを行えない。前哨戦も、戦えるにしてもおそらく後ろにずらすことで厳しいスケジュールになるだろう。

 

 

 秋に向け、ほかのウマ娘がコンディションを整え、基礎トレーニングに励む中、シンザンは休養を強いられる。

 

 

 夏に、大きな壁が立ちはだかった。

 

 体重の増加よりも、かなり深刻な問題だ。




長らくお待たせしてすみませんでした! 今後ともよろしくお願いします!


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24話 夏に向けて

だいぶ間空いてしまってすみません。多分これからの投稿もだいぶ不定期になってしまうと思います……


「っし……これで最後だな」

 

 

 大きなタライの上に氷柱を置いたトレーナーは、一息つきながら額の汗を拭う。

 

 

 七月の下旬。重度の夏負けになってしまった私は、寮の空き部屋に移動し療養することになった。

 

 

 私のベッドを取り囲むように設置された、巨大なタライと、その上にそびえ立つ氷柱。そして扇風機の数々。

 

 はじめは元の部屋で安静にするだけでもいいと思っていたが、この氷の数は流石にセカンドちゃんの迷惑になりそうだ。

 

 

「ごめんね、大事な時期に体調崩しちゃって」

 

「だぁから、体調崩すのは仕方ねえって。特に今回は俺の責任だ」

 

 

 私が体調を崩したことに、一番責任を感じているのはトレーナーだった。

 

 ウマ娘が暑さに弱いのも、今年の夏がとりわけ暑いことも、分かっていたはずなのに、もっと気に掛ければ良かったと。車の中で何度も謝られた。

 

 

 お医者さんの話通りなら、十月までは本格的なトレーニングはできず、静養することになるのだろう。菊花賞は十一月の半ば。トレーニング、調整のためのレースに使える期間は一ヶ月と少しほどしかなくなる。

 

 貴重な時間が、まるで氷のように溶けて無くなっていく。

 

 菊花賞には、セカンドちゃんも出る。そしてきっとケヤキちゃんも出てくるだろう。他にも、夏を超え、秋に向けて力をつけてきたウマ娘たちも出てくる。

 

 そしてなにより、ウメちゃんも出走する。

 

 

 彼女たちは三ヶ月と少し、菊花賞に勝つためにトレーニングを積んでやってくる。

 

 数多いる同世代の中でも、クラシック戦線に参戦することを許された、選りすぐりのウマ娘たちがさらに力をつけてやってくる。

 

 

「まあ、なんだ。トレーニングだとかレースだとかは忘れて、今はとりあえず休め」

 

「……うん、そうだね」

 

 

 目を閉じる。氷が効いてきたのか、さっきよりもほんのり部屋が涼しくなっていた。

 

 

***

 

 

「あれ、ウメノさん?」

 

「ん……ああ、セカンドか」

 

 

 昼下がり。トレーニングを終えた私は食堂でウメノさんと出くわした。

 

 

「今からお昼? 良ければ一緒にどう?」

 

「うるさいのがついてくるけど、それでもいい?」

 

「うるさいの?」

 

「私だよ! って誰がうるさいのだ!」

 

「今元気よく返事したじゃない」

 

 

 ウメノさんの陰から元気よく飛び出してきたのは、茶髪で声に違わず活発そうなウマ娘だった。

 

 はじめて会うウマ娘だったが、私はその姿に見覚えがあった。

 

 桜花賞、オークスを勝利し、現在ティアラ競走において頂点に立つ、二冠ウマ娘のカネケヤキさんだ。

 

 

 ツンと受け流しているウメノさんに対して、ワーワーと抗議していたカネケヤキさん。二人を見てポカーンとしている私を見ると、得意げな顔を浮かべ、こちらに向き直って口を開いた。

 

 

「ふふん、もうシンザンの時みたいに間違えないんだから! その顔は、あなただれ? って顔でしょ!」

 

「えっと、なんであなたがここに? って顔」

 

「また間違えた! なんで? ねえなんでよぉウメ!」

 

「知らないわよ……こんなのだけど、大丈夫?」

 

 

 ユサユサと体を揺すられながら、ウメノさんは問いかけてきた。首振り人形のようなペースで頭が揺れているが、表情は依然としてツンとしたまま。多分、もう諦めているんだろう。心なしか諦観の念が見てとれる。

 

 

「うん、大丈夫よ。仲良さそうでいいわね」

 

「……色々と言いたいことあるけど、まあいいわ。ほらケヤキ、お昼食べに行くよ」

 

「お昼! 私お腹すいた!」

 

 

 抗議はもういいのか、カネケヤキさんはウメノさんの体をパッと手放した。そのままカウンターに進んで食事を受け取り、席に着く。

 

 

「そういえばはじめましてねセカンド! この前の毎日杯見てたよ!」

 

「ありがとう。私もカネケヤキさんのオークス見てたわよ」

 

「ケヤキでいいよ!」

 

 

 どうやらケヤキさんも私のことを知ってくれていたらしかった。ダービーの約一ヶ月後に私が出走し、一着をとることができた毎日杯を見てくれていたらしい。

 

 シンザンちゃんは愛想がいいという意味で親しみやすいが、ケヤキちゃんは元気がいいという意味でとても親しみやすそうだ。口ではうるさいのだとか雑に扱っているウメノさんが、なんだかんだで一緒にいることからも、いい子だろうというのも窺える。

 

 

「もう三ヶ月と少しもしたら菊花賞かぁ。みんなと戦えるの楽しみ!」

 

「その前に夏を越えないとでしょ。ケヤキはクイーンステークスもあるんだし」

 

「ウメノさんは夏どうするの?」

 

「私は毎日王冠とセントライト記念に出るつもり。セカンドは?」

 

「私は京阪杯と神戸杯かな」

 

「そう……あ、ねえ今日シンザンは? 一緒じゃないの?」

 

「あー、シンザンちゃんは……」

 

 

 私は二人に、今朝シンザンちゃんの身に起きた事件のことを話した。



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