芸術家の英雄教室 (那由多 ユラ)
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芸術家の英雄教室篇
第一話 芸術家の人間関係と入試試験


001

 

 

 

 一月。

 中学生ならクリスマス、年末年始、冬休みを過ぎて学校が始まり、あるものは憂鬱に、あるものは歓喜する時期。

 

 某中学校の屋上では、壁のように巨大な板を前に、黄色のペンキとブラシを傍らに放置しながら眠る子供がいた。

 寝相が悪いのか、体に巻きついた黄色のメッシュが入った白髪の長いツインテールに、中学生とは思えない小柄な体が子供らしさを顕著にする。

 

 屋上で悠々と眠っているが、今はまだお昼前、授業中である。つまりはサボりだ。

 

 数十分後。授業の終わりを示すチャイムが鳴った後、屋上の錆びついた扉が、いやな音を慣らしながら開いた。来たのは、三白眼でボブカットの少女。しかし、耳たぶが金属プラグになっている。

 屋上に出てすぐに真っ白な板と子供を見つけ、呆れたようにため息をつきながら傍によった。

 

「……こんなとこで寝たら風邪引くよ、黄彩(きいろ)

 

「ん〜、……あ、きょーか。おはよ〜」

 

 子供はゆったり目を覚まし、巻きついた髪を振り解きながら立ち上がると、少女にしがみつくように抱きついた。

 

「絵、描くんじゃなかったの?」

 

「あー、えっと、あれ。……スタンプ?」

 

「スランプ」

 

「そうそう、それ。……うぎゅー」

 

「ちょ、ちょっと!」

 

 子供は抱きつく力を強め、少女の小さな胸に顔を埋める状態になった。

「きょーか。ボクね、お腹空いたんだよ。帰ろ?」

 

「神かアンタは」

 

 上目に堂々とサボり宣言する子供に、少女は見下しながらツッコミを入れる。

 

「午後は進路希望のあれこれだけなんだから、出ろ」

 

「えー?」

 

「どうせ決まってんでしょ。さっさと終わらせよ」

 

「……きょーかが言うなら、まあ」

 

 子供は渋々といった様子で離し、少女の手と繋ぐ。

 

「でもその前にボクはお腹空いたからね」

 

「ハイハイ」

 

 手をつなぎながら歩く後ろ姿は、さながら歳の離れた姉妹。

 

 しかし妹の方は妹でも年下でもなく、そして女でも女顔でもなく、同級生で男で、少女の親友だ。

 

 有製(ゆうせい) 黄彩(きいろ)。十五歳。男。個性《図画工作》

 中学生にして、稀代の芸術家である。

 

「ねえ、きょーか。きょーかは進路、どこ?」

 

「雄英。ウチ、何回も言ったよね」

 

「ふーん。じゃあボクもそこでいいや」

 

「いや、アンタは芸術系行きなよ」

 

「工作なんて、どこでもできるもん。ボクはきょーかと一緒がいいの」

 

「…………可愛いやつめ」

 

「ボクだもん」

 

「そういうとこは可愛くない」

 

「ボクだからね」

 

 

 

002

 

 

 

 時は過ぎ行き、二月末。雄英高校ヒーロー科の、入試実技試験当日の朝。

 

 黄彩は少女、耳郎響香に連れられるようにして、雄英の門前にいた。

 

「まだ深夜の七時だよ〜? ボクまだ眠い……」

 

「いや朝だから。めちゃくちゃ朝だから」

 

 黄彩はツインテールをふらつかせながら、おぼつかない足取りで入場して行った。

 

『今日は俺のライブにようこそー! エヴィバディセイヘイ!』

 

 ボイスヒーロー・プレゼントマイクが高テンションで受験生に語りかける。数千人の受験生が静寂しか返せないなか、それでもテンションを維持したまま試験説明を続ける姿はプロそのものだ。

 

「まさか、きょーかと会場が違うなんて……。」

 

「帰る、とか言わないでよ?」

 

「……………………うん」

 

「おい、間」

 

「だいじょーぶ。きょーかなら受かるよー」

 

「アンタも受かれよ」

 

 響香が必死に黄彩を起こそうとしていたら、そのうちに試験説明は終わっていた。

 

「あ、ちょ、聞いてなかったんだけど!?」

 

「んー、ロボットいっぱい壊して、ヒーローしてれば合格。きょーか、聞いてなかったの?」

 

「あ、ん、た、の、せ、い!」

 

「まあね。……きょーか、頑張ってね。きょーかの居ない学校なんて行きたくないよ」

 

「大丈夫なんでしょ。なら、大丈夫」

 

 黄彩と響香は別れ、各々の試験会場へと向かう。

 

 

 

003

 

 

 

『かの英雄ナポレオン・ボナパルトは言った! 「真の英雄とは人生の不幸を乗り越えていく者」と!』

 

 道すがら、黄彩はふと、おぼろげに聞いていたプレゼント・マイクの言葉の一言を思い出した。

 

「英雄っていうのはさぁ、他人の不幸を奪い取る奴のことなんだよ。――ウフフ。いいとも。響香のためなら、ボクは英雄にだってなれるさ」

 

 試験会場のビル群が見えてくるに連れ、黄彩の目には活力が目に見えて湧いてきていた。

 

 誰も彼もが出遅れまいと、閉じたゲートの前に集まる中、最後尾にたちすくむ黄彩の姿を見て、受験生達は子供のような姿に訝しむ。

 

『ハイ、スタートー!』

 

 突然の合図に、受験生たちは困惑している。

 

「……邪魔だよ。入れないじゃん」

 

『どうしたぁ!? 実戦じゃカウントなんざねえんだよ! 走れ走れぇ! 賽は投げられているぞ!』

 

 プレゼント・マイクの言葉に、受験生たちが一気に走り出す。

 残った受験生は黄彩ただ一人。

 

『ん〜? どうしたどうしたぁ? 怖気付いたのか?』

 

 走り出す気配のない受験生に掛けられたプレゼント・マイクの言葉に、黄彩はため息をつく。

 

「ボクは運動が苦手なのー!」

 

『お、おぅ、わりい。……あれ、俺が悪いの?』

 

「ウフフ。まあ、見ててよ。今のボクの最大傑作。――作品No.68《静かな騒音》」

 

 黄彩は指揮棒を振り下ろすように、人差し指を会場に向け、下ろした。

 

 ゲートを抜けた受験生や、試験監督、審査の教師たちが驚愕する。

 

――そこに、受験生に敵対するロボットなんて物騒なものはいなかった。

 

 微動だにしない、黄色の人間像達。塗り潰したかのような黄色い自動車たちの渋滞。

 

『あ、あ〜、……ロボ全滅で試験終了』

 

 入り口付近で立ち止まった、絶望する受験生たちを退けるようにしながら、黄彩は満足そうな表情で()()へと踏み入った。

 

「んー、やっぱりデカければいいってもんじゃないね。あんまり面白くないや」

 

『おーいリスナー? 何してんだ〜』

 

「暇つぶしー」

 

『し、シヴィ……』

 

 作品の一部となったビルの壁に、黄彩は彫刻を施していく。龍、虎、モナリザ、平和の象徴(オールマイト)、お好み焼き。

 

「うん、今日のお昼はたこ焼きにしよう」

 

 個性《図画工作》は、あらゆる加工過程を省略し工作する個性。材料さえあれば作れないものは、無い。

 

 

 黄彩は一通りビルを芸術品に昇華させた後、響香の試験会場まで向かい、大した怪我もなく試験を終えた響香と共に帰って行った。

 

 

 

004

 

 

 

 時は少し進み、試験後のことである。雄英高校ヒーロー科の会議室では、雄英の校長や教師陣が出席する重要会議が行われていた。

 

「実技総合成績が出ました」

 

 前方の大画面に受験生の名前と成績が上位からズラリと並ぶ。それを見た教師陣から感嘆の声が複数上がった。目立つのは爆豪勝己、緑谷出久。そして彼らを差し置いてダントツの有製黄彩から皆目を逸らす。

 

「救助ポイント0点で2位とはなあ!」

 

「後半、他が鈍っていく中、派手な個性で敵を寄せ付け迎撃し続けた。タフネスの賜物だ」

 

「対照的に敵ポイント0点で9位」

 

「アレに立ち向かったのは過去にも居たけど…ブッ飛ばしちゃったのは久しく見てないね。……うん」

 

「思わず、YEAH!って言っちゃったからなー。……うん」

 

 ワイワイと騒ぎながら講評を行う教師陣。そして最後にやっと、話題は入学前から問題児に確定している者に移った。

 

「この子は……」

 

「試験開始直後に全仮想敵を無力化完遂。敵ポイントは満点。だけど……」

 

 その場の教師全員の注目が、一枚の書類に集まる。

 

 学歴や志望理由が書かれた書類だ。

 

 志望動機――『響香と一緒がいい』

 

 その短い、身勝手な理由も驚きだが、それ以上に異質なのが、別の者に書き足された隅の注釈。

 

《重要無形文化財保持者》

 

 所謂、人間国宝という奴だ。

 

「まじかよ……」

 

「さっき親御さんから連絡があってね、あの作品郡はウチが売って構わないって」

 

「親までイカれてるのか」

 

 新たな悩みの種を投げ込んできたもの、校長に思わず言ったのが、抹消ヒーロー・イレイザーヘッド。

 

「おい言い方。……だが、そうだとしても優秀なのは確かだぜ! 性格がちっとあれだが、そいつは俺たちの教育でなんとかなるだろ!」

 

 面々の中で一際テンションの高いプレゼント・マイク。

 

「うん、そうだね。思春期というのは不安定な子が多いけど、中でも彼は振れ幅が大きそうだ。うっかりヴィランになりかねない。と、僕は思うよ」

 

「つまり、何がなんでもヒーローにしなければならない、と」

 

「そうだ。よろしく頼むよ」

 

「……除籍にはできない、ということですね」

 

「オールマイトが発狂しながら街で暴れ回ってる、といえばその危うさは誰でも伝わるだろう?」

 

「…………善処します」

 

 それできないやつだ! と、イレイザーヘッドに言える者はその場にいなかった。



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第二話 芸術家の殺戮事件と入学初日

001

 

 

 

 残りわずかな中学校生活。黄彩はみんなのように教室に入る。ことは当然なく、向かった先は屋上。

 

 いつかの真っ白だった壁のようなキャンバスは、黄色のインクで芸術作品になっていた。

 

 黄彩はのんびりと、寝そべって空を眺めていると、屋上の扉が勢いよく開いた。

(響香かな?)と身体を起こして顔を向けると、やってきたのは響香ではない、男女入り混じる学生達だとすぐにわかる。

 

「……なに、君たち」

 

 この学校に限らず、黄彩が重要無形文化財保持者だと知る人間はごく僅か。学校での黄彩は個性を使った芸術が達者なサボり魔でしかない。

 

 黄彩がここで関わりのある人間は、響香ただ一人。それ以外の人間とコミュニケーションを取らない、ということはないが、それは最低限以下。急にラジオが鳴り出したからスイッチを切る、程度のものだ。

 

「有製が雄英のヒーロー科に受かったって、本当なのか」

 

「きみ……、だれ?」

 

「っ……、なんで、お前みたいな奴が!」

 

 声をかけた男子は黄彩が首を傾げると、表情を怒らせ激昂した。

 

「なんだか知らないけど、みんなして何の用?」

 

 気怠げに立ち上がりながら、黄彩は気づく。

 

 全員、個性を発動させて臨戦態勢だった。

 

「……ヒーローを除いて、緊急事以外個性の使用は禁止のはず。なんのつもり?」

 

「そんなことも知らねぇで雄英なんて受けてんじゃねぇよ!」

 

 黄彩に声をかけた男子が、両手に炎を灯しながら襲いかかる。

 

「ひゃっははは! 個性つかっちまったら雄英落ちちまうぜ!」

 

 炎を纏った拳が黄彩の鳩尾に突き刺さる。

 

「ぎゃッ――!!」

 

「生意気なんだよ! テメェみてぇなサボり魔が雄英だと!?」

 

 顔面、胸、股間。次々と繰り出される拳が命中する。

 

「っつ、……痛い。作品No.13《若者》」

 

 制服の所々を焦がした黄彩の手が手刀の形になり、まるで金属のような光沢が走る。

 

「切れやすい若者がモチーフなんだけど、きみ、ぴったりだね」

 

「へっ、いいのか? 個性つかったら落第だぜ!」

 

「別に、平気だよ」

 

 黄彩は自身の火傷や痣を気にすることなく、両手の《若者》を男子の両肩に突き刺す。すぐに仰反るように男子は離れ、味方たちの方に逃げ出す。

 

「痛ってーーー!? やりやがったな!?」

 

 血が吹き出る両肩を押さえながら男子が叫ぶと、他の者達も非難する目で黄彩を睨み付ける。

 

「正当防衛。別にヒーローに興味はないけど、ヴィランは死んでいいよ」

 

「な、なに言ってんのよアンタ!」

 

「命は大事にしなよ。だから死ぬの。作品No.69《売れない肉屋の舞台裏》」

 

 

 

 某県某市、とある中学校に斬撃系の個性を持つヴィランが侵入し、一つのクラス、内三十九名の生徒が屋上で斬殺。その後、生き延びた生徒一名の活躍によりヴィランを拘束、警察に受け渡された。

――というニュースが報道された。

 

 

 

002

 

 

 

「ただいま〜」

 

「ん、おかえり、きょーか」

 

「……なんでウチにいるの。卒業式どうした」

 

「今日はもともとお仕事あったから休んだ。きょーかの家いるのは、……タコライス?」

 

「サプライズ。にも別になってないし」

 

 卒業式を予定されていた日の二日前に猟奇殺人事件があったが、その二週間後に無事卒業式が開かれ、響香と黄彩は無事卒業した。

 

 卒業式が終わり、黄彩の分の卒業証書とアルバムを持って帰ってきてみれば、響香の荷物を増やした元凶たる黄彩はキッチンでなにやら料理をしていた。

 

「ん、お昼ご飯できてるよ」

 

「人の家で勝手に料理するなよ」

 

「サプライズ」

 

「これはタコライス」

 

 今日の耳郎家の昼食はタコライスだった。

 

「オムライス食べたいな」

 

「待て。じゃあなんでタコライス作ったの」

 

「サプライズ?」

 

「……まあ、食べたことないし、ある意味サプライズだけどさ」

 

「ならよかった」

 

「よくない。あんまりよくない」

 

「そっか」

 

「うん。……えっと、いただきます」

 

「ん。」

 

 響香に飲み物をだすと、対面に座った黄彩はダブレットとペンで作業を始めた。「ん」「んんー、」と、時々声を漏らしながらペンを動かす黄彩に、響香は思わず尋ねる。

 

「ねえ、黄彩は食べないの?」

 

「んー。ボク、今あんまお腹空いてないの。発情期かな」

 

「おい。ウチ、女子」

 

「ん、知ってる。……それ、美味しい?」

 

「好きな味じゃないけど、食べれなくもない」

 

「そう。無理しなくていいから」

 

「うん、ありがと」

 

 

 

003

 

 

 

 紆余曲折、なんだかんだとありつつも、ついにやってきた春休み明け、登校日。

 

 黄彩と響香は揃った両親達に見送られ、雄英へと踏み出した。

 

 校舎の巨大さに慄き、巨大な机にさらに慄いていると――

「机に足をかけるな! 雄英の先輩方や机の制作者方に申し訳ないと思わないか!?」 

「思わねーよ、てめー! どこ中だよ端役が!」

 

 と、穏やかでない二つの声が教室の外まで聞こえてきた。

 

「……黄彩、帰ろっか」

 

「きょーか、早く入ろっ! 面白そう!」

 

「なんでテンション上がってるの」

 

 その小柄な身からは想像できないほどの力で扉が開き、大きな音が鳴ると、注目が黄彩と響香に集まった。

 

「ボクも混ぜてっ! って、あれ、してないの? 戦争」

 

「してるわけないでしょ。……ん? してると思って飛び込もうとしたのアンタ」

 

「見損なったな〜。帰ろっかな〜」

 

「誰が見損なっただとクソガキィ!!」

 

「待ちたまえ! 子供にそう怒鳴っては……、って、子供?」

 

「あ」

 

 さっきまで怒鳴り合っていたであろう二人が黄彩の前に立ち子供扱いしたことに、響香が思わず口を開いたとき――

 

「お友達ごっこがしたいなら余所へ行け。ここはヒーロー科だぞ」

「ボクを子供扱いするなよ。死ぬ?」

 

 ただの手刀を二人の首元に伸ばそうとして、しかし突如現れた人間がゼリー飲料を飲みながら黄彩の手を止めた。

 

 沈黙が、教室を支配する。

 

「はい、静かになるまで八秒かかりました。時間は有限。君たちは合理性に欠くね。……担任の相澤消太だ。よろしくね」

 

「よろしくおじさん」

 

「……先生だ」

 

「先生先生?」

 

「…………耳郎、こいつどうにかしろ」

 

「えっと、ごめん先生。……無理」

 

 生徒達が黙って相澤と黄彩のやりとりを見ていたが、響香に投げ、しかし切り捨てられると即座に諦め、教壇に立ち、席についていた生徒達の方に向いた。

 

「早速だが、体操服着てグラウンドに出ろ」

 

 相澤は戸惑う生徒たちを残し教室を出て、言葉通りグラウンドに向かっていった。生徒たちも慌てて体操服を持って更衣室に急ぐ。

 

「きょーか」

 

「なに?」

 

「思ってたより面白そうなところだね」

 

「え、そう? あとこっち女子更衣室」

 

「一緒じゃだめ?」

 

「ダメ」

 

 黄彩の目に更衣室の中が映る前に響香が扉を閉じると、黄彩も大人しく男子更衣室に入っていった。

 直後、男子更衣室にツインテールが入っていってひと騒ぎ起きるのだが、別に女顔というわけでもなかったため、黄彩が男子と認識されるのはそう、間も無く。

 

 

 

 

 

 



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第三話 芸術家の体力試験と人間国宝

 

001

 

 

 

「揃ったな。これから、個性把握テストを行う」

 

「ええ!?入学式は!?ガイダンスは!?」

 

 相澤の発言に、麗日という少女が皆の心の内を代弁して疑問を投げ掛けるが相澤はそっぽを向いて、「そんな悠長な時間は無い」と、言いきった。

 

「ヒーローになるなら、そんな悠長な行事に出る時間ないよ。雄英は『自由』な校風が売り文句。そしてそれは『先生側』もまた然り」

 

「効率趣味、じゃないね。合理主義者だ」

 

 黄彩のふとした呟きに、相澤は頷く。

 

「その通りだ。個性禁止の体力テスト、非合理の極まりない。……有製、中学の時ソフトボール投げ何mだった」

 

「え? う〜ん、……ねえきょーか、ボク何mだった?」

 

「いやアンタ、体育の授業一回も受けてないから」

 

「そうだっけ? じゃあ初めて!」

 

「お前、どうやって生きてきたんだ……。まあいい。こいつを個性つかって飛ばせ。円からでなきゃなにしてもいい」

 

 呆れる目をしながら、相澤は黄彩にボールを投げ渡す。

 

「はーい」

 

 黄彩はボールを全体見渡してから、投げる方向を見る。

 

「さっさとやれ。思いっきりな」

 

「うん。作品No.14《人肉砲》」

 

 黄彩は円の中央で正座した。ツインテールが地面に付くのも気にせず、腕を変形させ、ボールに合わせた砲身にした。

 

「それじゃあ……、月まで、届けぇ!!」

 

 音を一切鳴らず、ただ辺り一面に激しい地震が襲う。

 

 地震はすぐに収まり、さらに一分程度経って、相澤の持つ端末に『ERROR』と表記された。

 

「月面着陸、約60万キロかな」

 

 両手でピースしながら黄彩は言うと、相澤は尋ねる。

 

「……わかるのか?」

 

「自分が飛ばしたものが何処に行ったかなんて、普通わかるでしょ。それに有言は実行しないと」

 

「……そうか」

 

 相澤が納得した様子を見せると、生徒達から歓声と共に楽しげな声が上がる。

 誰も彼も、個性を使用した体力テストなど経験なかった(約一名、そもそも体力テストの経験がなかったが)。個性を全力で使えることに誰かが「面白そう」と声をあげると、相澤はその言葉を否定した。

 

「面白そう、か。ヒーローになる三年間、そんな腹づもりで過ごす気でいるのかい? ……よし、トータル成績最下位の者は見込み無しと判断し、除籍処分としよう。生徒の如何は教師の自由。ようこそ、これが雄英高校ヒーロー科だ」

 

 髪を掻き上げ、ニヤリと笑いながら相澤は凄む。

 

「ほら、面白い。きょーか、手伝い要る?」

 

「要らない。黄彩こそ、大丈夫なの?」

 

「最悪、なんでもするから平気」

 

「それ、ヴィラン絶滅させるからヒーローも要らない、ヒーロー科も要らないから除籍も有耶無耶、みたいな超理論でしょ」

 

「ウフフ、それも面白いかもね」

 

「おい、やるなよ。マジで」

 

 相澤から注意を受けつつ、個性把握テストが始まった。

 

 

 

002

 

 

 

 第一種目、50m走。

 

 走順は出席番号順で、二人ずつ。

 有製黄彩のペアは八百万百。彼女はスクーターを個性で生み出し、乗り込んでいた。

 

「よろしくお願いしますわ」

 

「ん〜、ボク、君のこと嫌い! 作品No.15《公園でよく見るやつ》」

 

「え…………」

 

 黄彩は両足を巨大なバネのような形状に変形させた。正しく、公園で、見かける子供が乗って揺れるやつだ。

 

 八百万が固まっているうちに『ヨーイ』と聞こえてくるが、八百万は呆然としている。

 すぐにスタートの合図が鳴り、黄彩はバネで跳んだ。

 

 文字通り、ひとっ飛び。狂いなく、黄彩は50mピッタリで着地した。

 

 有製黄彩 3.23秒。

 

 八百万は黄彩が着地した頃にようやく気を取り戻し、スクーターで走り出した。

 

 八百万百 10秒。

 

「そんな……」

 

「八百万、もう一回走れ」

 

 八百万を見かねた相澤が、再走を命じる。

 

「い、いいんですの?」

 

「目的は除籍じゃ無くて個性の把握だ。時間は有限、さっさと」

 

「わかりましたわ!」

 目を輝かせながら八百万がスタート地点に戻ろうとするが、ふと、振り返った。

 

「……あの、あとでお話よろしいでしょうか」

 

「うん、いいよー」

 

「嫌い」と堂々言った黄彩が快く頷いたのを見て、八百万は満足げに戻っていく。

 

 

 

 第二種目 握力

 

 体力テスト未経験の黄彩。中でも、握力は足の速さやものを投げ飛ばすことと比べて自覚のし辛いものだ。

 

 黄彩は両手で握力計を握ったが、数値は全く増えない。

 

「あれ?」

 

「持ち方が違いますわ。片手で、こことここを握るんですの」

 

「へー。あ、さっきの、創造の人。……んっ!」

 

 有製黄彩 14kgw

 

「おー。ありがと、創造の人。ねえこれ、強いの?」

 

「八百万百ですわ。……えっと、その……」

 

 無個性による握力測定では、女子高生の平均は27程度だ。当然、八百万の素の握力もそれなりのもの。

 小柄で可愛いよりの外見でも、黄彩は男子。誰も真実を告げられなかった。

 

 

 

 第三種目、立ち幅跳び。

「作品No.19《反逆の堕天使》」

 

 黄彩は腕を変形させ、空想上の異形、ハーピーのような姿で羽ばたき飛び去っていく。

 

 有製黄彩 25m

 

「ヒューハー、ヒューハー……」

 

 着地したというより、不時着というべき様子だった。息を切らし、立ち上がることすら難しそうな様子。

 

「おい有製、なぜ50m走のときのバネを使わなかった」

 

「ヒュー、ヒュー、……あー、気まぐれ? いろいろ作る方が、見る方は面白いでしょ?」

 

「……やっぱり本業は芸術家、か」

 

「うん!」

 

 

 

 第四種目、反復横跳び。

 体力が足りず、途中でギブアップ。

 

 有製黄彩 3回

 

 

 

 第五種目、ソフトボール投げ。

 最初のデモンストレーションと同じ方法でボールを飛ばし、測定不能。

 

 有製黄彩 本人曰く、月面。

 

 

 

 第六種目、持久走(5km)。

 黄彩の体力はずば抜けて皆無なのは誰から見ても明らかで、すぐにギブアップしても相澤以外は気にしないようにしていた。

 

 有製黄彩 ギブアップ(18m)

 

 

 

「黄彩、アンタ大丈夫?」

 

「きょーか、ボク、今日死ぬのかな……」

 

「死なないから、とりあえず水飲んできなよ。声やばいから」

 

「うん、……ちょっと、行ってくるね」

 

 

 

 第七種目、長座体前屈

 

 これは黄彩の個性的に、体力テストで最も向いている競技と言えるかもしれない。

「作品No.70《ホチキスって実はステープラー》」

 

 まるでステープラーのように、ペタンと胸と頭を足まで付けた。

 

 有製黄彩 62cm

 

 ここまで曲がれば、あとは身長と腕の長さの問題だろう。

 

 

 

 最終種目、上体起こし。

 制限時間は30秒だったが、当然、黄彩の体力がそんなに長時間持つわけもなく。

 

 有製黄彩 0回。

 

 そもそも起こすことが出来なかった。ペアの八百万が居た堪れなかったとだけ語っておこう。

 

 

「黄彩、アンタ生きてる?」

 

「死ぬかもぉ……。きょーか、おんぶぅ」

 

「ハイハイ……」

 

「耳郎、あんまり甘やかすな」

 

「は、はいっ」

 

「きょーか……」

 

 響香に甘える黄彩。渋々、という風を装いながら応じようとした響香を相澤は叱るが……。

 

「…………ごめんなさい先生、無理そうです」

 

「ああ。見ればわかる」

 

 叱る隙がないほどに黄彩は響香にしがみついていて、響香は軽々と抱き抱えている。

 

 

 

003

 

 

 

 全員、全種目が終了。多少のアクシデントはあったが、怪我人は緑谷出久が指を骨折したのみ。21名全員が集められ、その前に相澤が立つ。

 

「んじゃ、パパッと結果発表。トータルは単純に各種目の評点を合計した数だ。口頭で説明すんのは時間の無駄なので一括表示する」

 

 1位は八百万百、最下位は黄彩だった。とてつもない記録もあるが、それ以上に散々な記録をいくつも残しているのだから、誰からも異論は無い。しかし――

 

「じゃ、きょーか。ヴィラン絶滅してくるから、降ろして」

 

 狂論が女子の腕の中から飛び出た。

 

「除籍は嘘だ。やめろ」

 

「え、ボクに嘘ついたの? 死ぬ? それとも嘘つけない身体に作り替える?」

 

「……耳郎」

 

「はぁ、えっと、……黄彩。学校で十八禁はやめろ」

 

「きょーかが言うなら仕方ないね。消しゴムの人、きょーかに感謝してよね」

 

(((消しゴムの人!?)))

 生徒達が吹き出すのを我慢しこらえているが、相澤は動じることなく頭を下げた。

 

「礼を言う、耳郎響香」

 

「え、あの、やめてください先生。黄彩もいいでしょ?」

 

「もちろん。ボクは奴隷が欲しいわけじゃないしね。むしろ放っておいてくれるとボクは嬉しいな!」

 

「極力善処しよう。……それじゃあ、今日はこれで終わりだ。教室にカリキュラムとかの書類があるから目ぇ通しとけ」

 

 そう言って、相澤は緑谷に保健室利用届けを渡してその場から去ろうとするが、眼鏡をかけた男子生徒、飯田が呼び止めた。

 

「すいません相澤先生! まだ関わり合いが少ないながら、我々と有製くんとの扱いが明らかに違うように思います! そこのところ、ご説明いただけませんでしょうか!」

 

「お前はマスコミか飯田……。ったく」

 

 うんざりしたような様子で、相澤は答える。

 

「その通りだ。どうせすぐ分かることだが、……話して大丈夫でしょうか、有製黄彩さん」

 

 明らかに違う話し方。対等とも生徒とも違う、目上の人間への話し方だった。

 

「ボクが喋るのめんどくさいし、うん。お願い、消しゴムの人」

 

「はい。……この人はウチの生徒である以前に一流の芸術家、言っちまえば人間国宝ってやつだ。公務員であるヒーローは、緊急時には一般人よりも優先しなきゃならねぇ場合がある。ヒーローになるなら覚えておけ」

 

 相澤は明らかに疲れた様子で、「他に質問があるなら明日にしろ」と言い残し、今度こそ去っていった。

 

 

 

004

 

 

 

 雄英高校一日目、放課後。

 

 体操着から着替えて教室に戻ってきた響香は、好奇の目を隠さぬ女子に詰め寄られていた。

「ねえねえ! 響香ちゃんと黄彩くんって、もしかして付き合ってるの?」

 

「え、あー、ううん、それよりかは、弟。親達のウチらの扱いも、なんかそんな感じだし」

 

 響香と黄彩の関係の質問は、小学校、中学校と同じ学校だった響香には慣れたものだった。なお、黄彩に同じ質問をすると、露骨に面倒臭そうな顔をして逃げ出す。

 

 距離感の近い桃肌の女子、芦戸三奈に「ほんとに〜?」と詰め寄られてると、着替えてきた黄彩が解けた長い髪を抱えて駆けてきた。

 

「きょーかー、髪結んでー!」

 

「ハイハイ、こっちきて」

 

 手慣れた動きで黄彩の髪を元通りツインテールに結ぶ様子を、芦戸は「おぉー」と関心の声をあげた。

 

「手慣れてるね! お姉ちゃんって感じ!」

 

「? ……きょーかはボクのお姉ちゃんじゃないよ?」

 

「え、じゃあ何? やっぱり恋人?」

 

「だから違うってば」

 

「耳郎響香はボクの最高傑作になる人材だよ!」

 

 黄彩は「どーだすごいだろ」と言わんばかりの笑みで、響香の背後から抱きつき、頬に頬をすり合わせる。

 

「ヘ〜」としか、言いようがない関係に映った。

 

 

 

「あ、そうだ。いまボク創作意欲すっごいからさ! 泊まってく!」

 

「え、響香ちゃんの家に!?」

 

「いや、学校でしょ。ウチきてどーすんの」

 

「あ、ねっねっ、酸の人、一番動ける人って誰?」

 

「そりゃオールマイトでしょ、知らないの? って酸の人!?」

 

「し、知ってるもん。アレでしょ? 筋肉の人! じゃあまたね!」

 

 言うだけ言って、黄彩は教室から飛び出していった。

 

「あいつ、名前覚えるの苦手なの」

 

「にしても酷くない!? 酸って!」

 

「酸じゃん、個性」

 

「ツノの人が良かった!」

 

「……アンタも大概なんじゃない?」

 

「響香ちゃんは何の人だったの?」

 

「……耳の人。小学生の時だけど」

 

「……なんか、ごめんね」

 

 

 



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第四話 芸術家の愛憎好悪と芸術筋肉

001

 

 

 

 雄英高校、美術室。ヒーロー科が訪れることがほとんどないその場所で、黄彩は粘土のようなものを捏ねていた。

 午前中に終了した個性把握テストから一時間ばかりが経ち、太陽が天辺に登った頃に、彼女がやって来た。

 

「あの、有製さん、お話、よろしいでしょうか?」

 

 緊張、怯えで震えまじりの八百万の声に、黄彩はピクリとツインテールを揺らしてから振り向いた。

 

「んー、君、誰?」

 

「……覚えて、ませんの?」

 

「ボクは今お仕事中なんだけど、用事?」

 

「50m走の後、お話いただく約束をしていただいたと思うのですが……」

 

「50メートル……、ああ!」と、捏ねる手を止めて黄彩はピシッと八百万を指差した。

 

「創造の人! ボクの嫌いな人!」

 

「八百万百ですわ! そしてそのことについて聞きたかったんです!」

 

「いいよ! 何でも聞いて! ちょっと今行き詰まってるから、誰かとお喋りしたかったんだ!」

 

 嫌悪する人間に向けるとは思えない明るい笑みに、八百万はホッとした表情で頷いた。

 

「では改めて。私のことが嫌いというのは、どういうことなのでしょうか?」

 

 黄彩は捏ねていたものを転がすようにして伸ばしながら答える。

 

「別に、誰かにどうして欲しいってわけでもない、ボクの、ボクなりのスタイルって奴でね。――それがどんな駄作であれ、自作を愛さない奴に傑作は作れない」

 

「自作を愛する、……それは有製さんの、芸術家としてのスタイル、ということですか?」

 

「君の個性、創造はいい個性だと思うよ。ボクの個性との相性もかなりいい。うん、気が合えば、あるいはボクがヒーロー志望だったらきっと良いお友達になれる。……でも、肝心な君は自分の作品に愛着を持ってない。そこが気に入らないんだよ」

 

「……愛着、それはヒーローとして必要な要素なのでしょうか」

 

「んー、要らないと思うよ。ボクなりのって言ったでしょ。人はそれぞれキャラクターがある。オールマイトの人気とフィジカル、イレイザーヘッドの緩めの合理主義、緑谷出久のオタク気質、青山優雅のナルシズム、そしてボクは芸術家」

 

「はあ、……あの、名前を覚えるのは苦手なんじゃ……」

 

「ねえ、ちょっとデッサンしたいからあっちの椅子座ってよ」

 

「い、いきなりですね?」

 

 困惑する八百万を差し置いて、黄彩はキャンバスとシャープペンを取り出す。

 

「描けたらあげるから楽しみにしててよ」

 

「家宝にしますわ!」

 

「ウフフ、君なら国宝になれるよ」

 

「さ、さすが人間国宝……」

 

 

 

002

 

 

 

 細い芯がキャンバスを引っ掻く音が、静かな美術室に響く。

 

 八百万は優雅に腰掛ける風で、しかしその実、緊張でガッチガチになっていた。

 

「んー、まあ後で可愛くすればいいか。もう崩していいよ」

 

「え、まだ十分も経っていませんわ」

 

「プリンターだって何分もかからないでしょ。……この後ちょっと修正して、軽く着色して、まあ明日には渡せると思う。もういい時間だし、帰ったら?」

 

「……ええ、そうさせていただきますわ。お時間いただき、感謝します」

 

「うん。……もし君がボクに好かれたいのなら、嫌われたくないなら。君の作品で、君のスタイルで、ボクに並べ。ボクを超えろ。ボクは機能美を見捨てるほどアホじゃない」

 

「……人間国宝の芸術家。私のハードルは高いですね」

 

「ボク、背は低い方だと思うけど」

 

「そういう意味ではありませんわ。……最初の目標として、有製さんには私の名を覚えていただきます」

 

「あっそ。で、君だれ」

 

「個性《創造》、八百万百ですわ!」

 

「ん。言うまでも無いだろうけど、ボクは自分の作品を忘れたことはないよ。この絵のことも、死ぬまで覚えてる」

 

 

 

003

 

 

 

 雄英高校二日目。

 午前は基本必修である普通教科の授業が行われる。いかにも不良然とした爆豪ですら真面目に受けてる中、一つだけずっと空席があった。

 

 言わずもがな、黄彩。職務につき公欠となっているが、しかし黄彩は前日からずっと雄英にいた。

 

 そして、お昼休みが終わった頃。昼食を終え、教室で《ヒーロー基礎学》の授業を待ちわびていると――

 

「わーたーしーがー!! 普通にドアから来たぁ!!」

 

「そしてボクもキタァ!」

 

「ぬぉわ!?」

 

 ドアから現れた筋骨隆々の巨漢、オールマイト。そしてオールマイトを蹴り飛ばして入室して来たのが、まるでオールマイトのような巨体を首から下に纏った、公欠のはずの黄彩だった。

 オールマイトの身体にツインテールの少年の顔が生えてるのは異様な光景で、生徒達は微妙な表情を浮かべる。

 

「見て見てきょーか! 作品No.72《すじ肉》!」

 

「うん……、みんな見てる」

 

「これね、これね、……えっと、筋肉の人、名前なんだっけ」

 

「オールマイトだ、少年……」

 

「そうそれ、カロリーメイトの身体能力を完全再現したパワードスーツ! 遊びが最小限だから無個性と一部の人しかちゃんと使えないけど、これで体力テスト、ボクでも走れる!」

 

「やり過ぎるなっていつも言ってるのに……」

 

「というかすじ肉って、それ私がモデル……」

 

「すじ肉の人、ボクこの授業は受けるね」

 

「まずは名前覚えような有製少年!」

 

 ショックそうな顔のオールマイトに「は〜い」と返事しながら黄彩は席につくと、オールマイトも乱れた服と表情を直しながら教壇に立ち直した。

 

「早速だが、今日はコレ! 戦闘訓練!! そしてそいつに伴ってこちら! 入学前に送ってもらった『個性届け』と『要望』に沿ってあつらえた、戦闘服(コスチューム)!!」

 

 教室の壁が迫り出して、戦闘服が入ったロッカーが現れる。これには生徒達のテンションが上がる。中には立ち上がって喜ぶ者もいる。

 

「着替えたら、順次グラウンドβに集まるんだ!」

 

 教室を飛び出し、更衣室へと駆け込んで行った。

 

 

 

004

 

 

 

「黄彩アンタ、その格好……」

 

 面々が集まり始めた頃、響香は黄彩の髪を結び直しながらツッコミを入れた。

 

 黄彩の格好は、十人十色な戦闘服が並ぶ中でも異質。

 

 雄英高校の制服に、服が汚れる工作をするときにだけ着ける黄色のエプロン。動きやすさで言うなら体操服以下だろう。

 

「ボクなりの勝負服ってやつ。どうせ運動苦手だしね」

 

「あー、無理しないようにな」

 

「ボクだよ」

 

「知ってる」

 

 

 黄彩の髪が結び終わる頃には、クラスメイト全員が揃っていた。

 

「おーい、黄彩くーん! ……エプロン?」

 

「あ、酸の人。いいでしょこれ! 勝負服!」

 

「えっと、花嫁修行?」

 

「ボク女子力は高い方だよ!」

 

「ハッハッハ! 有製少年! ……今は家庭科の時間じゃないぞ?」

 

「料理も喧嘩も一緒でしょ? すじ肉の人も肉叩きとかするじゃん」

 

「単語のチョイスはともかく、実は君私のこと結構知ってるだろ!」

 

「ウフフ、しーらない。あ、創造の人! 絵、出来たからあとであげるね!」

 

 

 初めてのヒーロー基礎学は、屋内での対人戦闘訓練。『ヴィラン組』と『ヒーロー組』の2対2のコンビに分かれて屋内戦を行う。

 状況設定は、

・ヴィランがアジトに核兵器を隠していて、ヒーローはそれを処理しようとしている。

・ヒーローは制限時間内にヴィランを捕まえるか核兵器を回収する事。

・ヴィランは制限時間まで核兵器を守るかヒーローを捕まえること。

・核兵器の回収はタッチする事。

・捕まえるには捕縛テープを相手に巻き付ける必要がある。

 

 

 コンビと対戦相手はクジで選ぶ流れとなった。

 しかしクラスは21人。生徒として別枠の黄彩は最後だ。

 

 

 

 緑谷出久と爆豪勝己の派手に危険な戦闘訓練から始まり、以降のペアは恙無く、訓練は進み、最後の黄彩の番になった。

 

「ねぇ響香ちゃん。黄彩くんって、ぶっちゃけどうなの? 昨日はアレだったし、戦えそうには見えないけど」

 

「強いよ。ウチが百万人いても喧嘩じゃ勝てない」

 

「し、信じてるんだね! 響香ちゃん!」

 

「まあ、付き合い長いし」

 

 

 講評が終わり、オールマイトは黄彩に声をかけた。

 

「さて待たせたな有製少年! クジでもいいんだが、誰か希望のペア相手はいるかい?」

 

「んーん、いらない! みんなにボクの作品だけを見てもらいたいしね! それより、相手は誰?」

 

 黄色の言葉にオールマイトは意外そうな表情をしたのち、笑みを浮かべた。

 

「君の相手は私がしよう。安心したまえ、加減はする」

 

 オールマイトの不敵な笑みに、黄彩もニッコリと微笑み返す。

 

「ウフフ、わかった。綺麗に可愛く楽しい喧嘩で魅せようねっ、オールマイト!」

 

 ヴィラン、ヒーローはジャンケンで決まった。負けた黄彩がヴィランで、勝ったオールマイトはヒーロー。

 

「ウフフ、ああ、楽しみだっ! 今すぐ紙とペンが欲しい!」

 

「あの、有製少年? 美術の時間でもないぞ?」

 

「大丈夫安心してっ! 芸術作品にしてあげる!」

 

「欠けらも安心できない!?」



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第五話 芸術家の最強大戦と心霊美術

001

 

 建物の屋上に移動させた核爆弾の前で、ヴィラン役となった黄彩は既に満足げな表情で、玉座に腰掛けていた。

 

『オールマイト先生に代わり、私こと八百万百が審判を勤めさせていただきますわ。……それでは、開始!』

 

「作品No.73《媚術館》」

 

「もう大丈夫! 私が来たぁ!!」

 

「……屋上まで飛んでこないでよ。一階から作品にしたんだから。ちゃんと見て来てよ」

 

 観戦用のモニターには、屋上で顔を合わせているオールマイトと黄彩の他に、様々な裸婦像が展示されている光景が映っていた。数名の思春期真っ只中が歓声を上げている。

 

「覚悟しろよ、ヴィラン!」

 

「ボク、ちょっと怒ったんだからね。作品No.6《苦難の左手》」

 

CAROLINA(カロライナ) SMASH(スマッシュ)!!」

 

 屋上の床から黄色の巨大な左手が現れ、拳を握りオールマイトをぶん殴った。

 対抗するようにオールマイトは両腕を十字に組んで突進しクロスチョップを放つも、左手が砕けると同時に進みを止めてしまった。

 

「イッツー……、6ってことは、初期の作品でこの威力かい!?」

 

 黄彩とオールマイトの最初の攻防は一見互角のようだが、玉座に座っているだけの黄彩に比べて、オールマイトは少なからず両腕を負傷していた。

 

「むしろ繊細さも精度も足りてない頃の作品だからね。……ボクの個性は材料さえあればなんでも作れる。効果範囲は五感で把握している空間全て。ほぼ同じ個性のパパはせいぜい四畳程度だけど、頑張ったボクは雄英の敷地くらいは余裕で射程範囲。ここはもう粘土板の上だよん」

 

「……流石だよ、化け物め」

 

「芸術家だよっ! 作品No.7《裕福な右手》」

 

 次に現れたのは巨大な右手のビンタ。

 

「パワーは文句無しに私の全盛期クラス。しかし動きが単調だぞ!」

 

「ウフフ、何言ってるのオールマイト。ボクの作品は量産可能なんだっ!」

 

「ナニー!?」

 

 周囲の建物やアスファルトから、次々と右手が作られて飛来してくる。

 

 文字通り、防戦一方。空中に退避しながらなぎ払うように作品を破壊していくも、同じペースで右手が湧いてくる。

 

「キリがないな! TEXAS(テキサス) SMASH(スマッシュ)!!」

 

 強力なパンチを繰り返すことで、右手やその破片を丸ごと黄彩の方向へと吹き飛ばした。

 

「さすがにそれ直撃したらボク死ぬんだけど……。作品No.58《従順な大英雄》」

 

 玉座に腰掛ける黄彩の前に跪きながら現れた全身黄色の骸骨が現れる。

 骸骨はすぐに立ち上がり、無い目で飛んでくる右手や破片を視認し、肉のない拳と脚で脅威を退ける。

 

「比較的最近に作った舞台用の自動演武人形だけど、強いよ、それ」

 

 空中から降りて来たオールマイトに、黄色の骸骨が立ち向かう。

 

「今更だけど壊しても器物破損になったりしないよね!? DETROIT(デトロイト) SMASH(スマッシュ)!」

 

「富士山が噴火しても誰の責任でもないよね!」

 

 オールマイトの全力のストレートパンチに、骸骨は為すすべなく、見た目通りの耐久性のようで粉々に砕け散った。

 

「さあ! もう策は尽きたかな? 有製少年!」

 

「まだまだネタはいっぱいあるけど、本幕はこれで締めかな! 作品No.73再使用(リユース)裸娼悶(らしょうもん)》」

 

 開始前の準備時間中に黄彩が作り出した大量の裸婦像たちが壁を突き破り、空中を飛び、屋上に着地。石像とはいえ裸体の女にはオールマイトも耐性は欠けていたようで――

 

「いやいやいやいやいやいや! 十八禁は禁止だったんじゃないの!?」

 

 戸惑っているうちにオールマイトは大量の裸婦像に囲まれ、凹凸ある肉体の群れに包み込まれた。

 

「裸婦像は別に十八禁じゃないよ。何言ってんの?」

 

「……理不尽な気がするが、気を害したのなら謝ろう。降参だ。強いな、有製少年」

 

「ボクだもん。楽しかったよ、オールマイト」

 

『ヴィ、ヴィランチームの勝利です!』

 

 石像の群れの隙間から顔を出したオールマイトが降参を宣言すると、八百万の明らかに驚愕した様子の声が響き渡る。

 

「そういえば、名前……」

 

「うん?」

 

「名前だよ、私の。覚えてくれたみたいだね」

 

「ボクだって喧嘩の相手にくらいは敬意を払うとも。楽しかったし、これからもよろしくね、すじ肉の人!」

 

「せめて、筋肉の人にしてくれないかい?」

 

「ウフフ……。やーだ」

 

 

 

002

 

 

 

「きょーかっ、きょーかっ! 見てた? 見てたよね! ボク勝ったよ!」

 

「うん、見てたよ」

 

「ウフフフフフフフフ、あ〜あ、楽しかったなぁ、いい感じにお腹すいたなぁ」

 

「うん、帰りにどっか寄ろうか」

 

 

 勝利した黄彩は作った作品達を元の形に戻し、オールマイトと共にクラスメイト達の元へと戻っていった。

 

「さあ、最後の講評を始めようか。……いや、私たち二人は、どちらかというと反省かな」

 

「オールマイトが、反省だと!?」

 

 皆驚くなか、爆豪が代表する形で叫ぶ。

 

「勝ったボクが反省するようなことなかったと思うけど?」

 

「いいや、あるとも。……私たちは揃って戦闘に夢中になり、核爆弾という文字通りの爆弾を見逃し、捕縛テープを巻きつけるという勝利条件も忘れていた。正直、爆豪少年と緑谷少年に強く言えないな」

 

「それってつまり、オールマイト先生がそうなるくらい、有製が強かったってことっすか?」

 

 切島が挙手して質問すると、オールマイトは笑いながら答えた。

 

「そうだとも。始める前、私は加減すると言ったが、しかし始まってみれば私に手を抜く隙は無かった。まあ、入試実技を満点合格という偉業を為した時点で、戦闘能力がずば抜けているのは分かっていたんだけどな!」

 

「ボクも手は一切抜かなかったよ。ボクはヒーロー志望じゃなくて芸術家。踏ん反り返って作品を披露するのと、作品を作るのがボクの戦いで、みんなみたいな近接戦闘こそ最大の手抜きなんだ」

 

「おいクソガキィ!!」

 

「ん、なに? 爆発の人」

 

 床に正座して、投げ捨てたエプロンを畳み始めた黄彩を、爆豪が胸ぐらを掴み持ち上げた。

 

「爆豪勝己だ覚えろぉ!!」

 

「で、なに。防空壕くん」

 

「爆豪だぁ!! 次は俺と戦え!! オールマイトに勝ったテメェをぶっ殺せば俺がナンバーワンだ!」

 

「殺す? ボクを? ……実行できないことを有言するものじゃないよ、可愛くないから」

 

「うっせぇ殺すぅ!!」

 

「んー、防空壕くんに限らず、みんなの考えてることなんてわかるよ。概ね『作る暇もなく接近して近接戦に持ち込めば勝てる』、みたいなことでしょ。作品No.13《若者》」

 

 胸ぐらを掴まれ持ち上げられた姿勢のまま、両腕の手刀が爆豪の首にチクリと触れる。

 

「て、テメェ……」

 

「ボクの個性は創造の人みたいに生物、非生物の縛りはなくてね。近かろうと遠かろうと、ボクの射程範囲にいれば関係なく作品にできる。将来芸術品になりたいなら、お友達価格ってことで安く引き受けるよ」

 

「やめろコラ」

 

 へにゃりと笑みを浮かべた黄彩を爆豪が思わず下ろすと、すぐに響香が抱き抱えてそのまま去って行った。

 

 

 

003

 

 

 

「なあ! 放課後は皆で訓練の反省会しねぇか?」

 

「それいいじゃん! やろうやろう!」

 

「お、いいな。参加するぜ」

 

「あ、俺も」

 

 下校時間となり皆が帰る準備をする中、切島が大声で呼びかける。すぐに芦戸が諸手を挙げ、多くが参加することになった。

 

「ウチも参加したいけど、……黄彩」

 

「うん、いいよ。急ぎの仕事はないし、いつもボクがわがまま言ってばっかりだもんね」

 

「ありがと。ってことで、ウチらも参加で」

 

 

 そんなこんなで、反省会が始まった。教室でただ騒いでいるように見えるが、実際は一人を除いて訓練を振り返っている。

 

「それにしてもよ、最後のオールマイトと有製の試合は当然として、第一戦も凄かったよな!」

 

「緑谷はまだ保健室だしな。あいつ大丈夫なのか……」

 

 緑谷の右腕は個性に耐えきれずにボロボロになり、左腕は爆豪の爆破で火傷と裂傷、こっちもボロボロである。

 試合後すぐに保健室へ運ばれたが、未だ戻って来ていない。

 

「戻ってこなかったら皆で医務室に見舞いにでもいってやろうぜ! そんでオールマイトと有製のバトルだけどよぉ、スゲェじゃねぇかオールマイトに勝っちまうなんて! 凄すぎて何やってんだかわかんなかったけど、どんな個性なんだ?」

 

「マジそれな! 昨日は異形型かと思ったら今日は色々作ってるみてぇだったし、八百万と似たような個性との複合型か?」

 

 切島の言葉に上鳴が続いて言った。

 黄彩の個性の話題は昨日からずっとあり、その誰もに謎であった。

 

「黄彩の個性は『図画工作』、材料を切ったり曲げたり塗ったりを省略できる個性」

 

 その謎の答えを響香が、騒ぎの輪から外れてペンを走らせてる黄彩を見守りながら言った。

 

「おいそれ、勝手に言っていいのか?」

 

「本人が隠してないし、てか言いふらすし、あとネットで調べれば本人直筆のプロフィールがすぐ出てくるよ。名前に個性、ペンネームに誕生日、スリーサイズに趣味嗜好まで」

 

「スリーサイズって、黄彩くん男でしょ?」

 

「黄彩、個性で女になれるし、そもそも素で可愛いから男女両方からそれなりにモテるよ。あと自分の彫像を作ってもらうためとか言って、スリーサイズと自分の3Dデータ公開したの、あのバカ」

 

「うわ、究極のナルシストだ」

 

「てか女になれるって! まさか女湯入り放題か!?」

 

 思春期の悪夢(黄彩命名)、峰田の発言に響香以外の女子が顔を歪める。

 

「最低ですわ……」

 

 そのうちの一人、八百万は黄彩から渡された自分の絵を眺めながら言った。

 

「確かにそうだろうけど、そもそも黄彩はマジの風呂嫌いだから多分しない。濡れたくないとかシャンプー苦いとか」

 

「ま、まあ、濡れたくないはともかく、シャンプーは誰しも経験するよな」

 

「甘いシャンプーとかあれば少しは好きになるんじゃない?」

 

「……三奈、アンタ天才?」

 

「え、そ、そうかな〜やっぱ」

 

「ねえ黄彩、どう思う?」

 

 芦戸の言葉に目を輝かせた響香が黄彩に尋ねる。

 

「きょーかの耳にスパコン繋いで高速演算とかできたら面白そうだよね」

 

「うん、話し聞いてなかったならそう言って。あと何それ面白そう」

 

 ちなみに帰ってからパソコンで試してみたが出来なかった。スマホも同様。

 

「つーかさっきから何書いてんだ?」

 

「メスガキー」

 

「じゃなくて落書き、ね」

 

「人間国宝の落書き……」

 

 黄彩が赤のボールペンで書いていたのは、クラスメイト達が仲睦まじく騒いでいる、正しく今の教室の様子で、窓からは雄英教師の幽霊のようなものが見守っている絵だった。

 全員「まさか!?」と窓の方を見るが、当然そこには誰も居ない。

 誰もがその絵に関心しているが、数名は何か違和感を感じていた。

 

 落書きには、相澤や校長、プレゼント・マイクらしき幽霊がいる中、ただ一人オールマイトが居るべき場所に居なくて、代わりに見慣れない、異様に痩せ細った不気味な(幽霊な時点で不気味だが)男が、誰よりも熱い目で生徒達を見ていた。

 

「ラクガキでこれかよ……」

 

「これでも売ったら200万くらいにはなるよ」

 

 響香の言葉に誰もが慄く。

 

「別に、ただのラクガキだよ」と言いながら、黄彩はラクガキをグシャっと丸め、ゴミ箱に放り投げた。

 

「200万が!?」

 

 翌日早朝、相澤がゴミ箱から黄彩の絵を保護してしまい、校長室に展示されることになった。

 

「きょーか、そろそろボクのお腹が大変だよ。朝もお昼も食べてないの思い出したら急に食欲が発情期」

 

「え? あー、ごめん。ウチらそろそろ帰るわ」

 

「そっか。つーか俺らも帰ろうぜ。あんな絵見た後で夜道歩きたくねぇだろ」

 

 切島の言葉に、主に女子達の顔色が一段と白くなった。

 

 

 

「ねえ黄彩、あの絵なに?」

 

「落書きだよ。言ったでしょ。ただの、落書きだよ。作品じゃない」

 

「ふーん、そう」

 

 

 

 



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第六話 芸術家の取材拒絶と侵入記者

001

 

 

 

「教師としてのオールマイトはどんな感じで、す……か」

 

「邪魔。帰って」

 

 オールマイトが雄英高校の教師になったという話題は風よりも早く日本中に響き、大きな話題になった。

 早朝、雄英の正門の周囲には数多のマスコミが押しかけ、登校や出勤している教師や生徒達にカメラとマイクを向けてインタビューを求めている。

 

 そこに立ち会った登校中の黄彩はマスコミ達に顔を顰め、退去を命じた。すると黄彩に気がついた者から次々カメラやマイクを下げ、その場から逃げるように去っていく。

 手を繋いでいた響香が「黄彩、あの人たちに何したの」と呟くが、黄彩は答えなかった。

 

「有製、お前便利だな」

 

「あ、消しゴムの人。おはよー」

 

「プッ! お、おまイレイザー消しゴムの人って! ウケる!」

 

「ウケるな。……イレイザー、相澤、消太、先生。もうどれでもいいからまともな名前で呼んでくれ」

 

 マスコミの群れを見かねて、正門で対応していた相澤とプレゼントマイクは黄彩に関心を寄せる。

 

「マイクの人も、おはよー」

 

「おう、マイクの人だぜぃ!」

 

「お前もお前で気にいるな」

 

「なんかすいません、相澤先生。おはようございます」

 

「ああ、おはよう。あいつら戻ってくる前にさっさと入れ」

 

 響香と黄彩以外にも、さっきまでマスコミに捕まっていた生徒達が駆け込むようにして正門をくぐっていく。

 

 

 

002

 

 

 

 早朝から一波乱あったが、ともあれ朝のホームルームは予定通りに行われた。

 

「昨日の戦闘訓練お疲れ。ブイと成績見させてもらった。爆豪、お前もうガキみたいなマネするな。緑谷、個性の制御が出来ないから仕方ないじゃ通さねえぞ。俺は同じ事言うのが嫌いだ」

 

 相澤は朝のHRが始まると、爆豪の行動と緑谷の個性の制御に対して苦言を呈した。

 

「個性の制御さえ出来ればやれる事は多い。焦れよ、緑谷」

 

「は、はい!」

 

 相澤の言葉に爆豪は俯いて、緑谷は焦燥感に駆られながらも返事をする。

 他の生徒達にも小言を言いたい様子だったが、本人が一番理解出来てるだろう。そんな生徒は睨みつけるだけで済ませ、本題を切り出した。

 

「急で悪いが、今日は君らに学級委員長を決めてもらう」

 

「「「学校っぽいの来たー!!」」」

 

 また入学初日のように臨時テストでもやるのかと、身体を強張らせたクラスメイトがホッとしながら声を上げる。そして、すぐに皆が一斉に手を挙げて立候補し始めた。集団を導く学級委員長という役職はトップヒーローの素地を鍛える事が出来る為、ヒーロー科の生徒からは人気が高いのだ。

 

「黄彩は、……うん。やりたくないよな。知ってた」

 

「ん、ボク普通に忙しいし、授業サボる奴にはやって欲しくないでしょ」

 

 黄彩がそうならウチも……、と、響香が手をおろそうとすると――

 

「静粛にしたまえ!」

 

 飯田の声が轟いた。

 彼曰く、学級委員長とは多を牽引する責任重大な仕事であり、周囲からの信頼があってこそ務まる聖務だと。

 

「民主主義に則り、真のリーダーを皆で決めるというのならこれは投票で決めるべき議案!」

 

「お前も挙げてんじゃねーか! 何故発案した!?」

 

 選挙を提案しながらも堂々挙手していた飯田にツッコミが入る。

 相澤の「時間内に決まればなんでもいい」という発言もあり、学級委員長を決める投票が行われた。

 

 紆余曲折を省略して結果を見れば、緑谷が三票を獲得し委員長に、八百万が二票を獲得して副委員長になった。

 その紆余曲折に辞退したはずの黄彩が五票集めて委員長になりかけるという事態が起きたりしていたが、黄彩が拒否したことで無効票だ。

 

 ホームルームが終わればすぐに黄彩は教室を飛び出し、午前の普通教科の授業が始まった。

 

 

 

003

 

 

 

 授業が終わり、昼休み。

 美術室に石のベッドを作って寝ていた黄彩は響香に起こされ、学食に連れてこられていた。

 

「……ボクねボクね、食欲と睡眠欲と性欲を同時に満たせないのは人類の欠陥だと思うんだ。人間と同じ哺乳類であるクジラだかイルカだかは脳半分を眠らせることで、実質的に三つを同時に満たせるわけで――

 

「長い、要約」

 

「お腹空いたしムラムラするけど、今はそれ以上に眠い」

 

「ムラムラ言うな、女子いるとこで」

 

「ムグゥ……」

 

 なんだかんだ黄彩は初めての学食。食堂に勤務するランチラッシュにフルーツサンドのフルーツ抜きという注文をした黄彩はただのパンを食べていた。

 

「あれ、黄彩くんそれだけで大丈夫なの?」

 

「あ、酸の人。ボクは身体が小学生のままだからね。少なくても平気なの」

 

「ヘ〜。……あれ、それって若返り的なやつ?」

 

「戻してるわけだし、そう言えないこともないかな」

 

 黄彩の言葉を聞いて、周囲の女子達から「「おおー」」と声が上がる。

 

「若返りができる個性と聞いて!」

 

 突如として現れた、十八禁ヒーロー。ミッドナイト。年齢は相澤より一つ上である。

 

「その人の今より若い状態の全身を見てないと無理だし、麻酔も効かないから死ぬほど痛いよ、おっぱいの人」

 

「そんなっ……。というかおっぱいの人!?」

 

「うわ、オールマイト並に酷い呼び名」

 

「なんていうか黄彩くん、オールマイトと別の意味で無敵だよね」

 

「あんまり聞きたくないけど、その子あの人にどんな恐れ知らずな名前つけたの」

 

「「すじ肉の人」」

 

 響香と芦戸が同時に言って、ミッドナイトは「私の方が、幾らかマシ……?」と首を傾げながら、生徒に混ざって昼食をとり始めた。

 

「君たちの言うところの若返りができるのは、ママと響香くらいかな」

 

「「その話詳しく!!」」

 

「三奈にミッドナイト先生もやめて!?」

 

『セキュリティ3が突破されました。生徒の皆さんは速やかに屋外に避難して下さい』

 

「ん、なんか来た?」

 

 ワイワイと騒ぎながら食べていた頃、突如として校内放送で警報が鳴り響いた。皆々が立ち上がり騒ぎ出し、居合わせたミッドナイトが「落ち着きなさい!」と統制を取ろうとするが、生徒達には届かず、鳴り響く避難指示に従うように走り出す。

 

「ミッドナイト先生! どうしたらっ!」

 

「あーっ、えーと、黄彩くん! こういうの先生としてあんまり良くないんだけど、なんとか出来るよね!?」

 

「んー、出来なくはないけど、ボクがどうする必要もないみたいだよ。侵入したのはただのマスコミで、これからエンジンの人が頑張る」

 

 その場で唯一座ったまま食事を続ける黄彩が言うと、ミッドナイトや近くにいた生徒達は困惑する。

 

「ダイジョーブ!! ただのマスコミです! 何もパニックになる事はありません! 大丈夫!! ここは雄英!! 最高峰の人間に相応しい行動をとりましょう!!」

 

 人混みの中から飛び出した飯田が、出口の上に、非常口のピクトグラムのようなポーズで叫んでいた。

 

 さながら政治家のような叫びはすぐに全体に届き、騒ぎは鎮静化した。

 

「やるわね、彼」

 

「すっごー。あたし、あーゆうの出来そうにないなぁ」

 

「……うん、ウチも」

 

「プロヒーローでも得意不得意はあるわ。適材適所、役割分担はヒーローじゃなくても意識すべきよ」

 

「わー、おっぱいの人が先生してる」

 

「言ってくれるわね、芦戸さん。……授業のとき覚悟しなさい」

 

「ミッドナイト先生それはなんかズルくない!?」

 

 後日、ミッドナイトの授業で芦戸が延々指されるという珍事が起きたとかなんとか。

 

 

 

004

 

 

 

「で、黄彩くん。ここからじゃ外なんて見えないのに、どうして飯田とかマスコミとかわかったの?」

 

 騒ぎが落ち着き、報告のためにミッドナイトがここを離れると、黄彩達は昼食を再開した。

 ふと、芦戸が気になったことを黄彩に尋ねた。

 

「ボクの個性は三次元的に知覚できる空間が効果範囲だから、いつもできるだけ遠くまで見るようにしてるの」

 

「見るって、見えなくない? 方向的に、というか身長的に」

 

「目だけじゃ、まだ二次元だよ。耳と鼻と舌と肌も使ってやっと、三次元。がんばらなくても壁の向こう側くらいは簡単に見える」

 

「それもう個性なんじゃ……」

 

「……昨日峰田が女湯入り放題とか言ってたけど、もしかして入らなくても黄彩なら見える?」

 

「女湯である必要もないけどね。服の先だって見える。じゃないと裸婦像、作れないし」

 

「……響香ちゃん」

 

「……大丈夫。黄彩、峰田好みのエロいやつは描かないし作らないから」

 

「目に見えるものをわざわざ描く必要ないでしょ? 写真じゃあるまいし」

 

「黄彩くん、大丈夫? ちゃんと男の子?」

 

「酸の人は見られたいの? 見られたくないの?」

 

「見られたくないけど、見られてなにも反応されないのもなんか嫌!」

 

「……きょーか、解説」

 

「あ〜、……三奈、自分の裸婦像作って教室に飾って欲しいって」

 

「やめて!?!?」

 

「ちなみに、黄彩の部屋にはウチの裸婦像が置いてある(ウソだけど)」

 

「なんか負けた気が……、しないよ!? 大丈夫? 通報いる?」

 

「きょーかに見せたこと、あったっけ?」

 

「え……」

 

「え……、あるの?」

 

「ん、大事なきょーかの成長記録」

 

「アルバムのノリで裸婦像、さすが芸術家、でいいの?」

 

「パパは彫像家だから。ボクのと一緒にパパが作ってる」

 

「ウチ、黄彩のお父さんにまで見られてるの!?」

 

「大丈夫。範囲は狭いけど人くらい余裕だし、精度はボクとあんま変わらないから」

 

「完成度の心配はしてない!」

 

「えーと、……黄彩くんのお父さんがロリコンじゃなくてよかったね」

 

「……うん」

 

「ボクのパパ、子供は好きなはずだけど」

 

 食べ終えた黄彩がオレンジジュースを飲みながら言うと、二人の表情が固まる。

 

 

「ねえ、あれどっちなの? 無知? 天然?」

 

「……多分、天然。お母さんが、その、黄彩より黄彩っぽい感じだから」

 

「……楽しそうなお家だね!」

 

「きょーか、なんの話?」

 

「黄彩の性欲の話」

 

「ふーん。あ、そろそろ時間だけど、食べないの?」

 

「「あ……」」

 

 

 




 毎度誤字報告ありがとうございます!
 ……ほんと、誰なんでしょうね雄星くん。

 うちの子は有製黄彩くんですよっ!


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第七話 芸術家の不在演習と侵入事件

 

001

 

 

 

 マスコミ侵入事件の翌日。再びヒーロー基礎学の時間だ。

 教壇に立った相澤が生徒に説明を始める。

 

「今日のヒーロー基礎学だが、俺とオールマイト、そしてもう一人の三人体制で見る事になった。内容は災害水難なんでもござれの人命救助訓練だ」

 

 コスチュームの着用は各自で判断し、訓練場まではバスで移動する。すぐに準備を始めろと生徒達に告げた。

 

 自分のコスチュームを手に取りながら、今回も大変そうだと呟く上鳴に対して、切島は人命救助こそがヒーローの本分だと熱を入れる。

 

 

 

 

「水難なら私の独壇場、ケロケロ。……そういえば響香ちゃん、有製ちゃんは今日は参加しないのかしら」

 

「黄彩なら眠いとか言って、どっか行ったよ。多分保健室か美術室」

 

「もったいないよねー。せっかく強い個性なのに」

 

「まあ、黄彩の個性はメンタルがもろに作用するから。やる気がない時の黄彩はほとんど無個性だし」

 

「やっぱり、個性が使えない状況でも戦えるようにならないとまずいよね!」

 

 そう言ったのは透明化の個性を持つ、葉隠透。

 

「葉隠がどうやって入試実技受かったのかって、謎だよね」

 

 響香のセリフに、その場の女子達が首を縦に振った。

 

「えへへ、ひ・み・つ!」

 

 

 

002

 

 

 

「バスの席順でスムーズにいくよう番号順に二列で並ぼう!」

 

 準備を済ませてバスが待機している場所へ行くと、飯田がキビキビとした動きでクラスメイトを並ばせていた。

 しかし乗り込んでみればバスの席は対面するタイプで意味がなく飯田は落ち込んでいた。芦戸が「意味なかったなー」と心ない言葉をかけたりした。

 

「私、思った事を何でも言っちゃうの。……緑谷ちゃん」

 

「あ!? ハイ!? 蛙吹さん!?」

 

「梅雨ちゃんと呼んで」

 

 移動中、こんな会話があった。

 

「あなたの個性、オールマイトに似てる」

 

 その一言で緑谷が滅茶苦茶に慌てた。

 

「そそそそそうかな!? いやでも僕はその――

 

「待てよ梅雨ちゃん。オールマイトは怪我しねぇぞ。似て非なるアレだぜ」

 

 偶然にも一人のセリフが緑谷は救われたようで、そっと胸を撫で下ろした。

 

「……しかし増強型のシンプルな個性はいいな! 派手でできる事が多い!」

 

「でも派手つったら、爆豪と轟と有製もだろ」

 

「有製ちゃんはすぐに人気でそうね」

 

「子供は泣くんじゃねーか? 前のオールマイトとの戦いだって、割とホラーだったぜ? あのマスターハンドとクレイジーハンドみたいなの――「《苦難の左手》と《裕福な右手》だよ。黄彩にとって作品は我が子同然だから、タイトル以外で呼んだら怒る。みんな、気をつけてね」、お、おう。実体験か?」

 

 切島に響香が食い気味に言うと、全員を困惑させた。

 

「ウチじゃないけど、小六の時。黄彩が描いた絵に勝手にタイトルつけた奴がいてね。ブチギレて、ウチ以外のクラスメイト全員がどっかに転校することになった」

 

「なんか、相澤先生みたいっすね」

 

「……俺とあいつを一緒にするな。格も次元も世界も違う。もう着くから黙れ」

 

 冷め切ったテンションの中全員静かに「はい」と答え、そうしていると、すぐにドーム状の建物、演習場に到着した。

 

 

 

003

 

 

 

 相澤に引率されるようにして演習場に入ると、生徒が「スッゲー! USJかよ!」と叫ぶ。

 

「水難事故、土砂災害、火事……etc、あらゆる災害を想定し、僕が作った演習場です。その名も《嘘の災害や事故ルーム》!!」

 

「……怒られねぇよな? さっきあんな話聞いたせいで若干こえぇんだけど」

 

 生徒の言葉に首を傾げながら現れたのは、宇宙服のようなものを身に纏った教師。

 

「スペースヒーロー13号だ! 災害救助でめざましい活躍をしている紳士的なヒーロー!」

 

「わー! 私好きなの13号!」

 

 緑谷の説明に小さく頷きつつ、13号は長々と小言を語り、

 

「人命の為に個性をどう活用するかを、この授業では学んでいきましょう。君達の個性は人を傷つける為にあるのではない。助ける為にあるのだと心得て帰って下さいな」

 

 最後の小言に差し掛かる頃には、生徒達は漏れなく心打たれた。

 

「そんじゃあまずは……」

 

 生徒達の拍手が止むと、相澤は授業を始めようとするが、ふと振り返る。何人かの生徒が視線につられて同じ方向に目を向けると、広場の噴水の前に黒いモヤが漂っていた。

 

 モヤは見る見る大きくなっていき、漆黒の渦を巻き始める。そしてモヤの中から悪意に満ちた瞳がこちらを覗いた。

 

 瞬間、相澤は叫ぶ。

 

「一固まりになって動くな! 13号、生徒を守れ!」

 

 急激に増大した黒いモヤからは悪趣味な格好をした人間が次々に姿を見せる。しかし、ほとんどの生徒は状況を把握しておらず、相澤の声に対して、呆けたような反応を示していた。

 

「動くな! あれは(ヴィラン)だ!」

 

「どこだよ、オールマイト。せっかくこんなに大衆引き連れてきたのにさ。……子どもを殺せば来るのかな?」

 

 相澤の警告と体中に手を貼り付けた男から発せられた悪意によって、生徒たちは否が応でも気付かされる。

――ヴィランの襲撃。その事実に生徒の多くが目を見開き、顔を引き攣らせてしまう。

 

「ヴィラン!? バカだろ!? ヒーローの学校に入り込んでくるなんてアホすぎるぞ!」

 

「何にせよセンサーが反応してねぇのなら、向こうにそういう事が出来る個性がいるって事だな。バカだがアホじゃねぇ。これは何らかの目的があって用意周到に画策された奇襲だ」

 

 轟は冷静に状況を判断して言い放つと、場の緊張度が更に増す。相澤も轟と同様の判断を下し、すぐに的確な指示を飛ばし始めた。

 

「13号避難開始! 学校に連絡試せ! センサー対策も頭にあるヴィランだ。電波系の個性が妨害している可能性もある。上鳴、お前も個性で連絡試せ」

 

「っス!」

 

 上鳴は慌てながらも放電を利用した連絡を試すが、あの手もこの手も結果は振るわない。妨害されているのは間違いないようだ。

 

「とにかく、全員避難しろ!」

 

「先生は!? 一人で戦うんですか!?」

 

 相澤はゴーグルを着けて首元に巻いている捕縛武器を構えるが、緑谷はそんな臨戦態勢をとった彼を引き留める。

 黄彩が初日に見抜くほどにヒーローオタクの緑谷は、当然イレイザーヘッドのスタイルにも詳しく、彼が単独で正面戦闘を行う事は無謀だと思っていた。

 

 しかし、相澤はオールマイトほど明るくはないが、不適な笑みを浮かべる。

 

「一芸だけじゃヒーローは務まらん。13号、生徒を任せたぞ」

 

 相澤は階段を飛び降り、大勢のヴィランへと飛び込んだ。個性を消されて混乱しているヴィランを捕縛武器で絡め取り、異形系には打撃で次々に沈黙させていく。

 

「すごい…! 多対一こそ先生の得意分野だったんだ」

 

「分析してる場合じゃない! 早く避難を!」

 

 飯田に急き立てられ、緑谷も慌てて避難を開始する。

 

――が、黒いモヤのような身体のヴィランが回り込んで立ちはだかった。

 

「初めまして。我々はヴィラン連合。僭越ながらこの度ヒーローの巣窟、雄英高校に入らせて頂いたのは平和の象徴、オールマイトに息絶えて頂きたいと思っての事でして」

 

 そのヴィランの言葉に生徒の多くが息を呑む。その場の全員が理解してしまったのだ。オールマイトを狙って来たのならば、つまりヴィランたちにはオールマイトを殺せる算段があり、つまりは殺せる可能性のある者がいると言うことだ。

 ……黄彩が一度勝ってしまっているが故に、生徒達のオールマイトの絶対性も下がっているのだ。

 

「まあ、それとは関係なく私の役目はこれ」

 

 そう言って黒いモヤのヴィラン、黒霧はユラリと動きをみせるが、13号はブラックホールを構えて黒霧を牽制、轟は右手を構えつつも考えを巡らす。

 

「その前に俺たちにやられる事は考えてなかったか!?」

 

「ダメだ! どきなさい二人とも!」

 

 爆豪の爆破によって黒いモヤが一瞬散るが、すぐに集まり余裕の姿を見せる黒霧。13号は二人に下がるように大声で注意するが、相手の方が上手だった。黒霧は爆豪と切島を盾にしてモヤを周囲に展開する。

 

 13号はブラックホールで必死に吸い込むが、黒いモヤは一向に消える気配は無く、ついに生徒たちを包み込んでしまった。

 

「皆!」

 

 しばらくして黒いモヤは晴れたが、その場にはヴィランと13号、そして六人の生徒しか居ない。十四人の生徒たちが忽然と姿を消してしまい、愕然とする13号とクラスメイトたち。

 

 黒いモヤのヴィランが不敵に笑う中、六人のクラスメイトを探す声が辺りに響いた。

 

 

 

004

 

 

 

 一方その頃、美術室。

 

「もう安心して。ボクだから」

 

「ハッハッハッハッ! それはあれだね! わたしのリスペクトだね?」

 

「芸術は押し並べてリスペクトから始まるんだよ」

 

「ハッハッハッ!」

 

 石のソファで黄彩と、骸骨のように痩せ細ったオールマイトが対面し、決め台詞談義をしていた。

 

 

 





 感想で言っちゃったので、黄彩くんの個性の解説をここにそのままコピペしますね。
 本編中で似たような説明が入るかもだけど、まあそん時は許して。

黄彩くんやそのパパが持つ個性、《図画工作》は空間を三次元的に知覚しないと使えないもので、わかりやすく言うと、サイコロの1と6を同時に見えないといけません。そこで視覚だけでは足りないので、同時に触覚で凹凸を見る、あるいは1の裏は6であるという知識で補います。

パパの射程範囲である四畳程度、黄彩くんと比べたら雲泥の差ですが、四畳でも十分に化け物です。普通、図画工作は手元で行う作業ですから。十分に超能力と言えましょう。

メートル単位の射程をもってようやっと戦闘に使える段階ですが、ここまで出来てしまえば、作ることは八百万ちゃんの創造よりずっと簡単。粘土を捏ねたり、彫刻刀で適当に掘るのは誰にでも出来ますから。
芸術品は単に黄彩くんのスタイルです。
とはいえ、一定の製造工程とタイトルを関連付けることで《裕福な右手》みたいに量産できるので無駄ではありません。

言ってしまえば、オーバーホールの個性を一般人向けな別物に魔改造したような個性です。

例外的な使い方として、死柄木弔の個性のように、触れた部分を切ったり、歪めたり出来ます。
また、自分の肉体に使うことで異形型モドキになっていましたが、これも邪道な使い方で、その部位には彫刻刀で切り刻まれるような激痛が走ります。麻酔無しでのセルフ手術です。


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第八話 芸術家の可憐殺戮と道徳飛龍

001

 

 

 

 響香、八百万、上鳴は黒い霧に包まれた後、山岳地帯へと飛ばされていた。

 

「不味い……、こういうとき黄彩なら……、ヤオモモ! 上鳴に電気流れる長物!」

 

「シンプルな鉄パイプですが出来ていますわ! 上鳴さん!」

 

「オーケー言われなくても分かる!」

 

「ウチらで時間稼ぐからヤオモモは上鳴のブッパ防ぐなんか作って!」

 

「わかりました!」

 

 響香のスピーカーブーツから放たれる爆音の衝撃波と、上鳴が鉄パイプを持っただけの簡易スタンガン。

 決定打に欠けるが、決して弱い攻撃ではない。時間を稼ぐには十分な戦力で――

 

「耳郎さんこちらへ! 上鳴さん、絶縁体シートですわ!」

 

「「分かった!」」

 

 響香は八百万の作ったシートの中に飛び込み、シートが閉じたの確認した上鳴は不敵に笑う。

 

「今から俺はクソ強ぇぜ! 無差別放電130万V!!」

 

 辺り一面に電光が走り、ヴィラン達を電撃が襲う。

 

 

 

 

「……効率的で素晴らしい指揮でしたわ、耳郎さん」

 

「うん、手順は少なければ少ないほど傑作になる。って、これは黄彩の作業スタイルだけどね。ってヤオモモ! ヤオモモのヤオモモがヤオモモしてる!」

 

「な、なにを言ってますの?」

 

「服! 前! 上鳴のアホがただの馬鹿になる前に!」

 

「え? あぁ、すぐに作りますわ」

 

「ウェ、ウェ〜イ……」

 

 

 

002

 

 

 

「手ェあげろ。個性も禁止だ。使えば、こいつを殺す」

 

 偶然か必然か、ヴィランの中に一人だけ電気系の個性を持つ者がいたようで、八百万が服を作り直し終わった頃に、アホになっていた上鳴が人質になっていた。

 

「クッ、上鳴さん……」

 

「完全に油断してた……。全滅を扮して伏兵、アホの人質。十分想定できた」

 

「同じ電気系個性の良しみで殺したくないが、しょうがない」

 

 ヴィランは手のひらに放電して見せた。正しく、上鳴と同様の個性だ。

 

「電気系、おそらく轟さんの言ってた通信妨害している輩ですわね」

 

「つまり、こいつさえ倒せてれば誰かが連絡できた……」

 

 自分達の詰めの甘さを二人が悔やんでいると、ヴィランは近寄ってくる。

 

「そっちへ行く。決して動くなよ」

 

 人質をとられて下手に動けない状況で、響香は何かに勘付き思わず振り向いた。

 

「っ!」

 

「動くなっつったろうが!!」

 

「耳郎さん!」

 

 近くに来ていたヴィランは電気をまとった手で響香の顔面に攻撃をするが、横に飛ぶことで回避する。

 

「黄彩!!」

 

「キィィィィイイイ!!」

 

「なんだ!?」

 

 奇声のような鳴き声が、上空から飛んできた。思わず全員が天井を見上げ、目を点にした。

 

「……命を粗末にするなよ。殺すぞ」

 

「黄彩! 《道徳的な龍》!」

 

 黄色のワイバーン型の龍と、それに跨った黄彩が飛んできた。

 

「ドラゴンだと!? だが、おい! こっちには人質がいるんだぞ!」

 

「傑作No.10《道徳的な龍》、きょーか達を守ってて」

 

「キィイ」

 

 龍は八百万達の方へ寄り、響香に甘えるように頭を下ろした。

 

「ひさしぶり」

 

「キュイッ!」

 

 響香が撫でてやれば、龍は嬉しそうな声を出す。

 

「人質が見えてねぇのか! いいかげん殺しちまうぞ!」

 

「ウェーウェウェーイ」

 

 ヴィランが声を荒げると、八百万が顔を青ざめさせるが、黄彩の目は酷く冷たかった。

 

「何度も言わせないでくれるかな。……命を粗末にするなよ。殺すぞ」

 

「アァン!? テメェ目ついてんの……か……」

 

「ウェーイ」

 

 ドスッ、という重たい物が落ちる鈍い音が地面に響く。

 

「な、何をしやがったテメェ!」

 

「ウェイ?」

 

「作品No.69規制版《売れない肉屋の舞台裏》」

 

「な、なんてことを!」

 

 黄色は一切動作することなく、周囲で倒れているヴィランや人質をとっている電気のヴィランの手足が一切の出血もなく手足が外れて落ちた。

 唯一意識のある首と胴だけになったヴィランが叫ぶ。

 

「お前らみたいなのでも、地獄に落とすと怒られるからさ。せめて、自殺もできない地獄みたいな余生を満喫してよ」

 

 頭を地面に打ち付けることしかできないヴィランの、悲痛な叫びが響き渡った。

 

 

「ゆ、有製さん。これは、こんなのはあまりにも……」

 

「うにゃん? 何かな、創造の人」

 

「あまりにも、惨たらし過ぎますわ!」

 

「ウェーイ!」

 

「上鳴ちょっと黙れ」

 

「ウウェイ?」

 

 黄色は八百万の言葉に首を傾げた。

 

「殺したって一緒でしょ? こんなの生かしたって邪魔なだけだよ」

 

「殺しは相手がヴィランでも御法度ですわ!」

 

「だから生かしたじゃん。君みたいなのが怒るから」

 

「そうですがっ、私が言いたいのはそういうことではなくっ!」

 

「こいつらの罪状なんてせいぜい殺人未遂。そのうち外に出てきて、ボク達の知らない場所で、知らない誰かを襲ったり殺したりする。生かすか殺すか、どっちがファンの為かなんて、いうまでもないでしょ」

 

「でも!」

 

 納得いかないようで噛み付く八百万と、道徳的な龍の頭を撫でながら語る黄彩。

 

「ストップ!! ヤオモモ、今は喧嘩してる場合じゃない。黄彩も」

 

 見かねた響香が二人の間に入り嗜める。

 

「も、申し訳ありませんわ。助けていただいたのにも関わらず、私ったら……」

 

「ごめんね。悪いけど、今のボクは酷いスランプでさ。こういうやり方か殺すかでしか、無力化できなかった」

 

 

 

003

 

 

 

「そうだ黄彩! 他のみんなは無事なの!?」

 

「安心して、きょーか。成長した《道徳的な龍》はなんと大人二人乗りまで出来る! すじ肉の人連れてきたから。今頃、完膚なきまでに救いまくってるよ」

 

 オールマイトを連れてきた。つまりは他の教師達にも連絡は届いていると理解し、八百万と響香は顔を綻ばせた。

 

「あの、ところで有製さん、このドラゴン、《道徳的な龍》と言いましたか? こちらは一体……」

 

「ん、後でみんなに説明するから軽くだけね。……この子は傑作No.10《道徳的な龍》っていってね、ボクのアトリエで飼ってるペットで、ボクの全盛期の傑作の一つ。成長する作品なんだよ! すごいでしょ!」

 

「成長する、作品? まさか個性で生き物を作ったんですの?」

 

 なんでも作れるが、生物は創造できない八百万には、空想上の生物であるはずの《道徳的な龍》は驚愕どころではなかった。

 

「マジで成長してるね。ウチが初めてあったのが、確か十歳の時で、その頃なんて猫みたいで可愛かったのに。まあ、今もかわいいけど」

 

「五、六年で、猫からここまで巨体に……」

 

 黄色は驚愕する八百万に満面の笑みを浮かべた後、道徳的な龍に跨った。

 

「それじゃあボク、これからその辺回ってくるけど、大丈夫?」

 

「あー、ウチらはこのアホ直ったらゲートの方に向かう。ヤバかったら呼ぶからよろしく」

 

「うん!」

 

「ウェ〜イ」

 

 

 

004

 

 

 

 黄彩が上空からUSJを巡って、主力らしいヴィランが居なくなっているのを確認すると、オールマイトの骸骨のような姿、トゥルーフォーム状態をセメントスに隠されている所に降り立った。

 

「キィィイイ!!」

 

「すじ肉の人ー、生きてるー?」

 

「ああ! 助かったよ有製少年!」

 

 肉の無い、振れば折れそうな腕を振りながら黄彩を呼ぶオールマイトに、居合わせているセメントスと緑谷が驚愕と困惑の表情をする。

 

「オールマイトいいんですか!? 姿が!」

 

「大丈夫だ、緑谷少年、セメントス。彼には隠し事が通じないみたいでね。結構前にバレちゃってた!」

 

「ああ、えっと、かなりの広範囲を三次元的に知覚できるんだっけ」

 

 緑谷は黄彩のあまり無い情報を引っ張り出して尋ねる。

 

「分厚いコンクリートで完全に密閉されてたりしたら流石に無理だけど、建築基準法の都合上そんな場所はそうそう無いよ」

 

 

 

 

「今回の件、彼がMVPと言っていい。飯田少年がゲートを開いた時点でここの危機を察知し、廊下の壁に壁画を書くことで学校中のヒーロー達に素早く情報を伝達。《道徳的な龍》でこの姿の私を運ぶことで時間制限の節約までしてくれた。サボり魔が幸いしたな!」

 

「むー、すじ肉の人だってボクと一緒に遊んでたじゃーん」

 

「ウグッ、……いや、その、……ほんと、ごめんなさい」

 

「いえ。……というか彼、普通にヒーローとしてもトップヒーロー並みじゃ無いですか」

 

「効果範囲内なら絵や文字で不特定多数にメッセージを伝えられるのか。それなら災害時の救助でも市民の誘導がかなり効率的にできる。ここから校舎まではバスで移動するほどに距離がある。その距離で状況を察知できるなら怪我人を探すだけじゃなくてヴィランを見つけ出すことも可能。オールマイトにパワー負けしない攻撃ができる上、空を飛べるなら機動力もかなりある。……凄すぎるよ有製くん!!」

 

 オールマイトの講評を聞きセメントスが感想を言うと、緑谷も同意するように長々と喋る。

 

「ヒゥッ!? す、すじ肉の人、なんか緑の人、怖い……」

 

 オールマイトの頼りない背に、黄彩と道徳的な龍が怯えた様子で隠れた。

 

「ハッハッハ! 緑谷少年! ヒーローになるなら子供が怖がらせる行為は自重しなければな!」

 

「子供扱いしないでよ。死ぬ?」

 

「「「君が一番怖いよ!!」」」

 

「キュァアアァァァ……」

 

 オールマイトの首筋に手刀を向け、セメントスと緑谷とオールマイトの三人が叫ぶのを尻目に、道徳的な龍はあくびをしながら身を丸め、眠る姿勢に入った。

 

 

 



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雄英体育祭篇
第九話 体育祭の道徳参戦と芸術不参


001

 

 

 

 ヴィラン襲撃事件の後、臨時休校になり、さらに翌日。雄英は予定通り開校された。

 しかし通学路の至る所にヒーローや警察が警備していて、物騒な雰囲気が醸し出ている。

 

「おはよう」

 

「相澤先生復帰早えええ!!!」

 

 生徒達が登校してきて、もうすぐホームルームの時間という頃。誰が大怪我を負った相澤の代わりをするのかと胸を躍らせていたら、まさかの全身に包帯を巻いてミイラのような装いになった相澤がホームルームを始めた。

 

「俺の安否はどうでもいい、それよりいくつか話があるから聞け」

 

 そう言いながら、相澤は教室の巨大なドアを全開まで開けた。

 誰が来るのかと生徒達が身構えると、やってきたのは黄色のワイバーン型ドラゴン《道徳的な龍》だった。

 

「キュイッ」

 

 翼と一体化している腕を、挨拶するように挙げながら堂々と入ってきた。

 

「このドアが役立つところ、初めて見たな。……あー、いろいろあってしばらく雄英にいることになった有製の作品、つっても生物だ。紹介しろ」

 

 道徳的な龍の横幅がドアとちょうどいい幅なのを見て思わずぼやいた相澤は、黄彩を教壇に立たせた。

 

「はーい。この子はボクの傑作No.10《道徳的な龍》、ボクが十歳の時に作った子だよ! かわいいでしょ!」

 

「キュイー」

 

「ウフフ。今年の文化祭で展覧会を開くことになってね。成長する作品はどうしても人と関わり少ない子が多いから、あらかじめ慣れてもらおうと思って、ちょっと前に連れてきたの。同じような子がこれからちょくちょく来ると思うけど、仲良くしてあげてね」

 

「雄英の敷地内に限るが、空中からの警備もしてくれるそうだ。丁重に、つーか丁寧に扱えよ」

 

「人を食べたりはしないけど、怒ると噛むからみんな気をつけてね」

 

「キュ?」

 

「《道徳的な龍》、これから授業だから、外で飛んでて。ご飯の時間になったら呼ぶからさ」

 

「キュイィー!」

 

 声高に鳴きながら、《道徳的な龍》は天井すれすれを飛び去って行った。

 

 

 

「次の話だが、……戦いが来るぞ」

 

「戦い?」

 

「まさか……!」

 

「まだヴィランが!?」

 

「いや、雄英体育祭が迫ってる!」

 

「「「「クソ学校っぽいの来たああああ!!!」」」」

 

 生徒達が一斉に叫んだ。

 

「待って待って! ヴィランに侵入されたばっかなのに大丈夫なんですか!?」

 

「逆に開催する事で雄英の危機管理体制が磐石だと示すって考えらしい。警備は例年の五倍に強化するそうだ」

 

「あ、ボクは道徳的な龍と一緒に撮影と実況するから、みんな頑張ってね」

 

 一人余裕な黄彩に鋭い視線が向くが、相澤は気にせず話を続ける。

 

「ウチの体育祭は日本のビッグイベントの一つ!! かつてはオリンピックがスポーツの祭典と呼ばれ全国が熱狂した。しかし今は知っての通り規模も人口も縮小し、形骸化した。そして、日本において今かつてのオリンピックに代わるのが、雄英体育祭だ!!」

 

「当然全国のトップヒーローも観ますのよ。スカウト目的でね!」

 

 八百万の言葉に相澤も頷く。

 

「年に一回、計三回だけのチャンス。ヒーロー志すなら絶対に外せないイベントだ!」

 

 締めの言葉に、生徒達の目が燃える。

 

 そんなこんなで、今日のホームルームが終わった。

 

 

 

002

 

 

 

 午前の授業が終わって、お昼休み。

 

「黄彩、ランチラッシュにお弁当作ってもらってきたよ」

 

「ん、ありがとー、きょーか」

 

 美術室で、黄彩は《道徳的な龍》に粘土を食べさせていた。

 

「……前会った時は普通なもの食べてなかった?」

 

「この子、好き嫌いはあるけど雑食だよ? 流石に料理をお腹いっぱい食べさせるのは大変だからさ」

 

「雑食っていうか、悪食っていうんじゃないの? それは」

 

「身体の主成分が粘土だから、大丈夫でしょ。人間がお肉食べるのと一緒」

 

「まあ、その子がいいならいいけどね。……それより、体育祭出ないってほんとなの?」

 

「きょーか、ボクが運動苦手なのは知ってるでしょ?」

 

「いや、アレあるじゃん。オールマイトをモデルに作ったパワードスーツ」

 

「あー、あれねぇ。一応申請したんだけどね、流石にチート過ぎるからって」

 

「んー、それもそっか。……ちょっと残念」

 

「うにゃん、どうして?」

 

 響香自分の分の弁当から、唐揚げを道徳的な龍に食べさせながら言った。

 

「ウチ、黄彩と戦えるチャンスだと思ったの」

 

「……ボクと? きょーかが?」

 

「うん。なんていうかさ、ウチ、ずっと黄彩に守られたり助けられたりしてばっかりじゃん? 示したかった。ウチは黄彩がいなくても戦えるぞ、みたいな」

 

「ん、ボクもきょーかにいっぱい助けてもらってるんだけど……」

 

 黄彩は弁当を摘みながら、口をしどろもどろさせ、言葉に悩ませた。

 

「……うん、わかった。じゃあいつか、ちゃんと喧嘩しよっか。それはともかく、体育祭はちゃんと見るよ」

 

「応援、よろしくね」

 

「うん。全力で応援する」

 

「アハハ、少しでいいよ。人形劇みたいな黄彩の応援の仕方、ちょっと恥ずい」

 

「ウフフ、ママ直伝だもの」

 

「蒼さんかぁ……」

 

 

 有製 (あおい)

 黄彩の母親で、個性は《人形劇》

 人形を思うがままに操る個性の持ち主で、黄彩の異様な五感と天然な性格は母親譲りのものだ。

 蒼の人形は全て夫、(あかり)の作品で、世界中で活躍している、いわゆるスターである。

 

 

 

003

 

 

 

 雄英体育祭当日。出場予定の生徒達は各クラスに分けられた部屋に待機して、入場時刻を待っていた。

 響香のクラスである一年A組の待機室では、十人十色に準備をしながら待機していた。

 

「ケロ、残念だったわね、有製ちゃん」

 

「かっこいいとこ見せないとね!」

 

 耳のイヤホンジャックにスマホを繋いで音楽を聴いていた響香に、蛙吹と芦戸が話しかけた。

 

「……ん、ああ、うん」

 

 音楽を停止し、イヤホンジャックを抜いてから響香は蛙吹に笑いかけた。

 

「ま、しゃーないよ。アイツ、そもそも運動苦手だし」

 

「そういえば! あのドラゴンと一緒に実況するって言ってたよね!」

 

「道徳的な龍よ、三奈ちゃん。実況といえばプレゼント・マイク先生だし、意気投合でもしちゃったのかしら」

 

 蛙吹が口元に人差し指を当てながら首を傾げると、響香が頷く。

 

「ありうる。オールマイトとミッドナイトも入れて四人で遊んでるみたいだし」

 

「……うっかり体育祭より派手なことになりそうな面子ね」

 

「てか何して遊ぶの? オールマイトとミッドナイトとプレゼント・マイクと、黄彩くんで」

 

「あー、桃鉄とかスマブラとか、大体黄彩が持ち込んだゲームかな」

 

「学校でゲーム! 男の子だね!」

 

「オールマイト、あの手でコントローラー握れるのかしら」

 

「あれ、もしかして先生達もサボりなのかな」

 

「それは、……相澤先生が怒るんじゃない?」

 

 話しているうちに時間は過ぎ、飯田の号令に従い入場ゲートへ向かった。

 

 

 

『雄英体育祭!! ヒーローの卵達が我こそはとシノギを削る年に一度の大バトル!! どうせてめーらアレだろ!! こいつらだろ!!? ヴィランの襲撃を受けたにも関わらず、鋼の精神で乗り越えた奇跡の新星!!!! ヒーロー科一年A組だろぉ!!』

 

 プレゼント・マイクの実況と、観客の歓声を浴びながらA組が入場した。

 

 そこからA組に続き、次々とクラスが入場していき、次は選手宣誓。

 

「選手宣誓!」

 

 台に立つ、黄彩曰くおっぱいの人、18禁ヒーローミッドナイトが宣言する。

 

「一年A組! 有製黄彩!!」

 

「はいはーい!」

 

 A組の固まりからではなく、上空から道徳的な龍に跨って登場した。

 

「出場しなくても、こういうのは出るんだな」

 

「まあアイツ、入学首席らしいしな」

 

「あんの、クソガキィ!」

 

 着陸すると、黄彩は実況のために装着したインカムのスイッチを入れた。

 

『せんせー! ボクはみんなを映像でアピールしまくるから! ボクが撮るに値する、プロが観るに値する、綺麗に可愛く楽しい体育祭を、一緒にファンに魅せようねっ!』

 

『キュイイッ!』

 

「「「「ウオオオオオオオオ!!!」」」」

 

 選手、観客両方の歓声をバックに、黄彩はカメラを天高く掲げながら空へ飛び立ち、会場を一周回って戻ってきた。

 

『ウフフ、もし見苦しい展開になったら、ボクが無理やり盛り上げるから頑張ってね?』

 

『キュィィ?』

 

「「「「「ウ、ウォォオオオ!!」」」」」

 

 もはやそれは、歓声というより断末魔だった。

 

 

 

「……おい、誰だ龍にもインカムつけたバカ」

 

「キュ?」

 

「……ちくわ、食うか」

 

「キュイッ!」

 

「おいミイラマン、マイクつきっぱだぞ。あとなんでそんなもん持ってんだ」

 

「…………」

 

「キューキュー!」

 

 歓声と悲鳴から始まった体育祭、第一競技は、一度和みを挟んでから始まった。




キャラ紹介

有製黄彩 男 十五歳
個性:図画工作
 響香より頭ひとつ背の低い子供体型。
 黄色のメッシュが混じった長いツインテール。
 身体は成長していないのではなく、成長するたびに子供の体型に戻している。これは黄彩が全盛期だと信じている小学生時代の発想力に、少しでも縋りたいという思いからしていること。

 全盛期に作った、中でも傑作なものだけ《作品No.XX》ではなく、《傑作No.XX》という別枠に括られている。

 個性で肉体を女体化できるが、精神は男。
 作るという行為そのものが好きで、図工以外にも料理や裁縫など、家庭科も得意教科。

 耳郎一家とは家族ぐるみの仲でお隣さん、響香とは幼なじみ。

 人の名前を覚えるのが苦手なのではなく、人の名前を呼ぶのが苦手。ハイになっていないときに名前で呼ぶのは響香と作品くらい。

 天然なだけで性欲も人並みにあり、性癖の衝突で一部男子とは特別不仲。『惚れた女が好みのタイプ』が長年染み付いている。


モチーフになっている他作品のキャラは《伊吹かなみ》《玖渚友》《哀川潤》《姫菜真姫》


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第十話 体育祭の芸術障害と竜騎取材

001

 

 

 

『さーて、それじゃあ早速第一種目に行きましょう! いわゆる予選よ! 毎年ここで多くの者が涙を飲むわ(ティアドリンク)!』

 

『泣き虫ヒーロー?』

 

皆の涙を独り占め(ティアドリンク)! って違う黄彩くん! 今は「架空ヒーロー」の時間じゃないわ!』

 

《架空ヒーロー》

 黄彩が考案したテーブルゲーム。

 本やテレビなんかで適当に単語を選んで、それをモチーフにヒーローを作り出す遊び。一人一つ、ヒーローネームや個性など設定を即席で作り、行き詰まれば負け。

 

 皆の涙を独り占め(ティアドリンク)はきっと、誰よりも泣くことで力を発揮し、誰一人として泣かせず救うヒーローだ。

 

「有製ちゃん、楽しそうでよかったわ」

 

「美術展の審査員とかよくやってるけど、いつも大体あんな感じ」

 

「ケロ、今この瞬間、この体育祭から緊張の二文字が消え失せた気がするわ」

 

『ま、まぁともかく、運命の第一種目!今年は……、障害物競走(コレ)!!』

 

 スクリーンにデカデカと『障害物競走』の文字が現れる。

 

『計11クラスでの総当たりレースよ! コースはこのスタジアムの外周、約4km! 我が校は自由さが売り文句! コースさえ守れば何をしたって構わないわ! さあさあ、位置につきまくりなさい……』

 

 スタジアムのゲートの一つが音を立てて開かれていく。11クラス、約220名の生徒がゾロゾロとスタートラインへと向かう光景が、上空の黄彩のカメラに映る。

 

『障害物の設置はボクも参加してるから楽しみにしててね!』

 

 黄彩のセリフに、オールマイト戦を見ているA組に緊張感が走る。

 

 その緊張感はだんだんと広まり、生徒達が静まり返る。

 そして信号機の明かりが消えた。

 

『『スタート!!』』

 

 黄彩とミッドナイトの合図と共に走り出した。

 

 

 

002

 

 

 

『ついに始まったぜ、雄英体育祭1年部門! 実況はボイスヒーロー、プレゼント・マイク! 解説は抹消ヒーロー、イレイザーヘッド、芸術家の人間国宝、有製黄彩の三人でお伝えしていくぜ! 解説のミイラマン、現地のドラゴンライダーボーイ、アーユーレディ!?』

 

『オーケィ! マイクの人!』

 

『無理やり呼びやがって……』

 

『キュアー!』

 

『おっと、ワリィワリィ! イエロードラゴン、じゃなくて道徳的な龍もよろしくなぁ!』

 

『キュイ!』

 

『ウフフ、観客のみんなもよろしくー!』

 

 陽気な声のプレゼント・マイクと黄彩に対して、無理やり呼ばれたらしい相澤と、無視された道徳的な龍の機嫌は悪い。

 

『さぁ! スタートダッシュで先頭に立ったのはA組の轟だ! 更に氷結攻撃で後続を妨害! しかし、実力者たちは見事に躱して轟を追いかける!』

 

『ウフフフフフ! そんな真っ直ぐには進ませないんだよ! 作品No.20《土塊(つちくれ)大蛇》』

 

『さぁ! 先頭に立ちはだかるは巨大な土の蛇! 凍らせようが燃やそうが粉々にしようが地面の土から修復する不死身の障害物だぁ!! すぐ先に第二の関門ロボ・インフェルノも待ち受けている! やり過ごしても立ち止まったらサンドイッチだぜぇ!!!』

 

『おい、……俺、いらなくねぇか』

 

『キュイー!』

 

 氷を背後に生成しながら走る轟は大蛇を前に面食らうが、しかし立ち止まることなく正面から突き進んでいく。

 

「待ちやがれ半分野郎!!」

 

 前方に蛇、後方に爆弾。轟は氷の道を作りだし、蛇の頭上を通り過ぎて行った。

 続くように爆豪が爆発で空に跳び立ち、空を舞うことで突破した。

 

『こいつぁシヴィ!! 空中散歩に爆発二段ジャンプ! ロボ・インフェルノもそのままスルー! なんかもう、ズリィな!!』

 

『ウフフフ、かっこいいよね可愛いよね! でもでもこの土塊大蛇、感覚器官どころか意思もないから最短ルートも軽々行けたんだよ!』

 

『オイ有製、そんな軽々攻略法言っていいのかよ』

 

『言われずにクリアした方がカッコいいよ! ほらほらみんな! もっと頑張ってー! じゃ無いとボクが答え言っちゃうよ!』

 

『……おいイレイザーあれ』

 

『わかってる。俺のよくやる教育と同じだ』

 

『ちゃんと教育できてるようで俺ぁ一安心だ!』

 

『キュキュキュイー!!』

 

『おっと、悪りぃな! 実況、実況……、黄彩! 一旦後方を映してくれ!』

 

『はーい!』

 

 レース後方も大半が土塊大蛇を超え、ロボ・インフェルノに差し掛かっていた。

 

 轟がついでと言わんばかりに凍らせたロボが倒れ、コースを塞いでいた……。と、ここで黄彩のカメラがロボの一部をズームする。ひび割れ、盛り上がるように出てきたのは人間。

 

『A組切島、潰されてたー! ウケる!!』

 

『もう一人、B組の鉄の人も潰れてやんの! ウッケるー!』

 

『仲良いなお前ら……』

 

『キングビンボー十年の恨みは忘れてねぇがな! っと、後方から巨大な影が! なんだー!?』

 

『見て見てみんな! ボクのきょーかがすっごいの! ねえそれどうやってやってるの? ボク知らない!』

 

『キュアー!?』

 

 黄彩のカメラに映されたのは、土塊大蛇の動体部に耳のイヤホンジャックを突き刺し、乗りこなして勢いよく突き進む響香の姿。

 道徳的な龍が響香に近寄り、黄彩が直接マイクを向けた。

 

『え、っちょ、黄彩なに!?』

 

 響香の声がマイクを通り、電波に乗って全国に流れる。

 

『ねぇきょーか! それどうなってるの!?』

 

『えっと、コレ? いや、あんたのデタラメに動く奴って地面の振動で動くんでしょ? それをウチの心音で塗り替えてやれば、直進とカーブくらいは操作できる!』

 

『マジで!? じゃあせっかく凄いからきょーか、テレビの前のヒーローに一言!』

 

『ハァ!? えっと、ウチのことよろしく!!』

 

『シンプルにしてクレバー! 状況を利用するのもヒーローとしてときには必要だぜ! ……一応聞いとくけど黄彩、八百長じゃねぇよな?』

 

『もちろん! 動くやつのカラクリだってほとんど教えたことないよ!』

 

『聞いた感じ、わかったところでできる奴は限られる。個性がありならルールの範疇だ。知らないのは知らない奴が悪い。飛べないのは飛べない奴が悪い』

 

『だってよ参考にしろよな特に後方! 個性の工夫次第で先頭に追いつけ追い越せぇ!!』

 

『キュイー!!』

 

『っと、急げドラゴンライダー先頭だ! 轟、爆豪が次に行っちまうぜ!』

 

『キュイー!』

 

『またねきょーか! 愛してる!』

 

「はあ!?」

 

 雄英体育祭は生放送。先頭後方を自在に行き来する怪物カメラマンの公開ラブコールは瞬く間にネットで話題になった。

 

 

 

003

 

 

 

『さあさあ行くぜ第三関門! 落ちれば一発アウトだ気をつけなぁ! ザ・フォール!!』

 

 ざっくり言えば、それは大規模な綱渡り。大きな断崖の向こう側まではいくつかの柱の上を綱渡りで進まなければならない。

 

『轟、爆豪は空中戦を繰り広げながら楽々突破! オイオイどうすんだコレ! 第四関門は黄彩だがどうだ!』

 

『叩きのめすよ!』

 

『そいつぁ楽しみだ! ここで注目すべきは、サポート科の彼女だな! 黄彩!』

 

 黄彩はプレゼント・マイクの言う、綱渡りをせず、自前のアイテムを用いターザンロープの要領で谷を超えるサポート科の生徒に近寄り、カメラとマイクを向ける。

 

『わー! カッコいいなあ可愛いなあ! ボク君たち大好き!』

 

 サポート科の少女は突如現れた黄彩に驚きつつも、しっかりカメラに目線を向けて笑顔を見せた。

 

『今度遊びに行くね! ついでにカメラの先へどうぞアピールタイム!』

 

『素敵な機会をありがとうございます! 私はサポート科の発目(はつめ)(めい)! モニターをご覧の皆さん! 今日は発目明と、このドッ可愛いベイビー達をよろしくお願いします!!』

 

『……なんだコレ』

 

『企業どころか人間国宝を一本釣りしやがった!!』

 

『パンドラの箱と玉手箱を核融合みたいなことにならなきゃいいがな』

 

『私もあなたとは気が合いそうです! 今度合作しましょうよ合作!』

 

『うん! 楽しみ!』

 

『……おい有製いつまで並走してんだ。先頭も映せ』

 

『またね! めーめーさん!』

 

『はい!』

 

 この出会いは、実は黄彩が心を許すまでの最速記録であった。

 

 

 

 

 




キャラ紹介
耳郎 響香 女 十五歳
個性:イヤホンジャック
 外見は原作通りだから省略。
 本作のメインヒロイン。
 黄彩とは、生まれる前から親同士が出会っている。
 小学校低学年までは黄彩からは『耳の人』と呼ばれており、最初から近しい仲ではなく、むしろ人形劇の個性を持つ黄彩の母親、蒼によく懐いていた。
 他人から距離が縮まったのは十歳、黄彩が『傑作No.10《道徳的な龍》』を作ったころ。黄彩以外になつかなかった道徳的な龍が、偶然通りかかった響香になついたときから今の関係が始まる。

 恋仲ではなく親友と二人揃って言うが、その仲は二人の親四人が認める相思相愛。
 黄彩が響香の家によく遊びに行くように、響香も黄彩の家やアトリエに遊びに行く。
 響香は人間も芸術の材料として見る黄彩が『最高の材料』と認めた人材で、黄彩の傑作の頂点、『傑作No.999』の席が約束されている。

 原作の音楽趣味は健在で、身近に趣味人の頂点のような人間がいるおかげで響香も趣味に全力で、技術、センス共に向上してる。



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第十一話 体育祭の巨手地獄と龍騎乱走

001

 

 

 

『おっしゃ着いたな轟、爆豪! 映ったな第四関門! そのパワーは平和の象徴オールマイトのお墨付き!』

 

『作品No.06安全版(ピースフル)《苦難の左手》No.07安全版(ピースフル)《裕福な右手》! 材料は紙粘土だから軽いし脆いけど、オールマイトよりデカイし多いよ!』

 

 それはただ真っ直ぐの広い道。しかし上空には無数の巨大な手。握り拳の左手と、平手の右手が縦横無尽に飛び回っている。

 

「なめんなクソガキ! テメェの策に嵌るかよ!」

 

『相変わらず可愛くないなぁ、爆破の人。さあアピールタイムどうぞ!』

 

『ああ? 何言ってんだぶっ殺すぞ!!』

 

『次は氷の人! どうどう! ボクの作ったコース!』

 

『軽いが厄介極まりない!』

 

『やったーボクハッピー! アピールどうぞ暫定一位の人!』

 

『はあ? ……親父由来の指名はいらねぇ。他のやつにしてやれ』

 

『クゥー!! シビれるぜ轟ぃ!』

 

『合理性に欠けるが、まあモテるだろうな。こういうやつ』

 

『キュッ、キュイー!』

 

 

 余裕に話している風だが、爆豪、轟共に苦戦していた。

 進もうにも巨大さ故に回避が難しく、空中から進もうと思ったら踏ん張りが効かず、殴り飛ばされる。

 

『さぁ、次はいつの間にか先頭に追いついてきてる緑の人! ねぇどうやって来たの?』

 

『えっ!? えっと、がんばりました!』

 

『そっか! 喋る余裕ある!?』

 

『ありません走るので精一杯です!』

 

『それじゃあアピールどうぞ!』

 

『話聞いてくださーい!!』

 

『えぇ〜』

 

『オイオイ、露骨につまらなそうな顔するなよ黄彩』

 

 プレゼント・マイクが軽く叱ると、黄彩は緑谷に並走を始める。

 

『それじゃあ代わりに、緑の人と仲良しなすじ肉の人、何か一言どうぞ!』

 

『おい有製何言って『ぬおー!? いきなり誰だい君は! あ、これマイク?』……オールマイト、せっかくなんでなんか喋ってください』

 

 黄彩の急な振りに、相澤の呆れた様子とオールマイトの情けない叫びが全国に響いた。

 

『急だな!? えっと、声だけ私が来たぁ!! 優勝の可能性はその場の誰にでもある! がんばれ! もちろん緑谷少年もな!』

 

『はい!!』

 

 返事と共に、緑谷は黄彩をと歓声を置き去りにして加速した。

 

『行っちゃったー。えーっと、それじゃあ次は……、カエルの人! アピール頂戴!』

 

『ケロ!?』

 

 カエルの跳躍力と粘液で飛来してくる手を回避していた蛙吹にカメラとマイクが向く。

 

『ねぇねぇ! カエルの人ってカエルの歌、得意?』

 

『今は喧嘩買う暇ないわよっ、有製ちゃん!』

 

『ウフフッ、じゃあヒーローへのアピールどうぞ!』

 

『あまり余裕ないのだけど、……指名よりも今日は一人でも多く応援してくれると嬉しいわ! ケロ!』

 

『ファンサービスのケロまでありがとう! 可愛い! ボクも応援してるよ!』

 

『健気! がんばれカエルの子! シヴィー!!』

 

『蛙吹は屈指の優等生だ。優良物件だとは俺も思う』

 

『あの〜、相澤くん。このマイクどうしたらいいかな』

 

『暇なら俺の代わりに実況してくださいよ、オールマイト』

 

『ええ?……まあ、それなら。……がんばれ蛙吹少女!』

 

『嬉しいけどオールマイト、それじゃあ実況じゃなくて応援だわ』

 

『なに!? しまった〜!』

 

『えーっと、次は……透明の人!』

 

『ええ!? なんで私のこと見えてるの!?』

 

 蛙吹の次に黄彩がカメラとマイクを向けたのは、透明人間の個性を利用して手が襲ってこないのをいいことにリードしようとしている、葉隠。

 

『ボクに見えないものはキモい虫だけなんだよ! 全裸でカメラに映るのってどんな気分?』

 

『この透明感ある肌に恥ずべきところなんてないんだよ!』

 

『そっか! ちなみに化粧水なに使ってるの?』

 

『ハトムギ!』

 

『意外と庶民派! でもいいよねハトムギ! ボクとお揃い!』

 

『いえーい!』

 

『いえーい! それじゃあ見えてるかわかんないけどアピールどうぞ!』

 

『頑張る私をいっぱい見て!』

 

『うんわかった!』

 

『黄彩くんはダメだよ!? エッチ!』

 

『裸で汗流して頑張ってる女の子ってかっこいいよね!』

 

『さては黄彩くん、結構いい趣味してるな! 終わったら覚えといてよね!!』

 

『うん! えーっと、次は……、いた! 潰されてた赤い人!』

 

『俺か!? もうちょっといい呼び名なかったのか!? トマトみてぇじゃん!』

 

 硬化の個性で受け流しながら突き進む切島に並走しながらマイクを向ける黄彩に、名前にふさわしい切れ味あるツッコミが入る。

 

『じゃあトマトの人! ……その頭って石頭?』

 

『おう! 岩より硬いぜ!』

 

『いいのかA組切島? トマトの人になってるぞ?』

 

『いいじゃないかトマト! 私も好きだぞ!』

 

『トマト農家から指名があっても例年なら弾くが、お前なら弾かないでおこう』

 

『相澤先生までなに言ってんすか!?』

 

『ウフフ、それじゃあアピールどうぞ!』

 

『おう! 俺はトマトより肉が好きだ! 熱血根性が欲しいヒーローは俺を指名してくれよな!!』

 

『ちなみにボクはトマト嫌ーい』

 

『だろうな!』

 

『えっと、次は……』

 

 

 それからというもの、ここまで先頭付近を走って(飛んで?)いたものほど苦戦し、一番先頭が第四関門を抜け出すまでの間、黄彩は片っ端からマイクとカメラを向けて行った。

 

 

 

002

 

 

 

『来た来た来た来たぁ!! 巨大な手とドラゴンライダーの取材を真っ先に乗り越えて来たのは! 最初に突入して個性のゴリ押しで攻略して来た爆豪、轟! 続いて透明の個性で唯一の無傷攻略したハトムギ! じゃなくて葉隠! すぐ後ろには健気なカエルの子、蛙吹!! どうやってここまで来たんだ緑谷!』

 

『まだ苦戦してる人に攻略の答えを教えちゃうね! 足音! 足音を察知して襲いかかってくるから、音を慣らさないように、裸足で動けば襲われないよ!』

 

「「ウグッ」」

 地面より響く氷の上を走っていた轟と、爆音を鳴らしていた爆豪が思わず膝をついた。

 

「あ、だから私だけ襲われなかったんだ!」

 現状攻略した葉隠だけが個性を活かすために裸足で、唯一正攻法で攻略した形になっていた。

 

「裸足はともかく、足音を殺せばよかったわね……」

 

『そんじゃあ行くぜ最終関門! かくしてその実態は、びっくり仰天! 一面地雷原! 怒りのアフガンだ!! 地雷の位置は見りゃ分かる仕様になってるから目と足、酷使しろ!!』

 

「さっきのと比べたら拍子抜けだな」

 

「ソッコーで終わらせてクソガキ殴る!」

 

「いやでも、これは一段と走り辛いぞ。爆破を食らう覚悟で突っ込めば我慢できるかもしれないけど、それで体力が持つかどうか――

 

「緑谷ちゃん、怖いわ」

 

「……あれ? 私、服着ないとゴールしても気がついてもらえなく無い?」

 

『それくらいはサービスしてもいいよね! 透明の人、これあげる!』

 

「え、ありがと! ……って、これスク水? 靴は私のだ」

 

『第四関門の前に脱ぎ捨てられてた体操着と下着と靴下、誰かに盗まれてたからね。靴だけ残ってたけど。スク水はボクの趣味』

 

「いい趣味してるなぁもう! 着るけど! 靴も頂戴!」

 

『誰が盗んだか、ボクは見てたからね。あることあることないことあること、言いふらされたくなかったら本人かおっぱいの人に速やかに返してよね』

 

『急げよ葉隠ぇ!! もうどんどん進んでるぞ! こいつぁキチー!!』

 

「後で峰田ぶっとばーす!!」

 

 変態への怒りを胸に、スク水を着た葉隠は遅れながらにスタートした。

 

『……いや、決めつけるなよ』

 

『まあ、あってるんだけどね』

 

『峰田少年、自重せねば、いつか不味いことになりかねんぞ!』

 

 そんなこんなあれど、黄彩はスク水が宙を浮いているという怪奇な映像を無事収めた。スク水の内側を映さなかった腕前は流石芸術家と言えよう。

 

 出遅れた葉隠を尻目に第四関門を抜けた面々は次々と地雷原を駆け抜け、緑谷がなにをしたのか爆音と共に一位でゴールした。

 

 

 なお、ネットでは一位をとった緑谷よりも、レース全体を飛び回り続けたカメラマンへの注目の方が集まっていたとか、なんとか。

 

 

 




キャラ紹介
有製 (あおい) 女 年齢不詳
個性:人形劇
 有製黄彩の母親。
 個性で縮めている黄彩と違い、天然物の子供体型。プライベートでは髪を下ろしているが、仕事中はツインテールにする。
 響香曰く、黄彩以上の天然。
 人形のような可愛らしい容姿と、人形を操る個性を駆使して子供によく好かれる。
 海外の子供に劇を披露するためだけに、誰にも言わずに日本から飛び出すことがままあり、幼少期は蒼にくっついていた黄彩も世界を巡ることになった。

 夫の彫像家として面のファンでもあり、交際以降劇に使っている人形は一つを除いて全て彼の作品。その一つは、全盛期の黄彩の傑作の一つで、滅多に使われることはなく大切に保管されている。

 響香を娘のように溺愛しており、黄彩と合わせて姉弟の扱うことが多い。

 黄彩が初めて女体化したときは夫婦揃って黄彩を着せ替え人形にして、返って黄彩の男としての意識を強めさせた。


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第十二話 体育祭の緊急事件と救済美学

001

 

 

 

 全生徒が走り終え、あるいはザ・フォールや黄彩の作品でリタイアして第一種目は終わりを告げた。

 予選で落ちた生徒は当然本戦に参加できないが、それ故に全員参加の一般的な競技(レクリエーション)でアピールするしかない。

 

『そして次からいよいよ本番よ! ここから取材陣も白熱してくるよ! 気張りなさい!』

 

『レクもボクが頑張って撮るから楽しくね!』

 

『さーて、第二種目よ!私はもう知っているけど~~何かしら!? 言ってるそばから騎馬戦(コレ)よ」

 

 ミッドナイトの背後に現れるスクリーンに映し出される『騎馬戦』の文字。

 軽いざわめきが起こる中、飛び抜けて顔を曇らせたのが上鳴。放電する個性のため、味方と触れ合っての共闘に極めて不利であった。

 参加者42名が様々な反応を見せる。ミッドナイトは彼等を見渡しつつ、ルール説明を始めようとしたが――

 

 ピー! ピー! ピー!

 という、耳につんざくようなアラームが鳴った。

 

『な、なにかしら!?』

 

『んあ、ボクのだ』

 

『ちょっと黄彩くん。こういう時は電話の電源は切って置いて』

 

『コレ仕事用のやつ。緊急事しかかかってこないの。ちょっと出るから待って』

 

『緊急事?』

 

 不穏な言葉に、ミッドナイトも眉間にシワを寄せる。

 

 黄彩はインカムを道徳的な龍に預けて、古風を通り越して近未来なガラケーを開いた。

 

「……ん、…………ん、了解」

 

 会話らしいものはなく、用件が一方的に伝えられて電話は切れた。ガラケーを制服のポケットにしまうと、インカムを装着し直し、放送用スピーカーとの接続を切った。

 

『消しゴムの人!』

 

 黄彩がスピーカーとの接続を切ったことを理解し、同じく切った相澤が応じる。

 

『なんだ、どうした!』

 

『ヴィランがボクの作品とその購入者を傷つけた! ボク外で個性使わなきゃだから、一緒に来て!』

 

『一応俺、怪我人だぞ』

 

『ってことはここにいなくても警備上問題ないでしょ! オールマイト並みが複数でもないかぎりボクだけで応戦できる!』

 

『……わかった。とりあえず正門に集合だ。……オールマイト、俺と有製がしばらく席外すから代理を頼む』

 

『なんだかわからないが分かった! ここは私に任せたまえ!!』

 

『お、おいイレイザー? 一体どうしたんだ??』

 

『ちょっと黄彩くん!?』

 

『ヴィランが現れたから行ってくる』

 

『お、おい! ……あー、状況を説明します。相方がヴィラン退治に向かいました。怪我人が行く程度なのでご心配なく。……よろしく頼むぜオールマイト!!』

 

『私が行くまでもない事案ということだね! ハッハッハ!』

 

『と、とりあえず続行するわ!』

 

 

 

002

 

 

 

 トントン拍子に状況が進み、雄英の正門付近に相澤と黄彩、道徳的な龍が集まった。

 大人が二人乗りまでできる道徳的な龍に乗り込み、相澤と黄彩は問答する。

 

「つまり、俺はお前が対人で個性を使う免罪符になればいいんだな?」

 

「うん。それと保護者役かな。ボク身体こんなだから、大人の付き添いが居ると居ないとじゃ被害者の反応がかなり違う」

 

「ああ、実に合理的だ。……だからこそ俺を選んだな?」

 

「ルールを重んじる程度の合理主義者でしょ。だったらルール違反しない程度に合理的な案なら文句なく来てくれると思った」

 

「……嫌なくらい優秀な生徒だよお前は」

 

「ウフフ、ボクだもの」

 

「昼までには帰るぞ。腹へった」

 

「ゼリーばっかり食べてるからだよ。たまにはプリンも食べたら?」

 

「大差ないだろそれ」

 

 

 

003

 

 

 

 空を飛ぶこと数分。都会の街並みに着陸した。

 

 ヴィランの被害に遭ったのは、小さな宝石店。強盗か暴行か、黄彩が描いた絵を傷つけたことでセキュリティ機能が起動。絵が黄彩に直接通報したのだ。

 

 どうやら強盗のようで、ガラス戸の向こうでは店主の男性が脅迫されていた。

 

「おいどうする。店内は狭い。お前、接近は苦手だろ」

 

「……響香から聞いたよ。イレイザーヘッドが言ったんでしょ、『ヒーローは一芸じゃ務まらない』って。No.13《若者》」

 

 両腕の手刀を構え、ガラス戸を切り刻みながら突入した。

 

「もう安心して。ボクだよ」

 

「アァン? もうヒーローがきやがった……、ガキだと?」

 

「き、君は……?」

 

 黄彩が飛び込んできたことに、ヴィランも店主も目を丸くしていた。

 見渡してみれば、壁一面に貼られた大きな絵に銃弾が三発撃ち込まれていた。

 

「ボクのこのサイズの絵、200億くらいはするんだけどな。……命もお金も、粗末にするなよ。ぶっ殺すぞ!!」

 

「何言ってやが――」

 

 それは、いつかのヴィラン襲撃事件のときにもあった光景。

 

 一滴の出血もなく、ヴィランの手足が切り落とされた。

 

「ボクも前で学んだからね。手間もお金もかかるけど、治療すれば手も足もつなげられるよ。……イレイザーヘッド、警察」

 

「もう呼んである。すぐに来る」

 

 店の外に潜んでいたミイラ男、相澤が店に入って来て店主は身構えた。

 

「あ、あなた達は……」

 

「安心してくれ、ヒーローだ」

 

「ボクはこの絵を描いた芸術家だけどね」

 

 黄彩の言葉を聞いて、店主が目を見開く。

 

「この絵は先代が買ったものだけど、まさか君が?」

 

「うん。コレを描いたのは、四年前の六月だね。ボクが小学生の時。……悪いけど、コレ処分して。新しい絵を描くから」

 

「「……は?」」

 

 相澤と店主の、間抜けた声が被った。

 

「ボクのスタイルってやつでね。コレみたいに、買った人が不幸な目に合ったときにダメになった作品は処分することにしてるの。呪いの絵画にしないために。ああ、お金はとらないから安心して」

 

「いえ! 助けていただいたのに、そこまでしていただくわけにはいきません!」

 

「おじさんの為じゃないよ。今ボクがここで描かないと、ボクの芸術家としての人生が歪むんだ。ここで妥協すると、ボクは傑作を作れなくなる。……ボクのために、描かせろ」

 

「あー、……俺からも頼みます。こいつの才能はこんなことで終わらせていいものじゃないんです」

 

「…………そういうことでしたら、わかりました。しかしお礼はさせてください」

 

 店主はジッと、荒らされた店内を見渡しながら言った。

 

「いえ、我々もヒーロー。そういうわけには……」

 

「こちらにも助けていただいた人間としての意地があります。お互い、損はないでしょう」

 

「分かったよ、おじさん。消しゴムの人、ボールペン持ってるよね」

 

「安物だぞ?」

 

「ボクは画材を選ばないんだよ」

 

 

 

004

 

 

 

 個性の塗装能力も駆使して、一時間たらずで、前のものより達者な絵を書き上げた。

 ヴィランは切り落とした手足と共に警察に渡し、店主からお礼を受け取り、黄彩達は再び飛び立った。

 

「……なあ、あの絵、買ったら幾らになる」

 

「んー、あの頃の方が全盛期寄りなわけだけど、ブランド力は今の方が高いしなぁ。材料費諸々込みで、1000億くらいはするんじゃないかな」

 

「……買うやついるのか、それ」

 

「ボクの絵一枚あれば入館料とか閲覧料とか半永久的に取れるし、お金持ち向けの美術館とかが買ってくれるよ」

 

「無駄遣いに無駄遣いが重なって、非合理的の極みだな」

 

「芸術ってそういうものだよ。もちろん全部が全部じゃないけどさ」

 

「キュ、キュ〜……」

 

 ふと、道徳的な龍は弱々しく鳴いた。

 

「ん、どうかした? …………ごめん、消しゴムの人。学校の前にボクのアトリエに寄るね」

 

「構わないが、どうした」

 

「ボクの作品、傑作でも体力には限りがあってね。流石に障害物競走で頑張りすぎたみたい」

 

「まあ、あんだけ飛び回ればな。勝手に無制限だと思い込んでいた」

 

「まさか。すじ肉の人の全盛期だってそうじゃなかったでしょ」

 

「……全盛期、か」

 

「道徳的な龍はボクのアトリエで休ませて、別の足で学校に向かうよ」

 

「分かった、任せる。……そうだ」

 

「ん、何?」

 

 前に乗っていた黄彩がつい振り向いて後ろを見ると、相澤が包帯まみれの手で頭を掴み、「前見ろ、事故るぞ」といいながら前を向かせる。

 

「……立派にヒーローしてたぞ、お前」

 

「ウフフ、お墨付きってやつだね」

 

「調子に乗るな、芸術家」

 

「とことん乗るとも。そうでないと芸術を売り物になんてできないからね」

 

 

 

005

 

 

 

「……いつか聞くつもりだったが、お前はヒーローと芸術家、どっちになるんだ」

 

「んー? まあ、ヒーローの資格は欲しいよね。外で個性をフルで使うために。入試のとき、きょーかのために英雄になるって、前に決めたんだけどさ、それは辞めることにした」

 

「辞める?」

 

「英雄はね、作ることにしたんだ。芸術家として」

 

「人間を作る気か?」

 

「さあね。犬かもしれないし人かもしれない。……でも、今の平和の象徴はオールマイト。二十歳から、現役なのは長くても六十歳まで。四十年じゃ、短すぎると思わない?」

 

「それは常々、俺も思ってはいた」

 

「だから、次の平和の象徴はボクが作る。暴力は暴力でも、拳ではなく言葉の暴力で戦うヒーロー。肉体と違って言葉は衰えない。むしろ重みは増していくからね」

 

「……理想を語るのは誰にでもできる。お前はそれを作れるのか?」

 

「全盛期なら、簡単に作れたんだろうけど、今は無理。スランプなのか、創作意欲がてんでわかねーの。だからちょっとお願いがあるんだけど――

 

「ああ、分かった。掛け合っておこう」

 

「お願い。ボクのペンネームも使っていいよ」

 

「了解した」

 

 

 

 

 

 




キャラ紹介
有製 (あかり) 男 年齢不詳
個性:図画工作
 代々同じ個性、同じ髪色を受け継いできた家系の、直系の長男。金髪長身で、髪はかなり長い髪をストレートに下ろして切り揃えた、いわゆる今時の姫カット。名前が女っぽいが、顔つきは普通にそこそこの男。黄彩と燈の髪型は蒼の趣味。
 黄彩には個性は引き継がれたものの、髪色までは継がれなかった。

 黄彩を芸術の世界に引きずり込んだ張本人だが、黄彩が小学生になる頃には何もかもで追い越された。
 個性《図画工作》の射程範囲は四畳程度で、手の届く程度の範囲ならば黄彩と同程度の精度で加工できる。
 専門は彫像。響香の裸婦像を毎年成長記録として作るくらいには溺愛しているが、ロリコンではない。惚れた女がロリだっただけで。
 黄彩の像も作っていたが、黄彩の工作技術が上がるにつれてダメ出しされるようになった。




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第十三話 体育祭の英雄帰還と殺戮四駆

001

 

 

 

 黄彩と相澤は、途中黄彩のアトリエを経由し、雄英へと戻って来た。

 

 相澤がプレゼント・マイクの元についた頃には騎馬戦の結果発表が終わり、もうすぐ昼休憩というところ。

 

『あー、……雄英勤務の抹消ヒーロー、イレイザーヘッドだ』

 

 ミッドナイトの話が終わった頃に、相澤はマイクを繋いだ。

 

『お、おう。おかえりイレイザー、どうした?』

 

『黙ってろ。……観客席だかテレビだか知らねぇが、体育祭観てるヒーロー共。非番を満喫するのもいいが、お前らがそうしてるせいで小物が付け上がる。さっきも小さな店で強盗があった。……プロなら遊んでねぇで仕事しろ、うちのサボり魔が真っ先に動いたぞ』

 

 さっきまで騒々しかった会場が静まり返る。

 

『……、騒いでばっかな俺だけどよ、イレイザーに同意だぜ。こんな時こそパトロールして、普段動かねぇ小悪党とっ捕まえようぜ!!』

 

 暗にサボり魔以下だと言われた観客席のヒーローは顔を俯かせるだけだが、それ以外の人間からの歓声が上がる。

 

『水を差すようで悪かった。飯にしよう』

 

『お、おう。お前、ゼリー以外も食えるのな』

 

『当たり前だろ』

 

 

 

002

 

 

 

 帰還した黄彩は、真っ先に響香の元へと向かった。

 

「きょーかー! ただいま!」

 

「あ、あー、黄彩。うん、おかえり……。」

 

 久方ぶりの再会を喜ぶかのように抱きついた黄彩を、響香はどこか暗い表情で受け止めた。

 

「うにゃ? きょーか、どうかした?」

 

「アハハ……。ごめん、騎馬戦、負けちゃったよ」

 

 響香はギュッと黄彩を抱きしめながら、懺悔するように言う。

 

「うん、ボクもごめんね。応援するって言ったのに、居られなかった」

 

「黄彩にかっこいいとこ見せられるって、思ったんだけどなぁ」

 

「うん。まあ、なっちゃったものはしょうがないよ。それよりみてコレ! あげる!」

 

 黄彩がポケットから出した、手のひらサイズの箱を響香に渡す。

 

「ケロ! ちょっと有製ちゃん! それよりって言い方……」

 

「いいよ、梅雨ちゃん。……これって、ペンダント?」

 

 それは、黄彩がヴィランを退治し、絵を描いたお礼として宝石店の店主が黄彩に渡したもの。

 

「きょーか、八月生まれだったよね。だから八月の誕生石の、……なんだっけ、ペンドリル?」

 

「ペリドット、ね。どうしたのこれ」

 

 ペリドット、八月の誕生石で、ライムグリーンの宝石。別名、ハワイアン・ダイヤモンド。

 

「えっとね、ボクの絵を買ってくれたお店のおじさんがね、助けてくれたお礼にってくれたの!」

 

「ケロ、急にいなくなったと思ったら、そんなことがあったのね」

 

「えっと、本当にもらっていいの? これだって安くないでしょ」

 

「たった五万円くらいだよ? 付けてみて付けてみて」

 

「有製ちゃん、五万円は安くないわよ」

 

「まあ、黄彩の絵って一枚何億だし、それと比べたら安いかもね。どう? ウチ、こういうのはあんまり似合わないと思うけど……」

 

「そんなことないわ。かわいいわよ」

 

「ウフフ、きょーかにはやっぱり微妙だね。作り直すからちょっと貸して」

 

「やっぱりか……。はい。ありがとね、梅雨ちゃん」

 

「ケロ。……二人って喧嘩にならないのかしら」

 

「お店に置いてなかったけど、きょーかにはチョーカーの方が似合うと思うんだよね。……うん、出来た。付けたげる」

 

 黄彩の個性で、ペリドットのペンダントは宝石だけ形を残し、全く別物のチョーカーへと変貌した。

 姿勢を低くすると、黄彩は響香の首に手を回す。

 

「大きさ大丈夫?」

 

「うん、平気。どう、似合う?」

 

「ええ、さっきよりずっと似合うわ」

 

「かわいい! ねぇ、ボクお腹すいたし、ご飯食べに行こ! 外にね、焼きそばとかたこ焼きとかりんご飴とかっ、いっぱいお店あったんだよ!」

 

 

 

003

 

 

 

「ギャハハハハハ!! ギャハッ、ギャハハハハハ!! やっと見つけたぞ! キーロゥ!!」

 

「……誰だよ、きみ」

 

 雄英高校体育祭には多くの屋台が立ち並ぶ。

 黄彩と響香、梅雨の三人で見て回りながら何を食べようかと話していると、焼きそばを食べながら爆笑している男が三人の前に立ちはだかった。

 

 右頬に三枚の歯車のような刺青に、プラスチックのように無機質な肌と瞳の、青髪の男。

 

「響香ちゃん、彼は、知り合いかしら?」

 

「まあ、……うん。ウチらと同じ小学校で、自称黄彩の親友」

 

「自称?」

 

「黄彩は全く認知してなかったから。……そして、」

 

 響香が言い淀んでいると、男は懐から携帯端末を出した。

 

「探したんだぜ黄彩! レウスの逆鱗が落ちねえんだ! 手伝え!」

 

「……ああ、きみスポーツの人。うん、また今度ね」

 

 ゲームで遊ぶ約束をしている光景を見て、梅雨は「自称? 仲良しに見えるけど」と言うが、響香は首を横に降る。

 

「響香も一緒か! 手伝え! っと、きみ誰? 黄彩の友達か? そうだな? 俺は巻解(まきとき)使駆(しく)ってんだ! 一緒にやろうぜ!!」

 

 使駆は梅雨にもう一台端末を出し、渡しながら怒濤の勢いで話しかけるが、響香に引き剥がされる。

 

「……なんでこんなところにいるの、……殺人鬼」

 

「ケロッ!? 冗談、よね? ここにはヒーローが沢山いるのよ」

 

「オイオイ響香! そいつぁ酷い言い方ってもんだぜぇ!! まるでヴィランじゃねえか! おれぁヒーローじゃねぇが悪の敵! 殺すべきを轢き殺す執行車! ――今日はマジで遊びに来ただけなんだ。殺すつもりなんてない」

 

 急激にテンションが下がったかと思えば、右頬の歯車が回転し、静かな駆動音が地に響く。

 

「……巻解、こいつの個性は《ミニ四駆》、制御放棄の超スピード。走り出したらスイッチが切れるまで真っ直ぐ走り続ける」

 

「……まるで緑谷ちゃんと飯田ちゃんの掛け算ね」

 

 響香と梅雨は臨戦態勢を取るが、しかし使駆は個性のスイッチを切り、「ギャハハハハ!!」と笑い、黄彩と共にたこ焼き屋に並ぶ。

 

「言ったろぅ!? パンピーぶっ殺しに来たわけじゃねぇんだよっ! ギャハハハハハハ!!」 

 

「たこ焼き、四つ」

 

「あいよ。一つ五百円で、二千円でさぁ」

 

「ん……、きょーか、お金」

 

「あー、ハイハイ」

 

 響香は黄彩に呼ばれ、財布を出しながらたこ焼き屋の方へ歩く。

 

「……響香ちゃん、大丈夫なのかしら?」

 

「まあ、ヴィラン以外は襲わないってところだけは、信用できる」

 

「お、悪りぃな! おごって貰っちまって!」

 

「け、ケロ……」

 

 

 そのまま流れで四人で屋台を廻り、満足したのか使駆はこの場から去っていった。

 

「ケロ。響香ちゃん、いろいろ奢って貰ってしまったわ」

 

「え? ああ、この財布黄彩のだから」

 

「あら、そうなの? なら有製ちゃん、ごめんなさい」

 

「ん、気にしなくていいよ。えっと、シユちゃん」

 

「ツユちゃん、よ。ケロ、器用な間違え方ね」

 

「アハハハッ、黄彩なりの照れ隠しだよ。ね?」

 

「きょーか、ボクだって恥ずかしいんだよ……」

 

「大丈夫、かわいいわ」

 

「うん、ボク、だからね……」

 

 梅雨の言葉に照れつつも、黄彩はふらつきながら答える。

 

「黄彩、もしかして眠い?」

 

「うん、抱っこ……」

 

「ハイハイ。梅雨ちゃん、そろそろ戻ろっか」

 

「ケロ、そうね」

 

 黄彩に身を預けられた響香は軽々抱き上げ、梅雨に微笑みかけた。

 

「ボクね……、頑張ったんだよ……」

 

「まだ時間はあるし、寝かせてあげましょ」

 

「黄彩、午後も実況の仕事あるの?」

 

「飛び回ったりはしないから、うん。……ちょっと休めばへーき」

 

 

 




キャラ紹介
巻解(まきとき) 使駆(しく) 男 十六歳
個性:ミニ四駆
 響香、黄彩と同じ小学校に通っていたが、侵入したロリコンヴィラン集団を一人残らず轢き殺すという事件が起き、事実上の小学校中退。
 以降も数年に一度程度に黄彩達の前に現れるが、黄彩の記憶にはあまり残らない。

 家族に見限られ、ヒーローにも忌み嫌われ、妥協案としてヴィランを襲い、所持金を奪うことでなんとか生活している。

 個性《ミニ四駆》は発動型と勘違いされるが、実は異形型に分類される。樹脂のような質感の肉体はコンクリートの塊に衝突しても壊れず、衣服で隠れている球体関節も速さに耐えるためのもの。頬の刺青は個性のオン、オフを表している。
 ある程度のスピード、馬力の調整はできるようになったが、方向転換を行うには一度スイッチを切る必要がある。


 実は専用規格のアイテムを用意すれば身体の一部にすることもできるが、縁が全くないので本人も気がついていない。


モチーフになっている他作品キャラは《匂宮出夢》《零崎人識》


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第十四話 体育祭の自由慈悲と最終開始

001

 

 

 

『さぁ、そろそろ午後の部を始めるぜ! ……って、どーしたA組!?』

 

 午後の部が始まろうというとき、プレゼント・マイクが困惑の叫びをあげた。

 

 腹部の見えるほど丈の短いノースリーブのチアコスチュームに、膝上25センチのミニスカート。両手には黄色のポンポンを持って、1-Aの女子生徒と何故か黄彩が真ん中に立っていた。

 黄彩はツインテールを振るようにしてポンポンを乱雑に振っている。

 

『ねえねえ! ボクかわいっ? かわいっ?』

 

 実況を午後もするのかインカムを付けていて、その声はスピーカーから全体に流れる。

 

『……黄彩くん、その格好は基本的に女の子がする格好よ』

 

 基本的な女の子ですらしない格好をしているミッドナイトが冷静にツッコミを入れる。

 

「何故こうも峰田さんの策略にハマってしまうの私…」

 

 対極的に限りなく落ち込む八百万。麗日がその背を優しくさすってあげている。

 

『よくわからんが、アホだろあいつら』

 

「まぁ、本選まで時間空くし、張り詰めててもシンドイしさ、いいんじゃない!?」

 

『いえーい!』

 

「好きね、透ちゃん、黄彩ちゃん」

 

「ウチ、もうやだ帰りたい……」

 

 響香はポンポンを投げ捨てるほどには恥ずかしがっていて、いつもの黄彩のようなことを言っていた。

 

『きょーかも一緒に、ほら! ウフフッ』

 

「……黄彩、なんでそんなノリノリなの」

 

『いっぱい食べて寝たからね! 残るは性欲だけなんだよ!』

 

『黄彩くん、その発言をその格好で全国に流すのは色々と危ういわよ!』

 

『おっぱいの人も一緒にどーおっ!』

 

『その呼び方今だけはやめてくれないかしら!?』

 

 茶番を背に、プレゼント・マイクの一際大きな声がスタジアムに響き渡る。

 

『さァさァ、皆楽しく競えよレクリエーション! A組の女子たちも応援してくれるってよ! それが終われば最終種目。進出4チームからなる総勢16名からなるトーナメント形式! 一対一のガチバトルだ!』

 

 

 

002

 

 

 

『それじゃあ、くじ引きで組み合わせを決めちゃうわよ。組が決まったらレクリエーションを挟んで開始になります。レクに関して進出者16人は参加するもしないも個人の判断に任せるわ。温存したい人もいるだろうしね。んじゃ、1位チームから順に……』

 

「あの、スンマセン。俺ら辞退します」

 

 壇上でくじ引きの箱を持ったミッドナイトに待ったをかけたのは、B組の鱗と床田。周囲が騒ぐ中、二人は辞退の理由を告げる。彼等は騎馬戦時の記憶が無く、気付いた時には勝利を収めていたという。それでは己の実力でもないのに本戦に選出されるのは体育祭の趣旨と相反するのではないかと。

 

『そういう青臭い話はさぁ……』

 

 ミッドナイトの言葉と同時に、黄彩の持つカメラが二人を顔を映す。

 

『好み!! 鱗、床田の棄権を認めます! 他のチームから新たに二人選出する、んだけど……』

 

 確認の意味もあって騎馬戦の結果表をモニターに表示させるが、5位以下が全チーム0ポイントだった。

 どうしたものかとミッドナイトが悩んでいると、黄彩が挙手しながらミッドナイトの隣に立った。

 

『決められないなら、ボクはきょーかを推すんだよ!』

 

「え、ウチ!?」

 

 黄彩のカメラが観客席にいた響香の顔にズームする。

 

『黄彩くん、仲がいいからって、認められると思う?』

 

『ムゥ、おっぱいの人が好みで二人の棄権を許したんだから、ボクだって好みで推したっていいでしょ!』

 

『それなら私は黄彩くん、君を推すわ!』

 

『え、ボク!?』

 

(((誰だこの二人に仕事任せた奴!!)))

 

 観客、視聴者の心情が一致したが、無慈悲にも二人は選出されてしまった。

 

 

 

 

 

『黄彩くんと耳郎さんが繰り上がって16名が揃ったわ! 全員にクジを引いてもらい、組み合わせはこうなりました!』

 

第一戦 緑谷VS心操

第二戦 瀬呂VS轟

第三戦 有製VS上鳴

第四戦 飯田VS発目

 

第五戦 芦戸VS青山

第六戦 常闇VS八百万

第七戦 耳郎VS切島

第八戦 麗日VS爆豪

 

「ウチ、マジで出るのか……」

 

『きょーか、頑張ってね!』

 

「一回負けてる分プレッシャー半端ないんだけど!? あと黄彩も出るんだからね?」

 

『ウフフ、大丈夫。ボクが全力でサポートするからね!』

 

『堂々と八百長宣言!? ダメよ黄彩くん!?』

 

 黄彩とミッドナイトが漫才をしているうちに、切島が響香に近寄った。

 

「おい耳郎。初っ端クラスメイトなのはやりづれぇけど、加減しねぇからな」

 

「ま、しゃーない。ウチも黄彩に期待されてるから、負けないよ」

 

 

 

003

 

 

 

『よーし、それじゃあトーナメントはひとまず置いといてイッツ束の間! 楽しく遊ぶぞレクリエーション!』

 

『イッエーイ!』

 

 レクリエーションが始まると、轟や爆豪たち数名は、スタジアムから姿を消した。試合で全力を出すため、各々、それぞれの方法で精神を研ぎ澄ませているのだろう。

 本戦に参加する者の中にはレクリエーションに参加するものもいるが、やはり体力を消耗しない種目を選んで参加している。

 

『ヘイガイズ! アァユゥレディ!? 色々やってきたが、結局これだぜ、ガチンコ勝負! 頼れるのは己のみ! 心技体に知恵知識! 総動員して駆け上がれ!』

 

 レクリエーションが終わり、ついに始まった最終種目に観客たちは歓声をあげる。

 早速、第一戦の選手である緑谷と心操がステージに上がると、スタジアムの熱気が更に膨れあがった。

 

 

 

『ルールは簡単! 相手を場外に落とすか行動不能にする。あとは「まいった」とか言わせても勝ちのガチンコだ! 怪我上等! こちとら我らがリカバリーガールが待機してっから、道徳倫理は一旦捨ておけ! だが、もちろん命に関わるようなのは駄目だぜ! アウト! ヒーローはヴィランを捕まえる為に拳を振るうのだ! さぁ、行くぜ!? レディィイ、スタートォ!!』

 

 

 第一線、緑谷と心操の試合は、所詮にあるまじき、派手さに欠ける試合だった。

 緑谷が開始早々に《洗脳》にかかり、どんな手段を取ったのか指を骨折することで洗脳を解き、個性由来のものではなく鍛え上げられた身体能力で心操を場外へと投げ飛ばした。

 

 派手でこそなかったが、黄彩のマイクが拾った二人の会話は痛烈に強烈であった。

 

『心操くん場外! 緑谷くん二回戦進出!』

 

『それじゃあ洗脳の人、見てるヒーローに一言どうぞ!』

 

 障害物競走の時にも見られた黄彩の取材に、心操は困惑しながらも答える。

 

『は? ……どれだけヴィラン向きの個性だって言われても、邪道外道だと言われても、俺はこの個性で、邪道の力でヒーローになってやる。王道ども、先で待ってろ』

 

『ふ〜ん。……ねぇ消しゴムの人、この人今からでもヒーロー科に入れられないの?』

 

『今すぐは無理だ。だが、入試で落としたのは失敗だったかもしれないってのも、先生達の総意だ。……今はこのくらいしか言えん』

 

『っ! ……そう言ってもらえただけでも、本戦に出れて良かったと思えます』

 

『おう、がんばれ』

 

『シヴィー!! 俺も応援してるぜ!』

 

 

 

 第二戦、瀬呂と轟の戦いは、轟の氷結の個性で会場ごと丸々凍らせる圧勝を収めた。

 

『ドンマイ、セロテープの人!』

 

『それもう瀬呂って呼んだ方が楽だよな?』

 

『ウフフ、それじゃあ一言!』

 

『……頼むからそのドンマイコールやめてください!!』

 

『あーあ、次はボクかぁ』

 

『黄彩くん、無理やり出させたのは謝るから、やる気出して?』

 

『観客全員殺せば体育祭も中止になるよねっ!』

 

『殺る気は出さないで!』

 

 

 第三戦、有製VS上鳴

 

 



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第十五話 体育祭の落雷発光と音響絶叫

001

 

 

 

 第三戦、有製VS上鳴

 

『ドラゴンライダー? 天才カメラマン? いやいや! その正体は超一流の芸術家! ヒーロー科、人間国宝、有製黄彩!!』

 

 観客からの歓声を背に、個性把握テスト以来、久しぶりに着る体操服姿で君臨した。

 

『ヴァーサスッ! スパーキングキリングボーイ! ヒーロー科、上鳴電気!!』

 

 対する上鳴も、不適な笑みを浮かべながら黄彩の前に立ちはだかる。

 

『ド派手なバトル間違いなしの組み合わせ! スタァートォ!!』

 

 開始の合図がされても、お互い動かない。数秒経って、上鳴が、口を開く。

 

「やる気ねぇなら安心しろよ」

 

「ウフフ、それはどういう意味かな、ウェイの人」

 

「多分この勝負、一瞬でおわっからぁ!!」

 

 宣言とともに、上鳴は全身から放電する。

 

 対する黄彩は、相変わらず一切動かず。

 

「無差別放電、130万ボルト!!」

 

「ウフフ、惜しいなぁ」

 

 放たれた電撃は、上鳴より背後に飛んだものも含め、一瞬で消滅した。

 

「……ウェ?」

 

『おーっと! 上鳴渾身の一撃、まさかの不発か!?』

 

「こんなものに名前なんて付けたくないけど、まあ《過ちの光》、とでも名付けようか」

 

――瞬間。

 既に脳がショートしてアホになっている上鳴の目の前に光の玉のようなものが現れ、そこから強烈な光が放たれた。

 

「ウェ〜〜イ!?!?」

 

 強烈な光により、上鳴はアホな悲鳴とともに気絶した。

 

『瞬殺! マジで瞬殺!!』

 

『二回戦出場! 有製くん! ……黄彩くん、何したの?』

 

 ミッドナイトが尋ねながら、近寄ってくる黄彩にマイクを向ける。

 

『ボクの個性は加工手順の省略。エネルギーの変換も、ある意味、加工と言えるじゃん? だから、ウェイの人の電気を光に変換したんだっ! 電球みたいに。やろうと思えば、レンジでチンしたりもできたよ!』

 

『怖い怖い怖い怖い! 黄彩くんそれ絶対禁止だから!』

 

 

 

002

 

 

 

 幾らか時を進んで、第七戦。耳郎VS切島。

 一応、第四戦の飯田VS発目で黄彩が発目と組んで大いに盛り上がった事は言い残しておこう。

 

『人間国宝のお気に入り! イヤホンジャックのロックンガール!! 個性的に俺めっちゃ応援してる! 耳郎響香!!』

 

 コネで本戦に参加していると思われているからか、響香を応援する歓声は少ない。

 

「ま、その方がやりやすいかな」

 

『ヴァーサスッ! 男気一筋ど根性!! 硬化! 切島鋭児郎!! 第七試合、スタートォ!!』

 

 わかりやすい人柄もあってか、対照的に歓声が非常に多く大きい。一部響香への罵倒に近いものがあって黄彩のテンションが下がった。

 

「地に足、ちゃんと付けててよね。……じゃないとうっかり死ぬから」

 

「はっ、上等!! 正面から打ち破ってやる!」

 

 響香の挑発に乗っかり、切島は全身を硬化させて地面を踏みしめた。

 

「先手圧勝! 吹っ飛べハートビートアイランド!!」

 

 響香は姿勢を低くし、両耳のイヤホンジャックを地面に刺した。

 

『ちょ、きょーかそれ――

 

 黄彩の驚く声が、しかしそれ以上の爆音にかき消される。

 

 スピーカーに挿して心音を爆音で流し攻撃するのが基本の戦闘スタイルだが、今回の攻撃は、爆音が足元から鳴り響いた。

 

ドォン! ドォン! ドォン!

 

 爆音はフィールドそのものが浮かび、落下する際になっているもの。音と落下の衝撃が重なり、地面からもろに食らった切島は、硬化が災いしてか全身を芯まで揺るがしながら宙へ浮き上がる。

 

「ナナナナナ!?」

 

「地に足つけてないと死ぬって言ったよね! ウチがな!!」

 

「キキキイイタタナッ」

 

 全身が震えていて、まともに発声できていない。

 

「どっせい!!」

 

 いわゆる、ヤクザキック。イヤホンジャックを抜きつつ走り、膝を曲げた状態で足裏を当て、そこから勢いよく伸ばすことで切島を弾き飛ばした。

 

『切島くん場外!』

 

「なににににいいい!?!?」

 

 硬化が裏目に出たのか、個性を解いてなお切島はまだ全身が震えていて立ち上がることすらできない。

 

『二回戦出場、耳郎さん!!』

 

「やったよ、黄彩!!」

 

『うん! かっこよかったよ、きょーか!!』

 

『クゥー!! 仲睦まじい少年少女! おじさんちょっと泣きそうだ!!』

 

『なに言ってんだ……』

 

『それじゃあ、トマトの人、……喋れる?』

 

『ジョジョウトウダダッ』

 

『切島喋れてねぇ! ウケるぅ!!』

 

『トマト農家の方々、こいつに指名、何卒よろしくお願いします』

 

『黄彩くん、あなたイレイザーになにしたの』

 

『それは言いがかりっていう奴なんだよ!?』

 

 

 

 セメントスによるフィールドの修復後の第八戦、麗日VS爆豪の試合は壮絶な攻防戦に、延々カウンターを繰り返す爆豪へのブーイング、見かねた相澤の一喝など、黄彩が口を挟む暇のない戦いであった。

 

 

 

002

 

 

 

 次の試合まで休憩しようと響香は席へ向かっていると、カメラとマイクをどこかに預けてきたであろう黄彩が追いかけてきて、声を掛ける。

 

「きょーか、どういうことなの? あの技。……あれは」

 

 黄彩の言っているのは、響香が試合で使用した《ハートビートアイランド》

 

「黄彩が仕上げた、()()()()()()()が使ってた技、だよね」

 

「そうだよ! 今のきょーかじゃ使えるはずない! てか覚えてるはずがないんだよ!」

 

 

 

 言いながら黄彩が思い出しているのは、《道徳的な龍》をきっかけに響香を響香だと認識しだして間もない頃。

 まだ黄彩との距離感に戸惑っている頃に、なにを思ったのか響香は黄彩に自分を使ってみてと、言った。

 

 

――絶叫。絶叫。絶叫。

 黄彩が自分の身体を作品にするときと同じ、あるいはそれ以上の激痛が響香を襲った。強引に肉体が引き延ばされ、継ぎ足される、圧縮された成長痛。

 

 傑作No.999試作版(プロトタイプ)《耳郎響香》

 

 言うなれば、それは、最も最適な生活と訓練を毎日し続けた場合(if)の、二十代半ば(最高の状態)の耳郎響香。

 

 肉体の急激な変化に耐えられず、すぐに異形へ歪み始めたため黄彩が元に戻したが、それでも響香が試しにと使った技の一つが、ビートハートアイランド。

 黄彩の作品の材料にも使える上質な素材でできた床材を、スプーンで掬ったかのようにくりぬき、宙へと浮いてみせた技。

 

 

 

「痛いのを忘れさせるために、記憶はちゃんと封したはずなんだよ?」

 

「そうみたいなんだけど、ウチが成長して近づいたからかな、まだこの技のことだけなんだけど、思い出した」

 

「身体は平気? 耳とか頭とか痛くない? あと手とか足とか、あとえっと、」

 

 慌てふためく黄彩の頭を撫でながら、響香は笑顔を見せる。

 

「心配しすぎだよ、黄彩」

 

「するよ! だってあのとき、響香死ぬかもしれなかったんだよっ!?」

 

「平気だってば。痛くも痒くもない。……そんなに心配なら、一応リカバリーガールのとこ行く?」

 

「……うん、行く」

 

 

 

 微かに聞こえてくる次の試合の始まりを背に、黄彩と響香は手を繋いで医務室へと向かった。

 

 

 

003

 

 

 

「……あんたが何をそんなに心配したか、私にゃわからないけどね。至って健康体だよ、よかったね」

 

 響香に、試合に支障をきたさない程度の簡易的な検査を施したリカバリーガールの言葉に、黄彩はホッと息を漏らした。

 

「ほら、言ったでしょ。ウチは平気だって」

 

「……うん、よかった」

 

 しかし。

 

「それよりあんたの方だよ、あんた」

 

 リカバリーガールはキッと黄彩を睨みつけながら腕を掴み、引っ張った。

 

「検査しなくても見りゃわかっちまうよ。身体のバランスがグチャグチャになってる。……言いづらいけどね、いつ動けなくなってもおかしくないよ。そして医療でどうにかなるものじゃない」

 

「え……え!?」

 

「うん、知ってる。身体いじる時に、その辺の勉強は一通りしたからね」

 

 青ざめる響香とは対照的に、黄彩の表情は冷淡。

 

「あんたの身体は今ね、無個性の人間を手術で無理やり異形型にして、それをさらに手術で元に戻してるようなもんだよ」

 

「リカバリーガール! どうにかできないの!?」

 

 両方を掴んで激昂する響香に、リカバリーガールは諦めた表情で首を横にふる。

 

「異形型を手術で普通の見た目にできないように、メスの入れようがないよ。ガタがきたところから応急処置を施すことで延命はできるけど……」

 

「うん、それならもうやってる。個性で簡単にできるからね」

 

「……それなら黄彩、個性で治したりはできないの?」

 

「んー、治してるつもりなんだけどね。毎回どっかしらでミスしてるみたい」

 

「……なぁあんた、そのミスが分かれば幾らか改善できるかい?」

 

 リカバリーガールの言葉に、黄彩は小さく頷く。

 

「多分、改善はできるんじゃないかな」

 

「それなら、これからしばらく保健室(うち)に泊まりんしゃい。いわゆる保健室登校ってやつだね。毎朝私が精密検査してやるよ。雄英でも仕事はできるんだろう?」

 

「…………うん、わかった」

 

 渋々と言った様子で、黄彩は応じた。

 

「わかったならほら、もうじき試合だろ」

 

 しっしっと払いながら、リカバリーガールは黄彩から目を離して机に向いた。

 

「ありがとうございます、リカバリーガール」

 

「ありがとねっ、治癒の人!」

 

「ん、長生きしなさいよ」

 

 

 医務室を後にし、黄彩は直接待機室へと向かった。

 

 

 二回戦第二試合、有製VS飯田。

 

 



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第十六話 芸術家の冷血工作と爆音爆音

001

 

 

 

 二回戦第二試合、有製VS飯田。

 前の試合で、発目と共に翻弄した黄彩と対し、飯田の表情には怒りがにじみ出ている。

 

「俺は君が嫌いだ。サボり魔め」

 

「ウフフ、誰かな、君は」

 

『芸術家志望の問題児! 有製黄彩!! ヴァーサス! ヒーロー志望の委員長! 飯田天哉!! 二回戦第二試合スタァートォ!!!』

 

「君相手に先手必勝は愚の骨頂だと上鳴君が教えてくれた!」

 

 エンジンを吹かし、飯田は黄彩に急接近する。

 

「ウフフ、君の口が音速では走れないと語っているよ? その程度は認識の範疇だよ。――冷間加工」

 

 足払いを掛けようとした飯田は、しかし射程範囲に入る前に真横から衝撃に襲われた。

 

「グアッ!?」

 

 飛ばされた方向と真逆にエンジンを吹かすことで踏みとどまったが、ダメージは決して少なくない。

 

「先手必勝はボク相手に勝つならむしろ正攻法だよ。手順を省略するとは言え、思考する分の隙はある。ウェイの人は単純に相性の問題だよ」

 

「だったらもう一度切り替えるまでだ!!」

 

「んー、君の口は正直すぎるね。――作品No.02《石薔薇》」

 

 足元のセメントに、黄彩の個性で薔薇が咲き誇る。

 

「ぬおっ!?」

 

「ウフフ、ボクの作品を大事にしてくれてありがとうね」

 

 走る飯田の前に現れた薔薇を、踏み抜いて走れたにも関わらず、急旋回してバランスを崩した。

 

「っく、俺は君が嫌いだが、君の夢は応援しているつもりだ。……だから俺の良心を利用するんじゃない、卑怯者め!!」

 

「ウフフフ、ボクの持論だけど、芸術家っていうのは誰彼構わず人の心で人の心をねじ曲げる仕事なんだよ。――作品No.58《従順な大英雄》」

 

 セメントの薔薇は一塊になり、黄色く染まりながら人間の骸骨となって立った。

 

「それは……、オールマイト先生とのときの……」

 

「あのときはいいとこ見せられなかったからね」

 

 骸骨は先の飯田に負けず劣らずのスピードで走った。

 

「自分の身で戦えるんだろう、君は!!」

 

 止むを得ず、といった表情で飯田は、骸骨の腕を砕き激昂する。

 

「武道を芸術に含めるのにボクは賛成だけど、ボクは体力がなくてね。――ほら、二つ目」

 

 床を削りながら、もう一体骸骨が現れる。

 すると至る所から、「卑怯だぞ」「正々堂々戦え」「それでも男か」などと声が飛んでくる。

 

「卑怯? 卑劣? 汚い? それでもボクは芸術家だ!!」

 

 観客席から聞こえてくるブーイングの言葉に、黄彩は満面の笑みで答えた。

 

「綺麗に可愛く美しく!! ボクはボクの力で喧嘩してるぞ! ――放電加工!!」

 

「ガァァアアア!!?」

 

 左右から襲いかかった骸骨が砕け散りながら、飯田を挟むように放電し感電させる。

 観客から心配の声が上がるが、飯田は煙を上げながらも倒れず黄彩を見据える。

 

「清く、正しく、規律を重んじる、人を導く愛すべきヒーローになるんだ!! レシプロバースト!!!」

 

 それは、飯田家に伝わる必殺技。トルクの回転数を操作して爆発的な加速を可能にするが、しばらくの間エンジンが動かなくなる。

 

「ウフフ、そういう個性の人とは喧嘩し慣れてるんだよね。だから攻略法も知ってる」

 

 急カーブの動きで黄彩の背後をとった飯田は蹴り技を放つも、振り始めた頃には黄彩は目視するまでもなく回避している。

 飯田の動きが遅いのではなく、黄彩の回避が速いのでもなく、黄彩の行動が早いのだ。

 

「ゆっくり避けると、焦って無理に速度をあげるんだよね!」

 

「ウオォオオオ!!」

 

「ウフフ、速い速い!」

 

「まだまだぁ!!」

 

「うにゃいなぁ、全く全く」

 

 突如として黄彩が動きを止めれば、飯田の身体が加速の勢いで倒れた。

 

「なっ!!?」

 

「さらに向こうへ、PULS ULTRA、だったっけ。加速系の人は常に、新幹線、ジェット機、音、光っていうわかりやすい目標があるから限界を超えやすいの。でもボクは君より速い男をしってるよん。――作品No.07小型版(ミニチュア)《裕福な右手》」

 

 床から伸びた右手が、倒れた飯田を掴んで拘束した。

 

『飯田くん行動不能! 三回戦進出、有製くん!!』

 

 

 

002

 

 

 

 二回戦第三試合、芦戸VS常闇は常闇が勝利した。開始時に黄彩はまたもやその場から去っており、敗北した芦戸にはミッドナイトがアピールタイムと漫才の時間を設けさせた。

 

 そしてその次、耳郎VS爆豪。

 

『爆裂! 爆音! ぶっ壊せ! 爆豪勝己!! ヴァーサスッ! 心音! 爆音! ぶっ壊せ! 耳郎響香!! 耳栓の用意は十分かぁ!!?』

 

『……何言ってんだお前』

 

『スタァートォ!!』

 

 合図と同時に、爆豪は掌の爆発で加速しながら響香に急接近する。

 

「ぶっ殺ぉす!!」

 

「悪いけど、黄彩と喧嘩できるチャンスだからね! 負けられない!」

 

 響香が姿勢を低くし、また地面にイヤホンジャック刺すが……。

 同時に爆豪も姿勢を低くし、両手を地面に伸ばす。

 

――爆音!!

 

『マジで速攻ぶっ壊しやがった!! 泣くなよセメントス!!』

 

 浮き上がった地面が爆豪の爆破で叩きつけられ、粉々に砕けちる。

 

「足場悪いとこ、走り慣れてないでしょ!」

 

「うっせぇ! 飛びゃ問題ねぇだろ!!」

 

 爆豪は瓦礫を避けるように爆破で飛ぼうとするが、それも響香の作戦のうちだった。

 

 対人戦なら正攻法。イヤホンジャックを全速力で伸ばし、動きの読みやすい飛び始めに命中、差し込んだ。

 

 響香の心音が爆音で爆豪に響き渡る……、が、爆豪は動じることなく空中で動く続ける。

 

「爆音なんざいつでも聞いてらぁ!」

 

「バケモンか!? あぁ、いやそうだったね!!」

 

 イヤホンジャックが絡まらないように立ち振る舞いながら近接戦闘に応じるポーズを取るが、まともに訓練していない素人芸。

 速攻で懐に潜り込まれ、腹部で爆破を起こされた。

 

「キャァー!! ……っつー、痛ったいし火傷したぁ!!」

 

「まだまだぁ!!」

 

 爆破の勢いでイヤホンジャックは抜け、憑き物が取れたような表情で爆豪は爆破のペースを上げる。

 

 防戦一方。あるいは滅多打ち。場外に出ないようにしながらも、ダメージは一方的に響香に入る。

 

「とっとと、場外でやがれやぁ!!!」

 

「うっさいよ……」

 

「聞こえねぇなぁ!!」

 

 響香の胸ぐらを掴み持ち上げ、爆破ではなく頭突きを喰らわせた。

 気絶狙いの攻撃だったのだろうが、響香は顔を赤くしながらも精一杯の笑顔を見せた。

 

「っつぁ……。バンバンって痛ぶってくれちゃってさぁ。……いい感じに火照ってきたよ。後悔すんなよ、爆豪!! ――形状記憶、耳郎響香!!」

 

 油断の気を見せない爆豪を、響香は踏ん張りの効かない状態で蹴り飛ばした。

 

『……響香、その状態が持つのはせいぜい二十秒、だからね。過ぎたらボクが乱入してでも終わらせるから』

 

 爆破で場内に踏みとどまった爆豪が、響香の姿を見て目を見開く。

 

 ボブカットだった髪は肩まで伸び、背も一回り高くなっていて、体操着の丈が足りず、臍のあたりが露出している。

 成長期が過ぎているからか肉体の変化が少なく、大した痛みもないことを確認して、十歳ほど成長した(全盛期の)響香は熱っぽい顔で不適に笑う。

 

「若いウチが世話になったね、ガキ爆豪!!」

 

「歳とった原理は知らねぇが、関係ねぇ! ぶっ殺す!!」

 

 爆豪はさらに宙高くへ飛び、爆破で錐揉み回転しながら響香に突撃するが……。

 

「まだまだ若いねっ!」

 

「ハウザーインパっがぁ!!?」

 

 個性のこの字もない、シンプルな跳躍と飛び膝蹴り。落下と回転の勢いを乗せた爆発を放とうとした爆豪の顔面を、爆発する前に掴んで膝をめり込ませた。

 思わず鼻を押さえた爆豪の後頭部を掴んで態勢を整え、顔面を地面にめり込ませた。

 

『じ、耳郎さん、なのよね? 彼生きてる?』

 

「そりゃもちろん。ってかミッドナイト若!? 相澤先生も!!」

 

『ちょっとそれどういう意味!?』

 

『おいお前どういう状態だ』

 

 急成長し、妙にはしゃいでいる様子の響香に文句を言いつつ、ミッドナイトは爆豪の意識を確認する。

 

『爆豪くん気絶! 三回戦進出、耳郎さん!』

 

『ヒーローのみんな! 若いウチをよろしく!』

 

 マイクを持っているわけでもないのに何故か放送用スピーカーから言葉を流し、眠るように響香は倒れた。

 

『あっちょ、あっぶなぁ……。傑作No.000《耳郎響香》』

 

 頭を打つ寸前で響香を受け止めた黄彩は、安堵の息を漏らしつつ個性で響香の姿を元に戻した。

 

「……ねぇ黄彩くん、今の耳郎さん、なに」

 

 ミッドナイトはマイクそっちのけで、訝しむ目で眠る響香をなんとか肩で支えている黄彩を見ながら問い詰める。

 応じるように、黄彩はそっと響香を寝かせ、カメラをその顔に向けた。

 

『ウフフ、……見たか、聞いたか、響いたかぁ!! アレがボクの最高傑作、耳郎響香だ! 未来に立つ最強だ!』

 

 笑いながらの黄彩の声に、盛大な歓声がスタジアムいっぱいに響いた。

 

 

 



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第十七話 体育祭の氷結布告と無燃不焼

000

 

 

 

 二回戦第四試合、耳郎VS爆豪の開始前。控え室に響香と黄彩はいた。

 

「ウチ、切島相手には小細工が通じたから勝てたけど、爆豪相手はこのままじゃ勝てないと思うんだよね」

 

「ん……、そうだね。爆破の人、今のきょーかより強いもん」

 

 真剣な表情で話す響香に、黄彩はジュースを飲みながら頷いた。

 

「だからさ、あのときみたいに、無理やり全盛期の力を出したりできないかな」

 

「…………できなくはないけど、やりたくはないよ」

 

「お願い」

 

 響香の鬼気迫る表情に、黄彩は思わず顔をそらしながら頷いた。

 

「……若返りと比べて、成長と鍛錬の省略は負担が遥かに大きいって、いつか言ったよね」

 

「うん、覚えてる。だから、全盛期より先の肉体になってから、若返る形で全盛期を作るんだったよね」

 

「それが今までのプランだったけど、響香が望むなら、プランを逆転する」

 

「詳しく説明して」

 

 あからさまに嫌そうな表情で、黄彩はジュースを飲み干してから口を開く。

 

「……今から響香を全盛期まで急成長させる。そこまでは前とおんなじ」

 

「うん。でもそれだと、10秒も持たなかったんだよね」

 

「だから、その全盛期の状態から、今の響香まで若返らせる。でもただ戻すんじゃ無くて、全盛期の形状を記憶させる。体も、脳も。形状記憶合金って、名前くらいは知ってるよね?」

 

「えっと、お湯に入れたら元の形になるあれ?」

 

「モノによるけど、まあそれ。……似たような細工で、響香の体温が40度まで上がると全盛期まで戻るように細工する」

 

「……ウチ、ターミネーターになるの?」

 

「いや、別に金属入れるわけじゃないよ。……で、やる? やめる? 成長する年齢分、最低十年は寿命が縮むし、成長と若返りの二回分負担がかかるから、……響香がやりたいって言わないと、ボクはやりたくないよ」

 

 黄彩の言葉を反芻しながら、二度、深呼吸してから響香は黄彩の手をとった。

 

「黄彩も、寿命は削れてるんだよね。ウチよりも、ずっと」

 

「え? うん、そうだけど……、それがどうかした?」

 

「ウチ、黄彩に先に死んで欲しくないから、寿命はいいよ。気にしないで、思いっきりやって」

 

「……芸術家のボクが言うのはなんかあれだけど、正気?」

 

「超正気」

 

「……わかった。でもこれは約束して。ボクがいないと、一度全盛期になったら戻れないのは同じ。ボクのいないところでは絶対に全盛期にならないで」

 

「わかった。約束する。……あれ、サウナとかお風呂とかは?」

 

「ボクと一緒なら大丈夫、抑える。……ボクがいなかったら、水風呂」

 

「つまり、いつも通りね」

 

「いつだって響香は響香だよ」

 

 

 

001

 

 

 

 準決勝第一試合、轟VS有製。

 前の試合で破壊されたフィールドの修復に時間がかかるかららしく、黄彩は控え室でのんびりと寛いでいた。

 

「……寛ぎすぎだろ」

 

 ベッドを自作してまで寛いでいた黄彩に、何か用があったのか部屋を間違えたのか対戦相手の轟が訪ねて来た。

 

「んー、……アァ 、氷の人」

 

「轟焦凍だ。話があってきた」

 

 轟の言葉を聞くと黄彩は身を起こし、ベッドから足を出して地面につける形で腰掛けた。隣に座るよう促すが、轟は正面に立ち見下ろす。

 

「お前、前にオールマイトに勝ってたよな」

 

「えっと、オール……、ああ、すじ肉の人ね。うん、それがどうかした?」

 

「知ってるかもしれねぇが、俺はNo.2ヒーロー、エンデヴァーの息子だ」

 

「…………、だれ?」

 

 キョトンと首を傾げた黄彩に頭を抱えたが、「そういえばこういうやつだった」と気を取り直す。

 

「ヒーローで一番強いのがオールマイト、お前の言うところのすじ肉の人で、その次に強いのが俺の父親、エンデヴァー、お前風に言うなら燃える人だ」

 

「……萌える人? 父親ってことは、男の娘? お母さんいい趣味してるね」

 

「男の子? いや、十人中十人が時代錯誤の頑固親父って言いそうな感じのおっさんだぞ。あと母さんの趣味じゃないのは確かだ」

 

「「んん??」」と二人揃って首を傾げた。天然と天然の組み合わせは危険である。

 

「……イケオジってやつ? お母さんはショタコン? まあいいや。それで、結局何が言いたいの?」

 

「俺は、左、炎の力は使わずに、右の力だけで、オールマイトに勝ったお前に勝ち、親父を完全否定して見せる」

 

 轟はこれ以上困惑させまいと、言葉を選びながら黄彩に宣戦布告した。

 

「ウフフ、うん、わかったよ。ボクにはきょーかと喧嘩したい以外で頑張る理由がなかったんだけど、これじゃあ失礼ってやつだ」

 

「……そうなのか?」

 

 一方、言葉を選ぶ気のない黄彩の言葉に轟は再度首を傾げた。

 

「ボク、ちょっと企んでることがあってさ。ボクが勝ったら、君の力を貸してよ」

 

「……? 別に、ある程度のことなら言ってくれれば手伝うぞ?」

 

「ウフフ、それじゃあ面白くないの。君が勝てばNo.1より強いって称号は君のものになる。ボクが勝ったら君の力を借りられる。……うん、やっとちょっとやる気出てきた」

 

 ベッドから降り、「えいえいおー」と、やる気を感じられない鼓舞を見届け、轟は控室から出た。

 

「悪い、邪魔したな」

 

「ん、人との会話は創作意欲の刺激に好都合。気にしなくていいよ」

 

「……もしかして俺、敵に塩を送った感じになったか?」

 

「……ウフフ、図に乗るなよ。ボクだよ」

 

「……おう」

 

 

 

002

 

 

 

『準決勝第一試合! 轟焦凍!! ヴァーサス! 有製黄彩!!』

 

『お前、ネタ切れか?』

 

 笑いながら楽しげに現れた黄彩に釣られるように、轟も表情を緩ませた。

 

「ウフフ、負けないよん」

 

「こっちのセリフだ」

 

『両者気合十分! スタートォ!!』

 

 プレゼント・マイクの合図とともに、轟は氷山のごとく巨大な氷で黄彩を氷漬けにした。

 

『あ、あ〜、A組有製、無事かぁ!!?』

 

「ウフフ、ボクだよ? 作品No.74《細雪(ささめゆき)》」

 

 氷山が一瞬で消え、無事な黄彩が現れると同時に雪が降り出した。

 

「……やっぱ、簡単には勝てねぇか」

 

「今度はボクから行くよっ! 作品No.74再利用(リユース)《死の氷柱(つらら)》!」

 

 降り注ぐ雪が圧縮され、円錐状になって轟に向かって発射される。

 

「厄介な!!」

 

 身を守るように氷の壁を作ると、氷柱は衝突して砕け散る。

 

「ウフフ、教えてあげるけど、ボクには電気とか氷とか炎とか光とか、放出するような技は大体効かないよ。難しいのは音とか振動くらいかな」

 

「マジでオールマイト並みのチートだな!!」

 

「変に接戦させる理由もないし、勝つね。――模倣《右腕変形(ライトアームトランス)巨人(ジャイアント)》」

 

――模倣。

 作品では無く、模倣。黄彩をして自分流に出来ない、他人の真似事の技。

 

 右腕だけが巨大化し、拳を握る。

 

「これで殴られたら、超痛いよ!!」

 

「負けてたまるっ、なぁ!?」

 

 巨大な腕を凍らせて止めようとしたが、足りないと言わんばかりに、氷ごと轟を殴り飛ばした。

 

『轟くん場外! 決勝進出、有製くん!!』

 

 黄彩は右腕の変形を解くと、氷に残った巨大な拳の型をボーっと眺めた。

 

『えっと、黄彩くん? どうかした?』

 

「んー、いや、なんでもないんだよ。……えっと、氷の人。ととときくんだっけ? 大丈夫?」

 

「……ああ。別に怪我はしてねぇ」

 

 とは言うが、かなり落ち込んだ様子で、黄彩の呼び間違えにも、伸ばされた手にも気がついていない。

 

「……さっき聞いた以上の細かい事情は知らないけど、左の炎も使ったら?」

 

「緑谷にも同じようなことを言われたさ」

 

「なら、どうして? ……ボクの個性、図画工作はパパも、ジジも、そのパパもおんなじ個性だけど、これをパパの力だとも、ボクがジジの代わりだとも思ってないよ」

 

「……お前の家も、うちと似たようなところあんだな」

 

「知らないよ。君の家族にあったことなんてないし。……ボクはボクだよ。パパの後継者になんてならないし、ママの後継者にだってならない。パパとママの作品でもない。どれだけ体が別物になろうとも、幾つの技を盗もうとも、ボクはボクだ。ボクの力だ。……君は誰で、君の力は誰のものか、選ぶのは君なんだよ?」

 

 氷に囲まれたまま、下を向いて俯いたままの轟から黄彩は離れ、ミッドナイトからマイクを奪い取った。

 

『あ、っちょ、黄彩くん!?』

 

『きょーか! ちゃんと喧嘩しようねっ!』

 

 

 轟は去っていく黄彩の背を見届けた後、個性の炎で氷を溶かしてから去っていった。

 




『緑谷出夢(いずむ)の英雄教室』
 なんて、そんなネタを思いついたのでそのうち書くかもしれません。出久と出夢、名前的に違和感ないね。
 ワンフォーオールの一喰い(イーティングワン)とか、名前的にも相性良さそうだし、よくない?
 髪型も母親と近い気がするし。

「ワンフォーオール、フルカウル、一喰い(イーティングワン)!!」

……みたいな。問題は人識ポジを誰にするかよね。できれば女の子がいいなぁ。


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第十八話 体育祭の音響影踏と轢殺殺尽

001

 

 

 

 準決勝第一試合、黄彩と轟の試合前、響香は医務室でリカバリーガールの検査を受けた。

 

「……結論から言うと、前に検査したときと比べて大差はないよ。ただ、やったあのバカから聞いてるだろうけど、負担、まぁ全身隈なく疲労が溜まってるよ」

 

「えっと、それだけですか?」

 

 聞いてたほどのヤバさが無いことが気がかりで尋ねるが、リカバリーガールは呆れたようにため息をつく。

 

「……ハァ。今すぐどうこうなるような症状はないよ。栄養価の高いもの、……ああ、屋台にチョコバナナがあったはずさね。それ、たらふく食べてきな」

 

 火傷を負った腹部や腕に薬を塗って包帯が巻かれ、響香は追い出されるように医務室を出た。

 

「ケロ、響香ちゃん、身体は大丈夫だったのかしら?」

 

「あ、梅雨ちゃん」

 

 心配して見舞いか、偶然通りすがったのか。そのポーカーフェイスからは窺い知れないが、梅雨が響香に声をかけた。

 

「うん。火傷は大したことないけど疲労が溜まってるから、チョコバナナ食べてきなって」

 

「事情はよくわからないけど、無事なら良かったわ」

 

「今、黄彩の試合中? それとももう終わった?」

 

「ケロ? まだ始まってもいないわ。響香ちゃんと爆豪ちゃんの試合の後、セメントス先生が修理してて、その間プレゼント・マイク先生が遊んでいるわ」

 

「遊んでるって、言い方……。まぁ、いっかウチ屋台でなんか買ってくるけど、」

 

「私も付き合うわ。……彼に遭遇して、今度こそ襲われたりしたら笑えないわ」

 

「大丈夫だと思うけど、じゃあお願い」

 

「ケロ、任せて」

 

 

 

002

 

 

 

『ウフフ、ボクだよ? 作品No.74《細雪(ささめゆき)》』

 

 轟が発生させた氷山が一瞬で消え、黄彩の個性で氷山は雪となって降り出した。

 

「ケロ……、寒いわ……」

 

 屋台で買い込んで観客席戻った頃には、黄彩と轟の試合が始まっていた。

 

「二人とも、範囲攻撃が得意だからね……。大丈夫? お好み焼き、まだあったかいけど食べる?」

 

「ごめんなさい、いただくわ」

 

 カエルの個性故に寒さに弱い梅雨に、響香は体を寄せながら屋台で買ったお好み焼きを渡す。

 

『ウフフ、教えてあげるけど、ボクには電気とか氷とか炎とか光とか、放出するような技は大体効かないよ。難しいのは音とか振動くらいかな』

 

「ケロ、……もしかして響香ちゃんって、有製ちゃんの天敵でもあるのかしら?」

 

「まさか。材料にしにくいってだけで、吸音材でも作られたらそれで攻略されちゃうし」

 

「ヒーロー志望じゃないのがもったいない……、とも言えないのかしら。……ケロ」

 

「なろうと思えばヴィランにもヒーローにも、芸術家にも職人にもなれる。天才とは何かって聞かれたら、ウチは黄彩のための言葉だって言えるよ」

 

『変に接戦させる理由もないし、勝つね。――模倣《右腕変形(ライトアームトランス)巨人(ジャイアント)》』

 

「……大きいわ」

 

「ウチ、そろそろ行くね」

 

「ケロ? 最後まで見ていかなくていいの?」

 

「黄彩が形振りを構わないなら、人前で模倣技を使うなら、負けるはずないからね。……これ、みんなで食べちゃっていいよ」

 

 響香はチョコバナナ以外を梅雨に渡して、控室に向かった。

 

 

 

003

 

 

 

 準決勝第二試合、常闇VS響香。

 

『闇より出でし影を従える猛者! 常闇踏影!! ヴァーサスッ! 年齢すらも伸縮自在か!!? 長短自在のイヤホンジャック! 耳郎響香!! スタートォ!!』

 

 クラス随一の実力を誇る爆豪を容易く屠った姿を警戒してか、常闇は黒影(ダークシャドウ)を出して威嚇する。

 

「悪いけど、黄彩との喧嘩のために体力温存しておきたいんだよねっ!」

 

「俺は前座にすらならないというわけか!」

 

「あとお腹いっぱいで動きたく無い!!」

 

 響香の個性、イヤホンジャックの射程は6m。場外狙いや爆音慣れしている爆豪でない限り、十分すぎる。

 

 響香の個性一辺倒の攻撃に、常闇も黒影のみで対応する。

 

『地味!! 本当にこれ準決勝の戦いか!?』

 

 耳郎が伸ばし、黒影がはたき落とす。派手さの欠片もない戦いにプレゼント・マイクが嘆き叫ぶ。

 

 互い一歩も歩まずの攻防戦に、実況も観客も静まり返る。

 

 

 

 五分も伸ばして叩いてを繰り返した頃、状況は一変する。

 

「実態があるなら、音も通るよね!!」

 

 常闇本人を狙ったと思い込ませて、庇った黒影にイヤホンジャックを突き刺した。

 

「「ギャー――!!??」」

 

 使い方によっては全体攻撃にもなる響香の心音は黒影を挟んで尚破壊的で、常闇は地に伏せた。

 

『常闇くん気絶! 決勝進出、耳郎さん!!』

 

『きょーか、来たね』

 

 常闇の気を確かめに来たミッドナイトと共に黄彩が上がり、らしくも無く握り拳を響香に向けた。

 

「なんか、あれだ。心が踊る!! いや歌う!!!」

 

『綺麗に可愛く、美しく!!』

 

――一触即発!

 

 そんな雰囲気に飲み込まれそうになりながらも、ミッドナイトは鞭を鳴らしながら間に入る。

 

『やる気満々はいいけれど、先に三位決定戦よ。怪我もないなら、ほら行った!』

 

『え〜、先にやっちゃだめ?』

 

『ダメよ』

 

『どうしても?』

 

『何をしても』

 

『ムゥ……』

 

 黄彩は障害物競走で使った《裕福な右手》《苦難の左手》を脅すように向けながら頬を膨らませるが、背後から脇に手を入れられ、抱き上げられた。

 

『わっ、わっ!?』

 

「黄彩、迷惑かけるな」

 

『……はーい』

 

 担架で運ばれる常闇と共に、響香は黄彩と共に控室へ向かった。

 

 

 三位決定戦は常闇が目覚めるまでの三十分ほど、プレゼント・マイクと相澤の漫才を挟んでから行われ、轟の圧勝で終わった。

 

 

 

404

 

 

 

「ギャハハッ! いいなぁ、やっぱあの二人は他と違がう!」

 

 場所は人が離れて長い、廃工場が密集する地帯。

 響香曰く殺人鬼――巻解使駆はネット配信されている雄英体育祭の中継をスマホで見ながら、プロヒーローが体育祭に夢中になっているのを見計らったヴィラン達に囲まれていた。

 

「オイオイ、クソガキィ。テメェ自分の状況わかってんのか、アァ?」

 

「『テメェ自分の』って頭痛が痛いみたいでおもしれぇなっ!! ギャハハハハハハハ!!! おれぁヒーローじゃねぇが悪の敵! 殺すべきを轢き殺す執行車! ――今日は殺しはしないつもりだったんだが、こいつは仕方ないよな? ノーマルモーター」

 

 スイッチを入れた使駆はスマホをポケットにしまい、両腕を広げながら、壁にぶつかるのも気にせず、ヴィランを巻き込みながら走り出した。

 

「クソ! このモーター音に超スピード、間違いねぇアンチヴィランだ! 逃げろ!」

 

 走り出した方向と反対方向にいたおかげで免れた、岩石系の異形型が生き延びたもの達に叫ぶ。

 

「ギャハハハハ!! おっせぇよクソ野郎ども!! ――逃さねぇ、トルクチューンモーター」

 

 スイッチを切り、方向転換してスイッチを入れ直した使駆が岩石男を蹴り砕いた。

 岩の破片と共に、血肉が飛び散る。

 

 それで尚勢い緩めず、一般人のいる居住区への道を駆けるヴィラン達を轢き殺す。

 停止し、居住区を背に躱したヴィランを見据えた。

 

「ち、畜生!! せめて道連れにっ」

 

 この道に逃げ生き残ったヴィランは残り二人、全身からナイフのようなものを生やした男が使駆に向かって刃だらけの腕を振るうが、

 

「馬鹿やめろ!!」

 

「ギャハハハハハハッ!!! いいぜ買うぜその喧嘩!! ――ライトダッシュモーター」

 

 先のものよりずっと速いスピードでのタックルは、刃も血も肉も区別なく木っ端微塵にした。

 

「ギャハハハハハハハ!!! ギャハハハハハハハッ!!! 」

 

「な、何が目的なんだお前は!!」

 

「ギャハッ! なんだテメェヒーローみてぇなこと言いやがるなぁ!!? テメェそれでもヴィランかぁ!!」

 

「う、うっせぇ! おれだってヒーローになりたかったさ! でも、」

 

「テメェの人生なんざ興味ねぇよっ! ――トルクチューンモーター」

 

 何か言いたげだったヴィランも加速された蹴りで身を崩し、完膚なきまでに絶命した。

 

 使駆は中に肉が残った衣服から財布を抜き取り、中身を確認する。

 

「お、こいつヴィランのくせに自動車免許持ってんじゃねぇか。レアだな!! ギャハハハハハハ!!」

 

 

 

 



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第十九話 体育祭の最終喧嘩と完成女体

 

001

 

 

 

 轟VS常闇の三位決定戦が終了し、フィールドを整え終わり。

 

『さぁ! 雄英体育祭もいよいよラスト!! 雄英一年生の頂点が今決まる!』

 

 プレゼント・マイクの言葉を背に、黄彩と響香が入場する。

 

『イカサマ? 卑怯者? 時の運も実力のうちだぜ! 実力未知数の芸術家、有製黄彩! そして耳郎響香! なんとびっくり幼なじみ同士のぶつかり合い! こいつぁシヴィー!!』

 

 黄彩がニッコリと笑えば、響香も不適に笑う。

 

『準備はいいかぁ!?』

 

「ちょっと待ってー!!」

 

『レディ、……ええ??』

 

 始めようとしたプレゼント・マイクを静止させたことで、黄彩に至る所から視線が集まる。

 

「ウフフ、ボクがしたいのは喧嘩だからね。――傑作No.15《ボク》」

 

 黄彩の手足が光を帯びながら伸び、胸が膨れ、顔つきにも変化が生じる。

 

「ウフフフ、やぁ、響香ちゃん。久しぶり」

 

「……マジかお前」

 

――女体化。

 性意識が男である黄彩には、母親に着せ替え人形にされた、傑作は傑作でも皮肉混じりの傑作。

 別名、運動形態。小学生の肉体で成長を捨てた男性の肉体と違い、中学生まで適切に暮らしたことを想定して作られた、黄彩のもう一つの肉体。

 なお、性格はキャラ作りではなく、これはこれで人生の省略とその後、母親等周囲の人間に影響を受けたことによるものだ。

 

『え〜と、有製くん? 有製さん?』

 

「今のボクは黄彩ちゃんだぜ、ミッドナイトちゃん! マイクくん、もういいよっ!」

 

『あ〜、まぁ、異形型の範疇ってことで、ルール的に問題ない、……のか?』

 

『……両者同意の上なら構わないだろ。険悪な仲でもないだろうしな』

 

 相澤の面倒臭そうな言葉に皆々呆れつつも、プレゼント・マイクは気を取り直した。

 

『そんじゃまぁ改めて、スタートォ!!!』

 

「とりあえずぶん殴られてよっ、響香ちゃん!!」

 

「調子狂うんだけど!?」

 

 いつもの黄彩からは決して見られない高速移動。と言っても女子中学生の全速力程度だけれど、身長や手足の長さも相まって、それは響香には見にくい(醜いにあらず)ものであった。

 

「愛してるぜ!」

 

「ウグッ!!?」

 

 言葉と矛盾した顔面へのストレートパンチ。

 

「このっ!」

 

 対抗するように目つきを変えた響香は黄彩の二撃目を捕らえ、もう片手を鳩尾にねじ込んだ。

 

「ゲバッッ、ゲハッゲハッ、っつー、普通女子中学生のお腹をグーで殴るかね」

 

「……女子中学生は『ゲバ』とは言わないっての」

 

「言うよ! いまボクが言ったぜ! 痛くて言いたくもないゲバという美の対義語のごとき汚言葉を、このご尊顔の美しき唇から放たれたんだぜ!」

 

――頭突き。

 

 黄彩の言葉に相当苛ついたのか、響香は掴んだ腕を引き寄せて、顔面に前頭部を叩きつけた。

 

「長い。あとそもそも、今黄彩は高校生だよ」

 

「ウフフ、へぇ」

 

 打った鼻をさすりながら、黄彩は微笑む。完成された、美しい微笑み。

 苛つきや困惑をしても、心を歪められそうなその美しさに響香は思わず目を逸らす。

 

「……そういえばボクはこう言っていたか。『喧嘩しよう』と。ここは一つ、ボクが喧嘩を売ってあげよう」

 

 振り払うように響香の手を腕から払い、自分の胸を揉みながら言った。

 

「全盛期の響香ちゃんのおっぱい、この傑作たるボクより小さかったなっ!」

 

「死ねっ!」

 

 完成された可愛さ満点の満面の笑みを、拳で砕いた。

 

「ウフフフフ」

 

 砕けた笑み。朗らかな、親しみやすさの増した笑み。

 

「いいなぁ。これぞ叩き売りならぬ叩き買い。いい度胸してるよ、大好き!」

 

「いい度胸してるのはアンタよ。人の心めちゃくちゃにして」

 

「ウフフ、ボクはボクよりも完成してるんだぜ? 綺麗さ、可愛さ、美しさ。たった三つしか知らないボクとは違うんだ」

 

 殴りかかった響香の拳を躱し、勢いそのままに、唇と唇を重ねた。

 

「ンッ!?!?」

 

「んっ、っはぁ」

 

 刹那、観客席が静まりかえったあと盛大な歓声と拍手が轟いた。

 

「これはボクには無い芸術作法だよ。響香ちゃんはキスというものを知っているかな?」

 

「っ、知るかバーカ!!」

 

 なんとなく、喧嘩に使うのは反則だと思っていたイヤホンジャックを、黄彩の胸元に突き刺した。

 

「うにゃにゃにゃにゃにゃにゃ!?!?」

 

「ウチのドキドキ、身をもって思い知れ!!」

 

 心音を流し込んで対象に攻撃する技は、黄彩に満遍なく炸裂した。内から湧く音から堪えるように耳を押さえるが、当然意味はなく。

 

「出力増強!」

 

 響香は上着をまくり上げ、臍あたりを露出した。

 

「うにゃー!!?? ――、キュウ……」

 

 黄彩も響香も、顔どころか首元まで真っ赤に染め、黄彩は気絶した。

 

『……なんだこのキャットファイト。あ、ああー、有製気絶! 勝者は耳郎響香!! 優勝はA組、耳郎響香!!!』

 

『……やるならちゃんとやれよ。同情はするが。この場の全員何を見せられてたんだ、いま』

 

『小説よりも奇妙な告白の一幕、かしら? まぁ黄彩ちゃんはキャパオーバーしちゃったみたいだけど。ウブ過ぎたのかしら』

 

 この瞬間、とてつもなく微妙な空気で響香の優勝が確定した。

 

 倒れた黄彩からイヤホンジャックを引き抜き、いつものように抱き抱えようとするが、黄彩の胸が響香の顔に押しつけられた。

 

「……むぅ」

 

「響香ちゃん、ボクなら工作で胸のサイズアップできるぜ?」

 

 気絶が浅かったのか、響香の腕の中、というか上で黄彩がささやく。

 

「……起きたんだ。前に一回、冗談でウチが言った時は嫌がったでしょ」

 

 頬を膨らませた響香が、黄彩を下ろす。

 

「それはあくまでボクの話だぜ? ボクは創作意欲と発想力以外はボクの上位互換なんだ。響香ちゃんが巨乳になろうとそれも響香ちゃんだと受け入れた上で傑作にし尽くして見せるさ」

 

 黄彩が抱きつき、耳元で囁くと、響香は顔をそらしながら言う。

 

「ならやめとく。どっちの黄彩も、……その、好きだから。アンタも今のウチを好きって言ってくれたでしょ」

 

「ウフフ、それでこそボクとボクの愛した響香だ」

 

『……アンタ達、さっさと表彰台に乗りなさい。マイク向けるわよ』

 

 地面に下ろしたり抱きしめあったりしている響香と黄彩に、ミッドナイトがナイフで脅すが如く表情でマイクを見せた。

 

「ウフフ、ミッドナイトちゃんも早く相手見つけないと、後々つらいぜ?」

 

「黙りなさい。殴るわよ」

 

「おお、怖い怖い。それじゃあ行こうか、響香」

 

「……なんでアンタ、女になった方が男らしいの」

 

 つべこべ言いつつ、響香は黄彩に手を引かれながら表彰台へと向かった。

 

 

 

002

 

 

 

『それではこれより、表彰式に移ります!!』

 

 雄英スタジアムの上空に色とりどりの花火(黄彩♂監修)が幾つも打ち上げられる中、巨大な表彰台の前に立ったミッドナイトがそう宣言した。

 

 三位 轟 焦凍

 二位 有製 黄彩

 優勝 耳郎 響香

 

 表彰台に三人が上がると、各々に盛大な拍手が起きる。

 

『メダル授与よ! 今年、一年生にメダルを贈呈する人はもちろんこの人!!』

 

「私が! メダルを持って『我らがヒーロー、オールマイトォ!!』きた……」

 

 天高くから落下して登場してきたオールマイトだが、打ち合わせしなかった弊害かセリフが被ってしまった。

 持ち前の明るさですぐに気を取り直したオールマイトは早速メダルの授与に取り移った。

 

「轟少年、三位おめでとう! 有製少年とはまぁ、残念だったな」

 

「はい。どうしようもないほど、完敗でした」

 

「ああ、そうだな。だが、有製少年だって万能ではない。君にでも勝てる方法が絶対に見つかるはずだ。そしてその方法や経験は他でもきっと生かせる。精進したまえ」

 

「はい」

 

 オールマイトは轟にメダルを首に下げ、ハグして、次に黄彩の前に移った。

 

「有製少年……、少女?」

 

 生徒達の仲でも、頭ひとつ抜けて関わりの深かった黄彩に、オールマイトは困惑している。

 

「今のボクは黄彩ちゃんだぜ、オールマイトくん?」

 

「じゃあ、黄彩少女」

 

「黄彩ちゃん」

 

「き、きいろちゃ、ん……」

 

「「ウブかアンタ!!」」

 

 言い淀むオールマイトに、隣で見ていた響香とミッドナイトが同時にツッコミをいれる。

 

「うっ、ううん! 黄彩少女! 二位おめでとう!」

 

((勢いで乗り切る気だ……))

 

「知っていたが君は強いな! ……ところで君は、いつ黄彩少年に戻るんだい?」

 

「ボクもボクもどっちもボクなんだぜ? 戻るってのは不適切。成ると言って欲しいのだよオールマイトくん。……まぁ、リカバリーガールちゃんにボクを見てもらってからかな」

 

「そ、そうか。まあ無事を祈っておくよ。一人の友人としてね」

 

 

 

 メダルを首にかけ、轟の時と同じようにハグしようとしたら、「オイオイ、そいつぁセクハラってやつだぜ?」という言葉に顔を青ざめさせながら、握手して響香の前に出た。

 

「優勝おめでとう、耳郎少女!」

 

「……ぶっちゃけウチだけ場違いな感じがして、ちょっとアレなんですけど」

 

「なぁに、誰とて高みとはそういうものさ! 誰からなんと言われようと、君は胸を張っていい!! ……このセリフ、セクハラにならないよね?」

 

「……張る胸もなくてスイマセン」

 

「ハッハッハ! 君も大概ネガティブだな! まだまだ成長期なんだ! 希望を持っ、て……。……えっと、ごめんね」

 

 爆豪戦で急成長したことを思い出し、オールマイトは顔を伏せてしまった。

 

「ウフフ、大丈夫だとも響香ちゃん。ボクはしっかりと君を愛しているよ。胸なんて関係なくね」

 

「あ、ああ、そうだな。女性の魅力は一点じゃない。君は君の魅力を伸ばせばいいさ! ……ごめん、これ私が何言ってもダメそう」

 

 何かを諦め、オールマイトは何も言わず響香の首にメダルをさげ、黄彩と同じように握手をして、台から降りた。そして両手を広げると、観客席に向けて全生徒たちを示す。

 

『さァ! 今回は彼等だった! しかし、皆さん! この場の誰にもここに立つ可能性はあった! ご覧頂いた通り、競い! 高め合い! 更に先へと昇っていくその姿! 次代のヒーローは確実にその芽を伸ばしている!』

 

 オールマイトが黄彩に手を向けると、黄彩もうなづいて「わかっているとも」と言いながら、手を取りながら飛び降り、マイクを受け取った。

 

『見苦しい展開になったらボクが無理やり盛り上げると言っていたけれど、最後の一幕は盛り上がってなかったねぇ?』

 

『あ、ああいや、あれは不可抗力で……』

 

 オールマイトが慌てながら弁明しようとするが、黄彩の笑みはどんどん深まっていく。

 

『最後は盛り上がらなきゃ、綺麗に可愛く楽しい体育祭だったとはいえないよね! ってことで! ――作品No.75《虹色花火》!!!』

 

 大気や地中から材料をかき集めて作られた追加の花火は、体育祭の最後を彩るのに十分以上であった。

 

 

 

003

 

 

 

 体育祭が終わり、夕食とシャワーののち、黄彩はリカバリーガールからの検査を受けることになった。

 

「……なんだい、その格好は」

 

「体育祭見てたボクの家族が持ってきてくれたの。似合うだろ?」

 

 泊まるのだから寝巻きを用意してきたのに文句はなかったが、黄彩の格好は、メイド服だった。

 

「はいはい。なんでもいいから脱ぎんしゃい」

 

「リカバリーちゃん、ボクの身体はもう響香ちゃんのものなんだぜ」

 

「検査と称してぶっ殺すぞ」

 

「リカバリーちゃん、それ医者が言っていいセリフでもしていい顔でもないぜ」

 

「嫌なら脱ぎなさい。肌着はいいから」

 

「いやん、汚されるぜ」

 

「あ?」

 

「……わかったよリカバリーちゃん。全部脱ぐからその顔やめて」

 

 

 

 身長体重座高聴覚視覚etc.一通り検査し、リカバリーガールは専用に作った書類にまとめて黄彩に渡す。

 

「って、見てもよく分かんないんだけどね。ぶっちゃけどうなの?」

 

「……驚いたよ。今のアンタの身体の方が、よっぽど健康体だ。どうなってんだい?」

 

「この身体はボクの身体をベースに、ママと響香っていう二人の女体の情報、それとボクの思い描いた綺麗さ、可愛さ、美しさを組み合わせて出来た身体で記憶、保存してるのさ」

 

「……仕組みはよくわかんないけど、理屈はなんとなくわかったよ。つまり、その身体になら完全に戻ることができるってわけだね?」

 

「んー、まあそうなるのかな」

 

「なら医者としては、一生その身体で生きてもらいたいよ」

 

「それだけは絶対嫌」

 

「……芸術家の考えてることは私にゃ一生わからんよ」

 

「安心しろよリカバリーちゃん。ボクの同業者もボクにゃわけわかんねぇバカばっかりだからよ」

 

「はいはい。それなら明日から、最低でも及第点まで整うように毎朝検査するからね」

 

「ボクはリカバリーちゃんのこと、結構頼りにしてるからさ、よろしくお願いね」

 

「……まぁ、生きてるうちは見捨てたりしないよ」

 

「ウフフ、ボクもボクも、結構簡単に死ぬから安心してね」

 

「アンタら、医者に優しくしなさい」

 

「ウフフ、ボクだぜ?」

 

 リカバリーガールはため息で返すほか無かった。

 

 




体育祭篇やっと終わった!!
一話か二話で終わらせるつもりだったのに、イレイザーくん連れ出してそっから終わりまで飛ばすつもりだったのに……。
楽しかったからいいんだけどね!

こっから楽しいぞっ!!


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職場体験篇
第二十話 芸術家の先立指名と美名永命と


001

 

 

 

 雄英体育祭から二日の休日を経て、登校日。一年A組のクラスでは、登校してきた生徒たちが雑談に花を咲かせていた。

 

「あたし来る途中、話しかけられたよ!」

 

「ウチ、めっちゃ揶揄われた……」

 

「俺なんてトマト貰っちまったぞ。……どうしたらいいんだコレ」

 

 芦戸と響香が話していると、切島はため息まじりにトマトを見せた。

 

「俺なんか小学生にドンマイコール貰っちまったぜ……」

 

「俺もだ……」

 

「私は化粧水もらっちゃった!」

 

 瀬呂と常闇の嘆きを打ち消すように、葉隠が登校中に貰ったらしい化粧水を自慢している。

 

「おはよー……。きょーか、かみ〜」

 

 各々騒いでいると、いつもの男の身体で、いつものツインテールと違って髪を下ろした姿の黄彩が目を擦りながら教室に入った。

 

「おはよう、黄彩。……アンタ大丈夫?」

 

「んんー……、朝から検査、疲れたんだよぅ」

 

 フラフラと席についた黄彩の髪を結いながら響香が尋ねると、黄彩はこう垂れる。

 

「骨の形状は概ね整ったんだけどね、筋肉のアレコレとか、血管の位置とか、毛穴の作り忘れとか、めんどくさいんだよぅ……。毛穴はぶっちゃけどうでもいいんだけどね」

 

「よく見れば有製くん毛穴見えない! いーなー」

 

 と、言ったのは葉隠だった。女子全員のもの言いたげな視線が毛穴どころか毛も見えない顔面に集まる。

 

「おはよう」

 

 そんな話をしていたら、チャイムが鳴ると同時に相澤が現れる。

 

「相澤先生、包帯がとれたのね。よかったわ」

 

「婆さんの処置が大袈裟なんだよ。んなもんより、今日の一限目のヒーロー情報学はちょっと特別だぞ」

 

 体育祭の頃にはまだ、相澤は全身包帯まみれだったのだが、ようやく完治したようで、いつも通りの様子でホームルームを始めた。特別、という言葉に何かしらのテストを警戒するが、それは裏切られることになる。

 

「コードネーム、ヒーロー名の考案だ」

 

「「「夢ふくらむヤツきたあああ!!」」」

 

 諸手を挙げて大喜びする生徒たち。しかし、相澤は個性まで駆使した睨みを利かせてそれを黙らせた。

 

「というのも、先日話した『プロからのドラフト指名』に関係してくる。指名が本格化するのは経験を積み、即戦力と判断される二年や三年から。つまり今回来た指名は将来性に対する興味に近い。卒業までにその興味が削がれたら、一方的にキャンセルなんてことはよくある」

 

「頂いた指名がそんまま自身へのハードルになるんですね!」

 

 葉隠が言うと相澤は頷く。

 

「そうだ。……で、その指名結果がこれだ」

 

 相澤が手元のタブレットを操作すると、白いスクリーンが降りてきて、生徒たちの名前と数値が表示される。

 

 A組指名件数

 

 轟   2008

 有製  1503  

 耳郎  1460

 爆豪  1442

 常闇  1200

 

 蛙吹  1127

 飯田  805

 上鳴  703

 八百万 701

 切島  595+2

 

 麗日  532

 葉隠  505+1

 瀬呂  422

 尾白  413

 障子  333

 

 芦戸  216

 佐藤  114

 口田  68

 峰田  39

 青山  25

 緑谷  24

 

 

「普通、全員に来ることなんてないんだが、良くも悪くも有製の仕事が役立ったな」

 

「先生、俺の『+2』ってなんすか?」

 

「私の『+1』も!」

 

「切島のはトマト農家、葉隠のは化粧品メーカーだ」

 

「マジで来たんすか!?」

 

「私のは本当になんで!? ハトムギ!?」

 

「詳しくは知らん。行きたければ行ってもいいが、あと先考えろよ」

 

「「行きません!!」」

 

 二人重なった否定に、相澤は思わずため息をつく。

 

「てか上位三人、思いっきり逆転してんじゃねぇか」

 

「親の話題ありきだろ」

 

「黄彩のも、人間国宝由来だろうね」

 

「ボクはいいのに……」

 

 ザワザワとうるさくなる教室内だったが、相澤が再度睨み付けると、生徒たちは慌てて口に戸を立てた。

 

「これを踏まえ、指名の有無に関係なく職場体験に行ってもらう。プロの活動を身近に体験して、より実りある訓練にしようってことだ。職場体験っつってもヒーロー社会に出ることには違いない。つまり、お前らにもヒーロー名が必要になってくる。まぁ、仮ではあるが適当なもんを付けたら、」

 

「地獄を見ちゃうよ!この時の名が世に認知されてそのままプロ名になってる人は多いからね!」

 

「あ、おっぱいの人」

 

「黙りなさい黄彩くん。威厳が無くなるでしょうが」

 

 突如扉が開き、ミッドナイトが教室に入ってきた。一方相澤は寝袋に籠り眠る姿勢だ。

 

「その辺のセンスはミッドナイトさんに査定してもらう。俺はそういうの出来んからな。将来、自分がどうなるのか。名を付けることでイメージが固まり、そこに近づいていく。それが『名は体を表す』ってことだ。よく考えてヒーロー名を付けろよ」

 

 一人一枚、ホワイトボードとペンが配られた。

 

 ミッドナイトはそれぞれ思案する生徒たちを眺めながら、数分。口を開いた。

 

「じゃあ、そろそろ出来た人から前に出て来て発表してね」

 

 ミッドナイトが発したその言葉に生徒たちがざわめいた。

 

「はーい! アタシ出来ました! リドリーヒーロー、『エイリアンクイーン』!」

 

「血が強酸性のアレを目指してるの!? やめときな!」

 

 自信満々の表情で発表した芦戸だったが、なぜか見慣れた気がするミッドナイトのツッコミと共に再考を言い渡された。

 

「ちぇー」

 

 トップバッターにおかしなものが来たせいで、他のものが一気に出しづらくなってしまった。

 

「じゃーじゃー、次ボク。『シトリング=ラフィ』」

 

 黄色の彫像の絵が添えられたボードに、生徒たちが「おおっ?」っと、ミッドナイトの反応を待った。

 

「……黄色の宝石、シトリンとグラフィックスを合わせた名前。いい名前だとは思うけど、それ、あなたのペンネームでしょう。却下」

 

「ええ〜」

 

 食い下がろうとした黄彩だったが、ミッドナイトが鞭を鳴らすと席へ下がっていった。

 

「ねぇ黄彩。名前っていつもどうやって決めてるの? 作品のタイトルとか」

 

 響香が尋ねると、皆々が耳を傾けた。

 

「んー……、結構テキトーだよ? そのものを表す言葉だったり、思ったことそのままだったり。ペンネームはボクの誕生石、シトリンをそのまま使ったんだし。ああ、黄彩って名前もシトリンが由来ね?」

 

 誕生石。そのワードに、響香はふと、体育祭の時に受け取ったチョーカーに触れた。

 

「黄彩くん、宝石に詳しいの?」

 

 芦戸が尋ねると、黄彩は首を傾けながら答えた。

 

「うーん、パパが作る人形の目に宝石を使うから、触れる機会はあったよ。ボクは滅多に使わないけど」

 

「参考までに聞きたいんだけど、あたしっぽい宝石ってある? 黄彩くんのシトリンみたく」

 

 黄彩は、芦戸に顔を近づけジッと見つめる。桃肌がショッキングピンクになりそうになったところで顔を離した。

 

「ピンクアゲート。ピンクのシマシマな石」

 

「おおっ、ピンク!」

 

「いや黄彩、それ丸く削ると化け物の目みたいになる石でしょ」

 

 アゲート。別名、天眼石。木目のように、複数の色が層になって、目や馬の脳に見える石だ。

 

 響香が言うと、黄彩はキョトンとしながら返す。

 

「ぴったりでしょ? ツノあるし、ピンクだし」

 

「黄彩くんがあたしをどういう風に認識してるか、なんとなくわかった気がするんだよ……」

 

 

 

002

 

 

 

 なんやかんやあれやこれやあれど、梅雨の《フロッピー》、芦戸の《ピンキー》、響香の《イヤホン=ジャック》と、次々と決まっていき、残りは爆豪と黄彩だけだった。

 

 二人はいくつもの名を却下されており、最初のような大喜利ムードになっていた。

 

「ムゥ、やっぱりボクは《シトリング=ラフィ》でいいよ。ヒーローになんてならないし、何個も名前を持つ趣味もないし」

 

「……そういえば、黄彩くん、二つ名ってないわよね」

 

「あのボクは中でも特別だけど、ボクは一つの作品にいくつも呼び名をつけたくないの。《シトリング=ラフィ》はボクの男子中学生の身体の名前ね? あと滅多に使わない幼女の身体もあるよ。名前は《ハニードール》」

 

「あなたはどこの宇宙の帝王なのよ……」

 

「仮面ライダーのフォームチェンジの方が近いと思うけど」

 

「江戸川コナンと工藤新一みたく?」

 

「それはむしろきょーかの方だと思うけどね」

 

「あら、確かにそうね」

 

「ミッドナイト先生、黄彩。ウチを漫才のネタに加えないで」

 

 一部に多大な時間をかけ、なんとか全員ヒーロー名を決めたのだった。




 シトリン(黄水晶)
 11月の誕生石
・明晰性
・目的意識
・人生における満足感

※傷がつきやすく太陽光に弱い。


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第二十一話 芸術家の機構紹介と初目発明

 今回の黄彩くん、周りの狂気指数度が高いおかげで普通に良い子に見えてしまいます。ご注意ください。


001

 

 

 

ヒーロー名、命名の時間は終わり、休み時間を挟んだ次の時間。寝袋から相澤が出てくると、教壇に立った。

 

「職場体験は一週間。肝心の職場だが、指名は個別にリストを渡すから、その中から選択しろ。別でオファーした全国の受け入れ可のヒーロー事務所40件。この中から選んでも構わない。それぞれ活動地域や得意なジャンルが異なるから良く考えてから選べよ」

 

 相澤がそう言って生徒たちにプリントを渡す。

 

「あぁ、有製。言ってた要望だが、通ったぞ「マジで!?」……お、おう」

 

「うわ、黄彩らしからぬ超スピードと超大声」

 

「ケロ、彼だとそういう話なのかしら」

 

 響香が目を見開いて驚いていると、梅雨が冷静にツッコミを入れる。

 

「やったー!! No.76《神風特攻空挺部隊》!!」

 

 黄彩は指名の紙束を個性で紙飛行機にして、窓から外に放った。紙飛行機は天高くまで飛び上がり、突如燃焼しながら落下、灰も残さず消え去った。

 

「……おい」

 

「ボクちょっと帰って色々持ってくるんだよ! 傑作No.10《道徳的な龍》」

 

「キュイー!」

 

 もはやお馴染みな黄色い龍が窓から顔を出す。

 

「またねっ、きょーか!」

 

 黄彩は首元を咥えられてから、背に乗せられて飛び去って行った。

 

「……相澤先生、良いんですか、あれ」

 

「ほっとけ。あいつはこの場の誰よりも先に立って先を見てる。……おかげで見逃してるものも多いけどな」

 

 

 

002

 

 

 

 黄彩は《道徳的な龍》に乗って、アトリエへと帰ってきていた。

 

――アトリエ。黄彩の家とは別に、黄彩が傑作を作っていた頃から使っている巨大な工作施設。今は多くの傑作が収容されていて、美術館どころか物置き状態。

 

「んー、お姉ちゃんいるー? 姉様ー、姉御ー、姉上ー」

 

「はいはい、ラストお姉ちゃんですよー」

 

 搬出用の巨大シャッターの隣にある扉から入り、唯一の住人を呼び出すと、音も影もなく黄彩の目の前に金髪のメイドが現れた。

 

「学校でお泊まりではなかったのですか?」

 

「んー、色々持っていこうと思ってねぇ。手伝ってっ」

 

「ええ、ええ、良いですとも。ラストお姉様にお任せなさい」

 

――ラスト。正式名称《最終技術集結人型自動機構人形》、略称《最終人形(ラストドール)》。黄彩の父方の祖父母の合作にして最終傑作。命と個性と意地と趣味の全てを尽くして生み出された自動人形の完成形である。

 

 黄彩が芸術家を目指し始めた頃に完成したので、年齢的にはラストの方が妹にあたるのだが、身長が響香よりも高く、キャラもあって姉である。呼称は留まることを知らない。

 

「黄彩くーん、何をお求めでしょうか? ここには失敗に始まり、成功、完成、定理まで選り取り見取りですよ?」

 

「そりゃボクのアトリエだからね。今は物置きだけど」

 

「それは酷いってもんですよ黄彩たん。ラストの姉御はここに寝泊まりしてるんだよ?」

 

「でも、ねーね、人形じゃん。ベッドはあるし」

 

「人形はドールハウスで寝るんだよ?」

 

「ボク、建築は専門外」

 

「別におねだりしてるわけじゃないけど、たまに帰ってきてくれないと姉上は寂しさと心配で死んじゃうぞ?」

 

「じゃあ一緒に来て。ボク一人じゃ持てない」

 

「っ! 響香ちゃん以外にデレなかった黄彩くんがついに!」

 

「はいはい。じゃあえっと……」

 

「あ、黄彩ちゃん」

 

「今のボクは黄彩くん」

 

「……黄彩ちゃんになってくれたりはしない?」

 

「しない」

 

「黄彩さんでもいいんよん?」

 

「……はやく持ってきて。03と07と08」

 

「16はいらない?」

 

「いらない」

 

「わかりました持ってきます!!」

 

「……聞いて、姉さん」

 

「私にっ! ついに癒しが! 4倍速!!」

 

 常人の2倍並の速度でラストは消えて駆け抜けていった。

 

 

傑作No.03《月夜の光》

傑作No.07《不個性》

傑作No.08《この世で最も不要なもの》

 

傑作No.16《ハニードール》

 

 

 

003

 

 

 

 場所は移り、雄英高校美術室。

 

「めーめーさん、もう来てるー?」

 

「めーめーさんとはずばり、この私のことですねっ!? 発目(はつめ)()に、(めい)()でめーめー!」

 

 台車に山盛りの工具や機械やよくわからないものを載せた発目明が、そこにいた。

 

「会いたかったよ!」

 

「ええ、ええ、パワーローダー先生から聞いていますとも! 明日から一週間よろしくお願いします!」

 

 

 黄彩が相澤に頼んでいたことというのは、職場体験期間中の発目明との合作。サポート科はサポート科で職場体験があるのだが、黄彩はヒーロー科の職場体験に行く気がなく、発目の同意の上なら免除し場所を用意するということだった。

 

 その場所とは、今や黄彩のアトリエと化している美術室だった。

 

「で、そちらは……」

 

「私は最終技術集結人型自動機構人形、ラストドール。ラストとお呼びください」

 

「ほほぅ?」

 

 ラストの簡潔な自己紹介を聞いて、発目は目を輝かせながら全身を見渡す。

 

「あの、何か?」

 

 黄彩の作品を収めたバッグを机に置きながらラストは首を傾げる。

 

「あなたもしや、人間ではありませんね!?」

 

「私の名前を聞いて一瞬でも人間だと思ったんですか!? 仕方ありません、私をお姉ちゃんと呼ぶことを許可しましょう!」

 

「ちょっと分解してみていいですか!? あなたの内臓、機構、原動力! 色々見せてください!!」

 

「お姉ちゃんを()らす気ですか!? ネジ穴なんてありませんよ!?」

 

「大丈夫慣れてます!」

 

「わかりましたあなたはあれですね!? 子供の頃にボールペンを分解して戻せなくなってたタイプの子ですね!? 子供の頃の黄彩くんに似た雰囲気を感じます!」

 

「シャーペンでも万年筆でも作りますとも!」

 

「……カオス?」

 

 相澤は黄彩と発目を『混ぜるな危険』扱いしていたが、黄彩の目の前にそれ以上の危険物がいた。

 

 というか、姉だった。

 

 

「では改めて、ちゃんと自己紹介しましょうか。私はサポート科の発目明、個性はズーム、よく見えます!」

 

「ん、ボクは黄彩。個性は図画工作、大体作れる」

 

「私はさっきしましたけど、ラストです。人間ではありませんが、個性にあたるものとして変形と倍速があります。体の形状を変えたり、はやく動いたり出来ます。あとこの服装は私の趣味です」

 

「つまり、メイドロボではないと……?」

 

 発目はプラスドライバー片手に首を傾げた。

 

「そもそもロボではありませんよ。……あー、あくまで私は黄彩くんのおまけというか、鞄持ちなので黄彩くんと……」

 

 オドオドとした様子でラストは黄彩の背後に下がった。

 

「……あの、一つお聞きしてもよろしいでしょうか?」

 

 ふと思ったかのように、発目は作業用の手袋をつけた手で挙手した。

 

「うにゃん? 何でも聞いて良いよ?」

 

「なぜ貴方ほどの、人間国宝ともあろう貴方が、私を誘ってくれたのでしょうか。確かに私は優秀である自覚はありますが、それでも学生の範疇です。貴方ならそれこそ、企業との合作だってできたのではありませんか」

 

 発目と最も長い時間を過ごしたであろうパワーローダーなら、思わず目を見開くことだろう。冷静沈着な問い。

 

「ウフフ、それならもう言った気がするよ。言っていた気がするよ」

 

 黄彩は美術室の備品である白紙のキャンバスを一枚引き抜いた。

 

「ボクは君たちが大好きなんだよ。自分の作品をベイビーと呼び至高と愛する君が、君に愛された作品、君のベイビー達が大好きなんだ。……誇って良いよ。発目明さん、君はボクを釣り上げた」

 

「海老で鯛を釣ったって感じですね!」

 

「……姉様、黙って」

 

「なるほど、……わかりました! ご期待に添えるか分かりませんが、この発目明! 全身全霊を尽くして見せましょう!!」

 

「ウフフ、そこまでじゃなくていいんだよ? 加工は全部ボクの個性でなんとかなるから、めーめーさんには発想力を補って欲しいの」

 

 そう言いながら、発目明の肖像画を渡した。

 

「……失礼かもしれませんが、なんでサポート科に来なかったんですか!? その個性で絵も描けるなら即座に図面を起こしたり、3Dモデルの印刷も可能でしょう!?」

 

「だってきょーかがいないもん。ヒーローにもヴィランにも、企業にも人類にも、ボクは大して興味ないの。せいぜいテーマかな。――平和の象徴の制作」

 

「きょーか、あぁ、あの優勝者の。……平和の象徴、……つまり、オールマイトの後継者を作る、と?」

 

 一目瞭然。頬は緩んで釣り上がり、体が火照って白い肌が赤みを帯びていた。

 詰まるところ、発目明はワクワクしていた。

 スケールの大きすぎる話と、そのスケールに似合う肩書きを持つ人間と合作できるという状況に。

 

「プランとコンセプトはもう幾つかあるんだけど、この一週間ではその一つ。最低でもオールマイトの全盛期並の戦闘力まで引き上げる、無個性専用量産型パワードスーツ、名称未定。……あれはそのプロトタイプ、作品No.72《すじ肉》だよ」

 

 美術室の隅にしばらく放置されている、オールマイトを蹴飛ばすのにしか使われなかったものを黄彩が指差すと、発目が飛びついた。

 

「斬新な着ぐるみかと思っていましたが、なんとこれが!! ……ちなみにこれ、どの程度のパワーが出るんですか?」

 

「今のパワーだけならオールマイトと同等程度。あ、気をつけてね。無個性以外の人が着たりすると、最悪筋肉に圧縮されて果汁100%ジュースになるから」

 

「え……」

 

 失敗して大爆発を正面から受けることの多い発目でも、流石にそんな危険物に考えなしに飛びつく勇気はなかった。

 

「もしもの時はこのラストお姉ちゃんがお二人をお守りしますね」

 

 部屋の隅で、黄彩の作品の列に並んで見守るラストの目は、優しい姉のものだった。

 

 

 




キャラ紹介
最終技術集結人型自動機構人形(最終人形(ラストドール)

 金髪の肩口あたりまでのポニーテールで、目は紫色で、瞳がカメラのレンズのような構造になっている。が、めーめーさんのようにズームができるわけではない。

 黄彩の父方の祖父母が命と個性と意地と趣味の全てを尽くして生み出した合作にして最終傑作。黄彩が七歳のときに完成し、同時に祖父母は衰弱で死亡した。

 生まれてからずっと黄彩のアトリエに住み着いていて、黄彩と響香を見守り続ける存在。ただ、全く外出しないわけではなく、趣味で衣服を作ったりしている。メイド服もその一つで、日によって巫女服だったり、ゴスロリだったりする。過去、スク水で響香の授業参観に参加し注目と警察を集めた。
 姉であるが呼称が安定しないのはキャラが整っていないから、かもしれない。ただのノリかもしれない。

 名称に最終技術とあるように、最新技術を遥かに超える技術でその身が構成されており、その一つが《倍速》
 頭脳にあたるパーツの処理速度がせいぜい人間の半分であるため、常に2倍速で動いている。早口になっていないのは喋るのが遅いから。最高速は本人も不明。


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第二十二話 殺人鬼の吸血刺殺と悪即轢殺

※今回黄彩くんも響香ちゃんも出ません。


001

 

 

 

「ま、待て! お前、アンチヴィランだろ?」

 

「聞いてねぇよ。ライトダッシュモーター」

 

 巻解使駆は東京都、渋谷に来ていた。理由は金欠。

 収入源がヴィランの財布のみな使駆が一箇所に止まり続けると、そこら一帯からヴィランがいなくなるので、どうしても一箇所に拠点を置けないのだ。

 

 路次裏で木端ヴィランを肉塊にしながら財布を漁る使駆は、ふと呟いた。

 

「アンチヴィランって名前、クソだせぇな……」

 

 軍用クラスの頑強さを誇るらしい無骨なスマホで検索してみれば、出るわ出るわアンチヴィランの都市伝説。

 

 曰く、彼の者はヴィランに殺されたヒーローの怨念である。

 曰く、公安が陰で雇っている殺し屋である。

 曰く、ヒーロー殺しステインのアンチである。

 

 曰く、曰く、曰く。曰く付きにもほどがある。そしてそのすべてが、身に覚えがない。

 

「つぅか誰だよ、ステインって。ヒーロー殺すとか悪趣味なやつだな、おい」

 

 呆れた様子でスマホをポケットにしまい、戦利品を集めて適当な店を求めて路地裏を出た。

 

「殺すならクズに限る。今日も死人の金で食う飯が美味いぜ、きっと。ギャハハ」

 

 

 

002

 

 

 

 ヴィランしか殺さない偏食殺人鬼、巻解使駆。

 ヴィランであれば見境無し。

 襲われたが最後、人の形が残れば幸い。

――のだが。

 

「ギャハハハハハハハハ!! ……くっそつまんねぇ」

 

「アッハァ! 奇遇ですね! 私もです!!」

 

 肉も骨も綯い混ぜに殺す、轢殺専門の殺人鬼、アンチヴィラン。

 人を啖うように血を吸う、刺殺専門の殺人鬼、トガヒミコ。

 

 使駆はトガのナイフを、手袋が役割を果たせず露出した球体関節の指で握りしめ抑える。愛用のライダスーツも、特に上半身はボロボロになっているが、しかし血は一滴も流れていない。

――故に、血を吸いたいトガヒミコはつまらなそうに顔を歪める。

 

「アンチヴィランくん、それだけボロボロになって血が出ないなんて……、あなたそれでも人間ですか?」

 

「ギャハハハ!! よく言われるが、生憎と自信がなくってなぁ!! お前は自分が人間だと誇れるか?」

 

「……私、君のことが嫌いです」

 

「ギャハハハハハハハ!! 気が合うな!! 俺も俺のことが大っ嫌いだぜ!!」

 

「ええ、本当に気が合います。私も私が嫌いですから」

 

 ある意味で、その二人は似たもの同士だった。

 

「レプチューンモーター。……命は取るが、金まではとらねぇでおいてやるよ」

 

「アンチヴィランくんは殺しますが、血は一滴だって飲んであげません」

 

 食らうが為に。生きる為に。自分の為に。

 

「ギャハッ!」

 

「アッハァ!」

 

 肉。肉。肉。肉。

 骨。骨。骨。骨。

 血。血。血。血。

 

 死屍累々。臓物の雨。死肉の山。

 木端ヴィランの成れの果ての上に立っているのはただの二人の殺人鬼。

 

「ギャハハハッ、ギャハハハハハハ!! お前のことは大っ嫌いだっ!! 殺したくないから覚えてやるよっ! トガヒミコ!」

 

「アッハハァ! 私も殺したくないほどに嫌いですっ! アンチヴィランくん!」

 

「巻解使駆だぶっ殺すぞっ!!!」

 

「私は渡我被身子です!」

 

「……ひでぇ名前だな。大丈夫か? いじめられてないか?」

 

「使駆くんには言われたくないですよぅ」

 

「ギャハハッ!! そんじゃあ、またいつか」

 

「またねっ!」

 

 利害の一致。あるいは、属性の住み分け。闇と裏。影と黒。

 

 背中合わせに振り返ることなく、手を振ることもなく、頬を釣り上げ笑いながら殺人鬼たちはその場を去っていく。

 

 

 

003

 

 

 

 ヒーロー科で職場体験が始まって数日、近年稀に見る大事件が、東京都保須市で起きていた。

 ヴィラン連合によって街中に脳無が複数放たれ、人も建物も見境なく、考えなく破壊の限りを尽くしている。

 

 そんな現場から離れたところで、地に伏せた雄英高校の生徒達二人と、立ち塞がる一人を、全身に刃物を備えたヴィラン、ヒーロー殺しステインが見下している。

 

「口先だけの人間はいくらでもいるが、お前は違う。生かす価値がある」

 

 ステインに何かを見出された緑谷だけが立ち、轟、飯田、その他ヒーロー一人はステインの個性によって身動きが取れないでいた。

 三人を殺そうとするステインを緑谷はなんとか抑えようと奮闘しているが、ただでさえ半人前ですらない高校生。防戦一方であった。

 

「贋作は、殺さねば。……、正さねばならない……」

 

「絶対に誰も殺させない!」

 

 ステインはボロボロの刀で斬りかかる。緑谷は新たに身につけた、自身の肉体を壊さない戦い方、《ワンフォーオール・フルカウル》で飛び出す。

 

――が、ステインは突如飛び込んできたものに蹴り飛ばされた。

 

「ギャハハハハハハハ!!  見つけたぞヒーロー殺し!!!」

 

 急停止の摩擦で靴から煙を上げる男に、緑谷達は目を丸くする。

 

「……今日はよく邪魔が入る。何者だ」

 

「ギャハハハハハハ!! 『何者だ』、だぁ? んだよテメェ、良いやつか?」

 

「ダメです逃げてください! あいつはヒーロー殺し!! 危険です!!」

 

 緑谷は事情を知らなさそうな男に、逃げるよう叫ぶ。が、男は嘲笑いながら前に立った。

 

「ギャハッ! 知ってっか? 俺はテメェのアンチらしいぜ!! ――ぶっ殺す。アトミックチューンモーター」

 

「「っ! アンチヴィランか!!」」

 

 緑谷とステインの驚愕が重なる。地に伏せた者達も驚愕と敵意の目を使駆に向けた。

 それを無視するように、使駆はステインに向かって疾走し、蹴りを放つ。

 ステインは躱す素振りを見せず、刀で唾ぜり合うように構えた。

 

「ギャハハハハハハ!!! おれぁその呼び方ダセェから嫌いなんだ! ぶっ殺すぞこのやろう!!」

 

 ステインの刀で負傷するどころか、使駆は刀を蹴り折った。

 蹴り抜いた先でスイッチを切り、その場の全員を見据えるように振り返る。

 

「おれぁはヒーローじゃねぇが悪の敵!! 殺すべきを殺す執行車!! ――テメェの趣味が気にいらねぇからぶっ殺しに来た。ライトダッシュモーター」

 

「論外! 贋物以下だ!!」

 

 速さよりもパワーに重点をおいた使駆の動きを、ステインは難なく躱す。

 勢いあまり、うっかり伏せた飯田を踏み抜きそうになるが、跳躍することでなんとか避ける。

 

「……どうしてそんな簡単に、命を奪えるんだ……」

 

 飛び越えられた飯田の嘆きに、使駆は背後から答える。

 

「ギャハハ! 簡単じゃねぇよっ! 殺意ってやつは言っちまえば、欲望の最果てにあるんだぜ!! 七つの大罪ってやつだな。腹減ったから殺す! むかつくから殺す! 金が欲しいから殺す! テメェらヒーローは飢えたことがねぇからそーいうこと言えんだよっ!! ――テメェら、殺し以外で救えないときに殺せるのか? ウルトラダッシュモーター」

 

 クラウチングスタートの姿勢で問いながら、さっきまでとは桁違いの速さで駆け出した。

 

「正しき社会のためならばっ!!」

 

 ステインはナイフを抜きながら躱そうとするが、速度に対応仕切れずに蹴り飛ばされた。

 

 地面を抉りながら停止した使駆は方向を調整してもう一度スイッチを入れようとするが、突如陽気な音楽がなって立ち止まる。

 使駆のスマホに電話がかかって来た。画面を見て、怪訝そうに首を傾げながら電話に出る。

 

「ギャハハ、俺に電話なんて珍しい、ってか初めてじゃねぇか? ……何があった、響香」

 

「「「っ!?」」」

 

 覚えのある名前に、動けずにいた三人が驚く。

 

「……あん? ……ぶっ殺すぞテメェ。ちと待ってろ」

 

 電話を切り、ため息混じりにスマホをしまい、緑谷達へ振り向いた。

 

「ったく、殺人鬼使いが荒すぎるぜ」

 

「耳郎さんに何をするつもりだっ!」

 

 ようやっと動けるようになったのか、叫ぶ緑谷に続くように飯田と轟も立ち上がる。

 

「ギャハハハハ!! そうか! そういやテメェら雄英か! ……テメェらはあっち飛んでったバカ捕まえるなり殺すなりしてろ。俺はクソぶっ殺してくる」

 

「待て!!」

 

「待たねえ! ――スプリントダッシュモーター」

 

 何もかもを置き去りに、使駆は保須市から離脱して行った。

 

 

 

004

 

 

 

「気絶してる、のか?」

 

 使駆の指差した方向に行けば、ゴミ捨て場で頭から血を流しながら気絶しているヒーロー殺しが見つかった。

 

 飯田が警戒しながら観察していると、緑谷がゴミからロープを拾って来た。

 

「これで縛ろう。轟くん、クラスグループに耳郎さんとアンチヴィランのこと、伝えておいて」

 

「わかった。一応気をつけろ」

 

 

『耳郎、そっちにアンチヴィランが向かって行ったかもしれねぇ。気をつけろ』

 

 轟が送信すれば、すぐに既読が付き、皆々から心配する声が届くが、黄彩と梅雨、響香だけ返信が無いことには気がつかなかった。

 

 



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第二十三話 殺人鬼の救済夢殺と事件殺戮

001

 

 

 

 響香はプロヒーロー、デステゴロの事務所に職場体験に来ていた。

 することはフィジカルトレーニングと、街のパトロール。

 細身な響香とは対照的に筋骨隆々なヒーローであるデステゴロのトレーニングに弱音をこぼしつつ数日を過ごしていた。

 

「イヤホン=ジャック、俺たちで突入するからお前はここで待機だ」

 

 平凡とまでは行かずとも、そう激的に劇的な職場体験にはならないと思っていたのだが。

 

「ウチも戦えます」

 

「聞き分けろ。お前はまだ見習い、俺たちはお前に安全を保証せねばならない。お前の前からありとあらゆる危険を排除しつつ見せるのが俺の仕事だ」

 

「……はい」

 

 数分後、響香はその返答を後悔する。

 

 デステゴロとサイドキックが、多人数テロが開かれているショッピングモールに突入していった。

 響香は野次馬と共に、警察に敷かれた規制線の先でデステゴロ達の生還を待つ。

 

――銃声。

 抗戦しているのだろう。

――打撃音。

 拮抗しているのだろう。

 

 シャッターの向こうで火薬の爆ぜる音と人が殴り飛ばされる音だけが、イヤホンジャックを通して私に状況を伝えてくる。

 

 時間が経つほどに、銃声も打撃音も頻度が減り、さらに経てば幾つか水風船が割れるような音が聞こえ、音は完全に鳴り止んだ。

 

「大丈夫……、なんだよね?」

 

 コスチュームが私服に近い響香は、警察にはヒーロー達を心配する少女にしか映らない。

 スマホを出し、ここ数ヶ月でやっと二桁に至った電話帳を開く。

 

 響香の心配は、最悪とまではいかずとも極悪な形で裏切られた。

 

「おらどきやがれ。こいつがどうなってもいいのか?」

 

 三十人以上いたテロ集団は二十と数人まで数を減らしながらも、一切の傷も負っていないリーダー格と思わしき男が、傷だらけのデステゴロに銃を突き付けながらショッピングモールから出て来た。

 ショッピングモールを事実上の牢獄としたシャッターも、強大な障害であるヒーローも、何もかもを突き破って。

 

 事前の話からどれだけ巨漢の男なのかと思えば、そのリーダーは影の住人のように暗く細い。嫌に真っ白なハンドガンだけが明るいようで不気味だ。

 仲間達は異形型、筋骨隆々。フィジカルモンスターばかり。

 

「俺たちのことは見なかった、来なかったことにして帰せ。最後の一人がここを去ればこいつは殺さないでやる」

 

 リーダーの男が言えば、警察も野次馬も顔を見合わせる。

 

 もう躊躇う暇はなかった。響香はイヤホンジャックを繋ぎ、電話をかけた。

 

――耳郎響香の新技、音声入力。スピーカーから心音ではなく、声を出力する技。……説明を聞いた誰もが地味だと笑ったこの技が、しかしこの状況から転回する最適解だった。

 

「あんたが一番速い。手っ取り早くウチを助けて」

 

 

 

002

 

 

 

「ギャハハハハハハ!!!!」

 

 聞こえてくる。死神も火車も閻魔も神仏も轢き殺す、邪気に濡れたの無邪気な笑い声。

 

 野次馬を立ち退かせている警察が、その笑い声に警戒を見せる。

 

「ギャハハハハ!!! ギャハハハハハハ!! ギャハハハハハハハハハ!!! 今どきテロだとっ!? チョーウケる!! ――殺さないほうがいいんだよな?」

 

 飛び込んできた使駆はスイッチを入れモーター音を鳴らしながら、響香に目を向けながら呟く。

 響香が警察に察されない程度に目を合わせれば、使駆はスイッチを切りながらテロリスト達に身体を向けた。

 

「ギャハッ!! いいぜいいぜっ! いつかの殺人鬼よりよっぽど気持ちのいいクソ共だ!!」

 

「お前、何者だ? まさかヒーローじゃねぇよな?」

 

 銃を向ける仲間達を抑えながら、リーダーは問う。

 

「……アァン? またそれだ。またそれだ。またそれだ!! 『何者だ』、だぁ!? テメェらそれでもヴィランか!!」

 

「……撃て」

 

――轟音。度重なる銃声。四十近くの穴が使駆へと向けられて、金属の塊が火薬で飛び出す。

 

「他人の所在なんざ気にしてんじゃねえ!! 人の顔色を伺うな!! 自分と他人を隔てるな!! 己が正義を疑うな!! 食いもん粗末にしてることを理解しろ!!!」

 

 身動きすら取らない。びくともしない。まるで鉄の塊でも殴っているかのよう。

 樹脂のような特殊な肉体には、弾丸は通じなかった。反射することもなく、潰れた弾丸がアスファルトに転げ落ちる。

 

「ギャハハッ!! ――スピード違反の意味を教えてやるよ。ライトダッシュモーター」

 

 スイッチを入れた使駆が、テロリスト達に激突する。

 弾丸より速く、硬く、重く、大きく。

 殺すつもりがあるのかないのか、皆々至る所から骨の飛び出る複雑骨折となって地面に這いつくばる。

 

 テロリスト達は阿鼻叫喚。しかし同時に警察も残った野次馬達も口々に非難の叫びを上げる。

 

「人質なんてクセェまねしてんじゃねぇよ。――ハイパーダッシュモーター」

 

「くっ、くるっ、」

 

 目にも映らぬヤクザキック。

 顔面を踏み抜き、デステゴロをその場に放置し吹き飛んでいった。

 

「こんなんにやられてんじゃねぇよ、ヒーロー。――ギャハハハハハハ!! おらおらどうしたヴィランども!! 俺はヒーローじゃねぇが悪の敵!! 殺すべきを殺す執行車!!」

 

 過半数がやられ、戦意が完全に喪失しているヴィラン達に、使駆は激昂する。

 

「かかって来やがれ!! テメェらの敵はここにいるぞ!! 銃を向けろ! 敵を睨め! 仲間を仕留めた俺を憎悪しろ!! 肉を滾らせろ血を踊らせろ!!」

 

 意味なんてない。戦意が喪失してるならわざわざ火をつける必要なんてないはずなのだ。

 

 おかげでリーダーを失ったヴィラン達は銃を手にとり、使駆に無謀にも立ち向かっていく。

 

「……腹減った。ノーマルモーター、キックアクセル」

 

 戦意に火のついた戦士達に水を浴びせるように、襲いかかって来たヴィランの頭を一蹴し気絶させた。

 

 手近なものから財布を抜き取っていき、満足すればその場から去ろうとする。

 

「待て、……お前は、」

 

 ありとあらゆる軽傷を全て負ったのではないかというほどボロボロになったデステゴロが、使駆を呼び止めた。

 

「ギャハッ、俺はテメェの首締めるほど馬鹿じゃねぇ。長生きしろよ、ヒーロー」

 

 有り余るフィジカルで立ち上がり、使駆を追おうとするが、使駆は「スプリントダッシュモーター」と言い残し、今度こそその場から去っていった。

 

 

 

003

 

 

 

 あのあとすぐに警察と救急車が呼ばれ、ヒーローとヴィランはそれぞれ病院へと運ばれた。

 

 ヴィラン総勢37人、全員重症だが命に別状なし。治療が済み次第警察のもとで取り調べだ。

 

 サイドキック総勢8人、全員死亡。皆、惨死と言っていい有様だったらしい。

 

 ヒーロー、デステゴロ。全身に浅い傷。出血多量だが命に別状は無し。

 

 治療の終わったデステゴロの見舞いを終え、既に夕方。響香はさっきから鳴り止まないスマホを開く。

 グループトークには皆々から響香を心配する声、アンチヴィランが向かうことを警告する声が届いていた。

 

『響香ちゃん、無事かしら?』

 

 グループトークとは別で届いた、使駆と面識のある梅雨からのメッセージ。

 

 試しにと通話を掛けてみれば、ワンコールも待たせずに梅雨は出た。

 

『ケロケロ、響香ちゃん無事かしら?』

 

「うん、平気。ウチはあいつ呼んだだけだし」

 

『……響香ちゃんの味方だとしても、彼は犯罪者。あまり関心はできないわ』

 

「そっ。……確かにあいつは百を殺して百を救う、そういうやつだよ。でも、助けられたウチに文句を言う資格はない、と思う」

 

『ケロ……、仕方ないかもしれないけど、感化されちゃダメよ。響香ちゃんはともかく、有製ちゃんはどこかそんな似た感じがする』

 

「黄彩もあいつもヒーロー志望じゃない。それが、ウチらと二人の違いだと思うよ」

 

『…………そういうことにしておくわ。もう一度聞くけど、響香ちゃんは無事なのね?』

 

「ウチはね、うん」

 

『ケロ……。ごめんなさい、職場体験が終わったら、もっと話しましょ。またね』

 

「ありがと、梅雨ちゃん。頑張ってね」

 

 梅雨の職場体験先のヒーローに呼ばれたようで、通話を切り上げた。

 

「ギャハハッ、今のは前あったツユちゃんって子だな?」

 

「……アンタ、病院似合わないね」

 

 銭湯にでも行って来たのか、髪を湿らせた使駆が響香のいる病院に訪れた。

 

「ギャハハハハハ!! 生まれてこの方、怪我も病気もしたことねぇからなっ! ……いや、精神科には一回連れてかれたことがあったっけか」

 

「一回で済むもんじゃないでしょ。……逃げたな」

 

「ギャハッ、俺だぜ?」

 

「はぁ〜。あと一回でも精神科受けてまともになってれば……」

 

「そんときゃそんときで誰か死んでんだ。大して変わらねぇよ」

 

 何も用事もなく、ただ顔を見に来ただけなのか使駆は病院を出て行って、姿を眩ませた。

 

 




必殺技紹介
《キックアクセル》
 モーターの回転を走り以外に、蹴りにも活かした攻撃。

 腰を高速回転させることで、拳や足で連続攻撃する《ウエストアクセル》や、パンチに生かした《パンチアクセル》など、バリエーション豊か。

 共通の弱点として、走る速度は落ちる、全速力でタックルや飛び蹴りしたほうが強い、などがあげられる。

 利点として、幾らか加減が効く。


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第二十四話 芸術家の合作御供と全盛不完

001

 

 

 

 職場体験七日目。

 職場体験期間に無個性専用量産型パワードスーツを完成させた黄彩と発目は、市街地を模した演習場にいた。

 

 連れ添ったラストは、アトリエより持ち込んだバックの封を開け、中身を取り出す。

 発目は恐る恐る見ていて、黄彩は中身をラストから受け取り、放つ。

 

「傑作No.03《月夜の光》」

 

 昼間の市街地に、一筋の光が降りた。決して焦さぬ、冷え切った光がランタンへと降りる。

 

「傑作No.07《不個性》」

 

 言うなればマネキン。見てみれば球体。触れてみれば黄金。嗅いでみれば薔薇。舐めてみれば飴玉。

 

「傑作No.08《この世で最も不要なもの》」

 

 何ら装飾のない、無骨な刀剣。日本刀のようであり、西洋剣のようであり、東洋剣のようであり。切断という結果が具現化したような鉄の塊。

 

 

《月夜の光》を浴びた《不個性》は《この世で最も不要なもの》を握り、無い口で黄彩を嘲笑う。

 

「ウフフ。さぁ、おいで。傑作No.21《御供(ごくう)》」

 

 ラストと発目に見守られながら、黄彩はパワードスーツ、《御供》を纏う。

 

 試作品の、首なしオールマイトとは違う。

 ラバースーツのように薄く、全身に肋骨のような骨格が浮かぶ。

 

「ウフフフフフフ。親だからと躊躇せず、ボクだからと考慮せず、ボクを殺して見せろ」

 

《不個性》は不格好に《この世で最も不要なもの》を構え、黄彩に斬りかかる。

 

「と、っとっと。うん、練習が必要かな」

 

 一歩黄彩が踏み出せば、地面に衝撃が走り、アスファルトが砕け散る。歩くつもりが跳躍した黄彩は民家の屋根に着地した。

 傾斜にバランスを崩している黄彩に《不個性》が追撃し斬りかかる。

 

「ちょっとぶっ飛べ」

 

 まともに鍛錬を積んでいない、子供どころか虫も殺せなさそうな下手なパンチ。

 しかしそれでも、威力は絶大。

 

「ウフフ、いや、ギャハハとも笑いたくなるね、これは」

 

 奇跡も黄金比も円周率も美味も魅惑も切断も、全てを押し除ける暴力。

 

「ウフフフフフフ。ウフフフフフフ。ほらもう一回だよ!」

 

 地面に叩きつけられた《不個性》は身を起こそうとするが、飛び込んできた黄彩に腹部を殴打され地面に身を埋める。

 

「ギャッハァ!! ……ウフフ、やりすぎちゃったかな」

 

 クレーターに身を埋めた《不個性》を起こすように腕を引く。

 

「ウフフ、さすがボクの傑作。……負けてられないなぁ」

 

 市街地こそ十秒にも満たない時間で随分とボロボロになったものの、《不個性》も《この世で最も不要なもの》も、傷つくどころか、土汚れ一つとしてついていない。

 

 

 

002

 

 

 

「ま、及第点ってところさね。よくもまぁこんな短い期間でここまでやるよ」

 

 職場体験期間の終了した翌日。毎朝の日課となっていた身体検査を受けた黄彩は、リカバリーガールの診断を聞く。

 

「筋肉、骨格の形状と配置は命に別状がないくらいに改善されてる。体毛がないけど、まぁ問題はない。汗腺はあるから体温調節も可能。……これ以上は、アンタの好きな芸術の領分だよ」

 

「んー、……ん、じゃあもう、ここで寝る必要はない?」

 

「そうだから、さっさと荷物持って出ていきな」

 

 リカバリーガールの指さす方には、保健室を圧迫している黄彩の私物の山があった。スケッチブックにノートパソコン、ボードゲームに持ち込んでから一度も開けていない箱まで。

 

「うん、うん。ラスト姉さん、ボクの家の部屋までお願い」

 

 いま保健室には二人しかいない、にも関わらず、黄彩が声をかければ、扉を開けることすらなくラストが現れた。

 

「ええ、お姉ちゃんにお任せください。――両腕変形(アームトランス)巨人(ジャイアント)

 

 ラストは両腕を巨大化させて私物達を持ち上げ、またどこかに消えていった。

 

 目を丸くしているリカバリーガールに「ありがとね、治癒の人」、と言いながら、黄彩は教室へと向かって行った。

 

 

 

003

 

 

 

「アッハッハッハ! マジか! マジか爆豪!」

 

 黄彩が教室に入る前から、既にうるさいほどに騒ぐ声が聞こえて来た。

 

「ん〜、はょー」

 

 今日で終わりということもあって、いつも以上に検査に手間がかかって黄彩は疲れていた。

 教室に入ってまず目に入った8:2ヘアの爆豪とそれを大爆笑している男子達を無視して、向かうのは梅雨たちと職場体験中のことを話している響香の元。

 

「きょ〜か〜……」

 

「え? あ、ちょっと黄彩?」

 

 いつも髪を結うようねだりに来るが、今日はねだるでも無く抱きついて来た。

 

「えっと、なに?」

 

 響香は困惑しつつ、背に手を回して落ちないようにしながら首を傾げる。

 

「じゅー、でん、ちゅー。……寂しかった」

 

「ケロ、有製ちゃん、いつにも増して甘えたなのね」

 

「あー、もう、ウチ恥ずかしいんだけど」

 

「うぎゅ〜……」

 

 うなじに鼻を擦り付ける黄彩の頭を撫でながら、響香はふと尋ねる。

 

「ねえ、黄彩は一週間なにしてたの?」

 

「うにゃん?」

 

 甘える猫のような声を出しながら、黄彩は思い返しながら言う。

 

「んー……、作りたかったやつの一つがとりあえず出来て、あとはテストしたり、ゲームしたり、遊んだり……」

 

 指を折って数える黄彩に、梅雨も響香も思わず呆れる。

 

「ウチの行った先なんてテロにあったっていうのに……」

 

「私も、隣国からの密航者よ」

 

「きょーかならそれくらい、余裕でしょ?」

 

「ウチ、あのバカ呼んだだけだけどね」

 

「ふぅん、そう」

 

 なにやらつまらなそうに、黄彩は響香を離した。背を見せてヘアゴムを渡せば、響香は黄彩の髪を結う。

 

「おはよう~! あ、なに? 職場体験の話? 私もする! ……って言っても、ほとんどトレーニングだけだったんだけどね」

 

 そう言いながら葉隠が教室に入って来た。

 

「おお、同士よ!」

 

 葉隠と同じく芦戸も劇的なヒーロー活動と無縁だったらしく、芦戸が葉隠を抱きしめた。

 

「あ、そうだ響香ちゃん! なんか大変だったみたいだけど大丈夫だった? えっと、あれ、ヴィラン殺し! 動画観たけど、カッコ良かったよねっ。ダークヒーローって感じ!」

 

「ケロ……。三奈ちゃん、殺された人に不謹慎よ」

 

「え、でもヴィランしか殺さないんでしょ?」

 

「殺しがもうダメよ」

 

 キョトンと口に指を当てながら言った芦戸を梅雨が嗜める。

 

「ウチが見たときは殺しもしなかったけど、でもそもそも無免許だからねぇ。ハァ……」

 

 響香がため息混じりに付け加えた。

 

「み、みんな難しく考えすぎじゃない? 誰も殺さないで響香ちゃん達を助けてくれた、かっこいい。で、よくない?」

 

「そーだそーだっ!」

 

 葉隠がフォローして、芦戸も同調する。

 

 アンチヴィランが善人か悪人かもわからない以上、下手に言いがかるわけにも行かず、女子達はやれやれと言った様子だった。

 

 

 

 閑話休題。

 

「はい、私が来た。って感じでやっていくヒーロー基礎学だけどもね。久しぶりだ少年少女たち! 元気か!?」

 

 午後のヒーロー基礎学の時間。場所は運動場γ。担当はオールマイトだった。

 

「ヌルっと入ったな」

 

「パターン尽きたのかしら」

 

「むしろ新しいパターンの開拓じゃない?」

 

 生ける伝説の授業というありがたみは薄れ、揶揄うような言葉が飛び交う。別に嘗めているわけでも侮っているわけでもなく、親しみをもってこそのことだ。

 

「その通り開拓、無尽蔵だとも。さぁ、職場体験の後で皆の意識にも変化があったのではないかね? そこで、今回は遊びの要素を入れた、救助訓練レースを行う」

 

 複雑に入り組んだ迷路のような密集工業地帯で、四組に別れてレースを行う。どこかにいるオールマイトが救難信号を放ったら一斉スタート。というルールが、質疑応答を交えつつ説明された。

 

「もちろん、建物の被害は最小限にな」

 

「ウフフ、ボクだぜ?」

 

 オールマイトが指差したのは、傑作No.15《ボク》で女体化し、例のパワードスーツの女性用のものを纏った黄彩。

 

「ほんとうに頼むぜ有製少女!?」

 

「修繕費は出すから安心したまえよ、オールマイトくん」

 

「黄彩、そこじゃないから」

 

 響香がツッコミを入れると、黄彩はため息を尽きながら頷いた。

 

「それじゃあ、最初の組は位置についてくれ」

 

「それじゃ、ボクは行ってくるぜ」

 

 女体化して妙に男前になった黄彩が、スタート位置まで向かって行った。

 

 一組目で走るのは、緑谷、芦戸、飯田、尾白、、瀬呂、黄彩の五人。

 

 

 

「そういえば有製のコスチュームって初めて見たな」

 

 上鳴がそう言うと、他のクラスメイト達も「そういえば」と呟く。

 

「なんか、ガイコツみたいで不気味な見た目だな。ちょっと意外だぜ」

 

「もっとフリルとかついた可愛いのだと思ってたのになー」

 

「いや、黄彩は男だからね? あれ、でも今は女か」

 

 響香は突っ込みながらも混乱した。

 

 

「トップ予想しようぜ! 俺、瀬呂が一位!」

 

 切島がそう切り出すと、各々予想を口にする。

 

「ああー、でも尾白もあるぜ?」

 

 と、上鳴。

 

「オイラは芦戸。あいつ運動神経スッゲーぞ」

 

 と、峰田。観察眼はさすがという他ないだろう。

 

「デクが最下位」

 

 と、爆豪。非情な男である。

 

 飯田の怪我や緑谷の未知性の考察がいくつか出た後、黄彩はどうなのかと、響香に注目が集まる。

 

「あ〜、ぶっちぎりの一位か最下位。ぶっちゃけウチはあいつがテレポートしても驚かない自信がある」

 

「ケロ……、響香ちゃんの有製ちゃんへの信頼って、意外と厚いわよね」

 

「え、そう?」

 

 

 響香の予想は、一言一句その通りとなる。

 

 

 

004

 

 

 

『それではいくぞ! スタート!!』

 

 スピーカー越しにオールマイトの開始の合図が聞こえて来た。

 

「ウフフ、響香ちゃんにかっこいいところ見せないとね」

 

 黄彩は全盛期のオールマイトの身体能力と同等のパワーを駆使して、空中へと飛び立った。

 どの建造物よりも高い位置から、オールマイトのいる方向へと空を蹴り跳んだ。

 

 画面越しに観戦しているクラスメイト達は、関心の声をあげる。

 

 まるで流星。もはや光線。

 レーザービームのように飛び、黄彩はオールマイトを蹴り飛ばした。

 

「ヌオワァ!?!?」

 

「あ、やっちゃった」

 

 ゴールまでのタイムならぶっちぎりの一位。しかし要救護者を蹴りとばすという行いにより、成績的には最下位というオチだった。オールマイトは高所から落ちた。

 

「ウフフ、パワーは十分。あとは練習が必要だね」

 

 後日、オールマイトの元に慰謝料と治療費が支払われた。

 




作品紹介

傑作No.03《月夜の光》

冷たい光を天より下ろすランタン。
 細かい装飾が芸術的でレプリカがいくつか売りに出されているが、それ以上の魅力として、歩行が可能なものに限り、その光を浴びると動き出す。例)マネキン、ぬいぐるみ、死体etc.
 一応、仕組みの一部は科学者によって解明されているが、オーバーテクノロジーの産物で、今の黄彩にも再現は不可能。この辺は、黄彩の傑作が傑作である由縁でもある。



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期末試験篇
第二十五話 惰弱者の成績自慢と怠惰慢性


001

 

 

 

 職場体験期間から時が過ぎ経ち、空気が湿り、傘の手離せない季節。

 

 午後の授業を終え、そのままホームルームへと移った。

 

「期末テストまで残すところ一週間だが、……お前らちゃんと勉強してるだろうな? 当然知ってるだろうが、テストは筆記だけじゃなく演習もある。頭と体、同時に鍛えておけ。……以上だ」

 

 相澤は気怠げな雰囲気で締め、すぐに教室から出て行った。

 

「「まったく勉強してなーい!!!」」

 

 直後、そう叫んだのは芦戸と上鳴。

 

「体育祭やら職場体験やらでまったく勉強してねぇ!」

 上鳴――中間テスト21位。

 

「アーッハッハッハッハ!」

 芦戸――中間テスト20位。

 

 学力における最底辺二人が真っ先に騒ぎ出し、他の者達もテストについて話し出す。

 

「確かに、行事続きではあったが……」

 常闇――中間テスト15位。

 

「中間は、まぁ入学したてて範囲狭いし、何とかなったが……」

 砂藤――中間テスト13位。

 

「演習試験があるのが辛ぇとこだよなぁ!」

 峰田――中間テスト10位。

 

「「ちゅ、中間10位!?」」

 

 嫌にドヤ顔で言った峰田に、最底辺二人がツッコミを入れる。

 

「あんたは同族だと思ってたのにぃ!!」

 

「お前みたいなやつは馬鹿で初めて愛嬌があるんだろうが!! どこに需要あんだよ!」

 

「世界、かな? ……同族と言や、あいつがいるだろ? あのサボり魔」

 

 峰田が指さす方には、響香の膝の上で、個性を使ってトランプタワーを作っている黄彩がいた。同類として真っ先に挙げたのは、黄彩は座学の授業のほとんどを欠席しているためだ。

 

 手を使うでもなく、トランプが浮き上がって出来ていくトランプタワーに、女子達の注目が集まっている。

 

「そーっと、そーっと……。きょーか、揺れないでね?」

 黄彩――中間1位。

 

「「納得いかねぇ!!」」

 

「うっにゃい!?!?」

 

 黄彩のまさかの好成績に、芦戸と上鳴が叫ぶ。響香が揺れるよりも先に黄彩が肩をビクつかせ、トランプタワーは音もなく崩れ去って逝った。

 

「え、なに? 三奈に、上鳴まで」

 響香――中間7位。

 

 目を白黒させる響香を差し置いて、二人はトランプの散らばった机を叩いた。

 

「黄彩くんなんで!? 授業受けてないのに!」

 

「そーだそーだ!!」

 

「え、……勉強出来ないのにサボるわけないじゃん」

 目を丸くしながら、黄彩は答える。

 

「こっ、言葉には気を付けろ……。今の俺ならペンで突かれても死ぬぞ……」

 

「この天才っ子めぇ……。恨、めない!? なんで!?」

 

「アンタ達、何言ってんの?」

 

 

 

 翌週。八百万、爆豪、黄彩と成績優秀者達の協力により、全員が無事、筆記試験を終えた。

 

 

 

002

 

 

 

 演習試験、当日。梅雨の時期にしては珍しく晴天であった。

 

「……なんか先生、多くない?」

 

 黄彩以外コスチュームに着替えた皆々は、実技試験会場の中央広場に待機していた。対するは、雄英のプロヒーロー8人と1匹。

 

「これより、期末演習試験を行う。諸君なら事前に情報を仕入れて何をするか分かっていると思うが……」

 

「入試みてぇなロボ無双だろぉ!!」

 

 対人戦を苦手とする上鳴が叫んだ。

 

「んー、あれ、生徒の弱点を突ける教師一人と、二対一で戦うか逃げる試験じゃないの?」

 

「有製黄彩くん。情報収集能力は認めるけれど、それは私に説明させて欲しかったのさ」

 

 唯一制服姿の黄彩が、上鳴の言葉に首を傾げながら言うと、説明するつもりだった校長がしょんぼりしながらぼやいた。

 

「まぁ、彼の言った通り。君たちにはこれから、ここにいる先生方と二人一組で戦ってもらうのさっ!」

 

「ボクは別枠で、一人で戦うんだよね?」

 

「……うん、そう。参考までに聞かせてもらいたいんだけど、どこで知ったのかな?」

 

 諦めたように校長が、黄彩に問う。

 

「んぇ、普通に会議室だけど。この学校にボクの耳が届かない場所なんてないんだよ?」

 

「「「それカンニングじゃん!?」」」

 

 黄彩が当然のことのように言うと、生徒達だけでなく教師達まで叫んだ。

 

「盗聴は褒められたもんじゃないが、やらなかった奴とやられた我々教師陣が悪い。耳郎や障子なら似たようなことができたはずだぞ」

 

 相澤だけがフォローを入れて、冷たい視線が刺さった。

 

「ウフフ、できることをやらないのは傲慢ってやつだよ」

 

 黄彩が言うが、やはり頷くのは相澤だけだった。

 

「それじゃあ、対戦する組み合わせと教師を一気に発表するよ」

 

一戦目 砂藤、切島VSセメントス

二戦目 蛙吹、常闇VSエクトプラズム

三戦目 飯田、尾白VSパワーローダー

四戦目 八百万、轟VSイレイザー・ヘッド

五戦目 麗日、青山VS13号

六戦目 芦戸、上鳴VS根津校長

七戦目 口田、耳郎VSプレゼント・マイク

八戦目 障子、葉隠VSスナイプ

九戦目 峰田、瀬呂VSミッドナイト

十戦目 緑谷、爆豪VSオールマイト

 

十一戦目 有製VSイレイザー・ヘッド

 

「試験の制限時間は三十分。君たちの目的は、このハンドカフスを教師にかける。それか、チームのどちらかがステージから脱出することさ」

 

「今回、極めて実戦に近い試験、ボク達をヴィランそのものだと考えてください」

 

「会敵したと仮定して、それで勝てるのならそれでよし。だが、」

 

「実力差が大きすぎる場合、逃げて応援を呼んだ方が賢明だ」

 

 13号、スナイプ、相澤の言葉を聞き、生徒達の背筋がのびた。

 

「出番がまだのものは、試験を見学するなり、チームで作戦を相談するなり、好きにしろ。以上だ」

 

 相澤が最後にそう言って、教師達は持ち場へと向かって行った。

 

 

 

003

 

 

 

 場所はモニタールーム。

 リカバリーガールの他に、話の通じないペアである緑谷と麗日がいて、そこに黄彩もやって来た。

 

「あ、有製くんも見学?」

 

 気がついた緑谷が、黄彩に声をかけた。

 

「んー、ボクは一人だし、作戦もいらないからね」

 

「さ、さすがやわ……」

 

 お菓子まで持ち込んで観戦気分な黄彩の余裕っぷりに、麗日は思わず慄いた。

 

「なに言ってんだい。アンタの相手だって十分以上に天敵だろうに」

 

 リカバリーガールが呆れたように言った。

 

「ウフフ、ボクは計画を立てない人間だからね。災い中のありがた迷惑の名は伊達じゃないよ」

 

「名前は幾つもつけないんだろう?」

 

「ウフフ、嘘がバレちゃった。ま、作戦がないのはほんとだけどね。負けようが赤点だろうがどうでもいいし」

 

「出席日数が足りてないんだ、下手な点数取ったら留年になるよ」

 

「え〜。……めんどくさいなぁ」

 

 黄彩は床材から椅子を作り、ポップコーンを開けて寛ぎ出す。

 

「……みんな、全力なんだよ」

 

「うにゃん?」

 

「デクくん?」

 

 あからさまにやる気のない様子に、緑谷は思わずといった様子で言った。

 

「みんな全力でヒーローになろうと努力してるんだ」

 

「ウフフ、ボクは努力が嫌いなの。ボクは生まれてこの方努力というものをしたことがない。苦労はするけどね」

 

「僕には君が、本当にヒーローになりたがっているようには見えない」

 

「殺人鬼がみんな殺人鬼になりたくてなったと思う? 人の可能性に夢見過ぎだよ、緑の人」

 

「で、デクくん、有製くんも。喧嘩はやめよ? な?」

 

 だんだんと険悪な空気になったところに、麗日が間に入って仲介する。

 

「ウフフフ、ごめんごめん。……確かに、ボクはヒーローに向いてないよ。なにせボクは芸術家だからね」

 

「っあ、えっと、ごめんねっ。僕こそ、失礼なこと言った……」

 

「ウフフ、怒ってないってば。ポップコーン食べる?」

 

「い、いただきます」

 

「ほら、無重力の人も」

 

「あ、うん。……いいのかな」

 

「いいわけないだろうに。ここは飲食禁止だよ」

 

 リカバリーガールの言葉を無視して、黄彩はポップコーンを貪った。

 

 

 

 

 




作品紹介

傑作No.07《不個性》
 細部まで、ありとあらゆる部分に黄金比を活用された実寸大の人形。指の関節まで稼働するもので、素材にはPAI樹脂と呼ばれる、金属の代用品として使われる、強度と熱耐性に優れたものが使われている。

 のっぺらぼうよりも凹凸のないその姿は、五感全てに美的刺激を伝え、常人が認識すると、異世界を覗いたかのような錯覚に苛まれる。

 単独では動くはずのないものだが、ラスト曰く深夜に動くことがあるのだとか……。

 美しく、しかし同時に不気味であることから子供からの人気が少ない。

 黄彩の父、灯の作る人形はこの《不個性》に個性的な要素を与えたものだったりする。
 今の黄彩でも量産は可能だがするほどの価値がない傑作。


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第二十六話 惰弱者の芸術損失と美学想起

001

 

 

 

 演習試験は次々と進んでいった。

 正面から挑み惨敗したペア、一人が倒れても奮闘し勝利を収めたペア、強大な敵にプライドをねじ曲げて勝利したペア。

 

 十戦目のペアが終わり、ようやっと黄彩の出番となった。

 

 ステージは、辺り一面障害物の無い草原地帯。黄彩が個性で材料にできるものは限られ、対する相澤は個性を遮るものがない。圧倒的に不利な戦場だった。

 

「この試験ではお前の近接戦闘能力を測る。運動が苦手なのは知っているが、なんとかして見せろ」

 

「ウフフ、めんどうくさいけど、まぁ仕方ないか。……綺麗に、可愛く、美しく。魅せられる戦いにしなくちゃね」

 

『有製黄彩、演習試験。レディー、ゴー』

 

 他のクラスメイト達の試験と違い、黄彩の演習試験はお互い見えている。会敵した状況からスタートということだ。

 

「作品No.7――」

 

「遅い」

 

 何かをしようとした黄彩だったが、完成する前に相澤の個性、《抹消》で無効化されてしまう。

 

「え、ちょ、」

 

「ばあさんが言ってなかったか? 俺はお前の天敵だと」

 

 個性が封じられてしまえば、黄彩の身体能力は小学生程度。体力はそれ以下だ。

 

 相澤の捕縛布は黄彩の腕を胴ごと捕らえ、踏み潰すように地に伏せさせた。

 

「ウベッ、……う〜」

 

「その貧弱な身体能力はヒーロー以前に、人として致命的だ」

 

「ウフフッ、そんなこと、言われなくたってわかってるもん。……ボクの目はゴミ箱の底にだって届くんだよ」

 

 相澤の個性、抹消の弱点は瞬き。目を閉じると、そこで一度抹消は解けてしまう。

 作品を作るには脳内で作業工程を想起する必要があり、その時間は一瞬では足りない。しかし――

 

「――冷間加工」

 

 一瞬あれば殴れるように、不可視の巨大なハンマーで相澤を殴り飛ばす。

 

「グッ……」

 

 飛ばされた相澤だったが、プロとしての意地か、地に這わされながらもその目は黄彩を見ていた。

 

「もっかい、って、うぅもう!!」

 

 追撃しようとしたができなかった黄彩は思わず地団駄をふむ。しかし黄彩の天才じみた頭脳が冴えたる妙案を導き出した。

 

「あれ、こっから出てもクリアなんだよね?」

 

 というか、忘れていたルールを思い出しただけだった。

 

「させると思うか! …………おい」

 

 全身に鈍い痛みが残る身体をなんとか起こした相澤はすぐに気付く。

 黄彩は捕縛布で縛られたまま走っていたが――

 

「はーひゅー、はーひゅー、はーひゅー」

 

 距離にして50m程度の距離を、半分も走りきれずに息切れして立ち止まっていた。

 

 大した戦闘も行っていないのに、黄彩以上に相澤は疲労のようなものを感じた。

 

 息を切らしながら歩いて立ち止まってを繰り返す黄彩を相澤は追いかけ、肩に手をついた。――ついてしまった。

 

「えい」

 

「っな!」

 

 この時の相澤の最適解は、問答無用で蹴り倒すべきだった。

 

 古典的な騙し打ち。完璧に油断させたところを、黄彩は捕縛布を目の前で解き、相澤にハンドカフスをつけた。

 

『有製黄彩、条件達成』

 

 終了の合図がなると、相澤はため息と共に肩の力を抜く。

 

「ウフフ。綺麗に可愛く美しく、とはいかなかったけど、ボクの身体能力だって捨てたものじゃないでしょう? 一芸だけじゃ成り立たない。うん、忘れてたよ。美しさには弱さが付きもの。……久しくボクは美学を失念していた」

 

「教えたかったこととは全く違うんだが、……まあそれは次でいい。か弱さというのも、時には武器になる。よく考えたな」

 

「ウフフ、見た人間の思考を停止させるのは芸術家の基本技術だもの。次は個性だって停止させて見せるよ」

 

「……出来ただろ。やはりお前は、合理性に欠けるね」

 

「芸術ってそういうものだよ、きっと。……今日はもうこれで終わりでしょ? おんぶ。ボクをきょーかのとこまで連れてって」

 

「……ああ、わかった」

 

 天を仰いだ後、相澤は腰を低くした。

 

 

 

002

 

 

 

 放課後の帰路。

 黄彩と響香は駅への道中、何か欲しいものがあるでもなくコンビニに立ち寄っていた。

 

「ボク、コロッケ食べたい」

 

「夜食べられなくならない?」

 

「コロッケは別腹なんだよ?」

 

「うん聞いたことない」

 

 レジ前で漫才を繰り広げて、そのうちに二人が雄英の体育祭トップ二人なのが露見して人が集まったりとあったが、なんとかコロッケを二人分購入することに成功した。

 

「ウチ、初めてサインって書いた」

 

「でも上手だったよ? 練習してた?」

 

「……ノーコメント」

 

「ふぅん。そういえばボクも人のものに書いたことはあんまないかも。いつも絵の裏とか隅に書いてるから」

 

「へぇ、意外」

 

「んー、別に芸能人じゃないからね。ぶっちゃけ人間国宝って有名人かすら怪しいよ?」

 

「黄彩の名前、美術の教科書にもほとんど載ってなかったからね」

 

 なんて事のない、他愛のない会話だ。

 そして自愛もない。投げやりに投げ槍を投げつけるような哀なき談話。

 

「ねえきょーか、ボクがヒーローを目指す男の子だと仮定して、全力でヒーローを目指すってどういうことかな」

 

「え、なに急に」

 

「ウフフ、緑の人にそれとないことを言われちゃってね。ボクはヒーローになりがっていないってさ」

 

「うん、だろうね」

 

「んー、でもさぁ。英雄は英雄になりたくてなるわけじゃないじゃん? 例えば桃太郎は、昔話の主人公になりたくて鬼退治に行ったわけじゃないじゃん?」

 

「昔話でしょ」

 

「今だって百万年後には百万年前だよ」

 

 まったくまったく……、と言った様子で黄彩は楽しげに続ける。

 

「いやそうじゃなくて、桃太郎は鬼を退治したからヒーローになったわけで、鬼を退治するためにヒーローになるわけじゃないんだよ」

 

「その心は?」

 

「ヒーローになりたいって精神がそもそも矛盾してるって、だからボクは言いたいんだよ。ヒーローになりたいってことはつまり、鬼の出現、他人の危機、平穏の終焉。そんなものを願ってるってことなんだから」

 

「……確かにそう、……なのかな」

 

「正義の敵は別の正義、ってよく言うけれど、今この時代のヒーローは悪と正義が両立してるが故の産物にしか見えないよ」

 

 さながら天秤のように、黄彩は両腕を左右に広げた。右手には食べかけのコロッケが、左手にはボールペンが握られている。

 

「ヒーロー飽和社会と呼ばれるこの時代は、同時にヴィランの時代でもある。桃太郎は名誉と栄光で時代(物語)の先もヒーローでいられたけれど、じゃあこの時代(物語)の英雄は、ヴィランが絶滅しても、時代の先でも英雄でいられるかな?」

 

「全員は、無理だと思う」

 

「うん。ボク達のクラスの全員が、世界中のヒーロー全員が、昔話の主人公にはなれない」

 

「……黄彩、そういうところだと思うよ。ヒーローに向いてないって」

 

「ウフフ、ボクは夢で魅せる人間であって、夢を見せる人間じゃないからね。そういう意味じゃ、ボクはヒーローでなくとも英雄ではあるのかもしれない」

 

「なに言ってんだか、ウチには良くわかんないけどさ。……ウチにとって、黄彩は十分以上にヒーローだよ」

 

「うにゃ……、そういうこと言われると、照れる」

 

「アンタ、照れるなんて感情あったの?」

 

「失礼な。ボクだよ?」

 

「黄彩だから言ってんの」

 

 ツッコミで叩くように、イヤホンジャックを黄彩の胸元に突き刺した。

 

「んっ、んんっ、これ、好きかも」

 

 黄彩の全身に、響香の心拍が響いている。

 

「ごめん、やっといてあれだけどそんな反応されると恥ずいからやめて」

 

「きょーかにギュッとされてるみたい」

 

「ほんとやめて!」

 

「ウフフ、きょーかの昔話はボクが書いてあげるよ」

 

「自分が主人公の絵本とか絶対見たくない。書いてもいいけどウチが死んでからにしてよね」

 

「ボク、きょーかと一緒に死ぬつもりなんだけど」

 

「アンタ、……死ぬの?」

 

「ボクだって人間だよ? きょーかが死んだりしたら、それこそ自分の個性で辺り一面みじん切りにでもして死ぬとも」

 

「……死ねないなぁ」

 

「死なせないとも。バッドエンドなんて悲しいだけだからね」

 

 冷め切ったコロッケを詰め込むように頬張って、玄関の扉を開く。

 

 




作品紹介

傑作No.08《この世で最も不要なもの》
 世界中のあらゆる刀剣の要素を兼ね備えた刀剣。素人でも振れば鉄塊が切れる危険物。
 職人曰く、切断という結果が具現化したような物品。

 切断時に破片を一切出さないが故に、使い道が何よりも無いが故の作品名。

 危険物だが、黄彩の傑作の中では比較的安全。

 今の黄彩では再現不可能。科学的に解明はできているが製造は難しいそう。

 最近はラストが裁断に使っていて、名に疑問を持っているとか。


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林間合宿篇
第二十七話 被救者の赤点赫点と黄響逢引


001

 

 

 

「世界五分前仮説ってあるじゃん」

 

「……いきなりなに」

 

「この世界は五分前に全て作られたものだって仮説だけど、このうどんにとっての世界って鍋なわけじゃん」

 

「本当になにを言ってんの?」

 

「つまり、このうどんはもう茹で始めてから五分が経過してるってわけなんだよ」

 

 演習試験が行われた日の夜。当然のように耳郎家のキッチンに立っている黄彩は鍋の前で理路整然でない理論を並べ始めた。

 

「夏にうどんを茹でるのが暑いのはわかったから、ちゃんと十分茹でて」

 

「二百度で茹でたら五分で終わったりしないかな」

 

「それは茹でてるんじゃなくて揚げてる。味のないチキンラーメンみたいになる」

 

「180人で待てば三分待つカップラーメンが1秒で食べられるって理論もあったよね」

 

「600人集める暇があったら、薬味の準備でもしたらいいんじゃないの」

 

「もう終わっちゃったもん。ネギとわさびと生姜と大根おろし」

 

「あと七分」

 

「うにゃい……」

 

「……いつも思ってるんだけど、黄彩のその『うにゃ』って奴、イタいよね」

 

「うにゃん?」

 

「それ。イタいよねって」

 

「言いたい? きょーかも言っていいよ?」

 

「……うにゃん」

 

「なにそれ可愛い」

 

「無敵かお前」

 

「不敵なんだよ」

 

「不適切って感じだけどね」

 

「適切な人間なんて気持ち悪いだけだよ。それこそ不個性だね」

 

「アンタの傑作の一つでしょそれ」

 

「気持ち悪さは傑作の常だよ」

 

「駄作じゃなくて?」

 

「傑作も駄作も同じだとも。落書きだって百万年経てば歴史だよ」

 

「黒歴史かもしれないけどね」

 

「歴史から見れば十分なんて落書きみたいなものだし、」

 

「あと四分」

 

 

 

 無事、耳郎家の夕飯は美味なるうどんとなった。

 

 

 

002

 

 

 

 翌日の朝。

 黄彩と響香が登校して来て、教室の戸を開けて視界に飛び込んで来たのは半泣き状態の芦戸であった。

 

「みんなっ、土産ばなっし、ひぐっ、うぅ〜」

 

 周囲には他にも上鳴、切島、砂藤が死人のような表情で佇み、他のクラスメイト達に慰められていた。

 

「えっと、どうしたの?」

 

「きょーか、あれだよ。試験で負けちゃったから」

 

「……あぁ、そういう」

 

 納得した響香はどう言ったら分からず、とりあえず芦戸の頭を撫でてみた。

 

「あ、あぅ、きょうかちゃん? なにを……」

 

「きょーか、ボクも」

 

「ハイハイ」

 

 ある意味、両手に花だった。

 

「まっ、まだ分からないよ!どんでん返しがあるかもしれないよ…!」

 

「緑谷…。それ、口にしたら無くなるパターンだ…」

 

 緑谷も慰めようとするが、瀬呂は静かに首を横に振り否定する。瀬呂も試験をクリアこそしたものの、試験でなにを出来たでもなく速攻で爆睡。勝ったのは峰田だけと言ってもいい結果に終わっているのだ。

 

「試験で赤点取ったら林間合宿行けずに補習地獄! そして俺らは実技演習クリアならず! これでまだ分からんのなら貴様らの偏差値は猿以下だ!」

 

「うわーん、学校に残って補習地獄なんて嫌だー!」

 

 上鳴は指先で緑谷を突きまくりながら絶叫し、それを聞いた芦戸は絶望に満ちた夏休みを想像してポロポロと涙を零す。

 

「ボクがどうにかしてみる? 雄英の敷地を林で埋めて林間合宿にするとか」

 

「なんかそれは違くない!?」

 

「やめろ、全員行くから」

 

 ホームルームのチャイムと同時に入って来た相澤は黄彩の頭を叩きながら言った。

 

「「「どんでん返しだぁ!!」」」

 

「赤点取ったら学校に残って補習地獄とか、本気で叩き潰すとか仰っていたのは……」

 

「追い込む為さ。そもそも、この林間合宿は強化合宿だ。赤点取った奴こそ、ここで力をつけてもらわなきゃならん。合理的虚偽ってやつだ」

 

 ともあれかくあれ、林間合宿は全員が参加するらしい。

 

「だが、全部嘘って訳じゃ無い。赤点者には別途に補習時間を設けてある。ぶっちゃけ、学校に残っての補習よりキツイから覚悟しろよ」

 

 赤点者達は睡眠時間を大幅に削って作られた補修時間に戦慄したりした。

 

「えっと、よかったね三奈」

 

「あんまりよくなぁい……」

 

 

 

 各々それぞれな心境を抱きつつ、一日の授業が終わり放課後。

 

「一週間の強化合宿か」

 

「けっこうな大荷物になるね」

 

「暗視ゴーグルとピッキング用品と小型ドリルが必要だな……」

 

 一週間分の着替えやタオル、洗面道具など持っていく物は数多くあるだろう。女子達はとりあえず持ち込み検査は徹底してもらおうと心に誓った。

 

「あ、じゃあさ! 明日休みだしテスト明けだし、A組みんなで買い物行こうよ!」

 

「おお良い! 何気にそういうの初じゃね?」

 

「わーい、行く行く!」

 

「おい、爆豪。お前も来いよ!」

 

「行ってたまるか、かったりぃ」

 

 葉隠の提案すると、皆盛り上がる。

 

「黄彩、明日って空いてる?」

 

「んー、大丈夫だと思うよ。ボクもペンとかカメラとか買いに行きたいし」

 

「んじゃ、ウチらも参加で」

 

「デートじゃなくていいの?」

 

「ウチらをなんだと思ってるの」

 

 

 

003

 

 

 

「さぁ、やって来ました! 県内最多店舗数を誇るナウでヤングな最先端! 木椰区ショッピングモール!」

 

 翌日、待ち合わせの場所にはA組の面々が集まっていた。

 

「ナウもヤングも、もうナウでもヤングでもないよね」

 

「わー! 黄彩くん私服可愛い! なんで!?」

 

 学外なので当然みんな私服なのだが、中でも黄彩は女子達から注目を集めていた。

 夏らしい、白地にひまわりの刺繍が施されたワンピースを女装でもなく着こなし日傘をさす男子というのは、いささか異様であった。

 

「ウフフ、ボクだからね」

 

「黄彩の私服って、大体こんなだよ。お母さんの趣味」

 

 クルクルと回るように見せつける黄彩を尻目に響香が言うと、男子達は同情の目を黄彩に向けた。

 

「んじゃあ、目的バラけてるだろうし自由行動にすっか」

 

 黄彩達が最後だったようで、切島がそう言った。

 

 皆それぞれ何人かのグループに分かれていき、黄彩と響香はいつも通り二人になった。

 

「……誰かしらの策略を感じる」

 

「ん? きょーか、そういえば何買いにきたの? ボクはカメラとカードと、あとペンくらいだけど」

 

「ウチは着替えの服と、薬局でいろいろかな。近いのは服かな。そこからでいい?」

 

「ん、ボク一人だと迷子になるしね。ついてくんだよ」

 

 黄彩が響香の手をとると、響香も握り返して店を巡り始めた。

 

 

 

 

「見て見て、デートだよデート」

 

 黄彩と響香を二人にしようと策略した者たちは、先に行ったと見せかけて背後に回り込んでいた。

 

「つってもよぉ、いつも通りだよな」

 

「なんか面白くないね」

 

「なにを言うか! それが微笑ましいんじゃん!」

 

「……ダメだ。女子の考えてることはわからん」

 

「ケロ、有製ちゃん、平然とドレスを着こなしてるわ」

 

「林間学校で着るわけじゃねぇよな、あれ」

 

「さすがに走りにくいでしょ」

 

「黄彩くん、体操服でも走れてなかったけどね」

 

「おやおや、雄英のみなさん。楽しそうなことをしてらっしゃいますね」

 

「「「っ!?!?」」」

 

 物陰に隠れて二人を観察していると、背後から声をかけられた。

 レンズのような紫色の瞳、ポニーテールの金髪、左右対象の美貌。その服装は巫女服であり、ショッピングモールにいるのは異様であった。

 

「あはは、どうも始めまして。私はラスト、あの二人のお姉ちゃんです」

 

「ケロ? それじゃああの二人、実は姉弟なのかしら?」

 

「いえ、まさかまさか。それじゃあ面白くないでしょう?」

 

 ニンマリと、愉悦に満ちた笑みを浮かべた似非巫女に思わず慄いた。

 

「姉弟のように共に暮らし、周囲もそう扱う中で当人たちは外で様々なものを見て、次第に互いに異性として見てしまうようになり、でも姉弟の距離感が残っていて生じる沸々としたジレンマ! 見てるこっちまで胸がキュンキュンしそうです!」

 

 見るのも恥ずかしいと言わんばかりに顔を手で覆いながらも指の隙間から黄彩達を見ている様子は、恐怖すら感じる。

 

「いつもお姉さまはほったらかしですから。たまには二人に癒しになっていただきませんと。ウフフフフ……」

 

 雄英生徒達は、そっとその場を去って買い物を始めた。

 

 

 

 




作品紹介

傑作No.10《道徳的な龍》
 粘土で作られた、黄色の龍。完成した頃は子猫ほどのサイズで、響香によく懐いていた。

 およそ五年で大きく成長し、大人二人まで背にそせて飛べるらしい。
 雑食で人間の食事も食べられるが、それ以外のものも食べられる。

 名前に違わず温厚な性格で、人懐っこい性格に育った。

 最近は雄英に住みついていて、相澤やミッドナイトなんかが餌をやったりして可愛がられている。


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第二十八話 被救者の崩壊芸術と黄色無彩

001

 

 

 

「黄彩、ウチちょっとトイレ行ってくるから、待ってて?」

 

「ん、その辺で座って待ってるね」

 

 買い物は一通り終え、荷物を全て郵送で送ったあと。残った時間を潰そうと見て回ったりしていたが、響香が黄彩の元を離れたタイミングで、それはやって来た。

 

「おっ、あんた雄英の体育祭で優勝した奴だよな」

 

 黒いパーカーでフードを被るという暑苦しい格好をした、不健康そうな青年が、ベンチに座って響香を待つ黄彩に声をかけた。

 

「えっと、誰だっけ。……いつだか襲撃して来た人だよね」

 

 黄彩はフードの中の顔を覗き込みながら尋ねる。

 

「……他人の空似じゃねぇか?」

 

「そんなことないもん。ボクにとって知覚と記憶は同義だよ。えっと、ガラガラほこら?」

 

「俺の名前はそんなポケモンの遺跡みてぇな名前じゃねぇよ」

 

「弔い合戦?」

 

「全然ち……がくもねぇ。死柄木弔だ、覚えろ」

 

「んー、それで、崩壊の人、ボクになんか用事? 似顔絵なら五百円でいいよ?」

 

「……はめたな?」

 

 死柄木は黄彩を不機嫌そうに睨みつけながら、五百円を払った。

 受け取ると、黄彩はバックから紙と鉛筆を取り出す。

 

「少しでもおかしな挙動を見せてみろ、絵を描くのに大事な腕から崩れ始めるぞ」

 

「……ウフフ、無駄だよ。ボクは腕がなくても絵がかけるからね。ほら、そっち座って」

 

 微笑む黄彩に促されるままに、死柄木は向かい側に座った。

 

「なんか喋ってよ。じゃないとつまらない絵になる」

 

「……俺は大体なんでも気に入らねぇんだけど、今一番気に入らねぇのはヒーロー殺しだ。雄英襲撃も、保須の時の脳無も、注目が全部奴に喰われた」

 

「ふぅん? ボクはそのヒーロー殺しって人を知らないけど、それは残念だったね。やりがいがなくなって大変だ」

 

「……誰も俺を見ないんだよ。なぜだ? いくら能書き垂れようが、結局奴も気に入らない物を壊してただけだろ。……俺と何が違うと思う?」

 

「んー、その能書きっていうのが、どれだけ知られてるか、どれだけ理解されるかってとこじゃないかな。知名度って奴」

 

「じゃあ何か、チラシでも配れってのか? それとも動画か?」

 

「それより面白くてかっこいい方法があるよ」

 

「……なんだ」

 

「でっかいビルにさ、デカデカと犯行予告でも描いてみたらいいんじゃない? 落ちにくいペンキで街中のビル全部にやったら、みんなヒーロー殺しとかどうでもよくなると思うんだよね」

 

「……いいな、それ。チンピラくさくて地味だが面白そうだ」

 

「まぁ、ボクがやってみたいだけなんだけどね。これよりヴィランっぽい方法はあんま思いつかないよ。せいぜい、ペンキじゃなくて人の血を使うとかかな」

 

「十分怖ぇよ。……さてはいいやつだな、お前」

 

「ボクはヒーローになれても、向いてはいないらしいからね」

 

「お前、俺の仲間にならないか?」

 

「やーだ。きょーかがいないもの」

 

「……そいつも一緒でもか」

 

「きょーかはヒーローになりたいんだって。……邪魔するなら、ヴィランごと絶滅させるよ?」

 

「……悪かった」

 

 顔色一つ変えずに脅す黄彩に冷や汗を流しながら、死柄木はベンチから立った。

 

「次あったときは、多分敵だ」

 

「あれ、もう行っちゃうの? ならほら、絵。大事にしてよね」

 

 黄彩は死柄木に見えるように、絵を手渡した。

 

 青年の姿より幾らか幼い少年が、瞳に闇を流しながら黒に抱きしめられる絵だった。

 

「ウフフ、なかなか会心の出来だよ」

 

「……誰だよ、こいつ」

 

「さぁね。崩壊の人がモデルなのは間違いないよ」

 

「欠片も似てねぇよ。……お前と話せて良かった」

 

「ウフフ、どういたしまして。お金もらったから、まいどあり、かな」

 

 楽しそうに微笑む黄彩に答えず、死柄木は絵を片手にその場から去っていった。

 

 

「黄彩くん、なにもされませんでしたか?」

 

「うにゃ? ラスト姉様。なんでいるの?」

 

「黄彩くんがヴィランと一緒にいましたから。心配でして」

 

 いつからいたのか、黄彩たちを見守っていたらしい。さっきまで死柄木が座っていた位置に、ラストが座った。

 

「どこか怪我はありませんか?」

 

「ん、へーき。指一本も触られてないよ」

 

「それならいいのですが……」

 

 ホッと、ラストは胸を撫で下ろした。

 

「お待たせ黄彩……、なんでいるの、姉さん」

 

 トイレから戻って来た響香はすぐにラストに気がついた。

 

「寂しくなって遊びに来ちゃいました。もう帰りますので、心配いりませんよ」

 

「黄彩、大丈夫だった?」

 

「ん、別に何にもなかったよ。あ、ガラガラほこらって人と話してたかな」

 

「……誰? そのポケモンの遺跡みたいな名前の人」

 

「んー、えっとねぇ、ゲームだったら闇属性っぽい人」

 

「本当になにもなかったの? 怒って怒鳴られたりしなかった?」

 

「ウフフ、きっと楽しいよー」

 

「ではでは響香たん、黄彩くん。私はこれで」

 

 

 

 数分後、ヴィランが現れたと通報があったらしく、黄彩達雄英生も即刻帰宅となった。

 

 

 

002

 

 

 

 ショッピングモールでの通報の件もあり、翌週のホームルームで合宿先が変更されたりとそんなこんなあって合宿当日。

 

 目的地へと向かうバスの前にはA組の生徒とB組の生徒、計40人が集合していた。

 

 40人。一人少ないのだが、その一人は当然のように黄彩であった。

 

「ねぇ響香ちゃん、黄彩くんは?」

 

「あー、なんかの仕事でトラブって一緒に行けないってメールきた。今日のお昼過ぎくらいには追い着くって」

 

「そういえば黄彩くん、働いてる、……んだっけ?」

 

「さぁね」

 

 ため息まじりに、響香は目を逸らした。

 

 

 

 バスが発進してから、合宿先についての説明がされた。もともとの合宿先は海の近くで海水浴ができたそうだが、変更先は山の近くらしく、海水浴はなくなった。

 水着はなしか、川ならワンチャン、などと会話は大いに盛り上がっていた。

 

「荷物、下ろしたら?」

 

「……うん」

 

「あ、お菓子食べる?」

 

「……うん」

 

 バスに乗り込んでから、響香は荷物のリュックサックを膝の上に乗せたままボーっとしていた。隣に座っている葉隠が心配しながら響香の頬を突いたりしている。

 

「黄彩くんいなくて寂しい?」

 

「……うん、うん? あっ、いやそのちがっ、これはなんか、最近ずっと一緒だったから調子が狂うっていうか、その、」

 

「きょ、響香ちゃんがいまさら恋する乙女してるっ! 超かわいい!」

 

「待って。いろいろ言いたいけどとりあえず、いまさらってなに」

 

「え、だっていつもは見てて恥ずかしい通り越して微笑ましい感じなのに、今は見ててキュンキュンするもん。日常ものから少女漫画にジョブチェンジした感じ?」

 

「……ごめん、なに言ってんの?」

 

「あーあ、私も黄彩くんみたいな彼氏欲しいなー」

 

「え……もしかしてショタコン?」

 

「響香ちゃんがそれを言うの!?」

 

「……ぶっちゃけ、黄彩は恋人にすると面倒な奴だと思うよ?」

 

「それ絶対本人に言っちゃダメだからね!? 黄彩くん泣くよ!?」

 

「大丈夫、……多分」

 

「……いつか聞こうと思ってたんだけどさ、響香ちゃんってショタコンなの?」

 

「黄彩のことを言ってるなら違うから。ウチがロリの頃からの付き合いだし。小学生同士が付き合ってもそいつロリコンとはならないでしょ」

 

「響香ちゃん、目がマジすぎるよ?」

 

「あはは……、ウチがどれだけショタコン疑惑を掛けられてきたと思う?」

 

「うん、……なんか、ごめんね」

 

 

 

 

 



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第二十九話 被救者の土猫流獣と黄色黄色

001

 

 

 

「……ここで一旦休憩だ。お前ら一旦降りろ」

 

「はーい! ……あれ、B組は?」

 

「つうか、何ここ? パーキングじゃなくね?」

 

 バスが止まったのは、山の中腹の空き地のような場所。なるほど景色はいいが、ただそれだけでトイレも売店もベンチすらもなかった。

 

「なんの目的もなくじゃ、意味が薄いからな」

 

 相澤が何かを説明しようとすると、一台の黒い車がバスの隣に停まった。

 

「よーう、イレイザー!」

 

「ご無沙汰してます」

 

 降りてきたのは、猫っぽい派手な衣装を着た二人の女性と、一人の無愛想な少年。

 

「「煌めく眼でロックオン! キュートにキャットにスティンガー! ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!」」

 

 子供受けしそうな口上にポーズをとる二人を相澤は冷めた目で見て、緑谷だけは興奮した様子で二人のことを説明する。

 

「今回お世話になるプロヒーロー、プッシーキャッツの皆さんだ。……お前ら、気持ちはわかるが挨拶はしろ」

 

「「「っ、よろしくお願いします!!」」」

 

 慌てて挨拶すれば、マンダレイは片手を振りながら応える。

 

「ここら一帯は私らの所有地なんだけど、あんたらの宿泊施設はあの山の麓ね」

 

「遠ッ!?」

 

 マンダレイが指さしたのは、遥か遠くに見える山だった。

 

「え……? じゃあ、何でこんな半端な所に……」

 

「ハハ、バスに戻ろうか……。な? 早く戻ろうぜ?」

 

 カンの良い生徒は既に嫌な気配を感じ取っていた。

 

「今は午前9時30分。そうね、早ければ12時前後かしらん。私有地につき、個性の使用は自由よ」

 

 マンダレイの言葉に、生徒達の嫌な予感は確信に変わる。

 

「12時30分までに辿り着けなかったキティはお昼抜きね」

 

「悪いね諸君。合宿はもう始まっている」

 

 相澤の言葉を最後に、地面が波のように揺れた。押し出すように膨れ、津波のように崖の下へと流れ込んだ。

 

「今から三時間! 自分の足で施設までおいでませ! この魔獣の森を抜けて!」

 

「さぁて、私の土魔獣ちゃんたちの出番ね」

 

 生徒達の悲鳴が、頂上まで轟いた。

 

 

 

「一人、沖縄から向かってくるやつがいます。そいつがついたときに誰もいなかった場合どうなるか分からないので、我々も急いで向かいましょう」

 

「「え……」」

 

 悲鳴を気にせず、相澤が連絡事項を伝えると二人が固まった。

 

「今日の出発前に連絡が来まして。……女子一名の状況次第じゃこの森が砂漠になりかねます」

 

「もしかして私、早まった?」

 

 ピクシーボブが冷や汗を流しながら相澤を見るが、目をそらしながらバスに戻っていった。

 

 

 

002

 

 

 

 お昼頃。黄彩は予定よりも早く、合宿先の宿泊施設に到着した。

 

「キュイッ!」

 

「んー……、きょーかはまだ着いてないのかな」

 

 道徳的な龍から降りた黄彩はキョロキョロと周囲を見渡していると、バスと車が停まった。

 

「なんとか間に合ったか」

 

「あ、消しゴムの人。きょーかは?」

 

「森だ。今こっちに向かって来ている」

 

「イレイザー、なんて呼ばせ方してるの」

 

「……誤解です。こいつがうちの一番の問題児、有製黄彩です」

 

「ん。お姉さん達、だれ?」

 

 黄彩が首を傾げると、プッシーキャッツの二人が目を輝かせる。

 

「「煌めく眼でロックオン! キュートにキャットに「誰?」……」」

 

「おい有製。やめてさしあげろ」

 

 意図的か天然か、黄彩が途中で口を挟んで二人は涙を浮かべる。

 

「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ、……マンダレイです」

 

「同じくワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ、ピクシーボブです、はい……」

 

 口上を決められなかったのがよっぽど堪えたのか、かなり落ち込んだ様子だった。

 

「あ、お土産の黒糖チョコレート。みんなの分は郵送にしたけど、こっちで食べようと思って何個かは持って来たんだよ。猫の人たちも、はい」

 

「あ、ありがとう。……マジで沖縄からここまで来たの?」

 

 マンダレイが受け取りながら尋ねる。

 

「ボクが作ったシーサーが配送中に壊れちゃってね。あっちで作り直して来たの」

 

「……ねぇ、もしかして芸術家の有製さん、いやシトリング=ラフィ?」

 

 黄彩の言葉を聞いて、ピクシーボブが恐る恐ると言った様子で挙手しながら聞くと、黄彩は頷く。

 

「ん、そうだけど。もしかしてファンの人?」

 

「ハイ! 私の個性で作る土魔獣ちゃんも参考にして作ったんです!」

 

「ふぅん、そっか。ありがとっ! ……ちょっと待ってね」

 

 手を両手で握られた黄彩はお礼を言いながら振り払い、道徳的な龍に括り付けられたバックをあさりに行った。

 

「わ、私なにか失礼を……」

 

「ピクシーボブ、彼が何者か知ってるの? 芸術家って言ったよね」

 

「知らないの!? 人間国宝の万能芸術家、シトリング=ラフィよ!?」

 

 マンダレイは知らなかったようで、興奮した様子のピクシーボブを訝しむ。

 

「え、ええ? でも彼、……彼? ヒーロー科なのよね?」

 

「う、うん。あれ、確かになんで……」

 

 プッシーキャッツ二人揃って首を傾げていると、黄彩が戻って来た。

 

「サインはあんまり描き慣れてないからね。代わりにこれあげる」

 

 そう言って渡したのは、無数の猫に集られているワイルド・ワイルド・プッシーキャッツの四人、フルメンバーの絵だった。

 

「……これ、私たち?」

 

「え、貰っちゃっていいの? というかどうやって……」

 

「ボクの個性ならこれくらい簡単だからね。……もしかして他にメンバーの人いた? それなら描き直すけど」

 

「ううん、四人です! 大切にします!」

 

「うん、ありがとう。これからもボクの作品を見てくれると嬉しいな」

 

 三人がワイワイと話しているうちに、相澤と無愛想な少年は姿を消していた。

 

 

 

003

 

 

 

「うめぇ! うめぇ!」

 

「本当に、絶品ですわ」

 

 時はすぎ、夕飯時。A組の生徒達はようやっと到着してすぐに夕食となった。

 

「これ、もしかして黄彩の……?」

 

 そこらのレストランに負けぬ美味な料理であったが、響香だけはその味に覚えがあった。

 

「ウフフ、そだよー」

 

 そう言いながら現れたのは、お盆に追加の料理を載せて運んできた黄彩だった。

 

「シトリング=ラフィに料理をさせてしまった……」

 

「黄彩、あの人になにしたの」

 

 料理は黄彩が全てやったようで、プッシーキャッツの四人も生徒達と共に食べていた。そのうち一人、ピクシーボブだけは罪悪感や涙を流しながら食事を噛み締めていた。

 

「ん〜、ボクのファンだったみたい。あぁ、土魔獣? ってのを作るのにボクの作品を参考にしたんだって」

 

「妙に強いししぶといと思ったらアンタのせい!?」

 

「ウフフ。ご飯、美味しい?」

 

「美味しいけど一発はたかせて」

 

「やーだ。おかわり作ってくるねー」

 

 その場の大勢が拳を握り、振るう先を見失っていた。

 

 

 

004

 

 

 

「ウチ、いま逃げてった黄彩も入れなきゃだから後で入るつもりなんだけど……」

 

 夕食を終え、入浴の時間。当然男湯と女湯で分かれているので同時に入ることになるのだが、相澤に入浴を言い渡された途端に黄彩は逃げ出した。

 

「それなら黄彩くんも一緒に入っちゃえばいいんじゃない?」

 

 妙案閃いた! と言わんばかりに葉隠が提案する。

 

「は、葉隠さんなにをおっしゃっていますの!?」

 

 コスチュームが一番露出しているはずの八百万が、なぜか最も顔を赤くしていた。

 

「そうよ、透ちゃん。彼だって男の子なのよ」

 

 梅雨は一見いつものポーカーフェイスだが、頬が赤らんでいる。

 

「でも、黄彩くんには見えてるんでしょ?」

 

「あの、……せやったら、有製くんに女の子になってもらえばいいんじゃない?」

 

「「「それだ!!」」」

 

 麗日の発言に、響香以外が食いついた。

 

「いや、ウチはいいけどそれでいいの?」

 

 

 入浴前に、女子六名VS黄彩の完膚なき鬼ごっこが催された。

 

 

 

「うぅ……、髪が濡れると寒いからお風呂は嫌いなんだよ……」

 

 疲弊した女子達と体力貧弱な黄彩の鬼ごっこは思いのほか接戦し、最終的に相澤に捕獲され響香に明け渡された。

 

「じゃあ切ればいいじゃん」

 

「それは可愛くないからやーなの」

 

「ケロ、有製ちゃん。気持ちは分かるけれど、可愛くありたいならお風呂には入らなきゃダメよ」

 

 響香に髪を洗われる隣で梅雨が言った。髪型で気づきにくいが、実は黄彩と梅雨はA組屈指の長髪であった。

 

「見ちゃったっ! 黄彩くんの黄色くん見ちゃったっ!」

 

「あわわわわわっ、初めて男の子の見てしもうたっ」

 

 黄彩の拒否と女子達の妥協により、黄彩は女体化することなく女湯に入ることになっていた。

 

「ケロ、響香ちゃん手慣れてるわね。もしかして毎日?」

 

「昔は黄彩のお母さんにウチも一緒に洗われてたけど、……最近はずっとこれ」

 

「つまりラブラブなのね」

 

「違うってば……」

 

「きょーかは好きだけど、お風呂は嫌い〜」

 

「男子なら夢のような状況なのに、こいつは……」

 

「安心するべきなのに、なんだか複雑な気持ちですわ」

 

「黄彩、ヤオモモの身体見てもなにも思ったりしないの?」

 

「んぅ、精通前のボクになにを期待してるのさ」

 

「「「は?」」」

 

 

 男湯の変態の断末魔をバックに、全身くまなく洗われた黄彩は湯船に沈んだ。

 

 

 



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第三十話 被救者の美的料理と人造人像

000

 

 

 

 もう語るまでも無いだろうが、有製黄彩は芸術家である。

――狂言回し。

 

 芸術を志し、芸術に生き、芸術に死なんと産まれた人間だ。

 その才は芸術に収まらず、あらゆる学問に美学を催させた。

 

 脳の性能だけでは無い。彼方を見渡す視覚、千里先でも聞き分ける聴覚、電子顕微鏡に匹敵する過敏な触覚、空気も読める精密な味覚と嗅覚。

 

 かのルネサンス期を代表する天才画家、レオナルド・ダ・ヴィンチの再来とすら謳われるが、なるほどその通りだろう。

 

 幾何学、料理、解剖学、美術解剖学、天文学、物理学、化学、光学etc...

 

 たった一つの作品の為だけに、ありとあらゆる芸術のために、この世に写す美のために。

 

 

 

001

 

 

 

 合宿二日目。

 早朝から相澤の指示のもと、A組の皆々はひらけた場所に集められた。試しにと、相澤は爆豪に投げさせれば、クラスメイト達の期待に沿わず、結果は数メートル伸びた程度というものだった。

 

「入学から早三ヶ月、君らは確かに成長している。しかしそれはあくまでも技術面や精神面。個性そのものは見た通り大して成長していない。そこで今日から、君たちの個性を伸ばす」

 

「個性を、伸ばす……?」

 

「そうだ。筋肉同様、個性も負荷をかけて使い続けることで成長する。そして、個性を伸ばしたらどうなるのか。その結果の一例がそこの芸術家だ」

 

「……うにゃ、ボク?」

 

 相澤の鋭い視線が黄彩に向く。朝早いことから半ば目が閉じかけていて、吹けば倒れそうな様子だ。

 

「有製の個性は一見万能の強個性だが、本来は机の上で粘土を捏ねる程度の個性だ。それを才能と努力で範囲を目の届かない位置まで広げ、知恵と発想でできることを増やしている」

 

「んー、……なんか大袈裟な気がするけど、……まぁ大体そんな感じ」

 

 黄彩は指をおもむろに振れば、振った方向にあった木がモアイ像の形に削られる。

 

「んにゅ……ボクの個性の範囲は五感と直結してるから才能に依存してるけど、大体の人の個性は使いまくって出力上げるか、適当に勉強して使い方探したらいいんじゃないかな。ふわぁ……」

 

「わかっているだろうが、鍛錬の内容は一人一人全く違う。許容上限のある発動型は上限の底上げ。異形型、その他複合型は個性に由来する器官、部位の更なる鍛錬。……そのサポートをプッシーキャッツの皆さんと俺がしていく」

 

 中でも、ラグドールの《サーチ》、マンダレイの《テレパス》はアドバイスに最適だろう。ピクシーボブは《土流》で鍛錬の場を形成、肉体派の虎は筋トレを担当する。

 

 

 

 それぞれ連れられるようにして場につき、マンダレイから伝えられるアドバイスに従いながら鍛錬を開始した。

 

 黄彩の鍛錬内容は、言うなれば勉強だった。平和の象徴を作り出すという、雄英に来てから新たにできたテーマへの足がかり。

 

 

 

002

 

 

 

 午後四時。

 夏なのでまだまだ昼と言っていいほどに明るいが、時計だけ見ればやはり夕方で。

 今日から夕食を自分たちで作らなければならなくなった生徒達はヘロヘロになりながらも調理を開始した。

 

「野菜は火を通すのがめんどくさいから薄く、小さく切って。肉は煮れば火が通るから適当で大丈夫。鍋に全部突っ込んで、油引いて炒めて、なんかいい感じになったら浸る程度に水入れて、ルーを入れれば美味しいカレーができるよ。……そしてボクはカレー嫌いだからチャーハン作る」

 

「おい待てこら」

 

 前日、爆豪をして美味いと言わしめた料理を作った黄彩が指示を出していくと、従うように作業を初めていく生徒達。彼らに紛れて、黄彩は長ネギを切り始めて響香にツッコミを入れられる。

 

「うにゃ、なに?」

 

「いろいろ突っ込みたいけど、まずそのネギどっから持ってきた」

 

「猫の土の人からもらった」

 

「……買収したの?」

 

「んー? 欲しいから頂戴って言ったらくれたよ?」

 

「逆ファンサービス、なのかな」

 

「きょーかも食べる? チャーハン」

 

「……ちょっともらう」

 

「ん。あとじゃがいもが結構あまりそうだし、じゃがバターでも作ろっか。あればみんな食べるでしょ」

 

「黄彩が食べたいだけでしょ、それ」

 

「ウフフ、もちろん。後でバターもらってこなきゃ」

 

 

 

 家庭的な味の多かった前日と違い、今日は野性味溢れる豪快な夕食となった。

 

 

 

003

 

 

 

「ねぇ黄彩、この大量のチョコレートはなに」

 

「うにゃん? 沖縄のお土産、黒糖チョコレートだけど」

 

「うん、沖縄に行くっていうのはウチも聞いたよ。……ちんすこうは? サーターアンダギーは? 紅芋タルトは?」

 

「ないよー」

 

 夕食、風呂を終えてあとは就寝のみという時間。街灯が無いため真っ暗な中トラックがやってきて、響香の宿泊部屋に段ボールが四つ届けられたのだが、それらの中身は全てに隙間なく黒糖チョコレートが詰められていた。

 

「……みんなに配ってくるから、黄彩も手伝って」

 

「ボクもう眠いんだけど……」

 

「ウチらだけじゃ食べきれないし、ほら立って」

 

「うん……」

 

 と、黄彩が腕を引かれながら立ち上がったタイミングで、ドアがノックされた。

 

「響香ちゃん今大丈夫? みんなで女子会やろうって集まってるんだけどー」

 

 半ば反射的に響香が開けると、いたのは葉隠だった。

 

「あ〜、行きたいけど、ちょっとこれ配らなくちゃでさ」

 

「なにこれ、ってチョコレート? すごいいっぱいあるけど」

 

「黄彩が沖縄土産に買ってきたんだけど、量が明らかに多くてさ。悪いけど、手伝ってくんない?」

 

「オッケィ手伝うよ! みんなでやればすぐすぐ!」

 

 葉隠は見えない首を縦に振りながらうなづく。

 

「じゃあ、これお願い」

 

「待って。これ一箱じゃ無いの?」

 

 響香が丸々一箱渡して、葉隠は無い首、……見えない首を傾げる。

 

「四箱。一箱二十四個だから、……約百個かな」

 

「……なんで?」

 

「黄彩がお土産買ってくるのも珍しいんだけどね……」

 

「だって、美味しかったんだもん」

 

「黄彩くんがアニメの富豪みたいなこと言ってる……」

 

 

 A組女子達の協力により、ヒーロー科二クラス全員に二個ずつ配られ、残りは女子会で女子達の胃に詰め込まれた。

 

 

 

004

 

 

 

 三日目。今日も今日とて個性を伸ばす鍛錬がが皆の肉体に悲鳴を上げさせていた。

 

「ァム……」

 

 唯一、気楽な様子なのは玉座に腰掛けて黒糖チョコレートを食べている黄彩のみ。

 

「……なにをしてるんだ」

 

「ん……、子作り?」

 

「は?」

 

 生徒達を見て回っている相澤は、後回しにしていた黄彩の元にもやってきた。

 

「んー、違うね。もうちょっと合ってる言葉があったはず。で、で、……デッサンヘビー?」

 

「まさかと思うが、デザイナーベビー?」

 

「そう、それ」

 

「……深いところは置いておくが、道徳倫理はどうした」

 

「きょーかの家に置いてきたよ。今のボクは無駄の切り落としたミニマリストなボクだからね。試験管ベビーを試験管無しで作る試験官なボクだよ」

 

「ミニマリストはサイコパスの別称じゃねぇぞ」

 

「お代は結構ですってやつ?」

 

「それは財布パスだ。そしてそんな言葉はない」

 

「普通に顔パスだからね。で、消しゴムの人はボクに何か用事?」

 

 ため息を盛大に吐きながら、全くこいつはと玉座の向かい側に黄彩が作ったであろう椅子に腰掛けた。

 

「お前がヒーロー志望ではなく芸術家志望なのは把握している。だが、お前がヒーロー科にいるうちはヒーローにするための教育をするつもりだ」

 

「うん、それでいいよ。おかげで傑作ができてるわけだしね。損はしてないし、何ら損失も出てないし」

 

「それは我々教職員が望んだ結果ではないのだがな」

 

「生徒が、あるいは我が子が、教育した通りに育つとは限らないでしょ」

 

「……で、今お前がやってるのもそれか」

 

「うん、そう。個性特異点って、知ってる?」

 

 黄彩は黒糖チョコレートの箱を相澤に渡しながら尋ねた。

 受け取り、一枚食べてから相澤は答える。

 

「世代を経るごとに個性が混ざり、性能が膨張し、いつか来るアンコントローラブルになる瞬間、みたいな話だったか」

 

「まぁ、大体そんな感じの終末論だけどさ、今作ってる子がそんな感じなんだよねぇ。普通の精神じゃすぐ壊れちゃうから、体を遺伝子から組み直してるところ」

 

「それで、デザイナーベビーか」

 

「雄英はいろんな人がいるからいいよねぇ。来てよかった」

 

「……前もって聞いておきたいんだが、誰のを奪った」

 

「失礼な、ちゃんと説明した上でもらったよ。すじ肉の人(オールマイト)と、おっぱいの人(ミッドナイト)と、マイクの人(プレゼント・マイク)。あときょーかのも」

 

 いつか聞いた、黄彩を中心に集い遊んでいる面々だった。本当に説明した上で渡したであろうことを察して、相澤は項垂れる。

 

「なにを作ってるんだか知らねぇが、危ないものは作るなよ」

 

「ウフフ、大丈夫。平和の象徴なんだから、平和的でないわけがないでしょう?」

 

 パキリ、と、チョコレートを噛み砕く音が鳴り響いた。

 

 

 



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第三十一話 被救者の女体被災と殺戮君臨

001

 

 

 

 三日目の夕方。

 やはり余力無く疲れ果てた生徒達の面々はキャンプキッチンに来て絶句する。

 

 グラタン、オムレツ、シーザーサラダ、ステーキ、ポテトサラダ、ポタージュ、フライドチキン。他にも名称すらわからないような、キャンプ場には不似合いな料理達が、岩を削り出したようなテーブルに所狭しと並んでいた。

 

「これは……」

 

 まだ料理をしているのか、油の跳ねる音が聞こえてきて見てみれば、黄彩は自作したであろうアイランドキッチンで料理をしていて、相澤が盛り付けられた皿を運んでいた。

 

「おうお前ら、……見ての通りだ。昨日のメシに我慢ならなかったらしい」

 

「援助しないで、どんどん食べていいからね〜」

 

「遠慮、だ」

 

「ん、そうそれ」

 

 待ち受ける料理に覚悟を決めていた生徒達が、雄叫びと歓声をあげた。

 

「ウフフ、栄養バランスは知ったこっちゃないけど、味は保証するよ」

 

 やってきた生徒達を歓迎するように、黄彩が菜箸を降ると、その方向に食べるための椅子とテーブルが作られた。

 

「ケロ。有製ちゃん、実は料理人だったのかしら」

 

「いや、人の注文とかあんま聞かないし、多分向いてないと思うけど」

 

「てか、この食材どっから持ってきたんだろ。テレビでしか見たこと無いソースとかあるんだけど」

 

 ワイワイと、バイキング形式で生徒達は料理を食べ始める。相澤やプッシーキャッツも混ざって食事に参加する中、黄彩だけはまだキッチンに立ち、デザートのフルーツサラダを作り始める。

 

「ねぇ、黄彩は食べないの?」

 

 見かねた響香が、黄彩に尋ねに来た。

 

「うにゃ、なーんかお腹空いてないんだよねぇ。発情期はまだなはずなんだけど」

 

「人間に発情期はないから。……チョコの食べ過ぎじゃないの?」

 

「うにゃ〜、そうかもしれない。はい、あーん」

 

「あむ……。甘い」

 

「いちごだからね。練乳いる?」

 

「いる」

 

 

 

002

 

 

 

「さーて、腹もふくれた! 皿も洗った! お次は、……肝を試す時間だー!」

 

「怖いのマジやだぁ……」

 

「うにゃ……」

 

 夕食後はプッシーキャッツ主催の肝試し。林間合宿が苦痛の鍛錬だけだと思っていた生徒達が湧き上がって喜んでいた。……一部苦手なものは震え上がり、気が滅入っているようだが。その筆頭たる響香は怯えた様子で黄彩を抱きしめて震えていた。

 

「その前に大変心苦しいが、補習連中はこれから俺と補習授業だ」

 

「ウソだろ!?」

 

 補習者である芦戸達は逃げ出そうとするほどに驚いていたが、迅速に相澤の捕縛布によって捕獲された。

 

 

 閑話休題。

 

「はい、という訳で驚かす側先攻はB組。A組は二人一組で三分置きに出発。ルートの真ん中に名前を書いたお札があるから、各自持って帰ること!」

 

 マンダレイの説明に、響香の震えが増す。本当にホラーが苦手らしい。

 

「なんで黄彩は平気なの……」

 

「ホラーゲームとか映画の仕事、たまにあるし」

 

 ゲームや映画の、装飾やクリーチャーのデザインは黄彩の仕事の中でも常連である。

 

「脅かす側は直接接触禁止で個性を使った脅かしネタを披露してくる! 創意工夫でより多くの人数を失禁させたクラスの勝利だ!」

 

「やめて下さい、汚い」

 

「うん、可愛くない」

 

「なるほど! 競争させる事でアイディアを推敲させ、その結果個性に更なる幅が生まれるワケか! さすが雄英!」

 

 誰も得しない勝ち負けの判別方法に、響香は震えも忘れて引いているし、真面目な飯田は前向きな解釈で納得している。

 

「さぁ、クジを引け勇者ども! なお、クジ引きの箱は男女別々だ! 同性同士でペアを組んでもらう!」

 

「ふざけんなぁ! 男同士で肝試しなんかして何が楽しいんだよぉ! 誰がそんなこと考えたんだ! オイラは絶対に認めんぞォ!」

 

 クジを引かされるのだが、二人組は男女別で引くという誰得な状態となり、遠慮なく抱きしめられる黄彩と組めない響香は絶望したが、そこは黄彩。女体化することで解決した。

 

「ウフフ、ボクに遠慮せず抱き枕にしてくれていいんだぜ?」

 

「……うん」

 

 同じ枠にさえ入れてしまえばもう黄彩の独壇場。先に響香に引かせることで、ゴミ箱の底すら見えると豪語する黄彩の眼にはクジのランダム性なんて意味をなさず、選択問題だった。

 

 トップバッターから順に出発し、4ペア目で黄彩と響香の番となった。

 

「き、黄彩、絶対手ぇ離しちゃ駄目だかんねっ!」

 

「ウフフ、ボクだぜ?」

 

「だってアンタ脅かす側じゃん! ビビるウチ見て可愛いって言うタイプじゃん!」

 

「ウフフフフフ、よくわかってるじゃないか響香ちゃん。ところで、足元注意だぜ」

 

「ハァ? 騙されキャアッッ!!!?」

 

 足元に、B組生徒四名の生首が落ちていた。

 

「可愛いなぁまったく。サービスしたくなるじゃん」

 

 黄彩はそう言いながら、地面を加工し、ひとつひとつ顔が違う生首の群れをB組生徒の生首の周囲に作り出した。

 

「「「「――!?!?」」」」

 

「うわっ、気持ちわる……」

 

 不意な反撃に、B組達は声にならない悲鳴を上げ、響香は恐怖を忘れて気味悪がった。

 

 その先も次々襲いかかる恐怖の尽くに響香が怯え、黄彩は抱きしめられながら、ルートの後半に差し掛かった。

 

「ウフフ、嗚呼、楽しくないなぁ」

 

「……え、ウチなんかした?」

 

「響香ちゃんじゃ無くてね」

 

 何かB組に仕掛けられたでも無く、黄彩は立ち止まった。

 

「アッハァ! カァイイなぁカァイイなぁ!」

 

 それは亡霊でも怪異でも悪魔でも無く、それは鬼だった。

 

――殺人鬼。両手にナイフを携えた、美少女の皮を被った殺人鬼。

 

「まっ、まさか、ヴィラン!?」

 

「ウフフ、見た感じ、使駆くん寄りに見えるけどね。――熱間加工」

 

「黄彩くんカァイイなっ――

 

 ジュッ、っという肉の焼けるような音が鳴り、巨大なハンマーで殴られる衝撃が殺人鬼に響いた。

 

――泥だった。泥人形が水をかぶったように、殺人鬼は泥になった。

 

「え、……なに、なんだったの?」

 

「響香ちゃん、やばいよ。山火事に毒ガス、殺人鬼にヴィランと選り取り見取りの大惨事だぜ」

 

「……は」

 

 茶目っけ無しの黄彩に、響香の脳は黄彩の言葉に嘘偽りがないことを察する。

 

「……ほら来た。ガスはボクにもどうしようもないぜ」

 

「え、ちょっとどうするの!?」

 

 瞬く間に周囲が薄紫色のガスに覆われる。

 

「ウフフ、……定石としては息を荒立てさせないこと。身体がガスに侵されるのを少しでも遅らせるためにね」

 

「う、うん……」

 

「室内みたく都合よく蔓延してる。空気より重いっていうより、誰かが操ってる感じ、……、かなぁ……」

 

 口元を押さえながら考察を始めた黄彩が、すぐに倒れた。

 

「ちょ、ちょっと黄彩!? ぅあ……」

 

 倒れた黄彩を起こそうとした響香も、すぐにガスに侵された。

 

 

 

003

 

 

 

「ギャハハ、マジかよ」

 

 その頃。

 巻解使駆はとある者の連絡を受け、雄英ヒーロー科一年生の合宿地に訪れていた。

 

 いつかA組が土流で流された崖上から、山がガスと火に侵される様子を見下ろしていた。

 

「ヒーロー科生徒41人、ヒーロー6人、ガキ1人。……ったく、まぁた殺し無しかよ、めんどくせぇ。ギャハハハハハハ!!」

 

 使駆は不愉快そうに顔を歪めながら、器用に笑う。

 

「ギャッハハハハハハハ!! おぅけいオゥケイ! イイ度胸してんじゃねぇかヴィラン連合!! ――ハイパーダッシュモーター」

 

 襲撃地帯に、一人の殺人鬼が飛び込んだ。

 

 



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第三十二話 救出鬼の不殺殺戮と刺殺尽諦

 

001

 

 

 

「飼い猫ちゃんは邪魔ねぇ」

 

「な、なんで……、万全をきしたはずじゃぁ、なんでヴィランがいるんだよぉ!!」

 

 黄彩と響香、B組の面々がガスに侵されるなか、肝試しスタート地点では蜥蜴のような風貌の全身に鱗を纏ったヴィランと、厚ぼったい唇の、オネェ口調の男が、まだスタートしていなかった生徒やプッシーキャッツを襲撃していた。

 

 おねぇヴィランの布に包まれた棒状の武器が、不意打ちでやられたピクシーボブの顔面を潰さんと乗せられている。

 

「ご機嫌よろしゅう、雄英高校」

 

 蜥蜴ヴィランが余裕飄々に両手を広げながら、生徒達の前に躍り出る。

 

「我らヴィラン連合、開闢行動隊!」

 

「ヴィラン連合!?」

 

「なんでここに……」

 

 怖気付く生徒達を嘲笑うように、おねぇヴィランは笑う。

 

「この子の頭、潰しちゃおうかしらどうかしらっ! ねぇ、どう思う?」

 

「させると思うか!!」

 

 虎が動こうとするが――

 

「待て待て、早まるなマグネ。虎もだ、落ち着け」

 

 と、おねぇヴィラン――マグネと虎の間に立つように、蜥蜴ヴィランが静止を促す。

 

「生殺与奪は全て、ステインの意思に沿うか否か」

 

 蜥蜴ヴィランはステイン――ヒーロー殺しの思想にあてられたヴィランらしい。

 

「……申し遅れた。俺はスピナー、彼の夢を紡ぐ者だ」

 

 蜥蜴ヴィラン――スピナーは名乗りながら、剣を抜く。剣と言っても異形であり、無数の剣やナイフなどの刃物をベルトで強引に纏めたような武器だ。

 

「なんでもいいがな、貴様らぁ。その倒れてる女、ピクシーボブは、最近婚期を気にしだしててなぁ、女の幸せ掴もうと、いい歳して頑張ってたんだよ。……そんな女の顔を傷物にして、語ってんじゃないよぉ!!」

 

 ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツの仲間として、一人の男として、虎が怒り叫ぶ。

 

「ヒーローが人並みの幸せを夢見るかぁ!!」

 

 その怒りに憤りを重ねるように、スピナーが襲いかかる。

 

「虎! 指示は出した、他の生徒の安否はラグドールに任せよう! 私らは2人で、ここを抑える!」

 

 虎の隣に立ち、怒りを隠さぬマンダレイが叫ぶ。

 

「みんな行って! 決して戦闘はしないこと! 委員長引率!!」

 

「しょ、承知しました!」

 

 マンダレイの指示に従い、飯田は生徒を引き連れてその場を離れる。

 

 

 

002

 

 

 

 プッシーキャッツがスピナー、マグネと戦闘を初めて、生徒達の姿が見えなくなったタイミングで。

 

『スピナー、ヴィランながらかっこいいじゃない♪ 好みの顔してる♥』

 

「え……」

 

 マンダレイがテレパスで心にもないことを言って、スピナーが頬を赤くしてれたタイミングで。

 

「なに照れてんの、ウブね!」

 

 鋭い爪を備えた、肉球型グローブで殴りかかろうとしたタイミングで。

 

「ギャハハハハハ!! 見つけたぞクソ野郎ども!! ――パワーダッシュモーター」

 

「「なに!?」」

 

 森の中から、木々を轢き倒しながら、ライダースーツ姿の男がモーター音と共にスピナーの剣に突進してきた。

 ベルトを引きちぎり、剣を踏み砕きながら、使駆はスイッチを切る。

 

「誰!?」

 

「テメェは!!」

 

 思わず立ち止まり、使駆に注目してしまったマンダレイとスピナーに答えるように使駆は笑いながら答える。

 

「ギャハッ! ギャハハッ! ギャハハハハハハッ! 俺はヒーローじゃねぇが悪の敵! 殺すべきを殺す執行車!! ……ヒーローとガキがいる手前、殺しは無しっつー縛りプレイ中だが、テメェの人生くらいはぶっ壊す。――ノーマルモーター、ウエストアクセル」

 

「テメェ、ヴィラン殺しだな! ステインが、」

 

「聞いてねぇよ」

 

 叫ばずにはいられないとばかりに使駆に激昂するスピナーに容赦無く、使駆は腰の捻りどころか回転を加えた平手打ちをスピナーの顔面に当てる。

 

「ブベェ!?」

 

「ちょっと、スピナー!?」

 

 常軌を逸する速度で放たれた平手打ちを受け、スピナーはマグネ目掛けて飛ばされ、吸い込まれるように激突する。

 

 チャンスとばかりに、虎は個性《軟体》を駆使してマグネとスピナーを捕らえる。

 

「……ヴィラン殺し、アンチヴィラン。まさかそんな奴までヴィラン連合に」

 

 立ち止まり、上半身を四回転させてからモーター音を収めた使駆に、マンダレイは警戒を隠さない。

 

「ギャハハ! んなわけねーだろバッカじゃねぇのっ!! アンチヴィランもヴィラン殺しもクソダセェ呼び方で嫌いだが、それでも意味も分かんねぇほどテメェらは馬鹿か!? ギャハハハハハハ!!」

 

 嘲笑うように笑う使駆に顔を歪めながら、マンダレイが尋ねる。

 

「まさか、……味方ってこと?」

 

「ギャハハ、んなこたぁどうでもいい。黄彩と響香は何処だ?」

 

「貴様、二人に何用か」

 

「ギャハハ、あっちに行ったんだな?」

 

 虎が、肝試しの会場にした方向を気にしているのを見かね、使駆はその方向を指さす。

 

「待って、あなた、一体なにが目的?」

 

「金とダチ。ギャハッ! 生憎と、テメェらヒーローが好きそうな世界征服とか人類絶滅みてぇな、大層な目的なんて無くってなぁ! ――嫌な予感がする、急ぐか。スプリントダッシュモーター」

 

「待って!」

 

「待たねぇ」

 

 そう言い残し、使駆は肝試しコースへと駆け込んだ。

 

 

 

003

 

 

 

「むぅ、……帰りたいです」

 

 その場の誰よりも早く、渡我被身子は察知していた。

 ナイフで切りつけた麗日のことも忘れたように、天を仰ぎながらため息をつく。

 

「いきなり切りつけておいて、なんなのあなた」

 

 肝試し中に乱入した被身子は、麗日と蛙吹のペアを襲いかかったのだが、一度麗日の腕を切ったきり戦意を喪失し、全身から力を抜いていた。

 

「もう、終わりなんです。だって使駆くんが来ちゃったんですもん。ステ様もオールマイトも、ヒーローもヴィランもヴィラン連合も雄英高校も、闇鍋みたいにかき混ぜられて生ゴミです」

 

「……シクくん、誰や……」

 

「ケロ、なんで彼女が知ってるのか知らないけど、響香ちゃんと有製ちゃんのお友達の殺人鬼よ」

 

「あの二人の?」

 

「一度会っただけで、よくは知らないわ」

 

 被身子には二人が本当に認識できているのか、「あはは」と笑いながらナイフをホルダーに仕舞った。

 

「嗚呼、かぁいくない音がこっちに飛んで来る。モーター鳴らして、血も涙もなく薙ぎ払われる。もうダメです。もうダメなんです」

 

 何故か諦めた様子でその場から去ろうとする被身子だったが、ふと立ち止まった。

 

 さながらミサイルのように、三人を目掛けて木々が飛来してきた。

 

「梅雨ちゃん下がって! 私が!」

 

 触れたものを無重力状態にすることができる麗日なら、確かに木々の重量なんて問題にならないだろう。

 だが、その問題の前に立つ暇すら、与えられることは無かった。

 

「ダメです。そんなんじゃあ、かぁいい二人が台無しになっちゃうじゃないですか。使駆くん」

 

 ナイフの刃で撫でるように、木々の軌道を逸らすことでそれらは頭上を超えた先に突き刺さる。

 

「ギャハハハ、心配いらねぇよ。俺なら蹴り潰せてた。久しぶりだな、被身子」

 

 使駆の言葉を聞き入れたくないという風な表情で、被身子は頷く。

 

「ギャハッ、梅雨ちゃんも久しぶりじゃねぇか」

 

「……ええ、久しぶりね」

 

 面識のある蛙吹は訝しみながら、小さく手を振った。

 

「黄彩と響香がどこにいるのか知らねぇか?」

 

「……あなたがどんな目的か分からない以上、教えるわけにはいかないわ」

 

「ギャハハッ、オレのダチが愛されてるみてぇで、俺まで嬉しくなってくるぜ。……おい被身子」

 

「……なんですか」

 

「手伝え」

 

「ケロ!?」

 

 ヴィラン殺しがヴィランに言ったセリフに、その場の女子三人が顔を強張らせる。

 

「仲間を裏切れと?」

 

 渡我被身子は首を傾げながら尋ねる。

 

「ギャハハッ!! 俺もテメェも、殺してぇ奴殺せりゃどこにいようが同じだろうが。居場所を捨てろとは言わねぇよ、手伝え」

 

「……黄彩くんと響香ちゃんを見つけて助ければいいんですね。……裏切らない範囲で」

 

「ギャハハハッ! さすが同類、わかってんじゃねぇか」

 

 笑う使駆を背に、被身子はどこかへと歩き出した。

 

「使駆くんがいるんじゃ、可愛く殺す余裕が無いから。……ばいばい」

 

「ギャハハ、人のせいにしてんじゃねぇよ」

 

 使駆もモーター音を鳴らしながら、被身子とは反対方向に歩き出した。

 

「ああ、俺が走ってた方歩けばヒーローんとこに着くぞ。気をつけてな。ハイパーダッシュモーター」

 

 被身子が逸らすことで地面に刺さった木々も、生え並んだ木々も轢き払いながら、どこかに消えていった。

 

 

 

 



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第三十三話 救出鬼の相似総鏖と高速拘束

 

001

 

 

 

 麗日、蛙吹を諦めた被身子は仲間から情報を入手し、気を失っている黄彩と響香を発見していた。

 

「見つけました。……かぁいいなぁ」

 

 二人の顔についた土を払いながら、木にもたれ掛けさせるように身を起こさせる。

 

「かぁいいなぁ。でも、切ったら殺されちゃうだろうしなぁ。でもちょっとだけ、ちょっとだけなら……」

 

 吸血用の注射器で黄彩の頬を突きながら、危うい笑みを浮かべていたが、気がつき手を止めた。

 

「彼、やられちゃったみたいですね」

 

 ガスを操っていたヴィランが倒されたようで、山からガスが晴れていく。

 

「やっとこれが外せます。気分がいいです」

 

 ネックウォーマー型のガスマスクを脱ぎ捨てた被身子の表情は、少しばかり晴れやかであった。

 

「私、なにをしてるんでしょう。……ねぇ、コンプレス」

 

「本当になにをしているんだ、君は。その二人は彼が言っていた二人だろう。連れて行くから、こちらへ」

 

 開闢行動隊の一人、マジシャンのような装いをした男、コンプレス。彼から二人を守るように、被身子はナイフを抜く。

 

「見なかったことにしてください。ダメなんです。ヴィラン連合でいるために、彼を怒らせちゃいけないんです」

 

「それは我々を裏切る、ということでいいのかな」

 

「私の居場所はヴィラン連合です。だから、壊すわけにはいかない。……どうしてもと言うなら、喧嘩。しましょうか」

 

「……いや、やめておこう。勝てない戦いをするのはエンターテイナーとしてナンセンスだからね」

 

 コンプレスが両手を上げて一歩下がると、被身子はニンマリと笑いながらナイフを納めた。

 

「もうそっちは終わったの?」

 

「ああ、バッチリね」

 

 ビー玉のようなものを被身子に見せつけると、コンプレスはその場から離れるよう促す。

 

「ええ、もう行きましょう。彼がここにいる以上、蛇足は蛇足です」

 

「……彼とはいったい、誰のことなんだ」

 

「あっはは。……巻解使駆。ヴィラン専門の殺人鬼、そして私のそっくりさんです」

 

「何……」

 

 狂ったように笑う被身子に、コンプレスは怖気付きながら追随する。

 

 

 

002

 

 

 

 B組の拳藤、鉄哲はガスの発生源である少年ヴィラン、マスタードと会敵していた。

 イレイザー・ヘッドの戦闘許可が降りたため、八百万製ガスマスクの効果が切れる前に、速攻勝負にしようとしていた。

 

「ああ、体育祭の中継で見たよ。いたね、硬くなるやつ。銃も効かないかぁ」

 

 しかし。ヴィランの方が発想が上手だった。

 ガスの中なら人の動きがわかるようで、不意打ちを仕掛けた鉄哲のガスマスクを拳銃で撃つことで破壊した。

 

「まぁでも関係ないよ。このガスの中、どれだけ息を止められるかって話になるからねぇ! ……ん? 気のせい、じゃないな!!」

 

 マスタードでなくとも、察知する個性がなくともその場の全員が分かった。

 

――霧が晴れていく。

 

「テメェも息止めてろよ、クソ野郎」

 

 周囲の霧も木々も、鍋をかき混ぜるかのように倒れ、吹き飛び、混ざり合う。

 

「名乗りは抜き、速攻だ。――プラズマダッシュモーター」

 

 渦巻きを描くように走って、それはやってきた。

 

「ギャハッ! 銃なんざ使ってる時点でプロに勝てるわきゃねーだろ! ――ノーマルモーター、パンチアクセル」

 

 語るまでもなく、使駆だ。霧の蔓延していたあたり一帯を走り回ったらしく、ライダースーツは至る所がボロボロになっていたり、木の枝が刺さったりしている。

 最高速度の勢いを残したまま一度スイッチを切り、拳を構えてスイッチを入れ直した。

 

「グアァ!?」

 

 マスタードの顔面を覆っていたガスマスクを砕き、排熱で熱された拳が炸裂する。

 

「ギャハハハハハハ! 残念だったな、俺の身体はガスだのウイルスだのは効いたところで意味ねぇんだわ。走るか止まるかしかできないもんでなぁ、アァ!!」

 

 殴り飛ばし、顔を物理的に歪められたマスタードの学ランの胸ぐらを掴み持ち上げたが、既に気絶していた。

 白けた表情で、使駆はそれをそこらに投げ捨てる。

 

 マスタードが気絶したからか、ただでさえ薄れていた霧が完全に晴れた。もうガスマスクは不要だろう。

 

「……っ! まさかアンチヴィラン!」

 

 霧が晴れたことで使駆の容姿を見た拳藤はその正体に気が付く。

 

「何!? こいつがか! クッソ、俺の獲物横取りしやがって!!」

 

 存在そのものは単細胞な鉄哲でも知っていたらしく、割り込む形でマスタードを撃破した使駆に激昂する。

 

「ギャハハッ、うっせぇよ。大したヴィランもいねぇし、金も大して持ってねぇし、おまけにダチも見つからねぇし。とんだ大赤字だぜ」

 

 使駆は倒れたマスタードの服の中をまさぐり財布を取り出すも、中身の額が少なかったようで不満気な表情。

 

「んの、なめやがって!!」

 

「あん? 喧嘩か、いいぜ。命見知らずのサービス付きで売ってやるよ。かかってこい」

 

「おおぉうらぁ!!」

 

「待って鉄哲!!」

 

 拳藤の静止を聞かず、鉄哲は使駆に殴りかかる。

 

「ギャハッ、きかねぇ」

 

 ガチン、と、鋼鉄と鋼鉄がぶつかり合う音が響いた。

 

「んだこいつ! また被り個性か!?」

 

「ギャハハハハハハ!! いい度胸してんじゃねぇか! 普通、俺をぶん殴る時は何かしら武器使うんだぜ? サービスで教えてやるよ。俺の個性は《ミニ四駆》、制御の一切が不能の超スピードと身体の丈夫さが売りだ。だから、テメェよか軽くて脆い! ――ノーマルモーター、ウエストアクセル」

 

 スラリと伸びた腕と、回転する腰で放たれる平手打ち。鉄哲より脆いというのが真実だったのか、鉄哲に大したダメージは入っていないが数メートル先の倒れた木にぶつかるまで吹き飛んだ。

 

「ギャハハ、悪りぃな。ハイになって忘れるとこだった。行くとこあんだ、付き合ってらんねぇ。おおよそ検討はついたんだがなぁ。一応聞いとくぞ、黄彩と響香の場所を知らねぇか?」

 

 使駆が拳藤に尋ねる。

 

「……A組の二人のことなら、悪いけど知らないよ。あなたの目的は何?」

 

「ギャハハ! 俺が殺人鬼だとして、ダチを助けたい。そういう考えは悪だと思うか?」

 

「殺したならどんな奴でもヴィランだよ。行かせるわけにはいかない」

 

「行くさ。俺だからな。――ライトダッシュモーター」

 

「待て!」

 

「待ちやがれ!!!」

 

 見向きもせず、使駆はその場から去っていった。

 

 

 

003

 

 

 

「おお、いたいた。怪我も、……なんでこいつ女になってんだ?」

 

 被身子がつけていたはずのネックウォーマーを枕のようにしながら、黄彩と響香は気を失っていた。

 

「んだよ、被身子の奴、見つかったんならとっとと教えろってんだ。……電話の番号知らなかったな、そういや」

 

 黄彩と響香を米俵のように担ぎ上げ、使駆は宿泊施設の方へと向かって行った。

 

 

 

 

「よう」

 

「何者だ!!」

 

 場所は補修者とブラドキングが待機していた大部屋。

 使駆は一切の障害も無く、宿泊施設へと侵入していた。

 

「お、おいそいつら! 有製と耳郎じゃねぇか!!」

 

 生徒の一人が肩に担がれた二人を見て叫ぶ。

 

「ギャハハ、よく分かってんじゃねぇか。安全なところまで保護して連れてきてやっただけだ。俺は腹へったからもう行く」

 

 黄彩と響香を誰かに手渡そうとするが、誰も警戒して近寄らないため、床のなるべく汚れていない位置に二人を寝かせて部屋から出ようとしたが、

 

「行かせると思うか、ヴィラン連合!!」

 

 ブラドキングが個性、操血で壁ごと使駆を拘束する。

 

「全て吐いてもらおうか!! 目的に構成員、本拠地全てだ!!」

 

 怒り任せの怒号が生徒達に安堵を与えるが、使駆は嘲るように笑う。

 

「ギャハッ、ギャハハッ、ギャハハハハハハッ! 今日だけで何回止められたかわっかんねぇし、マジで止められたのは久しぶりだ! 超ウケる!! ――が、俺のダチの心配を全くしてねぇところは超ムカつく。パワーダッシュモーター、ウエストアクセル」

 

 ブラドキングの血で完全に固定されているが、だんだんとモーター音が大きくなり、壁にも血にもヒビが入り始める。

 

「言っとくが、俺はヴィラン連合とかいうのとは無関係だ。俺はヒーローじゃねぇが悪の敵、殺すべきを殺す執行車。今日はテメェらがいたから殺し無しっつー縛りプレイ中だったんだ、感謝し尽くせ」

 

 ダイナマイトが爆発したかのような爆音とともに、使駆を拘束していた壁が破壊された。回転軸となっていた腰から上が高速回転し、壁に押し付けるようにして停止した。

 

「今日は大赤字なんだ、テメェらの仕事根こそぎかっさらってやるから覚悟しろ。ライトダッシュモーター」

 

 ブラドキングが追う暇もなく、使駆はその場から賭け去っていった。

 

「ブラドキング先生! 二人を寝せる布団か何かを用意したいのですが、よろしいでしょうか!」

 

「……ああ、頼む」

 

 居合わせて、一切動けなかった飯田が動揺しながらも言うと、ブラドキングは静かに肯いた。

 

 



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第三十四話 被救者の院内救済と人造姉妹

001

 

 

 

 合宿襲撃から二日が経った。

 黄彩や響香、他にも要救護者達は合宿場近くの病院に運ばれ、まだ眠ったままの者もいる中、黄彩は目覚めた。

 

「うにゅ……、ここ、びょーいん?」

 

「おはようございます、黄彩ちゃん」

 

「……やぁ、ラストおねーちゃん」

 

 目を覚ました黄彩の顔を覗いたのは、メイド服姿のラスト。顔が近づくと、目のレンズが動く微かな音が聞こえてくる。

 

 黄彩は身体を起こし、手足を見渡すようにして感触を確かめる。当然だが、戻していないので女体化したままだ。

 水をラストから受け取り飲み干すと、ベッドから飛び降りた。

 

「と、っとと。さすがに二日も寝ると、ダメだね。ウフフ、骨が鉛になったみたいだ」

 

「まだ寝ていなきゃダメですよ。病人なんですから」

 

 ふらついている黄彩を倒れないように支えながらラストが言うが、黄彩は首を横にふる。

 

「ウフフ、ラスト姉さん。……響香ちゃんはどこかな? 無事だろうね?」

 

「ええ。黄彩ちゃんと同様、ガスに侵されて眠っていますが、身体に別状はありません。いずれ目を覚ますとのことです」

 

「……そう。とりあえず会いに行きたいんだけど、案内してくれるね?」

 

 関節をほぐすように全身を動かしながらそう言った黄彩に、ラストは渋々頷く。

 

「――傑作No.15《ボク》再製作(リメイク)、うん、ボクはもう全快だぜ」

 

 明らかに痩せ我慢にしか見えないし、そう都合の良い個性ではないことはわかっているが、ラストはこれ以上は無粋だと判断した。

 

「黄彩くんには戻られないのですか?」

 

「いまボクはあっちで作業中でね。このボクは完全にボクだけなのさ」

 

 キャルルン☆、とでも擬音がなりそうなポーズをしながら黄彩が言うと、ラストは目を見開く。

 

「ま、まさかこの二日間ずっと、ですか?」

 

「ボクだけならまだしも、響香ちゃんにまで手を出そうとしたんだ。許すわけないじゃん?」

 

「……響香ちゃんの元に案内します」

 

「よろしく頼むよ、ラスト姉様」

 

「ええ……」

 

 

 

002

 

 

 

 黄彩とラストが響香の眠る病室に着くと、偶然にも相澤が見舞いに来ていた。

 

「やぁ、イレイザー・ヘッドくん。ボクはほとんど寝てただけだけど、何やら大変だったみたいだね」

 

「……有製か。そっちは、ご家族の方か?」

 

「ええ、まぁそんなところですね。黄彩ちゃんと響香ちゃんのお姉さん的な人、ラストです」

 

「申し遅れました、相澤消太です。この度は、」

 

「いえ、いえ、そういった礼儀じみたものは不要ですよ。私たちは響香ちゃんに会いにきたのだけなので」

 

「……そうですか」

 

 ラストが微笑ましいものを見る目で見ている方を見れば、黄彩は響香のベッドの近くの椅子に座り、眠ったままの響香の頬を撫でていた。

 

「有製、耳郎の二人はヴィラン殺し、アンチヴィラン。本名、巻解使駆という男に運ばれてきたそうだ」

 

 相澤は報告書を読み上げるような口調で言うと、黄彩は一切疑問を浮かべるでもなく、さも当然であるかのように微笑む。

 

「へぇ、使駆くんが。多分ママの仕業だろうねぇ。ラスト姉ちゃん覚えてる? ほら、小学校でロリコンぶっ殺して退学になった彼」

 

「面識はありませんし、その頃私は生まれてもいませんよ」

 

「あれ、そうだっけ」

 

 黄彩が戯けるように笑う。

 

「お前の母親とその男は面識があるのか?」

 

「ボクのお友達だからね。同じ釜で煮られる仲だよ」

 

「同じ釜の飯を食う、だろ」

 

「ウフフ、うん、そうだね。……さぁラスト姉様、ボクらはもう行こうか」

 

 満足したのか、黄彩は席を立った。

 

「もうよろしいので?」

 

「あんまこうしてると、どうしてもうにゃいからね。いつでも来れるんだし、今日のところはこんなところで、って感じかな。あと普通に眠い。さすがにちょっと疲れちゃったよ」

 

「有製、変なことは考えるなよ」

 

「ウフフ、このボクは響香ちゃんのことしか考えてないぜ」

 

 歯の浮くようなことを平然と言う黄彩に、相澤は思わずため息をつく。

 

「それでは相澤先生、私が言うのはなんか可笑しいですが、黄彩くんと響香ちゃんのこと、よろしくお願いしますね」

 

 ラストがメイド服に似つかわしいお辞儀をする。

 

「はい。我々教師一同、誠心誠意お守りいたします」

 

「ウフフ。じゃあまたね、イレイザー・ヘッドくん」

 

「ああ、風邪引くなよ」

 

 ラストと手を繋いで、黄彩は病室を後にした。

 

 

 

003

 

 

 

 翌日、黄彩は一通りの検査を受け、退院することとなった。

 響香の病室に寄ってから病院を出た黄彩は、ラストの運転する車で自宅の方向に向かっていた。

 

「ラストねぇね、ボクが病院に運ばれたって聞いて、心配した?」

 

「まさか。黄彩ちゃんのことですから、ついに響香ちゃんとの子を授かったのかと思いましたよ」

 

「嘘だね」

 

「ええ、嘘ですとも。お母さまから聞いて、アトリエを飛び出たんですよ、この姉さんが。心というものがこれほど強制力あるものだとは思いませんでした」

 

 ラストのハンドルを握る手に力が入る。

 

「……ボクさあ、珍しくボクがボクに譲ってくれたと思ったら、何にも出来なかった。ガスも山火事もヴィランも殺人鬼も、ボクならどうにかできたと思うんだよね」

 

「黄彩くんと黄彩ちゃんは別ものですよ。黄彩くんにしか出来ないことがあるように、黄彩ちゃんにしか出来ないことも沢山あるでしょう?」

 

「うにゃー、そうじゃなくてねぇ。あの時、ガスが見えた時にはボクはボクと変わってれば、もっと結果は変わってたと思うんだよ」

 

 黄彩は窓から顔を出しながら、後悔を滲ませる。

 

「きっと変わりませんよ。仮に、現場に黄彩ちゃんも黄彩くんも響香ちゃんもいなかったとしても、あるいは林間合宿が別の場所で行われたとしても、ヴィランが襲撃するというイベントは起き、二人がベッドに運ばれたでしょうから」

 

「えっと、なんだっけ。バックパズルだっけ」

 

「バックノズルです。物語に逆らおうとイベントを回避しても、いずれ絶対に起きるという理論ですね」

 

「そう、それそれ。でもさぁ、物語に逆らい続ければいつかは変わると思うんだよ。桃太郎だって、鬼退治を拒み続ければ浦島太郎になれる可能性だってあるわけじゃん?」

 

「それはジェイルオルタナティブです。万人には代わりの誰かが存在するという理論」

 

「いるのかなぁ、ボクとかボクの代わりになれる人間なんて」

 

「いてたまるか感半端ないですが、いてもおかしくはないでしょう。全知全能の人間がいたって不思議じゃない世の中です」

 

「全知全能を全知全能と定義してる時点で不思議な世の中だけどね。ラスト姉が全知全能になったら、何する?」

 

「かわいい人工女の子を量産してハーレムを作ります」

 

「欲望丸出しだね。人工って、……意外とコンプレックスだったりするの? 自動人形って。あるいは人工物って」

 

「世界に自分と同じ存在が一人しか居ないというのは、人間には分からない感覚だと思いますよ。疎外感と優越感と全能感が悪い感じに入り混じって、私はここに居ていいのだろうかって常々思ってます」

 

「常々思ってるんだ」

 

「ええ、常々。だから早く響香ちゃんとイチャイチャして、お姉ちゃんの癒しになってください」

 

「ラストお姉様にそこまで言われちゃ、仕方ないね。響香ちゃんと楽しく死ねる世の中にしないと」

 

「ずっと生きててほしいんですけどね、お姉ちゃん的には」

 

「ラストねぇさんは死んだらどうなるんだろうねぇ。ボクや使駆くんとは同じ釜に入れないだろうけど」

 

「それ、やっぱり言い間違いじゃなかったんですね」

 

「ボクだって結構殺しちゃってるからねぇ。響香ちゃんと同じ釜ってわけにはいかないだろうよ」

 

「姉様にしてみれば、見知らぬ誰かが死のうとそこらの虫が死のうと、どうでもいいんですけどねぇ」

 

「ボクだってそう思うよ。でも、そう思えないのが人間ってやつでねぇ。全く、面倒極まりないぜ」

 

「そうですね。あ、そろそろ着きますよ」

 

「ボクらしくもなく変な緊張してきたぜ。引きこもってるボクが羨ましいよ全く」

 

 

 ラストの運転する車は有製家、耳郎家の間あたりに停められた。

 

「心配おかけしたのですから、盛大に抱きしめられてきてください」

 

「ボク、抱きしめられてばっかりだな。別にいいけど」

 

 黄彩は有製家ではなく、耳郎家の扉を開けた。

 

 



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第三十五話 被救者の歪曲対面と黄金気性

001

 

 

 

 黄彩の両親は現在、父親は彫像師の仕事で海外を転々としていて、母親は人形劇の仕事で日本中を巡っている。そのため、黄彩は昔から縁のある耳郎家のお世話になっているのであった。

 

「えっと、」

 

「お帰りなさい、黄彩くん。……あら、今は黄彩ちゃんなのね」

 

「ただいま、お母さん。ウギュ……」

 

 病院から帰ってきた黄彩を、響香の母親、耳郎美香が出迎えた。玄関で靴を脱いだタイミングを見計らって、黄彩を思いっきり抱きしめる。

 

「お腹空いたでしょ。お昼ご飯、できてるわ」

 

「ん、いただくよ。ああ、聞いてるかもしれないけど、響香ちゃんも一応無事だってさ。そのうち目ぇ覚ますって」

 

「ええ、担任の先生から聞いたわ。二人とも、無事で何よりよ」

 

「ウフフ、……うん」

 

「黄彩ちゃん?」

 

「うにゃ、なんでもないよ。ちょっと着替えてくるね」

 

「ええ。準備して待ってるわ」

 

 

 黄彩は自分の服を置いている響香の部屋へと向かって行った。

 

 

 

 響香の部屋で、響香のものであるギターを無作為に手に取って、弦を弾いた。

 まともに弾けるわけでもなく、ただ無作為に、乱雑に、撫でるように弾く。

 

「ウフフ、あーあ。やんなっちゃうぜ。結局、ボクじゃ何にも出来ないんだもんなぁ」

 

 ギターを元あった場所に戻し、ラストが着替えに持ってきた体操服を脱ぐ。

 夏の暑さに汗が滲んだ下着も脱ぎ去り、裸となった。姿見に、完成された美しい女体が写る。

 

「綺麗さ、可愛さ、美しさ。……何が、たった三つしか知らないボクとは違う、だよ。ボクには無い芸術作法? ボクなんて綺麗で可愛くて美しいだけじゃんかさ。バーカバーカ」

 

 鏡に写る自分を嘲笑うように罵倒するも、その気持ちは晴れない。

 

「綺麗で可愛くて美しいだけのボクが、綺麗で可愛くて美しいボクに敵うわけないじゃん。……やだなぁ、人任せって。助けられるって。ボクだってボクなんだぜ? ちょっとくらい自分に夢見たっていいだろうが」

 

 響香を助けられなかったということが、なす術なく使駆に助けられたということが、黄彩の表情を美しく歪める。

 

「ヴィランなんてどうでもいい。ヒーローなんて勝手にやってろ。ボクはボクだ。ボクなボクもボクがボクだろうとボクなんだ。……ボクたちが後悔させてやる」

 

 髪を慣れない手つきでポニーテールに結い、クローゼットの中から、響香が絶対に着ないような、水玉模様のワンピースを取り出し、慣れた手つきで着る。

 

「あ、下着わすれてた」

 

 

 

002

 

 

 

「そういえばさ、お父さんは?」

 

「普通に朝から仕事よ。途中に病院寄って、黄彩ちゃんと響香の顔見て行くって言ってたけど。会わなかった?」

 

「残念ながら、タイミングが悪かったみたいだね」

 

 冷やし中華をすすりながら、二人は雑談に花を咲かせる。

 

「彼には会ったの? 巻解くん。二人を助けてくれたんでしょ?」

 

「ウフ、まさかまさか。使駆くんは殺人鬼なんだぜ。最近は顔も知れ渡っちゃったみたいだし、病院には居られないんじゃないかな」

 

「残念よね。根はいい子なのに」

 

「根っこだけは善性だからね。曲がり歪んでるけど。だからこそお友達なんだけどさ」

 

「……やっぱり、黄彩くんも貴女も、蒼ちゃんの子よ」

 

「ボクはボクの子さ。人の子ですら無くってね」

 

「そういうところよ。自分が特別だと思ってる」

 

「異常なのさ。欠陥かな。……どっちにしても特別に異常なのは間違いないとも」

 

「私たち、親からしてみれば、あなた達はただかわいい我が子なのよ」

 

「当然だとも。ボクは可愛いからね」

 

「そういうところよ、……黄彩くん」

 

 美香はキッチンから、もう一人分の冷やし中華とお茶を運んできた。

 

「うにゃ? ……よく分かんないけど、ただいま」

 

「ええ、お帰りなさい」

 

 どこからともなく、初めからそこにいたかのように、雄英の制服姿の、男子小学生の姿の黄彩がテーブルについていた。

 

「やぁ。顔を合わせるのは初めてだね、ボク。なんだ、ボクに似て可愛いじゃないか」

 

「ん、ボクだからね。……うん、我ながら綺麗で美しいよ」

 

「なんか、価値観が狂いそうな光景ね……」

 

 白髪メッシュのツインテール美少年と、白髪メッシュのポニーテール美少女が互いに自画自賛のような褒め合いをしている光景は、母親代わりである美香には不可思議極まりない光景だった。

 

「それで、作ってたものは完成したのかな?」

 

「ん、まぁなんとかね。……239人壊して、2428人殺して、2668人目でやっと出来た、美麗に華麗で端麗なボクの傑作」

 

「ふぅん。可愛いの?」

 

「もちろん。我が子が可愛くないわけ、ないからね」

 

「響香ちゃんよりも?」

 

「ウフフ、例えボクでも殺すよ」

 

「望むところだとも。ボクだってボクなんだぜ?」

 

「……うにゃ、うん。じゃあ、またね」

 

「愛してるぜ、ボク」

 

 可愛らしい微笑みを浮かべながら、黄彩は光に溶けるように去って行った。

 

「黄彩くん、ちゃんと残さないで食べてね」

 

 美香は黄彩の食べ残していった冷やし中華を、黄彩の前に出した。

 

「うん、頑張る」

 

 

 

003

 

 

 

 傑作No.22《黄金の国(ハートフルピースフル)》は作品である。

 

 傑作No.22《黄金の国(ハートフルピースフル)》は黄金である。

 

 傑作No.22《黄金の国(ハートフルピースフル)》は国王である。

 

 傑作No.22《黄金の国(ハートフルピースフル)》は少女である。

 

 黄金の国は、神刺(かんざし)裂那(れつな)と名付けられ、黄金の国で二十年の月日を生きた人間である。平和に生き、平和を生き、平和で生きた生粋の平和主義者だ。

 

 彼女が生まれるまでに239人の赤子が個性に耐えきれず壊れ、2428人の神刺裂那が理想に溶けて死に絶えた。

 2668人目の神刺裂那が生きていられるのは、全くの偶然だ。それまでと大した差なんて無かった。同じ親から生まれ、同じ友と暮らし、そして理想に死んだ。神刺裂那だって、大差はない。ただちょっと思考が異なりすぎた。

 

 ハートフルという単語に、心暖まる、のような意味を見出していたからこそ2428人は死んだ。

 ハートフルという単語が、痛ましい、という意味であることを理解したからこそ2668人目は生き延び、そして完成した。

 

――ハートフルピースフル。痛みの先に平和あり。

 

 

 

 作品名《黄金の国(ハートフルピースフル)》、神刺裂那は黄彩のアトリエで目を覚ました。

 

 詰め込めば人間三人は入りそうな試験管から黄金の液体が抜けていき、空になるとガラスの管も格納される。

 

「おはようございます、と言ってももうお昼ですが」

 

「……おう、誰だテメェ」

 

 こけしのように切り揃えられた金髪に、タオルを持ったラストを睨みつける黄金の瞳。中学生ほどの身長に凹凸の乏しい体。

 

「私は最終技術集結人型自動機構人形と申します」

 

「長ぇよ」

 

「ではラストとお呼びください。貴女の製作者、黄彩くんのお姉さん的なポジションです。お姉ちゃんと呼んでくれても良いのですよ?」

 

「ふざけろ殴るぞ」

 

「……平和の象徴の言葉ではありませんね」

 

 ラストは呆れた様子で裂那の体を拭いていく。肩から腕、胸、腰、腹と順に撫でていき、身体から水分を拭いきれたら、もう一枚のタオルで髪を拭う。

 不機嫌そうにしながらも、裂那はされるがままにされている。

 

「大体のことはわかってる。オレを作りやがった馬鹿は何処にいるんだ?」

 

「響香ちゃんの家で食事中だと思われます」

 

「じゃあ、作る原因になったクソどもは?」

 

「さて、場所は私も把握していませんが、じきにわかるでしょう。馬鹿と煙は目立つものですから」

 

 ラストが雄英の制服と同じデザインの服を裂那に着せる。

 

「おや、これは……」

 

 裂那が身につけた衣類が、次々と黄金に染まっていく。所々が白く残り、なんとか衣服に立ち止まっているが、うっかり全身が染まろうものならそれはもう衣服ではない何かだ。

 

「ん、体質でな。……こっちじゃ個性だったか」

 

「おしゃれのし甲斐のない個性ですね」

 

「ファッションに興味はねぇが、オレもそう思うよ。目立ってしゃーねぇ」

 

「リボンまで金色に染まってしまいました」

 

「やめろ、オレにそういう可愛い的なやつをつけるな。似合わないだろうが」

 

「いえいえ、大変お可愛いですよ。抱きしめていいですか?」

 

「……勝手にしろ」

 

「では」

 

 黄彩が作業するときに座っている玉座にラストが座り、膝の上に裂那が乗せられる。

 

「口調の割に素直というか、従順というか、……大丈夫ですか? 悪い人に騙されちゃいけませんよ?」

 

「現在進行形で騙されてるようなもんだろ。オレがここにいることがもう詐欺被害みてぇなもんじゃねぇか」

 

「黄彩くんは可愛いくて良い子だから大丈夫ですよ〜」

 

「オレは可愛くもなければ良い子でもないけどな」

 

 

 

 



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神野事件篇
第三十六話 黄金人の活動機録と殺戮美術


 

001

 

 

 

 お昼が過ぎ、三時の病院。合宿襲撃の件で相変わらず静かに騒々しい中、黄彩は八百万のいる病室にやってきていた。

 

「創造の人、いるー? てか起きてる?」

 

「……ここに響香さんはいませんわよ」

 

 身を起こしながら八百万が疲れた表情で応じる。頭に包帯を巻いているのがすぐに目に入った。

 

「うにゃ……、頭、大丈夫?」

 

「いきなり罵倒ですか。……あいも変わらず、私のことは嫌いですか」

 

「普通に怪我の心配しただけなんだけど、大丈夫そうだね」

 

「まさか、本当にお見舞いに? ……それでしたら、大変ご無礼を……」

 

「余ってた黒糖チョコレート持ってきたけど食べる?」

 

「やっぱり貴方、私のこと嫌いですわね!? チョコレートはしばらく勘弁です!!」

 

「いらないならボクが食べるけど」

 

 黄彩は心配する様子を見せず、椅子に座ってチョコレートを開けた。

 

「あの時何が起きてどう終わったのか、聞きに来たんだけど、いい?」

 

「貴方ほどの方に私がお教えできることなんて、とてもあるとは思えないのですが……」

 

「ボクもきょーかもガスですぐリタイアしちゃってね。何が起きたのか、ほとんど分からないんだよ。ヴィラン連合の仕業ってことくらいしかね」

 

 飽きという言葉を知らないのか、散々合宿中に食べていた黒糖チョコレートを美味しそうに食べながら、黄彩は聞く姿勢に入った。

 

「……私も、全てを把握出来ている訳ではありませんが、警察の方や先生のお話も交えて話させていただきます」

 

「うん、よろしく」

 

 

 八百万は真剣な痛ましい表情で、事件の詳細を話す。

 

 限りなく本物に近いコピーを作るヴィラン、青い炎の個性を持つヴィラン、蜥蜴のようなヴィラン、刺殺専門の殺人鬼、爆豪を攫ったマジシャンのようなヴィラン、ガスを操る銃使いのヴィラン、猟奇殺人犯の脱獄囚、脳無、アンチヴィラン。

 多数の生徒達から事情聴取することで得たヴィランの情報と、その行動経路、受けた被害を話すときは今にも泣き出しそうな顔をしていた。

 

「うぅ、泣かないでよ、ほら、チョコ食べる?」

 

「結構ですわ……」

 

 あたふたと、黄彩はどうしたものかと慌てていると、病室の扉が開かれた。

 

「八百万、話があってきた」

 

「邪魔する、……有製。来ていたのか」

 

 入ってきたのは、切島と轟だった。

 

 

 

002

 

 

 

「受信機を、作って欲しい?」

 

 切島と轟の用件は、八百万が脳無に仕掛けた発信器の電波を受信する受信機を作って欲しい、ということだった。目的は当然、さらわれた爆豪を救出するために。

 

「……少し、考えさせてください」

 

 彼らの語る計画は、学生の領分を越えたものだ。警察に見つかれば犯罪となりかねないものだ。たとえそれが学友のためであろうとも、やって良いことと悪いことがある。

 

 強制はできないと、八百万が表情を暗くすると二人はすぐに病室から出て行った。

 

「……有製さん、私は、どうしたら良いのでしょう」

 

「ウフフ、ここで判断をボクに委ねるようなら、ボクは君を見限るよ。嫌ってなんてやるもんか。……好きなようにやりなよ。本当に君がヒーロー志望なら、やりたいことが悪いことな訳ないんだから」

 

 黄彩は黒糖チョコレートの包み紙を折り紙のように折り曲げ、何かの像を作り上げた。

 

「法を犯すやつが悪いんじゃない、人に迷惑をかけるやつが悪いんだよ。ヒーローだって人の為なら法を犯す。スピード違反とか、器物破損とかね」

 

 チョコレートを最後の一枚まで食べ終えると、ゴミを捨てながら黄彩は立った。

 

「ボクはもう行くよ。きょーかのとこにも行きたいしね」

 

「……ありがとうございます。響香さんにもお大事にと、お伝えください」

 

「ウフフ、まだ寝てると思うけど、わかったよ。今度喧嘩しようね、創造の人」

 

 返事を聞くことなく、黄彩は病室を後にした。

 

 

 

003

 

 

 

『この度、我々の不備からヒーロー科一年生に被害が及んでしまったこと、ヒーロー育成の場でありながら敵意への防衛を怠り、社会に不安を与えたこと。謹んでお詫び申し上げます。誠に申し訳ございませんでした』

 

 夕方。黄彩が帰宅しようと病院を出た時間。

 雄英は記者会見の場を設け、全国生放送で謝罪会見を行う事態となっていた。スーツ姿の相澤、根津校長、ブラドキングが大勢の記者の前で頭を垂れていた。

 

『現在も捜査中で詳細を申し上げることが出来ないこともありますが、可能な限り説明させていただく所存です』

 

 そんな様子を、裂那とラストは黄彩のアトリエで、テレビ越しに見ていた。

 

 会見は支障なく進行していく。その場の誰よりも優れた頭脳を持つ根津が、合宿所の場所を変更した経緯から、襲撃時の状況、対応などを説明しているが、爆豪の救出、ヴィランの捕縛に繋がる内容は聞くからに避けられている。

 求める情報を聞けないことに記者達は苛立ちを隠さないが、それでも根津達は無視を決め込んでいる。

 

「ハッ、要はあれだ、ブラフなんだろこいつらは。ヒーローが動き出すのはこのタイミングって訳だ」

 

「では、こちらも動き出すのですか?」

 

「んまぁ、タイミングがあればな。ラスト、車出せ」

 

「可愛い妹の頼みですからね、分かりました」

 

「ふざけろ殴るぞ。オレのが歳上だ」

 

「……ちっちゃくて可愛い子が妹でないわけがないでしょう?」

 

「なんかラノベみてぇだし全国の合法ロリに土下座してこい」

 

 ラストはテレビの電源を切り、車のキーを、作品が並ぶショーケースから取り出す。

 

「……なんでそんなとこに鍵置いてんだよ」

 

「他に置く場所がありませんので」

 

 車の鍵を開け、裂那は助手席に乗り込む。搬出用のシャッターを開け、ラストも運転席に乗り込んだ。

 車が発進すると、シャッターは自動的に閉まっていく。

 

 

 

 一方その頃、黄彩は相澤達とは別の場所で取材を受けていた。

 

 否、取材というには、その光景は異様。記者達の感覚では尋問に近い。慣れない状況に記者達は顔色を青白くさせ、黄彩はいつになく無表情で語る。

 

――母校の中学校でクラスメイト三十九名を殺害、警察に圧を掛けヴィラン襲撃事件とすり替えたというのは真実なのでしょうか。

 

 発端はネットに流れた、ごく一部の人間以外知り得ない情報からだった。

 黄彩が雄英に入学する前、とある中学校の生徒が斬殺される事件が起き、当時大きなニュースになった。当時は侵入したヴィランによる犯行だと報道されたが、真犯人が人間国宝の芸術家、シトリング=ラフィこと、本名有製黄彩だという情報が証拠映像とともに流れた。

 

 なんでも、黄彩が斬殺する光景を偶然にも、被害者のスマホが撮影していたらしい。

 その映像の真相は黄彩を痛ぶる光景を撮影しようとした結果録れたものだが、それがどのようなルートを辿ったのかは不明である。

 

 謎の集団に駆けつけた警察に手錠をかけられ、ヴィラン用の拘束具に縛り付けられた状態で黄彩は顔色を変えずに答える。

 

「うん、殺したのは本当。だって殺されそうになったからね。仕方ないでしょ? 正当防衛ってやつだよ。そして、警察の方は知らない。ほっといたらなんかそうなってた」

 

――遺族の方の前でも同じことが言えますか。

 

「もちろん言えるよ。全員の家を巡るのは面倒だからここで言っちゃうけど、……ボクを殺そうとした奴らが悪い。命を粗末にさせるな」

 

――あくまでも正当防衛だと? 過剰防衛に思いますが。

 

「屋上で逃げ場は塞がれた状況で、切るか折るか曲げるかしか出来ない個性で対抗するとして、殺さないなんて難し過ぎるよ」

 

――自身に罪は一切無いと、つまりはそういうことでしょうか。

 

「ヒーロー科で殺さない方法はバッチリ勉強してるよ。そういう意味では全く反省してないってわけじゃ無いし、そんなことを言うつもりは無いよ」

 

――アンチヴィラン、ヴィラン殺しと交友があるとのことですが、そのことについてどうお考えでしょうか。

 

「確かにそうだけど、それが何? 犯罪者の友達は犯罪者、犯罪者の息子は犯罪者、みたいな、そういう理屈? バッカみたい。ボクの友達だけど、別に一緒にゲームしたりするだけだよ」

 

――件の雄英襲撃事件、合宿襲撃事件、ともに情報をヴィラン連合にリークしたのでは無いか、と噂されていますが、それは事実なのでしょうか。

 

「……ボクが何のためにそんなことしなきゃいけないのさ。違うよ」

 

――殺害事件を隠していた件、ご家族や友人はきっと悲しまれると思います。どのように説明するおつもりでしょうか。

 

「いや、聞かれたから普通に言ったけど。殺されそうになったから殺して逃げたって」

 

――芸術家として、ファンを裏切る行為だとは思わなかったのでしょうか。

 

「仮にボクが百万人殺した殺人鬼になったとして、ボクの作品全てが血に濡れると思う?」

 

 

 記者は我先にと順番も礼儀も配慮もなくされる問いに対して、黄彩は火にガソリンを撒くような発言を繰り返す。

 

 その後もしばらく質疑応答が続き、だんだんと顔色を悪化させ、囲む記者の数が減ってきた頃。黄彩は拘束具を煩しそうにしながら言う。

 

「ボクをどうにかしてヴィランにしたいっていうのなら無駄だよ。ワンピースの海楼石みたいなやつでも無いと、ボクを縛ることは不可能だからね」

 

 増強型や異形型でも傷一つ付かない拘束具が、黄彩が身動きをとるまでもなく引きちぎれて地面に落ちた。

 拘束具を押さえ、拘束した気でいた警察が驚愕の表情を浮かべる。

 

「平和に暮らしたいなら余計なことしないでボクをヒーローにしてよ。ボクは必要であれば必要以上に殺せる人間だからね」

 

 緩んでなお纏わりついた拘束具を払い落としていると、「キュイー!!」という、聴き慣れない動物の鳴く声をマイクが拾った。

 

 体育祭を見ていたものなら誰でも知っている。黄彩の《道徳的な龍》が天より飛来してきた。

 

「いっぱい喋って疲れた、帰る」

 

 黄彩の首元を咥え、背に乗せながらその場を飛び去っていく。

 

 記者のカメラには、天へと飛んでいく道徳的な龍の後ろ姿が映されていた。

 

 

 

 



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第三十七話 黄金人の戦線視察と黄金平和

001

 

 

 

 煌綺(きらめき)太陽(たいよう)は魔法少女である。

 

 それもただの魔法少女ではない。

 

――核融合の魔法少女。

 

 体内に核融合炉を持つ体質で、排出されるエネルギーを魔法で操ることで悪と戦う魔法少女だ。

 

 別名、死神の死因。黄金の国を襲う悪を、推定一億度の熱エネルギーで灰も残さず悪を滅ぼす。黄金の国最強の一角だ。

 

 

 

 転生の魔女は名無しの女(ジェーン・ドゥ)である。

 

 曰く、転生の魔女は不死である。

 

 否、それは誤りだ。彼女の死は終わりではない、というだけのこと。死後の世界に保管された、死んだ魔法を持ち帰ることができるという体質を持って生まれた元人間の魔女だ。

 

 体質。有製黄彩の世界観でいうところの、個性。

 

 

 黄金の国の国民は、オールマイトの恵まれた身体、プレゼント・マイクの声帯、ミッドナイトの特異体臭といった、個性で増幅されるまでもなく個性的な遺伝子を混ぜ合わせ、時に変異しながら受け継いでいった。(前例として、オールマイトはOFAを継承する前から肉体が完成しており、プレゼント・マイクは個性が目覚める前から声が異様にデカかった)

 

 その果てに生まれたのが神刺裂那であり、煌綺太陽であり、名無しの女(ジェーン・ドゥ)である。

 

 そんな三人が、ヴィラン連合の本拠地があると思われる、神野区に立ち並ぶビルの屋上で、奮闘しているヒーローと脳無を見下ろしていた。

 

「ねぇねぇ! あたしもう行っていいかな! あの頭丸出しマン、悪いやつだよね!」

 

 スチームパンク、という言葉の似合う衣装に身を包んだ少女、太陽がすぐにでも飛び降りようと裂那にねだるが、名無しの女と裂那の二人に止められる。

 

「いけませんわ、太陽。こちらでは悪でも殺しは御法度。貴女はあくまでも、裂那がピンチに陥ったときのためのボディガードでしょう?」

 

「えー、ヤダヤダ、つまんなーい!」

 

 ローブのフードを深く被り、いかにも怪しい格好をした名無しの女(ジェーン・ドゥ)が背後から抱きしめるように抑える。

 

「呼び出しといて悪いが、もうお前ら帰ってろ。必要になったらまた呼ぶから」

 

「ま、それが妥当ですわね。帰りますわよ、太陽。向こうで遊びましょう」

 

「ムゥ……、ジェーンちゃんまで言うなら、分かった」

 

 太陽はむくれながらも抵抗を止めると名無しの女(ジェーン・ドゥ)も腕を離す。

 すると、二人は黄金の波に溶け込むように、その場から消えていった。

 

 

 神刺裂那の個性、《黄金の国》は数多の体質――個性が複合された、個性特異点の典型例のような個性だ。うち一つの能力として、黄金の国に住まう住民をこちら側の世界に連れてくることができる。

 

 

 

002

 

 

 

 しばらくの間、裂那は一人で戦いを観戦していたが、戦況に動きがあり、目つきを変える。

 オールマイトを始めとしたヒーロー達が、ヴィラン連合のアジトとなっていたバーに突撃して行ったが、ヴィラン連合のボス格、オールフォーワンによって爆豪が再度拐われ、オールマイトの嘆く怒号が神野に轟いた。

 

「はぁー……、んじゃ、いくか」

 

 見据える先は、荒地のように地面が剥き出しになり、建物は廃墟のように破壊されている一帯。その中央地点に、黒いマスクをつけた男が立っていた。

 

 そのまま受け継がれたオールマイトの遺伝子由来の素質と鍛錬による身体能力で、ビルの屋上を飛び石を辿るように跳躍するようにして、オールフォーワンの元へと飛び着く。

 

「よぉ、はじめまして。ヴィラン」

 

「誰だい、君は」

 

 近くのビルから飛び降りるように登場した黄金の少女に、オールフォーワンは純粋な疑問を抱いた。それは、この場に居合わせていたヒーロー達も同様。

 

「君! 今すぐここから逃げなさい!!」

 

 ヒーロー達が皆倒れる中、比較的軽傷なMt.レディが叫ぶが、裂那は聞く耳を持たない。

 

「有製黄彩が最新作、傑作の駄作、黄金の国(ハートフルピースフル)。オレが平和の象徴となるため、大人しく御供になりやがれ。――黄金の国(ハートフルピースフル)!」

 

 裂那の怒号に呼応するように、周囲一面の荒地が塗りつぶされるように黄金色に染まる。

 

「へぇ、彼の。……悪いけれど、僕は悪いからね。そういうわけには、いかないなぁ!!」

 

「話し合いで解決しようぜ、平和的にな!!」

 

「ダメー!!!」

 

 オールフォーワンは右腕を異様に肥大化させながら裂那に駆け寄り、殴りつける。負けじと、裂那も打てば折れそうな細腕の拳で迎え撃つ。

 

――木端一つ、砂一粒すらも、破壊されることはなかった。断じてMt.レディの叫びが通じたわけではない。

 

「……派手なだけの個性かと思ったけれど、そうではないみたいだね」

 

黄金の国(ウチ)に破壊の二文字はねぇんだ。肉体言語で接客業する国民性は伊達じゃねぇ」

 

 さながら武士の鍔迫り合い。裂那の細腕とオールフォーワンの豪腕が、まるで互角であるように、拳と拳をぶつけ合う。

 

「なるほど、染めた範囲に独自のルールを強制させる個性か。厄介だが、それだけだ。弔とは性の合わない個性だ」

 

「平和の象徴になるやつの個性がヴィラン向きなわけねぇだろ」

 

「ああ、そうだね。君はここで殺しておいた方が良さそうだ!!」

 

 どんな攻撃を仕掛けたのか裂那に、衝撃が襲う。

 

「だぁから、破壊の二文字はねぇっつってんだろ。お前あれだな? 説明書読まないタイプの馬鹿だな?」

 

 衝撃がまるでそよ風であるかのように、裂那はダメージを受けた様子もなく、その場に立ち続ける。

 

「ゲッホッ、クッセェ。……んじゃこりゃあ!?!?」

 

 次の手と言わんばかりにその場に黒い液体のようなものが現れ、そこから人間が落ちてくる。それは、さっき何処かへと拐われた爆豪だった。

 彼を皮切りに次々と黒い液体が現れ、出てくるのはさっきまでバーにいたヴィラン達。突然のことだったようで、困惑している様子だ。そして――

 

「やはり来たか」

 

 オールフォーワンは何かを察知し、上空を見上げる。

 

「全てを返してもらうぞ、オールフォーワン!!」

 

「……また僕を殺すか? オールマイト」

 

 上空から飛来してきた、現平和の象徴、オールマイトが両手の拳でオールフォーワンを殴りつけた。

 

「無駄らしいよ、彼女の個性のおかげでね」

 

 オールフォーワンは棒立ちで見上げた姿勢のまま、オールマイトの攻撃を受ける。が、裂那同様にダメージが入らない。

 

「随分遅かったじゃないか。君の後継者を自称する彼女と遊ぶくらいに余裕があったよ」

 

「なんだよ、この悪趣味なフィールドは」

 

 ダメージが一切入っていないのを見て、オールマイトは攻撃の手を収めて距離を置き、周囲を見渡す。

 

「悪かったな、悪趣味で。こうなったらない方がマシか?」

 

 睨み合う二人に割り込むように裂那は間に立ち、あたり一面を染めていた個性を解き、オールフォーワンの方へと体を向けた。

 

「どきたまえ、見知らぬ少女。私はそいつを捕らえねばならない」

 

「ハッ、すっこんでろ先輩。ここは便利な後輩に任せて療養してろ。――名無しの女(ジェーン・ドゥ)

 

 先の黒い液体のように、黄金の液体が現れ、そこから名無しの女(ジェーン・ドゥ)が現れる。

 

「呼ぶのが遅すぎますわ、裂那。オレ様、血湧き肉躍って仕方がありませんのっ!! ――名無しの弾丸(クリアバレット)

 

 オレ様という一人称にお嬢様口調という単独で混沌とした魔女が、両手を指鉄砲の形にして、何かを撃った。

 

「グゥッ、……まさか、複数の個性を持っているのかな」

 

 オールフォーワンは肥大化していた右腕が不可視の弾丸に撃ち抜かれ、吹き飛んでいったのも気に留めず、腕を再生しながら首を傾げた。

 

「申し遅れましたわ、オレ様は転生の」

 

「油断は禁物だよ」

 

 見た目以上に素で強いのか、オールフォーワンはオールマイトが対応できないほどの速さで、名無しの女(ジェーン・ドゥ)の首をへし折った。どう見ても即死である。

 

「っ! 貴様ぁ!!」

 

 想定外の弱さに困惑したオールフォーワンは、当然人死にに怒ったオールマイトの攻撃にも気付いていたが、しかし回避できなかった。

 

「オレ様は転生の魔女というものですわ。名はとうに捨てていますの。――人生の輝き(ライフライブ)

 

 何もない上空からスポットライトの光がオールフォーワンを照らした。

 

「っ!? TEXAS(テキサス) SMASH (スマッシュ)!!」

 

 状況についていけずとも、チャンスは逃すまいとオールマイトは強烈なパンチを何度も繰り返す。

 

「ジェーン、好きにやれ」

 

「ええ、言われずともわかっていますわ、裂那。……オレ様、今一度死にましたの。貴方も二度や三度程度、死んでも文句は言わせませんわ! ――地獄の宿木(やどりぎ)

 

 何度も殴打されようともその場から動けないオールフォーワンの足元から、木の根のようなものが伸び、オールフォーワンを支柱のように縛りつけた。

 木の根は衣服やマスクを破壊しながら伸び、首元まで覆ったところで成長が止まる。オールマイトも、思わず攻撃の手を止めた。

 

「取れたて新鮮の魔法ですわ。……裂那、できましたわ」

 

「おう。――黄金の国《ハートフルピースフル》」

 

 再度、周囲が黄金に塗り潰された。

 

「オゥ、協力感謝するが、君たち一体何者なんだい?」

 

「ハッ! こんなクソ野郎の相手してるんだぜ? 平和の象徴に決まってんだろ。……とりあえず、第一ラウンド終了ってとこか」

 

 オールフォーワンが物言わぬ様子になり、完全に意気消沈してしまっているヴィラン達を裂那は見下ろす。

 

「さぁ、話し合いで解決しようぜ? 平和的にな」

 

 言葉とは裏腹に、裂那は拳の骨をゴキゴキと鳴らした。

 

 

 

 



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第三十八話 黄金人の喧嘩対談と場外殺尽

 

001

 

 

 

「……先生を、離しやがれ!!」

 

 木の根に縛られてピクリとも動かなくなったオールフォーワンを助けようと、死柄木が飛び出した。

 

「おっ、握手だな? いかにも国際交流って感じで嬉しいなぁっ!」

 

 崩壊の個性を宿した右手を、裂那が握るようにして捉えた。

 

「はっ、離せ! なんできかねぇんだ!! ぶっ壊れろ!!」

 

 上下に乱暴に振るも、裂那が手を離すことはない。

 

「んだよ、熱烈だな。お前オレのファンか?」

 

「離せって言ってんだ!!」

 

 左手で拳を握り、裂那の顔面を殴るがダメージは入らない。

 

「うはは、まぁ落ち着けよ原住民。それとも原始人か?」

 

「裂那、不用意に煽る行為は平和的とは言えませんわ」

 

「おっと、悪かったな野蛮人。いや、ヴィランなんだから悪いのはお前の方か」

 

 シニカルに笑う裂那に対して、死柄木の表情は焦りから怒りへと変わっていく。

 

「ふふ、抵抗は不要ですわよ。オレ様は裂那ほど優しくありませんの。――不殺の刺槍」

 

 死柄木の加勢をしようとしたヴィラン達の足元に赤色の魔法陣が現れ、脚や腕から巨大な刺が生え、地面に突き刺さる。

 

「殺す気はねぇから安心しろ。生かす気もねぇがな」

 

 死柄木の左手を掴み、背負い投げの要領で地面に叩きつける。すると死柄木の手足からも刺が生え、地面に縫い付ける。

 

「おい金髪女!!」

 

 ヴィラン達を行動不能にし、オールフォーワンの方へと足を向けたとき。ヴィラン連合がほとんど無力化されたため自由の身となった爆豪が吠える。

 

「なんで速攻でぶっとばさねぇんだ! 余裕ぶっこいて手ぇ抜いてんじゃねぇ!!」

 

「ハッ、テメェが何を気にいらねぇのか知らねぇが、オレは平和的に、かつ華麗で美麗に端麗なやり方で解決する。ガキの指図なんざ聞いてやる義理もねぇ」

 

 裂那は爆豪を無視して、オールマイトが警戒して睨みつけているオールフォーワンの顔面を、

 

――全力で平手打ちした。

 

「いやいやいやいや! 君! 話し合いで解決とか格好良く言ってなかったかい!?」

 

「拳の語り合いだって立派なコミュニケーションだ。暴力の挨拶だって立派な話し合いだろ?」

 

「それは裂那の言葉が暴力的で区別がついていないだけですわ」

 

「人はオレを聖人君子と呼ぶ」

 

「誰一人として呼びませんわ。いいところ星人軍師でしょう」

 

「誰がエイリアンだぶっ殺すぞ」

 

「その一言がもう鋭利の極みじゃありませんか。皆様を安堵させるためにも、鈍角な言葉で解決してくださいな」

 

「流石のオレでも言葉で撲殺はできねぇよ」

 

「刺殺か斬殺ならできそうな言い分ですわね」

 

「されてぇなら遠慮せず言え、心洗って待ってろ」

 

「一周回って綺麗な言葉ですわね」

 

 突如始まった黄金と名無しの漫才。平和の象徴は宿敵の警戒も忘れ、困惑していた。

 

「ふ、ふふふ。……三途の川を三往復はしたよ」

 

「「っ!?」」

 

 オールマイトと爆豪がいつ介入しようかと見計らっていると、オールフォーワンは意識を取り戻した。

 

「……筋力増強×3、切断力付与、皮膚硬化×2」

 

 オールフォーワンは名無しの女(ジェーン・ドゥ)の魔法を切り裂きながら、手足を動かす。

 

「やってくれたね、黄金の国(ハートフルピースフル)。君を僕の敵だと、認識を改めるよ」

 

「うはは、第二ラウンドだ」

 

「いいや、そうはいかない。目的を思い出したんだ。僕はただ、弔を助けに来ただけだった。個性強制発動、黒霧」

 

 触手のようなものを身体から生やし、気絶していた黒霧に突き刺した。

 すると、身体から生えた刺も厭わず、ヴィラン達が霧に包まれる。

 

「させるか!!」

 

 オールマイトは手近なヴィランに殴りかかるが、当たるより先に消え、拳は空を切った。

 

「……せめて、貴様だけでも!」

 

「愚かだな、オールマイト。君はニュースを見たかい? 教え子が、そこの彼女を生み出した彼が殺人鬼だったという事実を! 国がひた隠しにしていたという事実を! 君は知って尚、人々を救うのかい?」

 

 オールフォーワンはただの嫌がらせのつもりだったのだろう。

 

 しかし、彼が思っていた以上に、願っていた以上に、世界は歪んでいた。

 

「……知っていたさ。絶対にヴィランにしてはならない存在だと。殺すことも捕らえることもできないから、ヴィランにできないと。聞かされていたが、聞くまでもなかったさ」

 

――オールマイトの逆鱗。

 

「有製少年は、黄彩くんは、私達に並べるヒーローになれると、私は確信している!!」

 

「つーか、バラされといてどこ行ったんだよ、あのショタ親父は」

 

 オールマイトが殴ると同時に、どうせ効かないからと防御の姿勢もとっていないオールフォーワンに拳が触れると同時に、黄金は解かれた。

 

「グアァ!!?」

 

 吹き飛び、瓦礫に減り込み、崩れたビルを壊してやっと止まった。

 

「オゥケイ先輩、慈悲は抜きだ。断末魔を掻き鳴らすぞ」

 

「裂那、また言葉が尖ってますわ」

 

「ジェットコースターで溺死させるぞ」

 

「よし」

 

「よしなのかい!?」

 

 黄金が解かれた状態で、オールマイトの渾身の一撃であって尚、大したダメージを負っていないオールフォーワンを見据えながら、裂那はシニカルに笑う。

 

「君たちを殴って、私は帰る!」

 

 宿敵の謎の宣言に、オールマイトは黄彩に思い馳せた。

 

 見計らったかのようなタイミングで、テレビ局のヘリコプターが上空を舞った。

 

 

 

002

 

 

 

 一方その頃、黄彩はといえば、部屋でディスプレイに囲まれていた。ヘッドホンからは人の声や車のエンジン音、破壊音が漏れていて、ディスプレイには街中の映像が流れている。

 

 何をしているのかと言えば、黄彩の五感に依存した射程範囲の増強だ。ライフルにスコープを付けるようなものと言えば幾らか伝わるだろうか。

 

 嗅覚、味覚、触覚が不足するため精密な知覚はできないが、それはカメラと集音器の位置情報で補う。

 

「次の角右、数は三人」

 

『了解。――アトミックチューンモーター』

 

 通話状態で机に放り出されたスマホからは、使駆の声が聞こえる。

 

 黄彩の視覚は、使駆がヴィランを殺し財布を抜き取っているのを認識した。

 

『ギャハハッ。次だ、どっちだ!』

 

 

 対ヴィラン連合のために、各地からヒーローが集められている現状。神野区から離れたヴィランや、ヒーローの減った街に襲来したヴィランを、黄彩と使駆のタッグで虱潰しに殺戮していた。

 

「絶滅確認、次の街に向かって」

 

 普段の芸術家の目とは違う。執念に満ちた、嫌がらせを敢行する子供の目をしながら黄彩は指示を出す。

 

『ギャハハハハハ!! 楽しいなぁ! 踊りたくなってくる!』

 

 僅か二分にして、一つの街からヴィランが絶滅した。

 

『なぁ、オールマンだったか、あいつどうなったんだ? クソどもの天辺と喧嘩してんだろ』

 

「ん、気にしなくてへーき。ボクの子がいるからね」

 

『オメデタ、でいいのか?』

 

「誕生日ケーキ、お願いね」

 

『金あんだろ、テメェで買え』

 

「ウフフ、やーだ。ほら、そこのカーブ抜けてすぐ、ヴィランだよ」

 

『ギャハッ! ――パワーダッシュモーター』

 

 神野区の事件の影響かまともに車が走っていない道路を、使駆は法定速度を軽く超えた速度で駆ける。

 

 窃盗犯なのか、似たような鞄をいくつも抱えて走る男が見つかると、認識されるよりも速く首を蹴り飛ばした。残された身体が倒れて血が滲むより先に財布だけを抜き取るという早技を見せ、黄彩と繋がったスマホを出す。

 

『次はどっちにいけばいい』

 

「三キロ直進、廃ビルが何個か窃盗団のアジトになってるよ」

 

『腐ってやがんな』

 

 窃盗犯の財布の中には、一食分も入っていなかったために使駆の機嫌が悪くなった。

 



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第三十九話 黄金人の言論侵略と黄金黄色

 

001

 

 

 

 八百万を連れ出し、発信器を辿って神野区へと来ていた緑谷達はオールフォーワンとオールマイト、黄金の少女の三人の戦闘に目を奪われながらも、誤解をしていた。

 

 平和の象徴を名乗る神刺裂那と、オールマイト。オールマイトを最強の矛とするなら、神刺裂那は最強の盾なのだと、戦いにすらなっていない話し合いを見ながら、そう思っていた。

 

 しかしそれは、誤解であった。

 

 オールマイトの伝説の一つに、片手で天候を変えたという逸話がある。

 

 ならば彼女は、口先一つで戦争を終わらせて見せた。

 

「今掛け合わせられる最高最適の個性達で『僕を』殴る! ……は」

 

 神刺裂那の体質。緑谷達で言うところの個性。

 

――言論侵略。

 

 無差別の絶対防御も、強力な助っ人の呼び出しも、その力の前には一歩劣る。

 

 口から出た言葉は侵略され、精神を蝕み、脳を唸らせ、肉体は口に動かされる。

 

 筋骨バネ化、瞬発力、増殖、肥大化、操骨etc......、と、オールマイトか裂那を確実に殺すべく個性の込められた右腕が、脳のリミッターも無意識の自制も知らぬ口に従い、己の肉体を打ち抜いた。

 

『『私たちの平和が、まずはお前を終わらせる』』

 

 裂那とオールマイトの口から、一言一句違えること無く言葉が放たれると同時に、オールマイトが右腕を、裂那が左手を構えた。

 

「ふふ、子供は見てはいけませんわ」

 

「「「っな!?」」」

 

 緑谷達の視線を遮るように、さっきまで裂那達から一歩引いたところにいたはずの名無しの女(ジェーン・ドゥ)が、爆豪の首根っこを掴んで現れた。

 

「離しやがれクソが!!」

 

「ここにいてはテレビのカメラに映ってしまいますわ。警察のお世話になりたくないのなら、オレ様と一緒に中継越しに観ましょう」

 

「待ってください!」

 

「待ちませんわ。――名無し猫」

 

 何かを訴えるように待ったをかけた緑谷を無視するように、名無しの女は魔法を発動する。

 

 いわゆる、テレポートという奴だ。

 

 成すすべなく、問答も容赦も躊躇いもなく、その場にいた雄英生と転生の魔女は街中の人混みの中に人知れず出現した。

 

 ビルの大きいディスプレイには、オールフォーワンをオールマイトと黄金の少女とオールフォーワンが攻撃しているという、一方的な戦いが映されていた。

 

「人身御供、ですわ。悪は平和が喰らい、平和は正義が喰らい、正義は人類が喰らい、人類は悪が喰らう。終わらない食物連鎖に従い、彼らは食材の一角へと成り上がったのです」

 

 授業をする教師のような言い方で、名無しの女は語る。

 

 

 

002

 

 

 

 後日譚。

 オールフォーワンは無事捕縛され、オールマイトはリカバリーガール監修のもと療養、神刺裂那は行方を眩ませた。……が、すぐに発見されることになる。

 

「よう、はじめましてショタ親父。可愛い面しやがってぶっ殺すぞ」

 

「うにゃ……、ん、まぁ、よろしくね。黄金の国(ハートフルピースフル)

 

神刺(かんざし)裂那(れつな)様だ。ご主人様と呼んでもいいぞ」

 

「……ねぇ、ここ病院なんだけど」

 

 響香も無事目を覚まし、明日には退院の身だ。見舞いに来た黄彩が病室についてすぐ、神刺裂那が響香の病室に現れ、黄彩に喧嘩を売っていた。

 

「おうおう、お前がオレの外見の遺伝子モチーフだな? ……確かによく見りゃ似てるな」

 

「顔近い。離れて」

 

 裂那と響香が顔を合わせて見れば、なるほど似ている。目と髪の色が違うし、髪型も似ているようで差異はあるが、目や口元など、パーツや輪郭、体付きはよく似ていた。

 

「別に血の繋がりがあるってわけでもねぇが、オレはお前と一方的な親戚関係みたいなのにある。ま、仲良くしてくれると嬉しいぜ」

 

 裂那はシニカルに笑いながらそう言い残し、病院の窓から飛び降りて行った。

 

「……ここ、三階なんだけど」

 

「ん、丈夫に作ったから大丈夫」

 

 黄彩の作品だというのはすぐに理解していたが、それでも少女が飛び降りる光景にツッコミを入れないわけにはいかなかった。

 

「黄彩、……こっち来て」

 

「うにゃん?」

 

 クラスメイトの誰か、あるいは家族かが持ってきたであろう、花瓶に生けられた花を見ながら、響香は黄彩を手招く。

 

「うむぎゅ」

 

 何も疑わずに近寄った黄彩は響香に捕まり、ベッドに引き込まれた。子供のように小柄な身体はすんなりと収まり、抱き枕かぬいぐるみのように抱きしめられる。

 

「ん〜、きょーか?」

 

「無事で良かった」

 

 なんのことか、黄彩は幾つもの候補が浮かぶがその全てに安堵しているのだとすぐに気づく。

 

「ニュース見たよ。ネットは今も大炎上、作品の値段は暴落、遺族からの抗議。ウチは寝てて何にもできなかったけど、おつかれさま」

 

「ん……、うん。ボク、頑張ったよ」

 

 もう何ヶ月も触れ合っていないような気がする。そんなことお思いながら、二人は抱きしめ合う。

 

「ウチ、もっと強くなるよ。黄彩の前に立って守れるくらい」

 

「ん、応援してる」

 

「……そこは冗談でも、『ボクもきょーかを守れるようになる』くらいは言って欲しいかな」

 

「ウフフ、いいよ。きょーかがボクにそうあって欲しいなら、ボクは英雄にだってなれるよ」

 

 この後は間もなく診察の時間となり、黄彩は帰宅した。

 

 

 

003

 

 

 

――警視庁。

 世間が慌ただしい中、神野でも事件に関する報告会議が行われていた。

「捕らえられた脳無は、これまでと同様、人間的な反応がなく、新たな情報は得られそうにありません。製造工場も破壊し尽くされており、製造方法も追って調査を進めるしかありません」

 

 スクリーンの前に立った男が語ると、聞いていた一人が発言する。

 

「バーからも連中の個人情報はあがってねぇんだろう?」

 

 尋ねられた男は静かに頷いた。

 

「大元は捕らえたものの、死柄木を始めとした実行犯は丸々取り逃した。……とびきり甘く採点したとして、痛み分けか」

 

「馬鹿野郎。取り逃したままなのはアンチヴィランもだ。神野にヒーローが集まってるのを見計らって動き出した小物のヴィランのほとんどが、奴によって殺害された。……一市民としては、警察とヒーローだけじゃ手の届かなかった民衆を守った英雄として讃えたいところだが、警察としちゃ職務放棄もいいところだ。ヴィラン回収係どころか、このまま行けば死体回収係になっちまうぞ」

 

「唯一の救いは、ヒーロー殺しの時と違い、影響を受けるものがほぼ皆無というところですね。カリスマ性が欠けているというか、人望がないというか」

 

 市民としての感情と警察としての感情が入り混じり、その場の全員が黙りこくった。

 

「……えー、次の議題です。これは現在同時刻、全国放送で明かされるのですが、今回の一件で、オールマイトは無茶が祟り、かなりの弱体化。実質の引退となります」

 

「それも、一人に一国の平和をまかせきった我々の怠慢のツケか」

 

「えっと、続きます。オールマイトの引退と共に、事件の際オールマイトと共闘していた、通称《黄金の少女》こと、シトリング・ラフィの作品、《黄金の国(ハートフルピースフル)》が、平和の象徴に立候補しています。こちらをどうぞ」

 

「平和の象徴って、別に職業でも何でもないと思うが……」

 

 スクリーンの前で語っていた男がリモコンを操作し、スクリーンにテレビ放送を映す。

 そこでは、先ほど引退を宣言し、痩せ細った身体を世間に見せたオールマイトと、雄英の制服を金色に染めた服装の少女が対面していた。他の人間なんて無粋だと言わんばかりに、司会も進行役もそこには居ない。

 

『一人の人間に平和の象徴を担わせるなんて、荷が重すぎる。政治家でもないオレが言うのも変だが、ヒーロー社会は変わらなきゃならねぇ』

 

『……と、言うと?』

 

『一人がみんなの為に、みんなが一人の為に。そんな時代は終わった。ヒーロー殺しステインが掲げたようなクソカッケー動機なんざいらねぇ。動機を求める暇がヴィランの湧く隙だ。金のため、美味い飯の為、モテる為。どんな理由であれ、それで人が救えりゃそれでいい。全人類が平和を求めろ。オレら平和の象徴はその旗印だ』

 

 黄金の国、神刺裂那の言葉が会議室に通り、その場の全員の目の色が変わる。

 

『私はもうあまり戦える身ではないが、それでも前に立ち続けろと、君は私にそう言うのだな』

 

『おう。車椅子に乗ってでも前に立ち続けろ。英雄(ヒーロー)ってのはそういうもんだ。……それに、お前の弱体化についてはあのショタ親父がもう手を打ち始めてる。安心して前を見てろ、先輩』

 

『……嗚呼、わかったよ。可愛い後輩の頼みだ。――ヒーロー諸君! 未来のヒーローを目指すみんな! こんな(なり)の情けない私だが、それでも私は立ち続ける! どうか私を助けてくれ!!』

 

 なんとも情けない、しかし力強い平和の象徴の言葉だ。

 防音性の高い会議室にまで、外の騒ぎが聞こえてくる。

 

「我々警察も、負けてはいられんぞ。オールマイトが築き上げた平和という城を、易々と崩すわけにはいかん」

 

 その日、日本の日中気温は常時、天気予報のそれを遥かに上回っていたという。

 

 

「最後に、どこからか情報が漏れたシトリング・ラフィ、雄星黄彩の事件のことですが……」

 

「拘束具を刑務所ごと引きちぎり、死んでも何故か生き返ってくるような奴、捕らえる方法が無い。イレイザー・ヘッドのような人材はただでさえ希少なんだ。多少強引でも正当防衛に出来るうちはヒーローの監視と教育に任せる」

 

 熱意が物理的にも上がった警察をしても、黄彩の逮捕、収容は半ば諦められていた。

 

「いいか、なんとしても、彼をヴィランにしてしまう決定打を与えるなよ。オールマイトの引退とは訳が違う。その時が人類の危機だ」

 

 

 




作品紹介

傑作No.22《黄金の国(ハートフルピースフル)

 神刺裂那という金髪金眼の少女。曰く、顔つきは響香に似ている。
 黄金の国とは裂那の故郷であり、裂那を完成させる為に黄彩が作り出したシュミレーション上の世界。構造を簡略化させる為に天動説を採用したり、不都合な部分を魔力という不思議エネルギーで解決している為、不思議がいっぱい。
 ヒーローではなく《魔導士》という者達が存在しており、ヴィランではなく《悪》という総称が存在している。

 魔導士の一例として、《核融合の魔法少女、煌綺太陽》や、《転生の魔女、■■■=■■■■》などが挙げられる。

 ■■■(三文字)の魔法少女
 ■■(二文字)の魔女
 (一文字)の魔法使い

 と、三種類いて、強さは文字数と言葉のパワーに比例する。(要はパワーワードは強い)核融合の魔法少女で最強クラス。

 神刺裂那は魔導士ではないが、他にも特異体質持ちと呼ばれる存在がいて、裂那の場合黄金の国、言論侵略。ヒロアカ世界での個性とおおよそ変わらないが、一人一つとは限らず、(例:轟焦凍、神刺裂那)その全ての大元を辿るとオールマイト、プレゼントマイク、ミッドナイトの三人の遺伝子へと繋がる。やってることは全人類無自覚の個性婚と言っていい。


 神刺裂那は姉が一人、妹が一人の三人姉妹の次女で、姉は《メイド喫茶のメイド長》《次元規模の方向音痴》《兎算》《月の兎》《最新の偉人》などと様々な異名をつけられ、放浪者、旅人、宇宙飛行士、宇宙人、大泥棒、名探偵、トレジャーハンター、海賊、詐欺師、魔法使い、博士、そしてメイド長、と、誰よりも人生を経験しているが、黄彩の意図したことではなく偶然の産物。神刺裂那が文化遺産なら、その姉は自然遺産。
 実力は裂那を遥かに上回るがよく行方不明になり、黄金の国を完全に管理している黄彩ですら見失うこともある。制御は本人にも不可能。

 妹は謎。(ぶっちゃけ居るって設定だけずっと残ってるけどまだ名前すら決めてない)

 裂那には親友と呼べるものが一人いるのだが、それは後日。(裂那ちゃんもその子も他作品で出したキャラだからユラさんの過去作読んだことある人はわかるかもだけど、言っちゃダメよ)

 黄金の国とは一人の少女を指すと同時に、それは国にして世界でもある。



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夏休み篇
第四十話 抹消者の家庭訪問と母親襲来


 以前書いていた、裂那ちゃん主人公の小説の表紙にしようとして作った、絵? まぁ、作品が出てきたのでここに貼っときます。

【挿絵表示】


 カスタムキャストの都合で、服装の金色は再現できていませんが、まぁそこは、黄金の国になり切れていない頃の物ということで、ここはひとつ。
 では本編どうぞ。



 

001

 

 

 

 響香が目を覚ましてからさらに数日が経ち、雄英生徒達は外出自粛を強いられた上での夏休みを満喫していた。

 

 そんなある日のこと。雄英教師陣は、全寮制を実施するための家庭訪問を執行することになった。

 

 とまぁそんなわけで、耳郎家にオールマイトと相澤が訪ねていた。

 

「……外出は極力控えるよう言ったはずだぞ。特にお前は」

 

 教師二人は響香にリビングに招かれると、そこでは膝の上に黄彩をのせた響香の母親と、異様なまでに顔を怒らせた父親と思わしき男性がいた。……ちなみに髪色と顔の輪郭は母親、三白眼は父親譲りのようだ。

 

「うにゃ、家庭訪問が一回で済むからお得でしょ? パパもママもまだしばらくいないし、どうせ家隣だし」

 

 言ってる事は概ね普通だ。親ぐるみの仲なら、留守の間預けるのも違和感はない。が、それは黄彩でない場合だ。

 

「やっちまった事を分かってて言ってるのか」

 

「分かってもらってるからここに居るの。全寮制でも転校でも、ボクはきょーかについて行くだけだから、気にしないで始めなよ」

 

 その場の全員が、何のことを話しているのか理解していた。雄英入学前の、黄彩の中学校で起きた殺人事件の事だ。

 

「……なぁ、黄彩くん。おじさん、もうこの顔やめていいかな。もうどう頑張っても白ける気しかしねぇんだけど」

 

 そんな事どうでもいいと言わんばかりに、怒った顔をひくつかせながら響香の父、響徳が黄彩に謎なことを言って、黄彩は首を横に振る。

 

「ダーメ。罰ゲームだもの。あ、それとも、このテーブルの天板、お父さんの顔だけを使った近代アートみたいにしてみる?」

 

 どうやら、初めから怒った顔つきになっていたのは何かしらの罰ゲームだったらしい。

 

「ごめんなさいね、この人ったら、久しぶりの休みだーって言いながら黄彩くんとゲームしてて」

 

「……いえ」

 

「ほらあなた、どんどんやりにくくなるわよ」

 

 一見真面目そうな響香の母親、美香だったが、今は口が三日月の形に歪めながら笑っていた。

 

「あ〜ったよ」

 

 ガリガリと頭をかきながら、響徳は怒った顔を作り直す。

 

「う〜ん、ロックじゃないよねぇ。大事に至らなかったとはいえ、一人娘と家族同然の黄彩君が被害にあったあとで、しれっと全寮制にしますって」

 

 顔を引きつらせながら相澤はその言葉を聞き届けた。隣に座ったオールマイトに小声で「相澤くん、ちゃんと乗ってあげて」と言われ、表情を引き締める。

 黄彩と美香があからさまにワクワクした表情をしている光景から目を逸らし、頭を下げながら口を開く。

 

「お父さんのおっしゃる事はごもっともです。しかし、我々も知らず知らずのうちに芽生えていた慢心、怠惰を見直し、やれることを考えています。どうか今一度、任せていただけないでしょうか。必ず二人を、立派なヒーローに育てて見せますので」

 

 罰ゲームで仕方なく言った響徳とは違い、セリフの決まっている役者のような名演技だった。

 

「はいカットー。先生、ただの罰ゲームなんですから、そこまでマジになんなくていいっすよ」

 

 狙いすましたかのようなタイミングで、響香がお茶を運んでやってきた。

 

「えー、これからが面白いところなのにー。『響香をお前なんかにやれるかー!』って」

 

「そうねぇ」

 

「なんでウチ、先生と結婚するみたいになってんの?」

 

「マジ助かったぜ響香!!」

 

 黄彩と美香は不満げだったが、響徳は泣いて喜びながら抱きつこうとして、響香に振り払われていた。

 

「先生、うちの子達の事、よろしくお願いしますね」

 

「はい」

 

 相澤の土下座せんとばかりに頭を下げて放たれたその短い返事には、きっと色々な思いが混ざり合っていた。

 

「ただいま〜。美香ちゃーん、あたしー。響徳くんもいるの〜?」

 

 そんな時、誰も予想だにしていなかった乱入者が君臨した。

 

 というか、母だった。

 

 

 

002

 

 

 

 インターホンもノックもなく、玄関を抜けてやってきたのは、白髪蒼眼の、まるで人形のような美少女だった。

 

「あ、ママ」

 

「黄彩と響香ちゃんも久しぶり!」

 

 黄彩に似たツインテールを靡かせながら、響香に抱きついた美少女を、黄彩はママと呼んだ。つまりは、そういう事だ。

 

 有製(ゆうせい)(あおい)。国内外問わず活躍する、年齢不詳の人形遣い。

 

「お初にお目に掛かります、私は黄彩君と、響香さんの、」

 

「うふふふ。分かっているわ、あたし。相澤消太くん、二人の担任の先生なのでしょう? (あおい)っていって、いろんなところで人形劇してるの、あたし。黄彩のママよ」

 

 生徒達よりもずっと幼げな、母親を名乗る女性に困惑しつつも挨拶した相澤はつい耳郎家両親の方を見たが、同情するような目を向けられていて、事実なのだと察する。

 

「ママ、帰ってくるのは秋って言ってなかった?」

 

 響徳と美香の間に挟まるように座った蒼に黄彩が尋ねる。

 

「うふふ、子供達がピンチになったら駆けつけてこその母親でしょう? 私は足が遅いから、駆けつけたのは使駆くんなんだけどね」

 

 当然のことのように言われたそのセリフに飛びつくように、相澤は尋ねる。

 

「あの場に、合宿所にあのヴィラン殺しを呼び出したのはあなただったのですか!?」

 

「ええ、あたしよ。二人を助けてあげてー、殺しちゃダメよー、って、あたし言ったの。だからほら、みんな助かったでしょ?」

 

 

 響香はいつか、「黄彩の母親は黄彩よりも黄彩っぽい」と語ったが、まさしくその通り。よく似通っていて、より濃くなっている。いや、黄彩が薄まったと言ったほうが正確だろう。

 

 

「お心遣いは感謝しますが、あれはヴィランですので、「違うわ」、あ、あの、」

 

「違うわ。使駆くんは殺人鬼であって、敵役(ヴィラン)なんかじゃないわ」

 

 黄彩は全てが材料にして作品としか見えないと語るが、なら蒼は全てが人形で世界は人形劇だと語るだろう。

 

「確かに王子様(ヒーロー)って感じではないけれど、使駆くんに魔女や狼(ヴィラン)なんて似合わないと思うの、あたし」

 

 話が通じない。相澤はまるで人形と話しているような感覚を味わいながらも、引くわけにはいかなかった。

 

「だとしても、彼も犯罪者です。我々ヒーローが捕らえねばならない相手です。どうか、彼、巻解使駆に関する情報をお聞かせください」

 

 蒼は相変わらず美香の膝の上にいる黄彩を見上げながら言う。

 

「使駆くんについて知ってることなんてあんまりないわよ、あたし。でもそうね、どこか避暑地でかき氷でも食べてるんじゃないかしら。きっとお友達と一緒ね」

 

「避暑地、ですか? 確かに今は夏ですが」

 

「言ってたらかき氷が食べたくなってきたわ、あたし。お腹も空いたし、もう行くわね、あたし」

 

 蒼は「バイバーイ、またねー、あたしだったよー」と、そう言いながら、有無を言わせる暇も与えずに玄関から出ていってしまった。

 

「……黄彩くん、彼女が君の、その、お母さんなのかい?」

 

 思わずといった様子で、ずっと黙っていたオールマイトが尋ねると、黄彩は首を縦に振りながら答えた。

 

「うにゃん、そうだよ。なんか変?」

 

「いや、ものすごく納得したよ」

 

 

 

003

 

 

 

 長野県、軽井沢。避暑地として有名な地の、とあるカフェでのこと。

 

「うひゃっ、ちょっと崩れちゃいました」

 

「うわやべ、俺もめっちゃこぼれた」

 

 轢殺専門の殺人鬼と、刺殺専門の殺人鬼が、ナイフではなくスプーンを握り、いまだかつて無い苦戦を強いられていた。

 

「とろけるような甘さ、血の気のひく冷たさ、たまらないのです」

 

「確かにうめぇが、すぐ壊れちまうのは戴けねぇな」

 

 天然氷を使って作られた山盛りの氷に抹茶とあずきがかけられたかき氷に悪戦苦闘しながらも、夏の苦しさを忘れさせる味わいに殺人鬼二人は舌鼓を打つ。

 

「夏はすぐ悪くなっちゃうので、あまり殺る気が出ず暇なので、だから誘ってくださりありがとうございます、使駆くん」

 

「こういうとこ、野郎一人だとなんか入りにくくてな。被身子が来てくれて助かったぜ」

 

 殺人鬼二人も、居合わせた観光客達も、数日前の騒動なんて忘れたと言わんばかりに、かき氷に苦戦しながらも満喫していた。

 

「これ食い終わったら次ケーキ食べに行こうぜ。午後には売り切れちまうくらいには人気らしい」

 

「なんか、デートみたいですねこれ」

 

「ギャハハッ、んなわけねぇだろ。殺人鬼と殺人鬼がバッティングしただけの衝突事故だ」

 

「それ、私だけ死にますよね」

 

「ギャハハハ、比喩だよ。バカか?」

 

「使駆くんは通常攻撃が衝突事故じゃないですか」

 

「そりゃそうだっ! ウケる! ギャハハハハハハ!」

 

「使駆くん、お店では静かに」

 

「おう」

 

 そこに血の香りなんて、欠片も残ってはいなかった。

 




キャラ紹介
転生の魔女 女 約二百歳
個性:転生

 黄金の国で生まれた、特異な体質を持って生まれた魔女。
 死ぬと、世界から完全に忘れられた、彼女が言うところの『死んだ魔法』を一つ持ち帰ってくることが出来る。
 お嬢様のような高貴な口調は、亡き師である天聖の魔女の影響。一人称の『オレ様』は天然物。

 普段は裂那ではなく、魔法遣いと呼ばれる、魔の魔法使いとペアを組んで悪と戦ったり、格上であるはずの魔法少女と殺しあったりしている。

 魔女、魔法使いは魔法少女と比べ、魔力や身体能力は遥かに劣るものの、しかし転生の魔女は別格。
 はるか昔に終わった戦争で失われた、対魔導士用の魔法を多数扱うことで、並の魔法少女になら辛勝を収める程度には強い。

 他者への実力認識が雑な魔法少女達は、最強格の太陽を含め、自身を殺しうる存在として転生の魔女を恐れているが、その実、口調が高貴なだけで魔法少女との戦闘は極力避けるようにしている。


 名を名乗らず、名無しの女(ジェーン・ドゥ)と呼ばせているのは、転生前と転生後、その者は同一人物なのかを研究し、同一であると証明しようとしたが、現状別人説に偏っているため。
 同一人物だと証明できるまで、転生の魔女は生前の名を名乗る事はない。


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第四十一話 メイドの接客事件と黄金姉妹

 一部除いた人達と黄彩くんの関係がどうなるのか、その辺作者が思いつくまでが夏休み篇になります。


 

001

 

 

 

「いらっしゃーっセッ! ご主人様ぁ!! 私は自由に仕えるメイド喫茶のメイド長こと、神刺刹那と申します」

 

 某県、某市。

 

 ヒーロー殺しステインの影響を受けたものの、あまり強くない個性を持った、ヴィランにも成れない半端者の集団の前に、メイドが現れた。

 

 ただのメイドじゃない。利便性を捨て、着心地を捨て、耐久性を捨て、萌えという歪なレンズを通り抜けたメイド服を纏ったメイドだ。

 

「……どこの誰だか知らねぇが、なんの用だ」

 

 廃校になった高校の、おそらく教室だったであろう部屋。前も後ろも壁を壊し、一つの巨大な部屋になっている空間にいるのは二十名。

 

「あははっ、どこの人間でもないし、誰でもないよ。ただちょっと、迷子でね。なんとなく邪魔だから、君たちを目印にしに来た」

 

 メイドが拳を握り、臨戦態勢に入ったのを見て、半端者達は慌てて臨戦態勢に入る。

 

「アッハハハハ! 遅い遅い! そんなんじゃ数いても意味ないゾ!」

 

 いわゆるヤクザキックというやつだ。一番近くにいたというだけで狙われた男が驚きながら回避を試みるも、胸元を思い切り蹴られ、地面に叩きつけられる。

 

「増強系の個性か」

 

「おい、誰かこいつがどんなヒーローなのか知ってるやついねぇのか!?」

 

「メイド服着たヒーローなんて目立つに決まってるだろ! こいつはヒーローじゃねぇ!!」

 

 一人蹴り倒されただけで、半端者達は慌てふためきながら阿鼻叫喚する。

 

「ヒーロー? ないわぁ……。私はメイドだよ? そんな変な体質、こっちじゃ個性なんだっけ? そんなのも持ってないし」

 

 事実。神刺刹那には、個性も体質もなく、魔法使いでも魔女でも魔法少女でもなく、普通の人間だ。普通の才能だけがずば抜けた人間だ。

 

「月の重力は地球の六分の一っていうよね。そんなところで全速力で走るためには、どうしたらいいと思う?」

 

 メイドはクラウチングスタートのように姿勢を低くし、爪先で床の感触を確かめる。

 

「答えは簡単。六倍重く走ればいいのさ」

 

 次の標的と目をつけた女性目掛けて発射されたメイドは、目にも止まらぬ速さで急接近し、腹部に拳をめり込ませる。

 

「グッ――!!」

 

――堪えた。

 体内の空気を強引に吐き出させられて苦しそうにしているが、目立つダメージは無い。

 

「およ、変な感触。ゴム殴ったみたい」

 

「ええそうよ!! 私の個性はゴム! どっかの漫画のせいで変な期待だけされて、でもこんなゴミ個性でヒーローなんて出来るわけないじゃない!」

 

「ふぅん。まぁ、同情はしないでもないけどさ、努力くらいはしなよ。こんなところで、遊んでないでさっ! ――武器術、重操初歩、音無」

 

 音もなく、周囲七人が倒れた。ゴムの個性の女も、一切の抵抗なく崩れ落ちる。

 

「あはは、柄にもなく、未来の英雄かもしれない君たちに教えてあげようか。これは重操術って言って、重力を武器にする技術だよ。武器術っていう、私が編み出した接客用護身術の第一作目だね」

 

 武器術――あらゆるものを武器として戦う、いつ何が襲いかかるかわからないメイド喫茶に伝わる、黄金の国最強の武術。剣や槍、銃はもちろん、こんにゃく、シャンプー、萌やしだって、刹那に持たせれば核兵器にも匹敵する兵器に成り上がる。

 

 神刺刹那は黄金の国最強のメイドだ。故のメイド長。メイド喫茶のアルバイトにして、メイド長。

 

 そこらのチンピラ集団に勝ち目なんて、欠片も無かった。

 

 

 

002

 

 

 

「やっと見つけたぞ、姉貴」

 

「おはよう裂那。……もうこんにちはかな」

 

 二十人を山にして腰掛けていた刹那のもとに、全身黄金の少女、裂那がやってきた。

 

「お前が居ると何が起きるかわかんねぇ。だから帰れ」

 

「あっはっは。帰れと言われて私が帰れたことがあると思う?」

 

「……嘘でも『帰せると思うな』くらい言えよ」

 

「言ってもいいけど、裂那が私に勝ったことなんて一度もないじゃん」

 

「じゃあ言い方を変えてやる。帰らなくていいからどっか別の世界にでも飛んでけ」

 

「私、空なんて飛べないし、ここにだって来たくて来たわけじゃないんだよ? 引き寄せられたというか、おびき寄せられたというか」

 

「知るか帰れ消えろ。お前が居ると地球丸ごとぶっ壊れかねないんだから」

 

「ぶっ壊さないために私が居るとも考えられるけどね。いや、まじで知らないけどさ」

 

 姉妹とは言っても、仲はよくないのだろう。あからさまに裂那の機嫌は悪いし、刹那はどこかもどかしそうに窓の外を伺っている。

 

「方向音痴の私がどこに行くのかなんて知ったこっちゃないけどさ、なんかあったら来てよ。問題を木っ端微塵にする程度には助けてあげるからさ」

 

「ありえねぇ。そもそも、今日会えたのだって偶然も偶然なんだ。次はねぇ」

 

「あっはは、まるで主人公を見逃す殺人鬼のようなセリフだね。次会うのは殺されちゃう時かな?」

 

「殺したってあの世から迷い込むだろお前。一生引きこもってろよ」

 

「黄金の国に引きこもってたはずがここにいるんだから、仕方ないでしょ?」

 

「仕方ないで異世界転移がまかり通ってたまるかぶっ殺すぞ」

 

「その時は異世界転生してまた迷うさ」

 

「……そこは死ねよ。地獄めぐりでもしてろよ」

 

「閻魔様にご迷惑かけるでしょうが、ぶっ殺すよ?」

 

「気遣うなら閻魔の仕事増やしてやるなよ」

 

「仕事があるのは幸せなことだよ? メイド長の私が言うんだから間違いない」

 

「ハッ、一番仕事増やす元凶が何言ってんだ」

 

「元凶ってすごい言葉だよね。元気が凶がるんだよ?」

 

「そんな意味はねぇし曲がってんのはお前の人生そのものだ」

 

「曲がってるんじゃなくて、ただ道が多いんだよ。重なりすぎて自分でもどの道に従ってるのかわからなくってね」

 

「……地獄にも辿り着けなさそうだな」

 

「三途の川渡る途中でアマゾン川横断することになるかもね」

 

 

 

003

 

 

 

 後日譚。

 裂那があの場で刹那と出会ったのは本当に偶然で、裂那の目的は複数のヒーローと手分けしての、ステインの意思を継がんと集ったヴィランの鳴り損ないを相手に更生を促すことだった。

 が、刹那がいくつかある集団の中でも頭一つ抜きん出て大規模だった一角を潰してしまったため、彼らは反抗。ヒーローと現地の警察の活躍により無事逮捕された。

 

 刹那は当然のように行方知れず。裂那に呼び出されたのではなく、道に迷い偶然この世界に迷い込むほどなのだから、まだこの世界にいるのかさえ怪しいものだ。

 

 

 

 ともあれかくあれ、刹那の事はさておき、裂那のことだ。

 

 裂那はヒーローを同行させることで、今回のような戦闘や人死にの可能性が少ないことに限り参入できるようになった。

 普通の人間なら、ヒーローであるための免許が必要だが、あくまでも裂那は黄彩に作られた人工物。

 戸籍に名はなく、代わりに黄彩の作品リストの中に名を刻んでいる。一応どころか、そこらの人間よりよっぽど注視される存在だ。何かをすれば、嫌でも目立つだろう。

 

 

 

 

 




キャラ紹介
神刺(かんざし)刹那(せつな)

 ちょっと前に紹介した気がするが、もう一度改めて紹介させてもらう。

 黒髪黒目で、髪型、色以外は裂那と似ている。
 髪は腰まで伸ばされていて、手入れは念入りに施されている。

《メイド喫茶のメイド長》《次元規模の方向音痴》《兎算》《月の兎》《最新の偉人》などと、様々な異名の付けられた、英雄の域に立つ者。

 最新の偉人、月の兎は月面を徒歩で一周したことでついた異名。
 兎算は、十万の悪を鼠算式に蹴り殺したことでついた異名。
 次元規模の方向音痴は言わずもがな、異世界に迷い込むほどの方向音痴であるが故の異名。
 メイド喫茶のメイド長は、そもそも黄金の国で飲食業を営むというのは、つまり世界の危機や人類絶滅、宇宙人の侵略に立ち向かうことを意味し、そのメイド喫茶で最強であるが故の異名。


 戦闘手段には、専ら独自の武術である、武器術を用いる。
 重力に始まり、肉、骨、血、剣、槍、弦、シャンプー、リンス、コンディショナー、育毛剤、こんにゃく、豆腐、野菜各種、砂糖、塩、酢、醤油、味噌。他にも色々と、ありとあらゆる物品を核兵器クラスの武力として使いこなす。

 尚、重力を武器にする《重操術》は、裂那が宇宙飛行士のころ、月を全速力で走るために編み出された。これが武器術の始まりである。


 その経歴は劇的どころではなく、放浪者に始まり、旅人、宇宙飛行士、宇宙人、大泥棒、名探偵、トレジャーハンター、海賊、詐欺師、魔法使い、博士、そしてメイド長と、履歴書が混沌に包まれること必至である。

 黄彩が作った黄金の国で生まれた人間だが、裂那とは異なり、偶然生まれた存在。完成品である裂那よりも強力であり、あらゆる物事に方向音痴という性質上、誰にも制御ができない。

 じっとしているのも苦手で、本人曰く、十二時間以上同じ場所に居ると死ぬらしい。

 世界を旅している(迷っている)だけあって、人当たりは基本よく、オールマイトや死柄木、囚われたオールフォーワンに北極と南極の氷の食べ比べをさせるなどして、ヒロアカ世界を満喫している。


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第四十二話 音響人の人間診断と呪的殺害

 多分、今作初めての一人称です。
 これはこれで楽しい……。


001

 

 

 

――人を人と思わぬ非道な行い。

 

 人を人と思わぬ、という言葉を、アニメや漫画でよく聞くけれど。

 

 ウチこと、耳郎響香が思うに、その人間の非道さを測るなら他人をどう思っているかよりも、自分をどう思っているかの方が、割合大きいと思う。

 

――自身を人と思わぬ殺人鬼。

 

 恐ろしい。怖い。自身を機械だと思って殺す殺人鬼なんてまず怖いし、怪物だと思って殺す殺人鬼なんて言わずもがな。神様だと思って殺す殺人鬼なんて会いたくもない。(そもそも殺人鬼なんて会わない方がいいのだけれど)

 

 ウチの身近なところに、自分を人と思っているのか怪しい人が結構いる。

 

――自分すら材料とし、工作して作品にしてしまう芸術家。

 

――自分すらキャラクターとして、人形劇に立って出る人形師。

 

――自らの危険を顧みず、悲劇を美談に塗り替えるヒーロー達。

 

 ウチに言わせるなら、そこらのヴィランなんて一般人と大差無い、普通の人間だ。

 まぁ、人間ですらないラスト姉さんが妙に人間っぽいのだから、人間とは何か、みたいな哲学の話になってくる。

 

――人間であるか、否か。

 

 それを定義するのはきっと簡単。自分を人間と思っているかどうかだ。

 

 あの綺麗に可愛く美しい芸術家は、自分も人間という名前の材料としか見ていないのだから、だから人間でないと言えるし、同時に人間ではあるとも言える。言ってしまえる。

 定義し切れていない気もするけれど、定義なんてそれくらい適当なモノだとも思っている。

 

 ライトノベルとは何か、純文学とは何か、みたいな。

 ライトノベルでないのなら、それは重いノベルなのか?

 純文学でない文学は全て不純なのか?

 そもそもライトノベルは本当にライトなのか?

 純文学は純粋なのか?

 

 ……やめよう。この話題は一人でしても片付かない。

 

 話を戻して。

 

 あの一人奏楽隊(オーケストラ)と呼ばれた、年齢不詳の人形師は一応自分を人間と見ているが、同時に人形も人間と見ている節がある。区別がついていないというか、差別していないというか。

 

 身近なヒーローは、ヒーロー科にいる以上それなりの数いるけれど、代表としてあげるならやっぱりオールマイトと相沢先生、あと人外代表として根津校長だろう。

 

 性格やスタンスが対極的な三人だけど、しかしこの話題に関しては先に語った二人よりずっとわかりやすい。

 

 相澤先生は人間を人間と見えている人だし、自分を人間だと疑わない人だ。疑うことすら合理的でないと、あのツンデレ合理主義者は言うだろう。

 

 根津校長は人間ではない。個性を持ったネズミだし、そう自覚している。人間だと思い込んでいるネズミではないし、ネズミの個性を持った人間でもない。だからこそ、人間の上に立ちながらヒーローができるのだ。

 

 オールマイトは、正直怪しい。典型的な英雄タイプの人だけど、典型的な英雄が人間的かは微妙なところで。

 あの平和の象徴は、人を救うためなら神にだってなれる人だから。悪魔にだってなれるかもしれないし、生贄にだってなれるかもしれない。

 

 生贄。

――人身御供。

 

 昨今の日本じゃまず聞かないけれど、当時。雨や作物、神や妖怪のために生贄を捧げた昔の人たちは、生贄になる人を人間と見ていたのだろうか。

 

 否だ。そうでなきゃその人達はただの殺人鬼だから。

 食料として見なければいけない。豚や牛と同列に見ていないと、そんなことが許されるはずがない。

 

 生贄になった人からは自分を人間と見ていたのだろうか。

 きっと否だ。そうだと思いたい。そう願っている。だってそうじゃないと、その人達が哀れで仕方ない。

 

 

 

002

 

 

 

 何故ウチがこんな、似合いもしない語り部みたいなことをしているかと言えば、ただの現実逃避でしかない。

 

「使駆くん、ちょっとさっきのジェットコースターと競争してみてください」

 

「ギャハハハッ! いいなぁそいつは愉快だ!!」

 

「うにゃい……、気持ち悪いんだよぉ……」

 

 現実は小説よりも奇なり。とは言うけれど、でもだからって、これはひどい。

 殺人鬼と殺人鬼と芸術家とウチの四人で、ウチらは遊園地に来ていた。

 

 

 なんでこの面々なのかと言えば、ウチと黄彩の両親がどっちも暫く家から離れることになって、ちょうどそのタイミングで使駆が四人分のチケットを持って現れたからだ。

 もう一人、使駆と面識のある梅雨ちゃんでも誘おうかと思い連絡したが、学校からの通達を律儀に守るつもりらしく断られてしまい、そこで使駆が呼んだのが刺殺専門の殺人鬼、渡我被身子だった。

 

 ウチと、女体化してる時の黄彩が合宿のときに会っているが、その時の記憶は無いらしく、ウチらもほとんど覚えていなかったため二度目の初対面。

 使駆と黄彩がいればまぁ安全ではあるかとウチも話してみれば、渡我はいわゆるヤンデレというやつなのだとすぐに分かった。

 好きな人の血が吸いたい、その人そのものになりたい。歪んだ性癖も相まって、それゆえの殺人鬼なのだろう。

 

 例としてどうかと思うが、戯言シリーズの《零崎》という存在を、普通に女子同士のように話していて思い出した。

 ウチが渡我に、何故人を殺すのかと聞いてみれば、まさしく零崎が語ったような話が出てきたから、かもしれない。

 

「ヴィランのお友達にも聞かれたことがあります。……きっと、私はそういう人生、道を歩くために生まれてきたんです。それも、血を吸った人になれるっていう、その道専用の補助輪付きで」

 

「他のことに使えるとは思わなかったの?」とウチが尋ねれば、渡我は諦めたような笑みを浮かべながら答える。

 

「優れた能力を持つヴィランが捕まると、いろんな人がそう言いますけど、本人である私に言わせるなら、私が殺さずに生きるというのは何もせずに生きているのと同じなんです。誰にだって、これが無いなら生きる理由なんて無い、生きていられない、みたいなのがあるでしょう? 食事や睡眠と同レベルの、趣味みたいなやつです」

 

 趣味。あるいは、生きがいというやつか。

 

「それは人によって、スポーツかもしれないし、ヒーローかもしれないし、ヴィランかもしれません。仕事や子育てと言う人もいるでしょう。しかし多くの人はその道から降りられるうちに離れていきます。いろんな理由で」

 

 いろんな理由。その道を行くことが出来なくなるほどの、致命傷。

 

「それでも降りなかった人が、ドロップアウトでもしないかぎり降りることが出来なくなった人が、例えばオールマイトであり、例えば使駆くんであり、私なわけです」

 

「……そしてウチはまだヒーロー以外の道に行くことも出来る程度にしかヒーローの人生を進んでいないし、一部のヒーローは副業を本業に切り替えることもできる」

 

「ドラゴンクエストVIの転職システムみたいなモノです。魔法使いのバーバラが魔法職でしかいられないように、武闘家のハッサンが前衛職でしかいられないように、私は殺人鬼以外にもなれるかもしれませんが、あるいはそれがヴィランなのでしょうが、それでもヒーローにはなれません」

 

 なんか急にコミカルな例えになったが、しかしなんとなくしっくりきた。

 才能が個性というわかりやすい形で現れる今の社会なら、どうしても努力や我慢ではどうしようもない向き不向きは存在してしまう。

 

「とにかく、そういうわけで、私にとって殺人とは呪われた装備がはずせない様にやめられないモノで、途中で嫌になってもやめられないモノなのです」

 

 

 使駆という前例を見ているから今更驚きはしないが、渡我は話してみれば話せる奴だった。

 お互い、若干の躊躇いはあったものの、ウチと渡我は友達になった。

 

 

 閑話休題。

 

 

 ついさっき乗っていたジェットコースターを見上げながら、どこか侵入できる場所はないかと探る轢殺専門の殺人鬼と、ナイフではなくチュロスを握りながら、人を喰ったような笑みを浮かべて満喫している刺殺専門の殺人鬼。

 そしてジェットコースターで酔った芸術家。あれよりずっと速くて揺れる道徳的な龍を乗り回してたのに、何故ジェットコースターで酔ったのか知らないが、とりあえず背中を摩ってやる。

 

「あ、あっちから入れそうです!」

 

「おっしゃ、ちょっと言ってみっか!」

 

 自然な程度に変装しているとはいえ、殺人鬼として顔が割れているのに交渉する気らしい二人はとりあえず置いておいて、ウチは黄彩に専念する。ぶっちゃけあっちは他人のフリでなんとかなる。

 

「大丈夫? トイレ行く?」

 

「やー。かぁいく無いからいかないの」

 

「アイドルかお前は」

 

 アイドルはうんこしないみたいな謎理論を掲げているが、その顔色は確実にアイドルのものでは無い。もともと色白なのも相まって、その肌色はほとんど青色だ。

 

「吐かれても困るし、ほら行くよ」

 

「うん〜」

 

 

 

003

 

 

 

 今回のオチ、と言っていいのかわからないけれど、あのあと殺人鬼二人は案の定通報され、逃亡した。

 

 押しつけられた土産は家に郵送して今度渡すことにして、ウチと黄彩は観覧車を締めに帰宅した。

 

「ウフフ、あの吸血の人。可愛い人だったね。一途って言うか、向こう見ずって言うか」

 

「ただの殺人鬼でしょ。それ以外の生き方を選べなかった、って意味じゃ、確かに一途、というか視野が狭いんだろうけど」

 

「うにゃぁ、そんなのボクもきょーかも一緒だよ。ボクだって芸術家以外になれたかもしれないし、きょーかはミュージシャンにだってきっとなれる。吸血の人にしたって、殺人鬼以外にも何かなれるかもしれない」

 

「ふーん。……例えば?」

 

「さぁね。お嫁さんとか?」

 

「包丁は似合うだろうけどね」

 

「お医者さんかもしれない」

 

「えっと、注射器のこと言ってる? それともナース服?」

 

「ウフフ、きっと可愛いよー」

 

 




キャラ紹介
核融合の魔法少女 煌綺(きらめき)太陽(たいよう)
女 34歳

 核融合炉を体内に持って生まれた、特異体質持ちの魔法少女。

 焼き尽くすように明るいオレンジ色の髪に、炎のように綺麗な朱色の瞳の少女。
 スチームパンク、という言葉が似合うような衣装を着ているが、身体から伸びているパイプに流れているのは蒸気ではなく生み出されたエネルギー。

 魔法少女は少女でなければならない。
 というわけでは無いが、訳あって魔導士三種にはそれぞれ年齢制限があり、その年齢を過ぎると強制死刑となる。

――魔法使い、100歳
――魔女、30歳
――魔法少女、15歳

 その訳を覆す存在として黄金の国に君臨するのが、転生の魔女。通称、魔法少女救済システム。(魔女と魔法使いは自力でなんとかする者も多いが故の通称)
 自らの転生という体質を魔法的に研究し、他者の死へ転用、殺した相手に限り、ある程度の設定を施して転生させることができる。
 煌綺太陽は転生の魔女に処刑された魔法少女の一人で、十六歳の誕生日の日に、全身全霊の抵抗の末に、犬歯の魔女、魔の魔法使いと協力の元殺され、不老不成の肉体で転生した。

 屈指の実力者であり、神刺刹那に並び悪を数多く殺してきた魔法少女。


 魔導士達の中では犬歯の魔女によく懐いていて、休日はその二人でのんびり暮らしている光景がよく見られる。

 


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第四十三話 桃花畑の蒼断殺人と殺人殺戮

000

 

「いいないいなっ! 個性! ヒーロー! ヴィラン! きっと楽しぃぞぉう!!」

 

001

 

 

 

 某県某市。

 とある中学校の体育館で開かれた、有製蒼の人形劇は、突然の殺人事件によって幕を下ろされた。

 

 被害者は現場となった中学校の女子生徒。本日昼前、劇を行っていた時間帯。体育館の男子トイレの個室で、複数の男子生徒から暴行を受けた上、トイレのタンクに後頭部を強打して死亡した。

 

 現場に残された濁った液体を検査することで、犯人は十代前半というのが既に分かっているため、ヒーローではなく警察による捜査が始まった。

 

 生徒達は強制的に帰され、被害者の母親、クラスメイト、担任教師、居合わせた蒼が教室に集められた。

 

 

 クラスメイトの男子達が言うには、被害者の少女は女子達からいじめを受けていたらしく、いつ殺されるかと密かに心配していたという。

 

 クラスメイトの女子達が言うには、被害者の少女は三年生の男子から嫌われており、いつ殺されてもおかしくなかったという。男子の語ったいじめについては何かの勘違いだと口を揃えていった。

 

 担任の教師が言うには、被害者の少女は非常に優秀な生徒で、誰かに恨まれるとは到底思えないという。

 

 被害者の母親が言うには、娘は毎朝、学校に行くのを躊躇っているように見え、無理に鼓舞して通っているようだったという。今にして思えば、いじめに苦しんでいたのではないかと。

 

「悪いけれど、いえ、悪くないのだから、悪くないのだけど、って言うべきかしら、あたし。まぁ、何にも知らないわよ、あたし。殺されちゃった子の顔も見たけど、もしかしたら今日以外の劇を見てくれてるかもしれないけど、それでも知らない子よ」

 

 第一発見者ならぬ第二発見者である蒼が言うと、居合わせた警察官は頭を悩ませた。

 

 言ってしまえば、犯人を見つけ出すのは簡単だ。雄英ほどでは無いにしても、かつてとある小学校で起きた、侵入したヴィランが生徒一人に虐殺される事件以来、全国の学校のほとんどはセキュリティが強固になった。ならば犯人はこの学校の生徒か教師で、検査の結果を見るに十中八九、男子生徒だ。

 あとは全員をDNA検査でもしてしまえば、犯人は特定できる。

 

 問題は手間がかかりすぎることにあった。

 

 全校生徒1200名を誇る大きな学校、単純計算でも600人を検査するとなると、さすがに時間がかかりすぎるし、その間に犯人を逃してしまいかねない。

 

 警察がしようとしているのは犯人の特定ではなく、範囲の絞り込みだ。例えば一学年に絞るだけでも、作業の量は三分の一になるのだから。……それでも200人いるわけだが。

 

「お困りのようだね諸君!!」

 

 と、数値にしたら虚数になりそうなほど暗い雰囲気に包まれた教室に、桃色が現れた。

 

 

 

002

 

 

 

 華々(はなばな)花々(かか)

 スーパーマリオで言うところのルイージ、シャーロック・ホームズで言うところのワトソン、と、まぁ相棒ポジションによく立つ黄金の国の住人である。

 

 神刺裂那の親友にして、桃色という、裂那が着た衣服が黄金に染まるように、衣服が桃色に染まる体質を持って生まれた少女。

 

 決して身体能力が優れる体質を持つわけでも、神刺刹那のような特殊な体術を持つわけでも無いのに、厳重なセキュリティと捜査しているはずの警察官を素通りしてこの場に現れた。

 

「全人類の八割が異能を持つ社会で起きた、一般人の暴行殺人事件! 一体どんな事件なのか、面白そうだから来ちゃった!」

 

 爪先から首元まで、どこかの学校の制服と思われる服装の全てが桃色で統一された奇妙な少女が、桃色の髪を逆立てながら、教室に現れた。いや、逆立ちだから髪が奇妙な髪型になっているだけなのだが。

 

 本来、無関係な人間が入ってきたのだから警察が追い出すべきなのだが、警察官よりも先に被害者の母親が席を立ち激昂する。

 

「なんなのよあなたいきなり現れて!! うちの娘が殺されたのよ!? それをそんな、面白そうだから来たって! フザケンナ!!!」

 

 目力だけで殺せそうなほどに睨みつけた母親に一切動じず、花々は身軽な動きで教卓の上に腰掛けた。

 

「アハハッ! うわー怖い。ガクガクブルブル。……満足した? それじゃあ、……う〜ん、先に一応自己紹介した方がいいかな」

 

 なんとか捕まえ追い出そうとする警察官の手を払いながら、花々は教室の面々に名乗った。

 

「私は華々花々。レナ、えっと、こっちで平和の象徴になるーって言ってる金色の女の子の親友だよ。こっちにはレナに誘われて遊びに来たんだけど、レナはお仕事でどっか行っちゃってね。ってわけで、細かいとこ教えて? 面白そうだったら犯人教えてあげるから」

 

 バシーン、と妙にコミカルな動きで警察官を教壇に叩きつけ、この場で唯一退屈そうにしていた蒼の前まで跳躍した。

 

「教えてよ事件のことっ! お姉さんなら見えてたでしょ?」

 

「うふふ、なんのことかしらね? よくわからないわ、あたし」

 

 冗談めかして微笑む蒼に返すように、花々も微笑み返す。

 

「分かっちまうんだぜ、わたしゃ名探偵だからねっ! なぁんて、ほんとはコスプレとお喋りが好きな大学生だけどね」

 

 包み隠す、歯に衣着せるということを知らないのか、花々はさも事実のように語る。

 

「お姉さんの視野はかなり広い。ステージの上で沢山の人形を動かしながら自分も踊って、その上観客のこともちゃんと見てるんだもん。トイレを出入りした人のことなんて、見えないわけが無いでしょう?」

 

「あたしだからね。でも人形師よ、あたし。警察でもヒーローでも名探偵でもないあたしの言葉、一体誰が信じるのかしら」

 

「私が信じる。現実はいつだって残酷なんだから、私ぐらいは信じてあげないと、現実がかわいそうじゃない?」

 

 何様のつもりだ。その場の多くがそう思うも、蒼は対照的に、少女のように笑った。

 

「うふふふふふふっ、いいわね。楽しいわ、あなた。そしてあたし。きっといいお友達になれるわ」

 

 

 

003

 

 

 

 名探偵だった。名探偵と言っていい、あまりにも速すぎる答え合わせのような解決編だった。

 

 蒼の目撃した情報から実行犯の男子生徒四人の学年とクラスを特定し、女子達から被害者の少女をいじめていた八人を特定、これまでの非道な行いを包み隠さず全て、校舎を練り歩きながら証拠付きで、被害者の母親と担任の前で語り、とどめと言わんばかりに、男子生徒四人に暴行を命じたことを暴露した。

 

 警察は応援を呼び、女子生徒八人を逮捕、すぐに事情聴取を行う運びとなるらしい。

 いじめに気がつかず、今回の事件に至ってしまったため、担任の教師もただでは済まないだろう。

 ずっと楽しげに笑っていた蒼と花々を、被害者の母親は睨み続けていたが、最後には涙腺が決壊。渋々と言った様子で、虫の羽音のような声で、「ありがとうございます」と言った。

 

 

 ひとまず事件が解決し、蒼は次の現場へと出発。花々は警察の連絡を受けて駆けつけてきた裂那と共に中学校を出た。

 

「ねぇレナ、この世界に来て、楽しい?」

 

「んなわけあるかよ。ヴィランもヒーローもうざってぇし、オレの父親よかマシだが、ショタ親父も結構なクソ野郎だし」

 

「アハハッ、そっかそっか。私はレナが楽しそうで何よりだよ。ツンデレちゃんめ」

 

「殴るぞ」

 

「レナならそれも大歓迎。殺してくれてもいいんだぜ?」

 

「……お前も大概うざいんだったな。忘れてた過去のオレを殴りたくなってくる」

 

「過去の己は最高の友だよ? そんな乱暴なことしたら嫌われちゃうよ」

 

「未来のオレに恨まれてるからな。今更だ」

 

「じゃあ、代わりに私がレナの全てを愛してあげる」

 

「あー、ハイハイ、アリガトウ」

 

「むぅ、そういうとこも可愛いけど、もうちょっと素直になればもっと可愛いと思うんだ?」

 

「ふざけろ」

 

「ンフフー、今日は一緒に寝る?」

 

「今日がお前の命日でいいならな」

 

「一緒に永眠しようぜっ!」

 

「やめろ縁起でもねぇ!」

 

「アッハァ、レナって、意外と普通の女の子だよねぇ」

 

「……誰目線だよ」

 




キャラ紹介
華々(はなばな)花々(かか) 女 22歳

 身に付けた衣服が桃色に染まる、というだけの体質を持って生まれた少女。

 身長は女性にしては高い方で、低身長の裂那と比べて頭ひとつ高い。

 癖っ毛セミロングの髪も、無駄に愛嬌のある目も桃色であるため、たまに『魔人ブウ』みたい、とバカにされる。

 黄金の国、神刺裂那の親友で、お互いに《ハナ》《レナ》と呼び合う仲。

 頭ひとつ抜けて変な名前には、言葉を覚え始めた頃には既に疑問を抱いていた。が、それだけは永遠の謎となっている。

 オールマイトの素の身体能力を受け継いだ裂那や、メイド長である刹那ほど常人離れしていないが、運動はかなり得意でパルクールの技術はかなりのもの。

 推理力が異様に優れ、未来予知に匹敵すると噂されたり、千里眼のような体質を持っているのではないかとよく誤解されるが、そんな事実は一切ない。

 私服がコスプレという、黄金の国でも常時メイド服の刹那に並んで奇妙なファッションセンスの持ち主だが、そもそも身に付けた時点で桃色に染まるため元のキャラが何なのかもなかなか分かってもらえない。

 裂那が黄金の国に至る重要人物であり、制作時の失敗作である2428人の裂那には花々の存在が欠けていた。




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第四十四話 蛙響線の善悪判別と殺戮殺戮

 夏休み篇はいろんな書き方でやっていますが、今回は中でも異端な回になると思います。
 ではでは、本編どうぞ。


ツユちゃん

『響香ちゃん、今いいかしら』

 

 黄彩が芸術家の仕事でどっかに出かけて、ウチは暇を持て余していた頃。好きなミュージシャンの曲を聞いたり、気まぐれに楽器を鳴らして過ごしていると、梅雨ちゃんからラインが来ていた。

 

キョーカ

『暇してたけど、どうかした?』

 

ツユちゃん

『その、有製ちゃんのことなのだけど、私、彼をどう見たらいいのか、どうしてもわからなくて』

 

キョーカ

『えっと、中学の時の事件とかのことだよね?』

 

ツユちゃん

『ええ、そう。記者の人たちやネットの情報に書かれていることももっともだとは思うし、遺族の人たちを気の毒にも思うけれど、でもそれだけを信じるわけにもいかないと思うの』

 

 なんというか、梅雨ちゃんらしいと思ってしまう。

 優等生だけどただ優等なだけでなく、前と上だけでなくちゃんと後ろと下も見ているというか、表だけでなく裏も見ようとしているというか。

 

 本当に、なんというかって感じだ。

 

キョーカ

『正直言うと、ウチだってよく分かってないよ。昔から、なんとなくそういう奴だって分かった上で一緒にいるわけだし、黄彩は黄彩でしかないからさ』

 

ツユちゃん

『響香ちゃんからすれば、家族同然だものね。でも、ヒーローを志す私たちは、有製ちゃんのことを見て見ぬふりしてはいけないと思うの』

 

 ウチはこう真面目っていうか、直線な人と話していると、自分の湾曲具合を実感する。

 黄彩なら螺旋、それも黄金比率の螺旋みたいなキャラだし、使駆や渡我みたいなのはぶつ切りの棒グラフだろうか。

 

ツユちゃん

『響香ちゃんは、知っていたのよね? 事件が起きてすぐ、私たちよりずっと早くに。あくまで参考までにだけど、どういう風に受け入れたのか、教えてほしいわ』

 

 受け入れる、とはどういうことだろうか。

 例えば使駆や渡我の殺人を、ウチは許容できてはいない。いけないことだとは思うし、警察に捕まれコイツらとも思っている。

 黄彩に関しても、黄彩を殺そうとした39人の同級生も、殺されそうになったから殺した黄彩も、どちらにしても捕まって刑務所に送られるってなったらウチは納得するだろう。

 

 ……ああ、そうだ。そう、なのかな。

 

キョーカ

『受け入れてなんかいないよ。ただ否定していないってだけで。だからって肯定もしないけど、でも拒絶だけは絶対にしないようにしてる。黄彩の中にもウチが居るから、離しちゃいけないんだ。……って、今思ったんだけどさ』

 

ツユちゃん

『二人はきっと、何があっても一緒なのね。それは素敵だけど、でもそれは、有製ちゃんがヴィランに、響香ちゃんがヒーローになった時を考えてしまうと、とっても辛いわ』

 

キョーカ

『ならないよ。黄彩にヴィランなんてヒーロー以上に向いてないし』

 

ツユちゃん

『……断言できる理由が、あるのね』

 

キョーカ

『結局、黄彩にしても誰にしても、そいつがヴィランになるかどうかって、周りにどう見られるかだからさ。例えばウチらクラスメイト全員が爆豪をヴィランだって騒いだら、爆豪はヴィランみたいに暴れだす、みたいな』

 

ツユちゃん

『その光景が簡単に想像できちゃうあたり、爆豪ちゃんも不憫ね』

 

キョーカ

『結局、これまで通りがベストだと思うよ。やったのはずっと前のことなんだし、みんなを騙してたってわけでもないし、警察もヒーローもすぐにどうこうするつもりはないみたいだし』

 

ツユちゃん

『ちょっと待って頂戴。騙してたわけではないって、どういうことかしら』

 

キョーカ

『あー、隠してたわけではないって言った方があってるのかな。ウチと、それからウチの両親もだけど、あの頃のヴィランが侵入して云々って報道されてる時に、ウチと黄彩が通ってる学校だから怖いねーって話をみんなでしてて、その時に黄彩が「ボクがやったんだよー」、みたいな感じ。聞かれなかったから誰にも話してなかったってだけなんだよ、今この状況は』

 

 今思うと、あの時は大変だった。

 ちゃんと聞いてみれば、確かに黄彩が間違ってるとも言えなくて、殺しはしちゃいけないって教えることは出来ても、殺したことを叱ることは出来ないっていう。結局、ウチらがどうこう言うより警察の判断に任せようってなったんだっけ。

 

ツユちゃん

『なんというか、難しいわね』

『響香ちゃん、本当に、ちゃんと、絶対完璧に正当防衛だったとして、殺人は許していいのかしら?』

 

 難しい問いが来てしまった。なんというか、正答のある心理テストを受けてるような気分だった。ウチは別に、正統な人間ってわけでもないのに。

 

キョーカ

『やっぱり、周りがどう思うかじゃないかな。例えば桃太郎が鬼を絶滅させたとして、それでおじいさんとおばあさんが喜んだのなら、人間みんなが感謝したのなら、それは許されたってことだと思うの』

『逆にみんなが桃太郎を鬼を殺した殺人鬼だーって言ったら、桃太郎は許されなかった、悪い奴になるわけだし』

 

ツユちゃん

『有製ちゃんは、許されるべきなのかしら?』

 

キョーカ

『それをウチに委ねちゃダメだと思うよ』

『でもまぁ、黄彩が39人に殺される未来と、39人が黄彩に殺される未来。どっちかを選べるのだとしたら、どちらかしか選べないとしたら、ウチは黄彩が助かる方を選ぶよ。それが39人死ぬ未来でも、39億人死ぬ未来でも』

 

 それだけは間違いない。価値の差とでもいうのだろうか。

 クラスが違ったとはいえ、面識がないわけでもなかったけれど、ウチの中で黄彩の価値はあの39人なんかよりずっと大きい。黄彩のために死んでくれって感じだ。いや、死んだんだけど。

 

ツユちゃん

『ごめんなさい、なんだかとっても悪いことを聞いてしまったわ』

 

キョーカ

『全然、気にしてないよ』

 

ツユちゃん

『有製ちゃんに関しては考え直してみるわ』

『話は変わるのだけど、殺人鬼の彼に誘われたっていう遊園地、どうだった、いえ、どうなったのかしら』

 

 ……忘れてた。そういえば事情を説明して誘ったんだった。そりゃ、心配もされるよね。

 

キョーカ

『とりあえず、ウチも黄彩も何かに巻き込まれたりはしてないから心配しないで』

『どうなったって言えば、ああ、梅雨ちゃんの代わりに、トガヒミコが来た。んで、話してるうちに友達になった。悪い奴ではあるんだろうけど、嫌な奴ではなかったよ』

 

 わざわざ隠すほどのことでもないだろうと思ったが、しばらく返信がこない。まさかヴィランと友達になったってだけで軽蔑……、されてもおかしくないわ。ヒーロー科だったわ、ウチ。

 

ツユちゃん

『合宿の時に私は彼女と会ったけれど、響香ちゃん。貴方もクレイジーだわ』

 

 幸い、五分もすれば返信がきた。かなり動揺したのが、なんとなく伝わってくる。

 

ツユちゃん

『もしかして私、響香ちゃん達にとっても悪いことをしてしまったかしら』

 

 梅雨ちゃん、良い子すぎるっ! そういえば体育祭で黄彩もそんな感じで褒めまくってたし、本質的に、根本的に善良な子なんだ。

 

キョーカ

『ほんと大丈夫だから。ヴィランってより、マジで使駆寄りの殺人鬼って感じだったから』

 

ツユちゃん

『殺人鬼が友達って時点で危ういわよ。失礼かもしれないけど、響香ちゃん、友達作りがヘタね』

 

 分かってる。分かってるけど、心臓に待ち針が刺されたような痛みが走った。

 

キョーカ

『縁が友を呼ぶっていうじゃん、……そのせいだと思いたい』

 

ツユちゃん

『響香ちゃんの縁は有製ちゃんの縁でもあるってわけね。こういうのもあれだけど、よく殺されなかったわね』

 

キョーカ

『黄彩は殺されかけてるから、殺されなかったとも言い切れないかな。まあ、友好的であるうちはいい、っていうかどうしようもないかな。渡我はよくわかんないけど、使駆とやりあえるくらいには強いって話だし』

 

ツユちゃん

『彼、そんなに強いのかしら』

 

キョーカ

『全速力が音より速いらしいし、ウチじゃまず無理。飯田よりも速いスピードで、コンクリより硬い脚で蹴られたら大抵のやつは死ぬでしょ』

 

 その大抵のやつっていうのが、幸いなことにヴィランなわけで。

 

ツユちゃん

『なかなか、反則的ね』

 

キョーカ

『おまけに異形型だから相澤先生の抹消とかも効かない』

 

ツユちゃん

『捕まっていない理由に納得したわ』

 

キョーカ

『一応補足しておくけど、ヒーローとか警察とか、一般人は殺してないはずだよ。ヴィラン以外は絶対殺さないって言ってたし、ウチとかが殺さないでって言えば、ウチが見てる時は殺さないで助けてくれたし』

 

ツユちゃん

『なんでヒーローになろうとしなかったのかしら』

 

キョーカ

『小学校のときにやらかして、正当防衛が許されなかったから。誰かを許さないって、そういうこともあるんだよ』

 

 

 ウチが送ったのを最後に、その日梅雨ちゃんから返信は来なかった。

 

 きっと色々考えたんだと思う。次の日に梅雨ちゃんから、『ありがとう』とだけ、返信が来ていた。

 

 

 

渡我被身子

『響香ちゃん! 暇になったので響香ちゃんの家に遊びと涼みに行って良いですか?』

 

キョーカ

『空気読め』

 

渡我被身子

『ええ!? 私何かしました!?』

 

キョーカ

『ごめんなんでもない。遊園地のお土産もうちに置いてあるから、持っていってね』

 

渡我被身子

『今から向かいます! 使駆くん号で!』

 

キョーカ

『あんたら付き合ってんの?』

 

渡我被身子

『そんなわけないじゃないですかやめてください気持ち悪いです使駆くんなんて可愛くないから嫌です』

 

キョーカ

『あっそ』

 

 うん、バカとのラインは頭使わなくて良いから楽で良い。

 ウチは来客の侵略に備え、冷蔵庫の麦茶の確認を急ぐことにした。無かったら急いで買いに行かねばならない。



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全寮制開始篇
第四十五話 全寮制の周知時後と緊縛不能


 思いついたと言うか、落とし込んだって感じですが夏休み篇終了、全寮制開始篇です。


 

001

 

 

 

 夏休みが明け、雄英高校は全寮制を開始する。

 

 雄英から徒歩五分、築三日の学生寮、ハイツアライランス。

 

 生徒の登下校時の危険対策、情報漏洩の防止、裏の目的として内通者の捜索などなど、決して平和的な理由で実施されたものではないが、それでも生徒たちの気分は明らかに高揚していた。

 

「むぅ、アトリエから遠いし、やっぱやなんだよ……」

 

 いや、約一名だけ、若干不機嫌だった。

 美術室を半ば独占しているが、そこでは搬出に不便なため、大きいものとなると自前のアトリエを利用する必要がある黄彩だけは、全寮制が気に入らないようだ。

 

「ケロ、おはよう響香ちゃん。……有製ちゃん、どうかしたのかしら」

 

「うにゃ、はよ〜」

 

「おはよ。黄彩、今朝からずっとこんなでさ。アトリエが遠いって」

 

「ケロ、それは仕方ないわね」

 

 口元に指を当てながら微笑む蛙吹を見て、黄彩は首を傾げた。

 

 どこか不思議そうにしている黄彩に、蛙吹も黄彩と鏡合わせのように首を傾げた。

 

 次々と到着するA組の面々が、鏡芸のようなことをしている黄彩と蛙吹を疑問に思いながらも挨拶して行った。

 

「黄彩、どうかしたの?」

 

 蛙吹と一緒にメトロノームみたいになり始めた黄彩に響香が尋ねると、動きが止まって答える。

 

「うにゃ、もっと避けられると思ってたんだけど。ほら、ボクが殺したの知られちゃったみたいだし」

 

「ケロ、もしかして有製ちゃん、見ていないのかしら」

 

「そういえば黄彩は一回も返信してなかったっけ」

 

「うにゃん? 何の話?」

 

 響香は黄彩いスマホの画面を見せた。

 そこには、クラスのグループチャットで話し合いが行われた記録が残されていた。当然そのグループには黄彩も参加はしているため、皆黄彩も見たという前提でいるようだ。

 

「ケロ、昨日まで何回か、みんなで話し合っていたのよ。これから有製ちゃんとどういう風に接していくかとか、そういう話」

 

「ウチは例外すぎるから個人で何人かと話しただけなんだけどね」

 

「響香ちゃんの話は有製ちゃんとのこと以外でも色々ためになったわ。ありがとう」

 

 本人のいないところで何かが決まったのがむず痒いようで、響香の袖を掴んで聞く。

 

「それで、どうなったの?」

 

「どうって言っても、なるべく今まで通りにしようって感じ。飯田とか納得しきれないのもいるけど、そいつらに強制はしない。居心地を悪くするのはやめよう。何となくそんな感じだったよね」

 

「その通りだ有製君!」

 

 と、話を聞いていたようで飯田が乱入してくる。

 

「俺は君のしたことは許されることではないと確信している。しかし個人的に裁くことが出来ないのが現実。だからせめて、今後君に殺しをさせる機会を与えない!!」

 

 チャットの記録を遡って見てみれば、飯田のスタンスはその直立不動具合に似合って一貫しているらしい。

 まだヒーローでもない自分が勝手に黄彩を捕らえることは出来ないから、せめてこれ以上罪を重ねさせない、あわよくば罪を償わせる。といったスタンスだ。

 

「ふぅん。言っとくけど、ボクはボクのやったことを罪だなんて微塵も、これっぽっちも、思ってなんていないからね。生かしておけばよかったって反省はあるけど、誰かに叱られる謂れは無いよ」

 

 響香にスマホを返しながらそう言うと、飯田は直立不動の対義語のような黄彩の肩を掴んだ。

 

「いいか、殺しはいけないことだ。いかなる理由があろうと、それは最も忌むべき行為で恥ずべき行為だ」

 

「ウフフ、でもそれは、ボクを殺そうとした39人にも言えるんだよ。40人で殺し合って生き残ったのがボクってだけなんだから」

 

「それでも殺したのは君だ」

 

 話にならない。そんな思いを、黄彩は表情に露骨に出す。

 

「殺人未遂だって罪だよ。それに、肉食動物は平気で共食いをする。なのにどうして、人間は共食いも殺し合いも禁じられるのかな」

 

「それは…………、法でそう定められているからだ。ルールは守らなければならない。それに、なぜ殺してはならないのか、そういう問いそのものが非道徳的だ」

 

 飯田は幾らか間を開けて考える素振りを見せた後に黄彩の疑問に答える。

 

「うにゃぁ。ルールは守らなければならない、問うことそのものが間違っている」

 

 黄彩はうんざりした様子で、飯田の言葉を反芻する。

 

「そういうのって、思考放棄だと思う。赤信号を守らなければいけないのは危ないからだよね。法定速度を守らなければいけないのも危ないから。どんなことであれ、ルールは人を守るためにある。でも、人を殺しちゃいけないってルールをあのとき律儀に守ってたら、ボクはあの日に死んでるんだよ?」

 

 それも事実。

 

「ボクの知ってる殺人鬼は同級生を守るためにルールを破って、ルールじゃ守れなかった人を守ったよ。その中にはボクとか、きょーかもいる」

 

 黄彩の言葉に嘘偽りは一切無い。

 

「ルールって、道徳って、そこまで大切かな? ルールに縛られて苦しんでいる人に、それでも君はルールは守らなければならないって言える? ……ウフフ、そう人類に問いかけるのが、ボクたち芸術家だよ」

 

 いつの間にか注目が集まり、クラスメイトたちの興味は寮よりも黄彩の言葉に集まっていた。

 

 

 

002

 

 

 

「A組一同、偶然だろうが我々と概ね同じ結論に至ったようで何よりだ」

 

 黄彩の言葉に、ヒーロー志望として考えねばならなかった。そこへ一石を投じるように現れた相澤が声を掛ける。

 

「有製黄彩は何がなんでもヴィランにするわけにはいかない、それが上の結論だ」

 

 なんてこと無いように言った相澤に、緑谷が挙手しながら問う。

 

「相澤先生、それって、本当に仮にですけど、有製君が何をしてもヴィランにならない、ということですか?」

 

「正確には出来ない、だ。人間国宝だの上級国民だのとネットじゃ言われてるが、それ以前の問題だ。……飯田、お前なら何者にも触れることが出来ず、当然縛ることも出来ない幽霊みたいなヴィランを捕らえろと言われたらどうする」

 

 突然名指しされた飯田は、身体の向きを相澤の方へグリンと向けながら答えた。

 

「申し訳ございません! 何も思いつきません!」

 

「だろうな、俺にも思いつかん。有製黄彩がヴィランになった場合がそれだ。全員何かしらのニュースで見たろ、ヴィラン用の拘束具を余裕で引きちぎったこいつを。牢屋に捕まえとく方法が無い以上、多少強引にでも正当防衛を成立させるって方針だ」

 

「消しゴムの人の個性なら一応縛れるんだけどね」

 

「俺をドライアイで殺す気か?」

 

「ウフフ、まあボクだって好んで殺すわけじゃ無いよ」

 

 ともあれかくあれ、理不尽な権力のようなものを黄彩が握ったというわけでは無く、それを利用する気も無いようでクラスメイトたちは安堵した。

 

「ま、みんな集まれてよかったな」

 

「私は苦戦したよ〜」

 

 場の空気を変えようと、瀬呂が言うと、合宿の際に被害をモロに受けた葉隠が乗っかった。

 

「ウチら、ガッツリやられちゃったからね」

 

「うにゃ、今度は負けないもん」

 

「ケロ、無事集まれたのは先生もよ。会見を見たときは、居なくなってしまうんじゃと思って悲しかったの」

 

 蛙吹の言葉に、相澤は頷いた。

 

「俺もビックリさ。ま、いろいろあんだろうよ」

 

 相澤が見据えた先にいるのは、スマホでグループチャットの記録を振り返っている黄彩。

 この場にいられる理由の一つは、黄彩に対する抑止力というのもあるんだろう。抹消という稀少な個性は、黄彩を正面から叩きのめせる数少ない手段なのだから。

 

「さて。これから寮の説明に入るんだがその前に一つ。これから合宿中に取る予定だった仮免取得を目指して動いていく」

 

 相澤の話を聞き、生徒達は「そういやそんな話あったな」と思い出す。

 

「大事な話だ。……切島、八百万、轟、緑谷、飯田。お前ら五人はあの晩、あの場所に爆豪救出へ赴いたらしいな」

 

 なぜ知られているのか、など疑問や不安の感情に包まれる。

 

「その様子だと、行く素振りはみんなも把握していたわけだ。俺は神刺裂那の報告を受けて初めて知ったし驚いた。その上でいろいろ棚上げして言わせてもらうが、オールマイトの引退がなければ、爆豪、葉隠、耳郎以外は、全員除籍処分にしてる。有製に関しても俺が監視に付けばいいわけだしな」

 

 生徒たちの顔に浮かぶのは、後悔、反省、罪悪感。

 

「行った五人はもちろん、止められなかった十三人も、理由はどうあれ、俺たちの信頼を裏切ったことに変わりない」

 

 黄彩とて、状況は知った上で放置していた。

 

「正規の手続きを踏み、正規の活躍をして、信頼を取り戻してくれるとありがたい。……以上。さぁ、中に入るぞ。元気に行こう」

 

 相澤は悔やむ表情を隠すように背を見せ、寮へ入って行った。

 

「……うにゃ、どうしたの? みんな行かないの?」

 

「「「なんでお前だけ平気そうなんだよ!!」」」

 

 疲れた様子で黄彩は早く部屋に行こうと相澤について行くが、来ない生徒に首を傾げながら問えば、男子たちが叫んだ。

 

「ボクは消しゴムの人にどう思われても興味ないからね。それより喋って疲れたし立ちっぱで眠いんだよ……。ふわぁ……、きょーか、抱っこぉ」

 

「ハイハイ」

 

 待ってましたと言わんばかりに、響香は黄彩を抱き抱えた。

 

 

 



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第四十六話 全寮制の全寮探索と部屋披露

 

001

 

 

 

 一つ二つ、悶着はあったけれども。

 相澤先導による寮の案内が始まった。

 

「学生寮は一棟、一クラス。右が女子、左が男子と別れてる。ただし一階は共同スペースだ。食堂や風呂、洗濯などはここで行う」

 

 説明を聞いているのかいないのか、生徒たちはそこいらを見て回る。

 

「おおー!」

 

「中庭もあんじゃん!」

 

「豪邸やないか〜」

 

「麗日君!?」

 

 騒いだり叫んだり、倒れたりしている中、一人は確実に聞いていたようだが、それも決して真面目なわけでは無く。

 

「聞き間違いかなぁ、風呂、洗濯が共同スペース!? 夢か!?」

 

 固唾をがぶ飲みしながら桃源郷を夢見たのは、言わずもがな峰田だった。

 

「基本男女別だ。お前いい加減にしとけよ」

 

「……はい」

 

 背を向けたままなのに、峰田は蛇に睨まれるカエルの気分を味わった。

 

「部屋は二階から、一フロア男女各四部屋の五階建て。一人一部屋、エアコン、トイレ、冷蔵庫、クローゼット付きの贅沢空間だ」

 

「我が家のクローゼットと同じくらいの広さですわね」

 

「むー、やっぱり狭いし、何より天井が低すぎるんだよ」

 

 ほとんどが実家暮らしであるのもあり、部屋の豪華さにはしゃいでいる中、作りから違う家に住む黄彩と八百万は少し不満げであった。

 

「そういえばアンタの部屋だけ屋根裏無くしたんだっけ」

 

「うにゃん。最低でも、三メートルは高さが欲しかったんだよねぇ」

 

 黄彩の実家の部屋は、それはそれは異様で異質なのだが、それはまたの機会だ。

 

「部屋割りはこちらで決めた通り。各自、事前に送ってもらった荷物が部屋に置いてあるから、とりあえず今日は部屋作ってろ。明日また、今後の動きを説明する。……以上、解散!」

 

 というわけで、それぞれ個性溢れる部屋作りが始まった。

 

 

 

002

 

 

 

 黄彩の部屋は、響香の部屋の隣となった。

 女子フロアであるはずの部屋だが、そもそも各階で男子フロアと繋がっている上、黄彩は女体化することもあり、どこからも異論は出なかった。むしろ部屋割りを決めたミッドナイトはこの二人をまず最初に並べたとか。……誰だこいつにやらせたのは、と思った教師が多かったのはもう語るまでもないだろう。

 

 隣の部屋からギターやドラムの鳴らされる音が聞こえてくる中、黄彩はひたすらパソコンとディスプレイを繋げ、数を集めすぎて触手のようになっているモニターアームに取り付けて行く。

 その部屋には机もベッドもなく、当然マウスもマウスパッドもキーボードも無く、あるのは中央の玉座と部屋の壁四面を、窓、ドアを避けて設置されたディスプレイとパソコンのみ。

 

「にゃ、あとはゴミだして、服をしまったら終わりかな」

 

 新品を用意したようで、機材の空き箱や梱包材、説明書、保証書なんかをまとめて圧縮し、一つの玉にして部屋から運ぶ。

 

「あ、黄彩。……やっぱりか」

 

 偶然、響香も段ボールを外に持ち出すようで、ドアから黄彩の部屋を覗いてため息をつく。

 

「うにゃん。あ、ゴミ貸して。まとめるから」

 

「あ、うん」

 

 響香の抱えた段ボールは、黄彩のゴミ玉に吸い込まれるように張り付き、より大きな玉になった。

 

 雪だるまを作るようにゴミを転がす黄彩に、部屋作りが終わり暇を持て余した響香は同行する。

 

「黄彩さ、自分の部屋で寝なよ」

 

「ベッドなんて持ってきてないよ。置く場所もないし」

 

「ウチの部屋のベッドがダブルになったせいで部屋圧迫してるんだけど?」

 

「うなー、それは仕方ないね。というかどうしようもないね」

 

 そもそも、ダブルベッドを持ち込んだ時点で響香も半ば諦めていたはずで、主にクラスメイトに揶揄われるのを防がんと言ってみただけだ。

 

「そういえば、ウチの荷物の中に黄彩のものが混ざってたんだけど」

 

「うん、混ぜた」

 

「堂々と言うな。異物混入」

 

「後の遺物かもしれないよ?」

 

「千年経てば大概のものは遺物じゃん。そうじゃ無くて、ウチの部屋には異物って言ってんだけど」

 

「慣れれば慣れるって。……ダメ?」

 

「いいよ、別に」

 

 

 

003

 

 

 

 そして夜。

 

「うあ〜、疲れた〜」

 

「お疲れ三奈」

 

 早くに部屋ができた響香が供用スペースで女子たちと喋りながら寛いでいると、部屋作りに手古摺っていた芦戸がやってきた。

 

「あれ、黄彩くんは?」

 

「疲れたから寝るって」

 

 三奈は「そういえば眠そうだったもんね」と言いながら、ソファに腰掛ける。

 

「ねぇねぇそれよりもさっ! ――、――――!」

 

 と、芦戸は悪戯を思いついたような顔をしながら提案する。

 

「いいねっ! 面白そう!」

 

「私も構いませんが、」

 

 もはやいつも通りの光景。葉隠が悪ノリし、一番止めるべき八百万に止める気は見られない。

 

「よっしゃいこー!」

 

 芦戸に先導される形で、女子五人は男子たちの元へと向かう。

 

 

 

 

「男子ー! 部屋できたー?」

 

「ああっ! 寛ぎ中」

 

 芦戸が声をかけると、抜けて陽気な上鳴が返事する。

 

「あのねっ、今女子で話してて、」

 

「提案なんだけど!」

 

「お部屋披露大会、しませんか!?」

 

 芦戸と葉隠の言葉に、男子三名が固まった。

 

「「「え……」」」

 

 峰田、常闇、緑谷である。

 

「えー!!? ダメダメダメッ!! ちょ、っま――」

 

 現実は小説よりも非情なり。一番近かった緑谷の部屋が公開された。

 

「「「おおー!」」」

 

「オールマイトだらけだぁ!」

 

「オタク部屋だ!」

 

 想定外の方向で、女子たちは大騒ぎ。

 

「あこがれなんで……、恥ずかしいっ」

 

 引かれなかったことに安堵しつつ、緑谷はウブに照れていた。

 

「ヤベェ、なんか始まりやがった」

 

「でもちょっと楽しいぞこれ」

 

 

 

 早々に撤収し、次は隣の常闇の部屋。

 あからさまに抵抗を見せた常闇だが、やはり非情なり。なすすべなく排除され公開された。

 

「「暗!?」」

 

「「コワー!?」」

 

「貴様ら……」

 

 女子たちの強引に見ておいて散々な言いように、常闇は肩を震わせる。

 

「剣だ、かっこいい……」

 

「男子ってこう言うの好きなんねっ」

 

「出ていけ!!」

 

 

 家主に追い出されるようにして出て、次は青山の部屋。

 

「「「「眩しい!!」」」」

 

 目に悪い部屋だった。

 

「思ってた通りだー」

 

「想定の範疇を出ないっ」

 

 前二人とは違い部屋をアピールしようとする青山をスルーし、葉隠、芦戸は次の部屋へと向かう。

 

「楽しくなってきたぞー! あと二階の人は……」

 

「……入れよぉ。すげぇの見せてやんよぉ」

 

「え、きも……」

 

 血走った目でドアから覗き見てくる峰田を、テンションがスンと下がった麗日は麗かでない冷めた目で見ながら言った。

 峰田は崩れ落ちた。

 

(((麗日超恐ぇ……)))

 

 内心を同じに、全員上の階へ向かった。

 

 

 三階一人目の犠牲者は、尾白。

 

「おおー、普通だ」

 

「普通だぁ! すごーい!」

 

「これが普通ということなんだねっ!

 

「言うことないならいいんだよ……」

 

 普通のベッドに、普通の机、普通の椅子、普通のタンス。普通としか言いようのない部屋っだった。

 

 

 三階二人目の犠牲者は、飯田。

 

「難しそうな本がズラーっと、さすが委員長!」

 

「おかしなものなんぞ無いぞ!」

 

「眼鏡クソあるぅ!!」

 

 本が多い以外普通の部屋に見えたが、麗日が目敏く、棚にズラッと並んだ同じ眼鏡の群れを発見した。

 

「何がおかしい! 激しい訓練での破損を想定してだな!」

 

 飯田は理由を説明するも、他に眼鏡をかけているものがいないおかげで誰にも理解されることはなかった。

 

 尚、眼鏡が自然と溜まり、群れをなすのは男女問わず眼鏡っ子あるあるだが、同じ眼鏡を複数持つのは流石に少数派だろう。

 

 

 飯田が無敵すぎて被害者と言いづらいが、まあ三階三人目の被害者は上鳴。

 

「「「チャラい!」」」

 

「手当たり次第って感じだな……」

 

 女子たちの誰よりも、見ただけで上鳴の趣味未満に手を出した物を理解した響香の言葉が上鳴の心を穿いた。

 

「ウェ〜、よくねぇ?」

 

 

 三階四人目の被害者、口田。

 

「「ウサギいるー! 可愛い!!」」

 

 動物のぬいぐるみや、草原のようなインテリアに混ざっていた、ペットのウサギに麗日と芦戸が飛びついた。

 

「ペットはズリぃよ。口田、あざといわー」

 

「……。」

 

「なんか、競い始めてる?」

 

 緑谷は何かに勘付いた。

 

 

「てゆーかよお、釈然としねぇ」

 

「ああ、奇遇だね。俺もしないんだ、釈然」

 

「そうだな」

 

「僕も☆」

 

 女子が散々言ったおかげで、男子の薄汚れた部分に火がついたらしい。

 

「男子だけが言われっぱなしってのは変だよなぁ。お部屋披露大会、つったよなぁ」

 

 中でも、見られることすらなかった峰田は目がマジだった。

 

「なら当然、女子の部屋も見て決めるべきじゃねぇのかぁ? 誰がクラス一のインテリアセンスの持ち主か、全員で決めるべきじゃねぇのかぁ!?」

 

 峰田の言葉が、発火し始めた男子たちの暗い炎にガソリンを撒いた。……全く興味のないものすら巻き込んで。

 

「いいじゃん!」

 

「え……」

 

 男子たちの想定外に芦戸は乗り気なものの、響香は固まった。

 

 

 

 

 



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第四十七話 全寮制の王室審査と色色色色

 

001

 

 

 

「えーっとじゃあ、誰がクラス一のインテリアセンスか、部屋王を決めるってことで!」

 

「別に決めなくてもいいけどさ」

 

 既に普通すぎて敗北が決定している尾白は、女子が乗り気になったことで一気に冷めたようだ。

 

 とりあえず続けて見ていこうと、一同は四階へと向かった。

 

「男子棟四階に住んでるのは、爆豪君と切島君と障子君、だよね」

 

 麗日が配置図を思い返しながら言うと、飯田は爆豪がいないことに気が付く。

 

「爆豪君は?」

 

「ずっと前に、くだらねぇ先に寝るって部屋行った。俺も眠い……」

 

 切島が言うに、黄彩と同じ理由で不在らしい。

 

「じゃー切島部屋!」

 

「ガンガン行こーぜぇ!」

 

 

 くたびれた様子の切島と対照的に、実行犯である芦戸と葉隠のテンションは見る見る上がっていく。

 

「どうでもいいけど、多分女子にはわかんねぇぞ、……この男らしさは!!」

 

 男子でも、黄彩や常闇、緑谷あたりは理解できなさそうな部屋だ。サンドバッグに大漁旗なんかが置かれており、運動部の部室と昭和の少年漫画、プロテインを煮込んだような空間がそこにあった。

 

「うん」

 

「彼氏にやってほしくない部屋ランキング2位くらいにありそう」

 

「暑いねっ! 暑苦しい!!」

 

 女子で唯一、麗日だけ感動していて、切島は泣いた。

 

 

 

「次、障子!」

 

「何も面白いものは無いぞ」

 

 面白いものどころか、物がなかった。暮らしに最低限の、ローテーブルと寝具のみ。まるで囚人の部屋のようだった。

 

「ミニマリストだったのか」

 

「まぁ幼い頃からあまり物欲が無かったからな」

 

「こういうのに限ってドスケベなんだぜ!」

 

 と、峰田が探るもめぼしいものは無かった。

 

 

「次は、五階男子!」

 

「瀬呂からだ!」

 

「マジで全員やんのかぁ?」

 

 と、瀬呂は言いながらも口角が上がっていた。

 

「「「おおー!!」」」

 

「エイジアーン!」

 

「素敵ー!」

 

 意外も意外、尾白以上の地味部屋を期待されていたのに、意外性溢れる、エスニック調の部屋になっていて、ここまででトップクラスのインテリアセンスを見せつけた。

 

「瀬呂こういうのこだわるやつだったんだ」

 

「フッフッフッー、ギャップの男、瀬呂君だよ?」

 

 優勝候補が一人、ようやっと現れた瞬間だった。

 

 

「次々ー!」

 

「次は轟さんですわね」

 

 クラス屈指の実力者、イケメンと、女子たちの期待が集まるその部屋は――

 

「「わー!!」」

 

 和室だった。

 

「つか、作りが違くねっ!?」

 

「実家が日本家屋だからよ、フローリングは落ちつかねぇ」

 

「理由はいいわ!」

 

「当日即リフォームってどうやったんだお前!?」

 

 畳から何まで、構造から変わっている部屋に上鳴と峰田がツッコミをいれる。

 

「有製に手伝ってもらった」

 

「なんかそれ狡くね!?」

 

 黄彩が手伝ったらしい。反則な気もするが、確かに黄彩ならできるだろうと皆納得した。

 

「エリートのやることはちげえなぁ〜」

 

「大物になりそう!」

 

 次に待ち構える砂藤がため息をつく。

 

 

「じゃあ次、男子棟最後は!」

 

「……俺。まぁ、つまんねぇ部屋だよ」

 

 尾白に似て普通のベッドに、机に椅子、ローテーブル。異様なのは食器棚や電子レンジなど、調理関連が多いことか。

 

「轟の後は誰でも同じだぜ」

 

「てゆーか、いい香りするの、これ何?」

 

 切島が気遣っていると、尾白が何かに気が付く。

 

「だぁー、いけねぇ忘れてた! だいぶ早く片付いたんでよぉ、シフォンケーキ焼いてたんだ。みんな食うかと思ってよお」

 

 と言いながら、砂藤は電子レンジを開けると、そこには焼けたばかりのケーキがあった。

 

「ホイップがあるともっとうまいんだが、食う?」

 

「「「食うー!!」」」

 

 インテリアセンスは地味だったが、女子たちはしっかり釣れた。

 

「うまー!」

 

「瀬呂のギャップを軽く凌駕した!」

 

「素敵なご趣味をお持ちなのですね、砂藤さん!」

 

 女子大絶賛だった。

 

「こ、こんな反応されるとはっ!? ま、まあ個性の訓練がてら作ったりすんだよ。甘いもん買うと高ぇし」

 

 ある意味、砂藤は被害者となった。

 

 

 

「男子はこれで、あと黄彩くん? 起こしちゃ悪いかもだけど、あたし男子で一番見たい!」

 

「う、ウチに言われても。……まぁ、いいと思うけど」

 

 芦戸が響香に詰め寄ると、思わず響香は頷いた。

 

 

 

002

 

 

 

 一同は女子棟に移り、三階まで降りてきた。

 

「鍵はウチが持ってるから開けられるよ」

 

 と、言いながら響香は芦戸と葉隠に背中を押されながら黄彩の部屋を開けた。

 

「……あ? んだよ、急に。ノックくらいしろよ、ヒーロー志望なら」

 

 そこにいたのは、金色だった。

 

「「「うおー!?!?」」」

 

「あいつ、あんな可愛い顔してこんな趣味があったのか!?」

 

 そんなもの目に入らないと言わんばかりに、黄彩の部屋中に設置されたディスプレイに映る画面に男子たちが興奮しながら叫ぶ。

 いわゆる、エロゲーと呼ばれるものだった。肌色成分の多い画面が、部屋の壁を覆っている。しかも一枚一枚、映っているゲームが異なる。

 

「え、っちょ、ええ!?」

 

「はっ、ハレンチですわ!?」

 

「かっかか、彼氏にやってほしくない部屋殿堂入り!?」

 

 女子たちは顔を手で覆うようにしているが、あからさまに指の隙間から覗いている。

 そしてこれはもう部屋では無い、何かだ。

 

「人様の趣味勝手に見て何言ってんだよお前ら」

 

「人様の部屋で勝手に何してんのよあんたは」

 

 一応面識のある響香がいうと、金色――裂那はコントローラーを触りながら答える。

 

「オレだってあのショタ親父の作品なんだ、あいつの性癖を知ってて損はねぇだろ」

 

「つっ、つつ、つまりこれ全部あいつのものなのか!?」

 

 峰田が口からよだれを溢れさせながら叫ぶ。

 

「黄彩くんの性癖!? ……ああ、なるほどね」

 

 芦戸が見渡すと、最後は裂那と響香に視線が止まった。

 次々と、その場の視線が二人に集まって行く。

 

「え、なに?」

 

 響香は困惑した様子で、ディスプレイを見ていってすぐに気がついた。

 

「響香さん、大変よく愛されていますわね」

 

「やめて恥ずい死ぬ羞恥死とかそんな感じでウチ今すぐ死ぬ」

 

 画面に映る裸体の少女たちは、どれも髪型や体型に差異はあるけれど、響香と裂那に共通するパーツを備えていた。

 

「そういえば性欲は普通にあるとか言ってたもんねうん! 次行こっか次!」

 

 頭ひとつ抜けて耐性のなかったらしい葉隠が爆発するように、黄彩の部屋から飛び出した。

 

「たまに全裸になるのになんで一番ダメなのさ」

 

「それとこれとは話が別だよ! 響香ちゃんはなんで平気なの!?」

 

「いや、まぁこういうのを持ってるのは知ってたし」

 

 

 

 

「なぁ、なら有製のやつはどこ行ったんだ?」

 

 切島がそういうと、「あれ、確かに」と全員の脳内に疑問符が立った。

 

 裂那のことは飯田が教師たちに通報するが、侵入者が裂那だとわかった途端に職員室の慌てた様子は収まり、電話越しに相澤から「有製の作品だ、一応私物扱いだし、放っておけ」と言われてしまった。

 

 

 

003

 

 

 

「さあ気を取り直して! 次は私たちだね!」

 

「もうこれ以上ウチを追い詰めないで……」

 

 黄彩の隣であるため、女子一人目は必然的に響香だった。

 

「思ってた以上に楽器楽器してんなぁ!?」

 

 開けてすぐ、上鳴が叫んだ。

 

「響香ちゃんはロッキンガールなんだねぇ!」

 

「これ全部弾けるの?」

 

「まぁ、一通りは」

 

 ドラムにキーボード、ギターが幾つか、用途もよくわからない音響機器にスピーカーまで勢揃いの部屋だった。

 

「あれ、ベッドが大きいような、って黄彩くん!?」

 

 部屋を漁っていた芦戸がベッドの布団をめくると、そこにはさっき部屋にいなかった黄彩がいた。

 

 騒がしさに流石に目を覚ましたようで、身を起こした。

 

「うにゃ……、なに、どうかしたの?」

 

 いつものツインテールでは無く、寝起きで乱れた髪をうっとおしそうにしながらベッドから出た。

 

「制服のまま寝るなってば、シワになるから。ほら、髪直すからこっち来て」

 

「ん〜、うんー」

 

 慣れた手つきで黄彩の髪を直す様子を見て、全員が黄彩が女子棟になった理由を察する。

 

「こ、こいつがあんなドスケベなゲームを持ってるというのか!?」

 

 思春期に歪み穢れた峰田ですら、部屋と本人のギャップに困惑していた。

 

「ねえねえ響香ちゃん! これだけ楽器だけど違くない?」

 

 響香に直される黄彩をみんなが見守っていると、葉隠が一つの楽器を持ってきた。

 

 いわゆる、ハープというやつだ。

 

「ああ、うん。それは黄彩のやつ。ベイビーハープっていう、ほら、天使とか人魚が持ってるあれね」

 

「へー。響香ちゃんも弾ける?」

 

「ウチも弾けないことはないけど、似合わないし」

 

 似合わないというか、それこそキャラとギャップがある。

 

「なんでお前、男のくせにそんな女子女子して、んで部屋はあんなでゲームがアレなんだよ」

 

 思わず切島が、誰が言うのかと牽制し合っていたことを言った。

 

「うにゃ、だって可愛いし、綺麗だもん。部屋のパソコンは、お仕事でなんか作るときに使うやつ。あぁ、ゲームは僕が描いた絵のやつのサンプルでもらったやつ。ホラーとかファンタジーがいっぱいあるよ」

 

「あ、だからウチっぽい絵が、……待ってやっぱ今のなし!」

 

「つーか大人も、未成年にあんなの描かせるなよ」

 

「未成年が描くからいいんじゃねぇか! っぎゃー!?」

 

「響香ちゃん、なんで結婚してないの? っぎゃ!?」

 

 芦戸が首を傾げながら言うと、問答無用で響香のイヤホンジャックが襲い掛かった。峰田はついでだ。

 

 

「ボクまだ眠い、もう朝なのぉ?」

 

「ごめん、まだ夜。着替えてきてから寝な」

 

「ん、うん……」

 

 全員響香の部屋から出て、黄彩は自分の部屋へと入っていった。

 

 

 



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第四十八話 全寮制の女子部屋と王座着席

 

001

 

 

 

「どーっだ!」

 

 響香の部屋を出て、次は三階女子棟の反対側に位置する葉隠の部屋。

 

「おぉー!」

 

「普通に女子っぽい!」

 

 葉隠の部屋は、桃色や、可愛らしい柄の多い、男子中学生が思い浮かべる女子の部屋を再現したような部屋だった。

 

 そこへ――

 

「ウフフフフフ、ボク、参上!」

 

 ベランダから、女体化した方の黄彩が飛び込んできた。

 

「黄彩くん!? じゃ無くて黄彩ちゃん!?」

 

 家主の葉隠が驚いていて、その光景を黄彩は微笑ましいものを見る目で見る。

 

 黄彩は制服ではなく、上下縞模様の、一昔前の囚人服のような服装だった。

 

「あんた、寝るんじゃなかったの」

 

「ボクは寝てもボクは眠らないのさ響香ちゃん! こんな面白そうなイベント、参加しないなんて罪だろう? 相変わらず、ボクってやつは罪深いぜ」

 

 響香の問いに答えながら、黄彩は衣装箪笥を開けて見る。

 

「相変わらず私に対して容赦無しか黄彩ちゃん!!」

 

「あ、これボクじゃない方のボクがあげたスク水じゃん。わざわざとって置いてくれたんだ」

 

「捨てるのも悪い気がしてねっ!」

 

 箪笥が箪笥なら挟んで指が千切れそうな勢いで箪笥をしまうが、幸いそうなるタイプではなかった。

 

「あいつ、ナチュラルにセクハラしてやがる」

 

「プルスウルトラすぎるぞ有製!!」

 

 上鳴と峰田が突っ込むも、黄彩の耳には届かない。

 

「鏡は置いてないんだね。やっぱり、透明人間だから?」

 

 屈さぬ黄彩はクローゼットを開けながら尋ねる。

 

「もうそっちはいいや……」

 

「釣り糸で透ちゃんの服吊るしたらさ、分身の術みたいなこと出来そうじゃない? 触ってみなきゃ本物がどれかわからない、なんと本物は全裸で完全透明に! みたいな」

 

「何それ面白そう! 今度やるから手伝って!」

 

「もちろんいいとも! なんならボクの個性で服を歩かせたりできるぜ!」

 

 険悪な空気になるかと心配したのも束の間、黄彩の思いついた企みに、葉隠は持ち前のノリを取り戻した。

 

「最初に見つけた人は透ちゃんの裸体を触り放題!」

 

「やっぱりいやー!」

 

「まあボクを除いて、見つけるのは響香だろうけどね。イヤーだけに!」

 

「イヤー!」

 

「変なことにウチを巻き込むな!」

 

「「ギャー!?」」

 

 糊に海苔を重ねるようなノリに響香を無理やり載せ、黄彩と葉隠にイヤホンジャックが突き刺さる。

 

「なんだ、このノリ」

 

「次、行こうぜ」

 

 悶える葉隠と黄彩を放置し、一行は四階へと向かった。

 

 

 

「次はあたしだー! ジャーン! 可愛いでしょうがぁ!」

 

 芦戸の部屋は、ピンクはピンクでも葉隠とは違い、極彩色で包まれた趣味全開な部屋だった。

 

「「「おおー」」」

 

「三奈ちゃんって、クロマキー合成でピンク消したら消える?」

 

「どっから湧いたの黄彩ちゃん!?」

 

「もちろんベランダから。ボクの前に物理的施錠なんて意味ないんだぜ」

 

「私、ふっかーつ!」

 

「透ちゃんまで!?」

 

 どこから入ってきたのか、囚人服から雄英の制服ではない学ラン姿の黄彩がカーテンを潜って出てきて、全裸になって完全な透明人間の葉隠が、芦戸のベッドのシーツを纏うようにして姿を現した。

 

「ウフフ、流石に全裸じゃ風邪ひくぜ透ちゃん」

 

 と、黄彩が言いながら葉隠に渡したのは体育祭の障害物競走で渡したスクール水着。

 

「……普通に上着だったら相手が黄彩ちゃんでもキュンときたのに」

 

「ウフフ、ボクだぜ?」

 

「響香ちゃん、黄彩ちゃんは黄彩くんだったよ……」

 

「いや、意味わかんないから」

 

「三奈ちゃんって化粧どうしてるの? 青肌専用とか桃肌専用みたいなのってあったっけ」

 

「え、あーうん。そういうのあるし使ってるけど、え、何急に」

 

「全身に化粧したらどれくらい可愛くなるかなって」

 

「……それ、全裸じゃないと意味ないよね」

 

「そりゃもちろん。注目が集まるし一石二鳥だね」

 

「黄彩ちゃん、普通にぶん殴るよ」

 

「ごめんなさい」

 

「よし」

 

 

 

 

 芦戸の部屋を出て、次は麗日の部屋。いい意味で特徴的な部屋が続いたため、どんな部屋が来るかと思いきや――

 

「味気のない部屋でございます〜」

 

「「「おおー」」」

 

 女子の普通枠だった。

 生活感のあるノーマルな部屋で、男子の背徳感をくすぐる。

 

「うーん、部屋の内装もある意味芸術だね」

 

「え、あの部屋作ったアンタがそれ言うの?」

 

 響香が言っているのは、機材と玉座しかない黄彩の部屋のことだ。

 

「アレはあくまでボクが作った部屋だぜ? 空き部屋はあるわけだし、ボクの分も部屋もらおうかな」

 

「作っても住まないでしょうが」

 

「うん、確かに。オールマイトくんあたりが住んでくれないかな」

 

「女子棟におっさん住まわすな」

 

「じゃあミッドナイトちゃん?」

 

「……それはそれで危険な気がする」

 

「じゃあマイクくん」

 

「それだけはない」

 

「ウフフ」

 

 

 

 次は蛙吹の部屋の番、となるはずだったが体調不良でパス。女子最後の八百万の番となった。

 

「それが、私見当違いをしてしまいまして……。皆さんの創意あるお部屋と比べて、少々手狭になってしまいましたの」

 

「デッケェ狭!?」

 

「ウフフ、キングサイズのベッドだね。どうやって運んだんだろ」

 

 キングサイズ、一般的なシングルベッドと比べて、そのサイズは約二倍。部屋の床面積の半分以上を埋めてしまっていた。

 

「私の使っていた家具なのですが、まさかお部屋の広さがこれだけとは思っておらず……」

 

 八百万の天然物なお嬢様っぷりに、一同は和んだ。

 

「ウフフ、ボクが作り直してあげよっか? 発想力の欠けるボクだけど、意匠をそのままにするなら余裕だぜ?」

 

「是非ともお願いしますわ!」

 

「ウフフフフ、うん。ボクの絵を大事にしてくれてるみたいだしね。これくらいはお安い御用さ」

 

 

 黄彩の手によってベッドのサイズは幾らか小さくなり、ついでと言わんばかりに、入学当初に黄彩によって書かれた八百万の絵の額縁にも装飾を付け加えた。

 

 

 

002

 

 

 

「えー、皆さん! 投票はお済みでしょうか!」

 

 蛙吹、爆豪を除いた面々は共用スペースに戻り、八百万お手製の投票箱に一人を指名して紙を投票した。

 発案者、というかやはり実行犯の芦戸が集計を終えたようだ。

 

「それでは、爆豪と梅雨ちゃんを除いた、部屋王暫定一位の、発表です!」

 

 あれやこれや言っておきながらも、勝負事となると負けたくはないようで。みんな目つきが変わる。

 

「得票数五票、圧倒的単独独走首位を叩き出したその部屋は!! ――砂藤力道」

 

「ハァ!?」

 

「ちなみに全て女子票、理由は『ケーキ美味しかった』、だそうです」

 

「部屋は!?」

 

 一番驚いている砂藤は、女子票を独占した嫉妬の目を受けている。

 

 

「さー、終わった終わった。響香ちゃん、部屋でえっちぃことしようぜ」

 

「しない、帰れ」

 

「うん〜、じゃ、今日はこれで勘弁してあげる」

 

「んっ!?」

 

 音が鳴らないほどスムーズに響香と唇を重ね、そのまま空気に溶け込むように消えていった。

 

「なっ、なっ、なー!!」

 

「響香ちゃん今のどういうこと!?」

 

「体育祭の時もそういえばしてたよねぇ!!」

 

「なー!!」

 

 額から首元まで真っ赤にした響香が芦戸、葉隠にからかわれるも、言語能力が麻痺したのか反論ではなく威嚇が返ってくる。

 

 

 

003

 

 

 

「やれやれ全く、響香ちゃんが可愛すぎて帰りたく無くなるっての」

 

「だったら一緒にいればいいだろ」

 

「んふー。こんばんわ、裂那ちゃん」

 

「やめろ。お前にそんな呼び方されると吐き気がする」

 

「ハグしたげよっか?」

 

「やめろ。吐き気どころか血反吐を吐くぞ」

 

「可愛い君のなら鼻血だって受け入れて見せるとも」

 

「死ね、気持ち悪りぃ」

 

「ボクも君も芸術品だからね。不気味の谷の住人同士、仲良くしようぜ」

 

「お前とは同族嫌悪すらしたくねぇ。さっさと消えやがれ」

 

「ウフフ、ボクってば嫌われ者だなぁ」

 

「勝手に嫌われてろ。一人に好かれてりゃ十分だろ」

 

「うん、それもそうだね。みんなに愛されたいなんて、ボクみたいな駄作には高尚すぎる」

 

「ハッ、お前で駄作なら全人類は猿か?」

 

「全人類が猿なら、ボクは人工知能だね。思考し過ぎで身動き取れず、思考放棄で身動き取れず」

 

「だったらとっとと人になれ」

 

「ウフフ、なるとも。なって見せるとも。何せボクはボクだからね」

 

 



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仮免許篇
第四十九話 試験前の必殺会得と英雄願望


 

001

 

 

 

「黄彩くんおは〜、眠いね……」

 

「うにゃ〜、うにゃん」

 

「黄彩、せめて日本語で」

 

 全寮制が始まって二日目早朝。

 芦戸は前日の疲労が抜け切っていない様子で、黄彩は寝起きで足元おぼつかないまま響香に連れられるように、共用の洗面所にいた。

 

「うん〜」

 

「ほら顔拭いて。髪やっちゃうから」

 

「うな〜」

 

「手慣れてるなー」

 

 髪が短い響香と違い、黄彩の髪は女子の並よりも長い。自分の倍以上の量の整髪料を付けて櫛で梳かし、乱れが無くなったらツインテールに結ぶ。

 

「ケロ、朝から大変そうね響香ちゃん。有製ちゃんもおはよう」

 

「おはよ。まあいつものことだから」

 

「ん、んん〜、はよ〜」

 

「おおっ、黄彩くんが人の心を取り戻した!」

 

「三奈ちゃん、なんの話かしら」

 

「えっと、……なんの話だっけ」

 

「寝ぼけてんじゃない?」

 

「ボクだって人だよぅ」

 

「ケロ、お喋りもいいけれど、急がないと朝食に遅れちゃうわ」

 

「「梅雨ちゃん準備早ぁ!?」」

 

「部屋で出来る事はしてきただけよ。朝の身支度ってなんだか見られると恥ずかしいじゃない。……透ちゃんなんかは朝、楽そうね」

 

「え、なになに、なんの話?」

 

 蛙吹が話題にあげたことで、離れたところで身支度してた葉隠が荷物を抱えてやってくる。

 

「透明人間って朝の支度が楽そうって話。……何その大荷物」

 

 葉隠の持つバッグには化粧水や整髪料、他にもスキンケアのためのものがいくつも詰まっていた。

 

「やー、そんなでもないよ? 鏡に映んないから自分の髪型わかんないのに、変な髪型になってるとなんかこう、モヤっとするし」

 

「ケロォ、……結局は隣の芝は青いというやつなのね」

 

「うにゃ、透明の人、髪、後ろの方跳ねてるよ」

 

「え? あ、ほんとだ」

 

「そして黄彩にはやっぱり見えてると」

 

「ん、きょーかなら、耳で似たようなことできるし、今度やり方教えてあげる」

 

 

 

002

 

 

 

 全寮制とはいえ、寮から出てしまえばいつも通りだ。

 徒歩五分の道を十分かけて歩き、教室に付けばホームルームが始まる。

 

「昨日話したと思うが、ヒーロー科一年A組は、仮免取得を当面の目標にする」

 

――ヒーロー免許

 ヒーロー活動をする上で、絶対に欠かせない資格。人命に直接触れ合うため、取得の難易度は医師免許や建築士と同等かそれ以上になる。

 

「仮免といえど、その合格率は例年五割を切る。そこで今日から君らには、一人最低でも二つ、必殺技を作ってもらう!」

 

 相澤が言うと同時に、教室の扉が開き、教師三人が入ってきた。ミッドナイト、エクトプラズム、セメントスだ。

 

「「必殺技!!」」

「「格好良くてそれでいてっ!!」」

「「「学校っぽいのキター!!!」」」

 

 テンポ遅れて、生徒達が叫ぶ。

 

「詳しい説明は実演を交え、合理的に行いたい。各自コスチュームに着替え、体育館γに集合だ」

 

 相澤が生徒達の表情を見れば、流石に学生。必殺技という言葉に舞い上がるのも仕方ないかと思うが、一名だけ首を傾げていた。

 

「うにゃ? ヒーローなのに、必ず殺す技を作るの?」

 

 それはある意味、殺しを経験して、それを非難されたが故の疑問だろう。

 教師の中でも黄彩と付き合いの多いミッドナイトが、黄彩の頭を撫でながら伝える。

 

「殺す技じゃなくて、必ず殺させないための技よ、黄彩君。君みたいな簡単に殺せる個性は必ずしも全力全開の技じゃなくて、オールマイトや13号みたいな、パワーを抑える型作りでもあるの」

 

 ミッドナイトの教えに、黄彩の他にも威力をセーブしなければならない上鳴や芦戸は「おおっ!」と声を上げる。

 

 

 

003

 

 

 

 とまぁ、そんなわけで体育館γに集合した。

 黄彩のコスチュームは相変わらずエプロンのようで、内側には制服ではなく私服らしきワンピースを着ている。

 

 全員が集まると、相澤は説明を始める。

 

「体育館γ、通称、トレーニングの台所ランド。略してTDL」

 

 その略称はまずいんじゃないかと生徒達は鳥肌を立てたが、多分問題ないだろう。

 

「ねぇ、なんとなく黄彩のアトリエと似てない?」

 

「ん、多分使い方も似た感じだと思うよ。床がセメントの人が動かせる材質になってる」

 

 黄彩が指さす方向では、セメントスが跪く姿勢で両手を床に当てると、床が岩山のように盛り上がる。

 

「ここは俺考案の施設。生徒一人一人に合わせた地形や物を用意出来る。台所っていうのはそういう意味だよ。……まぁぶっちゃけ、有製君の下位互換だから、彼にも同じこと以上のことができるだろうね」

 

 セメントスが自虐じみたことを言い残すと、飯田が挙手して質問をした。

 

「質問をお許しください! なぜ仮免許の取得に、必殺技が必要なのか! 意図をお聞かせ願います!」

 

 生真面目越えてクソ真面目な飯田ならしてくると予測できていた質問のようで、相澤が「順を追って話すよ」と手を下させる。

 とは言ったが、相澤ではなくミッドナイトが指を立てながら話しだす。

 

「事件、事故、天災、人災、あらゆる被害から人を救い出すのが仕事よ。取得試験では当然その適性が見られることになるの。諜報力や判断力、機動力、戦闘力。他にもいろいろあるけれど、中でも戦闘力はこれからのヒーローに極めて重視される項目になります。さっきも話したけど、戦闘力の高さと攻撃力の高さは全く違います。例えば、見ただけで石化して死ぬような個性を制御できずばらまくような人は、ヒーローの適性が無いと判断されるわ」

 

 続けるように、セメントスが話す。

 

「状況に左右されることなく、安定行動が取れれば、それは高い戦闘力を有していることになるんだよ」

 

 準備に取り掛かるセメントスを引き継ぐように、エクトプラズムが話す。

 

「技ハ必ズジモ攻撃デアル必要ハナイ。例エバ、飯田君ノレシプロバースト。一時的ナ超速移動。それだけで脅威になるため、必殺技と呼ぶに値する」

 

「あれ必殺技でいいのかぁー!」

 

 飯田は感極まった様子で震えている。

 

「ん、きょーかが体育祭でつかった、ハートビートアイランド、あれもわかりやすく必殺技だよね」

 

「おおっ、そうだな! あれはまじでエグかったぜ……」

 

 増幅させた心音で地面を浮島のように、何度も跳ね上げさせる技を黄彩があげると、くらった切島が思い出す。

 

「うん、多分、あの技は未来のウチがここで作ったんだと思う」

 

 

 生徒達が盛り上がり始めたのを遮るように相澤は咳払いして、話を続ける。

 

「中断されてしまったが、林間合宿での個性を伸ばす訓練は、必殺技を作るためのプロセスだった。つまり、これからは個性を伸ばしつつ、必殺技を編み出す圧縮訓練となる。なお、個性の伸びや技の性質に合わせて、コスチュームの改良も並行して考えていくように。――プルスウルトラの精神で乗り越えろ。準備はいいか!」

 

「「「「はい!!」」」」

 

「あ、ボクすじ肉の人に用事あるんだけど、行ってきていい? こっち連れてくることになると思うから」

 

「空気読めよ。……職員室にいると思うぞ」

 

「いえ、彼の性格的に、こっちに向かってきてると思うわ」

 

「……だ、そうだ。とっとと行って来い」

 

「んー。じゃ、きょーか。あとでね」

 

「うん」

 

 

 見送られながら、当然のように飛んできた道徳的な龍に乗り込んだ黄彩は体育館γから飛び立っていった。

 

「ねえイレイザー。オールマイトがどうなるのか賭けない?」

 

「ミッドナイト、流石に教師が賭け事は不味いでしょう」

 

「ジュースくらいなら問題ないわよ、きっと。私はサイボーグになって来ると思うわ」

 

「まあ、用心はしておいてほうが賢明か。……希望的観測も込めて、全身治療されて完全復活で」

 

 当たらずとも遠からず、という結果がやって来て一波乱あるまで、あと少し。

 

 

 

 

 





 ……必殺技作るって時、原作だとまだ一応夏休みみたいですね。
 まぁ、原作とのいろいろな差異で、原作をスケジュールとした場合予定が遅れて、普通に始業してから全寮制が始まったってことで許して。


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第五十話 試験前の暴力装置と成長変態

 終了した各篇にサブタイトルを付けることにしました。一個一分未満と、かなり適当につけたため、あまり本編と一致しないかもしれませんし、ユラさんにも読み方のわからないものもあります。

 閑話休題。

 本編どうぞ。


001

 

 

 

「き、黄彩くんこれは……!!」

 

「傑作No.21再利用(リユース)、《生贄》、平和の象徴オールマイトの全盛期のパワーを再現したパワードスーツを、素粒子一粒から作り直した八木俊典専用仕様。……傑作を再利用なんて普通絶対しないんだから、ちゃんと使ってよね」

 

 A組が必殺技作りに励んでいる頃、黄彩とオールマイトは美術室にいた。

 

 オールフォーワンとの戦いで疲弊し、運動をせずとも数十秒しか持たないマッスルフォームの姿のオールマイトは、いくつか種類のあるコスチュームとはまた違うコスチュームを纏っていた。

 

 オールマイトの全盛期のコスチュームであるゴールドエイジをベースに、黄色の曲線的なデザインが足された格好だが、もちろん外見だけのものではない。

 

「理論上、それを着てればずっとそのマッスルフォームでいられるけど、でもあんまり長いと脱いでトゥルーフォームになったときに全身筋肉痛でうっかり死ぬから気をつけてね」

 

「え、私死ぬの?」

 

「着たままトゥルーフォームになってもスーツに握り潰されて真空パックのハンバーグみたいになるから、脱着するときはマッスルフォームでしてね」

 

「意外とリスキーだな……。え、本当にこれ一般向けに量産するの?」

 

「無個性の人なら体の構造的にリスクがほとんど無いからね。ブランド料、材料費、あと細かいのいろいろ合わせて五百万くらいかな」

 

「五百万!? 高い、……いや、黄彩君の作品なら安すぎないかい?」

 

「ウフフ、ドルだよ」

 

「ドルか……。あ、私も払った方がいいよね?」

 

「うにゃ、いいよ。御供を作るモデルになってもらったわけだし、特許料代わりってことで。それより試しに行かないと。緑の人みたくボロボロになられたら大変だし」

 

 

 

002

 

 

 

「私が久々のマッスルフォームで、キタァ!!」

 

 再び体育館γに戻って。

 

「で、どっちですかオールマイト」

 

「ンン〜、ごめん相澤君、なんの話?」

 

「サイボーグオールマイトかリジェネレーターオールマイトか、自販機のジュースを賭けてたんです」

 

 面倒なものをさっさと片付けてしまおうという態度の相澤を見かねたミッドナイトが代わりに説明する。

 

「それ、どっちもサイボーグじゃないかい? いや、このスーツを黄彩少年が作ってくれたってだけなんだけど」

 

「へぇ〜。……で、黄彩くん。何作ったの」

 

 ミッドナイトの警戒を隠さない目がギロリと黄彩に向く。

 

「うにゃん? 元になったのはアレ、めーめーさんと合作した無個性の人専用の身体能力をすじ肉の人の全盛期と同等に引き上げるパワードスーツで、それを再利用して専用にしたのが、これ」

 

「うんちょっと待って。無個性の人がオールマイト並み?」

 

「平和の象徴量産計画をやろうと思って」

 

「……イレイザー、あなたちゃんと仕事してるの?」

 

 入学当初より、黄彩をヒーローへ導く教育は相澤主体であるはずだった。……その結果がこの状況だが。

 

「……無個性のヴィランは確認されていない。そういう意味じゃ、合理的だな」

 

「そりゃそうでしょうけど……。万が一ヴィランに出回ったら不味いどころじゃないわ。無いと思って聞くけど、まだ売りに出していないのよね?」

 

「そりゃ、材料だってお金かかるしね。ボク用に調整したやつ二つと、すじ肉の人用に再利用したやつ。そもそもまだ三つしか作ってないね」

 

「……有製、放課後職員室に来い」

 

「え〜」

 

「必要な話だ。ほら行け」

 

 相澤は冷たい目で、セメントスお手製の岩山を指さす。

 

「うにゃ、んー、じゃあすじ肉の人、使った感想よろしくね」

 

「ああ、ありがとう黄彩少年」

 

 と、オールマイトは不敵な笑みで黄彩を送り出す。

 

 

 

003

 

 

 

「おお、きょーかよ。死んでしまうとは情けない」

 

「死んでないっての」

 

 黄彩は真っ直ぐと響香の元へ来た。

 セメントス監修の元、硬い地面や壁を狙い通りに壊したり、動かしたりしようとしていたらしい。

 

「んにゃ、心音弄りすぎてバテちゃったと。どっちかっていうとHPよりMPが切れた感じ?」

 

「大体、そんな感じ……」

 

 寝そべった姿勢で関節を痛めないようにセメントスが床を変形させているが、響香は明らかに疲弊している。

 

「有製君、君は一体どんな技を考えてるんだい?」

 

「にゃーんにも。ボクってばおんなじことを何回もしたくは無いんだよね」

 

 黄彩は答えながら、響香に膝枕する。

 

「ウフフ……、傑作No.999《耳郎響香》」

 

「え、ちょっと――」

 

 響香の額に手を当てながら、黄彩は作品としての響香の名を呼ぶ。

 骨格が引き伸ばされ、血肉が急激に増殖し、遅れて神経が繋がる感触。響香の言葉にならない悲痛に痛ましい絶叫が、体育館に轟いた。

 

「有製君何を!!」

 

「イッツー、……ちょっと黙っててセメントス」

 

 黄彩を咎めようとしたセメントスを、立ち上がった響香が抑える。

 

 大人の姿になった響香は手足の調子を確かめつつ、イヤホンジャックを動かし、黄彩の脇に入れて持ち上げる。

 

「うな〜」

 

「で、なんのようかな。黄彩」

 

 響香は黄彩を地面に下ろし立たせる。

 

「んと、きょーかの手っ取り早い強化方法。今のきょーかの身体を、その身体に引っ張り上げようと思って」

 

「何十秒で死ぬハイリスクやつなんでしょ。ほらあと何秒?」

 

「二分くらい。職場体験と合宿で幾らか身体は鍛えられたらしくってね」

 

 体育祭で一度見ているとはいえ突然な状況にセメントスは目を丸くさせているが、お構いなしに二人は話を進める。

 

「ふぅん。私のタイムスリップによるバタフライエフェクトってわけね」

 

「その理論でいくと、きょーかは全盛期を超える超人になるけどね。それじゃあ、ボクも。――作品No.33《シトリング=ラフィ》」

 

 それは、先の響香より些か過激な変態。

 骨の急成長に肉が追い付かず飛び出て、肉の成長に皮膚が追い付かず血が流れ、髪が急成長してゴムの位置が肩まで下がり、地面へと毛先が付く。

 

「っ、す、すまないが席を外す」

 

 念のためにずっと見守っていたセメントスが、口元を押さえながら全速力で去って行った。

 

「あ〜、過激すぎたね。黄彩、ちゃんとあとで謝りなよ」

 

「ウフフ、悪いことしちゃったかな」

 

 普段の子供姿が美少年なら、今の黄彩は美青年。小学生低学年ほどの身長から、成長期を飛び越え、大人の響香に匹敵する程度まで成長した。

 相変わらず筋肉や日焼けとは無縁らしく、手や顔は色白で、腕はシャーペンの芯のように細いのだが。

 

「ウフフフフフ、心配はいらないさ。ボクの方はまた作りが違うからね。時間経過で壊れるほど柔では無いのさ」

 

「で、これから何するの?」

 

「特に何もしないさ。響香は今その状態が全盛期だから、安定してその体に慣れてしまえば下手なトレーニングは省略できる。まったくまったく、つくづく響香は作業工程を歪めてくれるね。あ、髪直して」

 

「いいけど座って。高くてやりづらい」

 

「長身というのも不便だね。削ろうかな……」

 

 黄彩は岩山を変形させ、岩のソファを作って腰掛ける。手慣れた手つきで髪を結び直したら、響香も隣に座った。

 

「それじゃあ一度戻すよ。覚めたらもう一度だ」

 

「ん、任せた」

 

 ちょうど二分。響香が黄彩の細い太腿に頭を預けると、額に手を当てて元の響香に戻す。数秒苦悶の表情を浮かべたものの、黄彩の手に撫でられればすぐに表情は和らいだ。

 

 数分もすれば、響香は目を覚ます。

 

「……あれ、黄彩? なんか、デカくない?」

 

「ウフフ、おはよう響香。それじゃあもう一度やろうか。大丈夫、身体はちゃんと整えてるからさ」

 

「え、ちょ――」

 

 同じような工程を何度も繰り返していくうちに、だんだんと響香の大人化での絶叫は薄くなっていき、同時に持続時間も分かりやすく伸びて行った。

 

 

 




作品紹介
作品No.33《シトリング=ラフィ》

 黄彩が子供の姿じゃいられない時に使うために作った身体。本来は別で作った身体を用意して、精神を脳ごと移すなどして使うのだが、一応黄彩の肉体を材料にしてでも作れる。原材料はハガレン参照。

 あり得ない未来の身体の金型を無理やり押し付ける形の傑作No.999《耳郎響香》とは違い、変態での負傷は大きいが維持に負担はほとんどかからない。
 あくまでも外向きの芸術家活動のための身体で、身体能力は普通科の女子高生の平均以下。
 それでも幾らか成長はしているため、元々広大な知覚範囲はさらに広くなり、精度も増している。……が、本人曰く太陽にガソリンを撒いた程度のもので、芸術活動でのメリットは少ないとか。

 理論上、黄彩がこの姿でいることにデメリットは無いが、それでも黄彩が子供姿を好む理由は過去にも語ったが、子供の発想力に少しでも肖りたいがため。

《シトリング=ラフィ》でいるのは響香が共にいない時がほとんどなため、実は今話が初対面。


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第五十一話 試験前の集団転生と殺戮遊戯

 

001

 

 

 

「「「「集団訓練?」」」」

 

 必殺技を編み出す演習を終えると、翌日から別の訓練が始まった。

 

「これから平和の象徴達で作り上げる社会に必要なのは、単独で無双できるオールマイトのようなヒーローもですが、それ以上に、集団で補い合える群衆ですわ。……というわけで取り返しのつくオレ様が裂那に送られてきましたの。B組にはやりすぎないオレ様のベストフレンドが送られましたわ」

 

 と、久々のUSJで語るのは転生の魔女、名無しの女(ジェーン・ドゥ)

 神野区での事件で直接助けられた爆豪が微妙な表情をしている。

 

「中途半端に時間が余ったんでな。神刺裂那に交渉したらこんな感じになった。内容は俺も把握して無いんだが、大丈夫なんだろうな?」

 

 相澤が尋ねると、名無しの女は優雅に微笑む。

 

「取り返しがつくと言ったでしょう? ルールは簡単、かくれんぼ。皆様にはこれからバラバラに別れてもらい、オレ様はここから確保に向かいます。そこを、どんな手を使ってでも、何をしてでもオレ様という(ヴィラン)を止めてください。一時間という授業を逃げ切るか、オレ様を食い止めれば皆様の勝利ですわ」

 

「な、なぁ! 何をしてでもって、本当に何してもいいのか!?」

 

 いつも真っ先に質問する飯田よりも早く、峰田が興奮した様子で質問した。女子達から醜いものを見る目で見るし、相澤も叱ろうと動き出すが、名無しの女が止める。

 

「ええ、何をしても構いませんわ。オレ様はこれから、犯そうが殺そうが、何をしても許されるほどの凶悪犯になりますの。それとせっかくですから相澤、あなたも参加なさい?」

 

「……は?」

 

 名無しの女の発言に唖然としながら、相澤は魔の抜けた声を出す。

 

「オレ様は転生の魔女。名はとうに捨てていますわ。――名無しの弾丸(クリアバレッド)

 

 両腕を指鉄砲の形にすることで全員が警戒を見せるが、既に遅く。A組生徒全員と相澤の上半身がまとめて消し飛んだ。

――転生魔法。自身の体質、転生を魔法的に解析し、他者の死に適用させる魔法。生まれ変わる位置は名無しの魔女の思うがまま。

 

「ゲームスタートですわ!!」

 

 

 

002

 

 

 

「やはり最初はあなた達ですわね」

 

 場所は移り、大火事救助演習のための演習場。

 

「マンチェスタースマッシュ!!」

 

榴弾砲着弾(ハウザーインパクト)!!」

 

 かかと落としを仕掛ける緑谷と、錐揉み回転しながら突撃してくる爆豪。一度殺されたからだろう。恐怖や畏怖を怒りで上塗りしながら襲いかかってくる。

 

 抵抗や後先を考え、回避や反撃も想定していた二人だが、想定外に名無しの女は無抵抗。

 

 超パワーのかかと落としは脳天を砕き、特大火力の爆発は吹き飛ばし、燃え盛る建物の壁に叩きつけた。

 

「おっしゃー!!」

 

「っ!! まずいよかっちゃん! 僕らやり過ぎた!」

 

「アアン? 何言ってんだ、殺しても構わねえっつってたろうが」

 

「いやいやいやいやいやいや!?」

 

 感情に支配された緑谷は叩きつけられた名無しの女を見て冷静さを取り戻し、顔を青ざめさせた。

 対して爆豪は、名無しの女がオールフォーワンに殺されるところを間近で見ているためか普段通り。

 

「ええ、その通りですわ。決して不味くなんてありませんの。甘すぎるあなたはやり直し(コンティニュー)ですわ。――名無しの弾丸(クリアバレッド)

 

「避けろデクッ――クソがぁ!!」

 

 断末魔さえあげる暇もなく、爆豪が振り向いた先には緑谷の首無し死体しかなかった。

 

「さぁ、掛かってきなさい。オレ様は逃げも隠れもしませんわ」

 

「ぶっ殺す!!」

 

「殺してもオレ様は止まりませんわよ?」

 

 指鉄砲から放たれる不可視の弾丸は爆豪の顔面を打ち砕くが、勢いそのままにその場で転生し襲いかかる。爆発する手汗のようなものが蓄積された右手が、名無しの女の鳩尾に打ち込まれ爆裂する。

 

「グゥッ!」

 

「死ねやぁ!!」

 

 腹部を爆破され、上半身と下半身に分かたれた名無しの女は即死。即座に爆豪の目の前で転生した。

 

「殺していいと言ったのはオレ様ですが、まさか殺しで抑えられるとでも思いましたか?」

 

 二度死んで、尚無傷で立ち続ける名無しの女を爆豪は睨み付ける。次の手を撃たせる前に追撃しようとするも、その前に別の者が来た。

 名無しの女は漁で使うような網に覆われる。

 

「ヴィラン捕縛用ネットですわ!」

 

 偶然にも口調の似た、八百万だった。

 

「模範解答的な行動ですわね。故に百年前から想定内ですわ。――悔い亡き終焉」

 

 それはきっと、自殺用のものなのだろう。爆炎を全身から吹き出し、名無しの女は焼身自殺した。

 

「クソッ! 逃げやがった!!」

 

「そんなっ!? 次の手を考えませんと……」

 

 

 

003

 

 

 

 場所は移り、水難事故の演習場。

 巨大な湖の真上に、名無しの女は転生して現れた。

 

 空中に浮きながら、岸でこちらを見上げる蛙吹、響香、相澤に指先(銃口)を向ける。

 

「実体音響、狂い()()!!」

 

「あなたとは一度会いたかったですわ!」

 

 大人化している響香が、今までの物より明らかに良くなっているスピーカーを鳴らす。

 

 実体を持つ音。薄く伸ばされた不可視の斬撃。

 

 不可視と不可視がぶつかり合い、三人から大きくズレた位置に二箇所、クレーターは生じた。

 

「ケロォ、響香ちゃんの技、かなり強力なはずよね」

 

「ギリ切れたって感じかな。相澤先生」

 

「個性は発動していた。……つまり個性じゃないってわけか」

 

 破壊された周囲を見渡しながら蛙吹、相澤は考え、響香は飛び出した。

 

「実体音響、足踏み」

 

 空中を踏み締めるように跳び、名無しの女を蹴る。

 

「フフフッ、可愛がって差し上げますわ」

 

 飛来してきた相澤の捕縛布を軽く払い退けながら、響香の足と名無しの女の足とで轟音を鳴らす。拳、頭突きと続き、再度蹴りを放つ。

 

「ぶっ、飛べぇ!」

 

「流石に、やりますわねっ!」

 

 実体を持つ音を足場にしていた響香と違い、ただ浮遊していた名無しの女は踏ん張りが足りず水面に叩き付けられた。

 

「ケロ、水中なら私の独壇場よっ」

 

 響香が跳んだ隙に飛び込んでいた蛙吹が、名無しの女を待ち受ける。長い舌を伸ばし、胴へと巻き付けた。

 

「溺死は好むところじゃありませんわ。――水神の息吹」

 

「ケロ〜〜!?」

 

 突如名無しの女を中心に発生した渦巻きに、蛙吹は巻き込まれた。

 

やり直(コンティニュー)して的確な攻撃を考えなさいな。――名無しの弾丸(クリアバレッド)

 

 泳ぐこともままならない様子の蛙吹の頭部が撃ち抜かれ、渦巻きの収まった湖に赤い染みが広がった。

 

「よくも梅雨ちゃんをっ! 実体音響、(むら)裂き!」

 

「全盛期はよろしいですが、行動に冷静さが伴っていないのならまだまだ成長の余地ありですわ」

 

 響香が放ったのは不可視の斬撃の乱れ打ち。

 対して名無しの女の不可視の弾丸は斬撃に対する狙い撃ち。的確に狙われた弾丸はどれもこれも真っ二つに分かれ、ぶつかり合い、クレーターを作るほどの威力が空中で発散し、響香を吹き飛ばした。

 

「おっと。さすが先生、でしょうかね?」

 

 狙っていたのか、赤が薄れる湖に顔をしかめながらも、今度は名無しの女を拘束した。

 

「いくら蘇るにしても、生徒を殺す光景を見過ごすわけにはいかんのでな!」

 

「蘇るのではなく、生まれ変わるのですわ」

 

 吊り上げられた魚のように、名無しの女は岸へ引きずり上げられた。

 

「これでこのゲームは終わりか」

 

「いいえ、まだまだ。ここで終わったら演習の意味がなくなってしまうでしょう?」

 

「お前、何を……」

 

 何かする前に捕らえようと胸ぐらを掴むが、名無しの女は物言わぬ肉塊となっていた。

 

「トラウマにならなきゃいいが……」

 

 相澤は名無しの女の死体を捨て、蛙吹の遺体を念のため回収しようと湖に飛び込むが、遺体どころか血液すら残っていなかった。

 

「やってることはいつかのワープのヴィランと一緒か」

 

「相澤先生! 梅雨ちゃんは……」

 

「耳郎か。……無事だろうが、居場所が分からん」

 

 響香は大人の姿から、いつもの姿に戻って相澤の元へと戻って来た。

 

「お前の全盛期に引きずり上げるとかいう技、あれ今どれだけ持つ」

 

「長くて三十分、激しい動きをすると縮んだり、眠ったまま記憶が飛んだりします」

 

「ならそのままでついてこい。まずは人数集めないと相手にならん」

 

 相澤は自身の招いてしまった地獄のような訓練に、思わずため息をついた。

 

 

 




魔法解説
転生の魔女――名無しの弾丸(クリアバレッド)

 転生の魔女が生まれるよりずっと昔の戦争で使われた、水晶弾(クリスタルバレッド)という水晶を飛ばして攻撃する魔法を転生する際に持ち帰り、改変したもの。

 黄金の国の世界観ではそもそもMPとHPの区別が曖昧なのだが、名無しの弾丸はHPとMPの両方を消費して発動する。
 常人なら威力は高いが乱発はできないはずだが、転生の魔女は好んで使う。

 尚、魔法少女は魔法も使わずフィジカルだけで回避するため、もっぱら雑魚殲滅用として使われることが多い。


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第五十二話 試験前の殺戮演習と天聖聖母

 

001

 

 

 

「見つけましたわよ、裂那の創造主」

 

「うにゃ、まぁ隠れてないからね。――作品No.06《苦難の左手》」

 

 場所としてはスタート地点に戻ったところ。わざわざ戻って来たのか、黄彩は玉座に腰掛けて待ち構えていた。

 転生して現れた名無しの女(ジェーン・ドゥ)に、巨大な岩の拳が襲いかかる。

 

「流石に大き過ぎますわ!? ――縮小された大宇宙(スペーススケール)!!」

 

 時折、個性でも見られる小型化魔法。名無しの女のそれは縮尺を変換する魔法で、重量は変わらない。

 

 小指のように小さくなった拳が弾丸の如く、心臓を貫いた。魔女といえど、即死は免れない。

 

「フフフ、残機が無いとはいえ、死ぬのは普通に苦痛なのですわよ?」

 

 黄彩の背後に転生した名無しの女は、黄彩の座る玉座を木っ端微塵に蹴り壊した。

 

「うにゃ、……もしかしてバレてた?」

 

 転けた黄彩は地べたに這いずりながら、名無しの女を見上げる。 

 

「そうでなくとも怪しんで当然ですわ。……傑作No.01《失敗》、ただ愛用の椅子というわけではないのでしょう?」

 

――玉座。

 黄彩の部屋や、アトリエにも同型のものが設置されており、当然それも黄彩の作品だった。

 

「よく言ったものですわ、失敗は成功の母。効果としては精度の向上でしょうか」

 

「うにゃ、そんな面白い効果は無理。座り心地が悪いだけの椅子。常に僕に反省を促してくれる、傑作の原点。ウフフ、強度の見直しが必要かな」

 

 地面から削り出され、新たな玉座がそこら中から無数に現れる。

 

「無数など、オレ様の前では数のうちに入りませんわ! ――多重転生・同一人物(ドッペルゲンガー)!!」

 

 名無しの女は自身の頭脳を打ち抜き、増殖し転生した。

 

 全方位超火力集中射撃。蜂の巣よりも蜂の巣に。椅子にも黄彩にも穴すら残さぬ銃撃は、残骸も遺体も残さなかった。

 

「他人との協力というものをもう少し学びなさいな」

 

 

 

002

 

 

 

「うにゃ、死ぬかと思った」

 

「いいえ有製ちゃん、きっと私たち、死んだわよ」

 

 黄彩が目覚めたのは、USJでも、雄英高校でもなく、教会のような建物の中。待っていたのか偶然居合わせたのか、蛙吹もそこにいた。

 

――お待ちしておりましたわ。

 

 と、話しだしたのは蛙吹ではなく、不自然に中央に鎮座した陶器のように白い十字架。

 

――わたくしは転生の魔女の師、天聖の魔女。既に掟に従い故人となった身ですが、どうかわたくしの意をお聞きくださいませ。

 

「ケロ、あの魔女のお師匠さん、かしら?」

 

――今はあの子の守護霊的なことをしていますわ。あるいはライトノベルのプロローグでしょうか。こうして、転生する方に謝罪の意を込めてアドバイスまがいのことをしていますの。

 

「うにゃ〜、ボク早く戻りたいんだけど」

 

――ご安心を。ここは時間の流れが都合よく不安定な空間ですので、どれだけ寛いでも支障ありませんわ。精神と時の部屋の上位互換みたいなものです。言うなれば生死の暇の部屋、とでも名付けましょうか。

 

「つまりボクたちは暇つぶしの相手?」

 

――先ほど来られた殿方は言葉の通じない方でしたので。

 

「きっと爆豪ちゃんか緑谷ちゃんね」

 

――その両方ですわ。退屈なお二人でしたので、ここには出禁、パスしていただきましたの。

 

 と、まぁそれから長々と二人へアドバイスが続いたのだが、それで話が終わる、ということはなかった。

 

――あの子ったら、わたくしが死んだ途端にやさグレちゃって、他の魔女や魔法使いの方々に多大なご迷惑を……。

 

「師匠というより、もうお母さんみたいね」

 

――ええ! それはもう、わたくしは我が子のように接していましたし、あの子もわたくしをまるで母親のように慕ってくれましたわ。それなのに、いえ、だからこそなのかもしれませんが、わたくしの死がよっぽどショックだったのでしょうね……。

 

――わたくしを処刑した処刑人を処刑し、わたくしの処刑を命じた国王を処刑し、わたくしの処刑を見ていた者全てを処刑し、ついについた仇名が処刑姫。

 

――今でこそ処刑人という職に就き、皆に慕われているのですから誇らしくありますが、それでも天聖の魔女として、何より母として、あの子の過去を見過ごすわけにはいきませんの。

 

――わたくしの仲間であった死の魔法使いや、犬歯の魔女、最端の魔女、その弟子の異端の魔女は、今もあの子を気にかけていてくれるのですが、しかしあの子は恩を仇とも言い難い方法でしか返せず……。

 

――最近はあの金色のお友達と一緒に戦ったりしているみたいで、楽しそうだなーとか、幸せそうで良かったとか、わたくしは思っているのですが、何か皆さんにご迷惑おかけしていませんか?

 

 

 

 閑話休題(これでも一部抜粋です)

 

 口より物を言う十字架から、雑談を交えたアドバイスを聞き受けた黄彩と蛙吹は無事、生まれ変わった。

 

「……ケロ、どういう状況かしら」

 

「蛙吹、有製も一緒か」

 

 場所は移り、土砂災害演習場。響香、相澤のペアと八百万、爆豪のペアが鉢合わせたタイミングで、そこに黄彩と蛙吹が生誕した。

 

「おいクソガキィ!! テメェも負けたんか!」

 

「ウフフ〜、負けも負け、完膚も容赦も無く完全敗北だったね」

 

 掌に爆破を起こしながら尋ねられて黄彩は答える。

 簡易的な椅子を作り腰掛けようとすると、爆豪に胸ぐらを掴まれ持ち上げられた。

 

「テメェ、オールマイトに勝ってんだろうが。元だろうとNo.1ヒーローの名前安くしてんじゃねぇよ」

 

「うにゃ、転生の魔女はヒーローじゃないよ。だから世界が違うし次元も違うの。どっちが上ってわけでもないけどね」

 

「だからって負けていい理由にはならねぇだろうが」

 

 爆豪は突き飛ばすように離すと、黄彩は掴まれていた胸元を直し微笑み返した。

 

「ウフフフフフ、大丈夫。まぁ何をするにも何よりも、まずは人数を集めなくっちゃ」

 

「何か策がありますのね?」

 

「人数集めるのに策なんていらないとも。ボクの目はゴミ箱の底にだって届くし、指は空の鴉にだって届くんだから」

 

 

 

003

 

 

 

 偶然にも、過去のUSJ襲撃事件の時と同じように、名無しの女を探したり探されたりしている生徒たちに向けて、壁画による道案内を行うことで、全員が土砂災害演習場に集まることができた。

 

 そしてそれは、名無しの女も例に漏れず。

 

「流石に規格外の効果範囲ですわね。ですがそれは、かくれんぼを放棄したことと同義ですわ」

 

「ウフフ、ヒーローは鬼から逃げるんじゃなくて倒す仕事だから、これが最適解に決まってるんだよ。――作品No.14《人肉砲》」

 

 指鉄砲を構える名無しの女に対し、黄彩が構えるのは両腕を合わせてできた巨大な砲身。

 

「いくぞお前ら! 殺さず捕らえろ!」

 

 黄彩が空砲を放つと同時に、鬼を仕留めようと相澤の声に呼応して英雄見習い達が飛び出す。

 

「フフフフフフ、オレ様は天聖の魔女の弟子、転生の魔女。名はとうに捨てていますの!」

 

 嘲るように笑いながら、名無しの女は魔導士特有の名乗りを挙げた。

 

 

 

004

 

 

 

――後日譚。……というほど日がたったわけでは無いから、後時譚、とでも言おうか。気持ち悪いしやっぱ後日譚でいいや。

 

――後日譚。

 

 授業終了後、相澤とブラドキングの両方から神刺裂那と、実行犯である送られて来た名無しの女、魔の魔法使いへと抗議が行われたという。

 

 精神的に大きなダメージを受けた生徒も少なくなく、プレゼントマイクにミッドナイト、オールマイトなど、多くのヒーローがメンタルケアにあたった。

 

 勝敗としてはA組、B組共に勝利を収めたが、誰も彼も単独では完膚なく叩きのめされたため、勝利を喜ぶものは少ない。

 

 

 峰田曰く、名無しの女の胸はローブに隠れているのがもったいないほど素晴らしく、張りと柔らかさが両立し、優しさと暖かさの詰まった一品だと語ったとか。

 

 

 




技紹介
傑作No.999《耳郎響香》――実体音響

 名の通り、実体を持つ音。
 物質が微弱の光や熱を放出するように、それは音を放出し続ける。

《狂い咲き》
 季節外れに咲く花のように、音より素早く、薄く伸ばされた実体が飛ぶ。その有様はさながら飛ぶ斬撃。
《斑裂き》
 狂い咲きと同じく斬撃を飛ばすが、狂い咲きほどの速度はない。しかし代わりに連写速度に優れる。
 連写速度は心音に比例する。
《足踏み》
 実体を持つ音を空中に留め、足場にする。耐性がないと触れただけで振動でダメージを受け、踏み場にして攻撃することで打撃に振動を乗せることも可能。



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第五十三話 試験前の英雄芸術と妖精演劇

 

000

 

 

 

 もうあと数日で仮免許試験という日。

 雄英高校が全寮制になってから、黄彩は授業をサボることが比較的減ったのだが、今日は朝から黄彩は居なかった。

 

「ねぇねぇ響香ちゃん、黄彩君は?」

 

 共用の洗面所で、いつも通り女子力の原液を顔や髪に塗りたくる葉隠が響香に尋ねる。

 

「今日は朝から出かけるってさ。芸術家の仕事関連だと思うけど、ウチもよくは聞いてないよ」

 

「そっか〜」

 

 

 

001

 

 

 

 某県某市。

 とある美術館では、数名のヒーローを招いての芸術展覧会が催された。

 

「今日は誘ってくれてありがとうね、シトリング=ラフィ」

 

 招かれたヒーローの一人が、林間合宿で出会ったピクシーボブ。

 性能より外見に重点を置かれた土魔獣を引き連れていて、本人もいつもの奇抜な衣装ではなくドレスなため、いつになくカリスマのようなものを醸し出していた。

 

「うにゃ。あんまり認めたくないけど、ボクってば巻き込まれ体質、ていうか事故誘発体質、みたいなのがあるみたいでね。警備で適当なヒーロー呼んでも良かったんだけど、こっちの方が面白いでしょ?」

 

「ええ、そうね。みんないつもと違う仕事に戸惑ってるけど、不満に思ってるヒーローはいないわ」

 

 展覧会が始まるのは午前十時から。始まるまでまだ数時間あるが、その間に黄彩は作品を披露するヒーロー達にアドバイスまがいのことをして回っていた。

 

 作品の中には当然黄彩の作品も並んでいて、体育祭で目立った《苦難の左手》と《裕福な右手》や、移動手段でもあるし見栄えもいい《道徳的な龍》、見栄えはしないが雰囲気はあるマネキン《不個性》など、黄彩の個性で動かせる物品が惜しみなく並んでいる。尚、黄彩の絵や彫像はここではなく、美術館の本館に寄贈され、展示されている。

 

 黄彩の指導を受けて、より洗練させた土魔獣の慣らしもかねて二人が見て回ると、遅れてやって来た者が声をかけた。

 

「うふふふふふ。楽しそうね、黄彩」

 

 と、まあ黄彩の母親、蒼だった。幼児体型の黄彩や蒼と大差ない大きさの、宙に浮く妖精のような人形を七体引き連れて歩く光景はまるで絵本の一ページで、ピクシーボブは目を丸くする。

 

 ヒーローではないが蒼もまた、展示する側として招かれた一人だった。人形達と同じ方向の妖精らしい服装を着ていて、やはり一児の母には見えない。

 

「楽しいわ、あたしも。黄彩ったら急に呼び出すんだもの。素晴らしいサプライズだわ」

 

「ん。ママは、今日何するの?」

 

「見てわからないかしら? 浦島太郎よ」

 

「亀と太郎といじめっ子と姫は?」

 

「亀も太郎もいじめっ子も姫もいらないわ。いわゆるあたしだもの」

 

 不思議そうにそう言った蒼は、専用に用意されたステージの方へと向かって行った。

 

 

 黄彩とピクシーボブは二階に移動し、吹き抜けから全体を見渡す。

 

――中央で巨大な樹木を築き上げたシンリンカムイ。

――炎を操りアニメーションを作るエンデヴァー事務所のサイドキック達。

――専用の展覧会会場の建築も手掛け、石像を作っているセメントス。

――オールフォーワンからの怪我が治りきっていない状態で参上し、繊維を操ることで動く絵を披露するベストジーニスト。

 

 他にも、黄彩の作品や、個性を生かした作品とヒーローが立ち並んでおり、その光景は――

 

「ファンタジー系のRPGのマップみたいな画ね」

 

「ママが妖精、真ん中が世界樹、炎のアニメが終盤のダンジョンみたいな?」

 

 他にもドラゴンや、巨大な両手など、ファンタジーそのままだ。

 

「冗談で言ったけど、そうとしか見えなくなってきた」

 

 ふと、ピクシーボブは自分の作品である土魔獣を見て、ストーリー中盤のボスにしか見えないと思ったとか。

 

 

 

002

 

 

 

 土曜日、休日ということもあってか開館前から多くの客が集まり、予定より時間を早めて展覧会が始まった。

 

 例の事件の暴露があって尚、根強く復帰を願っていた黄彩のファンや、各ヒーロー達のファン、蒼のファンが次々と訪れる。

 

 暇人ばかりではないヒーローを呼び出したこともあって、決して安くない入館料なのだが、それでも満員以上となるのはさすがと言えよう。

 すぐに順番待ちとなり、ピクシーボムの土魔獣や、劇を終え会場を飛び回る妖精人形達が列の整理に駆り出される。

 

「これは、シトリング=ラフィの作品が高くても売れるわけね……」

 

 土魔獣を人を傷つけないように操るために、見渡せる二階からピクシーボブは呟く。

 

「うにゃ、ボクの絵でも普段はここまで集まらないよ。ヒーローのファンとママのファンがそのまま足し算された感じだね」

 

 と、隣で言うのは若い客からサインをねだられ、それがいつの間にかサイン待ちの行列になったのを一人一人処理している黄彩。階段の半分が行列になっているのを見て、ピクシーボブは苦笑いを浮かべる。

 

「ねえ黄彩! もっと別の劇もやっていいかしらあたしっ!」

 

 妖精や道徳的な龍に混ざって飛んでいた蒼がやってきて、黄彩に尋ねる。

 

「うにゃん、好きにしていいよ。今日来てる誰かと一緒にやったら面白いんじゃない?」

 

 蒼はペンを動かす手を止めずに言った黄彩に微笑み返し、「それもいいわ〜」と、客に囲まれながら披露しているヒーロー達の元へと降り立っていった。

 

 

 

003

 

 

 

 このような面々が出揃って尚、良からぬことを考えるものは多いようで――

 

「ウハハハハハハハ!! ウハハハハハハハ!!!」

 

 集団の窃盗犯が、展覧会ではなく本館へと侵入。係員以外人の居ない美術館から、シトリング=ラフィの絵を窃盗した。

 

「待ちなさい!!」

 

「待て!!」

 

 すぐに黄彩の携帯電話に、絵から通報が届く。ヒーローの中でも動きやすかったピクシーボブとシンリンカムイが、美術館の敷地内で窃盗団達を拘束した。土流と樹木で拘束された窃盗犯は、しかし不敵に笑った。

 

「ちっと我慢しろよ野郎ども! ウオラァ!!!」

 

 まるで飴細工のように、土も樹木も砕け散った。

 

「ウハハハハハハ!! 俺の個性は《脆性》! 触れたものに脆性を付与することで、サンドバックだって叩き割れる!!」

 

 パキリ、パキリと纏わり付いた土や木の残骸を払いながら、窃盗団は手放してしまった黄彩の絵を担ぎ上げた。

 

「ずらかるぞ野郎ども! 捕まったらぶっ殺すから覚悟しとけぇ! ウハハハハハハハハハ!!!」

 

「シンリンカムイ! あんたは他のヒーロー呼んできて!」

 

 自慢の機動力で展覧会会場へ向かって行ったシンリンカムイを尻目に、ピクシーボブは動きやすいようにドレスの裾を縛り上げ、そこらの花壇の土で土魔獣を造兵する。

 

「うふふふふ。加勢するわ、あたし。黄彩の大切な絵だものね」

 

「っ! 危険だから早く逃げて!」

 

 シンリンカムイと入れ替わるように、三体の妖精を引き連れながら蒼がやってきてピクシーボブは叫ぶ。

 

「うふふふふふふふふふふ。あらゆる心配が不要だわ、あたし。母親という生命体は全宇宙で最も危険性の高い生命体なのよ。つまりあたしね」

 

 指揮棒を振るような動きで蒼は両腕を振り下ろす。すると妖精達は何かに引っ張られるように逃げ惑う窃盗犯達に突撃し、首を両手で掴み、大の大人を振り回し始めた。

 

「妖精とは残酷さを可愛さで包み込んだキャラクターよ。その可愛さは可愛ければ可愛いほど、それだけ残酷に残酷なの」

 

 絶叫マシンで叫ぶ若者のように叫ぶ窃盗犯の体が、妖精から逃れた他の窃盗犯にぶつかる。脆性の個性を持つリーダーらしき男が振り返り、妖精を破壊しようと試みるも、それはピクシーボブの土魔獣に足止めされた。

 

「はっ! 砕いちまえば関係ねぇ!!」

 

「土は砕けても土よ!!」

 

 すぐに砕かれる土魔獣だが、脆性を得た破片が集まり、より鋭利で乱雑な造形の魔獣に組み上がる。

 

 もう一度土魔獣を砕き先へ進もうとするが、今度は砕けない。ガラスの破片が入った袋を殴りつけるようなものだ。破片が細かくなったところで、破片が破片であることに変わりはないのだから。

 

 回り込むように、追加の妖精人形が回り込み、他のヒーロー達が駆けつけて、窃盗犯達は妖精人形に運ばれてきたベストジーニストの個性で拘束、警察に届けられた。

 

「うおおおお!!!」

 

「さんきゅー、ベストジーニスト!!」

 

「蒼ちゃーん! 可愛かったわー!」

 

 飛び出して行ったヒーロー達の活躍を一眼見ようと飛び出してきた一般人達が歓声をあげる。遅れて道徳的な龍に乗ってやって来た黄彩が、窃盗団の持ち出した絵を確認する。

 

「残念だけど、書き直しだね」

 

 黄彩が絵を撫でると、塗料が紙を離れて、絵は白紙になった。

 

「ウフフ、ここは美術館だからね。静かにしないと」

 

 黄彩が笑いながらそう言うと、歓声を上げていた一般人はピタリと口を閉じ、代わりに拍手を始めた。

 

「うにゃ、……まぁいいけどさ」

 

 絵から離した塗料を混ぜて新たな色を作り、全く別物の絵を書き上げて再度美術館に寄贈し直された。

 

 その後午後六時まで、計三度の窃盗事件や計十五人の迷子探しなどアクシデントを起こしながらも展覧会は続き、ヒーローも客も満足して帰って行ったと、後日美術館オーナーは語った。

 

 

 

 




技、……技? 紹介
有製蒼――妖精人形

 今回は七体が連れてこられたが、同じ型の妖精人形が百体前後いて、時にはその全てが出演する劇もあるのだとか。

 見たみによらず力は凄まじく、人間くらいなら容易く持ち上げる。これは観客として来てくれた子供を持ち上げたり遊んだりするための物だが、それはそれで好評だったりする。

 全て蒼が操っているのだが、別に糸で動かしているわけではなく(糸で操るのも得意だが)、個性《人形劇》は人形を自在に動かす個性。
 効果範囲は偶然にも、黄彩や(あかり)の《図画工作》と同じく、知覚している範囲全て。黄彩の異常な五感は母親譲りである。

 妖精と同じように自身も浮かせる理由は、本人曰く、「人間だって人形(ヒトガタ)、つまり人形(にんぎょう)なのだから、動かすのにわけは必要ないと思うわ、あたし」とのこと。

 確かに例えば死体と人形の違いは構造と材質だけだなと納得したのは、夫の(あかり)のみ。


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第五十四話 試験日の早朝起動と宣戦響告

001

 

 

 

 必殺技の会得に死屍累々の演習試験を乗り越え、雄英高校ヒーロー科に遂に仮免許取得試験を受ける日がやって来た。

 

 場所は仮免許取得試験会場、国立多古競技場。

 

 到着して、響香がまず真っ先に始めたのは黄彩の目覚ましだった。

 

「ほら黄彩、遅刻するから起きて」

 

「うに、……あと五世紀、うにゃ……」

 

「試験どころか寿命が終わるわ。……えい」

 

「うにゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃ!!?」

 

 寝言にツッコミを入れながら、響香はイヤホンジャックを黄彩に突き刺した。

 

「まったく、ウチなんて緊張で寝れなかったのに」

 

「ふわぁ……、試験ってさ、なんで朝からなのかな……」

 

 目覚めた黄彩は少ない荷物を手に、席を立った。

 

「さっさと降りろ、耳郎、有製。情けないとこ見られると嘗められるぞ」

 

 相澤に急かされ、急いで二人はバスを降りた。

 

「どうも、大変失礼いたしましたァァァアアア!!!」

 

 直後。黄彩と響香の耳に盛大な謝罪が飛び込んできた。

 

「なっ、なに!?」

 

「うにゃ、……消しゴムの人、あれ何?」

 

「士傑高校。雄英(うち)に匹敵する高校だ」

 

「ふぅん……」

 

 黄彩は見渡すように、地に頭を付け謝罪する丸刈りの男と同じ制服の者達を見て、口元に手を当てて嘲笑う。

 

「ウフフ、変な髪の人達だね」

 

「「お前が言うな、白髪ツインテール」」

 

 響香と相澤の言葉が、蝶の羽ばたきの様に違わず被った。

 

「一度言ってみたかったっス、プルスウルトラ! 自分、雄英高校大好きっス! 雄英の皆さんと競い合えるなんて、光栄の極みっス!!」

 

「そういえばボク、プルスウルトラって言ったこと、多分あんま無い」

 丸刈りの男の言葉を聞き、思い出したように黄彩は言った。

 

「……まぁ、根性とか気合とか円陣とか、アンタ似合わないもんね」

 

 なんとなく、響香は黄彩の頭を撫でながらため息まじりに告げる。

 

 

 

 なんとなしに話していると、いつの間にか士傑高校の生徒達は雄英生の前から去っており、別のものがやって来た。

 

「よぉ、ゴキゲンウルワシュウ。クソガキども」

 

 黄金。金色。この試験で最も目立つ外見の持ち主が誰かと問われたら、間違いなく三本指に入る少女、神刺裂那だった。

 

「テメェは……」

 

 あからさまに警戒しながら、爆豪が裂那の前に立った。

 

「お、いつだかの拉致られた奴じゃねぇか。元気そうだなぶっ殺すぞ」

 

「アアン? …………ちっ、借りはいつか返すぞ」

 

 シニカルな笑みと共に放たれた殺害予告に、反射的に威嚇するような声が出るも、爆豪は踏みとどまり、不機嫌そうに、一人で会場へと向かって行った。

 

「今年中に受けるのは聞いてたが、まさか被るとはな」

 

 相澤が声をかけると、裂那は笑みを深める。

 

「はっ、被せたに決まってんだろ。知ってる奴がいたほうが幾らかやり易いしな」

 

 わざわざ振り向いて見せた裂那の微笑みに、生徒達は冷や汗を流す。

 

「なっ、なぁなぁ! あのおっぱい、じゃなくて、ジェーンっつー奴は来てねぇよな!?」

 

 勇気ある者、と言うわけではなさそうな峰田が尋ねる。

 

「ジェーン? あぁ、お前らあいつにぶっ殺されたんだっけか。あいつはオレの個性っつー括りだからな。必要になれば呼び出すぞ」

 

「終わったぁ!! オイラもう免許とかどうでもいいから帰りてぇ!!」

 

「おい、落ち着け峰田」

 

 と、逃げ出そうとした峰田を相澤の捕縛布がとらえる。

 

「気持ちはわかるが、今回は別に敵じゃねぇ。あいつだって殺し合いしに来たわけじゃねぇんだ」

 

「あったりまえだろ、バーカ。オレは普通に仮免許が必要になって来ただけだ。ハンターハンターのイルミみてぇなもんだよ」

 

「殺人鬼じゃねぇか!!」

 

「アッハッハッハ」

 

 

 

002

 

 

 

「イレイザー?」

 

 裂那も会場へ向かっていくと、次の宣戦布告がやって来た。

 ヒーローらしき女性に呼ばれた相澤は、先の峰田に似たような表情を浮かべる。

 

「イレイザーじゃないか! テレビや体育祭で見てたけど、こうして直で会うのは久しぶりだなぁ!」

 

「うにゃ、誰? 元カノ?」

 

「違うしお前の口からそんな言葉が出たのもビックリだよ」

 

「あの人は……」

 

 生徒達が、相澤とどんな関係なのかと頭を悩ませ、ヒーローオタクの緑谷は気が付く。

 

「結婚しようぜ?」

 

「しない」

 

 笑いながら、冗談のようなプロポーズを相澤は諦めた表情で断る。

 

「スマイルヒーロー、Ms.ジョーク! 個性は爆笑! 近くの人を強制的に笑わせて、思考行動共に鈍らせるんだ!」

 

 と、緑谷が思い出しながら解説する。

 

「彼女のヴィラン退治は狂気に満ちてるよ!!」

 

「……ボク、笑いながらぶん殴る知り合い結構いるんだけど、もしかしてあれも個性なのかな」

 

「一応聞くけど、それ誰のこと?」

 

「轢殺の殺人鬼と、刺殺の殺人鬼。あとすじ肉の人」

 

「それは個性じゃなくてただ個性的な人」

 

 指を折って数える黄彩を、響香は嗜める。

 

「私と結婚したら、笑いの絶えない幸せな家庭が築けるんだぞっ!」

 

「どっかでしわ寄せが来て、耐える間も無く家庭が崩壊しそうな人だね」

 

「ブハッ! いいなぁ君! 面白い!」

 

 黄彩の言葉に吹き出し、ジョークは黄彩の肩を叩きながら爆笑する。

 

「うにゃ、なんか気に入られた?」

 

「黄彩って、変な人に気に入られるよね。……ウチもあんまいえないけどさ」

 

 

 

003

 

 

 

 始まる前からカロリー高めな仮免許取得試験だが、ようやっと始まる。

 参加者一同が一つの空間に集められ、先の黄彩以上に眠そうな男が説明を始めた。

 

『えー、ではえー、仮免のやつをやりまーす。……あー、僕、ヒーロー公安委員会の、米良です。好きな睡眠はノンレム睡眠……。よろしく……』

 

 なんかもう、睡眠薬でも盛られたのではと邪推してしまうほどにくたびれた自己紹介だ。

 

『仕事が忙しくてろくに寝れない……。人手が足りてなーい……。眠たーい……。――そんな心情のもと、ご説明させていただきます』

 

 合間時間を寝袋で過ごし睡眠をとっている相澤は、もしかしたら本当に合理的な生活を送っているのかもしれない。ともすれば、この男が寝不足なのは自業自得だと言って言えないこともないかもしれないが、しかしそれを責めるのも酷だろう。

 

『仮免のやつの内容ですが、ずばりこの場にいる1540人。一斉に、勝ち抜けの演習を、行ってもらいたいと思います』

 

「はっ、なんかマジでハンターハンターみてぇな試験だな」

 

(((確かに……)))

 

 裂那の言葉に、聞こえた者の多くが内心頷いた。

 

『現代はヒーロー飽和社会と言われ、ステイン逮捕以降、ヒーローのあり方に、疑問を呈する動きも少なくありません』

 

――ヒーローは、見返りを求めてはならない。

――自己犠牲の先で得る称号でなければならない。

 

 それが、ヒーロー殺しステインの主張だ。

 

『まぁ、一個人としては、動機がどうであれ、命がけで人助けしている人間に、「何も求めるな」は、現代社会に置いて無慈悲な話に思うわけですが……』

 

 ヒーローだって金がなければ生きていけない。食べなければ生きていけない。それなのに一切求めるなというのは、本物の英雄にだって難しい。オールマイトにしても桃太郎にしても、報酬があるからこそ英雄となっているのだから。

 

『えーとにかく、対価にしろ義勇にしろ、多くのヒーローが、救助、ヴィラン退治に切磋琢磨して来た結果、事件発生から解決に至るまでの時間は今、引くくらい迅速になっています。君たちは、仮免許を取得し、その激流の中に身を投じる。そのスピードについていけない者は、はっきり言って厳しい。――よって試されるはスピード。条件達成者100名を通過としまーす」

 

 例年では合格率五割。対して、一次試験で既に一割以下まで絞られる今回の試験に、受験者達はどよめく。

 

「うわぁ、黄彩大丈夫? 走るの苦手なのに」

 

「ウフフ、ボクの個性は工程の省略。早さなら負けないんだよ?」

 

「バテても知らないからね」

 

「うにゃん、きょーかはきっと助けてくれるからだいじょーぶ」

 

「……ウチに変なプレッシャーかけないで。これでも緊張してバックバクなんだから」

 

「んっ、ほんとだ」

 

 じゃれ合うように響香はイヤホンジャックを黄彩の胸元に突き刺す。増幅のされていない心音が伝わって来て、黄彩は頬を緩める。

 

『まー社会で色々あったんで、運がアレだと思って諦めてくださーい』

 

 説明者の気怠げな言葉が、受験者達に火をつけた。

 

 

 

 

 



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第五十五話 試験日の弾幕試験と黄金五分

 

001

 

 

 

 仮免許取得試験の一次試験の内容は、ボール当て。

 各々、ルールに反さない程度に自由な位置にターゲットを三箇所に貼り付け、三つ撃ち抜かれれば脱落。二人を倒したものから勝ち抜けと言うルールだった。

 

「ねぇ黄彩、それ……」

 

「ん、傑作No.21《御供》だよ。これないとボク、めっちゃ雑魚だし」

 

 受験者達は、各校ごとに割り当てられた簡易更衣室でコスチュームに着替える。着替え終わった者から次々出てくる中、響香は黄彩の来ているものに突っ込まざるを得なかった。

 

「いや、死ぬから。三箇所どころか一発でも当たればそれで死ぬから」

 

「ウフフ、大丈夫。ボクだよ? すじ肉の人と練習したもん」

 

 胴だけでなく、手や足にまで肋骨のような外骨格のあるパワードスーツの上から、いつものエプロンを身に付けている。ターゲットは三つともそのエプロンの上だ。

 一人六つ支給されたボールは、一見どこにあるのかもわからない。

 

『えー、じゃあ()()後、一分後にスタートします』

 

「展開……?」

 

 聞いていた者の殆どが疑問に思っていたら、会場の壁、天井が数学の立体模型の展開図のように、開いた。

 

「うわ、すごいってか、金かけ過ぎでしょ」

 

「いいね、ボクのアトリエにもこういうの付けたいな」

 

「いや、周りの家とかどうするのさ」

 

「うにゃぁ、確かに」

 

 展開図の外には、広大な地形が広がっている。

 山岳地帯に、工業地帯、道路をもした地帯にビルの立ち並ぶ摩天楼地帯まで、色とりどりだ。

 

『各々、苦手な地形、好きな地形、あると思います。自分の個性を生かして、頑張ってください』

 

 

 

002

 

 

 

「みんな! あまりばらけず、かたまりで動こう!」

 

 開始直後、受験者達が飛び出す中、緑谷が言う。

 

「ふざけろ。ここは遠足じゃねぇんだよ!」

 

「ば、おい馬鹿待て!」

 

 しかし逆らうように、爆豪は緑谷達から離れていってしまい、仕方ないと切島もついて行った。

 

「オレも抜けさせてもらう」

 

 と、言い出したのは轟。

 

「大所帯じゃ、返って力が発揮できねぇ」

 

 雄英生たちが呆然としているのを尻目に、轟も別方向へと去っていった。

 

「轟君!」

 

「緑谷時間ねぇよ! 行こう!」

 

 緑谷は引き止めようと叫ぶも、峰田が止めた。

 

 

 

 

「ウフフ、来たよ来たよ。いいなぁ、戦争だぁ!」

 

 移動を開始して、山岳地帯に入り込んだ頃。あらゆる方向から、あらゆる高校の受験者たちが襲いかかって来た。

 

――俗に言う、雄英潰しだ。

 体育祭によって、個性不明という不動であるはずのアドバンテージを唯一失った雄英は、確実にここでは不利。……な、はずだった。

 

「テレビで見たよ。自らをも破壊する超パワー」

 

「ウフフフ、それは時代遅れってやつだ、ねっ!」

 

 黄彩のただの投擲。月まで届く砲撃でないだけ、慈悲はあるのかもしれない。

 

「グアッ!?」

 

 ボールは胸のターゲットを射抜き、勢いそのままにどこかへ吹き飛んで行った。

 

「有製君!?」

 

「ウフフ、ここはボクに任せて先にいけってやつだね。……逃げないと、巻き込むよ?」

 

 いつになく、黄彩の目は本気だった。

 

「作品No.93《天動設》」

 

 何もかもお構いなし、完膚なし、区別なし。石も岩も砂も投げられたボールも、黄彩を中心に円状へと軌道する。

 

「黄彩、一人で大丈夫なんだね?」

 

「ウフフフ、それは生意気ってやつなんだよ、きょーか」

 

 黄彩が微笑むと同時に、飛び回っていたものは重力に従い落下した。

 

「はっ、オレを忘れてんじゃねーぞテレビっ子共! 黄金の国(ハートフルピースフル)!!」

 

 神刺裂那の黄金の国が、荒々しい山岳地帯を侵色する。

 

「話し合いで解決しようぜ、平和的にな!」

 

 裂那は言葉とは裏腹に、接近していた受験生を殴り飛ばした。

 

「オラオラオラァ! とっとと伝えて来やがれテメェらの野心ってやつを!! エリートぶっ殺そうって思惑はどうした! 下克上は机上の空論か!?」

 

 手当たり次第、あるいは見的必殺(サーチアンドデストロイ)。ボールを当てるのでもダメージを当てるのでもなく、裂那は敵を殴り飛ばし、蹴り飛ばし、踏みにじり、振り回す。

 

「怒り、妬み、ストレス、嫌悪! 思いの丈を込めまくってぶつけに来い!!」

 

「ウフフフフフフフフ。そう言うわけだから、ボクらの心配は一切不要。――きょーか、頑張って」

 

「うん、頑張る」

 

 雄英潰しを目論んだ受験生たちの敵意が完全に二人に向いてるうちに、緑谷達はそこから離れていった。

 

 

 

003

 

 

 

「アッハハハハッ! なにあれなにあれイレイザー!」

 

「知ってんだろ……。平和の象徴に人間国宝。ヒーローにしとくにはもったいねぇ問題児共だ」

 

 会場の外側には、普段観客席として使われる場所が当然ある。相澤とその近くに座ったMs.ジョークは、最も盛り上がっている山岳地帯を話題にする。

 

「ピンチを覆していくのがヒーロー。個性晒すなんて前提条件。雄英(うち)の教育方針として常に先を見据えているが、中でもあいつらは別格だ」

 

「……へぇ。除籍者がいない時点でも思ったけど、気に入ってんだ」

 

「違う、そもそもあの金色は生徒ですらねぇ。世話焼くまでもなく勝手に燃えてくんだ。……どれだけ手間がかかってると思ってる」

 

「なんか、ごめん……」

 

 ジョークは神野での事件で、相澤も黄彩も話題になり過ぎていたことを思い出し、笑みを納めて思わず謝罪した。

 

 

 

004

 

 

 

「来い、五番目」

 

 ダメージが入らないのだから、当然敵の数はあまり減らず敵意は加速度的に増していく。

 逃げ去っていく有名高の受験者達を見て、裂那は笑いながら何かを呼び出した。

 

 波打つように現れたのは、両頬に《5》と刺青が彫られた黒い軍服の少女。

 

 新手に警戒を隠さぬ受験者達を見据え、少女は裂那とは違い可愛らしい笑みを浮かべた。

 

「ご安心ください。みなさん纏めてと私、戦況は五分五分です!」

 

――黄金の国唯一の軍事組織、二十人核。

 一から十まで、それぞれの数字に二人のコンビが割り当てられた、総勢二十名で構成された少数精鋭の極小組織。

 その一人が軍服の少女であり、単独で核兵器並の戦力を誇るが故の《二十人核》である。

 

――五分五分(ごぶりん)。一人の名であり、一人の持つ体質(個性)。その能力はその場の全員の戦力を数値化し、その合計値と同じ値まで自身の戦力を増強、あるいは弱体化する。……故に老人ホームや病院には近寄れない。

 

 

 少女の言葉を煽りと思い、個性を発動しながら少女に襲いかかる。

 

「ハハハ、よく誤解されるのですが、みなさんというのには裂那様なんかも含まれるんですよ、なんと」

 

 まるで申し訳なさそうに苦笑いを浮かべながら、少女は襲いかかって来た受験者をかかと落としで沈めた。

 

「ぐべっ」

 

「一見絶対防御に見えるこの国ですが、当然抜け道はあるんですよ。……例えば、原子レベルで精密に切り裂けるガラス製ナイフで柔らかい、例えば急所であれば簡単に切れたりするんです」

 

「ヒィィィ!?」

 

 五分五分(ごぶりん)が抜いた、透明のガラス製ナイフでコスチュームの股間部分を撫でると、男である受験者は悲鳴を上げながら気絶した。

 

「もちろん、冗談なんですけどね」

 

 とはいうものの、確かに破壊不可能なはずの状況でコスチュームの股間の辺りは切り裂かれていた。

 

「おい、遊んでる暇ねぇぞ五分五分(ごぶりん)

 

「……裂那様が平和の象徴とか、悪い冗談ですよねぇ」

 

 裂那は相手を誰一人として傷つけることなく、戦意を根こ削ぎ落とされた受験者達を見下していた。

 

「こいつらは平和を作るにいらねぇ。次行くぞ」

 

「はいはーい。創世主様、頑張ってください、ね……」

 

 裂那が屈服させた受験者にボールを当てて勝ち抜けしたらしく、黄彩のターゲットから音声で移動するよう急かされている。……が、とうの黄彩は黄金の国の外でベッドを作り眠っていた。

 

「ほっとけ。そいつは死んでも知らん」

 

『有製さーん、起きてくださーい! 羨ましいぃー!』

 

「ハハハハ、黄金の国(うち)に負けず劣らず、個性的な人たちが多い世界ですね」

 

 山岳地帯から黄金が抜け、裂那達はその場を後にした。

 

 

 

 

 

 




キャラ紹介
二十人核、五の一人――五分五分(ごぶりん)

 黄金の国が平和になる数年前、犯罪者夫婦の間に生まれた捨て子。孤児院に保護され、紆余曲折経て、名を捨て、国に忠誠を誓う。

 パートナーであるもう一人の五、2.5次元(ドットファイブ)が二重人格を疑われるほどの狂人であるため、どうしても常識人であることを周囲から強いられている。

 個性《五分五分》は常時発動型の個性で、効果範囲は戦場という曖昧なもの。戦闘中以外だと、病院などの施設の土地に限られたりする。
 一見増強型に見えるが、弱者一人を相手したりすると当然ながら弱体化する。

 対多人数のエキスパートだが、二十人核の中では中堅。パートナーの2.5次元(ドットファイブ)が核融合の魔法少女やメイド喫茶のメイド長クラスの文字通り怪物であるため、雑用はもっぱら五分五分(ごぶりん)担当。
 


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第五十六話 試験日の成人強化と目下無双

 

001

 

 

 

 黄彩が勝ち抜けし眠り始めてしばらく経った頃。

 

「障子ちゃん、どう?」

 

「クラスの奴の姿は見えない」

 

 雄英生たちは黄彩、裂那と別れた後も度重なる襲撃に遭い、いくつかのグループに分断されてしまった。

 響香は八百万、蛙吹、障子との四人で摩天楼地帯、建物の中にいた。

 

「他のエリアにいるのかしら……」

 

「おそらくな。八百万、聞いたな。通過者は半数を超えた」

 

「私たちも合流を諦めて、打って出た方がいいんじゃないかしら」

 

「ええ、そうですわね……」

 

 三人が話し合っている間に、響香は壁にイヤホンジャックを挿すことで周囲の人間を探っていた。

 

「階段を上がる足音四つ、十階下。多分、うちらのこと分かって登って来てる」

 

「……やってくるのが四人だけというのが気になりますわね。各学校、もっと大勢でチームを組んでもいいはず」

 

「お仲間が倒されて、ここに逃げ込んできたというのはないかしら」

 

「絶対無い。心拍が安定してるし息遣いも冷静そのもの。会話もしてないから盗聴も警戒してる。っやば!」

 

 焦ったように響香がイヤホンジャックを抜くと、さしていた壁の向こうで爆発が起きた。

 

相殺音(キャンセリングノイズ)、タイプインパクト!」

 

 新たに変音機能を搭載したスピーカーを鳴らすと、こっち側まで響いて来た爆発音が止んだ。

 

 数秒待ち、イヤホンジャックをスピーカーから抜き、次は床に刺した。

 

「まずい。一気に数が増えてる! 罠だ!」

 

「ケロ!?」

 

 響香が叫ぶとほぼ同時。そこら中の窓ガラスが何かに打ち抜かれてひび割れた。

 

「ウチらの個性、多分全部知られてる。次は梅雨ちゃんかヤオモモ……。次の試験くらいにまでは、取っておきたかったんだけど、まぁ仕方ないよね」

 

 そう言いながら、響香はイヤホンジャックの片方を自身の首元に刺した。

 

「響香ちゃんなにを!?」

 

心拍鳴音(ハートハウリング)……」

 

 蛙吹が叫ぶのも仕方がない。響香の血管が目に見えて脈打っていて、心音が聞こえてくるのだから、どう見てもその光景は異様だ。

 

 熱っぽい吐息を吐き、火照った顔で、響香は歪な笑みを浮かべる。

 

「形状記憶、耳郎響香……」

 

 体育祭の時は、爆豪の爆破の熱で強引に発動させた急成長を、響香は心拍を強引に強めて自力で起こした。

 

「うし、行ける。相手の策に乗っちゃいけないからね。飛び降りるよ!」

 

「「「はっ!?」」」

 

 背丈が伸びて臍を露出させた響香に、三人が驚愕の叫びをあげた。

 

 

 

002

 

 

 

 大人の姿になってすぐ、蛙吹を背に背負い、八百万と障子を小脇に抱えて、響香はひび割れた窓を蹴破って飛び出した。

 

「響香さん一体なにを考えていますの!?」

 

「実体音響、足踏み! まずは一人目を蹴り飛ばすんだよ、恨みとかいろいろ、込めてねっ!!」

 

 飛び石の上を跳ねるような動きで、響香は空を跳ねた。

 

「キャー!?」

 

 離れた別のビルの屋上まで飛び移り、スリングショットを搭載したグローブを装備した女生徒を蹴り飛ばす。

 

「ウチ、十年前、ってまぁつまりは今日になんだけど、こいつに耳撃たれててさ。結構痛かったんだよねぇ〜」

 

 三日月のような笑みを浮かべながら、蹴られて頬を腫れさせて怯えた女生徒の近寄る。

 

「ヒィッ! こ、こないで!」

 

 スリングショットで鉄球を放つも、羽虫を払うかの如く払い飛ばされる。

 

「ウチの左耳は高いよー」

 

 棒読みの言葉に、女生徒は顔を真っ青にした。

 

「大丈夫安心して。命だけは取らないから」

 

「キャアアアアアアアアアア!!??」

 

 両耳にイヤホンジャックが突き刺され、脳に直接響香の増幅された心音が轟く。苦悶の表情で顔を染め、断末魔とともに倒れた。

 ターゲットにボールを当てて徹底的にとどめを刺し、響香は満足気な表情を、思いっきり引いている蛙吹達に見せる。

 

「せっかくだから、あいつら全員踏み台にしよっか」

 

「耳郎、なんだかすごく爆豪っぽいぞ」

 

「今この時のウチと比べてそうなのは自覚してるよ。生き方が似てるからね。むしろ生き様かな」

 

「爆豪さんのような方がそういらっしゃるとは思えませんが……」

 

「これはなるべくしてなるキャラ、らしいよ。ほら、もっかい跳ぶから梅雨ちゃん乗って」

 

「ケロ……。あ、暖かいわ」

 

 体勢を低くして背負われやすい姿勢にした響香に乗った蛙吹は、背に触れた途端にピタリとくっついた。

 

「一回体温を四十度まで上げなきゃいけないからね。ほら、ヤオモモと障子も行くよ」

 

「あ、いや……」

 

「お待ちください! 私、心の準備が……」

 

「準備不要!」

 

 思わず後ずさった二人を捕まえ、今度は首ねっこを掴んで跳び出す。

 

「締まってますわ!? 首っ、首ィー!!」

「グォ〜〜!!?」

「ケロ〜〜!?!?」

 

 三人が叫ぶ中、響香は空中で立ち止まった。三人はつい足元を見て、悲鳴も忘れて顔を青ざめさせる。

 

「実体音響、薔薇(バラ)!」

 

 アニメや漫画でしか見られないような、巨大な飛ぶ斬撃。侍が竹を両断するように、響香はビルを切り落とした。上半分が隣の低いビルの上に落下し、天井の切り落とされたエレベーターに乗っていた、先の女生徒と同じ制服の女が目と口を丸く開けて呆けていた。

 

「おい、誰かしら死ぬんじゃないか」

 

「平気。その辺はちゃんと考えてるから、さっ!」

 

 一時停止を解いたかのように、響香は再度跳び出し、ビルの断面へと着地した。

 

 

 

 一網打尽。あるいは、天下無双。あるものは八百万製の装備で武装した障子の腕達に薙ぎ払われ、あるものは響香に殴り飛ばされ、あるものは蛙吹に蹴り潰される。

 

「思ったより大したことない、かな。ウチの時はもっと強かった気がしたんだけどな」

 

「ケロ、響香ちゃんが強すぎるのよ」

 

「蛙吹さんもですわ。脚力が優れているというのは知っていましたが、こうも攻撃的な必殺技を編み出していたなんて」

 

「親切な魔女さんに勧められたのよ。まだまだ付け焼き刃だけれど、これだけ有利な状況ならかろうじて使えるわ」

 

 とは言っているものの、ポーカーフェイスでも隠し切れないほどの疲労が目に見えていて、足が震えている。

 

「ま、これでクリアなんだから休めるよ。ウチもいい加減戻らないとだし」

 

 

 

003

 

 

 

 一次試験を通過できた響香達は、ターゲットから聞こえてくる声に従い、控室に来たのだが、響香は忙しなくあたりを見渡している。

 

「黄彩に、それから裂那も、まだクリア出来てないのかな……」

 

『はいっ、ここで八名通過来ました、残り十名です!』

 

 雄英生でまだここにいない者も残りわずか。

 

「おっ、結構ギリだったか」

 

 アナウンスが流れたタイミングで、ターゲットまで金色に染めた裂那がやって来た。

 

「あ、ねえ。黄彩見てない?」

 

「は?」

 

 響香が尋ねると、裂那は首を傾げる。

 

「見てねぇっつーか、オレらと別れる前にあいつもうクリアしてたぞ。まさかまだ寝てんのか……?」

 

 硬くて寝心地の悪そうな石のベッドで黄彩が寝ていたのを裂那は思い出し、響香に伝える。

 

「あー、もう……。ちょっとウチ行ってくるから、みんなに伝えといてっ」

 

「お、おう。大変だな、お前」

 

「マジそれ!」

 

「「耳郎!?」」

 

 一次試験ギリギリで通過できた雄英生達の頭上を飛び越えながら、会場へ逆走して行く。

 

 

 

 黄彩を探し始めてすぐに黄彩は見つかった。

 

「君は、合格した子だね? 早く控室に向かいなさい」

 

 通過できなかった受験生を回収する係員達の担架で、黄彩は眠っていた。

 

「黄彩を迎えに来たんです。あの、ウチが連れて行きますんで」

 

「我々で連れて行くつもりだったけど、そういうことなら任せよう。二次試験もがんばりなさい」

 

 係員が担架を下ろすと、響香は黄彩を抱き抱える。

 

「うにゅ、……あ、きょーか」

 

「起きたんなら自分で歩いて」

 

「やー。もうちょっと抱っこ……」

 

「はいはい」

 

 黄彩は甘えるように響香の首に腕を回し、頸に鼻を押し付ける。

 

「汗臭いでしょ。やめて」

 

「ウフフ、頑張った匂いだよ。ボクこれ好き」

 

「変態っぽいから二度とそれ言わないで」

 

「ウフフフ〜」

 

 

 仮免許取得試験、一次試験。雄英高校一年A組、全員突破。

 

 

 

 

 

 

 




技紹介
蛙吹梅雨――蹴り

 小さい動物が人間と同等のサイズになったら超強い的なアレ。

 転生の魔女の師、天聖の魔女にアドバイスを受け、必殺技として身に着ける。

 カエルの個性ということもあり、元々脚力は凄まじかったものの、元の筋肉が跳躍力に特化した物に育っていたため、絶賛訓練中。


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第五十七話 試験日の黄金選別と桃二五混

001

 

 

 

 神刺裂那の製造地、黄金の国にはいくつかの勢力が存在する。

 

 一つは神刺刹那。黄金の国の代表にして黄金の国そのもの。

 

 一つは魔導士。魔法使い、魔女、魔法少女の三つの総称であり、同時に一つの勢力図。

 

 一つは飲食店連合。メイド喫茶のメイド長をはじめとする、全員が宇宙規模の危機に正面から戦える、黄金の国の最高戦力の集団。

 

 一つは、二十人核。国に仕える二十人の軍人にして軍事兵器。

 

 

 そして最後に語るべきは、《色》だろう。

 赤橙黄緑青藍紫、白黒挟んで計九色。しかし勢力というには纏まりなく、組織というには括りなく、仲間というには関係のなく、種族というには相似なく。

 歴史を紡ぎ、歴史を語り、歴史を作る、黄金の国での黄彩の目となり耳となる存在達。

 

 その中でも異例の存在なのが、桃色、華々(はなばな)花々(かか)

 赤と白の近親屍姦によって生じた、存在しないはずの色。冒涜的かつ衝撃的に生まれた混沌の存在は世界の影に生まれ、影に生き、陰ながらに影を照らしていた。

 

 

「あははっ! 楽しいな楽しいなぁ! ねえ見せてもっと見せて!」

 

 仮免許取得試験の一次試験で、裂那の親友たる花々はパルクールよりも身軽な動きで、受験者達の猛攻から逃げ回っていた。

 

「ほーらほーら! ヒーローになるんでしょ? 私みたいなクソ雑魚美少女一人も捕まえられないんじゃっ! ヴィランどころか彼女の一人も捕まえられないよっ! この童貞どもめっ!!」

 

 雄英や士傑のような高尚な学校ではない高校のヒーロー科生徒達が、顔を真っ赤に染めながら花々に遠距離攻撃を飛ばす。火の玉に氷の玉。手裏剣にナット、文房具各種に魚介類まで選り取り見取りだ。

 

「あっははははははは!! ほらほらもっと頑張ってー! あんよがじょーず! あんよがジョーズゥ!!」

 

 まるでアクションゲームのキャラクターのように、ビルの外壁を蹴って右往左往、縦横無尽に飛び回る花々。

 が、突如として花々はビルの壁に垂直に立ち止まる。

 

「うん、ダメだねみんな」

 

 失望したような表情を浮かべる花々は、さっきまでの喜怒哀楽が荒れ狂った状態から感情が抜け落ちたように鎮まり、静かに受験者達へと飛び込んだ。

 

「ダメダメダメダメ、みーんなダメ」

 

 頭頂部で逆立ちされた受験者は振り落とそうと振り回したり、周囲の受験者も頭上に拳や武器を向けるも、攻撃の一切が通らない。

 

「ダメな理由が無いくらいダメダメだよ。まだ無個性の小学生の方が見込みがあるね」

 

 まるでモグラ叩きのように、あるいはマット運動のように、花々は受験者達の頭部や肩を足場に跳ね回り、虱潰しに気絶させる。

 

「ヒーローヒーローって、一体何がいいのか知らないけどさぁ、そのために努力してる時点で向いてないよ。ヒーローっていうのは誰よりも苦労して結果を残してる人なんだから」

 

 赤と白の子、桃。

 努力を知らず苦労を知らず、過程も知らなければ結果も知らない、常に歴史の先端でのみ笑う女。それが華々(はなばな)花々(かか)である。

 

 

 

002

 

 

 

 二十人核の五、五分五分(ごぶりん)にはパートナーがいる。断じて恋人という意味でも、あろうことか夫婦という意味でもなく、単に仕事仲間としての、同僚としてのパートナーだ。

 

 2.5次元(ドットファイブ )と云われる、(にのまえ)(にのち)という狂人だ。

 あるいは、美男美女(ニューハーフ)と騒がれる俳優である。

 

 騒がれるままに、美男の右半身と美女の左半身を強引に貼り付けたような美人であり、云われるままに、二次元を三次元へと引き摺り上げる名俳優。

 

「知ってるか? 超銀河戦士は拳で星を打ち砕くのですわ!」

 

 美男が尋ね、美女が告げる。

 美男が拳でアスファルトの道路を木っ端微塵にすれば、美女は不敵に笑う。

 

「知っていまして? 土星の女神は大地を手指のように操るんだぜ!」

 

 美女が尋ね、美男が告げる。

 木っ端微塵になったアスファルトを束ね、まるで巨大な手のように、戦意を喪失した受験者達を纏めて縛り上げた。

 

 

 (にのまえ)(にのち)――体質(個性)2.5次元(ドットファイブ)

 自身の創作したアニメ、漫画のキャラクターの能力を演じることができる。一度に使えるのは美男サイドに男性一人、美女サイドに女性一人、計二種類だ。

 

「ワーッハッハッハッハ! オーッホッホッホッホ!」

 

「私が三人分でも四人分でもがんばりますから、帰ってくださいよあなた……」

 

 美男と美女が交互に笑う狂人に、パートナーである五分五分(ごぶりん)は冷めて諦めた目でため息をつく。

 

「誰か代わってくれないかな……。無理だろうなぁ……。はぁ……」

 

「おい五分五分(ごぶりん)、ため息ばかりついていると幸せが逃げますわよ」

 

「あなたさえ死んでくれれば、私の人生は円満ですよ」

 

「オイオイ、なんて酷いことを! 傷つきますわ!」

 

「……どうしてこう、強い人ほど平和に生きられないんですかねぇ」

 

 

 

003

 

 

 

 混沌の魔女、ニーアは暗黒のファラオとも呼ばれた偉大な魔女である。

 

 分かるものは分かるだろう。暗黒のファラオ、這い寄る混沌、膨れ女、闇をさまようもの、夜に吠えるもの。数々の異名を持つクトゥルフ神話の邪神、Nyarlathotep。

 

 色黒黒髪、赤色芋ジャージと、ダサさ極まりない、お兄さんともおっさんとも言い難い外見の男こそ、暗黒のファラオそのものであり、そして混沌の魔女だ。

 悪に立ち向かう魔導士の一員でありながら要注意人物であり、平和のためならまず最初に殺すべきとは本人談。

 

 威厳を嫌い、畏怖を嫌い、信仰を嫌い、混沌を嫌う這い寄る混沌。一人の女に恋し己を捨て、妻子のために這い寄ることをやめたニーアにとって、平和というのは隠居のようなもの。

 

「私は混沌の魔女、ニーア。妻と娘に嫌われぬためにも、君たちには傷一つとしてつけない事を約束しよう。……精神までは、知ったことでは無いけれどね」

 

 ジャージのポケットから、短い杖のようなものを取り出し向ける。

 受験者たちの足元に魔法陣が無数に出現し、光を削るように闇深く黒い触手が足首を捉える。

 

「男なのに魔女なのかとはよく云われるけれど、だがそれでも私というやつはどうしようもなく魔女なのだよ」

 

 触手は見た目の細さ、滑らかさとは裏腹に力が強く、一度巻き付けば踏んでも外れない。どころか、支柱を辿る植物のように巻きつきながら伸び、脇の下あたりまでを包み込んでしまう。

 離すようニーアに懇願するも、しかし帰ってくるのは住宅街でたぬきを見たような意外そうな眼。

 

「無駄話なら幾らでも望むところだけれど、どうも喧嘩はね。裂那ちゃんと違って、私は蹴ったり殴ったりは好むところでは無いんだ」

 

 しかし触手は伸びるし縛る。

 

「嗚呼、勘違いしないでくれよ。別に暴力が嫌いというわけでも、私が温厚というわけでも無い。本質的には私はどうしようもなく混沌であり邪なものだ。まあ、本質と言っているのに混沌というのもおかしな話だけれどね」

 

 花屋で出会しそうな、人のいい笑みを浮かべながら、ニーアは振り下ろした杖を振り上げる。

 とたん、受験者達は顔色を真っ青にし、中には泡を吹くものや白目を剥くものまでいる。

 

――恐怖の注入。

 その魔法を掛けられたものは魂も凍るような恐怖心に苛まれる。

 

「英雄とは、常に我々のような危険物と相対し続けるからこそ英雄だ。その恐怖を乗り越えてヒーローになるものが一人でも現れたのなら、その時は謝ろう」

 

 短い杖をポケットに収めると、触手達は初めから存在しなかったかのように消滅し、受験者達は重力に従う。

 

「やれやれヒーロー社会とは、全く恐ろしい世の中だよ。本当に全くだ」

 

 

 

 

 




キャラ紹介
二十人核、五の一人――2.5次元(ドットファイブ)(にのまえ)(にのち)

 同じく五、五分五分(ごぶりん)のパートナー。

 美男と美女を両断して張り合わせたような異形の人間。当然ながら靴、手袋なんかは左右でサイズが異なる。

 2.5次元(ドットファイブ)は二十人核としての、いわばコードネームのようなもの。
 (にのまえ)(にのち)は漫画家としてのペンネーム兼、俳優としての芸名。

 経歴不明、出自不明、本名不明、正体不明。

 漫画家として少年漫画、少女漫画、成人向け漫画まで幅広く手掛けている。ライバル的存在の小説家がいるが、その小説家はどの勢力にも属さないはぐれものなため戦場にはまず現れない。

 俳優としてはその異様な外見故に、引っ張りだことはいかないが演技力の高さから一定以上の人気を博している。


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第五十八話 試験日の救援試験と黄色屍線

001

 

 

 

『えー、一次試験を通過したみなさん、これをご覧ください』

 

 一次試験と、通過できなかったものの回収が終わると、放送が入る。

 

 ディスプレイにはフィールドの様子が移されており、当然ながら一見無人だ。

 

――爆音。轟音。

 街並みの崩壊する音が、スピーカーではなく外からも聞こえてくる。映像には何もかもが爆破されて崩壊する様子が移されている。

 

『次の試験でラストになります。皆さんにはこれから被災現場で、バイスタンダーとして、救助演習を行ってもらいます』

 

「「ばいすらいだー??」」

 

 峰田、上鳴が首を傾げる。

 

「バイスタンダー、現場に居合わせた人のことだよ! 授業でやったでしょー!」

 

「一般市民を指す意味でも使われたりしますが……」

 

 二人に教えるように、葉隠、八百万が語る。

 

『一次試験を通過した皆さんは仮免許を取得したと仮定し、どれだけ適切な救助を行えるか、試させていただきます』

 

 雄英生は並々ならぬ経験を経てしまっているのもあり、身をもって経験した事を想起している。

 と、映像に何かが映った。

 

「ひ、人か!?」

 

「あぶね! 何やってんだ!?」

 

 人間、それも老人に子供といった一般人と思わしき人間達が、先の災害に巻き込まれたのか怪我をしている。

 

『彼らは、あらゆる訓練において今引っ張りだこの、要救助者のプロ! HELP・US・COMPANY、略してHUC (フック)の皆さんです!』

 

 聴き慣れぬ存在に、受験者達は首を傾げたりなんかしている。

 

「要救助者の、プロ?」

 

「ケロ、いろんなお仕事があるのね」

 

「ヒーロー人気のこの現代に、即した仕事かもね」

 

「……うにゃ? 子供にそんなことさせていいの? マスコミ騒がない?」

 

「黄彩、あんただけは言うな。ウチも思ったけど」

 

『HUCの皆さんは傷病者に扮して被災現場の全域にスタンバイ中。皆さんには、これから彼らの救助を行ってもらいます』

 

「またボールぶつけるんじゃダメなの?」

 

『いい加減不合格にしますよ有製くん。……あー、今回は皆さんの救出活動を、ポイントで採点していき、演習終了時に基準値を超えていれば、合格とします。十分後には始めますので、トイレなど済ましといてくださいね』

 

「……黄彩、顔に名前まで覚えられてんじゃん」

 

「ウフフ、ボクだからね」

 

「褒めてないっての」

 

 

 

002

 

 

 

『ヴィランにより大規模テロが発生。規模は○○市全域。建物崩壊につき傷病者多数』

 

 およそ十分が経過し、目覚まし時計のような音が響いたすぐ後に放送が入った。

 

『道路の損壊が激しく、救急隊の到着に著しい遅れ。到着するまでの救助活動は、その場にいるヒーローが指揮をとり行う。一人でも多くの命を救い出す事。それでは、スタート!!』

 

 一次試験と同じように、壁と天井が展開して試験が始まった。

 

「ウフフ、とりあえず街を戻そっか。その方が作業しやすいもんね。――作品No.68再構成(リメイク)《騒々しい静寂》」

 

 一斉に飛び出した受験者達が、驚愕と共に足を止めた。

 

 まるでパズルのように、バラバラに崩壊した瓦礫地帯が、元の街へと修復された。

 試験のシナリオとしての道路の損害による救急隊の遅れというのも、実際であればかなり解決する事だろう。

 

「傑作No.10《道徳的な龍》」

 

「キュイー!」

 

 異様な光景に受験者達が呆然としている中、黄彩は道徳的な龍の背に乗りこんだ。

 

「きょーか、一緒に来て。手伝って」

 

「え、あ、うん」

 

 響香は戸惑いながらも、黄彩の後ろに跨がる。

 

「ウフフ、いっぱい寝たからね。今度はちゃんとやるの」

 

「……なんだろ、悪いことはしてないはずなんだけど、なんか多方面から睨まれてる気がする」

 

 道徳的な龍は上空へと飛び上がり、即座に一人、要救助者を発見した。

 

 ビルとビルの間の路地で蹲る白髪で初老の男性。足から血を流し、さらに骨折しているのか腫れ上がっているように見える。

 道徳的な龍が道路に着陸すると、響香が飛び降りて男性に駆け寄る。

 

「大丈夫っすか!?」

 

「こっ、こここここれは一体どうなっている!?」

 

 崩壊したはずのビルが元通りに戻った事で、かなり驚愕しているようだ。

 

「壊れたのをボクが直したの。おじさん歩ける? 歩けるよね。人のいるところまでの道はわかるように書いとくから、そこまで自分で歩いて」

 

 響香が男性のみを起こすと、黄彩は道路の方を指差しながら言った。すると、男性は表情を怒りに歪めて叫ぶ。

 

「ヴァッカもんがっ!! わしゃ両足怪我してんだろうが見てわかんねぇのか!! 仮免持ちなら怪我の状況判断して瞬時に動くぞ! そして何より、こちとら不安と恐怖で胸いっぱいの被災者だぞ!! それなのに自分で歩いてダァ!? 減点だぁー!!!」

 

「……きょーか、これ殴っちゃダメ? ヴィランだってこれ」

 

「絶対ダメ! ウチにはこの人の怪我、歩けるようには見えないけどほんとに歩けるの?」

 

「ん、ただの特殊メイク。怪我人のフリして何がしたいのか知らないけど、ボクの眼は騙されないんだよ」

 

((……こいつ、まさか試験の内容忘れた?))

 

 響香と男性の心情が一致した。

 

「ねぇ黄彩、試験の内容分かってる?」

 

「うにゃ、もちろん。ヴィランが街壊して、怪我人いっぱい。ヴィランはまだ捕まって無いからどっかに潜んでる。怪しいからどうにでもなる方に連れてこうと思ったんだけど、……うにゃ、なんか間違った?」

 

 黄彩は本気で困惑し、首を傾げている。心配してか、狭くて入り込めなかった道徳的な龍も覗きながら、黄彩につられて首を傾げる。

 

「考えすぎじゃないかな、……多分」

 

 とはいえ、他人と同じ外見になれる殺人鬼兼ヴィランの友人がいるため、響香も半信半疑になってしまう。

 

「……いや、そういう事ならこっちの技術不足だ。レントゲン並みの眼で状況を判断して歩けるって判断させちまったのは我々の責任。……だがわしゃ骨折してて歩けない被災者って設定だ! 減点は取り消すからせめて丁重に運びやがれ!!」

 

 男性は呆れたような表情で語り、再度叫んだ。

 

「えっと、骨折した人を運ぶときは……」

 

 一年生ということもあり、救助の経験はほとんど無に等しい。座学で習ったかもしれない知識を響香が引っ張り出そうとしているが、しかし黄彩がすぐに答えを出す。

 

「振動とかで悪化するから揺らさないように、慎重に。――作品No.07《裕福な右手》」

 

 地面や外壁から削り出すようにして、人一人が乗れる大きさの右手が道路上に作られる。

 

「きょーか、乗せるの手伝って」

 

「う、うん!」

 

 男性を響香が持ち上げ、黄彩は足に負担がかからないように支える。

 裕福な右手に楽な姿勢で乗せたら、上空まで浮遊。二人が乗り込んだ道徳的な龍と並走させて、他校の生徒が救護者をまとめている場所まで護送する。

 

「黄彩、なんで骨折した人の運び方なんて知ってるのさ?」

 

「うにゃ、治癒の人に教わったよ? ほら、保健室で寝泊まりしてたとき、暇つぶしって言ってずっと喋ってるんだもん」

 

「それ、地味に嫌だわ……」

 

 そもそも、黄彩以上に人骨を弄ってきた人間なんてそうは居ない。材料としての人間の取り扱いは一通り熟知している。

 

 数分ゆっくりと飛び、救助に不向きな個性を持った人たちが傷病者を分類別け、看病してるエリアに無事着陸した。

 

「うわっ、ドラゴン!?」

 

「キュイッ!」

 

「あ、意外と可愛い……、じゃなくて! 怪我人の状態は?」

 

 道徳的な龍から降りた響香が、裕福な右手に乗せられた男性を下ろし、女生徒に受け渡す。

 

「両足骨折、あと全身擦り傷。多分瓦礫に潰されたって設定だと思う!」

 

「設定? まあいいわ、身動き取れない人はここだから、ここは私たちに任せて、どんどん傷病者こっちに連れてきて!」

 

「わかった! 黄彩、次いくよ!」

 

「うにゃ……、うん。わかった」

 

 黄彩と響香はまた道徳的な龍に乗り込み、街へと飛んで行った。

 

 




キャラ紹介
混沌の魔女――暗黒のファラオ、ニーア
年齢不明。既婚者で娘が一人。

 這い寄る混沌、ニャルラトホテプと同一の存在。
 黄金の国には地球と同一の神話が存在しており、小規模ながらも宗教もある。

 黄金の国を作るにあたり、制作の際に初めから組み込まれた存在の一つ。他にもいくつか超常の存在や、『色』が組み込まれている。

 裂那の時代よりさらに数百年前くらいまでは這い寄る混沌として、あるいは『悪』として猛威を奮っていたが、桜良(さくら)という少女に一目惚れし、次第に人の心に近いものを得る。同時にニャルラトホテプという自信と同一の存在に嫌悪感を抱き、一時期は自虐の日々を暮らしていた。

 恋は無事実り結婚、希依という娘まで生まれた。

 混沌の魔女ニーアはニャルラトホテプとしての顔の一つで、元々は真っ黒なコスチュームを仕事着にしていたが、妻と子の両方から思いっきり引かれた。威厳や畏怖を少しでも外に出すとあらゆる勢力に警戒されるため、基本的にダサい格好で外出する。

 普段は転生の魔女、魔の魔法使いの処刑職の裏方をしており、転生してきた魔法少女の案内役や一時的な保護者が主な職務。

 処刑職コンビよりも古参なため、幼少の魔導士相手に道徳教育の仕事をしていたり、核融合の魔法少女に核兵器について教育したりしていた。
 が、教育を受けた者の大半が歪んだ倫理観を身につけてしまっている。原因がニーアなのかは不明だが、教育の場からは生涯出禁になった。


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第五十九話 試験日の真鍮讃歌と風炎汚濁

 難産でしたっ!
 間に挟んだコピペ改変は、仮免許篇が終わったら位置を調整します。


001

 

 

 

 平和な世界というのはつまり、平凡に平坦で、和やかに穏やかな世界ということで、そこに怪我人や病人なんて居てはいけない。

 なんて、そんなことをいうつもりはない。それじゃあまるでパラノイアの世界だ。幸福な世界には幸福でない人間は不要です。しかし不幸でない人間が幸福かはわかりません、なんて。

 

 オレこと、この世界を平和にするために生まれた創作物、神刺裂那に言わせるならば、平和な世界ってのは暴力の無い世界じゃあなくて、悪の無い世界だ。

 

 悪。又の名を、正義。

 悪には悪の都合がある。正義には正義の都合がある。結局は都合にいい奴が正義の味方で、都合に悪い奴が悪い奴だ。

 だからこそ、あのショタ親父はオレを正義の象徴ではなく平和の象徴としたのだろうし、引退して引き算の権化みたいになったおっさんも正義の味方でも象徴でもなく、平和の象徴を選んだんだろう。

 

 この世界でこんなことを言うと、それは自虐も自虐、いっそ自殺みたいなもんだが、オレはヒーローに向いていない。

 人を救うのに向いていない。どっかの誰かがいつか言った、平和主義の最終兵器。なるほどその通りじゃねぇか。

 後に殺させないように全てを殺す。人類が絶滅すれば殺人事件は起こらない。そんなことを言って黄金の国を襲撃したバカみてぇな悪がいたが、オレとそいつは合同。存在位置が真逆なだけで、やってることも言ってることも同じだ。

 

 神刺裂那はヴィランである。いや、この言い方は盛大に誤解を招きそうだ。この場合のヴィランってのはこの世界の個性で暴れまわってぶっ殺したりぶっ殺されたりしてる犯罪者って意味ではなく、言うなればクラスの問題児みたいなニュアンスだ。

 快楽のために、娯楽のために、極楽のために。つまりは楽するために生きてきたようなオレだが、そんなオレがヒーローであるはずがない。

 ヒーローでないならそれはヴィランである、なんてクソみたいな二極化理論を掲げるつもりは毛頭ない。

 本質的な、あるいは表面的な話で、オレの性格は、オレというキャラクターは、ヴィランであった方が正しい人間だ。

 強引に平和の象徴って型に押し込んで歪んだ生き方するより、ヴィランっつーオレが入るには大きすぎる型でくつろいでる方が、よっぽどお似合いだ。

 

 オレは風呂よりシャワー派だけど。

 

 居心地が悪い。身長に合わせすぎた棺桶で寝てるみたいに、まるでお前に成長の余地は無いと言われ続けるような生き方が、オレに向いているとは思えない。

 

 ……でもそれが、オレの存在意義であり生きる理由なのも確かだ。

 昨今でよく見かける、魔王が主人公で勇者がラスボスのラノベみてぇに、オレも世界の四つや五つくらい救ってやろう。ついでにモブの一億や十億くらい救ってやろう。

 

 嗚呼、マジで居心地悪い。人選ミスにも程があるってんだ。

 

 

 

002

 

 

 

「大した怪我はしてねぇ。親と逸れたらしいが、どっかいるだろうからこっちで暇なやつに探させとけ」

 

 仮免許取得試験、二次試験。裂那は妙に顔面の濃い子供を他の受験者に任せ、何故子供がいたのか不可解な工業地帯へと戻ろうとした、そのとき。

 

 会場の壁が爆発し、黒煙を上げ始めた。

 

「あん? なんだよ」

 

 裂那を含め、受験生達は警戒しながら爆発のあった方に注目する。

 

「っ! ギャングオルカ……」

 

 煙が晴れてくれば、そこから侵入してきた者の名を誰がが言うと、それを聞いた多くが騒ぎ始める。

 

「……いや、誰だよ。とりあえずヴィランってことでいいんだな?」

 

 周囲の反応に引きながら、裂那はギャングオルカと呼ばれたものへと飛びかかった。全身金色の人間はどうしても目立つため、その目はしっかりと裂那を捉えている。

 

「誰だか知らねぇが、邪魔だからすっこんでろ」

 

『ヴィランが姿を現し、追撃を開始。現場のヒーロー候補生は、ヴィランを制圧しつつ、救助を続行してください』

 

「フンッ!!」

 

 裂那の拳を強引に薙ぎ払い、弾き飛ばす。

 叩きつけられたボールのように岩の地面をバウンドし、裂那は地に落ちた。

 

「撃てぇ!!」

 

 追い討ちをかけるように、部下達が腕につけた銃のようなものを裂那に向け、液体状の何かを発射する。

 

「いってぇじゃねぇかクソ野郎!」

 

「意外としぶといな。……だが、平和の象徴とはその程度か!!」

 

 裂那は回避のために上空へと跳躍する。が、当然のように眼光と銃口は即座に上へ向く。

 

「危ねぇ!」

 

 再度裂那に放たれた弾は巨大な氷によって防がれ、裂那は氷の上で轟に、横抱きの姿勢で受け止められた。

 

「大丈夫か? 一人で突っ走るな」

 

「うっせぇ邪魔すんな。あいつはこの神刺裂那様のご尊顔に砂付けやがったんだ。蹴って殴って踏み潰す」

 

 降ろした轟には目もくれず、裂那は氷の塊を蹴り飛ばし、ショットガンのように面の射撃を放つ。

 

「これしきの攻撃ぃ!!」

 

 ギャングオルカの個性、シャチの能力である超音波で、氷が当たる前に粉々に砕かれてしまう。

 

「ぶん殴られろ!!」

 

 砕けた攻撃すらあくまで陽動。裂那が紛れて飛び込み、拳が脳天を叩こうとするが――

 

「ふぅーきぃーとぉーべぇ!!」

 

――まるで爆風のような暴風が、部下達と共に裂那を吹き飛ばした。

 

「ヴィラン乱入とかっ! なかなか熱い展開にしてくれるじゃないっすかぁ!! ……っ!!」

 

「――っ!」

 

 味方を吹き飛ばしたことなど露知らず、暴風を起こした夜嵐と轟は睨み合っている。

 

「このアホハゲ! 一般人(っぱんじん)近いのにヴィラン吹っ飛ばすとかお前マジのアホか!!」

 

 二度目の不時着に、明らかに気を悪くさせた裂那が叫ぶも、暴風が相まってかその声は届かない。

 

 氷が通じないと判断した轟が、次は炎を放つが、夜嵐が追加で放った風が炎を吹き飛ばし、風は炎を熱で浮かされ、……互いに足を引っ張り合い、その攻撃は全く届かない。

 

「なんで炎だ! 熱で風が浮くんだよ!!」

 

「氷結を防がれたからだ! お前が合わせてきたんじゃねぇのか!! 俺の炎だって風で飛ばされた!」

 

「あんたが手柄を渡さないよう合わせたんだ!」

 

「はあ!? 誰がそんなことするかよ!」

 

「するねぇ!! だってあんたはあの! エンデヴァーの息子だ!!」

 

「……さっきからなんなんだよお前。親父は関係ねぇだろ!」

 

 粗末な口喧嘩が始まり、思わずヴィラン役達も呆れて立ちすくんでしまっている。

 

「あー、もうお前らうるせえ、耳障りだ」

 

「「アアッ!? 『『俺たちは土下座してる』』っ!?!?」」

 

 唐突に、不自然に飛び出た己の言葉に従うように、轟と夜嵐は姿勢を整え、地に額を押し付けるように身を縮こませた。

 

 

 

003

 

 

 

「何を、お前まで手柄をっ!」

 

「うるせぇっつったのが聞こえなかったのか? 邪魔だから視界から消えてろよ。――絵狩(えかり)

 

 叫ぶ夜嵐を無視して、裂那は魔法少女を呼び出した。

 

「呼ばれちゃほいほいとついて来ちゃうのがこの私! 殺風景の魔法少女――識無(しきなし)絵狩(えかり)

 

 しかし魔法少女と呼ぶには、些か地味な格好だ。ボロ布のような麻色のワンピースを身につけ、ステッキのように握り締めた棒はただの木の角材。

 

「絵狩、お前は雑魚どもを黙らせろ。オレはあのイルカをぶん殴る」

 

「お任せを〜!」

 

 まるで槍でも振り回すかのように角材を振り回して逃げ惑うギャングオルカの部下達の意識を蹴散らす。

 

――殺風景も殺風景。

 短調な絵面で、地味な攻撃で、風も鳴り止み、色彩もモノクロになったかと錯覚させるほどの殺風景な戦場。

 

「イルカじゃないシャチだ! オルカだ!!」

 

「うるせえうるせえ黙って殴られろクジラ野郎!」

 

 対照的に、武器を使うでもなく個性を使うでもなく殴り合っているギャングオルカと裂那の方が、幾らか見栄えしている。

 

「まろやかジューシーに死ね!」

 

「シャチは食物連鎖の頂点! 食べるなら水銀の汚染に気を付けろ!!」

 

「蝶のように死に蜂のように死ね! 棒に当たって死に、木から落ちて死に、鳴かずば撃たれまいと思いながら死ね!!」

 

「羽虫でも犬でも猿でもキジでもない! シャチだ!!」

 

「シャチフレーク!!」

 

「シャチじゃないシャケだ!! 間違えたシャチだ!!」

 

「シャチに小判!!」

 

「猫でもないわぁ!!!」

 

 まるで漫才のように叫び合いながらの、拳の横行。会話の中身とは裏腹にその拳は全力全開で、そこに無粋な殺意は欠片もなく、あるのは怒りの促しと発散。

 

「サーモン危うきに近寄らず死ね! タコは投げられて死ね! マグロ暁を覚えず死ね!! サメ骨髄に徹して死ね!!!」

 

「シャチだと言っているだろうがぁ!!!」

 

「シャチ猫を噛んで死ね!!」

 

「シャチだっ!? シャチだぁぁああ!!」

 

 両者クリーンヒット。互いが互いの顎を打ち砕かんと拳が命中した。

 ……が、それもお互い大したダメージにはならず、殴り合いを続けようと、機能をやめた脳を放棄して腕を振るう。

 

「「アンッ!?」」

 

 そこへ、炎と風が飛来して、ギャングオルカが炎の渦へと閉じ込められる。

 

「うおおおお!! やったっす!!」

 

「そのまま仕留めろ!!」

 

 相変わらず土下座の姿勢のままで叫ぶ二人に、裂那は呆れた様子でため息を吐く。

 

「……なんでお前ら仲良ししてんだよ。白けたぜクソが」

 

 裂那もギャングオルカも、疲れ果てたように地面へと腰を落とす。

 

「ケロォ!!」

 

「スマーッシュ!!」

 

「実体音響、唐竹(とうちく)!!」

 

 避難が概ね片付いたのか、次々と受験生達が絵狩に加勢してギャングオルカの部下達を仕留めて回る。

 

「いっきますよ〜! まとめて射止める! 殺戮風情!!」

 

 幾ら倒しても拉致があかないと、絵狩は戦法を切り替えた。さっきまでが角材を武器に戦う接近戦なら、今度は魔法を使った遠距離戦。

 現れた鉛色の球体が絵狩の周囲を衛星のように周り、その直径を広げていく。

 

「うっひゃひゃひゃ! 私名物、枯れ尾花! 風情も幽霊も例外なく殺戮します!!」

 

 鉛色の球体が、鉛色の線になって場を駆け巡る。次々と部下達の武器を破壊し、防具を破壊し、有様を台無しにし尽くす。

 

 

 と、ここで。

 もうひと踏ん張りだと受験生達が気合を入れ直したタイミングで、終了を告げるブザーが鳴った。

 

『えー、ただいまを持ちまして、配置された全てのHUCが危険区域より救助されました。誠に勝手ではございますが、これにて仮免試験全工程終了となります』

 

「ちっ、面白くねぇ。おいシャチ馬鹿野郎、喧嘩続けんぞ」

 

「くッくく、望むところだ!」

 

 轟、夜嵐による炎の渦が晴れると、ギャングオルカと裂那は拳を構え直す。

 

『やめてくださーい! ……集計の後、この場で合否の発表を行います。怪我をされた方は医務室へ、他の方は着替えて待機で、お願いします。……本当に喧嘩はしないでくださいね?』

 

 

 

004

 

 

 

 三十分ほどが経過し、怪我人の治療、点数の集計が終了した。

 

『えー、みなさん。長いことお疲れ様でした。これより発表を行いますが、その前に一言、採点方式についてです』

 

 一箇所に集められた受験生達は、緊張した顔つきで、一秒でも早くの発表を待ち望んでいたが、すぐに発表とは行かなかった。

 

『我々ヒーロー公安委員会と、HUCの皆さんによる、二重の減点方式であなた方を見させてもらいました。つまり、危機的状況でどれだけ間違いのない行動をとれたかを審査しています。とりあえず、合格者の方は五十音順で名前が載っています。……今の話を踏まえた上で、ご確認ください』

 

 スクリーンに表示された名簿を、受験生達は穴が空くほどに注視して己の名を探す。

 

「あ、ボク受かってる。きょーかも」

 

「……ウチより早く見つけるなよ」

 

「自分で言うのはなんかあれだが、オレが受かってんのはミスじゃねぇのか?」

 

 黄彩、響香は当然のように合格し、後半は喧嘩していただけの裂那も、なぜか合格していた。




キャラ紹介
殺風景の魔法少女――織無(しきなし)絵狩(えかり)

 地味系女子を極めきった魔法少女。裂那や太陽、名無しの女のように派手な戦い方をする面々に紛れ込むように、一人だけ絵面が地味で浮いていることが多い。

 テンション高めのキャラは後付けのキャラ作りで、自室では前髪を下ろし、メガネをかけ、色の少ない表紙の小説を読んでいるような日陰の住人。

 実力は魔法少女の中では中堅。名無しの女の処刑を受けた一人である。


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第六十話 試験日の合否飛語と吸血至極

001

 

 

 

 合格発表がされ、次々と雄英生が「あった!」と名前を見つけ喜びの声を上げる中、轟、爆豪の名は無かった。そして当然のように、士傑高校の夜嵐の名も。

 

「轟っ! ごめん! あんたが受からなかったのは、オレのせいだ! オレの心の狭さの! ごめん!!」

 

 轟焦凍の父、エンデヴァーとちょっとした因縁のある故の、あの小競り合いだ。それ故の不合格を、いつもの勢い任せのものではない誠心誠意の謝意を込めての謝罪する。

 

「……元々俺の撒いた種だし、よせよ」

 

「けどっ!」

 

「お前が直球でぶつけて来て、気づけたこともあるから」

 

 あるものは喜び、あるものは顔を伏せる中での異質な光景に、二人へと注目が集まる。

 

 

「両方ともトップクラスであるが故に、自分本意な部分が仇となった訳である。――ヒエラルキー崩れたり!」

 

 峰田の最低な言葉に、飯田からの制裁が降ったりした。

 

『えー、続きまして、プリントをお配りします。採点内容が詳しく記載されてますので、しっかり目を通しておいてください』

 

 試験官である黒服の男達から、一人一人名を呼ばれ、詳細に分析された結果が手渡される。

 

『合格ラインは50点、減点方式で採点しております。どの行動が減点につながったのか、下記にズラーっと並んでます』

 

 尾白で61点、緑谷71点、瀬呂84点、飯田80点、八百万94点など、合格者達の中でも点差はバラバラであった。

 

 そして黄彩は、80点。

 

 飯田は《応用が効かない》、緑谷は《行動前の挙動》などが主な減点要因であった。

 

「うにゃ、納得いかない……」

 

 黄彩の減点要因は全て、《試験概要を理解しましょう》である。20回同じ理由で一点減点されている。

 

「まあ、黄彩にはある意味厳しかったかもね。マジの怪我人使うわけにもいかないし」

 

「む〜。……あ、黄金の国(ハートフルピースフル)は何点?」

 

 響香に抱きつきながら黄彩が尋ねると、裂那は無言で紙を手渡した。

 

「えー、なになに? 55点、……言動が荒々しい、行動が破壊的すぎる、気性が荒い、緊張感が欠ける言動。……ほとんどその口が原因じゃん!」

 

 黄彩の受け取った紙を響香も見て、思わず突っ込む。

 

「うっせぇ。どうしようもねぇだろこんなもん。作ったやつに文句言えってんだ」

 

「そーだそーだー」

 

「……いや、作ったのお前だろうがショタ親父」

 

 裂那の疲労感のにじみ出るツッコミに黄彩は「ウフフ」と微笑み返した。

 

『えー、合格した皆さんはこれから、緊急時に限りヒーローと同等の権利を行使できる立場となります。すなわち、ヴィランとの戦闘、事件事故からの救助など、ヒーローの指示がなくとも、君たちの判断で動けるようになります。しかしそれは、君たちの行動一つ一つに、より大きな社会的責任が生じるということになります。……皆さんご存知のとおり、オールマイトと言うグレイトフルヒーローが力尽きました。彼の力は、犯罪の抑制になるほど、大きなものでした。……新たな象徴として名乗り出た黄金の国(ハートフルピースフル)神刺裂那や、どういうわけかヴィランのみを殺す殺人鬼、巻解使駆などが現れて来てはいますが、それでも心のブレーキの緩んだものはこれからグッと増えていきます。均衡が揺るぎ、世の中が大きく変化していく中、いずれ皆さん若者が、社会の中心になっていきます。次は皆さんがヒーローとして規範となり、抑制ができる存在とならねばなりません。今回はあくまで、仮免許。半人前程度に考え、各々の学舎で、さらなる精進に励んでいただきたい!』

 

 開始時の眠気隠さぬアレとは別人なのではないかと思うほどに長々と語る話は、まだ続く。

 

『えー、そして不合格となってしまった方々。……点数が満たなかったからと言ってしょげてる暇はありません! 君たちにはまだチャンスが残っています。三ヶ月の特別講義を受講の後、個別テストで結果を出せば、君たちにも仮免許を発行する予定です』

 

 続いた話に、いつも以上に表情の消えていた轟や、テンションの虚数な夜嵐、怒りに身を任せ暴れ出しそうだった爆豪が顔を上げる。他にも合格しなかったもの達から歓声が上がった。

 

『今私が述べた()()()()に対応するには、より質の良いヒーローがなるべく多く欲しい。……一次試験は言わば落とす試験でしたが、選んだ百名はなるべく育てていきたいのです。そういうわけで、全員を最後まで見ました。……結果、決して見込みがないわけではなく、むしろ至らぬ点を修正すれば、合格者よりも優れたヒーローになりそうな者ばかりです。……学業との並行で、かなり忙しくなると思います。次回、四月の試験で再挑戦しても構いませんが……』

 

「当然!!」

 

「お願いします!!」

 

「……」

 

 三名とも、疲労を忘れてやる気は十分だ。

 

 

 

 とまぁ、ともあれかくあれ、仮免許取得試験の前工程終了。笑う者あり涙する者あり、しかし決して、人生における無駄な一歩ではなかった。

 

「ねぇきょーか、ボクお腹すいた。帰りにコンビニ寄ってこーよ」

 

「……黄彩、もうちょっと空気読もっか。あとウチじゃなくて相澤先生に言って」

 

 

 

002

 

 

 

 一方その頃、とでも言おうか。

 試験会場の近くの路地裏でのこと。

 

『やっとつながったぁ。どこで何してる、トガ』

 

「素敵な遊びをしていましたぁ」

 

 士傑高校の生徒に紛れ込んでいたらしいトガヒミコが、ヴィラン連合と連絡を取っていた、

 

『定期連絡は怠るなよ。一人捕まれば全員が危ないんだ』

 

「大丈夫なんです。私は今まで見つからずに生きて来たので。それに有益でした。弔くんが喜ぶよぉ! 出久くんの血を手に入れましたぁ!」

 

 電話を一方的に切り、被身子は口角を吊り上げながら、ガラス瓶の中の一滴の血を眺める。

 

 

 

003

 

 

 

 その日の晩。皆疲労に身を任せて眠りについた頃。

 

「ウフフ、少しぶりだね。吸血の人」

 

「遊園地のとき以来ですねぇ、黄彩くん。私は渡我被身子です。ぜひそう呼んでください。トガ、でもいいですけどね」

 

 雄英の厳重なセキュリティ下にあるはずの敷地内、それも寮の中庭で、被身子と黄彩は対面していた。

 

「ウフフ、やーだ。だってボクと君、気は合いそうだけど違えそうだもん」

 

「気違いはお互い様です」

 

 微笑みあいながら、ナイフと彫刻刀を向け合うトガヒミコとシトリング=ラフィ。

 

「じゃ、やろっか」

 

「ええ、始めましょう」

 

 ナイフと彫刻刀。刃物と刃物が、音も無くぶつかり合う。

 そこに一切の感情はなく、あるのは義務感と優越感と一欠片の友情。

 成長した姿といえども、黄彩の身体能力は所詮黄彩。殺人鬼にしてヴィランであるトガヒミコとは、その手足に天と地ほどの差がある。

 

 一度の足音もなく、一つの足跡も残さず、口を三日月のように歪め、瞬きを忘れられた眼は血走り、そして切れるものは一切無し。

 

 

 言ってしまえば、これは暇つぶしのようなもの。あるいは夜食感覚。やり足りない被身子が試験中にさり気なく堂々と黄彩に喧嘩を売り、同じくやり足りない黄彩が喧嘩相手を買って出た。

 

 殺人鬼が殺人を抑え、芸術家が芸術を抑えての試験。欲求不満を解消するように、被身子は己を遺体とするように、黄彩は己を作品にするように、自己嫌悪に自愛を掛け合わせて、好きも嫌いも綯い交ぜに掻き回す。

 

 十五分ばかり、静寂な攻防が続けば二人の手足は止まった。

 

「悪くありません。使駆くんよりずっと楽しいです。血沸き肉踊る気分です!」

 

「ボクもボクらしくなく楽しいよっ! 肉が沸き血が踊るっ! 今なら殺人鬼にだってなれそうだ」

 

「ふふ、おすすめはしません。響香ちゃんが泣いちゃいますよ」

 

「それはダメだね。あーあ、最悪だ。踊る血が凍りついた気分だよ。……肉が冷めた。ボクは寝る」

 

「今度は四人で水族館に行きましょう。私、サメと一緒に泳ぎたいです!」

 

「ウフフ、髪からも血の匂いがする吸血の人とじゃ、すぐに水槽が血みどろだよ」

 

「それはいけませんね。出禁になっちゃいます。じゃあ動物園にしましょう。チーターと一緒に短距離走です」

 

「うん、それがきっと良い。きっと楽しい」

 

「それじゃあ、今日のところは帰ります。夜をお楽しみに、黄彩くん」

 

「ウフフ、彼によろしくね、吸血の人」

 

「バイバイ」

 

「ばいばい」

 

 

 同時刻、演習場で緑谷と爆豪が喧嘩をしたことが話題になったが、そこに黄彩と被身子のことは全く出て来なかった。

 

 

 

 




 仮免許篇、完!
 なんかすっごい長かった気がするなぁ。


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芸術家達の戯言教室、一時間目。

 本編が行き詰まったので、一度やってみたかったコピペ改変ってやつをやってみました。


001 使駆くん

 

 

 

「嫌な奴がいる場合『世の中色んなクソがいるから仕方ない』と我慢するよりは、『そのクソっぷり気に入った、お前は最後にしてやる』と思った方が精神衛生上いいと思うし、俺はそうしてる」

 

 

 

002 響香ちゃん、梅雨ちゃん

 

 

 

「梅雨ちゃん、いい? 本当に恐ろしい時って言うのは、『たいていの事は笑って流して許してくれる温厚な奴』がマジでキレた時。あれはマジでやばい。死人が出る、って言うかそれで同級生が何人か死んでる」

 

「ところで、それはもうニュースになってる話かしら?」

 

 

 

003 根津校長

 

 

 

根津校長

「神野での事件から少し経ったとき、オールマイトから『形態変えました』という、まさかの活動復帰を思わせるメールが職員全員に届いて、職員室を騒然とさせたのさ」

 

 

 

004 黄彩くん、響香ちゃん(12歳)

 

 

 

「きょーか! ボク大人になったら、きょーかと結婚する! そしてこの世界を、根本から作り直すの!」

 

「……うち、必要?」

 

 

 

005 被身子ちゃん、使駆くん

 

 

 

「お昼ごはんどうします?」

 

「次は動物園だろ? そこでなんか適当に」

 

「私、流石に人間以外の血は抵抗があります」

 

「……なに言ってんだ?」

 

 

 

006 相澤先生、黄彩くん、オールマイト

 

 

 

「歴史に名を残すと理由の如何を問わず最終的に日本人によって美少女にされるらしい。例外は無いので抵抗は無意味だ」

 

「ボクがもっと美しくなっちゃうの?」

 

「え、まさか私も……」

 

 

 

007 使駆くん

 

 

 

「人間って奴は大体人間に想像できるような最期しか迎えねぇよな。ハンバーグだのジュースだの。比べてカニなんて自分が最終的にカニクリームコロッケになるんだぜ? ウケるー」

 

 

 

008 被身子ちゃん

 

 

 

「ちなみに、血を吸うのは性的行為が終わったメスの蚊だけです。オスと喪女の蚊は花の蜜を吸っています。つまりあなたを刺した蚊はリア充ということですが、しかし私は処女です」

 

 

 

009 黄彩くん

 

 

 

「『しにたい』は【しめきりから】【にげだして】【たまには】【いちにちねていたい】の略だって言ってるでしょ滅べ」

 

 

 

010 死柄木くん 、オールフォーワン

 

 

 

「なあ、なんでラスボスは全てを無に返したがるんだ」

 

「…………」

 

 

 

011 響香ちゃん、黄彩くん

 

 

 

「黄彩、たまには空気読んで」

 

「うにゃ? えっと、窒素78.08%、酸素20.95%、アルゴン0.93%、二酸化炭素0.034%、ネオン0.0018%、ヘリウム0.00052%、かな。屋内の循環気流は良好……」

 

「違う、そうじゃない」

 

 

 

012 ラストお姉様

 

 

 

「深夜にカップラーメンにお湯を注ぎながら『知らない女にこんなものを注ぎ込まれる気持ちはどうだ?』『アッ、アッー!!』ってふざけてたのを響香ちゃんに見られて今泣いてます」

 

 

 

013 響香ちゃん

 

 

 

「黄彩からメールで『今日の夜ごはんは生オムライス!』って来てたから、何それ……! めっちゃ美味しそう! と思ってワクワクしながら家に帰ったらただの卵かけご飯だったから今チャーハンにしてる」

 

 

 

014 トガヒミコ、美形モブ

 

 

 

「つーけま♪ つーけま♪ つけまわす♪ 死ぬまで貴方をつけまわす♪」

 

「ギャーー!!??」

 

 

 

015 相澤先生、黄彩くん

 

 

 

「眠気を一発で撃退する方法ってねぇか?」

 

「寝る」

 

 

 

016 使駆くん

 

 

 

「被身子が急に『私を刺したら搾り殺します』とか言い出したから敵かと思ったら、腕に蚊が止まってるだけだった」

 

 

 

017 死柄木くん、オールフォーワン

 

 

 

「やりました先生! この間の作戦が『世間を騒がせた大事件』と呼ばれてます!」

 

「『世間を騒がせた』という表現はね、弔。大抵の場合、勝手に騒いでいる奴がいるだけなんだよ」

 

 

 

018 刹那さん

 

 

 

「今日のバイト先のメイド喫茶、店先に出してるボードに『今日の別腹は明日の脇腹』って書いてたしメニューにコーヒーがなかった。もしかしたらここは喫茶店じゃないのかもしれない」

 

 

 

019 転生の魔女

 

 

 

「象が踏んでも壊れない筆箱が太陽の手によって気化しましたわ」

 

 

 

020 燈(黄彩の父)

 

 

 

「妻が焼き鳥を食べながら動物番組を見て『鳥さん後ろよ!』って応援してた」

 

 

 

021 響香ちゃん、黄彩くん、透ちゃん

 

 

 

「Hになるほど固くなるものは?」

「えっと、ちんち「鉛筆ぅ!」……うにゅ」

 

「入れる時は固くて出す時は柔らかいものは?」

「やっぱりちん「ガムゥ!」……ええ?」

 

「男の体の中心にあってブラブラ揺れてるものは?」

「ちんち「ネクタィ!!」……」

 

「濡れてる人にさすものは?」

「ち「傘ぁ!!」んち……」

 

「透グッジョブ。そして黄彩は躊躇いなしか」

「きょーかのいじわるぅ……」

 

 

 

022 オールマイト、ミッドナイト

 

 

 

「枕からおっさんのにおいがするようになった。初めて知ったが、枕も年を取るらしいな」

 

「…………そうですね」

 

 

 

023 響香ちゃん

 

 

 

「日本昔話のテーマを黄彩が歌ってたんだけど、『♪おいしいご飯にホカホカご飯、あったかいご飯が待ってるだろな♪  ぼくもかえーろおうちにかえろ』……こんなお米だらけの歌だったっけ。まあ、かわいいからいいや」

 

 

 

024 被身子ちゃん、使駆くん

 

 

 

「コンビニ強盗がかぁいかったら殺せます? 武器は包丁で、なのだ口調の萌え強盗 」

 

「余裕だ。お腹と背中くっつけて殺してやる」

 

「しかし顔はおっさんです」

 

「バカボンのパパじゃねぇか。爪先と眼球くっつけて殺してやんよ」

 

 

 

025 三奈ちゃん

 

 

 

「アダルト響香ちゃんが自動販売機の前で『ありったけの小銭~かき集め~さがしものを探しにいくのさ~coffee!』ってコーヒーのボタン押したのだけでもやばかったのに、押すボタン間違えたのかコーヒーじゃなくてコーラが出てきてスーパー腹筋が死んで今からあたしも死にそう」

 

 

 

026 美香さん(響香の母)

 

 

 

「黄彩くんとうちの子が夜中に演奏の練習を始めて、『私そろそろ寝るんだけど……』って言ったら、ギターとドラムが鳴り止んで子守唄のセッションが聞こえてきたの。今日はぐっすり眠れそうね」

 

 

 

027 響香ちゃん、三奈ちゃん、梅雨ちゃん

 

 

 

「今電車で、

 

三奈『むかつくリア充にはさっさと別れることを願ってポッキーやキットカットを』

梅雨『二人の関係、きっとcutね』

 

三奈『微笑ましいリア充にはトッポを』

梅雨『最後までたっぷりだから、末永く続くと良いわね』

 

って言ってて、向かいの使駆と被身子が血を吹いた」

 

 

 

028 響香ちゃん

 

 

 

「この前上鳴が、『ヘイ彼女!俺で妥協しない!?』という新手のナンパを思いついたとぼやいていた。峰田だけ賛同してたけど、普通に女子的に無しだから」

 

 

 

029 黄彩くん

 

 

 

「本屋さんで面白そうだから買った『図解! 超ひも理論』がラストねーねに見つかり、『ヒモになるための参考書買うなんて、人として最低ですよ黄彩くん!』って言われた。そして中を見ながら『素粒子とかエントロピーとかこじつけですよ!』ってぶつぶつ文句を言い続けて、5分後やっとなんか違うと気づいたみたい」

 

 

 

030 オールフォーワン、他ヴィラン連合

 

「今日、すれ違いざま小学生に『ニフラム! ニフラム!』って言われたんだけど、なんのことだろう、流行りかな?」

 

トガヒミコ

「ニフラムは敵を消し去る呪文です。要するに消えろってことですねっ!」

 

黒霧

「しかも経験値が入らないので『経験値すらいらねぇ』ということです」

 

死柄木

「ニフラムはアンデッド系の敵に効きやすいという特徴があるし、先生の顔を見て思わず言っちまったんじゃねーのか」

 

「…………最高最適の個性達で、君達を殴る!」

 

 

 

 

 



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芸術家達の戯言教室、二時間目。

001 アダルト響香ちゃん

 

 

 

「昔のメアドのパス忘れたから、秘密のパスワードを入力しようとヒントを見たら、『胸』だった。……見間違い? いや、何度見ても胸だ。胸って何だ、訳わからん。って思いながら『ない』って入力したら、……合ってた」

 

 

 

002 黄彩くん、響香ちゃん

 

 

 

「うにゃ〜?」

 

「黄彩、どうかしたの?」

 

「んっとね、ぶりの塩焼きを焼いてるんだけど、振りかけたものが本当に塩だったのか自信がなくなってきた」

 

「おい」

 

 

 

003 ミッドナイト

 

 

 

「オールマイトから『包丁を使わないアップルパイのレシピ』で作ったパイをもらった。そのレシピに興味を持って検索して見たら、さりげなく素手でリンゴを粉砕することが前提だった。私はそれを見なかったことにして、パイを食べた」

 

 

 

004 相澤先生

 

 

 

「有製が授業に遅刻してきた言い訳に『電車が混んでた』と言い出したから説教してるうちに、オールマイトが『電車が渋滞で遅刻した私がキタァ!!』とかほざきながら演習場に着陸した。……こいつらは打ち合わせでもしたのだろうか?」

 

 

 

005 ハウンドドッグ先生

 

 

 

「ドラッグストアとか大きなスーパーとかで、『このお菓子旨そうだな』と思ってよく見ると、いつも犬猫用のお菓子だ……」

 

 

 

006 響香ちゃん

 

 

 

「この前、寮に帰って来てクローゼットを開けたら黄彩が中で寝てた。隠れて驚かそうとしてたのに、私がずっと帰ってこなくって疲れたみたい。かわいいかよ」

 

 

 

007 黄彩くん

 

 

 

「野菜スープを作ってたらきょーかが、『今日カレー?』と訊いてきた。

 

 次の日、付け合せにするジャガイモを切っていたら『今日カレー?』と訊いてきた。

 

 さらに次の日、そうめんを茹でるため大鍋を取り出すと『今日カレー?』と訊いてきた。

 

 またさらに次の日、玉ねぎの皮を剥いていると『今日カレー?』と訊いてきた。

 

 そして今日、『ウフフ、今日こそカレーだよ』って言ったら口がニマーってにやけてた。いたずら心が湧き上がってハヤシライスにしたら泣いちゃったからラスト姉様にカレーまん買いに行って貰ってる」

 

 

 

008 ミッドナイト

 

 

 

「『私オムライス食べられないんですよねぇ~。だって卵割ったらヒヨコが死んじゃうじゃないですかぁ』とかほざく女より、黄彩くんとオールマイトの『マーブルチョコに描いてある絵、食べるのが勿体無い……』の方が女子力高いと思うし憧れるけど、それが男子力の正体なんじゃないかとも思い始めてる」

 

 

 

009 黄彩くん、相澤先生

 

 

 

「余計なこと思いついた!」

 

「よし黙ってろ!!」

 

 

 

010 三奈ちゃん、響香ちゃん

 

 

 

「響香ちゃん、恋はするものじゃなくて落ちるものなんだよ!」

 

「え、……地獄と一緒なの?」

 

 

 

011 プレゼントマイク

 

 

 

「ミッドナイトにスマブラで、『女子力!』って叫びながら放たれたドンキーの必殺技で三人まとめてぶっ飛ばされたぜ。シヴィ〜」

 

 

 

012 響香ちゃん、黄彩くん

 

 

 

「伸びたラーメンを、スープといったん分けて、麺を熱したごま油をひいたフライパンで、ニンニク・醤油をかけて炒めつつ、硬さを取り戻したところでスープを戻し、弱火にしてしばらく煮込んでもまずい」

 

「きょーか、リカバリーを試みた努力はすごく認めるけど、今度はボクに言ってね。美味しくしてあげるから」

 

 

 

013 アダルト響香ちゃん

 

 

 

『お前は見られている』が宗教。

『見られていなくても』が道徳。

『どう見ているか』が哲学。

『見えているものは何か』が科学。

『見えるようにする』のが数学。

『見ることが出来たら』が文学。

『見えている事にする』のが統計学。

『見られると興奮する』のが黄彩(雌)。

 

 

 

014 黄彩くん、ミッドナイト

 

 

 

「ねぇおっぱいの人、騎乗位ってなに?」

 

「え…………、ノリツッコミのことよ、うん」

 

「ふーん、そっか」

 

 

 

015 オールマイト

 

 

 

「グラントリノの授業で居眠りしてしまい、何の夢を見たのか覚えてないけど私は大声で、『おのれ松尾芭蕉!』と叫んだらしい。教室内全員の大爆笑で起こされた。グラントリノが腹抱えて笑ってるの見たのは、あれが初めてで唯一だったなぁ」

 

 

 

016 使駆くん、響香ちゃん

 

 

 

「何気なくペットショップの犬猫コーナーで『今日の夕飯、何にしよう?』って呟いたら、横にいた被身子が震え上がってた。いや、食わねぇよ、鳥や魚のコーナーじゃあるまいし。犬猫は何も関係ねぇよ」

 

「鳥や魚のコーナーだと関係あるのかとか色々言いたいけど、あんたら付き合ってんの?」

 

「あ? んなわけねーだろ」

 

 

 

017 オールマイト

 

 

 

「イカスミパスタを食べてから吐血すると、路上で吐いたときに赤黒い触手が口から出てるように見えて周りは誰も介抱してくれないって知ってるか? 私は昨夜知ったよ」

 

 

 

018 燈パパ

 

 

 

「妻は昔から@を『くるりんぱ』って読んでた。誰も訂正しないからいまだにそう読んでる。もちろん私も教えない」

 

 

 

019 透ちゃん

 

 

 

「スーパーで売られてた化粧水の謳い文句で、『すべて地球由来の成分!』っていうのがあって、他の化粧水の材料は何処の星から持ってきたの? って店員さんに聞いちゃった!」

 

 

 

020 ミッドナイト

 

 

 

「耳郎ちゃんが『天然好きとか言ってる男は、本当の天然が分かってない! 本物の天然についていけるわけがない!!』と熱弁してた。……黄彩くん、何をしたの?」

 

 

 

021 梅雨ちゃん

 

 

 

「有製ちゃんが珍しく忙しくしてて、いつも夜中に寮に帰ってきてるみたいなのだけれど、響香ちゃんが『最近セクハラが足りない!!』って怒ってたわ。『スキンシップ』が咄嗟に出てこなかったらしいの」

 

 

 

022 黄彩くん、響香ちゃん

 

 

 

「髪が伸びる市松人形を壊さず何とかしてくれっていう変なお仕事がきて、仕方ないからある程度伸びたところでボクとお揃いのツインテールにしてあげて、ツイッターに写真を投稿して、増え続けるいいねを見せながら『今の髪型が一番可愛いよ』って人形に言ってみたら、髪が伸びなくなったって依頼人に感謝されたことがある」

 

「色々突っ込みたいんだけど、え、伸びたの?」

 

「うん、伸びた」

 

 

 

023 被身子ちゃん、響香ちゃん

 

 

 

「ねぇ響香ちゃん、世界で一番人を殺してるのってなんでしょう」

 

「砂糖だよ」

 

「じゃ、じゃあ二番目は?」

 

「タバコ」

 

「三番目は……」

 

「塩。あんた達なんてまだまだ下の下だよ」

 

「……響香ちゃんが私のお友達になってくれた理由が分かった気がします」

 

 

 

024 響徳パパ、黄彩くん、響香ちゃん

 

 

 

「お前みたいなどこの虎の骨ともわからない奴にうちの娘がやれるか!!」

 

黄彩

(お父さん、なに言ってんの?)

 

響香

(好印象、なのかな)

 

 

 

025 響徳パパ

 

 

 

「黄彩君に頼まれてみりん買いに行ったら年齢確認された。なるほど道理はわかる。確かにみりんは酒だ。だけどもし仮に未成年でみりん買って飲んでる奴いたら、そいつぁ最高にロックだ!」

 

 

 

026 裂那ちゃん

 

 

 

「いつだか姉貴に『一番強い武器ってなんだ?』って聞いたんだが、『私なら目薬で海を干上がらせることができるけど、だからって目薬が武器にはならないよね?』って答えられた。あの方向音痴のメイド馬鹿はどこに向かってんだ」

 

 

 

027 梅雨ちゃん

 

 

 

「三奈ちゃんがいきなり『無機物になるなら、何がいい?』って意味不明なことを言い出して、『ウチは塩。融点高いからなかなか溶けないし』っていう答えも意味不明だったし、それを聞いた有製ちゃんの『じゃあボクは砂糖がいいな』って答えも意味不明だし、それ有機物よ……」

 

 

 

028 響香ちゃん

 

 

 

「基本的に外食はせずで家庭料理を好む有製一家だけど、なぜか納豆だけは全員から不評で、特に蒼さんは『箱か中身のどちらかを食べるなら、箱を食べるわ、あたし』って言ってた」

 

 

 

029 峰田

 

 

 

「クラスの女子達と有製がバレンタインのチョコを作って俺ら男子達に配ってたんだが、食べてみれば有製と八百万以外『タバスコ入りチョコ』とか『ごま油入りチョコ』みたいな、ただのテロだったぜ……」

 

 

 

030

 

 

 

【共用スペースでホラー映画を見てる時の女子寮】

 

・キャーキャー言いながらもちゃんと見てる八百万。

・そんな八百万を微笑ましそうに見てる響香。

・響香の膝枕で寝落ちしている黄彩。

・怖くないアピールをしながらもしっかり肩が震えている麗日。

・照明を消したりして驚かす葉隠。

・怖がる面々を爆笑して見てる芦戸。

・明後日の方向を見ながらクスクス笑ってる蛙吹。

・それを見てピタリと固まる黄彩、蛙吹以外の全員。

 

 



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芸術家達の戯言教室、三時間目。

 

001 響香ちゃん

 

 

 

「梅雨ちゃんが『どうして夢にCMが挟まるのかしら?』って訊いてきた。……え、挟まってんの?」

 

 

 

002 黄彩くん

 

 

 

「うにゅう……、よくナマコとかを挙げて『最初に食べた人は頭おかしい』とか言うけどさぁ、どう考えても最初にコンニャクを食べたヤツの方が頭おかしいよね。だってだって、どんな狂気じみた執念が働いたら、触れば手が荒れて食べれば舌が痺れる芋をすりおろして草木灰を混ぜて丸一日煮込んで食べるなんて方法にたどりつくの? ボクでも思いつかないよ」

 

 

 

003 ミッドナイト

 

 

 

「ヒーロー科の職員会議で『物体B』について話してたらイレイザーが『びったいブー』と言い出した所為でもう会議どころじゃなくなったんだけど、笑いを堪えているのは私だけで他の奴らは何事もなかったかのように涼しい顔して聞いているのがまたツボを刺激して、会議が終わるまでの15分は拷問だったわ」

 

 

 

004 蒼ママ

 

 

 

「シャボン玉の歌で『シャボン玉飛んだ。屋根まで飛んだ』って部分。

 あれは『シャボン玉が屋根の高さまで飛んだ』のか、『シャボン玉と一緒に屋根も吹っ飛んでった』のかで燈くんと乱闘寸前の夫婦喧嘩になったことがあるわ、あたし」

 

 

 

005 響香ちゃん

 

 

 

「黄彩と一緒に節分の豆まきをやってみて、その後に歳の数だけ豆食いながら黄彩が『この袋のお豆全部食べれるようになるまで一緒でいようね』って言った。

 数えたら153粒あったから黄彩は人間をやめる気だと思う」

 

 

 

006 オールマイト

 

 

 

「大怪我を手術で治す時、神経ってめちゃくちゃ繊細なのにどうやって繋ぎなおすんだろう? って思ってリカバリーガールに訊いてみたら、『あべこべでも何でもいいからとにかく繋げるだけ繋いで「脳からこういう指令を出したらこう動く」っていうのをプログラムし直す、それがリハビリよ』って言われた。

 なるほど! 案外雑!」

 

 

 

007 八百万さん

 

 

 

「峰田さんが言い放った『男から性欲なくしたらただの人間じゃねぇか!』は、いまだに何を言っているのかわかりませんわ」

 

 

 

008 相澤先生、ミッドナイト

 

 

 

「『少年院に行くような非行に走る子供達を減らすにはどうしたらいいだろう?』という話になった時、有製が言い出した『少年院の名前を「ぽんぽこランド」とかにすればいい』は確かに一理あるような気がする。

 確かに『少年院』には勲章っぽいかっこよさの響きがある。校長から申告してもらおう」

 

「落ち着きなさい」

 

 

 

009 透ちゃん

 

 

 

「上鳴君が『1万のイヤフォンと1000円のイヤフォンってそんな違うか? 材料はほぼ同じじゃねーの?』とか言ってて、響香ちゃんが文句言おうとしてたんだけど、それより先に黄彩くんが『イケメンも君も材料って意味ではほぼ同じでしょ。そういうこと』と回答して、私は凄く納得したし、上鳴君は凹みながら納得してた」

 

 

 

010 透ちゃん、黄彩くん

 

 

 

「自然派化粧品の店で昆布の化粧水を薦められた時、『ほとんど水と昆布からできてるんですよー』と店員さんが勧めてたけど、それはもしかして出汁なのでは……」

 

「うにゅ、美味しくなりそうだね。っていうかその化粧水に味噌入れて煮てみたい」

 

 

 

011 使駆くん、響香ちゃん

 

 

 

「ラピュタの思い出といえば、小学生の頃に居眠りしててラピュタの夢を見てた最中に起こされたから、起きてとっさに『シイイタアアアアア!!!!』って叫んだら、隣のクラスから響香が間髪入れずに『パズウウウウウウウ!!!!』って返してくれたこと」

 

「……あったね、そんなこと」

 

 

 

012 黄彩くん

 

 

 

「少学生の頃、ボクをオカマだのなんだの言ってからかってくる男子がいたのね。別に気にしてなかったけど、アイツらはいつも先生や他の女子に注意されたら『冗談だって冗談ー!』と弁解してやめず、さすがにウザいなーって思ってたら、きょーかがそいつらの筆箱を全力で壁に投げつけて壊して、『冗談だ。笑えよ』って無表情で言っていたのが最高に格好良かった」

 

 

 

013 プレゼントマイク

 

 

 

「オールマイトが『私、中学生の頃に「かめはめ波が打てそうな男子」2位に選ばれたことあるよ』と言い出した。1位がすげぇ気になる……」

 

 

 

014 緑谷少年、オールマイト

 

 

 

「オールマイト、なんで地球は丸いんでしょうね……」

 

「誰も端っこで泣かないようにするためさ!」

 

 

 

015 ミッドナイト、イレイザー

 

 

 

「やばいやばいやばいやばい! オールマイトがやばくてっ! なんていうかヤバかったみたいなんだけど……、とにかくもうヤバくて!! とにかく!!」

 

「……まず結論から言ってください」

 

「オールマイトがプリキュアになったわ!!」

 

「すいません、途中過程もお願いします」

 

 

 

016 響香ちゃん

 

 

 

「女性は男性にハグされるとストレスが三分の一減るって話を聞いてから黄彩が今までの三倍抱きついてくるようになった」

 

 

 

017 ミッドナイト

 

 

 

「黄彩くんから『作ってみた』と言われて、手のひらサイズのラップに包まった御萩を貰った。

 と思ったけど、御萩に見えたそれはチョコだった。でも表面とかボコボコしてて、濃い茶色と薄い茶色がまだらになってるから、御萩にしか見えない。もしくは石。

 試しに20cmの高さから机に落としてみたら鈍い音がした。

 爪で字を掘れるかも知れない、と思ったけど爪すら食い込ませることができなかった。

 こんな物に歯が立つわけが無いと思って、 誰もいない廊下にて野球の要領で大きく振りかぶってその物体を投げ、 壁に当てたけど傷一つつかない。私の心と壁に傷がついた。

 どう扱えばいいか解らなくなってランチラッシュに相談したところ、『セメントの疑いがある』と言うので、オールマイトに殴りまくって貰ったら、幾つかに割れた。

 ほのかにチョコレートの匂いがするから、小さい欠片を口に入れてみたけどチョコレートの味はせず、 しかも何時まで経っても溶ける気配がない。

 最終的にものすごく申し訳ないと思いつつ、駐車場脇の花壇に穴を掘ってチョコを埋めて供養したんだけど、あんな鉱物レベルの物体をどう錬金したのかがしばらく気になって仕方なかった」

 

 

 

018 振り込め詐欺の対応

 

 

 

1、無言で叩き切るイレイザー。

2、「俺だよ俺!」に「バウッバウッ!」で二時間戦い続けたハウンドドッグ。

3、「怖かったから(棒読み)」との理由で般若心経を唱え続けたプレゼントマイク。

4、「うちの子は全員死んじゃったのさっ」の後、高笑いしてみせる根津校長。

 

 

 

019 響香ちゃん

 

 

 

「黄彩に『忘れ物ない?』って尋ねると、『忘れ物って忘れてからじゃないと気付かないから今はわからないよね』って言って寮を出る。

 正論かもしれないけど、私が言いたいのはそうじゃない。ちゃんと確認しろ」

 

 

 

020 相澤先生

 

 

 

「芦戸がインフルエンザに罹って、本人も『移ったら悪い』と言って自ら部屋に引きこもった。食事を持ってきて『飯は部屋の前に置いておくぞ』と声を掛けたら、『先生! 違う!!』とキレられた。

 何が違うのかと訊けば、『ノックしてから「105号室、食事だ」って言って』と言い出した。

 独房かここは。インフルでも楽しんでいるようで何よりだが、ヒーロー志望としてそれでいいのか」

 

 

 

021 美香お母さん

 

 

 

「蒼ちゃんからの留守電がいつも『分かったわ、あたし』から始まるのが疑問だったのだけど、最近になって『発信音の後にメッセージを残してください』のアナウンスに返事している可能性に思い至ったわ」

 

 

 

022 梅雨ちゃん

 

 

 

「クシャミした三奈ちゃんが隣にいた響香ちゃんに『ねぇ、ティッシュある?』って訊いて、響香ちゃんは『ったく、なんでティッシュくらい持ってないの。ほら、こっち向け』って鼻にティッシュあててから、『っ!? 間違えた! あんた黄彩じゃねぇ!!』って狼狽えてた。可愛すぎて悶えたわ」

 

 

 

023 相澤先生

 

 

 

「帰れと言われてマジで帰る子供や若者をゆとり世代とか言うが、それをやらかす張本人であるマイクや有製を見ているとアレは真に受けてるんじゃなくて、理不尽で納得いかないからこそ、相手から言質とったんで本当に帰って責任問題にしてやろうっていう反骨精神と行動力の表れだと思う」

 

 

 

024 黄彩くん、響香ちゃん

 

 

 

「ねぇ、きょーか。ケーキを三等分するとして、 0.3333333……じゃん?

 じゃあ残りの0.0000……001はどこに消えちゃうんだろう?」

 

「ナイフに付着してるんじゃないの?」

 

「って疑問に思ったことあるよね。それを解決してくれるのが傑作No.08《この世で最も不要なもの》(超切れる剣)だよ」

 

「……まさかそのためだけに作ったの?」

 

 

 

025 燈パパ

 

 

 

「妻はビルの1階にいてエレベーターで4階に行きたい、今エレベーターは3階にいるという状況になったら、『上』ボタンじゃなくて『下』ボタンを押して、地下に行ってしまうっていう事をよくやらかす。

 彼女にとってエレベータの上下のボタンは自分の行き先ではなく、『エレベーターを動かすボタン』という認識らしく、この話を聞いてから私も間違えるようになってしまった」

 

 

 

026 芦戸さん

 

 

 

「ヤオモモが駅前でナンパされて、ナンパ男に『お姉さん胸おっきいね! いくつあるの?』と言われて『2つですわ』と答えてた。私の腹筋は無事死亡」

 

 

 

027 核融合の魔法少女

 

 

 

「『人は神から乗り越えられない試練は与えられない』って言葉は大っ嫌いだった。家族の事とか悪との戦いの事で、嫌だ、逃げたいって思ってるあたしを弱い、ダメな奴って叱りつけてるとしか思えなかったから。

 けど、友達になった理不尽の魔法少女にそのことを話したらあの子は、『つまり、乗り越えられないものは神が与えた試練じゃなくて、ただの理不尽ってことでしょう? なら、逃げていいんだよ』って言ったから、今では逆に好きになった」

 

 

 

028 響香ちゃん

 

 

 

「常闇、ムニエルは天使の名前じゃないよ……」

 

 

 

029 黒霧

 

 

 

「『ホットケーキは冷めたら何と呼ぶべきか問題』をあの方から提起され、『コールドケーキ』『常温ケーキ』『ぬるいケーキ』など連合間での温度差が激しかった所に荼毘が提唱した『ほっといたケーキ』が満場一致で採択されました。

 今日もヴィラン連合は平和です」

 

 

 

030 黄彩ちゃん、響香ちゃん

 

 

 

「下着何色? って質問は相手が下着を穿いてる前提で行われる質問だから偏見だと思う」

 

「ちょっと待て」

 

 

 



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芸術家達の戯言教室、四時間目。

 

001 切島

 

 

 

「砂藤のやつ、『お前はそんなことを考えなくていいんだよ!!』って、『糖質を考えたシュークリーム』って商品に叫んでた」

 

 

 

002 燈パパ

 

 

 

「パソコンを完膚なきまでに破壊し尽くした妻の迷言」

『確かに壊したけれど、自身には一切のダメージもないし、けっこう機械に強いと言えるわ、あたし』

 

 

 

003 使駆くん

 

 

 

「まだ頑丈なスマホがなくてガラケーを使ってた俺に、響香が『いい着メロがあったからあげる』ってメールを送ってきた。そのメールに添付されたデータを開いた途端、『は・か・た・の塩!!!!!!!!!』って大音量で流れて周りのクソ野郎どもを笑い死にさせたんだが、あの殺人鬼は元気にやってんだろうな」

 

 

 

004 ミッドナイト先生、響香ちゃん

 

 

 

「いいこと。好きな男をかっこいいじゃなく可愛いと思い始めたら、大体そいつはダメ男になっていくから気をつけなさい。かっこいいっていうのは常にかっこよくないといけないから、ふとダサい一面が見えたら目が覚めるもんだけど、可愛いだとどんなダメな一面を見ても『そんなところも可愛い♡』って許しちゃうから注意」

 

「ごめんなさい、もう手遅れっす」

 

 

 

005 響香ちゃん

 

 

 

「初対面の時に黄彩がウチに言ったのは『布をかけるから消えてね』だった」

 

 

 

006 梅雨ちゃん

 

 

 

「やっぱり美形ってどう考えてもチートすぎると思うわ。

 よく清潔感がある人が好きって聞くでしょ? でもシャワー浴びて洗い立ての制服を着た峰田ちゃんよりも、部屋に三日間引きこもっててシャワー浴びてない有製ちゃんの方が清潔感あるもの」

 

 

 

007 裂那ちゃん

 

 

「高校生の時に授業で聞いた、『平和主義者には貧乳の人が多いんですよね。何でかって? そんなの、揉めないからに決まってるじゃないか』って言葉が今でも忘れられないし、オレを含めて貧乳を見ると『あいつは平和主義者か……』って思って貧乳のことを平和主義って呼ぶようになってしまった事が響香にバレて、眉間にイヤホンジャックぶちかまされた」

 

 

 

008 使駆くん

 

 

 

「被身子が『この間、とってもかぁいい子と知り合ったんです! もうとってもかぁいくて、目がぱっちりしててですね、顔の半分が目でした!』って言ってたんだが、多分それ妖怪だ」

 

 

 

009 黄彩くん

 

 

 

「道徳的な龍が昨日行方不明になって、今日の朝、いい匂いになって帰ってきた。……誰?」

 

 

 

010 上鳴くん、黄彩くん、響香ちゃん

 

 

 

「オレに彼女を作る方法を教えてくれ」

 

「肋骨抜いて女の子産めばいいんじゃない?」

 

「神かあんたは」

 

 

 

011 ミッドナイト、相澤先生

 

 

 

「黄彩くんと歩いてたら男にナンパされたわ。でも声をかけられたのは黄彩くんの方だった」

 

「仕事してください」

 

 

 

012 透ちゃん、梅雨ちゃん

 

 

 

「この間ねっ、いきなり服脱いで全裸になって、思いっきり拳を天に掲げながら『我が生涯がいっぺんに台無し!!』って叫んでるヴィランがいたよっ! Mt.レディが個性も使わずに殴り飛ばしてた!」

 

「透ちゃん、あなたもそうならないよう気をつけなさい」

 

 

 

013 上鳴くん

 

 

 

「耳郎に『男って女の外見と中身しか見てないじゃない』って怒られたんだけど、外見と中身以外どこ見りゃいいんだ?」

 

 

 

014 梅雨ちゃん、響香ちゃん

 

 

 

「実は私、小学校の頃、再生紙使用の教科書をみて『再生するの!?』と、感動して教科書をやぶったことがあるわ」

 

「使駆と黄彩がおんなじことしてたけど、多分あの二人は単に授業が嫌だったんだろうな」

 

 

 

015 響香ちゃん

 

 

 

「すっごいどうでもいい話なんだけど、でかい塊肉がプリントされたTシャツ着てたら、道徳的な龍に二度見された挙句、『キュ〜』っていう悲しげな鳴き声をあげられたことがある」

 

 

 

016 黄彩くん

 

 

 

「スカート短くしたり胸元開けて寒いとか言ってる女子高生とかよりも、フワフワしたの苦手〜って言いながら渋々厚着してるきょーかの方が一億倍可愛い」

 

 

 

017 梅雨ちゃん

 

 

 

「みんなでほん怖を見ていたのだけど、捨てても捨てても戻ってくる呪いの人形を見てお茶子ちゃんが「人形捨てるの? 売ればいいのに。戻ってきたらまた売れば無限財産!」って言ってて、本当に怖かったわ」

 

 

 

018 燈パパ

 

 

 

「黄彩が幼いころ、『パパこれ読んで〜』と絵画集を持ってきて、絵画の蘊蓄(うんちく)言えるかな大会が勃発した」

 

 

 

019 蒼ママ

 

 

 

「授業で踏み絵を習ったときは、さっさと踏めばいいのにってずっと思ってたのよ、あたし。でも黄彩を産んだ今なら、その絵が黄彩のものでなくとも殺戮を起こす自信があるわ、あたし」

 

 

 

020 相澤先生

 

 

 

「流し見してたTV番組で心霊特集やってたんだが、あのポルターガイストは葉隠の親戚だろうか、とかしか思えなくなっていた」

 

 

 

021 芦戸さん

 

 

 

「クラスのみんなでサイゼ行ったとき、男子達が壁に飾ってある《ヴィーナスの誕生》の絵を見て、 ヴィーナスがBカップかCカップかで白熱した議論を交わしていて、Aカップ判定された響香ちゃんと芸術家の黄彩くんにしばき倒されてた」

 

 

 

022 アダルト響香ちゃん

 

 

 

「三奈に『昨日の合コンどうだった?』って聞いたら『圧勝』って返事が返ってきて、意味がわからず困惑しながら詳しく聞いてみたら『全員酔いつぶして女子だけで盛り上がってきた。相手にならん! もっと強い敵を連れて来い!』って言ってて、一緒に参加してたヤオモモが頭抱えてた」

 

 

 

023 使駆くん

 

 

 

「被身子に正座しろと言われて、俺なんかしたっけかとか思ってたら、膝に頭のせて寝やがった。……寝るのも懐くのもかまわねぇが、硬いだろ」

 

 

 

024 黄彩くん、響香ちゃん

 

 

 

「どうせ死ぬならスカイツリーのてっぺんに突き刺さって死にたい」

 

「……それ、どっから落ちるの?」

 

「え、道徳的な龍?」

 

「道徳的な龍が泣くから絶対やめて」

 

「きょーか、ボクの心配もしてよ」

 

 

 

025 響香ちゃん、三奈ちゃん

 

 

 

「昔黄彩と喧嘩したとき、弁当の中身が栗きんとんのみにされたことがある」

 

「……遠回しな自分アピールだね」

 

「仲直りした後の真相だけど、ムシャクシャして栗きんとん食べたくなっただけみたい。ウチの分の弁当は黄彩の方にいってたんだって」

 

「たまに二人がどんな仲なのかわからないよ」

 

 

 

026 黄彩くん、ミッドナイト

 

 

 

「前にきょーかから『メールの文面が冷たい』って言われたから、マルとテンを全部♥にしたの」

 

「あら、いいじゃない」

 

「メスくさいからやめろって言われた」

 

「あの子、意外と独特なセンスを持ち合わせてるわよね」

 

 

 

027 梅雨ちゃん

 

 

 

「『俺は昨日山手線で3時間カンヅメになってた』『俺なんか東京駅で7時間足止め食った』『駅の階段で寝た』というエクストリーム帰宅自慢大会は、響香ちゃんの『妖精(蒼の人形)と龍(道徳的な龍)に連れ去られた』の一言で閉幕したわ」

 

 

 

028 ミッドナイト

 

 

 

「この前、新しいフワッフワしたワンピースを着た黄彩くんを褒めようと『妖精みたいね』って言おうとして、『要塞みたいね』って言ってしまったのも、今ではいい思い出ね。……黄彩くん泣いてたけど」

 

 

 

029 響香ちゃん

 

 

 

「黄彩が『わーさーびーおーいしっ、まーろーやーかー』って歌いながらパン生地こねてるんだけど、なんかいろいろ勘違いしてると思う」

 

 

 

030 峰田

 

 

 

「有製の野郎から『衝撃のセミヌード! 少女から大人へ変わる瞬間を激写! 「私、脱いだら凄いんです…」艶やかな肢体にクリクリした大きな目! 今まで永らく埋もれていた逸材はこの恥辱のデビューで大空へ羽ばたく!』の煽り文句で脱皮する瞬間のセミの写真を送りつけられたぜクソゥ!!」

 

 

 

 



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インターン篇
第六十一話 三年生の事故紹介と集団手合


001

 

 

 

 仮免許試験を終えた一年A組に知らされたのは、緑谷と爆豪の謹慎処分だった。

 

 とまぁ、黄彩がそんなことに興味を持つはずもなく。それから三日後。

 

「あーー……。あーー……」

 

 珍しく目の下に隈を作り、まるでゾンビのように呻き声を上げながら、響香の背負われていた。

 

「ねえねえ、黄彩君どったの?」

 

「あー……」

 

「遅れて来た全身筋肉痛だってさ。後でリカバリーガールのとこに連れてく」

 

「ふーん。へー……」

 

 響香の話を聞き、芦戸は悪どい笑みを浮かべた。

 

「それ!」

 

 それは動けない者への嫌がらせの定番、くすぐり。

 

「あにゃっ、……なに」

 

「あっれぇ、思ってた反応と違う……。子供ならみんな効くと思ってたのに!」

 

「うにゃ、ボクを子供扱いしないで。口の聞けない身体にするよ」

 

「ウチの背中で物騒なこと言うな。席についたから下ろすよ」

 

「うん〜」

 

 響香に地に下された黄彩は、痛む身体に鞭を打って腰を椅子につけ、机に突っ伏した。

 

 

 

002

 

 

 

「おい有製、サボるよかマシだが、寝てるだけなら欠席扱いにするぞ」

 

「い〜よ〜。そんなことより疲れたし寝た……」

 

「「「「寝た……」」」」

 

 黄彩の寝落ちと共に、朝のホームルームが始まった。

 

「……おはよう。じゃあ緑谷も戻ったところで、本格的にインターンの話をして行こう」

 

――インターン。

 簡潔に言って仕舞えば、職場体験のグレードアップ版であり、実際に働いたり訪問したりすること。

 

 だが、そんな基本的なことを説明する気は相澤にはないようで。

 

「じゃあ入っておいで」

 

 と、ドアの方に声をかけた。

 

「職場体験と、どういう違いがあるのか。直に経験してる人間から話してもらおう。心して聞くように」

 

 やって来たのは、現雄英生でトップに君臨する三人の三年生。

 

「通称、ビック3(スリー)の皆さんだ」

 

 つぶらすぎる瞳とミスマッチな、筋肉質な肉体の光属性な男子生徒に、目と耳が尖った威圧的な、(病み)属性な男子生徒、ねじれた水色ロングヘアの、不思議ちゃん属性(黄彩、蒼の同類)の美少女だった。

 これまでの経験からこれらを即座に見抜いた響香は、黄彩の好みそうな二人を見て辟易とする。

 

「じゃ、手短に自己紹介よろしいか? まず、天喰(あまじき)から」

 

 相澤に指名された、闇属性な男子は何も言わず、ただ思いっきり睨みつけた。A組一同は怯え鳥肌を立てる。

 

「…………だめだ。ミリオ、波動さん。じゃがいもだと思って臨んでも、頭部以外が人間のまま、依然人間にしか見えない……。どうしたらいい……、言葉が、出てこない……」

 

 意外すぎる言動に、畏怖も忘れ皆々首を傾げる。

 

「頭が、真っ白だ……。辛い、帰りたい……」

 

「「「「ええ……」」」」

 

 ただの人見知り、あがり症らしい。

 

「あー! 聞いて天喰くん! そう言うの、ノミの心臓って言うんだって! ねー人間なのにねー! 不っ思議ぃー!」

 

 完全に壁の方へ顔を向けて震え上がっている天喰をまるで嘲笑うかのような言動を、そしらぬ顔で美少女は放つ。

 

「彼はノミの天喰(あまじき)(たまき)、それで私が波動ねじれ。今日はインターンについてみんなにお話しして欲しいと頼まれて来ました」

 

 突如、まるで優等生のように話し始めたが、しかし響香の目が節穴であったというはずもなく、彼女は「けどしかし」と、その場から動き出す。

 

「ねえねえ、ところで君はなんでマスクを? 風邪? お洒落?」

 

「これは、昔――

 

「あらぁ! あとあなた轟くんだよねぇ! ねぇ! なんでそんなところを火傷したの?」

 

「それは――

 

「芦戸さんはそのツノ! 折れちゃったら生えてくる? 動くのねぇ!」

 

「あの――

 

「峰田くんのボールみたいのは髪の毛? 散髪はどうやるの?」

 

 聞くだけ聞いて答えを聞かず、一網打尽に質問攻めしていく様子に相澤は静かに青すじを立て始める。

 

「蛙吹さんは雨蛙! ヒキガエルじゃないよね? 耳郎さんはイヤホンジャック! パソコンにつないで操作とかできるの?」

 

「……やばい、この人蒼さんレベルかもしれない」

 

「この人と同レベルの黄彩くんのお母さん、むしろ何者?」

 

 響香はこれまで出会って来た天然記念物達を脳内で羅列し、黄彩の母の隣にこの青髪美少女を並べた。

 

「うん〜、どの子もみんな気になるところばっかり! 不思っ議ぃ〜!」

 

「うにゃ、……うるさい」

 

 疾風怒濤の不可思議弾幕に、ついに我らが不思議系、黄彩が目を覚ます。

 

「君は有製くん! 芸術家なのにヒーロー科なのはどうして? どうしてそんな子供みたいな身体なの? 身体は子供、頭脳は大人!?」

 

「……ふわぁ、……、ん、誰?」

 

「ん?」

 

「「……?」」

 

 波動の波動をものともせずに、欠伸をしてからようやく波動を認識した黄彩は首を傾げ、つられて波動も首を傾げた。

 

「……合理性に欠くねぇ」

 

 疾風怒濤が鳴り止み、すっかり静かになったところで相澤は三人目を睨みつけながら言う。

 

「ッイレイザーヘッド! 安心してください! 大取りは俺なんだよね!」

 

 光属性な男子は冷や汗を流しながら応じる。

 

「前途〜?」

 

 静まりかえった空間をさらに真空にしたかのような状況が一瞬で生まれた。

 

「多難〜っつってね! よーっし! 掴みは大失敗だ〜!!」

 

 一発ギャグが滑り倒した羞恥心を誤魔化すように、光属性くんは腹を抱えて笑った。

 

「……まぁ、何がなにやらって顔してるよね。特に必修というわけでもないインターンの説明のために現れた三年生だ。そりゃわけも無いよね。うーん、一年から仮免取得、だよね。うん。今年の一年ってすごく、元気があるよね」

 

 光属性くんはクラスの一人一人を見渡しながら、考える。

 

「うん! 君たちみんな纏まって、俺と戦ってみようよ!」

 

「「「「え、えええ〜〜!?!?」」」」

 

 急な想定外の言葉に、A組一同は叫ぶ。

 

「俺たちの経験を、その身で経験した方が合理的でしょう? どうでしょうね、イレイザー・ヘッド」

 

「……好きにしな」

 

 結局、光属性くんの名前は分からずじまいだった。

 

 

 

003

 

 

 

 場所を移り、体育館γ。全員体操着に着替えて集まった。

 

「あの〜、マジっすか?」

 

「マジだよねっ」

 

 瀬呂が尋ねれば、光属性くん――通形ミリオは笑顔で答える。

 

「……ミリオ、やめたほうがいい。インターンについては形式的に、こういう具合にとても有意義ですと、語るだけで十分だ。みんながみんな、上昇志向に満ち満ちているわけじゃない。……立ち直れなくなる子が出てはいけない」

 

「え……」

 

 相変わらず顔を壁に向けたままの天喰の言葉への反応は、生徒それぞれ。

 

「あ〜! 聞いてー知ってるっ! 昔挫折しちゃって、ヒーロー諦めちゃって、問題起こしちゃった子がいたんだよ。知ってた〜?」

 

 芦戸のツノを弄りながら、波動は語る。

 

「大変だよねー通形。ちゃんと考えないと、辛いよー。これは辛いよー」

 

「おやめくださいぃ……」

 

 波動と天喰の言葉が、心の暑苦しい部分に火をつけた。

 

「待ってください。俺たちはハンデありとはいえ、プロとも戦っている」

 

「そしてヴィランとの戦闘も経験しています! そんな心配されるほど、俺ら雑魚に見えますか!」

 

 常闇、切島の言葉にも、通形は頷く。

 

「うん。いつどっから来てもいいよね。一番手は誰だー?」

 

 煽りなのか天然なのか、三人の言葉は常々油を注ぐ。

 

「お前ら、いい機会だ! しっかり揉んでもらえー!」

 

 相澤の言葉とともに、戦いは始まった。

 

「近接隊は一斉に囲ったろうぜ!」

 

「よっしゃ!」

 

 全員、臨戦態勢に入る。

 

「そいじゃぁ先輩、せっかくのご好意ですんでご指導をっ! よろしくお願いしまーっす!!」

 

「作品No.33《シトリング=ラフィ》、13《若者》」

 

心拍鳴音(ハートハウリング)、形状記憶、耳郎響香」

 

 真っ先に飛び出したのは、成長した姿へと成長、変態した黄彩と響香。そして緑谷だった。

 

「「んなっ!?」」

 

 そして、響香と緑谷、他にも女子達は思わず足を止めてしまう。

 

――通形の服が身体を透け、落下した。

 

「命見知らず、後遺症はなしで行こうね」

 

 お構いなしに、シトリング=ラフィは両腕の刃で斬撃を繰り出す。

 回転するように振るわれた凶刃は、しかし一撃も当たらずに通り抜けた。

 

「ウフフ、なるほどね」

 

 続いて、緑谷の蹴りも響香のイヤホンジャックも、まるで空を切ったかのように通り抜ける。

 

「すり抜ける個性っすよね。あいっ変わらずチートくさいなぁ」

 

 大人になった響香は過去(現在)のことを思い出しながら苦笑を浮かべる。

 

「揃って顔面かよ」

 

 通形は笑って言う最中にも、顔面をテープとビームと酸が貫通する。

 

「っ待て! 居ないぞ!」

 

 飯田が叫び、攻撃の手を止めさせると、そこには通形はいなかった。

 

「作品No.06《苦難の左手》」

 

 姿が消えようと瞬間移動しようと、敷地内は黄彩の射程。岩山を削って出た巨大な左手の握り拳が、さっきまでとは別方向に飛来していく。

 

「おーっと危ない危ない! 君は後ろにも目があるんだね」

 

「ウフフ、ボクの目は地中にだって届くのさ。傑作No.08《この世で最も不要なもの》」

 

 苦難の左手だったものが、無数の剣へと変化し襲いかかる。が、やはり当たらずに全て地面に突き刺さった。

 

「ワープにすり抜けって! どんな強個性だよぉ!!?」

 

 追い回し、攻撃したところですり抜けてしまう。近接を得意とする面々も、遠距離を得意とする面々も、攻撃される前から悲鳴をあげてしまう。

 

「……違う。ミリオの個性は、決して羨まれるような個性じゃない」

 

「黄彩と同じ、努力と才能と技術でカバーすることで真価以上の力を発揮するタイプ」

 

「つまりどう言うことアダルト響香ちゃん!!」

 

「黄彩並の化け物ってこと! あとその呼び方やめろ三奈!! ――実体音響、荒波!!」

 

 響香は前傾姿勢に姿勢を低くし、実体を持つ音の波を通形だけの方向に放つも、透けて地中へと消えていって躱される。

 

 音も酸も超パワーも影もビームもテープも何もかもが通り抜けていく。

 

「ウフフ、どうしよっかなぁ。黄金の国(ハートフルピースフル)がいれば、どうってことないのだけど」

 

 遥かに少ない運動量ながら息を乱している黄彩は、戦場から一歩引いたところで策を練り始めた。

 



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第六十二話 三年生の蜜蝋殺人と自己紹介

001

 

 

 

「うう……」

「ゲホッ、ゲホッ」

「あぐぅ……」

 

 死屍累々。あるいは一網打尽と言った様子だ。

 黄彩を除いた全員が腹パンされ、うずくまっている。

 

「あとは君なんだけど、なんだ諦めたのかい?」

 

「ウフフ、そんなわけがないだろう? ボクの響香をこんな目に合わせたんだ。ただじゃ帰さないとも。傑作No.02《失敗》」

 

 黄彩は地面から生えるようにしてできた玉座に腰掛ける。

 

「傑作No.04《ハニードール》」

 

 続けて、黄彩は変態した姿からさらに自分の体を変化させる。

 

――ハニードール。

 黄彩のいくつかある身体のうち、最も幼い子供の姿。幼女は幼女でも、まごうことなくそれは美幼女であった。

 

「ウフフフフフフフ。さぁ、ボクを殴ってごらんなさい? 途端水風船みたいに弾けてボクは即死するのだわ」

 

 既に勝ち誇ったような表情で語る美幼女は、低い視線でミリオを見下す。

 

「うーん、弱ったなぁ。流石にこう言うの、ヴィランでもヒーローでもなかなかいないからなぁ」

 

 相澤も、天喰も、波動も目を丸くしている中、元々丸い目を持つ通形は日幼女へと歩み寄る。

 

「えい」

 

「ギャン!?」

 

 通形は軽めにチョップした。つもりだったが……。

 

「「「んな!!」」」

 

「うわー!?!?」

 

 美幼女が言った通り、その身は水風船のように弾け、血飛沫が飛び散った。

 

「……おい有製、流石に冗談、だよな」

 

 相澤も心配半分、疑問半分に口にすると、案の定あのわざとらしい笑い声が聞こえてくる。

 

「ウフフフフフ、あーあ、ダメだったかー」

 

 と、笑いながら現れたのは黄彩は黄彩でも女体化状態の黄彩であった。

 

「傑作No.04、ハニードールはね、弱さと儚さの作品なんだ。とっても繊細で、壊れやすい。蜜蝋のワイングラスみたいにね」

 

 黄彩は血みどろになった玉座から肉片をかき集めて死体の山にする。

 

「あ、あの、これは」

 

「ウフフ、心配なんていらないぜ。全くわかってたろうに。――傑作No.15《ボク》」

 

 慌てふためく通形を無視して、黄彩は死体の山で工作する。

 

「ウフフフ、三途の川から一本釣りされちゃったよ。ただいま、ボク」

 

「おかえり、ボク」

 

――黄彩をヴィランにできない理由は二つあり、その一つが捕らえておく手段がイレイザー・ヘッド以外にないこと。もう一つが、殺しても簡単には死なないことだ。

 

「「ウフフ。さあ、第二ラウンドだ」」

 

 

 

002

 

 

 

 瞬殺だった。

 

 二人に増えようと、二億人に増えようと、きっと結果は変わらなかっただろう。

 

 黄彩が蘇ったと理解した途端に通形は気を取り直し、それでも加減に加減を重ねた腹パンで黄彩二人を気絶させた。

 

「ギリギリちんちん見えないよう努めたけど、すみませんね女性陣! っとまぁ、こんな感じなんだよね」

 

「訳わからず、全員腹パンされただけなんですが……」

 

「ボクなんて一回死んだよ。もぅ……」

 

 全員、腹を抑えて話を聞くどころの様子ではなかった。

 気絶した黄彩もすぐに気を取り戻し、一人に戻ることでなんと語っているが、それも響香の支えあってのことだ。

 

 

 十分ばかり休憩を挟み、それから話が再会された。

 

「俺の個性、強かった?」

 

「強すぎっす!」

「ずるいや! 私のことも考えてっ!」

「すり抜けるしワープだし! 轟みたいなハイブリッドですかー!?」

 

 通形の言葉に、何人も食いつく。

 

「いや、一つ! ――、」

 

「はーい! 私知ってるよ個性! ねえねえ言っていい? 言っていい?」

 

 説明しようとしたところを、波動が割り込んできた。

 

「透過!」

 

「……波動さん、今はミリオの時間だ」

 

 そして勢いそのままに、満面の笑みで言ってしまった。

 

「そう、俺の個性は《透過》なんだよね。君たちがワープと言うあの移動は、推察された通りその応用さ。えと、ごめんて」

 

 なぜか遮られた側なはずなのに、頬を膨らませてむくれている波動に通形は謝る。

 

「全身で個性発動すると、俺の体はあらゆるものをすり抜ける。あらゆる、つまり地面もさ」

 

「っは、じゃああれ、地面に落っこちてたってこと?」

 

 あれとは、響香の攻撃すら躱した地中に消えていく技。

 

「そう、地中に落ちる。そして、落下中に個性を解除すると、不思議なことが起きる。――質量のあるものが重なり合うことはできないらしく、弾かれてしまうんだよね! つまり俺は、瞬時に地上へ弾き出されてるのさ。これがワープの原理。体の向きやポーズで角度を調整して、弾かれた先を狙うことが出来る!」

 

「ゲームのバグみたい」

 

「言い得て妙!?」

 

 芦戸の心ない発言に、通形はわずかながらダメージを受けた。

 

「攻撃は全て透かせて、自由に瞬時に動けるのね。やっぱりとても強い個性」

 

「いいや、強い個性にしたんだよね」

 

 蛙吹の言葉に、通形は笑みを深めながら言う。その言葉に、さっき一網打尽にされた一同は怪訝そうな表情を浮かべる。

 

「ウフフ、きょーかが言ってたでしょ。本来ボクの図画工作と同じく、透過の人の個性は戦闘には全く不向きな個性だよ」

 

 と黄彩が語るものの、通形にしても黄彩にしても、弱い時を見ていないが故に理解よりも謎が深まる。

 

「個性発動中は、肺が酸素を取り込めない。吸っても、透過しているからね。同様に鼓膜は振動を、網膜は光を透過する。……あらゆるものがすり抜ける。それは、何も感じることができず、ただただ質量を持ったまま、落下の感覚だけがある。そういうことなんだ」

 

「ウフフフ、重力まではすり抜けられないみたいだね」

 

「うん、そうなんだね! そんな感じだから、壁一つ抜けるにしても、片足以外発動、もう片方の足を解除して設置、残った方の足を発動してすり抜け。簡単な動きにも、いくつか工程がいるんだよね」

 

「あ、そう言う意味じゃ、工程を省略する黄彩とは、個性は似たタイプだけどやってることは逆なんだ」

 

「きょーか、なんかそれだとボクが何にも考えてないみたいになってる」

 

「……考えてるの?」

 

「……きょーかのバカ」

 

「はいはい、ごめんごめん」

 

 響香や黄彩は冗談めかして話しているが、二人以外はその個性の使い勝手の悪さに慄く。

 

「そう、案の定俺は遅れた。ビリッケツまであっという間に落っこちた。服も落ちた。この個性で上にいくには、遅れだけはとっちゃダメだった。……予測! 周囲よりも早く、時に欺く! 何より予測が必要だった。そして、その予測を可能にするのは経験。経験則から予測を立てる。長くなったけど、これが手合わせの理由。言葉よりも経験で伝えたかった。インターンに置いて我々は、お客ではなく一人のサイドキック、プロとして扱われるんだよね。それはとても恐ろしいよ。プロの現場では、時に人の死にも立ち会う。けれども、怖い思いも辛い思いも全てが、学校では手に入らない一線級の経験! 俺はインターンで得た経験を力に変えて、トップを掴んだ! ……ので、怖くてもやるべきだと思うよ! 一年生!」

 

 満面の笑みで語り切ったと言う風の通形ミリオに、拍手が送られる。

 

「そろそろ戻るぞ。挨拶!」

 

「「「「ありがとうございました!」」」」

 

 

 

003

 

 

 

 放課後、職員室。

 

「うちの生徒に、インターンの、()()? まだ募集すら掛けてないでしょう」

 

 根津校長から相澤に、一通のメールが転送された。

 

 内容を要約すれば、つまりは黄彩にインターンに来て欲しいという内容だった。

 

「差出人は、……不可思議(ふかしぎ)可思議(かしぎ)? で、読み方あってます?」

 

「それであってるのさ。一年生が仮免許取得というだけでも異例なのに、その上インターンが依頼された。しかも彼、いや彼女かもしれないけど、ネット界隈じゃそこそこの有名人でね」

 

「……聞いたことの無い名前なんですが」

 

「人呼んで《売らない現代文豪》、ペンネーム不可思議(ふかしぎ)可思議(かしぎ)。ファンタジーに始まり、サイエンスフィクション、ノンフィクション、ホラー、ミステリー、ラブロマンスと、幅広く活動している小説家なのさ!」

 

「……色々突っ込みたいんですが」

 

「一つずつお願いね」

 

「じゃあ、売らない現代文豪とは」

 

「そのままの意味さ。売らない、つまりはお店じゃ売ってない。十分以上に売り物になるだけの内容の小説を、自前のホームページに投稿していて、広告費から収入を得てるみたいだよ」

 

「……まぁ、その小説家からインターンが来たのは」

 

「その辺、残念ながら謎だね。僕としては、君と有製君の判断に任せたいところだけど」

 

「……とりあえず、近々個別で話してみます」

 

「任せたよ、イレイザー・ヘッド」

 

 新たな面倒ごとの予感に、相澤はゆっくりと頷いた。

 



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第六十三話 千葉県の銀翼襲来と作家不在

001

 

 

 

 ビッグ3(スリー)との対面、戦いから二日がたった今日。放課後のホームルームの後、黄彩と響香は相澤に連れられて、会議室にいた。

 

「あの、それで先生、黄彩にお客さんって、なんなんですか?」

 

「『誰なんですか』と聞かないあたり、なんとなく察してるだろお前」

 

 響香が尋ねると、相澤は呆れた様子で言う。

 

「一昨日、有製に非公式だがインターンの依頼が来た。送り主の名前は、不可思議(ふかしぎ)可思議(かしぎ)

 

 ランチラッシュに作らせたフルーツサンド、フルーツ抜きを食べながら黄彩は相澤に尋ねる。

 

「……ねぇ、いんたーんって何? インターネットの亜種?」

 

「大事な話は聞かなきゃ大事になるからちゃんと聞け。……時間が限られてるから簡潔に説明するが、要は職場体験のすごい版だ」

 

「ふーん。……じゃあ、ボクが不可思議可思議のところに行けばいいの?」

 

「ねえ黄彩、その人、もしかして知り合い?」

 

「そうなのか?」

 

 響香が尋ね、相澤も聞くと、黄彩は「あれ、言ってなかったっけ?」と話す。

 

「えっと、黄金の国(ハートフルピースフル)、神刺裂那のことじゃなくて、神刺裂那の生まれた世界の方の黄金の国(ハートフルピースフル)の、言っちゃえば生みの親、みたいな人」

 

 と言っても、二人とも理解ができていないようなので、黄彩は続ける。

 

「ボクにだって作れるものと作れないものがあるからね。例えば世界をゼロから作るのは難しいから、一部を専門家の人に任せることにしたの。不可思議可思議は小説家だからね」

 

「えっとつまり、その人は世界を作れるような個性を持ってるってこと?」

 

「んーん、作ったのはボク。不可思議可思議には創成期から神刺裂那誕生の百年前までの世界観を小説で書いてもらったの。それを設計図にボクがシミュレーション仮説の応用で作って、それからなんやかんやで黄金の国が生まれたの」

 

「……あー、もうなんでもいいが、とりあえず顔見知りなんだな?」

 

「うにゃ、まあ会ったのは合宿の前だけどね」

 

 黄彩が暗に語っているのは、あったことはあるけどぶっちゃけあんまり覚えてない、ということだ。

 

「その不可思議可思議が、もうすぐここに来る。非公式とはいえ、()()()()()()でインターンの依頼だ。そう無依にも扱えない。しかし得体の知れない相手なのも事実。故のこの場だ」

 

「ヒーロー名義なのに、得体が知れない?」

 

 響香が尋ねれば、相澤は頷く。

 

「ヒーロー名《銀翼》、不可思議可思議はそのサイドキックという立ち位置になってる」

 

 

 

002

 

 

 

「おう! 連れてきてやったぞイレイザー!」

 

 予定から三十分程度遅れて、来客は現れた。

 

「諸事情に非常事態が重なり遅れました。銀翼こと、白神彩織です」

 

 と名乗ったのは、あと数センチで地面に付くんじゃ無いかというほどに長い銀髪の少女。水でも浴びたのか、髪が湿っている。

 

「予定より三十分も遅い上、不可思議可思議本人はいないのか?」

 

 合理主義者である相澤が睨みつけながら銀翼に尋ねると、さも申し訳なさそうに苦笑いしながら答える。

 

「あのバカは昨日、水風呂で執筆を始めるなんてバカをしまして。恥ずかしい話、盛大に風邪を引いたので、名義上雇い主である私が来た次第です。遅れたのは道中にヴィランに襲われ、全身に血を浴びたのでシャワーをお借りしていました」

 

 彼女をここまで案内してきたプレゼント・マイクの方を見れば、本当のことのようで首を縦に振りながら会議室を出ていく。

 

 プレゼント・マイクが扉を閉めたのを確認すると、銀翼は話し始めた。

 

「改めまして、私の名は白神(しらかみ)彩織(いおり)。《チーム》のリーダーをしています。担任のイレイザー・ヘッドに、芸術家のシトリング=ラフィ、その傑作材料のイヤホン=ジャックですね?」

 

「……え、ウチのことまで知ってんの?」

 

「チームの活動拠点である千葉ではオールマイト以上の有名人ですから」

 

「嘘でしょ!?」

 

「もちろん嘘です。お詫びに飴をあげましょう」

 

 銀翼は冗談めかして笑いながら、長い髪の中を漁り、ハッカ飴を取り出して響香に手渡す。

 

「おい。仲良くお喋りするためにここにきた訳じゃ無いだろう。さっさと本題に入れ」

 

 ただでさえ三十分も遅れている。相澤の機嫌はすこぶる悪かった。

 

「……失礼しました。あの愛おしきバカ、可思議がシトリング=ラフィを招こうとしているのは、……もちろん小説の挿絵を書いて欲しいという下心も多分にありますが、それ以外に、それ以上に、私たちがあなたに興味があるからです」

 

 妖艶に微笑む銀翼に、黄彩以上に響香が顔を赤くさせた。

 しかしその直後の言動に、スッと熱は覚める。

 

「まぁ、ぶっちゃけ好奇心ですね。私たちは全員無個性なのに個性的なバカが集まってますから、貴方のような奇人に興味を持つのは当然でしょう? 身の安全は銀翼、不可思議可思議、人類最賢、メイド喫茶のメイド長、名探偵の名の下に保証しますから、どうか一度だけでも、来てもらいたいのです」

 

 色々と無視できない名前が上がってきた。中でもいろんな意味で浮いているのは、やはりメイド喫茶のメイド長だろう。

 

 相澤としては相手が真っ当なヒーローなら任せるつもりだったが、黄彩は首を横に振った。

 

「やだ。きょーかと一緒にいられなくなるのはやだ」

 

 過去、一週間の職場体験の間会えなかっただけで黄彩は相当参っていた。それこそ、出会い頭に抱きつくどころか張り付くほどに。

 

「でしたらイヤホン=ジャックもご一緒に来てください。名目上インターンという形をとってますし、多少特殊ですが時間相応以上の経験はできるでしょう。チーム一同、とまではいきませんが暇人たちで歓迎しますよ」

 

「うにゃ、それならまあ。きょーか、いい?」

 

「そりゃ、願ってもないチャンスだし嬉しいけど、先生、いいんですか?」

 

 話がいい方向に進んできているが、しかし相澤はその橋をしっかりと叩くタイプの人間だ。

 

「そもそも、インターンを実施するのかさえもまだ決まっていない。今年は異例だからな。……仮に実施するとなったら改めて窓口ができるから、そこから二人を指名する、という形であれば可能だ」

 

「つまり、治安を良くすれば実施できる確率は上がるということですね。これは上がるというものです。――私の名前は白神彩織! 九の因果を身に宿し、九の使命を執行します!」

 

 さっきまでの妖艶としたものではなく、顔から光を放ちそうなほどに明るい笑みを浮かべ、銀髪をまるで翼のようにたなびかせながら、銀翼は会議室から飛び出て行った。

 

「お、おいイレイザー、どうした何があったんだ?」

 

 外で待っていたらしいプレゼント・マイクが顔を覗かせて尋ねる。

 

「ヒーロー活動しに行った。悪いやつでは無いと判断するが、一応追いかけて校門まで案内してこい」

 

「いやいや、もうどこ行ったかわかんねぇくらい飛んでったんだが?」

 

「暇なやつ全員駆り出せ! 客人が迷子とか笑えねぇぞ!」

 

 

 

003

 

 

 

 後日譚。

 本当に後日、雄英高校周辺のヴィランがかなりの数減少し、そしてインターンは実施されることとなった。

 

 黄彩と響香には銀翼、白神彩織からの指名が来て、銀翼の属する慈善団体、チームの本拠地のある千葉へと向かうことになった。

 

 




キャラ紹介
銀翼――白神(しらかみ)彩織(いおり) 18歳
無個性

 埼玉県、川越市出身。
 顔面刺青の彼氏がいて、そのヤカラも同じ組織の一員にして一因。

《チーム》とは彩織と、他八人、合わせて九人の組織であり、ヒーロー免許を取得しているのは彩織のみ。
 元々は無個性で学校でハブられている者達が自然に集まった集団だが、気がつけば拠点を千葉県に移しており、千葉の治安を担うほどの強大な組織になっている。
 メンバーの異名はそれぞれ、《銀翼》《神の落書き》《人類最賢》《禁忌》《名探偵》《美少女》《売らない現代文豪》《永久欠番》《メイド喫茶のメイド長》

 他にも異名を持つものはいるが、チームのメンバーとして名乗るのは概ねこれら。
 彩織の場合、他にも接触絶死(アンタッチ・ブル)、人間寸前の銀翼天使、などがある。

 チームは基本的に世界の裏側、いわゆるアンダーグラウンドで活動していたが、彩織がヒーロー免許を取得してからは表でも正式に活動を始める。

 彩織は普通科の高校を卒業すると同時にヒーロー免許を取得した。
 ヒーロー科に進学しなかったのは、無個性であるが故に進路指導から認められなかったから。
 しかし戦闘能力は異名に恥じぬもので、海のないはずの川越ではよく血の海がよく見られたという。

 チームの全員がこうも強いわけではなく、人類最賢、名探偵、美少女なんかは戦闘能力は一般人と大差ない程度。
 不可思議可思議は黄彩と同レベルで、50m走を走りきれるかどうかという程度。


 余談だが、白神彩織は那由多ユラの休載中の小説からの流用キャラ。というかチームのキャラはみんなそうで、他にも神刺裂那、華々花々、転生の魔女、煌綺太陽、などなど、今作はそういうキャラは多い。

 さらに余談だが、キャラの流用は手抜きであると同時に、登場キャラの完成度の向上にも繋がるため、小説書きとしては一石二鳥どころでは無いほどお得な手法。……だという免罪符を掲げながら書いてます。


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第六十四話 千葉県の殺伐伐採と雄英歓迎

001

 

 

 

「私達チームの縄張り、つまりここ千葉において、個性という異能は単なる身体的特徴にすぎません」

 

 ヒーロー名銀翼こと、白神彩織は、色とりどりな武装集団を前に不敵に笑いかける。

 

「私の名は白神彩織。九の因果を身に宿し、九の使命を執行します」

 

 彩織が名乗りを上げると同時に、長い銀髪を翼のようにはためかせながら突撃する。

 

 チェーンソー、釘バット、包丁、ナイフ、拳銃、鍬、鎌、バイク、木刀、日本刀、鉄パイプ、スタンガン、警棒。一部どこから調達したんだと突っ込みたくなる武器で武装したヴィラン達の中には異形型や、発動系の個性を発動させて威嚇するものもいるが、しかし攻撃手段として見ていないのがわかる。

 

 錆びた金属を擦り合わせるような不快な音を鳴らすチェーンソーも、降るたびにカラカラと鳴る血の滲んだ釘バットも、刃の欠けた包丁も、何もかもが彩織の拳で、足で、髪で、砕かれ潰され、切り刻まれる。

 

 響く悲鳴。轟く絶叫。あるものは肩から先を殴り飛ばされ、あるものは腰を蹴り砕かれ、あるものは服ごと髪で切り裂かれる。

 

「血の雨、肉の山、臓物の丘。ここ千葉では時々見られる光景ですから、インターンを続けるならこれくらいは慣れてください。……とまでは言いませんがせめて、これらから逃げられるようにはなってください」

 

「ご、っごめん、ちょっとトイレ!」

 

「吐くのならその辺で吐いて構いませんよ。どうせすぐに掃除屋が来ますから」

 

「うにゃ、あいっ変わらず、変なところだよね」

 

 かろうじて死んではいないものの、誰も彼も重症なヴィラン達は彩織に投げられ、道路に山のように積み上げられる。

 

「表は平和そのものですよ。その分裏側にしわ寄せが来ているのですが。イヤホン=ジャック、水をどうぞ」

 

「あ、ありがと……」

 

 結局トイレは見つからず、物陰で胃の中を吐き出してきた響香は彩織からペットボトルを受け取り、口を濯ぐ。

 

「我が家まではもうすぐです。頑張ってください」

 

 

 

002

 

 

 

 黄彩と響香は、とりあえず一週間という期限をもうけ、インターンで千葉に来ていた。

 期限を設けたのは、相澤が千葉について調べ、その危険度を見計らったからだ。その期間も、見誤ってると今の響香ならいうのだろうが。

 

「ここが我が家、チームの溜まり場でもある、《樹生(きなり)第三研究所》です」

 

 血と汚物の臭いが蔓延る道の先に待ち受けていたのは、血のように赤く、窓もドアもない、ただただ四角いビルのようなもの。継ぎ目もなければ、表面はまるでプラスチックのように些細な凹凸も見られず、初めて見た響香にはここが空間を切り落としたようにも見えた。

 

 彩織が三度、壁をノックすると、手の触れた位置から波打つように全体へ光が迸り、人が通れるほどの穴が空く。

 

「これ、黄彩の作品じゃ無いよね」

 

「うにゃ、ボクでも作れないよ。材料も仕組みも、さっぱりわかんない」

 

「ほら、ついてきてください。ここまで来るヴィランはそういませんが、それでも安全と言い切れるほどではないので」

 

 彩織に先導されるままに、黄彩と響香はその異形の建造物へと足を踏み入れた。

 

 入ってすぐの廊下も外と同じく、ただただ赤い床と壁と天井が続いている。

 

「後で自由に出入りできるよう登録しますので、今は逸れないでください」

 

「いや、逸れるって言われても、一本道じゃ……、黄彩?」

 

 黄彩は壁に手を触れると、そこから斜め下方向に穴が開き、階段ができる。

 

「ボク、さっさと不可思議可思議とあってくるね。すぐそっち行くから」

 

 と、言い残し、黄彩は地下へと降りて行った。

 

「ここには色々な資料が保管されていますから、必然的にセキュリティも資料の重要度に比例して肥大化していくのです。と、ここがリビング。暇人達が待ちわびていますよ」

 

 突如として現れた、ステンドグラスの嵌め込まれた木の扉。彩織が扉を開き、響香を招き入れる。

 

「えっと、お邪魔します、でいいの?」

 

「うむ、よく来たの、耳郎響香」

 

 と、声をかけたのは、椅子に座って足をプラプラと振りながら湯飲みでお茶を飲んでいる、黒で統一されたゴスロリ姿の少女。

 

「妾は高天原(たかまのはら)七七七(ななみ)。個性は持たぬが、人類最賢ということになっておる。よろしくな」

 

「えっと、雄英高校一年A組、耳郎響香です。よろしく」

 

 想定外な年下の存在に、響香は動揺しつつも名乗った。

 

 そしてもう一人、七七七の向かい側に座っていた少女が振り向きながら笑って名乗る。

 

「あたしは樹生りんご! よろしくねっ、お姉さん!」

 

 響香より少し長い程度の茶髪にリンゴかサクランボのような髪飾りをつけた、リンゴの柄のTシャツに、桃色のミニスカートの少女。

 

「うん、よろしく」

 

「あと他のメンバーは出払っていたり、引きこもっていたりしますが、あなた達のことは伝えています。もうじき、黄彩と可思議も来るでしょうから、そしたら昼食にしましょう」

 

 彩織は響香の分のお茶を淹れながら言った。

 

 

 

003

 

 

 

 赤い階段を下ると、ドアがあるでもなく直接部屋へとつながっていた。

 

 赤なんてうんざりだと言わんばかりの真っ白な壁と床、天井。住宅の機能の全てを一部屋で果たそうとしているのか、薄いカーテンで囲われただけのユニットバスにトイレ、使われた形跡のないキッチン、メモで戸が埋め尽くされた冷蔵庫、ノートパソコンが置かれただけの学習机に、住人である不可思議可思議が寝転んだ豪奢なベッド。

 

「や、来たんだ。シトリング=ラフィ」

 

 雑に染められたのか、金髪と黒髪がまばらになり、生え際は黒一色という美しさのかけらもない、手入れもされていないボサボサの髪の女性が、スマホ片手に起き上がった。裸族なのか、全裸でベッドから降り、恥じる様子を見せずに黄彩の前に立つ。

 

「ん、服きて。あとお風呂入って。臭う」

 

「は? 私だって女なんだけど。男ならご褒美じゃないの? 女の裸と体臭」

 

 不可思議可思議からは汗の臭いが部屋中に充満しており、女の裸といえども、身体中が痩せ細り骨の浮き出ている体には、色気は感じられない。

 

「美少女に限るって注釈を忘れてる」

 

「私が美少女じゃないっていうのならこの世に美少女なんて一人しか存在しないね」

 

「美少女はお風呂サボらないし髪はもっと大事にする」

 

「シトリング=ラフィだって風呂は嫌いでしょ。あーあ、分かり合えると思ったのになぁ」

 

「ボクは誰かに理解を求めたりしない。いいからお風呂入って着替えて。ボクもうお腹すいた」

 

 いつになく不機嫌になる黄彩。可思議は諦めたようにため息をつき、スマホをベッドに放り投げた。

 

「はいはい。ほんと、はいはいってやつだよあんた。絵が下手だったら会いたくなかったよ」

 

「ボクだって、きみみたいな綺麗でなく可愛くなく美しくないやつなんて、小説が面白くなかったら関わりたくなかった」

 

「……」

 

「……」

 

 ジッと、静かに睨み合うこと五秒。表情そのままにお互い背を向け、黄彩はここまで来た階段へ、可思議は浴槽のカーテンの奥へと消えていった。

 

 

 

 




キャラ紹介
不可思議(ふかしぎ)可思議(かしぎ)
本名不明。年齢不詳。推定、十代後半。
無個性。

 ネットに小説を投稿し、広告料で収入を得ている、通称《売らない現代文豪》、モットーは『文句があるなら金を払え』である。
 なお、投げ銭など含め、金銭を彼女に払う手段はないし受け取る気もない。

 無個性であるがゆえに、幼少から決して楽な人生は歩めておらず、その心はすぐさま壊れていった。生まれつき体が弱く、それに引き摺られるように心も弱く、親は相当に苦労して子育てした。

 小説を書き始めたのは中学二年生のときで、その一年前から学校を不登校になり、隙を持て余したが故の軽い挑戦のつもりだった。
 しかし予想に反し、怒涛の勢いで多くのものに見られ、ランキング独走、処女作から書籍化を果たしたものの、しかしそこでまた悲劇が起きる。
 嫉妬した他の小説書き一名によるアンチな感想に可思議は心を痛め、既に売り出された小説を最後に小説は絶版に。以降は全てネットに投稿されるのみとなった。アニメ化、ドラマ化、映画化などと話が来るものの、一円でも金銭が関わる限りは可思議がその話を受けることはない。――それら業界の裏側で呼ばれる名は、最も死ぬべき小説家。

 執筆は何時何処でも急に書き始めるため、食事中や入浴中など、周りの目も自分の身体もお構いなし。スマホ、パソコン、手書きとツールも問わないため、過去には道路にチョークで書き始めたこともあった。

 身体が弱いのに何故か水風呂を好み、風呂は嫌いなのに水風呂には数時間入っていることもある。

 


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第六十五話 千葉県の鉄塔崩壊と神罰対象

001

 

 

 

 響香は彩織率いるチームと共に昼食を終えると、コスチュームに着替えて外に出た。一方で黄彩は可思議と作業するらしい。

 

「食後の散歩ついでに、もう少し千葉を紹介します」

 

 彩織の格好も二人をここまで連れてきたときの私服ではなく、白いワンピースに、手足と胸あたりに鎧のようなものがついたコスチュームに身を包んでいる。

 

 先導する彩織についていくと、さっき道中に死体の山のようになっていたところは完全に清掃されていて、血痕の一つも残っていなかった。

 

「あの、来るときのあいつらってどうなったんすか?」

 

「その辺は掃除屋の仕事ですね。千葉ではああいった惨状の処理は警察ではなく、掃除屋と呼ばれる専門家達が担っています。ヴィランは専用の病院か警察へ届けられてますよ」

 

 しっかり響香の吐瀉物まで片付けられてるし、悪臭も一切なくなっている。ただ水で流したというわけでも無いようで、水溜まりができたり、アスファルトが濡れたりしているわけでも無い。

 

「前もって言っておきますが、千葉の裏側においてああいった襲撃事件はよくあることです。というのも、表が平和過ぎて外からヴィランが集まるんですよね」

 

「平和、過ぎて?」

 

 平和というのは、それこそヒーローが目指す世界と言っていいもの。

 

「魔術探偵八ツ星があるおかげで、消しゴム一つから人間まで行方不明という概念は千葉から消えました。私やカインが殲滅したので、例えばヴィラン連合のような組織は表社会から消えました。他にもりんごちゃんや七七七の情報網で小さな事件まで取り締まることができます」

 

 千葉からは、事件そのものが打ち消され続けてる。故にヒーローの数も減り、外から来たヴィランはたった一つの脅威を恐れて裏へと誘い込まれ、そして群れを為す。

 

「なので、ヴィラン殺しやヒーロー殺しのような異名を持つヴィラン、犯罪者はここにはいません。いるのは大半、がっ!」

 

 と、彩織が急に立ち止まって真横に拳を振るう。

 

「グベラッ!?」

 

「こういう不良崩れヴィラン未満のアホか、私たちでも認知できなかったマジでやばい化け物です」

 

 メリケンサックを握りしめて殴りかかってきた男の顔面を殴ったあと肘打ちで地面に叩きつけ、拳をメリケンサックごと踏み砕く。

 

「うわ……」

 

「さ、行きますよ。私たちがいると掃除屋が仕事できませんから」

 

「忍者かなんか何すか、その人たち」

 

「その認識で構いませんよ。顔を合わせることはありませんから」

 

「はあ……」

 

 響香はこの街の異常さに目眩を覚えつつも、砕けた拳に悶える男から目を逸らして彩織の背を追う。

 

 

 

002

 

 

 

「オォッラァァアアア!!!」

 

 ビルが根元から崩れていく。辺り隣のビルも巻き込みながら、一人の男のかかと落としで地盤も岩盤ももろとも粉砕してしまう。

 

「あの、あれってまさかさっき言ってたマジでヤバいやつ、だったりします?」

 

「いえ、あれはカインの仕業ですね。あーあー、もったいない」

 

 状況に反して、彩織のリアクションはひっくり返った弁当を見たような薄さ。

 

「よく見ていた方がいいですよ。あれが私の恋人、カインです」

 

 彩織は微笑ましいものを見る目で、崩壊していくビルを眺めている。

 

「纏めてぶっ飛べぁ!!」

 

 壊れたビルがさらに壊れ、壊れた残骸がさらに壊れ、壊れた破片がさらに壊れて、破壊し尽くした男の姿があらわになる。

 

 白と銀色の彩織とは対照的に、その男の姿は赤と黒。

 何処ぞの轢殺専門の殺人鬼と同じように、顔面に異国の文字の赤い刺青が彫られていて、服装はジーンズにパーカーというおそらく普段着。

 

 小石ほどに細かくなった破片に混ざって、全身に負傷した、ペストマスクのようなものを着けたヴィランが響香の近くにも落下する。

 

「ヒッ!?」

 

「……イヤホン=ジャック、あなたヒーロー志望なのでしたらこれくらいで怯えていてはいけませんよ」

 

「無茶言わないでください!!」

 

 足元が血と小石、時々ガラス片で染められていく現状に怯えていると、彩織が呆れた眼で突っ込む。

 

「おー彩織、来てたか」

 

「ええ。こっちはインターンで来たイヤホン=ジャック、耳郎響香です」

 

「いん、なんだ? まあいい。俺はカインだ。彩織ともどもよろしくな」

 

 変人たちにインターンはそこまで聞き覚えがないのか首を傾げながら、響香に笑いながら名乗った。

 

 カインは両手にヴィランを引きずっており、集団のトレードマークなのか引きずられる四人ともペストマスクをつけている。

 

「んなことよりこいつらだよこいつら。なんとか八宝菜って、座薬? とかなんとかども。ついにこっちまで来やがったぞ」

 

「八宝菜が座薬? 千葉ってそんなのまでいるんすか?」

 

「カインも響香も違いますよ。死穢八斎會(しえはっさいかい)、ヤクザや極道と呼ばれる旧時代の遺産です。例の事件以来活動が活発化しているので警戒していましたが、表から入り込んでくるのは想定外でしたね」

 

 この現場はチームの本拠地周辺のような一般人の近寄らないような場所ではなく、数分歩けば駅のあるような、一般人のいる都会。

 神野区での事件の時のバーも、紛れ込むような場所にあったが、今回はそれ以上に堂々とビル一つをアジトにしていた。

 

「一度戻りましょう。七七七に報告と指示を仰ぎます。カインも来てください」

 

 

 

003

 

 

 

「死穢八斎會。

 

「指定ヴィラン団体一つで、

 

「昔気質の極道、天然記念物などと呼ばれておる。

 

「ヒーローのこう隆盛によってこういったヤクザ組織のほとんどは摘発、解体されておるのだが、

 

「死穢八斎會は小規模ながらも若頭を中心に活発に活動しており、

 

「他の犯罪組織との交流の多さも相まって、裏社会に根強い影響力をもっておる。

 

「今はオールマイトの引退、オールフォーワンの逮捕をきっかけに勢いづき、

 

「ヴィラン連合との接触なんかもしておる。

 

「さてその若頭なのだが、名は治崎廻(ちさきかい)、ヴィラン名、オーバーホール。

 

「重度の潔癖性や洗脳、人心掌握に優れているなど、まぁ語れることは多いのだが、

 

「そんなものリーダーたちは興味なかろう?

 

「其奴の最終的な計画は、個性によって成り立つ現在の社会を根本的に変革すること。

 

「第一段階では組長の孫娘、壊理の個性である巻き戻しを応用して作られた個性を一時的に消滅させる銃弾を開発し、

 

「試作品の銃弾と個性を強化する薬品を市場にばら撒くことでの名売りと資金集め。

 

「そして第二段階では、資金を活用して作るより高性能な個性を消す銃弾と、それを戻す血清の量産体制を構築。

 

「尚、材料には壊理という女子(おなご)の細胞を使用するため、他の誰にも開発に割って入ることは不可能って寸法だの。

 

「個性を消す銃弾をヴィランに、血清をヒーローに売り捌くことでさらに資金を集めるのが第二段階。

 

「第三段階ではさらに集まった資金によって死穢八斎會を裏社会の頂点に立たせ、

 

「同時に、個性を破壊する力により、個性によって成り立つ超人社会の在り方を根幹から揺らがせていく。

 

「それが現在の死穢八斎會の計画であり、その計画は量産前の完成品を作り上げるところまで進行しておる。

 

 

 チマチマとお茶を飲みながら、七七七は死穢八斎會について語った。

 

「いやいやいやいやいやいやいやいや! なんでそこまで知ってんの!?」

 

 長話に疲れたようで、カインが出した羊羹にかぶりついている七七七に響香は叫ぶ。

 

「言ったであろう? 妾は人類最賢。たかだかヴィラン程度の情報、妾にしてみれば羊羹を作るよりも容易いことよ」

 

「七七七テメェ、羊羹なんて作ったことねぇだろ」

 

「作らずともわかるから最賢なのだよ、かのんちゃん」

 

「ぶっ殺すぞカインだ」

 

「っ!」

 

「くふふ、おお怖い怖い」

 

 本名にちゃん付けで呼ばれただけで、カインは髪が逆立ちそうなほどの殺気を放つ。

 響香が鳥肌のたった腕をさすっていると、彩織が殺気の訳を聞かせる。

 

「カインの本名、祈和(いなぎ)歌夢(かのん)というのですが、その名前が女の子みたいで心底嫌いなんです」

 

「え、それだけの理由で……?」

 

「過去にカインをキャノンちゃんと呼んだ癒し系ツインテールの女の子は、そのツインテールが九尾に増えるという悪夢のような仕打ちを受けました」

 

 彩織の話を聞いてるうちに殺気は止み、響香たちの分の羊羹とお茶の用意をしていた。

 

「我が家の台所はカインが牛耳っています。美味しいご飯が食べたければ、是非とも仲良くすることをお勧めします」

 

「……あんな光景見せられて喧嘩売るとか無理っす」

 

 

 

 




キャラ紹介
高天原(たかまのはら)七七七(ななみ) 十四歳、女。
無個性。

 小学生の頃は人類最賢の小学生の名でテレビ出演したりもしていたが、中学校は義務教育との方向性の違いにより中退。今は私立裏影高校という学校の理事長をしながら、チームの一因としても活動している。

 情報網の広大さは未知数だが、噂では太陽系外にまで届くという噂。

 チームは全員無個性で、大半は無個性であるが故に決して人並みの学生時代を過ごせていないが、七七七の場合は個性も無個性も関係なく多を圧倒し過ぎたが故に生きにくい学生時代を過ごしていた。


 チームの古参メンバーで、彩織とは七七七の方から接触。
 知力と暴力と財力と権力の戦争の末に叩きのめされ、それからチームに属することになった。

 所謂ゴスロリという格好を好み、それ以外だと着物やドレスなど、どれも動きにくい服装ばかり。

 のじゃロリを幾らか若くしたような口調は、テレビ出演時のキャラ作りがそのまま染み付いたもの。


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第六十六話 集合体の都内会合と銀翼情報

001

 

 

 

 死穢八斎會の千葉進出。それは彩織達チームにとって、決して無視できる事態ではない。労力と暴力の限りを尽くして平和な街を作り上げたのだ。そこにヤクザが入り込んできているのだ。

 

「戦争です。一網打尽の戦争です。標的は死穢八斎會。老若男女の区別なく、毛髪一本の生存も許しません」

 

 彩織は仕事着(コスチューム)に加えて、白銀の翼の装飾が施された大剣を二本持ち出した。

 

「しかしリーダーよ、いくらうぬとカインといえど、流石に人手が足りないのではないか?」

 

 可思議と黄彩は相変わらず引きこもって作業しているようだが、それ以外。チームの暇していたもの達と彩織、響香はリビングに集合していた。

 七七七は眼鏡を掛けて、タブレット端末を操作しながら彩織に物申した。

 

「仮にりんごと依璃(えり)、刹那まで出したとて、それでも日本各地と言っていいほどに蔓延している奴らを滅するにはまだ手が足りないとは、思わんか?」

 

「そう言うということは、つまり何か手があるのでしょう?」

 

「無いとうぬ一人で潰し回るであろうが。させぬよ、そんなアホみたいな真似」

 

 と言いながら、七七七は彩織にタブレットを手渡す。

 

「妾らが奴らの動きを勘づいているように、ヒーロー達も少なからず警戒を始めており、そっちもそっちで会合、会議がある。あの名探偵と響香も連れて行ってくるがよかろう」

 

「え、ウチも!? さっきからずっと場違いだと思ってたんだけど!?」

 

「あん? 何言ってやがる。ここは場違いと気違いの溜まり場だぞ。七七七が言ってんだ、行ってこいよ」

 

 カインはそう言いながら、響香の背を押す。

 

「ふむ、まあヒーローとの関わりは持っておきたいところでしたし、ちょうど良いですね。響香、きっといい経験になりますよ」

 

「え、ええ?」

 

 度々重なる急展開にもそろそろ動じなくなってきた響香だが、それでも乗り気には見えない。

 

「そうと決まれば、名探偵にも連絡しましょう」

 

 

――魔術探偵八ツ星

 消しゴム一つから全校生徒集団失踪までのあらゆる無くし物に、完全犯罪に見せられた殺人事件、生後一ヶ月の赤子による強盗殺人事件など、千葉に留まらず多くの事件を解決してきた、自他ともに認める名探偵。

 証拠も証言も無い事件までも解決するその手腕から、別名魔術探偵である。

 

 

 

002

 

 

 

 それから四日後。

 千葉から電車で移動し、東京都。

 結局、名探偵は合流するには間に合わず、現地集合することになった。

 

 彩織と響香はとあるビルのミーティングルームに通された。

 

「おや、私たちで最後のようですね」

 

「なっ、緑谷に麗日、梅雨ちゃんに切島!? あと相澤先生まで!?」

 

 そこには、雄英のビッグ3(スリー)に生徒四人、担任の相澤、他にも日本各地のヒーロー達が集まっていた。

 相変わらず小汚い格好で目立っていた相澤が、響香達の方へと歩み寄る。

 

「急に声をかけられたんだ。ざっくりとだが、事情は聞いてる。……お前こそ、なんでここにいる」

 

「さ、さあ……。いい経験になるとかで、連れてこられちゃいました」

 

「実力者との関係は、そのまま己のスペックに加算されます。このような場に参加してコネを広げるのも、悪いことでは無いでしょう?」

 

 ヒーローらしからぬ、ゲームでしか見ないような武器を背負った彩織が不敵に笑いながら言う。

 

 下心隠さぬ彩織を相澤は睨みつけるも、とうの彩織はどこ吹く風。さてどのヒーローから喧嘩を売ろうかと品定めしていると、この場を設けたヒーロー、サー・ナイトアイが姿を現した。

 

「あなた方から提供いただいた情報のおかげで、調査が大幅に進みました。死穢八斎會という組織が何を企んでいるのか。知り得た情報の共有と共に、協議を行わせていただきます」

 

「あの真っ黒師弟、相変わらず遅刻でしょうか」

 

「真っ黒師弟って、まさかそれ例の名探偵のことですか?」

 

 ここに来るまでの道中に名探偵の偉業の数々を聞かされた響香は、あんまりにもあんまりな呼び名に尋ねる。

 

「二人とも髪が真っ黒ですから」

 

「……意外と由来がしょぼい」

 

 

 会議用の机と椅子が用意され、協議が始まった。

 

「えー、それでは始めて参ります」

 

 と、整った場で話し始めたのはサー・ナイトアイのサイドキックである、青肌の女性、バブルガール。

 

「我々ナイトアイ事務所では、約二週間前から、死穢八斎會と言う指定ヴィラン団体について独自調査を進めています」

 

「きっかけは?」

 

 ヒーローの一人が尋ねる。

 

「えー、とある強盗団の事故からです。警察は事故として片付けてしまいましたが、腑に落ちない点が多く、追跡を始めました」

 

「……ありましたね」

 

 と、また別のヒーローが思わず呟く。

 

 バブルガールに続くように、もう一人のサイドキック、スーツの上にムカデの首と頭の男性が語る。

 

「わたくし、センチピーダーがナイトアイの指示のもと、追跡調査を進めておりました。調べたところ、死穢八斎會はここ一年の間に、全国の組織外の人間や、同じく裏稼業団体との接触が急増しており、組織の拡大、金集めを目的に動いているものと思います」

 

「そして、ヴィラン連合とも接触していた、でしょう?」

 

 七七七から聞いて情報を超えるものが出ないことにうんざりした様子の彩織が口を挟む。

 

「資金源は壊理という少女の細胞から作り出した個性を消す銃弾と、それを治す血清。血清の方はまだ完成していないようですが、そちらの雄英ビック3の一人が実際に試作品で撃たれた。他にも個性を強化する薬品なんかもばらまき、知名度と資金を獲得」

 

「「「…………」」」

 

 彩織が語る内容に、ナイトアイ事務所の三人は思わず黙ってしまった。

 

「その情報の根拠はなんだ。出所は。そもそも誰だお前は」

 

 錠前のような耳飾りをつけた男が威圧的な態度で問う。

 

「私はチームのリーダー、白神彩織。ヒーロー、銀翼として活動を始めたのもつい最近、それも基本的に千葉県のみの活動でしたので、皆さんとは始めましてになりますね。どうぞよろしく」

 

「チームだと!? 無個性のチンピラ風情が、そんなデカイ情報を集められるわけねぇだろうが! ガセに決まってらぁ!」

 

「おやまぁ、自分たちの住む地ですら平和に仕切れぬヒーロー風情がなんと喧しい。叩き文句に無個性というワードが真っ先に出るあたり、程度が知れますね。都会は治安が悪くて嫌になります」

 

 激昂する男に対して、彩織は一貫して笑いながら語る。

 

「私に情報を聞かせたのは人類最賢。あなた達の百聞百見以上の信憑性はあると言っていいでしょう。これはここ四日間程で潰した死穢八斎會の支部で見つけてきた押収品、個性を消す薬品の入った弾丸です」

 

 言いながら、彩織はその弾丸が入ったケースをどこからか取り出し机に放り投げる。

 

「おお! そいつぁまさしく、切島クンのおかげで手に入ったやつと一緒や!」

 

 全体的に丸く、坂を転がり落ちそうな体型をしたヒーローが立ち上がりながら叫んだ。

 

「持ち運べるような物品は他にあまり見られませんでしたが、他にもいくつかの薬品を研究所に預け、絶賛研究中というわけです」

 

 サー・ナイトアイが押収品を手に取ると、彩織は要らないからくれてやると言わんばかりに手を振った。

 

「詳しく聞きたい。チームのことはそもそも情報がほとんど見られない故に、我々はどうしても信用仕切れないのでな」

 

 ナイトアイが尋ねれば、やはり彩織は笑い続ける。

 

「……少々、喋り疲れましたね。――あられ」

 

 彩織の呼んだ言葉は、お菓子のことではなく、人の名だ。

 

 扉が開かれ、黒髪で根暗な雰囲気の男と、追従する、黒髪ロングの小学生か中学生ほどの少女が入ってきた。

 

「魔術探偵八ツ星の所長、八橋あられだ。リーダーの口の代わりとして参上した」

 

「同じく、魔術探偵八ツ星、先生の弟子の、楽羅來(らららい)ららです。まずは()()()()()()をご覧ください」

 

「二人とも、遅刻ですよ。遅れるなとは言いませんが、連絡してください。心配するでしょうが」

 

 ヒーロー達が、突如目の前に紙の束が現れたことに困惑している中、彩織だけは呆れた目で二人を見ていた。

 

 

 

003

 

 

 

「話の理解がしやすくなるから、資料は見るなり捨てるなり好きにしてくれ」

 

 ナイトアイ事務所の者が二人の分の椅子を用意し、二人は腰掛ける。

 

「我々チームは千葉県を拠点に活動している。現在千葉は表と裏、という風に分けられるほど治安が分裂しており、表は万引きすら無い平和な街、反面裏側は日本全国から集まった弱小ヴィランが群れて暴れている」

 

「はっ、仮にもヒーローなら仕事しろってんだ」

 

 先の錠前の男が言うと、あられは男を冷めた目で見る。

 

「それはこちらのセリフだ。現在、日本に千葉出身のヴィランは皆無と言っていいほどにいない。千葉に湧くヴィランは全て貴様らヒーロー達が見逃し、ヒーローの少ない千葉を良い狩場だと勘違いした者達だ」

 

「つまり先生は『お前らもっとちゃんと仕事しろ』って言いたいわけですね。全く迷惑していますよ」

 

「らら、やめろ。このような場でわざわざ言うようなことじゃ無い」

 

 ゴチンと、金属を殴り付けたような鈍い音が響いた。

 あられは弟子のららに拳骨をしたものの、ららに命中する前に、鉄の塊のようなものが拳を受け止めていた。舌打ちをして、あられは話を続ける。

 

「調査を始めたきっかけだったな。それは、死穢八斎會が裏ではなく、表に拠点を置いたからだ。我々チームはそれを宣戦布告ととり、近いうちに死穢八斎會の完全殲滅を行うつもりだった」

 

「……で、そんな時にこの集まりがあったから来たってわけか」

 

 頭抜けて老齢のヒーロー、グラントリノが言うと、彩織とあられは頷く。

 

「それで、テメェらはどうやってその完全殲滅とやらをするつもりだったんだ」

 

 グラントリノは彩織を鋭い目で見る。

 

「私と私の彼氏の二人で潰して回ろうかと。一般人への被害は皆さんヒーローにでも頼ろうかと思ってましたよ。もちろん壊理と言う少女は保護するつもりでした」

 

「……少女の肉体を削いで磨いて商品に。あっはは、懐かしいですね」

 

 口を挟んだのは、らら。顔を青くさせて、指先を震えさせながら言い出した。

 

「……思い出したら腹が立ってきました。彩織さん、私もその殲滅、参加させてください」

 

「ダメですよ。個性を使ってチームとしての活動は基本認めません。それに目的は変わる。私たちチームはナイトアイ事務所の目的を執行します」

 

「らら、下がっていろ。お前の力は人の身に余る。お前はヒーローに相応しくない」

 

「先生が私を語りますか」

 

「でなきゃ誰が語るんだ。……説明ももういいだろう。あとは勝手に調べろ。それより、至急貴様らの目的を問おう。答えによっては俺の弟子がヴィランを絶滅させかねんぞ」

 

 ららの頭に手を置きながら言うと、雄英生二人、緑谷と通形が席を立った。

 

「「壊理ちゃんを助ける!!」」

 

「そう。それが今回私たちの目的となります」

 

 サー・ナイトアイが、二人は一度壊理と顔を合わせており、それでいて助けられなかったことを語った。

 

「パーフェクトです。あらゆる障害は私たちが排除しましょう。存分に救いなさい。……らら、今回の作戦に限り、救助活動に限り、銀翼の名をもってあなたの個性の使用を許可します。それで我慢しなさい」

 

「……わかりました」

 

 

 それから、作戦の詳細を話し合いと怒鳴り合いで固め、会議はなんとかかろうじて終了した。

 

 

 




キャラ紹介
八橋あられ 21歳 男
無個性(魔術師)

 魔術探偵八ツ星という探偵事務所の所長。

 魔術師とは、黄金の国の魔導師とは全く異なる存在。古くから密かに存在していたものの、個性社会ができると共に廃れていき、あられの代に残されたのは魔術的特製を持つ道具のみ。炎を放ったり、触れずにものを動かしたりする魔術はあられには使えない。

 魔術道具を活用しての探偵稼業を営んでおり、その腕は一級品。森に隠された木の葉を見つけ出すことも可能で、千葉には迷子のペット探しの張り紙が存在しないと評判。

 チームに加入すると同時に大学を中退、探偵事務所を立ち上げることになった。

 弟子の楽羅來ららはとある依頼で購入、保護することになり、本人の希望で弟子となった。
 我が子のように溺愛しているが、同時に世界を破壊しかねる爆弾という認識もあり、その関係性はただでは語れない。

 暗い雰囲気の格好は魔術師としての習性のようなもので、事務所も殺風景でららや依頼人には大変不評。


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第六十七話 集合体の退出会議と嵐前静寂

001

 

 

 

 ヒーロー達が作戦を決めていく中で、雄英生への説明は時間の無駄になると判断されて、ビック3とA組五人は追い出されるように部屋を出た。

 

「ケロ、響香ちゃんのインターン先のヒーロー、なんというかすごい人ね」

 

 サー・ナイトアイの部下が八人のためにテーブルと椅子を用意してくれたため、そこに座って近況なんかを話す。

 

「チームっつったら、あれだろ? 無個性なのに超強い傭兵部隊とかなんとかって都市伝説の! ぶっちゃけさ、アレってマジなのか?」

 

 切島が彩織について、響香に尋ねる。他の六人も、一際目立っていた彩織について気になるようで顔を揃って向ける。

 

「いやー、ウチもチームの全員と会ったわけじゃないけど、彩織さんとその恋人のカインって人はマジで強いよ。ビルを蹴りで壊したり、ヴィランをちぎって投げて山にしたり」

 

 響香はこの四日間、彩織とカインの殲滅ツアーに連れ回されていて、その時のことを思い返す。

 

「あのららって子が個性を使うのを嫌がってる感じがしたけど、もしかして個性とかのことが嫌いなんかな……」

 

 麗日が心配そうに言った。

 

「ウチとか黄彩は歓迎してくれたし、別にそんなことはない、……はず。あの子が嫌われてるとか、個性がマジでやばいってことがない限りは」

 

 八橋あられとも、楽羅來ららとも、響香は今日が初対面。聞いていた話では決して不仲ではないはずだが、奇人変人しかいないチームの人間とその関係者なため、どうしても謀りかねる。

 

「それより緑谷さ、アンタマジで大丈夫?」

 

 今回の作戦の第一目標である、壊理の救助、保護。緑谷と通形はその本人と直接出会っておきながらも助けられず、さらにはそれを怒鳴りつけられたりもした。気が滅入るのも仕方がなかった。

 

「…………」

 

 数分、誰も喋らずどん底の空気感になっていると、近くのエレベータが止まりドアが開いた。

 

 降りてきたのは、担任の相澤。

 

「……通夜でもしてんのか」

 

 呆れた表情で、皮肉まじりの言葉。

 

「ケロ、先生」

 

「ああ、学外ではイレイザー・ヘッドで通せ。……いやしかし、今日は君たちのインターン中止を提言するつもりだったんだがなぁ」

 

 表情、態度、ため息。何もかもが、口程にうんざりだと語っていた。

 

 生徒達は「今更なんで!?」と叫ぶ。

 

「ヴィラン連合が関わってくる可能性があると聞かされたろう。そうなれば話は変わってくる。……ただなぁ、緑谷」

 

 名指しされた緑谷は伏せていた顔をあげる。

 

「お前はまだ俺の信頼を取り戻せていないんだよ。ここで止めたところで、結局お前は飛び出してしまうと、俺は確信してしまった。――俺が見ておく。するなら正規の活躍をしよう、わかったか、問題児」

 

 緑谷は若干涙目になりながらも、力強く頷く。

 

 

 相澤は「そういえば、」と響香の方を見た。

 

「問題児といえば、耳郎。有製はどうしてる」

 

「黄彩? それなら、可思議さんの小説の絵描くのに、引き篭もってますけど」

 

「……まあ、戦場に出てこないならそれでいい。今回は大規模で根深い相手だ。流石に、人間国宝に相手させていいヴィランじゃないからな。……できればお前達学生も参加させたくはないんだ。それはビック3、お前達も変わらん。人助けもいいが、絶対死ぬんじゃねえぞ。親御さんに頭を下げるのはもう御免だ」

 

「「「「はい!!」」」」

 

 相澤らしい、どんな時でも生徒は生徒として見ているが故の鼓舞だった。

 

 

 

002

 

 

 

「……どうしてもダメかい」

 

「あったりまえだ。先輩はあんな小物相手に晒していい手札じゃねぇんだ」

 

 場所は、雄英高校の仮眠室。

 平和の象徴二人がテーブルを挟んで腰掛けている。

 

 オールマイトは黄彩の傑作、《生贄》を着てマッスルフォームになっていて、いつでも飛び出せる状態だ。

 対する裂那はいつもと同じ格好で、すぐに動き出す様子は見られない。

 

「心配はいらねぇよ。チームはオレの姉貴、メイド喫茶のメイド長を従えるほどの超人集団だぜ? オレらが出る幕じゃねぇんだよ」

 

「……参考までに聞きたいんだが、君のお姉さんはどれほどの実力者なんだい? 正直、メイド喫茶のメイド長と言われても想像がつかないんだが……」

 

「黄金の国で飲食店やるのは世界の危機に立ち向かうのと同義ってのは、いつか話したか?」

 

「ああ、いつか聞いたよ」

 

「なら話が早い。そこらの喫茶店のアルバイトがクリリンだとしたら、姉貴は魔人ブウだ」

 

「その理屈でいくと、私や君はどれくらいだ?」

 

「んあー、先輩は良くて、……男狼くらいか?」

 

「マニアック!! あれだね? 亀仙人が月を壊したから人間に戻れなくなった彼だね!?」

 

「喧嘩に限れば、オレでせいぜいナムくらいだな」

 

「……えっと、誰だっけ?」

 

「賞金で水買うために天下一武道会に出場した奴だよ。ほら、天空×(ペケ)字拳の」

 

「ごめん、説明されてもピンとこない。さては君相当のファンだな?」

 

「ドラゴンボールはヒーローの義務教育だろうが。先輩テメェ、学生時代何してやがった」

 

「ドラゴンボールを熟読してた人はいなかったと思うぞ!?」

 

「チッ、これだからこの世界のヒーローは。授業にドラゴンボールの科目を増やしたほうがいいんじゃねぇのか?」

 

「相澤君が全力で止めに来るだろうな……」

 

「ああいう脳筋インフレな環境こそ、この世界に欠けてる大事なもんだ。そのうちヒーロー全員がミスターサタンになっちまうぞ」

 

「そう言われると、現状が危うく聞こえてくるよ」

 

 

 

003

 

 

 

 壊理の居場所が完全に明らかになるまでの数日、響香はチームの元で暮らすことになった。

 

「んま、とりあえずおかえりさん。手ぇ洗って飯食え飯!」

 

 会議の後、あられとららはそのまま何処かへと捜査に向かい、彩織と響香は二人で帰ってきた。

 

 他のメンバーは先に夕飯を終えたようで、二人分の焼き魚に白米、煮物、味噌汁が盆に乗せられて出された。

 

「いただきます。……相変わらず、キャラと料理が噛み合ってない」

 

「カインって、モンハンの生焼け肉とかが似合いそうなキャラしてますよね」

 

「彩織はともかく響香、お前まで言うようになったか」

 

 カインは怒っているような口ぶりだが、自分のキャラも理解してるが故にそう強くは言わない。

 

「別に料理は女子がするもの、とは言わないっすけど、なんでカインさんが作ってるんですか」

 

「……いいだろ、別に。うまい飯が食えてハッピー、それでいいじゃねぇか」

 

「フフッ、単にカインの趣味ですよ。料理ではなく家事全般が。料理に掃除に洗濯と、基本的にカインが自発的にやってるんです」

 

「んなわけあるか、消極的だっつの。彩織は料理以外大してできねぇし、他の奴らなんか手伝いすらままならねぇじゃねぇか」

 

「おかげで毎日幸せですよ、カイン」

 

「っせぇ! 黙って食いやがれってんだ」

 

 カインは拗ねた様子で台所に向かい、皿洗いを始めた。

 

「ほら、可愛いでしょう? あれ、私の彼氏なんですよ」

 

「彩織さん、結構うざいキャラしてますよね」

 

「フフ、響香にだって、可愛らしい彼がいるでしょう? どうぞ、存分に惚気てくれていいのですよ?」

 

「いや、別にウチと黄彩、付き合ってるわけじゃないし」

 

「おや。でも別に、告白して了承を得てようやっと恋仲になるというわけでもないでしょう? こんな辺境の地まで一緒に来ているのですから、それはもう付き合ってるも同然だとは思いませんか? カイン」

 

「んなっ!?」

 

「おー、そうだな。とっとと結婚して浮気してぐちゃぐちゃになれ」

 

「仮にも恋人のいる人の言葉じゃない」

 

「はっ、そういうことは恋人作ってから言いやがれ」

 

「カインには美女と美少女に限り浮気を許していますよ」

 

「死にたいなら素直にそういえよな彩織。今ならなるだけ痛ましく殺してやるよ」

 

「おやおや、この私の寛容さに泣いて喜ぶところではありませんか? 彼女である私がハーレムを作って構わないと言っているのですよ?」

 

「望んでねぇことを許されてもウゼェだけだ」

 

「……なんかもう、いろいろすごいっすね二人とも」

 

 恋仲と一言に言ってもいろんな形があるんだなと、響香は魚の骨を退かしながら感心していた。

 

 

 




キャラ紹介
樹生リンゴ 11歳 女。
無個性

 樹生とは、千葉県を中心に地球で起きたあらゆる事象を記録し続ける家系。

 千葉である理由は、千葉を英訳するとサウザンドリーフになるから、というかなり適当な理由。

 裏社会では《禁忌》の異名で恐れられていて、その由来は、樹生の姉弟の近親相姦という禁忌で生まれ、親兄弟、親戚の全てを殺し尽くしたという禁忌を生き、その血肉を食らったという禁忌を食らったというもの。全て実話で、今生存している樹生はりんごのみ。

 食べるものに困って関東を彷徨っていたときに、彩織とカインの地元である埼玉県、川越市で遭遇、なんやかんやあったのち友好を紡ぐ。


 渡我被身子や巻解使駆と同じく、禁忌の名に恥じぬ程度には殺人鬼の気があり、武器には包丁のような大きなナイフの二刀流を好んで使う。
 使駆が轢殺、被身子が刺殺なら、りんごは惨殺。一度殺し始めれば人も動物も植物も建造物も地面も、何もかも見境なく殺戮し尽くす。

 同じ年少組である七七七と共にいることが多く、よく七七七を振り回している。

 最近はオンラインゲームに熱中している。

 


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第六十八話 集合体の作戦決行と接触絶死

001

 

 

 

 二日後。

 死穢八斎會の組長の孫娘、壊理の居場所が本拠地にいることが確信され、ついに作戦が決行となった。

 

「チームからは私とカイン、響香、ららが出ます。刹那にも連絡はしましたが、来るかはわかりません」

 

 早朝にヒーロー達は集まり、簡易的な報告会議を行い、作戦の最終調整に入っていた。

 

「所詮は無個性だろ? お前達は入り口で警察と待機に決まってたらぁ!」

 

 相変わらず口調のキツい錠前の男が言うも、彩織は首を横にふる。

 

「あなたには話しているつもりはありませんでしたが、言っておきましょう。私とカインは敵の若頭、オーバーホールの撃破を最優先で動きます」

 

「はなっから無個性なら、個性を消されようが問題ねぇ。むしろテメェらみてぇな個性ありきのやつの天敵だろうが」

 

「ま、最終手段として私が何もかも消し去るって手もあります。チームの心配はありませんよ」

 

 シッシッとカインが手で払うと、肩車されたららが笑いながら言う。

 

「一応、あなた方チームの戦闘スタイルを聞いておきたいのですが」

 

 と、情報共有を終えたサー・ナイトアイが彩織達に尋ねる。

 

「切ったり蹴ったり殴ったりします」

 と、彩織。背負った大剣を軽く撫でながら言う。

 

「同じく、蹴ったり殴ったりが基本だ」

 と、カイン。

 

「私の個性は万物創造。石油や宝石を創り出したり、概念を新たに創ったり、世界丸ごと作り直したりもできますよ。当然、その逆も」

 と、らら。正確にはチームのメンバーですらないが、仲間として、救助に限り参加することになっている。

 

「ららの個性は国々がレンタルでたらい回しにする程に優良かつ危険な個性です。怪我の治療程度ならさせて構いませんが、決して戦闘をさせないでください。最悪、月が地球に沈みます」

 

 何か考えているサー・ナイトアイに、他にも聞き耳を立てていたヒーロー達にも、忠告する。

 

「それって、ヤオモモの個性とは違うの?」

 

 似た個性、創造を持つ八百万と違うのか、響香がららに尋ねる。

 

「さて、私のような個性を持つ人がそんなにいるとは思えませんが、その方は人類全員を相手に戦争を仕掛けて勝利を収める程度の人ですか?」

 

「……アンタ、もしかしてそのレベル?」

 

「さて、どうでしょうね。まぁ、怪我の治療くらい万全に可能だと語っておきましょう」

 

 現地の警察とも話し合いは進み、作戦開始は八時三十分となった。

 

 

 

002

 

 

 

 死穢八斎會、本拠地前。ヒーロー、警察が集まり、これから突入しようという時。

 警察がインターホンを押し、令状を読み上げようとした時。

 

 インターホンを押すよりも前に、門を内側から巨大な腕が破壊し、筋骨隆々の巨漢が警察に襲いかかった。

 

「なんなんですかぁ、朝から大人数で……」

 

 吹き飛ばされた何人もの警察官には目もくれず、気怠げな口調でペストマスクの居館はぼやく。

 

「以下省略ってなぁ!!」

 

 警察がシールドを構え包囲しているところに、カインが飛び込んだ。

 自分の倍はある背丈の男の鳩尾に爪先を突き刺し、天高く蹴り上げた。

 

「こんなところで時間をかけてる暇はありません、っよ!!」

 

 続くように彩織が飛び出し、大剣二本の腹を重ねるようにして、巨漢をアスファルトに叩きつけた。

 

「警察はさっさと拘束。ヒーローは私たちについてきてください」

 

 彩織の言葉を聞いてようやっとヒーロー達は動き出す。警察も大量に用意してきたヴィラン用拘束具で縛り始めた。

 

 静かに、しかし素早く突入していく彩織とカインを追いかけるようにヒーローも追いかけていく。

 

「……あれで無個性って、マジか」

 

「いくよ切島くん! 僕達出遅れてる!」

 

「お、おう!!」

 

 遅れて雄英生達も追いかけて行く。

 

 

 門を越えれば、そこには明らかにヤクザといった風貌の男達が待ち構えていた。

 

「やはり、都会は治安が最悪ですね。――私の名は白神彩織。九の因果を身に宿し、九の使命を執行します」

 

「ぶん殴るならやっぱ、クズに限る。――俺の名は祈和歌夢。九の因果と生き歩み、オレの使命を執行する!!」

 

 揃って名乗りをあげ、道を切り開く。

 

 彩織は両手ともに拳を握り、手当たり次第に男達の腕や足を殴り飛ばしていく。

 カインは一人の男の首を鷲掴み、まるで武器のように振り回す。

 

「血の海に溺れてなさい」

 

「おっるるぁあああ!!!」

 

「おっしゃ行け行け!! あの二人に遅れをとるんじゃねぇぞ!」

 

 足を止めない彩織とカインを、ヒーロー達は速度を上げて追いかける。

 

「フフ、カイン」

 

「オーキードーキー!」

 

 建物の中に入り、フローリングの床に土足で踏み込んだカインは、全力で床を踏みつけた。

 

「「「「なにぃ!?!?」」」」

 

 ビルすら一撃で踏み潰すカインの脚力により、フローリングが砕け散り、地下通路までの構造も崩壊した。

 

「いやいや、強すぎるやろ、お前さんら……」

 

 難なく着地した膨よかなヒーロー、ファットガムが苦笑いしながら、尚も立ち止まらない二人を追いかける。

 

 次々とヒーローが降りてきて、ファットガムに続く。

 

 が、しかし。

 

「アン? 行き止まりだぁ?」

 

 しばらく走り続けると、部屋の一つも見つからずに行き止まりにぶつかった。

 

「ウチが見ます!」

 

 追いついてきた響香が、壁にイヤホンジャックを突き刺して、この地下室の構造を探る。

 

「え、なに、は……、は?」

 

「おい、なにが見えた」

 

 相澤が訪ねてすぐ、響香は焦った様子でイヤホンジャックを抜いた。

 

「みんな伏せて! ここなんか、生きてる!!」

 

「どういうことですっ、なっ!」

 

 彩織が追加で問おうとして、すぐに響香の言葉の意味を察した。

 

 まるで蛇のように、軟体生物の内臓に迷い込んだかのように、床も壁も歪んで曲がり、捻れ、元々迷路のような構造だった地下がさらに複雑になっていく。各々床や壁に寄りかかり揺れに耐え忍ぶ。

 

「イレイザー・ヘッド、消せませんか?」

 

「本人を見えないと無理だ!」

 

「なら仕方ありませんね。崩落上等、突き進みます。――接触絶死(アンタッチ・ブル)

 

 さっきまでも異様に早かったが、それ以上の速度とパワー。叩きつけるように大剣を突き出し、まるで闘牛のように壁へ突進しだした。

 揺れる壁を突き破って進む。彩織の通った穴はすぐに塞がり、姿が見えなくなる。

 

「あれ、カインさんはいかないんすか?」

 

「バッカお前、オレがおんなじことしたら壊理ってのが生き埋めになるだろうが。だからオレらは正攻法で真正面から叩き潰す」

 

 不敵に笑うカインの視線の先に、道ができる。

 

「わ、罠じゃないのか?」

 

「だったらなんだよ。その程度にビビってて個性なんて兵器使えんのか?」

 

 

 

003

 

 

 

 四度壁を突き通り、二度床を突き落ちて、ようやっと彩織は足を止めた。

 

「殺人鬼と相対するのは、結構久しぶりですね」

 

「ああっ! あああっ!! かぁいいなぁ、かぁいいなぁ!」

 

「時間は限られているのですが、仕方ありませんか」

 

「ボロボロになれば、もっとかぁいいです! 死体までちゃぁんと可愛がってあげます!!」

 

 待ち受けていたのは、何故いるのか刺殺専門の殺人鬼、渡我被身子。両手にナイフを構え、彩織に飛びついた。

 

「私の名は白神彩織。九の使命を身に宿し、九の使命を執行します」

 

 ナイフの二刀流対、大剣の二刀流。

 速度は被身子に分があり、一撃の威力は彩織に分がある。

 

「こんなところさっさと帰りたいところでしたが、いい人と出会えましたぁ!!」

 

「生憎と、奇人変人の友人は間に合っているんですがね」

 

「なら私が加わっても問題ありませんね!」

 

「いりません!」

 

 切り掛かった被身子のナイフが彩織の髪に触れた途端、切断されて刀身が落ちる。

 

「ご安心ください、私の髪はカインに手入れさせてますから。ナイフ程度じゃ、切ることもできませんよ」

 

「むしろ私のナイフが切れましたよ!? お気に入りなのに!」

 

「そんなものを仕事場に持ってきたあなたが悪いのです」

 

「私は殺人鬼でヴィラン。悪い子なのは当たり前です!」

 

 幾つもナイフを持ち歩いているのか、被身子は新たなナイフを取り出し構える。

 

「というかそのナイフ、今さっきのと同じ型じゃないですか」

 

「違います! 良い人にはわからないのです!」

 

「ったく、可愛い殺人鬼もいたものですねっ」

 

 今度は彩織の大剣に、被身子のナイフが突き刺さった。

 

「かぁいいなぁ、かぁいいなぁ!」

 

「生憎と、恋人はカインで間に合ってますし、妹はりんごちゃんで間に合ってます。せいぜい可愛がって差し上げますよ!!」

 

「アッハァ! 嬉しいなぁ!!」

 

 ナイフが刺さったまま大剣を振ると、被身子もナイフを握ったまま振り回され、その勢いそのままに彩織の腹部を蹴った。

 

「惜っしいですね!」

 

「あっれ、もしやもしかしてもしかしなくても効いてません?」

 

 脇腹に当たった足を、彩織は脇を締めることで捕らえた。

 

「私の異名の一つにして、必殺の必殺技、接触絶死《アンタッチ・ブル》の由来は、私に触れた尽くが壊れるところからきているんです」

 

「怖い怖い怖いです! お姉さん私になにするつもりですかっ!?」

 

 ナイフも大剣も捨て、彩織は被身子の右足を掴んで持ち上げる。

 当然スカートも腿につられて持ち上がるため、ナイフの持たない手で抑えながら怯えている。

 

「安心してください、被身子。命だけは取りませんから」

 

「ヒエッ」

 

 

 

 




キャラ紹介
祈和歌夢(いなぎかのん) カイン 十八歳 
無個性

 神の落書きという異名で恐れられている、顔面刺青の男。
 チームのリーダー、彩織の恋人で、家事全般を担っている。

 顔面に彫られた異国の文字の刺青、その約が『神の落書き』であり、生まれて間も無くに彫られた。

 両親がカルト宗教の人間で、夫婦というわけでもなく、天使を生み出す儀式を行った結果生まれた。
 女の天使を生み出す儀式であったはずなので、儀式は失敗。ある種の恨みを忘れないために、カインの顔面には落書きと刻まれている。

 物心つくまではカルト宗教の人間達によって育てられたが、両親からの虐待に耐えかねて脱走、彩織の母親に保護される。


 学校には、彩織と共に高校だけ通っており、喧嘩の絶えない高校生活を送っていた。

 本名で呼ばれるのを絶対的なまでに嫌い、敵味方関係なくカインの名で呼ばせる。
 なお、カインは『最初の殺人者』という意味ではなく、単に名前と苗字の一部を組み合わせただけ。

 増強系の個性があるんじゃないかとよく疑われるが、しかしずば抜けた身体能力の正体は個性ではない模様。


 最近チームに加入した刹那に武器術を習い、生まれ持った戦闘センスでいくつかの術は刹那が認めるほどに仕上がった。

 頻繁に使うのは弦操術、声操術、槍操術。他にも野菜やシャンプーなどでもそれなりに戦える。


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第六十九話 集合体の落書殴殺と斬殺惨殺

001

 

 

 

 彩織が被身子と殺し合っている頃、カイン達も死穢八斎會の、オーバーホール直属の実働部隊、八斎衆の三人と遭遇していた。というか、案の定罠に嵌められた。

 

 地下通路を操っているヴィランによって、床に大穴を開けられ、カインと共に来ていたヒーロー達は落下。そこに待ち受けていたという形だ。

 

「オイオイ、上から国家権力が降ってきやがった。不思議なこともあるもんだぁ」

 

「よっぽど全面戦争したいらしいなぁ。流石にそろそろプロの力を見せつけ、」

 

「すっこんでろ。そもそも、こいつらの喧嘩を買ったのはオレらチームの方が先だ」

 

 ファットガムが拳を鳴らしながら参戦しようとするが、カインに止められた。

 

「テメェらなんざに権力はもったいねぇ。暴力だけで十分だ」

 

 問答無用。死人に口無し。

 ヴィランが何か言う暇を与えず、ヒーロー側が何か物申す間も無く、三名はカインの拳の前に沈んだ。

 

「せ、戦闘描写どころかセリフも……」

 

「うるせえ」

 

((((鬼だ……))))

 

 かろうじて気を失っていた一人が顔を上げて起き上がろうとしたものの、後頭部をカインに踏まれ、顔面を強打して気を失った。

 

「テメェらの仕事はガキの救出だろうが。仕事忘れてんじゃねぇ」

 

「お、おう。なんかすまんな……」

 

 一分とかけずに片付けてしまったカインの言葉に、思わずファットガムは詫びを述べる。

 

「おう。響香、方向探れ」

 

「っは、はい!」

 

 事前調査でおおよそのルートは分かっていたものの、道と壁と床の境界が曖昧になった今、そのルートは通用しない。

 響香は足元にイヤホンジャックを突き刺し、構造から人間の位置まで探る。

 

「壊理ちゃんっぽいのは、あっちっす。後、彩織さんが、……その、襲われてるっていうか、襲わせてるっていうか……」

 

「なに言ってんだ?」

 

 響香の言葉に、カインだけでなく全員が首を傾げた。

 

 

 

002

 

 

 

 一方その頃、彩織はといえば――

 

「ちぅちぅ……、ちぅちぅ……」

 

「私の血、というか人の血って、美味しいんですか?」

 

「ちぅちぅ……、んく。……人それぞれですが、かぁいい子の血は格別美味しいです」

 

 肩をはだけさせ、首筋から被身子に血を吸わせていた。

 

「それ、多分気持ちの問題でしょう? なんとなくわかりますが。あ、服に垂らさないように舐めとってください。終わったらすぐ止血しますから」

 

「殺さずに血を吸うのも、これはこれで……」

 

「……被身子? 聞いてます? 血って染みると大変なんですよ?」

 

「ちぅちぅ……、ん、何か言いました?」

 

「服に垂らさないようにしてくださいと言いました。まだ足りませんか?」

 

「いえ、個性を発動するのには十分ですが……、その……」

 

「はいはい、満足するまで飲んで構いませんよ」

 

「わぁい」

 

 

 この微笑ましくも血生臭い光景は、彩織からの提案から始まったことだった。

 拘束して被身子から個性の内容を聞いて興味を持った彩織が、それなら自分に変身して今回の事件手伝えば逃してやる、と。

 

 チームは無個性の集団だが、断じて個性を持つ、地球上の約八割の人間を嫌悪しているわけでも、敵対視しているわけでも、差別しているわけでもない。

 九つの因果、九人の一因。その中には被身子が血に霞むような殺人鬼もいれば、黄彩が小型に見えるほどに耳の広い賢人もいる。魔術師だって、人間寸前だって、美少女だって、メイド長だっている。

 個性がなくとも十分に個性的な人間が集まっている。

 ならもう、血を吸うとその者になれる変身の個性も、加工手順を省略できる個性も、耳たぶのイヤホンジャックを突き刺すことで音の送受信ができる個性も、所詮は身体的特徴の範疇でしかない。

 

 

 

 数分待てば、満足したのか、傷口を舐めてから被身子は離れた。

 

「これだけ飲めば、丸一日くらいは私に成りきれるのですよね」

 

「約束は守ります。それに、こっちの方が面白そうですから!」

 

 被身子は笑いながら服を脱いで、彩織へと変身する。

 

「「私の名は白神彩織。九の因果を身に宿し、九の使命を執行します」」

 

 四本の大剣は、敵意と悪意に濡れていた。

 

 

 

003

 

 

 

 さらに一方その頃、死穢八斎會本拠地の、彩織達のいるところよりもカイン達のいるところよりもさらに奥、目的地とは正反対の、トラップ地帯。

 

 血。肉。骨。

 

 赤色と桃色と白色と橙色。

 

 人が死に、床が死に、壁が死に、天井が死に、大気が死に、次元が死に、時が死に、そして死も死んだ。

 

 斬殺的な斬殺劇。

 

 惨殺的な惨殺劇。

 

――地獄。

 

「あはははははははははははは!! あははははッはははははは!! あっははっはっははははははははははは!!!」

 

「嗚呼、嗚呼……。これまた随分と派手にやったものだの。……止まれよ、りんご。リーダーに怒られる」

 

「あっは……」

 

 百人死んだか、千人死んだか。その判別すらできないほどの殺戮劇。

 その中心で、人の首を跳ね飛ばして心臓をえぐり出し、骨をへし折り筋肉を引きずり出す。殺戮のための形状をした大型ナイフを二本持った、幼い少女の骨肉を持った殺人鬼。殺人鬼の肉片をも喰らう食人鬼。

 

 口の周りを穢した鬼、樹生りんごは、その両手のナイフを死んだ肉塊に突き立て、笑いと共に止まる。

 

「妾たちはリーダーに無言で来ておるのだぞ? 警察に感づかれれば怒られる。嗚呼、怖いのう。思わず背と腹が裏返りそうだわい」

 

「それはやだなぁ」

 

「それとは、どっちの話かの?」

 

「でもね、でもねっ、今なら百億人でも百兆人でも喰べられそうなんだっ!」

 

「食べるなと言っておるのだ。見ているだけで胃がむせ返りそうだわい」

 

「まだ肺とか腸もあるでしょ? なら平気へーきっ!」

 

「……うむ、ならば仕方あるまい」

 

 クフフと、七七七は夜行の一鬼のように妖しく笑う。

 

「みな殺せ。みな喰らえ。妾の胃と肺と腸程度で世界が良く成るというのなら、それが樹生の結論なのなら、きっとリーダーも喜ぼう」

 

「アッハァ、いいなぁ都会! 次の拠点はここにしようよ!」

 

「事故物件極まりないのう。元ヤクザの拠点が、殺人鬼の台所が、食人鬼の食卓が、次の妾達の住処か」

 

「たのしぃよぉ。きっとたくさん楽しい。お化け屋敷に住むなんて心が踊るっ!」

 

「ついでにナイフと針も踊り出しそうで気持ち悪いのう。そうなったら妾は帰るからな」

 

「あたしが死ぬまで返さないぜっ!」

 

 うんざりした様子の七七七に、りんごは血を払ったナイフ二本を向けて可憐に笑う。

 

「それはカインの真似か? うぬが言うとただの殺人予告だからやめておけ」

 

 七七七の言葉に、ため息混じりにナイフを腰のホルダーに収めて歩き出す。

 

「行くよ、七七七お姉ちゃん。喧嘩を売られたんだから、あたし達も飛びついて買わなきゃ」

 

「やれやれだわい。うぬがしてるのはせいぜい万引きがいいところなのだと知れ。……しっかり妾を守れよ、りんご」

 

 靴裏に粘着質な赤色のへばりつく感覚に顔をしかめながら、七七七はりんごの後を追う。

 

「あたしは樹生りんご。九の因果を禁忌して、あたしの使命を執行するね」

 

「妾の名は高天原七七七。九の因果を理解して、妾の使命を執行しよう」

 

 

 

004

 

 

 

 もっともう一方。その頃でもなくあの頃でもない頃。

 

『刹那、喧嘩です。死穢八斎會を滅ぼしますよ』

 

 雪吹雪く富士山山頂で、登山客に混ざりメイド服姿で浮いた美女は異世界にも過去にも未来にも通じる携帯電話で、彩織からの着信に応じた。

 

「いおり〜ん、私が今どこにいるかわかってて言ってんのぉ?」

 

『知るわけないでしょう。ナメック星でもホグワーツでも魚人島でもどこでもいいですから、あなたも参戦しなさい』

 

 荒唐無稽な彩織の言葉だが、しかしそれが刹那なら可能性に十分加わってしまう。富士山なんて、十分に近所だ。

 

「はいはいはいはい。不肖このメイド喫茶のメイド長、頭領たる銀翼、いおりんの指示に従いますよ」

 

『本拠地は私とカインが潰しますから、あなたは支部と残党を叩きのめしてください。場所は七七七が知っています』

 

 日本の最高地点で、刹那はせせら笑う。

 

「私の名は神刺刹那。九の因果に付き従い、私の使命を執行する。――カインにりんごたん、ななみんにもよろしくね、いおりん」

 

 刹那は通話を切ると、足腰を関節に従えて折り曲げる。

 

「重操術、宇宙歩法、月下独歩」

 

 さながら月の重力に従うように、地球の重力を踏み締めるように、刹那は富士山を飛び降りた。

 

 



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第七十話 集合体の解体分解と最賢禁忌

001

 

 

 

 二人に成った彩織と、壁も床もすり抜けてショートカットしてきた通形、人類最賢の案内のもと、片っ端から殺し回っていた七七七とりんごが、死穢八斎會の若頭と出逢うのに、そう時間差はなかった。

 

――僅かな時間差。

 それが、致命的な致命傷であった。

 

「情け無いですね、ヒーロー。別に期待もしていませんでしたから、失望もしませんけど」

 

「言ってはいけませんよ、私。可哀想じゃないですか」

 

 二人の彩織が、倒れた通形を見ながら口々に言う。

 

「リーダーが二人だと!? ここは地獄か!?」

「彩織お姉ちゃんが二人!? なにそれ悪い夢にしてもタチが悪すぎるよっ!!」

 

 嘲笑う彩織達を丸い目で見ながら、七七七とりんごが叫ぶ。

 

「……なんだ。なんなんだ、お前達は」

 

 オーバーホールは、可愛らしい殺人鬼によって作られた惨殺死体と、四肢と個性と気を失い倒れた通形を見下ろしながら言う。

 

「りんごちゃん、七七七。そこのヒーローをららのところに連れて行ってください」

 

「リーダーよ、それは妾達にとってそこの阿呆を殺すよりも有益なのかの?」

 

「りんごちゃんが何人殺したのか知りませんが、知らなかったことにしてあげます。ストッパーとして働かなかった七七七もです」

 

「うむわかったよしわかったよくわかった頼れる妾達に任せてリーダーは存分に殺し合ってくれ」

 

 早口に言いながら、七七七は通形の首を掴む。

 

「え〜、もう帰るの?」

 

「一人食べ損ねるだけで暴食がなかったことになるのだ。損得勘定をいい加減覚えろ、りんご」

 

「……は〜い。わかったんだよ。彩織お姉ちゃん、なんで二人になってんのか知らないけど、分けてあげる」

 

「来い、りんご」

 

 外へ向かって歩き出した七七七に、りんごもついて行く。

 

 

 因果が二つこの場を去り、彩織は大剣四本を掲げて嘲笑う。

 

「私たちがなんなのか。そう問われましたね」

 

「私たちはチームです」

 

「九つの因果」

 

「九つの一因」

 

「あなたが例え殺人鬼でも」

 

「あなたが例え魔王でも」

 

「神でも」

 

「悪魔でも」

 

「私の名は白神彩織です」

 

「九の因果を身に宿し」

 

「九の使命を執行します」

 

 双子芸のように語った彩織が、大剣と銀髪を翼のようにはためかせながらオーバーホールに襲いかかる。

 

「……壊理、お前のために、お前がいるから、お前のせいで、二人の馬鹿がまた死ぬぞ」

 

「ダメ!!」

 

 触れたものを分解する両手を構えて、オーバーホールが言うと、怯えて岩陰に隠れていた壊理が叫んだ。

 

「心配はいりませんよ」

 

「私の名は白神彩織ですから」

 

 自身が自身の存在証明であることを語り聞かせながら、一本百キロ近い剣をまるでナイフのように軽々と振る。

 

 死者を連れ去る天使のように。死者を導く死神のように。彩織達は銀翼で叩き切る。

 

 

 

002

 

 

 

「個性、オーバーホールでしたか」

 

「肉体が死んでも無傷で蘇る」

 

「サンドバッグとしてなら一級品ですね」

 

 元々、オーバーホールの側近達が既に惨殺されていたが、塗り重ねるように床や壁にオーボーホールの血が飛び散っている。彩織達も彩織達で相応に返り血を浴びており、白色や銀色だったコスチュームも髪も、斑模様に彩られている。

 

「ふざけるな……、いくら元に戻るとはいえ、分解するときはちゃんと痛いんだぞ……」

 

 肉体以上に精神に多大なストレスを受けているようで、愚痴りながらも立ち上がる様子すら見えない。

 

「それなら私も切る時に心を痛めてますから、おあいこですねぇ」

 

「それなら私はどれだけ切ろうと痛みませんから、圧勝ですね」

 

 二人の彩織は互いに心にもないことを平然と、ただ服が肌に張り付く不快感に顔を顰めながら言う。

 

「私たちチームの掲げる正義の一つに可愛いは正義というのがありますが、しかし」

 

「あなた、ぜんっぜん可愛くありません。それに血もおいしくありませんし」

 

「生きる価値ありませんよあなた」

 

「殺す価値ありませんよあなた」

 

――否定。

 

「酸素の無駄です。呼吸もしないでいただきたいですね」

 

「血が勿体ないです。心臓も止めてください」

 

――否定。

 

「あなた程度のクズ、世の中には掃いて捨てるほどにいますよ」

 

「あなた程度のゴミ、世の中には燃やして捨てるほどにいますよ」

 

――否定。

 

「あなたのやったことなんて誰のためにも成っていないんですよ」

 

「あなたのやったことなんて誰かの迷惑にしか成っていないんですよ」

 

――否定。

 

「居るだけ無駄です」

 

「生きるだけ無駄です」

 

――否定。

 

 言って聞かせる劇薬が水責めのように流れ込む。

 身も心も三角刀で削られるような拷問。

 これまでの罪が全て己に牙を剥いたような恐怖。

 

 敵を騙すにはまず味方から騙すように、人を殺すならまず心から殺すように、罪を流すならまず血から流すように、人間未満の人間寸前、銀翼の天使がオーバーホールの全てを刳り削いでいく。

 

「死んだように生きてください」

 

「生きたまま死んでください」

 

 

 

003

 

 

 

 地上にいるららの元へ向かうために、道中で事切れた通形を引き摺る七七七と、ゲーム機を没収された子供のように退屈そうな表情をしたりんごは、カインの先導するヒーロー達と出会した。

 

「死体見たときからいるとは思ってたが、やっぱいたかお前ら」

 

 血塗れの少女と、場に似合わぬゴスロリの少女にヒーローが警戒する中、カインが呆れた様子で言う。

 

「子供……? 死穢八斎會か? それとも報告にないがヴィラン連合か?」

 

 首に巻き付けた捕縛布に手をやった相澤が呟くと、七七七が耳聡く聞き答える。

 

「妾は人類最賢、高天原七七七」

 

「あたしは樹生りんご!」

 

「二人ともチームのメンバー、まぁ味方だ」

 

 カインが注釈を入れるも、その注目は七七七の手に引き摺られた通形に注目が集まる。

 

「ミリオ!? おいどういうことだ!!」

 

 通形――ルミリオンのインターン先のヒーロー、サー・ナイトアイが通形の遺体を七七七から奪い取り抱き上げる。

 

「む? なんだ、死体愛好家(ネクロフィリア)に重ねて同性愛者(ホモセクシャル)か? いや待て冗談だ。妾は見ての通りでしかないのだ。凶器を下ろすがよい」

 

 七七七の不謹慎極まりない冗談に、サー・ナイトアイは武器である印鑑を抜くも打たれるより先に七七七が両手をあげた。

 

「うむ、問われるより先に誤解を解くのが妾の役目。どうせ死穢八斎會の若頭、治崎なら今頃リーダーに叩きのめされておる。どうか妾の話を聞いておくれよ、英雄様」

 

 皮肉気に笑う七七七は、返答よりも先に答える。

 

「うぬらのしている誤解、つまりは妾達がそのヒーローを達磨にしたのではないかと言う誤解というか疑いは、全くもって見当違いでしかない。

 

「それをしたのはオーバーホールだ。単独で挑み負け、手足を失った段階で気を失ったと妾は見ておる。

 

「その後に妾達がそこに出会し、奴の側近を捻ったところでリーダーが到着。

 

「あっちは今頃、治崎の何もかもを修復不可能なほどに痛め付けているところかのぅ。

 

「なぁに、心配はいらん。白髪片角の女子は無傷で無事だし、

 

「その達磨も、消された個性までは戻せんが、二、三日以内なら蘇生も容易い。

 

「既に千葉の掃除屋を呼び出しているからここに残ったヴィランの連行も不要。

 

 

 暗に、もうお前達に仕事は無いと語る七七七。歳不相応な口調の少女に向けられる視線は、そのどれもが鋭い。

 

「うぬらが納得しようがしなかろうが、極論妾達をヴィランとして敵対しようとどうでもよい。妾達は己の正義と使命を執行するまでだからの」

 

 先に戦闘能力はないと語ったばかりだというのに、七七七の目には怯えの一片すら見えない。

 

「手柄と見栄えを求めるうぬらヒーローと、平穏と安寧を求める妾達チームではあらゆる意味で次元が違う」

 

 その一言一言が、ヒーロー達の逆鱗を鑢で撫でる。

 

「死穢八斎會に喧嘩を売られたのは妾達が先。リーダーは元々チームだけで絶滅させるつもりだったのだ。そのリーダーに手を組ませるよう促した妾が言うのも変だが、うぬらヒーローなんぞ、そもそもあてにしておらん。一枚でも多くの免罪符がほしかっただけでな」

 

 チームを民衆に危険視させないための、免罪符。

 

「たとえうぬらが百戦錬磨の英雄達であろうとも、妾の名は高天原七七七。九の因果を理解して、妾の使命を執行しよう。――望みとあれば、人類最賢、七百七十七万七千七百七十七不思議(七が七つの七不思議)が喧嘩相手を努めようぞ」

 

「やめろ馬鹿」

 

「ギャン!?」

 

 夜行の一鬼のように妖しく笑いかけた七七七の脳天に、カインの拳が落ちた。

 

「ヒーローと敵対しないためにこいつらと組ませたんだろうが。組ませたテメェ本人がぶっ壊しにかかってどうする」

 

「む、すまんすまん。妾としたことが失念しておったわい。さ、帰るぞ。ここは死体臭くてかなわん」

 

 

 ヒーロー達のすぐ隣を通り過ぎ、七七七とりんごは地上へと進み出す。

 

 

 

 

 

 



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第七十一話 集合体の歓迎昼食と正義談義

001

 

 

 

 後日譚。

 

 死穢八斎會はチームの尽力により一人も逃さず逮捕、連行。死人は掃除屋に掃除された。

 

 ヒーロー側唯一の死亡者、通形ミリオもららの個性により肉体は完全に蘇生された。

 

――消された個性は戻らない。

 

 正確に言うなら、ららには戻せないと言ったほうが正しい。

 

 楽羅來ららの個性は万物創造。石油だろうと宝石だろうと、地球だろうと太陽だろうと、宇宙だろうと世界だろうと、万物を創り出すことも消し去ることも出来てしまう個性だ。

 故に、ららは個性が目覚めたその日のうちに外国へと売り払われ、世界各地を転々としながら求められる資源を生み出し続ける幼少期を過ごしていた。

 名探偵に保護された今、もう一度同じことを繰り返さないためにも、影響力のありすぎるヒーローにららの利便性を見せるわけにはいかない。

 

 そもそも、見せてやるほどチームもお人好し集団ではない。

 

 

 

 日本全国に蔓延っていた死穢八斎會の支部組織は、その全てがメイド喫茶のメイド長によって葬られた。

 襲撃を察し本拠地へと向かった阿呆もいるのにはいたが、それらはオーバーホールの前に立つこともなくリューキュー、麗日、蛙吹の活躍で即座に捕縛。怪我人は皆ららによって治療された。

 

 

 これまでまともに表社会に出てこなかったチームの活躍は、すぐに話題となり、あらゆるメディアがチームへと食いついた。

 筆頭はやはり、リーダーの彩織と、チーム加入以前にはテレビ出演していた七七七だ。

 ニュース番組に始まり、バラエティ番組にも出演したことで誰よりもチームの面々が驚愕した。

 

 

 ヒーロー側の主目的であった壊理の保護は、個性の解明もかねてなんとチームに任せられることになった。

 

 壊理の個性は、巻き戻し。ららと同じ突然変異、それも強固性。人型の危険物の扱いにはヒーローより手慣れたものだ。

 それに、方法はともかく自身を助けた、それも自分と容姿の似通った彩織に懐いたというのも大きかった。

 

 

 

002

 

 

 

 場所は、千葉のとある森林にある、樹生第二研究所。

 第三研究所と違い、人が迷い込むことも無い場所に設置された建造物。一辺五百メートルの巨大で赤い立方体。

 その正体は、大量のコンピューターの集合体。居住スペースは地下に広がっており、偶然にもその構造は死穢八斎會の本拠地とも似通っている。

 

「響香! 出来たぞ持ってけ!」 

「きょーかっ、こっちもー!」

 

「あー!! うちは使用人かぁ!!」

 

 一通り事が済み、ある程度落ち着いた頃に、壊理の歓迎会をすることになった。午前中には七七七、彩織と共に近隣の観光地を巡り、昼食にはカインと黄彩の手料理が待ち受けている。

 ただでさえ少ない人手がこのタイミングで支障をきたしており、黄彩の工程省略の個性で手早く大量の料理を作り、カインの弦操術でミシン糸を操りさらに大量の料理を作り、それらを響香と偶然居合わせたメイド長、刹那が二人掛かりで片っ端から会議室に運んでいく。

 

 会議用の机を詰めて出来た巨大なテーブルは見る見る埋まっていき、響香はこれまでにないほどに絶叫を上げている。

 

「あっはっは! まぁまぁ、きょーたん! これもお客様のためだよっ!」

 

「アンタは本職でしょうが!!」

 

「ただのアルバイトだけどね!!」

 

「「「マジで!?」」」

 

「ちょ、カインにかしぎたんまで!?」

 

 はしゃぎながらも、一度に四つ五つと運んで見せる刹那は器用にダンスまでして見せる。サボりの可思議は退屈そうにしていながらも、しっかりと楽しんでいた。

 

「あの、チームって九人なんですよね?」

 

 そしてもう一人のサボり、千葉に歓迎されてきた被身子が料理をつまみながら尋ねる。その問いには、可思議が答えた。

 

「暇じゃないやつも多くってね。名探偵のあられ、ついでに弟子のららは今日も普通に仕事。美少女の依璃(えり)は呼んだけど既読無視。永久欠番は永久欠番」

 

 裏社会の中でも影に足を踏み入れている被身子には少なからず聞き覚えのある名も出てきたが、しかしすぐに興味が失せたらしくフライドポテトに手を伸ばす。

 

 が、響香のイヤホンジャックがその手を叩いた。

 

「およ、なんですか響香ちゃん」

 

「テツダエ……」

 

 血管の浮き出た耳たぶでも皿を運んでいる響香を見て、思わず被身子はうなづいて席に立った。

 

「……トガヒミコ、ここは君にとっても居心地のいいところだろうし、いくらでも居ていいし来てもいいけれど、でも、」

 

「わかっています」

 

 可思議はフライドチキンの下敷きになっていたレタスをかじりながら被身子に話しかけるも、途中で遮られる。

 

「私はヴィラン連合で殺人鬼。響香ちゃんのお友達で使駆くんの友達です」

 

「蝙蝠はいつか痛い目見るよ。小説家の私が言うから間違いない」

 

「いつか痛い目見ないとヴィランではないのです。そうでないとあなた達ヒーローは困るでしょう?」

 

「うん? 別に私、ヒーローじゃないんだけどな」

 

「ヒーロー免許を持ってるのも私だけですよ」

 

 被身子の言葉に可思議が首を傾げていると、壊理を連れた彩織が部屋に入ってきた。

 

「えっ、えと、こんにちわ!」

 

 死穢八斎會に囚われていた頃とは見違えるほど、服も髪もお洒落された壊理が丁寧にお辞儀して挨拶した。

 

「わぁー! かぁいいです、かぁいいです壊理ちゃん!!」

 

 真っ先に釣れた被身子が壊理を担ぎ上げる。

 

「わっ、わっ!?」

 

 無造作に伸びっぱなしで乱れていた髪は整えられ、彩織と同じように真っ直ぐ下ろされている。服装もボロ布ではなく、白いワンピース。包帯も怪我が治され、穢れのない腕が見えている。

 

「ちょっといおりん色に染めすぎじゃない? 次は私にコーディネートさせて!」

 

「刹那、うぬの服は全てメイド服であろう? 幼子にコスプレさせる気か」

 

「なにおう、ななみん。幼女のコスは幼女にしか出来ないんだぜ?」

 

「そのクソみたいな超理論は今すぐ捨てろ。……壊理、妾の服も幾つかくれてやろう」

 

「う、うん……」

 

「ななみんのゴスロリもコスプレみたいなもんじゃない?」

 

「メイド服よりは確実にマシであろう?」

 

「二人とも大差ありませんよ。というか主役を困らせない」

 

 衣装討論を始めた七七七と刹那をなだめ、被身子に壊理を下ろさせる。

 

「できれば全員集合でやりたかったのですが、まあ仕方ありません」

 

 料理を終えたカインと黄彩も、最後の皿を持って会議室へときた。

 

「我々の新たな友人と家族に、乾杯」

 

「「「「乾杯!!」」」」

 

 

 それからしばらく経って、主役そっちのけではしゃぎ出したチームを遠巻きに見ながら、壊理も笑っていると。そこへ、数多の料理をのせて運びながらカインがやってくる。ヤクザと言われても疑いようのない容姿に、壊理は思わず笑みを消した。

 

「もっと肉食えよ、肉。ガキがダイエットとか考えんじゃねぇぞ」

 

「あ、……う、うん……」

 

「まぁ、ここにいるの大概がろくでなしだからビビってもしゃあねぇけどな」

 

 壊理のあまり汚れていない皿に次々と肉料理をよそいながら、カインは話しかける。

 当然、何よりも自分の顔に怯えている事がわかっていて。

 

「あの、……みんなヒーロー、なんだよね」

 

 隣でフライドチキンの骨をうっかり噛み砕いて吐き出してるカインに、壊理からも話しかけた。

 

「あ〜、んや、違ぇよ」

 

「え?」

 

「ヒーローってのは、要するに正義の味方だろ? 俺たちは正義そのものだ。ヒーローなんて柄じゃねぇんだよ」

 

「違うの?」

 

「掲げる正義が違うんだ。わかりやすいのはりんごだな。ほら、あっちでジュース混ぜてるやつ」

 

「リンゴ、飴?」

 

「果物じゃなくて、名前な。りんごって名前なんだよ。あいつの正義は『世界のための正義』だ。世界のためなら人類だって食い尽くすぜ」

 

「……悪い人?」

 

「知らん。どうせしばらくは一緒なんだ、そのうちわかるぜ」

 

「じゃあ、いおりお姉ちゃんは?」

 

「彩織の正義は、『可愛いは正義』だ。可愛ければ悪い奴でも助けちまう」

 

「ななみお姉ちゃん」

 

「七七七は、『腐り果てろ正義』っつって、他人の正義を踏みにじる奴だ」

 

「ええ……。あ、あっちの、……ボサボサの人」

 

 壊理が指さしたのは、スパゲティを一本ずつ啜っている可思議。

 

「可思議は、なんつってたかな……」

 

「可思議の正義は『298円でDIYしたお手軽正義』、ですよ。彼女にとって正義とは手軽に作れる適当なものなんです」

 

「あ、いおりお姉ちゃん」

 

 彩織が、デザートにリンゴをウサギに切り分けられたものを持って来た。

 

「仲良くしているようで何よりです。ちなみにカインの正義は『家族のための正義』です。困った時は頼るといいですよ」

 

「……お兄さん、もしかしていい人?」

 

「うっせぇ。恥ずかしいだろうが」

 

「ほら、可愛いでしょう?」

 

「え、ええ??」

 

 あえて黙っていた己の正義を言われて顔を逸らしたカインを、彩織は微笑んで見つめている。壊理にはまだ難しい次元の話に困惑する。

 

「メイドの正義は『時と場合に依る正義』です。旅人というか放浪者の彼女には、明確な正義はないんです」

 

「あっちの、お団子の姉さんは?」

 

 彩織からリンゴをもらいながら次に指さしたのは、響香と黄彩とで一緒に何か遊んでいる被身子。

 

「あの三人は私たちチームとは違いますよ。被身子は殺人鬼でヴィラン。耳たぶが伸びる響香はミュージシャン。白いツインテールの黄彩は芸術家。絵が上手なんです」

 

「そういや、あいつらは一旦帰るんだったか」

 

「そろそろ学校で文化祭の時期ですしね。お別れ会もやりますよ」

 

「……今日じゃ、ねぇよな? 流石に材料も体力もねぇぞ」

 

「後で確認しましょうか。後片付けは他でやりますから、壊理や黄彩と遊んでてください」

 

「お〜。んじゃあ、絵でも書いてみるか? 黄彩に習いながら」

 

「う、うん!」

 

 

 

 

 




 人間寸前の正義――《可愛いは正義》
 神の落書きの正義――《家族のための正義》
 名探偵の正義――《依頼人は正義》
 メイド長の正義――《時と場合に依る正義》
 人類最賢の正義――《腐り果てろ正義》
 禁忌の正義――《世界のための正義》
 美少女の正義――《ボクのための正義》
 売らない文豪の正義――《298円でDIYしたお手軽正義》
 永久欠番の正義――《愚かなる正義》


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芸術家達の戯言教室、五時間目。

 好評につき、戯言教室続きました。


001 黄彩くん、響香ちゃん、峰田。

 

 

 

「朝抜いてきた」

「ちゃんと食べろバカ」

 

「朝抜いてきた」

「死ね」

 

 ……黄彩と峰田、名前をつけなくとも、どっちがどっちかわかるな?

 

 

 

002 裂那ちゃん

 

 

 

 姉、刹那に用があって電話したが、案の定迷子だった。

 

「あー、一応聴こう。近くになにがある」

 

「右に富士山がうっすら見えるね」

 

「……とりあえず日本まで絞れたな」

 

 

 

 尚、まだ時間も次元も確定していないのがこの方向音痴の恐ろしいところである。

 

 

 

003 三奈ちゃん

 

 

 

「街歩いてたら、10歳くらいの子供にモンスターボール投げられた」

 

 

 

004 相澤先生

 

 

 

「急な豪雨があってオールマイトが遅刻するそうだから、一応『大丈夫ですか』とメールを送ったんだが、『豪雨を沈めた私が、来る!!』とかいうふざけた返信が来た。……なんなんだあの人」

 

 

 

005 燈パパ

 

 

 

「なにを言っているか分からないと思うが、私の前で妻と息子がルンバに餌やりをしている」

 

 

 

006 被身子ちゃん

 

 

 

「私が見てきた中で一番怖かったのは、深夜に狐のお面をつけて爆走してる使駆くんです」

 

 

 

007 黄彩くん、響香ちゃん

 

 

 

「ボクが死んだら灰を立方体に圧縮してサイコロに加工してもらって、選択に迷ったら、ボクの意見だと思ってそれを振ってほしい」

 

「ウチより先に死んだら使い道の少ない十二面ダイスにしてやるから、ウチより長生きしろ」

 

 

 

008 ヴィラン連合

 

 

 

オールフォーワン

「百均の商品を一つ思い浮かべるんだ」

 

死柄木「軍手」

卑弥呼「カッター」

荼毘「ライター」

 

「それを武器に銀行強盗してみようか」

 

トゥワイス「誰か、チョコいる?」

マグネ「のど飴欲しい人、いるかしら」

 

 

 

009 ミッドナイト

 

 

 

「黄彩くんが来てからよく遊ぶようになった、私とマイク、オールマイトの三人でファミレスに行ったの。混んでたから名前書いて待っていると「三名様でお待ちのフ、フリーザ様?」って呼ばれて、小声で「こういうの書く人、たまにいますよねぇ」って言ったら、オールマイトがいきなり「さぁ行くよ! ザーボンさん、ドドリアさん!!」って立ち上がった」

 

 

 

010 彩織ちゃん

 

 

 

「カインが回転ドアから抜け出せず、りんごちゃん大爆笑、七七七は苦笑い。本人は捨てられた犬のような顔で私を見てきました」

 

 

 

011 使駆くん

 

 

 

「昔、給食を運ぶトラックの後ろの扉につかまって遊んでてそれにバカが気づかず走りだして、そのまま首都高速に乗って数キロ先の給食センターに運ばれたことがある。走って帰った」

 

 

 

012 相澤先生、オールマイト

 

 

 

「そもそも、エナジードリンクは常飲するものじゃありません」

 

「ああ、そうだね」

 

「一日複数本など持ってのほかだ」

 

「相澤君は飲まないのかい?」

 

「俺はもう効かないので」

 

「え、……え?」

 

 

 

013 黄彩くん、黄彩ちゃん

 

 

 

「いつかきょーかがお嫁に行くなんて考えたくない……」

 

「ウフフ、嫁に行くなんて考えるから辛いんだ。人妻にジョブチェンジするって考えたらどうだい?」

 

「腐れ」

 

 

 

014 人間国宝くん、人類最賢ちゃん

 

 

 

「人間国宝たるボクが断言するけど、お子様ランチに旗が刺さってて喜ばない芸術家は死んだほうがいい」

 

「まずうぬが死ね」

 

 

 

015 ミッドナイト

 

 

 

 私が電車で見かけたすごい人ランキング

 

五位――全身ペンキ塗れで座るカラフル黄彩くん。

四位――花の冠を頭にのせた森ガール響香ちゃん。

三位――両手血塗れのデンジャラス緑谷君。

二位――猫が入った紙袋を持った銀髪の学生さん。

一位――水着のイレイザー。

 

 

 

016 響香ちゃん

 

 

 

「わたしぃ、天然なんですぅ~」とか言う自称天然系女子の話を聞いていた黄彩が放った「じゃあきょーかは養殖だね」という天然発言の威力がやばいし、自称天然系女子のウチを見る目もやばい。

 

 

 

017 緑谷君

 

 

 

 教室に入ってきたオールマイトがまず僕たち全員が机に突っ伏しているのを見て、黒板に『面白いこと言うまで起きません』と書いてあるのを読んで一言、「君達このネタ振りは厳しすぎるでしょ……、寝たふりだけに」で一発OK貰ったのは格好良かったし、さすがオールマイトと思った。

 

 

 

018 梅雨ちゃん

 

 

 

 いつも通り下品だった峰田ちゃんを相澤先生が「デデンデンデデン、デデンデンデデン」とターミネーターを口ずさみながら空き教室まで引きずっていったの。

 

 ……可愛いわぁ!!

 

 

 

019 響香ちゃん

 

 

 

 女子で集まってカラオケ行ったら、前の客の履歴が3ページぐらいレッツゴー陰陽師で埋め尽くされててウチと三奈だけが爆笑した。ひとしきり笑った後ウチが歌い出したら、窓ガラスをバンバン叩く音がしだした。外から。5階なのに。慌ててレッツゴー陰陽師を選曲してヤオモモに歌ってもらった。

 

 

 

020 ミッドナイト

 

 

 

 イレイザーが充電切れでピーピー鳴る携帯に向かって、「そうやって泣き叫ぶ余裕があるならもう少し動いたらどうなんだ」って睨みつけてる。

 

 

 

021 三奈ちゃん

 

 

 

 黄彩くんに「壁ドンやったことある? あたしにやってみてよ」って、ふざけ半分に言ったら、ものすごく申し訳なさそうな顔であたしのお腹あたりに手をやって、壁に押しつけてきた。いや、聞いてよ! わかんないなら普通に聞いて!? あと響香ちゃんごめんて!

 

 

 

022 彩織ちゃん、カインくん

 

 

 

「あなたは仏の顔も三度まで、という諺を知らないのですか?」

 

「あ? んだよそれ、三回殴ったら死ぬってことか?」

 

「仏は大概死人ですよ」

 

 

 

023 轟くん

 

 

 

 雄英の避難訓練は「体育館から火が出ました、速やかに体育館に避難して下さい」みたいな校内放送が流れる。

 消火しに行けってことなら普通にそう言ってほしい……。

 

 

 

024 切島くん

 

 

 

 爆豪と一緒に歩いてたんだが、目の前にいた女子小学生が爆豪を見た瞬間防犯ブザー押した。キレた爆豪も掌で爆破起こしてて、民家のじーさんが怒鳴ってきて、めちゃくちゃうるせえ。

 

 

 

025 響香ちゃん

 

 

 

 少し目を離した隙に黄彩が上鳴みたいなのにナンパされてたのは、まぁもういつもの光景なんだけど、「一人?」って聞かれた黄彩が笑いながら誰もいないところを指差して「皆とあそびきたの」って答えて、男はひきつり笑いで誤魔化しながら逃げた。

 そんな方法があったかと感心してたんだけど、蒼さん直伝らしい。……でもあの人場合、たまにマジっぽいんだよね。

 

 

 

026 黄彩くん

 

 

 

 中学生の頃、道端で禿げたおじさんに、「おいお前、折角親がくれた髪の毛なに染めてんだよ! 親の気持ち考えてみろよ!」って言われたんだけど、ボクの白色は地毛だし、きょーかが「アンタこそ親にもらった大事な髪の毛どこやったんすか」って反論したらおじさんが泣いて逃げていった。

 

 

 

027 相澤先生

 

 

 

 中間試験の時に、有製が試験前に机の中に入れていたバナナが、試験後には皮だけになっていたのを俺は見ていた。面倒だったから放っておいたが、『試験中にバナナを食べる』というカンニングよりも難しそうな行為に、なぜ有製が高いリスクを取ってまで挑戦したのか、俺には今でも分からない。

 

 

 

028 七七七ちゃん、彩織ちゃん

 

 

 

「他人の不幸は蜜の味とはよく言うが、妾は甘い物が苦手なのだ」って寝返る時の台詞考えてから十年が経過。完全に寝返るタイミングも相手も見失った。

 

「七七七、あなたいつか裏切るつもりだったんですか?」

 

「表に妾の収まる場がなくなっていたがの」

 

 

 

029 相澤先生、黄彩くん

 

 

 

「いいか、俺は心を鬼にして言ってるんだ」

 

「うにゃ、じゃあボクは桃太郎にして聞くね」

 

「打ち負かそうとすんな」

 

 

 

030 梅雨ちゃん、響香ちゃん

 

 

 

「響香ちゃんが目をキラキラさせながらイチゴパフェ食べてるのと、有製ちゃんがブラックコーヒー飲んで悶えてるの、どっちに萌えるかで年上が好みか年下が好みかがわかるわね」

 

「梅雨ちゃん、ウチら同い年だから」

 

 



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芸術家達の戯言教室、六時間目。

 

001 オールマイト

 

 

 

 黄彩くんはそのレントゲンをも超える目を持っているからか、とてもマッサージが上手く、ときどき遊ぶ面々は皆たまにやってもらうのだが、

 

「うにゃ、気配殺して歩くの癖になってんね」

「ん〜、これ一回バラバラになった方が早いよ」

「肩で何か育ててる?」

「首、……ある?」

「うにゃ〜……、石!」

 

 などなど、腕もそうなのだがそれ以上にいちいち呟かれる言葉が面白すぎて好評だぞ!

 

 

 

002 彩織ちゃん、りんごちゃん、七七七ちゃん

 

 

 

「この世の中には二種類の大人がいます。きっちり責任を果たす大人と、果たそうと努力している大人です」

 

「責任を果たさない大人もいるよ?」

 

「それは大人ではありません。無駄に年齢を重ねただけの子どもです。りんごちゃんはそんな人になってはいけませんよ」

 

「おいリーダーよ、うぬは殺人鬼兼食人鬼になにを言っておるのだ?」

 

 

 

003 カインくん、彩織ちゃん

 

 

 

「最強の武器っていえば日本刀だけどよ、現代で最高の刀作ろうと思ったらどんな鉱物使うんだろうな」

 

「ウランとか、プルトニウムとか、切るまでもなく殺せる刀が作れますよ」

 

「……それ、誰が持つんだ?」

 

「私がウランやプルトニウム程度で死ぬわけないでしょう?

 

「彩織お前、……ついに人間やめたのか!?」

 

「あなたにだけは言われたくありませんよ」

 

 

 

004 梅雨ちゃん、響香ちゃん

 

 

 

「日本では四人に一人は精神的なバランスがとれていないらしいわ。だから友達を三人思い浮かべて、その三人がまともならおかしいのは自分らしいの」

 

「……ウチが思い浮かべた三人(黄彩、被身子、使駆)、全員頭おかしいんだけど」

 

「……世も末ね」

 

 

 

005 七七七ちゃん

 

 

 

「某TV番組で心霊写真特集をやっていたのだが、そのうち一枚にたまたま写り込んでおったリーダーが地縛霊として解説されておった。……まぁ、確かに白いけどな」

 

 

 

006 殺人鬼達

 

 問題・無人島にリンゴが一つ、ナイフを二回だけ使って三人に分けるには、一体どうすればいいでしょう?

 

使駆「ナイフなんざなくともバラバラにできる」

 

被身子「一度刺して果汁を吸い取り、果肉は二等分して二人にあげます」

 

りんご「りんごがなにをしたっていうの!?!?」

 

 

 

007 カインくん

 

 

 

「ミキサーをほどほどで止めたらみじん切りになるんじゃないかと思って、ネギジュースを製造したことがある。大根おろしと一緒にめんつゆに混ぜたらそこそこ好評だった」

 

 

 

008 彩織ちゃん、七七七ちゃん

 

 

 

「なぜそんなに強いんだと聞かれますが、心当たりが母上に『アスファルトを裂く花のように強く生きなさい』と言われたくらいしかないんですよね」

 

「強すぎるだろ。そしてマジで裂くでないわ」

 

 

 

009 黄彩くん、響香ちゃん

 

 

 

「アイドルってさ、本人達よりもファンの方が恋愛禁止を守ってるよね」

 

「黄彩、それ絶対本人達の前で言っちゃダメだからね」

 

 

 

 

010 カインくん

 

 

 

「地元の暴力団の一人が、一番トップの人に『お前らクスリだけは絶対やるなよ』とか言われたらしく、風邪ひいたのに風邪薬飲まずに入院したらしい。ザマァみろ」

 

 

 

011 響香ちゃん

 

 

 

「昨日、黄彩に寝る前に『犬って脱皮する?』って聞かれたんだけど、どうしたらいい?」

 

 

 

012 被身子ちゃん、使駆くん

 

 

 

「私くらいの殺人鬼になると、鬼にならずとも人を殺せるのです」

 

「心を鬼にして殺す殺人鬼なんていねぇよ」

 

 

 

013 転生の魔女、魔の魔法使い

 

 

 

「水ってすごいですわよね。ちょうど摂氏0度で凍って、100度で蒸発するんですの。水がないと生物が生きていけないし、まさに賢者の石のようですわ」

 

「ジェーン、それ魔女のセリフじゃないよ」

 

 

 

014 ラストお姉様

 

 

 

「私が常に見守っているはずなのですが、黄彩くんと響香ちゃん、ストーカー被害にあっているそうなんですよね……」

 

 

 

015 被身子ちゃん、使駆くん

 

 

 

「久しぶりに実家に帰ったら、更地になってたんですよね……」

 

「ああ、俺も経験あるそれ。どこ行ったんだろうな、俺らの家族」

 

 

 

016 黄彩くん、響香ちゃん

 

 

 

「ママから『母は冷静沈着である』ってメールが来たからちょっと帰る」

 

「うん、頑張って」

 

 

 

017 彩織ちゃん、七七七ちゃん

 

 

 

「七七七、美人と可愛い、得なのってどっちですか?」

 

「ブスより得だと思っておけば幸せになれるな」

 

 

 

018 相澤先生

 

 

 

「今日、廊下で耳郎が有製に話していたことが、『今日、筆箱忘れてキャベツ持ってきちゃった』だった……。なにがあってそんなことになるのか気になるし、類は友を呼ぶのかとも納得した」

 

 

 

019 使駆くん、被身子ちゃん

 

 

 

「100キロ出てる電車の中で、80キロで走ったらどうなるんだろうな」

 

「怒られるんですよ」

 

 

 

020 アダルト響香ちゃん

 

 

 

 ミッドナイトから『いい男なんて落ちてはいないんだから、そこそこのオトコをいいオトコにするのが女の腕の見せ所よ? すでにいい男は誰かの作品なの。そんなお下がりで満足してるようじゃ、まだまだ小娘だわ』というごもっともなお言葉を頂戴いたしました。

 ところでミッドナイト、あなたの作品はどこにあるんでしょう?」

 

 

 

021 響香ちゃん

 

 

 

 黄彩と梅雨ちゃんをお化け屋敷に放り込んだら、明らかに一人二人の数じゃない大勢の悲鳴が外まで聞こえてきて、一時入場禁止になってた。あの二人、なにしたんだろう……。

 

 

 

022 七七七ちゃん

 

 

 

 24時間テレビを見ていたリーダーが『愛は地球を救うとかいいますが、愛がなくともみんなが救われるシステムの方が大事だと思います』って言っておったのだが、多分それ暴力と権力の暴走なのよな。

 

 

 

023 黄彩くん、響香ちゃん

 

 

 

「ん〜、スカートの中を盗撮したっていうニュースを見るたびに思うんだけどさぁ、パンツはいてるに決まってるのに、なにが見たいんだろうね」

 

「……その先が見たいんじゃないの?」

 

「写真でいいならネットにいっぱい載ってるのに」

 

「おい待て」

 

 

 

024 ミッドナイト

 

 

 

 たまに黄彩くんと出かけることがあるのだけど、彼のナンパの断り方のキレの良さが凄いわ。

『明日のおやつ考えてるから忙しい』は私も使いたいわね。

 

 

 

025 使駆くん

 

 

 

 被身子が『かぁいいは、お金をかけて、時間をかけて、食欲を抑えて、肌に悪影響な粉をかけて、言いたいことの半分は我慢して、少々大袈裟な演技をしながら男の人を立てて、男の人の目を見て、地声より高めの声を保って、甘えたり、時に落ち込んだフリをしたりするとつくれるんです』って真顔で語ってた。

 

 

 

 

026 被身子ちゃん

 

 

 

 蚊の被害を、虫刺されから『深夜に被害者宅に侵入し、首や脚など計六箇所をめった刺しにし、その後逃走』って言ったら、案の定使駆くんは『俺はヒーローじゃねぇが悪の敵! 殺すべきを殺す執行車!』って叫びながら、蚊取り線香を買ってきて毒殺を始めました。

 ……蚊を轢き殺す使駆くん、ちょっと見たかったです。

 

 

 

027 アダルト響香ちゃん

 

 

 

 三奈が、『まだ子供だとかもう子供じゃないとか周りは色々言うけど、じゃあいつから大人なの?』という、まず大人は言わないことを言い出したなと思ったら、黄彩が『二十歳になってやっと成人、人に成るんだから、もう二十歳は歳とった四十歳くらいからじゃない?』っていう地味に闇深い回答をしてた。

 

 

 

028 黄彩くん、響香ちゃん

 

 

 

「きょーか、頬杖つくなら両手でついて」

 

「んぇ、……え、なんで?」

 

「そっちのが可愛いから」

 

「……ん」

 

 

 

029 七七七ちゃん、彩織ちゃん、カインくん

 

 

 

「今日は一段と暑いの……。確か、四十度近くまであがるんだったか……」

 

「フフフ、なにを言ってるです七七七。円の内角の和は360度ですから、まだマシですよ……」

 

「誰か冷やすもん持ってこい! 彩織が壊れた!!」

 

 

 

030 響香ちゃん

 

 

 

 黄彩は今でこそ料理がプロ並みだけど、最初からそうだったわけではなくて、袋麺を袋ごと茹でて『きょーか! 三分茹でたよ!』って言いながら、ドヤ顔で持ってきたことがある。

 燈さんが『蒼と同じことしてるな……』って懐かしんでた。

 

 

 

 



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芸術家達の戯言教室、七時間目。


 そういえば、いつの間にか七十話超えてたんですね……。毎日投稿程度にするつもりでしたが、いやはやいつから狂っていたのか……。

 とまぁ、息抜きにコピペ改変回。チーム多めですが、壊理ちゃんの生活が垣間見えるかもしれません。


 

001 黄彩くん

 

 

 

 いつかきょーかが、

 

『お前は見られている』が宗教。

『見られていなくても』が道徳。

『どう見ているか』が哲学。

『見えているものは何か』が科学。

『見えるようにする』のが数学。

『見ることが出来たら』が文学。

『見えている事にする』のが統計学。

『見られると興奮する』のが黄彩(雌)。

 

 とかって言ってたけど、見られて興奮するのは美学だよ。

 見れて嬉しい、見られて嬉しい。

 

 

 

002 七七七ちゃん

 

 

 

 リーダーが交渉かなんかで出かけ、今さっき帰って来たのだが、すこぶる機嫌が悪い。その理由が『出されたお茶が200度くらいあって火傷しそうになって、カッとなった』らしい。

 

 いや、そこは火傷しろよ。

 

 

 

003 彩織ちゃん、りんごちゃん

 

 

 

「仕事の基本は『ほうれんそう』だそうです。何のことかわかりますか?」

 

「もちろん知ってるんだよ! 報告、連絡、総力戦でしょ?」

 

「それはうちだけですよ」

 

 

 

004 透ちゃん

 

 

 

 化粧品を買いにいったら、店員のおねえさんが美容液的なものをつけてくれながら『この美容液はDNAに働きかけて遺伝子を変えてくれるんです』って言ってて今得体の知れない恐怖に打ち拉がれてる。

 

 

 

005 カインくん

 

 

 

 ららはオレでも彩織でも、本当に誰でもチームが怪我するとめちゃくちゃ心配してくれるんだが、痛いのは生きてる証しとか言って痛みだけ残しやがる。

 

 ……昔痛覚麻痺させて死んだように生きてたってのを聞いてるせいで怒るに怒れないんだけどな。

 

 

 

006 可思議ちゃん

 

 

 

 壊理がコタツに入った時、『……死ぬならここがいいな』って言ってたから同意しておいたけど、結構な速さで腐るよね……。

 

 

 

007 響香ちゃん

 

 

 

 黄彩の一番衝撃的だった寝言は『……三途の川で溺れるっ』だった。深夜だったけど泣きながら叩き起こして朝までマリパやった。

 

 

 

008 七七七ちゃん

 

 

 

『私と仕事、どっちが大切なの!?』と言われたら、どう答えたらいいんだろう? という話で会議になり、リーダーが『思い切り抱き締めて、「そんな質問させてごめんなさい」って言ってあげたらいいんです』と満点解答してきたのは想定内。

 問題はその後、カインが『そうそう、身内からの答え辛い質問は大体それで問題ねぇ。「今日の夜カレーとシチューどっちがいい?」も抱き締めて、「そんな質問させて悪いな」で解決する』と言い出したこと。

 

 ……いつか妾を抱きながら似たようなことをほざきおったが、そういうことだったか。

 

 

 

009 彩織ちゃん

 

 

 

 名探偵達と私、カイン、壊理で旅行に行く機会があったのですが、とある列車でのことです。

 指定席の列車の座席の倒し方が壊理にはよくわからなかったらしく、カインが代わりに倒してあげてたのですが、カインは『じゃ、押し倒すぞー』と言い出しやがりました。

 

 あられとららが同時に噴き出して、私は彼氏のロリコン疑惑に戦慄しました。

 

 カイン、我が姉曰くイレズミマンですが、アレで女児にはそこそこモテるんですよね。本人は絶対否定しますが

 

 

 

010 彩織ちゃん、カインくん

 

 

 

「結婚したらあれ言ってみたいです。――お風呂で私とご飯食べますか?」

 

「効率的ではあるがそんな常套句はねぇし飯作るのはオレだ」

 

 

 

011 恋人が傘を忘れた時の対応

 

 

 

響香

「置き傘くらいしなってば」

 当然のように置き傘を複数用意しており、家についてから相合傘出来なかったことを悔やんでたり。

 

カイン

「風邪ひかれても困る。文句言ってねぇでオレの傘に入れ」

 

使駆

「俺は風邪ひかねぇし、走って傘買ってくるわ」

 

彩織

「仕方ありません。今日はここで一夜を共にしましょう」

 

黄彩

「ちょっと待って。いま晴らすから」

 

 

 

012 可思議ちゃん、七七七ちゃん

 

 

 

「壊理に『コミケってどんな所?』って訊かれた……。どう答えたらいいと思う?」

 

「何があってそれを聞かれたのかも気になるが、大人達が本気でやった夏休みの自由研究発表会でいいのではないか?」

 

 

 

013 黄彩くん、響香ちゃん

 

 

 

「さっき、巻き戻しの子(壊理)に『どんな育ち方したら折り紙の金色を使えるの!?』って怒られた」

 

「土下座してこい」

 

 

 

014 彩織ちゃん

 

 

 

 小学校の頃、刺青を理由に虐められかけていたカインは、消しゴムを投げて来た男子に机を投げつけ、担任に『やり返したらずっと争いは終わらないよ』と諭されたのですが、『やる気が消えるまで一方的に殴れば争いはおこらねぇ』と返し、保護者である私のママが呼ばれました。

 尚、ママはカインの言葉に同意していましたよ。まぁ、私のママですからね。

 

 

 

015 サー・ナイトアイ、緑谷くん

 

 

 

「漫画やアニメ等でメガネのキャラクターが本気出す時にメガネ外すのに違和感がある方もいらっしゃると思いますが、メガネ歴の長い私から言わせてもらうと、本気出すと壊す恐れがあるから外しているのだと思います」

 

「だから飯田くんはあんなにメガネを持ってたのか!」

 

「……彼に伝えておくといい。戦闘中にレンズが割れると目に刺さり失明のリスクがあると」

 

 

 

016 ららちゃん

 

 

 

 彩織さんが持っていた知恵の輪を全て解き、そして全部一緒くたに混ぜた上で、絶対に解けないように個性で細工するという悪戯をしました。しかし、腕力で引きちぎられた挙句、こねくり回され一本の針金にされるというある意味神業を披露されました。

 悔しいですが、それ以上になにをどうしたらそうなるのか尋ねたのですが教えてもらえず、カインさんに聞いたら彩織さんのお姉さんも同じことができるそうです。

 

 白神家、一体どんな魔境なんですか。

 

 

 

017 カインくん

 

 

 

 あられが土産にイカを丸ごと持って来たから、滅多にないことだし壊理にも見せてやるかと思い、捌くところを見せてやってるんだが、『恨みのこもった目で見てる……』とか『プラスチックが入ってる……』とか『命を奪った上に、気持ち悪いと思ってしまってごめんなさい……』とか、名言連発で面白いから彩織にカメラ持ってこさせてる。

 

 

 

018 七七七ちゃん

 

 

 

「さぁ、どんな願いでも言ってみろ。妾が嘲笑ってくれる」

 

 

 

019 彩織ちゃん、カインくん

 

 

 

「コロッケ自作したことある方なら、必ず思うはずです。なんでコロッケってあんな安く売ってるんでしょうね?」

 

「手間はかかるが、量産は楽なんだよ。五十個作ろうが百個作ろうが手間は大して変わらねぇ」

 

 

 

020 カインくん

 

 

 

 小学生の頃、いやがらせをしてくるクラスメイトのことを愚痴っていた時、羽織さん(彩織の母親)がくれたアドバイスは『前歯でも折ってやればいいじゃない。どうせ乳歯よね』だった。

 

 

 

021 響香ちゃん

 

 

 

 黄彩は人の名前とかほとんど覚えないからよく反感を買ってて、相澤先生に『何故お前は作品の名前は覚えられるのに、他人の名前は覚えられない?』って訊かれてた時、『作ったことないからじゃないかな』って答えてた。

 

 

 

022 カインママ、壊理ちゃん

 

 

 

「フランスパンをレンジでチンするとラスクができる。バターと砂糖を塗り込むと旨いぞ」

 

「ママ、入らない」

 

「切らないで渡したオレも悪かったが、切ってないことに気付け」

 

 

 

023 カインママ

 

 

 

 テレビに『七年間一度も「美味しい」と言ってくれてない夫のために、普段作らない手の込んだ料理を出して美味しいと言ってもらう』って回がやってたけど、一介の料理する者として言わせてもらうぞ。そいつに食らわせるべきなのは手の込んだ料理ではなく、刃こぼれした安物の包丁だ。

 

 

 

024 七七七ちゃん

 

 

 

 ゲームをしたことのない壊理にドラクエをさせてみたのだが、『どうしてスライムがお金持ってるの?』と訊いてきたから、いつもリーダーやカインなんかに言うノリで『道で拾った小銭を「いつかにんげんになったらつかおう!」と、取っておいてたからかの』と答えたら、マジ泣きされた。すまぬ、冗談だから泣き止んでおくれ……」

 

 

 

025 七七七ちゃん

 

 

 

 カインが前触れなく妾にラップで包まれたコロッケを4個渡してきおった。……あやつ、もしや妾を妹や娘どころか孫として見ておらぬか?

 

 

 

026 壊理ちゃん

 

 

 

 アルミホイルで折った鶴をママに渡すと、いつも潰しちゃうの。

 それでね、「あ?」って怖い声で言うんだけど、わたしを怖がらせないように、怖い顔にならないように気をつけるから、変な顔になるの。

 むずかしいけど、気をつけてくれるのが嬉しくて毎日作っちゃう。

 

 

 

027 七七七ちゃん

 

 

 

 おい壊理、スマホを性能で選ぶのは子供にしては出来過ぎだと思ったが、野菜を切れるスマホを探すな訊くな。そしてリーダーも「この薄さなら、大根までは余裕ですね」とか教えるな。それができるのはうぬの血筋とカインだけだ。

 

 

 

028 可思議ちゃん、カインくん、りんごちゃん

 

 

 

「やば……、コタツで寝落ちして二時間も寝てた……。誰か、誰か水分を……」

 

「おー、そいつぁ大変だな。壊理の作ったラスク食うか?」

 

「可思議お姉ちゃん、大丈夫? カステラ食べる?」

 

 

 

029 カインくん、七七七ちゃん

 

 

 

「彩織が食いたいっつーから肉じゃが作ったんだが、壊理が『すごい! お母さんみたい!』とか言い出した。ヤベェな極道。組長の娘でもそんな殺し方すんのかよ」

 

「……うぬ、わかってて言ってないか?」

 

 

 

 

030 カインくん、彩織ちゃん

 

 

 

 壊理はハンバーグも好きだしカレーも好きなのに、「ハンバーグカレー作るか」って言うと、鬼気迫る表情で「やめて!!」って全力で拒否しやがる。

 ヤクザ共に食わされてたのかとか色々考えた後に理由を聞いてみたもののよくわからんが、たぶん要約すると『幸せすぎて怖い』みたいなことを言いやがった。

 

「だから今日はハンバーグカレーにデザートであいつの好物なリンゴも出してやる」

 

「もう立派にお母さんじゃないですか。壊理、たまにあなたをママって呼んでるんですよ。私はお姉ちゃんなのに!!」

 

「知るか! そしてやめさせろ!!」

 

 



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芸術家達の戯言教室、八時間目。

001 響香ちゃん、カインくん

 

 

 

「目玉焼き作ってたら二回炎上した……。ウチ、才能ないのかな……」

 

「家庭科の授業でまな板ぶった斬った彩織とか、天井に茹で卵突き刺したオレでも出来てんだから心配いらねぇよ」

 

「……なんか、ちょっとした敗北感」

 

 

 

002 響香ちゃん

 

 

 

 被身子が彩織さんに『千葉の人って個性無しに手足が自在に伸びたり、テレポートしたり出来るのですか?』ってマジで訊いて、彩織さんは『そんな事できる方は滅多に居ませんよ』と即答してた。

 

「……私はあの『滅多に』は彩織さん渾身の冗談だと思ってる」

 

 

 

 

003 彩織ちゃん

 

 

 

 上着の袖を通さずに羽織るだけというスタイルがかわいくて可憐に思えたから最近ずっとそうしてたのですが、敵前で名乗りをあげて大剣を抜いた時から、七七七やりんごちゃんから『大佐』と呼ばれるようになりました。

 

 ……リーダーと大して変わりませんが、可愛くないので微妙にいやです。

 

 

 

004 魔術探偵八ツ星

 

 

 

「先生、さっき除霊の依頼をされた方からクレームが入ったのですが、何かされたんですか?」

 

「除霊? ……嗚呼、その壺を壊さないと死ぬしかないと何度も説明して、最終的に納得したはずなのに、壊したら報酬は払わない、詐欺だ、弁償しろってほざいてた奴の事か。俺の過ちをあえて挙げるなら、生かして帰した事くらいだな」

 

「では、同じ過ちは犯さないようにしないといけませんね」

 

「そうだな。せめて口を封しておくべきだった」

 

 

 

005 可思議ちゃん

 

 

 

 何年か前、チームのリーダーを誰がするかって会議になったんだけど、立候補を見ていくと『この中から死なない毒を選んで飲んでください』みたいな感じで、「もう誰でもいいよ」としか言えなかった。

 

 

 

006 響香ちゃん

 

 

 

 彩織さんはとにかく褒めて伸ばすというか、行きすぎて愛でて伸ばすって感じの指導をしてくれるんだけど、どんなに情けなくても何かしら褒めてくれるから、インターンが楽しくて仕方ない。叱らないって本当に大事だと思う。

 

 ちなみに、最初に個性抜きで戦うとなってウチが一人やっと気絶させた時の褒め言葉は『殴る時の三白眼が最高です』だった。

 

 

 

007 七七七ちゃん

 

 

 

 最近肩こりが酷くてな。そのことを電話でららに愚痴っていたのだが、『シャワーを浴びる前に日本酒を頭からかぶって洗い流してください。粗塩もあったらふりかけるといいでしょう。霊が原因なら、大体それで霊が剥がれ落ちて首回りが軽くなります』と、嫌なアドバイスをもらった。

 まさかと思いつつ、カインに酒を用意させてやってみたら、本当に軽くなりおった……。

 

 

 

008 ららちゃん

 

 

 

『頭から日本酒と塩かぶると憑いてる霊が落ちる』っていう話を聞き、先生に仕組みに聞いてみたら、この方法は『酒と塩で霊を祓う』って訳じゃなく、霊を日本酒と塩でパワーアップした守護霊で殴って落としてるんだそうです。めっちゃ物理ですし、浴場手前の脱衣室に酒瓶が置いてあるのはそういうことでしたか。

 

 

 

009 七七七ちゃん、彩織ちゃん

 

 

 

「……おいリーダーよ。うぬその服、前後逆に来ておらんか?」

 

「着るときにそんな気がしましたけど今そういうのは聞きたくないので、『常に創意工夫を忘れなくてすごいな』とか、『チャレンジ精神旺盛でかっこいい』とか、そういう方向でお願いします」

 

「そういうことは妾ではなくカインに求めるがよい。妾は言いふらして嘲笑うくらいしか出来んよ」

 

 

 

010 カインくん

 

 

 

 ケータイとかの親の連絡先の名前って お父さんお母さんとか、父・母とか、フルネームで入れてるもんだよな。

 彩織はママって入れてるんだが、昔、羽織さんの呼び方を忘れて「ママ」「お母さん」「お袋」「お母様」とかって、片っ端から試してたんだ。そんで羽織さんからは「ママ」が好評で、彩織ももう呼び方を忘れないために「ママ」を採用してるらしい。

 

 羽織さんと電話で話してる彩織と遭遇した響香が、一人でに動く人形見たような目で見てた。

 

 

 

011 七七七ちゃん、ららちゃん

 

 

 

「ファブリーズで除霊が出来るという話と、線香でカビの繁殖が防止できるという話を聞いたのだが、どちらも本当だとしたら幽霊の正体が菌類の可能性が結構あるのではないかと思うのだが……」

 

「線香の香りのファブリーズが欲しいですね」

 

「そういうことでは、ないのではないか?」

 

 

 

012 魔術探偵八ツ星

 

 

 

「あの心霊スポットはヤバい。霊感のある無しに関わらず気軽に行かない方がいい」

 

「え? 先生がそんなに言うほどですか?」

 

「嗚呼、熊が出るんだ」

 

 

 

013 彩織ちゃん、カインくん

 

 

 

「人形とかに話しかけると魂が宿ってしゃべるようになるって話を、ウサギのぬいぐるみに話しかけてる壊理を見て思い出しました」

 

「おいやめろ。ただのホラーじゃねぇか」

 

「確かに日本人形やこけしなら怖いですが、ぬいぐるみなら喋っても可愛いじゃないですか」

 

「あ〜、なんか下品な事ばっかり言うおっさんテディベアが主人公の映画なかったか? あんなになったらどうすんだよ」

 

「……その時は私たちで性教育しましょう」

 

「それはどっちのだ? 壊理か? ぬいぐるみか?」

 

 

 

014 七七七ちゃん

 

 

 

 最近の子どもの中には、魚は切り身の状態で泳いでると本気で思っている子もいるというニュースを見たことあるが、そこらの六歳児よりよっぽど世間知らずな壊理は、魚を陸棲生物だと思っておったし、りんごは竹輪を木に成る果実だと思っておったし、カインは魚の切り身を牛豚の部位だと思っておった。

 

 だから、泳いでると思ってるだけまだマシなのではないか?

 

 

 

015 壊理、生まれて初めて食べた雪見だいふくに衝撃を受け、全ての記憶が書き換えられる。

 

 

 

カイン

「昼飯、なんか食べたいものあるか?」

 

「ゆきみだいふく!」

 

彩織

「私と雪見だいふく、どっちが好きですか?」

 

「ゆきみだいふく!」

 

七七七

「……うぬの名は?」

 

「ゆきみだいふく!」

 

 

 

016 響香ちゃん

 

 

 

 今朝、彩織さんは「さっき行きました」という豪快な嘘でパトロールをさぼろうとした。

 

 

 

017 彩織ちゃん

 

 

 

「響香、カインからメールが来ました。『今日の夕飯は発砲祭』だそうです。今晩の千葉は荒れますよ」

 

 

 

017 彩織ちゃん

 

 

 

 単位の勉強をしているとかで七七七が壊理に「イッポン、ニホン、サンボン……」と順番に数えていました。

 

「ナナホン、ハチホン、キューポン」

 

「九が違うの」

 

「クーポン?」

 

「違う」

 

「ココノポン?」

 

「……リーダーが引き取った理由がわかったわい」

 

 

 この会話の流れを定期的に思い出して萌えています。

 

 

 

018 響香ちゃん

 

 

 

 インターン中に複数の万引き犯を捕まえた。学校で流行ってるのか、『死んで詫びます』とか言うのがいたらしいんだけど、そのたびに彩織さんは、

「それは生きてる価値のある人間が言うことです」

「貴方の死が、なぜ詫びになるのですか?」

「貴方は何回、生き返りましたか?」

 って言って心をへし折ってから警察に渡す。

 

 ……皮肉がキツすぎませんか、彩織さん。

 

 

 

019 七七七ちゃん

 

 

 

 昔流行ってたカードゲームの『人造人間5号』の、【このカードは相手プレイヤーに直接攻撃できる】の直接攻撃の意味がわからなくて、いきなりぶん殴ってきたカインを妾は絶対に許さぬ。

 

 

 

020 カインくん

 

 

 

『指きりげんまん嘘ついたら家事全般任す』の語呂の良さが最高に最高。

 

 

 

021 彩織ちゃん、響香ちゃん

 

 

 

「国語のテストで『( )業( )得』という問題を『(授)業(誰)得』って書いて呼び出しくらうような阿呆が私の姉です」

 

「なんでチームにいないんすか?」

 

 

 

022 壊理ちゃん

 

 

 

 ペットショップの鳥さんのところで、りんごお姉ちゃんがインコに「僕うずら!」って教えてる。

 

 

 

023 カインくん、七七七ちゃん

 

 

 

「『うっせえな! てめぇ、死ね!!』って敬語で何て言うんだ?」

 

「大変賑やかな様子でいらっしゃいますところ誠に恐縮でございますが、御逝去あそばしていただければ幸甚に存じます、かのぅ」

 

 

 

024 彩織ちゃん

 

 

 

 背の高い男性は頭を撫でられ慣れてないから、撫でると懐かれるという話を聞き、さっそくカインで試してみました。

 そしたら何も言わずに私を抱きしめて撫で返して来たので、さすが人類最賢ですね。

 

 

 

025 カインくん

 

 

 

 最近、俺のエロ本がいつの間にかなくなってる。いや、別に隠してるわけでもなく彩織も読むからいいんだが、しばらく暇だしちょっとした悪戯を思いついた。

 部屋の床に無造作に置いたエロ本の中に「アレをするのは結構だけど声抑えろ。聞こえてるぞ」ってメモを挟んでおいたんだ。

 

 で、まぁ風呂から上がったら見事になくなってて、その翌朝。

 朝飯食ってる時に七七七が俺をチラチラ見てた。

 

 ……よりにもよってなんでお前かよ。

 なんとなく響香かりんごあたりだと思ってたスマン。

 

 

 

026 カインくん

 

 

 

 俺の部屋の机に七七七の文字で『すまなかった』と書かれた手紙と、シュークリームとコーヒーが置いてあった。一口食べたら、中のクリームは抜き取られ白米が入っていた。驚いてコーヒーを飲むと、コーヒー風味のめんつゆと醤油の味がした。

 

 オーキードーキー、テメェがその気ならこっちも山葵十割の抹茶アイスを食わせてやろうじゃねぇか。

 

 

 

027 響香ちゃん

 

 

 

 被身子が朝から午後の紅茶を飲んで、お昼に朝マックを食べ始めたあたりで壊理ちゃんの首が折れそうなくらい傾いてる。

 

 お願いだからランチパックを夕飯に食うな。そろそろ壊理ちゃんの首がもげる。

 

 

 

028 壊理ちゃん、七七七ちゃん

 

 

 

「ななみお姉ちゃん、神様っているの?」

 

「うむ、そうだな。壊理も何かを願い、祈ったりするであろう?」

 

「うん」

 

「それを無視するのが神という存在よ」

 

「ふぇっ……」

 

「っだ、だから妾達がいるのだ。だから、神に祈るより先に妾達を頼ってよいのだぞ?」

 

「……うん、ありがとう。お姉ちゃん」

 

 

 

029 彩織ちゃん

 

 

 

 先日から、カインと七七七が陰ながら陰湿な喧嘩をしていたのですが、ついに隠す気配がなくなり、カインが「何度言ったらわかるんだ、テメェの脳は蟹味噌か?」って料理人らしい罵倒をしたのですが、七七七は「カインよ、蟹味噌は蟹の内臓だから脳みそではないぞ」と返していました。

 

 その日の七七七の食事は三食カニパンでしたよ。

 

 

 

030 彩織ちゃん

 

 

 

 所詮この世には、やっていい事と、やってはいけないがやると面白い事しかないんですよ。ならやりたいことをやりたいだけやって死ぬまで笑うのが私たちです。

 

 



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川越大戦篇
第七十二話


001

 

 

 

 壊理の救出、保護が無事に終わったとて、決してヒーローの仕事がなくなるわけもない。

 彩織も例外ではなく、むしろ活動範囲を広げることになり、必然響香の連れ回される距離も伸びた。

 

 

 閑話休題。

 

 場所は、埼玉県川越市、とある高校。

 千葉に留まることが難しくなった際、真っ先に向かったのは彩織の地元である川越だった。

 

 その高校では、度々ヴィランの集団が学校周辺に現れて通報が相次いでいるらしい。

 

「ま、主な原因はカインなんですけどね」

 

「……は?」

 

 彩織が語るには、そのヴィランというのはカインに恨みを持つ者がほとんどらしい。

 

「ここは私とカイン、あとまぁ私の双子の姉の母校なんですが、その頃からこういう状況は出来てたんです。卒業すれば無くなると思っていたのですが……」

 

「なんか、大変そうっすね」

 

 死穢八斎會の時に持ってきていた大剣は置いてきたらしくコスチュームに手ぶらできていて、響香も落書きされた校門を思い出しながら呆れた表情を浮かべる。

 

「ええ、全くです。小、中とほったらかされたイジメ主犯格が、私たちに撲殺されなかっただけのアホが……」

 

「今、ナチュラルに撲殺とか言いませんでした?」

 

 二人が歩いているのは、高校の廊下。彩織を招いたという、元担任の元へ向かっている道中に、彩織は足を止めて壁を見つめる。

 

 そこには、一枚のポスターが貼られている。

 

――イジメ撲殺委員会

 

 A4のコピー用紙に手書きで、女子らしい丸っこい字で書かれた適当なポスター。

 

「そういえば、剥がすの忘れてましたね」

 

「なんすかこれ……」

 

 ため息を吐きつつも再び歩き出した彩織に響香も追いかけながら突っ込んだ。

 

「何って、チームの前身ですよ。無個性でイジメにあった私や、無個性と刺青でイジメにあったカイン、その二人と仲良くしてた私の姉の三人で、生徒会、教師会と交渉の末に立ち上げた委員会です」

 

「まさか、イジメっ子を片っ端からマジで撲殺したとか……」

 

「そんなわけないでしょう、言葉の綾、文字の綾です。イジメ現場に警察を連れ込むのが主な活動でしたよ」

 

 撲殺というか、陰湿なだけの殺戮だった。

 

「イジメ当事者全員に同情します」

 

「被害者の方々からは泣いて喜んでおられましたよ」

 

「で、今日はその被害者に土下座するために来たんですか? ……なんすかその不思議そうな顔」

 

 先導していた彩織は首を傾げながら振り向く。

 

「いえ。――お久しぶりです、藍華」

 

 

 

002

 

 

 

 響香は自分ではなく、さらにその後ろを見ていることに気がついて振り向く。

 

「藍華先生ですよ、彩織さん」

 

「私はもう社会人です」

 

「老害やクソガキでも恩師には敬称をつけますよ」

 

 藍華と呼ばれた、先生を自称する女性は、しかし彩織よりも若く見える、いっそ幼く見えると言ってもいい小柄な少女だった。

 

「恩師は己が恩師であることを強要したりしませんよ。だからあなたは藍華なのです」

 

「私の名前を愚の骨頂のように言わないでください」

 

「愚の骨頂だなんていています思っていませんよ。愚の象徴だと崇拝しています」

 

「やめてください。愚の骨頂でいいので私を神のように崇めるのは本当にやめてください」

 

「おやおや、とおりゃんせ二世の名を捨てる気ですか?」

 

「名乗った覚えはありませんしそれ妖怪じゃないですか!!」

 

 ここ、川越は確かにとおりゃんせ発祥の地ではあるが、当然この少女に関係は一切無い。

 

「まあいいです。で、そちらの学生さんは何方ですか?」

 

「私のもとにインターンで来た、イヤホン=ジャックです」

 

 彩織が響香の肩に手を当てながら紹介する。

 

「いや……? あ、外人さんでしたか! えっと、はろーえぶりわん、ないすチューみーツー?」

 

 響香も彩織とのやりとりを見て薄々感づいていたが、藍華という教師らしき少女は外見同様に可愛らしい人らしい。

 

「や、普通に日本人っすよ。雄英高校ヒーロー科一年、耳郎響香です」

 

「え? あ、そうでしたか! えっと、あれですよね? ヒーロー名ってやつ! ヒーロー志望の方とはあまりご縁がないもので、あはは……」

 

「私はヒーロー志望だったはずですがね」

 

「彩織さんはただの進路放棄だったじゃないですか……。あ、私は弓月(ゆみつき)藍華(あいか)です」

 

「藍華は私やカインの担任を三年間していたんです」

 

「めちゃくちゃ凄い人じゃないですか。恩師どころか大英雄では?」

 

「響香あなた、私たちをなんだと思ってるんですか」

 

「ヒーロー界隈の問題児だったじゃないですか」

 

「彩織さんとカインくんは本校の生徒だった時から問題児でしたよ」

 

「藍華、あなたまで言いますか」

 

「もう彩織さんは生徒ではないですから。何を言っても問題はないんですよ」

 

「仮にも恩師を自称する教師の言葉ではありませんね」

 

「私ですから」

 

 響香は藍華が三年間担任を続けられた要因を察しながら、長々と続く立ち話の終わりを待つ。

 

 

 

003

 

 

 

 立ち話が五分ほど続くと、授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、彩織と響香は藍華に引きずられるように少人数教室に連れ込まれた。

 

「いいかげん、本題に入りましょう。事前にお伝えしていた通り、打倒祈和歌夢を掲げたヴィラン集団、通称アベル。彼らの駆除をお願いしたいんです」

 

「いつの間にそんな洒落た通称が付いたんですか。しかもアベルって、最初の殺人被害者のことでしょう」

 

 尚、旧約聖書のカインは最初の殺人加害者である。

 

「気に入りませんね。ヴィランのくせに、カインを悪者扱いですか」

 

「現状、被害者が出ていないことから警察も積極的には動いていません。せいぜい、警備の強化くらいで」

 

「なるほど。下手なヒーローではなく私を選んだ理由が分かりましたよ」

 

「ええ。川越にももちろんヒーローはいますが、ヴィランらしい罪を犯していないアベルに関しては警察に任せるの一辺倒でして」

 

「で、罪状問わず叩きのめす私を選んだと」

 

「叩きのめす? いえ、駆除してくださいと、確かに私は言いましたよ」

 

 藍華の見せる笑みは、彩織の敵前で見せる笑みによく似ていた。

 

「あの日の戦争の日のように。いつの日かの内戦の日のように。かの大戦争の三日間のように。どうか今日も我が校を救ってください」

 

 藍華の顔を鏡に写すように、彩織も笑みを浮かべる。

 

「暴力を殺戮よりも嫌ったあなたが、武器を兵器よりも嫌ったあなたが、喧嘩を事件よりも嫌ったあなたが、私たちに命令したあの日を思い出しますね」

 

「私はもう彩織さんに命令を命じられる愚か者ではありません」

 

 響香は察する。チームは異質な人間の坩堝だったが、この藍華という合法ロリ教師もあれらに負けず劣らずの、怪人と言っても差し支えないような人なのだと。

 

「ならば、愚かでないと己を称するのなら、あなたが私達に何を言えばいいのか、二年前のあの日よりあなたは分かっているのでしょう?」

 

 彩織が煽るように言うと、藍華はスッと笑みを収め、何か大切なものも吐き出すような深呼吸をしてから、響香と彩織に見開いた目を向ける。

 

「薙ぎ払いなさい。切り捨てなさい。殲滅し虐殺し絶滅しなさい。潰して均し、地を血で固めなさい。斬って刻み血と肉の雨を降らせ、骨と臓物の国を築き上げなさい。――私たちを害する全てを駆除し、躊躇情けの一切も無く私たちの生徒を救いなさい」

 

 強かな力溢れる命令の言葉とは裏腹に、藍華の表情は突けば泣き出しそうなほどに張り詰めていた。

 

 命令された彩織は先の笑みを優しいものに塗り替え、藍華の頭を繊細な物を触れるように撫でながら返す。

 

「ええ、ええ、分かりました。分かりましたとも。愛しの藍華の命令とあらば仕方ありません。四万だろうと四億だろうと四兆だろうと、私の名は白神彩織。九の因果を身に宿し、私の使命を執行しましょう」

 

 彩織の柔らかな笑みに、藍華もつられるように、頬を吊り上げてた。

 

「というわけで行きますよ、響香。戦争の時間です」

 

「えっと、どういうわけっすか?」

 

「藍華が私達に命じた。ならば私達は持てる全てを駆使して命令を完遂します」

 

 彩織から天使の輪と翼を幻視するほどに、その表情は明るい。

 

「なんか、楽しそうっすね、彩織さん」

 

「ええ、それはもう。可愛いは正義という私の正義、お付き合いください」

 

 ルンルンという足音が聞こえそうな歩みで、彩織は教室を出た。

 

「えっと、じゃあウチも行きますね」

 

「はい。彩織さんをよろしくお願いしますね」

 

 

 

 




キャラ紹介

弓月(ゆみつき)藍華(あいか)
29歳、女性、独身。

 童顔、低身長、アニメ声と三拍子揃った合法ロリ教師。

――社会科教師

――イジメ撲殺委員会顧問

 小柄な身体とは裏腹にピカピカパワー溢れる、生徒教師問わず好かれる人気教師。
 三年間彩織とカインの担任を務めたという偉業を成し遂げているが、その三年間は教師の身に余る、人間の身に余る壮絶な三年間だった。

 彩織、彩織の双子の姉、カインの三人を中心に作られたイジメ撲殺委員会の顧問を今も務めており、部員は藍華の命令にのみ従い、イジメを撲滅する。

 彩織の《可愛いは正義》はその委員会活動で出来上がった正義で、当初は彩織に命令を強要されていた。

 本質的、根本的に温厚極まる人格の持ち主で、命令の文言は彩織に言わされていたものの受け売り。彩織達と関わることがなければ、命令なんて言葉が藍華の辞書に記載される未来はおそらく無かった。

 イジメ撲殺委員会の会員はイジメ被害者が多いため、彼ら彼女らからは密かに女神と呼ばれており、彩織は天使だった。
――人間寸前の銀翼天使。



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第七十三話

 川越大戦篇は黄彩君も出る予定ですが、もう少し先になりそうです。
 もう、藍華ちゃん先生が可愛すぎて! つい!


001

 

 

 

 彩織と響香が藍華に送り出されて、校門まで来た時。一人の女子生徒が待ち受けていたことに気がつき、向こうも二人に気がつく。

 

「はじめまして、白神彩織前会長」

 

 見るまでもなく堅物とわかる口調に、聞くまでもなく堅物とわかる外見。

 化粧っ気の無い顔に、腰あたりで切り揃えられた漆黒の髪。

 

「私は神先(かんざき)みさき。イジメ撲殺委員会の現会長をしています」

 

 それは決して先人への敬意の見える態度ではなく、どころか敵意や懐疑心を隠さぬ態度で、目で見える程度に軽く頭を下げる。

 

「アレは私達が卒業すると同時に消えたと思っていましたが、なるほど。後継がいましたか」

 

 彩織の意外そうな言葉に、響香は疑問よりも納得を抱く。

 

「白神前会長。私はあなた方の何もかもが嫌いです。本件は私が対処しますから、どうぞお帰りください」

 

「はて」

 

 目を丸くした彩織は響香と向き合い、首を傾げる。

 

「私があなたに従う理由は欠片もないし、見知らぬ学生に仕事を任せる理由もありませんね。行きますよ」

 

 と言いながら、立ちはだかる神先を素通りしようとするが、RPGのモンスターのように回り込む。

 

「本件は私が対処すると言ったはずです」

 

「なら私は学生に仕事を任せる理由もないと言ったはずですよ」

 

 ああ言えばこう言う、という高次元な話ではない。ただの職務妨害である。

 

「一応私もヒーローの端くれですし、母校の後輩のよしみで教えて差し上げますが、……そんなんだからイジメ撲殺委員会会長なんかになるんですよ」

 

「……何が言いたいのか分かりかねます」

 

「はっきり言ったつもりでしたが、ではもっと直球に言いましょう。あなたがイジメにあったのは、そのうざったい性格が原因だと言ってるんですよ」

 

「……私が疎まれていたとでも」

 

「いま(まさ)しく私達が疎ましく思っていますよ。いえ、恥じる必要はありません。これから私達が相手する者はあなた以上に鬱陶しいイジメっ子の成れの果てですし、あなた以上のクズなエリートはいくらでも居ます」

 

「あなたのそういうところが陰湿で嫌いなんです。言葉と暴力で人を傷つけて、やってることはただの私刑(リンチ)

 

「言葉と暴力のない世界で暮らしたいのであれば、どうぞ無人島へご移住ください」

 

「うわぁ……」

 響香は語る本人がもうクズだなと思いながらも、どんぐりの背比べを見守るつもりで静観することを決めた。

 

「そういう私だけの話をしているのではありません。あなたの被害にあった方々の恨み辛みが、本件の根源になっているのです」

 

「その恨み辛みを駆除するのが今回私の仕事です。そもそもが、カインへの嫌がらせから始まったことです」

 

「自分がされて嫌なことを誰かにするなと、ご両親や弓月先生に教わらなかったのですか」

 

「自分がされて嫌なことを相手に笑顔でするのがヒーローの仕事です。私もあなたも警察官ではありませんよ」

 

「ヒーローがそんな外道であっていいはずがありません。ヒーロー殺しを支持するわけではありませんが、確実に、あなたはヒーローに向いていない」

 

「仕事と言ったでしょう。私は善意のみ報酬見返り一切無しでボランティアをするニチアサヒーローではありませんよ」

 

「話を逸らさないでください。あなたに人を救う資格はないし、あなたが暴力で物事を解決していることを、私は決して許しません」

 

「ええ、どうぞ。暴力と権力と財力と知力の限りを尽くすと決めた時点で、多方から睨まれることを私は許容しています」

 

「っな、……っな、……」

 

 

 

002

 

 

 

 不毛な言い合いは響香がベンチを見つけて座り、さらにスマホを出しはじめた頃まで続いたところで、見かねた藍華が君臨し、二人とも悪い口を閉ざした。

 

「神先さん。あなたの正義感を私は決して否定しませんが、あなたはヒーローでも警察でも無い、学生であり子供です。私達教師と親御さんに守られ、駆けつけて来たヒーローにはありがとうとお礼を言う立場です」

 

 気まずそうに顔を逸らした神先を、腰に両手を当ててプンプンという血の沸き立つ音を鳴らしながらしたためる。

 

「彩織さん。あなたの正義を象徴となった私には、あなたに対して見ず知らずの他人に優しくしろとは言えませんが、不用意に敵を作るなとは教えたはずですよ」

 

「敵になる前に叩きのめしたら藍華は怒るでしょう」

 

「敵になる前に叩きのめしたら私ではなく警察が怒るんです!」

 

「罪を犯してから捕らえるのでは遅いじゃないですか。死んだ人は戻ってこないんですよ」

 

「どの口が言うんですか! 未遂、現行犯という言葉を覚えなさい!」

 

「発想する状況を駆除したほうが効率的です。シビュラシステムの開発が待たれますね」

 

「このヒーロー社会にサイコパスを見てそんなことを思うのはあなただけです!」

 

「ヴィランの脳を集めて、似通った思考の人間を徹底的に特定、監視するだけでも効果的だと思うんですけどね」

 

「あなたは良心や道徳心をどこに置いてきちゃったんですか……」

 

「姉に預けているのですよ。その分私は怒りを借り受けてるんです」

 

「いつか、そんなこと言ってましたね……。まったくあなた達は……」

 

「あれ、りんごちゃんと七七七、刹那、黄彩あたりで合作すれば近い物くらいは作れそうですね」

 

「噂には聞いていますが悪い人と仲良くしちゃいけませんよ! というか誰ですか!? マッドサイエンティスト!?」

 

「マッドではあるかもしれませんね。だからこそ孤立するわけです」

 

「やめてください! 連鎖的に私がやばい人みたくなるじゃないですか!」

 

「私が愛する藍華が普通であるはずがないでしょう」

 

「っにゃっ!? にゃっにゃにゃにゃにをいきなり言い出すんですか! 冗談でもそんなこと言わないでください!」

 

「冗談? 私をバカするのはやめてください。心の底から、遺伝子の一本から、私は藍華を愛しています!」

 

「あなたが私をバカにしてます! 彩織さんがバカです!」

 

「バカになることで、愛することを覚えたのです!」

 

「人の気持ちを理解できない超絶エリート男子が初恋して人の心が芽生えたみたいなこと言わないでください! それはただの社会不適合者です!!」

 

「超絶エリートを追い出すとか、社会も地に堕ちましたね」

 

「彩織さんが血に沈めてるだけです!」

 

「私は気に入らない人間を沈めたりしませんよ。せいぜい、積み上げて山にする程度です」

 

「道にしているじゃないですか! ご遺体を踏み台にしてはいけません!!」

 

「登山道整備なんてしませんよ。雨が降ったら崩れますから」

 

「土砂崩れ!? それ結局は地となり道となって雨降って固まってるじゃないですか!」

 

「うわ、なんか巨大ゾンビゴーレムになって暴れ出しそうですね」

 

「恨まれることをするからです!」

 

「叩かれるようなことをするから社会から追い出されるのですよ。悪だから沈むのではありません。沈むから悪なのです」

 

「めちゃくちゃど畜生じゃないですか! 魔女裁判!? どうしてその口でヒーロー免許を取れたんですか!?!?」

 

「歯に衣着せて、舌を二枚に裂き、化けの皮を被り、猫を重ね着したんです」

 

「ホラー映画のクリーチャーに取れるわけないでしょう!?」

 

「失礼な! ホラーヒーロー事務所《死体安置所の呼び声》の皆さんに土下座して詫びなさい!!」

 

「いないでしょう!? そして混ざってます! そんな民衆のSAN値を食いつぶすようなヒーローが一人でもいたら大問題です!!」

 

「最近見知ったヒーローに、首から上がムカデのヒーローがいましてね」

 

「どなたか存じませんがごめんなさい!!」

 

「落ち着いた性格で、アロマ等を好み、紳士的な性格だそうです」

 

「重ね重ねごめんなさい! ……あれ?」

 

「どうしました、藍華。……あ」

 

 

 

003

 

 

 

 長々と話し込んでいるうちに、彩織も藍華も気がついた。

 

「えっと、神先さんは……」

 

「響香、どこに向かいました……」

 

 神先が、いつの間にか姿を消していた。

 

「ん? あ、終わりました?」

 

 ベンチに寝そべり、完全に寛いでいた響香はスマホをしまいながら身を起こす。

 

「……仕事中にベンチで寛ぐとは、いい度胸していますね」

 

「ウチが悪いんすか!?」

 

「まぁ、いいでしょう。あの、…………藍華、あの現会長の名はなんでしたっけ」

 

「あそこまで言っておいて忘れるって……。神先みさきさんです」

 

「そう、それです。その神先さんはどこに向かいました?」

 

「あー、めっちゃ不機嫌そうにどっか行っちゃいましたよ」

 

「藍華、連絡先は持っていますか?」

 

「いえ。神先さん、携帯電話を持っていないらしくて」

 

 校門から出ていた藍華が戻ってきて答えると、彩織は重いため息をついた。

 

「……嫌な予感がしますね。藍華、危険に近づかない程度に捜索をお願いします。プロヒーロー、銀翼の名も使っていいですから、警察も巻き込んで構いません。私たちは急いで駆除に向かいます」

 

「え、あ、はい! えっと、もし神先さんが危険な目に合っていたら、ちゃんと、助けてあげてくださいね」

 

 言いづらそうに言う愛子に、彩織は不敵な笑みを浮かべる。

 

「それが藍華の命令ならば、私の名に誓って」

 

「耳郎さんも、よろしくお願いします」

 

「はい!」

 

 長々と時間を食いつぶしてようやっと、彩織と響香は学校を出た。

 

 




キャラ紹介

 彩織の双子の姉、白神(しらかみ)詩織(しおり)

 髪色、髪の長さ以外は彩織と瓜二つの、一卵性双生児。

 彩織同様の美少女であるため、一部からはいわゆる学園のマドンナ的な存在として崇められ、藍華と並べて女神と言われることも。

 彩織、カインの同級生で高校も同じ。姉妹であることから同じクラスにはなれなかったものの、お互いに仲はクラスメイト以上に良かった。

 彩織と違い、社会不適合者というわけでも無個性というわけでもない。
 しかし、妹の彩織が彩織であったこともあり、恨みを持つ男子生徒から暴行を受けそうになったことが何度かある。

 身体能力は彩織と同じ血筋、遺伝子で生まれてきたため、素手での戦闘能力は彩織並。
 料理が趣味で、カインに姉御と呼ばれながらも教わっている。

 怒りを彩織に預けたそうだが、それでも実は彩織以上に暴力的な一面もあり、学生時代に流した血の量は彩織、カインの合計以上。



 イジメ撲殺委員会の設立に賛成した藍華だったが、生涯で最も悩ませた生徒の一人に数えられている。

 近々登場予定。
 神先ちゃん? 嗚呼、気にしないで。





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第七十四話

 

001

 

 

 

 やっとのことで行動を開始した彩織と響香は、ひとまず彩織とカインが通学に使っていた道から、他の通学路に使われる道を巡り始めた。

 

「卒業してからまだ一年も経っていませんが、歩いてみるとなかなか感慨深いものですね」

 

「てか、高校は千葉じゃなかったんですね」

 

「まあ地元ですしね。襲ってきた不良の財布くらいしか収入源ありませんし、流石に一人暮らし、二人暮らしは無理があったんです」

 

「ちなみに、アルバイトとかは?」

 

「私たちにそんなことできるはずないでしょう。顔面刺青に銀髪ですよ」

 

「自覚あったんすね……」

 

 響香は妙に汚れたガードレールを見つけて、肩を震わせながらぼやいた。

 

「バイト先に襲撃されても面倒ですしね」

 

「面倒で済むあたり、彩織さんですよね」

 

 

 他愛のない雑談をしつつ、薄暗い細道を注視したりしながら、彩織の実家、白神家まで到着した。

 

 樹生の研究所のように真っ赤だったり、巨大な洋館やお城だったり、日本家屋だということも無く、閑静かつ端正な住宅街に佇むただ普通の一軒家だった。

 

「普通だ……」

 

「よく言われます」

 

 家に上がるつもりはないらしく、家を通り過ぎて、ちらほら空き地や空き家の見られる方へと向かって行った。

 

「家族に会ったりしないんですか?」

 

「今はいないでしょうね。姉は大学生ですし、ママは仕事です。私だけが違うんですよ」

 

「……ママ?」

 

「なんですか?」

 

「や、なんでも無いっす」

 

 詳しい説明を聞くまでもなく面倒くさそうな気配を察し、響香は黙った。

 

 その面倒くさそうな気配というのが、より濃い濃度で現れることになる。

 

 

 

002

 

 

 

 一時間程度歩き回り、コンビニで軽食を食べ終えて探索を再開して、数分後。

 

 響香は頬に生温い水滴が落ちる感覚がして、ふと空を見上げた。

 

「雨? ……は!?」

 

 血柱、とでも言えばいいのだろうか。ここからそう遠く無い場所で、滝をひっくり返したかのように赤い水の柱が天へと伸び、飛沫がそこら中にも飛び散っていた。

 

「急ぎますよ。アベルはおそらくあそこにいます」

 

 血柱はすぐに収まったが、彩織はそこへと走り出す。道路や住宅、響香に気遣い速さは加減しているが、それでも響香はなんとか全力疾走で並走する。

 

「ちょっ、アベルってあんなになるほどやばいの!?」

 

「いえ、アベルでもヴィラン連合でも死穢八斎會でもなる時はなるのが今のこの街です」

 

「ウチらがいるの本当に日本っすか!?」

 

「ヴィランとヒーローがいるのがこの国ですよ!」

 

 土地勘のある彩織に響香がなんとかついて行くと、一分もかかることなく血柱の発生地点に着いた。

 

 そこにあったのは、いつか見た光景によく似ていた。

 

 死体の山。血の海。積み上げられた負傷した男達は皆々呻き声をあげており、山の麓には腕や足だけが血の海を漂っている。

 

「あ……あ……」

 

「あーあ、まったくもうだよ、本当にもう」

 

 他に居合わせていたのは、学校でいつの間にかいなくなっていた神先と、手に付いた血をウェットティッシュで拭っている、彩織とよく似た顔つきの、黒髪の少女。

 

「大丈夫? みさきちゃん」

 

「し、っしし、しお、せん……」

 

 地面に座り込んでしまい制服を血で汚した神先は、血を拭い綺麗になった手を差し伸べられたが歯をガチガチと言わせて、白魚のような手は視界に入ってすらいない。

 

「殺してはいないでしょうね」

 

「はあ、はあ、はあ、……とりあえず、危険は無いってことでいいんすか」

 

「え、彩織? なんでいるの?」

 

 どれだけ器用に戦ったのか、肌は血で汚しても服には一滴も血がついていない少女は彩織の名を呼び尋ねる。

 

「ヒーローとしての仕事ですよ。そこで山になっているヴィラン、通称アベルの駆除です」

 

「彩織がヒーロー? うわっ、似合わな〜」

 

 血で真っ赤に染まったウェットティッシュを山へと放り投げ、もう一枚取り出して次は顔を拭いながら、彩織を笑う。

 

「うるさいです。連行は警察に任せるつもりでしたが、こうなると面倒ですね……」

 

「あ、そっちの子はあれだよね! 雄英の、えっと耳の子!」

 

「じ、耳郎響香です。インターンで彩織さんのとこに来てて、……えっと、もしかして彩織さんのお姉さんですか?」

 

 彩織が電話で話しているのを尻目に、少女は響香に目をつけた。

 

「そうそう! 私は詩織(しおり)ね。いんたー……、ああ! ネットのお友達かな?」

 

 どうやらインターンを知らない人間はインターネットのことだと勘違うのが普通なことを、響香は理解した。

 

「まぁよろしくね、響香ちゃん」

 

「気をつけたほうがいいですよ。詩織はバカでアホですがクズではありませんので、うっかり拒否反応を起こしかねます」

 

「彩織ぃ? 今私を病原菌の特効薬みたいに聞こえたんだけど、気のせいかな?」

 

「貶して無いんだから別にいいでしょう」

 

「待って。その理屈だとウチがクズみたいになってます」

 

「所詮人間なんてゴミ屑の集合体がほとんどですよ。詩織や黄彩みたいな純粋培養がむしろレアなんです」

 

 差し詰め、血生臭いあの山はチリの山ということかもしれない。

 

「ずらかりますよ。警察もじきに来るでしょうが、その前に掃除屋に仕事してもらわねばなりません」

 

 詩織も神先も「掃除屋?」と疑問符を浮かべているが、引き摺られるようにその場を離れた。

 

 

 

003

 

 

 

 時刻は移ろい、放課後と呼ばれる時間。

 

 一度白神家に招かれ、詩織と神先はシャワーを浴びてから、高校の少人数教室に詩織を含めた四人と藍華が集まった。

 

「えっと、とりあえず、みなさん無事で良かったです。……で、なんで詩織さんがいるんですか」

 

「なんでって、後輩の女の子が男の人に襲われてたら助けるのは普通のことでしょ?」

 

「あれは助けるなんて綺麗なものではありませんでした! ただの殺人事件です!」

 

 藍華が教卓の上に座り、彩織達はそれぞれ適当な机の上に座って話し合いが始まった。

 話し合いと言いつつ、最も似合う優等生がすぐに叫んだのだけど。

 

「えっと、……彩織さんまたやったんですか?」

 

 ビシッと、藍華は指し棒を彩織に向ける。

 

「証言あっても証拠なし。ついでに死人がいなければ死体もなし。明言は避けたいところですね」

 

 手慣れたように、いつものことのように、藍華の返事はため息だった。

 

「とりあえず、アベル構成員の殆どは今、病院か警察です。残党がいないとは決して言えませんが、元々集団でしか動けず、群れなければヴィランでいることすら出来ない、単なる害悪。どうせその内、ヴィラン連合にでも率いられるでしょう」

 

 掃除屋からの報告をスマホで確認しながら彩織は語る。

 

「ヒーローのことはあまりわかりませんが、あの、それでいいんですか? ヴィラン連合って、有名なテロ組織、みたいなところなんですよね?」

 

「ゴキブリ百匹にアリが十匹、二十匹加勢したところで、一網打尽にする手間は大差ありません。一般人に戻るならそれで良し、ヴィラン連合になるならそれでも別に。藍華が心配する必要はありませんよ」

 

「はーい、質問」

 

 藍華が彩織の言葉に不満げな表情を浮かべていると、詩織が右手を挙手した。「ん」と、喉を鳴らしながら藍華は指し棒を向ける。

 

「びらんれんごーって、なに? 今日のとは別の彩織の敵?」

 

「詩織。あなたはインターネットなんて贅沢は言いませんから、テレビくらいは覚えてください」

 

「見てるもん」

 

「見てるのはアニメだけでしょう。どうやって大学に入学できたんですか」

 

「えっと、話し合い?」

 

「「「「それは多分大学入試じゃない」」」」

 

「えー? 藍華ちゃんまで言うの?」

 

「私は大学に受験する際に話し合いなんてしませんでしたよ」

 

「私はしたもん」

 

「……それ、詩織先輩を受け入れるかどうか試験官が話し合ってたのでは無いですか?」

 

 死体の山の前で狼狽えていた時よりずっと落ち着きを取り戻したようで、神先は冷静に挙手しながら言った。

 

「え〜」

 

「私の知る詩織先輩は悪意無しに人を苦しめるお方でした」

 

「え〜!?」

 

「お姉ちゃんは昨今のアニメでよく見られるダメなタイプのお姉ちゃんですよ」

 

「こんな時だけお姉ちゃんって呼ばないで!」

 

「……彩織さんってたまに可愛いですよね」

 

「ええ。うちの生徒だった時なんてもう、毎日がこんな感じで」

 

「こんなの、私が知ってる前会長でも先輩でも無い……」

 

 

 これにて一件落着。……となるはずもなく、川越には大戦の火種が集まりつつあることを知るものは、しかし少なかった。





用語紹介

ヴィラン集団――アベル

 カインへの嫌がらせから肥大化しすぎてできた、言ってしまえば不良グループ。構成員は男のみで、見つかっていないだけで女性被害者は少なからずいる。

 神先みさきも、今話での被害者であり、暴行を受ける前に通り掛かった詩織に、一応救出された。

 アベルは救出という名の虐殺に遭い、千葉から駆けつけてきた掃除屋によって処理された。


 動機に同情の余地はなく、根っからのいじめっ子体質の組織。むかつく、生意気、気に入らない。その程度の理由でカインは被害にあっていた。

――赤信号、みんなで壊せば、ただの道。


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第七十五話

 

001

 

 

 

 世間一般で、と言うほど自惚れるつもりはないけれど、裏社会の、それももっと奥底の世界で、ボクは美少女と呼ばれている。

 でもだからと言って、美少女を自称するほど自惚れているつもりも、やっぱり無い――不細工を自称するほど自虐趣味なわけでももちろん無い。

 

 チームのリーダーの彩織ちゃん、りんごちゃん、その辺を十段階で十だとしたら、ボクはせいぜい七か八だ。七は七七七ちゃんに譲ってボクは八でいよう。

 

 いや、別にこんな話がしたくて語り手に立ったわけでは無い。

 

 とはいえ、すんなり素直に本題を語り始めるボクじゃ無い。せっかく初登場で語り手という、特別扱い枠に仕立てられたのだから、ボクらしく期待を裏切り、無駄話で花を裂かせるとしようか。誤字じゃなくてね。

 

 

 ボクはチームの一因だ。九の因果と笑い合いながら使命を執行するのがこのボクだ。

 

 でもボクの立ち位置というのは、新入りのメイド長、刹那さん以上に異端で、端的に言ってしまえばボクとチームは極端と極端の関係と言える。水と油というより、1と0の関係かな。二進数なんてほとんど知らないけどさ。

 

 ボクが彩織ちゃん達と出会ったのは、まだチームにチームという名前が付いていない頃。イジメ撲殺委員会とかいう、弱いものイジメを虐めるような組織だった頃。

 

 ボク達と彩織ちゃん達の戦いは、大戦争と、ここ川越では密かに呼ばれてたりする。もちろん裏ながら、影ながらね。

 ママ(カイン)と彩織ちゃん、詩織ちゃんの三人の軍団に対して、ボクは母親と父親、母親の再婚先の男と、父親の再婚先の女、計四人とボクで五人の群勢を組んだ。

 

 人数では勝ってるとはいえ、実力差は明確。核兵器よりも殺せる人間三人を相手に、サイコロよりも役に立たないクズ四人じゃあ格が違う。

 

 たった八人の喧嘩が大戦争までに発展したのは、概ねボクせいだ。ボクのおかげと言い直してもいいかもしれないけど、それは単に視点の違いだからね。

 

 大戦争の末に、ボクの親四人は便宜上事故死ということになったが、まぁつまりは死んだ。全滅だった。四人が四人とも啀み合って憎み合って睨み合ってたわけだし、一括りに全滅と纏めてしまうよりは、一人が死んで、一人が死んで、一人が死んで、一人が死んだ。と言った方が事の顛末を正確に表しているだろう。

 

 そのことに対して思うことはあまり無いし、大戦争唯一の敗者になったことも、家族が死んだことも、ボクは全く悔やんでなんかいない。

 

 ボクを産んだ両親はボクを虐待するクズ親だったし、再婚先の男は三日三晩、ボクをベッドで縛り上げた。再婚先の女なんて面識どころか認識もしてなかったけれど、情緒不安定なのか出会い頭にボクに往復ビンタをかましてくれた。

 

 我ながら、よく美少女と呼ばれてるよね。ここまでされておいて。

 

 いや、容姿に由来した異名じゃないけどさ。

 

 

 大戦争はせいぜい八人こっきりのちょっとした大戦争だったけど、これからの大戦は話が違う。

 

 芸術家も、人間寸前も、神の落書きも、美少女も、魔術師名探偵も、愛弟子も、惨殺専門も、轢殺専門も、刺殺専門も、黄金の国も、転生の魔女も、魔の魔法使いも、犬歯の魔女も、核融合の魔法少女も、霊超類の魔法少女も、理不尽の魔法少女も、最端の魔女も、異端の魔女も、死の魔法使いも、何もかもを巻き込んでの大戦になる。

 

 

 

002

 

 

 

 とは言ってみたものの、いきなり前触れなく誰かが街中で殺戮したり芸術したり探偵したり魔術したり魔法少女をしたりするはずもない。

 最初に動き出したのは、彩織ちゃんと一人の雄英生。相手はアベル。

 大戦の序章よりもずっと前の、前日譚の後片付けのような蹂躙。

 

 いや、詩織ちゃんがあんな化け物になってるのは予想外というか想定外というか、……。

 あの可思議ちゃんを諦めさせただけのことはあるね。

 

 可思議ちゃん。そう、不可思議可思議ちゃん。唯一の部外者にして無二の部外者。平和の象徴オールマイトが生ける伝説なら、可思議ちゃんは生ける都市伝説。表の住人でも裏の住人でも影の住人でもなく、文字の住人。

 七七七ちゃん曰く、物語は可思議ちゃんの掌の上。いや、紙の上のインク。

 今語るボクとて、七七七ちゃんのインク瓶の住人だ。

 

 大戦だって、その前のお話だって、その後のお話だって、可思議ちゃんにしてみれば電子の紙束だ。

 

 さていい加減、物語のページを捲るとしよう。

 

 あっちでドッカン、こっちでドッカン、何もかもの衝突事故だ。

 

 第一回戦は、外からの内戦。

 

 魔女と魔法少女の処刑劇だ。

 

 

 

003

 

 

 

「霊超類の魔法少女――赤星(あかほし)紀利(きり)

 

 腰あたりまで伸びた赤髪を三つ編み一本に束ねた魔法少女が、ファイティングポーズを向ける。

 

「天聖の魔女の弟子、転生の魔女――名はとうに捨てていますわ」

 

 対して、金髪を三つ編み二本に束ねた魔女が、気怠げに左手を鉄砲の形にして、向ける。

 

 

 

 都会と言うには建物が低く、田舎と言うには人も建物も盛んな街中でのこと。都会でなきにしても不自然なほどに人通りのない国道の中央で、二人の少女は戦争をしていた。

 

 魔女の名乗りを聞き、魔法少女はせせら笑う。

 

「魔女如きが、魔法少女に敵うと思っているのか?」

 

「あなたこそ、オレ様に勝てるとお思いで?」

 

 本来車両が川のように流れているはずの大地で、戦争は始まった。

 

 先に動いたのは魔法少女。両拳に橙色の炎を灯しながら、魔女に駆け寄り殴りかかる。応戦するように魔女は左手の照準を合わせる。

 

 瞬く間もなく魔法少女は魔女の懐に潜り込み、鳩尾に燃える拳をねじ込んだ。

 

 

「萌え死ね! ――嫉妬の枝槍!」

 

 情け容赦一切なし。炎は魔女に燃え移り、槍という実体を持って魔女を八つ刺しにした。

 

 見るまでもなく、訊くまでもなく、即死だ。心臓を貫いたとかいうレヴェルではない。脳も心臓も肺も胃も腸も膣も子宮も喉も骨も、何もかもを貫き、毛細血管の一本も残さず焼き尽くした。

 

「けっ。んだよ、やっぱ大したことねえな」

 

 残った灰を、虫の死骸でも眺めるような目で見る魔法少女。そこに人を殺したという感傷は微塵も見られなかった。

 

――しかし。

 

「その程度でオレ様が終わるわけないでしょう?」

 

 突然に。亡骸たる灰とは一切関係の無い位置に魔女は現れた。

 

「所詮は、死に遅れのはぐれ魔法少女ですわね」

 

  傷一つなく復活――転生した魔女は、変わらず鉄砲の形の指先を向ける。

 

「知っていまして? オレ様、転生の魔女ですのよ?」

 

 魔女は『オレ様』なんて、外見にも口調にも似つかわしく無い一人称で語りかける。魔法少女は目つきを変え、その表情を、驚愕と怒りに染めた。

 

「テメェ、まさか不死か!」

 

「もちろん違いますわ。確かに死の魔法使いは不老不死を確立し、一般普及を計画していますが、オレ様はいま間違いなく死亡しましたの」

 

「死ね! 死ね! 死ね! ――憤怒の木刀!!」

 

 魔法少女の手に握られたのは、二本の赤い炎の棒。大気を歪ませるほどの熱を放つ木刀で撲殺せんと振り回す。

 

「速いし重たいですが、しかし単調になりましたね?」

 

 一振り一振りが爆音を轟かせる攻撃。だが、当たらない。

 

「うるせえ! 死んでたまるか! 私は死ぬわけにはいかないんだ!!」

 

「魔法少女の年齢制限は十五歳。先月に誕生日を迎え、貴女は十六歳になりましたわよね?」

 

「ざけんな! 私が何をした!」

 

「十六歳になった。貴女が殺されるに十分な理由ですわ」

 

 魔女の指先から、不可視の何かが数十、数百と放たれた。

 

 さながら銃弾。さながら砲撃。魔法少女は難なく躱すが、アスファルトを粉砕し爆散する衝撃が背後から連続した。

 

「意味わかんねぇんだよ! そのクソみてぇな法律も! それに従うテメェも!」

 

「意味なんてありませんわ。そのためのオレ様ですもの。死になさい。――名無しの弾丸(クリアバレッド)

 

 突き出た魔女の右腕を、木刀は千切り飛ばした。

 

 好機と、攻撃のペースを早める魔法少女だったが故に意識の外だった。

 

 まるで魔女。まるで悪女。

 

「あ……、」

 

 その不可視の弾丸は、千切られた右腕から放たれた。

 

「来世でまた逢ったら、今度は仲良くしてくださいませ」

 

 魔法少女の胸から下を木っ端微塵に砕骨粉身し、魔女の頭部をも打ち抜き、粉砕した。

 

「……はてさて、一体ここは何処なのでしょうね」

 

 次の瞬間には生まれ変わってきた魔女は、幼くなった魔法少女を抱き抱えながら無人の国道に立ちすくんだ。

 

 

 川越大戦、最初の戦争は転生の魔女による処刑で幕を閉じた。

 

 そしてボクは使命を執行する。





キャラ紹介

 赤星紀利 16歳 女
 霊超類の魔法少女

 黄金の国生まれの少女で、とある悪への復讐に燃えて魔法少女になった。

 年齢制限に達した魔導士の一部は自ら出頭し、本人の意思により普通の処刑でただ死ぬか、転生の魔女による処刑で生まれ変わるかを選ぶことができる。
 紀利はその一部になることを拒否し、転生の魔女による強制処刑が実施された。


 霊超類とは、霊長類を超越した存在であるということを表しており、悪感情を意味する七つの大罪を魔法にして武器として戦うことを得意としている。また、あらゆる能力が霊長類の限界を越えてる。



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第七十六話

 

001

 

 

 

「うにゃぁ」

「うな〜っ」

 

 場所は千葉県、樹生第二研究所。

 川越市から帰還した響香は、我が家のように寛いでいた黄彩に覆い被さるように抱きつきながら寝そべった。

 

「何をしてるんですか、響香」

 

 後から入ってきた彩織は、呆れた目でじゃれる二人を見た。

 

「おかえり、彩織お姉ちゃん」

 

「ええ、ただいま帰りましたよ、壊理」

 

 荷物を下ろして服装も私服に着替えてきた彩織は、駆け寄ってきた壊理を抱きとめる。

 

「帰ったか、リーダーよ」

 

 壊理の後に、和菓子を山のように積み上げたお盆を抱えながら七七七がリビングに来る。

 

「カインのやつは今夕飯を作っておる。それよりも面白いことになっておるようだぞ」

 

 響香と黄彩がじゃれているソファの隅に腰掛けた七七七は、和菓子の山をテーブルに置いてテレビを付けた。

 

「面白い、ですか?」

 

「クフフ。ああ、まったく。妾が行かなくてよかったわい」

 

 テレビに映るのは、ニュース番組の生中継。映る場所はつい数刻前まで彩織達もいた川越市。上空からヘリコプターでカメラを回しているが、あちこちに戦争が起きたような惨状ができていた。

 

「リーダーの姉君とアベル、魔女と魔法少女。そして平和の象徴達と殺人鬼達。クフフ、まだまだ続くぞ。依璃(えり)のやつめ、久しく見ていないうちに腕を上げおったな」

 

 羊羹を齧りながら嗤う七七七に、壊理は「私……?」と首を傾げる。

 

「壊理ではなく依璃(えり)です。壊理はまだ会っていませんが、私たちの仲間であり家族ですよ。最近は反抗期気味ですが」

 

「反逆期、と言っていいかもしれんの。元々傷の舐め合いではなく塩の塗り合いで出会ったようなものだし、距離を置いて戻ったとも言えるか」

 

「私が望んだことですが、まさかここまでとは想定外ですねぇ。なるほど、確かにこれは面白い」

 

 七七七の持ち込んだ大福を摘みながら、彩織も口元を笑わせる。

 

「響香。明日、もう一度川越に行きますよ。黄彩も来てください」

 

「え……」

 

「うにゃ、いーよー」

 

 響香は黄彩を胸に抱きながら絶望の表情を隠さず見せ、黄彩は胸の内から了承する。

 

「美少女たる依璃は、孤立体質の多いチームで唯一の群体体質。私が相手になる以上、こちらもそれなりの仲間が必要です」

 

「カインさんとかでいいんじゃ……」

 

「カインも可思議もきっと依璃側ですよ。恋人、家族であれども、喧嘩となれば進んで敵対します」

 

「じゃあ詩織さんは……」

 

「アレですがアレでも一般人ですよ。もちろん巻き込みますし引き込みますが、それでも数が足りません。もう少し誰かこっちに欲しいですが、まぁ現地調達ですね」

 

 目が遠足前日の子供のように輝いた彩織に、響香は怖気付いた。

 

 

 

002

 

 

 

 川越の観光地、蔵造りの街並み。江戸の景色を保存した街並みは観光客で賑わっていて、あちこちに和服を着た外国人が見られる。

 

 そんな危険とは相反する地域に、二人の殺人鬼がいた。

 

「使駆くん! 『いもどうなつ』ですって!」

 

「まだ焼き団子食い終わってねぇだろうが」

 

「もう買っちゃいました! 紫いもまんじゅうも要ります?」

 

 轢殺専門の殺人鬼、巻解使駆と刺殺専門の殺人鬼、渡我被身子はレンタルした着物で着飾り、純粋に観光を楽しんでいた。

 

「団子持ってるこの手が見えてねぇのか? 刺すぞ」

 

「刺すのは私の仕事なのです」

 

「仕事じゃねぇだろ」

 

「そうでした。ただの趣味なのでした」

 

 クッキー生地に芋餡の入ったドーナツに頬張りながら、被身子は自答する。

 

「それにしても、本当に電柱がありませんね」

 

「電線は地下に通ってるらしいぞ」

 

「……鳥は全部ドローンで、電線から充電してるっていう、とんでも陰謀論を思い出しました」

 

「この街には住めねぇな」

 

「住みにくい世の中で、私は辛いです」

 

「殺人鬼の住みやすい世界なんざ、生きにく過ぎて死にたくなるぜ」

 

「確かに、かぁいい子はいなさそうですね」

 

 ベンチを見つけ、二人は座って食事と雑談を続ける。

 

「お、近くで事件が起きてるらしいぜ。食い終わったら土産買って、どっか別のとこ行くか」

 

「イベントなら参加はしないんですか? 使駆くんなのに」

 

「ヒーローが向かってんだから、わざわざ行く理由もねぇだろ。別に俺は戦闘狂じゃねぇんだよ」

 

「バーサーカーなのにですか?」

 

「俺はライダーだろ、どう考えても」

 

「私はきっとアサシンですねぇ」

 

「はっ、似合わねぇ」

 

「英雄のクラスに殺人鬼が入ろうというのが、そもそも烏滸がましいのです」

 

「お前から言い出したんだろうが」

 

 戯言に戯言の応酬。観光地に来てまですることではないが、二人にとってはもはや日常。

 そんな日常は、この川越ではそう長く持たなかった。

 

 妙にサツマイモ関係の多い土産を買い込み、日が赤らんで来た頃。あるいは、彩織と響香が高校を出て帰り始めた頃。

 最後に『時の鐘』を見て出発しようと思った二人は気がつく。

 

「誰もいねぇな」

 

「気配は皆無、人影は絶無です。怪しいですね」

 

 使駆は警戒しながら球体関節の具合を確かめ、被身子は帯に隠したナイフに手を向ける。

 

 人のいない江戸の街での沈黙。あちこちから暗殺者でも出てきそうな雰囲気の中、突如使駆はスイッチを入れた。

 

「ノーマルモーター、ウエストアクセルッ!」

 

 モーター音を鳴らしながら、腰を回転させて放つ平手打ちが何かを叩いた。

 

 ベキ、バキ、ボキ、と、硬い棒が幾つもへし折れる音が静かな街に響いた。

 

「ヌオッ!? っく、やるな不良少年!」

 

 奇襲を仕掛けてきたのは、金髪で巨漢の男。平和の象徴オールマイトだった。音の割にダメージは受けていないようで、むしろ使駆の方は面食らっていた。

 

 平和の象徴――悪の敵を名乗る使駆にとって、同一線上の極端と極端のように思っていた相手。別段ファンというわけでもなかったが、敵対するというのは予想も覚悟もしていない事態だった。

 

「オイオイ、何しょっぱなからヘマってんだよ、先輩」

 

 オールマイトと、もう一人。

 同じ平和の象徴として君臨する、髪から爪先まで金色の少女、神刺裂那。

 被身子のナイフを平然と袖で抑え、使駆に叩き飛ばされたオールマイトをせせら嗤う。

 

「んー、なんで刺さらないんでしょう」

 

 チクチクと、大した抵抗もしない裂那に被身子はナイフを刺すも、表皮一枚すら刃が通らず血も流れない。

 

「オレは黄金の国(ハートフルピースフル)そのものなんだ。破壊のありえねぇオレに攻撃なんて効かねぇよ。――話し合いで解決しようぜ! 平和的になぁ!」

 

 ダメージはなくとも鬱陶しかったのか、被身子の腕を払いながら裏拳を頬に当てる。

 

「ハッハッハ! いやぁ、久しく現場から離れていたからかな。感覚が戻らなくってね」

 

「肋を五本程度へし折ったと思ったんだが、あの音でノーダメかよ」

 

「ダイラタンシー、とか黄彩くんは言っていたな。なるほど確かにダメージは少ない」

 

 オールマイトは、胴以外に手足にも肋骨のような凹凸のあるコスチュームを撫でながら言う。

 

「黄彩だぁ? あー、ったく。そいつぁ非道卑怯にも程があるってもんだぞ、オールマイトよぉ」

 

「すまないが、私も身体にはガタが来ていてね」

 

「ダチの作ったもんだとぶっ壊せねぇじゃねぇか。顔面吹っ飛ばすのは趣味じゃねぇし、ヒーローと殺りあうのは主義に合わん」

 

「君がヴィランしか襲っていない というのは知っているさ。だが、だからといって見逃すわけにもいかんのでな」

 

「トガヒミコ、テメェには見逃す余地もねぇよ」

 

「見逃される奇跡なんて望んでもいないのです」

 

 話し合いを提案したのに拳を構えている裂那に、被身子はニヘラっと笑いかける。

 

「オレはヒーローじゃねぇが悪の敵。……敵対の意思は欠けらもねぇが、自己防衛はまぁなんだ、許せ」

 

「以下同文。殺せる気はしませんが、裂那ちゃんがかぁいいのが悪いです」

 

 前代未聞、と言うほどでもないが、ヒーローから仕掛ける異例事態。高みからの見物に気付かぬまま、戦争は始まった。




感想、よろしくお願いします。


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第七十七話

 

001

 

 

 

 叩けば地が割れ、振るえば天が裂ける豪腕が、故障知らずの球体関節の肉体に衝突する。

 人体とは似ても似つかず、金属にも樹脂にも近い身体は砕け散ることなく、ただ石の地面に叩きつけられる。

 

「ギャハッ、ギャハッハハハハハハハ!! ギャハハハハハハハハ!!」

 

「……何がおかしい」

 

 人間らしからぬ、機械じみた動きで立ち上がった使駆はスイッチを切り、舞うように笑う。

 

「お前はヒーローだが俺の敵になったわけだっ! こいつが笑わずにいられるかよ!! ギャッハハハハハハハハハ!!! ――あー、面白くねぇ」

 

 使駆はピタリと止まり、スイッチを入れる。オールマイトを静かに睨む目元の、歯車の刺青が回転し、モーター音が周囲に鳴る。

 

「……プラズマダッシュモーター」

 

 静かな物言いとは裏腹の、目にも移らぬ急加速による、ただの体当たり。

 自分の肉体を弾丸としか思っていないような、不自然な姿勢での体当たりは、オールマイトを巻き添えに電柱へとぶつかった。

 

「い、いっきなりだな!!」

 

「仮にもヒーローなら俺の敵に回ってんじゃねぇよ。俺がヴィランみてぇじゃねぇか」

 

 使駆はモーターを止めず、蝋細工のような指でオールマイトの首を掴む。

 

「ぐっ、離したまえっ」

 

 気管を閉めているのではなく、モーターの放熱を手から浴びせる。オールマイトは使駆の腕を両手で掴み、引き剥がそうともがくも、力を込めれば込めただけ使駆も力を込め、オールマイトの首が締まっていく。

 

「一体俺が何をした。善良な一般人を一人でも殴ったか? 店で物でも盗んだか? 誰かに迷惑でもかけたか?」

 

「警察は、君の犯罪に心底迷惑しているさっ」

 

 使駆の言葉に、オールマイトは熱に耐えながら答える。

 

「だったらなんだ、俺がぶっ殺したおかげで助かった奴らは五万と居る。そいつらが犯される方が、クソ共が死ぬよりマシだってのか?」

 

「……そうではないさ。……少年の犯行で救われた者を否定はしない。手の届かなかったヒーローを代表して謝罪と礼を裁判所で言うのも吝かではない。……だがルールは守らねばならない。誰かを助けるためには」

 

「ルールが人間縛って死ぬならそんなルールはただのクソだ。ルールを作る偉いやつの臭いクソだ」

 

 オールマイトの首元が真っ赤になると、使駆はスイッチを切った。

 

「おいオールマイトぉ!! お前の仕事は人を守ることか!? それともルールを守ることか!?」

 

 熱が引いたかと思ったら、今度はオールマイトを持ち上げた。痩せ型でオールマイトより遥かに小柄な使駆が、巨漢のオールマイトを持ち上げている光景は、天秤よりも不安定だ。

 

「ルールに則り人を助ける。それがヒーローだ」

 

「はっ! やっぱオレはヒーローなんか向いてねぇわ。法定速度も守れねぇ俺じゃぁ、なっ!!!」

 

「ぬおっ!?」

 

 と。使駆はオールマイトを、まるでボールのようにぶん投げ、速度標識にぶつけた。

 

「ギャハッ! 俺はこれからもルールを無視して人を救うぜ! 嫌なら俺をぶっ殺せ!!」

 

「そうはいかないさ。何故って? ――立ちはだかるのは私だから、さ……」

 

 速攻で殴って終わらせようと構えたオールマイトだったが、自身の肉体でへし折れた標識の数値を見て思わず足を止めてしまう。

 

――30

 

 時速30キロ以内で走れというルールは、しっかりとオールマイトを縛り付けた。

 

「マジかよ……」

 

 本来車両の速度を制限する物であるはずのそれを、人間だからといって無視していい物でもない。破壊力、危険度に大差はないのだから。

 

 

 

002

 

 

 

 幾人もの血を啜った二本のナイフと鍔ぜりあうのは、牙のように白い刀。しわだらけの手に握られる柄も白く、鍔も白い。シルエットだけならどう見ても日本刀なそれを、しかし被身子の目にはどうしても日本刀には見えなかった。

 

「犬歯の魔女――リリィ・スミス――殺してしまってよいのよな、平和主義者?」

 

 黄金の国(ハートフルピースフル)、裂那が連れてきたのは、刀を腰に下げた老婆だった。

 

「できれば殺すな。こいつは悪党だが悪とは別もんだからな」

 

「承知。……さぁ、試合おうぞ、殺人鬼め。不味そうだが喰ってやる」

 

 老いを感じさせぬ気迫を放ち、しわを濃くさせて笑みを浮かべる老婆――リリィ。

 

「おばあちゃんの血は美味しくないから、気分が乗らないのです」

 

 言いながら、被身子はナイフで襲いかかる。相手が老婆だからといって、躊躇い手加減一切なし――女子供でも容赦しないどころか、むしろ好んで殺しにかかるが――顔面狙いのナイフは、刀の刃が食い込んで止まった。

 

「……ふっ」

 

「うわあ!?」

 

 老婆は達人のような早技で刀を振るい、被身子のナイフ二本を切り捨てた。

 

「日本刀程度の強度はあったはずなんですが」

 

「それがどの程度の刃物か知らぬが、私は犬歯の魔女。硬いだけのものを噛みきれぬほど、鈍ってはおらぬのでな」

 

 犬歯の魔女――リリィ・スミスは齢300を超える魔女である。

 多くの魔女が老化を止めて生き長らえている中、素の身体機能のみで人智を超えた長寿を誇る魔女であり、二十人核の一、《一匹大神(ワンワン)》であり、黄金の国の和菓子屋店主。

 

 魔導士、二重人格、飲食店。三つの勢力に属する唯一無二の人間だ。

 

「オレも忘れてんじゃねぇぞ吸血鬼!」

 

「殺人鬼です!!」

 

 予備のナイフを右手に持ち、刀を受けながら裂那の拳を左手でいなす。

 

「ふんっ、意外とやりおる。歳が歳なら弟子に欲しいくらいだのぅ」

 

「殺人鬼の部下なんざいらねぇよ」

 

「転生の奴なんか似たようなもんだろうに」

 

「……わからない話は退屈でつまらないのです」

 

「そいつぁ悪かったな!」

 

 裂那の拳を躱すかいなし、リリィの斬撃はナイフが切られないように弾き返す。その技術はリリィから見ても大したものだが、しかし防戦一方なことに変わりない。

 

「ちっと黙ってなぁ!!」

 

「あっ」

 

 二人はだんだんと被身子を見極め、刀を弾きながらはいなせない方向から殴り、意識を飛ばした。

 

 

 

003

 

 

 

DETROIT(デトロイト) SMASH(スマッシュ)!!」

 

「プラズマダッシュモーター、パンチアクセル」

 

 被身子が気を失った頃。

 オールマイトと使駆の戦いも佳境に入っていた。お互い観光地に気遣ってか、周囲に損壊を齎さぬよう気遣いながら戦っていたため、全力の殴りあいとはいかなかった。

 

 拳と拳が激突する。空気が爆破し、砂埃が舞う。

 

 衝撃に負け、吹き飛ばされたのは使駆の方だった。

 上空へと打ち上げられた使駆は、そのまま重力に従い落下してくる。

 

 ぐちゃぐちゃ。

 墜落した使駆を見たオールマイトの感想はそんなところだ。腕も足も、首も指も、本来曲がっていい方向ではない方向に曲がっていて、さしものオールマイトでもこうなったら即死かもしれない。

 

 が、使駆の肉体は特別の中でも特別。身動きが取れないながらも、意識は失っていなかった。

 

「ギャハハ……。あー、まいったまいった。流石にこれじゃ動けねぇ」

 

「……ここまでになっても意識は飛ばないか」

 

「ギャハハ。構造からちげぇんだよ。この程度なら曲げ直せば治る」

 

 オールマイトは使駆の言葉に返さず、腰あたりを肩に担ぎ上げた。

 

「おい、俺をどうする気だコラ。オレも被身子も、喰っても大して美味くねぇぞ」

 

 裂那も気を失った被身子を横抱きに持ち上げていて、犬歯の魔女は姿を消している。

 二人は一切会話することなく、使駆と被身子を運ぶ。

 

「おいコラ離しやがれぇ!!」

 

 使駆は叫ぶも、腕も足も動かず、オールマイトも動じない。

 

 殺人鬼二人は、次の戦場へと運び込まれる。



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第七十八話

 

001

 

 

 

 平和の象徴と殺人鬼の戦争と同時刻。

 未だ物語に全く顔を見せていない二人の魔女は、包丁のように大きなナイフを二本携え、口元を血と油で汚した少女と接敵した。

 

「最端の魔女――オートゥイュ・ペスカロロだ」

 

「最端の魔女の弟子、異端の魔女――コンスタンタン・ペスカロロ」

 

 呼びにくい名前の魔女の師弟コンビに、少女の肉を上品に貪る殺人鬼は微笑んだ。

 

「何かな、黄金の国の魔女さん達。あたしは樹生のりんごだよ」

 

 リンゴのように赤い口から出た言葉に、魔女は笑う。

 

「アッハハハハハハハ! オイオイオイオイ! 見たか聞いたか私の弟子!! 純粋な殺人鬼も淡白な食人鬼も私は初めて見たぞ!」

 

「うっせぇよ師匠。見りゃわかる」

 

 りんごを指差して爆笑している女の魔女――オートゥイュと、煩わしそうにしている、男の魔女――コンスタンタン。

 

「あたしの名前は樹生りんご――九の使命を禁忌して、あたしの使命を執行するね」

 

 少女の遺体の顔面を半分程度食べたりんごは、魔女達に襲いかかる。幼い容姿からの印象に反し、その足の速さは弾丸のよう。

 

「アッハハハハハハ!! あんたは私たちを知らなすぎるっ!! ――ロックバレット」

 

 弾丸のような速さの殺人鬼に対して、オートゥイュは五つの銅色の指輪が嵌った右手を差し出すように向け、岩の弾丸を打ち放つ。

 

「まぁ、師匠に任せっきりは不味いか」

 

 コンスタンタンは、長身のオートゥイュに肩を並べてこそいるものの、背丈は遥かに低い。大人用のローブの中では足が浮いている。

 そんなコンスタンタンの頭上に、無数の魔法陣が重なり、光の球体になる。

 

「エアバレット――ファイアバレット――マジックバレット」

 

 オートゥイュの放った弾丸と合わさり、弾幕となってりんごに襲いかかる。

 

「アッハハハハハハハハ!!」

 

「アッハハハハハハハハ!!」

 

 オートゥイュが笑いながら、放つ弾丸の数を増やすと、りんごは同じく笑いながら、岩や炎、空気の弾丸をナイフで切り捨てながら、光る弾を回避しながら、勢いを止めず接近する。

 

「アハハハハハ!! アハハハハハ!!!」

 

 物量をものともせずに襲いかかるりんごに、次なる手が発動する。

 

 文字通り、手だ。アスファルトを突き破ってきた土の手が、りんごの足を掴む。

 

「アッハァ!! ――殺戮演技、踏殺劇」

 

 足を止められたりんごは笑みを収めず、浮いた右足を力任せに叩きつけた。まるで踏み潰された虫のように、土の手達は潰れて止まる。

 

「ハハハッ! アハハハハハハハ!!! ちゃあんと美味しく食べるからねっ!!」

 

「こんのっ、バカが!!」

 

 迫る眼球に迫ったナイフを交わしたオートゥイュは、全ての指に指輪を嵌めた両手を握り、りんごの顔面を殴り、殴り、殴る。

 

「スチールローズ!」

 

 三度顔面を殴られ、鼻血を流すりんごに、土の手が突き破ってできたアスファルトの穴から伸びた、鋼鉄の薔薇が巻きつく。棘がりんごの足に浅い傷を無数に作り、りんごは足を止めた。

 

「痛いっ! 痛い痛い痛い痛い痛いぃ!! とってとって! これとってぇ!」

 

 りんごはもがきながら、ナイフで薔薇を切り取ろうとするも、鋼鉄の薔薇は傷ついても切れることはない。どころか、もがく程に足の白い部分は赤く染まっていく。

 

「よくやった、私の弟子」

 

「とっとと殺そう。殺人鬼でもガキが泣いてるのは見ててしんどい」

 

「ッカー! 相変わらずやさしぃねぇ私の弟子は」

 

 オートゥイュはコンスタンタンの頭を撫でながら、しかし止めを刺そうとする動きを止めた。

 

「でもだめだ。殺すな」

 

「……んでだよ」

 

「……痛い。痛いよ……」

 

 だんだんと、りんごの声は弱々しくなっていき、薔薇を切ろうとしていたナイフの動きも止まる。痛ましいその姿に、しかし魔法を解くわけにもいかないコンスタンタンは思わず目を逸らし、師を睨む。

 

「後先考えろって教えたろうが。この殺人鬼の死に場所はここじゃないし、死に時は今じゃない。……おい、樹生さん家のりんごちゃん。私らをもう襲わないと誓え。そうしたら解いてやる」

 

「わかったっ! わかったからぁ! 痛いの!」

 

 叫ぶりんごは食い込んだ棘の痛みに涙を流し、血で染まった口元に肌色が戻る。

 

「じゃ、解いてやれ。私は薬局で薬と包帯買ってくる」

 

「……おう」

 

 

 

002

 

 

 

 川越駅へ向かう電車で。

 彩織に連れられてきた黄彩は、朝早くの出発に耐えられず、響香の膝枕で眠っていた。

 

「人、全く居ないっすね」

 

「今、川越市には完全避難勧告が出されてますからね。この電車も無理言って出てもらったわけですし」

 

 彩織がアベルを叩きのめしに行った日を含め、三日が経った今日。川越市の各地で起きている戦闘被害に、ついに避難勧告が出て、現在川越市には市民が存在しない。市の境界にはバリケードが張られていて、警備ロボットも配置されている。電車も一部は停止になるはずだったが、チームが無理を言って早朝に一本だけ走らせているのが現状。

 

「響香、予め注意事項を話しておきます。……依璃について」

 

「チームの人、なんですよね」

 

「依璃本人に関しては、それほど注意は必要ありません。言ってしまえば無個性の一般人と大差はありませんので」

 

「でも、もうかなり人が死んでるんですよね」

 

「ええ。依璃は率いるのが得意ですから。七七七曰く、優秀変人誘引体質、並びに、種別不問誘惑魅了体質、と言いましたか。あるいは主人公体質とも。例え宇宙人や異世界人、殺人鬼であっても、依璃は魅了して味方にしてしまう。あなた達の友人や学友が今日に限り敵対しても不思議はありません」

 

「……美少女って聞きましたけど、そこまでなんすか」

 

「私の家族ですよ。人類最賢や文豪、メイド長と同格の美少女ですよ。普通のままで居られるはず無いでしょう」

 

 彩織は窓から、静まりかえった街を眺める。

 まだ薄暗い早朝で、街頭は一つも灯っておらず、どころか何処の照明も灯っていなくて、夜と見間違うほどに街は暗い。

 

「少なくとも、カインが敵にいる。それだけで、下手をすれば川越市どころか埼玉県が海に沈むことになりかねます」

 

「それ日本の大半が沈んでません?」

 

「日本だけで済めばいいですね」

 

「なんでそんな重大なことにウチを連れてきたんすか!?」

 

「喧嘩は私と詩織、それと黄彩がいれば十分ですから。……響香、貴女には依璃に近い才能があります」

 

「はあ……」

 

 美少女に近い才能、と言われてもピンとこない響香は、熟睡している黄彩の頭を撫でながら首を傾げる。

 

「敢えて柔らかい言い方をするなら、誰とでも仲良くなれる才能です。いえ、この言い方では語弊がありますけど。……そうですね、敵と仲良くなる才能、と言っても、やはりこれも違いますね。……ヒーロー志望でありながら、殺人鬼やヴィランの友人を持ち、社会不適合者ならぬ、社会不適格者である黄彩と長年の交友を続けている。これは十分に驚異的な才能です」

 

 使駆や被身子、最近だとりんごのことだと、響香は察する。

 

「勿論、勇者と魔王に手を組ませるような依璃ほど異常ではありませんが、それでも十分に異端な人間です」

 

「ウチは、そんなんじゃ全然無いっすよ。ただ、黄彩と一緒に居たらいろんな奴が近くにいたってだけで」

 

「犯罪者とて、かつては誰かの隣人であり、クラスメイトであり、時には同僚だったりします。しかし彼らが犯罪者となって尚、友好な関係を続けることのできる人間というのは稀少です。誇りなさい、響香。それは頂点に立つにふさわしい才能ですよ」

 

「いや、ウチそんな野望みたいなの無いんすけど」

 

「おや、黄彩の作品群の頂点に立つのでしょう? 中には心を抉る悍ましいものもあるのだとか。それら全ての上に立つのなら、それくらいの度量は携えておきなさいな」

 

 ふと、響香は眠る黄彩を見た。

 贅沢に座席いっぱいに足を伸ばし、さらに贅沢に女子の腿を枕にし、もっと贅沢に臍に顔をを押し当てる、白髪ツインテールの少年。

 

「……黄彩がウチと一緒にいるのも、それなんすかね」

 

 そんなことを考えた途端、胸に何かが刺さるような痛みが走った。

 

「才能をそう嫌悪するものではありませんよ。黄彩はただ響香を好いているからこそ、そうしているのですから。……魅了と催眠、洗脳は違います。悪意と下心、色欲は違います。誰にだって好き嫌いはありますから」

 

 彩織は腕を伸ばし、響香の頭を方に乗せるように抱き寄せた。

 

「すぐ近くに凄まじい人材がいることの劣等感は私にもよく分かります。貴女に黄彩がいるように、私には七七七や可思議のような天才児がいますから」

 

 響香が動いたからか、黄彩が身動ぎした。

 

「そんな私からのアドバイスです。――とっととキスでもプロポーズでもセックスでもしてしまいなさい。――才能には努力では追いつけない境目があります。私たちは追いかけるのではなく、捕まえてしまうべきなのです。常識という壁を突き破り進む天才を。そして何よりも、諦めて、罪悪して、遠慮して、言い訳して、離れようとする己を」

 

「ちょっ、ちょっと待ってください。急にんなこと言われましても」

 

「人間寸前の人でなしからの、実体験に基づくアドバイスです」

 

「やったんすか!?」

 

「ヤッてやりましたとも」

 

「いや、そんな面白い冗談ではなく」

 

「面白くも無いでしょう。別に性的に抱く必要はありませんよ。要は、家族になってしまえばいいのです。仲間や友人であるのに理由は必要かもしれませんし、才能や努力が必要かもしれませんが、家族が共にあるのに理由も才能も努力も必要ありません」

 

「あ、そういう」

 

「別に今日会ったヴィランとキスしろなんて言いませんよ。ただ、ちょっと友人になれそうならなってしまいなさいというのがこの話の本題です。……まぁ、貴女と黄彩の関係は見ていて背中が痒くなるから、さっさと結婚しなさいという話でもありますが」

 

「やめてください、なんか恥ずかしいです」

 

「式には呼ばなくても結構ですよ。未だにカインと結婚できてない私が嫉妬で暴れない保証がありませんから」

 

 彩織とカインは、法的にも結婚できる間柄である。それなのに結婚しない理由は、誰も知らない。二人に結婚に対して思うところがある、というわけでは無いらしいが。

 

「分かりました。彩織さんたちと、あと結婚願望のある独身だけかき集めますね」

 

「サバトでももう少し健全ですよ」

 

「とりあえず、ミッドナイトとプッシーキャッツのピクシーボブは確定ですね。あとクラスのやつ何人か……」

 

「……少なくとも、ウェディングドレスが無事で終わる未来はなさそうですね」

 

「その頃にはウチも全盛期っすから、負けませんよ」

 

「別に私、結婚願望が強いわけでは無いんですけどねぇ。カインとは結構一緒なことが多いですし、結婚したところで何が変わるというわけでも無いですし」

 

「じゃあなんでしないんすか?」

 

「ま、法的な縛りの問題ですよ。結婚はしない方が都合のいいこともあるんです」

 

「……さっき結婚しろとか言った人のセリフじゃねぇ」

 

「とっとと縛り上げなさいと言ったんですよ」

 

「大して変わらないじゃないっすか」

 

 と。

 血生臭い恋話のような何かを語らっていると、なんのアナウンスもなく電車は停止した。

 何も鳴らずに停まり、不意に扉が開く状況に困惑しつつも、二人は黄彩を起こして電車を降りた。

 

 駅もやはり照明は灯っておらず、エスカレーターも止まっている。

 

「なんか、人のいない駅って不気味っすね」

 

「……うにゃ、なんか、ホラゲーの舞台みたい」

 

 眠そうな目を擦りながらの黄彩の言葉に、ホラーの苦手な響香が思わず肩を震わせた。

 

「とりあえず私の実家に向かいましょう。詩織が待っているはずですので」

 

 三人は機能していない改札を素通りして、駅を出た。

 

 そこに広がっているのは、摩天楼のように立ち並んでいたはずの建物たちが完全に溶け固まり、歩道橋の階段半ばまでが埋まっている惨状だった。

 



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第七十九話

001

 

 

 

 川越市の、かつて商店街だった、今は岩肌の広場に、彼らは美少女の元に集まっていた。

 

――ヴィラン連合リーダー

――刺殺専門の殺人鬼

――轢殺専門の殺人鬼

――惨殺専門の殺人鬼

――神の落書き

――平和の象徴

――黄金の国

――魔術探偵八ツ星

――霊超類の魔法少女

――核融合の魔法少女

――理不尽の魔法少女

――転生の魔女

――最端の魔女

――異端の魔女

――犬歯の魔女

――死の魔法使い

 

 睨み合い、笑い合い、語り合い。乱雑に掻き集められたような面々の中には、今にも殺し合いそうな我の強いものもいるが、しかし誰一人として手を出すことはない。

 火花一粒で爆発しそうな面々の前に、少女が現れる。

 

「や。久しぶり。それとも初めましてかな」

 

 目の怒った者達を嘲笑うように、言った少女に、十人十色の目が向く。

 

「なんで自分がここにいるのか分からない人もいるだろうし、来たくて来た人もいるだろうし、今すぐにでも帰りたい人もいるだろうけど、せめてどうか、ボクの話を聞いて欲しいな」

 

 暗黒の目で微笑む少女に言葉を聞いて、その場を去ろうとする者はいない。

 

「今日だけここは戦場になる。相手は人間寸前の銀翼天使。誰かが死んだりなんてしないし、明日になれば何もかも元通りだけど、どうか今日だけ、みんなの身体を貸して欲しい」

 

 全員が耳を傾けているのを見て、さらに笑みを深めて美少女は語る。

 

「ヒーロー、ヴィラン、異世界人に殺人鬼。みんな仲良く喧嘩しようね」

 

 髪、目に似合わぬ明るい微笑みを振りまく。

 聞き入っていた面々が歓声をあげようとして、しかしその声は喉半ばで押し戻された。

 

「いーっらっしゃいませぇ!! お客様ぁ!」

 

 ビルどころか、電柱すら無い此処に、天高くから人間が着陸して来た。

 

――メイド喫茶のメイド長。

 

「皆さん逃げてくださいましっ! 失礼ながら名乗りは省略させていただきますわ! ――名無しの弾丸(クリアバレッド)

 

「およよ、ジェーンちゃんじゃん」

 

 転生の魔女――ジェーン・ドゥが飛び出し、不可視の弾丸を放つも、メイド長――刹那は羽虫でも払い落とすように、地面へと弾道を逸らした。依璃の足元に着弾し、地面が大きく抉れる。

 

「……相変わらず、意味不明なバケモノですわね」

 

「エリたんだね、この集まりは」

 

 クツクツと、愉快そうに肩を震わせる刹那は、しかし笑みは口だけで目は鋭い。

 

「刹那さんは、敵なんだね」

 

「まったく。何を言っているのかな、このエリたんは」

 

 既に何人もその場からいなくなっているのに気がついた刹那は、敵意と警戒を隠さぬ魔女と美少女に言った。

 

「覚えておくといいよ。主人の居ないメイドというのはね、神羅万象有象無象、修羅神仏邪魅魍魎の何物よりも自由なんだ」

 

 

 

002

 

 

 

 刹那が着陸した時から、数十分が経過した頃の、白神家。

 

「警察も機能していないので、その辺に放っておけばいいですよ」

 

「え、でも腐らない?」

 

「死んでいないなら平気でしょう」

 

 駅周辺は原型を残していなかったが、暫く歩いて離れた住宅街は何事もなく無事な様子。そんな中、彩織の実家の軒先には気を失った怪我人達が道路に並べられていた。

 

「うにゃぁ……、この人、強いんだね」

 

「黄彩は初対面でしたね。この顔だけは優しいバカは私の姉、詩織です」

 

「うん、初めましてだね。……響香ちゃんの弟くん?」

 

「んーん、違うよ。ボクは有製黄彩。芸術家だもんね」

 

「ウチの幼なじみで、同じ雄英生です」

 

 黄彩は倒れている者達のうち、唯一の魔法少女らしき格好の少女の頬を突きながら名乗り、響香も突くのをやめさせながら言う。

 

「で、詩織。この者達は一体どうしたのですか?」

 

「えっと、駅まで迎えに行こうと思ったんだけど、その途中で襲われちゃってね。とりあえず気絶させたんだけど、もしかして拙かった?」

 

「いえ、お手柄ですよ。魔法少女なんてまともに相手して勝てる存在ではないので」

 

「……そんなの相手にして勝ってる詩織さんって一体……」

 

「やだなぁ、響香ちゃんまで。私もこの子も普通の女の子だよ?」

 

「普通の女の子どころか、普通の人間はまずこの街にはいませんよ」

 

 

 何はともあれ、四人は荷物をおろしてリビングのソファに腰掛ける。

 

「一先ず、戦況の確認をしましょう。私達は現状四人。他にも何人かに声をかけてはいますが、応じるかは正直微妙なのでいないものとします。で、黄彩」

 

「うにゃ、なぁに?」

 

 響香の膝の上で抱きしめられている黄彩は、出されたお茶に息を吹きかけて冷ましながら首を傾げる。

 

「先に詩織が倒した面々のことですが、あの中に主力クラスは何人いましたか?」

 

 今も尚道路で気絶している者達は10人近いが、その全員を依璃が戦力と認識していると、彩織は欠片も思っていない。

 

「ん〜、個性云々は見ただけじゃ分かんないけど、殆どは避難しなかったか迷い込んだヴィランだと思うよ。二人だけ、魔法使いと魔法少女がいたかな」

 

「その二人の詳細は?」

 

「あつっ、……うにゅ、魔法少女の方は知らない。魔法使いは確か、……そう、死の魔法使い。黄金の国で目立ってたから覚えてる。不老不死と、その一般普及の研究をしてたはず」

 

 個性で冷ませばいいものを、熱いまま口にして思わず口から離してから、黄彩は語った。

 

「研究者ですか。……積極的に参戦するとは思えませんが、まぁいいでしょう。ここももう敵に知られているでしょうから、最低限の荷物だけ持って移動しますよ」

 

 お茶を飲み干した彩織は、最低限の荷物――大剣二本――を手に立つ。釣られるように詩織も、半ば呆れた表情で立った。

 

「安心してください。二人は戦力として当てにはしていますが、勝率への期待はしていません」

 

「てか、勝ちも負けもないんでしょ。彩織が死んだら負け? 依璃ちゃんが死んだら勝ち?」

 

 立とうとした黄彩と響香は、詩織の言葉に動きを止めた。

 

「いえ、いえ。我々の勝利条件は、依璃を連れ帰ること。敗北、というか失敗条件は誰かが死ぬこと。物語に名の出ないヴィラン程度はどうなろうとどうでもいいですが、名だたる者は決して殺してはなりませんよ」

 

 

 

003

 

 

 

 戦闘開始から、約一時間。

 

「んっん〜、あいっ変わらず弱っちぃね、ジェーンちゃん」

 

「……あなたが強過ぎるのですわ、メイド長」

 

 死のうと終わらぬ転生の魔女、名無しの女(ジェーン・ドゥ)は時間稼ぎに最適な人間だった。現に、一時間という規格外に長時間の時間稼ぎに成功し、他の面々をどこかへと逃している。

 しかし今回とった刹那の戦法は、生かさず殺さず。ジェーンの攻撃魔法を正面から叩きのめしながら、治癒魔法で即座に治癒可能な程度のダメージを与え続けた。転生による体力、魔力の回復もさせずに痛めつけられ続けたジェーンは地に伏せ、泡を口端から溢している。

 

「今の私は主人無きメイド。冥土にも生きる旅人。死ねない程度のことが敗因になるジェーンちゃんが、弱くないはずないでしょう? 処刑ばっかりで腕が鈍ったんじゃない?」

 

「……うっさいですわ。オレ様は天聖の魔女の弟子、転生の魔女。幼子を殺す最悪処刑人。……少女の一人や二人救わねば、命の捨てがいがありませんわ」

 

 地に伏せたまま指鉄砲を向けられた刹那は、銃口を向けられているにもかかわらず、その笑みを抑えず、回避する素振りも見せない。

 

「いいぜ、殺せよ。冥土でも地獄でも、どこへでも送り込むといい。すぐにこっちへ迷い込んでくるとも」

 

「……死人を殺す術は持ち合わせていませんわ」

 

 ジェーンはため息を吐きながら、銃を下ろす。

 

「そ、ありがと。妹によろしくね」

 

 指鉄砲を解いて口端の泡を拭うジェーンにそう言い残し、刹那はその場を離れた。

 

 

 



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