魔神の子のダンジョンライフ 〜最強を目指して〜 (やってられないんだぜい)
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原作前
誕生


 皆さんこんにちはやってられないんだぜいです。

 今日から始まります。魔神の子のダンジョンライフ 〜最強を目指して〜

 読みに来てくださりありがとうございます。面白い作品にしていくので応援よろしくお願いします!

 では本編どうぞ!



 

 未だ人と人成らざる者が分たれてはいなかった古の物語。主人公である『メリオダス』は魔神族でありながら、仲間の七つの大罪と共に、人々を護るため魔神族に戦いを挑む。メリオダスは幹部である十戒を倒し、宿敵である父『魔神王』に幾度も敗戦を繰り返しながらも決して諦めず、遂には仲間、そして弟の『ゼルドリス』、恋人の『エリザベス』と力を合わせ、倒す事に成功した。3000年も続いた聖戦は終幕を迎え、世界に平和が訪れた。3000年前から幾度も転生を繰り返した『エリザベス』と結ばれて、メリオダスは人間の王となった。物語はこれにてハッピーエンド。

 

 

 しかし彼等は知らなかった。この物語で登場する事は叶わなかったメリオダスの幻の兄。メリオダスが生まれるより何10年も昔。彼の名を、

 

 『エルアコス』

 

 強すぎる能力が故に魔神王から世界から追放された男がいた。

 

 

 

 

 

 魔神王は自身の子供を生み出していた。だがそれは子供を愛する為では無い。彼にその様な甘い考えなど存在しない。あるのはただ一つ、より強く、より若い肉体を持つ我が子の肉体を乗っ取り、全盛期以上の力を手に入れる為に。全ては自分の為に。

 

 そして遂に、その子供が誕生しようとしていた。

 

 おぎゃあ!おぎゃあ!おぎゃあ!

 

 遂に生まれた。体長1.7フィート(約50cm)程の小さな体。男の子で髪の毛は金髪に黒のラインが生えている。しかし見た目などどうでもいい。気になるのは強い肉体かどうかだ。魔神王は部下に子供の闘級を測らせた。するととんでもない数値が飛び出した。

 

 「魔神王様!」

 「なんだ?」

 「こ、これは故障していると思われます」

 「何?」

 「あ、明らかに異常です!この子の数値は、武力4000魔力5999、気力1、闘級1万です!」

 

 武力とは、物理的な戦闘力を意味する。蹴る力や、殴る力はこれに該当する。

 魔力とは、この世界における特殊能力の名前。火、水、ありとあらゆる超常現象はこの魔力が引き起こす現象である。

 気力とは、その人が持つ精神力の事。意志の強い人は高く、弱い人は低くなる。

 

 そして子供の闘級は必然的に低い。能力に長けた魔神族の赤ん坊でも300あれば高いと言われる。それが10000。明らかに異常であった。強い肉体を求めたが、ここまで強いと返り討ちに遭うかも知れない恐れがある。自分の闘級は50万だがこの子が成長すればいずれ抜かれるだろう。勿体ないが子供を処分する事にした魔神王。子供を『獄炎』で焼き払った。……筈だった。

 

 「だぁう?」

 

 魔神王の放った獄炎が魔神王の元に跳ね返って来たのだ。

 

 「こ、これは。チャンドラーの全反撃(フルカウンター) ⁈」

 

 それは魔神王の部下、最高魔神の1人である『チャンドラー』の魔力。如何なる直接魔力も何倍にもして跳ね返す『全反撃(フルカウンター)』だったのだ。メリオダスはこの全反撃(フルカウンター)を使用するのだが、それはこれより未来の話。魔神王といえどそれは分からない。

 

 この子は産まれたばかりなのに他人の魔力を使用したのだ。この潜在能力、尚更生かしておく訳にはいかなくなった。魔神王は自身の拳を子供に振り下ろす。

 

 ドゴォ!!

 

 チャンドラーの全反撃(フルカウンター)は直接魔力のみを跳ね返す。魔力を含まない唯の拳には意味が無い。これで死んだ、そう思われた。

 

 「きゃっ!きゃっ!」

 

 手を退けて見えたのは潰された子供ではなく、無邪気に笑う我が子の姿だった。どうやったかは分からないが、自身の拳から産まれたばかりのガキが生き延びた事に腹を立て、何度も拳を叩き込む。しかし何度やっても笑い声は止まない。それどころかどんどん元気が増している。そこで気付いた。

 

 「まさか、我の魔力か⁈」

 

 そうだったのだ。魔神王の攻撃が効かなかった正体は、自身の魔力『支配者(ザ・ルーラー)』だったのだ。能力は『反転』、自分に向けられたどんな攻撃と弱体化も治癒と強化に変換する。この能力のお陰で子供は助かったのだ。

 

 魔神王は自身の魔力を使う子供に本気で恐怖した。もしかしたらこの世に存在する魔力を全て扱えるのかと。こいつは存在してはならない。そう思った魔神王は自分だけの禁術を発動した。その名も『世界の入り口(ワールド・エントランス)』一時的に異世界と空間を繋げることが出来る。しかし必要な魔力が余りにも膨大過ぎる為、使えるのは魔神王唯1人なのだ。その空間に先程生まれたばかりの赤子を放り投げる。

 

 「数分の間だが素晴らしい潜在能力を見せてもらった。我も学習したぞ。行き過ぎた力は身を滅ぼすとな。2度と会わない代わりに名前を授けてやろう。『エルアコス』それが貴様の名前だ」

 

 そう言ってエルアコスは空間に飲み込まれていった。何処に繋がっているかは分からない。マグマか、氷山か、はたまた深海か、どちらにせよ、いきのこるかのうせいはゼロに近いといえよう。魔神王は脅威が去った事で安心しきっていた。その為、その空間に自ら入る神器を見逃した。その神器はまるでエルアコスを追っている様であった。

 

 そしてこの空間を通ると呪いが掛かる代償があった。それはこの空間を通った者は急激な弱体化が課せられるというものだ。勿論、この呪いを魔神王は知っている。異世界に飛ばせて、更にその者を弱体化する。まさに最高の気分だった。

 

 しかしエルアコスの次に生まれた不出来のメリオダスに殺されるとはこの時魔神王も思わなかった。

 

 

 

 

 この物語は異世界で産まれた魔神の王子、エルアコスが父の身勝手な考えで異世界に飛ばされ、ダンジョンで最強を目指す物語である。

 




 ご愛読ありがとうございました。

 まぁプロローグなので少し少なめの文章量ですね。でも1話大体3000から4000字くらい書く予定なので読みやすいと思います。

 次回は捨て子です。お楽しみに!


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捨て子

 前回までの簡単なあらすじ

 魔神王によってこの地に産まれたエルアコス。しかし我が子の異常な能力に恐怖した魔神王は異世界にエルアコスを放り捨てた。


 では次回どうぞ!


 ー追記ー

 りなりあさん評価ありがとうございます。とても嬉しいです。これからも頑張るので応援よろしくお願いします。


 


 

 男神ゼウスは1人で旅をしていた。彼はほんの数ヶ月前までは迷宮都市オラリオで【ヘラ・ファミリア】と並び、世界最強と称された【ゼウス・ファミリア】の主神をしていた。【ゼウス・ファミリア】【ヘラ・ファミリア】その両方とも第一級冒険者が10数人所属しており、それ以下と比べる事すら烏滸がましい程の圧倒的戦力を保有していた。彼等は闇派閥(イヴィルス)へ抑止力ともなっており、英雄と称えられた。

 

 そんな輝かしい彼等のファミリアはある出来事を境にほんの数ヶ月で滅びた。原因はとあるクエストに失敗だった。3大クエスト『黒龍の討伐』、そのクエストで両軍の主力メンバーは皆命を落とした。何年も寝食を共にした仲間だ。人だろうが関係なくゼウスは悲しんだ。しかし、悲しんでいた彼を更なる追い討ちが襲った。襲撃されたのだ。それも闇派閥(イヴィルス)にでは無い。彼等の活躍に嫉妬していたフレイヤとロキ達のファミリアによって。彼等が生き残る為にはオラリオを捨てるしか無かった。ゼウスは自分のファミリアの子供の命懸けの行動によって命からがら生き延びた。しかし合流地点には誰1人として来た者はいなかった。ゼウスは自分を救ってくれた彼等に感謝して歩き出した。

 

 

 約1000年オラリオで暮らしていたゼウスは外の世界についてあまり詳しくない。ポジティブに考えて、これを機に世界を見渡す旅を始めた。

 

 1ヶ月程経った頃だ。新たな村を目指して数日経った頃、赤子が森に捨てられているのを発見した。しかもなんの服も着ておらず、地面に素肌で捨てられていた。ある物といえば、横に置いてある武器1つ。長年オラリオで主神をやって来たゼウスは一眼で分かった。これはとんでもない業物だと。人が作れる代物では無い。それこそ鍛冶神であるヘファイストスが作るレベルだ。武器に心を奪われていたが直ぐに正気に戻った。

 

 「おっと、こうしちゃおれん!」

 

 ゼウスは急いで赤子の口元に顔を近づける。まず生存確認だ。幸い息はしている。まず死んでいなくてホッとする。しかし安心する暇は無い。赤子はいつ体調を崩すか分からない。しかもこんな所に捨てられていたのだ。早く服を着させてミルクを作ってあげなければ、そう思った。しかしゼウスは気付く。彼から伝わる違和感を。

 

 「この赤ん坊……人では無い?」

 

 見た目は何処からどう見ても赤子だ。それもエルフや獣人特有の耳では無く、唯のヒューマン。しかし彼の体から伝わってくる負のオーラ。もはや人と言うよりは魔物に近かった。それも魔物より強大な圧を感じる。しかし魔物では決して無い。魔物はダンジョンで産まれる。そして産まれた瞬間から体が出来上がっており、近くの人に襲いかかる。だから魔物では無い。ある筈が無かった。

 

 「じゃが、これは一体……」

 

 しかし人と呼ぶには余りにも禍々しかった。ゼウスはこの子を助けていいものか迷う。この禍々しさ、もし成長して悪の道に進めば必ず世界の脅威となる。そうなれば現オラリオ最強であるオッタルすら太刀打ち出来なくなる才能を秘めている。

 

 もし違ったら赤子を見殺しにする行為だが、このまま見捨てるのが賢明な判断だろう。可哀想だがこの子はここに捨てておこうとする。その時、赤子の表情が歪む。

 

 「……うぅ、おぎゃあ!おぎゃあ!」

 

 赤子が泣き始めた。その瞬間、ゼウスは反射的に動き、赤子を抱えて走り出した。自分の行為は世界に災いを齎すかも知れない。世界の事を考えるなら、もっと言えば神が取るべき行動では無い。自分でも馬鹿な選択をしたとゼウスは思った。しかし世界を言い訳にして目の前の赤子を見殺しにする様な腐った神でいたくなかった。

 

 ゼウスは次の目的地予定だった村まで全力で走る。

 

 「確かこの先に村があった筈じゃ」

 「おぎゃあ!おぎゃあ!」

 「おお、泣くな。今すぐ暖かい寝床とミルクを与えてやるからな」

 

 ゼウスは息を切らしながら村に辿り着く。何処でもいい、この子が無事安らげる所であれば、そう願い、ゼウスは民家のドアをしきりに叩いた。数秒後、慌てた様子でふくよかな体型をしたおばさんが出た。

 

 「なんなんだい?こんなにドンッドンッ叩いて。ドアが壊れるだろうが」

 「ワシは旅人なんじゃがこの子が温まれる服は無いか!布でもいい!後ミルクも!先程までの森で捨てられてあったんじゃ!いつ死ぬか分からない、緊急を要するのじゃ!金なら払う!どうか頼む!」

 「捨て子⁈わ、分かったわ」

 

 ゼウスは必死になって頭を下げる。おばさんもゼウスの必死さと彼の抱えている赤子が捨て子と聞くと慌てて家の中へ戻る。身体を包める布とミルクをゼウスに急いで提供した。ゼウスは赤子を布で包むと口元に哺乳瓶を持ってく。

 

 「飲む元気があればいいんじゃが」

 

 捨てられてから時間が経った子なら飲む元気すら無くしている子供もいる。もしそうならもう手遅れと言っても良いだろう。ポーションを持ってしても治せない。しかしゼウスの心配は杞憂に終わる。赤子は哺乳瓶が安全な物かを確かめて1口吸うと、目を見開いて勢いよく飲み始めた。余程お腹が空いていたのだろう。

 

 「おお!凄い飲みっぷりじゃ!……これで一安心じゃな。いやー本当に助かったわ。お礼を言わせておくれ、ありがとう。それで金なんじゃがいくらかの?」

 「金ならいいよ。それよりあんた旅人なんだね。どうだい?この子が大きくなるまでこの村に住まないかい?この村は男手がが少なくてね。畑仕事とか大変なんだよ。赤子を連れて旅するのは大変だろう?あんたじーさんの癖に元気良さそうだからな。それで、どうかな?」

 

 おばさんの言う事に納得するゼウス。今までは1人旅だったから自由に出来たが、これからはこの子の世話をしながらする必要がある。赤子の世話をしながら旅をするのはとても大変だ。ならせめてこの子が大きくなるまでは安定した生活をさせてやるべきだと思った。

 

 「分かった。世話になる」

 

 こうしてゼウスは村の世話になった。村の人口は30人程度の小さな村だった。しかし彼女の言う通り男は少なく3人しかいなかった。元から少ない訳では無い。成人した男性は大抵この村を出て行く。理由は、単純に出稼ぎに出たや、オラリオで冒険者になって有名になるといったものだった。だからといってこの村を捨てた訳では無さそうだ。毎月仕送りがあるし、何に数回帰省してくる。

 

 「はぁ…」

 

 思わず溜め息をついてしまう。別に彼女達の話がつまらない訳では無い。思い出してしまうのだ。オラリオでの自分の子供達との思い出を。切り替えたつもりではあったが、オラリオと聞くと顔が強張る。

 

 「だぁあうー?」

 

 その様子を何か感じ取ったのかエルアコスが手を伸ばして来た。エルアコスというのは赤子の名前だ。この子を拾った日、つまりこの村に来たその日に名前が無いのは不便なので名付ける事になった。その時に頭にエルアコスという名前が浮かび上がった。何故この名前が浮かび上がったかは分からない。しかし変に子供のこれからの人生を決めてしまう様な名前を授けるより、直感でつけた方が大成すると思ったゼウスがそのまま赤子にエルアコスと名付けた。

 

 ゼウスが人差し指をエルアコスに差し出すと小さな手を使ってゼウスの指を包み込んだ。それだけでネガティブな思考は吹っ飛んだ。

 

 (ワシはきっといつまでも忘れる事は出来ないだろう。しかしこの子がいれば前を向ける。そう思える。ワシは神じゃがこの子を神からの贈り物として立派に育ててみせる)

 

 

 ゼウスは村で手伝いをしながら暮らしていた。畑仕事と言われたが当然それ以外にも仕事はあった。薪割り、牛の世話など多種多様である。ゼウスは不慣れな為、最初はミスする事もあったが、自分達で食べる食料を自分達で作るというのはとても興味深く、段々と引き込まれるようになっていった。そして半年を過ぎる頃には、この村を離れようとする気持ちも失せていた。

 

 エルアコスはとても元気が良かった。半年を過ぎた頃には立つ事を覚えてあんよもし始めた。そして1番ゼウスが安心したのはエルアコスから感じた禍々しさが見つけたあの日以降感じなくなっていたのだ。実はエルアコスを初めて見つけた時、髪に隠れて見えていなかったが黒い渦の様な紋章があった事。そしてその紋章が数日で消えていた事、その両方を知らなかったゼウスはどうしてか分からなかったが無くなった事は良い事なので深く考える事はしなかった。

 

 因みに1番最初に喋った言葉はババだった。これはあの日にゼウスが尋ねた時に出たふくよかなおばさんの名前だ。現在ババとゼウスとエルアコスの3人で暮らしているのだ。ゼウスが仕事している時はババが内職をしながらエルアコスの世話をしていたのでババの名前を先に覚えてしまった様だ。その事を知ったゼウスは、

 

 「何故じゃぁぁあ!ワシが拾ったのじゃぞ!ワシが親代わりなのじゃ!それなのに可愛い可愛いエルアコスの初めてを奪いよってぇぇえ!」

 

 と号泣して嘆いていたのだった。

 

 

 

 そしてゼウス達がこの村に住んで1年が経った頃、ゼウスは川へ水汲みに出かけた。そこでまた赤子を見つけた。エルアコスの時とは違い、丁寧に赤子が寝れる籠と服。そして手紙が置いてあった。内容は以下の通りである。

 

 『これを読んでくれた方、どうかこの子を育てて下さい。その子の名前はベル・クラネル。訳あって育児を続ける事が出来なくなりました。身勝手な事だと分かっています。それでもどうか、よろしくお願いします』

 

 ゼウスは『捨て子の遭遇率がアップするスキルでも手に入れたのか?』と冗談を溢した。2度目とあって少し余裕があったの後に語る。

 

 

 

 

 




 ご愛読ありがとうございました。

 エルアコスを拾ったゼウス。最初はえるの内なら魔神としてのオーラを危惧したがそれでも見捨てる事は出来なかった。そして翌年にはベルを拾う。

 ベルとゼウスがどう出会ったかとかよく分からないからこうなりました。因みに原作14年前ですけどこっからは原作まで駆け足なので入るまで時間は掛からないと思います。

 では次回もお楽しみに、またね

 


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 夢

 前回までのあらすじ

 オラリオを追放されて旅をしていたゼウスは捨て子を拾った。それも2人。

 以上!では本編どうぞ!

 

 評価してくださった忍びさん、遊戯君さん、カイン102222さん、本当にありがとうございます。これからも頑張るので応援よろしくお願いします。

 


 

 ベルを拾ってから5年の月日が経った。2人は大きな病気を患う事も無く、すくすくと成長した。ゼウスもこれまで世話になったババにお礼を言ってエルアコスとベルと共に家を出る。出るとは言っても新しい自分達の家が出来たからそこに移るだけだ。村を出た訳では無い。

 

今日はベルの大好きな英雄談を読み聞かせていた。

 

 「凄い!英雄って格好良いな!」

 「そうじゃ。更に英雄になるとハーレムも付いてくる!」

 「ハーレムって何?」

 「ハーレムと言うのはじゃな。可愛い女の子と仲良くなる事じゃ、それも沢山じゃぞ!右を見ても、左を見ても、後ろを見てもみーんな可愛い女の子じゃ。凄いじゃろ!」

 「うん!凄いよ!ね、お兄ちゃん!」

 「ああ、そうだな」

 

 ベルは英雄談が大好きだった。どんなに落ち込んでいてもこれを聞かせてやれば、たちまち元気になる。だがそんなベルとは対象的に、エルアコスはそこまで興味を示していなかった。ベルがいる時は空気を読んで返事はするが、自分から英雄談を聞きたいと言ったことは1度も無かった。このくらいの年齢の男の子なら英雄に興味を示すものなのだがエルアコスは違った。

 

 エルアコスが外で遊ばなくなったのもこの頃からだった。ベルは他の子達と遊びに出掛けるのに対し、エルアコスは畑仕事を手伝ってくれた。『一緒に遊んでこい』と言っても『つまんない』と言って遊ぼうとしない。馴染めていないのかと心配したがそうでも無かった。普通に同年代の子と喋るし、トランプ等の家の中で出来る遊びはよく参加している。

 

 エルアコスの身体能力は子供達の中でも群を抜いている、だから畑仕事を手伝ってくれると効率よくなるしとても助かる。だからこそ余計エルアコスの事が気掛かりになる。畑仕事を自ら進んで手伝ってくれるなら、身体を動かすのが嫌いな訳では無いだろう。ならどうして皆と遊ばないのか。ゼウスは心配だった。

 

 夜中、ゼウスが1人窓から星を眺めているとエルアコスが起きて来た。

 

 「おじいちゃん、トイレぇ」

 

 目を擦りながらゼウスの裾を掴むエルアコス。こういうところはまだまだ子供だなと思い顔が綻ぶ。エルアコスの手を繋いでトイレまで一緒に歩く。今のエルアコスなら本当の事を聞けるかも知れないと思い質問した。

 

 「なぁエルアコス、身体動かすのは好きか?」

 

 確認を込めて聞いた。もしかしたらそんなに身体を動かすのが好きでは無いかも知れない。畑仕事をしている自分を見て大変そうだなと子供ながらに気遣ってくれただけかも知れない。

 

 「うん、大好きだよ」

 

 違った様だ。とりあえずは安心した。エルアコスが無理して無い様で。子供を支えるはずの親が、逆に支えられていたなんて笑い事では無い。だがそれなら何故、みんなと一緒に遊ばないのか気になった。

 

 「なら何故ベル達と外で遊ばないのじゃ?確かにお前が仕事を手伝ってくれるのは助かる。でも遊ぶ方が楽しいじゃろう。親としても気になるのじゃ」

 「……つまんないよ。だって、本気出せないんだもん」

 

 エルアコスは寂しそうに言った。恵まれた者故の苦労がそこにはあった。

 

 「どんな遊びをしても簡単に勝てるんだもん。鬼ごっこも、ボール当ても。なにをやっても簡単に勝てるんだ。最初は楽しかったよ。やっぱり勝つと嬉しいから。……でも何度かやってるとつまんなくなっちゃった」

 

 ゼウスは今初めて気付いた。エルアコスが普通の子より身体能力が高い事を。確かにこの村の子供より身体能力が高い事は知っていた。それでも特別高いとは思わなかった。少ないとはいえ、何人か見た事あるからだ。しかし、ゼウスもうっかりしていた。その人は神の恩恵を貰った人だった事を。長年最強ファミリアの主神をしていたゼウスは冒険者を基準に考えてしまう癖がある。だからこそ、エルアコスの能力の高さに異常さに気付けなかったのだ。

 

 ゼウスは情けないと思った。この子の悩みに気付けなかった自分に。いつもこの子の何を見ていたのだろうと。よく考えれば分かる事なのに。5歳で重労働である畑仕事を手伝っている時点で普通では無い事を。

 

 それと同時に心が踊った、この子は将来大物になると。何かを成し遂げる者は小さい頃から周りとは違う。エルアコスの身体能力が良い例だ。しかも恩恵無しにこの身体能力はゼウスの知り合った同じ恩恵無しのヒューマンの中でも歴代トップレベルだろう。それを5歳児でだ。これ程の逸材を眠らせておくのは勿体ない。そう思ったゼウスはある提案をした。

 

 「エルアコス、お前は冒険者に、英雄にならないか?」

 

 エルアコスは目を丸くした。

 

 「お前ならきっと英雄になれる。ワシの直感がそう告げているのじゃ」

 「冒険者、英雄か…」

 「そうじゃ。どうじゃ?本気でなりたいならワシが鍛えてやる!」

 

 ゼウスは新たな英雄の登場に自身の血が騒いだ。これまで何人もの英雄を育てて来たゼウスだからこそ、この子を育てたいと。しかしこの時忘れていた。エルアコスが英雄に興味を示していなかったのを。

 

 「うん、いいや」

 「なん……じゃと?」

 「僕は英雄にならないよ」

 

 そう答えた後、エルアコスはトイレに行こうとしていたのを思い出し、急いで駆け込んだ。ゼウスは彼が出るまで一言も言葉を発さなかった。発せなかったのだ。ショックだったから。逸材で言えば文句無しのNo. 1。しかしこの世は才能だけでは勝てない。本人にやる気が無ければ実力が簡単に逆転してしまうのが人生だ。そもそも興味無く、冒険者にならなければスタートラインにすら立つ事は叶わない。2人だって好き嫌いがある。親として、自分の好きな様に生きて欲しい思いはある。それでも目の前に英雄になれる逸材をみすみす手放すのはあまりにもショックが大きかった。

 

 「ふぅ、危なかった」

 「なぁ、エルアコス。本当に英雄にならないんじゃな?」

 

 トイレを済ませたエルアコスに再度確認した。もしかしたら自分の聞き間違いではないかと淡い期待を込めて。しかしその思いは簡単に打ち破られた。

 

 「うん」

 「そ、そうか……なんでか、聞いてもよいか?」

 「だって、英雄ってつまらなそうじゃん」

 

 ゼウスの最終確認とも取れる質問にエルアコスはとんでもない事を言い出した。

 

 「つ、つまらない?」

 「うん。だっておじいちゃんの話聞いてると英雄ってなんかあると誰かの為に戦わなきゃいけないでしょ。僕そんなのやだもん。誰かに縛られる人生なんてやだよ。自由に生きたい。だから僕は英雄じゃなくて最強の冒険者になるよ」

 「最強の冒険者?それは英雄と何が違うのだ?」

 「全然違うよ!英雄はみんなのヒーローでしょ。僕は誰かのヒーローになるつもりはないもん。英雄みたいにみんなに褒められたり認められたりしなくても良い。そんなの興味無いもん。ただ、数人の友達に知って貰えればそれで充分。英雄はベルにでもなって貰えば良いよ」

 

 エルアコスに冒険者にならないと言う考えは無かった。それは魔物なら満足のいく戦いが出来ると思ったからだ。エルアコスは魔物にライバルを求めたのだ。聞く人によれば頭が可笑しいと馬鹿にされるかも知れない。それでもエルアコスは良かった。この歳で誰かに理解されようと思っていない。自分が満足すればそれでよかった。

 

 「だからおじいちゃん。仕事の合間の時間で良いから僕に戦いを教えてくれない?」

 「……大変じゃぞ」

 「うん、それで良い。楽より全然良いよ」

 

 こうしてゼウスとエルアコスの特訓は始まった。身体能力を鍛えるところから初めて、鍛えた筋肉を支える様にした。鍛えた筋肉も使いこなせなければ意味がない。森でのゼウス相手の鬼ごっこ。エルアコスの足を持ってしても全く捕まえられなかった。

 

 「ほらエルアコス!捕まえてみろ!相手はジジイじゃぞ!」

 「はぁ、はぁ、待てぇ!」

 

 身体能力ではエルアコスの方が上だった。それでも捕まえられないのはゼウスが上手いからだ。何も逃げる為に必要なのは足だけでは無い。ここは森、以下に自然を活用するかだ。それに相手の行動を予測する。それがエルアコスはまだまだだった。

 

 他にも剣術の特訓もした。何故剣なのかというと、エルアコスが捨てられていた場所に落ちていたのが剣だからだ。何かの縁だと思い剣を学ばせた。勿論他の武器も一通り学ばせたが剣が1番筋が良かった。歳が2桁を超える頃には模擬戦を中心に行ったがエルアコスは一向に勝てない。その度にこの男は本当に人間なのかと疑問する様になった。

 

 エルアコスがゼウスと修行をこなしていると、知らない間にベルはハーレムを作っていた。それを見たエルアコスとゼウスは、

 

 「ジジイ、あれが英雄になる器だよ」

 「ベルめ!羨まけしからん!そしてエルアコス、ワシの事をジジイと呼ぶな。おじいちゃん、又はお爺様と呼べ」

 「鬼ごっこ中に孫に向かってお尻ぺんぺんをして馬鹿にし続けた人はジジイで充分だ」

 「なんじゃと!いつまでもこの老いぼれに勝てない弱者が!お前が最強の冒険者になるなんて100年早いわい!」

 「100年経ったらもうジジイじゃねぇか!ジジイの強さが異常なんじゃボケェ!」

 

 いつの間にかエルアコスは口が悪くなっていった。理由は彼が言った通り、修行中のゼウスの行動がエルアコスの感に触る事ばかりだったからだ。そして反抗期に突入したのだ(当時11歳、現在13歳)。

 

 ゼウスの話が本当ならベルは確かに英雄の器だろう。誰にでも優しく、常に笑顔で周りを元気にする。そして異性にモテる。英雄になる要素盛り沢山だ。ただ一つ、強さを除いたら。エルアコスはゼウスに以前こう言った。

 

 「ベルは英雄に憧れているのは知ってるでしょ。だからもし英雄になる為に強くなりたいって言ったら俺みたいに修行をつけてよ。おじいちゃんがベルは冒険者に向いていないって思ってるのは知ってる。ベルの優しさは言い換えれば甘さ。悪い人に利用されるかも知れない。そう言う危うさを持ってる。でも、ベルがなりたいって言うなら俺は応援したいんだ!お願い!」

 

 エルアコスはゼウスに頭を深く下げてまで頼み込んだ。誰かにやれと言われたって強くならない。だからもし本人が言ったならサポートしてあげようと思った。その結果、ベルは一言もつよくなりたいとは、修行したいとは口にしなかった。勿論ベルはエルアコスが修行しているのを知っているだろう。毎日仕事とは思えない程汚れて帰ってくるし、修行を仄めかす事を何度も会話に組み込んだ。終いには修行用の模擬刀をわざと目につくところに置いた。ベルが試しに持ちたいと言ったから持たせる。模擬刀は素人の想像よりずっと重い。それを子供のベルが持ったら当然ふらつく。

 

 「お兄ちゃんは持てるの?」

 「あぁ、いっぱい修行したからな」

 

 そう言って片手でヒョイっと持ち上げる。ベルはそれを見て凄いと連呼した。ただそれだけだった。自分も修行するとは言わなかった。だから理解した。ベルは英雄になれる器は持ってる。しかし現時点では資格は皆無だった。努力をしない者に資格はない。この時点でのベルはただ英雄に憧れているだけの子供だった(12)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 2年後。ゼウスは忽然と姿を消した。一通の手紙を残して。

 

 「ベル、エルアコスよ。冒険者になりたければオラリオに行け。おじいちゃんより」

 

 その一言しか書いていなかった。エルアコスとベルはオラリオを目指す。祖父の言う冒険者になる為に。

 

 「楽しみだな〜可愛い子いないかなぁ〜」

 

 ベルは鼻歌を口ずさむ。能天気に。エルアコスはこの能天気さを弟ながら鬱陶しく思っていた。

 

 

 




 ご愛読ありがとうございました。
 
 ゼウス、死亡?てか原作でもゼウスってどこにいるんでしょうかね?天界?それとも地上?さっぱりです。

 そして次回からオラリオで冒険者生活がスタートします!因みに皆さんの禁句ってなんですか?エルアコスにも当然禁句は存在します。ヒントは見た目です。

 では次回をお楽しみに。またね


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身長ってそこまで重要ですか?

 前回までのあらすじ

 エルアコスが最強の冒険者を目指し、修行を始める。そして15歳になったある日、祖父が突然と姿を消した。置き手紙にオラリオへ行けの文字を残して。エルアコスとベルの2人は祖父の言葉通り、オラリオへ目指した。

 では本編どうぞ!


 

 馬車に揺られながら2人はオラリオを目指した。3週間程で目的地にたどり着いたその都市は巨大の壁で覆われていた。以前まで住んでいた村とは比べ物にならない程大きな街。

 

 「うわぁ、凄い!大きい!」

 「ああ、そうだな」

 

 ベルの言葉にエルアコスも共感する。2人は壁を見上げながらオラリオに立ち入ろうとする。

 

 「ちょ、そこのガキ!」

 

 すると門番をしている風貌の男に呼び止められた。

 

 「なんですか?」

 「勝手に入っちゃ駄目だよ!しっかり手続きしなきゃ」

 「あ、すいません」

 

 エルアコス達は係員に案内されて最後尾へと並ぶ。オラリオは侵入にとても厳しかった。出入りの全てが管理されている。だから誰も許可無しに侵入出来ないし、出て行く事も出来ない。後から知った事だが、24時間必ず門番が着いている。主に【ガネーシャ・ファミリア】がその担当をしている。

 

 そして10程待って自分達の番が来た。

 

 「君達は何の目的でオラリオへ?」

 「冒険者になりに来ました」

 「冒険者?………まぁ頑張りたまえ」

 

 受付の人は2人の体格を数秒見たが何も言わずに通した。何か思う事があるのだろうが言葉には出さなかった。確かに2人の体格は大きくない。そう言う意味では2人は冒険者に不向きだろう。しかし、冒険者になるかならないかはその人が決める。誰かにとやかく言われる筋合いは無い。それを分かっているからこそ受付は何も言わなかった。それに、体格での能力なんて1つのステイタスに過ぎない。戦闘というのは体格で決まると考えている内は1流にはなれない。更にこの世界には神の恩恵がある。ステイタスが数値化される神の恩恵の前では体格など、さほど重要ではない。全てはその人の努力次第で決まる。だからこそ、人の見た目だけで全てを物語る輩がエルアコスは大っ嫌いなのだ。それまでの努力を全て否定されたと思えるから。

 

 

 

 

 「おはようございます。担当は私、エイナ・チュールがお受けします。今日はどの様なご用件ですか?」

 

 2人は冒険者登録をしよとギルドに来ていた。ギルドには沢山の冒険者がいる。種族はバラバラだ。エルフやドワーフ、パルゥムに獣人にアマゾネス。そして自分達と同じヒューマンだ。

 

 丁度自分達の話を聞いてる受付嬢はメガネを掛けて、更にエルフの特徴である長い耳をしている。エルフなだけあって顔も整っている。

 

 「冒険者になりに来ました。2人ともです」

 「冒険者……」

 

 エルアコスがそう言うとエイナは2人の容姿を見る。2人の容姿を見たエイナは忠告する。

 

 「冒険者はとても危険ですよ。ですのでお二人の体格では大変だと思いますが、もう少し大人になってからでも……」

 「そ、そうですよね…」

 「特に……」

 

 エイナの言葉にベルは苦笑いする。彼女に悪気は無く、ただ2人の身を案じての言葉だろう。確かに冒険者は危険な職業だ。毎月死者の報告が後を立たない。しかもその多くはまだ成人していない新米冒険者だ。その為エイナは無駄な死者を出したくない一心で忠告した。ベルも冒険者が大変なのは想像していた様で、なりたい気持ちはあっても危険というのは納得している。

 

 更にエイナは小さな声で『特に』と言ってエルアコスの方を見る。現在のエルアコスの身長は130cm。見た目からして2桁に届かない程の歳だろう。しかしエルアコスは現在15歳だ。しかも彼女は自分を見て特にと言ったのだ。それはつまり、ベルより自分の方が危険だと言ったのだ。これまで何の努力もしてこなかったベルよりだ。自分はまだ1人で夜のトイレも行けない頃から祖父と厳しい修行をしていた。自分を虐め、鍛えなぬき、最強の冒険者になる為に努力をして来た。この人はその努力を否定したのだ。

 

 彼女の言葉は自分への侮辱と捉えた。怒りをぶつけたいのを必死に押し殺し、深呼吸する。そしてこれ以上この人に対応されたら抑えた怒りが爆発するかも知れないと思い変更を要求した。

 

 「あの、どうでも良いんですけど、担当って変更出来るんですか?」

 「どうでもッ⁈どうでもってなんですか!私は「出来るんですか?」…⁈」

 

 エイナはエルアコスの『どうでも良い』の発言に反応する。エイナにとっては重要な事だ。みすみす人を死なせる訳にはいかない。しかしエルアコスはそれも無視して自分の質問を通す。その時のエルアコスの目は非常に冷たく、自分の望む回答以外はエイナの言葉を聞こうとしていなかった。エイナはその目に恐怖する。

 

 「い、一応出来ますが」

 「ならお願いします」

 

 エイナは少々お待ちくださいと言って裏へ戻る。

 

 「お兄ちゃんどうしたの?なんで、こんなに綺麗なのに」

 「ベル、人には相性があるんだ。お前が良くても俺はあの女と合わないと感じたんだ」

 

 エルアコスはエイナに向けていた冷たい表情を解き、ベルに説明する。ベルは『勿体ない』と言うが合わない人に担当されてもストレスが溜まるだけだ。自分の目的はベルとは違うのだから。

 

 「えっと、連れて参りました」

 

 エイナは自分の代わりを連れて来た。髪は肩ぐらいの長さで、ピンク髪の同じヒューマンだ。

 

 「どうも、ミィシャ・フロットです」

 「よろしくお願いします」

 

 エイナが綺麗な部類だとしたらミィシャは可愛い部類の顔だった。ミィシャはエルアコスに手招きして顔を近づけさせる。そして近づいたエルアコスの耳元で小声で謝った。

 

 「ごめんね。エイナが失礼な事言ったみたいで。でも許してあげて。自分の担当が死んじゃうのってとても悲しい事なの。特に子供の死亡率が高いから心配になるの」

 

 ミィシャの言葉でエルアコスはこの人もかと思う。この人も自分を見た目だけで弱いと判断するのかと。しかし違った。

 

 「でも私は君が冒険者になるのを推すよ」

 「え?」

 「受付嬢やってると色んな冒険者見るんだけど、いつの間にか何となく分かる様になったんだよね。その人の強さ。君さ、かなり鍛えてるよね」

 「ま、まぁそうですね」

 「じゃあさ、もっと強くなってエイナを見返してあげようよ!」

 (もぉ、私が悪者みたいじゃない)

 

 エルアコスはエイナが連れてきた人がミィシャで良かったと思った。自分を推してくれたこの人の為にも、自分を見た目で判断したあの人を見返す為にも必ず最強の冒険者になろうと再度思った。

 

 「それでは所属ファミリアを教えて下さい」

 「え、先にファミリアを決めてから冒険者登録をするんですか?」

 「お兄ちゃん、ファミリアって何?」

 「ファミリアって言うのは組織の名前だよ。それぞれに主神がいてその人に恩恵を授けてもらった人達の集団を言うんだ」

 「へぇそうなんだ」

 「そうだ……ってミィシャさんどうしたんですか?」

 

 エルアコスがベルにファミリアの説明をした後視線をミィシャに戻すと彼女は信じられない物を見たかの様な表情でエルアコスを見ていた。

 

 「え、え?君って白髪君の兄だったの?」

 「そうですけど」

 「す、す、……すいませんでした!てっきり弟だと思っていました!自分も受付嬢失格です!」

 

 ミィシャは全力で頭を下げた。彼女の声がギルドに響き渡る。エルアコスは見た目で力量を判断されるのはムカつくが、身長的にベルの方が兄に見えるのは分かっていたのでこれに関しては目を瞑る。

 

 結局ミィシャはエルアコスがベルとファミリアを探す為ギルドを出るまで頭を下げ続けた。

 

 「それじゃファミリアを探すか。ベルは何処が良い?」

 「うーん、やっぱり強いファミリアとかが良いかな」

 

 エルアコス的には強いファミリアよりまだ出来たばっかりのファミリアの方が良かった。強いファミリアだと先輩冒険者に自由を奪われる可能性があるからだ。だがベルがそちらを望むなら自分も合わせる。自分はベルの兄なのだから。

 

 結果、30のファミリアに入団を拒否された。

 




 ご愛読ありがとうございました。

 見た目で強くないと言われる事が大嫌いなエルアコス。みんなも嫌ですよね。そして見た目を理由に何個も落ちた2人。それも門前払い。

 皆さんは人を見た目で判断しない様にね。

 次回、神ヘスティア。お楽しみに!


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神ヘスティア


 皆さんお久しぶりです。前回投稿してから5人も評価してくれてとても驚いています。残念ながら2人は低評価でしたがそれでも驚きです。後ちょっとでUA1万人突破しますね。出来ればこの話、最低でも次回で達成するのが目標です。

 前回までのあらすじ。

 2人はオラリオに辿り着いた。そして冒険者登録をする為にギルドに行って受付嬢と話した。その時彼女は『お二人の体格では大変だと思いますが……』彼女は身を案じての言葉で悪気は無かったのだが、エルアコスにとってそれは侮辱だった。こんな人とやっていけないと思いチェンジを要求して新しい担当者ミィシャとやっていく事となった。2人はファミリアを決める所から始まるのだが結果は惨敗だった。

 では本編どうぞ!


 

 エルアコスとベルは途方に暮れていた。本当(理想)だったら今頃入団出来て、美味しい食べ物を久しぶりに食べている筈だった。

 

 2人はまず、冒険者になる為に自分達を入団させてくれるファミリアを探した。ベルの希望で、最初は強いファミリアから回った。【ロキ・ファミリア】や【フレイヤ・ファミリア】などだ。しかし門前払いされる。それでもめげずに頑張ろうと言ってベルを励ます。それでもベルは残念がっていたが、エルアコス的にはあまり縛られたく無いので内心喜んだ。しかし喜ぶのも束の間、バチが当たったと言わんばかりに彼の現在の気分は最悪だった。訪ねたファミリア全てで入団拒否だった。その数はなんと30。しかも全てが主神に話す事も叶わず、門前払いだ。理由は同じだった。

 

 『小さい』

 『冒険者向きの体格じゃない』

 『弱そう』

 『ガキが入団するなんて10年早い』

 

 2人を体格だけで弱いと決めつけた。特にエルアコスの方を見てだ。エルアコスは自分の身長から、まだ2桁も言ってない子供だと勘違いされたと思い、自分の歳を明かす。しかし逆効果だった。門番達はエルアコスの種族を尋ねる。それに嘘偽りなく答えた、『ヒューマンだ』と。それを聞いた門番は憐れんだ瞳でエルアコスにこう言った。『パルゥムでもない15歳でその身長なら未来はねぇな』と。エルアコスはこの言葉にキレそうになる。ベルが必死に落ち着かせてくれなければ殴っていたかも知れない。ベルに感謝だ。

 

 そして2人は(主にエルアコス)『そんな事を言うファミリアなんかこっちから願い下げだ』と言ってファミリアを後にする。だが焦りはなかった。きっと自分達を体格で判断しないファミリアはある、そう思っていたからだ。しかし2人が訪ねたどのファミリアも体格しか見なかった。エルアコスはだんだんと焦りと怒りが込み上げてくる。自分達はどのファミリアにも入団出来ないのかも知れないという焦り。そして体格だけで自分を分かった風に語る門番への怒り。遂には、その後の回ったファミリアで自分を体格だけで判断した門番をベルの静止も振り払い殴って回った。その行為は怒りを払拭する事だけでなく、門番を倒せば自分の実力を認識してくれるのでは無いか、そう言う淡い期待があった。見て貰えないのであれば自分からアピールすれば良いと。しかしその考えも虚しく『そんな乱暴な奴を入団出来るか!痛い目見たく無ければとっとと帰れ!』と効果は皆無だった。

 

 

 

 そんな2人は現在、広場の噴水に腰掛けている。

 

 「「はぁ〜〜〜」」

 

 入団には見た目ではなく強さで判断するのが当たり前だと思っていたエルアコスだが、体格が良くなければ冒険者にならないこのオラリオに、失望半分、絶望もしていた。そしてある思いがエルアコスを不安がらせる。

 

 (もしかして、入団拒否されてるのって体格だけじゃなくて、俺の能力もまだまだだからなのか?ミィシャさんが俺を強いって言ってくれたのも、それはただの素人目だから強いって感じただけで俺って本当はクソ雑魚?でも殴った門番は1発で気絶したしそこまで強く感じなかったのに。????)

 

 自分の努力を信じられなければそれは努力に失礼だと祖父に言われて言葉を思い出し、自分の努力を信じようとするがイマイチ自身が持てない。

 

 そして、エルアコスが落ち込んでいる1番の理由は、自分がベルの足を引っ張っている事だ。ベルを入団するかで悩んでいるファミリアはいくつかあった。しかし隣にいるエルアコスを見てその考えは消滅した。弟を守る存在である兄が弟の足を引っ張る。その現状が1番悔しかった。そして呪った。自分の身長を。何故自分はこんなに小さいのか。身長、たったそれだけで長年努力してきた自分が、遊び呆けていたベルより下だと思われているこの状況に怒りが込み上げてくる。ベルに怒りをぶつけなかったのは、兄として弟に手をあげてはいけないという至極当たり前の理性が働いたからだ。

 

 

 日も暮れたが寝泊まりする場所がない。このままだと初日から野宿しなければならない。今後どうしようか迷っていると、声を掛けてくる者がいた。

 

 「やぁ、そこの2人!」

 「「「ん?何ですか?」」

 

 声のする方を向くとそこには自分達と同じくらいの少女が立っていた。身長はエルアコスより少し大きい140くらい。黒髪のツインテールの美少女。しかし顔の幼さとは裏腹に凶悪な胸を持っていた。その胸があるだけで、とても少女とは思えない。2人は思った。目の前の彼女こそ、祖父から聞いていたロリ巨乳というやつだろう。そんなロリ巨乳が自分達に何の用だろうと思った。しかし、彼女こそ2人の救世主、いや、女神様だったのだ。

 

 「君達、そんなに溜め息ついてたら幸せが逃げちまうぜ!もっと明るく生きなきゃ」

 「逃げる幸せなんて既に持ち合わせてませんよ」

 

 彼女の言葉も今のエルアコスには届かない。それどころか彼女の元気が今のエルアコスには鬱陶しく感じる程だ。そんな彼の様子を見て相当落ち込んでいるのだと察した。

 

 「それは大変だね………良し!僕に話してごらんよ!相談に乗るぜ!落ち込んでる時は誰かに話を聞いてもらうのが良いんだ。赤の他人でも誰でも良い。話すって事が大事なんだ。誰かに話すと気が安らむんだぜ。知ってたかい?」

 「お兄ちゃん…」

 「ベル……あぁ、そうだな」

 

 彼女の言葉には何の根拠は無い。しかし、それでも気が紛れるなら話すのも悪くない。ベルだって自分とはベクトルこそ違うがオラリオを夢見て育ってきたのだ。それがいざ辿り着いたら何処のファミリアからも受け入れて貰えない。純粋故にショックは自分以上だろう。自分を見るベルの表情で大体分かる。そんなベルが頼ろうとしているのだ。なら自分はベルの意見を尊重する。

 

 「実は俺達、今日オラリオに来たんだ」

 「兄弟でかい?それは大変だったね。でもオラリオにこんな子供2人で何の目的で?」

 

 自分だって子供だろとツッコミたくなるが、そんな元気は現在持ち合わせていない。

 

 「冒険者になる為に」

 「冒険者⁈」

 

 冒険者という単語に過剰に反応する少女。彼女は元気が良い事から反応もオーバーリアクションなのだろうと思い、話を続けた。

 

 「およそ30のファミリアを回ったけど何処も受け入れは拒否。それで落ち込んでいたところに君が現れたって訳」

 「………」

 「やっぱり冒険者になるには身体が大きくなきゃ駄目なのかな?」

 「な訳あるか。体格だけで全てを決められたくねぇ………って言いたいけど、まず入団しなきゃ始まらないしな」

 「「はぁ〜〜」」

 「……」

 「てかさっきからずっと黙ってるけどよ、これじゃ話した意味ねぇだろ」

 

 2人の会話に無反応な少女。そんな少女にエルアコスはツッコミを入れる。これじゃ話した意味が無いと。しかし、彼女は無反応では無かった。それどころか驚き、歓喜の余りに嬉しすぎて声が出なかっただけだった。

 

 「いやー、ごめんごめん。話は聞いたよ。大変だったね。そんな君達にいい提案をしよう。君達、僕のファミリアに入団しないかい?」

 「「え⁈」」

 

 突如の少女の言葉に2人は全く同じ反応をする。

 

 「僕のファミリア?」

 「まだ自己紹介していなかったね。僕の名前はヘスティア。これでも神様なんだよ。丁度僕もファミリアの団員を探していたんだ。偶然って怖いね。良い条件だと思うよ。君達はファミリアに入団出来る、僕はファミリアの団員を増やせる。winwinってやつさ。どうする?」

 「「ぜひ入団させて下さい!」」

 

 2人は考える余地も無く即答した。こうして2人のヘスティアファミリアとして冒険者としての第一歩を踏み出したのであった。

 

 





 ご愛読ありがとうございました。

 2人の所属ファミリアはヘスティアファミリアとなりました。やっぱりヘスティアが主神だと描きやすいからかな。

 次回、神の恩恵。お楽しみに!またね。

 


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ステイタス

 お久しぶりです。皆さん。すみません、ちょっと最近忙しくて更新出来ない日が続いてました。もう少し掛かるので更新スピードは遅れると思いますがなるべく早めに仕上げて投稿するのでご了承下さい。

 では本編どうぞ!


 

 【ヘスティア・ファミリア】に入団すると決めたエルアコスとベルは、彼女の拠点に案内された。2人は期待に胸を膨らませる。今まで訪ねたファミリアは、ランクが低くてもそれなりの豪邸に住んでいた。

 

 ファミリアを探す際にエイナからファミリアの名前一覧とその拠点の場所についての地図を貰ったのだが、【ヘスティア・ファミリア】の名前はそこに載っていなかった。恐らく下界に降りてまだ間もないのだろう。それこそ、新人に紹介するにはハードなくらいには。それでも、神様が住む家だ。さぞかし立派なのだろう。そんな家にこれから自分達は暮らすのだ。ワクワクが止められない。

 

 

 

 

 「ここが僕の家さ!つまり、これから君達が住む家とも言える」

 

 しかし、その期待は見事に裏切られた。連れてこられた場所は、そもそも家では無かった。古く寂れた教会そのものだった。今まで回ったファミリアと比べると天と地、月とスッポンぐらいの差がある。これには苦笑いしか出来ない。そんな2人を見たヘスティアの心に子供の夢を壊してしまった罪悪感が押し寄せて来るが、この2人を手放す訳にはいかない。今までもこの家を見せるとそれまでの表情が嘘の様に変わり、何人にも断られ続けた。似ているのだ、この2人と。だからこそ、この2人に断られればもう無理だろう。だからこそ、興味を持ってもらうのだ、何としても。

 

 「ふ、ふ、ふ。分かっているよ。君達の考えている事は。こんなのが拠点のファミリアで大丈夫なのかって。チッチッチ!舐めてもらっちゃ困るよ。所詮これはハリボテさ。真の拠点は地下にある!!」

 「地下⁈」

 

 子供と言うのは秘密基地などが大好きだ。地下だってその1つ。ワクワクするだろう。現にベルは目を輝かせている。エルアコスはベル程では無いにしろ、少なからず興味が湧いた。ヘスティアはまず、興味を持たせる事に成功したのだ。

 

 「それじゃ、ついてきて」

 

 ヘスティアの後をついて行く。教会の中は綺麗などという展開は無かった。割れた床のタイルからは雑草が繁茂し、頭上の天井は大部分が崩れ落ちてごっそり無くなっている。ファミリアを選ぶ余裕が無い2人は自動的に【ヘスティア・ファミリア】へ入団する事は決定事項なのだが不安しかない。唯一、屋根に開いた穴から差し込む夕日が丁度、祭壇を照らしているのが綺麗だというだけであった。そして祭壇の横まで歩くと壁に扉が付いてるのを発見した。ヘスティアはそれを2人に見せびらかす。

 

 「どうだいっ‼︎これが地下への入り口さ!」

 

 2人とも、なんとなく思い描いていたのとは違っていた。床にある隠し扉や、壁にしても部外者が立ち入り出来ない何かしらの仕掛けがあると期待していたため、少しテンションが落ちる。ヘスティアはそんな2人に目もくれず階段を降りて行き、2人も付いて行く。

 

 地下はそこまで深くはなく、20段程下った場所に地下室というにはかけ離れた生活臭のする小部屋だったが、少人数で暮らすにはそれなりの広さだろう。家具もソファーに机にロッカー等、最低限は用意されている。しかし、先程言った通り少人数で暮らすにはだ。エルアコスの脳裏に嫌な予感が走る。

 

 「えっと、ヘスティア様?」

 「なんだい?………名前は…なんだっけ?」

 

 そう言えばまともな自己紹介をしていない事に気付く。

 

 「まだ名乗ってませんでしたね。俺の名前はエルアコス・クラネル。こっちが弟のベル・クラネルです」

 「よろしくお願いします」

 「うん!よろしく!エル君、ベル君!」

 「エル君?」

 「そうだよ。エルアコス君じゃ長いからね。エル君の方が言いやすいし親しみ易いと思ってね。それとも、嫌だったかな?」

 「いえ!全然嫌だなんて、寧ろ嬉しいです!」

 「そうか!それじゃ改めてよろしくね!」

 

 エルアコスはエルとあだ名を付けてもらった事にとても喜んだ。だが、それ以上に喜んだのは自己紹介の際に自分が兄と言ったのに対して驚いた表情をしなかった事だ。エルにとってはそれがとても新鮮で、素直に嬉しかったのだ。

 

 エルの方が兄だと知った時、ヘスティアは勿論驚いた。人は子供の時の1年は非常に大きい。他人ならまだしも、兄弟で子供のうちから兄の身長を抜かすのはとても珍しい。ある程度大人になった後ならともかく。しかしだからといって思った事を顔に出すのは失礼だ。しかも身長はコンプレックスを抱きやすい。自分も周りに比べて幼い風貌だから気持ちは良く分かる。これから共に暮らす相手が嫌がる事なんてヘスティアには出来ない。

 

 話は逸れたが気になっている事をエルはヘスティアに問う。

 

 「ヘスティア様、他のファミリアの方は?」

 

 その瞬間ヘスティアは口を閉じた。ヘスティアの顔色が途端に悪くなる。それを見たエルは察した。『あ、このファミリアは誰もメンバーがいない。そもそもファミリアにすらまだなってないな』と。ベルは何故ヘスティアが口を閉ざしたのか分からずにいる。エルは話を切り出した身分ではあるが話を逸らした。

 

 「そういえば、ヘスティア様。入団する為に何かあったりするんですか?儀式とか?」

 

 エルは振り向いたヘスティアに顔で『ごめんなさい』と謝る。ヘスティアはエルが察してくれたのだと分かり、(こども)気を遣わせてしまったと悔やみながらも、若いのに事情を察してフォローしてくれたエルに感謝する。『さすが兄だと』

 

 「ああ、あるぜ!(こども)達は神、つまり君達にとっては僕に『神の恩恵(ファルナ)』を体に刻まれる事によって正式に【ヘスティア・ファミリア】に入団した事になるんだ。方法は簡単。上半身の服を脱いでうつ伏せで寝て、後は僕が神血(イコル)を媒体として背中に刻んで終了。簡単だろ?」

 「そんな簡単なんですね。それじゃベル、先にやって貰えよ」

 「いや、良いよ。お兄ちゃんが先で」

 「何言ってんだよ。さっきから『早く神の恩恵(ファルナ)刻んで欲しい!』って顔に書いてあるぞ」

 「え⁈嘘っ⁈」

 「いいからやって貰えよ。俺は後で良いからさ」

 「お兄ちゃん……うん!ありがとう!」

 

 エルに言われてすぐ様服を脱ぎ、ヘスティアにソファーへうつ伏せになる様言われたベル。側から見たら弟に順番を譲ってやった優しく兄だと映るであろう。しかし、それは間違いである。ベルの為に?そんな訳無い。今回はただエルの思惑とベルの早く冒険者になりたい思いが一致しただけ。もっといえばベルの思いを利用したのだ。それを皆さんが知るのはもう少し後になります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エルとベルは旅での疲れや、数時間ものファミリア探しでの疲れもあって直ぐに寝てしまった。寝る場所はエルとベルが床。ヘスティアがソファーだ。ヘスティアは大丈夫と言ったが、流石に神様を床で寝させる訳にはいかないとの配慮だった。ヘスティアも生活費を稼ぐ為のバイトをこなしながら入団してくれる子探しでヘロヘロだった。何事も無かったら直ぐに寝ていただろう。このステイタスもエルに真実を教えていただろう。

 

 

 

 

 エルアコス Lv1 

 

  力:I0

 耐久:I0

 器用:I0

 敏捷:I0

 魔力:I0

 

 【魔法】【獄炎(ヘルブレイズ)】 ・速攻魔法

          ・付呪(|付呪《エンチャント)

     【  】

     【  】

 

 【スキル】

 

 【弱体化】・【世界の扉(ワールド・エントランス)】の副作用

      ・能力の封印

      ・昇華と共に段階的に解除

 

 

 

 

 初っ端から可笑しい。何故名前がフルネームでは無いのか?彼はエルアコス・クラネルと言ったではないか。何故ベルだけフルネームでエルは違うのか。しかしそこは置いておこう。

 

 何故いきなり魔法を覚えているのだ?そんなのはエルフの様な元から魔法に長けている種族にしかあり得ない。エルは間違いなくエルフではない。しかも詠唱が無く、速攻魔法だと?強力過ぎる。しかも付与魔法では無く付呪魔法?

 

 しかし、1番の問題はスキル欄の下、弱体化である。なんだ、弱体化とは?スキルでも魔法でも無く、状態が書き込まれたステイタスなんて聞いた事が無い。

 

 「もう、訳が分からないよ」

 

 ヘスティアは可笑しなところが多すぎて脳がパンクする直前であった。詳しい事は言えない。ただ1つ言える事は、エルはとんでもない事情を抱え込んでいる可能性があると言う事だ。魔法に関してはダンジョンに潜る訳だから明日話すが、弱体化は自分の胸の内に秘めておこうと決めたのだった。

 

 

 

 

      

 

 




 ご愛読ありがとうございました。

 エルのステイタスがとうとう出ましたね。魔法ヘルブレイズ。まぁ魔力低いんで威力は大した事威力自体は大した事無いですけどね。

 因みに、七つの大罪での魔法をこちらでも全て魔法にするとスロットがえらい事になるので、何個かはスキルにするつもりなのでそこは勘弁して下さい。

 では次回もお楽しみに。またね


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覚悟

 皆さんお久しぶりです。元気にしてますでしょうか?自分は元気です。

 そういえば今回話に触れるエルの刀。名前まだ決まってないんですよね。どうしよっか迷ってます。もしかしたらアンケート取るのでよろしくお願いします。

 ではどうぞ!


 

 「「ええ⁉︎魔法!!!」

 

 翌日、ヘスティアの言葉にエル達はあまりの衝撃に机から身を乗り出した。昨日、ステイタスを授かった時、魔法を使えるなんて一言も言われて無い。だが、翌朝目を覚まして朝食を取っている最中にヘスティアが突然言ったのだ。『君は魔法が使える』と。ただのヒューマンである自分が、何故ステイタスを授かった瞬間に魔法が使えるか不思議で堪らない。魔法とは全く関係無い生活を送って来た自分がだ。ただ嬉しく無い訳では無い。魔法があれば戦闘の幅が広がる。それに自分にとって魔法は物語の中の存在だった。ベルなんか羨ましいのがモロに顔に出ている。

 

 「そ、それでどんな魔法なんですか?」

 「獄炎(ヘルブレイズ)って名前からして火に関係する魔法って事は確かだろうね。そして付呪(エンチャント)。つまり自分の武器とかに付呪(エンチャント)出来る。事例を挙げるとするなら【ロキ・ファミリア】のアイズ・ヴァレンシュタインの魔法がそうだ。そしてこの魔法の何よりの利点、それは詠唱が無い事さ」

 

 詠唱を必要としない。それはとても強力である。魔法はただでさえ強力なものが多い。その為に詠唱を行わなければ魔法は発動しない。それによってこの世界のパワーバランスは保たれている。そして一部の例外を除いて詠唱中は行動が制限される。並行詠唱という詠唱しながら動く事を可能にする技術によって動く事を可能に出来るが、失敗すると溜めていた魔力が暴発し、自分の身に危険が及ぶ。さらに並行詠唱は努力だけで出来るものでは無く、才能に大きく依存する。その為、世界で数えても指で数えられる程しか存在しない。

 

 無詠唱とは、いわばその並行詠唱を努力無しで可能する事が可能なのだ。誰もが喉から手が出る程欲しいのだ。まだ【獄炎(ヘルブレイズ)】がどんな効果を持つ魔法なのか定かでは無いが、戦闘系魔法だとしたらデメリット無しで魔法を放つチートが完成するのだ。だからこそ、エルはある事を危惧した。

 

 「この魔法って誰かに知られたら…まずいですか?

 「物凄くまずい!良いかい、この無詠唱は恐らく全人類を見ても君しか存在しないだろう。そしてそんな無詠唱をレベル1の、しかも出来立てホヤホヤのファミリアの団員だってバレたら、必ず君は狙われる。そんな自分の身に危険が及ぶ魔法を人前で使わない方が良い。勿論、君の安全が保証出来ない場合は別だけどね」

 「でも注目されるよ。そんね凄い魔法なら隠すのは勿体無くない?」

 「俺は注目されるのは好きじゃないんだよ」

 

 能力を使用するのは良い。しかし調子に乗って見せびらかすのは決して良くない。ベルには先にギルドへ向かって貰い、エルとヘスティアは少し話す。

 

 「注目される、ねぇ」

 「ベルはまだ子供なんですよ」

 

 2人はベルの後ろ姿を温かい目で見つめる。ベルの考えが分からない訳でも無い。誰だって能力を自慢したくなる。しかしそれは賢い行いではない。

 

 「効果次第では無詠唱を他の神に知られたら君は必ず狙われる」

 「それくらい分かってますよ。悪い奴等に利用されるかも知れないって。だからダンジョン内でも周りには気をつけますよ。幸い、俺に無意味に能力を自慢する趣味は無いんでね」

 「それなら良いんだけどね。それじゃ、気をつけてね」

 「はい、行ってきます」

 

 エルはベルを追いかける。ヘスティアは自分の初めての子だからか、少し心配気味である。ヘスティアも2人の無事を祈り、バイトへと出掛けた。

 

 

 

 1階層

 

 冒険者登録を済ませた2人はダンジョンに来ていた。ベルはナイフを、エルは刃渡り50cmの刀をそれぞれギルドに支給された。そこでベルは疑問に思った。

 

 「なんで背中の剣を使わないの?」

 

 そう、エルがこの世界に飛ばされた時に付いてきた剣の事だ。壊れて使えない訳では無い。それどころか新品同様、刃こぼれの1つも無い。ミイシャからも言われた。『自分の武器があるなら何故それを使わないの』と。確かにギルドは初心者へ武器を支給する。だがそれを使わなければいけない決まりは存在しない。それでもエルは持ち前の剣では無く、支給品を欲した。エルは決めていたのだ。この剣に見合う強さを手に入れるまで、この武器を使用しないと。

 

 

 

 

 剣術の修行を初めて数ヶ月経った頃、エルは祖父へ自分の武器について尋ねた。

 

 「なぁじいちゃん。あの剣って何?」

 「あの剣がどうかしたのか?」

 「どうかしたとかじゃなくて何処で手に入れたのって聞いてるの。見た目が凄い凝ってるから高いのかなって」

 

 エルからしたら当然の疑問だった。何故あれ程高そうな武器を祖父が持っているのかと。祖父の強さはもしかしたら冒険者だったのでは無いかと気になっていた。しかしその推理は全く違うのである。

 

 「高いかどうか、か。悪いが儂は知らん」

 「え?もしかして……獲った?」

 「誰が泥棒じゃ!!…………それはお前の武器じゃ」

 「俺の?」

 「お前の小さい頃、朝目が覚めたらお前が抱き抱えて寝てたんじゃ。結局誰が犯人か分からず終いだった。だが見た感じかなりの業物じゃろう。冒険者になったら初めに武器を支給されるがお前にはその武器がある。使ってやれ。そうした方がお前にあげた奴も喜ぶだろう」

 

 そう言われたエルは鞘に収まっている刀の側面を優しく撫でる。柄に手を添えるだけで力が溢れて来るのを感じる。この刀があれば自分は最強の冒険者になれる、そう思った。だから決めたのだ。

 

 「俺は………この剣を使わない」

 「なんじゃと⁉︎」

 「正確には強くなるまで使わない…かな。分かるんだ。素人だけどなんとなく。こいつはとんでもない剣だって。こいつがいれば俺は世界最強の冒険者なれる、俺の直感がそう言ってるんだ」

 「なら何故使わない⁉︎最強の冒険者がお前の目標じゃないのか‼︎」

 「そうだよ。俺は最強の冒険者になりたい。でも、それは武器頼りの強さじゃない。俺自身が最強になりたいんだ。こいつ手にして最強の冒険者になってもそれはこいつのおかげ。こいつがいなきゃ並の冒険者、そんなハリボテの強さなんか要らない。どんな武器だろうと最強でいたいんだ。だから俺は、俺自身が最強になるまでこの剣を使わないんだ」

 

 ゼウスはエルの言葉に何度目か分からない英雄の器を見た。

 

 (普通の冒険者は強い武器をひけらかす。そしてその人が所持する武器で強さを測る。しかし本当の一流は違う。真の強者は物を選ばない。やはりお前は英雄になれる器じゃよ。お前がなろうとしなくても、いずれは勝手に英雄になっておるじゃろうなか)

 

 「なら、一生その剣を使う事は出来ないな」

 「は?」

 「そりゃそうじゃろう。だって、儂を倒せないのじゃからな!ww」

 「プチッ なら勝てば良いんだろ!このクソジジイ!」

 

 

 

 

 

 (使うのはだいぶ先になるかも知れないけど我慢してくれよな)

 

 エルは昔の事を思い出し、右腰に刺している剣をさする。その時だった。ベルが大声を出した。

 

 「お兄ちゃん!敵!」

 

 ベルに言われてエルは慌てて構える。2人はダンジョンに出かける前にそれぞれの担当からギルドについての知識とモンスターの知識を叩き込まれた。その情報から目の前の敵はコボルトだ。低階層に生息している。いわゆるチュートリアルで戦う敵だ。しかも丁度2体

 

 「ベル、1体は任せたぞ。やれるな。もしまずかったら叫べ、いいな!」

 「うん!」

 

 そしてお互いに左右に分かれて一対一の状況を作り出す。コボルトは狙い通り、左右に分かれた。

 

 コボルトは人より発達している爪や牙を武器で攻撃してくる。エルはそれを余裕を持って躱す。噛みつき攻撃を紙一重で避けるとコボルトの頸が見え、大きな隙が出来た。しかしエルはバックスタップで距離を取る。コボルトはやられずに生きていた事に疑問が残る。しかしそんな事考えずに本能で襲ってくる。

 

 エルは精神を集中させていた。確かにモンスターとの戦闘は初めてだ。しかし数秒戦って分かるが弱い。祖父の方が何倍も強いと思う程だ。だがそれでも攻撃に転じない。それは何故か?覚悟を決めているからだ。ダンジョンに入る前の覚悟とモンスターを前にした時の覚悟では覚悟の重みが違う。自分はこれから生物を殺すのだ。蚊や蝿、アリを殺すのとでは訳が違う。自分に近い体格をした二本足の生物。実際に体に刃物を加えたら人と同じ感覚がエルを襲うだろう。その感覚を受け入れる覚悟だ。これから何百、何千、何万のモンスターを殺す覚悟だ。エルはひたすら避ける。覚悟が決まるまで。

 

 そして遂にその時が来た。エルの頭を噛みつこうと思い切り開けたコボルトの口目掛けて横一閃。気がつけばコボルトの口から上はスライドして地面に落ちた。エルは手を見る。コボルトを斬った時の感触。気持ちのいいものでは無かった。しかし決めたのだ。最強の冒険者になると自分で。だから乗り越える。

 

 「コボルト、ありがとうな」

 

 初戦闘をしてくれたコボルトに礼を言ってコボルトの体から魔石を抜き取る。これも死体を弄る行為だ。多分好きになる事は無いだろう。

 

 「あ、そういえばベルはどうなったんだ?」

 

 自分の事で頭一杯だったがベルがいた事を思い出した。だが声を上げていないから無事だと思うが少し心配である。

 

 「ベル、大丈夫か?」

 

 少し離れたところにベルが佇んでいた。モンスターがいない事からどうにか倒したのだろう。しかし返事が無い。もう一度呼ぼうとした時だった。

 

 「おーい、ベルー!」

 「かった、かったぁぁぁぁぁぁぁあ!」

 

 勝利の雄叫びをあげて入り口へ走り去ってしまった。エルはダンジョンに取り残されてしまったのだった。

 

 




 ご愛読ありがとうございました。

 モンスター殺すのって覚悟いりますよね。いわゆるトラとか殺すって事でしょ。中々ですよね。

 もう少しで原作スタートかな。それまでお楽しみに!またね

 


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地獄の炎

 


 エルはあまりの急展開にその場で立ち尽くす。目を点にさせて。

 

 「え…………エッ?ベル?何してんだ?どうせ壁の後ろからひょっこり顔出すんだろ。ダンジョンは危険なんだからふざけるんじゃないぞ」

 

 エルは点になっている目をパチクリさせながらベルが曲がっていった壁に手を掛けて見る。こんな場所でかくれんぼなんて子供みたいな事をするな、そう言おうとして。しかし、そこにベルの姿は無かった。『いきなりベルはどうしたんだ』と、慌てて思考を巡らす。

 

 「待て!落ち着け、考えるんだ。ベルはあの時、何と言った。かった、そう叫んだ。つまり勝利の雄叫びだ。そしてその場から走り去った。…………うん……うん。嬉しかったんだろうな。その後はなんと言っていた?遠くから聞こえたベルの声」

 

 『かみさまああああああああ!僕出来ましたよおおおおおおお』

 

 たしかそう言っていた。そこである結論が出る。

 

 「あいつ、モンスター倒したのが嬉しくなってヘスティア様に報告しに行ったのか?」

 

 そう思うと心配してたのが馬鹿らしくなる。ベルの行動には呆れて溜め息が出た。我が弟ながら恥ずかしいと。

 

 「1体モンスターを倒したくらいで報告すんなよ。そんの事じゃいつまでも強くなれないぞ、ベル」

 

 ここから入り口までは一本道。少なくとも迷うことは無いだろう。入り口へ無事に帰れるだろう。エルは1人でダンジョン探索を続けた。。今日の飯はしっかり持って来た。朝と同じジャガ丸くんである。これが中々美味い。だがダンジョンで稼がなければ食えなくなる。あんな事してる様じゃベルには期待出来ないだろうから自分が稼ぐしか無い。エルに食費を稼ぐという新たな目的が出来た。

 

 数分歩くとモンスターと遭遇した。ゴブリンだ。敵は1体。エルは相手が気付く前に壁を走り背後に回り込み、壁を蹴ってその勢いのまま真っ二つに斬る。それからゴブリンとコボルトと遭遇して何度か戦闘を繰り返したが全て一撃で終わった。

 

 

 

 エルはある程度1階層のモンスターの強さが分かったところで、魔法の実験に移ろうとした。

 

 「ふぅ、ダンジョンって言っても1階層。ゴブリン、コボルト相手なら対処は簡単だな。なら、試して見るかな」

 

 エルは魔石を拾い終わると深呼吸する。どんな能力かも分からない魔法を戦闘でモンスターに向けて撃つわけにはいかない。もしそれが対象を強化する魔法だったら自分が危険になる。違う効果であっても戦闘はほんの一瞬の隙を見せた方の負けだ。効果も分からずに試す事は出来ない。だから今のうちに試しておくのだ。念の為、入り口方向を背にする。もし爆発系魔法でダンジョンの壁が破壊されて戻れなくなったら大変だ。ダンジョンの壁はそう簡単に壊れないとしても念の為だ。

 

 エルは肩幅に足を開き、右手を前に突き出す。そして左手で右肘を支える。何故手を前に突き出したかは、攻撃魔法と言ったら手から出るものだと思ったからだ。なかには魔物の様に口から出す魔法もあるが基本的には手からだ。

 

 目を力強く見開く。どんな魔法か見逃さない為に。そして大きな声で叫ぶ。

 

 「【獄炎(ヘルブレイズ)】‼︎」

 

 魔法を叫ぶと身体から何かが抜け落ちた感覚に陥る。感じた事の無い感覚に思わず倒れそうになるが両足で踏ん張る。

 

 ドガッ!!

 

 手から放たれた魔法、【獄炎(ヘルブレイズ)】とは手のひらサイズの黒い炎だった。【獄炎(ヘルブレイズ)】は壁に直撃すると壁を徐々に燃え広がる。自身の魔力が低い所為か、威力は大した事無いが流石地獄の炎と言ったところだろう。ダンジョンの壁が確実に焼かれていく。

 しかし可笑しい。【獄炎(ヘルブレイズ)】によって燃えた箇所が中々再生しない。手のひらサイズの被害なのにだ。しかも【獄炎(ヘルブレイズ)】鎮火に時間が掛かっている。これではミイシャから聞いていた情報と違う。

 

 『あ、そうそう。まだ無理だろうけどダンジョンで壁とかを破壊しても安心して。直ぐに直るから』

 『直る?壁が勝手にですか?』

 『そうなの。余程大きな破壊じゃなきゃね。壁を切っても直ぐに再生する。火属性魔法でも直ぐに火はダンジョンに掻き消されるから』

 『モンスターを産んだり自分の傷を癒したり、まるで生きてるみたいですね』

 『実際生きてるって言われてるよ。凄いよね』

 

 「別に大きな破壊でも無いのに………」

 

 しかし幾ら考えても答えは出ない。それよりもエルが問題視したのは【獄炎(ヘルブレイズ)】による精神の消耗だ。まだまだ魔力が未熟という事なのだろうがたった1発で既に軽い倦怠感が出ている。

 

 「これじゃ乱発はあまり期待出来ないな。使い過ぎて精神疲弊(マインド・ダウン)でも起こしたらそれこそ一大事だ」

 

 まだ魔法が撃てるうちにサッサと次を試さなければいけない。マインドも時間も有限なのだ。次に試すのは【付呪(エンチャント)】である。エルは魔法師では無く剣士だ。つまり戦闘中は結果を利き手(右手)に持ってるわけだ。手から放つ魔法より、こちらの方がよっぽど重要である。【付呪(エンチャント)】で【獄炎(ヘルブレイズ)】を剣で纏う。それを継続しながら戦う事が出来たならもっと強くなれる。

 

 エルは納めていた剣を抜き、意識を集中させる。先程の様に火の玉を放っては剣が壊れてしまう。イメージするのだ。右手を通じて剣に【獄炎(ヘルブレイズ)】を纏わせるイメージを。

 

 「【付呪(エンチャント)獄炎(ヘルブレイズ)】!!」

 

 名前はそのままだがそんなのどうでもいい。そんな事より魔法は成功した。【付呪(エンチャント)】と言うには見窄らしい程、薄い膜だがそれでも成功だ。エルは喜んだ。しかも精神消費も今回の方が抑えられている。これは思わぬ収穫だった。試しにエルは【付呪(エンチャント)】したその刀で壁を斬り裂くする。すると先程と同様に壁に【獄炎(ヘルブレイズ)】が燃え移った。しかし先程より【獄炎(ヘルブレイズ)】の質量が小さく、壁は簡単に再生した。

 

 「今のところは【付呪(エンチャント)】しない方が【獄炎(ヘルブレイズ)】の効果は大きいな。刀が通らない相手とかならは【獄炎(ヘルブレイズ)】の方が有効だな」

 

 魔法の効果も分かったところで実験を止め、またモンスターと戯れる事にした。【付呪(エンチャント)】を継続してだ。だが使い過ぎて倒れたら元も子もないのである程度したら魔法を解き、自然回復したらまた【付呪(エンチャント)】するを繰り返そうと決めた。

 

 

 

 

 「ん?」

 

 探索を続けていると階段があった。

 

 「聞いてはいたけど本当に階段があるんだ」

 

 エルは感心しながら迷わず階段を降った。ミイシャからは初日から階段を見つけても降りちゃ駄目だよと言われていたが無視する。1階層のモンスターを相手にしても一向に強くなれる気がしないからだ。それだけでは無い。正直なところ、つまらないのだ。今のところまともな戦闘が無い。全て一撃。反撃のはの字も無い。これではかかしを相手にしていると変わらない。確かに余裕のある戦闘でも神の恩恵(ファルナ)によってステイタスは上がるだろう。そしてレベルアップの時だけ仲間と協力して強いモンスターを倒す。そうすればある程度の強さを手に入れる事が出来るだろう。見せかけの強さを。ステイタスでの強さなど、仮初の強さでしか無い。本当の強さはギリギリの戦いを繰り返して生き延びてこそ手に入れる事が出来るのだ。エルはそう信じて階段を降る、降る、降る。そしていつの間にか6階層まで降りていた。たった初日でここまでのルートを進めたのは奇跡だろう。強さでは無い。ダンジョンの道は入り組んでいる。だから階段を見つけるのすら困難なのだ。そう言う意味での奇跡である。

 

 そして早速現れたモンスター『ウォーシャドウ』。ここからはモンスターの強さが一段とレベルが上がる。エルは剣を魔法を纏わせて走り出す。エルの戦いはまだまだ始まったばかりである。現在の時刻午後7時!

 

 

 

 その頃、【ヘスティア・ファミリア】

 

 「エル君が帰ってこないよおおおお!」

 「お兄ちゃん帰ってきてよおおおお!」

 

 

 

 

 

 




 ご愛読ありがとうございました。

 今日の一言

 fgoアナスタシア当ててまじ嬉しい。

 では次回もお楽しみに


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覚悟パート2

 皆さんお久しぶりです。

 少し間が空いてしまいましたがこれからも頑張るので応援よろしくお願いします!

 今回は戦闘描写が主なので作者は気合い入れて書いたので楽しんでくれると幸いです。

 では本編どうぞ!


 エルは【付呪(エンチャント)】している剣でウォーシャドーに立ち向かう。それをウォーシャドーは自慢の指で応戦する。ウォーシャドーは異様に長い両腕の先に、鋭利な指が3本備わっている。指の鋭利さと言ったらナイフそのものだ。その指がモロに入ったら一溜りもないだろう。しかもウォーシャドーはゴブリンやコボルトとは比較にならない速さを兼ね備えている。ただでさえ長いリーチに高い攻撃力。リーチが短いエルは懐に侵入出来なければ防戦一方なのに素早さまで兼ね備えているウォーシャドーを倒すのは至難の業だ。実際に今のところウォーシャドーの攻撃を防ぐ事しか出来ていない。

 

 (クソッ!このままじゃジリ貧だ。【付呪(エンチャント)】した剣でも今の俺の魔力じゃ大した効果になってない。こういう時に役立つのが魔法なんだろうがそう簡単に頼る訳にはいかない。それだとそれだと俺の今までの9年間の努力を否定する事になる!)

 

 戦いは防戦一方。しかしエルの体は傷一つもついていなかった。冒険者に成り立てであるエルはモンスターにどうしても身体能力は劣る。それでも傷一つないのは今まで培った賜物だろう。エルの努力は無駄では無かったのだ。その努力を否定しない為に魔法に頼らない。初めから魔法に頼っている様では強くはなれない。

 

 エルは色んな手を試した。瞬きのタイミングに奇襲、砂を使った目潰し、足元から切り崩す、通路の死角の利用。しかしどれも失敗に終わる。そもそもウォーシャドーの目は人の目と違った。まず瞬き自体が無い。その為、常にこちらの位置を把握している。それなら目潰しはと思ったが目と思われた場所に近づく事すら叶わない。鋭利な指に邪魔される。指を躱して足元から攻めたみたのだが、

 

 「⁈…とおっ」

 

 異様に遠い。長い両腕に意識が行っていた為にウォーシャドーの胴体との距離を見誤ったのだ。懐に入り込めたと思ったのは勘違い。その一瞬の隙に奴の振り下ろしてくる鋭利な指がエルの背中を襲った。エルは奴の股の間を吹っ飛ぶ。その時に少しでダメージを与え様と体を反転させて剣を奴の股に滑らせた。すると奴の股は浅く裂け、初めてダメージを負わせた。しかしエルは飛び込び壁へ突っ込んで顔面を強打した。

 

 「ぐああ!」

 

 鼻血が噴き出る。しかし死んではいない。懐に飛び込もうとしたのが幸いして傷は致命傷とまではいかなかったが危ない。少しでも気を緩めれば意識が飛びそうである。エルは顔面を押さえながらも後目でウォーシャドーを確認する。

 

 ウォーシャドーはエルによって裂けた股の状態を手で触り確認している。しかし直ぐに止めて壁と向かっているエルを見る。見るか限りダメージがあるとは思えない。肉体が確立されてない存在だからか痛覚が鈍いのだろう。奴はゆっくりと歩み始め、徐々に速度を上げてエルに襲いかかる。いつまでも動く気配が無いエルを見てチャンスだと思ったのだ。

 

 エルはこの瞬間、覚悟を決めた。敵の攻撃を利用する事を、その攻撃をワザとこの身に受ける覚悟を。

 

 ウォーシャドーは右腕の鋭利な指でエルの背中を貫いたのだ。確実に仕留めた、勝負はついた。そう思うのも無理はない。しかしそうと決めつけたのがウォーシャドーの運命の分かれ道だった。なんとエルは背中を貫かれた瞬間に左反転をし、左手に持ち替えている剣で自分の背中に突き刺さっている奴の腕を切り落としたのだ。奴は初めて動揺を見せた。バックステップをしてエルから距離を取る。確実に仕留めた筈なのに何故生きている。その疑問が奴を襲った。失った右腕を押さえていると足元に自分の腕が転がって来た。エルを見ると彼は肩で大きく息をしながら奴を睨みつけていた。

 

 「はぁ、はぁ、はぁ…………さく…せん……成功……ゲホッ」

 

 背中を貫いて胸元にポッカリ穴が空いてる筈のエル。しかし現実は胸元より数センチ右上に大きな穴が空いていて血を吐いているエルがいた。

 

 何故エルの胸元に穴が空いていないのか。それは攻撃を受ける瞬間。さりげなく、自然に数センチ左にズレたのだ。ウォーシャドーが気付かない範囲で。動けるのなら、何故死んでしまうかも知れない攻撃をワザと受けたのか。それは奴の攻撃の反動を利用する為だ。胴体の中央より右側を後方から攻撃されるとどうなるか?答えは右半身がより前方へ押し出されるだ。つまり左半身が僅かに後方の奴へ反転する。その反動を利用したのだ。攻撃を受けた瞬間、反動で左反転する勢いに自ら加速を加えて奴の腕を斬ったのだ。

 

 しかし反動を利用するならもっと浅めの傷で良かったのではないか?これからの戦闘を考えて重症になる怪我を負う必要あったのではないか?そう思うだろう。結論から言おう。大ありだと。ワザと深手を負ったのは奴を油断させる為である。攻撃を受ける際、浅めの傷になる程、体をズラしたら奴は不審がるだろう。つまり次の攻撃が成功しにくくなるのだ。『動いた⁈このタイミングで動くという事は罠だ』と。モンスター相手に考えすぎと思うかも知れないがそんな事は無い。本番の戦闘に考えすぎなど存在しないのだ。

 

 「はぁ、はぁ、はぁ」

 (運が良かった。もし左腕で攻撃されてたら心臓が削られて即死していただろう)

 

 そしてもう一つ深手を負った理由。それは相手恐怖を与える為だ。浅めの傷を負った敵が襲ってきても恐怖は薄いだろう。しかし深手を負った敵が戦意を失わず、こちらを睨みつけてきたら?背中には斬り傷、顔面は鼻血で血だらけ。そして胴体に大きな、それこそ向こうの景色が見えそうなポッカリとした大きな穴だ。誰がどう見ても重症。それなのに全く戦意喪失せず、それどころかその状態で反撃し、腕を切り落とされた。そんな相手に何を思う。『この人間は不死身か?』と思わないか?自分がどれだけ攻撃しても深手を負わせても反撃してくる。そんな者に得体の知れない恐怖を抱くのだ。それはモンスターも動揺である。実際、ウォーシャドーは逃げ出しこそしないが明らかに戦闘に集中出来ていない。エルに対する恐怖が奴のあるか分からない脳内を充満している。エルが一歩、また一歩歩みを進めると奴はジリジリと後ずさる。元々広いとは言えないスペースで戦っていた為、直ぐに壁まで追い込まれた。それでもエルは歩みを止めない。

 

 やがてウォーシャドーはエルを射程距離範囲まで侵入を許す。恐怖に呑まれながら残った左腕でエルへ攻撃を繰り出す。それをもう使い物にならない右腕を僅かな動きで空中に浮かせてガードした。当然、右腕は鋭利な指によって斬り裂かれ、さけるチーズの様に綺麗に裂けた。ウォーシャドーはいくら使い物にならないからと言って簡単に自分の身体を犠牲にするエルに更に恐怖する。その隙にエルは、自身の右腕を裂いた奴の左腕を斬り飛ばした。両腕を失ったウォーシャドーになす術はなく、死を受け入れる事だけだった。エルは刀を天へ突き刺し、座り込んだウォーシャドーを見下ろして言った。

 

 「じゃあな。お前との戦い、楽しかったぜ」

 

 こんなにボロボロなのに。この戦いが終わったら出血多量で死ぬかも知れない身体でこんな事を言う化け物と出会った時点で自分の運命は決まっていたのだとウォーシャドーは悟った。だがこの戦いでウォーシャドーに損しか無かったかと言われるとそうではない。ウォーシャドーはの戦いで、エルとの戦闘を通じて恐怖という感情、そして言葉を理解する事が出来た。しかしそんな事考える余裕も無い()は気づく事は出来ない。

 

 ザシュッ!

 

 エルは刀を振り下ろしウォーシャドーは真っ二つになって灰と化した。エルも戦闘が終わって体へのガタが一気に押し寄せてきたのかそのまま気絶してしまった。

 

 

 

 

 




 ご愛読ありがとうございました。

 初の戦闘描写でしたね。書いてて楽しかったです。戦闘シーンって話が難しいんですけど書くのは楽しいですね。

 では次回もお楽しみに!またね


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本能


 皆さんお久しぶりです!元気にしてますでしょうか?

 自分はまあまあですかね。少し期間が空いてしまいましたが、忙しい期間は過ぎたのでまた更新ペースを戻せる様頑張ります。

 では本編どうぞ!


 

 ダンジョンから産み落とされたモンスターは自分の身体が出来上がり次第、本能に従い歩き始める。そして、その本能とは『人を殺す事』である。これがモンスターとしての自然本能なのか、はたまた産みの親であるダンジョンによって作られた擬似的本能なのかは未だ解明されていない。ほとんどのモンスターも、人を殺す本能に疑問すら持たない。何故なら理性が存在しないからだ。

 

 だが、極稀にモンスターにも理性を持った者が産まれる。その者は『なぜ人を襲うのだろう』と考える。何故なら襲う理由が無いからだ。そもそも会った事も無い人に対して本来何の感情も持たない。親から人は殺すべき相手と教えられた訳でも無いから。しかし、いずれ彼等も人を襲いだす。何故なのか?それは彼等の存在理由がそれしか無いからだ。何もしないのは死んでいると同じ。だから彼等は殺すのだ。自分の存在を確立する為に。

 

 そしてそんな彼等は恐怖という感情は無くとも、目の前の者が自分に対抗し得る強者か、それとも唯の餌か、判断する能力は備わっている。

 

 だからこそ、このフロアに総勢20にも満たすモンスターが集まったのだ。ゴブリン、コボルト、フロッグシューター、スネイクソー。そして先程戦ったウォーシャドー。その全ての視線がダンジョンの真ん中で気を失っているエルへと向けられている。寝ているエルが対抗し得る強者か、それとも餌か、それは火を見るよりも明らかだった。

 

 最初に動き出したのはスネイクソーの4体だった。東西南北の全てから同時に攻撃を仕掛ける。耐久力、攻撃力は低いがウォーシャドーよりも素早く動く。スネイクソーは左右に小刻みに動きながらエルへ襲い掛かる。そしてほぼ同時にエルを噛み付き攻撃を仕掛ける。

 

 噛まれる瞬間、エルの額に黒い渦巻きの様な紋章が浮かび上がった。それと同時にエルの体から黒いオーラの様なモノが出ると、エルを攻撃したスネイクソーを一瞬の内に押し潰し、魔石と化した。

 

 ゾクッ‼︎

 

 この瞬間、エルを取り囲む全てのモンスターに感じた事の無い悪寒が体全身を襲った。本能で理解したのだ。この人間には何をしたって敵わない。それどころか、今すぐこの場から逃げ出さないと自分達はあの黒いオーラに殺されると。

 

 「ガァッ!」

 

 最初に走り出したのはゴブリン達だった。反転し、持ち前の脚力で全速力に逃げ出す。他のモンスターは彼等のプライドの無さを羨ましく思った。そしてコボルト達もゴブリンの後を追う様に走り出そうとした瞬間、自分に向かってオーラが超スピードで飛んでくる。避けられる速度では無い。コボルトは死を悟った。しかし、オーラはコボルトを通り過ぎた。コボルトは安堵した。

 

 「ガァャッ⁉︎」

 

 その瞬間、短い悲鳴が後方から聞こえた。そしてオーラはゆっくりとエルの元へ帰って行く。コボルト達はオーラにバレない様に静かに振り向いた。すると上半身が消し飛んでいるゴブリンと思わしき下半身がゆっくりと地面に倒れるところだった。そのすぐ近くにも同じ下半身が倒れて灰と化す。魔石が破壊されたのだろう。その数、最初倒れた下半身を含めて4体(・・)。つまり、オーラはあの一瞬でゴブリン4体を同時に殺したのだ。それも、声が全て重なって聞こえる程に時間差無く。動いたら死ぬ。それは直感で気付いた。しかしモンスター達は全員一斉に逃げ出した。もしかしたら、いや確実にその場に佇んでいた方が安全だっただろう。しかしオーラへの圧倒的恐怖から今すぐに逃げ出したい。この場にいる事を本能が拒否したのだ。だが彼等らの運命は恐怖に負けた時点で決まっていたのだ。オーラは10数本の腕へと変化し、逃げ出したモンスターの魔石を的確に破壊した。勿論、これら全ては寝ているエルの意志などでは無い。言うならば彼の魔神としての無意識の生存本能というべきだろう。そしてこの光景はエルが起きる翌朝まで続いたのだった。

 

 

 

 

 翌朝(ダンジョン内)AM5:30

 

 「…………ん…」

 

 エルは目を覚ました。目を擦りながら周りを見渡し、ダンジョン内である事に気付き、ハッとする。

 

 「ヤバッ!ダンジョンで安易に寝ちまった!寝てる間に襲われたりしてないかか?………てか昨日のウォーシャドーにつけられた傷は……え?」

 

 意識がハッキリしてくるとウォーシャドーに深手を負わされた事を思い出し傷付いた場所を確認する。すると言葉が失った。傷が塞がっていたのだ。背中の傷も、右胸から右肩にかけて空けられた大穴も、斬り裂かれた筈の右腕も全て完治していたのだ。痛みも全く無い。エルは昨日の事が夢だと疑い始めた。ウォーシャドーとの戦いも全て。もしそうだとしたらかなり恥ずかしい。命懸けの戦いをしたと勘違いした。これではベルに強くなれないぞと言ったのに対し、『どの口が言う、この妄想野郎が!』と一喝したくなる。とりあえず、気付かない内に寝てしまっていたという事は疲労がピークに達したと言う事。ベルやヘスティアも心配しているだろうと思い、地上へ戻る事にした。

 

 

 

 

 

 地上に戻ると既に朝になっている事に気付いた。

 

 「マジか、1日寝てたか」

 

 魔石換金の為にギルドへ向かった。すると、ギルドに近づくと叫び声が聞こえてくる。まだ数十メートルあるのに凄い声量だ。声を聞く限り、怒っている様子では無い。

 

 「朝から元気だねぇ」

 

 近づくにつれて声も段々と大きくなっていき、内容もハッキリしてきた。

 

 「………捜索願いだよ!頼むよ!……がダンジョンから………て来なかったんだ!」

 

 聞こえてくる内容から察するにダンジョンから帰らなくなった人がいて、その捜索願いを頼んでいるみたいだった。

 

 「………てかなんか聞いた事のある声なんだけど」

 

 そう、聞いた事のある声だった。具体的には自分の主神であるヘスティアの声と似ている、それどころか瓜二つの声だった。ギルド入り口前まで来ると人だかりが出来ていた。エルはそれを掻き分けて人だかりの先頭に来ると、ツインテールの後ろ姿と白兎を彷彿とさせる少年の後ろ姿が見えた。

 

 「お願いだよ担当君!エル君を!エルアコス君の捜索部隊を結成してくれ!昨日ダンジョンに出て行ったっきり帰って来ないんだよ!」

 「お、落ち着いて下さいヘスティア様!規則としてギルドで捜索部隊を結成するには最低でも10日掛かるのです。それより早く頼むなら個人的にクエストを頼むしか」

 「何を言ってるんだい君は!クエスト報酬を払える金があったらとっくにクエストを発注してるよ!出来たばかりの【ヘスティア・ファミリア】に捜索クエストの報酬を払う金なんか無いんだよ!クエストへ達成した場合、報酬をその場で渡さなければいけないって規則にしたのは他でもないギルドじゃないか!だからギルドに頼み込んでいるんだよ!うちのエル君のが死んでも良いのかい!」

 「ごめん、ごめんよぉぉおにいちゃぁぁぁん」

 「ベル君、大丈夫だよ。エルアコス君なら必ず生きて帰ってくるから」

 

 様子を見る限り、1日帰らなかった自分の為にヘスティアが捜索願いをギルドに提出するが規則で却下されている。そしてベルは自分だけ先に帰って泣いて、それを担当アドバイザーであるエイナに慰めて貰っているという状況だとエルは理解した。その感想は一言。

 

 「恥ずかしい///」

 

 心配してくれるのは嬉しいが正直言ってとても恥ずかしい。今のギルドの注目は完全に2人に集中している。ギルド職員の襟元を掴み前後に大きく振る神様と、ギルドど真ん中で冒険者の人気者でもある担当アドバイザーであるエイナに優しく背中をさすってもらっているベル。目立ちすぎている。正直、この場に混ざりたくない。しかし混ざらなければ事態は一向に収束しないだろう。乗り気では無いがエルはとりあえずミイシャの襟元を掴んで離さないヘスティアを落ち着かせる事にした。

 

 エルが近づくとミイシャは途中でこちらに気付いた様で途端に笑顔になる。なんだかんだ言って心配してくれた様で嬉しく思う。

 

 「エルアコス君!」

 「何⁈」

 「ヘスティア様、俺生きていぶっしゃぁ!」

 「帰りが遅い!」

 

 ミイシャがエルの名前を呼ぶとヘスティアは勢いよく首を振り、ミイシャが見ている後ろへと顔を回す。エルが生存報告をしようとするとヘスティアはそれを喜ぶでも労るでもなく怒って殴り飛ばした。エルは予測不能な出来事に顔面にいいヤツを貰ってしまった。話しながら殴られたので変な声が出たのはとても恥ずかしかったと後に語ったとか語ってないとか。

 

 

 

 

 

 





 ご愛読ありがとうございました。

 次回ステイタス更新したら原作開始まで飛ばそうと思っているので楽しみにしていて下さい。

 では次回もお楽しみに!またね!


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君は何者?そしてステイタス更新


 お久しぶりです。元気にしてますでしょうか?

 昨日の阪神の劇的なサヨナラには感動するわ。しかも打ったのが大山なんて最高です。必ず大山は復調してくるので阪神ファンは応援してくれよな!

 では本編どうぞ!


 予想 0.281 24本  97打点  ←これくらいだと思う。


 

 「馬鹿なのかい⁈君は!」

 

 エルはギルドでヘスティアに殴り飛ばされた後、ヘスティアに首根っこを掴まれて、拠点まで連行されて現在進行形で説教を受けている最中である。

 

 「モンスター1体倒しただけで帰ってくるベル君もベル君だけど、初日から日を跨ぐまでダンジョンに潜り続ける君も君だよ!君達兄弟は両極端なのか!」

 

 ヘスティアはエルを叱る事に夢中でさりげなくベルをディスっている事に気付いていなかった。もし彼がこの場にいたら落ち込んでいただろう。それ程までに怒っているのだ。彼の身が心配だから。(因みにベルはダンジョンに潜っている。エルの事はヘスティアに任せたのだ)

 

 「いや、俺は日を跨ぐまで潜るつもりは無かったんですよ!日帰りで終わらせる筈だったんですが、これにはダンジョンよりも深い事情がありまして」

 「ほぉ?そのダンジョンより深い事情ってのは一体なんだい?」

 

 エルの言葉を聞いてもヘスティアは納得しないだろう。何故って?彼女の顔がこう言っているのさ。『どうせロクな事情じゃ無いんだろ』と。それでもエルは真実を話す。彼女の予想通りロクな事情では無いけれど。

 

 「そのぉ……ダンジョンを潜ってる内に、いつのまにか寝ちゃっていて」

 「ダンジョンで眠ってたぁぁぉぁぁぁぁあ?!君は!何処!まで!命!知ら!ず!なん!だい!!冒険者初心者が1人でダンジョンで寝ていたなんて何処まで君は馬鹿なんだい!たまたまモンスターが襲って来なかったからよかったものの、本来なら君の魂は天界に昇っていたかもしれないんだよ!!」

 

 ロクでもない事情を話した結果、案の定火に油を注いでしまった様だ。彼女の言う通り、普通なら自分は死んでいただろうと考える。もしかしたら自分は物凄く幸運なのかもしれないと。遅かれ早かれ知られる事なのだが、彼は現在、自分を更新だと勘違いしている。だから浮かれてしまったのだ。その結果、怒りを分散させずに一気に全てを爆発させるという愚かな行動を取ってしまったのだ。

 

 「それだけじゃないんですよ神様!6階層まで降りたのも時間が掛かった理由の1つでして」

 

 エルはウォーシャドーと戦ったのは夢かも知らないと勘違いしているが、だからといって決めつけては無い。それは6階層まで行った事実を認識しているからだ。それは帰りの階段を6回登ったからだ。だからこそ、ウォーシャドーと戦ったのが本当に夢だったのか分からずにいた。あそこまでリアルな夢は今まで体感した事が無い。奴の鋭利な指と刀を交えた時の手に伝わる衝撃。背中を斬り裂かれ、右胸を貫かれた時の痛みに苦しみ、トドメを刺したあの感触。そして、あの一瞬の迷いが命取りだって言葉で表しきれない緊張感。どれも鮮明に覚えている。だからこそ、夢だと思えてしまうのだ。ウォーシャドーの魔石も落ちていなかった。そして何より傷跡が全く無い。斬り裂かれた背中が、貫通した右胸が1日寝ただけ治る訳が無い。それこそポーションも無しに。だが、夢だと決めつける事も出来ない。それは服だ。記憶にある傷を負った際に破れた場所と服の破れている場所が完全に一致しているのだ。どんなに思考を巡らせても答えが出ない。

 

 (…………ん?……………まさか⁈)

 

 エルはこの時、ある可能性が存在する事に気付く。思考を巡らせた中に思い掛けず存在したヒント。それを元に成り立った仮説が。(この間約3秒)

 

 「ヘスティア様、俺「6階層だってええええ?!」」

 

 エルがその可能性を話す前にヘスティアが6階層まで行った事に驚き、エルはあまりの声量に会話を中断して耳を押さえた。

 

 しかしヘスティアが驚くのも無理はないだろう。初日で、しかも1人で6階層まで潜ったのだから。しかもファミリアに入団して恩恵を刻んで貰ったばかり。元々、何処かのファミリアに入団してた訳でも無く、恩恵を刻んでから数ヶ月の特訓を経てからダンジョンに潜った訳でも無いバリバリの初心者がだ。あまりの突拍子も無い話に嘘だと思ったがその可能性は無かった。人は神に嘘が付けない。付いてもバレるのだ。神は人の話が嘘かどうかを感じる事が出来る。そしてそれは相手の嘘が下手か上手いかは関係無く、絶対である。そして彼は白。言った事は紛れもない真実なのだ。初日で6階層など、生きて帰れただけでも奇跡に近い。それなのにエルはなんの怪我もしていない。そこである仮説をヘスティアは立てた。

 

 (ああ!エル君は6階層で戦って無いんだな!行っただけで止めたんだ。それなら嘘にならないし、怪我してない理由にも納得がいく!)

 ヘスティアはポンッと手を叩く。仮説と言っても彼の異常性に目を瞑る現実逃避でしかないのだが。彼女は気付く。自分で可笑しな事をさも当然かの様に口にしていた事に。

 

 (え?僕さっきから平然としてるけど、なんで何処も怪我してないの?6階層で戦って無かったとしても5階層まで潜ったんでしょ?)

 

 そう、そんなに深くに潜ったのに見る限り何処も怪我をしていない事だ。何故怪我していないと分かるか。ポーションを使ったかも知れないだろって思う人もいるだろう。しかしその可能性は無い。何故なら彼のポーションの数が減っていないからだ。新人冒険者はギルドで冒険者登録と同時にいくつかの武器とポーションを受け取る。その数は一定なのでベルとエルがもらったポーションは同数なのだ。ベルは2人でダンジョンに向かった際にギルドから支給されたポーションだけで買ってないと言ったのでそれは間違い無い。ベルは速攻で帰宅したので傷は無く、ポーションを使っていなかった。そのベルとエルが持って帰ってきたポーションの数が同じだったのである。

 

 ヘスティアはもしかしたらと思いエルに近づく。

 

 「ちょっと失礼。服を脱いでくれないかな?」

 「へ、ヘスティア様⁈なんですかいきなり!」

 「良いから!」

 「ああ────♡」

 

 ヘスティアは強引にエルの服を脱がしてパンイチにした。ボクサーパンツ姿がエルをより幼く見せ、その姿に一瞬母性を感じるヘスティアだが目的を忘れてはいけないと頭を振って邪念を振り払い、身体の隅々をチェックする。しかし何処にも怪我は見られなかった。こんなのはあり得ない。人が恐れるダンジョンモンスターから簡単に無傷で生還するなど。一流冒険者が上層で戦うなら分かるが。

 

 「気が済みましたか?それなら丁度良いですしステイタスの更新お願いしますね」

 「え?ああ、分かったよ」

 

 ヘスティアは複雑な感情だった。自分のファミリアの子が無傷で帰って来てくれたのは嬉しい。しかし彼の存在についての疑問が深まる。ファミリーネームが存在しない。明らかに成長が遅い姿。そして副作用による弱体化、この強さでだ。どれくらいの弱体化か分からないが、段階的に解除という事はかなりの弱体化は受けていると思える。もし全ての弱体化が解除されたら彼は計り知れないものになる予感がする。

 

 (エル君、本当に君は何者なんだい?)

 

 

 

 

 エルアコス Lv1

 

  力:I 12

 耐久:I 53

 器用:I  8

 敏捷:I 25

 魔力:H102

 

 

 【魔法】【獄炎(ヘルブレイズ)】・速攻魔法

          ・付呪(エンチャント)

 【  】

 【  】

 

 【スキル】【寝言】・自動発動

 

 【弱体化】・【世界の扉(ワールド・エントランス)】の副作用

      ・能力の封印

      ・昇華と共に段階的に解除

 

 

 

 (今度はスキルが増えた……)

 

 スキルまでも手にしたエルに突っ込むのも面倒くさくなってしまった。それだけでは無い。能力値の成長具合も異常だ。たった1日潜っただけで200アップはレベル1での成長具合でも群を抜いてる。しかもその半分が魔力だ。しかもランクアップ。耐久も魔力にこそ負けるがこの伸びは普通では無い。

 

 (怪我してないのに耐久がこんなに上がるなんて君の体はどうなってんだい)

 

 「はは、ははは」

 

 可笑しな事の連続でヘスティアは壊れてしまった。そんなヘスティアを他所にエルは確信した。ウォーシャドーとの一戦は夢では無いと。

 

 (この耐久の上がり具合。確実にあの時の傷だ。てかそれ以外に1回も攻撃受けてないから確定だ。やっぱりさっきの仮説は正しかったんだ)

 

 エルの仮説。それは誰かに回復させて貰った説だ。気絶した後に誰かが助けてくれたのだろう。普通のポーションで治せる傷で無かった事からハイ・ポーション、又はエリクサーの可能性。そして気絶してる間はその人が守ってくれた。エルが目を覚ますと直ぐに直ぐに撤退。恥ずかしがり屋だったのだろうと。

 

 (名前も顔も分からない命の恩人さん。ありがとうございます。貴方に助けて貰ったこの命で必ず夢を叶えて見せます。そしていっか再開出来たら最大限のお礼をさせて下さい)

 「でもなんで魔力あんなに上がってるんだ?俺、そんなに使ってないぞ」

 

 エルは存在しない恩人に感謝をする。彼が勘違いだと分かる日はやってくるのだろうか?





 ご愛読ありがとうございました。

 エルの勘違いはいつまで続くのでしょうか。てか原作開始出来ませんでした。次回は……どうだろう。でも頑張りますね!

 スキルの寝言ですがポケモンの寝言と思って下さい!

 では次回もお楽しみに!またね


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原作スタート
敗北


 お久しぶりです。元気にしたますでしょうか?

 今回から原作スタートです!これから加わる原作キャラとどのように関わっていくのか楽しみにしてて下さい!

 では本編どうぞ!


 翌日を入れて2日間、エルはダンジョンへ行く事をヘスティアから禁じられた。理由は初日から6階層に行った挙句、ウォーシャドーと戦い重症を負うという命を軽んじる行動を取ったからだ。

 

 エルはステイタスを更新した後、ヘスティアにエルの仮説を話したのだ。しかし、突然そんな事言われてもヘスティアからしたらにわかに信じ難い内容だった。ウォーシャドーと戦って気絶した所を誰かに助けてもらったという説。簡単に信じれる内容じゃ無い。だが、ステイタスの異常な成長、そして服の損傷に対して身体への傷が全く無いこと。そして決め手はエルの言葉に何一つ嘘が無かった事だ。もしかしたら夢の可能性もある事も話している。彼が本当だと思っても事実が違う可能性だってある。しかも話し手が嘘だと思っていなかったら、厄介な事に神は嘘と見抜く事が出来ないのだ。本人に嘘を言ってる気が無いから。

 

 ヘスティアは色々な可能性を考慮して、最終的にエルがウォーシャドーと戦った説を推した。自分が信じないで誰がエルを信じるのかと。主神が子供の言う事を信じないでどうすると思ったのだ。だから信じた。

 

 そしてヘスティアはエルを馬車馬の如く働かしたのだ、休憩を挟まず2日間ずっと。結果、現在進行形でソファーに突っ伏している。

 

 「疲れたぁー」

 

 小さい頃から祖父の手伝いと修行を両立してきた事から体力に自信あったエルだったが、バイトがこんなに大変な物とは思わなかった。畑仕事や修行とは使う筋肉もまた別で疲労の溜まり具合も違う。そんな姿を見て、ヘスティアは笑った。

 

 「ははは!そんなんじゃいずれ何日もダンジョンに潜る時に体力が持たないよ!」

 

 多少接客と裏方で役割が違うからといって、エルがこの様な状態なのに、ヘスティアは全く疲れていい。それどころかエルの人間味ある一面が見れて疲れも忘れてとても上機嫌である。エルはそんなヘスティアを見て『やっぱり神って凄いんだな』と改めて神の凄さを体感した。

 (因みにエルがバイトで休みを貰えなかったのは罰の一貫である)

 

 

 

 

 

 エルはミィシャに説明する時は色々とはぐらかした。突然6階層まで行った事を彼女に告げたら、また怒られる。ヘスティアに既に怒られたのだからまた怒られるのは勘弁願う。だが意外にも助かった。ミィシャが許してくれたのだ。『冒険者にも色々とあるものね。話したくないことを無理には聞かないわ。無茶するのも結構、若い内なんだからいくらでもしなさい。でも生きて帰って来てね!』そう言ってウインクして来た。エルは『貴方も若いだろ』と思いながらも、そんなミィシャのウインクにドキッとしてしまう。あまり女性と関わってこなかったエルにとって優しくて、自分の無茶も分かってくれて、可愛いのは魅力的だった。そんな照れてしまう気持ちを忘れる為にエルはダンジョンで奔走する。

 

 「俺はダンジョンに出会いを求めてなどいなあああああい!!」

 

 しかしこのモヤモヤはすぐに解消する事となる。何故ならミィシャの性格を知ったからだ。エルは聞いたのだ。何故冒険者の気持ちを尊重した上でそんなに心配するのかと。なんとなく思ったのだ。彼女は以前に冒険者を好きになった事があるのではないかと。そしてその人は命を落とした。だから今の考え方になったのかと。死んでほしくない、しかしだからと言って頭ごなしに冒険者の無茶を否定したらその人の、冒険者全員の気持ち否定する事になる。しかしその予想は見事に裏切られる。彼女はこう言った。

 

 「え?だってとんでもない言われたらアドバイザーとして貴方に説教しなきゃいけないし、報告書に嘘を書いちゃいけないし、報告しないのも問題だからその事を書いて、今度はギルド長から私が説教されなきゃいけないんだよ。そんなの面倒だもん。貴方は話したくない、私は聞きたくない。これってWINWINの関係でしょ?」

 

 それを言われてエルは固まった。ミィシャがとんでもない駄目アドバイザーだったのだ。そして彼は学んだ。その人の一面だけを見て決めつけてはいけないのだと。人を思う気持ちの裏側には知らない方が良い一面が存在している事を。

 

 エルは走る。ダンジョンをひたすら走る。あんな駄目アドバイザーに少しでも惹かれてしまった自分のチョロさを恥じて。数日前は苦戦したウォーシャドーを倒しまくる。黒歴史を忘れる為に。

 

 (まさか図星を突かれるとはね。まぁ説教が面倒なのは本当だけどあの事を話したらエル君がダンジョン潜るのに支障をきたすものね。冒険者の邪魔をしないのもアドバイザーの役目。ね、ななしさん)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてあれから2週間が経った。エルは現在8階層まで潜っている。それだけでも凄いのだが今の光景はそれ以上だった。対面しているモンスターだ。この階層には絶対にいる筈がないモンスター。その名も、

 

 「ブモオオオオオオオオ!」

  

 ミノタウロス。本来は15階層にいる筈のモンスターが何故この階層にいるのかは問題ではない。問題はエルのこの後に取る行動だ。今のエルにミノタウロスを倒す力は無い。だが逃げる事なら可能だ。ミノタウロスは筋力、耐久力は凄いが足は速く無い。全力で逃走したら逃げれるだろう。だが、エルからしたら答えは決まっていた。

 

 「お前が本来いないこの階層で俺と出会ったって事は元々出会う運命だって事だ。俺は運命と戦う事はしても逃げたく無ぇ。そんなんじゃいつまで経っても最強になれない。…………だがら、俺は運命に従うぜ!」

 

 【付呪・獄炎(エンチャント・ヘルブレイズ)

 

 エルは腰から抜刀した剣を強化し、ミノタウロスに無謀にも立ち向かう。魔力が上がった事で最初より力強い獄炎を付呪出来た。ミノタウロスは突っ込んでくるエルに向けて拳を振り下ろす。しかしエルはその拳を避けてミノタウロスの腕を駆け上がる。

 

 (俺がミノタウロスに勝ってるものがあるとしたらそれは足だ。絶対に足は止めない。捕まったら最期、握り潰されるだけだ。体格故の小回りも最大限に利用する!)

 

 駆け上がりミノタウロスの背中が見える瞬間に身体を捻り回転斬りを食らわせてからミノタウロスにカウンターを食らわない様に直ぐに跳ぶ。エルはこの攻撃でミノタウロスの身体がどれ程硬いかを調べる目的もあった。深く斬る事は出来ずとも軽く血を流させるくらいは可能だと思っていた。しかしその読みは甘かった。エルの剣はミノタウロスに傷1つつける事も叶わなかった。体勢を整えてミノタウロスを化け物を見る様な目で見つめる。

 

 (まじか、かすり傷程度としか言えねぇじゃねぇか。これじゃ全身に斬り込みを入れても大したダメージにならねぇな)

 

 これでは普通に攻撃しても時間の無駄だった。だとすれば有効的な関節、そしてどんな生物だろうと鍛える事が出来ない目玉だけだった。

 

 エルは兎に角走る。ミノタウロスに的を絞らせない為に。敵の攻撃を躱しながら反撃の機会を伺う。幸いな事にミノタウロスは格下であるエルに対してなんの警戒もしていない。だからこそ攻撃が大雑把である。エルはミノタウロスのダブルスレッジハンマー(指を組んだ両手で頭上から相手の脳天目掛けて振り下ろす技)を下がるのではなく、逆に股へ跳んで避ける。そして通り過ぎ様に左膝裏を斬りつける。するとミノタウロスは膝をつく。

 

 「ブモオオ⁈」

 「良し!予想通り膝裏は周りと比べて柔らかい!」

 

 関節の曲がる側は曲げ伸ばししなければいけない。その時、筋肉が伸縮しやすくする為に柔らかくなければいけない。顔は牛でも身体は人。モンスターだろうと人と身体の構造が同じだ。

 

 ミノタウロスは膝裏が斬られた挙句、火傷のおまけ付きに何度も獄炎を消そうとする。しかし中々消えない。魔力が増えた事で火傷効果も上昇している。するとミノタウロスは膝裏の燃えてる箇所の肉を抉り取ったのだ。モンスターならではの判断だろう。人で同じ状況に陥った時、直ぐ様この対応を取れるとは到底思えない。

 

 「流石モンスターって言ったところだな」

 

 しかし、これで奴は左足は思う様に動かせない。だからといって安心する事は出来ない。一撃でも食らったら終わりという状況は変わっていないのだ。しかもミノタウロスはダメージを食らった事で警戒してくる。これまで以上に慎重に攻める。

 

 (カウンターに注意しないとな)

 「ブモオオオオオオオオ!」

 「何⁈」

 

 ミノタウロスはダメージなどお構い無しにエルに突っ込む。膝をついた状態から右脚で地面を思いっきり蹴ったのだ。エルは咄嗟に右に避けるがミノタウロスの爪がエルの脇腹を抉る。

 

 「ぐあぁ」

 

 エルの脇腹から大量の血が噴き出る。油断はしてなかった。これまで以上に警戒していた。それでもミノタウロスの攻撃を避けきれなかった。片足であれ程のスピードを出せると警戒していなかった。

 

 (ちくしょう、痛え。ミノタウロスはお前より圧倒的格上なんだぞ!それなのにあれくらいで攻撃を仕掛けるのは無理だって決めつけやがって!)

 

 自分に対して怒る事で気持ちを奮起させる。そしてエルはミノタウロスによってつけられた脇腹の傷目掛けて魔法を放つ。

 

 【獄炎(ヘルブレイズ)

 

 エルは傷口を己の炎で焼いたのだ。あまりの痛さに言葉にならない叫びを上げるが出血を止める事が出来る。

 

 (はぁはぁ、気絶するかと思った。でも以前ジジイから教わった知識がこんなに直ぐに役に立つとはな。感謝するぜ)

 

 そんな事考えてる間にミノタウロスが向かってくる。万全の時よりは僅かに遅いがその分迫力が凄い。傷をつけられた事に相当キレているのだろう。エルはそれに対抗するかの様に向かっていく。そしてミノタウロスの膝裏を傷つけた時と同じように股抜きの為か、僅かに上体が前傾になる。ミノタウロスも同じ手は食わないと股抜きをされない為に下から腕をを振り上げる。しかし、この瞬間、ミノタウロスの目に映ったのは口角が釣り上がったエルの口元だった。エルはミノタウロスの攻撃を読んでいたのか、ミノタウロスの腕を利用して駆け上がり、持ち手の逆側から横一閃で両目を斬りつける。これで両目も奪った、そう思われた。しかしミノタウロスは余っていた左手がエルの刀を両目持ってかれる前に止めたのだ。片目は再起不能になったが、そのお返しと言わんばかりにエルの剣を握り潰した。

 

 エルはミノタウロスの後方で直ぐに受け身を取り、ミノタウロスへと振り向く。ミノタウロスは斬りつけられた右目を抑えている。片目だが目を潰す事に成功したエルだったが状況は最悪。武器を失ったのだ。背中の剣は抜かないと決めているエルは丸腰になってしまったのだ。

 

 エルはミノタウロスが目を抑えているうちに深呼吸して覚悟を決めた。持っている折れた剣を捨て、右手を前に突き出して集中する。

 

 「ミノタウロス。これが俺の最後の攻撃だ。これを耐えたらお前の勝ちだ」

 

 その言葉を本能的に理解したのか、ミノタウロスは振り向くとミノタウロス特有の突進の準備をする。エルも己の魔力を最大限に高める。お互いが貯め切った瞬間、最後の攻撃が繰り出される。

 

 

 

 

 「ブモオオオオオオオオオオオオ!!!」

 獄炎(ヘルブレイズ)

 

 

 

 

 ミノタウロスの突進とエルの全力の獄炎の衝撃で煙が辺りを包み込む。煙が晴れて映っていたのは壁にめり込んだエルと雄叫びを上げる隻眼のミノタウロスの姿だった。

 

 

 




 ご愛読ありがとうございました!

 エル、初めての敗北。これがエルに今後どのような成長をもたらすのか楽しみにしていて下さい。
 そして次回はとうとうヒロイン候補の1人であるアイズの登場です!

 では次回もお楽しみに!またね


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 金髪少女

 皆さん元気にしてますでしょうか?

 今回タイトルで分かる通り、あの子が登場します。まぁぶっちゃけ少女視点が今回の話の主ですね。

 後エルの武器ですが剣で統一しました。刀って剣の方が感覚的にいいかなって思えたので。そこのところ、よろしくお願いします!

 では本編どうぞ!


 ドサッ

 「ブモオオオオオオオオ!!!」

 

 壁にめり込んでいたエルの体が地面に落ちる。それを見たミノタウロスは勝利を確信し、雄叫びを上げた。圧倒的体格差、そして筋力不足。自分に挑むにしては明らかに未熟な存在。それでもエルは足を生かし、機転を効かせ、自分に消えない傷を残したのだ。対戦者であるエルは雄叫びを上げるに相応しい人物だと判断したのだ。ミノタウロスはその場を立ち去ろうとした時だった。

 

 ………ザッ

 「⁈」

 

 物音が鳴った。地面を擦る音だ。その発生源はエルが落ちた場所である。あの攻撃で生きているとは到底思えない一撃を食らった筈だ。生きているなんてあり得ない。だがエルの指がピクリと動いた。エルは生きていたのだ。

 

 あの時、ミノタウロスはエルの獄炎を見事に撃ち破った。この時点で魔力も尽き、獲物を持たないエルに反撃の手は無く、死が決定したと言っても過言では無かった。しかし、戦いに身を置く者としての本能か、諦めの悪さか咄嗟に腕でガードしたのだ。当然、それでも気休め程度にしかならない。それでも直撃を避けた事で即死には至らなかったのだ。

 

 ミノタウロスは確実に止めを刺そうとゆっくりと近付く。相手は既に死にかけだ。焦る事は無い。しかし、予想も出来ない事態が発生する。何とエルが立ち上がったのだ。これには驚きを隠せない。フラついているが、それでも立ち上がる。ミノタウロスは警戒した。これも罠かも知れないと。例え死にかけだろうと利用出来るなら自分の傷さえ利用する。目の前の人物はそういう男だ。ミノタウロスはもう一度突進の準備をする。小細工は不要。今度こそガードしても耐えきれない一撃をお見舞いする為に。そして溜めた力を一気に放出した。先程よりも鋭い一撃がエルを襲う。しかしエルは反応が鈍いどころか全く無い。ままだと避けられず本当に死ぬと思われたその時。ミノタウロスの身体に光が走った。ミノタウロスは『ブモォ?』と理解出来ていない様子だった。数秒のタイムラグを経てミノタウロスの身体が一瞬でバラバラになる。エルの先には金髪の少女が剣を片手に佇んでいた。助けた彼女が助けたのだろう。しかし、それでも何の反応も起こさない。その少女は振り向いてエルを見ると一言、

 

 「……ごめんね」

 

 と、申し訳なさそうに謝った。

 

 

 

 

 

 

 〜時は少し遡る〜

 

 オラリオ最大派閥の1つ、【ロキ・ファミリア】は現在、遠征から帰る途中だった。今回の遠征の目的はクエストである『カドモスの泉』の要求量の泉水の採取。そして未到達である59階層の開拓である。結果から言えば、クエストは成功。しかし未到達階層の開拓には失敗した。だが収穫もあった。それは新種の発見である。未知の場所であるダンジョンで情報を得る事はとても大事である。情報を制する者は戦いを制すということわざがある様にだ。例え今回は未到達階層の開拓は達成出来なくとも、この情報は次回の遠征で必ず役に立つ。だから今回は誰一人として死者を出さずに遠征を終えられる事を喜んだ。

 

 そして17階層まで来た頃、【ロキ・ファミリア】の一員である金髪の少女、『アイズ・ヴァレンシュタイン』は悩みを抱えていた。それは自分がメンバーから怖がられているかも知れない事だ。怖がらせる事をした覚えは無い。ただ強くなることに一生懸命なだけだ。そんな時、ミノタウロスの群れと遭遇した。当然ミノタウロス如きに遅れをとるファミリアでは無いので迎え撃つ気だった。しかし、イレギュラーが生じる。ミノタウロス達が逃げ出したのだ。しかも逃げた先は上層へと続く階段。上層にはミノタウロスを対処出来ない多くの低レベルの冒険者が生業としている。その中にミノタウロスが現れたら被害は計り知れない。1匹たりとも逃す事は許されなかった。各階層に何人かを残し殺し尽くす。

 

 アイズは8階層に残った。そこでミノタウロスと戦っている冒険者を見つける。当然直ぐに助けに入ろうとした。しかしその足は直ぐに止まった。それは、ミノタウロスと対峙している冒険者が冒険(・・)をしていたからだ。背丈からして9歳程の少年だろう。その歳で1人でミノタウロスに立ち向かうなんて凄い度胸を持った子供、それが少年への最初の印象だった。しかし度胸だけでは勝てない。現に何度か反撃しているが剣がミノタウロスの皮膚を通らない。決定打が無い状況だった。

 

 だが、アイズは助けに入らなかった。何故なら、その様な絶望的状況でも少年の目は諦めていなかった。ミノタウロスの攻撃に恐怖せず、常に見続けた。隙を探しているのだろう。それは冒険者にとってとても重要である。そしてミノタウロスのダブルスレッジハンマーが繰り出される瞬間、なんと少年は引くのでは無く、ミノタウロスの懐に飛び込んだのだ。攻撃を見事に避け、そのまま股下を通り過ぎる。その去り際に膝裏へ一撃をお見舞いした。しかも火傷というおまけ付きで。アイズは少年が剣に纏っている黒炎の観察をしていた。

 

 (あの黒い炎中々消せてない……あ、肉を抉った。でも何でだろう?)

 

 アイズは黒炎が気になっていた。今の攻撃では燃えてる部分を抉る事でしか対処出来ない炎が、何故最初の数撃では燃え移らなかったのか。答えは少年にしか分からないだろう。そのままアイズは少年に興味を持ち始めた。

 

 (食らったら一撃でダウンするかも知れない攻撃なのに、飛び込むなんて凄い。しかも柔らかい皮膚を見極めて回避と攻撃を同時に行った。ミノタウロスの皮膚を突き破れない筋力を見る限りレベル2にはなってない筈なのに)

 

 彼のセンスには素直に驚かされる。しかし感心したのも束の間、ミノタウロスの突進に近い攻撃にやって脇腹を抉られてしまった。今までミノタウロスの攻撃を避けた反射神経からして油断してしまったのだろう。大量出血。このまま出血が続くと血が足らず気絶してそのまま死に至る。

 

 (まずい⁈)

 

 流石にこれ以上は、そう思った。しかしその直後に少年が魔法を放った。剣に纏っていたのと同じ黒炎。しかし黒炎はミノタウロスに向けてでは無く、自分に向けてだった。アイズは少年の躊躇の無さに驚愕した。

 

 (確かに傷口を焼く事で出血を止める事は出来る。でもあの歳でそれを知っていて、しかも瞬時に臆する事無く出来るなんて、なんて覚悟なの……。しかも無詠唱魔法)

 

 彼にはセンスだけで無く度胸にオリジナリティ差まで備わっていた。しかも生半可なものでは無い。

 その真価が問われる時は直ぐに来た。ミノタウロスがまた少年に向かっていく。先程自分の身体を抉った相手に対してどう出るか。普通なら一旦引いて距離を取る。その間に呼吸やメンタルを整えるのだ。

 

 (でも君は……)

 

 アイズは期待していた。彼はまた自分を驚かせる事をしてくれるのではないかと。この時既に助ける事よりも、もっと彼の戦いを見ていたいという気持ちが勝っていた。そして、その期待通りに少年は突っ込んでくるミノタウロスに対して自らも走り出した。まだ傷が痛む筈なのに。しかし、彼は愚行を冒そうとしていた。股抜けを行おうとしたのだ。

 

 (ダメェッ!同じ手が何度も通じる相手じゃない!)

 

 ダメージを与えられるのがこの手しか無かったのだろう。しかし、相手がいくらモンスターだろうと舐めすぎだ。モンスターだって学習する。予想通りミノタウロスはアッパーを仕掛けた。危ないと叫ぼうとした時、少年はジャンプしてミノタウロスの腕を足場にして顔面へと飛んだ。光を奪うつもりか目を横一閃で斬り抜こうとする。アイズはこれを見て『まずい』と思った。何故なら、ミノタウロスは片腕が自由だから。止められる、そう思った。だが現実は止められるだけでは済まず、武器さえ破壊された。どうしようもないと思ったアイズ。

 

 (片目は奪えたけど、流石にもう助けた方がいいかな?)

 

 流石に素手で挑むのはただの自殺行為。勇気とは言えない。だがアイズ程の人物が見落としてしまった。背中にまだ剣を隠し持っていた事に。しかもその剣は折れた剣と比べ物にならない業物。それなのに抜くどころか気にする素振りすら見せない。疑問が募る。それでも少年は一切諦めていなかった。

 

 そして戦いはクライマックスを迎えようとしていた。ミノタウロスは種族としての技『突進』の準備。少年は折れた剣を投げ捨て、右手を前に突き出して集中する。恐らく傷口を焼いた魔法の全力だろう。ミノタウロスが先に動き、少年が魔法で迎え撃つ。2つがぶつかり合う時、周りに衝撃波が走る。アイズは反射的に目を瞑る。目を開けた次の瞬間、瞳に映ったのはミノタウロスに負けた少年の姿だった。

 

 アイズは酷い後悔と罪悪感に包まれた。自分の少年の戦いを見ていたいという自分勝手な思いで、助けられる才能ある若者の命を紡いでしまった。フィンにもなんて説明すればいいのか。戦いに見惚れて1人の冒険者を殺した。恐らく、いや確実に失望されるだろう。その冒険者を殺したのはお前だと罵られるかも知れない。二度と遠征には連れて行かせてもらえないかも知れない。少年のファミリアの主神にはなんて説明しよう。殺人犯と罵倒されるだろう。根が優しい少女なだけに見なかった事にするなんて考えは思い浮かばなかった。アイズの心は絶望に染まった。

 

 (死んだ………私の所為であの子が死んじゃった。強い子だったのに。私の所為で死んだ。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい)

 

 ザッ

 

 壊れかかったアイズの心に音が聞こえた。ミノタウロスかと思った。しかし振り返ってみると少年が立ち始めたのだ。だがふらついている。もう限界だ。ミノタウロスと戦う力は残ってない。だがミノタウロスは違う。少年はまだ生きていると分かって止めを刺そうと突進する。その瞬間、アイズは限界を超えた速度でミノタウロスに近付き、木っ端微塵にした。生きていてくれた。その感謝の気持ちがアイズの漆黒の精神に光を与えた。

 

 アイズは振り返って少年を見る。そこで初めて気付いた。

 

 (この子、意識が無い。気絶してる。なのに……)

 

 そんな状態でも立ち上がる少年に自分以上の執念を感じた。これ程の子を助けられた事に安堵してそれでも言わなければならない事がある。

 

 「ごめんね」

 

 自分達の所為でこんな目に遭わせてしまった事に誠心誠意込めて謝罪した。

 




 ご愛読ありがとうございました。

 やばい、アイズが精神崩壊しかけた。このアイズいつかヤンデレとかなりそうで怖くなりましたね。気になった方も多かったと思いますが、獄炎の性能ですが少しオリジナルを入れています。まだ詳細は明かしませんがご了承下さい。

 では次回もお楽しみに、またね!


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エロ本隠さないで寝落ちはするなよ

 皆さんこんばんは!元気ですか?

 オリンピックも盛り上がってますね。金メダルも続々と獲得しています。だからこそ瀬戸大地は残念ですね。まぁ世界大会で手抜きした自業自得ですけどね。何事にも全力で取り組むって事ですかね。

 では本編どうぞ!


 「⁈」

 

 アイズが謝った直後、エルの体から力が抜けて倒れ始める。アイズは咄嗟にエルを受け止めて、ゆっくり地面に寝かせた。アイズはエルの寝顔を見て優しく微笑む。

 

 「お疲れ様。1人で頑張ったね。待ってね、直ぐに回復してあげるから」

 

 そう言うとアイズは持ってるポーション類を体力回復用の1本を残してエルの体全体に1本ずつぶち撒けた。ミノタウロスによって抉られた脇腹には集中的に掛ける。見知らぬ低レベルの冒険者に勿体無いなんて考えは持ち合わせない。彼は自分に諦めない力を見せてくれた。彼の覚悟も身に染みたそれに彼の傷は自分の所為。そう考えれば助けるのは当たり前だ。そもそも彼女は人を助けるのに損得を考えたり等をする人では無い。

 

 エルの体は丁度体力回復用に取っておいた1本を残してやっと傷跡を残すこと無く、完治させる事が出来た。それ程かれの傷は重症だったのだ。傷を回復させた後は体力回復だ。あれ程の傷だ。体力は相当持ってかれている。直ぐに回復させねばならない。

 

 しかし、問題が起きた。ポーションを口に含ませても飲み込まずに吐いてしまう。これでは回復出来ない。顔色も段々と青白くなっている。ならばとアイズは最終手段を考える。

 

 「アイズ!」

 

 そんな時、彼女の名を呼ぶ女性の声がした。アイズはその声を聴くと安心した。その者の名前は『リヴェリア・リヨス・アールヴ』。【ロキ・ファミリア】の幹部でみんなのママ的存在だ。そんな彼女はこういう場面で本当に頼りになる。

 

 「リヴェリア!」

 「どうしたんだアイズ?その子は?」

 「この子、ミノタウロスと……」(戦って)

 「そうか、ミノタウロスか……」(襲われて)

 

 微妙な勘違いをしているのだが本人達は全く気が付かない。

 

 「この子にポーション飲ませようとしてるんだけど全然飲めないの」

 「何⁈内臓がやられたのか?」

 「うん、脇腹を抉られた。なんとかポーションを掛けて処置出来たけど」

 「ん?脇腹は完治させたのだろう?ポーションを掛けて。なら大丈夫の筈だぞ。内側がやられているなら外にポーションを掛けても意味は無いが、傷口の内側から直接ポーションを掛けたなら効果はある筈だ」

 「この子、ミノタウロスの突進をモロに食らってた。多分それが原因かも」

 「だからそれで脇腹が抉られたんだろ。それなら今自分が治したとお前が「違う」……違うだと?」

 「脇腹の傷は突進とはまた別。突進を受けた時は既に脇腹は抉られてた」

 

 アイズはリヴェリアの言葉を遮る。その言葉にリヴェリアの表情は変わった。彼女はアイズを睨んでいた。

 

 「……アイズ、なんでそんなに詳しいのだ?まさか、助けずに見ていたのか?」

 「⁈」

 

 アイズは大きく反応する。それは最早肯定を意味していた。リヴェリアは溜め息をつく。今怒っても仕方が無い。

 

 「帰ったら流石に説教だ。今はこの子を助けるのが最優先だ。今すぐにアミッドの元へ連れて行く。本来なら私が回復させてやりたい所だが50階層の連発でもう残されてない」

 「駄目!……まともに食らってかなりのダメージだから今すぐに回復しなきゃ持たない、かも」

 「かもって、うちはもうエリクサーも無いんだぞ。アミッド程の回復魔法を使える者もいない。アミッドの所へ連れてくのが1番だ」

 「まだある」

 

 リヴェリアの言葉は正しい。エリクサーがあれば掛けるだけで内臓まで回復する。しかしそれはもう無い。【ロキ・ファミリア】にも回復要因はいるにはいるが、精々出血を止める程度。内臓まで回復させる事は出来ない。普通に考えればアミッドの所へ連れてくのが1番だ。普通なら。

 

 「く、く、口移し////」

 「………アイズ、聞こえなかったからもう1回言ってくれないか?」

 「…口移し/////」

 「…すまん、今口移しと聞こえたのだが。聞き間違いだよな?」

 「…… 合ってる//」コクッ

 

 リヴェリアの問いにアイズは顔を真っ赤にしながら彼女の『聞き間違いだよな』に対して首を振ってから、肯定した。恐らく今のアイズの表情を表紙にした雑誌を売ったら1冊1万ヴァリスでも完売するだろう。それ程今の彼女の照れ顔は可愛らしいのだ。だがリヴェリアはアイズの表情よりも、アイズの言葉に驚きを隠せない。アイズは【ロキ・ファミリア】の姫的存在だ。幼い頃から入団し、大切に育てられてきた。その為、性に関する知識から頑なに遠ざけて来た。だからこそアイズの口からそのような言葉が出てくるのか不思議でしょうがない。

 

 (な、何故アイズがそのような言葉を知っている⁈アイズの前でハレンチな言葉は硬く禁じられている。そもそも幹部以外の若者はアイズに対して憧れが強すぎる所為で神格化してしまっている。そんな奴等がアイズに吹き込むのは考えられない。ならばティオネ達か?……いや、ないな。ティオネは淑女を気取ってるから考え難い。ティオナはそもそもアイズ同様疎いから論外だ。ならベート辺り……は無いな。確かにあいつが夜な夜な金髪ものを読んでいるのは知ってるが、そこまでの度胸は持ち合わせていない…………まさか…)

 

 「……ロキか?」

 「………」コクッ

 

 

 

 それは、遠征前の事であった。

 アイズはステイタスの更新の為にロキの部屋を訪れた時の事。

 

 「ロキ、ステイタス更新お願い」コンコン

 

ドアをノックしても返事が返ってこない。中を確認する為に静かにドアを開ける。中を見渡すとロキがソファーで寝ているのを見つけた。本をアイマスク代わりにしているようだ。

 

 「ロキ起きて」

 

 声を掛けても返事が無い。熟睡してるようだ。起こすのは忍びないがそれでも起こさなければステイタスが更新出来ない。アイズは肩を揺らして起こす為にロキに近づく。その時初めてロキがアイマスク代わりにしていた本のタイトルを知った。本のタイトルは『レズの楽園』。表紙には女性同士がお互いの頬を触っている姿になっている。アイズはその表紙に少し興味が湧いた。『この人達は何をしてるのだろう』と。そもそもレズとは?知らないからこそ生まれた興味だった。

 

 アイズはゆっくりと本に手を伸ばし、ロキを起こさないよう慎重に手に持った。起こさずに本を手にする事に成功したアイズは深呼吸をしてから開いてあるページを見る。すると衝撃の光景がアイズの目に飛び込んで来た。アイズはあまりの衝撃に思わず部屋を飛び出してしまった。本を手にしたまま。

 

 

 

 「それで、部屋に戻った後本を持って来てしまった事に気付いたがどう返せば分からず、気になって続きを読んでしまったと。そしてその中に口移しがあったと言う訳だな」

 「」コクッ

 「ロキめ、後でO☆HA☆NA☆SHI☆だな。」

 

 

 「へっくちゅ!なんや?風邪か?」

 

 アイズの話を聞いたリヴェリアは頭を抱えた。そもそもアイズからこういうのを遠ざけようと提案したのは彼女だというのに。そもそもエロ本を読んで片付けずにそのまま寝ると無防備にも程がある。

 

 とりあえず帰ったらロキに説教するのは確定としてまず口移しとはどういうものかアイズに説明しなければいけない。今の彼女は知ったものをなんでも試したがる幼児となんら変わりない。負傷者がいるので手短に。

 

 「んっ!アイズ、口移しというのはだな。恋人同士がやる行為だ」

 「恋人……」

 「恋人というのは……」

 「それくらい、知ってる」

 「そうか、なら分かるな。口移しなど赤の他人であるお前がする行為では無い。その唇はいつかできる好きな人の為に取っておけ」

 「私はどうしてもこの子を助けたいの。私に出来る最大限の事をしたい」

 

 リヴェリアの言葉を聞いても納得出来ないアイズ。いつか出来る好きな人と言われても実感が湧かない。自分に恋人が出来るなど想像がつかない。今の彼女はそんな事より、エルを助ける事にしか興味ない。助けるためならなんでもする気である。それこそ口移しでも。それが最大限のお礼と贖罪なのだ。アイズの表情からアイズの意志を読み取ったのか、リヴェリアは後ろを向いた。

 

 「いいか、これから私が言うのは独り言だ。1度しか言わないからな。………私は皆の元にミノタウロスは倒したと報告する為に戻る。だからこれからここで何が起きるか皆目見当も付かない。だがもし負傷を見つけて手当が済んだのなら皆の元に戻らず、地上に急げ。そしてギルドに預けろ。必要ならば【ディアンケヒト・ファミリア】に連れて行け」

 

 そう言ってリヴェリアは走り去る。アイズは彼女の背中に礼をしてから振り返り、エルの方を向く。ポーションを手に取り、口に含んでからエルの頭を持ち上げてそのまま唇同士をくっつけた。すると先程と違いポーションは彼の喉を通って行く。これをポーションが空になるまで数回繰り返した。顔色もだいぶ良くなった。エルを抱き抱えると地上を目指して猛スピードで駆ける。

 

 「あああああああっうわぁ⁈」

 

 途中大声を出して走る少年を一瞬で抜き去る。そしてあっという間に地上に出てギルドを目指して駆ける。その日、幼い少年をおんぶして走る剣姫の姿が多数目撃される。そして噂は広まった。剣姫には息子がいると。エルの髪も金髪だった事で真実味が増したのだろう。

 

 「あ、あの。この子の担当アドバイザーは?」

 

 ギルドに着くと担当アドバイザーを探した。その人がギルドで1番エルに詳しいからだ。剣姫と言う事で少し騒がれたが直ぐに担当であるミィシャが来た。

 

 「エル君の担当ならって、【剣姫】⁈。どうしてあなたがエル君を」

 「ダンジョンで襲われて」

 「剣姫が助けてくれたんですか⁈本当にありがとうございます‼︎エル君まだ冒険者になってから半月しか経って無いのに結構無理しちゃってるみたいで」

 「半月⁈」

 

 半月と言われてアイズは驚愕を隠せない。そんなアイズを置いてミィシャは軽く診察をする。医療系ファミリアとまではいかないけどギルド職員はそれなりの知識を身に付けさせられる。突然の事態に対応するためだ。

 

 「うん、見た感じ大丈夫そうだね。傷も見当たらないし内臓も心配ない。ありがとうございまって……あれ?」

 

 ミィシャが振り向いた時には既にアイズの姿は無かった。

 

 

 「半月で8階層」

 

 あまりの異常なスピードにアイズの心は2つの感情を持った。1つは純粋に称賛。あの歳と期間でよく8階層まで行った事。もう1つは対抗意識。負けられないと言う思い。実力的にはアイズが圧倒的に上だろう。しかし、センスと覚悟は同等、下手したらエルの方が上。成長スピードで言えば確実にエルに軍配が上がるだろう。だからこそ思ったのだ。自分も負けてられないと。

 




 ご愛読ありがとうございました。

 どうでしたか?タイトルでも言いましたけどしっかり隠さないと行けませんよ。バレたらとても恥ずかしいですから。まぁ実体験に近いんですけどね。本で挟んでエロ漫画隠してたのを忘れて家族の前でバッ!と開いてしまってね。笑って誤魔化したけどマジでやばいですよ。何度も言いますけど気をつけて下さいね。

 では次回もお楽しみに!


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ヘスティアは良い女


 皆さん元気にしてますでしょうか?

 オリンピック、とうとう野球が始まりましたね。初戦はなんとか勝ちました。ても不安に残る試合でしたね。あの戦いを続けてる様では優勝は厳しいと思ってしまいました。日本の野球をもう一度思い出して欲しいです。

 では本編どうぞ!


 「負けた……俺は負けた」

 

 エルは呟きながら帰路を歩く。それは真実を受け止めきれないのか、それとも、繰り返し言葉に出す事で真実を受け止め、その上で悔しさを噛み締めているのか、それは本人しか分からない。どちらにせよ、彼の心は悔しさでいっぱいだと言う事だ。それこそ、悔しさのあまり今にも泣き崩れそうな程。レベル1の、それも冒険者になって2週間という駆け出しの少年がミノタウロスに負けて。

 

 (なんで俺はあの時油断した。片足傷付けただけで動けないなんて思い上がった。相手はモンスターだぞ。人間なんか目じゃない程の耐久力に生命力。それに奴に傷付けたのは奴の皮膚すらまともに斬れない俺だぞ。いくら筋肉の薄い膝裏だからってモンスターなら万全とまでは行かなくても動ける程に回復出来る。それにそれに分かってたじゃないか。筋肉が比じゃないって。小回りは苦手でもあの筋肉から繰り出される直線は速いに決まってる筈。今回の負けは完全な力負けだけでは無い。勝敗は分からないが常に相手の次の行動を読み、一瞬の油断もしなければもっと戦えていた。少なくとも脇腹の傷はなかったな。結局、俺は舐めてたんだ、モンスターを。これまでウォーシャドー戦以外まともに攻撃を受けなかった事で。そのウォーシャドー戦でも全く手に負えない感じじゃなかった。あのリーチと戦った事無かった故の経験値不足。それも2戦目以降は瞬殺。上手く行き過ぎていたんだ。だから心に隙を作った。心身ともに俺は負けたんだ)

 

 「クソッ!」

 

 普通ここまで自分を追い込めるか?普通なら戦った事が間違いだったとか、生きていただけで奇跡などと大した振り返りをしない。何故なら相手が相手だから。相手はレベル2で倒す様なモンスターである。その相手に負けてここまで悔しがれる。それは一種の才能では無いのか。言葉で悔しいと言うのは簡単だ。だが心の底から悔しがる。するとどうなる?その者にはその先には2つの道が指し示される。諦めるか、成長するかだ。その成長は言葉だけの薄っぺらい悔しいと言った者とは天と地程の差を広げてくれる。

 

 

 

 「ねぇ、ミィシャ。あの子大丈夫なの?」

 「大丈夫でしょ。傷はしっかり手当てされてたし、普通に歩けてたし」

 

 エルの帰りを見届けたミィシャはエイナに声をかけられていた。本来なら気絶する程の大怪我をした人ならば、手当てしたとしても様子見の為に医療ファミリアに連れてくのがマニュアルなのだが、怪我してたらしいが手当てがしっかりしていて傷が残っていない事、目眩などが無く体調もしっかりしていた事、本人も望んでいなかった事から大丈夫だと判断したのだ。しかし、エイナが心配したのはその事では無かった。

 

 「そうじゃなくて、彼のメンタル面って事」

 「メンタル面?」

 「ほら、気絶して助けられる程モンスターにやられたら恐怖心でもう戦えない人とか出てくるじゃない。子供なんか特によ。メンタルケアしといた方がいいんじゃない?」

 

 即座に冒険者のメンタルケアを考えるなんて流石人気アドバイザーだ。そう言う気遣いが出来るところが人気になる秘訣なのだろう。だがそれは万人受けの人気だ。言うならばマニュアル人間。個人個人に対する対応する臨機応変さは持ち合わせていなかった。その点ミィシャは違った。雑故にマニュアルを完全に把握していない。しかし、だからこそその人に合った対応をする事が出来るのだ。

 

 「そうかな、あの子は逆に慰めたりしたら心に来るタイプだと私は思うな。それに……」

 

 問題なのはそこじゃない、そう思うミィシャ。帰り際エルの顔。恐怖心を抱いている顔では無かった。強敵と出会う事で楽しんでいる戦闘狂の顔でもない。自分を責めている顔のそれと同じだった。

 

 (思い詰め過ぎて今以上に無茶しなきゃいいけど)

 

 

 

 「ただいま帰りました」

 「お帰りってどうしたんだいエル君。そんなに不機嫌そうにしちゃって」

 「なんでもないです。ただダンジョンで悔しい思いしただけです」

 「そう?まぁお腹すいたろ?ジャガ丸君いっぱい貰ったから食べようぜ!話はそれからさ。まぁ話したくないなら無理に聞かないさ」

 「ヘスティア様……ありがとうございます」

 

 ヘスティアはエルの口から悔しいという言葉を聞くと、自分からは触れない方法を取った。エルと出会ってから2週間で、日中はダンジョンに潜っているので、常に一緒にいる訳で無い。それでもエルアコスという人物がどう言う人物かなんとなく分かったつもりだ。

 

 彼を一言で表すならばストイックだろう。彼は自らを常に追い込もうとしている。神の恩恵があるこの世の中では、例え強敵と戦わなくても通常の経験値が得られ効率的に強くなれる。しかし、彼は恩恵を有効活用していない。初日からウォーシャドーと戦ったのが良い例だ。彼の戦い方は多くの人には理解されないだろう。『何故わざわざ死ぬ可能性がある戦いをするのか?』そう思うのが普通の人の考えだろう。しかし、強敵と戦う事で得られる数値に現れない本当の経験値を彼は得ているだろう。確かに、彼の戦い方は賢いとは正直なところ言い難い。恩恵を有効活用した方が死ぬ確率は低く、安全に強くなれるだろう。そう意味では遥かに賢いと言える。しかし、その方法で強くなっても所詮は2流止まりだ。彼の目指す真の強者『最強にはなれない』。ウォーシャドーと戦った理由を彼に聞いた時、彼は『最強の冒険者になる為にオラリオに来たので』そう答えた。その道が想像を絶する程険しい事くらいヘスティアにだって分かる。でも彼は真剣だった。大変で危険と分かっていながらそう答えた。その為に今まで努力して来たし、これからも努力し続けると。だからヘスティアは彼の夢を応援しようと決めたのだ。

 

 だが、その想いが強い人に限って、1つの敗北を経験すると、自分を追い込み過ぎてしまう傾向にある。上手く行ってる時は良い。しかし1つの出来事で歯車は狂い出す。その出来事を無理矢理払拭しようとする。つまり無茶に走りだすのだ。しかもストイックな人は負けたのを仕方がないと割り切らない。自分の努力が足りなかったから、経験値が足りないから失敗した自分を責める。それこそ、他人が辞めさせようと考える程に。だが、他人に無理矢理止められるのを酷く嫌うのだ。そして無理にやめさせるとそれに反抗し、更に無茶をしだす。だがその先に成長は無い。待っているのは死だけだ。ならばどうすれば良いか?答えはもしないだ。敢えて何も言わず、静かに支えてあげる。自分のやり方に口を挟まれず、静かに支えてくれる人が居ると冷静になる。自分は1人ではないのだと。これが1番の対処法なのだとヘスティアは思っている。

 

 「それにしても対照的な2人だね」

 「え?」

 

 ヘスティアの言葉にエルは声を漏らす。対照的とはどう言う意味なのかと?

 

 「そのまんまの意味だよ。ベル君はとてもニコニコして帰ってきたんだ。何か良い事があったのかな?まだ僕も知らないんだよ。話したがってるから食事の時に聞こうと思ってるんだけどエル君が聞きたくないなら聞くのは控えるけどどうする?今はそんな気分じゃない?」

 

 あくまで自分の意思を尊重してくれる事にエルは凄く感謝した。彼女のファミリアに入って本当に良かったと。

 

 「そうですね………自分も聞きたいですね。ベルの頑張り具合を聞くと、自分も頑張らなきゃって励みにもなりますし」

 「……そっか!」

 

 ベルが笑顔でダンジョンから帰って来たと言う事は今までは倒せなかったであろう敵を倒した事や、到達階層を更新した事だろうとエルは思った。兄としてそれは大変喜ばしい事だ。弟の頑張りを聞けば今の気持ちも楽になるだろう、そう思った。弟の活躍を聞いて僻む感情を持つ様な器では無いから。しかし、ベルの話によって2人の関係に亀裂が走るとは、この時誰も知らなかったのであった。





 ご愛読ありがとうございました。

 皆さんの周りに思い詰めてしまう人はいませんか?もしいたとしたら、その人に考え方を強要するのは逆効果だと自分は思います。特にそれなりにプライドがある人なら尚更です。だからその場合は静かに支えてあげた方がその人の気分も楽になると思いますよ。

 では次回もお楽しみに。ではまた。

 次回からベルアンチをつける内容になるかも知れません。ご了承下さい


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弱い

 こんばんは皆さん!元気にしてますか?

 オリジナルがあるので情報にオリ展追加しました。

 そして今回ベルがあまりベルらしくありませんがご了承下さい。兄弟がいる事に対するコンプレックス等が絡み合った感じなのでそこのところ、よろしく!

 では、本編どうぞ!
 


 「あり得ねぇよ、ベル」

 「………」

 「だんまりか?…俺とお前は根本的に合わないのかもな。ヘスティア様、先に裏部屋に行ってるから飯食い終わったらステイタス更新お願いします」

 「ちょ、ちょっとエル君!」

 「………」

 

 エルは怒ってリビングを出て行ってしまった。残されたのは、気まずそうにするヘスティアと、先程からエルに気圧されて何も喋れないベルだった。

 

 確かに2人の絆には、僅かにヒビが入っていた。それは2人が兄弟であるのにも関わらず、似ていない所にあった。まず人柄と性格。ベルは人に好かれるタイプであった。常に誰か(主に女子)と行動していた。性格も好かれるだけあって純粋で素直。笑顔が可愛いと評判だった。一方エルはあまり交友関係を持たない。全力で遊べないと言うのも理由の1つだが、ベル程エルは笑う子供では無かった。それが、周りとの壁を作ってしまったのだ。性格も冷静で大人びている。この時点で正反対だ。見た目もそう。ベルが白髪なのに対してエルは金と黒。身長も、ベルは160中盤なのに対してエルは130。身体能力等は圧倒的に勝っている為コンプレックスとまではならなかったが、何処か、本当に家族なのかと疑問に思う点は何個もあった。

 

 それでも完全に壊れていた訳では無かった。それは、ベルが良い子だったのが大きいだろう。ベルはいつでもエルを慕っていた。自慢の兄だと。それがとても嬉しかったのだ。似てはいない、もしかしたら血も繋がってないかも知れない。それでも自分はベルの兄なのだと思えていたのだ。殆どの兄は弟を疎ましく思っただろう。母を取られた。弟の方が甘い。弟の方が優遇されている。だが、それでも可愛く思えてしまう、本気で嫌いになれないのが兄という生物なのだ。幼く可愛い顔。小さな手足。成長したら自分の後ろをひっついて歩いてくる。時に疎ましくも思うが、可愛く見えてしまうのが弟というものだ。

 

 それが、何故こうなってしまったのか?それは数10分前に遡る。

 

 

 

 

 「ベル、ただいま」

 「ふぁ!ふぉふぁあひふぁふぁふぃ!」

 「口に入れたまま話すなよ」

 「ゴックン、お帰りなさい」

 「ちゃんと噛めよ…」

 

 リビングに並んでいるジャガ丸くんを頬張るベルに帰った事を伝えたエル。

 

 2人は別々に潜っている為、当然帰る時間もバラバラだ。その為【ヘスティア・ファミリア】はヘスティアともう片方が帰った時に合わせて夕食という事にしている。基本的にはベルの方が先に帰り、エルが残してくれた分を食べる形なのだが勘違いしてもらいたくない。エルが帰るのが遅いのは単にエルの体内時計が狂っているだけである。別に本人はベルより遅くまでダンジョンに潜ろうと思ってる訳では無い。2人とも7時くらいに帰るのを目安として、ベルは正確に帰ってるだけである。エルが遅刻してるだけである。

 

 エルはベルの対面に座り、ヘスティアはソファーに腰掛けているベルの横に座った。ジャガ丸くんに手をつけた。そして、早速話を切り出した。

 

 「ベル、ダンジョンで良い事あったんだって?ヘスティア様が笑ってたぜ」

 「え⁈」

 「一体どんな事が起きたんだよ」

 「……わ、笑わないでよ」

 「笑わねぇよ」

 

 エルがベルに話を聞こうとするとベルは恥ずかしがる。自分より凄い人に自分の自慢話をしても笑われるだけとでも考えているのだろうか?勿論エルは笑う気等無い。ダンジョンという死が身近にある場所での出来事だ。確かにエルや一流冒険者に比べてインパクトは弱いかも知れない。それでも命懸けで戦っている男をどうして笑う事が出来よう。

 

 ベルはモジモジしながらゆっくりと話始めた。

 

 「じ、実は今日、ダンジョンの5階層まで行けたんだ」

 「まじ、凄い進歩じゃねぇか」

 「たまたまだよ。運良く下への階段を連続で見つけただけだよ」

 「それでもだよ」

 「そうさ!1階層で1体倒すだけで帰ったあの頃に比べれば大進歩だよ!」

 「うぅ、それはもう良いでしょ!」

 

 ハハハハハハ

 

 【ヘスティア・ファミリア】には笑顔が咲いていた。ここまでは仲の良い家族だった。問題はこの後である。

 

 「それでさ、5階層を探索してたらミノタウロスに遭遇しちゃって」

 「ミノタウロスだって⁈ベル君良く生きれられたね⁈」

 「ベルも会ったのか?実は俺もなんだ」

 「エル君(お兄ちゃん)も⁈」

 

 まさかのミノタウロス関連だったとはエルも驚きである。2人して生き残れたのは奇跡だろう。エルでも勝てなかった相手だ。その相手に生きて帰れただけで大金星であろう。

 

 「必死に逃げたんだけど、壁際まで追い詰められちゃったんだ。もう終わったかと思ったよ。でもその時にミノタウロスが真っ二つになるのが見えたんだ。一瞬、僕の願望が生み出した幻影かと思ったよ。でも現実だったんだ。そして真っ二つになったミノタウロスの向こうに見えたのがティオナ・ヒリュテさんだったんだ!」

 

 ベルの話にエルは頷く。そりゃ自分が手も足も出なかった相手を一撃で葬り去った人だ。痺れるのも無理はない。自分だって悔しいという思いは当然だが、その人の様に、その人を追い抜ける様に強くなりたいと思う。具体的な目標があるのは良い事だ。しかし、ベルはそんな事考えていない。それどころか、確実にエルが嫌う内容だろう。

 

 だが、まずその前にエルはベルに問いたい事があった。

 

 「そのティオナ・ヒリュテって誰だ?」

 「「ありゃ⁈」」

 

 エルの問いに2人は昭和漫画の様な転け片をする。

 

 「お兄ちゃんそれ本当に言ってるの⁈」

 「え?何か不味かったか?」

 「不味かったというか、世間知らずというか」

 「良いお兄ちゃん!」

 「お、おう」

 

 ベルの勢いに思わずたじろぐ。

 

 「ティオナ・ヒリュテさんはアマゾネスであの【ロキ・ファミリア】の団員なの!」

 (俺らを門前払いした所だな)

 「しかも【ロキ・ファミリア】の中核を担うレベル5。歳は17歳!二つ名は【大切断(アマゾン)】!」

 「まじか、17なんて俺と2つしか違わないのにレベル5かよ。負けてられねぇな」

 「エル君、ベル君の言いたいのはそういう事じゃないと思うよ」

 

 エルの反応にヘスティアは冷静にツッコむ。

 

 「助けて貰った時の笑顔が凄く可愛くてね。アマゾネスの所為かかなり薄着なんだけどそれと笑顔が噛み合って破壊力がとんでもないの!恥ずかしくて思わず逃げ出しちゃったんだけどあの顔が忘れられないんだ」

 

 ベルはそう言って真っ赤になっている顔を手で覆った。あまりに初々しく、同じファミリア同士とは言え、堂々と暴露しているベルにヘスティアは自分事の様に恥ずかしくなった。しかし、この場でエルだけが反応が違った。ベルの話についていけてないのだ。エルにとっては予想外の展開に移行した為である。

 

 「ん?え?………え?」

 「「どうしたのエル君(お兄ちゃん)?」

 「お前はなんの話をしてるんだ?」

 「何ってティオナ・ヒリュテさんが可愛いって話だけど?」

 「ミノタウロスの話じゃなくて?」

 「え、ミノタウロス?…確かに怖かったけど生き残れて良かったよ。それよりもさ……」

 

 ミノタウロスという単語に一瞬の動揺が見えたが、悔しさの感情が全く感じ取れない。それどころか思い出したくないという感情が見て取れる。だがエルは信じきれない。信じたく無いと言うのが本心だろう。なんだかんだ英雄に憧れて育ってきたベルだ。英雄になりたいと小さな頃から毎日の様に言っていた奴が、敵に負けたのにヘラヘラと、それよりも女の方が気になる軟派者と思いたくなかったのだ。

 

 「なぁ、ベル。ミノタウロスに負けて悔しいとか思わなかったのか?」

 「うーん、悔しいって思いは無かったかな。だってそもそも冒険者になりたての僕が倒せる相手じゃ無いし」

 「一度もか?」

 「うん」

 「全く?」

 「全く。それにお兄ちゃんも対峙して分かったでしょ。勝てる相手じゃないって」

 「………」

 「……エル君?……ねぇ、ベル君もこの話はここまでにしよ」

 「え、神様。僕の意見って間違ってます?ミノタウロスってレベル1で勝てる相手じゃないでしょ」

 「分かったから、、」

 「それとも神様は僕にミノタウロスと戦えって言ってるんですか?お兄ちゃんより弱い僕が?僕死にかけたんですよ!それなのにまた戦えって言うんですか⁈」

 「そ、そう言う訳じゃないけど」

 

 ベルはかなりヒートアップしてる様子だった。彼だって彼なりの恐怖体験をしたのだ。ベルにとって、エルの質問とヘスティアの対応が気に触ったのだろう。恐怖について馬鹿にされた様に感じたのだろう。ベルの矛先は話題を振って黙っているエルではなく、場を収めようとしているヘスティアに向いていた。

 

 「そもそも神様はダンジョンで戦った事も無いのに、死にかけた事も無いのに僕の気持ちなんか分からないでしょ!」

 「………ベル、少し黙れ」

 

 エルが口を開く。ベルは既に興奮して涙も出ている。怒るのも、恐怖するのも初めての体験なだけに歯止めが効かなくなっている。

 

 「最初から凄かったお兄ちゃんに僕の気持ちなんか分からないよ!」

 「黙れって言ってるのが聞こえ無いのか?

 「ヒッ⁈」ビクッ

 

 エルのドスの効いた声にビビるベル。しかし、ベルがビビったのは何もそれだけでは無い。ベルが今までに見た事の無いエルだったのだ。普段はエメラルド色の目が漆黒に染まり、右目の上側には黒い渦巻きの紋章が浮かび上がっていた。そしてとても禍々しい。それこそ人生で1番の恐怖であるミノタウロスが可愛く思えてしまう。

 

 「お前な、自分が弱いからってヘスティア様に当たってんじゃねぇよ。お前が弱いのはお前の所為だろ。そもそもヘスティア様がダンジョンに潜れる訳無いだろ」

 「だ「黙れって言ったろ?」…」

 「お前が弱いのは当たり前だろ。なんせお前は努力をしなかったんだからな。小さい頃からお前は遊んでいただけだろ。別に遊ぶのが悪いとは思わない。子供は遊ぶのが仕事とも言うしな。だが、遊んでいただけのお前と必死に修行していた俺が同じ訳ねぇだろうが!」

 「」ビクッ ポタポタ

 

 エルのあまりの怖さにベルの涙の量が増す。

 

 「それに覚悟も違う。お前はミノタウロスに襲われて死にかけたと言ったな。実は俺もミノタウロスと遭って死にかけたよ。戦ってな」

 「⁈」

 「え⁈エル君ミノタウロスと戦ったのかい⁈」

 「ああ」

 

 確かに悔しい思いをしたとは聞いていたがまさかミノタウロスとは思いもしなかった。

 

 「勿論負けたぜ。まず剣がまともに通らねぇ。それに防御しても圧倒的力量差で意味をなさないだろう。そんな奴の攻撃を俺は脇腹に食らった。勿論肉は抉れ、血は吹き出したさ。魔法で傷を焼いて止血したがな。でも直ぐに止血したと言っても本来大量出血死ぬ程の怪我さ。普段通りの動きは出来ねえ。それでも頭を駆使して片目を奪ってやった。でも結局はミノタウロスの突進をモロに食らってお陀仏さ。気絶してる所を助けて貰った見たいだけど即死してないのが不思議なくらいだよ」

 「全く、君は本当に無茶苦茶だな。主神泣かせも良いとこだよ」

 「すいませんね。これが俺なんで」

 「それで助けて貰った人の所属ファミリアは聞いたのかい?」

 「……あ」

 「全く。ミノタウロスに負けた悔しさで恩人の名前を聞くのも忘れたのか君は?レベル1で冒険者になって2週間の子がミノタウロスに負けてそこまで悔しがるのはきっと君だけだよ」

 「はは、ありがとうございます?」

 「褒めてないよ!たく、明日ギルドで聞いとくんだよ」

 「分かってます」

 

 2人の会話を聞きながらベルは思い知らされた。自分がどれだけ甘いのかを。実力だけの問題では無い。強くなるという意思が違いすぎる。

 

 「だからな、ベル。格上と出会った時、逃げるなとは言わない。だが、負けたのにヘラヘラすんな。女に興味あるのは思春期ならしょうがない。だが惨めな姿を晒しといてヘラヘラすんじゃねぇ。そんなのあり得ねぇんだよ。そうしている限り、お前は強くなれねぇ。一生弱いまんまだ。確かに、俺は最初からお前より強かったかも知れねえ。だがここまで差を開いたのはお前だ。お前の気持ちだ。ここまで言って分からないってんなら、俺とお前は根本的に合わないんだろうな」

 「……」

 「今日はもう止めだ。お前が今何言っても説得力がねぇからな。ヘスティア様、俺先に裏部屋言ってるんで。食べ終わってからで良いんでステイタス更新お願いします」

 「ちょ、ちょっとエル君!」

 

 




 ご愛読ありがとうございました!

 なんか書いてるうちにベルがシンジ君に見えてきたよ。まだこの頃のベルって覚悟が全然無かったからこう言う展開にしました。

 次回はエルのステイタスですね。では次回もお楽しみに!またね



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天が呼ぶ、地が呼ぶ、人が呼ぶ!悪を倒せと、俺を呼ぶ!

 皆さんすいませんでした。本日の0時48分頃、一瞬投稿してしまいましたがAM5時に投稿しようとしていたので一度削除させて頂きました。すいません。

 びっくりしたかと思います。大変申し訳ございません。でも、本編変わってないんで!許してくださあああああいいいい!ああぁ………

……「今謝ったんで、本編始めます」
  「ふざけんな!」
  「サイコパス⁉︎」

 DAY BY DAY BY DAY BY DAY そう 全身全霊懸けて


 エルがリビングを出て行った後、ヘスティアは彼を待たせない様にさっさと自分の食事を終わらせてエルの元へ急ぐ。ただ、主神として眷属のフォローを忘れずに。

 

 「ベル君、大丈夫?」

 「……グスッ、神様?」

 「ほら、男の子なんだから簡単に泣いちゃ駄目だぞ、って言ってもあのエル君相手なら老若男女問わないか。それどころかあの圧を直接食らったら僕も泣いちゃうかな」

 

 ヘスティアはベルの涙をハンカチで拭きながら冗談半分本気半分に笑いながら話す。

 

 「さっきの話だけどね、僕はどっちが正しいなんて言うつもりはないよ。ベル君にはベル君の考えがあって、エル君にはエル君の考えがある。考え方なんて十人十色なんだもん。それに2人は目的も違う。そりゃ考え方が違って当然だよ」

 

 ヘスティアはどちらを贔屓したりなど考えない。言うなら両方の味方だ。2人とも可愛い初めての眷属。優劣などは無い。

 

 「ベル君はどうしたいの?」

 「どうしたい…の?」

 「楽しく冒険者出来れば良い?それともエル君みたいに最強でも目指す?」

 「最強………」

 「楽しく冒険者したいなら僕はこのままでも良いと思うよ。ダンジョンに潜ってモンスターを倒せばファルナによって嫌にでも強くなれる。ランクアップも複数のパーティ組んでそれなりのモンスター倒せば出来ると思うよ。レベル3くらいあればモテモテだと思うよ。死ぬリスクも最小限に出来ると思う」

 「………」

 「まぁ僕的にはこっちがオススメかな。まぁ女癖が悪くなって欲しくはないけど、やっぱり死んで欲しくないし。でも、もしエル君の様に強さを求めるなら今のままでは強くなれないと思うよ、悪いけど。今の君が強さを求めるには覚悟が圧倒的に足りない。それじゃ直ぐに死ぬだけさ」

 

 ヘスティアは敢えて少し厳しめで言った。そもそも後者はそれぐらい危険な道なのだ。そう簡単に行かせてはならない道。これくらいで諦めるなら目指すべきではない。

 

 「それじゃ、僕はエル君の所に行くね。ステイタス更新しなきゃ。………ベル君はどうしてオラリオに来たんだい?」

 「え?」

 「ああ⁈別に来て欲しく無いとかそう言う意味で言ったんじゃないから!絶対に!…………やっぱりオラリオに来たのは何かしら理由があると思っただけさ、原点がさ。もし悩んで道に迷ったりしたらその原点に帰ると良いよ。別ににどうしたいかは今決めないても良いんだから。自分が納得するまで悩み抜けば良いよ。じゃあね」

 

 そう言ってヘスティアはエルの元へ向かった。残されたベルは自分の原点を思い返す。

 

 「僕の、原点………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「エル君、待たせたね」

 「大丈夫ですよヘスティア様」

 

 裏部屋に行くと既に布団を敷いて上裸で寝転がっているエルがいた。そもそも裏部屋とは物置場所(物は置かれていない)だった所だ。埃まみれだった場所をエルが1日で掃除したのである。そしてそのままエルの部屋となった。と言っても基本毎日ダンジョンへ潜っているので寝床としてしか利用していない。

 

 そして布団だが、これはエルがダンジョンで稼いだ金で3人分買ったやつだ。いつまでソファーと床で寝るのは忍びないと思い、買う事を決断した。ベットの方が良かったのだが、思いの外高く、予算オーバーになってしまったのだ。1人分なら変えたのだがヘスティアがそれを断固拒否。3人一緒でなければベットは嫌だと。その結果、布団となった。

 

 実は裏部屋を使用するのはステイタス更新の際に面倒と言う理由が大きい。いくら同じファミリアで兄弟だと言ってもプライバシーは必要だ。あまり教えるものでは無い。

 

 「それにしてもエル君怒るとき怖すぎだよ。あの額の紋章はなんだい?目も黒くなるし僕まで泣きそうになっちゃったじゃ無いか」

 「?紋章ってなんですか?」

 「え?だから額の紋章だよ。渦巻きみたいな黒い。知らないのかい?」

 「はい、全く」

 

 エルの言葉に嘘はない。つまり本当に知らないのだ。既に紋章も消えている。目も元通りだ。だが、これこそ彼の正体に近づくヒントかも知れないとヘスティアは考えた。

 

 「うーん、僕の見間違いかな?」(いや、絶対にあった。もしかしたら図書館とかにあの紋章が載ってるかも知れない。今度の休みにまた行ってみるかな)

 「そうかも知れませんが目が黒いのはどう説明するんですか?」

 「エル君、可笑しく無い?君はどちらかと言うと問われる側なんだけどな。……はぁ、まぁ目の色は影でそう見えたんじゃないかな。それよりも大分落ち着いてるね」

 「まぁ数分置いて落ち着きましたかね。それより速く更新して下さいよ」

 「分かったよ」

 

 ヘスティアはエルに催促されていつも通りステイタスを更新していく。すると驚きの結果が目に飛び込んで来た。

 

 

 

 

 

 

 エルアコス Lv1

 

 筋力:H185→G245

 耐久:H132→F332

 敏捷:G226→F334

 器用:H103→H140

 魔力:G200→G265

 

 

【魔法】【獄炎(ヘルブレイズ)】・速攻魔法

          ・付呪(エンチャント)

 【  】

 【  】

 

【スキル】【寝言】

      ・自動発動

 

     【最強を目指す者(ストロンガー)

      ・早熟する

      ・懸想が続く限り効果持続

      ・懸想の丈により効果向上

 

 【弱体化】・【世界の扉(ワールド・エントランス)】の副作用

      ・能力の封印

      ・昇華と共に段階的に解除

 

 

 

 

 

 

 

 「Oh Jesus」

 

 あまりの衝撃にヘスティアは神のくせに天を仰ぐ。

 

 「君は本当に非常識だね」

 「え?」

 

 ヘスティアの言葉を聞いても全く理解出来ないエル。まだ更新したステイタスを見せられていないエルからしたら当然だろう。なら何故直ぐに用紙に記入して教えないのか。それは迷っているからだ。このスキルをエルに伝えて良いのかと。

 

 (【最強を目指す者(ストロンガー)】、懸想の丈より効果向上か。明らかにきっとミノタウロスに負けた事で想いがより一層強くなったのかな。でもエル君にこれを教えていいのか?知る事によってやる気が削がれたりしたらどうする?知らない方がエル君の為じゃ無いのか?…………うん、言うのはよそう。言って万が一スキルが無くなる様な事があったらいけないしね。それにしても恐ろしい成長具合だね。僕でなきゃ見逃しちゃうよぉ。おっと、最近神専用の図書館で読んだ漫画をつい真似しちゃうんだよなぁ。気をつけないと。てか、合計470アップなんてどうやったらそんなにアップするんだい!……ミノタウロスだね。分かってます。まぁそれもこれもエル君の想いがそれ程強いって事だろうね)

 

 ヘスティアはスキル欄に【最強を目指す者(ストロンガー)】を書書かずにエルに用紙を渡した。するとエルは用紙を一度見て、目をパチクリさせてから、目を擦り、遠目から、近目からとあらゆる方法でステイタスを見た。ヘスティアはその姿に思わずクスクスと笑ってしまう。そんな彼女にエルは一言。

 

 「ヘスティア様、ステイタスがバグってます」

 「大丈夫だよ、正常さ」

 「ならヘスティア様の頭がバグってますね」

 「なんだとお!」

 「だってこんな伸び有り得ないですよね。特に耐久、いくらミノタウロスの攻撃をモロに受けたとは言え200アップですよ」

 「いや、レベル1がミノタウロスの攻撃で脇腹抉られて、魔法による傷を塞ぐ為の自傷行為し、そしてトドメのミノタウロスの突進をモロに受け死にかける。それだけの事ならしたら有り得るんじゃない」

 

 確か有り得ない程の上昇だ。だがそもそもレベル1でミノタウロス1人で戦う前例すら存在しない。だがもしかしたらこれ以上に耐久が上がっていた可能性はある。それは、ミノタウロスが万全であった可能性だ。もし膝裏の傷が無く、全力の攻撃だったら。そして片目を失わずに目標を確実に捉えた攻撃だとしたらもっと鋭い突進が彼に襲いかかっていただろう。そして彼が咄嗟に防御していなければ更に深いダメージがからを襲い、ステイタスを向上させていただろう。

 

 だがこれの恐ろしいのが、戦っていた時間が普段より確実に少ない事だ。エルがミノタウロスと戦ったのは午後3時。そこからは気絶して戦闘を行っていない。つまり、普段平均9時まで潜るエルは普段より6時間も戦っていないのだ。確かに耐久については今回程上がらないだろう。しかし他のステイタスはどうか?今回より上がる可能性は大きい。それを考えたらこのスキルは強力過ぎる。

 

 「良いかい、くれぐれも人にステイタスを教えちゃ駄目だよ。特に神にはね。神に嘘は通用しないから嘘は無駄。それどころか隠してるのがバレて余計ややこしくなる。だから基本ステイタスに関する事は何も答えない。笑顔で誤魔化すんだ。良いね」

 「分かってますよ」

 「なら良し。じゃお休み。明日も頑張ってね」

 「おやすみなさい」

 

 ヘスティアはそう言って裏部屋を出てリビングに戻る。ベルはまだ悩んでいる様子だったが、とりあえず今日のステイタスを更新する事にした。するとあら不思議、エルとそっくりな早熟系スキルが浮かび上がってるでは有りませんか。なんだかんだ言って兄弟なんだなと思うヘスティア。

 

 そんな彼女が懸念しているのは2人が神々に目を付けられないかだ。ベルは成長スキルから、エルは圧倒的素質プラススキルによって強化された成長から確実に目立つだろう。エルは大人びてこそいるが結局2人はレベル1の子供。圧倒的実力差の前に素質は皆無である。特に気を付けなければいけないのは美の女神【フレイヤ】。彼女の魅了の前には強さなど意味を成さない。

 

 「いざとなったら…………でも、僕に何が出来るんだろう?2人はフレイヤじゃ無くても確実に狙われる。その時僕は?何の力も無い僕に何が出来る?」

 

 ヘスティアは悩む。いつか来るかも知れない日を防ぐ為に。

 




 ご愛読ありがとうございました!

 エルのステイタスがエグい事に。でもミノタウロスに襲われて早熟スキルがあるならこれくらいになるよね、ね、ね!あ、因みエルだけ強くなんてさせないから。ベルも強化するつもりです。彼には英雄になってもらわないと。て、このセリフ、俺が悪役みたいじゃん。

 まぁ良いや。じゃ次回もお楽しみに。またね!

 ps.タイトル詐欺してごめんちゃいww
 


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豊饒の女主人
男は欲に忠実なのだ



 皆さん元気にしてますでしょうか?
 
 野球ファンのみんな!とうとう甲子園が開始しましたね。ても小園も森木も畔柳も達も出てこない。なんか微妙になっちゃいましたけど応援しようね!

 では本編どうぞ!


 翌日、エルは普段より少し遅めの7時に起床した。きっと昨日のミノタウロスとのダメージがまだ残っていたのだろう。既にヘスティアは起きていた。ベルはヘスティアが起きる前からダンジョンへ出かけたと言う。

 

 「昨日、色々あったのに今日もダンジョン行くなんてな。もしかしてヘスティア様があいつになんか言ってやったんですか?」

 「そんなに大した事は言ってないよ。どういう冒険者人生を歩みたいか説いてあげただけさ。楽で楽しい道か、険しく辛い道のどちらを行くかをね」

 「ふーん。それであいつはなんて答えたんですか?」

 「昨日のうちはなんとも。多分まだ決まって無いと思うよ。でもベル君はまだ若いんだから、いっぱい悩んでからでも遅くは無いんじゃないかな?勿論君もだよ」

 「……ま、それもそうですね」

 

 ヘスティアの言葉にエルは納得する。悩む時間は若者の特権と言っても良い。悩むだけ悩んで、自分が納得する道を決めれば良い。

 

 「それじゃ行ってきます」

 「待って!」

 

 朝食も終えてエルは早速ダンジョンへ行く前にギルドへ向かおうとする。それは自分を助けてくれた人は誰か知りたかったからだ。ダンジョン探索を終えてからでも良いのだが、探索に夢中になって聞く事を忘れない内に聞いておきたいのだ。しかし、ヘスティアがそんな彼を止める。ミノタウロスに負けた翌日だから気合い入れて家を飛び出そうとした彼は、出鼻を挫かれてややテンションが下がる

 

 「なんですかヘスティア様」

 「何って、忘れた訳じゃ無いよね?バ・イ・ト♡」

 

 ヘスティアはとても良い笑顔でそう言った。この流れ。ウォーシャドーの時と同じだ。ミノタウロスと戦って死にかけるという愚行を犯した罰。それに対しての罰を受けさせられる、そう思われた。

 

 「って言うのは冗談だけどね」

 「え?冗談なんですか?」

 「うん。まぁ気負い過ぎて今度は自らミノタウロスのいる15階層辺りまで潜ろうとしてたら落ち着かせる意味でさせる気だったけどね。軽い気分転換でね。でも今の君を見たら大丈夫かなって。それとも僕と一緒にバイトでもしたかったのかなぁ?」

 「ダンジョン行ってきます!」

 「行ってらっしゃい!気を付けてねぇ!」

 

 バイトさせられるのが苦痛で仕方がないエルは大声で家を飛び出す。ヘスティアはそんなエルを笑顔で見送ってから自分のバイト支度を始めた。

 

 

 

 

 (今日は何処まで降りようかな)

 

 そんな事を考えながら歩いていると、突如背筋に悪寒が走る。今まで経験した事が無い気色悪い悪寒が。エルはその者がいる方角に振り返り、剣に手を添えていつでも最速の抜剣を出来るよう身構えた。

 

 (なんだ今のは⁈心の底を覗かれる様な胸糞悪い感じは⁈誰だ⁈場所は…………バベルか?)

 

 そう言ってバベルの塔を見上げる。距離が遠く、ハッキリと見えないがこちらを窓から見ている者が1人。

 

 「誰だ?」

 

 エルはその者に対して睨み、小さく呟く。

 

 「……あのぉ」

 「…………」

 「あの、大丈夫ですか?」

 「ん?え?何ですか?」

 

 バベルの者に意識を集中させていた際で、後ろから自分に声を掛けてくる女性に気付くのに僅かなラグが発生する。エルは瞬時に前方にステップしてから反転して女性を見る。声を掛けて来たのは女性というより少女。薄鈍色の髪をしたヒューマンだった。それも若葉色のジャンパースカートにサロンエプロンを着た、紛う事なき美少女。

 

 「あ、あの……」

 「何ですか?」

 「とりあえず、その、剣を構えるのを……止めてくれないかな?」

 「え、あ!」

 

 そう言われて自分が未だに抜刀の姿勢を保っている事に気付く。エルは慌てて姿勢を正し、即座に謝った。

 

 「すいませんでした!」

 「ええっと、何かあったの?こんな所で剣を構えてるなんて」

 「それは、その……イメージトレーニングと言いますか……」

 

 『見られていたから』とはとても言えない。そんな事言ったら見られただけで剣を構えるヤバい奴のレッテル貼られる事間違い無しだろう。彼女は『そうなんですか?』と首を傾げる。イマイチ理解出来ていない様だ。すると思い出したかの様に魔石を渡して来た。

 

 「これ落としたよ」

 「………目的は何ですか?」

 「え?」

 

 魔石の換金を忘れる事などそんなヘマはしない。もし、したとしても帰った後に気付く筈だ。机に袋を置いた際の音で。それに彼女は今、拾ったでは無く、落としたと言った。だが、魔石が地面に落ちる音が全く聞こえていない。よって、彼女が何かしたらの目的で魔石を渡して来たのは明らかだった。

 

 「俺が抜剣の構えをしてる以外にも何か用があるから話しかけて来たんですよね?」

 「何を言ってるのかな?私は君が落としたのを親切に…………はぁ、バレちゃったか。さっきは平気だったのになぁ」テヘッ

 

 彼女は最初こそ嘘を貫こうとしたがエルの目を見て騙せそうにない事を悟り、舌を出して可愛らしく笑った。自分の演技が見破られた事に多少残念がっている。普通に考えたら直ぐに分かりそう事だが、これに引っかかった奴はアホだなと思った。だが、それ以上にエルが彼女の話し方を見て思った事。

 

 (明らかに子供と思われてるよなぁ)

 

 彼女の服装から何処かの飲食店などで働いてるのは間違いないだろう。私服がこれだとしたら中々の趣味をしている。しかも見た感じ不良定員にも見えない。お客にはしっかり丁寧口調で話しそうなのに、明らかに子供と話している様な態度だ。まぁ見た目がおさないのは重々承知している事なのでとやかく言うつもりは無い。

 

 「それで、目的はなんですか?」

 「そんな警戒して欲しくないなぁ。私ね、あそこの酒場でウエイトレスしてるの。ちょっと高いけど料理は美味しいし、賑やかだから良かったら来て欲しいなって」

 「⁈美味しい…ですか?」

 「うん、美味しいよ。結構評判良いから聞けば本当だって分かると思うよ」

 

 美味しいという単語に耳を傾ける。食事は好きだ。いっぱい食べてお腹いっぱいになる感覚は堪らない。幸福に満たされた気分になる。オラリオに来てからはほぼ毎日3食ジャガ丸くんの様な生活だからとても惹かれた。別にジャガ丸くんが美味しくないとは言ってない。しかしそれだけと言うのはなんとも味気ないものだ。

 

 「……機会があったら伺います」

 「やった!」

 

 結局エルは食事に釣られてしまった。これでは引っかかった奴と同レベルかも知れない。

 

 「では失礼します」

 「きっと来てね。あ、私の名前はシル・フローヴァ。シルって呼んでね」

 「分かりましたシルさん」

 

 エルはそう言ってギルドへ向かった。そんな彼の後ろ姿を見送りながらシルは微笑む。

 

 「フフ、可愛い♡」

 

 

 

 

 

 「いいわぁ、今日はとても爽やかな気分。朝からこんなに良い事があったんですもの」

 

 バベルの37階に住む【フレイヤ・ファミリア】の主神である女神フレイヤは、エルの後ろ姿を見て顔を紅潮させる。彼女は人の魂の色が見える。

 

 さっきの子はとても綺麗だった。透き通っていた。今まで見た事がない純白。何者にも染まっていない。でも、だからこそ何者にもなれる存在。だから目を奪われた。

 

 そして、次に見た少年。それは普通ではあり得ない魂をしていた。最初見た時はなんの変哲もない普通の魂だった。しかしそれは間違いだったと直ぐに気付く。フレイヤが最初に見た魂は唯の見せかけ。本来の彼の魂は、更に後方に聳え立つ羅生門。そこから僅かに漏れ出す禍々しくも純粋で強大な力だったと。しかも羅生門が1つでないと直ぐに分かった。何重にも重ねて閉じ込めた。尚も漏れ出す程の力。その力の底は想像をも絶するだろう。

 

 「あぁ、今すぐにでも貴方が欲しい」

 

 もし羅生門によって封印されている彼本来の力が完全に解放されたら手に入れるのは不可能となるだろう。だからこそ、不完全である今のうちに手に入れたいと思うのはなんら不思議では無いだろう。

 

 「近いうちに会いましょうね。私の伴侶(ボウヤ)

 

 大多数の人は純粋な人物に好感を持てるだろう。可愛い見た目。可愛い仕草。可愛い反応。見ていて癒されるだろう。では、その人物が自らの伴侶となり得るだろうか?否だ。純粋なだけではつまらない。スパイスが足りない。人は白しか存在しない世界で生き続ける事は出来ない。頭が可笑しくなるからだ。唯の純粋さだけでは愛せないと物語っている。ならば人の魅力とはなんなのか。それは内なる悪だ、欲望などに流させる事のない純粋な悪。絶対に揺らがない黒。悪のカリスマに誰もが惹かれる。だが、それだけでも不完全だ。それではただの悪、破壊者だ。ならば答えとは何か。それは白と黒、純粋と悪が存在する状態。純粋は内なる黒に塗り潰される事無く、悪は内なる白に染められる事がない状態こそ究極なのだ。

 

 伴侶とはいわばパートナー、対等なのだ。可愛がるだけでは人形と変わらない。お互いの価値観を持ち、その想いを互いに尊重しながらもぶつけ合う。時には喧嘩する事もあるだろう。何故なら全ての価値観が全く同じ人物など存在しないのだから。十人十色、人の数だけ考えがある、それが当たり前。仮面を被っていればある程度は仲良くなれるだろう。しかし、その関係はいずれ終わる。不満を素直に言えない関係は長くは続かない。だから、喧嘩する事は悪い事では無い。自分の想いを隠さず、素直に言える相手がいる。それは素晴らしい事だ。そうして乗り越えた2人がこの先、何十年と死ぬまで飯を共にするパートナーとなるのだ。それが伴侶というものだ。

 

 だが彼女は知らなかった。彼女が手を出そうとしている少年の悪は、彼女が手に負える代物では無い事を。何でもかんでも魅了の力に頼って我が物としてきた彼女が扱える存在ではない事を。

 

 

 「…………」





 ご愛読ありがとうございました!

 フレイヤに狙われるエル。エルの封印は羅生門で例えました。何重にも重なった羅生門。そこから漏れ出すエルの本来の何千何万分の1の力。その力をフレイヤは手に入れる事ができるのでしょうか!

 そして最後の無言の人物。それは一体誰なのか!

 では次回もお楽しみに!またね!

 ps.高評価してくれても、良いんだぞ♡!


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家族って良いな

 皆さんお久しぶりです!

 マジでびっくりしました。急にアクセス人数が増えるんだもん。しかも投稿した翌日にあんなになんて。やっぱりランキングに乗ったのが大きいんだろうな。それもこれも皆さんが読んでくれてお気に入り登録してくれて評価してくれたお陰です!

 これからも頑張るのでよろしくお願いします!
 
 では本編どうぞ!


 「ヘスティア様、これを見て普通なんて言うつもりはないですよね?」

 「えっとぉ………成長期なんだよ!きっと」

 「んなわけあるかああああ!!」

 

 これは『豊穣の女主人』から帰った後にエルのステイタス更新をした際の出来事である。【ヘスティア・ファミリア】は所属人数が2人な為、毎日ステイタス更新する。だから前回更新してから1度しかダンジョンに潜ってないのだ。『豊穣の女主人』で色々あったとしてもその推移は明らかに異常だった。では、何故こんな事になったのかをご覧いただろう。

 

 

 

 「おはようございます、ミィシャさん少し良いですか?」

 「良いよ。わざわざ声掛けるなんて何か知りたい事あるの?」

 

 ギルドに行くとエルはミィシャに声を掛ける。目的は恩人の名前を聞く為だ。

 

 「実は、助けてくれた人の名前を聞き忘れちゃって」

 「あぁ、『剣姫』の事?」

 「剣姫?」

 「アイズ・ヴァレンシュタイン。神々の付けた二つ名が『剣姫』なの」

 

 『アイズ・ヴァレンシュタイン』、エルは彼女の名前だけ知っていた。有名だからとか、噂とかではない。彼女の名前を知ったのヘスティアから聞いたから。覚えていたのは自分と似た魔法を使えるからだ。自分と似た魔法を使っている人は一体どんな戦いをしているのか気になったのだ。

 

 (【ロキ・ファミリア】とは聞いていたけど『剣姫』なんて強そうな二つ名が付けられる人物だったんだな。1度会ってみたいな。それであわよくば俺の知らない付呪(エンチャント)の使い道を教えて欲しい)

 

 彼女の事を考えているとミィシャの顔ががギルド職員の顔から恋バナ好きの若者の顔に変貌を遂げていた。

 

 「どうしたの?そんなに考え込んじゃって。もしかして『剣姫』に会いたいだとか?」

 「まぁそうですね。会って話したいです(戦いについて)」

 「………エル君って平然とそういう事言うんだね。もう少し照れたりしないの?」

 

 エルがなんの動揺もせずに言った事にミィシャは少しつまらなそうにする。思春期の年齢なのだからもっと初々しい反応を期待していたのだ。だが、エルの場合はそもそも恋バナと認識すらしていない。もしこの興味が異性としての興味だとしたら彼もそれなりに照れてしまうだろう。だが今回は異性としての意識は全く無い。

 

 「照れる?そんな要素何処にあるんですか?盗めるだけ盗みますよ(技を)」

 「盗めるだけ盗む⁈(心を)」

 

 ミィシャは『あ、この子将来有名な女誑しになるな』そう思った。確かに可愛い顔をしている。強さも2週間で8階層へ行く程で、将来有望だ。きっと大人になったらイケメンで第一級冒険者になって女性にモテまくるのだろうなと予想する。しかし自分は決して堕ちないと誓うミィシャであった。

 

 ギルドを後にしたエルは早速ダンジョンへ潜った。しかも昨日ミノタウロスと出会った8階層にだ。あんな事があった翌日に同じ所に潜るのはとても勇気のいる事だろう。

 

 彼は8階層でモンスターを狩り続けた。モンスターは休む暇を与えずに次々と襲ってくる。だが、モンスターを狩って行く中で、エルは思った。『あまりにもモンスターの手応えが無い』と。8階層で狩りを始めたのは一昨日。数日前までは中々の相手であったのに、今では単体相手では無傷に等しい。

 

 (あのステイタスの急激な伸びが原因か?)

 

 思い当たるのはステイタスの急激な伸びだ。お陰で戦いが楽になった。それこそ、この階層で戦う必要が無くなったくらいに。耐久に至ってはモンスターの攻撃力が急に弱くなったと感じる。ミノタウロスの痛みを知っているのであれに比べれば大した事ない。それでも適性階層を破っているので痛いものは痛いが。

 

 しかし、喜ばしい事だけではない。ステイタスが急激に伸びている故に今までとの僅かな感覚のズレがあるのだ。筋力や魔力は感覚のズレがあっても気にならないのだが、問題は敏捷だ。立ち止まっての戦闘では無く、常に動き続けての戦闘を得意としているエルにとって、敏捷の急激な上昇は危険なのだ。勿論、感覚のズレを修正した後は良いが修正する前は違う。現に、GからFにワンランク上昇しただけで、本来モンスターを横一文字でモンスターを通り過ぎ様に真っ二つにする筈が。剣を振る前に体がモンスターを通り過ぎてしまい、タイミングがズレて斬り込みが浅くなってしまった。この様に敏捷に関してはステイタス更新した後は小まめに感覚のズレを修正しなくてはいけなくなったのだ。だが、何も悲観した事だけでは無い。

 

 「これでズレあるんならランクアップした時の感覚のズレってどんなだよ」

 

 いつか来るであろうランクアップ。レベル2にはどうやってもレベル1では勝てないと言われる。それ位差があるのだ。つまり、ランクアップすると今までとは比べ物にならない位強くなるのだ。GからFになっただけで感覚のズレがハッキリ分かるくらい強くなった。ならランクアップしたらどれほど強くなれるか、そう思うだけで笑みが溢れた。

 

 そしてエルは8階層での探索を止めて、9階層への階段を探す。8階層で戦っても強くなれないと思ったからだ。しかし、9階層への階段を見つけるのに時間が掛かってしまい、9階層での戦闘に時間を割けなかった。1時間程度で今日は引き上げる事にした。

 

 魔石を換金してから家に帰ると、丁度ベルが教会から出て来た。装備を着けていない所から察するにこれからダンジョンに行く訳ではなさそうだ。

 

 「?ベルか。何処に行くんだ」

 「⁈……ちょっと」

 「……」

 

 ベルはそこから逃げる様にそそくさと歩き出す。そこには以前の仲の良い兄弟の姿は無かった。別にお互いに嫌いな訳では無い。好きか嫌いかで言われると好きと答えるだろう。ただ、昨日の出来事の所為で互いに気まずいのだ。特にベル。ヘスティアに当たり、大した努力もしてないのに小さい頃から頑張ってた兄と比べて、自分だけ辛い目にあったと喚き散らした。恥ずかしくて、情けなくて今はまともに目も合わせられないのだ。エルもそれを分かっているからこそ、何も追求しない。

 

 ベルの後ろ姿を数秒眺めてからヘスティアの待つ地下室へと降りる。

 

 「只今帰りました」

 「お帰りエル君」

 

 自分が帰宅すると、ヘスティアが出迎えてくれる。この光景が彼等の日課となっていた。

 

 「丁度ベルとすれ違ったんですけど何か知ってます?」

 「あぁ、ベル君なら何処かで食べて来るって言ってたよ」

 「ならヘスティア様は?行かなかったんですか?」

 「君が帰ってきた時に家に誰も居なかったら困るでしょ」

 

 母親の様な笑顔がそこにはあった。母親を知らないエルにはとても新鮮で嬉しく思えた。

 

 ベルはあの時は興奮して酷い事を言ってしまったが彼だって分かっているだろう。家に帰ると必ず暖かい笑顔で迎えてくれる彼女の有り難さを。彼等は知っている。家に帰っても誰も出迎えてくれない虚しさを。確かに彼女は冒険者では無い。自分に命の危機が迫っていても助ける力はないだろう。それでも彼女は彼等にとって大切な存在なのだ。彼女の笑顔は自分達の心に安らぎを与えてくれるのだ。これからも彼等に色んな災いが降り掛かるだろう。恐怖し、絶望するかも知れない。それでもまた立ち上がる事が出来るだろう。我が家に出迎えてくれる彼女がいる限り。

 

 「ヘスティア様って何か食べたんですか?」

 「ん?まだだけど?」

 「なら折角ですし食べに行きません?」

 「え⁈」

 

 エルの誘いにヘスティアは驚愕する。そして顔が赤らむ。しかしそれを見たエルは溜め息を吐く。

 

 「なんですか?赤くして言っときますけどデートじゃ無いですよ。ただ今朝ダンジョンに行く前に美味しい料理店の噂を聞いただけです。デートしたいならベルとでもして下さい」

 「ふふ、そういうのを世間ではデートって言うんだよ。全く素直じゃないんだから。それに良いの?そんな事言っちゃって。本当にベル君と行っちゃうよ?こんな美少女を他の人に取られても良いの?しかもその相手が弟なら気まずいんじゃ無い?」

 「大丈夫です。確かに好きな人だったら気まずいでしょうけど、相手はヘスティア様でしょ?心から祝福してあげますよ」

 「なんだい!僕にはそんなに魅力が無いかい!確かに神々(みんな)から幼過ぎるって言われるけどは、しょうがないじゃん。神は不老不死なんだから。僕だってヘファイストスやフレイヤみたいなみたいな高身長になりたかったさ。ここは誰に見せても恥ずかしくない自慢出来るモノを授かったけど、これじゃアンバランス過ぎるよ。」

 

 ヘスティアは自分の容姿にコンプレックスを抱いていた。確かにたわわなそれは異性から見れば魅力的、同性にとっても羨望眼差しを向けられる事だろう。しかし、それとは裏腹に彼女は余りにもそれ以外の容姿が幼過ぎる。そのため、彼女はあまり異性として見られない事が多いのだ。友神であるヘファイストスやフレイヤがあの見た目な為余計に意識してしまう。

 

 ヘスティアはボソボソしながらエルに背を向けて自らの胸を持ち上げる。そんな彼女の行動理由が分からないエルは本題に戻る。

 

 「それで、どうするんですか?」

 「うーん、ベル君の誘いを断った手前、エル君の誘いを受けるのもな」

 「では自分は食べに行きますんでお留守番よろしくお願いします」

 「ええ⁈わ、分かったよ!行くよ!いや、連れてって下さいいい!」

 

 エルとヘスティアは料理(シルも)が待つ『豊饒の女主人』を目指す。この時、ベルの目的地と一致していた事はまだ知らない。そして、会いたいと言っていた人物との再会が近い事も。

 

 




 ご愛読ありがとうございました!

 実際1回の更新でワンランクも上がったら結構なズレがあると思いますよね。まぁ普通そんなに伸びないんですけどね。

 てか気付いている人もいますでしょうが今作のヘスティアに意中の人はいません。ベルもエルも両方好きです。現時点ではね。これから彼女がベルを好きになるか、それともエルか、はたまたま第三者かは分かりません。

 そして次回はとうとう豊穣の女主人です!お楽しみに!


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公共の場で騒ぐから最近の若者はって怒られるんだ

 皆さんお久しぶりです!

 沢山評価してくれて本当にありがとうございます!本当に嬉しいです!これからも頑張っていくのでよろしくお願いします!

 では本編どうぞ!


 「エル君。……ここが君の言っていた店かい?」

 「………多分」

 

 2人はシルの働いている酒場『豊饒の女主人』に来ていた。朝とは随分雰囲気が変わっていたが、直ぐに分かった。朝には下げられていた大きな看板に、シルと同じエプロンを着た店員。確かに彼女の言った通り賑やかで、わざわざ店に入らずとも側を歩くだけで分かる。2人は入り口から店内をそっと窺って、そのまま入店せずに1度路上に戻る。何故なら店員は全員女性でウエイトレスだったのだ。つまり全員女性。賑やかとは言っていたがそう言う店とは思わなかった。

 

 (まぁ、今思えばシルさんがウエイトレス姿である時点で予想出来る事だったのかな。ぱっと見は確かに繁盛してるけど、これ本当に美味いのか?ウエイトレス姿の店員に惹かれてるだけじゃなくて?)

 

 この店の料理の腕を疑っているとヘスティアがエルの袖を引っ張った。何かと思って振り返ると、とても悪い表情をしている彼女がいた。

 

 「エル君。君にこんな趣味があったとはね」

 「違う!俺は美味しい店と聞いたから来ただけであの服に惹かれた訳じゃ無い!」

 「本当かなぁ〜?」

 「〜〜〜‼︎煩い!」

 「ふふっ」

 

 照れ隠しに声を荒げて店に入るエル。普段からダンジョンに行き、強さだけを考えている姿しか見てなかったヘスティアは、エルの思春期の男の子らしい姿が見えて微笑む。

 

 店内は明るいを通り越して騒がしい領域までいく程賑やかだった。何処もかしこも笑顔で溢れている。店員も自然な笑顔で雰囲気に合わせているのではなく、楽しんでるのが分かった。だがやはり客の9割は男性だ。ウエイトレス全員が全員美少女な為、男性に人気なのは分かる。しかし、味は確かなのか余計に不安が募る。

 

 「これ本当に美味いのか?」

 「美味しいですよ」

 「⁈」

 

 いつの間にか背後を取っているシルに軽い恐怖を覚える。

 

 「……本当に何者ですか?今朝と言い、今と言い、人の背後を取るのがお得意ですね。俺ダンジョンでモンスターに背後取られた事無いんですけど。実はシルさん暗殺者ですって言われても信じるレベルですよ」

 「失礼ですね。どっからどう見てもただのウエイトレスですよ」

 

 スカートの裾を持ち上げてターンするシル。その姿はとても様になっている。その姿が余計に怪しく思えてしまう。暗殺者が一般市民に紛れているなんて良くある話だ。

 

 「カウンター席にしますか?それともテーブル席ですか?」

 「じゃあテーブル席で」

 「畏まりました」

 

 エルはテーブル席を要求した。理由はヘスティアを危険から遠ざける為。こう言う酒場でのカウンター席だと隣の酔っ払いに絡まれる可能性がある。自分1人だと対して気にしないが今はヘスティアがいる。ただの酔っ払いなら対処は簡単だが、このオラリオはダンジョンがある街だ。酔っ払いでも高レベルの冒険者の可能性がある。ヘスティアは幼い見た目をしているが、紛れもなく美少女。そう言う趣味を持った奴からしたら彼女はどストライク。もしそんな趣味を持った高レベルの冒険者と対峙した場合、ミノタウロスに負けてるレベルの自分は悔しいが勝てない。

 

 「それにしても今朝と違って敬語ですね」

 「今は仕事中ですからね。いくら子供でも客ですから。それとも今朝の方が良かったかしら?」

 

 ウインクして鼻を触ってきたシル。可愛い仕草なのは確かだが、子供と言われた事に腹が立つ(その程度で腹が立ってる時点で子供とか言う奴は月牙天衝で消しました)。

 

 エルは、彼女の間違いを正すと同時に、少し恥ずかしい思いをしてもらう事に決めた。

 

 「俺子供じゃないんですけど」

 「ふふっ、そうでしたね」

 「俺、エルアコスって言うんですよ。皆からはエルって言われてます。15歳です」

 「へぇ、エル君って言うんだ。歳は15歳ね………ん?聞き間違いかな?15歳って聞こえたんだけど」

 「合ってますよ。因みにパルゥムじゃないです」

 「????嘘、ですよね。だって、どう見たって……ええ⁈」

 「ウエイトレス君。君の言いたい事は分かる。僕も最初そう思ったさ。でも彼は正真正銘の15歳だよ」

 「え、えええ⁈」

 「煩いよ!!!」

 「す、すいません!」

 

 シルはエルの本当の歳を聞いて、驚きのあまりに店内で叫んでしまう。その事をカウンターの向こうで料理をしていた女将らしき人に怒られた。

 

 「シルさん、勘違いだって分かって貰えましたか?貴方は15の男性相手にお子様扱いしてたんですよ。失礼極まりないんじゃないですかねぇ?」

 「申し訳ありません。自分の憶測だけで判断してしまって」

 (15歳はまだまだ子供でしょ)

 

 少し間、シルが謝り続ける光景が続いた。因みにこの事態が収束したのは女将によってだ。女将はエルをつまみ出そうとしたのだ。客が店員にいちゃもんを付けて、店員が平謝り。それを見た客が悦に浸っていると見えたのだろう……実際にそうなのだが。そしたら今度はエルが女将に対して平謝りする。『調子に乗ってすみませんでした!』と。シルの弁明もあって追い出される事は無かったが、その代わりこの店でお金を使う、つまり料理をいっぱい頼む事を約束させられた。

 

 2人は料理を楽しみながら雑談に花を咲かせる。シルは持ち場に戻った様でここにはいない。

 

 「あー、酷い目に遭った」

 「それは君が調子乗ってウエイトレス君を困らせたからでしょ」

 「だってさっきまで子供扱いしてたのに勘違いだって気付いてひたすら謝ってる姿が面白くて」

 「……君って結構Sなんだね」

 「?Sってなんですか?」

 「ううん、なんでもない。それにしても凄く美味しいね。ここの料理」

 「確かにそうですね。今度はベルを連れてきて3人で食べましょうよ」

 「うん」

 

 ヘスティアはエルの口から自然とベルの名前が出た事にホッとする。このまま2人が仲違いしたままなのは見るに忍びないから。

 

 「ご予約のお客様、ご来店にゃ!」

 

 たわい無い話をしていると突如、店の空気が変わった。十数人の団体客が入店してきたのだ。しかもあれだけの人数で全員が並々ならぬ実力の持ち主という事は直ぐに分かる。それだけのオーラを感じる。周りの客も酒や食を止め、その団体に注目している。

 

 『おい』

 『おお、えれぇ上玉ッ』

 『馬鹿ちげえよ。エンブレムを見ろ』

 『……げっ。あのエンブレムは【ロキ・ファミリア】』

 「⁈」

 

 エルはその言葉により一層反応する。あれが【ロキ・ファミリア】。オラリオ2大派閥の一角で自分を門前払いしたファミリア。更に言えば、あの中に『剣姫』アイズ・ヴァレンシュタインがいる。

 

 「ヘスティア様。誰がアイズ・ヴァレンシュタインか分かりますか?」

 「確かあの金髪の子じゃ無いかな?」

 「……あれが『剣姫』」

 

 ヘスティアが密かに指差す方を見ると彼女はいた。エルは納得する。直ぐに見つけられる筈だと。1人だけ放っているオーラが違う。そして見た目も今まで見た事が無い程に綺麗だった。

 

 「よっしゃ!ダンジョン遠征ごくろうさん!今日は宴や!みんなじゃんじゃん飲めぇ‼︎」

 

 その言葉を皮切りに彼等は騒ぎ出した。周りの客も思い出したかの様に自分達の酒を煽り始める。ここは酒場なのでこの雰囲気は間違ってはないのだが静かに食を楽しむ場には向いていなさそうだ。彼等が来る前は複数人でも1テーブルで済む人数だった事で騒ぐと言ってもそのテーブル内。しかし彼等は何卓ものテーブルを使用している。その為、騒ぐ範囲が広くなって自然と声が大きくなる。そして、その声量にかき消されない様に他の客も声が大きくなる。

 

 (料理は美味いけどこんなに煩いんじゃ落ち着いて食えやしねぇな。てか公共の場所だろうが。もう少し弁える事は出来ねえのかよ)

 「強くなると何しても許されると思っちまうのかね。俺は強くなっても王様にはならないでいよ…………って、ヘスティア様何やってんですか?」

 

 彼等を横目にジュースを飲んでいると対面のヘスティアがコップを握りしめて唸っているのに気付く。

 

 「ううぅ、何故ロキがここに……」

 「神ロキと知り合いだったんですか?」

 「知り合いなんてもんじゃ無いよ。腐れ縁さ」

 「へぇ。はい、水ですヘスティア様」

 「ありがとう」

 

 

 ヘスティアは酒が回り始めており、なんとなく面倒な話が続きそうだったので、早めに水を与えてアルコール成分を薄める。

 

 「おい馬鹿女!お前のあの話を聞かせてやれよ!」

 「馬鹿女言うな!……あの話?」

 

 【ロキ・ファミリア】の獣人の青年が店内に響き渡る声で言った。反応したのはアマゾネス少女だった。これまた美少女。オラリオには美女美少女以外立ち入り禁止などという決まりでもあるのだろうかと思ってしまう。

 

 (いや、それはねぇな。だって女将は…⁈…………うん。やっぱり美人だな。決まりあるかもな)

 

 女将からの物凄い殺気を感じたエルはそこから先の言葉を考えるのを止め、女将を褒める。

 

 「あの話って言われて出てこないなんて本当に馬鹿だな!」

 「人を貶さないとまともに話も出来ないのかバカ狼!」

 「あの話っていったらミノタウロスの件だよ」

 「「⁈」」

 

 この瞬間エル以外にも人一倍反応した者がいた。そう、エルと同じく当事者であるベルである。何を隠そうベルもシルに誘われてこの酒場に来ていたのだ。彼等の中にティオナを発見してとても浮かれ気分だった彼は、まるで心を掻き回される感覚に陥った。

 

 「帰る途中で何匹か逃したミノタウロス!その中のお前が5階層で始末した時にいたトマト野郎だよ!」

 「ああ、あれ?」

 「ん?何の話や、ベート」

 

 エルは直ぐに気付いた、トマト野郎とはベルの事だと。ここに当事者の家族がいるとも知らずかれはベラベラと話す。

 

 「17階層でミノタウロスと出会したんだけどよ。そいつら途中で逃やがんの。そんでどんどん上層に上がって行きやがってよぉ〜。こっちは疲れてんのに」

 

 (疲れてんならさっさと家帰れ寝てろ駄犬が)

 「エル君、これって」

 「間違いなくベルの話ですね」

 

 ヘスティアは水を飲んだことで少し酔いが覚めたのかベートの話を聞いて直ぐにベルの事だと気付く。

 

 「そしたら居たんだよ!いかにも駆け出しのひょろくせぇガキが!兎みたいに壁際まで追い詰められて顔引き攣らせてやがんの!」

 「それで?その子どうしたん?助かったん?」

 「馬鹿女が間一髪のとこで真っ二つにしてやったんだよ、なっ?」

 「確かにそうだけど」

 

 楽しそうに話すベートと違い、ベルを助けたティオナの方はつまらなそうにしていた。

 

 「お前、あれ狙ったんだよな?そうだよな?そうだと言ってくれよ!」

 「そんな訳無いじゃん。てか私この話あんまりしたくないんだけど。あの子に悪いし」

 「馬鹿女が一丁前に気ぃ使ってやがるww。それにお前、助けた相手に逃げられて怒ってたじゃねぇか!野郎の癖に泣くわで胸糞悪かったな」

 「あの時はあの時!今は今!もういい!帰る!」

 「ティオナ、そんなに怒らなやって」

 

 そう言ってティオナは店を出て行ってしまった。それをロキが宥める様に追いかける。ここまでしても彼の勢いはまだ収まらない。次の標的はエルだった。

 

 「うちのお姫様も駆け出しのガキ助けたんだってな!」

 「おいベート。いい加減口を慎め」

 

 リヴェリアが注意しても彼の口は止まらない。

 

 「良いだろ、酒の肴さ!致命傷を負ったガキを地上に運ぶ為に別行動したんだってな!雑魚のお守りご苦労なこって!」

 「ベート!」

 「どうせそいつも無様に逃げ回ってたんだろ!泣き喚いてよぉ!あ、でも5階層のガキより酷えか。なんせ逃げる事すら出来なかったんだからよぉ!」

 「いい加減にしろベート。ミノタウロスの件は我々の不手際だ。それを酒の肴にするなんて、恥を知れ!」

 「うるせぇな。ゴミをゴミと言って何が悪い」

 

 

 「まったく、ロキは自分の眷属の躾もできないのか!いくら温厚な僕でももうキレるぞ!いいね!エル君……エル君?」

 

 彼等の品の欠片も無い会話、更に自分の眷属が公共の場で馬鹿にされてるのだ。自分の事には寛容の彼女も流石に堪忍袋の緒が限界を迎えていた。対面にいるエルに声を掛けるのだが、反応が無い。彼等から視線を外し、エルの方へ戻すと、ベルに対してキレていた彼がいた。額に黒い渦巻きの紋章、瞳は黒く染まり、オーラを発していた。比喩では無い。実際にオーラが出ていたのだ。

 

 ガチャン

 

 




 ご愛読ありがとうございました!

 原作と違いベルを助けたのはティオナで、ベートはそっち側にいたのでこういう展開になりました。アイズと違いハッキリと言いたい事を言えるので途中退場してしまいました。

 そして最後のガチャン。一体何の音でしょう?予想してみて下さい。

 次回はベートとアイズのくだりから始まるので楽しみにしていて下さい。
 


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決意

 今回は皆さんに感謝を述べたいと思います。

 前回投稿した8月18日。今作は1日で過去最高の3372UAを叩き出しました。日間ランキングでも5位と過去最高の数値です。それもこれも皆さんが呼んでくださり、お気に入り登録してくれて、高評価してくれたおかげです。本当にありがとうございます。

 何か気になる点や思った事があったらなんでも言って下さい。もらった感想は全て返信する様にしているので一方通行にはさせません。

 これからも皆さんに面白いと思っていただけるような作品を作っていきたいと思うのでよろしくお願いします。

 それでは、本編どうぞ!


 【ロキ・ファミリア】の会話は更にヒートアップしていた。

 

 「ベート、そもそもお前は奴の戦いを見ていないだろ。憶測や噂だけで物事を決めつけるのは二流のする事だぞ」

 「ならあんたは見たのか?」

 「それは……」

 「見てねぇよな!なら口出しすんじゃねぇ!俺はアイズに聞いてんだよ!どうなんだ!アイズ!!」

 「……」

 

 ベートはテーブルに足を掛けてアイズに問いただす。酒が回った彼を、最早誰も止められない。いや、正確には本気で止める気が無いというのが正しいだろう。確かにベートはレベル5の冒険者でオラリオでもトップレベルである。【ロキ・ファミリア】でも当然、上位の実力者だ。並の冒険者が止めるのは至難の技だろう。しかし、彼は決してNo. 1という訳では無い。現にこの【ロキ・ファミリア】には彼より上位であるレベル6が3人いる。1人目は、【ロキ・ファミリア】の団長でもある『フィン・ディナム』。そして、先程からベートを止める素振り(・・・)を見せている『リヴェリア・リヨス・アールヴ』。最後に、先程からこちらの様子を気にもせず、ひたすら好物の酒を飲み続ける『ガレス・ランドロック』。フィンは酒に酔い潰れて使い物にならないが、この2人が本気で止めようとすれば直ぐにでも止められるだろう。だが、そうしない。本気では止めようとしていないのだ。彼女達も思っているのだろう。口には出さないだけで、ベルやエルを低レベルの雑魚だと。

 

 そして問題はアイズ。彼女はベートからの問いに一切答えず、俯いたままだ。だがテーブルの下では、ひたすらに拳を強く握りしめる。彼女は怒りに震えているのだ。

 

 彼女がベートの問いに答えない理由は2つある。1つは彼女が口下手な事。もう1つは、この怒りを抑える為であった。彼女が見たエルは確かに実力が高いとは言えない。まだまだ粗く、甘く、隙を見せてしまう。まだ冒険者になって半月なのだ。当然である。しかし、雑魚なんかでは決してない。彼は間違いなく自分と一緒。強さをひたすら求める者だった。圧倒的力差を前にしても決して諦めない心。工夫して勝利への道を探す。自分がもし彼の立場であった場合、彼と同じ様に逃げずに戦う事が出来ただろうか?自分の剣がまともに皮膚を通らず、敵の攻撃は掠っただけでも大ダメージという無理ゲー。多くの人は、そんな奴に戦うだけ無駄だと。敵との戦力差も把握出来ない馬鹿だと罵るだろう。だが、常に動き続け、敵に狙いを定ませない様にしている彼が戦力差を理解していないとは思えない。つまり、戦力差を理解しても、逃げず、諦めないで戦ったのだ。9年冒険者をやっていても確信出来ない事を彼は成し遂げたのだ。彼は近い将来、必ず自分達に追いつく実力を身につけるだろう。そんな彼を馬鹿にしているのだ彼は。

 

 頭の中で色んな思いが渦巻いているアイズの無言を、ベートは自分の問いに対して肯定したと受け取った。

 

 「ま、聞かなくても分かってたか!ミノタウロスから逃げる事すら出来ない奴なんか雑魚中の雑魚だもんな!それとも雑魚すぎて記憶から消したか⁈正解だせ!正解!雑魚は強者に釣り合わねぇんだからよ!」

 

 アイズはその言葉にとうとう堪忍袋の緒が切る。彼を記憶から消す?あり得ない。それは今の彼女にとって最大限の侮辱だった。普段なら彼女の片手剣『デスペレード』がある右腰に右手を持っていき、ベートに対して爆発している殺気をモロにぶつける。ベートも普段なら気付くだろうが、彼は現在酔っ払って、全く気付いていない。彼女の殺気に気付いたのはリヴェリアとガレスに、こちらも酔っているフィン。酔っていても気付くのは流石は団長と言った所だろう。そして最後に、店の外にいたティオナとロキであった。アイズがベートを懲らしめようと行動に移ろうとしたのよりほんの一瞬早く動いた人物がいた。

 

 「お兄ちゃんは雑魚じゃない!」

 

 何を隠そう、エルよりも早く罵倒されていたベルだった。

 

 

 〜ベルside〜

 

 シルに誘われて来たこの酒場は本当に良い店だ。店員は可愛いし、料理は美味い。そして何より憧れの人物であるティオナが所属している【ロキ・ファミリア】の行きつけの店である事が分かった。つまりこの店にくれば彼女の会える確率が高まる。確かにそれなりの値段はするが彼女に会えるなら安いものだ。それにそれがモチベーションとなり自分を強くしてくれるだろう。

 

 だが、そう思うと兄の顔が目に浮かぶ。『そんな考えで強くなる?笑わせるな。お前が強くなるのは一生無理だ。精々頑張って届きもしねぇ女の尻追っかけてろ』そう言われた気がした。ベルは首を振って幻想のエルを吹き飛ばす。

 

 「僕は僕なんだ。お兄ちゃんとは違うんだ」

 「どうしましたか?ベルさん」

 「い、いや。何でもないです」

 

 隣にいるシルは心配そうに見つめる。ベルは彼女に心配掛けまいとする。この賑やかな酒場に辛気臭い話は似合わない。だから今はエルとの事は忘れ、この場の雰囲気を楽しむ事にした。

 

 「おい馬鹿女!お前のあの話聞かせてやれよ!」

 「馬鹿女言うな!」

 

 獣人の人の言葉に彼女が反応する。ベルは直ぐに手をつけていた食事を止め、聞き耳を立てる。彼女が話が聞けるのだ。逃すなんて勿体ない事はしない。彼女が馬鹿女言われた事に少しイラッとしたが彼の話に集中する。

 

 「あの話って言ったらミノタウロスの件に決まってんだろ!」

 

 この瞬間、興奮して燃えていた心が一瞬にして凍ったのを感じた。

 

 それから、彼等は僕の醜態を暴露し、暴言を吐き続ける。勿論悔しかった。だが自分にそれを止める術を持っていない。彼等はオラリオでもトップクラスの冒険者。それに引き換え、自分は駆け出しも駆け出し。言い返す事すら出来ない。自分に出来るのはひたすら耐えるのみ。そんな自分の姿を表現するのにぴったりの言葉が思い浮かぶ。"惨め"、この一言に尽きる。

 

 (どいつもこいつも好き勝手言いやがって!しょうがないだろ!僕はまだ冒険者になったばかりなんだ!あんな化け物に勝てる訳ないじゃないか!)

 

 心の中で言い訳をする。『自分は駆け出しなのだから』と、『レベル1なのだから当たり前だろ』と逃げ道を作る。だが、それが逃げ道にならない事は彼自身が1番良く知っている。1番身近に、同時に冒険者になったのに、あの化け物に立ち向かった人を知っているから。

 

 「そういえばうちのお姫様もミノタウロスから駆け出しのガキを助けたんだってな」

 

 そして、まるでベルの心と同調したかの様に話題が他の人物へ移る。彼はその人物が誰なのか直ぐに分かった。

 

 「雑魚のお守りご苦労なこって。どうせそいつも無様に逃げ回ってたんだろ!泣き喚いてよ!あ、でもトマト野郎より酷いか。逃げる事も出来なかったんだから!」

 

 ベルはこれを聞いた時、最低ながらもこう思ってしまった。『ざまあ見ろ』と。自分に説教していた彼だって、自分と同じ周りから見たら同じ。結局の所彼等の様な強者から見れば、有象無象の雑魚である事に変わりない。志が問題なのではない。力を持たない事が問題なんだと。

 

 だが、それと同時に彼を雑魚と呼んだ獣人(以降ベート)に対して、心の底からムカついた。祖父が亡き今、彼を1番よく知っているのは弟である自分だ。小さい頃から彼の努力を見て生きてきた。祖父との修行。兄の頑張っている姿はとても輝いていた。彼こそ、自分にとって1番身近なヒーロー『英雄だったのだ』元々英雄譚が好きだった自分は、身近な英雄に憧れ、その修行に参加しようと思った事は何度もあった。しかし、その度に諦めた。周りから見ていた時は純粋に輝いていた光景が、いざ自分が実践しようと考えた時、とてもじゃないが自分には無理だとやる前から決めつけてしまった。だから努力という辛い道から逃げ、遊びという楽な道に走ったのだ。同じ修行でついていけない自分に失望したくなくて。

 

 (は、ははは。確かにお兄ちゃんの言う通りだね。逃げた僕と、戦い続けたお兄ちゃんじゃ比べる事すら烏滸がましいや。ベートさんの言う通り、僕は正真正銘雑魚だよ。辛い事から逃げ出した。今の僕は力も心もてんで話にならない。だから強くなる。誰よりも、ティオナ・ヒリュテさんよりも、お兄ちゃんよりも!誰にも馬鹿にされない位強くなって、ティオナ・ヒリュテさんに相応しい冒険者になる。それが僕の目標だ。僕だって男だ。どうせなら彼女の隣に立つじゃなくて、守れる人になりたい。お兄ちゃんからしたら不純かも知れないけど、強くなりたいって思いは本物だから許してね)

 

 ベルの目標が決まった瞬間であった。

 

 「ま、聞かなくても分かってたか!」

 

 ーそしてベートさんー

 

 「ミノタウロスから逃げる事すら出来ない奴なんか雑魚中の雑魚だもんな!」

 

 ー貴方は確かに強者です。それは間違いありませんー

 

 「それとも雑魚すぎて記憶から消したか⁈」

 

 ーでも、だからと言って何を言っても許される訳じゃないですよねー

 

 「正解だせ!正解!」

 

 ー情けない姿を見て知っている僕を馬鹿にするならいざ知らず、見た事もないお兄ちゃんを馬鹿にするなんて許さないー

 

 「雑魚は強者に釣り合わねぇんだからよ」

 「お兄ちゃんは雑魚じゃない!」

 「ベル……さん?」

 「?…………⁈」

 

 シルさんの言葉で自分が立っている事に、そして叫んでしまった事に気付いた。心の中で言ったつもりが思わず声に出してしまった。当然視線は僕に注目する。【ロキ・ファミリア】の視線が痛い。僕を『何だあいつ?』と思っているのだろう。特にベートさん。彼の目に恐怖する。まるで『何チョーシこいてんだ?』と威圧されてる様だった。僕は注目される恥ずかしさと、第一級冒険者の怖さにその場から逃走する。だがそれでも良かった。1番言いたい事は言えた。今はこれで良い。いつか面と向かって刃向かえる様に力をつけてやる。僕は防具を取りに帰らず、直接ダンジョンへと向かった。その時すれ違ったティオナさんに気付きもせずに。

 

 

 〜ティオナside〜

 

 ベートの言葉にムカついて思わず店を飛び出してしまった。

 

 「ああ、やっちゃったな。雰囲気壊しちゃったかな?でもベートが悪いんだから!あんな事言ったから!」

 

 ベルがお礼も言わずに逃げ出した事にその場で怒ったのは本当だ。あの時は助けたのに自分の顔を見るなり悲鳴を上げて逃げてくなんて失礼だなと思った。それをベートに馬鹿にされたから余計に腹が立ってしまったのも真実だ。

 

 しかし、館に帰ってから冷静に考えてみて、あれは仕方無かったと思った。5階層で戦っている様な冒険者にとってミノタウロスは恐怖以外何者でもない。そんなものに壁際まで追い込まれて自分が助けなければ死んでいたのだ。気が動転していても不思議では無い。だから決めていた。もし会ったら謝ろうと。自分達の所為でそんな怖い思いをさせてしまった事を謝罪しようと。

 

 それなのに今日、ベートはあの子を馬鹿にした。悪いのは全部自分達なのに。

 

 「ティーオナッ!そんな怒るなやって」

 

 どうやらロキが追っかけてきた様だ。

 

 「ロキ…」

 「ベートも酔っ払って口が滑っただけやし許してやってな」

 「ロキ…………いや、普段からあの馬鹿狼は似たようなもんだよ」

 

 ロキに言われて納得しかけてしまったが、冷静に考えて普段と変わってない事に気付く。ロキも舌打ちして小さく『バレたかッ』と言っているがバレバレだ。

 

 「ま、ベートも悪気がある訳じゃないからなぁ」

 「いや、悪気しかないでしょ。どう考えても悪気100%にしか聞こえないよ?」

 「あれはベートなりの励ましみたいなもんなんや。大目に見てぇな」

 

 あれの何処が励ましなのだろうかと思うティオナ。夜風に当たって大分興奮していた気持ちが落ち着いたが、今更あの場に戻る気にはなれず星を見ていた。そんな時、店から1人の少年が飛び出すのが見えた。しかも、あの時の少年だった。つまり彼はベートの暴言を全て聞いていた事になる。

 

 「あ、ちょ………」

 

 彼に謝罪する為、呼び止めようとしたが、途中で止める。

 

 「ん?どうしたんや?ティオナ」

 「ううん、なんでもない」

 

 何故なら、彼が上を向いていたから。まるで何かが吹っ切れたかのように走り出していたから。彼の歩みを止めるべきではないと判断したのだ。

 

 (謝んのはまた今度でいいかな?)

 

 星空を見てティオナはそう思った。

 

 

 ガシャン!!

 

 

 

 




 ご愛読ありがとうございます。

 今回は主人公以外からの視点でお送りしました。少しビビったんですよね。今回の話でベル視点を書こうとしていたら、感想でベル描写無さすぎ!って言われてしまって。やろうとしたのに⁈ってね。

 まぁベル強化させるつもりなので、その時は自然とベルに焦点当てるつもりなんでしたけどね。ただそれがまだ来てなかったって感じです。

 前書きにも書きましたが、思った事があればじゃんじゃん感想に書いてもらって構いません。ネタバレなど以外はお答えするつもりなので安心して下さい。

 次回はとうとうエルの怒りが爆発します。……多分。またね!

 


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闇の扉は開かれた

 〜ヘスティア&エルside〜

 

 「ベル君が食べに出かけた店ってここだったんだ」

 

 まさかこの場にベルがいるとは思っても見なかった。彼からしたら今日は史上最悪の1日だろう。ミノタウロスに命を狙われ、命からがら生き延びた。恐らく彼が求めていたのは労いや祝福の言葉だっただろう。みんなから暖かい言葉を掛けられてミノタウロスに襲われる恐怖を忘れたかっただろう。想い人の話をしたのもそれだ。それなのに自分に向けられたのは非難の声。自分なりの一生懸命を他ならぬ家族からの駄目だし。そして、気分転換にと来た店では止めの辱めを受ける。冒険者を続けられるかを通り越して、人生を続けられるかのレベルだろう。

 

 ヘスティアはなるべく他のファミリアと問題も起こさない様に、ベルやエルへの罵声を我慢してきた。それは、【ヘスティア・ファミリア】が零細ファミリアだからだ。しかも相手はオラリオトップレベルの【ロキ・ファミリア】。象に対して1匹のアリで戦いを挑む位に無謀なのだ。しかし、それが結果としてエルの心をズタボロに切り裂いただろう。もし、この場にいるのが自分だけなら、真っ先に彼の責任者であるロキを見つけ出し、店に連れ戻して、彼と同じ様にみんなの前で天界でのロキの醜態の暴露大会を決行していただろう。だが、今はそうも言ってられない。この場を離れる事は非常に危険だと彼女の神としての勘が言っている。

 

 「エル君、落ち着いて。怒りを鎮めるんだ」

 

 現在のエルはこちらが話しかけても返答が無い。彼女のする事はまず彼の怒りを沈める事だ。。彼をこのままにしてはまずい。

 

 「……べ………ル…?」

 

 エルの言葉がおぼつかない。怒りに呑まれそうになっている。だが、言葉を喋らない状態からベルの名を口にした。さっきのベルの叫びが彼に届いたのかも知れない。それ故にヘスティアは焦る。

 

 (どうしよう。ベル君は店を飛び出しちゃったし、エル君を放っておく事も出来ないし。それにしてもまさかだよ。エル君の性格から少し危ない雰囲気はあったけどこれ程とはね。ベル君が貶されて苛立ち、自分が馬鹿にされてガチギレ。これじゃ君の方がよっぽど幼稚だよ。精神的に幼かったのはベル君よりも、エル君だったのか)

 

 「そうだよ。ベル君が勇気出して立ち向かったんだ。君が今どう言う状態か分からないけど負けちゃ駄目だ!」

 

 ヘスティアに今出来る事はただ語りかける事だけだ。

 

 

 〜エルside〜

 

 「ここは………何処だ?」

 

 エルが現在いるのは彼の精神世界。彼の精神状況によってどの様な状態にもなる。そして現在は黒。真っ黒。光が一切差し込まない闇の世界だった。

 

 彼があまりに幼稚なのは、魔神族という種族が関係している。魔神族は寿命は長く、千年以上生きる。そして身体の成長だが、自分で行動出来るある程度(8〜9歳程)は人間と同じ速度で育つ。しかし、それに精神の成長が人間の様に追いついている訳では無いのだ。彼等にとって200歳過ぎる辺りが成人なのだ。そんな彼等にとって15歳とは、人間に例えると園児に等しい。対等な力を持つ者がいない事で全力で遊ぶ事が出来ず、つまらなそうにしているのを、周りは『落ち着いていて大人びている』と勘違いしていたが、本来は楽しい事は全力で楽しみ、気に入らない事があると怒る子供なのだ。

 

 魔神族は精神的に強い種族でもある。だが、それは決して産まれた時から優れている訳ではない。魔神族の子供は些細な事で自身の闇に呑まれる。その闇に呑まれ無い様に、簡単な事で動じない精神力を後天的に身につけていくのだ。闇の呑まれた魔神族は、己の魔力と体力が尽きぬ限り暴れ回るのだから。

 

 今までこうならなかったのは祖父のお陰が大きい。エルは祖父にとても懐いていた。全力で遊べる相手がいないエルにとって、祖父が1番親しい友となった。修行の時間、祖父と過ごす時間が彼にとって最良の時間だった。祖父は度々エルを馬鹿にするものの、加減を分かっている。平たく言えば飴と鞭が上手いのだ。悪口を言ってエルの闘争心を煽り、褒める時はとことん褒める。だから口こそ悪くなっても嫌いには一切ならなかった。祖父が子供らしかったのも友達感覚で接する事が出来て、エルには良かっただろう。兄という役職を押しつけられる事も無かった。何でもかんでも、兄なのだから、兄なのだからと望まぬ我慢を押しつけられる事も無かった。祖父は2人を兄弟としてではなく、平等に育てた。だからエルは兄という役職を受け入れたのだ。誰かに決められるのではなく自分で。

 

 もし祖父が違ったら、エルの暴走はとっくに起こっていただろう。兄を押しつけられた時。下手な優しさ発揮され、修行時に手加減された時。逆にバリバリの体育会系の様に怒鳴り散らし、エルのストレスが爆発した時。その他様々な事がきっかけで暴走していただろう。

 

 「うぅ………がぁ……」

 

 それでも暴走に抗っているのは、ベルのあの一言だろう。怒りに飲み込まれていたエルがいたのは、何も見えない無の空間。何処がゴールかも分からず、ただ徘徊するしか無い。その空間にベルの言葉が響いたのだ。それは、暗闇に差し込んだ一筋の光だった。エルは直ぐに理解した。ベルがあの男の暴言に一言言ったのだと。あのベルが立ち向かったのだ。現在の力では例え逆立ちをしたって敵わない相手に向かって叫んだのだ。自分の訳もわからない力なんかに負けていられない。

 

 「何だ?急に叫んだと思えばあの時のトマト野郎か?」

 

 しかし、その想いを無にするかの様にベートの暴言は止まらない。

 

 「てかお兄ちゃんとか言ったか?アハハハッ!弟に助けられてやがんのかよ!それじゃ世話ねぇわ!雑魚弟に庇って貰って恥ずかしくねぇのか⁈俺なら死にたくなるなぁ!」

 

 ガシャン!!

 

 淡い光の一本道がまた闇に塗りつぶされてしまう。これでまた出口が分からなくなってしまった。もう闇に囚われているエルにはベートの発言など全く聴こえていない。闇自体が暴走しているだけだ。闇が自立して判断しているのだ。宿主が貶されているのだと。

 

 

 エルside終了

 

 「アハハハッ、はぁ。なんか笑いすぎて疲れたぜ。じゃあ質問変えるぜアイズ。あのガキと俺、ツガイにするならどっちがいい?」

 

 それはもう告白だった。酔うと人はここまで本性を暴露してしまうのか。だがら先程まで散々性格の悪さを露呈した後にこの告白。答えは分かりきっていた。

 

 「ベートさんだけはごめんです」

 「無様だな」

 「黙れババァッ!」

 

 アイズもベルの発言に救われた1人だった。あの発言があったお陰で一旦冷静になる事が出来た。ベートへの怒りは収まってないが。

 

 「じゃあ何か?お前はあのガキに好きだの抜かされたら受け入れるのか?」

 

 アイズは思わず顔を赤らめる。口移しを思い出してしまったからだ。あの時は助けたくて必死だったとは言え、思い切った事をしたと自分でも思う。

 

 そもそも、何故彼をあそこまでして助けたかったのか。まず自分達のせいで、そして自分の勝手な我が儘で助かる命を奪い兼ねなかったからだ。だが、それだけで唇を許す程の事ではない。1番は彼の戦闘に惹かれたからだ。今思えば、自分は彼に父の姿を重ねていたのかも知れない。父と同じ様に、絶対に勝てないであろう敵から命をかけて片目を奪った所までそっくりだったのだから。だが、重なっただけだ。彼はまだまだ弱い。

 

 告白の事だが、受け入れるかと聞かれればノーだ。そんな余裕は無い。自分の目的を果たすまで、他の事へ考えられない。自分は青春を全て『父と母を救う事に捧げた』だから。確かに自分と同じ様に強さをまとめている彼とは気が合うだろうと思うが、そんな事にうつつを抜かす暇は無い。1分1秒も早く助け出すと決めたのだ。だが、もし全てが終わった後。私も彼も成長して、私の英雄になってくれるのなら……

 

 

 【ロキ・ファミリア】の面子は驚愕する。ベートの告白同然の問いにアイズが即答でお断り。ここまでは大方予想通りであった。しかし、その後の問い。もし助けた子に告白されたら?この質問をされた彼女は即顔を赤くした。これにはリヴェリア以外は大方含んでいたものを吹き出しそうになった。それを見た彼らはコソコソと噂をする。

 

 『何だ⁈あの赤らめ方』

 『まさか⁈』

 『い、いや無いだろ』

 『ただ純情なだけだよな』

 

 彼の意見は、彼女がこう言う話に慣れていないだけなのだと決まった。それならベートへの即答は何なのか?と思われるが彼らは都合の悪い風に考えない。しかし、その後の少女の様な(まだ少女)微笑みを見た彼らは現実を突き付けられたかに思えた。『あ、これ確実に脈アリだわ』と。

 

 だがベートは違った。そもそも彼の酔い具合は半端無く、もうぶっ倒れる寸前である。そんな彼はアイズの顔をハッキリと捉えられていない。その為、アイズの今の表情を認識出来ていないのだ。

 

 「そんな筈ねぇよな!気持ちだけが空回りした軟弱野郎にお前の横に立つ資格なんてねぇ!他ならぬお前がそれを認めねぇ。雑魚じゃあアイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねぇ」

 

 周りは『アイズの表情を見て良くそんな事言えるな』と意見が一致する。少なくとも意識はしているのはベート以外はバレた。それを見た男性陣は血涙を流し、女性陣は近いうちに女子会をしようと話し合っていた。

 

 ガゴンッ!!ゴ ゴ ゴ ゴ 

 

 だが、彼の言葉は本来レベルの昇華でしか解放できない封印の扉を1つではあるが、無理矢理抉じ開けるまでに怒らせてしまったのだ。

 

 エルが放っていた黒いオーラは勢いよく彼の体を囲む様に高速で回転しだす。高速で回転した事で風が生じ、近くにいたヘスティアは吹き飛ぶ。風の真ん中にいるエルの上半身の服は斬り刻まれる様に弾け飛ぶ。【ロキ・ファミリア】は周りの騒ぎ声と風によって事態に気付く。

 

 「何だ⁈魔法か⁈」

 「こんな所で魔法なんて⁈」

 「彼は⁈アイズ!」

 「⁈」

 

 オーラはエルの周りを高速で回転し出すと、衣服の様に纏われた。極め付けは彼の額痣。額全体を覆う禍々しい渦状。エルを知っているアイズは、目の前の男があの時に助けた彼と同一人物とは思えなかった。

 

 「なんや⁈なんの騒ぎや⁈」

 「なんなの⁈アレ⁈」

 

 外にいたロキ達も店の騒ぎを聞き戻って来た。

 

 「何したんだよ⁈」

 

 【ロキ・ファミリア】の下っ端が騒ぎを止めようとエルに近づく。エルはそれをビンタで店の外まで吹っ飛ばした。彼は下っ端と言ってもレベル3。レベル1のビンタで吹っ飛ばされれる人物では無い。明らかに今までのエルとは違っていた。彼等は仲間がやられた事でスイッチが入る。女将であるミアもエルを止めようと厨房から出てくる。

 

 彼が見ている人物はベート1人。

 

 「下賤な人間風情が俺を愚弄するなど万死に値する。俺はエルアコス。最強の魔神だ」

 

 もうエルでは無い。ただの殺戮兵器の魔神だった。

 

 




 ご愛読ありがとうございました。

 とうとう怒りが爆発したエル、もとい、最強の魔神。ひたすら暴れる魔神を止めるため彼等は一度店を飛び出す。一体どうなってしまうのか?

 次回も楽しみに! 

 眠い


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 皆さん元気にしてますでしょうか?

 今回過去最長かも知れません。それでも今回の話は作者自身気に入った出来ですので楽しんでくれると幸いです。

 では本編どうぞ!

 ー注意ー

 今回七つの大罪の設定を話しますがオリジナル要素を追加しているのでご注意を。今回に限り七つの大罪と設定が違うぞなどという感想は受け付けないので悪しからず(設定改変は今回以外もあるのでご注意を)。


 「俺はエルアコス。最強の魔神だ」

 

 魔神族、彼等にとっては聞き覚えの無い種族。少なくともオラリオにその様な種族の人物は存在しない。

 

 「リヴェリア、アイズ。さっきの彼を見つけた時の反応。ひょっとして彼を知っているのか?」

 

 フィンが尋ねる。その問いに、リヴェリアが答える。

 

 「……信じられないかも知れないが、彼はさっきまでの会話にあったアイズが助けたという少年だ」

 「何じゃと⁈」

 「有り得ない。あの力は確実に僕達と同格だぞ。たった1日でここまで強くなったとでも言うのか⁈」

 

 そんなのリヴェリアだって信じられない。直接戦闘を見たアイズが1番自分の目を疑っているだろう。雰囲気も、力も、何もかもが違っている。

 

 【ロキ・ファミリア】とエルアコスが睨み合ってる中、1番最初に動いたのは、女将のミアだった。

 

 「あたしの店でこれ以上騒ぎを起こすんじゃないよ!」

 

 魔神の首根っこを掴み店外へ放り出そうとしたが、魔神はミアの手を避けた後、彼女の頸を回し蹴りし、意識を奪う。魔神を外に出すどころか、ミアが店外に放り出される結果となってしまった。これにより、ミアの力を知っている面子は驚愕する。いくら戦線から離脱してそれなりに経っているとはいえ、彼女はレベル6の元冒険者。所属ファミリアから半脱退状態とはいえ、その力は健在だ。冒険者をやっていた当時から腕力と耐久が自慢だった。だが、それでもレベル6。速さも並以上だ。その彼女の攻撃を躱すスピードに、彼女の意識を刈り取る攻撃力。警戒心は一気にMAXへと上昇する。

 

 「ミア母さん⁉︎」

 「ドワーフ風情が俺に触ろうとするんじゃねぇ。おこがましいぜ」

 「⁈彼をそこら辺の冒険者と思うな!階層主を相手にする時と同等に警戒しろ!」

 

 流石団長だ。彼の緊迫した一言により、【ロキ・ファミリア】の顔付きが変わる。酔っていても指揮力は健在だ。そんな彼等の視線を魔神は鬱陶しく思う。ベート風に言うなら『雑魚共が、群れたぐらいどうにか出来ると思っているのか?』。

 

 「邪魔だ。貴様ら有象無象に用は無い。あるのは先程まであろう事かこの俺を愚弄したそこの駄犬だけだ」

 「ああ⁈テメェ、ちょっと姿変わっただけで調子乗ってんじゃねぇぞ!」

 「ベート⁈よせ!」

 

 駄犬と言われた事に腹を立てたのか、フィンの忠告も虚しくベートは持ち前の脚力で距離を詰める。そのままジャンピングハイキックで彼の顔目掛けて蹴り込む。ベートの脚力はオラリオでもトップクラス。流石にこれは防御出来ずに決まったかと思われた。

 

 「遅い」

 

 魔神は服の様に纏っていた闇を自在に操りベートの蹴りを止めたのだ。衝撃で足が後退する事無く、完全に勢いを殺していた。衝撃を地面に受け流したらなどしていない。ただベートの蹴りが彼にとってそれくらいでしかなかっただけなのだ。

 

 「な、に⁈」

 

 だがベートにとっては予想外の出来事。自分の蹴りがいとも容易く止められた事で動揺してしまい、一瞬硬直してしまった。魔神はその一瞬の隙を見逃してくれなかった。ベートにアイアンクローを決めると、そのまま床に叩きつけた。手を放すとベートは立ち上がろうとするが、魔神はそれを許さない。立ち上がろうとするベートの頭を踏みつけたのだ。

 

 「簡単には死なさん。貴様が自ら許しを請いてくるまでその精神をジワジワとなぶり殺しにしてくれる。息の根を止めるのはそれからだ」

 

 ベートは必死に彼の足を振り払って立ち上がろうともがくが意味をなさない。【ロキ・ファミリア】の面子は信じられないものを見てるかの様だった。かつて、これ程までなす術がないベートを見た事があっただろうか?

子供扱いされているベートを見た事があるだろうか?

 

 「ぐうおおおおお!!」

 「さっさと俺の足を退かせてみろ。それとも何か?お前はこの状態から立ち上がる事すら出来ないのか?弱いな、貴様」

 「ティオネ!ティオナ!アイズ!」

 「はい!団長!」

 「その足を退かせぇえ!」

 「……!」

 

 フィンが名前を呼ぶと3人はベートを助け出す為、3人同時に突撃する。魔神はそれに気付き、ベートの攻撃を防御した時の様に闇で防ごうとするが、防げたのはティオネとティオナの2人分。アイズの全力の裏回し蹴りはエルアコスの頬をクリーンヒット。店の壁まで吹っ飛ばされる。それによりベートの拘束は解かれ、ティオネがベートを抱えて後退する。

 

 「レベル3以下のレフィーヤ以外の団員は今すぐに僕達の武器を持ってこい!」

 「武器ですか?」

 「そうだ!早く!」

 「は、はい!」

 「ティオネはベートを抱えて今すぐにこの店を出て闘技場へ行け!彼の狙いはベートだ!それと誰か1人は【ガネーシャ・ファミリア】に行け!闘技場の使用許可を貰うんだ!」

 

 フィンはこの場で戦うのは得策では無いと判断したのだ。元の彼がどう言う人物か知らないが、今の彼は明らかにまともじゃ無い。ベートを殺す為なら何だってやるつもりだ。周りの人物を巻き込み兼ねない。武器を持って来させるのは戦闘を有利に進める為。そして最悪の場合を想定してだ。生捕にするのが望ましいが、それが無理だと分かったらやむを得ない。

 

 「ああ⁈ふざけるな!俺に逃げろって言うのか⁉︎」

 「指示に従えベート!団長命令だ!残りのメンバーも闘技場へ向かえ!」

 

 ベートはこの指示に納得していない様子だ。だが、そんなのは関係無い。今のベートでは絶対に勝てない。ベート1人では、彼が言う様になす術も無く、ジワジワと苦しめられて殺されるだけだ。それは万全でも変わらない。彼の正確な強さは未知数だが、全員で挑めと自身の勘が言っている。ベートを一旦逃し、餌として誘き寄せる行為は彼のプライドを傷つけるだろう。恨まれるかも知れない。それでもいい。死なれるよりマシだ。

 

 「ならワシは残るかの。フィンとリヴェリアはメンバーを連れて闘技場へ向かえ」

 「ガレス……」

 「フィン、今のお前はこの場にいても意味をなさん。闘技場で戦闘を行うなら必ず必要になる。リヴェリアもじゃ。お前の魔法はこんな所で撃つものじゃない。残るのはワシだけで十分じゃ」

 「ガレス……済まない」

 「行く途中に水を飲んで少しでもアルコールを抜くんじゃぞ」

 「分かってる!行くぞ!」

 

 フィン残ってるメンバーを連れて闘技場へ向かう。しかし、それでも残っているメンバーが2人。ティオナとアイズだ。

 

 「何じゃ?お前らもさっさと行かんか」

 「ガレス1人じゃ足止めするのも厳しいんじゃない?私達がいた方がいいでしょ」

 「全く、生意気なガキじゃ」

 「私も、彼に話がある」

 

 ガラッ

 「」ビクッ

 

 壁まで吹っ飛ばされたエルアコスが再び動き出す。

 

 「チッ。細かい操作はまだ無理か。っていうか闇操作するの初めてなんだがな。お陰であんな見え見えの攻撃を食らっちまったが」

 

 アイズの裏回し蹴りが顔面にクリーンヒットしたはずなのに、まるで蚊に刺されたみたいに蹴られた箇所を掻く魔神。しかも恐ろしい事が、アイズの攻撃で壁まで吹っ飛ばされたのも偶然なのだ。彼はあの時、3人の攻撃を全て闇で防御しようとした。しかし、闇の操作に慣れていない魔神はアイズの分の防御を失敗。そのため本体で防御するのも、攻撃に耐える為に踏ん張るのもしなかったが為に壁まで吹っ飛んだのだ。

 

 「ん?あの駄犬はどうした?」

 「ベートなら逃したぞ」

 「なに?……まぁいい。そこをどけ」

 「嫌じゃと言ったら?」

 「潰す」

 「待って」

 

 そのまま戦闘に突入しようかという所でアイズが一時中断させる。それに対してティオナ達は疑問の表情を、魔神は邪魔されてイラついていた。

 

 「なんだ、小娘」

 「貴方、何者?」

 「……俺に2度名前を言えと言うのか?小娘。俺はエルアコス「違う」…何?」

 「貴方は彼とは違う。あの時見た彼とは、ミノタウロスに命懸けで立ち向かっていた彼とは違う。一体貴方は誰?彼の何なの?」

 「……………」

 「アイズ!今はそんな事言ってる場合じゃないよ!あいつを倒す事を考えて!」

 「そうじゃアイズ!集中しろ!」

 

 アイズは真剣な表情でエルアコスを見つめる。魔神はアイズの問いに対して無言。そんな彼に奇襲をかける者がいた。

 

 「「「「ミア母さんの仇!」」」」

 

 それは『豊饒の女主人』の店員であるリュー・リオン、アーニャ・フローメル、クロエ・ロロ、ルノア・ファウストの4人だった。この4人はウエイトレスながらも全員レベル4の上級冒険者だ。奇襲をかけるタイミングも、魔神がアイズの問いに戸惑いを見せた一瞬を誰も見逃さない完璧なタイミングであった。更に、それにタイミングを合わせてアイズ達も魔神に突撃。計7の同時攻撃だ。3人の攻撃を防げなかった彼には防げる訳ない。そう思った彼等だったが、

 

 「目障りだ。全員潰れろ」

 

 そう魔神は言うと7人全員を闇で地面に押し潰す。まるで重力魔法の様に。

 

 「ぐああああああ‼︎‼︎」

 

 彼等に降り掛かる圧力はとんでもない。彼の言う通り文字通り物理的に潰される。リュー達店員は数秒で意識を持ってかれた。ティオネ達も何秒意識を保っていられるか分からない。

 

 「ぐ、いいのか……貴様。………ワシ達が死んだらベートの居場所が分からないままじゃぞ」

 

 ガレスは心理戦を仕掛ける。普段はそんな事一切しないが、この状況でそれは言ってられない。魔神が自分達を殺すのを躊躇ったその隙を狙う。そうでなきゃ、自分がこの場に残った意味が無かった。しかし相手は未知の種族。自分達の常識を平然と超えてくる。

 

 「貴様ら下賤な種族と俺を一緒にするな。あいつの魔力は既に覚えた。貴様らに案内されなくても居場所は分かる」

 「なん………じゃと⁈」

 

 自分達も魔力を感知する事は出来る。しかし、それはその人物が魔法を詠唱している時だ。詠唱もしていない時の内なる魔力等感知する事は出来ない。エルフの王族であるリヴェリアでもだ。

 

 「話は終わりか?ならさっさと堕ちろ」

 

 そう言って更に圧力を加える魔神。それによりティオナ、ガレスは意識を刈り取られた。

 

 「この俺に余計な手間掛けさせるな」

 

 魔神はベートを追う為に店の外に出ようとすると、また彼を止める声があった。さっきより弱々しいが、それでも必死さは伝わる。振り向くと、こちらに手を伸ばしているアイズがいた。

 

 「待って」

 「……驚いたな。あれに耐えるとは」

 「………嘘。全然、本気じゃなかった」

 「………」

 

 ガレスに耐えられない攻撃を自分が耐えられる訳が無い。理由は知らないが彼はアイズに対してだけ手加減したのだ。不審な点はそれだけでは無い。あれだけ邪魔した奴を殺すと言っておきながら、誰一人として死者は出ていない。彼の言葉と行動に一貫性が無いのだ。

 

 「目的は何?」

 「言っただろ。俺の目的はあの駄犬を殺す事だ。それ以外に興味が無い。殺す興味もな」

 

 彼は余計な死者を出す気は無いらしい。だが逆に、ベートだけ何があっても殺す気だと言う事だ。

 

 「貴様、俺が何者か尋ねてきたな。エル(・・)を助けてくれたお礼だ。特別に教えてやる」

 「エルを?じゃあ貴方は?」

 「俺もエルだ。だがエルの主人格じゃない。言うならばエルアコスの闇だな」

 「エルの闇?」

 「ああ。俺達魔神族は種族としての能力として闇を持っている。闇はさっきみたいに攻撃に使用したり、防御する事も出来る。怪我すれば闇で覆い、直す事も出来る。体を切断されようが首を飛ばされようがな」

 

 闇の能力に絶句する。そんなのチートだ。無敵ではないか。ならどうすれば魔神族死ぬと言うのだ。

 

 「だが、そんな闇も弱点がある」

 「弱点?」

 「精神が暴走しやすいんだ。今回のように誰かに我慢の限界以上に馬鹿にされたりすると精神が暴走し、こうして闇が暴れ出す。俺はエルの闇の人格だ。こうして暴走した時に表のエルに代わって俺が行動する。エルの感情に従ってな。一般の魔神族とかなら闇の人格は無く、ただ暴れ散らして辺りを火の海にする事ぐらいだが、俺は魔神王によって産まれた最強の魔神だからな」

 「……私の所為だ。私があの時止めなかったから」

 「貴様の所為ではない。全てはあの駄犬の所為だ。それに暴走しかけて外に出掛かった時から見ていたが、貴様はあの駄犬に怒りを覚えていた。それこそあと少しで殺そうかと思うくらい」

 「……」

 「あの時、あの駄犬に本気で怒ってくれていたのはそこで寝ている神と貴様だけだった。エルに代わり感謝する」

 「私は、別に」

 

 アイズはエルの闇と名乗るこいつ(以降ヤミ)と話してて分かった事がある。多分ヤミは根が悪い訳じゃない。殺すと口では言っても気絶で済ませるし、素直に感謝をする事は出来る。話も通じる。恐らくヤミが悪い奴ではないのは、主人格のエルの性格に引っ張られているのだろう。確かに今回の件は行き過ぎている。だが、ヤミがこの性格ならもしかしたら大事にならないで済むかも知れない。話が通用する相手ならば説得出来るかもしれないからだ。

 

 「ベートさんを殺す事を止める事は出来ない?」

 「無理だな」

 

 アイズの問いに即答するヤミ。希望が散った瞬間である。

 

 「闇が暴走するのは必ず理由、目的がある。暴走が収まるのは2つ。目的を遂行したか、そして戦闘不能に陥るかだ。今回の場合は駄犬を殺す事。貴様らが俺を倒さない限り、あの駄犬を俺が殺すまで俺は止まらない」

 「そんなの……」

 

 無理だ。彼には闇の能力がある。不死身にも等しい能力が。そんな相手にどうやって戦闘不能まで追い詰めればいいのだろうか。

 

 「不可能ではない。闇は傷を再生する事は出来るがダメージは残る。それに再生には体力も使う。普通の人間なら致命傷と思える傷を何度も負わせるか、もしくは心臓に大きなダメージを負わせれば気絶に追い込む事は可能だ」

 「なんで?」

 「ん?」

 「何で私にそんな事教えるの?貴方はベートさんを殺す気なんでしょ?」

 「そうだな。暴走状態の俺はこの感情を変更する事は出来ない。それでも話そうと思ったのはな。貴様が、いや。お前がエルを好きでいてくれているからだ」

 「⁈」

 

 闇の一言に一気にアイズは顔を赤くする。

 

 「駄犬にエルに告白されたらどうすると問われた時の貴様の表情でモロ分かりだ」

 「ち、ち、ちが……プシュー」

 「お前には分かっていてもらいたかったのかもな。エルは魔神族特有の闇が暴走しただけなんだ。エルだってこんな事を望んでいない。お前ら人間もあるだろう。人に悪口を言われて心の中で思わず『死ね』と思う事が。それを人間は行動に移さなくても、他の事をして気を紛らす事が出来るだろう。だが魔神族でそれは難しいのだ。魔神族だが、人間として育てられてきたエルは特に、感情の抑制が出来ない。千歳を生きる魔神族にとって15歳なんでのは幼児に等しい。それ故の暴走なんだ」

 

 ヤミの目から涙が溢れた。その涙を見てアイズはエルに、ヤミに同情してしまう。彼等にもどうしようもないのだ。本当はこんな事したくない。ベートの暴言により、彼等は暴走に苦しんでいるのだ。自らの血に苦しんでいるのだ。

 

 「俺の事は許さなくていい。だが、エルの事を恨まないでくれ。嫌いにならないでくれ」

 「……うん」

 「なら良い。もしこの暴走がどう言う形であれ終わったら。俺は、エルは処罰を受けるだろう。だが、魔神族が死ぬ条件を知らないお前らはエルを処刑する事は恐らく出来ない。監禁されるだろうな。だがエルは訳も分からない状態だろう。今の記憶はエルに引き継がれないからな。だから、訳も分からない罵倒、処罰に苦しむだろう。もしそうなった時、たまにでいいからエルに会ってやってくれ。エルは命を助けてくれたお前を意識している。必ず越える相手として。そんなお前が会ってくれたら暴走する可能性も減ると思う。頼む」

 「まるで、お父さんみたいだね」

 「まぁ似たようなもんだろうな。エルが産まれた時から俺はエルを知っている。話しかける事は出来ないがな」

 

 

 

 ヤミは店を出ると羽を広げる。アイズを抱えながら。

 

 「凄い。ヤミって本当になんでも出来るんだね」

 「それは俺の事か?それとも闇の能力の事か?」

 

 あの後、アイズは彼をヤミと呼ぶ事になった。それにしても名前も能力も同じヤミ(闇)だから会話では分かりにくい。

 

 「両方」

 「そうかよ。てか本当について来るのか?戦闘になったら暴走してる俺は止められないぞ。闇で押し潰した時に手加減出来たのだって無意識にエルがお前を守ったからだ。俺が手加減した訳じゃない。次もそうなるとは思えねえ」

 「いいの。話聞いてて思ったから。助けたいって。エルも、ヤミも」

 「そうかい。後1つ言い忘れてた」

 「何?」

 「もしエルの刑が軽くて外で会えたら精神を鍛えてやってくれ。2度と暴走しないように」

 「でも、そしたらヤミは?」

 「大丈夫だ。元々俺は表に出ない方が良い」

 「…………うん。分かった。見守っててね」

 「ああ」

 

 




 ご愛読ありがとうございました。

 闇は本来悪い奴ではありませんでした。それでも暴走した場合は決められた目的をこなさなければいけません。そう言う運命を背負った感じですね。

 てか、なんかアイズと闇が仲良いですね。エルがアイズと仲良くなる前に仲良くなりやがって闇!

 次回は本格的なロキ・ファミリアの全面戦争ですね。楽しみにして下さい!

またね!
 


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戦争開始

 お久しぶりです。

 少し間が空きましたね。これからロキファミリアとの抗争とかしている間は更新ペースが遅れるかも知れません。戦闘描写なので内容を練るのが難しいので。

 後、アンケートですが29日の日曜日に打ち切らせてもらいます。

 では本編どうぞ!


 ヤミが闘技場に辿り着いた時は、既に【ロキ・ファミリア】は武器を揃えて、更に防具まで揃えていた。ヤミが手加減してたり、アイズと話してチンタラしている間に彼等は万全の状態へ仕上げていた。酒場にいたメンバーだけでなく、今回はホームで留守番をしていたレベル4.3のメンバーも集まっていた。

 

 そんな彼等を見てもヤミは一切の動揺もしない。雑魚が何人集まろうと変わらないと思っているのだ。彼等が待つ地上へヤミは闇の翼を広げて堂々と降り立つ。地上で待つ彼等を見下ろしながら。月明かりをバックに降り立つその姿は、まるで鉄槌を下さんと舞い降りた堕天使の様だった。

 

 ヤミは抱えているアイズを解放し、自分の居場所へと返す。これは元から決めていた事だ。彼女がこちら側についていたら、事態が収集した後にエルだけでなく、彼女の居場所まで無くなってしまう。それは避けた方が良い。彼女も誰一人として死者を出さずにヤミを倒して、少しでも彼等の刑を軽くする事を目的としている。お互いの目的の一致だ。

 

 「アイズ、大丈夫だったか?」

 「うん、私は」

 「アイズ!良かったぁ!」

 「アイズさん!」

 

 アイズはフィン達の元に戻ると、まず無事だった事を皆から祝福される。それだけ彼女はこのファミリアの中心人物なのだ。しかし、彼等は直ぐにこの場にアイズしか来なかった事に最悪の事態が頭によぎる。中でも1番動揺していたのはティオネだ。妹が残り、そして帰ってきていない。

 

 「ねぇ、アイズ。………ガレスや、ティオナは?」

 「闇……彼にやられて寝てる。気絶させられただけで死んではいない」

 「あぁ、良かったぁ〜」

 

 ティオネは妹の命が無事である事を知らされ、心の底から安堵する。だが、闇へのの怒りは消えた訳ではない。むしろ逆。気絶させられたと言うことはティオナが傷つけられたと言うこと。その原因は誰がなんと言おうとヤミだ。自分の唯一の肉親を傷つけた罪は重い。ティオネは彼に殺気をぶつける。闇がここに来る前にフィンはみんなに伝えていた。『武器は確かに用意させたが、なるべく生捕が望ましい』と。だが、こうとも言っていた。『君達の命が危機に晒された時、やむを得ない場合は仕方がない』と。つまり殺しても文句は無いと言う事だ。ベートはあんなだが、仲間だ、家族だ。家族が殺されそうになって黙って見てるなんて出来ない。人を殺す事はトラウマで抵抗はあるが、家族が狙われてるなら話は別だ。なんの躊躇も無い。

 

 ヤミも彼女の殺気にはいち早く気付いていた。しかし、気付いた上で無視する。気にも留めない。彼女の殺気など、彼にとって無意味。その程度の殺気では、萎縮などする筈も無い。

 

 (貴様の殺気など、あの男の殺気に比べたら赤子も同然だ)

 

 ヤミが思い出すのはエルや自分が産まれて数分でぶつけられたあの強大な殺気。エルはまだ自我が無く、覚えていないだろうが、自分は産まれた時から意識がハッキリしていて、今でも昨日の様に覚えている。忘れたくても忘れられない恐怖。自分が表に出る事は無かったがエルの中で思い知らされた。『この世の悪の権化が目の前にいる』と。

 

 魔神族の長で、彼らにとって神として恐れられている魔神王。その彼の殺気を、赤子とはいえモロともしないエル。あの男に殺されそうになった時もだ。魔力を行使し、魔神王から身を守ったのだ。産まれたばかりで力の使い方を知らない筈の彼がだ。まるで力の方が自ら宿主を助けたかの様に。そんな時でもエルの笑顔は止まなかった。魔神王が悪の権化だとしたら、この赤ん坊は才能の権化だった。だが、その才能故に彼は世界を追放された。実の父親に。魔神王の望んだ力を持って生まれたのに、仮初の愛情すら貰えなかったのだ。エルが魔神王から受けたの殺気と畏怖。

 

 そんな彼が異世界に飛ばされて待っていたのは孤独。友がいない。自分と対等の存在がいない。それはそうだ。現在、この世界に存在する唯一の生物なのだから。信じられるか?自分はこの世の誰とも同じではないのだと。家族だと思っていたベルも、血が繋がっていないどころか、生物そのものが違うのだと。例えるなら、オラウータンやチンパンジーしか存在しない世界に1人存在する人間といったところだろう。エルは本当の意味で孤独なのだ。

 

 そんなエルだからこそ、ヤミは彼の精神を乗っ取らずに、陰ながら支えていこうと決めたのだ。彼に少しでも幸せになって欲しいから。そんなエルをベートは馬鹿にした。まだ幼いエルの精神を破壊しようとしたのだ。彼の本当の力も知らない癖に。当然、許せるものではない。アイズには、エルが暴走したからしょうがないといったが、正確ではない。半分正解で半分は嘘と言ったところだ。確かに暴走した闇は目的を果たすか、戦闘不能に陥るまで止まる事は出来ない。だが、ヤミがベートを殺すのは暴走の目的だけではない。自分自身がベートを殺さないと気が済まないからだ。誰に止められようと、この体が動く限りはベートを何処までも追いかけて殺す。そう決めたのだ。

 

 

 「アイズ、はい」

 「うん、ありがとう」

 

 アイズはティオネから愛剣デスペレートを受け取り、ヤミへと向き直る。フィンは既に体調は万全まで回復している。ヤミと戦うには、アルコールが抜けきっていない中途半端な状態では足手まといになる。ガレスからは指揮として必要だと言われたが、それだけでは駄目だ。ヤミに対抗するには少しでも戦力は多い方が良い。ガレスが居ない今、レベル6の自分は必ず戦力として必要になる。

 

 だからフィンは禁忌の方法でアルコールを抜き取り、体調も戻したのだ。

 

 (以降下品な言葉が出るのでご注意を。特に食事中の方)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 フィンがやった方法はこうだ。まず水を買い、その水を一気飲みする。そうする事でアルコールを薄める事が出来る。飲み過ぎで気持ち悪くなる限界が来たら、迷わず全て吐く!『豊饒の女主人』食べた料理も、酒も、水も、全てを吐き出す。それを繰り返すのだ。そうする事でアルコールはどんどん薄まり、出すもんも出たので気持ち悪さも軽減される。因みに同じ方法を男勢は全員行った。お陰でベートも回復した。女性陣はそもそも体重を意識してか大した飲み食いをせず、会話で盛り上がっていた為、する必要は無かった。

 

 これを禁忌の方法と言ったのは料理を粗末にする事だからだ。食材を粗末にする事はどの世界でも共通認識だ。特に、料理を作ってくれたのはミアだ。彼女は料理を粗末にすると今までに無いくらいに怒る。例えこの戦いを終えて無事だったとしても、自分達がした行いが彼女の耳に届けば全員タダでは済まないだろう。

 

 「でも、この戦いを凌げなきゃ明日はないからね」

 「フィン、何か言った?」

 「ううん、なんでもない」

 

 全てはこの戦いに勝ってからだ。この戦いが無事終わったら彼女に怒られにいこう。

 

 「総員!これはダンジョン攻略ではない!よって、君達が命を落とす事は許されない!達の命を賭けるのはどこか!ダンジョンだ!こんな所で尽きて良いものではない!全員で無事ホームに帰還するのだ!」

 「「「「「「「「「「おおおお!」」」」」」」」」」

 

 フィンの言葉で【ロキ・ファミリア】の士気が高まる。一連のやり取りが終わると闇がとうとう口を開く。

 

 「覚悟は決まったか?」

 「なんだ、案外優しいんだね。わざわざ待ってくれるなんて」

 「俺が貴様ら如きに不意打ちを仕掛けるとでも?命懸けでかかって来い。諦めた時がお前らの最期だ」

 

 「弓矢部隊!放てぇ!」

 

 フィンに指示によって【ロキ・ファミリア】とヤミの全面戦争のゴングが鳴った。

 

 「フィン、みんな、無事でいてくれ」

 

 ロキも、【ロキ・ファミリア】のホーム『黄昏の館』に戻って固唾を呑んで彼等の帰還と、全員無事の報告を待った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃、『豊饒の女主人』では、シルが携帯通信機。通称『ケータイ』を持って何処かに電話をかけていた。ケータイは世界中のどこにいても、連絡先が登録されていれば通信する事が可能だ。しかし、とても複雑な設計に、入手困難な魔石を使用しているため、1台数百万から、数千万ヴァリスの値段が付くため、中々普及されていない。そんな高価な物で彼女は何処に電話をかけているのだろうか。

 

 「はい………はい。今こう言う事があったので一応ご連絡させて頂ました」

 『そう、彼等の目的地は分かる?』

 「闘技場の使用許可をと言っていたので恐らくそこかと」

 『分かったわ。とても貴重な報告ありがとうね。いつも言ってるけどその堅苦しい喋り方どうにかならないかしら?』

 「いえ、そんな事恐れ多いです。これ程良くしてもらっておいて礼儀は忘れたくありません」

 『あらそう、残念ね。それじゃまた何かあったら連絡頂戴』

 「分かりました。それでは失礼します。お母様」

 

 そう言ってシルは電話を切る。

 

 「う、うーん。……あれ?僕は一体」

 

 それとほぼ同時に、初めに闇の回転によって生じた突風に吹っ飛ばされて気絶していたヘスティアが目を覚ます。彼女は何があったのか記憶を探って、今とても大変な状況になっている事に気が付いた。

 

 「そうだ!エル君は⁈エル君は何処にいったんだい⁈」

 「ヘスティア様!落ち着いて下さい」

 「ウエイトレス君!エル君は!エル君を知らないかい!エル君は無事なのかい⁈」

 

 ヘスティアは気が動転しているようでシルに掴みかかる。そんなヘスティアをシルが必死に落ち着かせる。

 

 「ヘスティア様!落ち着いて下さい。エルさんの場所は分かりますから!」

 「それは本当かい!それは何処なんだい!」

 「……場所を教えてどうする気ですか?」

 「……なんだって?」

 「エルさんは現在、【ロキ・ファミリア】のベートさんを殺そうとしています。そんな彼を止める為、或いは始末する為に【ロキ・ファミリア】は全武装を整えようとしていました」

 「そ、そんな」

 

 ヘスティアは膝から崩れ落ちる。自分が最も恐れていた事態が起きたのだ。いくら才能溢れる彼でも、1人で【ロキ・ファミリア】に勝てる訳が無い。それどころか数いる第一級冒険者の1人に捻り潰されるだろう。ヤミの実力を知らないヘスティアはそんな事を思っていた。

 

 「僕は無力だ。その場にいたのにエル君の暴走を防ぐ事も出来ない。なんて惨めな神様なんだ」

 「ヘスティア様……」

 

 ヘスティアは両手を地面についてポロポロと涙を流す。自分の不甲斐なさを嘆いていた。だが、ものの数分でヘスティアは立ち上がると涙を拭いて店を飛び出す。シルはその彼女の背中を追った。

 

 「ヘスティア様!どちらは行かれるのですか⁈」

 「エル君の所さ!」

 「場所を知っているのですか⁈」

 「そうだった⁈エル君の居場所を教えてくれ!」

 

 一周回って振り出しに戻った。それでもシルは同じ質問を問いかける。

 

 「知ってどうするのですか?ヘスティアが行った所で戦いを治める力は無いですよね」

 「出来る出来ないで行動してないんだよ僕は!」

 

 ヘスティアはそう断言した。

 

 「行動しなきゃ始まらないんだよ!エル君は今、暴走して周りが見えてないんだ!そんな彼を僕が守らなくて誰が守るって言うんだ!」

 「⁈」

 「確かに僕は事態を治める力は無いよ。でも、だからって見捨てる事なんて出来ないよ!僕は彼を支えるって決めたんだよ!分かったら彼の居場所を教えるんだ!」

 

 ヘスティアは必死だった。今この瞬間にも彼が殺されてしまうかもしれない。どれだけ借金を背負ったっていい。どれだけ頭を下げたっていい。エルを死なせない。それが彼の主神となった自分の最低限の責務だ。

 

 そんな彼女の気迫に押されてシルは彼の居場所を吐く。

 

 「…エルさんは闘技場へ行きました。ベートさんを追って」

 「ありがとうウエイトレス君。それじゃあね」

 「ヘスティア様!」

 「ん?」

 「気をつけて下さい」

 「うん」

 「後、エルさんを助けてあげて下さい」

 「うん」

 

 シルはヘスティアに頭を下げた。自分には無かった覚悟。誰かを助ける為に自分の身を張るその覚悟に敬意を評して。

 

 「頑張って下さい」

 

 

 

 

 

 その頃とある場所では、たくさんの人が集められていた。とある女神によって。

 

 「準備はいいかしら?」

 「はい」

 「それじゃ、久々に夜の散歩でもしましょ」

 

 

 




 ご愛読ありがとうございました。

 とうとう全面戦争が始まりましたね。本格的には入ってませんが。それにしてもコメントで言われましたが豊饒の女主人に来てロキファミリアと全面戦争するなんて展開やばく無いですか?飛ばしすぎでしょ。

 てかかなり長いですね。豊饒の女主人の所って原作だと1/3程度なんですよ。それで24話ってね。しかもまだ続くからな。これ完結まで何話必要なんだろう。

 ま、たくさん時間かかると思いますが、それでも頑張るので応援よろしくお願いします!ではまたね


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ロキ・ファミリア

 久しぶりです。投稿遅れてすみません。コロナワクチンで体調崩したのが重なって中々投稿できませんでした。

 あれマジで大変ですね。かなり辛いです。副作用であれならコロナかかったらと思うと怖いです。皆さんも気をつけて下さいね。

 では本編どうぞ!


 「弓矢部隊!放て!」

 

 戦いの火蓋が切って落とされた。仲間の命を守る為、自らの半身の名誉を守る為、互いの想いを胸に戦闘は開始した。フィンの指示によって放たれた何十本という矢がヤミに襲いかかる。しかし、何も焦ることはない。ヤミは冷静に闇で葉っぱの傘を作り、頭上から降り注ぐ矢をガードする。

 

 「あの黒いのは厄介だな」

 

 フィンは闇のガードを見て悪態つく。今のところ闇の分かっている能力は、闇の姿形は変幻自在である事、そしてベートやティオネ、ティオナの体術を喰らっても、びくともしない防御力だ。だが、策はある。まず1つ、こちらは店の時とは違い、武器を使用している事。同じ打撃系でも武器を用いるか生身では大きく違う。それに、近接戦闘系の団員の武器の主流は剣だ。打撃ではなく斬撃。打撃に強い事は証明されたが、斬撃になるとどう変わるかが見ものだ。

 

 もう1つは、ヤミが闇の変形の能力を制御しきれていない事だ。これはとても重要。もし完全に扱えるのだとしたらアイズ達3人が攻撃を仕掛けた時にアイズの攻撃だけ通るなんて事は起きない。全て防がれていた筈。あの時、壁から戻ってきた奴は言っていた。『闇を操作するのは初めてだ』と。ならば戦法は決まっている。『短期決戦』だ。長年で制御出来ていないなら急には成長する可能性は皆無。しかし、初めてなら別だ。完全に制御するまで掛かる時間は未知数だ。もし完全に制御に出来たらますますこちらの勝機は薄まる。

 

 「リヴェリアとレフィーヤは魔力を一撃に込めろ!他のエルフは陽動を頼む!弓や魔法で敵の注意を引くんだ!」 

 「「「「「「ハイッ!!!」」」」」」

 「盾部隊は奴の攻撃からエルフ達を守れ!」

 「「「「「「「ハイ!!!」」」」」」

 「僕達も行くぞ!」

 

 フィンの言葉にアイズ達が彼に続いてヤミに向かっていく。直ぐにその集団から抜け出す者がいた。

 

 「死に晒せ!!」

 

 ベートである。彼にとって、これはただの戦いでは無く、誇りを取り戻す為のリベンジマッチだ。一生の不覚。自慢の脚力から繰り出す蹴りは容易く塞がれ、頭を踏みつけられ、地面に頭を垂れた格好となった。奴が大して力を入れてない事は直ぐに分かった。更に深く踏みつけようとしていなかったからだ。まるで海の向こうを眺める際に前にある石に脚をかけた脚は、ベートに重くのし掛かった。何も出来なかった。手足を拘束されている訳でも無いのに立ち上がるどころか、頭部を1ミリ動かす事も叶わない。仲間の前でひたすら立ち上がろうともがく醜態を晒した。酒で酔っていた等は言い訳にならない。それは自分のプライドが許さない。兎に角、自分は酒場という色んな人が集まる公衆の面前で、何処の馬の骨かも分からないチビになす術なくやられた。『ベートはチビに負けたレベル5(笑)』、そんなレッテルを貼られたのだ。

 

 きっと、明日から街を歩けば噂されるだろう。こちらを横目に馬鹿にする様な笑み。勘違いした馬鹿が絡んでくるかも知れない。これから起こり得るであろうそんな予想にどうしようもない怒りが込み上げてくる。この屈辱は10倍にも100倍にもやり返さなければ腹の虫が治らない。我儘を言えば1対1を希望したいが、フィンがそれを良しとしなかった。多対1という状況では雪辱を完全に晴らす事は出来ない。ならせめて気が済むまで、相手が命乞いをして自らの行いを誠心誠意謝罪するまで、一方的に倒すだけだ。

 

 「アイズ!寄越せ!」

 「コクッ【風よ(エアリアル)】!」

 

 アイズはベートに自らの【(エアリアル)】を与える。これが彼女の魔法。自分の体に風を纏わせ強化する事も、他人に付与させる事でその者を強化する事も自由自在。それを見たヤミはニヤリと笑う。

 

 「それがヘスティアが言っていた付与魔法か。まぁ付与ってんなら他人に与える事も出来るわな。果たして俺の獄炎は他人に付呪出来るんかな」

 「ごちゃごちゃとウルセェんだよ!」

 

 ベートはあの時と同じ攻撃、ハイキックを繰り出す。アイズの【(エアリアル)】によって強化され、更に装備も付けた攻撃。しかし、またしても容易く闇で止められてしまった。違いがあるとすれば僅かに闇を押し込めた程度。といっても数センチだが。

 

 「他人に力を借りてその程度か?救いようの無い雑魚だな」

 「チッ!(アイズの【(エアリアル)】を纏ってこれかよ)だがな、俺が脚だけの奴だと思ってんじゃねぇよ!」

 「⁈」

 

 ハイキックが受け止められる事は最早想定済み。いくら【(エアリアル)】を纏ったからとは言え、通常時であそこまで完璧に止められた攻撃が通じるとは思えない。生身相手なら【(エアリアル)】によって発生する鎌鼬によって傷つける事が出来るが闇で防御しているヤミにはそれも届かない。だが、これで良い。本当の狙いはこの距離まで近づく事だったのだから。

 

 ベートは懐に隠し持っていた2本の剣を逆手で持ち、ヤミの首目掛けてギロチンの様に斬りつける。逆上しているベート、更に同じ方法で攻撃してきた事から、自分の方が上だと証明する為に同じ攻撃を繰り出したと決めつけたヤミは対処に遅れた。こんな瞬時の判断が必要な時に慣れていない闇で防御しようとすれば操作を誤る可能性がある。

 

 「チッ、小癪な」

 

 ヤミは仕方なくベートの剣を素手で止める。止めた手から僅かに血がベートの剣を伝い、地面へ垂れた。ヤミの皮膚が初めて傷を付き、そして血を流した瞬間である。これには『ザマァみろ』とヤミを見下す。この表情がヤミの癇に触った。

 

 ベートの脚と剣を止めたまま、闇を巨大な腕へと変えダブルスレッジハンマーをベートに叩きつけようとする。しかし、それを見たベートがニヤける。それを見て不審がるヤミ。

 

 「何笑ってやがる?」

 「テメェ、素人だな?」

 「何?」

 「テメェは確かに能力は高え。身体スペックは俺の知る中でもトップクラスだ、悔しいがな。だがテメェの動きは簡単だ。フェイクが無い。普通すぎる。それこそ素人の様にな。それにな、テメェは俺への怒りで今どういう状況は忘れた様だな」

 「!?」

 「くらぇ!」

 

 ヤミはその言葉で、自身の右後方から、ククリ刀による斬撃が飛んで来た事に気付く。ヤミは咄嗟に剣から手を離し、サイドステップで躱そうとする。しかし、気付くのに遅れた為、完全に躱す事は出来ずに脇腹を僅かに斬られてしまった。舌打ちをしながら大きくバックステップして距離を保つヤミ。彼の右下半身を血が流れ落ちる。ヤミは自分に傷をつけたベートとククリ刀で攻撃を仕掛けてきたティオネを睨みつける。

 

 「チッ、もうちょっと深くいきたかったんだけどね」

 「遅ぇんだよテメェは。折角俺がやりたくもねぇ囮をしてやったのに、このグズが」

 「何ですってぇ!?アンタがもっと引きつけてれば良かったのよ!まともに引きつけ役をやってこなかったツケが今回ってきたのよ!この役立たず!」

 「んだと?!このクソアマゾネス!!」

 「君達は緊張感が無いのかな?」

 

 ベートとティオネがお互い愚痴を零し、喧嘩へと発展する。いくら仲が悪い彼等でもダンジョン等の危険な時にこんな事態は起こらない。ヤミ相手だって最初はそれと同様に危険視していた。それなのにこんな事が起こった理由は1つ。難攻不落だと思われた鉄壁のだと思われていた要塞から実はどんでも無い大穴がある事を発見したからだ。

 

 戦闘というのは経験が物を言うと言っても過言では無い。身体スペックは高くても経験の少ない相手ならいくらでも手はある。闇という便利な能力がありながら、簡単に血を流したのがいい例だ。歴戦の戦士ならばこんな簡単に血を流さない。更にこちらは大軍。しかも相手は烏合の衆ではなく、オラリオトップ派閥の【ロキ・ファミリア】。勝機はこちら(ロキ・ファミリア)にある。

 

 別に傷を付けた事に調子に乗っている訳では無い。数手だご、攻防を重ねて得た事実だ。ハッキリ言っていくらスペックが高かろうとも、自分の能力を扱いきれず、経験不足の彼では【ロキ・ファミリア】の敵では無い。それが彼等の総意だった。

 

 だが、そん意見に物申す者が1人。

 

 「貴様ら、俺に血を流させた事がそんなに嬉しいか?」

 「別に、ただ君が思った程脅威じゃ無い事に安心した感じかな」

 「脅威じゃ無い、だと?!」

 

 フィンの挑発とも取れる発言に青筋を浮かべる。

 

 「安心しなよ。確かに君は凄いさ。レベル1でそれって事は、数年後には僕達でも敵わないかも知れない潜在能力を持ってるよ。いや、経験次第で1年もあればで君はオラリオ最強になれるかもね。でも、それは今じゃ無い。今の君では僕達を倒せない」

 

 アイズはフィンの言葉に心の中で同意する。確かにヤミは強い。力がある。しかし、エルにあった戦闘センス、絶望を的状況を打破する発想力は感じない。

 

 「黙れ!」

 

 ヤミは彼の言葉を否定する。自慢の身体スペックを生かして高速で近づき、殴り、蹴りを繰り出す。並の冒険者なら、動体視力が追いつかず、反応も出来ずに1発KOだ。しかし、フィンは槍を使いながら攻撃を見事に躱し、防いだ。まともに防御する必要はない。最低限の動きで避け、受け流すのだ。そうする事で流れた彼の体に隙が生じる。カウンターを食らわす絶好の機会となるのだ。

 

 「グハァッ!!」

 

 人と格好は違うが、店と状況が真逆となった。地面に倒れたのはヤミ。仰向けで倒れる。その彼の胸を踏みつけ、顔の横の地面に槍を突き刺す。

 

 「君程の人材を亡くすのは惜しい。もし反省し、僕等に協力するんだったら今日の事は不問としてあげよう。そうじゃないなら残念だけどそれ相応の処罰受けて貰う」

 

 フィンは威圧をぶつけながら交渉を持ち出す。その力を自分の為に使えと。しかしヤミは、そんな威圧に屈しも誰かに許しを乞う事もしない男だった。

 

 「誰が貴様如きに言葉に耳を貸すか。あの駄犬を殺すまで動き続ける。それが俺の存在理由だ」

 「そうか………考えが変わらないなら仕方ない。僕は仲間を守る為なら鬼になろう」

 「?!止めてフィン!!」

 

 ザシュッ

 

 アイズはフィンから感じた殺気から何をするのか予想出来た。ヤミを守る為にフィンを止めようと叫んだのだが、フィンは静止の言葉に耳を貸さずにヤミの心臓に槍を突き刺した。彼の冷徹な行動に一同は恐怖する。自分の目的の邪魔を、そして仲間を殺そうとしたとは言え、躊躇無く殺したのだ。だが、フィンを昔から知っている者はこの行動にやり過ぎとは思っても驚きはしない。【ロキ・ファミリア】を脅威に晒した者を許さない男だと再認識しただけだ。

 

 そして、知らない者達がフィンに向けた感情は2種類に分かれる。1つは情景。自分達を守る為ならなんでもする。これこそまさに勇者だと、まるでアイドルを見たかの様にフィンに溺れていく。男女問わずに。

 

 そしてもう1つは怒り。激しい怒り。この感情をフィンに向けるのはただ1人だ。

 

 「フィン、どうして?」

 

 アイズだった。

 

 「………何がだい?」

 「そのまんまの意味だよ。槍を刺したの心臓だよね?」

 「そうだよ」

 「なんで殺したの?生捕じゃ無かったの?」

 

 アイズはヤミの、魔神族としての弱点を知っている訳では無い。だが、予想はつく。心臓だ。どの生物でも同じ事。それは魔神族だって同じ筈。ヤミは首を刎ねられようが平気と言った。にも関わらず、心臓を大ダメージを与えれば戦闘不能に出来ると。なら、心臓が弱点である事は間違いない。だが、フィンはその心臓を潰したのだ。つまり、ヤミを殺した。自分の身惚れたエルを奪ったのだ。

 

 「彼の意思は堅い。もし生かしていたらベートを狙い続けるだろう。そんな事はさせられない。あれしか方法が無かったんだ」

 

 フィンは事実を話したが真実は話さなかった。フィンがヤミを殺した真の目的は別にある。それはヤミが世界最強として君臨するのを恐れたのだ。彼が世界最強になれば皆の注目が彼に集まり、自分の活躍は霞む。そうなれば目的が果たせない。幸い今の彼は悪人。殺す理由もある。始末するには条件が整っていたのだ。

 

 「そんな事、関係ない

 

 しかし、アイズには関係ない。フィンの理由等関係。

 

 「なんだいアイズ?よく聞こえなかったな」

 「そんな事、関係ない。………返して、返してぇ!!」

 

 アイズは感情を爆発させフィンに刃を向ける。しかも、魔法を発動させながら。これには険しい表情を浮かべフィン。アイズがヤミに少なからず好意を持っている事には気付いていた。だが、彼女も仲間の命の為なら仕方ないと思うと願っていたのたが、ここまでとは予想外だった。このままでは不信感によりファミリアを脱退さらるかも知れないと頭をよぎるが、その前に彼女を拘束するのが先だ。その時、自分の後方から黒いの物体がアイズ目掛けて猛スピードで近づき、そのままの勢いで壁にとてつもない『ドゴッ!』という音を立てて突っ込み、煙が蔓延する。

 

 「なんだ?!僕の後ろには彼しか…何だと?!」

 

 フィンの後方には誰もいなかった。強いて言えばヤミの死体だけの筈、そう思って後ろを振り返ると、彼の死体が消えていた。

 

 「心臓を潰したくらいで死ぬと思っていたのか?」

 

 煙からゆっくり姿を表したのは死んだ筈のヤミだった。しかもティオネの傷や、さっき貫いた筈の心臓の傷が見事に塞がっている。フィンは恐怖を覚えた。目の前の男はなんなのだと。

 

 「心臓を潰されて生きている人物が存在する訳無い」

 「人じゃない、魔神族だ。それに駄犬、貴様は俺は素人だと言ったな」

 「あ、ああ」

 

 いくらベートでも心臓を潰されて生きている生物に恐怖を隠しきれない。

 

 「確かに貴様の言う通り俺は素人だ。センスも才能もエルの物。闇の力なだけに過ぎない俺は遠く及ばない」

 

 ヤミの言葉に混乱一同。フィン達は目の前の人物はエルアコスと認識している。しかし、目の前の人物は才能などはエル、つまりエルアコスの物だと言って。本人であり、本人でない状況に理解が追いつかない。そんな彼等を置き去りにしてヤミは会話を続ける。

 

 「だがな、成長はするんだぜ。今この戦いでもな。貴様らがこの俺を殺さない限り、貴様らによってな!」

 

 「さぁ、第二ラウンド開始だ!俺が貴様らとの戦いで経験を積み、貴様らを越えるのが先か、貴様らが俺を殺すのが先か!!」

 

 




 ご愛読ありがとうございました。

 まだ戦いは続きますよ。ヤミはまだ力頼みの戦闘で、幾度も死線を潜り抜けたロキファミリアからしたらまだまだでした。しかし、それは現時点です。戦いの最中に成長するなどよくある話です。

 ヤミの体力が尽きるのが先か、フィン達を超えるのが先か、どちらになるでしょう!

 まだ色々と続くので更新はゆっくりになりますが最低でも1週間に1話は投稿するつもりです。今後ともご迷惑おかけしますがよろしくお願いします。


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卑怯と罵る奴は鼻で笑ってやれby卑劣様

 お久しぶりです。

 未だに生存している私。てかね、やばいです。なんで豊饒の女主人でこんなに時間かけてんだろうって思っています。このペースだと最終回まで何話掛かる事やら。本当に大変ですね。

 皆さんも応援よろしくお願いします。それが私のモチベーションです。

 では本編どうぞ!


 ヤミは先程のお返しと言わんばかりに性懲りも無くフィンへと走り出し、手前で跳躍。上空から攻撃を仕掛けた。その行動を見たフィンは、呆れて溜め息を吐いた。

 

 (ここに来た時の翼を何故使わない?空中から攻撃を仕掛けるなら出すのが当然だろう。何故だ?その状態でどうやって僕の攻撃を防ぐつもりだ?何か意図があるのか、それともただの馬鹿か)

 

 飛べなければ空中はただの的だ。足場が無ければ避ける事も出来ない。精々体を拗らせて受け流すだけだ。翼を出せば空中を自在に飛べ、こちらも対処しにくくなった筈だ。見た限りだと、ヤミが翼無しで飛べるとは思えない。そんな事も分からないのは、ただの愚か者だ。能力が勿体ない。いっその事、能力を奪えやしないかとさえ思う。自分の方が確実に使いこなせる自信があるからだ。

 

 愚直に向かってくるなら先程と同じ様にカウンターで、変化を付けてくるならまずは防御に徹しようと考えた。そこでフィンはレフィーヤに援護射撃の用意をさせた。必要ないとは思うが、念のためだ。 

 

 「レフィーヤ!」

 「は、はい!」

 「援護を頼む!タイミングは任せた!」

 「ええ?!」

 「よそ見してる暇があるのか?」

 

 フィンがレフィーヤに指示を出している隙にヤミはすぐそこまで迫っていた。だが、武器の持たない彼を脅威には感じていない。簡単に捌ける。そう思った。なんと両手を手刀の形にし、その延長に刃渡り80cmの剣を作り出したのだ。

 

 「何?!」

 「闇が防御にしか使えないとでも思ったのか?」

 

 ヤミはそのまま剣を振り下ろす。嫌な予感がしたフィンは受けずに回避した。その為、剣は空を切る。闇は変幻自在な為、剣にも成れる事はよくよく考えれば自然な事だ。流石に武器持ちだとしたら対応を変えなければならない。そう思っていると自身の両頬が濡れているのを感じた。触れてみると僅かな痛みが走る。その水滴の正体は血だったのだ。

 

 「フィンが避けられなかった?」

 「団長の大切な顔に何晒したんじゃあ!」

 

 フィンの顔を傷物にされて切れたティオネが突撃していく。

 

 (馬鹿な?!僕完全に避けた筈だ。鋭過ぎて斬撃が飛んだとでも言うのか?

 

 「ティオネ!その剣に近づくな!仕組みは分からないが当たらなくても斬られるぞ!」

 

 フィンの忠告にティオネが耳を貸した一瞬の隙をヤミは見逃さなかった。一瞬で身体中を切り刻む。そして動けない様にアキレス腱を切っておく。これでティオネは再起不能だ。

 

 「まずは1人」

 

 この体を傷つけた3人の内、1人は倒した。次はお前だと言わんばかりにフィンを睨む。

 

 フィンはこの戦いで初めてカウンターではなく自ら攻撃を仕掛けた。ヤミは闇を広げて全面を完全に防御した。しかし、庇い切れていない場所がある。それは背後だ。フィンは闇の背後に回り込む。

 

 「そこだッ?!」

 

 しかし、ヤミは完全にバレていた。なんとフィンが闇を破らずに背後の隙から攻撃してくるのを読んで最初から闇に背を向けていたのだ。そして視界に入ったフィンの首元を闇の剣を解除した右手でフィンの喉を力強く握りしめる。

 

 「よく俺の心臓を潰してくれたな」

 

 自分の胸を潰した右腕を斬り落とそうとした時、素早い魔法がヤミの左腕を襲った。その衝撃で喉を握る握力が弱まった一瞬の隙に逃げられてしまった。

 

 「な……い…す………だ……………レフィーヤ」

 

 

 

 

 

 

    

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レフィーヤはまだ若く対人戦の経験が無い。これも経験だ。魔物とは違い、意志を持って行動する者に対して、どの様に攻撃すれば効果的になるか。今は平和で恐らくいるであろう闇派閥の生き残りが大人しいが、その平和もいつ終わりを迎えるか分からない。その時、対人に慣れていないのは怖い。彼等は命を奪う事に躊躇などない。こちらの嫌がる事、こちらに不利益な事を平気で狙っている。そんな彼等が襲って来た時、一瞬の躊躇が生死を分ける。特訓では対人をしているが所詮は練習、実践の経験には程遠い。今こそが絶好の場面なのだ。

 

 だが、レフィーヤはフィンの指示を聞いて驚愕する。団長の援護をするそんな責任重大な事を自分のタイミングでやれと言われたのだ。リヴェリアではなく、自分に。理由は分かっている。ターゲットを指定し、その者へ自動追尾する魔法が彼女にあるからだ。この魔法は自動追尾がある代わりに威力が低い(レフィーヤの魔力が高い為、魔法自体が弱くても彼女が使えば自然と高威力になる)。

 

 彼女の体を震えが襲う。自分の判断次第でフィンの生死が決まるかも知れないと彼女は思っているからだ。タイミングを誤ればフィンの反撃の邪魔をしてしまう。それに臆したらタイミングを逃せば、逆にフィンが攻撃を食らってしまう。自分なんか下っ端がオラリオのトップファミリアの命を握っているのだ。そんな思考が頭をよぎり、恐ろしくて震えが止まらない。

 

 「アイズさん!」

 

 そんな時、(ヤミ)に壁に叩きつけられたアイズにポーションを持って駆け寄るサポーターが目に映る。彼女達は戦闘面に加入せず、もし団員が怪我をした場合に回復させる役だ。回復魔法はリヴェリアが使えるが、あまり多用は出来ない。やむを得ないなら兎も角、そうでもないならポーションを使う。彼女達がリヴェリアを呼ばないと言う事は、傷事態は酷く無い様で一安心する。

 

 彼女達は低ランク冒険者で固められている。だから、【ロキ・ファミリア】が誇る前線の人と互角に戦う(ヤミ)は、自分と同じように化け物に見えているだろう。それなのに彼女達はどうだ?自分達の役目を真っ当しようとしている。いくら後方部隊とはいえ、ここがどれ程危険な場所かは分かっている筈だ。それなのに大した防具を身につけずに、ひたすら戦場を回復の為に駆け回る。仲間を助けるために。立派だ。

 

 それに比べて自分はどうだ?団長から信頼されてるからこその援護要請だと言うのに体が言う事を聞かない。原因はハッキリしている。(ヤミ)を恐れているからだ。この場の誰よりも臆病なのだ。今まで何度も遠征に参加し、深層のモンスターと遭遇し、恐れて来た。だが、今はその比では無い。フィンは『僕達の敵では無い』と言い、周りも同意見なのか頷き、先程までの張り詰めた空気が消えたのを感じた。だが彼女は違った。全くもって信じられない。それどころか真逆。何をやっても勝てるビジョンが思い浮かばない。そう思わせるのは(ヤミ)莫大な魔力だ。魔法の発動も詠唱もしていないのに感じる莫大な魔力。レフィーヤの魔道士としての本能が言っている。『絶対に逆らうな。勝てる相手では無い。殺されるだけだ』と。

 

 「止まって!止まってよ!」

 

 自分に言い聞かせよう声に出したり、体を叩いても震えが止まらない。どうすれば良いか分からない。レフィーヤは団長の命を握り、尚且つあの化け物に歯向かわなければいけないプレッシャーと恐怖で押し潰されそうだった。フィンのプラスアルファとしてしか考えていなかった指示が、彼女をここまで動揺させるとは誰も思わなかっただろう。

 

 「レフィーヤ?」

 「大丈夫?」

 

 レフィーヤの様子がおかしい事に周りが気付き始めた。しかし、声をかけても彼女の耳には届かない。それ程までにレフィーヤの精神は削られていた。もう限界、後少しで精神が耐えきれずに意識を落とす、そんな時である。後ろからポンっとレフィーヤの肩を優しく叩いた人物がいた。リヴェリアだ。2人は少し離れていた場所にいたのだが、レフィーヤの様子がおかしいと遠目から見て気付いた為、駆け寄ったくれたのだ。自分が恐怖のどん底にいる今、優しく微笑んでくれた彼女の顔をレフィーヤは後に聖母にも見えたと語る。

 

 「レフィーヤ、落ち着け」

 「リヴェリア……様…」

 

 リヴェリアがレフィーヤの顔を覗き込んだ時、彼女の顔は今にも泣き崩れそうにしていた。確かに彼女は遠征でもよく怯えてはいたが、これ程怯えた表情は見た事が無い。

 

 「リヴェリア様、私の力なんかでは到底無理です」

 「何を言ってるんだレフィーヤ。これは【アルクス・レイ】を打てるお前にしか出来ない事なんだ。私では他の者を巻き込んでしまう」

 「それは分かっています!でも……でも!」

 

 相当弱っている。リヴェリアは何をそこまで怯えているか理解出来なかった。フィンの言う通り(ヤミ)は素質は十分だ。だが、実力では自分達の方が上だ。現状では負けるとは思えない。

 

 リヴェリアはレフィーヤを落ち着かせる為に、両手で彼女の頰を強めに叩いた。レフィーヤは驚き、跳ね上がる。

 

 「イタッ!」

 「レフィーヤ、敵を自分の中で過大評価するのはよせ。敵を格下に見るのも良くないが、過大評価し過ぎるのも良くない。そんなでは本来の実力を発揮出来ないぞ」

 「過大評価なんかしてません!リヴェリア様だって感じたはずです!彼の魔力を!」

 「何?!」

 

 リヴェリアが驚いたのはレフィーヤが魔力を感じっている事だ。何故驚いたのか、それはレフィーヤのやった事は一般には知られていない伝説の能力だからだ。

 

 王族に伝わる文献にそれは記されている。『魔力について極めれば、一眼見ただけでその者の魔力を感知する事が出来る』と。詠唱もしていない者の魔力を感知するなど、エルフの王族であるリヴェリアさえ出来ない。それどころかか現代に誰も出来る者がいない。成功例はたった一つ、文献を記した初代女王だけだ。だが初代女王が生きていたのは何千年も前。まだ神が下界に降りる前だ。そんな古い文献な為、いくら執筆者が初代女王と言っても、大袈裟に脚色しただけで真実では無いだろうと言う意見が大多数だ。そんな話をわざわざ民に話したりなどしない。初代女王がホラ吹きなどと言える訳も無い。つまり、彼女は魔力を感知できるなど聞いたことがない筈なのだ。

 

 「レフィーヤ、魔力を感じたと言っていたな」

 「そうですが、リヴェリア様は違うのですか?あんなにも彼の体から溢れ出ている莫大な魔力を」

 「………ああ」

 

 リヴェリアは自分でも感知する事は可能のか、ヤミを見て自分も感じ取れるか試すが何も感じない。レフィーヤが嘘をついているとは思えない。つまり、彼女は自分よりも上位の存在と化していたのだ。

 

 (今、ようやく理解した。何故レフィーヤを私の後釜に育てようとしたのかを。後釜探しの為に立ち寄ったウィーシェの森。そこで初めてお前に出会ったな。その時は『なんて鈍臭い子なのだろう』と思った。だが、そんなお前から目が離せなかった。特に理由は無かった。だが2回目、魔法の実技の授業でお前の魔法を見た時、その威力を見て『だから私は気になっていたのだな』と思ったよ。でもあれはお前の才能の一端を見たに過ぎなかったんだな。お前は私よりも、どのエルフよりも才能に溢れている)

 

 「レフィーヤ」

 「なん、ですか?」

 「怖いか?」

 「はい」

 「そうか、確かに自分より強い者が自分に牙を向いたら怖いだろう。だが、我々の様に後方から魔法を放ち、前線の者をサポートする人物は『決して逃げ出してはいかない』」

 「?!」

 

 レフィーヤはリヴェリアの言葉にハッとする。

 

 「いいか、魔道士な基本的卑怯者なんだ。魔道士は基本的に後方にいる。だから基本的に敵の物理攻撃は受けない。前線で戦っている者が応戦しているからだ。前線を突破されても魔道士を守る部隊は必ずと言っていい程存在する。つまり魔道士は安全な場所にいるのだ。そのくせに、いざと言う時は派手な魔法でいい所取りだ。な、卑怯だろ?そんな我々が前線で戦っている者より速く戦いを諦めるなんて絶対にあってはならない。それは前線で戦っている者に対しての最大限の裏切りだ」

 「……はい」

 

 言われて思い出した。こんな魔道士として当たり前な事を忘れるくらい自分は動揺していたのだ。レフィーヤは素直に自分を恥じた。自分は魔道士として失格だと。

 

 「帰ったらまた心構えからやり直しだな。ま、その為にはこの戦いを速く片付けてからだな」

 「ハイッ!」

 「それでは私は持ち場に戻る。期待してるぞ」

 

 そう言ってリヴェリアは戻っていった。レフィーヤは潤んでいた目を拭き、ヤミへ向き直る。完全に強さがなくなった訳では無い。自分が勝てるとも思っていない。それでも自分の出来る事を精一杯やろうと誓ったのだ。レフィーヤは詠唱を開始し、フィンがヤミの攻撃を食らいそうな所で魔法を放つ。自動追尾のレフィーヤの魔法は、フィンを斬ろうとした左腕に命中した。その衝撃でヤミのフィンを束縛していた闇の握力が弱まり、脱出する事に成功する。ヤミは邪魔された事に苛立ちを覚え、魔法を放ったレフィーヤを睨みつける。怖かったが逃げないと誓った彼女はしっかり睨み返す。

 

 (私だって【ロキ・ファミリア】なんだから!)

 

 

 

 

 




 ご愛読ありがとうございました。

 やばい、長いぞ。皆さん飽きたりしてないかな?さっさと怪物祭行けって思ってないか心配な作者。

 まだこれ原作1巻の半分程度だよな。もうすぐ30話になるぞ。

 そしてレフィーヤが魔力を感知する事が出来る様になりましたね。ダンまちって普段は魔力を感じとるってなかった、よね?確か無いと思うんだけど、もし間違ってたらコメントで教えてくれると嬉しいです。まぁ原作であったとしてもオリジナル設定にしますがね。

 では次回もお楽しみに!またね!

 ps.フライヤファミリアの戦闘シーンはほぼほぼカット、って言うか書かないと思いますけどご了承下さい。彼等との戦闘ほもっと後にくるんで


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不死身

 戦況を有利に進めていたのは【ロキ・ファミリア】だった。フィン、ベートを中心とした近接部隊に防戦一方のヤミ。反撃しようにも、ピシャ岡さんを彷彿とさせるレフィーヤと、その他のエルフの援護射撃により不発に終わる。闇で傷を治せると言ってもそれは闇を回復に回す余裕がある時の話だ。フィン達がその隙を与えないように攻撃している為、既にヤミの体は傷だらけであった。身体中に刺さっている矢に刺し傷に切り傷。普通なら意識を保つのでさえ限界な傷だ。だがヤミは倒れない。戦意も保ったまま。

 

 (何故だ?!これ程までに戦力差を見せつけているのに何故倒れない?!何故この状況で諦めないのだ?!」

 

 フィンは逆に不気味に思えてきた。戦闘狂の様に頭のネジが外れている者なら兎も角、勝ち目が全く見えない状況で何かを悩んでいる表情をしていた。得体の知れない恐怖を感じたフィンは密かに後ろに指示を出す。その後にベートと同時に攻撃を仕掛ける。当然ヤミは防御の姿勢を取った。2人は闇で覆われた腕を狙わず腹部を狙う。フィンの槍は脇腹を、ベートはみぞおちを狙いクリーンヒット。

 

 「グゥッ!!」

 

 ヤミは初めて口から血を吐いた。それ程までにダメージが溜まっているのだ。だが、まだ終わらない。更なる攻撃がヤミに降りかかる。

 

 【ヒュゼレイド・ファラーリカ】

 【ウィン・フィンブルヴェトル】

 

 レフィーヤとリヴェリアの合体技だ。まず初めに撃ったのがレフィーヤの【ヒュゼレイドファラーリカ】。数百、数千にもなる数の魔力弾を放つ。それはさながら火の雨だ。レフィーヤはそれを狙った場所に落とす。まずはヤミの周りに落とし、火の鳥籠を作り逃げ場を無くす。余った魔力弾を頭上から落とす事で上空への回避を防ぎ、尚且つダメージを与える。

 

 更にリヴェリアの全力の【ウィン・フィンブルヴェトル】を叩き込む。射線上のあらゆる者を極寒の吹雪により凍結させる。逃げ場は無い。前面しか使えない闇での防御も意味がない。射線に射線から脱出しながらば意味がないのだ。【ウィン・フィンブルヴェトル】は直進と思われているが正しくは違う。前方への攻撃という意味では直進だが、内部は違う。内部は凍てつく吹雪の乱気流となっている。上下左右前後の全てから吹雪が襲うのだ。つまり防御するなら全方位への防御、又は魔法を通さない程強固で巨大な壁を作らなければならないのだ。今のヤミに全方向を覆う闇も、魔法をシャットアウトする程巨大な闇も作れない。つまり、チェックメイトだ。

 

 「………………!」

 「「?!」」

 

 魔法が通りすぎた道に残っていたのは綺麗なヤミの氷像だった。かつてこの魔法を破った者はいない。彼がどうすれば死ぬか分かっていない今、死んだと断定は出来ないが少なくとも戦闘不能にする事が出来ただろう。

 

 「団長、これどうします?バラバラにします?」

 

 女性冒険者が平然と、さも同然かの様に尋ねた。彼女の名前は【アキナティ・オータム】。レベル4の冒険者で種族は猫人(キャットピープル)だ。

 

 「君はさらっと恐ろしい事言うね………バラバラにすらのは止めとこうかな。彼の存在は謎に包まれているからね。魔神族、聞いた事のない種族だがそれだけに感じないんだ。何かもっと恐ろしい事が起きそうな気がしてね。それにアイズにも話を聞きたい。ここで止めを刺せばアイズは今度こそ心を閉ざすだろう。最悪ファミリアを脱退するかも知れない。それは何としても避けねばならない。とりあえず彼が完全に意識を手放してから氷を溶かしてから『隷属の首輪』を付けるとしよう」

 

 ※『隷属の首輪』 主に奴隷に使用される。効果は以下の通りである。

 

         ・魔力を使用不可にする

         ・身体能力も制限され、主人に歯向かったり、主人の不利益になる行為の一切を禁ずる

         ・主神の命令は絶対遵守される

         ・嘘がつけなくなる(主人限定ではない)

         ・隷属の首輪は主人以外に外す事が出来ない

         

 フィンは戦いの序盤にヤミの斬撃によって戦闘不能に陥られたティオナの元へ駆けていく。彼女の元にはポーションを持ったサポーターと回復魔法を使用しているリヴェリアがいた。ティオネの体を見ると傷は既に塞がっている。あれ程斬り刻まれた筈なのに、2人には感謝だ。

 

 「ありがとう、団長として礼を合わせてくれ」

 「頭を下げるなフィン。私は何もしてない。全て彼女のお陰だ」

 「いえいえ、大した事はしてません!!」

 

 

 リヴェリアが彼女を持ち上げると、彼女は顔を赤くして照れていた。フィンはそんな事ないと思っていた。確かに彼女がポーションを描かなければどうなっていたか分からない。しかし、ポーションだけで治せる傷とも思えない。リヴェリアも褒められていい事をした筈だ。なのにサポーターの子を持ち上げたりするからママと言われるのだろう。敢えて言葉にしないが、リヴェリアにはもう1度礼を言った。長年の付き合いだからか、表情でフィンが何を思っているのかを察したリヴェリアは真実をもう1度伝える。

 

 「フィン、何か勘違いしている様だが私は本当に治療をしていない。私がここに駆けつけた時には既に完全に傷が塞がっていた。私は別に持ち上げる為に彼女のお陰だと言ったのではない」

 「………本当か?」

 「そうだ」

 

 にわかに信じられなかった。あれ程の剣撃を食らってポーションだけで治るなんて。エリクサーを使っていたなら別だが今あるのは普通のポーションだ。ポーションで治せると言う事は相当浅い傷という事。あの隙を見逃さなかった奴がそんな浅い攻撃を仕掛けるとは思えない。そう思ったフィンはもう1人ヤミにやられた人物に駆け寄る。

 

 「アイズ!」

 「あ、団長」

 

 アイズの所だ。

 

 「アイズの傷は?!」

 「それが…………何処も怪我していません」

 「そ、そんな筈は無い!壁にめり込む程強く叩きつけられたのだぞ!」

 「ヒィッ!?わ私にも分かりません!」

 

 心臓を、潰しても死なない生物。戦闘不能に追い込まれたにも関わらず、実はポーションで治る程度の傷しか負っていないティオネ、そしてそもそも傷すらないアイズ。自分の理解の範疇を超えた出来事の連続で軽いパニック状態に陥り、声を荒げてしまう。

 

 「だ、団長。意見良いですか?」

 

 近くにいた別のサポーターがフィンに声をかける。

 

 「なんだ?」

 「え、えぇっと。あの人?って本当に敵なんですか?」

 「………どういう意味だい?」

 「最初にあの人、邪魔したら殺すって言ってますけど誰1人として殺人を犯してませんよね。『豊饒の女主人』にいるガレスさんやティオナさんもアイズさんの話を聞く限り生きているらしいですし、アイズさんも殺してません。ティオネさんも戦闘不能にしただけで命に別状の無い範疇ですし。言葉と行動が一致してないんです矛盾してるんです」

 「………つまり、本当は誰も殺したくない。君はそう言いたいのかい?それこそ1番の矛盾だと思うが?」

 「だから分からないんです。あの人が何をしたいかが」

 

 ピキッ!!

 

 その時、何かにヒビが入る音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 

 アキナティはヤミの氷像を前にして暇そうにしていた。

 

 「完全に意識を手放してからって言っても固まった状態じゃよく分からないな。まぁ、もう意識ないと思うけどな」

 「まだっすよ。暫くはそのままにして体力削らないと。アキは本当にいつもそうっすね。見た目の割にずさんと言うか、いい加減というか、適当っていうか」

 「あ、ラウル。大丈夫だったの?」

 

 アキナティに声を掛けたのは【ラウル・ノールド】。アキナティと同じく、レベル4の冒険者でヒューマンだ。彼もヤミとの近接戦闘に参加していた1人。ヤミの殴打によって腕がアザだらけになっている。

 

 「まぁ、自分は団長やベートさんみたいに警戒されてなかったっすから大した怪我にはならなかったっす」

 「そう、良かったわね。それにしてもさっきのは私を褒めてるの?それとも貶してるの?」

 「解釈は任せるっす」

 

 彼女達がたわいもない話をしているのは当然だと。自分達に降りかかる脅威を跳ね除けたのだから。周りも既に終戦した空気を漂わせている。しかし、2人、2人だけこの状況に似つかわしくない表情をしていた。

 

 1人目はレフィーヤだ。彼女はリヴェリアの魔法の威力を下げないように、【ヒュゼレイド・ファラーリカ】の檻を【ウィン・フィンブルヴェトル】がぶつかる瞬間に前面部分だけ解いた。リヴェリアは自分の魔法によって視界を遮られていて見えていなかっただろう。他の者もリヴェリアの魔法に意識を持ってかれ、その時のヤミの表情と行動(・・・・・)を見ていたのは彼女だけだったのだ。

 

 (あの人、攻撃がくる瞬間に笑ってた。何かを待ち侘びていたかの様に。そして、次の瞬間。あの人は剣を振った。結果何も起こらなかったけど、彼が何をしたかったのかが異様に気になる)

 

 そして、もう1人はベートだった。彼はレフィーヤとリヴェリアの魔法の巻き添えを食らわない様に避けたとはいえ、1番近くにいた。そして彼の種族は狼人(ウェアウルフ)。小さな音でも見逃さない耳を持っている。そんな彼の耳はヤミの発言を拾っていたのだ。攻撃が当たるであろう瞬間に叫んだ言葉を。

 

 『全反撃(フル・カウンター)

 

 素直に読めば全ての攻撃を跳ね返す。だが、結果はご覧の通りだ。

 

 (あんな状況でハッタリなんかしても意味がねえ。つまり奴には【全反撃(フル・カウンター)】って能力があるって事だ。だが、能力は使えず今に至る。意味が分からねえ。扱いにくい魔法はあっても、使う事すら出来ねぇ魔法なんて聞いた事がねぇ。種族といい、心臓を潰されても死なないといい、能力といい、お前は一体何者だ?)

 

 ベートはヤミという未知の存在に僅かながら興味を持ち始めていた。

 

 ピキッ!!

 

 ヤミの氷像に1本の亀裂が入った。【ウィン・フィンブルヴェトル】は自然に亀裂など入ったりしない。そんな柔な魔法じゃない。誰かしらが手を加えなければならない。そして自分達は触るどころか、近づいてもいない。だが1人だけいる。氷に触れている人物が。

 

 ヤミは生きているのだ。

 

 

 




 ご愛読ありがとうございました。

 では次回もお楽しみに。またね


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切り札と書いてジョーカー


 お久しぶりです。車の教習所が大変です。マニュアルはギアチェンジ面白いんですがオートマと違って数十センチの調整がむずいんですよね。

 それでも免許取得まであとちょい!頑張るぞい!

 では本編どうぞ!


 〜ヤミside〜

 

 現在、ヤミはリヴェリアの魔法によって氷像となっていた。氷に全身を覆われ手足に力が入らない。そんな状況であるにも関わらず、ヤミはこの絶体絶命とも言える状況をいかに打破するかではなく、自分の魔力、【全反撃(フルカウンター)】が使用出来なかった、発動しなかった事に対しての不満をぶち撒けていた。(凍り付けにされて口も動かせない為、仕方なく心の中で)。

 

 (クソッ!なんで全反撃が使えねぇんだよ!折角絶好のチャンスだったのによ。あの魔法を跳ね返せば金髪や駄犬達はまだしも他の大勢を一気に戦闘不能に出来たってのに)

 

 

 

 

 

 〜回想〜

 

 ヤミは【ロキ・ファミリア】が近接部隊と弓矢部隊、魔法部隊の巧みな連携に手を焼いていた。近接部隊を掩護する弓矢部隊と魔法部隊。魔法部隊は山吹色のエルフを中心としていた。常にベストタイミングと言えるタイミングで掩護する姿は、まるで心が通い合っている様だった。流石はトップクラスのファミリアと言った所だろう。

 

 だが、それでもヤミを戦闘不能に至らない。理由は明白だった。火力不足である。瞬間最大火力なら1番であるアイズと、彼女と同レベルのティオネの戦線離脱。そして同じくレベル5のティオナと単純な腕力ならファミリア最強のレベル6のガレスの不在。明らかに近接部隊の火力不足なのだ。近接部隊の多くはレベル4の二級冒険者だ。そんな彼等もなんとかして穴を埋めようと頑張っているが、気持ちだけで届く力では無い。もし4人がこの場に健在ならば、ヤミは彼等によって、疾うに多大な負傷で意識を持ってかれていただろう。

 

 だが、そんな奴等でも数が多く、厄介なのだ。『豊饒の女主人』で使った【闇の重圧(グラビティ・ダーク)】(闇で押し潰す攻撃)ならば複数人を行動不能にする技があるが得策では無い。あれが成功したのは、まだ闇の能力理解してなかったからだ。奇襲に過ぎない。だが、今は違う。フィンの指示により、闇を最大限に警戒している。近接部隊は特に。その中でも、歴戦の戦士であるベートとフィンの危機察知能力は他の者とは比べ物にならない。アイズによって情報も渡っているのは確実だろう。【闇の重圧(グラビティ・ダーク)】で攻撃して、有象無象は止められても2人には避けられる可能性が高い。それは芳しく無い。闇を【闇の重圧(グラビティ・ダーク)】に回している為、剣を創れずに素手で対処しなければならないのだ。既に数々の攻撃を受けてダメージが蓄積した体で賭けてまでする価値は無い。それ以上にパスが来るのはいつかと待ち侘びていた。

 

 状況が悪いのは明らかにヤミの方だった。しかし、両者の表情を見るとフィンの方が顔色が悪かったのだ。その理由は明白だった。フィンはヤミを恐れているからだ。

 

 魔神族は闇によって傷を治せる。だが、彼等の隙与えない連携攻撃により、ヤミは闇で回復する暇も無く、全身血だらけになっていた。人間が意識を失うレベルのダメージはとっくに超えていた。それでもヤミ倒れない。理解不能だった。力の差が分からない馬鹿とは思えない。かと言ってやるだけやると言った一見カッコ良く聞こえるが命の奪い合いで1番愚かな行動とも思えない。奴の目は一直線に勝利だけを見据えていた。こんな100人が見たら100人が【ロキ・ファミリア】が優勢と見る戦況で。

 

 そんな彼を不気味に思い、フィンの表情に段々と恐怖が染まっていた。どんなに攻撃してダメージを与えても倒れない。それどころか折角与えた傷を回復されたらまた振り出しに戻る(闇で傷を治す事は出来るが、ダメージは残る)。人は未知に興味を惹かれる生き物であると同時に未知に恐怖を抱く生き物でもあるのだ。

 

 それでもフィンは前線から身を引かない。恐怖や不安を周りに伝染させない為に。いわばファミリアとは1つの生物だ。、そして団長は脳に位置する。団長が勝てると思えば、団員は自信を持って従い、100%に近いパフォーマンスが出来る。しかし、団長が恐怖や不安を抱き、それが団員に伝わり伝染すれば、本来の半分も実力を出せない。団長への信頼が高ければ尚更だ。それを心得ている為、隠し通す。

 

 その不安を取り除くかの様にフィンとベートが同時攻撃を仕掛けて来た。ヤミは彼等の視線を読み、闇で顔面をガードする。生物は攻撃する前にその部位を確認する習性がある。彼等もその癖はあった。お陰で大分対処し易くなった。しかし、それは視線のフェイクだった。フィンは気付いていたのだ。ヤミが自分達の視線である程度攻撃を予測していた事を。そんな彼等は顔面をガードさせて死角を作り出したのだ。真の狙いは腹部。ベートの拳は見事にみぞおちに、その横をフィンの槍が貫く。連続攻撃と槍で貫かれた際の臓器の損傷で堪らず吐血した。

 

 「ゴフッ?!」

 

 一瞬呼吸止まってしまった。大きな隙を与えてしまったヤミは更なる追撃を覚悟する。、だが追撃は来なかった。この絶好のチャンスに目もくれず、彼等は一斉に退避した。一瞬、理解出来なかった。これまで全く隙を与えずに攻撃して来た彼等が急に隙を見せたと。先程まで一切の隙を見せなかった彼等が。しかし、隙を与えたのではなく、止めを刺しに来たと理解した。2つの巨大な魔力を感知したのだ。彼等はあれの巻き添えを食らわない様に退避したのだ。

 

 【ヒュゼレイド・ファラーリカ】

 

 レフィーヤから大量の魔力弾が放たれた。魔力弾は火の雨と化し、頭上からヤミ目掛けて急降下して襲ってくる。正確にはヤミを中心とした半径2mの位置に撃ち込んだ。ヤミを囲って逃げ道を無くした。さながら、火の鳥籠と言った所だろう。逃げる隙は無い。彼の周りに火の雨の如く、魔力弾が降り注ぐ。1つ1つの魔力弾の威力も高く、直撃はしていないが地面に落ちる衝撃と熱で徐々に体力を削られる。それだけでは終わらない。頭上を直接狙ってくる魔力弾のおまけ付きだった。ヤミは魔力弾に攻撃されながらも左手を天に突き上げて闇を展開して防ぐ。しかし、状況は変わらない。防戦一方のまんまだ。

 

 正直、この状況を打破する術が無い訳ではない。まだ見せていない魔力(この世界では魔法)が彼にはある。だが今それを使っても条件が合わず、不発に終わる。切り札(ジョーカー)とも言えるあれ(魔力)はそう簡単に見せられない。一度見せれば必ず警戒されてチャンスが訪れないかも知れないからだ。故に今使うべき場面では無い。

 

 そして、その切り札(ジョーカー)場面が早速やって来たのだ。火の雨が地面に突き刺さる爆音で魔法の名前は聞こえなかったが、この魔法より更に巨大な魔力が更に高まったのを感じた。魔法の正体は分からないが巨大な魔法が間近に迫ってるのは分かる。次の瞬間、魔力を感じる方の火の鳥籠が解け、外の景色を覗かせたのだ。そこから見えたのは巨大な吹雪が自分目掛けて襲ってくる光景だった。自分の何倍もおる吹雪。もう避けられる距離じゃない。絶体絶命とも言える瞬間、その光景を見てヤミは最高の笑みを浮かべて思った。

 

 ー最高のアシストだー

 

 ヤミは直ぐ様闇の防御を止めてそして剣を創り、鞘は無いが抜刀の刀を取った。無論、闇で防御しなくなった事により、頭上からの魔法はもろに食らいダメージを貰った。しかも先程の貫かれた怪我で体のダメージは限界に近い。しかし、この機会を逃す訳にはいかない。さっきは賭ける場面ではないと言ったが、今こそその時だ。大きく1歩踏み出すと、勢いよく剣を吹雪目掛けて振り抜き、叫んだ。

 

 全反撃(フルカウンター)!!】

 

 【全反撃(フルカウンター)】。その名の通り、あらゆる魔力攻撃を倍にして跳ね返す技。ただし直接的魔力攻撃に限る。身体強化系魔法で強化した物理攻撃は対象外である。ヤミはこの時を待っていたのだ。一撃で状況を変えるこの状況を。これ程の威力だ。それを倍にして跳ね返せば射程圏外に退避した一部の者を残し、一網打尽に出来る。特にひたすら邪魔をして来たあのポニーテールは射程圏内にだった。

 

 【全反撃(フルカウンター)】で状況を打破しようとした矢先にこの幸運。事が上手く進みすぎているこの状況を大いに楽しむ。

 

 だが、ヤミはこの状況を楽しみすぎて、肝心な事を忘れていたのだ。自分の力の殆どが封印されている事を。

 

 ゴオッ!!

 「なッ?!」

 

 剣は確実に魔法に当てた。しかし跳ね返らなかった。魔法はそのままヤミを勢いよく飲み込もうとする。【全反撃(フルカウンター)】は発動しなかったのだ。闇で急いでガードしようとするが、【ウィン・フィンブルヴェトル】から完全ガード出来る程の闇を扱えない。そもそも剣が当たる距離まで近づいた魔法を避けられるはずもなかった。その結果、側から見れば無謀にも剣で打ち返そうとしたが、失敗に終わって驚愕している顔の氷像が出来上がったのだ。

 

 




ご愛読ありがとうございました。

 前回の話をヤミ視点で書いた感じですね。まぁ少し詳しく書きましたけど。

 とうとう『豊饒の女主人』編も終盤も終盤です。次回に戦闘はおわると思います。てか終わらせます。

 次回もお楽しみ下さい。ではまたね!

 


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終戦

 お久しぶりです。元気にしてますか?

 僕はビックリしました。低評価が沢山送られてました。前回そんなダメだったかな?

 まあ送られないよりはマシだ。そしてとうとうタイトルにもありますが長く続いた戦いが終わりを告げます。

 では本編どうぞ!


 過ぎてしまった事を考えても仕方無い。それより、今しなければいけないのは、氷から脱出する事だ。いつまでもこんな無様な姿を晒すのは己が許さない。それに凍傷による地味だが着実に溜まるダメージで体力を削られてしまう。

 

 全身に力をいれて氷を壊せないか試すが、氷によって固定されて手足に力の入らない今の状態ではビクともしない。流石はオラリオ最強の魔導士が放った魔法だ。そう簡単に破れる代物では無い。闇による攻撃も、単体では威力も空いだけだった。万事休す。この状況を打破する方法はないか?そんな時ヤミの頭に浮かんだのは魔神族の力を持つ者のみに許されたあの魔法だった。

 

 (もうあれしかねぇか)

 

 封印で能力が制限されている中、どの魔法が発動出来るか分からない。現状発動が確実なのは既に発現している魔法、つまり【獄炎(ヘルブレイズ)】だ。だが、正直に言えばこの魔法はどんな用途であれ対人戦で使う気は無かった。理由は【獄炎(ヘルブレイズ)】の圧倒的な殺傷性である。【獄炎(ヘルブレイズ)】はただの火属性魔法では無い。その名の通り地獄の炎。対象物が消し炭になるまで燃やし尽くす。通常では鎮火する事は魔神族以外不可能。魔法などの特殊な方法で消す以外はミノタウロスのようにその部分を削ぎ落とさなければいけない。

 

 もしこの魔法を対人戦で最大限使えばどうなるか?答えは地獄絵図の完成だ。この闘技場は火の海と化し、多くの人物は骨すら残さず焼き尽くされる。フィン達主戦力も攻撃を食らえば、例えなんらかの方法で鎮火し、生き残れたとしても一生消えない傷を残されるだろう。そうすればエルの人生は終わりだ。

 

 (………あれ?)

 

 ここで1つの矛盾に気付く。

 

 (俺ってなんで殺そうとしてるんだ?)

 

 氷で頭が冷やされたからか、又は戦い始めてから相当時間がたって冷静になり始めたからか、それとも戦い自体を楽しみだして目的そのものを忘れ始めたからか、はたまた全てなのか。兎に角その考えに行き着いたのだ。

 

 そもそも何故自分はベートをこの男を殺そうとしているか?大前提として、ヤミはエルの幸せを願っている。アイズと同様にエルの圧倒的な才能に魅せられ、エルの境遇についても思う所があったからだ。しかし、今の行動は真逆。エルの幸せを脅かす行為。殺人を犯せばタダでは済まない。しかも、オラリオでも屈指の人気を誇る飲食店『豊饒の女主人』で暴れ出し、オラリオトップクラスの【ロキ・ファミリア】のメンバーを殺害。満場一致で獄中生活だ。最強の冒険者を目指すエルの今後の人生に支障をきたすどころかゲームセットだ。幸せを願っていると口にしているが、彼はエルを不幸にする行動をとっていて矛盾が発生している。

 

 まず、暴走した原因はベートの所為で間違いない。エルもベートの発言に怒り心頭だったのは疑いようの無い事実だ。だとしても、エルはこの男に死んで欲しいと思うだろうか?自分にムカつく行動をした者を殺そうと思う人物だろうか?否だ。エルは確かに怒った。しかしエルの性格上、怒りの大半は悔しさからだろう。反抗心の塊みたいな奴だ。馬鹿にされて悔しい、こんな事を言われる自分に腹が立つ、必ず強くなって見返してやると言った感情渦巻いていた。それに自分でアイズに言ってたではないか。『エルだって本当はこんな事を望んでいない』と。どんなに嘘吐きでも自分の心だけは騙す事は出来ない。

 

 確かにエルを散々馬鹿にしたベートに対して、ヤミは彼を殺したい程憎いと思っていた。しかし闇に人格が切り替わった原因が暴走である以上、暴走の目的に反する行動は出来ない。エルの心を無視した行動を暴走状態では取れないのだ。そしてエルの心とベートの殺害は関係ない。つまり、この暴走はエルの意思とは関係ないと言う事だ。ヤミは『ベートを殺す』という何者かの意思で暴走したのだ。エルの負の感情を利用したヤミとエル以外の第三者の犯行であるという事だ。

 

 しかしヤミに心当たりが無い。

 

 (じゃあ誰なんだ?あの時聞こえた『殺せ』という声は?エルの心に混ざっていたあの声は?)

 

 もし誰かが外から精神魔法で侵入してきたらヤミは間違いなく気付く。だから断言出来る。精神系の魔法で侵入された形跡は無い。しかし、あの時エル以外の何者かの感情があったのは事実なのだ。

 

 思考を巡らせるが答えは出ない。それにいつまでもこの状況のままいても、寒さや凍傷によって体力が削られるだけだ。まずは脱出する事が先決である。

 

 【獄炎(ヘルブレイズ)

 

 ヤミは両手から【獄炎(ヘルブレイズ)】を発動する。これによって手を凍らせていた氷が解け、手首より先が自由になった。力が入れ易くなったヤミは拳を強く握り、力を外側に向ける。あれほどビクともしなかった氷に数秒でヒビが入る。そこからはドミノ倒しの様にヒビがみるみる広がり、やがてポップコーンの様に弾け飛んだ。

 

 バリンッ!!

 

 「?!きゃあ!!」

 「おっと、大丈夫っすか?」

 「ラウル、ありがとう」

 

 氷が破壊された衝撃で吹っ飛ぶアキナティをラウルがお姫様抱っこで受け止め、体勢を整えてから地面に降ろす。ヤミは変な格好で、凍らされて固まった肩をほぐす。そんななんとも無かったかの様な雰囲気を醸し出すヤミを見て1人が言葉を漏らす。

 

 「化け物め」

 

 【ロキ・ファミリア】のヤミへの評価が一変していた。戦いが始まった当初の頃は、『才能はピカイチだが攻撃が単調がなんなく隙を付ける。ファミリアとしては対処は簡単』だという評価だったのに対し、現在は『いくら攻撃しても倒れない化け物』へと変わっていたのだ。十数人のレベル4、5、6の近接部隊の攻撃を受け続け、何十本の矢で貫かれ、止めのリヴェリアの【ウィン・フィンブルヴェトル】を食らっても倒れない。それどころか、既に矢を抜き、闇で傷を回復させていた。

 

 【ロキ・ファミリア】は直ぐに戦闘態勢を取る。しかし彼等が予想だにしない言葉がヤミのくちから飛び出した。

 

 「突然で申し訳ないんだが、もう戦いを止めないか?」

 「はぁ?!」

 「何言ってやがんだ!!テメェが始めたんじゃねぇか!!」

 「勝てねぇと分かったからって都合が良いにも程があんだろ!!」

 「そんな甘い話があると思ってんのかぁ!!」

 「腰抜け!!」

 「黙れ。貴様らには聞いていない」ギラッ

 「「「「「「「うっ?!」」」」」」」

 

 ヤミの提案に納得していない者達が罵声を浴びせる。罵声を浴びせていた者達はフィン達一級冒険者を除く二級の冒険者の者達。この戦いでは数がの暴力でフィン達をサポートしただけに過ぎず、単体どころか、フィン達一級冒険者がいなければまともに戦えない連中だ。内面は戦いが終わってホッとしているが、【ロキ・ファミリア】というブランドを背負っているが故のプライドが罵声を浴びせたのだ。結果はヤミが凄むとビビってしまい、一瞬にして静かになったのだ。

 

 フィンは長年の経験からヤミが戦いを止めようとしているのは嘘では無いと思えた。しかしそれで直ぐ終わりにする訳にはいかない。部下への示しもつかないからだ。何より相手はベートを殺そうとした。そう簡単に終わる事では無い。

 

 「君が戦いを止めたいのは分かった。しかし理由を聞きたい。それといくつか質問もさせてくれ。それ次第では君の提案を受けよう」

 「団長?!」

 「これは団長命令だ」

 「ッ?!」

 

 部下が物言いを団長命令で黙らせる。

 

 「話が分かる奴で助かった」

 

 そこからヤミはアイズに話した事(暴走の事)と先程分かった事(エルの意思では無い事)を話す。当然信じ難い内容ではあったが、彼の生物としての特徴が、この世界で知られているどんな亜人とも違っていた事。そしてミノタウロスに負けた日の翌日に【ロキ・ファミリア】を苦しめる力を手に入れた事から、信じざるを得ない状況であった。

 

 ここからはフィンの尋問タイムである。

 

 「魔神族は不死身なのか?」

 「アイズから聞いていないのか?まあいい。答えは否だ。最強の魔神族といえど死は存在する。寿命以外での死もな」

 「ならばその方法は?」

 「そればっかしは言えない。教えてもし殺されでもしたら大変な事になる」

 「大変な事?何があるんだ?」

 「それも教えられない。言えるのは『死んでも死なない』。矛盾しているが事実だ」

 

 ヤミの『死んでも死なない』がどう言う意味なのか理解不能だった。それでも重要な事というのは分かった。尋問はまだ続いた。

 

 「ベートを殺さないと言うのは本当だろうね?」

 「そうだ。信じられないと言うなら今から神ロキの前で宣言してもいい。神は人が嘘をついたかどうか分かるのだろう」

 

 そしてとうとう最後の質問となった。

 

 「最後に聞かせてくれ。アイズとはどう言う関係だ?」

 「アイズがエルがミノタウロスと戦う姿を見て思う所があった様だ。俺自体はそんなに関係ない」

 

 アイズがレベル1の戦う姿如きに心を奪われるなんてなんとも信じられない彼等だが、ヤミにとってはそれが事実。

 

 「質問に答えてくれて感謝する」

 「こちらが吹っ掛けた戦いだ。処罰がこれくらいで済むなら安いものだ。怪我した者達のポーション代も渡そうかと思っていたがな」

 「別に大丈夫さ。君手加減してたろ?剣で斬られた者達の傷は全員等しく浅かった。本当にベート以外は殺す気が無かった様だね。お陰で大した出費じゃない」

 「さぁな。そいつらが避けるのが上手かったんだろ」

 「そう言う事にしておくよ。その代わりと言ってはなんだけどこんどの遠征で君の力を借りたいんだがどうかな?」

 

 フィンは次の遠征で最下層の到達を目指している。その為には少しでも戦力を補強したい。そこにヤミはうってつけだったのだ。しかし、ヤミは断る。

 

 「済まない。この体の主人格はエルだ。自由に切り替わる事は出来ない」

 「それは残念だね」

 

 この戦いは【ロキ・ファミリア】にとって悪い事だけでは無かった。団員に大怪我はいない。そして彼等にとって必要不可欠だったレフィーアの成長。プラスかマイナスかで言ったらプラスだろう。部下達の殆どはヤミを心底嫌っているが、フィンやリヴェリア等は成長する為の試練の1つとして受け入れていた。このまま何事も無かったかの様に終わるかと思いきや、まさかの事態が起こる。フィン達はそれを目にした瞬間、一気に警戒心を引き上げる。そんな彼等の行動に疑問を抱くヤミ。

 

 「どうしたんだ?」

 「それはこっちのセリフだよ。その闇の玉ほなんだい?」

 

 フィンに言われて初めて気付く。自身の周りにふわふわと浮かぶ凝縮された闇の玉を。

 

 「待ってくれ!俺は何もしていない!闇が勝手に!」

 「ならそれはどう説明するのかい?」

 

 自分がやった訳では無い。しかし、それは紛れもなく自分のヤミから作り出された物だった。これで理解した。いや、再認識した。確かにこの暴走はエルの意思では無い。それでも暴走である事に変わりないと。ヤミ意思とは無関係に右腕がゆっくり上がる。

 

 「止……め……ろ……!」

 

 ヤミが必死に対抗するが止まる気配はない。そしてテッペンまで上がりきった。嫌な予感がしたヤミは叫ぶ。

 

 「避けろぉ!!」

 

 ヤミが叫んだ瞬間に右腕はフィン達へ向けられた。それと同時に闇の玉は猛スピードで彼等を襲い始めた。ビー玉くらいの大きさの塊が変幻自在に襲いかかってくるのだ。全方向から。あまりの不意打ちに誰も対処出来なかった。ベートでさえも、フィンでさえも。リヴェリアでさえも。

 

 リヴェリアは最悪近くにいた者だけは守ろうと防護魔法を詠唱するが、完成させる暇も与えず、闇の玉は彼女の四肢の付け根を貫通した。他の者も同様に付け根を貫通されて立ち上がる事すら困難になる。

 

 そんな彼等を見下ろす様に、ヤミの足は勝手に地面に横たわるベートへと動いていた。闇の玉はヤミと戻り、再び剣を創り出した。このままでは殺してしまう。そうすれば全てが終わる。エルの幸せを願った筈が、自分という闇が存在する所為で彼の幸せを奪う事になる。だが、体が思う様に動かない。暴走に反した行動をしようとした自分はこの体を動かす権利を剥奪されたのだ。しかし、意識はある。だからこそ、その間に聞こえてくる様々な怨嗟の声が余計にヤミを苦しめていた。

 

 「貴様ぁ……」

 「騙しやがって…」

 「卑怯者がぁ…」

 「許さねぇ…」

 「化けてでも貴様を呪い殺してやる……」

 

 そして、とうとうベートの目の前まで来てしまった。剣は高々と掲げられる。

 

 「テメェ、満足かよ。満足だよなぁ!復讐が成功するんだからよ!」

 「……ベート」

 

 ベートは最後の最後までベートだった。これから殺される状況でも自分を見失わない。それは紛れもなく誇り高い戦士だった。

 

 「さっさと殺せ!テメェの言う事が真実なら俺を殺せば暴走は終わんだろ!なら殺せ!もともと俺とテメェの勝負だ!俺が負けたから殺される。それだけの事だ!自然界では当然のルールだ!だがそれ以外は別だ。俺以外の関係ねぇもんを殺してみろ!タダじゃおかねぇぞ!」

 「ベートさん……」

 

 普段のベートからは考えられない仲間思いの言葉に涙をこぼす。人は追い詰められたりした時に本性を垣間見る。

 

 「さぁ!殺れ!」

 「………済まない。お前は駄犬でも雑魚でも弱くも無かった。弱いのは……この俺だった」

 

 そう言ってヤミは剣を振り下ろす。ベートへ、【ロキ・ファミリア】へ、ヘスティアへ、ベルへ、そしてエル。自分に勝つ事が出来なかった弱い自分への申し訳ない気持ちを乗せた剣はベートの体を……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                    ……貫く事は無かった。

 

 ガシッ!!

 

 何者かがベートを貫こうとする剣を素手で掴んだのだ。しかも彼等にとっては最も信頼できるタンク役のドワーフ。

 

 「ふう、やれやれ。間に合ったわい」

 「?!…へ、随分遅かったじゃねぇか。てっきり爆睡してるかと思ったぜ」

 「ふんっ!少し見ぬ間に随分とカッコいいセリフを吐く様になったじゃねぇか。ツンデレとやらは治ったのか?」

 「「「「「「「「「「ガレス!!」」」」」」」」」」 

 

 ガレスが間一髪で助けに入ったのだ。しかもそれだけでは無い。ガレスがいると言う事は彼女もいるのだ。

 

 「私だっているよ!」

 

 ヤミの左脇腹を蹴る少女、ティオナの参戦だ。

 

 「ティオナさん!」

 「ごめんね。こんなに遅れちゃって。ガレスが全然起きないんだもん」

 

 2人の復活に彼等のテンションは最高潮に達していた。しかし、彼等を抜きにした【ロキ・ファミリア】でも倒せなかった化け物だ。その化け物相手に2人で挑むという絶望的状況である事には変わりない。彼等だってそこら中に倒れる仲間を見れば彼の強さは理解出来るだろう。しかし、彼等の表情は複雑そうにしていながら、絶望感漂う表情を欠片もしてない。何故なら、【ロキ・ファミリア】にとって犬猿の仲だが、力は何処よりも認めているあのファミリア参戦しているからだ。

 

 「オッタル、アレン、お願い」

 「「ハイ!」」

 

 透き通る女性の言葉に2人が動く。女性の名前はフレイヤ。【ロキ・ファミリア】とオラリオ双璧を成す【フレイヤ・ファミリア】の主神だ。美の神として知られている。オッタルとアレスはそんな【フレイヤ・ファミリア】の団長、副団長の関係だ。アレンがレベル6でオッタルはオラリオ最強のレベル7だ。そんな彼等は普段の仲は最悪だが、フレイヤの命令があって場合のみ協力する。しかも戦いに参加するのが彼等2人なだけで【フレイヤ・ファミリア】が幹部含めて勢揃いしていた。

 

 「しっかりついてこいよ鈍足」

 「安心しろ。お前に合わせるくらい大した苦労じゃない」

 「チッ、いちいち上から目線でムカつくんだよテメェ。出来るもんならしてみやがれ!」

 「無論そのつもりだ」

 

 そこからの戦闘は圧巻だった。傷を直したとはいえ体力は戻っておらず疲労したヤミを完膚なきまでに叩き潰す2人。お互いの行動を先読みし、ヤミが吹っ飛ぶ場所に先回りして繰り返される超速連打。目で追うのがやっとだった。彼等の戦闘を見てフィン達は思い知らされた。『自分達はオラリオ最強の一角だと言われて思い上がっていただけだ』と。彼等は迷宮攻略に力を注いだら自分達の記録を突破されてしまうと。

 

 そして、アレンがヤミをかち上げると既に上空で待っていたオッタルがダブルスレッジハンマーでヤミを闘技場に勢いよく叩きつけた。その衝撃で砂埃が舞う。砂埃が止むと、気絶したヤミを2人が見下ろす光景が目に飛び込んだ。自分達が倒せなかった相手をものの数秒で倒す2人が、それこそ化け物に見える程だ。

 

 「チッ、【ロキ・ファミリア】が随分と苦戦してるからどんな奴かと思えば大した事無かったな。こんな奴相手に苦戦するなんざ奴らも落ちたものだぜ」

 「フレイヤ様、こいつをどうしますか?」

 「うーん、とりあえず連れて帰るわ」

 「「分かりました」」

 「まっ、待ってくれ!」

 

 気絶したヤミを担いで連れて帰ろうとする【フレイヤ・ファミリア】を止めるフィン。

 

 「彼の処遇は僕達に任せてほしい」

 「でも倒したのはうちの子供達だけど?」

 

 自分達がヤミの処罰を決めると提案するが、フレイヤの言葉に何も言い返せない。結局彼を止めたのは自分達では無く彼等だからだ。この戦いに終止符を打ったのは彼等なのだ。しかし、まだ完全に終わった訳では無かった。ヤミの指先がピクッと動くと彼を背負っていたオッタルの肩から離脱する。

 

 「まだ気絶してなかったか…………いや、気絶してもなおと言った所か。その根性は賞賛に値する」

 

 ヤミは確実に気絶していた。それでも動いているのは彼のスキル【寝言】が発動しているからだ。意識が無くとも戦う事が出来る。

 

 「……うぅ……ガアッ!!」

 

 獣の様にオッタルに飛びかかるヤミ。そんな彼とオッタルの間に割り込んだ神物がいた。

 

 「エル君!もう止めて!!」

 

 ヘスティアだった。2人の間に割り込むと両手を広げたのだ。ヤミは彼女に激突する寸前で止まり、自分の邪魔をする彼女を威嚇する。しかし、そんな威嚇をされても彼女は全く引かなかった。

 

 「もう良いんだよ。君の思いは十分あの子達に伝わったよ。もう休んでも良いんだよ」

 

 威嚇するヤミにゆっくり近づくと彼を抱きしめた。周りから『危ない!』『離れて!』と聞こえても変わらず抱き続けた。彼を落ち着かせる為に背中を優しくさすって。

 

 「グルゥ…ガァッ!!」

 「イッ!!」

 

 ヤミは自分を抱きしめるヘスティアの肩に噛み付く。肉が見えそうになるまで強く噛み付く。それでも彼女は話そうとしなかった。

 

 「大丈夫だよ。私はエル君の味方だから」

 

 ヘスティアが優しい言葉を投げかけ続ける。すると段々ヤミの噛む力が弱くなり、とうとう離した。

 

 「私は大丈夫だよ。エル君だって辛いよね。本当はこんな事する子じゃないって僕は信じてるよ。今日もダンジョン攻略頑張ってたもんね。疲れたでしょ。もう休んでも良いんだよ。大丈夫。エル君は僕が守ってあげるから」

 

 母親の様な温もりに包まれたヤミはそのまま【寝言】の効果も切れて寝てしまったのだ。

 

 戦いが始まって既に3時間が経過していた。こうして長い戦いは終わりを告げたのだった。

 

 

 

 




 ご愛読ありがとうございます。

 皆さんお疲れ様です!vsロキファミリアもとうとう終わりました!長かったね。豊饒の女主人編は約2ヶ月。そしてヤミが登場してからは約1ヶ月。投稿ペースが落ちていたのもありますが大変でした。それでもついてきてくれた皆様には感謝の気持ちでいっぱいです!大変ありがとうございます。

 次回はその後のヤミの処遇などを1話、多くても2で終わらす気なのでそれが終わったらまた本編ストーリーに戻ります。怪物祭では彼女が活躍するので期待して下さい。

 では次回もお楽しみに!またね



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兄との別れ

 おはようございます!

 てか皆さん凄いですね。遠慮が無い。低評価でも送られないよりマシだと言ったら更に酷い低評価の荒らし。もうほんと参っちゃうよ。

 ん?こんなに書かなかったのは何故かって?それはね、、たまたまです。書こうとしてたんだよ。いつも見てる阪神戦の後に書こうって。でも勝ったらそれで喜びで書けなくて、負けたら悔しくて書けなくてで。優勝争いが酷くて勝敗がより重くのし掛かるんですよ。

 てか野球ファンの方!ドラフト見ました(阪神ファン)?森木大智取れましたね!まぁ小園も良かったんですけど森木ファンだったから正直クジ外れてラッキーと思いました笑笑らいねんは体作りながら2軍で経験積んで、2年目に奥川や及川に佐々木みたいに活躍して欲しいですね!

 では本編どうぞ!


 「うーん、大丈夫かな?2人とも」

 

 ベルは現在ダンジョン攻略に勤しんでいる。昨日勢いに任せて日の出間近(AM:3:00)までモンスター達を狩って家に帰ったと言うのに、数時間の仮眠を取るとまたダンジョンへ足を運んだ。数日前…いや、昨日の出来事が無かったらここまで自分は一生懸命では無かっただろう。

 

 ティオナとの出会い、(エル)の言葉、そして『豊饒の女主人公』で突きつけられた現実。ティオナとの出会いだけでは情景で終えていた。(エル)の言葉だけでは怒りや妬みなどの負の感情を抱くだけだった。『豊饒の女主人』で突きつけられた現実だけだった弱い者は強い者に虐げられるのがこの世の摂理だと理解し絶望するだけだった。前者だけならまだしも、後者の2つを続けた日に体験するなんて側から見ればとんだ災難だなと思われるだろう。しかも、前者だって元々はミノタウロスに襲われたからからこそ発生した出来事だ。

 

 しかし、ベルはちっとも災難とは思っていなかった。それら全てがたった2日で起きた出来事だからこそ、より強い意思が生まれた。だから、自分にとって昨日は災難などでは無く、運命だったのだ。

 

 しかし、そんなベルも仮眠を取った後のダンジョンでは集中力が欠けていた。ポーションを多く買い過ぎるわ、地形を確かめずに転ぶわ、正面からのゴブリンの攻撃に反応が遅れるわで仮眠をする前とでは動きがまるで違う。

 

 それは彼が序盤に言った2人が関係していた。2人とは勿論エルとヘスティアの事だ。

 

 

 

 AM:3:00

 

 ダンジョンから帰還すると既に朝方で、日の出に近かった。時刻が時刻なだけに魔石の換金は起きてからにした。帰路を歩きながら、ベルはこれから起きるであろう事を予想してブルーな気分になっていた。それはヘスティアに怒られる事だ。以前にエルが日を跨いでダンジョンに潜ったのが原因で、夜の外出には厳しいのだ。あの時なんか本当に大変だった。

 

 

 

 

 『いいかいエル君?ベル君も良く聞いといてね。夜中までダンジョンに潜る必要なんて何処にも無いんだからね!そんな事して体調崩したりしたら元も子もないんだから!それに君達はまだまだ伸び盛りな歳頃なんだからいっぱい食べてしっかり睡眠を取らなきゃ大きくならないよ。エル君も身長気にしてるだったらもっと努力しなきゃ。体格で全てが決まるなんてのは都市伝説だけど、それでもアドバンテージの1つでもあるんだから。体格が違ければリーチも違う。だからこれも1つの修行だよ!いい?』

 『『は、はい』』

 『……………エル君』

 『……はい』

 『神様が、下界の子が嘘ついてるかどうか分かるって前も話したよね?』

 『そう、ですね』

 『じゃあ僕が君に話しかけた理由は分かるよね?』

 『…………』プイ

 

 ヘスティアが問いただすとエルは明後日の方向を見つめた。今日は良い天気だなと思いながら。

 

 『こらあああああ!!都合が悪くなったからって顔を逸らすんじゃない!どうせ日を跨いだって戦闘に支障は無いと思ってるんだろ!』

 『まぁ結論から言うとそうですね』

 『開き直るんじゃなあああい!もう良い!そんな事言う子のステイタスなんか更新してあげません!』

 『そ、そんなぁ〜。あんまりですよ!』

 『日を跨ぎたかったらレベル2になるか、レベル2以上の信用できる冒険者とパーティを組む事!そうじゃなきゃ認めません!嘘ついても分かるからね!』

 

 

 

 

 と、約1話間に渡り説教を受けていたのだ。前回はエルが中心、というか最初の数分以外はエルが怒られてた。この様な出来事があったからこそ、今回は自分が怒られるのだなと思っていた。

 

 そしていざ階段を降りて部屋の前に立つ。ライトが点かないと言う事はまだ起きていないのだろう。もしかしたら寝てると見せかけて安心して入って来た所で大声を出し、驚かすのではないかと予想する。だが、知る筈も無い答えをいくら考えても仕方ない。それに既にヘロヘロだ。迷った末にベルは怒られるならさっさと怒られて直ぐに寝る方を取った。意を決して部 ドアを開ける。

 

 「た、ただいま〜」

 

 朝方だから少し声量を落として帰宅を知らせた。しかし、返答は無い。試しにもう1度言っても結果は同じ。自分の無駄な覚悟にドット疲れた。だが、部屋に入ると返事が無い事に納得した。2人がいないのだ。ホームの何処を探しても姿が見当たらない。

 

 「どう言う事?神様は?お兄ちゃんは?」

 

 既にエルの帰りを見たから、まだ帰って来ていない説はあり得ない。ダンジョンへ出掛ける時もこんなに早い事はかつて無い。よってそれは考えにくい。

 ヘスティアにしても同様で可能性ほ限りなく0と言えるだろう。

 

 彼等の事が気掛かりだった。前例が無い出来事に戸惑う。そんの思いを抱きながらベルは寝た。そう、寝たのだ。

 

 (神様もなんだかんだ言って神様だし、お兄ちゃんもお兄ちゃんだから大丈夫でしょ)

 

 彼等の心配より、疲労が優ってしまったのだ。ベルは押し入れから布団を出して敷こうとする途中、体力が尽きてバタンキューしたのだ。

 

 

 翌朝は9時に起床する。仮眠を取る気だったのだが、思いの外ぐっすり睡眠を取ってしまった。目を覚まし、体を起こして周りを見ても2人は居なかった。この時間なので、居ないのはバイトとダンジョン攻略だろう決めつける。自分もいつまでものんびり出来ないので、朝食を取り次第胸当てを装備して家を出た。

 

 普段はポーションを買ってからダンジョンへ向かうのだが、念のため、ヘスティアのバイト先に顔を出そうとジャガ丸君屋台を目指す。大丈夫だとは思うがもしもの事がある。顔を見て安心したいのだ。しかし、店に来てもいつも看板娘として声を張り上げているヘスティアの姿は無かった。ベルはもしかしたら裏で仕事してるのかと思い、店長に声を掛ける。

 

 「あの、おはようございます。ここで働いている神様、ヘスティア様の眷属のベル・クラネルって言うんですけど、ヘスティア様って今日来てます?」

 「あの子なら来てないよ」

 

 どうやらここにもヘスティアの姿は無い様だ。ますます不安が高まっていく。そんな彼に店長は紙を差し出した。

 

 「なんですか?」

 「朝この書き置きが店の前に置いてあったんだよ。ほら、商売中だから買わないならそこをどきな」

 

 ベルは邪魔にならない位置に移動して書き置きを読む。

 

 『諸事情でバイトは休ませてもらうよ。訳あって詳しい事は言えないけど数日、早ければ今日中には終わると思うからそんな心配しないでおくれよ!休んだ分のジャガ丸君の売り上げは後日一生懸命売るから許してヒヤシンス

 可愛い神様ヘスティアより』

 

 自分の事を可愛いと書くお茶目さは置いとくとして、とりあえず安心する。この字は間違いなく彼女の字だ。拉致等はなさそうだ。そもそも金も地位も知名度無い【ヘスティア・ファミリア】を狙うのは考えにくい。書き置きがあるなら事故の線も薄いだろう。しかし自分を差し置いてバイト先には手紙を残すのは酷い。対して自分はどうでも良いのかと頭によぎる。ヘスティアは以前からエルをより目に掛けている節がある。

 

 (ヘスティア様はお兄ちゃんにこの事は教えてるのかな?そうだとしたら寂しいよ。………てか神様、スルーしてましたけど『許してヒヤシンス』ってなんですか?これ謝って無いですよ。そんなふざけた文章書いて……ま、怒られると思いますが自業自得ですので頑張って下さいね)

 

 自分よりバイト先に書き置きを残した彼女に対して若干辛辣になるベルだった。

 

 

 

 

 「ああ、ポーション買い過ぎちゃった。足りないよりは良いけど。でもこの量は邪魔にならないかな?これから家に戻るのも面倒くさいし……あっ!忘れてた!」

 

 いつもの所でポーションを買ったベルは昨日食い逃げをしてしまった『豊饒の女主人』へと足を運ぶ。

 

 「え?………ここが、昨日食べに来た店?」

 

 ベルは『豊饒の女主人』の現在の状況を見て絶句した。窓ガラスは全て割ている。入り口から見える店内はもっと酷い。ボロボロのテーブルに椅子。昨日までは無かった広範囲にわたる床の凹み。店員が修復作業をしているがその表情は怒りに満ちていた。そしてカウンターで料理をしていた優しい顔が印象的な女将の不在。昨日まで楽しい空間がたった一夜にして一変したのだ。

 

 正直この空間に入り辛い。というか入りたく無い。しかし、それも自業自得。自分が謝らなければいけない原因を作ったのだ。ベルは勇気を振り絞り、入店する。すると入店する者がいる事に気付いた彼女達は先程までの表情とは打って変わって営業スマイルになった。プロ意識の凄さに感心する。そして入店したのが自分だと気付くとシルが駆け足でやって来た。

 

 「ベルさん!」

 「シルさん、あの、女将さんは居ますか?」

 「すみません。ミア母さんは今日はお休みです」

 「そうですか」

 

 シルは女将と言われると表情を暗くして答えた。店の状況に女将の休み。何か大変な事があったのは明らかだったが、ベルは何も言えなかった。

 

 「あ、昨日はすみませんでした。お金も払わずに店を飛び出しちゃって」

 「いえ、大丈夫です。こうして戻って来てくれて嬉しいです」

 「あの、これ昨日の払わなかった分です。足りなかったら利子って事で色をつけて返します」

 「ふふ、ベルさんは偉いですね。でも足りるので大丈夫ですよ。それに足りなくても今日の内に払いに来たら代金以上は取らなくて良いって言われてますから」

 

 笑顔でサラッと言う彼女に戦慄を覚える。もし返すのが1日遅れたらどうなっていた事やら。

 

 その後、ベルはシルにまたしても昼食を渡された。裏でなにやら店員達がヒソヒソ話しをしてそれにシルが顔を赤くして叫んでいたが、ベルにはなんの話か見当も付かなかった。

 

 「シルさん、お店大変そうですけど頑張って下さいね。何かあったら呼んで下さい。直ぐに駆けつけてますんで」

 「えっと、どうやってですか?」

 「そ、そうですよね。連絡手段が。あの、ギルドの受付嬢のエイナって人に声掛けて下さい。それか路地裏にある教会に手紙でも寄越して下さい。あそこに住んでるんで」

 「ああ、あそこですか。分かりました。ありがとうございます」

 「いえいえ」

 

 そんなやりとりをして店を後にしようとすると最後に一言と言ってシルが耳元で囁く。

 

 「会った次の日に家を教えるなんて大胆な人ですねベルさんって」

 

 上目遣いで頰を染めながら言う彼女の顔で脳が沸騰してしまうベル。

 

 「そ、そんなつもりじゃなかったんですうううううう!!!」

 「ふふ、お可愛い事こと」

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんながあって現在に至る。書き置きがあってあの時は安心したが、後々考えるとアレは誰かに無理矢理書かされたのでは無いかと思えてくる。だって姿が見えないのだから。それにエルの事も心配である。

 

 (大丈夫かな?自分の事(主に身長)を馬鹿にされて実力以上の人に喧嘩売ってやられたりして無いかな?)

 

 いつものように夜近くまでダンジョン攻略をしようかと思っていたベルだが、こんな身に入らない状態で戦っても危険なだけだと思い、早めに引き上げた。

 

 地上に戻ると魔石の換金をする為にギルドへ向かうのだが、何やらギルドが騒がしい。何かなと思い、人をかき分けて先頭に出ると信じられない光景が広がっていた。それは【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】が一緒になってギルドから出て来たのだ。それもそれぞれの主神を先頭にして。

 

 「おい、アレがあの美の女神か?超綺麗だな」

 「馬鹿か?あの2大ファミリアが肩を揃えて歩くなんて聞いた事無いんだぞ!そっちの方が驚きだろ。………まぁ確かに綺麗だ」

 「だな。綺麗だ」

 

 この普通ならあり得ない状況にベルは戸惑いを隠せない。どちらも憧れのファミリア。特に【ロキ・ファミリア】だ。

 

 (ん?【ロキ・ファミリア】?……ティオナさんは何処だああああ!!)

 

 【ロキ・ファミリア】がいる事でティオナが見れると思ったら俄然テンションが上がる。目をキョロキョロさせてティオナを探す。すると見つけた。彼女を。アマゾネス特有の露出度の高い服装。直ぐに見つけられた。だけど何処か表情が暗い。というか戸惑っている様子だった。大丈夫か心配していると彼女と目が合った。彼女は目をパチクリさせる。ベルは恥ずかしさのあまり逃げ出したくなるが、その気持ちを必死に抑える。

 

 数秒目を合わせると彼女は何故か、自分にウインクをしてから。この瞬間、自分は逃げ出す事を決意する。この空間に居られない。幸せが爆発してしまいそうだからだ。申し訳ないと思いながら彼女に背を向けて走り出そうとすると、手を掴まれた。状況から、一瞬彼女かと思って気がどうにかなると思った。しかし違う。すぐに分かった。この手は彼女の物ではない。この手はいつも自分を助けてくれた手だ。自分の唯一の家族の手だ。

 

 「お兄……ちゃんっ?!」

 

 振り返ると自分の手を握っていた人物は全身をローブで覆っていた人物だった。影で顔がハッキリと見えないが自分の兄だと直ぐに分かった。兄がどうして彼等と居るのか不明だが、それ以上に衝撃的な光景が見えた。ローブ姿の兄の首元に男女2人が短刀を突きつけていたのだ。しかも1人は昨日自分が刃向かったベートだったのだ。

 

 「動くんじゃねぇ」

 「余計な動きはしないで」

 

 2人が1人に刃物を向けている事に野次馬は騒然とする。

 

 「2人とも、武器はしまうんだ」

 「でも団長!」

 「しまうんだ。こんな所でする事じゃない。3回目はないよ」

 「ッ!」

 

 2人はフィンの指示に従い、刃物をしまう。

 

 「すみません。少しでで良いんです。もう会えるか分からない家族に一言だけ」

 「え?」

 

 その言葉でやはり兄だと確信した。そして兄が言った『会えるか分からない』という言葉にただならぬ恐怖を感じた。

 

 「ベル、分かるか?俺はエルだ」

 「うん、分かるよお兄ちゃん」

 「お兄ちゃんな、やらかしちゃったみたいでお前ともう一緒に住めないんだ」

 「な、なんで?」

 「みんな待ってるから詳しい事はヘスティア様に聞いてくれ」

 「やだ、なんで!なんでお兄ちゃんと一緒に住めないの!」

 「ベル!!」

 

 祖父が死に、唯一の家族である兄とも一緒に暮らせないという突きつけられた言葉に泣き出してしまった。1人で暮らせと言われた訳じゃない。ヘスティアは残る。しかしそう言う問題じゃない。兄は小さい頃からずっと一緒に暮らして来たのだ。そんな家族と暮らせなくなる。これ程辛い事は無い。しかし、そんなベルをエルは一喝する。そしてまるで死に際の遺言の様な言葉は、今まで1番優しい声だった。

 

 「ベル、一昨日はキツイ事言って悪かったな。でもな、あんな事言ったのは、俺はお前に英雄になって欲しいからだ」

 「英雄?」

 「そうだ。ベルの大好きな英雄だ。いつもなりたがってたろ。俺はベルならなれると思ってる」

 「む、無理だよ。僕みたい弱い奴が」

 「大丈夫。お前は英雄になるのに最も大切な2つを持っている。それは、優しさと勇気だ。お前は誰よりも優しい。人を傷付ける事なんて絶対にしない子だ。それにお前は立ち向かった。誰もが強者と認めるベート・ローガに。それも人の為に」

 「お兄ちゃん……ぐすっ」

 

 エルの手は僅かに震えていた。ローブで顔は見えないが泣くのを必死に堪えているのだろう。それに気付いて更に涙が溢れてくる。

 

 「ほら泣くな。英雄は人前で涙なんか見せないぞ」

 「うん………うん、大丈夫」

 

 ベルは目を擦って涙を拭く。気を抜いたら直ぐに零れる涙をグッと堪える。

 

 「良し、良い子だ。それじゃお兄ちゃんはもう行くな。ヘスティア様と仲良くな」

 「お兄ちゃんも、元気でね」

 「もう良いだろ、さっさと行くぞ」

 

 エルの肩を掴んで連れてこうとする【ロキ・ファミリア】のメンバー。しかし、エルはラストと言ってその者の手を振り解き、ベルを抱きしめた。

 

 「ああ、最後に一言だけ言わせてくれ。俺は、ベル・クラネルの兄、エルアコス・クラネルはいつでもお前の事を応援している。姿は見えなくてもずっと見守っているぞ」

 

 そこで初めてローブの中のエルの顔が見えた。やはり涙を流していた。それでも1番綺麗な顔だと思った。その顔を見て我慢の限界を迎えたベルは人前で大声で泣いた。

 

 

 

 結局、エルは彼らと歩き去ってしまった。既に太陽は沈みかけ、少なくなったギルド前でベルは膝をついて未だに涙を零していた。そんな彼を背後から抱きしめるのは、彼の主神(・・・・)であるヘスティアだった。

 

 

 

 

 

 




 ご愛読ありがとうございました。

 すいません、エルの後日談って言うか、ベルメインの話になりましたね。家族との別れってとても悲しいですよね。特にヘスティアは抜きとして唯一の家族との別れですからね。想像を絶する悲しみだと思います。次回はこの時エルに何があったのかを書きたいです!

 では次回もお楽しみに!またね


 ps.自分の前書きって大体野球主に阪神についてなのでそこのところよろしく!
 


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我慢

 

 ヘスティアはベルの肩に手を置く。その行為には『悲しいのは分かる。だけど、泣くのは家に帰ってからにしよう』、そう言う意味が込められていた。ベルもその意味が分からない訳では無かった。それでも立ち上がれない。力が入らなかった。ヘスティアはそんな彼の正面に回り、優しく抱きしめた。自分よりも小さな彼女が、その時は大きく感じたとベルは思った。

 

 「ベル君…………お家に帰ろ」

 「………はい」

 

 ベルはヘスティアに手伝ってもらって立ち上がり、肩を担いでもらいながらゆっくりと家に帰った。

 

 ベルは家に着くと、彼はエルの部屋に入る。自分の部屋と大して変わらないその部屋。しかし、部屋に飾ってある写真を見て、感極まって涙が溢れた。その写真とは、家族写真。ベルとエルとゼウスの3人で撮った最初で最後、唯一の家族写真。真ん中にゼウスがいて、両サイドにベルとエル。笑顔なゼウスがベルを抱き寄せ、悪戯顔でエルの頭をくしゃくしゃし、ゼウスの行動に迷惑そうにして睨むエル。ベルもこの写真を持っていて、宝物だった。作った顔ではなく、3人それぞれの素の表情が出て綺麗と思えたから。家族全員に配られ、エルにも当然ゼウスから渡されていた。当時はこの写真を素直に受け取らなかった彼が、大事そうに写真立てに入れて飾っているのだ。

 

 (兄ちゃん、あの時頑なに『要らね』って言ってたのに……)

 

 ベルは、この悲しみを全て吐き出す様に、泣きに泣いて涙も枯れ果てるまで泣いた。涙も枯れ果て疲れきった彼は、その部屋に兄の布団を敷いて寝た。もしかして翌朝に『勝手に俺の布団で寝てんじゃねぇ!』と怒る兄の姿を想像して。

 

 ベルだって分かっている。そんな事はあり得ないと。夢物語だと。怒られたい訳でも無い。怒られてもいいから帰ってきてほしかったのだ。自分の成長を1番近くで見てて貰いたい人だから。

 

 

 

 

 「………う、うーん」

 

 しかし、寝た時間が夕方と早かった為か、彼は夜中に起きてしまった。当然太陽光は差していない。だが、リビングが明るかった。

 

 (ん?まだ夜なのに、誰?神様?それともお兄ちゃ……)

 

 兄と思いかけて、彼の思考は1度停止した。

 

 (もしかして!帰って来たの?!)

 

 ベルは奇跡が起こったと思った。眠たい瞼を擦り、灯りの主がいるであろうリビングに走り出す。勢いよくドアを開けるが、エルの姿は無かった。居たのは唯一の同居者であるヘスティア。彼女が布団にも入らず、灯を付けたままで机に突っ伏していた。居たのが兄では無い事にショックで溜め息を漏らす。そして、寝ているであろうヘスティアにせめて毛布を掛けてあげようと毛布を持ってきたところ、まだヘスティアが寝てない事に気付く。体が不規則に震えている。だが、こちらに気付いた様子は無い。ベルはヘスティアに声を掛ける。

 

 「神様?どうしたんですか、こんな時間に。布団で寝ないと風邪引きますよ」

 「ん?ああ、ベル君か。どうしたんだい?ダンジョンに行くには早過ぎと思うけど」

 「ッ?!」

 

 ヘスティアの顔を見たベルは息を呑んだ。彼女顔は普段からは想像も出来ないほどに、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。涙は木で出来ている机に完全に染み込んでいる。先程の不規則な震えは悲しみで泣き叫ぶのを必死に堪えていたのだと気付く。驚いているベルを見たヘスティアは首を傾げる。

 

 「ん?どうしたの?そんなに驚いて。……ああ、僕の顔か、はは、参ったよ。君の前では見せないつもりだったんだけどな。ベル君を前にしても隠そうとする気力も残ってないや。ごめんね。お兄ちゃんを守れなかった弱いk」

 

 ダキッ

 

 ベルはヘスティアが言葉を言い切る前に彼女を抱きしめた。

 

 「神様、そんな悲しい事言わないで下さい。言おうとしないで下さい。神様は弱くなんか無いです。誰よりも強い神です。謝ったりなんかしないで下さい。それに、謝るべきなのは僕の方です。神様がお兄ちゃんを人一倍強く思ってたのを知っていたのに、神様の気持ちも考えず1人で泣き喚いたりして」

 「ううん、ベル君は悪く無いよ。家族を失ったんだもん。泣くのが普通さ」

 「何言ってるんですか、神様だってもう立派な僕達の家族ですよ」

 「言うてもファミリアの主神と眷属の関係だけどね。…………まぁ、それも無くなっちゃったけど」

 「それでも神様はいまでも僕の家族です。そしてお兄ちゃんも家族です。家族の家族はみな家族ですよ」

 「家族………家族かぁ。ねぇ、僕も家族ならさ、泣いても良いのかな?人前で泣いても。弱みを見せて同情を買う狡くてはした無い女性にならないかな?」

 「なりませんよ。家族を失って泣くのは普通だって言ったのは神様でしょ」

 「そ……か、そうだよね。…………う……う、うわぁぁぁぁぁぁぁん!!」

 「いっぱい泣いて良いですよ。気が済むまで」

 

 ベルはヘスティアを抱きしめた。ヘスティアはベルの暖かさに触れて我慢という壁が消滅した。彼の胸の中で何十分も泣き続けた。夜中というのも忘れて涙を流した。ヤミを失った悲しみ。これからずっと帰りを笑顔で出迎えると決めていたのに、支えると決めていたのに、守ると誓ったのに、最強への手助けをすると決めていたのに、その全ての権利を奪われた。

 

 ベルに言った通り、彼の前では我慢する気だった。この件で1番悲しんでいるのは彼だ。仲違い気味のまま飯を食べに行って帰ってくると家族の姿は無い。翌日に再会したが、状況も分からないまま、会話する時間もまともに与えられず、もう一緒に住めないと告げられたのだ。自分とエルみたいな所詮(仮)とも言える薄い家族ではなく、小さい頃から寝食を共にした正真正銘の家族。祖父が死んだ為唯一の家族を、自分の知らない所で進んだ会話により、奪われたのだ。

 

 それに対して自分はどうだ?昨日、エルが帰宅して食べに行ってから、【フレイヤ・ファミリア】に連れてかれるまで、気絶していた時間を除いて常に一緒にいた。助けられた筈だ。そもそも暴走させなければ良かった。エルの精神が不安定だと直ぐに気付いてあの場を離れれば。危険を顧みず、彼らに立ち向かって会話を途切れさせばこうにはなってなかった。裁判でも助けると約束したのに助けられなかった。ベルと違って目の前にいて、救う剣をを持っていながら……。だから自分はベルの前で泣いてはいけない。悲しみの重みが違う。彼の涙と自分の涙を同等に扱ってはいけない、並べてはいけないと思っていた。

 

 でも、結局は泣いてベルの優しさに甘えてしまった。彼なら必ず許して慰めてくれると分かっていたから。気付かれたくなければ、灯りを消せば良かった。もっと言えば彼が寝静まった後、誰もいないオラリオの塀の上で1人寂しく泣けばバレなかった。だけどしなかった。なぜならバレても良いと思っていたからだ。『自分から見せるのは気が引ける、だがバレてしまうのは仕方ない』、と調子の良い事を思ったからだ。こんな気持ち、誰かに慰めてもらわないとやってられないから。

 

 だから自分は弱い神様なのだ。最低最弱の泣き虫神様なのだ。ヘスティアはそう自虐した。

 

 

 

 

 

 「落ち着きましたか?神様」

 「……ん、ありがと。大分落ち着いたよ//」

 

 落ち着いて自身の行動を客観的に判断出来たヘスティアは、先程の自分の行動を振り返り顔を赤くする。泣きそうな所(というか泣いていた)を男に見られ、慰められ、抱きしめられて号泣する。という世の女性陣が羨む体験をしたヘスティアだが、自分が当事者となると崩れた泣き顔」声を聞かれて羞恥心でどうにかなってしまいそうだ。

 

 いや、恥ずかしさだけでは無い。あの可愛らしい顔が今では格好良く見える。昨日まではあれ程頼りなく、情けなかった彼が、今では逞しく見えるのだ。

 

 (あれ?ベル君ってこんなにカッコ良かったっけ?どっちかっていうと可愛い弟キャラだったと思うんだけど)

 

 「神様」

 「ひゃい?!」

 「ひゃい?」

 「な、なんでも無いよ!それでなにかな?」

 

 突然呼ばれて驚いたヘスティアは思わず変な声が出てしまった。ベルはどうしたのか気になっていたが、ヘスティアが半強制的に話題を戻す。ベルは数秒黙ってから真剣な表情で切り出した。

 

 「お兄ちゃんに、何があったか教えて下さい」

 「?!」

 「神様は知ってるんですよね?だってあの場で泣いてる僕を見て何も言わずに抱きしめたって事は、お兄ちゃんにあった出来事を知った上でそれが僕に伝わったと理解したからですよね?そうじゃなきゃあり得ないんです」

 「………まぁ、分かるよね。でも隠そうとする気は無かったよ。君は知らなきゃいけない話だし。君が落ち着いたら話す気でいたよ。僕が言うのもなんだけど、大丈夫なのかい?」

 「大丈夫です………って言いたいですけど微妙ですね。リビングの灯りを見た時お兄ちゃんが帰って来たって思ったくらいですから」

 「そっか、紛らわしい事してごめんね」

 「大丈夫ですよ?!そんな謝んないで下さい」

 

 ヘスティアは説明し辛かった。兄の存在をベルは受け止め切れるのか心配だからだ。ベルの事を話す。つまりそれには暴走の原因である種族を話さねばならない。だが、それを話せば自分達は本当の兄弟では無い事に気付いてしまうからだ。その時ベルは冷静で居られるのか。そんな思考を巡らすヘスティアにベルが声を掛ける。

 

 「神様、覚悟は出来ています。驚かないなんて事は無理でしょうけどどんな話でも受け止めようと思っています。だって僕達は兄弟なんですから。例え血は繋がって無くても、ヒューマンじゃ無くても」

 「え?!知ってたのかい?!」

 

 ベルはまさかの自分とエルは義兄弟だと知っていたのだ。これにはヘスティアも驚きだ。

 

 「ええ。以前おじいちゃんが生きてる頃に僕だけ知らされました。もしかしたらお兄ちゃんも薄々気付いているかもですけど」

 「ええ…君のおじいちゃん言っちゃうんだそれ。結構隠す方が多いのに」

 「まぁ、小さい頃に色々ありまして。………だから大丈夫です。どんな事があっても受け止める自信があります」

 「……分かった。驚いても腰抜かしちゃ駄目だからね」

 「はい」

 

 2人の夜は続く

 

 

 

 

 







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疑問

 ヘスティアはまずあの場に自分達もいた事を伝えた。

 

 「昨日の夜ね、実は僕達も『豊饒の女主人』にいたんだ」

 「え?!そうだったんですか?!」

 

 ベルは全く気付いていなかった様だ。確かに【ロキ・ファミリア】が入店した時みたいな言葉は自分達の時には無かった。

 

 「僕達は【ロキ・ファミリア】が来る前に店に入ったからね。だからそれ以降のあそこであった出来事なら知ってるよ。突然【ロキ・ファミリア】のベート・ローガ君が酒に溺れて君達を傷付けた事も。そして、それに対して君が怒鳴って店を飛び出した事も。見事だったよ。『お兄ちゃんは雑魚じゃない!』ってね。格上相手に立ち向かうなんて中々出来る事じゃ無いよ。立派立派」

 「えへへ、ありがとうございます//」改めて振り返ってみると結構恥ずかしいですね」

 

 ベルはオラリオに来たから褒められる機会が殆ど無かった。半月なのだから当然と言えば当然なのだが、今まで甘やかされて育って来た為長く感じるのだ。だがその分余計に小っ恥ずかしくもなり、頰を掻く。

 

 「あの時のお兄ちゃん言葉。もしかしてと思ったけど見てたんだ。なら少しは僕だってやるって姿を見せられたかな」

 

 数日前に情けない姿を見せていたので、別れる前に良い格好を見せられて少し安心する。しかし、そんな独り言をいうベルに対してヘスティアは申し訳無さそうに話した。

 

 「嬉しそうにしてるとこ悪いんだけど……エル君は恐らくあの時君の勇姿を見れていない。でも勘違いしないでほしい。エル君がそれを知っていたのは、決して誰かに教えてもらったからとかでは無いから」

 「え?それは一体……」

 「……あの時のエル君は暴走間近な状態だったんだ。本人曰く、闇に覆われて何も見えない聞こえないなんていう状態だったらしい。…っていうか話ついてけてる?暴走とか闇って言われて分かる?そこまでは詳しく無かったりする?」

 「いえ、それは大丈夫です。なんとなくですけど理解出来ます。でもなんでそんな状態に?」

 「ミノタウロスの一件に君との喧嘩。少しは和らいでいたとはいえ精神が不安定な時に彼が1番気にしている事を貶されたのが原因だと思う」

 「そんな……でもそんな状態でどうして僕の言葉が?」

 「届いたんだよ。君の強い想いが彼の心にね。僕が横でどれだけ言っても無反応だった彼が、君の叫びを聞いて君の名前を呟いたんだ。少し妬いちゃうよ」

 「お兄ちゃん……ありがとう」

 

 ベルは、自分は兄に嫌われているかもと思っていた。強くて勇敢で何事にも1人でこなしてしまう孤高という言葉が似合っていた兄。それに比べて泣き虫で弱虫で浮ついた話が大好きで。それでいて可愛げがあって兄より人に好かれていた自分。兄と正反対な性格で嫌われる要素満載だ。実際に祖父を交えない一対一での会話は少ない。あの一件で不確かな絆は壊れたと思った。そもそも絆など元から存在せず、自分の事は興味すら無いのかと思った。でも違ったのだ。兄は少なからず自分の事を想っていたくれたのだ。それがとても嬉しかった。

 

 ヘスティアは嬉しさで涙目になるベルを見て兄弟って良いなと思い、行方不明になっている自分の兄弟の無事を祈った。

 

 「でも暴走は止められなかった」

 「……」

 「意識が戻ると思ったのも虚しく、君の言葉を聞いても も止まらないベート君の一言で完全に暴走。その時の衝撃波で僕は一時気絶してしまったんだ。聞いた話によると魔神族特有の能力である闇の暴走によって現れたエル君の別人格である通称『ヤミ』。彼がエル君が暴走する原因を作ったベート君へ怒り、彼の命を狙い始めた。当然はそうはさせまいと抵抗するロキ達とで戦争が勃発。場所を闘技場に移しての戦闘でヤミ君が君辛うじて勝利したと思われた矢先、先に戦線離脱していたティオナ君とガレスランド・ロック君が戦線復帰。更に助太刀に入った【フレイヤ・ファミリア】団長の【猛者(おうじゃ)】オッタル君と副団長【女神の戦車(ヴァナ・フレイヤ)】アレン・フローメル君の攻撃で気絶。

 

 でもまだ終わらない。ヤミ君はスキル【寝言】で無意識ながらも立ち上がり抵抗しようとした。そこで気絶から復帰した僕が身を挺した必死の説得によって彼の戦意は消え終戦。それで今日…じゃなくて昨日、闘技場からギルド最深部の普段は使われていない裁判所へ直行。オラリオで唯一存在する裁判所。その者の存在次第でオラリオ、ひいては世界の行く末が決まると思われる時のみに使用される裁判所。通称【最後の審判の次元(ファイナル・ジャッジ・ディメンション)】へ連行。そこで彼が目を覚ましてから君達2人が再会するまでエル君の処罰を決める裁判が開かれていたんだ。因みにこの肩の傷はエル君を説得する時に噛まれた傷さ」

 「……………」

 

 ベルはあまりの話のぶっ飛び具合に空いた口が塞がらなかった。

 

 「待って下さい神様。話がぶっ飛び過ぎてて何が何やら」

 「うん、1発で理解出来ないと思っていたから気にしないでいいよ」

 「一つ良いですか?いや、聞きたい事が山ほどあるんですけどまず一つ。お兄ちゃんが【ロキ・ファミリア】と戦争ってマジですか?」

 「うん、本当」

 「いや!おかしいでしょ!いくらお兄ちゃんが強いって言ったってそれはレベル1の冒険者になって半月でって言う話でしょ!それがどうしたら都市最大派閥の一角って言われる【ロキ・ファミリア】と戦争にまで発展するですか!そしてなんでちゃっかり勝ってるんですか!!!はぁ、はぁ」

 「ベル君……ナイスツッコミ!」 

 「ナイスじゃないでしょうが!こんな場面で!」

 

 ベルは息を切らす勢いでヘスティアの言葉にツッコミを入れる。ヘスティアはベルの見事なツッコミにサムズアップをかます。

 

 「まぁなんで戦争出来るまで力が跳ね上がったかと言うとカクカクしかじかなんだ」

 「まさか、元々お兄ちゃんの力は封印されていて、それが暴走によって一時的に封印が解けたから【ロキ・ファミリア】と渡り合う事が出来たなんて。そして暴走には必ず目的が存在して、それを達成するか戦闘不能にされるまで、別人格のお兄ちゃんの意思も関係なしに暴れるなんて………」

 「ご説明ありがとう」

 

 ベルに【世界の扉(ワールド・エントランス)】やヤミの存在について説明した。自分の知らない兄の正体を重く受け止めていた。

 (詳しく知りたければ『第6話 ステイタス』と『豊饒の女主人』編を読み返してね!)

 それを理解した上でヘスティアに質問する。

 

 「でも、それならどうしてお兄ちゃんは解放されたんですか?その、別人格のヤミって人の言う通りならお兄ちゃんは魔神族って言う聞いた事もない種族なんですね?それも暴走する可能性を秘めている。確かにお兄ちゃんが今まで通り冒険者でいられるのは嬉しいんですけど、どうしても気になって。それに暴走状態とはいえお兄ちゃんのした行為は簡単に許される事じゃない。それの処罰がファミリアのコンバート。罰じゃないですよね」

 

 ベルの疑問は最もだった。理由はどうであれ、ベルの行為は他ファミリアの眷属への殺人未遂及び、暴行。止めに入った店員への暴行及び、店の器物破損及び、営業妨害。そして暴走という爆弾を抱えた未知の種族。その処罰がファミリアの【改宗(コンバージョン)】だけなんて明らかに可笑しい。これにはヘスティアも同意見らしく、ベルの言葉に頷く。

 

 「それは僕も同意見だよ。いくら自分の眷属だからってこの決定には驚きだったよ。【改宗(コンバージョン)】の理由も、もしベル君が暴走した時に止められる可能性が1番あるファミリアに移しただけみたいだしね。実質無罪だよ。最悪処刑も覚悟してたからね。それから守ろうと思っていたらまさかの結末だよ。正直複雑だった。エル君が死ななくて済んで嬉しい気持ちと、罰の軽さに拍子抜けした気分さ。まぁ同じファミリアに入れないって悲しみで泣いちゃったけど」

 「神様……」

 「でもとりあえずはエル君は無事なんだ。まぁ【改宗(コンバージョン)】した先が【フレイヤ・ファミリア】だからね。簡単には再開出来ないけど今生の別れって訳じゃ無いしいつか会えるよ。それにお互いを知る術が会う事だけじゃ無い」

 「レベルアップ!」 

 「そう。レベルアップすれば情報は出回る。エル君の耳にも届くと思うよ」

 「そうですね!僕……いや、俺頑張ります!」

 「その意気だ!頑張るぞ!えいえいおー!」

 「おー!」

 

 2人になったのは寂しくなるが決まってしまったのはしょうがない。気になる事はあるがとりあえず兄は無事だったのだ。それに兄が自分から悪い事をするとは思えない。コツコツと善行を積んで行けばいつかは解放されて戻って来れるかもしれない。それまで自分は兄に負けないように頑張るだけだ。

 

 「そう一眠りする前にエル君の事で一言いい?」

 「はい、なんでしょうか?」

 「エル君もね、ベート君に言い返してたよ。『俺の弟をお前が語るな!』ってね。エル君さっき僕に『血は繋がってなくても兄弟だ』って言った時、不安だったでしょ。エル君もそう思っているのか、思ってるのは自分だけなんじゃ無いかって。安心して良いよベル君。君達は血が繋がって無くてもちゃんと兄弟だから。エル君も思ってるから」

 「っ!はい!ではお休みなさい!」

 

 ベルは今日のダンジョン攻略の為に布団に入り、体を休める。

 

 ヘスティアはそんなベルに行ってない事があった。

 

 (ごめんねベル君。実は【改宗(コンバージョン)】だけじゃないんだ。【ロキ・ファミリア】には無いけど『豊饒の女主人』に多額の賠償金。その額5千万ヴァリス。君に伝えなかったのはエル君のお願いなんだ)

 

 『もしこの賠償金をベルが知ったら一緒になって背負ってしまう。あいつはそういう優しい奴なんです。別にもう赤の他人だからなんて寂しい事を言うつもりはありません。ヘスティア様の気持ちもとても。嬉しいです。でもこれは俺の罰なんです。自分で犯した罪は自分で償いたいんです。安心して下さい。俺は最強になる男ですよ。そんな額パパッて稼ぎますよ!』

 

 (エル君。困ったら相談に乗ってよ。こんな僕でも君の家族なんだからさ)

 

 

 

 

 

 

……………それにしてもやっぱりあの裁判は何処か可笑しかった。特にウラノス。まるでエル君を……いや、もしかして。でも、もしそうだとしたら一体どうして……」

 



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うらやまけしからん

 お久しぶりです。約2ヶ月ぶりですか?こんなに空けてしまってすいませんでした!(最大限の土下座)

 なんか新しいのを書くと昔のが疎かになっちゃうんですよね。ダイヤのAの作品だって何ヶ月もほったらかしで。でも完結まで書きたいのでね。これからも間が空く時があると思いますが、そんな時は叱咤してくれると、運動部だったのでやる気が上がります。今後ともよろしくお願いします。


 ー追記ー

 此度は本当に申し訳ございませんでした。本日0:11分程より投稿させていただいた第32話『朝チュン』は削除させていただき、新しく『うらやまけしからん』として投稿させて頂きました。内容は殆ど変わっておらず、変更点は最後の会話の削除です。
 読んだ方は分かると思いますが、アイズがジャガ丸君に釣られるの少量の会話がこれに該当します。あれは制作段階でのボツエピソードとなっており、本来の本編に投稿する内容とは異なっております。

 夜中なのにわざわざ読んでくださった方々。中途半端な形で投稿してしまい誠に申し訳ございませんでした。

 最後の会話以外の変更点はございません。一度読んだから読まなくていいと言う方はブラウザバックしていただいても構いません。


 とある寝室。部屋の住人であるエルは眩しい朝日とフローラルな香りにあてられ目を覚ます。しかし、意識は完全に覚醒しておらず、未だ寝ぼけたままだ。半覚醒と表現するのが正しいだろう。エルは寝ぼけながらも上体を上げ、目を擦り、固まった体を解しながら独り言を呟く。

 

 「ふぁ〜、なんでこんなに朝日が眩しいんだ?いくらうちのホームはボロいから地下でも太陽が差し込むって言ったってこんなに眩し……く………?………あぁ、そうだった。俺は昨日から【フレイヤ・ファミリア】に改宗(コンバージョン)してホームも変わったんだった」

 

 エルはふかふかのベッドに触れて意識を覚醒させたのだ。ここは【フレイヤ・ファミリア】のホーム『戦いの野(フォールヴァング)』。この部屋はその一室である。そして自分はもう【ヘスティア・ファミリア】では無い。条件付きとはいえ【フレイヤ・ファミリア】の一員になったのだ。

 

 「流石は【フレイヤ・ファミリア】のベットだな。今まで使ってた布団が安物に感じる。まぁまぁ高いのを買ったつもりだったんだけどな」

 

 エルは朝日を眺めながら下半身で感じている柔らかい感触を手で確認する為にベットを軽く押した。

 

 プニ プニ

 

 すると、何やらベットとは違う感触の物に触れた。ベットの様に平面では無く丸い。そしてふかふかと言うよりプニプニしている。いつまでも触れていたい感触だ。

 

 「ん?なんか柔らかくて生暖かい物が?…あぁ!抱き枕だな、昨日フレイヤ様が言ってた。でも抱くにしては随分と細いな」

 

 エルは昨日の夜の出来事を思い出していた。

 

 

 

 エルと彼を監視する役の【ロキ・ファミリア】の2人は、フレイヤや同じく監視役のオッタルらに拠点となる『戦いの野(フォールクヴァング)』の案内をされた。そんな時、フレイヤが突然立ち止まったかと思えば、急にエルに声を掛けた。

 

 『エル、貴方…抱き枕って知ってるかしら』

 『話なら…見た事は無いですが』

 『抱き枕って凄いのよ。柔らかくて抱き心地最高なの。それにとても良い匂いするのよ。不眠症の人も簡単に眠れる代物って評判なの。値段はちょっとするけど入団祝いって事で無料でプレゼントするわ』

 『匂い?』

 

 フレイヤの抱き枕の説明にアイズが首を傾げる。実はアイズも抱き枕を以前に使用した事がある。数年前に誕生日にロキにプレゼントとして貰ったのが抱き枕だったのだ。その夜、彼女は早速抱き枕を使った。絶妙な抱き心地によって直ぐに夢の世界へ到達する事が出来た。しかし、不幸にもその夜にまた夢の内容が悪夢だったのだ。普段は寝相の良い彼女も、悪夢に魘されれば力みが入る。結果、目を覚ました彼女の目に映ったのは、破裂してスカスカとなった抱き枕の外生地と、部屋中に散らばった中身生地だった。よって彼女の抱き枕生活は1日にし終了した。

 

 だが、1日でも分かる事はある。確かに抱き枕の抱き心地は最高だ。直ぐに眠れる一品と言うのも納得出来る。しかし、匂いのする抱き枕なんて自分は貰って無い。

 

 自分で言うのはなんだが、自分はロキのお気に入りだ。そんなロキからのプレゼント。安物である筈が無い。最高級の物を彼女は与えてくれるだろう。そして、その最高級に匂いなんてのは存在しない。だからこそ、匂いのする抱き枕を信じられないのだ。

 

 アイズと同じ様に不審に思ったティオナがフレイヤに尋ねる。

 

 『私達はそんな抱き枕なんて知らないですよ』

 『貴方達が知らないのも無理は無いわ。一般には出回って無い品ですもの。基本神々の間で人気なの。だから特別なのよ』

 『へぇーっ!そんなのがあるんだ!良かったね』

 『そ、そうですね。ありがとうございます』

 

 アマゾネス特有の距離感に戸惑いながらフレイヤに感謝する。しかし、素直に喜べなかった。神々の間で使用されるという事は、それ程高価な品に違いない。そんな品を未遂とはいえ憤怒の大罪を犯した自分が。それこそアイズやティオナの方が相応しいのでは無いか。

 

 

 

 

 だが、そんな事思っていても結局は貰った。そして思った。『貰って良かった。手放したく無い』と。更に、それについて思った。『自分はなんて傲慢で、そして欲に弱いのだ』と。記憶は無いとはいえ、その欲を制御出来なかった故にこのファミリアにいると言うのに。

 

 「ジジイ……昔言ってたよな。『巨大すぎる力はやがて身を滅ぼす』って。俺はそんな事無いって否定したけど、結局はその通りたって事か?」

 

 エルは今は亡き………いや、きっと何処かで見守ってくれてるであろう祖父を思い呟く。そして触り心地満点の抱き枕をまた一揉みした。

 

 んっ

 

 するとあり得ない現象が起きた。声が聞こえたのだ。しかも揉んだのに連動したかの様に。

 

 「……今何か声が」

  

 確かめる為、もう一揉みする。

 

 んあっ

 

 聞き間違いでは無い。人の声だ。しかも女性の甘い声。エルの頭に過ぎる可能性。プニプニして生暖かい感触。抱く物にしてはやけに細い。そして部屋中に漂うフローラルな香り。このフローラルな香りは街ですれ違う女性の匂いに似ている。決定的なのはこの声。エルは唾を飲み込むと、掛け布団を浮かせ、中をそーっと覗く。すると、抱き枕だと思っていたのが人である事を知った。しかも、もう1人いたのだ。1人は銀髪の美女。自分の新たな主神であり、美の女神であるフレイヤ。そして金髪美少女。目標にして、裁判で味方をしてくれた恩人。アイズ・ヴァレンシュタイン。エルはその光景にギョッ?!とし、素早く飛び退く。掛け布団を両手でベットに押さえ、腰を浮かす事で下半身を布団から出し、勢いそのままで両手で跳ぶ。ベットへの反動は最小限に抑える事が出来た。尚且つつま先から着地する事で着地音も最小限に。お陰で2人を起こす事なく脱出する事に成功した。

 

 (なんで2人が?!)

 

 思わず叫びそうになる言葉を抑制し、この部屋から早急に立ち去る為に忍び足で出口へ向かう。その際に、まど感触が残ってる手をニギニギする。

 

 「柔らかかったな……って俺は何を」

 「柔らかかったのか?」

 「は?………」

 

 自分に芽生えた邪な感情を頭を振って振り払っていると前から野太い声が聞こえた。その人物はオッタルだった。全く気付かなかった。完全に気配を殺してた。しかし、大事なのはそこでは無い。いくらオッタルが凄くてもドアや窓は違う。開閉には必ず音が発生する。そしてその音はエルが目を覚ましてから聞こえていない。つまり初めからこの場に居たのだ。自分が忠誠を誓ったフレイヤが入団したばっかりの男のベットに侵入した事も、ライバル関係である【ロキ・ファミリア】のエースが同じく侵入した事も。

 

 「…………」

 「…………」

 フン!

 

 エルは近くに余りの枕があるのを発見し、見つけた瞬間投げ付けた。見られた恥ずかしさ、彼女達を止めてくれなかった怒りを乗せ、オッタルの顔面に向けてスパーキング!

 

 

 

 

 

 「何故投げつけた?」モグモグ

 「自分の胸に聞いて下さい」モグモグジンジン

 

 エルとオッタルは2人で朝食を取っていた。エルの頭にはオッタルによって付けられた大きなタンコブが出来ていた。

 

 「オッタルさんってさ」

 「オッタルでいい」

 「じゃ、オッタルってフレイヤ様を慕ってるんでしょ?」

 「俺に限らず、【フレイヤ・ファミリア】に所属している者にとって当然の事」

 「ならなんでその神がこんな得体の知れない男のベットに潜り込んで止めないんだよ」

 「……それは自慢か?」

 「いや、違うし」

 「逆に聞くが何が不満だ?フレイヤ様は当然として、剣姫も中々の見た目だ。普通の男なら喜ぶ所では無いのか?」

 

 オッタルは純粋に気になったのだ。自分達はフレイヤに忠誠を捧げ、フレイヤ以外の異性は決してフレイヤに敵わないと心の底から思っている。それでもアイズが綺麗であるのは理解していた。だからこそ、何故彼女らからの好意を無下にするのか。

 

 「……あの2人を信用出来る訳ねーだろ」

 「なんだと?」

 「当たり前だ。俺はあの2人との接点なんてねーんだ。好かれる筋合いなんて無いんだよ。特にフレイヤ様だ。裁判での態度。明らかに異常だ。俺への執念」

 「それはお前があの方に認められた証拠だ」

 「だからってあの執念は異常だろ。何が何でも手元に置きたい理由があるみたいにな」

 「考えすぎだ」

 「……まぁいいや。兎に角、あんたらが俺を信用出来ないのと同じで、俺もフレイヤ様をまだ信用出来ない。それだけは言っておく」

 「まぁ、いい。だがお前はフレイヤ様が直々にスカウトし、1番の寵愛を受けている。その為、俺を含めてお前への嫉妬心は強い。フレイヤ様を想って誰も殺しはしないが、言葉は選べ」

 「…了解。それじゃこの後ダンジョン着いてきて」

 「なら剣姫を起こすんだな」

 「ちぇー」

 

 この事も裁判によって決められた事。昨日の裁判によって。

 

 




 ご愛読ありがとうございました。

 また裁判の内容は延期。しかし、この終わり方にする事で次回は絶対に裁判のを書きます!
 アイズやティオナが何故監視役に選ばれたかは次回分かるのでお楽しみに下さい。

 改めて、中途半端な作品を提供してしまい、申し訳ございませんでした。

ではお元気で!





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裁判

 回想からスタートです。

 疲れた。


 「………ん……ここはどこだ?」

 

 エルは今まで見た事も無い空間で目を覚ます。一切の陽が差し込まず、全て人工の光だ。しかも光量も少なく、薄暗い空間となっている。一瞬ダンジョンと勘違いする程の薄暗さだが、直ぐにその可能性は無いと断言出来た。

 

 まず、この空間がダンジョンの壁ではなく、人工金属で造られている。そして先程言った人工の光がある事。ダンジョンは薄暗いが、灯りが無いと見えない訳では無い。光が一切差し込まない筈なのに、何故か最低限の明るさを保っているのだ。わざわざ灯りを持ち込む必要が無い程に。最後に、ここはダンジョンでないと断言出来た理由は、

 

 「目覚めたか?」

 

 この場に神々が存在する事だ。神は纏ってる雰囲気が違うから簡単に見分けが付いた。

 

 向かって左側に鎮座しているのが先程まで『豊饒の女主人』で騒いでいた筈のロキ。そして彼女の後ろの席に座っている眷属が数人。更に彼女の隣に鎮座している銀髪ロングでローブを羽織っているのが特徴的の艶かしい女神。彼女にも眷属であろう人物が数人。

 

 向かって右側にいるのは自分とベルの主神ヘスティア。彼女はこちらを心配そうに見つめながらも、目が合えば笑顔を見せ自分の胸をポンっと叩いて頷いた。それだけで気持ちが伝わってくる。『心配しなくていいよ。大丈夫。僕に任せて』と。

 

 チラ

 ゾクッ

 

 エルは最後に正面に座っている神物を見ようとした。しかし、そのタイミングでとてつもない視線を感じる。憎悪、畏怖、殺意。様々な負の感情をぶつけられる。体中を悪寒が駆け巡る。冷や汗も垂れてくる。エルは正面の神物を飛ばし、悪感情をぶつけて来た神を睨み付ける。そこにいたのは銀髪ロングの女神だ。彼女は頭を手で押さえている。この場がつまらないのか、とてもダルそうにしていた。しかしこちらの視線に気付くとニコっと笑い手を振って来た。先程の視線の所為で気持ち悪く感じる。それと同時に彼女の眷属らしき人からの嫉妬の視線が当てられて鬱陶しく感じた。

 

 彼女から向けられた負の感情、あの視線には覚えがあった。バベルだ。ミノタウロスにやられた翌日の朝にバベルから感じた視線に酷似している。でもあの視線とはどこか似て非なるものを感じる。

 

 (あの視線と今回のは別物だ。あの視線はあの神からでは無いのか?)

 

 「今から『エルアコス・クラネル』改め、『魔神族エルアコス』以降甲の派閥間抗争の裁判を開始する。その場で起立せよ」

 

 そんな時、正面の神物が喋り出した。しかしエルは理解する事が出来なかった。

 

 (さ、裁判?俺の?なんでだ。俺は何もしてない。店にいてからの記憶は無いが何もしてない。する理由が無い)

 

 「えっと、どう言う意味ですか?」

 「甲に勝手な発言権は無い。『オラリオ最高権力者』及び、「当裁判裁判長」あるこのウラノスの質問にのみ答えよ。どうしても何かあれば黙って挙手するのだ。ただし許可するかはこちらで判断する」

 「そんな⁈」

 

 困惑するのは当然だ。暴走したのはエルであってエルで無いのだから。別人格なのだから。しかし、だからと言ってウラノスの言葉に従わなければ死刑を言い渡される可能性がある。ヘスティアは不安であろうベルを安心させつつ、ウラノスの指示に従わせる。

 

 「ベル君」

 「ヘスティア様……」

 「まずはおはよう、目が覚めて直ぐにごめんね。エル君はあの時意識が無かったから何が起きてるか分からないと思うけどとりあえずはウラノスの指示通りにして。大丈夫、君は僕が守るから」

 「わ……っかりました」

 

 不安は拭い切れないエルだが、何も分からない今、彼女を信じるしか無い。エルはヘスティアに言われた通りに渋々とウラノスの指示に従った。

 

 「エルアコス。これからお主に当時の状況の本人確認をする。私から問いに嘘偽りなく答えよ。神に嘘は通用しない。虚偽の申告をした場合、罪を自覚しておきながら刑から逃れる意思を見せたとして罪が重くなると知れ。

 

 では初めに、お主は昨夜の『豊饒の女主人』で暴れた。この報告は事実か?」

 「は?俺が暴れた?!」

 

 エルは身に覚えのない確認に大きく反応する。しょうがない。誰が意識を無くした間の時間に「お前は暴れた」と言われて冷静を保って居られるのだろうか。しかも事前に説明されず、当日の裁判でだ。驚いて声が出るのは当たり前である。そんな当たり前の反応も私語に位置する。

 

 「私語は慎め。質問に答えよ」

 「ッ!」

 

 ウラノスの有無を言わさない威圧感に息を呑む。下界に降りた際に天界での能力を封印した筈の神。その神の威圧感に、例え能力を失っても神は神だと言う事を胸に刻んだ。その威圧感はまるで無理矢理にでも罪を認めさせようとしてるかの様だった。しかし、身に覚えの無い事ものは無い。虚偽の申告は認められていないのだから。

 

 「……その様な記憶はございません」

 「はぁ?!舐めてんじゃねぇぞクソガキ!俺に殺すとか言っときながら記憶にねぇとかほざいてんじゃねぇぞ!」

 

 しかし、当然その解答に納得行かない者がいる。その中で真っ先に反応したのはベートだった。この件の中心に位置する彼は重要参考人として【最後の審判の次元(ファイナル・ジャッジ・ディメンション)】に立ち入る権利を得ていた。だが、そのベートでも今は発言権を持たない。

 

 「ベート・ローガ、私語を慎め」

 「そうやベート」

 「だがよロキ!」

 「ベートだけやないわ言いたい事があるのは。ウチかてそうや。だがあいつは嘘を言っておらんねん」

 「〜っ!クソが!」

 

 ベートはこのやるせない気持ちを舌打ちで押さえ込み、乱暴に席に座る。そしてエルへの尋問は再開された。

 

 「お主を止めようとした『豊饒の女主人』女将ミア・グランド、並びに店員リュー・リオン、アーニャ・フローメル、ルノア・ファウスト、クロエ・ロロ、及び【ロキ・ファミリア】団員ティオナ・ヒリュテ、ガレス・ランドロックへ気絶を伴う暴行を加えた。事実か?」

 「記憶にございません」

 「その後、ベート・ローガの命を巡って【ロキ・ファミリア】と抗争。先に述べた既に気絶していたティオナ・ヒリュテ、ガレス・ランドロック、そして、同じく気絶していたアイズ・ヴァレンシュタインを除く43名の行動を制限をするべく四肢を極小の球体魔法で貫いた。これはどうだ?」

 「記憶にございません」

 

 嘘偽りなく回答するエル。しかし、あの場を見ていたものからしたら白々しいを通り越して最早立派だ。現行犯で捕らえられておきながらこれだけの嘘を並べているのだから。これにはベートは勿論、ロキもエルが嘘をついていないと理解していても納得出来ずに怒りを露わにした。

 

 「いい加減にしーや!黙って聞いてればさっきからなんやねん!同じ言葉を何度も繰り返しよって!おまんは壊れ掛けのラジカセか!記憶に無いっつっとけば許されると思ってんちゃうで!調子乗んなや!」

 「ロキ座れ」

 「壊れ掛けのラジカセとやらがどんな物か知りませんが記憶に無いものを無いと答えただけです。嘘偽り無く答えろとの事だったので」

 

 ロキの怒りに煽りで返すエル。ムカついているのは何も彼女だけでは無い。エルだって知りもしない罪に問われ、怒りの視線をぶつけられているのだ。でもここで怒気を含んだ言葉を発するのはいけないと理解し、こういう形でやり返しているのだ。

 

 「こんのクゾガキゃあ」ギリ

 「儂の問い以外に儂の許可無い返答は全て私語と見なすと言った筈だ。例えそれが神だとしても。良いな。ロキも場を乱すな。発言の時間は後に設ける。どうしても今という場合は挙手しろ。この場所は厳粛な場だ。これ以上場を掻き乱したら退去を命じる」

 「すいませんでした」

 「フンッ!」

 

 ロキは不貞腐れる様に乱暴に席につく。その様子を横目にほくそ笑みながら座るエル。

 

 「エルアコス。儂の問いにお主は全て記憶に無いと答え、そこに偽りは無かった。しかし、先程の問いは全て真実、実際に起きた出来事だ。『豊饒の女主人』で暴れた事も、止めようとした店員に負傷を負わした事も、【ロキ・ファミリア】と抗争したのだ。最後は【フレイヤ・ファミリア】のオッタル、アレン・フローメルに気絶させられ、ヘスティアによって沈静化された」

 「ッ?!」

 

 エルはすぐにその言葉に否定しようと口を開くが、声には出さなかった。ギリギリの所で踏み留った。だが納得など出来る筈も無く、ウラノスを睨みつけていた。その睨みを胃にも返さないウラノス。

 

 「では次に、お主は何処まで記憶があるのだ?それを申し上げてみよ」

 「…………」

 「早く答えよ」

 「……入店した後からでしっかりした記憶があるのは、楽しく食事してた所にそこの駄犬の胸糞悪い俺とベルの暴言が聞こえて心底イラついた所まで」

 「それだけか?」

 「後はイメージの話になりますけど、俺はいつの間にか真っ暗闇にいたんです。光も音も一切存在しない漆黒の闇。じっとしていられなかった俺は暫くそこをゴールも分からず彷徨ってました。そんな時です。ベルの言葉が聞こえた気がしました。それと同時に闇の世界に光が差しました。俺はそこを出口と信じて走りました。でも数秒でその光は掻き消され、元通りの闇の世界が広がった……。そしたら突然、闇が俺を呑み込み始めたんです。僅かな抵抗も虚しく瞬く間に呑まれ、気がついたらここにいたって感じです。

 

 エルの言葉は人が聞いても信じられる内容では無かった。現にベートはエルの話を妄想話と思い、まともに聞いていない。そもそもこんな話を信じられるのは嘘を見抜ける神だけだ。それでもにわかに信じがたい内容だった。だが、この話を否定すれば自分の能力、延いては今までこの能力で信じてきた事全てを否定する事になるのだから。

 

 そしてこの裁判で重要な部分に触れられた。

 

 「お主は今、ベート・ローガの言葉にイラついたと言ったな。ではどの様にイラついたか具体的に話せ」

 「具体的?ムカつく、うざい、黙れ、何様だ、テメェが俺達を語るな、こんな感じの負の感情が湧いた感じですね」

 「ハッ!事実じゃねぇか」

 「ベート・ローガ。もうよい。ここから立ち去れ。場を掻き乱すなと何度言えば分かるのだ。責任者であるロキも同様だ。甲の処罰は決まり次第報告する」

 「「なっ?!」」

 

 場に余計な茶々を入れたとしてウラノスがロキとベートに退去を命じた。しかし、納得していない2人。

 

 「何でやウラノス!ウチらは当事者やで!なんで出て行かんといかんのや!」

 「当事者だろうが何だろうが関係無い。これ以上この場を汚す前に相応しく無い者を規則に則って排除するまでだ。己の行いを少しは改めよ」

 「くっ、覚えときやウラノス」

 「安心しろ。私は1度も忘れた事は無い。漁夫の利で強者の皮を被ってる【道化師達(ジョーカーズ)】が

 

 【道化師達(ジョーカーズ)】、この言葉が発せられた瞬間、ロキとフレイヤから強烈な怒気がウラノスを襲う。【道化師達(ジョーカーズ)】の意味を知らない人間(子供)やヘスティアはなんのことか分かりかねていた。

 

 「ウラノス、それは喧嘩を売ってんのかしら?」

 「そう気を荒立てるな」

 「それ以上その言葉を使ったら分かっとんな?ウラノス」

 「さぁな」

 

 3神以外ついていけてないが、この言葉が彼女達にとって逆鱗という事は理解出来た。しかし、一度作ったピリッとした空気はそう簡単に壊さない。だが、それを壊す事に長けている神物がこの場にはいる。

 

 「とりあえずさ。エル君に殺そうとしてなかったって事はヤミ君の言ってた事は正しかったって事だよね」

 

 そう、この裁判の趣旨はエルの犯した事件を罰する事では無い。エルに殺人の意思があったかどうかだ。そして今回白になった。

 

 「エル君のした事はいくら暴走状態だからって無実にならない事だというのは重々承知してる。借金してでも返すからエル君の人生は潰さないでくれ。この通りだ」

 

 ヘスティアはみんなから見える位置までおり、土下座をした。その格好は極東の最大限の謝罪という事を伝えた上で、頭を地面に擦り付ける。その様子を見たフレイヤが口を開く。

 

 「確かにそうね。数千万の罰金にはなるけど彼の能力に問題があって彼自身には無いからね」

 「……そうだな。だが、その能力が問題なのだ。いつまた暴走するかも分からないものを放っておく訳にはいかない」

 「そこで提案があるわ。暴走して止める人がいない事に困ってるのよね。なら私がその役請け負ってあげるわ。幸いうちの人間(子供)はあの子も押さえ付けられたし」

 「え⁈ちょっ!待っておくれよ。エル君は僕の子だぞ!」

 「でも無理よね、彼を止めるの。あの時貴方が止められたのは彼の闇が戦闘不能になったからでしょ。今回は違ったけどもし人に危害を加える感情で暴走した時どうするの?彼の暴走を手助けするつもり?犠牲者が出る前に手は打つべきだと思うけど。彼に罪を犯させない為に」

 「そ、それは……」

 

 ヘスティアはまずいと思った。確かに彼女の言ってる事は正しい。アイズの発言から、ヤミは目的を達成するか戦闘不能に陥るまで暴走を続ける。だがヘスティアファミリアに彼を止める実力者はいない。つまり暴走すればアウトだという事だ。このまま無理に【ヘスティア・ファミリア】にいさせて暴走すればそれこそ未遂では無く、実際に罪を犯してしまう。そうすればどの道アウト。フレイヤの場合、あそこは実力者揃い。ロキが敗れた今、今回の様に未遂で止めてくれるのは彼女のファミリアしかいない。ここは彼の為にもコンバージョンさせてあげた方がいいのではと考えてしまう。

 

 ヘスティアはウラノスに許可をもらい、エルと話す許可をもらう。

 

 「エル君」

 「ヘスティア様」

 「エル君はどうしたい?僕はまだエル君と過ごしたい。君は僕の大切な眷族なんだ。最も近くで、最初に君の成長を見たいと思ってる」

 「ヘスティア様……」

 「でも、僕には自信が無いのも事実なんだ。今回みたいになったらどうしようもなくなる。借金なんてのはどうでもいいさ。幸い僕は神、寿命はあって無いに等しいからね。何千年かけても返済する事は出来る。でも、もし今度何かあったら僕の力じゃ未遂で止めてあげられない。無力なんだ」

 「……」

 

 ヘスティアは肩を震わせていた。悲しがっているのだろう。エルも理解している。彼女は無力だと。眷族を守る力もない非力な存在。でも無力なのは自分もだ。悪口を言われて暴走してしまう。感情をコントロール出来ていない。お互い無力な存在。それでも彼女は自分を支えてくれた。彼女のおかえりを聞くだけで安心する事が出来た。今回だってそうだ。何も分からずただ犯罪者と扱われても、彼女を見るだけで安らいだ。助けてくれる様としてる想いが感じ取れた。彼女はエルの精神安定剤だったのだ。だから出す答えは決まっていた。

 

 「ヘスティア様、俺フレイヤ様のファミリアに移るよ」

 「え?」

 「俺、ヘスティア様といれば暴走する確率は減ると思う。ヘスティア様を見てると落ち着くんだ」

 「なら!」

 「でも、それは感情を強くした事にはならない。このままじゃヘスティアに頼ってるだけ。もしダンジョンとかで何かあったら簡単に暴走すると思います。だから俺はフレイヤ様の元に行く。甘さを捨てた環境で心身ともに強くなる。暴走する事がなくなるくらいにね。そしたらまた必ず戻ってきます。だからそれまで待ってほしいです」

 「エル君……エルくうううううん!!!」

 

 ヘスティアは泣きながらエルに抱きつく。エルはそれを優しく受け止めた。しかし、その光景にチャチャを入れる者が1人。

 

 「ウラノス、ええか?」

 「いいぞ」

 「さっきからなんでウチら抜きに話進めてんや?今回の被害者はウチらやで」

 「そうね。負けたからね。負けた者にとやかく言う資格は無い。そういうもんでしょ。元々貴方に今回の事でとやかく言う権利はないのよ。今回呼んであげたのは彼の処遇をどうするか特別に見せてあげただけ」

 「戦争遊戯でもないのに攻撃仕掛けるんはいけんやろ!」

 「言葉は凶器になるって知らないかしら?先に言葉で傷つけたのは貴方達でしょ」

 「フ〜レ〜イ〜ヤ〜!………そうか、分かったで。色々正論並べたつもりやけどただ戦力増やしたいだけやろ。1万歩譲ってコンバージョンは認めたとしても、甲を戦力にして許されると思ってのか?なぁ、ウラノス」

 「ロキの意見は最もだな。ならばコンバージョンした場合の条件を追加するとしよう。

 

 1、甲は【フレイヤ・ファミリア】とその他の派閥間争いに一切介入してはならない。

 2、甲に罰として【ロキ・ファミリア】に5000万ヴァリスの罰金を支払う。

 3、2の賠償を【フレイヤ・ファミリア】が肩代わりする。

 4、3で生じた金額を甲は【フレイヤ・ファミリア】に借金する。

 5、4の返済方法はレベル1で週5万、そこからレベルが1つ増える事に3倍になる

 6、甲には常に監視者を【フレイヤ・ファミリア】、【ロキ・ファミリア】から1名ずつつける事。

 7、6の監視者は【ロキ・ファミリア】からはアイズ・ヴァレンシュタイン、ティオナヒリュテの2名のどちらかである事。(状況に応じて候補人数は増える)

 8、【フレイヤ・ファミリア】は監視者に一切の危害を加えてはならない。

 

これで文句ないな」

 「おおアリやぼけぇ!」

 

 ウラノスの条件に納得いかないロキ。

 

 「なんやこれ⁈6飛ばして8まではええわ。うちも監視は欲しいからな。でもなんで監視者を、勝手に決められんねん!」

 「状況から最適ね人物を選んだまだだ」

 「最適やと?」

 「ああ。監視するという事は常に甲と共にいる者。暴走させない為に。それなのに甲に負の感情をぶつけ暴走させる者を監視者に置く訳には行かないのだ。その点、アイズ・ヴァレンシュタインは唯一と言っていいほどエルに負の感情を抱いていない。ティオナ・ヒリュテは負の感情を抱いていないとは言えないが、他の者と比べて少ない。そして甲も弟を庇ってくれた事で彼女への攻撃は丁重に行なっていた。その為、こうなったのだ。フレイヤから言わせれば負けて5000万ヴァリスを貰うのだ。これくらいの事は許容範囲内だろ」

 

 もうロキは何もいえなかった。全ては負けたから。敗者に発言権は無い。終始原因であるエルを睨みつけるだけだった。

 

 「それでは、お世話になります」

 「ふふっ、さっきは戻る気無いって言ってたけど今のうちに撤回しといた方が良いわよ」

 「何故です?」

 「必ず惚れさせるから」

 「………どうぞご自由に。さっき追加された俺への魅了はしないで下さいよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「とりあえず俺がここで学ぶ事は感情のコントロール。そして闇の暴走状態の制御。そして戦闘スキルの向上だな。必ず身につけてあの訳も分かんない2人(アイズとフレイヤ)から逃れた自由になる。そしてこの目の前のオッタルを倒して世界最強だ」

 「全部聞こえてるぞ」

 

 

第一部 完!
 

 

 

 

 

 

 

 




 ご愛読ありがとうございました。

 一応ここまでで1章は終了って所ですかね。ここからはフレイヤファミリアとして色々と彼等と共にやっていきます。この話は結構重要な話なんでね。長くなりました。でも結構省いたりもしたんですけどこんな長く。

 それにしても大変ですね。これまでも書いてて思ったんですけど伏線が大変です。漫画は言葉にしなくても絵で表現できるじゃ無いですか。でも小説だとどう表現すればいいか分かんないんです。いやー難しい。

 でも皆さん本当にありがとうございます。こんなに投稿遅れても待ってくれてる人がいるんですから。


 追記

 すいません。32話と時間が経って罰金の額を1千万だったのを5千万として書いてしまいました。ですので1千万の方を5千万に変更しました。すいませんでした。


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