小人族でも、女でも英雄になりたい (ロリっ子英雄譚)
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第一歩



 言わせてくれ。後悔はない。


 

 

 

 英雄譚を見た。

 そこに描かれていたのは輝かしい英雄の軌跡。

 

 そこには少女の夢の全てがあった。

 いつしかこんな風になってみたいと、いつか絶対に英雄になりたいと少女は語った。

 

 だが、同胞が鼻で笑った。

 お前なんかに何が出来ると、夢見る少女の希望は簡単に打ち砕かれそうになった。少女は小人族(パルゥム)であり、女だった。勿論、英雄譚には女の英雄は存在はする。

 

 だが、女の英雄として主人公になれた話は存在しない。単純な話、ヒロインとして名を馳せ、英雄の隣にいる英雄のような女は確かに存在する。だが、メインにはなり得ない。しかも小人族。

 

 酒場の誰もが笑った。

 だが、その言葉に少女は希望を捨てなかった。

 

 むしろ興奮した。

 何故なら、まだ主人公として英雄譚に載っていないならもし英雄になれたら自分が最初の女の英雄として君臨出来る。

 

 少女は負けず嫌いだった。

 そんな罵倒も、嘲笑も、今に見ていろと隠れて中指立てた。なんなら行動は早く、ゴングがなった瞬間に荷物を纏めてオラリオへ向かっていた。

 

 負けず嫌いだから。

 誰かを憧れ、憧れた誰かに勝ちたいと。勝って、勝って、勝ち続けて、その生き様を以って英雄の軌跡とする。

 

 それが少女––––ルージュ・フラロウワの最初の一歩(ファースト・ライン)だった。

 

 

 

 ★★★★★

 

 

「此処もダメか……」

 

 

 ギルドから貰ったファミリアのリストの名前に線を引く。もう十三件回って全滅だ。足下見やがってと愚痴をこぼしながら次のファミリアの場所に向かう。

 

 そう、女であり小人族である以上、マスコットとして置いてくれても冒険者としては論外と見下される。

 

 

「っと、次は……?」

 

 

 裏路地に入ると、誰かが倒れている。

 金髪で赤い外套を被って呻き声を上げている……もしかして行き倒れ?見た感じ、息はあるし、意識もありそうだが、何というか、裏路地のゴミ箱を漁った形跡がある。貧乏なのか?

 

 

「………あの、大丈夫ですか?」

「う、うう……お腹が空いて力が入らないのだわ……」

「おお、重症ですね。あの、保存食でよければ」

 

 

 バッ、と身体を起こして私を見てきた。

 出した保存食に涎を垂らして目がキラキラしている。なんだろう、地味に可愛いなこの女神様。

 

 

 ★★★★★

 

 

「んぐ、んぐ……ぷはぁ!た、助かったのだわ。割と本気で送還してしまう所だった」

「それは良かったです。割とマジで」

 

 

 近場の噴水にて買っておいた保存食を女神様に渡すと、貪るように食べ進め、今に至る。どうやら、最近下界に降りてきたらしく、地上の事を何にも知らなかったらしい。この女神様は手続きがかなり大変だったようで、下界に来るのが100年以上遅れたと愚痴っていた。

 

 

「貴女の名前は?良かったらお礼……と言っても私に出来ることは殆どないと思うけど」

「ルージュ・フラロウワです。女神様は?」

「私はエレシュキガル。助けてくれたし、私に出来る範囲なら、なんでも言ってほしいのだわ。正直、女神としてあるまじき姿を見せちゃったけど」

「!なら、眷属になるのは可能ですか?」

 

 

 少女、リスト内のものを順に回っても時間の無駄だ。大手ファミリアは自分から希望しなかったのは、王道が一番早くて()()()()()()()()()だからだ。

 

 英雄になりたいと言った以上、苦難はつきもの。それをファミリアが強いからと言い訳して跳ね除けるのはなんか違う。自分が英雄になりたいなら自分だけの軌跡を積まなければならない。

 

 

「えっ、それはまあ、可能なのだけれど。……いいの?私、冥府の女神だし……縁起悪いし……その、さっきみたいに迷惑かけちゃうかもしれないのだわ」

 

 

 エレシュキガル。

 冥府を司る女神であり、天界から降りてくる神とは違い、彼女は冥界からやってきた神である。冥界は果てしなき深淵に存在し、エレシュキガル様が此処まで来るのに一度天界に向かわなければいけなかったらしい。

 

 エレシュキガルの逸話は病魔や死とかそう言ったマイナスの要素が多いから、眷属を探していたけれど、いざとなると自分が疫病神として迷惑かけてしまうんじゃないかと思い、今に至る訳だ。

 

 

「構わない。苦難上等、それを跳ね除けてこそ英雄でしょ?」

「!」

 

 

 キラキラした王道?

 いいや、そんなもの興味ない。苦難も、試練も、自分だけの、自分にしかない英雄譚を創りたいなら、死ぬ気で最底辺から駆け上がる。

 

 それもまた王道。

 だがスタート地点が同じだけ、どう昇るかは自分次第。いいじゃん、それがカッコいい英雄の軌跡だ。

 

 

「……私は英雄になる。絶対に。誰もが知らない軌跡を歩いて、英雄になってやるって決めてるから」

 

 

 覚悟は出来てる。

 私は多分、世界一負けず嫌いだ。だから英雄を目指した。小さくても、女でも英雄になると。膝を地につけ、右手で女神様に手を出す。

 

 

「だから、エレシュキガル様、私は貴女の眷属になりたいです」

 

 

 神様は誰でもいいわけじゃない。

 けど、この女神様がいい。その直感は間違いじゃない。女神様は震えて、俯いたまま私の肩を掴んだ。

 

 

「め、めっちゃいい子なのだわー!下界に降りてきて良かったー!」

「……と言うことは?」

「いいのだわ!初めての眷属ゲットなのだわ!!」

「「いえーい!」」

 

 

 因みに言っておこう。

 物語に酔ったわけでも、酒を飲んだわけでもない。単純に、ノリがいいだけである。

 

 ともあれ、【エレシュキガル・ファミリア】が生まれた記念すべき日となった。

 

 

 






恩恵はまた次回。
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第二歩

 
 応援してるからヨォ 止まるんじゃねぇぞ。
 というわけで止まらなかったぜィ!どうぞ!!


 

 今日、此処に【エレシュキガル・ファミリア】として英雄の道を歩もうと思う。現在の所持金は30000ヴァリス。宿で大体1000ヴァリス取られるから早めに神様を見つけようと思ったのだが、僥倖だった。幸先がいい。

 

 とりあえず、泊まっていた宿にエレシュキガルこと、エレ様を招いた。恩恵を授かる前にシャワー浴びさせた。ゴミ箱漁っていたわけじゃないと思うが、少し臭いと言ったら泣かれた。こればかりは配慮がなかったと後悔した。

 

 ちょっぴり泣き顔だったエレ様をシャワー室に押し込んだ後、黒いドレスと赤い外套を洗い始める。軽い洗濯だが、臭いくらいなら取れるだろう。

 

 服を干した後、宿の長と交渉して二人分のヴァリスを払い、暫く此処を拠点とする事にした。まだホームがないし。

 

 

「ありがとう、さっぱりしたのだわ」

「良かったです。これ、とりあえず人間(ヒューマン)用のシャツです。宿の長から借りてきました」

「ん。至れつくせりだけど、ありがとう」

「どういたしまして」

 

 

 うーん。私、女だけど女神様に裸ワイシャツは何故かドキッとしてしまう。なんだろう。やってはいけない背徳感?……みたいなものがある。

 

 綺麗な金色の髪に対して、深紅(ルベライト)の瞳で、整った美貌でありながら身体つきも相当の女神だ。魅了持ちの女神ではないが、可愛らしいというか愛らしさがある。そんな女神様が裸ワイシャツとなるとちょっぴりいけない事をさせてるみたいだ。

 

 まあそれはさておき……恩恵の時間だ。

 私は服を脱いで背中を見せた。恩恵は背中に受けられるらしく、神の血を垂らされる事で初めて恩恵を受ける。

 

 

「さて、もう一度確認するわ。本当にいいのね?」

「はい」

「……分かった。恩恵を刻むのだわ」

 

 

 背中に一滴、エレ様の血が垂らされた。

 身体が僅かに熱くなるような感覚に浸された。そこから羊皮紙に移される。なんかムズムズする。

 

 

「……嘘っ」

「……エレ様?」

 

 

 エレ様が少し驚きながら、羊皮紙を渡す。

 そこに書かれていたステイタスに顔を僅かながら引き攣らせた。

 

 

–––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––

 

 ルージュ・フラロウワ

 

 Lv1

 

 力:I0

 耐久:I0

 器用:I0

 敏捷:I0

 魔力:I0

 

《魔法》

【ソニック・レイド】

・加速魔法

・詠唱『駆け上がれ蒼き流星』

 

 

《スキル》

【   】

 

 

 

星歌聖域(ホーリー・サンクチュアリ)

任意発動(アクティブ・トリガー)

・精神力消費

・歌唱時、自身を中心に『聖域』を構築

 

 

–––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––

 

 

「なぁにこれ」

 

 

 魔法がある事は素直に嬉しい。しかも加速魔法となれば、結構優位に進めれるかもしれない。なんか無難ながらも強い魔法だろう。

 

 問題はスキルの方だ。

 なんだこの【星歌聖域(ホーリー・サンクチュアリ)】ってのは。いや歌を歌うのは好きだよ?よく歌っているし、なんなら故郷でみんなに歌った事はある。英雄譚に付属して歌の歴史も幅広い。だからよく歌っていたりするが。

 

 だが、この『()()()()()()()()()()

 

 

「エレ様、意味分かりますか?」

「残念ながら分からないのだわ。聖域…から連想する効果が浮かぶんじゃないかしら?」

「……呪いの解呪とか、回復効果とかかなぁ」

 

 

 邪悪を祓うという意味では強いかも。

 対モンスターとはちょっと違う気もする。味方を支える御伽噺の聖女みたいな力かもしれないのかも……ん?スキル欄の一部が擦れてない?

 

 

「エレ様、このスキル欄の一部擦れてないですか?」

「ああ、それ私のミスなのだわ」

「ああ、そうですか」

 

 

 よし、恩恵も授かった。

 これでようやく、冒険者としての第一歩を踏み出す事が出来る。善は急げだ。ギルドで登録する為に持っていた装備一式を整え、やや急ぎ足で向かう。

 

 

「あっ、そうだエレ様」

 

「?」

 

「いってきます!」

 

「!……いってらっしゃい。必ず帰ってくるのよ?」

 

「はい!」

 

 

 大声で返事をした後、私はギルドに向かった。

 宿を飛び出す際に宿の廊下を走るんじゃねぇ、と大将に怒鳴られた。地味に怖かった。

 

 

 ★★★★★

 

 

「う〜〜ん」

 

 

 どうしたものかと、エレシュキガルは考えていた。

 ルージュは最初から魔法を使える事に関しては驚愕はしない。むしろ、この加速魔法はルージュにピッタリと言える魔法だろう。誰よりも速く英雄になりたいという想いから魔法に昇華したのなら、不思議ではない。

 

 聖域の構築の【星歌聖域(ホーリー・サンクチュアリ)】も恐らく希少(レア)スキルだ。用途がよく分からないから正直な話、聖域がどう言ったものか分からないが、仮に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、相当強力なスキルだ。

 

 だが、問題はそのスキルよりも、エレシュキガル自身が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()についてだ。

 

 

––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––

 

 

反骨精神(リバリアス・スピリット)

・早熟する

・対抗意識、宿敵意識を持つほど効果向上

・逆境時に全能力に対して損傷吸収(ダメージ・ドレイン)を付与

 

––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––

 

 

 早熟する。

 まだオラリオでも存在しないだろう。これがどれほどの力を持つのかはまだ分からないが、スキルは間違いなく超希少(レア)スキル。究極の負けず嫌いから生まれた、英雄を越えるという強い意志がルージュのスキルとなって生まれた。

 

 

「……これを知ったら絶対ルージュは無理しそうなのだわ」

 

 

 ある意味、英雄を夢見て実践しようとした人間の末路は大体早死にだ。その危険性からスキルを隠した。初めての眷属が早死にしてしまったら、エレシュキガル自身も耐えられない気がする。

 

 ただ、無理をしないでほしいという本音はルージュに届くのか。その答えが怖くてスキルを隠したが、果たしてそれが良かったものなのか、未だに悩むエレシュキガルだった。

 

 

 




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目指せ100話。ゴーゴー!!


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第三歩

 赤バーが付いた…だと?
 ありがとうございます。ルーキーランキング2位に入る事が出来ました。


 

 

 

 冒険者ギルド。

 通称『ギルド』と呼ばれる冒険者を支援したりする組織の管理している施設『万神殿(パンテオン)』までやってきた。

 

 此処に来るのは二回目、冒険者になりたければ恩恵を刻んで、【ファミリア】に入れと言われたのが一回目、あの時リストを渡してくれたエルフさんに感謝しながらも、私は今日冒険者としての道を歩み始める。めっちゃテンション上がってます。

 

 

「あっ、居た。エイナさん!」

「ん?……あっ、えーとルージュちゃん!」

「覚えてくれて助かります。冒険者登録しにきました」

 

 

 あの時のエルフさんがこの人、エイナさんだ。

 最初は子供の迷子と思われて怒ったが、小人族(パルゥム)と分かってもらえてファミリアのリストを作ってくれた。まあ、リストは結局役に立たなかったけど……。

 

 

「ルージュちゃん、本当にいいのね?」

「はい」

「……なら、何も言わないわ。ようこそ、冒険者の道へ」

 

 

 零細ファミリアからのスタート。

 冒険者になって、その先に英雄になりたい。出来れば早くなりたい。早い方が馬鹿にした奴らを鼻で笑ってやれるし。

 

 とはいえ、エレ様に必ず帰ってくると約束したので、最初は無難で安全を確認しながら頑張っていく為に、知識が欲しい。

 

 

「ダンジョンに入る前に一階層から五階層までの資料と、いい装備売ってる場所知りませんか?」

 

「ああ、それなら講義やるからそれに参加したらいいよ。装備についてはギルド支給のものならあるけど……」

 

「うーん。出来れば剣とナイフ系統をみたいんですけど、品質最低限ですよね多分」

 

 

 品質は最低限、一階層から五階層まで通用するが、六階層からは厳しくなっていく。すぐに折れてしまう物に命をかけたくはない。使い手の技量もあるけれど、しっかりとした装備は欲しいし。

 

 それを考えるとギルド支給の物はちょっと危ない。安いけれど、それだけだ。胸のプレートとナイフ、剣もあるが、最低限の品質はちょっと怖い。

 

 

「まあそうだね。予算はどれくらい?」

 

「大体二万五千ヴァリスで……」

 

「うーん、それなら【へファイストス・ファミリア】の新人の作品ならある程度安く売ってるよ?終わったら丁度いい時間帯だし、案内しようか?」

 

「えっ?いいの!?」

 

 

 ギルドの人が直接案内してくれるのはありがたいけど、ギルドは中立だったりするし、一個人に力を貸す事ってアリなの?そこんところをエイナさんに聞いてみた。

 

 

「ギルドの職員として言える事は担当した冒険者を死なせない事だし、別に贔屓してるわけじゃないから大丈夫だよ」

 

「あっ、そうなの?じゃあお願いします」

 

「ただし!講義をちゃんと受けて、テストに合格したらね!」

 

「りょーかい!」

 

 

 終わったら武器が手に入るんだぜ?

 モチベが上がるしかないでしょ。ちょっとワクワクしながら、エイナさんの元、一階層から五階層までの講義が始まった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

ーーーーーーーーーー

ーーーーー

 

 

 

 

 

 

「お、終わった……」

 

 

 意外と講義が長くて、集中力が限界だった。

 頭を机に置き、長いため息を吐く。一階層から五階層までの道のりは兎も角、五階層までだけで怪物(モンスター)の種類は20を超える。それぞれ特性があったり、弱点があったりする。それを覚え切る事が出来たが……疲れた。

 

 

「うぅ〜、ちゅかれた」

 

「語彙力が死んでる……ほら立って、終わったんだし。あとは武器とか防具とか見ていくんでしょ?」

 

 

 バッ、と猫のように俊敏に起き上がる私を見たエイナさんは口元を抑えて噴き出していた。子供みたいと言われたのに地味に傷付いた。まあ身長的に仕方ないけど。

 

 

 ★★★

 

 

 エイナさんに案内してもらったのはバベル内部三階にある【ヘファイストス・ファミリア】の売店。ショーケースに収められた剣やナイフ、槍、戦斧、鎧や盾なども多く存在し……

 

 

「たっっっか……」

 

 

 その多くが主神の名を刻むに相応しい武器であり、何より高いのだ。見た感じ最低でも一千万ヴァリスは越えている。ローンとか組んでもキツいだろう。大手ファミリアならまだしも、駆け出しには手が出ない武器ばかりだ。

 

 

「エイナさん、もしかして借金して払えって言うつもり?無理だよ流石に……」

「そんな訳ないでしょ!ほら、そこの昇降機に乗って」

 

 

 宿に泊まるヴァリスも考えて最低限出費は抑えたいが、装備はしっかりしたものがいい。

 

 昇降機が上がるとガシャンと開く音が聞こえ、その階に辿り着くと、そこに広がるのは剥き出しの石レンガ。若干薄暗いけれど下の階層より活発な人の声が響いている。

 

 

「此処にいる人たちって全員駆け出し?」

 

「まあレベルが高いわけじゃないけど、此処は結構安いからね。ほら」

 

「ん?……2000ヴァリス……本当だ、何で?」

 

「此処は鍛治士の中でも駆け出しだったり、まだ【へファイストス・ファミリア】で鍛治の発展アビリティを持ってない人が造ったものが多いの。主神の名を刻めない人達が造った武器が此処に売り出されてるの」

 

「へー、でも小人族(パルゥム)用の武具ってあるかなぁ?」

 

 

 最低でも、防刃用の鎖帷子と武器さえあればいいのだが。店内を見渡してもやはり大きい。私の身長は114セルチ。何なら上着だけで全身がすっぽり埋まる。

 

 

「ん……?」

 

 

 店の隅の上に目線がいく。

 他の大きさに比べて()()()()()の箱だが、あんな小さな箱ならば、もしかしたら小人族用に造られているのかもしれない。とは言え手が届かない。

 

 

「エイナさーん。ちょっと上の箱取ってくれません?」

「あっ、うん」

 

 

 取ってくれた箱に入っていたのは鎖帷子。

 ただ、やや小さめでありながらも丁寧に造られている。間違いなく、小人族用に造られている。そして、その箱にはもう一つ。

 

 

「……籠手?」

 

 

 結構頑丈に造られている上に装備としては鎧のそれと大差ない。ちょっと赤みを帯びてそれでいて無駄がない。大きさもピッタリ。合わせてお値段は12000ヴァリス。正直めちゃくちゃいい装備だ。名前は『煉甲』。製作者は……椿・コルブランド?どっかで聞いた事あるような……

 

 

「エイナさんは椿・コルブランドって人知ってる?」

「【へファイストス・ファミリア】の団長で最上級鍛治士(マスター・スミス)……ってそれもしかして!?」

「この籠手の製作者」

「それお買い得だよ!」

 

 

 よし、防具一式はこれに決まり。

 でもなんで小人族用のものを此処の団長は造って放置されているんだ?しかも、場所が上の棚じゃ小人族には届かないし。

 

 

「あとは……あっ、ナイフ発見」

 

 

 鞘に収まったそれをスラリと抜くと、綺麗な直刃に思わず目を惹かれた。真っ直ぐで綺麗な上に軽過ぎず重過ぎないお手頃サイズのナイフ。刃渡りがそこまで長くはないが、結構な業物。

 

 

「良い……」

 

 

 名前が『影淡(カゲタン)』。……独特過ぎるネーミングセンスだが、性能は確かに良い。値段も7000ヴァリス。ちょっと高いけど、使いやすそうだ。製作者の名前は擦れて見えない。

 

 

「ヴェ……ク……ゾ。まあいいや。これ買い」

 

 

 あとはそこら辺にあるナイフを数本。

 予備用として一本と、魔石保管用のポーチで丁度予算ギリギリ。これくらいでいいか。夕方だし、意気込んだけど冒険は明日からかな。

 

 

「エイナさーん。決まりました」

「えっ、もう!?ちょ、ちょっと待って!」

 

 

 いや大体は直感で選ぶし、即決してしまったのは悪いけど、エイナさん買うものあるの?ギルド職員が戦うわけないし……。エイナさんが何かを持って戻ってきた。

 

 

「はいこれ」

「……?これ……バックですか?」

「これは私のプレゼント」

「えっ?いや、悪いですよそんな」

 

 

 タダでもらうなんて、会ってまだ数日しか経ってないのに……案内してくれただけでもありがたいのにそれ以上は気が引ける。

 

 

「その代わり、絶対に死なない事。生きて帰ってくるのが条件」

「……成る程、じゃあありがたく受け取ります」

 

 

 めっちゃいい人だ。お母さんと呼びたい。

 バックを受け取り、背負った姿を立てかけてあった鏡に写す。うん。中々冒険者らしい装備になったんじゃないかな?

 

 

「ありがとうエイナさん」

「うん。これから頑張ってね、ルージュちゃん」

「はい!」

 

 

 元気よく返事した後にクスリと笑い声が聞こえた。

 装備も整った。武器もある。明日から私の冒険が始まる。そう思うと胸が高鳴っていた。

 

 

 




ルージュ・フラロウワ

年齢 15歳

身長 114セルチ

特徴、深蒼色(ネオンブルー)の瞳、蒼色のポニーテール。

装備 手甲『煉甲』
   ナイフ『影淡(カゲタン)
   鎖帷子
   予備用ナイフ×1
   ポーチ、冒険者用バック

所持ヴァリス 2800ヴァリス


 Lv1
 
 力:I0
 耐久:I0
 器用:I0
 敏捷:I0
 魔力:I0
 
《魔法》
【ソニック・レイド】
・加速魔法
・詠唱『駆け上がれ蒼き流星』
 
 
《スキル》

反骨精神(リバリアス・スピリット)
・早熟する
・対抗意識、宿敵意識を持つほど効果向上
・逆境時に全能力に対して損傷吸収(ダメージ・ドレイン)を付与
 
 
星歌聖域(ホーリー・サンクチュアリ)
任意発動(アクティブ・トリガー)
・精神力消費
・歌唱時、自身を中心に『聖域』を構築
 
 

 手甲『煉甲』とセットの鎖帷子については椿がフィンに依頼された装備だったのだが、大きさがちょっと合わなかったのでお下がりとして駆け出しの武具店に売られていた。造った当時はLevel2である。
 ナイフ『影淡』はウォー・シャドウの爪をかき集めて造ったナイフ。黒光で真っ直ぐな直刃。誰が造ったかは言わずもがな。

★★★★★★
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第四歩

 

 

 ダンジョン三階層。

 ダンジョンの一階層から三階層は大したモンスターは出てこない。ゴブリンやコボルト程度で、Lv.1でも普通に無理なく倒せる。

 

 

「ふっ!」

 

 

『影淡』でゴブリンの首を斬り落とし、近づいてきたモンスターに対しては脚技で対応する。故郷でも、対人戦の護身術は学んでいた為、戦闘の心得はちゃんとある。

 

 

「いいね」

 

 

 製作者不明だが『影淡』使いやすい。

 切れ味も中々、上層部なら結構通用すると思うし、脚を軸にした速さ重視の動き。戦闘姿(バトルスタイル)に大分あっている。

 

 

「よしっ、試してみるか」

 

 

 丁度コボルトが二体いる。

 初めて使う魔法に心躍らせながらも、詠唱を紡ぐ。身体の芯から熱い何かが込み上げてくるような感覚と、それを制御する為の自分の意思とバランス。集中し、詠唱を開始した。

 

 

「『駆け上がれ蒼き流星』」

 

 

 紡いだ詠唱と同時に地を踏み抜き、魔法の名を唱える。

 

 

「【ソニック・レイド】!」

 

 

 それは瞬く間に流れる星のように、蒼の流星が一瞬でコボルト二体を通り過ぎ、気付く間も無く首を刎ね飛ばした。シンプルな速度増強系の魔法であり、持続時間は約二十秒と言った所だが、強い。体感的に自分の速度が通常の七割増しで上がっている。

 

 ただし……

 

 

「やっぱ速いと技が雑になる……」

 

 

 斬った感触に僅かながら手応えがあった。

 しっかり斬れたのなら、感触はそんなに無いはずだ。ナイフも同じく、摩耗する速度も落ちる。壊れ難いナイフではあるが、命を預ける以上は大切に使う事にしている。

 

 

「五階層が新人殺し……なら四階層までかな。流石に無理するわけにはいかないし」

 

 

 その後、ダンジョンで休息と戦闘を繰り返し、四階層のモンスターに何回か攻撃を喰らい、魔法を使って一気に逆転したところから、此処以上は対応が遅れてしまうので潮時だと思い、今日は切り上げる事にした。

 

 

 ★★★

 

 

 2800ヴァリス。 

 今回の稼ぎの中で食事込みの宿代と、二人分の食事料金で1300ヴァリスが無くなる。部屋は同じにしてるから取られないが、毎日1300ヴァリスも取られるとなると、早く強くなるか、パーティーを組むか。

 

 

「とはいえ……か」

 

 

 最速でランクアップした記録は【ロキ・ファミリア】のLv.5の幹部。【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインの一年が最速。しかも自傷も厭わない無茶なモンスターの殲滅をほぼ毎日繰り返して達成したもの。

 

 宿に戻り、ドアを開けると干してあった黒いドレスに身を包んだエレ様の姿があった。

 

 

「ただいまー」

「おかえりなさい。ルージュ」

 

 

 側によると、軽く抱きしめられ背中を撫でてくる。意外と人肌が気持ちよくて嫌いじゃない。無事だったことに安堵しているように見える。

 

 

「鎖帷子、結局外していったのね?痣あるのだわ」

「ああ、序盤でカッチリしてると耐久が上がらないってエイナさんが。一階層から三階層は重傷になる程のモンスターがいないそうで」

「まあ、よく頑張ったのだわ」

 

 

 多分それコボルトの傷だ。

 死角から突進させられた時につけられたな。あの後、魔法でどうにかなったが、基礎ステイタスがまだゼロだししょうがないのはあるが。

 

 最初からしっかりした装備だと、耐久値が伸びない。

 三階層まで死ぬ危険がないから揉まれろと言う事だろう。まあ、その助言通りやったら、この様だが。

 

 背中を出し、ステイタスの更新を始める。

 血を垂らし、施錠を解除して、背中をなぞる。更新し終わったエレ様は何故か目を見開いて呆然としていた。

 

 

「……うそーん」

「?エレ様?」

 

 

–––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––

 

 ルージュ・フラロウワ

 

 Lv1

 

 力:I0 →I33

 耐久:I0 →I24

 器用:I0 →I39

 敏捷:I0 →I53

 魔力:I0 →I31

 

《魔法》

【ソニック・レイド】

・加速魔法

・詠唱『駆け上がれ蒼き流星』

 

 

《スキル》

【】

 

 

星歌聖域(ホーリー・サンクチュアリ)

任意発動(アクティブ・トリガー)

・精神力消費

・歌唱時、自身を中心に『聖域』を構築

 

 

–––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––

 

 

「全ステイタス上昇値150オーバー!?」

 

 

 羊皮紙に写された自分のステイタスを見て驚愕の声を上げた。おかしい。この上昇値はかなり異常だ。四階層まで行ってコレならもっと下層に行ったら更に上がる。それを考えてもA以上になるのに三週間もかからないだろう。

 

 

「エレ様、やっぱ何か隠してますよね」

「うっ…何の事かしら?」

「いやスキルと書かれてる部分から大分下に書かれてるし、本当は何があるんじゃないですか?」

 

 

 最初から違和感があったが、エレ様が何か隠しているのは知っていた。スキル欄が擦れている部分が二回も同じ事が起きるはずがない。そこまでドジじゃないはずだと睨んでいる。

 

 

「……それは」

 

「ああ、怒ってはいないです。勘ですけど、成長促進系のレアスキルみたいなもの……だと思うんですけど。まあそんなスキル知られたら騒ぎまくられますもんね」

 

「……ごめんなさい。ううん、貴女の素質だし、隠しておく方が悪かったのだわ」

 

 

 そう言ってエレ様は再び写したスキル欄を見せてくれた。

 

 

–––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––

 

反骨精神(リバリアス・スピリット)

・早熟する

・対抗意識、宿敵意識を持つほど効果向上

・逆境時に全能力に対して損傷吸収(ダメージ・ドレイン)を付与

 

–––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––

 

 

 ………おい。負けず嫌いがこんな所で発現するのかい。

 

 しっかし、これは確かにレアスキルだ。

 経験値に補正ではなく、早熟すると書かれている。多分だけど早く成長できるものだろう。その効果は身に染みて理解した。

 

 このスキルは多分、オラリオで前代未聞のスキルだろう。過去に【ゼウス・ファミリア】【ヘラ・ファミリア】にいた英雄と呼ばれた者達の素質があっても、長年の戦闘と経験によって器を昇華させた者が多い。だがこれは、ある意味のチート。

 

 成長促進系のスキルで向上の上限が書かれていない。それを知れば私が初日から無茶をしていたかも知れない。

 

 

「成る程……エレ様が隠す理由も分かるわ」

「魔法は兎も角、貴女のそのスキルは多分どちらもレアスキル。他の神に知られたら頭が痛いのだわ……」

「ですよね」

 

 

 しかし、対抗意識を燃やす。

 宿敵を意識すればするほどに強くなるスキルか。

 

 古代の英雄という漠然とした存在に対して対抗心を燃やせるかと言われたら少し微妙なのだが、それでこの上昇率か。明確な目標を意識したら、どれだけ上昇率が上がるのか。

 

 

「コレは凄いけど……隠すの難しくないですか?」

「そうなのよねー」

 

 

 どうしたものかと頭を押さえる二人。

 少なからず、私はこのスキルで誰よりも早く成長する。多分ランクアップも早いだろう。ランクアップの報告を隠すとギルドから罰則(ペナルティ)があったりする。秘匿してもいずれバレる。

 

 だが、バレてしまった場合。

 このスキルの異常性を知られたら、世間どころの話ではない。いっそ開き直ってもいいけど、流石に変なちょっかいを出されるのは嫌だ。

 

 まだ零細ファミリアだし、下手にちょっかい出されたら跳ね除ける力がないのもまた事実だ。残念ながら。羊皮紙と睨めっこしてうんうんと悩んでいると部屋の扉にノックが聞こえた。

 

 

 

 

 

 

「飯の時間だが……食うか?」

「「食う!」」

 

 

 宿の長からの伝言に一瞬で悩みは飛んでいた。

 因みに今回出されたメニューは辛すぎない麻婆豆腐だった。

 

 

 




 スキル、魔法の発現理由

【ソニック・レイド】
・誰よりも早く英雄の道を駆け上がりたい

【反骨精神】
・負けず嫌い。舐められたくない。

【星歌聖域】
・御伽噺の歌をよく歌い、英雄譚に出てくる歌い手が何よりも好きだから???


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第五歩

 

 

 

 

 一週間が経った。

 未だ五階層には行っていない。だが一週間、休まずダンジョンでモンスターを狩り続けた結果。基礎ステイタスは更に上昇した。上昇率から見てもあり得ない速度だ。

 

 ちゃんとエイナさんに言われた通り、四階層までしか潜っていないが、それでも十分過ぎるくらいに上がった。

 

 

–––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––

 

 ルージュ・フラロウワ

 

 Lv1

 

 力:I33 → G283

 耐久:I24 → H193

 器用:I39 → G264

 敏捷:I53 → F311

 魔力:I31 → G223

 

《魔法》

【ソニック・レイド】

・加速魔法

・詠唱『駆け上がれ蒼き流星』

 

 

《スキル》

反骨精神(リバリアス・スピリット)

・早熟する

・対抗意識、宿敵意識を持つほど効果向上

・逆境時に全能力に対して損傷吸収(ダメージ・ドレイン)を付与

 

 

星歌聖域(ホーリー・サンクチュアリ)

任意発動(アクティブ・トリガー)

・精神力消費

・歌唱時、自身を中心に『聖域』を構築

 

 

–––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––

 

 

 この速度なら一ヶ月でランクアップしてもおかしくない。改めて、このスキルの異常性を理解した。いや、寧ろ私だからこそ発現した超希少(レア)スキル。

 

 まだ漠然とした対抗意識でここまで上がるとは思っていなかった。しかし、三日前から経験値(エクセリア)の上昇率が落ちている。単純な話、強くなってしまった分、上層のモンスターの動きが鈍く感じていた。このまま続けても経験値が入らない。

 

 

「五階層……行ってみるか」

 

 

 この基礎ステイタスなら六階層までなら行ける。

 少なからず、新米殺しの最初の一歩(ファーストライン)はいずれ越えなければ、強くもなれない。

 

 

「刃こぼれ無し、籠手も万全。鎖帷子もある……よし」

 

 

 一応装備も万全。

 意を決して、五階層までの階段を降り始めた。

 

 

 ★★★

 

 

 五階層の最初の怪物は『蛙』だった。

 フロッグ・シューター。長い舌を伸ばし、中距離の攻撃を可能とするモンスター。舌の打撃に加え、突進までしてくる非常に厄介な存在だ。

 

 だが……

 

 

「(見える……!)」

 

 

 舌の打撃を躱し、『影淡』で斬り裂き、急接近し一撃で仕留める。流石に何体も攻撃されたら一度引いて、隙を突いて『加速魔法(ソニック・レイド)』で瞬殺する。器用の熟練度が上がったおかげで、加速に対して的確な技でナイフを入れられる。

 

 フロッグ・シューターから奇妙な悲鳴と共に消滅していった。ゲゴッって潰れたように鳴いて死なれると中々堪える。

 

 

「ゴブリンも大丈夫だし、この階層ならある程度問題ないかな……」

 

 

 ちょっと先に進んでみるかと、この時短絡的な考えだったと今思う。

 

 

 

 

 

 

 先に進もうと足を進めて数分後、()()()()()()()()()()が耳に入った。それは冒険者の足音でも、五階層の怪物(モンスター)でもない。ドドドドドドッ!!と轟音と共に私の目の前に現れた。

 

 

「……はっ?」

 

 

 それを見た瞬間、目を擦った。

 二度目は意識が覚醒し、脳が異常な程に警鐘を響かせていた、そして三度見た時は、ただ呆然と目の前の現実を否定していた。

 

 

「嘘……でしょ?」

 

 

 ただ–––––逃げろ、闘えば死ぬ。

 そんな痛いほどに伝わる目の前の存在に驚愕、そして焦燥と同時に脚が動いていた。

 

 

 

 

「ミノタウロス……!?」

 

 

 冗談じゃない。

 ここは上層の五階層だ。エイナさんにある程度のモンスターについて教えてくれたりしたのもあって知ってはいる。だからこそ、絶望とも呼べる感情が溢れ出す。ミノタウロスの()()()()()()()()L()v().()2()。何より、中層に居るはずの怪物が上層まで上がってくる事は異常事態とも言える。

 

 あんなもの、駆け出しには死神と同義。まともに戦っても強靭な肉体と耐冷、耐熱持ちな剛皮を兼ね備えた怪物だ。今の私じゃ魔法を使っても勝てる相手じゃない。

 

 今来た道は覚えている。

 魔法を唱えて逃げれるだけの距離はある。しかし、詠唱を始めようとした時に、聞こえた。聞こえてしまった。

 

 

「た、助けてくれぇ!!」

「––––っっ!?」

 

 

 思わず振り返ってしまった。

 そこに居たのは猫人(キャット・ピープル)で私と同じ駆け出しの冒険者。助けを求めるその声が聞こえてしまった瞬間、僅かに思考が鈍る。ここで見捨てても、ダンジョンで起きた事は自己責任だ。別に私のせいではない。逃げ出せれば、確実に私の命は助かる。

 

 

「クソッ!『駆け上がれ蒼き流星』!!」

 

 

 なんて言い訳をして逃げたら絶対に後悔する。

 見捨てるという選択肢が浮かべず、自身の首を絞める甘さに後悔するが、今はそんな事すら頭から消えていた。

 

 

「【ソニック・レイド】!!」

 

 

 加速を最大に、猫人(キャット・ピープル)の襟を掴んで地を蹴った。ドゴォ!!と、今居た場所に響く轟音。あと一瞬遅かったら巻き添えで死んでいた。あの拳を食らったら間違いなく潰されて挽肉確定だ。

 

 

「あっちに逃げて!階層を上がれば逃げられる!!」

「う、え…あ……?」

「ッ!!早くッ!!」

 

 

 ミノタウロスの視線が此方に向いた。

 加速魔法の効果がまだ残っている。ミノタウロスの股を潜り、同時に足下を『影淡』で斬り裂く。

 

 

「(硬ッ……!?全力で斬ったのにかすり傷程度……!?)」

 

 

 だが、それでもヘイトは此方に向いた。

 ミノタウロスの視線が此方に向けられた瞬間、私は叫んだ。

 

 

「行けッ!!」

「ひっ、うわあああああっ!?」

 

 

 呆然としていた猫人(キャット・ピープル)の冒険者も四階層まで続く階段へと走っていった。それはとりあえず良かったとして、問題は此方。ミノタウロスにヘイトを向けさせたはいいが、残念ながら私があの階層を逃げれば追いかけてくるだろう。猫人(キャット・ピープル)を助けた意味がなくなる。

 

 敢えて、()()()()()()()()()()()()()()

 五階層は複雑ではないが、それなりに広い。焦りもあり、知っていた正規ルートも分からない。今どこを走っているのか、それすらも覚えてない。

 

 

「っっ!やばっ–––」

 

 

 加速魔法(ソニック・レイド)時間切れ(タイムリミット)

 僅かながら、ミノタウロスに対して小柄で脚の速さがあったからこそ、先程の攻撃をギリギリ躱せていたに過ぎない。

 

 飛んできた拳を反射的に跳躍して躱す。それは余りにも悪手だった。もう一つの拳が私の眼前に飛んできた。空中で回避出来るはずもなく、左腕を盾に籠手で防ぐしか無かった。

 

 

「ガッ––––––!?!?ゴホッ!!」

 

 

 小柄な身体はミノタウロスの剛腕に最も容易く吹き飛ばされた。籠手を巻いた腕を盾にしなければ首の骨が折れていた。とは言え、左腕はダラリと地に落ち、鮮血が流れていく。視界がチカチカと眩み、口元から少なくない血を吐き、痛みが意識を飛ばさないように必死に争っている。

 

 

「ゴホッ、ゴホッ!!!」

 

 

 既に満身創痍。

 脚は何とか無事だが、左腕は使えない。多分骨が粉砕しているだろう。僅かながら感覚があるが、酷い痛みに感覚が無かった方が良かったのかもしれない。しかも……

 

 

「行き…止まり……クソッ……」

 

 

 吹き飛ばされた方向が最悪だ。

 仮に加速魔法を使っても、精神力(マインド)的に恐らく一回で打ち止め。それ以降は間違いなく追いつかれて殺される。超短文詠唱でも、連発出来るほどの魔力はまだない。だから使うのは三回までが限界だ。

 

 既にフロッグ・シューターで一回。先程ので一回。計二回使ってしまっている。三回目からは精神疲弊(マインドダウン)になる。そうなれば動きも悪くなるし、体力と精神が同時に削られながらミノタウロスから逃げ切るのは難しくなる。

 

 

「だったら……」

 

 

 ここでミノタウロスを退ける。

 もしくは追跡を不可能な状況に持っていくしかない。多分、勝率は僅か一割にも満たない。だが、逆境時の損傷吸収(ダメージドレイン)により、ステイタスが一時的に高補正が働いている。左腕が使えない状態でも、追い縋る程度には…….

 

 

「『駆け…上がれ…蒼き流星』!」

 

 

 ミノタウロスも突進の構えを取ってきた。

 此処で突っ込んでぶつかれば即死。一瞬の判断に身を任せ、右手のナイフを強く握りしめた。

 

 

「【ソニック・レイド】ォォォ!!」

「ブモオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 

 お互いに近づくその刹那。私はミノタウロスの突進の()()()()スライディングで潜り抜ける。振り返るミノタウロスの視界から一瞬にして姿を消す。

 

 

「ハアアアアアッ!!!」

「ブモオオオオオオ!??」

 

 

 視界から外れた瞬間に大跳躍。

 ミノタウロスの視界から消え、隙を晒した怪物の首へとナイフを振り下ろした。肉を貫く感覚、溢れ出る鮮血。血が滲むほどにナイフを握りしめて首へ刃が貫く。

 

 ミノタウロスは怪物でも()()()()()()()。生体的に言えば頸には脳と直結する神経が通っている筈だ。そこさえ断ち切れれば、ミノタウロスの四肢は動けなくなる。

 

 

 

「あと……少し……!!!」

 

 

 刃がズブズブと肉を貫いていく。

 ミノタウロスの肉はLv.1が幾ら高補正したところで武器も力も圧倒的に足りてない。小人族であり、女として生まれた所もあり、速さは高くても力は圧倒的に足りてない。何ならナイフにかけた全体重すら軽い。

 

 あと少し力が有れば神経を斬れるのに……ッ!!

 

 

「ブモオオオオオオ!!」

「なっ……ガッ、アッ!?」

 

 

 ミノタウロスは首に乗っかった私を掴んで地面へと叩き付けた。意識が朦朧とする。血を流し過ぎて状況が理解出来ない。『影淡』がミノタウロスの首に刺さったまま。

 

 しくじった。賭けに失敗した。

 叩き付けられて足も折れた。逃げれる力もなければ、身体を動かせるだけの気力ももう無い。

 

 血が流れる。

 視界が真っ赤になって身体が冷たくなる。

 

 

「………覚……えてろ……」

 

 

 ミノタウロスの足音が近づいてくる。

 もう戦う力は残されていない。だが、それでも未だ消えない闘争心。地に伏せたまま、負け惜しみにも等しい弱者の遠吠えを口にした。

 

 

「次……は……必ず、お…前に………勝…つ」

 

 

 振り下ろされる剛腕。

 迷宮に鳴り響く叫びを最後に、私の意識は此処で途絶えた。

 

 

 




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第六歩

 間違えて途中投稿してしまって紛らわしい真似して申し訳ない。許してくだちゃい。


 

 声が聞こえた。

 故郷にいた頃、私には偶に声が聞こえたりする。小人族(パルゥム)の中には偶に不思議な力を持っていたりする。例えるなら危機をいち早く直感する様に身体の一部が痛み出したり、予兆や予感と言ったものに機敏に反応したりする。

 

 私の場合はそのどれも違う。

 私には––––声が聞こえるのだ。

 

 

 昔からそれを聞いたことがある。

 死にかけていた雛鳥の叫び声だったり、土砂に巻き込まれてる泣き叫んでいる子供の声だったり。

 

 死に直面した時、命を失いそうになった時に生物は魂が籠った救いの声を吐き出す。

 

 死にたくない。生きたい。誰かに会いたい。救われたい。そんな想いの集合された心からの本音。

 

 私には、それが偶に聞こえるのだ。

 

 

『助けて……』

 

 

 それは、誰の声だったのかまでは分からない。

 けど、手を伸ばして、頰に触れて涙を掬ってやれる英雄になりたい。英雄になりたいから救うんじゃない。私が救いたいと思った道が英雄になってほしい。今までに見ない主役として君の主人公になりたい。

 

 

「いつか……必ず」

 

 

 救いに行くよ。だから、待っていて。

 その言葉が届かなくても、その言葉を誓いにいつか必ず救うと決意した。

 

 

 ★★★★★

 

 

「ん……う」

 

 

 目が覚めると、知らない天井とベッドの上だった。

 上半身を起こすと、僅かな鈍痛が背中と左腕に響く。左腕にはご丁寧に包帯がしっかり巻かれていた。そしてベッドの横にスヤスヤと寝息を立てて眠っている。

 

 

「エレ様?」

「んみゅう……ハッ!ルージュ!?大丈夫?痛みとか身体の調子は!?」

「寝起きでテンパり過ぎです。私は何とか……まあ鈍痛があるかな」

 

 

 確かミノタウロスと出会って五秒でバトって死にかけた。頭と腕に包帯が巻かれているが、痛みはそれほどではない。周りを見渡してもやはり知っている所ではないようだ。薬品の匂いと、僅かながら薬草の匂いもする。

 

 

「此処は?」

「【ディアンケヒト・ファミリア】の医療場よ。一応、手術は成功して、万能薬と魔法で回復したから殆ど問題ない筈なのだわ」

「手術?ああ、左腕の?」

「粉砕してたわ。だから治すのに苦労したってアミッドが……」

 

 

 左手を握っては開いてみるが、僅かな鈍痛意外は問題無い。いや、待って?【ディアンケヒト・ファミリア】は医療系ファミリアのトップだよね?治療費って相当高いんじゃ……

 

 

「ああ、治療費なら【ロキ・ファミリア】が負担してくれるのだわ。少し少ないけど慰謝料のお金も一応貰ったし」

「【ロキ・ファミリア】?何で大手派閥が?」

「ミノタウロスがいた理由が【ロキ・ファミリア】の不手際によるものだったの」

 

 

 あー、まあ確かに普通に中層に居るミノタウロスがあんな場所に居るわけないもんね。納得……それでも、ミノタウロスに負けたのは悔しい。勝てると思ったわけじゃない。蛮勇もいい所だが、それでも退けるくらいは出来たかもしれなかったのに。

 

 

「そういえば……」

 

 

 声が聞こえた。

 本当に偶にしか聞こえない声が、眠っている時に微かに聞こえた。あの時の声は一体誰のものだったのだろう。

 

 泣いていた。

 アレは……何かに裏切られ、助けを求めていた声だった。

 

 

「……誰だったんだ?」

 

 

 その声に疑問が残ったままだった。

 その後、アミッドさんが来てくれて退院しても問題無いと言われた。ダンジョンに潜らずに三日は絶対安静と言われたが。

 

 

 ★★★★★

 

 

 良い時間帯でお腹も空いた。

 一日眠っていて何にも食べてないからお腹空いた。一度宿に帰ってステイタスの更新をした後、ちょっと食べに行かないか?とエレ様に相談すると、同じ考えだったらしい。宿のご飯が不味いわけじゃないが足りなかったりするし。

 

 

「うわっ……相当伸びてるのだわ」

 

 

 エレ様から受け取った羊皮紙を見てみると、思わず顔を引き攣らせていた。

 

 

–––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––

 

 ルージュ・フラロウワ

 

 Lv1

 

 力:G283 → F340

 耐久:H193 → E431

 器用:G264 → G298

 敏捷:F311 → E401

 魔力:G223 → G289

 

《魔法》

【ソニック・レイド】

・加速魔法

・詠唱『駆け上がれ蒼き流星』

 

 

《スキル》

反骨精神(リバリアス・スピリット)

・早熟する

・対抗意識、宿敵意識を持つほど効果向上

・逆境時に全能力に対して損傷吸収(ダメージ・ドレイン)を付与

 

 

星歌聖域(ホーリー・サンクチュアリ)

任意発動(アクティブ・トリガー)

・精神力消費

・歌唱時、自身を中心に『聖域』を構築

 

 

–––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––

 

 

「うっっわ」

 

 耐久が物凄い伸びている。

 いやまあ死にかけたなら妥当かもしれないが、まさか二百を超えるか。天井知らずの伸びだな。

 

 

「まだランクアップは出来ないけど、経験値(エクセリア)以外にも偉業の経験値も相当溜まってる」

「ランクアップが近いって事?」

「そっ」

 

 

 うん。本当に最速でランクアップ出来るかもな。

 とは言え、やる事が色々ある。『影淡』が刃こぼれしてるし、新調もしくは造った人に研いでもらうか。

 

 

「……無理させちゃったか」

 

 

 とりあえず、暫くは予備用のナイフを使うか。

 私達はソレを確認すると外へ出た。

 

 

 

 ★★★★★

 

 

 街を歩くと何処もかしこもいい匂いがする。

 香辛料の香り、肉の脂、腹を刺激するようなその匂いに思わず涎が出てしまいそうだ。

 

 

「この空きっ腹にこの匂いは……」

「クるわね。分かる」

 

 

 思わずお腹を押さえるエレ様。

 私も空腹を抑えて、美味しそうな匂いの誘惑に耐える空腹は最高のスパイスだと言うが、どうせならちょっと高くても美味しいものを食べたい。何より怪我をしている以上、食べなければ回復するものもしないだろう

 

 

「もう何処か入りたいのだけど」

「待って、(おさ)のオススメ聞いてきたから。あとちょい……アレだ」

 

 

 見えた看板に少し喜ぶルージュ。

 あの場所が少し高いけど一番のオススメらしい。荒くれ者もあの場所では大人しく席につかないと、痛い目見る場所らしいから、安全っちゃ安全である。

 

 

「アレがオススメ?」

「そっ、宿の(おさ)のオススメ」

 

 

 そこはオラリオの他のお店よりも活気が溢れていて、何より美味しそうな匂いが鼻を刺激し、腹を鳴らせる。此処が大手ファミリアも常連になっている荒くれ者も跳ね除ける異端の酒場。

 

 

「『豊饒の女主人』だって」

 

 

 ルージュはこの時思いもしなかった。

 この場所で自分が伝説を生み出す事なんて、まだ誰も知る由もなかった。

 




  
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第七歩

 昨日更新できなかった分長くしといた。許してヒヤシンス。


 

 

 

 店内に入ると、冒険者が食べては軽く騒ぎながら親睦を深めたりと、活気溢れている。美味しそうな匂いが漂い、麦酒を煽る冒険者を見て更にお腹が苦しくなりそうだ。もう、野生の獣みたいに齧り付きに行きたいくらいだ。

 

 

「お客様二名ご来店ニャー!カウンターが空いてるからそっちに座るのニャ!」

 

 

 茶色で少し癖っ毛のある猫人に案内され、私達はカウンター席に付き、メニューを見始める。

 

 エレ様は赤い外套を纏っている。と言うのも、エレ様は良くも悪くも死と腐敗を司る冥府の女神だ。冥界の管理を天界の神々に無理やり押し付けられたのはあるが、性質上は毛嫌いされている。他の神々が見れば疫病神扱いだ。

 

 だが、エレシュキガルは原初時代。天と地と人界を築き上げた時から存在し、それこそ最古参の神として恐れ崇められ、天界で知らないものはいない。だから下手に悪目立ちを避ける為に外套を被っているのだ。

 

 

「エレ様、何食べます?」

「焼き鳥と、ミートソースのスパゲッティ、オラリオ海老のマヨ炒め!」

「すみません。注文いいですか?」

「はい、ただいま」

 

 

 とまあ、冥界ならまだしも地上に来たらはっちゃけたらしく。世界を見た事がないから地上まで降りてきたらしい。意外とお転婆だったり。

 

 

「ルージュ、大丈夫なの左腕?」

「もう治りましたよ。聖域って凄いですね」

 

 

 私もよく分からなかったもう一つのスキル【星歌聖域(ホーリー・サンクチュアリ)】。

 その性質がよく分からなかったから、病室で試しに使ってみたが、聖域の効果は知り得る限り三つ。

 

 一つが、治癒力の促進。聖域内にいる人間の回復速度を早めてくれるらしい。回復魔法に詳しいアミッドさんに聞いてみた所、常時回復とは違うらしい。治癒力促進である以上、回復とは異なる種類の力らしい。

 

 二つ目、邪気や呪いの解呪。

 アミッドさんが言うには、その場から邪気や呪いを祓う効果を持つらしい。一気に解呪は出来ないが、それこそアミッドさんが使う魔法と同等クラスの力らしい。

 

 その時疑問に思ったのだが、なぜ歌を歌う事によって()()と表示されているのか。聖域を発動するなら()()の方が意味合いとしては正しい筈なのに。

 

 そしてその疑問も解消した。

 聖域を発動する際に、歌の種類によって()()()()()()

 

 例えるなら迷宮英雄譚(ダンジョン・オラトリア)より抜粋。『癒しの泉』は治癒力の促進効果が強いが、解呪は遅め。

 

 古代神話目録より抜粋。『神の楽園(ゴッド・オブエデン)』は解呪の効果が強いが、治癒力促進はイマイチ。

 

 とまあ、私が知り得る限りの歌で効果の強さがやや異なる。私が知り得る限り、歌は30以上あるが、流石に全て調べるのは骨が折れるし、精神力(マインド)的に限界だったので今知るのはこの二つだ。

 

 そして三つ目は探知。

 自身を中心に広げる聖域の範囲は歌が届く範囲までは無制限に広げられるが、維持の時間は自身の精神力(マインド)に依存する。邪気や呪いが聖域内に入ってきた場合、ある程度の感知が可能だ。ただし、横の範囲のみ、縦は無理。

 

 

「痛みもない。まあ安静にしますけど」

 

 

 握っては手を広げても鈍痛はもう無い。

 これも相当な希少(レア)スキルだ。魔法ではない以上、出来る事も多い。あくまで歌える環境下のみに限定される後衛スキルだが。

 

 

「お待ちどう!焼き鳥とミートスパゲッティ大盛り、オラリオ海老のマヨ炒めだよ!」

「うわメッチャ美味そう!麦酒と合いそう」

「まあ病み上がりだし、お酒は駄目よ」

「ですよねー。まあアミッドさん怒ったら怖そうだし、従いますけど」

 

 

 もう、お酒飲める歳なのに。

 こう言う日こそ、ファミリア結成の祝いとして酒を飲みたいが、まあ仕方ない。今日は果実汁(ジュース)で我慢する。大盛りミートスパゲッティを二人で分け合っていると、店が妙に騒がしくなった。

 

  

「おい、見ろよあれ」

「おお、すげぇ別嬪」

「バカ、エンブレムを見ろ。死ぬぞ」

「笑う道化師……」

 

 

 ……ん?笑う道化師?

 思わず振り返ると、そこには他の冒険者と一線を画す強者の気配が漂う冒険者が、店に入ってきていた。

 

 思わず息が詰まりそうになる。

 英雄を目指す私にとって、今の立ち位置が最も近いとするなら彼等の事を指すだろう。

 

 

「【ロキ・ファミリア】じゃねぇか」

「ってことは、あれが【剣姫】か」

「【九魔姫(ナインヘル)】に【怒蛇(ヨルムガンド)】【大切断(アマゾン)】まで……」

「壮観だな。近づきたくはないが」

 

 

 道化の神であり、オラリオの都市二大派閥の一つ【ロキ・ファミリア】。構成員は多数、冒険者のレベルも基本的に高く、前衛職、後衛職、それら全てのレベルが高い。深層まで潜り最大深度の階層まで突入した実績があるのはこのファミリアだ。

 

 ……出来るだけ早めに食べ終えて出るか。この空気の中にいても無駄に疲れそうだし。

 

 

「よっしゃあ、ダンジョン遠征みんなごくろうさん!今日は宴や!飲めぇ!!」

 

 

 深層の遠征が終わり、ロキの音頭と同時に打ち上げに集まった【ロキ・ファミリア】御一行が盛大に騒ぎ出した。店も大変そうだ。運んでは作って、持って行っては注文を聞いて……ってあの店主めちゃくちゃ手が早くねっ!?全然見えないんだけど!?

 

 

「団長、つぎます。どうぞ」

 

「ああ、ありがとうティオネ。ところで僕は尋常じゃないペースでお酒を飲まされているんだけど、酔い潰した僕をどうするつもりなんだい?」

 

「ふふ、他意なんてありませんよ団長。ささっ、もう一杯」

 

「本当にブレねえなこの女……」

 

「ガレスー!?うちと飲み比べで勝負やー!」

 

「ふんっ、いいじゃろう、返り討ちにしてやるわい!」

 

「ちなみに勝った方がリヴェリアのおっぱいを自由にできる権利付きやあああああああァッ!」

 

「じっ、自分もやるっす!」

 

「俺もやるぜ!」

 

「私もっ!」

 

「ヒック。あ、じゃあ僕も」

 

「団長ォオオオ!?!?」

 

「リ、リヴェリア様……っ?」

 

「言わせておけ」

 

 

 壮観と言うか騒がしいな。

 焼き鳥を頬張りながら、明日どうしようか適当に考えている。ダンジョンに入れないなら武器屋見てくるか?鎖帷子はまだ使えるが、籠手は左腕が罅が入ってしまったから、鍛治士の所に行ってみるか?

 

 そう悩んでいると、声が上がった。

 

 

「そうだ、アイズ! お前のあの話を聞かせてやれよっ!」

 

 

 声が上がった場所に視線を向けると、酒に酔った狼人(ウェア・ウルフ)がひけらかすように笑いながら話し始めた。

 

 

「あれだって、ほらよっ、帰る途中で何匹か逃がしたミノタウロスがいただろうが。その最後の一匹。お前が五階層で仕留めたやつだよっ! そん時の話だってっ!あのトマト野郎の話をよっ!」

 

 

 ―――?トマト野郎?

 野郎って事は男の子か?疑問に思いながらも、話を続けていく狼人(ウェア・ウルフ)の言葉に耳を澄ませた。

 

 

「ミノタウロスって、十七階層で集団で襲ってきたけど、返り討ちにしたらソッコー逃げ出したあの?」

「そうそれっ!あの内の一匹がそれこそ奇跡みてぇにどんどん上に上っていったわけよ!あんときゃ泡食ったぜぇっ!こっちは遠征帰りで疲れてるってのによっ!最後になって追いかけっこだっ!」

 

 

 それって私の事か?

 だとしたら殴りたいんだが、いや死にかけた事は自己責任だけど、あの時猫人(キャット・ピープル)がミノタウロスに殺されかけていたんだし。

 

 

「そのトマト野郎。アイズに助けられた直後に叫びながらどっか行っちまったんだよ!くっ……う、うちのお姫様。た、助けた相手に逃げられてやんのぉっ!!」

「「―――ぷっ」」

「ぷはっ!っアハハハハッ!そ、そりゃ傑作やぁ!流石にそれはないわぁ!ぷふっ、ぼ、冒険者怖がらせてまうなんて、アイズたんマジ萌えーっ!!」

「っくく、ふ、ふふっ……ご、ごめんな、さい……あ、アイズッ!―――流石に我慢できなかったっ!」

 

 

 ギシリと音が聞こえた。

 その方向に目を向けると、隠れて震えて手を握りしめている白髪の少年がいた。私の話ではなかった。逃げてしまったトマト野郎って、もしかしてこの人か?

 

 

「しかしまぁ、なんだ。久々に見たぜあんな情けねぇ野郎はな。ああもう胸糞わりぃわ。野郎のくせして泣くわ泣くわ」

「……あらぁ~」

「ほんとざまぁねえって。はんっ、泣き喚くぐれぇなら最初から冒険者になってんじゃねぇっての。ドン引きだよな。なぁ、アイズ?」

「…………」

 

 

 聞き流すが、隅で震える少年を見てそうもいかない。

 止めろといっても止まらないし、止められない。飲んでもいないが、酒が不味くなりそうな話だ。

 

 

「……ベート、酔っ払ってんの?」

「ああ黙れ、で、どうなんだ?選べよアイズ。雌のお前はどっちの雄に尻尾を振るんだよ?どっちの雄に滅茶苦茶にされてぇんだ?」

「……私は、そんなことを言うベートさんとだけは、ごめんです」

「―――っふ、無様だな」

「黙れババァッ!!っ……、んじゃ何だ?お前はガキに好きだの愛してるだの目の前で抜かされたら受け入れるってのか?」

 

 

 少年の肩が揺れる。

 明らかに意識がベートと呼ばれた獣人の男とヴァレンシュタインと言う女剣士に向けられている。

 

 

「はっ、有り得ねえっ!有り得ねぇよなそんな事ァ!自分より弱くて軟弱で救えねぇっ!気持ちだけが空回りしてる雑魚野郎になぁ!お前の横に立つ資格なんざねぇんだよっ!それは他ならないお前が認めねぇ!」

 

 

 トドメとも呼べる声が少年に突き刺さった。

 

 

 

「雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねぇ」

 

 

 

 その言葉に崩れ落ちるように、少年は走り出した。涙を流しても言い返せずに、叫びたくとも強くない。勘定も払わずに腰に据えたナイフだけを握りしめてただ、店から走り去っていた。

 

 

「っ……ハァ、エレ様」

「行くのね?」

「うん。放っては置けないし、自棄になってダンジョンで死んだら目覚めも悪いから」

「会計は私がしとく。–––ちゃんと帰ってくるのよ?」

「分かりました」

 

 

 幸い、『影淡』と予備用のナイフ。ポーションが一つある。ステイタスもだいぶ上がったし、上層も深く潜らなければ死なないだろう。万が一が無ければ大丈夫だ。

 

 

「……あの」

「ん?ああ……大丈夫。ちゃんと連れて帰ります。あと、美味しかったです」

「……ベルさんの事、お願いします」

「はい」

 

 

 銀髪のウェイトレスさんが心配そうにあの少年が向かった方向を見つめる。自棄になったら何処に向かう?性格上から判断したら、ファミリアのベッドで泣き寝入りか、もしくは……ダンジョンで自傷も厭わない危険な攻めで鬱憤を晴らす。私なら後者だ。

 

 

「……ん?君は……」

 

 

 げっ、見つかった。

 見覚えがあるように見える。恐らく気を失った私を助けてくれた人だろう。金髪の小人族(パルゥム)であり、【ロキ・ファミリア】の団長。

 

 

「【勇者(ブレイバー)】……だっけ?」

「怪我は大丈夫かい?」

「………おかげさまで」   

 

 

 まあ、もう傷はない。

 軽い疲労は残ってはいるけどもそれだけだ。……って後ろのアマゾネスが滅茶苦茶暴れてる!?双子の妹が抑えてくれてるけど「あの雌犬がァ!!」と女が見せちゃいけない形相をしていた。

 

 

「少し、時間を取れるかな?」

 

 

 ロキ・ファミリア団長の誘い。

 これはある意味命令に近い。断って敵対すれば、弱いファミリアなら潰されてしまいかねない。

 

 

「––––()()()()()?」

 

 

 だが、()()()()()()

 そんな時間を割く暇などない。()()()()()()、死ぬかもしれないあの少年を追う方が、私にとって優先的だ。

 

 

「……理由を聞いてもいいかな?」

「いや、怪物輸送されて殺されそうな冒険者も居たのにそれを肴にして笑っているファミリアの為に誰が時間を取りたいって言うの?」

 

 

 ピシリ、と空気が凍った気がした。

 酒場で騒いでいる冒険者も思わず、視線が此方に向いた。浮いた熱を発散させるには丁度いい薬とも呼べる言葉だった。

 

 

「私は別に死にかけたのは自己責任だと思ってる。治療費はありがたかったけど、謝罪金(こんなもの)貰っても上っ面にしか見えない。だから要らない」

 

 

 二十万ヴァリスが入った巾着袋を放り投げる。

 正直な話、私は【ロキ・ファミリア】に入らなくてよかったと思った。ハッキリ言って敵対関係になるつもりはないが、少しだけ不愉快だった。気に入らないし、この話を見たらまるで『笑える事に感謝したその礼金』みたいじゃないか。道化に成り下がって吐き気を催すくらいに反吐が出る。

 

 

「はっ、死にかけた雑魚なんざ知るかよ。テメェらが弱かった自業自得だろ」

「そうだね。でも引き起こしたのはお前らだろ?––––それで人が死んだら本当に笑えるの?頭大丈夫かお前」

 

 

 思い出したのは私が助けた猫人(キャット・ピープル)

 あの時、私が居なかったら死んでいた。【ロキ・ファミリア】の尻拭いみたいになってしまったが、アレで死にかけたのもまた事実だ。死人が出るかもしれない話で笑う神経に異常としかいえなかった。

 

 

「んだと……ん?ああテメェ、アレか。フィンにお姫様抱っこされてミノタウロスに殺されかけた雑魚チビじゃねぇか。どうせ大成もしねェんだし、大人しく餓鬼に混ざってチビらしく生きてろよ」

「ベート、黙れ」

「––––()()()()()()

 

 

 その言葉もまた事実だった。

 私はまだ、大成もしていない。餓鬼と同じでミノタウロスに殺されかけて、助けられたから生きてるだけにすぎない雑魚だ。

 

 

「私は弱いし、偉業も達成してない駆け出しの雑魚だ」

 

 

 今はただ、吠える事しか出来ない。

 身の程を弁えないチビで女で、ただの道化にも等しいだろう。

 

 

「だが––––()()()()()()

 

 

 だが、()()()()()()()

 その侮辱は今は大いに受け止めよう。その悔しさは絶対に忘れない。何故なら、私の本質はずっと前から決まっているから。

 

 

「高台から見下ろしてるつもりならそこでただ笑ってろ。絶対に追いついてやる」

 

 

 何処までも負けず嫌い。

 追いつく場所は遥か先。英雄と呼ばれ、英雄譚に名を刻んだ存在。【ロキ・ファミリア】は通過点に過ぎない。先を見据えすぎた愚か者、身の程を弁えない雑魚。

 

 それでも私は吠えた。

 此処で、この場所で誓いとも呼べるその覚悟を。

 

 

「私は絶対––––お前らを越えてやる」

 

 

 英雄の道を駆け上がるその誓いを吠えた。

 弱くて小さくて、届かない高みへとただ走る為に覚悟を口にして振り返り、店を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 この日、この店に伝説が生まれた。

 

 言葉の重みに耐え切れず食い逃げをした弱き少年はナイフを振るい、ただ真っ直ぐに。

 

 そして弱者と認めながらも覚悟を吠えた弱き少女は自分の弱さを捨て、ただ駆け上がる為に。

 

 

 今日、この日、この時から。

 英雄の道を駆け上がる二人の【眷属の物語(ファミリア・ミィス)】が始まったのであった。

 

 

 

 

 

 





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第八歩

 

 

 街中を探しても白兎は居なかった。

 ホームなど分かるわけも無いし、籠もってしまったなら仕方ないのだが、絶対違う気がする。スキルの探知はあくまで邪気や呪い、怪物などには効果があるが、人間はそうもいかない。

 

 

「此処も居ない…か」

 

 

 ダンジョンの四階層まで潜るが、居るはずもない。

 諦めて帰ったのか、ため息をつきながら引き返す。しかし、振り返った視線の先に、あるものが転がっていた。

 

 

「魔石?」

 

 

 よく見ると、魔石が地面に散らばっていた。

 砕けた魔石や、一刀両断されている魔石などが幾つか転がっている。まさか……更に下の階層に行ったのか?

 

 

「ふっ!」

 

 

 襲いかかる蛙を斬り裂き、更に進む。私も未だ来たことがない階層。五階層ならまだしも、此処は更に先の階層。

 新米殺しとも呼べるモンスターが現れるのは六階層。新人の最初の死線(ファーストライン)とも呼べるこの場所で、牙を剥いたモンスターは……

 

 

「……ウォーシャドウ」

 

 

 人の形に近い歪な『影』だった。

 二足歩行であり、鋭い爪を持つ怪物であり、単体では基礎ステイタスでも勝てるだろうが、それが複数に囲まれたらそれ以上の水準を求めなければならない。

 

 

「シッ!」

 

 強靭な肉体を持ち、変幻自在に腕を伸ばしリーチを潰しに来る。それを予備のナイフで弾き、一気に懐に入って魔石を砕いた。一対一ならこの程度でも大丈夫だ。最悪魔法で切り抜けられる。

 

 

「居た!」

 

 

 少年が二対一で戦っている。

 ウォーシャドウは戦えば命を落としかねない。駆け出しならその爪に引き裂かれて終わりだ。今すぐ助けた方がいい、そう思っていたが……

 

 

「ん?」

 

 

 少年の動きが変だ。

 しっかり見切れていて、上手く戦えている。戦闘の仕方はまだ未熟、それこそ私の方が上手いかもしれないが、脚を中心にしたナイフ使い。同系統の戦闘姿(バトルスタイル)としては駆け出しにしては上手いほうだ。

 

 いや、違う。駆け出しならこの場所でウォーシャドウに戦えるはずがない。私は例外として、彼は何だ?

 

 ……スキル?条件起動型のスキルが発動……もしくは急激な成長?

 

 

「倒しちゃった……」

 

 

 まさか、私と同じ成長促進系のレアスキル?

 駆け出しなら少なからず、自力でたどり着くのに半年はかかる。世界最速(レコード・ホルダー)のアイズ・ヴァレンシュタインの記録を見た事があるが、無謀な攻めを繰り返す事でたどり着いたならまだしも……

 

 

「っっ!!」

 

 

 ピキリとダンジョンの壁に亀裂が入った。

 そこから湧き上がるのは、ウォーシャドウの軍勢。20は下らない。少年は逃げないでいるようだが、流石にこの数は危ないだろう。

 

 

「『駆け上がれ蒼き流星』」

 

 

 一体ずつ処理していては流石に間に合わない。半分くらい減らす為に、詠唱を始めた。

 

 

「【ソニック・レイド】」

 

 

 流れる流星が、ウォーシャドウの魔石を潰して行く。器用がだいぶ上がった事により、大した事のないナイフでもウォーシャドウを殲滅しても、刃こぼれが全くない。とは言え、一度の加速で全てを殺すのは難しい。

 

 

「九体受け持つ!十一体を出来る限り減らせ!」

「えっ、は、はい!!」

 

 

 いい敏捷(あし)を持っている。

 未熟さはあれど、反応速度や脚でカバーし、確実に仕留めている。私に似たスタイルを人間が行なっているくらいか。

 

 右腕が伸び、爪が迫る。

 体勢を低くして、躱しては接近して魔石を砕く。それを繰り返し、こっちが八体殲滅していると、彼方は六体を既に倒し切っていた。

 

 ただひたすら闘った。  

 私達は傷だらけになりながらも、闘い続けた。

 

 

 

 

「っと、終わった」

「ふう……あ、ありがとう」

 

 

 汗を拭い、疲れたような顔をしている少年に、私は反射的に返した返答に冷たい目で睨み付けた。

 

 

「何やってんの君は」

「!」

「食い逃げしたと思ったら、こんな真夜中にダンジョンに潜って。自殺願望者か?」

「ち、違……」

 

 

 違わない、と口にする。

 ため息をついてナイフを仕舞う。正直な話、怒ってはいる。馬鹿にされた事を言い返せない事じゃなく、自棄になってダンジョンに潜った事にだ。それで迷惑かけたならお前は悪くないとは絶対に言えない。

 

 

「酒場で馬鹿にされたトマト野郎って君だろ?」

「!!」

「……ハァ、馬鹿にされて悔しい気持ちは分かる」

 

 

 この子も相当屈辱だったのだろう。

 と言うより、【ロキ・ファミリア】に笑い者にされて、弱い自分を許せなくてこのザマだ。そしてその無鉄砲さにダンジョンに向かった。気持ちは分かる。けど、これは決して冒険などではない。

 

 

「けどな、これを冒険とは言わない。これは()()()()()()()だ。それで店にも迷惑かけてるんだ。ちゃんと考えなよ」

「……すみません」

「謝るなら明日酒場にちゃんと金持って行きな。銀髪のウェイトレスさんが心配してたからね」

 

 

 いや本当、女将がカンカンだったわ。

 あの形相からしたら、明日この少年顔がボコボコになっている可能性も否めないわ。

 

 

「……気は済んだか?」

「ううん、もう少しだけ……闘っていきたい」

「……ハァ、少し付き合うよ。死なれたら寝覚め悪いし」

 

 

 ナイフを構え、次の敵に構える。

 こうして私達は朝までウォーシャドウと闘っていたのだった。

 

 

 

 ★★★★★

 

 

 

「っ……重い」

 

 

 ダンジョンから抜け出てオラリオの朝日を拝みながら私は白兎を担いで歩いていた。六階層にて少年は最後の一体を殺すと糸が切れたようにパタリと倒れた。

 

 

「だからって、気を失うまで闘うとか…私がいなきゃ死んでたぞクソッ」

 

 

 背中で眠っている白兎に悪態をつきながら、市街地付近を歩く。スヤスヤと寝掛けている兎の身体は傷だらけだった。スキルで治癒促進はしたが、塞がったのは小さな傷のみだ。脚は止血しているが、まだ治っていない。ポーションぶっ掛ければ一発だ……おいコイツ私の服に涎垂らしてねぇ!?

 

 

「いい加減起きろ!」

「ふぁ!はい!?」

「……ったく、お前のホームは何処なのよ」

「降ります、降りますから!」

「脚、ポーションがなくてまだ血が流れてる。送ってやるから早く教えて」

 

 

 もうこの際、服はしっかり洗って今日はしっかり寝よう。エレ様も心配しているだろうし。指を刺して、歩く方向を教えてもらい、たどり着いたのは……

 

 

「廃墟じゃん。降ろすよ」

「あ、ありがとう。そういえば、君の名前は?」

「……ルージュ。ルージュ・フラロウワ」

「僕は、ベル・クラネル。ありがとう。助けてくれて」

「そう思うなら、二度と自棄は止めてよ?次は助けないからね」

 

 

 食い逃げして、ぶっ倒れるまで闘って、おぶってやったら涎垂らされてもう散々だ。廃墟の階段を降りる白兎に私は声をかけた。

 

 

 

 

「ベル」

「ん?」

「お前はまだ弱い。それは事実だよ」

「!」

「だから……次は勝てるように、頑張ろうね。お互いに」

 

 

 ミノタウロスに負けたのは事実だ。

 まだ弱い。始まったばかりだ。どんだけ嘆いても、アイツらに比べたら途方もなく遠くて、私達はまだ弱い。その敗北は潔く受け入れよう。受け入れた上で次は必ず––––

 

 

「––––うん」

「強くなろう。まだ始まったばかりなんだから」

 

 

 次は必ず勝つために。

 私達は冒険者として脚を止める事はしないと此処に決意した。

 

 

 




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第九歩

 

 

 

 

「何やってるのですか貴女はああああああああああああ!!!」

 

 

 アミッドさんに凄い怒られた。

 まあそれもそのはず。昨日の酒場の噂が広がっていた。

 

 その名は『蒼の宣告』

 駆け出しの新人が【ロキ・ファミリア】に絶対に越えると言う無謀な弱者の遠吠え。その少女は蒼い瞳と蒼色の艶やかな髪をポニーテールをした小人族(パルゥム)だと。

 

 まあそこまでは良かったのだ。問題は引き止められなかった原因を【ロキ・ファミリア】がウェイトレスに聞いたところ、馬鹿にしていたトマト野郎を探す為に夜の街を駆け出したと言うのも知ってしまったらしく、その経緯が街中に広がって、【ディアンケヒト・ファミリア】のアミッドさんにどういう事か説明を求められた。

 

 そしてダンジョンに潜って少年…ベルを救った事をうっかり滑らしてしまい、絶対安静を命じられたことを無視してしまった事にアミッドさんが大激怒である。

 

 

「絶対安静って言いましたよね!?何で更に深い階層まで行ったのですかああああああっ!!!」

「本当すみません!」

 

 

 こればかりは頭が上がらない。

 幾ら助けるためとは言え、夜のダンジョンに向かった事は確かに危険だった。予備用のナイフも斬りすぎて刃こぼれが酷いし、買い直した方がいいくらいに闘った。鬼の形相で迫るアミッドさんに頭を下げる他なかった。

 

 

「全く……まあ診察上、怪我はもうありません。で・す・が!病み上がりと言う事をちゃんと理解してから行動してください!!」

「すみませんでした」

 

 

 超反省した。

 まあ回復過多になればポーションも効きにくくなってしまうらしく、万全の状態に戻すなら三日で完全復活らしい。万能薬や回復薬頼りは禁物だ。

 

 まあそれはそうと。二日間はダンジョンに潜らない事にした。

 

 

 ★★★

 

 

「カゲタン……ちょっと刃こぼれしてるしなぁ」

 

 

 現在使用中のナイフ『影淡(かげたん)』はミノタウロス戦で刃こぼれを起こしてしまっている。このまま使い続けると折れてしまうし、籠手も負荷がだいぶ掛かって罅が入ってしまっているのだ。

 

 コイツの製作者に会えるかなぁ?現在八千ヴァリス。昨日の分はまだ換金してないが、それで修理費が足りるとは思わないし……籠手に関しては今は団長になった奴が作った物だしなぁ。

 

 

「まあ行くだけ行ってみるか」

 

 

 途中の露店で買ったジャガ丸君を食べながら、バベルまで向かい始めた。

 

 

 ★★★★★

 

 

「良いぞ」

「マジ?」

「むしろ買ってくれなかったと思っておったからなぁ。整備くらいなら引き受けてやろう」

「でも、高いんでしょ?」

「ある程度格安にしてやる。造った物には責任を持つのが手前の信条(ポリシー)だからな。そちらのナイフも研ぐくらいならやってやろう」

 

 

 ヘファイストス様の案内で団長の所へやってきた。まさか引き受けてくれるとは思わなかった。だが、古びた作品までちゃんと整備してくれるなんて思わなかった。

 

 だからこそ疑問に思う。何でアレ彼処に売られてたんだろう?

 

 

「でもどうしてこの籠手があの場所に売ってたの?」

「アレはフィン用に造ったが、徹夜のせいでサイズを間違えてなぁ。残念ながらフィンが着るには窮屈過ぎて作り直しにさせられてな?あの時マジ号泣したわい」

 

 

 これ、【勇者(ブレイバー)】のお下がりか。

 そもそも、女の小人族で冒険者として、しかも前衛を戦う者が殆どいない。この籠手もしっかりしているが、前衛じゃなければ確かに使わない。

 

 成る程、小人族(パルゥム)の女戦士が居なかったのか。まあラッキーだった。

 

 

「それじゃ、任せてもいいですか?」

「うむ!二日後に来い!」

 

 

 話によると、影淡の整備はそう時間がかからない。籠手も焼き直しですぐに罅を直せるらしい。整備費用に二万ヴァリス。二日後に返すと約束して、団長の椿・コルブランドに預けて私は予備の装備を見にバベルの昇降機を目指した。

 

 

 ★★★★★

 

 

 鍛治士駆け出しの品を幾つか見て回る。予備用のナイフもだいぶ磨耗して使い物にならない。『影淡』の他に探してみようと思っていたのだが……

 

 

「……まあ、何本か良いのはあるけど」

 

 

 それでも『影淡』に劣る。

 残念ながら、ナイフについてはメインとなるいい得物は見つからなかった。いっそ武器を変えてみるか?大剣は使えないし、槍は使った事がない。弓は故郷の狩りでやった事はあるが、一人だとダンジョンでは不向きだ。私の長所の敏捷を殺してしまうし。

 

 

「……!」

 

 

 目を惹かれた。

 思わず手に取って鞘から抜く。

 それは極東の人間が使う刀の一種『小太刀』である。刃渡りが長くないが、軽く防御に向く刀。小回りも良いと聞いたことがある。しかもデザインがいい。緑の銷と緑がかった綺麗な直刃。少し使われているようにも思えるが新品同様だろう。名は『緑刃(りょくじん)』 。

 

 

「製作者は……不明?」

 

 

 またか?今度もまた誰かのお下がりだったりして。

 いや、でもこれはしっかりしていて絶対にいい。六千ヴァリス。他のに比べたらこれは断然買いだ。刀は使った事はないが、慣れれば使いやすくなる。

 

 

「よし。これにしよう」

 

 

 そして、明日二万以上稼ごう。

 エレ様は神の宴に行ってくるらしいし、今日の夕飯どうしようかなぁ?

 

 

 

 

 ★★★★★

 

 

「……ハァ、ルージュに持って帰りたいけど」

 

 

 流石にそんなはしたない真似はしない。

 流石に冥界を統べていた女神としての矜持がある。まあ隣のロリ巨乳(ヘスティア)は外聞とか気にせずにタッパーに敷き詰めているが。

 

 ガネーシャが開いた神の宴にエレシュキガルも参加した。死と腐敗の女神を招くなんて酔狂な真似だと思うが、そこはガネーシャのいい所でもある。平等に、神も、子もしっかり見ている所はとても好印象だ。

 

 

「全く、少しは落ち着きなさいよヘスティア」

「げっ!?エレシュキガル!!君まで招かれたのかい!?」

「まあ眷属がいる神は誰でも招くでしょ。私も零細ファミリアとして動き出したし」

「君に眷属が!?マジ!?」

「マジよ」

 

 

 ヘスティアは私の事がやや苦手らしい。

 それもそうだ。ヘスティアは竈の女神で聖火を司るのに対してエレシュキガルは冥界の女神、死を司る腐敗の女神。性質が逆な分、お互いに苦手なのだ。まあ、性質に伴って嫌いという訳じゃないが、苦手意識があるのは事実だ。

 

 

「……あら、二人とも参加したのね」

「あっ、ヘファイストス」

「久しぶりね、ヘファイストス」

 

 

 ドレスに身を包んで着飾っている赤髪の鍛治神。ヘファイストスに声をかけられた。エレシュキガルを見て目を細めて安心したように話し始めた。

 

 

「いい眷属を持ったわね」

「会ったの?」

「午前中にね。椿に整備を任せていってたし」

 

 

 ガネーシャに招かれた神々の中で飛び交っている噂。酒場の宣言が名前までつけられて聞こえている。

 

 

「あと、噂になってるわよ?『蒼の宣告』って」

「あああ……まあね。まあ外見が珍しいから分かりやすいし、ルージュが頑張るって言ったのなら私は応援するだけ」

 

 

 驚いた。

 ヘファイストスがエレシュキガルと会ったのは一度、その時は厳格な女神かと思ったが、物腰柔らかく、一人の女神としてしっかりと子を愛している事に。

 

 

「まあ、私は疑わないけど」

「?」

「あの子は間違いなく宣言通りに抜いて行くわよ」

「その根拠は?」

「秘密よ」

 

 

 ニヤリと笑い、はぐらかすエレシュキガル。

 死と腐敗の神の不敵さを僅かながら感じて、「へぇ…」と呟きながら軽く笑う。

 

 お互いに信用しているからこそのその信頼。英雄になる宣言はこのままだと間違いなく実現される。そう、彼女も下界の未知の一つなのだから。

 




 
 装備『緑刃(りょくじん)
 銷は緑で若干緑がかった直刃。極東の打刀『小太刀』。これも訳ありであるが、使って間もない新品同様である。


 ★★★★

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 すみませんが、明日はお休みします。


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第十歩


 徹夜して昨日は手がつかなかった。
 すみません。次回から怪物祭編に行きます。それではどうぞ。


 

 

 

 

 

「あら、珍しいわね。貴女がこういう所に来るなんて」

「ん?ああ、フレイヤじゃない。お久しぶりなのだわ」

 

 

 ヘファイストスと話している所に白いドレスに身を包んだ美の神フレイヤが近づいてきた。それは扇情的で情熱的とも言えるくらいに甘ったるい声、見ただけで酔わせてしまいそうな美貌。それに若干顔を顰める。

 

 

「げっ、フレイヤ……」

「そう邪険にしないでほしいわ」

「そうは言っても。僕は君が苦手なんだよねぇ」

「ふふ、私は貴女のそういう所好きよ?」

 

 

 苦虫を潰したようにヘスティアがフレイヤを見る。

 ヘスティアは処女神、そこらで男神達を食ったフレイヤとは相性が悪い。本人は繋がりのためとは言ってはいるが。

 

 そこに周りをキョロキョロと何かを探しているような珍しくドレス姿の女神にエレシュキガルは呟いた。

 

 

「……ロキ」

「おおん?エレちゃんやないか!メッサ久しぶりやん!記念に抱擁(ハグ)しよ」

「触ったら殺す」

「すみません」

 

 

 エレシュキガルがあまり宴に来たがらないのは主にコイツ(ロキ)のせいである。

 エレシュキガルは金髪美人。ロキのドストライクであり、虐めたくなる神No.1のエレシュキガルにセクハラ紛いの行為を行なった結果、割と本気で神の力(アルカナム)を使わずに権能使おうか本気で考えた。

 

 因みにエレシュキガルの権能は『畏怖』だ。見たものに恐怖を植え付けると言う力である。この力は神々の中で忌避されている。同じ事が出来るのは北欧神話の戦神(オーディン)くらいだ。

 

 怖いもの知らずで声をかけるものも少ない。フレイヤとかロキ、ヘファイストスはエレシュキガルの人格を認めている故に、ヘスティアは同情もあり声をかけたりはするが、苦手は苦手だ。

 

 

「エレちゃんの揉んだらウチの増えるかもしれへんやん!希望くらいもたせてーな!」

「……?神は不変だから成長しないんじゃ?」

「「ブフォっ!!」」

「……っ!〜〜!」

 

 

 天然女神様のさりげない本音がロキに突き刺さる。

 堪らず聞いていたヘスティアとヘファイストスは吹き出し、フレイヤは顔を背けて口元を手で抑えている。あっ、無乳(ロキ)巨乳(ヘスティア)が取っ組み合い始めた。

 

 

「でも、本当に久しぶりに見たわね。会えないと思ってたわ」

「まあ、偶にしか会わないのだわ。()()が居たら殺し合いになるかもしれないし」

「ああ、もしかして……」

「天界の自由奔放の糞女神の事よ」

 

 

 メソポタミア文明に存在する女神の中でエレシュキガルが地の女神で、正反対の女神とも呼べる天の女神がイシュタルだ。二柱は表裏一体だが、イシュタルは豊穣と美、そして戦の神でもあり、エレシュキガルは死と腐敗、そして冥界の女神だ。引き寄せる『美』と引き離す『畏怖』は真逆とも言えるだろう。

 

 訪れる時は必ず主催者に確認を取るくらいだ。イシュタルが居た時は絶対に参加しないし。

 

 

「そっ。あの馬鹿と鉢合わせたらどうなるか分かったもんじゃないし」

「ああ、確か冥界で」

「ひん剥いて王冠奪って滅多刺しした」

「……今度飲みに行かない?その痴態について詳しく」

「奢りならいいわ。腹が捩れても知らないわよ?」

 

 

 美の女神と冥界の女神は腹黒く笑っていた。

 元々、冥界に乗り込んだあの女神が大体悪いのだから。会場にも居ないのに背中を刺すような寒気がイシュタルを襲ったのは別の話。

 

 

 ★★★★★

 

 

 

「ふっ!」

 

 

 新しい相棒『緑刃』でウォーシャドウを斬り裂く。

 扱い難い。剣やナイフより使い方が特殊だ。いつも以上に使い方を意識しなければいけない。切れ味だけなら『影淡』より上、だが耐久に関しては及第点だ。扱い方一つで刀身が折れてしまう。

 

 

「これが刀……ククリ刀とは違って脆いけど、切れ味なら中層でも通用するかな」

 

 

 私の加速魔法は付与ではない。

 速さを御し得る強さによって武器の摩耗は決定する。今は刃こぼれ無し、切れ味の落ちも無し。魔力もだいぶ上がったおかげで六回以上は使える。回復薬も充実。

 

 

「よし、八階層まで行こう」

 

 

 

 ★★★★★

 

 

 

「ルージュちゃん?」

「………」

「貴女まだ登録してから二週間ぐらいしか経ってないよね?」

「………」

「何で八階層まで行ってるのかなぁ?」

「いや、ステイタス的に問題ないと……」

「二週間でステイタスがホイホイ上がるわけないでしょうがああああああッ!!!」

 

 

 まあ普通はそうなんだけどね。

 とりあえず、整備費用はどうにかなったのは良かったのだが、エイナさんにブチ切れられている。二万ヴァリスも稼げたのはいいのだが、単独で潜れる階層を越えている。

 

 というより新しい武器と整備費の事があったから許可を取るの忘れてた。うっかり。

 

 

「……エイナさん、個室用意出来ますか?ちゃんと理由話しますから、怖い顔しないで」

「えっ?まあ、出来るけど……じゃなくて!!」

「いいから!ちゃんと話すから!鬼の形相で詰め寄らないで!」

 

 

 今のエイナさん、もの凄い女の子がしちゃいけない顔をしている。他の冒険者には見せられないよ!

 

 

 ★★★★★

 

 

 

「それで?理由は何?」

「その前にエイナさん。今見せるものは他言無用でお願い出来ますか?」

「内容による。違反だったら報告はしなきゃいけないし」

「なら問題ないか。これ見てください」

 

 

 個室まで移動し、エイナさんにエレ様に渡されていたステイタス表を見せる。そういや、ベルを助けた時から更新してない。あの後、ガネーシャの神の宴とやらに行っちゃって会っていないし。今日、多分帰ってくると思うけど。

 

 エイナさんは声にならない悲鳴を上げていた。まあ二週間でこの上昇率なら大体の冒険者が二ヶ月でランクアップしてるか。

 

 

「ど、どういう事!?」

「見たまんまレアスキルですよ。だから言いたくはなかったんですけど……前例あります?」

「あるわけないでしょ!?」

 

 

 でしょうね。

 因みに八階層まで単独で潜れる許可はもらった。それ以上潜るならパーティやサポーターがいた方がいいと告げられた。うーん、まだオラリオで友好的な関係を築けた人間と言ったらベルくらい?

 

 高水準である事は間違いないし、ベルに会ったらタッグ組んでみようかな?エイナさんは疲れた顔でステイタス表をシュレッダーにかけて抹消した。

 

 

「あっ、そういえば最近街騒がしいんですけど、何があるんですか?」

「ああ『怪物祭(モンスター・フィリア)』の事?」

「……?何それ」

「お祭りだよ。【ガネーシャ・ファミリア】主催でモンスターを調教(テイム)する所とか見れたりするし、それに伴ってお祭りがあるの」

「お祭り……」

 

 

 エレ様と回るか?いや、あの人人混みダメだって言ってたし。お祭りと言ったら故郷では大した規模ではなかったが此処はオラリオ。その規模を考えると、ちょっとワクワクする。子供みたいと言われても否定出来ない。

 

 怪物祭。ちょっと楽しみだ。

  

 

 





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第十一歩

※軽くネタバレ注意です。ではどうぞ。


 

 

 怪物祭(モンスター・フィリア)

 ギルドが発案し【ガネーシャ・ファミリア】主催で行われる祭であり、オラリオでそれが行われる以上、その規模は都市街と比べ物にならない。ルージュはこの事を考慮して、怪物祭前日にダンジョンで稼いでいた。

 

 

「……っっ!」

 

 

 とは言え、まさかキラーアントの群れに出くわすとは思わなかった。並行詠唱はやった事がないから、此処でミスれば自爆する。『緑刃』で的確に処理しているが、左脚と右脇腹に爪が引っかかって血を流す。

 

 

「ぐっ……ああああああっ!!!」

 

 

 スキルが発動。

 逆境時に全能力に『損傷吸収(ダメージドレイン)』により、捌き切れなかった大群に、刃が追いついてきた。いつもの魔法を使う感覚で魔力を練ると失敗する。感覚を研ぎ澄まし、咄嗟に紡ぐ詠唱。

 

 

「『駆け上がれ…蒼き流星……』!!」

 

 

 杜撰で危なっかしい並行詠唱。

 ただ、魔力を消費する量を魔法が発動するかしないかの量で調節し、暴発しても最小限、そして詠唱を終えると一気に魔力を練り上げる。

 

 

「【ソニック・レイド】!!」

 

 

 傷付いた身体と加速により、キラーアントを根こそぎ殺していく。脚で踏み潰し、拳でぶん殴り、『緑刃』で真っ二つに斬り裂き続ける。そして、加速魔法が切れても尚奮闘する事五分、最後の一匹を殺した瞬間、全身から先程の死の危険がフラッシュバックした。

 

 

「はっ、はっ……!」

 

 

 一瞬、怖いと思った。 

 死のリスクを負うのは当たり前だが、何処かステイタスが高水準だからと慢心していた部分があった。スキルが無ければ死んでいたし、並行詠唱もマグレに過ぎない。

 

 今度から魔法の特訓しよう。動きながらと止まりながらでは話が違い過ぎる。流石に敵の前で無防備で詠唱なんて出来ない。

 

 

「ふう……刃こぼれは……無し。ちょっと慣れたか」

 

 

 ただ防具の方は少し傷付いている。

 鎖帷子のおかげで脇腹が抉り斬られる、とまでには至らないが、爪で引っ掻かれた部分は一部破られている。それが無かったらもっと出血していたかもしれない。ポーションを飲み、魔石を回収した後、大人しく今日は帰る事にした。

 

 

 

 ★★★★★

 

 

 怪物祭、当日。

 エレシュキガルは行かないと言っていた。なんでも『畏怖』で怖がらせてしまうからとか。神威ゼロにすれば『畏怖』は働かないんじゃないかと思ったが、本人曰く……

 

「あの姿ではイヤ」

 

 との事らしい。一度見せてもらったが、神威をゼロにすると()()()()()()()()()()()()()()()()。性格を切り替える事が神威を抑えるコツらしく、ただあの姿は嫌な女神を思い出してしまうようで嫌っている。地雷ネタだから踏んだら拗ねると思うから深くは聞かないが。

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、そういえばステイタス更新お願いしていいですか?」

「いいわ。そっち座ってて」

 

 

 装備を外し、背中を出すルージュ。

 血を垂らし、ステイタスの更新を始める。その数値にエレシュキガルは顔を青くして目を見開いていた。

 

 

–––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––

 

 ルージュ・フラロウワ

 

 Lv1

 

 力:G340 → E452

 耐久:E431→ D561

 器用:G298 → C620

 敏捷:E401→ C632

 魔力:G289→ F395

 

《魔法》

【ソニック・レイド】

・加速魔法

・詠唱『駆け上がれ蒼き流星』

 

 

《スキル》

反骨精神(リバリアス・スピリット)

・早熟する

・対抗意識、宿敵意識を持つほど効果向上

・逆境時に全能力に対して損傷吸収(ダメージ・ドレイン)を付与

 

 

星歌聖域(ホーリー・サンクチュアリ)

任意発動(アクティブ・トリガー)

・精神力消費

・歌唱時、自身を中心に『聖域』を構築

 

 

–––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––

 

 

「っ……!」

 

 

 更新していないとはいえ、まだ三日だ。

 全能力値(アビリティ)の600オーバー。最早これは成長の域を超えて飛躍だ。異常過ぎる。

 

 

「まだ二週間とちょっとよ?これ本当に次の神会(ディナトゥス)までにランクアップしかねないわよ?」

「……マジですか」

 

 

 まだそれこそ偉業の到達はまだ遠いが、早過ぎる。

 偉業の到達まで、格上の討伐は充分な偉業だが、此処で明かすと無茶をして取り返しがつかない可能性だってある。

 

 と言うか上昇率が前より更に上がっている。

 恐らく、酒場の一件から対抗意識を向けているのが【ロキ・ファミリア】だからだ。だからって、これは下手をしたら……

 

 

「一年で追いつきかねない……」

 

 

 ゾクリとエレシュキガルは戦慄する。

 ルージュは間違いなく持っているのだ。英雄譚に記録されるくらいの強い意志と、圧倒的な才能を。恐らくこのままだと確実に大成する。それも、【ロキ・ファミリア】や【フレイヤ・ファミリア】を超えるくらいの英雄になる可能性が高い。

 

 下界に降りて初めて知った英雄の素質を持つ存在。それが冥府の女神の眷属として存在するのだ。あの時、眷属にした事は後悔はしていないが、このままでいいのか?

 

 神々にさえ忌避される冥府の女神が咲かせていい『英雄』の素質なのか?此処に置くのはエレシュキガル自身の我儘に感じ始めてしまう。

 

 

「よし!私は行きますけど、エレ様は何か買ってきて欲しいものあります?」

「適当でいいわよ。あっ、祭だからこそ売っているものがいいのだわ」

「りょーかい!行ってきます!」

「あれ?だいぶ浮かれてない?」

「そりゃお祭りですし!オラリオ来て初ですよ!楽しみでしょ!」

「ふふ、じゃあ楽しんできなさい」

 

 

 空元気でエレシュキガルは宿を出るルージュに手を振る。どうしたものか、エレシュキガルが司る象徴があるからこそ、眷属に無理をさせるのではないかと、英雄と言う華やかしい道にエレシュキガルという女神が存在していいのか。ベッドに頭を預け、深く考えながら浅い眠りについた。

 

 

 ★★★★★

 

 

 怪物祭の露店に向かう前に、例の【ヘファイストス・ファミリア】の団長の鍛冶場に向かった。整備期間もあり、二日経った。現在四万三千ヴァリスある。差し引いてもお祭りで遊べる程度のお金は残るだろう。

 

「むっ、来たか!」

「こんにちは椿さん」

「ほれ、整備しといたぞ。整備費用は持ってきたか?」

「はい」

 

 

 ピッタリ二万ヴァリス入った巾着袋を差し出し、確認を取る。しかし、此処は本当に熱い。熱が篭っていて、そこで打たれた鉄は鍛えられて輝いて見える。

 

 そして、その熱に燻る目の前の団長もそうだ。この人は心から鍛冶に向き合っているんだなと分かるくらいに目に見えない熱を放っていた。

 

 

「丁度だな。籠手の整備くらいならいつでもとはいかんが手前が引き受けよう。しっかり使ってやってくれ」

「そりゃ勿論。命救われましたし。ありがとうございました」

 

 

 バッグに籠手と『影淡』を仕舞い、私は怪物祭に向かった。

 

 

 

 ★★★★★

 

 

「凄い規模…」

 

 人混みが多過ぎて道に出ても流されてしまう。因みに二回頑張って二回とも流された。じっくり露店の商品とか見たかったが、無理そうだったので別の場所を探す。裏路地を通り、東側に向かおうとしたその時……

 

 

「うぷっ」

「きゃっ……あら?」

 

 

 曲がり角から出てきた誰かにぶつかった。

 お腹に埋まった顔を引き離し、上を見上げるとそこにはローブを着て顔を隠している女神様を見た。綺麗な銀髪と整った美貌。女として憧れてしまうくらい綺麗な(ひと)だった。

 

 

「あっ、すみません大丈夫ですか?」

「……ええ、大丈夫」

 

 

 何だ?私の顔を見て薄ら笑いしている?

 ……あれ?なんだこの違和感は?

 

 

「ねぇ、貴女の名前は?」

「……?まさか女神様からナンパ?」

「ふふ、まあそう捉えても構わないわ。教えてくれないかしら?」

「ルージュ。ルージュ・フラロウワ。女神様は?」

「秘密」

 

 

 おい、フェアじゃねえ。

 と言いたいが、別にあっちが答えると言っていたわけじゃないし、やられたと心の中で思いながら東に向かおうとした時、僅かながら違和感から私は女神様の手を軽く掴んだ。

 

 

「……ねぇ女神様。()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 僅かながら違和感に思ったことを口にした。 

 僅かながら、瞳が少し揺らいだ気がするような……

 

 

「………」

「いや、あれ?ウェイトレスさん…かな?なんかそっくりって言うか……あれ?でも雰囲気が違う……ような?」

 

 

 あまりにも曖昧だが、一度見た人は大体忘れない。その上で、この女神様から何処か銀髪のウェイトレスさんと雰囲気が一瞬だけ同じだった気がするのだが……今は雰囲気も違うし、髪は銀髪は銀髪でも薄鈍色に近かったし、気のせい?

 

 

「ふふ、今度は貴女からナンパかしら?」

「うーん。勘違いだったのかなぁ。ごめん女神様、手掴んじゃって」

「構わないわ。じゃあねルージュ、お祭りを楽しんでね?」

「ありがとう、女神様も気をつけて」

 

 

 女神様に手を振り、私は東側の露店へと足を運び始めた。

 

 

 ★★★★

 

 

 

「オッタル」

「此処に」

 

 

 女神フレイヤは裏路地の側で監視していた猪人の名前を口にする。眼はあの時つけていたとは言え、じっくり観察するには時間が足りなかった。だが、見えてしまった。女神フレイヤは顔をうっとりさせて感想を述べた。

 

 

「とても綺麗だった。心は蒼く澄んでいた」

「あの少年とは別と言う事ですか?」

「夜空に浮かぶ星、若しくはまだ磨かれていない宝石。これも、私が見た事のない魂の色だった」

 

 

 これから更に輝く蒼い星、或いは宝石というべきか。心が綺麗であり、それでいて熱く情熱的な魅力を放ち、何より負けたくないと言う燻る熱が更に輝かせている。こんなの初めてで、心から欲しいと思ったのは()()()だ。伴侶(オーズ)とは違う。自分の手元に置いて行末を見届けたいと思える綺麗な星。

 

 

「しかも、あの子は()()()()()()?」

 

 

 既に()()()()()()()()()に、もう一つの顔に僅かながら勘付いていた。そして何より、()()()()()()()()()()()()()()

 

 フレイヤの魅了は処女神を除いて全てに通用する。声は甘く、顔で蕩けさせ、触れられただけでフレイヤしか見なくなってしまう。

 

 しかし、あの少女は顔も声も聞いて、顔色を変える事はなく、魂の揺らぎすら感じない。魅了しても効かない人間は稀に存在するが、それでも抗って耐える表情をするはずだ。

 

 魅了が効かないのは強固な意志なのか、はたまた()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。魅了とは一種の障害だ。それにさえ対抗しているのか。理由はハッキリは分からないが。

 

 

「とても綺麗で、美しかった。美の神にそこまで言わせるくらいに」

「……彼女も貴女のお眼鏡に適いますか?」

「ええ、とても。『白い輝き(ベル)』と『蒼い星(ルージュ)』、どちらも欲しくなっちゃったわ……だからこそ、試練を与えるわ」

「かしこまりました」

 

 

 女神の動向に付き添うオッタル。

 怪物祭を楽しもうとしている蒼の少女に女神の試練が降り掛かろうとしていた。

 

 

 

 




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第十二歩

 更新大分遅れました。すみません。怪物編は終了、次は少しソード・オラトリアの要素を入れてきます。ではどうぞ。


 

 メインストリートから大分離れた東側の街道。

 数はそこまで多くはないが屋台などは存在する。怪しい露店から定番の屋台など、なんなら自作のアクセサリーなどを売り込む店もある。

 

 

「おじさん。クレープ一つ」

「はいよ!」

 

 

 受け取ったクレープを頬張りながら、東側の屋台を見て回る。やはりメインは【ガネーシャ・ファミリア】の調教(テイム)が大きいだろう。メインストリートが人で溢れ返ると思わなかった。

 

 闘技場は恐らく順番待ちしているんじゃないかな。

 

 

「ん……?」

 

 

 ()()()()()()

 人気の騒々しさとは違う、悲鳴や必死な叫びがあちこち飛び交っているように聞こえる。背筋に冷や汗が流れる。ゾクゾクッ、と言葉に出来ない嫌な予感。

 

『いやああああああ!?』『た、助けてくれぇ!!怪物だああああ!?』『ガネーシャ様は何してるんだ!!?う、うわあああああっ!?』『ルゥ!?どこにいるの!!誰かぁ!!』

 

 

 稀にしか聞こえない『声』があちこちから聞こえてリフレインする。その多さに気持ち悪く耳を塞ぎたいくらいだ。今までこんな事はなかった。精々一人の声で助けを求める声だけが聞こえたのに、今は大量に耳に入り、私を揺さぶる。直感とはまた違う。神の恩恵を授かったせいなのか、声があちこちから聞こえる。

 

 いっつも、この声が何なのか分からない。

 スキルにもない。恩恵に表示されていない。聖域持ちだからと言う確証もない。助けを求める声が聞こえる変な体質に悩まされるが、今はそんな事を気にしている場合じゃない。

 

 

「怪物?……っ!まさか!」

 

 

 バッグにしまっていた『煉甲』と『影淡』を取り出し急いで身につける。鎖帷子は残念ながら宿の中、護身用として『緑刃』は腰に携えている。スキルにも詳細されない『声』の溢れ返る現象。聖域が関連しているのか知らないが……

 

 

「近い……!」

 

 

 それはいつも限って、助けを求める『声』なのだ。

 だから、私は迷わない。助けを求めてるなら手を差し伸べられる範囲で助ける為に屋根の上によじ登り、走り出した。

 

 

 ★★★★★

 

 

 

 ハーフエルフの女の子は走っていた。

 走っても走っても、逃げられない速さで追いかけられる。見た感じ緑色で巨体であるにも関わらず、必死に逃げ回る女の子では、上層のモンスターと同等だ。

 

 

「いやああああああああっ!?!?」

 

 

 オーク。10階層から現れる霧の空間に現れる巨体モンスター。動きは遅いが、天然武器(ネイチャー・ウエポン)を持ちその剛腕は上層でも随一を誇る怪力を合わせ持つ。

 

 動きは遅いと言っても、恩恵を刻まれていない者の速度などたかが知れている。

 

 

「あうっ……!!」

 

 

 必死に走っている少女は不幸にも落ちていた包装に滑り、転んでしまう。パニックになって逃げようとしても足が震えて立てない。襲いかかるオークの恐怖に少女は涙を流し震えている。

 

 そんな時、少女の後ろから声が聞こえた。

 

 

「【ソニック・レイド】!」

 

 

 それはまるで降りそそぐ流星のようだった。

 目で追えない加速のまま、自身を弾丸に見立てた突撃槍(ペネトレイション)がオークの魔石を一撃で砕いた。驚愕し、涙が止まる少女にルージュは心配そうに手を伸ばした。

 

 

「大丈夫?」

 

 

 差し出された手に震えた手で掴む少女。

 膝を擦りむいた所にルージュがバッグに入れていたポーションを軽くかける。染みた痛みはあったようだ。

 

 

「怖かったね。よく頑張った」

「……っ……うっ……」

 

 

 ポンポンと背中をさするルージュ。

 あんなものに追いかけられていたら、ましてや恩恵もない子供が必死に逃げ回っても振り切れない怪物を見たらその恐怖は想像を絶するだろう。

 

 

「ん?」

 

 

 少し地面が揺れる。

 それと同時に音が聞こえてきた。しかも結構大きい何かが転がる音が。

 

 

「こっち来てない?」

 

 

 ドドドドドドッ!!と音が近づく。

 身の危険を察知して、ハーフエルフの少女を後ろに『影淡』を構える。曲がり角、滑り込むように現れたそのモンスターに目を見開いた。

 

 

「ハード・アーマード!?」

 

 

 それはまるで車輪のように、オラリオの地面の舗装を砕きながら迫る鋼鉄のモンスター。それが私目掛けて迫ってきた。

 

 

「(しかも速っ!?)」

 

 

 10階層のモンスターの等級は最低でも基礎アビリティDは必要、そしてパーティーを組むのが定石だ。しかし、この『ハード・アーマード』は明らかに()()()()。実物は見た事はないが、そのくらいの基礎アビリティで対処が出来るはずなのに。

 

 

「っっ!」

 

 

 後ろには子供が居る。躱すという選択肢は厳しい。

 多分、『影淡』でもあの質量で受けたら折れてしまう。すかさず籠手『煉甲』を滑り込ませ、受け流す。だが明らかに重い。

 

 

「っっ……!?」

「グロオオオオオオオオオオッ!!!」

 

 

 受け流し弾いたが、再び回転して突っ込まれるくらいの距離を取られた。丈夫な『煉甲』に傷が付いた。生半可じゃ傷付かず、ミノタウロスの一撃を喰らっても壊れなかった『煉甲』にだ。

 

 想定よりかなり違い過ぎる。普通なら対応できるはずのレベルで対応が困難な敵になっている。しかも、()()()()()()()()()()()()()

 

 

「まさか……強化種?」

 

 

 魔石を喰って成長するモンスター。

 モンスターは魔石を食う事で能力を上げる。もし、この『ハード・アーマード』がそうならば、皮膚の色がやや変化したのも納得はいくが……コイツが魔石を更に取り込んだら、Lv.1の私では手に負えなくなる。ここで見過ごせば、死人が出かねない。何より戦える冒険者が私しか居ないなら……戦うしかない。

 

 

「君は動かないで……私が絶対守るから」

 

 

 魔石を取り込んで硬い鱗を持つ『ハード・アーマード』に『影淡』は残念ながら、相打ちに終わる。選択したのは『緑刃』。斬れ味だけなら鱗ごと斬り伏せれる。だが、タイミングが合わなければ刀は折れ、攻撃を食らってしまう。基礎アビリティ的に死にはしないが、後ろの子を危険に晒してしまう。

 

 

「ふぅぅ……」

「グロロロロッ……!」

 

 

 向き合うモンスターに私も構える。

 恐れたら負ける。後ろの子を死なせたら冒険者として死ぬ。勝負は一瞬、一気にケリをつける。

 

 

「『駆け上がれ蒼き–––––』」

「グロオオオオオオオオッ!!」

 

 

 詠唱を唱えたが、転がる『ハード・アーマード』の方が一瞬速い。ぶつかれば魔力暴発(イグニスファウスト)。大丈夫だ。一度上手く行った筈だ。感覚は一度掴んだ。

 

 

「『––––流星』!」

 

 

 頭を狙う『ハード・アーマード』を()()()()()()()()。並行詠唱。まだ走りながらや高速戦闘中などは不可能だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。幸い超短文詠唱、練り上げる魔力も多くはない。詠唱はここに完成する。

 

 

「【ソニック・レイド】!」

 

 

 超高速の三連斬。

 流れるように振り抜く三つの斬撃が『ハード・アーマード』を斬り刻み、横から全力で進行方向から無理矢理蹴り飛ばした。

 

 

「グッ……ゴ………」

 

 

 壁に叩き付けられた『ハード・アーマード』は灰となって消えて一枚の赤い鱗を残して魔石となった。

 

 自分の武器を見る。『緑刃』は問題なし。

 ただ、想像以上に精神的にどっと疲れた。失敗した時のリスクを考えて、危ない橋を渡った気がする。

 

 

「ふぅ!あっぶな……!」

 

 

 まだ完璧とはいかないが、並行詠唱の真似事程度なら出来た。これからどんどん魔力の制御力を鍛えていつか動きながら魔法を放つ魔法戦士の戦闘姿(バトルスタイル)を身に付けたい。

 

 

「大丈夫?立てる?」

「は、はい。あ、アレ?」

「腰抜けてるのか。仕方ない。よっと」

「きゃあ!?えっ、ちょっ!?」

「このまま親元探すから、見つけたら声かけて」

 

 

 とりあえずは後ろのハーフエルフの子だ。

 まだ腰が抜けているようで、立てなかったのでお姫様抱っこでこの子の親元までメインストリートまで走り出した。

 

 

 ★★★★★

 

 

 

「あら、アレじゃあ試練にならなかったかしら」

 

 

 魂の輝きは少しだけ磨かれた。

 だが、ベルに比べるとまだ弱い。追い詰められたと言うには少し弱い。逆境にこそ強くなり、魂の輝きは増す。そう言った意味じゃ()()()()()()()()()()()()では相手にならない。

 

 

「まあいいわ。これからじっくり、貴女を磨いていくわ」

 

 

 未だ原石。

 だが、その奥底には紛れもなく綺麗で見た事の無い宝石のような美しい色が秘められている。伴侶となる男は見つけた。そして手元に置いておきたい星のような宝石も見つけた。

 

 これは趣味でもあり、彼女を磨く。

 そして、磨かれた原石が輝きを強くしたら、最後は自分の物にする女神の思惑だ。

 

 

「楽しみね?––––ルージュ」

 

 

 銀髪の髪をくるくると指で回しながら、美の女神は静かに笑みを浮かべていた。

 




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第十三歩

遅れた。メンゴ。
課題とかバイトとか大会とか多かったんだ。許して。


 

 

 

 ハーフエルフの女の子。ルゥちゃんの親元を探す為にお姫様抱っこで街の中を歩いている。歌を唄いながらテクテクと歩いているそれを見て、何故か蒼い鳥と言われた。

 

 

「〜〜〜♪」

 

 

 迷宮英雄譚より抜粋。『希望の星』。

 子供から愛されて、広く親しまれているものだ。オラリオでもこの歌は珍しくないし、何なら飲食店でもよく流れているのを見かける。

 

 歌を口ずさんでいると、ルゥちゃんはお姫様抱っこされたまま寝てしまった。いや、寝ると親元が誰なのかわからないのだが、スヤスヤと可愛い寝顔を浮かべてしまったルゥちゃんを見て起こすのも忍びないと思い、とりあえずギルドまで向かおうとした時。

 

 

「すみません!通してください!」

「?」

 

 

 隣を通り過ぎた白い兎が小さな女神様を抱えていた。シルバーバックがこの通りにいたと聞いていたが、どうやら倒したのはあの子らしい。

 

 

「ベル……倒したんだね」

 

 

 おめでとう、とポツリと呟く。

 あの時、自暴自棄になった少年は前を向いて街角の英雄となったそれを見て、軽く笑みが浮かんだ。

 

 

 ★★★★★

 

 

 ルゥちゃんをギルドに預けようとした所で、親元と言うより修道女の服を着た綺麗な女性にあった。マリアさんに泣きついたルゥちゃんを見て、私は頭を撫でた後、二人に手を振って別れを告げてホームに戻った。

 

 

「ただいまエレ様!買ってきたよー!お酒に合う屋台のご飯……ってあれ?」

 

 

 ベッドは整っていて、部屋も綺麗になっていた。

 ただ、薔薇が一輪だけ窓の近くの花瓶に入っていた事以外は何も無かった。何故か全てが片付いていた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「エレ…様?」

 

 

 何故か、嫌な予感がした。

 エレ様が遠くに行ってしまうような、そんな予感に荷物を置いてすぐに宿から外へと駆け出した。

 

 

 ★★★★★

 

 

 夜の市街上部。

 夜の風が僅かに靡く中、オラリオの光を眺めながら黒いドレスを着た金色の女神は俯いていた。

 

 ぐるぐると頭の中が混乱している。

 ルージュに何も伝えずに外に出た事、このままあの子の主神として過ごしていいのか。一年は改宗が出来ない。恩恵は授けたままだし、逃げる事はしない。それはルージュにとって成長しない事と同義だ。

 

 蒼い子供がモンスターに襲われて、返り討ちにした。その噂を窓を開けていた私は聞いてしまった。そうやって駆け出して、ルージュを探して見つけた。

 

 ハーフエルフの女の子を抱えて、優しく歌を歌っているのを見て私は思った。この子は()()()()()()()()。心は強くても、いつかその優しさで折れてしまうんじゃないかと。

 

 私は冥府の女神。忌むべき存在。

 嫌でも厄災を寄せ付ける。冥府の女神の在り方は()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だからあの時まで、ずっと独りぼっちで誰も助けてくれなかったのだから。あの時、ルージュが助けてくれなかったら死んでいた。とても優しい子だと思って眷属として受け入れた。だが、眷属(こども)を持つ主神(おや)になってから、嫌なことばかりが頭をよぎる。

 

 私のせいで、いつかルージュが傷ついてしまう事が耐えられない。

 

 

「どうすれば…いいのかしら」

「いや、普通に帰ってきてくださいよ」

 

 

 背後から聞こえた声に咄嗟に振り返ると、軽く息が切れていたルージュがそこにいた。

 

 

「どうしてここが?」

「愛の力です」

「どうしてここが?」

「サラリと躱されると傷付くんですけど。まあ、聖域を限界まで広げて探しましたよ。恩恵授けたエレ様なら探知出来るし」

 

 

 その代わり精神力(マインド)が七割消費した。

 都市の四分の一まで範囲を一瞬だけ広げて探知したが、想像以上に持ってかれたらしく、二秒広げて約三割以上は消費され、地味に辛かったようで息切れしていた。

 

 

「ちゃんとお土産買ってきたんですから、帰りましょうエレ様。心配したんですから」

「………」

「エレ様?」

 

 

 ルージュが手を引こうとするが、エレシュキガルの手は力無くダランと落ちる。どうしたらいいか分からない答えをルージュに聞いた。知りたかった、今の眷属の気持ちを。言葉にしないと分からない自分に嫌気が差しながら、エレシュキガルは心のどこかで怯えていた質問を聞いた。

 

 

「ねえ、ルージュは本当に私が主神でよかった?」

「はっ?」

「……今、少し悩んでるのだわ。貴女は間違いなく、英雄になれる素質がある。だからこそ、私が主神でいいのかって」

 

 

 忌避される女神と英雄になれる少女。

 無名の女神ならよかった。けど、エレシュキガルの存在は他の神から忌避され、それが眷属にまで降り掛かる。英雄になるなら名声は必要だ。無名の女神なら、出世して恨まれる事はあれどそれだけだ。他の神からすら疎まれる自分の存在が、ルージュの叶えようとしている英雄の道の邪魔になる。

 

 我が子を思うこそ、離れるべきなんじゃと考えてしまう。

 怖くて、離したくなくて、でもそれを押し殺して見て見ぬふりをしてしまうときっと自分を嫌いになる。

 

 だから、ハッキリ言って欲しかった。

 ルージュから否定の言葉が出れば迷わない。私は……

 

 

「てい!」

「あだっ!?」

「何勝手にナイーブになってんですか。馬鹿なんですか?」

「えっ……はっ?」

 

 

 急に手刀をかまされた事に呆気に取られているエレシュキガルにルージュは話し続ける。

 

 

「私はエレ様が好きですよ。誰でもよかったなんていいません。二週間経って、嫌いになるわけないでしょ」

 

「で、でも」

 

「ていうか、なんでそう思ったんですか?」

 

「わ、私が冥府の女神だから」

 

「いや関係ないでしょ。恩恵は大体同じだし」

 

「わ、私が主神だと他の神とか、他の人と険悪になるかもしれないし」

 

「いや、別にエレ様知らない人なら反応は大体同じですよ。神々のちょっかいくらい跳ね除けますよ」

 

 

 強情にも引き下がらないルージュはエレ様にため息をついた。

 

 

「ハァ……そんなに心配なら言い方を変えます」

「?」

「––––()()()()()()()()()()()()

 

 

 神々が聞いたらクサい言葉かもしれない。

 でも、ルージュは真っ直ぐな瞳で射抜いてくる。この言葉に偽りはなく、本気で心から告げている事に。嘘を見抜ける神だからこそ分かってしまう。

 

 ルージュは更に続ける。

 

 

「そして私の側で、英雄の道に上がる所を見て欲しい。それじゃダメなんですか?」

「……っ」

「貴女が私の主神である事の、理由になりませんか?」

「そんな訳、ないじゃない!」

 

 

 咄嗟に叫んだ言葉にあっ、と呟く。

 突き放そうとしたのに、欲が出てしまった。そしてそれが答えだった。エレシュキガルも離れたくないと思ってしまっているのだ。だから、否定してしまった。

 

 

「今ここに宣言しましょう。冥府の女神、エレシュキガル様」

 

 

 エレシュキガルの前で跪き、手を伸ばす。

 

 

「私はいつか必ず、英雄になります。誰も見た事の無い、強くてカッコよくてどんな『理想』も叶えられる英雄に」

 

 

 それはまるで英雄の誓い。

 英雄譚に出てくる英雄が、大切な人へと誓いを結ぶソレだった。

 

 

「だから、その道を貴女が見守ってくれませんか?私と一緒に、その道を歩んでくれませんか?」

 

 

 ポロポロと、涙が落ちた。

 無意識のうちにエレシュキガルの瞳から涙が溢れていた。押し付けられては疎まれて蔑まれていた自分を、選んでくれて大切に思ってくれていた子に出会えた。

 

 自分とは違いすぎて、手放さなきゃいけないと思っていたのに……

 

 

「……私…なんかでいいの?本当に」

「うん、私は貴女に見て欲しい」

 

 

 それでも、捨てきれない想いに涙が出てしまった。

 こんなんじゃ、女神の威厳を保てない。きっと酷い顔をしているのだろう。でも嬉しくて、もう否定できない。目を擦り、涙を拭い、目の前にいる少女に告げた

 

 

「––––冥府の女神の下に貴女を認めましょう。気高き誇りと魂を持った眷属よ。貴女の名を告げなさい」

「ルージュ。ルージュ・フラロウワ。この身、この魂は貴女と共に」

 

 

 そうしてエレシュキガルは手を取った。

 そして、二人とも笑い出した。夜の街のせいか雰囲気に酔ってこんな誓いを立てるなんて面白くて、そして可笑しくて笑ってしまう。

 

 

「ふ、くふっ!あはははははは!!!どーよ。ちょっと英雄っぽかったでしょ!」

「––––そう、ね。私の眷属として誇らしいわ」

 

 

 もう迷いは消えていた。

 エレシュキガルはルージュの背中を見守り続ける主神(おや)としての自分を肯定してしまった。これから色んな厄災や試練、そして悪意が降りかかるかもしれない。だけど、彼女が隣に居たいと言ってくれたのだ。だから後悔はなかった。

 

 

「んじゃ、改めまして。よろしくねエレ様!」

「ええ、啖呵切ったんだから。ちゃんとカッコいいとこ見せてよね?ルージュ」

「もち!」

 

 

 当然、狙うは頂天。

 英雄になれるのはまだまだ先だが、それでも絶対に誓いを破る事はない。そう決意した夜に二人は本当の意味で『家族』に成れたのだ。

 

 それが嬉しくて、暫く二人で笑い合っていた。

 




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第十四歩

 今回は短いです。次から進みます。


 

 

 

 いえーい、エレ様とちゃんと家族になった!

 と言う訳で、英雄の誓いを行なった後、宿に戻ってお酒飲んで二人して……

 

 

「うあああああっ〜!」

「あー、これキツイわね……ひっさしぶりに来たわ」

 

 

 二人仲良く二日酔いになった☆

 頭痛に一日中動けず、エレ様もベッドの上でぐったりしていた。何ともまあ英雄の誓いをやった後に締まらない結末だが、家族になれた事にハメを外し過ぎたくらいなら問題ない。まあ飲んだ量が地味に尋常じゃないのだが。

 

 私は結構お酒強い方だが、流石に飲み過ぎたようだ。

 宿の長がしじみのお味噌汁という極東の二日酔いに効く奴を作ってもらったのに一瞬キュンとした。なんて気の遣える長なのだろう。

 

 

「ハメを外しすぎたな?」

「あー、うんー」

「とりあえず、しじみの味噌汁とお粥を作っておいた。エレシュキガル様に持っていくといい」

 

 

 長、結婚してくれ。

 割と惚れそうになったよ。長めちゃくちゃ男前だよ、なんで独身なんだろう。お粥を食べ、一日寝込んだ次の日に何とか回復した。

 

 ダンジョンに向かう前、エレ様にステイタス更新してもらった。怪物祭では二体倒したが、どんな感じで上がっているんだろうな。

 

 

–––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––

 

 ルージュ・フラロウワ

 

 Lv1

 

 力:E452 → E489

 耐久:D561 → D569

 器用:C620 → C651

 敏捷:C632 → C659

 魔力:F395 → E413

 

《魔法》

【ソニック・レイド】

・加速魔法

・詠唱『駆け上がれ蒼き流星』

 

 

《スキル》

反骨精神(リバリアス・スピリット)

・早熟する

・対抗意識、宿敵意識を持つほど効果向上

・逆境時に全能力に対して損傷吸収(ダメージ・ドレイン)を付与

 

 

星歌聖域(ホーリー・サンクチュアリ)

任意発動(アクティブ・トリガー)

・精神力消費

・歌唱時、自身を中心に『聖域』を構築

 

 

––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––

 

 

「うーん」

 

 

 スキルの成長促進があるとはいえ、伸び悩んでいる。

 上層の『オーク』に『ハード・アーマード』だけだと経験値に反映されるのは微々たるものだ。まあ他の冒険者よりいいというだけで、自分の中ではちょっと低いと感じる。

 

 恐らくだが、アビリティ評価が上がったせいで上層を更に深く潜らないと、大して上がらない。

 

 

「とは言えなぁ……」

 

 

 エイナさんもこのスキルを見ても九階層から上の進出の許可はパーティーを組まないとダメと言われた。単純にLv.1では捌き切れないらしい。とは言え、新人(ルーキー)でありエレ様の眷属と分かっていながらパーティー組んでくれる人居るかなぁ?

 

 

 ★★★★★

 

 

「あっ、それなら丁度いい人居るよ?」

「えっ?マジですか?」

 

 

 ダメ元でエイナさんに相談したところ、同じ条件で同じ進言をした冒険者がいるらしい。最近六階層に足を踏み入れたまだ一ヶ月にも満たない新人がいるらしい。まあめっちゃ怒ったらしいが、傷が少ない所から善戦はしていたみたいだが。

 

 

「因みにどんな人ですか」

「一言で言うなら兎みたいな––––あっ」

 

 

 エイナさんがポカンとした顔で私の後ろを見る。それにつられて私も列に並んでいる後ろの男の子を見た。

 

 

「ん?……あっ、兎だ」

「へっ?」

 

 

 わかりやすっ。

 赤目で白髪、そして何より変に庇護欲を擽られそうな容姿の兎。見た瞬間に兎と誰もが言うだろう。

 

 ……と言うかベル、お前かい。

 

 

 ★★★★★

 

 

「そういや、ベルも六階層行ってたんだっけ。忘れてた」

「ルージュもLv.1だったんだね」

「まあね。上層を少し深く潜りたかったんだ。だからパーティーを組まなきゃいけないってのはあったから丁度良かった」

 

 

 話はトントン拍子で進み、私とベルはパーティーを組む事になった。現在は八階層。モンスターは一階層と比べたら当然ながら多い。モンスターが襲いかかるタイミングが同時だったり、立ち回りに気をつけないと一瞬で殺される事もあるだろう。

 

 

「ベル、右二体。私は後ろやる」

「うん!」

 

 

 だが、連携できる分、その心配もない。

 この階層じゃ『ニードルラビット』や『ハードアーマード』が多いが、的確に処理できるし、二人で戦うと少し気持ちに余裕がある。

 

 

「ふっ!!」

 

 

 緑刃で首を切り落とし、突っ込んできた『ニードルラビット』を蹴りで吹き飛ばし、トドメを刺す。

 

 しかし、やり易いな。全方位の警戒は絶えずやれば疲れるし、ストレスにもなる。気を張り詰め過ぎない分、楽でいい。

 

 

「あっ、ドロップアイテム」

 

 

 確か『ニードルラビットの角』。まあ売っても高値では売れないが、ここらに出る魔石一つよりは高い。鼻歌混じりで、魔石を取り出しては警戒を怠らない。ベルも手伝ってくれた。地味に死体から魔石を引き摺り出す作業がグロテスクだ。

 

 

「あっ、キラーアントの群れだ」

「倒しとく?数結構多いけど」

「いや、ここで狩り尽くそう。結構稼げるし。私左から攻める」

 

 

 キラーアントの群れは新人殺しのウォーシャドウと同等に厄介だ。群れを作り、撒き散らす臭いで仲間を呼ぶ。面倒な相手なので、魔法で素早く片付ける事にした。

 

 

「【駆け上がれ蒼き流星––––ソニック・レイド】!」

 

 

 加速した剣速でキラーアントを左側から一掃する。

 うん。この魔法の使い方も慣れてきた。魔力の制御は『聖域』の展開で何度も練習し、どのくらいの魔力を練り上げればいいかの感覚は掴んだ。もう並行詠唱も問題ない。

 

 

「ふっ!」

 

 

 ベルも相当上手い。

 体術こそ未熟な部分はあるが、敏捷(あし)を主軸にしてナイフを使う戦闘姿(バトルスタイル)。私に似ているし、速さ中心故に立ち回りも中々だ。

 

 

「(にしても、やっぱ成長促進系のスキルでもあるのかもな。ウォーシャドウの時とはまた比べるまでもないくらいに強くなってるし)」

 

 

 シルバーバックを倒した街角の英雄の噂は聞いていた。十階層より下のモンスターを倒せた以上、急激な成長かスキルに限られるが、多分前者だろう。自覚があるならもう少し自信を持ってると思うし。

 

 

「ふぅ」

「終わったね……意外と疲れた」

「魔石取ってくる」

 

 

 この大量の死体から魔石を取るのにどれだけ時間かかるんだろ?とりあえず、モンスターに警戒しながらも魔石を引き摺り出す作業をやる事一時間以上かかった。

 

 合計62体の『キラーアント』の魔石を取り、ギルドで三万ヴァリスの収入となり、ベルと嬉しさでハイタッチした。

 

 

 




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第十五歩

 
 とりま、出してくぜ。話は進み始めるのさ。
 ………課題ヤヴァイ。


 

 

 

 

「『影淡』が少し摩耗してきたな」

 

 

 緑刃は問題ない。手入れは怠っていないし。

 問題は『影淡』だ。八階層となってくると摩耗するし、椿さんに教えてもらい、ちゃんと研いではいるが、摩耗で少しだけ折れやすくなったような気がする。

 

 少なからず、十階層から上で打ち止めだろう。『緑刃』も使い方を誤れば、直ぐに折れてしまうし。やはり足を中心に使うなら双剣とか二刀流に向いた装備だろうな。長い片手剣でリーチを取るのも悪くはないが、小柄な分だけその長所を活かして死角に入る戦いの方が向いている。それに脚を活かした戦闘ならば間違いなく、ナイフや小太刀の『緑刃』のような装備がいい。

 

 

「はい、終わったわよステイタス更新」

「ありがとエレ様」

 

 

–––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––

 

 ルージュ・フラロウワ

 

 Lv1

 

 力:E489 → D571

 耐久:D569 → D599

 器用:C651 → B701

 敏捷:C659 → B725

 魔力:E413 → D512

 

《魔法》

【ソニック・レイド】

・加速魔法

・詠唱『駆け上がれ蒼き流星』

 

 

《スキル》

反骨精神(リバリアス・スピリット)

・早熟する

・対抗意識、宿敵意識を持つほど効果向上

・逆境時に全能力に対して損傷吸収(ダメージ・ドレイン)を付与

 

 

星歌聖域(ホーリー・サンクチュアリ)

任意発動(アクティブ・トリガー)

・精神力消費

・歌唱時、自身を中心に『聖域』を構築

 

 

––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––

 

 

「おお、大分上がった」

「相変わらずふざけた上昇値ね。……もう驚かないのだわ」

「呆れられても困るんですが」

 

 

 聖域の展開も鍛錬として加算されている。

 恐らくズレがまだあるだろうが、これなら十階層でも立ち回れるだろう。装備を整えて、支度を済ませてベッドから立ち上がる。

 

 

「じゃあ行ってきますねエレ様」

「気をつけてね」

「はい」

 

 

 今日もまた、ベルとダンジョンだ。

 

 

 

 ★★★★★

 

 

 少し遅めだが、正午の三時から三時半の間まで、ベルと待ち合わせしている。ポーションや装備のメンテの時間もあったので少し遅めにダンジョンに潜る事になったが。とりあえず暫くはパーティーを組む事になったので、その時間まで待ち、会わなかったらソロで潜ると約束していた。

 

 最近は結構調子がいいし、パーティーを組んだ事で探索階層が更に増えた。鼻歌交じりで噴水に座っていながらベルを待つ。

 

 

「そろそろ三時か。早く来ないか––––」

 

 

 子供のようにソワソワしていると、ベルの姿が見えた。手を振り、名前を呼ぼうとした次の瞬間、世界が暗転した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はっ?」

 

 

 私の耳に『声』が聞こえた。

 その声は明らかに()()()()()()()()()()()。そしてその声を聞いた時、自分の視界が()()()()()()()()

 身体が震えた。『声』とは全く違う。『声』もそうだが、摩訶不思議な経験は確かに存在する。

 

 だが、『声』と同じ現象とは全く違う。

 スキルにも書かれていない詳細が理解できないこの現象。酒に酔っている訳でもなければ、脳が異常という訳でもない。

 

 

「なんだ……アレ」

 

 

 辺りを見渡すと、啜り泣く女の子の声がした。

 その方向に目を向けると、()()()()()()()()()()()()()()()()を幻視する。

 

 ()()はなんだ。

 なんなんだアレは。おかしい、世界が暗くて、自分がどこに立っているか、時間も感覚も、平常心すら失ってしまいそうだ。()()()()()()()()()?この現象は?あの女の子は?

 

 頭が混乱し、思考がまとまらない。

 ただ、かすかに聞こえた『声』に耳を傾けた。

 

 

『助け……て』

 

 

 

 ただ、涙を流しながらソレは私の頬に触れる。

 呼吸が止まる。背筋が強張り、思わず手を払いたくなってしまうような感覚。神聖な存在だ。あり得ざる存在だ。にも関わらず、()()()()()()()()()()()()()()()に声を荒らげてしまいたい。

 

 バチッ、という音と共に私の視界は元に戻る。 

 暗闇が晴れたと思ったら、噴水の近くに立っていた。世界が元に戻ったのに、冷や汗が止まらない。

 

 

「……っ!?なんだ…今の……」

 

 

 唯一、分かる事があるとするならそれは恐らく一つしかない。アレが神聖な存在であり、にも関わらず助けを求めていた。その原因は多分……

 

 

「『聖域』の力……?」

 

 

 正直、まだよく分からない未知のスキルと言えば『聖域』だ。『声』だったり、今の現象も『聖域』の副次的効果ならあり得なくはないかもしれない。しかし、今の現象は兎も角、『声』に関しては()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 何かあるのか?

 恩恵とは別に、例えるなら血筋とか……私の系譜に()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「っと、とりあえず!」

「あっ、ルージュ!お待たせ!」

「ごめんベル!用事が出来た!明日組もう!」

「えっ?あ、ちょっと……!?」

 

 

 とりあえず、見えた方向に女の子がいる可能性がある。

 パーティーを組もうと考えていたベルに申し訳なく謝りながらも、その声が聞こえた方向へと走り出した。

 

 

 ★★★★★

 

 

 

「多分、体感的にはこの位置だと思うけど」

 

 

 試しに歌う事で聖域を広げてみたが、索敵に反応は無し。 

 おかしい、あの気配は間違いなく人間とは全く違う存在。なればこそ、聖域にさえ入れば私の探知が効く筈なのに。

 

 

「いや、もしかして下?」

 

 

 横の範囲で引っかからないなら、縦しかない。

 此処の場所だと下水道、辺りを見渡すと、下水道に繋がる扉を見つけた。普通なら鍵が掛かっている筈なのに不自然に開いている。

 

 

精神回復薬(マジック・ポーション)が三つ。回復薬(ポーション)は二つ。行ってみるか」

 

 

 携帯用のランプ買っといて良かった。

 とりあえずランプに火をつけ、下水道を探索し始める。装備は万全だし、聖域を一応広げては索敵を繰り返す。

 

 

「ーーーーー♪」

 

 

 範囲は精神力を温存する為に絞っているとは言え、何回も使用している。六回目を広げたその時、聖域に何かが引っかかった。それはあの時見た正体不明の存在の気配に近い……のだが。

 

 

「なんか……気配が薄い?」

 

 

 あの時の存在感がない。

 いや、何というのだろう。正体不明の存在の気配の一部は持ってはいるが、本体ではないような……そんな感覚だ。

 

 この先から感じるが、どうやら装備が濡れてしまう事は確定のようだ。しかも小人族だから膝上までどっぷりと水が浸水していく。うわ気持ち悪い。

 

 

 

「……なんだアレ」

 

 

 水に浸かりながらもその奥に進み、目の前の光景に目を細めた。アレはモンスターなのか?蹲っているソレを見た感じ色は黄緑色で気味が悪い。蛇のような体躯をしているように見えるが、頭部はモンスターのそれではない。

 

 聖域を閉じる。

 やはり、あの気配の残滓を感じるのはこのモンスターのようだ。そしてソレは聖域が閉じると、頭部が花のように開き、牙を剥いた。

 

 

「っ!?いや、蛇じゃなくて……花!?」

 

 

 モンスターの脱走は【ガネーシャ・ファミリア】がしっかり確認し、討伐されたモンスターの確認を取っていた筈だ。と言う事は怪物祭の生き残りではない。じゃあアレは何なんだ?

 

 考える間もなく、何処から来たのかは分からない未知のモンスターがルージュに襲いかかった。

 

 

 




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第十六歩

 課題がヤヴァイな。では行こう。


 

 

 

「キシャアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 

 黄緑色の花のモンスターが此方を向くと一気に襲いかかってきた。数にして二体。何故地下水道にこんなモンスターが居るのかは分からないが、『影淡』を鞘から抜いて構えるが……

 

 

「速っ!?」

 

 

 予想より遥かに速い。今まで戦ってきたモンスターの中で別格に速い。その直進にすぐさま地面を駆け出した。ステイタスが上がったことにより、敏捷(あし)が更に速くなったのと、小人族の小柄さを活かして俊敏に躱す。

 

 とは言え、スピードは互角、いやそれ以上だ。それが二体もいるのだ。せめて一対一にしなければ負けるだろう。『加速魔法(ソニック・レイド)』で一体に攻撃を仕掛ける為に詠唱を唱えた。

 

 

「『駆け上がれ蒼き–––––』っっ!?」

 

 

 咄嗟に詠唱を中断し、全力で右に飛んだ。

 詠唱の瞬間、二体の黄緑色のモンスターが更に加速した。詠唱を使う魔導士を潰すのは基本とも言えるが、まさかそれをモンスターがやってくるとは思わなかった。

 

 いや、もしかして……魔力に反応しているのか?

 

 

「成る程……なら!」

 

 

 再び詠唱を始め、全力で円柱まで走る。

 魔力に反応するなら、要するに誘引が出来る。

 

 

「『駆け上がれ蒼き流星』!!」

 

 

 並行詠唱で【ソニック・レイド】を唱え、円柱を()()。それについてくるように二体の黄緑色のモンスターは続いて回り始め、柱に巻きつく。巻き付いた黄緑色のモンスターに『影淡』で斬りつける。

 

 

「っっ!?硬っ!?」

 

 

 硬すぎる。胴体の硬さが異常と言えるくらいに硬い。

 速さから察するべきだったかもしれないが、アレだけの速度を出せるモンスターだ。胴体そのものが筋肉と同じ様なものなのだろう。コレじゃあ草刈り鎌で大木倒せって言ってる様なものだぞ!?

 

 

「っっ……!」

 

 

 ピシリと嫌な音が聞こえた。

 恐る恐る見てみると、『影淡』に罅が入っていた。これ以上使えば『影淡』が壊れる。上層のモンスターなら間違いなく殺せるだけの業物だ。つまりだ。あのモンスターは『()()』クラスのモンスターなのだ。

 

 

「魔石を探るしかない……いや、逃げた方がいいか?」

 

 

 ぶっちゃけ逃げた方がいいのかもしれない。だが、このモンスターが此方を捉えているなら、間違いなく追ってくる。そうなれば街にこのモンスターが放たれるのと同じだ。

 

 魔石の場所は何処だ?

 推測なら頭部付近の可能性が高いだろう。だが、頭の何処だ?

 

 

「げっ……」

 

 

 柱がビキビキと音を立てていく。

 建設過程で確実に鉄以上の硬さはある柱が巻き付く黄緑色のモンスターに壊されようとしている。直に崩れて耐え切れずに再び襲いかかる。こうなったら倒すしかないが、魔石は頭部付近の中心の可能性が高い。となると、口の中の奥の可能性が高い。

 

 

「魔石は……そこか!」

 

 

 口の中の奥で魔石が怪しく光った。

 すかさず『影淡』を投擲し、魔石を砕く。村で狩りをしていたおかげで投擲や弓、罠や対人戦の経験が此処で発揮される。

 

 

「ギギャアアアアア––––––!?」

 

 

 魔石に当たり一体が消滅し、まだ残っていた魔法の加速で、もう一体を『緑刃』で魔石を斬り裂いた。幸い、食われる前に斬り裂けたからよかったけど、明らかに適性クラスでは無かった。魔石を見つけられなければ恐らく粘っても殺されていただろう。

 

 

「……ふぅ。何なんだこのモンスター」

 

 

 真っ二つにした魔石を見るが、普通は紫だったりする魔石が極彩色だ。なんか気持ち悪いが、この色はあの時見た女の子を縛る鎖の色にそっくりだ。まあ何はともあれ……

 

 

「とりあえず、ギルドに報告を」

 

 

 言葉はそこで続かなかった。

 地面からピシリ、と嫌な音がした。勘と言えばいいのか、嫌な予感が鮮明に頭を過り、咄嗟に地面を蹴って後方へ飛ぶ。

 

 

「ガッ……ハッ!?」

 

 

 地面から蔓の様な触手が飛び出し、脇腹を抉る様に突き出された。咄嗟に後ろに飛んでいなければ鎖帷子の上から貫かれていただろうが、それでも内臓が揺さぶられる感覚と鋭い痛みを感じながら、地下水道の壁に叩きつけられた。

 

 

「ガッ……ゴホッ…!う、ああ……!」

 

 

 痛い。血を吐き出し、傷を抑える。

 突き出された部分は貫かれちゃいないが、血が出て恐らく肋骨は折れている。すぐに立ち上がるが、その光景に思わず目を見開いた。

 

 先程倒した筈の黄緑色が気がつけば三体現れている。

 

 

「ま、じか……!」

 

 

 明らかに手に負えない。

 逃げようとするが、痛みで満足に動けない。今詠唱しても絶対失敗する。回復薬も叩きつけられて今ので全部割れた。

 

 

「っっ……!」

 

 

 襲いかかってくる三体の人食い花。

 フラつく状態でも『緑刃』を構えてせめて一矢報いようとした次の瞬間、向かってきた三体が()()()()()()()。  

 

 

 

 

「––––ったく、手間取らせんじゃねえよクソチビ」

 

 

 そこには酒場で馬鹿にした狼人(ウェアウルフ)が立っていた。

 

 

「……っ、何でいんの?」

「野暮用だ。つかテメェこそなんで居やがる」

「それは……って前!?」

 

 

 襲いかかる三体の人食い花に対してアッサリと蹴り飛ばして、跳躍しながら俊敏に対応している。速すぎて見えないほどの速度。Lv.5とは聞いていたが、此処まで差があるのか。

 

 

「っっ……!」

 

 

 少し安心したら痛みが一気に襲いかかる。

 ズキズキと痛む脇腹。内臓が吹っ飛んでないだけ幸いであるが、血も出ているし、骨も折れてる。

 

 

「うわ、めっちゃ痛そうやん。これ飲み」

「……あ、ありがとうございます。って、神ロキまで……何故此処に?」

 

 

 渡されたポーションを飲み、血が出た部分にもかける。痛みが和らいだが、折れた骨はアミッドさんに後で見てもらうとして、まだ鈍痛が響く。あんなに重い一撃は流石にポーションだけじゃ回復し切れないようだ。だがまあ、身体は動く。

 

 

「まあそれはさておきや。ベートがアレ倒したらキリキリ吐いてもらうで?」

「よく分かりませんけど、とりあえず言わせてもらうとするならアレ多分打撃とかキツいですよ?魔法とか、斬った方がいい」

「ベート、聞いとったかー!」

「先言えッ!!」

 

 

 魔石の色を見ても普通じゃない。

 中層クラスのモンスターだ。懐から魔剣取り出して脚に魔法を付与させた。何だあれ?魔法吸収の特殊装備?

 

 

「おん?魔石持っとるやんけ。……ちょお待てアンタ、もしかしてアレ倒したんかい?」

「二体なら……油断して死にかけましたけど」

 

 

 その言葉に神ロキは目を見開いた。

 それもそうだ【ロキ・ファミリア】にて確か『蒼の宣告』があったあの日から、ある程度フィンが調べていたのを見ていたが、まだ駆け出しの少女。一ヶ月も経っていない筈だ。そんな冒険者がLv.5ですら手を焼く食人花を二体倒す?あり得ないと思うが、神だからこそ分かる。今の答えに嘘はない事に。

 

 

「嘘は言っとらん……が、納得出来へん。ジブン冒険者登録したの最近やなかったか?」

「まあそうですけど……とりあえずアレ倒した後、可能な限りは話しますよ。つっても、もう終わりそうですけどね」

 

 

 脚に付与された炎に食人花が消し飛ばされた。

 これが、Lv.5か。まだまだ遠くて敵わない。早く強くなりたいなと思っていると、二人の眼光が鋭く此方を向いてきた。

 

 とりあえずは、腹を割って話す事から始めようか。私は砂糖たっぷりのカフェオレで。

 

 

 ★★★★★

 

 

 アミッドの所に行くまでの間、地下水路から出た私と神ロキ、そしてベートは歩きながらある程度の情報交換をしていた。正直な話腰を下ろして話したいが、私の怪我がアレなので歩きながらの交換になる。

 

 

「食人花、あとは魔力に反応する事は知っとったけど、神威に近い存在って何や?」

「それは分かりませんけど、少なからずそう感じたんです。スキルの影響なのかすらあんまり分かってないですけど……」

 

 

 正直な話、私も『聖域』に関して全てを把握しているわけじゃない。今のところ分かっているのは、歌によって効果を変化させる事。自然治癒力の向上、呪詛の解呪、回復効果の増幅……それくらいだ。それ以上は分からないし、試した事ない。

 

 

「あんま聞く事はマナー違反なんやが、どんなスキルや?」

「……内密にしてくださいよ?『聖域』を構築出来るスキルですよ」

「何やと……!?」

 

 

 ロキが目を見開き、驚愕を露わにする。

 ベートが目を細めているようだが、知らねぇし聞いたことねぇと言われた。何を知っているのか聞いてみた。

 

 

「……聞いたことはある。けど、それは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「バ、バグ?そんなヤバいスキルなんですか?」

「いや詳しい詳細知ったんのはウラノスかヘルメスくらいやろな。ただ、そのスキル持ってた人間(ヒューマン)は【()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 聖女?聖域を使える人間が他にもいた?

 いやでも、人間(ヒューマン)なら小人族に産まれた私は血縁でもなんでもない。

 モヤモヤと頭の中に銀髪で鬼の形相で怒る聖女様が浮かんだ。ああこの後も怒られるんだろうなぁと思うと身を震わせた。

 

 

「……アミッドさんじゃなくて?」

「ウチが何年下界にいると思ってんねん。なんなら五十年前くらいの噂やし、アミッドまだ産まれてとらんやろ」

「その人はどうなったんですか?」

「知らんわ。ウラノスかヘルメスくらいやないか知っとんの。フレイヤも知らんと思うで?」

 

 

 うーん。だったらウラノス様に聞いてみるか。

 いやでも聞けるのか?ギルドの中枢部に居るとか聞いたことはあるけど、まだ駆け出しの私が直接会えるのか?

 

 

「おー、ディオニュソスか?」

「……ロキ?」

 

 

 うわっ、金髪の美青年。

 いや、神様か。神ディオニュソス、あまり聞いた事は無いが、葡萄酒を売ってたりするファミリアだったか?それに隣のエルフさんもめちゃくちゃ美人。

 

 

「よぉ……」

「待て。ソイツらだ」

「……?どゆこと?」

「地下水路に残っていた臭いは、ソイツらのものだ」

 

 

 ………?話についていけない。

 神ロキは一変したように額に手を乗せ、睨み付ける。とりあえず言える事はあの地下水路で見た存在はオラリオにとっても危険な存在で、その発端がもしかしたらこの二人にある……かもしれないと言う事なのか?

 

 だが、話についていけない私にも分かる。

 オラリオに迫る危機が今一歩、足を踏み入れた。そんな気がしてならない事を……

  




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第十七歩

 

 

 

「んー……?」

「……えっと、ジロジロ見るのはやめてくれないか?殴った事は謝るが、少々不快だ」

 

 

 神様二人がカフェで会談している最中、私とベート、そして【デュオニュソス・ファミリア】の団長のエルフ、フィルヴィスと待っている。私は一応治癒力促進の為に聖域を軽く展開したら、フィルヴィスの方から変な反応があった。

 

 なんなら、フィルヴィスが苦しむように胸を押さえていたから焦って大丈夫かと触れたら殴られた。乙女の顔にLv.3のビンタが。耐久値が更に上がった気がする。めっちゃ平謝りされた。

 

 

「うーん。分からないなぁ。似てるのにちょっと違うし……あっ、もしかして神様の血とか飲んだりしてる?」

「吸血鬼か私は!?」

「あっ、自己紹介してなかった。私はルージュ、えっとフィルヴィスだっけ?」

「あ、ああ……フィルヴィス・シャリアだ。馴れ合うつもりはない」

「神様の血をこっそり飲むとかやめた方がいいよ?いくら長寿でもどんな事があるか分からないし」

「だから違うと言っているだろう!?」

 

 

 じゃあなんだ?この存在の強さは。

 怪物とは違う。神聖な感じがするのに嫌悪感を抱くようなものは。聖域を展開し、アレに似たような感覚があったのは間違いないし。

 

 アレは()()()()()()()()。聖域を展開し、神を感知した時に感じるソレと同じだ。神の力、もしくは似たような力を持つ存在。神々の意思を継いだ存在と言えば、他にあるとするなら……

 

 

「じゃあ、精霊とか?」

「………っ!?」

「……いや、精霊って子供産めるっけ?」

「いや……神と同じで不変だから産めないだろう」

「うーん、じゃあなんだろ?……あっ」

 

 

 精霊と契約した存在はそれこそ精霊の力を借り莫大な神秘の力を行使出来ると聞いた事があるけど、実物を知っているのはハイエルフと神々くらい。私も見た事はない。

 

 

「もしかしてハイエルフだったり?」

「断じてハイエルフではない。ハイエルフだったなら私は自害している」

「何故に?」

「私は穢れている……だからハイエルフだったなら生き恥を晒さずに死を選んでいただろう」

「穢れ……何で?めっちゃ美人でめっちゃ綺麗だし汚れてないじゃん。何処が穢れてるの?」

 

 

 キョトンとした無垢な顔で首を傾げるルージュを見て、フィルヴィスは答えに詰まった。深蒼色(ネオンブルー)の瞳に見つめられ、答えを上手く吐き出せない。

 

 

「はっ……えっ、それは、私に近づく奴は大体死ぬからだ」

「何で?」

「だから私は……」

「そんなの運が悪かった。それだけでしょ?えっ、直接手を下したの?」

「そんな訳……!」

「だったら穢れてないよ。血塗られてなんかない」

 

 

 今度は優しく手に触れた。

 それを振り払おうとしたのに、優しい顔で微笑んだルージュを見てフィルヴィスは困惑していた。図々しいが、それでも掴まれた手を離せない。かつてこんな事は無かったのに、その小さな手を握られて安心する自分がいる。

 

 

「私は貴女の手、結構好きだよ?」

 

 

 めっちゃ綺麗で憧れる、と口にしたルージュに思わず頬が赤くなる。動悸が早くなって耳が染め上がる。我に返った瞬間、手を払い思わず叫んだ。

 

 

「ば、馬鹿じゃないのかお前!?私は……その……」

「えー、エルフだからってちょっと触れたらビンタする人に言われてもなー。あー、痛かったなー」

「それを引き出すのは卑怯だぞ!」

「てへっ☆」

 

 

 額に手を当て、可愛げに舌を出す。

 隣にいたベートが呆れたようにため息をつく。カフェから出た二人に対して遅えと視線で釘刺す。ベートからしたら退屈な時間だっただろう。

 

 

「なんや、もう仲良うなっとるんか?」

「まあね。エルフと初めて友達になった」

「私は友達と言って––––!」

「えっ、嫌なの?」

「うっ……す、好きにしろ」

「ははっ、こんなフィルヴィス初めて見た。今後とも仲良くしてやってくれ」

「ディオニュソス様!?」

 

 

 ロキ様が拝みながらご馳走様と言ってきた。

 ディオニュソス様は朗らかに笑い、フィルヴィスは反論するように抗議する。

 

 

「……っ」

 

 

 脇腹が疼くように傷んだ。

 治癒力はあっても骨は折った。この【凶狼(ヴァナルガンド)】が持っていた携帯用ポーションと聖域の力で折れた骨は罅程度まで回復はしたと思うがまだ怪我人だ。そろそろ帰りたいのだが……

 

 

「神ロキ。もういいですか?私帰っても」

「ああ待ちぃ。少し付き合ってくれへんか?怪我人引き摺るようで申し訳ないんやが」

「何処へ?」

「ギルド。ウラノスんとこや」

 

 

 おい待て、怪我人引き摺って行く場所じゃない。

 そもそも、ギルドはどのファミリアにも中立。ギルドの中枢部に居るウラノス様に会えるはずがない。それは【ロキ・ファミリア】であってもだ。

 

 

「いや無理でしょ。私冒険者だし、そのウラノス様は中立のギルドの最深部に居るんですよね?」

「ウチが聞きたいのは別件もあるんやし、ついでやついで。それに、ウチの勘が言っとるんや。絶対に聞いといた方がええ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「………」チラッ

「……ロキは性格はアレだが、勘は外さねぇ。大人しく行け」

 

 

 助けの視線出したのに一蹴された。

 道化の神(トリックスター)の直感は少なからず外した事がないらしい。何それすごい。と言う事は少なからず、私のスキルがロキ様の助けになるかもしれないって事か?天下の【ロキ・ファミリア】が私に助けを?

 

 

「……まあいいか。こっちも知れるだけ知れたら得だし」

「ほな行こか」

「そうですね。んじゃ、またねフィルちゃん」

「フィルちゃん!?取り消せ……!」

「渾名なんだけど……ダメ?」

「私、多分お前より歳上だからな?」

 

 

 えっ、てっきり同年代くらいかと。

 いやまあ、団長って言ってるくらいだし。なると……

 

 

「……さん付けの方がいい?」

「……もう好きにしろ」

 

 

 じゃあフィルさんで。

 それを見ていたディオニュソス様がクスクスと笑っていた。

 

 

 ★★★★★★

 

 

 んじゃ、付いてきてぇな。という一言で私は神ロキの後ろを歩いているが、ひょいひょいとギルド員に軽く挨拶しながら突き進むそれを見て苦笑を浮かべながらも後ろについていく。

 

 不思議そうに見つめる視線と、止めようとする職員たちから抜けていくと、資料を手に考えこんでいるエイナさんがいた。

 

 

「あれ、ルージュちゃん!?何で……っというか何その傷?」

 

 

 あっ、脇腹見えてる。

 そういえば貫かれかけた時に、鎖帷子まで貫く勢いだったから、服がボロになるのはしょうがない。藍色と白のデザインのコレ結構気に入ってたのに。

 

 

「あー、その話はまた後で。神ロキの付き添いみたいなものかな」

「いや貴女【エレシュキガル・ファミリア】じゃない」

「まあそうなんですけど」

「コッチにも事情があるんや。ほな行くで」

 

 

 いや神ロキ。貴女もギルド長の脇腹掴んで駄々捏ねるようにしてるなよ。ギルド長嫌われ者なのは分かるけど。肥えた豚と呼ばれる理由は分かるけれども、仮にもその人ギルド長ですよ。怖いもの知らずか。

 

 ……やっぱ駄目じゃない?普通に帰った方がいいのでは?

 

 

『––––構わん。通せ』

「!」

「ウラノスの声や」

「し、しかしウラノス様!」

『よいと言っている。お前たちは引け』

 

 

 どうやら、ウラノス様自身も何かありそうだ。

 奥の階段を下り、暗い通路を通るとそこにいたのは不動の老神。

 

 世界にダンジョンという『蓋』が出来る前の話。人々は無力ながらもモンスターに抗い、殺されては殺す。血で血を洗う戦いが日夜蔓延る世界の話、精霊の力を得て立ち向かうもの。種族としての能力によって強化し、狩り尽くすもの。 

 

 そんな中で、モンスターが現れる『穴』をダンジョンという存在で『蓋』をし、彼等は下界に舞い降りた。神々の能力を封じて遊びに来た中に一人、不動の大神は静かに玉座に座り、祈祷を捧げ続けた。

 

 それが創設神ウラノス。

 それはまるで巨大な大木。或いは柱にも見える。視線が此方に向くと軽く頭を下げる。

 

 

「久しぶりやなぁウラノス」

「ああ、久しいなロキ。して小人族(パルゥム)は?」

「……初めましてウラノス様。えっと、ルージュ・フラロウワです」

 

 

 軽く自己紹介を終えるとロキ様が口を開いた。

 

 

「単刀直入に聞くでウラノス。食人花を地上に運び込んだのはギルドか?」

 

 

 その言葉に息を呑む。

 アレをギルドが運び込んだものなのか?だとしたらどうやって?【ガネーシャ・ファミリア】でも知らないと神ロキは確認している。だとしたら、あんなレベルのモンスターを運び込める人物、一体誰と繋がっているのだろう?

 

 

「それは、違う」

()()()、な」

 

 

 含みのある言い方だが、嘘ではなさそうだ。

 

 

「んじゃ本題その2。昔、聖域を使う『聖女』が居たやろ?詳しい力について話してくれへん?」

「何故だ」

「この子、ソイツと同じ『聖域』のスキルを持っとる」

「–––––何だと?」

 

 

 ウラノスが、怪訝そうに眉をひそめた。

 この見るからに超然とした、厳かな神の表情が変わり、視線が此方に向く。

 

 

「……ロキ、退出しろ」

「嫌に決まっとるやろ。ここまで来といてお預けなんて」

「ステイタスには守秘義務がある。漏れる口は最小限にしたい」

「……あの、神ロキが居ちゃダメなくらいにやばいものなんですかこのスキル?」

 

 

 ウラノス様が首を縦に振る。

 おいマジか。ロキ様すら目を見開いている。聖域のヤバさはよく分からないが、そこまでヤバいならロキ様が居るのは確かに危ないかもしれない。実力行使の引き抜きだったら洒落にならんし。

 

 

「あのロキ様。後で話すので一回退出お願い出来ますでしょうか」

「……しゃーないな。後で話してくれな」

「話の内容によります」

 

 

 ロキは頭を掻きながら歩いてきた道を引き返した。

 どうやら退出を譲らなければ話さない頑なな老神を見て、自分が居ても得られるものはないと踏んだのだろう。

 

 二人きりとなった今、私は改めてウラノス様に聞き始めた。

 

 

「……話してくれますか?『聖域』について」

「––––そうだな。語るとするなら五十年前の話となる」

 

 

 ウラノスは語り始めた。

 聖域についてのスキル。その成り立ちについて、老神は語る。かつて起きた許されない神の罪を。

 

 

「––––下界に降りた一人の医神とその眷属が【聖女】と呼ばれるまでの話だ」

 

 




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第十八歩

 

 

「ふっ!!」

 

 

 インプを斬り、オークの魔石を穿ちシルバーバックを蹴り飛ばし喉を斬り落とす。此処は1()1()()()。少女が未だ単独で行ける階層ではない。ベルも居ないこの状況で少女はひたすらにモンスターを倒しては休む事を繰り返していた。

 

 多少の無茶かもしれないが、それにも訳がある。

 十日後に私は遠征についていく事になったのだ。それも、2()4()()()()()()()()()

 

 勿論、断る事も出来た。

 だが、それ以上に助けを求めていた存在に近づくチャンスでもあったのだ。故にステイタスを上げる為に単独で潜っている。

 

 

 それは二日前の事だ。

 ウラノス様から語られた一つの神の過ちを。

 

 

 ★★★★★

 

 

 神々が遊びに来た。

 その中の一柱に医療を司る医神もまたこの世界に下界していた。

 

 

 彼の名はアスクレピオス。

 医神にして、この世界で()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 この世界は神々が訪れる前は精霊くらいしか超常現象を起こせる存在はいなかった。エルフも精霊の信仰から力を借り、魔法を行使していた。当然ながら治癒魔法なんて全く存在しない。傷を治すのに信仰が必要だのなんだの迷信を信じていた存在だっている上に病原菌に対しては神の怒りと断じて死ぬ運命を受け入れる人だって存在した。

 

 そんな時代を終わらせたのがアスクレピオスだ。

 

 彼は天界の医療情報、病の正体の研究、怪我の正しい処置方法などを世界中に知らしめた。その上で薬剤を調合し、生み出された魔法のような回復薬がポーションである。彼は言わばこの世界においてはある種の英雄として、秩序ある神として世界から讃えられた。

 

 ただ、アスクレピオスは眷属を作らなかった。

 それは世界を回り医療を発展させる事を目的とした彼にとって英雄譚など()()()()()()()()。神々の遊びに付き合うなどくだらないし、それで玩具となった子供で殺し合い、力を持って生まれた存在のせいで死が増えるなど反吐が出るからだ。

 

 

 そんな彼が唯一、たった一人の眷属を作った。

 名前はルナ、それは森に捨てられた孤児だった。彼女は不治の病によって捨てられ、雨の中ただ必死に体温を冷やさないように大樹の木陰で震えていた。

 

 そんな彼女をアスクレピオスは助けた。

 当然ながら不治の病と称されたそれを治すには時間がいる。だから恩恵を授けた。恩恵を刻めば人である事を超越出来る。だから少しとは言え延命にはなるからだ。

 

 そして彼女は一月で不治の病を治した。

 そしてその後、アスクレピオスに恩を返すために助手として彼女は眷属になったのだ。

 

 アスクレピオスは医療の事以外は捻くれているが、彼女と触れ合う事で少しだけ医療の事以外にも目を向けたり、神らしき視点から人の優しさというのを少しだけ知り始めた。

 

 こんなのも悪くない。 

 そう思い始めた。海を渡り、山を越え、砂漠を進み、都市を回る。そんな順風満帆な日々が過ぎていった。

 

 そんな彼に、悲劇が起きたのだ。

 

 唯一の眷属、ルナが死んだのだ。 

 原因は毒殺。医神に対して気に食わない人は存在した。アスクレピオスは良くも悪くも治すことのみに特化している。

 

 その知識を間近で得られるルナは言ってしまえば巨万の富を手に出来る存在でもある。ルナはそんな事はしないし、アスクレピオス自身も眷属はルナだけでいいと告げて断ってきた。

 

 その意趣返しというべきか、はたまたルナが死ねば眷属に迎え入れられる可能性が増えると思ったのか、ルナを毒殺した。

 

 ルナはLv.3で【調合】と【神秘】。

 そして範囲の回復魔法を持っていたが、【対異常】は持っていなかった。それはあくまでルナはアスクレピオスの眷属であり続けるつもりだったから。

 

 そのルナが死に、アスクレピオスは初めて涙を流した。

 失う事がどれほどに辛いものなのか理解した。そして、彼は禁忌を犯したのだ。

 

 

「禁忌?」

「ああ、()()()()()()

 

 

 そう、アスクレピオスは『神の力(アルカナム)』を使い、ルナを蘇生させた。正確に言うならば、送還されない程度の『神の力(アルカナム)』を混ぜ込んだ()()()()()。当然ながら蘇生したところで今まで通りに生きられる筈がない。それでも良かった。親としてルナを生き返らせたかったから。

 

 ルナは蘇った

 寿命はかなり減ったかもしれないがもう一度この世界で生きる権利を得た。魂が浄化される前にそれを実行出来たのだから。

 

 

 そしてアスクレピオスはゼウスによって送還された。

 当然だ。『神の力(アルカナム)』の行使は禁忌であり、下界で使ってはいけないものだ。だが、アスクレピオスの近くにルナは居なかった。そうなる事を覚悟してルナを遠ざけていたから。

 

 ゼウスが懸念したのはそこだけではなかった。

 ルナが『神の力(アルカナム)』を手に入れてしまった事についてだ。蘇生薬に混ぜ込んだ『神の力(アルカナム)』はルナの中で消えずに残っている。故に恩恵は消えずに残っていたのだ。

 

 つまりは、寿命を削っているのだ。

 人間が神の力を行使出来るわけがないし、それを持つだけで寿命を削り、終いには魂さえ虚無へ消えてしまう可能性があった。

 

 ルナはそれを分かっていた。

 彼女は世界を回って旅をした。アスクレピオスと一緒に歩いた道のりを辿るかのように。時には人を魔法で救った。彼女もまた、『神の力(アルカナム)』の力を得て変質し、救いを求める声を聞き、魔法は全てを浄化し、彼女の血はまるで万能の薬と同じくらいの力を宿した。

 

 

 その後はどうなったか分からない。

 ただ、消息不明のまま彼女は『聖女』と讃えられこの世界から消えていった。

 

 

「––––それが、神の罪であり『聖女』と呼ばれた少女の話だ」

「これも、そのスキルだと?」

「彼女の範囲回復魔法、それは『聖域』と呼ばれ、領域全ての存在を癒す。それは彼女の意思で効果を変える事も出来ると聞いている。神々においてその聖域は()殿()()()()()()()に近いとされる」

 

 

 それめちゃくちゃじゃないか。

 神殿の権限は神々の司る権能の行使が可能となる。それを下界に下ろせば当然ながら世界そのものがぶっ壊れかねない。ルナはそこまでの力を有していたが、私はその完全下位劣化。まあスキル化した以上寿命が減る事はない……らしい。『神の力(アルカナム)』の保有はスキルどころか恩恵がバグるらしいから。

 

 

「だけど、それを何で私が?ルナは人間で子供は産まなかったんですよね?」

「そこまでは知らないが、恐らくだが血だろう。恐らくは()()()()()()()()()宿()()()()()。故に色濃く出ているのだろう、神の力の一部が」

「……成る程」

 

 

 経緯は知らんがそれが一番納得出来る。

 多分、私の一族がルナの血を分け与えられたのだろう。そしてこの話を聞いて何処か納得というより、知らなかった力を自覚した気がした。話を聞く前と後で少しだけ生まれ変わったような気持ちになった。

 

 

「ありがとうございましたウラノス様。なんか胸のつっかえが取れた気がします」

「––––ルージュ・フラロウワ。一つだけ尋ねたい」

「?」

「貴様はその力を使って、何を成す?」

 

 

 細めた目で私に問う。

 神の力の一部、言わば神工の存在である彼女は下界に何を成すのか。破滅か、それとも聖女のように誰かを救う道を選ぶのか。

 

 

「私の目標は最初から変わりませんよ」

 

 

 神々の決めた道には乗らない。

 決められたレールに沿って歩くなど真っ平御免だ。私が目指すのはそういう存在じゃない。神々の意思なんて吹っ飛ばせるくらいにかっこいい。

 

 

「––––英雄になりたい。エレ様もびっくりするくらいのとびきりのね」

 

 

 

 己を知り、自分のそれがどんなものなのかを知り、生き方が変わるわけじゃない。聖女に救われ、その一部が先祖返りの如く発現した私だが、私は聖女じゃない。

 

 私は強くなってエレ様に笑って欲しい。

 強くなって、英雄を越えてその名を轟かせてその道を英雄譚に刻みたい。幼稚かもしれないその夢は未だ変わらないのだから。

 

 

 

 ★★★★★

 

 

 エレ様の所に戻る前に顔の見えない魔術師に依頼を出された。それは、私の素性を知った上で頼み込んできたものだ。その手付金として魔導書まで渡された。

 

 場所は24階層。

【ヘルメス・ファミリア】と一緒にモンスターの異常発生の調査についての依頼。武器も無いしお荷物になる可能性が高いのだが、透明化のローブを渡され魔導書まで渡された。

 

 聖域の感知はオラリオの四分の一程度まで可能。縦は無理だが横の感知はかなりのものだ。前にエレ様探す時にそれが見られてたらしくて、依頼の問題解決に打ってつけらしい。

 

 サポートとして秘密裏にそれを調べてほしいらしく、私はそれを引き受けた。当然ながらまだLv.1でステイタスは限界突破しているのが二つあったが、それでも上がれるだけ上げてランクアップをした方がいいと思い、単独で11階層に来ていた。

 

 モンスターを狩り尽くし、バッグの中がパンパンになるまで魔石を入れて帰り、エイナさんに少し怒られた後、換金して宿に戻った。

 

 

「ただいまエレ様」

「おかえりなさい。ルージュ」

 

 

 エレ様はルージュの頭を軽く撫でながら帰ってきた眷属に朗らかに笑う。ルージュはシャワーを浴び、汗や血を洗い流した後、ステイタスの更新をエレ様にお願いした。

 

 

「かなり服がほつれてる。無茶したのね?」

「……まあ、少し」

「はいダウト。かなーり無茶したのね」

 

 

 少し怒りながらもステイタス更新をするエレ様。

 ランクアップは少しだけ後にしていたが、ここまで伸びてしまえば上層で伸びるのは少しだけ厳しいだろう。エレ様もその上昇率に呆れているくらいだ。

 

 

「うん。もうこれ以上は上層で上がらないと思うのだわ。ランクアップする?」

「はい」

「えっと、発展アビリティが……うわっ、多い」

 

 

 エレ様もその多さに驚いていた。

 記されているものを順番に読み上げるが、一つだけ訳も分からず首を傾げた。

 

「えっと『対異常』『狩人』『精癒』……あとは『神聖』?」

「神聖?何ですかソレ?」

「うーん。多分神に近づくとかそういう意味なんだろうけど、多分聖域に付随したアビリティだと思うのだわ」

「じゃあそれで」

「軽いし早っ!?えっ、いいの!?」

「まあ聖域の強化があるなら一番いいと思いますし」

 

 

 聖域自体を全て把握してるわけじゃないが、恐らくそれがいいと直感で理解する。もし誰かを救える力があるならと、後悔だけはしたくない。だから助けられる力として神聖が一番いいのかもしれない。

 

 

–––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––

 

 ルージュ・フラロウワ

 

 Lv.1

 

 力:A892 → SS1001

 耐久:SS1099 → SSS1254

 器用:A863 → S983

 敏捷:SS1021 → SSS1200

 魔力:A863 → S950

 

《魔法》

【ソニック・レイド】

・加速魔法

・詠唱『駆け上がれ蒼き流星』

 

 

《スキル》

反骨精神(リバリアス・スピリット)

・早熟する

・対抗意識、宿敵意識を持つほど効果向上

・逆境時に全能力に対して損傷吸収(ダメージ・ドレイン)を付与

 

 

星歌聖域(ホーリー・サンクチュアリ)

任意発動(アクティブ・トリガー)

・精神力消費

・歌唱時、自身を中心に『聖域』を構築

 

 

––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––

 

 

「はい、ランクアップしたのだわ」

「……普通だ」

「力が溢れてくる!ってことは無いのだわ。まあ直ぐに変化は分かるから、新しい魔法も発現してるし」

 

 

 起き上がって羊皮紙を確認する。

 ランクアップした実感は無い。まあ後々分かると言ってたし置いておこう。そして新しい魔法、それを見た時に私は少しだけ運命を感じた。

 

 

–––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––

 

 ルージュ・フラロウワ

 

 Lv.2

 

 力:SS1001 → I0

 耐久:SSS1254 → I0

 器用:S983 → I0

 敏捷:SSS1200 → I0

 魔力:S950 → I0

 

 神聖:I

 

《魔法》

【ソニック・レイド】

・加速魔法

・詠唱『駆け上がれ蒼き流星』

 

 

【フロート・エクリエクス】

・全癒範囲魔法

・任意で『魔防』『対呪』の付与

・付与時、精神消費増加。

・詠唱『紡がれし命をここに、永遠に輝く(ソラ)の星よ、汝の名に基づき力を振るう事を赦してほしい。(ソラ)より来れ星の加護よ、穢れを祓う聖光を纏い、巡れ我が白き箒星よ』

 

 

《スキル》

反骨精神(リバリアス・スピリット)

・早熟する

・対抗意識、宿敵意識を持つほど効果向上

・逆境時に全能力に対して損傷吸収(ダメージ・ドレイン)を付与

 

 

星歌聖域(ホーリー・サンクチュアリ)

任意発動(アクティブ・トリガー)

・精神力消費

・歌唱時、自身を中心に『聖域』を構築

 

 

––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––

 

 

「––––ふっ、あはははは!」

「…?どうしたの?」

「いや、ちょっとばかり運命が好きになった!」

 

 

 私はルージュ・フラロウワ。

 そこは変わらない。けど、私はそれと同時にルナと同じ力を継ぐ存在だ。紡がれし命が巡り巡って今がある。

 

 それがどうしようもなく嬉しくて、運命が少しだけ好きになった。多分、私は一人の神様と一人の英雄に助けられて生きてきた。その二人の力を使って、今度は自分が誰かを助けるなら……運命が巡っていると思っちゃう。

 

 

 ランクアップに二十九日。

 

 モンスター討伐数は2986体。

 

 今日この日、少女は世界最速のレコードを刻んだのだ。

 

 




【装備】
・ナイフ『影淡』摩耗中
・予備用ナイフ 摩耗中
・小太刀『緑刃』摩耗中
・鎖帷子    一部穴空き
・籠手『煉甲』 やや傷有り

【持ち物】
・所持ヴァリス 185000
・透明化のローブ(フェルズ作)
・魔導書(フェルズ作)

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第十九歩

 
 課題が全部終わりちょっと落ち着きを取り戻したので書いていきたいと思います。では行こう。


 

 目が覚めた。

 ああ、この感覚はいつぶりだろうか。

 

 疲れが溜まっていないのに身体が重い。

 眠気が覚めたのにまだ寝足りないような倦怠感。

 

 けど、それと同時に身体が震える。

 今日が私の最初の死線となるであろう二十を超えた階層の調査の動向。そして、それは未知という恐怖と畏怖を抱きながらも、未知に対する圧倒的な興奮を孕んだ闘争心が身体をニヤけさせる。

 

 まだ日が出ていないこの時間帯に最後の装備の確認をする。装備も荷物も抜かりない。両頬を叩き、目を完全に覚ます。

 

 

「エレ様」

 

 まだスヤスヤと眠っている彼女の髪に触れる。

 うわっ、サラッサラだ。透き通るように綺麗な星のような髪に軽く唇に触れる。おまじないのようなものだが、自分とエレ様を含めた互いの武運を祈るおまじない。

 

 

「行ってきます」

 

 

 今日が最も危険で最も重要な日。

 それと同時に冒険者である自分の冒険の日でもあった。

 

 

 ★★★★★

 

 ……と、意気込んだものの、今回私はあくまで後ろの回復役(ヒーラー)と、調査役(サーチャー)。要するに後衛職だ。

 

 だから敢えて弓矢と魔法の触媒になる錫杖型の杖。報酬の前払いで買った初心者向けの増幅機能を持つものだが、安くても数十万ヴァリスした。流石に渋ったが、命が関わる以上背に腹はかえられないので買った。

 ナイフはしっかり腰に装備、弓矢は昔狩りの時に教えてもらってるから問題なし、矢筒の中には四十本ある。そしてフェルズから貰った『ハデスのローブ』。透明になれて被っていれば実体を視界から認識できなくする。ここまで準備したから問題はないだろう。

 

 そしてフェルズから貰った『魔導書(グリモア)』も読み、私はスロットの限界三つ目の魔法を習得した。

 

 確認が終わり、私は荷物を纏め、約束の場所へと足を運ぶ。バベル前、の近くの朝までやっている酒場に入る。あの魔術師、フェルズが言うには此処に私を連れて行ってくれるパーティーがあるのだとか。

 

 

「……!」

 

 

 酒場に入って分かった。

 ()()()()()()()()()()。多分、最低でもLv.2以上の実力者だ。恐らくこの人たちがパーティーメンバーだ。特にあの水色の髪の人だけは多分、今の私じゃ絶対勝てない。

 

 

「じゃが丸くん、抹茶クリーム味」

「……貴女が援軍ですか」

 

 

 援軍というか、サポーターです。

 今回ばかりは、調査以外足手まといになりそうなのでそう告げる。握手した時に分かった手のタコ、そして経験から来るような雰囲気。この人が団長か。

 

 

「あの魔術師(メイジ)から聞いています。私はアスフィ、このパーティーメンバーのリーダーです。貴女は?」

「私はルージュ。今回は索敵と回復、まあ後衛職として来たからあんまり戦闘面は期待しないでください。流石に二十階層以上下には行った事がないから少し足を引っ張るかもだけどよろしくお願いします」

「ええ、よろしくお願いします」

 

 

 よろしく、と周りの人達が頭を撫でたりして、もみくちゃにされる。うわー、こー言うの初めて……っておい誰だお尻触ったの。しばくぞ。

 

 

「よし、これで全員揃ったな!じゃあ行くか!」

「そうですね。貴女は今回は回復職(ヒーラー)ですよね。メリルの後ろで配置をします。ある程度は自分の身を守れますか?」

「大丈夫です。元々魔導師って訳じゃなかったですし、自分の周りだけなら守れます」

「よろしい。では、出発します」

 

 

 こうして私達はダンジョンへと足を運び始めた。

 

 

 ★★★★★

 

 十六階層、【ヘルメス・ファミリア】率いる調査隊は順調に進んでいく。改めてパーティーを組んだ冒険者の連携を見て感嘆する。連携で、周りの出来ない動きを補っている。

 

 

「凄い…的確、しっかり連携が取れてる」

「凄いですか?」

「いや私まだ新参で団員はいないけど、こう指示出せればいいなって思ったりする事もあるんですけど」

 

 

 アスフィさんだったか?

 場面をしっかり見て指示を出し、連携に息が乱れない。とにかく上手い。どうやって決着を付けるのかを見えている。先を見据えた動きだ。仮に私が団員を持った時、あのように指示を出せる自信はない。

 

 

「後衛!ミノタウロス一体!!ネリー、ドドン、迎撃!」

「はい!」

 

 

 ドドンが角でミノタウロスの攻撃を防ぎ、ネリーは腰に持つ短剣でミノタウロスの腱を切り裂く。

 

 

「ルルネ!」

「あっ、待って私にやらせてもらっていい?」

「後衛の貴方が?」

「お願い」

「わかりました。ルルネ、いざとなったら援護!」

 

 

 ステイタスが上がれば強くなれる分、強さが私の器に合致しないズレが生じる。特に私は急激過ぎる成長に器が追いついていない。だから戻すとなると、()()()()()()()()()()()()()()。丁度リベンジも出来るし。

 

 

「ブモオオオオオオッッ!!」

 

 

 見える。

 あの時の拳で私は重傷を負ったが、今は見える。胴体を軽く逸らし、『緑刃』で殴りかかる拳を斬り裂く。悲鳴を上げるミノタウロスは咄嗟に左腕で叩きつけようとするが遅い。間髪入れず、私は『緑刃』でミノタウロスの首を切り落とした。

 

 

「おお、鮮やか」

「うん。まだズレが戻ってないけど、これくらいならまだ行けるね」

 

 

 問題ない。『影淡』はいざと言う時にしか使わないし、基本的に『緑刃』で何とかなる。この階層から先はやや不安だが、後衛ならあまり使うことはないだろう。

 

 

 ★★★★★

 

 

 ここがダンジョン。それを微塵も思わせない程に、見ている光景はいつも見ているダンジョンの風景と全く違う。獰猛な世界を通り抜けた楽園のように見えた。

 森があり、湖があり、空がある。

 空に浮かぶ太陽は水晶が輝き、辺りを照らす。朝の、いや時間的には昼前の日照りがこの階層に降り注ぐようだ。

 

 ダンジョンは迷宮であり、日の光を遮る。

 ダンジョン特有の光苔などは存在するがここまで明るいと思わず目を細めてしまいそうだ。この空間には昼夜という概念が存在しているらしい。マジで見分けが付かない。

 

 

「……十八階層。聞いてはいたけど、本当にダンジョンなの?」

「初めてだったのか?ああ、新参って言ってたな。此処はモンスターを産まない休憩所みたいな所だ。ただ産まないだけでいない訳じゃない。森とかにはモンスターはいるし」

「へー、成る程。アレ、私達は何処に向かってんの?」

「酒場」

 

 

 酒場?ダンジョンに?

 ルルネさんが言うにはそこで援軍を待つらしい。

 

 

「『黄金の穴蔵亭』って場所、あの黒フードが言うには援軍を引き連れるらしい。だから私達はそれまで待機」

「援軍って誰、ってかどのファミリアなの?」

「さあ?来る人に暗号を持たせるらしいから問題ないけど、誰かは分かんねぇ」

 

 

 随分ザックリだな。

 それでいいのか。まあ援軍と言っている時点で心強い。どれだけ安全を考えても連携ではなく確立した強さ、或いは突飛な実力者が欲しいところだ。このパーティーを見ていると一番強いのはアスフィさんだが、指揮官でもあるなら、陣形崩して前に出る動きは極力避けた方がいい。

 

 

「と言うか、ごめん。聞きたいことがあったんだけど」

「なんだ?」

「いや、調査はモンスターの大移動と宝玉の回収、だったよね?このファミリアが力不足って訳じゃないけど、そういうのってレベルが高い人達が最小人数で行うよね。どうして大人数での調査なの?」

 

 

 ピシリ、とファミリアの空気が凍った。

 特にルルネが冷や汗を流しまくっている。そう、今回の調査の危険度は知らないが、ギルドがわざわざ警告を出している。多分黒フードの魔術師フェルズだったか、アレはギルドの人だ。勘だけど。

 

 そのギルドの人間ならば強制任務(ミッション)などを出せれば大手のファミリアに調査くらい依頼できるはずだ。だけどそれがこんな大人数での調査、連携力が買われたとしても少し違和感がある。

 

 

「あー、そのな、色々ギルドに弱みを握られて」

「シラを切ればよかったものを、この馬鹿のせいで私達全員が調査に赴く形になったのです」

「弱み?……と言うと、レベル詐欺とか?」

「……まあ、そんな感じです。私達の事は口外しないように」

「わかってるよ。そこまで鬼じゃないよ」

 

 

 成る程、人数が多くなると苦労するんだね。

 団長の苦労は今の私じゃ分からないし、今のうちに聞いておくか。この後、私とアスフィさん率いる【ヘルメス・ファミリア】は援軍が来るまでに験担ぎと、色々パーティーの動きについて簡単に教わっていた。

 

 



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第二十歩

 

 

 

 魔術師の言っていた援軍を待つ事、数時間。

 そろそろ喋る事もなくて欠伸が出始めた。何なら店に置いてあったチェスでアスフィさんに挑んでいるのだが……

 

「うっ、これほぼ詰みじゃない?」

「あら、分かるのですか」

「七手目くらいで多分一気に狩られる。多分、十一手目辺りから十四手目の間で私死ぬわ。降参」

「中々頭の回転が早いじゃないですか」

「局面を見るだけならね。私、一つの事に集中しないと実力を発揮出来ないから。並列処理が難しい」

「分かります。ですがそれは経験と慣れの問題です。人を率いた事の無い新参者がここまでやれただけ上出来です」

 

 

 とは言え、三敗なんだよなぁ。

 一回目がボロクソに負けて、二回目で持ち直して負けて、三回目は誘導された。指揮官というだけあって局面の考え方が違う。捨て駒を利用する。本気でどうしようもない時、誘いの手を使い、犠牲を出す。そうする事で本陣をカバーする。まあチェスに限っての話だが、この人の強みはその判断力にあるだろう。でも三敗は悔しい。

 

 

「ジャガ丸くん、抹茶クリーム味」

「あ、アンタが援軍!?」

 

 

 えっ、来たの援軍?

 あっ、見覚えのある顔だ。確か【ロキ・ファミリア】の【剣姫】だ。酒場で見た事ある。援軍ってこの人か。すっごい美人。

 

 強い。圧倒的な強さを感じる。

 この空間の中で彼女が最も強い。それは分かる。

 

 なのに……

 

 

「……?」

 

 

 改めて向き合ってこの違和感。

 この人も、フィルヴィスさんと同じようなモノを感じる。気配というか、何というか、私にしか感知出来ないような違和感。

 

 神の力、いや……もっと別のものをこの人は持っている?

 

 

「行きますよルージュ」

「あ、はい。今行きます」

 

 

 大分呆けてしまったようだ。

 とりあえずは調査が先だ。私はネリーの後を小走りで追いかけた。

 

 

 ★★★★★

 

 

 二十四階層。

 此処は別名『大樹の迷宮』と呼ばれ、十M(メドル)を超える高低差、幾つもある小さな樹洞、層域特有の植物群、青光苔に照らされた幻想的な空間を醸し出す裏腹に、冒険者を魅了し、死へと送り込むトラップが数多く存在する。

 

 とは言えだ。アスフィさん達の連携は全く問題なく、迫り来るモンスターを的確に処理していく。アイテムの多さもそうだが、パーティーを組むと手数の多さもやはり凄い。

 

 

「……モンスターの大行列だ」

「私が行く」

「あっ、剣姫。ガン・リベルラ三体は私やるから残しといて」

「うん」

 

 

 蟻のように見えるモンスターの大行列に飛び込んでいく剣姫。あんなの自殺行為にも等しいが、あの人なら問題無さそうだ。私は私で、新しい魔法を試してみるか。

 

 

「遠距離魔法でも使えるのですか?」

「いや、ちょっと違う」

 

 

 弓を弾き、矢を三つ構える。

 そして詠唱を始める。新しい魔法ではなく、私の得意な魔法を唱える。

 

 

「『駆け上がれ蒼き流星』」

 

 

 これはただの加速魔法だ。

 故に私のみの加速で矢が加速する訳じゃない。この魔法はこのままでは意味がない。だが、私は()()()()()()()()()()()

 

 

「『集え小さな星々の願い』」

 

 

 ()()()()

 薄く蒼く光る私の身体から光が矢に収束していく。三本の矢は一つの光を帯び、星のように蒼く輝いていた。

 

 矢が放たれる。

 距離からすればガン・リベルラが躱せる速度だろう。だけど、この魔法の真髄は此処からだ。

 

 

「『突き進め(エイルス)』!」

 

 

 収束した光が解放され、矢はまるで光線のように加速する。

 速度は重さ、矢で打てば貫通力は槍すら上回る。ガン・リベルラの胴体はくり抜かれたように風穴を開けられ、地面へと落ちていった。

 

 

 ★★★★

 

 

 そう、これが私の第三魔法。

 説明するなら、私は英雄のような一撃必殺の魔法。まあ聖剣とかそう言ったものをイメージしていたのだが……

 

 

《魔法》

【スター・エクステッド】

・連結詠唱。

・魔法、及び発動中スキルの収束実行権

・収束範囲に停滞属性を付与。

・停滞維持にて精神力消費。

・願いの丈により効果増幅。

・詠唱『集え小さな星々の願い』

・【解放鍵(スペルキー)】『突き進め(エイルス)

 

 

 予想以上に意味が分からん魔法が来た。

 えっと、連結詠唱という事は一度目に発動させた魔法に追加詠唱をする事で発揮する魔法という事だ。いや色々検証したのだけど、結論から言えば、これは投擲系でしか使えない。

 

 先ず、魔法を唱える。

 私の場合は加速魔法の【ソニックレイド】に対して、追加で詠唱をする。それ自体は問題はない。私の持つ『影淡』に【ソニックレイド】が付与された。収束付与とはそういう事だ。

 

 しかし、付与した所で影淡を振っても加速する訳じゃない。私が加速せず武器だけが加速する訳もなく、【解放鍵(スペルキー)】を唱えた所で意味もなかった。

 

 停滞属性を付与、恐らくそれが問題なのだろう。

 停滞属性を付与する事によって武具自体が停滞属性を帯びる為、どんな魔法を収束しても武具が壊れにくくなる。そして、収束した魔法が待機状態になる。それはいいのだが、問題は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 加速魔法はあくまで自分の行動の加速。

 武具だけ速くしても意味がない。なので投擲中にそれを解除すれば爆発的な加速を得られる。

 

 何というか、剣に意味があるのか分からない魔法を付与している気分なので、当たりか外れかと言われたら微妙なのだ。

 

 

「増幅効果、スキルに対しても?」

 

 

 試しに聖域をやったが無理だった。

 歌いながら収束が出来ない。聖域を収束出来るかと思ったが、【スターエクステッド】はあくまで先行した魔法、スキルのみだ。つまり、歌いながら魔法の詠唱を唱えなければならない。それはつまり、口が二つもなければ不可能だ。当然、私には口が二つもある訳ないから出来る訳ねぇだろ。歌を歌い終え、消滅する前の僅かな時間の収束しか出来ない。聖剣みたいになると思ったが、何このハズレ感。

 

 

 とまあ、調べた結果、ざっくり効果はこんな感じ。

 

・魔法を収束し、増幅させ、解放する事で本来の威力の底上げ。

・魔法は収束する分、一点突破になる。

・主に効果があるのは投擲武器、自身の魔法が放出するようなものがない為、投擲中に解放する事が現在1番強い。

・聖域を収束出来る時間は二秒のみ。

 

 

「地味、だな」

 

 

 効果が多い割にショボい。

 確認が終わったが、効果の収束という事で加速度は異常だが、あまりなぁ。後衛職専門の魔法って感じがする。せめて私が属性魔法を使えたら良かったが、うーん。

 

 

「魔法の増幅って意味じゃ全癒魔法と相性はいいけどさ」

 

 

 後衛職専門魔法。……うん、地味だ。

 

 

 ★★★★★

 

 

 とは言ったが、想像以上に力を発揮する。

 願いの強さ。倒したいという願望を上乗せし、魔法効果は増幅する。この階層のモンスターをあの鏃で貫けただけあって相当だろう。

 

 

「うわ、矢が壁にめり込んでる」

「マジで!?」

 

 

 多分私の場合はその意欲が強過ぎる。

 願い、負けず嫌い、そして挑戦。それが相まって物凄い力を発揮出来る。増幅効果はこの通り、壁にめり込んでいるくらいに。

 

 とりあえず、壁の部分から目を逸らしながら私達は魔石を回収する。強化種になる可能性を防ぐため、魔石はしっかり回収しないと。

 

 

「よし、では南の方から」

「あっ、待ってアスフィさん」

「何ですか?」

「私は助っ人で呼ばれたでしょ?回復役と調査役として。だからちょっと私のスキルを使っていい?」

「構いませんが、それで見つかるのですか?」

「大丈夫」

 

 

 さて、何を歌おうか。

 戦闘もあるし、緊張を少しでもほぐす様な歌がいい。安らぐようなものを考えるなら。そうだ、アレにしようか。

 

 

「ーーーー♪」

 

 

 みんなが一度は聞いた事のある歌。

 童話【蛍の庭】より抜粋。曲名は『蛍と夜』。星の浮かばない夜に蛍が代わりとなって安らぎと儚さを届ける小さな安らぎの歌。

 

 

「凄い、落ち着く」

鎮静化(リラックス)効果ですか。肩肘張る中ではかなり」

 

 

 範囲が更に広がる。

 この階層を覆うくらいには探知範囲も広がった。探知できたのは前と同じ、モンスターの反応とはまた違う反応。僅かな人智を超えた力を感じた。北の方に。

 

 

「〜〜〜♪……ん?」

 

 

 剣姫が目を見開いて私の腕を掴んでいた。

 それはまるで、探していたものを見つけたかのように、迷子の子供のような顔をしていた。私の歌に錯乱させるものは無いはずだ。

 

 いや、これは……

 

 

「大丈夫?」

「あっ、……えっと、その、ごめんなさい」

「いや謝る必要なんて、この歌に何かあったの?」

「その……上手くは言えないんだけど」

 

 

 剣姫の様子がおかしい。

 何だ?モジモジして言い辛そうだ。恥ずかしい事なのか?

 

 

「一瞬、お母さんと姿が重なって」

「剣姫の母親?まあ、『蛍と夜』は結構メジャーな歌だし、絵本とか読んだ事があるなら聞いた事あるんじゃない?」

「そうだけど、そうじゃない」

 

 

 ……?歌い方がお母さんに似ていたとか?

 違うってどういう意味だ?私はかなり歌った事はあるけど、なんて言うか。この歌に何かがあるのか?と言うか私と姿が重なったって剣姫の母親そんなにちっちゃいの?んな訳ないよね……ないよね?

 

 

「……この冒険依頼(クエスト)が終わったら依頼させてほしい」

「依頼?」

「もう一度歌ってほしい。今度は、ちゃんと最後まで。お金も払う、だからお願い」

「う、うん。いいよ」

「あ、あと剣姫じゃなくて…普通に名前で呼んでほしい」

「あっ、うん。じゃあ私もルージュと呼んで。よろしくね、アイズ」

「うん、よろしく。ルージュ」

 

 

 周りの視線が何故か生暖かい。

 気が付けばニヨニヨしている人が数名いる。なんなら「これがヘルメス様の言っていた百合の花か、尊い」とか呟いている馬鹿もいる。ケツに矢をぶっ込んでやろうか。

 

 

「コホン!さ、さあ北へ行こう!」

 

 

 アイズも私も少し照れながらも反応があった北を目指す事にした。

 

 



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第二十一歩

 今年はここまで。良いお年を。


 

 

 北の方に反応があった。

 聖域の反応にはかなり種類がある。人間の場合は白から黒。個人差はあるが、基本的に白の人、灰色の人が多いだろう。冒険者なら特に灰色の反応を示す。モンスターに関しては赤。神に関しては金色、エレ様の場合は私と同じ青色を示す。

 

 そして、触手型のモンスターは何故か()

 時に金色が混ざっているような反応があるのだが、それがよく分からない。と言うか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「?」

 

 首をコテンと傾げる。かわいい。

 発展アビリティ【神聖】を取ってから、反応や色と区別がつきやすくなった。聖域展開の精神力の消費もかなり抑えられるし。

 

 

「壁?」

「いや、これ多分モンスターの肉」

「マジ?」

 

 

 触れてみるとブニブニして気持ち悪い。

 だが、触感的にはモンスターの肉で間違いないだろう。解体時のあの感触を忘れる訳がないし。

 

 

「多分食料庫(パントリー)に繋がってる全てがこうなってるんじゃない?」

「……モンスターの大移動は入り口そのものが減ったから。そう言いたいのですね?」

「うん。推測だけど、この奥は絶対何かがあるね」

 

 

 未開拓領域。

 特にこの場所は死地の最前線と言ってもいい。最前線は常に命の危険が伴う。未知に対しては畏怖を抱き、好奇心だけでは猫を殺す。ダンジョンは楽園ではない。滑り落ちれば地獄、甘く見れば相応の報復、時には想像を絶する死が待っている。肉の壁をメリルが詠唱で風穴を開けようとする中で、金髪の小人族が私に話しかけてきた。

 

 

「なあアンタ、Lv.2だろ」

「うん。まあね。どうしたの?」

「いや、俺らと同じ小人族がLv.2なのは珍しいからさ。まあ少し興味を持っただけだ」

 

 

 ポックだったか。ハンマー使い。

 同じ小人族でLv.2である。気さくに話しかけられたけど何故か仰々しいような気がする。

 

「……悩みあるの?」

「あっ?」

「言いなよ。今なら言えるし」

 

 

 詠唱で穴が開くまで時間がある。

 まあなんか言いたいなら言える時間は存在するだろうし。

 

 

「お前、『勇者(ブレイバー)』に憧れてたりする?」

「いんや全然」

「なんで冒険者やってんだ?」

「英雄になりたいから、と言って無理だって笑われて悔しかったから」

「……子供か」

「見た目子供の君に言われたくない」

「それ完全にブーメランな」

 

 

 チビで駆け出しですが何か?

 そんなもの百も承知だ。もっとエレ様とか銀髪の女神様みたいにボンキュッボン(死語)なスタイルになりたいとどれだけ望んだと思うのやら。ちくせう。

 

 

「まあさ、小人族でも俺達があんな風になれるって、本気で思ってるか?」

「知らない」

「即答かよ」

「だって、無我夢中に前に進んでんだから」

 

 

 英雄になる為に必死こいて戦っている。

 それはどれだけ大変な事なのか理解できない訳じゃないだろう。私にも憧れがある。とても強くて、とても気高くて、まるで女神様のような冒険者にきっとお前なら成れるって、言ってくれたから。多分、この人も。

 

 

「まあ、俺も何処かで憧れてんだよ。あの勇者に」

「一族の英雄だっけ?まあ、私はそこまで思わないな」

「気を付けろよ。確か勇者って一族の繁栄も目的らしいし」

「……お嫁さん候補に出されるって事?」

「かもな」

 

 

 身震いした。

 嘘だろ。これ万が一の時【ロキ・ファミリア】の団長から縁談が来るかもしれないって事?あの時、狂犬クラスでヤバめのアマゾネスが私にめっちゃ殺気を飛ばしてたのに。えっ、私死ぬんじゃ?

 

 

「おっ、穴空いた」

「……行くか」

 

 

 魔導のアビリティ持ってるから威力が高いな。

 私の場合は魔法を使う戦士だから魔導が必要かというと微妙なのだが。足を進める前に、私はポックに告げる。

 

 

「まあ、私は超えるつもりだよ」

「!」

「勇者も、そして猛者さえ超えて、更に上にさ」

 

 

 そして、あの人すら超えて。

 私は絶対に英雄になる。そして見返して、あの人と会った時に笑い合いたい。だから更に上に行くつもりだ。

 

「君は違うのか?」

「……はっ、俺だって超えてやるよ」

 

 

 なんだ、いい顔してんじゃん。

 我慢して甘んじた顔よりはギラギラした方が私は好きだぜ。

 

 

 ★★★★★

 

 

 通路から離れた場所。

 緑肉に囲まれ、周囲を水晶で見渡せる管制塔のような部屋にて、触手型のモンスターを操る赤髪の調教師、レヴィスは座り込んでダンジョンに生える果実を咀嚼する。

 

 

「レヴィス、侵入者だ」

「モンスターか?」

「いや、冒険者だ。中規模とは言え全員手練れのようだ」

 

 

 水晶の先をレヴィスは覗くと、一人の存在に目を釘付けた。

 

 

「アリアだ」

「何っ!?剣姫がアリアだと…?信じられん」

「確かだ。私が行く。他の奴らを引き離せ」

 

 

 そう指示し、アリアの元に向かおうとしたレヴィスと仮面の男に、歌が響いた。陽気な歌ではない、聞いたこともない歌が狭い通路から反響して響き渡っている。

 

 

「何だこの歌?」

「知らん。気が狂った冒険者でも––––」

 

 

 言葉を続けようとした次の瞬間。

 ドクン、と心臓の音が身体に響き渡り、二人は目を見開いた。身体が重くなったかのような錯覚が最初の発作だった。

 

 

「っっ!?」

「ぐっ、がっ……!?」

 

 

 次に襲いかかったのは痛み。

 歌が聞こえた二人は自身の内側から食い破られるような痛みに抑えられ、胸を抑えて跪く。自分達の存在を否定されるような、可憐でありながらも慈悲とも呼べる暖かさがあるにも関わらず、それを受け入れたら最後、自分の命が消えてしまうような破滅の歌が二人を苦しめていた。

 

 

「っ、食人花(ヴィオラス)!あの餓鬼を殺せ!最優先にだ!!」

 

 

 命令を出したレヴィスの声に食人花は蒼色のポニーテールに向けて一斉に食いにかかった。そのおかげで、歌は止まり自身を脅かすような破滅の歌から解放された。

 

 だが、二人の様子はよろしくなかった。

 冷や汗が止まらず、蒼いポニーテールの小人族は相対すれば死ぬような死神に見えてきた。特に穢れている自分達にはあらゆる意味で天敵だと本能が理解する。

 

 

「収まったか…何だアレは……!」

「知らん…!だが、明らかに()()()()()()()()()()!」

 

 

 明らかに食人花の動きが鈍い。

 最初は能力降下(ステイタスダウン)だと思ったが、明らかに呪歌ではない。それだけは分かる。にも関わらず食人花も動きが悪くなっている。

 

 どうなっている。

 彼女から与えられたこの身体といい、触手といい、あの歌を聞いたものが強制的に弱っている。

 

 

「最優先に奴を殺せ。私は行く」

 

 

 あの餓鬼も始末するべきか。

 最優先に殺そうと仮面の男は心に決め、レヴィスはアリアを捕らえる為に歌が二度と聞こえないように食人花を操り、歌が反響しないように通路を作り替え始めた。

 

 

 ★★★★★

 

 

 周りはさっきの緑肉の壁に覆われ、極彩色の華が光代わりになっている。とは言え、足もそうだが、食感が気持ち悪い上に足場もいつもと違うと動き辛さにストレスも溜まる。

 

 

「うーん。凄い気持ち悪い」

「ハッキリ言ったな。ここもしかしたらモンスターの腹––––」

「「おい馬鹿やめろ」」

「てことは出る時は尻––––」

「「止めんか!?」」

 

 

 嫌な想像しか浮かばない。

 まあ、消化液が来ないだけマシか。此処が腹なら胃液の毒素とか結構あると思うし。私は解毒は出来ても対異常は持ってないからなぁ。

 

 

「そういや、触手型のモンスターって魔法に反応するんだよね?」

「うん。私達が戦っていた時も魔力に反応してた」

「魔石も?」

「多分、魔力に由来するものは全部反応する」

 

 

 やっぱ変だな。

 モンスターとしては強化種とか魔石の味を覚えて強くなる存在は居るが、先天的に魔石などを求めるモンスターは聞いたことない。

 

 それが居るとなると、少し感知した方がいいか。

 アスフィさんに許可を取り辺りを歌を歌い、聖域を広げ感知範囲を更に広げる。

 

 

「………?めちゃくちゃ反応が多いんだけど」

「どれくらい居ますか?」

「えっと緑のモンスターが多分三十。あと、それとは別に()()()()()()()

「この場所にか?」

「うん。しかも黒いから気をつけた方がいい……」

 

 

 聖域がバチリ、と音を立てた。

 

 

 

 

 

 

 

「えっ?」

 

 

 視界が真っ暗に染まる。

 仲間が、道が、光が暗く塗りつぶされた世界にいつの間にか自分が立っていた。地面に展開した聖域がまだ存在していて、それが微かに世界を照らす光となっていた。

 

 

「また、この感じ……!」

 

 

 あの時と同じ。

 格が違う存在の気配を感知するだけで、まるで世界がひっくり返ったかのように時間も立ち位置も場所も全てが見えなくなって、あの時は鎖に繋がれた誰かが居た。

 

 ––––––泣き声が……聞こえた。

 

 

「………!」

 

 

 視線が向いた。

 繭のようにナニカを囲っている蔓の中から泣き声がする。手を伸ばそうとすると、次の瞬間、身体全てが強張った。

 

 視線が向いた。

 前から、後ろから、左から、右から、上から、下から、ギョロリと舐め回すような視線が向けられた。

 

 視線が向いた。

 視線が、視線が、視線が、視線が、視線が、視線が、視線が、視線が、視線が、視線が、視線が、視線が、視線が、視線が、視線が、視線が……

 

 頬に触れる。

 まるで蛇がご馳走を待つように舌で撫で回しているかのようだ。腕が、脚が、頭が、身体が、動かない。

 

 ––––––あっ、やば、コレ……呑まれ……!

 

 

 

 

 

 

 

「ルージュ!!」

「うおおっ!?びっくりした!?」

 

 

 アスフィさんの怒鳴り声で目を覚ました。

 うわっ!背中びっしょり!聖域に反応して人智を超えた力を感知したのはいいけど、干渉し過ぎたのか?もしくは広げすぎて力が中途半端だった分呑まれかけた。あのまま呑まれたら私がどうなっていたか。

 

 

「ご、ごめんごめん。相当ヤバめの存在がいるっぽいから気をつけ……全員戦闘態勢!上!!」

「なっ、触手型モンスターが八!三人で一匹ずつ当たりなさい!」

 

 

 危ねえええっ!?

 アスフィさんが怒鳴ってくれなきゃ声すら出せなかったぞ!?とりあえず、この場所は本当にヤバいかもしれない。さっきの泣いていた存在は間違いなく高位の存在だ。それが何かに囚われているように見えた。

 

 ……って、私を狙ってる!?

 しかも、他の冒険者に見向きもせずに!?

 

 

「ふっ!」

「あっ、ありがとうアイズ!」

 

 

 迫り来るモンスターを斬り裂くアイズ。

 とにかく数が多い、湧き出てくるようだ。ポックも一匹倒してはまたモンスターに距離を詰められる。これじゃ狭い通路も考えてすぐに潰される。

 

 

「剣姫、半分任せていいですか?」

「うん。大丈夫」

 

 

 アスフィさんが陣形を立て直す間にアイズが半分ほど仕留める。それと同時に上から食人花が降り注ぐようにアイズに迫り、数が増え、壁のようになって分断されていく。

 

 

「分断された!?」

「嘘だろオイ!?」

「いや、アスフィさん!先に行くべきだ!魔法を不用意に使えないなら火力突破は期待出来ない!破れないなら進むしかない!!」

「……っ!ですが!」

 

 

 確かに此処で一番頼りになっていたアイズが消えたのはデカい。正直、頼れる部分が多かったし、正攻法にしても、剣や刃物以外の武器では相性が悪い分、パーティーの攻撃力は半減だ。此処で籠城戦の選択肢が消えていない。

 

 

「アイズなら大丈夫!多分だけどLv.6なんでしょ!?相当な事がない限り負けないし、このまま増えていく触手と籠城戦なんて分が悪すぎる!!」

「っ、先に進みますよ!先頭はファルガー!殿は私が!!各自魔石をばら撒きなさい!!」

 

 

 魔石をばら撒き、食人花の注意を逸らす。

 各自ばら撒いた魔石に食人花が動き出す……筈が、魔石に食いつかない。

 

 

「魔石に反応しない!?」

 

 

 狙いは……私か!?

 もう聖域を展開していない以上、魔力は無いはずだ。調教師が私を殺す為に命令しているのか?でも、魔石を狙うことで強化するのが目的なら、魔石の習性を捨てさせてまで、何の為に……!

 

 

「ネリー、魔剣を!」

 

 

 アスフィさんが爆炸薬を投げ、ネリーの魔剣で炎を放つ。次の瞬間大爆発を引き起こし、蔓ごと爆破で抉り取られていた。とは言えまだまだ数が多い。歌が届いていなかった所に複数潜まれてしまえば私でも感知ができない。だから食人花が想定より多すぎる。

 

 

「どういう事だ!剣姫の情報がアテにならねぇじゃん!」

「いや、調教師が居るなら命令しててもおかしくない!私を狙っている理由は分からないけどね!!」

「とにかく進みますよ!!」

 

 

 アスフィさん先導の下、私達は駆け足で迫り来る食人花を払い退け、ダンジョン中枢部へと足を進めていった。

 

 



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第二十二歩

 

 

 

 未開拓領域の奥底へと足を踏み入れた【ヘルメス・ファミリア】とルージュ。アイズを置いて先行する事になり、少々時間がかかったが、突破する事が出来た。

 

 

「なに、あれ」

「養分を吸い取っているのか?」

 

 

 24階層の食料庫(パントリー)にて。

 目の前に広がる光景に【ヘルメス・ファミリア】とルージュは目を疑った。

 これまでの道のり同様緑の肉に包まれた広大な空間は潜り抜けたあの通路と同じだが、天井には大きさの異なる蕾が至るところに垂れ下がり、大主柱にはまるで巨大な蛇が巻き付いて、養分を吸い取っている。

 

 そして、その場に集まる謎の集団。

 上半身を隠す白ローブに、口元まで覆う頭巾、額当て。種族も所属も不明でありながら、目が血走っている。それはまるでカルト集団のような不気味さを醸し出し、その奥には……

 

 

「……っ」

 

 

 萎縮してしまいそうなくらいに私に殺気を飛ばす仮面の男がこちらを睨みつける。私、何かやったのか?めちゃくちゃ怖いんだけど、なんならあの男が本気で私を潰しに来たら瞬殺もいい所だ。明確に私に殺意を抱いている理由が分からないが、今言える事は一つ。

 

 

「(多分、調教師とかいうのはあの人だな。()()()()()()()()()()()()。アイズの時は綺麗に分かれてたけど、アレは完全に別物)」

 

 

 神聖な力を感じるのに、不快。

 絵の具の三色が混ざって汚い色に変わってしまったようなそんな感覚。あくまで聖域を展開出来る自分の感性に過ぎないが、間違いはないだろう。

 

 

「アスフィさん、仮面の男が多分調教師」

「!……分かるのですか?」

「勘だけど、間違いないと思う」

「他は何か感じますか?」

「天井にびっしり張り付いてるのは多分さっきの触手。この数だったら最悪、撤退は視野に入れないとやばいかも」

「白ローブの集団は?」

「…多分、触手とは関係ないと思う」

 

 

 アスフィさんもそれなりに分かってはいるようだ。特に仮面の男に関しては、ここに居る白ローブの集団とは格が違う。【ヘルメス・ファミリア】全員で倒せるかすら怪しい所だ。

 

 

「仕事をしろ、闇派閥(イヴィルス)の残党共。『彼女』を守る礎となれ」

「っ!言われなくとも」

 

 

 宝玉の胎児と、ルージュを見下ろし踵を返す男は、部下であろうローブの者達に向き直り、高らかに宣言する。

 

 

「同志よ!我等が悲願のため刃を抜き放て!愚かな侵入者共に死を!」

「死を!」「死を!」「死を!」「死を!!」

 

 

 イカれている。

 人間同士の殺し合い。ルージュには分からない感性だ。争わないなら争わない事に越した事はない。小人族の対人戦闘は多対多での想定はしておらず、あくまで翻弄し、隙を作る術理。

 

 今回ばかりは極力戦闘には参加せずに透明化で支援していく方が良さそうだ。

 

 

「私透明化しとく。何かあったら回復に向かうよ」

「分かりました。総員、構えなさい!」

 

 

 フェルズ特製の透明化のローブで姿を隠し、後衛に下がる。隠れられるなら矢ぐらいなら撃てるか。気づかれないように魔法に練り上げる魔力は最低限で詠唱を始める。

 

 

「『駆け上がれ蒼き流星––––集え小さな星々の願い』」

 

 

 魔法を付与し、停滞させる。

 過剰な魔力付与は武器が保たない。恐らくだが停滞属性は()()()()()()()()()()()()()()。それでも長くは保たないけど。狙いは指揮官、そしてあの仮面の男。射線的にも狙いは十分だ。

 

 

「『突き進め(エイルス)』」

 

 

 蒼い光を放ち加速した矢は指揮官の頭を貫き、もう一つは仮面の男の額へと放たれる。

 

 

「下らん」

 

 

 額に当たる直前で矢を片手で掴まれた。

 魔力を抑えたとはいえ、あの加速だ。全然ものともせず余裕ある態度で矢を砕き折られた。

 

 あの速さを掴めるのか、予想外だ。

 透明化があってよかった。じゃなきゃ、多分一番に殺されている。確か、目的って宝玉だよね?いや、取れなさそうか。透明化にめっちゃ警戒して触手を周囲に張り巡らせてる。

 

 

「……どうす」

 

 

 ボヴッ!!!と鳴り響く爆音に次の思考が掻き消された。

 

 

「セイン!?」

 

 

 視線をやると、そこにはクレーターと血だらけで吹き飛んでいるセインの姿があった。

 

 

「自…爆……?」

 

 

 まさか、コイツら。

 ()()()()。自分と道連れに殺す事だけしか考えていない、最悪の手段。よく見れば腹に巻いているソレは火を付けるだけで爆発する『火炎石』。鉱山とかで使用する特殊な鉱石で、火を付ければ爆発する。

 

 

「愚かなるこの身に祝福をぉぉぉっ!!」

 

 

 そう叫び走ってきた男はそのまま爆発した。キークス達がうろたえる中煙を突き破り新たに現れる。彼らもまた、発火装置に手を添えている。

 

 何なんだよ、これ。

 お前ら、泣いてるじゃないか。

 

 

「咎を許したまえソフィア!」

「レイナ、どうかこの精算をもってええ!」

「あぁ、ユリウス!!」

 

 

 そんな苦しそうな顔をしながら、死を恐怖しながら、それでも道連れに私達と殺し合う。そんな事をしても、帰ってこない。

 どうして、そんな悲しい顔をして戦っているのだろう。悲しい想いが、心が、『声』となって溢れかえってきた。

 

 どうして、こんなに辛い。

 どうして、こんなに悲しい。

 どうして、こんなに痛いんだ。

 

 記憶が、喪失感が、魂が嘆いている。

 こんなのおかしい。辛くても、悲しくても、失ってしまったとしても、これだけはやってはいけない。

 

 

「っっ……!『紡がれし命をここに、永遠に輝く(ソラ)の星よ』!!」

 

 

 私の魔法の『魔防』の付与は恐らく『火炎石』にまで効果を発揮する訳ではない。魔法ならまだしも、鉱石は『魔』に関しているか微妙な所だ。発揮しても効果なんて微々たるものなのかもしれない。

 

 それでも、私に今出来る事は相手を救う事ではない。

 味方を死なせない事が、私が今ここに居る意味だ。『声』に耳を傾け過ぎるな、涙を流す暇なんてないはずだ。

 

 

「『汝の名に基づき力を振るう事を赦してほしい。(ソラ)より来れ星の加護よ、穢れを祓う聖光を纏い、巡れ我が白き箒星よ』!!」

 

 

 この魔法は『魔導』無しで魔方陣(マジックサークル)が展開される。白く儚い輝きが、展開された魔方陣を埋め尽くし、暖かな光が身体を包み込む。

 

 

「【フロート・エクリエクス】!!」

 

 

 セインの傷が治癒されていく。

 それだけじゃない。前線にいるメンバーが死兵の猛攻に対して、傷ついても治っていく。傷付こうが、爆破しようが関係ない。回復速度が早過ぎて傷付けた所で傷が修復されていくのだ。

 

 まるで城塞。

 落とせる気がしない。前衛で防ぐ防御隊は一種の城壁と化していた。

 

 

「凄い……!これなら、死兵が来ても」

「まるで『戦場の聖女(デア・セイント)』みたいだ」

 

 

 とはいえ、この状態を続けられる訳がない。

 アミッドなら恐らく長時間の維持は可能だろうが、残念ながらルージュにはそれが出来ない。魔力が限界突破してもまだLv.2だ。あと一分も維持すればガス欠だ。

 

 

「(指揮官が死んでいる。ルージュが撃ち抜いたようですね。前線を維持し続けている今なら––––!)」

 

 

 仮面の男が調教師なら、これ以上好き勝手させない。指揮官が居なくなれば部隊は混乱する。そうすれば最悪全員が撤退出来るだけの時間も稼げる。

 

 

「『食人花(ヴィオラス)』!」

「ルージュを守りながら前線を維持しなさい!キークス、援護しなさい」

「アスフィさんが俺を!好きです!!」

「後にしなさい!」

 

 

 魔力に反応してやはり近づいてくる。 

 アスフィさんが仮面の男を倒しにいった。実力差は有れど、連携を立て直す時間を稼げれば勝機はある。中衛のメンバーが、私を守りながら前線をキープしている。これなら……!

 

 そう思った矢先だった。ドスッ、と音が響き渡る。

 

 

「えっ……?」

 

 

 痛い。何が起きたのか理解出来ない。

 触手と戦っていたせいか、小さな飛来物に気づかなかった。中衛を守っていたメンバーにも訳がわからずに目を見開いている。視線を向けると、何かが、私の肩に噛み付いていた。

 

 

「いっ、がっ……!!何、だコレ……!!」

「なっ!?宝玉が!?」

 

 

 球体だったものの中身が私の肩を喰い始めてる。

 ギョロリと、肉を食い始め、嗤っている。ヤバッ、それと同時に()()()()()()()()()()()()()()()()。意識が堕ちて、持っていかれそう……!

 

 

「あの時と同じ…!」

「何、見覚え、あんの!?」

「あの時、モンスターに寄生してたんだ!核を壊せ!どっかにあるはずだ!!」

「んな事、言ったって……!!」

 

 

 膨張していく緑の肉がルージュを飲み込んでいく。

 マズイ、本格的に取り込まれたらどうなるかわからない。バキバキッ!と骨を噛み砕かれる音と果てしない激痛が全身を駆け巡る。

 

 此方も事態は最悪だが、彼方もマズイ。

 アスフィさんが仕掛けた奇襲も通用せず、武器を奪われ腰に深々と突き刺している仮面の男。

 

 

「アスフィ!!」

「テメッ、アスフィさんに何を!!」

「『食人花(ヴィオラス)』」

 

 

 キークスが触手に貫かれ、壁に薙ぎ払われた。

 最悪だ。状況が悪過ぎる。団長とキークスの重傷に心を乱され、此方が混乱、辛うじてファルガーが繋ぎ止めているが時間の問題。

 

 

「何ッ!?彼女の御霊が!?」

 

 

 ルージュに噛み付いた宝玉の中身。

 それが肥大化し、緑の肉が膨張していく。

 

 

「が、ああああああああああああああっ!!?」

 

 

 痛くて、魔法陣が崩れた。

 マズイ、本気で意識持ってかれる。身体の中に根を下ろしているような、寄生されていくみたいだ。身体中の細胞が痛む、視界が赤く染まり始めた。

 

 

「……っ、この気配……まさか、正体って……」

 

 

 この神聖さがありながら穢されたような存在。

 ()()()()。助けを求めていたのはコイツだ。どうすればいい、このままじゃ殺される。考えろ、何でコイツは私を狙って噛み付いた?どうしてコイツは私を狙う?

 

 魔法を唱えていたから?

 それとも、『声』の通りに助けを求めたから?

 

 

「ルージュ!!」

 

 

 私の身体全てが緑の肉に呑み込まれる。

 

 

 多分、()()()()()()

 分からないけど分かる。魔法のそれが、かつての聖女に似ていたから、きっとルナだったら救えていたから。

 

 私の身体全てが緑の肉に呑み込まれる。肩を砕かれ、意識も朦朧としている。

 それでも、構うものか。今、私にしかできない事が、ここにある。

 

 

「––––––––!」

 

 

 聖域を展開する。

 ウラノス様は言っていた。聖域とは一種の神殿を顕現出来る程の力を有していると。

 

 でも、何を歌えばいい?コイツを救える歌はなんだ?

 生半可じゃダメだ。私の想いが届かなきゃダメだ。そんな中で何を歌えばコイツに届く?

 

 歌は想いだ。

 伝えられるとするのなら……

 

 

『そうか–––––この歌はまだ未完成か』

『うん、ごめんねお姉さん。この歌はまだ続きがあるの』

『続きはまだ先か–––––だが、確かに伝わったよ。お前の想いは』

『ホント!?』

 

 私は昔、ある人に憧れた。

 強くて、綺麗で、誰も寄せ付けないような女王みたいで、私にとっての英雄のような人だった。

 

 昔、私はこの歌を歌った事がある。

 あの時はまだ幼くて、小さくて、負けず嫌いなのは相変わらずだけど、小人族だから舐められる事に甘んじて受け入れていたクソガキだった。

 

『ああ、叶うものなら–––––』

 

 

 あの人になりたかった。

 あんな風になって、私は見返してやりたかった。小人族の里が出来るまでの間で、嫌な村の連中を見返す為に強くなりたかった。

 

 あの人は強く、孤高で、それなのに何処か寂しそうな顔をしていた。だから、笑って欲しかった。

 

 

『いつかお前が紡いだ歌を、聞いてみたいものだな』

 

 

 ねえ、お姉さん。

 私、冒険者になったんだよ。だから、いつか貴女に届けるよ。

 

 今は、今だけはこの歌を救う為に歌うよ。

 それがきっと、私に出来る精一杯だから。

 

 

 

「––––––––♪」

 

 

 コレは既存の歌ではない。

 私が昔、ある人に歌った私だけの歌。

 

 名を【星降る夜に】。

 その人はこの歌を褒めてくれた。けど、この歌はまだ未完成だった。続きを聞かせたくて、頑張って、私が憧れた人に笑って欲しかった。

 

 私が冒険者となった今、あの人はどうなったか分からない。

 あの人は私に、英雄になれると言ってくれた。私だけが紡ぐ、私だけしか歌えない、私の歌。

 

 

「この緑の肉の中から…歌っている」

「何だ、この歌……」

 

 

 緑の肉から聞こえた歌はとても悲しく、儚く、孤独を感じさせる歌だ。だけど、一人ぼっちの誰かに手を伸ばす。明るく、生命を感じさせる強い歌。胸が、心が、魂が震えるような強くて気高くて、そして優しい歌が響き渡る。

 

 

「ぐっ……!?」

 

 

 その歌を聞いた仮面の男は突如苦しみ出した。

 内面から食い破られるような痛み。先程とは比べ物にならない。

 

 騒ついている。

 自分を生かした『彼女』の存在が、あの歌によって不安定になる程に内の中でせめぎ合っているようだ。仮面の男はソレによって生かされている。それを取り上げられたら最後、仮面の男の死は免れない。

 

 あの歌は、まるで呪いだ。 

 崇拝する『彼女』を脅かす、とんでもない呪歌だ。

 

 

「緑の肉が……」

 

 

 膨張していく緑の肉が収まった。

 まるで繭のように鼓動し、やがて崩れていく。

 

 

「ルージュ、なのか?」

 

 

 繭から出てきたのはルージュだ。

 だが、一瞬誰だか分からなくなるほどの凄まじい魔力を撒き散らし、繭から外へ足を踏み出した。

 

 食い破られた傷が消え、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()深蒼色(ネオンブルー)だった()()()()()()()()()()()()()、さっきまでとはまるで別人だった。

 

 

「……?何だコレ!?」

「お前も分からないのかよ!?」

 

 

 だが、本人の自覚は大分薄いようだ。

 

 





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第二十三歩

 

 

 

 深い闇の中にいた。

 そこに光はなく、ただ沈んでいくしかない水底に吸い込まれていくような感覚に襲われた。

 

 そして、沈む先に、一条の光を見た。

 それと同時に誰かが泣く声が聞こえた。

 

 それは言葉を話してきた。

 どうして来てくれなかったの、と。

 どうして私達を置いていったの、と。

 

 私は漸くこの子の存在を知った。

 

 これは『精霊』だ。

 神が舞い降りる前まで、地上でモンスターを食い止める為に人智を超えた力を人々を分け与えた神の代行者。

 

 なのに、彼女の姿は酷く穢されていた。

 ()()()()()()()()()()。意思が定まっていない。精霊という形をモンスターの性質で無理矢理繋ぎ止められている。

 

 多分、混ざっているのだ。 

 モンスターと精霊の混成。それがこの子だ。神聖さが堕ちていたのは、モンスターの性質を手にしているからだ。

 

 何があったの、と私は聞いた。

 置いていかれた、と彼女は答えた。

 

 置いていかれた、精霊と契約していた人に。

 精霊と人間の寿命は違う。エルフならまだしも、獣人でも寿命は人間とそう変わらない。精霊は神と同じで寿命などない。だから、いつか置いていってしまうものだ。不老不死ではない。形あるものはいつか朽ちる。神のような完璧な存在を除いて、それは定めのようなものだ。

 

 それでも、彼女達は戦った。

 今度は別の人と、同じように人の事を思い戦った。

 

 けど、モンスターは増え続ける。

 人と精霊が契約しても、神がいた頃と違い、恩恵無しで強くなれる標準はたかが知れている。

 

 そうしていつしか、人間の方が諦めたのだ。

 精霊と契約するとは即ち、戦う定めを背負わされる。命は一つだ。一人で戦っても無理がある。

 

 そうして、最後の一人になった時には、誰も居なくなっていた。

 

 寿命で置いていかれた。

 戦いから置いていかれた。

 自分はこんなに尽くしているのに。

 誰一人として自分達の前には現れない。

 

 許せない、と思った。

 戦いを放棄する人類も、それを定めただけで見て見ぬ振りをする神も、許せないと思った。

 

 だから壊したい。

 モンスターとなってでも、この世界で私達だけの空を見たい。

 

 それがたとえ、血塗られた空であっても。

 

 

「……だったら、なんで泣いてるんだよ」

 

 

 その言葉に、何も答えなかった。

 泣いているはずがない。なのに、頬が濡れている。

 

 

「だったら!なんで私に助けを求めた!!」

 

 

 求めてなんかいない、そう言えなかった。

 怪物の心を手に入れたのに、どうして泣いているのか、どうしてこんなに苦しいのか。

 

 

「その意志は怪物の意志だ。お前のじゃない、現実に向き合わないつもり!?」

 

 

 心が見え透いている。

 そんな事していても、復讐しようとしていても、涙が誤魔化せていない。何がしたいのか、何をやりたいのか分からない子供がただ暴れているようだ。

 

 

「お前の本当の願いは––––」

 

 やめてっ!!

 そう叫ぶと、蔓が私の身体の至る所に巻きついた。

 

 貴女なんかに何が分かるっ!?

 そう叫ぶ精霊は私を縛る蔓を徐々に強めた。首が絞まって、苦しくて息が絶え絶えになる。痛くて、苦しくて、泣き叫ぶ精霊の本音をやっと聞けた気がした。

 

 

「私は…!置いていかれた…お前の気持ちは分からない…!!」

 

 

 私が置いていかれたのは父親だけだ。

 あの人が死んだのは寿命ではないし、本当の意味で置いていかれた精霊の気持ちは分からない。

 

 でも、苦しい事だけは分かる。

 悲しい、置いてかれた時は悲しいよな。色んな感情が溢れて、喪失感に襲われる。怖くて、悲しくても、置いていかれた気持ちになる。

 

 一人ではなく、何度も同じ事が起きたなら辛いし、苦しさは私の想像を絶する。

 

 

「けど、お前が苦しい…って、言ってる事だけは……!!分かってる!!」

 

 

 ブチブチッ、と蔓が千切れていく。

 緑色の蔓が徐々に馬鹿力でルージュが解放されていく。

 

 

「本当は寂しかったんだろ?一人で頑張って、何の為に走ってんのか分からなくなって、辛いって思ったんだろ!?」

 

 

 本当は辛かった筈だ。それだけは分かる。

 一人は寂しい。私は強くなりたいって言った時、付いてくる人は誰一人いなかった。無理だ、諦めろ、お前なんかに何が出来ると言われたことが悔しくて、一人で頑張っていても寂しいと思った事だけは腐るほどある。

 

 何の為に強くなりたいって、何度だって自問自答した。辛いと思った事だって指で数えきれないくらいある。

 

 

「お前の本当の願いは–––––!」

 

 

 きっと、誰かと一緒に居たかった。

 英雄達と一緒に生きて、一緒に死にたかった。

 

 きっと、そんな事は許されなくても、そうやって人の人生に寄り添ってずっと一緒に生きたかった。

 

 それが願いだった。

 そんな事、出来る筈がないのに……

 

 

「私と一緒に来い!」

 

 

 そんな事を分かっていながら、ルージュは精霊に手を伸ばした。出来るはずがないのだ。そんな事、妖精族(エルフ)でさえ出来ないのに、そんな事を知っていながら手を伸ばした。

 

 

「お前が選べ!此処で嘘ついてこのまま私と殺し合うのか!私と一緒に生きるのか!!」

 

 

 このままじゃ、どちらかが死ぬだけだ。

 でも、()()()()()()()()()()()()()。私はそっちの手を取るに決まってる。

 

 

「怖かったなら手を繋いでやる。泣きたいなら歌を歌って胸くらい貸してやる。辛かったなら、辛い事は半分こしよう」

 

 

 一人じゃない。

 もう辛い事は分かち合えるはずだ。一緒に生きれば辛い事も悲しい事も分かち合える。

 

 

「私は、お前に救われてほしいよ」

 

 

 頑張って、投げ出したくなるくらいに絶望したお前に救われてほしい。もう頑張った。報われていいはずだ。

 

 だが、それは死ぬという形で報われてほしくはない。

 

 

「いつか本当の意味で戦いが終わって、最っ高に胸張って死ねるその時まで、ずっと生きててほしい」

 

 

 あの人は言っていた。

 いつか『黒き終末』が世界を襲うと。その時が最後なのだ。その時までに強くなって、世界を救えば英雄になれると言っていた。

 

 でも、具体的な事は一切分からなかった。

 子供に対する戯言だと思っていたけど、あの人は本気でその事を言っていた。

 

 戦いに終わりがやってくる時も近い。

 もし、それが終わればきっと、今度こそ胸を張って、使命を達成したと言える。だからその時まで、一緒に生きてほしい。

 

 そして一緒に戦ってほしい。

 置いていくのがこれで最後とちゃんと言えるように。

 

 

「一緒に行こう。一人じゃないんだからさ」

 

 

 その言葉を聞いた精霊は涙が溢れていた。

 泣きじゃくって、辛くて死にたくて、全部投げ出そうとしたのに、どうしてもその思いが捨て切れなかった。

 

 精霊の手が私の手に触れると、温かな光が暗い水底の世界を埋め尽くした。

 

 ありがとう、と。

 そう、聞こえた気がした。

 

 

 ★★★★★

 

 

 凄い力を感じた。

 繭から出た私は世界が変わったような錯覚を受けた。血を失って、身体が重く感じるのに、不思議と最高に気分がいい。

 

 

「背中に羽生えてる。肩もなんか治ってる。……なんで?」

「「知るかっ!?」」

 

 

 肩も治って、何か翡翠色の光った羽が六枚。

 人智を超えた存在、それに干渉して在るべき形に戻した。あの歌は、私の想いを乗せた歌だ。

 

 私はあの時、確かに手を掴んだ感覚がある。

 

 だとしたら、この力はきっと……

 

 

「そっか……もう敵じゃなくて、味方として戦ってくれるんだね」

 

 

 思わず頰が緩む。

 いつか一人にしてしまうかもしれない。それでも、私に付いてきてくれた。だから嬉しい。誰かと生きる希望を持ってくれた事に嬉しく思うのだ。

 

 

食人花(ヴィオラス)!殺れ!!」

 

 

 四体の『食人花(ヴィオラス)』が襲いかかる。

 中衛ももう限界だ。これ以上数を増やされたら守り切れない。前衛が白ローブの死兵を堰き止めている為、守れない。

 

 そんな中、ルージュは悠然と歩き始めた。

 

 

「どいて」

 

 

 その一言で喰いかかる『食人花(ヴィオラス)』は一斉に動きを止めた。

 

 

「私が話してるの。退いて」

 

 

 まるで女王のように命じるだけで、動きを止め、首を垂れるかのように大人しくなった。優しく撫でると、口を閉じて犬のように従順となっている。

 

 

「何をしている食人花(ヴィオラス)!?さっさと––––」

「ありがとう。お願い、二人をここに」

 

 

 怒号を飛ばす仮面の男の命令に背き、『食人花(ヴィオラス)』の蔓が二人に巻き付くと、ルージュの前にそっと置かれていた。それはまるで調教師の所業だ。【ヘルメス・ファミリア】のメンバーはこの状況に混乱し始めた。

 

 魔法を使い、アスフィとキークスを回復させる。

 普通、全癒魔法でも吹き飛んだ臓器などは回復しない。そこまで来ると時間回帰だ。キークスの重傷はたとえアミッドであっても治せない。

 

 だが、今のルージュは……

 

 

「【フロート・エクリエクス】」

 

  

 常識を遥かに超えている超常の存在と融合している。

 そんな常識を覆す馬鹿げた回復力が二人を修復していく。魔力だけで、階層主を思わせるほどの圧倒的な存在感にメリルは目を見開き、震えている。

 

 キークスの風穴が塞がると、アスフィは呆れたような顔をしていた。

 

 

「全く、非常識な助っ人、寄越してくれましたね」

「軽口叩けるなら十分だよ」

 

 

 こればっかりはルナに言ってくれ。

 とはいえ、ここまでの回復力はあり得なかった。精霊と融合している事で、ルナの血に宿る僅かな神の力(アルカナム)が上がっている。こればかりは効果まで上がっているで済ませられる話でもない。流石に予想外だ。

 

 

「(とはいえ、長くは保たないな。この状態もかなり魔力をめっちゃ喰われてる)」

 

 

 自身の状態を考察する。

 恐らく、ステイタスの一時的な昇華。下手したら二ぐらいは上がっている。そしてこの馬鹿みたいな魔力。今の私は多分、精霊と融合している。この魔力はその恩恵だろう。

 

 とはいえ、無理に器を広げてるようなものだ。

 当然ながら、負担もデカいし、魔力も消費し続けている。魔力が切れたら多分レベルの昇華も終わる。

 

 

「アスフィさん。作戦がある」

「何ですか?」

 

 

 目的の『宝玉』は私が融合してしまった為、持って帰るのは私が帰れば十分なのと、調査といっても仮面の男の正体も在り方だけは分かったから調査の必要はない。

 

 私が食人花に命じれるのはこの昇華状態の時だけだ。あの上の蕾が生まれたら戦力的にも厳しい。多分仮面の男も今の私でも倒せない。だから、やる事はただ一つ。

 

 

「お前を殺す」

「やれるものならやってみろ、餓鬼がっ!!」

 

 

 稼げる時間は約十分。

 それまでにどれだけアスフィさん達が実現してくれるか。

 

 今の私はLv.4相当のステイタス。

 あの仮面の男は少なからずもそれ以上の力を持っている。それでは勝てない。今の私でも勝つ事は無理だ。

 

 先ずは器を慣らす。

 よく見て、私自身の動きに合わせてどれだけ身体を動かせるか。

 

 

「フンッ!」

「っっ!」

 

 

 予想より大分速い。

 自分が考えた時に既に肉体が動く。この反応速度が早過ぎて、身体をうまくコントロール出来ず、自分の肉体と合致しない。ランクアップのズレは少しあったが、今の状態はそれ以上だ。普通に拳が防いだ腕に直撃する。

 

 

「っっ、感覚のズレが半端じゃないな!」

 

 

 一発で左腕が折れた。

 耐久も上がっているおかげか、()()()()()()()()()。とんでもない膂力だ。掴まれたら即殺される。この状態でなければ腕ごと貫通されていた。

 

 魔力を消費して徐々に折れた腕を回復していく。

 これも精霊の力か。身体が無意識にこの力の使い方を教えてくれる。

 

 

「『食人花(ヴィオラス)』!あの仮面の男を倒して!!」

 

 

 待機中の『食人花(ヴィオラス)』に命じて、仮面の男に攻撃させる。私の方が『声』がよく通る為、仮面の男の命令は無視される。

 

 

「小賢しい!!」

 

 

 大口開けた『食人花(ヴィオラス)』を踏み砕き、魔石を抉る。仮面の男にとって非常に腹立たしい。先程から何も上手くいかない。ただ、苛立ちを隠せない。あの小人族を一瞬でも美しいと思ってしまった。

 

 穢れなき彼女など、最早彼女ではない。

 今すぐに捻り殺してやりたいと怒りが募る中、『食人花(ヴィオラス)』まで使役し始めた。

 

 

「チッ、隠れたか」

 

 

 ローブは透明化の力がある。

 噛んだ部分以外は破れていないのが幸いしたのか、隠れられている。そう思った矢先、ギロリと仮面の男は此方を向いた。

 

 

「馬鹿が、魔力まで隠せると思ったか!」

「『駆け上がれ蒼き流星』!」

 

 

 やばっ!危なっ!?

 加速魔法で掴みかかった手を躱し、後方に跳ぶ。ギリギリだ。畳み掛けられて、ギリギリ躱しているが、このままじゃ直ぐに捕まってしまう。

 

 そういえばこの男、確か……

 

 

「–––––––––––♪」

「ぐっ!?」

 

 

 聖域を展開すると、動きが鈍った。

 

 やっぱりだ。この歌はかなり通用する。

 聖域こそ、この仮面の男の弱点だ。恐らく、捻じ曲がった奇跡が正しい奇跡へと変換されようとしている。そうなれば、この男も命が無いのだろう。捻じ曲がった奇跡によって生かされた男には。

 

 

「貴様……!」

「ルージュ!準備が出来ました!!」

 

 

 アスフィの叫びにルージュは更に距離を取り、矢を構える。

 聖域が消えた事で苦しみが消えた仮面の男は、後方に振り返る。アスフィが叫んだ地点には、『食糧庫(パントリー)』の柱には無数の火炎石が敷き詰められていた。

 此処の『食糧庫(パントリー)』の柱が壊されるとどうなるか、仮面の男はそれを見て叫びを上げて標的を変更する。

 

 

「貴様ら!?やらせるものかァァァァ!!!」

 

 

 此処は中継地点。

 深層のモンスターを生み出す苗床。此処を潰されるのは不味い。深層からの中継地点は容易に作れるものではない。モンスターがモンスターを産む蕾を崩されてしまえば、長年掛けた時間も全部が水の泡だ。

 

 

「総員、離れろ!!」

「【リオ・フレア】!」

 

 

 メリルの魔法が着火すると、火炎石は連鎖的に爆発していく。白ローブの奴等から火炎石を奪い、この場所を崩す事を最優先に、ルージュが作戦を伝えていた。

 

 最早、調査の必要性はない。

 ルージュと融合した存在からかなり深い情報を手に入れた。この上の苗床は放置するべきではない。仮面の男が誰であっても、どういう在り方なのかさえ分かれば用はない。

 

 なので、撤退を最優先にルージュがアスフィに作戦を伝えた。あっちの最優先抹殺対象はルージュである為、他の奴等は白ローブの連中が勝手に自爆してくれると思っていたのだろう。腹立たしい事にルージュは『食人花(ヴィオラス)』に命令出来る以上、変に数を増やせば自分の首を絞める事になる。

 

 それを利用して、【ヘルメス・ファミリア】に裏方を任せた。

 此処さえ崩して脱出すれば文句無し。仮面の男の生死はどうでもいい。【ヘルメス・ファミリア】では勝てないし、ルージュでも勝てない。脅威ではあるが、今は放っておくに限る。

 

 

「なっ……!?」

 

 

 アレほどの爆発で崩れない。

 巻きついた巨大な蛇の触手が、柱の崩壊を抑え込んでいる。火炎石は爆発したアレで最後、アスフィには『爆炸薬(バーストオイル)』はもう無い。怪力がファミリアで一番のファルガーの攻撃でも壊れない。

 

 

「死ねっ!【万能者(ペルセウス)】!!」

 

 

 陣形を前に襲いかかる仮面の男の拳がアスフィを捉えて放たれていた。その時だった。

 

 

「『––––閃光よ、駆け抜けよ、闇を切り裂け』」

 

 

 声が聞こえた。

 先程まで感じていた魔力が更に膨大に膨れ上がる。そして、その詠唱に身体が震え始めた。仮面の男は知っている。その桁外れの人智を超えた力を一度だけ見た事がある。

 

 額に汗がたらりと流れ、振り返るとそこにいたのは矢を構えたルージュの姿だが、その膨大な魔力が魔法陣へと変換されていく光景だった。

 

 

「『代行者たる(わたし)が命ず、光の化身、光の女王よ』」

 

 

 短文詠唱。

 だが、()()()()()()()()()()()()()()()()。この詠唱は精霊が使う短文詠唱の光魔法。その光の前にあらゆる敵は粉砕される閃光の波動。

 

 

「『集え小さな星々の願い』」

 

 

 そして()()()()()()()

 精霊が行使できる魔法に自分の魔法を組み合わせる連結詠唱。構えた矢に膨大な魔力が注ぎ込まれる。それだけで自壊寸前、停滞属性も限界だ。この矢では暴発寸前の火薬に等しい。

 

 魔法の収束、一点突破の魔法。

 貫通力も増幅された破壊力も計り知れない。

 

 

「いっけええええっ!!!」

 

 

 構えた矢を放たれる。

 それはまるで本物の流星のように、綺麗な弧を描いて柱に向かっていく。

 

 

「させるかァァァァァァ!!!」

 

 

 腕を伸ばし、矢を掴もうとする。

 先程のような速さはない。あの距離だ。掴むだけの時間は余裕だ。矢を掴もうと手を伸ばした次の瞬間だった。

 

 

「『突き進め(エイルス)』」

 

 

 矢に凝縮された閃光が周囲に向けて解放される。

 その破壊力は【九魔姫(ナインヘル)】を思わせる圧倒的な超火力。掴もうとした仮面の男は吹き飛び、柱に巻き付いていた蛇の身体は空間が削られたかのようにゴッソリと消滅している。

 

 

「やばっ、逃げるぞ!?」

「撤退だ!!」

 

 

 出口まで足を駆けようとしたとき、急に力が抜けて、脚が動かなくなる。視界がぐにゃり、と捻じ曲がってそのまま倒れ込んでしまう。四肢に力が全く入らず、背中の羽も消え、翡翠色だった片目も元に戻っている。

 

 

「(……っ、魔力疲弊(マインドダウン)…視界が……!)」

 

 

 魔力をゴッソリ持ってかれて、身体中の細胞が痛むような鋭い痛みが覆い尽くす。叫びすら上げられない激痛。まるで代償を支払ったかのような超反動。

 

 激痛でも動けと命じる身体は言う事を聞かない。

 

 

「(っっ、動け動け動け!!じゃないと死ぬ!!)」

 

 

 アスフィさんがそれに気付くと、此方に駆け出していた。

 

 

「ルージュ、起きなさい!」

 

 

 起きたくても起きられない。

 腕に力を入れ、辛うじて動いた腕で手伸ばそうとする。その時だった。

 

 

「アスフィ!避けろ!!」

「っっ!?」

 

 

 巨大な落石がアスフィとルージュの間に落ちた。

 ドガッ、と音を立て、ルージュとアスフィが落岩で距離を離された。更に降り注ぐ瓦礫にアスフィとルージュは完全に切り離された。

 

 

「アスフィ、もう無理だ!崩れるぞ!?」

「ですが……!」

「アスフィ!!」

 

 

 十五人と一人。

 比べるまでもなく、十五人の命だ。【剣姫】の時とは違う。実力で切り抜けるという彼女とは違い、ルージュには助けが絶対に必要だ。だが、この瓦礫を退けている時間などない。崩壊が更に進んでいく。見捨てるという選択を取らなければならない。

 

 

「っ––––––!!」

 

 

 唇を噛み締め、踵を翻し、出口まで向かう。

 見捨てたルージュに対する自分の後悔と無力さを噛み締め、出口まで走り出す。

 

 ルージュの退路は、動けない自分を抱えるしかなかった。

 それも、無くなり崩れ去る『食糧庫(パントリー)』でルージュは完全に孤立してしまった。

 

 

 




 連日投稿。ちゅかれた。
 結構、原作改変しました。ごめんねレフィーヤ、フィルヴィス。ついでにベート。

 次回調査編エピローグ。良かったら感想評価お願いします。


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第二十四歩

 自動車免許取得しました。
 テンション上がりすぎて寝れないので書きました。では行こう。



 

 赤髪の調教師とアイズの剣戟は突如終わりを迎えた。

 落石が二人の間に落ちていく。二人ともLv.6クラスでありながら、モンスターを殺すだけならトップクラスの実力と圧倒的出力を誇る風の剣姫と、異端の異種混合(ハイブリッド)であり、怪力だけならオラリオ最高位の怪人はその落石を見るまでもなく避けていた。

 

 

「チッ、あの男は何をやっている!?」

「(『食糧庫(パントリー)』を壊された……?)」

 

 

 アスフィさん達が先に進んで、何かを見て撤退する為に柱を壊した。そう考えた方が単純だろう。徐々に落石が増えていく中、これ以上の戦闘はアイズも調教師も限界だった。

 

 

「こうなっては仕方ない。アリア、五十九階層へ行け」

 

 

 赤髪の調教師はアイズに忠告した。

 

 

「丁度面白いものが見れる。お前の知りたい事がわかるぞ」

「どういう意味ですか?」

「薄々感づいているだろう?お前の中に流れる血が教えてくれる筈だ。そちらの方が手間が省ける」

 

 

 アイズの中に流れる血。

 それは、アイズ自身がよく分かっている事ではある。その答えは、まだ未開拓領域の五十九階層にあると告げられた。どうしてそんな事を話すと、アイズは問う。赤髪の調教師は天井を見上げ、皮肉を口にする。

 

 

「上の連中は私を利用しようとしている。ならば精々私も利用してやるさ」

 

 

 崩れていく未開拓領域。

 まだ、知らない事を聞きたかったが、このままじゃ崩落に巻き込まれる。最高速さえ出せればまだ聞ける時間がある。剣を構えようとしたが、後ろから崩落とは別に岩盤が蹴破られた音に振り返った。

 

 

「アイズ!!」

「ベートさん、レフィーヤ…!?」

「さっさと脱出するぞ!崩壊が早ぇし、生き埋めにされたら俺達でも脱出出来ねえぞ!!」

 

 

 ベートの叫んだ言葉に振り返り、一瞬目線を赤髪の調教師から外すと、もう既に彼女は居なかった。

 

 

 ★★★★★

 

 

「ルルネ!此方であっているんですね!?」

「あーそうだよ!クソッ、そこ右!!」

 

 

 崩落が早い前線からの撤退は至難を極めていた。

 一回でも道が塞がれたらアウト。怪力自慢のファルガー達でも道をこじ開けられないなら閉じ込められ、即死。

 

 この作戦の立案者であるルージュはそこまで思い至らなかったのだろう。帰り道を知っているからこそできる賭けだ。仮面の男とこの状況を天秤にかけたらこっちの方がまだマシであるだけでどちらも地獄である事に変わりはない。

 

 

「アスフィさん!」

「【剣姫】!脱出しましょう!ルルネ次は!?」

「左から一直線!肉の壁がある所で終わり!!」

「私が斬ります……!」

  

 

 左に全力で曲がる一同。

 あと五十メドルといった所でルルネが前方の光景に絶望する。

 

 

「やべえ!一本道が塞がれてる!?」

「此処まで来て……!」

 

 

 ファルガー達の盾部隊で力押しで潜り抜けられるか。そう考えている矢先に、アイズが先頭に出た。そして、唱えた。

 

 それはたった一言の超短文詠唱。

 それだけで、今まで秘められた風が解放される。

 

 

「『目覚めよ』」

 

 

 風が吹き荒れる。

 暴乱の風が、積み上げられた落石を一振りで全て吹き飛ばした。

 

 

「ウッソだろっ!?」

「(う、嘘……あり得ない……アイズさんのそれはただの付与魔法…!なのにこの出力は!?)」

 

 

 風の異常性にレフィーヤが震えた。

 この力は最早、付与魔法に留まらず、出力だけなら砲撃魔法にも匹敵する圧倒的な風の暴威。それが遺憾無く発揮されると、こうまで出鱈目なのか。

 

 ベートでさえ沈黙し、驚愕を浮かべている。

 脱出口まであと少しだ。風のおかげで崩落する瓦礫が落ちてもアイズを中心に逸らされていく。

 

 

「アスフィさん、ルージュは?」

「……すみません」

「っ……!」

 

 

 振り返るが、もう通路は崩れて通れない。

 幾らアイズでも生き埋めとなれば命が無い。風の出力で押し通ったとしてもこの崩落の前では焼け石に水だ。戻る事は出来ない。悲しい顔をして、前に進んでいく。

 

 

「出口だ!!」

「急げっ!!」

 

 

 出口を抜け、息を切らす【ヘルメス・ファミリア】。

 ベートとアイズ、レフィーヤ、フィルヴィスについては息を切らさずに脱出した肉の壁を振り返り、見つめている。

 

 崩落が完全に終わり、全員脱出出来た事を確認する。だが、【ヘルメス・ファミリア】の面々の顔は浮かばれない表情で俯いていた。

 

 

「あの餓鬼は死んだのかよ」

「……この崩落では、絶望的かと」

「……チッ、馬鹿が」

 

 

 最早これでは死体すら回収も出来ないだろう。

 ダンジョンが修復された時には死体は残らない。修復する際に取り込む事で修復する為、ダンジョンで崩落に巻き込まれた場合は遺体すら回収出来ない。怪物に食われるのを目前で突きつけられるよりはマシかもしれないが、それでも堪えるものがある。

 

 

「な、何だっ!?」

「地震、いや……コレは」

「総員、構えなさい!!」

 

 

 ゴゴゴ、と地面が揺れ始める。

 崩落に続いてまだ何があるのか、未開拓領域だった場所から離れ、警戒を促すアスフィ。そして、揺れが収まると洞窟から巨大な蛇のようなものが壁を突き抜けてきた。

 

 

「あの巨大蛇!?」

「身体の半分は消滅したのに頭だけで掘り進んできたのかよっ!?」

 

 

 フィルヴィス達は杖を構え、アスフィ達も迎撃態勢に入る。

 ルージュが身体半分を消滅させた筈だが、その巨大さは階層主より遥かに巨大。ゴライアスすら超えるだろう。

 

 いつ襲いかかるか分からない。

 消耗している【ヘルメス・ファミリア】は撤退も視野に入れて残り少ない武器を手に構える。

 

 

「待って!」

 

 

 そこで制止をかけたのはアイズだった。

 

 

「あ"っ!?何で止めるアイズ!?」

 

 

 ベートがその叫び疑問を投げかける。

 それと同時に壁から出ると力無く倒れていく『巨大花(ヴィスクム)』。それだけで衝撃が走るが、倒れてから動かなくなった。

 

 やがて、微かに動いていた動作も小さくなり始める。

 そして頭の近くがモゾモゾと動き始めた。総員、警戒態勢に入るが、アイズだけは何故かそれを敵と思えずに剣を下ろし、巨大花(ヴィスクム)の頭に乗った。

 

 手を伸ばすと、その手を掴み這い上がってきた小人族の姿が。

 

 

「……ぷはっ、ハァ、ハァ、あれ?フィルさんに【凶狼(ヴァナルガンド)】」

「ルージュ!?」

 

 

 頭の中から出てきたのはルージュだった。

 少し頭から血が垂れているが、『巨大花(ヴィスクム)』の口の中からゆっくりと息を切らしながら出てきた。

 

 消えていた羽が薄く浮かび上がっている。どうやら、『巨大花(ヴィスクム)』に命令し、崩れた洞窟から掘り進んできたようだ。 

 

 

「あっ、蛇が……」

「灰になっていく」

 

 

 まるで燃え尽きた薪のように身体は灰になっていく。アイズがルージュを下ろすと、抱えられたままルージュは軽く『巨大花(ヴィスクム)』を撫でる。

 

 

「怪物であっても、意志はそこにあるんだね」

 

 

 身体を消し飛ばしたのは私だ。

 なのに、この巨大花(ヴィスクム)()()()()()()()()()()()()()()()。怪物の意志があるなら、助けるなんて事はあり得ない。そのまま噛み砕いて、殺せた筈だ。

 

 意志があった。

 怪物でも、親を死なせないようなそんな感情があったのだ。

 

 

「ありがとう」

 

 

 灰となっていく触手を撫で、感謝を告げると表情もないのに、安らかに消えていくように私は見えた。消えていく『巨大花(ヴィスクム)』が魔石とドロップアイテムを残し、風に吹かれて塵となっていった。

 

 

「ドロップアイテムか?」

「魔石と、天然武器(ネイチャーウエポン)か?棍棒っぽいな」

 

 

 素材の色からしてやや緑がかった棍棒。

 明らかに普通ではないが、とりあえず回収する。呪いや嫌な気配とかないし。

 

 

「おい餓鬼、テメェ今の何なんだ」

「あー、ごめん。とりあえず…限……界………」

 

 

 無茶して顕現させた羽も消え、私は搾り出した魔力を使い果たし、『精神枯渇(マインドゼロ)』で意識を失った。

 

 

 ★★★★★

 

 

 起きたのは次の日の事だった。

 気が付けば【ディアンケヒト・ファミリア】の療養所で寝ていて、『精神枯渇(マインドゼロ)』になったせいで怠さがあるのと、そして……

 

 

「うぎゃあああああああ………っ!」

 

 

 この鋭い筋肉痛である。

 アミッドの診察結果、魔力を使い果たしたせいで気を失っていた私をアイズが一足先に此処まで連れてきたらしい。そのあと一度ダンジョンに戻ったとか言っていた。

 

 診察結果は『魔力枯渇(マインドゼロ)』に加え、全身疲労蓄積による筋肉痛。左腕の罅くらいで、それ以上の異常はなかった。

 

 だが、肩に浮き出た紋章のようなものはアミッドの手に負えないらしく、ただ痛い訳でもなく血もしっかり通っているし、傷口自体が無かった為、正直刺青かなんかと勘違いされた。

 

 

「うぐぅ、寝返りも出来ないとか」

 

 

 治療費は【ヘルメス・ファミリア】が出してくれるらしい。アスフィさん達を治した恩という事で、それにとりあえず甘える事にした。とはいえ、明日には退院出来るし、診察料込みでもそこまで法外な値段をふっかけられる訳でもないのでそこは安心した。

 

 

「よー、大丈夫か?」

「おお、ルルネ。あとアスフィさんも」

「調子はどうですか?」

「絶賛筋肉痛に悶絶中。おっ、差し入れ?ありがとう」

 

 

 病室に入ってきたのはアスフィさんとルルネだった。差し入れに甘味のケーキ。大好物だ。

 

 

「……聞きたい事、あるんでしょ?」

「ええまあ。その前に、ありがとうございます。今回、貴女がいるおかげで私達は欠ける事なく生還できました。それと、あの時は申し訳ありません」

「いーよ。アレは仕方ないし、責任を感じて治療費も払ってくれたんでしょ?それでも返し足りないなら貸しにしといてよ」

「そうします」

 

 

 うぐっ、フォークを持つのも辛い。腕も痛くて、めっちゃプルプルしている。アスフィさん達が苦笑してルルネが食べさせてくれた。なんか恥ずかしい。

 

 

「あの時の力の反動ですか?」

「うん、まあ自分の器以上の力を引き出すとこうなるんだよね」

「もうあの時の力は使えないのですか?」

「使えるけど、デメリットもデカいから今は使えない」

 

 

 あの状態だと魔力を食い過ぎる。

 まだエレ様にステイタス更新はしてもらっていないが、あの時の精霊の力、もしくは魂みたいなものが私の身体の中で感じる。今は普通に鎮静化して、眠っているっぽい。

 

 私のステイタスはあの時はLv.4くらいまで上がっていた。今はそこまで昇華出来る気配はない。恐らくだけど、聖域を展開して本来の形を取り戻して、怪物の力から解き放たれた。

 

 だけど『宝玉』の時にあの場所で魔力を補充していたおかげで精霊も一時的に限界以上の力を引き出せたっぽい。今はその補充していた魔力を使い果たしてるから意志を感じない。寝てるが、私が全快になったら起きるだろう。

 

 

「というか、よく来たね。帰ったの昨日だった筈なのに」

「まあ、俺達は中層から帰るくらいは余裕だったし、【凶狼(ヴァナルガンド)】やレフィーヤ、戻ってきた【剣姫】も帰る時に前線張ってくれたからな」

「あー、とりあえずお疲れ様。見舞いに来るならせめて休んでからでもよかったのに」

「他の奴等は休んでるよ。ほら、コレも持って帰ったしな」

 

 

 あっ、ゲン担ぎで飲んだ酒だ。

 ボトルに残ってる量を見た感じ、少しだけ多めに入ってある。気を遣ってくれたのかね。やったね。

 

 

「コレ、お前の分な。他はみんなが飲んだし」

「あー、ありがとう。今度飲むよ。此処で飲むとアミッドさんにドヤされる」

「だろうな」

 

 

 アミッドさんが見たら雷を落とす勢いで叱ってくるだろう。入院患者が酒を飲むのは言語道断だし。まあ怪我って程の怪我は無いんだけどね。罅については聖域さえ使えれば直ぐに自然治癒出来る。というか、聖域の力がなんか強くなった気がする。まだ魔力が回復しきってないから使ってないけど、そんな実感がある。精霊を体内に宿しているからかな?

 

 

「『宝玉』の中身は…精霊なのですか?」

「うん、間違いなく。怪物に取り込まれた精霊。それが母体となってモンスターを産んでるっぽい」

「そうですか。となると、深層から…?」

「そうだね。そう考えるのが単純かな。精霊自体は古くから居るし、下手したらダンジョンが生まれる前にモンスターに取り込まれて、下で時間をかけてその在り方に変貌した。それが『宝玉』だと思う」

 

 

 あまり言いふらさない方がいい気もするが、【ヘルメス・ファミリア】は少なからず信頼していいだろう。あの神様が、胡散臭くてスケベな所はあるけど、根幹は意外と熱い神様って言ってたし。

 

 エレ様に出会う前にオラリオについて教えてくれた神様が居たけど、あの人が注意する神様を全員挙げてくれたから、ある程度助かってる。ヘルメス様は多分別の意味で注意となんか念を押されたし。

 

 

「……敵の狙いは」

「此処までコンパクトに深層の怪物化した精霊を持ってこれるなら、予想は付くでしょ?」

「モンスターの地上進出、ですか」

 

 

 ファミリア結成から大体一ヶ月。

 コレは【ヘルメス・ファミリア】や私だけでは手に余る。【ロキ・ファミリア】も動いている上に、私は精霊を宿している為、最高位の切り札と同時に最大級の核爆弾として相手に見られている。

 

 私一人で解決出来るような甘い話ではない。

 地上進出を狙っているなら手引きしている神が居る。それを踏まえて、【ファミリア】全てが容疑者。

 

 

「コレは【ファミリア】単体でどうこう出来る問題じゃない。敵は、予想以上に強大な奴等だよ」

  

 

 




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第二十五歩

 

 

 療養所にて。

 アスフィさん達がヘルメス様の所に戻ってから数分後、エレ様がお見舞いに来てくれた。色々心配されたけど疲れはまだ溜まっていて、動けないと言ったら苦笑しながら、頭を撫でてくれた。

 

 

「いや、もうおかしいのだわ」

「えっ?」

 

 

 エレ様にステイタスの更新を頼んだ。

 精霊は私に寄生、というより憑代としている部分が大きいのか。スキルに下手したら影響が出てると思ってはいたが、そんなにおかしいのか?

 

–––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––

 

 ルージュ・フラロウワ

 

 Lv.2

 

 力: I0 → H191

 耐久:I0 → F362

 器用:I0 → G203

 敏捷:I0 → F332

 魔力:I0 → D531

 

 神聖:I→F

 

《魔法》

【ソニック・レイド】

・加速魔法

・詠唱『駆け上がれ蒼き流星』

 

 

【フロート・エクリエクス】

・全癒範囲魔法

・任意で『魔防』『対呪』の付与

・付与時、精神消費増加。

・詠唱『紡がれし命をここに、永遠に輝く(ソラ)の星よ、汝の名に基づき力を振るう事を赦してほしい。(ソラ)より来れ星の加護よ、穢れを祓う聖光を纏い、巡れ我が白き箒星よ』

 

 

【スター・エクステッド】

・連結詠唱

・魔法、及び発動中スキルの収束実行権

・収束範囲に停滞属性を付与

・停滞維持にて精神力消費

・願いの丈により効果増幅

・詠唱『集え小さな星々の願い』

・【解放鍵(スペルキー)】『突き進め(エイルス)

 

 

《スキル》

反骨精神(リバリアス・スピリット)

・早熟する

・対抗意識、宿敵意識を持つほど効果向上

・逆境時に全能力に対して損傷吸収(ダメージ・ドレイン)を付与

 

 

星歌聖域(ホーリー・サンクチュアリ)

任意発動(アクティブ・トリガー)

・精神力消費

・歌唱時、自身を中心に『聖域』を構築

・【精霊同化(スピリット・クロス)】発動中、無条件の聖域解放

 

 

精霊同化(スピリット・クロス)

任意発動(アクティブ・トリガー)

任意召喚(アクティブ・コンセプション) 

任意帰還(アクティブ・リバース)

階位昇華(レベルブースト)

・発動中、精神力及び体力大幅消費

・精神力超消費にて精霊魔法行使権

・発展アビリティ【魔導】【共鳴】の発現

・現在同化中【 】

 

 

 

––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––

 

 

「ぬぁんじゃこれ」

 

 

 新しいスキルの発現に喜べばいいのか。

 余りにも規格外のスキルに変な声が出てしまった。色々ツッコミたいのだが、

 

 

「コレ、ヤバいですよね」

「ヤバいなんてもんじゃないのだわ。経験値(エクセリア)が溜まってる。一つでもB評価まで行ったらランクアップも出来るのだわ」

「はっ!?」

 

 

 嘘だろ早すぎる。

 今回、私は余り敵と戦っていない。魔力の伸びが尋常じゃないし、上がったステイタスのそれも恐らくあの仮面の男との戦いの産物だろう。だけど、それだけでランクアップできる筈がない。

 

 

「いや、格上と戦ったのはあるけど、それだけで?」

「精霊との契約及び同化。コレは()()()()()()()()()()()()

「前例あるの?」

「無いのだわ。だから偉業なの」

 

 

 ああ()()()()()()()()()()()

 成る程、精霊と契約した人なら居るかもしれないが、同化は初めて聞いたらしい。まあランクアップの条件は神々が認める偉業だからな。穢れた精霊を浄化し、契約及び同化までやったのは私が初らしい。

 

 今の私は精霊の魂のようなものだけが残っている。

 同化というよりは融合に近い。完全に混ざっているわけではないが、これはとんでもないスキルに変貌したものだ。

 

 

「ん?同化中なのになんで空欄になってるの?」

「名前付けてないからじゃないかしら?『宝玉』だっけ?それってつまり精霊の力を寄せ集めた胎児なんでしょ?」

「あー、生まれたての精霊って事か」

 

 

 寄せ集め故に一属性以上の魔法を使用出来る。精霊の中では異端だろう。と言うか同化してるから神聖が上がっているのか、こんな爆上がり初めて見た。

 

 

混成精霊(カオス・スピリット)…というべきか。性質を寄せ集めて出来た全く新しい精霊」

 

 

 この世界でモンスターに取り込まれた精霊でありながら、浄化する事で本来の格を取り戻した世界でも唯一の精霊。

 精霊を通して魔法を使う事が出来るが、私は精霊魔法を二種類しか使えない。と言うかそれ以上、魔法の詳細は詳しく知らない。それに多分一つはまだ使えない。超長文詠唱の精霊魔法は全精神力(マインド)使っても足りない。下手すると死ぬ。

 

 なので短文詠唱の【ライトバースト】くらいしか撃てないので、どうしてもの切り札にしよう。このスキル自体は使用頻度は少ない方がいいらしい。成長の阻害にも繋がる為、いざという時の使用をエレ様に念押しされた。

 

 ともかく名前を付けるか。

 サラマンダー、ノーム、トニトルス、ルクス、シルフィード、ウンディーネ、まあザックリ精霊の名前を借りて名付けるのもなぁ。

 

 

「名前かー。いい名前ないかなー」

「私のセンスは冥界寄りだからやめた方がいいのだわ」

 

  

 冥界寄りのネーミングセンスだとマイナスイメージが強いらしい。私は嫌いじゃないけど、名付けるなら明るい方がいいのも事実だ。

 つっても、私のネーミングセンスは英雄譚から引っ張ってくるものが多いしな。昔、それで苦笑いされた記憶がある。あっ、いい名前思い浮かんだ。星を司る神様に仕えた精霊の名前……

 

 

「カリスト」

「却下」

「何故!?」

 

 

 カリスト。

 確か純潔の女神に仕えた純潔の精霊。いや、もう純潔ではないが、名前は悪くないと思ったのに却下された。

 

 

「ち、因みに理由を聞いても?」

「なんかアルテミスの精霊と同じ名前にすると複雑だし」

「えっ、アルテミス様の精霊の名前なの?」

「知らなかったの?」

「伝承はザックリ知ってるけど、名前は知らなかった」

 

 

 エレ様が言うにはカリストは純潔をゼウスに奪われ、孕まされてアルテミスに熊に変貌する呪いをかけられたらしい。確かに境遇が似ているから嫌な部分はある。かなり昔の話らしいからカリストは既に狩人に殺されている。うわー、確かに複雑だ。

 

 でも、なんというかそれだけでもない気がする。

 

 

「……嫉妬混ざってる?」

「……っ///」

 

 

 よし、名前は変えよう。

 アルテミス様の精霊の名前はお気に召さなかったようだ。私と生涯を共にする精霊が、アルテミス様の精霊の名前だと、エレ様的には嫉妬してしまうようだ。私の女神様がこんなにも可愛くて辛い。

 

 

「じゃあ、トワなんてどう?」

 

 

 永遠(トワ)

 その言葉には輝く星という意味もある。一度は汚され、死にたいと願った彼女の手を握った。故にもう離れない。永遠を生きられる彼女はいつか来る私の終わりの時まで、ずっと一緒に居る。融合した今なら私が死ねばトワも死ぬ。だから……

 

 

「永遠に離れない絆ね」

 

 

 だからこの名前は私からしたらピッタリかもしれない。確か任意召喚が出来ると書かれているなら、多分だけど魔力を消費すれば、出てこれる筈だ。

 

 

「おっ、出てきた」

「肩の紋章が消えたのだわ。成る程ね、肩を見れば分かるのね」

 

 

 肩の紋章?

 ああ、コレが他者から見たら私の中に居るのか居ないのか分かるのか。出てきた精霊は翡翠色の艶やかな髪色と、白い肌を覆う蒼色のドレスと背中に六つの羽が浮かんでいる。私が手を広げると、飛んできて手に乗った。可愛い。

 

 

「君の名前はトワ、どうかな?」

 

 

 にぱっと笑って喜んでいた。

 おお、嬉しそうだ。言葉は大体頭の中で理解出来るが、外ではまだ喋れないっぽい。というのも、実体が薄いし魔力をあんまり取られなかったから多分もうちょい魔力を注ぎ込めば喋れるとは思う。

 

 召喚は消費した魔力分が実体となっている。断続的に魔力が消費されていくが、一度実体化してしまえば消費量はそこまでではない。

 

 多分まだ全快じゃないから気を遣ってくれてるのだろう。

 

 

「でも何で蒼色のドレスなの?」

「貴女のイメージカラーじゃない?もしくは貴女が好きだから色を合わせたとか」

「何それ、しゅき」

 

 

 語彙力が死んだ。

 初めて私は尊いという感情を理解した。

 

 

 ★★★★★

 

 

 

「ぐっ、身体がバキバキだ」

「まあ一日中寝てたしね。当然なのだわ」

 

 

 私とエレ様は『豊嬈の女主人』に来ていた。

 エレ様は赤い外套を被り、私は普通にラフな格好に着替え、アミッドから外出許可を勝ち取り、散歩とお腹も空いたという事でご飯を食べる事にした。

 

 入ると、視線が一斉に此方を向いた。

 

 

「随分と無茶したようですね」

「あっ、どうも。えっと」

「リューです。いきなり話しかけてしまいすみません」

 

 

 なんか居心地が悪いな。

 奇怪な目を向けられて色々と不快な部分がある。なんで?

 

 

「まあ噂されてるしね。貴女の事」

「えっ、何で?」

「ランクアップの件よ」

 

 

 そういえばエイナさんが仰天してひっくり返ったっけ。帰ってからギルドに行ってないから分からなかったけど、エレ様が言うには張り紙でランクアップの所要期間が張り出されてたらしく。世界最速(レコード・ホルダー)になった事で大騒ぎらしい。エレ様に問い詰める神も多かったが、畏怖で即効返り討ちにしたらしい。魅了とホント正反対だよね。エレ様の力は。

 

 

「あー、そうだった。行く前に報告してたんだったね」

「小人族で女の子。ロリ進出とかコアな馬鹿神が騒いでるのよ」

「意味は分からないけど、何となく不快感があるのは理解した」

 

 

 身長が伸びないから子供がよくやっていると舐められている気がする。意外とそういうの不快だったりする。村にいた時のアレだな。無視だ無視。

 

 

「お待たせいたしました。こちらオラリオ海老チャーハンと豚骨チャーシュー麺の大盛りになります」

「ありがとう。チョー美味しそう」

「病院食って薄かったりするからかしら?反動?」

「バランスはいいんだけど、意外と育ち盛りだから足りないんだよね」

 

 

 まあ寝たきりの人にはピッタリだろうけど、やっぱり成長期なせいか足りないのだ。燃費が悪いわけではなく、普通に育ち盛りに出てくる食欲だ。

 

 

「沢山食っていきな。そうすりゃ、成長の余地はある」

「胸も!?」

「知らないよ。真実は神のみぞ知るっていうしね」

「じゃあエレ様」

「神すらも知らないわよ」

 

 

 くうっ、胸は小人族でも少し大きい方がいいのに。  

 ルナって聖女だから大きかったのかな?私の母親は小人族にしては少し大きめだった。遺伝子を継いでいるなら、成長の余地があってほしい。切実に。

 

 

「美味い。流石、(おさ)が言うだけあるよ。メニューも豊富だし」

「こればかりは同意ね」

 

 

 チャーハンをパクパクと食べ進めるエレ様。 

 チャーシュー麺はスープにコクがあって麺との相性が最強だ。お代わりいけちゃう。

 

 

「––––お食事中、失礼する」

「ん?」

 

 

 ズルズルと麺を啜っていると、後ろから話しかけてきた二人がいた。一人は翡翠色で大人の風格が滲み出たハイエルフと、私が絶対に超えると誓った小人族の先駆者。

 

 

「ルージュ・フラロウワ。そして冥府の主神エレシュキガル。貴女達と少し話をしたい」

「まさか、【ロキ・ファミリア】の団長と副団長が直々に来るとはね。手間が省けたのだわ」

 

 

 まさかそっちから来ると思わなかった。

 意外と事態はやばいものなのかもしれない。色々と腹を割って話すべき事が多そうだが……その前に。

 

 

「……これ食べてからでいい?話をするにしても場所は変えたいし」

「ああ構わないよ」

「手間が省けたというと、そちらも我々を訪ねるつもりだったのか?」

「まあね。身体が本調子に戻れたら向かおうかなって思ってた。お話とは別の件でも用があったし」

 

 

 元々、私達の状況を理解したら色々と危ない。

 だから、早めに強いファミリアと話して同盟を持ち込もうとしていた訳だし。まだ私は弱小ファミリア、本気でデカい闇と戦うなら力不足だ。多分、その闇を探っている【ロキ・ファミリア】なら問題はなさそうだし。

 

 

「別の件とは?」

「聞いてないの?【剣姫】が私に依頼した事」

「依頼?」

「まあ大した事じゃないけど」

 

 

 まあ、アイズ自身が覚えているかは微妙だが。

 歌を歌う依頼なんて珍しいし、もしかしたら覚えてないのかもしれない。おっ、ラーメンが気が付けば食べ進めてなくなっていた。

 

 

「ご馳走様でした。ミア母さん!美味しかったよ!」

「あいよ!また食べにきて金を使いな!」

「そうする!」

 

 

 ご飯を食べ終わり、会計を済ませると私とエレ様は【ロキ・ファミリア】の団長達の後に続いて、歩き始めた。

 

 新たな問題が私達を待ち構えている。

 精霊の同化。モンスターの地上進出。そして、それを実現させようとするオラリオに隠れた悪意。

 

 強くならなきゃいけない。

 今回の一件を経て、私は強くそう思った。

 

 




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第二十六歩

 

 

 

「改めて見るとデカい」

「まあ、これでも大手派閥のファミリアだからね」

  

 

 黄昏の館。

 此処が【ロキ・ファミリア】のホーム。私がオラリオで一日中歩き回ってる時に見かけた事がある巨大なホーム。

 

 

「紅茶を用意しよう」

「あ、お構いなく」

 

 

 ハイエルフのリヴェリアさんが直々に入れてくれるなんてエルフの嫉妬を受けそうだ。茶菓子だけ持ってこられ……いや見覚えのある金髪の人が持ってきたな。上の空でこっちに気付いてない。

 

 

「……何してんのアイズ?」

「る、ルージュ…!?なんで此処に……」

「僕らが呼んだんだよ」

「何でメイド服?……まさか団長さんの趣味」

「ロキの趣味と反省の意味でだ。断じて違うよ」

 

 

 ちょっと早口になってるんだけど。

 エレ様は嘘はないと言っている。ほんとでござるかぁ?今の動揺はちょっと怪しかったのだが。

 

 

「おー、エレちゃーん!!二週間ぶりやなぁ!!」

「胸触ろうとしたら刈る」

「何を!?」

 

 

 萎縮して飛びついたと思ったら全力で下がるロキ様。そういえばセクハラが酷い神様だとか言ってたな。特に金髪の美少女には。と言うか刈るってなんだ、髪か?髪を殺そうってこと?神だけに。

 

 ……何言ってんだ私は。

 

 

「とりあえず、アイズと団長さんとリヴェリアさん、ロキ様。その四人で情報管理はやってくれ」

「アイズは退出した方が」

「いや、此処にいてほしい。知りたいんでしょ?」

 

 

 アイズは何かを知りたがっていた。

 聖域は癒す効果がある。それは人ならば軽い傷などだが、精霊の場合では格を引き上げる力がある。私が『宝玉』から精霊にする事が出来たのはまさにそれが原因。

 

 『宝玉』にはモンスターと精霊の二つの力がミックスされ、ややモンスターの力の方が強く、精霊をその力で支配している。感覚で表すならモンスター七割と精霊三割くらいか。私は精霊の格を上げる事で、モンスターが支配していた精霊を強め、精霊八割くらいまで格を引き上げる。そうすると、モンスターの支配が消え、精霊の力がモンスターの力を殺す事で、本来の姿を取り戻す。

 

 アイズからも、精霊にまつわる何かを感じ取れた。

 何かを知りたがっていたのは、あの時私を誰かと勘違いしているみたいだったから。悲しい顔をするくらいに、誰かに似てたのかもしれない。

 

 

「まず、私はあまりこのファミリアが好きじゃないのは知ってるよね」

「まあ、酒場の一件でね」

「ウチのベートが済まんかったわ。その後、『蒼の宣告』って伝説が生まれたけどなー」

 

 

 誰だろその名前付けたの。

 まあ、気に入らない所はあるが、ファミリア全体を憎むのはお門違いだ。だが【凶狼(ヴァナルガンド)】、テメェはいつか超えたら殴る。

 

 

「正直、解決出来るなら一人で解決したいんだけど、流石に手に余るから非常に不本意だけど、協力関係を結びたいと思ってる。今回の案件、オラリオを脅かすもので特に私に関しては爆弾を抱え過ぎた」

「爆弾?」

「そっちのファミリアでの爆弾はアイズ。こっちでは私」

 

 

 団長さんの顔が険しくなった。

 

 

「多分だけど、奴等は私とアイズを狙ってくる」

「根拠は?」

「茶菓子の部分を見たら分かるよ」

 

 

 全員が茶菓子の入った皿を見る。

 そこには実体化し、サクサクとクッキーを食べ進めるトワの姿がそこにあった。だがそれを見たリヴェリアさんは珍しく大声で質問していた。まあ精霊はエルフからしたら信仰を捧げるくらいのものだし。

 

 

「精霊か!?」

「うん、私と同化している精霊だよ。そして、これが『宝玉』の中身」

「ロキ」

「嘘やない。真実や」

 

 

 おおー、今のトワの大きさからしてもクッキー大きいと思うんだけど、二つ目に突入している。アイズが興味津々で近づいてみると、トワがクッキーを遠ざけた。いや取らないから。

 

 

「トワ、食べ過ぎると太るよ」

「精霊って太るの?」

「知らない」

 

 

 と言うか魔力を消費して実体化してるだけだから太りはしないと思うけど。もしかして栄養って私の方に来るのか?同化って言うわけだし、共有しているならあるかも。

 

 クッキーを食べ終えると、アイズの肩に乗っかって座った。自由か。アイズも気になって頬をツンツンと触る。

 

 

「貴方なら大体分かるでしょ?この件で分かった事は」

()()()()()()()()()()()()。そういう事だね?」

「恐らくね。それも複数体、古代のモンスターに取り込まれて、融合し、怪物に堕ちた事によってダンジョンしかモンスターを産めない常識を覆した亜種精霊」

 

 

 しかし、英雄達が寿命などで置き去りにされた精霊が怪物に食われて人類の敵となるなんてとんだ皮肉だ。正直胸糞悪い話ではあるな。

 

 

「複数体って分かる理由は?」

「トワと同化してる私は精霊の魔法が使えてね。種類が二種類、属性も詠唱もバラバラ。精霊は一属性を極めた存在でしょ?それが二属性も使えるって事は」

「少なくとも二体以上は取り込まれている」

「そう考えるのが妥当だね」

 

 

 土の精霊、光の精霊は少なからず取り込まれている。私が使える超長文魔法の系統が、光と土の二種類のみだからだ。他の属性も使えなくはないのだが、トワ曰く、仮に使ったとしても威力は弱いくせに魔力を消費するらしい。

 

 

「君たちの要求は同盟を結びたいんだよね?」

「あー、うん。そうだね、私達は今かなーりヤバい立ち位置だから」

「……どうして?」

「あのさ、仮面の男も赤髪の調教師?もアイズを狙ってた。というよりは、アイズの力の根幹を狙ってた」

「!」

「アイズ、君は大精霊アリアにまつわるナニカを持ってるでしょ?」

「!?」

 

 

 アイズの瞳孔が開き、震える。

 どうやらこの事は本人の前では禁句のようだ。トワがさっきからアリア、アリアと珍しそうに笑って呟いている。召喚の経路(パス)が繋がってるせいかな頭の中で聞こえる。

 

 同時にこの室内で緊張が走るが、私は首を横に振る。

 

 

「無理に聞こうとはしてないよ。私に似てるって思ったから、言わなくていい。大体分かってるし」

「……ありがとう」

「爆弾、というと具体的には何なのだ?」

「『宝玉』を浄化する力を持つ私は言わばジョーカーだ。チェスの中で唯一、取った駒を味方として使える。そんな認識をされてる以上、消しに来ると思わない?」

「……まあ僕だったらそうするね」

「成る程」

 

 

 私も敵の立場なら手駒を消費してでも潰しに来ると思う。そんな反則手が使えるなら特に。というより私は利用されたら最大限利用される力が強過ぎる。才能なのかな?

 

 

「同盟を結びたいっていうのはソコが関わる。言ってしまえば、私は誰よりも狙われやすい。精霊だって、私ごとモンスターに食わせられたらすぐ反転する」

「反転?」

「モンスターに堕ちた精霊になるって事。そうなったら、私の浄化を除き、精霊ごと殺すしかない」

 

 

 私の浄化がどこまで通用するかは未知数だが、それでも充分可能性はある。反転した精霊は私でなければモンスターに変わりはない。救う事は簡単ではないだろう。

 

 

「同盟に当たっての此方のメリットは?」

 

「一つ、59階層に出てくる精霊の情報。二つ、私には聖女の血に由来する全癒魔法があるから、いざとなったら頼ってくれて構わない。場合にもよるが無償で引き受けるよ。三つ、調査の時は同行する。精霊とかの探知が可能だし、損はない筈」

 

「此方に求めるメリットは?」

 

「同盟関係であると多くのファミリアに流してほしい。それだけで、私達には後ろ盾があるという事で牽制出来て迂闊に攻められないと思う。まあいざとなったら護ってほしいのもあるかな。あとは、そっちのファミリアに不利益の及ばない程度で、この事件について話してほしい。私もザックリ知ってるけど、全部知ってる訳じゃないし」

 

 

 メリットとしては充分だ。

 アミッドを超える聖女の治癒力を考えてみればメリットの方が大きい。フィンは思考を止めずに考え続ける。

 

 

「(意外と考えられている……同盟としては悪くない協力体制。女神エレシュキガルに話をさせないのは、ロキなら嘘が見抜けるから故にルージュが話しているのか)」

 

 

 ルージュが話しているのは、ロキなら嘘がわかるという点。それはつまり、裏がない事を自分から証明しようとしている。クロの線はないだろう。

 

 

「(惜しいな……同盟ではなく、傘下なら彼女を候補に入れられる。僕としてはそちらの方がいい気もする)」

 

 

 フィンの頭の中では、同盟自体は悪くはないと思っている。それこそ、【ディオニュソス・ファミリア】より、同盟するにあたってのメリットが大きい。だが、それでは少し惜しい。それだけの力があるなら、同盟より傘下にする方が此方のメリットは最大に上がる。

 

 ルージュが護られる立場ならもう少し要求を上げてもいい気もする。メリットは悪くないし、交渉で上手く誘導出来るか。

 

 

「ただし、傘下はヤダ!」

「えっ?」

「あくまで同盟と協力はする!けど、傘下に入るとかそう言った事は考えないで!私はいつか【ロキ・ファミリア】だって超えるって誓ったんだから!」

「ルージュ……」

 

 

 エレ様が呆れている。

 此処で啖呵切るのか、と呆れ顔だけどそれでも嬉しそうに見える。顔に出ていたのか、それともそれを察していたのか、ルージュはルージュなりの牽制で宣言する。

 

 

「ふ、あははははははははははっ!!」

「フィン?」

「……ああごめん。ロキ、構わないよね」

「ええよ、ウチらのメリットも多いしなぁ」

 

 

 勇敢で馬鹿。

 賢いけれど、妙な所で意地っ張り。

 

 でも、不思議と人を惹きつける才能がある。

 

 フィンの考えている候補としては充分過ぎる魅力がある。一族の繁栄の為に縁談を申し込んでも今は絶対に断られるだろう。今はいい、彼女が世界最速の称号を手にした以上、これから自分達を超える速度で成長していく。そうなれば、小人族の自分からしてもいい事ではある。

 

 

「改めて、よろしくルージュ」

「此方こそよろしく。フィン……さん?」

「フィンで構わないよ」

 

 

 とりあえず、彼女とお近づきになれただけ良しとしよう。

 

 

 



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第二十七歩

 お 久 し ぶ り


 

 

 握手が終わり、帰ろうとしたがよくよく考えたら依頼の事を忘れていた。調査遠征の時に約束した歌の依頼は丁度いいし叶えておこう。

 

 

「アイズ、依頼された事、今からしようか?」

「えっ、いいの?……あっ、でも私持ち合わせが」

「いいよ。今度一緒にダンジョンに行くので充分だよ」

 

 

 アイズは剣の借金もあり、手持ちは少ない。

 ルージュからすれば別に歌でお金は取らないつもりだし、問題は無いのだし、あまり友達からお金取るのはと思ってしまう。ファミリア同士のいざこざならまだしも。

 

 

「ちょー待ち。依頼ってなんや」

「歌を歌う事。此処の庭を借りてもいい?」

「いやそれは構わへんけど、歌?」

「歌」

 

 

 嘘は言ってないからこそロキは首を傾げた。

 

 

「それと」

「うわっ!?」

「ちょっ!?」

「盗み聞きしてたお二人さんも来ます?」

「ティオネ、レフィーヤまで」

 

 

 驚かない辺り、フィン達も気付いていたようだ。

 大事な密談でいずれ幹部に伝えるとはいえそれはどうなのとちょっと思ったが、どうやら話の内容は聞いてないようでレフィーヤがティオネを抑えて此処まで来たという感じらしい。

 

 

「何してんのさ貴女たちは」

「団長に近づく蝿を払いに」

「……私、英雄になって終末越えるまで誰とも結婚とかしないし」

「嘘言っとらんな」

 

 

 てか、サラッと蠅扱いしなかったか?

 知っていた。知ってはいたが執着というか愛情がカンストし過ぎて重度の嫉妬がヤンデレ化している。というより重い。そして怖い。色んな意味で。

 

 

「……本当でしょうね」

「結婚とか黒竜を討伐したら探すし、あと流石に40代は……」

「アレ?僕に何故かとばっちりが飛んできたんだけど?」

 

 

 見た目で騙されそうだが、年齢的に言えばかなり不味い。ザックリ25歳差だぞ?いくらイケメンでも歳の差が多過ぎるのはちょっと。ロキ様は腹を抱えて笑っていた。

 

 

「アイズ、行こう」

「うん」

「あっ、私も行きます!」

「いいよー」

「あっ、ウチも行くでー」

「じゃあ私も」

「僕も行こうか」

「ついていきます団長!」

「私も行くのだわ」

「結局全員じゃん!?」

 

  

 私とエレ様、【ロキ・ファミリア】のピクニックもどきが始まった。廊下を偶然通っていたリーネとアナキティがそのおかしな光景に目を見開いていた。幹部だらけで総出陣。何事かと思い団長に聞いたら、歌を聞きにいくと言われて、「絶対嘘だ!」と叫びたいくらいの面子の濃さに困惑していた。

 

 

 ★★★★★

 

 

「此処でいいか」

 

 

 ホームの庭の木陰にルージュは座る。

 此処はいい。涼しくて木漏れ日の光が暖かく、何より落ち着く。

 

 

「出来れば膝枕してほしい」

「えっ、うん…それは構わないけど」

 

 

 アイズから甘えられてちょっと困惑した。

 というより、この子ちょっと怖い一面もあるけどやっぱり可愛いな。なお、アイズから甘えてきた事を見たリヴェリアは少しだけ固まっていた。アイズは昔こそリヴェリアを頼る部分で甘えていた部分はあれど、今は自分から甘えにいかないお年頃だ。

 

 

「ア、アイズさんに膝枕なんてっ!?」

「…レフィーヤもされたいの?ちょっとアイズごめん」

 

 

 正座から胡座に変えてアイズの頭を真ん中にのせる。その光景を羨ましがっているレフィーヤを見て、太ももに手をポンポンと当てる。

 

 

「胡座だから少し高めだけど此処でいいなら」

「そうじゃなくて!優しさが染みますけど違います!」

「しないの?」

「……します」

 

 

 アイズと顔が近くなる事を考えると怒る気力も無くなり、大人しくルージュの太ももに右から頭を乗っける。小人族で小さい分、高さも丁度いい。それを見たロキは尊いものを見たかのように固まった。

 

 

「何…やと。美少女三点盛り。ウチも混ざりたい!!」

「ええぇ、じゃあレフィーヤの反対側で」

 

 

 ロキは左から太ももにダイブする。

 見学に来ていたリヴェリアは呆れた顔をし、エレシュキガルはパラソルの下の椅子に座っていた。フィンはとりあえず厨房から摘める程度の焼き菓子を取りに行き、ティオネは普通に追いかけた。

 

 

「アイズ、リクエストは?」

「えっと、ルージュの好きな歌でいい」

 

 

 こんな日だし、優しい歌がいいだろう。

 

 

「じゃあ、『春風の日』でいい?」

「…それって私達(エルフ)の歌ですよね、よく知ってますね?」

「私の家には歌の書物がいくつかあって、世界中とはいかないけど有名なのは網羅してるの」

 

 

 元々、父が色々な所を旅してかき集めた歌を私は全部聞かされて覚えていた。『春風の日』はエルフに伝わる子供向けの歌だが、それでもこの日にはピッタリの歌だ。

 

 

「〜〜〜〜♪」

 

 

 芽吹くような暖かい風、雪解けのような日の光、それを運ぶ小さな安らぎの歌が、身体に染み込むように広がっていく。音色を聞いただけで、リヴェリアは目を見開いた。

 

 魔力が集まっている。

 魔力の流れが一点目指して集まっているように見えているのに彼女は別に魔素を溜めている訳ではない。リヴェリアには魔素を集めるスキルが存在するが、これは明らかに違う。

 

 ()()()()()()()()()()()

 魔力が魔力を呼ぶ。そんな事はあり得ないが、可視化できないソレは徐々にルージュの周りに姿を現し、集まっていく。

 

 

「微…精霊」

 

 

 それだけではない。

 微精霊は形のない意思の弱い精霊。故に姿はない。

 

 ()()()()姿()()()()()()()

 あり得ない。常時に彼女の所に集まる微精霊が姿を成して、踊っている。四体、いや六体の微精霊が精霊へと一時的に昇華している。

 

 あり得ない。

 あり得ないからこそ震える。

 ハイエルフであるリヴェリアは精霊への信仰はそれなりにある。精霊は微精霊であっても滅多に姿を現さない。神が舞い降りたその時から役目を果たし、引き篭もる事が多くなり人々の前から姿を消していた。

 

 精霊を見た事はある。

 だがそれは形を成さない微精霊の話だ。リヴェリアの故郷で何度か見た事のある程度の回数でしかない。

 

 それがどうだ。

 微精霊が精霊となって踊っている。その様子を見てあり得ない事だと脳で否定しても目の前の現実はそれを否定する。

 

 ロキも、レフィーヤも、戻ってきたフィンやティオネも、そしてエレシュキガルでさえその光景に絶句している。

 

 ただ一人を除いて。

 

 

「アイズ、なんか気持ちよさそうね」

 

 

 ただアイズだけが安らかな表情で眠っている。

 額を撫でるとくすぐったくて笑っている。歌に呼応するかのように風が吹いた。暖かい風が髪を撫でる。

 

 

「アイズの魔法か?」

「いや、詠唱はしてない。恐らく、干渉に近いのだろう」

 

 

 そして、風がまた吹いた。

 今度はアイズからだ。アイズから風が優しく身体を撫でている。まるで包まれているかのような風に歌が乗り、広がっていくようだ。

 

 その風はまるで揺籠のようにアイズを抱きしめている。姿は無いのに、そこに誰かが居るみたいな懐かしい記憶。

 

 

「おかあさん……」

 

 

 涙が溢れた。

 懐かしいこの風にアイズは目を瞑りながら涙が落ちていく。自分から発しているのに思い通りにならない風。なのにどうしてもこの風が嫌いじゃなく、寧ろこの風こそアイズが求めていたものなのかもしれない。

 

 ルージュはお母さんに似ていない。

 なのに、額を撫でる気遣い、優しく髪に触れる仕草、そして心に響くような優しい歌が面影を重ねてしまう。

 

 

『ーーーーーーーー』

 

 

 懐かしいような声が聞こえた。

 アイズは安らぎの表情を見せながら夢の世界へと誘われていった。

 

 

 ★★★★★

 

 

 もう終わりなの?と視線で訴える精霊達に「ごめんね」と返したら精霊達は徐々に薄れて微精霊に戻っていく。そして、空へと昇り散っていく。レフィーヤは起き上がり、アイズを起こさない程度に耳打ちで会話する。

 

「どういう事ですか!精霊が昇華して踊るなんて、貴女何をしたんですか!?」

 

「私の祖先に古の聖女から血を貰ってて、その血のせいか神聖な力があるらしいの。まあ私もこんな事になるのは初めてだけど」

 

「と言う事は貴女は精霊の恩恵をいつでも受けられるって事ですか!?」

 

「うーん。力を貸してもらう程度なら多分出来るけど、契約とかはバンバンやったりしないよ?というより、簡単には出来ないし。最悪神秘が多過ぎて下界を歪ませかねないし」

 

 

 これはトワの忠告だ。

 契約し過ぎると人間のまま精霊となる可能性があるらしく、神秘が過多過ぎて『神の力(アルカナム)』を常時発動しかねない。特にルナの血にはアスクレピオスの『神の力(アルカナム)』が宿っている為、神秘を上げるという事はソレも膨れ上がるという事。

 

 世界を変える存在になると、世界から排斥されかねない。契約し過ぎると、人である事を辞める事になる。前例はないが、トワがそう言ってる以上、信じた方がいいだろう。

 

 

「……規格外過ぎます」

「まあ、私が強いんじゃなくて、私の周りが強いのかな」

 

 

 あながち間違ってはいない。

 もしもベル・クラネルが一騎当千の英雄となるのなら、ルージュは全く別の英雄となるだろう。ただ、ルージュに力を貸す存在が強過ぎる為、ルージュ自身が強いかと言われたら本人はまだ首を振るだろう。

 

 とはいえ、才能はそれこそ彼を除いて比べ物にならない。英雄になりたいと思うルージュはオラリオで、台風の目となる存在の一人である。

 

 

「(そういえば)」

 

 

 ルージュは眠るアイズの額を撫でながら思い出す。

 

 

「(あの人も、こうやって寝た事あったな)」

 

 

 いつも眼を閉じて、煩そうな私に一月構ってくれたあの人も、こんな安らかな表情で私の膝で眠りについた事があった。私を救ってくれた英雄で憧れの人。

 

 

「(今頃、何処で何をしてるんだろうな。あの人は)」

 

 

 あの灰色の英雄に、私は憧れていたから。

 もう一度、あの人の笑った顔が見たいとルージュはふと思った。

 

 




 
 次から幕間を入れて、ベル視点に入ります。
 


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幕間 その日英雄に私は出会った


 ちょっと幕間を挟みます。
 ルージュのちょっとした過去のお話。



 

 

 これは私の昔のお話。

 私が生まれたのはゼウスとヘラが『黒竜』討伐を果たせず、世界は第二世代の育成へと変わり始めた時期だった。

 

 私の母は生まれつき身体が弱かった。

 私の一族は代々、身体が弱く短命な事から呪われた一族と呼ばれていた。小人族は強くない。恩恵を授からなければ常人より身体能力はかなり劣る。視野の広さと眼の良さ以外ではバッドステータスの種族で、持病により身体は弱く、村で生きていくには足手纏い過ぎた。

 

 

 そこで、小人族の一部は村を新しく作った。

 人間や獣人との共存が難しいと判断し、小人族は新しい村を建てたのだ。私の一族は呪われていると言われていたが、一部の人達には崇拝されていた。当時は理由が分からなかったのだが、聖女ルナの血があったが故に莫大な神秘を内包していたからだ。

 

 今思えば、神性の過多に身体が耐えられなかったのが原因だと実感する。薄めたとはいえ強い『神の力(アルカナム)』を宿した万能の血が遺伝子と混ざり合って、次代の聖女と同じ力を宿していたのだ。

 

 恐らくお母さんもその力を持っていた。だが、強力過ぎた力は身を滅ぼす。聖女ルナが生き返り、短命だったように母もまたそれに見合う器ではなかったのだ。

 

 

 そんな中で、私は器に収まり切る存在として生まれたらしい。万物の声を聞き取れ、ルナの血を宿しながらも健康な子供として生まれた。

 

 なんなら、元気過ぎて崇拝してた同じ同胞が引いていたらしい。あの頃、滝の上から飛び込んだり、落とし穴で悪戯したり、鳥を撃ち落とす為に独学で狩りをしたり、微精霊と踊って遊んでいた。森の中なら微精霊は私の前によく姿を現してくれていた。一体だけだけど。

 

 

 父は母の持病を何とかするために旅に出ていた。

 どうやって治そうかアテもないが、歌に関する資料を多く取り寄せていた。聖女ルナの歌によって全てを癒し、浄化すると文献に残されていた為、歌によって治せる可能性を見出していた。

 

 だが、父は亡くなった。

 帰る途中でモンスターに襲われたらしい。

 

 それを受け止めきれずに私は森の奥に走った。

 微精霊の心配の忠告も聞かず、ただただ走った。

 

 

「嘘だ……嘘だああああああああっ!!!」

 

 

 当時六歳の私には受け止めきれなかった現実。

 帰ってこない父の現実を否定するかのように駄々をこねて、泣き叫んでいた。辛い現実だった、そんな事は子供の私にはとても受け止めきれない現実だった。

 

 

「お父さんは…死んでない!!」

 

 

 心を折るには充分過ぎた。

 光を失い、訳も分からずに走って、泣いて、子供だった。

 

 どこにでもいるような普通の子供。

 憧れた英雄になりたいという意志すらこの時はなかった。

  

 ただ、お母さんとお父さんがいればよかった。 

 それだけで幸せだったのに……

 

 

 その夢は終わり、世界が灰色に染まった。

 そして、笑いたくなった。自分が惨めで馬鹿らしくなった。弱くて弱くて、そんな自分を呪った。

 

 そんな中、雨が降り始めた。

 まるで涙を洗い流すように…優しく雨が降り出した。

 

 

「……お父さん」

 

 

 頭が冷えた。

 おかげで、笑えるくらいに愚かな自分を見つめ直せた。大嫌いな雨は今だけは嫌いじゃなかった。

 

 お父さんが居なくなって、お母さんを治せる方法は絶望的だ。いずれ、お母さんまで失ってしまう。

 

 どうすればいいか、今の私に出来る事はない。

 オラリオでその方法を探すには、今の時期のオラリオは危険と父の手紙に書いてあった。

 

 もう全部、詰みだ。

 

 

「……帰らないと」

 

 

 私がなんとかしないといけない。

 どうすればいいかなんてまだ私にはわからない。六歳の子供に何が出来るのかと問われて、出来る事など特に無い。何より、身体が弱くて短命な母親を置いて遠出出来るだけの勇気はない。

 

 少女は無力だった。

 でも、今はとりあえず帰る事が先だ。私が生きていなければお母さんはどうにも出来ないのだから。

 

 その時だった。

 パキリ、と小枝が折れた音が聞こえた。

 

 

「……えっ?」

 

 

 辺りを見渡す。

 雨の中なのに何かが歩く音が掻き消されない。それを見た瞬間、眼を見開いて反射的に草陰に隠れた。

 

 

「……う、そ……モンスター?」 

 

 

 その日私が出会ったのは熊だった。

 地上に残された熊のモンスター。中層域に生息する怪物『バクベアー』。下界ではダンジョン以外でもモンスターは存在する。ダンジョンは蓋、だが蓋をする前から溢れていた怪物は当然ながら存在する。

 

 少女はこの場では餌に等しいくらい無力な存在。

 気付かれたら最後、その爪に引き裂かれ食い尽くされる。

 

 

「に、げなきゃ……」

 

 

 パキリ、と小枝から音が漏れた。

 それは動揺した自分が踏んだ小枝から漏れていた。

 

 

「グオオオオオオオオオオオォォッ!!!」

「ひっ…!?」

 

 

 少女は走り出した。

 追いかけてくる熊から必死に逃げる。モンスターと小人族では最早力の差は歴然。神の恩恵も持たないルージュにはアレが地獄の(つがい)と思えるくらいの迫力だった。

 

 

「ハァ…ハァ…!!」

 

 

 子供の体力では追いつかれる。

 一か八か木の上に飛び付き、駆け上がるように登っていく。高い所なら『バクベアー』は鈍重で登る事は出来ない。

 

 

「グオオオオオオオオオオオッ!!」

 

 

 そんな少女を見た『バクベアー』は大木に向かって突進した。揺れる足場にしがみつき、振り落とされないように耐える。二回、三回と諦めずに突進を繰り返す。諦めて帰ってくれと懇願する様に神に祈り、命の危機に怯えて大木の幹にしがみつくルージュ。

 

 しかし、祈りは無情にも大木の方が先に限界を迎えた。ミシミシと嫌な音を立てて大木が折れ始めた。

 

 

「嘘……っ、やばっ!?」

 

 

 折れた大木の下敷きにならないように素早く飛び降りるルージュだが、子供の身体で高い所から飛び降りたせいか、その衝撃は脚に代償を背負わされるが如く、ダメージを負わせた。ピキリと嫌な音と激痛、折れてはいないと思うが罅は入り、脚が衝撃で麻痺して動けない。

 

 動け動けと必死に脚に力を入れようとするが、脚が痺れて上手く立たず、雨の中の森の地面を這いつくばる。

 

 泥だらけになろうが、今はそんな事を気にすることが出来ないくらいに怖い存在から逃げるために逃げようとする。

 

 

 だが、現実は非情。

 背中に生暖かい息が当たったのは、思わず振り返ると私の目の前に広がったのは『バクベアー』の顎だった。獰猛な牙が私を標的に襲いかかる。

 

 あっ、死んだと悟った。

 死にたくないと思いながら目を瞑ったその時、

 

 

「『福音(ゴスペル)』」

 

 

 私の耳に鐘楼の音が聞こえた。

 目を開けるとそこに『バクベアー』は存在せず、血を被った私と()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 雨が私に降りかかった血を洗い流す。

 現実に引き戻されるようにコツコツと足音が聞こえた。呆然とする私の前に現れたのは、

 

 

 

 

「何をしている。小娘」

 

 

 まるで神様と思うくらいの美貌を持つ灰色の女帝だった。

 

 

 この日、私は運命に出会った。

 私が英雄の階段の一段を前に、全ては此処から始まったのだ。

 





 ルージュ 七歳
・当時引くほどのヤンチャっ子
・ルナの血を持ちながら器に収まった子
・この頃、微精霊一体と友達(ちょっと声を聞ける)
・趣味は父の持って帰る歌を歌う事

 ????? ??歳
・灰色の女帝
・ルージュの憧れ
・未完成【星降る夜に】を聞いた人
・膝枕された人
・一年後に死ぬ

……一体何者なんだ(すっとぼけ)


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第二十八歩


 今回、ベル視点。


 

 

 ––––強くなろう。まだ始まったばかりなんだから

 その言葉を聞いて、僕は決意を心に刻んだ。

 

 僕は一目惚れをした。

 金色のお姫様に僕は情けないくらいに恋をした。駆け出しとして、神様のファミリアになって冒険者になって浮かれていた。

 

 それはもう浮かれていた。

 いつかこの人に追いつきたいと心の中で思いながら、中途半端な覚悟でダンジョンに挑んだ。

 

 そこから自信が付き始めた。

 神様は才能があると言ってくれて、エイナさんに教わる講義も徐々に覚える事が出来て、何より冒険者である事がとても誇らしかった。

 

 

 だけど……

 

 

『雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねぇ』

 

 

 そんな薄っぺらい自信も誇りもその一言で折れてしまった。

 悔しかった。言い返せなかった。全く持ってその通りだった。いつかとはいつだ?隣に立つとはどれだけ遠いのか、全く見えていなかった。

 

 まだ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が情けなく思った。

 

 そこからは覚えていなかった。

 酷く情けなくて、自暴自棄になって防具も付けず、ダンジョンでナイフを怪物に振るっていた。

 

 

 五階層を超えて六階層。

 僕は新人の『最初の死線(ファーストライン)』に足を踏み入れる。

 

 

「……『ウォーシャドウ』」

 

 

 逃げる?あの時みたいに情けなく?

 冗談じゃない。あの時みたいに無様を晒すなんて出来ない。

 

 そう思い、僕は命懸けの冒険を始める。

 今はただ、強くなりたいと心が叫んでいた。

 

 

「ふっ!!」

 

 

 前より見えるようになった。囲まれても当たらない。基礎ステイタスが伸びたおかげで身体が動く。殺せる。避けては殺し、走っては切り裂き、それを続けていた。

 

 変幻自在に伸びる腕を見切り、漆黒の爪を躱し、血を踏み締めて魔石を穿つ。

 

 勝った。それなのにまだ気は晴れない。 

 この程度で冒険と言えるのだろうか。まだ全然足りない

 

 

 そして、ピキリと音が聞こえた。

 

 それは、新人に対する歓迎。

 それは、ダンジョンの祝福(しれん)

 

 無論、与えるのは幸福にあらず、絶望を与える『怪物の宴(モンスター・パレード)』が僕の前で起こった。『ウォーシャドウ』が大量に産み出される。新人殺しと呼ばれた怪物が十に留まらず、二十以上の大群となって襲いかかる。

 

 幾ら何でも無茶過ぎる。囲まれて全方位からの怪物の攻撃を捌ける自信はなかった。それでも此処には僕しか居ない、助けは来ない。怒りも情けなさも全て吐き出すように叫んで僕は怪物の群れに襲い掛かる。

 

 そして……

 

 

 僕の視界に蒼色の星が横切った。

 気が付けば半分の怪物を担当し、僕の背中に身体を預け、後ろの『ウォーシャドウ』を殺し始める。

 

 

 

「九体受け持つ!十一体を出来る限り減らせ!」

「えっ、は、はい!!」

 

 

 とても速かった。

 反応速度や脚でカバーし、確実に仕留めている。僕に似たスタイルで僕の上位互換。

 

 右腕が伸び、爪が迫る。

 体勢を低くして、躱しては接近して魔石を砕く。それを繰り返していると、彼方は八体を既に倒し切っていた。

 

 ただひたすら闘った。  

 次々と他のモンスターまで引き寄せられ、僕は名前も知らない女の子と傷だらけになりながらも、闘い続けた。

 

 

「っと、終わった」

「ふう……あ、ありがとう」

 

 

 汗を拭い、疲れたような顔をしている僕に、小さな蒼髪の女の子は反射的に返した返答に冷たい目で睨み付けていた。

 

 

「何やってんの君は」

「!」

「食い逃げしたと思ったら、こんな真夜中にダンジョンに潜って。自殺願望者か?」

「ち、違……」

 

 

 気が付けば違わない、と口に出していた。

 自棄になってダンジョンに潜った事は自殺行為にも等しかった。悔しくて食い逃げした事を思い出すと顔が青くなった。

 

 

「酒場で馬鹿にされたトマト野郎って君だろ?」

「!!」

「……ハァ、馬鹿にされて悔しい気持ちは分かる」

 

 

 【ロキ・ファミリア】に笑い者にされて、自分が馬鹿にされて、それでも言い返せなくて、弱い自分を許せなくてこのザマだ。そしてその無鉄砲さにダンジョンに向かった。そんな僕に釘を刺すように少女は告げた。

 

 

「けど、これを冒険とは言わない。これはただの自暴自棄だ。それで店にも迷惑かけてるんだ。ちゃんと考えなよ」

「……すみません」

「謝るなら明日酒場にちゃんと金持って行きなよ。銀髪のウェイトレスさんが心配してたからね」

 

 

 うっ、シルさんに申し訳ない事をした事に対する罪悪感が頭の中で埋め尽くされる。明日、絶対に謝ろう。

 

 でも、今はどうしてもこの気持ちを払拭したかった。我儘なのは分かっているけど、それでも弱い自分を少しでも強くしたかった。やれやれと思いながらも蒼色の少女も付き合ってくれた。

 

 そして今日の夜は怪物と闘う事で夜が更けていった。

 

 

 ––––強くなろう。まだ始まったばかりなんだから

 

 僕は強くなりたいと心から思った。

 

 

 ★★★★★

 

 

 ルージュと暫くパーティを組む事になってその安定感に思わず息を呑む。順調過ぎるくらいに怪物を狩り、階層ごとに違うモンスターを物ともしないその戦闘力、技術も能力も足の速さですら僕は及ばない。

 

 だが不思議な事に劣等感ではなく、負けたくないという感情の方が強かった。ルージュは強くて、なんなら男の僕よりカッコいい。絶対に女の子にもモテそうだ。そして何より()()()()()()()()

 

 僕があの人の隣に立ちたいと願っているより遥か先を見ていた。どうしてそんなに強くなりたいのか聞いてみたら、『約束があるから』と返答を返された。

 

 

「私はね、黒き終末を終わらせる為に強くなりたいの」

「黒き、終末……って何?」

「ぶっちゃけ私にも分からん」

 

 

 ええ…、とその答えにどんな顔をすればいいか分からなかった。

 

 

「まあ、ザックリ言うと。––––英雄になりたいからかな?」

「英、雄」

「それこそ、小人族で女で、笑っていた奴らを見返せるくらいに強くなって、最っ高にカッコよく生きたって胸張って死ねる時が来て、そんな生き様を語り継がれていくようなカッコいい英雄にさ」

 

 

 その答えに僕は一歩だけ引いた。

 ルージュには迷いが無かった。真っ直ぐで芯が通っていて、押されてしまうような覚悟があった。

 

 そうだ。僕もそうだからだ。

 お爺ちゃんに出逢いも冒険も全てオラリオにあると言われて、僕は此処にいる。御伽噺の英雄に憧れているなんて、恥ずかしくて言えない。

 

 けど、それを思って行動出来る人間がどれだけ居るだろう。富、名声、権力、力、此処はそんなものを求めている人が冒険者になっている。けど、英雄になりたいと臆する事なく覚悟を決めて強くなろうとしている人が、どれだけいるだろうか。

 

 

「僕も、英雄になりたい」

 

 

 気が付けば、自然と口に出していた。

 はっ、となって口を塞ぐのを見たルージュは笑って口にする。

 

 

「やってみなよ。まあ私の二番煎じになるかもだけどねー」

 

 

 まるで挑発だった。

 でも、ルージュの言葉に怒りを覚える程では無かった。ルージュは()()()()()()()()()と返してくれているようで嬉しかった。それと同時に、熱い気持ちが心を埋めた。

 

 それは闘争心。

 負けたくないという感情。

 

 ああ、認めよう。()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ルージュに嫉妬した。

 

 勝手な気持ちかもしれない。

 こんな事、ルージュにとっては烏滸がましい話かもしれない。

 

 けれど思う。

 僕とルージュは友達であると同時に宿敵(ライバル)なんだと。

 

 

「負けないよ」

 

 

 僕は小さな声で精一杯の宣告を返した。

 

 

 ★★★★★

 

 

 ルージュが居ない時、サポーターとして付いてくるリリと一緒にダンジョンに向かい、順調に階層を攻略していく。リリのサポートは的確で、ルージュとはまた違った頼り強さがあった。

 

 神様のナイフもあり、攻略の速度はかなり異常だとエイナさんにも言われたけど、ルージュは僕より更に上だ。聞けばルージュの登録日は僕より後で、僕より強い。スタートラインは僕の方が先だったのに追い越されていたのだ。

 

 悔しかった。

 最近組まないのはルージュにも用事が出来たらしく、この隙に差を埋めておきたいと思った。

 

 リリと【ソーマ・ファミリア】の一悶着こそあったが、僕は前より強くなった。神様がそれこそ「成長期でかなり異常な速度だぜ君ぃ」となんか呆れられたが、その実感はあった。

 

 

 そして、ある発表を聞いた。

 ギルドの掲示板に張り出された情報に目を見開いた。

 

 

『アイズ・ヴァレンシュタイン Lv.5→ Lv.6

 偉業 階層主ウダイオスの単独撃破

 所要期間 三年と三ヶ月

 モンスター討伐数 8,000体以上

 

 ルージュ・フラロウワ    Lv.1→ Lv.2

 偉業 推定レベル3のモンスターの討伐

 所要期間 一ヶ月

 モンスター討伐数 2986体』

 

 

 その張り出しに僕はまたダンジョンに向かった。

 遠い。情景にも、宿敵にも余りにも遠かった。一月でランクアップという偉業の記録とその討伐によるランクアップ。最早駆け出しと呼ばれない程に強いルージュに今度は劣等感が強くなった。

 

 強くなっている自信はあった。

 負けないくらいに前に進んでいる自覚はあった。

 

 それでも()()()()

 覚悟も力も足りていない。信念が強いルージュにあっという間に追い越され、離れていく。それを認められなくて僕はダンジョンに向かった。一人で十階層に向かった。

 

 僕の冒険はまだ遠い。

 僕の覚悟はまだ弱い。

 

 けど、それでも追い付きたいという想いが溢れた。

 

 強くなろう、まだ始まったばかりだから。

 僕はまだ始まったばかりだ。だから負けない負けたくないと神様のナイフを握り締めた。

 

 絶対に二人に追い付く。

 その想いが更に強くなって、僕はナイフを振るう。

 

 僕の冒険はまだ始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

追走本能(ブルー・チェイス)

・好敵手と定めた存在との共闘時、戦闘時全能力高補正

・対象スロットの開放

・好敵手を超えるとスロット消失

・全スロット消失にてスキル消失

『対象』

・ルージュ・フラロウワ

 

 

 





ヘスティア「……ナニコレ」

 新しいレアスキルとベルの本音を聞いたヘスティアは思わず「アオハルかよ」と答えた。恋敵ではないと思うが、だけど女の子の名前が出た事に複雑な顔をしていた。アイズの時よりマシだが、少なからず影響されてる事にヘスティアは百面相である。

 対象スロットは三つ。
 ベルが心から宿敵と思った存在にのみ登録され、追い越せばスロット消失し、全て追い越した時にこのスキルは消える。現在一つ目のスロットはルージュが埋めている。二人目の候補はやはり……



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第二十九歩


 新キャラ登場、鍛治士です。れっつ一日一話(エタフラグ)


 

 

 ロキ・ファミリアの遠征まで一週間。

 その間、私とエレ様はオラリオから離れる。それは単純に闇派閥の奇襲を避ける為だ。極上の餌が手薄になっていたらそりゃ襲われる。だから場所は【ロキ・ファミリア】にも告げていない。二週間は外に居るだろう。

 

 

「そろそろ、武器を替えないとな」

 

 

 そろそろ『緑刃』もダンジョン探索に限界が来た。

 刀は折れやすい。『影淡』も階層を考えるとそろそろ危険だ。強い武器が居る。特にトワがいる時点で、精霊魔法を使い【スター・エクステッド】による収束、停滞、増幅、解放までやっていると武器が矢の如く消費される。二つとも一撃必殺、切り札にさえ耐え切れる武器ではない。トワは基本的に二種類の魔法が使える。

 

 それを収束し、停滞し、増幅、解放まですると武器はあっという間に砕け散る。触媒の杖は増幅効果があるだけで強度がある訳じゃないからやはり強い武器に限る。

 

 

「すみません。ヘファイストス様って居ますか?」

「おっ、久しぶりだなちびっ子」

「あれっ、椿さん。それにフィンさんとロキ様まで」

「遠征の会合中だからね。とはいえもう終わったけど」

 

 

 なら丁度いいか。

 

 

「私に何か用かしら」

「えっと、この刀の製作者を探してるんですけど」

「銘は?」

「『緑刃』です。そろそろダンジョン探索に限界が来始めたので」

 

 

 中層域の『ミノタウロス』には通じたが、『食人花』の戦闘によってボロボロだ。刃こぼれもかなりある。使い方が悪かったのもあったが、それでも材質的な限界も感じてはいた。

 

 

「そういえば世界最速だったね」

「まー、酒場であんな宣言したからね。吐いた唾は飲み込めないし」

「そのせいかウチのアイズたんの記録を悉く塗り替えおったからなぁ。ホンマどついたろか」

「しーらない。私負けず嫌いですしー」

 

 

 ぐぬぬと項垂れているロキ様を横目にヘファイストス様の鑑定が終わる。この人のブランド名を入れるには一度見せなくてはいけない為、その時に誰が打ったものなのか全部記憶しているらしい。本当に凄いなこの神様。

 

 

「……あの子の作品ね。付いてきなさい」

「んじゃ、私はこれで。遠征前の見送りくらいは行くから」

「それはありがたいけど、()()()()()()?」

 

 

 見送り前に本当は姿を消すのがベストだけど。

 そこに関しては問題ない。実を言うと【ヘルメス・ファミリア】の団長さんが手引きしてくれているから、抜け出す分にはいつでも抜け出せる。元々、透明化のローブは貰ってたし、兜まで貸して貰ったからエレ様も姿を隠して外に抜け出せる。

 

 

「まあ諸事情で何とかなるからいいよ。アイズとは友達だし、見送りくらいさせてよ」

「そうかい、なら一週間後」

「うん、またね」

 

 

 手を振ってヘファイストス様に付いていく。

 その様子を見たフィンは少しだけ笑っていた。やはり、優しい人ではある。冥界の女神の所にいるとは思えないくらいに善良な存在だった。まあ冥界の女神エレシュキガルもどちらかといえば厳正で善良な女神だが、過去の冥神を考えると思う所が少しあった。

 

 

「なんじゃフィン。お主ルージュを狙っとるのか?」

「んー、否定はしないけど、多分無理だろうね」

「何故?」

「彼女と結ばれたいなら、黒竜を殺してからだとさ」

 

 

 椿はその言葉に盛大に笑い転げた。

 成る程、それは遠い未来になりそうだ。

 

 

 ★★★★★

 

 

「此処よ。リース、入るわよ」

「ちょっと待って」

 

 バベルから少し歩いたダイタロス通り。

 一見路地を通れば迷い出られないと言われたこの裏路地の奥に広がる場所から熱を感じる。ノックをする主神に制止の呼び声をかけられ、暫くすると扉が開いた。

 

 

「お待たせしました。どうしました主神様?」

 

 

 そこに居たのはエルフだった。

 紫紺の瞳と銀色の髪。黒いタンクトップに蒼いオーバーオールで出迎えた凛々しい美人エルフ。鍛治士にしては珍しい。エルフは魔法特化、ドワーフのような鉄を打つ技術との縁は少ないと思っていた。

 

 

「貴女の作品を欲しがってる人よ」

「えっ、本当!?……えっと、この子が?」

「どーも、小人族のルージュ・フラロウワです」

「っ!?世界最速保持者(レコードホルダー)!?」

 

 

 目を見開いてコホンと咳払いする。

 どうやら顧客が来ないらしく、直接会いに来てくれたことに驚いているようだ。

 

 

「コホン、とりあえず中へ入るかしら?それとも移動する?熱気が篭ってたし、此処じゃもてなせる紅茶とかは出せないけど」

「いいよ。中も見てみたいし」

 

 

 リースに案内され、入ってみると大きくない場所ではあるが、机や壁には無数の羊皮紙や設計図の山。

 そして飾ってある剣やククリ刀、槍や斧も立てかけてある。見た感じ、緑刃よりしっかりしている。

 

 

「改めて、初めまして。私の名前はリース・ファンロッテ。Lv.2よ」

「私はルージュ。この『緑刃』の製作者は貴女なんだって?」

「ええ、私が打ったものよ」

 

 

 腰に据えた『緑刃』を差し出す。

 刃のボロボロさを真剣に見続けると満足して納刀する。役目を果たしたのね、と呟いていた。

 

 

「その腕を見込んで––––」

「あっ、その前に私から言わせて」

 

 

 手を自分の胸に当てて、私に懇願する。

 

 

「私と直接契約をしない?」

 

 

 直接契約。

 それは専属の鍛治士になるという事だ。簡単に言えば、ドロップアイテム入手後、それを武器にしてくれたり、整備を格安にしてくれたりと、契約する事で双方の利益になる契約を結ぶ事だ。

 

 

「私の作品を求めてくれた。つまり、私の顧客よ。だから私は貴女を手放したくないの」

「…?いや、リースってLv.2なんでしょ?それなら顧客の一人や二人くらい居るんじゃ…」

「この子は発展アビリティに【鍛治】が出なかったのよ」

 

 

 えっ、嘘だろ。

 その言葉にリースに視線を向けるとバツが悪そうな顔をしていた。

 

 

「この子の鍛つ作品はどれも上質なものよ。だけど、鍛治アビリティが無い。だからどれだけ打ってもロゴを入れられるだけの質までは届かないの」

「でも、鍛治をしているなら普通は」

「そうね。でも、発現したのは【耐熱】【対異常】【神秘】だった」

 

 

 マジか。【神秘】なんて超レアアビリティじゃん。

 とはいえ、鍛治をしているのに鍛治アビリティが発現しなかった。才能の問題?エルフの鍛治士は珍しいからか?前例があるか分からないが。

 

 つまり、ブランドを入れる事が出来ない。

 幸い魔法はあってそちらの才能は桁が外れている為、冒険者になって魔道士後衛なら引く手数多な筈なのに、鍛治を続けてその先で【鍛治】アビリティが出なくて、彼女はひたすら鉄を鍛つ事に専念していたらしい。

 

 

「とはいえ、次のランクアップまで近いのも事実よ」

「じゃあ問題ないよ」

「……その、私から言ったけど、いいの?」

「打った刀に嘘はない。才能の問題なのか、分からなくてもこの刀はいい刀だし、腕を見込んで頼もうとしてたから問題ないよ」

 

 

 それにしても【神秘】か。

 何故【鍛治】を押し退けてまで発現したのか。私だったらかなり泣くかもしれない。努力に裏切られた気分になるか自己嫌悪で死にたくなりそうだ。

 

 

「でもなんで【神秘】?」

「それは多分、私の鍛つ剣にあるわね」

 

 

 首を傾げると剣を差し出された。

 その刀身に僅かながら線のようなものが見える。

 

 

「魔杖は知っているわね」

「うん。魔法を増幅させる機能がある魔道士の杖でしょ」

「私の剣は魔杖の回路を組み込むの」

「回路を組み込む?」

 

 

 言ってる意味が分からなかった。

 というより、私の知識不足もあるだろう。エルフは魔法に長けている。魔法は使えるが、魔法そのものに目を向けた事はあまり無かったりする。

 

 

「魔法の原理は知ってる?」

「ザックリは。魔力を燃料に詠唱で起動させ具現化させる」

「そう。魔力を燃料にして外に放出する器官。それを魔力回路と呼ぶの。私の剣はそれを組み込めるように研究してるの」

 

 

 そのメリットは()()()()()()()()()()()()()()()()。壊れない不壊属性(デュランダル)の剣ではあくまで付与に()()()()()()であり、リースの鍛つ剣は付与を効率よく促し、強化された剣の負荷を外へと逃す。【神秘】の習得により、それが可能となったのだが、鍛治としての練度は発展アビリティが無ければ限界値まで達している。

 

 

「いつか聖剣すら超える剣を生み出す。それが私の目標よ」

 

 

 いい目標だ。

 私も英雄になりたいと思っている。だったら彼女が鍛つ武器はきっと聖剣を超えてくれる気がする。そんな気がしてならなかった。

 

 

「気に入った。リース、直接契約しよう」

「本当!?」

「冗談でこんな事言わないよ。Lv.3まであとちょっとなんでしょ?ならダンジョン探索にも行こう」

「うん、よろしくルージュ!」

 

 

 お互いに握手を交わし、私達は直接契約を結ぶ事になった。

 

 





 リース・ファンロッテ  
 Lv.2
 二つ名【翡槌(ひづち)

・剣に回路を組み込む新しい手法を研究及び挑戦している。
・発展アビリティは【神秘】
・魔法の才能は桁外れ









 彼女にはルージュに伝えていない秘密がある。


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第三十歩

 ダンまちの映画見たー?ネフリにあるぜ。


 

 

 一週間はあっという間に過ぎた。

 リースと中層に挑んでは逃げて、再アタックしては息を切らしたり、フィルさんとレフィーヤと会って並行詠唱の特訓をしたり、ベルとサポーターのリリと一緒にダンジョンに向かったりと、まあ結構充実してた。

 

 

「よっ、アイズ」

「ルージュ!見送りに来てくれたの?」

「まあね。遠征、頑張って」

「……帰ったら、また歌を歌ってくれる?」

「いいよ。リクエストは決めておいてね」

 

 

 アイズが遠征に行く前に私を抱き締めてきたので頭を撫で、生きて帰ってこいと鼓舞して背中を押した。

 

 

「ベートさん」

「あ"っ?」

「死ぬなよ。遠征頑張ってね」

「殺す」

「なんでっ!?」

 

 

 ベートは格下に心配される事に憤慨し中指を立て、闘志をギラつかせていた。

 

 

「フィンさん」

「ん?ルージュか、見送りかい?」

「対精霊の魔法は頭に入ってる?」

「問題ないよ。この後かい?外に出るのは」

「うん。頑張ってね。あと、ちゃんと『冒険』してきなよ」

「ああ、君も気を付けて」

「お互いに」

 

 

 同族として超えるべき目標の人に手を振り、そこそこ親しい人達の見送りが終わり、私とエレ様は透明化のローブと兜を被り、一か月半ぶりにオラリオの外へと出た。

 

 

 ★★★★★

 

 

 私達はオラリオの外の森の中にいた。

 アスフィさんが生み出した飛行を可能とする靴『飛翔靴(タラリア)』によってエレ様と私を抱えて森まで移動していた。二人抱えて飛べるのかと思ったが、私は小人族、エレ様も軽いので余裕だった。ただ、俵持ちした事は許さん。

 

 エレ様も長距離移動に若干疲れたので少し休憩する事になった。

 

 

「ありがとう【万能者(ペルセウス)】。手引きしてくれて」

「いえ、元はと言えばヘルメス様から貴女方を連れてきて欲しいという指示もあったので」

「顔合わせって事?」

「恐らく、私達が現在行っているクエストを手伝ってほしいとの事でしょう」

 

 

 まあ確かにオラリオの外の依頼なら暗殺者などの心配は無さそうだし、【ヘルメス・ファミリア】は中位派閥だ。バレた所で多少は返り討ちに出来るだろう。あの怪人(クリーチャー)が外に抜け出してまで私を追うとは思えないし。

 

 

冒険者依頼(クエスト)ねぇ……どんなの?」

「それは本人が語ってくれるでしょう」

 

 

 信号弾を上に向けて放つ。

 

 

「ん?信号弾って、居場所バレない為に透明化したのに」

「此処まで来れば問題ないでしょう。来ますよ」

 

 

 影が視界を覆う。

 空を見上げると巨大な蹄のついた足、剛翼で羽ばたき、地に降りるそれに反射的にエレ様を背に警戒し、目を見開いた。

 

 

「竜!?ワイバーンじゃん!?」

 

 

 リースによって打たれた新しい剣を鞘から抜く。

 結構手に馴染む。回路を組み込んだ剣は自分の身体の一部と思わされるくらいにしっくり来る。早くもコイツの実戦となるのかと思ったその時、アスフィさんが右手で制する。

 

 

「剣はしまいなさい。既に調教済みです」

「……先に言ってよ」

「ビックリしたのだわ。というか、調教(テイム)ってことは」

「ええ、【ガネーシャ・ファミリア】から借りたものです。雛の頃から育てたらしいのでどんな命令も聞きます」

「えっ、もしかして乗っていくの?どれだけ遠いの?」

「三体も居ますし、二人乗りでもないので此処からなら一週間もかからないでしょう」

 

 

 まあそれならいいか。

 ワイバーンで遠い所まで行けば尚更追いかけて来ないだろう。というか、そのヘルメス様が居ないという事は、オラリオから私達を案内する為にアスフィさんは使いっ走りされたのか。口に出さないけど。

 

 

「使いっ走りだったのね」

「ええ、一度あの神は死ななきゃ治らないんじゃないですかね…!ほんっっとにあのヘラヘラした顔に一発ぶち込みたい…!!」

「あっ、えっと……頑張って」

 

 

 エレ様、正直に言っちゃダメ。

 この人結構苦労人だろうから、その言葉だいぶ地雷だった。日々の恨みが口から溢れるアスフィさんに乾いた笑みを浮かべるしかなかった。

 

 

 ★★★★★

 

 

 エレシュキガルは考えていた。

 エレシュキガルはヘルメスという神は断片的とはいえ知っていた。ヘルメスは商業,旅人,そして約定を知る神。

 

 舞台を静観し、中立に動くとされるのがヘルメス。そのヘルメスが何故わざわざアスフィに使いっ走りを頼んだ?

 

 ヘルメス自身が何かを企んでいるのか、それとも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 アスフィの言葉を思い出す。

 

 

『三体も居ますし、二人乗りでもないので此処からなら一週間もかからないでしょう』

 

 

 二人乗りでもないから一週間もかからない。

 この言葉に引っ掛かった。つまり()()()()()()()()()()()()()()。ヘルメス自身が迎えに来る筈だった。

 

 興味があった筈だ。

 世界最速記録(レコードホルダー)持ちのルージュを見てみたいと思っていた筈の主神が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。『飛翔靴(タラリア)』を持つアスフィに任せなければならない事態だった。

 

 

「……【万能者(ペルセウス)】。この依頼について今話しなさい」

「えっ、今ですか?本人から伝えると言伝が」

「話せと言ったのだわ」

 

 

『畏怖』が発動される。

 その恐怖にアスフィは目を見開き、冷や汗を流す。ワイバーンも怯えて、まともな飛行が出来なくなる程に。

 

 その様子にルージュは「どうしたの?エレ様」と首を傾げた。ルージュは怯えていないが、いきなりの『畏怖』は想定外だったのだろう。

 

 

「ルージュを連れてこなければならない事態であるなら、私達にその情報を開示する義務はある筈」

「で、ですが……」

「出なければ私達はヘルメスの所まで向かわないわ。大方、依頼主が居るのでしょう?」

 

 

 エレシュキガルはヘルメスを信用していない。

 二十四階層はウラノスの私兵がルージュに直接依頼していた。【ヘルメス・ファミリア】も恐らくはウラノスによって動かされている。

 

 ウラノスを信じていないわけではないが、何か裏がある事は明白。中立のギルドが大手ファミリアに依頼すればいい話を【ヘルメス・ファミリア】を使って調べてる時点で何かおかしい。

 

 糸が絡まっている。

 ウラノス、ヘルメス、ロキ、ディオニュソスの神々。

 穢れた精霊、怪人、未知のモンスター、そしてその盤面をひっくり返せる力を持つルージュ。

 

 ウラノスは祈祷を捧げている為、犯人候補からは外れる。祈祷を止めれば、ダンジョンに影響を及ぼせるからだ。多分穢れた精霊の調査こそ関わっているが、別件で何か裏がある。

 

 ロキも犯人候補から外れる。

【フレイヤ・ファミリア】がいても壊滅まで持っていけるし、眷属達は信念がある。それを捻じ曲げてまで下界を滅ぼそうとは思っていない筈だ。

 

 ヘルメスはグレー。

 ウラノスの秘密を知っていて、手を貸している可能性はある。だが、多分中立。確信は持てないのでグレー。

 

 ディオニュソスもグレー。

 エレシュキガルはあった事が無い。冥界を一時期騒がせた奴程度としかわからないので、判断しかねるが、貴公子みたいな神とルージュに言われ、知っている性格と少しズレているのでグレー。何なら割と黒だが、眷属は最大でLv.3くらいで微妙。

 

 穢れた精霊事件から神々の間でも結構ピリピリしている為、後々押し付けられるくらいなら先に聞いておかなければならない。

 

 ヘルメスの受けた依頼とは何なのか。

 ルージュの信頼もあり、アスフィに対しては信用こそしていたが、エレシュキガルはヘルメスの神意を知らなければルージュを向かわせる事はしたくない。

 

 観念したかのように、アスフィは口を開いた。

 

 

「……分かりました。私達【ヘルメス・ファミリア】に依頼してきた神は月女神のアルテミス」

「アルテミス?三大処女神の恋愛アンチが何を?」

「依頼は二つ。一つがエルソスの遺跡の監視。そしてもう一つは貴女を連れてくる事」

「私?なんで?」

「それは分かりません。ただ、ヘルメス様ご自身が彼女なら行けると会ってもいないのに言っていましたから」

 

 

 今回の依頼は恐らく例外。

 アルテミスは恐らくオラリオの事件に関係はない。善神で厳格な処女神がそんな事を企んでいるとは思えない。

 

 結論を言えばアルテミスが穢れた精霊との事件に関わっている可能性は低そうだ。

 

 エレシュキガルは思考を加速する。

 何故ルージュなのか、他の冒険者と違う所があるとすれば『聖域』を持つ事、精霊と契約している事。

 

 実質、ヘルメスはルージュが精霊と契約している事を眷属から知っている。この依頼にはもしかしたら精霊の力が必要になるかもしれない。

 

 

「私が知っている事は、エルソスの遺跡の付近での自然の急激な汚染、そして蠍型の未知のモンスターの増殖により近隣付近の村が壊滅している事、そしてその事態を止めるべく動いているのですが、それを止めるだけの鍵が足りないとヘルメス様は仰っていました」

「それで私……いや、でもなんで私なんだろう?」

「そこまでは……すみません。恐らく貴女が鍵だとするならこの事件を終わらせるために戦闘を行わなければならないかもしれません」

 

 

 気の抜けた声で「なんで私なんだろうなー」と呟くルージュ。

 というか、ヘルメスがなんでルージュなら大丈夫と確信を持っているんだ? ルージュは会った事もないのに。

 

 

「っ……」

 

 

 不安が募る。

 また、ルージュが危険な目に遭うのでは無いかという不安。いっそルージュと一緒に別の所へ逃げようかと考えようとしたその時、ルージュはエレシュキガルの顔を見て微笑んだ。

 

 

「大丈夫だよエレ様」

「ルージュ……?」

「ヘルメス様の事は少しだけ知ってるし、それに『約束』したでしょ?」

 

 

 誰も見た事のない、強くてカッコよくてどんな『理想』も叶えられる英雄になるルージュのその道を歩む事。だから置いていったりしない。その言葉は違えないと誓ったから。

 

 

「……ハァ、分かったわ。貴女に任せるのだわ」

「ありがとう。エレ様」

 

 

 ルージュの瞳に折れ、今回の事件は任せる事にした。

 こうして三人は飛竜(ワイバーン)の背中に体を預け、古代遺跡エルソスへと向かっていった。

 

 




アルテミス編 突入
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第三十一歩

 

 

 五日目の朝

 いよいよ空の旅にも飽き始めていた。流石に遠くて何も無いとただお尻が痛くなる。空の旅でステイタスが伸びるわけもなく、ルージュは欠伸を噛み殺した。

 

 

 

「そろそろです。見えてきました」

「ん…、そろそろ……えっ?」

 

 

 その光景に私もエレ様も目を疑った。

 

 ()()()()()()()()

 森は枯れ果て、泉は黒く、地面はまるで燃え尽きた灰のように乾いて死んでいる。遺跡から徐々に森の命を奪っているようだ。

 

 

「っ……!!」

 

 

 感じる。

 トワが居る私だからこそ感じ取れる

 

 これは()()()()()。そして精霊とは別の力が遺跡から感じ取れる。私のスキル【精霊同化(スピリット・クロス)】にて発現した新しい発展アビリティ【共鳴】によって、今まで微かに感じ取れていた力がこれまでに無いほどに伝わる。

 

 これはダメだ。

 身体が震えて、胸の動悸が早くなる。精霊の力なんて比じゃない程の力の奔流、そしてそれが遺跡の中で暴れている。まるで檻を破るかの如く、あの遺跡から吐き気がする程の力が渦巻いている。

 

 このままじゃ駄目だ。

 私は【精霊同化(スピリット・クロス)】を発動する、魔力の奔流がワイバーンの上で渦を巻き、背中には青みがかった精霊の羽、瞳は翡翠色へと変貌する。『聖域』を展開し、あの力に干渉すればどうにか出来––––

 

 

「––––やめなさいルージュ」

 

 

 全力の『畏怖』が私の行動を止めた。

 その声が怖く、姿が恐ろしく、魂が震えるような、凍える極寒の海に身を投げたかのような錯覚に、思わず息を呑んだ。

 

 

「……エレ…様」

「貴女が何を感じ取れたかは私には分からないのだわ。けど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 その言葉に私は冷静さを取り戻す。

 

 

「それでも貴女は救おうとするんでしょ?」

「……それは」

 

 

 言葉が出ない。

 その通りだった。きっと私はそう動いていた。

 

 

「それは貴女の悪い所。だけど、それが貴女の良い所でもある」

 

 

 無茶無謀は悪い所だ。

 でも、助け出したいと思える優しさは良い所だとエレ様は告げる。でも、今のは余りにも冷静じゃなかった。

 

 

「先ずはヘルメスの部隊と合流しましょう。全て救うという絵物語を実現するなら、焦っちゃダメよ」

「––––はい」

 

 

 私はトワとの同化を解除する。

 翡翠色の瞳は元の深蒼色(ネオンブルー)へと戻り、羽は消えた。エレ様は私の気持ちを察してくれたのだろう。私は精霊や救いを求める者の声を聞く事が出来る。まあ、自分から聞ける訳ではないが、それでも聞こえてしまった。

 

 ––––私を殺して。

 

 その言葉が誰のものだったのかまでは分からない。

 けど、その言葉が許せなかったのだ。いつもの自分を抑えられないほど、その言葉が嫌いだった。だからどうにかしたいと思った。無鉄砲過ぎた。何も知らないのに。

 

 

「………」

 

 

 もう少し、大人にならないとな。

 そう思いながら右手を見る。私の指からほんの僅かに血が流れていた。

 

 

 ★★★★★

 

 

 死んだ森から少し離れた崖の近くに拠点を構えて監視を続けているらしい。それは何でも、未知の蠍型のモンスターの襲来はあの遺跡付近から生み出された怪物だと断定され、あの付近で拠点を構えるのは不可能となり、遠目からでも確認できる位置に野宿しているようだ。

 

 

「ただいま戻りました。ヘルメス様」

「おお、戻ってきたかアスフィ。済まないな、使いっ走りを頼んで」

「殴っていいですか」

「それは困る!?悪かったな、()()()()()()()()()()()()。だから一番速く迎えるお前じゃなきゃ、無理だったんだ」

 

 

 済まないな、と頭を撫でる好々とした青年の神。顔を赤くして、溜め息を吐き、「私は先に休んでいます」とアスフィさんはテントに引き篭もっていく。【ヘルメス・ファミリア】の団員の人達にも手を振ると、軽く笑って手を振り返してくれた。

 

 そして、その主神が私の前に立って自己紹介を始めた。

 

 

「やあ、初めましてルージュちゃん、そして冥界の女神エレシュキガル。俺はヘルメス、アスフィ達の主神さ」

「うおお、聞いてた通り胡散臭い」

「この男、絶対ロクデナシなのだわ」

「初対面で酷くね?というか、俺の事を知っていたのかい?」

 

 

 まあ、神様の性格についてはオラリオに行く前に出会った神様から聞いた事がある。ヘルメス様は胡散臭いけど、熱い神だと聞かされていたし。

 

 

「まあ、ヘルメス様を知っている神様から聞きました。私がオラリオに向かう前の数週間の付き合い程度でしたけど」

「へぇ、因みに誰なんだい?」

「神エレンとか言ってました。多分偽名ですけど」

 

 

 一瞬、ヘルメス様の目が見開かれると納得したようにケラケラと笑った。多分、神エレンの本名を知っているのだろう。

 

 

「ああ成る程、そういう事か。まあなんだ、積もる話は色々あるんだが、その前に彼女を紹介しないとね」

 

 

 森の奥から出てきたのは私と同じ蒼髪で凛々しいという言葉が似合いそうな狩人の姿をした女神様だ。その美貌に少しだけ見惚れると、エレ様が後ろから両頬を引っ張ってきた。

 

 

「初めまして、私の名はアルテミス」

「えっと、初めまして。私はルージュ。此方は私の主神、エレシュキガル様です」

「済まないが、直ぐに試してほしい事がある」

 

 

 付いてきてほしいと言われ、私はアルテミス様の背中についていく。少し歩いた先には、地面にクレーターの跡が残され、その中心に原因らしき槍のようなものが刺さっていた。

 

 

「水晶と、槍?」

「ああ、これを引き抜けるか試してほしい」

 

 

 唐突の頼みに困惑するが、私も一応気にはなっていた。あの遺跡の中の力と少しだけ類似しているような感覚があったから。槍は何処からか発生したかも分からない水晶に刺さり、普通の人では抜けなさそう。ましてや私でさえ深く刺さっているのなら抜ける気はしないが……

 

 

「……分かりました」

 

 

 私は槍に触れる。

 不思議な力が槍の中に込められている事を肌で感じ取れた。

 

 

「これって……」

 

 

 そして槍を掴む。

 この力はまるで、神様のそれだ。考えている内にピキピキと嫌な音を立て、パリンッ!!と硝子細工のように水晶が砕け散った。

 

 槍から感じるこの力はアルテミス様の……

 

 

「……オリオン」

「へっ?」

「……ああ、済まない。頼んでおいてアレだけど、貴女が引き抜けた事が少し不思議で」

 

 

 オリオン?

 というか、抜ける事が不思議?その意味が分からなくて私はエレ様に視線を寄せる。エレ様は複雑そうな顔をしていた。

 

 

「どういう事?」

「アルテミスの神話ではオリオンと呼ばれる者は射抜く者とされて、その英雄は()なのだわ」

 

 

 

 その言葉に呆気に取られ、アルテミス様を見ると目線を逸らされた。エレ様の言っていた事が正しいのなら、男しか抜けない筈だ。

 

 にも関わらず水晶が砕けたという事は……

 

 

 

 

 

「………まさか、男と誤認された?」

「……真実は槍のみぞ知るのだわ」

 

 

 

 

 

 槍を地面に叩きつけた。

 

 

「ふっざけんなあああぁぁぁぁ!私を男と認識してたから抜けた!?確かに胸はないしチビかもしれないけど、男と間違えられる訳無いだろ!?試練とか抜けないアレとか名ばかりの嫌がらせか!?」

「いや、清廉潔白な人間なら抜けると言われているから女でも抜ける時は抜ける……筈」

「全くフォローになってない!せめて最後自信を持って!!」

 

 

 とんだ試練だ。帰ってやろうかと思った所を先読みするようにアルテミスが腰を掴んで離さない。ええい離せ!女神様に不敬な事出来ないから振り払えないんだよぉ!!

 

 

「本っ当に申し訳ないが、付き合ってほしい!その槍でしか、今回の事件は解決出来ないんだ!!」

 

 

 大分必死なアルテミス様はジタバタと暴れている私に懇願するように掴んでいた腰をさらに強く抱きしめる。その時、私はある事に気付いて、冷静になった。

 

 

「……ハァ、とりあえず納得出来るだけの説明をください」

 

  

 あの遺跡の事も、今回の依頼も分からないが、神を除いてルージュだけが感じ取れたその違和感。この人は本当に神様なのかと疑ってしまうほどに、()()

 

 この人はまるで……幽霊のようだ。

 

 




 
 ルージュのイメージのスケッチです。
 
【挿絵表示】


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第三十二歩

 

 

 アルテミス様の話を聞いた所、エルソスの遺跡には精霊達が封印した古代のモンスターが存在する。その名は『アンタレス』という蠍型の怪物。最近の未知の蠍型モンスターはその『アンタレス』の増殖らしく、怪物が怪物を産む『食人花(ヴィオラス)』と似たような性質をしている。

 

 そのアンタレスがもう暫くすると精霊達が封じた結界を壊してしまうらしい。その異常事態が進むと、下界を蠍が埋め尽くすほどになるらしく、そうなれば待っているのは破滅らしい。

 

 そして、それを屠れるのはこの槍らしいのだが……

 

「………」

 

 

 妙にキナ臭い。

 何故、この槍でなければならないのか。

 

 

「ねえヘルメス様。封印が解かれそうな原因って」

「それは俺の口からは言えない。俺はあくまでアルテミスの願いを叶えようとしただけだからね」

 

 

 今はヘルメス様でさえ言ってはいけないらしい。

 きっと言ってしまえば私はこの依頼を降りたくなるからか。今言えない理由はこの槍でなければならない事の意味なのだろう。

 

 

「分かった。私の眼で見て確かめるよ」

「ああ、決行は明日。俺達は『アンタレス』を討つ。今日は旅の疲れをゆっくり癒していこう」

 

 

 そうさせてもらおう。

 飛行の旅も流石に疲れとストレスが溜まる。コンディションを整えないと身体は思うように動けない。

 

 槍を握りしめ、私は近くの滝まで向かった。

 

 

 ★★★★★

 

 

 ザアザアと流れ落ちる滝に打たれながら、ルージュは瞑想を始めた。槍を握りながら、ルージュだからこそ抜けた槍の本当の意味を頭の中で整理していく。身体が濡れ、滴る水が肌を撫でる。

 

 水浴びが好きだ。

 自分を覚ましてくれるようで、熱い気持ちを洗い流してくれる。滝に打たれる事も雨も嫌いじゃない。寧ろ好きだ。

 

 この感覚に身を委ねながら、ルージュは歌を紡いだ。

 

 

「〜〜〜〜♪」

 

  

 少年希望隊より抜粋『嬰児の旅路』

 何も知らない小さな赤ん坊が子と間違えた狼に乗って旅をする摩訶不思議な童話。偶にこの歌を歌いたくなる。小さな赤子のちっぽけな冒険は心を震わせ、何処までも青い空に歓喜した。

 

 ゆっくりと『聖域』を広げる。 

 滝に打たれながらも歌うルージュはまるで人魚のようで、木々は笑うように木の葉が風に吹かれ、大地は祝福するように小さな光を灯し、滝から流れ落ちる水に広がる『聖域』が自然と魔力を集めていく。

 

 精神力を大して消費せず、自然の恵みを吸収するルージュはゆっくりと閉じた眼を開く。

 

 

「処女神が覗き見ですか?意外とムッツリ?」

「違っ、なんだ気付いていたんだ」

「ヘルメス様もね」

「おや、バレてたかい」

 

 

 案の定、二柱の神が草陰から姿を現した。

 ルージュは滝から出て、一度木陰に隠れて服を着替え、タオルで頭を拭きながら答える。

 

 

「全く、視線が複数もあれば気付くに決まっているでしょう。それで、何か御用ですか?」

「いや、ちょっぴり話がしたくてね」

 

 

 何処か好々としていた表情だったヘルメスは真剣な眼差しで頭を下げていた。

 

 

「二十四階層の事件。君がいなければアスフィとキークスが死んでた。––––ありがとう、俺の眷属を救ってくれて」

 

 

 意外だった。

 この神は好々として胡散臭いけれど、ちゃんと自分の眷属の事を大切にしている。聞いていた通り、芯のある神だとルージュは思った。

 

 

「お互い様です。私も護ってもらいましたから」

「ああ、それでもだ。御礼を言いたかったのさ」

 

 

 神の価値観は違えど下界で自分が愛した子が死なれたら中々に堪えるものがある。エレシュキガルはまだ失った事はないが、きっとルージュが死ねばどうなるか、不思議と想像出来る。

 

 神だって感情はある。

 だから、大切な子が死んでしまうのはきっと辛いのだろう。

 

 

「アルテミス様」

「何かなオリオン?」

「いや、私はオリオンじゃないです。ルージュと呼んでください」

 

 

 オリオンという英雄と重ねているのなら、それはやめてほしかった。それはきっと、重ねてしまえばそれはルージュという存在ではなくではなく、別の人間だ。

 

 この神様はどこか諦めている。 

 自分を悲観していて、そんな運命を受け入れている。

 

 

「ねえアルテミス様。私は、英雄になりたいです」

「オリオン?」

「全部救えて、誰も見たことのないカッコいい英雄になりたいんです」

 

 

 星空を見て、思い出す。

 英雄になりたいと思ったのはいつだったか。自分だけの英雄の物語を紡ぎたい。それは見返す為、負けたくない為、そして失いたくない為にルージュは駆け上がろうとする。

 

 この夢はきっと幻想だ。

 理想論、夢物語、絵空事でまだ強くもないルージュの英雄幻想。

 

 それでも、そう在りたいと心から思うから、ルージュは笑って告げた。

 

 

 

 

「だから、()()()()()()()()

 

 

 

 

 ルージュは真っ直ぐに宣戦布告した。

 いつかの酒場の時と同じ。必ず、その願いを叶える為に諦めないとアルテミスの前で堂々と告げた。

 

 

「それは……」

「よし!私は明日最高のコンディションにする為にもう寝ます!サラダバー!!」

 

 

 ルージュは満足し、テントへ駆け足で戻る。

 滝の近くに取り残されたアルテミスは手を伸ばそうとするが、その手を下ろした。

 

 余りにも眩し過ぎた。

 余りにも綺麗事を信じ続ける愚者だった。

 

 そんな子に運命を託そうとしている自分が恨めしくて、それでも悟った上で彼女は笑って運命に抗おうとする。きっと、この物語の終焉に、彼女が傷付いてしまう事を知っていながら何も言えない自分が嫌になった。

 

 

「聡い子だなアルテミス。君はどうするんだい?」

「私は……いや、私は希望なんか持っちゃいけないよ」

「あの子がそれを望んでいなくてもかい?」

「それでも、他に方法なんてないだろう!!」

 

 

 アルテミスは声を荒げた。

 

 

「ああ、方法なんてない。俺は君を救える方法を知らない」

「だったら……」

「でも、()()()()()()()()。俺達でさえどうにもならない、神々でさえ投げ出したこの悲劇に彼女はどう動くのか」

 

 

 ヘルメスは星を見上げ、ルージュの選択に僅かながら期待をしていた。神々でさえ、解決出来ないこの物語をどう紡ぐか。

 

 

「俺はこの目で見てみたいのさ。エレンと偽名を使った神が見定めた、あの子の道を」

 

 

 かの女神が見定めた、英雄の卵の行く末を––––

 

 

 ★★★★★

 

 

 過去最高のベストコンディション。

 身体の調子も問題なく、新しい武器もまだ使っていないから問題無し。【ヘルメス・ファミリア】の準備は良さそうだ。

 

 遺跡の前まではすんなり来ることが出来た。

 蠍型のモンスターは居たが、大した強さではなかった。群れで行動している辺り、一体一体は然程強くない。数となれば脅威だが、行く手を阻む番兵には足り得なかった。

 

 

「さてもう一度確認だ。精霊の封印が解ける前に突入し、『アンタレス』を討つ」

「エレ様もついてくるんでしょ?」

「ええ、ちゃんと私を護るのよ?」

「はーい」

 

 

 物凄く馴染む剣を見る。

巨大花(ヴィスクム)』のドロップアイテムの棍棒のような物を加工して作られたこの剣は今まで使っていたどの武器より馴染む。

 

 短剣でも刀でもなく、リーチがあり振りやすい。

 今までの武器は繊細だったからこそ、何より硬くて壊れない頑丈な剣が一番しっくりくる。下手をすれば第二級武器に迫る。

 

 頼もしい限りだ。

 

 

「では、門を開ける」

 

 

 アルテミス様が遺跡の門に触れる。

 月と狩人の矢の紋章が光り出し、門が開かれる。

 

 

「……っ!」

「なんだよ…コレ……」

 

 

 その光景は遺跡というには余りにも悍ましい。

 地面、天井、遺跡の至る所に卵のようなものが植え付けられ、産まれてくるのは蠍の怪物。入り口付近の番兵などと比べ物にならないくらい大きい。

 

 

「古代のモンスターと呼ばれるだけはあるわね。モンスターがモンスターを産む存在は知ってはいたけど。ルージュ、トワ、魔法で蹴散らしなさい」

「了解。トワ行くよ!」

 

 

 スキル【精霊同化(スピリット・クロス)】を発動し、剣を振るい、蠍を斬り殺しながら詠唱を始める。

 

 

「『––––閃光よ、駆け抜けよ、闇を切り裂け』」

 

 

 右手に魔力が集まっていく。

 使用するのはトワの精霊光魔法。その威力と魔力だけなら【千の妖精(サウザンドエルフ)】に匹敵する光の波動。

 

 並行詠唱の特訓時に気付いた。

 私はトワの魔法では並行詠唱が出来る。トワと同化している時は、私がどれだけ激しく動いても()()()()()()()()()()()()()()()()。つまり同化中は私は並行詠唱が出来る。

 

 剣を振るい、蠍を殺しながら、並行詠唱するその姿に本当に一月前に冒険者となったのかと驚愕してしまう。

 

 

「『代行者たる(わたし)が命ず、光の化身、光の女王よ』」

 

 

 装填された魔力に後方にいるメリルは震え上がる。

 この魔力は普通の魔道士を凌駕する。同じ同胞の桁外れの力に絶句する。そして詠唱は完成する。

 

 

「【ライト・バースト】!!」

 

 

 無数に拡散する光の波動が遺跡に寄生した卵ごと蠍を蹴散らしていく。そして開かれた道に、一同走りだす。

 

 

「相変わらず規格外ですね、精霊の力の行使は」

「何回も使えるわけじゃないけどね。さあ行こう!」

 

 

 恐らく今の限界は三発程度。

 スキルに超消費と書いてあるのは伊達ではない。短文詠唱でさえ三発が限界だ。『魔力回復薬(マジック・ポーション)』を受け取り、魔力を回復させながら私達は遺跡の奥へと走り出した。

 

 

 





 神エレンについて

・ルージュがオラリオに向かうきっかけとなった神
・ヘルメスを知っている。
・他の神とも知っている人は面識がある。
・多分偽名である。
・エンカウントは十四歳の頃。
女神


 神エレン、一体何者なんだ……。


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第三十三歩

 

 

 斬っても斬っても湧き出てくる蠍に苛立ち始める。

 幾らなんでも多すぎる。これでは前に進むどころか、津波のように押し返される。

 

 

「っ、数が多い!」

 

 

 百は斬り殺しているのに一向に減らない蠍の大群。

 卵ごと潰したところで遺跡が入り組んでいてそれこそ卵の数は数千は超える。一々相手していたらキリがない。

 

 特に『アンタレス』を倒すには魔力は節約しておきたい。開幕ブッパは必要経費だとしても、まだ中盤だ。ここであのスキルを使うには早すぎる。

 

 

「っ……!?」

 

 

 突如、蠍の尾が私の剣を弾く。

 剣が通らずに押し返され、毒針を携えた尾を突き出す。慌ててそれを体を捻って躱す。

 

 

「うおっ!?っぶなっ!?」

 

 

 もう一度、今度は死角から剣を振るうが、装甲が硬く刃があまり通らない。

 

 

「おかしい……この蠍、徐々に強くなってない?」

「『自己増殖』『自己進化』。番兵の中でもとびきり強い存在が現れたという事は」

「『アンタレス』が近いのだわ」

 

 

 このまま時間取られても生み出されて板挟みだ。無限とはいかないが、ほぼ無尽蔵に増殖し、進化していく蠍が更に増えるならジリ貧になる。

 

 

「ファルガー、任せられるか?」

「分かった。つっても長くは保たない。良くて三十分が限界だ」

「よし、アスフィ、キークス、ルルネ、ネリーはルージュちゃんについて行け。他は足止め、部隊を分ける」

 

 

 サポーターのネリー以外で最短で行けるメンバーを即座にヘルメスは導き出し、三柱をそれぞれ抱える。抱える人間は全員Lv.3以上なら神の危険も問題ないだろう。

  

 

「死ぬなよ!」

「そっちこそ!」

 

 

 私達はファルガーの部隊を足止めに残し、少数精鋭のパーティで最深部に向かった。

 

 

 ★★★★★

 

 

 最深部目前、神を背負うアスフィ、キークス、ルルネと先陣を走り襲い掛かる蠍を駆逐するルージュ。サポーターのネリーは荷物を抱えて最深部まで走っていく。

 

 しかし、小さな呻き声が聞こえて振り返る。

 アルテミスが苦しそうだ。痛みを必死に耐えているようだ。

 

 

「アルテミス様、大丈夫?」

「ああ…、大丈夫さ」

 

 

 アルテミスは胸を抑えて苦しんでいる。

 早く『アンタレス』を倒さなければ、ずっとこのままだ。最後の蠍を殺し、私達は遺跡の最深部まで辿り着いた。

 

 そしてその光景に目を疑った。

 

 

「……やっぱり、そういう事か」

 

 

 そこに居たのは大型の蠍だった。

 触手が遺跡に絡みつき、遺跡の中を歪め、そこから溢れ出すのは……

 

 

「あの声は–––––貴女だったんだね、アルテミス様」

 

 

 アルテミスの『神の力(アルカナム)』だ。

 蠍の中心部、核と呼べる部分にアルテミスが封じられていた。水晶の中のアルテミスは目を瞑り、まるで死体のようで、それを陵辱する古代の怪物『アンタレス』が『神の力(アルカナム)』を奪っている。

 

 

「……そんな、事」

「アルテミスを喰った古代の怪物、それが『アンタレス』だ」

 

 

 だから、殺してほしいと言っていたのだ。

 アンタレスはまだ精霊の結界を破れていないという事は『神の力(アルカナム)』を使いこなせていない。だが、使いこなせるようになってしまったら、下界で『神の力(アルカナム)』が振るわれる事になる。そうなれば待っているのは破滅だ。

 

 

「ふざけんなっ……!」

 

 

 私は『アンタレス』に突貫する。

 全筋力最大、出し惜しみなくトワの力を借りる。翡翠色の瞳と青みがかった精霊の羽の顕現、今のルージュの引き出せる力を全て魔法に紡ぐ。

 

 

「『––––閃光よ、駆け抜けよ、闇を切り裂け、代行者たる(わたし)が命ず、光の化身、光の女王よ』!!」

 

 

 右手に収束された魔力が『アンタレス』に向けられる。アルテミスを狙わないように本体のみを狙い、そして魔法を放った。

 

 

「【ライト・バースト】!!」

 

 

 その魔力は今まで相手にしてきた蠍なら塵にできる程の破壊力。それがアンタレスに直撃する。

 

 しかし……

 

 

「嘘…だろ……!?」

 

 

 目の前の怪物の装甲さえ傷付いていない。

 あの魔法は今ルージュが撃てる最高の攻撃魔法だ。それが、まるで通じない。

 

 アンタレスの口が開く。

 そこから展開されたのは無数の魔方陣。そこから放たれたのは白き月の光を携えた神の矢。圧倒的な数の矢が一斉に斉射された。

 

 

「がっ……!?」

 

 

 上手く躱しても右肩、左脚、脇腹に矢が突き刺さる。

 あり得ない魔力、あり得ない力、捌けたのはまだこれで『神の力(アルカナム)』を制御出来ていないからという馬鹿げた話だ。

 

 

「マズッ、床が崩れる!俺とエレシュキガル、アルテミスを……ってアルテミス!?」

 

 

 地面が崩れて落ちていく。

『アンタレス』も私も崩落により遺跡の地下へと落ちていく。

 

 

「オリオン!!」

 

 

 地面に落ちていく中、アルテミスは手を伸ばし、最深部の地面全てが崩壊した。

 

 

 ★★★★★

 

 

「かはっ、げほっ、くぁ…!」

 

 

 右肩、左脚は深くはないが、脇腹はかなり深く突き刺さった。直ぐに治癒魔法を発動しようとすると、自分の落ちた場所を見て詠唱が止まった。

 

 無数の死体だ。

 ほぼ刺殺。あの矢に殺されたのだろう。死んでから多分一月前も経っていない。しかも女の人ばかりだ。

 

 

「オリオン!大丈夫か!?」

「アルテミス、様」

 

 

 脇腹から血が滲み出る。 

 矢は抜かない方がいいか。変に抜くと血が更に出そうだ。抜くとしても回復魔法を使う前だ。

 

 

「たとえ精霊の魔法でも無理だ!『アンタレス』を討つには、その矢しか……!!」

「この人達は…貴女の……」

 

 

 ドワーフ、エルフ、ヒューマン、様々な人達の死体だが、恐らくLv.2くらいはありそうな身体つき。しかも刻まれていたエンブレムには月女神の矢と三日月が血に滲みながら地面に落ちていた。

 

 

「っ、ああ私の眷属達だ。ずっと、この遺跡にいて墓も作れなくて」

 

 

 アルテミスの眷属はきっと助けに来たのだろう。怪物に攫われてしまった彼女を救う為に必死になって、助けようとして殺されたのだ。

 

 

「もう、他に方法はないんだ」

 

 

 アルテミスは震えた手でルージュに懇願するように手を握る。

 

 

 

 

 

「お願いだオリオン。私を穿ってくれ、その矢しかないんだ」

 

 

 

 

 アルテミスはルージュに非業の運命を押し付ける事を承知の上で、それでも彼女に懇願した。とても醜くて、神殺しなんて最低な事を押し付けようとしている自覚はあった。

 

 それでも、アレが止まらなければ下界は終わりだ。

 頼む、と言ったアルテミスに対してルージュは俯き呟いた。

 

 

 

 

 

「……ウザいな」

「えっ?」

「ああウザいな!本当にウザったい!そうやって悲観して、運命を諦めて被害者ヅラしてるアンタが何よりもウザったい!!」

 

 

 私は叫んだ。

 傷も痛みも気にせずに激情のまま叫んだ。

 

 

「そんなもの()()()()()()()()()()()()()!押し殺して運命を受け入れているアンタを見てるとイライラする!!」

 

 

 私は知っている。

 助けてと言ってくれても救えなかった人を知っている。それしかないと分かっていても抗っていた偉大な母を今でも覚えている。

 

 

「でも、私にはそれしかないんだ!!」

「そんな事聞いてない!!違うだろ!この人達を見たら分かる筈だろ!」

 

 

 運命に抗って尚死んだ母を知っている。 

 これしかないって、どうしようもないからという運命を受け入れて抗おうともしないアルテミスを見ていて苛立ちを隠せなかった。

 

 自分が生きたいと望むことが悪と決めつけて、本心を押し殺して救いを求めないようにと意地を張っている馬鹿な女神の胸倉を掴んで手繰り寄せた。

 

 

「アンタのその願望はアンタを助けたいと必死で戦ってきたこの人達に言える事なのかよ!!必死で戦ってきたアンタの眷属に、助けに来る事は無駄だったんだと唾を吐く事なのか!?違うだろ!!」

 

 

 この人達はきっと助けたかった筈だ。

 方法なんて分からなくても、アルテミスに生きてほしいと思って助けようとしていた筈だ。

 

 

「私が聞いているのは、()()()()()()()()とかいう悲劇の運命なんかじゃない!!女神アルテミスとして、アンタがどうしたいかを聞いてるんだよ!!」

 

 

 ブシュッ、と脇腹から血が溢れる。

 痛みで意識を失いそうだ。それでも、私は知らなければならない。

 

 

「私は……」

「ぐっ……、我儘になっていい、我欲まみれでもいい、それでもアルテミスがしたい事は何だ…!?」

 

 

 血が滲んで、痛みが広がって視界がチカチカし始める。それでも、聞きたかった。使命だとか運命だとか、そんなものを抜きにしてアルテミスの想いは何なのか。

 

 

 

「……生きたいよ」

 

 

 

 アルテミスはポツリと口にし始めた。

 

 

 

「生きて、眷属達に謝って、また下界の子達と一緒に笑いあって……!」

 

 

 徐々に涙が溢れてきた。

 抑えてきた気持ちを全部吐き出した。

 

 

 

「死にたくない…死にたくないよっ!!」

 

 

 月女神はみっともなく泣いた。

 押し殺していた感情が決壊して、伝える筈ではなかった本心を曝け出していた。

 

 

「なんだ……ちゃんと言えるじゃん」

 

 

 安心した。

 ちゃんと、生きたいって言えた事に。罪を背負わなくてはいけなくとも、この事件が終わったところで許されない罪禍だとしても、ちゃんと生きたいって言ってくれた事に少し安心した。

 

 本心から死にたいと言われたらきっと私は救えなかったから。

 

 

「ちっぽけで頼りないかもしれないけど、それでも言うよ」

 

 

 脇腹の矢を抜き、握り潰して立ち上がる。

 血は流れて、満身創痍でカッコ悪いかもしれないが、お互いにカッコ悪い所を見せた同士、後はカッコいい英雄になる道を駆け上がるだけだ。

 

 きっと私だけじゃ、『アンタレス』は倒せない。

 私はまだ弱くて、ちっぽけな英雄幻想だ。それでも今だけは英雄みたいにカッコよく()()()()()()

 

 

 

「––––任せて

 

 

 ––––さあ、立ち上がれ。この悲劇を覆す為に。

 

 





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第三十四歩

 

 

 

 現状、普通の方法でアルテミスを救う事は不可能だ。

 

 どれだけ強力な魔法があろうと、アルテミスは『アンタレス』と融合し、『神の力(アルカナム)』が怪物の力と癒着して離れない以上、『アンタレス』を殺せばアルテミスも死に至る。

 

 この矢で穿っても結果は変わらない。

 恐らくこの矢は射抜くと言う概念が固定されている為、使ってしまえばアルテミスの神性を穿ち、送還されてしまう。

 

 だけど、この矢はアルテミスの半身。

 今いるアルテミスは矢に付随したアルテミスの意志で構成されている。要するに『神の力(アルカナム)』の宿ったアルテミスに通ずる触媒に足り得る。

 

 

「『紡がれし命をここに、永遠に輝く(ソラ)の星よ』」

 

 

 詠唱を紡ぐ。

 可能性は高くはないが、出来る事をやるだけだ。その為に、先ずはやらなければいけない事がある。

 

 

「『汝の名に基づき力を振るう事を赦してほしい。(ソラ)より来れ星の加護よ、穢れを祓う聖光を纏い、巡れ我が白き箒星よ』」

 

 

 私の全癒魔法【フロート・エクリエクス】は回復力だけならアミッドさんの魔法を凌駕する。脇腹や肩、脚の傷を修復していく。そしてもう一つ、詠唱を紡いだ。

 

 

「『集え小さな星々の願い』」

 

 

 ()()()()()()()()()

 私の魔法【スター・エクステッド】は魔法を収束、停滞を可能とする魔法。それを全身に停滞させ、()()()()()()()()()()

  

 停滞には発動前とは書かれてはいなかった。

 つまり、発動維持の状態で停滞する事も可能と言う事。【ソニック・レイド】の効果増幅からの加速とは違い、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 つまり、今の私は停滞を解くまで余程の事がない限り不死身となる。どれだけ傷を負おうが即座に治癒される。

 

 

「(脇腹も治った。後は気合いでどうにかする)」

 

 

 スキルを発動し、トワと同化を始める。

 私の『聖域』はトワと融合中は無条件で解放出来る。矢を握りしめ、地面に突き刺し、『聖域』に干渉させる。

 

 

「(ウラノス様が言っていた『聖域』の力。古の聖女のように『神殿の顕現』みたいな下界を歪めるレベルの出力は無理だけど、近い力が私にはある)」

 

 

 神殿の一時顕現を可能とした『聖域』は『神の力(アルカナム)』に干渉できる力を持っている。神殿の顕現レベルの『聖域』を持っていた古の聖女ルナは一体どれだけの『神の力(アルカナム)』を身に宿していたのか。考えるだけでゾッとする。

 

 

「(矢は『神の力(アルカナム)』を凝縮させて生み出されたもの、つまりはこの矢はアルテミス様に繋がっている)」

 

 

 現にアルテミスは苦しがっていた。

 矢の残留思念であったとしても、繋がっていなければ苦しむはずがない。

 

 

「(私が『神の力(アルカナム)』に接続(アクセス)し、『アンタレス』の支配から私の支配へと切り替える。そうすればアルテミス様を取り込んだ『アンタレス』は弱体化し、穿てるのは矢だけじゃなくなる)」

 

 

 人が神を支配するとか前代未聞だが、モンスターが神を支配しているなら不可能ではないはずだ。

 

 

「(その為には私が『神の力(アルカナム)』の受け皿にならなきゃいけない。どうなるか想像も出来ないけど、まあヤバいのは確かだな)」

 

 

 問題は支配の段階で私が『神の力(アルカナム)』を吸収し、接続しなければいけない事なのだが、先ず何が起こるかわからない。アスクレピオスが生き返らせる為に『神の力(アルカナム)』を調整した『蘇生薬』とは違い、此方は純正な力そのもの。下界を歪ませれる神の権能を一時的に私に宿す時点で、人の身で行使出来る力を遥かに超えている。

 

 過ぎた力は身を滅ぼす。

 どうなるか分からない。けど……

 

 

「上等だ……!」

 

 

 私は『聖域』を広げ、『アンタレス』を巻き込む。

 此処からは精神の勝負。神の力を奪い合う綱引き、『聖域』に流れ込むアルテミス様の力に推測は正しかったと心の中で歓喜する。

 

 しかし……

 

 

「ぐっ、ああああ……!?」

 

 

 身体が裂ける。

 身の程を知れと言わんばかりの力の奔流がルージュを内側から壊していく。血管が切れ、即座に修復。右肩が爆ぜ、即座に修復。眼球が破裂し、即座に修復。アミッドでさえ不可能な時間回帰にも等しい全癒魔法がなければ、今頃四肢が爆散していただろう。

 

 

「(壊れた側から治していけ……!)」

 

 

 身体が壊れては即座に修復。

 四割ほど『神の力(アルカナム)』を吸収した時、抵抗が更に強くなった。支配権の強奪に抗い始めた。此処からは正真正銘の綱引き。

 

 アンタレスが此方を向いた。

 力が抜け始めている原因に気付き、触手を振るう。ルージュは今は動けない。このままじゃ避けられない。

 

 その触手は爆発によって逸された。

 

 

「アスフィさん…!」

「無事で……めちゃくちゃ血塗れじゃないですか!?」

「私は今、此処を動けない!!五分でいいから足止め頼む!」

「ああもう……!やってやりますよ!!ルルネ、キークスは注意を拡散!ネリーは神々の護衛を!!」

 

 

 アスフィさんの指示で的確に動くキークスとルルネは『アンタレス』の注意を逸らし、ルージュから遠ざける。魔剣も爆炸薬(バーストオイル)も躊躇う事なく使っていく。

 

 ルージュは『神の力(アルカナム)』の制御に成功し、『アンタレス』から力を奪っていく。

 

 

「……っ!」

 

 

 簒奪が止まった。

 私一人では吸収し切れないのか、もしくはこれ以上の容量は全癒魔法があっても不可能だというのか。『アンタレス』からこれ以上奪い切れないというのか。

 

 奥歯を噛み締め、どうすればいいか模索する最中、私の後ろから矢を掴む女神の姿が視界に映った。

 

 

「アルテミス様……」

「すまない、私の我儘を聞いてくれて」

「そんな言い方……!」

 

 

 アルテミスは俯く事をやめた。

 

 

「今更かもしれない。だけど、任せるだけじゃきっと後悔する」

 

 

 アルテミスは前を向いた。

 今度は手を合わせてルージュと共に矢を握る。

 

 

 

 

「こんな私と一緒に戦ってくれるかい?()()()()

 

 

 

 

 アルテミスは運命に抗う覚悟を決めた。

 必死で戦って、傷付いているルージュに今も死にたいと思う事を恥じた。たとえ、大した力になれないとしても、それでも自分の為に戦ってくれる彼女の力になろうと共に手を取った。

 

 

「––––うん!」

 

 

 ぶわり、とアルテミスの神威が渦を巻いた。

 下界で『神の力(アルカナム)』を使う事はルール違反。だが、神が『()()()()宿()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()

 

 当然、前例などない。

 そもそも、神の持つ力に耐えられる人間など殆ど存在しない。だが、『アンタレス』のような簒奪とは違い、ルージュは支配しアルテミスを取り戻そうとしている。ルージュならば、アルテミスは自分の力として使う事が出来る。暴れ狂い、身体を壊していくアルテミスの力がルージュの中で安定していく。

 

 

「これなら……!」

 

 

 ルージュは『聖域』の力を一気に引き上げる。

 これ以上にない程に上がり続けた『聖域』は遺跡すら掌握するほどの高出力。『アンタレス』の中の神威が暴れ出し、苦しみ出した。

 

 

「キシャアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」

 

 

 だが……それでも届かない。

 七割は支配し、吸収出来たが肝心のアンタレスの中に残留している『神の力(アルカナム)』を奪えない。怪物も必死に簒奪される力を繋ぎ止める。

 

 

「っ……これでも、足りないのか!?」

 

 

 そろそろ精神力も限界だ。

 このままでは『聖域』が閉じてしまう。握り締めた矢に血が滲むほど掴んでいるのに届かない。力の集中で今にも張り裂けそうな精神に『アンタレス』は容赦なく簒奪を止めていた。

 

 もうダメだ、破られると思ったその時だった。

 矢から感じた不思議な感触に思わず顔を上げる。

 

 

「……えっ?」

 

 

 手だ。無数の手が矢を掴んでいる。

 透明で顔は見えないのに、それでも誰かがルージュ達が握っている矢を掴んでいる。不気味だと普通は思う筈なのに、どこか暖かくて、優しくて、助けようとする意志が見えた。

 

 

「お前達……」

 

 

 掴んで離さない。

 アルテミスを救おうと立ち上がった英傑の意志、それが『聖域』に形となって手を貸してくれている。

 

 そしてルージュは笑った。

 そして残った全精神力を注ぎ込む勢いで力の吸収を引き上げた。

 

 ピキリ、と『アンタレス』が閉じ込めていたアルテミスの結晶に罅が入った。

 

 

 

「いっけえええええええええええええええええええっ!!!!」

 

 

 

 ルージュは喉が張り裂けるほど叫んだ。

 アルテミスの『神の力(アルカナム)』の完全掌握。

 そして『アンタレス』に残った『神の力(アルカナム)』の奪取に成功。閉じ込めていた結晶は『神の力(アルカナム)』を失い、維持が出来なくなり砕け散る。

 

 地面に落ちていくアルテミスに矢を抜き、一目散に駆け出すルージュ。誰よりも早く、痛みも風も時間さえ置き去りにするように地を踏み締め、歌を紡ぐ。

 

 

「『駆け上がれ蒼き流星』!」

 

 

 紡ぐ詠唱は加速魔法。

 足元には蒼く輝く魔法陣が浮かび、魔法の効果を増幅させる。再び『アンタレス』がアルテミスを捕食しようと口を開く。この距離では間に合わない。ルージュの脚では届かない。

 

 

「【ソニック・レイド】!!」

 

 

 だが、そんな悲劇を覆さんともう一つのスキルが発動する。それは私の原点が昇華したスキル【反骨精神(リバイバル・スピリット)】が、回復の追いつかない私の損傷を喰らい、膂力に変換する。

 

 トワが居なければ、きっと助ける事は出来なかっただろう。聖女の原点を知らなければ、全癒魔法は発現しなかっただろう。誰よりも早く駆け上がると誓ったルージュでなければきっと届かなかっただろう。

 

 そんな積み重ねて出来た一つの奇跡。

 蒼き流星が月女神を怪物から掻っ攫っていく。一筋の軌跡を残して、『アンタレス』を超えた。

 

 

 

 そして––––漸く届いた。

 

 掌握した『神の力(アルカナム)』の全てを抜け殻となったアルテミスの器に注ぎ込む。持っていた矢は砕け散り、目の前のアルテミスは徐々に神威を取り戻していく。

 

 

「ハァ……ハァ……」

 

 

 ルージュは成し遂げた。

 血だらけの身体で、ボロボロになりながらも誰もが不可能だと匙を投げた『アルテミスの救出』を成し遂げた。

 

 目を瞑って眠るアルテミスを持ち上げ、ネリーの居る場所まで駆け出す。ネリーはバッグから『高等魔力回復薬(ハイ・ポーション)』を取り出し、ルージュに渡す。

 

 

「ネリー、悪いけどアルテミス様を預かって」

「そ、その怪我で闘うんですか!?」

「『突き進め(エイルス)』」

 

 

 増幅された治癒魔法の停滞を終わらせ、渡された『高等魔力回復薬(ハイ・ポーション)』を飲み干す。破壊と再生のせいか、負荷がかかりすぎて身体が重く感じる。だが、それでも闘おう。アスフィさん達でも荷が重いはずだ。

 

 

「ぐっ……!」

「アスフィ!?」

「テメッ、団長に何しやがる!!」

 

 

 空を飛ぶアスフィさんが叩き落とされた。

 悔しいが、アルテミスを解放した所でルージュでは勝てない。ポテンシャルだけならLv.4の怪物。仲間を頼らなければ倒せない。最後の力を全て注ぎ、スキルを発動する。

 

 青みがかった六枚の羽と翡翠色の瞳が顕現され、膨大な魔力がアンタレスを威圧する。

 

 

「これが最後の力だ」

 

 

 このままでは勝てないなら、()()()()()()()()()()

 

 体力的にも精神的にもあと三分。ルージュの最後の意地に、怪物は恐怖した。だが、それと同時に歓喜した。この英雄を殺し、絶望の物語を再び始めるか、この英雄が自分を殺し理想の物語を紡ぐか。

 

 喰うか喰われるかの弱肉強食。

 この最期の闘いに『アンタレス』もまた尾を奮い立たせた。

 

 

「勝負だ……!」

「キシャアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」

 

 

 最も最新の英雄譚の最後のページが綴られ始めた。

 

 





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第三十五歩

 

 

『うっわ…何これ』

『ドロップアイテムだけど……』

 

 

 ルージュを助けた『巨大花(ヴィスクム)』が残した棍棒を見てリースは若干引いた。二十四階層で手に入ったドロップアイテム。緑がかった棍棒なら武器に出来るのではないかと思い、持ってきた。そもそもドロップアイテムだが、見た事無かったらしくて換金できなかった。

 

 

『この棍棒の硬さ。多分()()()()()ね』

『はっ!?』

 

 

 その事実にルージュは驚愕した。

 深層クラスともなれば【ヘファイストス・ファミリア】の一級装備クラスの素材だ。

 

 

『貴女はラムトンって知ってる?』

『えっと……モンスター、だよね?』

『ええ、希少種のモンスター。階層を移動する怪物ね』

 

 

『ラムトン』

 それは深層付近に生み出される希少種。ポテンシャルはLv.4の怪物であり、その特性は()()()()()()()。ダンジョンの壁や床は硬い。そこには武具になる鉱石などが含まれているからだ。だが『ラムトン』はその壁を掘って移動する。

 

 

『稀に、階層を移動する際に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。階層の壁は鉱石で、しかも消化液によって生半可な金属じゃ溶けるからそれなりの強度の鉱石がドロップアイテムになったのね』

 

 

 確か、アイズが言っていた極彩色のモンスターの中には芋虫型のモンスターが存在し、その消化液は冒険者の装備を溶かすのだと。あの『巨大花(ヴィスクム)』の消化器官は知らないが、もしそうなら残った鉱石は半端じゃなく固いのだろう。

 

 まあよくよく考えたら、深層付近に囚われた穢れた精霊から生み出されたモンスターがあの階層にいたのだから、『ラムトン』と同じく移動手段が階層を掘り進めていたのかもしれない。

 

 

『硬さだけ言えば、不壊金属レベル。というより深層のかなり下の方じゃない?多分、貴方の言っていた金属を溶かす酸でさえ溶けなかった鉱石が固まって残ってたなら』

 

 

 この金属の硬さは既存の鉱物を遥かに上回る。

 オークションに出せば数億はくだらない。鍛治士の中でもそれだけの金額を出す者は存在する。

 

 

『このサイズなら剣は五本は打てるわ』

 

 

 この鉱石を砕くのは骨が折れそうだが、小人族のルージュに合う剣なら五本は打てるようだ。流石に直ぐに五本とはいかないが。

 

 

『研究と回路を組み込めるかも兼ねて一本、私に打たせてくれない?当然、お金は要らないから』

『分かった』

 

 

 それから五日後、剣が完成した。

 五本の内の一つ。リース特有の回路を組み込んで作られた剣は綺麗な刀身と赤い回路が浮かび、伝説の武具を思わせる素晴らしい剣に仕上がっていた。

 

 

『まだ【鍛治】のアビリティが取れたわけじゃないから、私の技量じゃ此処が限度。とはいえ回路は組み込めたわ。その剣の回路から魔力が流れ、内側から自壊させない頑丈な剣に仕上がったわ』

『銘は?』

『そうね……七星剣(グランシャリオ)なんてどうかしら』

 

 

 どうしてその名前にしたのか聞いてみると、空に浮かぶものを連想したらしい。いつか空にさえ届いてみせるという意味も込めているらしい。

 

 

『私が生み出すシリーズ【摩天】の最初の作品よ』

 

 

 ★★★★★

 

 

 

 先手を仕掛けたのはルージュ。

 階位昇華によりLv.3の膂力で疾走。迫り来るルージュに対して『アンタレス』は遺跡に繋がっていた触手を操り、ルージュに四方から襲いかかる。そしてそれは陽動、避けた範囲に次の触手が待ち構えている。

 

 だが、無駄だった。

 ルージュは膝を脱力し、四方から襲いかかる触手を体勢を低くして、潜り抜け、叩きつけようとする触手を『七星剣(グランシャリオ)』で斬り刻み、『アンタレス』に迫り、鋏の根元に剣を振るう。

 

 

「っ、力を抜きにしてもこの硬さ!」

 

 

 だが、傷は付く。

 つまりは、殺せる。ルージュは更に攻撃を仕掛ける。

 

 

「キシャアアアアアアアアアアアアアッ!!!」

 

 

 

 傷付いた事に『アンタレス』は吠えた。

 そしてドドドドッ!と地面が揺れる。『アンタレス』の周りを囲むように現れた蠍の大群。小さな身体で戦場を駆け抜けるルージュが『アンタレス』に近づくには周りの蠍を倒さなくてはならない。

 

 

「っっ!!」

 

 

 ルージュ目掛けて何かが飛来する。

 紫の液体、見るからに不味い。咄嗟に後方に下がり、それを避ける。

 

 

「……毒」

 

 

 蠍の毒液。

 元々毒を持つ事は知っていたが、まさか射出まで可能だとは思わなかった。ルージュは【対異常】を持っていない。毒を解毒するには長文詠唱必須だが、この状態で先程のように不死身状態になれば魔力は一気に底をつく。

 

 弱点を見つけたのか、蠍の大群は一斉に毒を撒き散らす。

 

 

「って、数多い!!」

 

 

 幾らなんでも多すぎる。

 魔法で蹴散らすにしてもアンタレスまで届かない。残り一発の魔法を今切るべきなのか。

 

 余計な思考が隙を生む。

『アンタレス』は地面に尾を叩きつける。それだけで体重の軽いルージュは後方に吹き飛ばされ、横から迫り来る触手に叩き落とされる。

 

 

「がっ!?」

「ルージュ!?」

 

 

 遺跡の壁まで叩きつけられ、血を吐く。

 雄叫びを上げる『アンタレス』は再び蠍の子を呼ぶ。アンタレスを囲む大群となった蠍に、巨大な装甲に覆われて傷付ける事すら困難な怪物。

 

 それはまるで……

 

 

「……『階層主』」

 

 

 アスフィが呟いた。

 仲間を呼び、王の一言で兵士を呼び、敵を殲滅する『ウダイオス』を思わせるその力は『階層主』に匹敵する。一級冒険者でさえ梃子摺る程に、厄介な陣形。近づけば蠍が邪魔し、遠ざかれば毒と触手の二段構え。隙がない。

 

 

「っ、ははっ」

 

 

 なのに、ルージュは何処か笑えてきた。

 強くて強くて、負けたくない思いが更に膨れ上がる。

 

 力が足りない。速さが足りない。

 知略も戦術も、今持てるだけの全てをぶつけて勝てないと思うのにルージュは笑みを浮かべた。

 

 

「上…等……!!」

 

 

 超えるべき壁は遥か高い程に震え上がり、助けたいという思いが限界を更に超えさせる。

 

 

「燃えてきた…!」

 

 

 ルージュの中でカチリと何かが当てはまる音が聞こえた。バッドコンディションであるにも関わらず、身体は徐々に躍動を強め、地を駆ける少女を加速させる。

 

 想いが、意志が、意地が、誇りが、負けたくないという闘争心がルージュの強さを更に引き出す。

 

 その全能感に身を委ね、ルージュは『聖域』を解放する。いつもは地面に魔法陣が巨大に広がり、僅かに癒す効果をもたらす程度の『聖域』が神でさえ予測出来ないその力を発揮する。

 

 

「『––––閃光よ、駆け抜けよ、闇を切り裂け、代行者たる(わたし)が命ず、光の化身、光の女王よ』」

 

 

 閃光魔法を装填、さらに詠唱を紡ぐ。 

 

 

「『集え小さな星々の願い』」

 

 

 ルージュの『聖域』に()()()()()()()()()

 

 その光景にエレシュキガルもヘルメスも目を疑った。自分は夢を見ているのではないかと思える目の前に広がるあり得ない光景。

 

 

限界突破(リミットオフ)!」

「マジか、これは……()()()()()()()……!」

  

 

 変わったのは空の景色だけ。

 下界を歪めるほどの力ではない。夜空と無数に広がる星、それが『聖域』の空間を塗り潰していく。

 

 それでも異常と言わざるを得ない。

 ルージュの『聖域』は世界を塗り替える程の出力を持たなかった。だが限界を超えたルージュは一時的とはいえ古の聖女ルナに届く大出力で世界を夜へと塗り替えた。

 

 それはルージュの原典。

 ルージュ自身が紡いだ歌【星降る夜に】はルージュの想いが込められている。昏い夜の世界、不安になりそうな闇を照らす満天の星々。限界を超えたルージュの『聖域』は()()()()()()()()()()()()

 

 

「『駆け上がれ蒼き流星––––集え小さな星々の願い』」

 

 

 並列収束。

 閃光魔法【ライト・バースト】の収束と共に、次の魔法を詠唱。

 

 星が輝く夜空の光がルージュの『七星剣(グランシャリオ)』と右手に収束していく。魔法【スター・エクステッド】の効果増幅は願いの丈により向上する。強化は一人では精々倍程度だ。

 

 だが、今は違う。

 その願いが自分一人では無く、『アンタレス』を倒したいという想いの収束。それは、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「っ、まさか……」

 

 

 ルージュの限界突破は広げた『()()()()()()()()()()()()()()()()。『アンタレス』を倒したいという想いが増幅効果を更に引き上げさせ、『七星剣(グランシャリオ)』は七色に輝き出す。

 

 荒れ狂う魔力の奔流に対し、ルージュは覚悟を背負った歴戦の勇者のように疾走、想いを受け止めながら更にギアを上げ、迫り来る蠍を殺し続ける。いくら停滞があっても制御出来るそれを遥かに超過している。此処でブレたら増幅した魔法は暴発する。

 

 それでも暴発しないのはトワの制御力、そして果てしない度胸。死線に常に隣り合わせ、一歩踏み出せば崖から落ちるような不安定な場所をスピードを落とさずに走る事は可能か。

 

 恐怖もなければ焦りもない、あったのは笑い顔。

 

 この死線に臆さず踏み込める覚悟と、どうすれば勝てるかと常に模索し続け、勝ちたいと願う闘争心がルージュの背中を押している。

 

 でも、もう終わりにしよう。

超過収束(オーバー・チャージ)』に世界中にあるどの魔法よりも強力な破壊力を兼ね備えた魔法が『アンタレス』に向けられた。

 

 束ねるのは全ての希望(ほし)

 その光を集め続け、装填する。自分が見定めた英雄の道を進む少女に怪物を屠る『英雄の一撃』が装填される。

 

 

「キシャアアアアアアアアアアッ!!!」

 

 

 だが、『アンタレス』もまた古代から生きた最強の怪物。アルテミスを取り込み、力の使い方を覚えている。自身の魔石の魔力を使い、魔力を凝縮する。それはまるで一つの砲撃、古代の怪物の意地が神々さえ予測出来ない力を生み出す。

 

 

「『突き進め(エイルス)』っ!!!」

 

 

 閃光魔法により塵にされていく蠍の大群。

 超過収束したルージュの魔法は【九魔姫】を超える。その閃光は止められない。対して『アンタレス』の砲撃が閃光を受け止める。

 

 衝突する魔力の塊が遺跡を崩し、アスフィ達は神を護りながらもその行く末を見届ける。

 

 

「あああああああああああああっ!!」

「キシャアアアアアアアアアア!!!」

 

 

 そして決着は突如訪れた。

 遺跡の瓦礫が『アンタレス』を護る壁となり、閃光魔法の威力を削っている。本来負けないその魔力は不幸にも『アンタレス』の砲撃に相殺された。

 

 勝った、そう思った怪物はルージュを見る。

 そこでようやく怪物は気が付いた。先程いた場所にルージュの姿は居なかった。

 

 

「これが最後だ……!」

 

 

 大跳躍。ルージュの右手に握られた矢の破片。

 この破片には『神の力(アルカナム)』が僅かながら付随している。砕けても尚、射抜く概念は残っている。閃光魔法は群体を削るため、本命はこの一撃に存在する。『聖域』に投影された夜の月を背に、ルージュは最後の力を振り絞り、投擲する。

 

 

「『突き進め(エイルス)』」

 

 

 停滞魔法解除。

 その投擲の加速は音すら置き去りに『アンタレス』に向かっていく。それは矢ではない。だが速過ぎる投擲にまるで矢が通ったと錯覚する。

 

 不思議と、この一射の名前が浮かび、ルージュは叫んだ。その姿はまるで、月女神を射止めた英雄を幻視するその一撃は––––

 

 

「『––––月女神の一射(トライスター・セーマ)』!!!」

 

 

 蒼く輝きを放つ月女神の矢は装甲も魔石も、何もかも貫き、『アンタレス』の魔石へと届いた。パキリ、と音を立てて穿たれた魔石に罅が入り、砕けていく。

 

 月女神を喰らい、神々が封印さえ命じた古代の怪物は断末魔を上げる事もなく灰へと還っていく。

 

 

「『アンタレス』が……」

 

 

 月女神を喰らった最悪の怪物は装甲と魔石を残し、空へと消えていった。

 

 

 ★★★★★

 

 

 

「ハァ…ハァ……!!」

 

 

 身体が重い。地面は何処だ。

 最後の投擲から意識が定かではない。身体が動かない。心臓が躍動を早めて血が身体の中で高速に巡っている。

 

 跳躍から受け身も取れずに地面に落ちていく。

 

 

「さ、すがに無茶…し過ぎた……」

 

 

 立つこともままならず崩れ落ちた私を受け止めた二人。目を開けるとそこには神様達が私の下で受け止めていた。

 

 

「お疲れ様、ルージュ」

「エレ…様、それに…アルテミス様も……」

 

 

 もう立たず動けずの私にアルテミス様は膝枕をしてくれた。わあ、柔らかくて気持ちいいや。エレ様を見ると、今回は特別という事で目を瞑ってくれたらしい。アルテミス様は私の額を撫でながら、ポツリポツリと呟いていく。

 

 

「君は、馬鹿だな」

「……知ってる」

「私を救うなんて馬鹿げた真似で、ボロボロになって」

「めっちゃ無茶したからね」

 

 

 本当にボロボロだ。

 装備全部は血だらけで、叩き落とされた時に肋骨をやって、魔力は枯渇寸前。精神的にも限界だった。

 

 それでも、救えたのだ。

 誰も救えなかったアルテミス様を救えたのだから、後悔はない。

 

 

「でも、説教よりも、感謝の言葉が聞きたいなー」

「む……」

 

 

 今回、救われないなんて運命を捻じ曲げて頑張ったのだ。ご褒美とまではいかないが、それなりの感謝の言葉が聞きたかった。そういうと、アルテミス様は自分の額を私の額と合わせて、笑った。

 

 

 

 

「ありがとう、ルージュ」

 

 

 

 

 誰もが見惚れてしまうような笑顔を浮かべて、涙を流していた。本当に割に合わないと言いたいのに、何も言えないくらいに綺麗に笑うからホント、恨みの一つも出てこないや。極度の疲労と限界突破の反動に、私の意識は此処で途絶えた。

 

 

 ★★★★★

 

 

 

「ははははははははっ!!」

 

 

 ヘルメスは笑った。

 

 

「ああその通りだ!貴女の慧眼は正しかった!!彼女は本物だ!!!」

 

 

 ヘルメスは確かに見届けた。

 救えるはずの無いアルテミスを救い、倒せなかった古代の怪物を自分の手で倒した。神々が成し遂げられない答えを、運命を捻じ曲げた。

 

 

「このヘルメスが見届けた!時代を担う最後の英雄の片割れを!!貴女の理想を継ぐ、()()()()()()()()()()小さな英雄を!!此処から時代が動くぞ!!彼女は直ぐに駆け上がるぞ!!」

 

 

 うかうかしていたらあっという間に抜かされる。

 それだけ強烈な意志を持った蒼き小人は英雄の階段を駆け上がる。

 

 

大神(ゼウス)神妃(ヘラ)よ!貴方達が成し遂げられなかった悲願を!!黒き終末を終わらせる最後の切り札に!!」

 

 

 時代を担う二人の英雄の片割れにヘルメスは興奮を抑えきれず、帽子を深く被り天を見上げた。気が付けばもう夜だ。空には満天の星空と、綺麗な三日月が浮かんでいた。

 

 

「『理想』を追い続ける小さな流星か。君が居たならさぞ喜んだだろうな、エレボス」

 

 

 今は下界に亡きかつての友に空を見上げて呟いていた。

 

 

 





 アルテミス編、完結です。
 後日談は書きます。

 良かったら感想、評価お願いします。


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第三十六歩

 毎日投稿が流石に限界かも……出来るだけ頑張ります。


 

 

 アルテミスの事件から二日経った。

 私は一日は寝込み、『聖域』の力で自然の魔素を分けてもらい全回復。

 

 このエルソスの遺跡は元々、精霊の封印があったおかげで親和性が高く、『神の力(アルカナム)』を吸収した『アンタレス』の暴走を止める為に力を出し尽くし、弱っていた精霊達から御礼という形で私の中で力を使い果たし眠っていたトワにそれなりの魔力を分け与えてくれて、私が目覚めるよりも早くトワが復活した。

 

 トワが復活してから、微精霊達に精霊の封印術式を教わっていたらしく、劣化版とはいえ結界術式をマスターしたらしく、魔法のレパートリーが増えた事にエレ様も白目を剥いていた。

 

 とりあえずやる事は多かった。

 アルテミス様の眷属の墓を作ったり、エルソスの遺跡を修復する為に『聖域』の力で精霊達の格を底上げして手伝ってやったりと、全快となった二日目はかなり忙しかった。

 

 事件こそ終わったが、『アンタレス』によって生まれた蠍全てが消えたわけではない。一度生まれた以上、命が宿っている訳で、近隣の村を襲っている蠍の大群を始末する為に【ヘルメス・ファミリア】と共に暫く動く方針となったのだが……

 

 

「そうそう、そろそろ『神会(デナトゥス)』の時期だからね。俺達はオラリオに帰るけど、エレシュキガルはどうするんだい?代役を立てるってんなら俺かアルテミスが居るけど」

 

 

 そういえばそうだった。

 私の二つ名が決まる『神会(デナトゥス)』が始まるようだ。

 

 

「ならエレ様は先に帰った方が」

「まあそうなのだけど、ルージュも一緒よ」

「いや、蠍を殲滅できた訳じゃ」

「それくらいは俺らで何とかするさ」

 

 

 ファルガーの部隊は残ると言った。

 元々、都市外の流通に関して外で仕事をする【ヘルメス・ファミリア】に対して、私達はそもそも許可を取っていない。まあギルドも依頼している時点で外に出た事は察していると思うが。

 

 

「いいの?まだ結構蠍居るし」

「一人二人いなくなっても結果は変わらねえから大丈夫だ。それに世界最速記録保持の主神がボイコットするとめっちゃヤバい二つ名つけられるぞ」

「うげぇ……アルテミス様はどうするの?」

「私も一度オラリオに向かう。私が『神の力(アルカナム)』を使った訳ではないが、多くの神は気付いているだろうし説明が必要だ」

 

 

 まあ確かに。

 正直な所、アルテミス様に非がある訳ではないが、ルールを犯したのも事実。何ならグレーもいい所だ。『神の力(アルカナム)』だけなら間違いなくアルテミス様のものだったし、どうしてそうなったかの説明は必要だろう。

 

 

「と言うか間に合うの?『神会(ディナトス)』に」

「間に合う間に合う。アスフィには重さを軽減する『魔導具(マジックアイテム)』があるから、五日も有ればオラリオに到着するさ」

 

 

 それならワイバーンに負担もかからないので早くオラリオに戻れる。まあ私は軽いから使った所であまり意味はないが。アスフィさんの『魔導具(マジックアイテム)』は本当に便利だ。一家に一人欲しいくらいだ。アスフィさんは疲れた顔をしてため息をこぼしていた。

 

 

 ★★★★★

 

 

 オラリオに帰る一日目の夜。

 テントの中で私は久しぶりにステイタス更新を頼んだ。『アンタレス』はかなり強力だったし、結構上がっているのではないかと思い、エレ様は更新を始める。

 

 

–––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––

 

 ルージュ・フラロウワ

 

 Lv.2

 

 力: H191 → E420

 耐久:F362 → B722

 器用:G203 → C659

 敏捷:F332 → A828

 魔力:D531 → SS1021

 

 神聖:F→B

 

《魔法》

【ソニック・レイド】

・加速魔法

・詠唱『駆け上がれ蒼き流星』

 

 

【フロート・エクリエクス】

・全癒範囲魔法

・任意で『魔防』『対呪』の付与

・付与時、精神消費増加。

・詠唱『紡がれし命をここに、永遠に輝く(ソラ)の星よ、汝の名に基づき力を振るう事を赦してほしい。(ソラ)より来れ星の加護よ、穢れを祓う聖光を纏い、巡れ我が白き箒星よ』

 

 

【スター・エクステッド】

・連結詠唱

・魔法、及び発動中スキルの収束実行権

・収束範囲に停滞属性を付与

・停滞維持にて精神力消費

・願いの丈により効果増幅

・詠唱『集え小さな星々の願い』

・【解放鍵(スペルキー)】『突き進め(エイルス)

 

 

《スキル》

反骨精神(リバリアス・スピリット)

・早熟する

・対抗意識、宿敵意識を持つほど効果向上

・逆境時に全能力に対して損傷吸収(ダメージ・ドレイン)を付与

 

 

星歌聖域(ホーリー・サンクチュアリ)

任意発動(アクティブ・トリガー)

・精神力消費

・歌唱時、自身を中心に『聖域』を構築

・【精霊同化(スピリット・クロス)】発動中、無条件の聖域解放

 

 

精霊同化(スピリット・クロス)

任意発動(アクティブ・トリガー)

任意召喚(アクティブ・コンセプション) 

任意帰還(アクティブ・リバース)

階位昇華(レベルブースト)

・発動中、精神力及び体力大幅消費

・精神力超消費にて精霊魔法行使権

・発展アビリティ【魔導】【共鳴】【祝福】の発現

・現在同化中【トワ】

 

 

 

––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––

 

 

「結構上がったなぁ」

「もうおかしいのは否定しないけどどうする?ランクアップする?」

「やめとく」

 

 

 結構バラけたな。 

 このステイタスでは後方支援。力と器用がちょっと残念としか言えない。オラリオに帰ったら暫く中層を攻略しようと思っていたし、これだけのステイタスなら18階層までなら可能だろう。

 

 しかし、神聖が随分上がったな。

 アルテミス様の『神の力(アルカナム)』の掌握をやってのけたので、この上がり方も納得だ。『聖域』の魔力消費の軽減もそうだが、これ下手したらそこらの呪いが一切効かなくなるかもな。

 

 

「と言うか【祝福】?何だこれ?」

「精霊の恩恵なのは分かるけど……トワは何か分かるのかしら?」

 

 

 古代から遺跡を護ってきた精霊から授かった新しい発展アビリティ【祝福】については多分前例こそ居るとは思うが、それこそ精霊使いの冒険者か特殊な事例が無ければ無い筈だ。

 

 トワに聞いてみると、予想外の言葉が返ってきた。

 

 

「んー、トワが言うには加護の上位版だって」

「うわっ、またヤバい力貰ってきたわね」

 

 

 エレ様は顔を引き攣らせていた。

 

 

「『火精霊の加護(サラマンダー・ウール)』や『水精霊の加護(ウンディーネ・クロス)』みたいに、貴女自身に加護が通っているのよ。特定の加護ではなく祝福ともなれば、それが掛け合わされてるの」

「と言う事は?」

「ザックリ言えば属性耐性のようなものね」

 

 

 例えば水の中を泳ぎやすくなったり、炎に対しての耐性を獲得するなどの属性に対する耐性を得るという事だ。魔法然り、アビリティ然り、御礼とはいえとんでもないもの授けてくれたなぁ!?

 

 

「まあ……深く考えない事が一番か」

 

 

 精霊に愛されすぎるのも考えものだな。

 普通の人には言えないめちゃくちゃ贅沢な悩みである。

 

 

 ★★★★★

 

 

 五日目の昼頃、時刻で言えば二時頃。

 オラリオの外の旅が終わり、ワイバーンから降りる三柱。時間が結構押している。

 

 

「着陸!危ないけど間に合ったぜ!」

「あとどれくらいで始まるのヘルメス?」

「えっと……ヤバい一時間切ってる」

「ギリギリじゃない!みんな走るのだわ!!」

 

 

 うおおおおおおおっ!と叫びながら走る三柱。

 意外にもレアな構図に私とアスフィさんは苦笑い。あくまで神以外立ち入り禁止とまではいかないが、護衛の眷属は待機場にて待つ事が基本だ。とりあえずいつもの宿を取る。

 

 

「えっと、アスフィさんはどうするの?」

「私はワイバーンを【ガネーシャ・ファミリア】に返してきます。ルージュ、貴女は?」

「私は……」

 

 

 グゴゴゴゴゴッ!!と考える間もなく、お腹の音が盛大に鳴った。そして沈黙の後、一秒後自分の行動が決定した。

 

 

「とりあえず、ご飯食べに行こうかな」

「中々豪快な音…でしたねっ」

「言わないでよぉ!!」

 

 

 アスフィさんは口元を隠して笑う。何なら若干震えてお腹を抑えている。サラッと流そうとしていたのに掘り返されて叫んだ私は赤面になりながら久しぶりに『豊饒の女主人』へ向かった。

 

 

 ★★★★★

 

 

 神々が集まり、ガネーシャが『怪物祭(モンスター・フィリア)』について謝罪し、ソーマが趣味を禁止されたことを言い渡されたことを報告が飛び交い、その中でアルテミスが頭を下げて自分の事件について報告したが、結果はほぼお咎め無しとなった。

 

神の力(アルカナム)』を怪物が使う前例は無く、処罰しようにもヘルメスの口の上手さでせっかく救われたアルテミスを送還させるのは救った子供達に申し訳ないのではと抗議。

 

 とはいえ、厳重注意として暫くはオラリオに束縛という形の軟禁となった。モンスターに果敢に攻める狩人がまた喰われたら堪ったものではないとアルテミスはオラリオから暫く出る事を禁止された。まあ一級冒険者が住まうオラリオ程安全な場所はないだろう。

 

 あとは可愛いから許すと神々は右に倣えという事で許された。可愛いは正義である。

 

 そして命名式が始まる。

 

 

 

 

 

「『絶†影』なんてどうかな?」

 

「「「「「異議なし!!」」」」」

 

「ディオニュソスてめええええええええええ!」

 

 

 それはもう酷いモノだった。非道なモノだった。

 無知な下界の民はカッコいい名前だと喜ぶが、子供達の主神はある者は絶叫し、ある者は力なき己を責め、涙を流しては絶叫。『神会(デナトゥス)』名物の命名式は阿鼻叫喚の地獄絵図を生みだした。

 

 ちなみに命名式とはLv.2以上にランクアップした冒険者に二つ名をつけることで、今回決まったのは今のところ『美尾爛手(ビオランテ)』『暁の聖竜騎士(バーニング・ファイティング・ファイター)』など、神の感性からしたら背中がむず痒くなって死にたくなるだろう。厨二まっしぐらの痛い名をつける事が新参の神に対する洗練らしい。

 

 そしてページが捲られる。

 次に出てきたのはアイズ・ヴァレンシュタインの偉業。深層階層の階層主ウダイオス討伐によりLv.6に昇華という内容に笑みを引き攣らせる神々。

 

 

「階層主一人でぶっ倒したとか········やべえよ、やべえよ」

 

「いや一人で深層まで遠征するオッタルさんの方がヤバいだろ」

 

「アイズちゃんは別に変えなくてもいいんじゃないか?」

 

 

 特に力のついた冒険者にはそれなりの名を与える。偉業の入り口に入った新参者ならまだしも、五度も偉業を成し遂げた強者に恥じない名前は付けられるものだ。二つ名は【剣姫】だが無理に変えることもないだろう。

 

 

「まぁ、最終候補は間違いなく『神々(俺達)の嫁』だな」

 

「「「「「「だな!!」」」」」」

 

「殺すぞ」

 

「「「「「「すみませんでしたッ!!」」」」」」

 

 

 ロキの一睨みに萎縮して震える神々。

【ロキ・ファミリア】ともなれば普通に潰す事が可能なのでその迫力は半端ではなく、ガタガタと震えていた。

 

 

「ったく、喧嘩売る相手は選べっちゅうねん––––で、次は」

 

 

 捲られたページにはルージュの顔写真があった。

 所要期間は一ヶ月にしてソロで行動。モンスター討伐数2986体とソロにしては破格の記録だ。

 

 

「世界最速キター!」

 

「新しい先駆者ルージュちゃん!ロリに青髪で冒険者とかご馳走様ですッ!!」

 

「蒼ロリprpr」

 

「おい此処に犯罪神がいるぞ」

 

「つーか、一ヶ月てマジか。ランクアップ理由がロキの言ってた」

 

「変な触手モンスターやな。推定レベルは2を超えてるで」

 

 

 剣が無ければアイズやティオナとティオネすら倒せなかった怪物を自力で倒したのだ。その事実はロキが目の当たりにしている。その事に騒ぎ立てる会場。

 

 

「落ち着け」

 

 

 制止の言葉をかけたのはイシュタルだ。

 魅了によって男全ての口が閉じる。イシュタルは鼻で笑い睨み付ける。

 

 

「エレシュキガル、貴様これについてどう説明する?」

「はっ?説明も何も事実よ」

 

 

 エレシュキガルは退かずにありのままの結果だと返答する。

 

 

「阿呆か。これほどの偉業はあり得ない。ステイタスの昇華はこんな早くならない。貴様、力でも使ったか?」

「全くもって無いわ。眷属の偉業にケチつけるなんて安っぽいわね」

「殺すぞ」

「黙りなさい淫売の糞女神」

 

 

 お互いの神威がぶつかり合う。

 イシュタルとエレシュキガル、その二柱の圧倒的神威が机を歪ませる程に圧となって会場を満たす。

 

 イシュタルが『偉大なる豊穣と戦の神(グレートアースマザー)』に対し、エレシュキガルは『畏怖なる死と腐敗の神(テリブルーアースマザー)』と表裏一体でありながら、天界から冥界を通ろうしたイシュタルを全裸に剥いて滅多刺しにして王冠を奪った事実から二柱は互いに歪み合う。半分は私怨だ。

 

 

「そこまでにしておきなさい」

 

 

 フレイヤの魅了がイシュタルの魅了を上書きし、この会場の圧が霧散する。

 

 

「フレイヤ…貴様」

「……ハァ、はいはい。悪かったわねフレイヤ」

「確かにこんな異常なスピードは初めて見たけど、あの子は『精霊』と契約しているなら、充分な偉業だとは思わない?」

 

 

 その言葉にロキは舌打ちした。

 やられた。これでは誰が敵かも分からないのにルージュが狙われる理由が増えた。ロキは別にルージュの事はどうでもいい方だが、フィンの勘とアイズの精神的な助けになり得ているルージュが狙われれば少なからずアイズに影響がある。というか何で知っているのか聞きたかったが、どうせ答えないだろう。

 

 牽制としてロキはエレシュキガルの肩を抱いて告げた。

 

 

「因みに、ウチとエレちゃんは同盟結んどるから、手出ししたらウチも動くからそのつもりでなー」

 

 

 これで暫くは牽制として保つはずだ。

【エレシュキガル・ファミリア】との同盟の条件にも【ロキ・ファミリア】の後ろ盾としての要求は確かにあったし、これで暫くは大人しくなるだろう。

 

 

「マジかよ手が早えー!」

 

「じゃあ二つ名はどうすんの?」

 

「普通に無難でいいだろ。変にやるとエレシュキガルに殺されるぞ」

 

「じゃあこんなのはどうかしら?」

 

 

 フレイヤが代表して口にする。

 彼女にしては珍しく、ルージュに似合う二つ名を考えて発言していた。

 

 

「彼女の二つ名は––––」

 

 





 ベル君の二つ名はそのままの予定です。

 ベル君のスキルを少し修正しました。
 宿敵ってライバルというより歪み合いの方に近いんだね。勉強不足でした。

 評価10000超えありがとうございます。
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第三十七歩

 

 

「【蒼い歌鳥(ナイチンゲール)】?それが私の二つ名なの?」

「ええ、不満?」

「……無難って感じ」

「無難が一番なのだわ」

「お、おお」

 

 

 エレ様の圧が強かったのでこれ以上何も言わなかった。

 エレ様が言うには、青い鳥は幸福を呼ぶ存在であり、ナイチンゲールというのは歌鳥という意味を込めているらしい。確かに暇があれば私、街の中で歌ってるな。鳥っぽいかは知らないけど。

 

 

「明日はどうするの?」

「とりあえずは整備かな。『七星剣(グランシャリオ)』も無理させたせいか少しボロボロだし、早く終わったら中層にリースと行ければ行こうと思ってます。エレ様は?」

「私はロキの所。今後の方針とか色々話すつもりだし。【万能者(ペルセウス)】の兜があるから問題無いわ」

 

 

 まだ【ロキ・ファミリア】は遠征から帰ってきてるわけじゃないから、顔は隠さなきゃいけないし、本来なら帰ってくるまで大人しくした方がいいのだが、最低でもLv.4くらいまで強くならないとまともに自衛も出来ない。正直な話、【ロキ・ファミリア】の同盟だってあまりしたくなかった。虎の威を借る狐のようで、なんか悔しいから。

 

 とはいえ、注目を集めた以上は私に人気が向く訳だ。そんな中で誘拐闇討ちしようものならどこのファミリアが動いているか特定くらいは出来る。要は誘き出す餌の役割もある。今は【ロキ・ファミリア】がいないから餌の役割になったら不味いので顔を隠さなきゃいけない。

 

 早く強くなる為にもダンジョンに行きたい。

 先ずは十八階層までの攻略をしたいとルージュは思った。

 

 

 ★★★★★

 

 

 リースの工房にて。

 私はボロボロになった『七星剣(グランシャリオ)』をリースに見せる。刃こぼれはないが、至る所に傷がある。不壊金属に近いとはいえ、やはり鍛ち方が特殊でなければ不壊武具には遠いらしい。

 

 

「うわっ、回路が何本か断線してるわね」

「ごめん…」

「いいわよ、試作も兼ねていたし。でもそうね、貴女の全開の力に回路が耐えきれないのも事実ね」

「いや、アレはそう何回も使えないよ」

 

 

 限界突破はそう何回も使えない。

 というより、アレは仲間が居ないと魔法の増幅も出来ないので一人で使う事が出来ない。トワもそうだが、力を借りてばかりで強くなっているのも私としては嬉しくない。トワが要らないという訳ではなく、私自身も強くならなければいけない。

 

 とはいえ、限界突破した一撃は増幅効果が高すぎて魔力を外に効率よく逃がせずに回路は幾つか断線してしまったらしい。

 

 

「とりあえずコレは直しておくから、それまでコレを使ってなさい」

「新しい剣?」

「それはただの中層向けの剣よ。あの金属は【鍛治】アビリティが手に入ったら鍛つ事にするわ」

 

 

 前より磨きがかかっている。

 コレも回路が組み込まれているが、金属疲労を考えると収束は止めた方がいいかもしれない。

 

 

「今日中層に向かうんだけど、リースはどうする?」

「なら、行こうかしら。そろそろLv.3になりたいし」

 

 

 私達は中層まで向かう事にした。

 

 

 

 ★★★★★

 

 

 十階層までの道のりは比較的に楽だった。

 というのも、上層のモンスターでは相手にならない。二人ともLv.2の後半、更にパーティを組んでいる二人に上層では相手にならないのは当然だった。

 

 

「そういえば、どうして顔隠すの?」

「まあ諸事情で狙われやすいからね。とりあえず様式美」

「そんな様式美あってたまるかっての」

 

 

 白い外套を身に纏っている。顔は最低限隠しておけとエレ様から渡されたものだ。フードを被りながら、腰に据えた剣を振るう。可動の邪魔はしないから問題はないか。

 

 

「そろそろ中層の入り口だけど、此処からは補給出来る時間が短くなる。前回みたいにならないようにしよう」

「前衛ルージュで後衛私ね」

「よし、行こうか」

 

 

 私達は中層階域に足を進め始めた。

 

 

 ★★★★★

 

 

 身体がいつもより動く。

 火炎放射しようとする『ヘルハウンド』の射線から外れながら迫り、首を斬り殺し、流れるような剣筋で『アルミラージ』を真っ二つ。近づいてきた二体目を蹴り飛ばし、魔石を貫く。

 

 

「凄いわね……」

「身体が大分動く」

 

 

 ルージュ自身も驚いている。

 自身の急激な成長。何より目に見えて速くなっている。緊張感が視野を狭めていたのか、今までより戦局が見えている。どう倒せば効率がいいか、頭が勝手に思考を回す。

 

 ズレていた感覚があるにも関わらず、器はズレから本来の動きを取り戻すように加速する。

 

 

「シッ、セイッ!!」

 

 

 詠唱を紡ぐ。

 戦闘中であるにも関わらず、詠唱を紡げば地面に魔法陣が浮かぶ。超短文詠唱、効果は底知れているが、【魔導】の力が後押しする。あまり気にしていなかったが、『アンタレス』の時もいつもより加速していたのはこのアビリティがあったからだ。

 

 

「『駆け上がれ蒼き流星』!」

 

 

 まだギアを上げられる。

 トワの魔力制御に頼らずにフィルさんとレフィーヤとの並行詠唱を特訓した時にコツは掴んでいた。魔力は終盤に一気に練り上げ、解放する。

 

 

「【ソニック・レイド】!」

 

 

 ドパパパパパッ!!と流星が通り過ぎ、モンスターの身体は真っ二つの死体へと変貌する。魔法を使った速さだけならLv.3を凌駕する。群で襲いかかってきたモンスターは魔石だけ残し、灰になっていく。

 

 

「(持続時間も伸びて、消費がいつもより少しだけ抑えられる。【魔導】のアビリティって凄いな)」

 

 

 小人族は特性上、眼が良い。 

 昔、灰色の女帝さんにどうしたら強くなれるのか聞いた事がある。助言は『ひたすら見切れ。そして技を奪え』という天才肌のちょっと何言ってるかわからないと叫びたいくらいに簡潔だった。 

 

 まあその助言もあって、相手の攻撃を見切れる誘い方、弱点を即座に導き出し、実行する事が増えた。というか、あの人は一回見ただけで動きを模倣出来るとか完全にイカれた才能だった。正直反復しなければ絶対に無理だ。

 

 

「って、ルージュ!私の獲物!」

「あっ…ごめん」

 

 

 少し夢中になり過ぎた。

 ただ、まだズレが酷い。躍動する肉体に感覚がズレて動きの繊細さに欠ける。とはいえ基礎ステイタス的にはこの階層なら問題無さそうだ。

 

 

「んー、とりあえず魔石回収したらもう一層下りてみよっか」

「ハァ……そうするわ」

 

 

 ごめんて、ちょっと夢中になってただけだから。

 

 

 ★★★★★

 

 

「『苛烈なる焔、悪きを祓う聖火、焦がれ蝕む憎炎、燻る残火、灼熱の業火』」

 

 十五階層。迫り来るモンスターを狩りながらリースを護る。リースは後衛で魔法の準備を始める。魔法は使わずに脚を巧みに使い、防衛戦を張る。斬り殺すモンスターの数が多くて、自衛ならまだしも防衛の対応が追いつかない。

 

 

「二体逃した!リース!!」

 

 

 詠唱しているリースに牙を剥く。

 魔法で加速しようと思ったが、リースは手に持つ杖型の槌を振るい、『ヘルハウンド』を圧殺しながら詠唱を唱える。

 

 

「嘘ぉ……」

「『我が炎帝の剣よ、万象須らく焼滅し、果てへ還れ』」

 

 

 並行詠唱。

 リースは前衛職ではないが、槌で圧殺しては詠唱を途切れさせない。扱う魔力量だけなら私より上だ。

 

 膨大な魔力が渦を巻き、地面には()()()()()が浮かび上がる。短文詠唱により顕現したのは炎の剣。無数の剣がリースの後ろに顕現され、リースが詠唱を終える。

 

 

「【エンディブ・アストルフェ】!」

 

 

 灼熱を纏う炎剣がモンスター達を一掃する。

 数にして四十本。それがモンスターを悉く貫く。炎剣には灼熱が込められ、防御不能の炎の雨。そして……

 

 

「【爆滅せよ(フレイラ)】」

 

 

 突き刺さった炎剣が()()()

 その余波だけで身を焦がすような熱波に地面が黒く焦げて熱を燻っている。凄い魔法の威力だ。魔石まで焼却しなければ完璧だった。

 

 

「魔石ごと上手に焼かれました」

「威力抑えといたんだけど」

「それ絶対嘘!どうやったら此処ら一帯が焼け野原になるんだよ!?階層の三割くらいの範囲内のモンスターは吹っ飛んだし!?」

 

 

 範囲魔法ではなく照準を定めた攻撃にも関わらず、範囲魔法のように敵を一掃すら出来る。魔法の中ではかなり規格外だ。魔石の殆どが燃え尽きた。今日の収入はそこそこ止まりになりそうだ。

 

 残った魔石を回収し地上まで戻る。

 時間的にもう夕方。リースも『七星剣(グランシャリオ)』の整備も考えれば、この時間が丁度いいと思い私達は上層まで戻る道のりを歩いていく。

 

 

「つーか、リースが取ったのって【神秘】なんでしょ?魔法陣が浮かんでるし、私と同じ発展アビリティの顕現スキル持ってるのね」

「まあそんな所よ」

 

 

 あの魔法は正直規格外だ。

 というより短文詠唱でLv.2の後半とはいえ出せる出力を遥かに超えている。まあ規格外のエルフと言えば山吹色のあの子が浮かぶけど。

 

 

「しっかし、灼熱魔法か。気持ちいい程に強いね。エルフとはいえあんな威力出せる人はレフィーヤ以外だと初めて見た」

「いや貴女だって小人族のくせに精霊と契約してるじゃん」

「私はちょっと生まれが特殊だったしね」

 

 

 リースが首を傾げる。

 そういえば私の成り立ちは言ってなかったっけ。

 

 

「古代の大聖女ルナの血によって一族の中でその力を持って生まれたらしいの」

「なっ……古の聖女の血筋!?」

「アレだよ。精霊の奇跡みたく、聖女の奇跡でルナの力を持って生まれたヤツ」

 

 

 この話、故郷で聞いた事がある気がする。

 詳しく内容は分からないが、精霊の奇跡によって死にかけだった人間が救われた事があったらしく、聖女ルナもそれを体現していた。その時の血によって一族の中で器になれなかった人は強大な力に耐えられず、不治の病と化していた。まあ恨みはないけど。

 

 

「……………」

「リース?」

 

 

 リースは足を止める。

 そして、唐突に思い出がフラッシュバックする。それはリースが幼かった時の記憶。身の震えるような仕打ち。そしてリースの一族がしてしまった拭い切れない罪が、体を震わせる。

 

 リースの一族の犯してしまった()()()()()()()()()()()()()()。その事に呆然としていた。

 

 

「大丈夫?」

 

 

 ルージュの声に意識を取り戻す。

 嫌な汗をかいて、呆然としていた私の手を握る。肌の接触を嫌う性はあるのに不思議と嫌悪感はない。

 

 

「ルージュ、私がもし咎人だったら……」

 

 

 私の友達で居てくれた?

 とその言葉が何故か出なかった。ルージュに嫌われたくないと思ってしまっているからか、秘密にしていた方がいいのではないかと思いが溢れて口を噤む。ルージュはため息をついて、リースの手を強く握る。

 

 

「リースが何か抱えてる事があるのは見て分かるよ」

「えっ?」

「それを抜きにしても友達である事、専属鍛治士である事に変わりはないよ」

 

 

 ルージュは剣を差し出し笑った。

 

 

「私は貴女の剣に救われたから」

 

 

 リースが居なければ『アンタレス』と渡り合える剣は手に入らなかっただろう。そして何より、リースの剣に私は惚れたのだ。情熱的で、カッコいい目標も持って、槌を振るうリースに私は友達で居たいと思ったから。

 

 リースはその言葉に動揺を抑える事が出来た。 

 

 

 そう話しているうちに、地上にまで辿り着いた。

 今日はあまり稼げなかったが、ズレの修正にはいい調子だったかもしれない。

 

 

「換金したら今日は……」

「ねえルージュ。この後、一緒に来てくれる?」

「へっ?」

 

 

 換金しようとギルドに向かおうとした私の手を掴んで、リースは工房へと向かう。その顔は何処か苦しそうだが、覚悟が決まったような顔をしていた。

 

 何も言わずに私はリースの手に引かれたまま、ついていく事にした。鍛治工房の中で装備を外し、リースはルージュの手を離した。

 

 

「悪いわね」

「いや、いいよ」

「貴女に……聞いてほしい事があるの」

 

 

 リースは髪留めを外す。

 そうすると、リースの銀髪だった髪の色は()()()()()()()()()()()。その事に私は驚愕し、声が出なかった。

 

 翡翠色の髪色は珍しい。

 私が知っている限り、リヴェリアさんのような翡翠色の髪はハイエルフ特有のものだ。森の色を体現したその色がハイエルフとしては有名な話だが、リースもその髪色と同じだ。

 

 

「私の本名はリースロッテ・ヴァン・アルシエル」

 

 

 リースは自分の胸に手を当て、隠していた事を告白した。

 

 

「没落したハイエルフの血を継ぐ、古の聖女を襲った咎人なの」

 

 

 





 ルージュの二つ名【蒼い歌鳥(ナイチンゲール)
 
 元ネタ:
 サヨナキドリという鳥は美しい鳴き声とナイチンゲールの名を持ち、『夜に歌う』という意味がある。青い鳥は幸福を運び、童話でのナイチンゲールは王様に歌を届けたとされ、美しい歌声を響かせたという。

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第三十八歩


 ※リースの魔法及び文章を少し修正しました。確かにL v.2にしてはチートでしたね。ガネーシャ超反省。


 

 

 それは遥か昔の話。

 古の大聖女ルナの旅路のお話。

 

 アスクレピオスが居なくなり、恩恵を封印したかと思えば、自身に宿る『神の力(アルカナム)』を操作し、封印を外すという規格外の事をやってのけた。

 

 彼女の旅路は様々なものだった。

 死海と呼ばれた海を浄化し、永劫枯れ果てた土地を甦らせ、雷雨ばかり降り注ぐ雲を晴らしたと様々な情報が世界で流れていた。それこそゼウスやヘラのファミリアが成長段階であった時の話だ。

 

 その異常さはゼウスの耳にも知れ渡っていたが、どうにも捕まる前に察して逃げる事だけは得意だったようで一向に捕まらなかった。そもそも『神の力』を持つ人間に眷属では捕まえられないと判断し、基本的に放置する事にした。

 

 ルナは様々な人を救った。

 ルージュの一族も重傷だった身体を血で治し、血によってルナの『聖域』の力を持って生まれたように、小人族だけでなく、人間、獣人、ドワーフにエルフと様々な人を救ってきた。

 

 

 だが……それを妬む存在もいた。

 

 それがアルシエル家だ。

 

 魔法の研究、及び発現の法則を探り発現する事に成功した一族。魔法が最も強力でその権力と魔法の強さだけならアールヴ家に匹敵するとされていた。

 

 ルナがエルフの故郷に訪れた時、誰もが治せなかったであろう長老の不治の病を容易く治した。それは長年、アルシエル家がどれだけ研究しても治せなかった持病をルナはその事実を嘲笑うかのように殺したのだ。

 

 ルナの『聖域』は広げただけで毒を浄化し、穢れを祓い、傷を治す。その圧倒的な出力にアルシエル家は嫉妬した。長年苦しんできた長老を治す研究を容易く踏み躙ったルナに憎しみを生んだ。

 

 

 そして彼等は禁忌を犯した。

 

 それは『聖域』の研究。

 ルナに宿している『聖域』を発現させるためにルナを襲い、腕を切り落とし、奪ったのだ。

 

 ルナの『聖域』とは違い、超越化した回復魔法は時間回帰に等しいが、膨大な力である為、使い過ぎれば寿命を縮める。結果、ルナは死ななかったが、彼女の残された時間は確実に減ったのだ。

 

 そしてルナはエルフの里から姿を消した。

 ただし、残された腕をアルシエル家は解析、研究し尽くした。

 

 そして、悲劇が訪れた。

 

 

「悲劇?」

「不治の病よ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 不治の病。それはルナを襲った天罰。

 アスクレピオスが残した愛し子を襲った罪として長老と同じ、原因不明の不治の病が()()()()()()()()()()()()一族全てに発病した。

 

 生まれてきた子供は禁忌を犯した一族の末裔とされ、里に幽閉。王家の一族であったアルシエル家は当然ながら没落した。幽閉されたアルシエルの子は酷い仕打ちを受けていた。一族が何をしたかも知らず、ただただ幽閉されて心が折れ、生きる事すら許されないと告げられた小さな少女の心はいつしか閉ざしてしまった。

 

 

 そんな悲劇の子供を救ったのは一人のエルフだった。

 名前はアルマ。牢屋の見張り役だったアルマは心を閉ざしたアルシエルの子に何度も話しかけた。

 

 自分が食べる食事を分けたり、外には色んな事があったり、時々英雄譚を読み聞かせたりと、外を知らない少女の凍てついた心を徐々に溶かしていった。

 

 

 そんな中、事件は起きた。

 疫病だ。エルフの里で疫病が発生。未知ではあれど、治す術はあるにも関わらず、その原因の不信感は全てアルシエルの子に向けられた。

 

 そして里の中である発表が起きた。

 アルシエルの子の処刑。エルフの最大の汚点を消すが如く、長老と権力者はアルシエル家の完全排除を命じた。

 

 あるエルフは歓喜し、あるエルフは漸くと安堵し、あるエルフは里の安寧に笑っていた。

 

 それを見たアルマは恐怖した。

 何も知らない少女を殺す事が一族の安寧に繋がる、これだけ酷い仕打ちをされてまだ酷い仕打ちを受けるのかと怒りが煮えたぎった。

 

 アルマはアルシエルの子を連れて里を出た。

 遠い所に、業も、運命も、罪さえも届かない遠い所へ……

 

 

 

 

 

 

 

 

「もしかしてファンロックってのは…」

「私の父の名前の家名よ」

「てことは、そのアルシエルの子と結婚したんだ」

「母の名前はリーナ・ヴァン・アルシエル。まあ、私はファンロックの方がいいし、お母さん達もリースって呼ぶ事が多いから私はそう名乗ってるの」

 

 

 やだ運命。物語より物語してる。

 言っていいのかわからないがものすごいロマンチックな話だ。囚われのお姫様を攫う騎士みたいな物語で出てくるような凄いいいお話だ。

 

 

「でも、なんで私に謝るの?」

「母……というかアルシエル家には()()()宿()()()()()()。『継承の魔眼』というべきかしら。その魔眼の効果は文字通り継承する事、アルシエルの記憶、知識まで全てが継承される。不治の病までは継承されなかったけど」

 

 

 リースの紫紺の眼はただの眼ではなかった。

 リースが言う『継承の魔眼』はそれこそアルシエル家が最強の魔法使いであった所以である。継承とは記憶、知識だけではなく他人の想いすら継承する。魔法とは想いの強さを形にしたものだとするのなら、その想いすら継承出来るリースは文字通りアルシエル家の歴史そのものを背負っている。

 

 あの時の魔法の強さも納得だ。

 最強であったアルシエルの記憶まで継がれているならスキルすら継承している。

 

 

「母であるリーナには宿らずに私は先祖返りみたいに持って生まれたせいか地獄を見たわ」

 

 

 それは確かにエグいな。

 全て継承するってことは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。苦しみ悶えている記憶が数十人。もしかしたら不治の病が継承されなかった理由って神様ですらドン引きしたからって可能性があったりするのかもな。

 

 

「母は言ってたわ。いつか、聖女様の子孫に出会えたらちゃんと許される事でなくても謝りなさいって」

「リースの両親は…?」

「【ヘラ・ファミリア】に居たわ。私は鍛治士に憧れてたのがあってヘファイストス様のファミリアに入って、暫くはずっと鍛治士の勉強をしてたわ」

 

 

 リースは魔法の研究内容が継承されていて、この世界の事象にも詳しかった。その中で、鍛治の内容は全くと言っていいほどない。だからこそ、リースは楽しかったのだ。

 

 

「でも、15年前の黒竜討伐に失敗し、二人は死んだわ」

 

 

 黒竜討伐に失敗。

 当時、六歳だったリースに死んだ母の記憶が継承され泣き崩れた。そして、リースはアルシエル家最後のハイエルフとされ、髪色を変える魔導具と軽い認識阻害を起こせる指輪により、紫紺の眼が魔眼である事がバレないようにしている。

 

 母の記憶にあった黒竜は絶望の象徴。

 いつかまたオラリオに現れる『黒き終末』を終わらせる為に、リースは剣を鍛っている。

 

 

「だから、いつか黒竜さえ殺せる剣を鍛つ事を誓ったの」

 

 

 聖剣すら超える剣。

 かつての『女帝』が持つ最高位の武器すら超えて、更に強い剣を鍛つ事を考えている。

 

 

「貴女は聖女ルナの子孫じゃない。でも、貴女はルナにそっくりなの」

 

 

 大聖女ルナも蒼い髪と深蒼色(ネオンブルー)の人間だったらしい。違うのは背丈らしい。まあ私は小人族なので似ているだけで、別人なのだが、『聖域』のスキルまで持っているとなると確かにルナに似ている。

 

 

「貴女に謝るなんて筋が違っているのは分かってる。それでも言わせて」

 

 

 まるで一族を代表するように、残されたアルシエル家の一人として、リースは私に頭を下げた。

 

 

「私達、アルシエル家は貴女に許されない事をした」

 

 

 まるで、一族全ての罪を背負っているかのように、深く頭を下げていた。

 

 

「本当に、ごめんなさい」

 

 

 きっと辛かったのだろう。

 リースに起きた悲劇ではなくても、その記憶を継承してしまう事が、リースを苦しめていたのだろう。

 

 軽く、リースの頭を撫でる。

 こういう時、なんて言えばいいか分からない。でも、気にしないでという言葉ではきっとリースは苦しみ続けるのだろう。

 

 

「––––許すよ」

 

 

 ゆっくり、自分の胸にリースを抱き寄せる。

 きっと責任がある筈だ。ルナは傷付けられた事に対する報復を行ってはいないと思う。アスクレピオスの呪いが結果、そうなってしまっただけだ。

 

 

「きっと、ルナは同じ事を言ってた筈だよ」

 

 

 ルナだってきっと、このままである事を望んでいない筈だ。何の罪もない子供を苦しめてしまう事はきっとルナだって思う所はある筈だ。ルナは神ではない。何でもかんでも許せる人間ではない。

 

 それでも、罪のない子供に罪を背負わせて苦しみ続けている事にきっと、同じことを言った筈だ。

 

 

「それに、貴女達は充分苦しんだ」

 

 

 もう、解放されてもいい筈だ。

 リースの眼から涙が溢れ始めた。罪の記憶に苛まれて、何処かトラウマがあったのだろう。ずっと許してくれなかった。継承されていた事が罪の証だと言わんばかりにリースを傷付けた。

 

 

「これ以上、苦しまなくていい。ルナの力を継いだ私が言ってあげる」

 

 

 だから、私がルナの代わりに言うよ。

 彼女ならきっと、そうしたように。

 

 

「貴女はもう、許されていい筈だよ」

 

 

 リースはその言葉に泣き崩れた。

 まるで子供のように、やっと運命から解放されたかのようにただひたすら私の胸で泣き続けた。

 

 

 ★★★★★

 

 

「ごめん、みっともない所見せて」

「いやめっちゃ泣き顔可愛かったからいいよ」

「殴るわよ」

「冗談」

 

 

 けど、リースの泣き顔は本当に可愛かった。

 話も終わり、私は白いローブを被り、鍛治工房から出て行く。もう暗くなってしまったからエレ様が心配するだろう。

 

 

「ルージュ」

「ん?」

「これからも、よろしくね」

「よろしく、リース」

 

 

 二人は笑って、手を叩き合った。

 今日、本当の意味で初めて二人は親友になれた日だった。それを祝福するかのように、暗くなった空には満天の星々が浮かんでいた。

 

 






 リースロッテ・ヴァン・アルシエル Lv.2
 主神 ヘファイストス・ファミリア
 種族 ハイエルフ
 身長 161cc
 容姿 紫紺の瞳 翡翠色の髪(普段は銀に見せている)


《ステイタス》

 力: A820
 耐久:E453
 器用:A864
 敏捷:D559
 魔力:SS1059
 
 神秘:E


《魔法》
【エンディブ・アストルフェ】
・炎剣魔法
・任意操作
・本数は魔力に依存
爆砕鍵(スペルキー)爆滅せよ(フレイラ)

【リバイブ・ユグドラシル】
・召喚魔法
魔力簒奪(マジック・スティール)属性の大樹召喚
・魔力吸収により肥大化
・成長速度は魔力に依存

【アルシエル・ロード】
・召喚権限魔法
・アルシエル家のスキルの一時的発現
回復期間(インターバル)は二十四時間


《スキル》

【継承の魔眼】
・アルシエル家の記憶、記録の継承

妖精災禍(フェアリー・カタストロフ)
・魔法効果増幅
・魔力制御超高補正
・魔力ステイタスの限界突破
・発展アビリティ【魔導】の発現、補正効果はLv.に依存



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 ちょっと特殊とはいえハイエルフならこんなものだと思いたい。

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第三十九歩

 がんばった。ちかれた。


 

 

『神会』から十日が経った。

 ステイタスの更新に私は少し顔を顰めた。

 

 

–––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––

 

 ルージュ・フラロウワ

 

 Lv.2

 

 力: E420 →A801

 耐久:B722 →B766

 器用:C659 →B762

 敏捷:A828 →S992

 魔力:SS1021 →SS1099

 

 神聖:B

 

《魔法》

【ソニック・レイド】

・加速魔法

・詠唱『駆け上がれ蒼き流星』

 

 

【フロート・エクリエクス】

・全癒範囲魔法

・任意で『魔防』『対呪』の付与

・付与時、精神消費増加。

・詠唱『紡がれし命をここに、永遠に輝く(ソラ)の星よ、汝の名に基づき力を振るう事を赦してほしい。(ソラ)より来れ星の加護よ、穢れを祓う聖光を纏い、巡れ我が白き箒星よ』

 

 

【スター・エクステッド】

・連結詠唱

・魔法、及び発動中スキルの収束実行権

・収束範囲に停滞属性を付与

・停滞維持にて精神力消費

・願いの丈により効果増幅

・詠唱『集え小さな星々の願い』

・【解放鍵(スペルキー)】『突き進め(エイルス)

 

 

《スキル》

反骨精神(リバリアス・スピリット)

・早熟する

・対抗意識、宿敵意識を持つほど効果向上

・逆境時に全能力に対して損傷吸収(ダメージ・ドレイン)を付与

 

 

星歌聖域(ホーリー・サンクチュアリ)

任意発動(アクティブ・トリガー)

・精神力消費

・歌唱時、自身を中心に『聖域』を構築

・【精霊同化(スピリット・クロス)】発動中、無条件の聖域解放

 

 

精霊同化(スピリット・クロス)

任意発動(アクティブ・トリガー)

任意召喚(アクティブ・コンセプション) 

任意帰還(アクティブ・リバース)

階位昇華(レベルブースト)

・発動中、精神力及び体力大幅消費

・精神力超消費にて精霊魔法行使権

・発展アビリティ【魔導】【共鳴】【祝福】の発現

・現在同化中【トワ】

 

 

 

––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––

 

 

「んー、微妙か」

「いやいや、普通にありえないのだわ」

 

 

 成長速度が異常とも呼べるルージュのステイタスも十日間経ってこれなのだ。いや、想像以上に成長してはいるが、せめてSにしておきたい。レベルが上がればまた伸びにくくなる。だが、十六階層まではリースとパーティ組んでからは相手にならない。

 

 形が理想的過ぎるのだ。

 私は前衛できる後衛職、リースは並行詠唱できる自衛できる後衛職。どちらも切り札の魔法が強力で『怪物進行(パスパレード)』を物ともしない。そう言った意味では私達は中層域は問題なく行動出来てしまう。

 

 

「(ゴライアスに挑むか?そろそろインターバルが終わる筈、リースが良ければ挑める筈、リースも格上の偉業も欲しいなら行けるかも)」

 

 

 どうしたものかと考えるルージュ。

 その時、ドンドンと荒々しく宿の扉が叩かれる。エレ様は施錠をし、私は服を着る。

 

 

「((おさ)…じゃないな)」

「はいはい、今開けるのだわ」

 

 

 ガチャリと開ける。そこには少し装備がボロボロになった【凶狼(ヴァナルガンド)】が立っていた。てことは、遠征が終わったのか。軽く息を切らしながら本題を告げた。

 

 

「おいクソチビ、契約履行だ」

「はっ?」

 

 

 いきなり言われたことが理解出来ずにルージュは変な声が出た。

 

 

 ★★★★★

 

 

 ベル達のパーティがタケミカヅチの眷族の『怪物進行(パスパレード)』を押し付けられ、行方不明となった。そこで中層域を探索する為に、ヘルメスとヘスティア率いるタケミカヅチの子供とアスフィ、そして【疾風】のリュー・リオンを連れて中層に向かう。

 

 

「よろしかったのですか、ルージュを連れて行かなくて」

「まあ連れて行っても良かったんだけど、彼女の可能性はもう見た。俺はもう一つの置き土産を見たいし、それに」

 

 

 アルテミスの一件もある。

 余計な事をするなら撃つと脅された。あの時のアルテミスは怖かったと追記しておく。それにルージュも色んな意味で物事の違和感に勘づく感性を持っているので、今回はパーティに誘わなかった。

 

 

「あの子色々聡いから、悪巧みしたらバレる気がする。それは俺の望む事ではない」

「悪巧みする前提ですか、このロクデナシクソ神」

「ははっ、酷くね?」

 

 

 アスフィのジト目にヘルメスは顔を逸らした。

 

 

「ベル・クラネルが死んでいたらどうするのですか」

「それはないと思うな。ルージュちゃんと被らなければ記録更新した彼が、そう簡単に死ぬとは思えない」

 

 

 何故、とアスフィは尋ねた。

 中層はLv.2の最初の死線。十八階層まで向かったとするなら、死ぬことだってあり得る筈だ。

 

 

「あの好々爺(ゼウス)が残した置き土産だからさ」

 

 

 ★★★★★

 

 

 ベートさんの話を聞いた所、簡潔に言えば団員が毒に侵されたらしく、十八階層で野営しているらしい。【ディアンケヒト・ファミリア】の万能薬かアミッドなら治せるのだが、フィンの契約を持ち出せばルージュが治してくれるとの事で、ロキ様に私とエレ様の場所を聞いて此処までやってきたわけだ。

 

【ロキ・ファミリア】は深層のドロップアイテムを譲る事を条件に深層まで同行させていたらしく、財政はかなり火の車。そこで、頼れるなら頼ってしまえという話になり私の所に来たわけだ。

 

 まあ私としては丁度いいかもしれない。

 

 

「……状況は理解した。同行するけど一つ」

「あっ?」

「もう一人、連れて行っていい?」

 

 

 じゃないと同行拒否しちゃうよ、と言ったらベートさんは反論出来ずに「さっさと連れてこい」と言った。私は装備を整え、リースの工房へ向かった。

 

 

 ★★★★★

 

 

 ダンジョン十五階層にて。

 まるで砲弾の弾のように突き進む三人組。基礎ステイタスだけならL v.3に最も近い私達と戦闘を基本的に引き受けてくれるベートさんを止められるものは十八階層までならゴライアスくらいだろう。

 

 

「てかなんで私まで?」

「そろそろ偉業、欲しくない?」

「成る程……マジで?」

 

 

 リースはその言葉で全てを察した。

 

 

「一応【ロキ・ファミリア】もいるし、挑むには最適な条件でしょ」

「あー、でも手を借りるの?」

「基本的に二人で、ヤバかったら手を借りるかもしれないけど治癒魔法の見返りとしてはいい条件じゃない?」

 

  

 私達が今までゴライアス討伐を視野に入れてなかったのは、単純にインターバルとゴライアス討伐をした後に余力が残っているかという不安。十八階層なら休息こそ出来るが、泊まる道具まで持って行くのはサポーターがいなければ戦いの邪魔になるので無理だ。

 

 今回は安全とまでは行かないが、冒険者と偉業の蓄積には最適な状況だ。

 

 

「まあ、確かに丁度いいわね」

「そろそろレベル上げておきたいし」

「一月前にランクアップしなかった?」

 

 

 リースは私の微笑みに全てを察した。

 ベートさんはその言葉に振り返って目を見開き、察したのか更にスピードを上げた。大人気ないとだけ追記しておく。

 

 

 ★★★★★

 

 

 私達は『嘆きの大壁』を通り。中層の階層主『ゴライアス』を目の当たりにする。ベートさんがヘイトを引きつけている間に私達は十八階層まで向かう。

 

 とりあえず、相手をするのは治療してからだ。

 水晶の光が眩しくて、思わず目を瞑る。

 

 

「着いた。『迷宮の楽園(アンダー・リゾート)』」

「久しぶりに見たけど綺麗な所ね」

 

 

 そこで出迎えてくれたのは団長のフィンさんだ。

 

 

「久しぶりだねルージュ。助かるよ」

「遠征お疲れさま。どうだった?やっぱ私の予想通り?」

「まあ殆どね。久しぶりに死を覚悟したよ」

 

 

 【ロキ・ファミリア】でさえ苦戦する穢れた精霊。

 やはり問題は山積みだが、予想通り敵の狙いは『穢れた精霊の地上召喚』で間違いないだろう。まあその話は追々するとして……

 

 

「毒に侵された団員は何処?」

「案内するよ」

 

 

 フィンさんに案内され、大型のテントに入る。

 かなり苦しそうな団員たちに少しだけ目を逸らす。『毒妖蛆(ポイズン・ウェルミス)』の毒に侵されて、死んでこそいないが死の縁を彷徨っている。リヴェリアさんが死にかけの人に回復魔法をかけて延命していたから死んでないようだが、早めに終わらせた方がいいな。

 

 

「『紡がれし命をここに、永遠に輝く(ソラ)の星よ、汝の名に基づき力を振るう事を赦してほしい』」

 

 

 全癒魔法は文字通り全てを癒す。

 オラリオの中で破格の回復力を持つのはアミッドさんと私くらいだ。白い魔法円(マジックサークル)が周りに広がり始める。

 

 

「『(ソラ)より来れ星の加護よ、穢れを祓う聖光を纏い、巡れ我が白き箒星よ』」

 

 

 医神アスクレピオスの眷属であるルナの魔法は身体の欠損すら治したらしいが、私の場合はそこまでは無理だ。追加詠唱で効果の増幅をしなければそこまでの領域に至れない。一度眼球が破裂したにも関わらず失明しなかったのはそれのおかげだ。ただ、時間が経ち過ぎた修復はできない。恐らく、長年欠損したままの人間とかは無理だ。

 

 

「【フロート・エクリエクス】」

 

 

 それでも毒程度なら余裕で治せる。

 白い魔法円(マジックサークル)から癒しの光が溢れ、毒を完全に消し去っていた。

 

 

「本当に全癒魔法使えるんだね」

「疑ってたの?」

「珍しい魔法だからね。疑ってこそいないが誇張の可能性もあったから」

「それを疑ってるというの。ティオネさん呼んで有る事無い事言っちゃうよ」

「ははは、それだけは止めてほしいな……いやマジで」

 

 

 割とマジで笑みが引き攣っていた。

 途中からガチだった。そんなに怖いかティオネさん。今度からフィンさんが失礼な事をしたらこのネタ使おうと心に決めた。

 

 

「まあ代わりといっちゃなんだけど後で手伝って欲しい事があるし」

「何かな?」

「ゴライアス討伐。私とリース…専属鍛治士の仲間に譲ってもらってもいい?」

 

 

 フィンさんが目を見開いた。

 

 

「君、まさかもう」

「基礎ステイタスがまだ上がり切ってない。最低でもS希望」

 

 

 冷静だったフィンさんから乾いた笑みが溢れた。

 早すぎる、まだ一月程度な筈だ。それでももうランクアップが可能だという事実にポーカーフェイスを崩してしまうほどに。

 

 

「それは構わないけど……勝算はあるのかい?」

「無いなら言ってない」

 

 

 リースの魔法と、トワの階位昇華と、何より私自身の戦い方を考えれば、不可能ではない筈だ。二人とも並行詠唱を極めた冒険者、リヴァラの街で連合を組むより人数は足りないが、偉業としては二人で討伐すればかなりなものな筈だ。

 

 当然、保険としてアイズとかリヴェリアさんには待機してほしいが……

 

 

「『ゴライアス』は私とリースで倒すよ」

 

 

 ベルは私を直ぐに追い抜かそうとする。

 なら、滾らない訳がない。まだまだ突き放しておきたい。だからこそ私は『冒険』をしたいと思った。

 

 私もまた、ベルを好敵手と認める一人なのだから。

 

 

 






 次回ゴライオス戦。
 リースの魔法は修正しました。

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第四十歩


 訂正、指摘ありがとう。
 そしてゴライアスの誤字修正してくれた人、本当にありがとう。拙い文才ではありますが、頑張っていきたいと思います。


 

 

 

 十八階層の昼。

 ルージュとリースの二人は『ゴライアス』討伐の作戦を練り終え、戦闘準備をする。リースは第三魔法の詠唱を始める。

 

 

「『それは消えぬ原罪、神に呪われし我等の咎』」

 

 

 リースの第三魔法、それは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()希少魔法(レアマジック)。アルシエル家の歴史の中には魔法だけではなく、神の眷属であるエルフも存在する。継承した記憶から引き出せるスキルの数は8。それら全ての中から一つだけ自分が使用できるという

 

 

「『誇りは失い、矜持は潰え、全て破却せし我等の歴史。されど私は礎を授かりし者、最後の末裔たる私が刻む』」

 

 

 選択するのは【妖精天輪(フェアリー・メディスン)

 リースの母が持っていたスキル。効果は魔力の効率化と魔法の射程範囲と威力増幅。妖精族特有のスキルの中でも強力なスキルを選択する。

 

 

「【アルシエル・ロード】」

 

 

 刻まれたスキルは一時間ほど顕現可能だが、再使用は二十四時間のインターバルが必要となってくる。精神枯渇(マインドゼロ)、意識を失った場合は強制解除になる。

 

 そしてルージュも詠唱を唱える。

 

 

「『閃光よ、駆け抜けよ、闇を切り裂け、代行者たる(わたし)が命ず、光の化身、光の女王よ』」

 

 

 『ゴライアス』には生半可な攻撃は一切通用しない。

 理由としては巨人の剛皮にある。筋肉が密集し、側面だけでなく貫いたり斬る場合は相応の力が要る。魔石は胸元にあるとはいえ、そう簡単に狙わせてはくれない。

 

 

「『集え小さな星々の願い』」

 

 

 今回は初めから全開。

 トワの光魔法【ライト・バースト】の発動後の停滞。破壊力を『七星剣(グランシャリオ)』に収束し増幅させる。下手な魔剣より物騒な魔法を付与された剣で対抗する。

 

 

「それじゃ、行くよリース」

「いつでも」

「––––突撃!」

 

 

 ルージュたちは十八階層から十七階層まで一気に走り出す。

 推定レベルは4。中層域の最初の階層主と呼ばれた巨人の怪物『ゴライアス』。

 

 改めて見ると武者震いで脚が震える。

 だが今日、ルージュ達は『冒険』をする。先陣を切るように地面を蹴り、詠唱を始めた。

 

 

 ★★★★★

 

 

 本当にやるのか、と呆れた顔をして後ろについていくリヴェリア、アイズ、ティオネ、ティオナ、レフィーヤの五人。最悪の場合は助太刀するが、基本的に戦闘はあの二人で行うというフィンの言葉に絶句した。

 

 

「そりゃアイズや私達なら余裕かもしれないけど」

「二人ともLv.2なんでしょ?正直無茶過ぎない?」

 

 

 階層主『ゴライアス』の討伐はリヴィラの街で定期的に行うか、ファミリアでの討伐が基本。いくらパーティを組んでいるからといえ、人数は二人。

 

 だが、ルージュは問題ないと言った理由はこの戦いでわかる筈だ。

 

 

「全く、ベル・クラネルの熱が此処まで広がっているのか?」

「あの闘いは興奮したけどね」  

 

 

 あのミノタウロスとの死闘。

 彼女達は知らないが、それでもレベルの壁を超えたベル・クラネルに対しての闘争心が瞳に宿っている。

 

 彼女達も挑もうとしているのだ。

 果てしなき高い壁を越える『偉業』の挑戦へ。

 

 

 

 ★★★★★

 

 

 改めてデカい。

 見上げていたら首が痛くなりそうだ。初めて階層主という怪物と戦う。けれど、『アンタレス』程の迫力はない。ただし、あの蠍よりも遥かに巨大だ。

 

 

「『祖は最果てを守護する世界樹の妖精、我が声に応じ今一度大樹は芽吹く』」

 

 

 巨人対小人。力の差は歴然。

 先ずはリースの詠唱が完成するまで私が時間を稼ぐ。リースは並行詠唱は出来る為、『ゴライアス』から離れた場所で戦局を見ながら最適なタイミングを計り、私が戦い易い状況を作り出そうとする。

 

「『駆け上がれ蒼き流星』!」

 

 

 先ずは足を潰す。『ゴライアス』に最速で迫る。小さくて見えないのか、リースを見ている怪物の膝に『七星剣(グランシャリオ)』の斬撃が当たる。破壊力の塊を兼ね備えた斬撃は『ゴライアス』の膝を野菜のように斬り倒す。切断こそできなかったが、倒れた怪物に私は笑う。

 

 

「こっちを見ろよ。じゃないと、私がお前を狩るぞ」

 

 

 ギロリ、と怪物の眼が私に向いた。

 巨人は倒れたまま腕を振るう。私はそれを後方に下がって躱し、『ゴライアス』の目玉にまで走り出す。

 

 

「っっ!?」

 

 

 『咆哮(ハウル)

 ミノタウロスなど一部のモンスターが使う威嚇。それはまともに喰らえば強制停止、気の弱い者なら意識を失う。だが『ゴライアス』は更に規格外。魔力を兼ね備えた咆哮が飛び、空気の砲弾となって襲いかかる。

 

 私は咄嗟に危険を察知し、躱す事には成功するが、『咆哮(ハウル)』で砕けた地面の岩盤が襲いかかる。耐久こそ上がっているが、ダンジョンの岩盤だ、まともに喰らえば肉も削れる。

 

 

「いっつ…!『紡がれし命をここに、永遠に輝く(ソラ)の星よ、汝の名に基づき力を振るう事を赦してほしい』!」

 

 

 下手に喰らいすぎると不味い。

 基本五人がいるが頼らない。現状二人しかいない状況では、壁役がいない為ポーションなどの補給が出来ない。

 

 並列停滞。

 私が『アンタレス』と戦った時に使えた新しい技法。一つ目の魔法を停滞したまま二つ目の魔法の行使に入る。これは最近試した事だが、解放鍵(スペルキー)は多少融通が利く。意識さえ出来ていれば、一つ目の魔法を発動し、二つ目の魔法を維持が可能だ。

 

 

「『(ソラ)より来れ星の加護よ、穢れを祓う聖光を纏い、巡れ我が白き箒星よ』!」

 

 

 行使するのは全癒魔法。

 トワのスキルは瞬間的に使う事で魔力及び体力消費を軽減。更に強くなる為に考えて私のスタイルを模索し続けた。

 

 並列停滞にスキルの瞬間発動。

 今の私は魔導師より厄介な要塞型の魔法剣士。回復、魔法、そして攻撃の三種類を自在に操り縦横無尽に駆け巡る。

 

 

「『集え小さな星々の願い』」

 

 

 発動可能状態の停滞。

 発動後の停滞と発動可能状態の停滞では魔力消費量が違う。発動後は破壊力や効果を維持する為、停滞に魔力をかなり持っていかれる。既に【ライト・バースト】を停滞している私は魔力消費は最小限に留める。

 

 既に『ゴライアス』は立ち上がり、上から拳を振るう。

 私は『精霊同化(スピリット・クロス)』を発動し、高速で振り下ろされる拳を避ける。当たってもいないのにこの衝撃波、まともに喰らえば即死だ。

 

 

「ルージュ、後退!!」

「!」

 

 

 リースの言葉に反応する。

 準備が出来たようだ。リースの地面に五つの巨大な魔法円(マジックサークル)が浮かび上がる。

 

 

「『突き進め(エイルス)』!」

 

 

 停滞していた【ライト・バースト】を解放する。

 無数に分かれる光の波動が『ゴライアス』の顔面目掛けて放たれるが、それを腕を下敷きに顔面への到達を避ける。上層と違って階層主には明確な意志がある。思考も、動きさえ油断できない。

 

 だが、腕を潰した。

 リースの魔法は発動される。

 

 

「【リバイブ・ユグドラシル】!!」

 

 

 リースの五つの魔法円から()()()()()()

 勢いよく成長し、『ゴライアス』の拳を受け止めると直ぐに絡み付き始めた。

 

 

「すっご……」

 

 

 リースの第二魔法【リバイブ・ユグドラシル】

 それは魔力を喰らう大樹の召喚。超長文詠唱である代わりにその効果は妖精族のどの魔法とも該当しない召喚魔法(サモンバースト)。聞いてはいたけど、此処まで巨大なものなのか。

 

 木々が『ゴライアス』に絡みつき、身動きを奪う。怪物には魔力が存在する。魔石がある以上それは絶対だ。

 

 そしてリースの魔法は『魔力簒奪(マジック・スティール)』。その効果は()()()()()()()()()()()()()()()

 

 つまり、『ゴライアス』を弱らせるには最適な魔法。そして絡みついている間に私達はポーションを飲み、体力と魔力を回復し即座に走り出す。

 

 

「『––––閃光よ、駆け抜けよ、闇を切り裂け、代行者たる(わたし)が命ず、光の化身、光の女王よ』」

 

 

 すかさず詠唱を始める。

 あの大樹を操っている間はリースは動けない。だから此処で決める。

 

 

「【ライト・バースト】!」

 

 

 発動した光の波動が大樹と『ゴライアス』に当たる。

 大樹は焼き焦げながらも魔力を吸収し、肥大化することで『ゴライアス』を固く縛る。魔石は胸元、人間に近い構造をしている巨人の胸元に私は大樹を上手く利用し、跳躍。スキルも全解放、此処で出し惜しみするわけにはいかない。

 

 

「うらああああああああああっ!!」

 

 

 勝った、そう思った次の瞬間だった。

 意識外から謎の衝撃が私を襲い、吹き飛んだ。

 

 

「ガッッ!!?」

 

 

 私は地に叩き落とされた。

 迫る私に『ゴライアス』がまさかの()()()

 想定外過ぎて意識から外してしまい、攻撃をモロに食らった…そんなのありかよ……!

 

 頭から出血、肋骨が何本か折れた痛みに身体を起き上がらせられない。足は問題ないが左腕が痺れて動かない。意識は途絶えていないだけまだマシだ。

 

 

「ヤバッ…」

 

 

 見上げた瞬間、絶望を悟った。

 血を吐き、地面に落ちる私に『ゴライアス』は追い討ちをするかのように口を大きく広げる。

 

 

「アイズ!!」

「分かってる!!」

 

 

 リヴェリアさんの声が聞こえた。

 既にアイズが風まで使って助太刀しようとするが、遅かった。

 

 倒れて動けない私に『ゴライアス』渾身の『咆哮(ハウル)』が襲いかかり、私の意識は此処で暗転した。

 

 





 前後半分けます。

 良かったら感想・評価お願いします。


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第四十一歩


 私のダンまちの知識が不足している気がする。
 これ投稿したらちょっと読み直す修行に出てきます。感想見てるとやだ私の文才低すぎ…、と思い始めました。あと忙しくなるので毎日投稿が出来なくなるかもしれません。すみません。

 


 

 

 小さな身体が地面を跳ねた。

 叩き付けられたルージュからは血が流れていた。

 

 

「ひっ……」

「不味い!ティオナ、足止めしろ!ティオネとレフィーヤはルージュを!」

「分かってる!!」

 

 

 レフィーヤが小さな悲鳴を上げ、リヴェリアの指示でティオネ達が動く。私の中で何かが壊れそうになった。ルージュが叩き落とされ、『ゴライアス』の咆哮を直撃した事に動揺した。

 

 ルージュは数回地面をバウンドしてピクリとも動かない。

 間に合わなかった。不安など当然あった。無茶だと思った。私の目の前でお母さんを無くしたように、彼女まで失う事が怖くなって、止めようとしたのに……

 

 

『行こうリース!』

 

 

 そう笑って戦おうとするルージュが眩しくて、真っ直ぐで止められなくて、性格も雰囲気も姿も全く違うのに、私を護ってくれていたお母さんの背中を幻視した。

 

 

 なのに……

 

 私の目の前で、友達が……

 憎しみが怪物に溢れ出す。私の友達を奪ったこの巨人を許せない、

 

 憎い憎い憎い憎い憎い憎い、殺したい。

 動揺したままルージュの所に駆け寄る。この怪物を殺すのは、ルージュを助けてからだ。

 

 動揺で手が震える。

 死んでしまったのではないかという恐怖に襲われる。

 

 

 死なないで、お願いだから……

 

 

 ひとりにしないで……

 

 

 

 生きているのか分からなくて、恐る恐るルージュに触れようとする。ティオネもルージュに近づき、生死の確認をしようとしたその時。

 

 

 

 

「痛ってえええぇ!!」

 

 

 

 

 ルージュは勢いよく起き上がり叫んだ。

 死にかけていたと思っていた友達は予想以上に元気だった。

 

 

 ★★★★★

 

 

 どうやら、私は一瞬気を失ったらしい。

 ほんの数秒だが、身体が宙に浮くくらいの衝撃波に吹っ飛ばされて意識を失ったその時に【スター・エクステッド】が強制解除されたのだ。

 

 全癒魔法【フロート・エクリエクス】を停滞し、ヤバかった時に回復する為に私はストックのように停滞維持を行なっていたのだが、意識を失った事により、停滞が解除し魔法が発動された。

 

 意識を失った際に付与魔法などは消えるのが基本。他の魔法の場合は魔力暴発(イグニスファウスト)を起こすだろうが、【スター・エクステッド】は()()()()()()()()()()()()()魔力暴発(イグニスファウスト)は起きず、停滞が解ければ魔法は起動される。

 

 まあ、それを知ったのは今なのだけど。

 

 もしかしたらトワがやってくれたのか分からないがとりあえず魔法は起動された。

 誤算とはいえ、折れた骨や頭の出血は治り、私の身体は全回復。ただし攻撃受けて頭が砕けていたらヤバかったし、踏み潰されたら死んでいた。あとめっちゃ痛かったあの頭突き、受け身取れず叩き付けられた。

 

 

「えっと……ティオネさんの妹!足止めありがとう!!」

「えっ、大丈夫なの!?」

 

 

 とりあえず問題はない。

 叩きつけられた時に殆ど回復薬はダメになったから、魔力を考えてもあと一発程度の魔力しかない以外は身体に変化はない。

 

 

「問題ない!リース、第二魔法から第一魔法に切り替えて!」

「えっ!?このまま行けば」

「維持が持つならそれでもいいけど根比べで勝てる!?」

 

 

 多分無理だ。『ゴライアス』を倒せる決定打にはなり得ない。この大樹の維持は相当魔力を持っていかれる筈だ。超長文詠唱の魔力消費量は私が一回使えば精神疲弊(マインドダウン)になりかねない。私は特別燃費が悪いし、リースにはスキルによる魔力消費量の効率化があったとしても、根比べでは勝ちは無い。

 

 リースも苦い顔していた。

 あの剛皮の硬さを私は知らなかったから遠距離で仕留められるか分からない不安要素こそあったけど、動けないと思い接近戦をしたのは私のミスだ。

 

 

「待って…!」

「ん?」

「大丈夫…なの?」

 

 

 アイズが私の手を掴んで止める。

 それもそうか、一度あんな大怪我したのだ。心配にもなるだろう。

 

 

「ごめんね、少し心配かけた」

 

 

 アイズの手を優しく握る。

 でも大丈夫。心配かけるかもしれないけど–––––

 

 

「とりあえず勝ってくるよ」

 

 

 –––––今はただ勝ちたいと思うから。

 私は不安そうな顔をしたアイズにそう一言だけ残し、走り出す。

 

 

「リース、行ける!?」

「解除はいつでも!」

「んじゃあ、撹乱する!目を潰すよ!!」

「了解!」

 

 

 リースの召喚魔法は消え、大樹の魔力簒奪効果は消える。だが、大樹自体は魔法を解除しても魔力を簒奪し肥大化した分の樹々は残る。『ゴライアス』を縛っていた強さは無くなれども、この十七階層の『嘆きの大壁』は木々が巡る小さな森と化していた。

 

 リースも詠唱を止め、前線に上がる。

 詠唱するまでの時間を稼ぐ為には私一人では足りない。少なからず目を潰さない限り、『ゴライアス』に詠唱時間を割り振れない。既に一度見せた戦術は通じない。

 

 だからこそ、奇策を。

 森と化したフィールドで私達は高速で移動していく。

 

 

「グオオオオオオオオッ!!!」

 

 

 縛っていた樹々が折れ、拘束が解ける。

 木々が邪魔して『ゴライアス』は私達を捉えられない。

 

 森を吹き飛ばすように腕を手当たり次第に振り下ろしていく。徐々に剥がされていく木々、隠れる場所も徐々に失っていく中で遂に最後の一本がへし折られた。

 

 でも、そこにいるのは私だけだ。

『ゴライアス』はもう一人の存在を見失った。

 

 どこに––––答えは見下ろしている『ゴライアス』の遥か上。

 

 

「う、らああああああああああああああああっ!!」

 

 

 槌型の杖を全力で振り下ろすリース。

 リースの筋力値は鍛治士に相応しい程の強さを兼ね備えている。ランクアップ時はSだったらしく、Lv.2とはいえ不意をつかれた『ゴライアス』の頭に槌を叩き下ろし、一瞬の隙に私は思いっきり『ゴライアス』の膝を折る。意識外の攻撃と膝を折られ、倒れてしまいそうな所を右腕で支える巨人。倒れないのは階層主の矜持か、流石と言うべきだけど……

 

 

「やっと顔が近づいたなノッポ」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()

 私は『影淡』と『緑刃』を構えて両目目掛けてぶん投げる。左腕は潰し、右腕は体を支えているため防げない。普通に投擲しても防がれてしまうが、このチャンスを逃さない。目に二つの武器が突き刺さり、『ゴライアス』は断末魔を上げた。

 

 

「グオオオオオオオオオオオオオオッ!!!?」

「うるさっ」

 

 

 この一撃が多分最後の魔法だ。

 私達は距離を取り、今残る全魔力を次の魔法に装填する。そしてリースも同じように最後の魔力を全て魔法に注ぎ込む。

 

 

「『––––閃光よ、駆け抜けよ、闇を切り裂け』」

「『––––苛烈なる焔、悪きを祓う聖火』」

 

 

 此処で勝負を決められなければ負けだ。

 目を潰されても魔力を肌で感じ取った『ゴライアス』は私達の方へ走り出す。このままでは巨人の方が早い。

 

 だから……()()()()()()()()()

 

 

「『代行者たる(わたし)が命ず、光の化身、光の女王よ』」

「『焦がれ蝕む憎炎、燻る残火、灼熱の業火』」

 

 

 高速詠唱。

 いつも以上に詠唱を加速させる技法。並行詠唱が出来る程度には魔力の扱いに慣れた。だから高速で詠唱しても魔力は乱れない。そして迫りくる『ゴライアス』より私達の方が早い。

 

 

「『集え小さな星々の願い』」

「『我が炎帝の剣よ、万象須らく焼滅し、果てへ還れ』」

 

 

 リースの背後に炎剣が五十本。

 これが最大本数、全精神力を注ぎ込んだ最後の魔法。リースはその魔法名を叫ぶ。

 

 

「【エンディブ・アストルフェ】!!」

 

 

 炎剣は『ゴライアス』の胸元目掛けて射出される。

 野生の勘というべきか、『ゴライアス』は残った右腕で炎剣を防ぐ。凄い反射神経だが、その魔法は躱すべきだったな。

 

 

「『爆滅せよ(フレイラ)』ァァァッ!!!」

 

 

 炎剣の大爆発が階層に熱を撒き散らす。

 リースは精神疲弊(マインドダウン)に膝を突く、『ゴライアス』が防いだ炎剣が爆ぜ、右腕は完全に消滅していた。そして胸元を防げる術は残されていない。

 

 

「今度こそ、終わりだあああああああああああっ!!」

 

 

 魔力増幅最大値。

 今度は間違わない。このアドバンテージを活かし、あとは狙い撃つだけだ。

 

 

「『突き進め(エイルス)』ゥゥゥッ!!!」

 

 

 私は増幅した【ライト・バースト】を『ゴライアス』の胸にぶっ放した。放たれた無数の光の波動が、徐々に胸を穿っていき、魔石部分まで到達する。

 

 

「グオオオオオオォォォ–––––!!!」

 

 

 パキリ、と音が聞こえた。

 魔石が砕けた音が聞こえた。だが……

 

 

「なっ!!」

 

 

 しかし、『ゴライアス』はそれでも倒れなかった。立ち上がる巨人にリースは絶句し、振り下ろそうとする拳に目を瞑る。

 

 

「もう終わり、だっ!!」

 

 

 全筋力最大。

 私は『七星剣(グランシャリオ)』を全力で投擲した。それは矢のように綺麗な放物線を描いて、魔石の部分に突き刺さる。

 

 パキパキッ!と魔石が砕けた音が聞こえた。投擲した『七星剣(グランシャリオ)』は中心に突き刺さり魔石を完全に砕いた。

 

 決着が付き、ゴライアスの肉体は灰となって消えていく。振り下ろそうとする拳は消え、もう攻撃は無くなった。

 

 流石に強敵だった。階層主を二人で倒すという『偉業』こそ達成したが、もう体が限界だ。

 

 

「勝った………」

「う、そ……」

 

 

 私は剣を引き抜き、地面に倒れていく。

 流石にもう魔力はスッカラカンで、スキルも解けた。トワも逸早く私の中で眠りについた。

 

 ありがとうトワ、最後まで一緒に戦ってくれて。

 流石に冷静ではなかったのと、タイミングを間違えた私のミスだ。あの時は距離というアドバンテージを得たまま魔法で仕留めに行った方がいい。そう判断出来るだけの経験が足りてなかった。

 

 私もまだまだルーキーって事か……。

 

 

「リース、大丈夫?」

「なんとか……というか、ルージュは?」

「ギリギリ立てる」

「怪我は?」

「一応問題ない。けど、身体の負担が凄い」

「そりゃあね」

 

 

 血は流れたけどもう傷はない。

 二人して精神疲弊、私の場合は枯渇一歩手前で気を失いそうだが立てはする。戦えるほどの体力はもう無いけれど、あとは一度十八階層に帰るだけだ。私は立ち上がってリースに近づく。

 

 

「お疲れリース」

「ルージュもね」

 

 

 私達は笑ってハイタッチした。

 色々と課題の残る戦い方だったが、それでも勝ったのだ。嬉しくないわけがない。時間にして三十八分。私とリースの階層主攻略は成功という形で幕を下ろした。

 

 

 ★★★★★★

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、アイズが十八階層から帰還するまで抱きしめて離してくれなかった。レフィーヤにめっちゃ睨まれた。

 

 

 









ヘルメス「ダンジョンは憎んでいるのさ。こんな地下(ところ)に閉じ込めている、神々(オレたち)をね」


 ルージュの発展アビリティ 神聖B

【神聖】
 効果:神の力、聖属性に対する補正。
 
【取得条件】
 聖属性適正がある者、神の力に由来するナニカがある(精霊・神造武具・原初の火・蘇生薬など)


・ルージュがこのスキルを更に上げると持っていた残り滓の神の力が強くなり、神に近くなる為、怪物が強くなり、凶暴化します。Bならまだ軽い補正程度で然程問題はありません。


《聖域をダンジョンで使った場合》

 Fは蚊が飛んでいる程度の煩わしさ。特になし。

 Bはヘイトがいつもより稼げます。1.1倍程度。

 Sから更にボーナス入ります。ヘイトの殆どがルージュに向きます。怪物の攻撃が変わったりします。1.2倍程度。

 SSSは怪物が全員強化種レベルとなって襲い掛かります。強くなりたいルージュは戦って勝って強くなります。1.5倍以上。

 測定不能になったらお終いです。ダンジョンが哭きます。ウラノスが頭を抱えます。エレ様も胃を抑えます。測定不能。




 ルージュもエレ様もまだ気付いていません。


 暫く就活で忙しくなるので連日投稿厳しいです。
 出来れば空いた時間に文才を学んできます。


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第四十二歩


 軽い文才を学んできました。
 上手くいったか分からないが、とりあえずちょっとずつ再開。今回は短いです。あと、ちょっと新展開です。


 

 

 ゴライアス戦から暫くの休息を取り、【ロキ・ファミリア】と同行し地上に帰還した私とリース。バベル付近でアイズ達やリースと別れ、帰ってきて一番にエレ様にステイタスの更新を頼んだ。仕方ない、と呆れた顔をしながらエレ様も引き受けてくれた。神血(イコル)が背中に垂らされ、むず痒いなと思った瞬間。

 

 

「ていやっ!」

「あだっ!?……いや痛くはないけど」

「無茶ばかりして、暫くは休むのだわ。主神命令よ」

「はい……」

 

 

 エレ様からチョップを食らった。

 耐久の高さから痛くはなかったが、その一撃の後にぎゅーっと抱きしめられて何も言えなくなった。耐久値を見たら無理しているのが丸わかりだったようだ。ゴライアスの一撃でほんの一瞬とはいえ気を失った事を考えると、伝えない方が吉か。

 

 

「ハァ、まあ二十四階層の時から偉業の到達はできたけど、今日を以って新たな偉業はここに刻まれたのだわ。おめでとうルージュ」

「ありがとうエレ様」

「発展アビリティが【精癒】と【耐異常】だけどどっちがいい?」

「【耐異常】で」

 

 

 確かに【精癒】も魅力的ではあるが、毒の耐性はつけておかないと深く潜った時に怖い。特に、大聖女になる前のルナが毒で死んでいるのだ。同じ死に方をしたら笑えないし。

 

 

「そういえば話し合いはどうなったの?」

 

 

 フィンさんが言っていた同盟関係。

 ロキ様、ディオニュソス様、ヘルメス様、そしてエレ様の同盟関係。元々、ディオニュソス様は調査こそしていたが、規模の大きさから同盟を結び、ロキ様に依頼したらしい。まあ私達も同じような所だ。

 

 

「バベル以外で入り口がある。それを考えるとオラリオの何処かか、メレンの近くの海の王の蓋かどちらかなのだわ。ディオニュソスはダイタロス通り、ヘルメスは都市街、ロキはメレンを調査しに行ったのだわ」

「エレ様は?」

「………とりあえず、聞き込みなのだわ」

 

 

 戦力外通告だったのか。

 エレ様は冥界の女神、畏怖される存在なのと眷属一人の私ではやれる事は限られる。つまりまあ、そういう事なのだろう。ファミリアとしては人海戦術するには圧倒的に数が足りない零細だし。

 

 私達が動くのはあまり得策ではないのもあるのだろう。話し合いの結果、【ロキ・ファミリア】は護衛と監視も兼ねて地上にいる間、二人以上はエレ様や私を見張ってくれるらしい。

 

 エレ様にステイタスの紙を渡される。

 

 

––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––

 

 

 ルージュ・フラロウワ

 

 Lv.3

 

 力:SS1055→ I0

 耐久:S998 → I0

 器用:S992→ I0

 敏捷:SSS1232 → I0

 魔力:SSS1361 → I0

 

 神聖:B

 耐異常:I

 

《魔法》

【ソニック・レイド】

・加速魔法

・詠唱『駆け上がれ蒼き流星』

 

 

【フロート・エクリエクス】

・全癒範囲魔法

・任意で『魔防』『対呪』の付与

・付与時、精神消費増加。

・詠唱『紡がれし命をここに、永遠に輝く(ソラ)の星よ、汝の名に基づき力を振るう事を赦してほしい。(ソラ)より来れ星の加護よ、穢れを祓う聖光を纏い、巡れ我が白き箒星よ』

 

 

【スター・エクステッド】

・連結詠唱

・魔法、及び発動中スキルの収束実行権

・収束範囲に停滞属性を付与

・停滞維持にて精神力消費

・願いの丈により効果増幅

・詠唱『集え小さな星々の願い』

・【解放鍵(スペルキー)】『突き進め(エイルス)

 

 

《スキル》

反骨精神(リバリアス・スピリット)

・早熟する

・対抗意識、宿敵意識を持つほど効果向上

・逆境時に全能力に対して損傷吸収(ダメージ・ドレイン)を付与

 

 

星歌聖域(ホーリー・サンクチュアリ)

任意発動(アクティブ・トリガー)

・精神力消費

・歌唱時、自身を中心に『聖域』を構築

・【精霊同化(スピリット・クロス)】発動中、無条件の聖域解放

 

 

精霊同化(スピリット・クロス)

任意発動(アクティブ・トリガー)

任意召喚(アクティブ・コンセプション) 

任意帰還(アクティブ・リバース)

階位昇華(レベルブースト)

・発動中、精神力及び体力大幅消費

・精神力超消費にて精霊魔法行使権

・発展アビリティ【魔導】【共鳴】【祝福】の発現

・現在同化中【トワ】

 

 

––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––

 

 

 まあ特に変化はないのはいつも通りか。

 あとは戦いの中で実感していくしかないが、暫くは休む事を命令されたし、何しようかな。英雄譚でも読み耽ってるかな。

 

 

「まあ、三日くらいは休んでもバチは当たらないか」

 

 

 それくらいの命令は甘んじて受け入れよう。

 というか休んだ記憶が無い。何なら休んだのが、入院後か『アンタレス』討伐の後の睡眠程度じゃない?

 

 そういえば、心配ばかりかけているくせにエレ様を暫く構っていない。だって構った訳ではないが、一緒に食べに行った後くらいからエレ様と何かした覚えがない。

 

 ……マズい、これは一大事だ。

 

 

「久しぶりにお出掛けしませんかエレ様」

「えっ?いいけど……どうしたの?」

「暫くエレ様に構ってなかったなーって、寂しそうでしたし」

「さ、寂しくないのだわー!!」

 

 

 エレ様の照れ隠しの叫びが宿屋に響いた。

 

 

 ★★★★★

 

 

「偶には、エレ様とお出掛けっていいね」

「まあ、久しぶりにこういうのも悪くないのだわ」

 

 

 クレープを頬張るエレシュキガルの隣を歩き、笑みを浮かべながら気分が高揚しているルージュ。その手には新たに手に入れた英雄譚が紙袋の中に入っている。しかも絶版。帰ったら即座に読み、朝起きたら二度見する事が決まった少女は笑みを浮かべて女神の隣を歩いていく。

 

 街中は穏やかではない。

 最速ランクアップのルージュと畏怖すべき冥界の女神は自然と道を空ける。神々でさえ揶揄いを自分から行う勇敢な愉快犯は居ないようだ。可愛らしくクレープを頬張っても、恐怖心がある限りエレシュキガルには近寄らない。

 

 『魅了』とは正反対の力である『畏怖』はそこにいるだけで恐怖を撒き散らしかねない。エレシュキガルは自制こそしているが、彼女は最古の神メソポタミアから存在した厳格な神だ。その恐怖は神々の中でも恐るべきもの、触らぬ神に祟りなしとはよく言ったものだ。

 

 

「しっかし、私のみなら勧誘とかちょっかいかける神はいるけど、エレ様がいる時は本当に誰も来ないね」

「まあ私はそういう存在なのだわ。私の力が効かない神は同じ力を持つオーディンか、祈祷を捧げるウラノス、因縁が深いイシュタル、それと……」

 

 

 もう一人の存在を語ろうとしたその時、エレシュキガルの隣をすれ違いざまに耳にある一言が届いた。

 

 

 

「––––見つけたぞ、愛しき我が妻

 

 

 エレシュキガルは目を見開き振り返る。

 酷く耳障りな声に身体が震え、隣をすれ違った存在から発せられたその不快な感覚が身を重くした。

 

 

「……っ!?」

 

 

 振り返っても誰も居ない。ローブを着ていたという事くらいしか分からなくて、それ以外は認識出来ずに姿は街中に消えていた。

 

 

「……ルージュ、帰りましょう」

「えっ?まだ昼だよ?」

 

 

 ルージュの手を掴み、恐れたように懇願する。

 

 

「……お願い」

「……!分かりました」

 

 

 エレシュキガルはルージュの手を強く握る。

 冷や汗を流し、身体は僅かに震えている。ルージュは何かを察したのか宿屋へ帰る事にした。ルージュには視線も、不可解さも感じないがエレシュキガルには充分過ぎるほどに不快さが背中を駆けていた。

 

 あの時聞こえたその声が脳裏を巡る。

 それはまるで宣戦布告のようで、エレシュキガル自身の大切なものを失ってしまう気がしてならなかった。

 

 





 小説って書くの難しいね。
 良かった感想・評価お願いします。
 


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第四十三歩


 新展開です。文才がある文に届くにはまだ程遠いが、とりあえず頑張ります。励ましてくれた方、本当にありがとうございます。


 

 

 此処は冥界。

 死後に向かう場所であり、霊魂が行くとされる世界。暗く、寒く、死という結果を得て参列する魂を除いて何も無い。あるのは魂を閉じ込める檻と門、それ以外は虚無が広がる薄汚れた泉程度だ。

 

 砂漠なら地獄でもオアシスという楽園の希望はあるだろうが、此処にはそんな希望すら存在しない地底。そんな場所を彼女は一人で管理していた。

 

 

「……貴様はいつも変わらないな」

「えっ?」

「仕事ばかりで何も望まない。此処には花も光も、星空さえ見れぬ空虚な世界だというのに」

 

 

 軟禁という名ばかりで権能のみ取り上げられた男神は座りながらエレシュキガルの仕事を見続けている。飽きもせずに魂の参列を捌いていく彼女を見て欠伸が出る程につまらない光景に、些細な質問を投げかけた。

 

 どうして、こんな責務を続けられるのか。

 神々に押し付けられ、ほぼ永久に此処から出る事が出来ないという癖に。投げ出した所で、それは悪い事ではない筈にも関わらず、彼女の瞳には空虚ではないが、熱が宿るようなものもない。

 

 

「望まない訳じゃないのだわ」

「ほう?望みがあるのか?」

()()()()()()()()()()()()()

 

 

 押し付けられて、尚それを受け入れた女神。

 そこに感情すら縛る程の責任の強さは最早神として次元を超えていた。冥界の女神という肩書きだけだと思っていた男神にとって、より一層崇高に見えた。

 

 しかし……つまらない。

 彼女は何処まで行っても望まない。感情の無い人形のように振る舞えるだけの存在に顔を顰める。

 

 

「つまらんな。欲しいものはあるのか?」

「……そうね」

 

 

 何処か遠い所を見つめながら彼女は語った。

 

 

「私は……私を愛してくれる人が欲しいわ」

 

 

 彼女は愛を欲した。

 誰もが当たり前に持っていて、彼女だけが孤独で、光も当たらない冥界を一人で管理する。望んでいるように見えても、そんな希望を抱いている表情ではない。

 

 

「ならば余が––––」

「それは貴方ではない。貴方はどこまで行っても私を見ていない」

 

 

 彼女は拒んだ。

 男神の言葉を遮って彼女は悲しく笑う。

 

 

「貴方はきっと私一人を愛せない。貴方はそういう人だから」

 

 

 男神にとって、愛とは振り撒くもの。

 それはきっと誰か一人を愛する事が出来ない。彼は冥界に居続けることなど出来はしない。此処は何も無い場所、ありふれた太陽の光すら届かない冥界。そんな所できっと女神を愛せない。

 

 

「太陽は私に微笑まない。太陽が憎い、それを司る貴方も」

 

 

 だから憎んだ。

 太陽を、神々を、そして自分さえも憎んだ。世界に復讐するだけの権利はある筈だ。押し付けられ、何も望まない、こんな薄暗くて、寒くて、何もないこんな場所を管理させる為に蹴落とした神々を殺してやりたいと思える筈だ。

 

 それでも、復讐はしない。

 それはこの世界が尊くて脆いものだと知っているから。壊れてしまえば、いつか自分は誰も愛せない女神に愛してもらいたいなんて我儘を抱いている自分が情けなかった。

 

 

「だから、私は貴方を好きになれない」

 

 

 きっと正反対だから。

 女神と男神はきっと、永遠に反対の道を歩み続ける。故に彼女は愛を拒み続けた。

 

 

 ★★★★★

 

 

「エレ様、大丈夫?」

 

 

 昨日からずっと、何処か上の空だ。

 現在は聞き込み程度に街を回っているが、エレ様は何も無い所で転んだり、壁に頭をぶつけたり散漫不注意で危ない。

 

 

「……うん、問題ないのだわ。ルージュ、微精霊の聞き込みは?」

「地下に嫌な感じがするって言って遠ざかってる部分はあるらしいけど、私一人で行くのはなぁ」

  

 

 多分、場所はある程度絞れたがそこに単独で行くのは流石に危険過ぎる。一応目星がついた所をフィンさんに渡したし、まだ入り口が他にあるか調べてみるが、見つけた所で入れないし、内部については【ロキ・ファミリア】の女性陣が帰ってきて本格調査になりそうだ。

 

 

「………」

 

 

 妙に視線が多い。  

 私が知っている視線は二人のみの筈、【ロキ・ファミリア】の監視役とバベルだけの筈。あの銀色の女神様が何で私に熱い視線を送るのか分からないが、二人のみ。

 

 その筈なのに……拭いきれないこの不安感。 

 

 

「っ……!」

 

 

 いや、違う。()()()()()()

 囲まれた。視線が全方位から私に向いた。こんな市民がいる中で、手を出すはずがないと思った次の瞬間、視線から殺意を感じ、剣を抜く。

 

 

「……?ルー」

「下がってっ!!!」

 

 

 飛来したナイフを弾き落とし、エレ様を背に徐々に投擲されたナイフを弾いていく。弾かれたナイフに住民は騒ぎ、悲鳴が街に飛び交う。辺りから黒いローブのようなもので顔を隠し、私達に迫り来る。

 

 明らかに殺意が私に向いている。

 手に持つ武器も嫌な気配を感じた。毒、呪詛、魔法、さまざまな可能性を考慮してこの数は多過ぎる。

 

 

「エレ様掴まって!!」

 

 

 エレ様を抱えて跳躍。

 ダンジョンから戻ってまだ三日しか経っていないのにこの仕打ち。いや、『都市の破壊者(エニュオ)』がもしも居るとするなら、【ロキ・ファミリア】の戦力が半分減っている状況を狙ったのかもしれない。

 

 Lv.3になって直ぐに襲われるって、いや境遇を考えれば襲われてもおかしくなかったが、流石にタイミングが良すぎないか!?

 

 

「暗殺集団……!?」

「クソッ!」

 

 

 同盟関係の中に裏切りがいるのか、密約が漏れたのか知らないが、最悪のタイミングを狙われた。一番怪しいのは内情をよく知らないディオニュソス様だが、そんな事を考えている暇はない。囲まれた以上、離脱しなければエレ様だけでなく、街の人達も危ない。

 

 

「ぐっ!?」

「ルージュ!?」

「平気…!直ぐに離脱しないと」

 

 

 飛来してきたナイフを躱せずに肩と右腿に突き刺さる。遠距離の見張りとはいえ【ロキ・ファミリア】は何してやがる。加勢に来ないとジリ貧過ぎる。

 

 いや、金属音が聞こえる。

 見張りの人が戦っているが、許容範囲を超えているのか。

 

 

「ルージュ!【ガネーシャ・ファミリア】まで走って!」

「【ロキ・ファミリア】じゃなくて!?」

「そっちの方が早いのだわ!」

 

 

 確かに街の自警をしてくれている【ガネーシャ・ファミリア】にはLv.5が居る。【ロキ・ファミリア】に向かうよりは近い【ガネーシャ・ファミリア】まで移動した方が早い。ギルドに駆け込むにしても、この暗殺集団は何処の所属かすら分からないのにギルドの介入が出来るか微妙な所だ。

 

 

「【血に酔え微睡め愚かな獣】」

「っ!?ぶなっ!?」

 

 

 呪詛が飛んでくるのを避け、屋根の上を駆け抜ける。

 問題なのは、この暗殺集団は周囲の事を全く気にしていない。此処で暴れられたら死人が出る。

 

 

「ルージュ!魔法で迎撃は出来ないの!?」

「無理!絶対被害が拡散する!」

 

 

 光精霊魔法である【ライト・バースト】は無数の光の波動を拡散する魔法。使い勝手はいいのだが、あの暗殺集団は私と同レベルの強さもいる。そんな奴等に魔法で迎撃しても躱されるし、モンスターと違って対人にぶっ放す勇気はない。寧ろデメリットの方が大き過ぎる。

 

 

「『駆け上がれ蒼き流星––––【ソニックレイド】!」

 

 

 私は加速魔法を使い、全力でこの場を離脱する。

 暗殺集団と命をかけた鬼ごっこという笑えない状況を作り出した黒幕を絶対にこの手で殴ると決め、暗殺集団を振り切るようにエレ様を抱えて走り続けた。

 

 

 

 ★★★★★

 

 

「ヤバ過ぎるっス!?団長に知らせないと……!?」

 

 

 彼の名はラウル・ノールド。

 暫くの間、ルージュ・フラロウワと女神エレシュキガルの護衛の任務を任された人間だ。ルージュに対して押し寄せる殺人鬼を倒しては留めていたのだが、数が多過ぎて対処仕切れない。

 

 彼には魔法こそないが、深層まで同行し経験が積まれている。都市街の殺人集団に殺される事こそ無いのだが、相手が悪過ぎた。

 

 殺人集団は()()()()()()()()()()()()()()()()

 目的の為に標的の足を引っ張り、誰かの刃が届けばそれでいい。対象がルージュである以上、足止めの暗殺者はラウルの足を留め続けた。

 

 ラウルは何処か既視感を覚えた。

 これではまるで『暗黒期』の時のような、命が一瞬で散っていくあの惨状を……

 

 

「とにかくファミリアに連絡、いや【蒼い歌鳥(ナイチンゲール)】達を連れてファミリアの方が––––」

 

 

 優柔不断とはいえ、今出来る最善を導き出しルージュ達を追おうとしたその時、地面が擦れる音が聞こえた。

 

 

 

「––––手合わせ願おう。【超凡夫(ハイノービス)】」

 

 

 ぞわり、と背筋が震えた。

 暗殺集団の最後の一人を鎮圧させたラウルの背後には極東の刀を腰に携えた剣士が立っていた。編笠を頭に顔が見えないが声色から女性だと察した。恐らく格好から極東出身の剣士だ。

 

 だが……

 

 

「っ……!!」

 

 

 その威圧感、その殺気は自分と同格の存在である事を無意識に悟った。ラウルと同じ、Lv.4でありながら冒険者には見えない。第二級冒険者は多い訳ではない為、一通り把握しているラウルでさえ正体が分からない。

 

 

「アンタは…誰っすか?」

「答える義理は拙にはない」

 

 

 ラウルには逃げる手は残されている。

 だが、()()()()()()()()()()。もしもラウルがこの場から逃げたら、この女は何処に向かうのか嫌な思考が導き出す。

 

 

「ルージュ・フラロウワ」

「………」

「それが、アンタらの目的っすか!?」

 

 

 揺さぶりをかけてみたが、全く動じない。

 

 

「……一つ、訂正するならば拙はこの暗殺集団とは別の存在」

「なっ…嘘だ、なら何故こんなタイミングで!?」

 

 

 殺人集団とは別の集団が【蒼い歌鳥(ナイチンゲール)】を狙っている。(ブラフ)だと頭は理解しても、この女剣士は()()()()()()()()()。この圧力を考えればラウルに不意打ちは絶対に届いていた。にも関わず、正々堂々と刀を携えてラウルの前に現れた。

 

 

「問答など、今は無粋であろう」

「っっ!!」

「構えよ」

 

 

 刀の柄を握り、構える女剣士にラウルは武器を取り出す。ラウルには特別なスキルも魔法も存在しないが、武芸百般ではある。全て二流で一流にこそなれないが、全ての武器を使う事は出来る。武器の扱いを全て覚えるというラウルのような特出した存在はファミリアの中でも少ない。選択したのは槍、リーチの長さを活かして間合いの外から攻撃する。刀と槍では得物の長さ故に圧倒的に槍の方が有利だ。

 

 ラウルは間合いを見極める。

 抜刀のタイミング以上に注意すべきは間合い。抜刀は決められなければ返りが遅く、致命的な隙を晒す諸刃の剣。間合いを見極め、その外で攻撃すれば抜刀は自分の身体に届かない。

 

 

「っっ、ああああああっ!!!」

 

 

 ラウルは間合いを見切り、槍を間合いの外から女剣士に向けた。抜刀はラウルには届かない。リーチの長い槍が女剣士を捉える。

 

 

「–––––––––」

 

 

 次の瞬間、ラウルの視界が真っ赤に染まった。

 自分の持つ槍の先が消えて、ガランという音を立てて刃先が落ちていて、気が付けば自分の胴体から血が噴き出していた。

 

 何が起きたか分からない。

 一瞬過ぎて何が起こったのか、よく見ると女剣士の右手にはいつの間にか刀が握られ、刀身からは血が垂れていた。

 

 

「マジっ……すか……」

 

 

 ()()()()()()

 同じレベルのラウルでさえその抜刀の瞬間を見る事すら出来なかった。気が付けば武器ごと斬られていた。痛みを自覚する事さえ遅れてしまったようで、痛みが身体を巡るとラウルは地面に倒れ、意識は暗転していた。

 

 

 

 

 

 

「……こんなものですか、期待こそしていたのですが」

「言ってやるでない、貴様のソレはLv.5にも劣らんわ」

 

 

 息はあるようだが、瀕死で動けないラウルを見て女剣士の主神はため息をついた。

 

 

「どうするのですか我が主神」

「恐らくセクメトの仕業だろう、奴まで狙う無粋な輩は殺せ。その男は死なない程度に治療して持ってこい」

「ルージュ・フラロウワはどうするのですか?」

「殺すな。だが、それは死なない程度で構わん」

 

 

 あくまで目的はルージュではない。

 神にとって優先すべきはルージュではなく、ルージュの主神であるエレシュキガルにある。

 

 

「俺の出番はねえのか、()()()()()()

「貴様では殺してしまうだろうが。余は闇派閥とかいう存在に落ちぶれるつもりはないわ」

「騒動起こしといて何言ってんだよこの神」

 

  

 この盤面を動かし、エレシュキガルを奪おうと画策するその神の思考はある意味【勇者】より厄介なものだ。盤面を把握し、情報を得て、実行に移すだけのプランの組み立て。そして何より、【ロキ・ファミリア】を敵に回すだけの豪胆さと傲慢さを兼ね備えている。

 

 太陽の神でありながら思慮深く、そして狡猾という意味でも強さを誇る神が直々に英雄の都オラリオに足を踏み入れていた。

 

 

「我が妻よ。余が直々に迎えに来たぞ」

 

 

 その神の名前は()()()()

 太陽の神でありながら、伝承に於いてエレシュキガルの夫であったもう一人の冥界の神が、一人の女神を手に入れる為に盤外から駒を乱入し始めた。

 

 





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第四十四歩


 長い上に過去一の難産。


 

 

 

 屋根の上を駆けて逃げ回るルージュと抱えられたエレシュキガル。ダイタロス通りを越えさえすれば、【ガネーシャ・ファミリア】まで一直線なのに。

 

 

「(くそ、振り切れない……!)」

 

 

 常に先回りされる。

 獣を追い詰める狩人の如く、行先を誘導されている。ルージュは『加速魔法(ソニックレイド)』を使いダイタロス通りの裏路地に一度身を隠す。

 

 

「ルージュ……?」

 

 

 息切れが酷い。

 エレシュキガルがルージュの額に触れる。身体が熱く、汗が滝のように溢れ、顔色も悪い。

 

 

「凄い汗……!?まさかこれって!」

「多分毒、取り立ての【耐異常】じゃ防げなかった」

 

 

 突き刺さった二本のナイフを抜き、ポーチに入っている包帯と回復薬で応急処置。魔法を使えば居場所がバレる。聖域もスキルも魔力を撒き散らす為、どちらを使っても居場所が捕捉される。

 

 

「直ぐに魔法を––––」

「伏せて!!」

 

 

 エレシュキガルを抱えて後方に跳ぶ。

 次の瞬間、ダイタロス通りの一角が爆発しその衝撃から身を守るようにエレシュキガルに来る衝撃波を背中で受け止める。上手く躱して受身を取る事が出来たが、背中に少しだけ鈍痛が走る。

 

 投げ込んだ場所に視線を向けると、大量に投げ込まれた爆弾が目の前に存在した。エレシュキガルを抱え、全筋力を最大にルージュは逃げ出した。

 

 

「火炎石の爆弾……!?」

「詠唱されてる途中にこんなの投げられたら流石に危険過ぎるんですけど!?」

「でも…!」

「最悪やばかったら『聖域』で毒を軽く解毒する!」

 

 

 ルージュはスキルを使えば『聖域』を展開可能な為、完治できずとも毒の進行を緩和出来る。だが、敵側にどれだけの強さがあるのか分からない以上、消費を抑えたいのも事実。

 

 

「(トワとの同化は消耗が激しいし一気にケリをつけたいけど……仕方ない)」

 

 

 毒が巡り身体が痺れ始めた。

 エレシュキガルを抱える右腕の感覚が少し鈍い。流石にこのままだと逃げ切るのに支障が出る。多少の消費を割り切ってルージュはスキルを解放し、魔法の詠唱を始めた。

 

 

「『集え小さな星々の願い』」

 

 

 ルージュはスキルを使い『聖域』を身体に収束し、効果を増幅させながら毒の進行を止める。微力ながら回復効果を持つ『聖域』は歌によって効果を変えれる。トワと同化したルージュは歌わずとも『聖域』を思うがままに展開し、効果を変えることが出来る。そして魔法【スター・エクステッド】はスキルを収束できる。範囲に広がる聖域を自身の体に収束し、効果を高める。

 

 

「……ん?」

 

 

 いつも使う感覚が変わっている。

 前まで微力程度の治癒促進とかだった筈だが、普通の回復魔法のように上がっている。いくら効果を高めたとはいえ、此処まで回復するのか?と疑問に思うが、毒の巡りを抑えるどころか、完全に解毒まで持っていけた事にとりあえず安堵する。

 

 

「解毒が普通に終わった」

「回復魔法も使ってないのに!?」

「効果増幅もあるけど…これって」

 

 

 ルージュには心当たりがあった。

 それは『アンタレス』の戦い。アルテミスの『神の力(アルカナム)』を掌握していたせいか、今まで魔力を垂れ流すだけの感覚からどうすれば効率的に使えるか分かる。自分の中にある『聖域』の力をいつも以上に引き出せるのは嬉しい誤算だ。

 

 

「(毒はなんとか……後はこのまま追手を潰すか、逃げるか)」

 

 

 二択は取れるが、エレ様を危険に合わせるリスクを考えるなら逃走した方がいい。しかし、火炎石を改造した投擲爆弾は街に被害を及ぼしかねない。逃げて被害が大きくなるなら迎撃した方がいいのもまた事実。どちらもリスクがある。

 

 エレシュキガルに視線を向ける。

 リスクは承知、このままではマズイのも事実である事を悟ったエレシュキガルはルージュの視線に頷いた。

 

 

「……?」

 

 

 屋根から降りてダイタロス通りの噴水近くの広い所へ出る。エレシュキガルを後方へ下がらせ、『七星剣(グランシャリオ)』を抜く。その時にルージュは嫌な静寂さに目を細めた。

 

 静か過ぎる。

 追ってきた暗殺集団の視線が殆どない。否、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 まるで仲間割れでもしたかのように、命が消えていく感覚。二十四階層の時と同じような、そんな感覚にルージュはより一層警戒を強めた。

 

 

「……えっ?」

 

 

 ドサリ、と屋根の上から何かが落ちた。

 血を流し、命が潰えていく暗殺者の姿と、その背後に槍を突き刺し、乱雑に貫いた骸を捨てる三人の人間がそこにはいた。槍と大剣と杖、狼人(ウェアウルフ)の戦士、犬人(シアンスロープ)の豪兵、兎人(ヒュームバニー)の女魔導師。側から見たら異色すぎるような組み合わせだ。

 

 

「見つけたぜ。アレだろ?」

「ああ、標的に間違いない」

「殺さないように、です」

 

 

 ゾワリ、と殺気が此方を向いた

 狼人(ウェアウルフ)の戦士と犬人(シアンスロープ)の豪兵が接近してくる。狙いは自分である事を悟ったルージュは剣を構え、迎撃する。先程の暗殺集団と違って正面からくる事に戸惑いこそあるが、多数で攻める辺り同類だ。

 

 

「ッ!!」

「ほお……お前」

 

 

 槍の一撃を受け止めると後ろから犬人(シアンスロープ)の豪兵が大剣を振り下ろそうとする。それを身体を捻って回避し、詠唱を唱える。スキルは今は使っていない。アレは長期戦になればなるほど自分の首を絞める諸刃の剣。援護が来てくれる前提ならば長期戦を想定した動きじゃなきゃあとが続かない。

 

 

「『駆け上がれ蒼き流星––––【ソニックレイド】!」

 

 

 脚を加速させ、動きを翻弄する。

 ルージュのステイタスは恐らく二人より優っている。体感的に全員がLv.3であるのは察することが出来たが、全アビリティオールS以上、敏捷に至ってはSSSのルージュの脚に追いつけない。

 

 

「『兎よ兎、豪雪を踏み締め嵐を越えよ』」

「なっ!?」

 

  

 ルージュは脚を止めて詠唱する兎人(ヒュームバニー)の女魔導師に視線を向けた。魔導師攻略の方法は詠唱が終わる前に潰すのが定石だが、それを狼人(ウェアウルフ)の戦士と犬人(シアンスロープ)の豪兵が邪魔をする。

 

 ()()()()()()()

 詠唱を潰すという定石から行動パターンから動きを遮られる。ルージュが未だ味わった事のない経験。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「(クソッ、詠唱を潰せない!敏捷(はやさ)なら私の方が速いのに!?)」

 

 

 ルージュは一対一ならば対人戦の経験はある。

 だが、人との戦闘で多対一に関しては数が全く無い。というより、そんな機会がまず無かった。いつか来る可能性は覚悟していたが、今やっている事はステイタスに物を言わせた単調な動き。幸い、速さで翻弄出来ているが、一対一の土俵に持ってこれない。

 

 

「『凍てつく大地を疾く走れ、吹雪纏いて駆け抜けよ』」

 

 

 此方も魔法で対抗する事は出来る。

 だけど、いくら広いとはいえ街中。精霊魔法は威力が過剰で手加減して潰せる程相手も弱くない。強すぎても街を破壊しかねない。

 

 

「【リアスノー・ラビット】」

 

 

 魔法円(マジックサークル)から6匹の白銀の兎が召喚され、此方に走ってくる。殺すのは気が引けるが、召喚魔法の類なら殺した所でまた蘇る。『七星剣(グランシャリオ)』で兎を斬り裂き、詠唱を唱えようとしたその時。

 

 

「っっ!?」

 

 

 斬った兎が爆発し、()()()()()()()()

 襲いかかる兎が脚に触れると今度は左脚が氷塊を纏って動きを阻害する。

 

 

「凍結属性の追尾魔法か!」

 

 

 てっきり召喚魔法かと思ったが、全く違った。

 触れた存在を凍結させる追尾型魔法。しかも兎、紛らわしい上に地味に厄介だ。

 

 

「チッ!」

 

 

 兎は六体、二体消えた今残りの四体が此方に迫ってくる。迎撃しても爆発し、一定範囲は凍りついてしまう。後方に下がろうとした瞬間、槍が下から脚払いが飛び、思わず跳躍してしまった。兎から逃げるルージュの動きを予測され、先回りされて攻撃してくる連携にルージュはいつも以上に判断が鈍り、視野が狭まる。

 

 

「しまっ……!」

「遅いわ」

 

 

 致命的な隙を晒し、犬人(シアンスロープ)の豪兵が大剣を思いっきり振り抜く。それを『七星剣(グランシャリオ)』で受け止めるが、体重の軽いルージュはぶっ飛ばされ、市街地の壁に身体がめり込む。

 

 

「ぐっ……!」

「終わり、です」

 

 

 そして追ってきた兎がルージュに一斉に飛び込む。爆発する兎達は氷柱を生み出し、氷塊となってルージュを閉じ込めた。

 

 

「ルージュ!?」

「あの餓鬼、もうLv.3か。流石に恐怖を覚えたぜ」

「とはいえ、経験が足りなかったよう…です」

 

 

 氷塊の中で動けないルージュを見てエレシュキガルは絶句する。そして三人は傅くように膝を突き、エレシュキガルに挨拶する。

 

 

「エレシュキガル様、お迎えに上がりました」

「っ、お前達は」

「ネルガル様が貴女をお待ちしております」

 

 

 逆らうならばとルージュに視線を向ける。

 此処で同行を拒否すれば、ルージュを殺さなくてはならないと視線が告げていた。

 

 ピシリ、と氷塊から音が聞こえた。

 ルージュは凍らされた筈なのに、氷柱から罅が入り、まるで氷の中で熱が溢れ出すかのように膨大な魔力が内側から圧迫しているようだ。その光景に思わず目を見開く三人。

 

 

 

「––––っざっけんな!!」

 

 

 

 バキリ、と氷の柱が砕けた。

 青みがかった翡翠色の羽が浮かび、ルージュから膨大な魔力が溢れ出し、凍らされた部位が完全に動いている。まるで凍り付く事に耐性でもあったかのような……

 

 

「なっ、氷が!?」

「『駆け上がれ蒼き流星』」

 

 

 Lv.4の階位昇華 +【魔導】ありの加速魔法

 その加速だけならLv.5に届くその脚で、兎人(ヒュームバニー)の魔導師を殴り飛ばした。圧倒的な敏捷(はやさ)にモノを言わせた超加速に脚を止める二人組ですら反応出来ず、振り返った時には既に殴り飛ばされていた光景が広がる。

 

 

「なっ」

「遅い!」

 

 

 加速したまま犬人(シアンスロープ)の顎を蹴り飛ばし、意識を飛ばす。耐久値が高いようだが、顎を強打すれば脳を揺らせる。いくら冒険者といえど臓器や脳などの中身を鍛える事は出来ない。大剣を落とし、倒れる光景を見た狼人(ウェアウルフ)は迎撃に最速の突きを放つが、ルージュはそれを紙一重で回避し、脚払い。

 

 

「うおっ!?」

「お返し、だ!!」

 

 

 腹部に力一杯の拳を叩き込む。

 一対一に強引に持っていったのと、階位昇華におけるステイタスの差に狼人(ウェアウルフ)の戦士はなす術なく気を失った。

 

 ルージュは息を切らしながら『精霊同化(スキル)』を解除する。体力も魔力も大幅に持っていかれた。回復薬(ポーション)魔力回復薬(マジックポーション)も今はもう無い。凍り付いた箇所を見て手を握っては元に戻す。どうやら凍った部分は血液まで凍るほどの出力は無かったようだ。軽い霜焼け程度に収まっている。

 

 

 

「(あっぶな……【祝福】が無かったらマジでヤバかったかも)」

 

 

 凍結属性の魔法は凍り付いていたが、芯まで凍るに至らない。これが精霊の【祝福】。かなり強力なモノだ。耐冷、耐熱だけは既に護符がある事が証明されている。

 

 決して舐めていたわけではないが、どれほどの敵がいるか分からない中で『精霊同化(スキル)』は使いたくは無かった。とはいえ、消耗を抑えて負けるくらいなら出し惜しみはせずに三人組を最初から圧倒すればよかったのだが、やはり反動が大きい。レベルが上がって持続時間こそ長くなったが、いいとこ十五分、魔法を使えばもっと短くなる。

 

 

「……エレ様、さっきの言葉」

「……ネルガル」

 

 

 その名は太陽神でありながら、冥界に一年幽閉された神の名。

 

 

「––––––そう、余だ」

「っ!?」

 

 

 振り返ると、屋根の上には赤黒い髪の色をした厳格そうでありながらその風貌はまるで王のような雰囲気を纏う神がそこに立っていた。

  

  

「ネルガル……貴方がまさか下界に居るとはね」

「余を誰と心得る。太陽神にして冥府の神、そして何より貴様が下界に居るのなら余も当然居るに決まっておろう」

 

 

 神に傲慢な存在はいる。

 人間と神の価値観は違う。神だと傲慢になる存在はいるが、傲岸不遜という言葉がこの神には似合う。

 

 

「暗殺集団を仕掛けたのは貴方?」

 

「そこな黒装束は知らん。セクメトの阿呆の仕業であろう。そこの三人は余の戦士だが、どうやら貴様の見定めた星には勝てなかったようだ」

 

「暗殺集団に乗じて私達を狙った理由は?」

 

「知れた事、貴様を手に入れる。余の妻として迎えに来るのが夫の務めだろう」

 

「きっっしょ」

 

「全否定してるけど!?大丈夫かこの神……」

 

 

 ルージュでさえ見た事ないくらいエレシュキガルの顔が歪んだ。相当嫌悪しているというより、まるで虫を見る眼で見ている。エレシュキガルにとって、ネルガルは夫ではないし夫と言い張るあの神を殴りたくて仕方ないようだ。

 

 

「その為には先ずは貴様の星には退いてもらおう。そこな蒼星、我が妻を渡せ」

「断る。蒼星って……」

 

 

 条件反射でルージュは断った。

 ネルガルはその答えを予測していたのか、眷属に命じた。

 

 

「ならば是非もない。略奪せよ()()

「––––拙は色恋沙汰には手を出すつもりは無いのだが」

 

 

 ネルガルの後ろから声が聞こえた。

 そして屋根から一人の女剣士が顔を出す。

 

 

「––––手合わせ願おう【蒼い歌鳥(ナイチンゲール)】」

「っ」

 

 

 目の前に降り立つ存在にルージュは眼を見開いた。

 

 

「エレ様下がって。この人ヤバい……!」

「ルージュ…?」

 

 

 編笠に刀を携え、両目を瞑りながらルージュの前に立つ存在は剣士という枠組みに入らない程の圧力(プレッシャー)を放っていた。否、それだけではない。この剣士も相当な実力だが、ネルガルの隣にいる存在の方が恐らく強い。

 

 対怪物に特化した冒険者とは方向性が全く違う対人戦に特化した人間。武器から怨嗟が聞こえてくるような血の気配。レベルだけならルージュより遥か上。()()()()()()()L()v().()4()()()()

 

 そしてその後方、男が横抱きする存在にルージュは瞠目した。

 

 

「っ、おい!あの人、【ロキ・ファミリア】の」

「ああ、【超凡夫(ハイノービス)】の事か。殺してはいないが、人質に過ぎない」

「殺されたくなかったらエレ様と交換する提案でも」

「いやそんな事する程、余は下劣ではない」

 

 

 いやこの惨状撒き散らしておいて何言ってんだ、と心の中で叫ぶ。ただ、エレシュキガルがもしも連れていかれた場合、【ロキ・ファミリア】に助けを求める事が出来なくなる可能性が浮かび上がった。当然【ロキ・ファミリア】は報復に動くだろうが、恐らく【ネルガル・ファミリア】は都市外の派閥だ。行方を晦ませるくらい造作もないのだろう。現に【ガネーシャ・ファミリア】の見張りを素通りしている。

 

 時間稼ぎに徹するか、倒す気持ちで挑むか。

 

 

「(いや駄目だ。時間稼ぎは無理だ…粘れる自信がない)」

 

 

 初めての感覚だった。

 初めて、()()()()()()()()()()

 

 身体が戦闘を拒否している。恐怖や武者震いという訳ではない。いつも相対する敵には勝てると思えるだけの僅かな余裕があった。

 

 初めて、勝てないとルージュは悟った。

 勝機を見出せない事に怖いと身体が硬直する。

 

 

「(っ、弱気なままでどうする!)」

 

 

 接近戦に於いて死のイメージが脳裏を過ぎる。

 対人戦闘で決して勝てないと悟ったルージュは『精霊同化(スキル)』を発動する。少なからず、この状態でなければ相手にすらならない。

 

 先に動いたのはルージュだった。

 

 

「『駆け上がれ蒼き流星––––【ソニックレイド】!!」

 

 

 周囲を巻き込んだ変速移動。

 街の被害は今は考えない。不幸中の幸いと言うべきか、死人が出て騒ぎになって、住民達は家に篭るか避難している。この広い場所なら被害は最小限に収まる筈だ。

 

 

「『––––閃光よ、駆け抜けよ、闇を切り裂け、代行者たる(わたし)が命ず、光の化身、光の女王よ』!!」

 

 

 並行詠唱。

 変速移動の中、魔力を制御し遠距離攻撃を狙う。接近戦を捨て、遠距離からの攻撃に集中する。

 

 間合いに入れば終わる。

 あの女剣士を中心に濃密な死の気配を感じる。その範囲に踏み込んだ瞬間、ルージュは敗北を悟った。

 

 

「『––––無窮の空、色なき黄昏、零を以て我が斬り拓く』」

 

 

 女剣士も詠唱を唱えた。 

 発展アビリティに【魔導】がない為、魔法円(マジックサークル)は浮かばない。そして何より自陣から一歩も動かない。

 

 威力だけならルージュに分がある。

 最大魔力で街に被害が出ないように女剣士の頭上から魔法を放った。

 

 

「【ライト・バースト】!!!」

 

 

 光の波動が女剣士に降り注ぐように落ちてくる。

 遠距離の精霊魔法、脅威である筈なのに避けようともせずに女剣士は光の波動を前に……

 

 

 

 

 

「【一閃】」

 

 

 

 

 

 指をなぞった。

 次の瞬間、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

「えっ……?」

 

 

 

 鮮血が溢れ、何が起きたかも分からずに落ちていくルージュ。気が付けば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。意識が飛びそうな痛みと落ちていく感覚が辛うじて理解出来た、そしてルージュは死の気配を放つ間合いに落ちていく。

 

 

「ルージュ!!」

 

 

 最後に聞こえたエレシュキガルの声に歯を食い縛り、残された力で剣を振るったのがルージュの最後の記憶だった。力が入らずに身体の浮遊感と共にルージュの意識は暗転した。

 

 

 ★★★★★

 

 

 

「––––驚きました。まさか、あの間合いを反応されるとは」

「いや、偶然だろ」

「……偶然、というには」

 

 

 振るった剣が居合の一閃を逸らした。

 偶然なのだろうが間合いを見極め、自分の最小限のダメージにするように剣を斬られる位置に置くように。無論、傷は深く立ち上がれるような身体ではない。血を流し過ぎている。

 

 

「ルージュ…ルージュ!!」

「無駄だ。間違いなく立ち上がれる損傷ではない筈だ」

 

 

 ルージュは小人族、その分だけ血が流れれば人間より早く失血死する。体内に巡る血の量を考えると、出血量は不味い。

 

 

「来るがいい、エレシュキガル」

「ふざけ––––」

「それともその星、余が直々に砕いても構わんぞ?」

「っ……」

 

 

 エレシュキガルは唇を噛み締め、ネルガルを睨み付ける。

 

 

「ほらよ、コレさえあれば死にはしねえよ」

 

 

 コトリ、とルージュの近くに置かれる高等回復薬(ハイ・マジックポーション)。エレシュキガルはそれをルージュの傷口にかける。呼吸が浅く、何より血を流し過ぎている為、このままでは死に至る。

 

 

「(お願い…ルージュ…!!)」

 

 

 高等回復薬(ハイ・マジックポーション)により深い傷は止血程度までは収まった。意識さえ取り戻せば自分で回復出来る程度の生命線は保証された。

 

 それだけで安堵の涙を流す。

 だが、もうこの状況ではエレシュキガルに打つ手などない。ルージュが殺されない為に、エレシュキガルはネルガルに従うしかない。

 

 

「……ルージュ」

 

 

 ルージュをそっと地面に置き、ネルガルの元へと歩いていく。唇を噛み締め、自分の判断に従い、ネルガルの元へ近づく。

 

 

「……っ」

 

 

 エレシュキガルは瞠目した。

 それは最後の意地にも思えて、意識の無い筈なのに、弱々しくもルージュの手はエレシュキガルの脚を握っていた。

 

 涙を堪え、その手を払う。

 引き止めても、ルージュが殺されるだけだから。

 

 そしてエレシュキガルはネルガルの側へと立ち止まった。

 

 

「行くぞ」

「……ええ」

 

 

 エレシュキガルはネルガルと共に消えていく。

 気を失った眷属を連れ、街から離れていく。時間にして二十分の間に起きた出来事。

 

 

 エレシュキガルとラウルの誘拐と暗殺集団のルージュの殺害実行を聞き付けた【ガネーシャ・ファミリア】と【ロキ・ファミリア】はその場に駆けつけた時には死体と、一つの血溜まりを残して何一つ手がかりのない光景だった。

 

 

 

 ★★★★★

 

 

 雨が降り始めた。

 身体が重く、喉に血が溜まり声も出せない。魔力はまだ少し、残っているのに詠唱が出来ない。あの時の斬撃にトワまで傷付いたせいでスキルも使えず、『聖域』を展開できない。

 

 壁に手をつき、エレ様を探す為に立ち上がったのに脚に鉛がついたかのように動かせない。力めば胴体から血が噴き出す。

 

 

「(クソ……力が…入らない……)」

 

 

 やがて力を失ったかのように倒れていく。

 負けた。負けて、護られて生きている。エレ様に護られて、アテも無い場所を探し続けて、惨めに倒れていく。

 

 

「(護られた……エレ様を犠牲に……)」

 

 

 私は護られた。

 英雄になりたいと言った私の道を信じて見守ってくれる神に私は護られた。弱くて、負けて、そして護らなきゃいけない主神に護られて、生き恥晒して生き延びている事に。

 

 

「(ち……く…しょ…う)」

 

 

 どうしようもなく、悔しかった。

 倒れて立ち上がれない。身体が動かない。

 

 声にならない叫びが裏路地に響き、私はみっともなく泣き続けた。弱くて負けて、奪われた自分が許せなくて、声を上げる力もない中、雨が涙と共に溢れ落ちた。

 

 

 






 護りたい人に護られて生き延びる。
 死にたくないと思っているのに生きていることが恥ずかしい。

 その葛藤が何よりも辛いんだ……


 


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第四十五歩

 

 

 

 ──ザァザァと雨が降っていた。

 裏路地で倒れて動けなくなって、着ていた服は血で染みがついていて真っ赤に染まっている。鼓動が聞こえるのに、徐々に消えていく暖かさ。雨が限りなく死に近い私の体温を奪っていく。

 

 身体が動かない。唯一聞こえる雨の音に声を出そうにも喉から血の味で口を満たす。

 

 ただコツコツと言う足音が雨音に交じって聞こえている。暗殺集団が殺しに来たのか分からないが顔を上げられず、身体に力も入らないから動く事もできない。辛うじて生きている私に迫る死に希望を捨てかけていた。

 

 

「──────────────」

 

 

 雨音がするのに濡れなくなった。

 目を開けようにも今は身体が動かない上、何も見えない真っ暗な中、誰かが手を握ってきた。その手はどこか温かく、警戒する力も抜け、私は辛うじて繋ぎ止めていた意識を手放していた。

 

 

 ★★★★★

 

 

 

「……はあ!?ラウルが攫われたやと!?」

「そ、そうなんです。結果は芳しくないとの事で」

「誰やウチらに喧嘩売った阿呆は!?」

 

 

 ロキが憤慨して叫ぶ。

 ロキから受け取った依頼と同時に起きてしまった事件。ティオナ達の救出に人員を割き、ラウルを中心にオラリオでルージュの護衛及び監視をしていたのだが、ラウルがいなくなった事を居残り組のロイドから聞き、メレンまで走ってきた。

 

 

「情報が少ないですが、ギルドは【セクメト・ファミリア】と断定。都市街の暗殺集団だと」

「セクメト……狙いはなんや?」

「そして女神エレシュキガルとルージュ。現に姿が見当たらないとの事です」

「っ」

 

 

 最悪だ。

 最高の切り札を最悪のタイミングで奪われた。ルージュは精霊に関しては鬼札とも言っていい。盤面をひっくり返す回復魔法と精霊の恩恵はそれこそ二軍に匹敵する力がある事は知っている。

 

 そして、何より精霊と契約しているルージュが誰かに連れ去られたか、既に殺されたか。穢れた精霊を考えるならどちらにしても不味い。

 

 

「そして矢文が館に届いたんです」

「……内容は?」

「『眷属を五体満足で返して欲しくば何もするな』と書かれていました」

 

 

 ロキはその言葉に舌打ちする。

 徹底抗戦、相手の顔すらわからないのに正体不明の犯人が残した脅迫。無論、それで【ロキ・ファミリア】が引き下がる訳はないのだが、ラウルの命を盾に動きを抑制された。

 

 

「場所の推測は出来とんのか?」

「矢文に付いていた匂いから歓楽街のアマゾネスが使う香水だと獣人の団員達は言ってましたので、見張りを張らせましたけど、主犯が本当に神セクメトなのか断定出来ず」

「オマケにルージュもエレちゃんも失踪。いや、ラウルと同じ誘拐の線やろな」

「ルージュが敵に寝返るという事は考え難いしね。とにかく事態は良くない」

 

 

 護るという約束まで守れずにルージュが襲われたのは【ロキ・ファミリア】の過失でもある。そういう同盟だったからこそ、守れなかった事実にフィンは顔を顰めた。

 

 タイミングが最悪過ぎる。

 まるで見計らったかのようなこのタイミング。間違いなく裏切り者がいる。そして家族と他派閥を秤にかけるなら家族を取るのは当然だが、約束を果たせなかった事は重いものだった。

 

 

「イシュタルの線は?」

「時期が良過ぎるし悪過ぎる」

 

 

 この港町(メレン)に【カーリー・ファミリア】と秘密裏に同盟を結ぼうとしていたようだ。イシュタルが居なくなった今にわざわざそんな怪しい事をすれば秘密裏に結んだ同盟がバレる筈だ。セクメトが犯人なら矢文に匂いがつくなど無い。セクメトとイシュタルが組んでいる可能性はある。

 

 

「僕等に何もするなと忠告する為の材料の確保としては最適なタイミングかもしれないけど、都市街にこっそり出て【カーリー・ファミリア】と接触している。抹殺依頼ならまだしも拉致、僕等と本気で敵対するつもりならこのタイミングで行うのはおかしいけど」

 

「そもそもラウルはLv.4だ。そこらの冒険者に負ける要素はない。勝てる存在は推定でも同レベル以上となると他の候補が居ない」

 

 

 リヴェリアの言葉は正しい。

 ラウルはLv.4の中盤。此処までの手際の良さを考えればおかしな話だ。候補に上がるとするなら【男殺し】だが、メレンでアイズを襲っている。暗殺者という冒険者特効の存在ならラウルを捕らえられるかもしれないが、イシュタルとセクメトが組んでいる可能性は高いのは確かなのに、拭いきれないこの違和感をフィンは感じ取っていた。

 

 

「闇派閥、エニュオの可能性は?」

「あり得なくはないし、可能性はあるけど……」

 

 

 フィンにしては珍しく歯切れが悪い。

 ()()()()()()()()()()()()()()。そういう意味ではエニュオの線は考えられる。雲を掴もうもしても掴めない虚無感、間違いなく相手はキレ者、犯人候補に押し付けて犯人候補にすら上がらないのだから。

 

 

「とにかくラウルの救出に尽力するとしても、手が足りない」

「直ぐに帰るで。ラウルの人命優先や」

「ルージュと女神エレシュキガルは?」

「犯人が同じなら目的は変わらんわ」

 

 

【ロキ・ファミリア】は速やかに帰還する事となった。

 

 

 ★★★★★

 

 

「余が【勇者】なら間違いなくイシュタルを監視し、並列で『入り口』を探す」

 

 

 ネルガルはエレシュキガルに語る。

 エレシュキガルは塞ぎ込んだ。助けを呼ぶ事も出来ない。ルージュが気紛れに生かされているなら気紛れに殺されてしまう事も分かっているから。ルージュが次にネルガルと相対すれば殺される。

 

 折れない心で立ち向かい今後の脱出の為の情報を探るように屈しないエレシュキガルだが、枕を抱きしめるその手は震えていた。それでもネルガルから情報を引き出し、脱出する機会を窺う。

 

 エレシュキガルには今はそれしか出来ないから。

 

 

「セクメトの阿呆の暗殺集団による隠れ蓑となり、余の存在を知る事が出来ぬ。念を押して人払いの結界魔法まで使ったのだ」

 

 

 そして、戦闘娼婦(バーベラ)がよく使う香水を少しだけ滲ませて矢文を放つ。そうすれば監視の目は間違いなくイシュタルの歓楽街に向かう。あの時の状況をわざわざ人払いまでさせて、現場を見届ける存在が居なかった。

 

 つまり目撃者がいなければ現場の状況から犯人を推測するしかない。そしてその場合であるならば、【ネルガル・ファミリア】は対象外。都市街のファミリアでそもそも存在していた事すら知らない者の方が多い。転々と世界を周る傭兵集団で少数精鋭だからだ。

 

 

「ガネーシャの門番は精々Lv.2程度、今出てもオラリオに戻るロキの眷属を考えれば、逃げるのは得策では無い」

 

 

 イシュタルが居ない今、強引に突破する事は得策ではない。道化の眷属は全力で帰ってきて犯人である存在を探し、報復する為に動く。下手に動けば情報を漏らされて行方を辿られる。

 

 

「モンスターの密輸を考えれば、バベル以外にも入り口が存在する。【イシュタル・ファミリア】の動きを考えれば、奴等は必ず入り口を探し、歓楽街とダイタロス通りを調べるだろう」

 

 

 闇派閥がラウル・ノールドを攫った。

 その事実をカモフラージュに【ロキ・ファミリア】にバベル以外のダンジョンの入り口を探させる。そしてラウルを救出に入り口に侵入する。隠れんぼには自信がある。この隠れ家はそういう場所だ。入り口が見つかるより先に見つかる可能性もあるが、ファミリアの特定が出来なければ問題など無いし、神威をゼロにすれば神であることを把握出来る存在はほぼ居ないだろう。

 

 

「そして入り口を見つけるだろう。そこに突入した時こそ余の好機。ガネーシャの門番を強引に突破しても構わん。奴等に警告を出しても必ず助けに来るだろう。それが【勇者】であるからだ」

 

 

 【勇者】は仲間を見捨てない。

 その選択を取らないし、取れない。切り捨てるという事はつまりは積み上げてきたものの瓦解を意味するからだ。良くも悪くもラウル・ノールドは使える。中堅担う頼りないリーダーだが、凡才にしてよくここまで来たとネルガルでさえ舌を巻くくらいだ。

 

 そしてバベル以外の入り口。

 ネルガルはもう一つの入り口がある事こそ知っているが、何処にあるかは知らない。だが十五年前の事を考えても闇派閥の動きは何処かおかしい。ガネーシャがバベル入り口を取り押さえていたというのにLv.7の()()()()()()()()()()()と闇派閥が隠れ家としている場所が存在するのは推測は出来る。

 

 十五年前の抗争時の事を考えるならその入り口から繋がる隠れ家に闇派閥がいる。そして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。何故なら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。いくら【ロキ・ファミリア】でも攻略には時間がかかる筈だ。

 

 

「後はあの凡夫を置いて去れば良い」

 

 

 そうすれば後は逃げ回ればいい。

【ロキ・ファミリア】は都市の大手派閥、そう簡単に報復出来る人数を外に出す事はギルドが許可しないだろう。行方をくらませるくらい造作もない。

 

 ネルガルは知略に優れていた。

 都市街の情報の把握といい用意周到だ。

 

 ネルガルは曲がりなりにも冥界を侵攻し、七割のシステムを壊し、冥界を半壊まで追い詰めた太陽の神。エア神から病魔の権能を譲り受け、冥界に来る前に万全の策を持っていた。冥界の女神エレシュキガルでさえ、太陽の軍勢には手を焼いたのだ。傲岸不遜だが馬鹿ではない。なんなら策士としては一流だろう。

 

 

「……どうやってオラリオに入ったの?」

「イシュタルを利用したに決まっておろう。メレンに行く前に門番を魅了すれば侵入は容易だ。奴はフレイヤを引き摺り下ろそうとしているなら、天界こそ因縁はあるが、傭兵集団というスタンスはうってつけであろう。金を払えば戦力が増えるのだしな」

 

 

 【ネルガル・ファミリア】のスタンスは傭兵集団。

 手っ取り早く金を稼げて、外では抑止力と成る程の戦力を育て上げた。外には暗殺集団、外の怪物にラキア、極東の朝廷、魔導大国も存在する。敵も多ければ、対人戦が寧ろ多い。Lv.4に至れたのはそのおかげとも言える。

 

 

「にしては……」

 

 

 イシュタルの戦力になるつもりはなさそうに見えた。

 イシュタルの監視とラウルの拉致の罪をなすり付けてトンズラする気だ。友好的ではなく利用し合う中にしてもイシュタルの方に負担が大きい気もする。

 

 

「まあ極力嫌がらせして逃げるがな」

「最低過ぎる……」

「エレシュキガルよ、仮にもイシュタルがフレイヤを引き摺り下ろし、頂点に立った光景を想像してみよ」

 

 

 想像してみると高笑いし、地上を見下ろすイシュタルの姿を連想する。バベルを乗っ取り、フレイヤが座る椅子にイシュタルが座り、優雅に酒を飲みながら、

 

 

『私の魅了の前に屈せよオラリオ、あっははははははっ!!!』

 

 

 なんて言っている光景が目に浮かんだ。

 

 

 

 

「––––これはウザい」

「そうであろう」

 

 

 初めてエレシュキガルはネルガルの考えに共感した。ため息を吐き、布団を被り、ネルガルに背を向けて用意されたベッドに顔を沈める。そしてランプを消す。

 

 

「……貴方の計画は分かったわ。今日は一人にさせて」

「よかろう。だが忘れるな、貴様を助ける者は居ない」

「……分かってるのだわ」

 

 

 ネルガルのその一言にエレシュキガルの希望は打ち砕かれる。それでも心は折れない。折れてしまったらきっと絶望を受け入れる事しか出来なくなるから。

 

 ネルガルの計画は上手く事が運べばエレシュキガルはオラリオから離れる。そして何よりエレシュキガルは決行の日まで声の届かない地下の部屋に閉じ込められる。ラウルも声を封じる魔導具で縛られて幽閉されているだろう。

 

 

「………っ」

 

 

 逃げ出したい。

 逃げて、ルージュに会いたい。

 

 無事なのか分からない。

 致命傷は避けただけであの後、ルージュがどうなったのか分からない。

 

 助けを求めたい。 

 でもそれはルージュを殺しかねない。ルージュだけでは返り討ちにされてしまうからだ。

 

 

「う……ううぅ………」

 

 

 涙が止まらない。

 胸が痛くて、喉元に溜まる寂しさを枕を抱いてエレシュキガルは擦り減っていく心の傷を吐き出していく。

 

 隣にルージュがいない事が辛い。

 ずっと一人ぼっちには慣れていたのに、こんなにも手に入った星を手放したくないという執着がエレシュキガルの胸を痛めつけていた。

 

 





 改めてダンまち読み直して分かった。
 私の文才力の足りなさに絶望し、難産中。作者ってやっぱ凄えわ。


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第四十六歩

 ※ネタバレ入ります。十六巻見ていない人は気をつけてください。


 

 

「………っ、ぁ」

 

 

 目が覚めると知らない天井だった。

 声が掠れて上手く出ない。ぼやけた視界を擦り、辺りを確認する。そこは人が一人住んでいそうな小さな部屋。そしてベッドの横のランプの近くには水筒が置かれていた。気が付けば私はベッドの布団の中に居て、誰かの部屋の中に居た。

 

 

「此処、は?」

 

 

 起き上がり、此処が何処なのか確認する為に立ち上がろうとする。

 

 

「づぁ……!」

 

 

 大激痛に疼くまる。

 胴体と腰の部分は包帯で巻かれて、動こうとして力んだせいか血が滲んでいる。痛くて傷を抑えて悶えていると、あることに気がついた。

 

 

「手当て、されてる」

 

 

 包帯が巻かれているって事は誰かに助けられた。

 しかもおそらく魔法による治癒が施されている。とはいえ応急に近い治癒魔法。傷を塞ぐ程度で糊付けしたような感じだ。大分重傷だったようだ。

 

 包帯を取ると傷が酷い。

 深く付けられた刀傷と腰に関しては深すぎて治癒魔法でさえ塞ぎきれずにガーゼを貼ってキツく巻かれていたようだ。不治というわけではなく、此処までの重傷は万能薬でもなければ治癒し切れないという事か。

 

 あの抜刀、剣線だけを予測して『七星剣(グランシャリオ)』を振るったが、それでも斬られた。置いてなければ腰だけじゃなくて腹まで斬られていた。

 

 あの時、魔法が斬れてトワまで損傷した理由を考えるとあの魔法の正体が分かった。

 

 トワの身体は私の魔力で出来ている。

 そして同化しているトワごと斬られた。魔力で出来ているトワに攻撃が通るのは大抵魔法なのだが、魔法が斬られた部分の魔力は間違いなく()()()()()()。その効果を考えるに、あの斬撃は恐らく……

 

 

「対魔力を持つ不可視の斬撃か……」

 

 

 対魔力斬撃(アンチマジックスラッシュ)とでもいうべきか。

 まさか精霊の魔法すら斬るとは思わなかった。置かれていた水筒を取り、喉を潤す。

 

 

「っっ、そうだエレ様…っあ"」

 

 

 腰から血が更に滲む。

 このままじゃ動く事に支障が出る。体力も精神力(マインド)も完全に戻ったわけではないが、私は歌を紡ぐ。

 

 

「『紡がれし命をここに、永遠に輝く(ソラ)の星よ、汝の名に基づき力を振るう事を赦してほしい』」

 

 

 全癒魔法を行使できるだけの魔力は回復した。

 多分、体感的に二時間。精神力(マインド)は全快にも程遠いし、体力もまだ全然戻っていないが、少なからずこの傷はなんとかしないとキツい。白い魔法円(マジックサークル)が周りに広がり始める。

 

 

「『(ソラ)より来れ星の加護よ、穢れを祓う聖光を纏い、巡れ我が白き箒星よ』」

 

 

 ガリガリと削られる精神力(マインド)

 神聖のおかげで多少は軽減されているようだが、それでも体力も戻っていない中でこの消費量は結構辛い。

 

 

「【フロート・エクリエクス】」

 

 

 血が滲んだ腰と胴体の傷は消えたが、疲労感が一気に広がる。

 どうやら『精霊同化(スキル)』の力の反動までは回復し切れなかった。それだけ精神力(マインド)の回復が出来てない。

 

 

「きっつ……」

 

 

 身体が重い。

 傷は無くなったが、今度は『精神疲弊(マインドダウン)』で動けなくなる。枯渇に比べれば大した事はないが、血が足りてないから身体がいつもより重く感じる。全癒魔法でも血液の欠乏まで回復は望めるほどの魔力は圧倒的に足りてない。

 

 

「エレ様……」

 

 

 ベッドから降りてもふらつく。 

 血を流し過ぎた状態で時間が経ち過ぎてまともに動けない。頭が痛くて脚が進まない。掛けてあった私の服を着て、剣を取って外に出ようとした時、

 

 

「あっ、目が覚めたんですね!」

 

 

 部屋のドアが開いた。

 目の前に広がったのは薄鈍色と緑の制服を身に纏う女の人。

 

 

「……酒場のウェイトレスさん?」

「はい、シル・フローヴァです」

 

 

 この人が助けてくれたのか。

 となると、此処は『豊饒の女主人』の給仕達が住んでいるアパートか何かだろう。

 

 

「まだ寝てないとダメですよ。まだ目覚めてそんなに時間が経ってないのに」

「いや、エレ様を探さないと……!」

 

 

 ひょい、と私の両脇を掴まれ、持ち上げられる。

 この人恩恵を持たないから下手に暴れられない。とはいえ、暴れるだけの力も湧かないのも事実だけど。

 

 

「恩恵も持たない私の手を払えないくらい弱ってるんです。仮に探し出せても出来る事はありませんよ」

「でも……!」

「起きたのかいあの小娘は」

 

 

 リゾットを片手に荘厳というか山とも思えるようなドワーフの女将が入ってきた。

 

 

「ミアさん…助けてくれてありがとう」

「待ちな。そんな身体で何処いくつもりだい?」

「エレ様を探しに––––」

 

 

 シルさんの掴む手を離させて、横を通り過ぎると、私の頭に拳が突き刺さる。唐突な拳骨に、反応出来ていたのに躱せずに頭に鈍痛が走る。めちゃくちゃ痛いし、手がデカいから衝撃が満遍なく頭に届く。

 

 

「っ〜〜〜!?」

「仮にも手加減したアタシの拳を避けられないならアンタに出来る事はないよ」

「っ……!」

「寝な。じゃないと鎖で縛って起き上がれなくするよ。今のアンタじゃ何をしても無駄だよ小娘」

「だからって!!!」

 

 

 私は叫んだ。

 

 

「私にとって、大事な神様なんだ…!!」

 

 

 だから行かないと遠くに行ってしまう。

 叫んだ言葉の後の静寂にミアさんはため息を吐いた。

 

 

「……だったら尚更飯食って寝る事だね。今のアンタが行っても犬死にだ。それを大事な神様とやらが望んでいるのかい?」

「っ……」

「都市街に出れば【ガネーシャ・ファミリア】が騒ぐ。まだ都市内に居る、早くても遅くても今は事態は変わらないよ」

 

 

 そうかもしれない。

 けど、だからって割り切れるものじゃない。今の私が冷静じゃないのは分かってる。

 

 

「い''っ!?」

 

 

 片手で頭を掴まれ、ベッドに放り投げられる。

 抵抗すら出来ずに私はベッドの上に落ち、手に持っていた剣も落としていた。前から何となく強そうとは思っていたけど、この人多分第一級冒険者だ。力といい強すぎる。

 

 

「ハァ……シル、アンタが拾ったんだからちゃんと面倒見てやりな」

 

 

 ため息を吐き、リゾットを置くとミアさんは部屋から出ていった。情けない。助けてくれた人に当たって……私は何やってんだ……。

 

 

「ルージュさん」

 

 

 シルさんの両手がそっと私の頭に触れる。

 何のつもりと言おうとした時、頰に触れながらシルさんは優しく笑う。

 

 

「先ずは、泣いたらどうですか?」

 

 

 その言葉に私の心が揺れた。

 泣いていたら、きっと情けないから泣きたくない。

 

 そう思っていつも強くあろうとしてた。

 なのに、この人の言葉が。私が張っていた見栄を容易く見破って、その言葉だけが私の中で響いた。

 

 

「辛い気持ちを抱えるより、吐き出した方が楽になれると思います。私が受け止めてあげますから」

 

 

 優しく抱擁され、背中を撫でられる。

 圧し潰されそうな重圧。私にエレ様を救えるのか、そんな囁きが頭の中でリフレインしている。自信が無くても乗り越えられる。約束と、それに見合うだけの努力はしてきたつもりだ。

 

 でも、今回は初めて勝てる自信がなかった。

 初めて、怖いと思ってしまったのだ。対人戦闘がなかったわけではない。だが、あの人は明らかに出会って来た人の中で格が違う。

 

 灰色の女帝さんとは違う。

 何人、何十人、何百人を斬り殺してきたあの剣に恐怖を覚えてしまっている。

 

 

「……悔しいよ」

 

 

 無意識の内に言葉に出していた。

 ずっと押し留めていた感情が爆発する。決壊してしまえばもう止まらない。

 

「強くなったって自惚れてて、切り抜けられると思って、でも負けて、護らなきゃいけないエレ様を連れ去られて、私は生かされて……!」

 

 

 シルさんの胸に顔を押し付けて弱さを吐き出す。

 ずっと、今まで努力してきて助けてきて、強くなって戦う事が誇らしいと思っていた。

 

 

「初めて、戦うのが怖くなった……」

 

 

 あの剣が怖い。

 今まで出会って来た存在の中で一番怖い。人を殺す剣に初めて怯えた。今まで遠かった『死』があの人から感じ取れてしまった。

 

 幾多の人を斬り殺す殺人術。

 その刃が私に向くのが怖い。殺されるかもしれないと言う恐怖が初めて闘争心を、負けたくない意志を揺らがせた。

 

 負けたら死ぬなら戦いたくないと思えてしまう。

 

 こんな事が初めてで、混乱して、動揺して……

 

 

「情けなくて、私…悔しいよ……」

 

 

 こんなんじゃ英雄にもなれない。

 臆病な心を曝け出して精一杯の感情を吐き出し、私は泣き続けた。

 

 負けた事は悔しい。けどそれ以上に辛い。

 あの人が居ないのが辛い。私自身の弱さが誰よりも辛くて苦しい。もっと強ければエレ様を護れてた、もっと私が戦い方を知っていれば少なくとも戦えていた筈なのに。

 

 弱い。私はまだ弱い。

 最速でLv.3に至れたからって、慢心していた。

 何より、恐怖に脚が竦んで負けてしまう事を心の何処かで悟っていた。

 

 

 

「なら、ルージュさんはどうしたいですか?」

 

 

 シルさんの問いに私は噤んだ。

 どうしたいか。そんなの決まってる。

 

 

「強くなりたい……」

 

 

 弱くても、情けなくても私はエレ様の眷属だから。

 

 

「エレ様を護れるくらいに強くなりたい……!」

 

 

 英雄の前に、当たり前に出来なければいけなかった。大切な人を護り通す事。私が一番にやらなければいけない事で、出来ていなければいけなかった事だった。冒険者になってから二ヶ月程度しか経っていないから、そんな事が言い訳になるのなら私は死んでいた。

 

 だから今は力が欲しい。

 誰かを護れる意志を突き通せる力が……!

 

 

「私の『理想』を私の手で叶えたい!!」

 

 

 英雄になりたい。エレ様を護りたい。

 そのどちらも私が譲れないものだから。弱ければそんな願いは戯言に成り下がる。力が無い私が夢を語る事も出来ない。

 

 強くなりたい。

 

 私は『理想』を追い続ける事しか英雄になれる事を知らないから。だからそれを突き通し、走り続けるしか出来ないから。

 

 その意地を張り通す。

 誰よりも強くなりたいという渇望から私は叫んだ。

 

 

「……少しだけ、嫉妬してしまいますね」

 

 

 シルさんが背中を撫でながら、私の耳に顔を近づける。

 

 

 

 

「けど、それが貴女がしたい事なら()()()()()()()()

 

 

 

 

 囁かれたその声に私は目を見開きシルさんの顔を見ると、笑っていた。顔が真っ赤になって顔を見れなくなりそうだ。

 

 

「っ……」

 

 

 一瞬、ほんの一瞬だが心がその声に震えた。精神が弱っているせいなのもあって、その声は甘いと思えてしまう程に甘美なものだ。

 

 間違いない。『魅了』の力。

 体験した事はないけど、間違いなくそれだ。

 

 それは本当に一瞬だったが、直ぐに心は正常を取り戻す。

 

 それは『約束』かエレ様の『誓い』か、『聖域』の副産物なのかは知らないけど。

 

 それを使える神は……

 

 

「夜の二十一時。あの噴水場に来てください。それまではそのリゾットを食べてゆっくり寝て、体力を戻してくださいね?」

「貴女は…やっぱり……」

 

 

 あの時の……銀髪の女神様。

 そして間違いなく美を司る女神。この世界で魅了を使える美の神は指で数える程度しか存在しないが、都市には二柱存在している。

 

 一柱は戦と美の神イシュタル。

 そしてもう一柱は豊穣と美を司る最強のファミリアの主神。

 

 という事はこのウェイトレスさん。

 いや……この女神様は多分間違いない。

 

 最強の派閥【フレイヤ・ファミリア】を統べる銀髪の美の女神。

 

 

 主神フレイヤ。

 

 

 二大派閥の【ロキ・ファミリア】と対を成す【フレイヤ・ファミリア】の女神様だ。

 

 なんでそんな女神様が給仕やっているのか疑問に思うと笑みを浮かべて答えてくれた。

 

 

「女は秘密を飾るのが美しくなるコツですよ?」

「……説得力があり過ぎてなんか怖い」

 

 

 美の神様が言うと説得力があり過ぎて素朴な疑問が寧ろ怖くなったので理由は聞かなかった。

 

 

 






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第四十七歩

 

 

 

 ネルガルの策略に隙はない。

 あるとするなら【ロキ・ファミリア】がラウル・ノールドを捜索し、見つかるか否か。

 

 早いうちに【ロキ・ファミリア】はラウルを攫った闇派閥の本拠地という名目で必ずバベル以外の入り口を見つける。そして必ず突入する。それが【勇者】であり王道であり、何より仲間を見捨てないその心が必ずその行動を起こす。

 

 見捨てる選択肢が無い訳ではない。

 頭が酷くキレる【勇者】ならリスクを考えて見捨てる選択肢を選ぶ事は出来るが、それは絶対に起こり得ない。

 

 それは『人工の英雄』たる【勇者】の瓦解を示す。

 間違いなく士気の低下、圧倒的カリスマを持つ【勇者】の威厳が揺れてしまう。

 

 

 盤面の動きは完璧だ。

 見つからなければというハイリスクさえ凌げれば、ネルガルはエレシュキガルを連れて逃げる事が出来る。

 

 唯一の不安要素があるとすれば一人。

 

 

「ルージュ・フラロウワ。……奴の動きは余の眷属が監視している。動きの報告はない」

 

 

 なのに拭いきれない違和感。

 ネルガルの策略は完璧に動いている。その筈なのに、神の直感というべきか、不安感が押し寄せてくる。

 

 広げたチェス盤の駒が倒れた。

 その不吉な予兆と同時にネルガルの足下に広がる()()()に目を見開く。

 

 

「っ、これは!?」

 

 

 地面に広がる巨大な聖光陣(サンクチュアリ)

 仕掛けてきたのはエレシュキガルの星であるルージュ。だが、『聖域』の輝きが違う。赤く、紅く、まるで怒りに染め上げられたかのような義憤に『聖域』が赤く染まる。

 

 ––––美しい。

 

 されど高貴を失わない『聖域』から感じ取れたルージュの心情。怒り狂えば最早『聖域』とは言えない穢れた領域に過ぎないのに、怒りながらもその信念が捻じ曲がらない。感情的なのにそれでも自分を突き通す想いがネルガルの頬に一筋の冷や汗を流させる。

 

 

 ––––見つけた。

 

 

 その言葉が耳に聞こえた。

 気が付けば机の上の駒が全て倒れていた。

 

 そしてそこからは詰み(チェックメイト)だった。

 轟音が聞こえた。武器が交差する音が聞こえた。

 

 そしてそれが十秒で収まった。

 たった十秒。それだけでネルガルの眷属が()()()()

 

 そして隠れ家の壁が吹き飛ぶ。

 そこから出てきたのは最強の漢。現最強の冒険者であり女神フレイヤの最大戦力。

 

 その名は【猛者】オッタル

 そして道を開いた眷属の後ろから悠然と歩く女神の姿をネルガルは捉えた。

 

 

「初めましてかしらネルガル」

「……そうきたか。まさか貴様が出張るかフレイヤ。報告が来ないのも道理か」

 

 

 報告など出来る筈がない。

 美の女神の『魅了』に抗える存在など世界でも一握りだ。ネルガルは耐性こそあれど、本気を出されれば抗えない。眷属が魅了されてネルガルに報告が来なかった。

 

 

「貴方に話があるわ」

「ほう?」

「話があるのは私ではないけれど、この子の話を聞いてもらえるかしら?」

 

 

 フレイヤの後ろを歩き、蒼髪を揺らす一人の小人族(パルゥム)がネルガルの前に現れる。

 

 

「……改めて初めまして。神ネルガル」

「蒼星か。大方要求は見えている。エレシュキガルを返せというのだろう?」

「そう言いたいけど少し違う」

 

 

 ネルガルは眉を顰める。

 ルージュはネルガルの前に立つと右手につけた手袋を脱ぎながら告げた。

 

 

「神ネルガル。【エレシュキガル・ファミリア】団長、ルージュ・フラロウワの名に於いて宣戦布告をしに来た」

「––––何?」

 

 

 手袋を投げつける。

 その行為が指し示す答えは『決闘』。戦う相手に対しての宣戦布告の証明。そして下界でその行為が表す意味はただ一つ。

 

 

「証人は女神フレイヤ。【エレシュキガル・ファミリア】は【ネルガル・ファミリア】に『戦争遊戯(ウォーゲーム)』を申し込む」

 

 

 ()()()()()()()()()()

 二級冒険者が居る【ネルガル・ファミリア】に対して闇討ちではなく、自分の手で奪い返す為に『戦争遊戯(ウォーゲーム)』を提案した。

 

 ネルガルがやっている事は違反行為だ。

 都市外のファミリアだろうと誘拐は誘拐。いずれオラリオの冒険者からの報復を考えれば得策ではない筈だ。

 

 だが、この戦争に勝てば堂々とエレシュキガルを手に入れられる。それと同時にロキの報復を食らいかねない。だが、フレイヤが動いた以上居場所などバレているだろう。

 

 

「……本当は虎の威を借る狐みたいな事はしたくは無かった。けど、私にも譲れないモノがあるから、交渉の場は整えさせてもらった」

「成る程、貴様は馬鹿だな?」

「ああ、でも敗者となった私がエレ様をきっちり取り戻すなら、それは誰かに頼った奪還なんて望まない。きっちり自分の手で取り戻す」

 

 

 此処で【フレイヤ・ファミリア】に頼ってエレシュキガルを取り戻してもルージュは納得しない。それでは頼ったまま何も出来ないのと同義だ。

 

 

「期限は二週間。エレシュキガル様は一先ず返してもらう」

「ほう?」

「代わりに、対決形式は貴方が選んで構わない。攻城戦でも総力戦でも好きな方を取ればいい」

 

 

 随分と悪条件、と言いたい所だがルージュの成長速度を考えるならば間違いなくエレシュキガルが居るだけで場所以上のメリットがある。

 

 

「そちらが勝ったら私とエレ様の全権利を譲渡する」

「!」

 

 

 それはルージュを含めた全権。

 負ければ人権までも失われ、ある意味英雄としての『死』である。ルージュが持つ今の手札(カード)全てを全賭け(オールイン)し、宣戦布告をした。

 

 負ければ全てを失う。

 その上、対決方法はネルガルが決める。余りにも分が悪い賭けだが、ルージュの眼に迷いはなかった。

 

 

「……いいだろう。だが一つ条件がある」

「何?」

「この『戦争遊戯(ウォーゲーム)』において、精霊の使用の禁止だ」

「!!」

 

  

 そう来るとは思わなかったのか、ルージュは顔を顰める。トワの力は強力だ。襲撃時、トワの力が無ければまともに戦えていなかった。ルージュ自身の弱さを見抜かれている。

 

 

「あらネルガル。怖いの?」

「ああ怖いな。余は精霊の力を見くびるつもりはない。代わりに『旗争奪戦』は無しとしよう。貴様が勝てば要求は好きにすればいい」

 

 

 ネルガルがそこまで要求出来る立場ではないと思ったが、それは違う。ネルガル自身は気付いている。フレイヤとルージュの関係性を考えれば『戦争遊戯(ウォーゲーム)』をしない手は残されていなくとも、それなりの要求が通る事を。

 

 フレイヤは恐らくルージュを気に入っている。

 ある意味、ルージュに対しての試練の舞台を作り上げる為に協力したに過ぎない。悪条件であれど舞台がなければ試練は成立しない。ならば舞台を作る為に出来る限りの要求が可能だという事に。

 

 

「……トワはそれでいい?」

 

 

 召喚されたトワは迷いながらも頷き、ルージュは覚悟を決めネルガルに返答を渡した。

 

 

「分かった。その条件で構わない。場所は一週間後の『神会』でエレ様と話し合って」

 

 

 精霊の力の禁止に決戦指定。

 ルージュにとってかなり悪条件ではあるけれど、フレイヤの介入を除けば、あくまで【エレシュキガル・ファミリア】としての公平な取引としてはこのくらいが妥当ではある。

 

 絶対に苦戦を強いられるだろうが、ルージュは関係ない。勝つと決めた以上、勝たなければいけないのだから。

 

 

「いいだろう。これは渡してやる。好きにせよ」

 

 

 渡されたのは地下の鍵。

 それを渡されるとルージュは一目散に地下の階段を降りていく。あったのは三つの扉だが、何処にいるかなんてルージュには分かっていた。

 

 鍵を開ける。

 そこには愛してやまない女神の姿がそこにいた。

 

 

「……エレ様」

 

 

 枕を抱きながら、涙を溢し眠っているエレシュキガル。ルージュはそっと涙を指で掬い、軽く頰に触れる。するとエレシュキガルの瞳がルージュを映し、トロンと微睡んだままの瞳で名前を呼ぶ。

 

 

「………ルー…ジュ?」

「はい、私ですよ」

 

 

 名前を呼ばれてルージュは笑う。

 

 

「起きられまうぷっ」

「良かった……本当に」

 

 

 夢ではないかと抱き締めて温もりを感じる。痛い程に抱き締めたエレシュキガルにルージュはまた笑い、エレシュキガルを抱きしめ返す。

 

 

「ちゃんと居ますよ。私は」

 

 

 本当に良かったと安堵するルージュと抱き締めながら泣き続けるエレシュキガル。たとえ、神と人と互いに違う運命を生きる定めだとしても、分つ事の出来ない絆がある。

 

 二人は再会を喜び、そして家族として泣いていた。

 

 

「……オッタルさん、フレイヤ様」

「何だ?」

「一先ず、ありがとうございます」

「……礼を言うならば、この後の地獄に耐え抜き、奴らに勝てた時にとっておけ」

「当然、契約を忘れちゃ駄目よ?」

「分かってます。でも、それでも手を貸してくれなきゃエレ様を取り戻せなかった」

 

 

 ルージュは頭を下げた。

 フレイヤの介入は本当に偶然。助けてくれるとは思わなかったルージュだが、当然フレイヤにも打算がある。助けるに当たっての契約は交わしている。

 

 

「ど、どういう事なの?」

「簡単な話ですよ」

「えっ?」

「正念場です。この二週間は」

 

 

 フレイヤの後ろを歩き、ルージュ達はバベルへ向かっていく。最強のファミリアが死力をもって殺し合う戦場と、そして二週間後の『戦争遊戯(ウォーゲーム)』に向けて、ルージュは闘志を煮え滾らせながら、エレシュキガルの手を握り覚悟を決めていた。

 

 

 





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第四十八歩

 

 

 

「ハァ!?ラウルが帰ってきた!?」

「あ、はい……普通に。そして女神エレシュキガルも無事なようで」

「本人はなんて言うてるんや?」

「えっと、()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ロキは顔を顰める。

 ラウルは気が付けば歓楽街の裏路地に立っていて、自分が何をしていたのか分からない、というよりは覚えていないという話だった。

 

 偶々ラウルはルージュ達の護衛に姿を消して、偶々見つかって、偶々記憶が無い?そんな訳が無い。アホ過ぎる程に必要ない推測を頭から追い出し、ロキは思考し続ける。

 

 

「(イシュタルのアホがやった……と考えるのが妥当やけど、ンなあからさまな事するタマか?)」

 

 

 記憶の操作。或いは忘却。

 そんな事が出来るとするなら『魅了』だ。

 それを使えるのはオラリオでは二柱のみ。イシュタルかフレイヤのどちらかだろう。ラウルは魅了によって記憶を失った。正確に言うならば記憶を思い出す事が出来ないようにされた。

 

 

「(フレイヤの仕業ってのもある。やけど、ラウルを攫うメリットも『魅了』を施すメリットも無い)」

 

 

 寧ろ抗争の火種を作るのは望む所では無いだろう。

 にも関わらずフレイヤが『魅了』を使った?そんな訳がない。いくら自由奔放なあの女神でもそんな事をするはずが無い。

 

 もしやるとするなら、それは目的がある筈だ。

 エレシュキガルに尋問しようと動こうとした時、もう一つ重大な報告がロキの耳に入る。

 

 

「そ、それともう一つ報告が」

「なんや?」

「二週間後、【エレシュキガル・ファミリア】が【ネルガル・ファミリア】に『戦争遊戯(ウォーゲーム)』をするらしいのですけど」

「………………………はっ?」

 

 

 情報過多により、ロキの思考は停止した。

 

 

 ★★★★★★

 

 

 女神フレイヤの契約は三つある。

『エレシュキガルを奪い返し『戦争遊戯』を申し込む事までの協力』

『【フレイヤ・ファミリア】による特訓。期限は二週間』

『二週間、エレシュキガルの護衛』

 

 対価は三つ。

『二週間という時間をいずれルージュ自身が返す事』

『二週間は【フレイヤ・ファミリア】でルージュを預かる事。エレシュキガルは毎朝のみ訪問だけ許される。(ステイタス更新などで)』

 

 そしてもう一つがルージュ自身さえ首を傾げていた最後の対価にエレシュキガルは頭を悩ませた。

 

 

『来たるべき時に邪魔をしない事』

 

 

 それがどういう意味なのか分からない。

 酷く曖昧だが、ルージュはその対価を受け入れた。エレシュキガルは助けられてばかりのこの状況を許せない。これではルージュに護られるだけの存在。隣で見届けるなら、何か力になってあげたい。

 

 

「よし」

 

 

 エレシュキガルはリースの工房へ向かった。

 彼女は剣など鍛つ事は出来ない。だが、剣でなくても作れるものが一つだけ存在する。

 

 下界で創った事はないが、近いものなら出来る。 

 畏怖させる権能以外にもエレシュキガルには一つだけ出来る事がある。かつて冥界の防衛機構に組み込んだように、最高の一振りを生み出す為に。

 

 

 ★★★★★

 

 

 

「がっ……!?」

 

 槍で貫かれた。

 剣が胴を斬り裂いた。

 矢が肩に突き刺さる。

 槌に脚をへし折られた。

 

 普通ならば意識どころか命を手放してもおかしくない致命傷を浴びても尚立ち上がり、剣を振るう。

 

 

「『突き(エイ)進め(ルス)』……!」

 

 

 待機中の全癒魔法を解放。

 即座に詠唱を唱えて再び停滞。並行詠唱しながらでも四方から襲いかかる戦士の攻撃が、限りなく極限状態に陥っているルージュを更に追い込む。

 

 

「ああっ、クソッ!?づぅ……!?」

 

 

 左脚を矢で撃ち抜かれ、動きが鈍るルージュに襲いかかる理不尽の暴力。対応し切れる訳もなく、詠唱完成と同時に再びルージュは死の淵に立たされていた。

 

 

「(対応が追いつかない……!瞬きしてたら直ぐに殺される!!)」

 

 

 文字通り殺しに来ている。

 戦士と戦士の殺し合い。血が流れない事などありはしない最も過酷な戦場。剣が魔法が交差し、一瞬でも気を抜けば殺される。殺されても死ぬ三歩前に蘇生され、再び戦場に放り出される。

 

 

「っ、ハァ、ハァ……!」

 

 

 何回死んだのか記憶が定かではない。

 斬られ、貫かれ、魔法を浴びさせられ、待機中の全癒魔法が発動しては再び待機させ、死ぬ間際や意識を失う時に強制解放し、蘇る。

 

 汗が止まらず、目は血走り、それでも尚剣で応戦するルージュ。半端ではない密度の戦いが数時間にも渡り、精神的に疲弊、待機を続けているせいか断続的に魔力は消費され、身体は疲労を抜けずに鉛のように重い。意識を失い倒れそうになる所を剣で支える。

 

 

「……っ!もう、一本……!!」

 

 

 それでも精神は折れない。

 退けば終わる。【ロキ・ファミリア】といいエレシュキガルといい、いつまでも護られる訳にはいかないと心が叫ぶ。強さを求めて、ただひたすらに戦い続ける。見切り、盗み、自分の技の素材を手にして昇華していく。

 

 

「––––素晴らしいわ」

 

 

 それを見ていたフレイヤは目を奪われる。

 未だ未熟だった原石。蒼いラピスラズリにも思える蒼い魂と夜の心象が磨かれていく。心の強さと折れない意志、そして何よりルージュ自身の負けず嫌いな性格が、砥石となって魂を磨く。

 

 

「ハァ、ハァ……!!」

 

 

 息を荒らげ、地面に零れ落ちる血と汗を拭い、また死にかけたのにも関わらず立ち上がって剣を構える。凄まじい精神に【フレイヤ・ファミリア】の戦士達も肩で息をしている。

 

 前から襲いかかる戦士に気を取られては背後から迫る戦士に斬られる。前も後ろも警戒し過ぎては矢を躱す事が出来ない。ルージュは思考を加速させる。一々相手にするのではなく、受け流して次に繋げて相手の土俵から自分の土俵に誘導させる。

 

 右から矢が飛んでくる。紙一重で躱す。

 前から大槌が迫る。受け止めずに振りかぶる方向へ飛びながら直撃の威力を避ける。

 

 背後から剣が振り下ろされる。

 ルージュは素早く反応し、剣線に剣を置く。

 

 

「ぐっ!?」

「っし、よし」

 

 

 剣が鍔迫り合い受け流し、同じLv.3の団員の胴体にルージュの拳が突き刺さる。四方八方から攻撃し、駆け引きも読み合いもルージュより上、それだけ戦場で殺し合った団員の一人が駆け引きに負けた。それもたった半日で。

 

 

「(コイツは何だ……)」

 

 

 戦士の一人は戦慄する。

 死にかけて、何回も臨死体験をすれば精神が壊れかねない。敬愛する主神はそれを望まないから手加減するつもりではあった。だが、戦えば戦うほどに速くなり、技も冴えていく。手加減が出来ないほどに能力が上がっていく。魔力を断続的に消費し、身体の躍動から見てももう動けなくなってもおかしくないのに、明らかな消耗の中でその能力は飛躍しているようにも見える。

 

 否、これはもはや飛躍というより進化だ。

 

 一合一合の鍔迫り合いの中で、恐ろしい速さで登っていく。殺されては生まれ変わり、新しい自分を手にしては捨て、更に新しい強さを手に入れ、前人未到の領域までひた走るその速さに初めて怖いと一人は思う。

 

 

「「「「上々だ」」」」

「!」

 

 

 四つの声が聞こえた。

 

 

「僅か半日でここまで至るか」

「だがもうそれも終わり」

「此処からは休む暇すら与えない」

「絶望を叩き込んでやる」

 

 

 ルージュの顔が引き攣る。

 あっ、これ絶対に死ぬ奴だと直感で悟った。だが、それと同時に連携はあのネルガルの眷属より上な事を知っている。四人で隙のない超絶連携、噂通りなら更に強くなれる。何回殺されるかなど考えない。

 

 

「ハッ、絶望ねぇ…私は絶えず絶望してるよ……」

 

 

 だからこそ、ルージュは思いっきり啖呵を切った。

 

 

「自分で護り通す事が出来ない弱い自分に絶望してんだ……!手加減すんなよ【炎金の四戦士(ブリンガル)】!!」

 

 

 惨めな自分に絶望している。

 勝たなければ、強くならなければ振り切れないその絶望を噛み締め、ルージュは剣を突き出し、己より強大な力を持った同胞に挑む。

 

 

「言ったな」

「ああ、言った」

「その覚悟は称してやる」

「さあ死ね」

 

 

 立ち向かうルージュは叫びながら突貫するも、四人の連携に十秒も保たずに地面に転がされ、通算11回目の死を迎えた。

 

 

 ★★★★★

 

 

 今日だけで18回。

 私の臨死体験をした回数だ。その内14回は停滞の強制解除からの蘇生。私の全癒は魔力さえあれば血さえ元通りになるから長く戦闘出来たが、それでも血と汗を流した量は計り知れない。身体は重く、魔力も使い切り、幹部達は動けない私を尻目に陽が落ちたのを確認して『戦いの野(フォールクヴァング)』から居なくなっていた。因みに最後はヘディンさんの雷魔法に殺された。まだ痺れている気がする。

 

 

「クソッ……一回も攻撃が当たらないとか……」

「生きてますか」

「……辛うじて。でも疲労困憊と…全癒魔法使い過ぎて精神疲弊で動けない」

「全く……」

 

 

 話しかけられた綺麗な女の人にとりあえず返答する。そして装備が最早原型をとどめていない中、私を持ち上げて『戦いの野(フォールクヴァング)』を離れていく。

 

 いくら私が諦めないからって魔力は切れる。

 枯渇寸前になる前に『魔力回復薬(マジック・ポーション)』を貰って戦って、それをずっと続けていたせいか、口の中が苦い。水分補給の代わりに『魔力回復薬(マジック・ポーション)』を飲んでて変になりそうだ。

 

 

「えっと、貴女は?」

「ヘルンです。このまま風呂に行きます。血と汗でかなり臭いです。その状態で女神の前に立たせられません」

「……あの、風呂入るのはいいけど、動けないんですけど」

「脱がします」

「えっ」

 

 

 耳に届いたが、心に届かなかったようだ。

 思考停止して動けない所をヘルンさんは容赦なく剥いてきた。

 

 

「ちょ、ちょ、ちょっと待って!?いや風呂はしょうがないけど脱がされるのは」

「屈辱ならさっさと動きなさい」

「動けないって言わなかったか!?ぐっ!?バッキバキに関節が痛い!?」

「なら大人しく屈辱を受けなさい。大丈夫、女同士恥ずかしがる事なんてありません。ほら脱ぎ脱ぎしましょうね〜」

「い、いやー!?」

 

 

 この人絶対わざとだ!?

 抵抗するにも節々の痛みに身体が動かずに赤ちゃんプレイよろしくあっさりと剥かれ、羞恥心で涙目になりながら、ヘルンさんに抱えられて大浴場へと入っていった。

 

 そしてめちゃくちゃ広い大浴場のシャワー前に座らされた。何故か過程だけで涙が出そうだ。別の意味で心が折れそう。

 

 

「お嫁にいけない……」

「問題ないでしょう。貴女なら」

「……?どういう意味?」

「髪を洗いますよ」

 

 

 シャワーのお湯を浴びさせられ、動けない私は抵抗せずにただ座る。シャンプーが目に入らないように目を閉じ、ただ身を委ねると頭に手が置かれゆっくりと動き始める。

 

 

「うおお、きもちー」

「……変な声を出さない」

「すみませーん」

 

 

 いや本当に気持ちいい。

 上がった後に三割増で髪質が良くなってもおかしくない。いつも泊まっている宿の場合はシャワーのみだし。まあ設備と防犯面がいいからその分高いけど良い場所だし。

 

 

「ヘルンさんは侍女さん?」

「何故そう思うのです?」

「佇まい」

「まあ概ね正解です」

 

 

 この物腰の柔らかさといい、死闘中に覗きに来ては治癒士(ヒーラー)の手伝いしてたし。従者(メイド)っていうらしいけど、正解らしい。

 

 

「……辛くないのですか?」

「んぇ?」

「いや、殺されては治されて殺されて、私なら心が折れていた」

 

 

 普通は何回も殺されたら精神が壊れてしまう。

 18回は臨死体験して、心が折れていない事にヘルンさんは心配してくれている。

 

 

「……辛いっちゃ辛いけど、それ以上に悔しいな」

「えっ?」

「今まで頂天を知らなかった。現最強を知らな過ぎた。まだ知れてもないけど、幹部にすら一蹴されてる」

 

 

 私は多分まともじゃない。

 強くなりたいという渇望と負けず嫌いからあんな出鱈目なスキルが発現していた。だからだろうか、心が折れるより負けたくないという闘争心によって支えられている。

 

 

「だからこそ、やっぱり負けっぱなしは性に合わないからさ。悔しくて悔しくて、頭おかしくなりそうだけど」

 

 

 痛いのは嫌だし辛いし、怖い部分はある。

 

 

「ちゃんと成長出来てる。だから怖くても立ち向かえる」

「成る程、貴女は馬鹿だ」

「っ、ひっ…ひゃ!あははははははっ!?脇、脇は止めっ!?」

 

 

 そして明日は絶対に四ツ子の誰かに一太刀は入れる。シャンプーの泡が流されて身体が洗われる。手つきが良過ぎてくすぐったくて脇を触られた時、激痛が走りながらも笑いが止まらなかった。

 

 それが五分続いて私の残された体力は消費されてグッタリしていた。めちゃくちゃヒーヒーと口から疲れが漏れていた。ヘルンさんって結構ドSだ。

 

 

「……あと、一つ聞いていい?」

「何でしょう」

「ヘルンさん、()()()()()()()()()()?」

 

 

 何故か会ったことがあるような気がする。

 この形容し難くて、上手く言い表せないが、ほんの少しだけ()()()()()()()()()()()()。でもこの人は神ではない。

 

 

「なーんかどっかで会った雰囲気なんだよなぁ」

「初対面で、しかも大浴場でナンパとは。貴女は屑だ」

「ちょっと!?誤解すぎる!?」

 

 

 私に女色の趣味はない。

 というか、前もこんな展開があった気がする。泡を流し終えた瞬間に私はヘルンさんにアンダースローで風呂場に放り投げられた。

 

 

 

 





 
 フレイヤの交流やリースの話は次回。
 課題あるので少し投稿遅れます。
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第四十九歩


 八千字が消えた。泣きそうだった。
 絶望からエタろうかなと思ったけど頑張った。


 

 

 コンコンと寝室のドアをノックする。

 

 

「入りなさい」

 

 

 フレイヤ様の寝室に入る。

 凄い豪華だ。天幕付きのベッドなんて初めて見たぞ。その近くにはワインが幾つか入っていて、何というか女王様って感じがする。

 

 

「こんばんは、フレイヤ様」

「ええ、ヘルンに洗ってもらったの?」

「めっちゃテクニシャンだった。凄いねフレイヤ様の従者(メイド)さん」

「ふふふ。それは良かった」

 

 

 私の格好はヘルンさんが用意した寝巻きだ。

 蒼いシルク素材の寝巻きで着心地はいいんだけど、怖いくらいにサイズピッタリなんだけど。いつ測られた?

 

 

「寝室に呼ばれたけど、私は何を?」

「なんて事はないわ。そうね、寝る前に貴女の話を聞かせてくれないかしら」

「それくらいなら」

 

 

 アラビアンナイトだっけ、千夜一夜の物語。

 今日は私の身の上話になりそうだが、私の憧れの人の話をした。私が英雄を目指すきっかけとなった、あの灰色の女帝さんの話を。

 

 

 ★★★★★

 

 

「はあ!?エレシュキガル様、それ本当なんですか!?」

「事実なのだわ」

「それ、いつなんですか?」

「二週間後には『戦争遊戯(ウォーゲーム)』が始まる。発表は一週間後で準備期間に一週間。その間ルージュは【フレイヤ・ファミリア】で特訓中なのだわ」

 

 

 リースは顔が引き攣る。

 よりにもよって一番苛烈な所で特訓している。最強のファミリアの獰猛さだけならリースだって知っているが女神至上主義のあのファミリアに鍛えてもらえる経緯を知りたいくらいだ。

 

 

「それで、私の工房で何を?」

「依頼をするのだわ。最高の一振りを造る為、鍛治士とそして鍛冶場が必要なの」

「えっ、エレシュキガル様は鍛つ事が出来るんですか?」

「鍛つ事は出来ない。素材の加工は鍛治士の領分、私にはその力が無い」

 

 

 冥界で用意出来る檻などは神の力を使っていたから下界で用意する事は困難だ。だが、似たようなものを劣化版として生み出す事なら出来るはずだ。

 

 

「私が創って欲しいのはそれを生み出すだけのパーツ」

「因みに何を造ろうとするんですか?」

「魔槍よ」

「!」

 

 

 エレシュキガル自身、伝授する事がないと思っていた冥界の槍。

 

 

「正確には冥界の武具のコピー。『赤雷の槍檻(メスラムタエア)』の製造よ」

「冥界の武具、ですか?」

「冥界ではありふれていた防護機構の一つなのだけど。地上で神の力を使えない。だからパーツが必要なの」

 

 

 冥界の赤雷は雷とは訳が違う。

 相手を焼き滅ぼす程に強力な雷は地上で使えない。劣化版でさえ、その強力さ故にエレシュキガルでさえ、下界で生涯伝授する日は来ないだろうと思っていた。

 

 赤雷の魔槍は細かいパーツやそれに見合った魔力の配分など様々な力をパズルのピースのように組み立てなければならない。難易度だけなら第一級特殊武器の更に上だ。

 

 

「だけど、作って欲しいのはあくまで剣」

 

 

 いきなりルージュが槍を使う事は流石に難しい。

 だから、既存の方法では駄目だ。その知識を糧に槍ではなく、新しい剣をエレシュキガルは望む。

 

 

「依頼は私が教えた製造法を基に新たな剣の製造」

 

 

 未知の領域の挑戦。

 エレシュキガルがリースに依頼するのは、この武器はリースにしか造り出せないと思っているからだ。鍛冶神ヘファイストスやゴブニュでも椿ですらなく、リースにしか出来ない技術。

 

 

「そっか、回路」

「そう。【神秘】の力を持つ貴女しかそれは生み出せない」

 

 

 ヘファイストスやゴブニュ、椿でさえそれが出来ない。

 発展アビリティである【神秘】を利用し、剣に回路を埋め込み、魔力を効率良く逃し自壊させない剣。それが一番上手く出来るのはリースなのだ。

 

 だが、槍ではなく剣の挑戦。

 冥槍ならまだしも、剣を造れるのかエレシュキガルでさえ全く予想がつかない。

 

 

「……分かりました。依頼は引き受けますが、材料は?」

「ヘルメスに頼んで調達してもらったのだわ。値段は結構したけど払えない額では無かったし」

 

 

 元々、フェルズの依頼の時から貯金はしていた。

 負ければ全て失うなら出来る事はやっておいた方がいい。その為なら貯金を惜しまない。材料費だけで貯金の五割は切ったが、他の装備とかを考えるなら嵩張らない為に用意するのは一振りだけだ。

 

 

「因みに、戦争遊戯では何を賭けたのですか」

「私と、ルージュの全てなのだわ」

「っ––––!」

 

 

 予想以上に重い要求だった。

 負ければ全部失うと同義だ。だからルージュを勝たせるだけの剣を依頼しているのだ。何があったのかは問わない。鉄を怒りや邪な気持ちで鍛つ事をすれば、武器もそれに伴うようになる。

 

 

 

「分かりました。依頼、任せてください」

「お願いするのだわ」

 

 

 炉に熱が篭る。

【鍛冶】の発展アビリティを手に入れ、新しい剣の二代目を終えた次は全く新しい剣を鍛つとはリースと思わなかったが、聖剣を超える剣を鍛つ事を目標とした以上、滾らない筈がない。

 

 今出来る全力を、エレシュキガルと共に造り始めた。

 

 

 ★★★★★

 

 

 

 早朝、フレイヤ様の顔が目の前にあって驚いた。

 話している途中で寝落ちして、フレイヤ様に抱き締められて眠っていた。これ後で幹部に殺されるんじゃ……怖いから考えるのを止めた。

 

 あと、めちゃくちゃ柔らかくて包容力が凄い。女として自信を無くしそうだ。比べるものではないけど。

 

 朝食を軽く済ませて、エレ様が訪ねてきてステイタスの更新をすると直ぐに出ていった。リースに用事があるらしく、武器の依頼でもするのかなと思いながら装備を整えつつ、エレ様が更新してくれたステイタスを見る。

 

 【フレイヤ・ファミリア】で泊まっているけど、不自由さはない。戦いの苛烈さだけはかなりあるけど。

 

 

–––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––

 

 

 ルージュ・フラロウワ

 

 Lv.3

 

 力:I0 → G261

 耐久:I0 → E402

 器用:I0 → G299

 敏捷:I0 → F351

 魔力:I0 → G298

 

 神聖:B

 耐異常:I

 

《魔法》

【ソニック・レイド】

・加速魔法

・詠唱『駆け上がれ蒼き流星』

 

 

【フロート・エクリエクス】

・全癒範囲魔法

・任意で『魔防』『対呪』の付与

・付与時、精神消費増加。

・詠唱『紡がれし命をここに、永遠に輝く(ソラ)の星よ、汝の名に基づき力を振るう事を赦してほしい。(ソラ)より来れ星の加護よ、穢れを祓う聖光を纏い、巡れ我が白き箒星よ』

 

 

【スター・エクステッド】

・連結詠唱

・魔法、及び発動中スキルの収束実行権

・収束範囲に停滞属性を付与

・停滞維持にて精神力消費

・願いの丈により効果増幅

・詠唱『集え小さな星々の願い』

・【解放鍵(スペルキー)】『突き進め(エイルス)

 

 

《スキル》

反骨精神(リバリアス・スピリット)

・早熟する

・対抗意識、宿敵意識を持つほど効果向上

・逆境時に全能力に対して損傷吸収(ダメージ・ドレイン)を付与

 

 

星歌聖域(ホーリー・サンクチュアリ)

任意発動(アクティブ・トリガー)

・精神力消費

・歌唱時、自身を中心に『聖域』を構築

・【精霊同化(スピリット・クロス)】発動中、無条件の聖域解放

 

 

精霊同化(スピリット・クロス)

任意発動(アクティブ・トリガー)

任意召喚(アクティブ・コンセプション) 

任意帰還(アクティブ・リバース)

階位昇華(レベルブースト)

・発動中、精神力及び体力大幅消費

・精神力超消費にて精霊魔法行使権

・発展アビリティ【魔導】【共鳴】【祝福】の発現

・現在同化中【トワ】

 

 

––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––

 

 

 

「……凄いな」

 

 

 一日で上がる中では一番じゃないか?

 耐久が抜きに出ているのはそういう事なのだろう。魔力も絶えず消費しながら集団で襲い掛かる戦士を相手にし、負ければ臨死から再挑戦。

 

 うん、我ながらヤバいな。

 勝つ事に執着してるだけで戦闘狂とかそんなタイプでは無い……と思いたい。

 

 

「エレ様、三日は来ないとか言ってたけど」

 

 

 詳細はよく知らないが、リースに新しい武器の注文を依頼したらしい。それも冥界の女神エレシュキガルにしか造り方を知らない武器をリースに教える為に……

 

 

「……まあ、今は仕方ないのか」

 

 

 エレ様も私の勝利の為に動いている。

 変に気を遣って鍛錬が疎かになるのはエレ様も望む所では無いはずだ。

 

 

「よし、やるか」

 

 

 とはいえ、地獄に足を踏み入れるのは想像以上の苦痛でもある。強くなりたいと言ったのは私だが、今日は何回死ぬのだろうか。

 

 ……考えたくないな。当たって砕けるしかない。

 

 

 ★★★★★

 

 

「がっ……!」

 

 

 銀の槍が私の脇腹を抉る。

 急所に近く、破壊されたらヤバい所だろうがお構いなしに目の前の猫人(キャットピープル)は振るってくる。

 

 

「オラ、さっさと回復しろ」

「クソッ……『突き進め(イレイス)』」

 

 

 速過ぎて見えない。

 心臓が貫かれてないだけマシと思えている時点で考えが麻痺してるのかもしれないが、修復して再び魔法を停滞。

 

 

「(スピードで確実に負けてる)」

 

 

 初めての経験という訳ではないが、此処まで隔絶した差がある敵と戦うのは初かもしれない。特にあの槍捌きに加え、脚の速さ。都市最速の称号を持ち、敏捷に至っては【猛者】と引けを取らない。

 

 

「(瞬きしたら一瞬でやられる。だけど、攻めたらカウンターは余裕だろうし)」

 

 

 受けか、攻めか。

 どちらにしても殺される二択に涙が出そう。受け流してカウンターを狙うか?それとも強引に攻めて相手のペースを崩すか?

 

 

「迷い過ぎだクソチビ」

「っ」

 

 

 手加減されているとは言え余力だけならLv.5クラスで迫られ、剣で槍を弾いた所で逸らす事さえ出来ず、肩を抉られる。激痛に涙が出そうだが、構えは崩さない。

 

 クソったれ、どうやったらあの化け物から隙を作れるっていうんだ。動き回ろうが守りに徹しようが隔絶した速さに轢き殺される。

 

 

「んあ?チッ、時間だ」

「えっ?まだ昼じゃ」

「飯」

「あ、そっか」

 

 

 銀槍を下ろして去っていく副団長さん。

 昼飯の時間、少しとはいえ休憩が入る。肩を修復し、疲労のまま地面に座り込む。

 

 

「(どうやったら隙を作れる?)」

 

 

 あの時と同じ感覚だ。

 間合いに入れば負けると思わされる殺気と同じものを感じた。あの女剣士に勝てなかったのも、陣に踏み込めば負けると錯覚させるほどに死のイメージを感じてしまったからだ。

 

 踏み込む時にあれこれ考えてはそれが隙になる。打開策を考えて頭を悩ませるが浮かばない。

 

 

「ん?どうしたのトワ」

 

 

 フワリ、と前に現れるトワ。

 魔力がいつもより消費されて出てきた。今気づいたけど、ちょっと大きくなった?

 

 

「て、だして」

「……えっ?––––っ!?喋った!?」

 

 

 いつも念話で口には出さないトワが喋った。念話でも共通語は喋れず、エルフの言語でよく喋る事が多かった。私はエルフの言語は送られてくる歌で覚えていたから問題なかったけど。つーか、喋れたのか。よくよく考えたら精霊って喋れるだろうけど、トワはそんな様子はなかったし……

 

 

「らんくあっぷ、から…ちょっと、だけ」

「ランクアップ…器の昇華か!そっか、同化してるから」

 

 

 トワと私は同化しているなら成長している。

 器の昇華と共にトワも今まで以上に力を増している。今まで念話で考えそのものを伝えていたけど、共通語(コイネー)で喋ったのは初めてだ。幼体だったから成長するのも当然か。

 

 

「ちせい、あがって…コイネー、ちょっと、いえる」

「精霊も成長出来るんだね。えっと、手?」

 

 

 手を出すとトワが手を重なる。

 ランクアップから少しデカくなった気がする。そんな事を考えていると頭の中に映像が流れる。

 

 

「かつての、えーゆうみたいなうごき」

「……なるほど」

 

 

 イメージが流れてきた。

 槍に対しての動き方、()()()()()()()()()の精霊が契約していた戦士の動きが少しだけ読み取れた

 

 かつての英雄は神々の恩恵を持たない古代の戦士。

 神々が遊びに来る前、精霊と契約し超越した力を手にしていたが、それは神々の恩恵には劣る。誰もが英雄の資格を得られるだけの力を授かるからだ。

 

 それでも尚、『大穴』の侵攻を止めた一騎当千の英雄。今じゃ考えられない程に泥臭くて、動きも遅いと感じるのに。

 

 

「凄いな」

 

 

 目を惹かれる。

 昼休憩が終わるまで、流れ込むイメージに目を瞑り、私は剣を振るってみた。

 

 

 ★★★★★

 

 

 午後、再び戦いが始まる。

 副団長アレンとルージュの一騎討ち。他の幹部や団員は外野から見ている。剣と槍が交差する。鍔迫り合いの中、加速していく戦闘に詠唱を紡ぐ。

 

 

「『駆け上がれ蒼き流星––––【ソニックレイド】!!」

 

 

 一段階の加速、アレンに対抗するだけの速さはない。

 だが、身体を更に早く動かせるだけでこの魔法に意味がある。銀の槍の突き、ルージュの反応速度では回避は不可能。

 

 回避出来ないなら致命傷を避ければいい。

 

 

「!」

 

 

 ルージュの籠手が銀の槍を滑らせ突きを逸らす。

 肩を掠ったが、動きを封じる程のものではない。薙いでくる槍を手首の回転で軌道を逸らし、間合いを詰める。

 

 

「甘え」

「ぐっ……!」

 

 

 ミキッ、と骨が軋む音が聞こえた。

 だがそれと同時に胴体に入る蹴りがルージュの腕で防がれている。踏ん張り、ルージュは吹き飛ばされながら身体を回転、遠心力から『影淡』を投擲。しかし、それも反応され銀の槍に『影淡』は砕かれる。

 

 『影淡』が砕かれた一瞬で再び間合いを詰める。

 右手の『七星剣(グランシャリオ)』と槍が火花を散らす。力の押し合いでルージュは押し負ける。

 

 

「はああああああっ!!!」

「っ!」

 

 

 押し負けるならその膂力さえ利用する。

 左脚を軸に身体を回し、腰に据えた『緑刃』を左手で振るう。

 

 その攻撃はアレンの胴体に吸い込まれるように捉え、あと一歩の所でアレンは後退し刃を躱していた。

 

 

「ハァ、ハァ……クソッ、惜しい!」

「マジか…」

 

 

 アルフリッドは目を見開いていた。

 他の幹部も驚愕の表情を浮かべている。攻撃は当たっていない。ルージュはダメージを与える事は出来ていない。

 

 だが……

 

 

「アレンが、()()()

 

 

 攻撃する時はまだしも、ほぼ一歩も動かずに攻撃を捌く事しかしていなかったアレンが後退した。Lv.3とLv.6。隔絶とした差があるにも関わらず、ほんの僅かにルージュがアレンを押した。アレンに回避される選択を取らせただけでも驚愕ものだ。

 

 

「(出来た……けど難しいな)」

 

 

 敵の力を利用する戦い方。

 弾かれたのならそれを応用して身体を捻る力に変換。回避出来ないなら致命傷を避け、間合いを詰める戦い方。格上に対しても長く戦うために相手の隙を作る動きをやってみたが、まだ動きが雑、イメージとは離れている。

 

 

「ハァ……うわっ、『影淡』がポッキリ逝った」

 

 

 砕けて修復が不可能なくらいに『影淡』は壊れていた。

『緑刃』もそうだが、予備はそろそろ今のルージュのレベルに合わなくなっている。ルージュのレベルでは使い潰すのが早過ぎてしまうだろう。籠手の『煉甲』も主武器(メインウエポン)の『七星剣(グランシャリオ)』も大分傷付いている。

 

 

「チッ、武器替えてこい」

「えっ、今から?」

「専属に依頼でもしやがれ。テメェは戦う時に素手で戦う気か間抜け」

「それもそっか」

 

 

七星剣(グランシャリオ)』の整備は必要。

 戦う前にリースに預けないといけない。戦争前に摩耗して折れたらそれこそ一大事だ。ルージュは戦いを抜け出し、リースの鍛冶場に向かった。

 

 アレンは戦いの中、僅かに動揺した。

 ルージュの技は未完成、弱い上に遅い、経験が足りない。

 

 

「(未完成であのレベルなのかよ……クソが)」

 

 

 それでもその成長曲線は自分より上。

 その才能に苛立ちを覚えた。幾らなんでも速すぎる。文字通り進化しているようで、追いかけられているようなそんな感覚に内心舌打ちを溢す。圧倒的な差がある。時間と経験という絶対的な差が存在する。

 

 それがあっという間に呑み込まれていく。

 追いかけられて追い抜こうとしている存在が貪欲に喰らっていく。その才能を妬ましく思った。

 

 



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