累積経験値10万を超えた私の乙女ゲー攻略日記 (楠ノ桶)
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1章 —
1話 攻略不可ってね


小説家になろうにも投稿中です。


「クリアしたけど、全然親密度上がらない……」

 

 

 

恋愛シミュレーションゲーム、【悪魔の君に恋してる】をやり込み裏ルートもクリアした。

 

けど、何も変わらない。

 

 

 

「ぶっきらぼうなままだし、私のことも名前で呼んでくれないし、何、これ! バグ⁈ バグなのかなぁあああッッ⁈」

 

 

 

黒髪の少年は私が操作するキャラクターから去って行く。

 

 

 

「何、なんなの。君に恋してるって、恋して終わりってこと⁈ 誰得なの!」

 

 

 

目前のモニターを睨みつけ、運営に悪口を言うも当然意味はない。

 

むしろ、必死に貯めてきた経験値が嘲笑うようにも思えてくる。

 

 

 

「親密度これだけ上げたのに、まだダメなの。いくら親密度無限だからって、他のキャラクターだったら1000回以上はハッピーエンドに行けるのに」

 

 

 

ゲーム画面の右上にはこれまで貯めた経験値が虹色に輝いている。

 

それは毎日数十時間注ぎ込んだ愛の結晶である。

 

 

 

「経験値が10万なのに、進展ないって、嫌がらせ!」

 

 

 

――まさか運営もモブキャラとして登場させたキャラクターにここまで本気になる女性が現れるとは思ってない。

 

そもそも、経験値が10万なんてバグに近い。

 

本来は経験値100で自動的にハッピーエンドに行く。

 

だから運営にとって100以上親密度を上げるプレイヤーは想定外だ。

 

まさか一周で親密度が数ポイントしか伸びないおまけのモブのサイドストーリーなんて用意しているわけもなかった。

 

“つまりは、この女性

 

……何千回何万回このゲームを周回したのか

 

――ひくわ、流石に引くわー“

 

 

 

「もう一回だけ……。今度こそ裏ルートに行けるはずっ!」

 

 

“またもやガセ情報を信じてループする。

 

 

 

あまりにも愚かだと思う。

 

けど、ちょうどいい実験体かもなあ“

 

 

 

「もう無理、こんなアホ。私だったら簡単に落として見せるのに。ヒロイン失格よ! もういい」

 

 

 

女性はコントローラをクッションに投げ捨てその場を離れて行く。

 

神様を信じてない女性は哀れなことに気づかない。

 

全てを見ていた神が居たことも、そして哀れな実験体に選ばれてしまったということさえ。

 

 

何かも気づかず、この世界から焼失させた。

 

“痛みはあるけど、別の世界で生きられるからセーフだよね”

 

そう言い残す神の声は少女に届くことなく、虚空へと消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

眼が覚めるとそこは知らない部屋だ。

 

紅い絨毯がソファをグルリと囲むように轢かれ、宙を見上げると眩い虹色のステンドグラスが広がっている。

 

……。……?

 

 

 

「これって、なんなのかなあ」

 

 

 

子供のように拙い言葉が空間に響く。

 

知らない声だが、自分が言おうとした言葉と同じだ。

 

 

 

「炎はどこ、あれ……」

 

 

 

先ほどまで、私を苦しめ続けた炎は見えない。それに、焼かれた身体も傷一つ残っていない。

 

何かがおかしくも、ほっと安堵する。

 

 

 

「何がおきたのかな」

 

 

 

訳もわからず呆然としてしまう。

 

痛みが無いのは嬉しいからいい。

 

問題は目の前の光景が見た事のある場所とそっくりだからだ。

 

 

 

「ファナリア王女さまの、部屋にそっくり」

 

 

 

何千回もクリアした、恋愛ゲーム「悪魔の君に恋してる」とシチュエーションが同じだ。

 

確か、主人公が目を覚ますとこんな光景が広がっていて、その後は。

 

 

 

「――お目覚めですか、レミリア様」

 

 

 

10代前半程の金髪ロールの少女がドアを開き駆け寄ってくるのだ。

 

こんな風に涙を浮かべた少女が。

 

 

 

「……レミリアさま」

 

 

 

涙ぐみ、私に抱き着く少女。

 

その姿は一枚絵で何前回も見た絵だ。そして、言うのだ。

 

 

 

「私のせいです。私が、後ろから声をかけたばかりに……。すみません、レミリア様」

 

「貴方の誠意を受け取ります。ですから、頭を上げて。それと、フィアナを呼んできてちょうだい」

 

「は、はい。レミリア様」

 

 

 

少女は私の命令に、急ぎ足で廊下を掛けていく。

 

この光景も知っている。

 

そう、ゲーム序盤。

 

主人公がベッドで寝込む光景。

 

まさにそのものだ。

 

 

 

だが、それを思うと主人公フィアナではなく、姉のレミリアになったようだ。

 

――レミリア・ヴァーシュピアに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これは“裏ルート”だ

 

“悪魔の君に恋してる”は乙女ゲームとして珍しいダブル主人公だ。

 

ざっくりと説明すると、主人公は姉妹。

 

妹ルートはいきなり聖女として目覚め、それを境に王族たちと夢のような日々が始まる。

 

 

 

一方、姉ルートでは勘違いの連続で魔女認定を受けてしまい、最終的に魔王の城へと追いやられる。そして、“魔族と恋している(笑)”が始まるのだ。

 

運営ですら、悪魔ルートに関して話の構成上作ったおまけにすぎないと公言している。

 

聖女の目的である、魔界の制圧。それの引き合いに出されるだけで、実際に主人公である聖女が戦争を仕掛けることもない。ただただ数百年後の子孫たちのエピローグで、滅びた国として1文出るだけだ。

 

それに悪魔ルートでは、容姿端麗な少年が一人しかいない。

 

他は動物が悪さをしましたと言わんばかりに、魔族っぽいキャラが大量に登場する。

 

 

 

勿論、恋愛感情を抱くこともない。

 

最終的に、聖女の婚約者である王子率いる軍隊に魔王は亡ぼされる。

 

どの選択肢を選んでもラストが覆ることはない。

 

そして、魔女認定を受けた主人公も一緒にやられる。

 

まさに、バッドエンド。

 

誰もが、馬鹿にしているのかと、開発陣に文句を言い続けた。

 

なぜ、悪魔の少年とは恋愛できないのだと。

 

それに対して、開発陣は“ルートは存在する”と言い切った。

 

そして、それが嘘だと私は知っている。

 

何千回と繰り返し、流石に悟った。このゲームに少年ルートは存在しない。

 

開発陣が追求から逃れるためにこぼした酷い嘘なのだと――

 

そして、それを知っているからこそ何もかも手遅れだ。

 

この後に起きる出来事を全て知っていてもどうにか……

 

 

 

……。私、私なら――どうにかできる――かも……?

 

何もかも、選択肢を知り尽くしている。

 

ハッピーエンド、バッドエンド全ての攻略は100%にした。

 

親友から、歩く悪恋辞典と称された程に熟知している。

 

それこそ、開発陣にすら劣らぬ程に。

 

今の私は未来を全て知っている。何を選べば、どうなるかそれが分かる。

 

そして、どの選択肢を通っても全てバッドエンドに繋がることも――

 

だけど、一つだけ手段があるかもしれない。

 

このルートの悪手は魔女認定を受けて、魔界に追いやられるからだ。

 

だったら、方法は一つだ。

 

決められた結末を逆手に取る。

 

 

――魔界に行くしかない。魔女認定される前に!



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2話 魔女認定ってね

魔女認定。

 

それは奇跡と呼んでも差し支えない程に稀だ。

 

条件はとても厳しい。

 

 

 

一つ目、貴族の血筋であること

 

二つ目、魔法適正が世界でも有数のトップであること

 

三つ目、全ての魔法適正があること

 

四つ目、攻撃魔法しか使えないこと

 

五つ目、女性であること

 

この全てを満たす必要がある。

 

 

 

一見すると、厳しい条件だ。だけど、この身は全てを満たしてしまう。

 

貴族だし、魔法適正が歴史上の英雄に引けを取らないし、全ての魔法を使えるし、攻撃魔法しか使えない。

 

それが、主人公の姉だ。

 

そして、攻撃魔法に至っては数百人にも及ぶ魔力と並び立つ。魔術防壁というカギが無ければ、どちらが魔王か分からない。

 

だけど、欠点があったはずだ。

 

確か、使いすぎると、体中から炎が走り燃えてしまう。

 

それこそ、火だるま——思わず、前世の死に際の光景が脳裏によぎる。

 

あれは、思い出したくもない。

 

とりあえず、何でゲームのキャラになってしまったかは分からない。

 

もしや夢を見ていると思ったが、冴えた思考を通してみた光景はリアルだ。

 

とても、夢の中とは思えない。

 

とりあえず、こちらで生きるしかないのでしょうね。

 

元の世界に帰れるかしら————まあ既に身体は燃え尽きているかもしれないけど

 

 

 

 

 

 

豪華絢爛な白亜の城。

 

それがレミリアとフィアナが住まう豪邸です。使用人は数十人雇う程には裕福な貴族でもあります。王立国家ユユイに住まう民を取りまとめる貴族の中でも有数の名家。

 

私が転生したレミリアの肩書は重圧です。

 

これがゲームなら、好き勝手に城を歩き回り物色するのですが。

 

 

 

「レミリア様、おはようございます。本日の日程ですが——」

 

 

 

傍付きの少女が丁寧に本日やるべきことを伝えます。

 

手元の手帳を見ると、細かい文字がびっしりと埋められています。

 

 

 

「ああ、パス」

 

「御冗談を……冗談ですよね? えっと、え?」

 

「半分はそうかも……ああそうだ、魔法の訓練は省いておいていいわよ」

 

「ええっと?」

 

 

 

私の発言を聞いて、少女は目を丸くします。

 

手帳に書いてある魔法は初歩の初歩。今の私には幼稚すぎる。それこそ、5時間も練習するなんて馬鹿馬鹿しい。

 

 

 

「その魔法なら全て使えるの——だから、不要よ」

 

「本当ですか? レミリア様が天才であることは十分に理解しておりますが——初めて魔法を使うのですよね?」

 

 

 

あれ?

 

レミリアって、魔法の天才よね?

 

てっきり、全ての魔法を扱うことくらい知られていると思ったのに。

 

 

 

「魔法って、これよね?」

 

 

 

人差し指を空中に走らせ、とある魔法式を描きます。

 

魔力で紡がれた糸は地に落ちることなく、その場で輝きます。

 

 

 

「“フレア”」

 

 

 

糸に強力な魔力を込めます。

 

天に輝く太陽をモチーフにした火炎球が浮かび上がり、周囲が仄かに暖かくなります。

 

 

 

「た、太陽……!」

 

「“フレア”——手帳に書いてある、炎系統の最上位術よ……正直に言って、その程度の魔法なら学ぶ必要が無いわ。そもそも、そこに描かれている魔法術式には無駄があり過ぎる。この燃えるって言葉を、火炎にするだけでも効率化されるわけ」

 

 

 

だてにゲームで数千もの魔法を作り出した訳ではない。

 

ゲーム開発陣から“廃魔女”と呼ばれていたのだ。それこそ、ゲーム内の新規魔術として数百個増やすことに成功している。

 

思えば、人工知能が作り出したUIの一つ、“術式解体”による魔術の創造が出来たのは斬新だったなあ——まあ、それでも転移魔術は無かったのだけど……

 

 

 

「お、お嬢様……天才ですか?」

 

「——今頃知ったの……? だから魔法講義はキャンセルしといてね。私、他にやることがありますので」

 

 

 

魔界に行くためには、“竜の滝壺” “天空の豪雨” “地の轟音”と呼ばれる迷宮を通る必要がある。ゲームでは魔王自らレミリアを引き取りに来たため、簡単に通れた。

 

だけど、自力で通るとなると、不可能に近い。

 

どれも令嬢一人で通れる程に優しくないのだ。

 

だからこそ、転移魔法で一瞬にして行こうと誰もが考えていた。

 

——まずは図書館で情報収集ね

 

この世界の魔法を極めるとしましょうか

 

 

 

 

 

 

傍付きに案内されたどり着いた先。

 

そこには、学校の図書室ほどの空間が広がっています。私の背の何倍もの本棚がずらりと並び、そこには魔術書が所狭し鎮座しています。

 

 

 

「これは壮観ね……ゲームだと、一枚絵しか無かったけど、実際にはこんなに広かったのね……ただ、探すのは骨が折れそうね」

 

「——レミリアお嬢様、何かお探しですか?」

 

 

 

と、傍付きが訪ねます。

 

特に目星を付けてはいませんが、やる気に満ち溢れた彼女を無視するのも可愛そうですし。

 

 

 

「そうね、星雲魔術に関する書籍をこのテーブルに集めてくれる?」

 

「星雲魔術ですね、分かりました」

 

 

 

星雲魔術。

 

“天空の豪雨”を通る際に、役立つと開発陣が初期のインタビューで答えていた。

 

何でも、星雲と呼ばれる、幻想的な雲々を払うのに使えるらしい。

 

 

 

「星雲ね——この世界にも、同じような星々が広がっているのでしょうか……?」

 

 

 

太陽は同じ。

 

だが、月、火星といった惑星があるのか分からない。世界が違うのだ。星座ですら、呼び方が違う可能性がある。

 

なんせ、オリジナル言語をゼロから造った開発陣だ。その程度の一つや二つ、何も考えず適当に設定を与えてそうだ。

 

 

 

「星雲って確か天体よね、チリやガスが集まってできた……」

 

 

 

かつてネットサーフィンで集めたぼんやりとした知識を思い出す。

 

だけど、詳細は思い出せない。

 

そもそも星々に関する魔法って少ないのよね——フレアやムーンの他に何があるのか、私ですら見つけられなかった

 

——とにかく、まずはこの世界を知ることから始めよう



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3話 妹が魔女ってね

私には姉が居ます。

 

私より容姿端麗で誰もが姉さまを称えます。

 

 

 

「ほんと、私とは大違い」

 

 

 

ただただ羨ましい。

 

私より才能がある姉さまが――同時に好きでもある。

 

こんな才能無しの私に対して優しく接してくれる。

つい先日も、魔法で悩んでいた私にアドバイスをしてくれた。

 

 

 

 

 

『燃焼効率を上げるためには風を送るのがベストね。だから、風魔法と炎魔法を複合させるの。簡単でしょ?』

 

 

 

 

 

それに対して、私は頷くしかなかった。

 

あまりにも見ている景色が違いすぎる。私が数十年経っても理解できないことを姉さまはいとも簡単に言う。

 

 

けれどその日は特に違っていた。

 

誰もが言葉を失ったのだ――魔界に行くと聞かない姉さまの姿に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

可笑しなことになりました。

 

私が思いつく最善の手、魔界に行くことを口走った途端に周囲の目が変わりました。

 

どうせ、いつか追放されるんです。それが早いか遅いかの違い。

 

けれど、これはゲームの世界を知っている私だから理解できること。

 

それを失念していました。

 

可愛らしい令嬢がいきなり敵国の王城に乗り込むなど聞けばそうなるのは当たり前なのに。

 

それすら気が付かないほどに、ゲームの世界にきて浮かれていたのかもしれない。

 

 

二次元で見た、キャラが目の前にいることに。

 

結論から言うと、幽閉状態になりました。

 

唯一の窓には鉄格子がガッチリと嵌められ、扉の外には数人のメイドが入れ替わりで見張っています。

 

それに、妹であるフィアナに至っては私のすぐ傍で本を読んでいる。

 

まさに、牢獄。

 

 

 

「はあ、可笑しな話ね」

 

「姉さま、私の魔法構築論で変なところがありましたか?」

 

 

 

と、思わずため息を吐くとフィアナが不安そうに私を見つめる。

 

手元にあるフィアナが考えた魔法論に不備があったのかといわんばかりだ。

 

 

 

「いえ、今の所は大丈夫よ。魔法式に不足しているところもあったけど、発動自体は影響ないから」

 

 

 

ゲーム内で数千もの魔法式を作り出してきた私にとっては、この程度の魔法など一目で不足分が見つけられる。

 

これらはゲームで、少年に会うために転移魔法を探すときに知ったのだ。

 

 

 

「フィアナの作る魔法式は美しさを重視しすぎよ。ここなんて、同じ意味が重複しているわ、炎も火炎も本質的な意味は同じよ。威力を使い分ける為なら使い道はあるけどね」

 

 

 

 

 

魔法。

 

その構築式は、日本語で紡がれる。

 

そして、その全ての魔法を知っているのだ。だてに数千回ゲームをクリアしたわけではない。

 

どれかの魔法が少年へのカギの可能性を捨てきれなかった私は全ての魔法を覚えた。

 

勿論、ゲーム内の話だが。

 

コンプリートした知識が今の身に全て受け継がれているみたいだ。

 

だから、フィアナが勉強中の魔法ですら、もっと簡略化できるのにと思ってしまう自分が居る。

 

 

 

「流石、お姉さまです。それに比べて私は……」

 

 

 

フィアナが悲しそうに下を見つめた。

 

だけど、後に聖女認定を受けるから心配など無用なのにね。

 

 

 

「大丈夫、貴方には私にはない白い光があるの」

 

「ありがとう、お姉ちゃん」

 

 

 

貴族らしからぬ発言だが、フィアナは気に留めない。

 

どうやらレミリアは貴族として地位はあるが、言葉遣いに気を付ける必要はないみたいだ。

 

普通に丁寧に話していれば、大丈夫かな。

 

 

 

「私、いつかお姉ちゃんに追いつくね」

 

「フィアナなら成れるわ、歴代最高の聖女にね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レミリアとなり、一年が過ぎました。

 

その間、妹に魔法を教え続けていたら、いつの間にかに私と同じくらい凄い魔法使いになっていました。

 

それに、何故か魔女認定と聖女認定を妹が受けました。

 

聖女なのに魔女。

 

この二つがあることで、周りも対処に困っているようです。

 

当の本人は、『お姉ちゃんが敵対しなければ、大丈夫よ』と強気ですが……いえ、確かに今の妹を牢獄に繋げるのは私しかいないかも。

 

あの子って、弱い魔術なら打ち消すし――物理攻撃もバリア?で防ぐのよね。

 

チート令嬢ってまさにフィアナを言い表す為の言葉ね。

 

 

 

 

 

「……レミリア様、こちらです」

 

 

 

 

 

と、侍女の案内の先、そこに妹が居ました。

 

一年の間で、背は伸び、私とほとんど変わりません。この調子だと追い抜かれそう。

 

そもそも、ゲーム内でレミリアは156cmでフィアナは160cmだから当然だけど……

 

少しばかり嫉妬するなあ。

 

 

 

「久しぶりフィアナ、これお願いされていた魔導書よ」

 

「ありがとうお姉ちゃん、これで転移魔法の研究が進むよ」

 

 

 

大量のメモが壁中に張られています。

 

その中には、私ですら見たことが無い魔法もありました。

 

だけど、複雑に書かれている割に効果はしょぼい。既存魔法を改良していると起こりやすい重複個所も多い。これは改善できるなあ……

 

 

 

「これ防御魔法ね、術者の魔力量で強度が変わるっていうことは、フィアナが使えば無敵かしら」

 

 

 

私は防御魔法を使えない為、フィアナが羨ましい。

 

まあ、ゲームの設定だから仕方がないけど。

 

レミリアは魔力を放出することに長けている。だが、魔力を纏うことは不得意だ。

 

疑似的に体近くに魔法を重ねることで防御するのが限界だ。

 

 

 

「そうですよ、流石はお姉さまです」

 

「そうでもないわ。私は誰もが使える魔法は生み出せないから」

 

「何を言うのですか! お姉さまは、古の魔語を読めるじゃないですか。私にはとても読めません……」

 

 

 

――この世界には日本語という言葉はなかった。

 

平仮名はあるが、漢字という概念が無い。見たこともない文字――なぜか理解できる――が主流だ。それこそ、漢字に比べて各文字数が多すぎる。

 

だから、私が日本語で魔法を作っても、誰も中身を読めないし、理解もできない。

 

昔、妹に火炎と炎は同じといったが、それすら伝わっていないことを最近知った。

 

この世界では、炎と火炎は別の文字列で、本質的な意味が違うものと捉えられていることも。

 

 

 

――ゲームの開発陣曰く、“ゲームには登場しないがオリジナル言語を創ったよ。だけど、開発陣ですら理解しがたいので登場はしません”と明言していた。

 

恐らくはこれがその言語なのだろう。

 

どういう原理で、ゲームの世界に来たかは未だに分からない。

 

こちらが現実で、“鏡沙織”が居た世界こそが夢の中だったかもしれない。

 

それくらい、現実が分からなくなっている。

 

過去の記憶はある。だけど、それが他人のものだと日々思うようになっていく。

 

これは、世界の矯正力なのだろうか?

 

それとも、夢の記憶だから?

 

 

 

――唯一分かるのは、この世界には私の初恋の相手が居るということ。

 

そして、妹が敵対する可能性が高いということだ。

 

だけど、魔女認定を妹が受けた時点でゲームとは異なるストーリーだ。

 

勿論、隠しルートがあったという可能性や続編が出来たってこともありえる。

 

 

 

「八方塞がりね。何もか、分からないことだらけ。これで、あの方にお会いしてもいいのでしょうか」

 

 

 

思わず、声が漏れてしまう。

 

初恋の相手、あの少年に早く会いたい。

 

言葉だけじゃ、伝わらないなら、行動で示したい。

 

“私はカナタが好きです”――と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妹に荷物を届けた後、王宮内の図書室に訪れる。

 

妹が借りたい本を探していると、見知った顔を見つけた。

 

 

 

「久しぶりです、レミリア嬢」

 

「はい、レイフォード様も本をお読みに来られたのですか?」

 

「いや、弟に頼まれて、な。英雄譚で面白いのが無いかってね」

 

 

 

レイフォード様。

 

ゲーム『悪魔の君に恋してる』では、不動の人気キャラだ。

 

王国内でも有数の貴族であり、次代の王に最も相応しいと称される王家の血筋。

 

だが、そんな彼が目の前に居るのに何も感じない。

 

……確かにかっこいいとは思う。ただ、それだけだ。オシキャラである“カナタ”程ではない。

 

 

 

「それでしたら、“泉の空”はどうですか?」

 

「レミリア嬢がオススメする本ならとても面白そうですね、それをお借りすることにします。いつも、ありがとう……ああそういえば、カノンが君を探していたよ。何でも新しい魔法を見てもらいたいそうだ」

 

「そうですか、カノンはいつもの場所ですかね?」

 

「ああ、どうせ寝転がっているはずだよ。全く、我が妹ながら……」

 

 

 

カノン。

 

ゲームでは、レミリアの親友として登場する。

 

貴族らしからぬ物言いで、敵は多い。だけど、私とは何故か波長が合う。

 

だからこそ、魔法を教えてあげるのだ――私が魔界に行っても自分の身を守れるように――

 

いつか訪れる、王宮テロにより致命傷を負わないようにする為に。

 

今思えば、レミリアが名家から這い蹲る原因の一つでもあったはずだ。

 

レミリアを疎む侯爵令嬢の取り巻きが流した噂“テロリストの手引きをレミリアが行った”

 

普段から悪役令嬢として名を馳せていたレミリアを疎む令嬢は数多く、必死に否定する彼女の言葉は誰も聞き届けなかった。

 

開発陣は何を考えて、あんな理不尽なストーリーを造ったのだろうか。

 

あの悲劇は防ぐしかない。

 

せっかく、魔女認定を防げたのだから――



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4話 空の王女ってね

背の高い白亜の塔

 

その眼前に寝転がる少女が居た。貴族らしからぬ格好にも関わらず、その美貌は幾多の視線を集めている――鳥たちや小動物たちが覆いつくさんとばかりに……

 

 

 

「カノン、相変わらずね。その魔法の効果は私にも分からないわ」

 

「――リア姉さま、お久しぶりですね」

 

 

 

私に気づいたのか起き上がると駆け寄ってくる。

 

……地面に足を付けずに――プカプカ浮かぶ。

 

 

 

「浮遊魔法が使えるようになったの?」

 

「ううん、これは風魔法だよ。私の背中から風を放出しているの。重力系の魔法は難しすぎてまだ分からない」

 

「そう、確かに重力は難しいけど、風魔法で浮かぶって発想は私には思いつかない」

 

 

 

そもそも小柄なカノンだからこそ使える魔法だろう。

 

私が使ったら、辺りに猛烈な風が吹き荒れてしまう。

 

優雅さとは程遠い光景を生み出してしまう。

 

 

 

「それで、どうされたのですか? いつもより、楽しそうです」

 

「あら、カノンに会えたのよ? 貴方とお話する為なら、絶壁でさえ乗り越えてしまう程に、私、いつも楽しみなのよ」

 

「あ、ありがとうございます。わたくしも、会えて嬉しいですわ。最近、リア姉さまは幽閉されることが多かったですし」

 

 

 

カノンの言おうとおり、数週間前まで塔最上階に幽閉されていた。

 

まぁ、専属のメイドや召使が私の面倒を見てくれたので、至れり尽くせりな自堕落な生活をしていました。

 

それに、大半は魔法の改良という令嬢に相応しくない仕事がメインでしたので、退屈せずにすみました。

 

それもこれも、私が両親に血迷ったと勘違いされたのが理由です。

 

 

 

『私、魔界に行くことにしたの。だから、邪魔をしないでくれる?』

 

 

 

妹が魔女認定されるまで、ずっと狂ったように魔界に行くと周囲に言い続け。

 

ようやく、理解して貰えたかと部屋から出た途端、メイドたちにあっという間に最上階へと連行されたのです。それも、妹が私を呼んでいるという嘘までついてです。

 

 

 

ホント、ゲームのストーリーから大きく話がずれ込んでいく気がしますね。

 

ですが、原因である魔女認定を妹が受けたことで、魔界に逃亡する必要が無くなったこともあり、最近は意味不明な言動も控えていました。

 

それで、ようやく自由になれました。

 

――まあ、魔界に行くことを諦めていませんが……。

 

 

 

「そういえばフィアナ様はどうされているのでしょう。最近、幽閉されてしまって、会えないので……。せっかく、風魔法を教えようと思いましたのに」

 

「ふふっ、伝えておくわ。カノンが待ち焦がれていたってね」

 

「そ、そういえば、兄さまとお会いしました?」

 

 

 

唐突に別の話へと切り替える。

 

前に、フィアナの高位魔法を見てから、尊敬とは違う感情を持っているようだ。

 

たぶん、アイドルに憧れる少女のような感覚だろうか。

 

妹ながら、中々に誑しなのよね。あの子。

 

 

 

「そうね、殿下とは図書室でお会いしたわ。何でも、弟君に頼まれていたみたい。だから、私のオススメを教えてあげたの」

 

「そ、そうですか。やっぱり報われない運命にあるのかも……。でも、姉さまを本当の意味で姉さまにできるのはお兄様だけだし……」

 

「どうかしたの?」

 

「あ、あの一つ聞いてもよろしいですか?」

 

「ええ、いいわよ」

 

 

 

カノンから質問をされる機会は少ない。

 

だからこそ、真剣に考えなければ。

 

 

 

「兄さまのこと、どう思われます?」

 

 

 

兄さまというと、レイフォード様のことね。

 

何とも難しい質問だ。見た目だけなら整っている。だけど、将来、私のことを国外追放しようと裏で動くのだ。

 

 

 

だから、どちらかといえば、関わりたくない存在だ。

 

それを妹のカノンに正直に伝える訳にもいかない。

 

もしかしたら、正直に未来に起きることを伝えれば、協力してくれる可能性だってある。

 

でも、ブラコンだったら、せっかく変わりつつある運命が元に戻ることもある。

 

だからこそ、悩むわね。

 

 

 

「あ、あの。そんなに兄さまはダメ、ですか……。ですよね、兄さまって気が利かないし……。で、でも、良いところも沢山あるんです」

 

「そ、そうね。一途な所はあるかも……」

 

 

 

ゲームでは、妹とレイフォード様が付き合うことに腹を立てた私が、意地悪なことをしているという噂話が広まり、勘違いにより国外追放となった。

 

その理由は、妹のことを一途に想ったからだ。

 

 

 

「ほ、他には何かあります?」

 

 

 

妹として、兄の評判が気になる年頃なのかしら?

 

私としても、妹のように可愛いカノンを喜ばせたいけど。

 

これ以上、褒めるところがあるかしら?

 

 

 

イケメンだけど腹黒。

 

外面と内面の差が大きすぎて、何を考えても、結局は悪口になりそう。

 

何も知らなかったら、恋に落ちていたかもしれませんね。

 

 

 

「そ、そうね。妹想いで、素敵な兄妹だと思うわよ」

 

「そ、そうですか。ありがとうございます……。やっぱり、望み薄なのかな……。兄さまの気持ち、何一つ伝わっていないのかも……」

 

 

 

私の答えが満足いく回答ではなかったのか、先ほどよりカノンの表情は暗い。

 

それも、何かを呟いては図書室の方へと、何か恨み言のような言葉が聞こえる。

 

(私、失敗した?)

 

 

 

「カノン、大丈夫?」

 

「ええ……。少しばかり、呪詛の練習をしていた、だけです」

 

「それは大丈夫なのかしら……。まぁ、レイフォード様のことはお慕いしていますよ。妹ともども」

 

「はい」

 

 

 

何故か、フィアナの表情に愁いが見える。

 

まぁ、家族の評判を気にする年頃なのでしょう。そういうことにしておきましょう。

 

 



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5話 私が魔王ってね

――とある日、私とフィアナは王宮へと招かれました。

 

なんでも、聖女であるフィアナを正式にお披露目するみたい。

 

 

 

――カノン曰く、聖女と魔女、両方の素質を持つフィアナをどう扱うか、数週間に渡り、王族、有力貴族が集う会議にて、話し合ったらしい。

 

その中には、私たちのお父様も参加し、娘に危害を加えるのであれば、お父様と私が黙っていないと脅したのだとか。

 

 

 

そう、私も脅しの材料に使われました。

 

一時期、魔界に行くという話が出回り、奇天烈令嬢と揶揄されることもありました。

 

ですが、最近では別の意味で恐れられることが増えました。

 

 

 

それもこれも、お父様のせいです。

 

頼まれて、少しばかり大岩を砕いたり、空から雨を降らしただけなのに、最近では豊穣の女神とか破壊女王とか陰で呼ばれているのだとか。

 

まあ、話の出所がフィアナとカノンだから、噂話の可能性も高いのだけど。

 

 

 

それとは別に、国一の攻撃魔法の使い手として、魔法研究所、魔法使いの館から正式に最強の座を保証すると言われてしまいました。

 

 

 

ここ一月ほどで随分と私の待遇が様変わりしたように思えます。

 

ですが、フィアナを護ることに繋がったのですからよしとしましょう。

 

 

 

「姉さま、これも美味しいですよ」

 

 

 

立食式のパーティということもあり、小皿を手に有力貴族へと挨拶巡り中しています。

 

そんな中、フィアナは主役だと忘れたのか私に引っ付いて、美味しい料理を取ってきては渡してくれます。

 

本来、もてなすのは姉の私なはずですが……まあ、楽しそうだからいいかな。

 

 

 

「フィアナ様、おめでとうございます。私も嬉しい」

 

「カノン様、ありがとうございます」

 

 

 

少しばかりざわめきが起き、何かと思えばカノンとレイフォード様が近づいていました。

 

そして、二人ともカノンに祝福をしてくれます。

 

 

 

ふと、レイフォード様とコンタクトします。

 

少しばかり、おどけた表情にも見えますが周囲の令嬢を騒めかせる魔性の笑顔を浮かべ、私も微笑みを返します。

 

それを見た、周囲の貴族たちがより一層、騒めきます。

 

 

 

「レイフォード様、本日はお招きいただき、ありがとうございます」

 

「いや、なに当然のことだ」

 

 

 

少しばかり会話し、話はフィアナと移ります。

 

――全く、とんだ茶番ですね。

 

 

 

ですが、流石腹黒王子。演技とは思えないほど自然に接してくれます。

 

私も同様に、微笑みつつ、周囲に関係性をアピールします。

 

フィアナが他国の貴族たちに目を付けられないよう、王族の後ろ盾があることを示します。

 

これは、パーティが始まる前、カノンと打ち合わせした内容にレイフォード様がアドリブで乗っかった結果ですが、流石ですね。

 

 

 

誰もが私たちの良好な関係性を疑わないでしょう。それに、婚約なんて呟きも聞こえますね。

 

それは、シャットダウンで……いきなり声が出なくなったことにびっくりしたのか、令嬢の一人が青ざめます。

 

これで、十人目ですね。全く、恐ろしい噂を流すのはやめて欲しいものです。

 

婚約何てことになれば、魔界に行く夢が潰えます。

 

それだけは勘弁してほしいものですね。

 

 

 

「――そういえば、最近軍部で見かけることが多くなったな。戦争にでも行くのか?」

 

「レイフォード様、私のことをどう思っているのですか? 流石に、私などが戦場に行くはずがないでしょうに。あれは、お父様に頼まれて、地盤工事のお手伝いをしていただけですわ」

 

 

 

魔法が戦争の主流であるが、広範囲攻撃の使い手は少なく、対人専用の魔法使いの方が多い。だからこそ、地盤を沈めて、塹壕を作ることを続けている。

 

報酬もあるし、魔力制御の練習にもなるから、意気揚々と向かう姿をどう勘違いしたのか、最近では、簡易基地の地盤すら私が担当している。

 

その時にでも、見られたのでしょう。ですが、遠方な基地で見かけたとは……

 

 

 

「レイフォード様も戦争に行かれるのですか?」

 

「――まあな。王族たるもの、戦地を知らずに命令なんてできないからな」

 

 

 

もっともらしい言葉に周りの貴族たちは感心している。

 

だが、フィアナとカノンは二人でこそこそ何か言っているのが聞こえた。

 

 

 

「……違うの……会う」

 

「姉さま……だから」

 

 

 

言葉の端しか聞こえず、会話の内容を推測することはできませんね。

 

そもそも、わざわざ私とレイフォード様に聞こえないようにこそこそ話すのです。

 

ここは、聞こえなかったことにしてあげるが姉の務めでしょう。

 

 

 

そんな私の姿をみて、二人ともため息をついていますね。

 

そんなに私の考えって可笑しいのかしら?

 

 

 

「では、私たちはこれで」

 

 

 

カノンがお開きの声をかけ、二人とも別の有力貴族に挨拶へと向かう。

 

その姿は絵画にしたら人気が出そうな程に、神々しく映った。

 

 

 

そう言えば、ゲームでもこんなシーンがあったような。

 

あれは、フィアナとレイフォード様が婚約を誓う少し前、貴族たちの前で顔合わせをするときの光景に似ている。

 

だけど、フィアナではなく、妹であるカノンが隣を歩いている。

 

これも、物語がズレて動いたことによる反動かしら?

 

これによって、今後のストーリーが変わっていくのかもしれない。

 

 

 

「姉さま、どうかされましたか?」

 

「何でもないわ。少しだけ、疲れたみたい」

 

 

 

私が知る未来とは少しずつ運命が変わっているのかもしれない。

 

それが理想通りかは今の私には分からないが。

 

それでも、隣で笑うフィアナの姿を見られて良かったと思える。

 

 

 

何もしなければ今頃、魔界に飛ばされ、悠々自適な生活を送っていたかもしれない。

 

それが少し先に滅亡する僅かな出会いだとしても……

 

 

 

だけど、それは私が何千回も繰り返したバッドエンド。

 

私が彼と幸せになることは叶わない。

 

故に、精々足掻くことにしたのだ。

 

 



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6話 天使到来ってね

会食パーティが終わり、私とフィアナは王宮の離れの塔へと訪れていた。

 

先ほどまでの喧騒が嘘かのように静まり返った小さな広場には、私たちの他にはフィアナが居る。

 

 

 

「――こうして三人で話すのは久しぶりね」

 

「ええ、姉さまが幽閉されましたからね」

 

「それを言うならフィアナもそうじゃない」

 

「私の場合、どうしようもないことでしたから。姉さまの場合、自業自得では?」

 

「うぐぅ……」

 

 

 

辛辣な言葉に思わず息が止まる。

 

だけど、事実であるが故に言い返せない。そもそも、この場で反論すれば、二人に呆れられるだろう。

 

 

 

「……そうね、ごめんなさい。確かにその通りね」

 

「姉さま――。」

 

「お二人とも、こちらに来てください」

 

 

 

と、場の雰囲気を変えようとカノンが明るい声で呼ぶ。

 

そちらを見ると、低学年くらいの男の子が立っていた。

 

手には、何かを握りしめているようだ。

 

 

 

「そちらは?」

 

「私の弟のユウリです」

 

「っ! 失礼いたしました。私はヴァーシュピア家のレミリアです」

 

「妹のフィアナです」

 

「お二人とも、そんなに構えなくても大丈夫ですよ? ユウリはそんな尊大な男の子に育てていませんから」

 

 

 

コロコロとほほ笑み、小さな頭を撫でるカノン。

 

普段、兄のレイフォード様に見せる姿とは違った表情に思わず心を奪われる。

 

小柄で可愛らしい姿ではなく、毅然たる姿だ。

 

 

 

「では、ユウリ君と呼んでもいいかしら?」

 

「うん」

 

 

 

小さく頷くユウリ。そして、小さな手を伸ばし、私に何かを渡そうとする。

 

手の中には、ハンカチだろうか?

 

 

 

「おとしもの」

 

「ありがとう。でも、いつ落としたのかしら?」

 

「テーブルにおいてあったよ」

 

「ああ、そういえば。二人に話しかける前に使ったような……ありがとう、ユウリ君」

 

「いえ……」

 

 

 

普段、褒められ慣れていないのか、直ぐに顔が真っ赤になる。

 

レイフォード様と似た顔立ちながら、腹黒な姿はそこにはない。

 

純真無垢な可愛らしい表情に、思わず本日二度目の心を奪われてしまった。

 

 

 

全く、カノンといい、どうしてこうも美しいのかしら?

 

優雅な佇まいは私が何年かけても習得できそうには思えません。

 

これが、生まれながらの才かしら?

 

 

 

「あれ?」

 

 

 

ふと、ユウリ君の姿が揺らいで見える。

 

暗闇とは違う暗さに戸惑い、思わず手を伸ばす。

 

 

 

「姉さま、どうかされましたか?」

 

「ユウリに何かありました?」

 

「……少し、風に当たり過ぎたかなって」

 

「確かに冷えてきましたね。ユウリ、大丈夫?」

 

「うん」

 

 

 

先ほどの謎の感触のことを伝えるべきか否か。

 

暗闇に似た感触、それは闇魔法の特徴であり、生気を吸い取る効果がある。

 

もしかしたら、私の気のせいかもしれない。

 

だけど、ユウリは知らない人物だ。

 

 

 

なんせ、私がプレイしたゲームには登場していなかった。

 

……普通のゲームなら、隠しキャラという可能性もあるけど、それなら私が知らないのはおかしい。確かに魔界に行く方法ばかり探してはいたが、念のため、全ての人物の好感度を上げている。

 

だてに歩く恋悪辞典と称されていないのだ。

 

 

 

だからこそ、不思議だ。

 

でも、あの運営ならば、『ゲームには登場しないキャラのプロットも創造したよ』って意気揚々に自慢げに言いそうな感もある。

 

だからこそ、闇魔法の素質があるくらいで、疑うのもやり過ぎかも。

 

 

 

今は注意する程度にしておくのが良いでしょう。

 

なんせ、あのカノンとレイフォード様の弟君なのです。

 

信じても問題ないでしょう。

 

 

 

「――ここに居たのか」

 

 

 

と、噂をすればレイフォード様が来ました。

 

少しばかり走ってきたのか、額に汗をかいていますね。

 

普段、クールな表情しか見せない彼にしては、珍しい。

 

 

 

「ユウリ、勝手に居なくなるなと何度言えば分かる。今は非常事態中なんだ」

 

「ごめんなさい」

 

「お兄様……」

 

 

 

レイフォード様の拳骨がユウリの後頭部に吸い込まれ、ガチンと鈍い音が響く。

 

だが、泣き叫ぶこともなく、ユウリは不思議そうに上を見上げた。

 

そこには青い防御壁が顕現していた。

 

 

 

「……レイフォード様、いきなり拳骨はどうかと思いますわ」

 

「フィアナ、君の仕業か」

 

「はい、いきなり拳骨なんて、いくらなんでもやり過ぎでは?」

 

「そうですよ、お兄様、ユウリはレミリア様のハンカチを届けに来てくれたのですよ?」

 

 

 

いきなり拳骨をしようとしたレイフォード様にフィアナ、カノンが苦言を呈する。

 

それを見て、少しばかり居心地が悪いのか、顔をしかめる。

 

流石に、やり過ぎたと思ったようだ。

 

それにしても、冷静沈着な彼にしては珍しい光景だ。

 

何か、焦っているように思えてならない。

 

 

 

「それで、レイフォード様。そんなに慌ててどうされたのですか? ユウリ様が消えたと思い込んだこととご関係あるのですか?」

 

「っ、何でもない」

 

「今、緊急事態とおっしゃいましたわよね?」

 

「……」

 

「これでも私、破壊女王と呼ばれるくらいには、魔法に自信があるのですよ」

 

「私も姉さまには敵いませんが、防御結界なら任せてください」

 

「お兄様、緊急事態とはいったいどういうことです?」

 

 

 

流石に隠し通すのが難しいと考えたのか、レイフォード様はぽつりぽつりと語り始める。

 

 

 

「今、国内には王族に反旗を翻した有力貴族が居る。その内の一つが、殺し屋を派遣したと噂になっている」

 

「殺し屋ですか? それも、王族を狙う程の腕の持ち主だと?」

 

「ああ、父上……国王陛下の直属部隊が掴んだ情報だから、間違いない。今、王国は危険な状況下にある。今日のパーティも、表向きはフィアナ嬢――聖女お披露目だが、実際には、きな臭い貴族を洗い出す為のものだ」

 

 

 

レイフォード様が語る内容を聞いて、カノンは怖いのか身体が震えている。

 

一方フィアナはいつの間にかに周囲に防御結界を張り巡らしているようだ。

 

私は何をするべきだろうか。

 

 

 

この世界において、殺し屋は元魔法使いである。

 

そして、これは初期に起こるイベントの一つ、王宮暗殺事件だ。

 

最終的に、王族の関係者が毒殺されることになり、それを解決する話になっていた。

 

その過程で、レイフォード様との仲が縮まるというおまけ付きで。

 

 

 

だけど、その犯人が誰かは結局分からずじまい。

 

裏で手を引いた組織があるという情報だけが、ゲーム内では明らかにされていた。

 

詰まる所、出たとこ勝負かしら?

 

 

 

「レミリア、君の力を貸してほしい」

 

「ええ、勿論ですわ」

 

 

 

私の千を超える魔法の数々の出番のようですね。

 

少しばかり、本気を出して悲劇の物語を改変してあげるわ。



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7話 馬鹿な姉ってね

レイフォード様の話をまとめると、王宮内にも敵は潜んでいる可能性があるらしい。

 

言われてみれば、王宮に仕える従者は多く、その一人になれば、王宮のありとあらゆる場所に侵入可能だ。

 

だが、そんな中、ゲーム内には一か所だけ隠れ家的な役割となる場所があった。

 

 

 

「――なるほど、図書室か。確かに、あそこに来る人は少ない。それに、万一来たとしても、入り口が一つしかないから相手が誰か直ぐに分かるという訳だな」

 

「ええ、フィアナが防御結界で守護する間に、私の攻撃魔術で吹き飛ばす。それが最善でしょうね。少しばかり、入り口が傷つく可能性はありますが……」

 

「その程度、二人の命に比べるまでもない。よし、そうしようか」

 

 

 

私が先頭を歩き、後ろをフィアナが守りつつ、図書室へと向かう。

 

図書室は、王宮からは離れているが、今居る場所からは近く、直ぐ建物が見える。

 

 

 

「皆様、少し待っていただけますか?」

 

「フィアナ様、どうされました?」

 

「お姉さま、魔力感知をお願いできますか?」

 

「ええ、“暴風”」

 

 

 

私の言葉により、辺りに暴風が吹き荒れ、周囲一帯の木々を揺らす。

 

カノンとフィアナは慣れているが、レイフォード様はギョッとした表情で私を見る。

 

そう言えば、レイフォード様の前で魔法を使うのは初めてかもしれない。

 

 

 

「レミリア。今の魔法は高等魔術か?」

 

「ええ。ですが、殺傷能力は無いのでご安心を。ただ、周辺に風を飛ばしただけですわ。まあ……少しばかり魔素も混ぜてはいますけど」

 

「魔素? それが感知魔法か?」

 

「魔力って、意外と遠くでも感じ取れるんです。例えば、魔力の塊を木々にぶつけると、衝撃波が発生しますよね? 後は、その衝撃パターンを覚えておけば、人か木々か判別できるのですよ」

 

「そ、そんなことが……!」

 

「レイフォード様……そんなことが出来るのはお姉さまくらいですから」

 

「リア姉さまは天才だから当然」

 

 

 

三者三様の態度を見せます。

 

カノンとフィアナは自分のことかのように自慢してくれます。

 

ゲーム内で苦労して考えたオリジナル魔法だから、レイフォード様の反応が当たり前ですね。

 

実際、私が魔法をゲーム内の掲示板に発表した時も、最初はチートと疑われましたし。

 

それに、他に使える人が居るという話は聞いたことがありませんが。

 

私が知らないだけでしょうね。

 

 

 

「――それで姉さま、近くに人影はありましたか?」

 

「ううん。今の所は居ないみたい。一番近い人影は王宮の方かな。だから、図書室に入る所を見られる心配はないかな」

 

「それは良かったです」

 

「でも、いつ追手が来るかは分からないわ。早く入りましょう」

 

 

 

図書室へと入り、念のため入り口の閂を閉じる。

 

これで、普通の人間であれば、入ってくることが出来ないはずだ。

 

 

 

「では、今は休みましょう」

 

「では私が起きるとしよう。皆、休め」

 

「そんな訳にはいきませんわ。私が、見張りをしますわ」

 

「レミリア、お前が言ったのだぞ? 入り口は一つしかなく、殺し屋が入るとしても、必ずそこを通る必要がある。それならば、魔法が使えない私が担当するべきだろう」

 

「そうですわ。姉さまは攻撃の要。ですので、私が見張りをしますわ。姉さまはお休みください」

 

「リア姉さま、今は力を蓄えるときですよ」

 

 

 

三人から矢継ぎ早に身体を休めるよう言われてしまう。

 

確かに、この中で一番攻撃魔法の適性が高い私が休んだ方が効率的かもしれない。

 

だけど、私だけは知っている。

 

――殺し屋は姿を消す魔法を使えることを。

 

 

 

そして、それを伝えた所で、三人には対応できないということも。

 

それ程までに優れた殺し屋がイベントには登場する。

 

ゲーム内で数百ある運営の失態。その中でも、一番意味が分からないのが、

 

最初のイベントにしか登場しない殺し屋を最強キャラにしてしまったことだ。

 

 

 

流石イカレテイル運営。

 

――本来、ゲーム内では脇役を殺すだけで、後は登場することもなく何一つ情報が出てこない為、真の目的が分からずモヤモヤしたまま終わってしまう。

 

けど、私が居ることで、ストーリーが大きく変わる可能性がある。

 

現状ですら、破壊女王と呼ばれるなど私の地位は大きくなり過ぎてしまった。

 

それに、妹のフィアナが聖女と魔女、両方の称号を手にしたことで、羨望だけでは済まない可能性もある。

 

だからこそ、ここに来ても何一つ安心はできないのだ。

 

 

 

だけど、それをどう伝えるか悩ましい。

 

私が知っている未来を伝えることで、より一層未来が変わっていくかもしれない。

 

それこそ、私が知る世界とは異なった事象が生まれるかもしれない。

 

 

 

だから、私は――――

 

 

 

「……では、皆で警戒しましょう。次に起きたら、皆が倒れているのは嫌ですわ」

 

 

 

我儘でアホな姉を演じてみせよう。

 

三人を護る為に。

 

 



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8話 最強の◇ってね

4文字タイトルつらい。
けどやるしかねえ(謎の縛り


図書室に籠城し、数時間が過ぎました。

 

その間、殺し屋の気配はありませんし、王宮の方から悲鳴が届くこともない。

 

至って平和な時が過ぎていく。

 

 

 

「今の所、何も無さそうね。だから、皆様、寝ても構わないのですよ」

 

「レミリア一人に任せる訳にはいかない」

 

「レイフォード様、私はただの貴族です。そんなに気張る必要なんて無いのですよ。国にとって一番必要なのは貴方なのですから」

 

「臣下あってこその国だ。それを見捨て、何が王族だ。そんな者に私はなるつもりはない」

 

 

 

私が何を言っても、頑固なままです。

 

国のトップたる王族の命と一介の貴族令嬢。比べるまでもない話です。

 

ですが、レイフォード様は反論します。

 

 

 

「それに、君は私のきさ……友だ。友を護るのに理由なんて要らないだろ?」

 

 

 

少しばかり詰まりながらも言い切りました。

 

ですが、きさ?とはなんでしょう?

 

貴様とでも言いかけたのかしら?

 

 

 

私の貴様って、意味が分からないわ。でも、開発陣が生み出したキャラクター。

 

その言葉の裏にどれほどの意味が込められているか甘くみてはいけない。

 

 

 

このゲームは月が綺麗ですね、なんて言葉を凌駕する程に、難解な告白があるのだ。

 

恋を舐めてきり、面白いだろと言わんばかりに奇想天外なストーリーを生み出した過去がある。

 

そして、それは告白だけではなく、普段の会話にもたびたび登場する。

 

 

 

レイフォード様にとって、貴様という言葉は重い。

 

それこそ、敵とみなした者にしか、使わないのだ。

 

――私、そんなにレイフォード様に嫌われることしたかな?

 

まあ、多少嫌われるくらいなら、問題はありませんが。

 

私のオシは魔界に居ますし。

 

 

 

「お兄さま、そこははっきりと言うべきなのでは?」

 

「カノン、今はそんな場合では無いだろ」

 

「そんなのだから、お兄様は気づいてもらえず、美少女に毎晩呪詛を掛けられるのですね」

 

「美少女に呪詛だと⁉ それはまさか……レミ」

 

「わたしです」

 

「はぁ……全く、心臓に悪い冗談はやめなさい。数日寝込むことになっては、カノンも困るだろう」

 

「そうかも……」

 

 

 

何故だか、安堵するレイフォード様。

 

妹に毎晩呪詛を掛けられているのに、晴れ晴れとした表情だ。

 

もしや、ドMなのでしょうか?

 

彼の未来が不安ですね。そして前にカノンが言っていたことは真実だったのね。

 

 

 

え? 王族闇深すぎじゃない?

 

 

 

「――お二人とも、御冗談はその変で。姉さまが困惑しています」

 

「リア姉さま、困ったことがあれば何でも相談してくださいね」

 

「はぁ」

 

 

 

どう返すのが正解か分からず、適当な返事をしてしまう。

 

だけど、その空気は一瞬で変貌した。

 

 

 

「――!」

 

 

 

音は聞こえない。

 

だけど、僅かに魔素の揺らぎを感じた。

 

感覚的な話で、証拠はない。だけど、何かが私たちの傍に居るように思えた。

 

 

 

「どこ……?」

 

 

 

辺りを見回す。

 

扉や窓は開いていない。

 

けど、

 

 

 

「凄いな。最近の令嬢は感知能力に長けているのか」

 

「姿を見せろ! カノンは後ろに!」

 

 

 

唐突に私たち以外の声が聞こえ、レイフォード様が叫ぶ。

 

フィアナが構築した防御結界の中に入り、私は攻撃魔法を展開する。

 

 

 

「“雨音”」

 

 

 

ポツリと、室内に雫が落ちる。

 

だが、本は濡れることなく。

 

対象だけを見つけとる。

 

 

 

「これは?」

 

「姉さまの魔法ですわ。三人とも、私の結界から出ないでください」

 

 

 

眠るユウリをレイフォード様が抱え、カノンら三人はフィアナが展開する防御壁の中に居る。だから、問題は無い。

 

あるとすれば、相手をどう倒すか。

 

 

 

「雨音ね、珍しい魔法だ。たぶん、魔素の塊を室内に降らしていると。それで、僕の居る所を把握しようって魂胆かな?」

 

「えっ?」

 

「甘いね。甘すぎる。そんなので僕を見つけ出せると思っているのか」

 

「いえ、もう見つけた」

 

 

 

本棚付近から、僅かに魔素が当たる音が鈍い。

 

これは、見えないものに当たっている証拠だ。

 

 

 

「“霧雨” ――“爆散”」

 

 

 

室内に魔素が広がり、そしてある一点で爆発する。

 

その衝撃は、室内を大きく揺らし、頑丈な窓ガラスに罅割れる程に協力だ。

 

もし、フィアナが居なければ、三人とも大怪我をしていても可笑しくは無い。

 

 

 

「姉さま!」

 

「“風圧”」

 

 

 

私に押し寄せる衝撃を反ベクトルの風をぶつけ相殺する。

 

当然、対処方法くらいは熟知している。

 

 

 

「はははははははははあは」

 

 

 

だが。

 

笑い声が室内に響く。

 

ツボに入ったのか、笑い続ける。

 

そして――

 

 

 

 

 

「ははは――――ああ、分かった」

 

「――?」

 

「“霧雨”ってか」

 

 

 

先ほどの私と同じ言葉を発する殺し屋。

 

そして――

 

 

「“爆散”」

 

 

 

くしくも、先ほど私が使った魔法を返された。

 

何十倍の爆発音とともに――‼

 

 

 

 

 

「姉さまっ――!」

 

「フィアナっ!」

 

 

 

衝撃が押し寄せ、身体中に風圧が押し寄せる。

 

それは、身体中を押し切り、私たちを外へと吹き飛ばす。

 

 

 

「――!」

 

 

 

声にならない悲鳴が響く。

 

そして、身体中の痛みを我慢し、目の前を見ると黒いローブを着崩した人影が見える。

 

全身から、魔素が溢れ、表情は読み取れない。

 

だが、普段見たことがない魔素の量に視界がチカチカとする。

 

 

 

「ああ、つまらないね。少しは期待したのに、この程度か。全く、少しばかり虐め過ぎたようだね」

 

 

 

誰一人、返答ができない。

 

フィアナの防御結界は辛うじて発動しているが、衝撃は受け流せなかったようで、

 

三人とも気絶している。

 

フィアナは何とか、気合で意識を保っているように見える。

 

 

 

「まさか、これでも倒れないとは……あまり、無理するのも考え物だ」

 

「うぅ……なにが、目的なの?」

 

 

 

痛みはある。

 

けど、それは生きているということだ。

 

瞬時に、風魔法を展開し、後ろへと飛び衝撃を殺した。

 

それでも、爆散した室内の物々が身体中に当たり、骨折はしているだろう。

 

 

 

でも、王宮の回復術者が来れば一命は取り留めるだろう。

 

だからこそ、今は、少しでも長く時間を稼ぐ。

 

 

 

「“ふうは”」

 

 

 

風を広げ、辺りに小さめの魔力感知を広げる。

 

これで、不意を突かれることはないはず。

 

 

 

「“フレア”」

 

 

 

手のひらに小さな太陽を顕現させる。

 

 

 

「まだ戦うつもりかい?」

 

「ええ、だってここで見逃したら、貴方、人を殺すでしょう?」

 

「? クハハハハッ。いきなり人殺し呼ばわりとは随分と失礼な令嬢だな」

 

「違うの?」

 

「さてな」

 

 

 

適当に返される。

 

こいつが、ゲーム中最強の殺し屋なのは確定だろう。

 

 

 

まさか、私が使った魔法を何十倍にして返されるとは思っていなかった。

 

殺傷能力が低い風魔法だから、なんとかなったが、これが炎系であれば、

 

今頃もっとひどい有様になっていただろう。

 

 

 

「姉さま、避けて!」

 

 

 

フィアナが何か叫ぶ。

 

だが、私は何も見えない。

 

否、暗闇が目の前に広がっていた。

 

 

 

「これは……。闇魔法?」

 

「さあな」

 

 

 

遠くで妹が叫ぶ声が聞こえる。

 

けれど、今の私には返す気力もなく。

 

 

 

そこで、私の意識は途絶えた。

 

 

 

 

 




◇=四角=刺客です。
4文字に収める結果こうなりました(謎の縛り
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9話 私の独白ってね

目を覚ますと、知らない天井でした。

 

これで二回目ですね。

 

 

 

首を振り、辺りを見回すと私が横たわるベッドと同じものが4つあり、その全てに私が知っている子らが寝ていますね。

 

どうやら、命まではとられなかったみたい。

 

 

 

「“微風”」

 

 

 

辺りに風を送り、室内の様子を観測する。

 

私たちの他には、誰も居ないようだ。これで、殺し屋が隠れているというホラーみたいな話は無くなった。そして、四人とも、寝息が聞こえる。

 

 

 

「なんとかなったのかしら」

 

 

 

ゲームとは異なるストーリー。

 

こんな光景は目にしたことがない。

 

これは、私が介入した結果なのだろうか。本来、怪我をすることもなく、名無しが一人殺されるだけで済んだ何てことない物語が変貌した。

 

 

 

けれど、何度繰り返しても日本人でお人好しな私は、助けられる可能性がある限り、知らない誰かの命を護ろとするかもしれない。

 

 

 

「ほんと、平和ボケしすぎていたかも」

 

 

 

でも、ここは日本ではない。

 

海外のような、治安が悪い国と同等、魔法がある分、それ以上に危険な場所なのだ。

 

少しは、反省するべきだ。

 

次は、どうなるかわからないのだから。

 

 

 

「う、ううん」

 

 

 

私の次に目を覚ましたのはフィアナのようだ。

 

皆が五体満足でいられたのは、フィアナが防御結界で護り続けてくれたからだ。

 

最後、殺し屋の魔法が私に襲い掛かる寸前、魔力の壁が目の前に出現したような気がした。

 

遠くの私に魔法を掛けるのは、簡単ではなかったはずだ。

 

けれど、護ろうとした。

 

 

 

これでは、どちらが姉か分からないわね。

 

でも、次は無い。

 

次は、フィアナの手を煩わせることなくけりを付ける。

 

 

 

「おはよう、フィアナ」

 

「姉さま……?」

 

「ええ」

 

「——よかった。何とか護りきれたのですね」

 

「ええ、フィアナの魔法が私を救ってくれたのよ。もっと誇らしく胸を張りなさい。フィアナ、ありがとうね。私たちを護ってくれてありがとう」

 

「でも……。うん、どういたしまして、姉さま」

 

 

 

少しばかり悩みつつ、それでも私の感謝を受け取るフィアナ。

 

そして、誤魔化すように、辺りを見回す。

 

 

 

「レイフォード様、カノン様、いつまで寝ているふりを続けるおつもりですか?」

 

「……グピー、グピピー」

 

「……カノン。それはあまりにないだろ」

 

 

 

と、フィアナの呼びかけに、寝ていると思った二人が起き上がる。

 

グピーって、声に出す人は初めて見たけど、こんなに滑稽なのね。

 

使わない様に注意しないと。

 

 

 

「おはようございます」

 

「ああ、おはよう」

 

「おはようございます」

 

 

 

とりあえず、挨拶をする。

 

そして、話は殺し屋へと移る。

 

 

 

「レイフォード様、殺し屋はどうなったのですか?」

 

「ああ、行方不明だとさ。二人には申し訳ないが、逃がしたようだ。衛兵が来た時には、もう倒れる私たち以外の姿は見えなかったようだ」

 

「お兄様、いつ、それを知ったのですか? 私たちと同じタイミング……少しばかり早起きして寝たふりをしているだけだと思っていたけど、もしかしてお兄様……?」

 

「クッ……。」

 

 

 

 

 

カノンの追及にレイフォード様から苦しげな声が聞こえた。

 

てっきり、二人とも同じくらいのタイミングで起きて、私たちが話す間、寝たふりをしているだけだと思っていたけど。

 

先に起きて、家臣に事の顛末を聞いてきたのかもしれない。

 

 

 

「レイフォード様、王宮内では問題は起きましたか?」

 

「何故それを! ああ、レミリアの言う通り、王宮内にも殺し屋は侵入したらしい。そして、私の騎士が数人切り伏せられたようだ。」

 

「そんな……」

 

「まあ、安心しろ。命は何とか繋げたと報告されている。何でも、殺される寸前、いきなり殺し屋が嗤って、その場から消えたとも」

 

「止めを刺さずに、その場から消えたのですか?」

 

「ああ、小さな声で、魔素がどうこうとか呟いていたらしいが。何かは不明だ」

 

 

 

 

 

ゲームでは一人、帰らぬ人となった。

 

だが、この世界では、数人が重症を負ったものの、命は取留めたみたいだ。

 

私の行動で、ほんの少しだけ、結末が良い方向に変わった。

 

けれど、人数は増え、今後、騎士の仕事を続けるのは難しくなるだろう。

 

もしかしたら人生は死んだのかもしれない。

 

 

 

だから、私は責任を負うべきだろう。

 

 

 

「……レイフォード様、その騎士って、どんな方ですか?」

 

「うん? 一人は小柄な女性だな。だが、魔法の才能がある才女だ。もう一人は、槍使いの少年だが。それがどうかしたか?」

 

「レイフォード様、その二人私に預けてくれませんか。私のもとに来て欲しいのです」

 

 

 

 

 

……これは贖罪だ。

 

 

 

どう考えても、私以外は贖罪だとは思わないだろう。

 

むしろ、騎士としての地位を失い、途方に暮れた二人に感謝されるかもしれない。

 

 

 

ここはゲームの世界だ。

 

だが、現実と同じように人々は幸せな未来を願う。

 

誰もがありきたりな日常を望んでいる。

 

 

 

私にできることは限られている。

 

無理をすれば、いつか私の手から溢れてしまうかもしれない。

 

 

 

でも、決めた。

 

私はアイツを許せない。

 

今後、物語に登場するかは分からない。だけど、いつかやり返す。

 

 

 

最強の殺し屋を私が打ち滅ぼすのだ。

 

人々の希望を掴むために。

 

 



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10話 杖の勇者ってね

殺し屋との遭遇から一週間が過ぎた。

 

その間、特にこれといって事件も起きず、平和な日々だ。

 

 

 

「暇ね。フィアナは国民への聖女お披露目で忙しいし」

 

「リア姉さま、それなら、外に出かけません?」

 

 

 

王城の一室、カノンの部屋でお茶会を開き、談笑していた所。

 

カノンは面白そうな噂を教えてくれた。

 

 

 

なんでも、殺し屋対策として、迷宮攻略者の一人、バルディアとアンリが訪れているらしい。

 

一人は、杖の勇者。もう一人はその護衛らしい。

 

 

 

「杖の勇者ってことは、外国の方ね。今の情勢で、国内に招きいれるなんて思い切った判断ね。カノンは何か知っている?」

 

「いえ、ほとんどお兄様が対応なさったので……私には早いと追いやられてしまいました。それに、一部の貴族のみが、来賓をもてなすようです」

 

「ああ、だから父様が忙しそうにしていたのね。ここ最近、ずっと王城に閉じこもって、何かしていたみたいだし」

 

 

 

てっきり、殺し屋の行方を追う為に奔走していると思っていたが。

 

実際には、その為の戦力増強のようだ。

 

 

 

「それで、バルディアとアンリでしたか? お二人とも、どんな方なのかしら?」

 

 

 

迷宮攻略者。

 

それは、ゲーム内で一握りの存在だ。かつて、とある勇者の一行が全迷宮を攻略したが、行方をくらまし、同時に迷宮情報も消え去った。

 

ゲーム内では、外国に僅かに居るとしか、記載されていなかった。

 

 

 

「バルディア様に関してはほとんど情報が無かった。分かったのは、とにかく強い人ってことかも。でも、アンリ様はたくさんあったよ」

 

「そうなの?」

 

「はい。アンリ様は、杖の勇者らしく、火炎魔法を扱う凄腕魔術師ってお兄様が言っていました。何でも、護衛のバルディア様よりも、強いとか」

 

「それって、護衛の意味あるかしら……?」

 

「そうですね。そして、変人ってお兄様は連呼していました。何でも、ゴーレムを愛していて、友達のゴーレムが居るらしいです」

 

「ゴーレムが友達って……確かにそれは変人ね」

 

 

 

やっぱり迷宮攻略者は頭のネジが数本足りないのかもしれない。

 

それでも、会ってみたいという思いはある。

 

その二人なら、私がいつか挑まなくちゃいけない三大迷宮の攻略法を知っているかもしれない。

 

 

 

「ねえ、カノン。その二人は今、どこに居るのかしら?」

 

 

 

 

 

 

王宮の離れの客室用の塔。

 

そこにカノンに案内され、訪れていた。

 

 

 

カノン曰く、ここにお二人とも休まれているとのこと。

 

そして、数日はここに滞在することになっている。

 

 

 

「ここね?」

 

「はい、アンリ様のお部屋こちらですよ」

 

 

 

少しばかり呼吸を整え、部屋の扉をノックする。

 

魔界に行く方法が聞けるかもしれないのだ。

 

心臓の鼓動が強くなるのが感じる。

 

 

 

「——はい、どなたでしょうか?」

 

 

 

白い肌の少女アンリが首を傾げ、訪ねる。

 

白いドレスをまとい、豪華絢爛とは程遠い、シンプルな格好だ。

 

だが、その佇まいは、仕草は令嬢以上、聖女のように思えてしまう。

 

 

 

「初めまして、私はレミリア。ヴァーシュピア家のレミリアよ」

 

「こんにちは。私はカノン。お兄様……レイフォードの妹です」

 

「レミリア様、カノン様、初めまして。杖の勇者のアンリです」

 

 

 

挨拶を済ませ、アンリに招かれ部屋へと入る。

 

王族の来賓なだけあって、私の部屋より豪華絢爛な部屋だ。

 

だが、そこまで散らかっていない。

 

几帳面な性格なのが見受けられる。

 

 

 

「ええと、それで私に何の用ですか?」

 

「アンリ様は、迷宮攻略者であっていますか?」

 

「アンリ様はやめてください。アンリで構いません。それで、迷宮ですか? 確かに私は迷宮攻略者と呼ばれていますね」

 

「なら、“竜の滝壺”はご存知でしょうか? 他には、“天空の豪雨”や“地の轟音”とか」

 

 

 

数千メートルを超える高峰によって、大陸はいくつも分断されている。

 

だからこそ、人類と魔族は戦争中ではあるが、大規模な侵攻などは起こらない。

 

だが、交流ができない訳ではない。

 

 

 

その移動手段の一つ、それが迷宮だ。

 

迷宮の最深部には、ポートと呼ばれる、移動用の魔法陣があり。

 

多量の魔力と引き換えに、ゲートを生み出すのだ。

 

 

 

迷宮攻略者は最深部まで訪れたものをいう。

 

そして、アンリはその一人だ。

 

ならば、何か知っていてもおかしくはない。

 

 

 

「滝壺、豪雨、轟音ですか。私は、行ったことがありません……すみません」

 

 

 

だが、残念ながら、アンリは知らないようだ。

 

そして、表情に出てしまったのか、申し訳なさそうな表情を浮かべる。

 

 

 

「こちらこそ、ごめんなさい。初対面の人に対して失礼な態度だったわ」

 

「でも、トオルなら何か知っているかも……」

 

「トオル? その方も迷宮攻略者ですか?」

 

「ええと、そうね。一応、そうかも……?」

 

「——リア姉さま、アンリ様、お茶をどうぞ」

 

 

 

いつの間にかに、カノンがお盆に美味しそうな紅茶を持ってきてくれた。

 

王族にメイドをやらせるって、バレたらアウトね。

 

まぁ、好意は受け取りますけど。

 

 

 

「ありがとう」

 

「ありがとうございます、カノン様……そういえば、滝壺は聞いたことがありました」

 

「ほんと? 何でもいいの。知っていることを教えて頂ける?」

 

「はい、竜の滝壺——赤竜の迷宮の最深部の場所です」

 

 

 

どうやら、迷宮の中の場所を指していたようだ。

 

そして、赤竜が居るらしい。

 

 

 

「赤竜ね。ただの竜とは違うのかしら?」

 

 

 

私が知っている竜と言えば、騎士の方々が空戦に使うのしか知らない。

 

大きさも数メートルと小型サイズだ。

 

だが、アンリは私の予想を裏切るかのように口を開く。

 

 

 

「はい、竜騎士が乗るのは違って、純潔の竜種です。大きいのだと、数十メートルにもなるくらい、成長します。そして、そのサイズを倒せるのは、英雄と呼ばれる精鋭です。私では、太刀打ちできない程の強さです」

 

 

 

やはり、一筋縄ではいかないようだ。

 

だが、三大迷宮の一つを知れたのは、好機だ。

 

今後、魔界に行く際に役立つだろう。

 

 

 

「あ、すみません。そろそろ、国王陛下に拝謁する時間ですわ」

 

 

 

どうやら、予定が詰まっている中、時間を割いてくれたようだ。

 

 

 

「アンリ、お話しできて楽しかったわ。また、迷宮についてお話を聞かせて頂けるかしら?」

 

「ええ、喜んで」

 

 

 

部屋を後にする。

 

カノンも別の用事があるらしく、私一人だ。

 

とりあえず、フィアナに会いにいこうかしら。

 

 

 

最強の竜種を亡ぼす魔法開発のために。

 

 




アンリとバルディア、トオル。
作者の別作品のキャラクターがモデルです。
(名前が一緒なのは、モチーフなのか?
いや、スター・システムだ(強気
この作品には、作者がこれまでに書いたキャラを多数登場させる予定です。
好きなキャラクターを動かすって楽しい!


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11話 迷宮挑戦ってね

あれから、数日が過ぎ、何故か私は迷宮に居ました。

 

令嬢の私が迷宮に訪れているのにも関わらず、誰一人意義を唱えることがありませんでした。普通、か弱い令嬢が迷宮に居れば、怪訝に思うはずですが。

 

 

まあ、アンリが居ますし、同じように思われているのかしら

 

 

 

「あれが破壊女王か。噂にたがえぬ、美しさだな。だけど、後ろの人威圧感ヤバすぎるだろ」

 

「あれが、王子様か。少しでも、近づけば不敬罪で葬られても可笑しくないくらい、座った眼をしているな」

 

「あんなの、誰も批判できるわけねえ」

 

 

 

と、冒険者は遠目から二人を見ては、小さく息を吐く。

 

流石に、他国の王族といえど、あの目を見ては文句など言える訳もなく。

 

少しばかり、変な空気ではあるが、おおきな問題が起きることなく、順調に迷宮攻略が進んでいる。

 

 

 

「ねえ、アンリ。この先に迷宮のコアがあるの? でも、それを取れば、迷宮が崩壊するのよね」

 

「はい。正確には、ダンジョンが蓄えたエネルギーですので、取っても問題はないですよ」

 

「そうなのね。それをどう有効活用しているのかしら?」

 

「街灯などの光源に使われますね。その他には、ええと」

 

「アンリ様。そのくらいで、この先です」

 

 

 

と、後ろから野太い声を掛けられる。

 

貴族とは異なり、全身が筋肉隆々であり、その辺の魔物を一振りで倒す騎士。

 

バルディアがいつの間にかに前線から戻っていた。

 

 

 

「バルディア、今回の規模はどのくらいでしたか?」

 

「少しばかり小さな。だが、炎の魔力が僅かに含まれていた。あれが成長すれば、新たなコアとなる可能性もあるだろう。それと、トオルが言うには、構築に役立つから欲しいとのことだ」

 

「そうなのね。でも、今回の報酬は山分けだから、無理かも。トオルには、私から話しておくわ」

 

「そうか。その方が無難だろう」

 

 

 

二人が話す内容は、難しく、意味が分からない。

 

構築が何を指すのか、コアの本当の目的すら、隠しているようだ。

 

まあ、他国の貴族なのだから、そう簡単に自国の情報を明かさないのは当然ですが。

 

 

 

「アンリ、迷宮ってもっと広いものだと思っていたのだけど、それ程ではないのね」

 

「そうですね。迷宮って、冒険者の魔力を吸い取って、大きくなっていきます。この迷宮はまだ子供のようなもの。だから、階層も少ないのでしょう」

 

「ほう、流石は迷宮攻略者。その情報は、我が国にとって、大きなものだ。できれば、もう少し教えて欲しいものだ」

 

 

 

レイフォード様が話に加わる。

 

先ほどまで、私たちの話を興味深く聞いていたが、どうやら直接聞き出す方針にしたようだ。

 

ゲーム内では、交渉術はあまり書かれていない為、どこまで情報を聞き出せるか興味深い。

 

 

 

「あまり詳しくは無いですよ。迷宮攻略者といっても、私たちはとある方の冒険に同行していただけですから……。最後の部屋を通ったのも、その方ですわ」

 

「ほう、それは貴方の師匠かな?」

 

「違いますわ。彼は友達です」

 

「殿下、そのくらいで……。ここは迷宮だ。少しの気の緩みで、命を落とす」

 

 

 

必死に情報を隠そうとするも、とある方が男性だと割れた。

 

この調子で話せば、分が悪いと感じたのか、バルディアが間に入る。

 

どうやら、ここまでのようだ。

 

 

 

「ああ、悪いな。私の悪い癖が出てしまったようだ……。レミリア、準備はいいか?」

 

「ええ、勿論。既に魔力構築は終わっていますわ」

 

「そうか、ならば頼む」

 

「はい。……。」

 

 

 

遠くに見える大扉。

 

それが迷宮のコアへと繋がる、最後の関門。

 

それを見据え——体内の魔力循環を高め、一気に解き放つ。

 

それは、ゲーム内では高威力魔法の一つであり、高魔術師しか扱えない。

 

 

 

「あれが、最強の器か……」

 

「そうね、勇者と並ぶ程の素質が見える。それこそ、私よりも上かもしれない」

 

「かつて斧が発動したアレに似ているな。だが、あの時とは違い、自我を保っている」

 

「そうね、私たちの国とは違って、自然な魔力に見えるわ」

 

 

 

アンリとバルディア。

 

二人は話す先、そこではレミリアが魔法陣を宙に描き、複雑な紋様が刻まれていく。

 

 

 

「——空から地に落ちし、亡霊。世界の果て、広がる足跡。余は世界の中心にて待つ。これはかつての咆哮。全てを無に帰し、新たな空を導くもの」

 

 

 

長い詠唱を唱えていく。

 

普段、簡略詠唱でしか魔法を使わない私にとっても慣れない。

 

噛まないよう、丁寧に唱えていく。

 

 

 

「全ては世界の終わり——“アンノーン”」



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12話 最強の姫ってね

「全ては世界の終わり——“アンノーン”」

 

 

 

魔力発動の条件はそろった。

 

後は鍵を開くだけ。

 

 

 

「おいおい、マジかよ。アンリ様の攻撃よりもヤバいかもしれねえ」

 

「噂はマジだったてっか」

 

「アレがこっちにこないよな?」

 

 

 

誰もが魔力の余波を感じ取る。

 

それはアンリとバルディアも同じだ。

 

 

 

「魔力がいくつも混ざっている。あれは複合魔術ね。だけど、それだけじゃあない気がする」

 

「我の知っている魔法とは少し違うな。勇者の魔法とは違う。アレがこの国の術式か」

 

 

 

二人が見つめる先、膨大な魔素が広場を覆いつくす。

 

レミリアの表情は変わることなく平然としていた。

 

 

 

「はぁ。また面倒ごとになりそうだ。矢面に立つのは私になるのだろうな」

 

 

 

つい最近、レイフォードはレミリアの真の強さを眼の当たりにした。

 

そして、それが底では無かったのだと思い知らされる。

 

魔女兼聖女であるフィアナ嬢の姉としか、民には思われていない。

 

むしろ、妹の方が優秀だと噂になるほどだ。

 

だが——

 

 

 

「君の後を追うのは大変だな……。いつか。到達するのだろうな」

 

 

 

『————“ラプラス”』

 

 

 

超巨大な魔法陣が光り、とある魔法が顕現する。

 

“アンノーン・ラプラス“。

 

 

 

扉はチリと化し、地面は焼け落ちる。

 

迷宮でなければ、二度と人が住まう土地に戻れない程の、大規模の攻撃術。

 

それが、堅牢な迷宮の大扉を打ち破る。

 

 

 

「——こんなものね」

 

 

 

誰もが声を発せない。

 

迷宮の主に匹敵するような、強さ。

 

魔法を極めし、大賢者の再来だと誰もが思う。

 

だが、レミリアは——

 

 

 

(まぁ、もっとすごい魔法はあるのだけど。この程度の迷宮なら、これで十分ね)

 

 

 

一人、呟く。

 

運がいいのかそれは誰の耳に入ることもなく、歓声によって掻き消された。

 

 

 

 

 

 

迷宮の最深部。

 

そこには、赤く光る水晶が埋め込まれていた。

 

 

 

「これが、この迷宮のコアです。これを取ると、迷宮の力が消え去り、モンスターが生まれなくなります」

 

「そうなのね。見た感じ、魔素の塊って所かしら」

 

「あの、この所有権なのですが……」

 

「ああ、そうね。使い道として、私は要らないのだけど。レイフォード様は必要ですか?」

 

「うん? そうだな。研究材料としては欲しいが。だが、今の王国にとっては不要でもある。レミリア。君の判断に任せるよ」

 

 

 

重大な役目を押し付けられる。

 

ゲーム内では登場していない水晶。これを研究すれば、新たな魔法が作れるかもしれない。

 

それこそ、三大迷宮を通るヒントになるかも。

 

だけど、今は研究設備はなく、有効活用できる気がしない。

 

だから——

 

 

 

「アンリ、これは貴方に託すわ」

 

「いいのですか? これは貴重なものですよ?」

 

「ええ。でもその代わり、一つお願いを聞いてほしいの。今後、三大迷宮に関する情報が入ったら私に教えて欲しいの。些細な情報でも構わないわ」

 

「そ、そんなことでよろしいのですか? 私が言うのもあれですが、対価として釣り合わないですよ?」

 

「ええ。今の私にとっては、重要なことよ。だから、お願いできるかしら?」

 

「はい! 勿論です。でも、他にも何か困ったことがあれば、何でも言ってくださいね」

 

「その時はお願いするわ」

 

 

 

コアを抜き取り、アンリに手渡す。

 

 

 

「ありがとうございます——っ!」

 

 

 

だが、アンリの手に触れる寸前。

 

何かが私の手から水晶を掠める。

 

 

 

「誰かいるわっ! 敵よ!」

 

 

 

私の声に、周囲に緊張感が戻る。

 

誰もが周囲を警戒し、敵を探す。

 

だが、どこにも見当たらない。

 

 

 

「そんな、あれは……」

 

「アンリ、どうしたの?」

 

「あの影を見てください。あそこに敵がいます」

 

 

 

アンリが指差す方向。

 

そこには、暗闇が広がり、大きな影が出来ている。

 

それだけなら、問題はない。

 

だが——

 

 

 

「——影が動いている? “フレア”」

 

 

 

不気味な影に向けて、炎魔法を放つ。

 

だが、魔法は爆散することなく影に飲み込まれて、消えた。

 

 

 

「なにアレ……?」

 

 

 

ゲーム内で登場していた記憶は無い。

 

ならば、文献とかならあったかもしれない。

 

 

 

思い出せ。思い出すのよ、悪恋辞典!

 

私が一番あのゲームを熟知していた。ならば、何か知っているはず。

 

 

 

「くそっ、斬撃が通らん。実体がない!」

 

 

 

バルディアの声が聞こえる。

 

実体のない敵。

 

 

 

「それって、もしかして……」

 

「レミリア、何か知っているのか?」

 

「はい、レイフォード様。あれは“黒の化身”です」

 

 

 

黒の化身。

 

ゲーム内では、死精霊騎士と呼ばれていた怪物だ。

 

 

 

「黒の化身? それはもしや?」

 

「ええ。あれは、人ではありません。精霊の成れの果て。三大精霊王の一つ、それが色を失い変貌した姿ですわ」

 

 

 

三大精霊王。

 

精霊たちの王たる素質を持ち、自我を持つ精霊。

 

その内の一つ、“灰色の精霊”。

 

それが変貌したのが、死精霊騎士だったはず。

 

 

 

ゲーム内では、不死身な化物として登場していた。

 

正体が明らかになるのは終盤だが——

 

 

 

アレ?

 

もしかして、ここで正体を言うことってアウト……?

 

 

 

「レミリア! 油断するなっ!」

 

 

 

「炎の杖。かの者を守護せよ」

 

 

 

死精霊騎士が私に襲い掛かるも、アンリの炎の結界に阻まれ、弾き飛ばされる。

 

 

 

「くらいなさい! “フレア”」

 

 

 

瞬時に、攻撃魔法を放つ。

 

先ほどとは異なり、影から出た影響か攻撃が通る。

 

 

 

「アンリ、バルディア。あいつには物理は効かない。けれど、魔法なら!」

 

「承知。破神剣!」

 

 

 

バルディアが2mは超える黒の大剣を取り出す。

 

そして、死精霊騎士へと切りかかり、剣戟が響く。

 

 

 

「アレは魔剣?」

 

「はい。とある鍛冶師が作り出した魔剣。名をアスカロンですわ」

 

「はああああああああ!」

 

 

 

バルディアと死精霊騎士が向かい合い、バルディアの一撃が切り伏せる。

 

 

 

「やったか?」

 

「いえ、まだです。あいつは回復します」

 

 

 

私の言葉通り、死精霊騎士の損傷した身体が元に戻る。

 

やっぱり、尋常ではない回復力だ。

 

 

 

やはり、攻略法はゲーム通りのようだ。

 

開発陣がおふざけで造り出した怪物に唯一、通じる攻撃。

 

 

 

——死精霊を精霊へと戻すしかない。

 

 




今後ともよろしくお願いいたします。
可能な限り、毎日更新頑張ります。


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13話 攻略開始ってね

死精霊騎士。

 

それは、ゲーム内では未知の敵として登場した。

 

姿は鎧を連ねた騎士に見え、人としか思えない。

 

だが、尋常ではない移動速度、防御力を誇り、大剣を一振りするだけで、暴風が吹き荒れる。

 

殺し屋とは違うベクトルのヤバさを持つ怪物だ。

 

 

 

序盤にして、そんなヤバい奴らと二回も会うとは。

 

私は呪われているみたいだ。

 

 

 

「レミリア、それで何をすればいい」

 

 

 

だが、私はゲーム終盤までの知識がある。

 

死精霊騎士の正体が元精霊であり、もとに戻す手段があることも。

 

 

 

「レイフォード様。全ては貴方のお力に掛かっています」

 

 

 

そう、これは王族であるレイフォード様にしか任せられない。

 

全ての発端である、精霊としての死。

 

その原因は、かつて繁栄した旧帝国の物語に記されていた。

 

 

 

精霊を裏切り、魔素を奪おうとし失敗した旧帝国。

 

その呪いとして、国内の魔石が全て、灰色へと移り変わる大事件。

 

“灰色の粛清”

 

 

 

それを知らないと、正体すら予想できないだろう。

 

私も途中までは、殺し屋の仲間だと思っていた。事実、殺し屋が出現すると必ずセットで現れる。

 

疑うなと言う方が難しい話だろう。

 

だが、実態は異なる——

 

 

 

「レイフォード様。あれは精霊です。だから、契約ができます」

 

 

 

そう、精霊と人は契約を結べる。

 

魔素は変質しているが、その本質は同じ。

 

人を愛し、精霊を導く王。

 

 

 

大精霊ムー。

 

三大精霊の一つ。

 

 

 

「アレと契約だと? いくら何でも難しいだろう。君とは違い、私は魔力を持たない」

 

「そうですわね。でも、レイフォード様ならできますわ」

 

「無理難題を言うな。だが、信じよう」

 

「ほんとですか?」

 

 

 

てっきり、もっと疑うかと思ったが、すんなり受け入れてくれた。

 

普段、疑念の眼を向ける彼らしくない。

 

ゲーム内でも、初期のレイフォード様はツンツンで、主人公の言うことは何一つ聞いてくれないのに。

 

 

 

「早くしろ。猶予が無いだろ?」

 

「は、はい。レイフォード様には、魔力がありません。ですが、魔力無しでも契約はできますわ」

 

「魔力無しで契約だと……?」

 

「ええ。魔力の有りなしは、魔力回路という循環路の効率が良いか悪いかを示します。レイフォード様の場合、魔力回路の効率が鈍い……人並……普通なだけですわ」

 

「ぐう」

 

「ええと、それは事実ですから、怒らないで聞いてくださいね?」

 

「……ああ、分かっている」

 

 

 

絶対に分かっていない眼だ。

 

だけど、状況が緊迫しているからか、文句を飲み込んでくれる。

 

 

 

「精霊との契約。それに、魔力回路は関係ありません。あるのは、魔力庫と呼ばれる、魔力を体内に蓄えるものです」

 

「魔力庫……?」

 

「いうなれば、精霊を収める箱のようなものですね。魔力庫が大きいほど、高位精霊を入れることができます。反対に、小さければ微精霊としか契約できません」

 

「なるほど……。なら、レミリア。君は、精霊と契約しているのか? 君ほどの魔法の使い手であれば、高位精霊と契約していても何らおかしくはない」

 

 

 

痛いところを突かれます。

 

確かに、私の魔法力はゲーム知識が合わさり、最強に近いものです。

 

ですが、精霊とは契約していません。

 

それは、妹のフィアナもそうです。

 

 

 

はぁ……言いづらいなあ

 

けど、言わないと進めないし……

 

 

 

「……私は契約していません」

 

「それなら、どうして魔法を使える? 精霊と契約なしで、あんな凄い魔法を使えるものなのか?」

 

「——私、精霊に好かれる体質みたいで」

 

「は……?」

 

「契約しなくても精霊たちが力を貸してくれるのです——正確には、微精霊といって、自我が幼い子ですけど」

 

 

 

そう、私とフィアナ。その他にも、魔法を扱える大多数は精霊に愛されている。

 

魔力回路が優れていることに加え、精霊好みの魔素を持っているかによって左右される。

 

 

 

ゲーム終盤、精霊が好む魔素はかつて、武勲を立てた英雄たちの子孫に強く惹かれるといった裏話が出たときは納得したものだ。

 

ヴァーシュピア家は武勲を立て、成りあがった経緯があるからなおさらだ。

 

 

 

「なるほど。俄かには信じがたいが。君が嘘をつくとは思えない。よもや、こんな状況で、な」

 

「流石の私も、アンリとバルディアが時間稼ぎをしてくれる時に嘘はつきませんわ。レイフォード様に嘘をついたことがありましたか?」

 

「ふっ……それで私はどうすればいい」

 

 

 

少し笑われた気がする。

 

まあ、気のせいでしょうけど。

 

あの腹黒レイフォード様が花の咲くような笑顔で私を見るはずもありませんし。

 

きっと、勘違いです。

 

 

 

「方法は簡単です。精霊に認めさせるのです」

 

「認めさせる、か。そこまで言うのだ。具体的な方法は決まっているのだろうな?」

 

「拳で語りかけるのです、古今東西、古から拳で語り掛ければ通じま……う、嘘です。だから、そんな怖い顔で睨まないでください」

 

 

 

ああ、怖かった。

 

真面目な場面で茶化そうとした私も悪いが、いきなり人を殺しそうな視線を向けられるとは思っていなかった。

 

これが暗黒面Verレイフォード様か。

 

怒らせない様にしないと……

 

 

 

「で、本当はどうすればいい?」

 

「精霊のコアを掴み、語り掛けるだけです。拳ではなく、言葉で。誠心誠意、心を込めて話してください」

 

「精霊のコアとはなんだ?」

 

「精霊って、魔素で覆われたコアみたいなものがあるんです。それを手のひらで包んで、話せば伝わります」

 

「……この状況で、か?」

 

「それは、二人を信じてくださいよ」

 

 

 

まあ、なるようになるだろう。

 

あの二人は、迷宮攻略者だ。

 

私とは違い、本物だ。だからこそ、少しの猶予は生まれるだろう。

 

 

 

「まぁ、私も戦いますけど。“フレア”」

 

 

 

炎球を無数に生み出し、死精霊騎士へと向ける。

 

アンリの魔法、バルディアの斬撃を掻い潜り、逃げ惑う敵を吹き飛ばしては、魔素を消耗させていく。

 

 

 

(なんだか、君の方が物騒だ)

 

 

 

レイフォード様が何か言いたげですが、今は無視です。

 

少しばかり、本気を出しても問題ない敵です。

 

だからこそ、今は全力で対峙しましょう。

 

 




次回、決着です。
よかったらお気に入りと評価お願いします。
書き続けるモチベになります。


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14話 契約の鎖ってね

「“フレア”」

 

 

 

無数の魔法に斬撃が死精霊騎士へ損傷を与える。

 

だが、黒鎧が瞬時に損傷を修復し、その敏捷な身のこなしは、アンリの視界から突如消え失せる。

 

 

 

「ハアアアアアアア!」

 

 

 

頭上からの全霊を込めた一撃。

 

だが、それを遮る影。

 

 

 

「グォオオオオオオオオオオッ」

 

 

 

バルディアの魔剣アスカロンが死精霊騎士を吹き飛ばす。

 

そして、一振りで無数の傷跡が刻まれていく。

 

 

 

「これが魔剣……いや、違うな。彼の技量か」

 

 

 

思わずレイフォード様が零す。

 

それ程に技量を感じさせる剣跡だ。大剣にも関わらず、繊細な動きは死精霊騎士の俊敏な動きを逃さず、正面から叩き潰す。

 

 

 

怪我を顧みず、正面から挑む姿は英雄譚の一頁のようであり、自然と兵士の士気を上げていく。先ほどまで困惑していた兵士らも加わり、陣形を組み、敵を取り囲む。

 

 

 

「流石の耐久力なのですね。レミリア様、あの敵……死精霊騎士でしたか。どの程度、魔力を持つのでしょう?」

 

「そうね。ただの精霊なら今頃力尽き果てるでしょうね。だけど、あれは大精霊。それも、とある国を守護した精霊王よ。ちょっとやそっとじゃ、倒れないわ。だから、いつまで経っても戦いは終わらないの」

 

 

 

かつて、旧帝国と戦い。

 

王族を皆殺しにした経緯を顧みるに、少しでも攻撃を緩めれば、くびを斬られる。

 

今、拮抗しているのは、バルディアの大剣アスカロンの相性が良いからだろう。

 

 

 

「そんな……!」

 

 

 

アンリの表情が青ざめる。

 

少しずつ押している気がしていたのだろう。

 

だが——私の眼に映る死精霊騎士の体内には高密度の魔素を感じる。

 

アレが全て解放されれば、この場にいる全ての生物は吹き飛ぶだろう。

 

 

 

「だけど、攻略法はある。だから、その為に力を貸してほしい」

 

「攻略法ですか? それは先ほど、レイフォード様にお話しされていた契約でしょうか?」

 

「ええ。あの精霊と契約できるのは、この場ではレイフォード様だけよ」

 

「どうして、分かるのですか?」

 

「それは私がゲー……図書室の歴史書に書いてあったのよ。旧帝国の祠に眠る大精霊の逸話。灰色の精霊が居るってことを」

 

 

 

思わず、ゲーム内で知ったと暴露するところでした。

 

まあ、ゲームで知った知識と話しても、この世界にはテレビゲームが無いから、カードゲームとか盤上ゲームとかの方でしかイメージが付かないけど。

 

それでも怪訝に思われるのは間違いないでしょう。

 

 

 

もし魔女の称号があれば、死精霊騎士の仲間と勘違いされ、国家反逆罪として追放される可能性すらあります。現に、似たような追放イベントがありましたし……。

 

 

 

「そうなのですね」

 

 

 

すんなりと納得してくれた。

 

さっきから、私の発言力強すぎでは?

 

王子ですら疑わないとは……嘘ではないけど。これで間違えていたら極刑ものね。

 

 

 

「契約するには、一時的に動きを止める必要があるの」

 

「動きを止める。それは、魔鎖を繋ぐという考えでしょうか?」

 

「ええ。魔鎖をアイツの首根っこに繋いで、重力魔法で地面に押し付けてやるわ」

 

 

 

魔鎖。

 

それは、魔力で出来た契約の鎖だ。本来、契約を結ぶときに、縁を切らないよう呪い的な役割として使う。

 

一度、繋いだ鎖は相手の魔力を通し、しばらく外れない。

 

無理に外そうとすれば、大量の魔力を持っていかれる。

 

 

 

——この魔法は、ゲーム内の魔法創作コンテストでプレイヤーから応募されたものを開発陣がノリノリで改悪したものだ。

 

 

 

デメリットとして、術者は一時的に体内の魔力を全て持っていかれる。

 

勿論、自然治癒で回復はするが、数週間は魔法を使えず、魔力回路がギシギシ悲鳴を上げ、最悪、魔力枯渇による激痛が来るだろう。

 

 

 

だから誰もが使いたがらない。

 

だからこそ、勝機がある。

 

——なんせ、亡霊である死精霊は魔鎖を知らない

 

 

 

「——私がアイツを繋ぐ。だから、その為の時間稼ぎをお願い」

 

「はい!」

 

 

 

アンリが参戦し、情勢が良くなる。

 

バルディアとは違い、アンリは魔力が尽きれば終わり。

 

だから、限られた時間で勝負を決めなくては——

 

 

 

「契約者。汝に記す。これは全ての権能。過去を閉じ、今に刻みもの————」

 

 

 

契約を結ぶべく、詠唱を唱える。

 

本日二度目の魔法は、ゲーム内では最悪と罵られた呪い。

 

 

 

「——汝は我の僕となる。ここに盟約を結び、証を刻む。“コネクト”」

 

 

 

私の魔素を全て昇華し。

 

目に映るほどに純粋な魔素が鎖となり、宙を走る。

 

 

 

「繋ぐ、繋ぐ!繋ぐ!!」

 

 

 

魔鎖をイメージし、怪物へと向ける。

 

俊敏に逃げるが、アンリとバルディアが動きを狭める。

 

 

 

それに、兵士も逃げないよう包囲網を作る。

 

 

 

「——これ……ね」

 

 

 

感覚が変わる。

 

暗く深淵に至りそうな程に深い闇。

 

その最奥。

 

 

 

「“コネクト”」

 

 

 

私の魔鎖が掴んだ。

 

大精霊の存在を。

 

 



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15話 契約の誓ってね

 

「――掴まえた」

 

 

 

魔鎖が死精霊騎士のコアへと接続された。

 

その瞬間、夥しい量の情報が脳を埋め尽くす。

 

それは、ゲーム内でたった一枚絵に過ぎない、大精霊ムーの記憶。

 

 

 

友と信じ、契約を結んだ幻王アース。

 

だが、国の繁栄を優先し、魔石に大精霊をバラバラに切り刻み、閉じ込めようとした悪意。

 

その結果、大精霊は契約を断ち切り。

 

国全ての輝く魔石を全て、二度と魔素を宿さない石屑へと変貌させた。

 

 

 

「これが貴方の記憶……」

 

 

 

醜悪な人の心を知り、全てを復讐へと向けた。

 

故に旧帝国は力を失い、今では小国へとなり果てた。

 

これは――ゲームでは描かれていない物語。

 

 

 

誰の目にも記録にも残らず。

 

大精霊だけが持ち続けた後悔。

 

 

 

「だけど――彼なら。レイフォード様なら大丈夫」

 

 

 

だって、彼は主役なのだから。

 

魔法を扱えない無能と蔑まれ、血筋しか認められていなかった少年。

 

だが――ここを境に変質する。

 

 

 

「――これでもくらいなさい!」

 

 

 

魔鎖を強く引き、地面へと思い切り叩きつける。

 

腕力だけではなく、魔鎖の伸縮力を遺憾なく発揮した衝撃力は死精霊騎士を頭から地面へと叩きつけられる。

 

 

 

流石の死精霊騎士と言え、今の一撃は相当応えたようだ。

 

手にしていた、黒剣を落とす。

 

 

 

「――レイフォード様、今ですわ!」

 

「ああ。後は任せておけ」

 

 

 

レイフォード様の手が死精霊へと伸びる。

 

そして、両肩を掴む。

 

 

 

「僕はレイフォード。君と話がしたい。君の目的は復讐か。それとも――期待か」

 

 

 

唐突な問いかけに誰もが息をのむ。

 

私が予想していたのは、王子としての地位を使った交渉術だと考えていた。

 

だが、レイフォード様は違うことを告げる。

 

 

 

「復讐なんて意味がないとは思わない。だが、君の復讐をするべき相手は誰だ?」

 

「アア」

 

「残念ながら、君が憎み、心の底から亡ぼしたい国は存在しない」

 

「……」

 

 

 

レイフォード様の言葉に、死精霊の動きが止まる。

 

そして、首を傾げ、顔を向ける。

 

黒く染まった影で、表情はうかがえない。

 

 

 

「君がすべきこと。それは何だと思う。それが、分からないからこそ、暴れているのなら、一刻も早く、辞めるべきだ。君の戦いは数百年前に終わっている。君の復讐は既に達成されている。なんせ、帝国の人間は、魔法を使えないのだから」

 

 

 

帝国。

 

それは、私たちが住まう国の隣に位置する。

 

迷宮を通らずとも、飛竜に乗れば、数日で行けることもあり、僅かにだが交流はある。

 

そして、その国にとって私たちの国は必要不可欠な存在だ。

 

 

 

「レイフォード様の言う通り。帝国は未だ魔法を使えないわ。――貴方が残した魔石の成れの果て、黒魔石は国中の魔素を吸い続けている。貴方が望んだとおりにね」

 

 

 

魔法の無い国。

 

その原因たる黒魔石。

 

いかなる魔法も分解し、魔素として吸収する。

 

鋼鉄の武具ですら、傷一つ付けられず。

 

鉄よりも重い重量により、移動することさえ叶わない。

 

まさに――大精霊の残した呪い。

 

 

 

「ガガガああ」

 

「全く恐ろしいわ。貴方は大国を崩壊させたのよ。魔法大国だった旧帝国も今じゃあ、機械化を推し進めるしか、生き残れない敗戦国よ」

 

「そうだな。まあ、我が魔法騎士団ですら、あの石の前では無力であるが。……この国に限れば、それも問題は無くなる。いくら、相手が機械兵器を持って来ようとも、優秀な魔法使いが大勢いる我が国の敵ではない。」

 

「ギイギギ――イミトハ」

 

 

 

初めて、死精霊が言葉を発する。

 

意味。たぶん、契約を結ぶ意義が理解できないのだろう。

 

かつて、契約者に裏切られたムーにとっては余計に。

 

 

 

「メリットか。そうだな。貴方が亡ぼした旧帝国。その歴史書をお見せできるな。それに、今の帝国がどうなったかその行方も分かるだろう」

 

「イマ」

 

「ああ。君が憎んだ旧帝国。だが、指導者は何代も変わっている。今もなお、憎み続ける対象であるか、貴方には確認する義務がある。亡ぼしたのであれば、その後の責任を負うべきだろう」

 

「セキニン」

 

「僕と契約すれば、帝国に調査団として、訪れることができる。それで、問題があれば、外交担当として、僕が矢面に立つことも約束しよう」

 

「ドウシテ、ソコマデスル」

 

 

 

レイフォード様がこちらをちらっと見る。

 

なんか、いやな予感が……

 

 

 

「――彼女に頼まれたからな。僕をそこまで信じてくれたんだ。その期待に報いるのは当然だろう」

 

 

 

何だかとんでもないことを口走ったよ、あの王子。

 

まるで、この全ての出来事が私のせいにあるみたいではないか。

 

口を動かし、何とか撤回するように身振り手振りで伝える。

 

すると、少しばかり首を傾げたが、小さく頷いてくれる。

 

 

 

「これは、全て。レミリアが言ったことだからな。貴方と契約することは私にとってメリットがあるのだろうさ」

 

 

 

――ああ、何も伝わっていなかった。

 

むしろ、私が首謀者だと断言されてしまった。

 

まあ、この計画全て、私が招いたことだけど。

 

 

 

「――レイフォード様、私が言いたかったのは——」

 

 

 

何とか、言い訳しないと。

 

このままでは、レイフォード様の親愛度が上がってしまう。

 

それだけは避けないと、魔界に行けなくなる。

 

 

 

だが、瞼がとてつもなく重たい。

 

まるで、寝不足で数週間過ごした時のような感覚だ。

 

 

 

――ああ、私。魔素使い切ったのでした

 

 

 

そこで、私の意識は途絶えた。

 

とてつもない誤解と共に。

 

 



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16話 姫の決意ってね

 

突然だが、私の兄。レイフォードはここ最近、恋をしている。

 

その相手は、私が良く知る人だ。

 

だけど、私がお膳立てしても、望んだ光景は見られない。

 

むしろ、何故かお兄様の評価が下がっているような気すらある。

 

 

 

「お兄様。今日こそは、歩み寄ってくださいね」

 

「なんの話だ?」

 

 

 

場所は王宮のお兄様のお部屋。

 

家庭教師の教えを聞き流すお兄様を見つけ、声をかけたのが先ほど。

 

家庭教師の人曰く、今日は朝からこんな感じで身が入らないのだとか。

 

だから、妹の私に半ば無理やり託されました。

 

 

 

——お悩み相談をして、いつものお兄様に戻してほしいと。

 

まぁ、私から見れば、隠せているかどうかという違いだけで、いつも通りのお兄様だけど。

 

 

 

「……ねえ、本当は分かっているよね?」

 

 

 

私の問いかけに、首を振る。

 

流石は、私に毎日呪詛を掛けられるだけはある。

 

天然もここまでくれば、厄介なのですね。

 

 

 

「リア姉さまとは、最近どうですか? 私、先ほどお会いして、本のお話をしてきました。何でも、星屑魔術について、勉強中のようです」

 

「星屑魔術? 聞いたことがない。カノンは知っているのか?」

 

「聞いたけど、理解できなかったよ。でも、三大迷宮を通るのに必要とは言っていたよ」

 

「三大迷宮か……まだ、諦めていないのか」

 

「何を諦めるの? お兄様の恋路?」

 

「違う。まあ関係はしているが」

 

 

 

どうにも歯切れが悪い。

 

ここ最近、迷宮について話すと、毎回顔を歪める。

 

そんなに迷宮が嫌いのなのかな。

 

 

 

「そうなのですね」

 

「そうだ」

 

 

 

これ以上、聞き出すのは無理っぽい。

 

それなら、次は親友に聞いてみることにしよう。

 

 

 

 

 

 

塔の最上階。

 

そこに私の親友、フィアナは居た。

 

 

 

窓には鉄格子が嵌められ、常に複数の騎士が護衛という名の監視についている。

 

少し前は、リア姉さまが居た場所だ。

 

だけど、魔女と聖女、両方なってしまった為に、変わる様にフィアナが閉じ込められている。

 

 

 

本人は魔法の研究ができるから不満は無いと言っているけど。

 

……お兄様と違い、心の底ではどう思っているのか読み取れない。

 

まぁ、聞けば教えてくれるけど。

 

 

 

「カノン、久しぶりね」

 

「うん。久しぶり。それって、新しい魔法書?」

 

「ええ。姉さまが持ってきてくれた。何でも、姉さまが途中まで開発した魔法陣らしいけど。未だに、何の効果があるかは分からないわ。姉さまに聞いても、はぐらかされてしまいますし」

 

「そうなの? そんなに難しいの?」

 

 

 

試しに、魔法書を捲り読んでみる。

 

見たこともない、魔法陣が中央に描かれ、文字がびっしりと書き込まれている。

 

それは、数十頁に渡り、続いている。

 

——そっと、本を閉じる。

 

 

 

「うん、分からない。でも、リア姉さまが天才なのはわかった」

 

「ええ。それは間違いないわ。それで、今日はどんな相談?」

 

「ええと、いつもの。友達の話なの」

 

「ええ。友達ね」

 

 

 

少しばかり含みを持たせた言い方。

 

そんなにフィアナ以外の友達が居ることに驚かれてしまったのだろうか。

 

実際には、フィアナ以外には親友はいないけれど。

 

 

 

「そう、友達の話。その子、最近好きな子ができたの」

 

「ああ。確かに……そうなのですね」

 

「? 何で分かるの?」

 

「前にちらっと言っていましたよ?」

 

「そうだっけ?」

 

 

 

記憶にはない。

 

けれど、頭脳明晰なフィアナが言うならばそうなのだろう。

 

 

 

「そうだったかも。それでね、最近色々とアプローチのお手伝いをしていたの」

 

「常日頃のお礼を準備して、渡したけど、遠慮して受け取って貰えず。さらに、指輪が間違えて入っていたと思われて、返された話ですね?」

 

「? そこまで話したかな?」

 

「風の噂に聞きました。何でも、いきなり指輪を渡されて、婚約者でもないのに困った、どうしようって、言っているのを風の噂で聞きました」

 

「そう、それ。何をどうやっても、おにい、友達の思いが伝わらないの」

 

 

 

もはや、隠そうとしていない姿にフィアナは笑いそうになる。

 

 

 

「それでね、どうすればいいかな?」

 

「アドバイスが欲しいのですか?」

 

「うん。私が何を言っても、うまくいかないから。フィアナなら、妙案があるかなって」

 

「そうね……今は待つべき、かな」

 

 

 

フィアナの答えは私が思い浮かべていたものとは違った。

 

押してダメなら、もっと押せ。

 

これは王族の家訓でもあり、私にとっての格言だ。

 

だけど、反対のことを言う。

 

 

 

「待つ?」

 

「ええ。今はまだ気持ちの整理が出来ていないのかも。だから、もう少し時間をおいてから、親睦を深めてから、もう一度気持ちを伝えてはどうでしょう?」

 

「そうかな。そうかも……ありがとう。次はそう伝えてみる」

 

 

 

持つべきものは優秀な友達だ。

 

私の悩みを瞬く間に解決してくれた。

 

でも、どれくらい待てばいいのかな。

 

数日、数週間?

 

 

 

「一番大事なのは、当人の気持ちだと、私は思いますよ。人によって、関係構築にかかるスピードは違います。一日で絆を結ぶ場合もあれば、数年掛かる場合もあります。それが、恋心ではないでしょうか?」

 

「なるほどです」

 

 

 

私の疑問も直ぐに晴れた。

 

ここ最近、お兄様とリア姉さまの関係が縮まらず、モヤモヤしていたけど、もう少し待ってみよう。それでもだめなら、呪詛の回数を増やそう。

 

 

 

大好きな二人が結ばれれば、私も幸せな気持ちになれると思う。

 

いつか、二人仲良く歩く姿を後ろから見るのが、私の夢だから。

 

 



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17話 高位精霊ってね

なんだかんだ言って迷宮攻略から無事に生還し、数日。

 

私とフィアナは王城へと招かれました。

 

 

 

いつもなら、カノンのお誘いですが珍しいことにレイフォード様直々です。

 

何を考えているのか分からないけど、フィアナも一緒だから恋愛とは無縁だと思う。

 

おそらく、迷宮での出来事の話かしら。

 

 

 

「姉さま。この前の大精霊様の話ですが、本当に外交に同行させるつもりなのですか?」

 

「ん? ああ、その話ね。それなら、たぶん問題は無いと思うわ。今の帝国を見て、心が動かされる程に酷い有様ではないでしょうね」

 

「それは、そうかもしれません。私たちの国を頼らなければ、やっていけない程に大精霊様の呪いが強かったのですね。ですが、今の帝国がそのことを知っているのですか? もしも公になれば、反乱がおこる可能性ですらありえます」

 

 

 

大精霊が残した負の遺産。

 

それは、数百年数千年経っても残り続けている。

 

私たちですら、魔法を使えるは微妙だ。全力の私の攻撃がどれくらい弱体化するのか。

 

それは興味がありますね。

 

 

 

「まあ、最悪の場合、私が抑え込むから心配しないでいいわ」

 

「相手は大精霊ですよ? 姉さまのお力は分かっていますが……」

 

「帝国に行かなければ問題ないはず。それに、その時はフィアナ、助けてくれるでしょ?」

 

「当然です。姉さまが戦うと決めたのなら、どんな相手でもお手伝い致します」

 

 

 

強い決意をフィアナから感じる

 

そんなに私が頼りないのかしら?

 

確かに才能はフィアナの方が上ですし、私と違って、守護の力はすごいけど。

 

……違うか。

 

 

 

私のことを心の底から心配してくれているのだろう。

 

殺し屋と戦闘中、最後まで私を護ってくれた。それ程に、私のことを強く想ってくれるから。

 

 

 

「——ええ。その時は、お願いするわね」

 

「はい。お困りになったら、いつでも声をかけてくださいね。私は、お姉さまの妹なのですから……なんでも相談してください」

 

 

 

優し気な声は聖女に相応しく、私の眼に映る。

 

私の行動で、聖女と魔女、両方受け取ってしまったことを謝罪するべきなのに、真実を知らない妹は優しく接してくれる。

 

もし、私のせいだと知ったら、どんな行動に出るのだろうか。

 

糾弾……はしないだろう。それくらい分かる。

 

 

 

貴方が魔女になったのは、私が魔女認定を受けなかったから。

 

その事実を墓まで持っていくかは、まだ分からない。

 

 

 

それに、ゲーム内の出来事など知る由もなく、私から話しても、心労を和らげようと気遣ってくれたと思うのかもしれない。

 

だからこそ、少しでも迷惑をかける訳にはいかない。

 

 

 

――フィアナには幸せに過ごしてもらいたいから。

 

不運な運命になんて、姉である私がさせない。

 

 

 

「——レミリア、こんな所に居たのか。来るのが遅いから事件にでも巻き込まれたのかと思ったぞ」

 

「レイフォード様、本日はお招き頂き、ありがとうございます」

 

 

 

少しばかり、長話が過ぎたようだ。

 

レイフォード様本人が、門の前で出迎えてくれた。

 

 

 

本日のレイフォード様は、黒のジャケットを着崩している。

 

少しばかり、意外だ。真面目な彼が不良染みた格好をするなんて——。

 

一枚絵ですら、見たことがない。

 

 

 

「うん? ああこの格好か。これは、アイツが……」

 

「アイツ?」

 

「ああ。精霊に揶揄われることが多いのさ……今日は特にな」

 

 

 

私は精霊と契約していないから分からないけど、随分と悪戯っ子みたいだ。

 

もしも私と契約していたら、今頃決闘にまでこじれる可能性すらあった。

 

一応、心の広いレイフォード様だから、手を焼いているだけで済むのだろう。

 

――内心は怒り狂っているかもしれないけど。

 

 

 

「それで、精霊は今どちらに……?」

 

「ああ。今はカノンが相手をしてくれている。普段、協力してくれることなんてないのに。珍しいこともあるのだな」

 

「そうですね。カノンは自由奔放ですからね。でも、性根は良い子ですから、レイフォード様の気心を察してくれたのでしょうね」

 

「そうかもな」

 

 

 

何故だか、フィアナが小さくため息をついた。

 

聞こえないと思っているようだが、微精霊の魔法により、鮮明に聞こえてくる。

 

想い、好き、など意味の分からない情報が聞こえてくる。

 

 

 

今の話とは繋がらない。

 

けれど、想いや好きはカノンのことだろう。

 

それがどちらからの感情かは分からないけど。

 

 

 

「まあ、カノン相手には強気には出られないようだし、被害は出ないだろうさ」

 

「カノンなら、手懐けてもおかしくはないですね」

 

 

 

カノンは万物に好かれる魔素を持っている。

 

故に、ゲーム内では真の聖女と神格化されていた。

 

ゲームクリア後ですら、その正体は明らかにはならなかったが、何かスキルのようなものでも持っているのかもしれない。

 

それか、本当に神々の祝福があるのかも。

 

 

 

「それで、レイフォード様。本日はどのような御用ですか?」

 

「ああ。大精霊様について、な。契約者にはなったが、私は魔法を使えない。だから、今のお力がどの程度なのか。それを知りたくてね」

 

「それならば、バルディアと模擬戦闘でもすれば、直ぐに分かるのでは?」

 

「ああ。僕もそう思い、お願いをしたのだが……他国の王族に剣を向けることなどできない、そう言われてしまってはどうにも、な」

 

 

 

フィアナは当然ですねと頷く。

 

確かに、いきなり他国の貴族や王族に模擬とはいえ、戦えとは言われては困惑するだろう。

 

私ですら、レイフォード様と戦えと命令されても、断るだろう。

 

 

 

「それで……レイフォード様はどう考えられたのですか?」

 

 

 

私が考えていたことと同じことをフィアナが聞く。

 

少しばかり。いえ、見たこともない程、青ざめた表情を浮かべながら。

 

 

 

「ああ。レミリア、君に模擬戦を申し込む」

 

「はぁ……ええと、ええ? 本気ですか?」

 

「無論だ。僕が冗談をいうように思うかい?」

 

「ないですね」

 

 

 

あろうことか意味不明な内容を口走る。

 

それは、つまり。

 

 

 

「王族に剣を向けろと。そういう意味合いでしょうか?」

 

「まあ。そうなるな」

 

 

 

私が言わんとしていることを理解してくれたのか、声がしぼむ。

 

だが、眼はマジだ。

 

本気で、模擬線をしようとしている。

 

 

 

「つまりは、他国ではない。私なら、問題ないと?」

 

「ああ。この場には二人以外には誰もいない。だから、誰かに戦いを見られることもない。大精霊様の本気を見られるという訳だ」

 

 

 

な、なるほど?

 

何だか、何を言っても考えを改めることがないように感じる。

 

 

 

「分かりました。でも、戦うのはあくまで、大精霊様だけ。レイフォード様は安全な所から指示をするだけ。それならば、お受けいたしましょう」

 

 

 

これ以上の譲歩は無い。

 

王族に剣を向けるのはできない。だが、精霊ならば、多少は言い訳できるだろう。

 

その時は、レイフォード様直々に説明してもらえばいい。

 

 

 

「ああ、分かった。それで頼む」

 

 

 

迷宮では、負の感情に覆いつくされていた大精霊。

 

だが、レイフォード様と契約したことで、その枷は外れた。

 

 

 

冷静沈着な精霊と戦えば、すんなりと倒せないだろう。

 

だが、これは好機だ。

 

 

 

 

 

――いつの日か、帝国に牙を向くかもしれないとき、私が対抗できるかを知るチャンスだ。




お気に入り、評価して頂き、
ありがとうございます。
今後もよろしくお願いします。


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18話 雷霆迫撃ってね

大精霊との決戦は王族専用の闘技場で行うこととなった。

 

せっかく、王城に来たのにカノンとお茶会を開くこともなく残念だ。

 

 

 

「――それで、どのような作戦で戦うのですか? やはり、炎系統の魔法で攻めるのですか?」

 

「そうね。最初はそれで様子見をするつもりよ。基本的に、防御魔法は使えないし、ひたすら攻撃を続ける展開に持っていこうかしら」

 

 

 

無限に近い魔法の中でも、私が得意とするのは炎系統だ。

 

闘技場であれば、少しばかりはめを外して、広範囲魔法で暴れるのも手かな。

 

だけど、大精霊がボロボロにしては、他貴族から厄介なことを言われる可能性もあるし、手加減も必要かな。

 

 

 

「――姉さま。どうか、油断だけはしないでくださいね。姉さまはお優しいので、情けを掛けてしまうかもしれません」

 

「ええ勿論、徹底的に潰すよ? それに、もしも私の力が通じない場合には、直ぐにリタイアするつもりよ。負け戦なんて意味のないことをして、消耗する意味もないしね」

 

「それならいいですが。……姉さま、頑張ってください」

 

「ええ、ありがとね。フィアナの期待を裏切らないよう、全力で勝ちに行くわ!」

 

 

 

闘技場に着いた私とフィアナ。

 

少し遅れて、レイフォード様と大精霊も現れる。

 

大精霊の姿は、以前見た死精霊騎士とはうって変わり、白い。

 

 

 

全身が黒く、表情すら読み取れなかった顔ははっきりと見える。

 

どこか、レイフォード様を幼くした姿に、戸惑ってしまう。

 

 

 

「あの、レイフォード様。そちらが、大精霊様でお間違いないでしょうか?」

 

「ああ。私と契約した大精霊であっている。……以前の姿とは違い過ぎて、驚くのも無理は無いが、正真正銘、大精霊ムー様さ」

 

「それならいいですけど。その姿は……」

 

「ああ、私の魔素に毒されてしまったとのことだ。何でも、王族の魔素は少しばかり違うようでな」

 

「そうなのですね。――大精霊様、本日はよろしくお願いいたします」

 

 

 

そこで、初めて大精霊の目が私へと向く。

 

少し、いやかなり好戦的な視線を向けてくる。

 

私、そんなに恨まれるようなことをしたかしら?

 

 

 

『あの時の小娘か。……その身体にとくと味わってもらうぞ』

 

「ええと? なんの話ですか?」

 

『しらばっくれる。我を蹂躙したことを忘れると思うか』

 

「あの、話が見えないのですが。貴方に攻撃をしたのは、バルディアだったはずで……」

 

「レミリア。大精霊様が言っているのは、私が契約する直前のことだ。君が使った魔法の効果を思い出せば分かる」

 

「あの時ですか。少しばかり、曖昧なのですが。ええと、魔鎖を大精霊様に繋げて、その後は……地面に叩きつけ――」

 

 

 

大精霊様の動きを止めるべく、魔鎖を伸縮し脳天から地面へと叩きつけたのだった。

 

バルディアの攻撃は全然通用していなかったのに、あの攻撃だけは呆然としていたような。

 

 

 

『我を地へ這いつくばさせたこと、忘れたとは言わせん』

 

「なるほど。ですが、あの時の私の判断は間違っていたとは思いません。あの時の、貴方は冷静さを欠いていました。現に、あれが無ければ暴走したままでしょう?」

 

 

 

少しばかり、思い当たるのか追撃はしてこない。

 

だけど、私を見る眼がより一層、強くなった。

 

そして、突風が強まり、弱まる。

 

 

 

『小癪な……生まれたての若輩が……』

 

 

 

私ではない存在へと毒を吐く。

 

おそらく、微精霊や精霊が私に襲い掛かる魔法を撃ち消したのでしょうね。

 

大精霊と言え、数千を超える精霊を相手にするのは難しいはずです。

 

それに、この場に占める魔素の量は限られている。

 

 

 

なんせ、レイフォード様が来る前に辺り一面の魔素を食事するよう、精霊たちにお願いをしている。だから、大精霊は体内とレイフォード様の魔素で魔法を賄うしかない。

 

この勝負、始まる前から私の優勢だ。

 

 

 

「では、始めようか。だが、レミリア、大精霊様。相手を吹き飛ばす程度に収めてほしい。流石の私でも、生存をかけた模擬戦は承認できないからね」

 

 

 

それなら、この勝負自体を止めて欲しいものです。

 

だけど、これまで魔法を使えなかった殿下が、初めて魔法を使う瞬間を楽しみにしているのが、表情から声から分かってしまう。

 

それを止めるのは、私たちには無理な話だ。

 

だからこそ、全力全霊で、攻撃をするしかないのだ。

 

 

 

「ええ。準備は出来ていますわ――フィアナ、レイフォード様に防御魔法をお願い」

 

「分かりました」

 

 

 

レイフォード様とフィアナを包み込みように防御魔法が発動する。

 

その硬さは私の全力をもってしても、骨が折れる程の強度だ。

 

あれならば、問題はないだろう。

 

 

 

「では……行きますわ」

 

『掛かってこい、少女』

 

 

 

 

 

大精霊との距離は数十メートル。

 

中距離魔法で先制ね。

 

 

 

「“サンダーボルト”」

 

 

 

空中に魔法陣を描き、魔素を流す。

 

次の瞬間、魔法陣が揺らぎ、真直ぐ雷が降り注ぐ。

 

そして、大精霊の身体に当たる瞬間、消え失せる。

 

 

 

「な……ッ⁉」

 

『この程度、避ける必要も無い』

 

「それなら――“フレア”」

 

 

 

炎の塊が地面を溶解する勢いで突っ込む。

 

だが――

 

 

 

『無駄だと分からないか』

 

「なんで……ッ」

 

 

 

私の魔法は発動した。それに、魔法障壁に当たった感覚もない。

 

それなのに、大精霊は無傷のままだ。

 

 

 

「なにか絡繰りが……」

 

 

 

何か魔法を使っている?

 

それで打ち消したと考えるのが自然だ。

 

だけど、そんな素振りは無く。未だ、魔法を使っている様子もない。

 

であれば、スキル?

 

 

 

『一つ言っておく。我に魔法は通じない。これは――私の呪い』

 

「呪い……? それって、もしかして旧帝国の――」

 

『ようやく気付いたか。愚か者……誰があの現状にしたと思う』

 

 

 

ようやく気付いてしまった。

 

だけど、それは異常だ。

 

――魔法を使えなくすることができるなんて

 

 

 

『では、我も動くとするか』

 

 

 

次の瞬間、空を無数の光が埋め尽くす。

 

それは、先ほど私が放った魔法に酷似している。

 

 

 

「それは、私の……」

 

『気づいたか。だが、遅い。“サンダーレイン”』

 

 

 

空から無数に雷霆が轟く。

 

轟音と共に、地面は抉れ、砂煙が吹き飛ぶ。

 

 

 

「“フレイム・ウォール”」

 

 

 

雷霆を炎の障壁で相殺する。

 

だが、衝撃は止められず、私の身体が後ろへと吹き飛ぶ。

 

 

 

「……ッ!」

 

 

 

声にならない苦痛を背中で受け、肺の空気が吐き出される。

 

頭がチカチカと痛み、視界は涙でぼやける。

 

 

 

『ははははぁぁぁああああああああ』

 

 

 

嘲笑を浮かべ、全身で嗤う大精霊。

 

その眼は復讐心が見え、未だなお途切れない。

 

 

 

『この程度で終わりだと思うなよ』

 

「レミリア……ッ! 大精霊様、約束が違う!」

 

『殺してはいない。それに、小娘もまだだ』

 

「っ……ッ。え、ええ。勿論ですわ。このまま勝利を譲るつもり訳がないでしょう」

 

 

 

私には、ゲームで培った無数の魔法がある。

 

例え、この身体が回復魔法を使えなくても、それで諦める程、物分かりもよくない。

 

それに、この場で大精霊を抑え込めなければ……いつか災厄となって降り注ぐ。

 

 

 

「――まだ、これからですわ」

 

 

 

フィアナが今にも駆けだしそうな程、心配そうな表情を浮かべている。

 

レイフォード様も、予定とは違う結末に叫ぶ。

 

 

 

「私の本気、見せてあげますわ。もう一度、地面に這いつくばさせて見せますわ」

 

「レミリア。何を……?」

 

「空から響く、鐘の音――“レコード”」

 

 

 

これで、ダメならもういい。

 

全てをこの魔法に託す。

 

 

 

「――――“サウンド・ベール”」

 

 



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19話 私の本気ってね

 

 

「――――“サウンド・ベール”」

 

 

 

刹那、空間に歪が走る。

 

空気を割き、魔素を振動させていく。

 

 

 

“レコード”。

 

音魔法の中で平凡な魔法だ。

 

音を魔素として録音し、解き放つだけ。

 

如何に大音量であろうと、もとの音量に依存する為、空間を歪める程には至らない。

 

眼下で爆発音を目の当たりにしたのに比べれば、衝撃しか無いのと同じ。

 

飛び散る破片、熱量は無く、猫騙し程度の魔法。

 

 

 

だが――。

 

それを改良した魔法がある。

 

私の友達がコンテストに応募した魔法。

 

惜しくも選考には選ばれず、認められなかった。けれど、その威力は、効力は理解すれば、とんでもないものだ。

 

 

 

四精霊とは異なる系譜。

 

名を、“サウンド・ベール”。

 

――衝撃力に特化した魔法。

 

 

 

「食らいなさい……ッ!」

 

『無駄だ』

 

 

 

魔法が発動し、周囲の空気を切裂き、轟音となって宙を掛ける。

 

そして、精霊へと伸びる。

 

 

 

「我に魔法は効かん……は、ぁぁぁぁあああああああああ⁉」

 

 

 

確かに魔法は効かないのだろう。

 

魔素を持つものは全て、打ち消すのだろう。

 

だが――これは……

 

 

 

「油断した貴方の負けね」

 

 

 

精霊を強く弾き、天へと吹き飛ばす。

 

何度も衝撃音が響き、精霊が天へ空へと舞う。

 

 

 

「魔法が聞かないのは分かった。それなら空間ごと打ち上げるだけ」

 

『あ、あが、ガぁぁぁアアアアアアアア』

 

 

 

精霊の悲鳴が飛ぶ。

 

縦横無尽に空を飛ぶ精霊は、何かに強く打ち付けられる。

 

 

 

「ね、姉さま。あの魔法はいったい……? ただの音魔法には思えません。そもそも、大精霊様には魔法は効かないはずじゃあ?」

 

「そうね、魔法であればね」

 

「で、では、あれは魔法ではないのか? だが、そんなこと、流石のレミリアでも不可能だろう?」

 

 

 

フィアナとレイフォード様、どちらとも困惑している。

 

途中まで、私の攻撃が何一つ通用していなかったのだ。それに加え、旧帝国の魔法を使えない呪いまである。

 

困惑してしまうのも無理は無いだろう。

 

 

 

「あれは、魔法というよりは、ただの風よ」

 

「風……?」

 

「ええ。大精霊は周囲の魔素を分解できるのでしょうね。だけど、その距離は無限ではない。もしそうなら、最初から私の魔法を潰して、絶望でもさせられたはずよ」

 

「確かに、姉さまの魔法は発動していました」

 

「であれば、魔法自体の使い方を変えれば済む話という訳か。だが、どうやって――」

 

「簡単ですわ。空間ごと、閉じ込めただけですわ。空気丸ごと、広範囲を封じ込め……例えるなら、風船の中にでも閉じ込めたってところでしょうか」

 

 

 

もとの世界なら実現が難しいだろう。

 

風船のように、内部に閉じ込めても重量がある分、空気よりも重たい分、大精霊が浮くはずがない。だが、この世界には魔法がある。

 

例え、人サイズであっても、風魔法を駆使すれば、一人分くらいは何とかなった。

 

 

 

「なるほど。私のバリアのようなもので、相手を囲み、内部の空気ごと、上空に吹き飛ばしたのですね。そんなことが可能なのですね」

 

「ええ。精霊の力を借りてね」

 

「だとすれば、あの内部は……」

 

「ええ。上空にあげる代わり……内部の圧力は相当でしょうね」

 

 

 

精霊は中心からずれていない。それはひとえに、内部の圧力が中心へと向かっているからだ。

 

外から空気を圧縮し、閉じ込める。

 

もしも、人相手に使えば、身体中が砕け、原形を保てないはずだ。

 

だけど、魔素で顕現した精霊には関係ない。

 

 

 

いくら、魔法が強かろうと、内部の魔素はそれよりも頑丈だ。

 

故に未だなお、悲鳴を上げて飛び続ける。

 

 

 

「あ、あれは、いつまで続くのでしょうか?」

 

 

 

もはや、米粒サイズにまで遠く離れた大精霊。

 

――そろそろ、切れるはずですね。

 

 

 

「フィアナ、悪いけど、この辺り周辺に強力な防御魔法をお願いできるかしら? そうね、特にこの闘技場の中心は隕石が落ちても問題ないようにしてほしいかな」

 

「は、はい」

 

 

 

私のお願い通り、作中最強の防御結果が闘技場を埋め尽くす。

 

勿論、二人とも、結界の外に居るから、衝撃波が当たることは無いだろう。

 

 

 

『………………、…………、……、……、ぁ、ぁ、ぁぁぁぁぁあああああああああああ』

 

 

 

 

 

空から大精霊が悲鳴と共に落ちてくる。

 

人であれば気を失ってもおかしくはない高さからのバンジージャンプ。

 

表情は困惑し、身体がブラブラと激しく揺れている。

 

 

 

「……お帰りなさい。そしてお休みなさい――――“ストーン・フォルム”」

 

 

 

地面に落ちる寸前魔法を解除する。

 

そして、右手に石魔法を纏う。

 

 

 

「これでもくらいなさい……ッ‼」

 

 

 

大精霊の顔面目掛け、石魔法で構築された剛腕が正面から対峙する。

 

刹那の時が過ぎ、轟音が闘技場を超え、王城へまで揺らめく。

 

だが、防御魔法によって、衝撃波は抑え込めているようだ。

 

 

 

「………ッ」

 

 

 

当然、私へ向かう衝撃波。

 

それを石魔法にてガードするも、強い衝撃が全身に襲い掛かる。

 

 

 

「う、うう……」

 

 

 

それでも、予め準備しておいた洞穴に飛び込むことで、大部分の衝撃を躱している。

 

 

 

『ぁ……ぁ、ぁあ』

 

 

 

砂煙が飛び散り、視界は悪い。

 

それでも、空と地から殴りつけられた大精霊が遠くで呻く声が聞こえる。

 

そして、バタっと倒れる音が僅かに聞こえる。

 

 

 

「はぁ、はぁぁ……ど、どうやら私の勝ちのようですわね」

 

 

 

全力を掛けた戦いは、私の勝利で幕を閉じた。

 

――二度と戦いたくはないという強い気持ちとともに。

 

 



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20話 攻略日記ってね

振り返りの時間です。
年齢不詳で進めていたので……
転生前の年齢は高校生くらいと思ってください。
一話冒頭の幼き声は、脳が覚醒していなかった為です。


情報を整理しよう。

 

私の名前は、レミリア。ヴァーシュピア家のレミリア。

 

突然、身体中が燃やされ、気づくと美少女の姿に転生していた。

 

 

 

その姿は画面越しに何千回も見た令嬢の姉。

 

魔女認定を受け、魔界へと追いやられてしまい、戦争で死んでしまう不幸の少女。

 

追放されるのが、16歳だったはずだから、ゲーム開始5年前に飛ばされたようだ。

 

 

 

だが、私が転生し憑依したことで、物語の運命は大きく変わった。

 

まず、何故か魔女認定を妹のフィアナが受けてしまった。

 

それも聖女と魔女、両方の称号を受け取ってしまった。

 

 

 

称号、それはゲーム内では神託として扱われていた。

 

聖女もその一つだ。ゲーム内では一人だけ存在した。

 

次代の聖女を担う存在を教会の巫女の少女に示唆されるのだ。

 

 

 

それは、国中をお祭り騒ぎへと招く程におめでたい。

 

しかし、本来なかった魔女の称号までも受け取ることで、ほとんどの時間、幽閉されることになってしまった。

 

魔界に行きたいと駄々をこねて、幽閉された私とは大違いだ。

 

 

 

幸い、両親は娘たちへの愛情は深く、ただの展望台は豪華な部屋へと様変わりし、召使が屋敷から温かい食事を三食用意してくれている。

 

日によっては母様自ら、塔最上階に来ていただけるほどだ。

 

 

 

まあ、私の時は自暴自棄になったと思われて、フィアナしか面会に来てくれてなかったけれど。自業自得だから仕方がない。

 

あの時の私は、一刻も早く、魔界に言って、あの方にお会いすることで頭が一杯だった。

 

それに、いつか魔女として国外追放される運命だからどうでもいいでしょ、と子供じみた反応をしてしまった。ほんと、みっともないわね。

 

 

 

そうして、ゲームとは異なる運命を進んできた。

 

だけど、一つだけおかしいことがある。

 

それは、レイフォード様の反応だ。

 

 

 

ゲーム内では、レイフォード様とレミリアの関係性はほとんど描かれていなかった。妹のフィアナとは親交が厚かったけれど。その場に、レミリアは出てきていない。

 

追放されるまでの数年間、一度くらいは顔合わせが合ってもよかったはずだ。

 

 

 

なのに、今の私を振り返ると、毎週のようにレイフォード様にお会いしている。

 

それも、表向きは笑顔を浮かべたレイフォード様が。

 

 

 

つい先日も、御忍びで城下へと向かわれる殿下に誘われ、表向きは二人きりで買い物を楽しんだ。後ろからは数人の騎士が重い甲冑を着込んで、覗き込んでいたが。

 

私もレイフォード様も気づかないふりをした。

 

 

 

そして、お遊びのさなか、レイフォード様が渡してきた小箱。

 

その中身は、高級そうな魔法指輪だった。

 

たぶん、指輪に埋め込まれた水晶には、魔法使いなら誰もが欲しい、魔力増幅の機構が埋め込まれていた。

 

価値にして、数百回ゲームエンドするまでに手に入る金額と同等、それ以上だった。

 

流石の私も手が震え、思わず落としそうになってしまった。

 

 

 

その様子を笑顔で見つめてきたレイフォード様の顔は忘れられない。

 

きっと、貧乏性の私に高価な物を見せつけて、驚くさまを見たかったのだろう。

 

そして、落とした私を揶揄うつもりだったに決まっている。

 

だって、ゲーム序盤で親密度が上がり切っていない状態で、そんな行動を起こす訳がない。

 

 

 

けれど、笑顔で渡すレイフォード様にお返しするのも憚られ。

 

その日は持ち帰ってしまい、フィアナに相談したところ、相手の気持ちを素直に受け取ればいいとか、適当なことを言われてしまったのだ。

 

 

 

だから、間違えて入っていましたよ、と失礼を承知で返却したのだ。

 

その時、レイフォード様は残念そうな表情を浮かべていた。そんなに自分の思い通りにいかなかったことが気に入らないのだろうか。

 

 

 

 

 

……。

 

あと日記に書くことは……やっぱり最近の戦いかしら。

 

 

 

最強の殺し屋、死精霊騎士との戦い。

 

どちらも、私の身体がボロボロになるほどに酷い戦いだった。

 

もし、教会の回復術師の方が、王宮に居なければ命が危なかったとレイフォード様からは釘を刺された。何でも、国一の回復魔法の使い手が、偶然、王城に招かれていたそうだ。

 

何とも、偶然が重なり、命を助けてもらえたみたい。

 

 

 

最近、死に掛けることが多い。

 

令嬢なのに、何故……?

 

 

 

もともと、恋愛ゲームなのに、何でこんなに戦闘の矢面に立つことが多いのかしら。

 

私、本当に令嬢よね……?

 

 

 

……いくら考えても分からないことは置いといて。

 

次は、学院編を書いておこう。

 

 

 

国外追放されるまでの数年間、レミリアは王立学院へと通っていた。

 

ゲームでは、フィアナの視点で描かれ、多数の恋愛キャラが登場していた。

 

そして、恋愛ゲーム特有の庶民キャラも登場する。

 

 

 

そんな彼ら彼女らと、もう少しで会うことになる。

 

ゲーム内では、怒涛の勘違いが起こり……半分以上は仕組まれていたが……魔女認定を受ける足掛かりとなる。

 

そう言えば、称号は途中で消えることもある。

 

 

 

例えば、聖女や剣王だ。

 

老化し、身体が重く動けなくなる前に、次代の才能に託す。

 

それを思えば、魔女だって途中で他の誰かに移る可能性もあるかもしれない。

 

 

 

今まで、ずっと安心していたがヤバイかもしれない。

 

学院で起こる勘違いが引き金となり、ゲーム通り、魔女認定を食らう可能性もある。

 

 

 

フィアナと違い、私は聖女の称号はない。

 

いくら強いと言え、それが逆に危険視される可能性はある。

 

いくら姉想いであるフィアナも王族、両親の命令には、背けないだろう。

 

そんな事をすれば、ヴァーシュピア家に傷がつくことを知っている。

 

 

 

――ああ、油断していたかもしれません。

 

まだ、私の安泰は無かった。

 

 

 

学院での立ち位置を考えとかないと……‼

 

 




次回から学院編へと移ります。


※裏情報
 親密度MAX転生したことを主人公は理解していません。
 だから、レイフォードが親し気に話す姿を不気味に感じています。
 フィアナとカノンは妹のように可愛がっている自覚がある為、
 そこまで違和感を感じていません。


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2章 地下迷宮編
21話 入学試験ってね


 

 

王立魔法学院。

 

各国の王族、貴族が通う学院。ゲーム内では、対象キャラとデートして、親密度を上げる為の場所として描かれていた。

 

そして、ゲーム内のほとんどの出来事はこの学院で起こるのだ。

 

 

 

今の所、レイフォード様しか出会えていないが、その他にも多数、キャラが居た。

 

まあ、私の目的は魔界の王子様に会うことだから、そんなに必死に攻略はせず、ひたすら地道にコツコツ進めただけだが。

 

それでも、魔界に向かう何か伏線があると信じて、全てのルートを攻略済みだ。

 

そんな私からすれば、どのキャラがどのような事情を抱えているのか、全てわかり、どのようなことをすれば好感度が上昇するかも分かる。

 

 

 

「完璧ね。やっぱり、どの世界でも持つべきものは情報ね! それにーー」

 

「姉さま、そんなに意気込んでどうされました?」

 

「ええ、少しばかり気合が入ってしまったの。だって、魔法学院よ? この世の全ての魔法書を保管した魔導図書館がある場所よ? 誰だってテンションが上がるってものよ」

 

 

 

攻略キャラクターには興味は無いが、魔法書は興味津々だ。

 

ゲーム内では、一部の魔法書、魔導書を読むことが出来たが、内容を理解するのではなく、数時間の経過とともに、魔法式をゲットする方式だった。

 

だから、どのように魔法式が構築されて、結論が導きだすか。調べようがなかった疑問が晴れる。あの開発陣のことだから、面白がって、本気で書いている可能性もある。

 

現に、初心者向け魔法書ってタイトルで、一般本として発売した経緯があるし。

 

その内容は、この世に存在しない言語で書かれており、その解読本も用意はされていなかった。

 

噂では、外国の有名大学生が解読を行い、数ページは読めたらしいが。

 

 

 

「魔法書ですか? いつも読んでいるものでは無いのですか?」

 

「そうね。確かに、王宮にも魔法書は大量にあるわ。だけど、学院には魔導書があるのよ。魔導書なんて、どこにもおいていない貴重品があるのよ!」

 

「は、はい」

 

「魔導書って、フィアナも知っているわね。原初のルーンを用いた魔法。現魔法の基礎となった魔法、魔術とも言われるものよ⁉ それが読めるなら、現存する魔法を改良する足掛かりになるに決まっているわ!」

 

 

 

ゲーム内では、魔法を開発することはできた。

 

だけど、魔術は高難易度とされ、明らかにはならなかった。

 

唯一、戦争編で、王族が使う魔術だけだ。

 

それすら、一瞬で大陸を燃やし尽くしたという、荒唐無稽な説明文が少し流れるだけだった。

 

 

 

誰もが、魔術は知らない。それを知るチャンスなのだ。

 

あのゲームをやり込んだ人なら、誰もが喉から手が出る程に欲しい情報だ。

 

 

 

「ーーあの姉さま、試験対策は大丈夫なのですか?」

 

「んーー?」

 

「いくら姉さまでも、試験を受けるのでは? あのレイフォード様も試験は受ける必要がありますし」

 

「試験? 誰が? 私が?」

 

 

 

浮かれていた気持ちが縮まる。

 

試験、何それ?

 

レイフォード様は君なら受かると、しか言って……受かる?

 

あれれ?

 

 

 

「ーー姉さま、王立魔法学院に入学する為には、試験を受ける必要があります。申請は私がしておきましたが、来週試験がありますよ」

 

「そう、申し込みをしていなかったってオチは避けられたのね。流石、フィアナね」

 

「ありがとうございます。それで、試験ですが……」

 

「魔法なら問題は無いわ。私が落とされるのなら、フィアナしか入れなくなってしまうわ」

 

「そんなことはありません……」

 

 

 

魔法を使う試験であれば、ここまでフィアナが狼狽えるはずがない。

 

何か、別の理由がありそうね。

 

 

 

「それで、試験の内容はどんな感じか分かる……?」

 

「魔法試験と筆記試験ですよ。姉さまなら魔法試験は問題ないと思います。でも、筆記試験がですね、国の情勢に関する問題も出るんです」

 

「国の情勢ね……」

 

 

 

ああ、そういうことか。

 

この国の知識、それは正直言って、ゼロに等しい。

 

ゲームでは、恋愛か魔法研究に没頭した私にとって、地名くらいなら分かるが、歴史などは分からない。

 

ゲーム内で、歴史年表が用意されており、数百年の出来事がスラスラと書き連ねてあった。

 

勿論、全て目を通した。だけど、その情報が記憶にはない。

 

……魔法には関係ないものは全て覚えていない。

 

 

 

その状態で、試験を受ける。

 

魔法と筆記が半々であれば、50%は間違いない。

 

 

 

「ねえ、合格点ってどれくらい?」

 

「ええと、去年の場合は7割以上、です」

 

「そう、そうなのね。」

 

 

 

 

 

……。……。…

 

 

 

「ーーーーフィアナ、楽しいお勉強の時間ね。ーー大丈夫、フィアナの回復魔法を使えば、数日くらい寝なくても何とかなるわ」

 

 

 

 

 

さあ、勉強の時間だ。

 

フィアナは覚悟していたのか、強く頷いてくれた。

 

 

 

後は、私の覚悟次第ね。

 

 



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22話 試験当日ってね

フィアナに勉強を教えてもらい数日が過ぎ、試験当日となった。

 

国の歴史という、私の目的からは程遠いどうでもいい情報も、今ではだいぶ覚えることができた。一夜漬けならぬ、三夜漬け。

 

少しでも疲労がたまれば、回復魔法を流し込まれ、脳の限界を超えた勉強の成果もあり、今では、数百年前の出来事すら覚えてしまった。

 

 

 

「姉さま、頑張ってくださいね」

 

 

 

同じく自分自身に魔法を掛けることで、なんとか意識を保ったフィアナは最後にそう送り出してくれた。

 

来年には、私も合格しますねという嬉しい言葉と共に。

 

 

 

「ここまでして貰って、落ちる訳にはいかないわね。気を引き締めないと」

 

 

 

試験会場は、王立魔法学院で行われる。

 

私と同じように豪華絢爛な洋服を身にまとう貴族令嬢たち。彼女らは、同じくビシッと決めた男の子たちに目が点々としている。

 

 

 

その中には、唯一の知り合いであるレイフォード様の姿もある。

 

いつもとは違った雰囲気を醸し出し、王族故に誰一人近づけないようだ。

 

 

 

「お、レミリア。久しぶりだな」

 

「ええ。お久しぶりです殿下。その節はご迷惑をお掛け致しました」

 

「なに。あれは、アイツが暴走した結果だからな。レミリアが気に病むことでないさ」

 

 

 

大精霊との戦いで、私は全魔力を使い、顔面を殴り吹き飛ばした。

 

その際、だいぶ施設を損傷させてしまったことを詫びるも、レイフォードは問題ないと言ってくれた。

 

良かった。後から考えれば、王族保有の設備にダメージを与えてしまったことを、ぐちぐち言われるかと恐れていたのだ。

 

 

 

「あれが、魔女の姉か」

 

「最強の魔法使いか」

 

「レイフォード様と親し気に話すなんて許せないわ」

 

「……殺し屋を退けた女傑か」

 

 

 

私がレイフォード様と話すのを見た子らが小声で言う内容が聞こえる。

 

別に、こんな独り言まで拾う必要は無いのだが、精霊たちは分からないようだ。

 

それにしても、最強の名はここまで浸透していたようだ。

 

 

 

そこまで、成果を出せていないと思うが。

 

やっぱり、フィアナの姉であることが大きいだろう。

 

 

 

「そういえば、レイフォード様は試験の自信はどうですか?」

 

「うん。そうだな。君ほどではないが、十分なレベルだと思うよ」

 

「そうですか。私は、筆記試験が不安ですが……さすがは殿下ですね」

 

「これでも、英才教育を幼き頃から受けてきたからね。当然のことさ」

 

 

 

レイフォード様と雑談を楽しむ。

 

大精霊や殺し屋の話は表沙汰にはできない為、何を話せばいいか分からなくなってしまう。

 

 

 

「そろそろだな」

 

 

 

気づくと、周りの令嬢たちは減っている。

 

どうやら、試験の時間のようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

試験は実技と筆記があり、先に実技から行われる。

 

天が開いた闘技場のような場所に集まった私たち。一人ずつ、得意魔法を使い、その出来栄えに対して、点数を付けるようだ。

 

 

 

今の所、一位はポニーテールの令嬢であり、20点中10点となっている

 

私が思うより、点数評価は厳しめのようだ。

 

 

 

「次、レミリアさん」

 

 

 

試験官は有力貴族の嫡男であるアルベルさんだ。

 

見た所、魔力循環は活性化している為、魔法が暴走した時に真っ先に止める役割のようだ。

 

もしかしたら、教諭のような役割もあるかもしれない。

 

 

 

息を整える。

 

使う魔法は、炎最上級魔法の一つである“フレア”。

 

他にも魔法はあるが、攻撃力を示すのであれば、これで十分だろう。

 

 

 

「レミリア。期待しているぞ」

 

 

 

と、足を踏み出した私に声をかけるレイフォード様。

 

その情景は既視感があった。

 

確か、これは。

 

 

 

「当然、本気を見せてくれるのだろ?」

 

 

 

ゲーム序盤のイベントだ。

 

主人公のフィアナ操作時に見せる一枚絵。だけど、それはレイフォード様が二年となった頃の話だったはず。

 

ここでも、記憶と異なる。

 

 

 

でも、この激励は後々ゲーム内のストーリーを左右するのだ。

 

ここで、本気を出すか出さないか、その選択肢により変化する。

 

 

 

最悪の場合、退学になる可能性すらあるバッドエンドに繋がってしまう。

 

 

 

「ええ。勿論です」

 

 

 

だからこそ、本気を出さないと。

 

イメージするのは、空から落ちし火の玉。

 

 

 

――、“流星”

 

 

 

大量の魔素を糧に、空へ熱量が延びる。

 

太陽に照らされた青空に、輝く一筋の光。

 

 

 

高密度の魔素の塊が落下し、夥しい熱量を纏い落ちてくる。

 

 

 

「“流れる星の欠片。灼熱のごとく燃え上がれ”」

 

 

 

短文詠唱により発動される。

 

それは、目の前に落ち、大爆炎を巻き起こす。

 

 

 

「……」

 

 

 

それを見るレイフォード様たち。

 

だが、アルベルさんだけは、即時行動する。

 

私の前に飛び出ると、土魔法を発動したのか、地面がせり上がり、瞬く間に障壁が現れる。

 

直後、衝撃音と爆風が轟音と共に来る。

 

 

 

「……レミリアさん、何か言うことはあるかな?」

 

 

 

眉間にしわを寄せ、私を見つめるアルベル。

 

表情を見る限り、困惑の方が大きそうだ。

 

 

 

「すみません。少しばかり、本気を出し過ぎてしまいましたわ。以後、気を付けます」

 

 

 

最悪、同じような魔法で相殺することを考えていたが、それを知らなかったアルベルさんに迷惑をかけてしまったようだ。

 

次からは気を付けないと。

 

 

 

何故か、遠くでレイフォード様がため息をつく音が聞こえたけど。

 

何がダメだったのだろうか。

 

 



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23話 新たな影ってね

実技試験を満点で合格し、次は筆記試験だ。

 

国の最高峰試験の割には簡単で拍子抜けだ。あの後、一番点数の高い子ですら12点止まり。

 

レイフォード様は11点で三位だと自慢げに言われた。

 

まあ、この前まで魔法の才能が無いと周囲から半ば思われていたにしては、上出来だろう。

 

それ程までに、精霊王の存在が大きい証明であるが。

 

 

 

魔法の才能でいえば、最下位レベルの殿下をここまで引き上げるのであれば、私やフィアナが契約すれば、どんな恐ろしいことになるのでしょうね。

 

下手すれば、国一つ簡単に滅んでしまうかも……。

 

 

 

まあ、今は目の前の問題を解くことに集中しなければ。

 

国の情勢に関する問題が多く、有力貴族として今後の国の運営を担う存在を育成したいのだとひしひしと伝わってくる。

 

それでも、フィナアに教えてもらった内容が多く、高得点は間違いなしだろう。

 

ひとえに、フィアナが優秀過ぎるのね。

 

 

 

だけど、最後の数問だけ、魔法に関する問題があった。

 

国の情勢には関係なさそうだけど、間違えたのかしら?

 

まあ、簡単すぎるから、答えを書いて終わりね。

 

 

 

魔法効率を上げる方法なんて、簡単な問題。誰もが正解してしまうだろう。

 

初心者向けの魔法である、フィアヤですら、魔法式を組み替えて、詠唱しなおせば、高威力に置き換えられる。

 

どんな魔法でさえ、効率をよくするには詠唱と魔法紋章を書き換えればいい。

 

それだけだ。

 

 

 

ああ、疲れました。

 

早く、フィアナの作るお菓子を食べたいなあ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

試験が終わり、今日はこれで解散のようだ。

 

後日、試験結果が発表されるとのこと。これは、現実世界と同じ仕組みのようだ。

 

てっきり、あの開発陣のことだから、即時発表みたいなことになると思っていた分、拍子抜けだ。

 

 

 

「それにしても、広いわね」

 

 

 

一人、学院を探索する。

 

今日は試験会場となる事もあり、生徒は見当たらない。

 

時折、教諭のような年配の方が歩いているのが見えるだけだ。

 

 

 

「ほんと、平和ね」

 

 

 

ここ最近、気が休まらない分、静かな道を歩くことで気分転換になる。

 

そんな中、とある少女の姿が目に入る。

 

金色で緑色の少女は、地面を強く見つめながら、歩いている。

 

 

 

「変な子ね。何かあるのかしら……」

 

 

 

 

 

少女の後を付け、様子をうかがう。

 

地味な格好から察するに、有力貴族とは思えない。だけど、一般入試は明日のはず。

 

 

 

「ねえ、そこの貴方……!」

 

 

 

声をかけるも、聞こえていないのか振り返ることは無い。

 

それ程までに集中しているのだろう。その証拠に、地面を強く睨みつけている。

 

まあ、可愛らしい姿な分、嫌悪感は抱かないけれど。

 

 

 

「貴方、大丈夫?」

 

「え、は、はひ。大丈夫れす」

 

 

 

いきなり話しかけたせいか、思い切り立ち上がると挙動不審な対応だ。

 

だけど、この子からは悪意は感じ取れない。あるのは、絶望かしら?

 

 

 

「そう? 何か大事な物を落としてしまったように見えたのだけど」

 

「そ、それは……いや、初対面の方にご迷惑をお掛けするには」

 

「ん……。それで……?」

 

「はひい」

 

 

 

少しばかり魔法で身体に魔素を纏う。

 

それだけで、少女は恐怖心を持ったようだ。

 

ということは、魔法使いの素質を持っているようですね。

 

やっぱり、私と同じように試験を受けに来たのかしら?

 

 

 

「困っている貴方を見つけたから話しかけただけよ。そんなに怖がらなくても……」

 

「す、すみません……!」

 

 

 

大きな声をあげ腰を直角に折り曲げ、最上級の謝罪をする少女。

 

周りから見れば、私が恐喝しているように受け取られるかも。

 

ただでさえ、少しばかり本気を出したことで、暴力令嬢みたいに思われている節があるし。

 

 

 

「それで、いったいどうしたの?」

 

 

 

 

 

 

少女の話をまとめると、不思議な声に導かれて、ここまで来たようだ。

 

長い距離、時間にして数時間ばかり。ずっと謎の声が響き、無視しようとすれば、足元が揺れてポルターガイストみたいな減少に陥ったようだ。

 

 

 

十中八九、精霊の仕業でしょうね。

 

流石に、この世界には幽霊はいないはずでし。

 

私の魔素を見ることができる少女であれば、精霊を認識できる程、魔法使いの素質があってもおかしくありません。

 

 

 

「そうなのね、それでその声は何と言っていたの?」

 

「それが、怖い、暗い、助けてって、同じような言葉を何度も言っているような気がして。無視しようとすると、その声がより一層強くなったんです。誰に言っても信じてもらえませんでしたけど」

 

「そう。それは、たぶん精霊の仕業ね」

 

「精霊? あの魔法使いと一緒に戦う精霊ですか?」

 

「それ以外に、何の精霊が居るのよ。……精霊なら、遠くに声のようなものを届けることもできるし。それが自然でしょうね」

 

「そうなのですね……でも、なんでわたしなんかに……」

 

 

 

明らかに私では不釣り合いだという感情が乗る。表情も困惑が大きそうだ。

 

普通、精霊に話しかけられたら嬉しく思うのが普通なのに、変な子ね。

 

 

 

「それで、声を聞いて来たけど。ここで、いきなり声が途絶えてしまったの」

 

「そう。ただの悪戯の可能性もある。精霊って、その場の勢いで行動することが多いし」

 

「で、でも。声がとても辛く寂しく思えました。あの声が悪戯だとは、とても思えません」

 

「そう。だから、必死に地面を見ていたのね」

 

「ッ……。み、見ていたのですね。は、恥ずかしいです」

 

 

 

不思議な行動を指摘され、少女の頬が赤く染まる。

 

それにしても、可愛い子だ。

 

似たような子を見た気がするのよね。

 

 

 

「なら、私も協力してあげるわ。私、暇だし」

 

「そ、そんな悪いですよ!」

 

「別にいいわ。一応、私は魔法を使うのですし。ここで見捨てることはできませんわ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 

 

やっぱり一人で探すのは不安だったのだろう。

 

朗らかにほほ笑む。

 

 

 

「私は、レミリアよ。よろしくね」

 

「わたしは、シルフィアです。よろしくお願いします、レミリア様」

 

「ええ。よろしくね」

 

 

 

礼儀正しい少女はシルフィアを名乗る。

 

その名は聞き覚えがあった。

 

なんせ、その名は。

 

 

 

――光の巫女となるメインキャラの一人

 

ゲーム内で、女神と称されることになる光属性最強美少女。

 

将来、魔界を亡ぼす立役者の一人。

 

 

 

つまり私にとって、要注意人物の一人だ。

 

 



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24話 逸れ精霊ってね

光の巫女。それはゲーム内では最高位の魔法使いとして描かれていた。

 

全てを虜にする微笑みで幾多のプレイヤーが心を奪われたものだ。

 

中には攻略できるのでは、と百合ゲーと信じて血の涙をながした漢も居たとか。

 

まあ、開発陣の後書きの内容だから、どこまで本当かは調べようがないのだけど。

 

 

 

出自はただの平民。

 

そのバックボーンは当然ゲーム内では描かれていない。

 

百合ゲーならともかく、乙女ゲーだからその深堀はない。だけど、あの開発陣なら想定していてもおかしくはないのよね。

 

 

 

ゲーム内ではフィアナの一つ先輩として登場していたから、私と同じ年齢。

 

そして、学院に入学することになるのでしょうね。

 

でも、フィアナ視点では、既に入学後。光の巫女と呼ばれていた。

 

その理由がこの先一年で起こるのだろう。

 

 

 

「レミリア様。どうかされましたか?」

 

 

 

私が貴族だと思い、ずっと敬語で話しかけてくる。

 

庶民からすれば、貴族に失礼があっては一族郎党皆〇しになると思っているのだろう。

 

私もゲームプレイ時にはそう思っていたのだし。

 

 

 

だけど、実際は貴族は平民のことを第一に考えていた。

 

どうすれば、よりより生活を送れるか、幸せになれるのか。

 

お父様は事あるごとに私に語ってくれたものだ。

 

 

 

 

 

「だからこそ、気に入らないのね」

 

「あ、あの。わたし、何かしましたでしょうか……?」

 

「その口調。そうして欲しいと誰が言ったのかしら?」

 

「ええと。でも、貴族様には失礼をするなんて、不敬罪だと両親が……」

 

「そう……今はただのレミリア。そう考えて。精霊を探すのに、そんな他人行儀な対応されたら見つかるものも出てきませんわ」

 

 

 

精霊は人の心に敏感だ。故に、オドオドしたシルフィアの姿を見て、離れてしまう恐れがある。それに、初対面とはいえ、ここまで怖がられてしまうと悲しいのだ。

 

いつか、魔界と敵対する運命であろうとも。

 

それでも、今はただの少女だ。

 

そして、運命は変えられるのだと、私が証明している。

 

 

 

「れ、レミリアさん。よ、よろしくお願いします……!」

 

「ええ。シルフィア。よろしく」

 

 

 

少しばかり恐れ多い感情が伝わってくるが、無視だ。

 

どうせ、少しすればクラスメイトになるのだ。今のうちに、少しでも仲良くなっておかないと、学院生活がボッチ生活になってしまう。

 

レイフォード様が居るとはいえ、流石にずっと一緒にいると変な勘違いをされてしまう可能性もある。それが火種になって魔女認定を受けるのだけは避けたい。

 

 

 

「それで、この辺りで声を聞いたのよね」

 

「はい。辛い、苦しい、助けって。あと、怖いって泣いていました」

 

「その声は今は聞こえていないのよね。それって、いつから?」

 

「ええと……。レミリアさ、さんに会う少し前です」

 

 

 

それなら遠くに逃げた可能性は低い。

 

隠れたか、それとも……

 

 

 

「少しばかり、魔法を使う必要があるかしら……」

 

「えっ……?」

 

 

 

手のひらに魔素を込める。

 

そして、周囲に拡散させる。魔素に微精霊たちが反応しているのか、空間が揺らぐ。

 

けれど、精霊のように干渉力が高い存在はいないのか、木々のざわめきや突風は巻き起こらない。

 

だいぶ、精霊の力が弱まっているのだ。

 

 

 

精霊の消滅。

 

その可能性に思い当たる。精霊といえ不死ではない。

 

力を使いすぎれば、魔素が失われ、長い眠りにつく。そして、二度と目を覚ますことは無く、自然に還る。

 

 

 

「ねえ、シルフィア。貴方は魔法を知っているのよね……?」

 

「は、はい。精霊騎士と呼ばれる方々のように、凄い力をもつ神の遣わした高位存在ですよね? 友達が言っていました」

 

「そう」

 

 

 

その友達、何者よ。

 

私が思う以上の情報を語られ、思わず困惑した表情を浮かべてしまう。

 

その情報、全部正解じゃないの。

 

ゲーム終盤明らかになった情報を知る人物なんて限られる。

 

それはつまり──あの方と知り合いということになる。

 

何て、面倒なことでしょうね。

 

 

 

「それなら、伝わるか。シルフィア。見つけたのは貴方よ。だから責任を負う覚悟はあるかしら?」

 

「か、覚悟ですか? それはどういうことでしょうか?」

 

「おそらく精霊は消えかけているわ。その理由は分からないけれど、それでも、このままだとそうなる」

 

「そんな……」

 

「だけど、貴方なら救えるかもしれないわ」

 

 

 

だって、貴方は光の巫女と呼ばれる回復魔法の使い手として、

 

歴史に名を馳せるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

全てを説明する間、シルフィアの表情はコロコロ変わる。

 

そして、最後は力強い瞳を見せてくれた。

 

 

 

「準備はいい?」

 

「はい。レミリアさんの魔素を私が制御してみせます」

 

 

 

方法は簡単だ。

 

この辺りに居る精霊と契約してしまえばいいだけ。

 

だけど、そうすると関係ない微精霊や精霊も呼ぶ恐れがあり、助けることができない。

 

精霊は他の存在にはあまり関心を示さない。故に、自重をしてくれないのだ。

 

全く、面倒な存在だ。人の心に敏感なら、少しは思いを汲み取ってくれてもいいのに。

 

 

 

──だからこそ、私が壁となる。

 

仮契約を私が、本契約をシルフィア。そうすることで、大量の微精霊と対峙することにはなるが、少し経てば解除される仮契約なら問題は無い。

 

 

 

仮契約後、本契約を私が結べばいいとシルフィアからは反論されたが、私の言い訳で何とか誤魔化せたようだ。

 

そもそも、本当に契約をすることは今の身体ではできないのだし、嘘ではありません。

 

 

 

「響け、我が名はレミリア・ヴァーシュピア──」

 

 

 

精霊に挨拶をするべく、魔素を空間に流す。

 

魔法として発動はしないよう、適当な魔法を考え、不発するようにしている。

 

だけど、長い間滞留すれば、大きな問題になる。だからこそ、早く見つけなければ。

 

 

 

──私の魔素を気に入ったのか、無限にも思える微精霊、精霊らが集まるのを感じる。

 

それに、身体中に小さな鎖が絡みつく錯覚さえ覚えてしまう。

 

これは、少し気分が悪い。まるで、私の全てを奪おうとしているように感じてしまう。

 

 

 

「レミリアさん、大丈夫ですか!」

 

「ええ、問題ないわ。少しばかり、相手するのに疲れただけ。……シルフィア、貴方が要よ。今のうちに、契約魔法を高めておきなさい」

 

「はい!」

 

 

 

これまで魔法を使ってこなかったシルフィアにとって、初めての魔法になる。

 

だけど、微塵も不安な姿は見せない。私が精霊を助けるという強い覚悟を感じる。

 

──それに、魔法式を噛まなければ、後は私が干渉して、発動させる。

 

失敗する可能性は限りなく低い。

 

 

 

「──────」

 

 

 

全ての感覚を周囲に広げていく。

 

──違う、違う、違う。

 

 

 

ひたすら、広げていくも見つからない。

 

何故、どうして?

 

 

 

「シルフィア、声はまだ聞こえないのよね?」

 

「はい。ずっと消えたままです。でも、少し揺らぐ感覚でしょうか? そんな感覚はずっと感じます」

 

 

 

広範囲を対象に収めたのに、見つからない。

 

それでも、反応があるとシルフィアは断言する。であれば、近くには居るはずだ。

 

空へと広げるしか……だけど魔素がもう……

 

 

 

「あのレミリアさん、地面に居る可能性はないのですか?」

 

 

 

と、予期せぬ事を口走るシルフィア。

 

地面、地下ってこと?

 

 

 

精霊が地下に居るなんて、そんな情報を見た記憶は無い。

 

地精霊ですら、地面付近に現れる。

 

精霊は暗い場所が嫌いだ。だから、地面の中のような、暗い場所にはいない。

 

 

 

でも、シルフィアはこう言っていた。

 

“怖い、暗い、助けて”と。

 

 

 

まさか──

 

 

 

「シルフィア。少しはなれて」

 

 

 

シルフィアが離れたのを確認して、跪いて地面に手を当てる。

 

 

 

「“響け”」

 

 

 

声の反響を地面へと向けさせる。

 

現実ではサーチに似た魔法。それを使い、地面の底を観る。

 

数メートル先には何もない。

 

けれど────

 

 

 

「──────見つけた」

 

 

 

遥か地面。その最奥部。そこに精霊のような存在を感じる。

 

だいぶ、力が弱まった精霊を。

 

 

 

「でも、ここは一体……」

 

 

 

地面に居る可能性を考えていたが、実際には違った。

 

なんせ、精霊が居るのはただの地下ではない。

 

 

 

巨大な空間。

 

まるで、地下迷宮のような広大な空間が遥か地面に広がっていたのだ。

 

そこに、精霊は居る。

 

 

 

「あの、どうしましたか?」

 

「この地面の最奥部。そこに、迷宮のようなものが広がっているの。そこに精霊はいる」

 

「そ、そんな……」

 

 

 

シルフィアが絶望した表情へと変わる。

 

確かに、数十メートル地下深くに行く方法はないだろう。

 

行く必要があるのであれば。

 

 

 

「そんなに悲観的になる必要はないわ。私を誰だと思っているの。聖女の姉である、レミリア。世界最強の魔法使いよ」

 

 

 

自分自身を鼓舞し、体内の魔力循環を高める。

 

その反動で、仮契約が消えかかる。

 

だけど、その前に。

 

 

 

少しばかり、力を貸してもらおう。

 

 

 

「“エレメント・エンドレス”」

 

 

 




お気に入りありがとうございます。
引き続き、毎日更新頑張ります。


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25話 地下迷宮ってね

 

精霊の力を全て引き出す。

 

それは精霊の好感度が低い場合、反逆により全ての魔素を奪われかねない。

 

最悪の場合、身体自体を乗っ取られることもありえる。

 

 

 

「レミリアさん……!」

 

 

 

全ての精霊の力を一身に引き受ける負荷は高く。視界がモノクロに映り、指先が痙攣する。

 

それは、全身へと広がり、震えが止まらなくなる。

 

精霊からは困惑を感じ取れる。

 

どうして、このような行為をしたか理解できていないようだ。

 

 

 

「……こ、このくらい、問題ないわ。だから、そんなに不安な表情を見せないで」

 

「で、ですが……」

 

「大丈夫よ。少しばかり疲れただけ。……それよりもシルフィア。遠くに旅に出る準備は良いかしら?」

 

「たび?」

 

「ええ。さしずめ、地下ツアーって所かしら」

 

 

 

精霊もシルフィアも困惑する。

 

だけど、今は時間がない。それに説明しても理解してもらえるとは思えません。

 

だからこそ、こうしたのだ。

 

 

 

「“エレメント・バースト”」

 

 

 

無理やり奪った魔素を全て別の魔法へと置き換える。

 

それは、遥か遠くまで繋がるロード。

 

地上と地下を繋ぐ道。

 

 

 

シルフィアの手を掴む。

 

そして視界が暗転する。

 

 

 

「え、えええええええええええ!」

 

「喋らない! 舌を噛むわ……ッ!」

 

 

 

少しの浮遊感と共に、遥か地下へと落ちる。

 

全ての道を魔法で無理やり削り、数100m下まで繋げた。

 

普通であれば、不可能。だけど、私たちの周りに集った精霊、微精霊の力を全て引き出したことで可能だ。

 

 

 

「こ、これは……どこまで!」

 

 

 

シルフィアが叫ぶ。

 

いきなり落ちた事象を受け入れられずにいるようだ。

 

だけど、今は余裕がない。

 

 

 

落ちるスピートは上昇していく。

 

それを、魔素で障壁のようなものを張り巡らし、熱量といった危害を加える要因のみを排除していく。

 

だからこそ、突風も摩擦力も何も感じていない。けれど、少しでも気を緩めれば、瞬く間に大怪我に繋がるだろう。

 

 

 

距離にして、数100m。時間にして、10秒ちょっと。

 

暗く狭い先、そこを通り抜けると、広場へと降り立つ。勿論、全ての衝撃を緩和したことでダメージは一つもない。

 

 

 

「着いたわ。ここに精霊は居るはずよ……。だけど、暗いわね。“ファイア”」

 

 

 

手元に炎を宿し、目の前を照らす。

 

熱量により、少しばかり暑く感じる。

 

 

 

見た所、地下空間にしては整いすぎている。

 

自然に出来た洞穴とは思えない。人為的な建造物であるようだ。

 

だけど、こんな地下空間にこんな物があるとは……。

 

 

 

「アレは何でしょうか?」

 

 

 

シルフィアが指差す先。そこには、一際大きな扉が見える。

 

色は白く、土ではなく、石でできているようだ。

 

 

 

「あれは扉ね。こんな所にあるなんて、違和感ね。だけど、精霊の影はあの先にありそうね」

 

「弱まった精霊が居るのですね。でも、あんな重たそうな扉、どうすれば……」

 

「そうね。壊せないかしら……“スーパーノヴァ”」

 

 

 

一際大きな質量の塊。それを壁へと向け解き放つ。

 

ゲーム内では、攻撃魔法として、全てを壊し尽くす“咆哮”。

 

 

 

衝撃が響くも傷一つ就く様子はない。

 

普通の石とは思えない程に耐久力があるようだ。

 

 

 

 

 

「どうしようかしら……」

 

 

 

ここにフィアナが居れば、より強大な魔法障壁を張り巡らし。

 

もっと高威力の魔法を使えるのだが。

 

私だけであれば、多少は無理をする場面だが。隣に立つシルフィアを巻き込んでしまう恐れがある。それだけは避けなければ。

 

 

 

光の巫女として、彼女は国に必要でしょう。

 

国民の希望となりえる存在。彼女をここで失えば、どうなるか分からない。

 

下手をすれば、国が亡ぶ可能性すらあるのだ。

 

 

 

それ程までに、光の巫女は重要な存在だ。

 

 

 

「レミリアさん、他にいく道は無いのでしょうか?」

 

「そうね。見た感じだとないけれど。少し待って」

 

 

 

視界には、目の前の壁しか見えない。

 

だけど、普通の洞窟とは違い、ここは迷宮のような場所であれば、隠されている可能性だってある。

 

 

 

「現状、あの壁を壊せないわ。だから、そうね。シルフィアの言う通り、少し探索しましょうか」

 

 

 

歩き続け、周囲を探索する。

 

壁を触り、魔力を流し込む。もし、何かあれば反応するはず。

 

 

 

「これも違うのね。全く、紛らわしい」

 

 

 

一通り見た所、楕円状の広場のようだ。

 

そして、見た所入り口は一つ。重厚な石扉。

 

そして、それ以外は何一つない。装飾すらない、無機質な部屋だ。

 

 

 

「おそらく、この部屋は倉庫のようなものね。目の前の扉の向こうから入ることしかできない……」

 

「あのもう一度、上空に上がってから折りなおすことはできないのですか?」

 

「……一回きり。ここから上空に上がる魔素はそれだけ。とてもじゃないけれど、もう一度ここまで来ることはできないわ」

 

「そんな……!」

 

「そうね。全てはシルフィアに任せるわ。貴方がどうしたいのか、それに従ってあげるわ」

 

 

 

私の皮肉気味の言葉に言葉を失うシルフィア。

 

今日初めて会ったばかりの私の言葉は彼女を戸惑いさせ続けているようだ。

 

けれど、彼女が本当に光の巫女ならば——

 

 

 

「わたしは精霊を助けたいです。だから、ギリギリまで粘りたいです」

 

 

 

想定通りの言葉が返ってくる。

 

もう少し、迷宮探索を続ける必要がありそうだ。

 

 



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26話 隠しごとってね

精霊を助けるべく、地下に潜り数時間。

 

未だ、石扉を開く方法は見つかりません。

 

 

 

「これも違いますね」

 

 

 

様々な魔法を使い、何か痕跡が無いか、それを探していく。けれど、何一つヒントは見つからない。

 

まあ、逆に言えば、ヒントすら見つからない石扉があるという時点で、怪しさMAXなのだが。

 

 

 

「レミリアさん、これはどうでしょうか?」

 

 

 

遠くから私を呼ぶ声。シルフィアが天井を指している。

 

あれも自然には出来なさそうなくぼみがある。それに向けて、少しばかり魔素の塊をぶつけてみる。何かカラクリでもあれば、反応しそうなものですが、何も起こりません。

 

 

 

これも外れのようですね。

 

であれば、あの可能性が高いのでしょう。

 

 

 

「ここにも何もありませんね。ですが、ヒントはありました」

 

「本当ですか⁉」

 

「ええ。この空間では、魔法が全然通用しないことが分かりましたわ。何かの力で、魔法自体の効果を掻き消しているようね」

 

 

 

魔法の反応が返らない。

 

その原因はいくつかある。

 

 

 

一つ目は頑丈な壁の可能性。

 

私の攻撃魔法を食らっても傷一つないのは、アダマンタイトのような硬質な物質を含み、全ての衝撃を跳ね返すというもの。

 

 

 

二つ目は魔法無効の可能性。

 

大精霊のように魔法を無効化する黒魔石。それに似た効果を持つのであれば、傷一つつかないのは魔法を分解するというもの。

 

 

 

でも、この二つはゲーム内の迷宮にはなかった。

 

勿論、ゲーム内の裏設定に存在し、私が知らないという可能性もあるが。

 

その他の可能性の方が、現実味がありそうだ。

 

 

 

三つ目の可能性。

 

それは、この場所が魔法迷宮ではなく、魔術迷宮という可能性。

 

 

 

かつての大国では、魔法ではなく、魔術が広く使われていた。

 

しかし大国同士の戦争により、魔術に関する情報は失われ、長い年月をかけ、誰でも使える魔法が台頭した歴史がある。

 

 

 

それならば、魔法が通用しない理由が納得できる。

 

なんせ、魔法より魔術の方が威力ははるかに上。それはつまり、干渉力も同じだ。

 

魔法では開かない扉も、魔術では開くかもしれない。

 

 

 

「だから、やっぱり私では無理ってことね」

 

 

 

そう、これは私には無理だ。

 

今の私では、魔術を使うことはできない。その術式を理解していないから。

 

そして、こんな近く深くに参考書のようなものがおいてあるはずもない。

 

 

 

「でも、シルフィア。貴方なら、できるわ」

 

「どういうことでしょうか?」

 

「ねえ、シルフィア。貴方、私に隠しごとをしているでしょ」

 

「な、何のことですか?」

 

「隠さなくてもいいわ。すこし考えれば分かることね」

 

 

 

今思えば、シルフィアだけが声が聞こえた理由。

 

それを考えてこなかった。けれどよくよく考えたらそれしかない。

 

 

 

「貴方、魔術を使えるでしょ?」

 

「な、なんでそれを……」

 

 

 

私の結論にシルフィアが動揺する。

 

どうやら正解のようだ。

 

 

 

精霊とコンタクトできた理由。

 

それは、魔術によるものだ。だけど、何故それを隠し続けているのかその理由までは分からない。

 

 

 

けれど、怯えた表情を見る限り、魔術は彼女を不幸にしてきたようだ。

 

だからこそ、誰にも伝えず、こんな時でさえ、力に頼ることを恐れている。

 

 

 

それでも、ここでシルフィアが魔術を使えば、何か変わるかもしれない。

 

 

 

だってシルフィアは。

 

彼女は既に光の巫女なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

光の巫女。

 

それは全てを癒す魔法を使い、軍全体を回復する使い手だ。

 

ゲームでは、遠い未来。彼女の子孫にあたる光の巫女が魔界を亡ぼす立役者となる。

 

 

 

シルフィアが生前、施した国中を覆う魔法。

 

それも貢献したと、ゲーム内のマテリアルには書いてあった。

 

そのことを踏まえる限り、彼女の魔法の力は高い。

 

 

 

だけど、本当にそれだけか。

 

魔法の力だけで、それを可能なのか、現実世界で何度も疑問に思っていたのだ。

 

彼女は、魔術を使えるから無理難題を可能とするのではないか。

 

 

 

彼女は、魔術を使えるから光の巫女に祀り上げられたのではないかと。

 

そんな、荒唐無稽な予想をしていた。

 

だからこそ、つい適当に訪ねてしまった。何も知らなければ、困惑するだけだ。

 

言い間違いということにすれば、問題はない。

 

 

 

だけど、シルフィアの様子は明らかに何かを隠している。

 

とくに、魔術という言葉を出した時、眼が泳いだ。

 

 

 

つまりは、彼女は魔術の存在を知っている。

 

そして、庶民である彼女が魔術を聞いた可能性は限りなく低いということは、何者かによって魔術を教えてもらっているかもしれない。

 

 

 

「わたしは、魔術を知りません。レミリアさん、それがどうしのですか?」

 

「ねえシルフィア。私は貴方が魔術を使おうが使わないが、どっちでも構いません。それに、そのことを口外しません。でもね、本当に精霊を助けたいのであれば、真実を教えてくださいね。私の魔法では、この先に行くことは出来ないから」

 

 

 

シルフィアは悩んでいるようだ。

 

初対面の私に全て、伝えるべきか、どうすればいいのか混乱しているように見える。

 

あと、もう少しね。

 

 

 

「シルフィア。……貴方、光魔術が使えるでしょ?」

 

 

 

私は真実を確認する。

 

これでダメなら、もう仕方ありません。

 

 

 

その時は地上に戻り、別の解決策を考えましょう。

 

 



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27話 光の巫女ってね

「そうですか。そこまでお気づきになられるのですね」

 

 

 

長い沈黙の後、シルフィアが認める。

 

先ほどまでの焦りは感じ取れない。むしろ、清々しい。

 

 

 

「私が言うのもあれですが、あっさりと認めるのね?」

 

「そうですね。わたし、人を見る眼はあるつもりです。だから、初対面でも少し話せばどんな人か分かってしまいます。私の勘は当たりますよ」

 

「そうなのね」

 

「ええ」

 

 

 

少しばかり会話しただけ。

 

それでも言葉の端々から思わせぶりな発言を連発してくる。

 

 

 

人を見る眼、勘はつまり、精霊の眼のことだろう。

 

私でも感じ取れない光の精霊。それが、シルフィアに助言をしていると考えるのが妥当でしょうね。

 

彼女が信じる精霊が認めたから、全てを話す気になったのかもしれない。

 

 

 

「それで、どれくらい使えるの? 天変地異レベルかしら?」

 

「まさか、レミリア様ではありませんよ。常識レベルです」

 

「そう、それは私にとっての常識という意味で良いのかしら? それとも……世界?」

 

 

 

挑発的な問いにシルフィアは微笑みで返す。

 

その表情からは、何を考えているのか読み取れない。

 

先程とは一変した姿。

 

 

 

「それが、貴方の本当の姿(・・・・・・)?」

 

「なんのことでしょうか?」

 

 

 

都合が悪くなると誤魔化しに徹底とか、どこの政治家よ。

 

全く、質が悪い。それとも、これが彼女本来の素なのでしょうか。

 

私もフィナアの姉という立場にあった立ち振る舞いを求められ、お見せすることもある。

 

だからこそ、目の前でほほ笑む姿に無理を感じてしまう。

 

まるで、無理して無理やり感情を殺して、仮面を張り付けている感じ。

 

 

 

「……まあ、いいわ」

 

「ええと。いいのですか? わたしが聞くのもおかしな話ですが、普通は根掘り葉掘り聞きだす場面では?」

 

「だって貴方、口が堅そうだもの。ほんと、私の知り合い(・・・・)にそっくり。だからこれ以上は無駄だと分かったわ。それに、私にとって重要なのは、貴方が精霊を助ける気があるか、それだけですし」

 

「……変わった人ですね。変人とよく言われませんか?」

 

「物おじせず、よく言えるわね。私が普通の令嬢だったら、今頃ノイローゼになっているか、怒り狂って突飛ばすところよ」

 

「でもレミリア様はしませんよ。それだけは、分かります」

 

 

 

謎の信頼感を勝ち取ったようだ。

 

シルフィアの発言がもし公になれば、大炎上するでしょうね。

 

大貴族の令嬢に喧嘩を売るとか、そんな恐ろしいこと、王族でもしません。

 

まるで、全て計算尽くした上で、盤上の上で踊らされているみたい。

 

 

 

だけど、まるで友達と話すような感覚に心が落ち着いている。

 

転生して数年、可能な限り、フィアナの姉を演じてきた。まあ、素な姿でも、誰にも陰口を言われていないから、元々似ていたのかもしれないけれど。

 

 

 

それでも、本当に。

 

心の底から、本音をぶつけることはできていない。

 

だから、そうね。

 

 

 

久しぶりの本音の会話に心が舞い踊っているのかもしれない。

 

でも、今は非常時ですし、そろそろ消えかかっていますし。

 

 

 

「ありがとう。それだけ信じてもらえて嬉しく思います。それで、貴方は私にとって、好きな人、嫌いな人、どちらの立場になりたいのかしら?」

 

 

 

あえて、敵対っぽく聞いてしまう。

 

正直、光の巫女というステータスがストーリーにどう影響を及ぼすのか、分からない部分が多い。そんな状態で喧嘩を売るなんて、正直どうかしている。

 

でも、今ここで聞いておかないと。

 

 

 

二人きりで、本音で語れる機会は二度とこないかもしれない。

 

だからこそ、今ここで。

 

 

 

シルフィアの思想を全て聞き出した方が、今後に役立ちそうだ。

 

 

 

「好き、嫌いですか。……そうですね、レミリア様が思う方で合っていますよ」

 

「そう……」

 

 

 

え?どっち?

 

好き?嫌い?

 

 

 

何だか、性格がゆがんだ回答をされました。

 

貴方の判断にお任せしますって、どこかのタレントが言いそうなセリフだ。

 

それじゃあ、どっちか分からないじゃない。

 

未だ、迷っているのに。

 

 

 

「そ、そうなの。へえ、そうなんだ。だから、そうしたんだ」

 

「……ッ」

 

 

 

思わず適当に相槌を打ち、返す。

 

だけど、シルフィアの眉が上り、警戒度が増した。

 

え? 何で?

 

 

 

「やっぱり知っているのですね……」

 

「ええ」

 

 

 

なにこれ?

 

何で、こんな心理戦みたいな感じになっているのでしょうか。

 

思わずドッキリかと思い、辺りを見回してしまう。だけど、私たち以外には人影はない。

 

まあ、ここでいきなり出てこられても困惑してしまう自身があるけれど。

 

 

 

だけど、私が有利みたいだ。

 

なら、このまま勘違いでもいいから、押し切る!

 

 

 

「シルフィア。貴方なら、分かるわね」

 

「そうですね。分かります」

 

 

 

苦渋の決断のごとく、シルフィアが首を縦に振る。

 

そして、顔を上げ、諦めの表情で私を見つめ。

 

 

 

「流石はお兄様の彼女さんですね。まさか、一目で見破られるとは思いませんでした。いつも、フィアナが話す内容が壮大なのも納得致しましたわ」

 

「ええと」

 

「聡明なレミリア様ならいつか、お気づきになられるとは思っていました。でも、こんなに早くバレるとは思っていませんでした」

 

 

 

何だか、理解できない話の流れだ。

 

なんの事でしょうか?

 

そもそも、お兄様の彼女?

 

私の好きな方は魔界にいるあの方だけ。この国に彼氏はいませんが。

 

 

 

 

 

「改めまして――リア姉さま。この姿でお会いするのは初めてですね」

 

 

 

シルフィアが指輪を外す。

 

すると、髪色が変色していく。

 

金から銀色へと。そして、緑の瞳は朱へと映る。

 

何度も見たことがある姿。

 

 

 

だけど、言葉遣いは違う。

 

だからこそ、気づけなかったのだろう。

 

 

 

 

 

「…………カノン」

 

「――ええ。こんにちは。リア姉さま」

 

 

 

 

 

そこに居たのは私が良く知る相手。

 

妹のように可愛がっている女の子。

 

 

 

レイフォード様の妹である、カノンでした。

 

 

 



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28話 知り合いってね

 

「っ……」

 

 

 

思わず叫んでしまいそうです。

 

口を片手で隠し、何とか声を出さずに済みましたね。

 

全く、とんでもない事を平然と口走るカノンに驚きすぎて、もはや何が何だかわかりません。

 

そもそも、あの会話の流れで、どうしてこうなったのでしょう。

 

 

 

それに、カノンとシルフィアが同一人物なのは知りませんでした。

 

そもそも、ゲーム内ではフィアナ視線で物語は進み、攻略対象に女性は含まれていなかったので、情報が少ないのよね。

 

これが百合要素があるゲームなら彼女の秘密を知る機会があったかもしれませんが、年齢的に考えても無理な話ね。犯罪よ、犯罪。

 

 

 

「リア姉さまはどうなされるのです?」

 

「え?」

 

「わたしの秘密を知って、このことをフィアナや兄さまに伝えますか?」

 

 

 

はてさて、どう答えるのが正解なのかしら。

 

そもそも、変装した姿でカノンが現れたことの意味が分かっていないのだ。

 

もしかしたら、御忍びで出かける途中に偶然、私と出会っただけかもしれない。

 

 

 

今の所、カノンが嘘をついていたことで、何も迷惑を受けていないのだ。

 

だから、隠し事をしていたことは正直、どうでもいい。それを言えば、私の方が、酷いのだから。

 

 

 

だけど、もう一つの要素。

 

カノンが光の巫女であることは見逃せない。

 

私の生死に関わる可能性がある重要案件だ。

 

 

 

「それで、カノンはいつから光精霊と知り合ったのかしら?」

 

「それは……うん分かったよ」

 

 

 

虚空を見つめ、頷くカノン。

 

前から不思議ちゃんと思っていたが、その姿は少し怖い。

 

まあ、精霊とコンタクトを取っているのでしょうけど。

 

その姿を観衆の前で晒せば、不気味な王族と叩かれそうですね。

 

 

 

気に掛けてあげる必要がありそうね。

 

 

 

 

 

「リア姉さま。わたしは嘘をつきました」

 

「そうね。でも、王族であれば、変装用の魔法道具を一つ持っていてもおかしくはないわ。普通の令嬢に比べて身の危険があるのですし。でも、そうね。……一つだけ教えてくれる?」

 

「はい」

 

「先ほどからお話ししているのは、光の精霊で間違いないかしら……?」

 

「うん。姿を隠しているから、誰にも見ることはできないけど。確かに、ここに居るよ」

 

 

 

予想通り、光の精霊のようだ。

 

光を扱う精霊であれば、周囲の光源を操作し、自分の姿を消すことができそうだ。

 

でも……あれ……?

 

 

 

精霊と契約できるのは、一人一つ。

 

それは、誰もが同じ条件。勿論、契約を解除すれば、新しい子に出会えるけれど。

 

……カノンって、光の精霊と契約している?

 

でも、私の提案に乗ってくれたし。いや、それすらも嘘だった?

 

 

 

カノンであれば、そんな無意味に終わるような提案をのまない。私の考えに間違いがあれば、直ぐに教えてくれるだろう。

 

だけど、今のカノンはいつもとは違う。

 

 

 

二重人格のようなもの。

 

いつもと、性格が反転しているかもしれない。

 

どうしよう……。

 

 

 

「それは契約しているということ?」

 

「ううん。違うよ。この子は、わたしの友達です」

 

「そうなのね」

 

 

 

カノンは誰とも仲良くできる。それは万物全て。

 

まさか、精霊とも友達になるとは、驚きだ。

 

これで契約していたら、兄弟そろって高位精霊と契約をしているという超人兄妹になるところね。

 

 

 

「カノン。教えて欲しいことが山ほどあるけれど……精霊の力が弱まっているの。だから、今度こそ、力を貸してくれる?」

 

「ええ、勿論です。リア姉さま、わたしは何をすればいいですか?」

 

「光の精霊を通して、魔術を使ってあの壁に放ってくれる。私の予想が正しければ、あの壁は魔術を糧に発動する条件があるかもしれないわ」

 

「魔術。ねえ、使える? ほんと、お願いしますね。……。リア姉さま、どうやら魔術をいくつか使えるみたいです」

 

 

 

カノンが精霊と会話した内容を伝えてくれた。

 

光の精霊自ら協力してくれるのであれば、何とかなりそうだ。

 

そもそも、魔術について知っている精霊って何者?

 

少なくとも会話できる時点で、レイフォード様と契約した大精霊のように自我をもっているのは確かだ。それも、難解な魔術を理解できるほどの経験を持っている。

 

 

 

下手すれば、大精霊と同格の存在かもしれないですね。

 

 

 

「とりあえず、エネルギー系の魔術をお願いできるかしら?」

 

「うん。やってみるね」

 

 

 

カノンの魔素が莫大に膨れ上がる。

 

この場には魔素がほとんどないから、光の精霊が持っている魔素から引き出しているのでしょうね。

 

まあ、魔術に必要なエネルギーが魔素ではないかもしれないけど。

 

 

 

「…‥‥行きます!」

 

 

 

カノンの両手から眩しい光が壁へと投射される。

 

その光量は強く、思わず目を閉じ、手で覆い隠す。それでも、眩しいと感じてしまう。

 

これ、失明してないわよね?

 

 

 

「あれは……」

 

 

 

カノンは平気なのか、呆然とした呟きを零す。

 

くらくらする瞼を開き、次第に見えてくる光景。

 

 

 

先ほどまであった扉は消えていた。

 

やっぱり魔術の力でできたものだったようだ。

 

そして、暗い底に通じる階段のようなものが見える。

 

 

 

どうやら、この先に行く必要があるようだ。

 

 



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29話 存在消失ってね

 

地下迷宮のような場所を私とカノンは足を進める。

 

ジメジメとした空間は歩くだけで体力を奪い、喉が渇く。

 

そして、先ほどからずっと黙り続ける私たち。

 

 

 

何を話せばいいのか、カノンが何を考えているのか見当もつかない。

 

そもそも、何か思い違いの連続により、自爆したようなものだ。だから、私から何か問い質せばボロが出る可能性が高い。

 

 

 

まあ正体は割れてしまった後だから、多少ばれても問題はないけれど。

 

光の精霊についての情報は可能な限り知りたい。ゲームでは、ほとんど情報の無い精霊。

 

もしかしたら、魔界に行くための魔法や魔術を知っている可能性もあるかもしれない。

 

 

 

 

 

歩き続けるも、地下へと階段は続く。

 

光景は何一つ変わらない。既に100mは降りてそうだ。

 

ここまで巨大な迷宮であれば、既に攻略されていてもおかしくない。

 

だけど、私の知る限り、学院の地下にはなかったはずだ。勿論、ゲームのストーリーに関係なかったから登場していない可能性もあるけれど。

 

 

 

「それにしても暑いですね。カノンは大丈夫……?」

 

「うん。大丈夫」

 

「そう」

 

 

 

先程から短い会話しか続かない。

 

そもそも、私が先導しているから、カノンがどんな表情を浮かべているか分からない。

 

もしかしたら、怒りの表情で私を見ているのだろう。それとも、絶望?

 

どちらにせよ、普段のカノンの様子からは想像もできない姿には違いない。

 

 

 

妹であるフィアナと話すときは年相応に朗らかな表情を見せるカノン。

 

時折、兄に向けて呪詛を放つ姿も可愛らしい。

 

そんな、彼女が今、何を思っているのか。

 

1つだけ、言えることは私とカノンの関係は修復できないほどに、縺れてしまったかもしれないということ。

 

 

 

光の巫女であるシルフィアはゲーム内で、多数登場していた。

 

今、思い返せば、シルフィアとカノンが同時に登場することは無かった。

 

もしかしたら、裏設定で作られていたのかもしれないわね。

 

 

 

私が開発陣なら、それを知れたのに。

 

デバックのバイトしか出来なかったのが痛いわね。

 

まあ、隠しキャラを多数見つけて攻略できたけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれから長い間歩き続けている。

 

流石に何かおかしく感じる。それはカノンも同じようで、光の精霊に小さな声で話しかけている。いつもなら、微精霊が気を利かせて声が聞こえるのだが、地下には居ないのか聞き取れない。

 

 

 

秘密を知った私を葬る事さえ、ここでは可能です。

 

まさかカノンがそんな非道な事をしないとは思いますが。光の精霊が何か囁いているかもしれない。だって、先ほどから「うん」「はい」とか肯定しかしていない。

 

 

 

まるで、カノンの意思がないみたい。

 

もしかして、操られている?

 

 

 

光の精霊。

 

回復魔法に優れた精霊。そんな精霊が人を傷つけることはない。

 

そして、カノンがいい子だとは私が一番知っている。

 

 

 

……悪いことばかり考え過ぎね。

 

それ程までに、光の巫女という存在を私は敵視しているのだろう。

 

 

 

いつか、魔界を亡ぼす定めを作る少女を。

 

ゲームプレイ時からずっと恨み続けてきた私にとって。

 

 

 

シルフィアは嫌いな存在だ。

 

だけど、カノンは大好きだ。

 

 

 

だからこそ、考えが纏まらない。

 

カノンとシルフィアが同じ人物だとは思いたくはない。

 

 

 

(それこそ、勝手ね)

 

 

 

私の感情を押し付ける。

 

それでは、癇癪に耐えられない子供だ。

 

 

 

(今は、それは置いておくしかないのにね)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これは幻影かしら……?」

 

 

 

先程から終わらない道。

 

ぼんやりと考え事をしていたけれど、それにしては変だ。

 

そもそも、ずっと歩き続けているのに疑問にすら感じない。

 

 

 

後ろのカノンも同様だ。

 

それはあまりにも不可思議だ。

 

 

 

だからこそ、気づけた。

 

これは幻影だと。

 

 

 

 

 

いつから、幻影を見ているのか。

 

カノンの正体を知ったとき、あれは現実だ。だからその後。

 

光の精霊の力を借りて、魔術を放った時。

 

 

 

一瞬視界が眩んだ。

 

そして、何も見ることが出来ていなかった。

 

 

 

もし、あの瞬間。

 

何かが起きていたとしたら。

 

 

 

それが終わりのない道を歩き続けることに繋がっているとしたら。

 

 

 

――この道は一生終わらない。

 

死へと導くロードだ。

 

 

 

体力が尽き果てるまで歩き続ける道。

 

 

 

「たとえ、これが幻影でも魔法は使えるはずね。……カノン。少しいいかしら?」

 

「なんでしょう……?」

 

 

 

そこで初めて、私は後ろを振り向いた(・・・・・・・・・・)

 

 

 

そこには、誰も居なかった。

 

聞こえたはずの声は無かった。

 

 

 

ああ、最悪ね。

 

私とカノンは分断されていた。

 

それも一番最初から。

 

 

 

 

 

カノンは多くを語らなかった。少し、頷いて肯定するだけ。

 

それは、私がそれ以上知らないからと考えられる。

 

 

 

私が知らないことを吹聴することはできない。

 

つまり、これは迷宮の試練だろう。

 

 

 

迷宮には試練が存在していた。

 

ほとんどは、強さを求める為に、ボスモンスターのようなものを配置し、勝てば迷宮クリアとなる。つい最近、アンリと潜った迷宮が典型的だ。

 

だけど、迷宮の試練は多岐にわたる。

 

 

 

だからこんな試練があるのかもしれない。

 

 

 

人攫いの迷宮(ハーメルン・ラビリンス)

 

――全てを分断する迷宮が。

 

 



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30話 知らないってね

 

 

人攫いの迷宮(ハーメルン・ラビリンス)

 

 

まるで童話に登場する男が体現したかのような迷宮。

 

一瞬、目線を外しただけで分断する。それは、大人数で挑む迷宮攻略であれば、大いに影響を及ぼすでしょね。それを踏まえれば、二人で挑むことは良いのかもしれない。

 

なんせ、カノンには光の精霊が付いている。一方、私も精霊から借りた魔素が大量にある。勿論、帰還用の分を残さないといけないけれど、それでも十分に戦える。

 

 

 

問題は、この迷宮に魔法が通用するか、その一点だ。

 

そもそも、こんな風に分断される原因となったのは光の精霊が扉に魔術を放った為でしょう。だから、ここでは魔法による効果はなく、意味を為さない。魔法殺しの迷宮かもしれない。

 

 

 

「なんにせよ、ひとまずは合流するしかないですね」

 

 

 

カノンとの話の途中。

 

光の精霊と友達であり、シルフィアという偽名を持つ理由。

 

それが中途半端なまま別れた為、正直今は顔を合わせたくない。

 

むしろ、現状は好都合だったりする。

 

 

 

良く分からないけれど、カノンは勘違いをしているかもしれない。

 

まるで、最初からカノンの正体を見破っていた。そして、それを嫌っぽく追及して、追い詰めた。客観視すれば、そんな風にカノンは感じたのかもしれない。

 

 

 

まあ、最終的に光の精霊が話すことを認めたのだから、そうそう変な事にはならずに済むと思いたい所ですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少し階段を降りると、銀色の装飾が施された扉が目に入る。

 

流石に、自然に出来た洞窟とは思えなくなる。

 

それに、今の王国では見たこともない紋章。

 

紅色の落ち葉のようなものに大剣が突き刺さる。そして、それを蛇がどくろを巻いている。

 

悪趣味とも言える紋章。もし、貴族で使っていれば、それだけで叩かれること間違いなしです。

 

 

 

扉に手を触れ、魔法を込め押してみる。

 

物理的に押す必要があることはなさそうだ。そして、色々な属性の魔法をぶつけるも、何も反応は無い。

 

やはり、ここは魔術師専用の迷宮なのでしょうか。

 

全くついていない。

 

 

 

救いがあるとすれば、脇道に数か所、洞窟のようなものがあることでしょう。

 

それすらも罠の可能性もあるけれど、魔術を使えない者の為に用意されたとも考えられる。

 

 

 

「だけど、それならここの迷宮はただ自然にできたとは考えられなくなるのよね」

 

 

 

迷宮が出来た後、人為的な改造が施された。そして、いつしか、誰も使う人が居なくなった。

 

そう考えると、辻褄が合うのかもしれない。

 

 

 

古の古代文明。

 

もはや文献など残っておらず、詳細は不明。その遺物が今いる場所であれば、理不尽で合っても、進む手段は残されていると信じましょう。

 

 

 

最悪、残りの魔素全てを使って、地上へ風穴を開ければ済む話。

 

その場合、カノンを置いておくことになるけれど、レイフォード様と大精霊に助力を求めれば、なんとでもなる。今は、目の前で消えかけている精霊救助が最優先ね。

 

 

 

 

 

 

 

右左、複数の洞窟が続いている。サイズは大人一人通れる程度。

 

もし、岩盤が崩れれば、助かりようがないでしょう。

 

 

 

不安で足が進まない。最悪の未来を想像してしまった。

 

だけど、それはカノンも同じはず。

 

 

 

年下の少女をこの迷宮に取り残す訳にはいかない。

 

だって、私は二人のお姉ちゃんなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

炎魔法で照らした道を駆ける。

 

地面は硬く、まるで押しつぶしたような作為を感じる。

 

 

 

そして、一つ扉が見える。

 

黒扉に触れ、魔法を使う。これも反応なし。

 

けれど、右側に取っ手のようなものが付いている。

 

 

 

試しに、握り引く。

 

すると、扉がこちら側に開き、明るい光が飛び込んでくる。

 

視界がぼんやりとするも、今度は目を離さず、しっかりと見る。

 

 

 

「これは……絵画?」

 

 

 

 

 

巨大な部屋を覆い尽くす巨大な壁絵。

 

それが、目の前を埋め尽くす。そして、空間の中央には、古びた黒石の台座が置かれている。

 

台座の中央。そこには、宝石のような輝きを放つ水晶がガッシリ埋め込まれていた。

 

 

 

「迷宮のコア? それにしては、違うような」

 

 

 

前に見たコアとは違い、純度が高い宝石のようだ。

 

顔を近づけると、宝石内部の光が移動しているのが見える。

 

 

 

「変わった宝石ね。それにしても、ここは祭壇かしら?」

 

 

 

壁絵を見てみる。

 

そこには、人のような存在が空へと向けて、何かをしている姿が描かれている。

 

天に輝くのは、星々。そして人に似た何かが浮いている。

 

 

 

これは、神様?

 

それとも、精霊?

 

 

 

どちらかは判断がつかない。ただ一つ分かるのは、ずっと昔から、人々は超次元的な存在と関わりを持つこと。そして、王族のような支配者が居たこと。

 

 

 

それは、かつて見た海外の絵画に似ている。

 

 

 

 

 

それにしても、あまり考えてこない様にしていたけれど。

 

この世界はいつからあるのだろう。

 

 

 

ゲームのように、数秒前に出来たばかりの世界説。

 

過去の記憶すら、今作られたものだという荒唐無稽な仮説。

 

信じようにも、証拠など用意できるはずもない話。

 

 

 

けれど、ゲームでは背景を綿密に作れば、可能。

 

そして、ここはゲームの世界。

 

 

 

だからこそ、これは誰かが置き換えたデータかもしれないですね。

 

そう考えると少し、恐ろしい。

 

 

 

自分の過去ですら、誰かが作った情報に過ぎないかもしれないと。

 

 

 

 

 

「まあ、考えても仕方がないことね。もし、神様なんて存在が居るのであれば、その時にお話しするだけね」

 

 



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31話 見えないってね

誤字報告ありがとうございます。


祭壇の水晶。

 

それが重要な意味合いを持つと直感的に分かった。

 

 

 

「試しにとれないかと思ったけれど、盗人対策は万全ね」

 

 

 

魔法を込めた右手で水晶に力を込める。だが、僅かな罅すら入らず、光沢は薄れない。

 

やっぱり、この迷宮では魔法を用いた力は通用しないようだ。それを思えば、何故こんな所に精霊が居るのとかという疑問が生まれる。

 

 

 

精霊が自然にこの場で誕生した。その可能性は低いけれど、あり得なくはない。

 

でも、自我を持つほどの精霊となると、話は別だ。生まれながらに自我を持つ精霊は高位精霊と呼ばれている。その数は限りなくゼロに近く、全精霊の中でも、0.000が続く程に稀な存在だ。そんな精霊が地下迷宮で生まれたとは考えづらい。

 

 

 

あるとすれば、この地下迷宮がただの迷宮ではないこと。

 

人為的な手を加えられた痕跡から察するに、遥か昔の文明において、最重要施設であること。

 

それならば、封印のような形で精霊が閉じ込められており、それが開いた。

 

その可能性ならあるかもしれません。

 

 

 

でも、それが本当ならゲーム知識には無い、未知の情報だ。

 

勿論、ここがゲーム世界にすごく似ているだけで、別世界だという可能性も残っている。

 

その場合、私は憑依をした存在であり、この世界にとって異物その物だろう。

 

 

 

もしかしたら、私の存在が邪魔と判断されれば、自我は消える恐れもある。

 

それこそ、この世界の創造主が存在すればという話だが。

 

 

 

「――それにしても、よく分からない部屋ね」

 

 

 

見たこともない絵画、それに水晶が埋め込まれた台座。

 

これが何か意味を持つのか、それがトリガーになるのか、考察する必要があるかもしれない。

 

 

 

「とりあえず、この台座に何かがあるのは確かなはずね」

 

 

 

台座周辺に手を触れ、調べてみる。

 

材質は石のような感触だ。試しに手で叩くも、少し痛みがあるだけで、何も起こらない。

 

鍵穴のようなものもなく、ただの台座だ。

 

 

 

「こんなことしても、意味なんてないのかもしれませんね……」

 

 

 

疲労困憊の身体を思わず、台座に預けてしまう。

 

火照った身体をヒンヤリとさせる感触が気持ちいい。それに、何だか、身体が倒れていくような……ッ⁉

 

 

 

「――え、え、ええええええええ」

 

 

 

思わず、大声をあげてしまう。

 

それ程に、予期せぬ事態だ。身体を預けた台座。それが横滑りしていく。

 

今は魔法を使ってはいないにも関わらず、何の抵抗もなく、ズレる。

 

 

 

そして一定の所で止まり、私の身体が浮遊感を感じる。

 

何が起きたのか、転がり落ちていく。

 

 

 

当然、全身を叩きつけられて痛い。

 

何かに掴もうと手を空へと伸ばす。だけど、何一つ手に触れない。

 

 

 

「きゃああぁぁぁあああああああああ――!」

 

 

 

叫び声と共に落ちていく。

 

そして、最後の階段を通ったのか、硬い地面へと身体が投げ出された。

 

痛みが全身からあり、涙目で周りが見えない。それどころか、指先すら動かない。

 

 

 

「…………」

 

 

 

声が出ず、助けすら呼べない状況ね。

 

それに、現状に思考が追いつかない。

 

 

 

ああ、どうやら私は――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『助けないと……ワオ……ひどい』

 

 

 

 

 

どこか遠くから小さな子供の声が聞こえた。

 

そして、よく分からないが、謎の感触が私の前身を覆う。人の手ではなく、石でもない。

 

まるで、全身に魔法を覆ったような感覚。

 

 

 

全身強化より、フィアナの回復魔法に近い。

 

それに、おそらく気を失う前の激痛が和らいでいく。

 

 

 

魔素の量に変化はない。

 

だから、私が回復魔法に目覚めた訳ではないようだ。

 

それに、カノンと光の精霊によって、回復を受けた訳でもなさそう。

 

それなら、これは?

 

 

 

立った今、私の前身を覆うこの力は一体どこから……?

 

視界は暗闇が広がっている。魔法で明かりをつけることは難しい。

 

 

 

それに、今ここで声を出すと謎の存在が逃げてしまう気もする。

 

だから、今は気を失ったふりを続けて、少しでも多くの情報を知るべきでしょうね。

 

 

 

『――戻って……もっと、もっと』

 

 

 

声を聞くも、断片交じりで何をしているのか分からない。

 

けれど、私の大怪我を心配し、治す為に必死に魔法を使おうとしているのは分かる。

 

既に、起きているのを黙っているのは申し訳ないけれど、まだ、足首が曲がっている。

 

これでは、歩けない。だから、もう少しだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

謎の存在による回復が起きて数時間程、経過した。

 

前身の痛みは消え、体力も全回復したようだ。

 

これなら、もう問題ないでしょうね。

 

 

 

『どうしよう……ぼく、治したのに……消えちゃうのはヤダよ……』

 

 

 

この状況で、どう話しかけようかしら。

 

やっぱり、今目を覚ましましたっていう対応が一番かしら。だけど、まるで私が亡くなったような対応をされている中、それをすればゾンビ扱いされないかしら?

 

 

 

少なくとも、自我がある存在みたいだけど、これだけの回復魔法を使えるのなら、攻撃魔法だって使えるかもしれない。少しでも不審な動きを見せれば、吹き飛ばされるかも。

 

 

 

ああ、どうしようかな。

 

何を選んでも失敗する気がする。

 

 

 

「――――ここは……。」

 

『ひっ――! お、起きたの? ど、どうして――?』

 

「――汝の声が私を呼んだのです。貴方が私を呼ぶものですか?」

 

 

 

客観視すれば、痛い発言をする少女だ。

 

だけど、今この状況では違うはずね。

 

上手く、勘違いしてくれないかしら?

 

 

 

『復活するなんて、あなたは。貴方様は……』

 

 

 

そうよ、聖女とでも勘違いしなさい。

 

聖女なら並外れた回復力をもっていてもおかしくはないわ。

 

 

 

「せ、」

 

 

 

そう、私は聖――

 

 

 

『世界の女神様ですね!』

 

「は、はい⁉」

 

 

 

女神?

 

誰が?私が女神?

 

 

 

何を血迷ったことを言うのかしら。

 

――どうやら私以上におかしな子に出会ってしまったようです。

 

 

 

 



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32話 箱庭の鍵ってね

「世界の女神ね。そう。貴方はそう思うのね」

 

『はい!』

 

 

 

元気よく答える子ね。

 

姿は見えないけど。これは精霊かしら?

 

それにしても、世界の女神ってあれよね。世界の中央にある神大樹。そこに居るとされる全てを見通す存在。

 

 

 

その正体はエルフの女性だったはずだ。

 

かつて、世界を二分化した大災害を食い止めた英雄。だけど、力を使い果たして長い眠りについた。

 

それを知っているなんて、随分と長生きな精霊さんね。

 

 

 

だけど、何だか馬鹿っぽいわね。

 

レイフォード様の契約精霊とは大違いね。

 

 

 

「それで、貴方は何故、ここにいるのかしら?」

 

『女神様が目覚めるのをずっと待っていたデス。それがぼくの役割ナノダ』

 

「そう。つまりどういうことかしら?」

 

『ええと。つまり、女神様は女神様ナノです!』

 

 

 

はぁ、頭が痛いわね。

 

何を言いたいのかよく分からない。

 

 

 

世界の女神。

 

その役割は世界の危機を救う為の存在。

 

世界各地に隕石が多数降り注ぐ、バッドエンドでは、女神の加護により、全ての国が一時的に助かったという話が合った。

 

まあ、加護の効果が途絶えて、数年後には全ての国が滅んでしまうのですけど。

 

 

 

「そう。それで、私は何をすればいいのかしら?」

 

『こっちデス!』

 

「私、貴方の姿が見えないわ」

 

『そうなのデス?』

 

「ええ。この部屋は魔素が多すぎるわ。まるで、どこにも同じ存在が居るみたいね」

 

『凄いのデス。よく、分かるのデス。流石、女神様デス。コレで分かるデス?』

 

 

 

空間に渦巻いていた魔素が一か所に集中していく。その密度は普通の精霊とは比べようが無い。

 

 

 

「そう。それが貴方の姿なのね」

 

 

 

精霊として一人の少年が顕現する。

 

その表情は嬉しそうだ。

 

それ程に女神という存在が重要なのでしょうね。

 

 

 

『こっちデス!』

 

 

 

精霊が私を呼ぶ先、そこには何もない。

 

思わず、足を止めてしまう。でも、精霊は突き進む。そして姿が消え失せる。

 

権限を解いた訳ではなさそうだ。

 

 

 

「ええ……」

 

 

 

精霊が消えた方へと向かう。そして、謎の踏みつける感触の後、ひんやり冷たい。

 

周りを見ると、壁床一面が氷漬けになっている。そして、氷の下に何かが見える。

 

頭のようなもの、そして……

 

 

 

思わず、眼を閉じてしまう。

 

それ程までに醜悪な部屋です。かつて、何が起きたのか分かりませんが、強者が一撃で全てを氷漬けにしたような感じですかね。

 

私ですら、この規模の魔法となると、今持っている魔素を全て昇華させないと難しい。

 

それ程までに、ただの人間にできる芸当ではない。

 

 

 

では、誰が?

 

人ではない存在。魔王やエルフ王。それとも精霊?

 

 

 

『どうしたデス?』

 

「ここは?」

 

『ここは保管するための場所デス。ここで、ずっと維持するデス』

 

 

 

精霊の話す内容。最初は無邪気な少年だと思った。

 

けれど、これは……壊れている。

 

精霊として、自我が破損しているのだろう。

 

 

 

だって、大量の亡骸の上で笑みを浮かべる姿は死の神だ。

 

 

 

『どうしたデスか?』

 

 

 

どこまで計算しているの?

 

この無邪気な表情すら演技?

 

 

 

「なんでもないわ。それにしても、この氷は貴方の仕業?」

 

『? 違うデスよ。これは、アカがやりましたデス』

 

「アカ? それは貴方の知り合いかしら?」

 

『そうデス。他にも、ミドリ、アオがいるデスよ』

 

 

 

赤、緑、青の精霊など聞いたことはない。

 

一瞬、精霊王かと思ったが、三大精霊しかいない。

 

それであれば、大星精霊?

 

 

 

ゲーム内では、大精霊に次ぐ存在。

 

微精霊、精霊の上位存在だった大星精霊。

 

星座に由来する能力を持つ上位精霊たち。

 

 

 

その全てを覚えているわけもないし、真名とも限らない。

 

目の前の精霊が何を考えているのか分からないのですし。

 

 

 

でも、これ程の魔法の使い手である精霊が居ることは分かりました。

 

やっぱりただの迷宮ではなさそうね。

 

だからこそ、カノンが聞いた声が居る可能性も高い。

 

 

 

目の前の存在とカノンから聞いた精霊と同じ可能性も考えたが、陽気に振る舞うその姿は想像していたより違う気がする。

 

 

 

なんにせよ、この精霊を無視するわけにはいかないか。

 

 

 

「ねえ、貴方の名前は何て言うのかしら?」

 

『ぼく? ぼくに名前は無いよ。昔はあったけど、今はないのさ』

 

「そう」

 

『でも、友達はノーってよんでいるから、女神様もそう呼んでくれたら嬉しいな』

 

 

 

ノー?

 

英語のような響きだと思う。けれど、その意味が分からない。

 

こんなことなら、少しでも勉強しておけばよかったわね。

 

 

 

「ノー、聞きたいのだけどいい?」

 

『うん、何でも聞いて、女神様』

 

「貴方たちは、ここで生まれた精霊で合っているかしら?」

 

『ぼく? ぼくは、女神様の加護で生まれたよ? そんなことも忘れたの女神様?』

 

 

 

精霊を作る女神?

 

てっきり世界の女神はエルフを指すのだと思っていたけれど、違うみたい。

 

それなら、いったい、誰なのかしら?

 

 

 

「あと、もう一ついいかしら? ここは、どこかしら?」

 

『ここ? ここはぼくらの箱庭だよ? 精霊のための国だよ?』



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33話 迷宮回廊ってね

 

 

「精霊の国ですか。それにしては、他の精霊は見えませんが……」

 

『ここは入り口なのだ。だから、ここには、ぼくしかいないのデス』

 

「そうなんだ」

 

 

 

安心しました。狂った精霊が大勢押し寄せてきたらどうしようかと本気で心配していましたので。でも、そうするとカノンが聞いた声はどこからでしょうね?

 

勿論、目の前の精霊が嘘をついている可能性もある。

 

だけど、私に嘘をつく理由が見当たらない。私が精霊攫いであれば最上級の警戒をされてもおかしくはありませんが、見た目は普通の令嬢ですからね。

 

これでも“遠目から見れば大天使”と呼ばれたこともありました……ええ、過去です。

 

数年前の話です。最近では、“破壊神”とか“天使の姉”とかに変わりました。

 

 

 

私としても、今の方が気楽ですが。

 

——話がそれましたね。

 

 

 

「そう。私の親友が力から泣き声が聞こえてくると断言していたのだけど、それも知らないということ?」

 

『うん。仲間が泣いていたら流石に分かるのデス』

 

「そうなの? 精霊って、他の存在に対して興味を持っていないのかと思っていたわ」

 

『存在は分かるデスよ? だって、消えたら空間に罅が入るデス』

 

 

 

思わず本音で聞いてしまう。だが、精霊はあっけらかんと答える。

 

何も気にせずにたんたんと答える。

 

その姿はやはり少し怖い。まるで、感情がないロボットと話しているような感覚に陥ります。でも、相手は精霊。人とは異なる価値観を持っていても、なんらおかしくはない。

 

むしろ、人の考えを押し付けて、頭が狂っていると判断する方が変人なのかもしれませんね。

 

 

 

それにしても、空間にひびが入るという話はどういうことでしょうね。

 

精霊が消えても、何か異常を感じたことはありません。

 

ですが、それは微精霊に近しい存在の話。

 

 

 

目の前のような、自我を持つ精霊の場合はそうなるのかもしれませんね。

 

レイフォード様の契約精霊が仮に消えたらとんでもないことになりそうね。

 

 

 

「それで、声を聞いたりはしていないのかしら?」

 

『知らないデスよ? ここは、ずっとぼくしかいないデスから』

 

「それはどれくらいかしら?」

 

『もう、分からないデス。数えるのは千を超えてから辞めたデスヨ』

 

 

 

千という数字。日にちだとすれば、少なくとも数年間は誰もここに来ていないことになる。

 

それであれば、カノンの話と食い違いがある。

 

どちらかが嘘をついた?

 

 

 

かの制があるとすれば、カノンが嘘をつく確率の方が高そうだ。なんせ、シルフィアという偽名の姿で私の前に現れたのだから。

 

だけど、ここに来たのは私によるものだ。カノンが魔法を使ったわけではない。

 

カノンの性格を考えると、不確定要素が多すぎる状況に身を任せるとは思えない。

 

むしろ、綿密に計画を立て、その上で行動するタイプね。

 

 

 

だったら、精霊が嘘をついている。

 

それとも、精霊が知らないだけで、実は別の精霊が存在する?

 

この迷宮はとても広い。だから、精霊が知らないだけで、別の部屋に居るかもしれません。

 

 

 

なんにせよ、あの閉じ込められた場所から移動出来たのは良いけれど、まだまだ先に進むしかなさそうね。

 

まあ、どちらにせよ、カノンと合流する為にも歩き続けますが。

 

 

 

 

 

「ねえ、ここから別の部屋に行くことは出来るのかしら?」

 

『ぼくと一緒なら、できるよ。どこに行きたいデスか、女神様』

 

「そうね。光の精霊と少女の存在を感じ取ることはできないかしら? 実は、この迷宮に私の親友が来ているの」

 

『女神さまの親友ですか? それは早く探さないとデス。少し、まっていてね』

 

 

 

精霊の身体が薄く輝く。

 

そして、光が全方位に駆ける。それは美しくありながらも、全身に冷汗をかいてしまう。

 

それ程までに桁外れの魔素の塊が通過した。一瞬に過ぎないにも関わらず、身体中が痺れ、その場に倒れそうです。

 

 

 

「これは、探索魔法ね。でも、ここまで大きいと対象を見ることはできないはず」

 

 

 

探索魔法は魔素の量を増やすほど、広範囲を見ることができる。

 

一方、強力な魔法を使うと、その反動が大きく、対象を見つけても、微かにしか存在を見ることができない。

 

だから、人探しは数十メートルスパンで行うのが常だ。

 

 

 

だけど今のは数キロにも及ぶ程の魔法。

 

だからこそ、本当に識別できるのか不安に思う。

 

 

 

『この迷宮には生物はいないデス。皆、凍ったデスから。だから、動く影があれば、それが女神さまの親友デス』

 

 

 

今もなお、氷結に閉ざされた黒影を思わず見てしまう。

 

やはり、これは。

 

 

 

『見えたデス。精霊と少女がいるデスよ』

 

 

 

 



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34話 巫女の心ってね

お久しぶりです。
PCが壊れデータが全て消失しました。
心の整理がついたので、再度、投稿します。
これからもよろしくお願いします。


 

私には敬愛するお方が二人いる。

 

 

 

一人目は、私と同じ血が流れるレイフォード兄さま。普段は凛々しく誰もが憧憬を抱く程に王族・貴族の中でもずば抜けて優れている。10代にして、国家の方針が決まる賢人会議にも出席し、数々の政策の助言をする様は天才を通りこしている。

 

欠点として魔法には嫌われていたが、最近では精霊王様のお力で使えるようになりました。まさに完全無欠のお兄様です。

 

 

 

二人目はそんな敬愛するお兄様の彼女候補でもある、ヴァーシュピア家の長女レミリア。

 

私の親友であるフィアナの姉であり、妹のように可愛がってくれます。

 

この国において、ヴァーシュピア家は王の剣として名を連ねる名家であり、現宰相はレミリアの祖父でもある。まさに王に次ぐ権力を持つ大貴族。

 

だけど、リア姉さまは少しばかり変わっていた。

 

兄さまやフィアナに聞いた話では、突然魔界に行くと言い出し、屋敷を抜け出す一歩手前までいったらしい。もし、フィアナが偶然、出会わなければ今頃行方不明の可能性がある。

 

まさに変わり者として名をはせている。

 

 

 

そして、それだけではない。

 

我が国において、聖女と魔女の信託を受けたフィアナより、知名度が高い。

 

それはひとえに、奇人変人な行動を凌駕するほどに、リア姉さまが強く美しいからだ。

 

フィアナの可愛らしさはそのままに、凛とした姿は兄さま含め、全貴族の注目を集めている。

 

兄さまが猛烈なアタックを掛けていなければ、熱烈なプロポーズが連日のごとく、行われるだろう。そうなれば、フィアナが魔法で追いやる程に不機嫌になってしまうかもしれない。

 

これまでフィアナが怒る姿を見たことはない。だけど、大好きなリア姉さまのためならば、悪魔にでもなってしまいそうね。

 

 

 

 

 

そんなリア姉さまと私の関係は壊れてしまったのかもしれない。

 

私が隠していた秘密。光の巫女としての私の姿。

 

 

 

兄さまにも隠していたもう一人の自分。それがばれてしまった。

 

なぜ、ばれたのか理由はわからない。光の精霊にお願いされて、はぐれ精霊を助けようと散策中、突然声を掛けられ、挙句の果てには協力してくれることになった。

 

いくら魔道具で姿や声を変えているとはいえ、話し方ひとつ違えば、不審に思われてしまう。

 

それに、リア姉さまの周囲には精霊、微精霊が大量についてくる。魔道具の存在に気付かれてしまえば、どうしようもなかった。

 

 

 

だけど、運命が私を見捨てていなかったのか、ばれなかった。

 

それで油断していたのかもしれない。地下空間に降り立った後、天才頭脳のリア姉さまはいとも簡単に推理をしてしまった。

 

それも、私が力を貸さなければ、精霊が眠りについてしまうという話とともに。

 

 

 

光精霊のお願い、それにリア姉さまの問答。それを満足するためには、正体を明かすしかなかった。

 

だから、魔術を使った。

 

 

 

けれど、魔術を使った後、私とリア姉さまは逸れてしまった。

 

広間のような場所を目にした私が後ろを振り向くと、リア姉さまの姿はどこにもなかった。

 

もしかして、幻でも見たのかもしれない。そう都合のよい風に考えたが、光の精霊はそれを否定した。

 

あれは、正真正銘、リア姉さまだったと。

 

 

 

だからこそ、私はどうすればいいのかわからない。

 

正体を明かした。そして、そのことを兄さまや両親に伝えてしまえば、私がどういう扱いをされてしまうのか、怖く感じる。

 

 

 

 

 

光の巫女。

 

それは、国にとって重要な存在。かつて、顕現した光の巫女は国の一大事をその命と引き換えに救済したと伝承されている。

 

そんな彼女に私は憧憬を抱いていた。

 

 

 

だけど、光の精霊と出会い、巫女だと告げられてしまった。

 

幸い、光の精霊様の存在をお父様は知らないのか、これまでばれてこなかった。

 

このまま、生涯隠し通そうと思っていたのに……。

 

 

 

私は……どうすればいいのか未だに分からない。

 

 



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35話 逃げたいってね

レミリア視点に戻ります。

33話の続きです。


『見えたデス。精霊と少女がいるデスよ』

 

「そう。そこに案内してくれる?」

 

 

 

私と違い、カノンは魔法に長けていない。たとえ光の精霊と一緒であっても、魔法式を知らなくては使えない。だからこそ、不安が募る。

 

だけど、精霊“ノー”は首をかしげ、こちらを見る。

 

 

 

『何を不安がるデス? 見えた精霊がいるから大丈夫デスよ』

 

「カノンは魔法が得意ではないの。精霊が近くにいても、行使するのは彼女。だから、何か起きてしまえば危険なの」

 

『? 危険なのは女神様デスよ?』

 

 

 

話がかみ合いません。ノーが話す内容が理解できない。

 

精霊は長寿の存在。故に話す内容が簡易化され過ぎていて、通じないことがある。

 

 

 

「それはどういうこと?」

 

『だって、あの精霊は魔術を使えるデス。だから大丈夫デス』

 

「確かに魔術を使えたけど……」

 

『ここは、魔法が分解されてしまうデスよ。だから、危険なのは女神様です』

 

「……ええ。ノーの言う通りね」

 

 

 

少しばかり気が動転していたのかもしれない。確かに、この地下迷宮には魔法を分解する仕組みが施されている。本気の魔法ですら傷一つ付くことなく、まるで大精霊ムーと戦った時のようだった。

 

だけど、カノンの魔術は効果があった。閃光で見ることはできなかったが、確かにあの扉を開いたはずだ。

 

……そういえば、どうして私とカノンは分断されたのでしょう。ノーから話を聞く限り、ずいぶんと遠くまで来てしまったようだ。まるで“転移”でもしたような。

 

これが事実なら、私にとっては見逃すことができない程に貴重な情報だ。

 

 

 

いつか魔界に行く際、迷宮を通らず自由に行き来するための方法。

 

それは戦争に繋がりかねない危険な道。だけど、私の推しに会うためなら、自重が聞かないかもしれない。

 

まぁ、公にしなければ……。

 

 

 

『女神様、黙ってどうしました?』

 

「ねえ、私がここに来た原因に心当たりはあるかしら?」

 

『? 女神様はいきなり目の前に現れたデス。何時もと同じデスよ?』

 

「そう」

 

 

 

気になる情報が立て続けに開示される。だけど、少しでも言い方を誤れば、私が女神ではないことが露見する可能性がある。だからこそ、慎重に聞かなければ……。

 

 

 

……台座の隠し通路から転げ落ちた記憶はある。だけど、それにしては、今いる場所につながる道は見えない。それに、いくら歩き続けたとはいえ、カノンから遠く離れた場所に来たとは考えづらい。

 

ノーは言った。突然現れたと。

 

 

 

そして、何時もと同じという発言。少しばかり、怖くなってくる。

 

一体、ノーは誰と姿を重ねているのか。

 

誰と間違えているのか、それが分からず恐ろしい。

 

 

 

「……親友のところまで案内してちょうだい」

 

 

 

――とりあえず、今はカノンと合流するべき、か。

 

考えることは山ほどあるけれど、ここに来た理由である精霊。その存在は消えかかっている。なら、急いで助けてあげないと。

 

 

 

『遠いデスよ? 今の女神様じゃあ、倒れるデス』

 

 

 

確かに、表面上は傷ついた身体は回復しているが、体力は限界に近い。

 

身体の節々が痛み、筋肉痛が悪化したような感覚に苛まれる。でも、歩くことくらいならできる。だから、告げようと前を向いた瞬間――激痛が襲う。

 

 

 

『だから言ったデス。女神さまの身体はボロボロなのデスよ』

 

「ええ。そんなこと……分かっているわ。でも、ここで行かなくちゃいけないの」

 

 

 

あの子は私をどう思っているのか。

 

秘密にしていた光の巫女を知られ、一人取り残されたカノン。きっと、今頃頭の中がぐちゃぐちゃになって、どうすればいいか分からないはずだ。

 

だって、私も同じだから。

 

 

 

いつか、私と敵対するかもしれない光の巫女。それが妹のように可愛がっているカノンだったなんて、正直信じたくない。

 

でも、それを見なかったことにしたら、私は一生後悔してしまう。

 

 

 

一人ぼっちの少女を救えないなんて、それはあまりにも悲しい。

 

 

 

「ねえ、ノー。私のお願い、聞いてくれる」

 

『……本当はここで休んでほしい。だけど、女神さまが望むなら、いいよ』

 

 

 

少しふくれっ面ではあるが、私の手を取ってくれる。

 

そして、ノーが眼を閉じる。

 

ノーの身体から魔素があふれているのか、光り輝く。

 

 

 

『いくよ』

 

 

 

気付くと、足元の氷床が土へと置き換わる。それに、先ほどまとは異なる空間に私たちはいた。これは、やっぱり“転移魔法”よね?

 

魔界に行く上で必要不可欠な魔法式。その可能性があり、私の心臓がバクバクと大きく振動する。それでも、今は。

 

 

 

「カノン!」

 

 

 

周辺を見回し、大声で叫ぶ。

 

だが、何の反応も返ってこない。

 

 

 

「ノー、ここで合っている?」

 

『うん。でも、もう移動したあとみたいデス』

 

 

 

ノーが指さす方向、そこにはぽっかりと大穴が開いていた。それに、地面に無数の穴と焦げ付いた匂いが届く。

 

これは、まさに。

 

 

 

「ねえ、ここにはノー以外、誰も居ないはずじゃないの?」

 

『そのはずデスよ』

 

 

 

だけど、目の前の光景は戦闘が行われたように見える。

 

焦げた地面、抉れた無数の穴。そして、大蛇でも出てきそうな、大穴。

 

まるで、カノンが誰かと戦ったような光景にしか見えない。

 

だけど、ノーは冷酷に告げる。

 

私が信じたくない事実を。

 

 

 

『……女神様、ここには誰も居ないデスよ。女神様と女神さまの親友、そして精霊たち。これ以外は誰もいないデス』

 

 

 

可能性なら思いついていた。

 

一つ目は、逸れた精霊が暴走し、抗戦するしかなかった。

 

だけど、消えかかった精霊の仕業とはとても思えない。

 

 

 

二つ目は、ノーが把握していないだけで、魔物が居て、抗戦したということ。

 

これが一番、信じたい。だけど、ノーが嘘をついたとも思えない。

 

それに、魔物の仕業にしては綺麗すぎる。

 

 

 

 

 

――だから、答えは最初から出ていたのだ。

 

これは、カノンの仕業(・・・・・・)によるものなのだと。

 

 

 

――逃げてしまうほどに私と会いたくはないみたい。



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36話 精霊の命ってね





 

――大穴を覗き込み、遙か底に沈むのは暗闇。

 

魔素の残り香が犇めき、吐き気を催す邪悪が潜んでいる。至る所の壁々が罅割れ、崩壊のカウントダウンが近い。

 

ここに落ちれば、戻ってくることはできないのだと、脳が心に訴え。冷や汗が止まらない。

 

手指が痺れ、身体の震えが収まらない。まるで、蛇に睨まれた蛙のように、謎の圧力に屈しそうだ。

 

 

 

「――なにこれ」

 

 

 

思わず零れる本音。それ程に意味が分かりません。

 

ただの少女から放たれる魔素ではありません。精霊王に匹敵する圧迫感。それが犇々と空間を食らいつくす。

 

 

 

「何が起きれば、ここまで……」

 

 

 

――もはや、人とは思えない。ほんの少し前、話した言葉の断片。それらをすべて、地の底に置いてきたといわんばかりに、理解不能。

 

 

 

「――ねえ、“ノー” ……。貴方には心当たりがある?」

 

『どうだろうね。僕は、ここで起きたことを知らない。でも、推測はできるデスよ』

 

 

 

何時になく真面目な態度を見せる精霊“ノー”。

 

フザケタ言葉は鳴りを潜め、言葉遣いもいつの間にかに洗練されている。

 

まるで、成長しているような。

 

 

 

『――女神様も思い当たるのでは? 僕より彼女の人となりを知っているデスよね』

 

「そうね。でも、実現可能だとは思えない。だから、精霊である貴方から聞きたい。あの子は今、どうなっているの?」

 

『一言でいえば、半融合デス。彼女の心が黒く染まっているデス』

 

「黒く? でもおかしいわ。だって、あの子には光の精霊が……」

 

『光の精霊デスか?』

 

「ええ。私たちが住まう国にとって、英雄と並び称される存在。誰もが敬愛を持ち、超次元な魔法を手に大国を維持してきた大精霊。それが、光の精霊よ」

 

 

 

――光の精霊。

 

その正体は大精霊だったはず。レイフォード様の大精霊ムーと同格。それ以上の存在。

 

古から人々を加護し続けてきた守り神のようなもの。

 

それが、光の大精霊。

 

 

 

だけど、“ノー”は怪訝な表情で私を見つめる。

 

全てを見通すような鋭い目つきは私の口を閉じさせる。

 

 

 

『……大精霊。そうなのデスね。今の世界はそうなっているのですね』

 

「な、何を言っているの?」

 

『女神様は知っているデス。でも、僕から告げます。光の精霊は居ないデスよ』

 

「そんなはずはない。だって、あの子が……カノンが光魔術を使うところを見たわ。それに、精霊と少女の姿が見えたって、貴方が言ったのよ」

 

 

 

何を言っているの?

 

光り輝く魔術。あれは紛れもなく光系統魔法に近いものだ。

 

それは、ゲーム内で千を超える魔法を開発してきた私が自信をもって言える。

 

 

 

『そうなのデスか。でも、違うよ……。だって、アレは穢れた精霊だから』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――穢れた精霊。

 

それは、ゲーム内ではほぼ語られないワード。

 

断片として、精霊の終わりについてほんの少し記されただけ。そこには、精霊は眠りにつく、精霊は半壊するとあった。

 

誰もが理解できない説明不足の文章。それについて、頭のおかしい開発者はこういった。

 

【精霊が壊れたらどうなるか、それを想像すれば自ずとわかるよ】

 

追加説明ですら、理解できなかった。

 

 

 

だけど、ゲーム内の裏設定を創り上げていることは確かだ。だからこそ、穢れた精霊がどのような状態に陥っているのか、完全には分からない。

 

分かるのは、精霊の核が壊れているということ。

 

 

 

「――ねえ、教えてくれる。精霊の半壊。それは、どういう状態なの?」

 

『僕たちは死なないデスよ。でも、眠りにはつくデス。半壊は、それが妨げられ起こる事象デス。そうなった精霊は、穢れた存在になるデス。そして、それは戻らない』

 

 

 

精霊の半壊は、精霊の眠りとは違うようだ。

 

そうでなければ、ここまで意味深な発言をするはずがない。それに、精霊ノーの話す内容を組み合わせれば、事態は深刻に思える。

 

そもそも、精霊が人に害を与えるなんて、想像できない。

 

微精霊には自我はなく、あっても幼子レベル。精霊は大人レベル。大精霊は別格。それが精霊の知能だ。それを考えれば、精霊レベルが人に害を与えるほどに悪意ある行動をとるとは思えない。

 

 

 

それはレミリアとして生きてきた数年間の知識からも明らかだ。

 

人々と精霊は共存共栄している。それに、精霊の暴走など聞いたことがない。

 

だからこそ、理解できないし、したくない。

 

 

 

「戻らないのはわかったわ。でも、彼女と何の関係があるの。だって彼女は、カノンは契約していないはず。それなら、何一つ影響を受けるはずがないわ」

 

『契約……? あの、魔力回路をつなぐ行為デスか? あれは関係ないデス』

 

「か、関係ないって、どういうことかしら?」

 

『だって、精霊の半壊は契約と何一つ関係していないデスから』

 

 

 

精霊との契約は関係ない。それならば、余計に分からなくなる。

 

精霊に魔素を通すことで、魔法は発現する。精霊では想像できない高威力の魔法は詠唱があってこそ。

 

 

 

『女神さまは勘違いしているデスよ? 穢れた精霊は、術者の回路に潜り込む(・・・・・・・・・・)デス』

 



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37話 ぼうれいってね

 

術者の回路。

 

それは、おそらく魔術回路。魔法使いにとって、魔法を発動させるための道標のようなもの。

 

その中枢に潜り込むと、精霊“ノー”は言った。それがどれほど、危険なことなのか、この世界で生きてきた私にはわかる。

 

それは、想像したくない程に過酷で酷い光景を見せられたのだと。

 

 

 

精霊との契約、それは信頼の受け渡し。

 

他人には見せられない記憶すら、精霊は見通す。

 

例えば、レイフォード様の契約精霊を拘束すれば、王国の情勢を知るのと同義。

 

それ程に、精霊と人の結びつきは契約により強まる。

 

だからこそ、信じられない。

 

契約もなしに、魔術回路の中枢に潜り込むなんて。

 

 

 

「穢れた精霊……。それがあの子を苦しめているのは分かった。それを助ける方法はないの? 完全に契約していないのであれば、追い出すことだって」

 

『無理だと思う。あの少女に憑いた精霊は穢れ、元の性質すら変貌したモノ。女神さまは光の精霊っていうけど、僕にはもはや精霊には見えないデス。……あれは、亡霊デス』

 

「亡霊……。精霊が変質したモノ。精霊ではない存在、悪霊のようなもの。それなら、光属性魔法なら浄化することだって……。」

 

 

 

精霊の性質は6系統に分けられる。

 

精霊ごとに、限られた領域では、神の御業に及ぶ光景を創り出す。

 

光の精霊が司るのは、女神の祝福。

 

それはありとあらゆる悪意を正す。

 

 

 

『浄化デスか。でも女神様、それは貴方にはムリな話。攻撃魔法しか使えない貴方にはできないデスよ』

 

「それは……。」

 

 

 

精霊“ノー”の言う通り、私は光属性魔法に適していない。

 

力技で無理やり使うことはできるが、あれ程に壊れた元精霊を正せるとは思えない。

 

慈悲に溢れ、聖女を与えられたフィアナなら可能性はある。

 

けれど、今この場に連れてくるには時間が足りない。

 

 

 

「仕方ありませんね」

 

『何を……?』

 

「私にはこれしかできません」

 

 

 

手元に魔素を集め、凝縮する。

 

それを無数に生み、遙か底へと投げ入れる。

 

 

 

「貴方がそこに引きこもるなら容赦しないわ。たとえ王族でも。私は大切な貴方を助けるために貴方を傷つける」

 

 

 

膨大な魔力が底に沈み、そして爆散する。

 

それは、無系統魔法に分類され、かつての私が創り出したオリジナル魔法。

 

6系統には属さず、その領域外の魔法。

 

 

 

『……効いてない』

 

 

 

“ノー”のいう通り、カノンには傷一つ付かないだろう。

 

だってこれは――内側から全て壊すモノだから……。

 

ごめんね、カノン。

 

――私は貴方を救えない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぅぁ、ぁああああ、ぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアア」

 

 

 

 

 

悲鳴が響く。それは、遙か底に閉じこもる少女の口から零れ続ける。

 

痛みはない。だけど、叫ばずにはいられない。心の底から何かを追い出そうと躍起になる自分を制御できない。

 

 

 

見えたのは記憶。

 

幸せな日々の欠片が脳裏を焦がし、投げ捨てたはずのひび割れた心に突き刺さる。

 

そして、どうして捨てようとしたのか分からないし、覚えていない。

 

 

 

あるのは、隣に立つ精霊が私を見つめてくる。

 

その眼は静かで私の動きをただ見ている。

 

 

 

「あなたは……私にとって何……?」

 

 

 

精霊と呼んだ。それなのに、その精霊と出会った記憶がない。

 

昔からの友達だと思っていたのに、その根拠となる記憶がどこにもない。

 

心臓がバクバクと音を鳴らし、喉の奥がキュッと締まる。

 

先ほどまで、信頼していた精霊に嫌悪感を抱き、同時に末恐ろしい感覚に苛まれる。

 

どうして、こんなに恐ろしい存在を精霊だと思い込んでいたのか分からなくなる。

 

 

 

光の精霊と私は読んだ。

 

リア姉さまと話しているとき、これまで過ごしてきた人生。そこに、アレはいつから居たのか記憶にはない。

 

――アレは何なのでしょう(・・・・・・・・・・)

 

 

 

もはや精霊とは思えないし、思いたくない。

 

 

 

『―――――――――――』

 

 

 

アレの口が開き、何かを耳元でボソっと零す。継ぎ接ぎだらけの言葉は聞き取れない。

 

けれど、それが私を食そうとしているのだけはわかる。

 

アレは、私をエサとしか見ていない。

 

 

 

「……ッ」

 

 

 

怖い。怖い、怖い……。

 

逃げ出したいのに、遙か底に押し込められ、心臓に纏わりつくアレが怖い。

 

逃げたいのに、どこまでも憑いてくるアレが怖い。

 

 

 

ふと、アレと眼があってしまい、その瞬間。体中が痺れ、魔素が急激に失われていく。

 

アレが奪い取ろうとしているのだと、思う。

 

 

 

もはや、何もかも理解できず。それでも、逃げ出すように辺りに魔法を放つ。

 

魔力制御すらされていない魔法はアレを通し、遙か空に届き、轟音となって降り注ぐ。

 

破片が落ちてくるも、暗い何かに遮られ届かない。

 

 

 

 

 

 

 

――私は何もかも放棄した。

 

 

 

 

 

 



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38話 協力関係ってね

お久しぶりです。
すみません、今回短めです。


悲鳴が聞こえた。それはよく知る子のもので。

 

酷く怯え、世界に一人取り残された感傷のように思えてしまった。

 

それ程に、酷く悲しい思いをしたのでしょうね。

 

 

 

私がかけた魔法。それは、誰もが持つ心の空白。それを表面に引っ張り出すものだ。

 

人は、記憶を持つ。けれど、それはいつの間にかに底へと沈み、日を浴びない所まで流れる。

 

これは、その隙間に問いかけるもの。

 

 

 

「私が持つ、貴方の記憶。けど、それは貴方も同じ。だから、聞いてあげる」

 

 

 

今のカノンには声は届かないでしょう。

 

声が物語る程に、その悲鳴には絶望が閉じ込められていた。一人でこの世全ての苦しみを背負った少女。そう、亡霊に思い込まされている。

 

 

 

「貴方にとって、一番大事なものは何かしら」

 

 

 

絶望の沼に引き込まれた少女を必死に救い上げるのは、私の役目ではない。

 

そんなの、フィアナが言われるまでもなくしてあげる。

 

あの子の心を支え、未来へと進むにはレイフォード様の差し出す手で十分。

 

 

 

なら、私にできること。それは、何なのでしょうか。

 

攻撃魔法に特化した私が与えられるものなんて、想像もできない。

 

だから、私は貴方を救えない。

 

だからこそ、破壊王と呼ばれた私は貴方を壊す。

 

 

 

「聞こえていなくてもいい。だけど、私は貴方に本当の絶望を与えるわ」

 

 

 

強い絶望に追い込まれた?

 

酷い光景に恐怖して動けない?

 

 

 

「……そんなこと、私には関係ない話。だって、ここに来たのは精霊を助けるため」

 

《―――――――――――――――》

 

 

 

闇の底から、震動が轟音となって迷宮内に木霊する。ただの空気の揺れだけではなく、その全てに魔素が込められている。

 

あの子の絶望が周囲に拡散し、駄々をこねる幼子の心にように、反響する。

 

酷い癇癪だ。それを誰も救うことができなかったのでしょう。

 

 

 

 

 

ゲーム運営並びに開発陣。

 

彼ら彼女らは、元の世界でこの少女の運命をどう創り出すつもりだったのか。

 

ゲーム内では、私が悪役として追いやられた。そこに、フィアナの姿はない。

 

いつも、幸せそうな一枚目の中に映っていた。

 

 

 

だけど、それが本当に幸せなものであったのか。

 

それが勘違いだったのだと、今は心の底から思う。

 

ただ、ゲーム内では裏世界を描いていなかっただけなのだ。

 

 

 

人の幸福のみを表に映し出し、人々の絶望は地の底に追いやった。

 

ただ、その一部がヴァーシュピア・レミリアに投影されていたのだと。

 

 

 

「人の幸せ。貴方は何を願うのかしら」

 

 

 

私が欲しいものは、悪魔の少年と出会うだけ。

 

その時、私の本心を伝えられれば、最高でしょうね。

 

ゲーム内では、声一つ付かず、メモ書きでしか、本心を読み取れない少年。

 

その少年に、ただ一言伝えたい。

 

 

 

「……貴方にも幸福を願い、手にする権利があるわ。何もかも信じられず、其処に閉じこもるかつての私のようにしていても、意味はないわ」

 

 

 

思い出したくもない過去の記憶。

 

それを塗りつぶすように、この世界に魅了されたのだ。

 

だからこそ、私が大好きな世界で苦しむ姿を見ることはしたくない。

 

 

 

「……やっぱり、私に交渉なんて向いていないわね。……カノン、いえ、亡霊! あなたの存在は邪魔よ。全てを壊してあげるわ。二度と、顕現できない程に!」

 

 

 

微かに聞こえていた泣きじゃくる声。それが途絶え、闇の底から別の声が聞こえる。

 

それはカノンに似てはいるが、普段のあの子とは正反対だ。

 

 

 

『フフ、フフフフフフフフフフフフフ』

 

 

 

直接脳内に響くその嗤いは絶望そのものだ。

 

何かも投げ出した彼女が最後まで縋り、信じようとして、裏切った亡霊。

 

その一端が、造りだした音でしょう。

 

 

 

少し聞くだけで、身体がゾクリとし、身の毛がよだつ。

 

それは、精霊王にも引けを取らない存在量だ。

 

 

 

精霊に愛された私ですら、聞いたこともない声。

 

精霊とは存在その物が真逆な亡霊の霊気が直接身体を締め付ける。

 

痛みはないが、体中の魔素を奪い取ろうと、干渉を掛けてくる。

 

 

 

『どうするデスか?』

 

「ノー、貴方はどうしてくれるのかしら?」

 

『僕は女神さまの指示に従うデス』

 

「そう。なら、力を貸して。私と貴方で、あの子の心を壊すわ――ッ!」

 

『……そこは助けるデハ』

 

 

 

ノーが首をかしげ聞く。

 

だけど、これはあの子を取り戻すために、全てを壊す物語だ。

 

だからこそ、合っている。

 

 

 

 

 

私はあの子の心を壊すのだから。

 

 




次回、決着!


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39話 覚悟の日ってね

――人を殺したことはない。

 

それは前世から続く、日本人としての私の根本。

 

それが覆されたとき、私はきっと壊れてしまう。

 

 

 

人殺しのレッテルを張られ、愛する妹から嫌われるのは正直怖い。

 

けれど、今ここで逃げ出そうものなら、一生後悔することになる。

 

それが分かるからこそ、私は覚悟を決めた。

 

 

 

あの子を殺すかもしれないのに、私は魔法を発動させた。

 

 

 

 

 

 

――精霊“ノー”は息を呑む。

 

目の前で協力関係を結んだ、彼女の姿は堂々とし、今も昔も変わらない。

 

それ程に、洗練された魔法の数々。

 

 

 

きっと、彼女は僕の知る彼女ではない。

 

でも、僕は彼女を知っている。昔からずっと、待ち続けていた。

 

だからこそ、協力をすることに文句はない。

 

あるとすれば、今にも泣きそうな表情を浮かべながらも、広範囲殲滅魔法を発動しようと宙に魔法陣を描く姿だ。なぜ、そこまで苦しい思いをするのか理解できない。人はいつか死ぬ。それが早いか遅いか、精霊である僕からすれば些事なことだ。

 

 

 

――でも、彼女は別だ。

 

もし、彼女が死ぬつもりなら止めようと行動するのだ

 

それが僕の役目なのだから。だけど、それは意味をなさないこともわかる。

 

だって、唇を噛みしめ、苦々しくも前へと進む彼女を止める権利は僕にはない。

 

悔しいけれど、僕と彼女は今日が初対面なのだから。

 

 

 

女神様を語る彼女、それはかつて見た姿と同じで、僕はきっと……。

 

 

 

 

 

 

ノーが黙ったまま、私を見つめている。

 

協力関係を結べたのはよかったけれど、どうしようかな。

 

 

 

私が知る限り、広範囲殲滅術式と呼ばれた魔法はいくつかある。

 

けれど、それを迷宮内で使えば、あたり一面丸ごと吹き飛び、崩壊する。

 

それでは、意味がない。一瞬だけ助けて、あとは丸ごとお墓になりましたなんてね。

 

 

 

だからこそ、私が苦手とする精密制御をノーにしてもらう必要がある。

 

瞬間移動なんて、明らかに神の次元の術式を使うノーの力を借りれば、どうとでもできそうだ。

 

 

 

でも、ノーは黙ったまま動かない。眼は私をみているのはわかるが、何の感情も見えない。

 

ただ、ボォーとみているだけ。

 

まるで、微精霊のように存在が希薄に思える。

 

 

 

「……ねえ、貴方の力を貸してくれるのでしょう?」

 

『…………』

 

 

 

沈黙が続く、だが小さく頭を振る。どうやら私の声は聞こえているみたいだ。

 

であれば、今は信じるしかない。

 

 

 

「――私が今から使う魔法、その全てを制御しなさい」

 

 

 

両手に魔素を広げ、指先にとある系統へ変換する。

 

炎、水、土、風、光、闇。それに無系統を含めた、7大魔法。

 

その中でも、系統の最高位術式とも呼ばれる精霊王固有の魔法。

 

 

 

その一つを顕現させるべく、手にした魔力を集める。

 

これでは、地上に戻るのに苦労しそうだ。でも、精霊ノーが力を貸してくれれば、なんとかしてくれると信じておきましょう。

 

 

 

「之は大地を揺るがす契機。

 

無邪気な悪戯精霊(グノーム)の名において

 

地響きを鳴らし、踊れ踊れ。

 

雷鳴のような地響きは其方を大地の檻に封じ込め、

 

衝撃を以て、我が運命を阻む悪霊を撃ち砕く

 

――【グノーム・グランド】」

 

 

 

詠唱が永い程、魔法は高威力へと換る。

 

私が発動するのは、大地の精霊の中でも一際存在が大きく、四大精霊とも呼ばれたグノームの固有魔法。

 

人の身でありながら、精霊を模倣して創られた魔法の数々。その中でも別格な術式。

 

それを、地の精霊と契約していない私が使うのは自暴自棄ともとれる程、危険な行為だ。

 

 

 

もし、ここが地上でフィアナやレイフォード様の力を借りることができれば、考えることもなかったでしょうね。

 

でも、ここには私しかいない。私しか、あの子を救えない。

 

 

 

だったら、私は自分の命を代償にしてでも、あの子を救うために前へと進むでしょう。

 

――だって、この世界は私の心の拠り所。

 

たとえ、魔界の少年に会うのがゴールだとしても、それ以外がどうでもいいとは思えない。

 

――ああ、私はこの世界を愛していたのね。

 

 

 

『――準備はいいよ』

 

 

 

精霊ノーが私の魔素を絡めとり、爆発しそうなほどに広がった魔法を封じ込める。

 

それは、カノンへと突き進む。

 

暗闇が侵食し、淀む空間を私の魔法が押し通す。

 

気付いた悪霊はカノンを通して、魔力崩壊を起こさせようと試みる。

 

 

 

私一人なら、緻密制御が崩れ、魔法は消え去った。だけど、私の隣には頼れる精霊が居る。

 

私のことを女神だと勘違いしているが、今は最後まで信じるしかない。

 

たとえ、この後、バレてしまうことになろうとも、今はカノンを護る。

 

 

 

「喰らえ、全て崩壊してしまいなさい」

 

 

 

地面が揺れ、カノンの居る場所を覆い尽くす。

 

全方向から揺れ動く地面は、魔法操作されているとはいえ、魔素で構成されていない物理攻撃。ゆえに、レイフォード様の精霊王のように、術式を壊すことはできても、一度集約した物量を押し返すことは難しいはず。

 

 

 

地面を押し戻すためには、私が地上でかき集めた精霊たちと同等の力が必要となる。

 

それを成すには、精霊王と呼ばれた存在でもぎりぎりのはず。

 

 

 

だからこそ、アレがたとえ光の精霊王の成れの果てだとしても、戦意喪失してしまうくらいには消耗できるはず。

 

心配事があるとすれば、カノンを見捨て、悪霊が逃げることだけど。

 

 

 

『心配しなくても、あの子から逃がさないデスよ』

 

 

 

先ほどから感じる強い魔素の障壁。

 

それが隣に立つノーの仕業だ。いくら何でも桁外れな力の使い方に精霊王としての片鱗さえ見てしまう。

 

 

 

地面と魔素の檻に囚われた亡霊。

 

抜け出そうとしているのか、空間が揺らぎ、視界が淀む。

 

魔素が凝縮し、今にも爆発しそうだ。

 

 

 

「――本気?」

 

『どうだろうね。でも普通、あんなに繊細な魔素とは関わりたくないデスよ』

 

 

 

ノーが否定する。

 

そして精霊からみても異常な光景だと告げる。

 

遙か底に閉じ込めたのにも関わらず、その恐怖は消えない。

 

 

 

「これでもダメなら、次は……」

 

 

 

だいぶ強力な魔法を使い、魔素は心もとない。

 

それでも、ここで気を抜けば地の底に倒れるのは私たちだ。

 

けれど、どうするべきでしょう。

 

 

 

「――炎よ、舞い上がれ。小さな灯は天より照らす。地に落ちれ“大火”(インフェルノ)

 

 

 

宙に描くのは炎系統魔法の一つ。

 

――“大火”(インフェルノ)

 

 

 

指先に灯った小さな炎に魔素を与え、瞬時に爆発させて解き放つ。

 

炎系統の最上位術である“フレア”とは異なり、これは暗殺用術式。

 

本当なら人に向けて使うことは許されないでしょうね。

 

 

 

今まで、敵対した際もこれだけは使わなかった。

 

だって、この魔法は干渉範囲が広すぎる。小さな炎なのに、体中の魔素が失われ、おそらくは周囲の魔素をも飲み込んで発動した。

 

ノーは何も言わないが、勝手に奪われる感覚はあるはず。

 

 

 

地上で使えば、微精霊から反感を買い、酷い目にあいそうですね。

 

まあ、魔法使いは全員ダウンするのですから、指名手配されることはないけれど。

 

 

 

――ゲーム内では、無限増殖バグの一つであり、悪用魔法とも呼ばれていた。

 

 

 

効果は一つ。

 

小さな炎は周囲の魔素を取り込み、加速する。

 

ただそれだけ。

 

 

 

でも、これは決して止まらない。

 

術者が最初に固定したターゲットに当たるまで、魔素が切れるまで発動する。

 

故に、遠くから狙いを定め、後は待つだけで相手を確実に殺すことができる。

 

 

 

防御なんて無意味。

 

これは、敵対者の魔素ですら奪い取り、無力化する。

 

だからこそ、この魔法は開発陣を以てしても“死に神の一撃”と呼ばれた。

 

 

 

そして、対処するには同じ魔法を当てるしかない。お互いに魔素を奪い合い消失させる。

 

それに気づいたときには、次なるバグ技が流行り、そこまで危険視はされていなかった。

 

 

 

でも、この世界では違う。

 

数年過ごし、元の世界で流行った魔法の数々。それらが存在していなかった。

 

無論、“大火”(インフェルノ)でさえ、この世界には存在していない(・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

『……女神様、それはなんデスか? だいぶ、取られたデス』

 

「私の固有魔法オリジナルマジック“大火”(インフェルノ)。周囲の魔素で発動する魔法よ。……悪いけれど、勝手に使ったわ」

 

『それは別にいいデスよ。でも、忘れていませんか、女神様。この下に探している子がいるデスよ』

 

「ッ……!」

 

 

 

思い当たり冷や汗が止まらない。

 

失念していたでは済まされない。

 

 

 

「ッ……」

 

 

 

なぜ、ここに来たか。

 

それは弱体化した精霊を助けため。なのに、その最後の力を奪い取る可能性がある魔法を使ってしまった。これは失態では済まない。

 

 

 

同じ魔法を使えば、打ち消すことはできる。

 

けれど、先に放った魔法に追いつくには、時間もルートもない。これが人の目を避け迂回してあれば、直線ルートで追い抜ける。

 

でも、これは間に合わない。

 

 

 

『はぁ……。女神様、少し落ち着くべきデスよ。僕がいなかったらどうなっていたことか』

 

「えっ……? 貴方、何をしたの?」

 

 

 

突如、魔法式が乱され崩壊したのか、感覚が切れた。

 

敵に当たった感覚はない。むしろ、打ち消されたように感じる。

 

でも、この世界で使えるのは私だけのはず。

 

 

 

『飛ばしただけデスよ。遙か底に』

 

「飛ばす?」

 

『ええ。僕の魔法でチョチョイのチョイ、デス』

 

 

 

 

 

遙か底に転移させたと精霊“ノー”が告げる。

 

確かに、遙か遠くであれば、私の魔法領域から抜けるでしょう。

 

でも、それは遙か遠く。言葉以上にその発言は重い。

 

 

 

ノーが飛ばした場所とは、どこでしょう。

 

 

 

 




プロットの一行目に行くまえに3700文字超えた。
何故……?

決着は次回かな。


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40話 四大精霊ってね

――全てを喰らいつくす破壊魔法“大火”(インフェルノ)

 

 

 

その一撃であれば、穢れた精霊の存在消滅ですら、可能かもしれません。

 

けれど、その一撃は“ノー”によって消えた。

 

 

 

弱体化した精霊とカノン、どちらを救うべきか決めきれなかった私の責任だ。

 

少し考えれば一国の王女を優先するべき。でも、ここに来た目的を諦めることはカノンの考えを踏みにじる行為でもあります。

 

 

 

本人から救って欲しいと懇願されれば、優先すべきものは変わる。

 

でも、カノンがそんな自己優先な子ではないことを私は知っている。自分が王族であり、ほかの民の命より重いとしても、他を見捨てず手を差し伸べる。

 

そんな優しい少女がカノンです。

 

 

 

だからこそ、私は決めきれない。

 

何を助けるべきか、目の前で苦しむ少女の思いをどう汲み取るべきか。

 

 

 

『――――悩むのは仕方がないことデスが、あちらは来るつもりデスよ』

 

「――ッ!」

 

 

 

底から汚染された魔力の波動が幾多も重なり迫る。

 

負の感情を煮込んだ魔力が私の視界を奪う。世界が暗闇に染まり、光景が遮断されてしまう。

 

これが、穢れた精霊の本質。

 

全てを汚染し、草木朽ち果てるまで広がる災厄。

 

 

 

「――“暴風”」

 

 

 

周囲の淀んだ空気を魔法で吹き飛ばす。

 

魔素を込めた風は汚染された空気を絡めとり、“そして侵食する”(・・・・・・・)

 

魔法が崩壊する感覚が伝わり、魔法を解く。

 

 

 

「“暴風”」

 

 

 

再度、同じ魔法を使う。

 

そして、少しは穢れを払うことができたのか、視界が鮮明に映る。

 

隣には、ノーが居る。

 

穢れた精霊も地の底に居るようですね。

 

 

 

おそらくはただの吐息のようなもの。

 

私を害するつもりなら、魔力回路を壊すこともできたはず。

 

 

 

「――ほんと最悪な気分……アレが穢れた精霊なのね」

 

『そうデスよ。僕ら精霊も忌み嫌う悪霊のようなものデス』

 

 

 

誰からも嫌われる存在である穢れた精霊。

 

精霊が変質した存在。

 

それも、光の精霊が変貌した姿。

 

 

 

「――ねえ、両方とも救う方法はないのかしら?」

 

『簡単デスよ。逃げてしまえば……少しだけ待つだけデスよ』

 

 

 

私が零した言葉にノーが告げる。

 

待つだけだと。

 

正直、時間が解決してくれるとは思えない。

 

むしろ、負の感情が強まり、カノンを完全に支配したときどうなることか。

 

 

 

大精霊ムーですら、対処できるかはわかりません。

 

だからこそ、完全体ではない今、解決するしかありません。

 

 

 

「……何を言っているのか私には分からない」

 

『――――女神様。確かに、穢れた精霊は異質な存在であり、人の手には余るものデス。それは精霊の僕からしてもはっきりとしています。デスが、終わりは来るデスよ』

 

「終わり……?」

 

『穢れた精霊が顕現できるのは少女が居るからデス。でも、いつまで持ちますかね』

 

「――――――ッ」

 

 

 

ノーが言おうとしていることを理解してしまった。

 

穢れた精霊が支配するカノン。いくら精霊の寵愛を受けていても、あれほどの負の感情に包まれて正気でいられるわけがない。

 

――いつか終わりは訪れる。

 

 

 

それが、心か身体か、それとも別の領域かは分からない。

 

だが、人のみである以上、終焉を免れることはできないはず。

 

おそらく、ノーは最初から理解していた。

 

 

 

だからこそ、何もしていないのかもしれない。

 

――だって、時間が解決してくれるのだから。

 

 

 

「――でも、それはカノンを諦めることになる。それはダメ」

 

『何がダメなんデスか。女神さまの愛する人なのはわかりました。でも、女神さまにはどうにもできないことデス』

 

「そうね。私は破壊することしかできない。フィアナみたいに、誰かを護ることはできないし、誰かを救うために知らない誰かを手にかけるのでしょうね。ノー、貴方のいうことは正しいわ。――だから、力を貸して」

 

 

 

私にはどうにもできない。

 

精々足止めする程度が限界。いつ、穢れた精霊がここに現れるかもわからない。

 

 

 

『力を貸すデスか?』

 

「ええ。貴方の本気を見せてほしい。大精霊である貴方なら、なんとかしてくれると私は信じているわ」

 

『――大精霊デスか。僕が……どうして……』

 

「ええ。可能性でしかなかったけれど、本当にそうなのね」

 

『――どうして、そう感じたデス?』

 

 

 

 

 

大精霊。

 

それは精霊を超える存在。レイフォード様と契約した大精霊ムーのように、その力は隔絶している。

 

そんな大精霊の姿容を私は知らない。ゲーム上、名前で知っているだけ。

 

その数は少なく、出会える可能性は限りなく低い。

 

 

 

一生で一度、精霊と会えるのが普通。

 

大精霊と出会うのは、精霊使いの中でも一握りです。

 

けれど、ノーが大精霊だと私には思えてしまった。

 

 

 

「そもそも、“ノー”って偽名でしょう」

 

 

 

そう尋ねると、“ノー”がこちらを見る。

 

少しばかり驚いているのか、唇が震えている。

 

 

 

「そんなに動揺すると、本当だと教えているようなものよ」

 

『僕のこと、知っていたデスか?』

 

「いいえ。何も知らないわ。大精霊なんて、普通思わないでしょうね。でも、穢れた精霊に対抗できる精霊なんて、いるとも思えませんし。何より、私の魔法を完全に理解して、補助できるなんて、いくらなんでも変よ」

 

『……』

 

「私が使った魔法。あれはね、本当は使えないの」

 

 

 

今もなお、地面底に閉じ込め続けている。

 

7大魔法の一つ、“グノーム・グランド”。

 

 

 

それは精霊王固有の魔法であり、いくら私でも発動は難しい。

 

それは、繊細な制御が必要となり、人の身では不可能なほどに、綿密に織り込まれた術式が必要となるからだ。

 

でも、“ノー”はいとも簡単に再現してくれた。

 

まるで、“自分の領域内だと言わんばかりに”(・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 

「あの魔法が発動できた時点で予想は確信に変わったわ。貴方が、大精霊グノームであるとね。ふふっ、それにしても。偽名というよりあだ名かしら、“ノー”」

 

 

 

私の推理と証拠を聞き、ノーは微笑む。

 

そして、私の手を握り。

 

 

 

『バレて、いたのか。全く、騙せていたと思っていたのに。僕が悪戯を失敗するなんて。なら、隠す意味なんてないのか――“コネクト”』

 

 

 

“精霊グノーム”を通して、魔法庫が揺らいだ。

 

そして、確かに存在を感じる。

 

 

 

「――これが貴方とのパス……」

 

『仮契約ではあるけどね。いつでも、女神さまの好きな時に切っていいデスよ。もちろん、ちゃんと契約してくれてもいいデスけど』

 

 

 

これまで、精霊と契約したことはない。

 

ただの精霊と契約すると、その系統魔法しか使えなくなってしまうからだ。

 

炎の精霊であれば、水や風といった魔法は使えない。

 

 

 

無理やり発動すると、効果が薄れてしまう。今までのように、微精霊の力を借りようとしても、契約精霊の圧で逃げてしまうでしょう。

 

契約することで魔力庫はその精霊専用のものとなる。

 

 

 

でも、仮契約あれば問題ない。

 

仮契約は魔力庫の一部を貸しあたえるようなもの。

 

だが、精霊にとって旨味はない。小さな小部屋に住まわせるようなものだ。

 

 

 

「本当にいいのね」

 

『うん。僕は女神さまの力になりたいだけデスから。束縛を好む精霊はむしろ嫌いデス』

 

「――ありがとう、グノーム。」

 

 

 

真名で呼ぶと、グノームが笑う。

 

 

 

『うん。これからよろしく、女神様』

 

「ええ。それで、穢れた精霊をどうにかできる?」

 

『簡単デスよ。女神さまの言葉を借りるなら、叩き潰すだけデス』

 

 

 

グノームが片手を前に出し、手のひらを閉じる。

 

それだけで、地面が揺れる。

 

地震のように、地面が震え、轟音が響きわたる。

 

 

 

これが大精霊とよばれる所以。

 

四大精霊、地を司る“悪戯精霊”(グノーム)の本気。

 

 

 

『こい』

 

 

 

地面が二つに割れ、淀んだ空気が空間を覆い尽くす。

 

暗い闇で何も見えないが、強力な魔力を感じる。

 

アレが穢れた精霊の本体。

 

 

 

カノンの姿は見ることができない。

 

だけど、きっとあの中にいるはずです。

 

 

 

「全てを壊す波動。これは、地を震わし、粉々に砕くもの――“破壊衝撃”」

 

 

 

 

 

まずは、分厚い負の感情を壊すことから始めましょう。



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41話 悪霊払いってね

お久しぶりです。
今後ともよろしくお願いします。


負の感情。生んだのは少女か。はたまた穢れた精霊か。

 

それは今の私には分からないし、簡単に理解してあげることはできない。

 

でもね、だからといって、見捨てていいはずがない。

 

 

 

私が大好きなゲーム。

 

その中でも、清廉潔白な少女の成れの果て。本編では語られなかった物語。

 

悲惨な場に私だけが立ち会っている。

 

 

 

開発陣の思うままに創られた光景の一つかもしれない。この世の全ての不幸を少女に詰め込んだだけだよと笑いながら宣うかもしれない。

 

でもね……私にとってはここが現実なの。

 

 

 

――彼女(カノン)を助けてあげたいと心の底から思う。

 

だからこそ、私は魔法を発動させる。

 

 

 

「全てを壊す波動。これは、地を震わし、粉々に砕くもの―― “破壊衝撃” (グノーム・インパクト)

 

 

 

――四大精霊(グノーム)は地を司る。

 

その全ての力を借り、私はカノンと悪霊に全力の魔法をぶつける。

 

 

 

私が創造した未完魔法の一つ。

 

魔法式は完璧だが使い手が存在しない精霊魔法(・・・・)

 

 

 

《――――――――――――――》

 

 

 

穢れた精霊から魔素を込めた振動により空間が揺らぐ。

 

そして、微かにだが、その場を動いた。

 

……でもね、遅い!

 

 

 

「――グノーム、やってしまいなさい!」

 

『精霊使いが荒いデスね』

 

 

 

私のイメージをグノームが具現化させる。

 

地響きを立て、地面、壁が崩壊する。

 

そして、それはぐしゃりと穢れた精霊へと向かう。

 

 

 

だが、近づいた途端、地面の崩落が暗闇に飲み込まれていく。

 

少しばかり大きなクレータとなる地面の底は暗いまま変わらない。

 

だけど、少しばかり魔素の波動を感じる。

 

 

 

『閉じろ』

 

 

 

グノームの声に地面が呼応し、穢れた精霊とカノンを閉じ込めるように土砂が流れ込む。

 

まるで屋外の球場にドームがついたように、私たちの眼から見えない。

 

 

 

『――崩れろ』

 

 

 

そこに追撃。

 

グノームが手を閉じると耳が割れる程の地響きが迫る。

 

先ほどまでとは比べ物にならない四大精霊(グノーム)の魔術。

 

それは魔法の数倍の規模の地面を下す。

 

 

 

先ほどまで見えた暗闇が消える。

 

……でも、遙か底から感じる恐怖は消えない。

 

まだ、底に居るのだ。

 

 

 

「どうすれば……。グノーム、どうしよう?」

 

『ここまで穢れると面倒デスが、これだけ広ければ……』

 

「グノーム?」

 

 

 

グノームが両手を地面に押し当てる。

 

小さな土山が渦を巻き、地面全体がうねりを上げる。

 

思わず、その場に倒れてしまいそうな程の震動だ。

 

 

 

『広がれ。女神様はその上に居るデス』

 

「あ、ありがとう」

 

 

 

グノームが目くばせするだけで、地面から巨大な石が膨れ上がる。

 

まるで巨人の手のひらだ。

 

 

 

壁が崩壊し、グノームの下に巨大な土が集う。そして、それは人の形を創り出す。

 

その姿がまるで、巨大な泥人形(ゴーレム)だ。

 

 

 

泥人形(ゴーレム)? こんな大きいもの見たことがないわ」

 

 

 

無数に魔法があれど、ここまで巨大な泥人形(ゴーレム)なんて見たことも聞いたこともない。

 

魔法では到達不可能な境界線。十中八九、魔術の類でしょうね。

 

 

 

『押しつぶせ』

 

 

 

グノームの指示に従い、泥人形(ゴーレム)の巨腕が地面へと迫る。

 

地面が勝手に広がり、巨腕が周辺の土砂を吸い込み、底へと押し寄せる。

 

数トンはありそうな物量が穢れた精霊の暗闇に吸い込まれ、魔素が爆風のように広がる。

 

 

 

『これは辛いな』

 

 

 

グノームの言う通り、泥人形(ゴーレム)の巨腕の先が崩壊していく。

 

その度、修復していくが、膠着状態だ。

 

そして、魔素のながれを見るに、いくら四大精霊(グノーム)といえども、限界が来る。

 

 

 

泥人形(ゴーレム)が崩壊し、穢れた精霊の全方位から押し寄せる。

 

けれど、それは意味がない。

 

触れるや否や消失していく。

 

 

 

「やっぱり、無理よ。あんな防御術式に効果がない」

 

『そうデスね。デスが……とらえた(・・・・)

 

「何を言って――」

 

 

 

――――――⁉

 

気付くと、そこには少女が居た。

 

俯き顔色は見えない。けれど、その姿は私のよく知る少女カノンだ。

 

な、なにが起きたの?

 

 

 

『さすがに疲れたデスけど、これで何とかなるデスかね』

 

「どうなったの? あんなに分厚い暗闇が消えた、魔術で払ったの?」

 

『簡単な話、飛ばしただけデスよ』

 

 

 

その言葉を聞いて、思い出す。

 

私の魔法が消失したときにグノームが言った言葉を。

 

 

 

“”―― ―

『飛ばしただけデスよ。遙か底に』

 

「飛ばす?」

 

『ええ。僕の魔法でチョチョイのチョイ、デス』

 

 

 

 

 

「――遙か底に穢れた精霊の闇だけを飛ばした……」

 

 

 

口にするのは簡単だ。だけど、アレだけ広範囲の呪いのようなものを飛ばすなんて、とても信じられない。

 

そもそも、グノームが使える魔法にも思えない。

 

 

 

「貴方、本当に何者?」

 

『僕はグノームだよ。女神さまのよく知る。それより、いいのデスか、チャンスデスよ』

 

「そうね。……話してくる」

 

 

 

斜面を滑り降り、カノンの前と降りる。

 

先ほどまでの暗さは感じ取れない。

 

でも、彼女の奥底で恐ろしい魔素が揺れている。

 

 

 

 

「――カノン、話をしましょう。私とあなただけで」

 

 

 



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42話 記憶補正ってね

お久しぶりです。


 少女の心は閉ざされた。

 

 それがいつからか、少女には思い出すことはできない。ただ分かるのは真夜中に蠢く存在だけが私のことを理解してくれている。

 

 友人でも、敬愛するお二人でもなく、私はそれに救われた。

 

 でもなぜでしょう。

 

 

 

 なんで、こんなに胸が痛むのでしょうね。

 

 私は、幸せなはずなのに。

 

 どうして、涙が止まらないのでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 グノームによって、開かれた斜面を滑り落ち、カノンへと歩み寄る。攻撃してくる可能性もありますが、杞憂だったようね。

 

 ……まるで、廃人。

 

 

 

 元の世界では、一定数居た壊れた人々。そんな彼ら彼女らと同じような顔をしている。

 

 やつれた表情だけではない。まるで大事な何かを失ったような、そんな絶望を浮かべた少女が私の前に居る。

 

 

 

「――カノン、話をしましょう」

 

 

 

 私の言葉にカノンは何も返さない。

 

 むしろ、聞こえているのかも分からない。それ程までに前とは別人の姿。

 

 穢れた精霊に心を奪われ、人形姫のような姿。

 

 

 

「――はぁ……これをフィアナが見れば、どうするのでしょうね。レイフォード様が見たら、冷徹な表情で何もかも滅ぼしそう……」

 

 

 

 ――最高の回復術者とも称された光の巫女、カノン。

 

 ゲームでは明らかにならないバックストーリー。たぶん、私がこの世界に異物として入り込んだことで生じた異変。本来、起こりえない光景を前に私は思う。

 

 

 何もしないほうが良かったのではないか。

 

 ゲームと同じようにストーリーを進めれば、わたし一人の犠牲で済んだ。

 

 

 私が、フィアナを魔女に。カノンの心を壊す原因を創ったのだ。

 

 これまでの自分の愚かない行動がこの現実を生み出した。

 

 

 

「――フィアナが聞けば否定はするのでしょうね。でも事実なのですから、ケジメはつける」

 

 

 

 ――手のひらに魔素を集める。

 

 もはや、微量。大いなる魔法なんてものは使えません。命を犠牲にしても、数秒の魔法では何も変わらないでしょう。

 

 

 

「……カノン。ごめんなさい。私の行動が貴方を傷つけた。貴方だけじゃない、これまで私が関わったすべての人々。レイフォード様もそう、全て私が未来を変えてしまった。だからこそ、これはケジメ。私のことを許す必要なんてない」

 

 

 

 とある魔法を起動する。

 

 それは、誰もが使える魔法だ。だって、最初に教わるものなのだから。

 

 

 

「“魔力制御”」

 

 

 

 体内の魔素を手のひらに集める。

 

 それを凝縮し、自分の頭へと当てた――。

 

 

 

 

 

 突如、全ての光景が浮かび。

 

 そして全てが消える。

 

 

 

 その光景はこの世界の誰も知らないもの。

 

 フィアナとレイフォード様が仲良く歩き、カノンは朗らかな表情で見守る。

 

 どこにも愚かな私は存在せず、

 

 

 

 幸せな光景のみが広がる。

 

 そうこれは相手の心を揺さぶるだけ。

 

 それでも、私は魔法を発動した。

 

 

 

 ――本来、皆が見るはずだった光景を。

 

 

 

「……受け取って」

 

 

 

 手のひらに戻した魔素をカノンへと飛ばす。

 

 それは、カノンに当たると内部に吸収され消える。

 

 

 

 表情は変わらない。

 

 だけど、私の記憶がカノンの中を通る感覚のようなものを受け取る。

 

 

 

 それは壊れたカノンの心をさらに押しつぶす可能性だってある。

 

 なんせ、今見ているのは、別の世界のカノンが望んだ光景であり私が良く知る、ハッピーエンドの物語。

 

 

 

「――カノン。あとは貴女の判断にまか……せ――」

 

 

 

 意識が朦朧とする。

 

 思わず、片膝を地面につき、上半身ごと地面へと崩れ落ちる。

 

 痛みすら感じない程に、全身の感覚が鈍い。

 

 

 

 

 

 ……カノン、ごめんなさい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ずっと覚めない夢を見ていた。

 

 誰もが羨むお兄様に魔法を褒められ、休日は親友のフィアナと一緒に市街を遊びつくす日常。今の私にとって、夢としか思えない光景。

 

 それが嬉しくて、でも怖くて。

 

 

 

 夢と認識していても、ふわふわした状態で夢は続く。

 

 私の記憶と小さな食い違いこそあるものの、見知った光景が多い。

 

 だけど、それが大きく突然変わった。

 

 

 

 魔女認定の烙印を押され最後には追放される少女。その姿は私のよく知る人で。敬愛するお兄様に相応しいお方で。

 

 なのに、夢の少女を私は知らない。

 

 姿も声も同じなのに、全く違う人に思えてしまう。

 

 

 

 思わず、嫌悪してしまう程だ。

 

 ――最後には私たちは微笑み、少女は絶望した表情で去っていく。

 

 夢の私は幸せそうだった。

 

 

 

 大好きなお兄様、親友に囲まれ、学院でも楽しい毎日を送っている。

 

 時に、なぞ解きをしたり、海外旅行にみんなで出かけたり。

 

 まるで、物語のような華やかでハッピーエンドな大団円。

 

 

 

 でも、私の心は靄としたままだ。

 

 何かが違うのだと心が叫ぶ。身体が拒否反応を示す。

 

 これ以上、夢を見ることなんて、したくないと身体中が訴える。

 

 

 

 突如、景色が変わった。

 

 それを見て、私の心は落ち着いた。なぜだろう。

 

 夢の私ではない、誰かが経験した記憶の一部が目の前に広がる。

 

 だが所々霧がかかったようにぼんやりとする。

 

 

 

 少女の姿は先ほどとは違い、何かに怯え、自分ですら騙す。

 

 そんなことを続けていれば、身体が。精神が持つわけない。

 

 それなのに、今の私には懸命に抗っているように思えてしまう。

 

 

 

 殺し屋、大精霊様との闘い。

 

 私とは違い、魔法の天才と称されるような存在。

 

 

 

 それを見て、私の心が安らぐ。穴に水が溜まり、湖ができるように、私の心が埋まっていく。……ああ、そうだ。

 

 私はこれをよく知っている。だって、楽しい記憶だ。忘れてはいけないものだ。

 

 

 

 ならば、どうして私はこれを思い出せなかったのでしょうか。

 

 ……ふと、地面を見る。

 

 

 

 底には何かが居る。

 

 暗黒で姿は分からない。だけど、暗闇全てから悪意を感じる。

 

 そして、私と繋がっているように思える。

 

 

 

 まるで、契約。

 

 そう理解し、思わず契約を切ろうとしてしまった。

 

 だけど、暗黒はほつれた糸を絡めとり、太い糸へと戻す。

 

 

 

 ああ、これが原因なのだ。

 

 そう、私は思えた。なぜだか、そう思えてしまった。

 

 心を奪ったのはこの子なのだと。

 

 

 

 かつては親しみを覚えていたであろう暗黒。

 

 だけど、今はもう、何もない。

 

 だけど接続を切ることもできない。困るなあ。

 

 

 

『――それなら、僕が助けてあげよう』

 

 

 

 不思議な声が聞こえた。

 

 大精霊様に似た声が。

 

 

 

『――君が認めた。なら、僕も認めよう』

 

 

 

 何を言っているのでしょうか。

 

 だけど、その声からは大好きな憧憬を感じる。

 

 

 

『きみは目覚める。あとは、二人で話し合えばいい。女神様とはまた、会えないけど、まあ、近いうちに会えるだろうしね』

 

 

 

 夢から覚める瞬間。

 

 そんな感覚が全身に広がり、私は閉じた眼を開く。

 

 そして、あたりを見回す。

 

 そこにはレミリア様が横わたっている。思わず、駆け寄り声をかけるも、どうやら寝ているだけのようだ。

 

 

 

 思わず、ほっと息を吐いてしまう。

 

 そして、安心する。

 

 偽物の私が見た、幸せな夢ではない。

 

 

 

 しっかりと大好きなお姉さまが目の前に居る。

 

 それがとても嬉しくて、私はレミリア様が起きるまでその場で日向ぼっこをすることにします。どうやって、言い訳をするか、本当のことを言うべきか、悩みつつ。

 

 

 

 

 時は過ぎていく。

 




完結ではないので安心して下さい。
まだまだ続きますよ。
女神様、グノーム、穢れた精霊の謎も解決してませんし。
ですが、とりあえず、地下編はこれで終わりです。
次からはようやく学院編スタート予定です。

今後ともよろしくお願いいたします


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