とある敗者の敗北宣言 (かつおのたたき)
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設定解説
第一回!安心院さんの!コレで安心設定解説講座!!!


あとがきのつもりで書いた設定解説が思ったより長くなったので、初投稿です。


【安心院さんの!これで安心!設定解説講座!!】

 

 安心院「やぁ、僕だよ」

 

 安心院「ここがどこかって?」

 

 安心院「ここは無能の作者が作った、無理のある設定に関する解説とか言い訳をするコーナーだぜ」

 

 安心院「見なくても困ることは特に無いはずだから、安心してほしいな(安心院さんだけに)」

 

 安心院「じゃあ、早速1つ目と行こうか」

 

 ①上条当麻の有無について

 

 安心院「普通にいないぜ、この世界は上条当麻の代わりに球磨川禊が存在する世界ってことだね」

 

 ②世界観についてと球磨川くんが改心後程度の過負荷しか持たない理由

 

 安心院「球磨川くんについては、本編中で後で説明するって言っちゃったから、ここでさせてもらうぜ」

 

 安心院「先に世界観の説明をさせてもらうけど、この作品での学園都市は、箱庭学園が存在する世界線とは別の僕が生み出した世界線に存在しているよ」

 

 安心院「この世界線は僕が箱庭学園とは別の方法でフラスコ計画を成功させようと思い立って、何となくで作った世界なのだけど、必要なくなったから、僕の端末数人にこの世界を任せておいたんだよ」

 

 安心院「すると、なにやらおかしな人間が学園都市を乗っ取ったらしくてね、僕としてはどうでもよかったのだけどせっかくだからちょっかいをかけようかと決めて」

 

 安心院「その人間が、その世界の主人公として上条当麻を置こうとしていたところを、球磨川くんに変えてやろうと思ったんだ」

 

 安心院「ただ困ったことに、この世界に球磨川禊は存在しなくてね」

 

 安心院「仕方ないから、球磨川くんのクローン的なものを生み出して変えてやったんだけど、改心後の球磨川くんを元に作ったからか生まれつき改心後の過負荷しか持たない球磨川くんが生まれたわけだね」

 

 安心院「ちなみに球磨川くんの幼少期は養子として、上条家に引き取られてたぜ」

 

 安心院「過負荷が弱い理由は上条家で少し幸せになったことにもあるかもしれないね」

 

 ③なぜ小萌先生と球磨川が一緒に住んでるか

 

 安心院「もちろん家出少年として拾われたからだぜ?」

 

 安心院「小萌先生が拾うのは家出少女だけって意見があるのも分かるよ、だが幼女との奇縁に関して球磨川禊の右に出る者はいないってことを考えたらどうかな?」

 

 安心院「ある気がしてこないかい? あるわけないって人には僕の一京のスキルのうち何個かを試されて貰うしかないかな?」

 

 安心院「さて、思ったより長くなってしまったから、今日はこのくらいにしておこうかな」

 

 安心院「このコーナーは作者が必要かな? と思った時と読者からの要望でやるから、不定期でやることになるぜ。次回からはゲストとかも呼んじゃったりするかもだから楽しみにしておくといいぜ」

 

 安心院「この説明だけで分からないことがあったら感想で質問してくれれば答えると思うから安心してくれるといいぜ(安心院さんだけに)」

 

 

 

「じゃあ、僕は先に行かせてもらうよ、また会おう。」




設定解説になってる気がしないぜ


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プロローグ
再会


球磨川くん好き


『はぁ、ここにもいないのか』

 

 ボソッと呟いたその一言は夜闇に溶け消えていった、視界を闇で塗りつぶしたかのような深く不快、そんな夜の闇を一人歩く少年……いや、青年と呼ぶべきであろう男がいた。

 

『こーんな辺境の山まで来たっていうのに全然痕跡すらないってんだから嫌になっちゃうよねほんと』

『いくら僕がかわいいかわいい弟分だからってこんなに厳しくすることは無いと思わない?』

『こんなことならめだかちゃんでも呼んでくるべきだったかな〜』

『全くもう何時でも帰って来れるならすぐに帰ってきてくれればいいのにね!』

 

 不可逆が可逆になった今、どこからかひょっこりと顔を出してもおかしくないはずの少女を探しながら、一人やかましく空っぽな笑顔で騒ぎ続けている。

 

『まあ、僕が絶対見つけ出してみせるけどね。』

 

 いいセリフを括弧つけて言いながら、一歩、また一歩、と闇の中を進んでいく、ゆっくりと、ゆっくりと、後に残るのは彼の足音、木の葉の擦れる音、そして、()()()()()だけだった。

 

彼の周りには15匹はいるだろうかという野犬の群れ

 

『あーあ、最悪だよ! 服が汚れちゃうじゃないか!』

『全く嫌になっちゃうよ、僕はただ安心院(あじむ)さんを探しに来ただけなのに!』

 

 そんなことを喚きながら何かを取り出そうとポケットに手を入れた瞬間、()()()()()()()()()()()()()()()彼はその生涯を終えた。

 

()()()()()

 

 岩に押し潰され生命活動を終えたはずの彼は、そんなことは初めからなかったかのように気持ちの悪い、例えるなら軟体動物のような動きで立ち上がりながら先程までと同じように、ニコニコと笑いながら立ち上がる。

 

 野犬たちは、確実に死んだはずの獲物が起き上がるという、異常に対して、近づいてはいけないと告げる本能に従い我先にと夜闇へと消えていく。

 

 全力で逃げ去っていく野犬たちの後ろ姿を見つめている彼の姿には岩が飛んでくる前の登山には似つかわしくない黒いパーカー姿から変化はなく、元々岩など飛んできていなかったかのように傷跡も汚れも()()()()()()

 

 そして、静かになった夜の森に、鈴の音を鳴らしたような綺麗な声が響き渡る。

 

「はぁ、何度言わせるつもりだい球磨川くん、僕のことは親しみを込めて安心院(あんしんいん)さんと呼びなさい」

 

『あれれ? この声は安心院(あんしんいん)さん? 久しぶり! そんなのすっかり忘れてたよ、ほら、2年くらいあってなかっただろう? 僕達って』

『そんなことよりもこんなところまで探しに来てあげたんだから誠意とかないのかい? 今なら全開パーカーで許してあげるぜ?』

 

「おいおい、君は感動の再会とかそういうのが出来ないのかい? それに僕は君に探して欲しいなんて頼んでないぜ、しかも今は時間が無いんだ、そういう話は、また今度にしてもらいたいね。」

 

『2年ぶりに会えた弟分に随分な言い草じゃないか! まあ、安心院さんらしいといえばそうだけどさ』

『ねぇ、安心院……さん……?』

 

 彼が嬉々として喋りながら振り返った先にいたのは、安心院さん……に似た格好をした幼女だった。

 

『えぇ? そんなスキルも持ってたの?』

 

 普段からへらへらしている球磨川禊(マイナス)をもってしても困惑してしまう状況の中、安心院さんは、なぜか胸を張り説明する。

 

「確かに僕は、幼女になるスキル【童心忘れるべからず(YESロリータ)】を持っているけど、この姿はスキルから起きたものじゃないらしくてね、世界のバグのようなものでなかなか治せないんだよ」

 

『ふーん、前までは出来ないこと探しとかしてたのに、簡単に見つかるものなんだね!』

 

「おいおい、誤解がないように言っておくけど、別に出来ないわけじゃないよ、球磨川くん、めんどくさいからやらないだけさ、本気でやろうと思えば片手間に終わるよ」

 

『その手間を惜しんでるってことは、それくらい余裕がない状況ってことなのかな?』

 

「君にしては珍しく鋭いじゃないか、その通り、今の僕には時間と余裕がない。そんな事情があるのだから、今から君にすることだって仕方ないことだと許してくれるだろう?」

 

『?』

 

 彼が首を傾げると、彼女が指を鳴らした、するとらどこからか飛来した、大きく分厚く重く大雑把な鉄塊が、彼の胸を貫いた。

 

 貫かれている部分から、意識ごと溶けていくような、どこか心地よい不思議な感覚を味わいながら、彼が最期に聞いた言葉は

 

「球磨川くん風に言わせてもらうなら、『僕は悪くない』」

 

 それだけだった

 

 

 

 

 

 

 




エタる予定です……


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たい焼きは綺麗に食べるべき

話は進まないし文章力はないしで、散々なので初投稿です。


『え? ここどこ?』

 

 気づけば彼はそこにいた。

 

 先程までいたはずの暗い森とは違う、ジメジメとしたどこかの路地裏。

 

『うーん、とりあえず僕の過負荷(マイナス)は没収されてないみたいだね』

 

 道に転がる適当な石ころを虚構(なかったこと)にしてスキルの確認をした彼が周囲を見渡していると、妙な違和感を覚えた。

 

 初めて来るはずの土地、知っているはずもないことがわかるのだ。

 

 彼は、ふと、目を瞑った。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 球磨川禊本来の記憶とは違う、この世界で生きてきた()()()()の記憶。

 

 幼少期より不運に見舞われ、陰湿なイジメや暴力を受ける毎日、科学の街ならば敗北体質である球磨川禊を治してくれると信じ、学園都市に送り出してくれた両親。

 

 この世界の球磨川禊は両親にだけは恵まれていたらしいが、やはり球磨川禊である、敗北とは切っても切れない縁がある、どの世界であろうと敗北の星は彼の上で燦々と輝いているようだ。

 

無能力者(レベル0)の【負完全者(グッドルーザー)】、ねぇ』

 

 記憶によれば、この世界の球磨川禊の能力として、過負荷に関する能力である劣化却本作り(マイナスブックメーカー)大嘘憑き(オールフィクション)全てを含んだ能力として書庫(バンク)に登録されているらしい。

 

 スキルのみを見れば圧倒的な強さを持つ球磨川禊のレベルが低い理由は彼が球磨川禊であるということだけでも十分だろう。

 

 一応こちらの球磨川も、安心院さんに出会い、手のひら孵し(ハンドレット・ガントレット)を貸し出されているらしい、球磨川という人間は、安心院さんに特別愛されているのだろう

 

 元の世界の彼との違いといえば、この世界の球磨川禊は産まれた時から改心後と同じ程度の過負荷しか背負っていなかったということだろう、それにも色々と理由はあるが、説明はまたの機会にとっておこう。

 

『ま、いっか! とりあえず帰ろ! 先生も待ってるみたいだし!』

 

 記憶を頼りに帰宅することを決めた彼は取りだした携帯でどこかに連絡すると路地裏を後にした。

 

 ──────────

 ──────

 ────

 

 うっすらとタバコの匂いがするボロアパートの一室で、唸る幼女と球磨川は向き合って座っていた、机一つ挟んだ向かいに座る幼女がその幼さに似合わずうんうんと唸っている中、球磨川は呑気にもたい焼きを食べている。

 

 たい焼きの腹を割り、中身をぶちまけて味わうという一風変わった食べ方で、である。

 

 うんうんと唸る幼女と、たい焼きを一般的ではない食べ方で味わう青年、この光景を警備員(アンチスキル)風紀委員(ジャッジメント)が見れば、2秒とかからず幼女を保護することは想像に難く無い。

 

 うんうんと唸るのをやめた幼女は、意を決したように球磨川に声をかけた。

 

「球磨川ちゃん、全然分からないので答えを教えて欲しいです……」

 

『えー、分からなかったんですか? ショックだなー月詠先生ならわかってくれると思ったのになー』

 

「不甲斐ない先生でごめんです……」

 

 小萌先生と呼ばれたこの幼女、外見年齢は12歳程度だが、中身は立派な大人である。見た目は子供、頭脳は大人を地で行く彼女は、学園都市七不思議のひとつにも数えられているほどだ。

 

 そんな彼女を悩ませていたのは、一緒に住んでいる球磨川から届いた一通のメールのせいだった。

 

 そのメールには、[『今から帰りまーす! 僕の変化に月詠先生は気づいてくれますよね! 気づいてくれなかったら僕……』]などという不穏なメッセージが書かれていた。

 

 こんなものは明らかに悪ふざけの類だろう、だが月詠先生は生徒思いの熱血教師、例え嘘であろうと生徒を見捨てることなどしないし出来ない、根っからの善人(プラス)なのだ。

 

『正解はですね……』

 

『僕の中に異世界の僕の記憶があることです!』

 

「えぇ??」

 

 無駄に引っ張った末の答えは、思わず「分かるわけないだろ!」と言いたくなってしまうようなものだった。




次の投稿の予定は未定です。


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同じだけど違うもの

結局のところ、初投稿ってわけよ!


「つまり、箱庭学園という学校がある世界に存在してた球磨川ちゃんと、この学園都市にいる球磨川ちゃんの記憶が混ざったってことですか?」

 

『まあだいたいそんな感じです! さすが先生! 理解が早いですね!』

 

「球磨川ちゃんがちゃんと質問に答えてくれてたらもっと早かったのですよーっ!」

 

 呑気にお茶を啜りながら言ってのける球磨川に、小萌は疲れた様子で叫ぶ。

 

 それもそのはず、やっと聞けた問題の答えは、いまいち的を得ないものであり、その的を得ない解答から本当の答えにたどり着くまでに数十分もの時間を費やしたというのに、理解が早いなどと言われて喜べという方が無理な話だろう。

 

「はぁ、まあいつも通りみたいで安心したですよ……。それで、球磨川ちゃん個人に記憶以外で大きな変化などは起きたのですか?」

 

 少し呆れた様子でため息をつくと、球磨川の様子を心配するように顔を覗き込み言った。

 

「記憶に大きな変化があったなら、球磨川ちゃんの精神に何かあってもおかしくないと思うのですよ」

 

 深刻そうな顔で小萌が言うと、球磨川はヘラヘラと笑いながら言う。

 

『やだなー、月詠先生ったら、僕は過負荷の中の過負荷である球磨川禊ですよ! 精神に異常なんてとっくの昔にきたしてますよ!』

 

「そんなはずはないのですよ……!」

 

『?』

 

 小萌からの否定に対して、球磨川が首を傾げると、小萌は少し身を乗り出しながら言った。

 

「先生の目は誤魔化せないのですよ! 球磨川ちゃんは気づいてないみたいですが、さっきから球磨川ちゃん、普段よりも()()()()()()()じゃないですかっ!」

 

「先生がこんな球磨川ちゃんを見るのは初めてです! 先生、そんな辛そうな球磨川ちゃんなんて見たくないのですよ……! こういう時くらいは括弧つけずに、格好つけずに、球磨川ちゃんのことを教えて欲しいのです……!」

 

「それとも先生のこと、信用できないですか……?」

 

 シュンとしながら上目遣いで聞いてくる小萌に、さすがの球磨川でも、無視することは出来ず、口を開いた。

 

『参ったな、そんな顔で言われたら』

 

 少し困ったようにそういうと、球磨川の雰囲気が一変した。

 

「括弧つけるわけにはいきませんね、月詠先生」

 

 括弧を外した球磨川は居住まいを正すと、自分の括弧つけない本音を話し出した。

 

「僕、人生で1度も勝ったことがないんです」

 

「僕の人生はいつだって敗色(灰色)で、奇跡なんて起こらないし、努力に意味は無い、そんな人生だった」

 

「それは、箱庭学園の僕だって例外ではなかったんですよ」

 

「そういう、敗北ばかりで、やられ役で、弱くて、何もかもに勝てないような僕でも、箱庭学園の僕は勝てたんです」

 

「勝った記憶の中の僕は、とても幸せそうで、こんな僕でも勝って幸せになれると思ったら感動しちゃいました」

 

 泣きだしそうなくらい必死な顔で球磨川は言葉を続ける。

 

「でも、その勝利は学園都市に住む僕の勝利を保証するものじゃないでしょう?」

 

「箱庭学園の僕には、こんな不幸で不運な僕でも、幸せだって言えるくらいの仲間に恵まれてました……」

 

「でも! 学園都市に住む()()()には、素晴らしい仲間なんていないんですよ……!」

 

 普段の球磨川からは想像できないような表情で本音を吐き出していく。

 

「箱庭学園の僕には、勝ちたいと勝てるはきっと同じだって言ってくれる人外もいました」

 

「でも、その言葉だって学園都市の球磨川禊に向けた言葉じゃない」

 

「この世界に、僕が勝てると思ってる人なんて1人だっていないし、僕の勝利を信じる人はいない」

 

勝てない球磨川禊(学園都市の僕)勝てた球磨川禊(箱庭学園の僕)()()なんですよ……」

 

 球磨川が括弧付けずに本音を吐き出すと、小萌は球磨川に近づき手を握ると、全てお見通しだと言うように優しく言った。

 

「先生はわかってるのですよ? 球磨川ちゃん」

 

「球磨川ちゃんの言いたいことはそれだけじゃないですよね?」

 

 小萌の背中を押すような優しい言葉を聞き、球磨川はダムが決壊したかのように涙を流しながら叫ぶように言った。

 

「別物だからこそ! この僕でも! 学園都市の球磨川禊でも勝てるって証明したい! 例えどんなに無理だと思っても! 無理だと思われても! 最後には必ず勝てるって! 僕という弱者の勝ち(価値)を証明したい! 僕が勝てるわけないって笑ったやつを笑い返してやりたい! 僕の勝利をまぐれだって言うやつらにまぐれなんかじゃないって証明してやりたい!」

 

「僕だって勝ちたい!!!」

 

 球磨川がその本心を叫ぶと、小萌はその小さな胸に球磨川の頭を力強く抱き寄せ、思いの籠った強い声で叫ぶ。

 

「よく言ったのですよ球磨川ちゃん! 球磨川ちゃんはとっても強い子です! 先生は球磨川ちゃんの強さを信じてます! いつだって弱い者の味方ができる球磨川ちゃんは間違いなく強いのです!」

 

「それでも! どうしても不安だって言うのなら! その人外さんの代わりに先生が言ってあげるのですよ! 勝ちたいと勝てるは絶対同じです! 球磨川ちゃんが勝ちたいと思いながら戦い続けるなら! いつかは必ず勝てます!」

 

「先生が保証しちゃいます!!」

 

 小萌が力強く叫ぶと球磨川は小萌から離れ、素の笑顔を見せながら言った。

 

「ありがとうございます。()()()()

 

「っ! やっと小萌先生って呼んでくれましたね!」

 

 小萌が感極まっていると、括弧をつけ直した球磨川は、しんみりとした空気を吹き飛ばすようにテンション高く言った。

 

『さぁさぁ小萌先生! もう夜も遅いですから早く夕飯食べて寝ちゃいましょう! 夜更かしはお肌に悪いですからね!』

「はいはい、わかったのですよー球磨川ちゃん! おっとその前に一服させてくださーい!」

 

 なんだかんだで楽しい球磨川との生活に小萌も充分に満足しているようだった。

 

 

 


 

 どこかの路地裏──

 

 暗く、ジメジメとした路地裏を真っ白な修道服を着た銀髪のシスターが何かから逃げるように、走っていた。

 

「やっと撒けたんだよ……」

 

 息を切らし立ち止まると、落ちているゴミ袋に倒れ込む。

 

 

 

 

 魔術と科学が交差する未来もそう遠くはない




こんな感じでプロローグ終わりです。
プロローグ感はないし安心院さんの目的もわかりませんがこれから先に恐らく分かります。


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『お前なんだか、海からの侵略者みたいな声してるよな(笑)』
英国式修道服の下には下着を着けない


遅くなりました!!!!


 7月20日、朝

 

 つい先日に一人暮らしを始めた球磨川禊には少し広く感じる部屋。

 

 なんだかんだで小萌に思いの丈を吐き出してから一年が経っていた。約一年程度を小萌先生(合法ロリ)と一つ屋根の下過ごしていたのだ。羨ましい。

 

 そんな球磨川も今年で高校三年生。箱庭学園の記憶を得たのが高校二年生の時分であったから現在は高校三年生の夏休みが始まったばかりである。

 

 普通の高校三年生であれば受験勉強の一つも始めている時期であろうが、そこは何時だってギリギリで世界に生かされている球磨川。全くしていない、なんなら高校三年生にして夏期補習がある。普段の球磨川であれば適当に流して行くのを誤魔化すだろうが今日はそうもいかない、何よりもお世話になっている小萌先生が球磨川禊のためだけに行ってくれる補習なのだ。

 

 小萌先生がマジ泣きしながら「禊ちゃん!! 本当に来てくれないと卒業できないのですよ!! お願いだから来てほしいのです!!」なんて言った日には、いかに過負荷(マイナス)の頂点であり底辺である球磨川でも無下にすることは出来なかった。

 

『というか、そんな良くしてくれる先生の気持ちを無下にするって過負荷というか人ですらないよね』

 

 球磨川が一人そんなことを呟きながら黒い学ランを羽織ると、ベランダから「ドンッ」という音とか細い声が聞こえた。

 

『うわっ、なんの音?』

 

 少し驚きながらもベランダの窓を開けると、そこには銀髪に白いシスター服を来た少女が干されていた。

 

『????』

 

 困惑の表情を浮かべ、かける言葉に迷っている球磨川に対し、窓を開ける音に気がついた少女は一言。

 

「お腹へった」

 

「おなかいっぱいご飯を食べさせてくれると嬉しいな!」

 

 この異常事態の中、困惑の表情を浮かべる学ラン姿の少年相手にそんな図々しい要求が出来るものだろうか。否、何も図々しくは無い、彼女はシスターらしく教えである「汝、隣人を愛せよ」を実践しているだけなのだ。彼女が家主側であれば腹を減らした者がいれば迷いなく食事を与えている。故にこの発言は何らおかしいものではないいやおかしいだろ。であれば問題は球磨川禊が宗教とか神とかそういうものを一切信じていないことのみであった。

 

 ここまでの生涯で通算0勝、戦績表は黒星一色であり間違いなく神の加護だとか寵愛を受けていることは無い。そもそも神とかいう偉そうで無条件に価値がある存在を球磨川禊は好きではない。所詮は人の妄想でしかないと思うし、それを信じることが出来ない球磨川の中では正しく意味の無いものなのだ。

 

 だが球磨川とて鬼ではない、最低最悪だが鬼畜野郎では無いのだ。いつだって弱者や愚か者の味方である球磨川なら、こんな時に何を言うかは火を見るより明らかだろう。

 

『まあ、入りなよ』

 

 彼はキメ顔でそう言った。

 

 

 

 球磨川の用意した焼きそばを完食し一息ついた少女は

 

「まずは自己紹介をしなくちゃいけないね」

 

 そう言うと姿勢を正して話し出した。

 

 彼女の言うことは端的に纏めるとこうだった。

 

【彼女の名前はインデックスである】

 

【イギリス清教のシスターである】

 

【彼女は10万3000冊の魔術書を狙う者に追われている】

 

 様々な経験を積んでいる球磨川禊と言えども理解には少しばかりの時間がかかった。魔術などという荒唐無稽なオカルト話を「はいそうですか」と信じられるほど球磨川の頭は柔らかくはない。

 

『インデックスちゃん、魔術(笑)なんて存在するわけないだろう? ごっこ遊びであんな所に引っかかっちゃダメだぜ? 危ないんだから』

『人なんて、案外簡単に死んじゃうものなんだからさ』

 

 球磨川が優しく諭すようにそう言うとインデックスは言った。

 

「ごっこ遊びじゃないよ、ほんとに魔術はあるもん」

 

『はぁ、そう言うなら使ってごらんよ』

 

 少し呆れた表情で球磨川が促す、すると少し口をとがらせながら言った。

 

「わ、私は使えないもん、魔力が無いから」

 

『ふーん、じゃあ申し訳ないけど信じられないね、何よりここは天下の学園都市だぜ? 科学の最先端にある街で魔術って(笑)』

 

「むぅ! 魔術はあるったらあるんだよ! そもそも超能力(科学)は信じられるのに魔術(オカルト)は信じられないなんて、へ〜ん」

 

『そんなこと言われたって、ねぇ?』

 

 ムカつく笑顔でそう言う球磨川を横目に何かを思いついたインデックスは台所から包丁を取りだした。

 

「わたしのこと刺してみて」

 

『??????』

 

 突拍子もなく殺人の提案をするインデックスを前に、いかにもパンダみたいに目を白黒させる球磨川。

 

「この修道服(ふく)は【教会】としての必要最低限の機能を詰め込んだ、【服の形をした教会】なんだから! 布地の織り方から何から何まで計算され尽くしてるの! 銃で打たれたって包丁で刺されたってヘーキだもん! 刺してみて!」

 

 胸を張って包丁を押し付けようとしてくるインデックスから包丁を受け取りつつ呆れたように言った。

 

『はぁ、いいかいインデックスちゃん? この学園都市においても殺人なんてのは普通に犯罪なんだぜ? まさかとは思うけど、まだまだ先の長い僕の人生を暗い監獄で過ごさせるつもりかい?』

 

『でもそこまで証明したいって言うなら仕方ない、こっちで刺そう』

 

 するとどこからか取りだした()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『ちょっとくらい怖い思いをしたって』

 

()()()()()

 

『僕は悪くない』

 

 インデックスの身長程もある細長い螺子を躊躇いなく刺した球磨川は悪びれもせず言った。

 

『どうだい? 今の気分は』

 

 突き刺され少しぐったりとしたインデックスは答える。

 

「ちょっとびっくりしたけど全然痛くないよ、少し体が重いくらい! ほらね? 魔術はあるんだよ!」

 

『……なるほどね』

 

 想定していた返答との違いに驚愕を顔にしながら球磨川は答える。

 

『うん、君の魔術のことは信じるよ』

 

 急に手のひらをかえす球磨川に驚きながらも胸を張りインデックスは言った。

 

「ふふん! 信じてくれたならいいんだよ!」

 

『じゃあちょっと失礼するよ』

 

 そう言いながら球磨川が右手を翳すと、螺子が消え、それと同時にバサッという音が鳴る。

 

『……ふっ』

 

「……!」

 

 驚きが一周回って落ち着き、つい笑ってしまう球磨川、自信ありげな顔から一転、頬を真っ赤に染めるインデックス。

 

 何が起こればそんな状況になるのか、一言で言うのなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 プルプルと震えるインデックス、自分の死を知覚した球磨川は気丈に言う。

 

『インデックスちゃん、一つだけ言わせてくれるかい?』

 

『また勝てなかっ……』

 

 言い切る直前

 ガブッ! そんな音がした。

 

 

 

『インデックスちゃん、悪かったよ』

 

『まさかバラバラになるとは思わなかったんだって』

 

 噛み傷にまみれた球磨川は申し訳なさそうにヘラヘラと謝りつつも今起こった現象に関する考察を始めた。

 

(『う〜ん、僕がなかったことにしたのは僕の刺した却本作り(ブックメーカー)だけなはずなんだけど……何故か修道服と却本作りがセット扱いになったのか……? 今からなかったことをなかったことにしてみれば分かるかもしれないけど、インデックスちゃん、必死に安全ピンで直そうとしてるしなぁ……まぁ、いっか』)

 

 自分で起こした事故に責任を取らず、変なところで意思を尊重する。普通であれば即座に直すことを提案するであろう局面で、まぁいっかを選択出来る男。それが球磨川であった。

 

『さて、インデックスちゃん。僕はもうそろそろ時間が無いから学校に行くけど、君はここに残るかい? なんなら学校まで着いてきたっていいんだけど、どうせ小萌先生と2人きりだし』

 

 それを聞いたインデックスは家を出る準備をしながら言った。

 

「ううん、遠慮しとく。ここに居るといつ敵が来るかも分からないしね」

 

「ごはん、ありがとうね」

 

 儚げな笑みを浮かべながら言い切ると去ろうとする。

 

『いいのかい? インデックスちゃん、追われてるって言うならこの部屋に隠れてたっていいと思うんだけれど』

 

「だめ、不幸になるよ?」

 

『不幸になるなんて日常茶飯事だよ』

 

 球磨川が即座にそう返すと、少し諦めたような表情でインデックスは言った。

 

「私と一緒に地獄の底まで着いてきてくれる?」

 

『もちろん』

 

「ふふっ、嘘つき」

 

 そんな問いにも即座に返す球磨川、そんな球磨川を嘘つきと言ったインデックスはどこか寂しそうな表情を浮かべる。見透かすような目を前にバツの悪そうな顔をする球磨川とインデックスの間に流れる微妙な空気。そんな沈黙に支配された場に、突如近づいてきた複数の機械音に驚き飛び退くインデックス。

 

「うひゃっ! なんか変なのが出てきてる……!」

 

『ははっ、驚きすぎじゃない? ただの掃除ロボだよ』

 

「へぇ、日本は技術大国って聞いてたけど、使い魔(アガシオン)も機械化される時代なんだねぇ」

 

 走る掃除ロボの最後の一体が去っていくのを見届けると、インデックスは走り出した。

 

『あっ、インデックスちゃん! この先1人でどうするつもりなんだい!』

 

「だいじょーぶ! 教会にまで逃げ切れば匿ってもらえるはずだから!」

 

 嵐のように過ぎ去って行ったインデックスの背中が見えなくなると、球磨川は部屋に戻った。

 

『あら、インデックスちゃんたら、忘れ物してるじゃないか』

 

 そう言うと忘れられたフードを鞄に詰め、補習のために小萌の待つ教室に駆け出して行った。




質問受け付けてます!!!


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931円じゃない?

お待たせしました。


 7月19日、夕方

 

 街がオレンジ色に彩られ、どこか異世界のような雰囲気を出している。時刻は17時を回る頃、球磨川は1人街中を歩いていた。

 

『あ〜、終バス逃しちゃうなんてツイてないなぁ。いつもの事だけど』

 

 そんなことを言いながら歩いていると、背後から声をかけられた。

 

「ねぇ、ちょっと!」

 

『ん?』

 

 声をかけられ振り向く。そこには学園都市でも屈指の名門お嬢様学校の制服を身に着けた少女が立っていた。

 

『どうかしたのかい? 御坂ちゃん』

 

「気安く御坂ちゃん呼びしてんじゃないわよ」

 

『御坂ちゃん以外の呼び方……ビリビリ中学生とか?』

 

「なによそれ、変な呼び方……それよりはまあ御坂ちゃんの方がマシかもしれないわね……ってそんなことはいいのよ」

 

 仕切り直そうとする御坂を遮り水を差そうとする。

 

『呼び方の話は君からしだしたんじゃないか』

 

「なによ、私が悪いって言いたいの?」

 

『いやぁ? そんなことは無いけど? それで? 天下のLEVEL5(エリート)様が僕みたいなLEVEL0(マイナス)相手に何の用だい?』

 

 劣等感と敗北感がごちゃ混ぜになったようなねっとりとした声でいやらしく球磨川は言った。

 

「何の用、ですって? 決まってるじゃない! あんたにちゃんと勝つのよ! 今日こそはいつもみたいに行かないんだから!」

 

 そんな過負荷で不快な声を前に一切気圧されずにバチバチと電気を発しながら言った御坂に呆れたような諦めたような顔で球磨川は言う。

 

『はぁ、またそれかい?』

 

『そろそろ飽きないの? 御坂ちゃんはそう言って毎回僕に勝ってるじゃないか』

 

「はぁ? 何言ってるのよ! あんた毎回毎回おかしな負け方するじゃない! あんなの勝ったとは言えないわよ!」

 

 徐々に電圧と共に勢いがヒートアップしていく。

 

「この際だから言わせてもらうけどね! 一番ムカつくのは、あんたが私のことをただの子供扱いしてくる事なのよ!」

 

 バチン! と一際大きな音が鳴ると球磨川の服から煙が出始めた。

 

『おいおいおい、僕の携帯が壊れちゃったじゃないか! これで君に壊された携帯は18台目だぜ? もうちょっと優しくしてくれたっていいと思うんだけど』

 

 ぶつくさと言いながら携帯が壊れたことを無かったことにし、落ち着くと御坂の目を見ながら諭すように話し出した。

 

『御坂ちゃん、子供扱いしてるって言ったって仕方ないことだとは思わないかい? 君は中学二年生で僕は高校三年生だぜ? 実に三つ以上も年が離れてるって言うのに子供扱いするな、なんて無理な話だとは思わないかい?』

 

 常識を子供に説明するような優しい口調で言う。しかし、子供扱いするなと言ったそばから子供に声をかけるような話し方をされ、黙っていられるような御坂では無い。バチバチと強めの電気を発しながら球磨川に詰め寄って行く。

 

「だ〜か〜ら! そういう対応の仕方がムカつくって言ってんのよ! 私のことを子供扱いしてるから本気で戦わないんでしょ! じゃなきゃ三つも年上な男に毎回勝てるわけないじゃない!」

 

 普通の男相手にならおかしくはない言葉だが、こと球磨川に対してだけは全くの的外れである。球磨川は毎回全身全霊全力で戦っている。ただ、弱いのだ。ほんとに、言い訳のつけようもないほどに弱いのだ。だから球磨川はこう言うしかない。

 

『いや、確かに普段は子供扱いしてる部分もあるぜ? でも僕はいつだって本気で戦ってるよ。それこそ全身全霊を懸けて本気さ、何度も言っているだろう? 僕だって勝ちたいんだよ』

 

「それは……何度も聞いてるけど、信じられるわけないじゃない! ずっと括弧つけたような喋り方で胡散臭いやつの言うことをどう信じろって言うのよ!」

 

 もっともである。実際括弧つけで嘘つきでヘラヘラとした男の言うことを普通に信じろと言われたって無理がある。そんな男が嘘をついていない可能性なんて、宝くじの当選確率よりも低い。そんな正しいことを言われてしまえば球磨川に出来ることは1つしかない。

 

『はぁ、わかった。1回だけだよ?』

 

「1回……って何がよ」

 

 頭に疑問符を浮かべる御坂を一瞥すると、一呼吸おいて球磨川は括弧つけずに言った。

 

「君は本当に強い、何度も負けてるけど、いつかは僕が勝ってみせる。絶対にね」

 

『はい終わり! これで満足かい? じゃあ僕はこの後予定がある気がするから帰るね! また明日とか!』

 

 再び括弧つけると、球磨川は足早に去っていった。

 

「あいつ、括弧つけないことも出来るんだ……」

 

 球磨川が去り、その場に残されたのは、括弧を外したことへの衝撃を受けながらオレンジの光に照らされる御坂だけだった。

 

 

 ゴッゴッ、何か固いものがぶつかる音がしている。

 

 球磨川の家の扉の前に清掃ロボットが集まる音だった。

 

 それ自体は珍しいことではない、球磨川に恨みを持つ人間(スキルアウト)からの嫌がらせやどこかの酔っぱらいが家の前で吐瀉物を放置していくことも珍しくないからだ。しかし3台、普段であれば1台、多くて2台なところを今日は3台、球磨川が少しの覚悟を持って覗きに行くのも当然の事。

 

 覗いてみると、予想とは反して今朝出会ったばかりの真っ白シスターだった。

 

『おや? 何かと思ったらインデックスちゃんじゃないか、そんなところで寝てたら風邪ひいちゃうぜ?』

 

 ニコニコと貼り付けた笑みを浮かべながらインデックスを抱き起こそうとする球磨川。

 

 いざ抱き起こさんと背中に手を差し込むと手のひらにぬるりと感じる感触、それは夕日に照らされてるからと言うには少し赤すぎる、真っ赤な血。

 

虚数大嘘憑き(ノンフィクション)

 

 それに気づいた球磨川は迷わず過負荷を発動する。

 

 球磨川がそれを発動した瞬間、地面に出来ていた赤い水たまりは最初から存在しなかったかのように、跡形もなく姿を消した。

 

 それと同時に背後からかかる声。

 

「おやおや?気を失ってるだけなのかい?神裂が斬ったって話を聞いてたんだけどなぁ」

 

「神裂が嘘をつく意味もないし【歩く教会】は問題なく機能してたってことか」

 

 赤い長髪に黒いコート、目の下にバーコードのタトゥーを入れている男は疑問を自分の中で解消すると、インデックスの安否を心配するような様子もなく言った。

 

「ま、何はともあれ()()の持つ10万3000冊の魔道書は回収するけどね」

 

 そんな独り言を聞いていた球磨川は待ったをかける。

 

『ちょっと待ってよ』

 

 それを聞いた赤髪の男はタバコを吸いながら答える。

 

「なんだい? 僕は忙しいんだ、手短に頼むよ」

 

『君たちがインデックスちゃんをこんな風にしたのかどうか……なんてのは()()()()()()、そんなことは君の独り言を聞いていればわかる』

 

『それにインデックスちゃんがどこに10万3000冊の魔道書なんて持ってるのかも()()()()()()、びっくり魔術なんてものがあるんだからどうとでもなるだろうし』

 

『それよりも君に言わなくちゃいけないのは……』

 

 そして球磨川は一拍置くと、言った。

 

『そのバーコード、何円の商品なんだい?(笑)』

 

 確実に馬鹿にした、明らかに場にそぐわない質問に対し、それを聞き終わると同時に赤髪の男は額に青筋を浮かべながら努めて理性的な声音で返す。

 

「その言葉が遺言でいいんだね?名乗らせてもらおう、僕はステイル・マグヌス。魔法名は〘Fortis931〙君を殺す名だ」

 

『へ〜、覚えておくよ明日くらいまでは!』

 

 軽口と同時にステイルに向け螺子を投擲する。普通に考えて回避不能、完全に不意打ちが決まるはずだった。

 

【炎よ、巨人に苦痛の贈り物を】

 

 ステイルから発されたその言葉を合図に手のひらに炎が集まり出す。その炎に触れた螺子は()()()()()()

 

 そして、炎の集まった右手を強く振りかぶる。たったそれだけの行為で球磨川は当然のように命を落とした。

 

 享年18歳、これが新居における球磨川の初死亡であった。




次もおそらくお待たせします。


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魔女狩りの王

 

 ステイルが少年にぶつけた物は摂氏3000度を超える灼熱の炎剣、結果は見るまでもなかった。

 

 摂氏3000度というのは相当な高温だ、人肉なんかは2000度以上の高熱で《焼ける》前に《溶ける》らしい、少年の生死なんて確認するまでもなく、ついさっき溶けた螺子のようにマンションの床にでもこびりついているだろう。

 

 しかしやりすぎてしまった、これではインデックスを回収できない。

 ステイルはため息をついた。

 炎の壁を挟んで通路の向こうにいるインデックス、炎の危険さは先程説明した通り。通路の向こうに非常階段でもあればいいが、遠回りしてるうちにインデックスが炎に巻かれてしまえば笑い話にもならない。

 

 ステイルはやれやれと首を振ると、煙の向こうを透かし見るようにして、言った。

 

「お疲れ様、残念だったね。この状況で大層な煽りを口にするものだからどの程度かと思ったよ。ま、その程度じゃ1000回やったって勝てないね」

 

『全くもってその通りだ、僕は不思議と何回やっても勝てない』

 

 ゾクッ、と。炎の中から聞こえてきた声に、ステイルの身体は凍ったように止まる。

 

 依然、炎は燃え続けている。辺り一面を覆う炎に反して、ステイルを襲う得体の知れない寒気。

 

 間違いなく当たっていたはず。目の前の少年は3000度の炎に耐えることが出来る? いいや、それはもはや人間ではない。

 ステイルが思考を加速させる中、球磨川は平然と歩を進める。

 

 その理解不能な現象を前にしても、ステイルは一歩も引くことは無かった。

 

「チッ!」

 

 舌打ちと同時に炎剣を水平に振るう。爆発が起き、火炎と黒煙が再び撒き散らされる。

 

 だが、球磨川は依然健在。ヘラヘラと場にそぐわない笑みを顔に浮かべながらステイルに近づく。

 

 まさか魔術師? 否、魔術師であるならインデックスと逃げ回る必要などないはず。10万3000冊の魔道書をもってすれば、世界の常識を書き換えることだって容易だ。1+1=2を1+1=3に変えるようなめちゃくちゃだって出来てしまう。

 

 魔術師たちはそんなめちゃくちゃが出来る存在を〘魔神〙と呼ぶ。

 魔界の神ではなく、魔術を極めて神の領域に至ったという意味での魔神。

 しかし、目の前の男からは魔力を感じないし。魔術師であるはずも無い。

 

 ならば、なぜ? 

 

 ステイルは体を包む寒気を振り払うように再び炎剣を振るう。

 爆発、球磨川は消えない。

 

 ふと、ステイルの脳裏に走る閃き。

 

 インデックスの【歩く教会】は法王級(ぜったい)の防護服であるはず。

 しかし、神裂に斬られた【歩く教会】は完膚泣きまでに破壊されていた。

 

 一体、誰が? どうやって? 

 

 球磨川はもう既に目の前まで来ている。あと一歩足を踏み出せば、その手に握る螺子を身体に刺し込めるほどに。

 

「────世界を構築する五大元素の一つ、偉大なる始まりの炎よ」

 

 ステイルにはもう目の前にいる球磨川が人間には見えていない。人と同じ形をしているのに、中身は得体の知れない何かであるようにしか感じられなかった。

 

「それは生命を育む恵みの光にして、邪悪を罰する裁きの光なり。それは穏やかな幸福を満たすと同時、冷たき闇を滅する凍える不幸なり。その名は炎、その役は剣、顕現せよ、我が身を喰らいて力と為せ!!!」

 

 ステイルの胸元が大きく膨らむ瞬間、炎の塊が服から飛び出してきた。

 

 それは、重油のようなドロドロとした黒いものを芯としている。人間のカタチをしていた。

 

 その名前は【魔女狩りの王(イノケンティウス)】。

 その意味は【必ず殺す】。

 

 必殺の名を背負う炎の巨神は、一直線に球磨川へと突き進む。

 

 そして、その大きな両腕で球磨川に熱烈なハグをする。

 

 今度こそ確実に、炎剣の爆発で見えにくいこともない。完全に炎に包まれ溶けて消えた。

 

 確実に炎で包み込み、確実に息の根を止めた。間違いない、この目で見たのだから。

 

 しかし、()()()()()()()()()()()()

 

 ステイルは間違いなく恐怖していた。確実に死んでいなければおかしいはずの状況の中、その男は笑っていたのだ。夢ではない、紛うことなき現実で、己の必殺を受け笑っている。

 

 ふと、ステイルの耳に声が流れ込んできた。

 

『炎を無かったことにした』

 

 その声が聞こえた瞬間、魔女狩りの王がパッと消えた。

 

 魔女狩りの王だけでは無い、周囲を覆っていたはずの燃え盛る炎さえも消えてなくなっている。

 

 途端に辺りを包む静寂、ステイルにはもはや戦意すら残っていない。

 

 だが、それでも

 

「それでも僕は負ける訳にはいかないッ!」

 

 轟ッ! ステイルにより、再び生成された魔女狩りの王が球磨川を襲う。例え殺しきれなくても、しっぽを巻いて逃げることになったとしても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その思いから、ステイルは走り出した。球磨川の後ろに倒れているインデックスに向けて。

 ちょうど良く、炎は晴れていた。魔女狩りの王で足止めもしている。そして、インデックスの元に辿り着き、背負い逃げようとした瞬間。

 

 それは背後から聞こえた。

 

『また勝てなかった』

 

 そのふざけた言葉の意味を理解すると同時に、ステイルは胸を何かが貫通するような感覚と共に気を失った。

 

 



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彼の名前は球磨川禊

(『さて、どうしたものか』)

 

 球磨川が最初に考えたのは意外にもこれからの事だった。

 

(『インデックスちゃんは外部から来たらしいから、救急車は呼べない、かと言っても僕の家で匿うのは居場所がバレてる以上やめた方がいいよね。あとはこのステイル君は……まぁ放置でいっか、口ぶり的に仲間がいるみたいだしね』)

 

(『もう二十時を過ぎる、あと考えるべき問題は──』)

 

 インデックスに関して思案する球磨川は背後から忍び寄る気配に気が付いた。

 

『あ、小萌先生』

 

 

 

 場所は小萌宅、眠るインデックスを横目に2人は鍋をつついている。

 

 奇しくもそれは球磨川に変化が起きた時と同じような構図だった。ちゃぶ台を挟み1対1、球磨川には何か事情があり小萌はそれを聞く。

 

「ふふっ、少し懐かしい感じがするですね」

 

 小萌はそんな過去を脳裏に思い出し、笑みをこぼしながら話を始める。

 

「球磨川ちゃん、思い返してみればこの1年で色々なことがありましたね……」

 

『ありましたねぇ』

 

「球磨川ちゃんは優しい子ですから、トラブルに首を突っ込むことも少なくなかったかと思います」

 

『突っ込みましたねぇ』

 

 小萌はこの1年を振り返りつつ脳内で状況を整理していた。

 

(球磨川ちゃんが一人暮らしを初めて一週間……まさか一週間程度で見知らぬ女の子を拾ってくるとは思わなかったのですよ)

 

(常識的に考えれば警備員(アンチスキル)に通報すべきなのですけど……見た感じ何か事情があるみたいですしどうすべきでしょうか)

 

「あ、お豆腐はフーフーしてから食べるのですよ」

 

『はーい! 先生ポン酢取ってください』

 

「はいですよー」

 

 球磨川に鍋を取り分けポン酢を渡しつつも思考を進める。

 

(それにしても球磨川ちゃんの幼い子を惹き付ける能力はなんなのですか? このままでは球磨川ちゃんの能力が幼女誘引(ロリータ・コンプレックス)みたいな感じになっちゃうのですよ)

 

 思考を少し脱線しつつ鍋をつついていると、声が聞こえた。

 

「お腹……空いたんだよ……」

 

『おや? インデックスちゃん、起きたのかい? お鍋ならあるよ』

 

「おはようございますなのですよ〜」

 

 目を覚ましたインデックスを確認すると小萌は思考を止め、即座にインデックスの分を小皿に取り分け始めた。

 

「はい、これはシスターちゃんのです。お箸は使えるですか?」

 

「ありがとうなんだよ! お箸は使えるよ!」

 

 感謝の言葉を言い終えると同時、小萌の体内時計をして1秒の狂いもない完全な同時に、インデックスは、小皿に盛った分を吸い尽くした。

 

「ふふっ、若い子は食べっぷりが違いますね〜。球磨川ちゃんもこのくらい元気よく食べなきゃ大きくなれないですよ〜?」

 

 その速さに動揺することなくインデックスの皿に次を盛る小萌。

 

『いや〜、僕の成長期はもう終わりますよ。先生の方こそもっと食べた方がいいんじゃないですか?』

 

 その速さに動揺することなく小萌に軽口を返す球磨川。

 

 ツッコミが、不在である。

 

 閑話休題

 

 

「ふぅ、結構食べましたね〜」

 

『ご馳走様でした、洗い物は僕が後でやっておきますよ』

 

「いいのですか? お願いするですよ〜」

 

 食後特有のゆったりとした暖かい時間。特別話し出すことも無く、聴こえるのは何となくでつけているクイズ番組の声とインデックスの寝息だけ。

 

 お腹を満たし満足したインデックスは疲れからか再び眠りについていた。

 

 言葉を切り出したのは小萌からだった。

 

「さて、この子は球磨川ちゃんの何様なんです?」

 

『義理の妹なんですよ』

 

「……球磨川ちゃんに義妹はいないはずなのですよ?」

 

『突然降って湧いた……とか?』

 

「球磨川ちゃん」

 

 お茶を一口飲むと姿勢を正し先生モードになった。

 

「いいですか球磨川ちゃん、大人には義務があるのですよ。球磨川ちゃん達がどんな問題に巻き込まれていようと、それが学園都市内で起きたことなら()()が解決するのが義務ってものです」

 

 珍しく神妙な面持ちで話しを聞いていた球磨川が口を開いた。

 

『ふぅ』

 

 一息つくと球磨川は括弧を外した。

 

「すみません、さすがに先生は巻き込めませんよ」

 

「むっ、急に括弧つけないで言われても先生誤魔化されないんですよ?」

 

 小萌は頬を少し赤く染めつつニヤリと笑う。

 

「で・す・が」

 

「今日はもう夜遅いのです。先生普段ならこの時間はもう寝てるのですよ? 続きは明日の朝話しましょう。それと」

 

 なんと言ってくれるかに薄々気づいている球磨川は笑みを浮かべつつ聞く。

 

『それと?』

 

「先生、寝て起きたら話すのを綺麗さっぱり忘れちゃうかもしれません。起きたら球磨川ちゃんからしっかり話してくれなきゃダメなんですからね?」

 

 そんなことを言って布団に潜った小萌、それを見る球磨川の表情は「また勝てなかった」と言いたげなものだった。

 

 

 

 ふと、目を覚ますとちゅんちゅんと雀の声が聞こえた。昨日は何をしていたか、ここはどこだったかと思い出して合点が行った。

 

 考えてみればこんなにゆっくり眠ったのは久しぶりだったな。

 

 わけも分からず刺客に追われながら逃げ回る日々。今日まで誰にも助けは求めなかったし、求められなかった。

 

 そんな生活だったのに昨日からは不思議な感じだなと思う。彼は素性もしれない私にご飯をくれたし傷も治してくれた。小萌は優しいしお鍋も美味しかった、私的には白滝が一番好きかもしれない。

 

 でも、そんな楽しい時間もそろそろ終わりかも。

 

 小萌は学校に行ったみたいだし、もう彼が私といる理由もないと思うし。私もそろそろお暇しようかな。なんて言おうと思った矢先に彼に聞かれた。

 

『それで? インデックスちゃんはどういう事情を抱えてるのかな?』

 

「知りたい?」

 

 まさかそんな事を聞かれると思ってなかったし、急に聞かれるもんだから。驚いてノータイムで聞き返しちゃった。すると、

 

『えー! 知りたい知りたい! 超知りたい! 気になる気になる!』

 

 正直、思ってた3倍以上の食いつき方で少しびっくりした。

 

 そうやって冗談なのか本気なのかわからない答え方をするから、もう一回聞いてみた。

 

「本当に私が抱えてる事情、知りたい?」

 

『ふふっ、これだと僕の方が神父さんみたいだね』

 

 あまりにも軽く、本人は真面目そうな顔で本職のシスター相手に言うものだから。少し笑った。

 


 

 

 

「──────これが私の今までの話なんだよ」

 

 彼に私のこれまでの全てを話した。彼は私が話してる間もずっと静かに話を聞いてた。

 

 私が話し終えて生まれた沈黙が辛くて、なんて言われるのかが怖くて。見放されたくなくて。つい、言ってしまった。

 

「……、ごめんね」

 

 彼は少しの沈黙を挟んで口を開いた。

 

『なんでそれを言わなかったんだい?』

 

 さっきまで張り付いたような笑顔だったのに、急に真顔になるから何か間違えちゃったかと思って。必死に言葉を紡いだ。

 

「だって。信じてもらえると思わなかったし、怖がらせちゃうし……嫌われたくなくて」

 

 だって仕方ないじゃないか、優しくされたのは初めての経験だったんだから。嫌われたくないと思ってしまうのが普通なんだよ。そんな言葉も小さくなっていく声では伝えられるわけもない。そう自嘲した。

 

 すると、彼がため息をついた。いかにも何も分かってないと言いたげなものだった。

 

『インデックスちゃんってさ、何も分かってないんだね(笑)』

 

 ??? 

 

 理解が追いつかなかった。どうして私は煽られてるんだろう? 

 

『いいかい? インデックスちゃん、僕はもう君を追う魔術師とやらと戦ったあとなんだぜ? 君を助ける助けないに関わらず僕の命だって危ないんだ、戦うよ』

 

 たしかに、それはその通りだ。部外者に魔術を知られるのは何かといいことばかりではないから。

 

『それにね? インデックスちゃん。僕はこういう時、弱い者の味方をするって決めてるんだ』

 

 心臓が止まった。いや、止まった気がした。彼を止めなければと思った。彼にも日常があって、きっと本意からの言葉じゃない。括弧つけた格好だけの言葉だから、早く止めなきゃいけないと思った。このままじゃ期待しちゃうから。止めようと思って、それでも私の口は上手く動かなくて、彼が私のそんな気持ちを見透かしたように言った。

 

「そしてもとより、僕は君といるために君を拾ったんだ」

 

 括弧を外した言葉を聞いた時、私の心臓は止まって。また動きだした。今から人生が始まったような錯覚に陥るくらい嬉しくて嬉しくて、産まれたての赤ちゃんみたいに泣いちゃった。大声で泣くのは恥ずかしかったから、顔を隠しながら。

 

 暫く泣いてたら彼が喋りだした。

 

『まぁ、僕に任せなよ。こんな僕でも負け戦なら百戦錬磨だぜ』

 

 負け戦なら百戦錬磨、何それ、変なの。

 

「その……。正直なところ、勝算はあまり高くないんだよ?」

 

 思わず出てしまった弱音。

 

 それを聞いた彼は顎に手を当てながら少し考えると言い出した。

 

『そう言えば一つ忘れてたことがあったね。自己紹介がまだだった』

 

『僕は球磨川禊、過負荷(マイナス)だ。僕は人生で一度も勝ったことがないし、君を救えるかも分からない。勝算が無いのなんて常にだし、泥舟に乗りかかったと思って欲しい』

 

 救うって言った相手に対する自己紹介だとは思えないような言葉ばかりが並べられてる。

 

『ただ一つ言っておくなら、僕という泥舟に乗りかかったことを君が後悔したって、僕は悪くないってことだ』

 

 普通に考えたら、こんな人に自分の今後を任せるなんて不安で仕方なくなるはずなのに。

 

『ということで、よろしくね? インデックスちゃん』

 

 不思議と今はすごく気分がいい。

 

「ふふっ、()()()! よろしくなんだよ!」

 

 差し出された手がとても温かかったから。

 

 




球磨川……好きだ……


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慈愛に満ちて

お久しぶりです。


 

「男子三日会わざれば刮目してみよ」とは少し違うかもしれないが球磨川とインデックスにはこの三日間で変化があった。

 

 球磨川はインデックスについて少し詳しくなったし、インデックスは携帯を使えるようになった。

 

 球磨川はインデックスが一年前から記憶喪失なことや完全記憶能力を持っていること、今までどうやって生きてきたかなどを大雑把に。

 

 インデックスは球磨川が持つ携帯を使いこなして電話にメール、更にはゲームまで出来るようになった。(お気に入りはパズルゲーム)(制限(ペアレンタルコントロール)つき)

 

 そんなこんなで過ごした三日間、魔術師の襲撃もなく普通の日常を過ごしていた。

 

「みそぎ、そろそろお風呂に行くんだよ」

 

 インデックスのその一言に小萌から出された課題をする手を止めた球磨川。

 

『ふぅ、じゃあ一段落したしそろそろ行こうか』

 

 そう言うと手早く準備を整え家を出る。

 

 目的地は小萌家から30分程度の距離にある銭湯。この三日間毎日通っている場所である。

 

「今日はコーヒー牛乳に挑戦してみようと思うんだよ! カプチーノみたいな味がするの?」

 

『うーん、そんなオシャレな感じじゃないかな。でも甘くて美味しいよ』

 

 楽しそうな笑顔で問うインデックスに、ニコリと返事をする球磨川。

 ここだけを切り取って見れば仲のいい兄妹のように見えるくらいにはインデックスは球磨川に懐いていた。

 

「みそぎっていつも括弧つけて喋るよね? たまには本音も見てみたいかも」

 

『ははっ、僕みたいな負け犬でも格好くらいはつけてなきゃみっともなくなっちゃうだろう? 必要なことなのさ』

 

「むっ、でも小萌に聞いたら外してる時もあるって言ってたよ? ちょっとずるいと思うんだよ。あと、みそぎの自分を負け犬とか卑下するところ嫌いかも」

 

『その言い方だと僕のことが元々好きみたいじゃない? 僕だったからいいけど、あまり男に勘違いさせるようなこと言っちゃダメだぜ』

 

 キメ顔でそう言った。

 

「うぅ、みそぎは何も分かってないんだよ!」

 

 


 

 

 顔を赤くしてインデックスは1人でさっさと行ってしまった。

 

 最初は追いかけようとしたが『まあゴールは同じだしすぐ合流するでしょ』と追いかけるのはやめた。

 

(『にしても、なんで僕の知り合いの女の子は人を置いてく傾向にあるんだろう。めだかちゃんとか……』)

 

 

『あれ?』

 

 

 暗くなった夜道をそんなことを考えながら歩いていた時、生まれた違和感。そこまで深夜という訳でも無い、それこそついさっきまで夕方と言ってもいい時間だったはず。

 

 しかし、()()()。全く、一切人の気配が無い。

 

 球磨川が訝しげに周囲を見回していると一瞬前に見ていた場所にその女は居た。

 

「ステイルが人払いのルーンを刻んでいるだけですよ」

 

 女はTシャツに片脚を大胆に切ったジーンズという少し露出は多いが普通の範囲の服装ではある。

 しかし、腰から拳銃のようにぶら下げた2m以上はある日本刀が明らかに〘本物〙であることを裏付けていた。

 

「ここの一帯にいる人に〘何故かここには近づこうと思わない〙ように集中を逸らしているだけです。多くの人は建物の中にいるでしょうから、ご心配なく」

 

 そのくせ、本人は日常会話のように気楽に話すところが余計にプレッシャーを強めている。

 

『……、君は?』

 

「神裂火織、と申します。……できれば、もう一つの名は名乗りたくないのですが」

 

『もう一つ?』

 

「魔法名、ですよ」

 

 すると球磨川は不敵な笑みを浮かべ言った。

 

『名乗りたくないなら名乗らなくてもいいよ。僕はこのままやらせてもらうから!』

 

 そう言いながらどこからか取り出した巨大な螺子を投げた。

 

「話は最後まで聞くものですよ。私は無理して戦う必要は無い、と言ったつもりなのですが?」

 

 一瞬、神裂が刀の柄に触れただけで螺子はただの鉄くずに変わる。

 

『おいおい、飛んでくる螺子をバラバラにするのなんて誰にだってできるぜ。その程度の脅しじゃあインデックスちゃんは渡』

 

 球磨川が言葉を終える瞬間、轟ッ! という音を鳴らしながら恐るべき速度で斬撃が襲いかかる。

 

 瞬間、球磨川の肉体から聴こえる肉を引き裂き骨を断つ音。ともすれば球磨川の肉体を分割していてもおかしくはない当たりだった。

 

 しかし、瞬殺の斬撃を当てた神裂の表情は決して明るいものではない。困惑を顔に浮かべ口を開く。

 

「……、何をしているのですか?」

 

 神裂がそう聞いてしまうのも当然。地面に刀傷をつけるつもりで放った斬撃に球磨川は()()()()()のだ。理解できないものを見る目をした神裂に対して球磨川は嫌に挑発的な目をして言う。

 

『今の一撃、いや七撃で確信したよ。君は僕を殺せない、ないしは()()()()()()んだろう? 君が何を考えてるのかは知らないけど、僕からすれば攻撃に当たろうとするだけで手加減してくれるって言うんだから願ったり叶っ

 

 

 七閃(ななせん)

 

 

 神裂がそう一言つぶやくだけで、球磨川の四肢に七回の斬撃が浴びせられる。

 

「はぁ、それがなんだと言うのですか? 例えあなたを殺せなかったとして、殺さない程度に甚振ることは出来ます」

 

 呆れたような口調で、冷たく鋭い眼光を球磨川に浴びせかけながら言う。

 

「あなたが彼女(インデックス)を諦めるまで痛めつけるだけでもいいんです。そうはなりたくないですよね?」

 

『ははっ、それは悪手ってものだ。君は今、僕を殺せないと自ら認めたんだよ』

 

 斬られた四肢から流れ出る血液を気にする素振りも見せず、立ち上がる。

 

『申し訳ないことだけど、僕は拷問じゃインデックスちゃんを諦めない、拷問程度のこと僕には慣れたものだからね。それに』

 

「……、それに?」

 

『これから僕は、君の大切な大切な仲間になれるから』

 

「は?」

 

 呆気に取られたように口を開ける神裂。それとは対照的ににいっと口元を三日月の形に変える球磨川。血まみれのポケットから携帯を取り出すと画面を開きながら言った。

 

『この三日間、インデックスちゃんとほぼ常に二人きりだった訳だけど』

 

『なぜ今になって君は襲ってきたのか、答えは簡単だ。僕がインデックスちゃんと離れたからだろう?』

 

 球磨川は傷だらけの身体をものともしていない。さながら推理小説の探偵にでもなったかのように話す。

 

『となると、インデックスちゃんの方もこの前の人か、はたまた知らない人かは分からないけど襲われてるはずだ』

 

 言い切ると同時に遠くの空がオレンジ色に燃え上がった。

 

『となると1つ、疑問が生まれる』

 

 神裂は苛立たしげに口を開く。

 

「この茶番はいつまで続くのですか?」

 

『まあまあ、話は最後まで聞くもんだぜ。人として』

 

 苛立つ神裂を気にすることも無く話を続ける。

 

『疑問とは、何故僕の元に来たのが()()()()ってことさ』

 

「何が言いたいのですか?」

 

『だってそうだろう? 本来君たちは僕に保護をしたいなんて言う必要ないんだから、ぱぱっと殺せる方(ステイル)を連れてきて殺しちゃえばいい』

 

『では何故そうしなかったのかだけど。僕を殺せない理由ができてしまったから、だよね?』

 

 確信を持った表情で、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる球磨川。

 

『残念ながら君がどんなに僕を痛めつけたってインデックスちゃんの足枷にすることは出来ないよ』

 

『インデックスちゃんにはこういう事態に陥った時一人で逃げるように言ってあるんだ』

 

 挑発的な声音で、神経を優しく逆撫でするように言葉を続ける。

 

『追ってる君たちならわかってると思うけど、インデックスちゃんは天才だ』

 

「そんなことは知っています」

 

『GPSの役割をしてた【歩く教会】とやらも僕がなかったことにしたし、もう君たちには彼女を捕えられないだろう』

 

「それも分かっています」

 

 神裂は眉間に皺を寄せ、耐え切れずに言う。

 

「もういい加減にしてください、長々と殺されない理由を述べようとどうでもいいんですよ。あなたは何が言いたいのですか?」

 

『せっかちだなぁ、まあそこまで聞きたいって言うなら仕方ない』

 

 球磨川は勿体つけるように言う。

 

『僕だって死にたくないんだから殺されない理由は明確にした方がいいに決まってるだろう?』

 

『ふぅ、まあ要はインデックスちゃんを捕まえる助けをしてあげよう、って話しさ』

 

「は? 頭がおかしくなったんですか?」

 

 球磨川の荒唐無稽な提案に対し苛立ちを通り越し呆れてしまう。

 

「言うに事欠いて()()()()()()()? 長々と話したと思ったらそんな下らない嘘のためですか? わざわざ付き合ったのが間違いでしたね」

 

 首を振り、そう言うと神裂は刀に手をかける。

 

「申し訳ありませんが、あなたはここで半殺しにします。そもそもあなたは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んですよ」

 

『随分と知ったような口をきッ!』

 

 七閃(ななせん)

 

 球磨川の体に七つの斬撃が刻まれる。球磨川は倒れない。

 

 七閃(ななせん)

 

 十四、倒れない。

 

 七閃(ななせん)

 

 二十一、倒れない。

 

 二十一の斬撃を受けてなお、球磨川は倒れない。

 

『はぁ……はぁ……斬撃っていうのは、存外、効くものだね……漫画なら、大したこと、なさそうなのに』

 

 満身創痍な球磨川に対し、神裂は哀れみすらもこもった瞳を向け小さな声で問う。

 

「もう、いいでしょう?」

 

 諭すように続ける。

 

「あなたは十分にやりました。先程までのだって自分の命が助かることに確信が欲しくて話していたんでしょう? もういいんです。ここで辞めたって彼女があなたを責めることはありません」

 

「私だってわざわざあなたを……」

 

 神裂の言葉をさえぎり球磨川は、はぁはぁと短い呼吸を繰り返しながら言葉を紡ぐ。

 

『わかっ、た……君の言う通り、だよ。僕は、死にたく、なくて、君に話してた』

 

『でも、この調子じゃそうもいかない、らしい、最期に一つ……教えて、くれないかな』

 

『君が、彼女を、追う理由…を……』

 

 フラフラと立ち上がり、くたびれたように座り込むと球磨川は言った。

 

 神裂はそれを見て少しばかり申し訳なさそうな表情をすると話し出した。

 

「私だって……。私だって本当は、こんなことしたいわけじゃないんですよ──────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 神裂は全てを語った。

 

 インデックスの脳内の85%を10万3000冊の魔導書が占めていること。

 

 それによって、インデックスの記憶を消さなければ脳がパンクして死んでしまうこと。

 

 自分がインデックスの仲間であり、死んで欲しくないがために一年周期で記憶を消していること。

 

 光の無い眼で言う神裂に対し、対照的な笑顔で球磨川は問う。

 

『ふーん、それで諦めたんだ? インデックスちゃんの記憶が無くなるのがわかっててもずっと一緒にいるのじゃダメだったのかい?』

 

「最初は、そうしていました……」

 

『要は君たちにインデックスちゃんといる覚悟が無かったって話だろう? そりゃあそうだよね、どれだけ仲良くしても1年で全部なかったことになっちゃうんだから』

 

『でも君たちは悪くない、悪くないよ。仕方なかったんだ、君たちに覚悟がないせいでインデックスちゃんは追われる日々を送ってきたけど仕方ない。君たちにはインデックスちゃんを救えないから仕方ない』

 

 夏のはじまりの蒸し暑い空気と球磨川の発する異様な圧に神裂は口を開けない。

 

『あーあ、良かった。僕たち案外気が合うかもしれないね』

 

 ボロボロなはずの球磨川を神裂はどうすることも出来なかった。

 

『君たちも、()()()()負け犬なんだ。せっかくだしそこら辺のカフェでお茶でもしようぜ』

 

 神裂は拳を震わせ、ギリギリと歯を鳴らす。

 

 球磨川はよろよろと立ち上がると平然と言う。

 

『コーヒーとか飲めるかい? 僕行きつけのカフェがあるんだ』

 

「じゃあ……」

 

「どうすればよかったって……言うんですか……?」

 

 神裂からやっとの思いで絞り出された言葉に球磨川はため息をひとつ吐く。

 

『そんなのは決まってる、インデックスちゃんの記憶を消す度に新しく思い出を作ってあげればよかったのさ』

 

『結局のところ、君たちがインデックスちゃんを想ってできることなんてそれだけだったんだよ』

 

『やれることをやらないからこうなったんだ』

 

「でも、だって……」

 

 神裂の言葉を聞きつつも続ける。

 

()()()()()も無い』

 

『君は何回インデックスちゃんを殺したんだい? そんな君が言い訳なんて許されるとでも?』

 

 神裂は膝から崩れ落ち顔を伏せる。

 

『さて、もういいよね? 仲良くなれそうだと思ったけどそんなことも無さそうだし』

 

『インデックスちゃんの為にも()()しておこうかな』

 

 神裂はうわ言のように「でも」「だって」と繰り返す。つまらなそうに螺子を取り出す球磨川の様子にも気づかない。

 

『それじゃ()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやいやいや()()()()()()じゃないんだよ!!」

 

 ガサガサと茂みを掻き分け神裂と球磨川の間に姿を現した白い壁。

 

「……、!?」

 

『どうして君がここに!?』

 

 少しの間を置いて事態を理解し驚愕を顔に出す神裂、そしてわざとらしく驚いてみせる球磨川。

 

「みそぎが私をここに呼んだんだけど? わざとらしく驚かれても困るかも!」

 

「というか私のためなところ悪いけど、みそぎはちょっとやりすぎ!」

 

「なに? 処分って! 軽くのして逃げる手筈じゃなかったかな??」

 

 やりすぎたことへの怒り半分と自分のためにやってくれたことへの嬉しさ半分と言った表情で捲し立てるインデックス。

 

『やりすぎと言われても、僕だってこんなにボロボロだぜ?』

 

「だからって必要以上に傷つける必要あったのかな……?」

 

 ジト目で見つめられしれっと目を逸らす。

 

「あの、どういうことですか? なんでインデックスがここに?」

 

 1人だけ急展開に置いてかれている神裂が疑問を口にする。

 

『あぁ、言ってなかったっけ? 君と楽しくおしゃべりしてる間にインデックスちゃんを呼び出しておいたんだよ』

 

()()()()()()()()……? 一歩間違えたらあなたは殺されていて、ノコノコと出てきたインデックスは捕まっていたかもしれないのにですか?」

 

『でもそうならなかっただろう?』

 

「確かにならなかった……ですが! そういう問題では」

 

「まあまあまあ、これで事情は分かったんだからいいと思うんだよ」

 

 ヒートアップしていく神裂をインデックスが窘める。

 

()()()、でいいのかな。今までのことは私のためにやってくれてたんだよね?」

 

「……はい」

 

「私のためとは言え、ちょっと怖かったかも」

 

「っ……はい」

 

 優しく笑いながら話すインデックス。

 

「悪いことしたら必要なこと、あるよね? ほら、おいで」

 

 そう促されインデックスの腕の中で涙を流しながら神裂は言う。

 

「インデックス、今までごめん…なさい」

 

「うん、許す! 

 

 神裂はインデックスの胸の中で声を上げながら泣いた。小一時間泣きながら謝ると、泣き疲れて眠った。

 

 その寝顔は安心しきった安らかな表情だった。




顔面バーコード「くっ、また逃げられてしまった!」


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R.I.P

 

 

『じゃ、僕は2日くらい空けるのでインデックスちゃんをお願いしますね。小萌先生』

 

「はいですよ〜」

 

『いい子にしてるんだよ、インデックスちゃん』

 

「むっ、みそぎは私を子供扱いしすぎかも」

 

『頼んだよ、神裂さん』

 

「言われなくても、任せてください」

 

『じゃーね、ステイルくん』

 

「はぁ、さっさと行ってくれ」

 

『つれないねぇ〜、じゃあ、またね〜』

 

 こんな会話からもう2日経った。

 

 銭湯前に起こった襲撃のあと、なんだかんだでかおり達と和解して、なんだかんだ銭湯に行って、なんだかんだで一緒に何とかする方法を探すことになったんだよ。

 

 正直、みそぎが帰ってくるまでかおり達と過ごすのは気まずいかも? なーんて最初は思ってたけど、過ごしてみればなんてことはなかった! むしろ私のことを大切に思ってくれてるって伝わってきて嬉しかったんだよ! 

 

 ステイルに焼き殺されかけたことでちょっといじわるしてみたらすごく動揺したり、かおりとお風呂上がりにコーヒー牛乳を飲んだり……ほんとに色々あって楽しかった! 

 

 なんて話をみそぎにしたいんだけど……。

 

「全然帰って来ないんだよ……」

 

 もうお風呂は入ったし(フルーツ牛乳も美味しかった!)ご飯も食べた。かおりとステイルはどこか行っちゃったけど、あとはみそぎが帰って来るのを待つだけ。意味もなく部屋の中を歩き回ったりしちゃう。

 

 でもちょっと、なんだか眠くなってきちゃった…かも……。

 

 

 揺れる視界、覚束無い足元、不思議と近づく地面。気を失うインデックスが直前に見たのは、らしくない焦り顔で腕を伸ばす球磨川だった。

 


 

 

 インデックスちゃんが倒れた時間は0時丁度だった、頭をぶつける直前で僕が受け止めたから怪我はない。けれど、もう時間もない。部屋に入る直前にステイルくん達から言われたことを思い出す。

 

「0時15分だ、その時間に僕達はインデックスの記憶を消す。この2日間は本当に楽しかった、それに関してはありがとう」

 

「私からも、ありがとうございます。まだ、10分ほどあります。最後にインデックスと過ごしてあげてください」

 

 苦虫を噛み潰したような、険しい顔で言う2人が印象的だった。

 

 僕に与えられたこの10分間、大切に使わなきゃいけない。

 

『なんて、僕らしくないな』

 

 球磨川が独り言ちると、

 

「ぁ────」

 

 インデックスの口から声が漏れ出た。苦しそうにしながらも球磨川を見つけると笑みを浮かべる。一切己の状態に気を留めずに、ただ帰ってきた球磨川を笑顔で迎えるために。

 

「おかえり、みそぎ」

 

『ただいま、インデックスちゃん』

 

 球磨川はインデックスの手を握りながら、笑顔で返事をした。

 

『ごめんね、インデックスちゃん。どうしても君を助ける方法が見つからないんだ』

 

『ここが箱庭学園なら、僕が(箱庭学園の球磨川)だったらきっと、君のことも救えたんだろうけど』

 

『ごめん、ま「また勝てなかった、でしょ?」

 

 球磨川のセリフを遮り、えへへと笑いながらインデックスが言った。

 

「いいんだよ、みそぎ。気にしないで」

 

『でも』

 

「いいの、だって」

 

 ふふっと笑みが堪えきれない様子で言葉を紡ぐ。

 

「私、こんなに幸せなんだもん。この一週間ずっと楽しかった! かおりがいて、ステイルがいて、こもえがいて、何よりみそぎがいてくれた」

 

「私の記憶が無くなったって、あなた達が覚えててくれるでしょ? だから良いの」

 

「それに、いつかみそぎが救ってくれるもんね。賭けたっていいんだよ?」

 

 地獄のような痛みに苦しめられているはずなのに、屈託のない笑顔でインデックスは言った。

 

『ふふっ、シスターさんなのに賭け事なんてしてもいいのかい?』

 

「でも、わかった。君を必ず勝たせてみせるよ」

 

「括弧つけてないみそぎも、かっこいいね」

 

 笑顔で言うと、握っていたインデックスの手から力が抜けていく。

 

 球磨川はインデックスに、1つ嘘をついた。

 

 本当はインデックスを助ける方法は、ある。

 

 ただ、球磨川自身の無事が保証できる物ではなかったから、言えなかったのだ。

 

 球磨川は玄関の扉を開くと、重い表情を浮かべる2人に声をかける。

 

『ステイルくん、神裂さん、やるよ』

 

「ええ」

 

「もちろんだ」

 

 

 

 

 そして球磨川はインデックスの身体を観察し始めた。

 

 インデックスを救うために。

 

 足の裏、腹部、首筋、頭、どこかにあるはずの刻印を探す。

 

 しかし見つからない。

 

 インデックスの苦しそうな表情が一層3人を焦らせる。全身を見終え、いよいよ終わりかと言う時。神裂が口を開いた。

 

「………あ」

 

「口の中、ではないでしょうか?」

 

 一筋の光明、言われるままに浅く息をするインデックスの口を開くとそこには、不気味な黒い紋章があった。球磨川は、一瞬だけ躊躇い。喉を突くように右手を滑り込ませ、言った。

 

大嘘憑き(オールフィクション)、インデックスちゃんの【首輪】を無かったことにした』

 

 その刹那、バギン! と球磨川の右手が勢い良く吹き飛ばされた。

 

 右手が弾け飛ぶかと言うような衝撃を気にも止めず、球磨川は立ち上がり構える。

 

 目前にぐったりと倒れていたはずのインデックスは静かに閉じていた両目をゆっくりと開く。

 

 その眼は()()()()()()()を映し出している。

 

 その瞳が恐ろしいくらい真っ赤に輝くと同時に、何かが爆発した。

 

 ゴッ! という凄まじい衝撃と同時に、球磨川達は向かいの本棚に激突する。

 

「────警告、第三章第二節。Index-Librorum-Prohibitorum────禁書目録の『首輪』、第一から第三まで全結界の消失を確認。再生準備……失敗。『首輪』の自己再生は不可能、現状、10万3000冊の『書庫』の保護のため、侵入者の迎撃を優先します」

 

 球磨川は無機質な口調で話すインデックスを見る。のろのろと、骨も関節もないかのようにな気持ちの悪い動きでゆっくりと立ち上がる。その瞳に映る光に人間らしいものはなく、そこにインデックスらしい優しさは存在しない。

 

 球磨川が立ち上がると同時、インデックスが口を開く。

 

「────『書庫』内の10万3000冊により、防壁に傷をつけた魔術の術式を逆算……失敗。該当する魔術は発見できず。術式の構成を暴き、対侵入者用の特定魔術(ローカルウエポン)を組み上げます」

 

「────侵入者個人に対して最も有効な魔術の組み込みに成功しました。これより特定魔術『聖ジョージの聖域』を発動、侵入者を破壊します」

 

 バギン! と凄まじい音を立てて、インデックスの両目にあった魔法陣を拡大させる。その二つがインデックスの顔の前で重なるように配置された。左右の眼球一つずつを中心に固定されているようでインデックスが首を動かすと、空中に浮かぶそれも同じように後を追う。

 

「──────。────、」

 

 インデックスが歌声のような声を上げた瞬間、インデックスの周囲に空間そのものを引き裂いたような、真っ黒な亀裂が四方八方へと飛び散った。僅かに開いた亀裂の隙間から流れ出る獣のような匂い。

 

 それを球磨川が感じ取ったと同時、べギリと開いた亀裂から光の柱が襲いかかってくる。球磨川は右手を前に出しその光線を無かったことにしようとするが全ては消えない。一瞬途切れるも、復活してしまう。

 

 瞬間、神裂とステイルが叫ぶ。

 

「Salvare000!!」

 

「Fortis931!!」

 

 ステイルの服の内側から何万枚というカードが飛び出し、部屋中を埋めていく。

 

魔女狩りの王(イノケンティウス)!!」

 

 球磨川が作ったその刹那、光線と球磨川の間に魔女狩りの王を挟むことでステイルが時間を作り、神裂が七閃をインデックスの()()を破壊。突然に足場を失った彼女は後ろに倒れ込み、眼球に連動された光線も大きく狙いを外す。

 

 まるで巨大な剣を振ったかのようにアパートの壁から天井、雲までもが切り裂かれてしまう。ひょっとすれば宇宙を飛ぶ人工衛星すらも切り裂かれたかもしれない。

 

 引き裂かれた壁や天井は、木片の代わりに純白の光の羽となった。触れればどうなるかなど球磨川には皆目見当もつかないような物が雪のように舞い散る。

 

「それは『竜王の吐息(ドラゴンブレス)』────伝説にある聖ジョージのドラゴンの一撃と同義です! 人の身でまともにとりあおうとしないでください!」

 

 神裂の言うことの八割はよく分からない球磨川だったが、喰らえば死ぬということだけはよく理解出来た。

 

 だが、彼は球磨川禊。死を厭わず、どれだけ殺しても死なない男。球磨川は螺子を投げると同時にただ走る。数本の螺子を投げ、その全てが光の柱に呑み込まれる様子を確認しつつ走る。

 

 あと四メートル、走る。

 

「──警告、第二二章第一節。炎の魔術の術式を逆算に成功しました。

 曲解した十字教の教義をルーンにより記述したものと判明。」

 

 あと三メートル、神裂がワイヤーを振るい光線を逸らす。

 

「対十字教用の術式を組み込み中……第一式、第二式、第三式。」

 

 あと二メートル、ステイルが魔女狩りの王で光線を抑える。

 

「命名、『神よ、何故私を見捨てたのですか』完全発動まで十二秒」

 

 あと一メートル、球磨川の右手に()()()()()()

 

「まずい────上だ!」

 

 ステイルくんの叫び声を横目に上を見上げればひらひらと純白の羽が降り注いでいる。

 

 魔術の使えない僕にだってそれが当たればどうなるか理解出来る。これを先に何とかしなければ僕は無事で済まないだろう。それでも()()()()

 

 螺子をインデックスの胸に突き刺し叫ぶ、

 

『大嘘憑き!! インデックスちゃんの【自動書記(ヨハネのペン)】を無かったことにした!!』

 

 瞬間、光の柱も、黒い亀裂も、その奥の魔法陣も、サラサラと砂になるように消えていった。あまりにも呆気なく。

 

「──────警、こく。最終……章。第、零────……。『 首輪、』致命的な、破壊……再生、不可……消」

 

 

 

 プツンとインデックスちゃんの声が消えた。この羽ってインデックスちゃんに当たって大丈夫なのかな?

 

 分からないけど、分からないことばかりだけど、これだけは分かる。

 

「はぁ、また勝てなかった」

 

 僕の頭にひらひらと落ちた純白の羽が、僕の不幸を笑っている気がした。

 

 



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後日談。というか今回のオチ

お待たせしました。


 

 

「ま、つまるところ君の頭には後遺症が残るわけだね?」

 

 カエル顔の医者はベッドから身を起こす彼に言った。

 

『はぁ』

 

「もしかしてピンと来てないね? 正直、このダメージで生きていることが不思議なくらいなんだけどね?」

 

『ははっ、僕にしては珍しく運が良かったんですかね』

 

「今回は僕がいたからたまたま何とかなったんだよね? 次以降にこんな怪我したら死ぬと思った方がいいんだよ?」

 

『あはは、ありがとうございます冥土帰し(ヘブンキャンセラー)先生』

 

 へらへらと笑う。

 

「はぁ、僕も患者のためなら最善を尽くすけれど、一番いいのは患者が出ないことなんだけどね?」

 

「まあ君の怪我は今に始まったことじゃない、そろそろ君に出る症状を説明しようと思うね?」

 

 いつも通りのヘラヘラした態度に呆れながらも説明に入ろうとすると、病室の外からパタパタと近づいてくる足音がした。

 

「その前に君と話をしたい子がいるみたいだね?」

 

 ガラッと大きな音を立てながら扉が開く。

 

()()()!」

 

『おはよう、()()()()()()()()()

 

「無事でよかったんだよ!」

 

『無事も無事さ、この程度の怪我ならあと3回はできるね。死なないことだけには自信があるんだ』

 

 ふふんと得意げな顔で胸を張る球磨川。

 

「いや、普通に死ぬからね?」

 

 対照的に呆れた顔で言う冥土帰し。

 

『(笑)』

 

 2人のやり取りを見て泣きそうな表情になるインデックス。

 

「ほんとのほんとに死なないで欲しいんだけど……?」

 

「みそぎが死んじゃったらってずっと心配してたんだよ……」

 

 球磨川にしては珍しくワタワタと慌てながら宥め始める。

 

『ああ、ごめんごめん。インデックスちゃん、冗談だよ。冗談。僕は絶対死なないから安心して? 必ず約束するから、ほら泣かないで?』

 

「うん……絶対絶対やくそくなんだよ」

 

「ははっ、君たちは本当に兄妹みたいなんだね?」

 

 

 閑話休題

 

 

「さて、そろそろ話を戻そうかな?」

 

 和やかな空気の中、緊張感を取り戻すように口を開いたのは冥土帰しだった。

 

 心苦しいことではあるが、と前置きをし話し出す。

 

「君の頭に残る障害は能力の行使に少し影響を及ぼすことになるね?」

 

「脳の中で自分だけの現実(パーソナルリアリティ)を構成する部分が損傷しているね?」

 

 重々しく冥土帰しの口から語られる事実に当の球磨川は飄々とし、インデックスは顔を青ざめながら聞く。

 

「そしてもうひとつ、これは君自身から話してもらいたいところでもあるんだけど……」

 

『?』

 

 冥土帰しから振られるも全くピンと来ていない顔で首を傾げる球磨川。

 

「うん? 惚けたって無駄だよ?」

 

「君、記憶ないよね?」

 

 直接聞かれると、やっとピンと来たような表情をして答える。

 

『ああ、そのことですか? 正直……』

 

 ニコニコともったいぶる球磨川に心配と不安に表情を染めたインデックスは続きを待つ。

 

「正直……?」

 

『正直……』

 

「正直……?」

 

『正直……』

 

 実に3回のタメに遂に耐えきれなくなったインデックスは声を上げた。

 

「ちょっと長いんだけど?」

 

「本当にほんとに心配してるんだけど……! もったいぶらないで欲しいかも!」

 

『ごめんごめん、シリアスにちょっと耐えきれなくなっちゃった』

 

『正直なところ、説明が難しいんだよね』

 

『なんと言うか、ところどころ記憶が()()()()ことになってると言うか』

 

『虫食いがすごい? 感じかな』

 

 球磨川の説明に眉をひそめながら聞いていた冥土帰しが疑問を口にする。

 

「それは、おかしいね?」

 

「君の脳細胞の1部は使い物にならないほどズタズタになっていたんだけどね?」

 

 頭に? マークを浮かべる球磨川とインデックス。

 

「つまりだね? 君は虫食いどころか()()()()()を失ってるはずなんだよね? それだけじゃない、記憶力の低下とか色々な問題が生まれてるはずだね?」

 

「はぁ、本来なら失ってるはずの記憶を虫食いとは言え残してるというのは良いことでもあるけど、記憶がある原因が分からない以上恐ろしいことでもある」

 

「症状の悪化で全ての記憶を失うかもしれないからね?」

 

 冥土帰しの圧力に気圧され表情を暗くするインデックス。記憶力が良い分、鮮明に思い出される球磨川の優しさや家族のように過ごした時間。球磨川の顔に映し出される感情は後悔や絶望か。罪悪感と恐怖心から俯いた顔を上げることが出来ない。

 

 そして、球磨川は言った。

 

『ま、そういうこともありますよね』

 

()()()()()よりも僕は……』

 

()()()()()!? 内心で驚愕しつつ俯いた顔を上げると、いつものようにニコニコと貼り付けたような笑顔を浮かべているみそぎがいた。全開パーカーをしてもらった誰かが思い出せないことの方が問題だとか宣っている。

 

「どうして?」

 

『ん?』

 

「どうしてみそぎはそんなに普通にできるの?」

 

 心からの疑問だった。()()()()()()()酷い怪我をして()()()()()後遺症まで残るのに、どうして()()()()()でいられるのか。本当にわからなかった。

 

『どうしてって言われてもなぁ』

 

 少しの逡巡の末に球磨川は言った。

 

『理由なんてないよ、僕はいつだって不幸《マイナス》だからこういう事故(マイナス)には慣れてるんだ。僕の友達がいたならこう言うだろうね「こんなのはただの、不慮の事故ですから」って』

 

『それにさ』

 

「インデックスちゃんを守れたんだ。こんな結果も悪くない。もっと言うなら、君も僕も悪くない。そうだろう?」

 

 その顔は一切の偽りない正真正銘心からの笑顔だった。

 

 

 


 

 

 

 後日談。というか今回のオチ、なんだよ。

 

 あの後、括弧を外したみそぎはすっごくかっこよかったし、ほんとにほんとの意味で私を救ってくれた。モヤモヤが完全に晴れたわけじゃないけど、みそぎは私を救って守ってくれた。これから私がみそぎのために出来るのは、その恩に酬いることだと思ったんだよ。

 

 そこまでは良かったんだけど────

 

 すっごくかっこよかったみそぎは頭から血を噴いて手術室に戻って行ったんだよ……。正直締まらないかも。でもそんなみそぎも()()()()なんてね? 

 

 それから私はみそぎの身体の話を詳しく聞いたり、かおり達が残していった手紙を読んだり。そんなこんなでみそぎの退院日が来た。

 

 病院からの帰り道。

 

『いや〜今日も暑いね』

 

「そんな真っ黒な格好してたら暑いのも当然なんだよ?」

 

『あはは、全くもってその通りだね』

 

 はははと互いに笑いあい、二人の間に流れる沈黙。意を決したように声を上げたのはインデックスからだった。

 

「────みそぎ!」

 

『なんだい? インデックスちゃん』

 

「責任、取るんだよ」

 

『責任?』

 

 突拍子も無い言葉に驚き復唱した。もしかして忘れているだけで、インデックスちゃんに何かしていたんだろうか。責任という言葉に心当たりの無い球磨川は考える。しかし、やはり答えが出ないので直接続きを聞くことにした。

 

『責任って言うのは?』

 

「私がみそぎを傷つけてしまったことに、だよ」

 

 深刻な面持ちで言葉を紡ぐ。

 

「私は、みそぎに消えない傷を負わせておいて、いけしゃあしゃあと幸せです。なんて顔出来ないんだよ」

 

『はぁ』

 

「だから、私がみそぎの人生目録(インデックス)になるんだよ!」

 

『???????』

 

 正直、意味がわからなかった。なぜならインデックスは既に禁書目録(インデックス)であるし、インデックスが球磨川を傷つけたとは言うが、球磨川からすれば自ら傷ついた責任を転嫁する気にはなれなかったからだ。

 

『インデックスちゃんが責任を取る必要なんて1つもないと思うんだけど?』

 

 球磨川の言葉を意に介さず、いや! と声をあげると反論しだした。

 

「みそぎは優しいから私も悪くないって言ってくれたけど、私にだって責任があるんだよ!」

 

「聞いたんだよ、みそぎの記憶力が下がるって話を」

 

『そう言えば、そんなことも言われた気が?』

 

「ほら! もう既に若干出てるんだよ!」

 

『えぇ』

 

 鬼の首を取ったように叫ぶインデックス。

 

「そこで考えたの、私はこの完全記憶能力をみそぎのために使いたいんだよ!」

 

『なるほどね?』

 

「だから私はみそぎの人生を記録する人生目録(インデックス)としてみそぎをサポートしたいんだよ!」

 

 必死にプレゼンをするインデックスを前にう〜んと悩む声を上げる球磨川。もう一押しとばかりにインデックスは言葉を続けた。

 

「その、みそぎがどうしてもって言うなら、全開パーカー? って言うのもやって……」

 

『契約を結ぼう』

 

 顔を赤らめながら言うインデックスの手を握り、食い気味にキメ顔で答える球磨川禊(全開パーカー先輩)

 

「むぅ、薄々気づいてたけどみそぎってもしかして変態なのかな?」

 

『変態とは失敬な! 僕は全然変態なんかじゃない至って健全な青少年だよ? インデックスちゃんみたいに魅力的な女の子からの提案を受けないわけないだろう?』

 

 インデックスは魅力的という言葉に反応して満更でもなさそうな表情を浮かべる。

 

「えへへっ、それほどでもないんだよ! 確かに私は魅力的で! 大人な! レディーだけどね!」

 

 えへんと無い胸を張り、ドヤ顔で語るインデックス。

 

 それを横目に球磨川は少し前に出ると仰々しく芝居がかった口調と動きでインデックスの手を取った。

 

『それではレディー? 本日の昼食は何にいたしますか? なんでもご用意致しますよ』

 

「ふふっ、苦しゅうない! 今日はみそぎが食べたい物が食べたい気分かも!」

 

『ではあちらの店にでも────』

 

 

 

 

 太陽の照りつけるアスファルトの上、手を繋いだ黒い少年と白い少女。二人が交差する時、物語は始まった。

 

 




お疲れ様です。作者です。

これにて原作1巻分は終了です。とんでもない亀更新申し訳ないです。
読んでくださる皆様には感謝の極みでございます。

1巻までの内容がやっと終わったところですが、前話までの内容はより良い展開が思いついた時点で変更される可能性があります。

皆様に楽しんでいただけますよう、精一杯頑張りますので、これからもよろしくお願いします。


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『人間は無意味に生まれて、無関係に生きて、無価値に死ぬ』
戯言遣い


 八月二十日、朝。

 

 

「みそぎ! この子飼いたいんだよ!」

 

 どこからか拾ってきた三毛猫を両手に抱え球磨川に頼むインデックス。

 

『いいよ』

 

「やった! いいの? ほんとに? 嘘は無しなんだよ!」

 

 二つ返事でYESを返す球磨川。

 

『でもインデックスちゃん、厳しいことを言うようだけど本当に君に飼えるのかい?』

 

 腰に手を当て猫を指さし球磨川は言う。

 

『この猫は人間と違って必ずお世話が必要なんだよ? トイレを教えなきゃいけないし、ご飯だって用意しなきゃいけない』

 

『君に命を背負う覚悟があるかい?』

 

 独特な雰囲気を出しながら圧をかける。潰れてしまうんじゃないかと思うほどの暗く重い圧力をインデックスはそれに押し潰されそうになりながらも口を開く。

 

「もちろん、あるんだよ!」

 

『ならもちろんいいよ!』

 

『名前は考えてるのかい? 僕は善吉とかいいと思うんだけど!』

 

 先程までのプレッシャーは何処へやら、打って変わってノリノリで名前決めをしようとする球磨川を見て拍子抜けする。

 

「ほんとにいいの……?」

 

『もちろんだよ。でも言った通りしっかりお世話しなかったら……口に出すのも恐ろしいことをするからね』

 

「それは困るんだよ! 絶対ちゃんとお世話するから安心して欲しいかも!」

 

「名前はもう決まってるんだよ、この子は今日からスフィンクス! なんだよ!」

 

 胸を張り宣言するインデックスと何を考えてるか分からない笑顔の球磨川。

 

 ふと球磨川が時計を見る。

 

『おっと、ごめんインデックスちゃん! 僕もう行かなきゃ!』

 

「え! ごはんは!?」

 

『作り置きがあるからチンして食べて!』

 

「わかった! レンジが爆発しても怒らないでね!」

 

『おっけー! 怪我はしないでね! いってきます!』

 

「いってらっしゃい!」

 

 

 


 

 

 予定していた小萌との特別夏期講習を終え、公園のベンチに座り込み週刊少年ジャンプを読みふける球磨川の前に()()は現れた。

 

「おや? おやおやおや? これはこれは禊さんじゃないですか」

 

 柵川中学の制服を身に纏い白梅の髪飾りを着けた少女。

 

『君は……!』

 

 その名前は、

 

『どちら様?』

 

「どちら様?! 今どちら様って言いました!?」

 

佐天涙子のことを忘れたと!?」

 

『えーと、佐天涙子、無能力者(LEVEL0)で身長は160cm、体重は秘密、血液型AB型rh、スリーサイズは推察する限り上から……』

 

「いやいやいや! やめてくださいこんな所で! 覚えてくれてるならいいんですよ」

 

 

 閑話休題

 

 

『久しぶりだね涙子ちゃん』

 

「久しぶりですね〜! 最近見かけないからどこかで事故とかにあってないかと私は心配で心配で仕方なかったんですよ」

 

『それもお得意の戯言かい?』

 

「やだな〜本心に決まってるでしょ? 禊さんなんていつどこで怪我したっておかしくないくらい弱々しいんですから」

 

 久々に会ったにしてはいつも通りな2人。それもそのはず、2人は幼馴染である。

 

『あははっ、それは否定できないね』

 

「でしょ? まあ、禊さんのいい所は耐久性の高さなとこありますからね! 多少の怪我はあっても死んだりはしないでしょう!」

 

「万が一があっても私が守ってあげますよ!」

 

 シュッシュと虚空にジャブを打つ真似をしながら言う。

 

「せっかく久しぶりに会ったんですし、お茶でもします?」

 

『うーん、行きたい気持ちは山々だけど早めに帰んなきゃなんだよね』

 

「そうなんですか? じゃあ仕方ないです! 飲み物奢りで許しますよ!」

 

『仕方ないなぁ、可愛い後輩が奢って欲しいって言うなら……。140円までね』

 

 そんなことを言いつつ自販機の前まで行き佐天は気づいた。この自販機、おかしなのしかない。きなこ練乳、いちごおでん、etc……。

 

「禊さん、もしかしてこの自販機の品揃え知ってました?」

 

『もちろん! 涙子ちゃんの好きな飲み物にしていいよ?』

 

 ジト目で疑いの目を向ける佐天に一切の悪意を感じさせない無邪気な笑顔を向ける。

 

「たまには冒険するのも大事ですよね! じゃあこれで!」

 

『じゃあ僕はこっちにしようかな』

 

 ボタンを押す。

 

 自販機はうんともすんとも言わない。

 

『これ……』

 

『いやいや、さすがにね?』

 

『僕今二千円札入れたんだけど……』

 

「あんま気にしちゃダメですよ。ほら! 地雷ドリンク飲まなくて済んだって考えればね?」

 

 頭を抱えそうなほど落ち込む球磨川をなんとか慰めようとする佐天。落ち込んだ雰囲気の中、後ろから声をかけてくる影。

 

「アンタ達、って佐天さん?」

 

 常盤台の制服を身に纏った学園都市に7人しかいない超能力者(LEVEL5)の1人。

 

「あれ? 御坂さんじゃないですか!」

 

 第三位、超電磁砲(レールガン)。御坂美琴その人であった。

 

 


 

 

「ふふ、それで二千円呑まれたの?」

 

「そうなんですよ〜」

 

 事情を説明する佐天と、それを聞き笑いを堪えきれない御坂。耐えきれず、あははと声を上げながら口を開く。

 

「バカね〜、自販機にお札なんて入れちゃダメじゃない。こうやって呑まれることもあるんだから」

 

「は〜笑った笑った。そんな落ち込まなくてもいいわよ。私が助けてあげる」

 

『本当かい! ありがとう御坂ちゃん!』

 

 女子中学生からパンツを見せてもらえると聞いた時と同じ勢いで御坂の手を握る。

 

「わかった、わかったからちょっと離れなさい!」

 

 顔を赤くしながらそう言うと自販機に手を当てバチバチと電撃を流した。途端にガコガコと溢れ出す飲み物。

 

「あちゃー出すぎてますね」

 

 呑気にそんなことを言う佐天と思ったより出たことに少しビビる御坂。それを見ていつも通りの笑顔を見せる球磨川。

 

 

 閑話休題

 

 

「前々から思ってたんだけど、佐天さんといるとどうにも能力の制御がしづらいのよね〜」

 

 大量の缶を三人で抱えながらベンチに戻ると御坂がそう切り出した。

 

『涙子ちゃんの()()()()のせいじゃない?』

 

「え! 私のせいだって言いたいんですか? 禊さん!」

 

()()()()?」

 

 頭に「?」を浮かべる御坂に笑いながら説明を始める。

 

「私、無能力者(LEVEL0)ではあるんですけど、スタイルって言う能力? 技術? が使えるんですよね〜」

 

 えへへ、と笑いながら舌を出すと見える刻まれた「戯」の文字。

 

「一応、戯言遣いって言うんですけど。そんな役に立つものでもなくて、周囲を少し上手くいかなくするんですよ」

 

「こういう感じで」

 

 そう言って球磨川に目を向けると、あぁ……と言いながら吹き出したおでんソーダを一身に受ける姿。

 

 それを拭こうと御坂がポケットからハンカチを取り出すと手を滑らせハンカチや持っていた缶を落とす。するとそれが破裂し御坂のスカートもいちごおでんに染まる。

 

「まあこんな風に上手くいかなくなるんですけど、よく考えたらみんなに説明してなかったですね」

 

 生まれた惨状を前に少し申し訳なく思う。

 

「よ〜く分かったわ、あまり人前で使わないで」

 

「もちろん! わきまえてますよ!」

 

 胸を張り御坂から目を逸らしていく。良いことを思いついた! と声をあげると球磨川の手をとり御坂に押し付けて言った。

 

「禊さんの過負荷(マイナス)で綺麗にしてくださいよ!」

 

 球磨川はため息をつくと佐天の手を握り直し、諭すように言う。

 

『いいかい? 涙子ちゃん、なんでもかんでも能力に頼っちゃいけないんだ。そんなことばかり繰り返してたらダメな大人になっちゃうだろう?』

 

 何気なく自分1人だけ服を綺麗に整え直た球磨川がいけしゃあしゃあと言うのを聞き、電流を迸らせる御坂。

 

「いいから、綺麗にできるならして」

 

『はい』

 

「禊さんに大人しく言うことを聞かせるなんて、やりますね!」

 

「はぁ、佐天さんも少しは反省してちょうだい」

 

「うっ、ごめんなさい」

 

「よろしい!」

 

『涙子ちゃん』

 

「なんですか?」

 

『女子中学生が軽率に異性の手を握るのはあまり良くないんじゃないかな?』

 

「それには同意しかねます」

 

『え? なんで?』

 

「なんでもです!」

 

 少し顔を赤くしながら理由を話そうとしない佐天、それを肯定も否定もしない微妙な表情の御坂。

 

『まあ、僕は紳士だから何もしないけど。他の人にはやめときなよ』

 

「そりゃもちろん!」

 

 よく分からないと首を傾げつつも年上としてしっかり注意を促す球磨川。

 

『うん、いい返事だね』

 

「じゃ、偉い私にいつもの頼みます! 禊さん!」

 

『いつものね、はいはいえらいえらい』

 

 ぽんぽんと頭を撫でられながら目を細める。幼少の頃からの習慣となった至福の時間。手のひらから伝わる温もりを楽しんでいると不意に視線を感じた、視線の先を見ると御坂さんが羨ましそうにこちらを見ている。少し悩むところだったが、1人で楽しむのもずるいかと思い、仕方なく禊さんの手を御坂さんに差し出す。

 

「名残惜しいですが、次は御坂さんの番です!」

 

 佐天が球磨川の手を取りいざ御坂の頭に乗せようという瞬間。

 

「お姉様!! おやめくださいまし!!!」

 

 ツインテールにお嬢様口調、最も目立つのは御坂さんと同じ常盤台の制服。御坂さんに抱きつこうと動き始める瞬間、球磨川からの声掛けにピシッと固まる白井。

 

『あれ、白井さんじゃないか』

 

 声をかけられた白井は「うげっ」と今にも声を出しそうな表情で、というか実際にもっと汚い声をあげて後ずさる。

 

「なんであなたがここにいるんですの……?」

 

『なんでって、ねぇ?』

 

 佐天と御坂にアイコンタクトを送ると堂々と胸を張り口を開いた。

 

『それはもちろん、2人とお付き合いしてるからさ

 

「んなわけないでしょうが!!」

 

 すかさず入る御坂さんの鋭いツッコミ、佐天は別にお付き合いしてるってことでもいいけどな〜、なんて思いつつ一歩下がる。

 

「ムキィィィィ! お姉様! 黒子よりもこんな精神異常敗北者を選んだんですのね!」

 

『フッ、悪いね白井さん』

 

「あんたも何信じてんのよ!」

 

 バチバチと電流がほとばしりだす。

 

「いい加減に、しなさい!!」

 

 怒りのままに放たれた電撃に禊さんと白井さんら2人仲良く撃たれる。うわ、骨見えてる痛そ〜──と思いながら一歩引いた位置で見ていると起き上がった白井は球磨川を見ながら言う。

 

「ううっ、いいですの? 世の中には言っていい冗談と悪い冗談がありますのよ!」

「次は許しませんわ! 覚えてなさい!」

 

 そんな小悪党みたいな捨て台詞を吐いてテレポートでどこかに行ってしまった。一体何をしに来たのか……。

 

 ふと腕時計を確認すると初春との約束の時間が近づいている。球磨川との時間は名残惜しいが、親友との約束を無下にするのも忍びない。

 

「禊さん! 御坂さん! そろそろ初春との約束の時間なのでお先に失礼しますね!」

 

『またね、涙子ちゃん』

 

「これ1本持ってくといいわ、佐天さん」

 

「またね」

 

 御坂から受け取ったヤシの実サイダーを両手に持つと、御坂の可愛らしい笑顔に見送られ走り出す。

 

「じゃあ、また明日とか!」

 

 少し離れたところで止まり、球磨川譲りの別れの挨拶を済ませると、後ろ髪を引かれる思いを振り払うように走り去って行った。

 

 

 

 

 その背中を見送ると、不意に背後から聞こえた声。

 

「お姉様」

 

 振り向くとそこには、御坂美琴と()()()()()()が立っていた。




原作3巻の内容を始めます。

姫ナントカさんもいずれは……


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御坂妹

 日が沈み出した夕方、大量の缶を両手に抱える御坂をお姉様と呼ぶ声に振り返る。

 

「こんばんは、お姉様。と見知らぬ男性。とミサカは両手に抱える缶飲料に疑問符を浮かべながら挨拶をします」

 

『こんばんは、御坂ちゃんの妹さん?』

 

「はい、妹です。とミサカは食い気味に同意します」

 

 妹と言うにはあまりに似すぎている2人を見比べ球磨川は言った。

 

『君たちそっくりなんだね? 見た限り、スリーサイズまで同じだと見える』

 

「同質の遺伝子ですから当然です。とミサカはパッと見でスリーサイズが分かるあなたの観察眼に恐怖を覚えつつ回答します」

 

『へ〜、双子なんだ?』

 

『でも同じ御坂なら一人称がミサカなのっておかしくない?』

 

 もっともな疑問である。

 

「ミサカの名前はミサカですが、とミサカは即答します」

 

『なるほどね?』

 

 正直納得いかない所はあるが、まぁ一人称が変わってる人なんてそこら中にいるだろう。と結論づけて球磨川は無理やり納得して質問を続ける。

 

『好きな言葉は?』

 

「特にありません、とミサカは即答します」

 

『御坂ちゃんのことは好き?』

 

「お姉様のことですか? とミサカは質問に質問を返します」

 

『そ、御坂ちゃんのことは好き?』

 

「もちろん、好きです。とミサカは質問の意図を理解できないまま答えます」

 

『仲はいいんだね』

 

「この質問攻めの意図が知りたいのですが、とミサカはこの人めっちゃミサカのこと質問してくるな? 面接か? と違和感を覚えながら回答します」

 

『いやいや、御坂ちゃんの妹さんに会えてテンション上がっちゃってね。今日は何しにここまで来たんだい?』

 

「先程、ミサカと同等の能力を半径600mの領域で感知したので気になって見に来ました。とミサカは懇切丁寧に質問に答えます」

 

『御坂妹ちゃんは御坂ちゃんと同じ能力を持ってるんだね。双子だから当然なのかな?』

 

「御坂妹、とは? とミサカは疑問を口にします」

 

『御坂ちゃんとミサカちゃんじゃ被るだろう? だから御坂妹ちゃんって呼ぼうかな、とね』

 

 こんな調子で10分ほど質疑応答を続けていると、球磨川はあることに気がついた。普段なら球磨川と同等くらいには喋る御坂が、いやむしろ黙っていることが苦手な方であるはずの御坂がいやに静かだった。

 珍しいこともあるものだと思いつつ球磨川が表情を伺おうとすると御坂が声を荒らげた。

 

「あんた、なんでこんな所にいるのよ!」

 

「研修中です。とミサカは簡潔に答えます」

 

『はぁ、風紀委員(ジャッジメント)かなんか? 大変だねぇ』

 

『僕も頻繁に風紀委員にはお世話になるからね、お勤めご苦労様です』

 

 仰々しく敬礼をする球磨川。もちろんお世話になると言っても物探しをしてもらったとかそういうことではなく、シンプルに通報されたり補導されたりである。

 

 御坂は、こいつが風紀委員のお世話に? 絶対ろくな事じゃないわね。と思う気持ちを押し殺し、とりあえず同意することにした。

 

「そうそう、そうなのよ〜この子風紀委員なのよ、ほらあれよ大変なのよね〜? ね?」

 

「そういうことだからちょっとお姉様とお話しましょう? あっちで、ね?」

 

「は? いえ、ミサカにもスケジュールがあります、と───」

 

「いいから、きなさい」

 

 球磨川は御坂妹への言葉に何か得体の知れない感情が篭っているようになど一切感じず。あー複雑な家庭なのかな? 程度に捉えていた。

 

「あー、じゃあ私たちこっちの道だから。あんたも気をつけて帰んなさいよ」

 

 そう言うと御坂は御坂妹に無理やり肩を組み、去っていった。

 

『ま、色んな家庭があるよね』

 

 

 


 

 

 さて、日が沈みゆく夕方。夕日に真っ赤に照らされた球磨川は両腕に缶ジュースを抱え、ヨタヨタと帰宅していた。

 

 公園で少し飲み、減らしたものの、依然19本の缶ジュースが残っている。1本350mlであるから重さにして約6.65kgほど、チリツモよろしくまあまあな重量である。

 

 缶を19本も両手に抱えて帰らなきゃ行けない現実に珍しく表情を歪める球磨川。面倒だな〜というか持ち上げられるかな? これ、と思いつつチャレンジしてみるもあえなく撃沈。それはそう。

 

 ベンチの前、そこら中に散らばったジュースを拾い集めようと球磨川が背中を丸めしゃがみこむと球磨川の上に影が差す。

 

(『だれかいる?』)

 

 球磨川が顔を上げると目の前には、御坂美琴にしか見えない少女が立っていた。

 

『あれ、()()()ちゃん。御坂ちゃんはどうしたんだい』

 

 一目で御坂美琴と御坂妹を見分けられるのは球磨川くらいなものだろう。球磨川からすれば双子であろうと生き方が違う以上、御坂美琴と御坂妹の保有する弱点もまた別物。弱点を見て人を判別する、というのは特殊ではあるが球磨川らしいと言える。

 

 御坂妹は球磨川からの質問に対して、表情を変えないまま頭にハテナマークを浮かべながら、あちらから来た。と向こうの通りを指さす。

 

『? まあいいや、時間があるならこれ運ぶの手伝ってよ』

 

「良いですよ、とミサカは頼りになる細い腕を見せつけます」

 

 御坂妹がしゃがみこむと、短いスカートを気にしていないせいか、スカートの合間から白と青の縞柄がちらりと覗き込んでいる。

 

『御坂妹ちゃん、パンツ見えてるよ』

 

「むっ、そういうタイプの変態だったのですね。とミサカは軽蔑しつつスカートを手で押えます」

 

『いやいや失敬な、僕は変態じゃない立派な紳士だよ?』

 

「変態はみんなそう言う、とミサカは軽蔑の目を向けパンツを見た事を非難します」

 

「はぁ、まあいいです。これはどこまで運べば良いのでしょうか、とミサカは露骨に溜息をつきつつ問いかけます」

 

『ここから僕の家まで五分だし、そこまで頼むよ』

 

「了解しました、とミサカは両手いっぱいにジュースを抱えながらいい返事をします」

 

 同じカタチのビルが建ち並ぶ殺風景な場所だが、風力発電に最も適してるらしい。球磨川がまともにそんなことを知るわけもないが。

 

 幅2m程度の狭い路地を抜け、ボロボロの入口を抜ける。そして今にも壊れそうなオンボロエレベーターに乗り込み七階のボタンを押す。

 

 キンコーン、と安っぽい音を鳴らして七階に着いた。

 

 球磨川の寮は長方形なため、扉が開けば目の前は真っ直ぐな廊下になっている。よく見ると家の扉の前でインデックスが何かをしているのが見えた。

 

『ただいま、インデックスちゃん。スフィンクスと何してるんだい?』

 

「あ、みそぎだ。おかえり────ってまた知らない女の人を連れてるんだよ」

 

『またとは人聞きが悪いね』

 

「もう、みそぎはすぐ知らない女の人を連れてくるんだから! この前も────」

 

『その時のことは謝ったろう?』

 

「むぅ」

 

『ほら、これあげるからもう怒らないで』

 

「もう別に気にしてないけど! ジュースは貰うけどぷるたぶは嫌い! みそぎ、ジュース開けて!」

 

『仰せのままに、お姫様』

 

「ありがと!」

 

 球磨川から貰ったジュースを飲み、機嫌を少し治すと何をしていたか説明しだす。

 

「今はスフィンクスに付いてたノミを取ってたんだよ」

 

『ノミ?』

 

「一般的に節足動物門昆虫綱ノミ目に属する昆虫の総称です。とミサカはWikipediaに書かれているような知識をひけらかします」

 

『もちろん布団には入れてないよね?』

 

「うーん、言いづらいけど……」

 

『……おーけー、そういうこともあるよね』

 

 いつも通りの笑顔ながらも心做しか肩を落とす球磨川。

 

『にしてもノミか〜、薬買ってこようか?』

 

「ふふん! 秘策があるんだよ!」

 

 そう言うと懐から葉っぱを取り出す。

 

「これに火をつけて煙で燻すんだよ!」

 

 胸を張るインデックスに球磨川はため息をつく。

 

『はぁ、猫だって生き物なんだから煙にさらしたら可哀想だよ』

 

「そう言われればそうかも……、でもどうすればいいか分からないんだよ」

 

 ガックシと肩を落とすインデックスを前に、御坂妹はやれやれと肩をすくめる。

 

「ふむ、要は猫に危害を加えずノミが取れれば良いのですね? とミサカは確認を取ります」

 

『そうできるなら1番だけど、どうやって?』

 

「こうやって、とミサカは即答します」

 

 御坂妹が三毛猫に手を翳すと、静電気のような大きな音と共に三毛猫の体毛からパラパラとノミの死体が落ちた。

 

「特定周波数により害虫のみを殺害しました。部屋の方は市販の煙が出るタイプの殺虫剤をおすすめします。とミサカは迅速な仕事と的確な助言を繰り出しクールに去ります」

 

 御坂妹は感謝の言葉も聞かずクールに去ってしまった。

 

「みそぎ、あれこそがパーフェクトクールビューティーってやつなんだよ」

 

『インデックスちゃんにも少し見習って欲しいかな』

 

 はぁ、とため息をつきながら布団のノミをどうしようかと考える球磨川だった。



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一方通行

 八月二十一日、夕方。

 

 

 補習が終わり、球磨川は「落ちこめ! ネガ倉くん!」の新刊を買おうと書店に向かっていた。

 

 公園を抜けると、御坂美琴に瓜二つな少女がいた。御坂美琴ととの違いは猫を前にしても微動だにしない表情筋と、頭に着けたゴーグル。

 

 箱に入った猫の前に屈む御坂妹の肩を叩く。

 

『やぁ、御坂妹ちゃん。昨日はありがとう』

 

「いえ、謝礼が目的ではありませんので、とミサカはクールに回答します」

 

『いやいや、感謝はしといて損は無いってもんだぜ。それにしても昨日から思ってたけど、猫好きなんだね』

 

『その菓子パンあげるんじゃないの?』

 

「……不可能です」

 

『?』

 

「ミサカはこの猫に餌を与えることは不可能でしょう、と結論づけます」

 

『それはまたなんで?』

 

「ミサカには1つ致命的な欠陥がありますから」

 

 無表情ながらもどこか落ち込んだ雰囲気を出しながら説明を進める。

 

「ミサカの体は常に微弱な磁場を形成します。人体には感知できない程度ですが、他の動物には影響があるようです」

 

「と、ミサカは懇切丁寧に猫に触れられない理由を説明します」

 

『つまり御坂妹ちゃんは動物に嫌われやすいんだね』

 

「嫌われてはいません、避けられているだけです。とミサカは訂正を求めます」

 

 御坂妹からの抗議を受け、はいはいと納得すると名案を思いついた。とばかりにニコニコと笑みを浮かべる。

 

『じゃあ三分間だけ触り放題にしてあげるよ』

 

 そう言うと御坂妹の手を取る。

 

「なんですか? とミサカは突然手を握られたことへの疑問を口にします」

 

『あとで説明してあげるから、今は猫を抱えてみなよ』

 

 ほらほら、と猫を抱き上げ御坂妹に手渡す球磨川。

 

「お、おお。とミサカは猫を抱き抱えつつ初めて触れる感触に感動します」

 

 普段ならば近づくだけで怯えて震える猫がリラックスした様子で腕の中に収まる姿を見せている、その事実に逆に震える自身の体を抑える。

 

『3分しかないんだし餌もあげてごらん』

 

 そう言いながら御坂妹に菓子パンを差し出す。

 

「ありがとうございます、とミサカはパンを食べる猫の可愛さに悶えながら感謝を述べます」

 

『いやいや、気にしないで。昨日のお礼だよ』

 

『それよりほら、名前付けてあげたら? それは君の猫なんだし』

 

「ミサカの猫?」

 

『そうだよ、君が拾ったんだから君の猫だろう?』

 

 御坂妹は考える素振りを見せると一呼吸おいて名前を決めた。

 

「いぬ」

 

「いぬとミサカは命名します。猫なのにいぬ……ふふっ」

 

 球磨川は少し呆気に取られた表情の後、言った。

 

『猫なのに犬、……実に僕好みのセンスしてるね』

 

 ひねくれ者の琴線に触れたのか、うんうんと頷く。

 

『おっと、そろそろ行こうかな』

 

 腕に巻かれた黒の腕時計を確認すると、思い出したように言う。

 

「なにか予定があったのですか? とミサカは猫をあなたに預けながら質問をします」

 

『ああ、ちょっと本屋さんに行こうとね』

 

「なるほど、私も同じ方向に用があります。とミサカは共に行くことを暗に提案します」

 

『ふーん、じゃあ一緒に行こうか』

 

 そう言うと2人は夕日に背を向け歩き出した。横断歩道を渡るところで、御坂妹は思い出したように問う。

 

「ところで、先程は私に何をしたのですか? とミサカは疑問を口にします」

 

『あー、まあちょっとした魔法だよ』

 

「……この科学の街で魔法とは、とミサカは嘘で誤魔化そうとする姿勢に白い目を向けます」

 

 ジト目で胡散臭いものを見る目をする御坂妹に、軽く笑う。

 

『あー、実は僕もよく分かってないんだ』

 

「??? どういうことでしょう? とミサカは頭上にハテナマークを浮かべます」

 

 

 

『僕、自分のこと()()な〜んも覚えてないんだよね』

 

 

 

 少年はなんでもないことのように答えた。俯き影がかかったその表情から感情は読み取れない。どこか落ち込んだようにも見えるその背中に、御坂妹は普段と変わらない無表情で言葉をかける。

 

「記憶喪失、ということですか? とミサカは確認を取ります」

 

 頷き、肯定した。

 

『僕も最近知り合いから聞いたんだけどね。どうもそうらしいんだ』

 

「しかし、自分()()とは? 記憶喪失とは全ての記憶を失うものだと聞いていますが。とミサカは知識をひけらかしつつ聞きます」

 

『文字通りの意味だよ、自分のことだけ分からないんだ』

 

『何が好きで何が嫌いだったか、何がしたくて何をしていたのか。何ができて何ができないのか』

 

『その全てが綺麗さっぱり頭の中から消えちゃった』

 

『だから能力も手探りで使ってるってわけ』

 

 なんでもないことのようにサラッと流すように答えた。しかし、影に隠れたその表情は読み取れない。

 

『でも安心して欲しい』

 

『君のことは忘れないからね、とミソギは指を指しつつウィンクしてみる』

 

 顔を上げ光が差すと、いつも通りの貼り付けた笑顔が浮かんでいた。記憶を喪った球磨川禊の本心を知るものはどこにもいない。当の球磨川すらも知らないのかもしれない。

 

 御坂妹からすれば、己のことだけ分からないことなど想像もつかない。かける言葉も見つからなかった。

 

 ふと、御坂妹が前を見ると数m先に目的の本屋が見えた。

 

「おや、本屋に着いたようですよ。とミサカは口説き文句とパクリを無視しつつ到着を知らせます」

 

『おっと、ここまで付き合わせちゃって悪かったね。僕は悪くないけど』

 

『あー、本屋って猫連れててもいいのかな……?』

 

「基本的に動物の入店は許されないのでは? とミサカは一般論を振りかざします」

 

『うーん、御坂妹ちゃん。ちょっと待っててくれない? 3分で出てくるからさ』

 

「それは構いませんが3分で出るなど可能なのですか? とミサカは疑いの目を向けます」

 

 ジト目で疑いの目を向ける御坂妹の手を握り笑顔で答える。

 

『買うものは決まってるからね、安心して待っててよ』

 

『じゃあ行ってくるね』

 

「待ってください」

 

 御坂妹に背を向け、本屋に入ろうという時。御坂妹が球磨川を呼び止める。

 

 どうかしたのかと球磨川が振り返ると御坂妹が無表情で口を開いた。

 

「あなたが自分を忘れても、周りがあなたを覚えていてくれるはずです。だから、不安になる必要はありませんよ。とミサカはあなたに慰めの言葉をかけます」

 

「少し、遅くなりましたね。とミサカは考えた末にタイミングが遅くなったことを謝罪します」

 

 

 その言葉を聞いた真っ黒な青年は、驚いたように少し目を見開き、柔らかい笑みを浮かべ応えた。

 

 

「ありがとう」

 

 

 


 

 

「ありがとう」

 

 一言そう言うと、彼は背を向け本屋に入っていった。

 

「出会った頃から気になっていたあの喋り方、括弧つけていたんですね。とミサカは一人納得します」

 

「それにしても、3分で買い物を済ませるなんて簡単なことでもないでしょうに、可哀想なのは3分経った後の猫なのですが。そうですよね? とミサカは猫に意味もなく話しかけます」

 

 初めて触れることが出来た猫に興奮しているのだろう。その感触を楽しみつつも周囲を見渡す。

 

 なんてことは無い普段通りの夕方、平和というのはこういう日のことを言うのだろうなと猫を撫でつつ考えている御坂妹の顔に影がかかる。

 

 それは雑踏の中に在る違和感に気づいてしまったからだった。こちらを見つめる一人の人間。白い髪に赤い瞳、病的なまでに細い腕。男性か女性かも分からない、狂気的なまでに白い()()

 

 学園都市第一位、一方通行(アクセラレータ)

 

 この学園都市に生まれた()()。その狂気的な白さは、清潔さや純潔さとは全く違う、白濁とした白。見る者全てを白い恐怖で塗りつぶすような恐ろしい()だった。

 

 そしてその()とは対照的に黒で統一された服が、より白さを際立たせている。

 

 その濁りきった白の中で特に目立つ真っ赤な瞳は鮮血よりも赤く。地獄の炎を連想させる、紅。

 

 暗闇にただひとつ産まれた、白い肌に深紅の瞳を持った悪魔。

 

 学園都市だけではなく、全人類と比べても最強。その化け物が平和な街並みに一人立っている。それだけで生まれる違和感。

 

 平和な日常とは絶対に相容れない、その性質。

 

 怪物がこちらを見ている。この平和な学園都市の中、白濁し白熱し白狂した笑みを、ただこちらに向けている。

 

 ただそれだけ、それだけだと言うのに生まれる恐怖。その姿を見せるだけで全ての者が萎縮する。腕の中の猫は震えながらこちらを見上げ、ミーと鳴いている。

 

 あぁ、この子を巻き込むことは出来ないな──なんて落ち着いた思考と同時にミサカの日常が終わり。

 

 地獄は始まった。

 

 



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妹達

 

 

 私が小学3年生の頃、確かおじいちゃんが亡くなって泣いていた時だったと思う。

 

『いいかい? 涙子ちゃん』

 

『人はみんな、自分は死なないと思ってる』

 

『いつか命が尽きるとわかっていても、それが今日や明日じゃないと思ってる』

 

『でも人は死ぬ。自分は死ぬし友達も死ぬ』

 

『今日も明日も明後日も、可愛いあの子が、かっこいいあの人が。強くても弱くても愚かでも賢くてもみんな死ぬ』

 

『事件で事故で病で偶然で寿命で不注意で裏切りで信条で、いつだってみんな死んでいく』

 

 その言葉を聞いて、より号泣した記憶がある。なぜそんな救いのないことを言うのだろうと泣いた。

 

 ここまで来たのはちょっとした出来心だったのだ、待ち合わせに遅れそうだったから近道でもしようと、それだけのつもりだった。

 

 ここまでの道順やどうでもいい過去の記憶を思い出し、現実逃避をしている自覚を持ちながらも目の前に広がる光景を認められないでいた。

 

 私の視線の先、そこに、死体となった()()が転がっている────。

 

 

 

()()は、四角く切り取られた空を見上げるように仰向けで倒れていた。

 

 文字通りの血の海。人間を丸々破裂させたように(比喩ではなくそのままの意味で)、血液がこの空間全てに飛び散っていた。その中心に横たわる彼女の服は、上から下まで元の色が分からなくなるほど赤い血に染まっている。

 

 胸についた常盤台の校章が辛うじて彼女を常盤台の生徒だと主張している。見慣れた常盤台の制服に、茶色の短髪、思わず重ねてしまう友人の姿を頭を振ってかき消す。

 

 そんなはずはない、私の友人、御坂美琴は私の憧れだ。誰を相手にしても勝ち気な笑みを浮かべ堂々と戦う、勝ってくれる。こんなところで死ぬわけがないと思いながらも彼女の笑顔が頭をよぎる。

 

 ダメだ。これはダメだ。赤く、紅く、緋い。現実味を欠く景色を前に胃から込み上げるものを抑えた。これ以上これを見ていれば、おかしくなってしまう。

 

 なぜ自分がこんな目に、誰があんな酷いことを、そんな思考が頭を埋め尽くす。あまりの恐怖に目眩を起こし、壁に手をついた。手にベッタリと着いた血糊を前に少し冷静になった。

 

 聞いたことがある、血液の凝固時間は15分ほどらしい──ということはまだ犯人が近くにいるかもしれない、そう考えた瞬間、死体の奥からザッと足音が聞こえた。

 

 自分の考えた最悪の想像が現実になる可能性に、一歩、二歩、と後退る。

 

ドンッ

 

 突然背中に感じる衝撃、私は死を予感し、走馬灯が脳内を駆け巡る。

 

 お父さんお母さん、禊さんに御坂さん、初春に白井さん。みんなの顔が浮かんでは消える。

 

「今までありがとう、みんなのおかげで私は幸せでした。もう死ぬしかないならせめて楽に────ってあれ?」

 

 腰を抜かし、死を覚悟し目を瞑るも、倒れないしなかなか死なない。それとももう死んでるのだろうか? というか誰かに支えられてる? 

 

 目を開くと、私の最も頼りにしている先輩。球磨川禊が私を抱えていた。

 

「禊さん……!」

 

 事情を説明しようという時、再び死体の奥から足音が聞こえた。息を飲む佐天を庇うように球磨川が前に立つ。

 

『タチの悪い冗談はここまでにして欲しいな』

 

 どこか落ち着かない様子で口を開く球磨川の視線の先に立つ人影。その『誰か』は払拭された闇の中から姿を現した。

 

『御坂妹ちゃん』

 

 

 

 


 

 向かい合う球磨川と御坂妹、どちらともなく声を上げたのは球磨川だった。

 

『いや〜、にしてもびっくりしたよ。3分で戻るって言ったのにどっか行っちゃうんだもん』

 

 球磨川にしては珍しく、惨状から目を逸らしながら軽く言葉にする。

 

『ま、何にしても君が無事でよかった。まだこれをやった犯人が近くにいるかもしれない、さあ早くここを離れよう!』

 

 急かすように早口で捲したてると、御坂妹の腕を掴もうとする。御坂妹はそれを避けるように一歩下がった。

 

「いえ、この状況を作った犯人がここに戻ることはありませんよ。とミサカは報告します」

 

『……その心は?』

 

「本日の実験は終了しましたから、とミサカは本日分の実験の終了を伝えます。これからこの実験場の清掃を行いますので、外で待ってていただけますか? とミサカは確認を取ります」

 

『いやいやいや、その口ぶりだと君がこの実験に()()しているように聞こえるけど?』

 

「ミサカが協力しない理由は無いと思いますが? とミサカは逆に聞き返します」

 

『……?』

 

「────? ()()()に入っている時点で本実験の関係者かと思いましたが……念の為、パスの確認をします。とミサカは有言実行します。ZXC741ASD852QWE963」

 

 腕を組み首を捻る球磨川を見て、御坂妹は納得したというように頷く。

 

解読(デコード)出来ないということは実験の関係者ではないようですね。とミサカは確信を得ます」

 

『いやいや、コードとか実験とかよくわかんないけど……?』

 

 困惑する球磨川を横目に、()()を開始しようとする御坂妹。その背後から足音が鳴る。1つ、2つ、いや、それ以上。

 

「え……?」

 

 御坂美琴に妹がいた事実や、その妹がこの惨状を前に平然としていること、その諸々を噛み砕くことが出来ないままに困惑の声をあげた佐天に、足音を鳴らす者達が口々に声をかける。

 

「驚かせてしまいましたね」「安心してください」「この件に事件性はありません」「実験場に一般人がいるとは」「猫を置き去りにしたことは謝罪します」「猫を巻き込むわけにはいかなかったので」「お姉様のご友人に迷惑をかけてしまいました」「清掃のため薬剤を撒きます、とミサカは」「そちら側を持ってください、とミサカは……」

 

 佐天が顔を上げると、友人である御坂美琴と同じ顔をした少女たちがこちらを見ていた。正直、現実味が無さすぎる。

 

『…………ふぅ、これだけ同じ顔がいるって言うならそこに倒れてた子も君達の一人だったのかな?』

 

 一つ息をつくと落ち着いた様子で口を開く球磨川、その横で佐天は震える体を抑えるのに必死だった。

 先程まで倒れていた少女、それすらもこの子達の一人だと言うのなら、御坂美琴の妹の一人だと言うのなら──それほど恐ろしいことも無いと思ったからだった。

 御坂美琴の親しい友人である自覚がある。あるだけに、彼女がこれを知っているのかが気になって仕方がない。佐天の視界は徐々に狭まり、思考の坩堝にはまっていく。

 

「はい、その通りです。とミサカは肯定します。……あぁ、ご安心ください。今まであなたと関わっていたのは私、検体番号10032号です。と答えます」

 

 御坂妹は球磨川の表情を伺うと、そう答えた。

 

「電気を操る能力の応用で互いの脳波をリンクさせています。他のミサカは10032号の記憶を共有しているにすぎません。とミサカは追加説明をします」

 

 笑っている球磨川と体を抑え震えている佐天に追加で説明をする。御坂妹は佐天が震える理由を、急にみんなで話しかけたからかな? 程度にしか考えていない。

 

 そんな御坂妹の様子を見て、佐天は震える唇から吐き出すように言葉を口にした。

 

「あなたたちは、なんなんです…か?」

 

「私達は超能力者(LEVEL5)であるお姉様(オリジナル)の量産軍用モデルとして作られた体細胞クローン、妹達(シスターズ)です。とミサカは答えます」

 

「なんで、なんで平然としてられるんですか……?」

 

「質問の意図は分かりませんが、私たちは実験のために生まれた実験動物(モルモット)ですから。とミサカは答えます」

 

 そして御坂妹は周囲を見回し、清掃の終了を確認するとスっと頭を下げた。

 

「本実験に巻き込んでしまったこと、重ねてお詫びします。とミサカは頭を下げます。では、失礼します。とミサカは気まずい空気から逃れます」

 

 実験動物(モルモット)であると、無機質に自称するその姿に佐天は言葉をかけることが出来なかった。隣に立つ球磨川は何を考えているのか分からないし、去っていく彼女たちが何を言っているのかも理解が出来なかった。佐天の心の内には御坂美琴を信じたい気持ちだけが心に残っていた。

 

 妹達(シスターズ)が去り、2人だけになった路地、先程までの惨状が嘘のように綺麗さっぱりと清掃された路地。今までのは夢だったのではないかと錯覚するくらいの静けさ。

 静寂を破るように球磨川が口を開く。

 

『涙子ちゃん、御坂ちゃんに会いに行こう』

 

 ジメジメとした蒸し暑さ、セミの鳴き声。そして球磨川の声だけがここは現実だと主張するようだった。



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超電磁砲

 

 風が吹き荒ぶ鉄橋、その手すりの上に少女──御坂美琴(みさかみこと)は一人立っていた。その表情には憂鬱と恐怖、これから訪れる未来への決意を浮かべている。

 

 その背後に、一人の少年が現れた。

 

『やあやあ美琴ちゃん!』

「……名前で呼ばないで。こんな時間に何してんのよ」

『いや、別に?』『散歩がてらに君の妹さんの実験を止めようとしてるだけだけど』『もしかして君を心配してここに来たとか勘違いしちゃった?』

 

 半笑いで小馬鹿にするような言葉にイラつく程の元気も今はない──と思ったところで御坂は気づいた。

 

「……妹の実験って何の話?」

『それは君が1番知っているだろう?』『しらばっくれるのはいいからさ』『実験の場所だけ教えてくれない?』

「私は、知らないわ」

『えー』『知らないわけないだろう?』『というか早くし

 

バチッ、御坂から発された電撃が球磨川の足と言葉を止める。

 

『危ないなぁ』『こんなの食らったら僕、死んじゃうんだけど』

「それが嫌なら引き返すことね、今は手加減できる気がしないの」

 

 バチバチと電流を迸らせながら御坂が言った。

 

「あんたがどこでその話を聞いたのか知らないけど、()()()には勝てない」

『アイツ?』

「これから引き返すあんたには関係の無い話ね」

 

 御坂は球磨川を拒絶するように、コインを握った手を球磨川へと向ける。その構えは御坂美琴の真骨頂、超電磁砲(レールガン)。彼女を学園都市最強(LEVEL5)の一人たらしめる技。

 

 誰よりも努力を重ねた。その努力に自信を、その自信に誇りを持っていた。

 

 故に、必殺。

 

 故に、最強。

 

 その技を向けられるということがどういうことか、誰もが理解できるだろう。

 

『やめてよ御坂ちゃん。そんなに露骨に拒絶されると、君を助けたくなっちゃうじゃないか』

 

 この学園都市に生きる、ただ一人を除けば。

 

「……どういう状況か理解していないの?」

『何が? 君が圧倒的格下(無能力者)圧倒的負け犬(LEVEL0)の僕に呆気なく助けられそうな状況って話?』

「私は今、あんたに銃口を向けているようなものなのよ?」

 

 信じられない物を見るような目で球磨川を見る。この状況を前にして、LEVEL5と相対していながら余裕を崩さない表情。いけしゃあしゃあと助けるなどと言ってのける姿勢。

 今ここで死んだっておかしくないのに、私よりも弱いのに───その事実が御坂を更に苛立たせる。

 

「本当に、バカ言わないでちょうだい。私が指先を動かすだけで、あんたは死ぬのよ? 私にすら勝てないあんたが……アイツに、一方通行(アクセラレータ)にどうやって勝つって言うのよ!」

 

 御坂から絞り出された、悲痛な、悲鳴のような叫びを聞きながら球磨川はその笑顔を崩さない。悲劇を、惨劇を、その全てが喜劇であると嗤うように、嘲笑うように、表情を変えない。

 

 御坂の言葉を聞いた球磨川は、ただ一言。

 

撃て

 

 瞬間、その場に響く爆発音。球磨川がいた場所でピンポイントに起こった爆発。

 

 特別なことは無い。ただ御坂の手から音速の3倍の速さでコインが放たれた。そしてそれを球磨川に防ぐことは出来なかった。それだけの話だった。

 

 後悔してももう遅い。既に手元を離れたコインを止めることは御坂にも不可能なのだ。

 

「そんな…こんな、つもりじゃ……」

 

 御坂から放たれたコインはただでさえ弱い球磨川の肉体を砕き、弾き、その命を散らせた。人の肉が焼ける臭いがする。前を見ることが出来ない、その現実を直視することが出来ない。御坂は体の奥から込み上げてくる嗚咽を必死に抑えることしか出来なかった。

 

「私が…また…殺したんだ…」

 

 御坂は球磨川禊だった物体の前で下を見て震えるばかりだった。風の音が嫌に大きく聞こえる。

 

 自分はこれから死ぬのに、意味もなく人を殺めてしまった。そんな言葉ばかりが頭の中で空虚に響いている。

 

『その通り!』『君が殺したんだ』

 

 その声を聞き、御坂が顔を上げると何も無かったかのように球磨川が立っていた。

 

「なん…で?」

『誰かがコインを入れたみたいだね』

「あんたは、確かに死……」

 

 死んだ、という言葉を嗚咽が止める。

 

『……あ』『君の飛ばしたコインと掛けてるんだよ?』

 

 理解不能、意味不明、死んだはずの男が立っている。

 

『で、教えてくれるかな?』『御坂ちゃん』

「……教えられない」

『………』『オーケー、やり方を変えよう』

 

 球磨川はそう言うと地面に突き刺した螺子に腰掛けた。

 

『君がどうやって実験を終わらせるつもりかは知らないけど』『僕が協力してあげるよ』

「協力…?」

『そう! 協力!』『君は実験を終わらせたい、僕は実験を潰したい』『目的は一致してるんだから協力しようぜってわけ』

「でもあんたが戦う理由は……」

『あるよ』

 

 球磨川は断言した。

 

『あれのせいで僕はしばらくトマトが食べれない』『買い込んだばかりなのに』

 

 想像以上にくだらない理由に御坂は思わず困惑してしまう。

 

「えぇ……」

『僕はこう見えて繊細な男の子なんだぜ』

「……あんたほど繊細って言葉が似合わないやつも居ないわね」

 

 少し余裕を取り戻した御坂を見て球磨川はいつものように笑顔を浮かべながら言う。

 

『君に見せてあげるぜ』『最下位(マイナス)第一位(プラス)に凌駕する。歴史に残る衝撃映像を』

 

 



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