大魔道、マイラに参る (不可泳河童)
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大魔道、マイラに参る

 

竜王軍・参謀団長

 

それが吾輩の肩書である。

竜王様に次ぐ魔法の力を認められ、大魔道の称号を賜っている。

魔法力に限って言えば、騎士団長の死神の騎士にも勝る、きわめて優秀な吾輩であるが、今は少々、役不足で退屈な任を与えられている。

 

人間どものひなびた温泉村、マイラの偵察である。

 

森の中の、取るに足らぬ小さな村だ。

滅ぼそうと思えば、吾輩が参謀団を率いるだけでも一日で済むであろう。

だが、それは竜王様の望みではない。

人間の姫を妻に迎え、アレフガルドの支配を盤石なものとしたあかつきには、この地でゆるりと夫婦水入らずの時を過ごし、凝り固まった姫の心を解きほぐそうとのお考えのようだ。

そのため、ラダトームからマイラにかけては、あえて強い魔物を配置していない。

人間の姫などに執心せずとも、我ら魔物たちの力で人間どもをねじ伏せてしまえば良いと思うのだが、竜王様には何か深いお考えがあるご様子。

もっとも、その姫君を奪った際には竜王様御自らラダトームを襲撃し、その兵力に深い爪痕を残された。もはや人間どもに対抗する力はない。多少回りくどいやり方になろうと、我らの勝利は確定しており、なんら問題はないのだ。

それでも功を急いた死神の騎士やダースドラゴンは攻撃を進言したが、逆に城の守護の任を命じられた。半ば謹慎のようなものだ。

それに比べたら、こうした外の任は退屈とは言えありがたいものである。

何より偵察の名のもと、温泉に浸かる事ができる。

 

偵察で初めて浸かったが、吾輩、この温泉がいたく気に入った。

今日も今日とて、モシャスの呪文で人間の老人に化け、温泉へと向かっている。

 

「あらおじいちゃん、今日も来てくれたのね」

 

客引きの娘に声をかけられる。

 

「あぁ、最近の楽しみでな」

「ふふっ、ありがと。ごゆっくり」

 

乳の張った若い娘と、わずかに言葉を交わして浴場へと向かう。

近づくにつれ、辺りに漂う硫黄の香りが濃くなっていく。この香りがたまらなく好きな吾輩は、静かに深く息を吸い、堪能する。

一度脱衣所で何度も深呼吸をした時があったが、その時は変に注目を集めてしまった。それ以来は密かな楽しみとしている。吾輩の呪文は完璧であるゆえ魔物と見破られる事はないが、悪目立ちはいささか良い気がしない。

ローブを脱いで浴場へと踏み入れる。今日は誰も……いや、一人だけ先客がいるようだった。

仮初めの体をさっと洗い、浴槽へ足を入れる。

ここの湯は少し熱めだ。竜王様にとってはちょうど良いか、むしろややぬるいくらいだろう。

指先には多少ピリリとした感触があるが、それも最初だけ。

肩まで浸かりきってしまえば体が慣れ、心地よい暖かさのなかをたゆたう事ができる。

「あ”あ”ぁ~~~~~」

気も緩み、つい声も出てしまうというものだ。

「ほっほ、気持ちよさそうですのう」

と、先客の老人に声をかけられた。吾輩と同じように肩までつかり、吾輩にはない豊かな白顎髭を、良く育った海藻のようにゆらゆらと浴槽に漂わせている。

「あぁ失礼。耳に障りましたかな」

「いやとんでもない。自然の声というのは良いものです」

そういうとその老人も「あ”あ”~」とうなった。

「まさに極楽の心地ですな」

「おや、魔物にも極楽があるんですかな?」

 

――!??

 

思わず身構えてしまった。バシャリと水が弾ける音が浴場にこだまする。

気が緩みすぎて呪文が解けてしまったのかと思い吾輩の体を見るが、人間の姿のままである。

聞き間違いではない。確かにこの人間は、吾輩を魔物と言った。

ということは、人間のくせに純粋にモシャスを見破った……?

「貴様、何者であるか」

「いやなぁに、しがない占いジジイじゃよ」

胡散臭い自称など聞き捨てることにし、まじまじとこの人間を観察してみた。

老いて骨ばっているところもあるが、その割に腱が頑強だ。かつては鍛えていたのだろう。

何より、なるほど、強い魔法の気配も漂わせていた。

 

ここで殺しておこうか……

 

「あいや、おやめくだされ。せっかくの慰安に水を差したことは詫びましょう。ほれ、この通り」

そう言うと人間は頭を下げた。結果頭部の殆どが湯に浸かる事となり、ぶくぶくと泡を出している。程なくしてぷはあっと顔を上げたが、自らが泳がせていた白顎髭が顔にべっとりとくっついており、その多くが口の中へと入って行ったので盛大にむせていた。

げほっげほっ……ぺっぺっぺっ

むせかえりながら顔にはりついた自らの髭を外す様は、占い師ではなく道化師のそれだ。

「いやいや、自慢の髭ですが、こういう時は邪魔ですのう」

「なんのつもりであるか。吾輩の警戒を解き、隙を突こうというのであれば無駄であるぞ」

「いやめっそうもない。やりあえばワシは勝てんし、隙を突くのなら、そもそも声をかけたりしませんて。ただ少し、友誼を感じましてな」

「友誼だと? 魔物の吾輩と人間の貴様にか」

いやにいやいや言う人間の言を、鼻で笑ってやった。

「ええ、友誼です。外で出会えば命を奪い合う相手ですが、こうして湯を楽しみ、温泉の心地よさを共に声に出した仲を、友と言っても良いではありませんか」

返事に窮した。一理ある……ような気がしたが、無理だ。

温泉に何度か通い、湯を共にした人間は少なくない。それらを友と呼べなどと……

吾輩は魔物である。いずれこの地を支配するであろう。対等の関係にはなりえないのだ。

「貴様、面白い事を言う。本当は道化師なのであろう?」

「ご理解いただけませぬか。悲しいですなぁ……いやまぁ、生い先短い人間の酔狂とでも笑い流してくだされ」

「そうさせてもらおう」

理解などできようはずもない。が、いやにしみじみと寂しげに語ったので、気が付くと露骨に抱いてたはずの敵対心はどこかへ行ってしまった。

沈黙が落ちた。

ぴちゃん、としずくの落ちる音が高く浴場に響く。

温かい湯に浸かっているはずが、なんとなく、居心地が悪い。

「貴様、本当に占い師か? 吾輩を占えるか?」

「ほっほ。では友誼に免じて一言だけ予言しましょう。【汝、見落としに注意せよ】」

「なんだそれは。役に立つのか」

「それはあなた次第ですじゃ。これ以上は有料ですのう」

「ふん、胡散臭い。やはり道化の類だな」

「ほっほっほ、まぁ気が向いたら占いに来てくだされ。浴場の北西でひっそりとやっておりますゆえ。5Gですじゃ」

「覚えといてやろう」

それを聞くと、老人は立ち上がった。

「それと、これは占いと関係のないおススメですが、どうせ変化するなら若い男の姿が良いですぞ。では、失礼」

老人が去った。

なかなか面白い男であった。名前くらい聞いてやっても良かったかも知れない。

掴みどころのない言動であったが、人間にしてはかなりの魔法の力を持っていた。

見落としに注意せよ、との言葉は酔狂の延長かも知れぬが、侮らない方が良いかもしれない。

だが、見落とすような事があっただろうか。1つだけ心当たりがあるが……

確かめに行くか。

 

吾輩は温泉を出た。

「あーら、素敵なお兄さん。ぱふぱふしない?」

「▶はい お願いします!!」

ちょうど客引きの娘が若い男に声をかけていた。

村の者というには武装していた。村で購入したらしい真新しい鉄の斧を背に携え、焦げ目のついたくさりかたびらと、皮の盾で守りを固めているが、盾はボロボロで用を成していない。

村で見たことのない男で、おそらくは冒険者なのだろう。それも新米の。感じる魔法の力も貧弱で、ホイミやギラといった初歩の魔法を使うのがせいぜいだ。

この辺りの魔物は強くないから、多少腕に自信があれば、魔物退治はそれなりに安全に稼げるのであろう。敵ではあるが、この辺りの魔物ならいくら倒されても我らが戦略になんの差支えもない。

若い男は娘に手を引かれ浴場へと入って行った。

ぱふぱふとは何であろうか。今まで一度もそんな風に声をかけられた事は無かったが……

これが老人の言っていた、若い男に変化した方が良いという意味だろうか。

 

まぁ、そっちはどうでも良い。吾輩は懸念のために、南へと歩を進めた。

人気のない茂みをかき分けて進むと、ある場所にそれはあった。やはり、である。

それは妖精の笛だ。地面から半分だけ顔を出している。これの事は知っている。

一度回収もしたのだが、どうも笛が望まない持ち主の元から離れ、ここに帰ってくる帰巣本能のようなものがあるらしい。この性質がある以上、ここに放置するより他ない。いたちごっこに付き合うのはごめんである。

それに、我ら竜王軍の脅威にはなりえない。せいぜいメルキドの人形を眠らせるくらいにしか役に立たないはず。あれは人間の守り手。倒されて困るのはむしろメルキドの人間共のはずだ。

 

なにか【見落とし】があるだろうか……

そうか、万が一ではあるが。

 

ラダトームの者がメルキドと手を組み、人形を中心にした部隊を組む可能性はある。

メルキドの人形はよく出来ており、我が軍のストーンマンでも戦えば無事で済まないだろう。

そこに加えて兵達が屈強な装備に身を包めば、それなりに厄介な軍にはなるかもしれない。

だが、人間どもは運がない。よりによってその人間の助言によって、折角の反撃の可能性をこの優秀な吾輩に気づかれてしまったのだから。これで可能性は0だ。

ラダトームの者がメルキドと手を組む場合。南北に大きく分断された長い道のりを行かねばならない。途中拠点となりえるドムドーラにはかつての勇者ロトが愛用した鎧があったので、既に我が軍が滅ぼし、騎士団でも腕利きの悪魔の騎士が守り押さえている。

さらに、人形対策にメルキド近辺には強力な魔物を配置しているため、生半可な軍では長い行軍もあいまってまず辿りつけぬ。動きがあるなら、それなりの大軍を用意するに違いない。

つまり動きを察することは容易だ。動きだしを見て妨害もできよう。

行軍がドムドーラを過ぎたあたりで、メルキドの魔物とドムドーラの魔物で挟み撃ちにでもしてやろうか。

 

「礼を言おう。名も知らぬ湯の友よ。吾輩、ますます出世できそうだ」

 

その折には、マイラを領地として与えてもらい共にぱふぱふとやらを受けに行こうではないか。せいぜいその時まで長生きするが良い。

竜王様に新たな戦略の進言と温泉は最高である事、侮れぬ魔法の使い手がいる事を諜果として持ち帰るべく、軽やかになった心身で意気揚々と帰還した。

 

ご報告には竜王様もたいそうご満足され、吾輩は無事マイラを領地として確約された。

しかし、吾輩はこの時本当に大事なものを見落としていた。

それを知るのはまた別の、そう遠くない先の不愉快な話なのであった。

 

 

おわり



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