あべこべ世界に女として生まれる必要はありましたか? (カサゴかけご飯)
しおりを挟む

第一話

 お約束、テンプレートというのは物語においてとても重要な意味を持つ。もちろんストーリーの全てがテンプレ通りに進んでしまっては、ごくありふれた面白くない話になってしまうが、しかしお約束が守られなければそれはそれでおかしな事になる。

 

 例えば、登校途中の男女が十字路でぶつからなければ、その後の教室での劇的な再会が無くなってしまう。強くなりたいと願う少年の前に現れるのが普通の老人では、その後の奇妙奇天烈な冒険活劇が始まらない。名探偵がいるのに殺人事件が起こらなければ、それは理屈屋の日常である。要するに、出来事には意味があり、登場人物は重要な役割を持ち、役割にはそれ相応のストーリーが必要なのだ。

 

 つまり、私の言いたいことはただ一つ。

 

 貞操観念逆転世界に女性として転生する意味があると思いますか?

 

 

 

  ◆◆◆

 

 

 

 みなさんこんにちは、貞操観念逆転世界に転生しました睦月スミレでございます。この世界はよくあるあべこべ物よろしく、男女比が1:30ととてつもなく偏り、何故か知りませんが女性による男性への性犯罪が多発し、男性には男護(男性護衛官)と呼ばれる国家資格を持ったボディーガードがつく、そんな世界です。

 

 男性に生まれていれば、無自覚ビッチとして周りの女性を誘惑しまくったり、ハーレムを築いたりと夢のような生活を送れたと思いますが(そのつもりで転生しました。)、女性に転生したせいでそんな夢は儚く散りました。原因は神様に転生させてもらった時に貰ったチートのせいだと思われます。私は神様に人類最高のスペックの体をお願いしましたが、この世界での力関係は、女性>>越えられない壁>>男性でした。つまり人類最高=女性の体だったわけですね。ふざけんな。

 

 そんなこんなで女性として第二の人生を歩み始めた私だが、最初のうちは夢の生活など諦めて楽しく生きていこうと考えていた。幼稚園に通っていた頃は、足が速いのと子供に優しく接していたおかげで人気者になり(その幼稚園には男子がいないのでモテたりはしなかった)気恥ずかしさ以外は何の問題もない生活を送れていた。

 

 ところが、小学生になると周りの女子が徐々に性に目覚め始め、数少ない男子たちを獲物を見るような顔で狙っているのを見て付いていけなくなってしまった。ならば男子と仲良くなろうとしてみたが、男子は男子でこちらを飢えた獣と思っているのか避けられ、背が高いのも相まって仲良くなることができなかった。それでも小学生の頃は何とか関係を築けていたが、中学生になり校内の人数が増えた結果空気に馴染めなくなり、中2の現在は完全にボッチになっている。

 

「いい天気だなー」

 

 現在は往年の不良よろしく授業をサボり、校舎の屋上で現実逃避の真っ最中だ。学校での私の立ち位置は、運動ができて勉強もできるがそれを上回る程不真面目な不良であるので、ある意味正しい行動ではある。

 

 なぜ真面目に生活しないのかと聞かれれば、この世界での生活に疲れてしまったからだ。外国や知らない文化の中で生活しているとホームシックになることがあるが、正にそれだ。私の場合はそれが別の世界なので帰ることもできない。

 

 もし仮にもう一度転生することがあれば、チートや異世界なんてバカな考えは捨て、気の合う友人と馴染み深い世界をお願いすると誓った。

 

 

 

 いつのまにか夕方になっていた。半日ぼーっとして過ごすなんて、不良というより世捨て人のようだ。ちょうど下校の時間らしく、校門付近が混み合っているのが見える。もうしばらくしてから帰るとしよう。

 

 ふと、どこかで誰かが助けを求めるような声が聞こえた。こう聞くとまるで正義のヒーローのようだが、私の場合は人類最高の聴力のおかげである。音の出どころを探して耳を澄ますと、体育倉庫から誰かが暴れるような音が聞こえてきた。

 

 音の出どころに近づいてみれば、男の何かに遮られたような泣き声が1つと、興奮したような女の声が3つ聞こえる。前世の薄い本で散々目にした光景であるが、実際出会うとただ胸糞悪いだけだな。

 

 わざと音を立てて扉を開ければ、3つの顔が一斉にこちらを向いた。この世界での男性に対する犯罪行為は捕まれば実刑が確定している。性犯罪の場合はより重い罰が下されるので驚くのは当然の行動だが、それならそもそもやるなという話だ。

 

 ひとまず、一番近くの女の横っ腹を蹴り飛ばす。気絶で済むよう手加減(足加減)はしたし、飛ばした先は壁に立て掛けられた体操用マットなので死ぬことはないだろう。

 

 次に男子の服を切っていた女の胸ぐらを掴み、もう一人の女に投げ飛ばす。二人の頭がぶつかって気絶するぐらいの力加減で投げたのでこちらも死にはしないはずだ。力加減が簡単なのはチートがあってありがたいと思う数少ない瞬間だな。

 被害者の男子は、一連の動きを呆然とした顔で見ていた。

 

「大丈夫⋯⋯じゃないだろうが、誰か男を呼ぶからしばらくここでゆっくりしてな」

 

 服が破れたままでは嫌だろうから私の制服の上着を渡しておく。下も破れているが、流石に目の前で脱いだズボンを貸すのはマズいだろうから我慢してもらおう。

 

 気絶した3人を担いで体育倉庫の外に出る。この場合何が正解か分からないが、少なくとも一緒にいるよりはましだろう。

 

「第三中学で男性が襲われていまして、犯人は気絶させました。はい、はい、校舎裏の体育倉庫です。よろしく」

 

 この世界では男性が襲われるというのは、前世の性犯罪より大事件だ。警察に連絡しておけばすぐに学校に連絡がいくだろうから、私はこの馬鹿3人を見張っているだけでいい。

 

 それにしても、久しぶりにスッキリとした気分だ。やっぱり人を助けるのいいことだな。私は素行以外は満点なのだから、いっそ将来は警察官にでもなろうかな。

 

 通報が終わってから1分も経たず、男子専門の男性教師と学校に配属された護衛官が現れた。たしかこの時間帯は誘拐防止のため校門付近の見回りをしているのを見たことがある。この時間の体育倉庫とはある意味一番手薄な場所でもあったのだろう。

 

 男性教師は体育倉庫に飛び込んでいき、気絶した3人には手錠がかけられた。さて、これでお役御免だろうから帰るとしよう。

 

「じゃあ後はお任せします」

 

「待ちなさい、今回の事件の経緯について警察に説明してもらいたいから残ってちょうだい」

 

 まあこれはしょうがない。被害者に状況を完璧に把握して話せというのも酷だし、私が犯人達とグルである可能性もある。自分で首を突っ込んだのだから、説明ぐらいの責任は果たすとしよう。

 

 しばらくすると警察が到着した。まあ、しばらくといっても5分ほどであったが。おまけに数少ない男性の男護までいる。被害者は彼らに任せておけば大丈夫だろう。私は私で説明のため警察署に向かった。

 

 

 

  ◆◆◆

 

 

 

 すぐに済むと思っていたが、思ったよりも時間を取られた。説明自体は問題無く済んだのだが、なんと目を覚ました3人の内一人が、全て私の命令でやったと言い出したのだ。幸い被害者の男子が私は関係なさそうだと言ってくれたのと、学校の男護が私はボッチで仲間がいないため無理だろうと証言してくれたため大丈夫だったが、聴取が長引いてしまった。

 

 ボッチで助かったが、脅してすら仲間が作れないと思われているとは。私ってそんなに酷いやつだと思われていたんだな⋯。

 

 変な事を言う奴のせいで遅い時間になってしまったので、母に迎えに来てもらう事になった。家までパトカーで送ってもらう事もできたが、警察車両が家の前に止まるのは世間体があまりよろしくない。不良娘は親に気をつかうのだ。

 

「男の子を助けたんだって? よくやったわね、流石私達の娘。でも欲張っちゃだめよ、これからゆっくり関係を築きなさいね」

 

「そういうんじゃないよ。第一、被害者の男子はすぐ転校するだろうからもう会うことも無いだろうしね」

 

「無欲ねぇ、あんたの将来が心配になるわ」

 

 私の母は幼馴染だった父と仲良くなるためだけに、最難関の国家資格を取り男護にまでなった猛者である。父は私が産まれてすぐに病気で亡くなってしまったが、母は生涯父一人を愛すると心に決めているため割とまともな性格で、我が家は前世の家庭に近い関係を築けている。

 

 もし母まで性豪だったなら、私はまともな生活が送れていなかったであろう。

 

 ちなみに、この世界で子供を産む方法は2つある。一つは男性と夫婦になって産む方法。男女比のせいか一夫多妻も許されているので(というか、男性は優遇の代わりに男子を一人以上残す義務がある。こうでもしないと男性の数が減る一方になってしまうためだ。)男女比の割には多い方法だ。

 

 私の父は私が生まれてすぐに亡くなったので義務を果たせていないことになり一悶着あったらしいが、残念ながら詳しい話は聞けていない。母からその話を聞こうにも、いつのまにか父との惚気話になってしまうので諦めた。

 

 そしてもう一つの方法が、女性同士で結婚し、国が行う精子提供によって産む方法である。この方法の場合妊娠から出産までが全て管理され、男子が生まれるとわかった場合は審査に合格しないと子供を育てられないなどの制限がある。

 

 ちなみに共学の学校に通えるのは男性の親がいる場合か、親が男護の場合だけである。それでも今回のような事件が起こるのだから、なんとも業が深いものだ。

 

 都会の住居に佇む、一際大きな家が我が家である。父が生きていた頃に買ったらしく、母と住むには大きな家だ。

 玄関を開けリビングに入れば、壁一面に貼られた父のブロマイドと、部屋の中央に佇む父の等身大フィギュアがお出迎えだ。

 

「あなたただいまー!この子ったら今日男の子を助けたんですって!流石あなたの子よね!え?『私たちの』?キャー‼︎愛してる!マイスウィートハニー‼︎」

 

ごめん、やっぱり母もまともじゃなかった。

こんな世界で私はまともな人間関係が作れるのだろうか⋯。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二話

 体育倉庫の事件から一夜明け学校に着くと、生徒3人が退学、教師一人が退職という張り紙が目に入った。警戒心の強い男子生徒が、襲われやすそうな所に一人でいるのが不思議だったがなるほど、教師がグルだったのか。

 

 こと男性絡みの事件に関しては、この世界の警察はとてつもなく優秀なので、私の時のようにハメられたというわけでもなく、本当にやっていたのだろう。

 

 教師が事件に関わっていたというのは中々にショッキングな出来事だが、何故か知らないが私が真犯人であると言う噂が流れていた。いわく、私が男子生徒を襲ったとか、教師と生徒を脅してやらせたとか、警察に連行されたが謎の権力でお咎めなしだったとか。

 

 どうやら警察署に移動するときにパトカーに乗ったのを誰かに見られてしまったらしい。根も葉も無い噂であると主張したいが、一部本当の事も含まれているのがやっかいだ。私個人の不良であるというイメージも噂に信憑性を持たせてしまっている。

 

 悪いことは続くもので、教室の私の席(教師用机の真正面、指定席だ)に攻撃的な言葉が書かれた紙が何枚も張り付けてある。内容は幼稚なものであるが、あべこべ世界であることを考慮しても悪く言われすぎでは?私が転生者でない普通の中学2年生であったなら泣きたくなるくらいのイジメだ。日頃の行いによる自業自得でもあるのだが。

 

 他の生徒の目線やひそひそ話が鬱陶しかったので、今日の学校はサボる事にした。中学校には基本的に留年というものが無いので安心してさぼることができる。この辺りの地域では、高校受験に必要なのは中3になってからの成績だけなので、高校受験するにしてもそれから頑張れば十分に間に合う。最悪の場合は高卒認定試験を受けて適当な大学に入るか、どこかのクラブでスポーツ選手として生活する予定だ。

 

 さてサボったはいいが、この後どうやって時間を潰そうか。家に帰っても誰もいないので暇になるだけだ。前世で好きだった漫画や映画もこの世界のものは合わなかったのであまり好きではない。漫画は人気取りの為か、やけに媚びる男が複数出てくるし、映画も男装した女優とのラブロマンスが必ずと言っていいほど入っていて馴染めなかった。

 

 当てもなく住宅街を歩いていると、目の前を黒猫が走り去っていった。この後の予定が決まった瞬間である。

 

 近くのスーパーで猫用のおやつを買い、猫の匂いを追いかける。しばらくすると、近くの公園の椅子の上で先ほどの黒猫が日向ぼっこをしていた。チートをフル活用して警戒されないようにゆっくりと近づいてゆく。綺麗な毛並みと赤い首輪をしているのが見えたので、近所の人が放し飼いにしているのであろう。

 

 黒猫は私をじっと見ていたが、おやつを取り出せば目線がそちらに移る。さすが天下のチューブ型おやつ、最初は若干の警戒を見せた猫も、私が隣に座っても逃げようともせずに舐めはじめた。

 

 猫は好きだ。正確には猫だけでなく動物全般が好きだ。動物は良い、何故なら彼らは人間と違い、前世とほぼ同じ様な生態だからだ。前世でも好きだったが、現世では数少ない癒しとなっている。

 

 背中をゆっくりと撫でてやるとうとうとし始め、あまりの可愛さに思わず頬が緩んでしまう。本当は家でも飼いたいが、残念ながら母が許可してくれなかった。本人がいうには、父への愛が揺らぐかもしれないから嫌らしい。動物への愛すら父に向けるとは、父が生きていた頃にまともな生活が送れていたのか心配になる。娘にはちゃんと愛が向いているというのが唯一の安心材料だ。

 

 春の日差しの下で猫を撫でながら過ごす。学校での出来事と猫による癒しのおかげか、私もだんだんと眠くなってきた。すこしの間眠るとしようか。

 

 

 

  ◆◆◆

 

 

 

 ふと、黒猫の鳴き声で目を覚ました。ゆっくりと目を開ければ、パーカーを目深に被ったジーパンの子供が目の前にいた。猫を撫でようと集中しているが、警戒されて撫でられずにいるようだ。

 

「猫が好きなのか?」

 

 私が起きていたのにびっくりしたのか、その子供は少し後ろに下がった。が、私が猫を撫でて落ち着かせているとゆっくりと近づいてくる。

 

「猫好きだよ。この子ってお姉さんの猫?」

 

「いや、誰かの飼い猫だろうね。首輪がついてる」

 

 フードのせいで顔がよく分からないが、見た目からして小学生だろう。太陽の位置からして昼過ぎくらいか。この時間に一人で公園にいるとは、人のことは言えないがこの子も不良なのだろうか。だとすれば猫好きなのも納得だ。雨に濡れた猫を不良が助ける話など、不良と猫は切っても切れない間柄だ。

 

 さっきあげていたおやつがまだ半分程残っているのを思い出した。

 

「エサやってみるか?」

 

「いいの? ありがとう!」

 

 元気な奴だ、ちゃんとお礼も言えるのだから、悪い奴ではないと思う。しかしこんな昼間から一人でいるとは何か訳アリなのだろう、ここは人生の先輩として相談に乗ってやるとしよう。

 

「それで、なんでこんなところに一人でいるんだ?」

 

「だって、お家にいてもつまんないんだもん。ずっと家から出してもらえないし、テレビも決まったのしか見せてもらえない。その上、お母さんもお父さんも勉強しろ勉強しろってうるさいし。だから家出しちゃった」

 

 身なりからしていいとこの子供であるように思える。この世界のテレビは教育に悪い下品なものが多いので、親としてはあまり見せたくないのだろう。

 

「なるほど、箱入り娘みたいなもんか。学校は?」

 

「行ってない。お母さんもお父さんも中学校からだって」

 

 なんともつまらなそうに語る。私が前世で小学生だった頃は家にいる事の方が少なかったので、自由が欲しいという気持ちは分からなくもないが。まあ小学校に行かないこと自体はこの世界では珍しくも無い。金持ちの家庭は、小学生の年齢のうちは家の中で英才教育を行い、中学から男子校なり女子校なりに送る事が多い。そういう過程の場合は大抵、性略結婚(誤字にあらず)なので異性との無駄な交流は減らされるのだとか。

 

「それで家出か。大胆というか向こう見ずと言うか⋯⋯」

 

「お姉さんこそ、この時間は学校じゃないの? もしかしてお姉さんも家出?」

 

「家出じゃあ無い。まあ似た様なものではあるが」

 

 なんだかんだと聞かれたら、答えてあげるが世の情け。流石に転生だなんだは答えられないが、私の半生と人間関係に関してくらいなら話してやろう。

 

「かくかくしかじかという訳で、私は人間関係が上手くいかず、こんな所でサボっているというわけさ」

 

 私の話を聞いている最中、この子はなんというか複雑な顔をしていた。まあ、ボッチの成り立ちなど聞かされても困るだけか。

 

「それで、これからどうすんだ?」

 

「分かんない。家出したはいいけど何したらいいか分かんなくてさ。とりあえずで歩いてたらこの公園にいたんだ」

 

 まあ家出なんて基本突発的なものだしな。計画的な家出なんて家出じゃない。

 

「なるほどね。お前、名前は?」

 

「如月理莉(リリ)。お姉さんは?」

 

「睦月スミレだ。理莉、もしよかったら私がどっか案内してやろうか?」

 

「いいの?」

 

「おう、どうせ暇だからな」

 

「じゃあ映画館に行きたい! 家にもあるけど見たい映画がまだ売られてないから見れないんだ!」

 

 家にあるって、もしかして映画館が?なんとも羨ましい話だ。

 

 私と一緒にいれば変な輩に絡まれてもよっぽど大丈夫だろう。親からすれば、そもそも私と一緒にいる事が大丈夫では無いだろうが。今会ったばかりの女に着いて来る警戒心の無さが、自由にさせてもらえない理由なんだろうな。猫の方がよっぽどしっかりしている。

 

「任せとけ。と、その前に手を洗おう。飼い猫とはいえたまに病気を持ってたりするからな」

 

 この年の家出なんて相当の勇気が必要だっただろう。どうせ帰ったらしこたま叱られるんだから、楽しい思い出のひとつやふたつは作らせてやろう。

 

 

 

  ◆◆◆

 

 

 

「凄かったね!特にラストシーンの空中戦!こう、バババーって!ドババーって!」

 

 身振りを加えて楽しそうにはしゃぐ理莉。あの後私達は映画館に向かった。最近一部の界隈で話題になっているらしいアクション映画を見るためだ。この世界の映画にしては珍しくラブロマンスが入っていない、アクションの派手さのみを追求した作品だった。小学生にしては随分な趣味だが、おかげで私も久しぶりに映画を楽しむ事ができた。

 

「この作品は監督が男性でね、誰でも楽しめる作品作りを心掛けてるんだって」

 

「詳しいな。もしかしてファンなのか?」

 

「うん。この監督の作品は全部持ってるよ。まあお母さんはあんまり見せたくないみたいだけど」

 

 そらそうだろうな。子供に見せるには少し過激なアクションもあるにはあった。親としてはもっと健全な、ハートフルな作品を見て欲しいだろう。

 

「ねえ、次はどこ行く?」

 

 気の早い奴だ。まあ今まで家の映画館でしか映画を見た事がなかったのだから無理もないか。映画館と言えばポップコーンという定番の組み合わせも知らなかったくらいだからな。

 

「まあ待て、まだ映画館の楽しみは残ってるぞ。映画の半券は取ってあるな?」

 

「うん、初めて映画館で映画を見た記念に取っとくんだ!それで、この後は何があるの?」

 

「実はな、この半券があればゲームセンターのクレーンゲームが一回タダで遊べるんだ」

 

「ゲームセンター⁉︎不良の溜まり場で有名なアノ⁈」

 

 概ね正しい評価だ。だが私もその不良の一員なので行かないという選択肢は無い。私にとって映画とは、帰りにゲームセンターに寄って半券を使うも何も取れず、無駄に金を注ぎ込んで手ぶらで帰る所までがセットなんだ。

 

「不良体験だ、行くぞ!」

 

「お、おー!」

 

 

 

  ◆◆◆

 

 

 

「理莉⋯⋯おそろしい子!」

 

 意外な才能であった。何と理莉は、どんな景品でも一発で取れてしまうのだ。私が手本を見せた時には案の定持ち上がりすらしなかったのに、理莉の時だけクレーンが景品をガッチリと掴んでいた。最初の一回でお菓子の詰め合わせが取れた時はまぐれかとも思ったが、その後続けてキャラクター帽子やたこ焼き器、挙げ句の果てに巨大な動物のぬいぐるみまで手に入れてしまうのだから本当に恐ろしい。最後の方なんて店員がすごい形相でこちらを睨んでいた。

 

「初めてやったけど、クレーンゲームって楽しいね!」

 

 手に入れた帽子をフードの上に被って、何とも間抜けな笑顔の理莉だが、この大量の景品を私が持てなかったらどうするつもりだったのだろうか。次から次に金を渡した私が言えることでも無いが、少しは後のことを考えて欲しい。

 

 時計を見ればもう少しで5時になろうという頃だった。

 

「理莉、ちょっと早いがファミレスで飯にしようぜ」

 

「いいけど、ファミレスって何?」

 

「まじか⋯⋯。ファミレスってのはファミリーレストランの略で、早い話が家族で手軽に行けるレストランの事だ」

 

 まさかファミレスも知らないとは⋯⋯。理莉の親は相当な金持ちらしいから、大方ファミリーで手軽に行けないレストランにしか行ったことがないのだろう。

 

 適当に近場のファミレスに入ることにした。時間の割に混んでいるが、幸い1席空いていたのですぐに座ることができた。

 

「言っておくが、味は値段相応だから普段食べてる様な物を期待するなよ」

 

「そんな高い物ばっかり食べてないよ。普段の食事はお父さんが作ってくれてるし」

 

 そういえば父親がいるとも言っていたな。理莉のこの人当たりのいい性格は、もしかしたらそのおかげかもしれない。私の母もそうだが、前世と同じような部分がある人とは付き合いやすくて非常に助かる。

 

 その後はドリンクバーに感動した理莉がジュースをミックスして飲めなくなったり、ぬいぐるみのキャラが何の動物をモチーフにしているかなど、たわいもない話をして過ごした。

 

 理莉も楽しそうだったが、私もそれと同じくらいに楽しかった。年齢の差はあるが、久しぶりに友達と言える人との楽しい時間だった。そして、楽しい時間というのはすぐに終わってしまうものである。

 

 時計の針が7時を指した時、ファミレスにいた私達以外の客が一斉に立ち上がった。突然の出来事に狼狽える理莉だったが、後ろの席にいた女の顔を見ると悪戯が見つかった子供のような、悲しいような表情になった。

 

「理莉様、お迎えに上がりました」

 

 かっちりとした見覚えのある服装の髪の短い女だ。昨日の事件の時も見た、男性護衛官の制服をしている。

 

「あはは⋯⋯、バレちゃった⋯⋯」

 

 金持ちの家系で大事に育てられた護衛官付きの子供、つまり理莉は男性だったというわけだ。この年の男子が一人で家出とは、本当に考えなしもいい所だ。

 

「まあ知ってたけどね」

 

「えっ?」

 

 普通の人間なら分からなかったかもしれないが、私には人類最高の能力がある。声の出し方や歩き方、一般人を装った強そうな女が行く先々にいるなど、ヒントはいくらでもあったのだから気づけて当然だ。名前だけ聞けば女子であるように思えるかもしれないが、この世界は前世と違い名前と性別に殆ど関連性が無い。

 

「じゃあなんで⋯⋯」

 

「言っただろ、私は男とか女とかに疲れてるんだよ。聞かれたくなさそうなことなら聞く必要もないしな」

 

 理莉としては、男性であるとバレたらこの関係が壊れると思って黙っていたのだろう。私も黙ってて悪かったと思うのでお互い様だ。と、そろそろ護衛官の目つきが厳しくなってきた。

 

「ヤダ! 帰りたくない!」

 

 なんと理莉が私の腕にしがみついてきた。この短期間で随分と懐かれたもんだが、反抗期特有の悪い男に惹かれるアレだろうか。この世界では随分と珍しい、というか殆どないことだろう。

 

「理莉、父さん母さんは好きか?」

 

 返事は無いが今にも泣きそうな顔で頷いた。泣かれると私が困るのだが⋯。私は別にこのまま夜通し遊んでも問題ないが、世間的には大問題だ。

 

「二人もさ、別にお前が嫌いな訳じゃ無いんだ。それは分かるだろ?」

 

 またもや黙って頷く。非常に心苦しいが、理莉の為にも言わなければなない。

 

「ただお前が心配なんだよ。だってお前、見ず知らずの女と一緒に半日過ごすってさ、いくらなんでも男として終わってるぜ。危機感とか常識ってものが無さすぎるよ」

 

「でもスミレさんはそんなことしないでしょ?」

 

 そうやって気軽に言えてしまうことも問題だ。家から出さない親の気持ちも少しは分かってしまう。

 

「分からないよ、信用させた所で襲うつもりだったかもしれない」

 

「そんなこと!」

 

「そう考える奴もいるってことだ。そして、ほとんどの人間はそう考える」

 

 理莉がしょんぼりとしてしまった。別に責めたいわけではないんだ、軌道修正しなければ。

 

「別に責めてる訳じゃない。要するにな、自由にしたいならまずは信頼してもらわないといけないんだ」

 

「信頼⋯⋯?」

 

「そうだ。こいつなら大丈夫だろう、自由にさせても無事帰ってくるだろう、そういう信頼が有ればもう少しはやりたいようにやらせてもらえるようになる」

 

 私が親だったとしても今の理莉を自由にさせようと思えない。最低でも、一人でいる時に女を見かけたら逃げるくらいでなければ信頼されるのは難しいだろう。

 

「だから今日はここでお別れだ。家に帰ってしっかり怒られて、世間の常識や身を守る方法を覚えれば、親だって今日みたいな護衛官付きの外出くらいなら許してくれるだろうよ」

 

 こういってみたものの、おそらく親から許可が出ることは無いだろう。外出だけなら良くても女と会うなんて、まともな親なら許さないだろうからな。

 

 理莉はしばらく私を見つめていたが、決心したのか、涙を拭いて立ち上がった。

 

「勉強して、信頼してもらって、そしたらまた会える?」

 

 騙すようで申し訳ないが、こうやって出会いと別れを繰り返して少しずつ大人になっていくのだ。

 

「それこそ理莉がどれくらい信頼されるかに懸かってる」

 

「分かった、頑張る」

 

「おう、頑張れ」

 

 ファミレスでの食事代は理莉の家が出してくれるらしい。ファミレスの席全てを埋めるのに比べれば安いものだろうから任せてもいいだろう。

 

 店から出れば、正面にリムジンが駐まっていた。まじのお坊っちゃんじゃん⋯。

 

「次は遊園地に行きたいな。前行った時は貸し切りで人がいなくて寂しかったから、今度は普通の時に行きたい」

 

「いきなり遊園地はハードルが高いよ。先ずは軽く遊ぶくらいの所から許可をもらえ」

 

 別れの挨拶も終わらないうちにリムジンが発進してしまった。窓から乗り出して手を振ってきたので振り返したが、それも車が角を曲がれば見えなくなってしまう。

 

 久しぶりに楽しい時間を過ごした。こっちの世界で初めて気が合った友人かもしれないのだから、少しばかり寂しい気持ちになる。願わくは、彼にとってもこの出来事が楽しい思い出として残って欲しいものだ。

 

 さてと、理莉にはさんざん偉そうに語ったが、私も私でなんの連絡も無しに遅くまで遊んでしまった。失った信頼を取り戻すのはとてつもなく難しい。先ず手始めに、なんの連絡もなく遅くまで遊んだことへの謝罪の土下座から入るとしよう。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三話

 あの後家に帰ると、申し訳なさで胸が痛くなるほど心配された。なんだかんだ言ってもまだ中2なので、あまり遅くまで遊んでいると心配なのだろう。

 

 自分が被害にあったわけではないが、前日に警察署に母を呼び出してしまったのもあり余計に心配させてしまった。理莉には格好つけて信頼がどうとか語ったが、私自身も信頼を取り戻すためしばらくは大人しく学生生活を送ると心に誓った。

 

 大人しく生活するための一番の課題は、私に関する都合の悪い噂が流れていることだろう。私が悪いという証拠はないので暫くすれば噂も静まるだろうが、昨日の張り紙のような事が続けば、流石の私も我慢ができなくなるかもしれない。

 

 

 さて、決意新たに登校し自分の席に向かってみると、昨日の張り紙は綺麗さっぱり無くなっていた。というか、机も椅子も無くなっていた。リアルおめーの席ねぇからだ。いきなりエスカレートしすぎじゃない?

 

 普通こういういじめって、落書きや傷をつけるなどの段階を踏んで、満を持して行うものじゃないのか?私の反応が悪かったから(あるいは帰るという反応が良すぎたからか)エスカレートしてしまったのだろうか。

 

 なんかもうすでに帰りたい。帰りたいが、心に誓った事を初日で投げ出すというのもいかがなものだろうか。何よりここで帰ってしまっては、悪意ある人間の思う壺のようで面白くない。

 

 どれ、ここはひとつ、このイジメに対する最適解を示してやるとしよう。

 

 先ずは自分の席があった場所に立つ。この時、中心ではなく少し前に立つのがポイントだ。続いて足を90度に曲げ、腰を落とせば空気椅子の完成だ。おまけにエア机に突っ伏して寝たふりをする。

 

 ここまで無反応だと、やった方が逆に腹が立つだろう。かといって、これ以上のイジメを行うこともできない。なんたって何かする物が無いからな。策士策に溺れるとは正にこのことだ。

 

 しばらくそうして寝たふりをしていると、担任が教室に入ってきた

 

「おう睦月、机と椅子どうした」

 

「バカには見えないやつに変えました」

 

「そうか、バカみたいだな」

 

 この人は私のクラスの担任兼生徒指導の山田先生。美人で胸が大きい、おまけに面白いので、前世なら人気者間違いなしだが、この世界では主に男子からの人気がない。胸が大きいと性欲も強いという根拠の無い説のせいで嫌われてしまっている。なんというか、生きづらい世の中である。

 

「以上でホームルームを終わる。あとそれから睦月、この後校長室まで一緒に来い」

 

 なぜか呼び出されてしまった。クラスの視線が集まっている。おうこら、なにがついに退学か⋯だ、学校サボってるだけで退学になってたまるか。

 

 教室を出る先生に付いて行く、十中八九体育倉庫の一件の話だろう。普段は用のない職員室を通り過ぎれば、校長室が見えてくる。

 

「失礼します」

 

 3回ノックして入室する。本当は返事を待つべきだろうが、向こうが呼び出したのだし、まだ学生なので別にいいだろう。初めて入った校長室は、いかにも高そうな調度品が並んでいる。

 

 部屋の真ん中にある応接用のソファーには、集会などで良く顔を見る、見た目中年のおば様な校長がニコニコして座っていた。不気味な笑顔だ。

 

 校長の正面のソファーに座って話を聞いた。どうやら被害者男性は、目立った傷もなくトラウマにもならずに済んだらしい。それでも、大事を取ってこの中学校は辞めて少し離れた男子校に編入するのだとか。まあ正しい判断だろう。

 

 どこの学校かは知らないが、こういう場合の学費は国から補助が出るので、セキュリティのしっかりした学校に通えるだろう。

 

 加害者の女子3人と体育教師には厳しい罰が下されるが、直接的な被害を抑えられたことと処罰が迅速に済んだことで、校長は辞任でなく減給で済んだらしい。笑顔の理由はそれか。

 

 警察から感謝状が送られ、被害者からもお礼の手紙を渡された。手紙の内容は、助けてくれてありがとうと言うのと、直接礼を言えなかったことへの謝罪だった。律儀なものだ。名前も知らない仲ではあるが、楽しい新生活になることを祈っておこう。

 

 最後に、今学校に流れている噂について、集会で訂正するかどうかを聞かれたが、校長を影で操っているという噂が流れそうなので遠慮しておいた。人の噂も七十五日という言葉もあるし、私について聞かれた時に正しい話をしてくれるぐらいが丁度いい。

 

 話は済んだので校長室を後にし、教室に向かおうとすると山田先生に呼び止められた。

 

「あーなんだ、辛い事があったらちゃんと言えよ。お前がそこまで悪い奴じゃ無いってのは一応知ってるからさ」

 

 この先生は本当にいい人だ。見た目で嫌っている奴らは実にもったいないことをしている。今の所は直接的な被害もないので大丈夫だが、もし何かあったらこの人に相談するのもいいだろう。

 

 ちゃんと授業に出ろと釘を刺されたのでお礼を言って教室に向かう。最近、人間関係に恵まれている気がする。少し元気が出た。そのまま軽い足取りで教室に戻れば、机と椅子が無いという現実を思い出した。スキップなんてしてないで、予備のやつを持ってくれば良かった。

 

 一度教室に戻ってしまったので、机を取りに行って戻ってくるのが面倒だ。今日一日くらいなら空気椅子で済ましてしまおう。

 

「校長室に呼び出されていて遅れました」

 

 遅刻の理由を口にして席に着く(浮く?)と、授業をしていた教師が何とも言えない顔をする。明らかなイジメの現場ではあるが、私が何の反応も見せなかったのでどうすればいいか困っているのだろう。教科書の内容は全て頭に入っているし、内容も2度目の中学生なので問題ない。さあ先生、どうぞ授業を続けてください。

 

 

 

◆◆◆

 

 

 

 一限が終わり、空気椅子で足を組む遊びをしていると、珍しく女子生徒が話しかけてきた。

 

「昼休みに校舎裏に来い、いいな」

 

 行く気はないので無視すると、さらに大きな声で話しかけてきた。人を呼び出すときは要件を言ってほしい。私は用事を聞かれたとき、答える前に用件を聞くタイプなのだ。

 

 さらに無視を続けると、女子生徒がイライラしていくのが分かる。机や椅子があったら、それを叩いて気を晴らせたんだろうが、残念ながら誰かが持っていってしまった。大声を出して注目を集めてしまったので、殴り掛かることもできず、捨て台詞を吐いて自分の席に戻っていった。

 

 最近会話をしたのが普通に接してくれる母さんと理莉、後は仕事中の警察官だけだったので、嫌な奴が余計に嫌に感じる。大事な用でもないだろうし、校舎裏に行く必要はないだろう。たまごサンドとコーヒー牛乳以上の価値があるとも思えないしな。

 

 4限の教師が授業終了を告げると同時に財布を掴んで窓から中庭に飛び出す。私のクラスは3階で、購買は1階にあるので、律儀に階段を使っていると購買に近いクラスのやつに先を越されてしまうのだ。

 3限と4限の間に、購買前の中庭に面した窓を開けておいたのでそこから飛び込む。

 

「おばちゃん、たまごサンドとコーヒー牛乳!」

 

「あいよ」

 

 お目当ての物を手に入れて一安心、と思いたいところだがこの後購買は女子生徒で大混雑になる。その前にどこか別の場所に向かわなければいけない。男子生徒専用校舎の購買は共用校舎よりも広いらしいので、羨ましい話である。

 

 昼休みもそう長くあるわけではない、今日は天気がいいので屋上に向かう。この時間の屋上に人がいることはまず無い。なぜなら、私がよく利用するので人が寄り付かなくなってしまったのだ。悲しい。事故を減らすことができたと考えれば、少しはましに思えるかもしれない。

 

 ところがこの日は珍しく、屋上の扉を開くと人がたくさんいた。10人近くが立ったまま、私が開けた扉を睨んでいる。気まずいので別の場所に移動しようと後ろを振り返ると、階段下からも10人程が上ってくるのが見えた。その先頭には先ほど私を校舎裏に呼び出した女子生徒もいる。

 

「おいおい、呼び出しといて自分は行かないって、失礼だとは思わないのか?」

 

「呼び出された場所に行こうともしなかったやつに言われたくないよ」

 

 たしかに、むしろ向こうから会いに来たのだから私よりも彼女の方が礼儀正しいかもしれない。

 

 元々屋上にいた10人と後から来た10人に囲まれてしまった。中には軽く知っている顔もある。どうやら彼女らはこの学校の真面目な不良の集まりらしい。真面目と言っても、前世の不良とそんなに違いは無い。

 

 先日理莉が言っていたような、ゲームセンターを溜まり場にし、カツアゲや万引きも普通にしているような連中だ。違いと言えば、日々真面目に学校に来て授業をしっかり受けている点だけだ。

 

 といっても、ことこの世界の共学において、授業を受けない不良など殆どいない。理由は簡単、教室には男子がいるからだ。少しでも男子とお近づきになる為に、彼女らは受けたくも無い授業を真面目に受けているのだ。

 

「じゃあ私はここで、後はごゆっくり〜」

 

「帰す訳ないだろ、ナメとんのか!」

 

 ですよねー、にしても何でこんな大人数で囲われてるのだろう。先日、私が気絶させた奴らは彼女らの仲間ではないので、お礼参りということもないだろう。

 

「こんな大人数でか弱い女の子を囲っちゃって、一体全体何の用なわけ?」

 

「とぼけんなよ、一昨日の体育倉庫の事件の話だ。お前がやらせたんだってな。教師と生徒の未来を潰して、心が痛まないのか?」

 

 なるほど、つまり彼女らはあの事件の黒幕である私がのうのうと生活しているのに憤りを覚え、悪を討たんと立ち上がった者達なわけだ。

 

「言っとくがその事件の噂については誤解だぞ。体育倉庫で襲われてるのをたまたま見つけて、助けたついでに警察に事情を説明しただけだ。なんなら、校長に話を聞いてこいよ」

 

 こうなると、校長先生の説明を断ったのはまずかったかもしれない。まあ誤解が解けたようでよかった。よし、解散。

 

「そういう事情とかはもうどうでもいいんだよ。お前の事を怖がってるやつがいて、お前のせいで学校に来たくないって奴まで出ちまった。そういう奴らが安心して学校生活を送る為にも、お前には学校を辞めてもらいたいってわけさ」

 

 言ってることが無茶苦茶だ。事実は関係なくてとりあえず辞めてほしいとか、お前が人の未来を何だと思っているんだ。別に学校を辞めること自体には何の問題も無いが、ただの誤解で、それもこんな理由で辞めさせられるというのが癪に障る。

 

 第一、彼女らに何の利益も無いのに、何故こんなことするのだろうか?不審に思い辺りを見回して見れば、男子専用校舎と共用校舎の渡り廊下に、こちらを覗く複数の男子生徒が見えた。ああ、そういうことか。

 

「要するにアレかお前ら、悪者を退治して男子にモテたいわけか」

 

 図星を突かれたからか、女子達が狼狽え始める。

 

「な、何を根拠に!」

 

「うわー、浅ましいー。なに?態々男子に言ってきたの?今からアイツ退治してくるぞって?しかもこんな大人数で?恥ずかしくないの?」

 

「だ、黙れ!」

 

 これは是が非でも退学するわけには行かなくなった。寧ろこいつらになんとか恥をかかせてやれないものか。片っ端から殴り飛ばすことも出来るが、それをしてしまっては本当に退学になってしまう。かといって殴られてやるつもりもない。ならば取れる方法はただ一つ、逃走だ。

 

 私の学校の屋上は一応誰にでも解放されていて、落下防止の為に2メートル程のフェンスがついている。逆に言えば、それを越えれば飛び降りることは可能なのだ。早速フェンスをよじ登り、呆気にとられたような彼女らの表情を眺める。

 

「それでは皆さん、私は昼飯を食べないといけないので失礼します」

 

 軽い挑発と同時に飛び降りる。屋上が4階の上にあり、フェンスを登ったので大体5階分くらいの高さだが、清水の舞台から飛び降りて助かった人間もいるし大丈夫だろう。ちゃんと着地地点として中庭の噴水を選んだので、助かったとしても不思議ではない。

 

 なにより、私は飛び降りたのに彼女らはビビって飛び降りれなかったという事実が、彼女らの株を落としてくれる。逃げと攻撃が同時に行えるパーフェクトな作戦だ。

 

 着水と同時に屋上を見れば、追ってこようという奴は一人もいなかった。これで彼女らもしばらくは突っかかってこないだろうし、正しい話が広まればバカな事もしないだろう。彼女らに恥をかかせたのと水を浴びたことでサッパリとした気分だ、今日のところは教室で昼飯を食べてもいいかもしれない。

 

 なお、びしょ濡れで空気椅子の格好をしている姿を見て、5限の教師にはとてつもなくびっくりされたのだった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四話

 夏休み直前のテストが終わり、半日授業だったせいで茹だるような暑さの中を歩いて帰らなければならなくなった。男子達は男護による車の送迎があるので、この暑さとは無縁なのだろう。実に羨ましい。

 

 前世のテストが終わった日は結果のことで憂鬱になっていたが、今は別の事で憂鬱な気分になっている。実は、学校で前にも増して避けられるようになってしまったのだ。以前は避けられる程度だったが、今は顔を見ると小さな悲鳴を上げられる程避けられてしまっている。

 

 やっぱり、屋上から飛び降りたのがマズかったのだろう。よく考えれば、屋上から平気で飛び降りる奴なんて誰も関わろうと思わない。一時のテンションに身を任せてはいけないと学ぶ事ができた。

 

 幸運なことに、暫くすれば夏休みだ。都会の喧騒を離れて、母さんと二人でキャンプに行くのもいいかもしれない。

 

 今後の予定を考えながら家へ帰ると、知らない車が家の前に駐まっている。いや、正確には見覚えはある車だ。春頃出会い、遊び、そして別れた理莉、彼との別れの際に乗っていたのと同じリムジンだ。

 

 なんで?今頃になって訴えられたりはしないだろうし、訴えに来るのにリムジンを使うことは無い筈だ。

 

 もしかしたら、理莉の母親が私を殺しに来た、というのはあるかもしれない。この世界で未成年男子を連れ回したことは、それぐらいの出来事だったのかも。

 

 リムジンの運転席の女性に会釈して家に入ると、玄関に見覚えの無い革靴が一足あった。これで少なくとも、怒り心頭の親が待ち構えている線は無くなった。もしそうなら、数人の護衛がいるはずだ。

 

 次に考えなければいけないのは、理莉の親に雇われた殺し屋が待ち構えている可能性だ。リムジンで向かいリムジンで帰る、そんな成金殺し屋がいないとも限らない。

 

 もしそうなら非常に不味い、今日は半日で学校が終わるので何処かへ食事に行こうと、有給を取った母さんが家にいるのだ。

 

 リビングの電気が点いているので、手鏡の反射によって中の様子を窺う、どうやら母さんが人質に取られているということはなさそうだ。母さんありがとう、持たせてくれた手鏡役に立ったよ。いらないって言ってごめんね。

 

「何してんの?」

 

「殺し屋が待ち構えてる可能性があるから様子を見てた」

 

「バカなことしてないでさっさと入りなさい。あなたのお客さんよ」

 

 来客用のお盆にお茶を載せた母さんが先にリビングに入ってしまったので、大人しく従う。正面から顔を見れば、この前見た理莉の護衛官だ。

 

「突然の訪問で申し訳ありません。私、理莉様の専属護衛官を務めております、梅見節と申します」

 

 専属護衛官?普通の護衛官とはなにか違うのだろうか?

 

「通常の場合、男性側が時間や場所などを指定し、それに合わせて護衛官が派遣されます。専属の場合は1年以上の期間、契約した護衛官のみがこれらの業務を行います」

 

 なるほど。つまり信用できる相手と長期契約を結べるわけか。恐らく私の母さんも、父さんとこの契約を結んでいたのだろう。

 

「それで、一体何の要件で?」

 

「はい。理莉様が先日の出来事をご両親にお話ししたところ、お二方が興味を持たれまして。是非一度お会いしたいとのことで、お迎えに上がりました」

 

「なるほどなるほど。しかしまた急ですね、せめて数日前に言ってくれればもう少し準備もできたのに」

 

「申し訳ありません。つい昨日、ご両親の許可が出まして、理莉様がどうしてもすぐに会いたいと⋯」

 

 それで断ることもできず、今日の訪問となったわけか。

 

「もしご都合が悪ければ、また日を改めてお伺いしますが、いかがなさいますか?」

 

 母さん、にやにやしながら脇腹を突くのは辞めてくれ。地味に効く。

 

 当日の呼び出しはどうかと思うが、また会えるのが嬉しいのも事実。母さんの方を見れば、口パクで『行け』と言われた。こうなれば断る理由も無い。久しぶりに可愛い弟分に会いに行くとしよう。

 

「分かりました。行きましょう」

 

「ありがとうございます! 理莉様もきっと喜びます!」

 

 とてもいい笑顔だ。この人理莉のこと好きすぎない?なんというか、『普段はクールだけど弟相手にはポンコツな姉』の空気を感じる。

 

 あ、でもその前に服着替えて来てもいいですか?

 

 

 

  ◆◆◆

 

 

 

 生まれて初めてリムジンに乗った。ちなみに服装は中学校の制服だ。親以外と外出することがなく、余所行きの服を持っていないのでこれが一番マシな服装だった。制服は礼服としても使えた筈なので、失礼にはならないだろう。

 

「すみません。次の角にあるケーキ屋に寄ってもらっていいですか?」

 

 友達の家に行くのに手土産を忘れてはいけない。前世ではポテチなんかを持って行ったが、金持ち相手にそうもいかないだろう。

 

 このケーキ屋は長方形のチーズケーキが美味しく、我が家でも評判の一品だ。店内に、なんとか賞を受賞したと書いてあるので、味も保証されており安心だ。

 

 6個入りの物を買いまたリムジンに乗る。隣に座った節さんに聞くと、理莉の家はそう遠くない場所にあるらしい。

 

「あの後理莉は大丈夫でしたか?家出して女と遊んでたなんて、こっぴどく叱られたんじゃないですか?」

 

「ええ、それはもう。あんなに理莉様を叱るお母様は、専属契約をしてから初めて見ました」

 

 やっぱりか。となると私も、一度や二度怒鳴られることを覚悟しておいた方がよさそうだ。

 

「そういえば気になってたんですが、何で理莉は名前呼びで、母親の方はお母様なんですか?」

 

「それは私が昔、お母様の後輩だったからです。当時私は先輩と呼んでいましたが、雇用関係になった以上そうはいかず、かといって今更名前で呼ぶのも不自然だったのでお母様と呼ぶようになりました」

 

 なるほど。人となりを知っていたからこそ、専属契約を結ぶ程信頼できたのか。

 

「高校が同じだったんですか?」

 

「はい、正確には男性護衛官学校で一緒でした」

 

 いい関係を築けていたようで、羨ましい限りである。

 ふと窓の外を見ると、不自然な程長い塀が視界いっぱいに広がっている。

 

「もしかして、ここですか?」

 

「はい、ここです」

 

 

 電子ロックの門を抜けると、日本風の庭と立派な日本家屋が見た。

 

 警備員に左右を挟まれながら玄関を開けると、凛とした立ち姿の着物姿の女性と、これまた高そうな着物を着た理莉が出迎えてくれた。

 

「ようこそお越し下さいました。突然のことになり申し訳ありません。当家の当主を務めております、如月佐代利と申します」

 

「如月理莉でございます」

 

 上品という言葉がそのまま当てはまるような佐代利さんと、この数ヶ月で身につけたであろう、多少体は強張っているがちゃんとした言葉遣いの理莉は実に様になっている。

 

 ちゃんとしたお土産買っといて良かった。この空気でポテチは絶対出せない。

 

「初めまして、睦月スミレと申します。本日はお招きいただきありがとうございます。お口に合うか分かりませんが、チーズケーキです。ぜひご家族の皆様でお召し上がり下さい」

 

「これはどうもご丁寧に」

 

 理莉がとてつもなく驚いている。なんだ?私にマナーなんて考えはないと思っていたのか?失礼な奴め。伊達に第二の人生を歩んではいない。ビジネスマナーは一通り勉強済みだ。正しいかどうかはわからないが⋯。

 

「理莉、お客様を客間へご案内してさしあげて」

 

「はい、お母様。スミレさん、どうぞこちらへ」

 

 我に返った理莉と佐代利さんに挟まれて客間に向かう。通されたのは、外観に違わず荘厳な和室だった。

 

「改めまして、先日は理莉がお世話になりました」

 

「いえいえこちらこそ」

 

 ここら辺は序盤のジャブみたいなもの。大きな一発よりも、隙を見せないことの方が大切だ。何の勝負かは分からないが。

 

「それにしても驚きました。理莉さんには頑張り次第と言いましたが、正直な話、許可がもらえることは無いと思っていました」

 

「え⁉︎」

 

 理莉が目を丸くする。さっきまでのキャラが崩れてるぞ。

 

「私も許可を出す気はありませんでした。しかし理莉が、あまりにもスミレさんスミレさんと言うので、一度会ってこき下ろしてやろうかと思いまして」

 

「お母さん⁉︎」

 

「こら!はしたないですよ、理莉」

 

「まったくですね、これはまだマナーの勉強が足りないんじゃないですか?」

 

「スミレさんまで!もう!」

 

 どうやら素直な所は変わらないようだ。元同性の私でも可愛いやつだと思うのだから、親としては心配で堪らないだろう。

 

「驚いたのは私もです。家出から帰ってきたと思ったら、どうすれば信頼してもらえるか、なんて言い出しまして。今までろくに勉強もしてこなかった子がですよ。おまけに女と一緒にいたと聞いて、はらわたが煮えくり返るかと思いましたよ」

 

 冗談めかしているが、目がマジだ。なんなら、今も煮えくり返ってますって目をしている。針で刺すような目線と鬼の様な形相、おまけに煮えくり返るはらわたで、一人地獄みたいな人だ。

 

 この世界の男子を持つ母親はみんなこんな感じなのか?だとしたら、結婚の許可を貰いに行く女は命懸けだ。

 

「ま、まあ、『男子三日会わざれば刮目して見よ』とも言いますし。これくらいの年齢の子供の成長は早いものですからね」

 

「男子?刮目?なんですかそれは?」

 

「あ、いえ、何でもないです」

 

 そうか、この言葉はこの世界に存在しないのか。また一つ世界の違いを学んでしまった。

 

「僕の話はもういいよ。それよりさ、スミレさんはこの数ヶ月どうしてたの?」

 

「私か?別にこの前話したのと変わらんよ。相変わらずボッチだし、怖がられてるし。⋯でも、サボりは少し減ったかな」

 

「どうして?」

 

「理莉に格好つけた手前、自分だけサボってる訳にもいかんだろ。それにあの後私も結構叱られてな、暫くは信頼回復に努めてた」

 

「そうなんだ⋯エヘヘへ」

 

 おい、今度はだらしない顔になってるぞ。指摘されて頬をむにむにと触るあたり、あざとさが極まっている。これを天然でやっているのだから恐ろしい。

 

「スミレさん、お昼がまだの様でしたら、もしよければ食べて行かれますか?」

 

 口調は柔らかいが目線がより鋭くなっている。

 

「いえ、流石にそこまでしてもらう訳には⋯」

 

 うわ、更に顔が険しくなってる。反対に、理莉の顔はなんだかしょんぼりしてしまった。

 

「そう言わずに。聞きたいこともいくつかありますから、どうぞ遠慮なさらず」

 

「そうですか、では御相伴に与らせていただきます」

 

 この状況で断るという選択肢は私には無かった。理莉は嬉しそうな顔になったが、佐代利さんの方は一層険しい顔になった。話に乗っても断っても険しくなるって、どうすればいいんだ。

 

「じゃあ僕準備してくる!スミレさん、楽しみにしててね!」

 

 もはやマナーも何もなく、小走りに部屋を出て行く理莉。扉を閉めていくくらいの落ち着きは欲しいところだ。

 

「まったく、あの子は⋯」

 

 佐代利さんもため息をつく。息子を思う横顔は、私の知っている親のそれと同じだった。

 

 さてここで重要なのは、理莉は準備をすると言って出ていったので、暫くは佐代利さんと二人きりということだ。怒れる獅子と一対一、正念場だ。

 気を引き締めていこう。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第五話

「すみませんでした!」

 

 謝罪は土下座から入るのがマナーだ。前世の就活で、マナー講師が言っていたから間違いない。

 

「それは、何に対しての謝罪ですか?」

 

 来た! 何が悪かったか本当に分かっているのか?という地獄の質問だ。殆どの場合に後出しで相手を殺すことができる最強カード、いきなり切られてしまった⋯⋯。

 

「家出した未成年男子を見つけても通報せず、その上暗くなるまで連れ回したことに対してです!」

 

 本心で悪いと思っている。理莉に対して仲間意識を感じるまではいいが、連れ回したのはまずかったと、今になって強く感じている。

 

「悪いとは思っているのですね。場合が場合なら貴方今頃刑務所の中ですよ」

 

「お母様のおっしゃる通り「お義母様と呼ばれる筋合いはありません!」スミマセン! 佐代利さんのおっしゃる通りです!」

 

 ミスった。ベタ過ぎて逆に気がつかない地雷を踏んでしまった。佐代利さんも何故か黙ってしまったし、沈黙が重い。何か言わなければ。

 

「あの、1つ質問をしてもいいですか?」

 

「なんでしょう」

 

「なぜ理莉の家出を見逃したんですか?」

 

「⋯⋯それは、どういった意味ですか?」

 

「この家のセキュリティを、誰にも知られずに抜け出すなんて不可能だと思うんですよ。実際、護衛官が遠巻きに張り付いていた訳ですし。何で家出が分かった時に連れ戻さなかったのか疑問に思いまして」

 

 前からおかしいとは思っていた。護衛官とはエリート中のエリートだ。家出を見逃すとは思えない。ならば、あえて見逃したと考える方が普通だ。

 

「スミレさん。理莉の事をどう思いますか」

 

 どう思う?なぜ今そんな事を聞くのだろうか。

 

「いい奴だと思います。少し抜けていたり、向こう見ずな所はありますが、素直で、しっかりとした芯を持っている強い子です」

 

「そうではありません。他の男子と比べて、理莉はどうかという話です」

 

 なんだ、そういう意味か。そうならそうと分かりやすく言って欲しい。勿論、口に出すことはないが。

 

「危機感が足りないと思います。少なくとも、私の知っている男子は女というだけで避けるような連中ばかりです」

 

「私もそう思っていました。だからこそ、理莉の家出を聞いた時、ある意味いい機会だと考えたのです」

 

 なるほど。護衛官に囲まれた安全な環境で、理莉に世の女性の怖さを教えようとしたわけか。

 

「もちろん、理莉を襲う女性もこちらで用意していました。言わば避難訓練です。少しでも足りない部分を理解してくれればいいと思っていました」

 

 息子のことを思えばこそのスパルタか。

 

「予定通りにはなりませんでしたがね」

 

 佐代利さんの雰囲気が少し柔らかくなった気がする。恐る恐る顔を上げれば、表情も柔らかくなっている。

 

 「貴方が理莉に襲い掛かれば、すぐにでも制圧する手筈でした。しかし予想に反し、最後まで問題が起こることは無かった。おまけに、貴方のおかげで理莉は身を守る為の知識を自ら学ぶようになりました。本当に、子育てとは難しいものですね」

 

 どうやら許してもらえたようだ。掛け軸の裏や畳の裏の気配も無くなっているし、山は越えたらしい。

 

「こちらからも質問をしていいですか」

 

「なんなりと聞いてください」

 

「貴方のことは調べさせてもらいました。授業には出ないのにテストでは毎回良い成績。不良を気取る割に、自ら悪事を働くことは無い。多くの場合で逃げる事を選び、戦う場合も最低限の力で無力化する」

 

 客観的に見てなんと中途半端な人間だろうか。

 

「屋上から飛び降りた、一日中空気椅子で授業に出席した、なんて荒唐無稽な話や悪い噂もありましたが。私達が調べた情報からは、悪い人ではないと感じました」

 

 想像以上に高評価だ。大切な息子と会うことを許可するのだから、悪く思われてはいないと考えていたが、ボロクソに言われる覚悟はしていたのに。

 

「貴方、なぜ真面目に生活しないのですか?」

 

 なんだかんだと聞かれたら(ry。理莉に話したのと同じように、転生に関する以外の話を隠さず伝える。

 

「なるほど。要するに、人間関係がうまくいかず、ふて腐れているわけですね」

 

 要されてしまった。しかも割と的確に。ぐうの音も出ないとは正にこのことだ。

 

「⋯⋯スミレさん、男性護衛官になるつもりはありませんか?身体能力は申し分なし。理莉に対する態度や先程の話から、男性に対する配慮も伺える。意外と向いているかもしれませんよ」

 

「無理ですよ。これまでの生活態度が悪すぎて、入学試験すらも受けられません」

 

「それくらいなら私の伝手と如月家の力を使えばどうにかなります。それに、もし貴方がそのままの生活態度を続けるなら、今後理莉と会うことは許可しませんよ」

 

「えっ⁈」

 

「当たり前です。理莉は如月家の一人息子ですよ、交友関係は考えなければなりません」

 

 マジか。私はやっと出来た友人と付き合うことに、護衛官に成る程の努力が必要なのか?転生チートの代わりに呪われてたりしない?

 

「なんなら、こちらから護衛官学校に推薦しておきましょうか?これでも元S級の護衛官です。合格させることはできませんが、入試を受けるくらいなら可能だと思いますよ」

 

 S級というのはよく分からないが、恐らく最高の階級だろう。何とも魅力的な話ではあるが⋯⋯。

 

「んーいや、遠慮しておきます」

 

「なぜですか?」

 

 理莉は私に会うために随分と頑張ってくれたらしい。姉貴分としては、自分の力で頑張る姿を見せなければ示しがつかない。

 

「なるほど差し出がましいことをしました、忘れてください」

 

「ありがとうございます。まあ、できる限りのことはやってみます」

 

「私も、理莉の悲しむ顔は見たくありません。頑張りなさい」

 

 これでも前世では真面目で通っていたんだ。護衛官は無理だと思うが、最低でも交友を続けられるくらいには真面目になろう。

 

 

 

  ◆◆◆

 

 

 

 私が今後の生活態度を改めようと決めてすぐ、理莉とお父さんが料理を運んできてくれた。これだけ金持ちなら、専属の料理人がいても不思議ではないが、理莉のお父さんの趣味が料理なので雇っていないようだ。

 

 料理が一通り揃ったところで、お父さんを紹介してもらう。

 

「息子がお世話になりました。理莉の父の如月向春です」

 

「初めまして、理莉さんの友人の睦月スミレです」

 

 雰囲気が理莉に少し似ているが、落ち着いた普通の男性に思える。この場合の普通とは、この世界ではなく、私にとっての普通という意味だ。つまり、非常に珍しい。

 

「理莉から話は伺っております。どうぞ、料理が冷めないうちに召し上がってください」

 

「それでは遠慮なく、いただきます」

 

 見慣れた家庭料理が殆どだが、非常に美味い。素材が良いのもあるかもしれないが、味付けが、なんというか最高だ。

 

「すごく美味しいです」

 

 ふと、他の料理が盛り付けまで完璧なのに対して、少し形の崩れただし巻き卵が目に入った。ふむ、如月家は白だし派か、我が家と同じである。

 

「実はね、そのだし巻き卵僕が作ったんだ。どう?」

 

 花婿修行というやつか。まだ師匠には及ばないが、よくできている。思わず、いいお婿さんになると言いそうになったが、何とか飲み込む。この状況は禁句なので、美味しいと言うに留めておく。理莉が嬉しそうなのでなによりだ。

 

 その後も食事は和やかなムードで進んだ。理莉が私の隣に移動した時は空気が凍ったがそれ以外は問題もなく、テーブルマナーに四苦八苦する理莉を見て、自分にもこんな頃があったと懐かしんだり、私の家族の話や理莉の家族の話を楽しんだ。

 

 食事の最中に聞いた話だが、私の態度次第ではすぐに帰す予定だったらしい。理莉は最初は渋ったようだが、最終的に私が佐代利さんに信頼されると信じてくれたようだ。素直に嬉しい。

 

 食後のコーヒーと私の買ってきたチーズケーキを食べ終わり、話に花を咲かせていると、いつのまにか5時近くになっていた。

 

 長々と話し込んでしまった。流石に夜まで厄介になるわけにはいかないので、ここいらで帰るとしよう。

 

「えー、スミレさん帰っちゃうの?泊まっていってよ」

 

 本当にこいつは。成長したのかしてないのかよく分からん奴だ。軽く頭を叩いて嗜める。

 

「バカなことを言うんじゃない。そういうセリフは自分で責任を取れるような年になってから言うもんだ」

 

 少し大袈裟だが、この世界の常識を考えればこれくらいで丁度いいだろう。軽く佐代利さんの顔色を伺えば、驚いて目を見開いていた。

 

 ⋯⋯しまった!大事にしていると言った親の前で叩いてしまった!誘いに乗るのはアウトだが、叩くのもアウトだった!

 

「信頼に責任か⋯。分かった、責任が持てるようになるまで待つよ」

 

「お、おう。分かればよろしい」

 

 どうやらコブにはなっていないし、理解もしてくれたようでよかった。これ以上事がややこしくなる前に、今度こそ本当に帰ることにする。

 

 理莉と二人に別れの挨拶をして、来た時と同じようにリムジンで家まで送ってもらった。道中で梅見さんからも男護の話を聞き、その倍率の高さに驚いた。護衛官学校の合格率が約1%、卒業できるのはさらにその1/3らしい。

 

 知れば知るほど合格できない気がするが、何よりもまず生活態度を改めるのが先決だ。久しぶりの、真面目な学生生活⋯⋯。不安でいっぱいである。

 

 がんばれ私!

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第六話

 理莉の家から帰りまず最初にしたのは、何をすべきか考えることだ。最低条件の、真面目に学生生活を送ることは難しく無い。今までは逃げていただけで、前世の私は社会人のお手本のような生活を送れていた。

 

 次に成績を上げること、これも難しくは無い。今まではテスト前に詰め込むだけだったが、授業にしっかり出れば大抵のことは覚えられるし、空いた時間に入試に必要な勉強をすればいい。前に私の記憶能力を辞書で例えたが、これからの勉強は重要部分に付箋を挟む感じだ。

 

 そして、合格の可能性は低いだろうが護衛官学校の入試対策もしなければならない。流石にこれは何をすればいいか分からないので、私や理莉の母、節さんや学校にいる護衛官などの経験者に聞けばいいだろう。

 

 先のことは分からないが、出来ることからコツコツとやっていこう。何事もそれが大切だ。

 

 差し当たって、母さんに護衛官学校合格を目標にすると言ったところ、私と理莉の関係をめちゃくちゃに揶揄われた。なんですぐに男女の関係に結びつけようとするんだろうか。この世界では珍しいが、異性間の友情も無いわけでは無いだろうに。

 

 母さんから入試や資格試験の情報を聞いたあと、ふと気になって男護のS級とはどれくらい凄いのか聞いてみた。なんと、国賓の護衛を行う程らしい。その下のA級が政治家や大企業社長、B級が一般の護衛を行うそうだ。凄そうだとは分かっていたが、そこまでだとは思わなかった。

 

 ちなみに母さんは元S級だった。資格取得後、父以外の護衛は数回しかせず、父が亡くなってからは護衛官を辞めてしまったらしい。なんという宝の持ち腐れだ。

 

 この後すぐに話題が惚気に移ってしまったが、とりあえずやるべき事は分かった。次は入試に向けた勉強方法を学校の先生方に聞くべきだろう。

 

 次の日の朝、早速職員室に向かった。先ずは担任の山田先生への進路の相談からだ。いきなり護衛官になりたいだなんて、冗談だと思われないだろうか。

 

「山田先生。私男性護衛官を将来の目標にしたいんですけど、今からでも間に合いますかね?」

 

「へ?⋯⋯お前が?⋯⋯男護?なんで?なんで?」

 

 ヤマダは こんらん した!

 

「普通に考えて無理だろ。」

 

 わけも わからず スミレを こうげきした! スミレは みらいが まっくらに なった!

 

 知っていたことなのでダメージは少なかった。仕方ないので、これからは真面目に授業を受けると伝えて帰ろうとすると、校長が助け舟を出してくれた。

 

「まあまあ山田先生。生徒が折角やる気を出したんだ、話くらい聞いてあげてもいいでしょう。校長室に来てください、相談に乗りますよ」

 

 校長先生、あなたこそ教育者の鑑です!

 

 校長室のソファーに座ると、どうして急に護衛官になろうと考えたのか、と聞かれた。個人名や詳しいことは話せないが、佐代利さんに言われた事を簡潔に伝える。

 

「なるほど、そういった経緯でしたか。⋯⋯ここだけの話なんですが、先日の事件のせいでこの学校への入学を希望する男子が減っていましてね」

 

 ん?話の繋がりが見えないんだが?

 

「君は授業に出ていないがテストの成績は良い。身体能力も高いし、男子を助けたという実績もある。可能性は十二分にあると思いますよ」

 

「ありがとうございます」

 

「学生から男護が出たとなれば、学校の評価も良くなります。そこでどうでしょう、サボっていたのは、周りの生徒によるイジメのせいだとしてしまうのは」

 

 悪い大人だ!ゴリゴリの裏取引を持ちかけてきた!

 

「幸い、机を隠されたなどの事実もある。どうでしょう、悪い話では無いと思いますが」

 

 取引自体は黒に近いグレーだが、一応筋は通っている。

 

 イジメによる人間不信で不登校だったが、ある男子との出会いにより再び人を信じられるようになり、彼を守るために護衛官を目指す。

 

 なるほど、ストーリーとしてもよく出来ている。

 

 しかし、これを受けていいものか。もし仮に、こんな不正ギリギリの方法で合格したとして、私はそれを理莉に誇れるだろうか。うーむ。

 

「少し考えさせて貰えませんか?」

 

「いいですとも。護衛官学校の願書受付は3年の6月から始まるので、それまでに返事を頂ければ大丈夫です」

 

 果たして何が正解なのだろう。護衛官になるのは必須では無いが、チャンスを逃して良いものか。かと言ってこの話を受けて不正と判断された場合、私の立場はより悪くなる気がする。

 

 悩ましい問題だが、とりあえずこれからはしっかりと授業に出ることにしよう。過去のサボりはどうにかできるかもしれないが、これからの部分は自分で変えていかないと示しがつかない。

 

 

 

  ◆◆◆

 

 

 

 答えの出ないまま1学期最終日になってしまった。学校生活自体は、無遅刻無欠席で過ごせている。授業中は生徒の殆どがノートと黒板しか見ていないので問題が起こることもなく、授業に出ることは意外と楽にできた。

 

 但し体育の『二人組作って』は除く。

 

 終業式も終わり、課題を鞄に詰めて校舎を出ると、普段男子生徒の送り迎えが行われている駐車場に見覚えのあるリムジンが駐まっていた。

 

 私が気が付いたのが分かったのか、リムジンの窓が開き理莉が私を呼び始めた。

 

「スミレさーん!迎えにきたよー!」

 

 やめてください。唯でさえ浮いているのに、余計に目立ってしまう。

 

 もう遅い気もするが、また悪い噂が立つと嫌なのですぐに駐車場を出てもらう。

 

「びっくりしたー。前回も思ったが、なんでいきなり来るんだよ」

 

「なんでって、会いたかったからだよ。いきなりなのは、お互いの連絡先を知らないから」

 

 そう言われれば、私達は互いの連絡先を知らない。いきなりに成るのは、当然のことだったのか。

 

 それにしても、せめて場所は選んで欲しかったが。

 

「もしかして、僕が来て迷惑だった?」

 

理莉がしょんぼりしてしまった。

 

「迷惑じゃないよ。むしろ会えて嬉しいくらいだ」

 

「本当⁈僕も!」

 

 さっきの落ち込みが嘘のようにルンルンだ。なんだか、手の平の上で転がされている気がする。これが勉強の成果だと言うなら、これ以上理莉に余計な事を教えないでほしい。私は友達の笑顔に弱いのだ。

 

「それで、今日はどこへ行くんだ?」

 

「スミレさんもこれから夏休みで時間ができるでしょ?遊ぶ約束をしたり、会えない日の連絡の為に、携帯を買いに行こうと思うんだ」

 

 ちょっと待って欲しい、私が携帯を持っていない前提で話してないか?理莉が番号を知らないだけで、持っている可能性もある筈だ。

 

「え?スミレさん友達いないのに携帯持ってるの?」

 

「帰る」

 

「わー!待って待って!走ってる車から降りようとしないで!」

 

 ドアノブを引っ張ったがドアは開かなかった。最近は自動ロックがあるので、本当に降りようとしたわけではない。ちょっとしたジョークだ。

 

「スミレさんなら本当にやりそうだから心配させないでよ。⋯⋯実はね、僕も初めて携帯を買うんだ。だから一緒に行きたかったの」

 

 そういえば私も、初めて携帯を持つ時は数日前から楽しみで眠れなかったな。

 

「一緒に行くのはいいけど、私は未成年だから1人じゃ契約できないぞ」

 

「問題ありません。必要書類はスミレさんのお母様から預かって参りました」

 

 これまで黙って私たちを見守っていた節さんが、同意書などの書類の束を渡してきた。用意がいいことで。母さんも見ず知らずの人間に個人情報を、しかも割と重要な書類を渡すんじゃないよ。

 

「おそろいにしようね」

 

 理莉の言った通り今までは必要無かったが、あって困るものでもない。どうせいつかは必要になるので、いい機会だ。

 

 車の向かった先は、男性とその同伴者しか入れない携帯ショップだった。同伴者が女性の場合はガードマンが目を光らせているので、男性でも安心して買い物ができるらしい。

 

 入店後、早速携帯を選び始める。いくつか良さそうなのはあったが、特に気に入ったのは防水防塵耐圧耐熱のスマホだ。メカメカしい見た目が最高にかっこいい。

 

「理莉、コレなんてどうだ?かっこいいし、どんな環境でも故障の心配は無さそうだぞ」

 

「えー、それ可愛くないじゃん。それよりこっちはどう?色も形もカスタマイズできるの」

 

んー、カスタマイズは良いけど、パーツ全体がファンシーすぎない?私には合わない気がする。

 

 あーでもないこーでもないと悩んでいると、店員がオススメを紹介してくれた。完全防水でサイズと色の種類が豊富な、私たちにピッタリのスマホだ。背面に付いたイルカのシルエットもなかなかオシャレでいいと思う。

 

「これにしようよ。色は僕が選んでもいい?」

 

「色は一緒でいいけど、サイズは別にしよう。私はLがちょうどいいけど、理莉には少し大きいからな」

 

「うん!」

 

 ふと値段を見ると、思った以上に高かった。スマホの値段ってこんなだっけ?世界によって値段に違いがあるのか?

 

 お金を使う理由が無かったので貯めていた小遣いで払えるが、今後の事を考えると少し心許ない。基本料金も支払わなければならないし、バイトでもしてみようか。

 

 スマホは理莉の好きな水色に決まった。イルカのシルエットにも合っているし、いいセンスだ。ちなみにメアドは、二人とも無難に名前+生年月日にしておいた。

 

 契約が終わり、メアド交換ついでに理莉にテストメールを送ろうとすると、待ったがかかる。

 

「初メールなんだから、家に帰ってから考えて送ろうよ。アドレス自体は覚えてるでしょ?」

 

 折角だからちゃんとしたいというのは分からんでもない。ただこういうのは、考えれば考えるほどいい文は浮かばないぞ。

 

 携帯を買った後は、ファミレスに寄って食事をすることにした。

 その最中、校長から言われた取引のことを相談してみる。

 

「スミレさん、護衛官になるの⁈」

 

「そういえば、理莉には言ってなかったか。一応目標にはしたんだが、不正までして成っていいものか⋯⋯」

 

「うーん⋯⋯。僕としては成って欲しいけど。節さん、これって大丈夫なの?」

 

 成る程名案だ。通路を挟んで向かいの席に本物の護衛官がいるのだから、その人に聞くのが手っ取り早い。

 

「大丈夫だと思いますよ。流石に一年間の欠席を誤魔化すことは珍しいですが、数日の欠席をインフルエンザなどで公欠扱いにして、皆勤扱いにするのはどこの学校でもしていることです。」

 

「そもそも、相応しくない者は入試や学校で弾かれますので。入試を受けること自体は簡単なんですよ。」

 

 記念受験や奇跡狙いの人間もいるだろうし、全員の素行まで見ていられないのか。素行調査をする場合にも、出席率よりも本人の生活の方が重要だ。

 

「それなら大丈夫だね。そっか⋯⋯スミレさん護衛官になるんだ。頑張って、応援するよ!」

 

 問題無いなら、校長の話を受けてもいいか。これで1番の問題は無くなった。まだ学力、特に社会の内容が危ないので気は抜けないが。

 

 そうか、そこら辺も経験者に聞けばいいのか。

 

「節さん。もしよかったらメアド交換しませんか?入試対策とか聞きたいので」

 

「いいですよ。後日スミレ様のアドレスにメールを送っておきます」

 

 現役の護衛官が相談に乗ってくれるのは非常に心強い。

 

 そして、理莉と私が初メールの約束をしているのでメールを後日にするさりげない優しさ。こういうかっこいい大人になりたいものだ。

 

 

  ◆◆◆

 

 

 

 今日こそは、暗くならないうちに理莉を家に返した。同じ失敗はしない。私は学習できる女だ。

 

 案の定、家に帰って暫く待っても理莉からメールが届くことはなかった。いい文面が思い浮かばなかったのだろう。

 

 こちらから、今日誘ってくれたことのお礼をメールすると、直ぐに返事と電話が返ってきた。

 

「初電話だね」

 

「初電話はいいけど、メールの文面を考えすぎて送れなかったことを誤魔化すなよ」

 

「スミレさんだってメール送って来なかったじゃん」

 

「私はお前が送ってくるのを待ってたんだよ」

 

「何それずるい!じゃあ僕も待ってたことにする!」

 

 電話でも楽しそうしているのが分かり、思わず笑ってしまった。

 

「次からは考え過ぎないようにな」

 

「⋯⋯⋯気をつける」

 

 理莉は気をつけないとメールも送れないのか?簡単なメールの送り方を今度教えてやろう。

 

「ねえ、次は前言った遊園地に行きたい」

 

「お、いいなそれ。夏休みでも平日ならそんなに混んでないだろうし、どっかでいこうか」

 

 実の所、これまでの欠席を補う為の特別課題で割と忙しい。その上遊園地に行くならバイトもしなければならないので、大変だ。

 

 そうは言っても、久しぶりに夏休みが充実しているので嬉しくはあるが。

 

「じゃあ、お休みなさい」

 

「おやすみ、また明日な」

 

 その後少し予定を話して、今日はお開きとなった。前世の女子の電話は長いイメージがあったので、この世界の男子もそうかと思っていたが、理莉はそうでも無いらしい。

 

 ところで、中学生ってバイトできたっけ?

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第七話

 調べてみたところ、この世界でも中学生にできるバイトは殆ど無かった。前世と同じように認可が有れば働けるらしいが、夏休み中には間に合いそうに無いので意味がない。

 もはや私にはどうしようもないので、母さんに相談してみることにした。

 

「母さん、なんか手伝いするからお小遣い頂戴」

 

「いいわよ。そう言えば、私の職場で試作品のテスターを募集してたから、今から行きましょうか」

 

 私としては、風呂掃除や洗濯、料理の手伝いをしてお小遣いを貰うつもりだったのだが⋯⋯。

 てか私、母さんの仕事のことよく知らないのだが。製造系の会社なのだろうか。

 

「行ってみれば分かるわ。準備ができたら教えてね」

 

 思っていたのとは少し違うが、結果オーライだ。特に準備も必要ないので、早速母さんの職場に向かうことにした。

 やっぱり、持つべきものは親のコネだな。

 

 

 

  ◆◆◆

 

 

「母さん、試作品のテスターって言ってたよね?」

 

「ええ。そう言ったわ」

 

「それなら、この明らかに男用の服は何?」

 

 まさか私にコレのテストをしろと言うのか?

 

 母さんの車で向かったのは、製品開発やテストを行なっている場所であった。駐車場に書かれていた会社名を検索すると、どうやら男性用護身具や護衛官用装備を開発販売する会社らしい。

 元護衛官、それも優秀だった母さんには合っているのだろう。しかしそれと、男用の服が用意されている繋がりが分からない。

 

 この世界で男用の、それも割と子供向けの服を女が着るのは割と犯罪的だ。服を着せられたマネキンを眺めていると、白衣を着た女性がこちらに近づいてきた。

 

「どうも、私が今回のテストを行う佐藤です。よろしくお願いします」

 

「睦月スミレです。よろしくお願いします」

 

 いかにも開発者という見た目の女性だ。少し気怠げな雰囲気もイメージ通りである。

 

「早速テストに入らせてもらいます。まずはこの男性用護身具から。これは上着とズボンにスピーカーが付いていて、危険が迫ると知らせる仕組みになっています」

 

「なるほど。私はその機能が働くかテストすればいいわけですね」

 

「そうです。具体的には、乱暴に脱がせる感じでお願いします」

 

 そこまでしないといけないの?マネキンの服を無理矢理脱がせるなんてやりたくないんですけど⋯⋯。まあお金の為なのでやるしかないか。

 

 マネキンの前に立って服を眺める。よく見ると、服と同じ色のスピーカーが肩と腰の辺りに2つずつ付いている。

 とりあえず4つのスピーカーを素早く連続で握り潰してみた。

 

「あんた何やってんの⁉︎」

 

「いや、テストって言うから乱暴にした方がいいかと思って⋯⋯」

 

 もしかしなくても、私何かやっちゃいましたね。しゃーない、切り替えていこう。

 

「いや、コレはコレで成功です。スピーカーの位置が分かっていれば壊される可能性がある事が分かりました」

 

 そう言ってもらえるとありがたい。なら今後もこんな感じでやらせてもらおう。

 

「壊されるのが問題なら、壊されづらい靴や袖にスピーカーを仕込んでもいいかもしれないですね」

 

「まあ、普通は壊れる前に音が鳴るんですがね。この調子で次のテストもお願いします」

 

 アイアイサー。あと母さん、育て方を間違えたかもとか言わないで。最近は真面目になってきてるよ。

 

 次に用意されたのは、衝撃を受けるととてつもなく臭くなる下着だった。スカンクから着想を得たらしい。

 でもこれって、普通の生活の中でも臭くなる可能性があるのでは?

 

「そこが問題なんですよ。なのでこの試作品はその問題を解決するために、ちょっとやそっとでは臭くならない様に改良しました」

 

 ならば早速試してみよう。まずは軽く下着を握ってみる。その後手の匂いを嗅いでみたが、特に変化はなかった。

 

「なんか、パンツを握った手の匂いを嗅ぐのって犯罪的よね」

 

 余計なこと言わないでくれ。私も少し気にしてるんだから。

 次は少し力を入れて擦ってみたが、相変わらず匂いはしなかった。もしかしてコレは成功では?

 

「大丈夫そうですね。なら次は地面に叩きつけてみましょう」

 

 言われた通りに思いっきり叩きつける。今度はどうだ?

 しばらく待って顔を近づけると、異臭というか刺激臭というか⋯⋯。いやちょっと待って、クッサ!

 ナニコレ⁉︎こんなに臭くする必要あった⁉︎普通に吐きそうなんだけど⋯⋯。これじゃあ臭すぎて、襲われた男性が逃げられない可能性もある。

 

「なるほどなるほど。本家スカンクの様に、液体を発射するタイプの方が効果的そうですね。次はそうしてみましょう」

 

 それはそれで相手に当たるのかという問題はあるが、少なくとも今よりは便利だろう。

 

「次がラストのテストですね。今回は自信作ですよ。その名も、自衛用パワードスーツです」

 

 紹介された先を見ると、2.5メートル程の高さの、正にパワードスーツなメカが立っていた。

 

「スーツとフルフェイスヘルメットで男性を完全防御。逃げるも戦うも自由自在です。問題は、動きが激しすぎて1分以上使うと酔ってしまうことですが」

 

 それは失敗作と言うのでは?

 

「お母さんから、あなたは体が丈夫なので大丈夫と聞いています。データ取りの為にも、潔く犠牲になってください」

 

 気乗りはしないが、これもお金の為である。佐藤さんと母さんのサポートの下、スーツを装着する。

 ヘルメットを装着すると、カメラの映像とデータなどが映し出された。メカ好きとしてはテンションが上がる演出だ。

 

「それでは、その辺を動きまわってみてください。気分が悪くなったら教えてくださいね」

 

 とりあえず、軽く走ったりジャンプをしてみる。メーターにはなかなかの数値が表示されており、このスーツの性能の高さが分かる。

 そのまましばらく動いていると、車酔いの様な感覚になってきた。

 

「なんか酔ってきたんですけど」

 

「流石のスミレでも3分が限界か。やっぱりコレは使えないかなー」

 

 気持ち悪くなったのでヘルメットを外して深呼吸をする。よし、少し気分が良くなった。

 

 そのまま元の位置に歩いて向かうと、先程よりも気分が悪くならないことに気がついた。あれ?もしかして酔いやすいのって、ヘルメットが原因か?

 

 もう一度ヘルメットを装着して歩いてみると、カメラの映像と体が感じる振動に違いがあることが分かった。車に乗ってゲームや本を読んでいると車酔いしやすいのと同じだ。

 

 他の理由としては、動きが自然過ぎるのもあるかもしれない。そのおかげでいつも通りの感覚で動くことができるが、体への負担は普段よりも大きいので、そのズレにより酔いやすいのかも。

 

 それらを報告してスーツを着たまま休憩をすることにした。酔うこと自体が問題だが、それが直ったとしても一般人の使用は無理そうだな。

 着るのにも脱ぐのにも時間がかかるので、身を守るためにはずっと装着していないといけない。それならば護衛官を雇った方が手っ取り早い。

 

「まあスーツに関しては、半分ロマンみたいな物なので」

 

 会社としてはそれでいいのか。

 

「男性護衛の為の開発と言えば、補助金が出るんですよ」

 

 おい、税金泥棒。税金を払ってない私が言うことでもないが、補助金はもう少し真っ当に使おうよ。よく審査に通ったな。

 

「改良の目処も立ちましたし、コレは護衛官用の開発に変更しましょうか。ありがとうございました。もうスーツを脱いでいいですよ」

 

「ありがとうございました」

 

 臭かったり酔ったりと大変だったが、終わってみれば楽しかった。パワードスーツを着れる機会なんてそうそうないしね。

 あ、そうだ。いい機会だから写真を撮ってもらおう。

 

 私の携帯はポケットの中で、スーツを脱がないと取り出せないので、母さんに撮ってもらう。スーパーヒーロー着地と武装を構えたポーズ、膝立ちの待機ポーズを撮影したが、何歳になってもメカとは良いものだ。

 

「お疲れ様。これ、今回の謝礼金ね」

 

 撮影が終わってスーツを脱ぐと、母さんから給料の入った封筒を渡された。中を確認すると、1万円札が10枚も入っている。こんなに貰っていいの?

 

「いくつか改良案も出してもらいましたし、試作品の口止め料も含まれているので」

 

 それなら遠慮なくもらっておこう。これだけあれば今年の夏は困らない。テストは思ったより簡単だったし、なんなら次のテストも参加したいくらいだ。

 

「そうですか?それは良かった。次は新型防弾チョッキのテストだったんですが、人手が足りなくて。」

 

 やっぱりやめておこうかな!学生の本分は勉強なので、バイトにうつつを抜かさずそちらに集中します!

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 ~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。